俺たち転生者 蟹魚復権活動中 (キューマル式)
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プロローグ
プロローグ 蟹と魚、転生する


魔法少女リリカルなのはと、聖闘士星矢のあの星座たちの能力を貰った転生者のお話です。
以前にじファンに投稿していたものですが、よろしくお願いします。


「くっ…あ、あ…」

 

「が…くぁ…」

 

血だまりの中で2つの人影が蠢く。

いや、人影というのは誇張だ。もはやそれは『肉塊』に近い。

だが、その2つの影はまだ動いていた。それだけでも他よりはずっとマシだったのかもしれない。

辺りにはもはや物言わぬ肉塊の山。

大規模地下鉄事故…平凡な言い方をすればそれが今の光景だった。

 

「兄…さ…ん」

 

「…」

 

兄と呼びながら、手であろうものを延ばす影。

もうひとつの影も無言で手を伸ばすが、その手は届きようがない。

どこまでも暗く寒い、逃れようのない死の足音はすぐそこまで迫っていた。

混濁していく意識に、2人は死を強く意識する。

その時だ。

 

「間に合ったわね。まだ死んでないわ」

 

「んじゃ、手早く魂を回収しましょうか」

 

この場に似つかわしくない2人の女性の声。

それが、兄弟がこの世界で聞いた最後の言葉となった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ここ、どこだ?」

 

「さぁ?」

 

目覚めたら何もない真っ白な空間…そうなればこの反応はひどく真っ当なものだろう。

 

「どうやら目覚めた様ね…」

 

首を捻る兄弟の前に、2人の女性が降り立った。

どちらも『美人』などという言葉が陳腐に思えるぐらいの美貌、そして神々しい気配を纏っている。

『女神』…そんな言葉が自然と兄弟の脳裏をよぎる。

そして…その女神の1人は誰もを魅了する笑顔でこう言ったのである。

 

「ここに来て馬になりなさい」

 

「「アテナだ! 絶対アテナだこいつ!!」」

 

兄弟の絶叫が響き渡ったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ごめんなさい、つい癖で」

 

癖で『馬になりなさい』はどうなんだ女神さま…兄弟は喉まで出かかった言葉を無理やり呑み込む。

 

「御察しのとおり私は女神アテナ、そしてこっちが女神アフロディーテよ」

 

「アテナにアフロディーテって…」

 

「で、女神さまが揃って俺たちにいったい何の用です?」

 

とんでもなく有名な女神の名前に兄弟は動揺が隠せない。

すると、今度はアフロディーテが口を開いた。

 

「まぁ、おそらく気付いてるだろうけど…あなたたち、死んだのよ」

 

「「…」」

 

その言葉に、兄弟は揃って苦い顔をする。

あの生々しい暗く寒い『死の気配』…それを思い出したのだ。

 

「実はあの事故ね…私たち神様にとっては予定外だったの。

でもって何とか助け出せたあんたたちだけでも救いとして、第二の人生をプレゼントしてやろうってわけ。

ただし…ちょっと私たちからのお願いを聞いてもらうけどね」

 

そういってウインクするアフロディーテ様なのだが…どうにも嫌な予感がする。

 

「で…具体的には何をすれば?」

 

「その前に聞いておきたいんだけど…あなたたち誕生日は蟹座と魚座よね?」

 

「「…」」

 

アテナが誕生日の星座を聞いてくる…思い当たる節は1つ、とても有名な、そして一部の少年少女にトラウマを残したあのマンガしか思いつかない。

 

「あんたたち2人の第二の人生には…蟹座と魚座の黄金聖衣(ゴールドクロス)に、小宇宙(コスモ)の使い方を与えてあげるわ!

 だからその力を持って…最強であり続けなさい!!」

 

「最強で…?」

 

「あり続ける?」

 

兄弟の言葉に、アテナは深く頷く。

 

「あなたたちが転生する世界はちょっとした問題を抱えた平行世界…所謂パラレルワールドという扱いになった世界よ。

 そこで起こる大きな事件に関わり続け、思うままに力を振るいなさい!!」

 

「ようは、『蟹座と魚座の大活躍』が見たいのよ!! 私たちは!!」

 

「あの…女神さまたち?」

 

弟は汗を一筋垂らしながら言うが、女神たちは拳を握りしめ力強く言う。

 

「大体、私を守るって内容の漫画なのよ!

その私が蟹座ってだけで、何で『あじゃぱー』とか言って吹っ飛ぶ役やんなきゃいけないのよ!

あー、幼稚園の頃も小学校の頃も! 思い出すだけでも腹立たしい!!」

 

「あー、アテナ様って蟹座の生まれだったんだ。 つーか、俺もやられてたから気持ちはよく分かるんだけど」

 

「いや、その前に幼稚園とか小学校にツッコもうよ、兄さん!」

 

「私なんて12宮最後の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、しかも名前がアフロディーテって聞いたときには『私の時代がきちゃったか!』って思ったわよ!

 それが何なの、あの薔薇吹雪は!? 聖闘士(セイント)だったら拳一つで勝負せんかい!!

もっとこう、強くて真似しやすくてカッコいい技とかやりなさいよ!!」

 

「あっ、アフロディーテ様は魚座なんだ」

 

弟はアフロディーテの言葉に頷く。

誰もが味わったことがあるであろう恐怖の制度、『星座カースト制度』…それは一部の少年少女にはトラウマである。

人気漫画『聖闘士星矢』は、星座の加護をもつ鎧、聖衣(クロス)を纏った少年たちの戦いを描く漫画である。

子供のごっこ遊びではよく題材になったものだ。

そんな作中には最強と言われる聖闘士(セイント)黄金聖闘士(ゴールドセイント)という存在がある。

主役たちより遥かに強くカッコイイ、黄道十二星座を模した聖闘士(セイント)であり少年少女は自分の星座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が活躍することを期待していたのだが…各星座によってあまりにも扱いが違ったのである。

そのため、活躍しなかった黄金聖闘士(ゴールドセイント)の星座の少年少女はそれを理由にごっこ遊びでずっと敵役を強要されたり、面倒な学校の仕事を押しつけられたりなど不利益を被ったのだ。

これが『星座カースト制度』である。

そしてその制度の『最底辺』に位置するのが、蟹座と魚座である。

その弊害は神様の世界にも及んでいたようだ。

というか神様の世界はこんなことで本当に大丈夫なんだろうか?

 

「でも、ロストキャンバスで蟹座も魚座も最高に格好いいからいいじゃないですか。

 つーかロストキャンバスは生き残った聖闘士(セイント)以外はみんな格好良かった気がするし」

 

「確かに、あれは最高だったけど、こんなもんじゃ足りないのよ!

私たちが!

どれだけ!!

長い間虐げられてきたと思っているの!」

 

「もし断るっていうなら…今からでも地獄に直行してもらうわよ」

 

「「い…嫌だ。また死の国へ戻るのは沢山だあ!」」

 

さっき味わった死の気配にガタガタと震えながら、それでもどこか余裕を持ってネタで返す兄弟に2人の女神はとってもいい笑顔でサムズアップ。

 

「いい反応してるわ、あなたたち!」

 

「その調子で、カッコいい蟹と魚が見てみたい!!」

 

この天界、もうだめかもわからんね。

 

「で、具体的にはどんな風になるんです?」

 

目の前の惨状は無視して、弟が切り出した。

 

「まず黄金聖衣(ゴールドクロス)は当然、蟹座と魚座をあげるわ。

 これは兄に蟹座、弟に魚座ね。

 持ち運びがやりやすいようにΩのクロストーンの状態の聖衣(クロス)にするから。

 あとその黄金聖衣(ゴールドクロス)は完全な再生力を持たせるから、クロストーンに戻せば破損しようが時間経過と小宇宙(コスモ)を循環させることで再生が可能よ。

もっとも黄金聖衣(ゴールドクロス)を砕けるような存在は、そうそういないんじゃないかと思うけどね」

 

「お、それは嬉しい! 破損するたびに死ぬほど血を浴びせるのは勘弁願いたいからな。

 それにクロストーンもいいな。

 呼べば来るとはいえ、あのでっかい箱背負って移動は勘弁してもらいたいし」

 

兄がホッと胸を撫でおろす。

 

「次に小宇宙(コスモ)について。

 使い方の知識と、それに耐えうるだけの精神力をあげる。

 技は原作通りの技を、出力は黄金聖闘士(ゴールドセイント)として最低限ということで行くわ。

 訓練や闘いを積めば、それ以上にも強くなっていくわね。

 訓練場所も提供してあげるから」

 

「いや、それ、思っくそチートじゃないですか」

 

話の都合上、妙に雑魚っぽくなっている蟹座と魚座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)は元々が規格外のチート集団なのだ。

こんなのと戦闘になって勝てる相手が、漫画広しと言えどそうそう思いつかない。

正直、インフレ漫画の代表作であるドラゴンボールの連中とだって正面から戦える気がする。

 

「最後に環境についてだけど…絶対に生活に不自由せず、必ずその世界を揺るがす大事件に関わらなければならないって『運命』にするから」

 

「生活の保障はするけど絶対に平和には暮らせないってことですね、わかります」

 

「じゃないと最強を証明できないじゃないの!!」

 

叫ぶアテナ様に兄弟は心底頭を抱えた。

 

「始めて世界が動くのはお互いに9歳の時からよ」

 

「随分子供の時に大事件に巻き込まれるんだな」

 

「何よ、やぎ座なんて10歳のときに、当時最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)倒したんだから9歳でも余裕余裕!!」

 

「アレはアイオロスに殺る気がなかったからだろ。その自信がどこから来るのか激しく問い詰めたいんですがねぇ、アテナ様…」

 

兄の言葉を完全に無視して、アフロディーテは続けた。

 

「それまでの間は…まぁ鍛錬しておいた方がいいわよ。

 強ければ、もしかしたら悲しい物語も回避できるかもしれないし」

 

どうやら、これから飛ばされる第二の人生は波乱万丈が約束されているらしい。

頭を抱える兄弟に、アテナとアフロディーテは笑顔で杖を振り上げる。

 

「そうそう、これから送るのは『リリなの』の世界なんで、そのチートパワーでたっぷり暴れまわってね!」

 

「原作破壊も上等よ!!」

 

そして、ノリノリの女神たちが杖を振り下ろすと兄弟はいきなり発生した落とし穴に真っ逆さまに落ちていく。

その穴を落ちていく中、兄弟は同じことを思った。

 

((一体、『リリなの』っていうのは何なんだ?))

 

そして…2人の兄弟は転生を果たす。

その黄金の力で世界を駆け抜ける運命を背負いながら。

 

 



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無印編
第01話 蟹と魚、少女たちと出会う


かつて兄弟だった魂は、別の場所、別の次元に新たに降り立つ。

その手に、黄金の力を宿しながら…。

そして…5年の月日が流れていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

街を一人の少年が歩いている。

歳の頃は5歳。

だがその年齢にはあり得ない、ささくれ立ったような鋭い眼光をしていた。

 

「…はぁ、下らねぇ」

 

周りの景色すべてに吐き捨てるように呟き、何の気なしに公園に入る。

すると…。

 

「はぁ…」

 

そこにはため息をつき、ブランコに座る一人の少女の姿があった。

その可愛げな顔に影を落としてため息を付く少女。

 

「…」

 

少年は何を思ったかその少女に近付くと、こう言い放った。

 

「ウゼェよ、お前」

 

「え?」

 

少年の言葉に、少女はきょとんとしながら顔をあげる。

 

「だからウゼェっての。 どこまでデカイため息なんだよ、お前」

 

「ご、ごめんなさい」

 

シュンとする少女に、少年はため息を付くと、隣のブランコに座ってため息をつく。

 

「…はぁ」

 

「…あなただっておっきなため息じゃない」

 

少年のため息に、今度は少女がジト目で言葉を返した。

 

「俺はいいんだよ、俺は」

 

「自分勝手…」

 

「ありがとよ、褒め言葉だ」

 

そう言い合うと、少年も少女も口を閉ざす。

そして…。

 

「…うちね、お父さんが大けがしたの…」

 

ポツリと少女が語りだす。

 

「お母さんもお兄ちゃんたちも大変でみんな私に構ってくれない…。

 私はお母さんたちの邪魔にならない、いい子じゃなきゃいけないのに…寂しいよぉ…」

 

そう胸の内を絞り出すように語る少女。

何故この時こんなことを喋ったのか…後年、少女はこの時のことを思い出してこう語る。

 

『とりあえず誰でもいいから愚痴りたかったんだよね。 見ず知らずの、同じくらいの子だったから丁度いいなって思ったの』

 

その言葉の通り、この時の少女の言葉はただの愚痴であった。

そして、その少女の愚痴に、少年はこう答えたのである。

 

「…羨ましいな、お前」

 

「何で? どこが羨ましいの!?」

 

自分の言葉をバカにされたと思った少女が、涙で濡れた眼に怒気を込めながら少年を睨むが、少年は気にも留めずに言葉を続けた。

 

「だってよぉ…お前、家族がいるんだろ?

 俺は…もういない。 この間、父さんと母さんが死んだからな」

 

「!?」

 

その言葉に少女は息を呑むが、そんな少女を尻目に少年は言葉を続けた。

 

「俺さ…自分は『何でもできる』ってマジに思ってたんだよ。

 本当に…『この世の何でも好きに出来る』ってな。

 なのによ、あっさり…本当にあっさり父さんも母さんも死んじまったよ…」

 

そっと目を瞑ると、少年の脳裏には両親の、『2度』の死が思い出される。

 

「人の命も幸せも塵芥…すぐに消えちまうもんだ。

 それで無くなってから後悔したって、もう遅い」

 

そう言って少年は少女を見た。

 

「お前、後悔、したいのか?」

 

「ううん、したくない!」

 

ぶんぶん首を振って、少女は答える。

 

「だったら難しいことなんざ考えずに、我が儘言って親に甘えろ。

 好きなようにやりたいことやっとけ。

 それが出来る家族がいるんだからな」

 

「…いいのかな? 私、いい子でいなくても本当にいいのかな?」

 

「さぁ? ダメなときは怒られるんじゃねぇの?」

 

肩を竦めて答える少年に少女は肩を落とす。

 

「ほぇぇ…無責任だよ」

 

「こんなことに責任持てるかよ。

やるだけやって、失敗したらまた落ちこみゃいいだろ。

まぁ…愚痴ぐらい聞いてやってもいいぞ」

 

少年のその言葉に、少女は目を輝かせる。

 

「…本当に? これからも私のお話聞いてくれるの」

 

「まぁ、俺暇だし」

 

「…友達いないの?」

 

「殴るぞ、てめぇ。

 そういうお前だって、ぼっちじゃねぇか。 友達いないだろ?」

 

「うん、いないよ」

 

「…即答すんなよ」

 

少女の返答に、少年は頭を抱えた。

そんな少年に、何やら期待を込めたような視線を送る少女。

そしてしばらくの後…観念したように言葉を繋げたのは少年だった。

 

「お前よぉ、もしかして…『友達になろう』とか思ってたりしないか?」

 

「う、うん。 私、友達いなくて。でもどうしたら友達出来るか分からなくて…」

 

「なんだそんなことも知らねぇのか?」

 

「自分だって友達いないくせに、知ってるの?」

 

「…一言多いな、お前。 まぁいいや」

 

そう言って少年はブランコから降りると、少女の前に立つ。

 

「いいか、友達を作るにはまず『大地に頭を擦りつけて俺を拝め』と言って…あ、これは違った、神にもっとも近い男のなり方だった」

 

「?」

 

「まぁとにかく…お互いに名前を呼んで『今日から友達だ!』って言やぁいいんだよ」

 

「本当に? 本当にそれだけで友達になるの?」

 

「さぁ、ホントかな? 嘘かもな」

 

「じゃぁ…試そうよ」

 

そう言って少女もブランコから立ち上がる。

 

「私、高町なのは。 あなたのお名前は?」

 

「蟹名(かにな)快人(かいと)」

 

少女は楽しそうに、そして少年はぶっきらぼうに名前を名乗り合う。

 

「快人くんは今日から、なのはの友達だよ!」

 

「なのはは今日から、俺の友達だ」

 

「ふふふ…」

 

「へっ」

 

人生最初の『友達』に少年と少女―――快人となのはは笑い合う。

これが運命の出会いだということを2人はまだ知らなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一方その頃、次元の彼方でも運命の出会いが成されていた。

 

 

 

その時、金の髪の少女は突然の出来事に戸惑っていた。

転移魔法を構成した瞬間、一人の少年が現れたのだから。

いや、現れたというのは適切ではない。

より適切に言えば、倒れていた。

歳の頃は少女と同じくらい。

その顔は一瞬少女かと思ってしまうほどである。

長い髪がその印象をひと際引きたたせる。

服はボロボロだが、身体には不思議なことに傷一つなかった。

 

「リニス、どうしよう!?」

 

「フェイト、落ち着いて。 まずは彼を中に!」

 

突然の事態に慌てる金髪の少女―――フェイト=テスタロッサは側にいた魔法の師であるリニスに問うと、リニスは至極冷静に少年を担ぐと館の中へと入っていった。

 

 

少年が目を覚ましたのはそれから2時間以上してからだった。

 

「ここ…は?」

 

「気が付いた? もう大丈夫だよ」

 

その声に少年はベッドの横へと視線を巡らせる。

そこには心配そうに見つめるフェイトの姿があった。

 

「ここは一体…?」

 

そう少年が呟いた時、部屋にリニスが入ってきた。

 

「リニス」

 

「彼が目覚めたんですね。 私は彼に話を聞かなければなりません。

 フェイト、あなたは午後の訓練へ」

 

「…わかった」

 

その言葉にフェイトは少し名残惜しそうに少年の方を振り向くと、部屋から出ていった。

それを見届けてから、リニスは少年へと話を始める。

 

「まず、始めに…名前を聞かせてもらえますか?」

 

「ボクはシュウト…シュウト=ウオズミ」

 

少年…シュウトが名乗ると、頷きながらリニスは質問を始めた。

 

「成程…あなたは次元旅行中に時空乱流に巻き込まれた。

 両親に転送ポートに押し込められ起動した次の瞬間、激痛で気絶してしまった、と?」

 

「うん。 その後は気付いたらここにいたんだ」

 

その言葉に、リニスは思案する。

 

(次元航行船が時空乱流に巻き込まれる事故…これは報道されていた事故で間違いない)

 

リニスは最近起こった事故の記事を思い出していた。

時空乱流の影響で脱出用の転送ポートが使えず、『乗客全員死亡』という大惨事となった事故だ。

そのあり得ない生存者が、今、目の前にいる。

 

(本来時空が乱れる中で転送なんて出来るはず無いけど…転移のタイミングとフェイトの転移魔法の術式が重なって、ここに引っ張られたみたいね)

 

そう仮説を立てるが、それは天文学的という言葉が可愛く思えるぐらいの低確率だった。

いや…。

 

(その低確率を掴む『何か』がこの子にはあるのかもしれない)

 

そんな風に思いながら、リニスはシュウトを見ていた。

 

「あのぉ…」

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしちゃったわ。

 それであなたの今後についてなんだけど…」

 

そして、リニスは一瞬だけ目を伏せると切りだした。

 

「ここで暮さないかしら?」

 

「はい、いいですよ」

 

リニスの話に、シュウトは即座に頷く。

 

「…即答なのね」

 

「父さんも母さんも死んで、ボクも死んだことになっているんでしょ?

 どうせ行き場がないボクには渡りに船ですよ」

 

そう言うシュウトにリニスは内心で胸を撫で下ろす。

 

(よかった…この子を殺さずにすんで…)

 

実はリニスは主であるプレシアに、シュウトを始末するように言われていたのだ。

プレシアはすでに違法研究に手を染めている身、どこかの次元世界にシュウトを送ったりすれば時空管理局に足が付きかねない。

どうせ事故で死んだことになっているのだから、面倒になる前に始末なさい…それがプレシアの指示だった。

だが、リニスにはその指示に頷けなかった。

しかし、時空管理局に足が付くようなことはできない。

そのための折衷案がこれ、こちら側に引きこんでしまおうというものである。

 

(丁度、フェイトと同い年のようだし友達にいいでしょう。それに…)

 

リニスがプレシアの指示に難色を示した理由は、間接的にでも最後の一線…プレシアに人殺しをして欲しくないというものあるが、リニスはシュウトに何かを感じ取っていた。

魔力はせいぜいFランク…どうあっても脅威になり得そうにないシュウトだが、リニスは本能の部分でシュウトに何かを感じたのだ。

その時…。

 

「あっ!」

 

部屋のドアがガタリと開いて、フェイトが室内に倒れこんでくる。

どうやらドアの外で聞き耳を立てていたらしい。

 

「フェイト」

 

「ご、ごめんなさい、リニス。 でも、その子のことが気になって…」

 

呆れるリニスに、フェイトはシュンとしながらもチラチラとシュウトの様子を窺う。

どうやら気になって仕方ないらしい。

リニスは一つ頷くと、フェイトを側に呼んだ。

 

「フェイト、彼は今日からここに住むシュウトです。 フェイト、挨拶を」

 

「フェイト=テスタロッサです」

 

リニスに促され、フェイトがぺこりと挨拶をした。

 

「ボクはシュウト=ウオズミ」

 

「シュウト? 『シュウ』って呼んでいい?」

 

「うん、いいよ。 フェイト」

 

そういうシュウトの微笑みに釣られ、フェイトも花が開くかのような満面の笑みを見せる。

それを見ながらリニスは思った。

 

(もしかしたら…彼は神様がここにつかわしてくれたのかも知れない。

 私がいなくなった後、フェイトを支えてくれる存在として)

 

遠くない未来、確実に自分は最後の時を迎える。

それまでにフェイトには一つでも多くのものを残すつもりだ。

だが、それだけでは足りない。

自分亡き後にフェイトを支える者…そんな幻想にも似た思いをリニスはシュウトに抱いていた。

 

(願わくばこの子たちの出会いが、幸せな未来への一歩でありますように…)

 

笑い合うシュウトとフェイトを眺めながら、リニスはそう誰にでも無く祈るのだった。




ヒロインの登場、まだまだ準備期間


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第02話 蟹、誘拐犯をボコる

「そんじゃ、夜も遅いんでそろそろお暇します」

 

夜も暮れた高町家の前で、快人はぺこりと頭を下げていた。

なのはとの出会いから2年、快人は事あるごとに高町家に訪ねてくるようになっていた。

快人自身がなんのかんので寂しいというのもあるが、ほとんどは高町家の大人たちに心配され半ば強引に連れてこられているというのが正しい。

神様の力で7歳で一人暮らしが出来ていてはいるし、対外的な保護者というのも遠い親戚ということでいるにはいるが、やはり世間的に見れば非常に異質なのだ。

 

「あらあら、泊っていけばいいのに」

 

「そうだよ、せっかくだから快人くん泊っていけば?」

 

なのはの母と姉の、桃子と美由希が口ぐちにそう言うが、快人は首を振る。

 

「はは、お気持ちはうれしいですが、じいさんがいるとは言え家を長く開けるのは抵抗があるんで。

 それに…またどっかの寝相の悪い怪獣に蹴られるのは勘弁です」

 

「誰が怪獣なの! なのは怪獣じゃないもん!」

 

それを聞いたなのはが真っ赤になって怒りだすが、快人は肩を竦めて返した。

 

「お前だお前。 この間、俺の顔に思いっきり蹴りを叩き込んだの忘れたんじゃねぇだろうな?」

 

「う、それは…」

 

「器用だよなぁ、ぬいぐるみ抱きながら顔面へのキックなんて。 なぁ、怪獣!」

 

「もう、快人くんなんてキライ! もう一緒のお布団で寝てあげないもん!!」

 

「あははは、結構結構、これで怪獣被害にあわずに済むぜ」

 

快人の軽口に、頬を膨らませツーンと顔をそむけるなのは。

そんな幼い2人の様子を大人たちは微笑ましそうに見つめる…一人を除いてだが。

 

「…」

 

なのはの兄、恭也だけは視線だけで人が殺せそうな視線を放っている。

だがもう快人は慣れっこなのでその視線を黙って受け流した。

 

「それじゃ快人くん、またいつでも来るといい。

 なんなら、このままこの家に住んでも…」

 

「っと、その話はやめて下さい、おじさん」

 

なのはの父、士郎の言葉を快人は途中で遮る。

 

「お気持ちはありがたいんですが、どうしてもあの家を離れるっていうのは抵抗があるんで…」

 

「そうか…」

 

「では、おやすみなさい」

 

士郎は深くは追求せず、快人もそれに便乗して一礼をすると夜の街を進み始めた。

 

「しっかしもう2年か…」

 

なのはと知り合ってからもう2年、今ではよく夕食に招待されるようになっていた。

やはり両親が死に、血の繋がった家族がいなくてもこうやって構ってくれる誰かがいるのは嬉しいことだった。

 

「とはいえ、恭也さんの態度だけはどうにかならんもんかな」

 

恭也が快人に厳しい視線を送る理由は分かっている。

なのはのことを溺愛している兄だから…というのもあるがそれ以上に快人を警戒しているのだ。

快人は自分の力を人には気付かれないようにし続けているが、分かる人間には本能的に分かるのだろう。

大方、士郎を殺しに来た殺し屋か何かだと思われていると快人は思っているし、その予想は大方当たっている。

もっとも、士郎のほうも同じように快人の異常性に気付きながらもあくまで自然体でおおらかな対応をしていた。

この辺りが人生経験の差なのだろう。

 

「まぁいいや、とっとと帰って今日の修行に移るか…」

 

そう呟いて家路に就こうとした時だった。

 

「んっ…この小宇宙(コスモ)は?」

 

小宇宙(コスモ)は魂あるものすべてに宿る力だ。

知り合いの小宇宙(コスモ)がどこか近くで揺れている。

 

(この感情は…『恐怖』か?)

 

快人は辺りを見渡す。

すると、一台の車が通り過ぎていく。そこに乗っていたのは…。

 

(この間なのはと大喧嘩してたアリサとすずかじゃねぇか…)

 

穏やかでないものを感じ取った快人はゆっくりとその後を追うことにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「こんなガキども攫ってくればいいなんて楽な仕事だったな」

 

港の倉庫でそんなことを言っている男たちに、2人の少女は何もいうことが出来なかった。

アリサは気丈にも男たちをキッと睨みつけているが、それでもその身体は恐怖で小刻みに震えていた。

すずかに至ってはすでに泣きだしている。

 

「さて、お前らの親父さん達から金をたんまりいただくまでの間楽しいことしようぜぇ…」

 

そう言って誘拐犯たちは気味の悪い笑みを浮かべて2人に近付いていく。

 

手足を縛られたアリサとすずかには逃げる事はおろか、身動きも取れなかった。

 

「助けて…誰か助けて…」

 

すずかの泣きごとに、アリサももはや同じことを祈るしか出来ることなど無い。

その時だ。

 

『ドゴォォン!』

 

爆発のような音と共に倉庫の鉄製の扉が、まるで紙のように宙を舞う。

そしてその向こうには…。

 

「ちわーす。蟹で~す。

 幼女に迫る不埒なバカをぶっ飛ばして差し上げにきましたー」

 

まばゆく輝く黄金の鎧を纏った、同い年くらいの少年が立っていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「あーあ、お約束って奴だな、こりゃ」

 

倉庫の中の状態を見て、快人はそう呟く。

今の快人は蟹座(キャンサー)の黄金聖衣(ゴールドクロス)を身に纏い、顔の下半分をスカーフで覆い隠した出で立ちだ。

こうでもしなければアリサとすずかの知り合いである快人はその正体を隠せない。

もっとも、これで隠せているかどうか疑問ではあるのだが。

 

「な、なんだこのガキは!?」

 

明らかにうろたえている誘拐犯に、快人はため息交じりに言い放つ。

 

「だから、さっき言っただろ? お前らをぶっ飛ばして差し上げにきたってな。

理解力の無い大人だなぁ」

 

「舐めてんじゃねぇぞ、ガキ!」

 

そう言って駆けだそうとする2人の男だが…駆けだそうとした瞬間にばたりと倒れ込む。

快人は未だにドアのあった場所から動いていない。

 

「何…しやがった?」

 

「さて…ね」

 

そう言って快人はゆっくりと残った4人の男に近付いていく。

 

「く、死にやがれガキが!!」

 

そう言って4人の男たちは懐から銃を抜き快人に向かって乱射する。

だが…。

 

「傷一つつかないだと!?」

 

「そんな豆鉄砲でこの蟹座(キャンサー)の黄金聖衣(ゴールドクロス)が傷つくわけないだろ」

 

そう言って快人は面倒くさそうに手をあげる。

その途端、3人の男が糸の切れた人形のように倒れた。

 

「うっ、動くな!」

 

最後に残った1人が、アリサとすずかの2人に拳銃を向ける。

 

「動くなよ、動けばわかってるよな」

 

そんな男に、快人はぽりぽりと頬を掻く。

 

「あーあ、倒れた連中の後始末用に1人残しといたんだが…こりゃ、失敗だったわ」

 

「てめぇ、状況が分かってんのか!? 動くんじゃねぇ、動いたらこの嬢ちゃんたちの綺麗な顔に風穴が開くんだぞ!!」

 

快人のひょうひょうとした態度に、男が怒鳴るが快人は同じ調子のまま続けた。

 

「『風穴が開く』、ねぇ…ところで、これなーんだ?」

 

そう言って快人が見せたもの、それは黒光りする拳銃だった。

 

「え?」

 

男が自分の手を見る。そこにあるはずのさっきまで握っていた拳銃が、ない。

そして快人の手にしている拳銃こそ、男がさっきまで握っていた拳銃だった。

快人との距離は10メートル以上は離れている。

それをどうやったら、気付かれないうちに拳銃を奪うことができるのだろうか?

 

「ば…化け物…!」

 

「化け物とは心外だぜ。 俺はお前から銃を奪って、ここに戻ってきただけだ。

 気付かないお前がトロすぎるだけだよ」

 

快人の言っていることは正しい。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦闘速度は光速に達する。ただその速度で拳銃を奪って元の場所に戻ってきた…ただそれだけの種も仕掛けもない。

 

「それじゃ、そろそろ眠れ」

 

そう言って手を振り上げた瞬間、男は意識を失い倒れた。

 

「まぁ、当然だけど修行の準備運動にもならねぇな。

 で、大丈夫か?」

 

快人が一瞬にしてアリサとすずかを縛っている縄を小宇宙(コスモ)を集中した手刀で断ち切る。

 

「エクスカリバー! …なーんちゃって」

 

「あ…ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます。誰だか知りませんが、お礼を言わせて頂きます」

 

そう言って立ち上がってお礼を言うすずかとアリサを見て…正確にはアリサを見て快人はぽかんとしていた。

 

「? あの…」

 

「アリサ、お前は『ここに来て靴をお舐め、汚らわしい豚野郎!』とか、素で言っちゃう奴だろ。

 何、その猫かぶり? え、鳥肌立つんだけど?」

 

「ちょ、ちょぉぉぉっと待てぇぇ!! あんた、アタシにどういうイメージ持ってんのよ!!?」

 

「いや、だから『ここに来て…』」

 

「繰り返さんでいい!!」

 

あまりの言葉に、アリサは他所行きのお嬢さまの仮面を脱ぎ棄てた。

 

「そこ行くとすずかはイメージ通り守ってあげたくなるお嬢さまだな。

 うん、アリサのなんちゃってお嬢さまとは格が違う」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「何でアタシとすずかの扱いがこんなに違うのよ!!」

 

地団駄を踏むアリサだが、そこでハタっと気が付いた。

 

「アンタ…私たちを知ってるの?」

 

「やべっ…では俺はこれにて失敬するぞ」

 

慌てて快人が去ろうとすると、

 

「コラ待て! 今、『やべっ』って言った!!

 アンタやっぱり私たちの知ってる奴なんでしょ!

 名前、名乗りなさいよ!!」

 

アリサがそうやって呼び止める。

 

「そんじゃ…『正義の蟹 キャンサー・デスマスク』ということで…」

 

「全然正義っぽくない!! 大体、どう聞いても『デスマスク』って偽名でしょ!!」

 

「いやいや、世の中その名前が墓に刻まれちゃうこともあってだな。

 案外本名かも知れないぞ」

 

「んなわけあるかぁ!!」

 

「あはは! サラバだ!!」

 

快人は来た時と同じように、一瞬にして2人の前から姿を消したのだった。

 

「消えた…」

 

「なんなの、あいつ?」

 

遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

快人…『正義の蟹 キャンサー・デスマスク』が呼んだのだろう。

 

「あの人、何だったんだろ?」

 

「さぁ? もっとも、バカなのは間違いないと思うけど」

 

「お礼、しっかり言えなかったな…」

 

「次に会った時に言えばいいんじゃない? どうも近くにいるみたいだから。

 アタシも…次に会った時にはギャフンと言わせてやる!

 アタシのイメージを改めさせて、自分から『アリサお嬢さまの犬にして下さい』って言わせてやるんだから!!」

 

「あ、アリサちゃん…」

 

どうにも間違ったことに闘志を燃やす友人に、すずかは嫌な汗をかくのだった…。




アリサ・すずかとの邂逅。
無印開始までまだ遠いです。


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第03話 魚、誓いを立てる

「午前の訓練はここまでにしましょう、フェイト、アルフ」

 

滝のように汗を流すフェイトとアルフに、リニスが訓練の終了を告げる。

その瞬間、張りつめた空気が霧散し、フェイトとアルフはへたり込んだ。

 

「はぁはぁ…」

 

度重なる魔法行使で疲労した身体に荒い息を付くフェイト。

そんなフェイトに、スッと横からタオルが差し出された。

 

「お疲れ様、フェイト」

 

「ありがとう、シュウ」

 

フェイトは幼馴染からタオルを受け取り、身体の汗を拭う。

タオルの柔らかさと程よい日の温かさがなんとも心地よかった。

 

「はい、これ」

 

そう言って続けてシュウは持ってきた容器のものをコップに注ぎ、フェイトへと差し出した。

辺りに程良い花の香りが漂う。

一口飲んでみると、少し苦みを持った心地よい冷たさが全身に染みるように広がる。

それだけで疲れがとれるようだ。

 

「相変わらず美味しいね、シュウのローズヒップティは」

 

シュウが育てている薔薇園の薔薇で作ったローズヒップティが、フェイトはいたくお気に入りだった。

 

「そう言って貰えると、ボクの薔薇たちも喜ぶよ」

 

そう言ってほほ笑むシュウにフェイトがつられて笑う。

 

「おーい、あたしらにも分けとくれよ」

 

「分かってるよ、アルフさん」

 

そう言ってシュウは立ち上がると、フェイトへと手を差し出した。

 

「行こう、昼食の準備は出来てるよ」

 

「…うん」

 

フェイトはシュウトの手を取ると、2人で歩きだした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「相変わらずシュウのご飯はおいしいね」

 

「ホントだねぇ。 顔と言い、あんたホントは女なんじゃないかい?」

 

「あはは、ボクはこう見えてもれっきとした男だよ」

 

ここは時の庭園の片隅にシュウトの作った自慢の薔薇園。

そこでシュウト、フェイト、アルフ、リニスの4人は揃って昼食を取っていた。

仲よく昼食を食べる3人を見ながら、リニスは思う。

シュウト=ウオズミが時の庭園で暮らし始めてからすでに2年の時が経過していた。

始め、プレシアは自分の意に反してシュウトを生かしておいたリニスに眉をひそめたが、リニスの説得によって一応の納得をした。

曰く、

 

「フェイトがこれからの厳しい特訓に耐えるのは、精神の安定が不可欠。

 同年代のシュウトの存在はその助けになる。

 フェイトが強くなることはあなたの狙いと一致しているはず」

 

ということである。

プレシアとしてはそれはそれで正しい意見ではあったし、自分の研究さえ邪魔しなければどうでもいいとも考えていた。

シュウトの魔力がFランクということもあり何かあっても脅威にはならないだろうと考え、リニスの提案にプレシアは乗ったのである。

以降、シュウトはフェイトの友達と言う名の『精神安定剤』としてここで暮らしている。

そんな彼に、たぐいまれな家事技能と園芸の才能があったことはリニスにとっては嬉しい誤算だった。

シュウトが来て以降、確実に周辺環境の質は向上し、フェイトの幼い精神は驚くほどに安定している。

しかし…。

 

(それ以上の何かが、この子にはある…)

 

リニスはそう考えていた。

例えば、シュウトにはどうやっても見つけられない『時間』がある。

1日のうちにそれこそ1時間程度の間であろうが、どんなに魔法で探査しても見つける事ができないのだ。

最初は何かしらの魔法をシュウトが行使している可能性を疑ったが、どう考えたところで魔力Fランクでデバイスも持たないシュウトがそんな魔法を使えるはずがない。

では何かのレアスキルかとも疑ったが、それにしても1時間にもわたってその状態を維持し続けるなんて常軌を逸している。

結果として、リニスは正体不明の『何か』を持っているのではないかという漠然とした推測しかできなかった。

だが、シュウトの『力』に関しては何一つ分からなかったリニスだが、一つ確かにわかったことがある。

それは、シュウトとフェイトの間には強い絆が生まれているということだ。

 

(これなら…フェイトのことを託せるかもしれない)

 

もう自分の時間はほとんどない。

自分の最後の仕事であるフェイトの専用デバイスは最終調整を残すのみ。

ならば…。

 

(…彼に話をしましょう)

 

リニスは決意を含んだ瞳で一人頷くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

その日の夜、リニスはシュウトを呼び出していた。

場所はシュウトの育てた薔薇園である。

 

「リニスさん、話って何ですか?」

 

「ええ、でもその前にあなたのお茶を淹れてくれませんか?」

 

「いいですよ」

 

シュウトは言われるままにローズヒップティを淹れる。

リニスはその薫り楽しむと、お茶を一口、口に含んだ。

 

「美味しいですね。 本当に…美味しい…」

 

そう言ってリニスは夜空を見上げる。そこには美しい星がまたたいていた。

 

「それでリニスさん、話ってなんですか?」

 

そう言ったシュウトにリニスは意を決して話を始める。

 

「私がフェイトのためのデバイスを作っていることは知っていますね?」

 

「もうすぐ完成するんですよね?」

 

「そう、そしてそれがプレシアが私に与えた最後の指示。

 これが終われば…私は消えるでしょう」

 

その言葉は、ゆっくりと、だがしっかりとその場に響いた。

 

「シュウト…あなたはフェイトを、どう思いますか?」

 

「どうって…?」

 

「…私はプレシアの使い魔です。

 だから、主人のことを多く語ることはできませんが…プレシアは危険なことを考えています。恐らく人としての最後の一線を超えてしまった、危険に過ぎる事を。

 そしてこのまま行けば…フェイトはそのために使い潰されるでしょう。

 あなたは、どう思いますか?」

 

「…なんでその話をボクに?

 フェイトを守る、使い魔のアルフに話すべきじゃないですか?」

 

「あの子の性格から、こんな話を聞けばプレシアのところに殴りこみを掛けますよ。

 そうなればどんな悲劇が待つのか…分かるでしょう?」

 

その言葉にシュウトは頷く。

 

「…フェイトはあなたが来てからよく笑うようになりました。本当の心の底からの笑顔で…。

 私はあなたこそが、フェイトの笑顔を守る者だと思っています。

 だから…どうかお願い。何があっても、フェイトの側にいて支えてあげて。

 これから死にゆく私を憐れと、欠片でも思うなら…お願い、シュウト」

 

そう言ってリニスは懇願する。

そう、懇願だ。こうすれば情に熱いシュウトが必ず頷くと知り、シュウトの退路を断ちながらの卑怯な言葉だ。

でも、どんなに汚くても必ず頷いてもらわなければ困る。

フェイトの進むべき未来に自分はいないのだから…シュウトには自分の代わりにフェイトと共に歩んで欲しいから。

どれだけの時が過ぎただろうか?

沈黙していたシュウトが椅子から立ち上がり、口を開く。

 

「家族を全て失って、帰る場所を失って…ボクはここにたどり着いた。

 そんな見ず知らずのボクに、リニスさんはずっとやさしく接してくれた。

 リニスさん…ボクはあなたを『姉さん』だって思っていたんだ。

 だから…誓います。

 ボクの姉リニスと、ボク自身の心に。

 ボクはどんなことがあっても、フェイトを守り支えます」

 

そして…シュウトは胸元のペンダントを握りしめた。

 

「そして今、その誓いの証を見せます。 魚座聖衣(ピスケスクロス)!!」

 

シュウトの言葉と共に、黄金の光が溢れる。

思わず目を閉じたリニスだが…目を開けた先には黄金の鎧を纏ったシュウトの姿があった。

バリアジャケットとは明らかに違う、神々しさを放つ黄金の鎧。

それを装着したシュウトは黄金の闘士だった。

そんなシュウトが、リニスの目の前で跪く。

 

「魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウトの名にかけてここに、姉リニスに誓います。

 いついかなる時も、フェイトを守ると」

 

リニスにはシュウトの言う言葉の半分以上は意味が分からなかった。

シュウトが何なのか、この力は何なのか、何も分からない。

だが、そんなものはどうでもよかった。

あの星空と同じ輝きを放つ鎧を纏うシュウトが、フェイトを守ると誓うのだ。

だからリニスは目を瞑ると、満ち足りた顔のまま心の底から呟いた。

 

「ああ、これで安心ね…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そして数日後…宣言通り、リニスは消えた。

悲しみにくれるフェイトの側に寄り添いながら、シュウトは改めて心に誓う。

 

(フェイト、どんなことがあっても君を守るよ。 どんな敵、どんな運命からだって)

 

黄金の闘士は静かに、そして深くその誓いを心に立てるのだった…。




リニスは正直、この段階では助けようが無かったです…。
次回からやっと無印開始。


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第04話 蟹、魔法少女の誕生に立ち会う

世界が動く運命の時、9歳。

私立聖祥大学付属小学校からの帰り道を歩くなのは、すずか、アリサ、そして快人の姿があった。

 

「ねえ、今日の作文どうする?」

 

アリサのいうのは今日の宿題で出された『自分の将来について』というテーマの作文のことである。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんはもう決まってるよね」

 

「まあね、うちはお父さんもお母さんも会社経営だし。

 ちゃんと勉強して跡を継がなきゃって思ってるけど」

 

「私は機械系が好きだから…工学系で、専門職がいいなって思ってるけど」

 

アリサもすずかも小さいながら未来のヴィジョンはしっかりしたものを持っていた。

 

「そういうなのはは?」

 

「やっぱり翠屋の跡継ぎかな」

 

実家の経営する喫茶店『翠屋』、それを継ぐというのがなのはの最有力候補の道だろう。

だが…。

 

「でも…他の選択肢もあるのかなって思うの」

 

「まだ私たち小学生だからね、まだ将来決めるのは早いとは思うわよ。

 でも、さ…」

 

そう言うとアリサは隣を見る。

 

「ふぁぁぁぁ…んあ、なんだ?」

 

大きなあくびをし、眠そうな目をした快人を指さしてアリサは言った。

 

「こいつみたいに何も考えないでのらりくらり生きるのは最悪よ!

 早いうちに自分の将来のヴィジョンをしっかりしてた方がいいよ、なのは!」

 

「ちょっと待て、そりゃてめぇどういうことだ!」

 

「そのままの意味よ!

 アンタみたいにあれだけ授業中寝て、いつものらりくらり適当に生きてたら駄目って話をしてるの!!」

 

「寝ようが適当かまそうが、学校はテスト出来りゃ何とかなる。あのぐらい余裕余裕」

 

「くっ…それがマジだからムカつくわ」

 

アリサの悔しそうな言葉の通り、快人の成績は悪くない。

もっとも、それは転生前の知識のおかげだとは誰も知らない秘密だが。

 

「ったく、さっきから黙って聞いてりゃ…お前ら俺が将来について何にも考えてないとでも思ってるのか?」

 

「「「ウソ! まさか違うの!?」」」

 

「…3人とも素敵な言葉をアリガトウ、お礼にたっぷり拳骨をくれてやりてぇ気分だ」

 

ペキペキと拳を鳴らす快人に若干引きながらも、すずかは引きつった顔で続ける。

 

「す、すごいね快人くん。 どんな将来を考えてるの?」

 

「もう完璧だぜ。 まず…朝になるとなのはが俺を起こす」

 

「わ、私?」

 

突然快人の将来図に自分が出てきたことに驚くなのは。

 

「でもって、なのはの作る朝飯を喰う。 あ、朝飯だけじゃなくて朝昼夜全部な」

 

「そ、それってお嫁さん…」

 

「それでそれで!」

 

その考えに至ったなのはが顔を赤くし、アリサは面白がって先を促す。すずかも興味しんしんと言った感じだ。

 

「朝飯が終わるとなのはが仕事に出かけるんだ」

 

「で、快人も仕事に行くんだね?」

 

「うんにゃ、二度寝する」

 

「「「はぁ?」」」

 

何やら将来図の雲行きが怪しくなってきたようだ。

 

「で、なのはが作って置いた昼食を喰い、寝ながらテレビを眺める。

 それを夕方まで続け、なのはが仕事から帰ってきたらなのはの作る夕食を喰って寝る。

 これ、毎日繰り返し。

 どうだ、完璧な計画だろ?」

 

無駄に満ち足りたいい笑顔の快人に、即座になのはのツッコミが入った。

 

「それニートだよ、寄生虫だよ!! って、なのはに寄生する気満々なの!?」

 

「寄生虫とは失礼な。 男の夢の職業、『ヒモ』と呼べ」

 

「それダメ人間以外の何物でもないよ!」

 

「大丈夫、俺にも良心がある。 なのは以外にはたからないから」

 

「それ、絶対良心じゃない!!」

 

そんななのはの肩を、ポンとアリサとすずかが叩いた。

 

「快人くんをよろしくね、なのはちゃん」

 

「なのはがあれを引き受けてくれれば、世界はきっと良くなるわ。 ガンバ、なのは!」

 

「それただの生贄だから! お願いだから助けてよアリサちゃん、すずかちゃん!」

 

そんなやり取りに大笑いの快人。

なのははそんな快人の態度に頬を膨らませる。

 

「笑い事じゃないよ。 快人君だって真面目に将来考えないと」

 

「将来…ねぇ。 そんなもん本気で考えてどうすんだよ」

 

すると、快人からさっきまでのお茶らけた雰囲気が成りを潜め、変わりにあったのは思わずハッとしてしまうような雰囲気を纏った快人だった。

幼馴染のなのはは、快人がこんな雰囲気を放つ時の言葉を何度も聞いている。

 

「『命も幸せも塵芥』…今日にあったって、明日本当に存在しているのかもわからねぇ不確かなもんだ。

 だったら、命も幸せも今この時にあるものを楽しまなきゃバカだぜ。

 将来なんざ知ったことか。 今さえ繋げば、それは将来になるんだしな」

 

そう言って快人は遠い目をしていた。幼馴染のどこか寂しそうな横顔になのはは少しドキリとしてしまう。

アリサとすずかも、快人の両親がすでに他界していることは知っており、この言葉にはその影響が多分にあることを幼いながら察していたので何も言えなかった。

そんな、どことなく重くなった空気を払拭するかのように、快人は明るく言った。

 

「まぁ、そんなわけで俺の将来はよろしく、宿主さん」

 

「だからなのはも寄生されるのは嫌なの!!」

 

頭をポンポンと叩きながら相変わらずふざけたことを言う幼馴染に、なのはは頬を膨らませながら、そして少しだけ満足そうな顔で叫ぶのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「じゃ、私たち今日こっちだから」

 

アリサたち3人は、いつもとは違う道を曲がろうとする。

 

「あ? お前らどっか行くの?」

 

「うん、この先の動物病院にね。 昨日なのはちゃんが傷ついたフェレットを拾ったの。

 それでその子を見に行こうってことになって」

 

「なるほどな。 だから今日、なのはが始終そわそわしてたのか」

 

なのはの様子に合点がいったのか、快人がしきりに頷く。

 

「快人くんも来る?」

 

「…いや、やめとく。ちょっとやっときたいことがあってな」

 

なのはの誘いの言葉を断ると、快人は3人に背を向け歩き出す。

 

「アンタ最近付き合い悪いわよ」

 

「まぁ、こう見えて色々忙しくてな。

 じゃあな、また明日な」

 

「快人くんまた明日ね!」

 

なのはの声に手をあげて答える。

3人と別れた快人は公園へとやってきた。

憩いの場であるはずの一画…そこは立ち入り禁止となっている。

昨日までは普通だったはずなのに、そこには抉れた地面に折れた木、そして砕けた遊具が陳列する奇妙な光景が完成していた。

 

「ちっ…」

 

思わず快人から舌打ちが漏れる。

実際に見て分かった。これは間違いなく戦闘の跡だ。

 

「9歳…ついに始まったってことか」

 

この世界に生まれ落ちる前の女神との会話が思い出される。

 

「この現場には小宇宙(コスモ)を感じない。

 となりゃ、小宇宙(コスモ)以外の力を使う『何か』が街に入り込んでるってことか…。

 こりゃ、今夜あたりから街を巡回したほうがいいな…」

 

顎に手をあて、快人は思案する。

快人の戦うための力…聖闘士(セイント)の力はかなりのレベルに達していた。

どんな相手だろうと互角以上には戦える自信はある。

だが相手が複数…もしくは何らかの『組織』だった場合、全てを守りきって戦うのは難しすぎる。

だが…。

 

「『最強たれ』…ってか。

 女神の言葉通り、最強に敵どもぶっ潰して、最強に守りきってやってやりますか!」

 

脳裏を、この街で手に入れたなのはや恩人、知人たちの顔がよぎった。

『命も幸せも塵芥』…でも、無駄に散っていいものでもない。散らずに済むのなら、守れるのなら答えは一つ。

快人は決意を新たに、夕暮れの街を進んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そしてその日の深夜…遂に物語は始まった。

 

「? なんだこの奇妙な気配は?

 小宇宙(コスモ)じゃない。 だが…明らかに異質だ!」

 

街の異常を確認していた快人はそれを感じ取り、現場に急行する。

そこで快人が目にしたのは…。

 

「なのは!?」

 

そこには幼馴染のなのはと不思議な喋るフェレット、そして得体のしれない黒い影の塊のようなものがあった。

なのはは戸惑った様子だったが、フェレットに何かを言われ力強く頷くと渡された赤い宝玉を握り、朗々と聖句のごとく詠う。

 

「―――風は空に、星は天に。輝く光はこの腕に。

 ―――不屈の心は、この胸に! レイジングハート、セットアップッ!!」

 

その言葉と同時になのはの祈りが、想いが光となってその身を包んでいく。

 

(これは聖衣(クロス)? いや、違う。 って、それよりやべぇ!!)

 

一瞬なのはの姿に目を奪われるが、それより早く黒い影がなのはへと飛びかかる。

このままだとあの聖衣(クロス)らしきものを装着する前に、なのはに黒い影の攻撃が命中する。

 

「!!?」

 

その瞬間、今まで鍛え上げてきた己の小宇宙(コスモ)を爆発させ、快人は飛び出した。

そしてそれは、この世界での闘いの幕開けでもあった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

喋るフェレットの『ユーノ』、そして『魔法』という力。

深夜、不思議な声に呼び出されやってきたなのはの見たものは、それまで見てきた世界を一変させるものだった。

 

『君には魔法の才能がある。 お願いです、僕に力をかしてください!』

 

そう言って渡された赤い宝玉。

困っているユーノの助けになりたくて、なのははその力を手に取った。

言葉と共に、自分を包みこんでいく力を感じる。

でも…。

 

(あっちの方が早いの!?)

 

飛び掛かってくる黒い影。

それの方が、自分の準備が整うよりも早い…それを本能的に感じてしまった。

 

(駄目っ!?)

 

光の中で思わず目を瞑るなのは。

だがその瞬間、光が駆け抜けた。

 

「えっ?」

 

気が付けば、なのはは呆けたような声をあげていた。

あの大きな黒い影が千切れバラバラになっている。

そして目の前には、まるでなのはを守るように拳を突き出す男の子の背中があった。

分からない訳がない。

それは口が悪くて不真面目で、ちょっとイジワルだけど優しい優しい幼馴染の背中…。

 

「快人くん!?」

 

「よう、なのは。 こんな夜中に奇遇だな」

 

まるで朝学校で会ったかのような何でもない風の挨拶で、快人はなのはに振り返る。

 

「それに…面白そうなことになってるじゃねぇか」

 

目の前で徐々に再生していく影に快人は不敵に笑いながら言った。

 

「君も魔法の素質が…いや、魔力は感じない。 まさか一般人が結界内に!?

 危ないから下がって! そいつは普通じゃないんだ!!」

 

ユーノは切羽詰まったように言うが、快人は鼻で笑って返す。

 

「それはこっちの台詞だ、妖怪イタチ。

 その様子じゃ、なのはの戦闘経験は全く無いんだろ?

 何の予備知識もなく実戦に叩き込むなんて、ふざけたことさせんじゃねぇ!!」

 

「うっ…」

 

快人の言葉が正論なだけに、ユーノは言葉に詰まる。

 

「それに…実は俺だって普通じゃない」

 

「えっ?」

 

「なのは…お前に見せてやるよ。

 俺の秘密をな!!」

 

すると快人は胸元のネックレスを握り叫んだ。

 

「蟹座聖衣(キャンサークロス)!!」

 

その言葉と共に、快人から光が放たれる。

思わず目を瞑ったなのはだが、次に目を開いた時には黄金の輝きが目の前に立っていた。

まるで星の輝きを凝縮したような黄金色の鎧。

それを纏った幼馴染の姿が、なのはの目の前にある。

 

「綺麗…」

 

驚きのあまり、なのはの口から出た言葉は素直に思ったその言葉だけだった。

そんな驚くなのはに、快人はしてやったりといった風に名乗る。

 

「俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹座(キャンサー)の蟹名快人だ」

 

その言葉と共に、目の前に迫っていた黒い影を一撃の元に快人は吹き飛ばす。

 

「す、凄い! 魔力を持っていないのにあれを足止めするなんて。

 それにその鎧はバリアジャケットじゃない。

 君は一体…?」

 

「おい、妖怪イタチ。 そんな話は後だ。

 一体あれはなんだ? いい加減、うんざりなんだが…」

 

感心するユーノを遮って快人が顎で指す先では、黒い影は再び再生しようとしていた。

 

「あれは思念体、普通の攻撃では効果がありません! だから…」

 

「そうかい、意志だけの存在…言うなれば魂か亡霊の類か。

 なら…得意分野だ!」

 

そう言って、快人は開いた右手に小宇宙(コスモ)を集中させると、快人の右手で蒼い炎が燃え盛る。

そして、快人はそれを黒い影へと解き放った。

 

「積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

凄まじい勢いの蒼い炎の中で、あれだけの再生力を誇っていた黒い影が崩れ落ちていく。

積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)―――その蒼い炎は物体は元より、魂のような実体のない物も焼き尽くす煉獄の炎だ。

その炎にとって、不確かな意志の集合体である思念体など紙よりも燃えやすい。

 

「燃え尽きな!」

 

そう言って快人がパチンと指を鳴らすと、炎の勢いが増し黒い影が燃え尽きる。

そして…パキンという甲高い音と共に、何かが砕け散ると、それも跡形もなく燃え尽きた。

 

「ほい、終了!

 …何ボケっとしてんの、お前?」

 

快人はポカンとしているなのはの頭をポンと撫でるが、驚き過ぎたなのはは反応が薄い。

 

「…よし!」

 

そんななのはの頬を、快人はムニィっと引っ張ってみた。

 

「い、いはいいはい!!」

 

「おお、よく伸びる!」

 

「痛いよ、快人くん! どうしてなのはのほっぺ引っ張るの!?」

 

「いや、そりゃお前…誰だってほっぺがあったら引っ張りたくなるだろうが!」

 

「絶対普通じゃないから! 力説することじゃないから!!」

 

いつもの調子に戻ったなのはに快人は満足げに頷くと、ポンポンとなのは頭に触る。

 

「調子も戻ったみたいだし、そろそろ帰るか、なのは」

 

「う、うん。 でも…」

 

「聞きたいことなら、明日にでもゆっくり答えるよ。

 俺も現状をその妖怪イタチから聞きたいからな」

 

そう言って指差すのは驚愕に目を見開く喋るフェレット、ユーノ。

 

「魔力を使わずに、ロストロギアであるジュエルシードを破壊するなんてありえない…。

 君は一体…」

 

その言葉に、快人は不敵に笑って答える。

 

「だから言っただろ?

 俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹座(キャンサー)の蟹名快人。

 小宇宙(コスモ)を爆発させ戦う、最強の聖闘士(セイント)の一人さ」




無印編開始。
聖闘士のせいで内容は大幅に省略されていきます。


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第05話 蟹、現状を確認する

「ふぁぁぁ…」

 

眠い目をこすりながら制服姿のなのはが通学路を歩く。

 

「よう、おはよう、なのは」

 

すると後ろからポンと肩を叩いて快人がやってきた。

 

「おはよう、快人くん」

 

「お前、眠そうな顔してんなぁ…」

 

「昨日、帰った後にいろいろあって…」

 

そう言って、なのはは困った顔をする。

なのはの高町家は、古流剣術である御神流剣術を継ぐ家系である。

その剣士である父士郎や、兄姉の恭也と美由希はなのはの深夜の外出に気付いていたのだ。

結局、帰宅をすると家族全員が揃っており説明を求められたわけだが、本当のことを言うわけにも行かず、誤魔化す羽目になってしまった。

普通は子供の誤魔化し、と追及されるところだが、なのはは特に嘘の追求をされることなく、注意だけにとどまっている。

その辺りは普段模範的な暮らしで培った信用が功をそうしたといえるだろう。

 

「で、あの妖怪イタチは?」

 

「ユーノくんなら、まだ怪我の影響があるからって私の家で寝てるよ。

 あと、イタチじゃなくてフェレットだよ」

 

「どっちもおんなじじゃねぇか。

 で、なんか説明したか、あいつ」

 

「説明も快人くんと一緒にしようって言って、何にも聞いてないんだ」

 

「ふぅん…」

 

なのはの言葉に納得したのか、興味なさげに答える快人。

 

「それより快人くん。快人くんの昨日のあれは…」

 

「ストップだ、なのは」

 

昨日の快人の力について聞こうとしていたなのはを、快人は止める。

 

「これからは学校の時間だ。

 いつも言ってるだろ? 『幸せも命も塵芥』ってな。

 今は穏やかな『学校』って時間だ。慌てなくても放課後には話してやる。

 だから…今はこの時間を楽しめ」

 

「…うん」

 

聞きたいことはたくさんあった。

何を聞こうと考えてもいた。

でも、そう言ってどこか寂しそうな快人を見ると、なのはは何も言えなくなってしまった。

昨日の力を見てなのはは分かった。

快人の『幸せも命も塵芥』という言葉はきっと、想像以上に重い。

だから言われるままに、今はその『幸せ』の一つである日常を楽しもう。

 

「なのは、快人、おはよう!」

 

「なのはちゃん、快人くん、おはよう」

 

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん!」

 

手を振ってくるアリサとすずかに答えながら、なのはは手を振るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

放課後、快人はなのはと共に高町家へとやってきていた。

 

「お邪魔しまーす…って誰もいないんだ」

 

「この時間だとお父さんたちは翠屋だから」

 

すると、2階からフェレットのユーノがやってきて2人を出迎えた。

 

「お帰り、なのは。 それに君も」

 

「出たな、妖怪イタチ」

 

「だからイタチじゃなくてフェレットだよ、快人くん」

 

どうもユーノを快く思っていないのか、若干棘のある快人の言葉になのはは苦笑した。

 

「さて、これで昨夜の関係者が揃ったみたいだな。 それじゃ早速…」

 

快人の言葉になのはとユーノが頷いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「…って」

 

「げぇぇぇぇ、トキィィィィ!? なのは強キャラ使うのは反則だろ!」

 

「快人くんだって使えばいいのに…ところでなんで拳王さまでしゃがみ使わないの?」

 

「拳王さまは膝をつかないのでしゃがみはありません(キリッ」

 

「なんだって君たちはいきなりゲームしてるんだ!!」

 

目の前の惨状を前に、ユーノは思わず叫んでいた。

リビングで話をしようとしたところ、なのはが飲み物を用意しようと台所に行っている隙に快人がゲームを出して遊び始め、戻ってきたなのはがそれに合流してしまい今に至るのである。

 

「ご、ごめんなさいユーノくん。 つい…」

 

「つい、じゃないよ! もうこんな時間なんだよ」

 

いつの間にか時間は四時半、そうかからないうちに高町家の家族の誰かが帰宅するだろう。

これでは秘密の話も出来ようもない。

だが、そんな中快人はマイペースに言った。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「いや、問題大有りだよ君!」

 

地団駄を踏むフェレットという大変貴重なシーンを無視して、快人は言葉を続ける。

 

「わかったわかった、それじゃ始めるか」

 

「いや、その時間が無くなったから僕がこうして怒ってるんだけど」

 

その言葉に快人は笑う。

 

「時間ならあるさ。 たっぷりとな」

 

そう言って快人は胸元のネックレス、クロストーンを握り締めた。

 

「2人を俺の秘密基地に招待してやるよ」

 

「それはどういう…?」

 

「蟹座聖衣(キャンサークロス)よ、守護宮への扉を開け!」

 

ユーノの言葉をさえぎるように快人が言葉を紡ぐと、光が溢れる。

その光に思わずなのはとユーノは目を閉じた。

そして再び目を開けると…。

 

「ほぇぇぇぇぇ!?」

 

「ここは…一体?」

 

一変した景色に2人は驚きの声をあげる。

そこは白い石造りの柱が立ち並ぶ神殿のような場所だった。

 

「ここは蟹座の守護宮、『巨蟹宮(きょかいきゅう)』。 いうなれば別の空間だ。

 ここなら、誰に聞かれることもなく秘密の話ができるって寸法だよ」

 

「すごい! これが快人くんの魔法なの?」

 

「いや、俺は魔法なんて一切使えねぇよ。 その辺りの話もしてやるけど…」

 

「とりあえず何処かに座ったらどうだ、快人よ」

 

その声になのはたちが振り向くと、そこには白いローブのようなものを着込んだ老人の姿があった。

かなりの老人ながら、その眼光は衰えを見せてはいない。

なのははこの老人に何度か会ったことがある。

 

「えーと…清治おじいさん? 快人くんの遠い親戚だっていう…」

 

「久しいですな、なのは嬢。 お元気そうでなにより」

 

そう言って老人がなのはに会釈する。

 

「私の話はまた後で。 とりあえずは奥へ入りなさい」

 

そう言って老人―――セージに導かれ2人と1匹は奥へと入って行った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

巨蟹宮の奥には祭壇のようなものの前に、椅子と机一式が揃えられていた。

 

「私は茶を用意しよう。 なのは嬢と座って待っておれ」

 

「わかったよ、セージじいさん」

 

奥へ去っていくセージを見送り、快人はなのはの方を見る。

なのはとユーノは祭壇に鎮座する黄金の蟹―――蟹座聖衣(キャンサークロス)のオブジェ形態を見ている。

 

「ほぇぇぇ、金色の蟹さんだ」

 

物珍しそうになのはがそれを眺めると、蟹座聖衣(キャンサークロス)が動き出した。

 

「う、動いた!?」

 

「そいつは意思を持ってるからな、自分で動けるんだよ」

 

恐る恐るという感じでなのはが蟹座聖衣(キャンサークロス)を撫でると、蟹座聖衣(キャンサークロス)は頭を垂れるように体を低くすると自身の甲羅を爪で指す。

 

「もしかして乗せてくれるの?」

 

その言葉に頷くように、蟹座聖衣(キャンサークロス)は体を上下に揺する。

はじめはなのはも戸惑っていたが意を決して蟹座聖衣(キャンサークロス)に乗ると、蟹座聖衣(キャンサークロス)が歩き出す。

 

「あは、あはは! 早い早い!!」

 

ガチャガチャと音を立てて歩き回る蟹座聖衣(キャンサークロス)をなのははいたく気に入ったようだった。

 

「ありがとう、蟹さん」

 

しばらくして蟹座聖衣(キャンサークロス)が元の所に戻って来てなのはを下ろすと、なのははお礼を言いながら蟹座聖衣(キャンサークロス)を撫でる。

すると蟹座聖衣(キャンサークロス)は満足そうに身体を震わせた。

そんななのはの姿を見ていた快人が、感心したように蟹座聖衣(キャンサークロス)に手を伸ばす。

 

「へぇ…蟹座聖衣(キャンサークロス)ってそうやって乗れたのか。 こりゃいい、今度俺も乗せてもらうか」

 

そう言って蟹座聖衣(キャンサークロス)に触れようとした瞬間だった。

 

ガチャン!

 

「ぎゃぁぁぁぁ! 蟹爪(アクベンス)、蟹爪(アクベンス)が腕にぃぃぃ!!」

 

快人の伸ばした右腕が蟹座聖衣(キャンサークロス)のはさみで挟まれていた。

 

「てめぇ蟹座聖衣(キャンサークロス)! 何しやがる!!

 さてはてめぇロリコンだな! 幼女の尻以外乗せる気はねぇっていうロリコンだろ!!

 って、もう片方のハサミを下げろ! 事実を言われて怒るな、やめろ!!

 ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「…何をやっとるんだ、このバカ弟子は」

 

お茶を用意して戻ったセージは目の前の光景にただただ頭を抱えるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「では改めて自己紹介させてもらいます。 僕はユーノ=スクライア。こことは違う次元世界から来ました」

 

そう言ってユーノは説明を始めた。

ユーノはこことは違う、『魔法』という技術が発展した世界から来たという。

彼は遺跡発掘を生業としている部族のものだそうだ。

そしてある日、彼らの部族は古い古代遺跡の中から『ソレ』を発見してしまったという。

ロストロギア―――現在よりずっと発展していた古代魔法文明期の遺産の総称である。

現代の技術力では生成不可能な物品や、再現不可能な技術を指すものだそうだ。

彼の発見した21個のロストロギア、『ジュエルシード』は保管のために次元輸送船に積み込まれ輸送されていたが、その輸送船が事故か、人為的な災害のせいでこの地球―――もっと言えば日本にあるこの町…海鳴市へと散らばってしまったらしい。

 

「何とか1つめの『ジュエルシード』は封印出来たけど、そこで僕は力尽きて…それで、この世界の魔法の素質がある人に手伝ってもらおうと念話…魔力を使った会話で助けを呼んでみたんだ。

 そうしたら…」

 

「なのはがお前の声を聞いてやってきたってわけか…」

 

快人の言葉に、ユーノは頷いた。

 

「なのはの魔法の才能はすさまじいよ。 まさに『天才』って呼ぶにふさわしい才能を持ってる」

 

「そうなの? えへへ…」

 

「調子乗るな、アホタレ」

 

照れたように笑うなのはを、快人はこつんと叩いた。

 

「それで、その21個の『ジュエルシード』なるものはどう言った代物なのだ?」

 

セージに促され、ユーノは先を続ける。

 

「はい、『ジュエルシード』は手にした者の願いを叶えるいわゆる魔法の石です。

 ただ…とても不安定で、昨夜みたいに使用者を求めて暴走し、思念体となって周囲に被害を与えることもあります。

 たまたま手に入れた動物や人の願いを勝手にくみ取って発動することもある危険なものなんです」

 

「つまりたまたま拾った誰かが笑えないジョークで『世界なんて滅びちまえ』と思ったら、ホントに世界が滅びるってか?」

 

「それに見合う暴走が引き起こされる可能性は十分にあるね。

 あれの内包した魔力は次元震を起こすほどのもの。

 暴走すれば、最悪この世界が次元震によって次元の狭間に落ちて粉々に砕けてしまう…」

 

「そんな…」

 

ともすれば世界の破滅の危機というスケールの大きさに、なのはは声を失った。

 

「僕の目的は、21の『ジュエルシード』が害悪を及ぼさないように封印することです。

 でも今の僕の力じゃ、それはできません。 だからなのは、君に力を貸してほしいんだ。

 僕の渡したインテリジェントデバイス『レイジングハート』となのはの魔力があれば、『ジュエルシード』を封印できる。

 だから改めて僕に協力して欲しい。

 お礼なら必ずします。 僕も精一杯のサポートをするからどうかジュエルシードの封印に手を貸して、なのは」

 

「うん、もちろんだよ、ユーノくん!」

 

ユーノの言葉に、なのはは即座に頷いた。

 

「でもよぉ…何だって『封印』なんてまどろっこしい真似するんだ?

 封印なんて人のすることなんだから、封印をといて悪用しようって奴は必ず出てくるだろ。

 だったらまどろっこしいことは言わずに、昨日の俺みたくぶっ壊ちまえばいいんじゃないのか?」

 

「ロストロギアは古代魔法文明期の遺産、その歴史的・技術的な価値は計り知れないんだ。

 それらを解析することが出来れば技術の発展に繋がるから、おいそれと破壊なんてことは考えられないよ。

 それに…『ジュエルシード』はよっぽどのことが無い限り、絶対に破壊できないんだ」

 

快人の言葉に答えながら、今度はこちらの番といった感じでユーノが聞いてくる。

 

「今度は僕の方から質問させて欲しいんだけど、君には魔力を感じなかった。

 なのにあのジュエルシードを破壊したんだ。

 君の力に黄金の鎧にこの空間…この世界には魔法技術はないはずだ。

 だったらこの力は何なんだい?」

 

「あー、それは…」

 

「この力は小宇宙(コスモ)の力だ」

 

「「小宇宙(コスモ)?」」

 

説明しずらそうな快人に変わって、セージが答えるとなのはとユーノは揃ってはてな顔をする。

 

「小宇宙(コスモ)とは魂の力。

 己の内にある宇宙を感じ取り、それを高め燃え上がらせることで、空を裂き、大地を砕く闘法のことだ。

 そしてその力を自在に使い、星座の加護を受けた聖衣(クロス)…君らのいう鎧を纏って戦う闘士のことを『聖闘士(セイント)』と言う」

 

「小宇宙(コスモ)…それに聖闘士(セイント)…。

 すごい、そんな人たちが誰にも知られずにいるなんて!」

 

ユーノは感心したように言うが、快人はこの世界の聖闘士(セイント)は自分以外ではどこにいるかも分からない弟だけだと知り苦笑する。

 

「あれ、でも快人くん自分で『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』って言ってたよね?

 普通の聖闘士(セイント)とどこか違うの?」

 

「聖闘士(セイント)の前の黄金(ゴールド)っていうのは纏う聖衣(クロス)の種類、言ってみれば聖闘士(セイント)としての階級みたいなもんだ」

 

なのはの言葉に快人はそう答え、セージが続ける。

 

「快人の言う通り、聖闘士(セイント)の纏う聖衣(クロス)には種類がある。

 まず最も下の階級の青銅聖衣(ブロンズクロス)。

 そしてその上の白銀聖衣(シルバークロス)。

 これらを纏う聖闘士(セイント)はそれぞれ青銅聖闘士(ブロンズセイント)、白銀聖闘士(シルバーセイント)という。

 そしてすべての聖衣(クロス)の頂点、黄道十二星座の加護を得た聖衣(クロス)こそ黄金聖衣(ゴールドクロス)、そしてそれを纏うことを許された最強の聖闘士(セイント)のことを黄金聖闘士(ゴールドセイント)と言うのだ。

 快人は黄道十二星座の一つ、蟹座の黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏う黄金聖闘士(ゴールドセイント)なのだ」

 

「ってことは…快人くんって実は滅茶苦茶凄い人?」

 

「今更気付いたのか? 俺はいつだって凄い男だっただろう」

 

「いつだって変な幼馴染だったの」

 

「んだと、この!」

 

「いはいいはい! ほっぺ引っ張らないで」

 

ユーノとしては、なのはとじゃれあう快人を見ているとどうしてもそんな凄まじい人間には見えない。

だが、昨夜ジュエルシードを破壊した事実がその考えを改めさせる。

 

(もしかして…本気になったらどんな魔導士が束になっても敵わないんじゃないかな?)

 

そんな風にユーノは思うがそれは間違いであり、『本気にならなくても敵わない』という真実を知らないのは幸いなことだった。

セージはじゃれあう快人となのはに咳払いを一つすると、話を再開する。

 

「話を続けよう。 この空間『巨蟹宮』は蟹座の黄金聖衣(ゴールドクロス)の内包する別の空間だ。外界とは隔絶され、時間の流れすらも違う異なる世界だ。

 そして私は蟹座(キャンサー)の黄金聖衣(ゴールドクロス)が内包する魂の一つが快人の小宇宙(コスモ)によって具現化した存在、いわば蟹座(キャンサー)の黄金聖衣(ゴールドクロス)についた幽霊のようなものだ」

 

「幽霊!? 清治おじいさんって幽霊なんですか!?」

 

驚きの声をあげるなのは。

それと言うのも、授業参観や学校での用事のときには快人の保護者ということで着流しの和服のようなものを着て皆の前に現れていたからだ。

それが幽霊だったと言われても信じられるはずもない。

 

「小宇宙(コスモ)によって形作られた身体は、普通の人間と変わらぬように動くことができるのでな。

この身体でここにいる未熟な弟子を鍛えあげているというわけだ」

 

「ふん…」

 

そう言ってセージに頭を触られると、未熟と言われたことが不満なのか快人は鼻を鳴らした。

 

「して、今後のことだが、このような話を聞いては放ってはおけん。

 地上の愛と平和を守ることこそ聖闘士(セイント)の務め、未熟者ながらこの快人を協力させよう。

 なのは嬢は少々無茶をするところもあるからな、しっかり守るのだぞ。

 いいな、快人?」

 

「ふん、じいさんに言われなくたって最初っからそうするよ。

 まぁ、この俺が助けるんだ、大船に乗ったつもりでいろよ、なのは!」

 

「…泥船になりそうなの」

 

「はぁい、素敵なタワゴトを言っちゃってくれてるのは、このお口ですかぁ?」

 

「いはいいはい! 快人くんのイジワル!!」

 

じゃれあう快人となのはを見て呆れたように、だがどこか朗らかにセージが笑う。

この瞬間、黄金聖闘士(ゴールドセイント)快人と魔法少女なのはとのチームが結成されたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

話すべきことを終え、『巨蟹宮』から帰還した快人、なのは、ユーノの3人。

 

「すっかり遅くなっちゃったね」

 

ずいぶんと長い時間『巨蟹宮』で話し込んでいたため、おっかなびっくりと言った感じでリビングに戻ったなのはだが、そこで異常気付いた。

今の時刻は4時35分、『巨蟹宮』に向かってからたった5分しかたっていなかったのだ。

 

「だから言っただろ、時間の流れが違うって」

 

『巨蟹宮』での1日は現実での1時間に相当するらしいが歳を取ったりすることは無いということ。ここで長い間、快人は聖闘士(セイント)としての特訓に明け暮れていたそうだ。

ユーノは未知の力に驚き疲れ、なのははただただ素直に感心する。

そこでふと、なのはは快人に疑問を口にした。

 

「…快人くんって、夏休みとか宿題なんてやらずに毎日思いっきり遊びまわってたけど、宿題忘れたこと一度もないよね。

 もしかして…」

 

「…最終日の夜、3時間あれば『巨蟹宮』で宿題余裕でした」

 

「あー、ズルい!

それ、どんなに遊びまわっても宿題やる時間が3日もあるってことじゃない!!」

 

「分かった分かった、今度の夏休み最終日は一緒に『巨蟹宮』使わせてやるから…」

 

「やったー!」

 

夏休みの敵への強力な対処法を手に入れて、喜ぶなのは。

快人に引っ張られてか、案外狡賢いなのはなのであった…。




設定再確認の回。
話は何も進んでないです…。


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第06話 魚、地球の土を踏む

「プレシアさんがフェイトを呼び付けた?」

 

薔薇の世話をしながらその話をアルフから聞いたシュウトは、わずかに眉をひそめる。

 

「そうだよ、それも突然。

 あのババア、いつもは研究が忙しいとかで籠りっきりなのにどういう風の吹き回しなんだか…」

 

そうアルフは吐き捨てるように言う。

その態度が、アルフのプレシアへの感情をよく表していた。

 

プレシア=テスタロッサ―――魔力Sランクオーバーの実力を持つ大魔導士にして研究者のフェイトの母である。

シュウトは、このプレシアに会ったことはほとんどない。

いつも研究で忙しいという理由で食事は自室で済まし、顔を出すことはほとんどない。

そして姿を現しても、フェイトとほとんど会話することもなく再び自室へと戻っていくのだ。

フェイトがプレシアのことを好いているのはシュウトはよく分かっている。

フェイトが魔導士として厳しい訓練を続けて強くなろうといるのもプレシアの言い付けであり、それによって母に褒めてもらいたい・認めてもらいたいという感情がフェイトにあることをシュウトは気付いていた。

だがシュウトのプレシアへの印象は、はっきりと言えば最悪だった。

会ったことは数度程度だがその瞳…フェイトを、実の娘を道端の石でも見るかのような目で見下ろすのだ。

あれは人として何かが壊れてしまった目だとシュウトは確信している。

 

(そのプレシアがフェイトを呼び出した?)

 

リニスが最後にシュウトに伝えた言葉が脳裏に蘇る。

嫌な予感がシュウトの中を駆け抜けた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ロストロギアを回収してくる、って…フェイト! それがどういう意味かわかってるの!?」

 

戻ってきたフェイトから事の次第を聞いたシュウトは思わず叫んでいた。

聞けば、次元輸送船で輸送中だった願望成就型高魔力結晶体のロストロギア『ジュエルシード』合計21個が管理外世界にばら撒かれたらしい。

それを時空管理局より早く回収して来い、というのだ。

 

「フェイト…それが犯罪だっていうことは分かってるよね?」

 

「…」

 

シュウトの言葉に、フェイトは押し黙る。

次元世界を管理する組織、『時空管理局』により定められた法により、ロストロギアの不法所持は重罪となっている。

物によっては世界一つを破滅させることを考えれば無理からぬ話だ。

それは管理世界に生まれたシュウトとフェイトにとっては、当然知っていることだった。

 

「フェイト!」

 

「…わかってるよ、シュウ。

 でも…母さんの願いだから。私は母さんの娘だから、母さんの願いを叶えたいの」

 

フェイトは頑なだった。

 

「…フェイト、ボクはフェイトが心配なんだ。 時空管理局に捕まったら…」

 

「大丈夫、ジュエルシードが落ちた世界は魔法文化の無い管理外世界。

 それに時空管理局の艦艇は、すぐには出せない状態らしいの。

 これなら時空管理局が来る前に回収して、痕跡を消して逃げる事が出来る…」

 

「そういうことじゃないんだよ…」

 

シュウトは思わず天を仰ぐ。

それに、フッと笑うとフェイトは言った。

 

「大丈夫、心配しないでシュウ。 シュウはここで今まで通りにしていてくれればいいから…」

 

「…待った、それはフェイトだけで行くつもりだってこと?」

 

「アルフも一緒に行くよ?」

 

「…」

 

その言葉を発した瞬間から、フェイトは周りの温度が2、3度下がったような気がした。

いつも温厚で、側に寄り添ってくれた優しい幼馴染が、静かに怒っているのが分かる。

 

「フェイト…」

 

「え、シュウ…?」

 

シュウトはフェイトの肩をがっしりと掴むと、フェイトを正面から真っ直ぐに見つめる。

 

「フェイト、ボクたちはもう出会って4年の幼馴染。

 一緒に暮らして、一緒に笑って…フェイトと一緒に過ごしてきたんだ。

 これからも、ボクはフェイトと一緒に過ごしていく。

 ボクも、その世界に行く。 なんて言われたって、この決意は変わらないよ」

 

「でも…シュウは魔法が…」

 

「魔法なんか無くたって、フェイトを支える事は出来るよ。

 だって…フェイトの好きな食べ物はボクしか知らないからね。

 フェイト、実は好き嫌い多いもんね」

 

「…意地悪だよ、シュウ」

 

シュウトが表情を崩していたずらっぽく笑うと、フェイトも釣られたように笑った。

そしてフェイトは俯きぎみに、囁くように言う。

 

「ありがとう、シュウ。 ホントはね、凄く不安なんだ。

 でもシュウが居てくれると、それだけでその不安が和らぐの。

 何でだろう? 不思議だね」

 

「フェイト…」

 

「明朝にはここを発つから準備しておいて」

 

そう言って、フェイトはシュウトから離れて自室へと向かう。

そんな背中に、シュウトは問いかけた。

 

「ボクたちの行く世界は、何てところ?」

 

「第97管理外世界、現地惑星名は『地球』。 その『日本』っていう国だよ」

 

懐かしい単語に、フェイトの居なくなった廊下でシュウトは一人呟いた。

 

「地球? 日本?

 は、ははは…そっか、遂に始まるんだね」

 

9歳…この世界に生まれ落ちる前に、女神から知らされていた約束の時。

 

「この事件、間違いなく大きなものになる…」

 

そう確信を込めて呟くと、シュウトはある場所へと歩き始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

重厚な扉の一室、その扉をシュウトは躊躇することなく開けた。

 

「…ノックも無しなんて、礼儀を知らないのね」

 

奥から威圧感と共に、声が飛んできた。

奥の椅子に黒髪の女―――フェイトの母でありこの時の庭園の主、プレシア=テスタロッサだ。

まるで氷のような冷たい瞳でシュウトを見下ろす。その視線には感情が感じられない。

元は相当な美人だったのだろうが、長い髪はいくらかが傷つき、隠せないくまができていることで近付きがたい雰囲気に拍車がかかっている。

 

「フェイトから話を聞きました…それでいくつか確認したいことがあったので」

 

「…あなたに答える必要があるとは思えないわね」

 

そう言って興味なさげにプレシアはシュウトから視線を外す。

だが…

 

「ジュエルシードの使用目的は、あなたの病を治すことですか?」

 

シュウトの言葉に、プレシアはわずかに眉をひそめた。

 

「…何を言っているの?」

 

「巧妙に隠してますが、注意深くなればあなたの呼吸の乱れは分かります。

 それにここで料理をしているのはボクですよ。

 食品の消費量から健康状態の推察ぐらいはできますよ」

 

「…随分勘がいいみたいね、あなた」

 

シュウトに興味をもったのかプレシアがゆらりと視線を巡らす。

 

「それで、質問には答えてもらえるんですか?」

 

「…ええ、その通りよ。 これは不治の病。

 ロストロギアのようなものでもない限りどうしようもない。

 『運良く』願望成就型ロストロギアが管理外世界に落ち、『運良く』管理局がすぐに動けない今しかないのよ」

 

「『運良く』…ですか。 あなたの運は、確率計算の歴史に間違い無く一石を投じますよ」

 

プレシアの言葉に、シュウトは皮肉を込めて言い放つ。

やはりフェイトの話を聞いてから随分と都合がよすぎると思ったが、一連の事件の裏でプレシアが暗躍していたようだ。

恐らくハッキングか何かで次元輸送船に細工をしたのだろう。

そして…。

 

(間違い無い、プレシアの目的は病を治すことなんじゃない…別の目的がある)

 

その予想は話をして確信に変わった。

そして…。

 

(奥から微弱な小宇宙(コスモ)を感じる…あの奥、何かがある。

 いや、何か…『いる』!)

 

恐らくそれこそがプレシアの真の目的だとシュウトの直感が告げていた。

 

「言いたいことはそれだけ? だったら下がりなさい」

 

「ええ、明日からフェイトと一緒に地球なので休ませてもらいますよ」

 

シュウトはそう言って部屋を出て行こうとするが、その途中で振り返ると最後に質問する。

 

「最後に一つ、あなたはこの一件が無事終わったらどうしたいんですか?」

 

「そうね…娘とピクニックにでも行きたいわね」

 

(嘘は言っていない…でも何かおかしい…)

 

シュウトはその言葉にそんな感想を抱く。

 

「そうですか…では」

 

シュウトはそれだけ言うと手早く自室へと戻る。

そして、辺りを確認してからシュウトは胸元のネックレス、クロストーンを握り締めた。

 

「魚座聖衣(ピスケスクロス)よ、守護宮への扉を開け」

 

シュウトが言葉を紡ぐと、光が溢れる。

慣れ親しんだその光が過ぎれば、シュウトの辺りの景色は変わっていた。

ここは『双魚宮(そうぎょきゅう)』…魚座の守護宮である。

 

「シュウトか。 どうしたのだ?」

 

「お師様…」

 

シュウトがその方向を見れば、髪の長い男が石造りの椅子で本を読んでいる。

一見すれば女性のようにも見える、絶世の美丈夫である。

この人物はアルバフィカ…セージと同じく、魚座(ピスケス)の黄金聖衣(ゴールドクロス)が内包する魂の一つがシュウトの小宇宙(コスモ)によって具現化した存在であり、シュウトの師でもある人物だ。

 

「お師様、明日…ボクは『地球』に行くことになりました」

 

「ほう…この世界にも『地球』が存在するのか。

だがその様子では喜ばしい帰郷ではないのだろう?」

 

シュウトは頷くと、今までの事情を話し始める。

 

「成程、親でありながら実の娘を道具の如く、悪の道に使うか…許せぬ話だ。

 だが、解せないな。 ロストロギアという貴重品を強奪し使用することのリスクは分かっているだろう。

 それでも成したい何かがある…お前はそう、読んでいるのだな?」

 

「はい。

プレシアの狙いは治療なんかじゃない、もっと大きなことだと思います」

 

シュウトの話を聞いて、アルバフィカは考え込むが、すぐに肩を竦めた。

 

「ここで如何に考えたとて真実は見えようはずはないか。

 辛い道になるかもしれない。

 だがお前はあの少女…フェイトを守るのだろう?」

 

「何があろうとフェイトは守ります」

 

それは姉リニスとの、そして自分が心にかした誓い。

そう迷い無く答えるシュウトを見て、アルバフィカか空を仰いだ。

 

「人との交わり…か。

 お前は魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)でありながら、孤独となる必要はない稀有な力を持っている。

 私は少し、お前が羨ましいよ…」

 

「お師様…」

 

「シュウトよ、人との交わりによって得たもの…それを己が『誇り』としろ。

 そして…その『誇り』を守り、『誇り』のために命を賭けよ。

 いいな、シュウト?」

 

「はい、お師様…」

 

シュウトは師の言葉を深く心に刻み込むのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「『地球』…綺麗なところだね、シュウ」

 

「うん…」

 

地球へとやってきた日の夕方、シュウト、フェイト、アルフは海岸沿いを歩いていた。

他の次元世界には無い、懐かしい海の香りと風と空気、そして赤い沈む夕日…やはり転生しようともこの『魂』の故郷は地球なのだと自覚する。

今日一日はここでの拠点を作ったりするなど、足場を固めていた一日だった。

と、歩くフェイトがスッとシュウトの手を取る。

 

「そろそろ帰ろう、フェイト。

 今日はこの世界らしい料理を作るから」

 

「ふふっ、楽しみだね」

 

歩くフェイトがスッとシュウトの手を取る。

そんなフェイトにシュウトも笑みを返すと、拠点へと帰っていく。

こんな穏やかな日々がいつまでも続くことを願いながら。

 

ちなみにその日の夕食は焼き魚定食という和食で、フェイトが箸を使えるシュウトを随分と奇妙に思ったが、これは別の話。




フェイトが地球に到着しました。


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第07話 蟹と魚、再会する

市街地に現れた巨大な樹木がアスファルトを砕かんとする。

だが、その巨大な樹木の末端から突然蒼い炎が燃えだし、その節々を焼き焦がした。

それによって、周囲を破壊しようとしていた動きが止まる。

一瞬にして丸裸同然になった樹木。そして、その場に場違いな能天気な声が響いた。

 

「おーい、なのは。 露払いは終わったぞ。

 一発ドカンとやっちまえ」

 

「うん! レイジングハート!!」

 

『イエス、マスター』

 

ビルの屋上で快人が蒼い炎を掲げながら言うと、なのはが自身の杖に魔力を叩き込む。

杖がそれに答え銃身(バレル)を展開、なのはがグリップをしっかりと掴み、一点を狙う。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル10……封印!!」

 

放たれたのは桃色の光線。

その一撃は狙い違わず暴れまわる巨木の中心―――ジュエルシードを的確に掴んでいた。

その光景を横目で見ながら、快人は思う。

 

(こいつ…もう聖闘士で言ったら青銅(ブロンズ)、下手すると白銀(シルバー)に片足入りかけてるぞ)

 

なのはは魔法と言う力に触ってからまだそんなに間が無いというのに凄まじいまでの急成長を続けていた。

ユーノがなのはを『天才』と称していた理由が今なら良く分かる。

 

(魔法か…聖闘士(セイント)には無い戦い方だな)

 

聖闘士(セイント)は基本的には1対1を原則としているから効果範囲の狭い技が多いが、なのはの魔法は広域に対する効果がある。

そして空中を自在に駆けまわる機動性…黄金聖闘士(ゴールドセイント)なら小宇宙(コスモ)を使って空中すら駆けまわれるが、そうできない青銅(ブロンス)・白銀(シルバー)クラスには驚異的だ。

 

(こいつが成長しきったら『魔王』とか『冥王』とか呼ばれたりしてな)

 

空中から暗く嗤いながら破壊の閃光をばらまくなのは…想像したら、案外しっくりしていて嫌な気分になってしまった。

 

一方のユーノも、快人と同じような感想をなのはに抱いていた。

 

(才能はあると思っていたけど、まさかこれほどなんて…)

 

今回で回収できたジュエルシードは2つ、つまりなのはは実戦らしい実戦を2度しか経験していない。

その中でなのははすでに自分の天性の戦闘スタイルを確立させていた。

すなわち『強力な装甲と圧倒的な火力で敵を殲滅する砲撃戦型魔法少女』というスタイルである。

これを末恐ろしいと言わずして何と言おう?

 

「どうしたの、快人くん?」

 

どうもじろじろ見過ぎたらしい、なのはが小首を傾げながら聞いてきた。

 

「いや、どう見てもお前『魔法少女』じゃねぇなぁ…と思ってさ」

 

そう言って指差す先のなのはの姿はこれまた凄かった。

小学校の制服を元にした白い服に、アーム、レッグ、ボディと各所を装甲が覆っているのが見ようによっては聖衣(クロス)に見える。

そして腰だめに持つのは先端が二又に分かれた槍のような杖。

ナックルガード付きのグリップでホールドするその杖は、もはや対戦車ライフルの様相である。

 

「さしずめ『魔砲少女』ってか? ほら、恋の魔砲をブッぱなせ」

 

「撃つと動くよ?」

 

「人に危険物の銃口向けるんじゃねぇ! この魔バスターランチャー少女!!」

 

「何それ! 撃っちゃったら歴史に名が残っちゃうの!?」

 

わいわいぎゃあぎゃあいつもの調子の快人となのは。

そんな2人を横目にユーノはため息をつく。

 

「こんな調子で大丈夫なのかな」

 

この数日で2人の実力の高さは十分すぎるほど理解していたのに思わずそんな言葉が漏れてしまうのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「…これ」

 

「恐らくジュエルシードの事件だろうね」

 

シュウトは、フェイトとアルフと居間でテレビを見ながら呟く。

突然現れた巨木という異常な事態に、ニュースはさっきからその話題で持ちきりだった。

だがシュウトたちとしてはそれ以上に気がかりな点がある。

それは…。

 

「私たち以外にもジュエルシードを集めている魔導士がいる…」

 

「だろうね、そうじゃなきゃ魔法技術も無いこの世界じゃ、ジュエルシードを止めるなんてできないだろうし」

 

フェイトの言葉に、アルフは相槌を打つ。

だが、シュウトはもう一つの可能性を考えていた。

 

(もしかして…兄さんか?)

 

自分と同じく黄金聖闘士(ゴールドセイント)の兄なら、ジュエルシードなどどうとでもできる。

 

(兄さん…)

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を持った兄弟の再会の時は近い…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ジュエルシードを探す傍ら、快人となのははもちろん普通の小学生としての日常も滞りなく送る必要がある。

そんなわけで、その日快人となのはは、アリサとともにすずかの家の月村家へと遊びに来ていた。

 

「ほぇぇ、すずかちゃんの家は相変わらず凄いの」

 

思わずなのはが呟くが、それも無理からぬ話。

落ち着いた佇まいの豪邸の庭は、猫たちで溢れかえっていた。

すずかが拾ってきた猫たちである。

どうにも捨てられた猫たちを見捨てられないすずかが拾ってきて、里親が見つかるまでここで育てているのだ。

 

「あはは、かわいいー!」

 

「ほーら、よしよし」

 

「ふふっ、ゆっくりしていってね、なのはちゃん、アリサちゃん」

 

猫と戯れる3人の美少女はとても絵になっていた。

さて、その頃もう1人はというと、

 

「寄るな、触れるな、噛むなぁぁ!」

 

大量に群がってきた猫たちに揉みくちゃにされていた。

どういうわけか快人は猫を引き寄せる体質だったらしく、猫が次から次に寄ってくるのだ。

 

「ふふふ、快人くん大人気だね」

 

「すずか、これがそう見えるんなら眼医者にいけ!

って、噛んだ! 今噛んだ!!」

 

「うっさい男ね、甘噛みくらい可愛いもんじゃない」

 

「違う! 今絶対捕食的な噛み方だった!!

 ってやめろ!

 ら、らめぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「く、くそぉ…絶対、謝罪と賠償を要求してやる…」

 

快人がなのは達のテーブルについたのは、猫によってぼろぼろになったあとのことだった。

 

「あはは、お疲れ様快人くん」

 

「おい飼い主、俺は怒ってるんだぞ。 ここは謝罪の言葉が来るところだと思うんだが?」

 

「まぁまぁ、はいチョコケーキあげるから」

 

「そ、そんなものに俺が釣られ…」

 

「帰りにお土産で1ホール」

 

「すずか様を我が主と認める」

 

「「軽ッ、プライド軽!」」

 

恭しく頭を垂れる快人に、なのはとアリサのツッコミツープラトンが即座に入った。

 

「バカ者、俺は誇り高い男だ。

 だがなぁ、なのは…プライドじゃ、腹は膨れないんだ」

 

「格好悪いから、それものすごく格好悪いから常識的に考えて」

 

「常識は投げ捨てるもの!」

 

「いや拾ってよ、お願いだから!」

 

そんな快人となのはのやり取りを見て、アリサとすずかはポンっとなのはの肩を叩いた。

 

「やっぱりなのはちゃんと快人くんはお似合いだよ」

 

「あのバカをよろしくね」

 

「なんで2人は顔をそむけながらそういうこと言うの!? お願いだから助けて!!」

 

なのはの切なる声を、親友二人は明後日の方向を見て無視した。美しきは友情である。

そのせいで、ちょっとなのはが泣きそうになっていたのは秘密だ。

そんな穏やかな午後を過ごしている最中のことだった。

 

「「「!?」」」

 

快人となのは、そして連れて来ていたユーノはその瞬間異変を感じ取る。

これはジュエルシードの発動した感覚だ。

 

「あっ、ユーノくん!」

 

なのはの膝からユーノが飛びだし、裏庭へと入っていく。

 

「ごめんね、私ちょっとユーノくんを探して来る」

 

それを口実になのはは席を立った。

 

「そんじゃ、俺も行くか」

 

快人もゆっくりと席を立つ。

 

「追いかけるの?」

 

「あいつ運動音痴だからなぁ、何かあったら俺が困る。

 具体的には俺の素敵な将来のヒモ生活が崩れる。

 寄生する以上、宿主さまは守らないとな」

 

「あ、あはは。 いってらっしゃい、快人くん」

 

「なのはも大変ね、こんなのに寄生されちゃうなんて。

 これがホントの寄生事実?」

 

「誰がうまいこと言えと」

 

ズビシッとアリサにチョップをしてから快人も席を立ち、裏庭へと入っていく。

裏庭…とは言ったが、多くの樹木が生い茂る様はもはや小規模の森である。

どうやらユーノが結界を張ってあるらしく奇妙な気配で満ちていた。

 

「さぁて、どんな様子かね…」

 

そして快人の視線の遥か彼方では…

 

「!? なのは!!」

 

なのはに向かって雷撃を放つ、黒い少女がいたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

森にアルフとシュウトを置いて1人進んだフェイトは、そこで白い魔法少女と出会った。

 

「あなたは…誰?」

 

「…」

 

ジュエルシードの影響で巨大化してしまった猫の傍らで、白い少女―――なのはは問うがフェイトは答えない。

答えるはずはない、母の願いでどうあってもジュエルシードを集めなければならないフェイトにとって、自分以外のジュエルシードを集める目の前の少女は邪魔者以外の何者でもなかった。

 

「…バルデッシュ」

 

『イエス、サー』

 

フェイトの呼びかけに答え、フェイトの持つデバイス『バルデッシュ』が即座に反応、魔力が鎌状の光の刃を形成する。

そして、フェイトは迷うことなくなのはへと突撃を開始する。

 

「!?」

 

それに気付いたなのはがシールドを展開、フェイトを防いだことで予期せぬ戦いの火蓋が切って落とされる。

だが、その差は明らかだった。

 

(大丈夫、勝てる…!)

 

フェイトは数度のぶつかり合いの後、そう心の中で呟いた。

天才的な才能を持つなのはだが、魔法に触れたのはごく最近のことでしかない。

うって変わって、幼少期から魔導士として厳しい訓練を続けてきたフェイト。

その差は明らかだった。

フェイトから必中の電光がなのはへと放たれる。

 

(防げないの…!)

 

明らかな直撃のコースを取るそれに、なのはは目を瞑り身体を固くする。

だが、このときなのはは完全に忘れていた。なのはには、文字通り風よりも早くやってくる心強い相手がいる事を。

 

「ほい、っとぉ!」

 

「!?」

 

なのはの前に瞬く間に割り込んだ人物が無造作に手を振るっただけで、フェイトの放った電光は霧散した。

そんなことができる人間は1人しかいない。

 

「快人くん!」

 

私服のままの快人が、なのはを守るように立ちはだかる。

 

「蟹名快人さま、ただいま参上。 無事か、なのは?」

 

「うん」

 

「そりゃ結構。 で、お前と戦ってたあのビリビリ女はお友達か?」

 

その言葉に、なのはは首を振る。

 

「ううん、知らない娘。 でもお話聞きたいなと思って…」

 

そう言うと、快人は楽しそうな顔で頷いた。

 

「OK、OK。

 つまり俺は、

 『君が! 話を聞くまで! 殴るのをやめない!!』

 をやりゃいいんだな?」

 

そう言って快人はポキポキと指を鳴らした。

そんな快人をなのはは慌てて止める。

 

「お、女の子を殴っちゃダメ!」

 

「女だろうが、悪い奴にはぶちかますのが俺クオリティ。

 ちなみにバリエーションには

 『君が! 死ぬまで! 殴るのをやめない!!』

 ってのもあるが?」

 

「絶対だめぇ! 暴力禁止!!」

 

「そうは言うが、向こうさんはやる気みたいだぞ」

 

そう言って快人の指さす先では、フェイトが油断なく杖を構えている。

 

「え、でも…」

 

「大丈夫、手加減するから。 ほら、ちょっとだけ、な?」

 

「…怪我させたら絶対ダメだからね」

 

「わかったわかった、善処するよ」

 

そう言ってひらひらと手を振ると、快人は一歩前に出る。

 

「待たせたな」

 

「…待っていません。 邪魔しないでくれませんか?」

 

そう言って油断なく構えるフェイトだが、その内心では相手の異常性に困惑していた。

 

(魔力反応は…やっぱり無い。 どういうこと?)

 

あれほどあっさりと自分の魔法攻撃を弾いたのに、どう調べても魔力反応が全く無い。

最初は高度な魔力隠蔽魔法でも掛っているのかと思ったが、快人の手にはデバイスの類は握られていない。

では、今の力は何なのだろうか?

 

「いやいや、そうはいかないぜ。 いきなり人様に魔法ぶっぱなすような奴にはオシオキが必要だろ?

 だから…」

 

「!?」

 

そう快人が言い終わるより早く、フェイトは防御を発動させた。

何故そんなことをしたのか…それは訓練で培った勘が『何かが来る』と訴えていたからだ。

そして、その勘は当たっていた。

フェイトの防御魔法を『何か』がいともたやすく貫き、フェイトに直撃した。

 

「あぅ!?」

 

防護服であるバリアジャケットでもその衝撃を受け止めきれず、フェイトは10メートルほどの距離を吹き飛ばされ、地面に転がる。

そんなフェイトを見下ろすように快人は言った。

 

「オシオキの時間だ。

 俺以外がなのはに手をあげるとどうなるか、身体に教えてやる…」

 

「くっ!?」

 

快人の宣告に、起き上がろうとするフェイトだがダメージでガクガクと足が震える。

 

「フェイトォォォ!!」

 

異常を察知してここまで来たのか、アルフが快人に向かって飛び出すが、フェイトと同じく不可視の何かで吹き飛ばされる。

 

「アルフ!? よくも…!?」

 

「おいおい、先にしかけてきたのはそっちからだろ?

 『やられたらやり返せ』…子供でも知ってる簡単な理屈だろ?

 まぁ、それも次で終わりだ。 しばらく眠って頭冷やせよ。

 それじゃ…」

 

その言葉と共に、フェイトは理解する。

またあの『何か』の攻撃をしようとしている。そしてそれは絶対に防げない。

 

(ごめんなさい、母さん…)

 

そんなことを心の中で呟きながら、フェイトは目を瞑った。

その時、風が吹いた。

 

「…え?」

 

衝撃が無いことにいぶかしんだフェイトが目を開くと、そこに写ったのは見慣れた背中だった。

 

「大丈夫、フェイト?」

 

いつもの優しい声につい心が緩んでしまうフェイトだが、すぐに正気に戻る。

 

「シュウ、下がって! その人普通じゃない!

 魔法を持ってないシュウじゃひとたまりもないよ!!」

 

そんなフェイトの切羽詰まった声に、シュウトはいつも通りの柔らかい表情で返す。

 

「大丈夫、ボクに任せて」

 

そう言って見せるシュウトの背中がたくましく頼もしく見えて、フェイトは少し顔を赤らめた。

 

「…」

 

「…」

 

しばし、見つめ合う快人とシュウト。

すると、突然快人が表情を笑顔に崩す。

 

「シュウト! シュウトじゃないか!?

 シュウト…でいいんだよな?」

 

そんな快人の様子に、シュウトはクスリと笑うと言葉を返す。

 

「そうだよ。 そっちこそ快人でいいんだよね…兄さん?」

 

「「え、ええぇぇぇぇぇぇ!!?」」

 

明かされる驚愕の真実に、敵味方と言うことを忘れ、なのはとフェイトの驚きの声が重なった。

 

「ちょっと快人くん、あの男の子って?」

 

「ああ、俺の弟のシュウトだ」

 

「シュウ、家族はもういないって…」

 

「ちょっと複雑な事情があるんだ」

 

なのはとフェイトの質問に、快人とシュウトは苦笑しながら答える。

そうしてから、快人とシュウトは改めてお互いに向き直った。

 

「久しぶりだな、シュウト。 元気でやってたか?」

 

「うん。 色々あったけど…ここにいるフェイトと出会って上手くやってるよ」

 

シュウトがそう言うと、戦闘という雰囲気でないことを感じたのかフェイトが戸惑いながらもペコリと頭を下げた。

 

「兄さんこそどうなの?」

 

「俺?

 俺もまぁ、このなのべーをからかいながら面白おかしく生きてるよ」

 

そういいながら、隣のなのはの頭をポンポンと叩く。

 

「ちょっと待って、『なのべー』って何!? なのは、そんなあだ名で呼ばれたことないよ!!」

 

「昨夜のえのベーが美味しかったから、今日からお前はなのべーだ」

 

「何、そのサ○ダ記念日みたいなあだ名の付け方!?

 そんなの嫌だよ! いつも通りなのはって読んでよ」

 

「じゃあ…ナノえもん」

 

「やめて、そんな猫型ロボットみたいな呼び方やめてよ!!」

 

そんな2人のやり取りを見ながらシュウトは笑みを零した。

 

「あはは、兄さんは相変わらず楽しそうに生きてるね」

 

「お前は相変わらず真面目そうに生きてるな」

 

そう言って快人とシュウトは微笑みあう。

だが、その微笑みが一瞬にして消えた。

 

「で、兄さん。 いくらなんでもフェイトにここまでする必要あったのかな?」

 

「おいおい、先に手をあげたのはそっちだぞ?」

 

「うん、そうだね。 まぁ、こっちが悪いだろうしここは…」

 

「「!?」」

 

その瞬間、シュウトの姿が掻き消えた。

少なくとも、なのはとフェイトにはそう見えた。

そして、ズドンと言う重い音と衝撃が響き渡る。

見れば、シュウトの繰り出した右拳を快人が左掌で止めていた。

 

「…おいおい、シュウト。 再会の挨拶にしてはちょっと愉快すぎねぇか?」

 

「いやいや、悪いのはこっちだし一発殴って水に流そうかなぁと思って」

 

ギリギリと2人の拳と掌がせめぎ合う。

 

「お前、冷静そうに見えて、実は最高にムカついてるだろ?

 何、そんなにあのビリビリ女に手を上げられてキレてる訳?」

 

「兄さんだってあの白い子に攻撃されてキレてるじゃない。 おあいこでしょ?」

 

「いや、俺のはただの報復攻撃だと思うんだが」

 

「それじゃ、これもただの報復。

 それに…さ…」

 

そう言って、シュウトは笑う。

 

「今後のためにも実力を知っておく必要があると思うんだよ。

 フェイトたちもボクたちの実力をね」

 

「…OK、乗った!」

 

快人がシュウトの拳を払いのけ、2人は同時に後ろに飛ぶ。

 

「か、快人くん?」

 

「なのは、ユーノと一緒に下がれ。

 ちょっと派手な兄弟げんかをしてくる」

 

「シュウ…」

 

「アルフ、フェイトを連れて下がって。

 兄さんと語り合うから、拳で」

 

2人の言葉に、言われるままに観戦者は距離を取った。

それを感じ取ると、快人とシュウトは叫ぶ。

 

「蟹座聖衣(キャンサークロス)!!」

 

「魚座聖衣(ピスケスクロス)!!」

 

光と共に、まばゆい黄金が2人の身体を覆った。

そして閃光の引いた先に立っているのは2人の黄金の鎧の闘士。

 

「蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人」

 

「魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ」

 

互いに名乗りを上げるのは聖闘士(セイント)の頂点、黄道十二星座の名を冠する最強の聖衣(クロス)を纏うことを許された力を持つ2人。

 

「それじゃ…」

 

「始めようか、兄さん…」

 

獰猛な笑顔と共に、構えを取る2人。

 

「「千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)を!!」」

 

そして、2人は閃光になった。

ここに力試しという名の、あまりにもハタ迷惑な兄弟げんかが始まったのだった。




兄弟の再会です。
次回はハタ迷惑な兄弟のワンサウザンドウォーズです。


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第08話 蟹と魚、仲良くケンカする

神話・伝説・おとぎ話―――それらの胸躍る物語や登場人物たちの活躍はただのフィクション、創作にすぎない。

そう、本来ならただの創作に過ぎないはずだった。

だが―――少女たちの目の前にその創作のはずの神話にある戦いは、今確かな『現実』として存在していた。

 

快人とシュウトの間を光が飛び交う。

それは光の速度で繰り出される拳と蹴りの応酬。

それを2人は互いに防ぎ、同じ速度の反撃を行う。

 

「はははっ、さすがに防ぐか」

 

「このぐらいできなきゃ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)失格でしょ?」

 

笑いすら含んだ軽い雰囲気で放たれる一撃一撃の拳に込められたエネルギーは、一体どれほどなのか?

やがて、2人が一旦距離を離す。

 

「さて、ウォーミングアップは終わり」

 

「こっちも身体が温まったよ」

 

「じゃぁ、そろそろ次に行くか。今度は…空戦だ!」

 

「望むところ!!」

 

その言葉と共に、2人は空へ『駆け上がる』。

その秘密は足に集中させた小宇宙(コスモ)。まるで地面が続いているかのように空中を小宇宙(コスモ)で蹴り、文字通り空を駆けまわりながらぶつかり合う。

 

「す、すごい…」

 

「…」

 

なのはの呟きに、敵味方を忘れ共に観戦していたフェイトも静かに頷いた。

いや、聖闘士(セイント)という存在について知らない分だけフェイトの驚きの方が数倍大きい。

 

(凄い…シュウ、凄い!!)

 

今までとは違う幼馴染の新たな側面に、フェイトは瞬きすら忘れた様に目の前の光景を見つめる。

 

(あいつ…なんだってこんな力を!)

 

アルフがこの戦いで覚えたのは純粋な驚愕だった。

我が家の飯炊き兼庭師と思っていた相手が、人知を超えた力を振るっているという事実にそれ以上のものが出てこない。

 

一方、学者でもあるユーノは現実的かつ理性的にその出鱈目さに驚愕していた。

 

(あの拳一発一発が、Sランク級魔力砲撃に匹敵するなんてどういうこと!?

 それに…結界が維持されてるし、僕らにも影響が無い)

 

ユーノとアルフが周囲に被害が出ないように張り巡らせた結界―――その強度は、2人の最初のぶつかり合いの余波で吹き飛んでもおかしくない。

それが今現在も維持できていることなど、本来ならあり得ない。

さらに、それだけの余波を受ける距離にいるはずなのに自分たちにはまるで影響が無い。

ユーノたちは気付いていないが聖闘士(セイント)ならば、彼らと結界に濃密な小宇宙(コスモ)が覆い守っていることが分かるだろう。

そしてそれを行っているのが誰なのかは考えれば一目瞭然だった。

 

(これが聖闘士(セイント)の、小宇宙(コスモ)の力なのか!?)

 

ユーノは彼らが2人がその気になったら、次元世界を管理する『時空管理局』すら滅ぼせてしまうんじゃないかと思ってしまった。

 

やがて、2人は地上に降り一端距離を取ると大きく踏み込む。

 

「だりゃぁぁぁ!!」

 

「たぁぁぁぁぁ!!」

 

大きく振りかぶった2人の右拳がお互いの顔面を狙う。

2人は狙ったかのように同時に身体を逸らした。

互いの拳が、お互いのヘッドマスクを吹き飛ばす。

左右の場所を入れ替え、快人とシュウトは再び向き合った。

 

「へ、やるじゃん!」

 

「兄さんこそ」

 

快人は今の攻防で拳が掠め切れた頬の血を拭うと不敵に笑った。

一方のシュウトは頬から流れる血を気にも留めず、快人を見続ける。

 

「それじゃ兄さん…そろそろ技に入ってもいいかな?」

 

そう言ってシュウトの手に現れたのは黒い薔薇。

シュウトの小宇宙(コスモ)の高まりに合わせ、シュウトの周りにいくつもの黒薔薇が現れる。

そしてシュウトはその小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

何本もの黒薔薇が快人へ向かって放たれる。

快人が俊敏な動きでそれを回避すると、黒薔薇の一本が地面へとぶつかり地面に小規模なクレーターが出来た。

岩をも砕く黒薔薇、それがピラニアンローズである。

さらに観戦しているなのはたちにとって驚異的な光景が目の前に広がっていた。

 

「曲がった!?」

 

黒薔薇がまるでミサイルのように快人を追尾していく。

相手の小宇宙(コスモ)を追い、敵に必ず喰らいつく…これがピラニアンローズと言われている所以である。

 

「へっ!」

 

快人は一度大きくピラニアンローズから距離を取ると、右手に蒼い炎を生みだした。

 

「積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

なぎ払うように放たれる蒼い炎が、ピラニアンローズを焼き尽くす。

 

「シュウト、そんなもんじゃ俺には届かねぇぞ」

 

ニヤリと笑って快人が言う。

すると、

 

「知ってるよ」

 

「何?」

 

そんな風にニヤリと笑って返すシュウトに快人はいぶかしむが、すぐにその理由を知り驚愕した。

 

「これは!?」

 

いつの間にか、快人を包囲するように地面に何本もの白薔薇が突き立っている。

 

「ブラッディローズ…血を吸う呪いの白薔薇。

 さっきの兄さんと打ち合いをやってるときにブラッディローズの陣を布いていたのさ」

 

そう、ピラニアンローズは快人をあらかじめ設置したブラッディローズの陣に誘い込むための罠だったのだ。

 

「心臓へは行かないけど、手足に突き刺さるのは我慢してもらうよ」

 

そう言ってシュウトはパチンと指を鳴らした。

 

「ブラッディローズ!!」

 

地面から快人を囲むように放たれる白薔薇。

 

「快人くん!?」

 

なのはの悲痛な声。

観戦していた誰もがシュウトの勝利を確信していた。

だが、そんな状況下で快人はというと…。

 

「へっ!」

 

不敵な表情を崩していなかった。

そして、その理由はすぐに全員が知ることになる。

快人の周囲に光る蒼い炎が大量に現れたのだ。

そして…。

 

「積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

その言葉と共に、蒼い炎が爆発し迫っていた白薔薇が全て消し飛んだ。

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)―――本来は霊的なものを爆破炎上させる技だが、快人のそれは自身の小宇宙(コスモ)で蒼い炎を作り、それを爆破させる技となっている。

 

「まさか…」

 

シュウトも完全に防がれるとは思っていなかったらしく、驚きの表情で快人を見る。

 

「防がれるとは思わなかった…て感じだな。

 でもそれはいくらなんでも俺を舐め過ぎなんじゃねぇの?

 俺はお前の兄、蟹座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)なんだぞ」

 

「…そうだったね。

 でも、ボクだって最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の一人だってこと忘れてない?」

 

「まさか。 忘れるかよ。

 これだけの実力を持ってるんだからよ」

 

そう言って笑い合う快人とシュウト。

やがて、シュウトが切りだす。

 

「兄さん、これ以上はまずそうだ」

 

「確かに、このままだと本当の千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)か消滅かになっちまう」

 

シュウトの言葉に、快人は肩を竦めて同意した。

本来、互角の黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士が戦った場合、永遠に決着のつかない千日手、『千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)』になるか、両者共倒れになるかという末路だと言われている。

そもそも、この戦い自体がお互いの実力の知り、それをなのはたちに見せることが目的なのだ。

そういう意味ではすでに目的を達しているのだから、これ以上の戦いの意味は無い。

だが…。

 

「次の一発で終わりにしようぜ、シュウト!」

 

「ボクも同感。不完全燃焼は嫌だからね。白黒つけよう!」

 

この兄弟、存外負けず嫌いなのであった。

シュウトが小宇宙(コスモ)を高めると、その手に紅い薔薇が現れる。

それを見て快人は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「おいおい、なのはたちもいるんだからそれの香気は勘弁してくれよ」

 

「大丈夫、こんなことで毒を使うほどボクだって見境なしじゃないよ。

 ただ…この薔薇吹雪の威力だけは受けてもらうよ」

 

シュウトの小宇宙(コスモ)の高まりに合わせ、シュウトの周りに紅い薔薇の花弁が舞い始める。

それを見て、快人も右手に小宇宙(コスモ)を集中させ始めた。

蒼い炎がその手の中で燃え上がる。

 

「お前のその薔薇、欠片も残さず燃やし尽くしてやるぜ!」

 

「紅い薔薇の嵐、受けてもらうよ!」

 

2人の間で際限なく高まる小宇宙(コスモ)。

観戦しているなのは・ユーノ・フェイト・アルフの4人―――あるいは3人と1匹も決着の瞬間を感じ取り、固唾をのんで見守っていた。

そして、2人は同時に高めた小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

「ロイヤルデモンローズ!!」

 

今までにない勢いの蒼い炎が快人から放たれる。

対するのは紅い薔薇の竜巻。

五感を奪う毒薔薇『デモンローズ』による全てを破壊する薔薇竜巻、それが魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の必殺技の一つ『ロイヤルデモンローズ』である。

今回は観戦しているフェイトたちもいるしこれは殺し合いではないため毒は無いが、それでも小宇宙(コスモ)の塊である薔薇の竜巻は地面を盛大に抉りながら迫る。

そして、その二つがぶつかり合う。

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

閃光・轟音・爆発…とても言葉では表せないソレに、なのはとフェイトは悲鳴を上げるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「う、うぅん…目がチカチカするの」

 

「私も…」

 

ゆっくりと回復していく視覚と聴覚。

それが始めに捉えたものは…。

 

「いやぁ、やっぱ強いなお前! お兄ちゃんびっくりだ!」

 

「あはは、兄さんだって凄いじゃないか!」

 

この事態を作りだした兄弟が、あははと笑いながらお互いの肩を叩いて満足そうに歩いてくる姿だった。

さっきまでの極限バトルの面影などどこにも残っていない、仲の良い兄弟の姿に唖然としてしまう。

 

「お! お前らいつの間に仲良くなったんだ?」

 

「本当だ、フェイトも珍しい…」

 

そう言われて、なのはとフェイトはお互いを見ると、さっきの衝撃に驚いた拍子に2人は抱き合っている状態だった。

 

「ご、ごめんなさいなの」

 

「こ、こっちこそごめんね」

 

言われてバッと身を離すなのはとフェイト。

 

「あの…私、高町なのは。 あなたは?」

 

「フェイト=テスタロッサ…」

 

もはや戦いの雰囲気で無くなったことで、フェイトも聞かれるままに名前を名乗る。

そんなフェイトに、シュウトが何かを投げてよこした。

 

「はい、フェイト」

 

「これ…ジュエルシード!?」

 

それは猫を巨大化させていたジュエルシードだった。

即座にジュエルシードを封印するフェイト。

 

「これで1つめ…」

 

その様子を見て、快人は呆れたようにシュウトを見た。

 

「お前、抜け目ないなぁ」

 

「まぁね、こっちもこれが必要だから」

 

その2人の言葉に、なのはが声をあげる。

 

「そうだ! ねぇ、フェイトちゃんはなんでジュエルシードを集めてるの?」

 

「それは…」

 

言い淀むフェイトに、シュウトが助け舟を出した。

 

「その話は明日にでもしない? ほら、結界張った2人が伸びちゃってるから結界が消えちゃったし」

 

見れば、あの爆発で驚き過ぎたのかユーノとアルフが仲よく並んで気絶していた。

そのため結界は消えている。

 

「こっちも協力してもらうことになると思うから、落ち着いて話そう。

 兄さん、これボクの連絡先と住んでるところ」

 

「おう!」

 

そう言ってメモを受け取る快人。

 

「ちょ、ちょっとシュウ! 勝手なことは…」

 

「大丈夫。信じて、フェイト」

 

その行動にフェイトが待ったをかけようとするが、シュウトに止められていた。

 

「それじゃ明日、話をしよう。 集合は4時に、海浜公園で」

 

「わかったよ」

 

そう言って、快人たちはユーノを連れ、シュウトたちはアルフを連れて別方向へ分かれるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

アリサとすずかの元へと帰る途中、なのはが快人に口を開いた。

 

「ねぇ、快人くん。 あのシュウトくん、だっけ?

 あの男の子が快人くんの弟なの?」

 

「まぁ、ちょっと人には説明できない複雑な事情があるけど、間違い無くあいつは弟だ」

 

「そうなんだ…。

 ねぇ、それじゃシュウトくんとフェイトちゃんたちは何でジュエルシードを集めるのかな?」

 

「さぁな。 とはいえ、悪事に使うとは思わないよ。

 なんたってシュウトの目が光ってるんだ。

 それに…」

 

そこで快人は言葉を切る。

 

「今後は、俺たちはあいつらと協力することになるだろう。

 そうなれば俺たちも監視役、変なことには使わせないさ」

 

そこでふと疑問に思ったことをなのはは口にした。

 

「ところで何で一緒に協力してジュエルシードを集める事になるの?

 フェイトちゃんは何か協力してジュエルシードを集めるのには反対みたいだったけど…」

 

そんな疑問に、快人はニヤリとしながら答える。

 

「明日までにちょっと自分で考えてみろ。

 ただ…間違い無く協力してジュエルシードを集めることになると思うぞ」

 

「だから何で?」

 

「ヒントは俺、それとシュウト」

 

「快人くんとシュウトくんがヒント?」

 

「というかほとんど答えだけどな。

 …おーい、アリサ、すずか! 戻ったぞ!」

 

そう言ってポンとなのはの頭を叩くと、アリサとすずかに手を振る。

 

「遅いじゃない」

 

「ちょっと心配しちゃったよ」

 

「いやぁ悪い悪い!

 ユーノが木の上で寝てて、それをなのはが捕まえようと木に登って落ちそうになっててさ、ちょっと時間かかっちまった」

 

そんな嘘を並べながら席に付く快人の姿を見ながら、なのはは先程の快人の言ったことを考えるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ねぇ、シュウ…なんであの子に協力なんて話をしたの?」

 

帰り道、フェイトはシュウトに疑問をぶつけてみた。

 

「気に入らない?」

 

「うん、私は母さんのためにジュエルシードを集めないといけない。

 でも…あの子たちと一緒にいたら母さんへジュエルシードを渡せなくなる可能性があるよ」

 

なのはたちの目的はジュエルシードの封印だと分かっているが、プレシアはそれを使用することを考えている。

フェイトはプレシアが何のために使うつもりかわからないが、『封印』と『使用』が目的では、そのためにぶつかることは分かりきっていた。

つまり、協力しても最終的には対立の可能性が高いのだ。

だったら最初から同盟など組まない方がいいと、フェイトは考えていた。

しかし…。

 

「それじゃ無理だよ、フェイト」

 

シュウトはフェイトの意見を真っ向から否定する。

 

「もう協力しないと…もっと言うと対立した場合、ボクらも兄さんたちも、一つもジュエルシードを集めることはできないんだ」

 

シュウトはそう言って話を続けた。

 

「今日のボクと兄さんの戦い…見たよね?

 ボクと兄さんの力については帰ったら説明するけど…ボクたちの力はフェイトたちとは別次元にあることは分かるよね。

 戦術とかその他もろもろで覆せないレベルで」

 

その言葉にフェイトは頷く。

あの戦闘能力は戦術とか工夫とかで何とかなるものでないことは、フェイトはしっかりと理解していた。

 

「そしてボクと兄さんの戦闘能力はほぼ互角だってことも分かったと思う。

 もし本気でボクたちが対立したら…どうなると思う?」

 

「そうなったら…共倒れ?」

 

「そう、それしか結果はない。

 フェイト…向こう側の勢力にボクと同等の兄さんがいた時点で、協力しか道はないんだ」

 

その言葉に、一応フェイトは納得する。

 

「でも…それでも最終的な対立は避けられない」

 

「大丈夫、それも何とかなる。

ようは向こうは、ジュエルシードが悪用されることが嫌なんだ。

プレシアの利用目的が、危険なことじゃ無ければ協力してくれるよ。

そして…ボクはプレシアの使用目的を知ってる」

 

「!? なんでシュウが!?」

 

「それも帰ったら話すよ」

 

驚き目を見開くフェイトを尻目に、シュウトは星空を見上げた。

星座たちの瞬きが、今日はやけに綺麗に感じる。

 

「シュウ、今日はすごく嬉しそう。

 やっぱり…お兄さんに会えたから?」

 

「そうさ…」

 

久しぶりの再会。

もはや血は繋がっていない、されど魂にはしっかりと刻まれている。

だから…。

 

「…たったひとりの兄さんだからね、会えてうれしいさ」

 

そう言ってシュウトは笑う。

そんな姿を見て、『兄弟っていいなぁ』とフェイトはひそかに思うのだった…。




黄金聖闘士同士の戦闘でした。
何度設定を読み返しても、黄金聖闘士はチートの塊だなぁ…。


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第09話 蟹と魚、温泉で療養する

「行ったよ、フェイト、なのは!」

 

「早いから気をつけて!」

 

アルフとユーノからの念話を受け、なのはとフェイトは正面へと杖を構えた。

 

「暴走体は2体…」

 

「お互い1体ずつだね、フェイトちゃん」

 

なのはの言葉にフェイトは静かに頷くと、2人は揃って杖を構える。

目標は森の出口。

そして…野良犬を素体にしたジュエルシードの暴走体が森から飛び出す。

その2体に向かってなのはとフェイトから、魔法が放たれた。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

「サンダー・スマッシャー!!」

 

なのはが放つ桃色の光線が暴走体を直撃する。

その暴力的な破壊力に、バウンドするように吹き飛ばされ暴走体が制止する。

一方のフェイトの放った電撃も暴走体を直撃、痺れたかのように痙攣すると暴走体は倒れ伏した。

 

「「やったぁ!」」

 

満面の笑顔でハイタッチのなのはとフェイト。

だが…。

 

「グルァ!!」

 

フェイトの倒した暴走体が起き上がり、2人に襲いかかったのだ。

余りの速さになのははおろか、フェイトですら反応できない。

そしてその暴走体が2人の喉笛を狙って飛びかかった瞬間だった。

ガキン、という音と共に、喰らいついた暴走体の鋭い歯が止まる。

 

「はぁい、高級食材の蟹は美味いか、駄犬」

 

2人の前に割り込んだ快人が、腕を暴走体に噛ませていた。

だが聖衣(クロス)を纏っていない快人にも傷一つない。

人の肌など容易く貫くだろう鋭い牙が、どうやっても快人の肌を喰い破れないのだ。

濃密な小宇宙(コスモ)が快人の全身を覆っており、牙から快人を守っている。

 

「ふん!」

 

快人が無造作に腕を払って暴走体を引きはがすと、暴走体は空中で姿勢を整え、着地した。

と、ほぼ同時に、暴走体の身体がゆらゆらと揺れ始める。

そしてコテンと倒れると、そのまま眠ってしまった。

良く見ればその肩に、赤い薔薇が一輪突き刺さっている。

 

「睡眠毒を仕込んだデモンローズ。 いい夢見てくれてるみたいだね」

 

ゆっくりとシュウトが快人たちの方に向かって歩いてくる。

 

「相変わらず、えげつない攻撃だな」

 

「まぁ、毒攻撃こそ魚座(ピスケス)の神髄だからね。 このぐらいはお手の物さ」

 

「違いない。 おい、なのは。ボケッとしてねぇでさっさと封印しろ」

 

「フェイトも早く封印を」

 

兄弟に促され、なのはとフェイトはそれぞれの杖にジュエルシードの封印に成功した。

 

「大丈夫かな、この子」

 

暴走体から元の姿に戻った犬を眺めながら心配そうになのはが言う。

先程なのはのディバインバスターの直撃を受けたやつだ。

 

「駄目だ、終わった。

 破滅の魔獣デスなのラーの大口径収束荷電粒子砲の直撃を喰らったんだ。原型とどめてるだけでも奇跡」

 

「なにその破滅の魔獣デスなのラーって!?

 なのはは大気の魔力を集めて砲撃する収束魔法を使うけど、荷電粒子は集めてないからね!」

 

「何言ってるんだ、供給ファンがコンバーターに変わってる後期型だろお前?

 それにお前のライバルのフェイトは…ほら雷じゃん。

 雷神様ってことで壮絶な相討ちを…」

 

「その理屈だと、フェイトちゃんのバルデッシュにマグネーザーモードとかあるの!?

 それで相手のお腹貫通しちゃうの!?」

 

「まぁ、大怪獣同士、同士討ちしてくれれば平和ということで」

 

「だ・か・ら! なのは怪獣じゃないもん!!」

 

いつも通りのガヤガヤと賑やかな快人となのは。

一方のシュウトとフェイトは2人揃って落ち着いた雰囲気だ。

 

「シュウ、ごめんなさい。 私が仕留め損ねたせいで…」

 

「まぁ油断はいただけないけど、フェイトは大出力魔法はあんまり得意じゃないんでしょ?

 適正の問題、なのはちゃんみたくは出来ないよ。

 それに…頼ってよ。 ボクは何があってもフェイトを助けるためにいるんだからね」

 

「シュウ…」

 

シュウトの笑顔に、フェイトが頬を赤らめた。

 

「…何この雰囲気?」

 

「悪友系と正統系のバカップル2組だね、まるで。

 まったく、所在ないったらないよ」

 

ユーノとアルフは場の雰囲気に入り込むことが出来ず、ため息を付くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

あれから…なのはとフェイトが出会い、快人とシュウトが戦い合った日からしばらくたっていた。

翌日に行われた話し合いは快人とシュウトの予想通り、というかそれ以上の協力関係の完成ということになった。

それというのも、シュウトからプレシアのジュエルシードの使用目的が病を治すためだと聞かされたからだ。

フェイトは大好きな母の命がかかっていることから、必死になのは達に頭を下げる。

その姿に嘘偽りはなく、そしてそんなものを見て見て見ぬふりができる快人となのはではない。

かくして、なのはは自分からフェイトへの協力を申し出た。

なのはのその姿に感極まったのか、感謝で泣きだすフェイトの手をゆっくりとなのはが握る。

 

「私、高町なのは。 フェイトちゃんは今日から私の友達だよ!」

 

「え? と、友達?」

 

「うん、友達はね、名前を呼び合って『友達だ!』って言えば誰だってなれるんだよ。

 だから言って、フェイトちゃん」

 

「…うん。なのはは私の友達!」

 

「うん!」

 

こんな光景が展開され、なのはとフェイトの2人は同じ魔法少女という仲間であり友達になったのだった。

ユーノも『人助けに使うなら』と寛容な態度を示し、また暴走によって一般人に被害が及ばないように迅速にジュエルシードが回収できる協力関係には賛成だった。

快人とシュウトの兄弟も言うに及ばず、地球の平和や、お互いの幼馴染のために協力を惜しむつもりもない。

こうして協力関係になったこの二組にとって、ジュエルシード集めなどもはや大した苦労ではなかった。

探索範囲の拡大に、より精度の高い捜査。人出が増えたことで出来る事の幅は一気に広がった。

なのはとフェイトも、一緒に訓練することでお互いの実力・連携・そして友情を高めていた。

しかも訓練場所は快人とシュウトの提供した『巨蟹宮』と『双魚宮』。

出会って僅かの時間のはずが、共に過ごす時間が膨大なものに膨れ上がり2人の関係を強固にする。

さらになのはとフェイトには、何があっても『文字通り』光の速さで駆けつける心強い幼馴染たちがいるのだ。

慢心はおろかなことだが、この状況で不安要素を見つける事のほうが難しい。

結果としてジュエルシードはトントン拍子で集まり、現在の所持数は13個。

快人が破壊してしまった1個を抜いて、残り7個である。

事件の終結は、誰が見ても近かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「フェ、フェイト=テスタロッサです。 よろしくお願いします」

 

「シュウト=ウオズミです。 兄さんがお世話になっています」

 

温泉旅館の前で、シュウトとフェイトは頭を下げていた。

その相手は快人に高町家の面々、そしてアリサにすずかにその家族と、移動はワゴン車数台という規模の人数である。

ここは海鳴市郊外にある温泉施設、海鳴温泉。

今回はなのはたちの温泉旅行だったのだが、なのはの提案でシュウトたちも来れないかという話をしたところ、シュウトたちも乗り気になり、今合流したというところだ。

 

「あたしはアリサ=バニングスよ、あんたのことはなのはから聞いてるわ。

 よろしく、フェイト」

 

「私、月村すずか。 よろしくね、フェイトちゃん」

 

「よ、よろしく」

 

事前に話を聞いていたアリサとすずかは温かくフェイトを迎え入れ、フェイトはそんな新しい友人にまんざらでもない様子だ。

 

「君が快人君の弟か…」

 

「はい、兄がお世話になっています」

 

士郎がシュウトに話しかけると、シュウトは深々と頭を下げる。

 

「ははは、礼儀正しい子だね。 ところで君と快人君は同い年のようだし、見たところ生まれも違いそうだが…」

 

「その辺りは複雑な事情がありまして…あまり聞かないで欲しいというのが本音ですね。

 ただ、ボクが快人兄さんの弟である、というのは一片の偽りも無い事実です」

 

「…わかった、深くは聞かないよ。

 君も何かあったら、いつでも頼って欲しい」

 

「お心遣い、ありがとうございます」

 

「…本当に礼儀正しい子だ」

 

再び深々と頭を下げたシュウトに、士郎は苦笑する。

 

「ねぇ、快人。 あれがあんたの弟なの?

 全然似てないんだけど?」

 

「すっごくしっかりしてる…」

 

それを見ていたアリサとすずかが驚きの声をあげた。

 

「おーい、その言い方だと俺がダメダメみたいに聞こえるぞ」

 

「「「え、違ったの?」」」

 

「…OK、俺にケンカ売ってるんだな、この三バカ娘」

 

思わずハモるなのは・アリサ・すずかに快人は青筋を立てながらポキポキと指を鳴らす。

 

「だって一目瞭然でしょ?」

 

「兄より優れた弟などいやしねぇ!!

 俺のどこが劣ってるんていうんだ!!」

 

「顔」

 

「態度、かな?」

 

「性格なの」

 

ノーウェイトで言葉を返す3人娘。

 

「…お前ら、俺のイメージを言ってみろ!」

 

「ただのバカ」

 

「ムードメーカーで居ると楽しい人…」

 

「困った幼馴染」

 

「ヘイ、兄弟(ブラザー)!

 深刻なイジメにあっている兄を助ける栄誉をくれてやろう!!

 助けろ!!」

 

割と真剣に涙目になりながら快人はシュウトを振り向くが、シュウトはすごくイイ笑顔でこういった。

 

「うん、それ無理」

 

「神は死んだッ!!」

 

決定的なダメージを受けた快人ががくりと膝を付く。

そんな快人を3人娘は見つめていた。

 

「こんなだからバカだって思ってるのよ。 黙ってりゃ、そこそこいい男なのに」

 

「面白い人なんだけど…」

 

何とも言えないアリサとすずかだが、なのはは違うようで困ったように笑いながら言葉を続けた。

 

「でも、優しくていいところもたくさんあるんだよね。

 本当はすごい人なんだって思うし。

 なのはが快人くんをしっかりさせなきゃ、って思うの」

 

なのはがそんな風にもらすと、アリサとすずかは驚愕の表情のまま固まった。

 

「なのは…」

 

「なのはちゃん…」

 

「え、どうしたの2人とも?」

 

「あんた…人生終わったわ」

 

「今の…ドラマとかのヒモの男の人を支える女の人の台詞だよ」

 

「え、えぇぇぇぇ!!」

 

盛大に驚くなのはの肩を、アリサとすずかはポンと叩く。

 

「やっぱ、あんたの将来はあいつの宿主だわ」

 

「苦労するだろうけど頑張って、応援するから」

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

なのはのこの世の終わりのような声が木霊する。

そんななのはを見ながら、自然と笑顔になったフェイトは楽しい旅行になりそうだと思った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

湯けむりの立ち込める大浴場に、なのは・フェイト・アリサ・すずかの4人とお供のユーノは来ていた。

初めて見る巨大で独特な風呂に、フェイトは驚きを隠せない。

 

「大きなお風呂…」

 

「フェイトちゃんは温泉は来たこと無いの?」

 

「うん。 知識としては知っていたけど、初めて見た」

 

「まぁ、この国は無類の風呂好きだからね」

 

「おっきいだけじゃなくて、色んな種類があるんだよ」

 

そんな話をワイワイしながら、4人はユーノを洗って遊んだり、4人で色んな風呂に入ってみたりと温泉を楽しむ。

 

「ふぅ…いいお湯なの」

 

「私はちょっとのぼせちゃったかも」

 

4人は最終的には露天風呂で、夜空を眺めながら並んで湯船に浸かっていた。

お互いに楽しそうに色々な話をする。

そんなうち、自然と話はシュウトの話になっていた。

 

「フェイトとシュウトってどんな関係なのよ。

 ほら、ちゃっちゃと吐きなさい」

 

アリサがニヤニヤしながらフェイトを肘でつつく。

 

「か、関係って幼馴染だよ!」

 

「とか言って赤くなってるわよ」

 

「これはお風呂のせい!」

 

「それでシュウトくん、趣味とか得意なこととかあるの?」

 

アリサに続いてすずかが尋ねると、フェイトは指折りしながら応えていく。

 

「シュウは料理とガーデニングが得意なんだ。 実家では毎日シュウがご飯作ってくれて、庭で薔薇を育ててた。

 シュウの育てた薔薇で淹れたローズヒップティ、凄く美味しいの」

 

「へぇ…顔よし性格よし、おまけに家事よし。 完璧じゃない」

 

「いいなぁ、私もそのローズヒップティ飲んでみたいな」

 

アリサとすずかはうんうんと頷く。

フェイトとしても幼馴染を褒められて悪い気はしなかった。

そんな時、アリサが何か思いついたのかイイ顔で言う。

 

「ねぇフェイト、シュウトを快人のバカとしばらくトレードしない?」

 

「えぇ!!?」

 

「だって今の話を聞くと、すっごく執事とか似合いそうじゃない。

 だからちょーっと貸してよ。 替わりにあのバカ貸すから」

 

「だ、駄目だよ! そんなの!!

 シュウは物じゃないんだよ」

 

アリサの言葉に、フェイトはぶんぶん首を振って思い切り拒絶を示す。

だが、アリサはなおも食い下がった。

 

「いいじゃない、減るもんじゃないし。 ほら、快人貸すから…」

 

再びフェイトが拒絶の態度を示そうとするが、それより早くなのはが動いた。

 

「そんなのダメなの!!?」

 

「え?」

 

「なのはちゃん?」

 

ちょっとしたおふざけなのに意外ななのはの反応にアリサもすずかもポカンとしている。

 

「シュウトくんはすごいけど、トレードで快人くんを貸すなんて駄目なの!?

 だって快人くんだよ? フェイトちゃんにきっと迷惑かけちゃうから。

 だから…えーと…快人くんはなのはが見張って無いと駄目なの!」

 

途中で自分でも何を言っているのか分からなくなってきたのか、なのはは所々で言葉を詰まらせながら、勢いに任せて言葉を出し切る。

シーンと静まる場に、なのはも少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「え、えーと…」

 

そんななのはに、黙ってアリサとすずかはポンと肩に手を置いた。

 

「アンタ、ダメ男に惚れるタイプだっのね」

 

「そういうのって、ありだと思う」

 

「ち、違うの!

 今のは幼馴染として、世間に迷惑を掛けちゃいけないっていう責任から…」

 

「いい、分かってるから。

 なのはがあのバカにベタ惚れだってことは」

 

「苦労するだろうけどお幸せに、なのはちゃん」

 

「ち・が・う・の!!」

 

結局、快人とシュウトをネタにした、なのはとフェイトへのからかいはアリサとすずかが風呂から上がるまで繰り返されたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

一方その頃、男湯では快人とシュウトも星を眺めながら露天風呂に入っていた。

 

「ふぅ…いい湯だ、それに綺麗な星だな」

 

「本当だね、兄さん」

 

「ふっ、今日は北斗七星のそばの小さな星まで見えるぜ!」

 

「兄さん、それ死ぬから! 見えちゃいけない星だから!!」

 

「ちなみに、古代エジプトの兵士は目がいいことが条件で、皆それが見えなきゃなれなかったらしいぞ」

 

「あー、だから滅亡したんだ」

 

そんなどうでもいいことにシュウトは相槌を打つ。

 

「しかし…お互い色々あったなぁ」

 

「本当だね…」

 

色々と言いつくせない思いを込めて2人は吐き出す。

 

「死んで、生まれ変わって…今じゃ黄金聖闘士(ゴールドセイント)の一人だと。

 人生何があるか分からないもんだな」

 

「それは同感。 特にボクは魔法の栄えたミッドチルダ出身だからね」

 

「おお、そうだ。 その話聞かせてくれよ。 面白そうだ」

 

頷いてシュウトは自分の生まれ育ったミッドチルダの話をする。

変わりに快人が話すのは何気ない地球の話だった。

 

「いやぁ…まさかこっちじゃ、あの漫画が打ち切られていないなんてどんな世界だよ」

 

「あの続き…そうなる予定だったんだ…」

 

そんな風に2人が一しきり笑い合った後だ。

 

「なぁ、シュウト…俺たちが生まれ変わる時の、女神との会話覚えてるか?」

 

「…忘れるわけ無いじゃないか。 しっかり覚えてるよ」

 

真面目な快人に、シュウトも神妙な顔で頷く。

 

「俺たちは世界を揺るがす大事件に関わる『運命』を背負ってる。

 この一連のジュエルシードの事件がそうなんだろう。

 でも…これ、ホントにそんなに大事件なのか?」

 

「確かに」

 

快人は疑問を口にすると、シュウトも同意する。

自分たちの協力があったとはいえ、あまりに順調過ぎて大事件という気がしないのだ。

だが…だからこそ、快人とシュウトはある一つのファクターが気になった。

 

「フェイトの母親…プレシアだかの願いって、本当に不治の病を治すことか?」

 

快人はその疑問を口にする。

この事件が本当にとんでもない事件になるとしたら、それしかトリガーとなりえるものが無いからだ。

 

「口ではそう言ってたけど、正直に言ってボクも違うと思ってる。

 それに…実はプレシアの私室から僅かな小宇宙(コスモ)を感じたんだ。

 あの場所には、ボクたちの知らない何かが『いる』」

 

「おいおい、実は世界征服を狙う悪の科学者で、生物兵器でも作ってるんじゃねぇだろうな?」

 

「それは無い…と言いたいけど、プレシアの研究内容を全く知らないから何ともいえないよ」

 

その言葉に、快人とシュウトは最悪の事態を想定して押し黙る。

それはプレシアが悪である場合。

この世界を消し去ろうなど危険なことを考えているなら、どうあっても止めなければならない。

だが、そうなればフェイトは母を守ろうと傷つく道を選ぶだろう。

シュウトはそれが許容できない。

そして、快人もそんな道は御免だった。

 

「可愛い弟の彼女だ。 多少メンドくせぇが、もしもの時は助けてやらないとな」

 

「彼女じゃないよ、幼馴染さ。

 それにそっちこそ、なのはちゃんはこれからも友達が危なくなれば火薬庫だろうと飛び込む性格だよ。

 面倒ごとをわんさか持ってくるだろうけど?」

 

「あいつはいいんだよ、俺にいくら面倒持ってきても。

むしろそんな時俺に頼らなかったらマジで怒る」

 

「幼馴染想いだね、兄さんは」

 

「お前こそな」

 

再び空を見上げる2人。

すると…。

 

「「!?」」

 

奇妙な小宇宙(コスモ)の揺らぎ。

そして遠くでなのはとフェイトの小宇宙(コスモ)が揺らぐのが分かる。

これは間違いなく、近距離にジュエルシードがあるのだろう。

 

「やれやれ、温泉でまで出るとは無粋だな」

 

「石ころに空気を読めっていうのは難易度高いんじゃないの?」

 

お互いに苦笑すると湯船から上がった2人は聖衣《クロス》を呼び出した。

 

「蟹座聖衣(キャンサークロス)!!」

 

「魚座聖衣(ピスケスクロス)!!」

 

光が引くと、そこには黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏った2人。

 

「あー、全裸に聖衣(クロス)はやっぱ駄目だ。隙間風が普通に寒い。

 湯冷めする前に、速攻で片づけるぞ」

 

「同感だね、兄さん」

 

快人の言葉にシュウトが頷き、2人が空へと跳躍する。

そんな2人に白と黒の影が追い付く。

この夜、ジュエルシードの1つは稀に見る速度で回収された。

残りのジュエルシードは、あと6個…この演目の終幕は近い。




全裸で聖衣、ダメぜったい!
あれが許されるのは双子座だけです。


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第10話 白と黒、何かを学ぶ

「なんですと? 小宇宙(コスモ)の使い方を教えて欲しいと?」

 

「うん」

 

ここは『巨蟹宮』、訓練の合間に疲れたなのはへとお茶を淹れてくれたセージになのはが言ったのが冒頭の言葉だ。

ちなみに、ここの主は昼寝の真っ最中。

『巨蟹宮なら昼寝し放題、ヒャッホウ!』などとのたまっており、神罰(セージの拳骨)がくだるのはそう遠い未来のことではないだろう。

 

「その前に教えて欲しいのだが…何故、小宇宙(コスモ)の使い方を?」

 

「うん。

快人くんって凄く強いから、私も小宇宙(コスモ)が使えるようになれば今よりもっと強くなって、色んなことに役立てるんじゃないかと思って…」

 

そんな風に答えるなのはを見ながらセージは思う。

 

(…なのは嬢は幼い。故に、危うい…)

 

セージがなのはから感じたのはそれだった。

『力』というものの本質を捉えていない…セージはそう考え、少しなのはへ教えを説くことにした。

 

「では、なのは嬢。 まずは今のあなたの力を見せて下さい。

 そうですな…空から私に向かって全力で魔法を撃ち込んでみなさい」

 

「え、でも…」

 

自分を撃てというのは抵抗があるのかなのははしばし逡巡する。

そんななのはに、セージはなんてことないという風に言った。

 

「なに、私はあの快人の師なのだよ。 避けられないはずはないだろう」

 

「そっか。 それもそうだよね」

 

その言葉に納得したなのはは飛び上がると、杖を地上のセージに向けて構える。

 

「いくよ、セージおじいさん!」

 

「いつでも来なさい」

 

なのははその言葉を聞くと、自身の杖『レイジングハート』に魔力を叩き込む。

伸びた銃身(バレル)をしっかりとホールドし、膨大な魔力が杖先に集まっていく。

そして、なのははそれを解き放った。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

なのはの持つバカげた量の魔力を収束して放つ、必殺の砲撃魔法だ。

セージに言われた通り今のなのはの全力全開、最高の威力を持つ攻撃だ。

だが、それを避けられる・弾かれることをなのはは疑っていなかった。

何と言ってもセージはあの快人の師なのだ。おまけに元蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)。

蟹座(キャンサー)の黄金聖衣(ゴールドクロス)が無くても十分すぎるほどに強い。

だからこそ、何一つ疑ってはいなかったのだが…。

 

「!? セージおじいさん!!」

 

「…」

 

セージは動かなかった。

しっかりとその桃色の光をじっと見つめ、動こうとしない。

そして、一度放たれたディバイン・バスターを止める事は出来なかった。

 

ドグォォォォォン!!

 

轟音と爆発。

 

「せ、セージおじいさん!!」

 

慌ててなのはは地上に降り立った。

爆発で発生した煙で辺りが見えない。

 

「ふむ…凄いな。 この攻撃、青銅(ブロンズ)か、ともすれば白銀(シルバー)に迫る威力だ」

 

土煙の中からセージの声がする。

そして煙の晴れたその先には…左手から肩をごっそりと抉れ失ったセージが立っていた。

 

「あ、ああ…」

 

なのはは杖を落とし、ペタンと座り込んでしまう。

取り返しのつかないことをしてしまったことへの恐怖が、なのはの全身をガクガクと震わせた。

 

「ふむ…なのは嬢、どうしたのかね?」

 

「だって、私、私ぃ!!」

 

泣きそうななのはを、セージはポンと右手で頭を撫でる。

 

「安心しなさい。 前にも話したが、私は小宇宙(コスモ)で形作られた幽霊のような存在。

 これぐらいは…ほら、この通りだ」

 

そう言うと、セージに光が集まってきてゆっくりと形を作る。

そしてそれが済むとそこには、元通りの姿のセージが立っていた。

 

「ふ、ふぇぇぇぇ! よかったよぉ!!」

 

安心したのか、なのはは声をあげて泣き始めた。

それをセージは、まるで孫をいたわる老人のように落ち着くまでその頭を撫でる。

やがて、落ち着きを取り戻したなのははセージに聞いたのだった。

 

「でもセージおじいさん、なんで避けたり弾いたりしなかったの?」

 

セージの実力ならどうとでも出来たはずだ、なのにそれをしない理由がなのはには分からない。

そんななのはに、セージはゆっくりと優しく語った。

 

「君の持つもの…『力』とはどういうものなのかを教えるためだよ」

 

そう言って、セージは背後を指す。

そこに出来上がっているのは地面に穿たれたクレーターだ。

 

「あの破壊の跡、そして私の姿を見て君の『力』がどういうものか、分かって欲しかったのだ」

 

「で、でも魔法には『非殺傷設定』が…」

 

『非殺傷設定』…それはなのは達の使う魔法の特色の一つだ。

この設定が施された魔法は、物理殺傷力を失い、相手を魔力ダメージで気絶させるだけに留まる。

殺さずに相手を捕えるために発展したミッドチルダの魔法文化の一端といえる力だ。

だが、セージはその言葉に首を振る。

 

「それは、峰打ちだから大丈夫と真剣を振っているのと同じこと。

 当たり所が悪ければ無事では済むまい」

 

セージの言うことは事実だ。

如何に『非殺傷設定』とはいえ、状況によっては精神・神経へのダメージを負う。

運が悪ければ後遺症だって残ることがあるのだ。

 

「分かって欲しいのは、君の魔法という『力』には、相手を害するほどの効果があるという事実だ。

 それは理解できただろう?」

 

言われて、なのはは震えながら頷いた。

さっきのセージの姿…あれをやってしまったのは間違いなく自分の『力』だ。

あれが他の人にも出来てしまう、その事実をなのはは理解する。

その途端、自分の持つ魔法という『力』が怖くなってしまった。

今まではユーノの手助けのため、そしてともすればジュエルシードの暴走からたくさんの人を救える素晴らしいものだと単純に喜んでいた。

ユーノたちに『魔法の天才』だの『才能がある』だの言われて嬉しかったのも事実で、実はそれを誇らしく思ってもいた。

でも…今はそんな魔法が怖い。

もしも今のがセージで無ければ、取り返しのつかないことになっていた。

 

「なのは嬢、君達の魔法も、我ら聖闘士(セイント)の小宇宙(コスモ)も、相手を害することのできるものであり、『力』なのだ。

 だが、その『力』無くして切り抜けられぬ試練があることも事実。

 『力のなんたるか』を知った上で、『何のために力を使うのか?』を心に定めるのだ。

 心を強くし、その『力』を律するといい」

 

そう言ってセージは奥へと去っていこうとする。

 

「小宇宙(コスモ)とは、魂の力。

 君が『力』というものを理解し、それでもなおその心が『正しい力』を欲するのなら、君の中の無限の宇宙は応えるだろう。

 まずは、考え、悩み、不屈の心を鍛えなさい」

 

それだけ言ってセージは『巨蟹宮』の奥へと消えていく。

残されたなのはは、自分の力のあり方について考えるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「たぁ、はぁ!」

 

「甘いな」

 

ここは『双魚宮』、フェイトはシュウトの修行風景をただ見続けていた。

高機動戦闘を得意とするフェイトの目にも、打ち合うシュウトとアルバフィカの師弟の姿はほとんど見えない。

だが、状況は見える。

あのシュウトがおされているのだ。

 

「まだまだ甘い…」

 

華麗にアルバフィカが宙を舞い、シュウトの背後を取る。

そしてシュウトに掌底をいれると同時に、小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「シュウ!?」

 

盛大に吹き飛び、頭から地面に落ちるシュウトに思わずフェイトは側に駆け寄ろうとするがアルバフィカがフェイトを止めた。

 

「なに、あの程度は心配無用だ。 そんな柔な鍛え方はしていない。

 シュウト、今日はここまでだ。

 私とフェイトにお茶を淹れてくれ」

 

そう言葉をかけられると、シュウトは身体をさすりながら立ち上がった。

 

「いたたたた…。

 分かりました、すぐ淹れてきますよ、お師様」

 

そう言って即座に奥へと向かっていくあたり本当に大丈夫なのだろう。

それを理解すると、フェイトは元通り椅子へと腰掛ける。

正面に座るアルバフィカは、物憂げに本を読み始める。

疲労の跡が全く見えないあたり流石はシュウトの師匠だと、フェイトは感心していた。

 

「…」

 

「…」

 

…会話が続かない。

正直に言えば、フェイトはどちらかといえば人見知りをする質だ。

一方のアルバフィカも他者に関わり合いにならないようにしていたため会話の得意な方ではない。

そこで必然的に会話にならないのだが…フェイトとしては、幼馴染の親代わりだという師匠に嫌われるというのはどうしても避けたかった。

フェイトは気付いていないが、それは姑に必死に気に入られようとする新妻の心境である。

そのために何とか当たり障りのない会話をとフェイトは思い、知らずのうちに特大の地雷を踏んでしまった。

 

「あ、あの…アルバフィカさんって綺麗ですね」

 

ピクリ

 

本のページをめくっていたアルバフィカの手が止まった。

フェイトは空気が冷えるのを感じる。

その時になって、フェイトは自分のミスに気付いた。

 

「あ、あの…」

 

「フェイト…君は私の何をもって美しいと称したのだ?」

 

その言葉にフェイトは答えられない。

アルバフィカはパタンと読んでいた本を閉じた。

 

「私はそう言われるのが好かない。 その言葉は私の『誇り』を傷つけるのでな」

 

「『誇り』を?」

 

フェイトの言葉に、アルバフィカは頷く。

 

「別段、美しいという言葉を悪いというのではない。

 ただ、大体の場合その言葉は私の外見だけを持って称される。

私にはそれが我慢ならないのだ。

フェイト…人の美しさとはなんだと思う?」

 

「美しさ…ですか? …わからないです」

 

「人の美しさ、それは全てを貫くような『誇り』を纏っているかどうか、だ。

 その纏う『誇り』を理解し、美しいと称するのならいい。

 そうされず、外見のみで語られる美しいという言葉を、私は嫌悪する」

 

言われて、軽率な言葉にシュンとしたフェイトを、アルバフィカはフッと笑って頭を撫でる。

 

「すまない、突然おかしな話をした」

 

「いえ、私こそすみませんでした」

 

恐縮し、頭を下げるフェイトにアルバフィカは言葉を続ける。

 

「フェイト、君はこれからも様々な困難にぶつかるだろう。

 だがどんな時でも己の『誇り』を纏うことをやめてはならない。

 『誇り』を貫こうと進む者の魂は、どんなものにも勝る輝きを放つ。

 そうやって生きる君は、きっと誰よりも美しい…」

 

そう語った時、丁度シュウトがお茶を持って戻ってきた。

 

「お師様、フェイト、お茶がはいりました」

 

「そうか…」

 

そう言ってティーカップに口を付けるアルバフィカ。

 

「ほら、フェイトも冷めないうちにどうぞ」

 

「あ、ありがとう、シュウ…」

 

フェイトもティーカップを受け取り、その香りを楽しむ。

そんな時でも、フェイトの頭の中には先程のアルバフィカとの会話が繰り返されていた。

 

(自分自身の貫く『誇り』…私の『誇り』は…何だろう?)

 

フェイトは己の貫くべき『誇り』について考えるのだった…。




なのはフェイトの強化フラグ。
この先生きのこるには必須。
この2人が師匠だというだけで勝った気になれる。
LC勢は素晴らしかった。


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第11話 蟹、『死』を語る

5人と1匹の前には、荒れ狂う海原。

空は稲妻が走り、海面には6本の竜巻が荒れ狂う。

そしてその6本の竜巻の中心にはジュエルシードが輝いていた。

 

「しかし、まぁ、凄い光景だな」

 

「本当だね。 海洋パニックムービーみたいな光景だよ」

 

快人とシュウトは軽口を叩き合うが、他の4人はそうもいかない。

何と言っても渦巻く魔力の量が尋常ではない。

だが兄弟は笑って返す。

 

「なぁに、心配すんな。 あんな程度俺たちでどうとでもなる」

 

「フェイトとなのはちゃんは封印に集中して」

 

そう言って快人とシュウトは聖衣(クロス)を装着した。

 

「さぁて、いっちょやるか」

 

「退屈はさせてくれそうにないしね」

 

そう言って2人は空を駆けあがり、向かってくる無数の稲妻を叩き落としていく。

稲妻は一つたりともなのはたちには届かない。

 

「そうだったね。 私たちには心強い味方がいるんだった。

 こんなジュエルシードくらい訳無いもんね!!」

 

「うん。 2人を信じて私たちは私たちのすべきことを!!」

 

なのはとフェイトが竜巻を見据える。

 

「いくよユーノ!」

 

「わかってるよ!」

 

「「チェーンバインド!!」」

 

アルフとユーノの拘束魔法によって、6本の竜巻が束ねられる。

 

「やりな、2人とも!!」

 

アルフの声に頷くと、なのはとフェイトは最大まで集中させた魔法を解き放つ。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

「サンダー・スマッシャー!!」

 

2人の魔法が正確にジュエルシードを貫いた。

荒れ狂う海はその姿を変え、雲の切れ目から日が差し込む。

 

「やったね、フェイトちゃん!」

 

「うん! これで母さんが助かる!」

 

最後の6個のジュエルシードを回収し、お互いにハイタッチするなのはとフェイト。

地球に散ったすべてのジュエルシードは回収され、なのはたちは事件の解決を思った。

だが快人とシュウトだけは、これこそが本当の始まりだと確信していた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ここが時の庭園だよ」

 

「ほぇぇぇ…ここがフェイトちゃんの家? まるでお城みたい!」

 

フェイトの案内に、なのはは物珍しそうな声をあげる。

ジュエルシードの回収も終わった週末、快人・シュウト・なのは・フェイト・アルフ・ユーノはプレシアへとジュエルシードを届けるため、時の庭園へとやって来ていた。

目的を達したフェイトは始終笑顔だ。同性の友達を家に招く機会も初めてで、今日のフェイトのテンションは異常に高い。

なのはも見たことのない光景に好奇心が刺激されっぱなしで、こちらもテンションは高かった。

だが、快人とシュウトだけは違う。2人は不気味なほどに静かだった。

あたかも敵地に乗り込んだ戦士のように。

 

「それじゃ、早速母さんにジュエルシードを渡して来るね」

 

そう言ってフェイトは奥へと入っていこうとするが、シュウトがその手を取った。

 

「シュウ?」

 

「フェイト…プレシアさんにジュエルシードを渡すのはボクと兄さんに任せてくれないかな?」

 

「え? シュウと快人が?」

 

フェイトは訳が分からないといった感じだ。他の皆も大なり小なり同じように思っていることが雰囲気で分かる。

 

「プレシアさん、フェイトにあまり近付かなかったでしょ?

 あれはきっと、フェイトに病気をうつさないためだと思うんだ。

 ここでフェイトが行って病気になったら本末転倒だよ。

 でも、ボクと兄さんのような聖闘士(セイント)にはそういうのにも耐性があるんだ」

 

そのシュウトの言葉に相槌を打つ快人。

 

「そうなの、快人くん?」

 

「おう! 俺が風邪ひいたことなんて無いだろ?」

 

「えっ、それバカだからじゃなかったの?」

 

「…はぁい、ほっぺ伸び伸びしましょうね!」

 

「いはいいはいいはいの!!」

 

快人となのはのじゃれあいをシュウトは無視すると続ける。

 

「そういう訳だから、ボクの薔薇園で皆で待っててよ。

 まずはボクと兄さんで話をしてくるから」

 

「…分かった。 シュウ、待ってるからね」

 

フェイトは言いたいことはありそうながらも、言われた通りになのはとユーノを連れて薔薇園の方へと歩いていく。

アルフもシュウトを一睨みすると、フェイトたちに着いていった。

 

「今のアルフ、すげぇ目だったぞ。

 完全に『何手柄独り占めしようとしてるんだテメェ?』って顔だった」

 

「実際そう思われただろうし、仕方ないさ」

 

快人の言葉に、シュウトは肩を竦めて返した。

 

「それじゃ行こうか、兄さん」

 

「鬼が出るか蛇が出るか…」

 

2人はゆっくりと歩き出す。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

重厚なドアの一室を、快人とシュウトは躊躇することなく開け放つ。

 

「…相変わらずの礼儀知らずね。 おまけにそれが一人増えているみたい」

 

「どうも、シュウトの兄の蟹名快人でーす。 おばさんがプレシア=テスタロッサでいいのかな?」

 

「兄、ね…無礼なのも納得だわ」

 

嘆息まじりのプレシアの声を無視して、兄弟は話を進めることにした。

 

「プレシアさん、あなたの言われたジュエルシード集めは終わりました。

 1つは回収不能ですが、この通りフェイトの頑張りで20個のジュエルシードを集められましたよ」

 

それを見せるとプレシアの目の色が変わる。

 

「良くやったわ、それをよこしなさい!」

 

「いえ、それはボクたちの質問に答えてもらったらにします。

 プレシアさん、あなたはジュエルシードを集めて何をしようとしてるんですか?」

 

「言ったはずよ、私の病を治すとね」

 

その言葉にシュウトは首を振る。

 

「嘘ですね。 不治の病を治すだけなら、ジュエルシードは20も必要無い。

 1~2個あれば十分すぎる。 それだけ回収して持ってこさせればいい。

 それなのにあなたは大量のジュエルシードを欲した…。

 あなたは自分の病以外のことにジュエルシードを使おうとしてますね」

 

確信を込めたその言葉に、プレシアは答えず杖を握りしめ敵意を露わにしていく。

 

「あなたに余計なことは言う気は無いわ!

 早くそれを寄こしなさい! さもないと…」

 

プレシアの周囲に、電撃が集まっていく。完全に戦闘の態勢になったプレシア。

その時、快人が前に出てプレシアに言ったのだ。

 

「で、あんたの目的はその後ろにある『死体』に関係あるのかい?」

 

その言葉に、プレシアもシュウトも動きを止めた。

 

「兄さん、『死体』って…」

 

そんなシュウトに、快人は真面目な顔で頷く。

 

「シュウト、お前は奥からのあれを漠然と小宇宙(コスモ)として感じただけだろうが、俺ら蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)には分かる。

 あれは人の魂、しかも供養されること無く、惑っている魂だ。

 その元は…あの奥にある!」

 

「「!?」」

 

その言葉と共に快人は拳を振るった。衝撃波が隠し扉を破壊し、煙が舞う。

 

「アリシア!!」

 

プレシアが何事かを叫んで煙の中に飛び込んでいった。

快人とシュウトもそれを追って隠し扉をくぐった。

そこには…。

 

「こ、これは!?」

 

「…」

 

シュウトは驚きに目を見張り、快人は無言だった。

2人の目の前では、巨大なカプセルに縋りつくプレシアの姿があった。

そしてそのカプセルの中には、フェイトに瓜二つの、5歳くらいの少女が液体にぷかぷかと浮いている。

 

「これは…フェイト?」

 

「フェイト? この子をあんな出来損ないと一緒にしないで!

 あんな見た目だけアリシアとそっくりなだけの、ただの人形に!」

 

「人形? フェイトが…人形だって!?」

 

「そうよ。

せっかくアリシアの記憶をあげたのに、見た目だけしか似ていないお人形よ!」

 

その言葉に、シュウトの拳が震え、それを振りあげようとする。

すると、シュウトの拳を快人が掴んで止めた。

 

「…今の話を聞いてると、フェイトの正体はその子の記憶を写されたその子のクローンか?」

 

「ええ。

 私の研究、人工生命の精製と死者蘇生のための研究、プロジェクトFATEの成果。

 でも今の技術では死者蘇生はどうやっても不可能。

 だからジュエルシードの力で私たちは旅立つのよ、アルハザードに!!

 そして私は全てを取り戻す!!」

 

感極まったように言うプレシアを見つめながら、快人は知らない単語についてシュウトに尋ねた。

 

「…シュウト、アルハザードってのはなんだ?」

 

「次元の狭間にあるっていう、あらゆる秘術が眠るって言われる伝説の地…早い話がおとぎ話に出てくる宝島のことさ」

 

「成程…行き詰っておとぎ話に縋ったってわけか…。

 く、くく…ははははははははは!!!」

 

そこまで快人は理解したように呟くと、突然快人は笑いだした。

 

「何を笑うの!?」

 

「これが笑わずにいられるかよ! 無知ってのはすごいな、おい!」

 

激昂するプレシアを前に、快人の大笑いだけが木霊する。

そして…笑い終えた快人の雰囲気が変わった。

 

「「!!?」」

 

薄く笑っている快人からの不気味な気配に、プレシアは当然として、シュウトですら声が出ない。

そんな中、快人は静かに話し始める。

 

「プレシアさんよ、悲しいことにあんたは『死』を知らなすぎる…。

 人は死ぬとな、暗い坂を大きな穴めがけて歩いていくんだ。

 ゆっくりゆっくり…そしてその穴に飛び込んでいく。

 それが…『死』だ。

 その『死』は、どんな技術も、魔法も、小宇宙(コスモ)だって覆せない。

 もし覆されるときは…それは邪悪なる神々のおもちゃにされた時だ」

 

その快人に、いつものお茶らけた雰囲気は無い。その雰囲気に、誰もが呑まれる。

快人の口は薄く笑ってはいるが、その目は遠く、どこかの何かを思いだしているような虚ろな目だった。

 

「『命も幸せも塵芥』…でも、だからこそ、そんな儚いもんを誰もが必死に精一杯輝かせて生きてるんだ。

 あんたのやろうとしてるのは、そのアリシアって娘の、生きた輝きを無駄にする行為。

 あんただって実は冷静な部分では気付いてるんだろ?

どんな技術でも死者蘇生なんて夢物語が出来るはず無い、って…」

 

「…」

 

図星なのか、プレシアは押し黙る。しばらくの間、沈黙がその場を支配した。

そして、プレシアの絞り出すように言葉を発する。

 

「確かに、どこにも死者蘇生の技術なんてないのかもしれない。

 それでも…夢物語でも、もう私にはそれに縋るしかない!

 それしか、私には何も残っていないのよ!!」

 

そう言ってプレシアは杖を構える。

そんな姿を見て、快人はため息をついた。

 

「俺たちじゃ説得は無理か…。 仕方ない…」

 

シュウトは、快人がスゥっと掲げた手に小宇宙(コスモ)が集中していくのを感じた。

シュウトは咄嗟にプレシアに攻撃を仕掛けるのかとギョッとしたが、それは違った。

快人の小宇宙(コスモ)が光を放ち、その光が集まっていく。

そしてその光はしっかりとした輪郭を伴い、人の形となっていった。

その姿に、プレシアは驚愕の表情で杖を取り落とす。

その姿は…。

 

「アリ…シア?」

 

「ママ? 私が見えるの?」

 

プレシアも、そしてアリシアも信じられないといった感じで呆然とする。

 

「兄さん、これは?」

 

「俺の小宇宙(コスモ)で漂っていた魂を明確化・視認化できるようにした。

 俺たちじゃ説得できそうにないから、説得をお願いしようと思ってな」

 

そう言って快人は肩を竦める。

 

「アリシア…アリシア!!」

 

夢にまで見た娘の姿に、プレシアはアリシアを抱きしめようと駆け寄る。

だがアリシアからの返答は…。

 

バシン!

 

「アリ…シア?」

 

叩かれた頬をプレシアは呆然と押さえる。

アリシアからの返答は小さな怒りに燃える瞳と、その手から繰り出されたビンタだった。

 

「アリシア、どうして…?」

 

「ママ、私ね、すっごく怒ってるんだよ!」

 

5歳ほどのアリシアは、その身に合わない怒気を纏いプレシアに対峙する。

 

「私を生き返らせようと違法研究に手を出して、今度はロストロギアのジュエルシードまで手を出そうとして!

 もし本当にアルハザードへ行くためにジュエルシードを使ったら、いくつもの次元世界が跡形もなく無くなっちゃうことは知ってるはずだよ!!」

 

「待ってアリシア! 全てはあなたのために!愛しいあなたのために…!!」

 

「私のために犯罪をやりました、って言うの?

 そんな押しつけがましいママの愛なんていらないよ!

 そんな風に数えきれない人を犠牲にしてまで、私は生き返りたくなんかないよ!!」

 

「アリ…シア」

 

今までの自分の行動全てを、自分の目的である娘に否定されプレシアは膝をついた。

それでもアリシアは止まらない。

 

「そして何より私が許せないのは…フェイトを、あんなにママが大好きな私の妹を愛してあげなかったこと!!」

 

「ち、違う。 あの子はあなたを模しただけの…」

 

「そう、フェイトは私とは違う!

 死んだ私とは違って、今、生きてそこにいる私の妹なんだよ!」

 

「違う! 違う!!」

 

アリシアの言葉を、プレシアは耳をふさいでそれを否定した。

そんなプレシアに、快人はゆっくり語りかけた。

 

「プレシアさんよ、あんた…怖かったんだろ?

 フェイトを自分の娘だって認めること、それはアリシアの死を受け入れるってことだ。

 そしてフェイトを愛せば、あんたの中のアリシアの占める重みは減っていく。

 そうやっていつかアリシアのことを忘れるのが怖かったんだ。

 だから死者蘇生なんて夢物語に縋って、アリシアの復活に固執した。

 違うか?」

 

「…」

 

プレシアは何も答えない。それは図らずも肯定を意味していた。

そんなプレシアを快人は笑う。

 

「プレシアさん、あんたはやっぱり『死』には無知だな」

 

「…なんですって」

 

ゆっくりと顔をあげるプレシア。

快人は遠くを眺めるように宙を眺めて、ゆっくり語る。

 

「『死』は何も残さない訳じゃない。

 いや、とても、とても『重い』想いを生きる者に残していく。

 その『重み』はいくら経とうが消えはしない…」

 

「ママ…私はママが大好きだよ。いつか言ったよね、『妹が欲しい』って。

 ママ、そのお願いを叶えてくれてありがとう。

 だからこれは新しいお願い。

 フェイトと…妹と一緒に幸せに生きて、ママ!」

 

アリシアのその『重い』想いはその時、間違い無くプレシアの心に埋め込まれた。

 

「本当に、いいの? あの娘を、フェイトを娘として愛してもいいの?

 それでも…私のアリシアは無くならないの?」

 

「今、あんたの心に届いたソレが答えだろ?」

 

快人の言葉に、プレシアは涙を流しながら自嘲気味に笑いだす。

 

「は、はは…私は…失った何もかもを取り戻せる道が、すぐそばにあったのに…。

 なんて…愚かなの」

 

「まだ間に合いますよ。 フェイトはあなたを母親と慕っている。

 あなたさえ心を開けば…道はそこにある」

 

「そうね、そうなのね…」

 

シュウトの言葉に、プレシアはゆっくりと頷いた。

すると快人は話は終わったとばかりに、シュウトを押して隠し部屋の出口へと向かっていく。

 

「その子…アリシアが今の状態を維持できるのは3時間くらいだ。

 時間が来たら、その子の魂はあるべき場所へ俺が送る。

 そうだな…1時間したらフェイトを連れてくるから、考えを纏めておきな。

 自分の進む道のな」

 

「そうさせてもらうわ。 ありがとう…」

 

「へっ、あんたのためじゃない。 弟の彼女、フェイトのためだ。

 そうじゃなきゃ、ここまで肩入れしないよ」

 

「あの子はいい男を捕まえたのね」

 

「当然、この俺の弟だぞ」

 

そう言って、快人はシュウトを伴って隠し部屋を出ていく。

後にはただ、母と娘だけが残された。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

廊下に出た快人とシュウト。

シュウトは快人に感謝の言葉を述べた。

 

「兄さん、ありがとう。 これでフェイトは上手くいくと思う」

 

「なぁに、ちょっと得意分野だっただけだ。

 『生と死』に関しては、俺ら蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)は嫌というほど思い知るからな。

 こうやって綺麗に纏まるっていうのは嬉しいもんだ」

 

そうやって何でも無い風に伸びをする快人。

 

「でも…少し悔しいな。

 ボクがフェイトを助ける、って意気込んでたのに、全部兄さんのおかげで上手くいくなんて…」

 

「まぁ、それは相性の問題もあったさ。

 それに…実は上手くいった理由はお前のおかげみたいなもんなんだぞ」

 

「え?」

 

快人の予想外の言葉に、シュウトは目を丸くする。

快人は言い聞かせるようにシュウトに語った。

 

「ああやってプレシアが戻ってこれたのは、『引き返せない出来事を起こしていない』っていうところが大きい。

 仮に…プレシアがフェイトに日常的に暴力でも振るっていたとしよう。

 フェイトは最愛の娘に顔だけ似た別人だ、タガが外れれば十分あり得る話だろうよ。

 そうなれば今日の出来事があっても、『あんなことしたのに今さらどの面下げて母親なんて…』ってなって自暴自棄で突っ走る可能性は大だ。

 だが、お前のおかげでそういう『引き返せない出来事』がプレシアとフェイトの間に起こっていない。

 だから、今日すべてが上手くいった。

 すべてはお前がフェイトを守り続けた結果だよ」

 

「でも…」

 

「いいかシュウト、何か起こってからそれを納めるなんてのは誰でもできる。

 本当にすごいのは『起こる前に納める』ことだ。

 シュウト、胸張って自信持て。

 フェイトを救ったのはまぎれもない、お前だ」

 

そう言って背中を叩くと、快人は一人薔薇園へ歩きだした。

その背中を見ながら、シュウトは思う。

 

(兄さん…さすがは兄さんだ)

 

同い年になり、たいして変わらないその背中が大きく見える。

それはきっと、魂がそうだからだろう。

姿が変わり、どんな風に生きても、その兄の姿は魂に焼きついた、自分の自慢の兄のもの。

 

「おー、なのは、戻ったぞ。

 どうだ、俺が居なくて寂しくて泣いていたのだろう?

 正直に言ってもいいんだぞ?

 愛い奴愛い奴」

 

「…なのはの平和が終わったの」

 

「おい、そりゃどういう意味だ?

 俺は慈愛に満ち、『神にもっとも近い』と言われ…るといいなぁと思っている男だ」

 

「小さっ! なんか志が小さすぎるよ!!

 それじゃ『蟹にもっとも近い男』程度になっちゃうよ!」

 

「んだとテメェ!!」

 

いつも通り、快人となのはのじゃれあいを見てシュウトは苦笑する。

 

(やっぱ兄さんには色んな意味で敵わないなぁ)

 

そんな風に思うのだった…。




生と死を見続ける蟹座の結論でした。
次回は一部ボス登場。


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第12話 蟹と魚、旅路を看取り、敵と対峙する

当初の約束どおり、フェイトをプレシアの元へと送ってから約二時間、フェイトは残りのメンバーの前に現れた。

 

「ど、どうしたのフェイトちゃん!?」

 

「フェイト、あのババアに何かされたのかい!?」

 

涙の残るフェイトの様子になのはとアルフが慌てるが、フェイトは涙を拭いながら何でもないといった風に2人を手で制す。

そしてフェイトは快人とシュウトの前に立った。

 

「母さんから全部聞いたよ。 ありがとう、2人とも。

 これで私と母さんは、やっと母娘を始められる…」

 

「…その口ぶりだと、うまく行ったのか?」

 

快人の言葉に、フェイトはコクンと頷いた。

 

「最初はすごくショックだった…。

 私はアリシア姉さんのクローンで、今まで母さんは私を見てくれていなかったことが…。

 でも母さんは今日、『フェイトはアリシアの妹で私の娘だ』って言ってくれた。

 今日、今ここから母娘をはじめよう、って。

 だから私も改めて始めようと思う。

 プレシア=テスタロッサの娘、フェイト=テスタロッサの生き方を」

 

そう言ってフェイトは迷いの無い視線を空に向ける。

その視線はまるで未来を射抜くように真っ直ぐだった。

 

「…フェイトは強いね」

 

そんなフェイトを見てシュウトは言葉を漏らす。

今日の出来事は、文字通りフェイトの人生をひっくり返すような大事件だっただろう。

自分の出生の秘密、隠された姉の存在と母親の思惑…そのどれもこれもが、フェイトに大きなショックを与えていたことは想像に難くない。

だが、それでもフェイトは受け入れて前に進む道を選んだ。

フェイトの話を知る者なら、フェイトがそのショックに負け立ち止まったとしても誰も責められはしないだろう。

それほどまでに、今回フェイトに降りかかった事件は重い。

しかしフェイトは全てを受け止め、確固たる自分の想いを持って未来へ歩き続ける道を選んだのだ。

その心を、想いを、シュウトは強いと感じた。

だが、その言葉をフェイトは首を振って否定する。

 

「ううん、私は強くなんか無いよ。

 実際、私が『人形』だって言われたときにはまるで世界のすべてが崩れたみたいにショックだった。

 もう立ち上がれない…正直にそう思ったよ。

 でもね、そんな時…シュウの顔が横切ったの」

 

そう言ってフェイトは微笑みながらシュウトを見つめる。

 

「シュウだけじゃない、リニスやアルフ、なのはに快人…私を想ってくれた人たち。

 私が人形だって認めて諦めたら、その人たちの想いも無駄にしちゃう気がした。

 その人たちは人形じゃない、人間『フェイト=テスタロッサ』に言葉を、想いを伝えてくれていたんだもの。

 それを裏切ることだけは絶対にイヤだった。

 そう思えたから私は前に進めたんだ。

 シュウの想いが、私を未来に進ませてくれたんだよ。

 だから…ありがとう、シュウ」

 

「フェイト…」

 

2人でほんのりと顔を赤くしながら見つめあうシュウトとフェイト。

 

「なんかよく分からないけど、完全に2人の世界なの…」

 

「うん、まぁ…蚊帳の外ってのは辛いわなぁ」

 

「アタシ、見てるだけで身体が痒くなってきたんだけど」

 

「僕もだよ」

 

残った3人と1匹は所在投げにポリポリと頬を掻くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

テスタロッサ親子になのは、アルフ、ユーノ、そして快人とシュウトの兄弟にアリシアの魂…この事件に関わった全員が時の庭園の大広間に集結していた。

 

「アリシア…」

 

「姉さん…」

 

プレシアとフェイトは名残惜しそうに声を上げる。

なのはたちもフェイトからすべての事情を聞かされ、その光景を涙混じりに眺めていた。

 

「ママもフェイトも泣かないで。 私はどこにいてもママの娘で、フェイトのお姉ちゃん。

 私はいつだって2人の幸せを願ってるよ」

 

悲しい母娘と運命が交わらなかった姉妹は最後の抱擁を交わす。

そして、アリシアは快人へと向き直った。

 

「お待たせ、お兄ちゃん!」

 

「待っちゃいないさ。 旅の始まりは穏やかに、ってな」

 

そう言って、快人は蟹座聖衣(キャンサークロス)を装着した。

 

「シュウト、もしものことを考えてお前も聖衣(クロス)を着ろ。

 みんな、シュウトの後ろに下がるんだ」

 

言われたとおりの位置に全員が動く。

 

「これで準備は整ったか…シュウト、お前は一応、小宇宙(コスモ)で障壁を張ってみんなを守っていてくれ。

 もしも、ってことがあるからな」

 

「それはいいんだけど…」

 

シュウトは指をさしながら、おそらく全員が疑問に思っているだろうことを言った。

 

「兄さん、その手の袋は何なのさ?」

 

「これ? 見ての通りエチケット袋だが?」

 

それは船や航空機についてくる紙製のエチケット袋だった。

さらし粉やら脱臭剤などの入った、閉所での使用を考えたやつである。

意味が分からず全員が首を傾げるが、そんな全員の視線から逃れるように快人はそっぽを向くと話を先に進めることにした。

 

「…まぁいいさ。 それじゃ始めるぞアリシア」

 

「うん」

 

アリシアが頷くのを確認すると、快人が人差し指と中指を立てその手を掲げる。

その2本の指に濃密な小宇宙(コスモ)が渦巻き、紫に怪しく輝きだした。

そのエネルギーの凄まじさは小宇宙(コスモ)を感じられないなのはとフェイトたちにも何となく感じられる。

そして、快人はそれを発動させた。

 

「積尸気(せきしき)…冥界波(めいかいは)!!」

 

途端に空間が歪み、奥の見えない黒い穴が現れた。

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)―――それは蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の代名詞であり、奥義。

強大な小宇宙(コスモ)で死の世界へのゲートを開き、相手の魂を肉体から引きずり出してそこへ送り込むという技だ。

運用の幅は広く、蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の確かな強さを支えるまさに必殺の技である。

その穴に吸い込まれるように、アリシアの姿が薄く揺らいでいく。

 

「アリシア!!」

 

「姉さん!」

 

「さようなら、ママ、フェイト。 私のお願い…2人が幸せになるってお願いを絶対かなえてね!!」

 

「ええ!」

 

「もちろんだよ、姉さん」

 

そんな返答に満足したのか、今度はシュウトたちを見やる

 

「それと…フェイトの友達にお願い。これからもフェイトを支えてあげて。

 特にそこの薔薇男はこれからもフェイトを守ってね」

 

「薔薇男は酷いよ…。

 でも、その言葉は守るよ。

 この魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)シュウト、どんなときでも必ずフェイトを守る!」

 

苦笑しながらも、まるで騎士のように握り締めた左手を胸にあてて答えるシュウト。

それを見て、アリシアは満ち足りた顔で目を瞑る。

 

「これで安心…それじゃ、さよなら!」

 

そしてアリシアは完全に消え去り、黒い穴は閉じるように消えていく。

 

「よい旅を、アリシア=テスタロッサ…」

 

快人は掲げていた二本の指でビシリとアリシアに別れを告げた。

 

「…逝ってしまったのね、アリシア。

 またいつか会いましょう、愛しい私の娘…」

 

「母さん…」

 

「大丈夫、私にはあなたが、フェイトがいるわ。

 こんな病でボロボロの身体だけど、精一杯フェイトと過ごしてみせる」

 

そう言って柔らかく抱き合う感動的なテスタロッサ親子を、なのはたちは感動して涙目で見つめる。

だが、そこにその感動的なシーンをぶち壊すものが聞こえた。

 

「うぅ…おぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

苦悶の表情で膝を折った快人が、手にしていたエチケット袋に盛大に嘔吐していた。

 

「なに、どうしたの快人くん!?」

 

慌てて飛び出したなのはが快人の背中をさすり始めるが、ぜぇぜぇと荒い息を続ける快人。

胃の中のものを吐き胃液しかでてこないというのに、快人の息は収まらない。

 

「は、はは。 くそ、やっぱりかよ…。

 あぁ、喰ったメシがもったいねぇ…」

 

やっと息が整ってきた快人が、苦笑しながら言う。

 

「快人くん、もう大丈夫なの!?」

 

「ああ…一時的な発作みたいなもんだ。 もう…大丈夫だよ」

 

心配そうななのはに礼をいい立ち上がる快人だが、その顔色は若干青い。

快人が指を鳴らすと、エチケット袋が掻き消えるように消えた。

おそらく『巨蟹宮』へと転送したのだろう。

そんな快人の姿を見て、シュウトはある疑問を口にした。

 

「兄さん、もしかして…冥界波が使えないんじゃ…?」

 

その言葉に、快人は頷く。

 

「お察しの通りだ。 俺は積尸気冥界波(せきしきめいかいは)をまともに使えない。

 使えはするが、見ての通りの状態になるからとてもじゃないが実戦での使用は出来ないんだよ」

 

そう言って快人は苦笑するが、それは蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)にとってどれほど重大な意味があるのだろうか?

先も述べたように積尸気冥界波(せきしきめいかいは)は蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の真髄と言ってもいい技である。

聖闘士(セイント)の戦う相手は人知を超えたものも多い。

異常なまでの再生力を持っていたり、強度が高すぎてダメージが与えられなかったり、そんな化け物を相手取ることも多い。

だが、積尸気冥界波《せきしきめいかいは》はそれを強制的に魂同士…同じ土俵での戦いに移行できる。

いかに強靭な肉体を持っていても、いかに倒しにくい相手でも魂までは無敵には出来ないからだ。

さらにピンポイントで死界の穴に相手の魂を放り込めば絶対的な勝利を得られる。

それだけの技が使えないということの重要性を、快人とシュウトだけが理解していた。

 

「兄さん、どうして…?」

 

「…まぁ、ちょっとしたトラウマってやつだ。 あんまり聞くな」

 

シュウトの言葉を、話はここまでと言った風にパンパンと手を叩いて快人は打ち切る。

すると、プレシアが快人に頭を下げた。

 

「あの娘を…アリシアを送ってくれてありがとう。 感謝してるわ」

 

「さっきも言ったけど感謝なんていいさ。

 それより、アリシアの身体の方はしっかり弔ってやれよ。

 死んでも弔われない身体ってのは悪いもの…亡霊やら悪霊やらを呼び込むからな」

 

「わかってるわよ。 少し落ち着いたら、アリシアの葬儀をしっかりするわ」

 

「そう願うよ。

 さて、それじゃ俺たちも休んで体調が回復したら、あんたの病気を治す」

 

その言葉に、プレシアは驚いたように目を見開いた。

 

「これは不治の病なのよ。 そんなことできるはずが…」

 

「俺とシュウトが力を合わせれば、おそらくだけど出来る。

 なぁ、シュウト?」

 

話を振られたシュウトはしっかりと頷いた。

 

「あなたには、まだフェイトと過ごしてもらいます。

 まかさ、フェイトを残してさっさと死んで逃げようなんて思ってたんじゃないでしょう?

 だったら生きてもらいますよ」

 

そんな快人とシュウトの言葉に同意するように、フェイトは涙を浮かべながらプレシアへと訴えかける。

 

「母さん、私、母さんとお別れなんて嫌だよ。

 シュウたちの治療を受けて、お願い」

 

フェイトの必死の訴えを受けて、プレシアが頷かないはずもない。

 

「…わかったわ。

 あなたたちが万全な状態になったら、私の病気を治して頂戴」

 

「もちろんです、プレシアさん」

 

プレシアの言葉に、シュウトは微笑みながら返した。

 

「ふぅ…これでジュエルシード絡みの事件は無事終わったな」

 

「ジュエルシードは全部集まったし、フェイトちゃんの家の事情も解決してよかったの!」

 

快人の言葉になのはが同意する。

 

「僕としては、君の壊したジュエルシードをどう報告しようか頭の痛い問題が残ってるけどね」

 

「そこは今回のプレシアを利用してくれ。

『偶然にもジュエルシード集めに協力してくれたプレシアが偶然に発動させた。そのためプレシアの不治の病が治った』って感じで」

 

皮肉げなユーノの言葉に快人は肩を竦めながら答えると、辺りがざわつく。

 

「アンタ、まさかそこまで考えてたのかい!?」

 

アルフの心底驚いたような言葉に、快人は肩をすくめて答えた。

 

「まさか。 シュウトのアイデアだよ。

 俺たち聖闘士(セイント)の話は公にはしたくないからどうしよう、って話をしたときにそうやって帳尻を合わせようってシュウトが言ってきたんだ」

 

その言葉に周囲から安堵のため息が漏れた。

 

「一瞬、快人くんが頭がいいように感じちゃったの。

 勘違いでよかったの」

 

「オイコラ、そりゃどういう意味だ!」

 

始まる快人となのはのじゃれあいに、皆がほほ笑みを浮かべる。

かくして、ジュエルシードから始まった物語は平和裏に終わりを告げた…。

 

 

 

 

 

 

…誰もがそう思った、その時だった。

 

「あっ…」

 

快人が何処か間の抜けた声で言うと、尋常ならざる雰囲気でバッと振り返る。

その姿に、全員が不穏なものを感じた。

 

『あっ』という言葉は、絶対に言ってはいけない時と場所がある。

たとえば床屋で顔を剃ってもらっている時。

目を瞑って顔を剃ってもらっている時、眉毛付近を剃っていた床屋が『あっ』とか言ったら誰だって最悪の事態を想定する。

空手バカな山籠りをするしかない、嫌な未来を誰だって予想する。

今の快人のタイミングは、まさにそれだった。

 

「こりゃ…やべェかな?」

 

快人が嫌な汗を掻きながら呟いたことで、全員が何か良くないことが現在進行形で起こっていることを確信する。

 

「兄さん、一体…。 !?」

 

快人に事の次第を訪ねようとしたシュウトだったが、その前にその理由を感じ取って快人と並んで戦闘態勢をとった。

 

「兄さん、この攻撃的な小宇宙(コスモ)は!?」

 

「ああ…。

 さっき俺の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で開けた穴を…辿られた!

 ヤバいぞ、向こうから何かがこっちに穴をぶち開けてきてる!!」

 

「そ、それってどういうことなの!?」

 

今までにない快人の雰囲気になのはが尋ねると、快人は真剣な表情で答える。

 

「つまり…だ。

 死の世界からこっちにこわーい幽霊どもが向かってきてるってことだ!!」

 

「兄さん、来るよ!!」

 

シュウトの言葉とともに、空間に黒い穴が穿たれる。

そこから漏れだすのはいくつもの人魂。

 

「きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!!?」

 

「な、何これ!?」

 

悲鳴を上げ混乱するなのはとフェイトに、シュウトから鋭い声がとんだ。

 

「うろたえるな2人ともォォォ!!

 早く戦闘態勢に入って! これは…本当に不味い!!」

 

「わ、わかったの! レイジングハート、セットアップ!!」

 

「バルディッシュ、セットアップ!!」

 

シュウトの切羽詰まった声に、なのはとフェイトは即座に反応してバリアジャケットを展開して戦闘態勢を取った。

アルフ・ユーノ・プレシアも戦闘の態勢を取って辺りを漂う人魂を警戒する。

だが、快人とシュウトは周りの人魂を見ていなかった。

2人の視線は空中に穿たれた、黒い穴に注がれている。

人魂を2人が見ていない理由は簡単、それは本当の脅威ではないからだ。

本当の脅威…快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で開けた穴を辿り、穴を穿っているのはあの人魂たちではない。もっと別の『誰か』だ。

そして、その『誰か』がついに黒い穴から姿を現す。

 

「おお、本当に現世に繋がってやがった!」

 

「ふっ、この様子ではあの女神の言っていたこと、まんざら嘘ではないようだ」

 

現れたのは2人の男だった。

片方はガラの悪いちょっと近づきたくないチンピラ風の男。

もう片方は一見女性と見紛う美丈夫。

だが2人の特徴はそれだけではない。

2人は黒い鎧を纏っていた。それも、全員がよく知る物である。

 

「あれは…快人くんの蟹座聖衣(キャンサークロス)? でも真っ黒…」

 

「シュウトの魚座聖衣(ピスケスクロス)だ…でも、あの黒い魚座聖衣(ピスケスクロス)は一体…?」

 

なのはとフェイトは2人の男たちの纏っているものが、快人とシュウトの纏う聖衣(クロス)とまったく同じ形状であると気付いた。

 

「おいおい、ウソだろ…」

 

「なんで…この2人が…!?」

 

快人とシュウトは驚愕の表情で2人の男を見つめる。

そして2人はその男たちの名前を口にした。

 

「蟹座(キャンサー)のデスマスク!?」

 

「魚座(ピスケス)のアフロディーテ!?」

 

それは黒い鎧―――冥衣(サープリス)を纏った、蟹座と魚座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの名だった…。




一部ボスはオリジナルのお2人。
戦力比がヤバい。
銅の剣で魔王と戦うぐらいヤバい。


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第13話 蟹と魚、強敵に苦戦する

白い人魂が舞う非常識な光景、だがその場にいる全員の視線は黒い穴から現れた2人の男に集中していた。

やがて黒い穴がゆっくりと閉じる。

 

「ふぅ…久方ぶりの現世は悪くないな」

 

「できる事なら、聖域(サンクチュアリ)のような美しいところに出たかったものだ。

 こんなホコリの匂いのする城は美しくない…」

 

蟹座(キャンサー)のデスマスクは伸びをし、魚座(ピスケス)のアフロディーテは顔をしかめる。

一見すれば平和そうな会話だが、快人とシュウトからの雰囲気を感じられればとても平和とは思えないだろう。

 

「そう言うなアフロディーテ。 見ての通り、俺たちの後釜どもの前に出てきたんだ」

 

「ふっ、あれが蟹座(キャンサー)と魚座(ピスケス)の聖衣(クロス)を手にした者たちか…」

 

デスマスクとアフロディーテが意味ありげに快人とシュウトを見た。

 

「これはこれは、始めまして大先輩がた。

 蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人です」

 

「同じく、魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミです」

 

快人は大仰に、シュウトはあくまでも丁寧に礼をするが、なのはとフェイトは幼馴染たちが今までにないほど緊張しているのを感じていた。

 

「それで先輩がたは、遠路はるばる一体何の御用で?」

 

「それ以前にあなたたちは死んだはず。

 何故その身体が? そしてその冥衣(サープリス)は?

 どうしてここに?」

 

快人はまるで世間話でもするかの如く、シュウトは慎重に探るような視線で問う。

そんな2人をデスマスクはさも面白そうに笑った。

 

「なぁに、未熟な冥界波で穴を開けていたのでな。 辿るのは容易かったぞ」

 

「…そりゃ悪ぅござんした」

 

「この身体も冥衣(サープリス)も、ある女神から特別な使命を貰って与えられたのだ」

 

「特別な使命? それは…?」

 

すると、突然デスマスクとアフロディーテから攻撃的な小宇宙(コスモ)が放出された。

 

「「!?」」

 

快人とシュウトは小宇宙(コスモ)を障壁として展開し、放たれた一撃を受け止める。

 

ドゥン!!

 

「「きゃぁぁぁぁ!!」」

 

小宇宙(コスモ)同士がぶつかり合い、爆発が巻き起こった。

轟音と巻き上がる砂埃に、なのはとフェイトの悲鳴が重なる。

 

「…おいおい、先輩がたよぉ。 これは何の後輩イジメですかい?

 ちょっと今のは笑えないぜ」

 

「今の一撃、ボクたちが防がなかったら後ろのフェイトたちが全員死んでましたよ。

 一体、どういうつもりですか?」

 

快人は口調こそ軽いが目が全く笑っていない。

シュウトは怒りを押さえこんでいるのがありありと見て取れた。

そんな2人の様子に、デスマスクとアフロディーテはくつくつと笑う。

 

「なに、さっきも言ったがこれはある女神からの命令でね。

 その少女2人と君ら2人の首をとってこい、とのことだ」

 

「バカな!? ボクたちだけならまだしも、何故フェイトとなのはちゃんの命を!?」

 

「そんなことは知らん。 だが、そうすれば俺たちに新たな生を与えるという約束だ。

 まぁ、そういう訳で大人しく死んでもらおうか!」

 

そう言ってデスマスクとアフロディーテは殺気を放ち始める。

 

「「!?」」

 

その圧倒的な殺気にあてられ、なのはとフェイトの身体が震えだす。

間違い無く殺される…それをなのはとフェイトは本能で理解してしまい恐怖が身体を駆け巡る。

 

(こ、怖いの…)

 

(この人たち、本気だ。 本気で私たちを殺そうとしている!?)

 

そんな2人を殺気から守るように、2人の黄金が立ちふさがった。

 

「何バカなことほざいちゃってくれてるんですか、この先輩どもは?」

 

「本当、よくもまぁそれだけバカなことを言えるもんだよ…」

 

殺気の暴風の中、快人とシュウトが一歩を踏み出す。

陽炎のように立ち上る小宇宙(コスモ)は、怒りの色に燃えていた。

 

「おい、なのは! 今すぐ皆と一緒にここを離れて家まで戻れ。

 俺たち兄弟はちょっとあの先輩がたと『お話』してくる…」

 

「ちょっと賑やかな話し合いになりそうだから、すぐにここを離れて。

 プレシアさん、みんなの地球までの引率、お願いできますか?

 こっちが終わったら連絡しますから」

 

「わかったわ、すぐにこの娘たちは避難させるけど…『お話』が終わったらすぐに来なさいよ」

 

プレシアがなのはとフェイトたちを伴い、この場を離れようとする。

だが、なのはとフェイトは無言のまま、その場を離れる事が出来ない。

快人とシュウトはあの2人を『先輩』と呼んでいた。

相手は快人とシュウトと同じ聖闘士(セイント)なのだ。そして2人の雰囲気から相当の力を持っているだろうことが分かる。

 

「快人くん…」

 

「シュウ…」

 

なのはとフェイトの心配そうな声。

だが、快人とシュウトは振り向かない。そのまま、背中越しで2人に言葉を返す。

 

「さっさと行け、なのは。 邪魔だよ」

 

突き放すような快人の口調。

 

「大丈夫…だよね? 快人くん、強いもんね?」

 

なのはの言葉に、背中越しに少しだけ振り返り快人が答える。

 

「当り前だ。 俺が負ける訳ないだろ?

 すぐにあの舐めた先輩を焼き蟹に変えてそっち行くよ」

 

「信じてるからね! 嘘ついちゃ駄目だからね!!」

 

「分かってるぜ、なのは」

 

快人は笑いながらサムズアップで答えた。

 

「シュウ…」

 

「フェイトも行って。 あの先輩は片手間でどうこうなる相手じゃない。

 ボクのすべての小宇宙(コスモ)を持って…戦う!」

 

そう言ってシュウトは小宇宙(コスモ)で作りだした薔薇をフッとフェイトに投げる。

赤いその薔薇は、フェイトの美しい金の髪に髪飾りのように刺さった。

 

「ボクはいつまでもフェイトを支えるって誓ってるんだ。

 …ボクもすぐに行くよ」

 

「…うん。 待ってるから。

 私、ずっと待ってるから!!」

 

なのはとフェイトが快人とシュウトから離れ、大広間には蟹座と魚座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちだけが残った。

 

「おいおい、シュウト。 薔薇の髪飾りなんてやることがキザだなぁ、おい」

 

「キャラクターの違いだよ。 兄さんがそんなことしたらなのはちゃん絶対引くね。

 兄さんにはサムズアップ辺りがふさわしいさ」

 

「…なんだかお前ともゆっくり『お話』をする時間が欲しくなってきたぞ」

 

「それはいいけど、この一件が終わってからね」

 

「そうだな、それじゃ…」

 

「行こうか…」

 

言って兄弟は一歩踏み出す。

 

「死ぬなよ、弟」

 

「そっちこそ、兄さん」

 

兄弟はお互いの拳をコツンと合わせ別れると、お互いの倒すべき敵へと歩み出た。

 

「おまたせ先輩。 律儀に待ってくれるなんて案外優しいな」

 

快人は軽く手を上げながら、まるで知りあいに挨拶でもするような気軽さでデスマスクに言うと、デスマスクも不敵に笑いながら返した。

 

「ふん、俺は慈悲深い男なのだ。 別れの挨拶ぐらいはさせてやる。

 もっとも、すぐに同じあの世で会えるからそんな必要はないのだがな」

 

「『慈悲深い』って言葉を今すぐ辞書で引こうぜ、先輩。

 またはそんな妄言垂れ流してる口を縫ってくるかしたほうがいい」

 

「口の減らん小僧だ」

 

そしてデスマスクが構えをとった。

 

「こい、小僧。 このデスマスクが貴様に絶対的な力というものを教えてやろう」

 

快人も構えをとる。

立ち上る小宇宙(コスモ)、そして気迫はいつものどこか余裕のある快人ではない。

掛け値なしの快人の本気だ。

 

「ぶっとばし甲斐のありそうな先輩だな。

 そんじゃ…遠慮なく行かせてもらうぜ!!」

 

吠えて、快人はデスマスクに向けて一気に駈け出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「お待たせしました、アフロディーテさん」

 

「本当に待たせてくれる。

 この程度が今の魚座(ピスケス)を継ぐものだと思うと嘆かわしい」

 

大仰にため息をつくアフロディーテ。

 

「言ってくれますね。

 だったら…ボクの薔薇、受けてもらいましょうか、先輩」

 

シュウトが取り出すのは赤い薔薇一輪。

同じようにアフロディーテも赤い薔薇を取り出す。

 

「いいだろう、君ごときがこの薔薇の美しさを解することが出来るとは思えんが君に見せてやろう。

 真に美しき、薔薇と私の戦いをね」

 

立ち上る小宇宙(コスモ)に乗せ、赤い薔薇の花弁が舞う。

そして…。

 

「「ロイヤルデモンローズ!!」」

 

赤い薔薇吹雪がぶつかり合った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

時の庭園を揺るがす震動の中、プレシアに先導されながらなのはたちは転送ポートへと急いでいた。

不気味な呻きのような震動が、なのはとフェイトの心を揺さぶる。

 

「快人くん…」

 

「シュウ…」

 

心配そうに2人が呟く。

その時、いくつもの数え切れない人魂が現れ、それが形を成していく。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「一体何が?」

 

アルフとユーノが見つめる中、人魂は簡素な鎧のようなものを付けた人間に変わった。

 

「ま、まさか聖闘士(セイント)!?」

 

ユーノの声には、若干の恐怖が混ざっていた。

それというのも、ユーノたちの知る聖闘士(セイント)というのは快人とシュウトが基準となっているのである。

それが敵だというのは、考えるだけでも恐ろしい。

ユーノの言葉に、なのはとフェイトが緊張の面持ちで身構える。

そして…その鎧を着た男たちが襲いかかってきた。

だが…。

 

「ディバイン・バスター!」

 

「サンダー・スマッシャー!」

 

「サンダー・レイジ!!」

 

なのはとフェイトとプレシアが同時に魔法を発動させると、鎧の男たちの一画が吹き飛ぶ。

 

「ふぅ…この身体で魔法行使は流石にきついわね」

 

プレシアは魔力行使で負荷がかかり、息の切れる身体を杖で支える。

なのはとフェイトは全員を守るように鎧を着た男たちへと杖を構えた。

 

「フェイトちゃん!」

 

「うん、この人たち聖闘士(セイント)かもしれないけどシュウたちより圧倒的に弱い。

 私たちでも何とかなる!」

 

話ながらも、なのはとフェイトは魔法を次々と放つ。

2人は知る由もないが、この相手は雑兵(スケルトン)と呼ばれる冥界の兵である。

小宇宙(コスモ)を使用することはできるが、聖闘士(セイント)の頂点たる黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦いを間近で見続け、自身も青銅聖闘士(ブロンズセイント)級、破壊力だけなら白銀聖闘士(シルバーセイント)級の戦闘能力を持ちかけている2人にとっては対処は可能な相手だ。

 

「そうと決まれば、いくよ、フェイトちゃん!

 アクセルシューター!」

 

「うん! アークセイバー!」

 

白と黒の魔法少女がお互いの杖を構えて飛び出し、雑兵(スケルトン)たちをなぎ払い道を作る。

2人の戦いで自分のすべきことを取り戻したアルフとユーノもバインドを使用し2人を援護し、プレシアも息を乱しながらも魔法を行使する。

少女たちの目指す転送ポートまでは、まだ遠い。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

広間では快人が拳・膝・蹴りを織り交ぜながら、デスマスクに猛攻を加えていた。

だが、その光速の攻撃が一撃も入らない。

ガードされ、甘い拳は避けられダメージらしいダメージを与えられないでいた。

 

「ちぃ!」

 

一端距離を離し、快人は構えたままデスマスクを見据える。

デスマスクも構えたまま、隙の無い動きで快人との距離を取っていた。

 

「ふふふ…どうした小僧? 一撃も俺に攻撃が届かんではないか」

 

「そう思ったら黙って俺の拳を受け取ってくれませんかねぇ、先輩。

 もちろん顔面で」

 

「断る。 俺は後輩には厳しいのだ」

 

軽口を叩きながらも、快人は心の中でデスマスクの強さに舌を巻く。

 

(どこのバカだ、デスマスクを雑魚とか言った奴は。

 技術・判断力・速さ…どれもこれも俺の一歩先を行ってやがる!?)

 

その事実を快人は努めて冷静に受け止めていた。

それはある意味では仕方のないことかもしれない。

デスマスクは戦闘経験豊富なうえ、かなりの技巧派聖闘士だ。

そんなデスマスクには快人の攻撃は捌けないほどではないのだろう。

さらに、快人の心に焦りを植え付けるものがある。

それは積尸気冥界波(せきしきめいかいは)の存在だ。

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)はまさに必殺の攻撃だ。快人は同じ積尸気使いのため抵抗も対策も可能だが、積尸気の扱いにかけてはどう考えてもデスマスクの方が上。

挙句、快人は精神的な事情により積尸気冥界波(せきしきめいかいは)をまともに撃てない。

そうなれば積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を放つ隙を与えず戦うしかないのだが…未だ活路は見えない。

 

「今度はこっちから行くぞ」

 

「!?」

 

そう言って、今度はデスマスクの殺気の籠った重い攻撃が快人へ迫る。

快人は小宇宙(コスモ)を燃やしてその攻撃を見切ろうとするが、ガードをするのが精一杯で反撃には転じられない。

そして快人のガードが刹那の瞬間、崩れる。その隙をデスマスクは見逃さなかった。

 

「もらった!」

 

「ぐぁ!?」

 

顎に強烈なアッパーカットを受けた快人は大きく吹き飛び、頭から地面に落ちて倒れる。

 

「どうした、終わりか小僧?」

 

「誰が…終わるか!」

 

衝撃で落ちたヘッドマスクをそのままに、頭から血を流した快人は立ち上がると同時にデスマスクに接近し、猛攻を加える。

 

「何度やっても…なに!?」

 

今度はデスマスクが驚きの声を上げる。

快人の両手が燃えていた。

その炎の色は蒼、煉獄の炎の色である。

快人は積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)を腕に纏わりつかせ、攻撃力の強化を図ったのだ。

魂までも燃やす炎を纏った拳に、さすがのデスマスクも防御を多用する。

そして、十分に回避不能な状態になったところで快人はそれを放った。

 

「ここだ! 積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

「うぉ!?」

 

拳のインパクトと同時に、ゼロ距離で積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)を発動させ爆発させる。

派手に吹き飛んでいくデスマスクが、大広間の柱を何本もなぎ倒し辺りに煙が舞った。

 

「やったか?」

 

そこまで呟いて、ハッと快人は気付く。

 

「ヤベェ、今のセリフ思いっきり死亡フラグじゃねぇか…」

 

その言葉に答えた訳ではないだろうが、巨大な拳の形をした小宇宙(コスモ)の塊が煙の中から飛び出し、快人に襲いかかった。

 

「うぉぉぉぉ!?」

 

咄嗟にその小宇宙(コスモ)を受け止める快人だが、身体ごと後方へと押し出されてしまう。

地面に足を引きずった溝が出来るほどに押されてから、快人はやっとその小宇宙(コスモ)の塊を無力化したが、ガクリと片膝をついた。

 

「それでおしまいか、小僧?」

 

煙の中からゆっくりと、デスマスクが現れる。

その姿には傷一つない。

 

「あはは、こりゃ…ヤベェな」

 

デスマスクに集中していく強大な小宇宙(コスモ)に、快人は乾いた笑いを上げる。

そして、爆音が響き渡った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

薔薇吹雪が地面を抉り取る。

その薔薇吹雪を間一髪のところで避けたシュウトは苦い顔で着地する。

ロイヤルデモンローズ同士の撃ち合いの結果は、シュウトの敗北であった。

まったく同じ技で押し切られる…これは完全に小宇宙(コスモ)で敗北したということに他ならない。

 

(やはりアフロディーテの小宇宙(コスモ)は強大だ…。

 毒が効かない相手なんだし、技の撃ち合いでの勝ち目は薄い。

 なら!)

 

「ピラニアンローズ!」

 

シュウトの小宇宙(コスモ)によって生み出された黒薔薇たちがアフロディーテに迫る。

同時に、シュウトもアフロディーテに向けて走り出していた。

シュウトの狙いは格闘戦である。

技の撃ち合いで勝てない以上、格闘戦に活路を見出す他ないという考え方だ。

 

「ほぅ…向かってくるか?

 ピラニアンローズ!」

 

アフロディーテは興味深そうに呟くと、ピラニアンローズを展開しシュウトを迎撃しようとする。

だが、シュウトのピラニアンローズが進路を守るようにアフロディーテの展開したピラニアンローズにぶつかる。

ぶつかり合い、互いに散っていく黒薔薇の花弁の中を、シュウトが駆け抜けた。

 

「たぁぁぁぁ!!」

 

シュウトが必中の拳を叩きつけようとする。

だが…。

 

「な、なに!?」

 

アフロディーテがシュウトの拳を受け止めていた。

必中の拳を受け止められ、驚愕に目を見開くシュウトだが、アフロディーテはさも下らなそうにいった。

 

「何を驚く? 私も黄金聖闘士(ゴールドセイント)、殴り合いは私も得意だ」

 

「がっ!?」

 

そう言ってアフロディーテが振るった拳がシュウトの腹部に突き刺さる。

衝撃で身体をくの字に曲げるシュウト。

アフロディーテはそんなシュウトに更なる追撃の拳を振り上げるが、シュウトは間一髪で大きく後ろに飛んで避けた。

頬をたれる嫌な汗を拭いながらシュウトは思う。

 

(甘かった…アフロディーテだって黄金聖闘士(ゴールドセイント)の一人。

 近接距離での殴り合いが不得意なはずが無い)

 

今の攻防で、アフロディーテには格闘戦でも水をあけられていることを知り、シュウトは愕然となった。

アフロディーテはいつも薔薇で戦っていたからとんでもない勘違いをしていた。

彼も最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、聖闘士(セイント)としての基本である殴り合いだって十分強いに決まっている。

ただ、薔薇と毒の方が殴るより効率がいいから使っているにすぎないのだ。

でも…。

 

「それでも、勝つのはボクだ!」

 

シュウトの言葉と共に、自分の周囲に濃密な小宇宙(コスモ)が現れアフロディーテは辺りを見回す。

 

「なに? この小宇宙(コスモ)は!?」

 

そこにはいくつもの白薔薇が突き立っていた。

その正体は誰もが知る魚座(ピスケス)一撃必殺の血吸いの白薔薇、ブラッディローズである。

シュウトは格闘戦として接近したときに地面にいくつかのブラッディローズを残して行ったのだ。

 

「これで終わりだ! 心臓に赤い花を咲かせろ!

 ブラッディローズ!!」

 

シュウトの掛け声と共に、大地から白薔薇がアフロディーテに向けて放たれる。

アフロディーテの心臓目掛けて飛んでいくブラッディローズに、シュウトは勝利を確信した。

だが…。

 

ガギン!

 

「な…に!?」

 

目の前の光景に、シュウトは絶句する。

必中のブラッディローズは狙い違わず当った。

当りはしたが、アフロディーテの纏う冥衣(サープリス)を貫けなかったのである。

 

「バカ…な…」

 

「何を驚くことがある?

 君の小宇宙(コスモ)が私の小宇宙(コスモ)に劣っているというだけの話だ」

 

驚きで目を見開くシュウトに、アフロディーテはさも当然と答えた。

 

「知ってのとおり聖衣(クロス)や冥衣(サープリス)は装着者の小宇宙(コスモ)に比例し、その強度を増減させる。

 最強の黄金聖衣(ゴールドクロス)といえど下らぬものが纏えば粗悪なプロテクター程度の強度しかなく、青銅聖衣(ブロンズクロス)でも強大な小宇宙(コスモ)の使い手が纏えば、その強度は常軌を逸したものになる。

 その結果がこれだ」

 

そう言って大仰に手を広げるアフロディーテ。

その言葉を理解したシュウトは血の気が引く思いがした。

ブラッディローズが貫けない強度の冥衣(サープリス)と、それを為すだけのアフロディーテの小宇宙(コスモ)―――この組み合わせは考えるまでも無く恐ろしい。

 

(ボクが勝つためには、とにかくあの冥衣(サープリス)を砕いて突破口を作り、そこに攻撃を叩き込むしかない。

 でも、それをこのアフロディーテを相手にどうやれば…!?)

 

恐ろしく強大な小宇宙(コスモ)を高めるアフロディーテを前に、シュウトの頬を冷たい汗が伝った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

雑兵(スケルトン)たちをなぎ倒し、ここへ来たのと同じ庭先にある転送ポートへとやって来たなのはとフェイトたち。

アルフとユーノは転送ポートの転送のための準備の作業中、プレシアは病をおしての魔法行使のせいで完全に息が上がり動けない状態だ。

そんな3人を護衛しながら、なのはとフェイトは魔法を使用し続ける。

 

『マスター、左後方距離80、敵数4接近』

 

「アクセルシューター、シュートォ!!」

 

レイジングハートの的確な状況把握の元、なのはが誘導魔法弾を即座に放ち敵を無力化していく。

撃ち漏らした敵も、なのは得意の大出力砲撃でなぎ払うようにまとめて吹き飛ばした。

今は己の特性である大出力遠距離魔法を生かし、なのはは『固定砲台』として不動のまま魔法射撃を続ける。

ごく稀に小宇宙(コスモ)による衝撃波が飛んできたが、それはなのはの強力な防御魔法とバリアジャケットの前にすべて弾かれていた。

 

『正面敵集団、数6』

 

「フォトンランサーを撃ち込んだ直後に、格闘戦でケリをつける!」

 

『イエス、サー』

 

一方、なのはほど遠距離魔法に威力の無いフェイトは自慢の速度を生かし、奇襲近接戦を仕掛けていた。

遠距離魔法を敵集団に撃ちこみ隙をつくって懐に飛び込む。

数の有利は懐にさえ飛び込んでしまえば、それほど大きいものではない。

何故なら、近接戦闘において同時に敵に攻撃できる人数というのは限られているからだ。

それを無視して近接戦闘で集団が攻撃してくるとしたら、待っている結果は無様な同士討ちである。

必要なのは速度と格闘技術、そして敵の懐に飛び込む勇気である。

幸いにして、フェイトはそのすべてを持ち合わせていた。

雑兵(スケルトン)たちを、フェイトは確かな才能と今までの特訓の成果と学んだ戦術で瞬く間に屠っていく。

 

「座標、確認! いけるよ!!」

 

「おいで、2人とも!!」

 

ユーノとアルフが作業を終え転送準備が整ったころには、すでに2人によって雑兵(スケルトン)は制圧された後だった。

 

「行こう、フェイトちゃん…」

 

「うん…」

 

なのはとフェイトは浮かない顔のまま転送ポートへと向かう。

一端地球まで避難し、2人の連絡を待つ…それが正しいことはなのはもフェイトも分かっている。

あの2人が緊張するほどの相手だ、自分たちが近くにいれば足手まとい以外の何者でもない。

だからこれが最善、これが最良だとわかってはいるが、戦う2人を置いて逃げるように避難することに抵抗があるのも事実だった。

 

「大丈夫だよ。 快人くんもシュウトくんも強いんだから」

 

「そうだよね、大丈夫だよね」

 

2人は何度も頷く。

その言葉は他の誰でもない、自分自身に言い聞かせるようだった。

そして2人が転送ポートへと入り込もうとした、その時。

 

ドォン!!

 

ドォン!!

 

2つの大地を揺るがすような轟音になのはとフェイトは振り向いた。

振り向いてしまった。

その目に映ったのは…建物を貫通し、遥か高みから大地へと吹き飛ばされていく2つの黄金の光。

 

「快人くん!?」

 

「シュウ!?」

 

見てしまった2人には、もはや歯止めが効かなかった。

快人とシュウトの理屈の正しさなど、意識のどこにもない。

 

「ユーノくん、先に行って!」

 

「アルフ、母さんをお願い!」

 

それだけ言い終えて、なのはとフェイトは別々の方向へと向かう。

なのはは時の庭園の外周へ、フェイトは薔薇園の方へ。

お互いの幼馴染の下へ、2人の魔法少女は飛ぶ。




苦戦の前半戦。
後半に続きます。


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第14話 蟹と魚と魔法少女、答えに行き着く

「くそ、が…!」

 

快人は自分がうつ伏せで倒れたクレーターの中心で、軋む身体を起き上がらせようとしていた。

するとそんな快人に影が掛かる。

 

「ははっ…お早いお着きで」

 

快人が引きつった笑顔のまま吹き飛んだ。

追ってきたデスマスクの容赦の無い蹴りによって、快人は吹き飛ばされ再び大地にうつ伏せで倒れる。

 

「う、ぐぅ…!?」

 

血を流しながら快人は軋む身体に鞭打ち起き上がろうとするが、身体が思うように動かない。

そんな快人にゆっくりとデスマスクは近づく。

 

「弱いな、小僧。

 こんな弱いやつが蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)とは笑わせてくれる」

 

「ほざきやがれ!!」

 

大地を殴るようにして勢い良く飛び出した快人の渾身の右拳がデスマスクに向かうが、それはデスマスクの左掌でいとも容易く防がれていた。

 

「くっ…」

 

ギリギリと右の拳に力を込める快人だが、その拳はデスマスクの小宇宙(コスモ)に阻まれそれ以上進まない。

そんな快人にデスマスクは言った。

 

「小僧、何故自分が弱いか分かるか?」

 

「何っ?」

 

「それは…貴様には力を振るう『理由』がないからだ!」

 

「うぁ!?」

 

その言葉と共に、デスマスクの小宇宙(コスモ)が膨れ上がり快人は大きく吹き飛ばされた。

何とか倒れることだけは免れたが片膝をついた快人に、デスマスクは言う。

 

「小僧、貴様は究極の小宇宙(コスモ)、セブンセンシズに目覚め黄金聖闘士(ゴールドセイント)としての力は確かに備えているだろう。

 だが、お前にはそれを振るう『理由』がない」

 

「おいおい、あんたがそれを言うか?

 『力こそ正義』で暴れまわってたあんたがよ!!」

 

快人の言葉に、デスマスクは鼻で笑って答える。

 

「確かに俺の考え方は『力こそ正義』だ。そして、その考えはかわっちゃいない。

 だがな、俺はいつでも『地上の愛と平和のため』という理由で戦ってきた。

 サガに組したのも、幼く何の力も無いアテナよりサガのほうが『地上の愛と平和のため』になると判断したからだ」

 

その考えの正当性に快人も押し黙った。

確かに、力を示していない幼いアテナより、確かな実力を示したサガを信用したという話は頷ける。

思えば、デスマスクの代のアテナには本当に『何も無かった』。

いや、正確には『何も残っていなかった』が正しいのか?

前聖戦の時には、その前のアテナから託された様々な力が存在していた。

例えばタナトス・ヒュプノスの二神を封じるための櫃や血で書かれた護符、剣に霊血などアテナの神の力を確かに示す品々が存在していた。

その品々の凄まじさを知れば、姿は見たことが無く、幼くてもアテナの力の凄さを理解し、『アテナと共に進めば、地上の愛と平和を守れる』と信じられただろう。

だが、デスマスクの代のアテナはそういったものがほとんど残されていなかった。

信頼とは行動なれ物証なれ、確固たる証拠によって成り立つものだ。

力の証拠のないアテナへの信頼の揺らぎ…それがあの時の聖闘士(セイント)たちにはあったのだろうことは予想できる。

その結果が、『サガの乱』という形だったのだろう。

 

「わかったか? 俺はいつでも『地上の愛と平和のため』という理由で戦ってきた。

 特に俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)は最強の聖闘士(セイント)だ。

その最強が出っ張って『力』を振るう以上、負けは許されん。

 だからこそ、どんな手段を使っても敵は『力』で粉砕し、正義を貫いてきた。

 そのために犠牲が出ることも知っているが、『地上の愛と平和のため』という聖闘士(セイント)の理由のためなら安いものよ」

 

戦いに巻き込まれた幼い子供の犠牲すら、デスマスクは些細なことと言い放つ。

それほどまでに、デスマスクの戦う理由―――『地上の愛と平和のため』というものへの覚悟は重く、その意識にはブレがない。

だが…。

 

「それに比べて貴様はどうだ?

 アテナもおらず、世界を脅かす者もいない平和な世界。

 敵の存在しない世界での正義のための力―――貴様はそれを何を思い、何の覚悟があって振るう?

 小僧、貴様の戦う『理由』は何だ!!」

 

言葉と共に、デスマスクから巨大な拳の形をした小宇宙(コスモ)が放たれた。

咄嗟に両手を突き出しそれを弾く快人だが、片膝の状態で立ち上がれない。

身体のダメージもあるが、それ以上に心が折れかけていた。

何一つとしてデスマスクには言い返せない。

女神から黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を貰い、その『最強たれ』という言葉に従っていただけで流された自分と、確固たる『理由』をもったデスマスクでは差は歴然だった。

聖闘士(セイント)の守るべき『地上の愛と平和のため』というのも、聖闘士(セイント)の力なしでそれを実現しているあの世界には意味は無い。

そう、快人には本当に『理由』がない。

 

(勝てない…!?)

 

『理由』がない自分を自覚した瞬間、薄っぺらい自分ではどうやってもデスマスクには勝てないとわかってしまった。

 

「ふん、おしゃべりはここまでだ。

 貴様の魂は、そろそろ死の国へと送ってやろう」

 

そんな快人を蔑むような視線と共に、デスマスクは人差し指に小宇宙(コスモ)を集中し始める。

蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の真髄、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)だ。

だが、今の快人ではそれに抗うことすら出来そうにない。

 

(ここまで…かよ…)

 

諦めに近いものが快人の中を駆け巡る。

その時だった。

 

「だめぇぇぇぇ!!!」

 

言葉と共に、桃色の光がデスマスクへと迫っていく。

デスマスクは積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を中断し、後ろに跳んでそれを避けた。

そして片膝をつく快人の目前には…。

 

「快人くんに酷いことしないで!!」

 

白い幼馴染の背中がそこにはあった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「くぅ…」

 

むせ返るような薔薇の香気の中、シュウトは身体を起こした。

すぐに自分が薔薇園まで吹き飛ばされたことを理解する。

痛みに軋む身体を鞭打って、シュウトはゆっくり立ち上がった。

 

「なかなかの薔薇園だ。 『醜い』君の作ったものにしては美しい…」

 

舞い散る薔薇の花弁の中、アフロディーテは薔薇園の無事な薔薇一輪を手に取り、そう称する。

 

「『醜い』、か…あなたにとってはそうでしょうね…」

 

「…いいや、君は真に『醜い』よ」

 

ただの皮肉と返したシュウトは、アフロディーテのその言葉に眉をしかめる。

 

「君は見ていられないほどに『醜い』。

 こんなにも『醜い』ものが魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)とは…嘆かわしい」

 

「ボクの何が『醜い』っていうんですか?」

 

別に自分の容姿に自信があるわけでもないが、こうも『醜い』を連呼されればムッとする。

それに…アフロディーテの言葉にはそれ以上の意味があるような気がしてシュウトは尋ねた。

 

「君はその黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏いながら、なにものも背負っていないからだよ」

 

「!?」

 

アフロディーテは続ける。

 

「我ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)は譲れぬものを背負い戦っていた。

 最強たる我ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)の敗北は、地上の愛と平和の終焉、多くの罪なきものの死を呼ぶ。

 それを我ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)は皆、理解していたからな。

 ゆえに敗北は許されず、求められるものはその力によって美しき勝利を得ることだった。

 それがどんな相手であろうとな。

 だが…君はどうだ?」

 

そう言ってアフロディーテは正面からシュウトを見つめた。

 

「黄金聖闘士(ゴールドセイント)でありながら、平和な、戦う意義のない世界で暮らしていた君はそれほどの覚悟を持って戦っていたか?

 『地上の愛と平和を守る』という大義を、覚悟を背負わず戦う君は己より強いものとでも命を賭けて戦うことができるか?

 否だ!

 君は戦いにすべてを、命を賭けるだけの理由と覚悟を持っていない。

 そんな者が黄金聖闘士(ゴールドセイント)を名乗るとは…そのあり様はあまりにも『醜い』!」

 

アフロディーテの言葉…それは黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちすべての言葉だったのかもしれない。

女神に力を貰い、今までそれを振ってきた。

だが自分には黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を何のために使うのか、どう使うのか、その考えはあっただろうか?

覚悟はあっただろうか?

 

シュウトはがくりと膝をつく。

それはダメージのためもあるが、アフロディーテの言葉に心を折られかけたからに他ならない。

 

「これ以上、醜い君を見続けるのは忍びない。

 せめてもの慈悲だ、この薔薇で美しく散らせてやろう」

 

アフロディーテの取りだしたのは白薔薇ブラッディローズ。

放たれれば相手の心臓を貫く、必殺の白薔薇だ。

それが放たれる。

 

「ブラッディローズ!!」

 

迫る白薔薇を前に、シュウトは動けない。

 

(やられる…。 フェイト…ごめん)

 

シュウトは敗北を悟り、心の中でそっとフェイトに謝る。

だが。

 

「やめてぇぇぇ!!」

 

電光が白薔薇を貫くと、横から飛び込んできた何かがシュウトと共にアフロディーテと距離を取る。

それは…。

 

「フェイト…」

 

自分の目の前で杖をアフロディーテに構える黒の幼馴染の姿が、そこにはあった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「…何してんだ、なのは?」

 

「…」

 

快人はなのはの背中に問いかけるが、なのはは答えない。

そんななのはに快人は怒鳴る。

 

「何してんだバカ! つーか、なんでお前がここにいるんだよ!?

 そこどけ、なのは!!」

 

「どかない!!」

 

快人の怒鳴り声に、なのはは同じく怒鳴り声で答えた。

 

「快人くん、ぼろぼろだよ!

 血だってたくさん流れてるよ!!」

 

「いいんだよ、俺は! こっから大逆転する予定なんだから邪魔すんな!

 だからお前はさっさと行け!!」

 

「いや! なのはもここにいる!!」

 

快人の訴えをピシャリと打ち切ると、なのはは目の前のデスマスクを見据えると杖を構えた。

 

「小娘、何の真似だ? 心配せずとも、この小僧をあの世に送ったらお前も同じ場所に送ってやる。

 順番を守って、そこで黙って見ていろ」

 

デスマスクの言葉になのはは首を振り、ゆっくりとうつむき加減で答えた。

 

「私、セージおじいさんに言われてからずっと考えてた。

 私の『魔法』の力は誰かを傷つける怖い、とても怖い力…。

 何でそんな力が私にあるのか分からない。

 でも…この力でやりたいことは決まったよ」

 

顔を上げるなのはの顔…そこには一切の迷いは無い。

そして、なのはは言った。

 

「救いたい、守りたいの。 私が大切だって思った人たちと、その人たちの暮らす世界を。

 なのはは神様じゃないから、出来ることは少ないかもしれない。

 でも何もせずに、誰かが泣いて、傷付くのはイヤなの!

 大切な人が傷付くのはイヤなの!!

 だから…私は『魔法』を、力を使う!

 救うために! 守るために!!

 それが例えどんな相手だって…私はこの『魔法』で戦うの!!」

 

そして、なのはは手にした杖を構える。

それを見てデスマスクは笑い始めた。

 

「ははは、小娘。まさかお前が俺と戦うつもりか?

 そんな力ごときでは、俺に勝てぬことなど分かっているだろうに」

 

「それでも…それでもなのはは戦うの!

 これが私の、力を振るう『理由』だから!!」

 

その言葉に、快人はハッと顔を上げる。

なのははレイジングハートを構え、そして…新たに開発していた魔法、なのは最大の攻撃の準備に入る。

なのはの持つ膨大な魔力がレイジングハートに集中していく。

だがそれだけでは足りぬと言う様に、周辺の魔力がまるで星が流れるかのように集まっていく。

自身の膨大な魔力と周辺の魔力をありったけ掻き集め、それを収束して撃ちだす、今だ名前の無いその魔法。

なのはは今、その魔法に名前を付ける。

込める願いは唯一つ。

快人を…自分の大切な人を傷つける、あの黒い星座を打ち砕く一撃を!!

そして、なのははその魔法を解き放った。

 

「スターライト・ブレイカー!!」

 

それは光の奔流だった。

なのはの持つ魔力と掻き集めた大気中の魔力、そして星を砕く願いを込めた光はデスマスクへと迫る。

だが…。

 

「ほう…。 この威力…白銀(シルバー)並の力があるな。

 小宇宙(コスモ)を使わずにこれほどの力を放つとは…なかなかだ」

 

デスマスクの突き出した左手が、光の奔流の流れを遮断する。

これだけの一撃がデスマスクに届くことなく、四散していく。

だが、それでもなのははスターライト・ブレイカーの放出をやめない。

 

「いいだろう、小娘。 お前の覚悟に免じて、2人まとめてあの世に送ってやる。

 この俺の奥義でな!」

 

デスマスクの右の人差し指に、恐ろしいほどの小宇宙(コスモ)が集中していく。

そして、デスマスクはそれを解き放った。

 

「積尸気冥界波(せきしきめいかいは)!」

 

紫色の光線が螺旋を描きながら放たれる。

その光線の太さは指先程度だというのに、デスマスクの全身を覆うレベルの太さのスターライト・ブレイカーを一気に押し返してきている。

なのははその光景を、世界全体の時間が遅くなったような、まるでスローモーションのように見ていた。

 

(押し返されるの!?)

 

それを冷静な部分が弾き出すが、なのはには避けるような意思は無かった。

避ければ、動けない快人に直撃してしまう。

そうなれば快人が…死ぬ!

 

(させない、絶対させないの!!)

 

極限の状況下で、なのはの思考だけが際限なく加速されていく。

 

(力を…もっと力を!!)

 

魔導士の魔力生成器官であるリンカーコアが悲鳴を上げながらも、自身の魔力すべてを搾り出していく。

大気の魔力だって吸収しっぱなしだ。

でも…足りない。

あの黒い星座を打ち砕くには力が足りない!

 

(どこかに、どこかに無いの!?)

 

まだ掘り起こしていない魔力が身体のどこかに無いのか?

なのはの意識がその身体の隅々を調べ、力を探していく。

その時、なのはの意識は『ソレ』を感じ取った。

 

(あっ…)

 

身体の内、リンカーコアの奥の奥にとんだ意識はそこで見た。

自分の中に確かにある、無限に広がる小さな宇宙を。

 

(なんだ…こんなところに、こんな近くにあったんだ…)

 

その星の瞬きに、なのはの意識は手を伸ばす。

そして…なのははそれを掴み取った。

 

「な、何!」

 

何の抵抗も無く押し返されていたスターライト・ブレイカー、だがその押し返される速度が一気に下がった。

 

「こ、小宇宙(コスモ)だと!?

 この小娘、この土壇場で小宇宙(コスモ)に目覚めたというのか!?」

 

デスマスクの驚きの声が上がる。

そう、デスマスクの言うとおり、なのはからは小宇宙(コスモ)が立ち上っていた。

小宇宙(コスモ)が魔力と混ざり合い、スターライト・ブレイカーの威力を劇的に増加させている。

 

「小癪な小娘め! だが、その程度の小宇宙(コスモ)など俺の敵ではないわ!!」

 

デスマスクから小宇宙(コスモ)が立ち上り、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)の威力が一気に増す。

再び、スターライト・ブレイカーが押し返され始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

快人は軋む身体でその光景を見ていた。

なのはが小宇宙(コスモ)に目覚めたことは驚愕だが、発動させている小宇宙(コスモ)は微量。

このままではスターライト・ブレイカーが押し返され、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)によってなのはは死んでしまう。

 

(なのはが…死ぬ!?)

 

思い出すのはあの光景。

自分のトラウマになっている、うつろな瞳で死界の穴へと歩いていく亡者の群れ。

その一人に…今度はなのはが加わる?

 

「ッ!?」

 

その瞬間脳裏をよぎって行くのは、なのはと歩んできた日々。

一緒に笑い、泣き、怒り、過ごした歴史。

その日々を、あの笑顔を自分は手放せるのか?

答えは…否!

 

「!!」

 

それを自覚した瞬間、快人の心に掛かっていた靄が消えていくのを感じた。

 

(そうだ、考えるまでも無い簡単な話だったじゃないか。

 俺が聖闘士(セイント)として戦う理由なんて、いつだって傍にあった)

 

身体の痛みが消え、思考がクリアになっていく。

身体の中が熱い…かつて無いほどに、自分の小宇宙(コスモ)が高まっていくのを感じる。

快人はそれを左手に集中させ、解き放った。

 

「積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

蒼い炎の渦がスターライト・ブレイカーの光に加わり、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を押し留める。

 

「快人くん!」

 

「面倒かけたな、なのは!」

 

快人はなのはの左に並んだ。

快人の復活になのはは満面の笑み。 快人も同じく満面の笑みを返す。

そんな2人にデスマスクがうろたえた。

 

「あれだけのダメージを受けて立ち上がるのか!?

 それにこの小宇宙(コスモ)…さっきまでとはまるで違う!?」

 

「悪いがこちとら成長期なんでね、小宇宙(コスモ)も成長したんだよ」

 

「おのれぇ!

 だがまだ俺はすべての小宇宙(コスモ)を出し切っていない。

 この小宇宙(コスモ)であの世へ行け!!」

 

快人の軽口に再び、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)の力が増す。

だが、快人にもなのはにも恐れは無かった。

じりじりと迫る積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を前に、快人はなのはに話しかける。

 

「なのは…情けない話だがあの先輩は俺一人じゃ倒せそうに無い。

 悪い、手伝ってくれ!」

 

その言葉になのはは二・三度目を瞬けたが笑顔で返した。

 

「うん!!」

 

「行くぞ、なのは!!」

 

快人の言葉と共に、快人となのはは同時に自身の技に力を込める。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

蒼い炎が一際勢いを増し、閃光はその太さを増すと積尸気冥界波(せきしきめいかいは)をゆっくりと押し返し始める。

その光景に、デスマスクが声を上げた。

 

「俺の全力の冥界波を押し返すだと!?

 それにあの小僧、黄金聖闘士(ゴールドセイント)を凌ぐほどの小宇宙(コスモ)を放っている!?」

 

信じられないといった風のデスマスクに、快人は笑って答えた。

 

「あんた、俺が弱いのは『理由』が無いせいだって言ったよな?

 なら…裏を返せば俺に戦う『理由』があれば、俺は強いってことだ。

 あったぜ、俺には平和な世界で、それでも聖闘士(セイント)の力を振るう理由が!!」

 

そこで快人は一旦言葉を切り、なのはを見た。

そしてデスマスクに向き直る。

 

「こいつや、俺が大切だって思ったやつらを一人残さず、余すところ無く守り通す!

 こいつやみんなが、今と同じようにバカみたいに笑ってられる未来を創る!

 それが俺の戦う『理由』だ! 文句は誰にも…神様にも言わせない!」

 

「ふん、その程度の『理由』の力でこの俺に勝てるものか!」

 

「勝てるさ。

 なんたって…」

 

そこまで言うと、快人は空いた右手でなのはの腰を抱き寄せる。

 

「きゃ!」

 

なのははスターライト・ブレイカーを放ちながらも、突然の快人の行動に顔を赤くした。

そんななのはを知ってかしらずか、快人は続ける。

 

「先輩、あんたも知ってるだろう?

 アテナの右手に持つニケには戦いを勝利に導く力がある。

 こいつは…なのはは俺の勝利の女神、ニケだ。

 だったら俺の勝利はもう確定なんだよ!!

 行くぞ、なのは! 俺を勝利に導いてくれ!!」

 

「うん!!」

 

快人となのはから、一際強い小宇宙(コスモ)が溢れ出る。

そして…。

 

 

ドグォォォォン!!

 

 

中空で停滞していたエネルギーの奔流同士は、大爆発とともに相殺という形で消え去った。

 

「格下の技の鬼蒼焔と、あんな小娘の力で俺の冥界波を相殺しただと!?」

 

その事実に呆けたようにつぶやくデスマスクだが、すぐに現実に引き戻された。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

爆発の煙を突っ切って、快人が一気に迫る。

そしてデスマスクへと足から飛びついた。その胴をがっちりと両足で挟み込む。

それはすべてを両断する巨蟹カルキノスのハサミに例えられる、蟹座(キャンサー)の極近接奥義。

その名は…。

 

「蟹爪(アクベンス)!!」

 

両足の脚力と小宇宙(コスモ)によって、相手を聖衣(クロス)ごと両断する蟹座(キャンサー)の極近接奥義が決まった。

だが…。

 

「くくく…甘かったな、小僧!」

 

快人の蟹爪(アクベンス)は、デスマスクの冥衣(サープリス)をヒビ割れさせるに留まる。

 

「その身体で繰り出す蟹爪(アクベンス)など所詮子蟹のハサミ、俺を両断など出来なかったな」

 

快人の9歳の身体では、相手を両断するほどの威力を発揮できなかったのである。

おまけに組み付いている状態では身動きが取れない。

 

「これで止めだ!」

 

デスマスクが快人へ向けて必殺の拳を振り下ろそうとしたその時、快人は身体をひねってデスマスクを投げ飛ばす。

 

「ええい、往生際の悪いやつめ!」

 

空中でバランスを取って着地したデスマスクが忌々しそうにいうが、快人はそれを見てニィっと笑って言った。

 

「先輩、俺の勝ちだぜ」

 

「何をバカな…何ぃ!?」

 

快人の言葉を鼻で笑おうとしていたデスマスクは、異常に気付いた。

自分の周りを、無数の青白い光が取り囲んでいたからだ。

 

「先輩よぉ、俺だって自分の蟹爪(アクベンス)が未完成なのは分かってる。

 だから蟹爪(アクベンス)で決めようなんて思っちゃいなかった。

 蟹爪(アクベンス)の意味は、あんたの冥衣(サープリス)を壊すことと、あんたを俺がさっきの爆発の煙に隠れて設置したその鬼火の檻の中に投げ込むことさ。

 そして…俺はその目的を果たした…」

 

そう言って、快人は指を合わせる。

 

「それじゃ先輩…焼き蟹のお時間だ! 積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

快人がパチンと指を鳴らすと、デスマスクを取り囲んだ鬼火が爆発する。

その絶え間なく全方位からの積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)に晒され、蟹爪(アクベンス)でひび割れた冥衣(サープリス)が砕け散る。

 

「う、うぉぉぉぉぉ!?」

 

決着は付いた。

冥衣(サープリス)を失って容赦なく爆炎に晒されたデスマスクは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「フェイト、何でここに!?」

 

現れたフェイトにシュウトは驚きの声を上げる。

 

「シュウが心配だったからに決まってるよ…」

 

フェイトはシュウトにわずかに微笑んで返した。

しかし、フェイトはすぐに表情を戻すとアフロディーテに向き直った。

 

「ああ、君か。 素直に逃げていれば少しは長生きできたものを、似たもの同士庇い合いか?

 『造花』の少女よ」

 

『造花』という言葉に、フェイトの眉がピクリと動く。

 

「魂の色は嘘をつかない。 君は作られた命だろう?

 神が創りたもうた命ではなく、人によって目的のために創られた命…それは『造花』に等しい。

 そこの『醜い』偽の聖闘士(セイント)には似合いの相手だ」

 

「ぐ…アフロディーテ!」

 

フェイトをバカにされ激昂したシュウトが、無理やり身体を起こそうとするがフェイトがそれを手で制するとアフロディーテに話しかける。

 

「あなたの言う通り、私は作られた命、あなたのいう『造花』です。

 でも…『造花』の何がいけないんですか?」

 

「何?」

 

フェイトの言葉にアフロディーテは眉をひそめる。

フェイトは胸に手を当て、大事なものを一つずつ拾い集めるようにゆっくりと語りだす。

 

「例え『造花』として生まれても、私には、私を見て、私に触れて、私に言葉を投げかけてくれる人たちがいた。

 私自身が『造花』でも、その人たちの言葉は、想いはすべて本物だから。

 その本物でこの身体も心も育てられた…」

 

フェイトは顔を上げアフロディーテに言い放った。

 

「あなたの言うこの創られた『造花』の身体と心は、私の『誇り』!

 多くの想いを受け続けたこの身体と心で、私は大切な人たちのために戦う!

 一歩だって退いてあげない! 私は…この想いを貫く!」

 

フェイトから魔力と共に電光が立ち上り、大量の魔方陣を形成していく。

プラズマランサー・ファランクスシフト―――電光の槍を大量射出する、フェイトの奥の手の一つだ。

それを見ていたアフロディーテが、言葉を投げかける。

 

「…少女よ、謝罪しよう。 君は確かに『造花』だ。

 だが…本物以上に輝かんとする造花だ。

 そこの醜い少年とは訳が違う。

 少女よ、君は『美しい』…」

 

アフロディーテはそういって白薔薇を取り出した。

同時に大量の白薔薇が宙を舞う。

 

「美しい少女よ、君は私の薔薇たちで美しくあの世へと送ろう」

 

「…あいにくですが、私はまだ生きたいのでお断りします。

 私は、あなたを超えてシュウたちとの未来にたどり着く!!」

 

フェイトはその言葉と共に魔法を起動させ、アフロディーテも小宇宙(コスモ)と共に奥義を放つ。

 

「プラズマランサー・ファランクスシフト!!」

 

「ブラッディローズ!!」

 

目の前の脅威を破壊せんと放たれる大量の電光の槍が、迫りくる白薔薇の群れを撃ち落していく。

一発でも通せば致命の一撃になる白薔薇だ。

フェイトはそれを迎撃し、逆にアフロディーテへの一撃を通すために魔法に集中する。

だが…。

 

(数が違いすぎる!?)

 

電光の槍が、白薔薇をさばき切れなくなってきた。

おまけに魔力が底をつき始め、電光の槍がその勢いを失っていく。

その光景の中で、フェイトの心は叫んでいた。

 

(勝ちたい! 生きてシュウたちと過ごすために…勝ちたい!!)

 

その飢えにも似た渇望が身体の中を駆け巡る。

そして…。

 

(あっ…)

 

フェイトが幻視したものは星の瞬き、銀河の輝き。

それが…自分の中にある。

フェイトは迷うことなく、その星々に手を伸ばした。

 

「なんと!?」

 

一番最初に異常に気付いたのは相対するアフロディーテだった。

白薔薇と相殺するのが関の山だった電光の槍の威力が、明らかに増してきている。

そして、それはアフロディーテの良く知るものだった。

 

「小宇宙(コスモ)!? この少女、小宇宙(コスモ)に目覚めたのか!?

 だが、それだけではどうしようもあるまい!」

 

アフロディーテは驚きの表情を作るも一瞬のこと、さらに小宇宙(コスモ)を高め白薔薇の弾幕が密度を増す。

そして…白薔薇が一輪、電光の槍の弾幕を抜けた。

 

(あっ…)

 

フェイトはそれがスローモーションのようにゆっくりと見えた。

その中で確信する。

あれは狙いたがわずフェイトの心臓を貫く…それが分かってしまう。

 

(母さん、アルフ…シュウ!)

 

フェイトが思わず目を瞑ろうとしたその時、フェイトは後ろから抱きすくめられていた。

そしてフェイトの心臓を貫くはずだった白薔薇は、突き出された黄金の左掌で受け止められていた。

掌を貫通する白薔薇を、そのまま握りつぶす。

そして、それを為した大事な人の声。

 

「フェイト…」

 

「シュウ!」

 

崩れかけていた黄金の闘士は、今再び立ち上がる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

(ボクは、何を考えていたんだ…)

 

フェイトの心臓に迫る白薔薇を認めたとき、シュウトの身体は自然に動いていた。

そう、まるでそうすることが当然のように。

それを邪魔する痛みも、迷いも同時に消え去る。

何故なら、これこそがシュウトの為すべきこと、シュウトの戦う『理由』だったからだ。

 

(あの星の下で、ボクはリニス姉さんとボク自身の心に誓った。

 フェイトを守り、支え続ける、と!)

 

我ながら小さい理由だとは思う。

地上の愛と平和のために戦ってきた歴代の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が聞けば、何と小さな理由かと笑うかもしれない。

それでも、自分にはそれでいい。

自分の心に科した誓いと約束を守り通す、それが自分の命を賭ける『理由』だった。

 

フェイトを後ろから抱きすくめるように庇い、心臓へ向かう白薔薇を左掌で防ぐ。

掌を貫通する白薔薇を握りつぶし、シュウトはフェイトに微笑みを向ける。

 

「フェイト…」

 

「シュウ!」

 

シュウトに驚いたような顔をしたフェイトだが、すぐにその顔を微笑みに変えた。

 

「ありがとう、フェイト。 おかげでボクは目が覚めたよ」

 

「寝坊だよ、シュウ」

 

「分かってるよ。 だから…ここからは思いっきり働かせてもらうよ!!」

 

シュウトの身体から赤い霧のようなものが立ち上る。

それはシュウトの血。

それを霧状にしてシュウトは、最大限にまで高めた小宇宙(コスモ)を解き放った。

 

「クリムゾン・ソーン!!」

 

血の霧が、針状の弾幕になって白薔薇の群れを打ち崩す。

そしてシュウトの血の針の弾幕と、フェイトの電光の槍がアフロディーテへと直撃した。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

吹き飛ばされたアフロディーテが地面に叩きつけられ、土埃が視界を奪う。

 

「うっ…」

 

「シュウ!!」

 

血を失い、倒れ掛かるシュウトをフェイトは慌てて支えるが、シュウトは首を振るとフェイトから離れて一歩前へと歩き出す。

同時に、土埃の向こうから声が響いてきた。

 

「…少し侮っていたか。だが、それでは私に敵わない」

 

現れたのはアフロディーテ。冥衣(サープリス)にはところどころに傷があるが、本人は無傷に近い。

だが、そんなアフロディーテにシュウトは話しかけていた。

 

「アフロディーテさん、お礼を言わせて貰います」

 

「何?」

 

「ボクはあなたのおかげで、命を賭けるべきボクの『理由』を、しっかりと思い出しました。

 もう、迷いはない。

 それを…小宇宙(コスモ)を持って証明しましょう!」

 

その言葉に、アフロディーテはフッと笑った。

 

「いいだろう、君の『美しさ』、私の前に証明して見せろ!

 ブラッディローズ!!」

 

必中の白薔薇が放たれる。

だが…。

 

「なにっ!?」

 

必中の白薔薇が、飛んでいる最中にぽとりと地面に落ちた。

驚きの声を上げるアフロディーテは、白薔薇がおかしなことに気付く。

 

「ブラッディローズが…凍っている?」

 

落ちたブラッディローズの花弁が凍り付いていた。

同時に、フェイトが異常に気付く。

 

「さ、寒い。 気温が下がってく…」

 

フェイトの言うとおり、周囲の気温が急激に下がっている。

そんな中、シュウトは語りだした。

 

「アフロディーテさん、あなたが知らない小宇宙(コスモ)の可能性がある。

 それは…『属性』!」

 

『属性』…それはアフロディーテの時代には無かった、小宇宙(コスモ)の新たな可能性。

シュウトは魚座(ピスケス)の聖衣(クロス)と技を引き継いだとき、いくつかその問題点に気付いていた。

毒攻撃に一撃必殺…一言で言えばピーキーな技が多い。

そこでシュウトはそれらを補える技を考えていたのだが、そこで思い当たったのが属性という考え方。

すなわち、同じ属性の技なら擬似的に真似ることが出来るのではないかということだ。

そして、その考えは当っていた。

 

「クリムゾン・ソーンはボクの小宇宙(コスモ)を纏った血を弾幕にして飛ばす技。

 今この空間にはボクの小宇宙(コスモ)が大量に渦巻いている。

 そしてこの状態でなら、ボクはこの技を使うことが出来る!」

 

シュウトが取り出したのは青い薔薇だった。

 

「アフロディーテさん、あなたにこの技を捧げます!」

 

「これは…冷気が集まる!?」

 

シュウトの言葉と同時に冷気がアフロディーテに集まりだす。

そして、シュウトはその技を発動させた。

 

「極寒の青薔薇、ブリザードローズ!!」

 

一輪の青い薔薇が咲いた。

冷気が薔薇の形を成し、棺のようにアフロディーテを閉じ込める。

シュウトが真似たのは魚座(ピスケス)と同じ水属性の、水瓶座(アクエリアス)の氷の闘技。

その奥義の一つ、『フリージングコフィン』の魚座(ピスケス)版がこの『ブリザードローズ』だった。

 

「う、おぉぉぉぉぉ!!」

 

小宇宙(コスモ)を高めたアフロディーテが、青い薔薇を砕き脱出するが、クリムゾン・ソーンとブリザードローズのダメージによって冥衣(サープリス)が粉々に砕け散った。

そこに、シュウトは白薔薇を投げ込む。

白薔薇は狙いたがわず、アフロディーテの左胸を貫いた。

 

「!?」

 

アフロディーテは一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐにどこか悟ったような顔でつぶやく。

 

「なるほど…醜いつぼみが、花を咲かせたというわけか…。

 認めよう、新たな魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)よ。

 君は…美しい…」

 

そしてアフロディーテは白薔薇を赤く染めながら、仰向けに倒れこむのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「よう、先輩。 喋れるかい?」

 

「ふん、これだけボロボロにしておいてよく言う」

 

身体を引きずり、なのはに支えられながら近づいてくる快人にデスマスクは苦笑する。

そのデスマスクの身体は、手足の先の辺りから透けるようにゆっくり消えていっていた。

 

「悪いな大先輩、俺は加減を知らないんでね」

 

「ふん。

 だが、お前の覚悟と戦う理由が半端ではないといういい証拠か…これはこれで悪くない」

 

デスマスクは満ち足りたように呟く。

そんなデスマスクに、快人は話しかけた。

 

「大先輩よぉ…あんた、実は本気じゃなかっただろ?

 俺やなのはを殺すって話…」

 

「…何故そう思う?」

 

「実力差がこれだけあったんだ。最初から本気だったら、俺もなのはもとっくに死んでるよ。

 あんたの言うように、『俺たちを殺して新しい生を』っていうのを本気で望んでいるなら最初から本気になるはずだ。

 それが無いって言うのはつまり本心じゃない、ってことだ。

 ハーデスの時といい、相変わらずの名演技だよなぁ、先輩?」

 

「チィ、可愛げのない小僧だ…」

 

舌打ちするデスマスク。それは快人の言葉を暗に肯定する返事だった。

 

「お前の言う通り、俺もアフロディーテも本気でお前やそこの小娘たちを殺そうと思ったわけじゃない。

 ただ俺たちの聖衣(クロス)を継いだやつが、どんなやつか試したかっただけだ。

 まぁ、予想以上に出来の悪いクソガキだったがな」

 

「…そりゃ悪かったよ」

 

「だが、最後にはお前の小宇宙(コスモ)は俺を遥かに凌駕した。

 その魂を俺に見せつけたのだ。

 誇れ、新たな蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)よ」

 

そこまで言うと、デスマスクの姿が加速度的に消えていく。

もう時間が無い、それを感じた快人は最後の質問をした。

 

「こんな茶番をしかけたのはどこの誰なんだ?

 何がこの世界に起こってる?」

 

「目的は俺たちにもわからん。

 だが、俺たちを蘇らせ、冥衣(サープリス)を与えたのは性格の悪そうな女神だった。

 名乗りはしなかったが、あれは間違いなく神の類だ。

 気を付けろ、あの女神はきっと第二第三の茶番を仕掛けてくるぞ」

 

デスマスクはもうほとんど消えている。

デスマスクは快人に最後の言葉を投げかけた。

 

「突き進めよ、新たな蟹座(キャンサー)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人」

 

その言葉と共に、デスマスクの姿は完全に消え去った。

 

「…ああ、神様だろうが何だろうが退けて突き進むよ、偉大なる蟹座(キャンサー)の大先輩…」

 

快人はデスマスクの消えて行った空に、静かに呟くのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「まさか魚座(ピスケス)の技だけでなく、水瓶座(アクエリアス)の技を取り込むとは…その力と小宇宙(コスモ)を示した君を認めよう。

 魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ。

 これで…私もデスマスクも道化を演じた甲斐があったというものだ」

 

「アフロディーテさん…」

 

もはや動けないアフロディーテは、フッと笑うとシュウトを支えるフェイトへと視線を向ける。

 

「すまなかった、少女よ。

 怖い思いをさせたこと、暴言を吐いたこと…謝罪させてもらいたい」

 

アフロディーテの言葉に、フェイトは首を振る。

 

「いえ、あなたの言葉のおかげで私はまた一歩前に進めました。

 ありがとうございます」

 

その言葉に、シュウトはやはりと思った。

 

「アフロディーテさん、やっぱりボクらを殺すっていうのは本気じゃなかったんですね…」

 

その言葉に、アフロディーテは首を振る

 

「いいや、半分は本気だった。

 もし、下らぬものが下らぬ理由でその聖衣(クロス)を纏っているのなら殺してやろうとは思っていたのだ。

 だが、君はその聖衣(クロス)を纏うに足るものを示した。

 その少女に助けられて、というのはいささか情けない話だがね」

 

「返す言葉もありません…」

 

アフロディーテの身体が徐々に透け始める。

 

「最後に教えよう、私とデスマスクを送り込んだのは神、それもどこかの女神だ。

 どんな意図かは分からないが、お前たちは狙われている。

 さて、君はどうする?」

 

「無論、心にたてた誓いを全うします」

 

その答えに、アフロディーテは満足そうに頷いた。

 

「それでいい、我ら聖闘士(セイント)は全うして死ぬ。

 君はその少女と共に生き抜き、すべてを全うしてから年老いて死にたまえ」

 

アフロディーテが目を瞑り、最後の言葉を呟いた。

 

「仮初でも現世に戻れてよかった。

 こんなにも美しき花を、二輪も見れたのだからな…」

 

そしてアフロディーテはまるで幻のように消えていった。

それを追うように強い風が吹き、薔薇の花弁が舞い上がる。

シュウトは小宇宙(コスモ)で創り出した赤い薔薇を一輪、その風の中に流した。

 

「ありがとう、偉大なる魚座(ピスケス)の黄金聖闘士(ゴールドセイント)、美の戦士アフロディーテ…」

 

シュウトは感謝の言葉を風の中に流す。その言葉が届くことを祈りながら。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

この瞬間、ジュエルシードから始まった事件は幕を閉じたのだった。

2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)と2人の魔法少女に、この先に進むための大きな何かを残して…。

 




蟹と魚と2人の魔法少女は、それぞれの答えに行き着きました。
次回無印編、後日談。


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第15話 平和な日々/つかの間の休息へ

 

「「やったぁぁぁ!!」」

 

前時代的なブラウン管テレビの前で、2人の美女が手を合わせてハイタッチ。

2人とも絶世の美女だが、着ているイモジャーが何もかもを台無しにしている。

この2人は女神アテナに女神アフロディーテ。

快人とシュウトを『リリカルなのはの世界』に転生させた女神さまたちである。

 

「いやぁ、よかったよかった。 蟹座大活躍で、私大満足!」

 

「私も魚座が普通にフェイトちゃんの王子様やってって満足ね。

 これで子供時代からの溜飲が少し下がったってもんよ!」

 

ブラウン管テレビには快人とシュウトの様子が映し出されている。

それを見ながら、あぐらを掻いてちゃぶ台上のお茶を飲み、ポテチをつまむ女神さまたち。

今の光景を信者たちに見せて言ってやりたい。

『お前らの女神だろ、早く何とかしろよ』…と。

するとお茶を飲みながら、アテナさまはアフロディーテさまに言った。

 

「しっかし、デスマスクとアフロディーテはすごいじゃない。

 いつの間にあんなサプライズ用意してたの?」

 

「えっ?」

 

アテナさまのその言葉に、アフロディーテさまの動きが止まった。

 

「なに言ってるの、アテナ?」

 

「だから、デスマスクとアフロディーテのことよ。

 ものすごいサプライズだったじゃない、あんなこと用意してるんなら一言教えてくれてもいいのに…このこの!」

 

肘でアフロディーテさまを面白そうにつつくアテナさま。

だが、アフロディーテさまは慌ててアテナさまに言い返す。

 

「ちょっと待ちなさい。 あれ、あんたがやったんじゃないの?」

 

「? アフロディーテがやってくれたんでしょ?」

 

「私は何にもやってないわよ。 アテナがやったんじゃなかったの?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

2人の女神さまに沈黙が落ちる。

そして…女神さまたちはやっと事態に気付いた。

 

「まさか!?」

 

「あの世界に私たち以外が干渉してる!?」

 

その結論に、アテナさまとアフロディーテさまはたどり着いた。

 

「これは…」

 

「調べてみないと不味いわね…」

 

アテナさまとアフロディーテさまは、さっきとは違う真剣な雰囲気で呟くのだった…。

イモジャー姿で。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁ…」

 

「朝からおっきな欠伸なの」

 

朝の光の中を、学校の教室で快人は机に突っ伏し大きな欠伸をする。

なのははそんな快人を呆れ顔で見ていた。

 

「そりゃ重大な役目を夜通しやって疲れてるんだよ」

 

「なに? もしかして聖闘士(セイント)関係の何か?」

 

声を潜めて囁くなのはに、快人は首を振る。

 

「うんにゃ、昨日発売したゲーム攻略」

 

「ダメ人間だぁぁ!!」

 

幼馴染のダメさ加減になのはは頭を抱える。

あれから…時の庭園での戦いから2週間がたっていた。

快人たちの怪我もすっかり癒え、なのはの周りには以前と変わらない生活が戻っている。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

あの戦いの後、回復した快人とシュウトはプレシアの治療を行った。

快人の小宇宙(コスモ)で生命力と回復力を増大させ、その間にシュウトの毒で病気だけを殺すという、聞いているだけでは良く分からない治療だった。

それで何とかなってしまうのだから、本当にでたらめである。

 

「ここまで出鱈目だといっそ清清しいわ」

 

実際にこの治療をうけたプレシアはそう漏らしていた。

しかし過程はどうあれ、プレシアの回復はフェイトにとって喜ばしいもので、病の治ったプレシアに泣きながらフェイトが抱きついたことは記憶に新しい。

そして、そんなフェイトを優しく抱きとめるプレシアは間違いなく母親のそれだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

目的を果たしたユーノは残ったジュエルシード20個を持って、ミッドチルダへと帰っていった。

 

「本当にありがとう。 約束どおり、口裏はうまく合わせるよ。

 とてもじゃないけど、聖闘士(セイント)のことは話せないだろうからね」

 

ユーノは最後にそう言って去って行った。

事件の後、聖闘士(セイント)のことをあまり知られたくない快人たちから、以前提案があったように話を合わせるように頼んだのだ。

これにはプレシアも協力的で、結局ジュエルシードは『プレシアの助けで回収、一つは誤ってプレシアが使用してしまい病が治った』ということになっている。

快人は常々面倒ごとはごめんだ、といっていたのでユーノが頑張ってくれたのだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そしてフェイトたちテスタロッサ家は…

 

「皆さん、朝会の前に今日は2人転校生を紹介します。 入って、2人とも」

 

担任の声に教室に入ってくる少年と少女。

少年の整った顔立ちに女子の幾人かが黄色い声を上げ、少女の可憐な容姿に男子の間でどよめきが起こる。

 

「シュウト=ウオズミです。 よろしくお願いします」

 

「はじめまして、フェイト=テスタロッサです。 その…よろしくお願いします」

 

シュウトははにかみながら、フェイトはやや緊張した面持ちで自己紹介をした。

テスタロッサ家は結局、地球へと移住してくることになった。

プレシアがフェイトと母娘をやり直すにあたって心機一転を考え、フェイトの意思を組んだ結果である。

シュウトとフェイトの視線に気がついた快人・なのは・アリサ・すずかは、軽く手を振り反応する。

 

そんなやってきた友達を見てから、なのはは快人の方を見た。

相変わらず、眠そうな顔をした何とも頼りない姿。

だが、なのははその本当の姿を知っている。

黄金の聖衣(クロス)を纏い、誰よりも強く頼れるその姿を。

そしてそんな快人が言っていた言葉を思い出すと、頬が緩む。

 

(なのはは俺の勝利の女神だ! って)

 

快人にそのことを言うと、『テンションが上がりすぎて口走った妄言だから忘れろ!』と必ず言うが、忘れられるはずもない。

いつでも隣にいることを許してくれたようなその発言が嬉しかったのだから。

今回のことで、拙いながらなのはもフェイトも小宇宙(コスモ)に目覚めた。

今はそれを含め、いろんなことを学んでいる最中だ。

今日も学校が終わったら、魔法に小宇宙(コスモ)に、たくさん練習しよう。

ずっとずっとあの黄金の隣で、勝利の女神でいられるように…。

たくさんのものを救えるように…。

今よりもっとずっと強くなろう…なのははそんな風に思うのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

快人はやって来たシュウトを見てこれからの事を思う。

 

(神様…か)

 

どんな意図がある、どこの神かは分からないが、自分たちによくない感情を持つその存在が今回のことで確認された。

今後も騒がしく、はた迷惑な『何か』が自分や弟には降りかかってくるのだろう。

だが、それに負けることは許されない。

この身に纏う、黄金聖衣(ゴールドクロス)にかけて。

 

(俺もシュウトも強くならないとな…)

 

快人はそう心のうちで呟くと、とりあえず今は目を瞑って惰眠を貪ることにする。

 

こうして2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)と2人の魔法少女はつかの間の休息へ浸るのだった…。

 

 

 

 

無印編  完




無印編、完。
次回から幕間を挟み、夏休み編に突入。
敵は夏といえば…?


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幕間
舞台裏その1 蟹、墓前に思う


 

梅雨も終わり、風に夏の匂いが混じり始めたある日曜日のこと。

蟹名快人は一人、郊外の墓地へとやって来ていた。

 

「…」

 

無言のまま、快人は目の前の墓石を清め途中の花屋で買った花を活ける。

墓石に刻まれた家名は『蟹名』だ。

そして、持ってきた線香に指先から出した鬼蒼焔で火を点けると、快人は墓前にそれを置いてそっと手を合わせる。

線香の細い煙が、青い空にゆっくりと漂い消えていく。

いつまでそうしていただろうか…快人は合わせた手を解くと、ゆっくりと呟く。

 

「父さん、母さん…」

 

そう呟く快人の目はどこかを…まるで遠い何かを見つめているようだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『黒歴史』という言葉がある。

それは俗に隠しておきたい自分の恥ずかしい過去のことを指すが、快人にとっての黒歴史とは5歳の頃までの自分だった。

その当時、快人は力に溺れていた。

5歳までの段階で小宇宙(コスモ)を使いこなし、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)までも使いこなす状態。

『自分は何でもできる』、と本気で思いこんでいた当時の自分はどうしようもないクソガキだったと9歳になった快人は当時を思い出し断言する。

だが、そんなどうしようもないクソガキでも、自分のこの世界での新しい両親を心の底から愛していた。

 

快人の父は警察官だった。

出世など考えもしない、万年交番勤務の警察官である。

正義感ではなく家族のために仕事をしていると公言する、警察官としてはちょっと不真面目に分類されるような人でありながら、一度事件が起これば休日も非番も関係なく捜査に参加していた、どうにも評価しづらい人物だった。

 

「できもしないことはやらない。

 でもできる事、やらなければならないことなら力の限りやればいい」

 

そうよく言っていたのを快人は覚えている。

自分のできるその限界を知り、無茶はしない。

でも無茶のし所では無茶でも何でも力の限り尽くすというのが父の生き方だったのだろうと快人は思うし、それはそれで好ましい生き方だと思う。

実際、父の生き方というのはある意味快人に継承されていた。

 

 

母はとても綺麗だが、病弱だった。

元々子供の産める身体ではないと言われていたらしく、快人の出産の時には非常に危険な状態になり、父は医者から『母体を取るか、子供を取るか』の究極の選択を覚悟するように言われていたという。

結局母子ともに健康のまま出産を終えたが、母の喜びようはなく、母は無事産まれてきた快人に溢れんばかりの愛情を注ぎ続けた。

 

「快人、あなたは私の大事な大事な宝よ」

 

そう言っては母は優しく掻き抱きながら幼い快人を寝かしつけていたのを覚えている。

 

 

快人としても両親には言葉で言いつくせない感謝があった。

正直に言ってまるで可愛げのない子供である快人に、無償の愛を注ぎ続けてくれたのだから当然とも言える。

両親からは無限の愛を貰った、だから無限の愛で両親に報いよう―――そう真剣に思えるくらいには快人は両親を愛していたし、そんな両親に囲まれた生活は幸せだった。

そして…自分の持つ力なら、この全てはずっと変わらないようにできると心の底から思いこんでいた。

だが、その愚かな思いこみは最悪の形で考え直されることになる。

 

 

それは快人5歳、祭りの時のことである。

昼間から街中は人で賑わっていた。

親に手を引かれた子供、手を繋ぐカップル、仲睦まじく歩く老夫婦…その場にいる誰もかれもが幸せだっただろうし、快人も父と母に連れられ、幸せであった。

だが…閃光と爆音がそれを粉々に切り裂いた。

それが響いたのは快人が両親から離れ、露店を見ていた瞬間である。

突然の閃光と爆音、そして遅れてやってくる悲鳴。

慌てて戻った快人が見たもの…それは赤い地獄だった。

血と人のパーツで出来た不出来なオブジェの数々…子供だったものには腕が無く、カップルだったものには足が無い。老夫婦だったものは体中に穴が開いていた。

後に分かることだが、人生に悲観したある男が爆弾での自殺を考え、一人は寂しいからと人ごみの中で爆弾を起爆させた結果がこれだった。

そして、そんな吐き気を催すオブジェを突き進んだ快人はそこで一番見たくないもの…両親『だったもの』を見つけた。

咄嗟に母を庇おうとしたのか、母に覆いかぶさるように事切れた父は爆風によって内臓を飛び出させていた。

血の色とは違う内臓のピンク色が非現実感を誘う。

父のおかげか、母はまるで眠るように綺麗だった。

本当に眠っているかのように見える。もっともその額に穴が開いていなければ、という注釈が付くのだが。

父と母の血と臓物と脳漿をぶちまけられたその赤い地面に、快人は膝を付く。

胸に去来するのは、『何故』という理不尽への問いかけだけだった。

 

5分、たった5分だ。

5分前までは『幸せ』も『命』もすぐそばにあった。

今ここで物言わぬ肉塊になった誰もが、その身に『幸せ』を甘受していたはずだ。

誰もが自分の『命』が5分の後に消えるなど夢にも思わなかったはずだ。

なのに…何故たった5分でその『命』と『幸せ』は何の前触れもなく消えたのか?

快人は両親の『1度目』の死を目の当たりにしながら、『命』と『幸せ』の儚さを思う。

だが、当時の『何でも思い通りに出来る』と思いこんでいた快人は、目の前の光景を認めなかった。

 

(自分なら、自分ならどうにかできるはずだ!)

 

それは思いあがりか、はたまたただの現実逃避か?

どちらかと言えば現実逃避の割合が大きいと思う。

ともかく、快人はその思いに突き動かされ行動を起こした。

 

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)!!」

 

紫の閃光を残し、快人は肉体ごと死の世界の入り口、黄泉比良坂(よもつひらさか)へと転移する。

目の前には虚ろな瞳の亡者たちが、死界の穴へと歩いていく光景。

だが、快人にはそんなものは目に写らない。

父と母の魂を探し出し、現世へと連れ帰る…その思いで快人は死界を進んだ。

 

まだ死して間もない魂、死界の穴には落ちていないはず。

ならば、その魂を連れ戻し肉体へ戻せば、生き返る可能性はある。自分にはそれが出来るだけの実力がある…快人はその時、真剣にそう考えていたのである。

 

冷静に考えなくても、絶対にあり得ないことは普通に分かる。

第一、 帰るべき肉体があそこまで損傷しているのだ。

生き返ったとてその瞬間に死に直すに決まっている。

それは積尸気使いである快人が、誰よりも一番よく知っているはずのことなのだが、その時はそんな考えなど頭の片隅にも無かった。

ただただ、あの瞬間に失われた『命』と『幸せ』を取り戻すことだけしか頭に無い。

その思いで進んだ快人は、やっと死界の穴付近で父と母の魂を見つけた。

 

「父さん! 母さん!!」

 

父と母の魂の手を引き、現世へと連れ戻そうとする快人。

だが、手を引くどころか逆に黄金聖闘士(ゴールドセイント)である自分が、父と母の魂に引っ張られるありさまだった。

ここ黄泉比良坂(よもつひらさか)では魂の強さがそのまま力になる。

それに小宇宙(コスモ)ですら覆せない『死』という理が、父と母を後押ししていた。

死界の穴はもうすぐそこまで迫っている。

このまま進めば数歩であの穴に真っ逆さま、そうなればどうしようもなくなる。

快人は小宇宙(コスモ)を燃やし、父と母の魂を引きとどめようと集中する。

そのときだ。

 

ドン!

 

「あっ…」

 

間の抜けた声が出たのが自分でも分かる。

他の亡者を完全に失念していた快人は、うっかり亡者たちに死界の穴に押し出されていた。

身体の浮遊感に、圧倒的な『死』を強くイメージする。

その時、浮いた快人の手を父と母が掴んだ。

魂となっても息子を助けようとした親の愛の成した、それはまさに奇跡だったのだろう。

快人の右手を父の左手が、快人の左手を母の右手が掴み、そのまま勢いよく後方へと投げだす。

そして、その勢いのまま父と母の魂は死界の穴を転げ落ちる。

 

「父さん、母さん!!」

 

穴の淵へと戻った快人が見たのは、安らかな顔で落ちていく両親。

その唇が動く。生きろ、と。

それは快人の立ち合った両親の『2度目』の死だった。

力なく快人は死界の穴の淵でへたり込む。

そして、快人は有名なあのセリフを実感した。

 

「命は塵芥…か」

 

それは蟹座(キャンサー)の偉大な英雄の言葉。

ああ、その通りだ。

『命も幸せも塵芥』…こんなにも儚く、こんなにも脆く崩れるものだったのだ。

命も幸せもあることを当然とし、その尊さを真に自分は理解していなかった。

それを理解すると同時に、黄泉比良坂(よもつひらさか)の濃密な『死』の匂いに激しい嘔吐感が湧きあがる。

快人は必死に積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を起動させ現世に戻ると、そこはあの血だまりの現場だった。

そして無様にも父と母の遺体を前に盛大に嘔吐し、気を失ったのである。

 

 

次に目が覚めた快人は、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を使うことが出来なくなっていた。

使おうとすると、必ずあの時の光景が思い出され耐えられないほどの嘔吐感が湧きあがるようになったのだ。

とはいえ、9歳になった現在は幾分マシになったと言えるだろう。

5歳当時は、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を使おうと小宇宙(コスモ)を高めただけでもう駄目だった。

それが後先を考えなければアリシアの時のように一発くらいは撃てるようになったのだから、大きな回復と言えるだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人は墓前へと視線を戻すと、囁くように言う。

 

「父さん、母さん、俺…今、幸せだよ」

 

脳裏によぎるのはたくさんの顔。

シュウト、フェイト、アリサにすずか、そして高町家の面々。

そして…朗らかに笑う白い幼馴染。

 

「だから…守れるように俺は強くなる。

 そして…守って見せる。 塵と消えていくはずの命と幸せを!」

 

『死』という名の暴風に晒されれば瞬く間に散っていく塵芥…それが人の『幸せ』であり『命』である。

自分は聖闘士(セイント)とはいえ人だ、すべては守れないだろうが…それでも手の中の『幸せ』と『命』は守って見せる。

快人はそれを墓前で父と母に誓うと、背を向けて去っていく。

 

これは宣戦布告だ。

蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)から、これから降りかかるであろう、過酷な運命に対する宣戦布告。

その覚悟と共に快人は家路に着いたのだった…。

 

 




今回は快人の過去編。
この話は本来、A’S編の後期にやるつもりでしたが、感想でも指摘されたので予定を大幅に繰り上げました。
これぐらいじゃないと、あのマニ様のような『命は塵芥』にたどり着かないでしょう。
まぁ、正直これでも不足気味ですが…。


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舞台裏その2 少女、少年と出会う

 

少女…月村すずかがその少年と出会ったのは街の図書館でだった。

 

(あっ…)

 

全てがスローモーションになったような感覚の中、視線の先に見える天井へと無意味にすずかは手を伸ばす。

数冊の大きな本が自分と同じく宙を舞っていた。

身体は何物にも触れておらず、瞬きの間に身体は重力に捕らわれ地面に落ちるだろう。

それは高いところにあった本を取ろうとしたすずかが、足を滑らせ数冊の本を巻き込みながら台から落下したというだけの話。

普通なら打ちつけた身体を擦りながら、次回から注意しようと心に誓うだけの普通の出来事。

だが、それは『普通の出来事』にはならなかった。

 

ポフッ

 

「えっ?」

 

衝撃に備えてギュッと目を瞑ったすずかに待っていたのは床の硬い感触ではなく、柔らかい何かの感触だった。

そしてそれを追うようにバサバサッという音がいくつも過ぎると、静寂が戻る。

すずがはその静寂の中、そっと目を開けた。

 

「あ…」

 

1人の少年と、すずかは目が合った。

歳の頃は自分と同じくらい、長い髪が目を引く少年だ。

そんな少年の左手に、すずかは抱きかかえるように支えられている。

少年の右手はすずかの顔を覆うように掲げられていた。

辺りを見れば、数冊の本が散らばっている。恐らく、本がすずかに落ちてくるのを少年が右手で防いでくれたのだろう。

そのことを理解したすずかは、慌てて少年から離れるとぺこりと頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

「…感謝なんていい。 ただ、図書館では静かにしてろ」

 

少年はすずかを一瞥だけすると、興味が無いように視線を外し床に散らばった本を集めていく。

 

「…どれだ?」

 

「え?」

 

「取ろうとしてたのはどの本だって聞いている…」

 

「あっ。 そ、それです…」

 

一瞬何のことか分からず聞き返してしまったすずかは、慌てて一冊の本を指さす。

 

「…」

 

少年は何も言わず、すずかの指さした本だけを残して、他の本を本棚へと戻していた。

 

「ほら」

 

少年は、押しつけるようにすずかに本を渡すと奥の椅子へと座り、本を読み始める。

すずかは完全にタイミングを外してしまい、どうしたらいいのか分からない。

 

「あの…ありがとうございました」

 

すずかはもう一度お礼を言って、その場を離れる。

 

(さっきの子の目…綺麗だけど、どこか寂しそうな目だったなぁ…)

 

そんなことが頭の片隅に残る。

こんな何でも無いすれ違いが、すずかとその少年の出会いだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こ、こんにちは…ここ、いいですか?」

 

「…」

 

その日以降、すずかはよく少年に話しかけるようになっていた。

少年はどこか面倒くさそうに視線だけで椅子を指す。

 

「あ、ありがとう…」

 

すずかは少年の正面の椅子に座ると本を読み始める。

 

「…」

 

「…」

 

しばらくお互いに無言のまま少年とすずかは本を読むと、すずかが少年に話しかけた。

 

「ねぇ、あなたは何を読んでるんですか?」

 

「…」

 

少年は無言で本のタイトルを見せた。

本のタイトルは『特殊相対性理論概論』…この歳の少年が読むような本では無い。

周りを見れば工学や化学、果てはオカルトのようなものまで少年が持ってきている本は様々だ。

 

「すごく難しい本読んでるんだね」

 

「…知識は力だ。 あるだけで人生における選択肢が増える」

 

そう短くすずかに答えると、少年は再び本に視線を落とす。

そんなやり取りをすずかと少年は繰り返しながら、時間は静かに過ぎていく。

 

「そうだ、あの…」

 

そう言ってすずかが取り出したのは綺麗に包装されたクッキーだった。

 

「…これは?」

 

「あの…私の作ったクッキーです。 もしよかったら…」

 

少年は無言で壁を指さす。

そこには『図書館では飲食禁止』の文字が躍っていた。

 

「ご、ごめんなさい! つい…」

 

「…別にこんな奥まで来る奴もいないか…一つ貰う」

 

そう言って少年は一つクッキーを齧ると、また本に視線を落とした。

また沈黙が続くのかとすずかは心の中で小さくため息をつく。

すると…。

 

「…一つ聞くがいいか?」

 

本から視線を外した少年が、すずかに話しかけていた。

その少年に、すずかは内心驚きを隠せない。

何故なら、すずかから話しかける事はあっても、少年からすずかに話しかけることはこれが始めてだったからだ。

 

「何故、俺に構うんだ? お互いに、はっきりと時間の無駄だと思うが?」

 

「時間の無駄なんて、そんなこと無い!」

 

思わず大きな声を出しかけたすずかは、すぐにハッとして身体を小さくする。

そんなすずかに少年は眉をひそめると、言葉を続ける。

 

「じゃあ聞くが、時間の無駄でないなら目的は何なんだ?」

 

そう正面から見つめられ問われ、すずかは自分の思ったことをぽつぽつと話し出した。

 

「…はじめは親近感、だったと思う。

 私は、ちょっと人に言えない秘密があって、それを隠して生きてるの。

 それで、あなたの目を見て、あなたの姿を見て思った…『ああ、私と一緒だ』って。

 私はあなたが何かを必死に押し殺して生きているいるように見えた。

 だから親近感が湧いて…どんな人なのか知りたくなって…」

 

そこまで思うままに言葉を繋げていたすずかはそこで始めて、最も適切な言葉に思い当たった。

 

「あなたと…友達になりたいの」

 

「友達、か…俺には必要無い。

 他の誰かとやれ」

 

そっけなく言い放ち、少年は本へと視線を落とす。

 

「…」

 

すずかも続けて言葉を発することが出来なくなり、静寂だけが2人の間を静かに流れていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もうこんな時間…」

 

そう言ってすずかが時計を見ると、すでに5時を廻っており閉館時間が迫っていた。

 

「…そろそろ閉館時刻だな」

 

「ねぇ、あなたの家ってどこなの? 私、迎えがくるから送ってくよ」

 

本を片づける少年に話しかけると、少年は首を振る。

 

「一人で帰れる」

 

「でも、こんなに遅いとお父さんとお母さんが心配するよ?」

 

「構わない。 俺の親兄弟は皆死んだ、心配するような相手はいない…」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

すずかは慌てて謝るが、とうの少年は気にした風もなくなんでもないと言い放つ。

 

「別に気にして無い。 とうに吹っ切れてる…」

 

そう言って黙々と少年は本を片づけ、席を立った。

それを追って、すずかも慌てて席を立つ。

図書館前、ここがいつもの2人の分かれ道だった。

 

「また、お話しようね」

 

「…」

 

すずかは朗らかな笑みと共に別れの挨拶をし、少年は面倒そうに無言で少しだけ手を上げて返答する。

いつもここですずかは家の迎えを待ち、少年はすずかに背を向け家路につく。

そして今日も変わらずその光景は繰り返された。

だが、今日はその後が違った。

 

キキィィィ!!

バタン!

 

車のブレーキ音と、ドアの閉まる音。

少年が振り返ると、そこには猛スピードで遠ざかっていく車と後部座席に押し込められたすずかの姿があった。

 

「…ちっ」

 

少年は舌打ちする。

知ってしまった以上、見過ごすことも後味が悪い。

それに…と少年は思いだした。

今日、自分はすずかに言い忘れたことがあったではないか。

それを伝えないのは不義理がすぎる。

そんな言い訳を頭の中で少年は展開すると、少年は車を追うことにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

すずかが誘拐され、連れてこられた廃工場でその人物と対面させられていた。

 

「ふふ、目が覚めたか? 月村」

 

「あなたは…氷村さん?」

 

氷村遊―――すずかの月村家とは浅からぬ縁を持つ男である。

その男を前にしてすずかは今の事情が大方呑み込めた。

つまり、これは一種のお家騒動なのだ。

自分を人質として月村家を取り込もうという氷村の企みだろうと即座にすずかは予想できたし、その予想に間違いはない。

 

「今日こそ月村の全てをボクが頂く。 お前を使ってな」

 

氷村の下卑た顔をキッと睨めつけるすずかだが、できることなどそれだけだ。

氷村はすずかと同じで、ある『秘密』を持っているがその力はすずかの比ではない。

逃げ出すことはおろか、抵抗すらできないだろう。

このままでは本当に自分のせいで大好きな姉が、家族がこの男に蹂躙されてしまう。

それを理解した途端、涙が溢れる。

 

「誰か…誰か助けて…」

 

目を瞑り、すずかは祈るように呟く。

だが、その祈りは神には届かない。

何故なら、神はそこにあるだけの存在、人を救おうとはしないのだ。

だからすずかのその言葉を聞き届け、手を差し伸べたのは同じ人だったのである。

 

「薄暗い廃工場に少女を連れ込む…趣味の悪い男だな」

 

「誰だ!?」

 

その声に反応して、その場にいた者全員が廃工場の入口を見やる。

そこに立っていたのは、すずかが図書館で別れたあの少年だった。

 

「な、なんで…?」

 

「お前が怪しい車に乗っているのを見かけて追ってきた。

 いくらなんでも、見て見ぬふりはできない…」

 

そう真っ直ぐに言われ、すずかは頭が真っ白になった。

彼は賢い。状況も危険も分かっているだろう。

それでも自分を助けようとやって来てくれた…その事実が胸を熱くさせるが、同時に絶望的な気分にもさせた。

改めて言うが、彼は賢い。自分を助けるために何かしらの手を打ってくれていると思う。

だが、それでは駄目だ。

この氷村という男は普通ではない。どんな手を打っても、それでどうこうなる訳が無い。

 

「おやおや、ナイトの登場かい? あんな『家畜』が良いなんて、やはり月村は下賤だな」

 

「…人を捕まえて『家畜』呼ばわりする大人のほうがよっぽど下賤だと思うが?」

 

「お前らなど家畜以外の何物でもない。 高貴な僕らにとってはね」

 

「『高貴』? それに『僕ら』?

 一体何を言っているんだ?」

 

少年の言葉に、氷村はニヤリと嫌な笑いを見せる。

…嫌な予感がした。

 

「何だ、お前は知らないんだな。 僕らの正体を」

 

「やめて…」

 

すずか震える、蚊の泣くような声では、この場の何も止まらない。

 

「正体?」

 

「そう、僕やこの小娘はお前ら人間とは違う。

お前たち下等な人間とは一線を画す高貴な存在」

 

「やめて、やめて…!」

 

ここで止めなければ絶望的な言葉が飛び出してしまう。

そして自分の『秘密』が、少年に知られてしまう。

それが分かっているのに、すずかには止められない。

そして…遂にその言葉が出てしまった。

 

「僕たちは『吸血鬼』、お前たち家畜とは違う高貴な血の一族だ!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

遂に出てしまった、隠しておきたかった言葉に、すずかは叫び声をあげてしゃがみ込む。

知られた、知られてしまった…。

あの少年が自分をどう思うのか、どんな目で見るのか…想像するだけで恐怖が湧きあがってくる。

そんなすずかの様子をまるで気にしないように、少年は氷村へと言葉を続けた。

 

「『吸血鬼』…か。

やはり映画のように血を吸って相手をゾンビに変えて従えるのか?

それに日光や十字架は平気なのか?」

 

「そんなフィクションと一緒にするな!

 お前たち家畜よりずっと高貴で優秀なだけだ!!」

 

その言葉を聞き、飲み込むように何度か小さく頷く少年。

そして、少年から漏れたのは、ため息だった。

 

「なんだ、ただ少々高スペックな変わりに特殊な燃料が必要になっただけじゃないか。

 いや、血液の入手難易度を考えればあまりにもコストが高いと言わざる得ないな」

 

「「はい?」」

 

少年のそんな冷静な評価に、すずかはおろか氷村まで目が点になってしまう。

そして、すずかは絞り出すように言葉を発した。

 

「私が…怖くないの? 私、吸血鬼なんだよ?

 血を吸う化け物なんだよ?」

 

その問いに、少年はさも当然のように答える。

 

「本物の化け物は悩まない。 何故なら化け物は人とは違う倫理観を持っているからだ。

 だから悩み、苦悩するお前は人間以外にはあり得ない。

 お前は少々特殊な薬を服用している人間程度にしか、俺には見えない」

 

自分が普通とは違う、人間じゃない…そんなすずかの言葉を少年はバッサリと当り前のように切り捨てた。

それはすずかが誰かに言って欲しかった言葉。

人間じゃないといいながら、誰かに人間だと認めて欲しかったすずかの、心から望んだ言葉。

その言葉を、少年は自分にくれた。

すずかは自分の心に温かい火が灯るのを感じる。

それが何なのか今のすずかには分からなかったが、すずかは今までにない幸福感を感じていた。

だが、そんな時は長くは続かなかった。

 

「貴様、この高貴な僕がお前ら家畜と変わらないだと!?」

 

「さっきからそう言っている。 理解力のない大人だ…」

 

激昂する氷村に、少年は呆れたようにため息をついた。

 

「家畜が…! 生きて帰れると思うなよ!!」

 

その言葉と共に、氷村の側の2つの人影が飛び出す。

それは…

 

「自動人形!?」

 

その正体を認めたすずかが悲鳴を上げた。

自動人形―――それはいわゆるアンドロイド、機械でできた鋼鉄の人形である。

すずかたち『吸血鬼』―――夜の一族と呼ばれる彼らの、過去の時代で作られたその精巧な工芸品は今では作りだすことが出来ない。

その戦闘能力は強力で、夜の一族にも匹敵する代物だ。

そんな自動人形たちに氷村は命令を言い放つ。

 

「やれ、あの家畜をひき肉にしろ!」

 

「や、やめてぇぇぇぇ!!」

 

すずかの叫びが木霊する。

だが、自動人形たちは機械、主人である氷村の命令を文字通り機械的に実行するのみ。

容赦も慈悲も無く、自動人形が少年に襲いかかる。

瞬きの間もあれば、少年は文字通りのミンチに変わってしまうだろう。

氷村も、すずかもその事実を冷静に認識していた。

しかし…。

 

ズドォン!!

 

「「え?」」

 

氷村とすずかの間の抜けた声が重なった。

瞬きの間でミンチに変わるはずだった少年…だが現実は、瞬きの間もなく2体の自動人形をスクラップに変えていた。

自動人形はまるで凄まじい衝撃を受けたかのように四肢を砕けさせ、床のコンクリートに埋まっている。

 

「な、何が起こった!? 貴様、何かの能力者か!?」

 

氷村がうろたえた声を上げる。すずかも今の状況が分からず、混乱しっぱなしだ。

そんなすずかに、少年は声をかける。

 

「お前の秘密を知りながら、俺が秘密を隠すのはフェアじゃないな。

 お前に、俺の秘密を見せよう。

 …来い、俺の聖衣(クロス)よ」

 

静かに少年が囁くと、薄暗い廃工場に黄金の光が満る。

そして光が引いた先には、黄金の鎧を纏った少年の姿があった。

少年は左手で小脇に黄金のマスクを抱えながら、月明かりの中静かにその場に立つ。

その光景をすずかは素直に綺麗だと感じた。

同時に、これこそが少年の抱えていた秘密の一端であるとも理解する。

 

「な、なんだその鎧は!? お前は…一体!?」

 

理解不能な光景にうろたえた氷村に、少年は興味がないように、どこか面倒くさげに右手を上げる。

すると、中空に黒い穴がぽっかりと空いた。

 

「な、これは…吸い込まれる!?」

 

黒い穴に氷村が吸い込まれそうになって抵抗するが、側のすずかには何の影響も無い。

 

「さっきの人形で、お前は俺を殺そうとした。

 俺は敵に容赦はしない。 だが、そいつの目の前でお前を殺すのも気が乗らない。

 だからこそ、これで妥協してやる。

 俺はお前の名を知らないし、名を聞く気もない。

誰とも知らないお前は、永劫にそこでさ迷え」

 

少年が冷酷に言い放つと、氷村は一気にその黒い穴に吸い込まれていく。

氷村はコウモリに姿を変え何とか逃れようとするが、全ては無駄だった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

長い氷村の絶叫が、段々と遠くなって行く。

そして空間に空いた黒い穴は静がに閉じていった。

後に残ったのは静寂の戻った廃工場と、黄金の鎧の少年、そして呆けたすずかだけだ。

 

「さて…怪我は無いみたいだな」

 

少年はそう言うと、すずかの元にゆっくりと歩み寄る。

 

「あ、ありがとう」

 

そんなすずかの言葉に、少年は首を振った。

 

「礼などいい。 どうせ…今夜のことは忘れてもらうんだからな」

 

右手をかざす少年に、すずかはやっぱりか、と思う。

あの夜の一族でも実力者の氷村を何の苦もなく退けるこの少年の秘密は、とてつもなく大きい。

だから秘密を知った自分をそのままにはしないだろうという予感はあったのだ。

ただ…残念でならない。

今夜はあんなにも欲しかった言葉を少年に言って貰った。

その記憶を無くしたくはない。

 

「私、絶対秘密にするよ?」

 

「そうかもしれないが悪いが俺は慎重でな、この記憶は消させてもらう」

 

提案を一瞬で蹴られ、すずかはどうあっても今夜のことを忘れることは逃れられないと知る。

そんなすずかに、少年は思いだしたように言った。

 

「そういえば、今日お前に言い忘れていた。

 …クッキー、ありがとう。 美味かった」

 

「…それ、今言うんですか? 今から記憶が消えるのに?」

 

幾分呆れたような口調のすずかに、少年ももっともだと頷く。

 

「それもそうだ。 だが言わねば不義理だろう?」

 

「それなら日を改めて、明日その言葉を言って下さい」

 

「…わかった。 明日改めて礼は言おう」

 

「それと…あと一つお願いを聞いて下さい」

 

すずかは少年に、ある『お願い』をする。

その言葉に少年は頷いた。

 

「…分かった、意図はわからないが明日からそうしよう。

 では、始めるぞ」

 

「はい…約束、守って下さいね」

 

「…ああ」

 

少年の肯定を聞き、すずかはゆっくりと目を閉じた。

これで今夜の記憶は消えてしまう。

でも…。

 

(この熱は消えないよね?)

 

この胸に灯った微熱…これはきっと記憶が消えても消えはしない。

だから、満足。

今夜の価値は、すべてこの胸にある。

そう思いながら、すずかはゆっくりと意識を失ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こんにちは。 ここ、いいですか?」

 

「…ああ」

 

図書館の奥の奥、今や少年とすずかのいつもの場所で、今日もいつものようにやり取りを交わす。

 

昨夜、目覚めたすずかが見たのは見慣れた自分の部屋の天井と、泣きながらすずかに抱きつく姉、忍の姿だった。

匿名の電話が廃工場の位置を知らせ、忍たちがそこに踏み込むとそこにあったのは自動人形の残骸に、幸せそうに眠るすずかの姿だった。

すぐに精密検査にかけられたすずかだったが、何一つ異常はなく忍はホッと胸を撫で下ろす。

同時に、忍は事件の背後関係の調査を開始。

自動人形のメモリから、その主人が氷村だったことが分かり、すずかを攫った犯人であることはわかったが、その氷村と自動人形を撃退しただろう勢力については何もわからず、忍は頭を悩ませているのだが、それはすずかと少年には関係のない話だった。

 

「…ところで一つ尋ねるが…」

 

「…聞かないで下さい」

 

「そうもいかんだろう。 お前の後ろの人は何だ?」

 

少年のその言葉に、すずかの後ろに控えたメイド服の人物が優雅にお辞儀をする。

 

「月村家のメイドをやっておりますノエルと申します。

 私のことは気にせず、本をお読みください」

 

「…メイド同伴で図書館なんて聞いたことがないが?」

 

「ちょっと色々あって…」

 

少年の言葉に、すずかも説明しずらそうに苦笑いする。

彼女―――ノエルはすずかの姉、忍のお付きのメイド兼護衛である。

流石に事件の翌日に一人ですずかを出歩かせるのを渋り、忍は自分の護衛であるノエルをすずかの護衛に着かせたのである。

そのかわり、すずかのお付きのメイドであるノエルの妹は、今は屋敷で忍と共に事件の情報収集に大忙しだ。

 

「…まぁいい、そういうこともあるだろう」

 

少年はそう頷くと、視線を本へと落とした。

すずかも少年の正面で本を広げる。

その時だ。

 

「…そうだ、お前に言うことがあった」

 

「?」

 

そう言って本を閉じた少年に、すずかは可愛らしく小首を傾げる。

そして少年はすずかを正面から見据えながら言った。

 

「昨日のクッキー、美味かった。

 ありがとう…すずか」

 

「!?」

 

少年がすずかの名前を呼び、すずかの胸の鼓動が跳ね上がる。

ドキドキと脈打つ心臓と共に、すずかは自分の顔が赤くなって行くのを感じた。

少年はそれだけ言うと、何事も無かったかのように再び本を開いて視線を落とす。

少年にとってはこれは約束を守っただけの話―――『これからは名前で呼んで』という記憶を消す前のすずかの頼みを聞き入れただけに過ぎない。

だが、名前を呼び相手を認める事こそ、人と人との絆の第一歩。

少年はあくまでクールに、すずかは微熱をもってその絆の第一歩を受け止める。

 

 

 

これは図書館でのある日の風景。

秘密を抱えた少女と、未だ表舞台には立たぬ黄金の少年の、舞台裏での物語。

 

 

 

ちなみに、すずかはその日、ノエルから事の次第を聞いた忍に散々からかわれるのだが、それはまた別のお話…。

 

 




3人目の黄金聖闘士登場。

今回は顔見せだけで、本編で絡んでくるのはもっと先になります。
そのため、どの星座かバレバレかもしれませんがネタバレはご遠慮ください。


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舞台裏その3 魔法少女、聖衣を思う

「よし、ここまでとしよう。 なのは嬢、フェイト嬢」

 

「「ふぅぅぅ…」」

 

セージの言葉に、なのはとフェイトは座禅を解いてへたり込む。

ここは『巨蟹宮』、なのはとフェイトはセージから小宇宙(コスモ)を高める訓練として精神集中の座禅を組んでいたところだ。

 

「座ってただけなのに、予想以上に疲れるの」

 

「本当、何だか頭が重い…」

 

「そうでなくては修行にならんよ。 よし、お茶を淹れてこよう。

 2人とも肩の力を抜いて休んでおれ」

 

セージはそう言って奥へと戻っていく。

なのはとフェイトはあの一件…時の庭園での戦いで小宇宙(コスモ)に目覚めたため、快人たちの師であるセージとアルバフィカによって小宇宙(コスモ)についての訓練を受けていた。

とはいえ、快人たちのように本格的な聖闘士(セイント)としての訓練ではない。

目覚めたとはいえ、なのはとフェイトの小宇宙(コスモ)は決して高くはなかった。

正直に言えば聖闘士(セイント)訓練生、いわゆる『雑兵』レベルなのである。

小宇宙(コスモ)は魂の力…精神状態やテンション、状況によって比較的簡単に上下するが、平均的に発揮できる小宇宙(コスモ)がこれでは小宇宙(コスモ)による戦闘など見込めようはずもない。

だが、2人には他の才能が備わっていた。

『魔法』である。

実際のところ、魔法は非常に汎用性の高い、強力な力である。

聖闘士(セイント)の拳が神話の時代から練磨されていったのと同じように、長きに亘る研鑽を重ねた技術、『魔法』というのは強力なのだ。

そこで考え出されたのが魔法の補助としての小宇宙(コスモ)の使用である。

時の庭園での戦いの時、2人の魔法は小宇宙(コスモ)によってその効果を増大させていた。

同じ現象が、他の魔法でも確認されたのだ。

そこで2人のインテリジェントデバイスとセージ、アルバフィカの協議の結果、2人の方向性は魔法を小宇宙(コスモ)によって効果拡大させて戦う『魔導士』ということになったのだ。

小宇宙(コスモ)についての特訓は小宇宙(コスモ)を高め制御する訓練に集中し、戦闘スタイルは変わらず魔法によるものとなった。

その姿を見ていた快人が、

 

「…そのうち『魔法聖闘士(マジックセイント)』とか言う新しいナニカができるんじゃねぇの、これ?」

 

とか漏らすのだが、それは先の未来を見据えたような結構的を射た発言だったりするのだがここでは知る由もない。

なのはとフェイトはセージを待つ間、視線を訓練中の快人とシュウトへと向けた。

 

「おらぁ!」

 

「はぁ!!」

 

連続した打撃音。

今、快人とシュウトは組み手の真っ最中だった。

組み手といえど、お互いに黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏っての本格的なもの。

観戦しているなのはとフェイトは感心したようにその戦いを見続けていた。

 

「相変わらずすごいね、あの2人」

 

「だって黄金聖闘士(ゴールドセイント)だもん。 すごいに決まってるよ」

 

フェイトの言葉に、なのはは相槌を打つ。

お互いに少しだが小宇宙(コスモ)についての知識も増え、そのために黄金聖闘士(ゴールドセイント)のすさまじさを改めて知ることになったのだった。

 

「それにしても聖衣(クロス)か…」

 

そう言って、なのはは2人の纏う聖衣(クロス)を見る。

その視線には少しだけ憧れが宿っていた。

 

「ねぇ、もし私たちも着れるとしたら、どんな聖衣(クロス)がいい?

 フェイトちゃん」

 

「私? でも私も聖衣(クロス)ってどんなのがあるのか知らないから。

 88の星座の数あるっていうけど、どんな形状か知らないし…」

 

「私も知らないけど、どんな聖衣(クロス)があるんだろうって思って。

 私はネコさんとか可愛いのがいいなぁ」

 

「そうだね、だったら私はその…クマさんとかいいかも」

 

2人はぬいぐるみのようなネコとクマを想像しているのだが…かたや冥衣(サープリス)でかたや青銅聖衣(ブロンズクロス)

そしてどちらも可愛くはない。真実を知れば絶望すること間違いなしである。

 

「快人くんの蟹座聖衣(キャンサークロス)みたいに可愛い子がいいなぁ。

 知ってる、蟹座聖衣(キャンサークロス)って撫でてあげると喜んでくれるんだよ。

 背中に乗せてもらうとすっごく楽しいの!」

 

「そうなんだ。

いいなぁ、私も乗ってみたいかも」

 

フェイトがそんな風に呟いたその時だった。

 

「う、うっぴゃぁぁぁぁ!!」

 

形容しがたい快人の声になのはとフェイトは何事かと2人の方を向く。

すると…。

 

「ば、バカな!!」

 

快人が目を見開く。

快人とシュウトがお互いに右のハイキックをぶつけ合っているのだが、快人の右足に…聖衣(クロス)がない。

 

「お、おい。 今自然に蟹座聖衣(キャンサークロス)のフットが外れたぞ!?」

 

快人の驚愕の中、蟹座聖衣(キャンサークロス)が光りだす。

そして…。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)が俺の身体から外れていく!?

 あ、あじゃぱぁぁぁぁ!!」

 

快人のおかしな悲鳴と共に蟹座聖衣(キャンサークロス)は外れオブジェ形態になると、フェイトの前にやってきて激しく身体を左右に揺らした。

 

「え、これって…」

 

「おそらくフェイトちゃんに撫でて欲しいんだよ」

 

なのはの言葉に、フェイトはゆっくり蟹座聖衣(キャンサークロス)を撫でると、蟹座聖衣(キャンサークロス)はうれしそうに身体を揺らし、頭を垂れてきた。

 

「もしかして乗せてくれる?」

 

頷くように身体を震わす蟹座聖衣(キャンサークロス)にフェイトが跨ると、蟹座聖衣(キャンサークロス)はゆっくりと歩き出す。

 

「あ、あはは。 なのは、この子可愛いね!」

 

「そうでしょ、フェイトちゃん」

 

しばらく歩き回った蟹座聖衣(キャンサークロス)からフェイトが降りると、フェイトはお礼を言いながら蟹座聖衣(キャンサークロス)を撫でる。

すると、蟹座聖衣(キャンサークロス)も嬉しそうに身体を震わせた。

傍目からは、美少女2人と黄金の蟹の心温まる光景である。

 

「で、堪能したらちょっとその不良品を渡しちゃくれませんかねぇ、お二人さん?」

 

青筋を立てた快人が立っていた。

いつの間に持ってきたのか左手にはノミを持ち、右手のトンカチで肩をトントンと叩いている。

 

「どうしたの快人くん? そんなに怒って?」

 

「あ、アホかぁぁぁぁ!!

 幼女と遊びたさに戦闘中のご主人様ほっぽりだす聖衣(クロス)がどこにいるんだよ!

 壊す、ぜってぇ壊す!!

 完璧に壊したあとに作り直してやらぁ!!」

 

トンカチとミノを振り上げる快人の前に、なのはとフェイトが躍り出る。

 

「ダメだよ、蟹さんを苛めちゃだめ!!」

 

「待てなのは、どっちかって言うと俺が苛められてるから。

 これ、俺が苛められてるから!!」

 

「こんな可愛い子に当たるなんてダメだよ、快人」

 

「いや、当たるも何もそいつがすべての元凶だから!

 あ、テメェ蟹座聖衣(キャンサークロス)!何2人に隠れるみたいに移動してんだよ!

 おい、こら!!」

 

激昂する快人。

そんな快人の肩に、シュウトはポンと手を乗せた。

 

「? シュウト」

 

「兄さん、大いなる小宇宙(コスモ)がボクにもっと輝けって囁くんだ。

 だから…このタイミングを逃さず言うよ」

 

そこでコホンとシュウトは息を整えると、その言葉を言った。

 

「マンモス哀れなやつめ」

 

 

ビシッ!!

 

 

空間か何かに亀裂が入った音が聞こえた。

 

「…OK、OK。 世の中全部が俺にケンカ売ってるんだな。

 いいぜ、言い値で買ってやらぁ!!」

 

ついに爆発した快人が暴れだす。

その光景をお茶を用意したセージが目撃した。

自身も最強の蟹座の黄金聖闘士(ゴールドセイント)であり、全ての聖闘士(セイント)を従えていた偉大な教皇であったセージ様。

そのセージがその光景を見て下した結論は…頭を抱えながら頭痛薬を探しに無言で奥へと戻っていくことだった…。

 




感想でなのはとフェイトの小宇宙についての意見があったので、2人の小宇宙についてと、2人の聖衣についての興味の話。
2人は聖闘士ではなく、あくまで『小宇宙で魔法をブーストする魔導士』のつもりで書いてます。
ぶっちゃければ、今後を見据えた強化。
このぐらいしないと、今後出てくる予定の奴らに勝てません。


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夏休み激闘編
第16話 蟹と魚と魔法少女、夏を満喫する


新章突入です。

今回はA’S編までの夏休みのお話。
そして新たな敵は夏の風物詩の奴ら。

夏と言えば…


「ハァハァ…!!」

 

薄暗い林の中を、少女が走っていた。

ときどき後ろを振り返りながら、息を乱して少女は駆ける。

その顔にあるのは恐怖だった。

心臓は過剰な運動で動悸を繰り返し、足は鉛のように重い。

身体の全てがすぐに運動をやめることを叫ぶが、心は逃げろ逃げろと叫び続ける。

少女はその心の叫びに従って、駆け続けた。

何故こんなことになったのかと、ふと思う。

自分は友人たちとこの街に海水浴で来ただけの観光客だ。

夜に出歩いた少女たちはそこで怪しい者たちに出くわした。

ローブのようなもので全身を覆う、いかにもなやつら。

その一人が何かをすると、友人が突然倒れ込んだのだ。

少女は倒れる友人を尻目に、本能の命じるまま逃走を続け、今に至る。

林を抜けたところで、やっと少女は一息を付いた。

 

「ここまでくれば…」

 

そう思って正面を見た少女は絶望に目を見開いた。

何故なら、目の前にはあの友人に何かをしたローブの怪しい集団がいたからだ。

後ろにいたはず、抜かれたわけがないのに何故?

そんな少女の当然の思考は、恐怖によって塗りつぶされる。

 

「い、いや、来ないで!」

 

極度の疲労で尻もちをついた少女はそのままズルズルとローブの集団から離れようとするが、ローブの集団がゆっくりと確実に近付いてくる。

 

「いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

少女が最後に見たのは黄金の光。

少女の絶叫が夜の空に虚しく響いた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「お~~!」

 

「すごいね、ここ!」

 

快人とシュウトは目の前の光景に歓声を上げる。

真っ白な砂浜に青い海。

 

「海だ!」

 

「海ぃ!」

 

「…何やってんの、あのバカとシュウトは?」

 

テンションの異常に高い快人とシュウトに、アリサは呆れた顔をした。

一緒にいるなのは・フェイト・すずかも若干引いた様な顔で2人を見ている。

ここは月村家所有のプライベートビーチだ。

夏休みになった6人は、泊りがけで月村家の別荘へと遊びに来ていた。

子供たちに随伴するのは忍、ノエル、そしてすずか付きのメイドのファリンと言った月村家の面々に高町恭也である。

さて、この6人は旅行を楽しみにしていたが、特に快人・シュウトの兄弟は別格だった。

基本的にイベント好きの快人は理解できるが、シュウトの喜びようは普段の柔らかい物腰からは考えられない状態である。

 

「快人くんは当然として、シュウトくんまでこんなに喜ぶなんて意外なの」

 

「うん、私もこんなシュウは見たこと無いよ」

 

なのはの言葉にフェイトも同意した。

そして脳裏で同じことを考えてしまう。

 

((やっぱり2人とも守護星座が魚介類だから海が好きなのかな?))

 

栄光ある黄金聖闘士(ゴールドセイント)を魚介類扱いするのだから、この2人結構いい性格である。

 

「いやいやいやいや、海だぞ、海! 否が応でもテンションは上がるだろう!」

 

「あんたほどテンション上がんないわよ…まぁいいわ、私たち着替えてくるから」

 

快人のテンションに心底疲れたような顔をしてアリサは他の3人を連れ着替えに向かう。

 

「それじゃ!」

 

「兄さん!」

 

「「クロスアウトッ!!」」

 

バッと服を脱ぎ去れば、すでに海パン装備。この2人、ノリノリである。

 

「さて、泳ぐぞぉ!!」

 

「…待て」

 

駆けだそうとする快人の首根っこを恭也が捕まえる。

 

「まずは男なんだから荷物運びを手伝え。

 シュウトくん、君もだ」

 

「おー、了解了解! シュウト、さっさと行くぞ!」

 

「了解、兄さん!」

 

恭也の言葉に、パラソルやクーラーボックスをひょいひょいと運んでいく快人とシュウト。

その姿に忍はクスクスと笑みを漏らす。

 

「あら、元気がいいじゃない」

 

「頭が痛いほどにな」

 

始終ハイテンションのまま荷物を運び出していく快人とシュウトに恭也は頭を抱えたのだった。

快人たちがパラソルを設置し終えた頃、着替えを終えた4人が海へとやってくる。

 

「おー、やっときたか!」

 

「ふん、待たせたわね」

 

そう言って髪を後ろに払うのはアリサ。

オレンジ色のセパレートタイプの水着を着ていた。

隣を見ればすずかは青を基調としたワンピースタイプの水着を着用しており、本人の落ち着いたイメージを醸し出している。

その隣のなのははすずかと同じワンピースタイプの水着だ。ピンクを基調としており可愛らしいというイメージだ。

4人の中で一番露出度が高いのはフェイトだった。白黒チェックのビキニタイプの水着を着用しており、一番大人っぽい印象を受ける。

 

「ど、どうかな、シュウ? 変じゃないかな?」

 

「ううん。 凄く可愛い。

 似合ってるよ、フェイト」

 

顔をほんのり赤くしながらフェイトが言うとシュウトが答え、フェイトがさらに顔を赤くする。

そんな光景を他の4人は困ったように見つめていた。

すると、アリサが肘で快人をつつく。

 

「ほら、あんたもなのはに何か気の効いたこと言ってやりなさいよ。

 なのは、あの水着真剣に選んでたんだから」

 

「そうなのか…よし! なのは!」

 

「ほ、ほえ!?」

 

意を決したような快人に、なのははビクッと驚く。

そんななのはの肩に快人は手を置く。

 

「なのは、その格好なんだが…」

 

「う、うん…」

 

正面から見つめられなのはが度盛りながら返事を返す。

すると、快人はとてもいい笑顔のまま言い放った。

 

「…土管だな」

 

次の瞬間、快人は宙を舞った。

ザックザックという音に快人の意識が覚醒すると、無表情で快人を埋めようとスコップを操るなのはの姿が。

 

「おーい、なのは? なのはちゃん? なのはさーん…何やってらっしゃるんですか?」

 

「…」

 

無言のまま、なのははスコップで快人に砂をかけていく。

すでに快人の身体のほとんどは埋まっており、顔にまで砂はかかり始めていた。

 

「おい、なのは。 ちょっとマジでやめてお願いプリーズ!」

 

「死ねばいいの死ねばいいの死ねばいいの…」

 

「や、病んでるぅ!?」

 

ハイライトの消えた瞳でブツブツと呟きながら淡々と快人の埋葬作業をするなのはは本気で怖かった。

快人がマジビビりである。

 

「悪かった! 俺が全部悪かった!

 謝る、謝るから許して!」

 

その言葉に、やっと冷静さを取り戻したのかなのはもスコップを止めて快人を見る。

 

「もう、快人くん! なのは一生懸命この水着選んだんだよ。

 それを何? 何で土管なの!?」

 

「そりゃあ、まぁ…」

 

そう言って快人は視線だけアリサとすずか、そしてフェイトに向ける。

3人とも発育が良く、この歳で女性的なラインが出始めている。

あと数年たてば物凄いことになるのが容易に想像できた。

言うなれば三巨頭。対してなのはは…。

 

「うん、空き地の土管だな。

 まぁ、気に病むな。 需要はあるぞ。

 ほら、俺とかに」

 

「…」

 

物凄くいい笑顔と共にそう言いきった快人に、なのはは快人を埋める作業を再開する。

 

「な、何故だ!? ここはポッて顔を赤らめるシーンだぞ!?」

 

バカなことをほざく幼馴染に、なのはは冷酷に、そしてこれ以上ないくらい冷たい声で死刑を宣告した。

 

「死 ぬ が よ い。

 そしてさようなら」

 

「た、大佐ぁ!!」

 

快人のおバカな絶叫がビーチに響き渡ったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

始まりの一幕から先は、6人は遊び倒すことになった。

 

「行ったぞ、なのは!」

 

「ほ、ほぇぇぇ!?」

 

3対3のビーチバレーでは白熱した戦いを繰り広げ…。

 

「わはははは! シュウト、競争だ!」

 

「ボクに勝てると思っているの、兄さん!」

 

「さ、さすがなの…」

 

「速い…」

 

沖への競争では、快人とシュウトがデッドヒートを繰り広げたり…。

 

「あー、それアタシのお肉!」

 

「早いもの勝ちだ」

 

「むきぃ! なのは、あんたこのバカしっかり躾ておきなさいよ!!」

 

「お、おちついてアリサちゃん」

 

バーベキューで快人とアリサが仁義なき肉争奪戦争を繰り広げたりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていったのだった…。

 

「あー、遊んだわ」

 

「ちょ、ちょっと疲れたの…」

 

「私も…」

 

夕食の後、なのは・フェイト・アリサ・すずかの4人は宛がわれた部屋で一休みしていた。

アリサはベッドに大の字で寝転がり、なのはとフェイトもへたり込む。

と、そこへ勢いよくドアが開いた。

 

「たのもー!」

 

「って、このバカ! ノックぐらいしなさいよ!!」

 

アリサは入ってきた快人に手近にあったマクラを投げつけるが、それを快人はしっかり受け止めると悪びれる様子もなく部屋へと入ってきた。

その後に続いて、どこかすまなそうな顔でシュウトも部屋に入ってくる。

 

「なんだなんだ、夜はこれからだっていうのに、もうお寝んねですかい?」

 

「そんなわけ無いでしょ、せっかくの旅行なんだから…」

 

アリサのその言葉に、快人はしたり顔で頷く。

 

「OKOK、それじゃあさ、みんなで今から出かけようぜ!」

 

「快人くん、出かけるってどこに?」

 

「それはな…夏の風物詩『肝試し』にだ」

 

なのはの言葉に、快人はニヤリと笑いながら言うのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人たち6人がやってきたのは細い山道へと続く道だ。

周囲に灯りはなく、山道の脇はすぐに林である。

 

「ふぇ、フェイトちゃん…」

 

「なのはぁ…」

 

何か出そうな、凄く不気味な雰囲気が漂っており、なのはとフェイトはおっかなびっくりと言った感じで辺りを見渡す。

ホーホーという鳥の声と虫の声が、その雰囲気に拍車をかけていた。

そんななのはたちの様子にしてやったり、といった感じの快人はゆっくりと説明を始める。

 

「それじゃルールを説明するぞ。 といっても、ルールは簡単だ。

 この山道を登っていくと、奥に古い神社がある。

 そこに行って帰ってくる、ただそれだけだ。

 行ったって証明は…そうだな、神社には正面から入るといくつか石灯篭が立ってるけどそれが何個かにしよう。

 ちゃんと数えて報告するってことで」

 

「何、それだけでいいの?」

 

アリサが拍子抜けと言った感じで返すと、快人はニヤニヤと笑いながら答えた。

 

「そりゃ何事もなければ簡単だろうよ。

 でもな、今回のコレは『肝試し』だぜ?

 ここ…マジで出るらしいからな」

 

「!?」

 

快人のおどろおどろしい口調に、なのはは思わず飛び上がりそうになった。

 

「ここは戦国時代に近くで戦争があってな、負けた方の侍たちがこの山に逃げ込んだらしいが…いわゆる落ち武者狩りってやつで一人、また一人と死んでいったそうだ。

 その武者たちの無念の霊がこの山には住みついてるんだと。

 目的地の神社も、その霊を鎮めるために建てられたって話だからな…」

 

快人の言葉に引きこまれ、なのはとフェイトはまるで目の前にその亡霊がいるかのように身を振るわせる。

アリサも何でも無いという様子にしているが、強がっているだけだというのはすぐに見て取れた。

逆にすずかは興味しんしんといった感じになり、シュウトは呆れたように苦笑をしている。

 

「というわけで、肝試しには持ってこいってわけだ」

 

「お、面白そうじゃない! いいわ、さっさと始めましょう!」

 

「よし、それじゃ2人一組ってことで行こう。

 ここに厳正公平なクジを用意したから、これで決めようか」

 

快人がそう言って取り出したクジを、すずかはためらい無く引き、アリサはむしるように引く。

そしておっかなびっくりといった様子でなのはとフェイトが引くと、最後にシュウトがくじを引く。

メンバーは決まった。

アリサ・すずかペアに、快人・なのはペア、そしてシュウト・フェイトペアである。

 

「あんた…クジに細工したんじゃないでしょうね?」

 

「まさか? 天の采配だよ」

 

狙ったようなペアにアリサがジト目で快人を見るが、快人は肩を竦めてやり過ごす。

 

「ほら、行こうよアリサちゃん」

 

「そ、そうね。 行きましょ、すずか」

 

楽しそうなすずかに手を引かれアリサも歩き出すが、どこか腰が引けていた。

そう言ってアリサ・すずかペアが山道を上り始める。

その姿が見えなくなるまで、快人は不気味なまでにニコニコとしていた。

そしてその姿が見えなくなったのを確認して、シュウトたちへと向き直る。

 

「さて…それじゃ俺たちも肝試しを始めるか」

 

「う、うん…」

 

そう言ってなのはは快人の手を握り歩き出そうとすると、そこで快人が止めに入る。

 

「おいおい、なのは。 お前どこ行く気だ?」

 

「え、この上の神社に行くんじゃないの?」

 

なのはは小首を傾げ、隣で聞いていたフェイトも何を言っているのかといった感じで快人を見る。

そして、シュウトが首をすくめながら言った。

 

「確かに肝試しには参加するけど…ボクらは脅かす側ってことだよ」

 

「そういうこった」

 

快人は愉快そうにくつくつと笑い、シュウトは呆れ顔だった。

結局、この肝試しはすずかとアリサをちょっと脅かしてやろうという快人のイタズラだったのだ。

ことの次第を聞いたなのはとフェイトは、幽霊がいないことにホッと息を付くと同時に無駄にエネルギッシュな快人に呆れる。

 

「もう…快人くん意地悪だよ」

 

「いいじゃないか、ちょっとぐらい脅かしたって。

 折角の旅行なんだ、羽目を外させてくれって」

 

なのはの戒めの言葉もどこに吹く風と言った感じだ。

 

「兄さんらしいというか何と言うか…」

 

「まさに平常運転って言った感じだね…」

 

シュウトとフェイトはお互いに顔を見合わせて苦笑いする。

 

「うるせぇ、お前らだってちょっとぐらいは面白そうだって思ってるだろ?」

 

「そりゃぁ、まぁ…」

 

シュウトは何とも曖昧に頷くと、なのはとフェイトも頷く。

結局、全員ちょっと面白そうとか思っているのだ。すでに立派な共犯である。

 

「で、どうするの? 言っておくけど、やり過ぎはダメなの」

 

「分かってるって。 でも…ちょっとぐらいは怖がって貰わないとな」

 

そう言って快人は指を鳴らすと小宇宙(コスモ)で鬼火を作りだして宙を漂わせる。

どう見ても人魂に見えるそれは演出効果バッチリだろう。

 

「ほら!」

 

「きゃ!?」

 

快人がなのはとフェイトに何かを投げよこす。

それは白いシーツだ。

それだけで、自分たちの役割を理解したなのはとフェイトは顔を見合わせる。

そんな2人を見てニヤリと笑うと、快人は宣言した。

 

「さぁて…ショータイムだ!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふふふ、何が出てくるのかな? 楽しみだね、アリサちゃん」

 

「ふ、ふん。 幽霊なんて非科学的なものいる訳無いじゃない。

 そんなことでこの私が怯えるとでも思ったのかしら、あのバカは」

 

そう快人への愚痴をもらすアリサだが、その手はすずかの手を握ったままだ。

その様子にすずかがクスリと笑みを漏らす。

すると…。

 

「ね、ねぇすずか…なんか…寒くない?」

 

「本当。 山の気候は変わり易いって言うけど…」

 

アリサの言う通り、2人の周りだけクーラーでもかかっているような奇妙なひんやりとした空気になっている。

その不気味さにアリサは怯えながら辺りを見回し、すずかは面白そうに周囲を窺う。

すると、2人の視界にそれが入ってきた。

 

「ひ、人魂!?」

 

アリサの言うように、そこには青い炎の人魂が宙を舞っていた。

アリサは飛び上がるようにすずかにしがみ付く。

 

「うわぁ…すごい!」

 

「すずか、あんた何冷静に言ってるのよ! 人魂よ人魂!!

 早く逃げましょうって!?」

 

感心するすずかの手を、アリサはすでに半泣きになって引っ張る。

そして2人の背後から白い塊が2つ…2人にゆっくり寄ってくるのだ。

 

「「う ら め し や…!」」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ! お化けぇぇぇぇ!!」

 

青い人魂の光で不気味に浮かび上がる2つの白い塊とおどろおどろしい声に、遂にアリサが悲鳴を上げた。

しかし、すずかはクスクスと笑いながら2つの白い塊に言ったのだ。

 

「可愛い幽霊だね、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「へ? なのは? フェイト?」

 

その言葉に、すずかに抱きついていたアリサが顔を上げる。

そこには…。

 

「バレちゃってたんだ」

 

「ごめんね、2人とも」

 

すまなそうに苦笑するなのはとフェイトが、頭から被ったシーツを取っているところだった。

 

「あと、あの人魂は快人くんとシュウトくん?」

 

「おいおい、肝試しなんだから少しは驚いてくれよ。

 でないとこっちの立つ瀬が無いぜ」

 

ガサガサと茂みを掻き分け出てきたのは快人とシュウトだった。

快人は頭をポリポリと掻きながら、すずかが驚かないことに少し不満げだ。

一方のシュウトは何とも言えないと言った感じで肩を竦める。

 

「ふふふ…だっていきなり肝試しやろうっていいだして、それで私たちを一番最初に行かせようとするんだもの。

 快人君のことだから何か仕掛けてるんだろうなぁと思って」

 

「読まれてたってわけか、そりゃ驚かないわな。

 でも…」

 

快人はしてやったりという顔ですずかの隣のアリサを見た。

 

「いやぁ、お前の反応最高!

 すっごくいい反応だったぜアリサ。 もう、俺様大満足!!」

 

「な…な…」

 

グッといい笑顔でサムズアップする快人に、アリサは口をパクパクさせるがそれが次第に収まると俯きながら肩を振るわせ始めた。

 

「ん? どうしたアリサ? もしかして怖くて泣いちゃってる?」

 

快人はニヤニヤとアリサの顔を覗き込もうとする。

 

「…」

 

それを見て、シュウトは無言でフェイトの手を握り後ろへ引っ張る。

その行動になのはもすずかも無言で頷くと後ろに下がった。

そして…審判の時は来た。

 

「この…バカ蟹ぃぃぃぃ!!」

 

「ん…ぴぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

どこにそんな力があったのか、アリサのアッパーカットが快人を宙に舞わせる。

そして頭から地面に落ちた快人にアリサの追撃が入った。

 

「このこのこの! 死ねぇ、このバカ蟹!!」

 

「ストップ、ストップアリサ!

 スカートで連続ストンピングは淑女のやることじゃない!?

 れ、れ、冷静になれ!!」

 

「冷静よ! 冷静に燃え上がって、この世の害悪を滅ぼそうとしてんのよこのバカ蟹!!」

 

「ストップだ、それ以上いけない!

 出ちゃう、蟹みそ出ちゃうから!! ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

やがて快人が動かなくなるまでストンピングを続けたアリサは、残った3人へと視線を向けた。

 

「なのはもフェイトもシュウトも、こんなバカの片棒担いで!

 もう知らない! 行くわよ、すずか!」

 

そう言ってアリサはプリプリと頬を膨らませながらすずかを捕まえると、別荘の方へと肩を怒らせながら歩いていくのだった。

 

「アリサちゃん、怒らせちゃったね」

 

「後でアリサには謝ろう…」

 

なのはとフェイトはそんな風に頷き合う。

一方、シュウトは倒れた快人へと歩み寄った。

 

「兄さん、生きてる?」

 

「…奇跡的にな。

 あいつ実は神の一人だったりしない? 夢の神の部下辺りの?」

 

「声が似てるって言いたいの? その理屈だと、フェイトは冥王軍の女幹部?

 バカ言ってないでさっさと立ち上がってよ」

 

「分かってるよ。

 おー、痛ぇ…」

 

「快人くん、アリサちゃんにやり過ぎなの」

 

「…分かったよ、後で謝るよ」

 

「シュウもだよ。 私たちも謝るから一緒に、ね」

 

「分かってるよ、フェイト」

 

なのはとフェイトがちょっと怒ったようにいうと、快人とシュウトの兄弟もバツ悪そうに頷いた。

今回は正直、一般人相手にはやり過ぎなのだ。

シュウトが小宇宙(コスモ)で周囲の気温を下げ、快人が小宇宙(コスモ)によって作りだした鬼火を出していたのだからなのはたちの言葉も当然とも言える。

 

「もうちょっとほとぼりが冷めたあたりで謝るよ。

 俺だってあいつに嫌われるのはイヤだしな。

 …それじゃ、もうしばらく散歩でもするか、なのは。

 おい、シュウトもフェイトも付き合え」

 

快人の言葉になのはは思わず苦笑を洩らすが、なのはとしても快人の提案は悪くないと思っている。

空気が綺麗で、空は満天の星空…絶好のロケーションではある。

 

(肝試しなんて言わずに、最初から普通にお散歩すればよかったのに…)

 

そうは思うが、あそこで騒いでこそ快人らしいとも言える。

隣ではシュウトに手を引かれ、フェイトが満天の星空を見上げていた。

それに倣うようになのはも快人の手を取って、綺麗な星座たちの輝きを眺めるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「まったく、あのバカ蟹! なのは達もなのは達よ!」

 

「まぁまぁ、アリサちゃん」

 

未だ怒り心頭のアリサを、すずかがなだめながら月村家への別荘へ向かう。

 

「すずかは何とも思わないの!?」

 

「だって、肝試しとして面白かったと思うし…」

 

すずかとしては早い段階から快人が自分たちを驚かせようとしていると気付いていた。

そんなすずかにとっては、一体何をするんだろうという興味もあって今回の催しは満足だったのだ。無論、文句を言う気なんてない。

だがアリサは違った。

 

(あの蟹にはめられるなんて…覚えてなさい! 今にぎゃふんといわせてやるんだから!!)

 

アリサはその胸に快人への逆襲を決意する。

やられたらやり返せというのは万国共通の摂理なようだ。

と、そんな2人がもうすぐ林を抜けようかというところで…。

 

 

ゾクッ!

 

 

「「ッ!?」」

 

2人は世界が一変したのを感じ取っていた。

まるで突然氷の塊を背中に突き刺したかのような悪寒。

周囲は無音、さっきまで当り前のようにそこにあった風の音も、鳥や虫の声も全てが消え去っていた。

そして、背後からは無視することのできない、圧倒的な存在感を感じる。

2人は油の切れたブリキ人形のように、ゆっくりと背後へと振り返った。

そして2人が見たもの…それは怪しい5つの人影。

ローブのようなものを纏い、一目で普通ではないと分かる。

いや、見た目以上に放つ気配が自分達とは違うものであることを本能的に理解する。

 

「あ…あぁ…」

 

ガチガチと恐怖で歯が鳴り、アリサは声が思うように出せない。

そんなアリサを見て、5人の影のうち先頭の男が驚きの混じった声で呟く。

 

「この娘の星座は…? 成程、この娘が…」

 

アリサとすずかは意味は全く分からないが、自分たちにとって良くないことだろうことは容易に想像できた。

そして、男は懐から何かを取り出すと、それをアリサへと近づけていく。

だが、恐怖に魂を縛り付けられたアリサは動けない。

 

「…アリサちゃん!?」

 

それを見たすずかは咄嗟にアリサを突き飛ばした。

吸血鬼…夜の一族として、今まで普通とは違う経験をし続けたすずかだからこそ、恐怖を振り払い動き出せたのである。

結果としてすずかはその身を無防備に晒すことになった。

 

「あ…あぁぁぁぁあぁぁぁ!?」

 

ローブの男が懐から取り出したものが光を発すると、すずかの白い喉から絶叫が響く。

 

「すずか!?」

 

親友すずかの絶叫に、アリサは意識を巡らせるが、突き飛ばされた拍子に腰が抜けてしまい立ち上がることも出来ない。

やがて、すずかがバタリと倒れこんだ。

 

「すずかぁぁぁ!!」

 

アリサの声に、しかしすずかは反応を示さない。

そんなアリサたちを尻目に、ローブの人影はなんでもないように続ける。

 

「また瑞々しい精気が手に入った…では娘、今度はお前に役立ってもらおう…」

 

自身に伸びてくる手に、圧倒的な恐怖がアリサを支配する。

誘拐犯などとは根本から違う、身体ではなく魂を汚される恐怖。

 

「いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

その恐怖に押され、アリサは力の限りの悲鳴を上げていた。

だが、ローブの人影が腕を軽く振るっただけで、アリサの意識が刈り取られる。

闇に意識が落ちる寸前、アリサが見たのは『リンゴ』だった。

それも普通のではない、黄金に輝くリンゴだ。

その怪しい光をまぶたに焼き付けながら、アリサは気を失ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「んっ…?」

 

「これは…?」

 

夜の散歩の最中、いきなり快人とシュウトは歩みを止めると振り返り空を睨むように見つめる。

 

「どうしたの? 快人くんもシュウトくんも?」

 

なのはの言葉にも2人は真剣な顔で何かを探っている。

 

「いや、今…不気味な小宇宙(コスモ)を感じた…」

 

「ボクも感じたよ。 何かが…いる!」

 

快人とシュウトの只ならぬ気配になのはとフェイトはデバイスを握り締め、いつでもセットアップできるようにすると、ゆっくりとあたりの小宇宙(コスモ)を探り始めた。

これはなのはとフェイトの最近の特訓の成果で、まだまだ拙いながらわずかではあるが小宇宙(コスモ)を感じ取れるようになってきていた。

そんな2人も小宇宙(コスモ)の流れがおかしいことに気付く。

それはまるで澱んだような、重苦しい小宇宙(コスモ)

なのはとフェイトがそれを感じ取ると同時だった。

 

 

「あ…あぁぁぁぁあぁぁぁ!?」

 

 

聞きなれた綺麗な声で奏でられる、ありえてはならない絶叫。

これは…。

 

「今のは!?」

 

「すずか!?」

 

それを理解する前に快人とシュウトは動き出していた。

なのはとフェイトもその後を追う。

 

 

「いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「今度はアリサちゃん!?」

 

「ちぃ!?」

 

なのはは親友たちの悲鳴に焦燥を募らせ、快人は苛立たしげに舌打ちする。

そして快人たち4人が林を抜け出した。

そこにあったのは…。

 

「すずかちゃん!?」

 

「アリサ!?」

 

地面に倒れるすずかと、怪しいローブの人影の小脇に抱えられる意識の無いアリサの姿だった。

 

「お前ら…!?」

 

「フェイト!?」

 

その姿を見たフェイトが即座にバルディッシュを起動させ、アリサを救出しようとローブの人影に斬りかかる。

 

ガキン!

 

だが、フェイトの魔力の刃はその人影に当たるより前に、別のローブの人物が間に割って入る。

甲高い音と共に、その人物の左手の楯がフェイトの魔力刃を受け止めていた。

そのバリアジャケットとは違う特徴的な形状に、なのはとフェイトの声が重なる。

 

「「聖衣(クロス)!?」」

 

左手だけしか見えてないが、それは明らかに聖衣(クロス)だった。

楯も腕に装着され、決して拳を阻害しないようになっている。

 

「…」

 

「!? フェイト!?」

 

動揺するフェイトに、今度はアリサを抱えた人物が右手に持った『何か』をフェイトに掲げようとするが、それより早くシュウトがフェイトを抱え後ろへと下がる。

同時に、快人は倒れたままだったすずかを抱きかかえ後ろへと下がった。

一箇所に集まり、油断無く5人のローブの人影を睨む4人。

そんな4人に、アリサを抱えた人影は感嘆の声を上げた。

 

「さすがの身のこなしだな、黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 それに2人の小娘からもわずかだが小宇宙(コスモ)を感じる…」

 

快人とシュウトをはっきりと『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』と言ったことで、なのはとフェイトはよりいっそうの警戒を強める。

そんな中、快人とシュウトは相手の正体に気付いていた。

アリサを抱える人物が右手に持つのは『黄金のリンゴ』、そして5人の聖闘士(セイント)と言えば、それが指すものは一つしかない。

そして、快人が5つの人影に言った。

 

「おいおい、いくら夏の風物詩だからって本当に幽霊が出てくることはねぇだろ…なぁ、亡霊聖闘士(ゴーストセイント)どもよぉ!!」

 

それは争いの女神エリスに忠誠を誓い、蘇った聖闘士(セイント)

過去の世界で英雄とされながらも、死してその名が忘れられることを嘆き、邪神に魂を売った亡霊たち。

その名を…亡霊聖闘士(ゴーストセイント)と言った…。

 

 

 




という訳で『邪神エリス』編の開始です。
夏といえば幽霊、幽霊と言えば亡霊聖闘士ということで。
今思うと、亡霊聖闘士は冥闘士の設定と被り過ぎな気がするなぁ。

夏と言えば海…とも考えましたが、ポセイドンはちょっと荷が重すぎる。


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第17話 蟹と魚と魔法少女、亡霊たちの住処に飛び込む

快人たち4人と亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの間で視線が交錯する。

 

「ほう…やはり我らのことを知っているか?」

 

「あなたたち亡霊聖闘士(ゴーストセイント)のことは知ってますよ。

 自分の名声のために、邪神に魂を売り渡した愚か者どもってことも含めてね」

 

シュウトの言葉を、先頭のローブの男は鼻で笑って返す。

 

「ふん、所詮下らん貴様らには分かるまい。

 自らの築き上げた名と功績が、死によって忘れ去られてしまうという恐怖を」

 

「ああ、確かに俺らにゃわかんねぇな。

 まぁ、テメェらが何を考えてようが勝手だがよ…アリサとすずかに手を出したのは許せねぇ…!」

 

「アリサちゃんを返して!!」

 

「2人をこんな目にあわせて…私はあなたたちを許さない!」

 

快人は言葉と共に小宇宙(コスモ)を高め、なのはとフェイトもセットアップと同時にバリアジャケットを纏い互いの相棒を構える。

だが、そんな快人たちをあざ笑うように、男は小脇に抱えたアリサを見せ付けた。

 

「いいのか? 今戦いになればこの娘は巻き添えになるな」

 

「くっ…」

 

その言葉の正しさに4人は揃って臍を噛む。

確かに、アリサが人質にとられたような今の状態では下手に手出しをすることは出来ないだろう。

おまけにこっちには倒れたすずかもいるのだ。

今ここでの戦いは賢明とは言いがたい。

 

「それに、心配せずとも遠からず我らはお前たち2人の前に再び現れる。

 お前たち2人を殺すためにな」

 

「…お前らも俺たち2人を殺せって命令されてるのか?」

 

「理解が早くて助かる。 そういう訳だ、貧弱な黄金(ゴールド)ども。

 今は我々も準備の段階でな、相まみえるつもりはない」

 

そう言ってローブの男たちから攻撃的な小宇宙(コスモ)が放出された。

すずかを抱える快人と、シュウトが即座に反応し、全員の前で小宇宙(コスモ)を障壁として展開する。

小宇宙(コスモ)同士がぶつかり合い爆発が巻き起こるが、そこにいる全員がこれはただの目くらましだと気付いていた。

事実、爆発と同時にローブの5人はアリサを抱えたまま後ろに跳躍する。

 

「また会おう、黄金(ゴールド)どもよ」

 

「ちぃ! 待ちやがれ!!」

 

快人の言葉には答えず、ローブの5人はそのまま空間に溶けるように消えていった。

 

「い、今のは…?」

 

「恐らくテレポート…転移魔法みたいなものだ」

 

なのはの言葉に答えながら快人は苛立たしそうに頭をガリガリ掻く。

 

「…どうする、兄さん?」

 

「どうするって、そりゃぁ…」

 

快人は腕の中の気を失ったすずかを見る。

なのはとフェイトの視線も集中していることを感じた快人はすぐに結論を出した。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)よ、守護宮への扉を開け!」

 

快人が言葉を紡ぐと同時に光が溢れ、それが収まった時にはその場には誰も残っていなかった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人たちが消え、誰もいなくなった場所に突如として人影が降り立つ。

それは黄金のマスクを左で小脇に抱え、黄金聖衣(ゴールドクロス)を装着した一人の少年だった。

 

「…邪神エリスとはな。

 『あの女』…ふざけたことをしてくれる」

 

少年は吐き捨てると、思考を巡らせる。

だが、どうしようもない。 自分は『あの女』には逆らえないのだ。

邪神エリスが『あの女』の差し金なら邪魔は出来ないし、邪神エリスと亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの目的は自分と一緒だ。

自分は未だ命令で動くことを許されていないため、その目的のために動けない。

だが、邪神エリスと亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちが目的を達すれば、自分との約束を『あの女』が守らない可能性がある。

それに…。

 

「…ちィ!」

 

脳裏に横切ったのは倒れたすずかの姿。

それを振り払うように頭を振ると、少年は右手を掲げる。

 

バチィ!

 

瞬間、電気がショートするような音と共に、中空の一部分がバチバチと不気味な紫電を纏う。

 

「…」

 

それをチラリと見ると、少年は現れた時と同じように無言で闇に溶けるように消えていった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『巨蟹宮』にやってきた4人は、すぐにすずかを横にならせる。

 

「セージおじいさん、すずかちゃんの様子は!?」

 

切羽詰まったような顔で、なのははすずかの様子を見ているセージへと詰め寄る。

フェイトも心配そうにセージの言葉を待った。

すると、セージはゆっくり首を振ると静かに語る。

 

「…魂を邪神エリスに掴まれ、その生命力を吸われている。

 このままでは目覚める事は…」

 

「そんな!?」

 

セージの答えに、なのはが悲鳴のような声を上げた。

 

「…シュウ、あの人たちは何者なの? それに邪神エリスって…?」

 

その言葉に、黙って立っていたシュウトは頷くと説明を始めた。

 

「『邪神エリス』っていうのは、争いの女神のことなんだ。

 地上を絶え間ない争いの渦に巻き込むと言われている、まさに邪神だよ。

 神話によれば『邪神エリス』は『黄金のリンゴ』に姿を変えさせられ、永遠に封印されたと言われている」

 

「『黄金のリンゴ』…あのローブの人が持ってた…」

 

なのはの呟きに、シュウトは頷いた。

 

「あの『黄金のリンゴ』は『邪神エリス』の本体そのもの。 その『黄金のリンゴ』に若い瑞々しい女性の生気を吸って、完全復活をしようとしているんだ。

 そして…すずかちゃんは生気を吸われた…」

 

「じゃあ、連れてかれたアリサちゃんも!?」

 

「…ほぼ間違い無く、邪神復活の生贄として生気を吸われると思う…」

 

親友たちが邪神の復活の生贄とされていることに、なのはとフェイトは言葉を失っていた。

そんな2人を前に、シュウトは話を続ける。

 

「そしてあの5人は『邪神エリス』に仕える聖闘士(セイント)亡霊聖闘士(ゴーストセイント)だよ」

 

亡霊聖闘士(ゴーストセイント)?」

 

「そう。 その名の通り、聖闘士(セイント)の亡霊が『邪神エリス』の力で蘇ったものだよ。

 昔、彼らは全員、その名を知らぬ者がいないほどに強力な聖闘士(セイント)だった。

 でもその功績も名前も、死と共に人々から忘れ去られることに恐怖した彼らはその魂を『邪神エリス』に売り渡し、死から蘇ったんだ。

 それが彼ら…亡霊聖闘士(ゴーストセイント)だ」

 

死から蘇った聖闘士(セイント)…その言葉になのはとフェイトは、あのデスマスクとアフロディーテを思い出していた。

彼らのような強力な聖闘士(セイント)が5人…その凄まじさになのはとフェイトは思わず息をのむ。

すると、それまで壁に背を預け黙って話を聞いていた快人はセージへと問うた。

 

「じいさん、対策を言ってくれ。

 どうすればすずかとアリサを助けられる?」

 

その言葉に、全員の視線がセージへと集中した。

そんな中、セージの重苦しい言葉が放たれる。

 

「方法はただ一つ。

 その生気が吸いつくされる前に邪神エリスを、『黄金のリンゴ』を壊すしか方法はない」

 

「…上等。 行くぞ、シュウト!」

 

「うん!」

 

そう言って快人とシュウトは連れだって出て行こうとするのを、なのはとフェイトは慌てて止めた。

 

「待って、2人でどこ行くの!」

 

「そうだよ、行くなら私たちも行く!」

 

そう言って着いてこようとするなのはとフェイトを、快人とシュウトは慌てて止めた。

 

「おいおい、バカ言ってんなよ。

 相手は名の知れた亡霊聖闘士(ゴーストセイント)5人に、邪神が1匹だ。

 そんな相手の本拠地に殴りこみをかけるんだぞ。 俺とシュウトで行く」

 

「そうだよ、2人はここで待ってて」

 

そう言って快人とシュウトは2人を止めようとするが、なのはとフェイトは引き下がらない。

 

「アリサちゃんもすずかちゃんも大切な友達なの!

 その友達のピンチに、黙って待ってるなんて嫌なの!」

 

「危険は承知だよ。 でも…2人は大切な友達だから、助けたい!」

 

快人とシュウトは顔を見合わせる。

こうなればこの2人の幼馴染は絶対引かない頑固な性格だということを、快人もシュウトもよく知っていたからだ。

どうしたものか…2人はそんな風に考え、気絶させるという最終手段まで考えだしたころ、それを見ていたセージが口を開く。

 

「なのは嬢とフェイト嬢を連れて行ってやるがいい…」

 

「おいおい、じいさん…」

 

「快人、お前の言いたいことは分かるが彼女たちの目を見てみろ。

 あれは戦士の目…友を想い、戦いに赴く者の目だ。

 それに彼女たちの力はバカにしたものではないことは知っているだろう?」

 

それに関しては快人もシュウトも分かっていた。

とはいえ、相手が歴戦の聖闘士(セイント)ともなれば心配ではある。

 

「戦いの経験は、なのは嬢とフェイト嬢にも必要になる。

 なに、いざとなればお前たちで守ればいいのだ。

 まさか最強の聖闘士(セイント)であるお前たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)が、『出来ない』とは言うまいな?」

 

「当たり前だ!」

 

その挑戦的な物言いに快人は即座に答え、セージはほくそ笑む。

 

「ならば問題はあるまい」

 

かくして、4人はアリサの救出と、『邪神エリス』の『黄金のリンゴ』を破壊するため出発するのだった。

 

「…行ったか」

 

すずかの眠るベッドの隣で、セージは一人呟く。

セージがなのはとフェイトを連れていくように言ったのは、何も2人の想いをくみ取ったり、その覚悟を確かに見て、その成長を信じたからだけではない。

快人とシュウトの2人の成長のためにも、なのはとフェイトの2人の同行は必須だと感じていたからだ。

 

「運命の一手先を読んでこその教皇よ」

 

セージがうったこの一手がどのような結果になるのか…それは今の段階では神すら知りえぬことであった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『巨蟹宮』から現世へと戻った4人。時間はあれから3分程度しかたっていない。

快人とシュウトは黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏い、なのはとフェイトもバリアジャケットを展開して完全に戦闘態勢をとっていた。

 

「シュウ…どうやってあいつらの居所を探すの?」

 

「近くに必ず、あの不気味で特徴的な小宇宙(コスモ)があるだろうからそれをたどろうと思ったんだけど…」

 

フェイトがシュウトに問いかけると、シュウトはどこか困ったように答えた。

何故そんなに歯切れが悪い解答なのか疑問に思ったなのはは、小首を傾げながら尋ねる。

 

「? もしかして何も感じないとか?」

 

「逆だよ、なのは。 感じすぎて逆に不気味なんだよ」

 

そう言って快人が睨むのは中空、そこには空間に微妙な綻びがあり微弱な紫電が散っていた。

それはまるで本に挟んだしおりのようにその場所を示している。

その向こうには、あの不気味な小宇宙(コスモ)を感じていた。

 

「連中の本拠地は、間違いなくあの空間の向こう側だ。

 だが、ここまで分かりやすいとな…」

 

「罠の可能性が高いってこと?」

 

「高いどころかほぼ確実だよ」

 

なのはの言葉に、快人は肩を竦める。

 

「でも…罠だとしても私たちにはもう時間が無い…」

 

「…そうだね。

 すずかちゃんとアリサちゃんを助けるためには、どれだけ時間が残っているか分からない以上、ボクたちに選択肢はない」

 

フェイトの言葉に、シュウトも深く頷く。

なのはも無言で頷いた。

すでに全員が覚悟を決めていたのだ。罠だと分かっても怖気づくようなことなどない。

 

「それじゃ突入と行こう。 だが、その前に…なのは、ちょっと来い!」

 

「フェイト、ちょっとこっち来て」

 

そう言って快人とシュウトはお互いの幼馴染に、保険として『あること』を行う。

それが終わると、快人は全員に向き直った。

 

「なのは、フェイト。 準備はいいか?」

 

「いつでもOKなの!」

 

「私も準備は出来てるから」

 

2人の言葉に快人とシュウトが頷くと、小宇宙(コスモ)を高め始める。

そして、それを空間の綻びへと放った。

 

 

バリン!

 

 

まるでガラスが割れるような音がして、中空にぽっかりと穴が開く。

 

「さて…亡霊どもの住処にカチコミと行こうか!」

 

「2人とも、絶対にはぐれないでね。

 もしボクたちとはぐれそうになっても、2人は必ず一緒にいるんだ。

 決して1人にはならないで!」

 

快人は宙に吠え、シュウトはなのはとフェイトに最後の注意を言うと、穴の中へと飛び込んだ。

 

「行こう、フェイトちゃん!」

 

「うん、行こう、なのは!」

 

2人の魔法少女も深く頷き合うと、手を繋いでその穴へと飛び込んでいった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

跪く5人の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)の前には、一人の少女が立っていた。

矛を杖の変わりに持つ、金髪の少女だ。

その少女は面白くなさそうに空を見上げる。

 

「…ふん、この私の世界にどうやらネズミが入り込んだようね。

 あの金色のネズミどもよ」

 

その言葉に5人の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)がざわめく。

 

「まさかこの場所を知られるとは…」

 

「そんなことは今はどうでもいいわ。 今は…あのネズミたちの始末が先よ」

 

そう言うと、金髪の少女は矛を宙に掲げる。

そして、その矛から攻撃的な小宇宙(コスモ)が突風となって放たれた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

奇妙な空間を飛びながら抜けていく快人・シュウト・なのは・フェイトの4人。

だがその最中、快人とシュウトが前方へと鋭い視線を向けた。

 

「ちィ! やっぱり来やがったか!!」

 

「攻撃的で巨大な小宇宙(コスモ)が来る!?

 フェイトもなのはちゃんもボクたちの後ろで衝撃に備えて!!」

 

快人とシュウトが前に出て、両手を突き出し小宇宙(コスモ)で障壁を作りだす。

そして、それを見計らったかのように衝撃波が4人に襲いかかった。

 

「「きゃぁぁぁぁ!!」」

 

快人たちの構える小宇宙(コスモ)の障壁がその衝撃を防いでいた。

だが…。

 

「ヤベェぞ、これ!」

 

「流される!?」

 

それはまるで氾濫した川の濁流だ。それをいくらぶ厚かろうが板一枚で防ぐようなことは不可能である。

4人はその濁流にのまれ、流されていく。

 

「なのはぁ!!」

 

「フェイトぉぉ!!」

 

「快人くん!」

 

「シュウ!!」

 

快人とシュウトは2人に近付こうとするが、小宇宙(コスモ)の流れに流されていく。

 

「クソが! 俺たちをバラバラにしようって魂胆かよ!」

 

快人はまんまと罠にはまったことに苛立ちの言葉を吐きだした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「これで黄金どもはバラバラ。

 丁寧に駆除してやりなさい。

 ただし…あの小娘たちだけは殺さないように私の元に連れてくるのよ。

 この私…『邪神エリス』の贄とするためにね!」

 

「ははっ!!」

 

矛を持つ金髪の少女…邪神エリスの言葉に亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちは動き出したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「フェイトちゃん、ここは…?」

 

「うん、恐らく『邪神エリス』の本拠地…」

 

手を繋いでいたなのはとフェイトは、崩れた古代ギリシア風の神殿が沈んだ水場に一緒に空間から吐き出された。

 

「辺りにはシュウも快人もいない…。 どこか別の場所に転移したみたい」

 

「でも…目指す場所はわかるね」

 

2人の視線の先には、小高い山、そしてその頂上には神殿が建っている。

そこから、2人は禍々しい気配を感じ取っていた。

 

「あの神殿が邪神エリスの本拠地だね。

 恐らく…アリサもあそこに捕らわれている」

 

「行くよ、フェイトちゃん! 友達を助けに!!

 きっとそこに快人くんたちも向かってるはずだから!」

 

言って、白と黒の魔法少女は超低空飛行でエリスの神殿へと向かい始めた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人の出た場所は、遺跡と森とが融合してしまったかのような場所だった。

倒れた遺跡の巨石にツタが絡みつき、まるで森が遺跡を飲み込もうとしているように見える。

 

「まったく…分断して各個撃破っていうのは戦術として正しいさ。

 この熱烈歓迎もな」

 

快人の目の前では、地面と言う地面から現れる骸骨の群れ。

そしてその身に纏うのはボロボロの聖衣(クロス)…この骸骨たちは無念の死を遂げた聖闘士(セイント)たちの亡骸のようだ。

 

「ホント…最高に悪趣味で楽しいこと考えてくれるな、神様ってやつは」

 

言いながら、快人が拳を振るうと、その拳圧だけで数体の骸骨が消し飛ぶが骸骨たちはすぐに再生を始める。

 

「無限再生ってか? どうやっても死なないんだから、普通に考えりゃ厄介な相手だ」

 

快人に一斉に骸骨の群れが飛びかかる。

だが…。

 

積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

快人の一閃した蒼い炎に焼かれ、骸骨たちが粉々に崩れていく。

そして、再生する気配もない。

相手の魂すら焼く煉獄の炎は、骸骨たちを消滅させていく。

 

「相性が良すぎだな、俺とお前ら」

 

そう言って快人は獰猛に笑うと、その『聖衣(クロス)を纏っている右手』に蒼い炎を生み出す。

 

「全員揃って火葬にしてやるぜ!!」

 

快人の炎が骸骨たちの一団を包み込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ここは…」

 

シュウトが降り立ったのは神殿の廃墟だった。

無残に崩れた神殿の柱が、折り重なるようにして何本も倒れている。

シュウトはフェイトたちの姿を探し、辺りを見渡したその時。

 

「!?」

 

シュウトは大きく後ろに跳んだ。

するとさっきまでシュウトのいた場所に、カカカッという小気味のいい音と共に何かが連続して突き立つ。

そこに突き立っていたのは数本の矢だった。

それをシュウトが認めると、シュウトの視線の先にローブの人影が降り立つ。

 

「さすがだな、黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 それでこそ、俺の獲物だ」

 

そして、その人影はバッと己の纏ったローブを引きはがす。

その下から出てきたのは、紺色の聖衣(クロス)

 

「俺の名は矢座(サジッタ)の魔矢!

 狙った獲物は決して外さぬ必殺の矢を持つ死の狩人よ!!」

 

魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ。

 長ったらしい通り名までの丁寧な自己紹介をありがとう。

 でも、時間もないんでさっさと潰させてもらうよ…」

 

そう言って構えをとるシュウトに、あることに気付いた魔矢は眉をひそめた。

 

「貴様、その聖衣(クロス)はどうした!?」

 

魔矢の言う通り、シュウトの魚座聖衣(ピスケスクロス)には右腕のパーツがない。

シュウトの右手は生身の状態である。

その魔矢の言葉に、シュウトは肩を竦めて返した。

 

「さぁね。 でもあなたくらいはこれで十分すぎる。

 それとも、もっとハンデが欲しい? 矢座(サジッタ)さん」

 

「舐めるなよ、貧弱な黄金(ゴールド)!!

 この矢座(サジッタ)最大の技で即座に狩ってやる!!」

 

シュウトの言葉に激昂した魔矢が突如として5人に増える。小宇宙(コスモ)によって作られた実体を持つ分身だ。

5人に増えた魔矢のすべてが跳び上がり、そしてその小宇宙(コスモ)が爆発する。

 

「ハンティング・アロー・エキスプレス!!」

 

魔矢の突き出した左手から数え切れない矢が放たれる。

小宇宙(コスモ)によって形作られた矢を、大量に相手に放つ…これこそ矢座(サジッタ)最大の奥義、『ハンティング・アロー・エキスプレス』だ。

それを5人で同時に放ったのだから、それはもはや矢の雨である。

シュウトに迫る矢の雨。だが、シュウトはその場から動かず、その矢の雨に向かって構えをとる。そしてその矢をその手で弾き始めた。

目にも止まらぬスピードで迫る矢の雨を、シュウトはそれよりも早いスピードで捌いていく。

そして、魔矢が地面へと降り立つと、そこには変わらずに同じ場所に立つシュウトの姿があった。

その姿に魔矢は驚愕の声を上げる。

 

「俺のハンティング・アロー・エキスプレスをすべて捌ききっただと!?」

 

そんな魔矢にシュウトは当然のことのように言った。

 

聖闘士(セイント)の頂点である、ボクたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)を舐めないでほしいな。

 あの程度の矢の雨、捌ききれないはずがないでしょう」

 

その言葉にしかし、魔矢はニヤリと笑って言う。

 

「…確かに、俺はお前を甘く見ていた。

 だが…お前も俺を甘く見ていたようだな」

 

「何?」

 

そしてシュウトが視線を下げてみると、右腕にほんの少しのかすり傷を見つけた。

ツゥっと一滴の血が流れ落ちる。

 

聖衣(クロス)が無いことが仇になったな。

 俺の矢は必殺の矢、相手の五感を破壊し死に至らしめる猛毒の矢よ。

 かすり傷で十分、貴様はもうすぐ毒に身悶えて死ぬ運命だ!!」

 

勝利を確信した魔矢が言い放つが、しばらくしてなんの変化もないシュウトに魔矢はその表情を驚愕へと変えた。

 

「何故だ! 即効性の猛毒なのだぞ!

 何故効いてこない!?」

 

「…矢座(サジッタ)、あなたは運が無い」

 

驚愕の表情の魔矢に、シュウトは憐みにも似た表情で静かに語りだす。

 

「あなたの矢は、フェイトやなのはちゃんには致命傷、兄さんにだってそれなりの効果は発揮できるだろう。

 ボク以外ならば、その矢は厄介なものになっていたはずだ。

 でも…ボクにはいかなる毒も効かない」

 

そう、魚座(ピスケス)は『ロイヤルデモンローズ』をはじめとする各種毒を使いこなす毒使いだ。

だが、毒とはその対処法をセットで持ってこそ始めて効果的に使える。

シュウトたち魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)はいかなる毒も効かない対毒耐性を持っていのだ。

最強の毒と最強の対毒耐性…この二つが魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)を最強の毒使いとしている。

そんなシュウトにとって、矢座(サジッタ)の毒など効くはずもない。

 

「ぐ、こんなことが…」

 

魔矢が一歩下がろうとするが、そのとき違和感に気付いた。

 

「身体が…動かない!?」

 

「そう…もう勝負はついている…」

 

花の香気に魔矢が視線を巡らすと、魔矢の足元にはいつの間にか赤い薔薇が敷き詰められている。

 

「さっきの攻防の時、すでにデモンローズをあなたの足元に敷き詰めらせて貰った。

 デモンローズの毒により、あなたの五感はもはやズタズタだ」

 

「バカ…な…」

 

シュウトは赤い薔薇を作りだし小宇宙(コスモ)を燃やす。

 

「その薔薇はプレゼントです。

 その薔薇を持って元の場所…あの世への葬列に加わるといい!」

 

そしてシュウトの小宇宙(コスモ)が爆発した。

 

「ロイヤルデモンローズ!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

足元から赤い薔薇が竜巻となって魔矢を天空高くに吹き飛ばす。

そして魔矢は頭から地面へと叩きつけられた。

しばらくはビクビクとその身体は痙攣するが、それもすぐに収まる。

 

「これで1人…急がないと」

 

快人は1人でも何とかなるだろうが、もしフェイトとなのはが1人だった場合非常に危険だ。

そう思いシュウトは移動を始めようとしたが、シュウトは倒れた魔矢へと振り返る。

 

「…」

 

シュウトは何かを考えるように数瞬の間沈黙すると、倒れた魔矢へと近づいた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

超低空飛行で飛びながらエリス神殿を目指すなのはとフェイト。

澄んだ湖のような場所に、ところどころから崩れた神殿の柱や建造物が水面から顔を出していた。

その景色はなかなかに見応えのあるものである。

 

「綺麗な景色だね」

 

「こんなときで無ければゆっくり見てたいけど…」

 

そう言い合いながら、なのはとフェイトは並んで飛び続ける。

すると…。

 

「「!?」」

 

なのはとフェイトは背筋にゾクリと来る悪寒を味わった。

ほぼ同時に、なのはとフェイトは本能的に左右に分かれる。

 

ズドォン!

 

さっきまでなのはとフェイトがいた場所に衝撃波が襲いかかった。

衝撃によって発生した水柱が天高く上る。

巻き上げられた水が豪雨のように降りしきる中、なのはとフェイトは手近な水面から出ている遺跡に着地すると揃って杖を構える。

やがて水柱が収まれば、そこにいたのはローブを纏った人影だった。

 

「よく避けたな、小娘ども。

 褒めてやろう」

 

亡霊聖闘士(ゴーストセイント)…」

 

フェイトの呟きに、なのはのレイジングハートを握りしめる手に力がこもる。

そして、その人影がバッと己の纏ったローブを引きはがす。

その下から出てきたのは、明るい赤色の聖衣(クロス)を纏った男。

左手には特徴的な形状の楯が装着されている。

 

「俺は楯座(スキュータム)のヤン、最強の楯を持つ男よ。

 エリス様のご命令だ、お前たちをエリス様復活の贄として連れていく。

 大人しくしていれば痛い目を合わずに済むぞ」

 

「誰があなたたちなんかに!」

 

「アリサとすずかをあんな目に合わせたあなたたち亡霊聖闘士(ゴーストセイント)…絶対許さない!!」

 

なのはとフェイトから放たれる敵意に、ヤンは楽しそうに嗜虐的な笑みを見せる。

 

「いいだろう。

 どうせ小娘、骨の1、2本も砕けば大人しくなろう。 そうしてから運んでやる。

 来い、少し遊んでやろう」

 

同時にヤンから放たれる小宇宙(コスモ)に、なのはとフェイトは肌が泡立つような感覚を味わう。

ヤンの強さは明らからに自分たち以上だということを、2人は正確に感じ取っていた。

だが、その程度では2人の魔法少女の心は折れない。

 

「フェイトちゃん!」

 

「行くよ、なのは!!」

 

2人の少女は頷き合うと、己の相棒である杖を強く握りしめ大地を蹴って飛び上がった。

視線の先には強大な力を持つ亡霊聖闘士(ゴーストセイント)

親友たちを救うため、2人の魔法少女は聖闘士(セイント)へと戦いを挑む…。

 

 

 




亡霊聖闘士との戦闘が開始されました。
サジッタェ…。
次回はなのは&フェイトVS楯座のヤン。
最強の楯(笑)を相手にどう戦うのかご期待下さい。


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第18話 魔法少女、最強の楯と相対する

「はぁ!!」

 

フェイトが渾身の魔力を込めた魔力刃をヤンへと叩きつける。

だがその魔力刃はヤンの構えた楯へと防がれてしまった。

楯には傷一つ付かず、逆に魔力刃の方が欠けてしまっている。 

 

「何て…硬い!?」

 

「この楯座(スキュータム)の楯は、最強の楯よ。

 そんな子供だましの力が通用するものか」

 

そう言って拳を振り上げるヤン。

 

「フェイトちゃん、避けて!!」

 

その言葉にフェイトが即座に飛び退くと、なのはのアクセルシューターが高速でヤンへと襲いかかる。

その数12。それがヤンを包囲するように迫る。

だが。

 

「ふん!!」

 

「嘘…」

 

「一発で…」

 

ヤンの右腕が振るわれると、全てのアクセルシューターが撃ち落とされていた。

なのはとフェイトの目には一瞬、ヤンの腕が12に分かれた様に見えた。

ほぼ同時に12回の拳を振るい、アクセルシューターを撃ち落としたのだ。

明らかに音速を超える速度の拳…その事実になのはとフェイトは戦慄しながらもヤンへと視線を巡ると次の一手を考える。

ヤンはそんな驚愕する2人の少女をさも面白そうに見つめていた。

 

「どうした、手品は終わりか?

 来ないのなら…こちらから行くぞ」

 

そして振るわれるヤンの右拳。音速を遥かに超えるそれは小宇宙(コスモ)を纏った衝撃波を発生させる。

なのはとフェイトは空中に飛び上がりその衝撃波を回避するが、連続して放たれるそれは徐々に回避を難しくさせる。

動いたのはなのはだった。

元々、なのはの機動力は高くない。フェイトのような『避けて当てる』魔導士と違い、その防御力と攻撃力を持って攻める『受けて放つ』タイプの魔導士なのだ。

快人がなのはとフェイトを、あるゲームから『なのははスーパー系、フェイトはリアル系』と称していたが、分かりやすい表し方である。

とにかく、回避し続けることが不可能と判断したなのはは防御魔法を展開する。

 

「ほぅ…」

 

その様子にヤンは驚きの声を上げた。

なのはの防御魔法は小宇宙(コスモ)によってその効力を増大させ、ヤンの放つ衝撃波を防いでみせたのだ。

セージやアルバフィカの下でつんだ、小宇宙(コスモ)の訓練の成果である。

 

「行くよ、レイジングハート!!」

 

自身の相棒であるデバイスに告げ、なのはは攻撃の準備に入る。

即座に収束されていくなのはの魔力。それに小宇宙(コスモ)が混じり合う。

 

「ディバインバスター!!」

 

放たれた桃色の閃光は、迫る衝撃波を弾き散らしながらヤンへと迫る。

ヤンはその閃光を左手の楯で防いでいた。

 

「なかなかの威力だが…この最強の楯の前では涼風同然よ!」

 

その言葉通り、なのは渾身の収束魔法はヤンの構えた楯の前に霧散していく。

その衝撃すら全て防がれ、ヤンへのダメージなどありはしない。

だが、魔法少女たちの狙いはそこでは無かった。

 

「そんなこと…!」

 

「百も承知!!」

 

なのはのディバインバスターと同時に、フェイトはヤンの後ろへと回り込んでいた。

楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯の防御能力は絶大である。

今のままの2人では、それを破壊することは不可能だろう。

だったら、楯以外を狙えばいい。

なのはの砲撃で楯の防御を集中させ、同時に別方向からフェイトが攻めるという作戦だ。

この作戦を瞬時に実行に移せるあたり、なのはとフェイトのコンビネーションの高さは驚嘆に値する。

フェイトはハーケンに小宇宙(コスモ)と共に魔力を最大限に送りこむと、それを圧縮させ強靭な刃を形成させる。

それを小宇宙(コスモ)を使い高機動になった勢いに乗ってヤンに叩きつけた。

しかし…。

 

「無駄なことを!」

 

ヤンは振るわれたハーケンの刃を、『楯の付いていない右腕』で受け止めていた。

ハーケンの刃を全力で振るったというのに、楯座聖衣(スキュータムクロス)には傷一つ付かない。

そこでなのはとフェイトは自分たちの認識の甘さを思い知った。

聖衣(クロス)というのは、装着者の小宇宙(コスモ)に応じてその強度を増大させる。

楯部分以外ならその強度を突破できると思ったが、それは間違いだ。

そしてなのはとフェイトは理解する。

ヤンの小宇宙(コスモ)によって強化された楯座聖衣(スキュータムクロス)は、今のままの自分たちでは突破は不可能だということを。

 

「まずはお前だ、小娘!」

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

驚愕によって思考に空白が出来てしまったフェイトにヤンの拳が振るわれた。

バックステップによって拳の直撃こそ避けるが、そこから発生する強大な小宇宙(コスモ)を伴った衝撃波が至近距離からフェイトに襲いかかる。

咄嗟に小宇宙(コスモ)と魔力を全開にして防御魔法を展開するが、それでも受け止めきれない衝撃にフェイトの細い体が吹き飛ばされ地面を転がった。

 

「フェイトちゃん!?」

 

「次はお前だ、小娘」

 

「!?」

 

吹き飛ばされるフェイトが目に映った次の瞬間には、なのはの目の前にヤンがいた。

慌ててなのはもフェイトと同じく小宇宙(コスモ)と魔力を全開にして防御魔法を展開するが、それをヤンは拳の一撃で突き破ってくる。

フェイトと違い、なのはの防御魔法はかなり強固だ。さらに小宇宙(コスモ)によってその効果は増しているというのにそれを一撃である。

驚愕で目を見開くなのはの腕をヤンが掴むと、その身体を地面へと投げつけた。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「!? なのは!?」

 

地面をバウンドするように転がるなのはが、先に倒れていたフェイトへと突っ込んだ。

もつれるように吹き飛ばされた2人は並んで地面へと倒れ伏す。

 

「く、うぅぅぅぅ…」

 

「立た…ないと…」

 

バリアジャケットによって致命的なダメージこそないが、体中に傷を負った2人はボロボロだった。

なのはは地面についた左手に力を込め、必死で立ち上がろうとする。

フェイトはデバイスに力を込め、立ち上がろうとしていた。

だが、2人とも膝立ちの状態から立ち上がることが出来ない。

しかし次の瞬間、2人は傷すら忘れたかのような速度で空中を仰ぎ見た。

そこには空中高く跳んだヤンの姿がある。

そして、2人にも分かるほどの強大な小宇宙(コスモ)が渦巻いていた。

 

「ここまでだ、小娘ども。

 この楯座(スキュータム)の奥義で眠るがいい!!」

 

小宇宙(コスモ)を纏ったヤンが高速で回転を始めた。

そして大地に向かって一直線に落ちてくる。

その姿はさながらドリルだ。

 

「ボーン・クラッシュ・スクリュー!!」

 

直撃ならば相手を聖衣(クロス)ごと砕く楯座(スキュータム)の必殺のキックである。

それが大地へと突き刺さる。

そこから発生した、いままでとは桁が違う衝撃波がなのはとフェイトに襲いかかろうと迫る。

 

「フェイトちゃん!」

 

「なのは!!」

 

なのはは左腕を、フェイトは右腕を突き出し防御魔法を展開する。

だがヤンの拳一発で砕けた防御魔法が、この衝撃波を防げる訳が無い。

2人は衝撃波と閃光に包まれたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふふふ…さて、エリス様の元に連れ帰るか」

 

爆心地から立ち上がったヤンは、ゆっくりと未だ立ち昇る土煙の中を歩きだす。

ヤンはなのはとフェイトの戦闘不能を疑ってはいなかった。

それも当然である。

生け捕りにして連れてこいという命令であるから手加減はしたが、それでも自身の必殺の技であるボーン・クラッシュ・スクリューの衝撃を受けたのだ。

全身の骨が数本は砕け散り、まともに動けないことは疑いようもない。

そう考えていたヤンは、そこで奇妙なことに気付いた。

土煙の向こうから、小宇宙(コスモ)を感じる。

小宇宙(コスモ)は魂の力、生きとし生けるものに宿る力だから生きている限りそれを感じるのはおかしなことではない。

だが、ヤンの感じる小宇宙(コスモ)は死にぞこないのそれではなかった。

それどころか、先程まで感じた小宇宙(コスモ)よりずっと強力な小宇宙(コスモ)を感じる。

 

「バカな、あの衝撃を耐えれたというか!?」

 

ヤンの拳一発で砕けたような障壁では、絶対にボーン・クラッシュ・スクリューの衝撃を防げるはずが無いのだ。

一体どんな手を使ったというのか…ヤンは土煙の向こうへと目を凝らす。

そして…ヤンは見た。

 

「はぁはぁ…」

 

「く…はぁ…」

 

2人の展開した防御魔法はその場に健在だった。

肩で苦しそうに息をしながらも、なのはもフェイトも腕を突き出している。

そして…その腕は黄金の輝きを放っていた。

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)だと!?」

 

ヤンは驚きで目を見開いた。

ヤンの言う通り、なのはの左腕には蟹座聖衣(キャンサークロス)の左腕が、フェイトの右腕には魚座聖衣(ピスケスクロス)の右腕が装着されている。

これは突入前に、2人の幼馴染がなのはとフェイトに施した『保険』だった。

互いのインテリジェントデバイスに忍ばせておき、危険になったら使うようにと託したものである。

その『保険』の力に、なのはとフェイトは目を見開いた。

 

「凄いの、これ!」

 

「私たちの小宇宙(コスモ)が…増幅されてる!」

 

聖衣(クロス)とはただの身を守るプロテクターではない。

使用者の小宇宙(コスモ)を増大させるという、増幅器としての機能を持っているのだ。

そして最高位たる黄金聖衣(ゴールドクロス)小宇宙(コスモ)の増幅率は、たとえ腕一本であっても凄まじいものになる。

その力でなのはとフェイトは小宇宙(コスモ)を一気に増大させ防御魔法を強化、今の衝撃を防ぎきったというわけだ。

動揺するヤンの前に立ち上がった2人は、その聖衣(クロス)を纏った腕でデバイスを握り直すと頷き合った。

 

「フェイトちゃん、あの人を倒すなら今しかない!」

 

「行くよ、なのは!」

 

2人は一気に勝負を決めるべくヤンへ向かって大地を蹴る。

なのはとフェイトにとって、勝機は今しか無かった。

2人の怪我は決して軽いものでは無かったし、魔力も小宇宙(コスモ)も消耗している。

そして2人にはもう一つ…『黄金聖衣(ゴールドクロス)の活動限界』という枷も存在していた。

聖衣(クロス)の大きな特徴は、使用者の小宇宙(コスモ)によって強度を増し、使用者の小宇宙(コスモ)を増大させる増幅器の役割をすることだが、もう一つ無視できない特徴がある。

それは使用者の小宇宙(コスモ)を十分に循環させることによって重量が軽減されるということだ。

強大な小宇宙(コスモ)を持つものが纏う聖衣(クロス)は、重量がかぎりなくゼロになる。

それにより強固な防御力と機動性の確保という2つを両立させることができるのだ。

だが、これはメリットであると同時に、逆のデメリットもありえることを意味する。

使用者が小宇宙(コスモ)を十分に聖衣(クロス)へ循環させることが出来なければ、聖衣(クロス)は脆く重いだけの粗悪なプロテクターに成り下がるのだ。

そして、当然のことながら最高位である黄金聖衣(ゴールドクロス)が重量軽減のために要求する小宇宙(コスモ)はとてつもなく高い。

なのはやフェイトの小宇宙(コスモ)では、腕を上げる事すらできない重量となるだろう。

それを今2人が扱えているのは、直前に快人とシュウトが込めた小宇宙(コスモ)黄金聖衣(ゴールドクロス)の重量をゼロ近くに軽減させているからだ。

いわば、今の黄金聖衣(ゴールドクロス)は内蔵したバッテリーで動いているようなものなのである。

そしてそのバッテリー…快人たちの込めた小宇宙(コスモ)はいつ切れるか分からない。

快人とシュウトは1~2時間はもつはずとは言っていたが確証はないし、実際に戦闘で使ったことは無いのだ。

戦闘機動を行ったらわずか数分でガス欠という可能性もありうる。

これが2人が最初から黄金聖衣(ゴールドクロス)を展開しなかった理由だった。

だからこそ、2人の勝機はここしかない。

黄金聖衣(ゴールドクロス)による小宇宙(コスモ)の増幅効果の恩恵が受けていられる今しかないのだ。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

フェイトは出来うる限りの魔力と小宇宙(コスモ)を練り込んだハーケンを連続して振り下ろす。

 

「くっ…確かに威力は上がっているが、その程度で俺の最強の楯は…」

 

「なら…受けてみて、この攻撃!」

 

フェイトが飛びのき、ヤンが声に反応し天を仰ぎ見ると、なのはに向けて星が集まるかの様に魔力が流れて行く。

そして、なのははその魔法にありったけの小宇宙(コスモ)を織り交ぜ、解き放った。

 

「スターライト・ブレイカー!!」

 

それは光の奔流。

あのデスマスクすら唸らせた、なのはの必殺奥義。

ヤンはその奔流へ向けて、自慢の楯を構えた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

ヤンは雄叫びを上げながらその奔流を受け止めていた。

上からの圧力により空間が軋みのような音を上げる。

その永遠に続くかに思われた軋みの音も、なのはの光の奔流の終わりと共に消えた。

 

「は、はは! 耐えきったぞ、小娘!!」

 

なのは最大の攻撃を防ぎきったヤンは、今度こそトドメを刺そうと視線を巡らせるがその時、ヤンの目にフェイトの姿が入った。

低く屈めた身体はまるで引き絞られた弓のように、そして握るデバイスには魔力の刃がまるで槍のように突き出している。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

そしてフェイトが飛び出した。

その速度は初速から音速を超え、瞬きの間にヤンへと接近する。

ヤンが楯を構え、フェイトが魔法と小宇宙(コスモ)で限界まで圧縮した魔力刃を突き出した。

 

スコン!

 

乾いた音と共に、静寂があたりに戻る。

フェイトの突き出した魔力刃が、ヤンの楯とぶつかり合っていた。

静寂。そして…。

 

「ば、バカな…」

 

ピシピシという音が、ヤンの楯から聞こえ始めた。

それは少しずつ、だが確実に進む崩壊の音。

楯の表面にまるで蜘蛛の巣のようにひびが入り始める。

そして…そのひびは次第に大きなものになり、遂に楯が真っ二つに割れた。

なのはとフェイトの執念が、楯座(スキュータム)の楯を凌駕した瞬間である。

 

「バカな! このヤンの最強の楯がこんな小娘どもに!?」

 

最強と信じた自分の楯の崩壊に、驚愕で目を見開くヤン。

そして2人の魔法少女は最後の仕上げのために、残る力を込めた。

 

「フェイトちゃん!」

 

「なのは!」

 

目と目で通じあうなのはとフェイト。

 

「スターライト・ブレイカー!!」

 

「サンダー・スマッシャー!!」

 

再チャージを完了したなのはが再びスターライト・ブレイカーを放ち、飛び上がったフェイトが全力のサンダー・スマッシャーを放つ。

楯を失ったヤンには、もはやその閃光を防ぐすべは無かった。

 

「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

圧倒的な爆発の閃光に、ヤンは巻き込まれていった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ…」

 

なのはとフェイトは荒い息のまま、地面へと降り立つ。

互いにもはや魔力も小宇宙(コスモ)も残量はほぼゼロ。これで決まっていなければ後が無い。

2人はデバイスを構えながら巻き上がった土煙に目を凝らす。

そして…その土煙の向こう側にうっすらと人型の影を見た。

 

「「!?」」

 

2人の間に緊張が走る。

だが、ヤンはそのままグラリと傾き、大地にうつ伏せで倒れ込んだ。

起き上がる気配はない。

 

「やった…の?」

 

「私たち…亡霊聖闘士(ゴーストセイント)に勝った?」

 

その瞬間、2人は糸が切れた人形のようにガクリと膝を付いていた。

2人の状態はひどいものだった。

身体は傷だらけで、魔力・小宇宙(コスモ)ともにほぼ底をついている。

そして激しく傷ついていたのは2人だけではなかった。

 

「レイジングハート…ごめんね」

 

『マスター、お気になさらずに』

 

「バルディッシュ、大丈夫?」

 

『まだ、稼働は可能です』

 

2人の言葉に、相棒であるデバイスは答えるがその音声にはノイズが混じっていた。

2人のデバイスには、バリバリとショートしたような電光が走っている。

小宇宙(コスモ)によって強化された魔法の使用に、デバイスの強度が追い付かなかったのである。

これで、2人の戦闘能力はほとんど無くなってしまった。

しかし、2人は立ち止まらない。

 

「もうひと頑張りしないと…」

 

「そうだね。 アリサが、すずかが待ってる…」

 

まだ親友を助け出していないのだ、ここで立ち止まるわけにはいかない。

そう己を奮い立たせ、2人が立ち上がったそのときだった。

 

「ふん、使えない奴め…」

 

聞こえてきたその声に、2人はバッと振り返る。

そこに居たのは2人のローブの人影。

その人影がバッとローブを剥ぎ取る。

 

琴座(ライラ)のオルフェウス」

 

「オリオン座のジャガー」

 

「そんな…」

 

「新手が…2人!?」

 

なのはとフェイトが新たに現れた亡霊聖闘士(ゴーストセイント)2人にデバイスを構えるが、満身創痍の2人では抗しようが無い。

そんな中、ふわりと一人の少女が舞い降りる。

それは金色の髪をした、美しい少女。貫頭衣のような白い服に、矛を杖のように持ちながら優雅に大地に舞い降りた。

まるで主人を前にしたように亡霊聖闘士(ゴーストセイント)2人が、現れた少女にうやうやしく頭を垂れる。

だがなのはとフェイトはそんな亡霊聖闘士(ゴーストセイント)の様子など見ていなかった。

その視線は新たに現れた少女に釘付けである。

その少女は、なのはとフェイトのよく知る顔であった。

 

「何で、どうして…!?」

 

「何でそいつらと一緒にいるの!?」

 

なのはとフェイトは信じられないといった顔で目を見開く。

そして、2人はその少女の名を呼んだ。

 

「「アリサ(ちゃん)!!?」」

 

その名前で呼ばれた少女は、形容しようのない邪悪な笑みで嗤うのだった…。

 

 

 




魔法少女VS楯座のヤンでした。
魔導士もやろうと思えば聖闘士を凌駕する、という話。
今後もちょくちょく起こるだろう魔導士VS聖闘士での作者なりの見解です。
単一では聖闘士>魔導士ですが、複数で協力できれば凌駕できないレベルでは無いということ。
もっとも黄金聖闘士クラスになれば、どうやっても魔導士ではどうにもできませんが…。

戦いに勝ったなのはとフェイトですが、ピンチは続きます。
次回は聖闘士星矢で有名な召喚魔法発動。
召喚魔法「やっぱり来てくれたんだね!」

…劇場版の瞬はニーサン召喚装置というのが情けない。


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第19話 魚、怒る

 

傷ついたなのはとフェイトの目の前にはアリサの姿があった。

親友のアリサを取り戻すためにここまで来た2人にとって、本来ならば再会は喜ばしいことのはずである。

しかし、なのはとフェイトは全く喜ぶことが出来なかった。

亡霊聖闘士(ゴーストセイント)2人が、アリサを前に跪いているという事実も理由の一つだが、それ以上に何か嫌なものを感じるのだ。

 

「アリサ…ちゃん?」

 

なのはの呼びかけに、アリサは口元を邪悪に歪めながらいう。

 

「成程、この娘は『アリサ』と言うのか」

 

「「!?」」

 

その声に、なのはとフェイトは直感した。

アリサの顔で、アリサの声で喋ってはいるが、『コレ』はアリサではない。

『コレ』は禍々しい『何か』なのだと、2人は理解した。

 

「あなたは誰! アリサをどうしたの!」

 

「ほぅ…存外に勘がいいようだな。

 伊達に小宇宙(コスモ)に目覚めているのではないということか…」

 

『アリサらしきもの』は納得したかのように頷くと、杖にしていた矛を掲げ、そして宣告するように2人に言い放つ。

 

「私は…エリス」

 

「エリス? まさか、邪神エリスなの!?」

 

なのはの驚愕に、アリサ…いや、エリスは不気味に嗤いながら頷く。

 

「いかにも。

 あんな狭いリンゴの中には住み飽きた。

 お前たちのような若々しい肉体を手に入れ、一刻も早く自由になりたかったのだ。

 人は誰しも星座を背負って産まれてくる。

 この娘の星座は私と全く同じ、まさに私の肉体として捧げられるために産まれた存在よ」

 

「ふざけないで! アリサちゃんから出て行ってよ!!」

 

親友の顔で、親友の声で邪悪が語る…2人はその嫌悪感で吐き気がしそうだ。

そんな2人をエリスは楽しそうに見ている。

 

「威勢がいいな。 だが、そうでなくてはこの私の生贄には相応しくない。

 この娘…アリサの心にはお前たち2人が焼き付いている。

 それを自らの手で殺めたとなれば、その時この身体は完全に私のものになるだろう。

 ジャガー、オルフェウス!

 この2人は連れ帰って黄金のリンゴに捧げるわ。捕まえなさい」

 

その言葉に脇に控えていたジャガーとオルフェウスが立ち上がった。

それを見て、なのはとフェイトの行動は早かった。

残った魔力と小宇宙(コスモ)の全てを推進系に廻し、その場からの離脱を試みたのだ。

今の状態で戦って勝てる見込みも、アリサを助け出す見込みも万に一つもない。

何とかこの場を逃げ切り、快人とシュウトと合流して巻き返す…2人は正しい判断を下していた。

しかし、それを2人の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)が許さない。

 

「とりゃぁぁぁ!!」

 

空中に飛び上がった2人の前にジャガーが現れ、2人の手を掴んで地面へと投げつける。

 

「「きゃぁぁぁぁぁ!!?」」

 

抵抗することも出来ず、2人は地面へと叩きつけられていた。

 

「他愛無い」

 

もうもうと巻き上がる土煙の向こうでは、2人がもはや動くことも敵わず地べたに這いつくばっていることだろう。

その光景の想像に、エリスは邪悪な笑みを漏らす。

その時だ。

 

「!?」

 

土煙を引き裂いて黄色い電光が走る。

土煙の中ではフェイトが片膝を付きながら、正真正銘最後の力でエリスへと魔法を放っていた。

魔法の非殺傷設定で気絶させれば、エリスを出ていかせられるかもしれない―――もはや逃げる事も叶わぬ状態のただの思い付きだが、黙ってあの邪悪の思い通りになるのだけは嫌だったのだ。

そんなフェイト最後の電光はしかし、割り込んだオルフェウスのよって防がれる。

 

「ぐ…うぅ…」

 

万策尽きたことで、フェイトは遂にデバイスを握る力も無くし、バルディッシュが乾いた音と共に地面に落ちる。

そんな中、エリスの激昂の声が響いた。

 

「おのれ…たかだか人に造られた造花の分際でこの私に、神に攻撃を仕掛けようとはその不遜、万死に値するわ!

 その魂も私が吸い尽くしてやろうと思ったけど気が変わった。

 ジャガー、もう1人は?」

 

「はっ、ここに…」

 

ジャガーの小脇には、気を失いぐったりとしたなのはが抱えられていた。

それを見てエリスはバッと身を翻す。

 

「その娘は予定通り、その生気を私に捧げて貰う。

 そしてそこの小娘は…オルフェウス!」

 

「はっ」

 

そして背中越しにエリスはオルフェウスに命じた。

 

「痛みと苦痛の果てになぶり殺しにしなさい。 なるべく惨たらしくね」

 

そうフェイトの始末を命じると、エリスはジャガーを伴って背後の空間へと消えていったのだった。

 

「ぐ…」

 

フェイトはバルディッシュを拾い上げ、それを杖にしながら身体を立たせる。

まるで産まれたての仔馬の様にガクガクと足が震え、今にも倒れ込みそうだ。

だが目はまだ死んでいない。

アリサだけではない、なのはまで連れ去られてしまったのだ。

何としてもここから離脱し、快人とシュウトにそのことを知らせなければならない。

フェイトは諦めていなかった。

そんなフェイトの様子を、オルフェウスは鼻で笑う。

 

「無駄だよ、少女よ。

 どのような手を使ったところで、君の死は変えようもない運命なのだ」

 

「そんなこと…やってみないと…分からない!」

 

もはや喋ることすら苦痛だが、自分自身を奮い立たせるつもりでフェイトはその言葉を吐く。

 

「…」

 

すると、オルフェウスはおもむろに手にした琴を奏で始めた。

澄んだ音で奏でられるその曲は、とても美しい。

こんな時だというのに、思わず聞き惚れてしまうほどのものがその曲にはあった。

 

「私は琴座(ライラ)のオルフェウス。

 伝説の吟遊詩人とも言われた聖闘士(セイント)だ。

 この曲は君のためのレクイエムだよ。気に入ってくれたかな?」

 

曲の終わりが近づく。

そして…最後の音が奏でられた。

 

「さぁ…処刑の時間だ。

 私のストリンガー・レクイエムで!!」

 

「!?」

 

オルフェウスが琴の弦を弾くと、琴の弦が伸びフェイトへと絡みついた。

小宇宙(コスモ)によって造られた弦で相手を締め上げる…それが琴座(ライラ)の奥義、『ストリンガー・レクイエム』だった。

 

「あああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

フェイトの白い喉から絶叫が迸る。

腕に、足に、首にと絡みついたその弦は硬質ワイヤーのようなものだ。

皮膚が裂け、フェイトの白い雪のような肌を血で赤く染める。

 

(何とかして脱出を…!)

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)に守られた右手はまだ無事だ。

それで魔法を発動させ弦を切断しようと、フェイトの思考が動く。

 

「無駄だよ」

 

だが、そんなフェイトをあざ笑うようにオルフェウスは一本の弦を弾いた。

その弦は…フェイトの左手首に巻きついている弦。

 

 

ザシュ!

 

 

「あ、ああ…」

 

左手首から血が大量に溢れる。

脈を切られ、大出血が起こりフェイトの意識が遠のき始める。

身体の中の熱が血と共に消えていく。

その寒さが、フェイトに『死』を強く意識させ、絶望が心を黒く塗りつぶす。

もはや抵抗すらできないフェイトに満足そうに頷くと、オルフェウスはまた一本の弦へと指をかける。

その弦は…フェイトの首に巻きついている弦だ。

 

「さぁ、少女よ。 死の国へ旅立つ時間だ」

 

もはやフェイトにはどうすることも出来ない。

脳裏によぎるのは、いつだって自分に寄り添ってくれた大切な人の笑顔…。

 

「シュウ…」

 

オルフェウスが弦を弾く。

その衝撃は瞬きの間に首の脈を断ち切り、フェイトを死に至らしめるだろう。

その呟きが、フェイトの今生最後の言葉になる…はずだった。

だが、フェイトはこの時忘れていた。

フェイトの想う少年が、一体どんな存在なのかを。

 

 

ザン!

 

 

「なっ!?」

 

驚きの声を上げたのはオルフェウス。

何かが飛来し、聖衣(クロス)すら断ち切るストリンガー・レクイエムの弦を全て断ち切ったのだ。

支えを失い、倒れかかるフェイトを優しく抱きとめる感触に、フェイトはうっすらと目を開ける。

そこには…。

 

「フェイト…!」

 

何より見たかった、幼馴染の少年の顔があった。

涙が溢れる。

いつだって自分を抱き止め、いつだって自分を支えてくれる存在。

小宇宙(コスモ)によっていかなる条理すら捻じ曲げ奇跡を起こす、神様とだって戦う誇り高き戦士、聖闘士(セイント)

その究極たる黄金の闘士。

それこそ人の究極にして切り札、それこそ黄金聖闘士(ゴールドセイント)

それこそ…自分の想い人!

だから、安心してフェイトは微笑みと共に呟いたのだった…。

 

「シュウ…やっぱり来てくれたんだね…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ピラニアンローズでフェイトに絡みつく弦を全て断ち切り、フェイトの身体を抱きしめたシュウトはその冷たさに愕然とした。

出血による体温低下…未だに流れる血が着実にフェイトの命を奪っていく。

シュウトは人差し指を立てると、それをフェイトの胸元に突き立てた。

すると、フェイトの出血がみるみる止まっていく。

真央点…聖闘士(セイント)の知る血止めのツボである。

 

「これで出血は止まった…」

 

シュウトは一息を付くが、事態はそう楽観できるものでもない。

フェイトが失った血は多いし、それに伴う体力と体温の低下も酷い。

すぐに手当てが必要だが…。

 

「…ごめん、フェイト。 少しの間、待っていて」

 

「うん…」

 

フェイトに微笑みを返し、シュウトは壊れものを扱うように優しくフェイトを横にならせる。

それが終わると、シュウトはオルフェウスへと振り返った。

 

「お待たせしました…」

 

「ふん…その娘は黄金(ゴールド)、君の想い人かね?

 愚かな…もう少しで安らかに死なせてやれたものを…」

 

「…」

 

オルフェウスの言葉に、シュウトの纏う気配が険呑なものに変わる。

フェイトには、シュウトの周囲に目に見えるほどの小宇宙(コスモ)の高まりを感じた。

 

「…魚座聖衣(ピスケスクロス)

 

シュウトのその囁くような言葉に従って、フェイトの右手を守っていた魚座聖衣(ピスケスクロス)が光となってシュウトの腕に装着される。

魚座聖衣(ピスケスクロス)は完全な形となってシュウトへと装着された。

 

「オルフェウス…」

 

底冷えするような声でシュウトはオルフェウスへと語りかける。

 

「お前たちのこと、エリスのこと、アリサちゃんのこと…聞きたいことはたくさんあったけど、もうどれも聞く気はない。

 ボクがお前に許す言葉はたった一つ…断末魔の言葉だけだ!!」

 

燃え上がるシュウトの小宇宙(コスモ)

 

「ふん! 断末魔は君が奏でるがいい!!

 受けよ、ストリンガー・レクイエム!!」

 

オルフェウスの琴から弦が伸びる。

だが…。

 

「その技は見切った! ピラニアンローズ!!」

 

シュウトから放たれた黒薔薇が、正確にオルフェウスから伸びる弦を砕いていく。

 

「なぁ!?」

 

「弦に絡め取られたら厄介だけど…それなら絡め取られる前に迎撃をすればいいだけの話!」

 

シュウトの身体からわき上がる赤い霧―――シュウトの血が小宇宙(コスモ)によって鋭い針へと変わっていく。

そして、シュウトが小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「クリムゾン・ソーン!!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!?」

 

数え切れない血の針がオルフェウスへと突き立つと、シュウトはフェイトへと踵を返し、その身を抱きしめると、そっとフェイトの耳を塞ぐ。

 

「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

同時にオルフェウスから絶叫が迸った。

 

「ボクの血で造りだした激痛を生む神経毒をクリムゾン・ソーンで撃ち込ませてもらった。

 気の狂うほどの絶え間ない激痛の中、死こそ救いと思いながら冥府(タルタロス)へ落ちろ!」

 

冷たくシュウトはオルフェウスに一瞥をくれると、フェイトにこの光景を見せないように、この絶叫を聞かせないようにフェイトを抱きしめ耳を塞ぐ。

オルフェウスの絶叫が終わるまで、シュウトはそれを続けたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

オルフェウスが倒れた後、シュウトはフェイトの治療を始める事にした。

 

「フェイト…大丈夫?」

 

「シュウ…私はいいの。 それよりアリサが…なのはが…!」

 

フェイトが何かを訴えかけようとしているが、朦朧としているのか要領を得ない。

 

「待ってて、フェイト。 すぐに治療を始めるから…」

 

シュウトが言うと同時に、赤い霧がシュウトから立ち上る。

それはシュウトの血。

シュウトは他の魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)のように血まで毒になっているわけではない。

シュウトの血は小宇宙(コスモ)によって強力な毒に変える事ができるが、それをしなければただの血である。

その血を操り、それを傷口からフェイトの中に流し込んでいく。

つまりは輸血である。

フェイトの血色が目に見えてよくなってくる。

 

「よし…次は…」

 

輸血を終えたシュウトはそのまま、フェイトへと小宇宙(コスモ)を流し込み、その生命力を活性化させていく。

 

「う、うぅん…」

 

そして、その甲斐あってフェイトはしっかりと意識を取り戻した。

 

「ありがとう、シュウ。 助かったよ」

 

「よかっ…た…」

 

「!? シュウ!」

 

グラリと揺れたシュウトの身体を、フェイトは慌てて支えた。

 

「ちょっと…無理したかな」

 

シュウトは苦笑しながら呟く。

シュウトは戦闘でのクリムゾン・ソーンの使用と、フェイトへの輸血でかなりの量の血液を失っていた。

小宇宙(コスモ)で様々な機能を増大し補える聖闘士(セイント)だが、失った血液や体力まで戻るわけではない。

おまけに戦闘とフェイトへの治療でかなりの量の小宇宙(コスモ)を消耗したシュウトに、これは流石にきつかったのだ。

 

「バカだよ、こんな無茶して…」

 

「フェイトを助けるのに無茶しなくて、いつどんな時に無茶するのさ?」

 

「…バカ」

 

ともすれば2人だけの世界を形成しそうな雰囲気だが、それは2人の前に人影が降り立つことで終わりを迎える。

 

「シュウト! それにフェイトも!!」

 

「兄さん!」

 

「快人!」

 

2人の前に降り立ったのは快人だ。

どう見ても無傷、小宇宙(コスモ)の消費もほとんど見受けられない万全の状態だ。

 

「無事…とも言えないみたいだが、五体満足みたいでよかったぜ。

 ところで…なのははどこだ?」

 

「! そうだ!

 アリサが! それになのはが!」

 

そしてフェイトが今までのことを話し始める。

邪神エリスがアリサの身体を乗っ取っていること。

そしてなのはがその生贄として連れて行かれたことをだ。

 

「…わかった」

 

聞き終えた快人は2人に背を向けると、小高い山の頂上を見る。

そこにあるのはエリス神殿。

 

「シュウトとフェイトは休んでろ。

 あとは俺がやる」

 

「そんな! ボクも行くよ!?」

 

「私だって!」

 

「…そういう言葉は自分の状態見てから言え。

 シュウトは血と小宇宙(コスモ)を大量に失ってる状態。

 フェイトに至っては魔力も小宇宙(コスモ)もすっからかんと来てる。

 それに比べて俺はまだ亡霊聖闘士(ゴーストセイント)と1人もやりあって無いからな。

 着いてくるんでも、少し休んで回復してから来い」

 

それだけ言うと、すたすたと快人が歩き始める。

そして、遺跡の太い石の柱を通り過ぎる時、苛立たしそうにその右拳を叩きつけた。

粉々に砕け散る石の柱の中、快人が怒りの表情でエリス神殿を見据える。

 

「クソ神が…必ず後悔させてやる!」

 

そして、快人はエリス神殿へ向けて大きく跳躍した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「う、うぅん…」

 

なのはの意識がゆっくりと覚醒すると、覚えたものは違和感だった。

辺りを見渡すと、自分の状態が見えてくる。

なのはは石造りの十字架のようなものに磔にされていた。

両手両足を固定されてしまい、身動き一つ取れはしない。

 

「目が覚めたようね、小娘」

 

言葉に視線を巡らすと、そこにはアリサの姿を借りた邪神エリスが立っていた。

右手には矛を、左手には黄金のリンゴを持っている。

 

「私を…どうするつもりなの?」

 

「ふふっ…知れたことよ」

 

そう言って掲げるのは黄金のリンゴだ。

 

「お前の若々しい生気を吸い取り、この私の完全復活の糧とするのよ。

 さぁ…死の旅路を存分に楽しみなさい」

 

黄金のリンゴがなのはの左胸…心臓の位置に浮かび、禍々しい光を放つ。

 

「う…あぁ…!」

 

同時に全身に襲いかかってくる虚脱感になのはは悲鳴を上げた。

しかし…。

 

パァ…!

 

なのはのすぐそばで温かい光が漏れ、なのはを襲う虚脱感が和らいだ。

それは…。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)…」

 

なのはの左手に装着された蟹座聖衣(キャンサークロス)が淡い光を放っていた。

 

「忌々しい黄金聖衣(ゴールドクロス)め、私の邪魔をするか!」

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)と、そこに込められた小宇宙(コスモ)がなのはを守ろうとするさまをエリスは忌々しそうに見つめるがすぐに表情を戻す。

 

「ふん、その小宇宙(コスモ)もそう時間がかからずに消える。

 わずかな間の延命に過ぎないわ。

 どちらにせよ、お前の死の運命は変わらない」

 

だが、なのはは真っ直ぐとエリスを見つめ返すと言い放った。

 

「あなたの思い通りになんていかないの…」

 

「何? まさか、私をどうにかできると思っているの?」

 

その言葉に、なのはは涼やかな表情で答える。

 

「出来るよ。 快人くんとシュウトくんがいる!

 最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)は…あなたなんかに負けないの!」

 

そこにあるのは確かな信頼。

なのはは心から信じているのだ、自分にこの蟹座聖衣(キャンサークロス)を貸してくれた幼馴染のことを。

 

「…気にくわないわね。

 小娘、お前の顔を絶望で染めてやりたくなったわ」

 

その時、側に控えていたジャガーがエリスに耳打ちする。

 

「エリス様、この神殿に向かっている小宇宙(コスモ)が一つ…恐らくは蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)かと…」

 

その言葉に、エリスはニヤリと笑い、なのはに言う。

 

「今ここに向かってきている蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の屍を、お前の目の前に持って来てやろう。

 クライスト!!」

 

「ここに…」

 

その言葉にエリスの側に現れるローブの人影。

 

蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺しなさい。

 そのあと、死体をここまで持ってくるのよ」

 

「承知しました」

 

ローブの人物は即座に、神殿へ続く階段を下っていく。

 

「ふふふ…さぁ、蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)が死んだと分かった時のお前の顔が楽しみだわ!」

 

「…」

 

嗤うエリスの言葉に、なのはは無言だった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ったく…何だって悪の親玉ってのは高いところに上りたがるのかね!?」

 

長い階段を見ながら、快人は毒づく。

どうやら結界のようなものが張ってあるのか、試してみたが空中走破やテレポートは使えないようで快人はその2本の足でエリス神殿への道を急いでいた。

 

「エリス神殿はもうすぐだ!」

 

気合いを入れ直し、快人が速度をさらに上げようとしたその時だった。

 

 

ドォン!

 

 

「!?」

 

突如として遺跡の一部が崩れ出し、巨石が快人に向かって降り注ぐ。

快人は即座に横に飛び、その巨石を避ける。

 

「ククク…流石だな、黄金聖闘士(ゴールドセイント)!」

 

見れば石の柱の上にローブの人影が一つ。

 

「俺は南十字星座(サザンクロス)のクライスト!

 貴様の命、貰い受ける!!」

 

そう言って、腕を十字に組み、強大な小宇宙(コスモ)と共に快人に向かって飛びかかった。

 

「サザンクロス・サンダーボルト!!」

 

十字の光が、快人に迫る。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ドグォォォン!!

 

 

遠雷のような音に、エリスは楽しそうに顔を歪める。

 

「今、小宇宙(コスモ)が弾けて消えたわ。

 これがどういうことか分かる? お前の信じる蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)が死んだということよ!」

 

「…」

 

エリスの言葉に、なのはは無言だ。

それがエリスには面白くない。

 

「何? 絶望で声もでないのかしら?」

 

「…」

 

そんなエリスの挑発にもなのはは無言を貫き、ただ一点…エリス神殿の入り口だけを見つめる。

すると…。

 

 

ガチャン…ガチャン…

 

 

一定間隔の金属音。それは聖衣(クロス)を纏った者の足音。

それを聞き、なのははポツリと呟いた。

 

「来たの…」

 

「戻ったかクライスト。 よくや…」

 

エリスたちにも足音は聞こえたらしく、エリスが満面の笑みで振り返る。

だが…エリスのその顔はすぐに凍りついた。

 

「よう!」

 

逆光の光を浴びるその人影が、気さくに片手を上げていた。

 

「いやぁ、ちょっと迷って遅刻しちまったぜ!」

 

この場に合わない、緊張感の欠片もない飄々とした声。

 

「でも、まぁ…フィナーレには間に合ったみたいだし文句はないだろ?」

 

何とも不真面目で、何とも頼りない…でも本当は誰よりも頼れる、自慢の幼馴染。

なのはの信じる黄金聖闘士(ゴールドセイント)

だから、なのははその幼馴染の名前を力いっぱい呼んだ。

 

「快人くん!!」

 

「助けに来たぜ、なのは!!」

 

蟹名快人―――なのはの幼馴染にして、蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)がそこには立っていた。

 

 

 




遂に発動、最強の召喚魔法『やっぱり来てくれたんだね』。
今後の鉄板パターンとなります。

そして輸血という名の『赤い絆』…魚座の血を分けるということの重さを考えると、これプロポーズじゃね?とか思いながら書きました。
まぁ、毒無しの血で、相手を殺さないとなると重さは半減どころじゃないですが、『血を分けた親子以上に近い2人になる儀式』と知ったらフェイトは狂喜乱舞でしょうね。

そして次回からは蟹のターン。
VSオリオン座のジャガー、そしてVSエリスと地獄を見そうなフルコースです。


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第20話 蟹、亡霊筆頭と対決する

ついこの間、Ωにて主役とヒロインをフルボッコにして強さを見せつけたオリオン座の人と戦闘です。
今回は流石の黄金聖闘士も大苦戦、その理由は…。


「へっ…やっと御対面ってところか。 邪神エリスさんよぉ!」

 

不敵に笑う快人に、エリスは訳が分からないという風に言う。

 

「何故貴様がここに!? クライストはどうした!?」

 

「クライスト?

 あの亡霊聖闘士(ゴーストセイント)のことなら先に帰ったぜ、地獄へな」

 

何でも無い風に言ってのけると快人は磔にされたなのはを見た。

自分の渡した蟹座聖衣(キャンサークロス)の左手がなのはを守っていることにホッと息を付く。

 

「無事みたいだな、なのは」

 

「快人くん…」

 

「あとは俺が何とかする。 もう少しだけ、待ってろ」

 

「うん…」

 

それだけ言葉を交わして快人は一歩、歩み出る。

 

「さて…すずかを酷い目合わせてアリサを攫った挙句その身体をおもちゃにして、なのはまで生贄とは…随分とムカつく真似してくれるな、クソ神様よ!

 覚悟はいいか、クソ神! これでこのクソつまらねぇ肝試しはフィナーレだ!!

 冥府(タルタロス)へ廃棄物として返品してやらぁ!!」

 

拳をポキポキと鳴らし、獰猛に言い放つ。

小宇宙(コスモ)がまるで燃えるように、快人から立ち上った。

 

「ふん、ゴミの分際でよく吠える。

 いいだろう、この小娘の顔を絶望で歪めてやりたいと思っていたところだ。

 丁度いい、目の前で殺してやろう。

 ジャガー!!」

 

エリスの声に、ジャガーが快人の前に立ち塞がった。

 

「オリオン座のジャガー…元伝説の聖闘士(セイント)

 その力は黄金聖闘士(ゴールドセイント)に勝るとも劣らない…だったか?

 それが今じゃ邪神の犬の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)筆頭格とは…落ちぶれたもんだな」

 

「何を言う。 死という終わりで俺の栄光も名も忘れ去られるところを、俺はさらに戦い、この名を上げる機会を得たのだ。

 俺たちの戦いに何も酬いないアテナより、信じられるというもの」

 

「まぁ、確かに信賞必罰は世の常、そういったことをあの女神さまはわからんからなぁ…その気持ちはなんとなくわかるわ」

 

少し思い当たる節があるのか、快人はポリポリと頬を掻く。

同じことを言ってアテナを裏切って、マルスについた蠅座の白銀聖闘士(シルバーセイント)がいたなぁなどと思いながら。

 

「まぁ正直、あんたが何考えてようがどうでもいいんだ。

 俺にとって重要なことはたった一つ…お前らはすずかに、アリサに、フェイトに、そしてなのはに手を出した。

 俺の大切なものにその薄汚い手で触れた。

 …火葬確定だ、クソ野郎! そこのクソ神ともども地獄で後悔しやがれ!!」

 

「貴様こそ、俺の栄光の糧となれ!!」

 

快人とジャガーが同時に大地を蹴ってぶつかり合った。

拳と拳のぶつかり合いが衝撃波を生む。

 

「ほう…流石は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、今のを受け止めるか」

 

「そりゃそうだ。 今のも止められずに黄金聖闘士(ゴールドセイント)は名乗れない」

 

その瞬間、快人は身体を捻ると右の足を叩き込む。

上段・中段・下段にほぼ同時に繰り出され、まるで足が3本に増えた様に見える高速の蹴りがジャガーに襲いかかる。

 

「ぬぅ!?」

 

ジャガーは足と腕でそれをガードするが、その一撃でオリオン聖衣(クロス)に細かなヒビが入った。

 

「何!? 俺の小宇宙(コスモ)で強度の増したオリオン聖衣(クロス)に一撃で傷を!?」

 

驚くジャガーに、快人は言い放つ。

 

「ジャガーさんよ、俺を舐めるのも大概にしろよ。

 俺はな、腐っても黄金聖闘士(ゴールドセイント)の看板背負ってるんだ。

 どんな思い上がりか知らないが、お前ら亡霊聖闘士(ゴーストセイント)の力は白銀聖闘士(シルバーセイント)の中位から上位レベル、あんたはそれよりずいぶんマシみたいだが、結局は『黄金聖闘士(ゴールドセイント)に勝るとも劣らない』程度だ。

 それが俺に、黄金聖闘士(ゴールドセイント)に勝てると思ってるのか?」

 

快人はそれだけ言い放つと、右の拳をジャガーの胸元へと叩き込んだ。

 

「ぬわぁぁぁ!?」

 

その一撃で聖衣(クロス)の胸部がひび割れ、衝撃でジャガーが柱へと叩きつけられる。

 

「く…」

 

そして、起き上がろうとしたジャガーは見た。

自分に迫る、蒼い炎の渦を。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

快人の放った積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)によって、ジャガーは火だるまになったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なーんだ、亡霊聖闘士(ゴーストセイント)筆頭格っていうからどんなもんかと思ったら弱いでやんの」

 

つまらなそうに快人は肩を竦めると、興味を失ったようにジャガーに背を向け、なのはに、そして邪神エリスへと向き直った。

 

「さぁて…見ての通り、お前御自慢の亡霊(ゴースト)どもは皆一足早く地獄へ帰ったぜ。

 お前も後を追ってやったらどうだ?」

 

快人の言葉に、しかしエリスはニヤリと嗤い答えたのだった。

 

「ふふふ…最後の優越感は楽しんでくれたかしら?」

 

「何?」

 

エリスの言葉に快人は眉をひそめると同時に、なのはが声を上げる。

 

「快人くん、後ろ!!」

 

「何ィ!?」

 

なのはの言葉に快人が身を捩じらせると、そこを凄まじいスピードの拳が貫いていく。

なのはの言葉が無ければまともに食らっていたところだ。

快人は大きく飛び退くと目の前の光景に驚きの声を上げる。

 

「おいおい、魂まで焼く鬼蒼焔で火ダルマになったんだぞ。

 何だってピンピンしてるんだあいつは…」

 

そこにいたのは先程倒したと思っていたジャガーだ。

だが、先程までとは明らかに何かが違う。

押さえこんでいた何かが解放されたような…そんな気配がする。

 

蟹座(キャンサー)、お前は確かに強いな。 手加減をした状態では勝てんらしい。

 エリス様、『力』を使う御許可を」

 

ジャガーのその言葉にエリスは嗤いながら答える。

 

「よかろう、その無礼な黄金聖闘士(ゴールドセイント)を八つ裂きにしてやれ」

 

「仰せのままに、エリス様」

 

ジャガーのその言葉と同時に、快人は吹き飛ばされていた。

 

「ぐわっ!?」

 

何とか空中で体勢を立て直し着地する快人に、即座にジャガーは追撃に入る。

拳・蹴りが無数に2人の間を行き交うが、その攻防は明らかに快人が押されていた。

そしてジャガーの振り下ろすような拳が快人を捉える。

 

「がっ!?」

 

「快人くん!?」

 

なのはの悲鳴のような声。

バウンドしながら吹き飛ばされた快人は、それでもなんとかバランスをとって着地する。

 

「バカな…」

 

一撃を受けて口から流れ出た血を拭いながら、快人は呟いていた。

 

「この小宇宙(コスモ)…さっきまでとは桁が違う。

 亡霊聖闘士(ゴーストセイント)筆頭とはいえこの小宇宙(コスモ)は異常過ぎるぞ。

 一体何が…」

 

その時、快人の視界の片隅にニヤニヤと嗤うエリスの姿が映る。

瞬間、電光にも似た直感が快人の中を駆け巡った。

ジャガーの異常なまでのパワーアップに、肉の身体を得た邪神エリス…その2つが合わさる。

そして見えた答えは…。

 

「お前まさか…血を!?」

 

「ふふふ…勘がいいな、蟹座(キャンサー)

 その通り、俺はエリス様の血を授かったのだ!!」

 

その言葉に、快人は嫌な予感が当たったことを意識した。

神の血というのは、それだけで特殊な力が備わっている。

アテナの血で作った護符は神すら弱体化に追い込み、ハーデスの血を受けた『翼竜』はまさしく『神竜』となった。

エリスの神としての格、完全に復活していない事実、肉体を得て数時間もたっていないという事実のせいで、かの神竜には比べるべくもないだろうが、それでもその凄まじさには変わり無い。

もはや今のジャガーは『亡霊』とカテゴライズされる存在ではない。

『神霊』、とでもいうのだろうか?

 

「他のヤツらはお前ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)をあなどり、勝てると思っていたようだが俺は違う。黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力は十分理解していたつもりだ。

 だからこそ、本来は我ら亡霊聖闘士(ゴーストセイント)は全員エリス様の血を授かり、力を高めた後にお前たちを殺しに行く予定だったが…」

 

「俺たちが予想以上に早くここまで来たせいで、お前以外はエリスの血を授かる時間が無かった、ってことか?」

 

どうやら、すぐにアリサを助けるために乗り込んだ快人たちの行動は正解だったようだ。

こんな隠し玉を亡霊聖闘士(ゴーストセイント)全員に施されていたら、どうしようもない事態になっていただろう。

ジャガー1人だけというのは僥倖といえる。

だが、そのジャガーは自分1人で十分だと言い放つ。

 

「俺1人でお前も魚座(ピスケス)も十分。

 神の力を得た俺の前では、黄金聖闘士(ゴールドセイント)など雑魚同然よ!」

 

「へっ、俺たちを雑魚とはね。 大きく出てくれたじゃねぇか…。

 だったら…やってみろよ、このクソ神の犬が!!」

 

快人は飛び出すと渾身の右拳を叩きつける。

だが。

 

「ぐ…」

 

「こんなものか、蟹座(キャンサー)?」

 

快人渾身の拳はしかし、ジャガーの左掌で掴まれ、防がれていた。

そしてジャガーの小宇宙(コスモ)が高まっていく。

快人が危険を感じ、退こうとしたときには遅い。

ジャガーの左手に集まった凄まじい小宇宙(コスモ)が爆発した。

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

「快人くん!?」

 

快人の苦悶の叫びに、なのはが悲鳴を上げる。

そして、なのはは見てしまった。

最強の黄金聖衣(ゴールドクロス)が…砕ける瞬間を。

その右腕パーツが砕け、快人の右の拳から赤い血が噴出する。

 

(やべぇ! 右の拳が完全にイカれた!!)

 

今の小宇宙(コスモ)の爆発で骨、筋肉ともに一撃でズタズタにされてしまった。

黄金聖衣(ゴールドクロス)のおかげで千切れ飛ぶことはなかったが、右手はつかいようが無い。

快人の顔が苦痛で歪み、衝撃で大きく仰け反る。

その隙をジャガーは見逃さなかった。

 

「はぁ!!」

 

空中へと飛び上がったジャガーは、回転しながら空中から快人へ迫る。

紫の怪しい小宇宙(コスモ)を纏いながら快人に迫る姿は、まるで不吉なる隕石。

そして、その隕石が快人へと襲いかかった。

 

「メガトン・メテオ・クラッシュ!!」

 

オリオン座必殺のキックが、快人へと直撃する。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!?」

 

黄金の破片を宙に舞わせながら、快人が吹き飛ぶ。

そして壁へと叩きつけられた。

 

「かはっ!?」

 

息と共に血が溢れ出す。

口から血を吐くと、快人はそのままうつ伏せで倒れ込んだのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「快人くん! 快人くん!!」

 

なのはの叫び。だがその声に、快人はピクリとも反応しない。

そんななのはの様子を見て、エリスはさも楽しそうに嗤った。

 

「あははは、無駄よ無駄。

 お前の信じる蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)は今、死んだのよ。

 私のしもべ、ジャガーによってね!

 ジャガーよくやったわ!

 その調子で残りの2人も殺して、ここへ死体を持って来なさい。

 ふふ…蟹座(キャンサー)だけでなく、魚座(ピスケス)とあの小娘の死んだ時のお前の顔が楽しみだわ」

 

「は、仰せのままに」

 

そうしてエリス神殿を後にしようとするジャガーの背中から蒼い炎が襲い掛かり、ジャガーを火ダルマに変える。

 

「快人くん!」

 

「おいコラ…何、勝手に勝ったつもりで話を進めてやがるんだ…!」

 

いつの間にか、起き上がった快人が左手を突き出している。

だが、その姿はどう見てもボロボロ。

血を吐きながら肩で息をし、右腕は出血しながら力なく垂れ下がっている。

快人の身を守る蟹座聖衣(キャンサークロス)も、快人本人と同じく傷付いていた。

その衝撃で所々にヒビが入っていたが、特に右腕パーツとボディパーツの損傷は酷い。

右腕は手甲部分が完全に粉々になり、ジャガー必殺の技である『メガトン・メテオ・クラッシュ』の直撃を受けたボディパーツは特に大きなヒビが入っている。

だがそれでも完全破壊されずヒビ程度で済んでいるのは、黄金聖衣(ゴールドクロス)の強度のおかげだ。

 

「なるほど、さすがは最強の黄金聖衣(ゴールドクロス)

 それに守られ、今の攻撃では死にきれなかったか」

 

ジャガーが手を振るうと、ジャガーを包んでいた蒼い炎が跡形も無く振り払われる。

魂すら燃やす業火を受けたにも関わらずその身体には焦げ目一つ無い。

 

「そのまま倒れていれば楽に死ねたものを…」

 

「悪いがこっちは夏休みの予定が詰まっててな。早いとこなのは助け出して、アリサ助けてすずか助けて、明日に備えて寝なきゃならねぇ。

 お前とクソ神様を火葬にするのに倒れてる暇も、死んでる暇もないんだよ」

 

そう挑発的に快人が言い放つが、ジャガーは鼻で笑って答えていた。

 

「ふん、すでに立っているのもやっとの分際でよく吼える。

 いや、逆にそれだけ吼えれれば上等と言ったところか」

 

「そう思うんなら…試してみやがれ!!」

 

「ふっ」

 

吼えて飛び上がった快人の突き刺すような鋭い蹴りがジャガーに放たれるが、それをジャガーは右手で受け止めると、その足首をつかんで地面へと叩きつけた。

 

「がはっ!?」

 

小規模なクレーターが形成され、快人が血の混じった息を吐き出す。

だが、息つく間も無く迫るジャガーの追撃をかわすため、快人が横へと大きく飛びのいた。

 

「クソ…がァァァァ!!?」

 

快人の必死の形相で吼えながら再び攻撃を仕掛けようと飛び掛るが、ジャガーは涼しい顔のまま快人の攻撃を捌くのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なのはは目を背けることも出来ず目の前の光景を見続けていた。

利き腕である右手を潰された快人の劣勢は、火を見るより明らかだった。

いや、利き腕が無くても快人は十分に強い。

だが、それ以上にエリスの血を授かったジャガーが異常すぎるのだ。

 

「いや…いやぁ…」

 

ジャガーの拳が、蹴りが的確に快人に突き刺さる。

そのたびに黄金の破片が舞い、嫌な音が快人から響く。

幼馴染が…快人が文字通り『壊されていく』。

 

「やめて…もうやめてよ! 快人くんが…快人くんが死んじゃう!!」

 

なのはの涙交じりの悲痛な声に、邪悪な神は満足そうに嗤った。

 

「そう、お前のその顔が見たかったのだ!

 さぁ、ジャガー! 止めを刺すのだ!!」

 

「仰せのままに、エリス様。

 情けだ蟹座(キャンサー)、一思いにあの世に送ってやろう!」

 

拳に打たれるままになっていた快人が大きく仰け反るのに合わせ、ジャガーが飛んだ。

ジャガーをあの怪しい紫の小宇宙(コスモ)が包んでいく。

それはジャガー必殺のメガトン・メテオ・クラッシュの態勢。

避ける術など、今の快人にはない。

 

「やめて、やめてぇぇぇ!!」

 

ガチャガチャと磔にされた手足をばたつかせるなのはだが、それで何かが変わるはずも無い。

 

「メガトン・メテオ・クラッシュ!!」

 

そして、その一撃は快人の頭に直撃した。

 

「快人くん!?」

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツが粉々に砕け散る。

吹き飛ばされた快人が、石柱を何本も砕きながら吹き飛ばされ、ベチャリという嫌な音と共に壁へと叩きつけられた。

そして、ズルズルと赤い血の跡を残しながら快人は床へと崩れ落ちようとするが…。

 

「ぐぅ…」

 

踏みとどまった。

頭から血を流し、ふらつきながらも快人はその2本の足で立っていた。

もし今倒れればもう起き上がってこれない…それを強く理解していた快人は全力をもって踏みとどまったのだ。

快人の『死』を強く意識してしまったなのはは、快人が生きていることに少しの安心を覚える。

だが、快人が満身創痍なのは間違いない。

もはや次は無い。

 

「もういい、もういいから! 全部もういいから、快人くんだけでも逃げてぇ!!

 お願い、快人くん!!」

 

なのはからの叫びは本心。

このままでは自分が生贄として命を落とすことは分かっているが、それでも快人に生きて欲しかった。

だが、そんな快人の身を案じたなのはへの回答は…。

 

「…ふざけんな。 ふざけんなよ、なのは!!」

 

快人からの怒りの声だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

メガトン・メテオ・クラッシュの直撃を頭に受け、快人の意識は混濁の海を泳いでいた。

ジャガーの必殺の技を頭で受けたのだから当然である。

むしろ蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツの防御力と、本能的に防御のために小宇宙(コスモ)を高めたお陰でこの程度で済んでいるのだ。

そうでなければ、今頃頭が粉々に吹き飛んでいる。

 

(やべぇ…今倒れたら、もう起きてこれねぇ…)

 

壁に叩きつけられズルズルと崩れ落ちていく中、それを強く自覚した快人は渾身の力を持って何とか倒れることだけは踏みとどまる。

 

「ぐぅ…」

 

赤く染まる視界と混濁する意識。ガクガクと震える身体。

どれもこれもがレッドゾーン。いつ倒れたっておかしくない。

 

(あはは…本格的にやべぇな、こりゃ…)

 

纏まらない意識の中で、訳も無く苦笑が漏れそうになる。

だが、そんな快人の意識は、なのはの言葉で正常に引き戻された。

 

「もういい、もういいから! 全部もういいから、快人くんだけでも逃げてぇ!!

 お願い、快人くん!!」

 

なのはの涙交じりの叫び。

それを聞いた快人の意識が、混濁の中から引き戻されて行く。

 

(…何バカほざいてるんだ、なのはは?)

 

今すぐにでもバカなことをほざく幼馴染の口を、あのぷにぷに柔らかい頬っぺた引っ張って黙らせてやりたい。

だが、今はそんなことが出来る状態でもない。

だから、気付いたときには快人はなのはに怒鳴ることで、その口を黙らせていた。

 

「…ふざけんな。 ふざけんなよ、なのは!!」

 

「!?」

 

なのはが快人の怒鳴り声に息を呑む。

今の状態でこれほどはっきりとした声が出せることが、快人自身にも不思議だった。

そのままの勢いで、快人は思うままにぶちまける。

 

「俺にお前らを見捨てろって言うのか。 ふざけるなよ、なのは!

 『命も幸せも塵芥』…俺は父さんも母さんも、『死』という暴風から守ることは出来なかった…。『死』にとらわれた後の父さんと母さんには何もできなかった…」

 

それは快人が知った聖闘士(セイント)としての限界。

『死んだ後には救えない』という、至極当たり前の事実。

 

「でも、お前は違う! お前もアリサもすずかも、みんなまだ生きて、俺の前にいるんだ!

 『死んだ後』と違ってまだ生きて、手が届くんだ!

 それなのにそれを諦めて、自分だけ生き残って…そんな俺の力に、聖闘士(セイント)の力に何の意味があるんだよ!

 今度は守るんだよ、例え全部が救えなくても、この力で目の前の散りゆく『命』も『幸せ』もな!!

 これが聖闘士(セイント)としての俺の意地だ!

 だから頼む…俺に意地を通させろ!

 俺に…お前を守らせてくれ、なのは!!」

 

「快人くん…」

 

快人の言葉に、なのはは二の句が告げられない。

快人がどれだけの決意を込めて戦っているか、分かったから。

快人がどれだけ本気で自分たちを救おうとしているか、分かったから。

だから、快人がどうやっても退かないだろうことをなのはは理解する。

そんな快人を、エリスとジャガーはあざ笑う。

 

「あはははは、大層な意地だこと。

 『命』と『幸せ』を守る?

 出来もしないことをよくもまぁ…口は達者のようね」

 

「エリス様の言うとおりだ。

 己の意地を通すと言うのは、強者のみに許されるもの。

 お前のような弱者にはその資格は無い。

 その儚い弱者の夢を抱いて死ねぇ!!」

 

ジャガーが快人に急接近し、その身体へ拳の連打を浴びせる。

棒立ちの快人は何も出来ず、サンドバックの状態だ。

その光景に、なのはの目から涙が零れた。

 

(私も守りたいよ、快人くんを…私の大事な人を!!)

 

命を賭けて、自分を救おうと戦う快人の力になれない…。

快人の危機に、ただ見ていることしか出来ない自分が恨めしい…なのはが思った、その時だ。

 

(!? …できる、私も快人くんの助けになることが!)

 

それは電光のように駆け巡る閃き。

だが、その方法はなのはの命を危険に晒す行為だ。

しかし、なのはに迷いは無い。

 

(快人くんがなのはを守ってくれるように、なのはも快人くんを守りたい。

 だったら快人くんが命を賭けて戦ってくれているように、なのはもこの命を賭けて快人くんの助けになるの!!)

 

なのはは自分の残り僅かな小宇宙(コスモ)を最大限に高め、燃焼させていく。

そして…その小宇宙(コスモ)を左手の蟹座聖衣(キャンサークロス)へと送り込むと、叫んだ。

 

「行って! 行って蟹座聖衣(キャンサークロス)!!

 あなたのご主人様を! 快人くんを! なのはの大切な人を守ってぇぇぇぇ!!」

 

 

パァ…!

 

 

なのはの叫びと共に、なのはの左手に装着された蟹座聖衣(キャンサークロス)が一際強い光を放つ。

 

「なっ!? これは!?」

 

その光に、エリスが思わずたじろいだ。

その瞬間、蟹座聖衣(キャンサークロス)は光となって快人へと飛んでいく。

 

「う、うぅ…」

 

それと同時に、なのはに何かが抜けていくような虚脱感が襲い掛かってくる。

蟹座聖衣(キャンサークロス)が守っていた『黄金のリンゴ』の波動が、なのはの命を吸い始めたのだ。

何かが抜けていく感覚に、苦悶の表情を浮かべるなのはだが、その視線は快人へと注がれている。

 

(勝って、快人くん!!)

 

少女の祈りが、献身が、ただ一筋の光明を与える。

そして…黄金の闘士の反撃が始まった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

パシッ!

 

「何ぃ!?」

 

半死人の快人に自身の拳を防がれるとは思っていなかったジャガーは、驚きの声を上げる。

快人の顔面を襲うはずだったジャガーの右拳が、快人の左掌に受け止められていた。

その快人の左手には、なのはの送った蟹座聖衣(キャンサークロス)が装着されている。

ジャガーがいくら力と小宇宙(コスモ)を込めようと、快人は押し戻せない。

 

「死に損ないのお前のどこにそんな力が!?」

 

ジャガーの驚きに、しかし快人は意に介した風も無く穏やかな顔でポツリと呟いた。

 

「ああ、綺麗だな…」

 

この時、快人はジャガーのことなど見てはいなかった。

蟹座聖衣(キャンサークロス)の左手に、なのはが込めた小宇宙(コスモ)を見ていた。

小宇宙(コスモ)は魂の力。

なのはの魂の色が、魂の想いが、鮮やかに、そして鮮明に伝わってくる。

その真っ白な雪のような綺麗さに、快人は思わず呟いたのだった。

そして、その瞳に今までに無い闘志がこもる。

 

「なのはが、俺のためにここまでやってくれたんだ。

 俺もカッコいいとこ見せないと、なのはに愛想尽かされちまう。

 とりあえずは…このクソ野郎とクソ神ぶっ潰して、すぐに助けてやらないとな!!」

 

言葉と共に、快人の小宇宙(コスモ)が際限なく膨れ上がっていく。

 

「この小宇宙(コスモ)!? お前のどこにそんな力が!?」

 

「今、『しっかりしろ』って尻を叩かれてな! そのお陰だよ!!」

 

快人の左手に蒼い炎が渦巻いていく。

 

「意趣返しだぜ、ジャガー! 積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

「うおぉぉぉ!?」

 

快人の放つ積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)の爆発が、掴んだままのジャガーの右腕に直撃する。

オリオン聖衣(クロス)の右腕部分が粉々に吹き飛び、ジャガーの右腕から血が噴き出す。

右腕を抱えるように痛みにもだえるジャガーが、その怒りの瞳を快人へと向けた。

 

「貴様ぁ!?」

 

「だから言ったろ、意趣返しだってな!

 お互い、利き手は潰れた。これで互角だ!」

 

「俺はエリス様の血を、神の力を得たのだ!

 お前ごときと互角であるはずが無い!!」

 

そう言って、ジャガーが快人への蹴りを放つと、快人も同じく蹴りを持って迎撃する。

互いの右足がぶつかり合うが、砕けたのはオリオン聖衣(クロス)の右足。

 

「な!? オリオン聖衣(クロス)が!?」

 

「何を驚いてるんだ?

 オリオン聖衣(クロス)蟹座聖衣(キャンサークロス)、強度なら黄金聖衣(ゴールドクロス)である蟹座聖衣(キャンサークロス)のほうが上。

 同レベルの小宇宙(コスモ)で強度が同じように上がってるなら、必然的に破壊されるのは脆いそっち側だ!!」

 

それは今の快人の小宇宙(コスモ)が、神の血を受け超強化されたジャガーの小宇宙(コスモ)と同レベルかそれ以上だという事実。

 

「そんなはずが、そんなはずがあるか!?

 俺が手に入れたのは神の力だ! それがお前ごときに超えられるわけがない!!」

 

「そっちこそ忘れてるんじゃないだろうな。

 小宇宙(コスモ)とは魂の力、人の内側に広がる小さな宇宙だ。

 宇宙は無限、ならば小宇宙(コスモ)だって無限大。

 お前のような自分の栄光のために戦うのではない、守るべきもののために戦う真の聖闘士(セイント)小宇宙(コスモ)は…無限だ!!」

 

「世迷いごとを言うなぁぁぁぁ!!」

 

大きく飛び上がるジャガーが最大限に小宇宙(コスモ)を高め、メガトン・メテオ・クラッシュの態勢に入る。

だが、快人はそれを正面から見据えながら言い放った。

 

聖闘士(セイント)に何度も同じ技が通用すると思うなよ!!」

 

快人が左拳を握り、腰だめに構える。

同時に、最大にまで高まった小宇宙(コスモ)が快人の左拳へと集中していく。

この技は快人が憧れた、ある星座の奥義を再現しようとしたもの。

シュウトが水瓶座(アクエリアス)の『フリージング・コフィン』を真似て、新たな技である『ブリザード・ローズ』を習得したことを知った快人は、どうにか自分にその技が再現できないか試していた。

その結果として、どういうわけか敵側の技に近くなってしまったという本末転倒な技である。

だがその威力に関してなら予想以上、単一目標に対する破壊力なら、現在の快人の最大火力である。

 

「メガトン・メテオ・クラッシュ!!」

 

迫る禍々しき隕石。

それに向かって快人は最大にまで高まった小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)!!」

 

拳と共に放たれる巨大な蒼い火球。

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)―――積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)の煉獄の炎を、限界にまで圧縮・凝縮した火球だ。

快人の憧れた、獅子座(レオ)の奥義である『ライトニングボルト』を、積尸気の炎で再現しようとした結果がこれである。

その結果、なんだかベヌウの輝火の奥義『コロナ・ブラスト』に近いとシュウトに散々言われた技だ。

その蒼い火球が、迫る隕石へと直撃する。

 

「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)を超えた超高温。

ベヌウの輝火の『コロナ・ブラスト』のように、黄金聖衣(ゴールドクロス)を融解させるほどの純粋熱量は無いが、かわりに積尸気の炎の特性である魂にダメージを与える効果があるそれに炙られ、ジャガーのオリオン聖衣(クロス)が砕け、その肉体が燃えていく。

 

「へ…火葬完了だ、クソ野郎!」

 

ジャガーの断末魔の声に、快人は拳を突き出した態勢のまま、そう吐き出したのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

バタリと、消し炭同然になったジャガーが地面へと転がる。

肉体は魂ごと完全に燃え尽き、残っているのはオリオン聖衣(クロス)の破損したパーツのみだ。

それを確認し、快人はエリスへと向き直る。

 

「まさか私の血を授けたジャガーまで敗れるとは…」

 

「さて…これでお前ご自慢の亡霊(ゴースト)どもは全員、地獄へ舞い戻ったぜ。

 次はお前が地獄へ戻る番だ、邪神エリス!

 俺の大切なものを傷つけた代償は…きっちり払ってもらう!」

 

そう宣言した快人へ、エリスは激昂しながら手にした矛を向けた。

 

「自惚れるな、死に損ないが!!」

 

途端に、強大な小宇宙(コスモ)が突風となり快人に襲い掛かる。

 

「うぉぉぉ!?」

 

快人は吹き飛ばされながらも必死にバランスを取ると着地するが、今までのダメージとで片膝をついてしまう。

そんな、まるで跪いているように見える快人へとエリスは言い放った。

 

「お前たち人間ごときが、神である私に勝てるとでも思っているの!

 お前たちのような虫ケラの始末のような雑事に、神である私が出向くなど面倒だから亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちを使っていたにすぎないのよ!

 だがお前のその不遜な態度…気に食わないわ。

 いいわ、私手ずからこの小娘の前で殺してやろう、蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)!!」

 

同時にエリスから放射される圧倒的な小宇宙(コスモ)

 

「へ…こいつはすげぇ。 さすがは神様。

 こりゃ、もうちょっと時間が掛かりそうだ…」

 

そう呟きながら快人は身を起こすと、無事な左拳を握り締める。

右手は壊れ、頭から血を流し、聖衣(クロス)もボロボロ。

その状態で迫り来る邪神エリス。

だが…諦めなど欠片もない。

快人は一つ大きく息をすると、小宇宙(コスモ)を高める。

 

「行くぞ、邪神!!」

 

「来るがいい、虫ケラ!!」

 

この戦いの最終決戦、人と邪神の戦いが今始まる…。

 

 




という訳でVSジャガー戦でした。
感想で亡霊聖闘士が弱すぎという指摘がありましたが、準備不足だったということです。
神の血は薄くても本当にヤバい。

ボロボロにやられた後、ヒロインの決死の行動で立ち上がり逆転…王道展開でしょうが、悪くないカタルシスだと思います。
お約束の飛んでくる黄金聖衣も出来ましたので。

次回は聖闘士星矢においては絶望的な戦力差の戦闘、『対神戦』です。
弱体化しているとはいえ神の猛攻に2人の黄金聖闘士がどう戦うのかご期待下さい。


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第21話 蟹と魚、邪神と戦う

『邪神エリス』編の最終決戦です。
聖闘士星矢の神はマジヤバい。



邪悪なる神、エリスの強大な小宇宙(コスモ)が突風となって渦巻いている。

その暴風の中に立つのは黄金の闘士。

蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人。

その右腕は出血とともに力無く垂れ、頭から血を流し、纏う黄金聖衣(ゴールドクロス)はボロボロの傷だらけ。

どう贔屓目に見ても、満身創痍という言葉しか出てこない状態だ。

だが、迷いのない瞳で快人は左拳を構える。

 

「いくぞ、邪神!」

 

吠えて、快人は駆けだす。

その視線の先は当然、邪神エリス…ではなく、なのは。

石造りの十字架に磔にされたなのはは、今邪神エリスの本体とも言える『黄金のリンゴ』に命を吸われている。

気丈にも、何かに必死に耐えるようにして目を逸らすこと無く快人の戦いを見ているが、早急に助け出さなければならない。

それに今、邪神エリスが好き勝手に使っているのは大切な友人であるアリサの身体だ。

万が一にも傷つける訳にはいかない。

 

(なのはやすずか、アリサが心配だ。

 とっとと『黄金のリンゴ』をぶっ壊して、それでジ・エンドだ!)

 

構えはしたが、最初から快人には邪神エリスと戦う気は無かったのだ。

快人は左拳を握りながら、『黄金のリンゴ』へと接近する。

しかし、その動きは読まれていた。

 

「小賢しい!!」

 

エリスがその言葉と同時に矛を振るうと、それにそって大地が裂ける。

 

「うぉ!?」

 

快人はそれを大きく後ろに飛んで避ける。

なのはとの距離が再び開いてしまった。

大きく亀裂の走った地面に、快人は呆れたように肩を竦める。

 

「まるで聖剣(エクスカリバー)の斬撃みたいだな…」

 

「喰らってみるがいい。 その聖剣(エクスカリバー)とやらとどちらが上か分かるかも知れんぞ」

 

「美人のお誘いでもそりゃ勘弁だ。 俺、どっちかって言うとSだからよ。

 痛いの喰ったらムカつくだけだし」

 

「そうか、奇遇だな。 私も攻める方が好きだ」

 

エリスの周りに小宇宙(コスモ)が渦巻き、それが刃に変わったことを知覚する。

 

「踊れ、虫ケラ。 愉快な死のダンスを」

 

その声と共にエリスが矛を突き出すと、周囲の小宇宙(コスモ)の刃が快人へ向けて放たれる。

 

「あはは…俺ダンスは苦手なんだけど、な!」

 

無数に飛び交う小宇宙(コスモ)の刃を快人は避け続けるが、やがて目に見えてその速度が落ち始める。

それも当然、本来ならジャガー戦だけで快人は倒れているレベルのダメージなのだ。

 

(くっ…こりゃ、やべぇぞ…)

 

内心での焦りを悟られぬようにしながら、快人は突破口を探す。

 

「ちょこざいなハエが!!」

 

その瞬間、エリスからの攻撃的な小宇宙(コスモ)の形状が変わる。

それは広範囲に広がっていく小宇宙(コスモ)の波動だった。

 

「!?」

 

攻撃力は大したことは無かったが、その広範囲に広がる攻撃を避ける事が出来なかった快人は、吹き飛ばされ体勢を立て直し着地する。

だが、そんな着地を狙ったエリスの小宇宙(コスモ)の刃が快人へと迫っていた。

 

「しまっ…!?」

 

自分のミスに気付いたところでもう遅い。

体勢が悪く避ける事は出来ない。

快人は小宇宙(コスモ)蟹座聖衣(キャンサークロス)へと集中させると、防御のために身を固くした。

しかし、小宇宙(コスモ)の刃は快人に届くことは無かった。

 

「こいつは!?」

 

「!? 黄薔薇だと!?」

 

快人の目の前に黄色の薔薇が集まり、盾となってその小宇宙(コスモ)の刃を防いでいた。

快人の隣に降り立つ影。

 

「守りの黄薔薇、プロテクトローズ…牡羊座(アリエス)の『クリスタルウォール』を真似ようとしたのに反射が出来ない欠陥品って散々言ってくれたけど、なかなか捨てたもんじゃないでしょ、兄さん?」

 

「…ああ、こりゃ役に立つわな。

 俺が悪かったよ、シュウト!」

 

それはもう1人の黄金の闘士。

魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ。

それを追うようにフェイトも快人の後ろに降り立った。

 

「快人、大丈夫?」

 

「フェイト、これが大丈夫に見えるなら眼医者に行っとけ」

 

「それだけ言えるんなら、兄さんに回復魔法は必要なさそうだよ、フェイト」

 

「あ、すんません。調子乗りました! 回復して下さい、マジお願い!」

 

いつも通りの快人に若干の呆れと安心を抱いて、フェイトは回復魔法を快人へと施した。

正直に言えば、フェイトは回復魔法は得意ではないため気休め程度なのだがそれでも右手の痛みが少し和らいだことは快人にとっては大きな回復だ。

 

「ありがとよ、助かったぜ」

 

「それで兄さん、どんな状況?」

 

「亡霊は全員地獄へ帰ってもらった。

 あとは、あのクソ神がヒスの真っ最中ってとこだ」

 

「分かりやすい説明をどうも、兄さん」

 

快人が立ち上がると、シュウトも並んでエリスに渦巻く小宇宙(コスモ)を見つめる。

そんな3人をエリスは鼻で笑った。

 

「ふん、誰かと思えば魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)に造花の小娘か…。

 今さら死に損ないの虫ケラが2匹増えたところで変わりはしない。

 丁度いい、まとめて冥府(タルタロス)へと送ってあげるわ!」

 

エリスの言葉は正しい。

シュウトは大きな怪我こそないものの、失った小宇宙(コスモ)と血が回復してはいない。

フェイトに至っては魔力・体力・小宇宙(コスモ)のどれもが枯渇状態だ。

だが3人の誰にも諦めは無い。

油断なく左手を構えながら快人がシュウトに囁くように言う。

 

「シュウト、お前、薔薇の命中率に自信は?」

 

「邪魔さえなければ、百発百中を自負してるよ」

 

「OK、それじゃあの『黄金のリンゴ』の狙撃を頼む。

 俺の炎じゃ、なのはごと焼いちまうからな」

 

「…責任重大だね」

 

そう呟いてシュウトは白薔薇を取り出した。

 

「なに、隙は俺が作る。

 お前はいつも通りにやってくれればいい」

 

「わかったよ。

 フェイトはボクの後ろから出ないで。

 ボクの後ろだったら、絶対に守るから」

 

「うん。

 あんまり得意じゃないけど、回復は任せて。

 残った魔力は全て、2人の回復にまわすから」

 

3人はそれぞれにすることを確認して、エリスへと向き直る。

 

「話し合いは終わったか、虫ケラども」

 

「ああ、悠長に待っててくれたおかげでな。

 んじゃ…行くぞ、神様よぉ!!」

 

吠えて、快人は走りだした。

その動きはただただ一直線である。

 

「バカめ! 正面から向かってくるとは愚かな!」

 

エリスが無数の小宇宙(コスモ)を刃に変えて飛ばして来る。

それに向かって快人は、なんと正面から突っ込んだ。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

小宇宙(コスモ)を動体視力と運動能力にまわし、わずかな隙間を縫うように快人はその攻撃を見切っていく。

かすった蟹座聖衣(キャンサークロス)の右ショルダーが吹き飛ぶが気にしない。

そのまま、快人は一気に…エリスへ接近する。

その左手には蒼い炎が渦巻いていた。

それを見て、てっきり『黄金のリンゴ』を破壊するだろうと考えていたエリスが驚いた声を上げる。

 

「バカな、この娘ごと私を倒そうというのか、蟹座(キャンサー)!!」

 

「…」

 

快人は無言のまま、その手を掲げるとエリスは慌てて防御の体勢を取った。

それを見て快人はニィっと笑う。

 

「…バァカ、アリサごと倒そうなんて、そんな訳ねぇだろ」

 

快人は腕の中の蒼い炎を積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)で爆発させた。

その瞬間、巻き起こったのは熱でも爆風でも無く、目を焼く閃光だった。

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)を変形させた、目くらましである。

 

「貴様、これは!?」

 

エリスは閃光に目を焼かれ、目を押さえた。

間髪いれずに快人が叫ぶ。

 

「やれ、シュウト!!」

 

「ブラッディローズ!!」

 

放たれる白薔薇は狙い違わず、なのはの左胸の前に浮いた『黄金のリンゴ』へと吸い込まれていった。

スコンという音と共に、白薔薇が『黄金のリンゴ』を貫いた。

『黄金のリンゴ』から光が漏れ始め、少しずつその光が強くなっていく。

 

「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

同時に、それに比例するようにしてエリスが身悶えながら絶叫を上げた。

 

「なのは!」

 

「快人くん!!」

 

快人はそのままなのはの拘束を破壊すると、なのはを抱え一気に飛び退く。

そして、先程の積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)とは比べ物にならない閃光が辺りを包んだのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なのはが閃光から回復した目を開けると、そこにあったのは幼馴染の安心したような顔だった。

 

「よぅ、なのは。 無事でよかったぜ…」

 

「うん…」

 

なのははそれだけ頷くと、そのまま快人の胸に顔をうずめた。

所々に傷の入ったボロボロの蟹座聖衣(キャンサークロス)が、快人の戦いの厳しさを伝えてくる。

その時になって、なのはは快人の怪我を思い出していた。

 

「快人くん、待ってて。 すぐに魔法で治療するから!」

 

「ああ、頼む。 それにしても今回はちょっと疲れたぜ…」

 

快人は地面にへたり込み、なのはは快人の右手を治療しようと右側に回った。

 

「兄さん!」

 

「なのは!」

 

シュウトも、フェイトに身体を支えられながら快人たちの方へと歩いてくる。

アリサは地面にうつ伏せで倒れているが怪我はなさそうだ。

そして、あの禍々しい『黄金のリンゴ』はどこにもない。

 

「どうにかなったらしいな…」

 

その光景に快人は息を一つ付く。

他の3人も同じように安堵の表情を浮かべた。

その時…。

 

 

サクッ

 

 

「…えっ?」

 

そこにいた誰もが、その小気味のいい音に何が起こったのか思考が付いていかなかった。

シュウトがゆっくりと視線を下げる。

するとそこには…自身に突き刺さる矛が存在していた。

 

「ぐ…あぁぁぁぁぁ!!?」

 

「きゃぁぁぁ! シュウ!!?」

 

一瞬の後やってきた激痛にシュウトが声を上げ、フェイトの悲鳴が響く。

 

「ぐっ…!」

 

シュウトは自身の腹に突き刺さった矛を引き抜くと、忌々しそうに握りつぶし、床へと投げつける。

そして、ガクリと膝を付いたところをフェイトが慌てて支え、溢れる血に手を赤く染めながら傷口を押さえ回復魔法を施していた。

 

「シュウト!? ちぃ、一体…!?」

 

即座に反応した快人は立ち上がって周囲を見渡すと、ゆっくり立ち上がってくるのは…アリサ。

それを見て、嫌な予感が快人の背中を駆け抜ける。

 

「…やってくれたな、虫ケラども」

 

アリサの口から紡がれたその言葉で、快人の予感は確信へと変わる。

 

「邪神エリス!? バカな、『黄金のリンゴ』は破壊したはずだ!?

 何でお前がまだ残っているんだよ!?」

 

その快人の言葉に、エリスは忌々しそうに答えた。

 

「確かに、私の本体である『黄金のリンゴ』は壊れた。

 だがここにいる私は『黄金のリンゴ』から切り離されたエリス、『黄金のリンゴ』が無くても私は消えない!!」

 

その言葉に快人は自分たちの考えが間違っていたことを悟った。

快人たちは邪神エリスとはあくまで『黄金のリンゴ』が本体であり、遠隔操作のような方法でアリサの身体を動かしていると思ったが違う。

エリスは、本体である『黄金のリンゴ』から何割かの自分の魂を分けて、アリサに移植することで動かしていたのだ。

簡単に言えば植物の接ぎ木のようなものだ。

これでは親の木である『黄金のリンゴ』が壊れても、分かれたアリサの身体に入った邪神エリスには何の影響も無い。

そして…接ぎ木を行った植物は成長すれば親の木と同様、実を付ける。

 

「もう少しで『黄金のリンゴ』の封印が解け、この身体に私の魂全てを注ぎ完全復活できたものを…!

 この身体で人間の生気を吸い続けたとしても、私の完全復活は最低100年は伸びた。

 この屈辱…お前らを八つ裂きにしても足りないわ!!」

 

放射される小宇宙(コスモ)は、本当に数割程度なのかと聞きたくなる膨大なものだ。

そして、エリスの視線が蹲るシュウトへと向けられる。

 

「まずは魚座(ピスケス)、お前からだ!!」

 

「!? フェイトぉ!?」

 

エリスから放たれる小宇宙(コスモ)に、シュウトはフェイトを咄嗟に庇い、その身を盾にする。

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

「きゃぁぁぁぁ!!?」

 

魚座聖衣(ピスケスクロス)の所々が砕ける。

その衝撃で抱き合ったまま地面を転がるシュウトとフェイトは、倒れ伏したまま起き上がってこない。

 

「フェイトちゃん!? シュウトくん!!?」

 

「てめぇ!!」

 

なのはが悲鳴を、快人が激昂の声を上げるが、平然とエリスは言ってのける。

 

「ふん、次はお前たちだ!」

 

「!? やべぇ、なのは!!」

 

エリスに集中していく小宇宙(コスモ)に、快人は咄嗟になのはを突き飛ばす。

 

「快人くん!」

 

床を転がったなのはが見たのは、まるで見えない手に抱え上げられるように空中に浮かされた快人だった。

 

「ぐぅ!?」

 

エリスが向けた右の掌からの不可視の小宇宙(コスモ)によって、空中へと磔にされた快人。

そんな快人に、エリスは邪悪な嗤いと共にその唇を釣り上げる。

 

「いい気味ね、蟹座(キャンサー)。 それじゃ始めましょうか、虫ケラの解体ショーを!」

 

そう言うとエリスは開いた掌をゆっくりと閉じていく。

同時に、快人の右足を守っている蟹座聖衣(キャンサークロス)に凄まじい勢いでヒビが入った。

尋常ならざる力が快人の右足に集中しているのが分かる。

苦悶の表情の快人に、なのはの背を嫌な予感が駆け巡った。

 

「や、やめてぇぇぇぇぇ!!」

 

なのはの声を聞きながら、エリスはその手を握りしめる。

 

 

ボギン!!

 

 

鈍い音が快人の右足からした。

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

咆哮のような快人の絶叫が響く。

快人の右足はエリスの力によって、骨を折られていた。

蟹座聖衣(キャンサークロス)の右足が縦に大きくひび割れ、その隙間から赤い血が噴き出している。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

叫びと共に爆発する小宇宙(コスモ)が快人の身を拘束していた力を振りほどく。

だが折れた右足では身体を支えられず、快人は地面に降り立つと同時にまるで頭を垂れるように地面へと手を付いた。

 

「ははは、良い様だな蟹座(キャンサー)!」

 

「ぐ…!」

 

笑うエリスへ、快人は憎々しげに視線を向けた。

 

(こいつは本気でやべぇ…)

 

快人の額を冷たい汗が伝う。

エリスの力は強大で、もはや快人もシュウトもボロボロだが、それ以上にアリサを助け出す手段が問題だ。

もちろんながらアリサの身体への直接攻撃はNG。

どうにかしてアリサの身体からエリスを引きずり出し、エリスだけを倒す必要がある。

そんな方法は…『アレ』しかない。

だが、『アレ』の使用は快人にとって、本当の意味での最終手段である。

二度は無い、一発限りの大博打だ。

 

「今度は左手か、左足か? いっそ頭をもいでやろうか、蟹座(キャンサー)!」

 

エリスは狂気の笑みを浮かべながら、小宇宙(コスモ)を高めていく。

 

「けっ…悩む暇すら無さそうだ…」

 

それを見て、覚悟を決めた快人は左の拳を強く握りしめた。

そして人差し指と中指の2本をビシリと立て、下段へと構える。

快人は意識を集中させるため目を瞑り、大きく息を吐く。

同時に高まった小宇宙(コスモ)が指先に集中していき、怪しい紫の光が溢れ出した。

そして…目を見開くと同時に、快人は最大の小宇宙(コスモ)を爆発させ、その手を振りあげた。

 

積尸気(せきしき)冥界波(めいかいは)ぁぁぁぁ!!!」

 

「なにっ!?」

 

途端、アリサの身体から半透明な影が浮き出てくる。

青い髪に、血のように赤い貫頭衣を纏った死人のような病的な白い肌の女…邪神エリスの魂である。

 

「御対面…てか?」

 

蟹座(キャンサー)、貴様! この私の、神の魂を引きずり出そうというのか!?」

 

「当たりだ、寄生虫!!」

 

これがアリサを救う、最後の手段である。

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)でエリスの魂だけを引きずり出せば、アリサに傷を負わせること無くエリスだけを退治できるのだ。

だが、これには大きな問題がある。

 

「ふん、貴様ごときが私の、神の魂を動かせるものか!」

 

「ぐっ!?」

 

エリスのその言葉と共に、快人の振りあげた左手がゆっくりと下りていく。

同時に、足近くまで飛び出していた半透明のエリスがアリサの身体へと少しずつ戻っていっていた。

『神の魂』と言う規格外の超重量が、快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を押し戻しているのだ。

そしてもう一つ…。

 

「う、おぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

快人が床へと血の混じったものを盛大に嘔吐する。

快人は幼少期のトラウマで積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を本来は使えない。

無理に発動させた時に起こる反動が快人を襲っていた。

脳裏にフラッシュバックする両親の『死』と、黄泉比良坂(よもつひらさか)のあの光景、あの匂いが快人を苛む。

それでも必死に快人は小宇宙(コスモ)を高め、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を制御する。

何故ならこれが最後のチャンスだからだ。

今のアリサを救うには積尸気冥界波(せきしきめいかいは)以外はない。

1発撃てるだけでも奇跡なのだ、快人には2発目の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)は無い。

 

「ぐぅぅぅぅ!!」

 

左手がミシミシと嫌な音をたてる中、快人は自身の小宇宙(コスモ)を最大限に燃焼させ、放出を続ける。

だが…。

 

(やべぇ…小宇宙(コスモ)が高まらない!? それに踏ん張りが効かない!!)

 

無理をして発動している積尸気冥界波(せきしきめいかいは)はトラウマのせいもあり快人の精神をガリガリと削り、小宇宙(コスモ)が高まらない。

同時に折られた右足では踏ん張りが効かず、エリスの魂を押し戻せない。

勝つための見込みのない圧倒的な絶望がそこにはあった。

だが…。

 

(諦め…られるかよ!!)

 

快人の目は死んではいない。

 

小宇宙(コスモ)によってどんな条理だろうが覆すのが聖闘士(セイント)

その頂点である黄金聖闘士(ゴールドセイント)の自分が、この程度のクソ神に勝つ『程度』の奇跡、できないはずが無い!!)

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)とは小宇宙(コスモ)の神髄、第六感を超えた第七感である『セブンセンシズ』を使いこなす者である。

そして『セブンセンシズ』とは、あくまで戦い抜く勇気と諦めない希望を持った者のみが掴むことが出来るのだ。

だから快人に諦めはない。己の小宇宙(コスモ)で大切な何かを守るため、勇気と希望を捨てない。

そんな勇気と希望を捨てぬ者だからこそ…それは奇跡ではなく、必然だった。

 

 

スッ…

 

 

崩れかける快人の身体を、右から優しく支える白い影。

 

「なのは…」

 

快人の呟きに、なのはは快人の身体を支える。

 

「…快人くん、なのはに何か言うこと無い?」

 

なのはは真っ直ぐに柔らかく快人を見つめながら、静かに言う。

それを見てすぐになのはの言わんとすることが分かり、快人はため息まじりに言う。

 

「俺って格好わりぃな。

 全身血まみれ、ゲロまで吐いて…その上なのはに…お前に『力を貸して欲しい』なんて思ってる。

 最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が聞いて呆れるな」

 

そんな快人に、ふふふと笑ってなのはは続けた。

 

「快人くんは格好悪くなんかないよ。

 こんなにボロボロになってもみんなを救うために戦ってくれてるんだもの。

 だから、なのはにも手伝わせて。

 快人くん痛みも辛さも…なのはにも背負わせて」

 

「バァカ、俺はそこまで甘えないよ。

 でも…支えるくらいは頼んでいいか?」

 

「うん!」

 

快人の流す血で汚れながらも、笑顔と共になのはが言葉を返す。

その言葉に満足した快人の内側から、何かが燃え上がり、溢れ出す。

燃え上がるのは小宇宙(コスモ)

少女の不屈の心が、少年の勇気と希望を更なる高みへと導いていく。

そして勝利への道は完成した。

 

「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「何!? 押し返すだと!?」

 

首辺りまでアリサの身体へと戻っていたエリスは、快人が発する小宇宙(コスモ)に驚きの声を上げていた。

同時に、快人の左手がゆっくりと持ちあがっていくと、再びエリスの姿がアリサの身体から出てくる。

エリスの神の魂の超重量は変わっていない。

その証拠に快人の左手からはビキビキと嫌な音が響いており、その指先の爪は今にも砕けそうにひび割れている。

それが押し戻されてきているのは一重に、快人の放つ小宇宙(コスモ)が今までと桁違いに高まっているからだ。

快人の小宇宙(コスモ)が、邪神の魂をアリサから引きずり出そうとする。

 

「この小宇宙(コスモ)は!?

 人間が、神である私の小宇宙(コスモ)を凌駕するというのか!

 だが…まだ!!」

 

エリスの小宇宙(コスモ)が膨れ上がり、快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)に抗おうとするが、快人の小宇宙(コスモ)が再び燃え上がりそれを無効にしていく。

これは快人の小宇宙(コスモ)ではない。

チラリと視線を送ると、快人の右肩にいつのまにか赤い薔薇が刺さっていた。

だが、痛みも毒もない。

変わりに、自分へと温かい小宇宙(コスモ)が流れ込んでくる。

 

「兄さん…」

 

「快人…」

 

まだ立ち上がれないシュウトとフェイト。

この薔薇は2人が自身の小宇宙(コスモ)を込めたものだ。

その小宇宙(コスモ)が、快人の消耗しきった身体に再び活力をくれる。

 

「こんな…こんなバカな!?

 何故、何故神である私の力が、虫ケラどもの力に押されるのだ!?」

 

訳が分からないと叫ぶエリスに、快人はしたり顔で答えていた。

 

「へっ。 人間様を舐めんじゃねぇぞ、クソ神!

 俺と弟、そしてなのはとフェイト…俺たち4人の小宇宙(コスモ)がてめぇごとき神を凌駕できないと思うなよ。

 それにな…!」

 

そこで言葉を切ると、快人は一瞬だけなのはを見た。

自分を絶対の信頼を持って支える、凛とした顔の幼馴染。

いつかの…デスマスクとの戦いの焼き直しのような状況に苦笑して、あの時と同じように神へと宣言した。

 

「アテナの右手に持つニケには戦いを勝利に導く力があるという。

 俺の勝利の女神ニケは…こいつだ!

 なのはが俺の隣にいる以上、俺の勝利は絶対確定なんだよ!!」

 

その言葉と共に、快人の小宇宙(コスモ)はすべての限界を超える。

そして…。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ、積尸気(せきしき)冥界波(めいかいは)!!!」

 

蟹座(キャンサー)必殺奥義、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)が完成した。

邪神エリスが完全にアリサの身体から飛び出し、アリサの身体は力無く倒れ込む。

残ったものは中空に漂う、半透明の邪神エリスの魂のみ。

快人は左拳を握りしめ、叫んだ。

 

「なのは、跳ぶぞぉぉ!!」

 

「うん!!」

 

快人が左足で地を蹴って、邪神エリスへと迫る。

その右側をなのはが飛行魔法を使いながら支え続ける。

快人の左拳に渦巻くのは蒼い炎。魂を焼く煉獄の炎だ。

 

「私は神だ。 人が神を倒すなど…あり得るはずが無い!?」

 

迫りくる快人となのはに、エリスは驚愕の声を上げる。

それはあたかも、迫りくる避けられる運命を信じられないかのような響きだ。

 

「神がどうした! そんなもんは関係ねぇ! 

 シンプルな話だ。 お前は俺の敵。 だから…ぶっ潰す!!

 俺の大切なものを傷つける奴は、神だろうが何だろうが…この蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)が叩き潰してやる!!」

 

そして快人はその左拳を叩きつけた。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

拳を叩きつけると同時に発動した積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)の爆炎が、神の、邪神エリスの魂を燃やしつくしていく。

いかな神とはいえ、弱体化した状態で、魂を焼く煉獄の炎には抗えない。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

響く断末魔を背に、快人となのはは地面に降り立つ。

 

「火葬完了…てな。

 俺たちにケンカを売ったこと、冥府(タルタロス)で後悔しやがれよクソ神さまよぉ!」

 

快人の宣言とともに、欠片も残さず邪神エリスは燃え尽きたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「今度こそ大丈夫だよね…?」

 

「ああ、間違い無い。 どれだけ調べても、あの不気味な小宇宙(コスモ)は感じない。

 今度こそあのクソ神は欠片も残さず完全に燃え尽きたよ」

 

「よかったぁ…」

 

その言葉に、なのははホッと息を付く。

 

「兄さん!」

 

「快人、なのは!」

 

シュウトもフェイトに支えられながら、快人たちの方へとやってきた。

 

「派手にやられたな」

 

「神相手にこれだけできれば御の字だと思うよ」

 

「まったくだ…これで完全復活前、全力の何割かってところだってのが恐れ入る。

 よくもまぁ、先輩がたはこんなもん何体も相手にできたもんだ」

 

シュウトの言葉に肩を竦めながら快人はそう漏らす。

『神』という存在の力を、快人とシュウトは改めて思い知っていた。

 

「どう、フェイトちゃん?」

 

「…うん、大丈夫。 アリサは気絶してるだけ。

 別に外傷も何もないよ」

 

快人たちの横ではなのはとフェイトがアリサの無事を確認し、ホッと息を付いていた。

誰もが全てが終わったと思った、その時である。

 

 

ゴゴゴゴゴ…

 

 

「な、なに?」

 

「なんだか…嫌な予感が…」

 

地の底から響いてくるような不吉な音に、なのはとフェイトが反応する。

 

「おいおい…」

 

「あはは…これって…」

 

快人とシュウトも引きつった顔を見合わせた。

そして、その予感は現実となる。

 

 

ゴゴゴゴゴ…!

 

 

揺れる音と共に、エリス神殿が崩壊を始めたのだ。

この世界自体が邪神エリスの世界、ならばそのエリスが消えればここも消えるのが道理というものだ。

 

「おいおいおいおい! 敵が倒れたら基地崩壊って、どんだけお約束なんだよ!!」

 

「バカ言ってないで逃げるよ、兄さん!」

 

「んなもん、言われなくても分かってる!」

 

言うと、アリサの身体がフッと消える。快人がアリサの身体を『巨蟹宮』に送ったのだ。

続けて、快人はシュウトに問う。

 

「…シュウト、そっちの小宇宙(コスモ)は?」

 

「兄さんよりはマシだろうけど…大差ないだろうね」

 

「そうか…となりゃ、よっぽど分かりやすい空間の歪みじゃなきゃブチ破れないな」

 

ここから脱出するには来た時同様、空間の歪みを小宇宙(コスモ)で突破し、元の世界へ戻る必要があるが…今の状態では余程分かり易くなければ空間の歪みの感知も、突破も出来そうにない。

そんな風に快人が考えていると…。

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

4人の目の前に、バチバチと大きく空間の歪みが発生していた。

そしてその向こうから感じるのは元の世界の小宇宙(コスモ)

 

「…ワーォ、運がいいな、俺たち」

 

「…だね」

 

無論、欠片たりともそんなことは思ってはいない。明らかに怪しすぎる。

だが、このままではこの世界の崩壊になのは達と一緒に巻き込まれてしまう。

ならば、選択肢はなかった。

 

「やるぞ、シュウト!!」

 

「OK、兄さん!!」

 

快人とシュウトが小宇宙(コスモ)を高め、空間の綻びへと放った。

 

 

バリン!

 

 

まるでガラスが割れるような音がして、中空にぽっかりと穴が開く。

 

「なのは、俺から離れるなよ!」

 

「フェイト、ボクにしっかり捕まって!」

 

なのはが快人の右を支えるように抱きつき、フェイトがシュウトを左から抱える。

それを確認すると、2人はその穴に飛び込んだ。

すると、すぐに4人は空間から吐き出される。

そこにはあの禍々しいエリス神殿はない。

あるのは静かな山と満天の星空…元の世界へと戻ってきたのだ。

 

「ここって…?」

 

「戻って…これた?」

 

なのはとフェイトがそう言って安堵の息を付く。

 

「…大丈夫そうだな」

 

「…そうみたいだね」

 

快人とシュウトも辺りを警戒していたが、何も感じる事は出来ず、ひとまず息を付いた。

すると、快人とシュウトの黄金聖衣(ゴールドクロス)が輝くと、2つの人影が現れる。

それはアリサとすずかを抱いたセージとアルバフィカだった。

 

「よくやったな、快人。 それになのは嬢もだ」

 

「じいさん…2人は?」

 

その言葉に、セージは微笑んだ。

 

「無事だ。 邪神エリスの影響も消え、そうかからずに目を覚ますだろう」

 

「そりゃ…よかった」

 

「だから後は任せ、少し休むがいい」

 

「ああ…そうさせてもらうぜ…」

 

「快人くん!?」

 

快人はその言葉と共に限界が来たのか、なのはに支えられながら気を失っていた。

 

「心配はいらんよ、なのは嬢。 この程度でどうにかなる柔な鍛え方はしていないつもりだからな。

 だが、多少の休みの時間は必要だろう。

 なのは嬢も朝まで『巨蟹宮』で傷を癒すのだ」

 

セージの言葉になのはは素直に頷くと、セージは今度はアルバフィカに向き直った。

 

「あとの処理は任せてもいいか、アルバフィカよ?」

 

「ええ、私たちにお任せ下さい」

 

「そうか…では頼む」

 

そう言ってセージたちは『巨蟹宮』へと消えていった。

それを確認してから、今度はアルバフィカがシュウトとフェイトへと向き直る。

 

「シュウト、よく戦った。 お前の戦いは見事だった。

 フェイト、君のこの戦いでの成長…確かに見させてもらった」

 

アルバフィカの言葉に、シュウトとフェイトの2人は照れたように頬を掻く。

 

「2人とも、傷が辛かろうがもうしばらく我慢してくれ。

 この2人を送り届け朝までの安らかな眠りを保証したら、お前たち2人も『双魚宮』での手当てに移る」

 

「大丈夫ですよ、お師様。 ボクの傷は兄さんよりはずっと浅いですからね」

 

「私もです。 その…途中でシュウトが手当てしてくれましたし」

 

「ならば結構、だが無理はせぬように。

 行くぞ、2人とも」

 

アルバフィカに連れられ、2人も別荘へと移動を始める。

 

 

こうして、2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)と2人の魔法少女の、夏の奇妙な肝試しは一応の終わりを告げたのだった…。

 

 




というわけでVS邪神エリス戦でした。
子供心にあの映画では『何故エリーの身体からエリスは自分から出て行ったんだろう?』とずっと思っていましたのでこうなります。

ちなみに今回の邪神エリスの力は、全力の数分の一程度。
完全復活して無い上、最後はアリサに移植した魂の欠片だけでしたのでこれで全力ではありません。
星矢たちが如何に化け物じみているかわかる。
…本当に聖闘士星矢の神は化け物揃いです。

次回は『邪神エリス』編のエピローグとなります。

追伸:Ωにて主人公復活について。

『なるほど、ヒロインが叱咤しながら主人公フルボッコにすれば聖闘士は立ち直るのか…』

よし、自分も使おう、とオモタ。
そのうち蟹と魚を泣きながらグーパンして立ち直らせるなのはとフェイトが出るかもしれません。


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第22話 星に決意を/迫る次の戦い

 

邪神エリスとその配下の5人の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)との戦いを終えた2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)と2人の魔法少女。

戦いを終えた彼らは日常へと帰っていくことになる。

そして、帰ってきた日常で最初にやっていることは…。

 

「さて…納得のいく説明をしてもらおうか?」

 

正座を強要された上での、恭也を筆頭にした保護者の面々からのキツいお説教だった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

あの戦いが終わって9時間、現在朝の6時を廻ったあたりである。

とはいえ、快人たちにとっては戦いから9日後だ。

戦いを終えた快人たちだが、その傷は決して浅くは無かった。

なのはとフェイトは体中に打ち身・擦り傷が出来ていたし、シュウトは腹を刺され出血多量の状態。

特に酷い快人は右手・右足が砕かれ、全身ズタボロの状態であった。

そんな状態で戻れるわけもなく、守護宮の特性である『外の世界の1時間=守護宮での1日』を利用して守護宮で傷を癒していたのである。

その甲斐あって、全員普通ぐらいには回復していた。

一番状況の危ぶまれていた快人も、なのはの献身的な回復魔法の治療と、快人自身の小宇宙(コスモ)のおかげでなんとか傷は癒えている。

そうして4人は別荘へとこっそりと戻ってきたのだが…待っていたのは明らかに怒った保護者一同である。

そして有無を言わせぬ勢いで、朝も早くからお説教大会が始まったというわけだ。

 

「大体、何で全員起きてるんだよシュウト…」

 

「ボクにも分からないよ…」

 

快人の小声の愚痴を、同じくシュウトが小声で返す。

快人たちの予定ではこんなはずではなかった。

本来なら別荘の人間が全員眠っているところに、素知らぬ顔でベッドに入って何も無かったことにするつもりだったのだ。

そのためにアリサとすずかを別荘に送ったシュウトは、睡眠毒を放つ薔薇を別荘中にばらまき、絶対朝まで起きないようにしていたはずなのだが…現実はこれである。

後で分かったことだが、恭也も忍も直前まで完全に眠っていたらしい。

ただノエルとファリンの2人に起こされたということだ。

ノエルとファリンの2人が何で眠っていないのかは、正直に言えば謎である。

 

とにもかくにも大説教大会。

快人たちは『夜散歩に出て野原で寝転がって星を見てたら眠ってしまって、今帰ってきた』ということで口裏を合わせて説明することになった。

心配させてしまったのは本当だし、真実はもっとヤバいことをやって帰ってきたとは言えず全員保護者一同のお叱りを黙って聞くのだが、それが戦いから日常へと帰ってきた証に思えて何だか嬉しかったのは4人の秘密である。

結局、その大説教大会は朝食までの2時間に及んだのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「アリサ(ちゃん)、すずか(ちゃん)、脅かしてごめんなさい!!」」

 

目が覚めたアリサとすずかを前になのはとフェイトが頭を下げる。

 

「その…悪かった。 ちょっと調子に乗り過ぎたよ」

 

「ごめん、2人とも。 悪乗りが過ぎたよ」

 

快人とシュウトもバツ悪そうにアリサとすずかに頭を下げたのだった。

 

「ううん、私は楽しかったから全然気にして無いよ。

 ほら、アリサちゃんも」

 

「その…私も言い過ぎたわ。

 折角の旅行なんだし、あのくらい羽目を外しても大目に見てやらなきゃね」

 

すずかに促されアリサもバツが悪そうだ。

アリサも勢いで言い過ぎたとちょっと思っていたらしい。

 

「でも…何かあのあとにあったような気がするのよね…?」

 

「あ、アリサちゃんもなの? 私も何かあったような気がするんだけど思いだせなくて…」

 

「まぁ、思いだせないってことは大したことじゃないってことだろ、気にすんなよ」

 

どうやらシュウトの施した忘却の薔薇の香りは上手く記憶を消してくれているらしい。

そのことを確認した快人は話を強引にそらすことにした。

 

「ほらほら、そんなことより今日は水族館行きだろ?

 夏休みは目いっぱい楽しまないとな」

 

「アンタに言われなくても分かってるわよ。

 みんな、行きましょ!」

 

「「「うん!!」」」

 

仲直りを果たした6人は、残りの旅行を心行くまで楽しんだのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぅ…疲れたの」

 

旅行から帰ったその日の夜、なのはは風呂上りに髪を乾かすとベッドに寝転がった。

楽しい旅行のはずが、邪神エリスと亡霊聖闘士(ゴーストセイント)の襲来というとんでもない大事件に関わることになってしまった。

なのはにとってはもう10日近く前の話だが、その程度で薄れるような体験ではない。

 

聖闘士(セイント)…それに神様…」

 

今回の戦いはなのはの常識を打ち破るに十分すぎるものだった。

聖闘士(セイント)の強さ、そして『神』と呼ばれる者の桁違いの強大さを目の当たりにしたのだから当然ともいえる。

『魔法』という力をなかなか高い次元で使うなのはを簡単にあしらうその存在たち。

だが…。

 

「あれが…快人くんの戦う世界なんだよね」

 

快人の戦う世界の遠さを、なのはは感じてしまう。

その時だ。

 

 

コンコン…

 

 

「?」

 

窓から何かを叩くような音がして、なのはが視線を向ける。

 

「よっ!」

 

「って、快人くん!?」

 

「バカ、静かに!」

 

窓の外には快人が蟹座聖衣(キャンサークロス)を身につけて宙に浮いていた。

驚きの声を上げかかるなのはだが、快人の言葉に慌てて自分の口を押さえると窓を開けて快人を招き入れる。

 

「どうしたの、こんな夜に?」

 

「まぁ、ちょっと…な」

 

そう言って快人がなのはの部屋に降り立った。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)、まだボロボロなんだね」

 

なのはが痛ましそうに快人の纏う蟹座聖衣(キャンサークロス)を撫でる。

蟹座聖衣(キャンサークロス)はエリス戦で破壊された部分がほとんど修復されていなかった。

右手・右足・胸と大きなダメージを受けた部分はそのままだし、ヘッドパーツは無い。

 

「まぁ、あれだけの損傷だからな。 直るにはちょいと時間がかかるさ」

 

「それで、快人くんは何しにきたの?」

 

「そう、それ何だが…ちょっと今から出掛けないか?」

 

「今から? どこに?」

 

「まぁ、それは着いてからのお楽しみってことで」

 

どうにもおかしな幼馴染の様子に、なのははいぶかしむが結局頷いた。

 

「よし、善は急げだ!」

 

「にゃ!?」

 

そう言うと快人はなのはを、いわゆるお姫様だっこで抱え上げた。

 

「ちょっと快人くん! なのはパジャマだよ!」

 

「いいっていいって。 俺、気にしないし」

 

「なのはが気にするの!? それに何でだっこするの!?」

 

「いや、飛んでくからさ。 お前、今レイジングハートないだろ?」

 

快人の言う通り、戦いで大ダメージを負ったなのはのレイジングハートは修理のためプレシアへと預けていた。

 

「ほれ、それじゃ俺がいいって言うまで目ぇ瞑ってろよ」

 

「はぁ…わかったの」

 

結局、強引な幼馴染の言葉に諦めの極致に達したなのはは、言う通り目を瞑った。

 

「よし、行くか!」

 

快人の声と共に、風を切るような音がする。

快人の小宇宙(コスモ)に守られているから分からないが、かなりのスピードで飛んでいるようだ。

そして、しばらくして快人の声が聞こえた。

 

「ほい、目ぇ開けていいぞ」

 

「ん…」

 

瞑っていた目を開けたなのはが見たのはどこまでも澄んだ星空。

 

「うわぁ…!」

 

「どうだ、綺麗だろ? なんたって雲の上だからな」

 

快人たちのいるのは雲の上、遮る者の無い星々はその輝きを余すところなく伝えている。

 

「凄い綺麗…」

 

「ここは俺のお気に入りだからな。 心の綺麗な俺様には相応しい場所だろう?」

 

「…妄言はほどほどにした方がいいとなのはは思うの」

 

「…そりゃどういう意味だ、おい」

 

ジト目のなのはに、快人もこめかみをピクピクとさせながら言い返す。

だが、快人はため息を一つ付くと星空へと視線を戻した。

 

「俺たち聖闘士(セイント)は星座の戦士。 星見は基本中の基本だよ」

 

「そういうものなの?」

 

「そういうもんなの」

 

快人の言葉に一応の納得をして、なのはは視線を星空へと戻す。

しばらく、お互いに何も言わず星を眺めていたが、快人が少しずつ話を始めた。

 

「今日ここに来たのはさ、ちょっと話をしたかったからなんだよ」

 

「話って?」

 

すると、快人は言いずらそうに言葉を続ける。

 

「今回の亡霊聖闘士(ゴーストセイント)やら邪神エリスやら…俺は、ほぼ間違いなく今後もこういう厄介事に関わっていくと思う。

 だから、さ…」

 

そこまで言うと、なのはが人差し指を快人の口に添え、そこから先の言葉を遮る。

 

「…もしかして、『もう自分に関わらない方がいい』とか言ったら怒るよ?」

 

「…言うわけないだろ。 今回だって俺一人だったら間違い無く負けてた。

 なのはがいなけりゃ死んでたよ。

 そんな俺が、一人で何かできると思うほどうぬぼれてねぇよ。

 だから、さ…」

 

そしてなのはを真っ直ぐに見ながら快人は言った。

 

「これからも俺が危なくなったら助けてくれよな」

 

「もちろん。 その変わり、なのはが危なくなったら助けてね」

 

「当り前だ。 光の速さで駆けつけてやるよ」

 

「絶対だからね」

 

そう言って快人となのははお互いに微笑みあうと、星空へと視線を戻す。

今回の邪神エリスの件は明らかに黒幕がいると、快人は考えている。

本来、亡霊聖闘士(ゴーストセイント)は復活した邪神エリスが手駒として蘇らせたもの。

邪神エリスの復活のために亡霊聖闘士(ゴーストセイント)が動くというのは順番が逆だ。

それに、エリスを倒した後に空間の歪みを作った存在…思えば、行きの時のにもあまりにも空間の綻びが分かりやすすぎた。

最初はエリスの罠だと思っていたが冷静に考えれば、相手はエリスの血による強化を全員に施すつもりだったのだから時間が惜しかったはず。わざわざ招き入れるような必要はあるはずがない。

そうなればあれも意図的な何者かの仕業だろう。

あのあとにも接触が無いため意図は分からないが、何かしらが動いているのは間違いない。

そしてデスマスクが消滅の瞬間に言い残した『神』…それは邪神エリスではないだろう。

そうなれば、どう考えてもエリスより強い相手が敵の可能性は高い。

今後はさらに辛い戦いが待っていそうだ。

だが…。

 

(負けてたまるかよ、そんな奴らに!)

 

快人はこれからの戦いに決意と闘志を新たにする。

そんな快人の隣では、なのはも決意を新たにしていた。

 

(敵が強いも弱いも関係ない。 相手が何でも…神様だって関係ない。

 なのはは快人くんの隣にいるって決めた。支えようって決めた。

 だから…進んで見せる、この道を!)

 

さっきまで感じていた快人の戦う世界の遠さなど、もはやどうでもよかった。

だって快人が「危なくなったら助けてくれ」と、自分を頼ってくれている、対等に見ていることが分かったからだ。

なのはは右の掌を星空へと伸ばすと握りしめる。まるで星を掴み取ろうとするように。

 

(必ず、強くなってみせるから…)

 

不屈の心を持つ少女は、夜空の星たちにその決意を新たにしたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こんにちは。 ここ、いいですか?」

 

「…ああ」

 

いつもの図書館の奥の奥、すずかはいつものように少年に話しかけると少年の正面に座る。

 

「…手」

 

「えっ?」

 

「…随分焼けてるな。 痛くないのか?」

 

そんな風に少年は本から視線を逸らさずに、すずかへと世間話を振る。

全く会話の無かった最初の頃と違い、少年も世間話くらいはすずかとするようになっていたのだ。

すずかとしては、驚くべき進歩だと思っている。

 

「これですか? えへへ…実はお友達と海に行ってて…。

 それで、何ですけど…」

 

そう言って少しだけすずかは顔を赤らめると、何かを少年に差し出してきた。

それはネックレスだった。

青とピンクの色の小さなイルカの飾りのついたネックレスだ。

 

「これは?」

 

「あなたへのお土産です。 よければ貰って下さい」

 

「…いいのか?」

 

「はい!」

 

「…それならありがたく貰っておく。 ありがとう、すずか」

 

最初は胡乱気な視線ですずかを見た少年だが、すずかの全く下心の類がない微笑に小さく息をつくと礼を言いながらそれを受け取り、早速首にそれを付けた。

 

「似合ってますよ」

 

「…これが似合う男は少々おかしい気がするんだが、まぁいい。

 今度、何かしらの形でお礼はさせてもらう」

 

「そんなのいいですよ、私が好きでやってることだから」

 

「1の恩には1の恩で報いるものだ。

 こちらも好きで何か返させてもらう」

 

「…わかりました。楽しみにしてますね!」

 

「…ああ」

 

若干嬉しそうにすずかは頷くと、少年と同じように本を読もうと思って、ふと少年の読む本が目に入った。

それはこの図書館の本ではない。

表紙はまったくの無地、なんの本か分からないものだった。

好奇心に駆られ、すずかは少年に聞いてみることにした。

 

「ねぇ…その本って何なの?」

 

その言葉に、少年は本から視線を外さずにすずかへ答える。

 

「今朝方、知り合いから届けられたものでな。

 まぁ…ファンタジー小説のようなものだ」

 

「へぇ…どんな話なんですか?」

 

「女の子がしゃべるフェレットと出会い『魔法』って力を手に入れて、危険物を封印したり、『魔法』で戦ったり…まぁ、そう言う話」

 

「ライトノベルっていうのですか?」

 

「…まぁ、そんなところだ」

 

少年はそのままページを読み進めていく。

 

「でも、そんな本が届けられるなんて、知り合いの人って作家さんか何かなの?」

 

「…」

 

その言葉に、少年はページをめくる手を始めて止めた。

そしてすずかの方を見ながら質問に答える。

 

「『アレ』が作家? それはない。

 『アレ』は観客だよ。 しかも一番たちの悪いタイプのな」

 

「? たちの悪い観客?」

 

可愛らしく小首を傾げるすずかに、少年は言葉を続ける。

 

「そう。

 この展開が気に入らない、この役者が気に入らないって文句を言う観客。

 挙句の果てに、勝手に脚本の変更までやろうとするような奴だよ。

 演じさせられる人間はたまったもんじゃない」

 

「そ、それは嫌かも…」

 

「だが、そう言うやつに限って『力』があるものでな…。

 役者の交代や脚本の変更を本気でやって、自分の気に入った内容の芝居をさせるんだ」

 

「…何だか昔の独裁者みたい。 自分の偉業を称えるような映画とか作るような…」

 

「それ、確かに近いな…」

 

そこまで話すと、少年は本へと視線を戻す。

そんな少年に、すずかは再び話しかけた。

 

「ねぇ、あなたはこの夏にどこか行く予定はないの?」

 

「…特に無い。 ここでこうして本を読んでる」

 

「確かに図書館はいいところだけど、もっと面白いところがたくさんあると思うよ?」

 

「…特に興味ないな。

 それに図書館はいいところだ。

 知識が手に入るし…いい出会いもある」

 

「そ、それって…!?」

 

少年の言う『いい出会い』というのが、自分との出会いのことだと感じたすずかは顔を赤くし、恥ずかしがるように自分の本で顔を隠すように読み始める。

だから、すずかには見えていなかった。

 

少年の視線のずっと先―――そこに車椅子の少女と、それを優しく押す同い年くらいの、だが随分大柄な少年の姿があったことを。

 

少年は誰にも気付かれること無く、薄く笑った…。

 

 

 




邪神エリス編のエピローグでした。夏の間に終わってよかった…。
亡霊聖闘士や神との戦いを経て、主人公とヒロインたちはさらに強くなることを決意します。

そして…現在作品に登場予定の黄金聖闘士全ての登場になりました。
はやてのところの黄金ですが…たった一行の描写なのに何の星座か分かりそう。
分かってもネタバレはなしでお願いします。

次回から舞台裏を数回挟みA’S編の開幕です。


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幕間
舞台裏その4 蟹と魚と人工知能、大いに悩む


 

成長をするためにもっとも必要なものは何だろうか?

トレーニング? それとも知識?

いや、それは『考える事』ではないだろうか?

経験から物事を学び、考え、状況を打破する。そしてそれを繰り返し蓄積していく…成長の神髄とは『考える事』と言っても過言ではないだろう。

それは人だけではなく、どんな動物もやっているひどく当り前のこと。

だから、魂もたぬ彼らがそんな成長のための『考え事』をするのも、そんなにおかしなことでは無かった。

 

暗い研究室にて、2つの球体が点滅を繰り返していた。

その2つの球体とは、なのはとフェイトの相棒であるインテリジェントデバイス、レイジングハートとバルディッシュのコアパーツである。

ここは時の庭園内にある、プレシアのラボだ。

この間の『邪神エリス事件』にて大きな損傷を受けた2体は通常の自己修復だけではまかない切れず、オーバーホールのためプレシアに預けられていた。

今は外装の全てを外され、メモリーとAIのみの存在となっている2体は、点滅を繰り返し、互いのネットワークを通じて言葉も無く会話していた。

インテリジェントデバイスというのは凄まじく優秀である。

魔法発動に状況分析・判断、その他通信・解析などの作業を戦闘という極限化で高効率にこなすのだからその優秀性は火を見るより明らか。

経験を蓄積・成長し、場合によっては自らの改造案すら提示する。

なのはとフェイトの相棒であるレイジングハートとバルディッシュは、そんなインテリジェントデバイスの中でもさらに優秀なシロモノだ。

そんな最高級インテリジェントデバイス2体は現在、ものの見事に思考が完全に行き詰っていた。

2体の現在取り組んでいる命題とは、『対聖闘士(セイント)・対神戦戦術の構築』である。

戦いというのは、常に最悪の敵を想定しておくものだ。

少なくともレイジングハートとバルディッシュは、そうしていつでも主であるなのはとフェイトの命を守るべく、思考し、成長している。

だが…今回現れた敵はあまりにもハードルが高すぎた。

まず聖闘士(セイント)、快人やシュウトがなのはとフェイトの訓練に付き合うこともありその戦闘能力は理解していたつもりだがそれは間違いだった。

敵対した場合どれだけ恐ろしいかということを今回の出来事で嫌というほど思い知らされたのだ。

そして『神』という、あの快人たちですらギリギリの勝利をもぎ取ることがやっとの存在の登場。

ここまでくれば、『遭遇すること自体が絶対的な敗北』である。

だが、そんな運任せの結論で良いわけが無い。

結局、2体は『神』のことは取り合えず棚に上げ、まだ常識的な『対聖闘士(セイント)』を想定した場合を考えていくが…これもまたどうしようもないレベルでの難題だった。

2体はメモリーから、『邪神エリス事件』で遭遇した亡霊聖闘士(ゴーストセイント)の能力を分析していくが、あまりにも強力だ。

なのはのシールドを拳一撃で破壊する『攻撃力』、なのはの砲撃とフェイトの魔力刃を受けてもびくともしない『防御力』、高速戦闘を得意とするフェイトを容易く凌駕する『機動力』…どれもこれもが出鱈目である。

決してなのはとフェイトが弱いわけではない。

それどころかなのはとフェイトは魔導士としてとてつもなく強い。

2人はただでさえ有り余った魔法の才を、経験と訓練によって開花させつつある。

さらに2人には聖闘士(セイント)特有の特殊技能である『小宇宙(コスモ)』をも学習していた。

小宇宙(コスモ)―――レイジングハートとバルディッシュには感じ取れない魔法とは違うその力は微量だと快人たちは言うが、それによって増幅された魔法の力は凄まじいものだ。

現在、この技術を持つ魔導士はなのはとフェイトをおいて他にはいないだろう。

そんな2人ですら、聖闘士(セイント)との戦闘では窮地に立たされた。

勝てたのは快人とシュウトが保険として預けてくれた黄金聖衣(ゴールドクロス)による小宇宙(コスモ)の増幅効果のおかげだ。

その効果で増幅された小宇宙(コスモ)を魔法に混ぜることで驚異的な威力アップを成し遂げ、聖闘士(セイント)の防御を突破したのである。

だが、その代償として超高出力になった魔法に耐え切れず、レイジングハートとバルディッシュは今の状態となってしまっている。

今後もなのはとフェイトは小宇宙(コスモ)を魔力に混ぜ戦うことから、自分自身の強化は必須だと考えていた。

少なくとも今回のように主の力に耐え切れず損壊などお話にもならない。

メインフレームの強化はもちろんのこと、対聖闘士(セイント)戦を想定したようなモード開発も必要になるだろう。

しかし、歯痒いことに自身の強化をどれだけ考えたところで現状ではどうしようもない。

というのも、それを為せるだけの技術者がいないのだ。

 

デバイスとは芸術品といっても過言ではない、繊細かつ精密な代物だ。

それを強化・改造するためにはそれ相応の技術力と施設が必要になる。

残念ながらプレシアはデバイスの専門家ではないため修理は可能でも、強化改造となっては完全にお手上げの状態であった。

かくしてレイジングハートとバルディッシュの自身の強化改造プランはお蔵入りとなり、なのはとフェイトに拘束・幻惑系の魔法を特訓させ、戦術によって聖闘士(セイント)を制圧、または退避までの時間を稼ぐという至極無難な結論に相成った。

無論、レイジングハートとバルディッシュにとってその結論は納得しがたいものである。

だが、現状取れる最良の手段であることは間違いなく、2体はそのための特訓のプランを立てていく。

2体の強化改造プランが日の目を見るのは、もうしばらく後のことだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その日、快人とシュウトは『双魚宮』で顔を突き合わせていた。

2人の目の前にはオブジェ形態で鎮座する蟹座聖衣(キャンサークロス)魚座聖衣(ピスケスクロス)の姿があるが、双方ともまだ『邪神エリス事件』での傷が生々しい。

蟹座聖衣(キャンサークロス)魚座聖衣(ピスケスクロス)は女神たちによって完全な自己修復能力を手に入れていた。

どれだけ破壊されても自己再生が可能と言うのは女神アテナとアフロディーテの言葉。

その言葉に偽りは無いようでその傷は少しずつ修復されつつあるのだが…それには問題があった。

『修復速度』である。

 

自己修復に任せていた場合、その速度は非常に遅いのだ。

2人の小宇宙(コスモ)を循環させることで修復速度を上げることが出来るが、それでも全身隈なくヒビの入った中破状態の魚座聖衣(ピスケスクロス)で2週間、大破状態の蟹座聖衣(キャンサークロス)では修復完了までに3ヶ月は掛かると見ている。

これが自己修復に任せていた場合、魚座聖衣(ピスケスクロス)で数ヶ月、蟹座聖衣(キャンサークロス)で1年以上は必要とするだろう。

今回のように一気に戦いが終結するならいいが、長期に渡る戦闘となった場合、この修理速度は致命的だ。

『聖闘士星矢』の原作において聖衣修復者が優秀な点は、この修復速度が異常に早いことだろう。

修理が早ければ、それだけ戦線復帰が早まる。

そうすれば戦力の減退を最小限に抑えることが出来るからだ。

 

「修復速度とは…意外なところに落とし穴があったもんだな」

 

「本当だよ。

 これを見てると不死鳥座(フェニックス)青銅聖衣(ブロンズクロス)がいかに壊れた性能だったか分かるね」

 

「一瞬で自己再生可能で、おまけで装着者も完全回復。

 後半では強化されて、『黄金聖衣(ゴールドクロス)に極めて近い青銅聖衣(ブロンズクロス)』になってるからな。

 防御力も小宇宙(コスモ)増幅率も黄金聖衣(ゴールドクロス)並で超絶再生能力付き…明らかに黄金聖衣(ゴールドクロス)をブッチぎってるぜ」

 

実は最強の聖衣(クロス)とは不死鳥座(フェニックス)青銅聖衣(ブロンズクロス)なのではないだろうかと2人は真剣に考えていた。

 

「それで、俺を呼んだってことは何かあるんだろ?」

 

「まぁね…兄さん、ここ見てよ」

 

そう言ってシュウトが見せるのは魚座聖衣(ピスケスクロス)の右腕パーツ。

他のパーツと同じように損傷していたはずだが、それが全く無い。

比較対象としてシュウトは左腕パーツも持ってくるが、そちらは今だヒビの入った痛ましい姿だ。

 

「何で右腕パーツだけ修復速度が違うんだ?」

 

「実はその右腕パーツ、ちょっと『実験』をしてさ。 その結果なんだ。

 ちなみに、その右腕パーツに『実験』をやったのは昨日だよ」

 

「1日でこの差か…」

 

完全修復を終えた魚座聖衣(ピスケスクロス)の右腕パーツを持ちながら快人は呟く。

 

「で、どんな魔法を使ったんだ?」

 

その快人の言葉に、シュウトは困ったように頬を掻きながら答えた。

 

「『魔法』ならよかったんだけど…まぁ、『原作通り』にやってみたってこと」

 

その言葉で快人は言わんとしていることを理解し、ため息をつく。

 

「はぁ…結局、血を盛大に流さないとならないっていうのかよ」

 

修復速度に問題を見出していたシュウトは実験として、自分の血を破損した魚座聖衣(ピスケスクロス)の右腕パーツに注いでいたのだ。

『聖闘士星矢』の原作において聖衣(クロス)修復に欠かせないものの一つに、聖衣(クロス)の階級以上の聖闘士(セイント)の血液がある。

白銀聖衣(シルバークロス)を修復するなら白銀聖闘士(シルバーセイント)または黄金聖闘士(ゴールドセイント)相当の聖闘士(セイント)の血と言った具合だ。

そして一体の聖衣(クロス)の完全修復には、実に身体の三分の一以上の血液を消費する必要がある。

 

「でもこの回復速度はすごいと思うよ」

 

「そりゃ分かってるが…根本的な解決になってない。

 聖衣(クロス)がボロボロになるってことは、戦闘で装着者のほうもかなりのダメージを受けてるってことだ。それがさらに血を流してみろ、戦線復帰までの時間ってことに限ってはヘタすればマイナスだぞ。

 俺とお前で無事なほうが修理で血を流すってのもいいが、それって逆に言えば2人とも戦闘に出れなくなるってことだ。

 戦力的にマイナスが大きすぎる」

 

『血を失う』ということの戦闘行動に及ぼす影響は計り知れない。

もし今後、快人が戦闘で聖衣(クロス)を破壊されその修理でシュウトが血を流せば、2人揃って戦えない時間と言うものが出来てしまう。

聖衣(クロス)の修復速度の劇的な上昇は確かにすごいことだが、逆に考えることが増えてしまった。

快人とシュウトはお互いに顔を見合わせると、盛大にため息を付く。

 

「ままならないもんだな」

 

「そうだね」

 

「とりあえず、『緊急時に急速修復の方法がある』ってだけ覚えておこう。

 差し迫った敵もいないし、ボタボタ血を垂れ流す必要もない。

 今の修復速度でも十分だよ」

 

「まぁ、そうだね。

 じゃあ、こっちの問題はいいとして…次の話をしようよ、兄さん」

 

「なのはとフェイトのことか?」

 

快人の言葉に、シュウトは頷く。

 

「ボクたちは今後も、今回みたいな事件に関わっていくと思う。

 でもフェイトやなのはちゃんがこの間の『邪神エリス事件』みたいな目に合うのは危険すぎる。

 それで…」

 

「で、『自分と一緒にそういう事件に関わらないほうがいい』って言った結果がそれか?」

 

ニヤニヤと笑いながら、シュウトを指差す快人。

シュウトの左頬は赤く腫れている。

どう見てもビンタの跡だった。

 

「…言った途端、叩かれて泣かれたよ」

 

「だろうな。 でも、その割にさっき会ったフェイトの機嫌はよかったみたいだが…」

 

「すぐ謝ったら、今度一緒に出掛けるなら許してくれるって」

 

「…今すぐ爆発して死んどけよ、リア充弟。

 何なら、俺が物理的霊的両方から魂葬破で爆発させてやろうか?」

 

「お断りだよ。

 兄さんこそ薔薇の花束でも抱えてなのはちゃんをデートに誘ったら?

 花束はボクが用意してあげるけど?」

 

「お前の用意する花束じゃ、なのはに渡す前に俺が死ぬわ」

 

からかわれたくない幼馴染との話のため、快人とシュウトは一瞬だけ戦闘時のような小宇宙(コスモ)を立ち上らせるが、お互いにバカらしいと肩をすくめると話を戻す。

 

「とにかく、フェイトはどうあっても今後もボクたちと同じく厄介ごとに関わると思う」

 

「なのはも同じだな。 あいつが大人しくしてる図はまったく想像できない」

 

快人とシュウトはお互いの幼馴染を思い浮かべ、深くため息をついた。

 

「そうなりゃ、なのはたちのレベルアップは必要になるだろうが…」

 

「2人とも才能あるけど対聖闘士(セイント)戦とかを想定すると、まだ危険だからね」

 

なのはとフェイトの努力は目覚しいものがあるが、いかんせんそれだけでは不足だ。

もっと根本的な部分での戦力アップがないと厳しい気がする。

 

「2人の小宇宙(コスモ)を高める特訓をもっとやってもらうのは当然としてだが…何なら毎回黄金聖衣(ゴールドクロス)のパーツ貸すか?」

 

「それで毎度毎度、今回みたいな凶悪な相手に兄さんが勝てるならね」

 

「…無理だな」

 

「でしょ」

 

「で、何か考えがあるんだろ?

 そうじゃなきゃ、お前がこんな話を長々とする理由が無い」

 

そう言われて、シュウトはニヤリと笑った。

 

「まぁね、実は考えてることがあって、兄さんにも協力して欲しいんだ」

 

「愉快そうな話だなぁ、おい」

 

快人はシュウトの物言いに露骨に眉をひそめると、静かにシュウトの話を聞いた。

そして…聞き終わった瞬間、快人は呆れた顔をする。

 

「お前…随分用意がいいなぁ。 兄ちゃん、マジで関心しちゃったぞ」

 

「まぁ最初はただの思いつきだったんだけどね。

 それで『実験』してみたら、思った通りにいけそうなんだ。

 だから、さ…」

 

「ああ、最後までいうな。

 こんな面白そうなこと…乗るに決まってるじゃないか!」

 

兄弟は互いにニンマリと笑いあう。

それは悪戯を思いついたような笑みだ。

 

「驚くぞ、これ!」

 

「だね。 兄さんはなのはちゃんの方をよろしく」

 

「ああ。 それで、いつ渡すんだ?」

 

「まぁ、クリスマスプレゼントのつもりでいいんじゃないかな?

 実際、普通にやればそれ近くまで掛かりそうだし」

 

まだ夏だと言うのに、幼馴染へのクリスマスプレゼントの用意を始める快人とシュウト。

2人の着々と進める企みが明るみに出るのは、もう少し先の話だった…。

 

 

 




というわけで、今後のための伏線回です。
感想でもちょっとあった黄金聖衣の修復について。
自然自己修復が可能ですが速度が遅く、原作通り血を掛けると修復が早くなるという設定です。
…聖衣が絶対息絶えないというだけで、実用的な速度で直そうと思ったら、修復者がいらないだけで血は必要ってことですね。
むしろそれがなきゃ聖闘士星矢じゃない(笑)。


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舞台裏その5 魚と黒、お出かけをする

 

 

戦いにおいて『準備』と言うのは非常に重要だ。

『戦う前に勝負は着いている』という言葉は真実であり、どんな戦いも万全な態勢で準備を進めた者が勝つのは必定である。

現在、フェイトは戦士のごとく真剣な表情で『戦い』の準備の真っ最中だった。

 

「…」

 

日曜日の朝、フェイトは姿見の前で何度も自身の格好をチェックする。

薄い青を基調としたブラウスに長めのスカート、そして頭には麦藁風の帽子。

飾り気は少ないが、フェイトの落ち着いた雰囲気もあってその格好は似合っている。

その姿はまるでお嬢様、『アメリカ西海岸あたりを歩いている富豪の令嬢』と言って通じそうな雰囲気だ。

だが、まだ心配。

この服で大丈夫だろうか、という疑念が昨夜から何度も湧き上がる。

 

今日はシュウトとのお出掛け、所謂デートの日である。

たかだかデートで何をそこまで真剣に、と思うものもいるかもしれないが少女たちにとって恋とは『戦争』だ。

戦闘服(おしゃれな服)を身に纏い、最高の武器(甘い言葉と笑顔)で相手を下し、その心に自分と言う名の旗を立てて制圧する…それこそ少女たちの戦う恋という名の『戦争』である。

 

「フェイト、そろそろ時間じゃないの?」

 

「あ、母さん」

 

ドアを開けて入ってきたのはプレシアだった。

時の庭園での事件以降、憑き物が落ちたかのようなプレシアからは刺々しさが消え、現在では穏やかな母親としての、本来の姿へと戻っている。

ちなみに本来の美しさを取り戻したプレシアは娘の親友の母、桃子とはママさん同士で仲がよく、近所付き合いも良好。

少し前からは考えられないくらいの穏やかな生活の中にいた。

そんな母親たるプレシアはフェイトの姿を認めると深くため息をついた。

 

「フェイト、あなたまだ鏡見てたの? 昨日の夜遅くまでかかって、その服にしたんじゃないの?」

 

「そうなんだけど…母さん、これ変じゃないかな?」

 

「その質問、昨日から何回目なの?

 答えは昨日と同じよ、似合うわ、フェイト」

 

「ありがとう、母さん。 でも…」

 

「大丈夫だって、きっとあいつなら『可愛い』って言ってくれるよ、フェイト!」

 

「そうかな…?」

 

どこか不安げな表情のフェイトに今度は子犬形態をとったアルフがやってきて言葉をかけるが、それでもフェイトの不安げな表情は変わらず、プレシアとアルフは目を合わせると肩を竦めた。

 

(まったく…フェイトが何着ようがアイツが『似合わない』なんていう訳無いじゃないかい)

 

(この子の不安も理解はできるのだけど…私の娘なんだし、もっと自分に自信を持ってほしいわね)

 

アルフとプレシアは心の中で心配性なフェイトにため息をつく。

 

「それで、そろそろ時間は?」

 

「いけない、もうこんな時間!?」

 

プレシアの言葉に時計を見たフェイトは、バッグを手に取ると玄関へと駆けていく。

ちなみに、シュウトは兄である快人の家と、ここフェイトの家を行ったり来たりする生活をしていた。

総じて家事能力が何故か低いテスタロッサ家の、飯炊きというポジションは不動である。

快人曰く、『通い夫』だ。

今日は快人の家から待ち合わせ場所に来るため、シュウトはテスタロッサ家にはいない。

 

「母さん、アルフ! 行って来るね!」

 

「楽しんでらっしゃい」

 

「フェイト、お土産よろしく!」

 

プレシアとアルフの声を聞きながら、家を出たフェイトは軽い足取りで待ち合わせ場所である、公園の噴水前までやって来ていた。

 

「…いた!」

 

少し視線を巡らせるだけで、シュウトはすぐに見つかった。

長い髪を縛った、一見すると女性にも見えかねない中性的な美男子だ。

ジャケットにハーフズボンと年相応にしながらも、静かに噴水前で本を読む姿は落ち着いた知的な雰囲気を醸し出している。

そんなシュウトにあたりの視線が集中しているのを感じて、フェイトはある種の優越感を抱きながらシュウトへと声をかけた。

 

「シュウ、待った?」

 

「ううん。

今来たところだよ、フェイト」

 

そう言ってパタンと本を閉じて笑顔を見せてくれるシュウト。

 

「それじゃ行こうか、フェイト」

 

「うん…」

 

立ち上がってシュウトの差し出す手をフェイトが握り、2人は歩き出す。

お似合いの美男子・美少女の小さなカップルに、周りは優しい温かな視線を送るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、そんな小さなカップルのかなり後方に、これまた視線を集める小さな男女の姿があった。

 

「あー、目標は移動を開始。 後を追うぞ」

 

「了解なの」

 

それは全身黒づくめな少年少女だ。

夏の残暑も厳しいというのに少年の方は上から下まで黒一色。帽子まで黒の上、サングラス装備である。

対する少女も黒のフリルスカートに黒い帽子、そしてまったく似合わないサングラス装備だ。

漫画に出てくるような典型的スパイルックである。

その2人はまるで視線から隠れるように木陰から様子を窺っているのだが、周囲の視線はしっかりと2人に釘付けである。

説明するまでもないだろうが、この2人は快人となのはだ。

 

シュウトとフェイトのデートなどと言う面白いイベントを快人が見逃すはずもない。

 

『兄として弟の行動は知っておく必要がある!』

 

などと、本人が聞いたら問答無用で千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)が勃発するだろう言葉を平然と吐くと快人は2人のデバガメを宣言。

そんな快人の暴走を最初は止めようとしていたなのはだが、言葉巧みに快人に誘導され、そしてなのは自身も興味があったせいで、今では立派なデバガメの共犯者である。

 

「それにしてもシュウトの奴、なかなか気合い入った格好だな」

 

「フェイトちゃんもお化粧してるし、気合い十分なの」

 

2人は小宇宙(コスモ)による視力強化の恩恵でつぶさに観察したシュウトとフェイトの様子を見ながら呟く。

 

「化粧か…お前も化粧とか考えてみたらどうだ?

 まぁ、まだ早いのかもしれないけど」

 

「うーん…今度お母さんとお姉ちゃんに教えてもらおうかな」

 

普段より格段に綺麗になってシュウトの隣を歩く親友の姿を見て、なのはは快人の言葉に素直に頷いた。

 

「確認するけど、なのは、これは極秘ミッションだからな。

 ドジ踏むなよ?」

 

「そっちこそだよ」

 

「大丈夫だって、ヘマはしないよ。

 何たって…こんな面白いこと、ヘマしてやめられるわけないじゃないか」

 

何とも邪悪な顔で笑う快人になのはは苦笑すると、シュウトとフェイトを追って移動を始める。

あくまで目立たぬよう・気付かれぬように、だ。

そんな快人となのはのおかしなカップルに、周りは生温かい、何とも言えない視線を送るのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

皆誰もが遊びに出掛けようとしている休日の列車は結構な混み様だった。

見渡せば人・ヒト・ひとで溢れかえっている。

正直に言えば、フェイトは人見知りをする質だ。

そのため、こういう人ごみというのはあまり得意ではない。もっとも、得意と言う人間はいないだろうが…。

 

「大丈夫、フェイト?」

 

「大丈夫だよ、シュウ」

 

そんなフェイトのことを理解しているシュウトは心配そうに眉をひそめるが、フェイトは心配させまいと笑顔を作る。

シュウトはフェイトの壁になって守るように立っていた。

フェイトが人ごみに巻き込まれないように、である。

そんな幼馴染の細やかな気遣いと、密着するほどの急接近にフェイトの胸は高鳴る。

 

(こういうことなら人ごみもいいかも…)

 

息苦しい電車内でシュウトに守られながら、フェイトはそんなことを思ってしまった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

シュウトたちから離れる事1車両、快人となのはも電車の混雑に巻き込まれていた。

シュウトのフェイトに対する心配りは、女の子として見てパーフェクトである。マーベラスである。

対して自分の幼馴染は…。

 

「おーい、なのは。 ここだここ」

 

どうやったのか、ちゃっかりと席を確保していた。

のらりくらりしながら、おいしいところはちゃっかり頂いていくいつも通りの幼馴染になのはは苦笑が漏れるのを止められない。

 

「快人くん、ちゃっかりしすぎなの」

 

「席を確保した俺に言う言葉か、それ。

 俺に言うべき言葉は『ありがとう快人様』だぞ。

 ほら、リピート!」

 

「アリガトウゴザイマス」

 

「…なーんか引っかかるんだが、まぁいいや。

 ほれ」

 

そう言ってポンポンと席を叩く快人に、なのはは席に座ろうとしたが、何故か途中で快人に止められた。

 

「快人くん?」

 

「あー、悪ぃ、なのは。

 よく考えたら俺ら健康的な若者じゃん? それにあの2人を観察するなら立ち見の方がいいよな?」

 

そう言う快人の視線の先には、立っている老夫婦の姿があった。

それだけで快人の言わんとすることを理解したなのはは何も言わず微笑み返して頷く。

日頃バカなことばかり繰り返す快人だが、年上や目上の人間にはしっかりと敬意を払うことは忘れていない。

なのはは、老夫婦に席を譲る快人を好ましく思いながら眺めるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

シュウトとフェイトのたどり着いたのは遊園地だった。

カップルや親子連れで賑わいを見せている。

 

「うわぁ…!」

 

フェイトは周りのアトラクションや着ぐるみに目を輝かせた。

 

「フェイト、もしかして遊園地って来たこと無い?」

 

「うん。私ずっと時の庭園にいたから、こういうところで遊んだこと無くて…」

 

「そっか。 ならボクもフェイトの遊園地デビュー、しっかりエスコートしなきゃいけないね」

 

「お願いできる、シュウ?」

 

「お任せ下さい、フェイト姫」

 

シュウトはおどけながら大仰に礼をすると、フェイトはクスリと笑うとシュウトに返した。

 

「それじゃ任せちゃうね、王子様」

 

手に手をとって歩くシュウトとフェイトは、本当に王子と姫君の様に優雅に歩き出すのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「…あいつ、ああいう台詞がよくスラスラ出てくるな」

 

「あれは、シュウトくんだから許されるんだと思うよ」

 

シュウトとフェイトの様子を見ていた快人となのはは、呆れながら呟いた。

すると、快人はなのはに振り向いて大仰に礼をする。

 

「なの姫様、今日はこの俺が素晴らしい休日をエスコートいたしましょう」

 

「…うん、30点」

 

シュウトを真似した快人に、なのははジト目で即座に辛口の点数を付ける。

 

「お前、この完璧な王子っぷりになんて得点を」

 

「快人くんがやっても全然似合わないから。

 あっちは王子様っぽいけど快人くんは…チンピラ?」

 

「…はぁい姫君、教育のお時間で~す!」

 

「いはいいはいいはいの!!」

 

正直な感想を口走ったなのはに、快人は青筋を立てながらなのはの頬を引っ張る。

 

「まったく…見る目のない奴め」

 

「むしろなのはの見る目は正常だと思うの」

 

ぶつくさと文句を言う快人に、なのはは頬を擦りながらジト目で答える。

 

「まぁいいや。 ほら、行くぞなのは」

 

「はいはい、なの」

 

快人に呆れながらも、なのははぴったりと快人にくっつきながら2人の後を追うのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

アトラクションに乗ってショーを見て、楽しく午前中を楽しんだシュウトとフェイトはオープンカフェ型のお店で昼食を食べていた。

 

「スターレンジャース、面白かったね!」

 

「私はあのお人形がたくさん出てくるアトラクションが好き。

 あとあのお化け屋敷もよかった。

 あんな可愛いお化けならお持ち帰りしたいかも」

 

「ボクは夏の一件でお化けはこりごりなんだけど…」

 

「アレと一緒にしちゃダメだよ、シュウ」

 

2人は談笑しながら昼食を食べていく。

デザートのパフェを美味しそうにパクつくフェイト。

そんなフェイトの頬に、シュウトの指が触れる。

 

「シュウ?」

 

「フェイト…クリーム付いてるよ」

 

「あ、ありがとう…」

 

シュウトが指でフェイトに付いたクリームを拭き取る。

そして微笑みながら、シュウトは指に付いたクリームをペロリと舐め取った。

 

「ふふ…甘いね」

 

そんなシュウトに、フェイトは顔を真っ赤にした。

そしてしばらくの後…。

 

「うん、甘くて美味しいよ。 だから…シュウトも食べて」

 

そう言ってフェイトは、はにかみながらスプーンにパフェのクリームを掬い、シュウトの前に差し出した。

 

「はい、あーん」

 

顔を赤くしながら言うフェイトに微笑み、シュウトは言われるままにパフェを口にする。

 

「うん、おいしいね」

 

「そうでしょ? もう一口…あーん」

 

「あーん」

 

フェイトがパフェを食べ終わり、2人が席を立つまでそこには余人の近づけない甘ったるい空間が形成されていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「……」」

 

一方、快人となのはは同じお店のシュウトたちの様子がうかがえる席でテーブルに突っ伏していた。

 

「…アパム、塩だ。 塩持ってこい」

 

「誰がアパムなの。 ってそれならなのはが先」

 

2人はゲンナリとした顔で身体を起こした。

2人揃ってシュウトとフェイトの形成する甘い空間に、もうお腹一杯である。

 

「つーか、なんであんな行動がスラスラ自然に出来るんだあいつは?

 お兄ちゃん、ちょっと心配になってきたぞ…」

 

「フェイトちゃん、『あーん』なんてすっごく大胆…」

 

お互いの弟と親友の何かが吹っ切れたような全力っぷりに、快人となのはも引き気味だった。

 

「とりあえず…俺らもメシにしよう」

 

「うん、そうだね。 でもご飯より先に…」

 

「いらっしゃいませ。 ご注文はお決まりですか?」

 

そのタイミングで、2人の席にやってきたウェイトレスに2人は同時に言ったのだった。

 

「「ブラックコーヒーください(なの)…」」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

シュウトとフェイトのデートは続き、様々なアトラクション、土産物屋でのショッピング、幻想的な夜のパレードと2人は楽しんでいく。

そして…閉園の時間が迫っていた。

パレードも終わり人がまばらに減っていく中、シュウトとフェイトはベンチに座り星空を眺める。

 

「綺麗だね…」

 

「うん。 星はいつだって、綺麗な光で人を見守ってるんだ。

 それは守護星座とも言うけどね」

 

「流石、星座の闘士、聖闘士(セイント)だね。

 ねぇ、私にも守護星座ってあるのかな?」

 

「勿論だよ。 人は必ず星座を背負って産まれてくるからね」

 

「…造られた私でも?」

 

「…怒るよ、フェイト?」

 

「ごめん、シュウ」

 

顔をしかめたシュウトに、フェイトは慌てて謝り、2人は再び星を見つめる。

 

「フェイトの守護星座は分からないけど…少なくとも魚座(ピスケス)はいつだってフェイトを守る星だよ」

 

「シュウ…」

 

「…思えばこんな星空だったなぁ。 リニス姉さんと誓ったのは」

 

空を眺めながらシュウトが脳裏に思い浮かべるのは、自分にフェイトを託し消えてしまった、姉と慕う女性の姿。

 

「あの日、リニス姉さんとボクの心に、『フェイトを守る』って誓いを立てて今までやってきたけど…何だかボクがフェイトを危険に巻き込んでるみたいだ」

 

「シュウ…その話は蒸し返さないで」

 

フェイトはシュウトの言葉に一気に不機嫌そうになる。

今日のデートは、ちょっと前にシュウトが同じことを言って怒ったフェイトのご機嫌をとるためのものだ。

それを蒸し返すのでは本末転倒である。

 

「…わかってるよ。

 でもこの間の『邪神エリス』の一件を思うと心配でたまらないんだ」

 

『邪神エリス事件』にて、フェイトは本当に死にかけていた。

シュウトがあと一歩遅ければ、オルフェウスによって首を断たれ間違い無く死んでいた。

それを思うとシュウトは震えが来る。

だからこそ、彼女の身を案じての言葉だった。

だが、フェイトはそれを否定するように首を横に振ると、シュウトに向かって問い掛ける。

 

「ねぇ、シュウ。

 シュウはもしリニスとの約束が無かったら、私を助けてくれないの?」

 

「そんな訳無い! フェイトを守るのは他でもない、ボク自身で選んだボクの意志だ!」

 

力強いその言葉に、フェイトは嬉しそうに頷くとシュウトを見つめて言葉を紡ぐ。

 

「だったら、言うね。

 私、フェイト=テスタロッサはこれからもシュウと一緒に歩んでいく。

 どんな困難があっても離れない。

 どんな敵…神様が相手でも離れない。

 幸せも喜びも悲しみも困難も…これからシュウの背負うものを私も背負っていく。

 …これは私が選んだ私の意志。

 私の意志は、シュウにだって止めさせない」

 

「…それで危険がふりかかっても?」

 

「危険を恐れてシュウから離れるのと、シュウの隣にいるかわりに危険な目にあうことだったら、私は迷わず後者を選ぶよ」

 

「…本当にフェイトは強いね」

 

『邪神エリス事件』にて、フェイトはシュウトの敵となるような存在たちの力をまざまざと見せつけられた。

その圧倒的な力を正しく理解し、それでも危険なシュウトの隣にいる事を選ぶ…それがどれだけの強さか、シュウトには想像すらできない。

 

「シュウ。 私はまだ、シュウに守ってもらうぐらいに弱い。

 でも待ってて。私、強くなるから。

 せめて…シュウが前だけを見て進めるくらい強くなってみせるから…」

 

そう言うと、2人は見つめ合い、フェイトは顔を赤くしながらシュウトの頬を触る。

そしてゆっくりと目を閉じながら、シュウトへと顔を近づけていく。

その時。

 

「にゃ!?」

 

「おぅわ!?」

 

背後の茂みが揺れ、ズデンと倒れこんでくる2つの影。

 

「おいなのは、お前なに倒れてんだよ!」

 

「快人くんが身を乗り出してなのは押しだされたの!

 なのはのせいじゃないもん!」

 

「おまえなぁ!」

 

倒れながらも何事かを言い合っている2つの影。

 

「「…」」

 

シュウトとフェイトは揃ってその影に、絶対零度の視線を向けるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人となのはは転がったままいつも通りの言い合いをしながらも、内心では冷や汗がダラダラと流れていた。

それと言うのも、シュウトとフェイトの視線が今までに感じたことが無いくらい冷たいのだ。

 

(絶対零度…氷の闘技を極めたか…)

 

(バカ言ってる場合じゃないよ! シュウトくんもフェイトちゃんもアレ、本気で怒ってるよ!!)

 

(う、うろたえるんじゃない! 黄金聖闘士(ゴールドセイント)はうろたえない!

 こういうときは素数を数えて落ち着くんだ!!)

 

(わかったの! 1、3、5、7、9…)

 

(落ち着けなのは、それは奇数だ!)

 

などと小声で会話を交わす快人となのは。

やがて、快人は意を決したように努めて明るく2人に話しかける。

 

「や、やぁ、2人とも! 奇遇だなぁ!」

 

「「…」」

 

努めてフレンドリーに話しかけるが、2人の視線は変わらず。

そして、シュウトの右手が動く。

 

「うごがぎゃぁ!?」

 

「きゃぁ!?」

 

快人が訳の分からない叫びと共に、なのはを抱きながら横に転がると軽快な音と共に地面に白い薔薇が無数に突き刺さる。

 

「おいシュウト、何しやがる! ブラッディローズは痛いじゃすまねぇぞ!!」

 

なのはを抱きながら立ち上がる快人の抗議の声に、シュウトは不気味なほどの笑顔で答えたのだった。

 

「うん、『痛い』じゃすまさないから安心して。 『遺体』になってもらうから」

 

「笑えねぇ! 全ッ然笑えねぇよ、それ!!」

 

「ふぇ、フェイトちゃん?」

 

「…」

 

いい笑顔で殺気を放つシュウトと、ハイライトの消えた瞳で無言のままのフェイトに快人となのはは戦慄する。

そして…。

 

「「ご、ごめんなさ~~い!!」」

 

それだけ言い残すと、快人は蟹座聖衣(キャンサークロス)を装着し、なのはを連れて空の彼方に一目散に逃げていく。

 

「…まったく、兄さんは」

 

「なのは…」

 

シュウトとフェイトは呆れたようにため息をつくと、お互いに顔を見合わせ微笑む。

 

「帰ろっか?」

 

「うん」

 

そう言って2人は手を握り家路につく。

 

(私は強くなる。 シュウトの隣にいるために。

 シュウトを支えるために今よりずっと…神様に負けないぐらいに!)

 

フェイトはそんな決意を星の光に込め、そんなフェイトを応援するように、空の星々は美しく輝いていた…。

 

 




今回はほのぼのとした完全日常回。
ブラックコーヒー片手に読んで頂けたら幸いです。

蟹なのはよく書いていたので、魚フェイ側の絆を強化する回ですが…強化の必要ありませんね。
最初っから絆値MAXでした。

次回からはついにA’S編に突入していきます。


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舞台裏その6 少年、舞台に立つ

これは、ある1人の少年の話である。

その少年には人には言えない特殊な事情があった。

前世の記憶を持つ者…いわゆる『転生者』だという秘密だ。

 

 

「これから送られる世界で、その力で思いっきり暴れまわって大活躍して欲しいッス!

 もう残念星座なんて言われないくらいの活躍を期待してるッス!」

 

 

生まれ変わる前の、あの異常にテンションの高い女神との会話は今でもよく覚えている。

どうやらここは何かの漫画かゲームに極めて近いパラレルワールドらしいが、そういった物に疎かった少年にはどんな世界なのか分からなかった。

そんな世界に生まれ変わって少年が思ったことはただ一つ…『静かに暮したい』である。

調べてみれば、前世での日本とまったく変わらない平和な世界だ。

そんな世界で、女神から貰った黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力など無用の長物である。

女神は何かしらで力を見せつけろと言っていたが、この平和な世界では黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力はむしろ害悪になりえる。

それより少年が優先したかったのは普通の生活だった。

前世では事故と言う突然の出来事でいきなり終わりを迎えた人生をもう一度出来るのだから、ある意味では当然とも言える。

 

そんな彼には夢があった。

『自分の両親にいつか楽をさせてやりたい』というものだ。

前世において、少年の家は決して裕福ではなかった。

母一人子一人の母子家庭であり、母は朝から晩まで必死に働いていた。

中学を出て働こうとしていた時も、『学校は人生の大切な経験になる』といって高校にも行かせてくれた。

そんな母を見て少年は『自分が働いて、いつか母に楽をさせてやろう』とずっと考えていたが、その夢は事故によって呆気なく潰えた。

前世の母にはもはや報いることはできないが、その変わり今の両親にはいつか楽をさせてやりたいと強く思う。

少年は前世から続くこの夢を胸に抱き、生きてきた。

その内容は順風満帆、家族仲は良好、隣の家とは家族ぐるみの付き合いを形成し、同い年の幼馴染の少女も得た。

衣食住心のすべてが満たされた幸せな時間。

まるで夢のような時間だった。

だからだろうか…その時間が崩れ去るのも、まるで夢のようにあっという間の出来事だった。

 

 

『旅行中の事故』というあまりにもあっけなさすぎる終わり。

それは隣の家…八神家との旅行中の事故、自分の両親も八神家の両親も全員死亡という最悪の結末だった。

 

(何故だ…! 何故俺の夢を、2度も奪うんだ!!)

 

少年は運命へと呪いの言葉を吐きかけ、夢の終わりに涙を流す。

だが、そんな少年に一つの希望が残っていた。

それこそ奇跡的に無傷だった、隣に住む幼馴染…はやてだった。

 

「わたしら、もう1人ぼっちなんやな…」

 

「…1人ぼっちじゃない! 2人だ!

 俺とお前の2人で『家族』だ!」

 

両親を失ったその日、少年とはやては泣きながら抱き合い、新たな『家族』となった。

同じ家で暮らし、同じ屋根の下で過ごす。それは他人から見れば、ただの傷の舐め合い、ままごとかもしれない。

だが、2人にとってはどんな誓約にも勝る永遠の『絆』を確かめ合った瞬間だった。

同時に、この出来事は少年にとっては人生においての大きなターニングポイントであった。

少年は静かに平和に暮らすためには黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力は不要、と考えていたがその日を境に急変した。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を、もっと強く上手く振るえていたら両親も、そしてはやての両親も助けられたかもしれない…たらればとは所詮ただの思考実験であるが、そう思わずにはいられなかった。

だからこそ、少年は黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を高めるための厳しい特訓を己に科した。

幸い、黄金聖闘士(ゴールドセイント)としての少年の師は有数の人格者であり教育者であったから少年の力はすぐに黄金聖闘士(ゴールドセイント)として十分なものとなった。

だが…それだけではどうしようもないこともある。

 

はやてが原因不明の障害により足が動かなくなってしまったのだ。

はやてに気付かれないように小宇宙(コスモ)による治療を施しているが効果はない。

他の星座の力を持っていれば気付くかもしれないが、少年の纏う黄金聖衣(ゴールドクロス)の星座は完全な直接戦闘型、戦闘以外の方面には応用は苦手だった。

だが、それでも少年は諦めてはいなかった。

 

(必ず治療法を見つけ出してやる!)

 

今日も少年は献身的にはやての世話をしながらそう誓う。

『家族を幸せにしたい』という少年の前世から続く夢。

自分の最後の家族であるはやてを救うことこそ少年の目指す夢だった。

そして…そんな少年の夢に転機が訪れたのは、はやての9歳の誕生日のことだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ごちそうさま」

 

「おそまつさん」

 

はやてとの2人での夕食。

少年はいつも通りの役割分担で、食器を洗っていく。

そんな少年の背中を背中をはやてはボケっと見つめていた。

 

「ん? なんだ?」

 

視線に気付いた少年が振り返る。

 

「いやいや、背ぇ伸びたなぁおもうただけや」

 

はやての言葉通り、少年の背は高い。

平均身長より15センチ以上高いのだから小柄なはやてとの差は実に頭一つ分以上はある。

 

「好きで伸びたんじゃないんだがな。 いつも9歳だというと驚かれるのは面白くないぞ」

 

「ええやん、わたしはたくましくてええと思うよ」

 

「まぁ、そう言われれば悪い気はしないな」

 

そう言って照れたように笑い、少年は皿を洗う作業へと戻っていく。

 

「ほら、先に風呂行って来いよ」

 

「おおきにな」

 

そう言って車椅子を風呂場へと向けると、はやてはにんまりと笑って少年に言う。

 

「それとも一緒に入る? この間みたいにお風呂場に乱入されても困るし」

 

「あ、あれは返事も無しで長々風呂に入ってるからだ!

 風呂場で倒れたんじゃないかと心配したんだぞ!」

 

「せやからってレディの入っとるお風呂蹴破って入ってくるんはどうなん?

 この変態さんめ」

 

「どこがレディだ。 鏡を見てから言ったほうがいいぞ」

 

「わたしかて、あと数年すればボンキュボンになるに決まっとる!」

 

「…俺はそういう不確定なものは好かん。

 あり得そうにない希望的観測はやめておけ」

 

そう言ってシッシッといった感じで手を振る少年に、はやては舌を出すと風呂場へと向かっていく。

こんなやり取りが出来る相手が側にいる事が、2人はともに嬉しかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

洗い物を終え、風呂に入って、テレビを見て談笑し、気付けばすでに11時すぎ。

そろそろ眠たくなってきたはやての車椅子を、少年は優しく押しながら部屋へと入る。

いつも通りベッドへはやてを寝かせて、少年が自分の部屋へと戻ろうとしたその時だった。

 

「ええやん。 今日は一緒に寝よか?」

 

「なんでなんだ?」

 

「そらなんとなくや。

 それに明日はわたしの誕生日、前借りだと思って言うこと聞いとき」

 

「誕生日の前借りなんて聞いたこと無いぞ」

 

そうため息を付きながら、少年ははやてと同じベッドに入る。

 

「へへっ、おっきいからなんかお兄ちゃんみたいや」

 

抱きつきながらそういうはやてに、少年はゲンナリとした風に答える。

 

「頼むから身長のことを言うのはやめてくれ。

 案外気にしてるんだぞ」

 

そんな少年の様子にクスクスとはやては笑うと、少年との他愛無いおしゃべりを始める。

それは2人にとって、たった1人の気の許せる『家族』との会話。

そんな2人の会話は突然、未知のものによって中断させられた。

時計が午前零時を告げた瞬間、鎖で縛られた本が宙を舞い怪しい光を放つ。

それは物心付いた時からはやての部屋にあった本。

それがバラバラと音を立てて開いていく。

 

「な、なんや!?」

 

はやてが驚きに目を見開く中、少年の行動は早かった。

はやてを抱きかかえると、ベランダへと続く窓の近くに飛び退く。

何かあればすぐに脱出できるような場所だ。

少年とはやての目の前で、事態は進んでいく。

今度は本の真下に魔法陣のようなものが現れ、4つの人影が忽然と現れる。

その光景に、少年ははやてを降ろすとその前に静かに立った。

 

「お前らは何者だ?」

 

「それは我らの台詞だ。 主の前に立つお前は何者だ?」

 

ポニーテールの女性は首にかかるペンダントを握りしめると、それは一振りの剣へと変わった。

返答次第では戦闘も辞さないという、明確な意志と殺意を持って。

それを見て、少年も決意する。

この世界に生まれ落ちてから、守護宮以外では纏わなかった聖衣(クロス)を纏うことを。

 

「来い、俺の聖衣(クロス)よ!!」

 

言葉と共に、黄金の閃光が溢れ出す。

そしてその光が収まった時にそこに立っていたのは、黄金の鎧を身に纏い、腕を組んで仁王立ちする少年の姿だった。

この時の光景を、後に守護騎士の一人であるザフィーラはこう語る。

『あれは、要塞だった』と…。

すべてを防ぐ絶対的な防御力と、すべてを破壊する絶望的な攻撃力を持つ、人のカタチをした『要塞』…それがその黄金に対する始めての印象。

 

「お前は…何者だ?」

 

ポニーテールの女性が動揺と共に同じ問いを投げかける。

それに対し、少年は威風堂々と、高らかに宣言した。

 

「俺は小宇宙(コスモ)によって戦う最強の闘士、黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 そして…はやてを護る者だ!!」

 

6月4日、八神はやての9歳の誕生日の出来事だ。

かくして新たな役者は舞台へ上る。

この舞台の内容は喜劇か、それとも悲劇か…それはまだ誰にも分からない…。

 




A’S編序章とも言うべき話でした。
今回でほぼどの星座か丸わかりですが…技が出て確定するまではネタバレ無しの方向でお願いします。
はやての関西弁はむずかしい…。

次回からA’S編も本格稼働予定。
では。

追伸:ライオネットボンバーがネタ技から超必殺技に変わった件。世の中分からないものです。


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A’S編
第23話 蟹と白、赤と黄金に遭遇する


 

深く広がる星の海の如き空間を、一隻の白い艦が航行していた。

この艦の名は次元航行艦アースラ、次元世界を管理する組織『時空管理局』に所属する艦の一隻だ。

現在、アースラは第97管理外世界、現地惑星名称『地球』へと向けて航行中だった。

その目的は、最近この辺境管理外世界周辺で起こっている不可解な魔導士襲撃事件の調査である。

だが、アースラにはもう一つ、極秘の任務が課せられていた。

その任務の内容を知るのは現在、アースラのブリッジに座す提督であるリンディ=ハラオウンと、もう一人だけである。

星の輝きを見つめながら、リンディ=ハラオウンはポツリと呟いた。

 

「『星の力を秘めた黄金の闘士』…ね…」

 

それこそ、リンディ=ハラオウンに科せられたもう一つの任務であった。

 

 

ことの始まりはカリム=グラシアという一人の少女である。

彼女にはある特殊な能力があった。

預言者の著書(プローフェティン・シュリフテン)』というその能力は、詩文形式で記される予言能力である。

その予言内容は難解な古代ベルカ語であるが故に様々な解釈が可能で、的中率は「よく当たる占い程度」だ。

しかし、それでも当たる可能性があるのである。

過去、これらの予言は世界の危機に警鐘を鳴らし、見事世界を護るきっかけとなるほどの重要な能力だった。

そんな彼女の予言に、『次元世界全体の危機』を示すほどの恐ろしい内容が記載されたのである。

内容は以下の通りだ。

 

 

『古の彼方に在りし者たち、幾星霜の果てに目覚めの時を迎える。

 彼の者たち、長き時を経て蘇りし傲慢なる王なり。

 王たちの傲慢は死を運び、王たちの軍勢は破滅を呼ぶ。

 屍の山を築き、血の大河を成し、それでも王たちの蹂躙はとどまる事無し。

 法の力にこれを止める術はない。

 現世はすべて、古の闇へと還るであろう』

 

 

この明確すぎる滅びの予言に、時空管理局上層部は慌てに慌てた。

しかもその規模は現世、つまり次元世界全体の危機と読みとれるからだ。

ここに記された『王』というのが何者かは分からないが、『王たち』と複数形で表されていることから複数人であることが予想される。

しかも『王たちの軍勢』と言うのだから、それ相応の組織力を持った者たちだろう。

さらに悪いことに法の力…つまり『魔法』では止められないと書かれている。

あまりにも突拍子もない内容なので、信憑性を疑問視する声はある。

だが、仮に真実であったのなら一大事だ。

 

時空管理局はすぐさま最重要案件の一つとしてこの件に対し、秘密裏に対処することが決定された。

混乱を避けるため、ごく一部の人間しか知らないトップシークレットである。

そうして破滅の予言に対する対処が決定され、古代からの文献の解析や次元世界での捜査など情報収集が行われたが、追加の情報は何一つとして得られなかった。

その間にそれらしき事件も起こらず、信憑性への疑いももたれ始めていた破滅の予言だが、つい先日新たな局面を迎える。

 

この予言に新たな内容が追加されたのである。

そこには破滅に対する希望ともとれる内容が記されていた。

その情報を元に時空管理局は調査を再開するのだがその矢先、破滅に対する『希望』の可能性を知る者が現れたのだ。

ごく最近管理局の誇る超巨大データベース、『無限書庫』へと勤め始めた少年である。

破滅の予言に対する情報収集のため、『無限書庫』では該当しそうな記録の捜査に日夜当たっていた。

そして破滅の予言を見た少年は、予言において希望とされる『星の力を秘めた黄金の闘士』に心当たりがあるという。

 

 

曰く、それは黄金の鎧を纏っている。

曰く、それは魔法とは違う技能を使う。

曰く、それはAAAランク相当の魔導士をまるで物ともしない強さを誇る。

曰く、それは古くからその世界を守ってきたという伝説の闘士たちである。

 

 

彼はとあるロストロギア事件に関わっており、その事件の解決のため現地で彼らの力を借りたという。

しかし彼らとの約束があり、その存在自体を秘匿していたとも語った。

彼の証言を鼻で笑ったものは多い。

魔法第一主義であるミッドチルダでは、魔法に勝る力など無いというのが当然の話なのだ。

しかし、やっと掴んだ有力な情報である。

そこでリンディ=ハラオウンに白羽の矢が立った。

現在起こっている魔導士襲撃事件の調査と言う名目で地球へと赴き、少年の言葉の真偽を確認、対象の人物が予言における『希望』であると考えられるなら時空管理局への協力を取り付けるという任務だ。

かくして、リンディ=ハラオウンとその少年を乗せたアースラは一路、地球へと向け航行を続ける。

そこで待つ事件のことを想像すらせずに…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

まだ早朝の公園に、1人の少女が立っていた。

白い私立聖祥大学付属小学校の制服に身を包んだツインテールの少女…高町なのはである。

なのはは空き缶を手にしながら、自分の相棒であるレイジングハートに話しかける。

 

「行くよ、レイジングハート」

 

『いつでもどうぞ』

 

その言葉を聞いたなのはは、空き缶を宙高くに放り投げた。

空中を舞う空き缶に、なのはは目を瞑り意識を集中させる。

なのはが作り出した魔力弾が空き缶に空中でぶつかり、宙を浮く。

さらに別の魔力弾が空き缶を浮かせ、それをなのはは繰り返していた。

魔力弾を用いたリフティングである。魔力弾の精密制御の訓練の一環だ。

その魔力弾の勢いはどんどん増していくが、空き缶は決して地面に落ちない。

 

「うん、いい調子!」

 

満足げになのはは頷くと、最後に空き缶をゴミ箱へ落ちる軌道へ変化させようと魔力弾を放った。

だが、必中を確信していた魔力弾は空き缶を外し、空き缶はそのまま地面に落ちてくる。

 

「やーい、下手っぴ」

 

いつの間にか、ニヤニヤと笑いながら快人がなのはの元へとやってくる。

そんな快人を、なのははジト目で睨んだ。

 

「快人くん、またなのはにイジワルしたでしょ?」

 

「おいおい、何のことだ? 話しかけたのだって、お前が魔力弾を外してからだぞ?」

 

肩を竦める快人だが、レイジングハートが冷静に種明かしをする。

 

『今の空き缶の落下軌道は明らかにおかしく、何者かの干渉があったことは疑いようがありません。

 あなた以外の心当たりがありませんが?』

 

「あ、バレた?」

 

悪びれた様子もなく言うと、快人は指を指揮棒のように振るう。

すると地面に落ちた空き缶が宙に浮いた。

快人のサイコキネシスである。

聖闘士(セイント)中最高の超能力を誇る牡羊座(アリエス)ほどではないが、蟹座(キャンサー)もその手の超能力には強い方で、原作においてはギリシアから中国の最奥地である五老峰まで届く攻撃的念動波を使ったりもしている。

そんな蟹座(キャンサー)の力を継いでいる快人にとって、このぐらいは造作もないことだった。

 

「でも実際の戦いで相手が成すがままなんてことはないんだから、あれぐらい咄嗟に魔力弾の軌道を変えて直撃させられないと不味いんじゃないのか?」

 

「うぅ…反論できない」

 

快人の正論に、なのはも何とも言えない顔をする。

特に射撃型のなのはにとって、命中率は命である。それをしっかり自覚しているから余計に耳に痛い。

そんななのはに快人はしばし何かを考えたが、ポンと手を打つと突然こんなことを言い出した。

 

「それじゃこうしよう。

 3分間の間に俺が動かす空き缶に魔力弾を当てれたらなのはの勝ち、できなければ俺の勝ち。

 勝ったら相手のいうことを何でも一つ聞く、ってのはどうだ?」

 

「何でも?」

 

「そう、何でも」

 

その言葉に、なのははしばし考える。

『戦闘』となれば絶対に勝ち目は無いが、こういうルールの上での『試合』なら勝てる可能性はある。

それに、なのはは負けず嫌いなのだ。

 

「いいよ、やろうそれ!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

快人は空き缶を宙に放り投げると、その空き缶が激しく動く。

 

「よし、スタートだ!」

 

「いくよぉ!」

 

なのははスタートの合図と同時に、魔力弾を2発同時に放つ。

空き缶を挟み込むような絶妙なタイミングだが、快人の空き缶は鋭く動き回り、なのはの魔力弾を避けていく。

 

(動きが鋭くて、普通には当たらないの…)

 

完全に慣性などの法則を無視して機動し続ける快人の空き缶に、どうしても当てることが出来ない。

もちろん複数の魔力弾でのコンビネーションなどはやっているが、それでも当たらない。

それを見ながら、なのはは快人に舌を巻く。

能力もあるのだろうが、快人となのはでは戦いにおいて重要な『戦場を見渡す能力』…いわゆる分析眼に大きな差があるのだろうとなのはは考える。

快人にとって、今のなのはは想定内の動きをしているだけだ。

ならば…。

 

(快人くんの思いもよらないことをしないと、当たらない!)

 

それを理解したなのはは一計を講じる。

タイミングを計り、なのはは2発の魔力弾を発射した。

1発が回り込むように移動し、1発がそのまま空き缶へ直進していく。

何度もなのはが行っている時間差コンビネーションだと考え、快人は空き缶を魔力弾から回避させ、迫るもう1発の魔力弾を避けようとした。

だが、直進していた魔力弾は、空き缶が避けた瞬間弾ける。

なのはが空き缶の横を通り過ぎる瞬間、魔力弾を爆発させたのだ。

その衝撃で空き缶が一瞬動きを止め、そこを狙って回り込んでいた魔力弾が迫る。

だが、快人にはまだ余裕があった。

 

(いい戦法だが、まだ俺には余裕がある)

 

空き缶を動かし魔力弾を避けようとした快人だが、その時になって快人は始めて違和感に気付いた。

 

(空き缶が…重いだと!?)

 

空き缶の予想外の重さに、快人のサイコキネシスに隙が生まれる。

そして、なのははその隙を逃さず、魔力弾は空き缶に直撃したのだった。

 

「やったの!」

 

なのはは自分の作戦の成功に歓声を上げる。

これはなのはの対聖闘士(セイント)戦を想定した特訓の成果である。

聖闘士(セイント)は攻撃力・防御力・機動力がどれも桁違いに高い。

だが、なのはの魔法の最大威力はその聖闘士(セイント)の防御力を抜けるレベルなのだ。

ならば後必要なのは当てるための方法である。

そこで考え出された新しいバインド系魔法が今のである。

魔力を相手に付着、重りとして相手の足を殺すという吸着型移動阻害バインド魔法、名づけて『ゲル・バインド』だ。

これで相手の足を殺し、遠距離大出力魔法で圧殺。

それが出来なくても生まれた速度差により逃げ切るというのが、レイジングハートとなのはの現在での対聖闘士(セイント)戦の答えである。

 

「今のは汚いだろう。 汚い、さすがなのは汚い!」

 

「いいもん! 最終的に勝てばよかろう、だもん!

 そうだよね、レイジングハート?」

 

Exactly(そのとおりでございます)

 

快人の負け犬の遠吠えをなのはは胸を張って一蹴し、レイジングハートが合いの手を入れる。

快人としても口では汚いなどといいながら、なのはに感心していた。

本当の戦いにおいて、汚いも何も無い。まさに『勝てばよかろう』だ。

最後の『良心』として人質などの本当に卑怯な手は許せないが、それだって『良心』としてだ。

究極的には戦いにおいては何をされても文句は言えないし、こっちが何をしても許される。

そして出来ることすべてをやらずに生き残れる程、戦いは甘くないのだ。

そういう意味で、問題を打開していくなのはの発想力や応用力に快人は『これが天才か…』と素直に驚嘆する。

同時に、『魔法』というものにも素直に感心していた。

『魔法』は戦闘能力を見るなら、聖闘士(セイント)の『小宇宙(コスモ)の技』にはまるで敵わない。

だが、出来ることの幅を見ればその差は歴然、『小宇宙(コスモ)の技』は『魔法』の足元にも及ばない。

思うに、『小宇宙(コスモ)の技』は戦いのために研磨され続けてきた。

だが『魔法』はより便利に、と利便性を追求して研究が続けられていた。

進化の方向性が違うのである。

その有効性に、最強の聖闘士(セイント)たる快人も唸る。

 

「それで快人くん。 約束、忘れてないよね?」

 

「二言は無いよ。

 ここで約束を反故にするようなら聖闘士(セイント)として、いや男としてダメだからな。

 でも…なるべくお手柔らかに頼むよ」

 

「うん、それじゃぁ…」

 

ニヤリと笑うなのはに、快人はため息と共に肩を落として頷いた。

そんな快人に、なのはは可愛いらしく唇に指を当てながら考え込む。

でも、特にどんなことをさせようというのは思い浮かばなかった。

 

「…いいや。 今特に快人くんにやって欲しいことないし、しばらく保留にするの」

 

「おいおい、いつどんな無茶やらせるかと俺を精神的に追い詰めるつもりだな。

 このドS女め!」

 

「うーん、なんだか学校で快人くんの裸踊りが見たくなってきたかも」

 

「あ、ごめんなさい! 謝るからそれはマジ勘弁して!」

 

ジト目になったなのはに即座に平謝りの快人。2人の力関係を正しく表しているようでもある。

 

「クリスマスくらいにまではお願い決めておくの。 覚悟しておいてね」

 

「おいおい、覚悟しなきゃならないような内容にするつもりなのかよ?」

 

「もちろん!

 だって何言ってもいいなんてこんなオイシイ話なかなかないもん。

 だったら精一杯有効活用するの」

 

「鬼かお前は…」

 

快人はため息をつくと、かばんを担ぎなおす。

 

「そろそろ学校行く時間だぞ。 いくか?」

 

「うん!」

 

早朝の訓練を終えた2人は連れ立って学校へと向かって歩いていく。

これがとある事件を前にして最後の平和な一幕になるなど、この時2人は露とも思っていなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「この街に魔導士がいる?」

 

「それもかなり強力な魔力をもった魔導士、それが3人も」

 

「それは確かなのか、シャマル?」

 

「ええ。 間違いないわ、シグナム」

 

「どうするのだ、シグナム?」

 

ポニーテールの女性、シグナムの問いに、シャマルと呼ばれた女性が頷く。

それを見て褐色の肌の男はシグナムへと判断を尋ねるが、隣の赤い小さな少女が間髪いれずに言った。

 

「ザフィーラ、んなもん考えるまでもねぇ。 アタシがすぐに行って『蒐集』して来てやる!」

 

「しかしな、ヴィータ…」

 

ヴィータと呼ばれた赤い少女のあまりにも単純なものいいに、褐色の肌の男、ザフィーラは苦い顔をする。

 

「うっせぇ! アタシらは一刻も早く『蒐集』を終わらせなきゃならないのはわかってんだろ!

 目の前にそんな美味しいものがあるって分かったんだ、だったら迷うことはねぇだろ!」

 

「…ヴィータの言葉はいささか乱暴だが真実でもある。目の前にあるそれだけの魔力を無視できるような余裕は我々には無い。

 だが、ことは慎重に運ぶ必要がある。

 ここは主の暮らす街、そこに害悪を振りまいてはひいては主にも不利益は生じよう。

 それでは元も子もない。

 ザフィーラは主の護衛を、残りの我ら3人で万全の態勢で向かうとしよう」

 

そのシグナムの言葉に、ヴィータ・シャマル・ザフィーラは頷いた。

すると。

 

「俺も同行しよう」

 

ドアを開けてやって来たのは大柄な少年だった。

 

「すまん、協力感謝する」

 

「構わない。 もう俺たちは家族のようなものだ。

 家族を助けることは、当然のことだろう?

 それとも邪魔か?」

 

「何言ってんだよ、お前がいてくれりゃ百人力だ!」

 

ヴィータの嬉しそうな言葉に、全員が頷く。

全員が戦士として、少年の強さに尊敬のような念を持っていた。

そんな少年の力を、『家族』の助けが得られるのなら百人力である。

 

「もう夕飯の時間だ。 行こう、はやてが待ってる」

 

そう行って背を向けた少年はポツリとつぶやく。

 

「すべては、はやてのために」

 

その言葉を残して一足先に食卓へと向かった少年。

その後姿を見つめながら4人は頷く。

 

「我ら4人も心は同じ。 すべては我らが主はやてのために。

 我らを『家族』としてくださった主のために!」

 

シグナムの言葉に全員が頷くと、4人は食卓へと向かって行くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その異常は、なのはが風呂から上がり、髪を乾かし終えた辺りで気が付いた。

 

『マスター、緊急事態です』

 

レイジングハートが若干緊張したように状況を伝えてくる。

 

「どうしたの、レイジングハート?」

 

『付近で結界が展開されたのを確認しました』

 

「フェイトちゃんかな?」

 

『結界に通信阻害の機能があるらしく、念話は使用不能です。

 これは敵性存在の可能性があります』

 

その言葉になのはは顔を真剣なものに変えると、急いで着替えを始める。

 

「行こう、レイジングハート。

 何が起こっているのか確かめなきゃ。

 もしフェイトちゃんが巻き込まれてるなら助けなくっちゃだし」

 

『わかりました…ただ、相手が敵性行動をとる可能性もあります。十分な警戒を。

 また可能性は低いでしょうが、相手が聖闘士(セイント)という可能性も捨てきれません。

 通信が可能ならミスター蟹名に連絡をとることを推奨するのですが…』

 

「大丈夫だよ。 私たちはあくまで何が起こっているのか確かめに行くだけ。

 危なそうなら、すぐに逃げればいいの」

 

着替えを終えたなのははレイジングハートを握りしめる。

 

「レイジングハート、セットアップ!」

 

なのははバリアジャケットを展開し、空を飛んで目標地点であるビル街へとやって来ていた。

その瞬間、なのはに誘導弾が迫る。

 

「!?」

 

瞬間的に左手で発生させたシールドで誘導弾を防ぐなのは。

だが同時に、その背後を狙って手にしたものを振りかぶる赤い影が迫る。

 

「でぇぇぇぇい!!」

 

振り下ろされた魔力を纏ったハンマーを、なのはは右手で発生させたシールドで防いだ。

通常ならシールドが一気に破壊されるレベルの攻撃力である。

しかし、

 

「えぇぇぇい!!」

 

「!?」

 

なのはは誘導弾もハンマーも強引に押し弾いた。

小宇宙(コスモ)の併用によって強化されたなのはのシールドだからこその芸当である。

 

「お前…」

 

赤い少女…ヴィータから動揺でうめく様な声が漏れる。

 

「あなた誰なの? いきなり襲われる覚えなんてないんだけど?」

 

なのはの問いには答えず、ヴィータは魔力弾を撃ち放つ。

同時にヴィータ本人も、ハンマーを手に突撃を仕掛けてきた。

魔力弾を迎撃し、ヴィータの攻撃を避けたなのははそのまま魔力弾を2発放つ。

それを見たヴィータは魔力弾を避けようとするが、それを見てなのははほくそ笑んだ。

 

「かかったの!」

 

「何!?」

 

なのはの魔力弾が弾け、その魔力がヴィータへと付着し重りとなって機動性を奪う。

その時出来た隙はごく僅かなものだったが、なのはにとってはそれで十分すぎた。

その隙に、幾重ものバイントがヴィータを完全に拘束する。

 

「こいつは!?」

 

ヴィータはバインドを吹き飛ばそうともがくが、小宇宙(コスモ)によって強度のブーストしたなのはのバインドはビクともしない。

 

「無駄だよ、それはそのぐらいじゃ外れないの。

 さぁ、お話してもらうよ。

 なんでいきなり私を襲ってきたの?」

 

勝利を確信したなのはは、何故自分を襲ってきたのか尋ねる。

だが、完全に敗北と思われるこの状況でヴィータは獰猛に笑った。

 

「この魔法、よくわかんねぇけど普通じゃないな。

 お前誇っていいぞ、このアタシに…『切り札』を使わせたんだからな!」

 

ヴィータは右手に握られた自身の相棒であるデバイス『グラーフアイゼン』へと力を込め、そして命じる。

 

「アイゼン、G型カートリッジ、ロード!!」

 

ヴィータの言葉と共に、彼女の相棒たるデバイス『グラーフアイゼン』が重い音と共に撃鉄を落とす。

それと同時に、なのはの掛けていたバインドがすべてまとめて吹き飛んだ。

 

「う、嘘!?」

 

なのはは目の前の光景に信じられないように目を見開く。

自分の強化されたバインドを破られたことは驚いた。

それはいい。 それぐらいなら、まだありえるだろうことだから。

だが、目の前でヴィータが発するものはなのはが良く知りながら、ありえないものだった。

 

小宇宙(コスモ)!?」

 

そう、ヴィータが発しているものは紛れも無い小宇宙(コスモ)である。

先ほどまではまったく感じなかったはずなのに、ヴィータは今小宇宙(コスモ)を放ち、それによって強化された魔法でなのはのバインドを吹き飛ばしたのである。

なのはの言葉を聞いたヴィータが今度は驚いた顔をした。

 

「お前、『小宇宙(コスモ)』を知ってるのか?

 ますますわかんねぇヤツだけど、まぁいい。

 とっとと…ぶっ飛びな!!」

 

ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンが激しく変形しロケットのついたハンマーのような形状に変化する。

ブースターに火がともり、まるでハンマー投げの選手のように振り回すとなのはに向けて突撃を開始した。

 

「ラケーテンハンマー!!」

 

「!?」

 

そのスピードはあの亡霊聖闘士(ゴーストセイント)並の加速力である。

避けることは不可能と判断したなのはは咄嗟にレイジングハートを構え、魔力・小宇宙(コスモ)も出せるありったけを使いシールドを展開した。

だが、そのなのは渾身のシールドが容易く砕け散る。

そしてレイジングハートを激しく傷付けたハンマーは、そのすさまじい衝撃をなのはへと正しく伝えていた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

悲鳴を上げながら吹き飛ばされたなのはがビルを二つほど貫通し、三つ目のビルへと吹き飛ばされた。

 

「う…うぅ…」

 

コンクリートの壁にめり込むように倒れたなのは。

なのはの身を守るバリアジャケットは千切れ、その機能を維持できないレベルまで破損していた。

レイジングハートも激しく損傷し、バチバチと紫電を放っている。

 

「ふん、手こずらせやがって」

 

そんななのはへ、ヴィータはなのはの突き破ったビルの穴からゆっくりと近づいてくる。

グラーフアイゼンが強制冷却に伴う蒸気と共に、金色のラベルのついた薬莢を排出する。

なのはの歪む視界に、止めとばかりにハンマーを振り上げるヴィータが映りなのはは痛みで動かぬ身体に鞭を打つが、身体は言うことを聞いてくれない。

そしてついに最後の時かと思った瞬間だった。

 

「これで終わりだ」

 

「ああ、お前がな」

 

「!?」

 

ありえない第三者の声にヴィータが振り返ろうとするが、その時にはすでにヴィータの身体は隣のビルへと叩きつけられていた。

 

「うわぁ!!?」

 

ヴィータのビルへ突っ込むと同時に発生した砂埃でその姿は見えなくなる。

その間に、現れた第三者はなのはを抱えるとビルから飛び出していた。

こんなことが出来るのは1人しかいない。

 

「快人くん…」

 

「大丈夫か、なのは!?」

 

心配そうになのはを抱く、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の姿がそこにはあった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人が結界に気付いたのは偶然だった。

快人とシュウトは、このところなのはとフェイトのための『クリスマスプレゼント』作りが佳境に入っていたことで『守護宮』に入りっぱなしだった。

限りある『時間』というものが増大される『守護宮』はすごい物であるが欠点はある。

それは外のことが分からないということだ。

別空間である『守護宮』には、現世での不気味な気配も感じ取ることは出来ないし、連絡も出来ない。

『守護宮』に入った場合、本人が出てくるまで何があっても外部の情報を得ることが出来ないのだ。

快人は偶然、家への忘れ物を取りに『守護宮』から出てきたため今夜の異常を察知して慌ててやってきたのである。

 

「しっかりしろ、なのは!?」

 

「快人…くん?」

 

降り立ったビルの屋上で快人がなのはに小宇宙(コスモ)を送り込みながら揺さぶると、なのはは朦朧としながらもその意識を取り戻した。

 

「無事か、なのは?」

 

「うん…とは言えないけど、大丈夫だよ」

 

そう言って立ち上がろうとするなのはだが、その足はダメージによってガクガクと震えていた。

それを見て、快人はなのはの肩を押し、強引に座らせる。

 

「レイジングハート、よくなのはを守ってくれたな」

 

『これが私の役目ですので』

 

快人の言葉にレイジングハートは雑音交じりの途切れ途切れの返事を返した。

 

「なのはもレイジングハートも無理すんな。 あとは俺に任せろ」

 

「でも私、あの子のお話が聞きたい。

 突然なんで私を襲ってきたのかとか」

 

「それも任せろ。 締め上げてでも吐かせてやるから」

 

なのはにそう答えると、快人はなのはに背を向け空中へと視線を向ける。

そこにはあの赤い少女、ヴィータが浮いていた。

 

「そこの赤チビ、よくも俺の連れにやってくれたな…」

 

快人は拳を握り、バキバキと指を鳴らす。

その黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏う快人を見て、ヴィータは納得言ったように言った。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)…そこの白いのが小宇宙(コスモ)を知ってるはずだよ」

 

「…俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)を知っているなんて聞きたいことが増えたな。

 俺は蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人。

 知ってること洗いざらいはいてもらうぜ!!」

 

そう快人は吼えると、右手に蒼い炎が灯る。

そんな臨戦態勢の快人を目前に、ヴィータは構えていたデバイスを下ろした。

 

「投降か?

 意外なほど殊勝な態度だな…」

 

「…悔しいがアタシじゃ黄金聖闘士(ゴールドセイント)には敵わないからな。

 アタシはお前と戦う気はない」

 

そこまで言うと、ヴィータは唇を吊り上げ不適に笑う。

 

「あくまで『アタシは』だけどな!」

 

「それはどういう…何ぃ!?」

 

ヴィータの言葉に眉をひそめた快人だが、次の瞬間ヴィータとは違う方向の空を見上げる。

そこに快人が感じたものは、濃密な黄金の小宇宙(コスモ)

そしてなのはは見た。

快人に向かって突進する黄金の衝撃を!

 

 

「グレートホーン!!」

 

 

それは駆け抜けていく黄金の野牛だった。

それに気付いた快人が右手の炎をぶつけるが、勢いは衰えず黄金の野牛の形をした衝撃は快人へと直撃する。

 

「うおぉぉぉぉぉ!?」

 

「か、快人くん!?」

 

快人が屋上の貯水タンクをなぎ倒しながら吹き飛ぶ。

瓦礫と共に巻き上がる砂埃。

その屋上にガチャリという金属の足音がして、なのははその方向を見た。

そこにいたのは黄金の闘士だった。

がっちりとした大柄な体格の少年で、腕を組み仁王立ちしている。

彼の正体は間違いなく、なのはの良く知る者。

なのはの幼馴染と同じ存在。

 

「…黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 

なのはの驚きを含んだ呟きに答えるように、その黄金の闘士は名乗りを上げた。

 

「俺は牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)! 巨星、アルデバラン!!

 果たすべき誓いのため、その女の魔力を貰い受ける!!」

 

それはなのはに対する明確な敵意であるが、その視線は瓦礫の山へと向けられていた。

 

「へっ…牡牛座(タウラス)かよ。

 どういう理由か知らないがそっちにも黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいるとはな…」

 

ガラリと瓦礫をどかして立ち上がるのは、こちらも黄金の闘士。

 

「クソ牛の名乗りは聞いたからこっちも返してやる。

 俺は蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人。

 そいつの幼馴染だ」

 

ゆっくりと快人がアルデバランへと近付いて行く。

そして並び立つ2人の黄金。

片や蟹座聖衣(キャンサークロス)を纏い不敵に、片や牡牛座聖衣(タウラスクロス)を纏い腕を組み不動のままで。

 

「さて…お前にはご大層な誓いがあるみたいだが、俺にも決めてることがある。

 それは…なのはを傷つけるやつはただじゃおかないってことだ!

 ミディアム? レア? ウェルダン?

 好きな焼き方を選べクソ牛。 好みの焼き加減でバーベキューにしてやるぜ!!」

 

「お前に出来るか、蟹座(キャンサー)

 この巨星アルデバランを焼き尽くすことが!!」

 

そして、2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)がぶつかり合う。

こうして、後に『闇の書事件』と呼ばれることになる事件の幕は開いたのだった…。

 

 

 




今回からA’S編の本格稼働です。
とはいっても初っ端からA’S編の後のもっとヤバい伏線が出ているせいで、『闇の書事件』は印象薄そうですが。
ちなみに私はドラゴンボールではバーダックが大好きです。
たった1人の最終決戦…惹かれる響きです。
こっちは…たった5人の最終聖戦、でしょうか?

そしてはやてのところの黄金聖闘士は牡牛座でした。
『デカい・仁王立ち』だけでバレバレでしたね。


今後作中でやりますが、誤解の無いように先にヴォルケンズについて解説しておきます。
ヴォルケンズは小宇宙に覚醒していません。
そのため小宇宙を感じることはできません。
ヴォルケンズは牡牛座の込めた小宇宙と魔力ブレンドしたものを封入したカートリッジ、G型(ゴールド)カートリッジによって瞬間的になのはたちと同じような小宇宙による魔法ブーストの恩恵を受けます。
そしてその瞬発力はなのはとフェイトを軽く凌駕します。
ちなみに、このG型カートリッジはヴォルケンズしか使えません。
この話ではなのはたちはカートリッジシステムを導入しませんし、なのはたちでは『ある理由』で小宇宙の封入されたG型カートリッジを使えません。
その辺りは次々回あたりで詳しく書きますが、『小宇宙の安売り』等は言われたくないので先に書いておきます。
あくまでヴォルケンズもなのはとフェイトと同じ、特殊な事例です。

では、また次回お会いしましょう。


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第24話 蟹、管理局と邂逅する

 

向かい合う蟹座(キャンサー)牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)

先に動いたのは蟹座(キャンサー)、快人の方だった。

いや、それ以上に動かざるを得ない。

なのはがまともに動けぬ状態であり、敵はもう1人いるのだ。

相手は自分と同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)、庇いながら何とかなるような相手ではない。

今回の目的は目の前の牡牛座(タウラス)を倒すことでは無く、なのはの安全を確保することだ。

無理も無茶も承知の上で短期決戦、それが望めないとなれば即座に撤退である。

それに牡牛座(タウラス)の奥義『グレートホーン』は黄金聖闘士(ゴールドセイント)最速の抜き拳である。

腕を組んだ体勢こそ構え。そこから繰り出される居合いのごとき神速の掌打によって発生する小宇宙(コスモ)の衝撃波が牡牛座(タウラス)の奥義『グレートホーン』なのだ。

『巨漢はノロい』という考えは少なくとも牡牛座(タウラス)には当てはまらない。

その癖、黄金聖闘士(ゴールドセイント)最強のパワーを誇るのだから始末におえない。

快人の選んだ手段は『グレートホーン』を抜けないほどの極至近距離に接近してのインファイトだ。

 

「だりゃぁぁ!!」

 

胸に2発、腹に1発。

快人の高速の拳が直撃するが…。

 

「ふん! そんな拳は効かん!!」

 

快人の拳を意にも介さず、アルデバランの右拳が快人に迫る。

 

「ぐっ!?」

 

快人は小宇宙(コスモ)を集中させた腕をクロスさせてその拳をガードするが…。

 

「うをぉぉ!?」

 

10メートル近くを吹き飛ばされた快人が、空中で身体を捻り着地した。

 

「おいおい、ガードの上からこれかよ…」

 

痺れる腕を振り苦笑いをする。

さすがは黄金聖闘士(ゴールドセイント)随一の剛の者と言われるだけのことがある。

 

「ラッキーヒット一発でも相手を潰せる攻撃力は流石に厄介だな」

 

「ふん、よく言う。 蟹座(キャンサー)、お前も随分厄介なようだな」

 

そういうアルデバランの左頬には何かが当たったような跡があった。

快人は吹き飛ばされる瞬間、身体を捻って顔面に蹴りを放っていたのだ。

だが、快人の蹴りを顔面で受けてもアルデバランはビクともしない。

快人は内心でアルデバランのタフネスとパワーに驚愕していた。

そして、ただ一度の打ち合いで理解する。

 

(こりゃ、このままやり合ったら俺が負けるわ…)

 

『コレ』を相手に短期決戦なんてあり得ない。

今の『万全ではない』快人では、よくて千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)に持ちこめるかどうか、それすら分の悪い話だ。

そうなれば手段は一つ、なのはを連れての即時撤退である。

幸い赤チビ…ヴィータはなのはとの間に割り込むようにしている快人を警戒し、今のところなのはに手を出していないがいつまでも続くとは思えない。

そこまで考えた快人は一つ息を吐き出すと、右手の掌を開く。

そこに蒼い炎が生まれ、それを見たヴィータが警戒で身を固くした。

 

「それが魂焼く業火、積尸気の炎か…面白い!

 俺にその炎、通じるか見せてみろ!」

 

一方のアルデバランは腕を組み直すと不敵に笑って見せる。

こちらが本気になったと思い、真っ向勝負とでも思っているのだろう。

その様子を見て、快人は内心でほくそ笑むと手の中の炎を、小宇宙(コスモ)とともに爆発させた。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

「な、なに!?」

 

その瞬間、巻き起こった目を焼く閃光にアルデバランは驚きの声を上げた。

以前、邪神エリスの時にも使った目くらましである。

 

「バァカ、誰が怪我したなのはそっちのけで戦うか。

 ここはずらからせてもらうぜ!!」

 

快人はその隙になのはを抱きかかえると、ビルの屋上から飛び立つ。

だが。

 

「よい戦術だが、こちらもそうそう逃がす訳にはいかんのでな」

 

すぐ近くで女の声がした。

快人が視線を巡らすと、そこには剣を快人へと振りおろさんとするポニーテールの女の姿があった。

しかもその女からは小宇宙(コスモ)が立ち上っている。

 

「!?」

 

快人は咄嗟に自分の身体を盾にしてなのはを庇うと、その刃は快人の背中へと振り下ろされた。

その刃は黄金聖衣(ゴールドクロス)を貫くことはなかったが、衝撃で地面に向かって落下する快人。

 

「くっ! 降りるぞ、なのは!!」

 

快人の言葉になのはは身を固くして衝撃に備える。

快人はそのまま地面に着地するが、その衝撃でアスファルトが数メートルにわたって四散した。

 

「ちィ!?」

 

即座に快人が空中を見上げると、そこにはポニーテールの女が、ヴィータとアルデバランと並んで浮かんでいた。

 

「アルデバラン、貴公はあれほどまでに強いのに搦め手には滅法弱いのだな」

 

「面目ない…」

 

ポニーテールの女…シグナムの言葉に、アルデバランは頭を掻きながら苦笑した。

 

「新手だと…?

 しかもあの女…今は小宇宙(コスモ)を全然感じないのにさっきはいきなり小宇宙(コスモ)を使ってやがった…」

 

「ううん、あの人だけじゃない。 あの赤い子も全然小宇宙(コスモ)を感じないのに、いきなり小宇宙(コスモ)を使ったの…」

 

快人になのはは先程自分を撃墜した時の光景を語る。

あのデバイスが何かした途端、いきなり巨大な小宇宙(コスモ)を使った、と。

 

「こりゃ、ちょっと不味いな…」

 

なのはを抱えた状態で、黄金聖闘士(ゴールドセイント)を加えた3人を1人で相手にするという無茶な状況に、快人は呻く。

こうなれば、覚悟を決める必要があるだろう…。

そんな風に快人が考え始めていると、アルデバランが快人へと話しかけてきていた。

 

蟹座(キャンサー)、やめておけ。

 お前と互角の俺がいる以上、お前に勝ち目はない…」

 

「それで?

 聖闘士(セイント)の、しかも頂点である黄金聖闘士(ゴールドセイント)の俺が、守るべき者を置いて尻尾巻いて逃げると思ってるのか?

 だとしたら…舐めてんじゃねぇぞ、クソ牛!

 3匹ぐらい、まとめて相手してやる!」

 

「…すまない、俺の思慮が足りなかった。

 お前も守るべき者を持った聖闘士(セイント)ならば、退くはずもない。

 ならば…全力を持って相手をしよう!」

 

アルデバランの言葉にシグナムとヴィータがデバイスを構え、戦闘態勢に入る。

快人もなのはを地面に降ろすと、なのはを庇うように一歩前に出た。

 

「なのは…どうせ『逃げろ』って言っても聞かないんだろ?」

 

「もちろんだよ」

 

ダメージでふらつきながらも、ボロボロのレイジングハートを杖にして身体を支えるなのはが気丈に答える。

 

「なら一つだけ…逃げ回って時間を稼げ。

 シュウトはちょっと無理だろうが、フェイトなら異変に気付いて助けに来るかもしれない。

 フェイトの助けが得られれば打開の方法も見えてくるかもしれないからな」

 

「快人くん、フェイトちゃんなら『助けに来るかも』じゃなくて、『必ず助けにくる』よ。

 だって逆の立場だったら、私すぐに助けにくるもん」

 

快人の言葉を、なのはは確信を込めた形で言い直す。

そして、なのはは言葉を続けた。

 

「それに…逃げ回る必要はないよ。

 だって…」

 

その時だ。

戦闘態勢に入っていた3人へと電光が雨の如く降り注ぐ。

 

「もう、来てるもん」

 

「成程、頼りになるこって」

 

2人の側に降り立つのは黒い少女。

 

「何!?」

 

「何だ、あいつらの仲間か?」

 

突然のことに一瞬の動揺を見せた3人に、電光を放った黒い少女は言い放った。

 

「違う。 『友達』だ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なのは、大丈夫?」

 

「うん、なんとか…」

 

最高のタイミングで駆けつけてくれた親友に、なのはは気丈に答えるがそれをさらに横に降り立つ影が否定した。

 

「嘘おっしゃい。 デバイスも身体もボロボロじゃないの」

 

「ここはアタシらに任せて休みな」

 

そう言うのはフェイトの母と使い魔、プレシアとアルフの2人だ。

テスタロッサ家勢ぞろいである。

 

「あなたが着いていながら…と、言いたいところだけど、『アレ』はあなたと同じ存在なんでしょ?」

 

「ああ。

 黄道十二星座の一つ、牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)だ」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)が敵…」

 

プレシアの言葉に快人が答えると、フェイトは緊張した面持ちでバルディッシュを握り直す。

 

「あと残り二人はお前となのはと同じく小宇宙(コスモ)を使用できる魔導士だ」

 

「フェイトたち以外に小宇宙(コスモ)を使う魔導士だって!?」

 

「…あちらにも黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいる以上、そう言うこともあるでしょう。

 それで、状況はそれだけ?」

 

「もう一つおまけで言えば、『シュウトは来ない』。

 俺がここに来たのは完全な偶然だ、シュウトにそれは期待するな」

 

それを言うと快人は全員の一歩前に出る。

 

牡牛座(タウラス)は俺が押さえる。 その間に3人であの2人を倒してくれ。

 いくら牡牛座(タウラス)でも仲間がやられたら退くしかないだろうからな。

 くれぐれも油断するな、アルフは常に2人のサポートに廻ってくれよ」

 

「あいよ」

 

「頼むぜ。 頼りにしてるんだからな」

 

「任せて快人。 母さん、行こう!」

 

「ええ、私たち母娘の力を見せてあげるとしましょう…」

 

テスタロッサ母娘がデバイスを構え、アルフが拳を鳴らす。

一方のアルデバラン・シグナム・ヴィータの3人も今の状況でどうすべきか言葉を交わし合う。

 

「この魔力、この街にいる全ての魔導士が勢ぞろいということか…」

 

「好都合だよ、片っ端から『蒐集』してやる!」

 

「落ち着け、ヴィータ。

相手にはこの俺と同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいる以上油断は禁物。

一つずつ確実にことを成す必要がある…」

 

「その通りだ、ヴィータ。 我々には失敗は許されん」

 

アルデバランの言葉にシグナムは同意すると、ある相手へと念話で語りかける。

 

『シャマル、状況は分かっているな?

 私たちが戦っている間無防備になるだろう、あの白い少女からの『蒐集』を頼む。

 その上で余力があるのなら他の者からも『蒐集』を行う。

 何かしらの不測の事態が起こった時には即座に退くのでその準備をしておいてくれ』

 

『わかったわ。 逃走用のジャミングの準備、しておくわね』

 

『頼む』

 

シグナムは念話を終了させると、アルデバランとヴィータに話しかけた。

 

「方針は決まった。 我々はここで彼らを喰い止めているうちに、シャマルが手負いの白い少女を狙う。

 その上で余力があれば『蒐集』を続行、不測の事態が起きれば即座に退くぞ。

 私はあの黒い少女を狙う」

 

「だったらアタシはあのおばさんをやるよ」

 

「俺は蟹座(キャンサー)を受けもとう。

 決してお前たちに手出しはさせん。 このアルデバランの名にかけてな」

 

成すべきことの決まったアルデバラン・シグナム・ヴィータも戦闘態勢に入った。

もはやお互いに言葉は不要。

同時に両陣営が動き出し、ぶつかり合う。

魔法と小宇宙(コスモ)の入り乱れる大混戦が始まったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐっ…」

 

シグナムと数合打ち合った段階で、フェイトは己の不利を悟っていた。

シグナムの格闘戦における踏み込みの速さが尋常ではない。

高機動戦からの近接格闘はフェイトにとってもっとも得意とするものだ。

だというのにシグナムはそんなフェイトの一歩以上先を行く。

小宇宙(コスモ)によって強化されているはずなのに、振り切れない。

それは経験と戦術の差だった。

格闘戦を得意とするシグナムは相手との距離をはかる術に誰より長けている。

そんなシグナムを相手取るには、フェイトの経験は足りない。

そして、さらにフェイトを追い詰めるものがあった。

 

「レヴァンティン、G型カートリッジ、ロード!!」

 

ガスンという重い音と共に、シグナムから濃密な小宇宙(コスモ)が立ち上る。

単純に換算してもなのはやフェイトの操る小宇宙(コスモ)の数倍以上だ。

 

(これがなのはの言っていた!?)

 

その力に戦慄しながらも、フェイトは中距離からの砲撃を加えるが…。

 

「遅い!」

 

「!?」

 

気付いた時にはシグナムはフェイトの直上にいた。

通常の戦闘機動、それがさらに小宇宙(コスモ)で強化され限りなく速く、鋭い攻撃だ。

振り下ろされる剣を咄嗟にバルデッシュで防ぐが、バルディッシュの強固な外装が大きく切り裂かれ、コアパーツにまでヒビが入る。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

衝撃に吹き飛ばされるフェイトだが、何とか空中で踏みとどまった。

 

「はぁはぁ…」

 

荒い息をつきながらもバルディッシュを構えるフェイト。

そんなフェイトをシグナムは興味深そうに見つめる。

 

「いい気迫、そしていい闘志だ。

 私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターの将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。

 お前の名は?」

 

「…フェイト=テスタロッサ、そしてこの子はバルディッシュ」

 

シグナムの名乗りに、フェイトは同じように名乗りを返す。

 

「テスタロッサにバルディッシュか…」

 

フェイトたちを正しく強敵と認めレヴァンティンを構え直すシグナムに、フェイトは緊張の面持ちでバルディッシュを構え直すのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

一方のプレシアとヴィータとの戦いはかなり派手な様相を呈していた。

プレシアがその魔力量にものを言わせて、『フォトンランサー・ファランクスシフト』をばら撒いているからだ。

これは立派な作戦のうちである。

元々研究者であるプレシアは、戦闘の手ほどきなどほとんど受けてはいない。

魔力は多いが、それを戦闘用に上手く利用することが出来ないのだ。

対して相手は明らかな戦闘魔導士、プレシアでは普通には勝利は出来ないだろう。

だからこその『下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる』である。

だが、この大規模飽和攻撃はかなり有効だった。

さすがにヴィータは接近することが出来ず、回避に専念することになる。

だが、ヴィータの敵はプレシアだけでは無かった。

 

「これは!?」

 

違和感にヴィータが足元を見ると、アルフのバインドが足へと絡みついている。

グラーフアイゼンを振って即座にバインドの拘束を破るが、その一瞬でフォトンランサーが2発3発とヴィータへと突き刺さる。

ヴィータを仕留めるには至らないが、それでも効いているらしい。

ヴィータは一端安全圏にまで退いて、態勢を立て直すと吐き捨てるように毒づく。

 

「チィ! あのババアと犬、思ったよりやる!」

 

その瞬間、ヴィータのいた空間を強力な電光が突き抜けていった。

それを放ったのは、青筋を立てたプレシアである。

 

「誰が『ババア』なのかしら? 近所では桃子と同じく、若い奥さまで通ってるのよ。

 それにフェイトと一緒に歩くと、『歳の離れた姉妹に見えました』とか『後妻の方ですか?』とかご近所さんに言われるのよ。

 その私を捕まえて…ババアですって?」

 

「いや、それ絶対ただのお世辞だよ。 あんた十分ババアだぞ」

 

プレシアの言葉に即座にヴィータは突っ込みを入れるが、それにプレシアは極大の電光を持って答えた。

 

「ほほほ…口の悪い子ね、私を捕まえて『ババア』を連呼するなんて。

 お仕置きが必要よね、それもとびっきりのが!!」

 

そしてプレシアの周りに現れるのは、大量のスフィア。

 

「私はまだ若い! 私は永遠の28よ!」

 

「いくらなんでもサバ読み過ぎで無理があんぞ!

 現実見ろよ、ババア!!」

 

数えるのもバカらしくなるフォトンランサーの弾幕を避けながらヴィータが悲鳴のような声で叫ぶ。

その苛烈な弾幕を見ながら、プレシアに『ババア』と言うのは絶対やめようと心に誓うアルフだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人とアルデバランの戦い、それはもう別次元…言うなれば怪獣大決戦だった。

 

「おりゃぁぁぁ!!」

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

極至近距離に寄った快人とアルデバランの間を拳と蹴りが飛び交う。

2人を比較すれば、快人はテクニックで相手の上を行き、アルデバランはパワーで相手の上を行く。

快人は繰り出されるアルデバランの攻撃を巧みに受け流し、かわして隙をついて攻撃を浴びせる。

だがアルデバランはビクともしない。

お返しとばかりに繰り出される拳を受け流すが、受け流した腕が衝撃でビリビリと痺れる。

そしてその余波だけで地面が砕けていくという人知を超えた光景だった。

 

「やるな、蟹座(キャンサー)!」

 

「そっちこそ黄金聖闘士(ゴールドセイント)で最大のパワーを誇るって言うのは嘘じゃないみたいだな、牡牛座(タウラス)

 バーベキューのし甲斐があるぜ!」

 

「減らず口を!!」

 

その攻防の中で、アルデバランは腕を組む。

数発の直撃を覚悟してでも、必殺の『グレートホーン』をこの至近距離で放つつもりのようだ。

それに対して快人も技によって答える。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

拳に乗せた蒼い炎が爆発する。

アルデバランに拳を撃ち込んだと同時に起動した魂葬破の爆風に快人は逆らわず、そのまま吹き飛ばされ大きく距離を取る。

そしてその瞬間に牡牛座(タウラス)の伝家の宝刀は抜き放たれた。

 

「グレートホーン!!」

 

荒れ狂う黄金の野牛の形をした衝撃を、快人は小宇宙(コスモ)を高めて防御する。

 

「ぐ…やっぱ威力が半端ねぇ…」

 

痛む腕で、衝撃波がかすり流れた頬の血を拭う快人。

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)の直撃を受け、距離を離していてこの威力だ。

至近距離で直撃を受ければどうなるかは考えたくもない。

同じように、アルデバランも快人の技巧には舌を巻いていた。

極至近距離での打ち合いの技術は明らかに快人が上、今のところ防御を抜くほどの攻撃はしてこないが油断はできない。

それに…。

 

蟹座(キャンサー)には必殺奥義『積尸気冥界波(せきしきめいかいは)』が存在する…)

 

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)』に対して自分では小宇宙(コスモ)を高めてもどれほど抵抗できるかは分からない。喰らってしまえば終わりだろう。

ならば繰り出される前に倒すしかない…実際には快人は積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を使えないのだが、それを知らないアルデバランにはその存在は大きなプレッシャーとなっていた。

快人は防御を抜き決定打となる攻撃が出来ずに、アルデバランは『積尸気冥界波(せきしきめいかいは)』を警戒し、奇しくも互いに千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)にも似た膠着状態に陥っていた。

だが、その膠着状態は全く別の、外部からの要因で破られた。

 

「あ、ああ…」

 

なのはの震える声に、快人が反応する。

そして快人が見たものは…。

 

「なのは!?」

 

デバイスを構えたなのはの胸から生えた、細い女の手。

なのははそのあり得ない光景を呆然とした表情をするが、すぐに何かを耐えるようにして空を見上げ、レイジングハートに向かって叫ぶ。

 

「スターライト…ブレイカァァァァァー!!」

 

なのはの魔力・小宇宙(コスモ)を乗せたその光は天へと上っていく。

そして、バリンという音と共に何かを砕いた。

世界に色が戻っていく。

なのはの一撃がこの一帯の結界を完全に破壊したのだ。

それを確認し、なのはは力尽きた様にレイジングハートを地面に落とし、前のめりに倒れ込んでいく。

 

「なのはぁぁぁ!!」

 

快人は目の前のアルデバランを無視して、なのはを抱き止める。

 

「…」

 

アルデバランはそんな快人の邪魔をすることも無く、無言のままその場を離れていくのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

少し時間を遡る。

戦端が開かれた直後から、なのはは状況の打開を考えていた。

フェイトたちテスタロッサ家が援軍で来てくれたおかげで戦況は五分五分になったと見ていい。

そう、五分五分だ。

自分を撃墜したヴィータ、そしてまだその実力を知らぬシグナム、そして何より快人やシュウトと同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)が敵なのである。

どう戦況が転ぶか分からない。

万が一快人が敗れればこちらの敗北は確定だ。

だからこそ、今現在戦力として数に入っていない自分が、今のうちにどうにかして戦況を打開できないか考える。

とはいえ、今の自分に出来ることなどたかが知れている。

レイジングハートも損傷し、空は飛べず、今は精密な攻撃は出来ない。

これでは援護のつもりで砲撃を行っても、相手があれだけ速ければ役に立たないどころかフレンドリーファイアをやりかねない。

今のなのはには固定砲台すらできそうになかった。

しかし…。

 

(今の私には動きまわるものを撃ち抜くことはできない。 でも…動かないものなら撃ち抜ける!!)

 

そう考えなのはが見上げるのは空。結界特有の、色を失った空である。

結界を張っている以上、相手にはこの街を害しようという意図はないのだろう。

なら、この結界を破壊してしまえば…双方退かざる得なくなる。

 

「レイジングハート…いける?」

 

『もちろんです、マスター』

 

雑音まじりに点滅しながらも自分に答えようとしてくれる相棒に微笑み、なのはは天空へ向かってレイジングハートを構える。

なのはは魔力と小宇宙(コスモ)を送りこみ、レイジングハートはスターライトブレイカーに必要な演算を行っていく。

だが、双方いつもとは比べ物にならないくらい遅い。

なのはもレイジングハートも、本来なら戦闘行動など出来るはずのないレベルのダメージなのだ。

それを押して、不屈の心でなのはは歪む視界で空を見つめる。

 

『マスター、最終カウントダウン。 30、29、28…』

 

本人たちには果てしなく長い、されどはたから見ればすぐの作業を終わらせ、なのはとレイジングハートはスターライトブレイカー発動の最終段階へと入っていた。

その時だ。

 

「…えっ?」

 

なのはの胸から…腕が生えていた。

細い女の腕だ。

その異常な光景になのはの口から漏れたのは苦痛でも悲鳴でも無く、疑問の声。

後ろには誰もいないし、痛みはない。

だが、身体の中をまさぐられる様な言いようのない不快感と、その不気味さになのはは眉をひそめる。

そして、その手がなのはの中から輝く何かをえぐり出す。

それはリンカーコア。なのはの魔導士としての心臓だ。

そして襲いかかってくる虚脱感。

 

(私の魔力が…吸われてる!?)

 

それはあの『邪神エリス事件』のときの、黄金のリンゴに命を吸われた時の感覚によく似ていた。

だからこそ、今自分がどんな状態なのかが本能的に分かってしまう。

このままでは自分の意識は長くは保たない。

その間に…自分のすべきことをやる!

そのために、今襲いかかってくる不快感も虚脱感も恐怖心も、自分の中の邪魔なもの何もかもをねじ伏せ、なのはは空を見上げ、最後のトリガーを引いた。

 

「スターライト…ブレイカァァァァァー!!」

 

なのはの全魔力・全小宇宙(コスモ)を乗せたその光は天へと上っていく。

そして、バリンという音と共に何かを砕いた。

世界に色が戻っていく。

 

「やっ…た…」

 

そこまでが限界だった。

レイジングハートを取り落とし、なのはの身体は地面に向かって倒れていく。

だが、その身体を誰かが抱き止めた。

 

「なのは! なのは!!

 しっかりしろ、おい!!」

 

言うまでも無い。黄金の聖衣(クロス)を纏った幼馴染だ。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)で無敵のような力を誇り、傷だらけになりながらも邪神相手に不敵に笑うようなあの快人が、心底焦ったような顔でなのはを見つめている。

 

「快人…く…ん…」

 

そんな幼馴染を安心させたくて、なのはは快人の頬に触れようと手を伸ばすが、そこが限界だった。

ブレーカーでも落ちるように、プツリと意識が切れていく。

 

(目が覚めたら、なのはは大丈夫だよ、って安心させてあげないと…)

 

それだけ思いながら、なのはは意識を失った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

空に上る閃光によって結界が破壊されていく様は、その戦場にいたすべての者に見えていた。

 

「どうやらここまでのようだな、テスタロッサ…」

 

シグナムはそれだけフェイトに告げるとレヴァンティンを下ろす。

 

「目的は達したが、結界が破壊されてしまってはこれ以上の戦闘は出来ない。

 ここは退かせてもらおう」

 

そう言って飛び去っていくシグナム。

そのシグナムは途中でヴィータとアルデバランと合流し、何処かへと飛び去っていく。

 

「退いた? いや、『退いてもらった』…」

 

フェイトは荒い息を整えながら、理解していた。

あのまま戦っていたら、自分はそう遠くないうちに撃墜されていたことを。

 

「…情けない!」

 

吐き捨て、ギリリとフェイトは悔しさに噛みしめる。

シュウトの隣に居続けるため強くなろうと誓ったというのに、結果は自分もバルディッシュもボロボロ。

戦闘における己の未熟さを思い知らされるばかりだ。

だが、今はそれを考えているだけではいられない。

今、シグナムは『目的は達した』と言っていた。

その目的とは…。

 

「!? なのは!」

 

フェイトは親友の安否の確認のため、最高速で飛ぶ。

 

「フェイト!」

 

「無事かい、フェイト!」

 

「母さん、アルフ!」

 

その最中、プレシアとアルフと合流しフェイトたちはなのはの元へ飛ぶ。

そしてそこで展開されていた光景は…。

 

「え?」

 

地面に横たわるなのは、その周囲に倒れ伏す男たち、驚愕の表情の黒衣の少年、そしてセージに殴られた快人という、全く状況がわからない光景だった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

地球までたどり着いたアースラは、早速任務としてサーチをかけたところ、この艦の真の目的地である海鳴市で結界を感知し、状況を監視していた。

明らかに何かが起きている。

 

「…」

 

艦長席に座すリンディは次々と入る観測結果と報告を聞きながら、状況を見ていた。

そして、その隣に立つ少年に話しかける。

 

「これは『彼ら』の仕業かしら?」

 

その言葉に少年は首を横に振った。

 

「『彼ら』は特殊な技は使いますが、こういう結界を張ったりは僕の知る限りはしません。

 おそらくこの周辺で起こってる魔導士襲撃事件に関係があるんじゃないかと思います」

 

「そう言えば、『彼ら』の周りには優秀な魔導士の女の子がいるんだったわね」

 

「ええ、2人ともとびっきり優秀ですよ」

 

「出来る事なら、『彼ら』だけじゃなくその子たちにも協力を仰ぎたいものね」

 

管理局の人材不足は深刻な問題だ。

優秀な人材のスカウトも、管理局にとっては重要な仕事の一つである。

そんな時、状況が動いた。

内部からのバカげた魔力量の砲撃で、結界が破壊されたのだ。

 

「これ…なのはのスターライトブレイカー!?」

 

「この魔力量…本当に優秀な魔導士みたいね」

 

少年が声を上げ、リンディはデータを見ながらそのあまりの出鱈目な数値に驚きと呆れを同居させたような顔をする。

 

「結界、内部から破壊されました!

 映像、来ます!!」

 

オペレーターのエイミィの言葉と共に映し出されるのは合計4人の男女の姿。

その一人の持つ魔導書型のものに、リンディはすぐに気付いた。

 

「あれは…!?」

 

見間違えるはずもない、それはロストロギア『闇の書』…幾多の悲劇を呼び、自らの夫を失う原因となったロストロギアだった。

そして、それと共にいる黄金の鎧の少年。

 

「あの黄金の鎧は!?」

 

リンディの言葉に、隣の少年は驚愕の表情で首を振る。

 

「違う、あれは僕の知ってる黄金聖闘士(ゴールドセイント)じゃない!?

 まさか…あの2人以外の黄金聖闘士(ゴールドセイント)!?」

 

「エイミィ、彼らの追跡を!」

 

「駄目です! 強力なジャミングで目標ロストしました!!」

 

どうやら相手の方が上手だったらしい。内心でほぞを噛むリンディ。

だが、そこに新たな報告が入った。

 

「結界内だった場所に複数の人影を確認!

 今、クロノくん率いる武装隊が状況確認のため突入しました。

 映像、来ます!」

 

そこに映し出されたのは、倒れた白い少女を抱きかかえた黄金の鎧を纏った少年の姿だった。

映し出された映像の、黄金に煌めく鎧の美しさにアースラのスタッフたちが感嘆の息を漏らす。

その姿に少年は声を上げた。

 

「快人! それに…なのは!?」

 

どうやら彼こそ、この少年の知る『希望』のようだ。

確かに予言にある『黄金の鎧の闘士』である。彼らの協力を何としても取りつけなければ…そこまで考えた時、リンディはあることを思い出した。

 

(そうだ、これは極秘任務。 このことをクロノは!?)

 

「不味い! エイミィ、クロノと武装隊をすぐに…」

 

下がらせて…そう言い終わるより早く、映像は最悪の光景を映し出していく。

クロノと武装隊の問答の後、黄金の鎧の少年と交戦し始めたのだ。

 

「何あれ!?

 魔力反応も何もないのに…武装隊が次々に制圧されてく!?」

 

何をされたのか理解も出来ぬ瞬きの間に、1人また1人と武装隊の人間の意識が刈り取られていく光景が映像には映し出される。

もう残っているのは指揮官であるクロノだけだ。

 

「リンディさん、すぐに通信を!?」

 

少年が慌ててそう進言したその時だ。

映像で光と共に老人が現れ黄金の鎧の少年を殴りつけると、落ち着きを取り戻したのか黄金の鎧の少年はその拳を下げた。

 

「あれは、セージさん…。 よかった、大事に至らなくて…」

 

映像にホッと息をつく少年。

 

「エイミィ、すぐにあの場所に通信を。

 私が話をします」

 

「は、はい!」

 

目まぐるしく変わる状況に放心状態だったエイミィは、リンディの言葉に慌てて端末を操作しだす。

 

(どうやら最悪の出会いになってしまったようね…)

 

リンディは内心で頭を抱えると、これからのことを考えながら通信ウィンドウを見るのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

武装隊を率いて結界周辺に待機中だったクロノ=ハラオウンは、結界内だった場所に人影を確認すると武装隊を率いて突入を開始した。

この件のことを知る重要参考人であることは間違いない、どうあっても確保する必要がある。

それに、アースラに映し出された映像はクロノも見ていた。

ロストロギア『闇の書』…自分の父の仇とも言えるロストロギアによる事件だ。

父の時のような悲劇を繰り返してはならない…個人的にもクロノには思うところがあったのである。

そしてクロノは武装隊と共に、教本にもある『時空管理局の行動規範に則った行動』をした。

 

「時空管理局だ!

 詳しい事情を聞かせてもらう。 武装を解除して投降しろ!」

 

武装隊と共にその人影を包囲、武装解除の上で拘束である。

あらかじめ断っておくが、クロノの行動は『時空管理局の行動規範に則った正しい行動』である。

この状況ではこの人物と事件との関係性は不明だ。

敵性勢力である可能性も払拭できない以上、武装を解除させ安全を図った上で拘束し事情聴取というのは正しい。

教本にもそう載っているし、テストでなら間違いなく満点の解答だ。

だが、ここに落とし穴がある。ここは管理外世界だということだ。

当然、『時空管理局』という組織を知る者はおらず、この世界の人間からは自分たちが『意味不明なことを述べながら武器を突きつけてくる危険人物』に見えるということ。

もう一つ不幸なことが、時空管理局に蔓延する魔法至上主義による考え方である。

『魔法こそ人間の持ちえる最高の技能』、という考えによって魔法文化のない管理外世界は軽視されがちだ。

さらに目の前の人物からは魔力反応は皆無…それらのことも相まって、完全に彼らは目の前の人物を甘く見ていたのである。

目の前の少女を抱く黄金の鎧の少年…快人は突然現れたクロノと武装隊を一瞥することも無く、なのはの様子だけを見ている。

その様子に、再びクロノは勧告した。

 

「もう一度言う! その鎧を脱いで投降しろ!

 こちらの要求に応えない場合、力づくで拘束する!」

 

その言葉に、快人はゆっくりとなのはを横にならせると立ち上がった。

 

「…さっきから突然現れて何を訳分んねぇことほざいていやがる?

 こっちは今それどころじゃねぇ、とっとと俺の視界から消えろ…」

 

「これが最後の警告だ! その鎧を脱いで投降しろ!」

 

「断る」

 

「敵対行為とみなしこれより強制的に拘束する!」

 

クロノのその言葉と同時に、クロノと武装隊から数十ものバインドが快人を雁字搦めにする。

だが。

 

「ふん…」

 

「!?」

 

快人が少し力を加えた瞬間、そのバインドすべてが吹き飛んだ。

魔力反応は一切ない。

混乱しながらも、クロノは再びバインドを使用する。

そのバインドはストラグルバインドという特殊なバインド魔法だ。

この魔法は対象にかかっている強化魔法を強制解除するという効果を持っている。

魔力反応なしでバインドを吹き飛ばした快人を、誰かに強化魔法をかけられているのではと考えたからだ。

だが、それすらも快人は何の苦も無く吹き飛ばす。

それは快人には強化魔法などかかっていない、魔法を使用せずにバインドを破っているということに他ならない。

 

「これは…一体…!?」

 

その動揺はクロノだけでなく、武装隊すべてに広がっていた。

そんなクロノたちに、快人は面倒そうに顔をしかめると拳を振り上げた。

 

「うわぁ!?」

 

「ぎゃぁぁ!!」

 

拳が光った…そう思った時には武装隊が全員、悲鳴を上げながら気絶していく。

残っているのはクロノのみだ。

 

「何を…何をしたんだ!?」

 

今までの経験すべてを持ってしても全く理解が出来ない異様な光景に、クロノは悲鳴のような声を上げる。

そんなクロノに向かって快人は無言で拳を振り上げた。

 

(やられる!?)

 

本能的にそれを悟るクロノだが、その時光と共に一人の老人が現れた。

 

「快人…」

 

その老人…セージが快人の振りあげた拳を押さえつけている。

そして快人の顔面へとセージは拳を叩きつけた。

 

「!? じいさん、何しやがる!!」

 

「何をしている? それは私の台詞だ、快人!

 お前は今、その聖闘士(セイント)の拳を何のために使おうとした!」

 

「そんなの目の前の敵を…」

 

「愚か者が! そんなことも気付かぬほど私の目が節穴だと思っているのか!!

 確かにこの者たちはお前に対し攻撃を仕掛けた。

 ただの自衛のための拳だというのなら、私も何も言わん。

 だがお前は今、大切ななのは嬢を傷つけられ守れなかった苛立ちをこの者にぶつけようとしている!

 その様な考えで聖闘士(セイント)の拳を振るうことは許さん!!」

 

セージの言葉に、落ち着きを取り戻したのか快人はゆっくりとその拳を下ろす。

 

「快人よ…大切ななのは嬢を傷つけられ、お前が苛立つのも分かる。

 だが、そう言う時だからこそ冷静にならねばならん。

 なのは嬢は生きている。

 身体に異常が無いか確認し、すぐにでも休ませることが先決だ。

 違うか?」

 

「…ああ、その通りだよ、じいさん」

 

快人はセージの言葉に素直に頷く。それを見たセージも頷くと、言葉を続けた。

 

「ならばすぐにでも行動だ。

 なのは嬢は魔法による攻撃を受けた可能性が高い。

 プレシア女史ならば、なのは嬢の状態を調べられるやもしれん。

 すぐにでもプレシア女史に…」

 

『それは私たちに任せてもらえないかしら?』

 

セージの言葉に答えるように、中空にモニターのようなものが浮かび上がる。

そのモニターには一人の女性の姿が映っていた。

 

「母さん!?」

 

クロノは突然の通信に驚きの声を上げる。

 

『始めまして、私は時空管理局所属、次元航行艦アースラ艦長、リンディ=ハラオウンです。

 あなたたちの地球とは違う、次元世界から来ました』

 

その言葉に、セージは言葉を返す。

 

「始めまして、次元の彼方の客人よ。

 私はセージ、地球の知られざる守護者、聖闘士(セイント)の一人である快人の保護者です」

 

こうして聖闘士(セイント)と時空管理局は邂逅を果たしたのだった…。

 

 

 




プレシアさん28さい…駄目だ、無理すぐる。

蟹VS牛、第一戦終了。
遂に邂逅した聖闘士と管理局。
次回は交渉と各陣営の日常風景、そして強化。

次回もよろしくお願いします。


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第25話 蟹と魚と魔法少女、管理局と共闘する

イモジャーを着こみ、お茶を片手に胡坐をかきながら前時代的なブラウン管テレビを2人の美女が見ていた。

ここは天界、そしてこの2人は女神アテナさまに女神アフロディーテさまである。

 

「「…」」

 

その2人はその格好とは裏腹の真剣な表情でブラウン管テレビを見続ける。

2人は快人とシュウトの関わった『ジュエルシード事件』でのデスマスクとアフロディーテの登場で、自分たち以外の『神』の干渉を知った。

その後調査は進めていたが一向にその正体は分からず仕舞い。

夏休みには『邪神エリス事件』まで起こったが、それでも黒幕の存在を掴むことが出来なかった。

だが今回、牡牛座(タウラス)の転生者を見たことでその状況が動く。

 

「…行きましょ、アフロディーテ」

 

「ええ、そうね。 アテナ」

 

2人は立ち上がるとその身体が光に包まれ、イモジャーから女神としての正装へと変化していた。

 

牡牛座(タウラス)…間違いないわね」

 

「ええ。

 私らほどじゃないけど、一緒に酷い目にあってたからね、あの子も」

 

2人の脳裏に浮かぶのは仲の良かった1人の女神。

牡牛座(タウラス)の生まれというだけで『力持ち』と言われて、荷物持ちをやらされたり辛い眼にあい続けていたあの女神…。

 

「アルテミス、あの子何考えてるのよ!?」

 

「恐らく私らと同じ、牡牛座(タウラス)の活躍が見たかったんじゃないの?

 それで私らの計画に秘密で便乗してたとか…」

 

アテナは吐き捨てるように言い放ち、アフロディーテはため息をつく。

とはいえ、2人の知っているアルテミスは策謀などやるタイプではない。

単純明快で性格だって竹を割ったような、悪く言えば適当な、好感の持てる女神だ。

デスマスクの言い残した『性格が悪そうな女神』と言うのにはどう考えても当てはまりそうにないのだが…。

 

「とにかく! あのノーテン女神には話を聞かないと!!」

 

「そうね、すべてはそれからよ」

 

頷き合うとアテナとアフロディーテは何処かへと転移したのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

小宇宙(コスモ)によって奇跡を起こす存在、聖闘士(セイント)

そして次元世界を魔法の力を持って管理する時空管理局。

それらが今、地球にて邂逅を果たす。

 

「それでリンディ女史、我々地球の者には『時空管理局』なる組織についての知識はないのだが、どのような組織か説明を求めてもよろしいかな?」

 

『私たち時空管理局は次元世界の平和維持を主な任務としています。

 そして、今回はある任務のため地球へとやってきました』

 

「成程…形は違えど我ら聖闘士(セイント)と同じく愛と平和を守る者…そう解釈してもよろしいかな?」

 

『え、ええ…その様な解釈をしていただければ光栄ですわ』

 

顎を擦りながらのセージの言葉に、リンディは少し戸惑いながらも答える。

 

「しかしながらリンディ女史、今の快人への攻撃といい、高圧的な物言いといい少々配慮に欠けるように見受けられるのだが?

 こちらの世界では、あなた方時空管理局という組織のことは認知されていない。

 そこに、そちらの法をいきなり押し付けるのは些か問題だと思うのだが?」

 

『それは…確かに申し訳ありませんでした』

 

突如として鋭くなったセージの眼光に冷や汗を流しながら、リンディは素直に謝罪した。

リンディとて現場で多くの命のやり取りをし、権力闘争渦巻く本局で長年生きてきた人間である。

多少の眼力では怯みすらしない自信はあった。

だが、セージは外見からすれば齢70に届こうという老人であるのに、その眼光はリンディの今までの人生の中において最も鋭い。

その眼力だけで格の違いを感じ取ったリンディは冷や汗が止まらなかった。

 

「それで、先ほど興味深いことを言っていましたな。

 『なのは嬢を自分たちに任せて欲しい』、と」

 

『はい、我々は魔法については専門の機関であり、こちらにはそのための医療施設もありますので十分な検査と治療をお約束できます』

 

「それは確かに魅力的な話ではありますが…」

 

セージはリンディの話に難色を示す。

そこに快人が横から口を出した。

 

「いきなり訳わかんねぇこと言われて攻撃されて、信じられるわけねぇだろ!

 お前らがさっきの連中の仲間じゃないって保障もないし、預けた途端なのはを攫ってドロンってことだってあるんだからな!」

 

「これ、快人…」

 

快人の言葉をいさめるセージだが、内心では快人と同意見だ。

この短時間では時空管理局という組織がどんな組織であるのか判断が出来ない。

そこになのはを預けることの危険さを重々承知していたのだ。

だが、そのとき新たな通信ウィンドウが開いた。

 

『彼らのことは僕が保障します。 だからどうか信じて欲しい』

 

そういってきたのは1人の少年だった。

線の細い中性的な少年である。

そして、その人物を知る快人とセージは揃って驚きの声を上げた。

 

「「ユーノ(君)!?」」

 

『お久しぶりです、2人とも』

 

モニター越しに頭を下げる少年は、あの『ジュエルシード事件』の時にフェレットの姿となって快人たちと行動を共にしていたあのユーノだった。

 

「久しぶりだな、ユーノ。

 でもお前、そいつらと行動を共にしているっていうのは…」

 

『実はあのジュエルシード事件の後、僕の発掘の腕を買われてね。

 時空管理局の無限書庫ってところに就職したんだ』

 

「なるほど、それはめでたい。

 そして…君の目から見て、彼らは信用できるというわけか」

 

『はい、セージさん。 少なくとも僕と一緒に来た人たちは信用に値する人たちです。

 それに…僕だってなのはを危険に晒すようなことなんてさせません。

 だからなのはのことを任せてもらえませんか?』

 

ユーノから感じる視線は企みなどあるはずも無く、どこまでも真摯だ。

その眼差しを見て、セージは頷く。

 

「いいでしょう、そちらの好意に甘えることとしましょう。

 快人、お前もそれで文句はあるまい?」

 

「時空管理局っていうのはまだ信じられないが…友の言葉なら話は別だ。

 でも、万一のために俺も同行させてもらうぞ」

 

『構いません。 クロノ、彼となのはさんをご案内しなさい』

 

「は、はい!」

 

リンディの言葉にことの成り行きを見守っていたクロノは慌てて頷くと、快人となのはと共に転送魔法で消えていった。

 

『それでセージさん、私たちはあなた方と今回の件で話し合いの場を持ちたいのですが…』

 

「構いませんが、それを行うのは明日にしていただけませんかな?

 ユーノ君と行動を共にしているとなれば、快人の他にもう1人聖闘士がいることもどうせご存知でしょう。

 彼らも話し合いに参加させるためにしばしの猶予を貰いたい」

 

『構いません。

 それでは明日の朝、迎えを寄越しますのでこの場所で』

 

「ええ、有意義な話し合いを期待していますよ、リンディ女史」

 

通信ウィンドウが消え去り、残ったのはセージとテスタロッサ家の面々だ。

 

「あの…セージおじいさん、どうするんですか?」

 

ことの成り行きを見守っていたフェイトがおずおずといった感じでセージに尋ねた。

 

「敵方に黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいた以上、これは聖闘士(セイント)の問題でもある。

 フェイト譲はすまないがシュウトを連れてきて欲しい。

 朝近くなれば守護宮から戻ってくるはずなのでな。

 そしてプレシア女史には、時空管理局という組織について教えて欲しい。

 相手の規範、理念、歴史といったものが分からなければ話し合いのし様がないのでな。

 そして明日の話し合いにも参加をしてほしい」

 

「ええ、わかったわ」

 

セージの言葉に、プレシアが頷く。

 

「で、じいさん。 アタシは?」

 

「うむ…そうだな、アルフはフェイト嬢の傍についていてもらえればいい」

 

セージからの話を聞いて頷くテスタロッサ家の面々。

長い夜はまだまだ終わりそうになかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なのは…」

 

快人はベッドへと横たわるなのはを眺め続けていた。

あの後快人はなのはを連れ案内されるままに転送ポートを経由し、本局の医療施設へとやってきていた。

なのはの診断結果は命に別状なし、どうやら魔導士の心臓である『リンカーコア』から魔力を取られたらしく、それが著しく小さくなっていたがそれも子供特有の回復力からかすでに回復に向かっているらしい。

そのことを知らされたときには、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。

以降、快人はなのはの傍で目が覚めるのを待っている。

そんななのはの病室のドアがノックされ、ユーノが入ってきた。

 

「お邪魔するよ、快人。

 なのはの様子はどう?」

 

「見ての通りだ、まだ目が覚めないよ」

 

「そっか…」

 

そう言って、ユーノは快人の隣へと座った。

 

「ところで快人、頼まれていたものを持ってきたんだけど…」

 

そう言ってユーノが差し出したのは数個の錠剤である。

 

「悪いな、ユーノ」

 

「それはいいんだけど…何だって増血剤なんて必要なのさ?」

 

「まぁ、ちょっとあって貧血気味ってことさ」

 

そう笑って、快人は錠剤を飲み込むと互いの近況を話し合う雑談を始める。

そしてしばらくの後、再びドアが開いて3人の人影が入ってきた。

 

「兄さん!」

 

「なのは!?」

 

入ってきたのはシュウトとフェイト。

そして…あの黒衣の魔導士、クロノ=ハラオウンだった。

快人は思わずクロノに向かって警戒の視線を投げかけると、クロノは静かに快人に向かって頭を下げる。

 

「僕はアースラ所属の魔導士、クロノ=ハラオウンだ。

 先ほどはすまなかった。

 そっちの事情も心情も考えない行動だったと思う。

 どうか許して欲しい…」

 

その態度を見て、快人は内心でクロノの評価を改める。

いきなりやってきて高圧的な物言いと武力行使には腹が立ったが、ユーノとの話でそれが管理世界に蔓延する『魔法至上主義』という考え方ゆえであり、決して彼個人が悪いわけではないということは聞いた。

その管理世界の中で、しかも時空管理局でも魔法の資質が高いものはエリート然としているらしい。

そのため、快人もクロノを『魔法至上主義を信望する、いけ好かない頭の固いエリート』と考えていたのだがどうやら違ったようだ。

自分がエリートだと考えている人間は大抵考え方が硬直しており、自分の考えを改めない。

その結果として高圧的な物言いや、相手の事情を配慮しないことが多々あるのだ。

だがクロノは自分の出会った事実から非を認め、謝罪をしてきている。

だから、快人も相応の態度で返すことにした。

 

「いや、こちらこそすまなかった。

 そっちにも事情はあるだろうし、そっちから見たら俺のほうが不審者だからな。

 ちょっと強めに手を上げたのは悪かったと思う」

 

快人もそう言って頭を下げる。

快人を包囲していた武装隊は全員、全治1週間ほどの打撲で収容中だ。

実際、冷静になっていればもう少しやりようはあったかもしれないがセージに指摘された通りなのはがやられたことでイラついていたため、その捌け口に彼らを使ってしまったという自覚と負い目が快人にはあった。

それに未知との遭遇というのは普通、平和的には行かないものだ。

自分の知らない世界で、自分たちとは違う文化・感性の持ち主と出会ったら、人類の歴史からみても普通は握手より先に殺し合いになる。

そう考えると、武装解除を迫ったクロノの対応も致し方ないとも快人は思えた。

 

「改めて…蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人だ。

 よろしく、クロノさん」

 

「クロノでいいよ。 よろしく、快人」

 

そう言って快人とクロノは握手を交わした。

 

「それで兄さん、なのはちゃんの容態は?」

 

「命に別状はない。 医者の話だともうすぐ目を覚ますだろうって話だが…」

 

その時、呻きと共になのはがゆっくり目を覚ます。

 

「…あれ、ここは…?」

 

「なのはぁ!?」

 

「フェイトちゃん? それに快人くんにシュウトくんにユーノくんまで…私一体…」

 

抱きつくフェイトに、なのはは寝ぼけ眼で戸惑ったように呟くのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「そっか…私、負けちゃったんだ…」

 

話を聞いて、今までのことを思い出したなのはは胸元から赤い宝石を取り出す。

ヒビの入ったそれはなのはの相棒、レイジングハートの待機状態だった。

 

「ごめんね、レイジングハート…」

 

なのはの言葉に、レイジングハートはチカチカと点滅を返す。

 

「私のバルディッシュもこんなにやられちゃった…ごめん、バルディッシュ」

 

フェイトも自身の相棒であるバルディッシュを取り出すが、同じように酷い損傷状態だった。

 

「しかし連中の使ってたデバイスだが、何かおかしくなかったか?

 小宇宙(コスモ)を使ったっていうのもそうだが、バスンバスン火薬みたいなの爆発させてたみたいだし」

 

ヴォルケンリッターと名乗った魔導士たちのデバイスはなのはとフェイトのデバイスとは根本的な部分で違っている気がすると、快人は言う。

それに答えたのはクロノだった。

 

「話を聞いている限り、それはベルカ式魔法のカートリッジシステムだな」

 

魔法にはなのはたちが使うミッド式とは別にベルカ式という系統があるらしい。

ベルカ式は遠距離・複数戦をある程度切り捨て、近接戦闘に特化した系統だそうだ。

その特性を象徴するように彼らの使うデバイスも『アームドデバイス』という、最初から戦闘での直接武装となるよう設計されており、その頑強さはなのはたちの使う精密なインテリジェントデバイスを遥かに凌駕しているようだ。

さらにその最大の特徴は『カートリッジシステム』というものを搭載していることだ。

圧縮魔力を込めたカートリッジをロードすることで、瞬間的に爆発的な威力を発揮することの出来るシステムである。

制御が難しく、身体にかかる負荷も相当な限られた人間しか使いこなせないシステムだったようで、それがベルカ式魔法衰退の原因であったという。

 

「なるほどな…で、連中…というかあのクソ牛が魔力のかわりに小宇宙(コスモ)をカートリッジに封入しているってことか…」

 

今の特性から、快人はなんとなく今日の相手について納得していた。

シグナムたちからは小宇宙(コスモ)を感じないところをみると、なのはとフェイトのように微量でも小宇宙(コスモ)に目覚めたわけではないのだろう。

牡牛座(タウラス)小宇宙(コスモ)を込めたカートリッジを起動し、自身に流し込んでいる』のだろうと、快人は推測する。

 

「それ…ものすごい無茶するね」

 

「何、あの黄金聖闘士(ゴールドセイント)の中で最高の頑丈さを誇る牡牛座(タウラス)の仲間だ。

 それだけ頑丈さに自信があるんだろうぜ」

 

話を聞いていたシュウトが呆れ、快人が肩をすくめる。

実際にそれはとんでもない無茶だ。

出力を上げるために電子回路に過剰な電力を流すようなものである。

それをすれば数度かは望む結果が得られても、いつか必ず回路が焼ききれる。

電子回路なら部品交換で済むが、これが普通の人間ではどんな状態になるのか?

神経が焼き切れて脳死なり半身不随なり、愉快な結果でないことだけは明白だった。

 

「で、じいさんたちは何をしてるんだ?」

 

「母さ…いや、リンディ艦長たちと今後のことについて話し合いをしているよ」

 

「なるほど…相手に牡牛座(タウラス)がいるんじゃ、ボクか兄さんがいないとどうしようも無いだろうし…」

 

「私は…あのシグナムともう一度話がしてみたい」

 

「私も、あの子のお話を聞いてみたいの。 何か事情があるみたいだったし…」

 

シュウトの言葉に、なのはとフェイトが相槌を打った。

なのはたちも思うところがあったのか、この事件に関わる気は満々のようだ。

そして、それは快人も同じだ。

 

「おい、シュウト。

 この事件の間、あのクソ牛は俺がやる。 お前は手を出すなよ」

 

「いいの? 相性的にボクのほうがやり易いと思うけど…」

 

「相手はお前の存在を知らないんだ。いちいち教えてやる必要は無いさ。

 それにこう不完全燃焼だと…な」

 

その言葉にシュウトは苦笑する。

牡牛座(タウラス)は、肉体的には黄金聖闘士(ゴールドセイント)最強の屈強さとパワーを誇るのだがその反面、五感に訴えかけるような技に弱い。

それでも簡単にはいかないだろうとは思うが、牡牛座(タウラス)にとって最強の毒使いである魚座(ピスケス)のシュウトは苦手な相手であろうことは想像に難くない。

だが、負けず嫌いな兄は牡牛座(タウラス)との再戦を望んでいるのだった。

 

「それはいいんだけどね、一体どんな話になってるのやら…」

 

今、話し合いに出ているのはセージとアルバフィカとプレシア、そして管理局側はリンディである。

その状況を予想して苦笑を漏らすのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

そのころ、アースラの和風庭園を模したような応接室で会談は行われていた。

地球の守護者という聖闘士(セイント)からはセージとアルバフィカ、管理局側からはリンディ、そして双方に見識のある仲裁役といってもいいプレシアの4人である。

まずはお互いがどのような存在なのかの説明から始まり、現在に至るまでの状況を互いに話をすることになった。

無論、セージたちもリンディもすべての真実を話すわけではない。

それは互いに互いの腹を探り合っているからだ。

セージたちは事前の情報で、時空管理局にはよい印象を持てなかった。

特にアルバフィカはミッド出身のシュウトと共にいたため、時空管理局の知識がある。

数多の次元世界に『管理』という名目で干渉することには、他世界への内政干渉だという風に感じていたし、連日のような管理局幹部の汚職などの事件をニュースで見ては眉を顰めていた。

救いの手を差し伸べねば死んでしまう人々も無論、次元世界にはいる。

それを救いたいという管理局の理念は立派とは思うし、それを志し活動している若い職員や一部の良識ある幹部はいいが、私利私欲に走るものも多い。

『立派な理念を持った優秀な末端と私欲に走る腐った上層部をもつ組織』というのがアルバフィカの管理局に対する印象だった。

セージも聖闘士(セイント)を統べる教皇の地位に200年以上もいた人物、組織には問題が付き物だとは分かっているが、管理局や管理世界の『魔法至上主義』による差別意識の一端を実際に快人との一件で垣間見て、さらに管理局の行動を聞くにあたり『無限の世界を管理など神にでもなったつもりか?』と軽い不信感を抱いていた。

とはいえ、それはセージとアルバフィカの『時空管理局』という組織に対する印象である。

リンディ=ハラオウン個人に対する印象は悪くは無い。

あのセージもその交渉力には驚きを感じた位だし、何よりその言葉には誠意を感じられる。

ユーノが言うだけあって信頼に値する人物だとセージたちは考えていた。

一方のリンディもセージたち聖闘士(セイント)という存在がどれほどのものか知らない。

彼女の極秘任務は『聖闘士(セイント)が破滅の予言への希望になりえるかどうか?』を見極めることである。

そのため、ユーノに『破滅の予言』についての話をリンディの許可があるまでしないように厳命したのである。

リンディはこの『闇の書事件』をその見極めで利用する腹積もりだった。

 

「ではそちらの…聖闘士(セイント)の力を今回の事件で貸してもらえるのですね?」

 

「あなた方の言う『闇の書』の危険性を聞けば、聖闘士(セイント)として地上の人々の平和のために戦うことは使命だ。

 それに相手に黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいる以上、これは我々聖闘士(セイント)の問題でもある。

 この一件、あなた方に協力しましょう。

 ただし…」

 

セージの言葉に、リンディも頷く。

 

「ええ、そちらの要望どおりに聞かせてもらいます」

 

セージの提示していた条件は

 

1、あくまでリンディ個人への協力であること

2、独自に判断を行い、独自に行動する自由を認めること

3、聖闘士(セイント)についての情報開示の強制の禁止

 

主にこの3項目だ。

1は今現在では『管理局』という組織を完全には信用し切れないからだ。

2はありえないとは思うがリンディが聖闘士(セイント)としての理念に反した命令をしたときにそれに逆らえるようにである。

3は快人たちの持つ小宇宙(コスモ)聖衣(クロス)といったものの開示を強要しないためだ。これらの力は争いの火種を含んでいるのでセージも慎重である。

これらを呑んでもらえれば、この『闇の書事件』の間の共闘というのがセージの提示した条件であった。

そしてその条件をリンディは快諾し、ここに聖闘士(セイント)とリンディとの共闘関係が成立した。

握手を交わすセージとリンディ。すると、リンディが思い出したように言った。

 

「そういえば、あのなのはさんとフェイトさんのお2人なんですが…彼女たちには協力を求めても構いませんよね?」

 

「あの2人の行動はあの2人が自分の意思で決めることだ。

 もっとも、あの2人はこの事件に思うところがあるようだから答えは決まっているがな」

 

セージは2人のことを思い出して苦笑する。

すると、リンディが提案をした。

 

「あの2人のデバイスは破損していたはずです。

 今後もこの事件に関わるとしたら、修理は必須でしょう。

 こちらには優秀なデバイスマイスターもいますので、私たちの方で修理しましょう」

 

「それはありがたい話ですな」

 

「いえいえ、共闘関係となったからにはこのくらい当然ですわ」

 

そう微笑みながら返すリンディだが、プレシアから待ったが掛かった。

 

「ちょっと待ってくれないかしら?

 セージさんもアルバフィカさんもデバイスのことには専門外で分からないみたいだけど、デバイスには今までの戦闘記録が蓄積されているわ。

 それは必然的に聖闘士(セイント)の情報も含まれている。

 彼らとしては知らず知らずのうちに聖闘士(セイント)の情報が流れてしまうことになるのだけど、いくらなんでもそれはズルい手なんじゃないの?」

 

プレシアの指摘通り、リンディはデバイスから聖闘士(セイント)についての情報の入手を考えていたのだ。

確かにセージの条件である『情報開示の強制』には払拭しない、まさに抜け道的な考えである。

 

「…なかなか油断できませんな、リンディ女史」

 

「は、はは…」

 

セージとアルバフィカに冷たい視線で貫かれ、リンディは冷や汗を流す。

 

「リンディ女史の折角のご好意ですので修理はお願いいたしましょう。

 ただ、プレシア女史の立会いの下でということでお願いしますよ。

 今後のお互いのためにもそれがよろしいと思いますが、リンディ女史はどうお考えですかな?」

 

「も、もちろんですわ」

 

リンディとしてもペテンに掛けようとしていたのを見破られたのだから頷くしかない。

こうして第一回の聖闘士(セイント)・管理局の会合は微妙な空気のまま終わったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「…」

 

「何を考えている、シグナム?」

 

目を瞑り何事かを考えているシグナムに、ザフィーラは話しかけていた。

 

「考えなければならないことが多くあるのでな。

 あの金髪の少女は良い太刀筋だった。 一筋縄ではいくまい。

 そしてあの蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)…」

 

シグナムの言葉に一緒にいたヴィータが反応する。

 

「まさかこの街にいた魔導士が小宇宙(コスモ)を使って、挙句黄金聖闘士(ゴールドセイント)までいるなんて思いもよらなかった…」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)は全部で12人いるというし、その1人が存在していてもおかしくはない。

 そして我らと同じくその恩恵を受ける魔導士がいるというのも理解できる話だ。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)に関しては悔しいが我らヴォルケンリッターでは勝ち目が無い。

 我々だけで遭遇したときには、即座に退却するしかないだろう…」

 

「あいつに任せるしかねぇってことか…」

 

ヴィータが悔しそうに歯噛みする。

家族であるあの少年に強大な相手を押し付け、自分は黙って見ているしかないという事実が騎士としての誇りを傷つける。

だが、それは全員の共通の思いだった。

そこに奥からシャマルと牡牛座(タウラス)の少年がやってくる。

 

「ほれ、出来たぞ」

 

そう言って、少年は1発ずつ、計2発の金色のラベルのついたカートリッジをシグナムとヴィータに投げ寄越した。

 

「…すまんな」

 

「それはいい。 だが、そう簡単には作れないんだ。

 使いどころを誤らずに使ってくれ…」

 

そう言った途端に、少年の身体がぐらりと傾き、横にいたシャマルが慌てて支えた。

 

「…すまない」

 

「無茶のしすぎですよ。

 戦闘の後に、あんなに血を流すなんて…」

 

シャマルは今までの行動をとがめるように少年に言った。

ヴォルケンリッターの強力な力…小宇宙(コスモ)を込めた『G型カートリッジ』の製法は常軌を逸したものだ。

まず通常の圧縮魔力結晶を作り出す。

その後、それに自らの血と共に小宇宙(コスモ)を注ぐというものだった。

小宇宙(コスモ)はその気になれば様々なものに宿らせ、長期的にその効果を留めさせることが可能だ。

事実、射手座(サジタリアス)黄金聖衣(ゴールドクロス)は13年にも渡ってアイオロスの小宇宙(コスモ)を留めて星矢たちを助けていたし、神具の類は神話の時代から小宇宙(コスモ)を留めている。

そこからヒントを得た少年は自らの血を触媒にしてヴォルケンリッターが瞬間的に小宇宙(コスモ)を発揮できるカートリッジ、『G型カートリッジ』を作ったのである。

その威力は絶大だが、普通の人間では神経回路が焼き切れ廃人になってしまう。

だが、ヴォルケンリッターは人ではない。

人の形を取っているが、闇の書のプログラムである。

そのためその強度は人間を遥かに上回る。

『G型カートリッジ』はその身体強度と、フレーム強度に優れたアームドデバイスだからこそ扱えるヴォルケンリッター専用の切り札であった。

だが、こんな製法で生産性がいいわけが無い。

事実、ヴォルケンリッターの所持している『G型カートリッジ』の総数は今の2発を足してもシグナム5発、ヴィータ6発の計11発だけだ。

 

「おい、あの『金牛宮』ってところで休めよ! あそこだったら時間の流れが違うんだろ。

 だったら…」

 

ヴィータのその言葉に少年は首を振った。

 

「いつ相手が襲ってくるか分からない今の状態で、連絡の取れなくなる守護宮に入るわけにはいかない…。

 それに…我が師ハスガードに会わせる顔がないよ…」

 

そう言って少年は寂しそうに笑う。

聖衣(クロス)を纏い戦うときは、巨星アルデバランの名で正しきことのために戦え』…そう言われ『アルデバラン』の名を譲ってくれた偉大な師の教えに自分は反している。

どう理由を並べ取り繕っても自分のしていることは通り魔同然の行為、粛清されてしかるべき行いをしている自覚がある。

だが、それでも…。

 

「はやてを救う。 それが今の俺の『正しさ』だ。

 粛清されるのも、償うのも…すべてははやてを救ってからだ」

 

そこには覚悟があった。

そんな少年の、『家族』の姿に思わずシグナムが言葉を漏らす。

 

「我らとて同じ。

 騎士としての誇りを汚しても…主はやてを救ってみせる!

 その心はお前と同じだ…大悟」

 

シグナムは戦いの場の闘士としてではない、『家族』としての少年の名を呼んだ。

その時、奥からはやての呼ぶ声が聞こえる。

 

「うっしー! どこや!!」

 

「…主がお呼びだぞ」

 

「分かった…はやて、今行く!」

 

答えて牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)―――牛島大悟ははやての元へと歩き出す。

覚悟を決めたその大きな背中には迷いは無かった…。

 

 




今回は話的にはほとんど動かない、各サイドの準備風景でした。
リンディさんはなかなか油断ならない人だと思いますがどうか?

以前書いた通り、ヴォルケンズの切り札『G型カートリッジ』の説明。
誰でも使えたら大変なことになるので『人外の耐久力とデバイスの強度がないと使えない』事実上のヴォルケンズ専用装備です。

次回はヴォルケンズとの第二回戦の予定。


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第26話 魔法少女、新たな力を得る

今回はなのは&フェイトの超絶魔改造回。
あと今後の管理局魔導士強化の伏線。
そして伏線の回収です。
伏線と言っても誰も覚えてないんだろうなぁ、『あの時』の魚の行動なんて…。



 

「なのは嬢、調子はどうかな?」

 

「あ、セージおじいさん」

 

セージたちはリンディとの会談を終え、なのはの病室を訪ねて来ていた。

 

「うん、もう大丈夫です」

 

「そうか…医者からも聞いたがもう家に戻ってもいいそうだ」

 

「それよりじいさん、詳しい話を聞かせてくれよ。

 どうせこの事件、俺たちが関わることになるんだろ?」

 

見れば、快人・シュウト、そしてなのはもフェイトもセージの次の言葉を待っている。

 

「せっかちなものだ」

 

セージは苦笑すると、リンディとの会談の内容と状況を話し始めた。

 

アースラの捜査していた『魔導士襲撃事件』…その名の通り魔導士を襲いその魔力を奪うという通り魔のような事件が地球周辺の次元世界で起こっていたらしい。

なのはを襲った相手がその容疑者で、なのはもこの事件の被害者ということだそうだ。

そして今回のことで『魔導士襲撃事件』の真の意味が判明する。

それこそロストロギア『闇の書』である。

魔導士の魔力と資質を奪いページを増やし、完成したときには強大な力を主に与えると言うものである。

 

「強大な力ねぇ…『神』の力でも貰えるのか?」

 

「分からないけれど、碌なことにならないことだけは断言できるよ」

 

頬杖つきながらの快人の呟きにクロノが若干力を込めながら答えると、快人はその口調に眉をひそめた。

 

「いやに力入ってるな。 何かあるのか?」

 

「…『闇の書』は過去何度も歴史上に現れた。 それに対して有効な手はなく、いつだって魔導砲『アルカンシェル』の砲撃で吹き飛ばすしかなかったんだ。

 そして11年前に現れた『闇の書』の時、僕の父さんは乗っていた艦ごと『アルカンシェル』で…」

 

「…悪い」

 

快人はクロノの話にバツが悪そうに謝った。

そこにシュウトが疑問の声を投げかける。

 

「ちょっと待って、11年前クロノさんのお父さんごとその『闇の書』は吹き飛んだんでしょ?

 『闇の書』はそんなにいくつもあるの?」

 

「いや、今回の『闇の書』と11年前の『闇の書』は同一のものだ。

 『闇の書』には本体の消滅や所有者の死亡をトリガーにして、新たな主の資質を持つ者の下に転移し自動再生する『転生機能』という機能があるんだ。

 これのせいで何度破壊してもまた『闇の書』はどこかで再生し、破滅を呼ぶ。

それでも破壊すれば少なくとも十数年は『闇の書』は行動出来ない。

 今まではそれを続けていたんだ…」

 

「…なんだかもぐら叩きみたい」

 

フェイトの言葉に、言い得て妙だと納得した快人は呆れたように肩を竦める。

 

「でも、あの牡牛座(タウラス)はそんなヤバいものを望むような邪悪なやつにはかんじなかったな…」

 

「シグナムも悪い人には見えなかった。

 悪い人ならあんなに堂々と名前は名乗れないと思う…」

 

「あの赤い子もそうだよ」

 

快人の言葉に、フェイトとなのはは口々に賛同する。

実際に戦った快人たちは、彼らに対して邪悪な印象を受けなかった。

今までの魔導士襲撃事件でも死者は1人も出ておらず、軽傷で済んでるあたりも何かの事情を匂わせる一因である。

 

「まぁ、あの様子じゃ素直に事情を吐くとは思えないし、捕まえるか何とかしないと話は聞けないな」

 

「戦いは避けられない…ってことだね」

 

シュウトの言葉に、その場にいた全員が頷いたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

病室を後にした一行は、クロノの案内の元に本局見学と共にデバイス用のラボへと向かっていた。

 

「快人くん、あれあれ!」

 

「おぉ! すげぇ!!」

 

地球出身の快人となのはは、本局の魔法文明に驚きの声を上げながら辺りを見ていた。

完全にお上りさん状態である。

セージも地球とは明らかに違う魔法文明の産物を感心するように眺めていた。

一方の魚師弟とテスタロッサ家、クロノとユーノは見知った風景だったため快人たちの姿に苦笑する。

そんな風にプチ観光を楽しんでいた時だった。

 

「ん? そこにいるのは…」

 

「あ、グレアム提督!」

 

クロノがビシッと姿勢を正す。そんなクロノに紳士然とした人物は苦笑した。

 

「別にかしこまる必要はないよ。

 ところでこちらの人たちは?」

 

「はい、民間協力者の人たちで…提督と同じ『地球』の出身です」

 

「ほぅ…」

 

その言葉にグレアムは驚きの声を上げた。

 

「始めまして、私はギル=グレアム。

今ではこうして管理局の仕事に着いていますが、『地球』のイギリスの出身です」

 

そう言ってグレアムが差し出した手を、セージが握った。

 

「これはご丁寧に。 私はセージ、ここにおる快人の保護者です。

 『地球』の日本から来ました」

 

「ほぅ、日本ですか。

 あの国は美しい国だと聞いています」

 

「イギリスも伝統と文化の根付く土地と聞いていますよ」

 

そんな感じの他愛も無い談笑をするセージとグレアム。

どうみても普通の光景だが、快人・シュウト・アルバフィカの視線は心なしか鋭かった。

それと言うのも、聖闘士(セイント)組はここに来るまでに何者かの視線を感じていたからだ。

そしてその視線の主こそ、このグレアムだ。

最初はもの珍しいのだろうと好意的に考えていたが、それがこうやって出てきてさらに提督という管理局の上層部の人間であることはとても好意的な要件には捉えられない。

聖闘士(セイント)のことをリンディから聞き、スカウトにでも来たのかという警戒心が湧きあがるが、予想に反してグレアムはそのまま去っていった。

 

「あのオッサン、何者なんだ?」

 

「ギル=グレアム、管理局ではかなり知られた人だよ。

 僕の父さんの上官でもあった人で、僕もよく面倒を見てもらったんだ…」

 

「成程、君の師といったところか。佇まいが良く似ている」

 

クロノの言葉にセージは頷くが、同時にグレアムの瞳の奥底にあるものを感じ取っていた。

それは…。

 

「『悔恨』と『決意』…か…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「で、話ってのは何なんだ?」

 

快人の言葉には少々の棘があった。

クロノの案内でデバイスラボまでやってきた一行。

そこで損傷したレイジングハートとバルディッシュを預けて再び管理局観光に出発するところだったが、そこをレイジングハートとバルディッシュが話があると言って快人とシュウト、そしてプレシアを止めたのだ。

他のメンバーは一足早く管理局観光へと向かっている。

快人としても管理局の観光というのは物珍しく、それを邪魔されたのは面白くないらしい。

 

『私たちはあなたたちに意見を聞きたいのです。 私たち自身の強化のための意見を』

 

「強化、だって?」

 

シュウトの言葉に、バルデッシュが続ける。

 

『我々はマスターと共に戦うインテリジェントデバイス、マスターの勝利のために最大限の策を練る義務がある。

 しかし…マスターの敵となるものはあなたがたのような聖闘士(セイント)しかり『神』しかり今回の敵しかり強大です。

 これに対し、我々も今のままでは勝利を得る事は難しいと考えます』

 

「まぁ、確かに…」

 

快人とシュウトも、夏の『邪神エリス事件』でなのはとフェイトのパワーアップの必要性は感じていたことだ。

 

「それで、強化っていうのは技術的にできるの、プレシアさん?」

 

シュウトの言葉に、プレシアは頷いた。

 

「ここ、管理局のラボはデバイスの専門家であるデバイスマイスターも多いわ。

 強化・再設計はできるだろうけど…あなたたちその前に強化のプランはあるの?」

 

『はい、すでに』

 

『それについての意見を聞きたく、あなた方を呼び止めました。

 これが我々の強化プランです』

 

そう言って空中にホログラムが映し出される。

そこに映し出された文字を、快人とシュウトは胡乱気に読み上げた。

 

「「鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画?」」

 

鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画』―――レイジングハートとバルデッシュの考え出したその計画は次の通りだ。

 

 

1、レイジングハートとバルデッシュの外装を魔力装甲鎧の形状にし、バリアジャケットの上から纏うことで防御力を大幅アップする。

 

2、魔力装甲鎧各所に大量のスタビライザーとブースターを設置し、機動性を確保。

 

3、大幅に増える制御用魔力の確保のためのカートリッジシステムの搭載。

 

 

他にも色々あるが要旨はこんなところである。

聖闘士(セイント)との戦闘を想定した場合、単純な破壊力だけなら魔導士でも聖闘士(セイント)に迫るものが出せる。

だが、聖闘士(セイント)と比べ魔導士は圧倒的に防御力と機動力が劣っている。

防御魔法もバリアジャケットも聖闘士(セイント)聖衣(クロス)にはまるで歯が立たず、聖闘士(セイント)の戦闘速度にはまるで追い付けない。

だが、逆にこの2点さえ克服できれば魔導士も聖闘士(セイント)と正面から戦える可能性があるということだ。

そこでレイジングハートとバルデッシュのデザイン自体を高硬度の鎧とし、防御力をアップ。

魔法は拳などから放つように変更し、強度のアップによって以前のように小宇宙(コスモ)で強化された魔法でも耐えきれるように改造。

その分減った機動性を補うため、魔力稼働の推進装置を大量に取り付ける。

さらに消費魔力の増加による継続戦闘能力の低下を、カートリッジシステムを搭載し、カートリッジをプロペラントの代わりにする。

それがこの『鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画』だった。

はっきり言ってデバイスというより、デバイスの機能を持ったパワードスーツの開発計画である。

 

『どうでしょう? この改造プランに関する意見を求めたいのですが…?』

 

レイジングハートの言葉に、内容を読んだ快人とシュウトが同時に息を吸い込む。

そして…。

 

「「あ、アホかぁぁぁぁぁ!!!」」

 

思いっきり否定した。

 

「何この魔改造計画? お前ら実はバカなの、死ぬの?」

 

「こんなのやったらフェイト、間違い無く泣くよ!」

 

兄弟の隣では、プレシアも頭を抱えた。

 

「相手を聖闘士(セイント)という規格外を想定したみたいだから言いたいことは分かるけど…これはかなり無茶ね」

 

そう言ってプレシアは計画の問題点を洗い出していく。

 

「防御力のアップは分かるんだけど、機動性の確保を魔力ブースターにするのでは上昇する速度に限界がある。

 当然、加速から使用者の身体を保護する防御魔法にも強力なものを使用する必要があるから魔力消費と制御難易度は格段に上がるわ。

 仮にこの改造が完成しても、その制御のための訓練にかなりの時間が必要になるでしょうね」

 

「で、そのバカ食いする魔力をカートリッジシステムとやらで補うって、何そのドーピングコンソメスープ?

 ただでさえカートリッジシステムは身体に負担がかかるっていう話だし、魔法のド素人の俺でも無茶苦茶だって思えるぞ」

 

「それにバトルスタイルの変更も問題だよ。

 フェイトもなのはちゃんも『杖』での戦闘を訓練されてるんだよ。

 それをいきなり素手ベースの魔法戦闘に変更するのは無理すぎるよ」

 

『しかし、このレベルの改造を行わなければ、あなたたち聖闘士(セイント)級とはまともに戦えない』

 

プレシア・快人・シュウトが口々に反対するが、レイジングハートとバルディッシュは頑なだ。

それも仕方ないかもしれない。

『邪神エリス事件』の時、聖闘士(セイント)と『神』という強大な敵に、マスターが成す術無く傷つけられる姿を見ているのだ。

レイジングハートとバルディッシュも忸怩たる思いがあったのだろう。

それこそ、こんな無茶とも言える改造計画を本気で打診してくるぐらいには、だ。

快人とシュウトはお互いに顔を見合わせ、肩を竦める。

 

「仕方ない…いいな、シュウト?」

 

「ま、遅かれ早かれ、だからね…」

 

お互いに意味深なことを言いながら、快人はレイジングハートとバルディッシュへと言葉を投げる。

 

「お前らの気持ちは分かったが、俺たちの回答はノーだ。

 こんな無茶な改造案はなのはやフェイトはもちろん、お前らまで危険だ。

 よって却下だ」

 

『しかし、それでは今後強大な敵と出会ったときに、どうすればいいと?』

 

バルディッシュのその言葉に、快人はニヤリと笑った。

 

「大丈夫だ、俺にいい考えがある」

 

『…何やら失敗フラグのように聞こえましたが?』

 

「うっせぇ!」

 

なにやら異様に人間臭いことを言うレイジングハートに苦笑し、快人は続ける。

 

「俺たちだって夏の『邪神エリス』の一件以来、同じことを考えてたんだよ。

 このまま俺たちと行動したら、なのはとフェイトは確実にいつかヤバい奴らとぶつかることになる。

 その時、今のままじゃ手も足も出ない…」

 

「だからボクたちも考えていたんだ。

 フェイトとなのはちゃんの新しい力を!」

 

そしてシュウトは快人と共に準備を進めていた、とっておきの話をする。

その話の内容にプレシアはもちろんのこと、レイジングハートとバルディッシュまでもが息を呑んだ。

 

『…それは可能なのですか?』

 

「俺とシュウトで実験した。 その上で十分可能だって言ってるんだ」

 

『それが本当なら、マスターの大きな戦力アップに繋がる』

 

レイジングハートとバルディッシュは快人たちから提示された案に賛同してくれたようだ。

そこに、プレシアは1つの疑問を投げかける。

 

「でも、それはいいの? あなたたち聖闘士(セイント)としては?」

 

「まぁ、他でもないあの2人のためだし、このまま腐らせるよりははるかにマシだよ。

 むしろデバイスと同じで、あいつらも自分の生まれた意味を全うしたがってるだろうさ」

 

そう言って快人は何でもないように言う。

 

『そうなれば、後必要なのは私たち自身のフレーム強度の増強ですね』

 

「それに関しても、ちょっと意見がある」

 

そう言って快人はパチンと指を鳴らすと、出てきたのは片手で持てる程度の小さな袋だ。

それをプレシアへと手渡した。

 

「何なの、これ?」

 

見れば中には金と銀に輝く小さな金属片のようなものが入っていた。

 

「オリハルコンとガンマニオンとスターダストサンドで出来た金属片。

 まぁ…端材だけどな」

 

「どれも聞いたことの無い金属ね…」

 

プレシアは欠片を一つまみ取り出すと、照明へと掲げで見てみる。

 

聖闘士(セイント)にとっての秘密の金属ですよ。

 それをレイジングハートとバルディッシュのメインフレームに混ぜて使ってください。

 強度的にも面白いものが出来ると思うので…」

 

「ただし、管理局に提供する気なんか無いから扱いには気をつけてくれよ、おばさん」

 

「…一言多い気がするけどわかったわ。これはしっかり管理してこの子たちの強化に使うわ」

 

プレシアはそういってその袋をしまった。

 

「さて、それじゃ話はもういいだろ? 俺、ここを見て回りたいんだけど…」

 

『呼び止めてすみませんでした。 おかげで私たちは有意義な発展が望めそうです』

 

『ありがとうございます、ミスターウオズミ、ミスター蟹名』

 

「別にいいよ、ボクたちにも他人事じゃなかったからね」

 

そう言って兄弟はデバイスラボを後にした。

 

「さて…」

 

これでデバイスの強化に関しては決まった。いったいどのように管理局側を言いくるめてやろうかとプレシアは思案する。

 

「それにしても…」

 

レイジングハートとバルディッシュの提示してきた『鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画』、これはなかなか面白いとプレシアは思う。

結果的に快人とシュウトがより良い案を提示したためお蔵入りとなってしまったが、付加機能を搭載した魔力駆動のパワードスーツというアイデアはかなり有効かもしれない。

それが完成すれば、数さえ揃えれば魔導士でも聖闘士(セイント)を相手取ることも可能だろう。

とはいえ、ざっと考えただけでも技術的問題点は多い。

これが解消できるとなれば、よほどの変態的な天才科学者でなければ不可能だ。

 

「少し研究してみるのもいいかもしれないわね…」

 

プレシアはこの時から少しずつだが、この『鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画』の研究を重ねていくことになる。

その研究が実を結ぶまでにはあと2人ほど重要な人物が必要なのだが、それはまだ未来の話だった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

管理局見学の後、結局リンディから話を聞かされたなのはとフェイトは管理局への協力することになった。

ここはなのは、フェイト、そして快人の家からほど近いマンションだ。

『魔導士襲撃事件』こと『闇の書事件』はこの第97管理外世界、つまり『地球』周辺の世界で起こっている。

地球に来た管理局の拠点である次元航行艦アースラは、ロストロギア『闇の書』の存在が発覚したため改装のため管理局のドックへ入り使用不能。

そのことから地球に仮設の司令部を設け、活動することになったのだ。

 

「…以上3班に分かれて行動します。

 そして最後に現地協力者である魔導士の…」

 

「高町なのはです」

 

「フェイト=テスタロッサです」

 

「こちらのお2人と、そしてこの地球を古来から守ってきたという存在、聖闘士(セイント)の…」

 

蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人」

 

魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミです」

 

「快人の保護者、セージです。 皆さま、どうぞ宜しく…」

 

「シュウトの師、アルバフィカだ」

 

「こちらの4人が協力をしてくれることになっています。

 なのはさんとフェイトさんのデバイスが修理中のため、快人くんとシュウトくんの2人にはしばらくは彼女たちの護衛をしてもらうことになったわ」

 

リンディの紹介に、アースラスタッフ一同の視線が聖闘士(セイント)に集まる。

聖闘士(セイント)に関しては今のところリンディから厳重な緘口令がひかれており、アースラスタッフ以外は知りえない話だ。

だが、アースラスタッフは先の武装隊を魔力を使わずに一掃する強さを見せ付けられ、その不可解なまでの強さの一端を知っている。

その上、今回の事件の容疑者一派には彼らと同じ聖闘士(セイント)がいるため、その押さえとしても聖闘士(セイント)への期待は大きかった。

 

「この事件を過去のような惨事にすることだけは避けなければならないわ。

 各員の努力と奮戦を期待します」

 

リンディはそう締めくくり、対闇の書作戦は開始された。

 

 

 

「…んで、やってることがこう何日も待機ってのも暇なもんだな」

 

「汚いよ、快人くん」

 

仮設司令部の近くにあるなのはの実家、翠屋で待機中の4人。

快人は暇そうにストローに息を吐いてジュースをブクブクと泡立たせ、その様子になのはは顔を顰めながら止めようとする。

 

「まぁ、探索っていうのも難しいだろうからね」

 

「私もなのはも、今はデバイスが修理中だから手伝えないし…」

 

シュウトとフェイトも進展が無いことに退屈気味だが、腐る快人を諌める。

そこに思い出したかのように、快人は言った。

 

「そう言えばレイジングハートとバルディッシュ、修理終わったんだって?」

 

「うん、今日帰ってくる予定なの!」

 

「なんだか母さんが『楽しみにしてなさい』って言ってったけど、何のことだろう?」

 

なのはは相棒が帰ってくることに素直に喜び、フェイトはプレシアの言葉を思い出し可愛らしく小首を傾げる。

その様子を見ながら快人とシュウトは自分たちの思い通りの結果になったのだろうと、顔を見合わせ苦笑した。

 

「まぁ、こっちの準備は万端。 あとはあいつらが網に掛かれば次こそ一網打尽だな」

 

快人はこの事件は次で終わりだ、とほぼ確信していた。

何故なら、こちらには快人とシュウトの2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)がいるからだ。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)にはあのシグナムとヴィータがいかに優秀な魔導士でもまったく敵わない。

唯一戦えるのは同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)牡牛座(タウラス)だけである。

だがその牡牛座(タウラス)の相手は快人がすることになっているから、他の援護などできようはずもない。

そうなればシュウトが他を制圧し、この事件は終了だ。

もっとも、なのはとフェイトはそれぞれヴィータとシグナムと戦いたいようだからそれは任せる気でいるが、勝っても負けてもシュウトが捕縛すればいい。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)が2人いるという段階で、もはやどうあがいても牡牛座(タウラス)とヴォルケンリッターには勝ち目はないのだ。

 

「そういう訳だから気楽に行こうぜ、気楽に」

 

「兄さん、そう気を緩めると足元すくわれるよ。

 牡牛座(タウラス)はボクたちと同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)なんだ。

 相手を舐めた瞬間、ヘタをすると瞬殺されるよ」

 

「分かってる、油断はしないさ…」

 

そう言って珍しく快人は神妙な顔で頷いた。

事実、星矢たちに倒された多くの敵は彼らを侮り、油断していたために敗北した事例は多い。

そこから快人は、慢心こそ聖闘士(セイント)最大の敗因ということを正しく理解していた。

 

「ところでシュウト、お前…『アレ』できた?」

 

ここまで真面目な話で場が重くなったせいか、快人は話題を変えることにした。

その言葉にシュウトは大きく頷く。

 

「もちろん…というか一昨日完成したところだけどね。

 兄さんの方は?」

 

「俺も昨日完成したぜ。

 おかげで今日は眠いのなんのって…」

 

そう言って快人は欠伸をかみ殺す。

今回の事件もあり、快人もシュウトも緊急時に連絡が取れないことから守護宮を使うことを一時的にやめていた。

おかげで仕上げのために純粋に睡眠時間を削ることになり、2人は寝不足気味だ。

だがこれで快人とシュウトの2人が夏から進めていた計画は完成となったわけである。

 

「何なの?」

 

「2人で何の話?」

 

快人とシュウトの2人の話になのはとフェイトはそのことを問い返す。

そんな2人に、快人とシュウトは顔を見合わせた。

 

「まぁ、いいか」

 

「いいんじゃないの、ちょっと早いけどね」

 

「そうだな、それじゃ2人とも、実はな…」

 

そうやって快人とシュウトは頷くと、なのはとフェイトの耳に入るような小声で話そうとするが、その時…。

 

ヴーヴー

 

4人の携帯電話が震えだす。

その相手はアースラからやって来たスタッフからだった。

この電話が鳴るということは間違いない。彼らが動き出したのだ。

 

「行こっ、フェイトちゃん!」

 

「うん、なのは!」

 

4人は手早く勘定を済ませ、席を立つ。

そして走り出すなのはとフェイトを眺めながら快人はポツリと呟いた。

 

「こりゃ、お披露目の機会になりそうだ。

 ちょっと早いクリマスプレゼントのな」

 

その言葉にシュウトは頷き、兄弟も2人を追うように走り出すのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「じいさん、状況は?」

 

仮設司令部に入るなり、快人はそこにいたセージへと聞く。

セージとアルバフィカは、快人とシュウトに対してこの司令部から指示をすることになっていた。

 

「見ての通りだ」

 

セージの視線を追いモニターを見ると、シグナムとヴィータとアルデバラン、そして筋骨隆々の男が管理局の武装隊に取り囲まれていた。

 

「容疑者グループを発見、現在結界内に閉じ込め逮捕のためにクロノくん率いる武装隊が突入しています」

 

モニター前のオペレーター然とした女性が答えた。

その女性は、快人たち4人ににこりと微笑むと自己紹介する。

 

「私はエイミィ=リミエッタ。 アースラの通信主任兼執務官補佐をしてます。

 よろしくね」

 

「よろしく、エイミィさん。 それにしても…やばいなぁ…」

 

モニターを見ながら快人はポツリと呟く。

アルデバランがいる以上、武装隊などいくらいたところで役には立たない。

今のところ問答の最中のようだが、すぐにでも快人が行かなければならないだろう。

 

「エイミィさん、私たちのデバイスは?」

 

「もう届いてるよ」

 

なのはの言葉にエイミィが指差す先では、レイジングハートとバルディッシュが主を今か今かと待つように待機状態で宙に浮いていた。

それを見て、なのはとフェイトはお互いに顔を見合わせ頷く。

 

「1人知らないやつがいるみたいだが…」

 

「それならアタシに任せな!」

 

「僕も行くよ。 シュウトのことはギリギリまで伏せたいだろうし、その方がお互い全力で戦えるでしょ?」

 

アルフとユーノがそう言って、初見の筋骨隆々の男への対処を買って出る。

事実シュウトを最初から投入すれば相手も逃げに徹するだろうから思い切った戦いは期待できないが、その存在を知らないとなれば思いっきり戦えるだろう。

打算的な話をすれば、疲弊したところを一網打尽できる。

 

「エイミィさん、俺たちの転送は?」

 

「もう準備できてるよ、後はポートに入ってもらえればすぐに!」

 

その答えになのはとフェイトは互いの相棒に手を伸ばしたときだった。

 

「なのはっ!」

 

「フェイトっ!」

 

「「ひゃっ!?」」

 

突然大声で自分の名前を呼ばれ、なのはとフェイトは驚きで飛び上がった。

そんな2人の反応を無視して快人とシュウトはそれぞれの幼馴染に近づく。

 

「な、なんなの?」

 

「どうしたの、2人とも?」

 

突然の2人の反応に、なのはとフェイトも訳がわからないといった顔だ。

快人はなのはの左手を、シュウトはフェイトの右手をとる。

そして、その上腕に触れた。

すると…。

 

「これ…」

 

「黄金の腕輪?」

 

なのはとフェイトの腕には黄金の腕輪が付いていた。

飾り気のない小さな、しかし綺麗な腕輪である。

 

「少し早いんだが…メリークリスマス、なのは!」

 

「ボクと兄さんで作ったクリスマスプレゼント、気に入って貰えるかな?」

 

そう言われたなのはとフェイトは顔を赤くしながら、その腕輪を撫でる。

 

「あ、ありがとう…」

 

「ありがとう、シュウ。 大事にするね」

 

「へっ。

まぁ、落ち着きのない子犬みたいななのはには首輪の方があってるかもしれないが、今回は腕輪で勘弁な」

 

「ぶぅ、そんなことないもん!」

 

快人の憎まれ口になのはは頬を膨らませる。フェイトは大事そうに何度もその腕輪を撫で上げていた。

すると、フェイトが疑問を口にする。

 

「シュウ、確かにうれしいんだけど…なんでクリスマスじゃなくて今渡すの?」

 

なのはやフェイトだって、クリスマスには2人に何か贈ろうとは思っていたのだ。

だが、今はこれだけの物を貰っておいてお返しも何もできない。

クリスマスプレゼントなのだからクリスマスに渡せばいいだろうに、それを今のタイミングに前倒しする意図がわからなかった。

そんな2人の疑問に快人とシュウトは顔を見合わせる。

 

「まぁ、すぐ分るよ」

 

「そう、今のタイミングでどうしても必要になったから渡したんだよ」

 

「「??」」

 

謎かけのような2人の言葉になのはとフェイトは首を傾げるが、その思考はエイミィの声で中断させられた。

 

「いい雰囲気なところで悪いんだけど、急いで!

 どうも武装隊と相手とが話し合いが決裂しちゃったみたい。

 いつ戦端が開かれてもおかしくないよ!」

 

「俺とアルフ、ユーノで先行する!

 すぐに来いよ!」

 

エイミィの言葉に快人はアルフとユーノを連れて転送ポートへと入り、現場へと転送された。

 

「私たちも!」

 

なのはの言葉にフェイトも頷き、改めてデバイスへと手を伸ばすが、そのデバイスを横から先にとる手があった。

セージとアルバフィカだ。

2人は待機状態のデバイスを握りながら、なのはとフェイトを見つめる。

そして、セージがなのはに口を開いた。

 

「なのは嬢…一つ尋ねよう。

 今後戦い続ければ、この間のように痛い思いを、苦しい思いをすることもあるだろう。

 このデバイスを、『力』を手にすれば否応なくその運命は君を逃しはすまい。

 そこまでして君は何故戦う? その先に何を望む?

 なのは嬢、君は何のために『力』を望む?」

 

それはあの時、時の庭園でデスマスクと対峙した時に、すでに出ていた答えだ。

だがその答えに揺らぎはないか、あえてセージはそれを聞き直す。

そして、それはアルバフィカも同じだった。

 

「フェイトよ、君が戦わなくても世界の誰かが戦う。

 君が傷つき、戦い続ける必要はない。 君は戦いから身を引いてもいいのだ。

 その上で君に聞こう。

 君は何故、戦う? 何故『力』を望む?」

 

セージとアルバフィカの心を貫く視線を前にしながら、なのはとフェイトは穏やかだった。

そして、想いを言葉に変えていく。

 

「セージおじいさん、私の心は変わらないです。

 世界には悲しいこと、つらいことがたくさんあるの。

 理不尽な、どうしようもない力がそれを押し付けてくることがあるの。

 でも、それに屈していいわけない。

 誰だって幸せがいいに決まってるもん。

 だから、なのはは『力』を望みます。

 何処かの誰かに降りかかる悲しみを、一つでも振り払う力を!」

 

なのはのその心の名は『不屈』、人の歩みを止めさせる『悲しみ』に抗う心。

 

「確かに、戦うのは私でなくてもいいかもしれない。

 でも…私は戦う!  そう、私が決めたから。

 誰かのために、傷つきながらも戦う人の、その背中を守りたいから!

 だから私は『力』を望みます。

 共に歩み、共に支えあい、共に何かを救うために!

 その想いを、『誇り』と共に私は貫きます!」

 

フェイトのその心の名は『誇り』、『悲しみ』にいついかなる時も気高く立ち向かう心。

その2人の言葉に、しばしの後セージとアルバフィカは頷いた。

 

「なのは嬢、君の『不屈』の心…この私が確かに見届けた。

 その魂は天空の星のような、強い光を放っていた…」

 

「フェイト、君の纏う美しき『誇り』…確かに見せてもらった。

 真の聖闘士(セイント)とは、愛と平和のために正しき己の心の掟を貫く者…君の心に私はその輝きが見えた…」

 

そして、セージとアルバフィカはなのはとフェイトにデバイスを差し出す。

 

「行くがいい。 その『不屈』の心で、正しき『力』を振うために!」

 

「行け、フェイト。 その『誇り』と共に前に進むために!」

 

「「はい!!」」

 

なのはとフェイトは力強く返事をしながら、互いの相棒を受け取り転送ポートへ駆け込む。

その後ろ姿を見つめながらセージとアルバフィカは頬笑みながらも呟いた。

 

「「少女たちに星々の加護を…」」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

結界内部の市街地で、管理局武装隊とヴォルケンリッターが睨み合う。

通例どおりの包囲しての降伏勧告。

だが、それが効果がないことぐらいは武装隊を指揮するクロノは理解していた。

降伏勧告とは、武力的に絶対的有利側が相手にするものだ。

その優位性が、目の前の黄金の鎧の少年相手には全くない。

 

「もう一度言う。 今投降するなら弁護の機会も与えられ、情状酌量の余地もある。

 おとなしく武器を捨てて投降しろ」

 

それを知りながらもクロノがこんな降伏勧告をしているのは一重に時間稼ぎだった。

 

「我らに降伏の意思はない。

 ここは貴殿らを倒し、押し通らせてもらう!」

 

そうシグナムが言ったことで完全に決裂、ついに戦端が開かれると言ったその時。

 

「よぅ、面白そうだな。

 俺も混ぜてくれよ!」

 

戦場に響くその声に、全員の視線が集まる。

そこに居たのは黄金の闘士、蟹座聖衣(キャンサークロス)を纏った快人だった。

 

「快人!」

 

待ち望んだ増援の到着に、クロノの声に喜色が混じる。

そんな快人に、アルデバランは静かに問うた。

 

蟹座(キャンサー)、お前は管理局についたのか?」

 

「別につるんでるわけじゃないさ。

 ただ…通り魔にまで堕ちた聖闘士(セイント)がいるとなりゃ、その始末はこっちの、聖闘士(セイント)の領分だろ?

 それに…個人的にもなのはをボコってくれた借りを返してないからな」

 

そう言って快人は獰猛に笑うと、指をバキバキと鳴らす。

そんな快人にアルデバランは、静かに言った。

 

「…蟹座(キャンサー)、あの子のことは詫びよう。

 事さえ終われば、粛清だろうがなんだろうが、俺は受け入れる。

 だから…今だけは黙認してはくれないか?」

 

「『闇の書』とやらが完成するまでか?」

 

「そうだ」

 

その言葉に、快人は頭をポリポリと掻いた。

 

「やっぱり何か事情があるんだな。

 俺と同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)が世界の破滅なんて笑えない冗談を望むとは思えなかったからな…。

 その事情、話す気はないのか?」

 

「ない」

 

「そうかい、だったら…こっちも力づくで事情を吐いてもらう」

 

交渉はこれまでと快人が構えを取ると、アルデバランも腕を組んだ。

 

「おいクロノ、武装隊を下がらせろ。

 戦闘能力が違いすぎて、庇いながら戦える相手じゃない」

 

「わかった…全員退却! 別命あるまで待機だ!」

 

その言葉に武装隊は転移で何処かへと消えていった。

 

「お前は行かないのか、クロノ?」

 

「君よりは弱いかもしれないが、僕も腕には自信がある。

 相手は君らより数が多いんだ、君たち聖闘士(セイント)の戦いの邪魔にならないようには他を抑えるよ」

 

「いいや、いらんよ」

 

クロノのその申し出を、快人は首を振って断った。

 

「数の差は無くなるさ。

 何故なら…」

 

その時、空から2つの光が舞い降りる。

空中に浮くのは2人の少女。

 

「2人の到着だ。 な、数的不利は無くなっただろ?」

 

「そうみたいだね」

 

快人の言葉に、クロノは肩をすくめる。

そして、なのはとフェイトの声が戦場へと響き渡った。

 

「「セットアップ!!」」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

転移したなのはとフェイトは戦場を見下ろしながら、己の相棒を掲げて叫んだ。

 

「レイジングハート!」

 

「バルディッシュ!」

 

「「セットアップ!!」」

 

そのキーワードと共に光が2人を包み、その姿を変えていく。

その時になって、2人は異常に気付いた。

 

「あれ? レイジングハート?」

 

「バルディッシュ?」

 

光の止んだそこにはレイジングハートとバルディッシュを持つなのはとフェイトの姿があった。

だが、それは以前までの姿とは違う。

まず、レイジングハートとバルディッシュが以前とは違った。

形状はそれほど変わらないが、柄と外装に金と銀のラインが走っている。

そして2人のバリアジャケットも形状が変わっていた。

各所に装着されていた装甲パーツが無くなっているのだ。

 

「これは…?」

 

そんななのはの疑問の声に、レイジングハートが答えた。

 

『落ち着いてください、マスター。 私たちは生まれ変わったのです。

 ミスター蟹名とミスターウオズミの提供してくれた鉱物によって私たちのメインフレームの剛性は驚くほどに上がりました。

 この銀と金のラインがその証、『邪神エリス事件』の時のように力に耐えきれず自壊するような無様はもはやさらしません』

 

「でも装甲が…防御力が減っているのはどうしてなの?」

 

『それは今の形態が中間形態に過ぎないからです』

 

「中間形態?」

 

『はい。 新たなる姿になる前の、いわば仮の姿』

 

その言葉に眉をひそめたフェイトに、バルディッシュが答える。

そして、デバイスは同時に、新たな力を展開した。

 

『『聖衣(クロス)展開(オープン)!!』』

 

光がなのはとフェイトに集まっていく。

そしてその光が形作るものは間違いない、星々の力を込めた聖なる衣。

 

「これって…!?」

 

聖衣(クロス)!?」

 

ティアラ状のヘッドパーツ、胸を守るブレストパーツ、そしてなのはの左腕には六角形の楯、フェイトの右腕には矢をかたどったアームパーツ。

それは紛れもない、聖衣(クロス)の一部分。

それを見ていたアルデバランは驚きで目を見開いた。

 

「バカな、聖衣(クロス)だと!?

 俺たちの黄金聖衣(ゴールドクロス)以外の聖衣(クロス)が何故存在するんだ!?」

 

「まぁ、ちょっとした事件で手に入れた、剥ぎ取り品だ。

 レストアに夏からずいぶん時間がかかったが…完成だぜ。

 お前たちもよく見ろよ、新生楯座聖衣(スキュータムクロス)と新生矢座聖衣(サジッタクロス)を纏ったなのはとフェイトをよぉ!!」

 

快人の言葉がなくても、その戦場に居たものすべての視線がなのはとフェイトに集中していた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

仮設司令部でセージとアルバフィカは映し出されるその映像を見ていた。

 

「邪悪の神の走狗と成り果て、そのまま朽ちさせるのはあまりに無念。

 なのは嬢、その聖衣(クロス)の真の意思…愛と平和のためにその聖衣(クロス)の力を正しき心で振うのだ」

 

「フェイトよ、君の進むべき正しき道を進め。

 その聖衣(クロス)と共に!」

 

2人の視線は、モニターに映るなのはとフェイトに、優しく注がれていたのだった。

まるで娘や孫、愛弟子を見るような優しい瞳で。

 

 

 




今回はちょっと長めのあとがきです。

なのは&フェイトの今後を見据えた魔改造の内容は

1、聖衣の破片によって強度を増したデバイス
2、亡霊聖闘士の聖衣をレストアした新生聖衣の装着

でした。
せっかくの聖闘士星矢とのクロス、なのは勢にも聖衣を着せたいと思っていたのでこうなりました。
第17話で倒した魔矢に魚が何かを考えて近づくシーンがありましたが、あれが伏線です。
というか、『邪神エリス編』自体がなのは勢用の聖衣を手に入れるための壮大な伏線なんです。そのため魚はすべての亡霊聖闘士の倒れたところに足を運んでいます。
『邪神エリス編』の真の目的は、設定的に現状新しい聖衣は手に入らない状況なので敵で聖闘士を出してそこから剥ぎ取りなのは達に着せようというものでした。
感想で『亡霊聖闘士が弱くてなんで出したのか分からない』、というのがありましたが、彼らの纏っているのが『聖衣』で、はぎ取っても特に罪悪感を感じない敵だから出したというのが真相です。


次回作中で語る予定ですが、先になのは&フェイトの設定について書いておきます。


新生楯座聖衣(スキュータムクロス)と新生矢座聖衣(サジッタクロス)について

亡霊聖闘士が纏っていたものをシュウトが回収、快人と共に無理矢理なレストアを施したもの。
レストア方法はエリス戦での激しい戦闘によって脱落した黄金聖衣の破片を血と共に塗りこみ、『黄金聖衣の破片から自己修復機能を移植して自己修復させる』という無茶仕様。いわば黄金聖衣の破片と大量の血を接着剤にして再生した白銀聖衣。
しかし、当然ながらなのはたちの小宇宙では重量軽減その他に全く足りない。
それを補うのが2人に贈られた黄金の腕輪。『G型カートリッジ』と同じく、『小宇宙を物に長期的に保存し、使用できないか?』という考えの、快人とシュウトの回答は『自身の小宇宙を黄金聖衣の破片と血を利用した黄金の腕輪に込め、それを聖衣の装着のために使う』ということ。
黄金の腕輪はいわば『小宇宙のバッテリー』であり、通常の一部展開状態なら5~8時間、聖衣全展開状態なら30分ほどの装着が可能になっている。
『G型カートリッジ』との最大の差は、『G型カートリッジ』が仕様者の身体、内側に向かって小宇宙を流すのに対し、こちらは最初から小宇宙の循環を前提としている聖衣…外側に向かって小宇宙を放出している点。そのため仕様者の身体への悪影響はなく、聖衣の小宇宙増幅効果と重量軽減、防御力の恩恵を『時間制限付き』で受けられる。
『G型カートリッジ』に瞬発力では及ばないが、防御力・機動力・安定性の面で優れる。


なのは&フェイトの小宇宙では普通には聖衣をつけれないので、『蟹・魚の全面協力の元の時間制限付きの聖衣装着』となります。
これでやっと今後の目標の一つである、『黄金聖闘士の援護なし・なのは勢単独での神族撃破』のための土台が出来上がりました。正直ここまで魔改造しても『神族撃破』はキツ過ぎますが…現状での土台としてはこんなものでしょう。
さらに話の都合上か、原作でもΩでも雑魚扱いされてる不遇な白銀聖衣たちの活躍をと思った結果、ヒロインに白銀装備となりました。


矢座の活躍
劇場版…普通に星矢に敗北。しかし毒矢でその後星矢を苦しめる辺り大金星か?
原作…アテナを殺しかかり、十二宮編のスタートを切るのはいいが聖衣なしの星矢に瞬殺。
LC…操られてハーデスの走狗に。出てきたときには死んでいた。
Ω…パブリーン師匠に戦闘シーンもなく撃破されたと推測される。

楯座の活躍
劇場版…一方的に追い詰めてたのに脱衣した紫龍の一撃で撃破。
Ω…ビックシールドガードナーになった。ライオネットボンバーのためのかませ犬。


…この作品で活躍させても構わない、不遇っぷりじゃないですか。


次回は蟹VS牛、なのはVSヴィータ、フェイトVSシグナムの第二ラウンド。
謎の仮面第三勢力の登場となる予定。

次回も宜しくお願いします。



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第27話 蟹と魚と魔法少女、謎の勢力に出会う

 

 

聖衣(クロス)を纏ったなのはとフェイトがゆっくりと下りてくる。

そんな2人にヴォルケンリッターは警戒を強めるが、なのはたちは開口一番に言ったのは話し合いをしたいということだった。

 

「私たちは戦いに来たんじゃない、お話をしに来たの」

 

「あなたたちにも事情があることはわかる。

 話してくれれば、私たちが力になれるかも知れない…」

 

なのはとフェイトはそう言って、ヴォルケンリッターに話し合いを呼び掛ける。

ヴォルケンリッターはその言葉に顔を見合わせると、ヴィータはグラーフアイゼンで肩をトントンと叩きながら言った。

 

「ベルカの諺にこういうのがあるんだよ。『和平の使者なら槍を持たない』ってな」

 

「「??」」

 

意味がわからず小首をかしげるなのはとフェイトに、ヴィータは小馬鹿にしたように続けた。

 

「『話し合いしようってんのに武器を持ってくるやつがあるかバカ』って意味だよ、バ~カ!!」

 

「それ、いきなり襲ってきた子が言う!?」

 

「ちなみにヴィータ、それは諺ではなく小話のオチだ」

 

ヴィータの話を聞いて、なのははあきれ顔で突っ込み、ザフィーラが訂正する。

 

「確かにヴィータの言うとおりではあるな。

 会談の場に武器を持ち込まれては互いに信用できまい、テスタロッサ?」

 

「それは…そうですけど…」

 

シグナムにもそう言われ、正論ではあるのでフェイトは口ごもった。

そんな時、快人が手を挙げながら言う。

 

「はいはいは~い!

 俺が聖衣(クロス)脱いで生身になるんで、俺と話し合いってのはどう?

 ほら、俺武器持ってないし」

 

両手を広げながら武器を持っていないことをアピールする快人の、その言葉に対するヴォルケンリッターの反応は早かった。

 

「拒否する!」

 

「ぜってぇヤダ!!」

 

「全力で遠慮させてもらう!」

 

「え~、なんでだよ? 俺、武器なんて持ってないじゃん」

 

全力の拒否に快人が口を尖らせると、ヴィータが快人を指をさしながら言う。

 

「ふざけんじゃねぇ、この非常識全身凶器!

 お前ら聖闘士(セイント)は全身が全部くまなく、指一本に至るまで武器じゃねぇか!

 特に黄金聖闘士(ゴールドセイント)は生身でも非常識の塊みたいな力持ってるし…とにかく、ぜってぇヤダ!!」

 

ヴィータの言葉に、シグナムもザフィーラもウンウンと全力で肯定する。

 

「…お前、なんかやったの?」

 

「生身で少々、組み手をな…」

 

快人がアルデバランに聞くと、アルデバランもバツが悪そうに頬を掻いた。

おそらく、完膚なきまでに叩きのめしたことがあるんだろうなぁ…などと快人はため息をつくと、ヴォルケンリッターへと話しかける。

 

「じゃあ結局、『話をしたけりゃ適度にぶっ飛ばしてみやがれ、この野郎』、って解釈でいいんだな?」

 

「なかなかに乱暴な解釈だが…それで相違ない」

 

苦笑しながらシグナムが返し、ここに完全に交渉は決裂した。

後は…戦いの時間だ。

 

「俺は牡牛座(タウラス)の野郎をやる。

 なのははあの赤チビを、フェイトはあの侍女を。

 で、アルフとユーノはあの色黒マッチョマンを…」

 

「ザフィーラだ。 盾の守護獣、ザフィーラ」

 

「ご丁寧にどうも。 で、クロノは…邪魔すんな」

 

「了解、理解したよ」

 

全員が互いの相手を見据えて距離を取る。

そして、全員がほぼ同時に戦端を開いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「クソっ! あいつ、この前と全然ちげぇ!」

 

なのはと戦うヴィータが毒づく。

以前戦った段階でのなのはとは、攻撃力・防御力・機動力が段違いだったからだ。

だが、その能力の向上に一番驚いていたのは他ならぬなのはである。

 

(すごい! 身体が…軽いよ!)

 

鎧である聖衣(クロス)を纏っているのにもかかわらず、重いどころかいつも以上に素早く・鋭く動けている自覚がある。

それは一重に楯座聖衣(スキュータムクロス)による小宇宙(コスモ)増幅効果の恩恵である。

なのはの小宇宙(コスモ)が増幅され、すべての能力をいつも以上に高めているのだ。

 

(これが聖衣(クロス)!?)

 

セージたちからの座学、そして夏の『邪神エリス事件』での黄金聖衣(ゴールドクロス)の腕でその力はわかっているはずだったが、実際に纏ってみてその凄さが改めて理解できた。

しかも、これで『一部分』だけなのだ。

これがもし『全部』ならどんなことになるのか…今のなのはには想像できない。

 

「ちくしょぉ! アイゼン、G型カートリッジ、ロード!」

 

ヴィータは切り札であるG型カートリッジをロードし、全身に濃密な小宇宙(コスモ)を纏うと突撃を開始する。

同時に、なのはの背後から誘導弾が襲いかかった。

 

「!?」

 

なのはは咄嗟に誘導弾を防御魔法で防ぐが、それと同時にヴィータ必殺のラケーテンハンマーががら空きのなのはに襲いかかる。

ヴィータの見事なタイミングの時間差攻撃だ。

防御魔法を展開する時間はなのはにはない。

だが…。

 

「えぇい!!」

 

なのはは左腕に装着された楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯を構えた。

楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とグラーフアイゼンのハンマーヘッドがぶつかり合い、激しく火花を散らす。

そして、

 

「たぁぁぁ!!」

 

「!?」

 

白銀聖衣(シルバークロス)最大硬度を誇るといわれる楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯は伊達ではない。

その楯はヴィータ渾身の一撃を受け止め、はじき返していた。

 

「こ、こいつ…!」

 

ヴィータは戦慄しながらもグラーフアイゼンを構えなおす。

そんなヴィータになのはもレイジングハートを構えた。

 

「私が勝ったらお話聞かせてもらうからね、ヴィータちゃん!」

 

「この鉄槌の騎士ヴィータ様を舐めんなよぉ!!」

 

2人は吼えながら空中でぶつかり合った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

2つの影が、交錯し、離れ、また交錯する。

それが何度と無く繰り返されていた。

その2つの影はフェイトとシグナム。

 

「以前とは見違える動きだ、テスタロッサ。

 すさまじい力を感じる…」

 

「いえ、バルディッシュと矢座聖衣(サジッタクロス)、そして私を想ってくれる大切な人の力です」

 

シグナムの感嘆の声を、フェイトは首を振って否定する。

実際に強度が上がりアームドデバイスのレヴァンティンと正面から打ち合えるようになったバルディッシュと、矢座聖衣(サジッタクロス)の力は凄まじい。

フェイトの最も得意とするものは高機動戦闘だ。

スピードによって相手に的確にダメージを与えていくものだが、スピードのためには装甲を削らなければならない。

装甲を増やせば当然スピードは遅くなるからだ。かといって装甲は直接生存性に関わってくる重要な部分、おろそかにすることは出来ない。

スピードと装甲…この矛盾する2つのファクターは永遠の課題だろう。

だが、聖衣(クロス)はその課題を容易く打ち砕いた。

信じられない防御力を誇りながら、まったく機動性を阻害せず、それどころか小宇宙(コスモ)増幅効果によって機動性は上がっているのだ。

その反則的な力に驚きは耐えないが、それでも目の前の相手は油断できないとフェイトは気を引き締める。

 

「これほどの強者と戦えるとは、心が喜びに打ち震える。

 テスタロッサ、手加減は出来んかもしれんが、そんな未熟な私を許してくれるか?」

 

「構いません。 勝つのは、私ですから」

 

そんなフェイトの答えが気に入ったのか、シグナムは満足そうに笑う。

 

「レヴァンティン、G型カートリッジ、ロード!!」

 

その言葉と共にガチャンという重い音が響き、シグナムの全身を濃密な小宇宙(コスモ)が覆った。

 

「いざ、参る!!」

 

「!」

 

踏み込んでくるシグナムを迎え撃つフェイト。

一進一退の攻防はまだまだ続きそうである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

アルデバランは快人と対峙しながらも、周囲の様子に苦笑を隠せなかった。

 

「あの子達の小宇宙(コスモ)聖衣(クロス)の装着とは…無茶をするな」

 

「まぁ、その気持ちはよく分かる。

 でも、あんなカートリッジに小宇宙(コスモ)詰めるお前に無茶とか言われたくねぇな」

 

アルデバランの言葉に、快人は同じく苦笑で返した。

アルデバランの言葉の通り、なのはとフェイトの今の様子は無茶苦茶の極みだという自覚はあったからだ。

 

 

夏の『邪神エリス事件』での一件で快人もシュウトも、なのはとフェイトのパワーアップの必要性を強く感じていた。

そこで利用しようと考えたのは、シュウトが何かの役に立たないかと回収していた亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの纏っていた聖衣(クロス)だった。

聖衣(クロス)はバリアジャケットを遥かに超える防具であり、小宇宙(コスモ)増幅器でもある。これを2人が纏えればかなりのレベルアップが図れるだろう。

そう快人とシュウトは考えたが問題はいくつかあった。

 

まず修復をどうするか、ということだ。

快人とシュウトの黄金聖衣(ゴールドクロス)と違い、完全な自己修復能力を亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの纏っていた聖衣(クロス)は持っていなかった。

微弱な自己修復能力はあったが、明らかにそれでどうにかなる範囲を超えており、快人とシュウトには聖衣(クロス)修復の技術はない。

普通にはどう考えても修復は不可能と思われた。

だが、シュウトの発想が状況を変える。

快人とシュウトの黄金聖衣(ゴールドクロス)は完全な自己修復能力を持っている。

それなら黄金聖衣(ゴールドクロス)の欠片もその力を持っているのではないか、ということだ。

邪神エリスとの激しい戦いのため蟹座聖衣(キャンサークロス)魚座聖衣(ピスケスクロス)もかなりの損傷を負っており、脱落してしまった破片は多い。

その破片を使い、黄金聖衣(ゴールドクロス)の自己修復能力を移植できないか…そう考えたシュウトは早速実験を行ってみた。

自身の血と黄金聖衣(ゴールドクロス)の欠片、これを亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの纏っていた聖衣(クロス)に注いだ結果、黄金聖衣(ゴールドクロス)の欠片が溶けるように消えて行き、その強力な自己修復能力の一部が聖衣(クロス)に宿ったのである。

それを利用して、快人とシュウトは聖衣(クロス)を修復するようにした。

黄金聖衣(ゴールドクロス)よりも明らかに効率が悪いらしく、その自己修復には大量の血が必要であったため、快人とシュウトは損傷の比較的少なかった楯座聖衣(スキュータムクロス)矢座聖衣(サジッタクロス)をなのはとフェイト用にレストアすることにした。

おかげで2人は近頃、常時貧血気味という有様である。

こうして聖衣(クロス)の修復は方法が見つかったが、次はどうやってなのはとフェイトに装着させるか、という問題があった。

 

聖衣(クロス)は絶大な防御力と小宇宙(コスモ)増幅機能を誇るが、それは十分な小宇宙(コスモ)を循環させてこそだ。

それが出来なければ聖衣(クロス)はただの重い鎧にすぎない。

亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの纏っていた聖衣(クロス)はことごとく黄金聖衣(ゴールドクロス)に次ぐと言われる白銀聖衣(シルバークロス)、その小宇宙(コスモ)要求量はかなり高く、なのはとフェイトではとてもそれを捻出できなかった。

最初2人は毎回、黄金聖衣(ゴールドクロス)の腕を貸したときのように聖衣(クロス)に直接小宇宙(コスモ)を込めてやればいい…そう簡単に考えていたのだが、その無茶にすぐに気付いた。

亡霊聖闘士(ゴーストセイント)たちの纏っていた聖衣(クロス)は快人たちの黄金聖衣(ゴールドクロス)と違い、クロストーン化できなかったのだ。

こんなかさばる物を出して毎回毎回小宇宙(コスモ)を込めるなど、人目に付き過ぎる。

それに実験をした結果、小宇宙(コスモ)を込めても重量軽減や強度増加といった恩恵を十分に受けていられる時間は30分程度が精々…これでは燃費があまりにも悪く、安定した戦力アップには繋がらない。

そこで考えたのは『一部展開による高燃費化』と『聖衣(クロス)以外へ小宇宙(コスモ)を込めること』である。

 

聖闘士星矢Ωにて、聖闘士(セイント)たちは全身に聖衣(クロス)を纏わなくても、腕などの一部分だけ聖衣(クロス)を纏う『部分展開』という技術を持っていた。

同時に聖衣(クロス)とは別のものに小宇宙(コスモ)を込め、聖衣(クロス)の要求する分だけの使用に留めれば、長時間の使用に耐えられる。

聖衣(クロス)をフル装備するのは切り札として、通常は『部分展開』で運用しようというのだ。

そこで人前にあっても目立たない、『小宇宙(コスモ)のバッテリー』として黄金の腕輪を作成した。

これによって、どこでも目立つことなく快人とシュウトが小宇宙(コスモ)を込めることが出来るようになった。

そしてデバイスの持つ魔法の技術によって聖衣(クロス)を保管、必要な部分だけを纏うという形をとったのだ。

結果として、基本となるヘッドパーツ・胸部パーツ・片腕パーツだけを展開するなら5~8時間の使用が可能という、実戦に耐えれるだけの状態になったのである。

 

 

なのはとフェイトの現状はまさに『奇跡』だ。

2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の出血を厭わぬ全面的な協力と、デバイスの持つ『ある程度のものを質量を無視して保管できる』、『保管したものを選んで瞬間的に展開できる』という魔法の技術…これらが合わさったことで始めて可能になった『奇跡』である。

 

 

「さて…こっちも始めようか、クソ牛!」

 

「いいだろう。

 来い、蟹座(キャンサー)!!」

 

快人の右腕に蒼い炎が生まれ、アルデバランが腕を組む。

 

積尸気鬼蒼焔(せきしききそうえん)!!」

 

「グレートホーン!!」

 

蒼い炎の渦と野牛の形をした衝撃波がぶつかり合い、相殺しあい、爆発する。

 

「「おおおぉぉぉぉ!!」」

 

その爆発の中で拳を振り上げながら接近した2人の黄金が激突した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「全員揃って無茶苦茶だな…」

 

クロノは戦場の様子を離れた場所で、仮設司令部から送られてくるモニターで見ていた。

信じられない高威力・高機動で縦横無尽に動き回るヴォルケンリッター。

そしてそれを相手に一歩も退かない、2人の少女魔導士。

どちらも管理局にいたのなら、すぐにでもエースと呼ばれるような存在になるだろうほどの化け物じみた才覚の持ち主だ。

その使い魔と協力者もザフィーラを2人でうまく抑えており、サポートとして一流。

と、ここまでなら魔導士として理解の出来る範疇である。

黄金の鎧を纏った、聖闘士(セイント)の2人の戦いはもはや理解を超えていた。

拳を打ち合う2人は、光が流れるようにしか見えない。

サーチャーの超高感度カメラで、限界までスローにしてなお、光しか見えないのだ。

それを、隣にいた人物が解説する。

 

「ボクら黄金聖闘士(ゴールドセイント)は光速戦闘ができるからね。

 兄さんと牡牛座(タウラス)は今、光速で拳を打ち合ってるんだ」

 

「…快人を包囲したとき、本格的な戦いになってたらと思うとゾッとするよ」

 

クロノは冷や汗を流しながら隣にいる黄金の鎧の人物、シュウトに言った。

ここは戦場から離れた地点だ。

クロノは戦闘が始まったと同時にその場所を離れ、合流したシュウトと共に探し物の真っ最中だ。

それは、もう1人の敵である。

遭遇したヴォルケンリッターたちは『闇の書』を持っていなかった。

そして、『なのはを貫いた女の手』に該当する人物がそこにいなかったのだ。

となれば、それに該当する人物が近くにいるはずである。

『闇の書』を確保してしまえば、この事件は終わる。

そこでシュウトとクロノはその捜索に当たっていたのだ。

そして…2人はあるビルの屋上でその探し物を発見した。

緑の服の、金髪の女だ。

その細い腕は、なのはを貫いたもので間違いないだろう。

クロノは即座に、その女の背後を取りデバイスを突きつけた。

 

「ロストロギアの所持、および使用の疑いであなたを逮捕します。

 抵抗しなければ弁護の機会があなたにはある」

 

「いつの間に…」

 

「はっきり言いますが抵抗は無駄ですよ。

 僕だけじゃない、彼がいますからね」

 

そう言ってクロノが顎で指す場所にいる、黄金の鎧を着た少年の姿にシャマルは驚きの声を上げた。

 

「ゴ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)!?」

 

牡牛座(タウラス)の仲間なら、黄金聖闘士(ゴールドセイント)を前にすることの意味はわかってますよね?

 無駄な抵抗はやめてください、ボクも女性に手を上げるのは好かないので…」

 

シュウトの有無を言わせぬ降伏勧告。

これでこの『闇の書事件』は終わる…クロノがそう思った瞬間だった。

 

「!?」

 

シュウトがクロノの横に割り込むと、クロノを狙ったであろう蹴りを防ぐ。

そこにいたのは仮面をつけた男だ。

クロノは突然現れた仮面の男に驚愕するが、シュウトにとっては脅威でもなんでもなく、眉一つ動かさない。

だが、そんなシュウトは突如、背中にツララを突き刺されたような寒気を感じ、クロノの首根っこを捕まえて後ろへと跳んだ。

 

 

ドゴッ!?

 

 

同時に、今まで2人のいた場所に1つの影が降り立つ。

それは、全身を隠すローブを纏った人物だった。

身長は180前後、体格的におそらく男。それが仮面をつけた男と並んで立っている。

 

「エイミィ、こいつらは!?」

 

『わかりません! こっちのサーチャーには何の反応も…!?』

 

突然の乱入者たちはまったくの謎の存在らしい。通信の先からはエイミィの戸惑った声が聞こえた。

しかし、それはシャマルにとっても同様なようで、乱入者たちに驚愕で目を見開いている。

そんなシャマルに仮面の男は言った。

 

「今のうちに、闇の書の魔力で結界を破壊しろ」

 

「あなたたちは一体…?」

 

「早くしろ、手遅れになる前に」

 

その言葉にシャマルは意を決したのか、何事かを始める。

 

「貴様ら、そいつらの仲間か!」

 

クロノは即座に仮面の男に向けて駆け出そうとしたが、シュウトが即座にその前に入る。

そして衝撃音が響いた。

 

「ぐっ!?」

 

シュウトのガードしている腕に、ローブの男の拳が振り下ろされていた。

その衝撃に驚愕しながらも、シュウトは空いた左手で黒薔薇をローブの男に放つ。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

ローブの男は咄嗟に後ろに跳んで避けるが、ピラニアンローズはローブの男を逃さない。

だが…。

 

「な…に!?」

 

噛み砕く黒薔薇、ピラニアンローズはローブの男の手で受け止められていた。

岩すら粉々に噛み砕く黒薔薇を、まるで飛んできたボールでも取るかのように片手でキャッチしたのである。

そして、ローブの男が始めて口を開いた。

 

魚座(ピスケス)の黒薔薇、噂ほどではないな…」

 

男か女か分からない、まるでボイスチェンジャーにでも通したような声の言葉に、シュウトは驚愕した。

 

「ボクを魚座(ピスケス)と知っている!?」

 

この姿を見て魚座(ピスケス)であると分かること、そして立ち上っている濃密な小宇宙(コスモ)は間違いない。

 

「お前、聖闘士(セイント)だな!」

 

しかも感じる小宇宙(コスモ)は間違いなく黄金級である。

 

「…」

 

ローブの男は何も答えず、手を掲げた。

途端に、攻撃的小宇宙が放射される。

 

「!? プロテクトローズ!!」

 

シュウトは咄嗟に黄薔薇の壁を作り出して、クロノと自身の前に展開した。

シュウト自身は黄金聖衣(ゴールドクロス)でどうとでも防げるが、クロノはそうはいかない。

強力な攻撃的小宇宙が、黄薔薇の壁とぶつかり衝撃となって周辺を震わせる。

その間に、展開していた結界がシャマルからの砲撃によって破壊されてしまった。

世界に色が戻っていく中、衝撃がやんだことで黄薔薇の壁を解いてみると、そこにはもはや誰もいない。

今の隙に逃げられたようだ。

 

「エイミィ、追跡は?」

 

『無理! 全然痕跡が見当たらないよ!?』

 

「くそっ!! 何なんだ今のやつらは!?」

 

捕縛が完全に失敗に終わったことを悟り、クロノが毒づく。

 

「あのローブの男…間違いなく黄金級の小宇宙(コスモ)の使い手だった。

 一体何者なんだ…!?」

 

仮面の男とローブの男…シュウトは突如として現れた謎の勢力に戦慄を禁じ得なかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

結界が破壊され、世界が色を取り戻していくことに戦っていたメンバーもこれまでと戦いを切り上げる。

 

「どうやら今回はここまでのようだ。

 またの再戦を楽しみにしよう…」

 

「次は倒します」

 

シグナムは次の戦いを約束し、フェイトは自身の勝利を誓う。

 

「えーと、お前…」

 

「なのは。 高町なのはだよ」

 

「高町にゃの…。 にゃ…。

 えぇい、面倒! 高町なんとか! 次はぜってぇ殺す!!」

 

「何その逆ギレ!?」

 

舌を噛んだヴィータが一方的な逆ギレと共に戦線を離脱。

ザフィーラもアルフ・ユーノとの戦闘を切り上げ撤退していく。

そして…。

 

「これまでの様だ。 ここは退かせてもらうぞ」

 

「まぁ、今の状態でおおっぴらに暴れるわけにもいかないからな。

 俺も背中から相手を打つ趣味はない。好きに行けよ」

 

ヴォルケンリッターの殿を務めるアルデバランに、快人はシッシッと言った感じで手を振る。

 

蟹座(キャンサー)、次こそは決着を…!」

 

「ああ、やってやるから好きな焼き加減を選んどけよ」

 

「ふん、言ってくれる…」

 

そう言って撤退していくアルデバラン。

 

「しかし今回で終わらないとは…シュウトが着いていながら遅れをとるはずがないんだがな…」

 

快人は打ち合って未だに痺れの抜けない腕を振りながら呟く。

こうして第二回のヴォルケンリッターたちとのぶつかり合いは、双方被害の無い引き分けで終わった。

しかし、前回はなのはとフェイトが実質的に撃墜されていたことを考えればその進歩は大きい。

快人としては自分とシュウトの策である、なのはとフェイトの強化が思い通りに行ったため満足ではあった。

だが、そんな気持ちも帰還して話を聞いた瞬間に吹き飛んでしまった。

仮面の男とローブの男という謎の存在の登場である。

シャマルの反応から、ヴォルケンリッターの仲間であるという可能性は低いだろう。

この突然現れた第三勢力の目的が読めない。

仮面の男は魔導士としてかなりの高ランク、侮れない相手だ。

だが、それ以上に侮れないのがローブの男である。

シュウトが、間違いなく黄金級と断ずる正体不明の聖闘士(セイント)だ。

 

「謎の第三勢力にも、シュウトたちクラスの聖闘士(セイント)がいるなんて…」

 

その事実にフェイトが戦慄する。

 

「俺たちや牡牛座(タウラス)がいたんだ、まだ居ても不思議じゃない。

 シュウト、相手の『星座』はわかるか?」

 

快人の言葉にシュウトは首を振る。

 

「それがまったく。

 技は使ってこないし、見えた手足の部分も黒い布みたいなものでミイラみたいにしっかり覆われてて聖衣(クロス)も確認できなかったんだ…」

 

「そうか…どの『星座』のやつか分かれば対策も考えられたんだがな…」

 

そう言って快人は息をつく。

 

「快人くん…」

 

「なのは、この事件、一筋縄じゃ行きそうにないぞ。

 お前も気をつけろよ」

 

「うん」

 

快人の言葉に、なのはだけでなくそこにいた全員が頷いたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

八神家に戻ったヴォルケンリッターと、アルデバランこと牛島大悟は顔を突き合わせ話し合いの真っ最中だった。

ちなみに本日はこの家の主であるはやてはいない。

図書館で知り合ったという友達、月村すずかの家にお泊りに行っているのだ。

もっとも、だからこそ今夜全員で出掛けられたわけであるが…。

 

「あの魔導士の2人…テスタロッサと高町なのはだったか…あの2人は脅威だ。

 まさか聖衣(クロス)を纏う魔導士とはな…」

 

「高町なんとかのやつ、アタシのG型カートリッジ使ったラケーテンを正面から受け止めやがったぞ」

 

「あの2人が管理局に付いたのは大きな脅威だな…」

 

シグナム・ヴィータ・ザフィーラは対峙したなのはとフェイトの力に舌を巻く。

だが、それ以上に謎なのがシャマルを助けた第三勢力の存在だ。

 

「お前を助けたというその男たち、一体何者だ?」

 

「分からない。 当面の敵では無いみたいだけど…。

 それに管理局側にもう1人、黄金聖闘士(ゴールドセイント)が居たわ。

 たしかローブの男に『魚座(ピスケス)』って呼ばれていたわね」

 

「管理局にもう1人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)だと!?」

 

「『魚座(ピスケス)』って、大悟、知ってるか?」

 

ヴィータの言葉に大悟が頷く。

 

「『魚座(ピスケス)』…全聖闘士(セイント)中最高の毒使いだ。

 俺が最も苦手とするタイプだな」

 

「毒…対毒術式を組んでおく必要があるわね」

 

「ああ、シャマル頼めるか?」

 

「わかったわ」

 

「で、その新たな黄金聖闘士(ゴールドセイント)を抑える力を持つ謎のローブの男か…。

 状況は芳しくないな…」

 

ザフィーラの言葉に全員が目を伏せる。

 

「だが、我々には余り時間が無い。

 今回の脱出で『闇の書』のページを使ってしまい、タイムリミットも僅かだ。

 多少の無理は承知でも、分散して蒐集を行うほか無い…」

 

「こんなこと早く終わらせて、はやてと静かに暮らすんだ…」

 

ヴィータの言葉はこの場に居る全員の思いだ。

 

「そうだな、すべては主はやての未来のために」

 

そのシグナムの言葉で、その場は一旦のお開きとなる。

すると、大悟は立ち上がり玄関で靴を履き始めた。

 

「どっか行くのか、大悟?」

 

「ああ、少し夜風に当たってくる」

 

「なら、お土産でアイス買って来てくれよ」

 

「わかった、買ってくるよ…」

 

そうヴィータに言って、大悟は八神家から出て行く。

そして向かった先は、近所の公園だった。

その中央にまでやってきた大悟は、静かに、確信を持って呟く。

 

「出て来い。 さっきからこっちを見ていることは気付いている」

 

その言葉に答えるように、大悟の目の前に影が降り立った。

シャマルを助け、シュウトを抑えた謎のローブの男である。

 

「お前がシャマルの言っていた男か…。

 シャマルを助けてくれたことには礼を言う。

 だが…一体何が目的だ? 返答如何によっては…」

 

そう言って大悟は目の前のローブの男に向かって腕を組んだ。

 

「…」

 

だが、ローブの男は黙して何も語らない。

 

「貴様、答えろ!」

 

大悟は再度、ローブの男に向かって言ったその時だ。

大悟の背後に、巨大な小宇宙(コスモ)が…!

 

「なっ…!?」

 

大悟は慌てて背後へと振り返る。

そして…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なぁ、大悟のやつ遅くないか?」

 

夜の支度も終わった八神家のリビングでヴィータが呟いた。

 

「確かにシグナムの長風呂が終わっても帰ってこないなんて遅いわね」

 

「…私の風呂はそんなに長いか?」

 

シグナムが恨みがましい視線をシャマルに向けるが、シャマルは気にした風もない。

 

「…よもや、襲撃を受けているということはないだろうな?」

 

「…確かにありえるか」

 

ザフィーラの言葉に、シグナムとヴィータがデバイスを手に立ち上がろうとしたその時。

 

「ただいま」

 

玄関から声がして、大悟が家に帰ってきた。

 

「遅かったじゃん。 何してたんだよ?」

 

「お前の頼まれ物を買ってきてやったんだろうが」

 

そう言って大悟はアイスの入ったビニール袋を掲げる。

 

「やった! アイスアイス!!」

 

ヴィータが小躍りしながらそのビニール袋を受け取ろうとしたその時、ぐらりと大悟の身体が傾いた。

 

「!? 大悟!!」

 

慌ててシグナム、シャマルが大悟を支える。

 

「すまない、ちょっと頭痛が…」

 

「気をつけて下さい。 ただでさえG型カートリッジの作成で貧血気味なんですから…」

 

「今日の戦闘のこともある。 今夜はすぐに休め」

 

「…そうする。

 アイス食いすぎるなよ、ヴィータ」

 

「あ、ああ。 お前もしっかり休めよ」

 

言われ、大悟は自室へと戻っていく。

 

 

ズキン、ズキン――

 

 

(本格的に無茶をしすぎたか? この頭痛は…)

 

止まない頭痛に顔をしかめる。その時、ある疑問が湧きあがった。

 

(? 何時だ? 俺は何時からこんな頭痛が出るようになった?)

 

G型カートリッジの作成のときではない、蟹座(キャンサー)との戦闘のときではない。

もっと後に…何か、理由があったような…。

 

 

ズキン、ズキン――!

 

 

「くっ!」

 

大悟は頭痛を振り払うように頭を振って、自室へと戻っていった…。

 

 

 




というわけで第三勢力が満を持しての登場。
そして最悪のフラグが立ちました。
多分、聖闘士星矢を知る人なら今回の話、
『誰が』『何をして』『どうなったか?』
もう丸分かりでしょうが、そこはネタバレは禁止でお願いします。


追伸:Ωで今後、新聖衣ヒャッホウ!
   ぜひともオブジェ形態を取り戻して下さい。
   そしてとんでもないタイトル詐欺…『黄金集結』と言いながら出てきたのは牡羊座のキキだけとは…。
   シルエットだけでもいいから出して欲しかった…。
   そして普通に殴りかかってくる牡羊座…娘が人質にとられてるくらいであって欲しいですね。


次回もよろしくお願いします。


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第28話 蟹と魚、暗躍する者に気付く

 

 

「ふわぁぁぁ…」

 

ここは学校の屋上、時刻は昼食時だ。

冬だというのに暖かい日差しが差し込む屋上は、人気の昼食スポットである。

そしてなのはたちグループは屋上の常連だった。

学校でもトップクラスの美少女であるなのは・フェイト・アリサ・すずかの4人は視線を集めまくる。

そしてその側にいつもいる快人・シュウトの兄弟は男子生徒たちからの殺意まで込められた怨念のような視線に常に晒されているのだが、その程度でこの2人がどうにかなる訳もない。

眠そうな顔で、快人は欠伸をする。

 

「何アンタ? 寝てないの?」

 

「いや、俺様は勉強の鬼なので本を読み過ぎなのだよ」

 

「と、意味不明な妄言をほざいてるわよ、なのは。

 よく躾といたほうがいいわ、このバカ蟹」

 

「にゃはは…」

 

呆れたようなアリサの言葉に、話を振られたなのはは笑うしかない。

隣を見れば、事情を知っているシュウトとフェイトも苦笑い。

何故なら、快人の言葉は真実に近いからだ。

あれから…牡牛座(タウラス)とヴォルケンリッターとの戦いから少したつが、この間の一件で懲りたのか音沙汰がない。

その間に、ユーノは本局の勤め先である『無限書庫』に一時戻ることになった。

『無限書庫』は時空管理局が誇る超巨大データベース、その規模は次元世界の記憶と呼んでも差し支えないだろう。

そこならば、『闇の書』についての情報があるかも知れない。そう考えたユーノは一時本局に戻ることにしたのだ。

しかし、『無限書庫』はその規模故に誰もが全容を把握できず完全な未整理状態。

本来ならば年間単位で専門のチームを組んで『発掘作業』をするような場所だ。

如何にユーノが発掘を生業とする一族でもこれは厳しい。

そう考えたセージとアルバフィカの指示で、快人とシュウト、そしてなのはとフェイトはユーノの手伝いに駆り出されることになったのだ。

このセージたちの指示にはちょっとした意図がある。それは『4人に次元世界について学ばせる』ためだ。

異なる文化の持ち主が出会うと、ほとんどの場合が友好的にはいかない。

それは文化に対する理解が足りないためだ。

ある文化では普通のことが、別の文化の者には理解できず異質に見え、それを成す存在は不気味に見えて不安が出来る。

その不安を払拭する一番手っ取り早い方法は、暴力で相手を制圧することだ。

『価値観が違い不気味で理解できないから話し合うより先に殺そう』…人類が新たな文化圏と接触した時に、こういう思考で多くの悲劇を生んだ事例は歴史を紐解けば掃いて捨てるほどある。大航海時代など、その最たるものだろう。

それは白血球がバイ菌を異質なものとして排除するのと同じ、生物として至極真っ当な反応なのかもしれない。

だが、人間には思考し、経験・知識から判断する力を持っている。

だからこそ次元世界についての成り立ちや歴史・思考を書から学び取り、次元世界に対する理解を深めさせ、相手との少なくとも冷静に話が出来るくらいの取っ掛かりは繕うという狙いだ。

正直ユーノの手助けではなく、ただ本を読みに行っているだけである。

とはいえ、ユーノもそれは理解していたし、同年代の友人である快人たちと過ごす時間というのは貴重である。

本当の意味での手助けはクロノが手配してくれているようなので、ユーノとしても今は次の仕事までの休憩のつもりだった。

次元世界に繋がりの薄い快人となのはは翻訳され読める本で歴史などを読み、ミッドチルダを含めた魔法文明に深い関心を抱いていた。

そのため快人など徹夜で読書、昼間に授業中眠るという有様である。

 

「本を読んでると時間が経つのをつい忘れちゃうよね。

 私もそういう経験多いし、この間お泊りに来た友達も本を読んでていつの間にか朝になっちゃったこととかあるんだって」

 

すずかは経験もあることで、快人の言葉にウンウンと頷いた。

そこで、快人は首を捻る。

 

「あれ、もしかしてアリサのヤツそんな妄言言ってるのか?

 それともなのはがそんな妄言言ってるのか?

 まぁ、フェイトならそう言いそうだが…」

 

「快人くん…もしかして私の友達がここにいるみんなだけだって思ってない?」

 

『すずかの友達=アリサかなのはかフェイトのみ』という失礼極まる快人の言葉に、すずかはジト目で快人を睨む。

 

「いや、そうでもないけどさ。 珍しいって思っただけ」

 

それは快人の正直な感想だ。

快人も、すずかとの付き合いはそれなりの期間はある。

その中で、どこかで他人との間に線を引き友達を作ることに積極性が無いすずかの一面を、快人は感じていた。

なのはたちが親友としてやっているのは、ある意味なのはたちの強引な押し切りの結果その線を力づくで乗り越えたためである。

だからこそ、そんなすずかが家に泊めるほどの友達がここのメンバー以外にいるというのは珍しいと快人は思う。

 

「この間、図書館で会って友達になった、『八神はやて』ちゃんって子だよ」

 

「へぇ…すずかちゃんの友達のはやてちゃんかぁ…」

 

「すずかとそんなに話が合うなんて、ちょっと会ってみたいかも」

 

なのはとフェイトはそんな風に呟く。

その言葉を聞いて、アリサは意外そうに言った。

 

「でも意外。

 すずか、前以上に図書館に通うようになってたし、楽しそうだったからてっきり好きな人でも出来たのかと思ってたのに…」

 

アリサのその言葉へ、てっきりきっぱり否定するなり何なりすると思っていたが、意外にも暗い反応をすずかは返してきた。

 

「そんなこと…ないよ」

 

「何? やっぱり好きな人いたの?

 その人とうまく出来てないとか?」

 

「そうじゃないけど…図書館でよくお話してた子と最近なかなか会えなくなっちゃって…。

 はやてちゃんも、最近幼馴染の子が忙しくてなかなか図書館に付き合ってくれない、って話で意気投合して仲良くなったの」

 

「ああ、わかるわかる。 同じ悩みとか持ってると、話が合っちゃってすぐ仲良くなれるのよね」

 

どうもその件の八神はやてという少女とは似たもの同士、お互い愚痴の言い合いで仲良くなったらしい。

その話を大いに理解できるらしく、少女4人は頷きながら「わかるわかる」とガールズトークを続けていく。

 

「よく分からん」

 

「ボクも」

 

快人とシュウトは顔を見合わせると、互いに肩を竦める。

誰も知らないところで『闇の書事件』という世界の危機が起こっているとは思えないくらい、平和な昼の一コマだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その日の午後も、4人は学校後にユーノのところに遊びに行っていたがそこにクロノが2人の人物を連れてやってきた。

リーゼロッテとリーゼアリアという双子の使い魔姉妹である。

ギル=グレアムの使い魔であり、クロノの魔法の師であるという。

目の前で散々おもちゃにされるクロノを見ながら、クロノがエイミィを筆頭に女性に頭が上がらない原因は間違いなくこいつらだろう、と確信できた。

そんな2人をクロノが連れてきた理由は、以前に言っていたユーノの手伝い要員である。

これで快人たちの名目上の手伝いはお役御免という運びとなる。

リーゼロッテとリーゼアリアのユーノを見る目が明らかに面白いおもちゃを見つけたという目だったのに気付いた快人は、内心で静かにユーノに合掌した。

 

「じゃあな、ユーノ。 有意義な情報期待してるぜ」

 

「うん。 必ず『闇の書』の情報、見つけてみせるよ」

 

あまり邪魔するのも悪いと判断した4人はクロノと共に無限書庫を後にすることにしたが、快人はシュウトの雰囲気がいつもと違うことに気付いていた。

 

「…」

 

シュウトはクロノを見た後に快人に目で合図する。

するとそれだけで意図を感じたのか快人は大きく頷いた。

 

「おーい、クロノ。 トイレどこだ?」

 

「ああ、それなら…」

 

と、トイレを指差そうとしていたクロノをトイレの方向へと押し出す。

 

「な、なにするんだ?」

 

「まぁまぁ、男同士の友情の連れションってことで。

 シュウト、お前も来い」

 

「分ったよ、兄さん」

 

そんな男3人の背中を見ながら、「男の子ってよく分らないなぁ」となのはとフェイトは呟いたのだった。

 

 

さて、その男3人であるが…。

 

「な、なんだここは!? さっきまでトイレに居たはず、ここはどこだ!?」

 

クロノが思いっきりテンパっていた。

それもその筈、トイレに入ってみるといきなり周りが古代の神殿のような建物に変わっていればこのうろたえ様も良く分かる。

そんなクロノの肩をポンポンと快人は叩いた。

 

「まぁまぁ、落ち着いてくれって。

 ここは『守護宮』の一つ『巨蟹宮』、俺たち聖闘士(セイント)の能力で作った空間、って感じで理解してくれ」

 

「…わかった。

 君ら聖闘士(セイント)が無茶苦茶なのはよくわかったから、これも素直にこういうものと理解する。

 それで、こんな秘密の場所をセージさんたちに内緒で勝手に見せてまで、僕に何か用があるんだろ?」

 

落ち着きを取り戻したクロノは、佇まいを整えて先を促した。

セージたち聖闘士(セイント)側は管理局には現在協力的ではあるが、情報開示にはかなり慎重な姿勢を取っている。

その理由は管理局を未だに信用できないこともそうだが、ちょっと前になのはとフェイトに起こった『事件』がきっかけだった。

 

なのはとフェイト…互いに優秀なこの2人の立場はとても微妙なものだった。

2人は優秀な『魔導士』でありながら、聖闘士(セイント)の持つ『小宇宙(コスモ)の力』をも使う特殊な存在だ。

リンディの預かり知らぬところで、管理局はなのはとフェイトが聖闘士(セイント)の持つ小宇宙(コスモ)の力で通常の魔導士を遥かに凌駕する力を持っていることを知り、そのスカウトという名目で2人に接触、小宇宙(コスモ)の力の秘密を探ろうとする『事件』が起こっていたのだ。

管理局はあくまで『魔導士』をスカウトするのだから約束は破っていない…そういう理屈である。

 

この『闇の書事件への協力』は本人たちの意思で決めればいいとセージたちは管理局となのはとフェイトの接触に干渉はしなかったが、『スカウト』の上で勝手に小宇宙(コスモ)について探られるとなれば話は別。

この行動にセージたち聖闘士(セイント)側は烈火の如く怒り、管理局側であるリンディすらも激怒した。

せっかくの友好関係の構築に、先走った誰かが泥を塗ったのだから当然である。

結局、なのはとフェイトの2人が聖闘士(セイント)の至宝である聖衣(クロス)を纏い戦ったことでセージは『2人は聖闘士(セイント)側の立場である』と主張、以前交わした約束である『聖闘士(セイント)についての情報開示の強制の禁止』に抵触するとしてスカウト行為を一切やめさせたのだ。

 

実を言えば、なのはとフェイトにセージとアルバフィカが聖衣(クロス)を渡すのを許した理由の一つはここにある。

2人は魔導士でありながら聖闘士(セイント)の力、小宇宙(コスモ)を使う異色の存在だが、快人やシュウトたちのように次元が違う戦闘力というわけではなく、強力というだけで魔導士でも2人の制圧はやろうと思えば可能である。

挙句の果てに、2人は正義感が強く真っ直ぐな、とても『良い子』だった。

聖闘士(セイント)の、小宇宙(コスモ)の力を探りたい管理局からすればこれほど絶好の獲物もないだろう。

スカウトされ管理局の一員として戦うくらいならまだいいが、最悪の場合研究材料のモルモットとして誘拐されることすらセージたちは危惧した。

そのため、聖闘士(セイント)の至宝である聖衣(クロス)を渡し、『なのはとフェイトは聖闘士(セイント)側の身内である』と早々に2人の立場を明確に宣言することで管理局の動きをけん制したのである。

 

セージとアルバフィカは、なのはとフェイトの事を心から案じていた。

セージが息子のように育て上げた蟹座(キャンサー)の大英雄マニゴルドも、今現在孫のように育てている快人もどちらも手のかかる悪ガキタイプである。

それに対して正義感が強く真面目でしっかり者、しかも決して折れぬ不屈の心を持ったなのは。

前述の2人とは全く違うタイプのなのはをセージは孫娘のごとく可愛がっていた。

アルバフィカも、辛さに負けず誇り高く美しいフェイトを、シュウトと同じく愛弟子と考え今まで幾多の便宜を図ってきた。

生粋の聖闘士(セイント)であるセージとアルバフィカの2人が、いくら世界が違い正しく使うと確信していると言っても、聖闘士(セイント)で無い者に聖なる聖衣(クロス)を渡すという異常事態を容認する辺り、どれだけなのはとフェイトが可愛がられているか分かる。

だから管理局へのそのメッセージには『なのはとフェイトに手を出せば聖闘士(セイント)との全面戦争を覚悟しろ』という言外の強いメッセージも籠っていたのである。

なのはとフェイトに、セージたちが聖衣(クロス)を渡すことを許した背景には邪神エリスの走狗にされた聖衣(クロス)を正義のために役立てたいという思いと、なのはとフェイトがそれを正しく使えるという心を持っていたことに加え、ある意味政治的な意味合いもあったのだ。

神話の時代から愛と正義のために戦い、装着者を守ってきた聖衣(クロス)…それは今、装着者を『政治』という見えざる刃からも守る鎧になったのである。

 

 

話を元に戻すが、そんな『事件』もありセージたちは快人たちにも『管理局の前でなるべく力を使わないように』と徹底させていた。

だからこそ、この『守護宮』のことも管理局は知らないのである。

しかし、それを見せ、さらにこうして誰にも見つからないようにして自分と話をしようというのだから、よっぽどの話をするのだろうとクロノは心の準備をする。

 

「まぁ、話があるのは俺じゃなくてシュウトだけどな」

 

快人がそう言って促すと、シュウトが話を始めた。

 

「この間、ボクとクロノさんが遭遇した仮面の男とローブの男…覚えてます?」

 

「もちろんだ。

 仮面の男は高レベル魔導士、ローブの男も君たち級の聖闘士(セイント)の可能性があるんだろ?

それがどうしたんだ?」

 

「…その仮面の男の正体がわかりました」

 

「何だって!?」

 

シュウトの爆弾発言に、クロノが身を乗り出した。

 

「一体何時、どうやって調べたんだ?」

 

管理局もその正体を探ってはいるが、それらしい相手の特定すら出来ていない状態だ。

だというのに、それをどうやってシュウトが知ったのか?

それにシュウトが苦笑いと共に答える。

 

「別に調べたわけでも何でもありませんよ。

 ただ…目の前に現れただけです。ついさっきね…」

 

そう言ってシュウトは説明を始めた。

聖闘士(セイント)の力である小宇宙(コスモ)は、魂あるものならどんなものにでも宿っている力だ。

そしてその小宇宙(コスモ)は人それぞれ、個人の識別も出来るという。

その上でシュウトはあの仮面の男と同じ小宇宙(コスモ)を、さっきのリーゼロッテから感じたと話したのだ。

 

「そんなバカな!? ロッテが何故!?」

 

「いや、あの2人は使い魔。

 この場合、もっとも疑うべきはその主人のギル=グレアムだろう」

 

「そんな…グレアム提督が…」

 

クロノは恩師であるグレアムが犯人と言われ、信じられないと呟く。

とはいえ、快人とシュウトは「ああ、なるほど」と納得してしまっていた。

ギル=グレアムの、そしてリーゼロッテとリーゼアリアという双子の使い魔姉妹たちの探るような視線に合点がいったからである。

最初は物珍しいのかと好意的に受け止めていたが、快人とシュウトたち聖闘士(セイント)が企みの邪魔にならないか探っていたのだろう。

 

「グレアム提督にとっても『闇の書』は因縁の相手だ。

 それを協力なんて、ありえるはずがない」

 

「まぁ、それが普通の反応だわな。

 おまけにその根拠は民間協力者の俺たちが、管理局には理解できない怪しい力で分かりました、と来た。

 信じられなくても無理はないよ。

 だからこそ調べてくれないか?」

 

「…分かった、そういうことなら任せてくれ」

 

クロノは快人の言葉に静かに頷く。

クロノとしては恩師であるギル=グレアムの潔白を信じたい。

だが、そのためには潔白たる証拠が必要になるだろう。

 

「まぁ、力みなさんなって。

 これで何も無ければ、俺たち聖闘士(セイント)も頼りないと鼻で笑えばよし、だ」

 

「…そうだね、精々その証拠を引っさげて笑いにくるよ」

 

「おう、その意気で頼むよ」

 

こうしてクロノは恩師であるギル=グレアムについて調べることにした。

師の潔白を証明するために。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

夜の明かりに照らされた街並みを見下ろす、シグナム・ヴィータ・大悟、そしてシャマル。

その胸に去来するのは焦りだ。

そもそも彼らが『闇の書』を完成させようとするのは一重に八神はやてという1人の少女のためだ。

 

『闇の書』…完成することで絶大な力を与えると言われる伝説級のロストロギアだ。

今まではその主となったものは、その力を手に入れようとヴォルケンリッターたちを使い、対象の生死を問わぬ蒐集活動を行っていた。

そして沢山の悲劇を築き上げた後に自滅していく…それが何度となく繰り返される『闇の書』の運命だった。

だが、新たに『闇の書』の主に選ばれたはやては違った。

『闇の書』のくれる絶大な力など要らない、ただ自分の『家族』になって欲しい…はやての望みは『闇の書』のくれる絶大な力など無くてもすぐに叶ってしまったのだ。

そして他者を襲い魔力と資質を奪う『蒐集』を許さず、『闇の書』の完成を拒んだのだ。

最初はそんな主に困惑していたヴォルケンリッターだったが、はやての穏やかさと優しさに触れ、その望み通り『家族』として生きよう…そう考えていた。

だが…そんな平和は長くは続かなかった。

はやての病状が悪化し、足の麻痺が段々と全身へと回ってきたのだ。

原因は『闇の書』である。

『闇の書』によって造られたプログラムであるヴォルケンリッターはその維持に大量の魔力を要求する。

だが、『闇の書』の主として覚醒していなければそれほどの魔力は発揮できず、強制的に大量の魔力を吸われたことで、生命力自体が低下してきたのだ。

そのことを知ったヴォルケンリッターは苦悩した。

その原因たる自分たちが消えれば…とはやてを守護する最強の闘士、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の大悟に自分たちの介錯を頼んだぐらいである。

だがそれは大悟の鉄拳によって強制的に止められた。

大悟も家族を無くしはやてと暮らす身、ヴォルケンリッターを『家族』と思っていたのははやてだけでは無かったのだ。

そして苦悩の果てに、ヴォルケンリッターははやてとの誓いを破って『蒐集』を始めた。

『闇の書』を完成させ、はやてが真の『闇の書の主』になれば問題は解決するからだ。

自分たちプログラムでしかない存在を真剣に愛し、『家族』としてくれるはやてのため…はやての未来を汚さぬ為に殺人だけはしないが、他のことなら何でもする。

そのためならば自分たちの騎士の誇りすら捨て去る…その覚悟でヴォルケンリッターは『蒐集』を始めた。

同時に、はやての真実を知った大悟も苦悩した。

求めていたはやてを助ける方法が判明したが、その方法は誰かを傷つける方法だ。

自分には戦う力、誇り高き黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力がある。

だが、それを事情があるとはいえ何の罪もない人に向ける事は通り魔同然の行為…許されるわけもない。

しかし、はやての助かる方法は目の前にぶら下がっており、そのために『家族』は騎士の誇りすら捨てる覚悟で臨んでいる。

自分はどうすればいいのか…悩み抜いた末、大悟も愛と平和を守る聖闘士(セイント)としての大義を捨て、ただ1人の幼馴染を救うための修羅に堕ちる覚悟を決めた。

同時に、大悟は自身の『守護宮』である『金牛宮』を使うことをやめた。

次に『金牛宮』を使う時ははやての未来が救われた後に、師であるハスガードに粛清を受けるときと心に決めて…。

大悟はこの戦いに文字通りの命を賭ける心算であった。

だが、蒐集活動に思わぬ邪魔が入る。

管理局と聖衣(クロス)を纏う少女魔導士、そして蟹座(キャンサー)魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)だ。

正直、大悟にとって管理局の魔導士など物の数ではないが、蟹座(キャンサー)魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)は話は別、よくて1人を道連れに相討ちが精々だろう。

だが、すでに大悟には止まる道は無かった。

 

「なぁ、シグナム。 本当にいいのか?

 アタシが大悟と一緒で、シグナムが別行動なんて…」

 

「…どちらにせよ敵に黄金聖闘士(ゴールドセイント)が2人いるだけで戦力的にはどうやっても不安はある。

 それなら、もはや開き直るしかあるまい。

 それに…もはや我らに時間はそう残されていない…」

 

シグナムの言う通り、はやての症状は加速度的に悪くなってきている。

もう…長くは持たない。

ならば危険だろうがなんだろうが手分けして『蒐集』を行うしかないのだ。

 

「シグナム、出来うる限りの手は打つけど、万一感づかれたら逃げる事だけを考えて」

 

「わかっている、シャマル…」

 

頷き、シグナムは今日の準備を始める。

そんな時、ヴィータはポツリと疑問を呟いた。

 

「なぁ…『闇の書』を完成させてはやてが本当のマスターになったらさ…はやては幸せになれるんだよな?」

 

「ヴィータ、何を今さら言ってるの?」

 

「そうだぞ、『闇の書』の主は大いなる力を得る。

 我らヴォルケンリッターはそのことを誰よりも知っているだろう?」

 

「そう…なんだけどさ…。

 アタシ、何か大事なことを忘れている気がするんだ…」

 

ヴィータはそう言って目を瞑る。

ヴィータの脳裏にはいつか何処かの光景が、まるで陽炎のように浮かんでは消えた。

『何か』を奪われ倒れ行く人々、そして宙に浮かびあがる…強大な…恐ろしい…影。

 

「!?」

 

ヴィータはその漠然とした恐怖のヴィジョンを頭を振って強制的に追い出した。

 

「どちらにせよ、このままでははやてが死ぬ。

 それを防ぐために俺たちは進むしかない。

 例えどんなことをしても、だ」

 

大悟の言葉に、シグナムたちは静かに頷いた。

 

「ではヴィータ、大悟、また後で」

 

そう言ってシグナムは近隣の無人世界へと転移した。

 

「アタシらも行こーぜ、大悟」

 

「ああ、行こう」

 

そう言って、ヴィータと大悟も蒐集のため、無人世界へと転移していく。

 

(そうだ、何をしてもはやてを助けなければ…。

 そのためには…蟹座(キャンサー)、奴を…奴を…。

 奴を…どうすれば良いんだった?)

 

 

ズキン、ズキン――!

 

 

(…そうだ、俺は…奴を…)

 

無人世界へ転移していく中、大悟は痛む頭に顔をしかめながら、自分のすべきことを考えていた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

呼び出しを受けた快人・シュウト・なのは・フェイトは仮設司令部へとやって来ていた。

 

「お師様、状況はどうなってるんですか?」

 

「来たか。 見てみるといい」

 

シュウトの言葉に、アルバフィカはモニターを顎で指す。

そこには砂漠で巨大な生き物を相手にするシグナム、そして森林地帯上空を飛ぶヴィータとアルデバランの姿があった。

 

「どうやら相手は魔導士を襲うのはやめて、魔法生物から魔力を奪ってるみたい」

 

「どうも大人しいと思ったら連中、人じゃなく動物を襲うようにしたってわけか。

 それにしても俺とシュウトの2人がいることを知ったのに戦力の分散なんて…俺たちを舐めてるのか?」

 

エイミィの話で合点がいった快人はそう疑問の声を漏らすが、隣にいたセージがそれを否定した。

 

「いや、あちらも同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)の上、お前と直接拳を交えているのだ。それはあるまい。

 あのローブの聖闘士(セイント)と共闘という手筈なのか、もしくは危険を承知でも分散せねばならない事情があるのか…あちらも焦っているのかもしれんな」

 

セージは腕を組み、顎を擦りながら言う。

 

「まぁ、どっちにしろ俺たちが行くしかないな。

 俺はあのクソ牛との決着をつけたいし…どうせ、なのはとフェイトも連中との話をするってのを諦めてはないんだろ?」

 

「うん。 だってこのまま話も出来ずに分かり合えないなんて悲しすぎるもん」

 

「…」

 

なのはの言葉に、フェイトも頷く。

 

「それじゃ行くか。 俺はなのはと一緒にクソ牛を押さえに行く」

 

「ボクはフェイトと一緒に行くよ。

 上手くできれば捕縛出来るだろうし、もし例のローブの男が出た時は押さえないといけないからね。

 エイミィさん、転送ポートは?」

 

「準備、いつでもできてるよ!」

 

その言葉に4人は頷くと、転送ポートに入り込み、それぞれの場所へと転送されていった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「くっ…」

 

シグナムは目の前の巨大生物に苦戦していた。

普通ならばさほど苦にもならずに倒せるだろうが管理局の目が光っているだろう今、あまり派手な魔力を放つことは探知される可能性を引き上げる事になる。

そのため、ヴォルケンリッターたちの最大の特徴とも言えるカートリッジシステムを使えない状態だった。

管理局でも探知できない小宇宙(コスモ)を使う『G型カートリッジ』なら話は別だが、貴重な『G型カートリッジ』をこんなところで使う訳にもいかない。

そういった理由で決め手に欠けていたシグナムは巨大生物を仕留めきれずにいた。

 

「通常カートリッジを使うか?

 いや、管理局に発見される可能性は少しでも減らすべきだ。

 だが、しかし…」

 

そんなシグナムの葛藤は、普段ならばあり得ないミスを生む。

死角から迫る一撃に反応が遅れたのだ。

 

「しまった!?」

 

慌てて、シグナムは防御の体勢に入るが、その時巨大生物をいくつもの電光が貫いた。

 

「これは…」

 

シグナムが空を見上げれば、そこにいたのは矢座聖衣(サジッタクロス)を纏い戦闘態勢に入ったフェイトと、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の少年だ。

 

『ちょっとフェイトちゃん、助けてどうするの!?』

 

「ご、ごめんなさい、エイミィ。 つい…」

 

フェイトは通信でエイミィに謝りながら、シュウトと共にゆっくりとシグナムの前に降りてくる。

 

「…礼を言おう、テスタロッサ。

 そして…そちらとは始めて会うな。

 私はヴォルケンリッターの将、烈火の騎士シグナム」

 

魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ。

 兄さん…蟹座(キャンサー)とフェイトがお世話になったようで」

 

「成程、蟹座(キャンサー)の弟か…蟹座(キャンサー)の守護する高町なのはを襲ったことは我ら最大のミスだったようだな」

 

シグナムは苦笑を漏らすとデバイスを構える。

 

「シグナム、事情を話してくれませんか?」

 

「…くどい、我らにも譲れぬ願いがある。

 ことが成るまで…我らはどんな相手にも捕まる訳にはいかん。

 例え、それが黄金聖闘士(ゴールドセイント)が相手だろうとだ!!」

 

「ですが、現実としてボクたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)にシグナムさんは敵いません。

 その誇りには敬意を覚えますが、ここで捕まえさせてもらいますよ」

 

そう言ってシュウトは薔薇を取り出した。

すると…。

 

「…ならば、これで戦力は互角だな」

 

「!?」

 

どこからともなく聞こえたその声に、シュウトは頭上へと薔薇を投げつけた。

迫っていた攻撃的な小宇宙(コスモ)とぶつかり合い、大爆発が起きる。

そして…シグナムの隣にはあのローブの男が降り立っていた。

 

「お前は、シャマルの言っていた…!?

 一体、何者だ?」

 

どうやらシグナムにとっても予想外の登場らしく驚いた顔をするが、そんなシグナムを一瞥することもなくローブの男は言い放つ。

 

「…俺のことなどどうでもいいだろう。

 今重要なことは、俺の存在によって戦力が互角になったということだ。

 魚座(ピスケス)は俺が押さえよう。

 その間に、あの黒い娘から蒐集しろ」

 

「…分かった、支援を感謝する」

 

ローブの男の言葉に、シグナムは改めてフェイトへ向けてデバイスを構えた。

 

「フェイトはシグナムとの決着を。

 ボクは、あのローブの男とやる」

 

「…分かった。 シュウ、気をつけてね」

 

シュウトとフェイトは頷き合うと、互いの敵へと視線を向ける。

引き絞られるように、緊張感が張り詰めていく。

そして…2人の魔導士と2人の聖闘士(セイント)は同時にぶつかり合った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

森林地帯上空を飛行していたヴィータとアルデバラン。

何かに気付いたアルデバランはヴィータを呼び止める。

 

「待て、ヴィータ。

 こっちに向かって、2つの小宇宙(コスモ)が近付いてきている。

 しかも…双方知っているものだ」

 

「また連中かよ…」

 

ゲンナリとした風のヴィータ。

そんな2人の前に、蟹座聖衣(キャンサークロス)を装着した快人と楯座聖衣(スキュータムクロス)を纏い戦闘態勢に入っているなのはがやってきた。

 

「しつこいなぁ、高町なんとか!」

 

「だから高町なのはだよ、ヴィータちゃん。

 それにまだお話聞かせてもらってないもん。

 お話聞かせてくれるまで、何度だってなのははヴィータちゃんのところに来るよ」

 

その言葉に、快人は苦笑しながらヴィータに言う。

 

「おーい、赤チビ。 こうなったなのはは俺でも止められねぇぞ。

 頑固でしつこくいつまでも付きまとうから、早いとこ事情話した方が楽だぞー」

 

「…それ、『ストーカー』って言わねぇか?」

 

「うん、まぁ…客観的に言えばそうかもしれない」

 

「ちょっと! なのはストーカーじゃないもん、普通だもん!」

 

「と、犯人は意味不明なことをのたまっており…」

 

「だーかーらー!」

 

目の前の快人となのはのじゃれ合いを見ながら、ヴィータは思案する。

なのはからは既に蒐集を行っており、快人には魔力資質はない。

ここで相手をしても時間の無駄だ。

そうなれば、ここはすぐにでも離脱するのが最良だが、管理局はともかく、黄金聖闘士(ゴールドセイント)は一筋縄ではいきそうにない。

事実、バカな漫才を展開している今も、快人の注意はこちらから全く離れていないのだ。

そうなれば、多少の戦闘は覚悟しなければならないだろう。

ヴィータは側にいるアルデバランに小声で話しかけた。

 

「あいつらに構ってる暇はアタシらにはない。

 さっさと巻いて逃げるから、あの蟹座(キャンサー)を…」

 

「…」

 

「…アルデバラン?」

 

その時、ヴィータはアルデバランの様子がおかしいことに気付いた。

目が血走り、何か痛みに耐えるようにアルデバランは小刻みに震えている。

その時、アルデバランは襲い来る頭痛に耐えていた。

 

 

ズキン、ズキン、ズキン、ズキン――!

 

 

(こんな時に頭痛!? しかもこの痛みは!?)

 

普通ではない激痛に、意識が揺れる。

それを自覚したアルデバランは心の中で己を叱咤した。

 

(はやてを救うため、俺はこんなところでは立ち止まれないのだ!

 こんな痛み、何だと言うのだ!

 それよりも俺ははやてのために蟹座(キャンサー)を、蟹座(キャンサー)を…)

 

 

ズキン、ズキン――

 

 

ゆっくりと頭痛が引いていく。

同時に、アルデバランの思考が一つに纏まっていく。

 

(そうだ、はやてのために俺は蟹座(キャンサー)を…!)

 

そして、カチリとまるで欠けたピースでもはまるように自身のするべきことを纏めた瞬間、頭痛は嘘のように消え去った。

そして…。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

アルデバランは雄叫びと共に飛び出した!

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

アルデバランの様子がおかしいことに、なのはとじゃれ合いながらも快人は気付いていた。

それというのも、纏う小宇宙(コスモ)が完全に戦闘時のそれだったからだ。

とはいえ、快人はまだ戦闘にはなると思っていなかった。

相手とてこちらとは戦いたくは無いはず。

戦うとしてもけん制の攻撃を仕掛け、逃げに徹するだろうという読みがあったのだ。

少なくとも、ここで本気の戦いを行うことは無い。

そう、読んでいたのだが…。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「!? なのは!?」

 

「ひゃっ!?」

 

突然向かってきたアルデバランに、快人は咄嗟になのはを突き飛ばしその距離を離す。

だが、その代償として快人はアルデバランを突進をもろに受けてしまった。

 

「がぁ!?」

 

「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

アルデバランはそのまま快人を押しながら地面へ降下…いや、墜落していく。

 

 

ドグォォォン!!

 

 

そして、轟音と共に地面へと衝突していった。

地面への衝突で発生した土埃がもうもうと舞い、2人がどうなっているのか見えない。

 

「快人くん!?」

 

「アルデバラン!!?」

 

なのはとヴィータがお互いのパートナーの名を呼ぶと、風が吹き土埃が吹き飛ぶ。

そこにあったのは小規模なクレーターだ。

そしてその中心では快人とアルデバランが互いの手を合わせ押し合い、力比べの体勢で組み合っている。

 

「て、めぇ…クソ牛ぃ!」

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

アルデバランの雄叫びと共に、快人の足元の地面がボコンと陥没した。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)最強のパワーを誇る牡牛座(タウラス)に、単純な力比べで快人に勝ち目はない。

 

「な…めんなぁぁぁ!!」

 

「ぐ!?」

 

快人は身体を捻り、右の蹴りをアルデバランに叩き込むとその反動を利用して強引に距離を離した。

正面から向き合う蟹座(キャンサー)牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)

快人はアルデバランから強烈なまでの明確な意志…『殺気』を感じていた。

 

「クソ牛、てめぇ…随分殺る気満々じゃねぇか…」

 

「…」

 

快人の言葉に答えず、アルデバランはゆっくりと腕を組む。

 

「快人くん!」

 

「来るな、なのは!!」

 

ただならぬ気配に快人の元にやってこようとしていたなのはを、快人は怒鳴って止めた。

 

「なのは、もっと離れろ! 絶対に俺がいいって言うまで近付くんじゃねぇ!!」

 

快人の普通とは違う雰囲気の声に、なのはは慌てて近付くのをやめて距離を取る。

 

「なんだよこれ…嘘だろ、アルデバラン…?」

 

ヴィータはアルデバランの放つ強烈な殺気に呆然としていた。

あの温厚でいつでも優しいアルデバランが、こんな殺気を放つなど、ヴィータには信じられなかった。

 

「おいおい、赤いものでも見て興奮でもしちまったのか、クソ牛?」

 

「…」

 

快人の言葉にアルデバランは答えず、ただただ変わらず濃密な殺気と小宇宙(コスモ)を放つ。

その様子に、快人は完全に思考を戦闘用に切り替えた。

今までのように様子見や適当に流す戦いではやっていられない。

こちらも本気の戦いでないと瞬殺されてしまう。

 

「クソ牛、焼き方を選ばせてやるっていったが、ありゃ嘘だ。

 お前の焼き加減は…消し炭で決定だ!」

 

蟹座(キャンサー)…殺す!!」

 

そして蟹座(キャンサー)牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)は三度目の戦いを始める。

それは黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士の本気のぶつかり合い。

その後に立つのはどちらか?

いや、それ以前に…立っている者などいるのだろうか?

 

「「おおおぉぉぉぉ!!」」

 

空を裂き、大地を震わせながら2人は同時に地面を蹴った…。

 

 




今回はリアルの方で、生粋の聖闘士のセージとアルバフィカが聖闘士でないものに聖衣渡す訳が無い、という感想をもらったのでその辺りを説明する話です。
セージさん、この作品では聖戦も無くバカ孫の快人に頭を悩ませ、なのはを可愛がるいいおじいちゃんです。
…このなのはとフェイトは勝ち組すぎる。

そして早速の猫姉妹の正体バレ。

次回は蟹と牛の大惨事大戦(誤字にあらず)です。


追伸:Ωで牡牛座の黄金聖闘士ハービンジャー、登場!
   骨の砕ける音が好きだったり、金牛宮に骨が散乱してたり…何このデスマスク臭!?
   シャドーホーンなる新技(?)も登場、無論伝家の宝刀『グレートホーン』は健在となかなか。
   どうもいい人らしいし一安心です。
   
   もっとも私の今回の最大の関心はOPに登場してた新蟹座と新双子座。
   蟹座は普通にイケメンで双子座は…女性ッぽい!?
   これは初の女性黄金聖闘士は双子座だろうか…。


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第29話 蟹、牡牛と全力でぶつかる

蟹VS牛の大惨事大戦勃発。
確実に地形が変わります。


 

砂漠の砂が、衝撃で巻き上げられる。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

「…」

 

シュウトとローブの男が互いに拳を打ち合い、巻き起こる衝撃波が辺りを揺らしていた。

シュウトの光速の攻撃に、ローブの男は一歩も引かず拳と蹴りを繰り出す。

 

 

ゴッ!

 

 

シュウトとローブの男が互いの拳を正面から打ち合わせた。

ギリギリと互いに力を込めるが両者一歩も引かず、互角と感じた2人は同時に後ろへ大きく跳び距離を離す。

 

「なかなかやりますね…」

 

「…」

 

シュウトの言葉にローブの男は無言だ。

その不気味さ、そして戦闘力にシュウトはツゥっと嫌な汗が垂れるのを感じる。

小宇宙(コスモ)の強大さはもとより、純粋な技術でもローブの男はかなりのレベルだ。

シュウトは黒い薔薇を取り出すと、小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

無数の噛み砕く黒薔薇が放たれる。

ローブの男は迫り来る黒薔薇を避けながら動きまわり、黒薔薇を全て叩き落とすと着地する。

だが、それを見てシュウトは笑った。

 

「かかった!」

 

ローブの男の降り立った場所にはいつの間にか赤い薔薇と白い薔薇が咲いていた。

シュウトの仕掛けたデモンローズとブラッディローズの陣である。

 

「あなたが何者かは知らないが感覚を狂わせるデモンローズの香気に晒されながらブラッディローズは避けれないでしょう。

 これで、大人しくしてもらう!

 ブラッディローズ!」

 

デモンローズの香気に晒されれば、いかな黄金聖闘士(ゴールドセイント)とて無事ではいられない。

殺す気はないため毒は麻痺する程度に弱めてあるが、それでもまともには動けないだろう。

地面から放たれたシュウトのブラッディローズはローブの男の両手両足に突き刺さるはずだった。

だが…。

 

「何っ!?」

 

ローブの男はデモンローズの香気の中でありながら、極至近距離から放たれたブラッディローズを全て拳で撃ち落としたのだ。

驚愕に目を見開くシュウトに向かって、ローブの男は一気に距離を詰めて拳を振るう。

その拳はシュウトの顔面を直撃し、シュウトは宙へと吹き飛ばされる。

 

「舐めるなぁぁぁ!!」

 

シュウトは空中でバランスを取ると青い薔薇を取り出した。

小宇宙(コスモ)の高まりと共に、急速に気温が下がっていく。

 

「ブリザードローズ!!」

 

空中からローブの男に向かって冷気が集中していく。

そして砂漠に青い氷の薔薇が咲いた。

 

「やったか?」

 

広域への凍結攻撃だ。避けられた様子は無いし、シュウトは勝利を確信する。

だがその瞬間、シュウトは背筋に凄まじい悪寒が走るのを感じた。

何故なら、攻撃的な小宇宙(コスモ)を背後から感じたからだ。

 

「まさか!?」

 

慌てて振り返れば、そこにはあのローブの男が手を掲げていた。

ローブの男から攻撃的な小宇宙(コスモ)が衝撃波となってシュウトを襲う。

 

「ぐっ!?」

 

シュウトは腕をクロスさせてその攻撃をガードするが、その勢いのまま自分の作りだした氷の薔薇を砕くように地面へと着地した。

 

「く…!?」

 

すぐに空を見上げるシュウトの視線の先には、悠然と宙に浮かぶローブの男の姿があった。

ブリザードローズは間違いなく発動し、シュウトの目を持ってしてもローブの男がそこから離脱することは確認できなかったし、あまつさえ背後をとられるような動きを見逃すはずが無い。

となれば答えは一つ…。

 

「テレポーテーション…」

 

テレポーテーションによりブリザードローズを回避し、シュウトの背後をとったとしか考えられない。

そうなれば先のデモンローズの香気が効いていない理由も、強力なサイコキネシスか何かでバリアのように香気を防いでいたのだろうと納得できる。

そして、それだけのことが出来る星座と言えば…。

 

牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)…」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)中最強の超能力を誇る牡羊座(アリエス)か、それに次ぐレベルの超能力を持つ乙女座(バルゴ)かというところだ。

双方とも攻防優れた星座であり、勝とうと思うなら命を賭けなければならないだろう。

さらに予想通り牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)だとしたら、全てを跳ね返す『クリスタルウォール』に攻防一体の技『カーン』など、その防御を抜くことは容易ではない。

 

「…」

 

シュウトは一度大きく息を付き呼吸を整えると、最大にまで小宇宙(コスモ)を高め始める。

だが、そんなシュウトの前でローブの男は構えを解いた。

 

「…どういうつもりですか?」

 

「何、俺の役目は終わったということだ…」

 

ローブの男の物言いにシュウトは一瞬だけ首を傾げるがすぐにその意味に気付いた。

 

「あああぁぁぁぁぁ!?」

 

「!? フェイトぉぉぉ!!」

 

フェイトの絶叫に、シュウトは駆けだすのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁ!」

 

「たぁ!」

 

砂漠地帯の上空に黒と赤の閃光が駆ける。

縦横無尽に動き回りぶつかり合うフェイトとシグナムは、互いのデバイスを打ち合いながら火花を散らした。

 

「さらに出来るようになったな、テスタロッサ!」

 

「あなたに勝つにはこのぐらいしないと…!」

 

シグナムはレヴァンティンを連結刃へと変形させた。

刃の鋭さと鞭の変幻自在な動きを、フェイトは得意の高速機動で避けながらハーケンを放つ。

互いに戦いながら、2人は決定打が無いことに気付いていた。

 

(テスタロッサのスピードは小宇宙(コスモ)の力もあり、すでに私を大きく凌駕している。

 しかも、聖衣(クロス)が存在するため防御力も異常だ。

 こうなれば聖衣(クロス)の無い部分に大火力を当て墜とすしかないが…当てれるか、シュツルムファルケン?)

 

(やっぱりシグナムは強い。

 クロスレンジもミドルレンジも圧倒されてる…小宇宙(コスモ)がこれだけ聖衣(クロス)で増幅されてるのに喰らい付かれるなんて、それだけテクニックで水を開けられてる証拠だ。

 スピードでごまかせてるけど、このままじゃそのうち墜とされる。

 聖衣全展開(クロスフルオープン)…やるべきなのかもしれない…)

 

2人は一歩も引かず、切り札を切るかどうか心の中で葛藤する。

だからこそ、2人は気付いていなかった。

2人の様子を探る第三者の存在に…。

 

「「!?」」

 

腕がフェイトの胸を貫いていた。

シグナムはもちろん、フェイトも自身に何が起こったのか分からなかった。

フェイトを貫く腕がフェイトから光り輝く何かを抜き取る。

それはフェイトのリンカーコアだ。

以前シャマルがなのはに行った攻撃と同じものである。

それを、いつの間にかフェイトの後ろに回り込んでいた仮面の男がやったのだ。

 

「あああぁぁぁぁぁ!?」

 

身体の中をまさぐられる不快な感覚とおぞましさにフェイトが悲鳴を上げる。

 

「貴様!?」

 

一騎打ちを横から邪魔されシグナムは激昂するが、仮面の男はそんなシグナムへと言い放つ。

 

「さぁ、奪え。 この魔力で闇の書の完成はまた近付く。

 お前たちに迷う選択肢はあるまい?

 それにあまり時間も無い。 早くしなければあの怒り狂った魚座(ピスケス)とぶつかることになるぞ」

 

「くっ…!」

 

騎士として一騎打ちを汚されたことは腹立たしいが、仮面の男の言っていることは事実だ。

見れば怒りの形相のシュウトがこちらに来ようとしているのを、あのローブの男が防いでいる。

 

「…わかった。 すまん、テスタロッサ」

 

シグナムは気を失ったフェイトにそう詫びて、フェイトの魔力を蒐集する。

 

「フェイトぉぉぉ!?」

 

そして用は終わったとばかりに投げ出されたフェイトの身体を、ローブの男に邪魔されながらもたどり着いたシュウトが抱き止めた。

 

「フェイト! フェイトォ!!」

 

「安心しろ、死んではいない…」

 

仮面の男の言うようにフェイトの呼吸は正常、外傷もかすり傷だけ。

以前のなのはと同じ状態である。

 

「では、我々はこれで行かせてもらおう」

 

「…待て」

 

引き際と見た仮面の男とローブの男、そしてシグナムが何処かへと転送の準備に入った。

シュウトはそれを邪魔するでもなく、気を失ったフェイトを抱きしめながらポツリと呟く。

 

「お前らは今、フェイトに手を出したんだ。

 覚えておけ。 お前らの企みは必ず潰す。

 このことがどれだけ高くつくか、必ず思い知らせてやる!」

 

シュウトの静かな怒りに大気が震える。

 

「…ふん」

 

仮面の男はそんなシュウトを無視して転移するが、その姿には若干の恐れが含まれていた。

ローブの男も何も言わずに消えていく。

 

「…テスタロッサが目覚めたら伝えてくれ。

 決着はまたいずれ、と」

 

最後にそれだけ名残惜しそうに言うとシグナムも消えていく。

そして、それを待っていたかのようなタイミングで空中に通信ウィンドウが開いた。

 

『シュウトくん、聞こえる!?』

 

「エイミィさん!」

 

『突然ジャミングが展開されてそっちの様子がわからなくなったけど、どうしたの!?』

 

「フェイトが…やられました。

 この間のなのはちゃんと同じ状態、リンカーコアを蒐集されてます。

 すぐに転送をお願いします」

 

『わかった、すぐに準備するけど…怪我とかはない?』

 

「ええ、ボクもフェイトも特に大きなのは…」

 

『よかったぁ…快人くんみたいになってたらどうしようかと…』

 

シュウトとフェイトの無事に、ついポロリとエイミィは零してしまった。

その瞬間、エイミィは『ヤバッ』という顔をする。

 

「まさか…兄さんに何かあったんですか!?」

 

『う、うん。実は…』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

「おおおぉぉぉぉ!!」

 

広大な森林地帯を舞台に、2人の黄金の闘士がぶつかり合う。

その攻撃は互いに聖闘士(セイント)として最高峰の一撃。2人がぶつかり合うたびに、地形が変わっていく。

観戦するなのはとヴィータにとっては最早理解すら超えた戦いだ。

それだけ2人が本気だと言うことが窺えるが、だからこそなのはは不安を隠せなかった。

それというのも、なのははセージたちから『黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士が本気で戦ったらどうなるのか?』を聞いているからである。

その結末は一般的には双方消滅か、永久の千日手である『千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)』かのどちらかだと言われているのだ。

 

「快人くん…」

 

なのはの不安をよそに、快人たちの戦いはさらに加速していく。

 

「おらららららぁぁぁ!!」

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

顔面・胸・腹と目にも止まらぬ速さで繰り出された快人の拳がアルデバランに直撃するが、アルデバランはそのまま大きく振りかぶった右拳を快人へと叩きつける。

何とか防御に成功する快人だが、大きく吹き飛ばされギリギリのところでバランスをとると着地した。

 

「ちぃ…このバカ力が…」

 

快人は毒づきながら、口に残る血を唾と共に吐きだす。

快人は予想を遥かに超えるアルデバランのタフさとパワーに舌を巻いていた。

 

(こっちが3発叩き込んでも、あっちのガードの上からの1発のダメージにも届いてねぇ…。

 こんなダメージゲーム続けてたら確実にこっちが先に沈むぞ)

 

弱みは見せないようにしているが、すでに快人の両手は痺れが来ている。

このままではそう遠くないうちにガードが崩されるだろう。

早々に技を叩き込み相手を沈めるしかない。

 

「ついてこれるか、クソ牛!!」

 

快人は迫り来るアルデバランの拳を避けると、アルデバランを中心に円を描くように廻り始める。

余りの速さに、快人の姿が何人にも増えた様に見えた。高速移動でアルデバランをかく乱するつもりだったのだろう。

だが、アルデバランには快人かどこにいるのか見えたらしい。

一直線に快人へと向かい、その剛腕を振り下ろす。

 

「ちぃ!?」

 

最強の黄金聖衣(ゴールドクロス)同士がかち合う音がして、快人が吹き飛ばされた。

だが、着地した快人はニィっと笑う。

 

「かかったな、クソ牛!」

 

「!?」

 

その瞬間、アルデバランの周囲に無数の蒼い鬼火が浮かび上がった。

 

「俺が何の考えなしにグルグル回ってるわけねぇだろ。

 お前の周囲にくまなく鬼火を配置させてもらった。

 これが一気に爆発すりゃ、さすがのお前も無事じゃいられねぇだろ。

 全方位からの爆発でこげ肉になりやがれ!! 積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

快人がパチンと指を鳴らすと、アルデバランの周囲の無数の蒼い鬼火が一斉に爆発する。

如何にタフなアルデバランでも、これだけの数の魂に直接ダメージを与える積尸気(せきしき)の炎を受けては普通に考えれば無事に済むはずはなかった。

だが、アルデバランも最強の闘士の1人。

『普通』などではないのだ。

 

「グレートホーン!!」

 

「なにぃ!?」

 

なんとアルデバランは天高く空に向かってグレートホーンを放った。

強大な小宇宙(コスモ)の衝撃波によって発生した空気の壁が、積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)の爆発を上へと受け流し、バリアの役目を果たしたのだ。

そしてその瞬間、アルデバランは駆けだす。

その突進はまさに猛牛の突撃。

巨体が蒼い炎を引き裂き、瞬きの間も無く快人へと肉薄する。

そしてその渾身の右拳が快人へと叩き込まれた。

 

「がはっ!?」

 

「快人くん!?」

 

胸へのその一撃は黄金聖衣(ゴールドクロス)の防御で止まらず、衝撃が快人の内臓へと響く。

血の混じった息を吐きだした快人になのはが悲鳴を上げた。

だが、快人はそのまま両手でアルデバランの右腕を掴む。

 

「この右腕…もらうぞ!」

 

そう言って快人は足でアルデバランの右腕に飛び付くと、その両足に小宇宙(コスモ)を込めながら身体を捻った。

 

蟹爪(アクベンス)!!」

 

蟹座(キャンサー)の極近接奥義『蟹爪(アクベンス)』が極まった。

黄金聖衣(ゴールドクロス)の防御力のため切断はできないが、それでも骨を粉々に砕くには十分すぎる威力がある。

 

 

ボギッ!!

 

 

「うぐぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「あ、アルデバラン!?」

 

骨の砕ける鈍い音とアルデバランの絶叫に、今度はヴィータが悲鳴を上げた。

だが…。

 

蟹座(キャンサー)ァァァ!!」

 

「!?」

 

自身の腕を折られたというのに、アルデバランの小宇宙(コスモ)と殺気はまったく衰えない。

血走った目のまま、アルデバランは折れた右腕を持ちあげる。

そしてそれを快人ごと地面へと叩きつけた!

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!?」

 

クレーターができる勢いで快人が背中から叩きつけられる。

だが、快人には痛みに構う余裕などなかった。

何故なら、アルデバランから明らかに危険な小宇宙(コスモ)の高まりを感じたからだ。

 

「ヤバい!?」

 

そう思った時にはもう遅い。

快人を叩きつけたアルデバランの右手から光があふれる。

それは踏み荒らす巨人の如き、大地を蹂躙する一撃。

牡牛座(タウラス)必殺の奥義。

 

「タイタンズ・ノヴァ!!」

 

大地を砕く輝きが、世界を染めた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「嘘…」

 

なのはのその呟きはこの戦いを見ていた者全ての言葉だっただろう。

なのはたちの眼下に広がっていた森林が…無くなっていた。

数キロ四方に渡って大地が返され、森林は荒れ地へとその姿を変えたのだ。

そしてその中心に立つのは、肩で息をし右腕を押さえたアルデバランのみ。

 

「あ、ああ…」

 

なのはは気が遠くなっていくのを感じた。

快人の姿は眼前にはない。

そうなればその身体は…あの返された大地の底にあることになる。

それが意味することはすなわち『快人の死』だった。

まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃に、気が遠くなっていく。

一方のヴィータも目の前の光景に、なのはと同じく大きな衝撃を受けていた。

 

「何で…何でだよアルデバラン…!」

 

アルデバランのしたことが信じられない。

大地を返すほどの力のことではない。

あの彼が、自分たちとの誓いを破ったことが信じられなかったのだ。

なのはとヴィータは方向性は違えど、『快人の死』を感じていた。

だが…。

 

「!?」

 

肩で息をしていたアルデバランが、突如として周囲を見渡す。

同時に、なのはも感じた。

とてもよく知る、強大な小宇宙(コスモ)を!

 

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)!!」

 

「うぐぁぁぁぁぁぁ!!」

 

地中から蒼い巨大な火球が飛び出し、アルデバランに直撃して大爆発を起こす。

その爆発によってアルデバランは頭から地面へと叩きつけられていた。

 

「だりゃぁぁぁ!!」

 

そして、土砂を吹き飛ばし地上へと飛び出して来る黄金の人影。

 

「快人くん!!」

 

その姿を認めたなのはが、涙を浮かべながらその名を呼んだ。

だが、快人はその言葉には答えず、降り立った土砂の上に片膝を付く。

 

「ぐ…うぅぅ…」

 

快人はボロボロであった。頭から血を流し、口から血を流している。

もっとも、牡牛座(タウラス)必殺奥義である『タイタンズ・ノヴァ』を受けてこの状態なのだからこれは奇跡的だ。

直撃ならば如何に蟹座聖衣(キャンサークロス)に守られてると言っても、瀕死の重傷は免れなかっただろう。それが何とかなっているのは、快人が直前でアルデバランの折れた右腕を蹴り上げ、放たれるタイタンズ・ノヴァのエネルギーを逸らしたからに他ならない。

 

「直撃を避けてこれかよ…ほとほとバカ力だな。

 だが…これで…」

 

今の快人の技の中で一番破壊力のある積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)が直撃したのだ。

いくらなんでも、もう動けまい…そう快人は考えたのだが…。

 

「ぐ、うぅぅぅ!」

 

何とアルデバランは起き上がった。

ゆっくりと身体を起こすが立ち上がりきれず、快人と同じく片膝を付く。

だが、快人への相変わらずの殺気は変わってはいない。

その様子に、快人はため息まじりに呟いた。

 

「おいおい、まだやるつもりかよ…」

 

蟹座(キャンサー)ァァ…」

 

アルデバランの無事な左手に小宇宙(コスモ)が集まっていく。

明らかにグレートホーンの発射態勢だ。

快人も、右手に小宇宙(コスモ)を集中させ、その手に蒼い炎が生まれる。

 

「そう言うつもりならとことんやってやるよ、クソ牛!」

 

蟹座(キャンサー)ァァ!!」

 

2人が片膝のまま互いの技を放とうとしたその時だった。

 

「やめてぇぇぇぇ!!」

 

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

今まで観戦していたなのはとヴィータが飛び出した。

なのはは片膝の快人の正面から、ぶつかるように抱きつくと快人を止める。

 

「なのは、どけ!」

 

「もうやめて! 快人くん大怪我してるんだよ!

 これ以上やったら本当に死んじゃうよぉ!!」

 

なのはの涙交じりの声。

なのはの泣きながらの言葉に、快人の戦闘用だった思考がゆっくりとクールダウンしていく。

一方のヴィータはアルデバランへと近付くと、手にしたグラーフアイゼンをその横っ面に思いっきり叩きつけた。

アルデバランの聖衣(クロス)のヘッドパーツが衝撃で地面に落ちる。

 

「何をするヴィータ!!」

 

「何するって、そりゃこっちの台詞だ!!

 アタシらは騎士の、お前は聖闘士(セイント)の誇りに賭けて誓ったはずだ!

 主の未来を汚さないために絶対に殺しだけはしない、ってな!!

 なのに何だよ、今の殺気は!

 完全にあいつを殺す気満々だったじゃねぇか!!

 私たちとの約束は! あの時の誓いは! 一体どこに行ったんだよ、アルデバラン!!」

 

「!?」

 

その言葉にアルデバランはハッとしたように表情を変え、そして痛みに耐えるように顔をしかめ頭を押さえる。

 

「大丈夫なのか、アルデバラン?」

 

「…ああ、お前のキツイ気付けのおかげで少し落ち着いた。

 礼を言うよ」

 

「そう言うならあとでアイスを買ってくれよ」

 

「ははは、ハーゲンダッツを奢るよ」

 

アルデバランは落ちたヘッドパーツをかぶり直すとゆっくりと立ち上がった。

快人もなのはを放して立ち上がる。

 

「すまんな、蟹座(キャンサー)。 お前の顔を見たら感情の昂ぶりが押さえられなかった」

 

「精神修行が足りてねぇな、クソ牛」

 

「かもしれん…。 次はまともな形で決着をつけたいものだ」

 

それだけ言うと、アルデバランとヴィータは空へと浮かび上がる。

 

「アタシらは行くぜ。 今日はもう戦う気分じゃないからな」

 

「なのはもそんな気分じゃないよ。

 でも…次はお話聞かせてもらうからね、ヴィータちゃん」

 

「…ほんとしつこいな、お前」

 

それだけ言うと、アルデバランとヴィータは何処かへと飛び去っていった。

 

「…行ったらしいな」

 

それだけ快人は呟くと、蟹座聖衣(キャンサークロス)が光と共に快人から外れオブジェ形態へと変形した。

 

「ぐっ…」

 

「快人くん!?」

 

倒れそうになった快人を慌ててなのはが支える。

そして、快人は自分の真央点を突いて止血を施した。

 

「派手にやられたな…。

 悪ぃ、なのは。 しばらく寝るから、あとよろしく…」

 

それだけ言うと、スイッチが切れるように快人は気を失う。

 

「か、快人くん! 快人くん!!」

 

なのはが快人の身体を支えてみれば、その手がべっとりと赤く染まる。

快人は戦闘中に弱みを見せないよう小宇宙(コスモ)で血流を操作し平然としていたが、実はかなりの大怪我を負っていたと知り、なのはは真っ青になった。

 

「エイミィさん! エイミィさん!!」

 

『ジャミングが解除された!?

なのはちゃん、やっと繋がった! 今そっちはどうなってるの!?』

 

「エイミィさん! 快人くんが大怪我を!! 早く、早く助けて!!」

 

『分かった! すぐ転送するから!!』

 

なのはの切羽詰まった声に、エイミィは即座に端末を操作するのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「…知らない天井だ」

 

「そんなバカ言えるんなら、心配はなさそうだね。 兄さん」

 

目覚めた快人の言葉は、シュウトの辛辣な一言で出迎えられた。

ゆっくりと快人が身を起こそうとすると、温かいものが腕に触れている事に気付く。

見れば、なのはが快人のベッドサイドの椅子に座り、ベッドに突っ伏す様にして眠っていた。

その手は快人の右手をしっかりと握りしめている。

 

「なのは…」

 

ここはアースラの医務室だ。

改装が終わって地球へ向けて航行中だったアースラが丁度近い位置にいたため、快人を回収したそうだ。

 

「なのはちゃんに感謝したほうがいいよ、兄さん。

 ずっと兄さんの隣で看病してくれてたんだから」

 

「ああ、世話になっちまったみたいだな。

 お前も俺の目が覚めるのを待っててくれたのか?」

 

「まさか。

 兄さんがあの程度で死なないことは知ってるから心配なんて無駄なことしてなかったよ。

 ボクはフェイトの方の看病さ」

 

そう言ってシュウトは顎で隣のベッドを指す。

そこにはフェイトが横になっていた。

 

「弟よ、ちょっくら兄弟愛について語り合いたいんだが。 主に拳で。

 少しぐらい心配してもバチは当たらないと思うぞ」

 

快人は苦笑しながらそうこぼす。

 

「で、状況は?」

 

「ボクの方は例のローブの男と交戦、フェイトは仮面の男のせいで蒐集されまんまと逃げられたよ。

 兄さんの方も、あのあとアルデバランたちと仮面の男が接触。 ジャミングを展開させて管理局の追跡を振り切ったってさ」

 

「…やってくれやがるな、連中」

 

「…正体が分かったら、あいつらには必ず報いを受けてもらう。

 必ず、ね」

 

快人にはフェイトを傷つけられ、シュウトが本気でキレているのが分かった。

いつもは落ち着いた風のシュウトだが、ことフェイトが絡むとキレやすい一面をよく知る快人は苦笑するしかない。

 

(あの猫女ども、えらいことになるだろうな…)

 

快人は心の中でリーゼ姉妹に合掌する。

 

「それよりシュウト、あのローブの男については何か分かったか?」

 

「ああ、それなんだけど…」

 

そこまでシュウトが話した時、なのはとフェイトがまるで示し合わせたかのようにもぞもぞと身体を動かすと目を覚ました。

 

「よう。 おはよう、なのは」

 

「快人くん!?

 怪我は? 怪我は大丈夫なの!?

 痛いところない!?」

 

「ああ、大丈夫だ。 心配かけたな、なのは」

 

快人の言葉に、なのははホッと息をなで下ろす。

一方のシュウトとフェイトも互いの無事を確認しあっていた。

 

「フェイト、よかった…」

 

「シュウ…? 私…やられて…」

 

「…ごめん、守れなくて」

 

「ううん、いいの。

 それに倒れた私にずっと小宇宙(コスモ)を与えてくれてたんでしょ?

 凄く優しくて温かいものを感じる…。 シュウが私を大切に思ってくれてるのが分かるよ。

 ありがとう、シュウ」

 

「フェイト…」

 

そう言ってシュウトとフェイトは柔らかに見つめ合い、辺りに甘ったるい雰囲気が形成された。

 

「おーい、2人とも。 頼むからイチャつくのは後にしてくれ。

 俺となのはの居場所がどこにもなくなるから」

 

「にゃはは…」

 

快人はゲンナリとした風に言い、なのはは苦笑いする。

そして、落ち着きを取り戻したシュウトとフェイトと共に、現状の話を始めた。

なのはとフェイトに状況を話し、遂に話題はあのローブの男の話となる。

 

「だからボクは、相手の星座は牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)だと思うんだ」

 

「なるほど…」

 

シュウトからの説明を受けた快人は大きく頷く。

そんな快人になのはは疑問を投げかけた。

 

「ねぇ快人くん、その牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)ってどういう特性の黄金聖闘士(ゴールドセイント)なの?」

 

「…よろしい、じゃあ、少し俺が講義してやるよ。

 題して『猿やなのはでも分かる黄金聖闘士(ゴールドセイント)講座』!

 パフパフ、ドンドンドンドン!」

 

「なにそれ!? 『猿やなのはでも分かる』ってどういうこと!?」

 

なのはの抗議の言葉を華麗にスルーすると、快人は黄金聖闘士(ゴールドセイント)講座を始めた。

 

「まず牡羊座(アリエス)だが…これは最強の超能力を誇る星座だ。

 サイコキネシスからテレポーテーションなんでもござれ。

 お前ら魔導士風に言うと、『詠唱・予備動作なしで強力な転移やバインドを無限に使う』って言ったら無茶苦茶さが分かるか?」

 

「…もの凄く無茶苦茶だっていうのは分かったの」

 

「さらに黄金聖闘士(ゴールドセイント)の技さえ跳ね返す防御技『クリスタルウォール』、小宇宙(コスモ)の波動によって相手を対消滅させる『スターライト・エクスティンクション』、そして最終奥義である『スターダスト・レボリューション』と攻防に隙のないバランスが特徴とも言える星座だな」

 

「…強敵だね」

 

「まぁ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)だからね。

 ボクらを含め、誰一人として容易いやつなんていないよ」

 

そう言って牡羊座(アリエス)の説明を締めくくる。

 

「次は乙女座(バルゴ)だが…途方も無くヤバい星座だ。

 恐らく純粋な小宇宙(コスモ)の量なら黄金聖闘士(ゴールドセイント)中最高。

 この星座を極めたヤツは『もっとも神に近い』とまで言われる」

 

「正直、どの『神』と比べてるのかボクにはよく分からないけどね」

 

「チェーンソーで真っ二つになってくれる『神』にもっとも近いなら、敵となればこっちとしてはありがたかったんだがな…。

 話を戻すが、乙女座(バルゴ)の戦闘能力は凶悪の一言に尽きる。

 事実、黄金聖闘士(ゴールドセイント)3人を相手に1人であわや完勝ってところにまで追い詰めたからな」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の3対1で!?」

 

フェイトの驚きの声に、さもありなんと快人は続ける。

 

乙女座(バルゴ)の技は精神・感覚にダメージが来るものも多い。

 さらに幻術の類も大得意。

 幻術で惑わし疲弊させ、感覚剥奪で相手を破壊すれば相手が大人数だろうと立ち回れるんだ。

 さらに超能力に関しても牡羊座(アリエス)に次ぐレベル。

 ここまでくれば反則もいいところだな」

 

「快人くんやシュウトくんより強いの?」

 

「…黄金聖闘士(ゴールドセイント)は全員、方向性が違うだけである意味人間のたどり着ける極致にたどり着いたやつらだ。

 俺やシュウトだってその一人。本気で戦うなら負ける気はないよ。

 だが、本音を言えば戦いたくはないな…」

 

「どう考えても命懸けになるからね。

 いくらボクも兄さんでも、無事ではすまないよ」

 

「「…」」

 

快人とシュウトにここまで言わしめる存在…なのはとフェイトは改めて黄金聖闘士(ゴールドセイント)の凄さと、それが敵にいるということの恐ろしさを知ったのだった。

 

 

 

 

「…」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)講座も終わり、なのはたちの帰った病室で快人は天井を見上げながら無言で考え事をしていた。

大きな外傷のないフェイトは目が覚めて検査が終わるとすぐに退院ということになったが快人はそうはいかない。

聖闘士(セイント)小宇宙(コスモ)を循環させることで肉体の回復力を高めることが可能で、それと回復魔法が合わされば通常の何十倍もの回復力を発揮できる。

本局の魔導士の回復魔法は優秀だったらしく、おかげで快人はすでに動き回れるくらいに回復していた。

だが、普通なら死んでいるレベルの大怪我を負っていたため、大事をとって今日一日は入院ということになったのだ。

ベッドに寝転がりながら、快人は深く思案をする。

その内容はあのローブの男についてだ。

 

牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)…ヤツの星座は本当にそうなのか?)

 

シュウトの言うことにも一理ある。

デモンローズの香気を防ぐような超能力は牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)くらいしか考えられない。

さらに高精度のテレポーテーションを行うことも考えれば、その判断は妥当である。

だが…。

 

(牛のあの様子…まさか、『あの技』じゃねぇだろうな?)

 

快人の懸念、それはアルデバランの様子である。

アルデバランは今までとは違う殺気を放ってきた。

あれがもし『あの技』の影響だとしたら…?

そこまで考えて快人は首を振った。

 

(いや、よしんば『あの技』だったとしても牡羊座(アリエス)でも条件を突破できる可能性はある。

 それにテレポーテーションは『技』で代用可能としても、デモンローズの香気を防ぐような超能力は牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)クラスでないとあり得ない…)

 

そこまで考えて、快人はハタッと気付いた。

もしかしたら自分もシュウトも、一番最初の前提条件で間違っていたのではないか?

シュウトはアレだけ拳を交え戦った。

だが、それでも…。

 

(あのローブの男…ヤツはそこに本当に『存在しているのか』?)

 

もし…快人のこの仮説がすべて正しいとしたら、とんでもないことになる。

それが示すのはローブの男の正体が『アレ』だということなのだから。

 

「…最悪を考えて、じいさんに『あの技』について聞くしかねぇな」

 

快人はため息をつくと目を瞑り、寝に入った。

睡魔に捕らわれる寸前、快人は柄にも無くどこかの女神様に祈りの言葉を吐く。

 

「どうか俺の予想が当たりませんように…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

八神家のリビングで、大悟にかざしていたシャマルの手から暖かな光が消える。

 

「はい、これで治療は完了したわ。

 それにしても…相変わらず聖闘士(セイント)の回復力はすごいわねぇ。

 本来なら死ぬかもしれない大怪我だったのに、もう表面上は回復してるんだから」

 

「ありがとう、シャマル」

 

そう大悟は答えてシャツを着るが、その際折られた右手へ鈍い痛みを感じて顔をしかめた。

 

「いくら骨が繋がったとはいえ、しばらくは痛みがでるはずよ。

 全身の傷だって決して軽くは無いんだから、無理はしないようにね」

 

「ああ…と言いたいが蟹座(キャンサー)とやりあうなら無理は承知でなければ戦えない。

 それまでは、シャマルの言う通り大人しくしているつもりだ」

 

「しかし…ヴィータから聞いたのだが、蟹座(キャンサー)と殺し合いをやったそうだな」

 

ザフィーラの視線の先にはハーゲンダッツを食いながらアニメを鑑賞するヴィータの姿がある。

 

「大悟、殺しをしては主はやての未来が黒く変わってしまう。

 主はやてに歩んで欲しいのは輝かしい白き未来だ。 我らがそこを汚すわけにはいかん。

 お前とてそれはわかっているだろうに、何故…?」

 

シグナムの問い詰めるような詰問に、大悟は首を横に振った。

 

「俺にもよく分からない。

 あの時は蟹座(キャンサー)を殺すことがはやての未来のためだと心から思えたんだ。

 戦闘の興奮で意識がトんでしまったかもしれない…」

 

「まぁ、戦の興奮で我を忘れるというのはある。

 我らにもそういった経験はないこともない。

 分かるつもりではあるが…」

 

そうは言うが、シグナムは納得できない様子だった。

だが、そうとしか言いようが無い。

大悟自身、何故あの時あれだけの殺意が蟹座(キャンサー)に対して湧いたのか分からないからだ。

 

「…はやてのところに行ってくる」

 

どうにもシグナムの視線に耐え切れなくなった大悟は、逃げるように席を立つとはやての部屋へと向かった。

ヴォルケンリッターの面々も思い思いの行動で時間を過ごしていく。

だが…。

 

「は、はやてぇぇぇぇ!!」

 

「「「!?」」」

 

大悟の叫び声に、ヴォルケンリッターたちははやての部屋へと駆け込む。

そこには大悟に抱かれながら胸を押さえ苦しむはやての姿があった。

 

「シャマル、すぐに救急車を!!」

 

「は、はい!」

 

すぐに病院に搬送されたはやてはそのまま入院することになった。

足からの麻痺はすでにかなりの速度で進行している。

もはや一刻の猶予もない…ヴォルケンリッターたちはそのことを理解する。

そして…。

 

「大丈夫かはやて? どこか痛いところはないか?」

 

「あはは、大げさやな。 ちょっと胸が苦しなっただけやって。

 きっとほら、胸の大きなる前兆やって」

 

「…それだけ冗談が言えれば大丈夫そうだな」

 

ベッドから身を起こしたはやてと、大悟は面会時間ギリギリまで傍にいながら話をする。

そして、面会時間が終わろうとしていた。

 

「じゃあはやて、また明日来る…」

 

「うん…」

 

暗い顔で頷くはやてに後ろ髪を引かれながらも、大悟は病室を出ようとしたときだ。

 

「なぁ、うっしー。 うっしーは『神様』にお願い事したことある?」

 

「?」

 

突然の話に、大悟はドアノブに掛けていた手を離すとはやての方に向き直る。

 

「私はあるよ。

 『何でお父さんとお母さんと一緒にあの時死なせてくれへんかったの? 今からでも私を死なせて下さい』って…」

 

「はやて…」

 

「私はあの時、そう思っとった。

 お父さんとお母さんが死んで、1人で生きないけなくなったときそう思った。

 せやけど…私は1人じゃなかった。

 私にはうっしーがいた。 傍にいてくれるうっしーがいてくれたんや。

うっしーだっておじさんとおばさんが死んでもうて辛いはずなのに、うっしーは私をいつでも支えてくれた。

 だから私はいつの間にか思っとった。

 『神様、あのとき生かしてくれてありがとう』って」

 

大悟は、はやてのベッド脇へと近づく。

 

「私な、最近よく『神様』にお願い事しとるんよ。

 何だと思う?」

 

「…わからないな」

 

「それはな、『神様、どうか私を生かして下さい』や」

 

「!? はやて!」

 

その言葉と共に、はやての頬をツゥっと涙が流れる。

大悟はその姿にたまらなくなって、はやての身体を抱きしめていた。

同時に、はやての感情が堰を切ったように溢れ出す。

 

「うっしー、私死にたない。 死にたないよぉ!

 うっしーがいて、シグナムがいて、ヴィータがいて、シャマルがいて、ザフィーラがいて…『家族』と過ごす毎日が楽しいんや! 楽しくて仕方ないんや!

 今…幸せなんや!

 だから私死にたない。 死にたないよぉ、うっしー!」

 

「はやてぇ!」

 

泣きながら感情を吐き出すはやてを、大悟は強く抱きしめる。

大悟も歯を食いしばり、滂沱のごとく涙を流していた。

 

もしはやての命を脅かすものがいるのなら、大悟はその黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力と命すべてを持って倒して見せる。

それが例え死の神だろうが古の大神だろうが、刺し違えてでも必ず倒す。

だというのに…自分の力は戦うことばかりで、はやての身体を治してやることなど出来ないのだ。

その歯がゆさに、大悟は歯を食いしばる。

だが…。

 

(まだだ。 『闇の書』が完成すればはやては助かるんだ!

 そのためには…そのためには邪魔するあいつを、蟹座(キャンサー)を!!)

 

 

ズキン、ズキン、ズキン、ズキン――!

 

 

大悟を強烈な頭痛が襲う。

 

(そうだ。 はやてのためにあの蟹座(キャンサー)を…殺さなくては!!)

 

守るべきもののために、そのすべてを賭けようという大悟の尊い想い。

その想いがいつの間にか黒い強烈な殺意に変わっていくことを、大悟本人も気が付かない。

 

「はやて、今年のクリスマスは盛大にやろう。

 シグナムたちの、『家族』の増えてからはじめてのクリスマスだ。

 それまでに安静にして、身体を直すんだぞ」

 

「うん…うん…!」

 

泣きながらはやての頭を撫でる大悟に、同じく大悟の胸で泣きじゃくりながら頷くはやて。

その光景は美しくもあったが、同時にどこか悲しい色を秘めていた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なぁ、すずか…」

 

「? 何ですか?」

 

図書館の奥、久しぶりに少年を見つけたすずかはいつも通り同じテーブルで本を読んでいた。

すると、少年の方からすずかに声を掛けてきたのだ。

その珍しさに、すずかは読んでいた本を閉じて少年の方を見る。

 

「病弱なお姫様とそれを守る騎士…それを引き剥がそうとする悪い魔法使いの末路はどんなものだと思う?」

 

「御伽噺か何かのことですか?

 それはもちろん、最後は悪い魔法使いが倒されてめでたしめでたしになるんじゃないですか?」

 

「そうだな、お話だとそうだな。

 だが現実ってのは残酷なもので、悪い魔法使いが強ければ倒されてめでたしめでたしにはならない」

 

「まぁ、実際にはそうですよね。

 昔あった『仇討ち』ってあるよね。

 成功例が美談になって残ってたりするけど、『仇討ち』の成功率は実は3%にも満たなかった、って何かの本で見たことがあるの。

 きっと現実ではそういうものなんだと思う」

 

「…その通りだな。

 すまない、変な話をしたな」

 

「それはいいですけど…」

 

何故少年がそんな話をしたのか分からないすずかは、ハテナ顔だ。

『悪』が『悪』として倒される保障はどこにもない。現実にはそんなものだ。

そして…少年には倒される気は毛頭なかった。

 

(…すべては目的のためだ。

 『あの女』の我が侭がなければとっくの昔に終わっていたものを…)

 

少年は内心で舌打ちする。

『あの女』の我が侭でなければ、こんな回りくどい手は使う気などないというのに…。

しかし、どんなに文句があっても自分は『あの女』に逆らうことが出来ないのだ。

『あの女』の自己満足のための脚本通りに、大根役者を演じるしかない。

少なくとも今はまだ…。

 

「そういえばもうすぐクリスマスだな」

 

「うん! 友達とパーティしたりいろいろ考えてるんだけど…あの、あなたも…」

 

「クリスマスは頭のおかしな連中だって湧く。

 大人しく家の中でパーティしておくことを俺は強く勧めるぞ。

 いいな、出歩くなよ」

 

パーティに誘おうとしたすずかの言葉を強引に断ち切り、言いたいことだけを言うと少年は本へ視線を落とした。

その様子にすずかはため息をつくと、自分も本へと視線を落とす。

 

(すべての決着は『聖夜』だ。 そして、その時俺は…)

 

 

 

 

近付く聖夜…『闇の書』を巡る魔導士たちの、そして黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの最終決戦の時は近い…。

 

 

 

 




極めたら折る、これぞキャンサー流。

蟹VS牛の第三回は互いにズタボロのドローとなりました。
戦闘描写は本当に難しいです。

ついにA‘S編は聖夜の最終決戦編に突入していきます。
ここから先はとても一夜の出来事とは思えないイベントとバトルの連続になると思いますのでご期待ください。


追伸:今週のΩ。牡牛座がただの外道さんだった件について。
   ヒロインの鎖骨折って色々語ってくれました。
   そして牡牛座新必殺技のグレーティストホーン…牡牛座の範囲攻撃ならタイタンズノヴァにして下さいよ。
   次回はついに女双子座のパラドクスさんが龍峰と優雅にお茶会をします。
   …女だよな? まさかあのなりで男ということは…。
   しかし星矢ならやりそうなのが怖い。


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第30話 蟹と魚と魔法少女、永い聖夜が始まる

今回はイベント詰め込み過ぎなA'S編最終章、『聖夜決戦編』の序章です。
今回だけでも起きるイベント数が半端ない…。


フェイトが蒐集された一件以降、管理局の必死の捜索であるにも関わらず再びヴォルケンリッターたちを捉えることが出来なくなっていた。

 

「ここまで完全に裏をかかれるとなると、もうどう考えても偶然とはいえんな…」

 

セージたち聖闘士(セイント)組は、完全に内通者が存在することを疑っていない。

そしてその内通者もギル=グレアムたちで決まりだろうが残念ながら証拠がなく、クロノの調査結果を待つしかない状態だった。

そんな中、ユーノは無限書庫で『闇の書』についての資料を発見したらしい。

関係者を集めた会議の席でユーノからその結果が報告された。

 

「『闇の書』というのは管理局が付けた通称で、元々は『夜天の書』という名前だったんだ。

 その目的は、失われていく魔法や知識を後世に残すこと。『夜天の書』は記録装置だったんだ。

 『無限再生機能』や『転生機能』も記録の劣化や喪失を防ぐ為の単なる『復元機能』だったみたい」

 

「おいおい、あのヴォルケンリッターってのはそれを守るプログラムなんだろ?

 あれだけの機動戦力を保持するなんて、ずいぶんと物騒な記憶装置だな」

 

「当時の古代ベルカは戦国時代、見渡せば戦争がそこかしこで起こっている状態だったからね。

 自衛戦力が必要って観点から付加されたんだと思うよ」

 

呆れたように言う快人に、こちらも呆れたようにユーノが返す。

 

「しかし、そうなると何故現在のように変わってしまったのか解せないな」

 

「お師様の言う通りだよ。

 完成したら暴走して自滅するようなシステムを、後付けで組み込むことのメリットが分からない…」

 

アルバフィカの言うことにシュウトが頷く。

今の『闇の書』は完成と同時に主を喰い殺し、世界を滅ぼした後にまた新しい主の元へ転生する、まさに呪われた代物だそうだ。

だが、その仕様は最初からでは無いという。

ならば、最初の目的からあまりにもかけ離れてしまったこの姿にした『誰か』がいたことになるが、その人物が何を望んでこんなシステムを作ったのかが全くの不明だ。

普通、完成された物に付加機能を付け加えるのなら、それは何かしらのメリットがあるからに他ならない。

だが今の『闇の書』にメリットなど、どう考えても皆無だ。

 

「長い間に複数人のやった改造のバグが溜まって、今の『闇の書』に偶然なったんじゃないかしら?」

 

プレシアが学者としてそれらしい可能性を上げるが、ユーノは首を振る。

 

「それが、過去の記録を調べていくとある時突然、『夜天の書』は『闇の書』へと変化しているんだ」

 

「突然?」

 

「うん。

 現存する記録を調べていくと、ある時を境に不自然なくらいいきなり『夜天の書』は『闇の書』へと変わってるんだ。

 これが今、現存する太古の『闇の書』の暴走の記録なんだけど…

 

『空に門浮かび、嘲る影に、皆命を喰われ、世界は滅びた』

 

 …って書かれてる」

 

「何とも抽象的な破滅の描写ね」

 

「「「「……」」」」

 

余りにも抽象的で何があったのか全く分からない内容にリンディは肩を竦める。

だが、快人・シュウト・セージ・アルバフィカの聖闘士(セイント)組は無言だった。

 

「? どうしたの、快人くん?」

 

隣で何事かを考え込んでいる快人たち聖闘士(セイント)組の様子がおかしいことに気付いたなのはが快人に声をかけた。

 

「いや、すんげぇ嫌な想像をしちまっただけだ。 なぁ、シュウト?」

 

「…うん」

 

快人の言葉に、シュウトは頷く。

聖闘士(セイント)組は、今の記録の文章が比喩や抽象では無く、『見たそのまま』の光景だった場合を考えていた。

まさかと思うが『夜天の書』が『闇の書』に突然変わったというのは、『アレ』がとりついたということは…。

 

「現段階では想像の域を出ないが…どうあっても防ぐ必要があるな、快人」

 

「言われなくても分かってるよ、じいさん…」

 

セージの言葉に、珍しく快人は神妙に頷いたのだった。

 

結局、有力と思えるような情報がないまま時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。

その間もヴォルケンリッターは少数であるが故の機動性を最大限利用し、蒐集、撤退を繰り返していた。

そして、遂に決戦の時、『聖夜』を迎えることになる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁ? 見舞い?」

 

学校の屋上での昼食時、すずかからの提案に快人は素っ頓狂な声を上げた。

なんでもすずかの友人である『八神はやて』という少女が入院してしまったらしい。

そのお見舞いに行こうというのだ。

 

「別段行くのはやぶさかじゃないが、俺たちみたいな知らない相手がいきなり行ってもいいものなのか?」

 

「うん。 話をしたら『是非』って。 入院って動けなくて辛いから寂しいんだと思う。

 だからみんな…どうかな?」

 

「もちろん行くわよ。 ね、なのは、フェイト!」

 

「うん!」

 

「すずかの友達だもの。 ちょっと会ってみたいし…」

 

上目遣いに尋ねるすずかに、なのはとフェイトとアリサが答える。

いつもの仲良し4人娘は今日も健在のようだ。

 

「というわけで、蟹にシュウトも決定ね」

 

「それは良いけどよぉ…いきなりで気のきいたプレゼントなんて用意できねぇぞ」

 

「ボクもすぐ用意できるものなんて薔薇の花束くらいしか…」

 

「「「それは絶対やめろ(て)!!」」」

 

「…その言いぐさは酷いよ、普通の薔薇に決まってるじゃないか」

 

快人・なのは・フェイトの音速のツッコミに、シュウトは口を尖らせた。

 

「私たちも用意出来てないけど、その辺りはなのはちゃんの家でケーキを買っていこうかなって思ってるんだけど…」

 

「それなら私、お母さんに電話してくるね!」

 

なのはが家に電話をかけるために席を立ち、その日の放課後の予定は決まった。

この時はまだ、これが『闇の書事件』の最終章への序曲になるなど、神ならぬ身である快人たちには知る由もなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「友達か」

 

「そや! 今日、すずかちゃんがお友達連れてお見舞いに来てくれるんや!

 私楽しみで楽しみで…」

 

そうベッドから身を起こし大悟に語るはやては本当に楽しそうだ。

そんなはやての姿を見ていると、大悟の方まで笑みが漏れてくる。

見れば、大悟だけでなくシグナムもヴィータもシャマルからも微笑みが漏れていた。

 

 

コンコン…。

 

 

「来た来た! どーぞ!」

 

ドアを叩く音に、嬉しそうに答えるはやて。その視線を追い、入口へと振り向いた大悟。

そして…バッチリと目があった。

 

『『『!!?』』』

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)3人と魔法少女、そしてヴォルケンリッターたちの視線が交錯する。

 

「お邪魔します…はやてちゃん」

 

「いらっしゃい、すずかちゃん!」

 

すずかの言葉に、うれしそうに返すはやてはそのまま居並ぶシグナム・ヴィータ・シャマルを紹介していく。

 

「で、こっちにいるのが私の同い年の幼馴染の…」

 

「…牛島大悟だ。 よろしく…」

 

「…ハジメマシテ。 俺は蟹名快人だ」

 

そう言って快人と大悟は、互いに微妙な顔のまま握手を交わした。

微妙な雰囲気の中見舞いという名のお茶会は始まり、はやてとすずか、そしてアリサはそれを楽しんでいるらしい。

だが、快人たち4人と大悟とヴォルケンリッターは互いをけん制し合うように視線を交わしていた。

 

「快人くん…」

 

「…俺も連中には色々言いたいことはあるが、今は我慢しろ。

 すずかの企画でやってるお茶会だ、ここで台無しにしたらすずかの顔に泥塗ることになるからな」

 

「うん…」

 

その重圧に耐えきれなくなったようになのはが小声で言うが、快人は飲み物を飲みながら何でもないように言い放つ。

快人の視線の先では、同じようにフェイトをヴォルケンリッターたちからの視線から守るような立ち位置で立つシュウトがいた。

だが、これでこの『闇の書事件』の裏側にあった事情が読めた。

 

「八神はやて…か…」

 

彼女こそが『闇の書』の主、そして大悟とヴォルケンリッターたちが戦う理由は彼女のためなのだろう。

 

「なのは、『闇の書事件』の最終決着は…今夜だ。

 気合い入れていくぞ」

 

「…うん!」

 

快人の言葉になのはは頷くと、今は目の前のお茶会を楽しもうと決めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

お茶会が終わり、名残惜しそうにしながらもはやての病室を後にした快人・シュウト・なのは・フェイトの管理局組と大悟・ヴォルケンリッターの面々はそのまま屋上へと移動し、互いに向かい合う。

 

「「…」」

 

互いに語る言葉を持たず、しばしの間視線を交わし合った。

 

「…一応確認だ。

 『闇の書』の主は八神はやて、そしてお前らが『闇の書』の復活に躍起なのはあいつの命を助けるためか?」

 

「…その通りだ。

 このままでは主はやてはそう遠くない未来、『闇の書』によって喰い殺される。

 それまでに『闇の書』を完成させ『闇の書の主』となって頂くしか、主の命を救う方法はない」

 

「まぁあの魂の揺らぎ様じゃ、そう長くはないわな」

 

シグナムの答えに、快人はポリポリと頭を掻きながら答える。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)中もっとも『魂』について熟知している蟹座(キャンサー)である快人には、はやての状態が普通では無いことに気付いていた。

恐らくそれが『闇の書の呪い』というやつなのだろう。

 

「それなら事情を話してくれれば…」

 

「『力になれた』とでもいうのか、テスタロッサ?

 我ら『闇の書』は管理局と何度も敵対した覚えもあるのだぞ。

 今まで管理局は『闇の書』を発見次第、魔導砲アルカンシェルで吹き飛ばしてきた。

 『闇の書とその主です、助けて下さい』とでも言えば、主を助けてもらえたか?

 答えは否。 管理局は嬉々として主ごと我らを魔導砲アルカンシェルで吹き飛ばしただろうな」

 

「それは…」

 

フェイトも今までの管理局の『闇の書』に対する対処を知っているため、シグナムの言葉に口ごもる。

だが、それでは駄目だ。

ユーノの調べた結果では、『闇の書』が完成しても待っているのは破滅のみで『絶大な力』など手に入らないのだ。

 

「お願い、話を…」

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

なおも呼びかけようとするなのはに、激昂したヴィータがバリアジャケットを展開しグラーフアイゼンを叩きつける。

 

 

ガギン!!

 

 

なのはは、緊急展開した楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯でその一撃を防いだ。

ギリギリと火花散らすグラーフアイゼンと楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯。

 

「もう少し、もう少しなんだよ。

 もう少しではやての病気が治って、アタシたちは静かに暮らせるんだ。

 だから邪魔すんな、邪魔すんなよおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「!?」

 

叫びと共に渾身の力の込められた一撃がなのはを吹き飛ばす。

 

「なのはぁ!?」

 

「おおおぉぉぉぉぉ!!?」

 

「「!?」」

 

なのはの元に向かおうとしていた快人だが、突然動きだした大悟のタックルによってシュウトともども押され彼方へと飛んでいく。

 

「なのは! 快人、シュウ!!?」

 

「ジャミングと結界を張らせてもらったわ。 これで外部への連絡は不可能…」

 

「まだだ、まだ我らのことを管理局に知られるわけにはいかん!

 テスタロッサ、ここで沈んでもらうぞ!!」

 

戦闘態勢に入ったシグナムとシャマルに、フェイトもバリアジャケットと矢座聖衣(サジッタクロス)を展開し、戦闘態勢に入る。

そんな中、ヴィータはなのはの吹き飛ばされた瓦礫を見ていた。

燻ぶる炎をバックに、バリアジャケットと楯座聖衣(スキュータムクロス)を展開したなのはの姿がある。

 

「この悪魔め…」

 

「悪魔で…いいよ」

 

ヴィータの呟きに、なのははレイジングハートを構えながら答える。

 

「悪魔らしいやり方で…力尽くでもお話を聞いてもらうから!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なのはとフェイトが聖夜の決戦へと入ったそのころ、吹き飛ばされた快人とシュウト、そしてそれを行った大悟は病院近くの公園へと墜落していた。

 

「痛ぅ…あのバカ力が…」

 

「流石牡牛座(タウラス)、このパワーは噂以上だよ」

 

快人とシュウトは立ちあがってパンパンと服についた埃を落とすと、大悟を正面から見据える。

 

蟹座(キャンサー)ァァ、魚座(ピスケス)!!

 はやてのため、はやてのために貴様らは…殺す!!」

 

「おうおう、すげぇ殺気だ」

 

大悟の放つ濃密な殺気に、快人はヒュゥと息を漏らす。

 

「兄さん…」

 

「…シュウト、お前は行け。 あのクソ牛との決着は俺が付ける」

 

「それはいいけど…一筋縄じゃ行きそうにないよ」

 

「なぁに、何とかするさ」

 

快人の言葉にシュウトは頷くと、魚座聖衣(ピスケスクロス)を装着して空へと飛び上がりなのはたちの元へと向かう。

残ったのは互いに向き合う快人と大悟。

 

「思えばこの『闇の書事件』…始まりは俺とお前の戦いからだったな。

 …決着つけようや、牡牛座(タウラス)!!」

 

蟹座(キャンサー)ァァ!!」

 

吠えて、2人は同時に自らの聖衣(クロス)を呼び出した。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)!!」

 

牡牛座聖衣(タウラスクロス)!!」

 

そして、同時に一歩を踏み出した。

 

「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

蟹座(キャンサー)牡牛座(タウラス)、2人の最後の戦いが始まる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

魚座聖衣(ピスケスクロス)を装着してフェイトたちの元へと向かおうとしていたシュウトは、強力な小宇宙(コスモ)を感じ取るとその方向を見上げる。

そして、そこにはある意味予想通りの存在がいた。

 

「またあなたか…」

 

「…」

 

宙に浮かぶそのローブの男はやはり無言だ。

だが、明らかに戦闘態勢であることを示す濃密な小宇宙(コスモ)を感じる。

 

「あなたは何の目的があってボクたちの邪魔をするんですか?

 あなたはアレに、『闇の書』に憑いているかもしれないものを理解して邪魔してるんですか?」

 

「…」

 

だが、シュウトの言葉に答えたのは言葉ではなく、ローブの男からの攻撃的な小宇宙(コスモ)の放射だった。

 

「くっ…そっちがその気なら…ボクも相応の態度をとらせてもらう!!」

 

シュウトはそう宣言すると、黒薔薇を取り出して小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

噛み砕く黒薔薇が、ローブの男へと迫り、ローブの男はそれを回避していく。

シュウトとローブの男との空中戦が始まった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「墜ちろ、墜ちろよ高町なんとかぁ!!」

 

「そこだ、テスタロッサ!!」

 

シャマルからの的確な情報援護を受けたシグナムとヴィータの猛攻に晒され、なのはとフェイトは防戦一方だった。

デバイス性能、そして聖衣(クロス)の装着によって各種能力が強化されているなのはとフェイトは確かに強い。

個人での戦力は装備の質もあり、シグナムとヴィータを超えているかもしれない。

だが、ヴォルケンリッターは元々4人で一つの機動戦力集団。

その真価が発揮されるのは全員が揃っての連携戦術である。

そのコンビネーション攻撃はなのは&フェイトコンビを凌駕していた。

 

「そこぉ!!」

 

「フェイトちゃん!?」

 

シグナムと打ち合い、足を止めたフェイトに襲いかかるヴィータ。

それをなのはが割り込んで楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯と防御魔法で弾いて双方が距離をとった。

 

「倒す、高町なんとか!」

 

「我らは負けられん、主のために!!」

 

今日のヴォルケンリッターは今までとは気迫がまるで違う。

退くことのできない事情があり、ヴォルケンリッターは背水の陣の状態なのだ。

その主への想い、八神はやてへの純粋で美しい想いがヴォルケンリッターの実力をいつも以上に引き出している。

それが痛いほど分かるからこそ、余計になのはとフェイトは悲しかった。

 

「何で、何でなの! 一緒に協力して、はやてちゃんを救えるかもしれないのに!!」

 

「戦いなんてやめて! はやてのために出来る事があるかも知れないから!!」

 

「うるせぇ!

 もうこれしか、はやてを救うにはもう『闇の書』を完成させるしかねぇんだよ!!」

 

「そうしなければ主は死ぬ! それが呪われた『闇の書』の運命だ!

 そんな呪われた『闇の書』のプログラムである私たちを愛してくれた主のため、我らは戦うしかないのだ!!」

 

なのはの声もフェイトの声もヴォルケンリッターには届かない。

でも、なのはは我慢がならなかった。

そんな尊い想いを持っているのに、何故、どうして…。

 

「何で…? 何で『呪われた魔道書』とか『闇の書』なんて呼ぶの!?

 あなたたちにはもっと他の、創った人が夢と情熱を託した、本当の名前があったでしょ!!」

 

そのなのはの言葉に、ヴォルケンリッターの様子に変化が生まれた。

明らかに動揺している。

 

「本当の…名前?」

 

ヴィータがそう呟いたときだった。

 

「「「!!?」」」

 

ヴォルケンリッターにバインドが絡みつく。

同時に、なのはとフェイトにもバインドが絡みつき、その自由を奪っていた。

 

「これは…!?」

 

「一体…何なんだよ!?」

 

「フェイトちゃん、そっちは!?」

 

「駄目、かなり強力なバインドでしばらく動けない!?」

 

ヴォルケンリッターはもとより、小宇宙(コスモ)で強化されているなのはとフェイトですらその拘束を振り払うことが出来ない。

 

「成程、小宇宙(コスモ)という力での魔法の強化…予想以上だな。

 これだけのバインドが、あまり長く持ちそうにない」

 

その声に全員が視線を向けると、そこには2人の仮面の男が浮いていた。

 

「お前たちは!?」

 

「一体、何が目的だ!!」

 

ヴォルケンリッターの言葉に、仮面の男たちが答える。

 

「何、お前たちの願い通り『闇の書』を完成させてやろうと思ってな…」

 

「どういう、ことだ?」

 

「丁度、役者が揃ったようだ。

 見せてやろう…」

 

仮面の男たちの視線の先には、ザフィーラの姿があった。

はやての身辺警護のため、限界まで潜んでいたザフィーラだがシグナム達の危機に、仮面の男たちへと襲いかかる。

だが、その動きは見透かされていた。

バインドで拘束されたザフィーラが、それでも仮面の男たちに一撃をみまおうともがく。

そんなザフィーラへと、仮面の男たちは『闇の書』を向けた。

 

「ぐ、おおぉぉぉぉぉ!!?」

 

「ざ、ザフィーラ!!?」

 

光となって消えていくザフィーラ。

彼らヴォルケンリッターは『闇の書』のプログラムが魔力で現出している存在である。

その命とも言うべき魔力が『闇の書』に蒐集されたのだ。

 

「『闇の書』完成の最後を飾るのはお前たちの魔力だ。

 どうだ、光栄だろう?」

 

「き、貴様ぁ!!」

 

激昂したシグナムが魔力を込め拘束を振りほどこうとするが外れない。

そして抵抗も空しく、シグナムが、シャマルが『闇の書』に蒐集され消えていった。

 

「シグナム!?」

 

「何で!? 何でこんなことをするの!!」

 

「全ては平和のためだ」

 

なのはとフェイトの言葉に仮面の男はそう答えると、手をかざす。

するとなのはとフェイトの周囲に壁のようなものが展開された。

 

「これ…視認阻害の魔法?」

 

それは外部からこちらが見えなくなる視認阻害の魔法だ。

それで覆われたなのはとフェイトは外部からは見えなくなる。

どうしてそんなことをするのか分からないなのはとフェイトだが、その2人の前で仮面の男たちの姿がなのはとフェイトへと変わった。

変身魔法を使ってなのはとフェイトに成り済ますつもりなのだ。

 

「さぁ…最後の仕上げだ」

 

その時、仮面の男たちの呟きに答えるように、屋上のドアが開いた。

 

「あれは!?」

 

「はやて!!」

 

なのはとフェイトが声を上げる。

やってきたのははやてだった。

はやては不思議な感覚に襲われ、それに導かれるように屋上へとやってきたのである。

 

「なんや、これ…?」

 

全く理解のできない光景に、はやてはポツリと呟くが宙にヴィータの姿を認めた瞬間、悲鳴のような声を上げる。

 

「ヴィータ! それに…なのはちゃんにフェイトちゃん!?」

 

はやての目には、なのはとフェイトに変身した仮面の男たちが見えていた。

その時になって2人は自分たちを取り囲む視認阻害の魔法の意味を悟った。

なのはとフェイトの姿を騙って何かをするつもりなのだ。

その予想通り、なのはとフェイトの姿の仮面の男たちがはやての目の前でヴィータを『闇の書』へと蒐集していく。

 

「あああぁぁぁぁ!!?」

 

「ヴィータ!? やめて、なのはちゃん、フェイトちゃんやめてぇぇ!!」

 

ヴィータの悲鳴にはやての懇願の声が響く。

だが、その声も虚しく、ヴィータは『闇の書』へと蒐集され消えてしまった。

 

「あ、ああ…」

 

目の前で消えていった家族に、はやての心が絶望で黒く塗りつぶされる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そしてはやての絶叫を産声にして、遂に『闇の書』は覚醒したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『闇の書』の覚醒と共に目的を果たした仮面の男たちは一気に離脱すると、ビルの屋上へと降り立った。

 

「『闇の書』の復活は計画通り。 後は予定通り永久封印を…」

 

「悪いけれど、ここまでだよ」

 

その声にハッとして仮面の男たちが反応するがすでに遅い。

気が付いた時には幾重ものバインドが仮面の男たちを絡め取っていた。

 

「大人しくしてもらおう…」

 

「クロノ…」

 

それはデバイスを構えたクロノだった。その顔は何かに耐えるように沈痛だ。

 

「2人の言葉がただの冗談だったら…何度だってそう思ったよ。

 でも…いくら調べても真実はただ一つだった…」

 

「こ、これは!?」

 

仮面の男たちから光が立ち上っていく。

クロノのこのバインドはストラグルバインドという特殊なバインド魔法だ。

この魔法は対象にかかっている強化魔法などの魔法効果を強制解除するという効果を持っている。

その効果によって仮面の男たちの変身魔法が解除されてきたのだ。

そしてその下から現れたのは…。

 

「ロッテ…アリア…」

 

クロノの魔法の師である、猫の使い魔姉妹だった。

快人たちの言葉は全て正しかったのである。

 

「この事件の重要参考人として説明してもらう。

 もちろん…グレアム提督にもだ」

 

「くっ…」

 

クロノはリーゼ姉妹を捕縛したまま、転移したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

仮面の男たちのかけたバインドをなのはとフェイトが突破するのと、はやてを包んでいた黒い光が消えていく。

そして、そこに居たのははやてでは無く、銀の髪の少女だった。

その少女…『闇の書』の管制人格は静かに、繰り返された悲劇に涙を流す。

 

「また…すべてが終わってしまうのか…」

 

その涙で濡れた瞳で、なのはとフェイトを見る。

そして、掲げた手に集まった禍々しい光を解き放った。

 

「…デアボリック・エミッション」

 

「「!?」」

 

強力な砲撃を、なのはとフェイトは散開して回避する。

 

「やめて! 何であなたは私たちに攻撃するの?」

 

「すべては主の望み…愛しき家族、守護騎士たちを破壊したお前たちを破壊する…」

 

「あれは私たちじゃない! 私たちに変身したあの仮面の人たちなの!!」

 

だがそんななのはとフェイトの必死の言葉には答えず、管制人格の少女は砲撃魔法の準備に入っていく。

その魔力の凄まじさは、2人をして戦慄させるのに十分だった。

 

「この距離で受けたら不味いよ!」

 

「なのは、後退しよう!」

 

なのはとフェイトは頷きあって管制人格の少女からの距離を取る。

だが、その時だった。

 

『マスター、結界内に一般人が取り残されています』

 

「ええーー!? どこ!?」

 

『右後方5時の方向、地上です』

 

その言葉に視線を向けたなのはとフェイトは驚きで目を見開いた。

 

「「アリサ(ちゃん)にすずか(ちゃん)!!?」」

 

そこに居たのはまぎれもなく親友の2人だ。

そして、驚きによって生じたその1秒にも満たない思考の空白は、なのはとフェイトの退避の時間を奪った。

放たれる極大の砲撃魔法。

それはなのはの必殺魔法である『スターライトブレイカー』だ。

管制人格の少女は、『闇の書』が蒐集した魔法を使うことが出来るのである。

そして当然のように殺傷設定での砲撃、直撃を受ければ命が危うい。

 

「! やるよ、レイジングハート!?」

 

『いつでも、マスター』

 

フェイトの前に出たなのはは左腕の楯座(スキュータム)の楯を構えると、魔力と小宇宙(コスモ)のありったけを込めて、新しい魔法を展開した。

 

「パーフェクト・スクエア!!」

 

楯座(スキュータム)の楯を一回り大きくしたような光の楯がなのはの前に展開される。

それはなのはの魔力と小宇宙(コスモ)、そして防御力に優れた楯座(スキュータム)の楯によって作られた防御魔法だ。

防御面は前面のみだが、今までの防御魔法とは一線を画す防御力を誇っている。

その光の楯が管制人格の少女の放った『スターライトブレイカー』を防いでいた。

だが…。

 

「!?」

 

遮られた破壊の光の奔流は、その行き場を求めるように横に逸れていく。

そして、その一筋がなのはとフェイトの後方に位置していたアリサとすずか目掛けて伸びていった。

 

「ダメ、逃げてぇぇぇぇ!!」

 

それに気付いたフェイトが叫ぶが、そんな声が届くはずもない。

そして、その破壊の光は容易く2人の身体を焼き尽くすだろう。

その事実に、なのはとフェイトの頭が真っ白になる。

だが…。

 

「えっ?」

 

何かがその光を遮り、2人を守っていた。

それは…。

 

「男の子?」

 

それは同い年くらいの少年だ。

彼はアリサとすずかを焼くはずだった光を弾き飛ばすと、まるで最初からそこに居なかったかのように掻き消える。

 

「今の…何だったの?」

 

なのはの呟きに、フェイトは答えることが出来なかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

激しい空中戦を繰り広げていたシュウトとローブの男は一進一退とも言える攻防を続けていた。

その目的は明らかに時間稼ぎだ。

シュウトにヴォルケンリッターを倒させないように時間を稼いでいるように見える。

 

「くっ…」

 

その技量によって釘づけにされたシュウトは憎々しげに舌打つ。

そんなことを続けているといつの間にか、不気味な気配が生まれていることに気付いた。

 

「何だ?」

 

見ればいつの間にかヴォルケンリッターたちは消え、変わりになのはとフェイトは銀の髪の少女との戦いを始めている。

 

「あれは…」

 

「あれは『闇の書』の管制人格だ。

 『闇の書』は完成したということだな」

 

「くっ…」

 

目の前のローブの男の思い通りになってしまったことに、シュウトは臍をかむ。

その時、管制人格の少女が放った閃光の先に、見覚えのある姿をシュウトは確認した。

それはアリサとすずかだ。

 

「まずい!!?」

 

どうして結界内にいるのか、それは後回しだ。今は2人を助けるために動かなければならない。

シュウトは攻撃的な小宇宙(コスモ)をローブの男に放つと、同時に一直線にアリサたちを目指そうとした。

視線の先にはローブの男の姿がある。

シュウトはローブの男が攻撃的な小宇宙(コスモ)を避けたその横を通り過ぎて行こうと考えていた。

今まで自分と一歩も引かずに戦えたこのローブの男が、あの程度の攻撃的な小宇宙(コスモ)を避けれないはずが無いという、ある意味では信頼したうえでの行動だった。

だが…。

 

「何!?」

 

ローブの男はシュウトからの攻撃的な小宇宙(コスモ)を避けるどころか棒立ちのまま受ける。

通り過ぎるつもりだったシュウトはそのままローブの男と空中でぶつかってしまった。

何故ローブの男が避けなかったのか考えるのは後と体勢を立て直し彼方を見ると、そこには不思議な光景が広がっていた。

1人の少年が管制人格の少女からの閃光を防いでいたからだ。

しかもその身から立ち上っているのはまぎれもない小宇宙(コスモ)である。

 

「あれは一体…?」

 

やがて、閃光が消えると少年は掻き消えるように姿を消す。

 

「テレポーテーション? それよりあいつは一体…?」

 

辺りを見渡せば、あのローブの男はいつの間にか消えていた。

そのときになって、シュウトはローブの男にぶつかったときの違和感を思い出す。

それは感触、まるで『中身の入っていない缶』のようなどこか手応えのない感覚だった。

 

「…ん? 『中身の入っていない』?」

 

そのフレーズに、シュウトの脳裏をよぎるものがあった。

だがシュウトは頭を振り、その考えを片隅へと押しやる。

 

「兄さんはまだ戦いの真っ最中か…」

 

今はなのはやフェイトを助けるほうが先決だろう。

そう考えると、シュウトは2人の下へと飛んでいく。

シュウトは気付いていない。

先程脳裏をよぎった考えを片隅へと押しやったこと…それは無意識に『そうなって欲しくない予想』から逃げたということに。

そしてその予想は…兄である快人が辿りついた推測と、同じものであったことをシュウトは知らなかった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その時のアリサとすずかは混乱の極みに居た。

2人はなのはたちと別れてから街を歩いていた。

イルミネーションに彩られ、多くの人々の行き交う街…そのはずなのに、人がどこにもいなくなっていた。

見上げてみれば、まるで色を失ったような不気味な空。その空に閃光が乱舞する。

 

「何なの、これ!? 一体どうなってるの?」

 

「落ち着こう、アリサちゃん。 とりあえず、どこかに避難しようよ」

 

「どこかって…どこに避難すればいいのよ?」

 

「それは…」

 

アリサの言葉にすずかが口ごもる。

地震なら建物から離れて公園などの広いところに避難すればいい。

津波なら高い建物に避難すればいい。

だが、今、何が起こっているのか全く分からない状況ではどこに避難すればいいのかすら、全く見当がつかない。

2人が途方に暮れていたその時だった。

 

「すずか、あれ!」

 

「えっ?」

 

アリサの指さす方を見れば、そこには流れ星のように空の一点に光が集まっていく光景が広がっていた。

その光が禍々しく見えたのはアリサとすずかの気のせいではないだろう。

閃光は空中で何かに遮られるが、そこから逸れた一条の光が2人に向かって突き進んでくる。

 

「「!?」」

 

アリサとすずかは反射的に手で顔を庇うが、それが無駄だろうことは分かっていた。

あの閃光は2人の身体を跡形もなく蒸発させるだろう。

そんな時、すずかはあの時の言葉を思い出していた。

 

(そう言えば今日は出歩くなって言われてたのに…)

 

その脳裏に浮かんだのはあの図書館の少年。

彼の言葉に従うべきだったと、少しの後悔とともにすずかの人生は幕を閉じるはずだった。

 

「えっ?」

 

どこからともなく躍り出た人影が、2人の前に立ち右手を突き出す。

すると、その凶暴な光は最初からそこに無かったかのように掻き消えていった。

 

「あ、あの…ありがとう…」

 

「…」

 

その言葉にその少年は無言で半分だけ振り返る。

その時、すずかはあることに気付いた。

 

「!? 待って!!」

 

顔はしっかりとは見えない。だが、その首筋には見覚えのあるイルカのネックレスが見えたのだ。

 

「…」

 

だが、その少年は何も答えず、そのまま幻のように消えた。

 

「すずか、今のって、もしかしていつかの蟹?」

 

アリサはこの不思議な光景に、いつぞや自分とすずかを助けた『正義の蟹 キャンサー・デスマスク』を思い出していた。

だが、すずかはアリサのその言葉に首を振った。

 

「違う…でも、知ってる人だと思う…」

 

そして、すずかはその少年の名前を呟いたのだった。

 

「総司くん…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

管制人格の少女からの閃光を防ぎ切ったなのはとフェイトは、すぐに2人へと近付く。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん!!」

 

「その声は…」

 

「なのはちゃんにフェイトちゃん!?」

 

魔法少女姿のなのはとフェイトに、アリサとすずかは驚きの声を上げる。

そこにシュウトもやってきた。

 

「みんな、無事!?」

 

「って、今度はシュウト!?

 しかもその金ぴかの鎧って…アンタもしかして『正義の蟹 キャンサー・デスマスク』の仲間?」

 

「…どういう偽名を名乗ってるんだか」

 

あまりにもな快人の偽名にシュウトは頭を抱えるが、今はそれどころではない。

その時、なのはとフェイトにアースラにいるエイミィから通信が入った。

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん!!』

 

「エイミィさん」

 

『よかった。やっと繋がった!』

 

安堵のため息を漏らすエイミィに、シュウトは矢継ぎ早に状況を話す。

 

「兄さんは牡牛座(タウラス)と交戦中、それと結界内に一般人が2人巻き込まれてるんだ」

 

『わかった。 その子たちはユーノくんとアルフさんを向かわせるよ。

 みんなは『闇の書』の主…そのはやてちゃんって子に投降と停止を呼びかけて!』

 

その言葉に頷くと、3人は再び空へと上がろうとした。

 

「待ちなさいよ! 一体何が起こってるのよ!?」

 

「…ごめんね。 終わったら全部話すから今は…」

 

アリサの声になのはは目を伏せると、手短にそれだけ言う。

するとすずかが横からアリサの肩に手を置いて静かに首を振った。今は駄目だというのだろう。

アリサは深くため息をつくと、3人に向かって

 

「分かったわよ! 何だか知らないけど、気をつけてよ!!」

 

「うん!」

 

「分かった!」

 

それだけ短く答えると、3人は再び戦いの空へと上る。

 

「さっきも言ったけど、ヴィータちゃんたちに酷いことしたのは私たちじゃないの!

 だからお願い、止まって! 話を聞いて!!」

 

なのはの言葉にしかし、管制人格の少女は攻撃の手を緩めず静かに答えた。

 

「それは理解している。 それとは別に、私は主の願いを叶えているのだ…」

 

「願い!? こんな風に暴れまわることがはやての願いだって言うの!?」

 

フェイトの言葉に、苛烈な攻撃の中、管制人格の少女は続ける。

 

「主は愛する家族を奪った世界が悪い夢であってほしいと願った。

 我はただその願いを叶える…主にはせめて穏やかな夢の中で永久の眠りを…。

 そして愛する家族を奪った世界に永久の闇を!」

 

「そんなもの…彼女が一時の悲しみの中で願っただけの想いじゃないか!

 そんなもの、彼女は叶えて欲しいとは思わなかったはずだ!!」

 

「そうだよ! そんな願いを叶えられたって、はやてちゃんは幸せにはなれないよ!!

 それに、あなただってそれじゃ幸せになれない!

 あなたはそんな間違った願いを叶えるだけの道具でいいの!?

 あなたにも、心があるんでしょ! こんな悲しいことやめたいって思ってるんでしょ!

 そんなに泣きながら、こんな悲しい戦い続けることなんて無いんだよ。

 だからお願い! はやてちゃんを開放して、もうこんな戦いやめて!!」

 

なのはの言葉に、だが管制人格の少女は首を振って答える。

 

「もう…どうしようもないのだ。 もうすぐ『アレ』が表層に現れる。

 遠い過去に、私を私で無くした、『アレ』が…。

 『アレ』には私もどんな魔導士も、世界の何人たりとも敵わない…。

 この世界も、『アレ』によって滅びる運命だ…。

 だからその前にせめて主の願いだけは…叶える」

 

「この駄々っ子! 言うこと…聞けぇ!!」

 

どこまでも頑なな管制人格の少女に、フェイトはバルディッシュを構えて突撃をする。

だがその一撃は強力な防御魔法で防がれていた。

 

「お前も…我が内で眠れ…」

 

そしてかざした手から黄金の光がフェイトを包みこうもした瞬間だった。

 

「フェイトぉ!!」

 

「!? シュウ!!」

 

シュウトはフェイトを寸でのところで投げ飛ばし、その黄金の光から逃がす。

だが、その代償としてシュウトはその黄金の光へと包まれてしまった。

そして、まるで分解されるかのようにシュウトは『闇の書』へと吸収されていく。

 

「シュウ! いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その光景を目の当たりにしたフェイトの悲鳴がその場に響いた…。

 

 

 




今回は聖夜決戦編の始まりということで、色々なイベントが駆け足で起こりました。

『闇の書』に潜む『何か』の存在、はやての存在バレ、ヴォルケンリッターの消滅、猫姉妹の捕縛、3人目の黄金聖闘士、そしてシュウトの吸収…ざっと挙げただけでもイベント盛りだくさんです。
…ちょっとその所為で性急だったかも、とは今さらながらの反省。
そしてなのはの新魔法は、ライオネットボンバーのかませになってしまった楯座の技の魔法版です。前面のみの強力なシールドです。
…Ωスタッフ、白銀を雑魚にする風潮はいい加減やめてくださいよぉ。


次回からは同時進行している以下の3つの戦いを順々に見ていくことになります。

1、シュウトVS『闇の書』の中のヤバイもの
2、なのは&フェイトVS管制人格
3、蟹VS牛最終決戦

次回は今章における魚の見せ場です。
シュウトの見る夢と、『闇の書』の中のヤバいものとの戦いにご期待下さい。


今週のΩ:女黄金聖闘士パラドクスさんキターー!!
     そして日曜早朝からの、とんでもヤンデレタイム。
     双子座鉄板の二重人格のようだし、もう胃もたれするぐらい御馳走さんです。
     ゆかなさんの声で『クズがぁ!!』とか『このゴミムシめ!』とか超絶罵倒…さすが王者の星『双子座』、俺たちの予想の斜め上を全力疾走してやがる…。

     そして次回は遂に新蟹!! しかも対戦相手はヒロイン!!
     これはテンションが上がります。
     …頼むから今度の蟹で、蟹のTVシリーズでの復権を!!


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第31話 魚、魚座の誇りを見せる

ある日の弟との会話

弟「兄さん、蟹座には神と戦えそうな技がいくつもあるけど、ボクの魚座ってそれ絶対無理だよね?  神って『毒』効かないだろうし…」

…OK弟よ、その俺なりの回答を見せよう。
そして断言しよう、魚座も他の黄金聖闘士と同じく、最高に強くて格好いい。



 

 

「シュウ! シュウ!!」

 

光に分解するように消えていったシュウトにフェイトは半狂乱になったように叫ぶ。

そして管制人格の少女へと突っ込んで行こうとするフェイトを、なのはが抱きつくようにして押さえつけた。

 

「なのは離して! シュウが! シュウが!!」

 

「落ち着いて、フェイトちゃん!」

 

親友であるなのはの言葉にも、フェイトの心は落ち着きを取り戻さない。

だが、直後に現れた通信ウィンドウの一喝が、フェイトの心を引き戻した。

 

『落ち着け、フェイトよ!!』

 

「あ、アルバフィカさん…」

 

『フェイトよ、お前は今まで何を見てきた?

 もっとも近くであいつの、魚座(ピスケス)のシュウトの戦いを見てきたのだろう。

 そのシュウトが、誇り高き黄金聖闘士(ゴールドセイント)がこの程度でやられるはずがない。

 私は師として、シュウトの力を知り、信じている。

 お前はどうだ?

 シュウトのもっとも近くに居続けたお前が見たシュウトは、こんなところでお前を一人にして死ぬような男だったか?

 フェイトよ、シュウトを信じるのだ!』

 

「…はい」

 

フェイトは師とも言えるアルバフィカの言葉に頷くと、涙を拭いさり正面を見据える。

なのはとフェイトの視線の先には、管制人格の少女が無言で涙を流しながら2人を見ていた。

 

『エイミィ殿からだが、お前たちの目の前の少女は八神はやての身体を借りた『闇の書』の管制人格のようだ。

 肉体へのダメージはそのまま八神はやてへのダメージになるだろう。

 だが、お前たちには相手を気絶させるだけに留める『非殺傷設定』がある。

 気絶させればあるいはシュウトを…』

 

「助けられるの!?」

 

フェイトの喜色の混じった声にアルバフィカが頷く。

 

『…可能性はあるだろう。

 だが快人は牡牛座(タウラス)に釘付けで援護はできまい。

 お前たち2人でその少女を相手取ることになるだろうが…かなりの難敵だ、心するがいい』

 

「分かりました!」

 

「シュウの助けられる可能性が聞けた。

 なら、あとは…その可能性を手繰り寄せる!」

 

なのはとフェイトは闘志をみなぎらせ、管制人格の少女を見据える。

そんな2人に管制人格の少女は静かに言った。

 

「主と今の少年は、我が内で束の間の夢を見る。

 定められた滅びを知らず、安らかな夢の内で滅びの時を迎える…。

 それが…我の目覚めた世界で、唯一幸せな道だ…。

 お前たちにも与えてやろう…滅びの運命を前にして、唯一の幸せを…。

 夢のうちでの死…それが最後の幸せだ…」

 

「…そんな幸せ、いらないよ」

 

「私たちの幸せは自分で、戦って掴み取る!

 皆でこの夜を越えるために!!」

 

なのははレイジングハートを槍のように構え、フェイトはバルディッシュを振りかぶる。

揃って戦闘態勢に入った2人に、管制人格の少女も魔力を立ち昇らせる。

 

「…愚かな…誰であろうと今から起こる滅びは止められない…。

 それがどのような魔導士であろうと、どんな奇跡を起こそうとだ。

 そして…お前たちは我には勝てない…」

 

「知ってる? そんな絶対無理な条理を覆すことのできる人がいることを!

 私は知ってるよ、魂の小宇宙(コスモ)を燃やしてどんな不可能だって可能にする人たちがいることを!」

 

「それをなのはと私で教えてあげる!

 私たちの魔力と小宇宙(コスモ)を最大まで燃え上がらせてあなたを…倒す!!」

 

「…来るがいい、白と黒の魔導士。

 お前たちに甘い夢と死を…」

 

そして、なのはとフェイトは同時に空を駆ける。

その視線は前だけを、越えるべき敵だけをただ見つめていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人が、シュウトが、そしてなのはとフェイトが激しく戦い続ける中、セージは本局の一室でクロノと共にある人物と対面していた。

その相手とはギル=グレアム、仮面の男たちことリーゼ姉妹の主人で、この事件の裏で暗躍していた存在だ。

 

「ギル=グレアム殿、もう気付いているとは思うが我々もクロノ少年もあなたのやってきたことをすでに知っている。

 あなたの考えていることを聞かせてもらいたい」

 

丁寧だが有無を言わせぬ口調のセージに、グレアムはため息をつくと話を始める。

すべては11年前、『闇の書』をクロノの父もろとも魔導砲アルカンシェルによって吹き飛ばしたことがすべての始まりだった。

 

「今でも、何度だって後悔している。 あの時、何故彼の艦に『闇の書』を積んだのか?

 責任者であった私の艦に積むべきだったのだ。

 そうすれば妻と幼い息子のいる彼ではなく、この老いぼれの犠牲で済んだのだ…。

 何故私はそうしなかったのか…この11年、そう思わなかった日はなかったよ。

 そして私は…あれに、『闇の書』に復讐を誓った…」

 

「成程、『悔恨』と『決意』…あなたの瞳に今も渦巻くそれは、その時生まれたのですな…」

 

セージは初めて会った時のグレアムから感じたものの正体を知り、顎を撫でながら頷く。

その後のグレアムの『闇の書』への行動はまさに執念だった。

何年もの時間をかけ、独自の捜査によって『闇の書』の転生先を見つけ出したのである。

それはこの広い次元世界で、砂漠に落とした針を見つけるようなものだ。

それをグレアムは執念で成したのである。

新たな『闇の書』の主、八神はやてを見つけ出したグレアムはその存在を管理局に報告せず、独自に行動を始めた。

はやての父の友人を騙り彼女の生活を援助、その目的ははやてを監視の目の届く場所で育て、はやてに『闇の書』を完成させその暴走が始まる直前に強力な凍結魔法を用いて永久封印することであった。

 

「凍結によって仮死状態なら、主が死亡した時新たな主の元に向かう『闇の書』の転生機能を誤魔化せる。

 これで永遠に『闇の書』を葬り去れる…。

 そう思っていたのだ…」

 

そのため、使い魔であるリーゼ姉妹を『仮面の男』に変身させ守護騎士達の蒐集に陰ながら協力し『闇の書』の完成を目指していたのである。

 

「計画は順調…なはずだった…。

 貴方達、聖闘士(セイント)がいなければだが…」

 

グレアムの計画の最初の破綻は大悟の存在だった。

魔力も無く、はやての幼馴染として放置していた存在だった大悟が、未知なる力である小宇宙(コスモ)によってあのヴォルケンリッターたちを子供のごとく一蹴する様子を見てグレアムは顔を青ざめさせた。

大悟は奇襲などが通じるような相手ではなく、このままでは『闇の書』が完成しても暴走が始まる直前に凍結魔法ではやてを氷漬けにすることができなくなる…そう思い悩んでいた矢先、ヴォルケンリッターたちと大悟の前に、同じく人知を超えた黄金聖闘士(ゴールドセイント)が2人も敵として立ちはだかることになった。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)相手ではリーゼ姉妹も手も足もでない。

これでは『闇の書』の完成すら危うい…そう危機感を募らせていた矢先、『彼』が接触をしてきたのだ。

 

「あのローブの聖闘士(セイント)ですな?」

 

「彼は八神家を監視していたロッテを捕まえ、私たちと接触を図ってきた。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)の相手を受け持ち、私の計画に手を貸そうと…」

 

「彼は何者なのですかな?」

 

その言葉にグレアムは首を振る。

 

「彼は一切、自分の素性も目的も語らなかった。

 だが、あなたがた強大な黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦闘能力に対抗するため、私は藁にもすがる思いで協力を頼んだ。

 彼は私の計画も何もかも知っていた…まるで未来でも知っているように…。

 そんな彼なら、私の計画を達成できるのではないか…そう思いながら…。

 結果、彼はよくやってくれた。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人を抑えることで管理局側とヴォルケンリッターの戦力をほぼ互角に調整し、リーゼたちによる介入が可能になったのだ。

 そして計画はすべてうまく行った…そう思っていた…」

 

聞き終えたセージは、ため息と共にグレアムに言った。

 

「復讐心に捕らわれ、目が曇りましたなグレアム殿。 その計画、大いに穴がありますぞ。

 まず凍結による仮死状態で『闇の書』の転生機能を誤魔化せるかどうかが未知数ですな。

 それに…凍結後の維持はどうするのです?

 魔法の効果時間の問題もありますが『闇の書』ほどのロストロギア、どこに保管しようが利用しようと思う有象無象は出てくるでしょう。

 無論管理局内部にもです。 それらのものが封印をとかない保証はない。

 あなたの存命中はあなたが維持をするにしても、あなたが死亡した後の封印の維持は一体誰が、どの様にするのですかな?」

 

「…」

 

そのセージの言葉にグレアムは答えられない。

するとセージはどこか遠い目をしながら言った。

 

「それでは犠牲となる少女が報われない…。

 私とて聖闘士(セイント)を統率する教皇の地位にあった者。

 私の命令で戦い、若く将来ある聖闘士(セイント)たちが死んでいく様を何度も見てきました。

 すべては人に悪意ある邪悪な神々を封印するために…。

 聖闘士(セイント)と邪神、そしてグレアム殿と『闇の書』…この関係は似ているやもしれませんな。

 だが、我々は邪悪な神々を、永遠に封印できるとは思ってはいない。

 その脅威を後世に伝え、邪神の復活する確実な未来に備え次の世代を担う聖闘士(セイント)を育てていった。

 ただ一時の封印でも、そのために散って行った数え切れぬ同胞たちの命が、ただの一つとて無駄ではなかった証明のために。

 一時の平和でも、それを途切れることなく無限に繋ぎ、『永遠』へと近付けるために。

 グレアム殿、我々神ならざる人の身では『永遠』など夢のまた夢。

 あなたは『永遠』を信じ、一時を繋げて未来に託す道を怠ったのです」

 

「…そうかも、しれません」

 

「グレアム殿、若き世代に未来を託してはみませんか?

 あなたの弟子たるクロノ少年、そして我らの見守る若き黄金聖闘士(ゴールドセイント)と少女たちに…。

 若き命はいつでも真っ直ぐ愚直に、最良の未来を目指して進むものです。

 我々のような老いぼれにできることは、その若い世代を信じて見守り導き、そしてその進むべき道を示すことではありませんかな?」

 

「…」

 

セージの言葉に、グレアムは無言のまま懐から待機中のデバイスを取り出すとクロノへと差し出した。

 

「これは?」

 

「デュランダル…『闇の書』の永久封印のための強力な凍結魔法を使用するためのデバイスだ。

 クロノ、君は現場に行くのだろ?

 それは君の好きに使いたまえ」

 

「…わかりました。 クロノ=ハラオウン、これより現場に急行します。

 この事件を…『闇の書事件』のすべてを終わらせるために!」

 

グレアムに対してビジッと敬礼をして、クロノは急いで部屋から出ていく。

その後ろ姿を、グレアムは眩しそうに見つめていた。

そんなグレアムにセージは言う。

 

「良いものでしょう、グレアム殿。 若き世代を信じて託すというのは」

 

「…忘れておりました。

 あのどこまでも真っ直ぐな、何かが為せると信じて進むことを…」

 

「それを思い出せたとは良きことです。 では、我々も行きましょう。

 何、若者の努力を特等席で見物するのも老いぼれの特権、使わぬ選択はありますまい?」

 

「ええ…」

 

そう言ってセージとグレアムは前線となっているアースラへの転送ポートへと向かい歩き出す。

 

「ところで、あなた方の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人、シュウトくんが『闇の書』に取り込まれたと聞きましたが…」

 

「何、心配はいりませんよ。

 彼は誇り高き黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人、誰よりも気高い誇りを持ったアルバフィカを師とする少年です。

 この程度で死にはしませんよ。

 それに…考えようによっては都合がよかったやもしれません」

 

「都合がいい、とは?」

 

「我ら聖闘士(セイント)の危惧する事態だった場合…ともすれば彼がこの事件を解決に導くことになるやもしれません…」

 

そしてセージは少し遠い目をして呟いた。

 

「頼むぞ、若き魚座(ピスケス)よ…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「起きなさい、シュウト。 シュウト」

 

「う、うぅん…」

 

柔らかな光と、そして同じく柔らかい声に導かれシュウトの意識は覚醒した。

 

「ここ…は…」

 

見渡せば、そこは知らない部屋だった。その部屋のベッドでシュウトは眠っていたのである。

そして先ほどから聞こえる柔らかな声は…。

 

「やっと起きましたね、シュウト」

 

「!? リニス姉さん!?」

 

それは自分にフェイトの未来を託し、消えてしまった姉とも慕う女性、リニスだった。

 

「どうして姉さんが…?」

 

「まだ寝ぼけてるようですね。

 もうアルバフィカ兄さんも、カイトも起きてますよ。

 早く朝食にいらっしゃい」

 

リニスは呆れたように言うと、部屋から出て行った。

言われるままに食卓に出向けば、そこにはさらに驚くべき光景が広がっていた。

そこにはセージがいた、アルバフィカがいた、リニスがいた、快人がいた。

そして…あの時空乱流に巻き込まれた事故の時、シュウトを脱出用の転送ポートに押し込み死んだはずの、シュウトの両親がいた。

 

「これは…一体…?」

 

「何をしてるんですか、シュウト。 早くしないと迎えが来ちゃいますよ」

 

「迎え?」

 

その時、家のインターフォンがなり、誰かの来訪を告げる。

 

「ほら、来ちゃったじゃないですか」

 

リニスはそう言って玄関のドアを開けると…。

 

「おはよう、カイトくん!」

 

「おはよう、シュウ」

 

制服を着たなのはとフェイトがそこにはいた。

 

「おう、おはようなのは。 ほら、行くぞシュウト」

 

「あ、兄さん!」

 

快人の投げよこす鞄をキャッチして、シュウトはそのあとを追った。

その後、シュウトは学校に行き、アリサやすずか、そして級友たちと平和な、だけどどこか騒がしい日常を過ごす。

…ここまでくればシュウトもすべてに察しがついた。

 

夕刻、帰宅したシュウトは台所で夕食の支度をするリニスに後ろから声をかけた。

 

「リニス姉さん…」

 

「シュウトですか? 夕飯まではもう少し待ってください」

 

そんなリニスに、シュウトは静かに首を振ると告げる。

 

「これはただの夢だね」

 

その言葉に、リニスの手が止まった。

死んだはずの両親がいて、セージが祖父、アルバフィカとリニスが兄と姉、そしてなのはやフェイトとは幼馴染…こんなすべてを無理矢理繋げたようなご都合主義(デウス・エクス・マキナ)、夢以外にあるはずがない。

これは『闇の書』が自分の願望を元に作り上げた夢であると、シュウトは結論付けた。

しばしの沈黙…そしてリニスが振り向くと口を開く。

 

「夢で、いいじゃないですか?

 ここにはあなたが願ったすべてがある。

 それが夢であろうがなんであろうが、いいじゃないですか?」

 

その言葉に、シュウトはゆっくりと首を振った。

 

「ボクの、そしてみんなの願ったものはここにはありませんよ。

 ここには…『未来』がない」

 

そしてシュウトはこれまでの別れを思い出しながら静かに語る。

 

「ボクの両親は、ボクを救おうとあの時空乱流で脱出ポートにたどり着いた。

 そして奇跡的に接続された転送元にボクを送った…自分たちじゃない、ボクを生かそうと、ボクに未来を託してくれたんだ。

 そして…リニス姉さんは言った。『フェイトの側にいて支えてあげて』って…。

 リニス姉さんはボクに未来を託してくれたんだ…。

 でも…ここには『未来』はない」

 

シュウトは力強く、断言する。

 

「ここは夢、過去も現在も未来もない。

 だからボクは戻る…フェイトたちの待つ現実に。

 そして共に生きて未来を目指す。

 それがあの日リニス姉さんと、ボク自身の心に立てた誓いだから!」

 

「シュウト…」

 

その言葉に、リニスは涙を流しながらゆっくりとシュウトを抱きしめた。

 

「シュウト、あなたは本当に素晴らしい男の子になってくれたんですね。

 私はただの使い魔…使い魔に祈る神などありません。

 でも…もし神がいるのなら、私は神に感謝します。

 あなたと巡り合せてくれた運命を…」

 

「リニス姉さん…」

 

ゆっくりと抱擁を解くと、リニスはその手にあるものを差し出した。

 

魚座聖衣(ピスケスクロス)…」

 

それはクロストーン状態の魚座聖衣(ピスケスクロス)だった。

シュウトが受け取ると同時にクロストーンが光を放ち、魚座聖衣(ピスケスクロス)がシュウトに装着される。

 

「行きなさい、シュウト。

 この世界は終わり、『彼』が現れるはず」

 

「『彼』?」

 

「この世界を、『闇の書』となった『夜天の書』に嘆き悲しむ人よ。

 『彼』の話を聞いて、そして…その願いをかなえてあげて。

 あなたのすべきことを全うしなさい」

 

「はい、あの日のリニス姉さんと、自分の心に立てた誓いとともに!」

 

そしてリニスの姿が、周りのすべてがゆっくりと消えていく。

 

「現実でも、もっとずっとフェイトとあなたを見守っていたかった…。

 でも…今そこにいなくても、私はあなたとフェイトの歩む未来を、いつでも見守っていますよ…シュウト。

 愛しい…私の弟…」

 

その言葉と共に、リニスを含め世界すべてが消えていった。

 

「リニス姉さん…」

 

シュウトはそれだけ呟くと、周囲を見渡す。

そこにあるのはどこまでも続く闇、上下も何もわからない広大な空間だ。

そしてその空間の一点、シュウトの目の前に白い人影が現れた。

どこかひどく疲れたような、長髪の白髪の老人だった。

恐らく、リニスが『彼』と言っていた人物だろう。

 

「あなたは?」

 

シュウトの言葉に老人は答えず、代わりに嘆くように呟く。

 

「こんなはずではなかった…。

 こんなことを望んで私は『夜天の書』を造ったのではなかった…」

 

「造った?」

 

その言葉から、シュウトは目の前の人物こそ『夜天の書』を作り上げた人物の意識なのだと理解する。

 

「私は…娘の笑顔が見たかった。

 生まれた時から病弱で、外になど出ることのできなかった私の娘…。

 あの子の見る外の世界は、本の中にしかなかった。

 そんなあの子に、望むまま世界のすべてを見せてあげたかった。

 だから私は魔法を、知識を、そして世界を記録する本を造った。

 それが…」

 

「『夜天の書』…」

 

「失われる魔法と知識を後世に伝える…そんなものは二の次だ。

 私は娘のために、ただそれだけのために『夜天の書』を造った。

 娘は死んでしまったが、せめてその姿形、そして感情を完全にトレースした管制人格にはいつか『夜天の書』の集めた広い世界を見てもらおう…それが娘を救うこともできなかった私の、せめてもの願いだった」

 

フェイトたちと激しく戦う管制人格の少女は、どうやら『夜天の書』製作者の娘の外見等をコピーした存在らしい。

 

「私は、『夜天の書』の完成に夢と情熱を注ぎ続けた。

 だが…『あの存在』が、私の夢と情熱を、『夜天の書』を『闇の書』に塗り替えた!」

 

くたびれたような老人に、怒りという名の微かな熱が灯る。

 

「どこからともなく現れた、我々の理解を超える『あの存在』…。

 奴は『夜天の書』に憑りつき、『完成させれば絶大な力を得られる』と嘘を囁いた。

 そこに夢を賭けた者が蒐集を働き、蒐集の完了とともに暴走。

 最終段階では『あの存在』自身が外に出て、その世界の熱を、命を吸い尽くす…。

 破壊されても、私の付加していた『自己修復機能』と『転生機能』を使って次の世界を破滅に導く…それを繰り返し、いつしか私の『夜天の書』は『闇の書』と呼ばれるようになってしまっていた…」

 

自身の夢と情熱の結晶だった『夜天の書』が、世界を破滅に導く『闇の書』へと変わっていく様を見続けたのか、製作者の声には嘆きに満ちていた。

そして、製作者はシュウトを見た。

 

「お願いだ、誇り高き黄金の闘士。

 歪んでしまった私の夢を、情熱を終わらせてくれ。

 『あの存在』の見せる幸せな夢に抗えたのは、君が初めてなのだ。

 そんな君なら『あの存在』を…『神』と名乗るあの存在を止めれるかもしれん。

 お願いだ、私の『夜天の書』を『闇の書』から解放してくれ!」

 

製作者の懇願に、シュウトはゆっくりと、だがしっかり頷く。

 

「わかりました。

 あなたの、そして数えきれない人たちの夢と情熱を踏みにじった邪悪なる『神』は…ボクたち聖闘士(セイント)が倒します」

 

その言葉に、老人は彼方を指さす。

そこには闇の空間でただ一点、微かな光が瞬いていた。

 

「あれが今の主となった少女だ。

 彼女を飲み込もうと『あの存在』もそこにいるはず。

 頼む…」

 

「わかりました…ありがとう」

 

そう言って光の方へと向かう前に、シュウトは言った。

 

「今夜は聖夜、『闇の書事件』と言われる悲劇は必ず終わらせます。

 それが、あなたと世界へのクリスマスプレゼントですよ」

 

そう笑って宣言してから、シュウトは光へ向かって飛翔した…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

はやては微睡みの中にいた。

えも言われぬ倦怠感が身体を覆い、思考が霞んでいく。

 

「眠い…なんでこんなに眠いねん…」

 

その呟きに答える声があった。

 

「…お眠りください、我が主。 もうすぐ『あの存在』が現れます。

 そうすれば再び世界のすべての命は吸い尽くされ、滅びるでしょう。

 その前に、せめて幸せな夢の中で安らぎを…」

 

「夢…?」

 

「そうです。 そこにはあなたの望んだすべてがある。

 亡くなった家族も、今の家族も友人も、そこはすべての満ち足りた世界…。

 そこでどうか…安らぎを…」

 

眠りを促すその言葉に、はやては首を振った。

それと共に、霞みがかっていた意識がはっきりとしてくる。

 

「せやけど…それはただの『夢』や!」

 

はやてははっきりと、甘い夢の誘いを拒絶した。

 

「どんなに辛くとも、私らの生きてくのは現実の世界。 そこから逃げたらアカン。

 それに…現実には私を待ってくれとるはずの人がいるんや」

 

はやての脳裏に浮かぶのは、大きな体の幼馴染。

自分を包み込み守ってくれる、誰より暖かい黄金の闘士。

 

「だから全部終わらせる。

 あなたもそうや、誰にも『闇の書』とか、『呪いの魔導書』とか呼ばせへん…。

 私が呼ばせへん!

 名前をあげる。 希望に満ちた祝福の名前を。

 だからもう、こんなことやめさせるんや」

 

「無理です!

 『あの存在』の影響下にある自動防衛プログラムは、今も外で管理局の魔導士と交戦中です。

 魔力以上の謎の力によって強化された自動防衛プログラムはこちらでは止まりません。

 自動防衛プログラムを撃破してもらえればあなたの管理者権限により切り離しも可能でしょうが…それまでに『あの存在』が現れたら…」

 

『そう、すべては無駄なことよ。 小娘』

 

2人の会話に、重苦しい声が響いた。

 

「なんや!?」

 

「…来た。 私を変えた『あの存在』が!」

 

その圧倒的存在感は空で形を作っていく。

それは巨大な人影。黒い鎧を纏い、羽を生やした人影だ。

その圧倒的な威圧感で恐怖に震えながらも、はやてがその影へと言葉を投げる。

 

「あんた! あんたがこの子を『闇の書』なんかに変えたんか!?」

 

『ふふふ…この書に込められた夢と情熱は、我らの復活のための道具として利用するのは容易かった。

 これから先も、この『闇の書』は我らが復活するための命を集める核として使ってやろう』

 

「ふざけるんやない! こないにみんなを不幸にして…あんた何様や!」

 

『無論、我は神だ』

 

さも当然のように影は答える。

 

『人など我ら『神』の造った泥人形にすぎん。

 それを役立てることの何が問題があるのだ』

 

そして人影はゆっくりとはやてへと手を伸ばしていく。

 

『すでに舞台は整った。 小娘、お前は用済みだ。

 その命、我が糧としてくれよう…』

 

抗うことのできない、圧倒的なまでの死の予感。

管制人格の少女がとっさにはやてを守ろうと覆いかぶさるが、それで何とかなるはずもない。

恐怖で目を閉じたはやては、もっとも信じるその名前を叫んでいた。

 

「うっしー、助けてぇぇ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その時、はやてたちと巨大な人影を引き離すように黄金の光が飛び込んできた。

それは人だ。

黄金の鎧に身を包んだ闘士の姿。

 

「うっしー!!」

 

「…ごめん、牡牛座(タウラス)じゃないんだ」

 

はやての喜びの声に、シュウトはバツ悪そうに振り返って答える。

 

「あんた今日来てくれとった、フェイトちゃんのいい人の…」

 

「それ、どういう覚え方!?

 魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミだよ」

 

そう言ってシュウトは人影へと振り返った。

 

「ここはボクに任せて。

 あいつを抑えて、外の自動防衛プログラムとやらを倒してもらえれば、ここから出られて君は正常な状態になるんでしょ?」

 

「確かに『あの存在』に邪魔されず、その影響を受けた外の自動防衛プログラムがなくなれば管理者権限によって切り離しが可能だが…。

 『その存在』はどんな騎士でも、何者も敵わない!

 文字通り次元が違うのだ! それを私は何度も見てきた!!

 どんな奇跡を持ってももはやどうしようも…」

 

絶望に嘆く管制人格の少女に、シュウトは振り向くことなく答える。

 

「その起こりえない奇跡を起こすために、ボクたち聖闘士(セイント)は存在しているんだ。

 ボクも、兄さんも、そして君たちのよく知る牡牛座(タウラス)も、この邪悪なる『神』から人々を守るのが使命だ。

 早く行って! ボクたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)は、こんな邪神には負けないから!!」

 

「わかった!

 せやけど、死んだらダメや! フェイトちゃんが泣いてまうから!!」

 

それだけ言い残し、はやては管制人格の少女と共にこの場を離れる。

外部との連絡を取り、切り離し作業とやらをするのだろう。

 

「さて…これで心置きなく戦える」

 

そういってシュウトは赤い薔薇を取り出した。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)か…人の分際で神に逆らう愚か者どもよ。

 我に勝てると思っているのか?』

 

「やってみせるさ。

 それを為すのがボクたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)の使命…」

 

そして、シュウトは倒すべき存在の名を呼んだ。

 

「『夢神ボペトール』!!」

 

夢神ボペトール―――それは夢神の一柱。

人の夢と情熱をかけた器物を核として、人々から熱気と命を吸い取り、最終的にはその場に存在するすべての命を夢界へと吸い上げ、糧とする邪悪の神だ。

そう、ユーノの解読した『闇の書の暴走について』書かれた一節と寸分違わぬ状況を作り出す。

シュウトたち聖闘士(セイント)組の危惧した通りの状況だった。

 

『よかろう、『神』に挑む愚か者よ。

 世界の前に、お前の命を喰らってやるわ!』

 

「ロイヤルデモンローズ!!」

 

動き出した夢神ボペトールに、シュウトの小宇宙(コスモ)を爆発させた赤い薔薇の旋風が襲い掛かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『効かん、効かんなぁ!!』

 

「!?」

 

赤い薔薇の旋風を突っ切り、ボペトールの強大な小宇宙(コスモ)がシュウトへと襲い掛かる。

 

「くぅ!?」

 

その攻撃を寸でのところで回避したシュウトは、そのまま無数の黒い薔薇を小宇宙(コスモ)と共に放った。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

大岩をも簡単に噛み砕く黒薔薇の乱舞。

だが、それすらもボペトールの身体に傷をつけることは適わない。

 

『ふん、無駄なことを』

 

「無駄かどうかは今わかる!」

 

舞い降る黒薔薇の花弁の中を、シュウトが駆け抜ける。

その手にはシュウトの最大級の小宇宙(コスモ)と共に現れた、極大の白い薔薇が握られていた。

 

「ブラッディローズ!!」

 

まるで槍のごとく、シュウトはブラッディローズをボペトールへと突き立てた。

ピラニアンローズとは違い、ボペトールへと突き立つ感触にシュウトの頬が一瞬緩む。

だが…。

 

『無駄だというのがわからんようだな!』

 

「うわぁぁぁ!?」

 

胸を貫かれたというのに、ボペトールは意にも介さず強大な小宇宙(コスモ)をまるでハンマーのように叩きつけてくる。

空中に浮かされたシュウトに、2発3発と強大な小宇宙(コスモ)が叩きつけられた。

 

「ぐ、うぅぅ…」

 

ガードは間に合ったが叩きつけるようなその攻撃に、シュウトの動きが止まった。

 

『さぁ、貴様の熱、喰らってやろう』

 

ボペトールがその口を開く。

同時に、シュウトは強烈な虚脱感を感じていた。

急速に心が萎え、拳が緩む。

感情の熱が…奪われていく。

 

「ぐ、あぁ…」

 

片膝を付くシュウト。

小宇宙(コスモ)とは人の魂の力、そして魂を飾るものは人の感情。

感情の熱を奪われることは、小宇宙(コスモ)を燃やすことにまで支障をきたす。

強大な神を前に、シュウトの小宇宙(コスモ)は燻り、高まらない。

そんな圧倒的な力を見せ、ボペトールはシュウトをあざ笑う。

 

『こんなものか、黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 この程度の力で、よく我ら神を相手取ろうと分不相応なことを考えたものだ』

 

「…」

 

嘲りの言葉にも、シュウトは何も言えない。

それほどまでに感情の熱と起伏を剥奪されていたからだ。

だが、ボペトールの続く言葉が、シュウトの感情を呼び覚ました。

 

『だが仕方ないやもしれん。

 なんといっても…魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)では最弱だろうからな』

 

「…魚座(ピスケス)が…最弱?」

 

『知っているぞ、魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)は毒の使い手。

 矮小な人には毒とは厄介なものであろうが、我ら神にそんなものが通じようはずもない。

 事実、お前の自慢の毒薔薇は我には通じなかった。

 そんな我ら神の薄皮一枚剥ぐこともできん魚座(ピスケス)を、最弱と言わずして何と言う?』

 

「…」

 

嘲り笑うボペトールは気付かなかった。

シュウトの心に、熱が戻りつつあることに。

シュウトがゆっくりと立ち上がる。

 

「…ボペトール、人をもっとも殺したものは何だと思う?

 それは剣でも銃でも核でもない、『毒』こそが人という種をもっとも殺してきた力だ。

 『毒』とは、数多の同族の屍を作り上げた最強の戦いのツールの一つ。

 それはお前たち神だって変わらない。

 神話を紐解けば『毒』によって殺されたとされる神なんて吐いて捨てるほどいる。

 お前は今その『毒』を…ボクに繋がる数え切れない『誇り』を傷つけた…」

 

そして、シュウトは静かに一言呟いた。

 

薔薇園(ガーデン)開放(オープン)…」

 

瞬間、シュウトから爆発的な小宇宙(コスモ)が眩い黄金の光となって放たれる。

 

『な、なんだ?』

 

その眩しさは一瞬、ボペトールの視界を塞ぐ。

そして、ボペトールの視界が戻った時、そこに広がる光景は一変していた。

 

『な、なんだこれは!?』

 

「ようこそ、魚座(ピスケス)の薔薇園へ…」

 

驚きを見せるボペトールに、シュウトは大仰に手を広げて答える。

そこに広がっていたのは一面の薔薇。

それもただの薔薇ではない、黄金に輝く薔薇で埋め尽くされた、黄金の薔薇園だった。

その黄金の薔薇の一つを、シュウトは撫でるようになぞる。

 

「この黄金の薔薇1つ1つはこの魚座聖衣(ピスケスクロス)に残された記憶…魚座(ピスケス)の誇りに、『毒』に賭けた黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの魂の結晶だ…」

 

そう言ってシュウトは遠い目をする。

聖衣(クロス)にはそれまでの使用者の魂や記憶が宿る。

聖衣(クロス)修復者であるシオンはそれを見ることが出来たし、弟子のいない黄金聖闘士(ゴールドセイント)が戦死してもその奥義が後世に伝えられてきたのはそのおかげである。

黄金聖衣(ゴールドクロス)のその機能はとてつもなく高い。

だから黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏うものには見えるのだ。

過去に散って行った装着者たちの、その覚悟と決意、その生きた歴史が。

 

「これだけの、数え切れない魂がお前の言う『最弱』の『毒』に命を捧げたんだ…。

 ボクたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)は違う方向性でお前ら『神』と戦うための極致を目指した存在だ。

 何者も砕く圧倒的な力で『神』に挑もうとした牡牛座(タウラス)、魂を操り『神』すら焼き尽くそうとした蟹座(キャンサー)…そして魚座(ピスケス)は『毒』を選んだ。

 何を思い、その道を魚座(ピスケス)が選んだと思う?」

 

シュウトはボペトールを見つめながら、魚座(ピスケス)たちの選んだその覚悟の道を語る。

 

「毒をもって毒を制す…お前たち邪神という人の世界を侵す『毒』を制する『毒』となること、それが魚座(ピスケス)の目指したもの。

 そのために身体を毒に染めた者がいた、人と交われぬ孤独を耐えた者がいた…人の世界を侵す『毒』を制する『毒』となるために孤高に、そして誇り高く生きた者がいた!

 彼らは全員が信じていたんだ、自分たちの選んだ『毒』が、いつかきっと、世界を冒す邪悪の神という『毒』すら制することを!

 お前の笑った魚座(ピスケス)の『毒』は、数多の願いの込められた未来に祈りを込めた『誇り』!

 見せてやる、その『誇り』の道の一つの最果てを!!」

 

そして、シュウトはその両手を突き出した。

同時にシュウトから限界を超えた黄金の小宇宙(コスモ)が立ち昇る。

風が逆巻き、薔薇園の黄金の花弁が空を舞った。

 

『こ、この小宇宙(コスモ)は!?』

 

そのあまりの小宇宙(コスモ)にボペトールは驚きの声を上げるが、シュウトも自身の小宇宙(コスモ)のコントロールに苦慮していた。

この技は途方もない小宇宙(コスモ)とその精密制御が要求される、シュウトの考え出した対神最終奥義。

十分な準備をしてもなお発動は不十分、快人すらその存在を知らず、師であるアルバフィカからはその不安定さと使用時のリスクから『決して使うな』と言われていたものだ。

ありったけの小宇宙(コスモ)を燃焼させるが、それでもなお足りない。

 

「ボクでは…ボクでは魚座(ピスケス)の目指した場所には届かないのか!?」

 

シュウトは女神によって転生させられた人間だ。

その血とて『毒』となったわけではない。

すべてを『毒』に捧げて来た歴代の魚座(ピスケス)たちとは、境遇がまったく違う。

だがそれでも…。

 

「素晴らしいと感じたんだ…誰かを守るために『毒』を目指した魚座(ピスケス)たちの覚悟を。

 誇らしく思ったんだ、そんな先人たちのいる、魚座(ピスケス)という宿命を背負えたことを。

 だから燃えろ、ボクの小宇宙(コスモ)

 偉大なる数多の魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの想いが、覚悟が、誇りが無駄ではなかったという証明のために!!

 限界を、超えろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

叫び、それはどこかに到ろうとするシュウトの魂からの叫び。

そして…その叫びはどこかに届いた。

 

「あっ…」

 

刹那の瞬間、シュウトは見た。

シュウトに微笑みかける、数え切れないほどの誰かを。

それは過去の魚座(ピスケス)たち。

彼らの想いが伝わる。

『今こそ、魚座(ピスケス)の目指した、『神殺しの毒』となれ!』と。

そして、限界も何もかも超えたシュウトの小宇宙(コスモ)はついにその技を発動させた。

 

 

「ゴールデンローズ・ストリーム!!」

 

 

黄金の薔薇竜巻がボペトールを包み込む。

そして変化はすぐに現れた。

 

『ぐわぁぁぁぁぁ!!?

 な、なんだこの痛みは! 我の神の身体が…侵される!?

 神を殺す『毒』だというのか!?』

 

ボペトールの全身のいたるところが変色し、末端がボロボロと崩れ出す。

 

「そうだ、これが魚座(ピスケス)の目指した、『神殺しの毒』のボクの回答だ…」

 

黄金の薔薇園は消え去り、超高密度の小宇宙(コスモ)の放出で肩で息をしながらも、シュウトはそう宣言した。

シュウトにとって夏に起こった『邪神エリス事件』は様々なことを考えさせられる事件だった。

今後を考えれば、『神』クラスの敵との遭遇は免れない。

だが、シュウトの知る魚座(ピスケス)の技だけでは対神戦では不安が残る。

そこで考えたのが、『原子そのものをうまく操れないか?』である。

聖闘士(セイント)の闘技は原子を砕くことを基本とする。これを応用し原子の動きを止めて低温を発生させたりもする。

ならば、『原子そのものを変質できないか?』というのがシュウトの発想だった。

原子そのものをすべてを侵す毒に変え、相手を内部から侵し破壊する…それこそがシュウトの出した対神奥義の原点だ。

だが、それを為すためには途方もない小宇宙(コスモ)を要求する。

当然だ、この技は香気の原子一つ一つを毒へと変質させねばならないのだから。

普通にはどうやったところで不可能、そこでシュウトがヒントにしたのが獅子座(レオ)の究極奥義『フォトン・バースト』である。

『フォトン・バースト』は、発動に周囲に自身の小宇宙(コスモ)を展開する準備が必要となる大技だ。

同じように自身の小宇宙(コスモ)を最大限発揮できる空間を展開、その空間内限定で放つのなら…。

その発想を元に研究を重ねていたが、それでも必要となる小宇宙(コスモ)の量は膨大すぎて発揮できず、アルバフィカから封印を言い渡された技である。

だが、この場において初めてシュウトはこの『ゴールデンローズ・ストリーム』を完成させた。

それは魚座(ピスケス)の目指した極致、『神殺しの毒』の1つの回答である。

だが、それでもまだ、シュウトの『神殺しの毒』は未完成だった。

 

『お、おのれ魚座(ピスケス)ゥゥゥゥ!!!

 こんなことで、こんなことで我は、神は死なん!!』

 

「…くっ、ボクの小宇宙(コスモ)が足りなかったか」

 

大きなダメージは与えられたようだが、ボペトールの完全消滅には到らなかったようだ。

シュウトは肩で息をしながらも、薔薇を構える。

その時だ。

シュウトの遥か後方から光が溢れ出したのだ。

 

『あ、あの小娘ぇぇぇ!!』

 

「…どうやら外のフェイトたちがうまくやったみたいだね。

 続きは外だ、ボペトール。

 今度こそ、完全に滅してやる」

 

『思い上がるなよ魚座(ピスケス)

 その様に弱った小宇宙(コスモ)の貴様など…』

 

「勘違いしないでほしいけど、相手はボクだけじゃない。

 兄さんにフェイトになのはちゃん…平和な人の世界はお前の存在を認めない。

 そのすべてを持ってお前を…滅ぼす!!」

 

シュウトはその宣言と同時に光に包まれ、どこかに引っ張られるような感覚に襲われる。

そして…。

 

「シュウ!!」

 

「フェイト!!」

 

泣きながら力の限り抱きついてくるフェイトの身体を、シュウトも力強く掻き抱く。

その柔らかな温もりと甘い香りに、シュウトは現実への帰還を意識したのだった…。

 

 

 




というわけで聖夜決戦編の魚座最大の見せ場でした。
今回もイベント量は半端ない。
なのは&フェイトVS管制人格戦開始、セージとグレアムの会話、シュウトの見る夢、『夜天の書』製作者の想いと取り付いた邪神の登場、魚座の毒の誇りとシュウトの新技…二話くらいに分けるべきだったかな?

『夜天の書』製作者については完全に私の妄想です。ボペトールを出すための理由付けでしたが、こうでもしないと管制人格をあの格好にした製作者は途方もない変態さんになってしまう…。

そして『闇の書』についたやばいものの正体は、LC外伝でエルシドさんに討伐された夢神ボペトールでした。
夢神4人組やタナトス&ヒュプノスを予想していた人は多かったようですが、ボペトールを予想した人はいなさそうでしたね。

そして魚座の毒の誇りについて。
作中でも出してますが、私は『黄金聖闘士は方向性が違うだけで人間のたどり着ける極致にたどり着いた者』だと思っています。
そこで『魚座は何を思って毒の方面に向かったのか?』ということを私なりに考え、この作中では『毒をもって毒を制するため』だったとしました。
シュウト側魚ファミリーのテーマの1つは『誇り』と考えています。
そこで魚座の『毒』と『誇り』を今回はメインテーマに添えてみたつもりですが…正直表現し切れてないかもです。
しかし、前書きの弟は喜んでくれたので良しとします。

シュウトの新技について。
フォトン・バースト+ネビュラストリーム=ゴールデンローズ・ストリーム
…我ながら安直すぎる。
技名のセンスの無さに関してはもはや絶望の域…そのあたりはお目こぼしを。


さて次回は聖夜決戦編のなのは&フェイトVS管制人格です。
聖夜の時系列としては

1、シュウトがボペトールを抑える
2、なのは&フェイトが管制人格を倒す
3、はやての管理者権限発動でボペトールの影響下の自動防衛プログラム切り離し
4、シュウト&はやて脱出
5、蟹VS牛最終決戦を目撃

となりますので先は長い。

次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:新蟹座シラーさん、やっぱり安定のクズさんでした。
     そしてやっぱり力こそ正義。
     やめて踊らないで、笑うから。
     ただ、積尸気冥界波には普通に感動した。

     かつてない金牛宮の通り方。
     …これ本当に主人公たちが勝ち進むヴィジョンが見えないぞ。
     やっと次回龍峰が父の通った道を…となってるけど、もちろん脱衣のことですよね。


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第32話 魔法少女、切り札を見せる

風邪で死にそうですが…何とか週一投稿に間にあった。
今回は今章におけるなのは&フェイトの全力戦闘。
今さらながら、もう君ら魔法少女じゃないよ…。



 

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

なのはが放つディバインバスターが真っ直ぐに管制人格の少女へと伸びる。

だが。

 

「…無駄なことを」

 

管制人格の少女が手を掲げると、巨大な防御魔法が展開されてなのはのディバインバスターを防ぎきる。

聖衣(クロス)小宇宙(コスモ)増幅効果によって威力が格段にアップしているにもかかわらず、管制人格の少女はそれを膨大な魔力の防御魔法で防いでみせたのだ。

だが、なのはとてこの相手がこの程度でどうにかなるとは思っていなかった。

 

「フェイトちゃん!」

 

「たぁぁぁぁぁ!!」

 

フェイトが死角を突くように近接戦闘を仕掛けていた。

 

「ふん…」

 

だが管制人格の少女はその全てを読んでいたかのように左手に小さな防御魔法を展開、振り下ろされたバルディッシュを防ぐと同時に踏み込んでその右掌をフェイトの胸へと叩き込んだ。

同時に魔力が炸裂し、フェイトが大きく吹き飛ばされる。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「フェイトちゃん!?」

 

フェイトへの追撃を防ぐためになのははアクセルシューターを一気に8発放ち、それが別々の方向から管制人格の少女に迫るが、管制人格の少女はそれに顔すら向けずに同数の魔力弾を放って迎撃した。

そして高出力の魔力砲撃、なのはの得意技であるディバインバスターを管制人格の少女がなのはへと放つ。

その攻撃を寸前のところで避けたなのはの側に、体勢を立て直したフェイトが並んだ。

 

「大丈夫、フェイトちゃん?」

 

矢座聖衣(サジッタクロス)のブレストパーツの上だったから大したダメージは無いけど…凄い衝撃力だった」

 

もしも矢座聖衣(サジッタクロス)を装着していなければ今の一撃だけで撃墜されていたかもしれない…あまりの高出力魔力にフェイトは戦慄する。

そんな2人を前に管制人格の少女は静かに言葉を紡ぐ。

 

「…なるほど、普通の魔導士とは違うな。

 どうやらお前たち2人は小宇宙(コスモ)という力を使い、劇的に戦闘能力をアップさせることに成功しているようだ。

 その奇妙な鎧の防御力も普通の騎士甲冑とはまるで違う。

 確かに守護騎士たちがお前たちに手を焼いたというのも頷ける。

 だが…裏を返せばそれだけだ」

 

そして管制人格の少女の周りに形成される数え切れないスフィア。

 

「戦闘経験、そして技量においては守護騎士、ひいては我にも遠く及ばない。

 その鎧の防御面以外への攻撃はどれだけの耐性がある?」

 

そして放たれる魔力弾の雨…否、豪雨。

 

「フェイトちゃん、後ろに!!」

 

フェイトの前に出たなのはが自身の最大防御魔法である『パーフェクト・スクエア』を展開し、その豪雨を防いだ。

そんななのはとフェイトに、管制人格の少女は感情の篭もらない声で言う。

 

小宇宙(コスモ)と魔法の融合…それは確かに特殊なことだ。

 だが、小宇宙(コスモ)とは生きとし生ける者すべてに宿る力だという…」

 

その言葉と共に管制人格の少女から陽炎のように立ち昇るものがあった。

 

「これって…!?」

 

小宇宙(コスモ)!?」

 

そう、それは紛れもない小宇宙(コスモ)であった。

 

聖闘士星矢において女神アテナの戦士である聖闘士(セイント)と同じように、海神ポセイドンを守る戦士、海闘士(マリーナ)と呼ばれる者が存在する。

小宇宙(コスモ)を持って戦い、鱗衣(スケイル)と呼ばれる鎧を身につけて戦うなど彼らと聖闘士(セイント)の共通点は多いが、大きく異なる点もある。

その最たるものは、小宇宙(コスモ)への目覚め方だ。

聖闘士(セイント)は厳しい修行や極限状態に追い詰められることで小宇宙(コスモ)に目覚める。

女神にそのための才能を付加された特別な存在である快人やシュウトだって、幼いころ守護宮での修行で小宇宙(コスモ)に目覚めたし、なのはとフェイトは戦いの極限状態において力を求め、小宇宙(コスモ)に目覚めた。

だが海闘士(マリーナ)小宇宙(コスモ)に目覚めるにはそういったプロセスは必要が無い。

海神ポセイドンが自身の戦士として資格あるものの小宇宙(コスモ)を目覚めさせるからだ。

つまり『神』と呼ばれる存在となれば、ある程度自由に対象の人物を小宇宙(コスモ)に目覚めさせることが可能なのだ。

目の前の管制人格の少女の身体ははやてのもの、『闇の書』内に潜む夢神ボペトールによってはやては半ば強制的に小宇宙(コスモ)に目覚めさせられたのである。

 

とはいえ、その辺りのカラクリをなのはとフェイトが知る由もない。

唯一分かっていることは、目の前の存在が自分たちと同じく、小宇宙(コスモ)による魔法強化という手段を使ってくるということだ。

その事実に、なのはとフェイトの背を冷たいものが伝う。

管制人格の少女から立ち昇る小宇宙(コスモ)自体は、なのはとフェイトと大差ないレベルだ。

だがそれは、なのはとフェイトの持っていた小宇宙(コスモ)のアドバンテージのすべてがチャラになってしまっているということ。

純粋な魔力においてなら管制人格の少女は、なのはとフェイトの数段上を行くのだ。

 

「お前たちの防御力は見せてもらった…」

 

言葉と共に、再び数え切れない数のスフィアが管制人格の少女の周りに形成された。

だが先ほどとは決定的に違う点として、今度はそれに小宇宙(コスモ)が付加されている。

 

「白の魔導士、お前のその絶大な防御力を誇る魔法の防御面はどうやら前面のみのようだな…。

 全方位から迫るこの攻撃…どうする?」

 

そして管制人格の少女が手を振り下ろす。

 

「放て…ブラッディダガー」

 

スフィアから発射された魔力がジグザグと軌道を描き、なのはとフェイトに全方位から迫る。

着弾、そして爆発。

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

なのはとフェイトはその爆発に吹き飛ばされ近くのビルの屋上へと叩きつけられた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なのはとフェイトが落ちていく光景は地上からも見て取れた。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんが!?」

 

「ちょっと! 何だか分んないけどあんたたちなのはとフェイトの仲間なんでしょ!

 助けにいきなさいよ!」

 

2人の危機にすずかは悲鳴のような声を上げ、アリサは苛立ったように目の前のユーノとアルフへと言う。

 

「アタシだってそれが出来ればやってるよ!!

 黙ってなジャリっ子!!」

 

アリサの声に必死で結界を張るアルフは思わず感情的に怒鳴り返していた。

ユーノとアルフは事件発生後、この結界内に突入しアリサとすずかを守るために合流を果たしていた。

本来ならすぐに民間人である2人を安全なところに転移させてなのはとフェイトの援護に向かいたいだが、この結界が問題だ。

この結界中に通信も入ることも容易いが、外に出ることだけはどういう訳か出来ないのだ。

ここは高威力の殺傷設定魔法が飛び交う戦場だ。

余波だけでも魔法による防御のできないものにが致命傷だろう。

そんな場所にアリサとすずかだけを置いていくわけにもいかず、仕方なく2人は防御用の結界を張りながら、脱出の手段を探っているのだ。

 

「ユーノ、術式の解析はまだかい!?

 早々長くこんな防御結界、張り続けられないよ!!」

 

「駄目だ!

 基本構造自体は分かるけど、細部が全く分からない!

 まるで文字化けだよ!!」

 

アルフの言葉にユーノは悲鳴のような声を上げた。

知る由もないことだがこの結界は『闇の書』の管制人格の少女が張ったものであり、それは少なからず内部の夢神ボペトールの影響を受けている。

仮にも『神』の力を借りた結界を人が突破するのは容易ではない。

そして悲しいことにユーノにもアルフにもそんなことが出来るだけの力量は無かった。

 

「アリサちゃん…」

 

苛立たしげなアリサの手を、すずかが握る。

 

「…悔しい。

 全然状況は分かんないけど、なのはとフェイトが危ないってことは分かる。

 だけど…アタシは見ているだけで何にも出来ない…」

 

そう言うアリサは唇を噛みしめる。

その言葉にすずかは首を振った。

 

「私たちでも出来ることがあるよ。

 2人を信じること…ううん、2人だけじゃない。

 シュウトくんもいたし、快人くんだっているっていうじゃない。

 だから信じよう。みんな無事に帰ってくるって。

 また明日、みんなで一緒に遊べるって…」

 

「…そうね」

 

アリサとすずかは空を見上げる。

そこにいる大切な親友たちと、明日また何気ない日常を過ごせることを祈りながら…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なのは、大丈夫?」

 

「フェイトちゃんこそ」

 

瓦礫を押しのけるようになのはとフェイトは立ち上がろうとする。

大きな怪我はないが打ち身・擦り傷は身体中に出来ており、動くたびに身体のどこかしらが痛みを伝えてくる。

そんな2人を管制人格の少女は空から見下ろしていた。

 

「分かっただろう、圧倒的な差が。

 お前たちではどうあがいたところで、私には敵わない。

 今からでも遅くはない、避けられぬ死の運命の前に、せめて安らぎの夢へ…」

 

管制人格の少女の言葉に、なのははゆっくりと首を振る。

 

「人はいつか必ず死んじゃう。 でも、それは今じゃない。

 運命が人に死を押しつけてくるなら、それに抗う権利だって人にはある…」

 

思いだすのはなのはの大切な人の、口癖のようなあの言葉。

 

「『命も幸せも塵芥』…『死』という暴風に吹かれたら、命も幸せも簡単に吹き飛んじゃうものなんだって。

 でもね…だからって諦めていいわけない!

 私たちの持つ魔法も、小宇宙(コスモ)も、生かし守るための力!

 だから私は救うために全力で戦い続ける、みんなを、そしてあなたも!!」

 

なのはがその不屈の心で立ち上がる。

横では、同じくフェイトも立ち上がっていた。

 

「私の生きる今は、生きたかった誰かの生きられなかった今。

 私の生きる今は、誰かが私の未来に繋いでくれた今」

 

脳裏によぎるのは運命の交わることのなかった姉と、自分に力を与えてくれた優しきもう一人の姉と言える存在。

 

「死ぬことなんていつでもできる。

 だから私は、精一杯、想いを貫き生き抜く!

 何かを救い、自分に出来る何かをするために!!」

 

そう言って、2人の魔法少女は立ち上がった。

その時、2人へとどこからともなく念話が届く。

 

『外の方、管理局の方!

 ここにいる子の保護者の八神はやてです!』

 

「「はやて(ちゃん)!!?」」

 

それは『闇の書』に取り込まれているはやてからの念話だった。

 

「はやてちゃん、無事なの!?」

 

『今のところは大丈夫や。 せやけど、あんまりいい状況でもない』

 

そこにもう一人の念話が割って入る。

 

『私は今、主はやてと共にいる管制人格だ。

 あまり時間が無いので手短に状況を説明する。

 魔導書本体との制御は切り離したが、主はやての管理者権限を使うことが出来ない状態だ。

 今、外に出ているそれは私の中に巣食っていた『存在』に乗っ取られた防御プログラム、私が『あの存在』に乗っ取られる前にそれがいなくなれば、主はやての管理者権限を使うことができる。

 そうすれば…』

 

「シュウもはやても外に出られるんだね!」

 

フェイトの言葉に頷くように管制人格は続けた。

 

『その通りだ。

 だが、あまり時間は無い。 あの黄金の鎧の少年が現在、私の中に巣食っていた『存在』と戦っている。

 彼が押さえている間にことを成さねば、私は『あの存在』に乗っ取られ、世界を破滅に導くだろう』

 

『シュウトくんも結構苦戦しとるみたいや。

 せやからその子…止めたげて!』

 

それだけ言うと、2人からの念話は切れていた。

なのはとフェイトは互いに顔を見合わせる。

 

「要は私たちがあの子を倒せば…」

 

「シュウもはやても帰ってくる!」

 

一気にやる気の上がった2人を前に管制人格の少女は変わらない。

 

「愚かな…力量差は歴然、我を倒すことなど出来ようはずもない…」

 

その言葉は事実だ。

今のままではジリ貧、押し切られて終わりだろう。

さらに、『闇の書』の内部では何者かがいて、それとシュウトが戦っているという。

あまり時間的な猶予はない。

だからこそ、2人は『切り札』を切ることにした。

 

「…いくよ、レイジングハート!」

 

『いつでもどうぞ』

 

「バルディッシュ…」

 

『準備はできています』

 

なのはとフェイトは頷き合い、そしてその言葉を紡いだ。

 

「「聖衣(クロス)全展開(フルオープン)!!」」

 

言葉と共に、星のような光がなのはとフェイトに集まっていく。

それは徐々に形となっていき、2人を守る鎧が完成する。

それは神話の時代から愛と正義のために戦い続けてきた星の武具。

なのはとフェイトのために新生された楯座聖衣(スキュータムクロス)矢座聖衣(サジッタクロス)は今、完全な形で2人へと装着されたのだった。

 

「すごい…!」

 

「力が…湧き上がる!」

 

聖衣(クロス)の全展開になのはとフェイトは感動を禁じ得ない。

なのはとフェイトは通常時、燃費と言う問題から聖衣(クロス)の展開はヘッドパーツ、ブレストパーツ、そしてアームパーツの片方と一部分だけとしていた。

聖衣(クロス)は他に両ショルダーパーツ、ウエストパーツ、両レッグパーツ、そしてもう片方のアームパーツというパーツで構成されている。

そう、通常の展開部分など総パーツの半分にも満たないのだ。

それは当然、聖衣(クロス)としての能力も制限がかかっているということに他ならない。

その全ての制限から今、解き放たれる。

 

「…無駄なことを」

 

「無駄かどうかはすぐに分かるよ」

 

「時間もない、速攻で決める!」

 

なのはとフェイトは同時に空へと飛び上がった。

 

「たぁぁ!!」

 

「!?」

 

フェイトの構えるバルディッシュの魔力刃を、管制人格の少女は驚愕の表情で受け止める。

 

「…なんだ、このスピードは」

 

管制人格の少女が呟くように、フェイトのスピードは先ほどとは段違いだった。

いや、段違いなのはスピードだけではない。

フェイトの魔力刃が、管制人格の少女の張った強力な防御魔法を切り裂く。

その威力も段違いだった。

全ては聖衣(クロス)小宇宙(コスモ)増幅効果の恩恵だ。

聖衣(クロス)は一部分でも小宇宙(コスモ)増幅効果を持つが、すべてのパーツを装着した時のそれは一部分だけの比では無い。

その増幅された小宇宙(コスモ)で2人の各種能力が桁違いに高まっているのだ。

管制人格の少女も同じように小宇宙(コスモ)による能力アップを行っているが、聖衣(クロス)の有る無しは雲泥の差が生まれるのである。

 

「くっ…」

 

高速で奇襲をかけるフェイトの動きに、管制人格の少女は一端距離を離そうとする。

 

「逃がさないよ!!」

 

「!?」

 

そんな管制人格の少女に対し、なのはのディバインバスターが伸びた。

弾速・威力ともに強力なそれを、管制人格の少女は横へのロールを行ってギリギリのところで回避する。

 

「バカな、これほどの差が生まれるというのか。

 これだけの魔力差・戦略差がこうもあっさりと詰められるなど…」

 

それは今まで数百年以上にも及ぶ知識が、経験が覆されるという起こりえるはずのない事態。

その事実が『闇の書』のプログラムに動揺を与える。

 

「魔法も小宇宙(コスモ)も誰かを守り幸せにするための力!

 そのためだったら、デバイスも聖衣(クロス)も私に力を与えてくれる!」

 

「どんなものでも…越えて見せる!」

 

「…世迷い事をいうな!」

 

今まで以上の数のスフィアが展開され、管制人格の少女が一斉射撃の体勢に入る。

それを見て、フェイトは一気に勝負を決めるべくなのはの前に出た。

 

「なのは、私が隙を作るからトドメを!」

 

それだけ言うとフェイトは自身の魔力と小宇宙(コスモ)を最大限に高めていく。

大量に展開される電光のスフィア。

そして、フェイトはバルディッシュを振り下ろしそれを解き放った。

 

「ライトニングアロー・ファランクス!!」

 

電光のスフィアから連続発射されるのは電光の矢の群れだった。

フェイトの面制圧射撃魔法『フォトンランサー・ファランクスシフト』の上位とも言える技である。

小宇宙(コスモ)によって貫通力を劇的に増した電光の矢の群れが、管制人格の少女の防御魔法を、展開したスフィアを貫いていく。

だが、この技はそれだけではない。

 

「これ…は…。 身体が…動かない」

 

直撃した電光の矢が管制人格の少女を押さえつける。

直撃と同時に相手神経へ微弱な電撃を放ち麻痺させる電光の矢、それがこの矢の正体だった。

 

「なのは!!」

 

「うん!」

 

数発の直撃による麻痺によって完全に動きが止まった管制人格の少女。

そして爆煙になのはが飛び込んでいく。

視界の奪われた管制人格の少女がその爆煙の中で見たものは…。

 

「!?」

 

なのはの杖であるレイジングハートは先端部が二又の槍のような形状をしている。

その先端部が変形し、それがさらに巨大な二又になる。

いや、二又などというものではない。

あれは…。

 

「黄金の…ハサミ?」

 

言うなれば、それは巨大な黄金の蟹のハサミ(クラブ・シザース)

これぞレイジングハートに追加された極近接戦闘モード。

その名も…。

 

「せーのっ! 蟹爪(アクベンス)!!」

 

「がは!?」

 

巨大な蟹のハサミが管制人格の少女の細い腰をガッシリと捉えた。

同時にハサミの付け根にあたる部分…砲口が輝き、2発3発と砲撃が叩き込まれる。

極近接捕縛砲撃形態『アクベンス・モード』、相手の捕縛と回避不能なゼロ距離砲撃を目的としたレイジングハートの変形形態である。

回避不能なゼロ距離砲撃の度に、ガスンガスンと管制人格の少女の華奢な身体が人形のように揺れる。

 

「これで…トドメェェェェェ!!」

 

なのはは管制人格の少女を掴んだまま、レイジングハートを空へと掲げる。

そしてゼロ距離から放たれるのは、なのはの最大攻撃魔法『スターライトブレイカー』。

地上から空へと駆け上るその星の輝きの如き光は、管制人格の少女を包み、その意識を跡形もなく消し飛ばしたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その光景は『闇の書』内部にも届いていた。

 

「主はやて、管理局の魔導士がやってくれました。

 管理者権限、使用可能です」

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんがやってくれたんや。

 よし! 『夜天』の主の名において、汝に新たな名を贈る。

 その名は…祝福の風『リインフォース』」

 

はやてが彼女に名を送る。その名は希望に満ちた祝福の名前だ。

それに頷き、彼女は作業を開始する。

 

「新名称『リインフォース』認識…。

 …管理者権限の使用可能。 防衛プログラムの切り離し開始します。

 ですがコントロールを切り離せば、防衛プログラムは完全に『あの存在』の物となるでしょう」

 

「外にはうっしーが、黄金の聖闘士(セイント)がいるんや。

 それに守護騎士たちも、なのはちゃんたちもおる。

 何があってもなんとかなるって」

 

「分かりました…。

 外部へ…脱出します!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

そして、光と共にシュウト、そしてはやては『闇の書』から脱出を果たした。

 

「シュウ!!」

 

「フェイト!!」

 

その姿を認めると同時に、泣きながら力の限りシュウトへと抱きついてくるフェイト。

 

「お熱いなぁ、フェイトちゃんは。

 さて…守護騎士システム、破損修復。

 おいで、私の騎士たち」

 

はやての呟きと共に4つのリンカーコアが現れ、魔法陣を描く。

そしてシグナムが、ヴィータが、シャマルが、ザフィーラが再生された。

 

「我ら、『夜天』の主に集いし騎士」

 

「主ある限り、我らの魂尽きることなし」

 

「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」

 

「我らが主、『夜天』の王、八神はやての名の下に!」

 

騎士たちの言葉に頷き、はやての身体をアンダースーツが包む。

 

「『夜天』の光よ、我が手に集え!

 祝福の風『リインフォース』、セットアップ!!」

 

ここに『夜天の主』、八神はやては降誕したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「は、はやてぇ!」

 

感極まったヴィータがはやてへと抱きつき、涙を流す。

 

「申し訳ありません、主はやて。

 我らは主との誓いを破り、蒐集を…」

 

バツが悪そうなシグナムの言葉を、はやては途中で止める。

 

「ええんよ、その辺りのことはうっしーも交えて後でしっかり謝ってもらうから。

 それより…」

 

はやてはなのはたちの方を見る。

 

「ありがとな、なのはちゃんにフェイトちゃん。

 もう少しで取り返しのつかないことになるとこやった」

 

「ううん、いいの。

 皆無事だったんだから」

 

何とも温かい雰囲気が周囲に流れるが、フェイトとの抱擁を一端やめて思考が正常に戻ったシュウトは、ハッとしたように今の状況の説明を始めようとした。

 

「そうだ、こんなことしてる場合じゃなかった。

 みんな、すぐに戦える準備をして。

 『闇の書』の中にいる…『邪神』が出てくる!」

 

「「『邪神』!?」」

 

シュウトの『邪神』という単語に、なのはとフェイトの驚きの声が重なる。

そんな2人にシュウトは頷いた。

 

「夏の『邪神エリス』と同等以上のものが、『夜天の書』を『闇の書』に変えていたんだ。

 ボクだけでは滅しきれなかった。

 兄さんと協力しないと…」

 

「そや、アレが出てくるんやった!

 うっしーはどこに…」

 

 

 

ドゴン!!

 

 

 

その時、衝撃を伴う音がその世界にやけにはっきりと響き渡った。

全員の視線が、その音の先へと向かう。

そして…。

 

「か、快人くん!!?」

 

「う、うっしーぃぃぃぃ!!?」

 

なのはとはやては目に入った光景に、幼馴染の名を絶叫のような声で呼んだのだった…。

 

 

 




というわけで、なのは&フェイトVS管制人格戦でした。
なのは&フェイトの切り札『聖衣全展開』と必殺技の数々…この子たちも攻撃力のインフレがちょっと進んできました。

そしてはやてについて。
はやても今後のヒロインの1人、しかも戦闘要員ということで小宇宙に目覚めてもらいましたが、海闘士式の『神による強制覚醒』にしました。
小宇宙についての実力はなのは&フェイト並、はやてもなのは達と同じく『小宇宙で魔法強化する魔導士』の道を進んでもらいます。

次回は遂に蟹VS牛の最終決戦の模様をお送りします。
どんな結末になるのか、次回もご期待下さい。


今週のΩ:双子座のヤンデレお姉さんを、龍峰が撃破しました。当然殺してませんが。
     しかし本当に父、紫龍を越えるとは思わなんだ。
     …脱衣的な意味で。
     紫龍ですら半裸だったのに、全裸公開とは…ドラゴン座は凄いなぁ(棒)

     改めて
     1、ドラゴン座は脱いだら本気だす
     2、ドラゴン座の五感喪失は強化フラグ
     という伝統を貫いた話でした。

     そして百龍覇発動。
     …あれ? それ師匠である父の技じゃねぇぞ。
     確か紫龍、百龍覇一回ぐらいしか使わなかった気が…。
     むしろ紫龍の強技はエクスカリバーのイメージが強い。
     …ああ、師の師はわが師も同然ってことですね、分かります。



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第33話 蟹、牡牛と決戦する

蟹VS牛の最終決戦。
今回は私的にシリアスなギャグとも言える回。
聖闘士星矢の伝統はしっかり守らないと…。


 

 

「ア・ル・テ・ミ・スゥゥゥーーー!!」

 

「い、痛い! 痛いッス、アテナ!!

 ロープ、ロープ!!」

 

「落ち着いてアテナ! それ以上いけない!!」

 

ここは天界の一室、扉を開けると同時に入ってきたアテナ様のアームロックに悶え苦しむ1人の女神、そしてアテナ様をなだめようとするアフロディーテ様の姿があった。

アテナ様のアームロックに悶え苦しむ女神様の名前は『アルテミス』である。

 

「い、いきなり何するッス、アテナ!

 せっかく久しぶりに会ったのに…」

 

「そりゃ私たちだって知らない仲じゃないし、何にもなきゃこんなことしないわよ!」

 

「アルテミス、私とアテナが来た理由は分かってるんでしょうね…?」

 

「な、何のことかぼくにはとんと見当が…痛ッ、痛ッ!

 折れる! 折れるっス!」

 

痛みを訴えながらタップすることしばし、やっとアテナ様はアームロックを外した。

 

「お、折られると思ったッス…」

 

「関節技こそ王者の、いや神の技よ!」

 

腕を摩るアルテミス様に、何故か胸を張るアテナ様。

神の世界は本当にだめかもわからんね。

そんな2人に頭を抱えながら、アフロディーテ様は話を進めた。

 

「あの世界のことよ。 私とアテナの送った転生者の他に牡牛座(タウラス)がいたわ。

 牡牛座(タウラス)といえば、女神幼稚園や女神小学校の時、星座が牡牛座(タウラス)だったせいでクラスみんなの荷物運びをやらされてひどい目にあってたあんたしかいないわ。

 あんたなんでしょ、あの転生者を送り込んだのは?」

 

「あの世界、どこかおかしいことが起こってるし何か知ってるんならキリキリ吐きなさい!」

 

アテナ様とアフロディーテ様に問い詰められ、ついにアルテミス様は涙ながらに告白したのだった。

 

「ぼ、ぼくだってアテナやアフロと一緒に復権したかったッス!

 それなのに2人とも誘ってくれないから、誘ってくれないから!」

 

そう言って泣き出したアルテミス様に、アテナ様もアフロディーテ様も顔を見合わせた。

アテナ様とアフロディーテ様の『自分の星座復権計画』、このことを知ったアルテミス様が自分の星座も復権を、と牡牛座(タウラス)を転生させたということのようだ。

そこには仲が良かったはずなのに仲間外れにされた、という悔しさもあったようである。

 

「あー…うん、ゴメン」

 

「そうよね、よく考えればあんたも一緒に酷い目あってたもんね。

 その…声かけなくてごめんね、アルテミス」

 

「うー、アテナぁ、アフロぉ…」

 

涙ながらに友情を取り戻した女神様たち。

そして、落ち着いたところで状況を確認する。

 

「で、アルテミスはあの牡牛座(タウラス)を転生させただけで他には何にもやってないのね?」

 

「うん…」

 

「まぁ、アルテミスが性格的にあんなえげつない干渉するとは思えなかったし、予想通りといえば予想通りなんだけど…。

 アルテミス、あんた以外であの世界のことを知ってるのは誰がいるの?」

 

そのアフロディーテ様の言葉に、アルテミス様は答えた。

 

「2人、いるッス。

 まず1人目はガイアっす。

 このことを相談したら、『面白そう~、私も混ぜて~』って言って、自分の星座の転生者を転生させたッス」

 

「あの子かぁ…」

 

「そう言えば、あんたと仲良かったわね」

 

アテナ様とアフロディーテ様の脳裏に浮かんだのは女神幼稚園・女神小学校とクラスの委員長だった女神だ。

 

「あの子も一枚噛んでるの?

 正直、『あらあら、うふふ』とかいつも言ってニコニコ笑ってるボケボケちゃんのあの子が、あんなえげつない干渉をしてるとは思えないんだけど…」

 

「それにガイアの星座って『アレ』よね? 色んな意味で微妙なせいで目立ってない不遇な…。

 それらしい転生者なんて見当たらなかったけど…?」

 

「そ、それがガイア、転生者の『運命接続』を強くするの忘れちゃって…。

 『あらあら、またやってしまいましたわぁ』って言ってたッス…」

 

「「何やってるのあの子はぁ!?」」

 

アルテミス様の話を聞いたアテナ様とアフロディーテ様がそろって頭を抱えた。

『運命接続』とは、あの世界での事件に関わる運命を強くすることだ。

快人たちはこれがかなり強くなっており世界規模の騒動に必ず関わる運命を背負っている。

だが、それが強くないということは世界規模の騒動に関わる必要がないということだ。

騒動の中心である快人たちのそばに、それらしい人間がいないことも頷ける。

 

「強くするのを忘れただけで、どうやらもう騒動の中心になる子とは知り合ってるらしいッスけど…」

 

「…どうやら違いそうね。

 あの平和主義のボケボケちゃんが、あんな干渉できるわけないもの。

 それに、ガイアの『星座』の技はとっても分かりやすい。

 それらしい転生者の暗躍も見えない以上、ガイアはこの件の黒幕ってわけじゃないわね…」

 

アテナ様の言葉にアフロディーテ様が頷く。

2人の中では、完全にガイア様は容疑者リストから消えていた。

そこで2人は先を促し、あの世界のことを知ってるもう1人について尋ねる。

 

「で、アルテミス。 あの世界のことを知ったもう1人ってのは?」

 

「ああ、それは…」

 

そして飛び出したその名前に、アテナ様とアフロディーテ様は同時に叫んだ。

 

「「そいつだぁ!!」」

 

「間違いない、そいつよ!!」

 

「女神幼稚園・女神小学校と私たちをイジメくさってた、あの性悪女神!

 あいつならあのえげつない干渉も納得よ!」

 

「こうなれば善は急げよ!

 アルテミス、あんたも来なさい!!」

 

「え、えぇぇぇぇ!!」

 

あの世界に干渉する者の正体を掴んだアテナ様とアフロディーテ様は、アルテミス様の首を引っ掴むと、その者の元へと急ぐのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「オラァァァァァァ!!」

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

黄金の拳が、蹴りが、膝が、肘が飛び交う。

その様は一見するとまるで輝く星々が乱舞するように華麗だが、そこに込められた力はすべてを砕く一撃。

それは舞台、黄金聖闘士(ゴールドセイント)という人のたどり着ける極地にたどり着いた、究極のみが立つことの許される舞台だ。

その舞台で演じられる今宵の演目の名は、蟹座(キャンサー)牡牛座(タウラス)の決戦である。

 

「へっ! 相変わらずのバカ力だな、牡牛座(タウラス)

 そのデカイ図体は見掛け倒しってわけじゃないな」

 

蟹座(キャンサー)ァァァァ!!」

 

快人は軽口を叩き、大悟は変わらぬ強烈な殺気を浴びせかけながら、その豪腕を振るって迫る。

 

「そこまで恨まれる覚えはないんだが、な!」

 

快人はその攻撃を軽口を叩きながヒョイっと避けると小宇宙(コスモ)を高め、その右手に蒼い炎が生まれた。

 

積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)!!」

 

「ぬおっ!?」

 

なぎ払う火炎放射器のように放たれる煉獄の蒼い炎が、大悟を包み込む。

だが、その炎を物ともせず大悟はその技を発動させていた。

 

「シャドウホーン!!」

 

「がはっ!?」

 

大悟の姿が揺らぐと同時に、快人に強力なボディブローが叩き込まれ、快人の身体が浮く。

続けて背中から一撃、最後に真下への肘打ちが炸裂し快人は地面へと叩きつけられていた。

そして、地面に大の字で叩きつけられた快人にトドメを刺そうと大悟の右手に小宇宙(コスモ)が集中する。

それは牡牛座(タウラス)必殺奥義、『タイタンズ・ノヴァ』の体勢だ。

 

「やらせるかよ!!」

 

倒れたままの快人は振り下ろされる右手に、自身の左足で蹴りを入れる。

同時に小規模な爆発が起こり、大悟の右手が弾き上げられた。

 

「これは!」

 

「へっ、蟹座(キャンサー)は芸達者なんでな!!」

 

驚く大悟の胴に、快人はそのまま右足で蹴りを叩き込み、それを発動させる。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

「うわぁぁ!!?」

 

巻き起こる大爆発に大悟の身体が吹き飛び、快人は立ち上がった。

蟹座(キャンサー)は技巧に優れた星座である。

多くの黄金聖闘士(ゴールドセイント)の見ている中誰にも気付かれず獅子座(レオ)に手傷を負わせたり、五老峰では分身してみたりとその戦闘における器用さ・技術力は高い。

さすがに格闘戦を極めた山羊座(カプリコーン)には敵わないが、それでも技量においては黄金聖闘士(ゴールドセイント)中三指に入るだろう。

その特性を色濃く次いでいる快人も非常に芸達者で、足からでも積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)を放つことが出来るのだ。

 

「とはいえ…」

 

蟹座(キャンサー)ァァ…」

 

遠く彼方で大悟はユラリと立ち上がった。

その光景にフゥっと快人は呆れと賞賛を織り交ぜたようなため息をつく。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)の直撃を受けてもピンピンしやがって…。

 まったく…自信無くすぜ」

 

快人はそう漏らすものの、快人の積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)はそんなに軽い技ではない。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)のスピードとパワーに小宇宙(コスモ)による爆発を加算、そして『魂』…精神に対するダメージという効果を付加させる技だ。

弱体化していたとはいえ、夏の『邪神エリス事件』で邪神エリスにトドメを指したのはこの技だし、その威力は普通なら一撃で物理的・霊的両面から相手を死に至らしめるだけの、まさに『必殺技』なのである。

十分に小宇宙(コスモ)を高める時間も無く、足からの一撃だったとはいえそれは変わらない。

単純に大悟のタフネスと防御力の桁が違いすぎるだけなのだ。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士の戦いは、油断をすれば一瞬にして勝敗がついてしまう。

次の一手をどうするべきか…快人は大悟を隙無く見つめながらそれを深く思案する。

その時、この世界を包む気配が変わった。

 

「これは…!?」

 

快人が視線を巡らせれば、そこにいたのは絶叫と共に姿を変えた八神はやてがなのはとフェイトを相手に激しく戦う姿だった。

 

「ちぃ! なのは!!」

 

蟹座(キャンサー)ァァ!!」

 

「ぐぉ!?」

 

快人はなのはたちのところに向かおうとするが、大悟の強烈なタックルを受け派手に吹き飛ぶ。

何とか体勢を空中で立て直した快人の着地際を狙って大悟が接近、その拳を振り下ろすが快人はその拳を巧みに反らし、反撃の拳を叩き込んでいた。

 

「オラララララァァァ!!」

 

「ぐっ!?」

 

顔面と胸に数発の拳の直撃を受けた大悟は吹き飛び距離を取るが、衝撃で外れたヘッドパーツを拾おうとも流れた血を拭おうともせず、血走った殺意のこもった瞳で快人を見据え、構えを取る。

快人はその光景に苛立ちを覚えた。

 

「おい、クソ牛! テメェの目は節穴か!!

 八神はやてが! お前の守る女が今、どんなことになってるのかわからねぇのか!!

 俺たちで戦ってるような場合じゃねぇ!

 あの女救いたいんだったら、もう止まりやがれ!!」

 

快人にとって、今の大悟の行動は理解もできなければしたくもない。

快人は今日の病室での一件で大悟とはやての関係に、自分となのは、シュウトとフェイトと同じものを感じていた。

自分やシュウトだってなのはやフェイトの命が賭かっているのなら、多少どころかどんな無茶だろうが通すという想いがある。

大悟も同じなのだろうことを快人もシュウトも分かっていた。

そういう意味では快人もシュウトも、大悟のことを大いに認めていたのである。

だからこそ、快人は今の大悟の行動に苛立つ。

すでに状況は変わった。相争うことは八神はやてを救うことの障害にしかならない。

聖闘士(セイント)にとって戦いとは、何かを守るための手段にすぎない。

守るべき者が目の前で大変なことになっていながら、無益な戦いを優先するという今の大悟はもう、どう考えてもおかしい。

 

「ぐ…うぅ…はやてを…守るには…」

 

案の定、大悟は頭を抱えるようにして悶え苦しみだした。

 

「はやてを守る…はやてを守るには…。

 蟹座(キャンサー)を! 魚座(ピスケス)を! 殺すぅぅぅぅ!!!」

 

何かを振り払うように吠えると、大悟は再び快人への突進を開始した。

その異常な様子を目の当たりにして、快人は自分のもっとも当たって欲しくなかった可能性がすべて的中したことを確信する。

 

(八神はやてを守ること=俺やシュウトを殺すこと、になるように思考を変化させられてるんだな。

 八神はやてを想えば想うほど、どす黒い殺意に支配されていく…これは間違いなくあの魔拳の効果!

 これで確定だ、あのローブの男の正体は『アレ』以外にありえない!!)

 

快人はこの戦いを仕組んだであろう相手に苛立だしげに舌打ちすると、迫る大悟の迎撃に意識を向ける。

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

振り下ろされる右の剛腕を捌き、快人は再びその胴に拳を叩き込もうとする。

だが…。

 

「なぁ!?」

 

大悟へとの叩きつけようとしていた快人の右拳が弾き上げられた。

それを行ったのは大悟の左手…ではない。

それどころか、大悟の身体のどの部分でもない。

快人の拳を弾き上げたもの、それは…。

 

聖衣(クロス)!?)

 

それは牡牛座聖衣(タウラスクロス)のブレストパーツだ。

牡牛座聖衣(タウラスクロス)のブレストパーツをその身体から弾き飛ばし、快人の拳を弾いたのである。

 

(『脱衣防御(パージ・ガード)』だと!?)

 

聖衣(クロス)は絶大な防具だが、それを纏うことが戦いの場において必ず最良とは限らない。

聖闘士星矢の原作においても聖衣(クロス)をわざと脱ぐことで自らを追い詰め、小宇宙(コスモ)を高めるという戦法を紫龍は多用していたし、一見不利になるように見える『聖衣(クロス)を脱ぐ』という行為も、戦いの場では逆に有効となることもあり得る。

この『脱衣防御(パージ・ガード)』もその一つ、『意味のある脱衣』であり聖衣(クロス)の一部をその身体から弾き飛ばして相手の攻撃の隙を作り出すという、『攻撃的脱衣』とも言える技術である。

そして、その思惑は完全に成功した。

右腕を弾き上げられた快人の胴ががら空きになる。

そんな快人へ上半身裸の大悟は腕を組み、最大の小宇宙(コスモ)を燃焼させると必殺の技を放った。

 

「グレートホーン!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

ほぼゼロ距離。

その牡牛座(タウラス)必殺の衝撃波は快人へと襲い掛かり、吹き飛ばされた快人は爆煙に包まれたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人が吹き飛ばされ爆煙に包まれた場所に、大悟は目を凝らす。

だが大悟は勝利を疑ってはいなかった。

最大にまで高め・燃焼させた小宇宙(コスモ)で放った必殺の『グレートホーン』。

その威力をほぼゼロ距離で叩き込まれれば、本来ならば肉片一つ残っているかも怪しい。

いかに黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏った黄金聖闘士(ゴールドセイント)であろうとも体中の骨が粉々に砕け散る。

大悟の勝利は揺るぎないもの…のはずだった。

しかし…。

 

「…今のはヤバかったぜ。 直撃してたら間違いなく死んでるコースだった…」

 

「…バカな、この声は蟹座(キャンサー)!?

 しかも蟹座(キャンサー)小宇宙(コスモ)は衰えていない!?

 一体何が…」

 

もうもうと舞い上がる爆煙の中から快人の変わらぬ声が響き、大悟は爆煙へと目を凝らす。

そして、そこに映ったものは…。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)だと!?」

 

そこには快人を守るように不完全なオブジェ形態の蟹座聖衣(キャンサークロス)が浮いていた。

今の快人の身体は上半身が完全に裸、聖衣(クロス)が残っているのは腰と足のみである。

 

「言ったろ?

 蟹座(キャンサー)は芸達者だってな」

 

ニヤリと笑って快人は答える。

快人は『グレートホーン』の直撃する直前に、大悟と同じく『脱衣防御(パージ・ガード)』を行っていた。

上半身すべての聖衣(クロス)を弾けさせることによってその反動を利用し、ほぼゼロ距離のその距離を強引に開けたのだ。

だが、それだけでは距離を開けるだけに留まる。

だからこそ、さらに快人はもう一つの聖衣(クロス)を利用した防御技術を使用していた。

それは『変形防御(オブジェ・ガード)』。

聖衣(クロス)を高速でオブジェ形態に変形させ、それを盾にするという技術である。

快人は『脱衣防御(パージ・ガード)』で弾けさせた上半身のパーツをそのままオブジェ形態に高速変形させた『変形防御(オブジェ・ガード)』で『グレートホーン』の直撃を防いだのである。

快人の言葉と共に、浮いていた不完全なオブジェ形態の蟹座聖衣(キャンサークロス)がガチャリと地面に落ちる。

脱衣防御(パージ・ガード)』や『変形防御(オブジェ・ガード)』は奇襲性の高い防御技術だが、一度行えば再装着しなければならない手間がある。

だが、これらを行うことになるのは極限の戦闘状況下。

再装着をする隙などあるはずもない。

快人も大悟も再装着を諦め、上半身裸のまま決着の道を選んだ。

 

「ありがとよ、助かったぜ蟹座聖衣(キャンサークロス)

 

快人はそれだけ言うと、大悟へと視線を戻す。

 

「…」

 

大悟は快人が健在なのを見て、再び腕を組む。

それを見ながら、快人はセージとの会話を思い出していた。

 

「『死』のみが魔拳を解くカギ、か…」

 

以前遭遇したときの戦いで、大悟がかけられているだろう技に心当たりのあった快人は、その技の詳細についてセージに聞いていた。

『愛』も『忠義』も『正義』すら、この魔拳を解くことは叶わない。

これを解くには、同じく魔拳か強い自我か『死』かのどれかである。

しかしながら、当然快人には魔拳は使えないし、今の状態を見る限り大悟の自我に期待というのも無茶が過ぎる。

そうなれば誰かが死ななければ大悟は止まらない。

だが生憎、自分を含め死んでやれるような人間などここには1人たりともいない。

それならば、もはやとる手段は1つだった。

 

「おい、クソ牛…悪いがここには誰も死んでいい人間はいない。

 だから…」

 

ゆっくりと、快人は構えを取る。

そして、その場に響く声で静かに、しっかりと言い放った。

 

「お前が、死ね」

 

蟹座(キャンサー)ァァァァ!!」

 

快人の宣言と、大悟の咆哮。

互いの死を賭けた2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の、最後の打ち合いが始まる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

一直線、ただ一直線に快人が大悟に向かって駆ける。

それはすべて大悟の『グレートホーン』を誘ってのことだ。

今現在、快人が纏っている聖衣(クロス)のパーツは腰と足のみ。

腕には聖衣(クロス)がないため、聖衣(クロス)のある場所にはダメージを与えられないだろう。

となれば、快人が狙うのは『脱衣防御(パージ・ガード)』によって聖衣(クロス)を脱いだ胸部の急所…心の臓だ。

そしてそこへの付け入る隙を、快人は『グレートホーン』に見つけていた。

 

(『グレートホーン』は居合の拳、とはよく言ったもんだ。

 居合と同じ弱点があるとはな…)

 

居合の剣は鞘から抜き放つ動作により刀を加速させ、相手を一刀のもとに切り捨てる。

だが、それは避けられた場合に大きな隙ができるのだ。

同じように居合の拳である『グレートホーン』にも避けられた後、元の腕を組んだ体勢に戻るまでのわずかな間、その心の臓ががら空きになる。

それは、それこそ十万分の一秒にも満たない隙だ。

だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)にとっては十分すぎる隙である。

問題があるとすれば正面から『グレートホーン』を撃たせ、それを避けて懐に飛び込まなければならないということだろうか?

 

(…クソゲーレベルの無茶苦茶な難易度じゃねぇか)

 

『グレートホーン』は最速の抜き拳である。それを避けることは至難の業だ。

しかも今、快人は上半身に聖衣(クロス)が装着されていないのだ。

直撃すれば、今度こそ死は免れない。

だが…。

 

(やってみせる! 燃えろ、俺の小宇宙(コスモ)よ!!)

 

快人はすべての小宇宙(コスモ)を燃やし、駆ける。

対する大悟は不動、絶対必中のタイミングを狙う。

そして…その運命の瞬間はやってきた。

 

「グレートホーン!!」

 

放たれる神速の掌打。

そして、黄金の牡牛の形をした、すべてを破壊しつくす衝撃波が放たれる。

それは如何に小宇宙(コスモ)を燃やしても避けられない、必中の一撃。

だが、快人はその死を呼ぶ衝撃波に向けて駆ける。

人の機動である以上、どうやってもこの『グレートホーン』は避けられない位置にあった。

身を守る聖衣(クロス)は無く、死と隣り合わせの緊張感が快人の小宇宙(コスモ)を極限まで燃え上がらせ、思考がどこまでも加速されていく。

そして…。

 

 

ドンッ!!

 

 

快人に爆発が巻き起こる。

だが、それは『グレートホーン』が快人に直撃したものではなかった。

 

「な…にぃ!?」

 

大悟が驚きのうめき声を上げる。

その爆発の炎は…蒼い炎だ。

快人は自分自身に積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)をぶつけたのだ。

その爆発の衝撃によって、快人は通常の機動では考えられない急制動を行って迫る『グレートホーン』を避けようとしたのである。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

快人の頬と肩を『グレートホーン』が掠り、血が噴き出すがそれを快人は無視する。

大地を無理矢理踏みしめ、急制動によって崩れたバランスを持ち直しながら、快人が一気に大悟の懐へと飛び込んだ。

そして…。

 

 

 

ドゴン!!

 

 

 

その衝撃を伴う音は、やけにはっきりと響き渡る。

快人の右拳が、大悟の左胸へと叩き込まれていた。

 

「…俺の勝ちだ。 いっぺん死んでろ、牡牛座(タウラス)

 

「ぐ…はっ…」

 

心の臓を打たれた大悟は大きく息を吐き出す。

そして…。

 

「はや…て…」

 

その最後の言葉を絞り出すのと同時に、大悟の心臓はその鼓動を止めたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「…死んでも倒れない辺り、さすがは牡牛座(タウラス)か」

 

呟いて快人は2・3歩後ずさると、そのまま片膝を付く。

 

「『グレートホーン』の掠った肩の骨と自分で当てた魂葬破でアバラが2本、ヒビがいったか…。

 だが、まだやることが…」

 

そう言ってゆっくりと快人が立ち上がる。

その時、世界に悲鳴が響き渡った。

 

「か、快人くん!!?」

 

「う、うっしーぃぃぃぃ!!?」

 

快人が顔を向けるより早く、なのはが快人の元へと降り立ち、はやてが大悟へと縋り付く。

 

「う、嘘や!

 返事して、うっしー! うっしー、うっしー!!」

 

はやての涙交じりの呼びかけに、心臓が止まった大悟が答えるはずがない。

それでも半狂乱になりかけながらはやては大悟へと呼びかけを続ける。

 

「…」

 

「…どけ、なのは」

 

事態を知り鎮痛の面持ちのなのはを押しのけると、快人はゆっくりと大悟とはやてへと近づく。

それに気付いたはやてがバッと手を広げ、快人の前に立ちふさがった。

 

「おい、どけよ」

 

「近寄んなや!

 なんで!? なんでうっしーを、うっしーを殺したんや!!?」

 

はやての言葉に、快人は呆れたように肩を竦めながら答える。

 

「先にこっちに手を出してきたのはそっちだろ?

 俺は応戦しただけ、言ってみりゃ正当防衛に近いな。

 そのクソ牛ぶっ殺したことに、とやかく文句言われる筋合いはねぇよ」

 

「…確かに戦いを仕掛けたのは我らだ。

 お前の言う通り、自衛のために戦うのは当然のこと。

 その戦いの結果にとやかく言えることはない。

 だが…家族の死を悼むのも、当然のことだろう」

 

シグナムがヴォルケンリッターを代表して快人へと答える。

ヴォルケンリッターからは明らかな殺気が見て取れた。

だが、快人は気にした風もなくさらに大悟へと近づこうとする。

 

「うっしーに、うっしーに近寄んな!!」

 

ついにはやてが快人へとぶつかってその身体を止めようとすると、快人はため息を一つ付きその胸倉を掴みあげる。

 

「時間が無ぇ! お前らはそいつを『本当に死なせる』つもりか!!」

 

その言葉に、はやてや快人を止めようと飛び出そうとしていたヴォルケンリッターの動きが止まった。

 

「『本当に死ぬ』…? それって…」

 

「まだやれることがあるんだよ。 いいから黙ってみてろ!」

 

そう言ってドンとはやてを押しのける。

 

「兄さん…」

 

「…シュウト、支えを頼む」

 

快人の言葉にシュウトは頷くと、シュウトは大悟を正面から抱きつくように支え、快人は大悟の横を通り過ぎて距離をとる。

そして振り向くと快人は拳を構えた。

 

「シュウ、一体何を?」

 

全員を代表するようにフェイトがシュウトに尋ねた。

 

「彼の、牡牛座(タウラス)小宇宙(コスモ)はまだ残っている。

 そして外傷は特に無く、心臓が停止しているだけ。

 これなら…牡牛座(タウラス)には蘇生の可能性があるんだ」

 

「ほ、ほんまか!? うっしーは、うっしーは生き返るん!?」

 

シュウトの言葉に、はやては目を輝かせる。

 

「全ては兄さん次第だよ。

 兄さん以外には、誰も牡牛座(タウラス)の蘇生はできない」

 

「何を、するつもりなの?」

 

牡牛座(タウラス)小宇宙(コスモ)が完全に消えきらないうちに、兄さんの拳の打った場所を真逆から打つ。

 心臓を停止させたときとまったく同じ力、まったく同じ小宇宙(コスモ)でね」

 

「ば、バカな! そんなことが出来るはずが無い…!」

 

シグナムの言葉ももっともだ。

生と死を分かつ極限の戦いの中で放った一撃、それと全く同じものを正確に真逆から放てと言われても出来るわけが無い。

 

「でも、それが出来なきゃ彼は確実にこのまま死ぬ。

 黙って見てて欲しい、兄さんの一撃を」

 

話はこれまでと言った風に切り上げるシュウトに、はやては不安そうな顔をする。

当然だ、これからやろうとしていることの無茶さを聞いたのだから。

だが、そんなはやての肩を叩くものがあった。

それはなのはだ。

 

「なのはちゃん…」

 

「大丈夫、快人くんを信じて。

 快人くんがあり得ない奇跡を起こす瞬間を私は見てる。

 快人くんは、私の幼馴染はどんな奇跡だって起こして見せるよ。

 だから一緒に信じよう、快人くんを」

 

「…そやな。

 お願いや、神様。 うっしーを、うっしーをわたしに返して…!」

 

なのはの言葉に頷いたはやては、ギュッと目を瞑ると手を合わせ祈る。

その隣でなのはも目を瞑った。

 

(信じてるからね、快人くん!)

 

なのはのその心は、揺るぎない信頼から来るエール。

そのエールを、なのはは快人へと送り続けた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

なのはとはやての会話は、快人にも聞こえていた。

 

「ったく、簡単に言ってくれるぜ…」

 

苦笑が漏れる。だが、悪い気はしない。

 

「ここまで信頼されてるんなら、応えたくなるじゃないか!

 見せてやるよ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)蟹座(キャンサー)の本領をよ!」

 

快人は大きく息をつくと拳を握り締める。

 

「兄さん、気合入ったのはいいけどその位置じゃ近すぎる。

 それじゃ、牡牛座(タウラス)を蘇生させるどころか身体を打ち抜いちゃうよ」

 

「わかった…」

 

一歩下がった快人は改めて拳を握り、構えを取る。

同時に目を瞑り、快人は静かに小宇宙(コスモ)を高めていく。

その場にいる誰もが、祈りを込めて快人を見ていた。

 

「…愛されてんなぁ、クソ牛。

 生と死を見る蟹座(キャンサー)の俺が認めてやる。お前はここで死ぬべきじゃない。

 還って来い、誇り高き黄金の牡牛よ!!」

 

そして、快人は高めた小宇宙(コスモ)を拳に込めて駆ける。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

ドゴン!!

 

 

 

衝撃、そして静寂。

誰も何も言えず、ただその様子を伺う。

そして…。

 

「…かはっ!?」

 

重苦しい息を吐き出し、大悟の身体が大きく震えた。

そして、黄金の牡牛の心臓が、再び鼓動を刻み始める。

 

「うっしー!!」

 

「大悟ぉ!!」

 

はやてが、ヴォルケンリッターたちが泣きながら大悟の身体に抱き着く。

 

「これは一体…?」

 

未だ状況についていけない大悟は目を瞬かせ、正面から抱き着いたはやてがボロボロと涙を流す。

 

「はやて…」

 

「…もうええ。今回のことで色々言いたいことあったけど、もう全部何でもええ。

 うっしーが生きてわたしのところにいてくれる。 それだけでもう、わたしには十分や。

 うっしー! うっしー!」

 

「はやて!」

 

感極まるはやてを、大悟が抱き返す。

ヴォルケンリッターたちも、家族の生還に涙を流した。

 

「よう、気分はどうだい、クソ牛?」

 

なのはに支えられた快人が、八神家の元へとやってくる。

 

「悪くない。 今まであった頭痛が嘘のようだ」

 

「そりゃ結構。 死んでうまく頭が切り替わってくれたらしいな」

 

その言葉に快人はホッと一息をつく。

正直、この方法は分の悪い賭けだったのだ。

『死』によってのみ解かれる『あの魔拳』が、本人の死によって解けるかどうかは未知数だ。

ロストキャンバスにおける描写でも『死んでも効果が継続している』描写もあり快人としても不安だったのが…本人の『死』で魔拳を解き蘇生させるという快人の狙いは見事に的中したようだ。

 

「感動の再会に水を差すようで悪いんだけど、とんでもない相手が迫ってる。

 すぐに兄さんもそっちも戦える準備をして欲しい」

 

「…どうやらその分じゃ、『闇の書』の中にいたのも俺たちの予想通りか…。

 シュウト、それはあいつらが到着してからでもいいだろ?」

 

快人が顎で指す方向にはクロノと、ユーノとアルフに抱えられたアリサとすずかの姿があったのだった…。

 

 

 





というわけでドラゴン最大の奥義、『脱衣』が重要なカギを握った蟹牛最終決戦でした。
そして蘇生方法もドラゴン式という、作者としては渾身のシリアスギャグ回です。
ただ、何の意味のない脱衣が許されるのはドラゴンだけですので、攻撃のために意味のある『攻撃的脱衣』という脱衣方法です。
…もはや何を言っているのか、自分でも分かりません(笑)
つまり、『聖闘士の脱衣はなんか凄い』と皆さんの第七感で理解して下さい。


脱衣防御と変形防御

これはエピソードGにて度々黄金聖闘士たちが行っている行動に、何とかそれらしい名称を付けたものです。
特に脱衣防御は対クレイオス戦で蒼神剣を防ぐのにシュラが使った由緒正しき技…のはず。
つまり…脱ぐのは凄いんです!

次回は遂に現れた『ボペトール+闇の書の闇』戦です。
決着はもちろん、アレで。
次回もご期待下さい。


今週のΩ:ユナちゃんがずっとヒロインしてました!
     光牙に会えて思わず抱きついちゃったり、憎しみに覚醒しかかった光牙を止めたり本当にここのところのヒロイン力が半端ない。
     『死にたくねぇ』という新蟹の主張でしたが…だったら戦うのが仕事の聖闘士になっちゃだめでしょ!
     セージ様が特に理由なく200年以上生きたもんで、黄金聖闘士なら永遠の生をとか勘違いしちゃってるよ!
     そしてやっぱり死んだよ、シラーさん! また蟹が戦死一番乗りだよ!
     …もう、蟹の待遇について考えるのをやめよう。

     今週はホント、ユナちゃんが始終ヒロインとしていい仕事してました。

     来週は獅子座相手にエデンくんが数週間ぶりに体育座りから出陣。
     プラズマとボルトが見れることだけ期待しよう…。


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第34話 黄金聖闘士、禁じ手を放つ

今回はもう、内容モロバレのタイトル。
そう、『アレ』の発動です。
そして…。



 

 

快人・シュウト・なのは・フェイト、そしてクロノにユーノにアルフ。

大悟・はやて・リインフォース・ヴォルケンリッター4人。

そしてアリサにすずか。

今現在、この夢神ボペトールと闇の書の闇の結界にいる全員がその場に集まった。

 

「って、あー!! あんたは!!」

 

快人の聖衣(クロス)を見た途端、アリサが快人を指さす。

 

「ふざけた蟹、キャンサー・デスマスクってアンタだったのね!」

 

「HAHAHA、何のことやら、このデンジャラスガール。

 ミーの名前は伝説の蟹・キャンサーマニゴルド。

 快人でもデスマスクでもないざんす」

 

「そんな嘘で騙されるかぁ!!」

 

快人のとぼけた口調に地団駄を踏むアリサ。

 

「あの時はありがとう、快人くん」

 

逆にすずかはそう快人にお礼を言い、快人はため息まじりに本当のことを話す。

 

「まぁ詳しい話は今は省くが、俺やシュウトになのはとフェイト、それに今日会ったはやてたち面々は、この通り不思議な力で戦う人間ってわけだ。

 そして今、この街にとんでもない化け物が出てこようとしてる。

 2人だけでも退避させてやれりゃいいんだが…」

 

『ごめん、ちょっと無理。

 入るのは簡単なんだけど、どうしても出れないの』

 

快人の言葉に、空中に浮かんだウィンドウからエイミィが観測結果を言ってくる。

『神』であるボペトールの力の加わった結界は、やはり解けないようだ。

 

「そういうわけで、このまま戦闘に入るしかねぇな」

 

快人の言葉にクロノは頷くと方策を話し合う。

 

「『闇の書』の暴走まで時間が無い。

 無限再生機能を持つアレに対し管理局が提示できる手段は、魔導砲アルカンシェルの砲撃で再生できないレベルまでアレを消し飛ばすこと。

 強力な凍結魔法で封印することの2つだ。

 何か、意見はあるか?」

 

「後者は絶対無理だよ。

 ボクの話した通り、『闇の書』には夢神ボペトールが憑いている。

 それを魔法で凍結封印させるなんて絶対に不可能だ」

 

クロノの封印案を、シュウトは即座に否定した。

 

「アルカンシェルも絶対反対!

 こんなところで撃ったら、はやての家まで吹っ飛んじまう!!」

 

「いや、そういうレベルの被害じゃすまないだろ。

 話聞きゃ、そのアルカンシェルってのは百数十キロ圏内を完全に吹っ飛ばすようなシロモノなんだろ?

 海鳴市が消滅するだけじゃ終わらない。地球自体が齧りかけのリンゴみたいになるぞ。

 第一、脱出できない以上、俺たちが巻き込まれるのが確実だ。

 そんな決死隊みたいな作戦なんて却下だよ」

 

ヴィータに追随するように、快人がアルカンシェル砲撃案も否定した。

 

「だが、魔導砲アルカンシェルで無ければアレを消滅させることはできない…」

 

そんな時、話を聞いていたアリサが言った。

 

「ちょっと待ちなさいよ。

 これから出てくるっていうヤバいものはその、核攻撃みたいなのをしないと倒せないのよね?

 逆に、そのヤバいものを移動させることは出来ないの?」

 

その言葉になのはが首を振る。

 

「転移魔法っていう魔法があるんだけど…この結界が邪魔をして転移することが出来ないの…」

 

そう言うなのはにシュウトは待ったをかける。

 

「待って、アリサちゃんの話は発想としては悪くないと思うんだ。

 夢神ボペトールと闇の書の闇の結界だって無限ってわけじゃない。

 ボペトールと闇の書の闇にダメージを負わせれば、その強度は減っていくはずだ。

 それでこっちの転送魔法が使えるまでに弱らせて…」

 

シュウトの言葉をフェイトが繋いだ。

 

「周りに被害が及ばない宇宙空間まで転移魔法で送ってアルカンシェルを撃って完全消滅させる!」

 

「…結界強度が弱まれば、という不透明な条件を前提としてるのが不安だが…計画としてはそれしかないだろう…」

 

「まぁ、最悪の場合は俺やシュウト、それとそこのクソ牛が押さえるさ。

 その間に次の手を考えてくれればいい」

 

クロノが作戦内容に一抹の不安を覚えるが、快人はクロノの肩を叩き『心配するな』と言い放つ。

こうして作戦は決まった。

戦闘可能なメンバー全てで攻撃、『闇の書』を転移魔法が使用できるレベルまで攻撃し、転移魔法で宇宙空間に移送、そこにアースラからの魔導砲アルカンシェルの砲撃を叩き込むということになったのだ。

アルフ・ユーノ・ザフィーラの3人は一般人であるアリサとすずかを守り、シャマルは転送魔法の準備と情報支援を行うことになったのである。

そこまで決まったところで、ウィンドウにセージが映る。

 

『快人、シュウト、そして…牡牛座(タウラス)よ』

 

「きょ、教皇セージ様!?」

 

突然現れたセージに、大悟は慌てて礼を取る。

 

牡牛座(タウラス)、此度のことについては後にしよう。

 分かっているだろうが、相手は我ら聖闘士(セイント)の討つべき悪神。

 このままにすれば、多くの人々の命が吸われるだろう。

 地上の愛と平和のために、必ず討伐する必要がある。

 教皇として命ずる、夢神ボペトールと闇の書の闇、どのような手段を用いても必ず滅せよ!!

 よいな?』

 

「…わかってるよ、じいさん」

 

頷く快人はそのままセージへと、ある確認を取ることにした。

 

「…じいさん、もしボペトールがちょいと厄介だったらだけど…。

 『アレ』、使ってもいいよな?」

 

その言葉に、セージは渋い顔をしながらも頷いた。

 

『今言っただろう、『どのような手段を用いても』だ。

 …使用の判断はお前たちに任せる。

 教皇の名において『アレ』の使用を容認しよう…』

 

「よし、お許しは貰ったぞ!」

 

セージの回答に快人はガッツポーズを取る。

これは言うなれば保険だ。

アルカンシェルがどうしても使用できない場合を考えると、ボペトールを完全に吹き飛ばすためには瞬間火力が足りなくなるかもしれない。

だが『アレ』が使えるとなればその問題は解決する。

それどころか、『アレ』の威力を考えれば神相手でもオーバーキルになる可能性すらある。

 

「これで後は野郎を倒すだけだな…なのは、悪ぃけど回復魔法頼めるか?

 そこの牛との戦いで数か所骨にヒビがな」

 

「うん、痛いのどこ?」

 

「ちょい待ち、なのはちゃん」

 

快人の治療を始めようとしたなのはを、はやてが止めた。

 

「そういうことならお任せや。 シャマル!」

 

「はい!」

 

シャマルが広域に回復魔法をかけると、そこにいた全員の傷が癒えていく。

 

「湖の騎士シャマル、回復魔法が得意です」

 

「おー、ヒーラー来た! これで勝つる!

 例えるならスライムベホマズン!

 これでなのはとフェイトのホイミに頼る必要は無くなったな」

 

「…そんなこと言ってると、次から怪我したら薬草食べさせるからね。

 間違って火炎草とか毒草とか混じるかもしれないけど」

 

「…土下座するんでそれは勘弁してくだせぇ」

 

ジト目のなのはに快人は平謝りしながら、快人は蟹座聖衣(キャンサークロス)を再装着した。

同じように回復を果たした大悟が牡牛座聖衣(タウラスクロス)を再装着する。

そして…。

 

「うっしー…」

 

「はやて…」

 

牡牛座聖衣(タウラスクロス)のヘッドパーツを抱えたはやてが、大悟にそれを差し出す。

 

「うっしー、わたしは魔法と小宇宙(コスモ)に目覚めても、ただの素人や。

 みんなの足、引っ張ってまうかもしれへん。

 でも、アレだけは、『闇の書』とだけはわたしは戦わなあかん。

 『夜天の主』として、その最後は責任を持たなあかん。

 だから…お願い、うっしー。 わたしと一緒に…戦って下さい」

 

「…何をバカなことを言っている」

 

はやてに、大悟はゆっくりと答えると跪いた。

 

「俺の誓いは変わらない。

 俺の拳は、誇り高き黄金の牡牛の角は、お前を、家族を、愛と平和を守るために!!」

 

そんな大悟にはやては微笑みながら、牡牛座聖衣(タウラスクロス)のヘッドパーツを被せる。

ゆっくりと大悟が立ち上がり、ここに黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人、牡牛座(タウラス)の牛島大悟は完全に復活を果たした。

 

「兄さん、牡牛座(タウラス)、それにみんな…そろそろ、来るよ!」

 

シュウトの言葉の通り、『闇の書の闇』は鳴動を繰り返しながら不気味な小宇宙(コスモ)を放っている。

 

「それじゃ、行こうか。

 予定通りユーノたちはアリサとすずかを連れて離れてくれ」

 

そんな快人たちをアリサとすずかは不安そうな顔で見つめるが、アリサはため息をついて言った。

 

「さっさと切り上げなさいよ!

 それと! 終わったら事情を全部説明すること!

 なのはもフェイトもいいわね?」

 

「みんな…気を付けてね」

 

「うん!」

 

「全部終わったら…話すから」

 

なのはとフェイトが頷くのを確認したアリサとすずかが、ユーノたちに連れられて後ろに下がっていく。

そして快人・シュウト・大悟の3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が一歩前に出る。

 

「さて…俺たちは俺たちで派手なパーティとしゃれこむか。

 シュウト、クソ牛、いけるな?」

 

「当り前だよ、兄さん」

 

「お前たちと相争ってきた俺だが、はやての命が助かった以上もはや迷いは無い。

 聖闘士(セイント)として、巨星アルデバランの名と共に邪悪なる神を討つ!」

 

「へっ、頼りにさせてもらうぜ」

 

「兄さんこそ、ヘマはしないでよ」

 

軽口を叩く黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちに比べ、クロノとヴォルケンリッターは緊張の面持ちだった。

これから戦うものは様々な意味で桁が違うのだから当然と言えば当然だ。

だが、なのはもフェイトもはやても、心安らかだ。

溢れ出る魔力と共に禍々しい小宇宙(コスモ)を感じ取れているのにだ。

それは揺るがぬ信頼。

互いに、信じる黄金の聖闘士(セイント)と共に敵に向かうのだ…不安などありはしない。

 

「『闇の書の闇』…今まで幾多の破滅を呼んできた、呪われたシステム…。

 『神』と呼ばれる者に乗っ取られ、幾多の世界の命を吸ってきたその呪い…今夜、ここで断ち切らなあかん!」

 

「できるよ、私たち皆でなら!」

 

「例え相手が神様だって…戦って見せる!」

 

はやての言葉に、なのはとフェイトが答える。

 

『…暴走、臨界。 来ます!』

 

リインフォースの言葉と共に、禍々しい魔力と小宇宙(コスモ)が膨れ上がった。

同時に、辺りの景色が変わっていく。

今までのビル街から一面の荒野に、そして空にはいくつもの門の浮かぶ異様な光景へと結界内は変化していた。

 

「こ、これは一体!?」

 

『結界強度が増した!? 不味い、通信が…』

 

クロノの戸惑いと共に、アースラからの通信が切れた。

結界の強度が増して通信すら不可能になったのだ。

 

「くっ、快人、これでは…!?」

 

今回の作戦…アルカンシェルの砲撃にはアースラとのタイミングを合わせる必要がある。

だが、通信すらできなくなったとなればそれすらできない。

いきなり作戦の根底が覆されクロノが呻くが、快人は言い放つ。

 

「作戦は続行だよ。

 どうせ逃げ道はないしな」

 

快人たちの目の前では、黒い球体がその姿を変えていった。

それは巨大な触手の群れ。

そしてその頂点には翼を生やした、黒い鎧の男の姿…これぞ『闇の書』の防衛プログラムを肉体に復活を果たした夢神ボペトールだ。

 

『オオオオォォォォォォォォ!!!』

 

「こ、これが…『神』!?」

 

咆哮と共に放たれる圧倒的なまでの威圧感・存在感に、シグナムが呻く。

その手の震えは武者震いか、あるいは…。

 

『おのれ…許さんぞ、虫ケラどもが!

 貴様ら全て、我が一族の糧としてくれるわ!!』

 

だが、そんなボペトールの威圧感に快人は笑って答えた。

 

「じゃあ、テメェはその虫ケラに潰されるクソ虫だ。

 プチッて潰してやるよ!」

 

『人間如きがぁぁぁぁぁ!!』

 

怒号と共に触手たちが動き出す。

 

「行くぞ! みんな!!」

 

快人のその号令と共に戦いは始まった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)!!」

 

「ロイヤルデモンローズ!!」

 

蒼い炎が、紅い薔薇竜巻が迫る触手をなぎ払う。

そこに魔法少女たちの波状攻撃を敢行した。

 

「ちゃんと合わせろよ、高町なのは!」

 

「ヴィータちゃんもね!」

 

ヴィータはG型カートリッジをロードさせ、ありったけの魔力を持ってその魔法を形作る。

それは巨大な、ただひたすら巨大な鉄槌。

これぞ鉄槌の騎士ヴィータの必殺魔法。

 

「ギガントシュラーク!!」

 

小宇宙(コスモ)を纏った巨大な鉄槌がボペトールへと振り下ろされる。

 

『こんなものが我に通用するか!!』

 

ボペトールが手を振りあげ、それを受け止めた。

巨大なハンマーヘッドが、バキバキと砕けていく。

だが、そんな中でヴィータは笑った。

 

「今だ、がら空きのところにブッ込め!」

 

ヴィータは最初から、囮のつもりだったのだ。

巨大なハンマーヘッドで視界が塞がれる一瞬、それだけで他の全員の攻撃の準備が済んでいた。

 

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)!!」

 

「ディバインバスター!!」

 

快人からの巨大な蒼い火球が、なのはからの極大の光線がボペトールに直撃しその身体が揺らぐ。

 

『き、貴様ら!!』

 

「効いてる! 攻撃の手を休めるな!」

 

クロノに言われるまでも無く、すでにシグナムとフェイト、シュウトが攻撃の態勢に入る。

 

「シュツルムファルケン!!」

 

「ライトニングアロー・ファランクス!!」

 

「ピラニアン・ローズ!!」

 

数え切れない矢の雨と黒薔薇が、ボペトールの身体を穿ち、貫く。

 

『図に乗るな、虫ケラども!!』

 

ボペトールは反撃に強大な小宇宙(コスモ)を込めた衝撃波を放とうと、無数の触手を振りあげた。

だが、それが発射されることは無い。

 

「おおおぉぉぉぉぉ!!」

 

大悟が飛び出し、ボペトールへとぶつかる。

 

『な、にぃ…!?』

 

ボペトールの巨体が、押し出される。

全長40メートルを越える巨体を、人の形をしたものが押し返すその光景はとてもシュールだ。

ボペトールへと肉薄した大悟の右手に光が宿る。

 

「タイタンズ・ノヴァ!!」

 

その剛腕から放たれる大地を砕くエネルギーをゼロ距離からまともに受け、ボペトールは吹き飛ばされた。

 

『な、何故だ? 何故こうも虫ケラ相手に手間取る!?

 何故我の小宇宙(コスモ)が高まらない!?』

 

ボペトールは体勢を立て直すが、その姿は上半身は鎧がほとんど砕け、下半身の触手の群れもほとんどが無くなってしまっている。

こうも圧倒される理由が理解できず、ボペトールは呆然と呟く。

そんな『神』の間抜けな顔に、快人はニヤリと笑って答えた。

 

「気付いてなかったのか?

 お前、もうとっくの昔に詰んでるんだよ」

 

シュウトの最終奥義『ゴールデンローズ・ストリーム』…神を殺すことを目的としたその毒は完全にボペトールを蝕んでいたのだ。

瞬間的な消滅は免れたようだが、ただそれだけ。

毒の恐ろしいところは、その効果が持続するということだ。

結果、ボペトールはその『神』の力をほとんど発揮できないところまで追い詰められていたのである。

さらにボペトールの誤算はもう1つあった。

それは、『闇の書』の防衛プログラムを肉体にしなければならなかったことだ。

『神』は現世に干渉しようとする時、自らの選んだ人間の肉体を自分のものとして降臨する。

強大な小宇宙(コスモ)の幻影として降臨することもあるが、ほとんどの場合は肉体となる人間を欲するのだ。

これは伊達や酔狂でやっているのではない。

人間とは、『神』を模して作りだされた模造品だと神話では言われている。

人間の形状は、『神』のそれと似て同じ感覚で使用できるのだ。

本来、ボペトールは『闇の書』の主となった人間の肉体を乗っ取り、降臨する。

だが今回は『闇の書』の主が切り離され、ボペトールは手元に残っていた『闇の書』の防衛プログラムを肉体にしなければならなかった。

『闇の書』の防衛プログラム…人間の身体とはまるで形状の違うものをである。

これは、F1ドライバーにいきなり豪華客船を動かせと言っているようなものだ。

ボペトールの持つ力や能力を発揮できるわけもない。

結果として、今のボペトールは『神』としての強大な力や小宇宙(コスモ)のほとんどを失っていたのである。

今現在のボペトールの強さは、夏の時の『邪神エリス』よりもさらに下だ。

しかし、『闇の書』の防衛プログラムが優れている点も存在する。

 

『この我が虫ケラに、人間ごときに遅れをとるなどあってはならない!

 あり得るはずがないのだ!!』

 

自分の弱体化を認められず咆哮すると同時に、ボペトールの身体がみるみる再生していく。

無限再生能力…『闇の書』の防衛プログラムの固有の能力であるそれは明らかに人間の肉体を元にしているものより優れている点だ。

如何に弱体化していてもボペトールがいつまでも再生を繰り返すのでは戦いは終わらず、いつか押し切られてしまう。

 

「くそっ、アルカンシェル無しで一体どうすれば…!?」

 

地道に凍結魔法で触手を砕いていたクロノが毒づく。

そんなクロノに、快人はため息とともに言った。

 

「こうなったらもう、『アレ』しかねぇよな」

 

その言葉に、バッと振り返りシュウトと大悟が快人を見る。

 

「兄さん、『アレ』をやるつもり!?」

 

「確かに『アレ』に必要な条件は揃っているが…」

 

抵抗のある様子のシュウトと大悟に快人は言い放つ。

 

「さっきじいさんには確認取ったし、もうそれぐらいしか火力の当てがねぇ。

 『神』の結界のせいで外部への干渉は無しだし、おあつらえ向きじゃねぇか」

 

「…で、兄さん。 本音は?」

 

「折角3人揃ったんだから、思いっきりブッ放ちたい」

 

「やっぱり…」

 

胸を張って答える快人に、シュウトは深くため息をつく。

だが、実際にそれぐらいしか手が無いことは分かっている。迷ってはいられない。

 

「クロノ! 俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)の『切り札』を使う!

 ボペトールの足を止めるのと同時に、アリサたちのところまで全員後退!

 全力で防御魔法を張ってろ!」

 

「わかった! 君ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)を信じるよ!!」

 

同時に、クロノから作戦内容が全員へと伝えられた。

 

「エターナルコフィン!」

 

クロノがグレアムから預かったデュランダルを使い、最大級凍結魔法『エターナルコフィン』を放つ。

瞬間的にボペトールの身体を凍りつかせるが、それは3秒にも満たぬうちに打ち砕かれた。

 

『こんなもので、我が止められると…』

 

だが、そのときにはなのは・フェイト・はやての3人の魔法少女は持てる魔力と小宇宙(コスモ)を用いて『神』へと一撃を見舞う。

 

「スターライト…!!」

 

なのはへと集っていくのは星の如き光。

邪悪な星を砕く願いを込めた極光。

 

「ライジングアロー…!!」

 

フェイトの構えるのは弓。

バルディッシュの新砲撃形態『アーチャーモード』につがえられた矢は電光を纏う矢。

全てを貫く、想いを乗せた必中の矢。

 

「ラグナロク…!!」

 

はやての周りに集う、眩しき光。

それは悲しみの歴史を終わらせるための決意の光。

3人の魔法少女は同時に、その光を解き放った。

 

「「「ブレイカーーーーァァァ!!!」」」

 

全てを破壊し尽くすかと思える3人の少女たちの想いの奔流は邪悪な『神』へ、ボペトールへと突き刺さる。

爆発が巻き起こり、ボペトールの身体が千切れ飛ぶ。

 

『おのれ、小娘どもが…!!』

 

しかし、それすら『神』には致命傷には至らない。

だが、それでいいのだ。

彼女たちには、あとを任せられる者が、何より信頼する黄金の聖闘士(セイント)たちがいるのだから。

 

「快人くん!!」

 

「シュウ!!」

 

「うっしー!!」

 

「「「やっちゃえぇぇぇぇ!!!」」」

 

全速力で退避していく少女たちの声に答えるように、黄金の強大な小宇宙(コスモ)が立ち昇った。

 

『こ、この小宇宙(コスモ)は!?

 人間が、虫けら如きがこのような小宇宙(コスモ)を!?』

 

そのあまりの小宇宙(コスモ)にボペトールが驚愕しながらその目を凝らす。

そして、ボペトールは少女たちの一撃が生んだ爆煙の向こうにその小宇宙(コスモ)を放つ者たちを見た。

片膝をつき両手を前に突き出し構えを取る快人。

そして左右で構えを取るシュウトと大悟。

 

「やるぞ!!」

 

「「おう!!」」

 

3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)小宇宙(コスモ)が究極にまで高まり、それが3人の間でグルグル回る。

3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が極限まで高めあった小宇宙(コスモ)を、まるで粒子加速器のように加速・増幅・収束させていく。

これぞ3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が三位一体となって放つ、小規模ビックバンにも匹敵すると言われた究極の一撃。

あまりの威力故に、アテナによって禁じられたという最強の禁じ手。

その名は!

 

 

「「「アテナ・エクスクラメーション!!!」」」

 

 

その力に、ボペトールには抗う術など存在しなかった。

幾多の世界を滅ぼし、数え切れない命を吸いつくした邪悪な『神』は叫び声を上げる間もなく、細胞の一片・魂の一欠片残らず砕け散ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ボペトールが、邪悪な『神』が消滅した。

その光景をどこからともなく見ている者が1人…それはあの図書館にいた少年だった。

 

「…」

 

ボペトールの消滅と同時に、少年は自分に掛けられた枷が1つ外れたことを感じる。

それが意味することはすなわち…。

 

「…今から始めろ、ということか。

 あの女神め…!」

 

少年はそう見えぬ相手に毒づいた。

自分に掛けられた枷…『もっとも目立つタイミングまで動くな』という命令が解除されたということは『今動け』ということだ。

 

「あいつらの見ている前で見せつけるように…というわけか。

 相変わらずいい趣味しているな」

 

少年は毒づくが思考を切りかえる。

自分のすべきことは決まっている。

そして…そのためには迷わないと誓った。

だから…。

 

「…」

 

そして…少年は行動を開始した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「な、な…」

 

アテナ・エクスクラメーションのあまりの威力に、一同は絶句していた。

あれだけ強大だったボペトールが、文字通り跡形もなく消滅したのだ。

 

「ど、どこまで規格外なんだ、聖闘士(セイント)という存在は…」

 

クロノが呻くように呟く。

だがこれで、すべてが終わった。

『闇の書』も、それに憑く邪悪の『神』ボペトールももういない。

その証拠に、ゆっくりと結界が崩れていく。

少女たちはホッと息をつき、事件の終わりを思った。

3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が振り返り、少女たちはそれぞれの幼馴染を迎え入れるためのとびきりの笑顔を見せる。

だが…。

 

「えっ…?」

 

崩れつつあった結界…だがその外側が奇怪な光景によって包まれ結界の崩壊が止まる。

それは異次元空間としか形容できない、奇怪な空間だ。

 

「シュウト、クソ牛! 避けろぉぉぉ!!」

 

快人の声が響き、そして…そこに居たすべての人間がその尋常ならざる光景を目撃した。

 

「銀河が…砕ける!!?」

 

そうとしか形容が出来ない光景が3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)へと迫る。

 

 

「ギャラクシアン・エクスプロージョン!!」

 

 

どこからともなく聞こえたその声と同時に、銀河が爆砕した。

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

少女たちが見たものは黄金の雨。

それはボロボロに砕けた黄金聖衣(ゴールドクロス)の破片。

そして、ベチャリという音と共に地面に広がる血。

それは真っ赤な血で地面に彩られた花のようだった。

その非現実的な光景を、少女たちの脳が受け入れられない。

だが、ゆっくりと侵食するようにその現実が少女たちの中に染み渡る。

そして、絶叫が響いた。

 

「シュ、シュウ!!!?」

 

「うっしーーー!!!?」

 

フェイトとはやてが2人に駆け寄ろうとするが…。

 

「な、何これ! 進めない!?」

 

「見えない壁があるみたいや!?」

 

そんな2人が壁のようなものにぶつかり、それ以上進めなくなっていた。

 

「ちぃ…」

 

「か、快人くん!?」

 

そんな中、ほとんど傷も無くただ1人起き上がった快人はシュウトと大悟に近付くとその真央点を突いて止血を施した。

 

「に、兄さん…」

 

蟹座(キャンサー)…」

 

「黙って休め! この怪我…洒落になってねぇ!!」

 

快人からも焦りが見える。

その時、快人たちの背後から声が響いた。

 

「外したか…勘がいいな、蟹座(キャンサー)…」

 

その声に、応急処置を終えた快人はゆっくりと振り返った。

 

「いや…予想がついてた。

 何考えてるのかわからねぇが、俺たちを潰すのならあのタイミングだろうってな」

 

「そうか…」

 

そこに現れたのはあのローブの男、そして…図書館の少年だ。

ローブの男が纏っていたローブがビリビリと千切れて行く。

そして、その下から出てきた物になのはたちは絶句した。

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)!? でも…中に誰もいない!?」

 

それは装着した形で立っている黄金聖衣(ゴールドクロス)だ。

だが、その中には装着者の姿は無い。

 

「やっぱりか…小宇宙(コスモ)による黄金聖衣(ゴールドクロス)の遠隔操作。

 シュウトの毒が効かないはずだ」

 

そう、このローブの男の正体は小宇宙(コスモ)によって遠隔操作された黄金聖衣(ゴールドクロス)だったのだ。

シュウトは以前戦った時、毒が効かないことから牡羊座(アリエス)乙女座(バルゴ)という予想をしていたが、毒の効かなかった理由はそこに実体がなかったからに他ならない。

そして、その真の装着者は目の前の少年なのだ。

その少年を見たすずかは、震える声を絞り出す。

 

「何で…どうしてあなたが…。

 総司くん、総司くん!!」

 

だが、すずかのその声には答えず少年は呟く。

 

「来い、俺の聖衣(クロス)よ…」

 

その言葉に答え、黄金聖衣(ゴールドクロス)はバラバラに分離すると少年の身体へと装着されていった。

そこに立つのは黄金の闘士、最強の聖闘士(セイント)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人。

そして少年は静かに、はっきりと名乗りを上げる。

 

「俺の名は双葉総司…双子座(ジェミニ)の双葉総司だ。

 蟹座(キャンサー)魚座(ピスケス)牡牛座(タウラス)…神の命によりお前たちを…殺す!」

 

立ち昇るのは黄金の小宇宙(コスモ)

黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの聖夜は、まだ終わってはいなかった…。

 

 

 




というわけで安定のフルボッコ+A‘S編ラスボスの登場です。
神族のくせにあっさりだったボペトールさん。
ですがLC外伝でも聖剣一発でしたし、『シュウト最強の毒を受けていた』+『力を発揮できる肉体を手に入れられなかった』という悪条件が重なったため、なのは本編以上にフルボッコでした。
まぁ、ただの中ボスですしね(笑)

そして今まで頑なに姿を隠していた3人目の黄金聖闘士が、遂にA‘S編ラスボスとして表舞台に立ちました。
その正体は星座カースト第1位、頂点、王者の星である『双子座』でした。
まぁ、最初のすずか助けた時点でモロバレでしたね。
マスク抱えて、相手を異次元送りにするような星座はこいつだけですし。
大悟に魔拳かけた段階で確定でしたでしょう。

次回から数回に分けてA‘S編最終戦闘『蟹座VS双子座』をお送りします。
『カースト底辺VSカースト頂点』というだけではない、聖闘士星矢において外せないあるテーマについて掘り下げるつもりですのでご期待下さい。


今週のΩ:獅子座は忠臣…なんだけどやっぱ脳筋だな。
     エデンを立ち直らせるために、『迷いをぶつけて来い!』という体育会系なところが非常に獅子座らしい。
     でも駄目でした!
     エデン、何か別の方向に悟っちゃったよ!?
     次回は子獅子座+狼座VS獅子座…。
     お前ら聖闘士の戦いは1対1というのはどこ行った?
     まぁそれは星矢たちも結構破ってたからいいが…忍者、おまえはクナイ投げたり爆弾使うのはいい加減やめい!
     聖闘士だったら、拳一つで勝負せんかい!


ゲームのΩ:なんか…鱗衣がすげぇ格好いいんですけど!
      青銅聖衣、お前たちは泣いていい…。


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第35話 蟹座と双子座、聖夜の最終決戦(前編)

ついに始まるA’S編最終決戦、『蟹座VS双子座』の戦いです。
今回はまともに決まったことのない、あの技が炸裂します。


 

 

天界のある一室で、アテナ様、アフロディーテ様、アルテミス様3人と対峙する女神。

アテナ様は今にも飛び掛りそうな雰囲気、アフロディーテ様は冷ややかに、アルテミス様はハラハラと様子を見守っていた。

対する女神はニヤニヤと底意地の悪そうな顔で笑う。

 

「あらあら、お揃いで何か御用かしら?」

 

「…随分ふざけたことしてくれてるみたいだから、文句言いに来たのよ。

 そうじゃなきゃ、誰がアンタなんかの顔見に来るもんですか、ヘラ!!」

 

アテナ様はそう吐き捨てるようにして目の前の女神、ヘラに言った。

女神ヘラ…アテナ様、アフロディーテ様、アルテミス様にとってはある意味忘れられない女神だ。

何と言っても彼女たちに星座カースト制度から来る辛い思い出を作ったのは目の前のヘラなのである。

星座カースト制度第一位に輝く頂点、『双子座』であることをいいことにいろいろとやってくれたものだ。

思い出すだけでも屈辱であり、その屈辱が快人とシュウトを転生させた『蟹魚復権計画』の原動力となっていたのだ。

 

「確かに私も面白そうだから私の星座の『双子座』の転生者を送り込んだわよ。

 でも、それだけ。

 あなたたちが何を言ってるのかわからないわね」

 

「嘘おっしゃい!

 デスマスクやアフロディーテは出るし、邪神エリスは出る。

 おまけに今度は『闇の書』に夢神ボペトール?

 あの世界は『リリカルなのは』の世界に酷似した世界だったはずよ!

 明らかにおかしいじゃない!

 誰かが何かをやったとしか思えないわ!」

 

そう興奮しながら言い放つアテナ様に、ヘラの方はというと努めて冷静だ。

 

「あのねぇ…私がそんなことをしてどんなメリットがあるの?

 あなたたちも規則を知らないわけじゃないでしょ?」

 

「う…」

 

その言葉に、アテナ様も途端に勢いを無くす。

神の世界にだってルールはある。

基本的に世界に対して多大な干渉をすることは、大きなルール違反なのだ。

だからこそ、アテナ様もアフロディーテ様もアルテミス様も皆、転生させた後には特に干渉も接触もすることなく見ているだけにしている。

だが今回、あの世界に起こっていることは明らかに規則に違反するような世界への多大な干渉だと思えるが、ヘラがそれをやるだけの動機が全く無いのだ。

これでは問いただす以前の問題である。

 

「まぁ、いいわ。

 せっかく来たのだし見ていく?

 丁度面白いところのようだし…」

 

そう言ってヘラが浮かばせた映像、それは対峙する快人と総司の姿だ。

 

「私の星座とあなたの星座の戦いみたいね。

 まぁ、頂点と底辺の戦いじゃ結果は見るまでもないけど」

 

「それはどうかしらね?

 私の選んだ子は、なかなかにしぶといわよ」

 

ヘラの言葉にアテナ様は言う。

 

「面白いじゃない。

 じゃあ、どれだけやれるか見せてもらうわ」

 

勝利を確信した顔でヘラは言う。

その言葉に、アテナ様は誰にも気づかれず呟いた。

 

「…必ず勝ちなさい。

 この舐めた女の自信をボッキボキにへし折ってやるのよ、蟹名快人…!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

幾多の世界を滅ぼしてきた『闇の書の闇』と、それに憑りついた邪神、夢神ボペトールは滅んだ。

だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの戦いは終わってはいなかった。

むしろ、ここからが本番である。

 

双子座(ジェミニ)!?」

 

「新しい、黄金聖闘士(ゴールドセイント)!?」

 

新たに現れた黄金聖闘士(ゴールドセイント)に、ユーノとアルフが驚きの声を上げる。

 

「すずか、あの人のこと知ってるの?」

 

「うん…」

 

フェイトの言葉に、すずかは頷いた。

 

「双葉総司くん。 私が図書館でよく会ってた男の子。

 無口だけどどこか優しくて、さっきだって私とアリサちゃんのこと守ってくれた…」

 

闇の書の防衛プログラムの攻撃からアリサとすずかを守ったのは彼であった。

それにすずかには以前、クリスマスには絶対出歩かないようにと忠告をしていた。

今にして思えば彼はこの事態を知っており、すずかが巻き込まれないように配慮してくれたのだろう。

そんな彼が何故…。

 

「総司くんやめて! 何で、何でこんなことするの!?」

 

「…」

 

 

だが、総司はそんなすずかの言葉には答えない。

 

「待て! 君も聖闘士(セイント)なんだろ!

 それが何故、同じ聖闘士(セイント)の快人たちを襲うんだ!?」

 

「…クロノ=ハラオウン、一概に聖闘士(セイント)だからと言ってすべてが同じように行動するわけではない。

 俺は俺の目的のために行動する…」

 

「その目的が、シュウや快人や大悟を殺すことなの!?」

 

フェイトの叫びのような声に、総司は一切感情を感じさせぬ冷たい声で言い放った。

 

「その通りだ。

 俺の目的は始めから、俺以外のすべての黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺すこと。

 そのための最良のタイミングを狙っていたにすぎない。

 安心しろ、お前たちへは一切手だしはしない。

 この戦いが終われば、無傷でそこから出そう。

 だから少しの間黙っていろ」

 

「そんなん、納得できるわけないやろ!

 シグナム、ヴィータ! 一緒にこの壁を破るんや!!」

 

はやての言葉に、至近距離からはやて・シグナム・ヴィータが見えない壁へと全力の一撃を叩きこむ。

だが…。

 

「なん…やて…!?」

 

「我らの攻撃で…揺るぎもしない!?」

 

「G型カートリッジまで使ったっていうのに…どうなってんだよ!?」

 

目に見えぬその障壁は3人の小宇宙(コスモ)によって強化された攻撃にもビクともしない。

 

「無駄だ、その壁はお前たちじゃどうあがこうと突破できない」

 

それはつまり、なのはたちには見ていること以外に何もできないということだ。

こうなれば、内部にいる3人が脱出をすることを期待するしかないのだが、戦える状態なのは快人のみだった。

 

「まぁ、そいつの言うとおりだ。

 無駄なことはやめて、シュウトとクソ牛の治療の準備をしてるんだな」

 

快人の声がなのはたちに届く。

快人の言う通り、シュウトと大悟は大怪我を負っている。

応急処置があるが、すでに戦えるような状態ではない。

快人が総司を抑え、何とかして壁を破壊しなければシュウトと大悟の命が危なかった。

 

蟹座(キャンサー)の蟹名快人、やはり残るとなればお前か…」

 

「へっ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)でも最強と名高い双子座(ジェミニ)さまに名前を覚えてもらってるとはね。

 光栄なもんだ」

 

「夏の邪神エリスの時も、神を相手に勝負を決したのはお前だった。

 もし今回も、最後まで喰らい付いて来るとなればお前だろうとは予感がしていた」

 

事実、総司のその予感は当たっていた。

快人がいなければ、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』の直撃によってすでに決着はついていたはずだったのだから。

 

「なるほどな、邪神エリスのときの空間の歪み…やったのはお前だったのか。

 随分前から監視されてたらしいな」

 

快人は夏のときの奇妙な空間の歪みを思い出してそう呟いた。

 

「で、最大のチャンスとみて俺たちを一気に皆殺しに来たってわけかい、双子座(ジェミニ)さんよぉ?」

 

「そうだ。

 『アテナ・エクスクラメーション』を放ちお前たち3人はすでにかなり小宇宙(コスモ)を消耗している。

 今なら、労せずに全員を殺すことができるだろう」

 

その台詞に、快人は獰猛に笑った。

 

「オイオイ、ここに無事な俺がいるっていうのにもう勝ったつもりかよ?

 そいつは少し…俺を舐めすぎなんじゃねぇのか、双子座(ジェミニ)さんよぉ…」

 

快人が全身に濃密な小宇宙(コスモ)を立ち上らせる。

そして。

 

「俺たちを殺すなんて笑えない冗談は俺を倒してからにしやがれ!!」

 

「…ああ、そうさせてもらおう」

 

快人が一気に総司へと接近する。

ここに聖夜最後の決戦、蟹座(キャンサー)双子座(ジェミニ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士の戦いが始まったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「オラァァァァ!!」

 

快人が小宇宙(コスモ)を込めた右拳を振るう。

先手必勝とばかりに、最大限にまで小宇宙(コスモ)を高めてだ。

実際、快人の中には焦りがあった。

総司の指摘したとおり、快人の消耗は激しい。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)である大悟との決戦の後に、夢神ボペトールとの戦いである。

その間に放った技は多いし、究極の秘奥義の一つである『アテナ・エクスクラメーション』まで放ったのだ。

おまけにシュウトと大悟は重傷である。

快人の応急処置と黄金聖闘士(ゴールドセイント)としての身体能力によって何とかなっているが、本格的な治療が必要なのは火を見るよりも明らかだ。

それに…。

 

双子座(ジェミニ)の最大奥義『ギャラクシアン・エクスプロージョン』…アレだけはヤバい! ヤバすぎる!!)

 

双子座(ジェミニ)最大の奥義『ギャラクシアン・エクスプロージョン』…それは双子座(ジェミニ)を最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)と呼ばせる要因の一つだ。

文字通り銀河を砕くと言われる、この一撃の火力はほぼ間違いなく黄金聖闘士(ゴールドセイント)随一だろう。

それもそのはず、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』は分類としては対神級奥義に分類されるような超奥義なのだ。

そんなものをもう一度放たれ避けられる保証はないし、シュウトや大悟が避けることなどどう考えてもできない。

 

(『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を撃たせないように間断なく攻撃を仕掛ける!

 その上で出来うる限り短期決戦を仕掛けるしかない!)

 

そんなことを考えながら快人は右拳を振るう。

だが。

 

「な…にぃ!?」

 

快人の拳は総司によって受け止められていた。

ただ受け止められただけなら、快人もそう驚きはしない。

だが驚くべきことに快人の渾身の小宇宙(コスモ)を乗せた拳は、総司の突き出した左手の、人差し指1本によって止められていたのだ。

 

「ば、バカな!? 俺の拳を指一本でだと!?」

 

「何を驚く? お前の今の力など、俺の指一本にも劣るというだけだ」

 

総司の人差し指に尋常ならざる小宇宙(コスモ)が集中し、快人の拳を受け止めたのだ。

指先への小宇宙(コスモ)の一点集中…これは言うほど簡単なことではない。

それをいとも容易くと行えるということは、小宇宙(コスモ)の制御の精度が半端ではないという証だ。

 

「ちぃ!?」

 

快人は即座に身体を捻って右のハイキックを見舞う。

総司は特に苦にした様子も無く、一歩後ろに下がってそれを避けた。

 

「かかった!」

 

快人はさらに一歩を踏み込むと、左の肘を放った。

だが回避のために引いたところに踏み込んでの、本来なら必中であるその肘が虚しく空を切る。

気が付けば総司は快人の裏に回り込み、小宇宙(コスモ)を集中させた右拳を快人へと振るった。

咄嗟に身体を捻り右手でその攻撃をガードをする快人はその衝撃で地面に足が引き摺った跡を残しながら数メートルほど吹き飛ばされる。

 

「くぅ…」

 

快人は今の攻防において垣間見えた総司の戦闘技術に舌を巻いた。

蟹座(キャンサー)は技巧に優れた星座であり、その特性を色濃く次いだ快人も戦闘における技巧には自信がある。

だが、そんな快人をして戦慄するほどの戦闘技術を総司は有していたのだ。

そして、快人は改めて自分の考えの甘さを呪う。

 

(強力すぎる『ギャラクシアン・エクスプロージョン』の威力に目を奪われすぎていた。

 双子座(ジェミニ)の本当の恐ろしさは…バランスだ)

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)は全員が互角ともいえる実力を持つものだが、それは総合戦闘能力での話であって、その力の内訳はまるで違う。

最高のパワーとタフネスを誇るかわりに精神系への攻撃に弱い牡牛座(タウラス)が顕著な例だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)にも基本的に得手不得手があるのだ。

しかし、双子座(ジェミニ)にはそれが無い。

全ての能力が高い次元でバランスよく纏まっており、際立った弱点が無いのだ。

その上で、最大級の威力を持つ『ギャラクシアン・エクスプロージョン』という切り札を持っている。

そのバランスの高さこそが、双子座(ジェミニ)の真の恐ろしさだった。

 

「やるじゃねぇか、双子座(ジェミニ)

 さすがは最強と呼ばれた星座だけのことはある。

 まぁ、俺にはさすがに劣るけどな」

 

「元気なものだ…未だにそれだけの減らず口を叩けるのだからな」

 

「へっ! 減らず口かどうかは試してみやがれ!!」

 

言って、快人の姿が掻き消える。同時に総司の姿も掻き消えた。

残るものは閃光と打撃音のみ。

2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の光速戦闘が始まる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

光と音だけがその場に残る、2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の光速戦闘。

それは見ているなのはたちからすれば、視認することも出来ない戦いである。

小宇宙(コスモ)に目覚め、その能力が大幅に上昇しているなのは・フェイト・はやてとて音速の動きを視認することが精々なのだからそれは仕方の無いことだった。

だが、その戦いに変化が現れ始める。

 

「がっ!?」

 

「快人くん!?」

 

まるでコマ送りの映像のように、現れては消え現れては消えを繰り返す快人と総司。

その光景は快人に攻撃が命中し2人の動きが止まる一瞬の光景だ。

今までの疲れは確実に快人を蝕んでおり、快人が押され始めてきたのだ。

 

 

バキィッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

一際大きな打撃音と共に吹き飛ばされた快人が地面を抉りながら転がる。

その拍子に、快人の蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツが外れて吹き飛び、なのはの足元までそれが転がってきた。

快人はそれを気にする余裕も無いように態勢を立て直すと、口元から流れる血を拭う。

一方、総司はその速度を落とし、ゆっくりと快人の前に姿を現した。

 

蟹座(キャンサー)、これで止めだ…」

 

「トドメ?

 バカ言うなよ、この距離ならご自慢の『ギャラクシアン・エクスプロージョン』をぶっ放すのよりも、俺の炎がお前を燃やすほうが速いぜ」

 

そう言って快人は右手に蒼い炎を宿らせる。

だが、総司は首を振ると右手を掲げた。

 

「『ギャラクシアン・エクスプロージョン』だけが双子座(ジェミニ)の力ではないことはお前も知っているだろう。

 もう1つの双子座(ジェミニ)必殺の技、見せてやろう…」

 

途端に、総司の小宇宙(コスモ)が危険な高まりを見せる。

その総司の姿に、すずかの脳裏をフラッシュバックする光景があった。

それはいつかの夜の薄暗い廃工場。

そして、中空に浮かんだ黒い穴に吸い込まれていく男の姿。

総司によって封印されたすずかの記憶は、目の前の光景によって不完全ながらその封印を解かれていた。

それを思い出したすずかは反射的に叫ぶ。

 

「そ、総司くんやめてぇぇぇ!!」

 

だが総司はそんなすずかの叫びを無視し、最大限に高めた小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

 

「アナザー・ディメンション!!」

 

 

途端、中空に黒い穴がぽっかりと口を開ける。

それを見ていた魔導士たちが驚きの声を上げた。

 

「あれはまさか!?」

 

「『虚数空間』!?」

 

『虚数空間』とはあらゆる魔法が発動しなくなる、魔導士にとっては最悪の空間のことである。

もしも落ちたら最後、重力の底まで落下し永劫に戻ってくることはできない。

クロノやフェイトたち魔導士には、総司の開けた穴がそう見えていた。

その判断はほとんど正解である。

異次元空間への入り口を作り相手を異次元へと放逐する技、それがこの『アナザー・ディメンション』である。

異次元空間を空間移動に利用したり、相手を閉じ込めることにも使用できその利用範囲の幅が広い技だ。

ぽっかりと口を空けた異次元への入り口が、快人を吸い込もうと恐ろしいほどの吸引力で襲い掛かる。

 

「ちぃ、また厄介な技を!?

 だがなぁ!!」

 

快人は舌打ちをすると己の小宇宙(コスモ)を最大限に高めバリアのようにして異次元への入り口からの吸引力を防ぎ、踏ん張る。

その吸引力は、何とか快人の防げるレベルのものだった。

だが…。

 

「言ったはずだ、これはトドメだとな」

 

快人が総司のその言葉に疑問を持つよりも早く、シュウトと大悟の声が聞こえた。

 

「ぐ、ぅぅぅぅ!!」

 

「に、兄さん!」

 

「!? シュウト!! クソ牛!!」

 

見ればシュウトと大悟が急速に異次元への入り口へと吸い寄せられていっている。

重傷を負った2人の小宇宙(コスモ)ではその吸引力から身を守ることが出来ず、その身体では踏ん張りもきかない。

2人はズルズルと異次元への入り口へと吸い込まれていく。

 

「ちぃ!!?」

 

それに気付いた快人は走り出した。

宙に浮いた2人の手を、快人が掴む。

 

「…やはり助けに入ったか。

 これでお前たち3人の命運は決まった…」

 

その様子を見ていた総司の呟きは正しかった。

快人の力と小宇宙(コスモ)だけでは、2人とその身を『アナザー・ディメンション』から守るのには足りない。

吸い込まれまいと踏ん張る快人だが、ズルズルと異次元の入り口へと引き寄せられていく。

 

「ダメだ、兄さん!!」

 

蟹座(キャンサー)、お前も吸い込まれるぞ!

 この手を放せ!!」

 

そんな2人の言葉を、快人は鼻で笑い飛ばした。

 

「何ほざいてやがる、バカども!

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)である俺に、目の前で仲間が死ぬのを容認しろってか?

 ふざけるな、アホが!

 それにな…」

 

そこで快人は言葉を切ると、シュウトへと言う。

 

「死に掛かってる1人は弟ときたもんだ。

 どこの世界に、目の前で弟が死ぬのを容認できる兄がいるか!!」

 

「…」

 

快人の言葉に、総司の眉がピクリと動いた。

だが、快人はそれに気付くことなく力と小宇宙(コスモ)を込めていく。

しかし足りない。

力も小宇宙(コスモ)も、3人全員が『アナザー・ディメンション』から逃れるには足りなすぎる。

このままでは総司の言う通り、これで一網打尽にされて終わりだ。

 

「…」

 

快人は無言でチラリとなのはの方を見る。

なのはは弾き飛ばされた快人の蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツを胸に抱きしめながら、心配そうに、だが視線を逸らすことなく快人を見続けている。

 

(なのは…もし失敗したら悪ぃ、サヨナラだ)

 

そう心の中で呟いた快人は、キッとシュウトと大悟を吸い込もうとしている異次元の入り口を睨む。

 

「…シュウト、クソ牛。

 着地は自分でやれよ」

 

「!? 兄さん!」

 

快人の言葉に不穏なものを感じ取ったシュウトは何かを口にしようとするがそれより前に快人は動いた。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雄叫びと共に、快人の小宇宙(コスモ)が一気に燃焼する。

同時に渾身の力で快人はシュウトと大悟を後方遠くへと投げ飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

「くっ!? に、兄さん!!」

 

地面へと身体から軟着陸を果たしたシュウトと大悟が顔を上げる。

その2人の目に映ったのは異次元の入り口へと吸い込まれていく快人の姿だった。

 

「兄さん、兄さぁぁん!!」

 

シュウトの声に快人は何も答えず、フッと笑うと快人は異次元へと消えていく。

それと同時に、快人の小宇宙(コスモ)が再び爆発した。

異次元の穴が、段々と小さくなっていく。

その光景に総司は驚きの声を上げた。

 

「俺の開けた異次元の入り口を、内側から閉じるつもりか蟹座(キャンサー)!?」

 

そう、快人は吸い込まれた異次元側から、穴を閉じていたのである。

そして、異次元の穴は遂に消え去った。

 

「兄さん、兄さん、兄さぁぁん!!」

 

シュウトの声が響くがそれに答えるものは無い。

 

「…見事だ、蟹座(キャンサー)

 弟と仲間を救うために、捨て身で俺の『アナザー・ディメンション』を破るとは…」

 

「…」

 

「…」

 

総司の言葉に、シュウトと大悟は無言でゆっくりと立ち上がった。

シュウトはその右手に薔薇を構え、大悟は腕を組む。

 

「俺はあいつに、命の借りがこれで2つ目だ。

 もはや借りは返せないが…せめてその仇は討たせてもらう!」

 

「兄さんの…兄さんの仇!!」

 

2人の目には怒りの炎が宿っていた。

その2人を前にしても、総司は少しも揺るがない。

 

「もっとも傷浅く、やっかいだった蟹座(キャンサー)が死んだ今、お前たちなどものの数では無い。

 …来い、俺の目的を果たさせてもらおう!」

 

「「舐めるなよ、双子座(ジェミニ)ィィ!!」」

 

吠えて、シュウトと大悟が総司へと飛びかかる。

だが、その動きは目に見えて鈍い。

絶望的な戦いが始まった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人が消えていくその光景は、見ていた魔導士組にも衝撃だった。

 

「そ、そんな…快人が…」

 

「な、なのはちゃん…」

 

『虚数空間』の恐ろしさを知るフェイトが顔を青くして口を押さえ、はやてはゆっくりとなのはの方を見た。

いや、それははやてだけでは無い。

その場にいた全員が青い顔でなのはの方を見る。

だが、なのははそんな皆の視線に首を横に振った。

 

「あんなことで快人くんが死ぬはずない。

 だって快人くんは、どんな奇跡だって起こす黄金聖闘士(ゴールドセイント)だよ?

 あんな穴くらい、這い上がってくるもん」

 

それになのはには、快人が何の策もなくこんなことをやったとは思えない。

先程チラリと振り返った快人の顔は、自分を犠牲にしてもなどと考えている人間の顔ではなかった。

だから…。

 

「だから大丈夫。

 快人くんは死なない、絶対帰ってくる。

 絶対、絶対に!」

 

そうやって、まるで自分に言い聞かせるように言いながらなのはは胸に抱いた蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツに力を込める。

その手が震えていることに、少女たちは皆気付いていたが敢えて何も言わなかった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

光も無く、何も知覚出来ず、時間感覚すら狂う空間…異次元空間を快人は漂っていた。

 

「殺風景な景色だこと…異次元ってのは思った以上に味気ねぇなぁ…」

 

その呟きは、決して絶望からの諦めではない。

なのはの信じていた通り、快人は自己犠牲の精神や無策で『アナザー・ディメンション』に飛び込んだのではなかったのだ。

いかな異次元空間と言えど、脱出の方法は確実に存在する。

聖闘士星矢原作においても『アナザー・ディメンション』と同質の技であるカノンの『ゴールデントライアングル』の直撃を受けた不死鳥座(フェニックス)の一輝も舞い戻ってこれたのだから、それは間違いではない。

そして、あの3人の中ではかなり確率の高い『脱出方法』を持っていたのは快人だけだった。

とはいえ、その『脱出方法』というのも確実性は全く無い。

正直に言えば分の悪すぎる賭けだが、脱出の確率がさらに低い残りの2人が異次元へと吹き飛ばされるよりは遥かにマシである。

あのまま踏ん張っていても、いずれ吸い込まれることは目に見えていたため、そこまで考えた快人は『アナザー・ディメンション』に敢えて飛び込んだのである。

 

「さて…始めるか。

 保ってくれよ、俺の身体…」

 

そう呟くと同時に、快人は右の人差し指と中指を立て、その指先に全ての小宇宙(コスモ)を集中させていく。

快人の指先に、紫の怪しい光が宿る。

そして、快人はその技を発動させた。

 

積尸気(せきしき)冥界波(めいかいは)ぁぁぁぁ!!」

 

瞬間、快人の身体が掻き消えた。

蟹座(キャンサー)必殺奥義、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)

それは相手の魂を肉体から分離させ、黄泉比良坂(よもつひらさか)と送る技である。

同時に、使い手は自分自身の肉体すら黄泉比良坂(よもつひらさか)と送ることが可能だ。

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)は攻撃的なテレポーテーションとも言える技なのである。

その力で、快人は黄泉比良坂(よもつひらさか)を経由し現世へと帰還しようと考えたのだ。

思った通り、快人の肉体が異次元空間から黄泉比良坂(よもつひらさか)へと跳ぶ。

しかし…。

 

「ぐ、おぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

快人が血の混じったものを盛大に嘔吐した。

快人は幼少期のトラウマのせいで自由に積尸気冥界波(せきしきめいかいは)を撃つことが出来ず、無理に使用した場合には拒否反応とも言える耐えられない嘔吐感にさいなまれる。

だが、今回はいつものそれの比では無かった。

何故なら、快人が肉体ごと黄泉比良坂(よもつひらさか)に来るのは、あの両親が死んだ時以来なのである。

フラッシュバックする記憶では無く、肉体がダイレクトに黄泉比良坂(よもつひらさか)の光景と匂いを伝え、身体全体が拒絶反応を起こす。

 

(早く積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で現世に戻らないと…やべぇ!!?)

 

激しい嘔吐で呼吸・思考ともに整わない中で、快人は必死に小宇宙(コスモ)を高めようとする。

だが、そのときひと際大きな嘔吐感が快人を襲った。

 

「う、ぐおぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

胃の中のものはほとんど吐き出し、すでに出ているのは血と胃液だ。

さらに連戦による肉体・小宇宙(コスモ)の消耗が快人の精神を削り、意識が持って行かれそうになる。

 

(ここで気を失ったら…死ぬ!?)

 

ここは死の国の入り口だ。

大量の亡者の行き来するこの場に、無防備な生身の人間がいればどうなるか…腹をすかせたライオンの前に野兎を持ってくるのと同じような勢いで、死へと誘われることだろう。

だがそんな思考とは裏腹に、肉体・精神の酷使によって快人の意識が遠のき始める。

 

 

(くそ、がぁ…賭けは俺の負けかよ…)

 

 

「なの…は…」

 

快人は最後に、白い幼馴染の名を呼びながらその意識を失ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

生あるものは存在しない場所、黄泉比良坂(よもつひらさか)

そこに、異物である生あるものが倒れた。

生の匂いに引かれたのか、倒れた快人へと亡者たちが群がろうとする。

だがその時、青白い光が快人の傍らへと飛来した。

その光は形を変え、次の瞬間には白い衣の老人へと姿を変える。

そして、老人はその手を無造作に振るった。

途端に、快人へと近づこうとしていた亡者たちへと蒼い炎が向かい、一人残らず吹き飛ぶ。

辺りに亡者たちがいないことを確認した老人は、倒れた快人を見た。

 

「これがあやつの新しい弟子、未来を託すべき聖闘士(セイント)か…。

 やれやれ、手のかかる問題児よな…」

 

そう言いながらも、どこか楽しそうにその老人は顎をさするのだった…。

 

 

 

 




前編はここまでです。
流石は王者の星『双子座』、勝てる気が全くしません。
アナザーディメンションがまともに決まったのって、これが初めてじゃなかろうか…。

次回は中編。
バトルよりも回想中心のお話になる予定ですがお楽しみください。


今週のΩ:獅子座はやっぱり忠義に厚いみたいだけど…何か間違ってる気がする。
     そして技も間違ってる。
     せめてライトニングプラズマくらいは繰り出して下さい…。
     こう考えるとグレートホーンを発動させてくれたハービンジャーさんは素晴らしい人だった気がしてきた…。
     次回はチート星座、乙女座編。
     男でまたも仏教系のようですが…これは乙女座の必須技能なんだろうか?


次回もよろしくお願いします。


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第36話 蟹座と双子座、聖夜の最終決戦(中編)

蟹座VS双子座の第二ラウンド。
とは言っても戦闘より会話等の中心というお話です。



 

 

それはまるで水中から水面へと浮き上がってくるように、ゆっくりと、だが確実に浮上する。

浮上するものは意識、そして蟹名快人は目を開いた。

 

「生き…てる…?」

 

「目覚めたか、小僧?」

 

亡者の行き交う黄泉比良坂(よもつひらさか)で無防備な姿を晒しながらも生きていることに驚きと共に呟いた快人に、答える声が一つ。

快人はバッと起き上がると、その声の方向に身構えた。

 

「あ、あんたは…」

 

そして、そこにいた人物を見て快人は驚きで目を見開いた。

そこにいたのは老人だった。

白い衣を纏って長い白髪の老人だ。

だが、その身体からは精悍さが溢れ出ており、歳を感じさせない。

そして何より、快人にとってその顔は見知ったものだった。

その老人の顔は、快人の師であり保護者でもあるセージに瓜二つだったのだ。

そんな人物など、1人しかいない。

 

「ハクレイじいさん…」

 

ハクレイ―――ジャミールの長であり聖衣(クロス)修復者。

教皇セージの兄であり、教皇を補佐する祭壇星座(アルター)白銀聖闘士(シルバーセイント)

その実力は黄金聖闘士(ゴールドセイント)と互角かそれ以上、最高クラスの『神』を討ち取るという規格外の存在である。

 

「あんたが助けてくれたのか…。

 でも、なんであんたがここに?」

 

快人の疑問の声に、ハクレイは首を振る。

 

「わしがここに来た理由は、弟の出来の悪い弟子を笑いに来た、とでも言えばよいか?

 積尸気(せきしき)使いでありながら、黄泉比良坂(よもつひらさか)への拒絶反応を持つとは…その蟹座聖衣(キャンサークロス)が泣こうというものよ」

 

「…チィ」

 

出来が悪い弟子呼ばわりには幾分腹も立つが、事実ハクレイの言う通りなので快人は悔しそうに舌を鳴らす。

 

「んなこたぁ、じいさんに言われるまでもなくわかってるよ。

 ここは、黄泉比良坂(よもつひらさか)は俺にとってのトラウマだ。

 そう、慣れないんだよ」

 

事実、今だって嘔吐感が湧き上がるのを必死で耐えているのだ。

なるべく考えないようにしているが、チラチラと脳裏では両親の死がフラッシュバックしている。

そんな快人に、ハクレイは首を振った。

 

「違うな。誰にとて苦手なものはある。

 わしが問題にしているのはそこではない。

 わしが問題としているのはお前が目を瞑り、耳を塞ぎ、大切なものから目を背けているからだ」

 

「大切なもの?」

 

「今もそうだ。

 感じぬか、その大切なものを…」

 

言われて快人は目を瞑り、周囲へと感覚を広げるが…。

 

「う、おぇぇぇぇぇ!!」

 

途端に黄泉比良坂(よもつひらさか)の感覚をダイレクトに感じ取ってしまい、嘔吐してしまう。

ゼィゼィと荒い息を繰り返す快人をハクレイは見下ろしていた。

 

「快人よ、なぜお前がそのようになっているのか分かるか?

 お前は両親の死を目の前で見たことで、無意識に『死』への恐怖がお前をそうさせているのだ」

 

「死への…恐怖。

 バカな…俺は今まで…」

 

「お前は今まで確かに、凶悪な邪神とも一歩も退かず、戦い続けていた。

 どのような命の危機にも不敵に笑いながらな。

 それはお前のたぐいまれなる精神力と、目の前の守るべき者のための決意がそうさせていたのだ。

 普通の聖闘士(セイント)ならば、それで十分すぎるだろう。

 だが、お前は生と死を見る蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 積尸気冥界波(せきしきめいかいは)黄泉比良坂(よもつひらさか)のような『死』を強く感じさせるものに直に触れる機会が多いというのに、心の傷を刺激され精神も決意も揺らぐ。

 蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)として…いや、積尸気(せきしき)使いとしてお前は未熟なのだ!」

 

ハクレイの指摘は…真実だった。

快人とて心のどこかでは気付いてはいたのだ。

生と死を見る蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)でありながら、両親の『死』から、それを極度に恐れていることに。

それが最も『死』を感じさせる奥義、積尸気冥界波(せきしきめいかいは)の発動に影響を与えていることを理解していたのだ。

だが正しいことだとしても、いや正しいからこそそこをズケズケと指摘されれば腹も立つ。

 

「じゃあ、なにか? 『死』を恐れないことが強さなのか?

 俺たち聖闘士(セイント)は死ぬために戦うんじゃない!

 そりゃ、戦いの中で死ぬことだってある。

 だが、それを覚悟しながらも生きる者のために、『生』のために戦うんだ!

 その『生』の中にいたい、大切な誰かと共にありたい…そう思って戦う俺は惰弱だっていうのか!!」

 

快人は膝を付きながらも、ハクレイを睨む。

そんは快人に、ハクレイは首を振った。

 

「『死』を恐れ、生きようとすることは生きとし生ける者として当然のこと。

 その恐れを抱きながらも、屈服せずに愛と正義のために戦い続けるのが我ら聖闘士(セイント)だ。

 お前を惰弱だというのではない。

 だが、お前は積尸気(せきしき)使いとして理解せねばならん、そのもう一歩先を理解していないのだ」

 

「一歩先?」

 

そんな快人の呟きに、ハクレイは空を見上げる。

 

「お前も我が弟、セージの弟子ならば教えられているだろう?

 命とは、なんだ?」

 

「命は…宇宙?」

 

その言葉にハクレイは頷く。

 

「そうだ、『命は宇宙』…無限に広がり続ける、煌めく世界よ。

 お前は『命も幸せも塵芥』と言っているが、お前もその命の煌めきの尊さを知っていよう?

 だからこそ、その人の『命と幸せ』を弄ぶ邪悪な神々とも戦ってこれたのだ。

 快人よ、もう一度その意識をこの『死』に満ちた世界、黄泉比良坂(よもつひらさか)に広げてみよ。

 積尸気(せきしき)使いとして絶対に理解せねばならん、大切なものがそこにはある」

 

言われて快人は目を瞑り、再びその意識を広げ始める。

途端に襲ってくる嘔吐感。

だが、快人はそれを無理矢理飲み込みながら、小宇宙(コスモ)と共に意識を集中させていく。

そして…。

 

「あっ…」

 

何かを感じた。

この『死』で満ちた黄泉比良坂(よもつひらさか)に、『死』とは違う暖かいものを。

 

「…どうやら掴んだようじゃな」

 

ハクレイの満足そうな声に、快人はゆっくりと目を開けた。

そしてそこには…。

 

「…魂?」

 

それは小さな、儚い無数の魂たち。

だがその暖かさはどうだ。

それは誰かに抱かれるように暖かく、太陽のごとく熱い。

 

「わしはお前に群がろうとする亡者をはじめに一掃したにすぎん。

 その後、お前が目覚めるまでお前を守ろうとしていたのは、その魂たちだ。

 その魂たち…何かわかるか?」

 

「おそらく…聖闘士(セイント)

 

「その通り、彼らはわしやセージと共に駆け抜けた聖闘士(セイント)たちだ。

 セージの、誇るべき戦友の育てし新たな未来を紡ぐ聖闘士(セイント)であるお前を、こんなところで死なせぬために集った、誇らしい我が戦友たち。

 そして…その戦友たちの他にも、混じっているものを感じぬか?」

 

言われて、再び意識を集中させれば確かに祖先ともいうべき聖闘士(セイント)たちとは違うものも混じっている。

そして、それが何なのか理解した快人の目から涙が流れた。

 

「父さんに母さん…」

 

それは新たな世界で得た、快人の愛すべき家族。

快人が『死』から守れなかった愛すべきものの意識がそこにはあった。

 

聖闘士(セイント)ではないお前の両親…その魂すら、お前を守らんがためにやってきたのだ。

 その力こそ積尸気(せきしき)使いの最も理解し、信じなければならぬもの…それは『愛』だ」

 

「『愛』…だって?」

 

「お前には多くの強い想いが向けられている。

 お前に未来を託さんとする想い、お前を慈しむ想い…それらをまとめた言葉は『愛』と呼ばれる想いだ。

 死しても消えぬ、強い『愛』があることを誰より理解し、誰より信じる。

 その尊い人の心を、想いを形とし、それを踏みにじらんとする悪を討つ…これぞ積尸気(せきしき)使いの真に目指すものよ」

 

「…そうか…はは、お笑いだな、俺。

 プレシアに高説垂れながら、自分がしっかり理解していなかったなんて…」

 

快人はあの『ジュエルシード事件』のときのプレシアへの説得を思い出して苦笑する。

死者の残した重い想いを受け止め生きることを語った自分が、自分を見守ってくれていた想いから目を背けていたのだから、どんな笑い話か。

これでは積尸気(せきしき)使いとして不完全なのは当然だ。

 

「快人よ、お前には数え切れぬほどの想いが向いている。

 死しても消えぬ、その想いを信じ、力に変え、お前の信じるままに生きとし生ける者を守れ。

 未来を託すべき、新たな世界の我らが子よ!」

 

「ああ…そうするよ」

 

そう言って立ち上がった快人に、もはや迷いはない。

 

「随分とマシな面構えになったな。

 そうでなくては、セージの弟子とは言えん」

 

そういうとハクレイの姿がゆっくりと薄くなっていく。

 

「ハクレイじいさん!?」

 

「うろたえるな、小僧。

 そう遠くないうちに、再び会うことになろう。

 今は現世に戻り、戦え。

 死と運命によって捻じ曲げられた、悲しき双子座(ジェミニ)の少年を止めるのだ」

 

それだけ言うと、ハクレイの姿はフゥっと消えていった。

 

「ハクレイじいさんめ…言いたいことだけ言って消えやがったな…」

 

そう言いながら、快人は苦笑する。

だが、その顔は晴れやかだ。

快人は周りの儚い魂たちに静かに頭を下げる。

 

「これだけの魂に見られてるんだ。

 無様は晒せねぇ。

 俺は戻る、俺の戦場へな!」

 

快人の指先に小宇宙(コスモ)が集中し、紫の怪しい光が帯びていく。

快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)だ。

だが、今までとは比べ物にならないほどに快人の心は穏やかだ。

黄泉比良坂(よもつひらさか)の荒涼たる光景も、『死』の匂いも変わらない。

でも…それすら超える、大いなる『愛』があることを知った。

 

「もう…恐れない!

 俺はこの想いを引き継ぎ、受け止めて戦う!」

 

そして、快人の身体は黄泉比良坂(よもつひらさか)から跳んだ。

快人の戻るべき世界…生きとし生ける者の待つ現世へと。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ピラニアンローズ!!」

 

「グレートホーン!!」

 

無数の黒薔薇が、黄金の衝撃が総司へと迫る。

だが。

 

「ふん!」

 

総司が小宇宙(コスモ)を込めた衝撃だけで、それらは虚しく霧散した。

 

「バカな、こうも簡単にボクの黒薔薇が…!?」

 

「確かに通常の状態でのピラニアンローズとグレートホーンならば、こうは容易くいかなかっただろう。

 だが手傷を負い、小宇宙(コスモ)を消耗しきったお前たちの技など俺の薄皮一枚傷つけること叶わん」

 

驚愕するシュウトに、総司はその表情を崩すことなく言い放つ。

 

「このようなことで怯むものか!

 グレートホーンが効かないとならば、この拳で直接お前の五体を砕くまでよ!!」

 

大悟が飛び出し、ワンテンポ遅れてシュウトも飛び出した。

左右から挟み込むように放たれるシュウトと大悟の渾身の拳。

だがしかし、

 

「なぁ!?」

 

「俺の拳を、こうも簡単に!?」

 

総司は不動のまま、右手でシュウトの拳を、左手て大悟の拳を受け止めていた。

パワーと自慢とする大悟が、一歩も進めない。

大悟が怪我と消耗によって弱っていることもあるが、それ以上に総司の操る小宇宙(コスモ)の密度が異常なのだ。

そして、総司の小宇宙(コスモ)が危険な高まりを見せる。

同時に、シュウトと大悟の周りの景色が変わった。

 

「これは…!?」

 

「溶岩!?」

 

総司からの小宇宙(コスモ)が、煮えたぎる溶岩へと形を変えていく。

そして、それが爆ぜた。

 

「マヴロスエラプションクラスト!!」

 

「「うわぁぁぁぁ!!」」

 

星の猛りさえも屈服させるという、煮えたぎる自我の力による一撃にシュウトと大悟は吹き飛ばされた。

 

「シュウ!?」

 

「うっしー!?」

 

フェイトとはやての悲痛な叫び。

シグナムやヴィータ、クロノは目の前の壁を砕こうとするがビクともしない。

このままではシュウトも大悟も死ぬ…誰もがその思いを抱き始めていた。

 

「ぐ、うぅ…」

 

「これほど…とは…」

 

倒れたシュウトと大悟は、血だらけの身体を鞭打って立ち上がった。

だが、そんな2人に総司は冷たく言い放つ。

 

「覚悟はいいな、魚座(ピスケス)牡牛座(タウラス)

 お前たちは、次の一撃で死ぬ…」

 

同時に高まりを見せる小宇宙(コスモ)

 

「骨も残さず、消え果てろ。

 ファイナルディスティネーション!」

 

格子状の小宇宙(コスモ)がシュウトと大悟を包み込み、中空へと浮かせた。

そして襲い来る激痛に、2人の絶叫が木霊する。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

そんな2人に総司は背を向けた。

 

「その空間はお前らの五感を奪い、その五体を微塵に砕くまで消えはしない。

 眠れ、魚座(ピスケス)牡牛座(タウラス)よ…」

 

その言葉が示すように、2人の絶叫が小さくなっていく。

それが意味することはすなわち、2人の命が消えかかっているということだ。

 

「いや、いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「やめ、やめてぇぇぇぇ!!」

 

フェイトとはやての絶叫が響く。

なのはは胸に抱いた蟹座聖衣(キャンサークロス)のヘッドパーツに力を込める。

 

(早く、早く来て快人くん!

 このままじゃシュウトくんが! 大悟くんが!!)

 

なのははギュッと目を瞑ると、その名を叫んだ。

 

「快人くん!!」

 

そして、その声を待っていたかのように炎が巻き起こった。

 

「なに!?」

 

突如として巻き起こった強力な小宇宙(コスモ)に総司が振り返る。

その目の前で、蒼い炎が逆巻き、『ファイナルディスティネーション』の作り出した封鎖空間を粉々に砕く。

何十枚ものガラスを割ったような音がして、シュウトと大悟の身体が地面に向かって落下を始める。

だが、その身体を受け止める者がいた。

それは…。

 

「に、兄さん…!?」

 

蟹座(キャンサー)、お前…!?」

 

「何幽霊に会ったみたいなボケたツラしてるんだ、お前ら。

 蟹座(キャンサー)の蟹名快人、ただいま参上、ってな!」

 

「快人くん!」

 

思わず喜びの声を上げるなのはに、快人はいつも通りの不敵な笑いで答える。

その様子に、なのはの目から喜びの涙が流れたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

快人はシュウトと大悟を地面に横たえると、再び総司と対峙する。

 

蟹座(キャンサー)、お前どうやって異次元空間から脱出を…」

 

「さぁな。

 双子座(ジェミニ)さまご自慢の異次元空間も、案外大したことねぇってことさ」

 

総司の問いに、快人は肩を竦めながら飄々と答える。

その様子に、総司の纏う雰囲気が変わった。

 

「いいだろう。 今度は異次元へ放逐ではなく、銀河の塵に変えてやる!」

 

「できると思ってんのか、双子座(ジェミニ)さんよぉ!!」

 

再び、2人による光速戦闘が始まった。

 

「がぁ!?」

 

「快人くん!?」

 

快人の顔面に総司の拳が叩き込まれた。

だが、快人は殴られながらもニィっと笑う。

その快人の意図を、すぐにその場にいた全員が理解した。

 

「ぐ…おぉ…」

 

快人の拳が、総司の腹へと叩き込まれていた。

打たれた腹を押さえ、総司が一歩後ずさる。

 

「お前の技巧は本当にすげぇよ。

 でもな、俺だってバカじゃない。 来るタイミングと場所さえ分かればカウンター狙いくらいできるんだよ」

 

快人の狙いは、もはや技術とかそういったものではなかった。

総司の攻撃を甘んじて打て、その攻撃の一瞬に打撃を叩き込む…防御無用のブルファイト、殴らせて殴り返せの根性戦を総司に仕掛けようというのだ。

 

「き、さまぁ…!?」

 

「ほら、どうした双子座(ジェミニ)さま? かかって来いよ。

 それとも天才さまは、ひ弱か?」

 

憎しみのこもった視線を向ける総司に、快人はクイクイと手で挑発する。

その態度に、総司の姿が掻き消えるように消えた。

ズドンという衝撃音と共に、快人の腹に強力なボディブローが決まる。

その感触に総司の唇がニィと吊り上るが、すぐにその表情は驚愕へと変わり総司が吹き飛んだ。

快人の強烈な右の蹴りが、総司へと叩き込まれたのだ。

衝撃波すら残しながら、総司が叩きつけられる。

 

「ぐ…がはっ!?」

 

むせ返りながら立ち上がる総司を、快人は不動のまま見下ろしていた。

そんな快人の様子を、総司は信じられないように見ている。

 

「バカな…! 貴様の怪我と消耗で、何故こんなことができる!?」

 

「おいおい、俺たち聖闘士(セイント)の基本を忘れたのか?

 聖闘士(セイント)の戦いは、常に小宇宙(コスモ)をどれだけ高められるかだ。

 俺にはたくさんの背負っているものがある…」

 

目を瞑ると、脳裏に浮かぶのは自分を守ってくれた数多くの『愛』。

そして…自分を待っていてくれた幼馴染の姿。

 

「その背負ったものが、俺に倒れることを許さねぇんだよ。

 今の俺に勝てるとか思うんじゃねぇぞ、双子座(ジェミニ)ィィ!」

 

その言葉に、総司は俯きながらゆっくりと立ち上がった。

 

「背負うもの…だと?

 貴様…それが俺より上だと、そう言いたいのか…?」

 

その瞬間、快人は背筋にゾクリと冷たいものが伝うのを感じた。

快人だけではない、総司の雰囲気が変わったことにその場にいた全員の背中に冷たいものが伝う。

そして…。

 

ドゴン!?

 

「がは!?」

 

「舐めるなよ…蟹座(キャンサー)!!」

 

総司の拳が再び快人へと叩き込まれた。

同時に、総司は渾身の力で拳を殴り抜ける。

そこに込められた、今までとは桁が違うほどの感情と小宇宙(コスモ)に快人もたまらず吹き飛ばされた。

だが総司はそのまま攻撃を休めず、吹き飛ばされた快人へと追撃を加える。

 

「ちぃ!?」

 

快人の反撃の拳を避けた総司の右膝がその腹に叩き込まれる。

くの字に折れ曲がった快人の首を落とすように、流れるような動きで後頭部に向かって肘を落とす。

それを寸でのところで転がって避けた快人だが、追撃の手は休まず総司の蹴りが快人へと決まった。

 

「こ、のぉぉぉぉぉ!!?」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

快人と総司が再び乱打戦を繰り広げるがその攻防は火を見るより明らか、総司によって快人が風の前の柳のように揺れる。

 

(ぐっ!? こいつ、まだこれだけできるのか!?)

 

快人は歯を食いしばりながら総司と打ち合うが、2発3発と突き刺さる拳が快人の意識を奪おうと的確に狙ってくる。

だが、その時だ。

 

(!? なんだ今のは!?)

 

総司に殴られた瞬間、脳裏を何かのヴィジョンが過ぎていった。

それは快人の知らない風景だ。

これは…。

 

(まさか…こいつの過去か!?)

 

小宇宙(コスモ)とは魂の力。

それゆえ、お互いにとてつもない小宇宙(コスモ)でぶつかり合うと、小宇宙(コスモ)同士のシンクロ現象のようなものが起こり、その小宇宙(コスモ)とともに魂に記憶されているものが見えることがあるという。

天秤座(ライブラ)の童虎が同じ現象で、ベヌウの輝火の過去を垣間見たのが顕著な例だ。

それと同じ現象が今、快人には起こっていた。

 

(これ…は…)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

双葉総司―――彼は快人やシュウト、そして大悟と同じくあの地下鉄事故で死に、転生させられた転生者であった。

それを施したのは女神ヘラ。

 

「いい?

 お前は所詮、私の戯れで存在するのよ。

 そのことをしっかり理解して、私の命令通りに動くのよ」

 

まるでゴミでも見るような視線で、ヘラは一方的にそれだけを宣言した。

新たな生を受けた瞬間からの奴隷宣言、まるで犬のようだと自身を笑う。

だが、それでも総司にとって新たな生は悪いことばかりではなかった。

何故なら、総司の隣には同じ運命を背負った弟がいたのだから。

双葉才牙―――総司の双子の弟であり、同じく地下鉄事故から転生させられた転生者である。

総司は歴代の双子座のように双子の兄だったのだ。

この世界での両親が死に(これにはヘラが拘っているのではないかと総司は睨んでいる)、それでも弟と2人でなら何があろうと生きていけると思えた。

 

「兄貴、必ずあの女神の鼻を明かしてやろう。

 そしていつか自由を!」

 

「ああ! 必ずいつか一緒に自由を!!」

 

『神』の戯れに翻弄されながらも、それでもいつかその束縛を跳ね除け、2人で自由になることを夢見て力を蓄える。

師であるアスプロス・デフテロス兄弟に鍛え上げられた2人の力は互角、銀河を砕くほどの力を持つ兄弟がここに完成したのだった。

だが…そこに悲劇が待っていた。

8歳の誕生日のこと、あの女神ヘラが再び総司・才牙の元に現れてこういったのだ。

 

「2人もいると何かと邪魔なのよね。聖衣(クロス)も1つしかないし。

 そういうわけで…殺しあって生き残った方だけ使ってあげるわ」

 

当然、その言葉に総司も才牙も、師であるアスプロス・デフテロス兄弟も怒り狂った。

今こそが自由になる好機、その思いで総司も才牙も女神ヘラへと戦いを挑もうとした。

だが…それは出来なかった。

女神ヘラによって転生させられた2人と、その姿を与えられたアスプロス・デフテロス兄弟はその魂に細工を施されていたのだ。

女神ヘラに逆らうことができない―――そんな魂に付いた枷だ。

その枷に操られたアスプロス・デフテロス兄弟によって幻朧魔皇拳をかけられた総司と才牙の双子は互いに殺しあう。

アスプロス・デフテロス兄弟はあれほど自分たちが憎んでいた兄弟同士の殺し合いを、弟子である2人にさせていながら止めることのできない我が身に、血の涙を流し握りしめた拳からは血が滲み出ていた。

互いに互角の双子の戦いは熾烈を極め、2人が死力を尽くした一撃を放った時だった。

 

 

ズドン!!

 

 

「!? 才牙!!」

 

「へへ…勝ったぜ、兄貴…」

 

ニヤリと笑い、才牙が崩れ落ちる。

総司の拳が才牙を貫き、その血で染まっていた。

だが、総司の身体には才牙の拳は触れていなかった。

全く互角の2人であるなら、その結末は相討ちしかない。

だが最後の一撃の瞬間、才牙は幻朧魔皇拳を破り兄に放った拳を止めていたのだ。

 

「お前…何で!?」

 

「へへっ…兄貴に初めて勝ったぜ…。

 何でもできる兄貴に、悪ガキの俺…いつも比べられてた俺が、やっと兄貴に勝った…」

 

そう満足そうに才牙は笑う。

 

「兄貴、俺は結構満足なんだぜ。

 悪ガキの俺が、最後の最後で、最高のファインプレーだ。

 あの舐めた女神の鼻を明かしてやれる、すげぇ兄貴を遺せたんだからな」

 

徐々に消えていく弟の体温が、明確にその死を伝えてくる。

才牙は最後の言葉を兄に投げかけたのだった。

 

「兄貴、いつか必ず自由に…」

 

その言葉と共に、才牙は息を引き取った。

 

「なかなかのお涙ちょうだいじゃない。

 いい退屈しのぎにはなったわ」

 

それを見計らったかのように現れる女神ヘラに、総司は憎しみの籠った視線を向けた。

だが、そんな視線を女神ヘラはどこの吹く風、だ。

 

「そんなに睨んでも何も変わらないわよ。

 でもね、いいことを教えてあげるわ。

 お前の魂に埋め込まれた枷は、お前以外の黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺せば解かれるようになっているわ」

 

「…本当なのか?」

 

「本当よ、『神』に誓ってあげましょうか?」

 

「ちぃ!」

 

その言葉に総司は憎々しげに舌打つ。

 

「だから私の命令通りに動き、黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺すのよ。

 自由のために、ね」

 

「…いいだろう。 お前の犬にでもなんでもなってやる。

 この世界のすべての黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺すまでな!」

 

「それでいいわ。

 それじゃ黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺すタイミングにはまた連絡するわ。

 それまで、ごきげんよう」

 

そう言って女神ヘラは消えた。

残ったのは才牙の亡骸を抱えた総司と、アスプロス・デフテロス兄弟のみ。

 

「…総司よ、俺たちはお前にかける言葉が見つからん。

 あのような悪神に屈した不甲斐ない師…お前の気が晴れるなら、俺たち兄弟の命をお前にくれてやる」

 

血の涙を流しながらの師アスプロスの言葉に、総司は首を振った。

 

「師のせいではありません。

 すべては俺の弱さの招いたこと。

 俺もあの瞬間に拳を止められればあるいは…!」

 

それは自分の弱さへの後悔。

だからこそ、総司は師であるアスプロス・デフテロス兄弟へと頼む。

 

「師たちよ、俺を…もっと強くして下さい! 鬼のごとく!

 …いや、鬼じゃ足りない。 『神』を殺す悪鬼、『鬼神』のごとき力を俺に!!」

 

今は女神ヘラの命令を聞き、必ずすべての黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺す。

その魂にかけられた枷を解き放ち、そして…。

 

「俺は…自由になる! 才牙の願い通りに!

 そして自由になった暁には、あの女神を必ず殺す!

 そのためになら…俺は全てを捨てる!!」

 

そして、激しい慟哭とともに双子座(ジェミニ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、双葉総司は誕生したのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ガシッ!

 

「何っ!?」

 

驚くほどの小宇宙(コスモ)を立ち上らせた総司に打たれるままだった快人。

そんな快人の顔面を打つはずだった総司の右拳は、快人の左手によって止められていた。

総司の拳が、ピクリとも動かない。

見れば、快人からも今までに無いほどの小宇宙(コスモ)が立ち上り、それで総司の拳を防いだのだ。

 

「貴様のどこにこんな力が残っていた!?」

 

驚き目を見開く総司に、快人が応える。

 

「あるさ。

 俺だって、お前と同じ『兄』だ。

 弟をこの身体で庇うのは当然だろう?」

 

「!? 貴様、何故!?」

 

快人の言葉に驚き見開いた総司の顔面に、快人の渾身の右拳が突き刺さった。

 

「ぐっ!?」

 

吹き飛ばされた総司だが、すぐに態勢を立て直す。

そんな総司と正面から対峙し、快人はその問いを口にした。

 

「なぁ、双子座(ジェミニ)

 お前にとって、『兄弟』ってのは何だ?」

 

 

 




というわけで快人の帰還と、総司の過去のお話でした。
重い宿命を背負うのは双子座の伝統です。
ちなみに総司と才牙の2人は合わせて双子座のサガになります。

双子座→そうじ
サガ→さ(い)が

と言った感じ。
今回で総司は新旧ほとんどの双子座奥義を放ちました。
まさにチート星座、技のデパートです。


快人のトラウマ克服の話ですが、積尸気使いの真髄=愛を信じるという凄まじい話になりました。
無論そんな公式設定はありませんが、自分に向けられる想いを信じることが『あの技』のトリガーになりますので、この作品においてはそうしました。
主人公ですし、幾分美化しても許されるんじゃないかなぁ、と。


総司の事情も分かり、快人VS総司はついに最終決戦。
そして聖闘士星矢を取り扱う以上、絶対に避けて通れないテーマである『兄弟』についての話となります。
思えばこのテーマで快人とぶつけるために、ほぼ自動的に兄弟になる双子座をライバルに選んだものです。
快人と総司は共通項の多い『似たもの同士』でありながら、互いに真逆になるように設定されています。

生と死を見続け、生ける弟を守ろうとする兄の快人。
運命に翻弄され弟を手に掛けさせられ、死んだ弟の想いに応えようとする兄の総司。

次回のニーサン大決戦をお楽しみに。


今週のΩ:相変わらず安定の乙女座。そして凄まじい顔芸さんです。
     カーンとオームは使ったけど…あれ技って言っていいのかなぁ?
     正直、未だに乙女座の技は意味がまったくわかりません。
     『仏教系』・『良く分らないけど凄い』というのは乙女座の共通事項のようです。
     
     そして、なんかハービンジャーさんは普通にいい人っぽい。
     暴れられればOKなんだろうか。

     次回は体育座もといオリオン座のエデンが戦ってくれるみたいです。
     でも正直、一輝VSシャカより勝ち目がない気がする…。


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第37話 蟹座と双子座、聖夜の最終決戦(後編)

A‘S編最終決戦、『聖夜決戦編』の最後を飾る蟹座VS双子座の決着です。
遂にぶつかり合う超奥義。
色々詰め込んだらかなり長くなりました。
そして伝説の『アレ』がチラリと登場。



 

 

正面から向き合う2人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)蟹座(キャンサー)の蟹名快人と双子座(ジェミニ)の双葉総司。

だが、2人の共通点は黄金聖闘士(ゴールドセイント)というだけでは無かった。

 

「兄弟、だと?」

 

総司の言葉に、快人は頷く。

 

「ああ。

 俺もお前も、文字通り生まれ変わっても兄として弟を持った男だ。

 だから答えろ。

 お前にとって『兄弟』ってのはなんだ?」

 

「ふん、そんなことか…ならば答えてやる。

 『兄弟』とは、誰よりも近い他人! 自分のもう一つの可能性!

 同じ熱き血潮を分かち合い、同じものを目指し共に進み、共に支え合う。

 それが…『兄弟』というものだ!!」

 

繰り出される総司の右拳を、快人は左手で受け止める。

 

「へっ、俺も同感だ!

 宇宙の生命から比べればまたたきの瞬間も無い人間の一生で、俺は2度も弟を得て、兄としての生を受けた!

 俺は…この運命を感謝している!!」

 

快人が放った右拳を、総司が左手で受け止めた。

お互いに互角の力で組み合う快人と総司。

 

「俺とて感謝したさ!

 どのような過酷な運命でも、弟とならば乗り越えて行けるとな!

 だが…それもあの瞬間に崩れ去った!

 『神』に弄ばれ、弟を手に掛けさせられたあの瞬間にな!!」

 

総司からの小宇宙(コスモ)が爆裂し、その衝撃が組み合う快人を襲う。

 

「弟を、同じ熱き血潮を分かち合った者を手に掛けさせられた俺の無念が、貴様に分かるか!?」

 

荒れ狂う小宇宙(コスモ)の衝撃の中の総司の言葉に、快人はポツリと返した。

 

「…分かんねぇよ、そんなもん」

 

「ぐっ!!?」

 

快人の鋭い右足が総司に叩き込まれ、2人の距離が開く。

そして再び、快人と総司は向かい合った。

 

「弟を殺す気持ちなんて分からねぇし、分かりたくもねぇ。

 正直…『人事でよかった』って思う。

 だが…俺はお前を『羨ましい』と思うことが一つだけある。

 それは…『本当の兄弟』だってことだ」

 

快人は少しだけ上を見上げて、そう洩らした。

 

「俺とシュウトは…もはや血は繋がっていない。

 違う親から生まれ、違う血を持つ他人同士…兄と弟を繋ぐ強い『血の絆』が、俺とシュウトには無いんだ。

 『血の絆』を持たぬ俺とシュウトを『兄弟』とするものはたった1つ…『魂の絆』だけだ。

 もはや俺には永遠に手に入らない『血の絆』を弟との間に持ったお前が…俺は同じ『兄』として少し羨ましい…」

 

『血の絆』…生まれた瞬間に繋がるその絆を、自分が死んで無くしてしまったそれを持つ総司が、快人は羨ましいと言う。

だが、それでも…。

 

「『血の絆』を無くした俺とシュウトは、もう兄弟とは呼べないかもしれない…。

 だがそれでも…俺は『魂の絆』で繋がったシュウトの、弟の『兄』でありたい!!」

 

そう言って快人はゆっくりと構えを取る。

 

「俺はシュウトの『兄』、蟹座(キャンサー)の蟹名快人!

 『兄』として、『魂の絆』に誓って弟は殺させねぇ!」

 

それに答えるように、総司も構えを取った。

 

「ならば俺は、双子座(ジェミニ)の双葉総司は弟、才牙の無念のため、願いのため!

 『兄』として、『血の絆』に誓ってお前たちを殺す!」

 

その答えに快人は苦笑を洩らした。

 

「お前は、俺とどこか似てるな」

 

「…認めたくないが、どうやらそうらしい」

 

『魂の絆』で繋がった弟を守ろうとする快人。

『血の絆』で繋がった弟の無念を晴らそうとする総司。

ここにいるのは、その兄弟の絆のために戦う『兄』2人。

 

「『兄』として、弟を守るためお前は潰す!

 双葉総司ィィ!!」

 

「『兄』として、弟の無念を晴らすため、貴様らは殺す!

 蟹名快人ォォ!!」

 

負けられぬ相手と認識し認め合った2人は、その倒すべき相手の名を吠える。

濃密な小宇宙(コスモ)の籠った快人と総司の拳が正面からぶつかり合った…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

2人の小宇宙(コスモ)を込めた拳が、蹴りが、肘が、膝がぶつかり合う。

お互いにとてつもない攻撃力を誇るそれを2人は交わし、防ぎ、捌く。

交錯するたびに黄金聖衣(ゴールドクロス)同士がかち合い、火花が散る。

それは、まるで完成された演武のようであり、星が踊るようでもあった。

生死を分かつ戦闘だということも忘れ、全員がその美しい姿に釘付けになる。

2人の会話は、その場にいた全員にも聞こえていた。

その内容はほとんどが理解できなかったが、それでも総司が邪悪な『神』の呪縛で弟を殺すことになり、今もその呪縛のために苦しんでいることは分かる。

運命の交わることのなかった姉アリシアとの別れを経験しているフェイトの、総司への先程までのシュウトを傷つけられたことへの憎しみの視線はなりを潜めていた。

そしてフェイトと同じようにリインフォースと同じような状況の総司に、八神家一同も憎しみよりもどこか憐憫を秘めた視線へと変わっていた。

 

「快人くん…」

 

「総司くん…」

 

なのはとすずかは、その美しくも悲しい姿に自然と涙が流れた。

なのはもすずかも、兄や姉を持つ『妹』だ。

だから、そんな兄弟姉妹が自分に向けてくれる優しく心地よい想いをよく知っている。

快人と総司も、2人の兄や姉と同じだ。

家族への限りない優しさを持つ『兄』。

そんなどこまでも尊く、どこまでも優しい心を持ちながら、いや持っているが故に戦い合う2人を前に、なのはとすずかの目からは自然と涙が流れ止まらない。

そしてもう1人、涙を流している者がいる。

 

「兄さん…」

 

戦う快人の後ろ姿を見つめながら、シュウトも涙を流していた。

その背中はずっと昔、生まれ変わる前から見ていた自分の『兄』のもの。

だから、その『兄』の背中にシュウトは心から呟く。

 

「ボクは…兄さんの弟でよかった…」

 

無限に、そして夢幻にあるであろう誕生の選択肢の中から快人の『弟』という選択肢を選び産まれ出でたその幸運、そして生まれ変わっても何一つ変わらず『兄弟』でいた運命にシュウトは涙を流す。

 

様々な視線を浴びながら、2人の『兄』は互いの意地を拳に込め、ぶつかり合っていた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「オラァァァァァ!!」

 

「オオォォォォォ!!」

 

快人と総司の右拳が、同時にお互いの胸へと叩き込まれ2人が吹き飛んだ。

 

「…お前の小宇宙(コスモ)、最初とは見違えるほどだ。

 悔しいが今のお前の小宇宙(コスモ)は、俺とほぼ互角…」

 

「なんだったら千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)に突入してみるか?

 千日だろうが万日だろうが付き合ってやるぜ?」

 

快人の言葉に、総司は首を振る。

 

「俺には、悠長にそんなことをしている暇はない。

 次の一撃で…決する!!」

 

総司はゆっくりとその両手を頭上に掲げた。

 

「あ、あれは!?」

 

「ギャラクシアン・エクスプロージョン!?」

 

シュウトと大悟の言う通り、それは双子座(ジェミニ)最大の超奥義『ギャラクシアン・エクスプロージョン』の構えだ。

 

「蟹名快人、お前の小宇宙(コスモ)は確かに俺と互角。

 だが、お前と俺には決定的な差がある。

 それは…技だ!

 どんなに小宇宙(コスモ)が高くとも、お前の技にはその小宇宙(コスモ)を存分に相手にぶつけるだけの決め技がない!!」

 

総司の言う通りだ。

快人の技である『積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)』や『積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)』、そして『積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)』はどれも強力な技だが、今の快人の小宇宙(コスモ)を存分に発揮できるほどの奥義ではない。

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)』は制御が難しく、今の総司には一瞬でも耐えられてしまえば、無防備なところに『ギャラクシアン・エクスプロージョン』の直撃を受けることになる。

しかも…。

 

「…」

 

快人はチラリと後ろを見る。

快人の後方には倒れたシュウトと大悟の姿があった。

放たれた『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を快人が避ければ、無防備な2人に直撃することとなる。

つまり、快人はここで不動で、正面から『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を止めなくてはならない。

 

「ふん、この位置は計算通りってわけか…」

 

「さぁ、どうする蟹名快人!

 弟と仲間を見捨て避けるか?

 弟と仲間の楯となって砕け散るか?

 好きな方を選べ!」

 

危険な高まりを見せていく総司の小宇宙(コスモ)

それを見ながら快人は不敵に笑い、答えた。

 

「無論、俺が選ぶのはそのどれでもない。

 正面から『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を止める、だ!」

 

そう宣言すると、快人もゆっくりとその両手を空に向かって掲げる。

 

「何を…するつもりだ?」

 

総司は快人の行動に驚きを隠せない。

双子座(ジェミニ)最大の奥義である『ギャラクシアン・エクスプロージョン』は、対神級の超奥義だ。

それと打ち合うとなれば同レベル、対神級の超奥義でなければ話にならない。

快人ならばそれが分かっているはずだ。

だが、快人は見たことも無い構えを取り、真っ直ぐに、不敵に総司を見つめる。

 

「…まさか!?」

 

その時になって、総司は思いだした。

そう、蟹座(キャンサー)積尸気(せきしき)使いにも1つだけ、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』と互角かそれ以上の対神級超奥義が存在する。

それを証明するかのように、どこからともなく現れ出した青白い光が快人の掲げた手の先にゆっくりと集まっていく。

そして、その場にいたものすべてが見た。

 

「あれは…!?」

 

聖闘士(セイント)!?」

 

快人の背後に、ズラリと並ぶのは聖衣(クロス)を纏った、数え切れない数の聖闘士(セイント)の影。

半透明なその姿は、誰がどう見ても普通でないことは分かる。

だが、なのはたちは誰もそれらから恐怖を感じなかった。

むしろ、温かい何かを感じる。

そして、その温かい何かは快人へと注がれていた。

 

「これは…まさか!?」

 

「へへっ。

 御察しの通り、これは俺たち積尸気(せきしき)使いの究極奥義だ」

 

「バカな!? お前の師であるセージはこの技を知らないはず!?

 何故、この技をお前が!?」

 

その言葉に、快人は苦笑しながら答えた。

 

「お前がどう思っているのか知らないが、『この技』は構造自体は至ってシンプルだ。

 『呼んで、集めて、放つ』…このたった三工程だけだからな」

 

そう、この積尸気(せきしき)究極奥義は構造自体はとても単純な技なのだ。

ただ単純ながら絶対に必須の条件を快人は今まで全くクリアしていなかったため、使うどころかその足がかりすらつかめなかった奥義である。

そして…その必須条件を快人は黄泉比良坂(よもつひらさか)で掴んでいた。

その絶対必須の条件とは、ハクレイの語ってくれた積尸気(せきしき)使いのもっとも理解しなければならぬこと、『死しても消えぬ、強い『愛』があることを誰より理解し、誰より信じる』ことなのである。

それを理解できていなかった今までの自分が、『この技』の足がかりすらつかめなかったのは当然のことだったのだ。

 

「だが、今の俺は違う!

 黄泉比良坂(よもつひらさか)で俺は、俺に向けられた数え切れぬ想いを知った!

 それは死しても消えぬ、熱く強い想いだ!

 俺に前に、未来へ進めと訴えかける魂の咆哮だ!

 この一撃…舐めるなよ!!」

 

快人がゆっくりと掲げた両手を総司へと突き出す。

広げた両手はまるで身体を広げた蟹のようだ。

その手の前に、青白い光が球体となって集う。

 

「ならば、俺はその咆哮すら打ち砕く!

 銀河と共に、散らせてやろう!!」

 

対する総司は左手は掲げたまま、右手を腰だめに構える。

開いた右手に集まっていく小宇宙(コスモ)の光はまるで空を駆ける星のようだ。

究極にまで高まった小宇宙(コスモ)同士が収束していく。

 

積尸気(せきしき)究極の奥義…!」

 

双子座(ジェミニ)最大の奥義…!」

 

そして…それは同時に解き放たれた!

 

 

積尸気転霊波(せきしきてんりょうは)!!!」

 

「ギャラクシアン・エクスプロージョン!!!」

 

 

積尸気転霊波(せきしきてんりょうは)―――冥界の掟をも破るほどの小宇宙(コスモ)で死した魂を召喚しそれを集めてぶつけると言う、眠りの神すら打ち砕く積尸気(せきしき)使いの辿りついた対神級超奥義。

ギャラクシアン・エクスプロージョン―――小宇宙(コスモ)による対消滅で、銀河すら爆砕するとまで言われた対神級超奥義。

その2つの超奥義がぶつかり合い、中空で燻ぶる。

それは快人と総司という、2人の自我と想いと意地のせめぎ合い。

互角のその2つの力は中空で爆散し、辺りは閃光に包まれた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

閃光から視力が回復したなのはたちが見たものは、結界を覆っていた異次元空間のようなものが消え、ゆっくりと結界が崩壊していく様だった。

 

「もしかして…!」

 

「!? 壁が無くなっとる!!」

 

それに気付いたフェイトとはやては即座に倒れたシュウトと大悟に駆け寄った。

 

「シュウ!?」

 

「うっしー!? シャマル、早く!!」

 

「は、はい!!」

 

全員がシュウトと大悟へと駆け寄り、2人の治療を始める。

だが、その先は今だ爆煙によって見えない。

そして…その爆煙がゆっくりと晴れていく。

 

「「「!?」」」

 

快人と総司はお互いに健在だった。

だらりと両手を下げ、俯きかげんにピクリとも動かない。

 

「ユーノ、結界を!」

 

「う、うん!!」

 

まだ戦闘が収束していないと判断したクロノの指示に、ユーノが結界を張り直す。

 

「…よし、かなり消耗している今なら、僕らでも彼を抑えられる!」

 

そう判断してデバイスを構えようとするクロノを、怒鳴り声が止めた。

 

「手ぇ、出すんじゃねぇ!!」

 

「快人くん!!」

 

それは快人だった。

ゆっくりと俯きぎみだった頭を持ち上げ、正面の総司を見ながら続ける。

 

聖闘士(セイント)の戦いは基本一対一だ。

 俺とこいつの戦いは、まだ終わってねぇ!!

 手なんざ出したら、誰であろうがぶっ飛ばすぞ!!」

 

その声に、クロノの動きが止まる。

そんなクロノの肩にポンとシグナムが手を乗せた。

 

「管理局、我らも同感だ。

 この戦い、誇りをかけた騎士の決闘に通ずるものがある」

 

「そうだ。 この戦いは、汚しちゃならねぇ…」

 

シグナムの言葉にヴィータも相槌を打ち、クロノはしぶしぶといった感じで引き下がる。

誰もが動くことなく事態を固唾を飲んで見守る中、快人は目の前の総司へと声をかけた。

 

「おい、起きてんだろ?」

 

「…ふん、今の声なら死人でも起きる」

 

ゆっくりと総司も顔を持ち上げた。

 

「…何故、他の連中と俺を襲わない?

 今の俺ならば労せず倒せるかもしれんぞ?」

 

「これは俺とお前のケンカだ、誰にも邪魔させるかよ。

 それに…どっちにしろ勝つのは俺だ」

 

「よく言う。

 勝つのは、俺だ」

 

その答えに、快人は楽しそうに笑った。

 

「じゃあ最終ラウンド、行こうや?」

 

「…いいだろう、最後まで付き合ってやる」

 

快人にどこか苦笑したように総司が返し、2人が一歩を踏み出した。

同時に快人から蟹座聖衣(キャンサークロス)が、総司から双子座聖衣(ジェミニクロス)が全て外れ、オブジェ形態に変形して鎮座する。

 

「2人とも聖衣(クロス)を脱いだ!?」

 

「これはどういう…」

 

突然のことに戸惑うクロノとザフィーラの声に、横から答える声があった。

 

「2人とも聖衣(クロス)を脱いだんじゃあない。

 『脱がざるをえない』んだ…」

 

「シュウ!」

 

シャマルの回復魔法によって意識を取り戻したシュウトに、フェイトが抱きつく。

そんなフェイトの髪をひと撫でしたシュウトは、対峙する快人と総司を見つめながら続けた。

 

「2人の小宇宙(コスモ)が消耗しきって、黄金聖衣(ゴールドクロス)の重量軽減が出来るほどの小宇宙(コスモ)が残って無いんだよ」

 

「その通り。

 あの状態では聖衣(クロス)はただの重りにしかならん。

 だから2人はあえて聖衣(クロス)を脱いだんだ」

 

「うっしー!?」

 

同じく意識を取り戻した大悟に、はやてが抱きついた。

そんなはやてに一瞬だけ微笑み、しかしすぐに大悟は視線を2人へと向ける。

まるでその全てを目に焼き付けるように。

そしてそんな2人に、祈るような視線を送るなのはとすずか。

 

「快人くん…」

 

「総司くん…」

 

そんな中、一歩一歩とゆっくりと近づいた上半身裸の快人と総司はその拳を振りあげた。

 

「オオォォォォォォ!!」

 

「アアァァァァァァ!!」

 

総司の顔面に快人の拳が叩き込まれ、総司の身体が揺らぐ。

だが、すぐに持ち直した総司の拳が、今度は快人の顔面へと叩き込まれる。

それは小宇宙(コスモ)も技能も力も何もない、殴って殴られのまるで子供のケンカだ。

2人を今動かしているのはお互いの意地のみ。

その意地を拳に乗せ、互いに叩きつける。

 

「早く倒れろよ」

 

「お前がな」

 

2人は苦笑すら漏らし、そんなことを言いながら互いの拳を打ちつける。

泥臭く幼稚な、だが誰一人目の離すことのできない神聖な決闘がそこにはあった。

だが、その決闘も最後の瞬間を迎える。

互いに一歩距離を置いた2人は深呼吸を一つする。

同時に、残りわずかな小宇宙(コスモ)がその拳へと集中していった。

次で決まる…その場にいるものすべてが、それを直感的に悟る。

そして…。

 

「これで…最後だ!!」

 

踏み出した総司が、小宇宙(コスモ)を乗せた右拳を快人へと振り下ろした。

快人も、小宇宙(コスモ)を乗せた左拳を総司に向ける。

そして…。

 

 

ガキン!!

 

 

「なぁ!?」

 

総司が驚きに目を見開いた。

総司の小宇宙(コスモ)を乗せた右拳は、快人の小宇宙(コスモ)を乗せた左拳とかち合う。

互いの拳が壊れ、衝撃でその腕が上に弾き上がる。

その瞬間、快人は最後の一歩を踏みこんでいた。

超至近距離、十数センチの距離で快人と総司の視線が交錯する。

そして、快人がニヤリと笑った。

 

 

ゴッ!!

 

 

重い衝撃音が辺りに響いた。

 

「…知ってるか?

 戦いってのは力でするもんじゃない、頭がいい奴が勝つんだぜ」

 

「…ふん。 おまえの場合、ただ石頭なだけだろうが」

 

互いの頭をぶつけた体勢…いわゆるヘッドバットの状態で快人の言葉に、総司は心底呆れたように苦笑すると総司の身体が揺らぎ、そのまま仰向けに倒れ込む。

そして快人は右手を握り、天高く突き上げた。

 

「俺の…勝ちだ」

 

「…ああ、俺の負けだ」

 

快人の宣言に、総司が倒れたまま答えたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「痛ぅ…」

 

「快人くん!!」

 

決着がついたと同時に揺らぐ快人を、飛び出したなのはが支えた。

 

「待ってて、すぐ回復魔法を…!」

 

「…ああ、頼む」

 

なのはに支えられ、回復魔法を受けながら快人は身体を引きずって倒れた総司へと近づく。

 

「総司くん! しっかりして!!」

 

倒れた総司には、すずかが縋りつくようにしてその名を呼んでいた。

その声に答えるように、総司がゆっくりと目を開ける。

 

「すずか…か…」

 

「総司くん!!」

 

総司の顔を覗き込むすずかへ視線を巡らせ、総司は快人へと視線を移した。

 

「こんにちは、敗者。

 気分は?」

 

「…最低だ」

 

「そりゃ、結構なこった」

 

総司の反応に、快人はくつくつと笑う。

そんな快人に、総司はこんなことを言いだした。

 

「蟹名快人、頼みがある…俺を…殺してくれ」

 

「なっ、何言ってるの!?」

 

突然の言葉に驚くすずかを無視して、総司は快人へと言葉を続けた。

 

「俺を弄んだあの女神が、負けた俺をそのままにしておくはずがない。

 俺の魂は、あの女の枷がはめられている。

 このままでは、操られた俺が何をしでかすか分からん…。

 だから…頼む。

 その前に俺を殺してくれ…」

 

「…」

 

その言葉に、快人はなのはを押しのけるとゆっくりと総司へと近づく。

 

「や、やめて快人くん!? この人を、総司くんを助けて!?」

 

そう言って快人を止めようとしたすずかを、なのはが押しとどめる。

そしてなのははすずかに向かって、まるで『大丈夫』とでも言うように無言でゆっくりと首を振った。

快人はしゃがみ込み、右の拳を握りしめる。

それを見た総司は、ゆっくりと目を閉じた。

だが…。

 

ベシン!

 

「ぐっ!」

 

「あほか、お前は」

 

総司の額には、快人のデコピンが叩き込まれていた。

 

「あのなぁ…お前が死んだらそれこそ、その舐めた女神の思うツボだよ」

 

「だが、今ここで殺さなければ、再び俺はお前らを殺しにくるぞ。

 それだけではない、何をしでかすか俺自身もわからん」

 

その言葉を、快人は鼻で笑う。

 

「ふん、望むところ。 いくらでもかかって来い。

 お前が『神』に操られて何かやろうとしても、俺が止めてやる。

 お前如き、俺にかかればお茶の子さいさいよ」

 

「…その割にボロボロなの」

 

「うっせぇ!」

 

横からの肩を竦めたなのはの言葉に苦笑してから、快人は真顔に戻りながら総司に言う。

 

「俺だって1人の『兄』として、兄弟を弄んだクソ神には腹が立ってるんだ。

 それの思い通りにことが運ぶことを手伝うなんて、死んでもお断りだぜ。

 それに、さ…」

 

そこまで言うと、快人はチラリと横のすずかを見た。

涙を流しながら総司を心配そうに見つめるすずかに、快人は肩を竦めると総司を見る。

 

「お前は『血の絆』で繋がった弟を失った…これはもう、何をやっても覆らない。

 でも、『絆』っていうのは日々新しく生まれるもんだ。

 そして、その『絆』は明日を生きる理由になる。

 お前には明日を生きるだけの理由になる『絆』が出来てるみたいだからな」

 

「弟を殺した俺に『絆』など…」

 

「だったらその似合わねぇ、ファンシーなネックレスはなんだ?

 俺の記憶だと、夏の旅行の時にすずかが水族館で誰かのお土産用に買ってたもんだと思うんだけどな」

 

「…」

 

「自分を想ってくれる誰か…それは死者も生者も含めて尊いもんだ。

 だから…お前は生きろ。

 生と死を見る蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)として言ってやるが…そんな想いを向けられたお前は生きるべきだよ」

 

「蟹名快人…」

 

快人は総司に笑いながら手を差し伸べ、総司もゆっくりと手を伸ばす。

その光景に、誰もが事件の終わりを思った。

だが…。

 

「ぐ、ああぁぁぁぁぁ!!?」

 

「そ、総司くん!?」

 

総司の突然の絶叫に、すずかが縋りついた。

 

「お、おい! どうした!!?」

 

快人も訳が分からず、混乱しながら総司へと問いただす。

すると、総司は皮肉げに顔を歪めた。

 

「どうやら…駄目らしい…。

 あの女が魂につけた枷が…俺を殺しにかかってるようだ…。

 もう俺は…もたん」

 

「う、嘘だよね!? 総司くんが死んじゃうなんて、嘘だよね!?」

 

すずかの言葉に、総司はゆっくりと首を振る。

そしてすずかへと微笑んだ。

 

「…ありがとう、すずか。

 俺は『神』に弄ばれ、弟を殺し、絆を無くした…。

 そんな俺でも、誰かといる時間は、お前との時間は楽しかったよ…。

 だから…ありがとう…」

 

「やめて、やめてよ!

 そんなお別れの言葉みたいなのやめてよぉ!!」

 

すずかは総司の手を握り、大粒の涙を流しながら叫ぶ。

 

「助けて! 神様、総司くんを助けて!!」

 

だが、『神』は人を助けない。

どこまでも『神』は残酷で無慈悲だ。

だからこそ…人を助けるのは、同じ人なのだ。

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

快人の怒号が響き渡る。

 

「どこまで…どこまで俺たちをコケにしてんだ、そのクソ神はぁ!!

 兄弟の絆を弄んだだけじゃ飽き足らず、用が無くなりゃポイってか?

 それをよりにもよって俺の目の前で…生と死を見る蟹座(キャンサー)の目の前でやろうってのか!!

 舐めてんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

快人の声に呼応するように、蟹座聖衣(キャンサークロス)が再び快人に装着された。

 

「どけ、すずか!!

 俺に任せろ!!」

 

快人はそう言って強引にすずかを総司から引きはがす。

 

「無理をするな、蟹名快人…。

 相手はヘラ…オリンポス十二神の一柱、今までの連中とは『神』としての格が違う。

 いや…あれはこの世界の『神』とは違う、下手をすればこの世界に干渉する高次元存在、『神々の意志(ビッグウィル)』級の存在だ。

 その枷は、どうしようも…」

 

「はぁ!? 『神』がどうしたって!?

 んなもん、チェーンソーで解体してやらぁ!!

 いいか! この俺が! 勝者の俺が『生きろ』って言ってんだ!!

 『神』の都合で死なせてなんぞやるか!!

 敗者のてめぇは黙って、言われたようにこれからも生きろ!!」

 

そう言い放ち、快人は目を瞑り右手の人差指と中指をビシリと立てる。

灼熱のマグマのように激しく高ぶる感情は小宇宙(コスモ)に変わり、それを指先に集中させ鋭く鋭く加工していく。

そして、紫の怪しい光を放つ指先を快人は振りあげた。

 

積尸気(せきしき)冥界波(めいかいは)ぁぁぁぁ!!!」

 

肉体から分離した総司の魂が浮き上がった。

 

「思った通りだ…」

 

快人は浮き出た総司の魂を見ながら呟く。

総司の魂、その首にはどこかに繋がる鎖が巻きついていた。

その鎖が総司の魂の首を締め上げているのだ。

原因さえ分かれば、やるべきことは一つ。

 

「この鎖…ぶった切ってやる!!」

 

快人は指先に小宇宙(コスモ)を集中させると、青白い炎が収束する。

快人は積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)を指先に細く短く収束させることで炎の剣とし、バーナーのようにその鎖を焼き切ろうとしたのだ。

だが…。

 

「な、にぃ!?」

 

魂に憑くその鎖はまごうこと無き『神』の呪縛。

そのあまりの頑丈さに、積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)の炎がまるで効かない。

いや、それ以上に小宇宙(コスモ)がまるで足りてないのだ。

今夜の、強敵たちとの連戦に次ぐ連戦は快人の限界をとうに越えていた。

今こうして積尸気冥界波(せきしきめいかいは)積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)が出せること自体、奇跡的である。

だが…。

 

(誰が諦めるか!!)

 

周りを見れば一心に祈るすずか、そしてことの成行きを見守る全員の視線が集中している。

これらの期待を全て裏切り、ふざけた悪神の企みに屈するのは何よりも許せない。

そして快人は…最終手段に出た。

 

「おい、シュウト。

 今すぐ俺に…デモンローズをぶち込め!!」

 

「え、えぇぇぇ!!」

 

快人の言葉に、シュウトはその意図を瞬時に悟る。

小宇宙(コスモ)と感覚は非常に密接な関係にある。

小宇宙(コスモ)の神髄とは五感を越え、第六感を越えた先にある第七感、『セブンセンシズ』であるという。

そのため、五感を封じることで小宇宙(コスモ)を増大させることが可能なのだ。

これを利用し、乙女座(バルゴ)のシャカは常に目を閉じて視覚を封じることで途方もない小宇宙(コスモ)を蓄えていたし、不死鳥座(フェニックス)の一輝は第六感までの全ての感覚を無くすことでそのシャカをも瞬間的に越えるほどに小宇宙(コスモ)を高めた。

デモンローズは五感を破壊する毒薔薇だ。

快人はデモンローズの毒で五感を強制的に封じることで小宇宙(コスモ)を高めようと言うのである。

 

「む、無茶だ!

 いくら解毒剤があってもデモンローズの毒は五感を瞬時に破壊する猛毒なんだよ!

 後遺症が残る可能性だってある!」

 

「そこら辺の毒の量は、丁度いいように調整しろ!」

 

「そんな無茶苦茶な!?」

 

快人の無茶苦茶な発言に、シュウトは悲鳴のような声を上げるが、振り返った快人の言葉で何も言えなくなった。

 

「なぁに、大丈夫だ。

 俺の弟、魚座(ピスケス)のシュウトなら必ず出来る!」

 

「…ズルいなぁ、兄さんは。

 そんな風に言われたら…やるしか無いじゃないか!」

 

シュウトは紅薔薇を取り出し、小宇宙(コスモ)を込めその毒を形成していく。

そして、投げ放ったデモンローズが快人に突き刺さった。

 

「うっ…!」

 

触覚が、嗅覚が、味覚が、視覚が、聴覚が消えていく。

快人の意識は小宇宙(コスモ)を求め、己の内へと埋没していった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

感覚を失った快人は、外部から見れば死人のようだ。

その右手を掲げたまま、快人は微動だにしない。

だがそれでも、快人の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)で視認化できるようになった総司の魂は刻一刻と蝕まれていくのが全員に分かる。

 

「お願い、お願い!」

 

一心に祈るすずかと、全員が見守るそんな中…。

 

「…」

 

なのはが、動いた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

意識の内側で、快人は苦しんでいた。

 

(足りない、足りない、足りない!!)

 

あの鎖の強度は何となくだが理解できている。

五感を封じ、半ば強制的に小宇宙(コスモ)を高め練り上げているというのにその強度を打ち破るのに足りないのだ。

 

(あまり時間もない…)

 

あの鎖が総司の魂をくびり殺すまでは、そう長くは無い。

それまでに小宇宙(コスモ)を高めなければ総司は死に、この悪趣味な演出を行った『神』に屈したことになるのだ。

 

(そんなこと…他でもない、俺の目の前で許せるか!!)

 

儚く散りゆく『命と幸せ』を守るために、快人は戦う。

その快人の目の前で、命を弄ぶ行為をするなど許せるはずがない。

だが、現実問題としてそれだけの小宇宙(コスモ)が高まらない。

焦りが泥沼のように快人を引きずり込もうとしたその時だった。

 

(これは…)

 

五感が消えたため、魂の部分で外部を認識した快人は、誰かが自分の隣に立っていることに気付いた。

その人物は…。

 

(なのは…)

 

なのはは快人の掲げる右手にスッと、支えるように手を添える。

そしてなのはは寄り添うように側に立つと、快人の耳元で言う。

 

「快人くん、あの時の約束覚えてる?

 ほら、この事件が始まる前の、公園での試合に勝った時の約束…」

 

よく覚えている。

『缶に魔力弾を当てられたら、なんでも一つ言うことを聞く』という約束で賭けをして、快人がなのはに一杯喰わされたときの話だ。

 

「何でも一つ言うこと聞くって約束だったよね?

 ずっと保留にしてた『お願い』、今言うね…」

 

そして、なのははその『お願い』を口にした。

 

「総司くんを助けて、みんなが笑顔でこの事件を終わらせて!

 お願い、快人くん!!」

 

その切なる声が、快人の魂へと響く。

そして、それを聞いた快人の意識は噴き上がる笑いを止められなかった。

 

(あ、あはは! あはははははは!!

 あいつは、このタイミングで俺に、そんな『お願い』をするのかよ!

 あははははは!

 最高だよ! 最ッ高だぜ、なのは!!)

 

幼馴染の最高の無茶苦茶さに、もう笑いが止まらない。

清々しい気持ちが、快人の焦りを消していく。

 

(くっくっく…聖闘士(セイント)として、男として何でも言うこと聞くって言っちまったからな。

 OK、OK! 俺の女神さま(マイ・ゴッデス)!!

 そのオーダー、必ず叶えるぜ、なのは!!)

 

焦りの消えた快人の意識が、再び小宇宙(コスモ)を練り上げる。

だが、不安など欠片も無い。

聖闘士(セイント)は女神の戦士だ。

女神のために戦う時にこそ、その真なる力を発揮するもの。

そして…快人にとっての勝利の女神は今、その右側で快人の力を信じて寄り添っているのだ。

 

(俺の小宇宙(コスモ)よ、全てを越えて燃え上がれ!

 刹那の瞬間でもいい!

 生も死も、神も邪神も全てを越える領域まで…燃えろ!!)

 

そして…その小宇宙(コスモ)は第七の感覚の、果ての果てすら突き破る。

見えたその光に、快人は手を伸ばした。

 

(いっ…けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「「「「!!?」」」」」

 

快人の発する小宇宙(コスモ)に、その場にいた小宇宙(コスモ)を感じることのできる人間は全員驚愕の表情を浮かべる。

その小宇宙(コスモ)がまばゆく輝きながら、快人の右手へと集中していた。

 

「ナ、のはぁぁぁ!」

 

「うん!」

 

片言のような絞り出すような快人の声になのはは頷き、快人はその掲げた右手を一閃する。

そして…。

 

 

バリン…

 

 

呆気ないほどの簡単な音と共に、総司の魂の首に巻きついた鎖は断ち切れていた。

総司の魂が、その身体へと戻っていく。

 

「はぁはぁはぁ…」

 

なのはに支えられ、肩で息をする快人の目の前で総司が目を開けた。

 

「俺は…」

 

「感じるだろ? お前の魂の枷はぶっ壊したぜ。

 これで…お前は自由に生きれる」

 

「自由…? これが…自由か?」

 

そう言って、目を覆い隠す様に手を掲げる総司。

 

「まぁ、自由になってまず最初にお前がやることは…」

 

「総司くん!!」

 

そこまで言った快人を押しのけるように、すずかが総司に縋りついて泣き始める。

そのすずかの髪を、総司は2・3度優しく撫でた。

 

「…最初にやることはすずかの相手をすることなんだが…俺が言うまでもねぇか?」

 

そう言ってポリポリと頬を掻く快人。

そして、快人は自身を支えるなのはの顔を覗き込んだ。

 

「お願い聞いたが…こんなもんでどうですか、お姫様?」

 

「バッチリだよ、快人くん!」

 

満面の笑みのなのはに、快人も微笑みを返す。

 

「メリークリスマス、なのは」

 

「メリークリスマス、快人くん!」

 

ここに、激闘の聖夜はゆっくりと幕を下ろしたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「…」」

 

事件の終わりに喜びあう中で、シュウトと大悟は少しだけ険しい顔で快人を見ていた。

五感が消えていた快人は気付いていないようだが、あの刹那の瞬間に快人が発揮した小宇宙(コスモ)は尋常ではない。

それは『セブンセンシズ』をも越える小宇宙(コスモ)だ。

知識としては存在することは知っている。

だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)としても辿りつけていない領域の力だった。

それは『エイトセンシズ』…阿頼耶識(あらやしき)、八識とも言われる力だ。

そしてもう一つ…あの眩しい閃光の中でシュウトと大悟は確かに見た。

快人も気付いていない刹那の瞬間だけ、快人の蟹座聖衣(キャンサークロス)の右手甲が変化したことに。

それは黄金聖衣(ゴールドクロス)をも越える、聖衣(クロス)の『まぼろしの形』。

神聖衣(ゴッドクロス)…オリンポス十二神のみの装備とされる神衣(カムイ)に限りなく近い、最強最後の聖衣(クロス)の進化形態。

だが、そのためには女神の血が必要となるはずだ。

何かが世界に起きている…それを強く感じさせる出来事に、シュウトと大悟は身を震わせるのだった…。

 

 




遂に決着の蟹座VS双子座でした。
少年漫画をイメージしまくった、泥臭いほどのニーサン大決戦はいかがだったでしょうか。
今回のことで、やっと総司が仲間になります。
この辺りの殴り合った末の友情は、少年漫画をこれでもかとイメージしました。

そしてチラリと登場、第八感と蟹座の神聖衣。
主人公たちの最終的な目的地です。
とはいえ

『ボロボロの極限状態』+『デモンローズで五感封じ』+『なのはに尻を叩かれる』

ここまでやって今の快人では、奇跡的に刹那の瞬間、右手のみの変化程度。
最終目標への道は遠い…。

次回からはまた数回に分けてA‘S編の後処理と、この世界の現状確認となります。
この世界の現状・状況、そして聖闘士と魔法少女の進む道にご期待下さい。


今週のΩ:体育座ことオリオン座出陣。
     えー…お前は結局何がやりたくて誰の味方なんだよ? 
     アリア死んで後悔はわかったが、一緒に戦う気は無いとか…でも処女宮の上に弾き飛ばしてくれたのはファインプレー。
     思っくそ反逆しても、息子はきっと分かってますよと信じる家族がけなげすぎる。
     マルスさんちは、意外にいい家庭なのかもしれない…。
     そして水瓶座出陣…って、おい!
     水瓶座がどうして時間操作系になってるんだよ!?
     そこは時間を凍らせてる、とか言えば納得できるかもしれないが…水瓶座の聖衣がとんでもない悪の洗脳装置になってるのはどういうことよ!?
     というかこれ、色が黄金なだけでやってること完全に冥衣だよ!?
     我が師カミュ! この聖衣とんでもない欠陥品ですよ!!

     そして次回は天秤VS水瓶の黄金対決。
     予告で童虎老師がでたぁ!!
     老師だけはまるでお変わりないようで安心です。
     どうやら玄武は童虎と関係あるようだが…だとしたらお前何歳ってことに…。


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第38話 聖夜に祝福を/絶望へ反逆を(前編)

週一投稿のペースが崩れた…orz

今年最後の投稿、今までで最大文字数になりました。
色々状況が動きます。
そしてついに最後の1人も名前だけチラリと登場。


 

 

「うっしゃぁぁぁぁぁ!!

 よくやったわ、蟹名快人!!」

 

天界にて。

浮かんだ映像を見たアテナ様はガッツポーズ。

その横ではヘラが驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ば、バカな! 底辺の蟹座ごときに私の、双子座が負けるはずが…」

 

「ふーんだ。

 私の選んだあいつは心底しぶといのよ」

 

悔しそうなヘラにアテナ様は胸を張った。

そんなアテナ様の肩をアフロディーテ様が叩く。

 

「はいはい、アテナ。 気分がいいのは分かるけど今はそうじゃないでしょ」

 

「そうだった!

 ヘラ、やっぱりあんたなんじゃないの! あの世界に干渉してたのは!!」

 

「あら、何のこと?

 私は今だって何もしてないでしょ?」

 

「魂への枷なんて、条件が一致したときに発動するようにすればいいだけでしょ。

 今、何もしなくてもあんたが無関係な証拠にはならないわ!

 それに、あの双子座の転生者が思いっきり話してたじゃない!!」

 

「あら、あんな人間の言うことなんて信じてるの?

 昔っからおつむの軽い子だと思ってたけど、悪化したんじゃないの?」

 

「んだとコラァ!」

 

「はい、アテナ、どうどう」

 

「アテナ、落ち着くッス!」

 

今にもとびかかりそうなアテナ様を、アフロディーテ様とアルテミス様が左右から押さえつける。

だが、そのヘラを見つめる視線は一様に冷たい。

アフロディーテ様もアルテミス様も、人間を弄ぶようなことをしているヘラには嫌悪感を露わにしていた。

だが、そんな視線を投げかけられてもヘラはどこの吹く風と肩を竦める。

 

「だから私が干渉する動機は? 証拠は?

 ほら、言ってみなさいよ、さぁ!」

 

「ぐっ…」

 

それを言われてはアテナ様も何も言えない。

だがその時、第5の声が響いた。

 

「証拠と動機ならぁ、ここにありますぅ!」

 

その声に振り返ればそこにはニコニコと笑う、ナイスバディな女神さまが1人。

彼女を知るアルテミス様はその名を呼んだ。

 

「が、ガイア!?」

 

「はい、アルちゃん、元気ですかぁ?

 それに、アテナちゃんもアフロちゃんも久しぶりですぅ。 元気ですかぁ?」

 

「あんた、相変わらずね」

 

ボケボケしたスローテンポ、そして独特の間延びした声にアテナ様は呆れたように、だが懐かしそうに苦笑する。

 

「ガイア、再会を喜ぶのはあとにしましょう。

 それより今、面白いこと言ってたわね。

 どういうこと?」

 

アフロディーテ様がガイア様に問いかけると、ガイア様は頷いて話を始める。

 

「実はぁ、私もあの世界、ちょっとおかしいと思って色々調べたんですぅ」

 

「えっ? 私もアフロも調べたけどおかしな部分は…」

 

その言葉に、ガイア様は首を振った。

 

「アテナちゃんもアフロちゃんも、『今の世界』しか調べなかったんじゃないですかぁ?」

 

「? なんか駄目なの?」

 

「よぉく考えて下さい、あの世界では普通じゃないのが『復活』してるんですぅ。

 『発生』じゃなくて、『復活』ですぅ。

 『復活』っていうのは、『昔いたものが蘇る』ことですぅ。

 そうなれば、『今の世界』を調べるだけじゃ駄目ですぅ」

 

「そ、そう言われれば!」

 

アテナ様はガイア様の言葉に激しく頷く。

そう、デスマスクしかりアフロディーテしかり邪神エリスしかり夢神ボペトールしかり…全員『復活』しているのだ。

それなら、あの世界で『過去にこれらが存在した』という事実があったことになる。

 

「そう思ってぇ、『あの世界』を広く調べてみたんですぅ。

 そうしたら…こうなってましたぁ!」

 

そう言ってガイア様がとりだしたのは1枚の書類。

その内容を一読したアテナ様・アフロディーテ様・アルテミス様の顔がサァっと青く変わる。

 

「ちょっと、あの世界は『リリカルなのは』に酷似した世界だったはずよ!

 それなのに、なんで『世界基盤』がこんなことになってるのよ!?」

 

「こ、これどう見てもヤバいッス!!」

 

「ど、動機は何なの!?

 これだけヤバイことを…『あの世界』を完全に滅ぼすようなことに、ヘラに何のメリットがあるの!?」

 

あまりの内容に顔を青くさせた女神一同の中で、アフロディーテ様はこれだけの大それたことをヘラがやる動機が分からずガイア様に問い詰める。

そして、ガイア様はその動機を語った。

 

「これは全部、私たちの送った転生者を殺すためですぅ」

 

「はぁ!?

 ここまで規則破ってその目的が私たちの送った転生者を殺すためって…それに何のメリットがあるの!?」

 

「メリットというより…これは『証拠隠滅』なんですぅ」

 

「『証拠隠滅』…?」

 

訳がわからず問い返すアテナ様に、ガイア様は続ける。

 

「私たち神のお仕事は『魂の適正管理』ですぅ。

 魂を適正に管理し、世界を維持していくことが役目ですぅ。

 でも、それでも予定外の事故はあるですぅ。

 そう、丁度『あの地下鉄事故』のように…」

 

「そうね。

 そんな『管理外の魂』はそのまま霧散して消えてしまう、管理帳簿外のもの。

 だから偶然見つけた事故で、『管理外の魂』だからこそ、千載一遇のチャンスと思って前々から妄想してた計画を実行に移した…。

 まぁ、可哀そうでもあったし、救える分くらい救ってやりたいとも思ったからね。

 でも、それも『管理外の魂』のだからこそ。

 管理内の魂にそんなことしたら重大な規則違反だからね」

 

「ぼくもガイアも、偶然アテナとアフロがそれをやるのを見て、同じように残ってた魂を転生させたッス」

 

神といえど、人の魂を軽々しく転生などさせられない。

それらは本来、適正に管理されるものだからだ。

だが予定外の事故によって発生する『管理外の魂』なら話は別、霧散して消えてしまう魂だからと神のちょっとした気まぐれが許される。

だからこそ、予定外の『あの地下鉄事故』を偶然発見したアテナ様とアフロディーテ様は快人とシュウトを転生させた。

同じように、アテナ様たちの様子を見ていたアルテミス様もガイア様を誘い、『あの地下鉄事故』の魂から転生者を送り込んだ。

だが…。

 

「でもぉ…あの『事故』が『事故じゃない』としたらぁ?」

 

「それって…」

 

アテナ様のその問いには答えず、ガイア様は無言で新しい書類を取り出す。

そこに書かれた内容を読んだ女神様たちは驚きで目を見開き、同時にすべての事情を理解した。

 

「あ、んたぁぁぁ!!」

 

ヘラに飛びかかろうとしたアテナ様を、再びアフロディーテ様とアルテミス様が押さえた。

 

「駄目ッスよ、アテナ!」

 

「離しなさい!

 この女…こんな不正やらかして、その証拠消そうとこんなヤバイようにあの世界いじくり回して…。

 一発殴らなきゃ気が済まないわ!!」

 

「落ち着きなさい、殴っても何にもならないわ。

 それに…この女はもう終わりよ」

 

アテナ様を押さえつけながら、アフロディーテ様が冷たく言い放つ。

 

「これだけの証拠があるんだから、もうこの女は終わりよ。

 公平な裁判でこの女を裁いて、あの世界に還元してやったほうが利口でしょ?」

 

「そうね、そうよね!!

 覚悟しなさいよ、ヘラ! 行くわよ、みんな!!」

 

そうアフロディーテ様に諭されたアテナ様は、善は急げと駆けていく。

 

「あ、アテナ待つッス! ぼくも行くッス!」

 

「私もぉ、行きますぅ!!」

 

そんなアテナ様を追い、アルテミス様もガイア様も駆けていく。

 

「…人の魂を弄んだこと、せいぜい後悔しながら裁きの時を待つことね」

 

最後に、軽蔑の視線とともにアフロディーテ様がヘラに吐き捨て、アテナ様を追った。

残っているのはヘラだけだ。

 

「裁き、ねぇ…。

 そんなのこの私に下せると本気で思ってるのかしらね、あのバカどもは」

 

ヘラはただ1人、部屋で薄く、邪悪に嗤った…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

激闘の聖夜は終わった。

全員はすぐにアースラに収容されたが、ここに来て激闘を戦い抜いた黄金聖闘士(ゴールドセイント)に限界が来た。

4人はそれぞれ小宇宙(コスモ)を限界まで消耗していたし、肉体の怪我もかなりのものだ。

そのため、セージは『守護宮』の使用を許可した。

 

「アルバフィカ、ここにいる皆を頼んだ。

 そうだな…3時間ほどで戻ってくるように」

 

「お任せ下さい」

 

そう言ってアルバフィカの引率の元、『双魚宮』での治療が開始されることになった。

『双魚宮』におもむいたメンバーは黄金聖闘士(ゴールドセイント)4人、そして自ら同行を希望したなのは・フェイト・はやて・すずか・アリサ、そしてシャマルだ。

なのは・フェイト・はやてはお互いの幼馴染を心配するのと同時に、すずかとアリサに今までのことなどを説明するため、そしてシャマルはその回復魔法での治療のために同行を選んだ。

突然、何も感知できずに11人もの人間が消えたことに管理局側は面食らうが、セージは気にした様子もなく、目の前に跪く3人に声をかける。

 

「さて…ハスガード、アスプロス、デフテロス、おもてを上げよ」

 

「「「はっ!」」」

 

顔を上げたのは大悟の師であるハスガード、総司の師であるアスプロス・デフテロス兄弟だった。

 

「まずはハスガード、何か申し開きはあるか?」

 

「…ありませぬ。

 少女を救うためとはいえ聖闘士(セイント)の拳を使い、さらに夢神復活の危機を招いたこと…申し開きもありません。

 師として、この身はいかな罰も受けましょう。

 されど、大悟は金牛の星の名を継げるほどの逸材。

 教皇様、どうか大悟には寛大な処置を…」

 

「そう心配をするな」

 

恐縮するハスガードに、ポンとセージは肩を叩く。

 

「確かに手加減をしていたとはいえ、聖闘士(セイント)の拳で罪無き魔導士を襲撃し怪我を負わせたことは許し難い。

 しかし、それも邪悪からではない。愛する少女を救わんとするため。

 その愛を否定するほど愚かではないつもりだ。

 それに夢神ボペトール討伐の功績は大きい。

 今後は、お主の弟子には管理局への協力などの任務を与えようと思う。

 その力にて力なきものを守り、罪滅ぼしとするように」

 

「はっ! 教皇様の温情、弟子にかわり厚くお礼申しあげます!」

 

セージの言葉に、ハスガードは深々と頭を下げた。

 

「さて…次にアスプロス、デフテロス…お主らも苦労をしたようだな」

 

「…悪神の支配に屈した我ら兄弟にも、申し開きはありません」

 

「いかなる沙汰も受けましょう。

 しかし、我らが弟子、総司には…」

 

「みなまで言わずともよい。

 ヘラと言えばオリンポス十二神、しかもその魂だけではいかなお主らとて抗いきれまい。

 それにお主らの弟子は、快人やシュウトしか襲ってはいない。

 快人やシュウトも、そのことで責める気はなかろう…。

 それに、だ…」

 

そこまで語り、セージはフッと笑う。

 

「我が弟子、快人の意外な成長も見て取れた。

 それもお主らの弟子が強大であったお陰…あのような素晴らしい聖闘士(セイント)を育て上げたこと、賞賛に値する。

 聖闘士(セイント)同士の私闘は禁じられているが、今回は不問とする。

 お主らもその弟子も、再び邪悪から愛と平和を守るために我らとともに歩んでもらう。

 よいな?」

 

「「はっ、我らの力は愛と平和を守るため、いついつまでも!!」」

 

「ふっ…お主ら双子とその弟子の活躍、期待しておる」

 

ぴったりと息の合った言葉に、セージはほほ笑む。

アスプロス、デフテロス兄弟の辿った運命を知る者として、この2人が反目することなく同じものを目指して共に歩む姿に、自身も『弟』であるセージは心洗われるようだった。

セージはそこまで決定を下すと、リンディやグレアムの方へと振り返る。

 

「さて、リンディ女史、グレアム殿。

 我々とそちらも、話し合うことは多いと思う」

 

「え、ええ…こちらとしても、色々と話し合いたいことがありますので」

 

「では、さっそく参りましょうか…」

 

立ち上がるハスガード、アスプロス、デフテロスを伴い、管理局との交渉へとおもむくセージ。

 

(快人があれほどによくやったのだ。 私も負けてはおれんな。)

 

良き弟子は、師も成長させるという。

快人の活躍に触発されたセージは自分の戦う交渉という戦場へと、意気込みを新たにするのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

セージ達聖闘士(セイント)側と管理局側が交渉に入っている間、残されたクロノ・ユーノ・アルフはエイミィの元にやってきていた。

その目的は今回の戦いでのデータ解析である。

ボペトール出現前の戦いはアースラからのサーチャーを通してその記録を取っていたし、ボペトールが出現後はクロノのデバイスであるS2Uとデュランダルにその記録が残されている。

その記録映像に今夜の戦いが映し出されるが、そのすべてがクロノ達管理局の理解の外側だった。

一番理解できそうな『なのは&フェイトVS闇の書の防衛プログラム』の一戦とて、常識破りのオンパレードだ。

互いの一撃一撃に籠る推定魔力・威力は桁違い、さらにその直撃を受けても傷一つ付かないなのはとフェイトの纏った聖衣(クロス)の防御能力はもはや笑うしかない。

だが、今夜はこれ以上の戦いが繰り広げられた。

『快人VS大悟』、『全員VS闇の書の闇+夢神ボペトール』、『快人VS総司』…なのはたちの一戦ですらそうなのだから、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の全力で暴れまわる戦いはすでに視認すらできない。

限界までスローにしても光しか見えない光速戦闘に、桁違いの威力を誇る奥義の数々。

推定能力や推定威力の分析などコンピューターが早々にサジを投げてしまい、『推定不可能』という投げやりな文字を羅列するだけだ。

 

「これ…本当に現実なんだよね?」

 

「…目の前で見た僕も、実は夢なんじゃないかって疑ってるよ」

 

半笑いのエイミィに、同じくクロノも呆れたように返した。

そして改めて、自分たち管理局が井の中の蛙だったことを思う。

今まで次元世界では魔法こそが人間の持ち得る最強のツールだった。

だが、その根底を覆す光景が映像には映し出されている。

彼ら黄金聖闘士(ゴールドセイント)が1人でも本気になったら、管理局の全戦力を集結させても返り討ちにあうだろう。

エイミィとクロノは、『魔法至上主義』の終焉が見えたような気がした。

 

一方、ユーノは今夜の事件の映像を見ながら認識を新たにする。

 

(やっぱり彼ら聖闘士(セイント)こそ、あの破滅の予言にあった、たった一つの希望なんだ!)

 

リンディと共に、破滅の予言について知るユーノはそう確信する。

そして、ユーノは破滅の予言の全文を思い出していた。

 

 

 

『古の彼方に在りし者たち、幾星霜の果てに目覚めの時を迎える。

 彼の者たち、長き時を経て蘇りし傲慢なる王なり。

 王たちの傲慢は死を運び、王たちの軍勢は破滅を呼ぶ。

 屍の山を築き、血の大河を成し、それでも王たちの蹂躙はとどまる事無し。

 法の力にこれを止める術はない。

 現世はすべて、古の闇へと還るであろう。

 

 傲慢なる王たちの軍勢に抗えしは、黄金の闘士たち。

 星の力を秘めし誇り高き闘士たちの、頂点を極めし者。

 無限なる宇宙を魂に秘め、その拳にて空を裂き大地を砕く。

 その力こそ、かの王たちに抗するただ一つの力。

 されど王たちは強大なり。

 いかな黄金の闘士とて、その力の前に膝を折ろう。

 黄金の闘士に力与えるは、清らかなる祈り。

 それあらば、黄金の闘士は死せず。 幾度膝を折ろうが立ち上がり、王へと向かう。

 かくて、黄金の闘士は祈りと共に力を手にする。

 その力、すべてを超えた領域にあるもの。

 これぞ唯一無二、現世を守りしただ一つの希望なり』

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

3時間の時が流れ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)と少女たちが戻ってくる。

戻ってきた黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの怪我がすっかりと癒えていることに、リンディを始めとする管理局側は驚きを見せた。

いかに回復魔法を得意とするシャマルがいるといっても、たった3時間であれだけの黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの傷が完全に癒えるはずがない、という管理局の常識がまたも覆され、もはやリンディたちは笑うしかない。

実際は黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの身体能力と小宇宙(コスモ)により、異常に効きの良くなった回復魔法による治療を3日間も受けたからなのだが、それを管理局が知るすべはなかった。

 

「で、じいさん。

 後始末は一体どうなるんだい?」

 

「その辺りは、詳しくは年明けに管理局上層部との対話ということになっておる。

 協力という面では、今までとあまり変わらんよ。

 そこな牡牛座(タウラス)と騎士は事情はどうあれ、罪なき者を襲い怪我を負わせたのは事実、罪の償いは必要になる」

 

「主はやて、我らヴォルケンリッターは管理局への協力という形で罪の償いをしようと思います」

 

「情状酌量の余地もあるし、そう酷いことにはさせないよ」

 

シグナムが代表してはやてに言うと、クロノも管理局としてヴォルケンリッターたちへの措置を横から言った。

その言葉にセージも頷き、大悟と総司へと決定を下す。

 

牡牛座(タウラス)の牛島大悟よ、お前も管理局への協力に積極的に参加してもらおう。

 お前の師ハスガードにも言ったが、それを持って今回への件は不問とする」

 

「教皇様…ありがとうございます」

 

「そしてもう1人…双子座(ジェミニ)の双葉総司。

 お前は快人とシュウトへと襲いかかったが、邪悪なる神により操られていた故致し方あるまい。

 今後は聖闘士(セイント)として正しき道を行くがいい」

 

「はっ…」

 

深々と頭を下げた大悟と総司に、少女たちも満足げだ。

 

「これでやっと、『闇の書』の悲劇は終わったんやな…」

 

はやてがそうしみじみと呟くと、その場の空気が変わる。

 

「実はそれなんだけど…」

 

言いにくそうに目を伏せてリンディが言うと、その言葉をさえぎるようにリインフォースが一歩前に出て、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちに言う。

 

「誇り高き黄金の闘士たちよ、ありがとう。

 私があの『神』といわれるものによって創らされていた悪夢を打ち砕いてくれて…」

 

「へっ…悪神を討つのは俺達聖闘士(セイント)の仕事ってな」

 

「もう悪夢を創る必要はない。 これからは自分の『夢』を創れるよ。

 あの『夜天の書』の製作者の望んだようにね」

 

快人とシュウトの言葉に、リインフォースは悲しげにほほ笑み、首を振る。

 

「残念だが、そうもいかない…。

 頼みたいことがある、黄金の闘士たちよ…。

 私を…破壊してほしい」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

その言葉を聞いた少女たちが絶句する。

今回のことですべての元凶である『夢神ボペトール』は、切り離された防衛プログラムと共に消滅した。

だが、リインフォースの歪められた部分はそのままだ。

このままでは新たな防衛プログラムが生成され、暴走をしてしまうという。

『夢神ボペトール』が存在しなくても、その暴走した防衛プログラムはまさしくロストロギア、世界一つを滅ぼすのに十分すぎた。

 

「幸いなことに守護騎士プログラムは完全に切り離せました。

 『夜天の書』を破壊しても、守護騎士たちは消滅しません。

 逝くのは私だけで済みます」

 

「破壊なんてせんでえぇ!! 私がちゃんと抑えるから…」

 

そう涙を流しながら縋り付くはやてを、優しく諭そうとするリインフォース。

大悟と守護騎士たちも悲しそうに見つめていた。

 

「ねぇ、クロノ。 何とかならないの?」

 

フェイトの言葉に、クロノは首を振る。

 

「それこそ年単位での長期間の解析ができれば解決策もあるかもしれないけど、それまでに暴走することが必至じゃどうしようもない。

 保管維持も不可能だし、破壊するしかないんだ」

 

それは管理局としての公式見解だったのだろう。

いつ暴走するかも分からず、封印手段も皆無なロストロギアを野放しにはできない。

管理局の言うことは至極もっともだ。

 

「良いのです。

 気の遠くなるような永い年月を生き、たくさんの世界を、命を壊してきた私が…最後の最後で綺麗な名前と心を貴女にいただきました。

 貴女のそばには守護騎士たちがおります。黄金聖闘士(ゴールドセイント)がおります。

 何も心配はありません。

 私は笑って逝けます…」

 

「リインフォース…」

 

はやてが止めてもリインフォースの決意は変わらなかった。

だが、そこに快人から待ったがかかる。

 

「ちょいと待て…」

 

「何だ、蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)?」

 

「お前、それでいいのか?」

 

「いいも何も、それ以外は…」

 

「いいから黙って答えろ。 お前の気持ちはどうなんだ?

 どうせ何言ったってタダなんだ。

 ほれ、本音を言ってみやがれ」

 

快人の言葉にしばし、リインフォースは口を開く。

 

「私だって…本音を言えば、生きたい!

 主たちと暮らしたい!

 だが…私は!」

 

その言葉を聞いた快人が顎を擦りながら、何かを考える。

そして今度はゆっくりと快人は、はやてに問うた。

 

「なぁ、お前は今後どうするんだ?

 小宇宙(コスモ)にも魔法にも目覚めて、今後はどうやって生きてく?」

 

「私は…なのはちゃんたちのように、この力を誰かの役に立てたいと思っとる」

 

「なるほど…戦う意思はアリ、か…」

 

再び何事かを考える快人。

そして、今度はリインフォースを指さしながらセージに問うた。

 

「じいさん、こいつの『中身』、どう思う?」

 

その奇妙な言い回しで合点がいったのか、セージも顎を擦りながら言う。

 

「なるほど…確かに強い情念。

 製作者とやらはよほどの想いを賭けていたのだな。

 文字通り、『魂』を賭けるほどに…」

 

「…よし!」

 

セージの言葉で決心がついたかのように、快人が手を鳴らす。

 

「じいさん、俺達の今回の夢神ボペトールを倒した功績、結構なモンだよな?

 ご褒美が欲しいんだけどよぉ…」

 

「…いいだろう、此度のボペトール討伐の功績を評価する。

 好きにやってみるがいい」

 

セージの苦笑しながらのその言葉に、快人は頷いた。

それまで、ことの成り行きを見守っていたなのはが快人に聞く。

 

「ねぇ、快人くん。

 一体何の話をしてるの?」

 

「ちょっとした可能性の話さ…。

 おい、リインフォース。 お前を破壊って話、少し待っちゃくれねぇか?

 どうせ今日明日にでも暴走ってわけじゃないんだろ?」

 

「新たな防衛プログラムの生成には少なくとも半年以上の月日はかかる。

 それまでは暴走はあり得ないが…」

 

「それなら…ちょっとした賭けに付き合ってくれ。

 もしかしたら、お前は死ななくて済むかもしれないぞ」

 

その言葉に、はやては目を見開いた。

 

「ほ、ほんまなん!?」

 

「あくまで可能性の話だ。

 今日明日、時間をくれ。 やるだけやってみる。

 …おい! 大悟、総司、お前らも手伝え!

 シュウト、もちろんお前も来い」

 

それだけ言い残すと、強引に3人を連れて『巨蟹宮』へと逆戻りしていった。

その快人に、セージは苦笑する。

 

「せわしないものだ。

 さて…なのは嬢、フェイト嬢。2人とも良くやった。

 あれだけの敵に一歩も引かず戦い抜いたこと、驚嘆に値する。

 だが油断はしてはならない。

 今後も、精進し続けるのだ」

 

「「はい!」」

 

「そして…はやて嬢。

 君も小宇宙(コスモ)と魔法に目覚めたことは知っている。

 君の手に入れたその力の意味を、誤らぬように。

 その力は、何かを守り何かを成すために存在するのだ」

 

「わかっとります。

 この力は、私みたいに誰かを絶望の呪縛から解き放つために!」

 

「フッ…ならば精進しなさい」

 

「はい!」

 

元気な少女3人の返事にセージは笑顔をつくる。

そして、今度はグレアムがはやてへと今までのことを告白し、謝罪をした。

 

「はやて君、すまなかった…」

 

「グレアムおじさん、頭を上げて下さい。

 私はグレアムおじさんのこと、恨んだりしてません。

 『闇の書』はたくさんの不幸を巻き起こしたんやから、おじさんの言い分にも一理あるのは分かります。

 それに何より、今回の事件では誰も死んでへん。

 新しい悲劇は生まれずに終わったんや。

 せやから…ええんです。

 グレアムおじさんは、自分を責めんでもええんです」

 

そう言ってグレアムの手を取り、はやてはほほ笑む。

グレアムは年甲斐もなく涙を流した。

 

「では…リンディ女史、参りましょうか?」

 

「ええ、ここからは大人の仕事ですからね」

 

セージの言葉にリンディが頷く。

なのはやフェイトによって、アリサやすずかは魔法や小宇宙(コスモ)聖闘士(セイント)や時空管理局のことを聞かされていたが、これはもう子供たちの秘密にしておくには大きすぎる。

実際、こんなに遅くまで帰ってこない娘たちを親御たちは心配しているだろう。

それらの事情説明のために、セージたちは動くのだ。

大人たちの仕事は、まだまだ終わりそうになかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

セージを筆頭にした聖闘士(セイント)師匠組と管理局の各家庭への説明はそれなりに難航した。

流石に常識を打ち崩すような荒唐無稽な話の連続であるから当然である。

だが、魔法や小宇宙(コスモ)による力を実演させられれば信じるしかない。

それに、各家庭がことの大小あれど『普通ではない』のだ。

今さらそれが増えたところでどうというわけではなかった。

そんな中、なのはは正式に家族へとお願いをしていた。

 

「学業との両立するから、今後も聖闘士(セイント)や管理局のお手伝いをさせてほしいの」

 

なのはは自分の進むべき道が、この道だと決めたのである。

フェイトやはやても同じく、戦っていく道を選んでいた。

これに渋い顔をするのは、家族としては当然だろう。

特に高町家は戦いを知る家系でもある。戦いがどれだけ厳しいかということを良く知っている。

誰が可愛い愛娘を戦場に送りだしたいなどと考えるのか。

だが、それでもなのはは頑なだった。

 

「私は偶然でもなんでも、『力』を手に入れたの。

 だったら、それは正しいことに使わなくちゃいけないと思うの…」

 

そんななのはの熱意に、最初に折れたのは母である桃子だった。

 

「なのはの人生、やりたいことが見つかったのならやってみなさい…。

 でも…無茶だけはしちゃダメよ。

 そしていつでも無事で帰ってきなさい…」

 

「お母さん…」

 

戦いに出る夫、士朗を見送り続けた桃子は強かった。

その母の強さと、愛されていることの感謝になのはが涙を流し、桃子が抱きしめる。

 

「…セージさん、なのはをお願いします」

 

「…心得ました。

 貴方がたの大事な娘、なのは嬢は確かにお預かりしました…」

 

士朗が深々と頭を下げ、セージがそれに返す。

こうしてなのはは正式に、戦いの世界へと足を踏み入れていくのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

12月26日夕方…守護宮から帰ってきた黄金聖闘士(ゴールドセイント)を筆頭に、事件関係者全員が集まっていた。

場所はすずかが提供してくれた、月村家の庭である。

今日ここに人が集まっているのはこれから、リインフォースの生存に関わる大事なことをするためだった。

リインフォースの前に快人を始めとした黄金聖闘士(ゴールドセイント)が、黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏い、小脇にヘッドパーツを抱えながら立っている。

戦闘での傷が激しくところどころボロボロだが、それでも黄金聖衣(ゴールドクロス)は美しかった。

 

「さて…それじゃ始める前に確認をとっておきたい」

 

快人がおもむろに切り出す。

 

「今から試そうとしている方法は生か死かの二者択一、失敗すればそのままリインフォースは死ぬだろう。

 おまけに言えば、これは仮説の上に仮説を立てるような無茶苦茶な理論の元に成り立ってる。

 やろうとしてる俺が言うのもなんだが…賭けとしては分が悪すぎる。

 そしてもう一つ、成功した場合にも注意が必要だ。

 成功した場合、お前はこれから永遠に戦いの中に身を置くことになる。

 はやてが死のうがなんだろうが、だ。

 どうする、それでもやるか?」

 

「今のままでは私の生きる確率はゼロ以外にない。

 その確率がゼロ以外になるというのならば、賭けてみたい。

 それに私は元々、永劫を生きる魔導書…永遠に戦いの中に身を置くなど今までと変わらない。

 それよりも、私は主たちとの刹那の今を望む」

 

「そうか…。

 お前はそれでもいいか?」

 

リインフォースの言葉を聞き、今度ははやてに言葉を投げかけると、はやてはゆっくりと頷く。

 

「このまま何もせんかったら、リインの生きる目はない。

 せやったら、博打でも何でも、可能性のあるもんに賭ける!」

 

「わかった…」

 

2人の決意を聞き、快人は頷く。

すると興味があるのか、ユーノが遠慮がちに快人に問うた。

 

「快人、一体何をするんだい?」

 

「よろしい、それじゃ今からやることの説明をしよう」

 

その言葉に、快人は芝居がかったような口調で説明を始めた。

 

「『ピグマリオン』って話、知ってるか?」

 

その言葉にほぼ全員がはてな顔をするが、読書好きのすずかとはやては知っていたようですずかが説明する。

 

「確かピグマリオンって人が、自分の彫った彫刻の女の人に恋をして想い続けていたら、哀れに思った女神アフロディーテ様が彫刻の女の人を、本当の人間にしてくれたってお話だよね?」

 

「そう、それだ。

 みんなも知ってるだろう『ピノッキオ』なんてのも元ネタはこの『ピグマリオン』だろうな。

『ピグマリオン』に限らず、この手の話は古今東西にたくさんある。

 誰かが想いをこめてつくった器物に魂が宿る、って話だ。

 そして…それは真実だ」

 

想いの限りをこめて創られたものには魂が宿る…エピソードGでは娘を想う心で、石像に魂が宿るということもあったし、聖衣(クロス)なんて魂の宿る器物の最たるものだ。

 

「じゃあ次に全員に質問。

 リインフォースはただのプログラムか?

 主人を想い・泣くこいつに心は、『魂』はないと思うか?」

 

快人の言葉に、誰も何も言えない。

こんなに心優しいものに、『魂』がないなんて思えない。

 

「シュウトの話で、『夜天の書』の製作者が並々ならぬ想いでこいつを創ったことは知っている。

 そう、これが今回のことの根本にある『リインフォースには魂がある』という仮定だ。

 それなら魂を操るのは俺の専門、なんとかできるって寸法だ」

 

「なんとかって、どうやって…」

 

「それは…これだ!」

 

ユーノの言葉に、快人はいたずらっぽく笑うとそれを『巨蟹宮』から取り出した。

それは…。

 

「「「聖衣(クロス)!?」」」

 

それは十字の形をした、オブジェ形態の聖衣(クロス)だった。

 

「夏に戦った亡霊聖闘士(ゴーストセイント)から剥ぎ取った一つ、南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)だ。

 4人がかりの突貫仕様でレストアしたものだけどな。

 聖衣(クロス)には、魂を宿らせる能力がある。

 事実、俺達の聖衣(クロス)には歴代の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの魂が残ってるからな。

 ここまで来たら俺がやろうとしてることは察しがついただろう?

 そう…『魂の移植』をやろうとしてるんだよ」

 

快人の計画、それは『夜天の書』からリインフォースの魂を抜きとり、それを南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)へと移植するというものだった。

そうすれば、もはや抜け殻の『夜天の書』はいくらでも処分ができる。

だが、この計画はまず『リインフォースには魂がある』という仮定が正しくなければ始まらない。

挙句、器物に付くという『魂』としては非常に質量が小さいもの。

上手く制御してやらなければ、『夜天の書』から取り出した瞬間にでも霧散してしまう。

『夜天の書』からの超精密作業で『魂』を取り出し、濃密な小宇宙(コスモ)で保護しながら南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)へ移す…本気でできたらウルトラCだ、と快人は笑った。

 

「どうする、無茶苦茶なこの計画、乗るか?」

 

「無論だ…頼む!」

 

リインフォースの言葉に、快人は頷くと目を瞑り、人差し指と中指を立て、小宇宙(コスモ)を集中させていく。

怪しく紫に輝きだしたその指を、快人は振り上げた。

 

積尸気冥界波(せきしきめいかいは)!!」

 

瞬間、リインフォースの姿が掻き消え、力を失ったように『夜天の書』が地面に落ちる。

快人は目を瞑り、何かに意識を集中し続けている。

そして…。

 

「ふぅ…」

 

快人が息を付いた。

 

「ど、どうなん!? リインは、リインはどうなったん!?」

 

「呼んでみたらどうだ?」

 

はやての言葉に、快人は肩を竦めながら答える。

そして、はやてはその名を呼んだ。

 

「リインフォース!!」

 

その言葉に応えるように、オブジェ形態の南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)がバラバラに分離し、はやてへと装着されていく。

そして…。

 

「主はやて…」

 

「その声は…リイン!!」

 

見れば、はやてのすぐ側にリインフォースはほほ笑みながら立っていた。

それの意味することは…。

 

「ああ、成功だ」

 

「「「「やったぁーーーー!!!」」」」

 

快人の言葉に、全員の歓声が上がる。

 

「ほんま? ほんまにもう、リインは死ななくてええの?」

 

「もちろんです。

 これからも…おそばで仕えさせてください、我が主」

 

「リイン!!」

 

はやてがリインフォースへと手を伸ばそうとした。

だが。

 

「お、重っ!? 聖衣(クロス)重っ!!」

 

「は、はやて!?」

 

聖衣(クロス)の重さに倒れそうになったはやてを大悟が慌てて支え、自身の小宇宙(コスモ)を送り込み、南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)の重量を下げる。

その姿を見て、快人が笑った。

 

「はははっ。

 とりあえずはなのは達みたいに黄金の腕輪をつくる必要があるな。

 それと修行…聖衣(クロス)聖闘士(セイント)の至宝、それを使ってるんだからなのは達みたく戦えるように鍛錬を怠らないこと。

 そうしなきゃ取り上げる羽目になるからな」

 

「わかっとるよ。

 ありがとな、快人くん」

 

「結構結構、それじゃ…」

 

そう言って快人は『夜天の書』を拾い上げる。

そして、それをはやてへと投げよこした。

 

「ほら、初めての作業だ。

 お前の手で、破壊してやんな」

 

「…うん。

 やろか、リインフォース」

 

「はい…」

 

はやてが手にした『夜天の書』に魔力と小宇宙(コスモ)をかけると、『夜天の書』がボロボロと崩れていく。

 

「さようなら、お父様…」

 

リインフォースの呟き。

その場にいた全員が、崩れゆく『夜天の書』からスゥっと消えていく、ほほ笑む老人がいたのを見たような気がした。

ここに、いくつもの世界を滅ぼした最悪のロストロギア、『闇の書』に関わる事件は完全に幕を下ろしたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

12月28日、この日はなのはの実家である翠屋で忘年会がとり行われていた。

高町家、テスタロッサ家、八神家、月村家、バニングス家、そしてアースラクルーの面々が集まっている。

そして、各家の少女たちは思い思いの話に花を咲かせていた。

 

「へぇ、それじゃ総司くんはすずかちゃんの家に住むことになったんだ」

 

「うん。

 表向きは私付きの執事さん、ってことになるんだけど…ほら、私の『秘密』が知られちゃってるから、それで…」

 

「名目としては、誰かにばらさないか監視ってこと?」

 

「せやけど、ほんとは一緒にいれてうれしいんやろ?」

 

「えへへ…」

 

 

 

すずかの一族が『吸血鬼』だという秘密は、あの守護宮で3日間の中ですでに皆には話した。

だが、誰一人として驚くものはいなかった。

正直、魔法や小宇宙(コスモ)といったものや、その壮絶な戦いの後では全員、

 

『吸血鬼? だから何? 『神』より怖いの、ソレ?』

 

といった反応だった。

全員、本格的に感覚がマヒしていたとしか言えない惨状である。

あまりのアッサリっぷりに、すずかは今まで悩んでいたのがバカらしくなったほどだ。

ともかく、すずかとしては悩みが簡単に解決してしまったからいいが、彼女の実家、もっと言えば『夜の一族』としてはそうもいかない。

すずかはあの戦いを目撃したことで、以前総司が封印していた記憶がすべて戻っていた。

そのため、すずかを守り『夜の一族』でも有数の実力者だった氷村遊を簡単にあしらい、なおかつ秘密を知ってしまった総司には一族としてそれ相応のことをしなければならない。

とはいえ、総司たち聖闘士(セイント)の実力を知れば下手なことはできるはずもない。

そこですずかの姉の忍が提案したのが、総司を雇って目の届くところにおいておくというものだ。

丁度というべきか、総司は天涯孤独であり家族もいないため住み込みにさせても世間的にも問題はない。

妹のすずかが想いを寄せる逸材、ということで忍はそのあたりノリノリだった。

実際、未来の義弟になればと本気で思っていたりもする。

同時に、『夜の一族』の一人としての冷静な判断もそこにはあった。

もし聖闘士(セイント)が定期的に人の血を必要とする『夜の一族』を邪悪として認定すれば、『夜の一族』はたちどころに滅ぼされてしまう。

だから身近で自分たちを見てもらい、『夜の一族』は邪悪ではないということを総司を通して聖闘士(セイント)にアピールし、一族の安寧を図るという狙いだ。

この試みは大いに成功し、聖闘士(セイント)と『夜の一族』は結構親密な関係になっていくのだが、それはまだ先の話である。

とにかく忍の『夜の一族』としての一族の未来と、姉としての楽しいおもちゃ獲得計画は総司が『夜の一族』の立場を理解した上、すずかに懇願されたことで実行にうつされた。

少年執事、双葉総司はその実力を即座に発揮し、わずか1日ですずか付きのメイドであるファリンが自信を喪失する活躍をみせている。

さすがは天才の星、双子座(ジェミニ)の男だ。弱点のない男である。

 

 

 

そんな少女たちから少し離れた場所で、件の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは頭を抱えながら少女たち…正確にはすずかを見ていた。

 

「…一応聞くぞ、総司。

 何やらかしやがった?」

 

「…聞くな、頼むから」

 

快人の問いに、総司は頭を抱えながら答える。

本当ならこんなことは快人も聞きたくないが、事が事だけにもう一度総司に問うた。

 

「いいから答えろ、バカヤロウ。

 何やらかしゃ、いきなりすずかが小宇宙(コスモ)に目覚めてるなんてことが起きるんだよ」

 

そう、何がどうなっているのか、たちの悪い冗談のようにすずかが小宇宙(コスモ)に目覚めていた。

しかもいきなりに、である。

 

「まさか…また何か『神』の干渉か?」

 

大悟は最悪の事態を考え身を固くするが、シュウトは心底呆れかえったように言った。

 

「原因、首筋の『それ』なんじゃないの?」

 

「…」

 

総司は若干、顔を赤くしながら無言で首筋のその傷を手で覆い隠す。

総司には、すずかが小宇宙(コスモ)に目覚めてしまった理由に心当たりがあった。

原因は間違いなく自分である。

それというのも住み込みとなった昨夜、就寝という時間になるとすずかが総司の部屋を訪ねてきたのだ。

何の用かと尋ねると、『今夜は一緒に寝ようと思って…』と答え、いつの間にやら総司のベッドに潜り込んできたのである。

最初は部屋に戻るように言った総司だが、すずかには大きな借りがいくつもあり、しかも今は自分の主人のようなもの。

あまり強く言えないうちに、なし崩し的に同じベッドで寝ることになったのだが…その時、すずかが総司の血を吸わせてほしいと言い出したのだ。

総司としてはすずかの一族の体質は理解していたし所詮は献血のようなもの、と軽く了承してしまったのだが…これがいけなかった。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の血は超高純度の小宇宙(コスモ)の凝縮体だ。

しかも生の血液、聖衣(クロス)黄金聖衣(ゴールドクロス)に限りなく近いものにするほどの代物だ。

普通の人間ならまだしも、血を摂取・吸収する『夜の一族』にはこれは効きすぎた。

そのせいですずかの眠っていた小宇宙(コスモ)が刺激され、目覚めてしまったという次第である。

 

「「「…」」」

 

あまりのバカらしさにもう3人とも声は出ず、ただただ頭を抱えた。

さすがは双子座(ジェミニ)の男、最後の最後で詰めの甘いうっかりさんである。

 

「ま、まぁいいではないか。

 害はないようだし…」

 

「そうそう、見たところ小宇宙(コスモ)はどう見ても雑兵以下。

 フェイトたちと違って魔法なしじゃ、どうやっても戦いなんてできないし…」

 

大悟とシュウトが無理矢理なフォローを入れる。

実際、すずかの小宇宙(コスモ)はそんなものだ。

なのはたちが気づいていない辺り、それをよく表している。

小宇宙(コスモ)を感じ取れる程度…LC蟹座外伝に登場したスリの少女、ジョーカのようなものだ。

戦闘転用などできるはずもない。

とにかく…

 

「総司、お前絶対すずか以外の『夜の一族』に血、吸わせるなよ。

 まかり間違って小宇宙(コスモ)を使える悪の吸血鬼なんて出来た日にゃ、最悪だからな」

 

「…わかっている」

 

そんな中、BGMがダンスのものに変わった。

すると、少女たちが自分のお目当ての黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちのところへとやってくる。

 

「シュウ…」

 

「うん、行こうか、フェイト」

 

目と目で通じあい、手を絡め合うシュウトにフェイト。

 

「ほら、うっしー!」

 

「お、おい…」

 

大柄な身体を引きずるように強引に大悟の手を引くはやて。

 

「総司くん…」

 

「ふぅ…行きましょうか、お嬢様」

 

大仰に芝居がかったように優雅に手を取りあう総司にすずか。

そして…。

 

「快人くん」

 

「参ったなぁ。

 俺、ダンス苦手なんだけどな」

 

「…快人くんに得意なものってあったっけ?」

 

「はぁい、ぼくちゃんなのはイジメが大得意でぇす!」

 

「いはいいはいいはい!」

 

こめかみをピクピクとさせながら、なのはの頬を引っ張る快人。

四者四様、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の少年たちと少女たちは取り戻した平和の中でほほ笑みあうのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ダンスになり、特定の相手のいないアリサは壁際でジュース片手にダンスの様子を見ていた。

なのはにフェイト、すずかにはやてと自分の親友たちはとても楽しそうだ。

それは隣に安心できる誰かがいるからだろう。

今の4人がアリサにはとても輝いて見えた。

同時に、意識していなかった呟きが漏れてしまう。

 

「いいなぁ…」

 

4人の隣にいるのは、いずれもタイプの違う4人の少年。

黄金の聖衣(クロス)を纏い、凛々しく戦う最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちだ。

自分だけが違うというのが、疎外感となって心に圧し掛かる。

 

「どこかに落ちてないかしらね、私を見てくれるような黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 

冗談めいた呟きを吐いた時、アリサの携帯電話が鳴った。

それを取り出して見てみると、それはよく知る相手だ。

すぐにアリサは電話に出る。

 

「もしもし…ふふっ、久しぶりね。 元気?

 うん…うん…そうなの、ふぅん。

 うん、うん…」

 

相手の話に、アリサは笑顔で相槌をうちながら取り留めない話を続けていく。

 

「ごめん、私今パーティに出てるの。

 だから、また今度…会ったときに話しましょ。

 ニューイヤーはそっちで過ごす予定だから…。

 って、そういえばそっち今、朝5時ころじゃないの?

 うん…うん…あ、今アメリカにいないんだ。

 じゃあ次に会うのはどこ…。

 …わかった、パパに話しておくね。

 それじゃ、今度はギリシャでね、シャウラ!」

 

そう言って、アリサは電話を切る。

そして視線を戻せば、幸せそうに踊る4組。

 

「はぁ…」

 

なんだか虚しくなったアリサは深いため息をついたのだった。

だが、アリサは知らない。

すでに自分に、黄金聖闘士(ゴールドセイント)との縁ができていることを…。

それを彼女が知るのはもう数日先の話である…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ドンッ!

 

「どーいうことよ!!」

 

「ストップっす、アテナ!」

 

「そうよぉ、暴力はいけないわぁ」

 

天界の一室に、アテナ様の声が響く。

拳を机に叩きつけて怒りを露わにするアテナ様をアルテミス様とガイア様がなだめようとしているが、効果があるようには見えない。

アテナ様の視線は、机の対面に座るメガネをかけた女神様にくぎ付けである。

 

「もう一回言ってみなさい、アストライア!!」

 

「じゃあもう一回言ってあげるわ、アテナ…」

 

メガネをかけた女神様――アストライア様はクイッとメガネの位置を直すと、今しがたと同じことを言った。

 

「ヘラは裁けない。 以上よ」

 

「だから! それはどういうことよ!!」

 

「落ち着きなさい、アテナ」

 

再び激昂しかかるアテナ様を横からアフロディーテ様が抑えると、そのままアストライア様へと問う。

 

「どういうことなの、アストライア。

 提出したあれだけの証拠があれば、どう考えても有罪確定でしょ?

 訳がわからないわ…」

 

「…」

 

その言葉に、アストライア様は目を伏せる。

そして、ゆっくりと言った。

 

「……された」

 

「はぁ?」

 

震えるような小声で何かをアストライア様は言うが、よく聞こえずアテナ様は聞き返す。

すると、バッと顔を上げたアストライア様は吹っ切れたように叫んだ。

 

「もみ消されたのよ、全部、ヘラのやつに!!」

 

「なっ…!?」

 

「そうよ!

 あれだけの証拠があれば有罪確定、ヘラのやつの神の資格を剥奪してやることもできたわよ!!

 子供のころから天秤座ってだけで私のことババア呼ばわりしてきたヘラに目にもの見せてやれたわよ!!

 なのに、なのになのに!!

 提出してもらった証拠も何もかも…う、うぅ…」

 

そこまで言うと、アストライア様は顔を伏せて泣き崩れる。

 

「アストライア…」

 

「アテナぁ…私悔しいよぉ…。

 私は、法を司る女神なのよ。

 なのにあんな違反を、あれだけの証拠があったのに裁けないなんて…」

 

もはやアテナ様も何も言えず、慰めるようにその肩を叩く。

 

「でも、それじゃぁ…」

 

「このままぁ、泣き寝入りですかぁ?」

 

「くっ…あれだけのことやらかして、そんなことできるわけないでしょ。

 必ず、裁きを下してやるわ!」

 

「無理よ、アテナぁ。

 提出してもらった証拠もやられちゃったし…。

 新しい証拠でもあれば別だけど…」

 

「うーん、私があれだけ探した以外の証拠ですかぁ?

 でもぉ…それはぁ…」

 

アテナ様、アルテミス様、ガイア様、アストライア様の4人がヘラの悪行を裁けぬことに、悔しげに顔を歪める。

だが、そんな中アフロディーテ様は何かをずっと考えていた。

そして、静かに語りだす。

 

「…アストライア、確認なんだけど…新しい証拠が出れば、ヘラを裁ける?」

 

「もしそうなったら、私の名誉に賭けてでもヘラを裁いてやるわ!」

 

「…」

 

その答えに、アフロディーテ様は頷くと、全員に言った。

 

「…行くわよ、みんな」

 

「アフロ、行くってどこに?」

 

「問題になってるあの『世界』に…転生者たちに会いによ。

 ヘラを裁く証拠は…そこにある!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいアフロ!

 あんたまさか…」

 

「そうよ。

 返答次第だけど、あの子たちに…死んでもらいましょう」

 

アテナ様の言葉に、アフロディーテ様は静かに答えたのだった…。

 

 

 




事件の後始末+今後の伏線いっぱいでした。
しかもこれでまだ前編状態…先は長い。

はやての聖衣は新生南十字星座になりました。
リイン生存と合わせ、このためにはやてには小宇宙に目覚めてもらいました。
…サザンクロスクロスって語呂悪いなぁと書きながら思ってみたり。

そして黄金聖闘士たちも呆れかえる、投げやりなすずかの小宇宙への目覚め。
これは今後もすずかが聖闘士たちと歩むための重要な伏線になります。
多分、聖闘士たちから見た重要度は5人の中ですずかがダントツになる予定。
次点はアリサ。

そして、名前だけ登場の5人目の黄金聖闘士の少年。
名前を少し調べれば、何座かわかってしまう素敵仕様です。

次回は女神様たちと転生者たちの邂逅です。
語られる真実はなんと…。

次回もよろしくお願いします。
みなさん、よいお年を。


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第39話 聖夜に祝福を/絶望へ反逆を(後編)

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今年初の投稿はA‘S編のラストです。
『世界』の状況と、聖闘士たちの目指す最終目標が発表されます。



 

 

「あん?」

 

快人が気が付けば、そこは就寝したはずの自分の部屋ではなかった。

ただただ広い、真っ白な空間に快人はいる。

大晦日、確かに自分はベッドに入ったはずだが…。

 

「これが初夢だったら、味気ねぇ初夢だな…」

 

そんな風に呟いて辺りを見渡すと…。

 

「兄さん!」

 

「お、シュウト。 それに大悟に総司もいるのか…」

 

見れば、シュウト・大悟・総司の3人が快人へと近付いてくる。

 

「お前らもいたのか…シュウト、お前確かに自室に戻ったよな?」

 

「そうなんだけど…気が付いたらここに…」

 

シュウトの言葉に、大悟と総司も相槌を打つ。

 

「俺もだ。

 はやての作った年越しそばを喰って横になったのまでは覚えているんだが…」

 

「俺も同じようなものだ…。

 それに…俺にはこの空間、見覚えがある」

 

「そりゃ奇遇だな。

 俺も似たような空間には覚えがあるんだよ」

 

周囲を隙無く警戒する総司と同じく、快人も周囲へと気を配る。

この空間は快人たちにとっては転生の時に女神と会話した空間にそっくりなのだ。

 

(総司を転生させた、ヘラのやつが邪魔になった俺たちを殺しに来たか?)

 

ヘラの企みから総司を解放した快人は、これはその報復の一環ではないかと勘繰る。

その時、4人は同時に気配を感じ取り、バッと振り向いた。

そこには…。

 

「イモジャーアテナ!」

 

「イモジャーアフロ!」

 

「い、イモジャーアルテミスっす!」

 

「イモジャぁ、ガイアですぅ!」

 

「い、イモジャーアストライア!」

 

「五人合わせて女神戦隊ゴッデスファイブ!!」

 

…そこには間違いなく、今世紀最大のドウシヨウモナイ光景が広がっていた。

絶世の美女5人が、特撮ヒーローよろしくなポーズを取っていた。

そのポーズは一糸乱れぬ見事なものだが、そのことごとくが着込んだイモジャーが何もかもを台無しにしている。

 

「「「「「……」」」」」

 

「「「「……」」」」

 

双方に、これ以上ないくらい痛い沈黙が降りた。

しばしの沈黙の後、快人はクルリと後ろを向き、手を振って何事も無かったかのように立ち去ろうとする。

 

「悪ぃ、俺寝なおすわ」

 

「ちょっと待ちなさい、蟹名快人!

 あんた、この女神アテナが緊張がほぐれるようにこんなことまでやってあげたっていうのに、なんなのその冷めた反応は!?」

 

「やかましい、これ以外にどんな反応ができるかぁ!!

 何が戦隊か!

 全員同じイモジャー装着って、その時点ですでに戦隊として成立してねぇだろーが!!」

 

「そこは各々、同じイモジャーでも個性を見てもらいたいから」

 

「ちびっこは見た目第一なんだよぉ!!

 第一、イモジャー装備の意味が分からん!!

 女神がそんなもん着て出てくるなぁ!!」

 

「えー、これ動きやすくていいわよ。

 だって気を使うような相手じゃないし、かしこまった格好なんて必要ないでしょ?

 それに、女ってこんなもんよ。

 あんたたちの女神ちゃんたちだって、あんたらが知らないだけで実は休日はジャージ姿で髪もとかさずベッドでゴロゴロしてるだけなんだし…」

 

「初夢で男の夢を完全粉砕するようなことを、他でもない女神が言うんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

快人の魂からの叫びが、その白い空間に響いたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「まぁ積もる話もあるし、とりあえず座んなさい」

 

アテナ様はどこから出したのか数畳の畳を敷き詰めると座るように促した。

イモジャー女神軍団も畳に胡坐をかき、アテナ様はちゃぶ台に頬杖をつく。

 

「ふぅ…あ、なんか飲む? はい、眼兎龍茶」

 

「…お前はどこの幻覚宇宙人だよ」

 

快人たちは頭を抱えながらも、促されるままに畳に座った。

 

「さて…初めての相手もいるし、まずは自己紹介するけど、私は女神アテナ。

 それでこっちがアフロディーテにアルテミス、それにガイアにアストライアよ」

 

初見の女神様もいるため、とりあえずアテナ様は全員を紹介していく。

 

「こりゃ、そうそうたる女神様たちで。

 でも、俺としてはこういうことされてると、あんたらが女神様だってのがいまいち信じられないんだがよぉ…」

 

「えー、私らどう見ても女神じゃない?

 英語で言うとゴッデス」

 

「俺の知ってる女神アテナはイモジャーなんぞ着ないんだが…」

 

そのジト目の快人の言葉に、アテナ様はカラカラ笑いながら答えた。

 

「そりゃ、しょうがないわよ。

 私もみんなもそうだけど…私は『アテナであってアテナじゃない』もの」

 

「? そりゃどういう…」

 

「あんたのイメージのアテナ様って、親の頭かち割って出てきた神話のアテナ様とか、聖闘士星矢のアテナ様とかでしょ?」

 

「まぁ、その通りだな」

 

「まずはそれが誤解の元なんだけど…『アテナ』とか『アフロディーテ』っていうのは『個人名じゃない』の。

 言ってみれば『種族名』みたいなものなのよ。

 私のことを『アテナ』って呼ぶのは、あんたのことを『日本人』って呼んでるのに等しいのよ。

 まぁもっとも、人間には発音できないだろうから『個体名』は名乗らないんだけどね」

 

「ああ、だからか。

 あんたら、神話じゃお互いにあんま仲良くないからおかしいとは思ったんだよ」

 

快人はどうにも自分たちを転生させた女神たちが、自分の知っているイメージの女神とは違うことにやっと納得がいった。

彼女は『アテナ』という種族の中の1人でしかない。

『神話に出てきたアテナ』とか『聖闘士星矢のアテナ』とかは別にいて、彼女は『自分たちを転生させたアテナ』という人物なんだろう。

他の女神も同じなのだ。

少なくても『聖闘士星矢のアテナ』と『聖闘士星矢のアルテミス』はこんなにフランクな関係ではなかった。

そして、もしこの『世界』に『アテナ』が現れたとしても、それは目の前の女神とは違うのだろうと思う。

 

「まぁ、あんたら女神様のことはよくわかったよ。

 で、アテナ様よぉ。

 俺としては、あまりに俺たちを舐め腐ってて、ちょっくらブッ飛ばして差し上げてぇ神様がいるんだけどよぉ…」

 

「ヘラのことね。見てたからわかってるわよ。

 実はね、今日あんた達をここに呼んだのはそのヘラのことについてなのよ…」

 

そこまでアテナ様が言うと、それを引き継いだようにアフロディーテが話を始めた。

 

「あなたたちが生きる『世界』…あそこはどんな『世界』だと思う?」

 

「確か、アニメか何かに近い『世界』でしたっけ?」

 

「俺もそう記憶してるが…なんというアニメに近い『世界』かはわからんな」

 

シュウトと大悟が首を捻りながら答えると、横から総司の声が入る。

 

「この『世界』は、『魔法少女リリカルなのは』に近い『世界』なのだろ?」

 

「「「リリカルなのは?」」」

 

快人たち3人が首を捻る中、アフロディーテ様は頷く。

 

「そうよ。

 この『世界』は『魔法少女リリカルなのは』に近い『世界』よ」

 

「俺もヘラから渡された本で読んだだけだから、そこに書かれた概要程度しか知らないが…。

 大まかに言えば、高町なのは達を中心とした魔法少女が様々な事件を解決していくという話だ」

 

「ふぅん…」

 

総司の言葉に、快人はどうでもよさげに答える。

その様子が、アテナ様は意外そうだ。

 

「あら、意外な反応ね。

 なのはちゃんのことだから喰いついてくるかと思ったのに…」

 

「そりゃ『なのは』って名前のどこかの他人だ。 そんなのに興味ねぇよ。

 俺の知ってる、あのおとぼけ幼馴染のなのはは、この『世界』のたった1人だ。

 そんな見たことも聞いたこともない、どこかの誰かとイコールじゃない。

 ほかのやつだってそう答えるだろうぜ」

 

そう言って快人が顎で3人を指すと、肯定するかのように首を縦に振る。

 

「そうね、この『世界』はあなたたちにとっての現実。

 アニメに近い『世界』じゃないものね…。

 話を戻すけど、この『世界』は『魔法少女リリカルなのは』によく似た、『魔法文化の世界』よ」

 

時空管理局という魔法の力で次元世界で幅を利かせる組織がある辺り、その通りなのだろう。

 

「魔法文化という歴史を積み重ねた上で、今の『魔法文化の世界』はある」

 

アフロディーテ様は『世界』を表すのに分かりやすいのは樹木だという。

『魔法文化の世界』という長い年月をかけて成長した幹から伸びる、『魔法文化の世界の住人』という枝…これが『世界』と『個人』の関係だそうだ。

そして、快人たち転生者は、いわば『接ぎ木』だ。

『魔法文化の世界』という幹から伸びる枝に、他の法則の異なる別の枝を付ける行為…みかんの木の先に、リンゴの木を接ぎ木するようなものだとアフロディーテ様は言う。

 

「さて、ここまでが基礎知識。それじゃ次に質問。

 この『世界』に出てきたデスマスクしかりアフロディーテしかり邪神エリスしかり夢神ボペトールしかり…全員『復活』しているわ。

 何かおかしいことに気付かない?」

 

「あん? 一体何がおかしいんだよ?」

 

快人は頭を捻るが、隣の総司がゆっくり頷く。

 

「…確かにおかしい。

 『復活』というのは、『昔存在したものが蘇る』ことだ。

 ということは、この『魔法文化の世界』の過去に邪神たちが存在したことになるぞ」

 

「そういえば…」

 

「でもおかしいよ。 だってこの『世界』は『魔法文化の世界』なんでしょ?

 こう言うのも何だけど魔法じゃ、あの邪神たちをどうこうするのは無理だよ。

 そもそも、なんで『魔法文化の世界』にあの邪神たちがいるのさ?」

 

快人たちは今の『世界』の状況に頭を捻る。

そして…アフロディーテ様は今の『世界』の正体を語った。

 

「そう、さっきこの『世界』は『魔法文化の世界』だって言ったけど正確には違う。

 この『世界』は…『聖闘士(セイント)の神話の後に成り立った魔法文化の世界』よ!」

 

「「「「はぁ?」」」」

 

「分かりやすく説明すると…」

 

そしてアフロディーテ様の語るこの『世界』の歴史は、驚くべきものだった。

 

快人たちの知る聖闘士星矢の物語…それはこの『世界』で気の遠くなるほどの昔に実際に起こった出来事だったそうだ。

その後も聖闘士(セイント)たちは戦い続け、いつしかアテナの考えに賛同してくれた女神であるアフロディーテ・アルテミス・ガイア・アストライアの4人の女神たちと同盟を結び、聖闘士(セイント)は『女神たちの戦士』となったようだ。

そして聖闘士(セイント)たちの奮戦によってすべての邪悪な神は討たれたそうだが、その時に発生したビックバンにも匹敵するエネルギーは次元並行世界を作り、邪悪の神たちも次元の彼方へと消えていったそうだ。

気の遠くなるような永い戦いの果てに勝利した聖闘士(セイント)だが、もはや全滅の状態となりその技と存在は完全に失われてしまう。

そんな聖闘士(セイント)たちの小宇宙(コスモ)の技を見ていた過去の数少ない生き残りの人々は、何とかその力を自分たちにも使えないかと試行錯誤を繰り返した。

そしてその人々がたどり着いたのが『魔法』という力だった。

この世界の『魔法』は、太古に見た『聖闘士(セイント)の技』を疑似的に再現しようとした試みの結果だったのだ。

そして気の遠くなるほどの時が過ぎ、誰もが小宇宙(コスモ)の力の存在を忘れて、変わりに『魔法』が発達した世界…それがこの『世界』の正体だという。

 

「つまり『聖闘士星矢』の後、一巡しちゃった『世界』ってところかしら。

 さっきの木の例えで言うと…『聖闘士星矢の常識』という土壌に、『魔法文化の世界』という樹木が立っている状態よ。

 この土壌のことを『世界基盤』っていうんだけど…まぁ、これがこの『世界』の状態よ」

 

「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

話を聞くと同時に、あまりにもな内容に快人が叫ぶ。

 

「なンなンですかい、その超神話は!?

 そんなもん超神話どころか『超☆神話』だ!!

 下僕神輿だ! 週一世界の危機だ! フォートレスアタックだ!

 美少女魔王はどこだ! なのはが冥魔王だ!

 しまいにゃカニアーマー着こんで、全力で蟹光線(イブセマスジー)ぶっ放すぞコラァァァ!!」

 

「落ち着いて兄さん!

 あと、カニアーマーと蟹光線(イブセマスジー)は兄さん普通にできるでしょ」

 

「あ、そうだった」

 

快人を必死でなだめるシュウト。

だが、その内容はあまりにもすさまじく、シュウトも動揺は隠せない。

 

「待ってくれ!

 聖闘士星矢の戦いがこの『世界』の過去に実際にあったことだと言うなら…あのボペトールだけではない、他の神々も次元世界単位で現れる可能性があるというのか!?」

 

「その通りッス。

 この『世界』にはこれから、次元世界規模ですべての神々の復活の危機が起こり得るッス」

 

動揺しながらの大悟の言葉に、アルテミス様が答えた。

あまりの内容に一同言葉を失うが、そんな中総司が待ったをかける。

 

「待て。

 さっきの説明だと『世界基盤』は土壌、『世界』は樹木のような関係なのだろう?

 なら、こんな土壌から性質の違いすぎる『魔法文化の世界』という木が育つのはおかしいと思うんだが?」

 

現実での植物もそうだが、植物はそれの成長に適した土壌でしか育つはずがない。

塩分を多く含む土壌で、塩分に弱い植物など成長するわけがないのだ。

その言葉に、メガネの位置を直しながらアストライア様が言った。

 

「いいところに気付いたわね。

 そう、その通り。

 普通なら『魔法文化の世界』は、『魔法の常識』という土壌でしか育たないはずなのよ」

 

「だったら何故…?」

 

その言葉に、アテナ様は吐き捨てるように答えた。

 

「ヘラのやつの仕業よ!

 あの女…この『魔法文化の世界』を、『聖闘士星矢の常識』という世界基盤に移し替えやがったのよ!!」

 

それは、木を引っこ抜いて他の場所に移し替える行為に等しい。

塩分を多く含む土壌に、塩分に弱い植物を植えればどうなるか…それは『枯れる』というごくごく簡単な結論に行き着く。

それは、この『世界』にも言えるだろう。

小宇宙(コスモ)を使う強大な邪悪の神々が常識として存在し復活するのに、それに抗うすべがない『魔法文化の世界』ではどうなるか…その結末は1つだ。

 

「オイオイオイオイ、愉快すぎんだろ、ヘラの野郎は!!

 何が楽しくて次元世界全部を含めた、この『世界』丸ごと皆殺しにしようってんだ!?

 これが神様流の暇つぶしってやつかい、女神様がたよぉ!!」

 

「私たちをあの女と一緒にすんな!

 こっちだって、こんなフザけたマネにはハラワタ煮えくり返ってるのよ!!」

 

思わず感情的に叫んだ快人に、こちらも感情的に返すアテナ様。

その2人をなだめるようにして、アフロディーテ様が間に割って入った。

 

「その理由も今から説明するわ。

 この『世界』をこんな風にヘラが変化させたのは…あなたたち『転生者を殺すこと』が目的なの」

 

「はぁ!?

 俺ら殺すためだけに、『世界』全部を一緒に皆殺しにしようってか!?

 一体どういう理屈なんだよ!!」

 

「しっかりとした理由があるのよ」

 

そう言ってアフロディーテ様はガイア様に視線を送ると、ガイア様が頷いて説明を始める。

 

「私たち神のお仕事は『魂の適正管理』ですぅ。

 魂を適正に管理し、世界を維持していくことが役目ですぅ。

 でもすべてが予想通りにいくわけじゃなくて、『予定外の事故』っていうのがあるですぅ。

 あなたたちのあった『あの地下鉄事故』、あれが丁度、その『予定外の事故』でしたぁ」

 

「私たち『神』だって、誰彼かまわず転生なんてさせられないのよ。

 そんなことをすれば、『魂の適正管理』なんて、できるわけないからね。

 その辺りは厳しく規則で決まってるの。

 でも、これの適応範囲は『予定内の管理された魂』に限るわ。

 極々まれに起こる『予定外の事故』の魂はそのまま霧散してしまうもの。

 だから転生とかさせても規則違反にはならないってわけよ。

 ここにいる全員が『あの地下鉄事故』の犠牲者なのはそのためよ。

 でもね…この『地下鉄事故』こそ、すべての始まりだったのよ」

 

「それはどういう…?」

 

「あの事故は、事故じゃなかったのよ!」

 

「「「「な!?」」」」

 

「あれはね…『予定外の事故』に見せかけてヘラの起こしたものだったのよ!

 霧散していく魂を、自分の懐に入れるためのね。

 言ってみれば…あれは『魂の横領事件』だったのよ!!」

 

快人たちは二の句が告げられない。

あの『死』が、事故ではなくヘラによって引き起こされたものだった?

そんな混乱の中、アテナ様は説明を続ける。

 

「あいつの計画通り、『予定外の事故』として地下鉄事故が起こり、そのまま霧散していくはずの魂はヘラの懐に入るはずだったのよ。

 ところが、ヘラにとっては思いがけないイレギュラーが発生した。

 それが私たちよ」

 

「アテナと私は、偶然見つけた『予定外の事故』で見つけたあなたたち2人を転生させた。

 同じようにその様子を見ていたアルテミスとガイアも『予定外の事故』だからと、それぞれ転生者を送った。

 このことを知ったヘラは慌てたわ。

 あなたたち転生者の魂はヘラの行った不正…『予定外の事故』に見せかけ魂を搾取したということの決定的な証拠になる。

 そのために、ヘラは同じく地下鉄事故の魂から転生者を送り、刺客にした。

 転生させた双子を殺し合いさせたのも、証拠になるような魂を一つでも減らしたかったからよ。

 強い方を刺客にして、残りは証拠隠滅ってことね」

 

「…」

 

「…おい。 ムカツクのはよく分かるがここで暴れるなよ、総司」

 

「…分かっている」

 

話を聞いて一気に形相が変わった総司の肩にポンッと手を置き快人が言うと、総司は吐き捨てるように言い放って落ち着きを取り戻す。

 

「ただ、それでも不安のあったヘラは、『聖闘士星矢の常識』という世界基盤に変えて邪神なんかを復活させ転生者への刺客にしようとしたのよ。

 『魔法文化の世界』の戦力じゃ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を持つあなたたちをとてもじゃないけど殺せないからね」

 

「不正の証拠隠滅のために転生者を殺そうというのは分かった。

 だが、それなら何故俺の動きにいちいち命令をしてきたんだ?

 正直に言ってヘラの命令で縛られてなければ、俺は奇襲なりで全員を仕留められたと思う。

 それを何故させなかったんだ?」

 

総司のその疑問にはアストライア様が答えた。

 

「それはなるべく目立たないようにするためよ。

 あなたはヘラから、『リリカルなのは』全体の概要を知らされていたから分かるはずだけど、この『世界』では事件の起こるタイミングが決まっていた。

 そこ以外でイレギュラーな事件が起これば、その分アテナたちにこの『世界』の異常を感づかれ探られる可能性が高くなる。

 そこで、本来事件の起こるタイミングを狙っての介入だけに留めさせたのよ」

 

「介入のタイミング合わせをさせられた、ということか…」

 

「まぁ、あの女のことだから自分の星座が目立つタイミングになることも狙ってたのかもね。

 自己顕示欲が強いし、あの女…」

 

アストライア様に次いで、アテナ様が答えて肩を竦める。

そこまでの話が終わると、アテナ様たち女神一同がいきなり佇まいを整えた。

 

「さて…ここから『最悪』な話をするわよ」

 

「今までの話で十分すぎるほどに最悪な気分なんだが…まだあるのかよ?」

 

快人は苦笑して肩を竦めるが、女神たちの顔に一切の笑いはない。

それがことの深刻さを漂わせる。

快人たちも佇まいを整え、真剣に聞く姿勢を取った。

そして、アテナ様は最悪の絶望を語りだす。

 

「ヘラはさっき言った通り、本来この『世界』で事件の起こるタイミングを狙っての介入する、という話はしたわよね?

 双子座は知ってると思うけど『リリカルなのは』において、丁度10年後…なのはちゃんたちが19歳のときに大事件が起こるの。

 ヘラはそのタイミングに合わせた形でことが起こるよう…あんたたちを殺す最大の干渉をしてやがったわ。

 それは…冥王ハーデス軍の来襲よ!」

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

その言葉の意味に、快人たち4人は目を見開いた。

冥王ハーデス――聖闘士星矢を知るものなら知らぬ者はいない、聖闘士(セイント)たちアテナ軍の宿敵だ。

聖闘士(セイント)の存在意義は冥王ハーデスの侵攻を阻止することだといってもいいほどの絶大な『神』である。

単純に『神』としての力も強いが、その脇を固める死と眠りの神、そして冥衣(サープリス)を纏い黄金聖闘士(ゴールドセイント)をも上回りかねない実力者もいる闘士、108人の冥闘士(スペクター)、各々が青銅聖闘士(ブロンズセイント)級の力を持つ無数の雑兵(スケルトン)…次元世界を含め、すべての生きとし生けるものを皆殺しにしてもお釣りがくる戦力である。

その軍団が10年後来襲するという。

 

「ば、バカな!?

 この『世界』が聖闘士星矢の物語の超未来だというのなら、冥王ハーデスは完全に倒しているはずだ!

 何故それが…」

 

「だから、それをヘラが無理矢理復活させたんじゃないの!!

 この『世界』ごと、あんた達転生者を皆殺しにする最終兵器としてね!!

 ほかの神や軍団が復活するかどうかは、確かなことは分からない。

 でも、10年後に来襲するハーデス軍だけは、この『世界』に起こる絶対確定の出来事よ!!」

 

キレ気味でアテナ様が語るのは、確定した絶望的な未来だった。

如何に快人たちが強くても、敵戦力は単純計算で冥闘士(スペクター)108人と、最高クラスの神が3体…勝負にも何もなりはしない。

10年後の世界の破滅を、神から宣言されたようなものだ。

そのあまりの内容に、快人たちも沈黙するしかない。

そんな快人たちへと、アフロディーテ様はこんなことを言い出した。

 

「そこであなた達に提案があるの。

 あなたたち…死んでくれないかしら?」

 

驚きに目を見開く快人たちに、アフロディーテ様は話を続ける。

前述したとおり、快人たち転生者の魂はヘラの不正に対する確実な証拠となる。

だから、死んでその証拠を捧げてほしいというのだ。

 

「…本気で言ってやがるのか、女神様?」

 

「本気よ。

 あなた達の魂という証拠が押さえられれば、ヘラを裁くことができる。

 ヘラを裁いた後に、あなた達の魂は今度は確実に安全な世界に転生させてあげるから…どうかしら?」

 

それは死後の安寧という神からの甘い誘惑だった。

 

「…ヘラを裁けたとして、この『世界』はどうなるんだ?」

 

快人の問いに、アフロディーテ様は首を振る。

 

「どうにもできない。

 ヘラは裁けるし、その力をあの『世界』に還元してあげることはできる。

 でも、さっき言ったように捻じ曲がった運命で、ハーデス軍が10年後に復活することだけはどうやっても回避できないわ。

 あの『世界』にある魔法の力で、復活したハーデスを止められるわけがない。

 あの『世界』の滅びは、結局変わらないわ」

 

「…そうかい。

 なぁ、女神様たちよぉ…俺たち転生者一同、恐らく同じ答えだからいっぺんに答えてやるよ…」

 

そして…快人・シュウト・大悟・総司の4人の声が重なった。

 

 

「「「「ふざけんじゃねぇ!!!」」」」

 

 

それは明確なる拒絶の言葉だった。

 

「何故?

 10年後、必ず滅びがやってくる。

 あなた達は安全な『世界』に転生できるのよ?」

 

「そうやって自分だけ生き残ってなんの意味があるんだよ…」

 

アフロディーテ様の言葉に答える快人の脳裏に浮かぶのは、幼馴染の輝くような笑顔。

 

「破滅が迫っているからって、なのは見捨てて自分だけ安全なところに逃げて…そんなものに価値はない!!

 俺にとって今、この時代で、この『世界』で、あいつと一緒に生きていることに意味が、価値があるんだよ!!」

 

そのあとを次ぐシュウトの脳裏に浮かぶのは、幼馴染の愛しき微笑み。

 

「辛い時も、苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も…フェイトと一緒に同じ時を歩んでいけることがボクの喜びだ!

 破滅ごときで、それを捨てて逃げる気はない!!」

 

それを次ぐ大悟の脳裏には幼馴染の笑いと、新しいたくさんの家族。

 

「唐突の人生の終わり、両親との死別…俺は運命を呪ったこともある。

 だが、それでも俺は今の運命に感謝している!

 俺のそばにははやてが、シグナムたちが、家族がいる!!

 その家族を迫り来る破滅の只中に置き去りにして、自分だけ逃げれるものか!!」

 

「…あなたはどうなの? あなたはヘラに恨みがあるんでしょ?

 その命で…一矢報いることができるわよ?」

 

快人、シュウト、大悟の答えを聞いたアフロディーテ様は、未だ答えのない総司へと言葉を投げる。

その言葉に、ゆっくりと総司は答えた。

 

「俺は…ヘラを恨んでいる。

 この命一つであの女を破滅させてやれるなら安いものだ…。

 そう…思っていた…」

 

少しだけ総司は目を瞑る。

その脳裏を横切るのは弟の姿、そして…自分のために涙を流したお嬢様。

 

「弟を殺した俺が、自分だけ安全な世界で平和になど逃げれるものか。

 それに…弟を殺すような馬鹿な俺のために、本気で涙を流した人がいた。

 それだけの借りを受けて、自分1人が逃げるなど俺のプライドが許さない…」

 

「ツンデレが。 はっきり素直に愛しいすずかお嬢様を守るためです、って言えよ」

 

「…殺すぞ、快人。

 そうだな、追加でお前をズタボロにするまで死ねん、というのも入れておくか。

 負けたリベンジをしておきたいからな」

 

「お前と本気でケンカってのは、もう金輪際ゴメンなんだがな」

 

大仰に肩を竦める快人に、総司は苦笑を返す。

そんな4人に、アフロディーテ様は再び確認した。

 

「…それじゃ4人とも、この『世界』で戦うっていうのね?

 勝ち目のない、滅びしかない、絶望的な聖戦を…」

 

そんなアフロディーテ様に快人は返した。

 

「だから、どうした?」

 

その言葉に、アフロディーテ様はもとより、アテナ様もアルテミス様もガイア様もアストライア様も目を点にする。

女神たちのその様子に、快人は笑うと言葉を続けた。

 

「こっちの戦力は黄金聖闘士(ゴールドセイント)4人。

 あっちは冥闘士(スペクター)108人と、最高クラスの神3体。

 アテナの加護はないし、神封印の神具もなければ、冥闘士(スペクター)封じの数珠もない。

 こりゃ絶望的な戦力差だわ。 思わず小便ちびるくらいにな。

 でも…だからどうしたよ?」

 

未来にあるのは圧倒的絶望。

だが、それでも不敵に笑いながら快人は言い放つ。

 

「俺はさ、あんたらに転生させてもらって黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を貰っただけの、偽物の黄金聖闘士(ゴールドセイント)かもしれねぇ。

 だが、それでも俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)として、この『世界』で生きる!

 聖闘士(セイント)は全うして死ぬのが運命。

 俺は聖闘士(セイント)として戦って戦って戦い抜いて、あいつらと一緒に生き抜く!

 あの『世界』で生き抜くことを、全うする!!

 『たかが』絶望的な戦力差、それがどうしたよ!

 その程度の理由で、俺たちが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)が全うすることを止められると思うなよ!!」

 

それはただの夢想だったのかもしれない。

光の無い絶望に対する、ただの虚勢だったのかもしれない。

だがそれでも、快人は胸を張り、いつものように不敵に笑って言い放つ。

結局、やることはいつもの通りだ。

儚い夢幻を、小宇宙(コスモ)を燃やして奇跡を起こし、現実にしてやることだけ。

たったそれだけの、シンプルなお仕事だ。

女神さまたちは、その答えを飲み込むように数度頷く。

そして、アフロディーテ様は静かに問うた。

 

「本気、なのね?

 全員、勝ち目のない聖戦をやろう、っていうのね?」

 

「生憎、俺たち転生者全員、分の悪い賭けに張るバカどもでね。

 狂気の沙汰を楽しませてもらうぜ」

 

肩を竦める快人。

その答えを聞いたアテナ様はスクッと立ち上がった。

そして、その恰好がイモジャーから女神としての正装へと変化する。

 

「よく…よく言ったわ蟹名快人!!

 みんな、いいわよね!

 覚悟、決まったわよね!!」

 

アテナ様の問いに、他の女神たちも微笑みながら立ち上がると正装へと姿を変化させる。

 

「当り前よ、アテナ!」

 

「人間にこれだけ熱いこと言われてたら、黙ってられないッス!」

 

「私もぉ、信じますぅ!!」

 

「規則は守るものだけど…たまには破ってみるのも悪くないわ!」

 

何やら気合十分な女神様たちに、今度は快人たちが面食らった。

そんな快人たちに、代表してアテナ様が言う。

 

「あんたたちの決意、確かに聞かせてもらったわ。

 そして…私たちもあんたたちに賭けてみることにするわ!

 もう1つの、ヘラを裁くための証拠に!」

 

「もう1つの証拠?」

 

その言葉に頷いたアフロディーテ様が続ける。

 

「あなた達の魂以外にもう1つ、ヘラの悪行の確実な証拠があるわ。

 それは…ハーデスよ!!」

 

そう、本来完全に滅ぼされたハーデスはヘラによって復活させられている。

いくら『世界基盤』を変えていてもこれは絶対にありえないことなのだ。

だから、ハーデスはヘラの『世界』に関する多大な干渉の、十分な証拠になるのだ。

 

「つまりあなた達が全員殺される前にハーデスを倒せば、その段階でヘラを裁くことができる!

 そうすればヘラから神の資格を剥奪し、その神の力をあなた達の暮らす『世界』の平和のために還元できるわ!!」

 

「でもハーデスは強大、その軍勢は精強ッス!

 今のままじゃ、どうやっても勝てないッス!!」

 

「そこでぇ、私たちもぉ、あなた達に少しでも有利なように『世界』に干渉してあげますぅ!!」

 

「おい、ちょっと待て! あんたらそれは規則的にヤバいって言ってなかったか?」

 

快人の当然の言葉に、アストライア様が答えた。

 

「無論激ヤバ、バレたら私たち5人ともタダじゃ済まないでしょうね。

 でも、それでもあんた達に賭けてみたくなったのよ」

 

「狂気の沙汰ほど面白いんでしょ?

 あんた達の未来への賭けに、私たちも付き合わせなさい!!」

 

女神様たちの言葉に、4人は胸を打たれるようだった。

『神』でもヘラのような悪神ばかりではない、自分たちに味方する『神』もいることが心強い。

 

「でも…それほど大したことはできないわ。

 私たちがしてあげれることは…可能性を上げることだけよ」

 

そう言ってアテナ様は支援の内容を話す。

その内容は次のようなものだった。

 

 

1、聖域(サンクチュアリ)の実在

2、すべての聖衣(クロス)の実在

3、聖闘士星矢に起こったことが起きる『可能性』の付加

 

 

というものだ。

 

「実はこのほとんどはすでにガイアが用意してくれてたんだけどね…」

 

そう言ってアテナ様は苦笑する。

実はガイア様はヘラの不正を察知するのと同時に、コツコツと転生者支援の用意をしてくれていたのだ。

この『世界』は歪められ、聖闘士星矢の超未来という『世界』になってしまっている。

ならば、聖闘士星矢に則した形での支援ならできるはずだと考えたのだ。

ギリシャに聖域(サンクチュアリ)を作り、すべての聖衣(クロス)を実在するように設定し、聖闘士星矢に起こったことが起きる『可能性』が起こり得るようにしたのだ。

 

「具体的に言えば、この『世界』にも聖域(サンクチュアリ)があり、そこには残りすべての黄金聖衣(ゴールドクロス)を含め、相当数の聖衣(クロス)が納められているわ。

 この聖衣(クロス)には蟹名快人、あんたはもう助けられてるわよ」

 

「もしかして…ハクレイじいさんのことか!」

 

ガイア様によれば現在、聖域(サンクチュアリ)には最後の転生者がおり壊れていた祭壇星座(アルター)聖衣(クロス)を快人たちと同じ方法で修復してくれたそうだ。

その祭壇星座(アルター)聖衣(クロス)を、ガイア様が黄金聖衣(ゴールドクロス)と同じように先代たるハクレイの魂を現出させれるように変えて、最後の転生者が小宇宙(コスモ)を込めてくれたらしい。

だからこそ、総司との戦いの時に快人を助けに黄泉比良坂(よもつひらさか)までやってきてくれたのだ。

知らずのうちに最後の転生者に命を助けられていたことに快人は驚く。

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)はすべてあんた達と同じ仕様、クロストーン化に『守護宮』に先代の魂に完全自己修復能力持ちよ。

 現在聖域(サンクチュアリ)に無い聖衣(クロス)も、次元世界のどこかに必ず存在するようになっているわ。

 あと『可能性』…聖闘士星矢で起きたあらゆることは、誰にも、どの聖衣(クロス)にも起こり得る『可能性』があるわ。

 例えば…神聖衣(ゴッドクロス)になる、とかね」

 

その言葉にシュウトと大悟は、以前の出来事に納得がいって頷く。

総司を助けた時、快人の蟹座聖衣(キャンサークロス)が瞬間だけ神聖衣(ゴッドクロス)に変わったが、そういう『可能性』をすべての聖衣(クロス)が潜在的に秘めているようになっているというのだ。

 

「あと、あの『世界』においては私たち5人の女神同盟による聖域(サンクチュアリ)になっているわ。

 通常より強力な結界に加護に神具…さすがに新しい転生者や、纏う聖闘士(セイント)を送り込むことはできないからこの程度しかできないけど、これが私たちからの支援よ」

 

「いいや、十分すぎるぜ。 女神様たち!」

 

聖闘士(セイント)の総本山である聖域(サンクチュアリ)が強力な形での復活。

聖衣(クロス)の実在。

『可能性』の付加。

それにハクレイに最後の転生者の存在。

十分すぎるほどの支援である。

そして、やるべきことも決まった。

 

「聖戦までの10年…俺たちで新しい聖域(サンクチュアリ)を創る!!」

 

「ええ!

 セージたちには私たちからすべて説明しておくわ!

 あの『世界』を、未来を救いなさい!

 私たちの選んだ、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たち!

 最強の、女神の戦士たちよ!!」

 

アテナ様がそう言って杖を掲げる。

その杖からの光が、世界を包んでいく。

その光と共に、快人たち4人の意識も光に飲まれていった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

バッ!

 

快人は自室でベッドから飛び起きる。

 

「兄さん!」

 

同時に、ノックもなしでシュウトが快人の部屋へと入ってきた。

 

「シュウトか。

 お前も聞いたな、10年後の聖戦…」

 

「もちろんだよ、兄さん」

 

「忙しくなるな、これから…」

 

答えて快人は空を見上げる。

そこにあったのは雲一つない、綺麗な元旦の空だった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「「「あけまして、おめでとう!!」」」」

 

振袖を着込んだなのは・フェイト・はやて・すずかが揃っていた。

現在13時過ぎ、昼食後にお参りに行こうと振袖を用意した4人は待ち合わせの月村家に集合していた。

アリサは海外で新年を迎えるということで、今は日本にはいない。

そして、少女たちの傍には黄金聖闘士(ゴールドセイント)の4人の姿がある。

 

「ほな、行こか!」

 

「ちょっと待ちなさい…」

 

はやてがお参りへ行こうと号令をかけるが、それを突然現れたセージに止められる。

 

「どうしたの、セージおじいさん?」

 

「なに、なのは嬢…お参りなのだが、神社ではなく別のところに行くのはどうかと言おうと思ってな」

 

「「「「??」」」」

 

その言葉に、4人娘は小首を傾げる。

 

「我ら聖闘士(セイント)の総本山、聖域(サンクチュアリ)…興味はないか?」

 

「本当なの!?」

 

聖闘士(セイント)の総本山!?」

 

「うわぁ、むっちゃ楽しそう!」

 

「興味あります!」

 

セージのその言葉に、4人ともすぐに乗り気になったようだ。

セージが頷くと、総司が前に出る。

 

「場所はギリシャ、俺の『アナザー・ディメンション』で空間移動をするから全員、聖闘士(セイント)から離れないようにな」

 

「よろしく、ジェミえも~ん!」

 

「…」

 

「ヘイ、ストップ!

 俺の身体が吸い込まれてる不具合がぁぁぁぁぁ!!

 異次元、異次元の扉開いてるから!!

 ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

声を残して、快人が異次元へと消えた。

それを確認してから、総司は皆に振り返り白々しく言い放つ。

 

「このように危険なので、次元移動前はふざけない様に」

 

「って、てめぇは俺を殺す気か!!」

 

これまた突然現れた快人が総司へと食って掛かる。

 

「なんだ、先にギリシャに送ってやろうとしたんだが失敗だったか…。

 いや済まなかったな、快人」

 

「…やっぱてめぇとは殴り合う運命らしいな、総司」

 

「はいはい、そこまでなの」

 

「ほら、総司くんもやめようよ」

 

ピクピクと青筋を立てる快人をなのはが引っ張り、総司の手をすずかが引く。

その様子をシュウトとフェイト、はやてと大悟が笑う。

 

「では、そろそろ頼む」

 

セージの言葉に、総司が小宇宙(コスモ)を燃焼させ『アナザー・ディメンション』で空間に穴をあける。

ぽっかりと空いた空間の穴。

 

「では、参ろうか…」

 

セージがその中に入っていく。

続けて手をつないだシュウトとフェイトが、大悟とはやてが、総司とすずかが入っていく。

そして…。

 

「ほら。 行くぞ、なのは」

 

「うん!」

 

固く手と手を繋ぎ、空間の穴へと歩く2人。

平和な元旦の一風景。

だが、この一歩は迫り来る絶望の未来へと踏み出す一歩。

その一歩を、快人は決してこの手を離さないように願いながら踏み出す。

 

 

次元世界すべての存亡を賭けた『聖戦』への一歩は、こうして踏み出された。

 

 

のちに、聖域歴1年と呼ばれることになる年のことである…。

 

 

 




これにてA‘S編は終了です。 StS編は『聖戦編』に変更となりました。
この後の10年は来るべき聖戦に向けて、戦力増強に駆け回ります。

今後、新聖域の現状保有戦力は劇中で語りますが大まかに言って

黄金聖衣…12体
白銀聖衣…8体
青銅聖衣…22体

計42体+サンクチュアリ+神具多数。
とはいえ、纏う聖闘士がいなければ聖衣も意味はないので、その辺り聖域組の悩みの種になっていくでしょう。
見事なまでに青銅一軍聖衣は無しです。
黄金聖闘士は5人以上には増えない、と明言していますので戦力的には超絶的にツライ…。

次回は最後の黄金聖闘士とアリサのお話の予定。
やったねアリサちゃん、これで仲間に入れるよ!


今週のΩ…天秤座VS水瓶座。天秤座は味方でした。
     紫龍の弟弟子だった玄武さん。龍峰の周辺は本当に恵まれてるなぁ…。
     老師も出たし、若き日の天秤座を纏った紫龍も出てきて満足。
     時間を半分にするなら倍のスピードで動けばいい、とかなんという脳筋理論。
     水瓶座はもう、時間を軽々しく操りすぎ。
     時間逆行させて傷を完全回復とかもう無茶苦茶。
     クロノ・エクスキューションはポーズだけはオーロラエクスキューションだったなぁ。
     
     次はソニアさんが蠍座の黄金聖闘士として登場です。
     2人目の女性黄金聖闘士ですが、はてさて…。
     もともとスズメバチのハイマーシアンなので毒針つながりでしょうか?


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聖域始動編
第40話 少女、黄金を得る


今回、ついに最後の黄金聖闘士が合流。
すでに名前は出ているので、もうバレバレなあの星座です。



 

少女、アリサ=バニングスは今、旅の空にいた。

今の日付は12月31日、一年が終わろうとしている日である。

あの翠屋での忘年会の後、アリサは新年をある人物と迎えるために移動中だった。

例年であれば一緒にアメリカでニューイヤーを過ごすのだが、今年はどういうわけか別の場所でニューイヤーを迎えたいという話が出たため、アリサは遠くギリシャにまで移動中である。

 

「まったく…何をしてるのかしらね、あいつ…」

 

これから久しぶりに会う相手に、アリサは思わず笑みを漏らす。

その笑みは、アリサの知るものなら驚くような、ひどくやさしいものだった。

 

 

降り立った空港でアリサは目当ての相手を探す。

すると…。

 

「アリサちゃ~~ん!!」

 

声がして振り返ってみれば、そこにはアリサに向かって駆けてくる1人の人物。

甘栗色の長い髪を三つ編みにし、アリサより少し小さいくらいの身長の、『少年』である。

その顔立ちに体格に纏う雰囲気は『美少女』として通用するのだが、彼はれっきとした男だった。

パタパタと甘栗色の長い三つ編みの髪を、まるで犬のしっぽのように左右に揺らしながらこっちにやってくる様に、アリサは苦笑した。

 

「あんたねぇ…そんなに急がなくても私は居なくならないわよ」

 

「でも…少しでも早くアリサちゃんに会いたかったんだもの!」

 

「な、何言ってるのよ…」

 

全力疾走で息をする少年にアリサは呆れたように言い放つが、少年はアリサに返す。

その純粋な好意に、アリサは顔を赤くした。

そして、息を整えた少年は佇まいを整えるとアリサを見据えて言う。

 

「久しぶり、アリサちゃん!」

 

「久しぶりね、シャウラ!」

 

こうしてアリサと少年――シャウラ=ルイスは久しぶりの再会を果たしたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

シャウラ=ルイスとアリサ=バニングスの関係は、一言で言ってしまえば『許婚』というものだ。

民間から軍事まで手広くその製品を提供する巨大企業。

アメリカ大統領の首すら挿げ替える、とまでいわれている巨大マーケットの覇者。

『ルイス=インダストリー』の御曹司が彼、シャウラ=ルイスだった。

彼の父とアリサの父は、苦楽を共にした親友同士だったそうだ。

そして、そんな友情で結ばれた2人は『もし自分たちに息子と娘が産まれたら、結婚させよう』と約束しあっていたのである。

美しき男同士の友情だ。

だが、そんな約束で自分の人生に干渉されるなどアリサとしてはたまったものではない。

初めて許婚の話を聞いたときには、アリサはそう言って父に反発を露わにした。

だからこそ、当時5歳のときお互いに初めて顔を合わせて開口一番にアリサはこう言ったのである。

 

「私は絶対、あんたのお嫁さんになんてなってあげないからね!」

 

そう腕を組んで勝ち気に宣言したアリサ。

当時、アリサとしては『嫁に行く』という行為がなんだか女の自分が相手の従属物になるような気がしていた。

実際には『結婚』とはそういうものではないのだが、将来は経営者となりバリバリと仕事をこなそうと思い、負けん気の強いアリサにとってそう思ってしまえる『許婚』の存在を認められなかったのである。

もう一つ言えばある意味自分より女らしく見えるシャウラに、ちょっとした妬みの感情もあった。

そんなアリサの言葉に、一見少女に見えるオドオドとした様子でシャウラはこう答えたのである。

 

「だ、だったら、僕を、アリサちゃんのお婿さんにして下さい!!」

 

その言葉に、2人の父は大爆笑した。

アリサとしてもこの言葉は想定外だった。

先ほどの考え方からして、当時のアリサは『嫁に行く』という行為が相手の従属物になるような気がしていて嫌だった。

その観点から考えると、シャウラの『婿に行く』発言はアリサの従属物になってもいい、と言っているに等しい。

それを純度1000%の好意からシャウラは言ったのだった。

純粋な好意というものは、向けられた相手がよほどの捻くれものでなければとても心地よく感じるものである。

そしてアリサも、そんな捻くれた心の持ち主ではなかった。

結局、『許婚』という関係はとりあえず棚において、普通に異性の友達としての付き合いからはじめることになった2人は、その後も長期休みなどの時には頻繁に会うようになっていったのである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「夏以来ね、シャウラ。 見た感じ変わんないみたいだけど、元気だった?」

 

そう言ってアリサはシャウラの頭をポンポン触る。

下手をすれば自分より綺麗なサラサラの髪の感触に、ちょっとだけ『負けた』と思ったのは秘密である。

 

「ぼ、僕だって少しは背伸びておっきくなったんだよ!」

 

「どのくらい?」

 

「その…4mmくらい」

 

「ほとんど変わんないじゃない」

 

呆れたようにアリサは肩をすくめる。

すると、シャウラの方はというとちょっとだけ目を細めながらアリサに聞いた。

 

「アリサちゃんは…前に会ったときより随分変わった気がするね。

 何かあったの?」

 

「まぁ…いろいろね」

 

アリサはそう言ってお茶を濁す。

前に会ったのは夏休みが始まってすぐの時だった。

その後、クリスマスには聖闘士やら魔法やら管理局やら、普通じゃない経験をしているのだ。

今までの常識を崩すような現実を知ってしまったアリサの内面でも、結構な変化が訪れていることを自覚している。

それがにじみ出てしまったんだろう、とアリサは納得した。

 

「さぁ、立ち話も何なんだから移動しましょ!

 私、ギリシャは初めてなんだからエスコートしてよ、男なんだから」

 

「うん!」

 

そう言ってアリサが差し出した手をシャウラが取った時だった。

 

 

ドン!

 

 

「きゃ!?」

 

誰かにぶつかられ、アリサが体勢を崩す。

 

「もう! 何なのよ!」

 

悪態をついたその時、アリサは自分の持っていた鞄が無いことに気付いた。

見れば男がアリサの鞄を抱え走り去っていく最中だ。

引ったくりである。

 

「ど、ドロボー!!」

 

アリサはそう叫ぶが、後を追うようなことはしない。

そう幼いころから教育されているからだ。

アリサは実家の関係から、誘拐未遂など危ないことに巻き込まれることも多かった。

盗みなどを追ってきたところを待ち伏せた場所に誘い込む、などそう言った荒事の常套手段である。

だからこの段階でアリサはある意味、鞄を諦めていた。

ただ、その中に入っていたなのはたち友達との写真が無くなってしまうのは腹立たしい。

データとしては残っているからいくらでも作り直せるが、それでもそれが誰かに盗まれるというのは腹立たしかった。

格好や雰囲気、そしてブランド物の高価な鞄で一目で金持ちと思える子供であるアリサならば楽だと思ったのだろうか。

引ったくり犯人は邪魔もなく颯爽と去っていこうとする。

だが…。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

突然、引ったくり犯人が倒れたかと思うと右足を抱えて転げまわる。

 

「な、なんなの?」

 

突然の出来事にアリサは呆然とするが、シャウラはこれ幸いと引ったくり犯人が投げ出したアリサの鞄を拾ってアリサへと手渡した。

 

「突然どうしたんだろう?」

 

今だに喚きながら足を抱えて転げまわる、引ったくり犯人の周囲にはやじ馬が集まっている。

それを見ながら首をひねるアリサに、シャウラは肩をすくめながら答えた。

 

「さぁ? きっと…毒の虫にでも刺されちゃったんじゃないのかな?」

 

そう言ってシャウラは右の人差し指を指揮棒のようにクルリと回す。

 

「?」

 

一瞬、アリサにはシャウラの人差し指が真紅に光っているように見えた。

だが瞬きをすると、当然シャウラの指先にそんなものはない。

 

「気のせい、か…」

 

「行こ、アリサちゃん」

 

「う、うん…」

 

アリサはまだ引ったくり犯人の様子が気になっているのかチラチラそちらの方を見るが、シャウラに手を引かれるままに空港を後にしたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その後、アリサはシャウラにエスコートされるままアテネの市街観光を楽しんだ。

女神アテナをまつるパルテノン神殿を筆頭に、壮大な歴史建造物を見て回る2人。

そして今夜の宿泊地まで飛行機で移動である。

移動先はクレタ島、翌日に見て回る予定の場所である。

だが、シャウラとアリサが降り立ったクレタ島は、不穏な雰囲気に包まれていた。

多くの警官が街を行き来し、どこか物々しい。

その上、警官たちがしきりにシャウラとアリサにさっさと家に帰るように言うのだ。

 

「何か変ねぇ…」

 

「本当、どうしたんだろう?」

 

訳が分からず小首を傾げる2人だが、それは食事中のニュースを見て分かった。

今現在、このクレタ島では謎の子供の失踪が相次いでいるらしい。

その数、現在男女合わせて13人。

集団誘拐事件の類と見て捜査中らしく、大晦日だというのに街は物々しい雰囲気に包まれていたのだ。

 

「怖い話ね、シャウラ」

 

食後のデザートのバクラヴァ(ギリシャのパイのようなデザート)をパクつきながらアリサは言うが、シャウラから反応がない。

シャウラは無言で、何かを考え込んでいるような様子だった。

 

「シャウラ?」

 

「あ、ごめんね、アリサちゃん。

 ちょっと考え事しちゃって…」

 

「何、もしかして私との食事が楽しくないとか言うんじゃないでしょうね?」

 

「そ、そんなことないよ!

 アリサちゃんといれて僕、楽しいよ!」

 

アリサの言葉を、即座に首をブンブンふり否定してみせるシャウラ。

シャウラとアリサはそのまま会話に戻るが、シャウラの表情が冴えないことにアリサは気付いていた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぅ…」

 

風呂から出て髪を乾かしたアリサは、ベッドへ腰掛けながら今日撮った写真の画像を眺めていた。

自分より小さなシャウラが隣に立つ姿に、何だか同い年の男の子というより弟のようだと思う。

 

「弟って言うより、人懐こい犬かな?」

 

トレードマークの長い三つ編みが揺れる様が、犬が尻尾を振っているように見えることを思い出してアリサは笑った。

同時にそうやって飾らずにいれるシャウラの存在をうれしく思う。

アリサは気の強い娘だ。

クラスでもリーダーシップをとり、誰にだってズケズケと言うべきことを言う。

加えてしっかり者、天才的な頭脳も発揮し、その知識は大人顔負けということもある。

そんな彼女の在り方を好ましく思う人間も多いが、同時に敵も多かった。

可愛げがない・女のくせに…アリサに対するそういった陰口は多い。

逆にその恵まれた家庭環境・才能・能力にかしこまってしまう人間も多い。

アリサとしては、それらのすべては煩わしいとも思っていた。

だからこそ、そういったものを感じさせない友達というのは何よりの宝だった。

バカなことを言いながらからかってくる快人も飾らずに接してもらえているということで、アリサにとってはありがたかったのだ。

そしてシャウラもその1人、飾らずに接することができる数少ない相手である。

 

「ふふっ…明日もしっかりエスコートしなさいよ、シャウラ」

 

誰に言うでもなく微笑みながらアリサが呟く。

その時…。

 

「!?」

 

ゾクリと、悪寒が背中を駆け抜けていく。

気温が突然下がったような気がした。

部屋の電灯が、突然不安定に点滅を繰り返していく。

 

「な、何…」

 

アリサは身震いすると、布団を引き寄せる。

その時、アリサの耳にどこからともなく囁くような声が聞こえる。

 

 

『甘い小宇宙(コスモ)の香り…』

 

『捧げよ、捧げよ。

 王に捧げよ』

 

『最後の供物は、この娘に…』

 

 

地の底から響くようなその声に、アリサは震えながらじっと息を殺して目を瞑った。

だが、音もなく気配もしない。

アリサが恐る恐るゆっくりと目を開く。

そこには…。

 

「!?」

 

真っ黒な、古代の甲冑のようなものを着込んだ影だ。

理解を超える恐ろしい光景に、叫び声を上げる間もなくアリサの意識は刈り取られたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

夕食後、野暮用を終えたシャウラは戻った宿のドアをくぐる。

その時、シャウラは異常に気付いた。

何か『どす黒いもの』が通った痕跡がその宿にはあったからだ。

そしてその『どす黒いもの』の気配が最も濃い場所は、アリサの部屋だ。

 

「アリサちゃん!!」

 

扉を開け放ったシャウラの目に入ったのはもぬけの殻となった部屋。

開け放たれた窓からの風に、カーテンが揺れる。

その時、光と共にシャウラのそばに影が降り立った。

 

「こりゃどうやら連れてかれちまったみたいだな」

 

「お師匠様、のんきなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 

シャクッとリンゴを齧りながらの言葉にシャウラは声を荒げるが、その人物は気にした風もなく言い放つ。

 

「どうせ行くつもりだったんだ。

 理由が増えて面白くなってきたじゃねぇか」

 

「そんなぁ…」

 

シャウラは師匠の言葉に嘆くが、確かにその通りだ。

自分のすべきことは一つ。

 

「行きます、お師匠様」

 

「おう、やっちまえ。

 女に手を出したことがどれだけ高くつくか、激痛と一緒に思い知らせてやれ」

 

「はい」

 

顔を上げたシャウラ。

もしもアリサはこの場にいたのならば、シャウラの雰囲気の変化に驚いたことだろう。

何故ならシャウラの纏うそれは、完全に戦士のものだったからだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「う…ん…」

 

アリサの意識がゆっくりと覚醒していく。

始めに気付いたのは電灯とは違う光。

チロチロと点滅するような炎の光で照らされた空間。

そこの石造りの祭壇のような場所にアリサは横になっていた。

身を動かそうとするとジャラリと不吉な音が聞こえて視線を巡らすと、アリサの足と手に鎖が括り付けられている。

 

「な、何よこれ!!」

 

全くわけのわからぬ状況に、アリサの声が広い空間に響いた。

そしてそれに答える声が一つ。

 

『気が付いたか、娘よ』

 

「っっ!?」

 

そこにいたものに、アリサの心は凍りついた。

そこにいたのは黒いローブを身にまとった骸骨だった。

数え切れぬほどの腕を持つその骸骨が、アリサを見下ろすようにしている。

あまりの恐怖に、アリサの悲鳴は声にならない。

 

「な、なんなの、あんた…」

 

カラカラと乾いた喉からアリサが声を絞り出す。

 

『我はミノス王。

 ギリシアを呪う者!!』

 

ミノス王から怨嗟の籠った呪詛のごとき言葉が吐き出される。

 

『再び現世へ完全な形として戻るため、若く瑞々しい小宇宙(コスモ)と命を我らに捧げよ!』

 

「こ、小宇宙(コスモ)って…まさか聖闘士(セイント)関係!?」

 

吐き出された『小宇宙(コスモ)』という単語に、アリサは思わず叫ぶがそれに対するミノス王の反応は早かった。

 

聖闘士(セイント)! 我らの命を奪ったギリシアの戦いの象徴とも言うべき存在!!

 憎い、憎い!!

 それを知るお前も憎い!!』

 

最初から正常な状態ではなかったが、アリサの『聖闘士(セイント)』という単語に反応して、ミノス王の様子はすでに危険領域を超えていた。

 

『贄の血を、小宇宙(コスモ)を捧げよ!』

 

ミノス王の声に答え、黒い兵士のような影が手にした剣を振り上げる。

 

「ちょ、待ちなさい。

 やめて、やめてよ!!」

 

間近に迫った死の恐怖に、アリサは手足をバタつかせるが鎖で縛られた手足はどうもがいても外れない。

 

「い、いやぁぁぁぁぁ!!

 誰か、誰か、助けてぇぇぇ!!」

 

叫んで目をギュッとつぶるアリサ。

だが…いくら待っても何も起こらない。

アリサはゆっくりと目を開く。

すると…。

 

「え?」

 

剣を振り上げた黒い影、その身体を細い紅い光が貫いていた。

まるでレーザー光線のような細い紅い光のその数、15本。

そして黒い影がボロボロと崩れていく。

 

『こ、これは…』

 

驚きの声を上げるミノス王。

その間に、再び飛来した紅い光は今度はアリサを拘束していた鎖を断ち切った。

自由になったことに驚きの声を上げる間もなく、アリサの身体が宙に浮く。

どうやら誰かに抱えられているようだ。

アリサをさらった相手は聖闘士(セイント)関係、となれば今抱きかかえているのは誰なのか思い当ったアリサは怒鳴り声と共に平手を振り下ろす。

 

「遅ーい、バカ蟹!!」

 

だが返ってきた声はアリサの予想していたものとは違っていた。

 

「い、痛いよぉ、アリサちゃん」

 

「え? シャウラ!?」

 

思いっきり頭をはたかれ涙目になったシャウラが、アリサの顔を覗き込んでいた。

思ってもみない相手にアリサは目を瞬かせる。

そのままシャウラはアリサを地面に降ろすと、ゆっくりとミノス王へと振り向いた。

 

「あなたは冥府(タルタロス)から蘇ったミノス王ですね?

 お願いです、攫った子達を返して、こんなことはやめてください!」

 

『小童が何を言う!

 我らの恨みは、屈辱は、『世界』のすべてを焼き尽くすまで消えん!

 その小娘ともども、その血と小宇宙(コスモ)を我に捧げよ!!』

 

途端に湧き出てくる黒い兵士の影。

その数はもはや数え切れないほどだ。

 

「シャウラ、逃げるわよ!」

 

冷静さを取り戻したアリサがシャウラの手を引くが、シャウラは一歩も動かなかった。

 

「シャウラ?」

 

そしてゆっくり振り返ったシャウラの表情に、アリサは驚いた。

まるで女の子のような整った顔立ちで、しかし目に紅い炎を宿したような真っ直ぐな瞳。

リンとしたその表情はまさしく『男』のものであり、シャウラもこんな表情ができるのかと思うのと同時に、アリサはいつもと違うシャウラの様子にドキリとしてしまう。

 

「アリサちゃん、もうちょっと待っててね」

 

いつもと変わらぬいつもの笑みでシャウラは言うが、その雰囲気に呑まれたアリサはコクコクと反射的に頷いていた。

 

「ミノス王、お願いです。

 僕は戦いたくないんです。 だから、もうこんなことはやめて下さい」

 

『小童の言葉に、いかほどの価値があるものか。

 我らの贄となれぇ、小童!!』

 

ミノス王の号令と共に迫る黒い兵士たちの影はまるで、黒い津波だ。

シャウラとアリサを押しつぶそうとするその津波、だがシャウラは動じることなくただ一言呟く。

 

蠍座聖衣(スコーピオンクロス)!」

 

瞬間、黄金の光が溢れた。

押し寄せた黒い津波は、黄金の光に押しのけられるように散っていく。

そして…その光の向こうにアリサはその姿を見た。

美しい黄金の鎧に身を包んだシャウラの姿を。

トレードマークの三つ編みが2つに増えたような、ヘッドパーツから垂れる尻尾。

棘のように突き出たショルダーパーツ。

間違えるはずはない、アリサはこの存在を知っている。

だから、その言葉が自然に漏れた。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)…」

 

アリサの呟きに答える様に、ゆっくりと目を開いたシャウラは宣言した。

 

「僕は黄金聖闘士(ゴールドセイント)蠍座(スコーピオン)のシャウラ=ルイス!」

 

その場にいるすべてのものに聞こえる様にシャウラは宣言する。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 ギリシアの誇る聖域(サンクチュアリ)が最強を示す存在!!

 許せん! 朽ちて死ぬがいい!!』

 

「ミノス王、あなたが僕たちに何を思ってもいい。

 でも、こんなことは無意味です。

 攫った子達を解放して、もうこんなことはやめましょう」

 

『五月蠅い! 出でよ、ミノスの兵よ!!』

 

あくまでも停戦を呼びかけるシャウラを無視して、ミノス王の号令と共に再び現れる黒い兵士の影。

だが、その兵士の影は今までと違っていた。

胴体中央、まるで古代帆船の舳先についた女神像のごとく子供が括り付けられていた。

その数、13体。

 

「何それ、汚ッ!

 ただの人質じゃない!!」

 

『何とでも言うがいい小娘。

 殺せ! 黄金聖闘士(ゴールドセイント)を殺せ!!』

 

ミノス王の号令に従って黒い兵士たちが迫る。

だがシャウラは全く動じることなく、右手の人差し指を構える。

濃密な小宇宙(コスモ)が指先に集中し、その指先が紅く輝いていく。

そして、シャウラはそれを解き放った。

 

「スカーレットニードル!!」

 

紅い細い閃光が駆け巡る。

その閃光は寸分違わず、人質となった子供を避けて影だけを撃ち抜いた。

ボロボロと崩れ去っていく影の兵士を前にミノス王が叫ぶ。

 

『バカな、あれだけの数の兵を、子供を避けて正確に撃ち抜いたというのか!?』

 

それがどれほどの妙技かということは、筆舌に尽くしがたい。

シャウラはミノス王に指を向けると、再び高めた小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「スカーレットニードル!!」

 

紅い光線が、ミノス王を貫く。

 

『い、痛い!? なんだこの苦痛は!?

 肉の身体を失った我が、何故このような激痛を!?』

 

襲い来る激痛に、訳が分からないという風に叫ぶミノス王にシャウラがゆっくりと語る。

 

「僕のスカーレットニードルはもっとも慈悲深い技とも言われている。

 15発を撃ち込むことで、どんなものでも死に至らしめるスカーレットニードルは、15発までの間に激痛と共に降伏か死かを選ぶ権利を相手に与えるんだ。

 今、撃ち込んだのは攫われた子供たちの味わった恐怖と親たちの心配の数、13発。

 残りは2発。

 ミノス王、もう降伏してください。

 そして、現世の何物にも害を与えないと誓ってくれれば…」

 

『ふざけたことを言うな!!

 我の憎しみは消えん! この世界を炎に沈めても、我が怒りは消えんのだ!!』

 

ミノス王の言葉に悲しそうに目を伏せると、シャウラの指先に再び光が灯る。

 

「それなら…14発目!」

 

『うぎゃぁぁぁぁぁ!!』

 

叩き込まれた14発目のスカーレットニードルが、ありえぬはずの激痛を持ってミノス王を苛む。

 

『グゥゥ…我らはまた、あの冥府(タルタロス)へと戻されるというのか…。

 だがここは魔導迷宮クノッソス、一度入れば出られぬ迷宮よ!

 お前もそこの小娘どもも、日の目を見ることなくここで朽ちていくのだ』

 

その言葉にアリサは身を固くするが、光と共に現れた人物がその言葉を否定する。

 

「バッカじゃねぇか、こいつ。

 何の準備もなく、こいつがここに来るわけねぇだろ。

 あ、リンゴ喰うか、お前?」

 

突然現れた人物に気さくに話しかけられたアリサは目を瞬かせる。

そんなアリサに、シャウラは手短に説明した。

 

「僕のお師匠様のカルディアお師匠様だよ」

 

「そーいうこった、ちびっ子。

 まぁ、これからもよろしくな」

 

「は、はぁ…」

 

もう状況についていけてないアリサは曖昧に頷くしかない。

シャウラはミノス王に向き直ると言い放つ。

 

「僕も十分な用意をしてから、このクノッソス宮殿に入ったんだ。

 迷宮踏破神具『アリアドネの糸玉』を持ってきてる。

 どんな場所からも迷わず導いてくれるこの神具がある以上、僕たちがこの迷宮から出れないなんてことはないんだ」

 

『ぐうぅぅ…』

 

シャウラの言葉に、ミノス王は己の完全な敗北を悟る。

 

『いいだろう、冥府(タルタロス)には落ちてやろう。

 だが聖闘士(セイント)、貴様の手にかかって冥府(タルタロス)には落ちん!

 この命…息子にくれてやろう!!

 目覚めよ、我が…息子よ…!』

 

そして絞り出すようなミノス王の声と共に、ミノス王は完全に消滅する。

だが、ミノス王の残したどす黒い小宇宙(コスモ)が形を成していく。

そして地響きと共にそれは立ち上がった。

牛の顔と人の身体を持つ巨大な禍物。

その名は。

 

「ミノタウロス!?」

 

神話でのミノス王の息子。『神』の怒りによって怪物として生まれた悲しい子供。

ゲームなどでも有名だったため、その名はアリサも知っていた。

その全長は10m近く、もはや巨人である。

ミノタウロスの雄叫びと共に、どこからともなく巨大な斧が現れ、ミノタウロスはそれを手にする。

神話に出てくる怪物に、アリサの心は恐怖で鷲掴みにされたように竦み上がる。

だが、シャウラは落ち着き払ったまま、ゆっくりとミノタウロスへと向かった。

 

「シャウラ!」

 

「…大丈夫だよ、アリサちゃん。

 すぐ…終わるから。

 お師匠様、アリサちゃんとほかの子をお願いします」

 

ゆっくりと歩いていくシャウラの背中に、アリサの声が響く。

だが、シャウラはそれだけ言うとミノタウロスへと向き直った。

 

「…ごめんね、僕は神様じゃないから君は助けられないよ。

 僕を憎んでくれても、恨んでくれてもいい。

 でも、僕の後ろにいる人たちを傷づけることは絶対許さない。

 だから…」

 

そして、スッとシャウラは腰を落とし、右の人差し指を構える。

それに呼応するようにミノタウロスが巨大な戦斧を振り上げた。

だが、シャウラは全く動じず構えを取り、小宇宙(コスモ)を高める。

シャウラの灼熱のように燃え上がる小宇宙(コスモ)はその指先へと集中していき、紅く輝き出す。

 

「せめて痛みもないほどの瞬間で、君を冥府(タルタロス)へ送り返す。

 紅い輝きと共に、どうか安らかな眠りを…」

 

振り下ろされる戦斧を見据えながら、シャウラはその技を解き放った。

 

「スカーレットニードル・アンタレス!!」

 

スカーレットニードルの最大致命点を付くアンタレス。

それは絶対的な死を相手に与える必殺の一撃。

シャウラはそれを、スカーレットニードル14発と同時にミノタウロスへと叩き込んでいた。

どす黒い小宇宙(コスモ)がゆっくり霧散し、ミノタウロスが消えていく。

 

「さよなら…ゆっくり、休んでね…」

 

そんなミノタウロスを、シャウラは悲しそうな顔で眺めていた…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぅん…シャウラも黄金聖闘士(ゴールドセイント)なんだ」

 

「僕の方こそ、アリサちゃんが黄金聖闘士(ゴールドセイント)のことを知ってるなんてびっくりしちゃったよ。

 アリサちゃん、何だか小宇宙(コスモ)だって尋常じゃないほどになってるしどうしたんだろうって思ってたけど…黄金聖闘士(ゴールドセイント)絡みの事件に巻き込まれてたんだね」

 

シャウラとアリサはクノッソス迷宮からの帰り道、お互いに知っていることを話し合っていた。

攫われていた子供たちは全員、シャウラの守護宮である『天蠍宮』に収容している。

地上に出てからどこかに寝かせておくつもりだ。

帰り道は『アリアドネの糸玉』が導いてくれているので問題ない。

今回の事件を聞いたシャウラは、ミノス王の仕業だということがすぐに察しがついていた。

だからこそ、クノッソス迷宮からの脱出用に聖域(サンクチュアリ)まで『アリアドネの糸玉』を取りに行っていたのである。

だがそのおかげで空白の時間ができてしまい、その間にアリサが攫われることになったのだが、そのことをシャウラは詫びる。

 

「ごめんね、アリサちゃん…」

 

「あんたのせいじゃないんだから謝らなくてもいいの。

 私が運が悪かったんだろうし…」

 

アリサはそう言って詫びるシャウラを慰めるのだが、今回のことはアリサの運が悪いばかりではなかった。

夏の『邪神エリス事件』でエリスの器にされてしまったアリサは、潜在的にだが強力な小宇宙(コスモ)を秘めている。

今回のミノス王も、その潜在的な小宇宙(コスモ)を見抜いてアリサを攫ったのだ。

 

「…転校しないとダメだよね、これ」

 

「? なんか言った、シャウラ?」

 

「ううん、何でもないよアリサちゃん」

 

シャウラは、何でもないと首を振りながらもミノス王のことを考えた。

 

(ティターンのものらしき小宇宙(コスモ)は欠片も感じないから、どうやらミノス王は単身で蘇ったみたいだけど…いろんな場所で禍物が発生しているのかな?)

 

どうにも嫌なことを考えてしまったシャウラだが、その考えは正しかった。

復活するのは神々だけではなく、神話級の怪物たちもこの『世界』では復活してくるのだ。

だが、いまさらそれを嘆くこともできない。

シャウラもこの『世界』の現状を女神様たちから聞き、それでもこの『世界』を守り戦うことを誓っていた。

それは家族のため、優しい人たちのため、そして…。

 

「何? 何か私の顔についてるの?」

 

「な、なんでもないよ~」

 

ジッとアリサの顔を見つめていたシャウラはそう指摘され、慌てて視線を戻す。

やがて、出口が見えてきた。

 

「外ね!」

 

「うん!」

 

互いに頷きあってクノッソス迷宮の外に飛び出すシャウラとアリサ。

登り始めた朝日が、2人を包む。

そして互いに顔を見合わせると2人は笑いながら言った。

 

「ハッピーニューイヤー、アリサちゃん!」

 

「ハッピーニューイヤー、シャウラ!」

 

新しい新年を、2人で迎えたその時だ。

シャウラがバッと空を見上げる。

 

「どうしたの?」

 

その視線を追ってアリサも空へと視線を向けると、そこには見知った顔が浮いていた。

 

「アリサちゃん!?」

 

「なのは!? それにみんなもどうしたの!?」

 

それは日本にいるはずのなのは達だ。

振袖を来たなのは・フェイト・はやて・すずかを、それぞれの信じる黄金聖闘士(ゴールドセイント)が抱えている。

 

「いや、ギリシャにみんなで来たんだが近くで大きな小宇宙(コスモ)を感じてここにやってきたんだよ」

 

そう言って皆を代表して状況を説明する快人はチラチラと、シャウラに視線を向けていた。

 

「あの、アリサちゃん。 その子って…」

 

すずかが、恐らく全員が気になっているだろうことをアリサに聞く。

纏う黄金聖衣(ゴールドクロス)を見て、言わなくても大体みんな察しはついていただろう。

だが、アリサは一歩前に出ると胸を張って答える。

 

「シャウラよ。 蠍座(スコーピオン)のシャウラ!

 私の黄金聖闘士(ゴールドセイント)よ!!」

 

これで自分もなのはたちと同じだ、と宣言するように嬉しそうに答える。

 

 

新年の朝日の中、未来を託された5人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)はついに邂逅を果たしたのだった…。

 

 

 




というわけで最後の1人は蠍座でした。
Ωの蠍座登場に合わせられてよかった。
しかも『男の娘』という原作の瞬ポジション。
まぁ、慈悲深い(笑)な技ですからね、スカーレットニードル。
そういうわけでシャウラくんは、戦いたくない系のキャラになります。
ただし戦闘能力に関しては瞬と同じく特一級にスペックアップしています。
というのも、すべての物体に星命点があるようになっているからです。
例えて言うと、『直死の魔眼+絶対命中』という極悪仕様のスナイパーがこのシャウラくんです。
恐らく原作の蠍もこのくらいは強かったはず。

今回の話はエピGまんまになりました。
というのも今後戦闘経験を様々なキャラに積ませるために、どこかの『神』の先兵だけでは弾切れになるからです。
『神』やその闘士だけでなく、こういう神話級怪物も次元世界そこかしこで現れるようになりました。
なのは達には、今後こういう神話級の怪物と戦って聖戦までの間レベルアップにいそしんでもらいます。

次回は全員での聖域参拝+現有戦力の確認と方針決定となる予定。
次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:蠍座は…うん、自爆しました。
     蠍座聖衣さんも無理矢理言うこと聞かされて鬱憤たまってたんでしょう。
     技の発動の瞬間に装着者見捨てて自爆させるとかやることがえげつない。
     ソニアさんがヒロイン押しされた回でした。
     あれ、死んだのかな?
     次回は退場したと思われていた水瓶座との戦いみたいですが…そろそろ仲間が1人ずつ減っていくころ。
     ほとんど活躍してない栄斗自爆とはさせないよな?


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第41話 聖域、現状を確認する

今回は状況解説回です。
今の聖域の総戦力が明らかに。
…冥王軍に勝てるのか、コレ?



ギリシャ首都アテネ近郊の某所…観光スポットとしても名高いパルテノン神殿近くにその入り口はあった。

 

「あっ…」

 

「これって…」

 

「なんや…すんごい綺麗な小宇宙(コスモ)が漏れ出しとる…」

 

そこは小さな門のような遺跡。

そこにたどり着いた瞬間、なのは・フェイト・はやての3人は包み込むような優しい小宇宙(コスモ)を感じた。

小宇宙(コスモ)をほとんど感じられないすずかと完全に一般人のアリサも、何か安らぐような感覚を覚えていた。

 

「ここが聖域(サンクチュアリ)の入口だよ。

 特別な通行証か、小宇宙(コスモ)を持ったものか、小宇宙(コスモ)を持った者の随伴でないと通行できないようになってるんだ」

 

「へぇ…そうなってんのか」

 

シャウラの説明に快人は感心したように頷きながら後に続く。

そして快人たちが連れ立って門を潜った瞬間だった。

閃光に目をつぶった少女たち。

その光が引き、少女たちが目を開けた先には…。

 

「「「「「うわぁ!?」」」」」

 

見たこともない、綺麗な光景が広がっていた。

そよぐ風と緑、温かな日差しと命あふれる大地。

そこに立つ巨大な岩の城のごとき存在。

これぞ聖闘士(セイント)たちの総本山、世界の愛と平和を守る最重要拠点。

聖域(サンクチュアリ)の景色であった。

 

「これが…聖域(サンクチュアリ)!」

 

「ああ、これが俺たち聖闘士(セイント)の本拠地だ」

 

なのはの感嘆の声に、快人は答えたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ここ聖域(サンクチュアリ)は、我々聖闘士(セイント)の本拠地であると同時に中枢でもある。

 この先には全聖闘士(セイント)への司令や重要事項を決定する『教皇の間』、そしてその先には『女神神殿』と続いている」

 

聖闘士(セイント)の基地司令部のようなものなのね」

 

「まぁ、大まかにいえばその通りだ」

 

アリサの言葉に、セージは苦笑しながら答えた。

 

「実際、ここが陥落すれば俺たち聖闘士(セイント)は終わりだ。

 もっとも、そんなことをさせないようになっているけどな」

 

意味深に笑う快人に、なのはが聞く。

 

「ここの守りってそんなに凄いの?」

 

「それじゃなのは、ちょっと飛んでみろよ」

 

なのはの言葉にいたずらっぽく笑いながら快人が答えると、なのはは頭を捻りながらも飛行魔法を起動させようとした。

しかし…。

 

「あれ? 魔法が発動しない?」

 

「私も…」

 

「私もや。 失敗なんてしとらへんはずなのに…」

 

なのはだけでなく、フェイトとはやても飛行魔法が使えないことに頭を捻る。

そんな3人にシャウラが説明した。

 

「この聖域(サンクチュアリ)、もっと言えば中枢である『教皇の間』と『女神神殿』に続くこの黄金十二宮では、転移や飛行といったものはすべてキャンセルされるんだ。

 そのため陸路で順路通りに進むしかないんだけど…それを阻むのが黄金十二宮なんだよ」

 

「下から順に牡羊座・牡牛座・双子座・蟹座・獅子座・乙女座・天秤座・蠍座・射手座・山羊座・水瓶座・魚座…黄金聖闘士(ゴールドセイント)が守る守護宮12宮を突破しなければ敵対する者は『教皇の間』と『女神神殿』にまでたどり着けない」

 

シャウラに続く大悟の説明に黄金聖闘士(ゴールドセイント)の実力を知る少女たちは、この場所の防御の厚さを思い知る。

もっともそれでも突破されたことはあるのだが、それは少女たちにはあずかり知らぬ話だ。

 

「よし、そんじゃ行くか」

 

「にゃぁ!?」

 

そう言うと快人はなのはを、いわゆるお姫様だっこで抱え上げた。

 

「ちょっと快人くん! 突然、何するの!?」

 

「何ってお前…これからここを上るんだよ。

 飛行魔法の使えないお前が、ここをその恰好で頂上まで上れるか?」

 

言われて、なのはは頂上を見る。

そこにはとてつもなく長い階段が続いていた。

魔力や小宇宙(コスモ)による肉体強化を行っても、とてもじゃないが振り袖姿で上れるような場所ではない。

 

「言いたいことは分かったけど…なのはにもいろいろ心の準備が必要なの!」

 

「その通りだ、このバカ弟子が!」

 

呆れ顔のセージから、ゴチンと快人に拳骨が落ちた。

 

「痛ッ!? 何すんだよ、じいさん!!」

 

「女性の身体に触るのだ。

 許可を得てからというのがマナーだろう。

 ほれ、他を見てみろ」

 

言われて快人が周りを見てみればシュウトたちは特に混乱もなく、各々の知る少女たちを抱え上げる黄金聖闘士(ゴールドセイント)たち。

その少女たちの顔は皆、ほんのり赤い。

 

「なのはだけ顔を赤くしない不具合があるんだが…。

 まぁ、いいや。 ほれ、抱えるけどいいな?」

 

「…何かすごく投げやりな感じがするけど…最初からそう言ってくれればいいの」

 

なのはは幼馴染に諦めたようにため息をつく。

 

「えー、黄金聖闘士(ゴールドセイント)十二宮踏破便、出発しまーす。

 しっかり捕まれよ、なのは」

 

その言葉と共に、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは加速する。

長い長い石段を、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは風のように駆け抜けていった。

そして全員の目の前には『教皇の間』に続く、巨大な扉。

 

「ここから先が『教皇の間』だよ」

 

シャウラが説明とともに扉を開ける。

するとそこには…。

 

「お待ちしておりました…」

 

白髪の老人を筆頭に、頭を垂れる人物の姿がある。

白髪の老人はハクレイ、そして居並ぶのはシオン・レグルス・アスミタ・童虎・シジフォス・エルシド・デジェルの7人の過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たち。

『教皇の座』の隣にはオブジェ形態の祭壇星座聖衣(アルタークロス)、そしてその後ろには黄金聖衣(ゴールドクロス)がオブジェ形態で鎮座していた。

 

「お帰りをお待ちしておりました、教皇様」

 

「兄上…快人から聞いてはいたがまさか再び会えようとは…」

 

セージは兄であるハクレイとの再会に自然に笑顔となる。

だがそんなセージをハクレイは押し留めるように言う。

 

「教皇様、積もる話はありましょうがそれは後程。

 そこな少女たちも、ずいぶんと困惑しているようですしな」

 

確かに少女たちはめまぐるしく変わる状況に、驚きっぱなしだ。

ゆっくりと話をする前に、当初の目的を果たさなければならない。

結局、お互いの紹介もそこそこに一同は『教皇の間』の更に奥、聖域(サンクチュアリ)の最重要施設である『女神神殿』へと足を運ぶ。

 

「さて…と」

 

『女神神殿』を前にし快人が突然黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏う。

そんな快人になのはが聞いた。

 

「何で聖衣(クロス)を着るの?」

 

「ここ聖域(サンクチュアリ)では、聖闘士(セイント)の正装は聖衣(クロス)なんだよ。

 別段普通の時は文句言われないけど、任務で教皇の間やら神殿やらに行くときには基本、着用しないといけないんだ」

 

見れば快人だけではなく、シュウトも大悟も総司もシャウラも黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏い、ヘッドパーツを小脇に抱える。

それを見ながらなのはは快人に聞いた。

 

「私も聖衣(クロス)着たほうがいいかな?」

 

「別にいいんじゃねぇの。 お前、完全に聖闘士(セイント)ってわけじゃないし。

 それにその恰好だって十分日本人の参拝としちゃ正装だろ?

 なぁに、あの女神さまたちだったら固いことは言わないさ」

 

そう言ってポンポンと快人はなのはの頭をなでると快人が歩き出し、それをなのはが追う。

そして、その場所に全員が足を踏み入れた。

 

「うぁ…」

 

「す、すごい…」

 

「めっちゃ綺麗な小宇宙(コスモ)…」

 

神殿広場に漂うその清純な小宇宙(コスモ)に、なのはたちは感嘆の声を上げる。

だが、同時に快人たちも驚きを隠せないでいた。

そこには知っている通り、女神アテナの神像が立っていた。

だが立っていたのはそれだけではなかった。

女神アテナを中心に、女神アフロディーテ・女神アルテミス・女神ガイア・女神アストライアの神像も立っていたのだ。

 

「なるほど、『女神たちの聖域(サンクチュアリ)』ってわけだな」

 

5人の女神様たちの話を思い出しながら快人は頷く。

 

「では…女神に対して礼をとれ」

 

セージの言葉に、聖域(サンクチュアリ)組がザッと片膝を付いて頭を垂れる。

その様子に少女たちはどうしていいのか分からずアワアワするが、すぐに思い思いの方法で女神像に礼を取る。

そんな風に、聖域(サンクチュアリ)での第一歩は幕を開けたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

参拝の後、少女達に聖域(サンクチュアリ)を案内して廻ったりして時間を潰してしまったため、話は翌日改めてということになった。

そして翌日、セージの求めに応じプレシアとヴォルケンリッター4人という魔導士側の人間も聖域(サンクチュアリ)へとやってきて、世界の行く末に関わる重大な話が『教皇の間』にてとり行われることになった。

参加者はセージたちを始めとした黄金聖闘士(ゴールドセイント)の師匠達と、過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちに教皇補佐のハクレイ。

プレシアとヴォルケンリッター4人。

そして快人達現在の黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人に、なのはたち5人。

すずかとアリサには特に言うべき話でないかもしれないが、それでも仲間外れを嫌ったすずかとアリサの強い希望で参加している。

 

「今日はお集まりいただき申し訳ない。

 今日は、世界の行く末に関わる重大な話をするために来て頂いた。

 是非その知恵を貸して頂きたい」

 

「ええ、セージさん達には日頃からお世話になっていますし、あなた達が『重大』というからにはとてつもない話になるのでしょう?」

 

プレシアのその言葉にセージは頷くと、まずはこの『世界』に迫る現状を話す。

聖闘士(セイント)たちが封印してきた邪悪な神々や危険な魔物が、次元世界規模で次々に復活してくること。

そして十年後、聖闘士(セイント)の宿敵とも言える冥王ハーデス軍が確実に復活することを、だ。

そのあまりの内容に、なのはたちを始めとした魔法関係者は声が出ない。

 

「その…セージ殿、質問をいいだろうか?

 そのハーデス軍というのは、どう言った規模の軍団なのだ?」

 

困惑しながらも将としての経験の長いシグナムが冷静に、敵戦力について質問する。

 

「まずは頂点に立つ『ハーデス』、そして側近たる双子の神『死の神タナトス』『眠りの神ヒュプノス』の3神。

 この3神はそれぞれ『神』として最高位クラス、この3神と比べれば先日現れた夢神ボペトールや邪神エリスなど比較にならんレベルの雑魚だ」

 

「あの『闇の書』についた『神』が…雑魚!?」

 

シグナムが驚愕の声を上げるが、セージは欠片も表情を変えずに頷く。

 

「さらに彼らに付き従う戦士、冥闘士(スペクター)

 彼らは聖闘士(セイント)と同じく、冥衣(サープリス)と呼ばれる鎧を纏い、小宇宙(コスモ)によって戦う戦士だ。

 その数、108人。

 そして、各々が青銅聖闘士(ブロンズセイント)に匹敵すると言われる兵、雑兵(スケルトン)が無数に存在する」

 

「ちょっと待てよ、青銅聖闘士(ブロンズセイント)の条件って確か、『音速での機動』と『岩盤を簡単に割るレベルの攻撃力』持ちのことだよな!?

 相手の一番雑魚がそのレベルなのか!?」

 

「その通りだ」

 

ヴィータの悲鳴のような声にも、セージは重々しく頷いた。

あまりの内容に、全員が二の句が告げられない。

そんな中、ハクレイが言葉を繋ぐ。

 

「過去、聖闘士(セイント)はハーデス軍と何度も戦い勝利してきたが、それはいつもギリギリの勝利だった。

 我らが戦った聖戦など、生き残った聖闘士(セイント)黄金聖闘士(ゴールドセイント)が2人のみ、それ以外の聖闘士(セイント)は皆、戦死したのだ…。

 勘違いの無いよう言っておくが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)が12人揃っており、誰もが最強とも言える者たちだった。

 それらの力を結集してなお、ハーデス軍に勝利するのはギリギリだったのだ」

 

「そんな…黄金聖闘士(ゴールドセイント)が12人全員いながら…」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の力を知る者としては、黄金聖闘士(ゴールドセイント)が12人揃いながら全滅寸前にまで追い込まれるような軍勢の強大さに、シャマルは驚きを隠せない。

そして、それが十年後に確実に現れるというのだ。

 

「敵の強大さ、そして次元世界規模の危機であることは分かってもらえたと思う。

 正直に言えば、今回現れるハーデス軍は我ら聖闘士(セイント)だけでは対処しきれないだろう。

 管理局にもこのことを話し共闘体制を築くつもりだが、それに当たってこの十年という月日でどのようにハーデス軍に備えるかという長期的な方針をここにいる全員に考えて貰いたい。

 まずは、現在の我ら聖域(サンクチュアリ)の状況を説明してもらおう。

 シャウラ=ルイス、頼めるか?」

 

「は、はい! 教皇さま!!」

 

言われて立ち上がったシャウラは集中した視線に緊張したのかうわずった声を上げる。

 

「ほら、シャウラ。 大丈夫だから、深呼吸して」

 

「うん」

 

隣のアリサの言葉に従って深呼吸を1つすると、シャウラは調べていたこの聖域(サンクチュアリ)の現状を報告する。

まずこの聖域(サンクチュアリ)だが、とてつもなく広大な世界のようだ。

地球一つ分と言っていい広大さのようである。

のちに分かることだが、この聖域(サンクチュアリ)は地球と重なる形で存在する『次元世界』であった。

ただし誰も住んでいない、いわゆる『無人世界』である。

手付かずの自然と豊かな大地、どうやら女神さまたちの加護のおかげかかなり恵まれた土地のようだ。

しかも、聖闘士(セイント)にとって重要な鉱物であるスターダストサンドやガマニオン、そして金をはじめとする希少金属に関してもとんでもない埋蔵量が見込めるらしい。

ガイア様の加護なのか、『土地』や『資源』に関しては凄まじいまでのチートな拠点のようだ。

 

「次に『施設』についてですが…」

 

これに関しては『黄金十二宮』に『スターヒル』しか存在しないらしい。

無人だから当然だがロドリオ村など影も形もない。

ただ、『ディグニティ・ヒル』がないことには快人一同、ホッとしていた。

『黄金十二宮』の真裏に敵神の本拠地が併設されてるなどというバカげた仕様でなかったことだけはうれしい話だ。

 

「そして最後に保有している神具や聖衣(クロス)についてだけど…」

 

まず神具に関しては、知らない物から知っているものまで多数、聖闘士星矢で登場したようなものはすべて揃っているような状態だった。

特に『冥闘士(スペクター)封じの数珠』、『神封印の箱』、『アテナの剣』、『霊血(イーコール)』、『霊血(イーコール)の護符』といった切り札となりえる神具の存在はありがたい。

そして、聖衣(クロス)に関しては快人やなのは達の所有するものも含め、計42体の聖衣(クロス)が存在した。

その内訳だが、

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)…全12体

白銀聖衣(シルバークロス)…祭壇星座・三角座・彫刻室座・オリオン座・琴座・南十字座・矢座・楯座の8体

青銅聖衣(ブロンズクロス)…六分儀座・八文儀座・彫刻具座・カジキ座・飛び魚座・兎座・カメレオン座・巨嘴鳥座・コンパス座・冠座・山猫座・風鳥座・鳩座・イルカ座・定規座・羅針盤座・蛇座・帆座・船尾座・インディアン座・一角獣座・海蛇座の22体

 

となっている。

しかし…。

 

「ことごとくぶっ壊れてるとはな…」

 

話を聞いた快人が頭を抱える。

黄金聖衣(ゴールドクロス)以外の聖衣(クロス)は、すべて全壊状態であった。

この世界の黄金聖衣(ゴールドクロス)は完全自己修復能力を持っているが、他はそうではない。

この『世界』は聖闘士(セイント)の壮絶な戦いの未来なのだから、その戦いの中で破壊されてしまったのだろう。

ハクレイの祭壇星座聖衣(アルタークロス)も、シャウラが修理をするまでは全壊状態だったらしい。

これでは修理をするまで戦力としては数えられない。

幸い、ハクレイとシオンという聖衣(クロス)修復者師弟がいるのだから、彼らに学んで修理をするしかないが、これだけの数の聖衣(クロス)となれば時間はかかる。

しかも、纏う聖闘士(セイント)が居なければ聖衣(クロス)も宝の持ち腐れだ。

現状、聖闘士(セイント)は快人達5人しかいないのだからこれではどうしようもない。

過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちも小宇宙(コスモ)によって実体を持った魂だから、指導者としてや交渉役としてはこなせるが、戦闘要員にはならないのだ。

国を動かすものは『エネルギー』・『資源』・『人材』とは言われているが、その『人材』が聖域(サンクチュアリ)ではすっぽりと抜け落ちていた。

 

聖衣(クロス)の修理もそうだが、人材の育成をせねばならんな…」

 

セージが頭を抱えながら言うが、『人材』というものはもっとも得難い最重要資源の一つだ。

実際の国家でもそうだが、教育といった『人を育てる』ことは時間も資金もかかる。

その成果が出るまでには10年ほどの時間は必要な事業だ。

だが、それをやらなければ『人材』など造れない。基本的に、人は畑ではとれないのである。

 

「まず聖衣(クロス)の修復についてだが…優先順位をつけて少しづつ行うしかないな」

 

「そうなれば最優先で直す聖衣(クロス)は…これだろう」

 

総司がそう言って指した聖衣(クロス)は4つ、彫刻室座・彫刻具座・六分儀座・八文儀座である。

総司らしい、妥当かつ的確な判断だ。

彫刻室座・彫刻具座の2つは聖衣(クロス)修復をサポートするための聖衣(クロス)だ。

これらがあれば修理効率は格段に向上するだろう。

そして六分儀座・八文儀座は星見の精度を補佐する聖衣(クロス)だ。

星見はここ聖域(サンクチュアリ)では未来予測にも似たものがある。

それで危機を察知できれば、邪悪な神との戦いで先手が取れる可能性も高い。

その言葉はそのまま採用され、快人達5人はハクレイとシオンに学びながら彫刻具座の青銅聖衣(ブロンズクロス)を練習を兼ねて修復することになった。

 

「次に『人材』に関してだが…」

 

「それも、もう決まってるだろ?

 管理局に話して、小宇宙(コスモ)の修行をさせる人員の希望を募るしかない。

 それに関する計画にも案がある」

 

そして快人は、現役の黄金聖闘士(ゴールドセイント)全員からの提案としてその計画を話した。

その計画とは『パライストラ計画』。

『パライストラ』…聖闘士(セイント)の養成学校を創り、管理局を通して次元世界から人材を募集するというのだ。

 

「管理局は小宇宙(コスモ)について知りたがってる。

 それを教える学校を創る、って言ったら必ず喰いついてくるだろうさ」

 

だが、この提案にセージを始め過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは容易には頷けなかった。

何故なら、それは小宇宙(コスモ)の技術の拡散を意味するからだ。

 

「快人よ、それがどういう意味か分かっているのか?」

 

「分かってるよ、じいさん。

 下手をすりゃ、俺たちが新しい悲劇を生むことになるってのもな。

 だが、今の俺らにゃ、人材を揃えるアテがそれぐらいしか無い。

 もちろん、出来得る限りの対策は取るさ」

 

そして快人達から提示された対策の要旨は次の通りだ。

 

 

1、『パライストラ』を前期・後期の2つに分ける。

2、『パライストラ』に所属したものは全員が登録を行う。

3、管理局と共同で『対小宇宙(コスモ)』専門の部門を作成する

 

 

まず『パライストラ』を前期・後期3年ずつに分ける。

パライストラ前期学校では小宇宙(コスモ)に関する基礎を教え込む。

そしてその後、素養のあるもの・希望するものの中で入校を認められると判断したものだけをパライストラ後期学校で本格的に聖闘士(セイント)として修行をさせるのだ。

こうすれば逆賊となりえる人間をある程度は排除できるだろう。

さらに小宇宙(コスモ)に目覚めたものを登録し、その行方を追跡できるようにすることでおかしな動きは牽制する。

そして快人たちも所属することになるだろう『対小宇宙(コスモ)』専門の部門を管理局と共同で設置し、『神々』や『禍物』と同様に『小宇宙(コスモ)を悪用するもの』を取り締まるのだ。

 

「あとはカリキュラムで精神素養…言ってみりゃ、聖域(サンクチュアリ)への忠誠や、女神への敬意ってのを徹底的に教育する。

 その過程で女神の小宇宙(コスモ)を感じる神具に触れたりすりゃ、バカなやつはさらに減ると思うぜ。

 従来通り、教皇の許可の元で聖衣(クロス)を与えれば、逆賊になるようなバカに聖衣(クロス)が渡るのは防げるしな」

 

「…致し方あるまい。

 その方向で話を詰めることにしよう…」

 

セージたちとしても現状を考えた上での苦渋の決断であった。

そしてもう一つ、これは快人・シュウト・大悟からの連名での提案があった。

 

「新しい聖闘士(セイント)の種類として、魔法聖闘士(マジックセイント)聖域(サンクチュアリ)として認可してくれ」

 

それはなのは・フェイト・はやてのことを思っての提案だった。

なのはたちは魔法に関しては一級だが、小宇宙(コスモ)に関しては雑兵レベルだ。

しかし聖闘士(セイント)の至宝である聖衣(クロス)を貰っている存在である。

このままでは、立場的にも色々な意味で浮いてしまう。

だからこそ、聖闘士(セイント)の一派として正式に魔法を使う聖闘士(セイント)を認可して貰おうというのだ。

 

「分かっておる。

 それに私も魔法をないがしろにするつもりはない。

 魔法は我らの小宇宙(コスモ)の技とは違った意味で強力な力だ。

 これからの戦いで必ず必須になる、な。

 教皇として、新たな聖闘士(セイント)の種類として魔法を使う聖闘士(セイント)、『魔法聖闘士(マジックセイント)』を正式に認めようと思うが意義のあるものはいるか?」

 

反対の声は無い。

ここになのはたちのような『小宇宙(コスモ)で強化した魔法で戦うもの』――『魔法聖闘士(マジックセイント)』は正式に聖域(サンクチュアリ)の認可を受けたのだった。

 

「それと関係した話だが、魔法についても聖域(サンクチュアリ)として知らねばならないだろう。

 プレシア殿やヴォルケンリッターの方々を呼んだのも、そのためだ。

 今後、聖域(サンクチュアリ)で魔法の研究などをやってもらいたい。

 魔導士が我らのような『小宇宙(コスモ)を使う者』などと戦うための方法や戦術などの研究だが…頼めないだろうか?」

 

セージからのその話は、魔導士の戦力アップを考えた話だ。

聖闘士(セイント)の育成は時間もかかるし、人数も限られる。

だからこそ、魔導士の戦力をアップさせようという試みだ。

間近で聖闘士(セイント)を見てそれを研究、魔導士が戦える方法を模索するという依頼である。

 

「…わかりました、ヴォルケンリッター一同、その依頼お受けします」

 

セージの言葉に、シグナムは即座に了承したがプレシアは少し考え込む。

 

「私も研究そのものはいいのだけれど…今の聖域(サンクチュアリ)ではそれらの研究への資金・設備などは難しいのでは?

 管理局に言えば喜んで提供してくれるでしょうけど…下手をすれば経済的・物資的な面から支配を受けることになるわ」

 

プレシアの非常に鋭い指摘だ。

世知辛いもので、正義のためだろうが世界のためだろうが、何を成すにも資金・物資というものは必要になる。

原作の聖闘士星矢でも、聖域(サンクチュアリ)は不可思議事件などを国家の依頼によって解決し、資金的な報酬を得て運営に回していたのだ。

だが、この『世界』においてはそう言ったコネがない。

特に魔法研究となれば設備等はミッドチルダといった次元世界の物を購入・建造しなければならない。

それには莫大な資金と物資が必要だ。

それだけではなく『パライストラ』の建設・運営費など資金問題は聖域(サンクチュアリ)にとっても頭の痛い問題である。

 

「宝物庫にある金などを金銭に替え、運営資金とするつもりだ。

 豊富な金鉱脈もある故、しばらくはそれで何とかなろうが…」

 

先を見据えるならあまり良い手ではない。

何故なら、今の聖域(サンクチュアリ)の次元世界へのコネは管理局だけなのだ。

管理局に頼りすぎることは危険である、というのは聖域(サンクチュアリ)上層部全員の統一見解だ。

資金・物資に関しても管理局に頼らず、次元世界のものも調達できるよう自立せねばならない。

 

「難しい話だ…」

 

流石の教皇セージも渋い顔をする。結局は現状では手は無いのだ。

そんな中、何事かを考えていたアリサは、隣にいるシャウラへと耳打ちをする。

 

「ねぇ、シャウラ…」

 

「何、アリサちゃん?」

 

そのまま、アリサはシャウラと言葉を交わす。

この時の2人の会話はのちに大きな事を起こすのだが、今は誰もそれを知らない。

その後も、様々な議題で聖域(サンクチュアリ)の方針が決定されていく。

そして、数日後の管理局との会合のために内容を纏めることとなってその日はお開きとなったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

会合の後、黄金十二宮の『双魚宮』でシュウトは星を眺めていた。

そんなシュウトへと、フェイトはそっと声をかける。

 

「シュウ…」

 

「ああ、フェイト。

 星が綺麗だよ、こっち来る?」

 

「うん…」

 

フェイトはシュウトの隣に座り、揃って夜空を見上げる。

その空は綺麗だが、フェイトの顔色は冴えない。

 

「どうしたの、フェイト?

 顔色が悪いよ」

 

「…あんな話を聞いたら不安になるよ」

 

フェイトの頭に渦巻くのは、十年後に起こる過酷な聖戦。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)が12人揃いながら、たった2人しか生き残らなかった軍勢との戦い。

シュウトはその戦いで、黄金聖闘士(ゴールドセイント)として最前線で戦うだろう。

 

「私、怖いよ。

 シュウトですら敵わない敵が現れて、シュウトが死んじゃうかもしれないなんて…」

 

そう洩らすフェイトを、シュウトはスッと抱きしめる。

 

「大丈夫だよ。 十年…十年あるんだ。

 その間にボクは強くなる。

 十年後にフェイトを守り、生き残るために」

 

「私も…強くなる。

 十年後にシュウと一緒に生きるために!」

 

星の下で抱擁を続けながらシュウトとフェイトは誓い合う。

生き残るための強さを手に入れる決意を。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮の『金牛宮』、ここでは八神家一同が決意を新たにする。

 

「ほな、ええな。

 これから十年間、皆でがんばろか」

 

「はい、我が主。

 ヴォルケンリッター一同、聖闘士(セイント)級の敵と互角以上に戦える戦術を編み出してみせましょう!」

 

シグナムの言葉に満足そうに頷くはやてに、大悟が横からツッコミを入れる。

 

「お前もがんばれ。

 小宇宙(コスモ)の修行に魔法の修行…お前が一番やるべきことが多いんだぞ」

 

「ええもん。

 小宇宙(コスモ)はうっしーが手取り足取り優しく教えてくれるんやろ?」

 

「それじゃ修行にならんだろ」

 

呆れたようにため息をつく大悟に、はやてはあははと笑って耳打ちする。

 

「大丈夫や、私も頑張る。

 そうやないと、うっしーと一緒にいれへん。

 私らは家族や、どこでも一緒。

 例えそこが戦場でもや。

 絶対、うっしー1人ではいかせへんから…」

 

それだけ言うとはやては何事もなかったかのように大悟から離れる。

そして大悟は苦笑した。

 

「参ったな、釘を刺された…」

 

大悟としては戦いになれば自分1人で、とも考えていたが先手を打たれてしまった。

これではどう言いくるめても頑固なはやては絶対、大悟に付いてくるだろう。

 

「強くならないとな。 家族を守るために、今よりずっと…」

 

『家族を幸せにしたい』という願い…大悟は決意を新たにし、星を見上げた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮の『双児宮』、総司は自らの宮ですずかに対しお茶を出す。

その動作はまさに完璧な執事のものだった。

 

「お嬢様、お茶が入りました」

 

そんな執事モードの総司に、すずかは苦笑する。

 

「いいよ、ここでは執事じゃなくて。

 それより、一緒にお茶飲もう?」

 

「お嬢様の言葉でしたら」

 

「もう!」

 

ワザと執事らしく答える総司にすずかが頬を膨らませる。

そんなすずかに苦笑して、総司も椅子に座った。

 

「…大変なことになっちゃてるんだね」

 

「ああ。

 ハーデス軍との戦いは聖闘士(セイント)にとっては避けては通れない道だ。

 勝たなければ、世界に未来はない。

 だがこの戦力差をどう覆すものか…」

 

そう言って総司は腕を組んで天井を見上げる。

そんな総司に、すずかは提案した。

 

「ねぇ、今日のことお姉ちゃんに話をしてみるね。

 もしかしたら、私の一族の力を貸せるかも…」

 

「…関係のない人間を巻き込むのはどうかと思うが?」

 

その言葉にすずかはゆっくり首を振る。

 

「関係無くなんかないよ。

 だってそのハーデスって神様が暴れまわったら、この世にいる人たちはみんな死んじゃうんでしょ?

 だったら、今を生きてる人はみんな関係があるよ。

 それに…私が総司くんの助けになりたいから、私にできることをしたいの」

 

「…使用人相手にここまで親身になろうとは、変なお嬢様だ」

 

「うん、吸血鬼だから普通じゃなくて変なの」

 

総司の言葉に、くすくす笑いながらすずかが答える。

総司は苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向くが、すずかにはそれが総司の照れ隠しだと分かってしまっていた。

そこで、すずかは話題を変えることにした。

すずかはしっかり男を立てる女の子なのである。

 

「そう言えば、今度聖衣(クロス)を修復するんだよね。

 それ、私も見学してもいい?」

 

「…興味があるのか?」

 

「うん。

 私、機械の修理とか好きだから。

 なのはちゃんたちの魔法とかのシステムにも興味があるけど、聖衣(クロス)の修復にも興味あるし…」

 

「あまりお勧めはしないがな…」

 

聖衣(クロス)の修復となれば、血液を流すところを見ることになる。

正直、女の子が見て気分のいいものではないだろう…そう、総司は考えていたのだ。

しかし、その考えを改めることになろうとはその時総司は思いもよらなかったのである…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮の『天蠍宮』にて。

 

「いい!

 わかったわね、シャウラ!」

 

腰に手を当て宣言するアリサに、シャウラは押されっぱなしだ。

 

「わかったけど…上手くいくのかな?」

 

不安を口にするシャウラに、アリサは確信をもって頷く。

 

「大丈夫よ、おじ様もうちのパパも絶対その気になってくれるわ!」

 

アリサには自分の考えに勝算があった。

相手が同じ人間である以上勝算はあるし、自分の父も必ず自分の話に乗ってくれるという確信があった。

それに…。

 

「私だって皆の役に立ちたいのよ。

 この手段なら、私も皆の役に立てる可能性がある!」

 

シャウラが、そして自分の親友たちが命懸けで戦おうというのに自分だけが何もできないのがアリサは嫌だった。

だからこそ、自分の出来る『戦い』を見つけて心底うれしいのだ。

 

「シャウラ、私は戦えないけど皆を助けて見せるからね!」

 

「う、うん。

 じゃあ僕もアリサちゃんを守るからね!」

 

「当たり前よ、私のこと、しっかり守りなさいよ!

 そうじゃなきゃ、私のお婿さんになんてしてあげないんだからね!!」

 

「そ、そんなぁ…」

 

最強の聖闘士(セイント)の1人であるシャウラすら勝気に引っ張るアリサ。

これはこれで強い絆なのかもしれない…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮の『巨蟹宮』、快人となのはは…

 

「おっしゃ! 尻尾切り落としたぞ!」

 

「って、快人くん邪魔! 射線に入らないで!!」

 

「ってなのは、俺を撃つな!

 あっ、ヤベ!? 硬直中に!?

 ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「ああ…討伐失敗なの」

 

二人でゲームで遊んでいた。

 

「おいなのは、今のはヒデぇだろ!」

 

「快人くんが射線にはいるからだもん!」

 

「散弾ぶっ放してそれを言うかぁ!

 このバカちんが!!」

 

「いはいいはい!」

 

快人がなのはのほっぺたを引っ張り制裁を加える。

 

「まったく…」

 

ひとしきり制裁を加えた快人は、再び携帯ゲーム機に向かう。

 

「なのは、次どれ狩る?」

 

「うーん、それじゃ…」

 

そう言って再び2人はゲームを始める。

しばし無言のままの2人。『巨蟹宮』にゲームからの軽快なBGMが流れる。

やがて、なのはがぽつりと言った。

 

「ねぇ、快人くん。

 十年後…私たちどうしてるんだろうね?」

 

それはなのはの心から溢れ出た不安。

十年後に必ずやってくる恐ろしい未来への不安だった。

だが、それに快人はさも当然のように答える。

 

「そんなもん、今と一緒に決まってるだろ。

 こうやって一緒に遊んで、バカやって、笑いあって…今と一緒だ。

 十年ごときで変わるもんか」

 

「でも十年後…」

 

「何のための十年だよ?

 何一つ変わらせないための十年だろ?

 俺は戦う。そして勝つ。

 『変わらない』未来のために、俺は『変わる』。

 もっと強くな」

 

ゲームの画面を見つめながら、快人はそう宣言する。

快人とて十年後の聖戦の厳しさはよく分かっている。

だが、それでも。

 

「カビの生えた神様なんぞに、誰が負けるかよ」

 

「うん…そうだね。

 快人くん、強いもんね」

 

快人の言葉になのはは心から頷く。自分の幼馴染の強さと心に。

十年後、快人はどれだけ傷付こうが戦い続けるだろう。

なら、その隣に今と変わらず居続けるために覚悟を決める。

 

(『変わらない』未来のために、『変わる』…)

 

こんな平和な今と同じ日々のために。

 

「見つけた!

 突貫するから援護よろしく!」

 

「うん! 射線には入らないでね!」

 

ゲームで遊びながら、ゆっくりと2人の時間は過ぎていった…。

 

 

 




というわけで現在の聖域の状況を解説する回でした。
大量の聖衣があっても全壊という状況、人的資源に資金に物資と問題は山積み。
そして、ある意味では最大の禁じ手である『パライストラ』の開校計画に魔法聖闘士の認可という無茶仕様。
…これでもハーデス軍との戦力差を埋めるのには足りませんが。

そのうち、オリジナルの聖闘士を募集しようと考えてます。
今回名前のあがったのでも、あがっていないものでも、『どの聖衣を着てどんな名前でどんな技か』で募集をかけて数人を本編で登場させようかな、と。
ぶっちゃけ名前を考えるのが面倒ともいいます(笑)
自分の考えた聖闘士がどんな目にあってもいいよ、という心の広い人限定でやりたいですね。

そしてすずかとアリサの方向性も見えた回となっております。
重要でしょ、この2人。

次回は管理局との話し合いです。
とんでもない砲艦外交になるでしょうが、お楽しみに。


今週のΩ:人馬宮は観光名所というかデートスポットのようです。
     これが有名な『女神を託す』か…と眺める光牙とユナでした。

     そして水瓶座完全終了。
     時間操作という最強クラスの能力なのにどうしてこう、最後の最後まで詰めが甘いのか…。
     というか、こいつ属性なんだったんだろう?

     そして魚座登場。
     最初、髪型と黄金聖衣のせいでFateのギルガメッシュかと思った。
     そして獅子座さんを瞬殺するも、どうも雑魚っぽさが消えない…。
     本当に蟹座と魚座が嫌いな人間しかいないのか、聖闘士星矢の制作陣には。
     ちょっと泣けてきました…。
    


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第42話 聖域、管理局と手を結ぶ

今回は管理局との会談となります。
完全な準備回ですね。



『聖域暦1年1月8日』

新暦で換算した場合は新暦66年1月8日…この日は後の歴史書には必ず記される日になった。

転送ポートから管理局玄関へと続く道、その両側をバリアジャケットを展開した局員がズラリと並ぶ光景は、壮観であると同時に威圧的であった。

今日は管理局上層部と聖闘士(セイント)たちの組織、『聖域(サンクチュアリ)』との正式な第一回会合の日であった。

この時点で、管理局上層部の方針は『聖域(サンクチュアリ)』との友好関係を築くことで一致していた。

それもそのはず、管理局上層部はアースラが持ち帰った『闇の書事件』での映像・データを見ていたのだ。

黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士の桁違いの戦闘、そして黄金聖闘士(ゴールドセイント)の切り札とも言うべき秘奥義『アテナ・エクスクラメーション』…これだけのものを見て『友好』以外の道を選ぶとすれば、それはもはや正気ではないとしか言えない。

もっとも、あまりの内容に魔法以外の力でこんなことが出来ることを信じられず、間違いや幻惑の類を疑った高官はいたが、そんな相手にはリンディとグレアムがしっかりと説得してくれたようだ。

とにかく、この段階で管理局上層部は聖闘士(セイント)とその統率組織である『聖域(サンクチュアリ)』に対して冷静な判断が出来ていたのである。

だが、一般の局員にはそんな意識は無かった。

それ以前に、管理局上層部は『聖闘士(セイント)』についての情報は混乱が生じる恐れから極秘としていたのだ。

今現在バリアジャケットを展開している局員の知らされている情報は、

 

『管理外世界の組織の上層部が会談に来る』

 

という程度のものなのだ。

ここ管理世界に蔓延する思考として『魔法至上主義』がある。

管理局員、特に武装局員はその、人の扱う最高の力であると信ずる『魔法』の力で戦う者だ。

そのことに誇りを持っている彼らはそのため、大なり小なり『魔法至上主義』的な考えが全員にある。

今から迎える相手は『管理外世界』の組織…つまり『魔法』が無い。

恐らく有望な資源でもその『世界』で見つかってその採掘権などの交渉なのだろう、『魔法』の無い遅れた文化の奴を驚かせ交渉をスムーズに進めるために自分たちを整列させた…いわゆる『砲艦外交』の一種なのだとその場にいた局員たちは思っていたのだ。

やがて転送ポートが輝き、客人の到着を知らせる。

どんな田舎者なのか、と注目していた局員たちは次の瞬間、彼らに目を奪われ言葉を失った。

歩いてきた者、それは絶句するほどに美しい黄金の鎧に身を包んだ5人の少年だった。

快人を中央に、5人が横並びでゆっくりと歩く。

全員が黄金聖衣(ゴールドクロス)纏い、左手の小脇にヘッドパーツを抱え、儀礼用の純白のマントを羽織っていた。

その後ろからは、今度は白銀に輝く鎧で身を包んだ3人の少女たちが歩いてくる。

なのはを中心にした3人もそれぞれの白銀聖衣(シルバークロス)を纏い、左小脇にヘッドパーツを抱えていた。

そしてその8人が綺麗に左右に分かれると、片膝をついて礼を取る。

そんな少年・少女の作った道を、悠然と2人の老人が歩いてきた。

黒い教皇の法衣を纏ったセージと、白いローブを纏ったハクレイだ。

2人が通り過ぎると、再び黄金と白銀の少年少女は整った動きで、その後ろを歩く。

その光景に、集まった武装局員から最初にあった侮りは消えていた。

『美しさ』というものは、実は非常に『強い』。

物理的な攻撃力こそ無いが『美しさ』は人の精神に訴えかけ、ある時は畏敬の念を、ある時には安心を見る者に与える。

神話の時代から伝わる聖衣(クロス)のその神々しいまでの美しさは、武装局員たちの精神に確実に影響を与えたのだ。

その場にいる者で最初の『魔法を知らない田舎者』という考えで聖闘士(セイント)を見る者はすでにいない。むしろその強大な何かに呑まれていた。

『艦砲外交』のつもりが、逆に『艦砲外交』をかけられた管理局である。

 

この出来事は後の歴史書では『魔法至上主義の終焉の瞬間』と称したり、『歴史上、もっとも平和的でもっとも美しい艦砲外交』と称されたりする。

 

ともかく、こうして『聖域(サンクチュアリ)』は正式に管理局との接触を図ることになったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、肝心の会談ではあるが、正直快人たちに大人たちと交渉で渡り合うような力量は無い。

そこはセージとハクレイの戦場だった。

聖闘士(セイント)の存在と、その統率組織である『聖域(サンクチュアリ)』の説明。

さらに『神』やそれを守る戦士、それに太古の『魔物』たちが復活してくる危険性を説いた後、10年後に迫ったハーデス軍の来襲を語る。

この内容には管理局一同驚きを隠せなかった。

そして、その後管理局からも『預言者の著書(プローフェティン・シュリフテン)』という予言能力によって次元世界の破滅が予言されていることを語った。

その中に語られる希望、『黄金の闘士』こそ黄金聖闘士(ゴールドセイント)のことではないかというのだ。

ここに双方の未来に対する危機意識の合致となり、管理局とは正式に『聖域(サンクチュアリ)』との共闘関係が開始されることになる。

そして、いくつかの取り決めがなされることになった。

まず、『聖域(サンクチュアリ)』の自治権である。

聖域(サンクチュアリ)』はあくまで独立した勢力であり、そこでの自治権を認めさせることになった。

これは受け入れられ『聖域(サンクチュアリ)』は『特殊自治世界』という括りになった。

管理局側からの要求だが、これは聖闘士(セイント)の持つ小宇宙(コスモ)の力の研究・技術提供だった。

これに関しては計画していた『パライストラ計画』を提案したところ、案の定管理局も快諾、聖闘士(セイント)の育成が行われることになる。

その他様々な取り決めがなされたが、ほとんどは『聖域(サンクチュアリ)』側が想定した内容だ。

 

1、『聖域(サンクチュアリ)』の自治権の獲得

2、『パライストラ』の開校

3、魔法と小宇宙(コスモ)の研究

4、対小宇宙(コスモ)部門の設置

 

である。

友好を考えていたためか、管理局側の譲歩がかなり見て取れた。

小宇宙(コスモ)部門の設置についても聖闘士(セイント)と友好的な関係を築いているアースラスタッフをそのまま配置換えとなる予定らしい。

また『聖域(サンクチュアリ)』への転送ポートなどのインフラ整備や『パライストラ』建設などの面を受け持つとも管理局いうが、その辺りや『パライストラ』の建設・運営に関する費用は『聖域(サンクチュアリ)』が負担するという形をとった。

あまり好意に甘えては足元を見られる可能性があるからだ。

さらに管理局からは『聖衣(クロス)・神具の提出』という要請があったが、これは突っぱねた。

流石に、どんな理由であろうとこれらを管理局に渡すのは危険すぎるという判断からだ。

しかし完全に突っぱねるというわけにもいかず、結局『聖域(サンクチュアリ)』内での研究で『聖域(サンクチュアリ)』管理の元で聖衣(クロス)を貸し出すことまでの譲歩をすることになった。

これとて『聖域(サンクチュアリ)』としては苦渋の決断だが致し方ない。管理局との共闘のための譲歩だった。

『パライストラ』でのカリキュラム作成など詰めるべき話は多くあるが、大筋の方針は決まり、場の緊張も抜け始める。

そんなとき、管理局高官の1人が言いだした。

 

「映像や資料では見せてもらいましたが、私はまだ聖闘士(セイント)の力が信じられないのですよ。

 そこで今後のためにも模擬戦を受けてはくれませんか?」

 

そう言って模擬戦の相手として管理局高官が指名してきたのはシャウラだった。

 

「ぼ、僕?」

 

シャウラは指名されたことに驚きの声を上げるが、ほかの者としてはシャウラの指名は納得だった。

管理局はシャウラの存在を今日まで知らなかった。

あの『闇の書事件』で多少なりとデータのある快人たちと違いその情報がないため、シャウラのデータを取りたいというのが本音なのである。

また、これは管理局上層部が聖闘士(セイント)の力を直に見たいという意味も含まれていた。

こうして会談終了後、シャウラVS管理局武装隊という模擬戦が開催されることになったのである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

会談の休憩時間、聖闘士(セイント)一同と少女たちは休憩所で飲み物を片手に談笑する。

 

「全く…管理局もバカを言うな。

 よりにもよってシャウラを相手に模擬戦だなんて…」

 

「知らないっていうのは怖いもんだよね」

 

「だな。

 さて、何人無事で済むと思う?」

 

「ゼロだね、間違いない」

 

苦笑し合う快人とシュウト。

そんな2人になのはとフェイトが問う。

 

「ねぇ、シャウラくんが戦うってそんなにまずいの?」

 

「まずいというか…ヤバい。

 シャウラの技は凶悪だからな」

 

「酷いよ、快人君。

 僕の技は平和的に戦いを納める『慈悲深い技』なのに…」

 

快人の言葉にシャウラは唇を尖らせるが、快人は肩を竦めてシュウト、大悟、総司へと言葉を投げる。

 

「おい、シャウラのあの技が『慈悲深い』と思うやつ手ぇ上げてくれ」

 

「バカを言うな、上げるわけないだろう」

 

大悟が苦笑し、シュウトと総司は「言うまでもない」と言った感じで肩を竦める。

 

「まぁ、そういうこった。

 俺でも喰らいたくない技の上位に入るな、アレは」

 

「そんなに危険な技なの?」

 

フェイトは眉を潜めるが、快人は首を振る。

 

「いや、確かにあの技は最後までは殺傷を目的としていない、相手に投降を呼びかけるお前ら風に言えば『非殺傷設定』の技だよ」

 

「『非殺傷設定』やのに危険?」

 

「精神攻撃とか何かかな?」

 

「…まぁ、確かにあれって怖い技よね」

 

はやてとすずかは首を捻るが、その正体を知るアリサは苦笑をするだけだ。

 

「まぁ、模擬戦見ればわかるさ。

 相手さんご愁傷様ってことで…」

 

快人は意味深にそう言うとグイっと缶コーヒーをあおったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

急な模擬戦の話を聞かされた管理局武装隊だが、その士気は高かった。

黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏った聖闘士(セイント)に気圧されはしたが、時間がたつにつれてその気圧された『何か』を忘れ、装飾によるこけおどしだと結論付ける。

それに長年に渡って次元世界全体に染みついた『魔法至上主義』はそう簡単には払拭できない。

だからこそ、模擬戦の話を聞いた管理局武装隊の隊長は「田舎者の化けの皮を剥がしてやる」と息巻いていた。

そして部下総勢20人をつれて模擬戦会場に到着した彼らを待っていたのは、一見少女と見紛う少年だった。

 

「あの…よろしくお願いします!」

 

「あ、ああ…」

 

息巻いていた武装隊はそう言ってペコリと頭を下げたシャウラを見て、顔を見合わせる。

 

(隊長、これは一体…?)

 

(うむ…)

 

武装隊隊長は念話で部下と話をしながら、今回の模擬戦の意図を考える。

今回の模擬戦は上層部の意向だということは聞いている。

さらに相手が魔法とは違う技能、レアスキルのようなものを持っていることも概容としては聞いていた。

だが、自分を含めた20人にも及ぶ武装隊が相手だというのにシャウラは1人、さらに先ほどの黄金の鎧も纏ってはおらず生身だ。

その意図を武装隊隊長は考える。

そして導き出したのは『生贄』という言葉だった。

管理局上層部がその武威を見せつけるために模擬戦を提案、断りきれなかった相手組織が仕方なくこの少年を模擬戦に出した。

外見的にも攻撃を躊躇したくなる相手ではあるし、こちらの温情に期待しての人選であろう。

そこまで考えた武装隊隊長は、さっきまでの「鼻を明かしてやる」という考えはなりを潜め、こんな意味のないことで武威を誇ろうとする上層部のやりくちに眉をひそめると同時に、この少年を『生贄』として差し出した相手組織への不信感を露わにした。

 

(隊長…)

 

(…任務である以上、模擬戦は遂行する。

 だが出来るだけ傷つけず気絶させ、すぐにこんな茶番は終わらせよう。

 この少年があまりに哀れだ)

 

(了解であります、隊長!)

 

武装隊隊長はある種の使命感を持って部下たちへ模擬戦の早期決着を指示する。

武装隊隊長も正義を志し、この管理局に入った人間だ。

正義感は人一倍強いのである。

 

「あの…僕、あまり戦いは好きじゃないんで痛かったらすぐに降参してくださいね」

 

「ああ、その時はそうしよう」

 

シャウラが握手と共に言ってくるその言葉も、武装隊隊長としては憐憫を誘う言葉にしか聞こえなかった。

そして、模擬戦開始のブザーが鳴る。

同時に、紅い閃光が駆け巡った。

 

「スカーレットニードル!」

 

「!?」

 

何が起こったのか、全く分からなかった。

突然の激痛に立っていることもできず、痛みを発する肩口を押さえて叫びを上げながら地面を転げまわる。

見ればあるものは腕を、あるものは足を押さえながら武装隊全員が地面を転げまわっていた。

そんな中、シャウラの少女のような声が響く。

 

「皆さん、降参して下さい。

 僕、戦いたくないんです…」

 

そう申し訳なさそうに言うシャウラを見て、果たして『生贄』はどちらだったのかということが頭の片隅をよぎる。

痛みに悶えながら顔を上げ、敗北の宣言をしようとするがあまりの激痛に悲鳴以外の声が出ない。

「参った」「降参」…これらのセリフが誰一人として絞り出せなかった。

気絶による戦闘不能とて、激痛で気絶し激痛で叩き起こされるというエンドレスの状態。

結局、模擬戦が終了したのはその後10分間痛みに悶えた隊長が絞り出すように敗北を宣言してからだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「「「…」」」」

 

模擬戦という名の訳のわからない蹂躙に、管理局上層部と少女たちは目が点だった。

その様子を面白そうに眺めた快人が解説しようとすると…。

 

「ぬぅ、あれぞ世に聞くスカーレットニードル…」

 

「し、知っとるの、うっしー!?」

 

「相手の星命点――絶対的な急所へと針の穴ほどの穴を穿つ技だ。

 15発で命を奪うその技は1発ごとに耐えがたい激痛を生み、相手に降伏か死かを選ぶ時間を与えるという…まさかこの目で見る日がこようとは…」

 

芝居がかった口調の大悟。存外ノリがいい八神家コンビであった。

そんな2人に苦笑して、快人が改めて説明する。

 

「まぁ、いま大悟が言ったみたいに15発で致命傷になるまで、投降の機会を与える『慈悲深い技』と呼ばれているんだが…あれ、あんまりな激痛と麻痺で普通なら喋れなくなるんだよなぁ…」

 

「おまけに普通だと4~5発で痛みで発狂死するんだよね」

 

快人の言葉に、シュウトもうんうんと頷く。

 

「…シュウ、それってタダの『拷問』って言わない?」

 

「うーん、聖闘士(セイント)の業界なら『ご褒美』とか?」

 

「いや、普通に聖闘士(セイント)の業界でも『拷問』だ。

 というか、少々奇妙なものに毒されておりませんか、お嬢様?」

 

フェイトに続いて奇妙なことを言い始めるすずかの言葉を、総司はため息交じりに正す。

 

「とはいえ、問答無用で相手を一撃でブッ飛ばす俺たちの技よりは、選択の時間がある分だけ『慈悲深い技』かもな。

 もちろん異論は認める」

 

その言葉に、改めて聖闘士(セイント)の凄まじさを知る一同だった。

同時に快人たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)もシャウラの力を知ることになった。

快人たちとしてはシャウラの戦う姿は初めて見るのだ。

どれほどの腕かと思ったが…戦闘能力にかけては流石は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、その自分たちと互角と言える実力に全員が感心する。

蠍座(スコーピオン)の凄さは『目』と『命中率』だ。

聖闘士(セイント)小宇宙(コスモ)を集中することによって相手の絶対的な急所である『星命点』が見えるのだが、それには集中と時間を要する。

だが蠍座(スコーピオン)はその『星命点』が克明に見えているのだ。

さらに、その『星命点』を正確に射抜く技量。

限界まで小宇宙(コスモ)を細く圧縮したことで貫通力に特化した『スカーレットニードル』。

これらすべてが揃った蠍座(スコーピオン)は最強のスナイパーである。

きっとその気になれば聖闘士星矢原作の瞬のチェーンのごとく、相手が光年の先にいようが射抜くことが可能になるだろう。

末恐ろしいが、同時に頼もしい。

快人たち4人は改めてシャウラを仲間として認めたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

管理局上層部との会談を終えた聖域(サンクチュアリ)組。

残った時間は各々の見学などに費やされることになった。

すずかはデバイスに興味があるらしく、総司と共にクロノに案内されてデバイスラボへと向かった。

残ったメンバーも施設見学などに勤しむ。

そんな中、シャウラ・アリサそしてセージはユーノに導かれて無限書庫へとやってきていた。

シャウラとアリサが次元世界のことを知りたがったことと、そしてセージはユーノと大切な話をするためだ。

 

「スクライア族との交渉の仲介、ですか?」

 

「その通りだ」

 

ユーノの言葉にセージは頷く。

セージは聖域(サンクチュアリ)とスクライア族との交渉の場を持ちたいと考え、その仲介役をユーノへと頼んだのである。

その目的は、聖衣(クロス)や神具などの『神話級遺物』の回収であった。

この『世界』には、次元世界のどこかに必ず残りの聖衣(クロス)があるという。

それに『神』が存在していることからも、神具の類もどこかにあることは間違いない。

それらの発見のために、次元世界を飛び回り発掘作業を行うスクライア族の助力を得たいという考えだった。

聖域(サンクチュアリ)と管理局の共同設置する、対小宇宙(コスモ)部門の目的の一つはこう言った『神話級遺物』の回収も含まれるが、極秘裏に管理局の一部がこれらの存在を隠す可能性は高いだろう。

そのため、聖域(サンクチュアリ)としても1つでも多くの『神話級遺物』を回収するために手数が欲しいのだ。

そこで白羽の矢が立ったのがスクライア族だったのである。

 

「ユーノ君、頼めないだろうか?」

 

「セージさんに言われては断れませんし、皆も必ず未知の古代遺物に興味を持つはずです。

 族長への会談を打診してみますよ」

 

「頼む」

 

こうして実現した聖域(サンクチュアリ)とスクライア族の会談の結果、スクライア族は全面的な協力を約束し、聖域(サンクチュアリ)はその活動をバックアップするパトロン的な存在になったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

会談が終了し、聖域(サンクチュアリ)へと帰還した一同は帰宅までの間、それぞれに思い思いの行動を取る。

ここ黄金十二宮の『双魚宮』では、快人・シュウトの兄弟となのはとフェイトが、シュウトの入れたお茶を飲んで時間を潰していた。

 

「『パライストラ』の開校は3月予定…かなりの規模の施設になるらしいな」

 

「心配なのは施設よりも人の方だね。

 管理局が人を募るって話だけど、どうなるか…」

 

シュウトはそう言って呟く。

その裏にあるのはいくつかの不安だ。

今回の管理局で行った模擬戦で小宇宙(コスモ)という『魔法ではない力』でシャウラが、武装隊20人を一瞬で圧倒したことは管理局の中に広がっていった。

同時に、なのはたちのように『小宇宙(コスモ)によって魔法が強化された』という話も管理局には話してある。

今まで魔法が使えないために忸怩たる思いをしていた者や、さらなる魔法の力の発展を望む者…管理局が募ることになった『パライストラ』の一期生は、そういった者たちがやってくるだろう。

どれだけが聖闘士(セイント)となるのか?

過酷な修行に耐えきれるのか?

不安要素は事欠かない。

さらに聖域(サンクチュアリ)上層部が危惧していることが、管理局からのスパイが入り込む点だ。

これはもう、確実に『パライストラ』の一期生の中に混じっていることだろう。

この黄金十二宮や宝物庫などに忍び込むことはないと思うしさせないが、それでも色々探られるのは気分のいいものではない。

 

「俺達の聖域(サンクチュアリ)の前途は多難だな」

 

言って快人は伸びをする。

と、そこまで言って快人はなのはに話を向けた。

 

「そう言えばお前らは『パライストラ』には入校しないんだって?」

 

「うん、日本での学校と両立しなきゃならないから入校できないし、それにもう聖衣(クロス)貰っちゃってるから立場的にも一緒に訓練させるのはマズいって。

 セージおじいさんがその辺りも一番いいように考えてくれるって言ってたよ」

 

「…じいさん、甘やかしすぎだろ。

 俺への対応と全然ちげぇ…」

 

妹弟子とも言えるなのはとの待遇の違いに、快人は天を仰いだ。

なのは・フェイト・はやての魔法聖闘士(マジックセイント)3人娘の修行だが、

 

1、教皇セージによるクロストーンの『守護宮』の使用許可

2、過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)からの小宇宙(コスモ)指導

3、ヴォルケンリッターたちによる魔法指導

 

という破格の条件になった。

聖域(サンクチュアリ)の歴史でも稀に見ぬ好条件と言えるだろう。

 

「でも、こんなに良くして貰うとかえって緊張しちゃうよ」

 

フェイトがそうぼやくように言う。

実際、これらの待遇には聖衣(クロス)に見合う者になって欲しいという絶大な期待も見て取れる。

それが分かるからそこの言葉だった。

 

「大丈夫だよ、フェイトなら出来るから。

 ボクだって手を貸すし…」

 

「ありがとう、シュウ」

 

スッとフェイトの手を握りほほ笑むシュウトに、顔を赤くしながらも同じくほほ笑むフェイト。

またも形成された甘い空間に、快人となのはは頭を抱える。

 

「なんと言うのか…」

 

「ごちそうさまなの…」

 

顔を見合わせ快人となのはは苦笑する。

 

「なのは、お前も頑張れよ。

 何たってお前はもう聖衣(クロス)持ち、聖域(サンクチュアリ)の重要人物の一人なんだからな」

 

「分かってるよ。

 快人くんも頑張んなきゃダメだよ」

 

「分かってるさ」

 

そう言って快人は冷めたローズヒップティを喉に流し込む。

聖域(サンクチュアリ)の長い長い戦いは、まだ始まってすらいなかった…。

 

 

 




管理局との話し合いも終わり、ついに聖域が本格的に活動を開始。
そしてスカーレットニードルは誰がどう見ても『拷問』です、本当にありがとうございました。

次回からはしばらくの間、修行風景や各種イベントを短編形式で綴っていこうと思います。
とりあえず次回は…やっぱり許されてなかった猫姉妹への魚の復讐といきましょう。



そして、前回チラリと書きましたオリジナル聖闘士の募集のついて。
オリジナル聖闘士の募集をやろうと思います。
ルールは以下の通り。

1、装着する聖衣は青銅一軍・黄金聖衣・オリオン座・琴座を除外する。
2、送ってもらった聖闘士がどんな目にあってもいい(死んだりしてもいい)という心の広い方限定。

でお願いします。
まず1ですが、これらは使いどころが決まっていたり扱いに困るため除外してください。
次に2ですが、話の都合でどう扱われるかは未知数ですのでその辺りを許してもらえる方限定でお願いします。
一応、作中で登場させる場合、考えて下さった方にはメッセージの方で事前にお知らせようとは思ってます。
また、内容のフォーマットですが、ここは『快人』を例にして紹介します



1、蟹名快人(かになかいと)
2、10歳、男(聖域暦1年)
3、蟹座聖衣(黄金)
4、教皇セージを師とする蟹座の黄金聖闘士。この物語の主人公の1人であり転生者。
  両親とは死別しており、家族は魚座のシュウトのみ。
  どんな絶望的状況でも不敵に笑い飛ばす度胸と実力で『神』に戦いを挑む。
  魂を焼く青い炎、『積尸気』の技の使い手。魂にかけてなら聖闘士随一。
5、『積尸気鬼蒼焰』、『積尸気魂葬破』、『積尸気蒼焔弾』、『積尸気冥界波』、『積尸気転霊波』
6、「火葬決定だ、クソ神が!」
  「後悔しやがれよ、クソ野郎!」
  「燃えろ、俺の小宇宙よ!!」



1は名前となります。
2は年齢と性別です。括弧内はどの時にどの年齢という具合になります。
 対照表は以下の通りです。

新暦   聖域暦    なのはたちの年齢
75年   10年    19歳
74年   9年     18歳
73年   8年     17歳
72年   7年     16歳
71年   6年     15歳
70年   5年     14歳
69年   4年     13歳
68年   3年     12歳
67年   2年     11歳
66年   1年     10歳
65年          9歳

3は纏う聖衣です。括弧内は聖衣の階級となります。
4は簡単なプロフィールです。あまりに作品に合わせられない設定(転生者など)はご勘弁を。
5は必殺技です。
6はキャラクターを象徴するようなセリフや決めゼリフです。


これらの内容でオリジナルキャラを考えて、使ってもいいよという心の広い方はメッセージでお待ちしています。
正直使いきれるかどうかも分からないので、せっかく頂いたのに登場しないこともありますのでそこはお許しください。
また、同じ要領でオリジナル冥闘士を考えてくれても構いません。
まぁ、これ以上ハーデス軍強くしてどうすんだというのはありますが…。

私はスパロボやらのコラボ作品が大好きですので、これもそんな一環で考えています。
私の作品からいろんな派生を、とか妄想したり。
オリジナル聖闘士の外伝を書いてくれてもいいんじゃよ(チラッチラッ
まぁ、これは流石に冗談ですが(笑)

次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:山羊座がもう酷すぎて声が出ません。
     私、聖闘士星矢のファンとしてΩも好意的・積極的に受け入れてきました。
     しかし、今回ばかりはそれは無理です。
     設定も何もかも丸忘れ何じゃないかなぁ、Ωのスタッフ。
     山羊座はエクスカリバーが無いとかそういうもの以前の問題。
     色々設定の根底部分から破綻している。
     結局、こいつが黄金聖衣を纏って現役だったのはいつのことなんだろう…?
     セブンセンシズに目覚めた光牙のペガサス彗星拳がでた件についてはGOOD。
     次回は魚座さんの活躍…は無理か?
     何だか四天王召喚とか言ってるし…このまま行くとマルスの元に辿りついたら一輝兄さんが『安心しろ、マルスはもう倒した』とか待っていてももう驚かない。
     むしろそれでいい気がしてきた…。


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第43話 少女たち、動き出す

今回からしばらくは聖域の様子を描く短編集のようなノリです。
今週は3本立て。

すずかの才能開花
アリサの決意
リーゼ姉妹の災難

となります。


カン、カン…

 

 

金属同士をうち合わせたような甲高い音が聖域(サンクチュアリ)に響いていた。

その音の先を見つめるのはハクレイとシオンである。

顎を擦るようにしながら真剣に見つめるハクレイと、同じくその音の発信源のすべてを探ろうとするかのような視線のシオン。

これほどの大人物2人の注目を集める人物とはいったい誰なのか…?

良く聞けば金属音に混じってポタリ、ポタリと水滴の滴るような音が聞こえる。

そして微かに香る鉄の匂い。

 

「…」

 

ハクレイとシオンの視線の先にいたのは、すずかだった。

すずかはその両手に手甲のようなものを付け、ノミと金槌を振るう。

そして、そのノミと金槌の振るわれる先にはポタリポタリと血を流す総司、そしてその血を振りかけられた彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツだった。

そう、すずかは今、聖衣(クロス)の修復作業を行っているのだ。

なぜ、すずかが聖衣(クロス)の修復作業を行っているのか…その説明のためには少し時間を遡らなければならない。

 

 

聖域(サンクチュアリ)にとって神話の時代から受け継がれてきたシンボルでもある聖衣(クロス)の修復は急務だった。

だが聖衣(クロス)修復者というのはある意味、聖闘士(セイント)以上に稀有な存在である。

その人材を育てることは生半可なことではないし、壊れた聖衣(クロス)に触れるという特性上、絶大な信頼のおける人物でなければならない。

とりあえず聖域(サンクチュアリ)は、身内とも言える黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人に対して聖衣(クロス)修復の手ほどきをすることになったのだ。

ハクレイ・シオンの指導の元、聖衣(クロス)修復の手ほどきが始まった。

その時、興味のあったなのはたちも見学に来たのだが…ここで一悶着あった。

聖衣(クロス)修復に必須の材料の一つに、聖衣(クロス)の階級以上の聖闘士(セイント)の血液、というものがある。

その事実を、初めてなのはたちは知ることになったのだ。

アリサは早々に退出し、なのは・フェイト・はやては今後自分の選んだ戦いの世界では必ず見ることになるのだから、とハクレイに見学を強制させられ、青い顔をしながらも血を流す黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちを見続けていた。

血を見て気分が悪くなるのは仕方のないことである。

血液の匂いは人の不快感と嘔吐感を誘発する化学物質であり、気分が悪くなるのはその拒絶反応だ。

慣れの問題もあるが人の機能上、これは仕方がないといえる。

だが少女たちの中でただ一人、顔色一つ変えなかった者がいた。

それがすずかだ。

考えてみれば当たり前のことである。

すずかは『夜の一族』、いわゆる吸血鬼だ。

血を摂取する一族が、血に対して拒絶反応があるわけがない。

それと共にすずかたち一族にはもう1つ、血に対する体質がある。

それは血液感染型の病気を無効化できることだ。

肝炎やエイズなど、血液接触によって感染する病は多い。

だからこそ、救急医療の現場では血液に対して細心の注意を払っている。

聖闘士(セイント)の血液とて同じで、聖衣(クロス)修復者は小宇宙(コスモ)によってそれらの感染をガードしながら作業を行っているのだ。

だが、『夜の一族』であるすずかにはそれらの心配がなかった。

それを知ったハクレイが、すずかに聖衣(クロス)修復師としての弟子入りを薦めてきたのである。

戦闘の要とも言える黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人の負担を増やす行為は、特に人材不足が顕著な今の聖域(サンクチュアリ)では大きな痛手だ。

だから、専業で聖衣(クロス)修復の行える人材が出来たのなら大きなプラスである。

その話に、元々機械いじりなどが好きだったすずかは即座に頷いた。

そして、それからハクレイとシオンの元で聖衣(クロス)修復師としての手ほどきを受けているのである。

 

 

カン、カン…

 

 

すずかがノミと金槌を振るうたびに、スターダストサントとガマニオンが火花を散らす。

そして総司の流した黄金聖闘士(ゴールドセイント)の血液が、スターダストサントとガマニオンを融解・凝固・定着させていく。

そして、しばらくの後には傷一つない形で修復された彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツがあった。

 

「ハクレイおじいさま、シオンさま。

 どうでしょうか…?」

 

すずかの言葉に、修復された彫刻室座の聖衣(クロス)の右腕パーツを手にとって眺めていたハクレイは顎を擦りながら頷く。

 

「ふむ…まだまだ細かな損傷は残っておるし、何より時間がかかりすぎで血液をかなり無駄にしておる。

 今のままでは聖衣(クロス)一体を完全に修復するのに、人間丸々2人分の血液が必要になろう。

 だが、この短い期間で基本となるものは見えているようじゃな。

 今後も努力するのだぞ」

 

荒削りながら合格点、という評価をハクレイは下す。

だが、それはとんでもないことだ。

効率を上げるために、すずかには修復の完了している彫刻具座の青銅聖衣(ブロンズクロス)の両腕パーツの使用が許可されている。

彫刻具座の青銅聖衣(ブロンズクロス)は、聖衣(クロス)修復をサポートするための聖衣(クロス)でありそのための機能が備わった、言ってみれば工作用聖衣(クロス)だ。

だが、その能力を差し引いても聖衣(クロス)に触れてこの短期間に、これだけ出来れば上出来どころか天才的である。

ハクレイとシオンも、すずかは磨けば超一流の聖衣(クロス)修復師になる、と確信していた。

 

「えへへ…ハクレイおじいさまの指導が良いおかげです。

 ハクレイおじいさま、これからもよろしくお願いします!」

 

「うむ」

 

ペコリと頭を下げるすずかに、ハクレイは満足そうに頷く。

ハクレイとしても、才能に溢れ、気立てが良いすずかを好ましく思っていた。

その優しき心は、自分たちの目指した平和な世界によって育まれたものであり、それは心を和ませる。

かつてはジャミールの一族を率いる族長だったハクレイであり多くの子供たちを育ててはきたが、戦士の一族であったためどうしても真面目で固い子供ばかりが育っていた。

それとは違う、真面目で柔らかな雰囲気はどことなく幼いころのアテナ(サーシャ)に似ている気がする。

すずかの方も今は姉と二人の家族であり祖父というものはおらず、何かを優しく教えてくれる老人であるハクレイのことを「おじいちゃんってこんな感じなのかな?」などと思っていた。

かくして、すずかは聖域(サンクチュアリ)のナンバー2とも言える、教皇補佐ハクレイの大のお気に入りになったのだった。

その可愛がり方はセージのなのはに対するものとどっこいどっこい、後年セージとハクレイが「なのはとすずかとどちらが良い子か?」で徹底口論し、あわや聖域(サンクチュアリ)崩壊寸前にまでなったという笑い話まで残っているぐらいである。

この後、聖衣(クロス)修復師としてメキメキと頭角を現していくすずかは聖闘士(セイント)たちにとって無くてはならない人物となる。

同時に、このすずかの存在は聖域(サンクチュアリ)と『夜の一族』との間を親密なものにした。

すずか個人を重用したこともあるが、同時に『夜の一族』が聖衣(クロス)修復師として適正が高いことを聖域(サンクチュアリ)に知らしめたのである。

やがて、『夜の一族』は聖衣(クロス)修復師を輩出する一族としてその名を轟かせるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

聖域(サンクチュアリ)の一室、プレシアが指し棒を片手に投影された画像を指す。

 

「…以上が次元世界の戦国期から安定期に入るまでの歴史よ。

 ここまでで何か質問はあるかしら?」

 

そうやって尋ねる先にいるのは、机を並べたシャウラとアリサであった。

この2人が何をしているのか…それは『勉強』である。

何の『勉強』かと問われれば、それは歴史であり政治であり経済であり文化であり『次元世界のすべて』と答える。

それをプレシアを教師として2人は学んでいる真っ最中だ。

何故こんなことをしているのか…そのためにはまた、時を遡る必要がある

 

アリサは友達想いの少女だ。

気が強く、思った事をヅケヅケとハッキリと言う。

そして、それはほとんどの場合最良であり的確な言葉だ。

だが、そんな彼女の態度を多くの人間は『可愛くない』、『子供らしくない』と称して、彼女から距離を取った。

この性格こそが自分を『アリサ=バニングス』という人間たらしめているものだと思うし、それを変えようという気はアリサにはさらさらない。

だが、彼女も人間、自分から距離を取られるのは寂しいのだ。

だからこそ、アリサはそんな素の自分をさらけ出しても離れるどころか近づいてきてくれるなのはたちを心の底から大切にしている。

アリサには、なのはたちが近くにいることが何よりも喜びだったのだ。

だから、快人たちが黄金聖闘士(ゴールドセイント)と呼ばれる凄い者で、なのはたちも『魔法』という力を使い、すずかすら『夜の一族』という種族だと知った時には動揺が大きかった。

普通ではない世界に足を踏み入れた皆に自分が置いていかれる、距離が離れてしまうという不安があったのだ。

だから、シャウラが快人たちと同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)だと知った時には『皆と同じ場所』…黄金聖闘士(ゴールドセイント)の側に立てたことが嬉しかったのだ。

だが、その喜びもすぐに不安へと変わる。

十年後に迫った、ハーデス軍という世界破滅の危機の存在である。

その未来の脅威に対し、なのはとフェイトとはやては戦うためその力を高めようと動き出した。

すずかも、総司や教皇補佐のハクレイとともに動き出している。

『動き出した』皆と、『動いていない』自分…再び置いて行かれたような不安がアリサを襲う。

すぐにでも自分も十年後に迫る危機に、皆のように動き出したい。

だが、何をどう動いていいのか分からなかった。

なのはたちのように戦えるわけではない、すずかのように特殊な技能を持つわけでもない…あくまで『普通』の自分がどんな方向に動けばいいのか分からなかったのだ。

そんな中、アリサは自分の『動き出す』方向を見つける。

その道は、『経済』という道だった。

人は生物、食べなければ生きていけないし十分な物資がなければ力を満足に発揮できない。

それは聖闘士(セイント)とて同じだ。

現実の戦争でも『補給』というのは最重要課題であり、これを疎かにした者に未来は無いということは長い歴史が証明している。

聖域(サンクチュアリ)はその補給が無いのだ。

それに気付いた時、アリサは自分の進むべき道を見つけた。

経済的・物資的なバックアップを行う組織の立ち上げである。

具体的にはシャウラの実家、そして自分の実家の事業を次元世界に拡大、新しい企業を立ち上げる。

そしてそこでの利益を、聖域(サンクチュアリ)への支援に回すというものだ。

次元世界というのは、アリサたちにとっては新大陸発見にも等しい、新しい市場の発見である。

そのため、シャウラとアリサの親たちもこの話にはノリノリだ。

上手くいけば、その企業経営を2人に任せるとも言ってくれている。

経済活動とはどんな世界でも人間であればその本質はほとんど同じ、『損か得か?』のシーソーゲームだ。

ならばいかに魔法の国の人間相手だろうが何だろうが、アリサたちにも勝ち目は十分にある。

勝利のために重要なのは『知識』であり、それに裏打ちされた状況判断、そして決断力だ。

そのための知識を今、シャウラとアリサは養っているのである。

 

「必ず、次元世界最高の企業を作って、みんなを助けてみせるわ!

 シャウラ、あんたもしっかりするのよ!」

 

「うん!」

 

シャウラとアリサはそう言って、ある意味では最も難敵ともいえる『経済』との戦いに、決意を新たにする。

この2人の夢ともいえる企業はその後、凄まじい勢いで成長を遂げていく。

そこにはお抱えともいえるプレシアを中心とした技術開発陣ともう一人スカウトされた変態的天才科学者の技術力の影響も大きいが、同時にシャウラとアリサの経営手腕による部分も大きかった。

『生き馬の目を抜く』をリアルで行えるシャウラは、経営においても『生き馬の目を抜く』ような力を発揮したのだ。

この瞬間、後に管理局の運営にも影響を及ぼす超巨大企業、そして聖域(サンクチュアリ)の強力な後援組織である『グラード財団』は産声を上げたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その日、グレアム提督の使い魔であるリーゼ姉妹は聖域(サンクチュアリ)の『双魚宮』へとやってきていた。

その目的というのはパライストラでのカリキュラム作成への協力である。

 

聖闘士(セイント)となるための修行は過酷を極める。

100人の子供のうち聖闘士(セイント)になれたのは10人でほかの90人は死亡したか行方不明というのは有名な話だが、本来ならそれほどに過酷な修行があってはじめて小宇宙(コスモ)を体得できるのだ。

快人やシュウトといった黄金聖闘士(ゴールドセイント)の面々も、才能もあったがそういう過酷な修行はクリアしてきている。

なのはやフェイトのように命の危機に際して覚醒するようなタイプの方が稀なのだ。

なお、はやてのように『神』による強制覚醒はまったく別の話なので今は考えないでおく。

とにかく、『小宇宙(コスモ)に目覚める』というのは命懸けなのだ。

とはいえ、そんな命懸けの修行は今では不可能だ。

何度も語っているが、現在の聖域(サンクチュアリ)の人的資源は絶望的な状態だ。

それを増やそうという施策なのに、それで人材をさらに減らすことは意味のない行為である。

また、そういった過激な修行は管理局にも悪感情を与えるだろう。

そのため、パライストラのカリキュラム作成は非常に重要なものになった。

その内容の要旨は、『生かさず殺さず過酷な修行』である。

無論、過去の黄金聖闘士(ゴールドセイント)からは甘すぎるとの指摘はあったし、事実そう思う。

だが、それしか聖戦への戦力拡充の方法がないのだから仕方がない。

本格的な聖闘士(セイント)の修行は、希望者や見込みのある者だけを後期パライストラで行うとして、前期パライストラでの修行はそこまでの基礎教育となったのだ。

そしてリーゼ姉妹はそのカリキュラム作成のために、『聖闘士(セイント)の修行を体験し、そのカリキュラム作成に対する意見具申』という任務でここ、聖域(サンクチュアリ)へとやってきていたのである。

 

「やぁやぁ、お待ちしてました」

 

やってきたリーゼ姉妹をニコニコと出迎えたのはシュウトだった。

その不気味なまでの笑顔にリーゼ姉妹は顔を見合わせる。

リーゼ姉妹は、正直に言えばシュウトが苦手だった。

それというのも、あの『闇の書事件』でフェイトから蒐集を行ったことでシュウトが自分たちをよく思っていないことは知っていたからだ。

それが異様なまでにニコニコしながらの出迎えに、リーゼ姉妹は顔を見合わせる。

 

「まぁ、聖闘士(セイント)の修行体験の前にお茶でもどうぞ」

 

「あ、ああ。 ありがとう」

 

促されるままに、リーゼ姉妹はシュウトの淹れたローズヒップティを口にする。

 

「おお…」

 

「おいしい…」

 

薔薇の香りと酸味を含んだようなローズヒップティに感嘆の声を漏らす。

それを確認すると、シュウトはそのニコニコとした顔のまま言い放った。

 

「それじゃ修行の方を始めましょうか」

 

「え、でも何の説明も…」

 

その時、リーゼ姉妹は自分たちの身体を襲う違和感に気付いた。

感覚が、どんどんおかしくなっていく。

これは…。

 

「まさか…!?」

 

「毒!?」

 

「ええ、正解です。

 そして解毒剤はここ」

 

コトリと、シュウトはガラス瓶をテーブルに置く。

シュウトもあの『闇の書事件』におけるギル=グレアムの暗躍はある意味では致し方ないことであり、リーゼ姉妹の行いも仕方ないことだということは『理性』の部分では分かっている。

だが、シュウトにとってフェイトとは特別な存在だ。

シュウトにとってのフェイトとは何かと問えば、シュウトは真顔でこう答える。

『己の存在理由』と。

そんな相手が傷つけられて『はい、なかったことに』とは、いくら何でも『心』に整理がつかない。

そんなとき舞い込んだのが今回のカリキュラム作りのための聖闘士(セイント)の修行体験にリーゼ姉妹が来るという話だった。

その話に、シュウトは手を上げた。

あくまで修行体験、自分もやった五感を失われた状態での組手と、同じ状況を毒で疑似的に作り出したに他ならない。

だが、これをもってリーゼ姉妹への感情に決着をつけるという気なのだ。

 

「さぁ、始めましょう。

 修行の第一弾、五感が薄れていく中での追い駆けっこを!!」

 

「くっ!?」

 

即座に手を伸ばすロッテだが、それより早くシュウトはガラス瓶を取ると『双魚宮』の中央へと舞い降りた。

もはやリーゼ姉妹に選択の余地はない。

 

「行くよ!」

 

「ああ!」

 

リーゼ姉妹は解毒剤を奪うためにシュウトとの追いかけっこを始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その様子を遠くで見ていた快人と大悟は完全に呆れ顔だった。

そしてなのはにフェイトにはやては、いつもとは違うシュウトの様子に若干引いた顔をしている。

 

「ぬぅ、あれぞ世に聞く死頭盃(ショウタオペイ)!」

 

「し、知っとるの、うっしー!?」

 

そんなノリのいい大悟とはやてに、快人は呆れたように言う。

 

「おい、大悟にはやて。

 友としていうが、お前らそのキャラでいくと解説役とかになっちまうぞ」

 

「…分かっている。

 はやてや俺の好きな漫画に乗っかっただけだ」

 

「そやそや、いつでも心のゆとりは大切やで」

 

ちょっと深刻そうに頷く大悟とカラカラと笑うはやて。

快人は、そんな2人にため息をついた。

 

「まぁ、俺もあの漫画大好きだけどよぉ…」

 

「快人くんの部屋に全巻置いてあったもんね」

 

「…なのははどの辺までマジだって信じてた?」

 

「…バットマンの元になった『抜婢万(ばっとうまん)』で流石に嘘だって気付いたの」

 

「けっこう最後まで信じてたな。

 俺はゴルフの起源の『()竜府(りゅうふ)』でもう駄目だった…」

 

「みんな一体何の話をしてるの!?」

 

ただ1人なんのことか分からないフェイトが声を上げる。

そんなフェイトに快人はあははと笑った

 

「まぁ、大した話じゃないさ。

 しかしまぁ、あいつもはっちゃけてやがるな」

 

「そうだな」

 

快人の呆れたような言葉に、大悟も相槌を打つ。

 

「ねぇ、本当に聖闘士(セイント)ってあんな修行するの?

 ちょっとシュウが怖いんだけど…」

 

「逆だ、あれでかなりマイルドになってるよ」

 

「あれで!?」

 

驚きの声を上げるフェイトに、快人は肩を竦めて言う。

 

「五感をことごとく奪われてセージじいさんと組手やったりとかな…。

 無論、死ぬほどボコボコにされたけど」

 

牡牛座(タウラス)はそう器用ではないがあれに近い、五感が無くなるまで殴られても組手を続けるとかはやったな…」

 

「「「…」」」

 

相当の地獄を見てきたのか、快人と大悟は遠い目で過去を思い出しながら呟く。

その言葉に、改めて3人娘は聖闘士(セイント)の修行の過酷さを知ったのだった。

そんな3人を尻目に、快人はシュウトに視線を戻す。

 

「まったくあのバカは…。

 普段冷静なくせにフェイトが絡んだ途端、火薬庫みたいにブッ飛びやがる…」

 

快人はこの一連の修行再現が、以前フェイトが蒐集されたことによるある種のシュウトによる報復だということは分かっていた。

リーゼ姉妹のやったことは『最高』とは言えないだろうが、あの段階で彼女たちとグレアムのとれる手段のなかでは『最良』の一手だということは分かっていた。

まさか『闇の書』の中に『神』がいるなどと知らない彼女たちからすれば、あの方法ならはやて1人の命ですべてが丸く収まる。

『人の命は地球より重い』という言葉があるが、それが大嘘だというのは誰でも知っている話だ。

『世界』はいつでも残酷に犠牲を求める怪物であり、それは誰にも止められない。

だから、できる範囲の力と知恵と努力で犠牲を最小限にしようとしたグレアム達の行いは理解はできるし評価できる。

聖闘士(セイント)という、ある意味荒唐無稽な切り札(ジョーカー)があったからこそ誰も欠けずに『闇の書事件』は収まったが、そうでなければグレアム達の行いは大局的には正しいのだ。

それにもう1つ、快人がグレアム達を評価している点がある。

それは『計画を個人で行い、管理局に報告しなかったこと』だ。

グレアムが自分の手で復讐をと考えたのと管理局を巻き込まないためだったのだろうが、もしも管理局にはやての詳細を伝えていたら、はやては間違いなく管理局によって『正式に承認されて』殺害されたであろう。

そうなれば、管理局全体が敵となる。

仮にその状態ではやてを救ったとしても、聖闘士(セイント)と『管理局』の溝は絶望的なものになっていただろう。

結果論の上かなり飛躍してはいるがグレアムの判断がはやてを救い、現在の聖域(サンクチュアリ)と管理局との良好な関係の足掛かりを作ったとも言えるのだ。

そんなわけで快人にリーゼ姉妹を恨む気持ちはないのだが、目の前でフェイトを直接的に傷つけられたシュウトにはしこりが残っていたことも快人は知っていた。

だからこそ、これはある意味ではシュウトの『報復』なのだ。

 

「まぁ、死にはしないし、ご愁傷様ってことか」

 

そう肩を竦めてもがくリーゼ姉妹と、多分に感情的な弟を呆れたように見つめるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

今、仮に彼女たちに「地獄はどこにある?」と問うたとしよう。

ならば、彼女たちは間違いなくこう答える。

「今この場こそが地獄だ」、と。

 

「「…」」

 

魔導士としても優秀なリーゼ姉妹は、自分たちの体力には自信があった。

だがそんな自信はすぐに崩れ去った。

毒で五感が薄れていく中での恐怖の追い駆けっこに始まり、常識はずれの修行があるわあるわのオンパレード。

ニコニコしながらそれを行っていくシュウトを、実はこれは自分たちをなぶり殺しにするための、回りくどい処刑なんじゃないかと疑い始める。

そんなリーゼ姉妹の視線を無視して、シュウトは嬉々として次の修行を発表しようとしていた。

 

「さて、次は…」

 

その時、シュウトの肩に手が置かれる。

 

「その辺にしておけ、シュウト。

 これ以上はヤバいだろ」

 

「兄さん…。

 でも、修行の内容のまだ半分も体験してないよ?」

 

「焦らずゆっくりやってもらえばいいさ。

 今日はもう簡単な修行にしてやって、終わりにしろ」

 

「…わかったよ、兄さん」

 

快人の言葉に、シュウトが頷く。

この瞬間、リーゼ姉妹には快人に後光が差して見えた。

 

「それじゃ、最後に単純な筋トレで終わりにしよう。

 大丈夫、ただ単純に重いものを運んで筋力をつけるだけだから」

 

その言葉にリーゼ姉妹はホッと息を付いた。

それなら今までのような無茶な内容にはならないだろうと思ったからだ。

だがそこに現れたのは…。

 

「これを運んで階段を上り下り10往復で」

 

「「…」」

 

巨大、ひたすら巨大な岩だった。

リーゼ姉妹はいまだに地獄が続いていることを知る。

だが、再び快人の待ったがかかった。

 

「おいおい、今の状態じゃそれ背負った瞬間に潰れるぞ。

 まったく…ここは俺が受け持つからどいてろ」

 

呆れたようにため息をついた快人がシュウトを押しのける。

 

「さて…そんじゃ最後の筋トレは俺が受け持ってやるから感謝するように。

 大丈夫、この快人様が遺伝子の欠片まで鍛えつくしてくれるがががーっ!」

 

そして快人が取り出したものは…。

 

「ドラム缶?」

 

「うん、ドラム缶。

 これ押して行ったり来たりを数往復。

 これが基本の筋トレの代用ってことで」

 

それは中身満載のドラム缶だ。

相当な重さはあるが、巨大な岩を運べと言われるよりはこれを押すほうがはるかに安全な上、足腰も十分鍛えられるだろう。

リーゼ姉妹は言われたとおりにドラム缶を押す。

全身を使う単純作業ながら、重量のせいで結構な労働だ。

だが、命の危険が全くない『ドラム缶押し』は今までの修行と比べれば天国だった。

 

『これって…』

 

『結構楽しいかも…』

 

疲れすぎで脳が働いていなかったのか、そんなことを考えてしまう2人。

この後、数日間に渡ってリーゼ姉妹は聖闘士(セイント)の修行を体験し散々な目に合うのだが、一日の終わりにある『ドラム缶押し』だけは唯一安心してできる修行であった。

やがて、管理局へ帰還したリーゼ姉妹から、『修行内容のほとんどが生死を伴うものでありそのままの採用は不可能』という報告と意見具申書が提出され、その辺りがかなり甘くなったカリキュラムが組まれていくことになる。

だが、この『ドラム缶押し』だけはそのまま基礎体力作りとして残った。

パライストラにはそのための『ドラム缶押し』のスペースが作られ、まれにリーゼ姉妹はパライストラを訪れて何かを懐かしむように『ドラム缶押し』を行ったという…。

 

こうして紆余曲折とリーゼ姉妹の汗と涙の元に、パライストラのカリキュラムは着々と組まれていったのだった…。

 

 




というわけで、前々から書いていたすずかとアリサのこの物語における役割が判明しました。
聖衣修復師すずかとグラード財団総帥アリサの誕生でした。
どう考えてもなのはたちより重要人物ですね、これ。

そして猫姉妹への、聖闘士修行体験という名のシュウトの復讐。
とはいえ、猫姉妹は別にそこまで悪いことやったわけじゃないですからね。
ただ、普通に聖闘士の修行を体験してもらいました。
しかしそれでも十分イジメの域というのが、聖闘士の過酷なところです。

あと、修行風景は完全にネタに走ったものです。
私の名前のキューマル式は、自衛隊の90式戦車のことです。
そこからも分かるように私は戦車やら戦史やらが大好きですので、あの有名戦車ゲーのネタでした。
ここはいつの間にか、聖域から死十字になったようです。


べつに だれに めいれいされた
わけでもねえのに みんな
ときどき ドラムかんを
おしに くるのさ。
・・・・おしても いいんだぜ!
なつかしい ドラムかんをよ!

日― ― ― ― ― 1
日― ― ― ― ― 2
日― ― ― ― ― 3
日― ― ― ― ― 4
日λ ― ― ― ― 5

以上、パライストラの新しい風景でした。


次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:ユナちゃん、マジヒロイン。
     魚座さんにナンパされて顔を赤くするなんて…。
     抵抗できなくされて無理矢理ソファーに座らされたり、光牙の回想でも別枠状態だし、ユナのピンチで嫌ってた闇解放とか、仕事をするヒロインだなぁ…。
     あの無理矢理ソファーに座らされるシーンで、ユナちゃんの肩を抱いたりする魚座さんがキャバクラおやじに見えたのは何故だろう…。
     
     思った通りですが魚座さんにバラはありませんでした。
     結局、旧作の技をしっかり使ってくれたのは牡牛座と蟹座のみ。
     …いい加減、泣いていいかな?
     マルス四天王はことごとく神様の名前だけど…まさか『神族』なのか?
     だったらΩ青銅が勝つヴィジョンが全然浮かばないんだけど…。

     総括として、ユナがとことん仕事をした回でした。


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第44話 双子と牡牛と蠍、遭遇する

ぎゃぁぁぁ、週一投稿ペースがぁぁぁぁorz。
というわけでちょっと遅れましたが今回の投稿です。
そして、長い戦いの火蓋がついに切って落とされます。



 

「わぁ、綺麗なところ!」

 

「ほんまやなぁ」

 

「地球より文明が進んでるのに、こっちは自然が多いのね」

 

すずかとはやて、そしてアリサが周りの光景を見ながら感嘆の声を漏らす。

それを見ながら、総司は呆れたように言った。

 

「遊びに来たわけじゃないんだぞ…」

 

「まぁ、そう固いことをいうな、総司。

 こんな心洗われる景色の中でのハイキングなのだ。

 はしゃいでも仕方ないだろう」

 

総司の肩を叩きながらガハハと笑う大悟に、総司の頭痛が増す。

その視線の先では、シャウラは不安そうな顔をしていた。

 

「で、でも大丈夫かな?

 犯罪者もいるんでしょ、その人たち?」

 

「その通りだが、それなりに事情もあるし、交渉の余地はあると思っている。

 それに…俺の知る限り、魔法技術に関してはこれ以上の天才はいない。

 今後お前やアリサの目指す『グラード財団』には、優秀な魔法技術者は必要だろう。

 プレシア以外の技術者の確保もすべきだ」

 

シャウラの言葉に、総司はそう返した。

総司の『アナザー・ディメンション』でやってきたここは、次元世界のとある場所。

ちなみに今日の来訪は管理局には知らせていない完全にお忍び、不法入国であったりする。

そこまでして今回、このメンバーが次元世界にやってきたのは、スカウトのためだった。

ヘラからこの『世界』の元になったとも言える『世界』、『リリカルなのは』の物語を総司は資料として見て、僅かながらその概要を知っていた。

だがこの『世界』はヘラによって歪められ、10年後に起こるはずの『リリカルなのは』の『JS事件』と呼ばれる出来事はこの『世界』では起こりようがないだろう。

だが、そこで総司はふと考えた。

例えこの『世界』で『リリカルなのはの世界』の出来事が起こらなくても、そこに登場した人物は存在するはずである。

それはなのはたちの存在が証明している。

しかも、完全な破綻とも言える10年後までの出来事は、ある程度似通っているのではないだろうか。

ならば、その人材をなんとか自分たち聖域(サンクチュアリ)に引き込めないかと考えたのだ。

そこで考えたのがこのタイミングである。

 

「ゼスト隊、そしてジェイル=スカリエッティの戦闘に介入し、双方の人材をスカウトする」

 

次元犯罪者である天才科学者、ジェイル=スカリエッティ。

彼の研究する『戦闘機人』…かなり大雑把に言えば、いわゆるサイボーグのようなものの研究だがこれに対する強制捜査のため、ミッドチルダ地上本部の最強の部隊であるゼスト隊がその研究施設に突入するのだ。

だが、これには裏があった。

ジェイル=スカリエッティを作り出し、その研究を推進していたのはほかならぬ管理局、そしてそのトップとも言える『最高評議会』だったのだ。

『最高評議会』―――時空管理局に務めるものでもその全貌を知る者はいない、管理局を支配する存在である。

その正体は、とうの昔に肉体を無くした3つの脳みそだ。

自分たちの理想、『次元世界の平和』のために尽力し、人の体を捨てそれを見守る道を選びながら、いつの間にか歪んでしまった存在である。

最初の理想は尊かったが、それは歪みに歪み、現在では自分たちの考え出した正義・秩序に合わぬものを問答無用で排斥していく、ただの妄執の塊となってしまっている。

その彼らが考える正義・秩序のためにジェイル=スカリエッティは生まれ、次元犯罪者として活動しているのだ。

その秘密を知ってしまったゼスト隊は、口封じのために全滅の憂き目にあってしまう。

それが総司の知る『ゼスト隊全滅事件』の簡単な概要だ。

そこで総司は、それを逆手に取りジェイル=スカリエッティとゼスト隊双方を聖域(サンクチュアリ)へと引き込もうというのだ。

具体的には双方の戦闘中に介入、ジェイル=スカリエッティとゼスト隊双方の被害を抑える。

その上で『お話』をするのだ。

ジェイル=スカリエッティ一味も、最高評議会にははっきりと閉口していた。

それと完全に袂を分かつチャンスと知れば、乗り気になる。

さらに言えば、彼は科学者という意味ではあるが純粋な人間だ。

目の前で小宇宙(コスモ)の力を見せつけられれば、それに間違いなく興味を持つだろう。

それを間近で見て研究をしていい、といえば喜んで頷く。

一方のゼスト隊も、ジェイル=スカリエッティのアジトを少し調べさせれば、最高評議会との繋がりを示すものを見つけるだろう。

そこまで知ってしまえば、自分たちが管理局に帰れば口封じの憂き目に合うことは誰でも理解できる。

その秘密裏の亡命先として聖域(サンクチュアリ)を提示すれば、断られることはないだろう。

無論家族を残してきているものも多いだろうし問題は多々あるからその後に考えることは多いだろうが、それでもその家族ごと口封じをされる可能性のある管理局に戻る選択はすまい。

そこまで考え、総司はまずこの話をシャウラたちに持ちかけた。

先にも言った通り、シャウラとアリサが聖域(サンクチュアリ)の後援組織としての企業、『グラード財団』の立ち上げを考えていることは知っていた。

だが、今まで他の誰かが支配していた市場に後から入り込もうというのだ。

それを行い、勝ち抜く『何か』が無くてはならない。

それは資本力であったり技術力であったりと、様々である。

一応シャウラたちは地球においても大企業、次元世界でも共通に価値のある金などの貴金属はかなり保有しているし、聖域(サンクチュアリ)にある豊富な金鉱山資源の一部の使用が許可されていた。

だから資本力の面では何とかなる目処は立っていた。

しかし、技術力という面では大きな水を開けられていた。

シャウラとアリサは地球人、『魔法の無い世界』の出身であり、商売相手は『魔法のある世界』だ。

その文化に即したニーズを満たす必要がある。

そのため、魔法の研究は不可欠だったが、そのための人材もいない。

聖域(サンクチュアリ)へ全面協力を約束している天才科学者のプレシアはいるが、それでも足りないのだ。

そんな時に現れた次元世界でも天才として知られる科学者のスカウト話である。

その相手が犯罪者であると知ってシャウラは渋ったのだが、アリサは即座に乗り気になってシャウラを懇切丁寧に『説得』してくれた。

では出発を、と考えていたところアリサがほかの少女たちに声をかけてしまったのである。

そのため、その時に聖域(サンクチュアリ)にいた大悟とはやて、そしてすずかも一緒にスカウトへとやってくることになったのだ。

ちなみに快人となのは、シュウトとフェイトの2組は現在聖域(サンクチュアリ)にいない。

セージから特別な任務を受けて行動中であった。

 

「まったく…戦闘になるかもしれないというのに…」

 

総司としては声をかけたシャウラと2人で来るつもりであった。

戦闘に介入するのだから戦闘が起こることはほぼ確定、他は連れて行くつもりはなかったのだがいつの間にかピクニックの様相である。

だが、この時点では総司はそれほど深刻に考えていなかった。

ゼスト隊、そしてジェイル=スカリエッティも強力な戦闘能力は持っていたが、それはあくまで『魔導士として』である。

制圧など黄金聖闘士(ゴールドセイント)である総司なら、一人で片手間にできる。

それが今のこちらは自分を含め黄金聖闘士(ゴールドセイント)が3人だ。

これで不安要素を、と考える方が難しい。

そう考えていたのだが…。

 

「「「!!?」」」

 

その時、総司と大悟とシャウラはバッと空を見上げた。

そのただならぬ気配に、はやてがゆっくり聞く。

 

「どないしたん、うっしー?」

 

「はやて…お前も感じないか?」

 

言われてはやては目を瞑り、感覚を広げる。

すると…。

 

「こ、これ!?」

 

「ああ…小宇宙(コスモ)を感じる!」

 

大悟の言う通り、小宇宙(コスモ)を感じ取れる全員が小宇宙(コスモ)を感じていた。

しかも通常の状態ではなく、戦闘状態の小宇宙(コスモ)である。

 

「ねぇ、総司くん。 今から会う相手って、聖闘士(セイント)なの?」

 

「そんなことはない。 ない…はずだが…」

 

だが実際に小宇宙(コスモ)を感じる以上、何かの事態が起こっているのは間違いない。

 

「…はやて、聖衣(クロス)を着ておけ」

 

「う、うん…」

 

大悟の言葉に頷いたはやてが、聖衣(クロス)を展開する。

 

「シャウラ…」

 

「アリサちゃん、僕から離れないで。

 何があっても絶対守るから」

 

アリサの不安そうな言葉に、シャウラが答える。

一気にピクニック気分から緊張状態へと変わった一行は注意深く、歩を進めるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

断末魔の悲鳴は、すぐに何かの砕ける音と何かの潰れる音に掻き消える。

その砕ける音と潰れる音が何なのか、考えたくもない。

部下の無残な死を見ながら、ゼスト隊隊長、ゼスト=グランガイツは声を張り上げる。

 

「無事なものは何人残っている!?」

 

「もう生き残りは私たちだけです!? クイント、しっかりして!?」

 

ゼストの言葉に、すぐそばにいたメガーヌ=アルピーノが悲鳴のような声で答える。

肩を貸す親友のクイント=ナカジマは出血により呼吸が荒い。

その意識を繋ぎ留めるために、声を張り上げる。

そんなゼストたちに、別の声が投げかけられた。

 

「騎士ゼスト、もう一度同時に攻撃を!

 タイミングを合わせてくれ!」

 

そうやって声を上げる少女の名前はチンク、ジェイル=スカリエッティの生み出した『戦闘機人』、ナンバーズの1人だ。

本来敵であるはずの管理局とジェイル=スカリエッティ一味が共闘している。

それには、しばらく時間を遡る必要がある。

 

 

ゼスト=グランガイツ率いるゼスト隊はその日、『戦闘機人』事件の強制捜査へと踏み切った。

そして部下を伴い、違法研究施設と思われる場所へ突入したのである。

そして、その防衛のためにチンクは出撃していた。

双方の戦力がぶつかり戦端が開かれる…まさにその時、突如として現れた4人の男の襲撃を受けたのだ。

その男たちはどちらの味方でもない、完全な第三勢力だ。

ゼスト隊は甚大な被害を受け、さらに施設への被害を拡大しながら侵入を試みようとする襲撃者。

そんな中、戦場での一時の共同戦線が敷かれることになったのだ。

ゼスト隊は生存のため、そしてチンクたちはマスターたるジェイル=スカリエッティを守るためだ。

だが、相手の力は圧倒的だった。

魔力反応は皆無、だというのにその動きは目に追える速度を大きく上回り、その攻撃は一発でバリアジャケットを貫き人間をボロクズへと変えた。

さらに彼らの纏う、怪しく黒光りする鎧はどんな魔法の攻撃も通さず、平然としている。

すべてが規格外の存在だった。

 

「くっ、早くしないとドクターが…」

 

チンクの表情には焦りが見える。

既に襲撃者の内、2人は施設内へ突入してしまっていた。

先ほどから内部でジェイル=スカリエッティを守っているはずの姉たちの応答がない。

自分もすぐにでも助けに向かいたいが、目の前の敵は強大すぎる。

共闘しているゼスト隊はほぼ壊滅、施設防衛機能も沈黙しておりチンク自身も満身創痍だ。

そんな彼らに、襲撃者の2人の大男はゆっくりと近づいてくる。

チンクはその2人に向かって叫んだ。

 

「お前たちは一体何者だ!?」

 

その言葉に、2人の大男たちは答えたのだった。

 

「俺は天退星、玄武のグレゴー!」

 

「天角星、ゴーレムのロック!」

 

名乗りを上げたその2人は聖闘士(セイント)の宿敵、冥闘士(スペクター)であった。

聖域(サンクチュアリ)は10年後の聖戦に向けて行動を始めたが、それは冥闘士(スペクター)も同じこと。

もうすでに一部の冥闘士(スペクター)は目覚め、10年後に王たるハーデスを迎え入れるために行動を開始していたのである。

 

「な、何故我々を襲う!?」

 

「ふん、あるお方からジェイル=スカリエッティとやらを殺して来い、とのご命令だ」

 

グレゴーの言葉を、ロックが次ぐ。

 

「クッククク…理由なんぞどうでもいい、この力で暴れられればそれで満足よ」

 

冥闘士(スペクター)として目覚めたばかりの2人はその力に酔い、存分に暴れまわる場所を探していた。

そのため、その意図など考えることもなく、破壊と殺戮を楽しみにここへとやってきたのである。

 

「さぁ、もっと俺に血を見せてくれ!」

 

血濡れの冥衣(サープリス)でそう宣言するグレゴーは、ゼストたちにとって死神にも等しかった。

ゼストはせめて隙を作り、部下のメガーヌとクイントだけでも逃がそうと決死の覚悟を固め、チンクも死を覚悟したその時だった。

 

「な、なんだ、この小宇宙(コスモ)は!?」

 

「何者かの小宇宙(コスモ)が…近づいてくる!?」

 

今まで余裕の表情だったグレゴーとロックが突如として辺りを見渡し始める。

そして満身創痍のゼスト達を守るように、3人の黄金の鎧を纏った少年が立っていたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

冥闘士(スペクター)だと!? もう動き出していたのか」

 

大悟は驚きの声を上げながら、冥闘士(スペクター)たちに対して警戒の姿勢を取る。

総司は無言のまま、冥闘士(スペクター)たちを観察していた。

 

「大丈夫ですか? すぐに止血を…」

 

シャウラが血を流すクイントの真央点を付いて、その出血を止めた。

回復魔法でもなく簡単に出血が止まるその光景に、メガーヌは目を見開く。

 

「これは…」

 

「話は後です。 はやてちゃん、お願い、できる?」

 

「おっけー、わたしに任せたって!」

 

南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)を纏ったはやてがゼスト達4人に回復魔法をかけ始めるのを確認したシャウラは、改めて冥闘士(スペクター)たちの方に振り返る。

 

「君らは…一体…?」

 

突然の出来事にまだ着いていけないゼストの呟きに、はやては答えた。

 

「わたしらは聖域(サンクチュアリ)所属の聖闘士(セイント)や」

 

聖闘士(セイント)だと!?」

 

4人はその名称に聞き覚えがあった。

昨年、管理局が第97管理外世界『地球』で遭遇した魔法とは違う力を持った闘士たちが聖闘士(セイント)であり、その統率組織が聖域(サンクチュアリ)だ。

その戦闘能力は絶大で、あの『闇の書事件』を解決したという話はもっぱらの噂だ。

さらに手練れの本部武装局員部隊20人を一瞬のうちに戦闘不能に追い込むなど、今の管理局では聖闘士(セイント)の噂でもちきりだ。

ゼストも、親友でもあるレジアス=ゲイズ中将が聖闘士(セイント)たちの使う小宇宙(コスモ)の力に強い興味を示していたので噂は聞いている。

 

「お前ら、聖闘士(セイント)か!」

 

「丁度いい、雑魚ばかりで退屈していたところだ。

 聖闘士(セイント)でも最高位の黄金聖闘士(ゴールドセイント)を討ち取ったとなればハクが付くってものよ!」

 

突如として現れた3人にグレゴーとロックは意気揚々とファイティングポーズをとるが、総司はつまらなそうに大悟とシャウラに言い放つ。

 

「…どうやらもうすでに施設内に侵入した冥闘士(スペクター)もいるらしいな。

 俺はそっちを始末する。

 2人とも、この雑魚は任せた」

 

「任せろ、総司」

 

「わかったよ!」

 

大悟とシャウラの言葉を聞いて、総司はグレゴーとロックに背を向けて施設内へと向かう。

 

「おい貴様、俺たちを雑魚だと!?」

 

「逃げる気か!」

 

総司の言葉に激高したグレゴーとロックは総司を追おうとするが、それを大悟とシャウラが阻んだ。

 

「おっと、お前たちの相手は俺たちだ。

 もっとも、その程度の力で俺たちに挑もうとするのは間違いだがな」

 

「降伏、してください。

 無駄な戦いは僕もしたくありません」

 

「我らを愚弄するか!?」

 

「いいだろう、貴様らから血祭りに上げてやる!」

 

大悟の酷く真面目な、シャウラの相手を気遣った言葉はしかし、グレゴーとロックには挑発にしか聞こえなかった。

グレゴーは大悟に、ロックはシャウラに向かって拳を振り上げる。

その光景に、ゼスト達はほかの隊員たちと同じように吹き飛ばされる2人の姿を想像した。

しかし…。

 

「な、なに!?」

 

「バカな!?」

 

グレゴーとロックの拳は、大悟とシャウラの片手で受け止められていた。

その光景に驚愕するも、すぐに後方に跳び距離をとるグレゴーとロック。

 

「もう一度言う。 その程度の力で俺たちに挑もうとするのはやめておけ」

 

「もう無駄なことはやめて降伏してください」

 

再び降伏を勧告する大悟とシャウラ。

だが、それを無視してグレゴーとロックは必殺の技を放つために小宇宙(コスモ)を燃焼させていく。

 

「潰れろ、弾丸スクリューボール!!」

 

「ローリングボンバーストーン!!」

 

そしてその瞬間、この『世界』において初めての聖闘士(セイント)VS冥闘士(スペクター)聖域(サンクチュアリ)VS冥王軍の戦いの幕が上がったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

身体を丸めたグレゴーが小宇宙(コスモ)を纏い、回転しながら大悟へと迫る。

『弾丸スクリューボール』は自分自身を高速回転する弾丸と変えて相手をひき潰す、天退星玄武のグレゴーの必殺技だ。

その様はまさにデスローラー、それが大悟へと迫る。

しかし…。

 

「な、なにぃ!?」

 

グレゴーが驚きの声を上げた。

それもそのはず、グレゴーの必殺技である『弾丸スクリューボール』を大悟は正面から、左手一本を付き出すだけで受け止めたのだ。

 

「バカな、お前ごときに俺の力が受け止められるわけが…」

 

巨漢のグレゴーは自分自身の力強さを自慢にしていた。

それを多少大柄とはいえ、自分よりも小さな大悟が、それも左手一本で受け止めたことが信じられない。

そんなグレゴーを大悟は鼻で笑う。

 

「これが力だと?

 笑わせてくれる…」

 

バッと左手を振るい、グレゴーを払いのけた大悟はおもむろに腕を組んだ。

 

「貴様、その恰好は何の真似だ!」

 

「お前ごときに露骨なファイティングポーズなど必要ない。

 来い、俺が本当の『力』というものを見せてやる…」

 

「貴様、バカにして!!」

 

腕を組んだまま言い放つ大悟に激高したグレゴーが再び、『弾丸スクリューボール』で大悟に迫る。

 

「見せてやる、本当の『力』というものがどんなものか。

 そして思い知れ、お前の『力』で声を上げる間もなく蹂躙された者たちの気持ちを!」

 

そして大悟の黄金の小宇宙(コスモ)が爆発した。

 

「グレートホーン!!」

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

大悟から放たれる黄金の牡牛の形をした衝撃波が、『弾丸スクリューボール』で迫るグレゴーに直撃する。

冥衣(サープリス)が粉々に砕け散り、グレゴーの肉体すら粉々に砕けていく。

 

「ば、バカな…」

 

自分とは桁が違うその『力』。

それを理解するより早くグレゴーの意識は死に永遠に奪われたのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

一方のロックは大地に手を付き、その意志を大地が汲み取ったかのように巨石が宙に舞い、さながら爆撃のようにシャウラに向かって降り注ぐ。

天角星ゴーレムのロックの必殺技、『ローリングボンバーストーン』だ。

その広域に降り注ぐ巨石の雨は回避など不可能。

しかし…。

 

「スカーレットニードル!!」

 

紅い閃光が駆け巡った。

その閃光に貫かれた巨石たちが、空中で粉みじんに砕け散る。

シャウラの放った蠍座(スコーピオン)の神髄たるスカーレットニードルが正確に、巨石たちをすべて貫いたのだ。

 

「ば、バカな!?」

 

驚きに目を見開くロックは、そこで自身の異常に気付いた。

 

「こ、これは…う、動けん!?」

 

いつの間にか、まるで金縛りにあったかのように動きが取れない。

そんなロックに、シャウラは言い放つ。

 

「リストリクション…あなたはもう、一歩も動けません。

 お願いです、どうか降伏してください」

 

「ふざけるな、こんな拘束など!?」

 

ロックはシャウラの『リストリクション』を振りほどこうと小宇宙(コスモ)を燃やすが、その程度で解けるようなヤワな代物ではない。

降伏の意図がないことを知ったシャウラは仕方ない、と再び小宇宙(コスモ)を燃やし始める。

そして、紅い閃光が放たれた。

 

「スカーレットニードル!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

襲い来る激痛にロックが悲鳴を上げる。

 

「もうあなたに勝ち目はありません。

 どうかもう降伏を!」

 

「ふざけるな、誰がお前などに降伏など…」

 

「…」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

2発、3発と悲しそうな顔でシャウラはスカーレットニードルを撃ち込んでいく。

そして危険領域でもある8発目を撃ち込んだ時だった。

 

「わ、わかった。俺の負けだ!

 降伏する!」

 

ロックからの降伏宣言。

その言葉で、もう傷つけなくてもいいということにシャウラは心底ホッと息を吐くのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「う…あぁ…」

 

「う…うぅ…」

 

ジェイル=スカリエッティを守る『戦闘機人』ナンバーズのウーノ、トーレ、そしてクアットロの3人が倒れ伏し、呻きと共に身体を震わせていた。

 

「ば、バカな…」

 

スカリエッティは先ほどからの理解不能な光景に、茫然とした声を上げる。

施設に侵入してきた襲撃者、そのたった1人に自慢の娘たちともいえるナンバーズ3人が何の抵抗もできずに倒れたのだ。

そして、スカリエッティ自身の命ももはや風前の灯である。

 

「くっ!?」

 

スカリエッティがせめてもの抵抗とデバイスを取り出そうとするが、それより早く衝撃がスカリエッティを壁に叩きつけた。

 

「がは!?」

 

突き抜ける痛みにそのままスカリエッティは倒れ伏す。

 

「ふん、他愛無いな!」

 

そのままトドメを刺そうとゆっくりと近付くその男に、スカリエッティは死を覚悟する。

同時に、その間近に迫った死が、今までの自分の行いを表しているように感じた。

スカリエッティは今まで、様々な非道な行いを繰り返していた。

抵抗する者を力で、あるいは管理局の権力で捻じ伏せ、許しを請う声に耳も貸さずにそんな人間を己の知識欲を満たす実験の糧としていた。

そんな自分がさらに強い『力』に抵抗も許されずに踏みにじられる…因果応報とはまさにこのことだろう。

間近に迫る打開策の無い『死』に、スカリエッティは思考を放棄しようとする。

だが…。

 

「ん?」

 

「ま、待て…ドクターに手出しは…」

 

見ればウーノが這いながら襲撃者の足を右手で掴んでいた。

 

「ふん!」

 

襲撃者はつまらなそうにその手を踏みつける。

 

「あぁぁ!!」

 

ゴキリという音と共に、ウーノの右手が砕かれその白い喉から悲痛な声がほとばしる。

だがそれでもウーノは、今度は無事な左手を伸ばして襲撃者の足を掴んだ。

 

「ウーノ…」

 

「ドクター、逃げてください。 ドクター…」

 

勝ち目もなければ逃げ切ることすらできない状況。

それでも、スカリエッティの無事を願いもがくウーノの姿を襲撃者はあざ笑う。

 

「死にかけながらも主人を守ろうとするとは犬よりはマシらしいな、機械人形。

 いいだろう、お前から先に血祭りに上げてやろう!!」

 

「や、やめろ…!」

 

そう言って襲撃者はその足をウーノの頭めがけて振り下ろそうとした。

振り下ろされれば、ウーノはまるで潰れたトマトのようにその頭を弾けさせるだろう。

それを理解するスカリエッティの声はだが、目の前の凶行を止められない。

 

(これが今までの行いの罰なのだろうか…?)

 

この悔しさと虚しさを今まで相手に与えてきたのか…そう思うと今までの己の行いが愚かに思えてくる。

そんなスカリエッティは、せめて最後まで自分を守ろうとしたウーノから視線を逸らさないよう見続ける。

そのときだ。

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

襲撃者の横合いから衝撃が襲い、襲撃者が壁へと叩きつけられた。

 

「ぐ、誰だ!?」

 

すぐに体勢を立て直した襲撃者に、答える声が一つ。

 

「誰かを命懸けで守ろうとする者は尊い。

 それを犬だ機械人形だのほざくような醜いやつに、名乗るほど安い名は持ち合わせてはいないが…誰に倒されたか分からないものまた不憫。

 いいだろう、冥土の土産に教えてやろう…」

 

そしてガチャリという金属音の足音と共に、黄金の少年が降り立った。

 

聖域(サンクチュアリ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人、双子座(ジェミニ)の双葉総司。

 冥闘士(スペクター)、お前を冥府(タルタロス)へと送り届けに来た」

 

「ご、黄金聖闘士(ゴールドセイント)…」

 

スカリエッティもその名前は聞いていた。

魔法とは違う力、『小宇宙(コスモ)』を使うという闘士、聖闘士(セイント)の頂点ともいえる存在だ。

実際、スカリエッティも小宇宙(コスモ)聖衣(クロス)といったものには興味を示しており、研究のために『あるもの』も最高評議会から届いたばかりだからだ。

そんな現れた総司に、襲撃者は一瞬驚いた顔をするが、すぐに不敵に笑う。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)ならば相手に不足はない!

 オレの名は天敗星の…」

 

「…」

 

だがしかし、襲撃者が名乗りを上げるより早く、総司は目にも止まらぬ速さでその懐に飛び込んでいた。

そして、総司がその小宇宙(コスモ)を爆発させる。

 

「ファイナルディスティネーション!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

格子状の小宇宙(コスモ)冥闘士(スペクター)を包み、閉鎖空間内で高濃度の小宇宙(コスモ)が駆け巡る。

それは冥闘士(スペクター)が纏う冥衣(サープリス)を粉々に砕き、その肉体もを砕かんとする。

そして格子状の小宇宙(コスモ)が消えると同時に、冥闘士(スペクター)は力を失ったように倒れこんだ。

 

「お、オレは天敗星の…」

 

そう言って、名前を名乗りきる前に冥闘士(スペクター)は事切れた。

それを確認してから総司はスカリエッティを抱き起す。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「あ、ああ。 助かった…。

 君は…」

 

「話は後だ。 まずは手当の準備を。

 無論、ゼスト隊の人間のもだ」

 

そう言う総司に、ウーノが途切れ途切れに声をかける。

 

「待って。 まだ…襲撃者はいる。

 襲撃者は4人だった。 もう一人が…どこかに…」

 

その時、総司は外で大悟とシャウラではない小宇宙(コスモ)を感じた。

そしてその映像が、モニターへと映し出されている。

その映像を見て、総司は目を細めた。

 

「…なるほど、まだ終わってはないらしいな。

 戻ってくるまでに、負傷者の手当ての準備はしておいてくれ。

 ドクター・スカリエッティ」

 

それだけ言うと、総司は『アナザー・ディメンション』を発動させて外へと跳ぶ。

残されたスカリエッティは茫然としながらも、負傷者の手当ての準備と共に、外の様子を映し出したモニターを食い入るように見つめるのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

施設から少し離れた場所で、すずかとアリサは手近な石にちょこんと座っていた。

ハンカチをしっかり敷いて直に座らない辺り、育ちの良さが伺える。

流石に戦闘の只中に戦闘力の無いすずかとアリサを連れてくるわけにもいかず、2人はこの場所で皆を待つことになったのだ。

 

「大丈夫だよね、みんな」

 

「…当り前じゃない」

 

不安そうなすずかの言葉にアリサが即座に答えるが、そのアリサとて不安はあった。

確かにすずかとアリサは、総司や大悟やシャウラの強さを知っている。

だが、『強い=無事』というわけではないのだ。

強くたって傷つき、倒れることもあるのが戦いである。

その現実を幼いながら理解しているから不安なのだ。

だからだろう。

2人の背後…地面の下から何本ものうねる触手が迫っていることに2人は気付かなかった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

「「!?」」

 

突然の悲鳴に、大悟とシャウラが振り返る。

するとそこにあったのは、降伏し、シャウラのリストリクションで拘束されたロックが、地中から伸びた触手によって頭を貫かれて絶命した姿だった。

同時に、攻撃的な小宇宙(コスモ)を感じ取った2人は空中へと跳び上がる。

すると、さっきまで2人のいた場所を何本もの触手が貫いていた。

 

「ヒャッヒャヒャヒャ、流石は黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 今のを避けるとはな」

 

そう言って、地中から現れる冥闘士(スペクター)

 

「オレは地伏星ワームのライミ。

 今度はオレが相手だ」

 

「…なるほど、では俺とシャウラのどちらとの戦いを望む?

 お前の望む方が相手になってやるが?」

 

「いいや、2人纏めて片付けてやる」

 

「本気で言っているのか、お前。

 俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)を舐めているのか?」

 

ライミの言葉に大悟は眉を顰めながら問い返すが、ライミは何でもない様に言い放つ。

 

「お前たちはこのオレに抵抗することもできずに死ぬのだ。

 何故なら…」

 

そしてライミの触手が地中から引き出される。

そこには…。

 

「アリサちゃんにすずかちゃん!?」

 

シャウラが悲鳴のような声を上げる。

それは触手に絡め取られ、気を失った2人の姿だった。

 

「くっ!? 人質とは卑怯な!?」

 

「ヒャッヒャヒャヒャ、何とでも言うがいい。

 さぁ、どうする?

 大人しくお前たちが殺されなければ、この小娘どもが死ぬことになるぞ」

 

その言葉に、大悟とシャウラを冷たい汗が伝う。

すずかとアリサの救出は最優先だが、どうすればいいのかわからない。

その時だ。

 

「…なるほど、人質とはな」

 

言葉と共に、総司が現れる。

 

「おお、総司。 中はどうだった?」

 

冥闘士(スペクター)は倒した。

 それで最後のゴミ掃除に来ただけだ…」

 

大悟にそれだけ答えると、総司は一歩前に出る。

 

「動くな!

 この小娘どもがどうなってもいいのか!」

 

そうすずかとアリサを見せつけるようにするライミを、総司は鼻で笑う。

 

「ふん、俺たちに恐れをなしたくせに、人質をとった途端強気とは…どうやら心身ともにクズらしいな…」

 

その言葉は正しかった。

施設内に突入したライミはそのまま、その地中潜航能力で様子を伺っていたのだ。

そして施設内での総司の力、外部での大悟とシャウラの力を見て地中を移動し逃げ出したのである。

その途中ですずかとアリサを見つけ勝ち目を見出したことで戻ってきたのだ。

 

「ワームのライミ…お前に選択肢を与えてやろう…」

 

そう言って、総司はスゥっと人差し指を向ける。

 

「今すぐすずかとアリサを解放して俺たちの目の前から消えるか、強制的にすずかとアリサを解放させられるか…選べ」

 

そう総司の発する言葉と気配に、大悟とシャウラは身を震わせる。

総司が静かに怒り狂っている…それが分かり、冷や汗が噴き出る思いだった。

だが、ライミはそれに気付けない。

すずかとアリサという絶対的な武器を手に入れたライミには、敗北など毛筋ほどもありえなかった。

 

「何を!?

 まずは小生意気な貴様から死ねぇ!!

 ワームズバインド!!」

 

大量の触手が総司に、大悟に、シャウラにと襲い掛かる。

身体を絡め取られた3人の眉間を、ゾブリと触手が貫いた。

脳漿が弾け飛ぶ感触に、ライミが勝利の声を上げる。

 

「ヒャッヒャヒャヒャ!

 何が黄金聖闘士(ゴールドセイント)だ。

 このオレにかかればこんなものよ。

 だが、オレは慈悲深いからな。

 寂しくならないようにこの小娘どもも冥府(タルタロス)へ送ってやるぞ」

 

そして触手で捕らわれたすずかとアリサへと力を込めた。

生身の、それも少女がそんなことをされて無事なはずがない。

瞬きのまもなく、すずかとアリサは、無数の肉片へと変えさせられてしまう。

 

「ヒャッヒャヒャヒャ! どうだ、オレさまの力を!

 ヒャッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 

血塗れの現場に、ライミの勝ち鬨の笑いが響く。

そこに、静かな声が響いた。

 

「…楽しい幻は見れたか?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ヒャッヒャヒャヒャ……ハッ!?

 こ、これは…!?」

 

ライミが見れば、そこには今しがた殺したはずの3人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちが立っていた。

見れば細切れに変えたはずのすずかとアリサもそのままだ。

 

「こ、これは一体…!?」

 

戸惑うライミに、総司が言い放つ。

 

「幻朧拳…お前は幻を見ていたのだ」

 

そう、総司はライミに人差し指を向けたその瞬間、幻朧拳をすでに放っていたのである。

その後の出来事はすべて、ライミの見た幻であった。

 

「そして、お前の選択も見せてもらった…」

 

その時になって、ライミは総司の纏う小宇宙(コスモ)が大きな怒りと共にうねるのを感じる。

あまりの強大さに、ライミは一歩下がるが、そこで切り札があることを思い出したように言い放つ。

 

「う、動くな!

 この小娘どもがどうなってもいいのか!?」

 

そう言ってすずかとアリサを見せつけるように掲げるが、その瞬間、紅い閃光が走った。

 

「スカーレットニードル!!」

 

シャウラの放ったスカーレットニードルが、すずかとアリサを拘束する触手をすべて正確に撃ち抜いた。

そのまま落下する2人の身体を、大悟がキャッチすると後ろに下がり、触手を引きちぎって2人を解放する。

 

「う、うぅ…お、おのれ、おのれ~~っ!?」

 

瞬きの間もなく人質を奪還されたライミが一歩後ろに下がる。

 

「ここまでだな、ミミズ。

 さぁ、お前の選んだ選択の結果を受け入れてもらおう…。

 すずかに手を出す選択を選んだ貴様の結果は…死、あるのみだ!」

 

その宣言と共に、総司の小宇宙(コスモ)が高まり、収束していく。

 

「こ、こうなれば、やってやる!

 やってやるぞ!!

 ワームズバインド!!!」

 

破れかぶれで叫ぶと、ライミから数え切れないほどの触手が総司に向かって放たれた。

人の身体を容易く砕く触手の波。

だが、総司は恐れることなくその触手の波を見つめていた。

 

「ミミズが…銀河に砕け散れ!!」

 

そして、総司の小宇宙(コスモ)が爆発する!!

 

 

「ギャラクシアン・エクスプロージョン!!!」

 

 

銀河の爆砕が、触手の波をまるで紙屑のように千切れ飛ばす。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そしてその爆砕の中で、ライミの肉体は完全に砕け散ったのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

戦い終わり、スカリエッティによる治療が行われる。

傷ついたナンバーズはもちろん、ゼスト・クイント・メガーヌの3人もだ。

一通りの治療が済み、落ち着いたところで今後のことを話し合うことになったのだ。

まず、ゼスト隊の3人はスカリエッティのアジトで最高評議会の関与を示す決定的な証拠を見てしまった。

それによって管理局の腐敗をまざまざと思い知らされると同時に、自分たちの現状を知ることになる。

 

「このまま戻れば確実に口封じをされるな…」

 

ゼストは自分たちが帰る場所を失ったことを知る。

そこで総司たちは予定通り秘密裏の亡命先として『聖域(サンクチュアリ)』を提示した。

 

「ここで死亡したことにして聖域(サンクチュアリ)に来ればいい。

 聖域(サンクチュアリ)は自治特殊世界、管理局の目を逃れて暮らすには丁度いい」

 

そして、同様のことをスカリエッティにも提案した。

スカリエッティも、この提案が自分たちを最高評議会の楔から解き放つものだということは理解できていた。

それに、聖域(サンクチュアリ)は自分に小宇宙(コスモ)の研究をして欲しいという。

科学者としての好奇心を大いにくすぐられるそのテーマを与えられ、そのための援助もしてくれるというのだから迷うことなどスカリエッティにはなかった。

 

「ただ…人体実験みたいなのは勘弁だ。

 広く人の役に立つものをこれからは作って欲しいがね」

 

「…わかっているよ。

 今までの私と、同じようなマネは決してしないと誓うよ」

 

冥闘士(スペクター)に襲われることで、スカリエッティの心情には変化が訪れていた。

今まで自分が与える側だった暴力による無慈悲な蹂躙…それを冥闘士(スペクター)によって自分がされることで今までの自分の愚かさと醜さに気付いたのだ。

思えばスカリエッティは『最高評議会』によって今の状態に、『そうあるべくして造られた』存在である。

まともな情操教育など受けているはずもない。

 

育児において、欧米では『子供は動物、経験によって人間になる』という考え方がされている。

人は『経験』の生き物だ。物の価値観や善悪判断はその『経験』によって成り立つ。

悪いことをして親にゴチンと怒られ、その『経験』が善悪判断の基礎になっていくのだ。

子供には成長のために『怒られる』ということが必要なのだが、スカリエッティにはそんなものはない。

それが今回、初めて善悪判断のための『経験』を味わうことになったのだった。

もっとも、親の愛あるゲンコツではなく冥闘士(スペクター)の拳という愛情など欠片もないものであることは笑える話だが。

 

そんなわけで、もはやスカリエッティとしても非道な人体実験などに手を染める気はない。

そしてそれをしないで済む環境を与えてくれて、しかも『小宇宙(コスモ)』という研究対象まで提示してくれるのだ、総司たちの提案に頷かないはずがなかった。

 

最終的に『亡命』の話は纏まったが、いくつかの問題も発覚した。

まずゼスト隊の家族をどうするか、である。

ゼストは家族はいないが、クイントには夫と娘2人、メガーヌには幼い娘がいた。

最初は家族まとめて全員の『亡命』も提案したが、クイントの夫は管理局の職員であり有能な人物だ。

更に2人の娘は『戦闘機人』…それだけのメンバーがいきなり消えればさすがに疑いの目をかけられる。

いきなり聖域(サンクチュアリ)との関係にたどり着くとは思えないが、それでも管理局との不和の可能性は減らしたい。

クイントもそれを理解しており、結局、クイントは死亡したことにして本人だけが『亡命』することになった。

次にメガーヌの方だが、娘のルーテシアは赤子である。

この子をそのままにしては、何が起こるか分からない。

そこでスカリエッティが管理局に潜入しているナンバーズの1人、ドゥーエにルーテシアの回収を指示、ドゥーエともども聖域(サンクチュアリ)への亡命を行うことになった。

 

次の問題が、この施設についてである。

この施設には、まだ稼働前ながらナンバーズの少女たちが『生まれて』いた。

この施設を放棄し、容易に亡命というのは難しいのだ。

だが、それに関しては総司に手があった。

 

「この施設ごと、アナザー・ディメンションで聖域(サンクチュアリ)まで運べばいい」

 

魔法研究には技術者もそうだが、それをできるだけの施設も必要だ。

聖域(サンクチュアリ)でもプレシアのための研究施設を建造予定だがそれには時間がかかるだろう。

だからこそ、最初から施設ごと『亡命』してもらう腹積もりだったのだ。

施設ごとの引っ越しという、あまりのスケールの無茶苦茶さに一同声もでない。

 

「でもさ…ここまでやってセージ様たちに怒られないかな?」

 

シャウラの言葉は当然だが、聖域(サンクチュアリ)の現状を考えれば悪い話ではないから十分セージたちの納得を得られるという自信は総司にはあった。

それに…。

 

「そのための『切り札』が、何故かこんなところにころがってたしな」

 

総司が顎で指す先には、分析装置に囲まれた白銀の箱が存在していた。

そして、すべての方針を決めた後、総司が最大限の小宇宙(コスモ)と共にそれを発動させる。

 

「アナザーディメンション!!」

 

この日を境に、次元犯罪者ジェイル=スカリエッティは永遠に歴史から姿を消したのだった…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮から西に50キロの森林地帯へと、施設ごとスカリエッティたちを亡命させた総司と大悟とシャウラは、すぐにセージたちにこのことを報告するために『教皇の間』を訪れた。

無論、あいさつも兼ねるためスカリエッティとゼストも同行することになった。

総司から説明を受けた聖域(サンクチュアリ)上層部は、スカリエッティたちの亡命に関してより、冥闘士(スペクター)と交戦したことのほうに意識を持って行かれることになる。

 

「もう冥闘士(スペクター)たちは動き出している…」

 

そのことは聖域(サンクチュアリ)に危機意識を抱かせるのに十分な出来事だった。

 

「しかし、何故冥闘士(スペクター)たちはそのスカリエッティ殿たちを襲ったのだ?」

 

「それに関してですが…理由は『コレ』ではないかと…」

 

当然の疑問を口にするセージに、総司はスカリエッティの施設内で見つけたあるものを取り出す。

それは…。

 

聖衣(クロス)!?」

 

「それは…鳥座(クロウ)白銀聖衣(シルバークロス)か!!」

 

そう、それは鳥座(クロウ)白銀聖衣(シルバークロス)だった。

話を聞けば、『最高評議会』から研究目的としてスカリエッティに送られてきたものらしい。

どこかの無人世界の遺跡にあったものを、極秘裏に回収したものだそうだ。

恐らく、冥闘士(スペクター)はこの聖衣(クロス)の破壊を目的としており、聖衣(クロス)について知ったであろうスカリエッティを抹殺しようとしたのではないかと総司は推測する。

その事実に、セージは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

聖衣(クロス)の極秘裏の回収…。

 いつかこういう事態にはなるだろうとは思っていたが、早いものだ。

 やはり管理局は油断がならんな。 いや、この場合その『最高評議会』か…」

 

今後の管理局との接し方にも、今以上の注意が必要そうである。

総司は結局、この『鳥座(クロウ)白銀聖衣(シルバークロス)』を手土産ということでスカリエッティたちの亡命を認めて欲しいと聖域(サンクチュアリ)上層部に願い出たのだ。

聖衣(クロス)に優秀な人材…これは確かに今の聖域(サンクチュアリ)には喉から手が出るほどに欲しいものだ。

だが、セージは顎をさすりなが総司に問う。

 

「総司よ、聞けばそのスカリエッティ殿は今まで数多の命を己の欲のために奪い取ってきた…いわば『悪』だ。

 それを何故、地上の愛と正義のために戦う我ら聖域(サンクチュアリ)が受け入れられると思うのだ?」

 

やはりスカリエッティの過去の罪状については問題となったのである。

だが、その質問に総司はこう答えた。

 

「それは『過去』のスカリエッティでありましょう?

 過去の罪は変わることはないでしょう。しかし間違いに気付けばそれを正し、償うこともできるのが人間です。

 俺は双子座(ジェミニ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、その事実をよく知っているつもりです。

 だからこそ、その機会を与えてほしいと願います…」

 

そう言って深々と頭を下げる総司に、セージは顎をなでると頷く。

 

「よく考えれば、1つの『悪』を外に出さぬように我らが封じたとも言えるか…。

 よかろう、我ら聖域(サンクチュアリ)は極秘裏に彼らの亡命を受け入れる。

 今後の彼らの行い、見定めさせてもらおう」

 

こうして、スカリエッティ一味とゼスト達は聖域(サンクチュアリ)に受け入れられることになった。

ただし管理局とのこともあるため極秘裏に、である。

会談後、スカリエッティは何故ここまで自分たちに便宜を図るのか総司に尋ねてみた。

 

「あんたが優秀だったのと…個人的な感傷だ」

 

総司としてはヘラからの資料によってスカリエッティについては多少なりと知っていた。

創造者によって道を決めさせられそこを進む以外の道を選択できなかったもの…そんな部分が自分とヘラとの関係に少しだけ似通っているように思ったのだ。

サガやカノンといった、『悪』からの改心という事例が多い双子座(ジェミニ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)として、人の改心を否定することは総司にはできない。

だからこそ、ある意味で同族への憐みから機会を与えたのだと語る。

 

「総括では、あんたの今後に期待している、ということさ」

 

それだけ言ってスカリエッティの胸をポンと叩くと、総司は大悟とシャウラの元へとやってきた。

 

「ふぅ…冷や汗が噴き出る思いだったぞ」

 

会談での緊張で額から噴き出た汗を、大悟が拭う。

 

「総司くん、凄いよ。

 ねぇ、僕の会社のネゴシエイターとかにならない?」

 

「いい話だが、断るよ。

 俺はすずか付きの執事だし、俺がネゴシエイターだとキレて最後には『ショータイム』になりそうだ」

 

「それは…巨大ロボより大惨事になりそうだね」

 

シャウラとの冗談に、総司は苦笑する。

それに、総司としてはこれから忙しくなるという意識があった。

 

(遠からず、管理局が揺れる…)

 

その理由は『最高評議会』である。

管理局を牛耳る『最高評議会』は、肉体を失った脳みそだけの存在だ。

それを維持するには、高度な技術によるメンテナンスが必要となる。

だが、それを受け持っていたスカリエッティたちがいなくなったのだ。

保守が効かず、遠くない未来に勝手に消滅してくれる。

そのあとに多少の混乱が発生するだろうが、10年後の聖戦時にそんなことがあってはたまったものではない。

 

「膿は早いうちに出した方がいいからな…」

 

立場上、直接『最高評議会』を潰すことはできないが、これなら間接的に『最高評議会』を叩けるのだ。

実は今回のスカリエッティ一味のスカウトの理由の一つは、管理局に巣食う『最高評議会への攻撃』だったのである。

総司の二手三手を読んだ上での行動だったのだ。

だが…運命は残酷だ。

まさかこの一手が裏目に出ていようとは、その時さすがの総司も予想だにしていなかったのである…。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ここは管理局の影の中枢とも言える、時空管理局『最高評議会』。

プカプカと浮かぶ3つの脳と、多くの複雑な機械が並んでいた。

 

『スカリエッティが消えどうなることかと思ったが…良い腕だ』

 

「ありがとうございます」

 

3つの脳からの言葉に答えるのは13~14くらいの少女であった。

その隣には、これまた同じくらいの歳の少年が険しい顔で立っている。

 

『今後とも我らのメンテナンスを頼むとしよう…』

 

『そうだな、スカリエッティにやらせていた研究を引き継がせるのもいい』

 

3つの脳は今後の展望を語りだす。

そして3つの脳は少女へと問うた。

 

『何という名前だったか…もう一度教えてもらいたい』

 

その言葉に、少女はニヤリと笑いながら答えた。

 

「私の名はパーラ、そしてこの者は私の護衛のラースでございます…」

 

これ以降、ジェイル=スカリエッティという犯罪者は歴史に消え、それに変わるように『パーラ』という名の女が台頭していくことになるのだった…。

 

 

 




あ…ありのまま今起こったこと話すぜ!
「人材チートしたと思ったらいつの間にか組織力チートをされていた…」
な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何を書いてるのか分からなかった…。
頭がどうにかなりそうだった…。
逆チートとか無理ゲーとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

というわけでゼスト隊生存とスカリエッティご一行のスカウト、そしてついに冥闘士との戦闘に、ヤバい方々の暗躍でした。
同時に、黄金同士の戦いしかしておらず未だ活躍の無かった牡牛座の活躍回です。
牡牛さんのパワーは本気で凄い。

そしてパーラにラース…うん、間に何文字か足りませんな!
ちなみにスカリエッティのところに冥闘士が来たのは、今回の最後のための向こうの計画です。
保守員として入り込んで利用とか、こちらの『あの方』はできる女なのです。
少なくとも、あの翼竜をピンヒールで踏みつけて高笑いするだけの人ではないのです。

次回からは、募集をかけたオリジナル聖闘士たちの登場を数話にかけてやる予定。
パライストラもついに開校の予定。
次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:四天王、あっさり退場。はえぇよ、オイ!
     そしてギュンギュン膨れ上がっていくユナのヒロイン力。
     やだこの子…かっこ可愛い!

     そしてついに光牙とエデンがマルスの元に辿り着くわけですが、どう考えても戦力的に勝ち目がないなぁ…。
     一輝兄さん、そろそろ出てきてくださいよ、マジで。



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第45話 魚と黒、ありえぬ再会をする

ここ2週間のイベント。
インフルエンザで3日ダウン→上司の親の葬式→友人の結婚式→親戚の葬式
……2週間で起こるイベントの数じゃねぇぞ!


というわけで久しぶりの投稿です。
今回はかなり実験的な要素を含んだ内容……募集したオリジナル聖闘士の1人にスポットを当てた話になっています。
人から貰ったキャラを動かすのは始めてですので、まさに手探り状態。

ちなみに今回登場のオリジナル聖闘士ですが……。

俺「弟よ、というわけで小説に登場させるオリジナル聖闘士を決めようと思うんだが……」

弟「じゃ、とりあえずコレ」

俺「……やっぱりそれかい。
  お前……本当に好きだなぁ、そのキャラ」

そんな感じで弟の鶴の一声で採用が決定。正直今までで一番難産でした……。



 

 『終わりは新しい始まり』とはいうものの……ものには限度というものがあると思う。

 事実、彼女が『終わり』から思ったことはそれだった。

 薄れていく意識に消えていく自我。

 ああ、これが『死』なのか……そう『死』を認識し始めた時だった。何かに引き寄せられるような不思議な感覚に、意識が見知らぬどこかを飛ぶ。

 そして気が付いたときには……。

 

「凄い……何だかよく分からないけど……普通じゃないものが本当に呼べちゃった!」

 

 彼女の目の前には、1人の少女が立っていた。

 歳のころは12くらいと言ったところだろうか。赤と白のその服は民族衣装にも、宗教的な儀礼服にも見える。

 そんな少女が驚いた表情で立っていた。

 少女に状況を聞こうと口を開こうとしたそのとき、彼女は己の身体の違和感に気付く。そしてその身体を見渡せば、それはとんでもないものに変わっていたのである。

 

『もう3年以上も前の話になりますか……』

 

 当時のことを振り返り、彼女は苦笑を漏らす。

 そんな彼女の目の前には、この3年間を過ごしてきた少女が机に突っ伏していた。ドテラを来た少女は、白紙の参考書を前に面白くなさそうに腰まで長く伸ばした少女自慢の黒い髪を暇そうにもてあそぶ。

 少女の年齢は15歳の中学3年生、1月も半ば過ぎのこの時期は受験のためにいそしむべき時期である。それがこの体たらく……彼女はため息交じりに言う。

 

『何度も言いますが……勉強しなくてはダメじゃないですか』

 

「んー、何だかやる気でない……」

 

彼女の言葉にも少女はどこの吹く風と、伸びをしながら天井を見上げる。

 

「何度言われても、何だかやる気でないのよ。

 いい学校に入って勉強して……それが私のやりたいことに思えないよ」

 

『受験生がこの時期にそれを言いますか…』

 

「受験生だから将来を真剣に悩んでるんです~!」

 

 彼女は呆れたように肩を竦め、少女は苦言する彼女に舌を出す。そして、少女は再び天井を見上げた。

 

「おかしいなぁ、『夢のお告げ』だと今日、人生を変えるほどの何かがあるはずなんだけど……」

 

 少女にはある特殊な能力があった。それは『予知夢』、夢の中で未来を見る能力である。

 とはいえ、その内容はひどく曖昧なもの。例えば『今日は何か良い事がある』など、具体的内容を伴わない非常に感覚的で曖昧なものなのだ。

 しかし、その的中率はとてつもない。

 彼女とてその『予知夢』のおかげで少女と出会ったのだ。少女が『今日、真面目に修行すれば一生の友人を得る』という『予知夢』を信じたおかげで、今こうして2人は一緒にいる。

 

『まぁ、あなたの『予知夢』が凄いことは知ってますが、間違いだってありますよ』

 

 そう彼女は慰めの言葉を述べるが、その時だ。

 

 

ズドォン!!

 

 

「な、何!?」

 

『今の爆音のようなものは……裏庭あたりからです!』

 

 その言葉を聞き、少女は跳ね起きると彼女を肩へと乗せて爆音のした方に走り出す。

 そしてその発生源――裏庭に辿り着いた少女と彼女が見たものは……。

 

「これ……」

 

『これは……一体……?』

 

 それは鈍い金属の輝きを放つオブジェだった。猫を模しているらしい。そんな正体不明の金属製の猫が、ジッと少女の方を見ている。

 

『……この『世界』にはこんなものがあるんですか?』

 

「ううん、私もこんなもの見たことも聞いたことない。でも……」

 

 彼女の言葉に首を振る少女。だがその目は、目の前の物体にくぎ付けだ。

 直感で分かる、これが『予知夢』にあった『人生を変えるほどの何か』だ。それを理解した少女は目を輝かせながら言ったのだった。

 

「何かすっごく面白いことが起こりそうじゃない!」

 

『厄介ごとの間違いじゃないですか、これ……』

 

 少女の言葉に、彼女はため息交じりに答える。

 その夜、彼女たちは自分たちの運命に出会ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 日本、青森県むつ市。

 そこをシュウトとフェイトは手を繋ぎながら歩いていた。

 美少年・美少女のカップルに、待ちゆく人が振り返る。だが少女のその顔はとてもデートとは思えない、決して楽しそうな顔ではなかった。

 それというのも、2人がここに来たのは遊びのためではないからだ。

 

 話は昨日まで遡る。

昨日、聖域(サンクチュアリ)から1つの星が飛び去った。その星の名は……山猫座聖衣(リンクスクロス)という。すずかが修復を完了させた青銅聖衣(ブロンズクロス)の一つである。

 その捜索が、今回のシュウトとフェイト、そして快人となのはに与えられた任務だった。

 

「必ず見つけ出さないと……」

 

 この話を聞いたなのはとフェイトは、この探索の任に気合十分だ。聖衣(クロス)という聖域(サンクチュアリ)の至宝の一つがいきなり無くなってしまったのだから、それも当然の話なのだが、何より山猫座聖衣(リンクスクロス)は親友のすずかの修復したものだ。もし万が一でも見つからなければ、すずかが何かしらの責任を負わされるかも……そう考えたなのはとフェイトはそれはそれは真剣そのものである。

 一方、聖闘士(セイント)組とも言える快人とシュウト、そして聖域(サンクチュアリ)上層部は全く別のことを考えていた。

 聖衣(クロス)が勝手に飛び立つ……実はこれはそれなりにあり得る現象だ。聖闘士星矢の原作においては、射手座(サジタリアス)黄金聖衣(ゴールドクロス)など頻繁に勝手に飛び出して行ったりしている。だからそのことで責任を、などということは実は聖闘士(セイント)組は誰一人として考えてはいない。それ以上に考えていることが、『聖衣(クロス)が選んだ人間が居る』という事実である。

 山猫座聖衣(リンクスクロス)が自らを纏う運命の者を見つけたのだろう。聖衣(クロス)の選んだ人物……間違いなく、聖闘士(セイント)としての資質を秘めているはずだ。

 その人物の正邪を確かめ、そして可能ならば聖域(サンクチュアリ)へと引き込む……快人とシュウトに課せられた任務はそれである。

 とにかく、聖闘士(セイント)組である兄弟と魔法少女組の少女たちとは若干の意識の違いはあれど与えられた任務に真剣に取り込んでいたのである。

 

「それにしても……妙な気配のする街だね……」

 

 シュウトは辺りを見渡して顔をしかめる。

 山猫座聖衣(リンクスクロス)小宇宙(コスモ)を追ってここまで来たはいいが、その小宇宙(コスモ)もすでに途絶えていた。聖衣(クロス)がオブジェ形態の休眠状態に入ったのだろう。

 それでも微量ながら小宇宙(コスモ)を発しているはずなので、黄金聖闘士(ゴールドセイント)である快人とシュウトならばすぐに見つかるだろう……そんな風に考えていたが、この街に付いてすぐにその考えを改めることになる。

 この街は街全体に奇妙な気配が漂っており、微量な小宇宙(コスモ)を感じ取れないのだ。

 快人はこれを『匂いが強すぎて鼻が利かなくなった』と称していた。

 『何の匂いなのか?』という皆の質問に快人は遠くを見つめながら答える。

 

「死の国、黄泉比良坂(よもつひらさか)の匂いがする……」

 

 日本最大級の霊山でもある恐山のふもとであるここには、そんな匂いが満ちていることを快人だけが正確に認識していた。

 とにかく、小宇宙(コスモ)を正確に追うことがほとんど出来なくなってしまったため、2組は手分けをして山猫座聖衣(リンクスクロス)を探すことになったのだ。

 シュウトとフェイトは山猫座聖衣(リンクスクロス)を探し、丁度街の郊外まで来た時だった。

 

「……ん?」

 

 突然、シュウトが何かを見つめるように空を見上げる。

 

「どうしたの、シュウ?」

 

「今……妙な小宇宙(コスモ)を感じたような……」

 

「もしかして山猫座聖衣(リンクスクロス)?」

 

「……いや、ちょっと違う。

 でも、何だろう……ひどく懐かしい感じが……」

 

 フェイトに答えながら、シュウトは首を捻り、そのわずかな感覚を追うようにゆっくり歩き始める。フェイトもそんなシュウトの後を追い進んでいく。

 そして、導かれるように2人が辿りついたのは一件の和風邸宅だった。古さを感じさせる邸宅と重厚な門が、この家が由緒ある家であることを物語っている。

 

「大きな家だね」

 

「……間違いない、奇妙な感覚と小宇宙(コスモ)をこの中から感じる。

 でも……どうしようか?」

 

 門の前で2人は顔を見合わせた。

 ここは人の家、理由もなく侵入することは立派な犯罪だ。もちろん2人とも一般人に気付かれることなく侵入する術は持ってはいるが、それは最後の最後、最終手段である。力があるからといって、それをおいそれと簡単に使うことの危険性を2人は正しく知っていた。だからこそ、2人は顔を見合わせてどうしたものかと首を捻る。

 すると……。

 

「あれ? 私の家に何か用?」

 

 声に振り返って見れば、そこには14~15くらいの少女が立っていた。この街の人間が見れば、それは地元の中学校の制服だということに気付いただろう。どうやらこの家の人らしい。

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

 シュウトは怪しまれないように慌てて取り繕おうとするが、その少女は2人をジッと、まるで品定めをするかのように見つめる。

 

「あの……何か?」

 

 流石にその視線に妙なものを感じ取ったシュウトは、フェイトをかばうように立ちながらその少女へと視線を向ける。

 すると、その少女は驚くべきことを口にしたのだ。

 

「しっかりしてそうな男の子と金髪の女の子のカップル……もしかして、あなた達シュウトくんにフェイトちゃん?」

 

「!? 何で僕たちの名前を!?」

 

 その言葉に、一気に警戒を強めたシュウトは少し鋭い視線を送るが、それを向けられた少女は特に気にも留めた様子もなく続ける。

 

「なるほどね……。 どうやら『夢のお告げ』はまだ続いてるのね」

 

 そう勝手に納得したようにウンウンと頷くと、少女は2人へと話を続ける。

 

「立ち話も何だから家の中で、ね」

 

 そう言って少女は門を開けると、2人に振り返って言った。

 

「私の名前は猫山 霊鳴(ねこやま れいな)。

 よろしくね、シュウト君、フェイトちゃん!」

 

 振り返りざまに笑顔と共に名前を名乗る少女に、シュウトとフェイトは顔を見合わせたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「実はね、今日は『夢のお告げ』で凄いことが起こるって思ってたんだ」

 

 屋敷を先導しながら2人は霊鳴の話を聞く。

 どうやら彼女には先天的な予知能力があるそうで、『夢』という形で『何かしらが起こる』ことを知っていたという。

 

「レアスキルの一種だね。

 この『世界』の人もなのはみたいに先天的に才能のある人は多いから……」

 

「でも、それにしたってボクたちの名前を知ってるのはおかしいよ」

 

 説明を聞いたフェイトがレアスキルの一種だと結論付けるが、だとしてもシュウトとフェイトの個人名まで分かった理由としては薄い。それを指摘すると、霊鳴はカラカラ笑いながら答えた。

 

「名前を知ってたのは人から聞いてたからよ。

 色々聞かせてもらったんだ、『時の庭園』の小さな可愛いカップルの話をね」

 

『時の庭園』という、普通ならばこの『世界』の人間が知りえない名前を出されたことにシュウトとフェイトは今日何度目かの驚きを隠せない。そんな2人を、いたずらの成功した子供のような、どこか猫を連想させる笑いを含んだ顔で霊鳴が見る。

 

「さぁ、着いたわ。ここが私の部屋。

 ここに……2人のことを色々教えてくれた人が居るわよ」

 

 その言葉にシュウトとフェイトは少しだけ緊張の面持ちでドアを見る。それというのも、自分たちのことを霊鳴に話すような知り合いに心当たりがまったく無いのだ。

 第一『時の庭園』などの、この『世界』でない場所の話が出てくるぐらいに2人のことを知っているのは海鳴に住む友人や少数だけのはず。それらの人物と、目の前の霊鳴との接点がまったく思いつかない。

 そんな風に2人が考えている中、霊鳴はそっとそのドアを開け放った。

 

「……?」

 

 部屋の中は無人だった。

 畳に机、そして桐のタンスと屋敷の外見にあった和風テイストながら、何の変哲もない年頃の少女の部屋である。どうにも部屋に馴染めぬ感じのぬいぐるみ達が若干浮いているのが御愛嬌か。

 

「ふぅ……ただいま!

 この子たちでしょ、噂のシュウト君とフェイトちゃんって?

 話に聞いてたからすぐわかっちゃたよ」

 

机にかばんを投げ出しながら霊鳴が、誰かに話しかけるように言う。

すると……。

 

『はぁ……いつも言ってるじゃないですか。かばんは所定の位置に。

 そんなだからいつも朝出掛けるときになって慌てる羽目になるんですよ』

 

「「!?」」

 

 頭の中に、誰かの声が響く。

それと同時に……。

 

「シュウ、あれ!」

 

「ぬいぐるみが……動いてる!?」

 

 部屋の片隅に陳列されたぬいぐるみの一体、猫のぬいぐるみがトコトコとひとりでに動き出す。

 それは確かに驚くべき光景だが、それ以上にシュウトとフェイトが驚いたことがある。

 それはその声だ。この声は聞き覚えがある。

 忘れ得ぬ人、そしてもはや手の届かぬ場所へと旅立ってしまった人の声……。

 

『……この姿で久しぶり、というのもおかしな話ですが……久しぶりですね、フェイト、シュウト』

 

「リニス姉さん!?」

 

「リニス!?」

 

 その声の主に、シュウトとフェイトは今日何度目になるか分からない驚きの声を上げたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『イタコ』と呼ばれる存在がいる。

 『イタコ』とは死んだ人間の霊を呼び出し、自分の身に憑かせることで死者との交信を行うという存在だ。

 オカルトなどでは有名な存在であり、誰もが聞いたことぐらいはあるだろう。オカルトなテレビ番組で取り上げられたりもするため、その知名度は高い。

 ただ、『魂』に精通する快人から言わせれば、それはほとんどが詐欺の嘘っぱちだという。

 だが、一握りの『本物』も存在するのは事実だ。

 快人に言わせれば、そういう一握りの『本物』は、『対象人物の残留思念をかき集めて言葉にする、いわば生まれながらの天然ものの積尸気(せきしき)使い』だという。

 目の前の猫山 霊鳴(ねこやま れいな)も、そんな一握りの『本物』のイタコの一人だった。

 

「うちは代々続くイタコの家系でね、それでリニスを呼び出しちゃったってわけ」

 

『今の私は魂だけの存在らしく、こうしてぬいぐるみという新しい身体に宿っているのです』

 

 そう霊鳴は説明をするが、シュウトとしては首を傾げざるを得ない。

 死者の魂を呼び出しそれを長期間維持するなど、最高の積尸気(せきしき)使いである快人ですら不可能な話だからだ。

 だが、それも2人の説明によって一応の納得をすることになる。

 

『私がここに呼び出されたのはあの瞬間……『死』の瞬間でした……』

 

 契約が切れたことで存在を維持できなくなったリニス。その意識が完全に途絶えるその瞬間に、霊鳴によって呼び出されたのだという。

 

「その日も『夢のお告げ』を見てね、『今日、真面目に修行すれば一生の友人を得る』、っていう内容だったの。

 その『お告げ』通りに修行をしてたら、いつもとは違う感覚でね。

 リニスを呼べちゃったってわけよ」

 

 要するにタイミングの話だ。

 完全に死んだ者の魂は容易に呼び出せず、長期維持はできない。

 だが、死ぬその瞬間の、『死んでも生きてもいない』瞬間の魂ならば別なのだ。

 リニスは半死半生の絶妙なタイミングで、これまた絶妙なまでに相性の良かった霊鳴によって呼び出されたのである。

 

「何だか……どう反応していいのか……」

 

「ボクも同感だよ、フェイト……」

 

 死んだと思っていたリニスが、魂だけの存在とはいえ残ってくれていたのである。

 リニスを姉と慕っていたシュウトとフェイトにとってこれほど嬉しい話はないのだが……どうにも頭がついて行っておらず、どう反応していいか分からない2人だった。

 そんな2人の様子を、霊鳴はカラカラ笑いながら言った。

 

「まぁ、そういうこともあるわよ。

 現実に起こってるんだし、無理やりにでも納得しないと。 ね?」

 

「は、はぁ……」

 

 笑いながらウインクする霊鳴にどう反応していいか分からず、シュウトはそう曖昧に頷く。そんなシュウトにウンウン頷くと、唐突に首を傾げて霊鳴が言う。

 

「あれ? 2人はリニスに会いにここに来たんじゃないの?

 2人してウチに来る用事はそれくらいしか思いつかないんだけど?」

 

「実は……ボクたち探し物をしてまして。

 リニス姉さんのことは完全に偶然なんです」

 

「探し物?

 ああ……もしかして、『アレ』のことかな?

 こっちよ」

 

 シュウトの言葉に霊鳴は頷くと、ぬいぐるみ状態のリニスを肩に乗せてどこかに向かって歩き出す。

 その後ろ姿を追うシュウトとフェイトは、そんな霊鳴とリニスの様子を見ながら自分たちの知らない絆が2人に出来ていることを知ったのだった……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

霊鳴とリニスに導かれてやってきたのは、重厚な蔵だった。その中には、見るからに由緒正しそうな葛籠や箪笥に巻物、果ては鎧甲冑までもが並んでいる。

 その一番奥に、それはあった。

 青銅に輝く金属質の箱……間違いなく探していた山猫座聖衣(リンクスクロス)聖衣箱(クロスボックス)だ。

 

「これでしょ?

 ウチの裏庭に大穴開けて降ってきたのよ。

 穴埋めるの結構大変だったんだから」

 

「それはすみませんでした……」

 

 そう愚痴をこぼす霊鳴に、ペコリと頭を下げたシュウトはそこでふと違和感に気付く。

 

「あの……これを運んだのって、霊鳴さんなんですか?」

 

「そうよ。 私以外にいるわけないじゃない」

 

 さも当然のことのように霊鳴は言うが、それは凄いことだ。

 聖衣(クロス)の本来の重量とはとてつもなく重い。聖衣(クロス)小宇宙(コスモ)を循環させることによって始めて、最高の武具になるのだ。それを出来ていない聖衣(クロス)はただの重いだけのプロテクターでしかない。それこそ少女一人には荷が重いほどの重量である。

 そんな聖衣(クロス)をここまで一人で運んでこれるという事実、それは彼女が並はずれた怪力の持ち主か、あるいは小宇宙(コスモ)の資質に目覚めているということなのだ。

 無論、この場合後者である。

 そのことを理解したシュウトは、聖域(サンクチュアリ)からの本来の任務を果たすことにした。

 

「霊鳴さん……お話があります」

 

 シュウトは自分たち聖闘士(セイント)聖域(サンクチュアリ)のこと、そして十年後に迫る災厄のことを話す。そして、自分たちの仲間になって欲しいという話をした。

 突然の内容に、すぐには信じられないだろうとシュウトは思ったが、以外にも霊鳴は即答だった。

 

「いいよ。 その話、受けるよ」

 

「そんな即答でいいんですか?

 聖闘士(セイント)の戦いは命の保証なんてない、危険な世界なんですよ」

 

「命の保証?

 そんなもの、この世のどこにもないよ」

 

 あまりの即答にいぶかしむシュウトに、霊鳴はカラカラと笑いながら答えた。

 

「うちの家は、代々続くイタコの家系でね、私は子供のころからその修行で『魂』たちと会話をしてきたよ。

 だから分かる、『命の保証』なんてどんなふうに生きても、誰も、神様だって与えてなんてくれないのよ。

 私が聖闘士(セイント)という者になろうがなるまいが、明日の『命の保証』だってありはしない。

 でもね、だからこそ人は目の前にある最良の選択を選ぶ必要があるの。

 いつ終ってもその『命』に後悔が無いように、ね。

 それに、ね……」

 

 そう言って、霊鳴は山猫座聖衣(リンクスクロス)聖衣箱(クロスボックス)を撫であげる。

 

「なんとなく分かるんだ、この子が私に『自分と一緒にいる道を進んで欲しい』って魂で叫んでることが。

 『魂』の声を無碍にはしない……これは私のイタコとして叩き込まれてきたこと。

 だから、今回もこの子の声を無碍にはしない。

 この子の願う道……『聖闘士(セイント)』の道を進んでみたい……」

 

 そう語る霊鳴に、どことなく兄である快人の姿がダブって見えた。

 

「霊鳴さん……あなたはボクの兄さんに似てますね」

 

「きっとそれは素晴らしい人格者なのよね、そのお兄ちゃんは?」

 

「まさか。 いい加減の権化ですよ。

 でも……最高の兄さんです」

 

「それは私も『最高です』ってことでファイナルアンサー、ってことでいいのよね?

 もう、可愛いんだから!」

 

 そう言ってシュウトを抱きしめて頭をワシワシと撫でる霊鳴。

 実は霊鳴は可愛いものに目が無い。

 そんな霊鳴の感性から言って、いかにも真面目そうでからかい甲斐がありそうな少年のシュウトは大好物だった。

 そして……。

 

「……む」

 

「ん、どうしたのフェイトちゃん?

 もしかしてヤキモチ?」

 

「そんなんじゃありません……」

 

 一切抵抗しないシュウトに不機嫌そうだったフェイトは、霊鳴の言葉にプイっとそっぽを向く。その分かりやすい『私、ヤキモチ妬いてます』という様子に、霊鳴は思わず噴き出す。

 こういう可愛い反応の女の子も霊鳴にとってはどストライクだった。

 

「はいはい、フェイトちゃんもこっちおいで」

 

 無理矢理フェイトまでも引き寄せて抱きかかえると、そのサラサラの髪をワシャワシャと撫でる。

 古い蔵の中での、そんな珍妙な光景はその後しばらく続いたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 とりあえず、詳しい話は聖域(サンクチュアリ)上層部の方から日を改めて、ということでシュウトたちは一端聖域(サンクチュアリ)へと戻り、シュウトたちが帰ったその日の夜……。

 

『いいんですか霊鳴?』

 

「ん? 何が?」

 

『決まってます、聖域(サンクチュアリ)という組織に参加して、戦いに参加することについてです』

 

 風呂上がりの霊鳴に、ぬいぐるみのリニスが苦言する。

 リニスは優秀な魔導士として、フェイトを鍛え上げた存在だ。そんな彼女からすれば霊鳴は戦いというものを甘く見すぎているのでは、との危惧があったのだ。

 だからこその苦言なのだが、霊鳴の心は変わらない。

 

「言ったでしょ。

 『明日の『命の保証』なんて何処にもないから、今出来る最良の選択をする』……私の人生哲学よ。

 私は、この道が『最良の選択』だって思えるわ」

 

 霊鳴は今まで『予知夢』に従い、最良の選択をしてきた。その結果がリニスと共にある今であり、それに後悔もなければ悔いもない。

 今回だって同じだ。それに……。

 

「一回ぐらい逆らってみたいじゃない……」

 

 実は霊鳴は『予知夢』で不吉なものを見ていた。

漠然とした『真黒な絶望』が津波のように迫る……そんなイメージの夢である。その正体こそ、今日シュウトたちによって話された十年後の『聖戦』だったのだ。

 そのことが分かりすっきりした半面、嫌な気分にもなる。

 何故なら『予知夢』の結果は、『逃げ場のない絶対的な絶望』というものだったのだからだ。今までの自身の『予知夢』の的中率を見るに、それはかなりの高確率で未来に待っている出来事だろう。

 だからこそ、決意する。

 

「私はあの『夢のお告げ』を覆す。 『予知夢』を、外れさせる」

 

 自身の信頼する『予知夢』を『外れさせる』ために……それこそが霊鳴の本心である。

 そのことに一応の納得をしたのか、リニスは深いため息をついた。

 

『まったく……私が仕える相手は揃いも揃って、妙なところで頑固ですね』

 

「呆れた?」

 

『ええ。

 これは今後も目を離してはいけないと再認識しました』

 

 それは霊鳴の進む道に、今後もリニスは着いて行くということだ。

 

「……ありがとね、リニス」

 

『いいのです、霊鳴。

 ところで質問なのですが……あなたはさっきから何を書いているのですか?』

 

 リニスの指摘通り、霊鳴は机に向かいガリガリと何事かを書類に書いていた。

 

「ああこれ?

 学校に提出する進路の書類よ」

 

 そう言って掲げた書類にはデカデカとこう書かれていた。

『進路第一希望……聖域(サンクチュアリ)』、と。

 

 こうして、1人の聖闘士(セイント)の資質を持つ少女と、それに付き従う魂は聖域(サンクチュアリ)へと旅立つことになる。

 

 山猫座(リンクス)の猫山 霊鳴の誕生は、まだしばらく先の話だった……。

 

 

 




というわけで、応募をかけたオリジナル聖闘士登場編の第一弾。
今回は小次郎さんから頂きました『リニス憑依型山猫座聖衣の猫山 霊鳴』の登場でした。
リニスの生存についてはリアルでもかなりの数の要望があったのですが、あの段階での助けようがないため変えようがありませんでした。
ですがその後の『リインフォースの聖衣への魂の移し替え』という事例からその話がリアルでも再燃、送ってもらった聖闘士案と弟の鶴の一声で採用という運びとなりました。

小次郎さん、ありがとうございました。


今回で一端、オリジナルの闘士の募集は打ち切らせてもらいます。
皆さまたくさんの案をありがとうございました。


次回はオリジナル聖闘士登場編の第二弾。
パライストラの開校と、そこに集った聖闘士を目指す者たちの様子を描きます。
次回の段階でほとんど全員の第一期オリジナル聖闘士は登場の予定です。

次回もよろしくお願いします。


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第46話 候補生、集う

今回はオリジナル聖闘士登場編の第二弾。
今回の話で、第一期での登場するオリジナル聖闘士、オリジナル冥闘士は、ほぼすべて登場。

彼らの今後にご期待下さい。




 

 第一期パライストラ入校生の諸君、君たちは今この瞬間を持ってこの聖域(サンクチュアリ)における第一歩を踏み出した。

 我々が君たちに授けるのは、人が誰でも持つ『可能性』である。

 人は限りある命を生きる者。だからこそその一瞬の生にすべてを賭け、時として奇跡すら起こす『可能性』を秘めている。

 その『可能性』とは諸君らのうちに広がる宇宙、『小宇宙(コスモ)』だ。

 その『可能性』は、如何なる逆境からも諸君らに生きて前に進むための力になるだろう。

 だが忘れてはならない。

 己で律することのできない力はただの『暴力』であり、それをただただ己の欲望のままに振るうことは『悪』である。

 諸君らには、今ここで心に刻んでほしい。

 我らの授ける力とは、愛と正義のためにのみ使われなければならないのだ。

 我らは諸君らの肉体はもとより、その心も聖闘士(セイント)としてふさわしいものとして育て上げるつもりだ。

 諸君らも肉体のみならず、その心も強く、真っ直ぐに育ってほしい。

 いついかなる時も自己の研鑽を忘れず、いついかなる時も愛と正義をその心に置き続けるのだ。

 長くなったが、厳しい修行に耐え抜き、一日でも早く諸君らが我々と共に愛と正義のために進む『同胞(はらから)』となることを心から期待している。

 

 

――――――パライストラ第一期生入校式における、教皇セージからの訓示より一部抜粋

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 教皇の間において、セージとハクレイの前に直立不動で立つ2人の人物がいた。1人は恐らく二十代半ばの筋骨隆々の男、もう1人は線の細い14~15の美男子である。

 そして筋骨隆々の男と、線の細い美男子は順々に名乗りを上げた。

 

「自分は時空管理局所属! トム・ウイリアム一等陸尉であります!

 この度はパライストラ第一期生総代の任を命じられました!!」

 

「同じく時空管理局所属、エイム・ロイド三等空尉です。

 パライストラ第一期生副総代を命じられました」

 

「自分たち含め男92名、女31名、計123名は本日をもって聖域(サンクチュアリ)、パライストラ第一期生として入校いたします!!」

 

 良く響く大きな声でトム・ウイリアムは宣言すると、ふかぶかと頭を下げる。

 それに合わせてエイム・ロイドも礼をとった。

 

「2人とも、楽にしてほしい」

 

「はっ!」

 

 セージの言葉に、トム・ウイリアムとエイム・ロイドは直立不動の姿勢に戻る。

 そんな2人の様子にセージは苦笑と共に言った。

 

「そう、かしこまらなくてもよい。

 今日この日から、君らは我ら聖域(サンクチュアリ)の同胞なのだからな」

 

「はっ! 教皇様のねぎらいのお言葉、痛み入ります!」

 

 あくまでも姿勢を崩さぬ生真面目なトムに、再びセージは苦笑すると話を始める。

 

「さて、君たち2人はパライストラ第一期生のまとめ役ということになる。

 パライストラは開校したばかり、すべての面において手探りの状態だと言えるだろう。

 ウイリアム君、君は管理局における戦技教導官をしていたと聞き及んでいる」

 

「はっ! 自分は陸戦教導官として戦技指導を行っておりました!」

 

「ならば君も理解できるとは思うが、人を育てるということは難しい。

 指導事項・方針・環境・精神……考慮せねばならぬことは数限りない。

 君たちに小宇宙(コスモ)の技を教えるのと同時に、我らの方も教師として君たちの指導が必要なのだ。

 君たちには生徒側の代表として意見・要望などの取り纏めや、問題の提議を行ってほしい。

 また同時に、『魔法による対小宇宙(コスモ)戦術の構築』など各種研究への支援・調整などもやってもらうことになる。

 多忙ではあると思うが、君たちの力を貸してほしい」

 

「はっ! トム・ウイリアム一等陸尉、粉骨砕身の覚悟でこの任を全う致します!!」

 

「期待しておるよ。

 今日は疲れただろう、もう寮で休みなさい」

 

「はっ! では、失礼します!」

 

「失礼します」

 

 トム・ウイリアムとエイム・ロイドは最後に一礼し、教皇の間から下がっていく。そしてその後ろ姿が見えなくなってから、セージはハクレイに言った。

 

「……どう思いますか、兄上?」

 

 その言葉に、ハクレイは顎を擦りながら答える。

 

「ふーむ……総代の方はいいじゃろう。

 あれは裏表のない真面目な男……アルデバランに近いものを感じる。

 教導官をしていた経歴からも、生徒達の人心掌握に関しては任せても問題はあるまい。

 問題は……」

 

「やはり……副総代の方ですか?」

 

「うむ……。

 お前も感じていよう、丁寧かつ礼を失せぬその態度の中に……どうにも邪欲が見え隠れするように見える」

 

「我らの導きで、それらも洗い流され真の聖闘士(セイント)となってくれれば良いのですが……」

 

「前途は多難じゃな……」

 

 教皇の間にて、ハクレイとセージの兄弟は揃ってため息を着いたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 結論から言えば、ハクレイとセージの勘は正しかった。

 

(『聖闘士(セイント)』……そして『小宇宙(コスモ)』の力か……)

 

 教皇の間からの帰り道、トム・ウイリアムは聖域(サンクチュアリ)の風景を目の当たりにしながら感慨にふける。

 トム・ウイリアムは何人もの教え子を導いてきた優秀な教導官である。

 その堅実な指導は今まで何人もの貴重な人材を育ててきた。

 そんなトム・ウイリアムの信条は「相手を『視て』、相手を『識れ』」である。

 どんな相手であろうと、良く観察し、その特徴・性質を正しく理解すれば、『勝てない』ということはあり得ない。だからこそ、よく相手を観察しろ、というのがモットーであった。

 そんなトム・ウイリアムにとって小宇宙(コスモ)との出会いは衝撃だった。

 

(分からない……)

 

『闇の書事件』、そして『模擬戦闘』……映像資料として残っているものは、もう数えきれないほどに何度となく繰り返し見続けている。

 だが、どれだけ『観察』しても分からない。その力の特徴・性質が理解できない。

 それはトム・ウイリアムが始めて触れた、『未知』の戦闘であった。

 『未知』というのは、戦闘においてどれほど恐ろしいか今さら説明するまでもないだろう。

 だからこそ、トム・ウイリアムはその『未知』を消し去るために、『小宇宙(コスモ)』を理解するために教導官を辞め、このパライストラに生徒としてやってきたのである。

 

(生徒、か……何かを学ぶとは、懐かしいものだ……)

 

 『未知』が『理解』に変わるというのは幸福だ。それを久しぶりに味わえるということにトム・ウイリアムの心は喜びに震える。

 同時に、彼は『小宇宙(コスモ)』という力に大きな期待をしていた。

 彼の教えてきた『魔法』は、かなりの部分を生まれ持った才能に左右される。持つ者と持たざる者がすでに生まれ落ちた瞬間から決定しているのだ。

 その格差は差別意識を産む温床となる。事実、管理局内でも魔力の資質の低い人間へのイジメや軽視などは問題になっていた。

 だが『小宇宙(コスモ)』は誰もが持つもので、訓練次第で開花が出来るという。

 『魔法』という生まれ持った力ではない、努力次第で手に入るかもしれない『小宇宙(コスモ)』……これは今まで『魔法』の資質が低いためにないがしろにされた人間への希望になりえるかもしれない、と考えていた。

 だが、同時に『聖域(サンクチュアリ)』に対する疑問もある。

 

(ここも管理局と同じく、子供を前線に立たせるしかないとは……)

 

 才能さえあれば年齢が低くても社会へと出ていくという風潮の次元世界では珍しいが、トム・ウイリアムは子供を前線に送る管理局のやり方には不満を持っていた。

 自分の半分も生きていない教え子が何人も殉職してきたのだ。そう思うのも無理からぬことである。

 才能があるから、と言って戦場に送り出され、死んでいく教え子……管理局は人材不足を嘆いているが、勧誘や育成ばかりに目が行き過ぎて、人材の『維持』に関しておざなりになっていると考えていた。そうでなければ才能があろうが無かろうが、10にもならない子供に十数時間にも及ぶような戦闘行動を強要するような真似をするはずもない。

 この『聖域(サンクチュアリ)』でも、その最大戦力は10歳の子供たちである。しかもパライストラ第一期生の平均年齢は13歳……27歳のトム・ウイリアムは一番の年長者であった。だがそれも仕方のない、時代の流れなのかもしれない。

 トム・ウイリアムは小さく嘆息すると、せめて自分は自分の思う『大人としての責任』を果たそう、と明日からのパライストラでの生活に決意を新たにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 トム・ウイリアムの隣を歩く副総代、エイム・ロイドが考えていたことは未来の展望だった。

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)……あんなに素晴らしいものを、何故こんな辺境のサルどもが我が物顔で管理しているんだ。

 管理局こそがそれを行うにふさわしいというのに……)

 

 エイム・ロイド……彼は名家出身で空戦魔導師の執務官、押しも押されぬエリートである。だが、彼の評判にはそういったエリートにありがちな嫌味なものはない。しかし、それらの態度がすべて、彼の本性というわけではないのである。

 彼は強力な『管理局至上主義論』の保持者だ。『管理局こそが次元世界を正しく統率・運営できる組織であり、唯一の秩序である』という持論の持ち主である。

 だが、彼はそう言った持論が好かれることはないことを理解していた。そのため彼はその本性を隠し、誰もが親しみやすい『仮面』を付ける。すべては自分の思う通りに他人を操るためだ。

 だからこそ、傲慢かつ野心溢れるその本性を誰も知りえない。

 

(ここでの諜報活動が認められれば、『最高評議会』への道も拓ける。

 管理局最高のポストである『最高評議会』は僕にこそ相応しい……)

 

 結論から言えば、彼は管理局から送り込まれた間者たちのトップである。もっとも、入り込んだ間者たちは彼がトップとは誰も知らない。間者たちは一方的に与えられた指示通りに動かされる、手足でしかないのであった。

 とにかく、彼にとって『聖闘士(セイント)』も『小宇宙(コスモ)』もまるで興味はない、『出世のための踏み台』だ。

 聖域(サンクチュアリ)に対する興味など微塵もない……はずだったのだが……。

 

黄金聖衣(ゴールドクロス)……あんなに素晴らしいものは、やはり僕のような選ばれた人間にこそ相応しい……)

 

 美しい黄金聖衣(ゴールドクロス)の実物に、彼は心を奪われた。

 神々しいまでのその美しさはその心を鷲掴みにし、どうしても手に入れたいという欲求が膨れ上がる。

 その欲望と傲慢さの果てには何があるのか……それは誰も知り得ぬことであった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 聖闘士(セイント)を育成するための学園、『パライストラ』は全寮制の巨大施設である。

 それは黄金十二宮にほど近い平地に建てられ、本校舎・コロッセオのような野外修練場・研究棟・女神神殿など複合施設である。

 その敷地の一画に完成したばかりの第一男子寮はあった。

 そんな寮を手元の紙を見ながら歩く少年――彼の名はサビク・アルハゲ、パライストラの入校生の一人である。

 

「55号室は……奥か」

 

 寮内案内板を見て目的地を確認すると、荷物を背負いなおし、その方向へと歩き始める。

 

 

 ここパライストラは前述したように全寮制である。

 第一男子寮は6階建ての寮だ。

 一階には『会議室』と『談話室』、『総代室』と『副総代室』、そして『11号室』と『12号室』がある。

 そして二階からは各階に6室が存在しており、それぞれ最大4人定員の部屋だ。

 つまりサビクの目的地は、『5階の5号室』、というわけである。

 32部屋で、個室を宛がわれる総代と副総代を除いた最大定員数は128名。

 ただし、現在は定員数に空きがあるため3人で一部屋だ。

 ちなみに、この『部屋』という単位はパライストラにおいては重要なものになる。

 何故なら、各種訓練などの際はこの『部屋』単位でのチームとして行動することになるからだ。

 これは危険を伴う修練が多いため必ず補助となる人間を付ける、という管理局からのカリキュラムに対する要望を聞いた結果である。

 そのため、ルームメイトとの絆というのは非常に重要なものになるのだが、それはまた後の話だ。

 

 

 とにかく、サビクは今日から新しい生活を始める場所へと歩を進めていたのである。

 どんな新しい出会いがあるのか……期待と不安を持って歩を進めるサビクだったのだが……。

 

「だ、誰かいないか!?」

 

 ガチャリと目的地のドアを開いて出てきたのは、意外にも見知った顔の人間だった。

 

「ん、カルマくんじゃないか?」

 

「お、おお! サビク!」

 

 サビクの声に、ドアから出てきた少年――カルマ・レスティレットも驚きの声を上げると、嬉しそうにバンバンとサビクの肩を叩く。

 

「かっかっか、お前もここに来たのか!

 ここには俺以外いないと思ってたよ」

 

 知らない人間との付き合いになると思っていたためか、カルマは顔見知りが居ることで嬉しそうだ。特徴的な笑いでサビクを迎える。

 その姿に苦笑しながらも、顔見知りがいることで少し安心したサビクも返した。

 

「まぁね。

 『小宇宙(コスモ)』……どんなものか興味があるんだ」

 

 そうやって廊下で会話を交わす2人。

 サビク・アルハゲとカルマ・レスティレット、この2人は管理局での顔なじみだった。

 

「ところで、どうしたんだい?

 何か慌てて出てきたみたいだけど?」

 

「ああ、そうだ!

 お前なら大丈夫だろう、すぐに来てくれ!!」

 

 そう言ってカルマはサビクの手を引いて『55号室』に引き入れる。

 

 

 ここで各部屋の構造を説明すると、まず廊下からドアを開けるとそこはちょっとした居間のようになっている。

 『談話室』というルームメイトの共有スペースだ。

 そこから、左右に2つづつ、正面に1つ、ドアが5つ付いている。

 正面のドアはユニットバスだ。

 そして左右のドアから、個人のスペースである『個室』に繋がっているのだ。

 『個室』には開けることで中に物を収納できるボックスタイプのベッド、小さな机にクローゼット。ベッドの上には寝具一式が綺麗な四角に折りたたまれており、茶色の毛布で包まれている。毛布によって茶色い箱状に包まれることから、寝具一式を『チョコレート』と呼んだりするのだが、それらが入校生1人に与えられたスペースである。

 

 

 カルマはサビクの手を引いて、その『個室』の前に立った。

 

「俺達のルームメイトだと思うんだが……どうも中からウンウン唸るような声が聞こえてな、呼びかけても出てこないし、急病かと思って人を呼ぼうと思ってたのだ。

 だが、お前なら……」

 

「わかった。

 僕で何とかなる症状かは分からないけど、見てみよう」

 

 カルマの言葉に、サビクは頷く。

 今回のパライストラ第一期生には、医療技術を持ったものが多い。

 それは聖域(サンクチュアリ)の医療担当とも言える、ヴォルケンリッターのシャマルからの提言だ。

 シャマルは過去の事例から、回復魔法を聖闘士(セイント)に使用した場合効果が増大することを知っていた。同じように小宇宙(コスモ)を併用したなのはたちの回復魔法もかなりの効果アップを遂げている。

 さらに聖闘士(セイント)には『真央点』といった独自の医療技術も存在していた。

 何度も言っているが、人材を育てることは容易ではない。

 それを失う確率を減らすという意味で、戦場医療技術は重要だ。このことから今後の医療技術のアップのため、また聖闘士(セイント)の修行中の命の危険を少しでも減らすという観点から医療技術を持つものを多く欲しいという要望を出したのである。

 そのため、パライストラ第一期生には、医療技術や知識を持ったものが多く、2部屋に1人ほどの高い割合で何かしらの医療技術を持つものが存在していた。

 サビクもそんな一人、治療魔法に外科技術・調薬など医療関係に従事していた管理局員だったのだ。

 

「どうしたんですか、もしもし?」

 

「……~……!」

 

 ドア前から声をかけるが、くぐもったような声が聞こえるだけで反応は無い。

 

「……」

 

 意を決して、ドアノブを握るサビクに、横からカルマが頷く。

 そして……思いっきりドアを開け放った。

 そこには……。

 

「ああ! シャウラ様……あの時、貴方に与えられた痛みで、僕は、僕はぁ……!(ハァハァ)」

 

 ベッドの上で悶えながら転がる金髪碧眼の好青年がいた。

 

「「……」」

 

 口をあんぐりと開け、カルマとサビクが固まる。

 そして……ゆっくりと振り返ったサビクはこう言った。

 

「……駄目だ、僕の力じゃどうやって直しようもない」

 

「……ああ、そうだろうとも」

 

 サビクの言葉に、さもありなんとカルマは頷くのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「いやぁ~、見苦しいところを見せちゃったね!」

 

 『55号室』の談話室でお茶を前に、あははと笑う金髪碧眼の好青年。

 カルマとサビクは「本当に見苦しかったですね」という本音が出そうになり、慌ててお茶を一口含んで言葉を濁す。

 

「僕はヨハネス・スピンドル。 これからよろしく頼むよ」

 

「俺はカルマ・レスティレット」

 

「サビク・アルハゲです。 よろしく」

 

 こうしてお互いにルームメイトとして握手を交わした3人は、お互いの話を始める。

 その内容は自然と、「どうして聖域(サンクチュアリ)に来たのか?」という話になっていった。

 

「実はね……僕の所属は本部第三武装隊だったんだよ」

 

「第三武装隊って……」

 

 そのヨハネスの言葉に、カルマとサビクは顔を見合わせる。

 『本部第三武装隊』と言えば、聖域(サンクチュアリ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)と模擬戦をやったことで有名な部隊だ。

 一瞬の元で制圧されてしまい、それが聖闘士(セイント)の噂の発端ともなっている。

 模擬戦の後、その時の激痛がトラウマになり、武装隊を辞めたという人間も多いと聞く。

 それが何故、その『痛み』を与えた張本人たちの所属する聖域(サンクチュアリ)に来ようなどと思ったのか?

 

「それがね……その痛みが、こう……何て言うのか……『恍惚』になっちゃってね……。

 たまに思い出すと……さっきみたいに込み上げてくるものがあるんだ……」

 

「「うわぁ……」」

 

 顔を若干赤らめ身体をクネらせながら言うヨハネスに、2人は完全に引いていた。

 そんな2人に、あははとこれまた苦笑をこぼしながらヨハネスは続ける。

 

「それもあるけどね。

 何より興味があったのはあの理解できないほどの『力』……『魔法』とは違う『小宇宙(コスモ)』という力を知りたいんだよ」

 

「ああ、それなら……」

 

 それなら自分と同じだとサビクは頷いた。

 結局は、このパライストラにやってきたものはすべて、大なり小なり『小宇宙(コスモ)』への興味があったのだ。

 そういう意味では、3人の中で『小宇宙(コスモ)』への興味が一番強いのはカルマだ。

 

「俺はリンカーコアが無いから、管理局でも事務員だったしな……でも、この『小宇宙(コスモ)』って力なら、俺でも手に入るかもしれない。

 そうすれば……俺も誰かを守れる『力』が手に入る……」

 

 管理局員だったが事務員であったカルマは、苦虫を潰したような顔をしながら吐き出す。

 魔法至上主義の煽りによりイジメまで受けていたカルマにとって、生まれついての才能によらない『小宇宙(コスモ)』の力は希望だったのだ。

 

「そう言えば2人は顔見知りのようだけど、管理局でも部門が違うんじゃないのかな?」

 

「ああ、『境遇』が同じなんでその縁で……」

 

「境遇?」

 

「『親無し』ってことですよ」

 

 サビクの言葉に、ああ、とヨハネスは納得した。

 管理局は慢性的な人材不足を抱えている。それを解消するための施策として、孤児院などの身寄りのない子供たちを管理局へ就職させるという施策を取っていた。そのため、孤児院出身者という境遇のものは管理局には結構に多いのだ。

 カルマもサビクも、同じように孤児院出身者ということで知り合ったのである。

 その時、ヨハネスは何かに気づいたように首を傾げた。

 

「ん? 孤児院で『レスティレット』……?」

 

 その言葉に、カルマは頷く。

 

「ええ、その『レスティレット』出身ですよ」

 

 カルマは苦々しい口調で頷く。

 カルマの育った孤児院『レスティレット園』は、もうすでに存在しなかった。

 原因不明の火事により焼失してしまったのである。

 カルマにとっての『親』とも呼ぶべき園長先生は、その時帰らぬ人となっていた。

 

「……ごめんよ、変なことを聞いてしまって……」

 

「いいや、いいんです……」

 

 ヨハネスの詫びる言葉に、カルマは首を振る。

 

「幸い、兄弟達はみんな無事で里親にも恵まれたみたいだし、それに……」

 

 そう言って目をつぶれば、思い出すのは園長先生の最後の言葉となった言葉。

 管理局に入りたいという自分を送り出してくれた、園長先生の言葉。

 

「『誰かの何かを守れる人間になりなさい』……俺はその言葉を忘れてない。

 この言葉を忘れない限り、先生は俺の中では生き続けてるから……」

 

 そのための『力』を求めて、カルマはここ聖域(サンクチュアリ)に来たのだから。

 少し遠い目をして、カルマは遠い兄弟達のことを思い出した。

 

「カレンや皆、元気してるかな……?」

 

 懐かしき笑顔を思い出しながら、カルマはそっと呟いたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……!」

 

 男が深夜の裏道を、何かに脅えるかのように必死の形相で駆けていく。

 もし、この街の人間が見たのなら、何故この男がこんな表情をしているのか分からなかっただろう。

 この男はこの街を根城にしたマフィアのボスである。この街の裏街道を歩む者なら誰もが恐れおののき、ひれ伏す存在だ。

 それが脅えるように後ろを振り返りながら駆けて行くのである。

 見れば、その左肩が何かに冒されたように焼けただれている。その肩を押さえながら、男は先ほどの理解不能な光景を思い出していた。

 

「なんだありゃ! あの腕利きの用心棒が……一瞬でミンチに……!?」

 

 裏街道を往くものとして、数々の修羅場を潜り抜けてきた男であったが、先ほどの光景はそのどんな修羅場よりも凄惨で残酷で理解不能だ。今の男の脳裏にあるのは少しでも遠くに逃げるという生物としての生存本能のみ。

 だが……。

 

「!?」

 

 ガチャリと、金属のような足音と共に、男の前方の影からスゥっとそれは現れた。

 それは、少女だった。長い黒髪を風に靡かせ、その髪よりなお黒い鎧に身を包んでいる。

 その鎧に付着した赤黒い液体が何なのか、想像するのは容易い。

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

 男は恥も外聞もなく叫ぶと同時に、殺傷設定の魔法を放とうとデバイスを向ける。

 しかし……。

 

 

ゴトリ……。

 

 

 「えっ?」

 

 何かの落ちる音と共に男が視線を巡らすと、地面に落ちていたのは自分の右腕。

 その断面は熱で焼き切られたかのように燻っていた。

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 遅れてやってきた激痛に、叫びと共に男は転げまわる。

 そんな男に少女は一歩、また一歩とゆっくりと近づいて行った。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

 

 脅える男は逃げだそうとするが、すでに追い詰められもはや壁しかない。

 そんな男に残された選択肢はたった一つ、命乞いだけだった。

 

「た、助けてくれよ!

 そうだ、欲しいものはないのか!

 命さえ助けてくれりゃ、金でも何でも、欲しいものはくれてやる!

 だ、だから……!」

 

 その言葉に、少女は始めて口を開いた。

 

「なら……返して。

 私の……『レスティレット』の家族を……!」

 

 少女の言葉と共に、ゆらりと立ち上った炎が無数の刃になって男へと降り注いだ。

 

「ぎゃぁぁぁ……ぁ……!!?」

 

 断末魔の悲鳴は一瞬にも満たなかった。

 超高温の炎の刃は男に突き刺さると同時に燃えだし、瞬時に男の身体を消し炭へと変える。

 

「終わった……」

 

 その燃えカスが風に散っていくのを見ながら、少女は呟いた。

 この少女の名はカレン・レスティレット。カルマ・レスティレットと同じく、孤児院『レスティレット園』の出身者である。

 これは彼女の家族、『レスティレット園』の者たちのための復讐劇であった。

 時空管理局はその人員の不足を補填するために、孤児院などから身寄りのない子供たちをスカウトすることが多い。『レスティレット園』もその例外ではなく、多くの子供が管理局へ向かった。

 だが、『レスティレット園』の園長の、子供たちに対する愛情は本物だった。だからこそ、『レスティレット園』を旅立った後の、その後の活躍というものが知りたいと考えたのだ。

 だが、それこそがきっかけだった。

 『レスティレット園』の園長はそうやって子供たちのその後を調べていくうちに、どうしても不自然に消息を絶っている子供たちの存在に気付いてしまったのだ。そして『レスティレット園』の園長はその疑問を調べていくうちに、時空管理局高官と犯罪組織の癒着の事実、そして消息を絶った子供たちが、その犯罪組織へと人身売買で売られていったという事実に辿りついてしまったのだ。

 そのことを告発しようとした『レスティレット園』の園長だが、その前に殺害され、『レスティレット園』は火をかけられ焼失してしまう。

 一般にはカルマ・レスティレットの知るように『原因不明の火事により焼失』となっているが、実際には不正を知った『レスティレット園』の園長が口封じのために殺害された事件だったのである。

 その火事から焼け出された孤児達だが、その末路も一般に流布された『里親が見つかった』ということでは決してなかった。全員が犯罪組織にその身を売られ、命を散らしていたのである。

 カレン・レスティレットも、本来なら他の兄弟姉妹たちと同じように人生を終わらせるはずであった。だが、そうはならなかった。

 親とも慕う『レスティレット園』の園長、そして同じ家で育った兄弟姉妹たちの『死』……それを知った彼女の絶望と慟哭と怒りと憎しみは、冥衣(サープリス)に見染められたのである。

 冥衣(サープリス)を纏い、力を手に入れた彼女は復讐のために、事件に関わったものを殺して殺して殺しまわった。

 そしてさっきの男が最後の一人、彼女の復讐は終わったのである……。

 

「……」

 

 目的を達した彼女の胸に去来するのは、虚しさ。

 目的を達し、その後に何をしよう、何をすべきというものが浮かんでこないのだ。心が動かない、ぽっかりと穴があいたような状態である。

 結局、復讐を果たしたところで、自分からすべてを奪い去ったこの『世界』は何も変わらないのだ。

 そんな彼女は、ジッと血で染まった自身の手を見る。

 その時だ……。

 

「ふん、何を呆けた顔で地べたを見ている?」

 

「!?」

 

 声に反応しカレンが顔を上げると、そこには影から出てくる男の姿があった。

 歳は13~14くらいか。長身の男で、そのそばには寄り添うかのようにこれまた長身の女が立っていた。

 その男が、嗤うように言う。

 

「地べたを見るのは這いつくばることしかできない、己の往く道すら決められぬ、惰弱な虫けらのすることよ。

 それしかできないのであれば、お前も今殺した虫けらと同類であろうな」

 

「一緒にしないで、あんな私利私欲にまみれたクズどもと!!」

 

 復讐で殺した男と同類と言われたことでカチンときたカレンが、身体から炎を立ち上らせる。

 その姿に男の側にいた長身の女が前に出ようとするが、男が手で制した。

 そして……男から巻き起こるのは、カレンを簡単に超える炎。

 

「!?」

 

 男の炎が、カレンの炎を薙ぐ。その炎を避け座り込んだカレンは、男を仰ぎ見た。

 そんなカレンを面白そうに見下ろしながら男が言う。

 

「往く道すら決まらず、地べたをさ迷う女よ。

 お前に選択を与えてやろう……」

 

 そして、男は手を差し出す。

 

「このまま虫けらどもと地べたを這いずり回るか?

 それとも俺に従い、新しい世界を目指すか?

 選べ……」

 

 その問いかけにカレンは目を見開く。

 

「こんな私利私欲にまみれた世界を……変えれるというの? 出来るというの?」

 

「虫けらのままでは出来まい。

 地平を歪めるも崩すも、顔を見上げたものだけの特権よ。

 顔を上げ、前を見ぬものには目指せまい」

 

 そして、男は選択を迫る。

 カレンの心は決まっていた。

 

「……行きます。連れて行って下さい!

 あなたの導きで、こんな世界を、私からすべてを奪った世界の先へ!!」

 

 カレンの答えに、男は可笑しそうに嗤う。

 

「女、ならば名を名乗れ」

 

「私は……天殺星リントヴルムのカレン!」

 

「いいだろう、共に来い。

 俺が……世界の果てを見せてやろう!

 世界すべてを叩きつぶし、ハーデス様の世界を。

 戻るぞ!」

 

 側に仕える女に促し、男が身をひるがえす。

 この日、カレン・レスティレットは人としてのその名を捨て去った。

 そして……冥闘士(スペクター)、天殺星リントヴルムのカレンが誕生したのであった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 さて、パライストラ第一期生は大きく分けると2種類に分かれる。

 さらなる力の発展を望みパライストラにやってくる者と、望みを託してパライストラにやってくる者だ。

 前者は管理局においてある程度の地位を築いた魔導士たちがさらなる可能性を求めてやってくる者、後者は管理局の正義の理想を目指しながらも魔力素質が無く断念せざるをえなかった者である。

 ここ、パライストラ第一男子寮の『33号室』に入ったルーク・ブランシュは典型的な後者であった。

 彼の家は両親、そして妹が高ランクの魔導士としての資質を持ち管理局に勤める家である。ただ一人、家族の中で魔力を持たないため、ルークは一家の中で『おちこぼれ』として扱われてきたのだ。

 

(『力』が、俺にも『力』があれば……!)

 

 父が、母が、妹が管理局において活躍をするたびにその悔しさに打ち震え、それでも努力ではどうにもならない才能の問題に、生まれたことにすら呪いを吐きかけたこともある。

 そんな彼にとって、『聖闘士(セイント)』と『小宇宙(コスモ)』の存在は衝撃であった。

 あの『闇の書事件』を完全に解決し、本部の武装隊20人を瞬きの間も与えず戦闘不能にするようなその『力』……それが自分にも手に入る可能性がある、というのだ。

 だからこそ、ルークにとってパライストラへの入校は一大決心な上、相当な覚悟を持ってやってきたのである。

 

(断じて、目の前のこいつらに負けるわけにはいかない……)

 

 『33号室』の談話室にて、ルークは他の2人のルームメイトを見ながらそう考える。

 その意気込みは中々のものだが、力みすぎたルークにとってはルームメイトすら、蹴落とすべきライバルであった。

 そんなルークの信条を知ってか知らずか、ルームメイトたちは談笑を続ける。

 

「へぇ……ハリーの家は貴族なのか」

 

「まぁ名前ばかりの没落貴族ですがね」

 

 そう言ってメガネをクイッと上げるのはハインリヒ・フォン・ネテスハイム、通称ハリーである。

 彼も魔導士としての資質は無く、ルークと同じく『小宇宙(コスモ)』の力に希望を見出した人物だ。

 聖王教会所属の司祭を父に持つハリーは、何かしらで自分の力を広く誰かの助けにしたいと考えていた。

 そんな時聞いたのが奇跡としか言いようがない、『小宇宙(コスモ)』の力である。

 しかもその力は魔法と違い、誰もが潜在的に持っているというのだ。

 そのため、ハリーはある意味で自分を試すつもりでパライストラにやってきた。

 自分のうちに眠るその力で、自分が何ができるのか……それを見極めたいと言う。

 

「最も、父さんには上手くいって僕が小宇宙(コスモ)を使えるようになったら、それを聖王教会の騎士たちの訓練に取り入れさせて何とか家の復興を……なんてことを考えてるみたいだけど。

 お家復興とか、いまどき古いと思うんだけどねぇ……」

 

 家を出る前の、父との本気とも冗談とも取れない言葉に、ハリーは苦笑する。

 

「あはは、でもいいじゃないか。自分にどんなことができるのか見極めたいなんて。

 俺はそこまで真面目に考えてた、ってわけじゃないからなぁ……ただ、もっと誰かを守れる力が手に入るかも、って気持ちだし」

 

 そう言って天井を仰ぐのはこの『33号室』の最後の住人、リュウセイ・コトブキである。

 彼は2人とは違って、『前者』組である。

 魔力の資質を持ち、治療系魔法を得意としていた彼は『誰かを守りたい』という気持ちを持って管理局で活動を続けていた。

 だが、『治療』というのは『誰かが傷付く』という結果が出てから始めて重宝される能力である。彼にはそれに不満があった。

 

(この力が『治療』じゃなかったら、『傷つく前に助けられた』かも……)

 

 誰かの怪我を治療するたびに、そんな詮無い考えが鎌首をもたげる。

 だが、そこは適正の問題であり、彼には武装隊に入れるような才能は無く半ば諦めていたのだが、『聖闘士(セイント)』の話がその思いを再燃させた。

 その力があれば『傷ついた誰かを癒す』のではない、『傷つく前に助けられる』のではないか……そう考えたリュウセイはここパライストラの門を叩いたのである。

 

「それに……遠いじいさんが『地球』の出身で、地球にも興味があったからな」

 

 そんな風にリュウセイは身の上話を打ち切る。

 

「で、ルークはどうしてここに来たんだ?」

 

 そしてリュウセイはずっと無言のままのルークへと水を向けた。

 だが、そんなリュウセイへ、ルークはただの一言不機嫌そうに言い放つ。

 

「俺は……自分の価値を示しにきた。

 浮ついた気分で来たわけじゃない」

 

 それだけ言うと、ルークはドアを開ける。

 

「お、おい?」

 

「……自己鍛錬に行ってくる」

 

 それだけ言うと、ルークは部屋から出て行った。

 

「なんだ、あいつ? 感じわりぃな!」

 

「まぁまぁ、人それぞれ事情はあるものですよ。

 彼には彼で譲れないものがあってパライストラにきたんでしょう。

 彼から見たら、僕たちは『薄っぺらい理由』だったのかもしれないですからね」

 

 リュウセイが不機嫌そうに鼻を鳴らし、ハリーがそれを諌める。

 ハリーが予想した通り、ルークにとっては2人のパライストラへ来た理由が自分の理由などとは遥かに軽いように感じられたのである。

 

「まぁ、力む気持ちっていうのもあるか……」

 

 ハリーの言葉に、リュウセイも一応の納得をする。

 

 己の価値を示すためにやってきたルーク。

 己の力を試すためにやってきたハリー。

 己の出来ることのさらに先を目指してやってきたリュウセイ。

 

 それぞれの思いを胸に、パライストラの一夜は静かに更けていくのだった……。

 

 

 





というわけでオリジナル闘士の大量投入の回でした。

まずは登場キャラ紹介とお礼から。

小次郎さんから頂きました第一期パライストラのまとめ役『トム・ウイリアム』。
赤青黒白さんから頂きました野心の副総代『エイム・ロイド』。

次に『55号室組』
ユキアンさんから頂きました『サビク・アルハゲ』。
竜華零さんから頂きました『ヨハネス・スピンドル』。
吟遊詩人さんから頂きました『カルマ・レスティレット』。

そしてライバル冥闘士として、旅のマテリア売りさんから頂きました『カレン・アタナシア』の設定変更を行った『天殺星リントヴルムのカレン』。
この子はヤバい人について行ってしまいました。


最後に『33号室組』
龍牙さんから頂きました『ルーク・ブランシュ』。
サキトさんから頂きました『リュウセイ・コトブキ』。
射手座の男さんから頂きました『ハインリヒ・フォン・ネテスハイム』。

以上のキャラを採用させてもらいました。
皆さま、どうもありがとうございました。


次回以降、彼らの視点からちょくちょくパライストラの様子を描いたりして行こうと思います。
要望等、ありましたらメールなどで受け付けていますのでよろしくお願いします。


次回は最後の1人のオリジナル闘士の登場回と、パライストラの授業風景を書いていければと思っています。

次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:魚座さん、重力制御まで使うわでボス臭がすげぇ!!
     これは、ある意味では魚座の時代が来ちゃったわ!
次回は生き残ってる黄金聖闘士たちが力を貸してくれるようだし、聖闘士はこうでなくちゃ

     4月からΩ新章突入、だと!?
     しかも……鋼鉄聖衣の登場!? 
     2014年にはCGムービーでも聖闘士星矢公開らしいし、今聖闘士星矢がはっちゃけている!



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第47話 聖域、ある日の風景

仕事が忙しく、また週一投稿ペースの崩れてしまったキューマル式です。
ちくしょう……異動はバカだ……。

今回は前回の予告から予定を変更、最後のオリジナル聖闘士の登場はまた次回ということにして、今の聖域の日常のお話です。


カリカリカリカリ……

 

 

部屋の中に、何かを引っ掻くような音が響く。

その部屋ではアルバフィカが机に向かい、書類にペンを走らせていた。

 

 

コンコン……

 

 

「失礼します、校長」

 

 ノックと共に、部屋の中に入ってきたのは知的そうな女性だった。どことなく猫を彷彿とさせる印象の女性である。

 

「追加の書類をお持ちしました」

 

 そう言って女性は袖机に抱えていた書類を置く。その様子に、アルバフィカは目頭を押さえた。

 

「まだこれほどに書類があるのか……」

 

「校長、これでまだ全体の半分以下です」

 

「……気分の萎える話を笑顔でするな、君は」

 

「どんなものであれ正確な状況報告は、秘書として当然ですよ」

 

 アルバフィカのどこか恨みがましい視線に、秘書の女性――リニスはクスリと笑って答える。

 猫山霊鳴によって猫のぬいぐるみに憑依していたリニスの魂だが、霊鳴のパライストラ入校と共に山猫座聖衣(リンクスクロス)への移し替え作業が行われていた。シュウトやフェイトから、流石に猫のぬいぐるみの身体はどうにかしたいという強い要望があったのと、聖闘士(セイント)の素質を多分に秘めた霊鳴への期待からの措置である。リニス自身もこれから迫り来る聖戦までの間に、フェイトやシュウト、そして霊鳴の力になりたいと願い、魂の移し替え作業に頷いた。

 作業自体はあっけないほど簡単に成功した。快人曰く「リインフォースっていう器物の魂なんてほとんど質量の無い魂で成功したんだ、こんなはっきりした魂で失敗する方がどうかしている」とのことである。

 とにかく、聖衣(クロス)にその魂を移されたことである程度の自由が効くようになったリニスはフェイトを育て上げたその細やかな性格を見込まれ、パライストラの校長秘書として働いていたのである。

 その実力はパライストラ初代校長であるアルバフィカも大いに認めるところだ。正直、リニスがいなかったらとうの昔にパンクしていたという自覚が、アルバフィカにもある。だからこそ、彼女の存在はアルバフィカにとって喜ばしいのだが……。

 

「……」

 

「ふふふ……」

 

 微笑みを絶やさないリニスに、アルバフィカは小さく嘆息する。どうもリニスはアルバフィカが困ったりする姿を楽しんでいる風がある。この書類の山とて、タイミングを見計らっていたのではないか、とさえ邪推してしまう。

 実はアルバフィカの思っている通り、この書類のタイミングはリニスの図ったものだ。

 リニスはアルバフィカのことをシュウトから聞き、実際にその人物を見て好意を抱いていた。ただし、大多数の女性がアルバフィカを見て抱く「綺麗な人」という印象ではない、「可愛い人」という印象をリニスは抱いていたのだ。

 毒の血によって他人と交わることのなかった、誇り高き孤高の薔薇……その影響からか、現在のこの聖域(サンクチュアリ)でもあまり人付き合いは得意ではない。そのどこか不器用な姿を「可愛い」とリニスは思ってしまう。

だから、この書類の山には「可愛い人」をちょっと困らせ、「自分に頼って欲しい」というちょっとしたリニスの女心が見え隠れしているのだ。

 結局、アルバフィカは再び小さく嘆息すると、リニスの思惑通りの行動をとった。

 

「手伝ってもらえるか、リニス?」

 

「はい、喜んで!」

 

 待っていました、とばかりのリニス。シュウトですら頭の上がらない最強の黄金の魚座の師を手玉にとる……げに恐ろしきは女である。

 

「……やはり予想していたことではあるが、医薬品の消費量が多いな」

 

聖闘士(セイント)の修行に生傷は絶えませんから。

 回復魔法だけでは効率の問題もあり、医薬品との併用は必至です。

 医療室のシャマルさんも、頭を抱えていました」

 

「だがそのおかげか、今のところ死者は出ていない。

 この部分は追加予算を検討するようにしよう」

 

「わかりました」

 

 スラスラとアルバフィカの指示をメモするリニス。

 

「次は……学生からの要望のまとめか。

 これはまた……」

 

 その内容は学内売店を設置してほしいという要望書だった。

 男子側はトム・ウィリアム、女子側は猫山霊鳴が代表として署名している。入校前から聖域(サンクチュアリ)と繋がりがあり、さらに本人が年下を取り纏めるのがうまい先輩気質だったことも手伝い、猫山霊鳴はいつの間にかパライストラ第一期生の女子のまとめ役のようになっていたのである。

 その内容に、アルバフィカは目頭を押さえる。生粋の聖闘士(セイント)であるアルバフィカにとってみれば、これは完全に我が儘の領域の話だ。予算とて無限ではない、バッサリと却下しようとしたアルバフィカだがリニスが待ったをかける。

 

「生徒のほとんどは成長期の子供、パライストラの推奨している自己鍛錬もあれば食堂での食事だけでは栄養の不足も考えられます。

 それを補うのにも、学内売店というのはよいアイデアではないかと。

 それにこのパライストラは特性上、娯楽は限りなくゼロです。

 『食べる』という娯楽を与えてもいいのではないでしょうか?」

 

 食事というのは単なる栄養補給ではない。ストレス解消であり娯楽だ。

 実際に、現代陸軍の野戦食配給ドクトリンでは十分な戦闘行動を行うためには2食以上の十分な栄養の温かい食事を配給し、工夫や美食化を進めることで戦闘意欲と士気を維持させることを重要だとしている。戦闘糧食にはデザートのついているものまであるくらいだ。

 ストレス解消と士気低下を抑えるためにも、『食べる』という娯楽を生徒に与えてはどうかとリニスはアルバフィカに説いた。

 そしてリニスは霊鳴から聞いた、売店で欲しい物の話をする。

 

「それに……霊鳴から聞いていますが、女子としてはその……月一の『消耗品』を買える場所が欲しいと……。

 医療室からの支給品はちょっと……という話も聞きます」

 

「……ああ、それは確かに男の私にはわからない話だな」

 

 その言葉にアルバフィカも確かに、と頷く。

 かくしてリニスの口添えもあり、パライストラの学内売店は前向きに検討されることになる。

 

「次は……」

 

 そう言ってアルバフィカが次の書類に手を伸ばしたその時だった。

 

 

ズドォン……

 

 

 遠雷のような音とわずかな振動。

 そこに込められた小宇宙(コスモ)だけで何が起こったのか分かり、アルバフィカは頭を抱える。

 リニスはモニターを起動させると、淡々と状況報告をした。

 

「場所は屋外修練場ですね。 やったのは……また、あの人です」

 

「……報告されなくても分かっているよ」

 

「今月に入ってからもう3回目ですよ。

 こう言ってはなんですが……あの人に教師として適性があるようには見えないんですが……?」

 

「……私もそう思う」

 

 今度、本気で人事案については教皇様に意見しようと思っているアルバフィカであった。

 

「被害状況の確認と修繕予算の見積もり……頼めるか、リニス?」

 

「ええ、すぐにでも。

 でもまずはお茶を淹れてきますね。

 校長も少し落ち着いたほうがいいと思いますから」

 

 そういうリニスの視線の先では、アルバフィカの握りしめたペンが砕け散っていた。

 

「わかった……気分の落ち着くものを頼む」

 

「ええ、任せてください」

 

 心の乱れを見透かされちょっとバツが悪そうな顔をしたアルバフィカに、微笑みと共にリニスが答える。

 パライストラ校長と校長秘書の苦労は絶えないようだ……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、その問題の屋外修練場では……。

 

「何だ貴様らは!!

 それで本当に聖闘士(セイント)になろうと考えているのか!!

 不甲斐ない!! 怒りを覚えるほどに!!」

 

 鬼の怒号が響き渡っていた。総司の師の一人、デフテロスである。

 候補生たちの不甲斐なさにキレたデフテロスが小宇宙(コスモ)を放出、屋外修練場の一部を粉々に砕いていた。

 そんなデフテロスを、ため息をつきながらハスガードが押さえる。

 

「待て待てデフテロス、訓練を始めたばかりの候補生たちを殺すつもりか?」

 

「力なきものは死あるのみ!

 こんな軟弱な者どもが聖闘士(セイント)になろうとは片腹いたいわ!!」

 

「その軟弱さを無くすために訓練を始めたばかりなのだが……」

 

「ハスガードの言う通りだ。

 己の肉体を研ぎ澄ませ、鍛え上げることこそ聖闘士(セイント)への道。

 その最初の一研ぎすらしていないうちに、なまくらと決めつけるのは問題があるだろう」

 

 ハスガードの横から、今度はエルシドがデフテロスをいさめる。

 ハスガード・デフテロス・エルシド……この3人が、パライストラの実技を担当する教官たちだ。

 ちなみに座学や女神への敬愛といった精神素養に関してはシジフォスとデジェルが交代で指導を行っている。

 

「しかしお前たちも分かっているだろう。

 10年、たった10年しか時間がない。 このようなことで根を上げる軟弱者に教えを授けても意味はあるまい!!」

 

「時間がないからこそ、慎重にならねばならん。

 お前の危惧は俺にもよく分かる。

 だが、急いてはことを仕損じるもの。

 軟弱者であると結論を出すのは、もう少したってからでも悪くはあるまい。

 それに……これは教皇セージ様からの指示でもあるしな」

 

 教皇セージの名前を出されては、いかにデフテロスといえども矛を収めるしかない。

 

「貴様ら何をグズグズしている!

 さっさと走れ!!」

 

 デフテロスの言葉に、候補生たちは尻に火が付いたかの勢いで走り出す。

 その様子を見ながら、ハスガードとエルシドはため息をついた。

 

「全く……教皇様も何故にデフテロスを教官としたのか……何か深い考えがおありなのだろうか?」

 

 どうにもデフテロスが教官というのがイメージできないハスガードは首を捻る。実は引き締めのためにとことん厳しい鬼教官を、という程度の理由だとは知らないことは幸せなことだった。

 候補生たちを、まさに鬼の顔で追い立てるデフテロスに苦笑しながらも、ハスガードは先ほどのデフテロスの危惧を考える。

 

「10年……デフテロスの言うように確かに短い。

 俺にも同じ不安はある」

 

「しかし、だからといって100億の時間があろうと、ハーデスに対して万全な体勢など望めまい。

 ならば、今やるべきはただ一つ……未来を担うべき剣たちを、時間の余す限り鍛え上げることのみ」

 

 ハスガードの言葉に頷きながらも、エルシドはそう言い切る。

 

「ほぅ……何やら気合十分ではないか、エルシド。

 面白い逸材でも見つけたのか?」

 

「それはこれからのことだろう。

 候補生のどれ程が、真に折れぬ信念を持っているか……すべてはこれからだ。

 あの娘たちのように、心強いものがいればいいが……」

 

「ああ、まったくだ」

 

 エルシドの言葉にその通りだと頷くと、ハスガードは候補生たちを見やるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 パライストラで候補生たちが地獄の訓練を続ける中、ここクロストーン内の『巨蟹宮』でも地獄の特訓が行われていた。

 

「ほらほらほら! もっと速く動かねぇと当たっちまうぞ、小娘ども!」

 

「「「ぎにゃぁぁぁ!!」」」

 

 シャクシャクとりんごをかじるカルディアの指先から放たれる赤い閃光から、なのは・フェイト・はやての3人娘は、形容しようのない叫びとともに逃げ続ける。

 これは3人の修行の一環、敵の攻撃を避ける訓練である。しかし、その内容とは放たれるスカーレットニードルを避け続けるという代物だった。

 その内容に、さすがに隣で見ていた童虎も待ったをかける。

 

「お、おいカルディア。 いくらなんでも、それは今のあの娘たちには酷な修行であろう。

 わしが思うにもう少しこう、考えたほうがいいのではないか?」

 

 遠くから全力でコクコクと頷く3人娘。この3人としても黄金聖闘士(ゴールドセイント)公認の拷問技を向けられることは恐怖以外の何物でもない。

 そんな童虎に不満そうにカルディアが言う。

 

「なんだよ、どうせ速度は見切れるレベルだし星命点にぶち当てるわけじゃないんだから痛みはねぇって。

 当たっても、ちょっと針の穴くらいの穴が開くだけだって」

 

 それはそれで大問題であるのだが……。

 

「ふむ……ならば問題はないな」

 

「「「何で納得しちゃうの(んや)!?」」」

 

 童虎が納得した顔で頷いたことに、3人娘は悲鳴のような声を上げる。

 

「よっしゃ!

 んじゃ、元気に続けるぞ」

 

「「「ふにゃぁぁぁぁぁ!!?」」」

 

 先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)の中でも良識派で知られる童虎の納得が得られたことで勢いがついたのか、カルディアが嬉々として再びスカーレットニードルを放つ。3人娘は泣きそうになりながら悲鳴を上げ、小宇宙(コスモ)を集中させてそれを見切ろうと逃げ回るのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 3人娘の悲鳴が聞こえれば、普通なら光の速さで駆けつける黄金聖闘士(ゴールドセイント)の少年たちだが、こちらも地獄の特訓は続いていた。

 アスミタの前で座禅を組む黄金聖闘士(ゴールドセイント)の5人。

 これのどこが修行か? と思う人もいるだろうが彼らの状態を知ればとんでもない荒行だということが分かるだろう。

 5人は全員、五感を剥奪された状態で座禅を組んでいるのだ。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)は第六感を超えた先、セブンセンシズに目覚めているから五感が封じられてもセブンセンシズで状況を認識することができる。

 だが、それはそんなに簡単なことではない。五感を封じられることは大きなペナルティなのだ。

 しかし、以前にも述べたように五感と小宇宙(コスモ)は密接な関係にある。5人は五感を強制的に長時間封じ、自身の小宇宙(コスモ)をさらに高めようという特訓中なのだ。

 音もなく静かな、しかし凄まじい荒行を黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは続けていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 パライストラ生徒の一日は過酷である。

 まず朝礼後、パライストラ近くに建設された女神神殿へとおもむき、女神像に対して礼をとるところから一日が始まる。

 その後清掃と朝食の時間を挟み座学・精神素養の講義を受ける。

 実技を挟んで昼食、さらに午後は丸々実技というのが基本的な流れだ。

 午後の授業が終わると夕食となり、その後は自由時間ということになっている。

 こうして見れば一般的な学校と何ら変わりない生活サイクルに見えるが実技の内容というものが『過酷』の一言、一日の終わりには誰もがクタクタになっていた。

 自由時間には思い思いの行動をすることが許されている。

 ある者はこのパライストラにおける今現在唯一の娯楽とも言える本を読むために図書室へと向かい、ある者は傷を癒すために医療室へ向かう。またある者は翌日のためにひたすら身体を休め、ある者はルームメイトとの交流を深める。

 そんな者の中には『自己鍛錬』を選ぶ者もいた。

 ここ野外修練場に、今その自己鍛錬に励む者たちがいる。

 

「かっかっか、悪いな。

 俺の鍛錬に付き合ってもらって」

 

 独特な笑い方でルームメイトたちに詫びるのは、『55号室』のカルマ・レスティレットである。

 その言葉にルームメイトであり組手に付き合うサビク・アルハゲは首を振る。

 

「かまわないよ。それに君はすぐに無茶をする。

 無理だと思ったらドクターストップをかけるためにも、見張るべきだと思うからね」

 

「そうだねぇ、前のように無茶のしすぎで倒れられても困るしね」

 

「あれは……悪かったよ」

 

 組手する2人を眺めながらのヨハネス・スピンドルの言葉に、カルマはバツ悪そうに答える。

 実際にカルマは夜の一人での鍛錬の無茶が祟って、あろうことか実技の最中に倒れかけたのである。ここパライストラの『部屋』という単位は訓練等で力を合わせるためのものであると同時に、連帯責任のための制度でもある。『部屋』というチーム全体で支え落伍者を生まないように、という配慮だ。

 

「あの時倒れてたら、僕ら全員間違いなくデフテロス教官にボコボコにされてたね。

 あの時の教官の顔といったらもう、本物の鬼だったよ。

 管理局の訓練校でもあんな鬼教官はいなかったね」

 

 肩を竦めるヨハネスに、「まったくだ」とサビクは頷いた。

 

「でも本当にいいのか?

 せっかくの自由時間を俺の鍛錬に付き合って」

 

「くどいよ。僕もパライストラに遊びに来たわけじゃない。

 力を手に入れるための努力を惜しむつもりはないからね」

 

「そうそう。

 それに自由時間と言っても娯楽なんてほとんどないからね。

 まぁ、シャウラさまの写真に囲まれながら過ごしていればいつだってどこだってウルトラハッピー、最高の娯楽なんだけどね!」

 

「「いや、それお前だけだから!!」」

 

「お前は歪んでる!」

 

「まぁ、人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、僕らはそういう趣味はないからね。

 お願いだから巻き込まないでおくれよ」

 

 身体を不気味にくねらせながらのヨハネスの言葉を、カルマとサビクは即座に全力で否定した。どこから手に入れてきたのか、シャウラの写真で埋まったヨハネスの私室を思い出し、カルマとサビクはゲンナリとする。

 とはいえ『55号室』の面々の仲は良好、互いに支え合う強い絆が生まれつつあった。そしてその『絆』こそが聖闘士(セイント)として戦う中、何者にも勝る力を生むものなのだ。そう言った意味で『55号室』は教官側も期待を寄せる部屋なのである。

 そんなメンバーが野外修練場で自己鍛錬をしているのだ。当然の話だが先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの間でも彼らのことは話題になり、「ちょっと様子をみてやろうか?」と彼らの自己鍛錬に付き合ったりしたりする。そして、今日もまた先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)が面白そうに様子を見に来ていた。

 

「よぅ、やってるか、ガキども」

 

「がんばってるかい?」

 

 今日やってきたのはカルディアとシオンであった。

 

「ああ、カルディア様。 ご機嫌麗しゅう!」

 

「よう、『伝説』。 今日も元気に変態してるか?」

 

「何を言っているんですか。僕は至って正常ですよ。

 今日もいつも通りシャウラ様のことを考えるだけでごはん三杯はいけます。

 どこにも異常はありません」

 

「いや、それがもうおかしいんだよ。

 大体、何で君はシャウラくんのスカーレットニードルを受けてニコニコできるんだ……」

 

 リンゴをシャクシャク齧りながらのカルディアにヨハネスが答えると、シオンは若干引いた顔で言った。

 ヨハネスの教官たちからのあだ名は『伝説』である。

 ヨハネスは入校後、ちょくちょく様子を見に来る現役黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人の中にシャウラを認めた瞬間、突然にシャウラに向かって全力疾走しながらこう言ったのだ。

 

「シャウラ様! 僕にスカーレットニードルをもう一度!

 あの痛みの恍惚を僕に今一度ぉぉぉぉ!!」

 

 これを聞いたシャウラは引きまくって全力で逃走、マジ泣きであったという。

 

「う、撃つよ! それ以上近づくと痛いスカーレットニードルを本当に撃ち込むよ!

 だから来ないで!」

 

「どうぞどうぞ。

 僕にとってはご褒美です」

 

 壁際に追い詰められ半泣きのシャウラに、とてもいい笑顔でヨハネスは答えた。

 そして色々な意味で恐怖にかられたシャウラが本当にスカーレットニードルを撃ったのだが……。

 

「い、痛いぃぃぃ!! で、でも……いいぃぃぃぃ!!

 ああ、シャウラ様の愛の熱が僕の身体の中で駆け回るぅぅぅぅぅ!!」

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

 激痛で地面を転げまわりながらのヨハネスの言葉に、現役黄金聖闘士(ゴールドセイント)4人は完全に引きまくった。当事者であるシャウラにいたっては、もう完全に泣きが入っていた。

 結局……。

 

「この変態! 変態!! ド変態!!!」

 

「ちょっと、やめて。

 シャウラ様の攻撃じゃないと全然気持ちよくないから」

 

「うっさい、死ね変態!

 シャウラ、もう大丈夫だから。 ほら、大丈夫大丈夫」

 

「ううぅ……アリサちゃぁん……」

 

 偶然やってきたアリサによってヨハネスはズタボロになるまで踏みつけられ、アリサの胸に抱かれ慰められること1時間、やっとシャウラは正常な状態に戻ったのだ。最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の奥義を受けながら快感とするそのすさまじい出来事によって、ヨハネスはこの瞬間パライストラにおいて『伝説』になったのである。

 事の顛末を聞いたセージとハクレイは頭を抱えながら、「次のパライストラ入校生から面接試験を設けよう」と固く心に誓ったらしい。パライストラの方針さえ変えたのだから、そういう意味ではまさしく『伝説』と呼ばれるのにふさわしいのかもしれない。

 

「まぁいいや。

 ほれ、今日も少し様子みてやっから鍛錬してろ」

 

「君らはいつも通り、鍛錬していればいい」

 

 そう言ってカルディアとシオンは手近な岩を椅子代わりにして腰掛ける。

 こうやって先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)の見る中での鍛錬というのは3人にとってはかなりのプラスだ。時折、先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちから的確な指摘を貰えるのだから、その鍛錬には力も入る。

 それに……カルマとサビクにとっては、カルディアとシオンの2人という今日は『当たり』だ。

 誰にだって相性というものはある。それは戦闘スタイルにも言えることだ。

 その中でカルマはシオンの、サビクはカルディアの戦闘スタイルに感銘を受けていた。

 

聖闘士(セイント)でも最大級の防御能力、そして十分すぎる攻撃力……俺の目指したいものはそれだ)

 

 『守る力が欲しい』とここパライストラの門を叩いたカルマは、特に聖闘士(セイント)の技の中でも珍しい防御技に途方もない興味があった。だからこそ、カルマの目標としているのはシオンのような聖闘士(セイント)なのである。できることならシオンに直接弟子入りを志願したいとさえ思っているくらいだ。

 一方のサビクの理想の戦闘スタイルはカルディアやシャウラといった蠍座(スコーピオン)の闘技である。

 

(『星命点』……急所を的確に狙い、そこを撃つ。

 もっとも効率的な戦闘方法だ)

 

 もともと医療技術を持つサビクは、その戦闘スタイルも鍛えようもない関節や急所に対する一撃など、医学知識に基づいた効率的な戦闘方法を信条としていた。そういう意味で、絶対的急所である『星命点』への攻撃に特化している蠍座(スコーピオン)の闘技は理想の極致なのだ。

 

 己の向かうべき目標を見据え、若き聖闘士(セイント)の候補生たちはその牙をゆっくりと研いでいくのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ズドン、ズドン……

 

 

 地下の屋内修練場でサンドバックへと拳を無心に振り続けるのは『33号室』のルーク・ブランシュであった。

 彼の心に常にあるのは『焦り』である。

 一家の中で唯一魔力資質が無いため『おちこぼれ』扱いされてきたルークにとって、このパライストラで力を示すことは最大にして最後のチャンスであった。

 だからこそ、誰よりも早く、誰よりも強く小宇宙(コスモ)を扱い、その力を示したいと思っていたのだ。

 そんな想いが彼を自己鍛錬へと駆り立てるのだが……。

 

「おいルーク、何やってるんだよ?」

 

 地下屋内修練場にやってきたのはルームメイトであるリュウセイとハリーであった。

 ルークの姿を認めると同時に、リュウセイが眉をひそめる。だが、とうのルークは面倒そうにただ一言だけを返した。

 

「……自己鍛錬だ、邪魔するな」

 

「あのなぁ!!」

 

 その言葉にリュウセイは頭を掻き毟ると、振り上げるルークの拳を掴む。

 

「こんな風に拳を痛める自己鍛錬があるかよ、バカ!」

 

 リュウセイの言葉通り、ルークの拳は日中の訓練と自己鍛錬によって血が滲んでいた。

 だが、ルークはリュウセイの手を乱暴に払いのける。

 

「お前らには関係ない……」

 

「ありますよ。

 僕たちはルームメイト、その心配をするのは至極当然の話です」

 

 ルークの拒絶にハリーは諭すように言うが、とうのルークはそれを無視するように再び拳を握り、サンドバックへと向かう。

 

「おい、いい加減にしやがれ。 このままじゃ本気で拳壊すぞ!」

 

「……それで砕けるなら、俺は所詮それまでだ。

 俺はそれを超えて……『力』を手に入れる!」

 

 どうにも聞き分けのないルークに、どうしたものかとリュウセイとハリーが顔を見合わせた、その時だった。

 

「それは鍛錬ではなく自虐だ。

 そんなことでは、己を鍛えることなどできん……」

 

「え、エルシド教官!?」

 

 現れた人物に声を上げたリュウセイはもちろん、ルークとハリーすら声を失う。そんな3人の反応をよそに、エルシドはサンドバックの前に立った。

 

「ルーク・ブランシュ、自己鍛錬を行おうというその向上心は立派だ。

 だが休養も己を鍛え上げることの大事な要素の一つ……友の忠告は素直に聞くべきだ」

 

「しかし教官、俺は一刻も早く、強くなりたいんです!!」

 

 ルークの言葉に、エルシドはルークを見つめる。その内面すら見透かすような視線で、エルシドは問うた。

 

「お前が強さを求めるのは、本当に聖闘士(セイント)としての愛と正義のためか?」

 

「……」

 

 その言葉に、当然ルークは答えられない。ルークの力を求める理由は『自己の価値を示す』ことなのだから。

 

「ルーク、今のお前はまるで抜き身の剣のようだ。

 鋭さだけを求める鞘無き剣……敵も味方も、己すら傷つける剣のように見える。

 ……少し、俺の目指したものを話してやろう」

 

 そう言ってエルシドはルークだけでなく、リュウセイとハリーに向かっても話を始める。

 

「俺の生涯目指したものは『聖剣』だ。

 正義のためのみに振るわれる、何物をも切り裂く、決して折れない『剣』……俺はそれを目指し、己を鍛え続けた。

 だが、その『聖剣』には己一人では至れないのだ。

 守るべき者、信頼する友、揺らがぬ信念……それら多くを得なければいかに己の身体を鍛え上げても『聖剣』には至れない。

 それらを得た俺は……目指した『聖剣』に近いものに辿りついた。

 このように、な」

 

 そしてエルシドは手刀を一閃させる。すると、サンドバックは綺麗な断面となって切り裂かれた。

 あまりのことに3人とも目が点である。

 

「ルーク、焦る気持ちは分かるが友の忠告は素直に聞き入れろ。

 そして外に広く心を開け。そうすれば、おのずとお前の内にある小宇宙(コスモ)は答えるだろう。

 決して、抜き身の剣で終わるな」

 

 そう言って去っていこうとするエルシドを、ルークが止めた。

 

「ま、待って下さい教官!」

 

 言って、ルークは手をついて頭を下げる。

 

「教官、俺に教えを授けて下さい!」

 

「……日中、教官として教えは授けているつもりだが?」

 

「それだけではなく、それ以上の教えも俺に授けて下さい!」

 

 そう言ってルークは頭を地面にこすりつけるようにエルシドに頼み込む。

 

「俺にもお願いします!」

 

「ぼ、僕にも!!」

 

 いつの間にか、ルークだけではなくリュウセイとハリーも手をついて頭を下げていた。その3人の姿を一瞥したエルシドはゆっくりと頷く。

 

「いいだろう、自己鍛錬に付き合うくらいのことはしよう。

 ただし、俺の言うことは師の言葉として必ず聞け。

 いいな?」

 

「「「はい!!」」」

 

 3人の返事にエルシドは頷くと、再び背を向けた。

 

「今日はもう全員休め。とても鍛錬のできる状態ではない。

 明日、またこの時間に来い……」

 

 エルシドはそれだけ言うと今度こそ地下修練場から去って行った。残された3人は立ち上がると、今のことを思い出す。

 

「すげぇ……あの教官に直接教えを受けられるなんて!」

 

「そうだね、これは凄いことだよ」

 

「……」

 

 3人ともそれぞれ興奮気味である。

 3人はそれぞれ、エルシドの語る『聖剣』の話に感銘を受けていた。だが、3人がそれぞれ『聖剣』において感銘を受けたポイントは微妙に違っていた。

 

(何物をも切り裂く『聖剣』……その『鋭さ』を俺も欲しい!)

 

 その鋭さで、誰かの心に己の価値を刻み込む……ルークは『聖剣』の鋭さに感銘を受けていた。

 

(決して折れない『聖剣』……その『強靭さ』なら、誰かを守る力になる!)

 

 その強靭な折れぬ力で誰かを守る……リュウセイは『聖剣』の強靭さに感銘を受けていた。

 

(正義のためのみに振るわれる『聖剣』……その強大な力に振り回されない『己を律する心』があれば、僕は正しい何かを成せるかもしれない)

 

 己を律する心で、真の正義を……ハリーは『聖剣』を振るうための、強大な力に振り回されない己を律する心に感銘を受けていた。

 

 『聖剣』を構成する3つの要素にそれぞれ感銘を受けた3人は、それぞれの『剣』を鍛え始めるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 黄金十二宮から西に約50キロの森林地帯、そこには聖域(サンクチュアリ)上層部と一部の人間しか知らない秘密の施設がある。 スカリエッティ一味、そしてゼスト隊の生き残りであるゼスト・クイント・メガーヌのアジト、秘密研究所である。

 そこでは現在、スカリエッティとプレシアがゼストを、正確にはゼストの着込んだ『物』を見ていた。それはブレストアーマーのようなものであり、色すら塗っておらず金属そのままの鈍い銀色の光を放っている。

 プレシアとスカリエッティ――この2人は旧知、というわけではないが互いに知っている仲である。というのも、スカリエッティはフェイトを産み出すキッカケとなった『プロジェクトF』のベースとなった基礎理論を構築した人物である。その理論を発展・完成させたのはプレシアだが、スカリエッティがいなければフェイトは存在できなかったのだ。

 

「あなたとまさか、共同研究をすることになるとはね」

 

「私もこんなことは予想すらしていなかったよ」

 

「……そうね、あの飢えた獣みたいに知識欲に貪欲だったあなたが、こうも変わるとは予想すらできなかったわ」

 

「お互い、それだけの経験をしたということだろう。

 君も私も『小宇宙(コスモ)』と出会い、それで変わったのさ」

 

 そう言ってスカリエッティは彼方を見た。その方向とは黄金十二宮、正確には女神神殿の方向である。

 スカリエッティにとって『小宇宙(コスモ)』との出会いは大きかったが、もう一つ大きな出会いがあった。それは女神信仰という、いわゆる『宗教』との出会いだ。

 当然のことだが次元世界にも宗教は存在するが、スカリエッティはそれらには興味がなかった。だが、ここ聖域(サンクチュアリ)での女神信仰では違った。

 黄金十二宮の奥、女神神殿には数多くの女神たちの小宇宙(コスモ)を伝える神具が確かに存在した。それによって伝えられる女神アテナの大いなる『愛』というものを知ることになったのだ。『愛』とは思想の一形態に過ぎず、それまでのスカリエッティにとってはそれは現実には何の効果もあらわさないただの概念でしかなかったが、それを雄大な小宇宙(コスモ)という形で実感することになったのである。以降、スカリエッティは女神信仰者の一人だ。

 関係のない話だが、この様子を見ていた快人は「……これ、たちの悪い洗脳じゃねぇの?」と言った瞬間に、先代黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの集中砲火を受けることになったのである。

 

 ともかく、そんなわけで聖域(サンクチュアリ)に対し非常に協力的になったスカリエッティと、元から協力的だったプレシアは2人の共同研究として取り組んでいるものの試作第一号がゼストの着込んだブレストアーマーのようなものである。

 これこそ『魔導士が聖闘士(セイント)とまともに戦うための方法』として考え出された物。魔導士の能力を引き上げるための、魔導士のための聖衣(クロス)――鋼鉄聖衣(スチールクロス)である。

 以前破損したレイジングハートとバルディッシュが提案した『鋼鉄聖衣(スチールクロス)計画』、それをプレシアとスカリエッティの共同によって形にしようというのである。

 とはいえその道は前途多難だ。

 

「どうだろう、騎士ゼスト?」

 

「やはり重いな。 胸部パーツのみの現状でこの重量では、俺ですら着込めるか分からんぞ」

 

 ゼストのその言葉に、スカリエッティはため息をつく。

 

「やはりか……だが、仮想敵を聖闘士(セイント)級と仮定すれば、最低限そのレベルの防御力は必須だ」

 

「でもそのために機動性が下がって相手に攻撃が当たらない・相手の攻撃が避けられないではお話にならないわね」

 

 聖闘士(セイント)と魔導士を純粋に比較すれば、黄金聖闘士(ゴールドセイント)のような一部の規格外を除いて、攻撃力に関しては魔導士でもやろうと思えば聖闘士(セイント)に迫るものを出せる。しかし、防御力・機動力という部分を見れば魔導士では聖闘士(セイント)に敵わないのだ。その2点を補うためのものとして開発を始めたのがこの鋼鉄聖衣(スチールクロス)だが、この2点の両立というものが非常に難しい。

 そもそも、『防御力(装甲)が厚ければ重くなり機動力が下がる』、といったようにこの2つのファクターは本来、当り前のように反比例するものなのだ。それを双方ともに上昇させようというのは無茶な話なのである。

 しかし……。

 

「ふふふ……面白いじゃないか。

 絶対不可能な命題を解き、誰も見たことのない答えに行き着く……それこそ私のような科学者の往く道だよ」

 

「……そうね。

 到達不可能と思える地平への道を、知性でもって切り拓くことこそ科学者の誇り……いいわ、私たちの知性のすべてで持ってこの命題を克服・征服してあげる!」

 

 望んだ結果が出ていないというのに、スカリエッティとプレシアは壮絶な顔で笑う。

 それは己の戦う道を往く戦士の顔。

 『不可能』に、『知性』という名の剣を手に挑む『科学者』という戦士の顔だ。

 2人の科学者の戦いはまだまだ始まったばかりであった……。

 

 

 




というわけで今回はパライストラの日常の様子でした。

……この聖域は色んな意味で問題を抱えた仕様です。
アルバフィカ校長とリニス秘書――弟のごり押しで、この2人を書くためだけに一週間投稿が空く羽目になったとは口が裂けても言えない……。

そして教師陣はこれはまた……命がいくつあっても足りない鬼教官、いきなり溶岩に叩き込まない分丸くなりました。

そしてオリジナル聖闘士たちの方向性の示唆する回でもあります。
正直、送られてきた設定で黄金聖闘士の師事と技を受け継ぐ設定が多すぎて頭を抱えました。
授業で公平に教えてるのに一部生徒だけ特別に師事を、というのはいくら何でも不公平すぎてそれは出来ません。どうやりゃいいのか……。
結局、なるべく希望にそった形を無理のないようにと思った結果今は『自主練に付き合ってくれる』となりました。
とはいえ、『55号室組』と『33号室組』のキャラたちの目標到達点は見えたと思います。
え、ヨハネス? 彼はこの作品の、書いてて楽しい清涼剤ですが何か?(笑)

次は今度こそ最後のオリジナル聖闘士登場回の予定。
次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:聖闘士星矢において、やはり『対神戦』は絶望的な仕様。
     その辺りひしひしと感じられて良い回でした。

     しかし本当にエデンさんちはいい家庭でした。
     カーチャンも最後の最後まで『可愛い息子のために!』を貫いてくれましたし……家族関係が壊滅していることの多い聖闘士星矢を考えると、エデンさんはかなり恵まれてるなぁ。
     そして満を持して登場したのに簡単に折れるアリアの杖。
     なんか……最後の希望が断たれた気分です。
     
     ユナちゃんはマジでヒロイン。
     そのヒロイン力は間違いなくアテナを超えた……。

     次回は……え、この局面で星矢?
     まさか最後全部、復活した星矢に丸投げってことは……ないよなぁ?


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第48話 少女、誓う

今回は募集したオリジナル聖闘士、最後の1人の登場です。
投稿した人は、伏線もあったので恐らく自分のキャラが来ると分かったんじゃないかなぁ…?



 

「ふぅ……」

 

 その日、聖衣(クロス)の修復の修行を終えたすずかは気分転換に黄金十二宮のすぐそばの森を歩いていた。ここはすずかのお気に入りの散歩コースである。

 ここ聖域(サンクチュアリ)は手つかずの自然の残る、緑豊かな大地だ。その清浄な風景は見る者の心を和ませる。

 

「綺麗……」

 

 暖かな木洩れ日とそよぐ風、鳥たちの声に薫る緑……現代日本では決して見ることはできないだろうその風景は、聖衣(クロス)修復の修行で張りつめた心を癒してくれる。すずかはそんな森の中を、いつも通り散策していた。

 その時だ。

 

「~~♪ ~~♪」

 

「?」

 

 どこからか、そう遠くないところから微かに綺麗な歌声が聞こえた気がした。

 それを追ってすずかが森の中を進んで行くと……。

 

「あっ……」

 

 森の開けたその場所には、少女がいた。木漏れ日の中に立つその少女の歳はすずかと同じ、10歳といったところ。茶色のショートヘアに茶色の瞳の少女だ。服装はパライストラの鍛練用の訓練服であることからも、パライストラの生徒であることが分かる。

 その少女から漏れるのは綺麗な歌声だ。その声に惹かれているのか、森の鳥たちが少女の周りに集っている。

 そんな鳥たちに微笑みを浮かべながら、少女はその綺麗な歌声を響かせていた。子守唄のようなゆっくりと優しいその歌にすずかは魅了されるように一歩を踏み出す。

 

 

パキッ

 

 

「!?」

 

 一歩を踏み出したすずかが小枝を踏んでしまい、その音ですずかの存在に気付いた少女が歌を中断させ、バッとすずかの方を見る。

 

「あ、あの……ごめんなさい、邪魔しちゃって。

 でも……綺麗な歌声だね」

 

 すまなそうにしかし微笑みながらすずかが少女に言うと、少女は今まで鳥たちに見せていた微笑みを、まるで仮面でも被ったかのように跡形もなく消し去ると、バッと身を翻し何も言わずに走り去って行った。

 

「あっ……」

 

 少女がいなくなり、森の演奏会はこれまで、と思ったのか集っていた鳥たちも森の中へと飛び去っていく。

 

「綺麗な歌だったなぁ。

 でも……」

 

鳥たちの羽音の中、何も言う間もなく去って行った少女に、すずかは呟く。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 翌日、すずかは同じように聖衣(クロス)の修復の修行を終えた頃、森の中へとやってくる。

 

「~~♪ ~~♪」

 

 昨日と同じ、綺麗な歌声が微かに聞こえる。そして、昨日と同じように森の木漏れ日の中に少女はいた。

すずかは今日は何も言わずに鳥たちと共に、静かに森の演奏会に聞き惚れる。

そして歌の終わりと共に、パチパチと拍手と共にすずかは少女に話しかけた。

 

「本当に綺麗な歌だね。 聞き惚れちゃった」

 

 すずかの姿を認めた少女は、昨日と同じく身を翻し何も言わずに走り去ろうとするが、その背中にすずかが声をかける。

 

「待って! 私、月村すずか。

 あなたの名前を教えて!」

 

 そのすずかの言葉に少女は一瞬だけ動きを止める。

 

「……ロニス。 ロニス・アルキバ……」

 

 それだけ言うと、今度こそ少女は走り去る。

 

「ロニス・アルキバ……ロニスちゃんか……」

 

 すずかは確かめるように、少女の名前を繰り返したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「こんにちは、ロニスちゃん」

 

「……」

 

 ロニスとの邂逅を果たしたすずかは、それからよくロニスの元にやってきていた。

 ロニスの方も、いつも無表情・無言ではあるものの、最初の頃のように逃げるようなことはない。

 今日もまたチラリと視線を送るだけで、何も言わずに歌を続ける。

 もはやすずかも慣れたもので、今日もいつも座っている切り株に腰かけ、ロニスの歌声を聞いていた。

 やがて、ロニスの歌が終わると、パチパチとすずかは拍手を送る。

 

「今日もすっごく綺麗な歌声だったよ、ロニスちゃん!」

 

「……」

 

 すずかの言葉に、何の感慨も持たぬようにロニスは持ってきた水筒で喉を潤す。その間、すずかはロニスの周りに集まった鳥たちと戯れていた。

 ロニスの周りには、必ず多くの鳥たちがいた。最初は大いに警戒されていたすずかだが、何度も通っているうちに鳥たちが慣れたのか、もはや警戒されることもない。それどころか好奇心旺盛な小鳥がすずかにじゃれつくことすらあるのだ。

 

「あはは、くすぐったいよ」

 

「……」

 

 鳥たちと戯れ笑顔をみせるすずかにロニスはわずかに優しい顔をするが、すぐにその表情を戻すと荷物を持ってパライストラの寮へと戻っていこうとする。だが、そんなロニスをすずかが止めた。

 

「あ、待ってロニスちゃん」

 

「……何?」

 

 ロニスがわずかに振り返り問うと、すずかは手にしていた包みを取り出す。

 

「これ、私が作ってきたお菓子なんだけど……良かったら一緒に食べよ」

 

 ニコリと笑うすずか。ロニスはすずかの言葉に歩を止める。

 ここパライストラでは菓子のような嗜好品はかなり貴重なものだ。それに、ここ数度のやりとりですずかはロニスの扱いをなんとなく理解していた。同年代の女の子としては当然かもしれないが、ロニスは甘いものが大好きだ。だからこそお菓子をダシにすれば会話を間違いなくできるという確信がある。

 

(なんだか餌付けみたい……)

 

 まるで警戒心の強い小鳥を餌付けしているようだと思いあたり、すずかは心の中で苦笑する。

そして……。

 

「……分かった。少し、だけなら……」

 

 案の定というかすずかの思惑通り、ロニスはすずかの隣に座った。それを確認してから、すずかは微笑んで包みを開ける。

 

「はい、ロニスちゃん!」

 

「……綺麗な、手……」

 

 包みを差し出すすずかに、ボソリとすずかに聞こえないくらいの声でロニスは呟く。

 そして、ロニスはゆっくりと包みの中のクッキーを齧る。

 

「……美味しい」

 

「ふふふ、よかったぁ」

 

 嬉しそうにほほ笑むすずかに、ロニスは目を背けた。まるで眩しい物でも見るようかのように。

 そんなロニスを知ってか知らずか、すずかはロニスとたわいない話を始める。

 

「ねぇ、ロニスちゃん。

 綺麗な歌だね、あれ、何て言う歌なの?」

 

「……知らない。 何となく、昔聞いた覚えがあるだけ……」

 

「優しい感じだし、子守唄か何かかな?」

 

「……知らない。 私に親は……居ないから……」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

「……別に、いい。 どうでもいいことだから……ごちそうさま」

 

「ふふっ……」

 

 クッキーを食べ終わったロニスは今度こそ立ち去ろうとするが、ふと足を止めてすずかに問う。

 

「……私に何故構うの? 何が目的?」

 

「目的だなんて、そんなのないよ。

 ただ……ロニスちゃんとお友達になりたいの」

 

「……友達」

 

 『友達』という言葉を、ロニスは呑み込むようにゆっくりと呟く。そして、ロニスは今度こそパライストラの女子寮へと戻り始めた。

 

「ロニスちゃん! 今度、私のところに来てよ。

 美味しいお茶、一緒に飲も!」

 

 背中からかけられたすずかの言葉に、ロニスは振り返らなかった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ロニスは女子寮に帰った後、先ほどまでのすずかとのやりとりを思い出していた。

 

「友達……。 そんなの、知らない……」

 

 『友達』という、彼女にとっては遠い言葉を眩しい笑顔と共に言う少女、月村すずか。

 そして、自分の手を見つめながら思い出す。

 

「綺麗な……手だった……」

 

 すずかの綺麗な白魚のような指を、白磁のような手を思い出す。あんな綺麗な手の持ち主だから、『友達』という言葉が出てきたのだろう。そしてその綺麗な手が、すずかと自分がまるで違う『生き物』であることを思い知らせる。

 

「私とは違う……『ラット』の私とは……」

 

 月を眺めながら、ロニスは自嘲気味に呟いたのだった……。

 

 

 

 パライストラの門を叩いた人間には大きく分けて2種類、魔力を持ちながらさらなる力の発展を願った者と、小宇宙(コスモ)に最後の可能性を見出した魔力を持たざる者の2種類がある。程度の差はどうあれ、ほとんどのものはこのどちらかに分類されていた。

 だが彼女、ロニス・アルキバのここに来た理由はそのどちらでもなかった。

 彼女がパライストラの門をくぐった理由は単純、それは『生きるため』である。

 

 ミッドチルダの地上の治安は、実はあまり良くない。生まれ持った才能重視の『魔法文化』、そして治安を維持する人員の不足などその理由は大なり小なり数多くある。さらに貧富の格差も激しく、一説には人口の5%に満たない層がミッドチルダの富の90%以上を保有しているとまで言われている。結果として犯罪の温床となりえる貧民街が各地で形成されたり、様々な面で社会問題となっていた。そして、『ラット』と呼ばれる者もそんな社会の生み出した風景の一部である。

 『ラット』というのは貧民街の親無しの少年少女、いわゆるストリートチルドレンに対する蔑称である。その日の糧を得るためにゴミを漁る姿を、まるでドブネズミのようだと揶揄したものだ。

 ロニスはそんな『ラット』の一人であった。物心ついた時には親などおらず、親について覚えているのはおぼろげな子守唄だけ、調子も歌詞も合っているかすらわからないそれだけである。そんな環境で育ってきた彼女の人生のほとんどは、『生きること』に傾けられており、彼女には『魔法』の才は無いが、特異な才能によってそれを今まで続けていたのである。

 彼女の特異な才能とは、『鳥使役』というレアスキルだ。その能力はあらゆる鳥類と心を通わせ、操ることを可能とする。その力は食糧探索・危険察知など高度なサバイバビリティをロニスに与え、10にも満たぬ少女が『生き抜く』ために使われ続けてきたのだ。

 そんな人生の中、ロニスが悟ったのは『人は信用できない』ということだ。彼女は今まで、自分の能力によって得を得たいと思った人間や、邪欲によって自分を狙う人間を見続けていたのだから当然ともいえる。

 ここで一言断わっておくが、ロニスは別に『人間嫌い』という訳ではない。ただ人間関係というものは『損得勘定』を中心として形成されるものであり、互いに利用し合う利害関係の一種であると冷めた視点で見つめているだけの話である。利害関係で成り立ち、互いに利用価値が無くなれば即座に裏切るという、『裏切りを前提とした関係』というのがロニスの知る人間関係だ。

 だから利害関係の外側にある人間関係、『友達』というものをロニスは知らないし、どんなものかも分からないのだ。

 

 さて、そんな風にコンクリートジャングルを生き抜いていたロニスだが、一つの転機が訪れた。それは管理局によるストリートチルドレンの一斉保護である。社会問題化していたストリートチルドレンの増加に人道的な観点から、という理由で行われるそれだか、その内情というものは世間に流布する『孤児院で幸せに』とはいかなかった。

 『ラット』という言葉には、世間で流布するストリートチルドレンの蔑称というもの以外に、管理局の闇ではもう一つの意味を持っている。それは『使い捨ての駒』の意味だ。

 慢性的に人材不足の管理局にとっても人材とは重要資源である。それの損失は出来得る限り防ぎたいが、その任務の地域は危険な地帯や、特殊な地域が多い。そこで一定の魔力の才のある、またはレアスキルを持つ保護したストリートチルドレンに、先行偵察を任せるのだ。状況を知り本命である魔導士の安全性を高めるための『使い捨て』、安全を確認するために投げ込まれる『実験動物』……様々な揶揄を含み、そんな彼らを『ラット』と呼ぶ。ロニスもまたその『鳥使役』のレアスキルによって、『ラット』として投入されることになったのだ。

 ロニスの投入されたその地は、まさに緑の地獄だった。

 ジャングルに覆われた無人世界の、これまた詳細不明の遺跡。奇妙なことに『魔法』がほとんど発動しないそこに投入されたロニスたちの目的は遺跡の偵察であった。

 襲い来る原生生物たちや行く手を阻む遺跡の仕掛け……気付いた時、生きていたのはロニスただ一人であった。そして、幾多の命の危機を乗り越え、その遺跡の奥で発見した『鳥のレリーフの入った白銀の箱』をロニスは無事に回収したのである。ちなみにロニスは知る由もないが、この白銀の箱は『最高評議会』を経由してかの有名な次元犯罪者へと送られることとなった。

 とにかく九死に一生を得て生き残ったロニスだがそんな彼女へ次なる命令、『パライストラへの入校』が言い渡されたが、ロニスに拒否権などなかった。『ラット』である彼女は管理局の闇の一部、利用価値がないとされた瞬間に闇に葬られるだろう。だから生きるために管理局の命令をこなす……例えそれがどんなに危険なことであろうと、だ。

 

「……新女神神殿への潜入と、神具の奪取……」

 

 ロニスの元に何処からともなく届けられたその指令書の内容を、ロニスはいつも通り無表情・無感情のまま読み直す。

 そう、拒否権などありはしない。自分はただの実験動物、『ラット』なのだから……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ここ聖域(サンクチュアリ)には、『女神神殿』と呼ばれる施設が2つある。

 1つは黄金十二宮を通り教皇の間を越えた先にある『女神神殿』だ。ここは言わずと知れた最重要施設、女神たちの神具や様々な神秘が眠る場所である。

 そしてもう1つの『女神神殿』とは、パライストラの側に新たに建設されたものだ。

 聖域(サンクチュアリ)とは戦闘集団あると同時に、ある種の宗教団体でもある。女神を信仰し、その名の下に愛と正義のために戦う集団だ。

もっとも信仰の自由は尊重しており、別段他宗教を信仰していても誰も文句は言わない。だが女神に対する敬愛、そしてその名の下での正義のための戦いの執行のためには精神的な教育は不可欠でありパライストラでのカリキュラムには、これにかなりの力を入れている。その一環として、一日一回の『女神神殿』への礼拝を義務付けているのだが、黄金十二宮や教皇の間を軽々しく通すわけにもいかない。そこでもう1つの『女神神殿』をパライストラの近くに建設し、そこに礼拝させることにしたのだ。

この新しく建設された『女神神殿』は区別のために『新女神神殿』と呼ばれるのだが、ここはいわゆる『分社』であり、神具のほんの一部(数滴の女神の霊血(イーコール)など少数)が納められ、それを御神体としている。

一部とはいえ女神の神具、そこから感じられる雄大な小宇宙(コスモ)は健在であり、生徒たちや参拝者は女神の愛を確かに感じられるのだ。

そんな新女神神殿へと、夜の闇にまぎれながらロニスは足を踏み入れる。

 

「……」

 

 闇に溶けるその衣はまるで夜闇の鴉だ。そんな彼女は周囲に十分な警戒を払いながらゆっくりと夜の新女神神殿へと入っていく。神具の宝物庫は最奥だ。ロニスはそのパルテノン神殿風の白い神殿の内を、その石柱の影に隠れながら闇から闇に移動を続ける。

 人の気配もなく、迷うような道もない新女神神殿。だから宝物庫までの距離などすぐのはずなのだが……。

 

「?」

 

 行けども行けども、先にあるはずの宝物庫に辿りつかない。明らかに外観と内部の広さが合っていない。

 そうやって進み続けたのは果たしてどれだけの間だったのか……ほんの数分の出来事のようにも、数十時間の出来事のようにも感じる。

 ロニスがその明らかな異常に気付いた時、その声は響いた。

 

「気付いたか? お前は迷宮に迷い込んでいたことに」

 

 その声にロニスはバッと振り返る。

 そこには黄金の聖衣(クロス)に、マスクを小脇に抱えた少年が立っていた。それが誰なのか、パライストラの生徒であるロニスはよく知っている。

 

双子座(ジェミニ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、双葉総司……」

 

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)、それは聖域(サンクチュアリ)が誇る最強戦力。パライストラの生徒すべての憧れ、そして畏怖をもって語られる名前だ。

 その最強の1人が今、聖衣(クロス)を纏った戦闘態勢でロニスの前に存在していた。

 

「どう……して……?

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)は……『地球』の日本に生活基盤があるはず……」

 

 そう、新年早々にシャウラが海鳴市へとやってきたため、5人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の家は現在日本の海鳴市にある。夜にともなればそこへ帰るはずなのだが……。

 そのロニスの呆けたような声に、総司はつまらなそうに答えた。

 

聖域(サンクチュアリ)もお前のような盗人が出ることを想定していてな。

しばらくの間、俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)は各重要施設を夜間、交代で見張ることになっている。

 そして、そうとは知らぬお前のような愚か者がまんまとやってきたということだ。

 さて……」

 

 そう言って、総司は面倒そうに右手を掲げた。

 

聖域(サンクチュアリ)はずいぶんと甘くなったが、聖域(サンクチュアリ)の至宝である神具を狙ったような盗人には、逆賊として容赦ない制裁を加える。

 お前は終わりだ……」

 

 目には見えない何か、小宇宙(コスモ)が総司の右手に集中していくのが分かる。それを茫然と見ながら、ロニスは諦めに思考を放棄していた。黄金聖闘士(ゴールドセイント)相手に逃げおおせることは不可能、今集まってきている小宇宙(コスモ)が解き放たれた時、そこには逃れようもない『死』が待っているだろう。命乞いも目の前の相手にはもはや無意味。せめて安らかに逝けることだけを願い、ロニスはそっと目を閉じる。

 だがその時、第3の声がその場に響いた。

 

「総司くん、やめて!」

 

「……すずか」

 

 見ればそこに立っていたのはすずかだった。薄い紫のネグリジェに身を包み、すでに就寝中だったことがうかがえる。

 その姿を認めた総司は、ため息をついた。

 

「起こしてしまったか……悪かった。

 だが今俺は仕事の真っ最中だ、そのままベッドに戻ってくれ」

 

 それだけ言ってロニスに視線を戻す総司だが、まるでロニスをかばうようにすずかが立ちふさがる。

 

「どけ、すずか」

 

「嫌だよ! だってどいたら総司くん、ロニスちゃんに酷いことするんでしょ!

 だったらどかない!」

 

 総司はそんなすずかに、頭を一つ搔くと聞き分けのない子供を諭すように語り始めた。

 

「いいか、この聖域(サンクチュアリ)には聖域(サンクチュアリ)の法がある。

 聖域(サンクチュアリ)の至宝である聖衣(クロス)や神具に手を付けようとすればそれはもう重罪だ。

 それを見過ごせば、今後も同じような輩は増えるだろう。

 言い方は悪いが、見せしめが必要なんだ。

 分かったらどいてくれ。 お前にこんなことは見せたくない」

 

「分からないよ、そんなの。

 それに……総司くんは勘違いしてるよ。

 ロニスちゃんは泥棒なんかじゃない」

 

「何?」

 

 すずかの言葉に、総司は眉をひそめる。そんな総司にすずかは言い放った。

 

「ロニスちゃんは……お茶を飲みに来たの!

 今日、そういう約束をしたの!

 パライストラの授業で忙しいからこんな時間にしかこれかなったの!!」

 

「……」

 

 その言葉に、総司は頭を抱えた。

 

「お前はそれを本気で言ってるのか?」

 

「本気も何も本当のことなの!」

 

「……その格好で、人のベッドに入り込んできただろ。

 あれは完全に寝に入ってたと思うが?」

 

「あれは……ちょっと忘れてただけなの!

 とにかく! ロニスちゃんはお茶を飲みに来ただけなの!

 総司くん! 執事さんとしてお客様にお茶の用意をして!!」

 

 しばしの間、総司とすずかの視線が交錯する。そして、総司はため息と共に聖衣(クロス)をオブジェ形態に変形させると、大仰に礼をとる。

 

「分かりました、すずかお嬢様。

 お茶の用意をしますので、まずはお茶の飲める格好に着替えることをお勧めしますよ」

 

「うん!

 ロニスちゃん、また後でね」

 

 それだけ言うとすずかは奥の方へと消えていく。残ったのは、何とも言えない表情の総司と、展開についていけていないロニスだけだ。そんなロニスに向かって総司はため息とともに言う。

 

「お茶を用意しよう。 それを飲んでさっさと帰れ。

 さすがにもう、次は無い」

 

「……待って。 どうして……見逃してくれるの?

 あなたなら……黄金聖闘士(ゴールドセイント)のあなたなら私を彼女が気付かぬ間に始末できたはずなのに……」

 

 そう言い放ち総司は奥へと消えていこうとするが、ロニスは問いを投げかける。すると、総司は振り返って言った。

 

「……お嬢様の客に手は上げられん。 すずかがお前を庇った時点で、俺がどうこう出来ることでは無くなったということだ」

 

「何で……何であの子は私を……?」

 

「さぁな、俺にもよくわからんが……すずかの性分なんだろう。

 損得無しで誰かのために手を差し伸べられるというのがな。

 かく言う俺も、そうやって手を伸ばしてもらい、今ここに居る……」

 

 自分のために涙を流してくれたすずかを思い出し、総司はフッと笑った。

 

「すずかが言っていたよ。

 歌の綺麗な女の子と知り合った、友達になりたい、とな」

 

「でも……そんなことをしてもあの子には何の得も……」

 

「ああ、無かろうよ。

 だが、すずかは損得ではない『何か』に本気になれる人間だ。

 そうやって救われた俺はそんなすずかの性分を……愛しく感じる。

 お前はどうなんだ?

 損得抜きですずかに本気になってもらえた。

 お前はどう思っているんだ?」

 

 その言葉に、ロニスは首を横に振る。

 

「分からない……『友達』なんて……私は知らないから。

 それに……こんな私にあの子を『友達』だと言う資格はないから……」

 

 自分は『ラット』、すずかのように綺麗な心と身体のものとは違う、薄汚いドブネズミだ。

 そんな自分には、すずかの『友達』になる資格などないとロニスは言う。

 だが、そんなロニスに総司は言い放つ。

 

「それはそうだ、盗人にすずかの『友達』などなる資格はあるまい。

 だが変われるだろう、『人』ならば、な」

 

 その言葉に、ロニスはハッとした表情を見せる。

 

「過去の自分が資格が無いのなら、今と未来の自分が資格があるように変わればいい。

 人は変われるだろうからな。

 幸い、変われる機会などいくらでもある」

 

 そこまで言うと、着替えを終えたすずかが戻ってきた。

 

「総司くん、お茶の用意は?」

 

「はいはい、ただいまご用意いたします」

 

そして、総司は最後にロニスの方を見た。

 

「変わるも変わらぬもお前次第、好きにしろ……」

 

 それだけ言って、総司は今度こそ奥へと去っていく。

 

「さぁ、ロニスちゃん、こっち!」

 

「う……うん……」

 

 すずかに手を引かれ、テーブルへと向かっていくロニスは生まれて初めての感情を抱いていた。

 

(この子と……『友達』になりたい!)

 

 損も得も越えて結ばれる人間関係、それをこの子と……すずかと結びたい。

 そのためには今のままでは駄目だ。『ラット』の自分にそんな資格は無い。

 だからこそ、彼女は心に誓う。

 

(私はもう『ラット』じゃない。 自由に未来を変えれる『人間』になる!)

 

 流されるままに従うままの自分との決別、そして胸を張ってすずかと友達になれる『人間』になるのだ。

 すずかに手を引かれ、今までに味わったことのない感情に涙を一筋流しながらロニスは心に誓いを立てた。

 

 管理局のスパイの1人、ロニス・アルキバはこの日を境に完全に管理局と決別した。

 そして『胸を張ってすずかの友達になれる人間』として、聖闘士(セイント)を本気で目指して行くことになる。

 後年、聖衣(クロス)修復師という最高機密の人物であるすずかを守る影の護衛者となる鳥座(クロウ)白銀聖闘士(シルバーセイント)、ロニス・アルキバの第一歩はこうして始まったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……使えないドブネズミめ」

 

 ここはパライストラ第一男子寮、そしてここは副総代室。声の主はパライストラ第一期生副総代のエイム・ロイドである。

ロニスに神具の奪取を命じたものこそ、このエイムであった。

 この聖域(サンクチュアリ)に入り込んだスパイたちのトップであるエイムは、ロニスの失敗どころか完全に懐柔されてしまった様を思い出し吐き捨てる。

 

「所詮、ドブネズミに期待する方が無理があったか。

 まぁいい、どうせ使い捨ての駒、そんなものはいくらでも何とかなる」

 

今は彼は日頃の温和な仮面を脱ぎ捨て、個室の中で一人毒づく。

 とはいえ、命令は誰が下したのかバレないように細心の注意をはらった上で下している。実際、上手くいけば幸運程度の感覚でロニスに命令を出したのだ。失ったところで痛くも痒くもない。

 

「次は誰をどんな風に動かすか……」

 

 そう呟き、目を閉じて次の行動を考える。

 聖域(サンクチュアリ)内部に潜む獅子身中の虫たちの動きは、まだまだ当分は収まりそうになかった……。

 

 

 





というわけで最後のオリジナル聖闘士、竜華零さんから頂きました『ロニス・アルキバ』の登場でした。
この子はこの作品では無くなってしまったなのはさんの名言、「友達に、なりたいんだ」をテーマの一部にした子です。
設定的にも色々あり、双子座ファミリーの一員となりました。
うちのすずかさんはマジで人誑し。


次回は聖域と管理局との共同部隊発足と、3人娘の任務の予定。
ただし予定は未定といったところですが…。

次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:星矢復活!
     そしてユナちゃんが最高のヒロインです。
     使い古されてようが何だろうが、ヒロインの言葉で戻ってくる主人公はいい。
     そして射手座の黄金聖衣のレンタルも旧作劇場版の、何処からともなく飛んでくる黄金聖衣を思い出して良かった。
     次回はラスボス戦のようですが、これは期待したい。



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第49話 魔法少女、討伐する

仕事が忙しいせいで定期更新ペースが完全に狂いました。
というわけで2週間ぶりの投稿になります。
誰かこの世から異動を消して下さい…。

今回は最近焦点の当たらなかったなのはたち3人娘の任務のお話です。
この3人には今後のことも兼ねて、強くなって貰わないといけませんから。

そして聖戦までの10年の序盤、『聖域始動編』のラストとなる『あの事件』へ続きます。



 

 ここはとある管理世界。

 地表の約60%以上を砂漠が占めるこの世界において、砂漠とは砂で出来た第二の海。

その砂の大海原に今、悲鳴と怒号が響き渡っていた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 断末魔の悲鳴と、肉の焦げる嫌な臭いがあたりに漂う。それを感じながら、この世界に駐留する管理局部隊長は吐き捨てるように言った。

 

「くっ! やつらめ、もうここまできたか!!」

 

「隊長、左翼に展開した部隊は敵の熱線によって壊滅状態!

 右翼ももう長くは保ちません!

 撤退しましょう!」

 

「バカを言うな!

 ここは首都目前の最終防衛ライン、ここを抜ければ首都まで一直線だ!

 退く場所などどこにある!? 首都へ退け、とでもいうのか!?

 市街地戦となれば避難の完了していない市民への被害も甚大だ。

 それは許可できん!」

 

「しかし隊長、現実を見てください!

 あんな化け物どもを相手にどうすれば良いと言うんですか!!」

 

 撤退を推奨する副官の言葉に、隊長は歯噛みをする。そして隊長は今までのことを思い出していた。

 事の始まりは1か月ほど前のこと、この世界に大規模な地震が起こった。その直接的な被害は大きかったが、それ以上に奇妙なものが砂漠の真ん中に現れたのだ。それは地震の変動によってか砂漠に頭だけ現れた。地元では伝説にある『災いの地』だと言われる漆黒のピラミッドである。

 すぐに調査隊を向かわせようとしたが、地震による救助と復興のためすぐには動けなかった管理局駐留部隊。だがそれがいけなかった。

 地震の混乱で立ち入りを制限することができず、墓荒らしがその漆黒のピラミッドへと盗掘に向かってしまったのである。

 そこで何が起きたのかは分からない。だが結果として、その漆黒のピラミッドは完全に地表へと姿を現し、そこから現れた数え切れないほどの怪物がすべてを破壊しながら人々の生活圏へと迫っているということだ。

 

「隊長! 奴らの一団が前線を突破、ここに向かってきています!!」

 

 その言葉と共に熱線がすぐ傍を薙いだ。

 

「うおぉぉ!?」

 

「全員迎撃準備! 来るぞ!!」

 

 隊長のその言葉と共に、黒い人影が飛び込んできた。

 それは犬のような頭をした人型だ。その手には剣を一振り持っている。その剣を掲げるとその剣から凄まじい熱量の熱線が放射された。

 

「ま、まただ!? 魔力反応も何もないのに何であんなことが!?」

 

「考えるのは後だ! 攻撃開始!!」

 

 途端に、その人影に向かって魔力弾の集中砲火が降り注ぎ、蜂の巣になったその人影は崩れ落ちるが……。

 

「!? また再生した!?」

 

 そう、その人影は一端は崩れ落ちるがすぐに再生する。それもそのはず、その人影は砂でできていたのだから。バラバラの砂に崩れても、すぐに砂から再生し襲い掛かってくる。

 

「何なんだこいつらは!? 魔力反応もないのにどうしてこんなことが!?」

 

「やはり何かのロストロギアか!?」

 

「怯むな! 攻撃を続けろ!!

 一分一秒でもいい、時間を稼ぐんだ!!」

 

 常識外れの怪物たちに混乱しかかる隊員たちを隊長は叱咤し攻撃を続けるが、その胸中では不安と絶望感が漂う。この常識外れの怪物たちに対して、当然本局へと援軍の要請はしている。しかし、どんな援軍が来ればこの理解不能な敵を撃退できるのかが分からない。

 勝利の全く見えない絶望的な状況、だが逃げることは許されない。ここを突破された後にあるのは戦う力を持たぬ一般市民たちだ。戦う力のある自分たちが逃げ、戦う力を持たぬ市民が蹂躙されるなど、どうあってもやらせてはならない。

 

「全員、化け物どもを街に近づけるな!! 守り抜け!!」

 

 隊長の叱咤の元、士気旺盛に戦う隊員たちだがその戦力差という現実は残酷だ。

 

「た、隊長!? 前方の一団が!?」

 

 副官の言葉に見れば、複数の怪物たちが剣を掲げている。圧倒的な熱線を放つその剣からの熱量が集中し、巨大な火球を形成していった。

 

「奴らここを一気に吹き飛ばすつもりか!?

 総員退避!!」

 

「ダメです、間に合いません!?」

 

 隊長の退避の指示より早く、その巨大な火球は放たれた。圧倒的なまでの熱量はどんな防御魔法すら貫き、その身体を蒸発させるだろう。その場にいた誰もが、死を覚悟した。

 しかし……。

 

「パーフェクト・スクエア!!」

 

 声が響き、巨大な火球の前に光の盾が展開された。すべてを焼き尽くすはずの獰猛な熱を、しかしその盾は防ぎ切る。

 

「これは……」

 

 舞い降りる白銀の鎧に身を包んだ3人の少女に、その場にいた隊員たちは目を奪われた。そして続いて現れる騎士たち。

 待ち望んだ増援と、その纏う鎧の鮮烈な美しさ。戦場に舞い降りた彼女たちに、天使の姿を見る。

 だが、この隊員たちのどれほどの人間が正確に予想しただろう?

 この可憐な少女たちこそ、敵にとって最大の死神であることに。

 

「き、君たちは……」

 

 隊長のその呟きと共に、通信ウィンドウが開く。

 

『こちらアースラ、増援に到着しました!

 大丈夫ですか!?』

 

「あ、ああ。 おかげで助かった」

 

『よかった。

 こちらの部隊が攻撃は受け持ちます。 皆さんはその隙に退避してください!』

 

「しかし、奴らは普通ではない!

 いかな戦力であろうと奴らには……」

 

 エイミィの言葉に隊長が言うのと同時に、人影の一体が襲い掛かってくる。

 だが……。

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

 金の髪の少女の魔力刃が人影を切り裂いた。普通ならばすぐに砂から再生するはずのそれが、今は再生する様子がない。

 

「……やっぱり、この子たち小宇宙(コスモ)で動いてる。

 同じ小宇宙(コスモ)で浄化しないと倒せない……」

 

「それなら私たちの出番!」

 

「ほな行こか、なのはちゃん、フェイトちゃん!

 シグナム、ヴィータは私らと一緒に敵を減らすんや!

 シャマルは情報支援、ザフィーラは撤退する味方の援護!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 3人の少女たちを筆頭に飛び出していく彼ら。

 今まで手も足も出なかったのがウソのように、あの怪物たちが蹴散らされていく。

 

「彼らは一体……」

 

「そう言えば……本局で聞いた覚えがあります」

 

 茫然と呟く隊長に副官が聞いた話をし始めた。

 

「管理局と、協力組織である『聖域(サンクチュアリ)』が共同で立ち上げる部隊があるとか。

 そこは『聖域(サンクチュアリ)』のあの『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』も所属するという……」

 

「何! あの『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』が!?」

 

 『聖域(サンクチュアリ)』と、『小宇宙(コスモ)』という特殊な技能を持つ『聖闘士(セイント)』の存在は管理局内に知れ渡っていた。そしてその『聖闘士(セイント)』でも最強とされる『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』の力は、たった1人で管理局の全戦力とも対峙できるとも称されている。

 そんな隊長に、副官は頷く。

 

「そう、アースラを本部とした部隊。

 正式名称『第13機動独立特殊事件対応班』……通称『Gフォース』です!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「相手、犬の頭やし見たところやと『アヌビス』とかエジプトの神様っぽいなぁ」

 

「何だか、この間快人くんと見た映画思い出しちゃったの」

 

「ああ、あの映画な。

 せやったら黒幕はスコーピオンキングやから、ムキムキマッチョなシャウラくんやな」

 

「さすがにそんなシャウラは想像できないなぁ」

 

 3人娘ことなのは、フェイト、はやての3人はとてもここが戦場とは思えないような会話を交わして微笑みあう。だが、敵たちを視界に収めた瞬間、彼女たちの顔は真剣なものへと変化した。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

 なのはから放たれた桃色の光線が薙ぐように放たれる。その一撃は敵の一角をなぎ倒していた。

 

「行けるな、ヴィータ、テスタロッサ!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

 シグナムの言葉と共に、なのはのディバイン・バスターで開けた傷口を広げるように3人が飛び込んでいく。

 

「やぁぁぁ!!」

 

「レヴァンティン、G型カートリッジ、ロード!!」

 

「アイゼン、G型カートリッジ、ロード!!」

 

 魔力と共に小宇宙(コスモ)を込めたフェイトの魔力刃が敵を切り裂く。同じようにシグナムとヴィータがG型カートリッジをロードさせ小宇宙(コスモ)を纏った。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

シグナムの連結刃が次々に敵を切り裂いていく。一方のヴィータが魔力と小宇宙(コスモ)で形作るのは巨大な鉄槌。

 

「ギガントシュラーク!!」

 

 小宇宙(コスモ)を纏ったその巨大な鉄槌を、まるでモグラ叩きのように頭上から敵へと叩きつける。

 そんな3人へとその剣を掲げ熱線を放とうとしていた敵を正確になのはのアクセルシューターが撃ち抜いた。

 

『なのはちゃん、ヴィータちゃんの11時方向、射撃体勢に入った敵がいるわ!』

 

「OK、シャマルさん!!」

 

 シャマルの情報支援によって邪魔者を的確に撃ち抜いていくなのはの射撃。

 そんな彼女たちの猛攻に敵わぬと思ったのか、敵集団が一か所に集まっていくとその剣を掲げる。するとその剣からの熱線が収束して巨大な火球を形成していく。再び強力な一撃を見舞おうというのだ。それに気付いたはやてが一気に上空に上昇する。

 

「いくで、リインフォース!」

 

『はい、マスター!』

 

 リインフォースの返事と共にはやての掲げた杖に集まるもの、それは凍気だ。

 元々はやての纏う南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)は、かの有名な白鳥座聖衣(キグナスクロス)を構成する北十字星座(ノーザンクロス)の宿敵の星とされるライバル星座だ。そのため南十字星座(サザンクロス)も凍気に対する適性が高いのだ。

 

「デジェルさん直伝の技や! これで頭冷やし!!」

 

 そして小宇宙(コスモ)を込めながら、その魔法を眼下の敵へと叩きつけた。

 

「フリージング・ブリザード!!」

 

 その冷気は集まっていた巨大な火球もろとも、集まっていた敵を一気に凍結する。

 水瓶座(アクエリアス)の奥義、『ダイヤモンドダスト』の魔法版であった。威力はオリジナルとは比べるべくもないが、それでもその広範囲への凍気は集まっていた敵を一気に砕く。

 すべてが終わった後、あれほど猛威をふるっていた怪物たちはただの一匹も残ってはいなかった。

 

「やったね! フェイトちゃん、はやてちゃん!!」

 

「うん!」

 

「イェイ!」

 

 互いにハイタッチをする3人娘に、シグナムが苦言する。

 

「主はやて、まだ終わったという訳ではないのですよ。

 敵の本拠たる『黒いピラミッド』の原因を何とかしない限りは、未だ戦闘が終息したとはいえません」

 

「大丈夫、大丈夫や」

 

 そんなシグナムの忠言を、はやてはヒラヒラと手を振って問題ないと言い放つ。

 

「あっちはうちらの誇る最大戦力が全員向かったんや。

 この事件はもう、終わりや」

 

 

ズドォォォォォォォン!!!

 

 

 はやての言葉に答えるかのように、地響きが伝わる。その音に全員が最大望遠状態で問題の『黒いピラミッド』の方を見やる。同時に、アースラからも現場の映像が送られてきた。

 『黒いピラミッド』の上部が吹き飛んでいた。それも普通の壊れ方ではなく、『内側から』衝撃を受けたような壊れ方だ。そしてそのピラミッドの上空には巨大な蛇のような怪物が飛び、その尻尾は『黒いピラミッド』の内部に続いていた。

 そしてその尻尾を掴んでいるもの、それははやての信じる黄金聖闘士(ゴールドセイント)だ。

 

『こちらでも確認した。 邪神アポフィスだ』

 

 そう言って通信ウィンドウに現れたのは、『Gフォース』の聖域(サンクチュアリ)側の総責任者、総司の師の一人であるアスプロスである。

 

『どうやら黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは頭を使ったらしい。

 邪神アポフィスの嫌いなものは『太陽の光』、光届かぬ黒いピラミッドから引きずり出したようだ』

 

「いや、頭を使ったっていうか……」

 

「完全に力を使ってるような気がするんですけど……」

 

 アスプロスの言葉に、なのはとフェイトは顔を見合わせる。『内側から』吹き飛んだ黒いピラミッドに、上空に吹き飛んだ邪神アポフィス。そしてその尻尾を掴む大悟。何をやらかしたのかは一目瞭然、そう、邪神アポフィスの尻尾を掴んで、黒いピラミッドを突き破る勢いで空中にブン投げたのである。

 

「流石や、うっしー! カッコえぇ!!」

 

 一方のパチパチ手を叩くはやては大興奮である。

 そんな少女たちの見守る中で黄金の光が5つ、空中で太陽の光に悶え苦しむ邪神アポフィスに迫っていく。そして膨れ上がる黄金の小宇宙(コスモ)の光。

 

 

ズドォォォォォン!!!

 

 

爆発の轟音が大地と大気を振動させる。そしてすべてが収まった時、あの禍々しい邪神アポフィスの姿はどこにもなかった。

 

『邪神アポフィスの討伐を確認した』

 

『状況終了! みんな、お疲れ様!』

 

 アスプロスに続くエイミィの言葉で、その場の緊張が解ける。

 こうして管理局と聖域(サンクチュアリ)との共同部隊、『Gフォース』の任務は大成功に終わったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『アポフィス事件』を解決させた一同は思い思いに身体を休めていた。その方法はまちまちであるが、快人となのはは……。

 

「うっ、うぅ……」

 

「うっ、うぅぅ……」

 

 『巨蟹宮』で、ソファに座りながら二人揃って滝のように涙を流していた。2人の前にはテレビとDVD、二人揃って映画鑑賞の真っ最中だったのである。

 やがてエンディングが終わると快人は涙を拭きながらDVDを片づける。

 

「いやぁ……何度見てもラストは涙が出ちまうな、これ。

 背ビレ溶け始めた段階で俺の涙腺もうダメだわ」

 

「うん。 なのはも『レクイエム』が流れ始めた途端、涙が止まらなかったもん」

 

 なのはも涙を拭いながら同意した。

 

「んじゃ次はどれ見るか……よし、これとかどうだ?」

 

「えー、それトラウマになりそうだからヤなの。

 明るい口調で『皆殺し』とか歌っちゃうのもどうかと思うし」

 

「ああ、あれは間違いなく迷曲だよな」

 

 あははと快人は笑う。そんな快人を見て、思い出したかのようになのはは言った。

 

「ねぇ、あの部隊名考えたの、絶対快人くんでしょ?

 だってあれ、快人くんの趣味丸出しだったもん」

 

「何言ってるんだ、なのは。

 確かに考えたのは俺だけど、次元世界を守る『守護者(ガーディアン)』、所属する俺たち『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』、そして何より『女神(ゴッデス)』の軍ってことで『Gフォース』。じいさんたちも「良い名称だ」って言ってたんだぞ」

 

 そう言う快人に、なのははジト目で突っ込んだ。

 

「全部方便だよね、それ。 絶対、アレから名前とったでしょ?」

 

 快人の趣味を知り尽くしているなのはに言われ、快人も観念したように肩をすくめた。

 

「……バレたか。

 でもまぁいいだろ、俺たちの相手なんて大怪獣と大差ないからな」

 

「それもそうだね……んっ」

 

 そんな風に納得すると、なのはは気だるげに伸びをしてソファに寝転がる。だが、すぐに跳ね起きるように時計を見た。

 

「うにゃ!? いけない、セージおじいさんに呼ばれてたんだった!」

 

「じいさんに? 俺は聞いてないけど……」

 

 なのはの言葉に快人は眉をひそめる。

 

「うん、何だか私とフェイトちゃんとはやてちゃんに来てくれって」

 

「修行の予定か何かか?

 まぁいい、行ってこいよ」

 

「うん!」

 

 そう言ってなのはを送り出す快人だが……。

 

「なのはたちだけをじいさんが呼び出す……何か引っかかるな……」

 

 快人はわずかに首を捻るが、それを振り払うように伸びをすると再び映画観賞へと戻ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「お、遅れてごめんなさい!」

 

 呼び出された教皇の間にはすでにフェイトとはやてが揃っていた。慌てて飛び込んできたなのははアワアワと頭を下げるが、教皇の座のセージは笑いながらなのはに言う。

 

「なぁに、それほど遅れた訳ではないのだ。別段気にすることは無いよ、なのは嬢。

 ただ、次からは気を付けるのだよ」

 

「うん」

 

 セージの言葉に素直に頷くなのは。セージはその様子に笑顔で頷く。それはどう見ても孫を溺愛する老人のそれだ。

 

「教皇様……」

 

 じじバカここに極まるセージにハクレイがゴホンと咳払いをすると、セージも佇まいを正して聖域(サンクチュアリ)の教皇としての表情を作った。

 

「さて……君たち3人をここに呼んだのは他でもない、ある任務を与えるためだ」

 

「「「任務?」」」

 

 その言葉に頷くとセージは隣に控えていた少女、猫山霊鳴が話しだす。

 

「ちょっとね……私の『予知夢』で見えたんだけど……また宜しくないことが見えたのよ。

 『暴れまわる怪物』ってのがね」

 

 霊鳴はレアスキルとも言える予知能力、『予知夢』を所持している。そのため不吉な『予知夢』を見た場合には聖域(サンクチュアリ)に報告することになっていたのだ。その精度はかなりのものであり、今回の『邪神アポフィス』の復活についても霊鳴の進言があった。そのため、セージやハクレイからの信頼もすこぶる厚い。

 

「こちらの星見でも不吉なるモノの復活の暗示が確認できた。

 そして管理局側にその場所を調べてもらったが……どうやら奇妙な事件が起こっているらしい。

 しかし、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちには少しやってもらいたいことがあってな、動かせんのだ。

 そこで、君たち3人にこの事件を調査して貰いたい」

 

 そこまで説明すると、セージは教皇としての威厳ある声で言った。

 

楯座(スキュータム)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、高町なのは。

 矢座(サジッタ)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、フェイト=テスタロッサ。

 南十字星座(サザンクロス)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、八神はやて。

 3名にこの事件の解決を命ずる。

 管理局側はすでに準備をしてくれている。さっそく現地へと向かってくれ。

 良いな、くれぐれも気を付けるのだぞ」

 

「「「はい!!」」」

 

 良い返事と共に3人娘が教皇の間から退出した。その姿を見送ったセージに、ハクレイが口を開く。

 

「……よくぞ我慢したな」

 

「兄上……私とて教皇、せねばならぬ事だとは分かっています。

 それに、私はなのは嬢たちを信じていますよ。

 しかし……」

 

「不安は消えぬ、か……分からぬでもない。

 だが……必要だとは分かっていよう?」

 

「ええ、だからこそ送り出したのです……」

 

 そして、セージは中空を見ながら呟いた。

 

「どうか、あの娘らに女神の加護を……!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 なのはとフェイトとはやての3人娘がやってきたのは、とある管理世界の山の中だった。豊かな自然が生い茂り、この一帯に暮らす者たちの生活の基盤となっているものである。だがここに、奇妙な事件が起こっていた。

 山に入った者が何人も帰ってこないというのだ。さらにそれと同時期に、巨大な怪物を見たという話が続出しているのである。

 

「竜、なぁ……」

 

 はやては近くの村の老人から聞いた話を思い出す。この周辺の山には悪い竜と、竜退治の伝説が残っているらしい。

 昔この周辺を散々に荒らしまわった竜を勇者が退治したという、オーソドックスな内容の伝説である。この周辺ではかなり有名な話らしく、子供の躾のための怒り方に『悪いことをしていると竜が来ますよ』という脅かしがあるぐらいだ。とはいえ、普通の竜ならば今のなのはたち3人ならば、誰か1人で十分に対処が可能なはずだ。それを3人でということはそれ相応の危険の可能性が高いということだろう。

 

聖域(サンクチュアリ)が動く以上、普通の相手とは思えない……」

 

 聖域(サンクチュアリ)、もっと言えば『Gフォース』の行動目的は魔法では不可能な不可思議事件(小宇宙(コスモ)がらみの事件)の解決と調査である。フェイトは今回の任務も、そんな一筋縄ではいかない強力な相手だと半ば確信していた。

 

「とにかく気を付けよう。

 セージおじいさんからの任務だもん、きっちりやらないとね」

 

 なのはの言葉に、フェイトもはやても頷いた。そして森を進む3人は、その場所へとたどり着いた。

 

「これは……!?」

 

 そこは巨大な洞窟の入り口だった。いかにも巨大生物が住んでいそうな場所である。だがそれ以上に目を引くものがそこにはあった。

 

「人の石像!?」

 

 ある者は何かから逃げるように、ある者は驚きの表情のままの石像たちだ。だが、こんなものをこんな山奥に作る人間も居なければ、作れるはずもない。

 

「「「石化!?」」」

 

 3人娘は同時に同じ結論にたどり着く。

 

「……ちゅーことは、この中にいるのは竜やあらへん。

 中にいるのは……『アレ』や!」

 

 はやての言葉に、なのはとフェイトは重く頷く。3人とも聖闘士(セイント)としての活動のため、神話などに関する知識はかなり増えている。その中から3人は、今回の自分たちの敵を正確に認識していた。

 

「どうする、はやて?」

 

「……とりあえず、中に入るのは却下や。

 あんな神話級怪物と相手のホームグラウンドで戦ったらこっちの機動性は生かせず、みんな揃って石像の仲間入りになるのがオチや。

 待ち伏せして外に出てきたところを倒すしかない」

 

「そうだね……」

 

 なのはは頷くと、ぽっかりと空いた洞窟の入り口を見た。その奥に陣取るであろう、神話の怪物を睨むように……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「じじい!!」

 

 聖域(サンクチュアリ)の教皇の間のドアが吹き飛ぶような勢いで開かれ、蟹座聖衣(キャンサークロス)姿の快人が怒鳴りこんでくる。だが、そんな剣幕の快人にセージとハクレイの兄弟は顔色一つ崩さない。

 

「……快人よ、教皇の間では私のことは教皇と呼べと何度言えば分かる?」

 

「うるせぇ! んなこたぁ、どうでもいいんだよ!!」

 

 セージの言葉にも、快人は苛立たしそうにダンッと足を踏む。それだけでバキリと床にひびが入った。それだけ今の快人がどれほどに苛立っているのか分かる。

 

「では何用だ、快人?」

 

「そんなもん、なのはたちのことに決まってるだろうが!!

 どういうつもりだよ!!」

 

「どういうつもり、とは? ただ普通に任務を与えただけだが?」

 

「それが問題なんだよ! 

 クロノから聞いたぞ! 聖域(サンクチュアリ)には『石化した人間』についての話をした、ってな!

 となりゃ、ハナっからじいさんたちは今回の相手が『アレ』だってことは分かっていたはずだ!!」

 

 そう、実は管理局からのサーチャーでの映像で、『石化させられた人間』についてのことを知っていた聖域(サンクチュアリ)は、今回の相手が何であるのか最初から分かっていたのだ。

 

「だっていうのに、俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)が5人全員、聖域(サンクチュアリ)で留守番ってのはどういう了見だ!?」

 

 セージはなのはたちには黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちにはやってもらうことがある、と言っていたが実はそんなものはなかったのだ。黄金聖闘士(ゴールドセイント)は全員、聖域(サンクチュアリ)で待機しているのである。

 

「とにかく、俺は今からでもなのはたちのところに行くぞ!」

 

「待て、快人!!」

 

 セージ達の反応に苛立つ快人が、宣言と共に出て行こうとする快人をセージが鋭い声で止める。

 

「快人よ、師として、聖闘士(セイント)を統括する教皇として命ずる!

 お前は、いやすべての黄金聖闘士(ゴールドセイント)が今聖域(サンクチュアリ)から出ることはまかり許さん!

 もしこの命を破るというのなら、いかなお前でも逆賊とみなす!」

 

「なん……だと!?」

 

 その言葉に、さすがの快人も目を見開く。

 

「おい、じいさん。そりゃどういうことだ!!」

 

「言葉のままの意味だ。 いいな、お前は聖域(サンクチュアリ)から出るな」

 

「ふざけんな! なのはたちに何かあったらどうする!

 じいさんはなのはが心配じゃないのかよ!?」

 

「無論、私とてなのは嬢は可愛いし、その身を案じてはおる。

 だがな、快人……そうやっていつまでもお前たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)が助けていてはあの子たちは成長せん。

 あの子たちは決してお前たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)のおまけではない。この聖域(サンクチュアリ)の誇る、聖衣(クロス)を任せるに足る者たちだ。

 いわばこれはあの子たちの乗り越えるべき試練なのだよ」

 

「そりゃ分かるけどよぉ……そうだとしても、なのはがヤバいかもってのに動くななんて命令、やすやすと納得できるかよ。

 無理にでも行く、って俺が言ったらどうする?」

 

「それはやめておけ……」

 

 セージとの会話に第三の声が響き、快人はその方向に視線を向ける。

 そこには快人と同じく、双子座聖衣(ジェミニクロス)を纏った総司がいた。

 

「……なるほど、俺が力づくってときにはそれを防ぐ戦力を用意してたってか。

 さすが教皇様、用意のいいこった」

 

 皮肉げな快人の言葉に、総司はため息交じりに言う。

 

「快人……お前、意外と臆病なのだな。

 シュウトと大悟も教皇様のところに来たが、フェイトとはやてを信じる、とそのまま帰っていったぞ。

 お前も信じてみたらどうだ?」

 

「そりゃ……俺だってなのはのことは信じちゃいる。

 だが……」

 

 そんな何とも煮え切らない快人に総司は再びため息をつくと言った。

 

「ともかく、教皇様の命を破るなら俺と一戦交えることを覚悟しろ。

 それに……俺に打ち勝ったとしてどうやって3人のところまで行く?

 管理局には聖域(サンクチュアリ)からお前に転送ポートを貸さないように話が行っているし、お前は俺の『アナザー・ディメンション』のような次元移動の奥義はない。お前の積尸気冥界波(せきしきめいかいは)はそこまで自由な移動はできんからな。

 それで、どうやって次元を超えてその世界に行くつもりだ?」

 

「……チィ! わかったよ!」

 

 ぐうの音も出ない正論に、快人は苛立たしげに来た時と同じように乱暴にドアを開け放ち出て行く。その後ろ姿が見えなくなってから、セージとハクレイは深々とため息をついた。

 

「分かりきったことではあったが……想定よりもいささか快人の反応が過剰だ。

 今後問題とならねばいいが……」

 

「それもなのは嬢への想いなのだろうが……まったく、お前の弟子はいつでも一癖も二癖もあるな」

 

 教皇と教皇補佐がため息をつく中、総司は去って行った快人の背中を思い出していたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ズルズル……。

 

 

 巨大な何かを引きずるような音が洞窟の奥から響く。そして、その音はゆっくりと出口へと近付き、その姿が洞窟の闇から露わになった。

 それは巨大な、蛇のごとき体躯の禍物であった。女の巨大な翼のついた女の上半身に、長い蛇の身体の怪物である。

 その姿はなるほど、『竜』に見えなくもない。だがそれは神話の時代の凶悪な怪物、堕ちた『神』とも言える存在だ。

 その姿を確認したフェイトとはやては呟く。

 

「間違いない、ゴルゴーンだ」

 

「せやな。 しかも大きな翼っちゅーと、エウリュアレやな」

 

 ゴルゴーン……『メデューサ』で有名な、神話級怪物である。女の身体に翼、そして蛇の体躯と蛇の髪を持つと言われている。その最大の特徴は『石化能力』だ。その邪視によって見たものを石にするという能力である。

 

「ほな、作戦通りにいこか?」

 

「うん」

 

 フェイトとはやてはお互いの相棒たるデバイスと聖衣(クロス)を一撫ですると、緊張の面持ちで動き始める。

 最大の脅威たる『石化攻撃』、これを避けるためにはその視界に入らないようにしなければならない。そうなればそれが出来るだけのスピードが要求される。

 はやての援護によって、3人娘のうち最大の速度を誇るフェイトが連続して攻撃を仕掛けてたたみ込むというのが作戦だった。

 

『?』

 

 洞窟から外に出たエウリュアレは不可解なものを感じた。

 それは気温だ。明らかにいつもよりも気温が低いのである。そして感じる攻撃的な小宇宙(コスモ)にエウリュアレが視線を向けようとしたその時だった。

 

「いったれ、フリージング・レイ!!」

 

『!!!??』

 

 その言葉と共にエウリュアレの視界が真っ白に染まった。突然のことに、エウリュアレは混乱と苦悶の悲鳴を上げる。

 空中の水分を凍らせることによって光を乱反射する鏡を作りだし、相手の視界を塞ぐはやての魔法である。視界が効かなければ『石化』の邪視は使えない。その魔法がエウリュアレの視界を奪い、『石化攻撃』を防いでいたのだ。

 

「今や、フェイトちゃん!」

 

「やぁぁぁぁぁ!!」

 

 同時にフェイトが魔力刃に小宇宙(コスモ)を込めてエウリュアレへと斬りかかる。

 ゾブリという確かな手応えとともにエウリュアレの身体が切り裂かれた。だが……。

 

「!? 再生!?」

 

 斬ったはずのエウリュアレの身体がみるみる再生していく。

 『蛇』は脱皮を繰り返すことが『再生』と見なされ『不老不死の象徴』とされたり、その形状から『生命の象徴』とされることが古代宗教などを紐解けば多い。その特性なのか、エウリュアレはとてつもなく高い再生能力を持っていたのだ。

 

「く!?」

 

 フェイトは諦めず魔力刃を振るうが、ゾクリと背中に冷たいものが走り、その本能に従ってフェイトが飛び退く。同時に、それまでフェイト居た場所に何かが突き刺さる。一見して矢のように見えるそれは高質化した蛇であった。エウリュアレはその髪の蛇を弾幕として射出してきたのだ。

 

「くっ!?」

 

 その弾幕にフェイトもたまらず距離を離す。だが、距離が離れるということはエウリュアレの視界に収まる確率を劇的に上げる危険な行為だ。すぐ再接近したいところだが、絶え間ない弾幕がそれを許さない。

 同時に、フェイトには決め手が欠けていた。通常の魔力刃のダメージではエウリュアレ再生能力を上回ることができず、攻撃の端から再生されてしまう。そうなれば狙うは急所だが、それも難しい。神話ではメデューサは首を切り落とされて討伐をされたから首を落とせばいいのだろうが、当然首を狙うとなればその視界に入る可能性は高い。神話でメデューサ退治を行ったペルセウスには身を守る盾があったが、それが無いフェイトが首を狙うことは致死攻撃である『石化攻撃』を思えば危険すぎる。

 だが今のフェイトとはやてには余裕があった。はやてによってエウリュアレの最大の武器である『石化攻撃』のための視界が塞がれているからだ。何とか隙をつきその首をフェイトは狙うが……。

 

『!!!???』

 

 エウリュアレがその翼を大きくはためかせる。だが、それは飛翔のためではなかった。

 

「!?」

 

「あかん!?」

 

 エウリュアレの翼のはためき、それは強烈な暴風を巻き起こす。はやての『フリージング・レイ』は空気中の水分を凍らせ鏡とし、相手の視界を塞ぐものだ。これは言ってみれば空中に無数の鏡を浮かせているようなものである。その鏡が、暴風によって吹き飛ばされてしまったのだ。それはエウリュアレの最大の攻撃である『石化攻撃』のための視界が復活してしまったことに他ならない。

 エウリュアレがその最大攻撃のためにその双眸を開こうとしたその時だった。

 

「なのは!!」

 

「今や!!」

 

「うん!!」

 

 フェイトとはやての声に応えて、身を隠していたなのはがエウリュアレに向かって突貫していた。何処から突貫したのか……それはエウリュアレの背後だった。

 3人娘は全員、神話級の怪物であるエウリュアレが通常の方法で簡単に倒せるとは思っていなかった。だが、遠距離からの火力砲撃はあまりに危険だ。エウリュアレの石化攻撃の射程距離が不明だし、遠距離にいてはその視界から逃げるのは難しい。そうなれば取る方法はただ一つ、極至近距離でのインファイトによる急所への攻撃である。

 だがなのはでは速度が足りない。フェイトでは威力が足りない。はやてでは精密攻撃が出来ない。3人娘はものの見事に有効打を与えるための適正が抜け落ちていたのだ。

 そこで考え出されたのが、フェイトとはやてを囮とし大火力を誇るなのはのゼロ距離砲撃である。

 

「行くよ、レイジングハート!!」

 

「イエス、マスター!!」

 

 なのははレイジングハートを槍のように構えて小宇宙(コスモ)を込めた瞬間加速魔法、『フラッシュムーブ』で一気に音速を超える。同時にレイジングハートのモードを極近接捕縛砲撃形態『アクベンス・モード』へと変形させた。

 

「せーのっ! 蟹爪(アクベンス)!!」

 

 特大の蟹のハサミ(クラブ・シザース)が、エウリュアレの首を後ろから捕まえると、なのははその加速のままにエウリュアレの頭を大地へと叩きつける。

 顔面から大地に叩きつけられるエウリュアレ。『石化攻撃』のために必要な視線は、叩きつけられたことで地面しか見えない。

 そしてなのはは『アクベンス・モード』でその首を捕まえながら、ゼロ距離砲撃を敢行した。

 

「ディバイン・バスター!!!」

 

 膨大な魔力と小宇宙(コスモ)を込めたそのゼロ距離砲撃は、エウリュアレの首で炸裂した。遠距離からでも相手に致命的なダメージを与えるその攻撃に、エウリュアレの首が耐えきれず千切れ飛ぶ。

 吹き飛んだその首は大地に落ちるより早く、ボロボロと黒く変色すると崩れ落ちた。それを追うように残された身体の方も、崩れ落ち風に流されていく。

 

「「「や、やったぁぁぁ!!」」」

 

 エウリュアレの完全消滅を確認した3人娘から、勝利の歓声が上がる。

 そしてそれは、この『世界』において初めて神話級の怪物が快人たち純粋な聖闘士(セイント)以外の手によって討伐された瞬間だったのだ。

 そんなある意味では歴史的瞬間を、3人娘はハイタッチで互いに讃え合うのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「すばらしい!」

 

 教皇の間でエウリュアレ討伐の第一報を聞いたセージはその報告に、歓声を上げて立ち上がり手を叩く。普段では見られない教皇の興奮に、管理局からその第一報を持ってきたトム・ウィリアムは若干引き気味だった。

 そんなセージにハクレイはゴホンと咳払いをする。それでハタッと自分の状態に気付いたセージは、少々照れ気味に頬を掻きながら教皇の座へと座りなおした。

 

「大戦果ですな、教皇様」

 

「うむ! あの娘らなら必ず無事にやり遂げると私は信じていましたぞ、兄上」

 

 なのは嬢が心配で報告が来るまで落ち着きなく教皇の間を歩き回っていたお前のどの口が言うか……喉まで出かかったその言葉をハクレイは呑み込むと、再び詳細報告に視線を落とす。

 

「しかし……本当に大戦果ですな。

 神話級怪物の完全討伐だけではない、まさかこんなものまで見つけてくるとは……」

 

 ハクレイの手元の資料には一枚の写真が添付されていた。

それは粉々に砕けた白銀の箱と、かろうじて形を判別できるレベルの鎧……聖衣(クロス)であった。

 エウリュアレ討伐を済ませた3人娘は、そのままエウリュアレの住処であった洞窟を探索、そしてその最深部でこの聖衣(クロス)……ペルセウス星座の白銀聖衣(シルバークロス)を発見したのである。

 聖衣(クロス)は完全破損の状態だったが、その最大の特徴である『メデューサの盾』も真っ二つに割れた跡はまだ新しい。恐らく、伝説にある『竜退治の英雄』とは聖闘士(セイント)で、エウリュアレをメデューサの盾の力で封印していたのだろう。その封印に限界が来てエウリュアレの復活となったと推測できる。

 神話級怪物の討伐と白銀聖衣(シルバークロス)の発見……途方もない戦果である。

 

「これでなのは嬢たちの風当たりもまともになるだろう……」

 

 セージはやれやれといった感じで力を抜き、椅子に深く背を預ける。

 実際、なのはたちの立場は聖域(サンクチュアリ)としても管理局としても微妙だった。なのはたちは現在、黄金聖闘士(ゴールドセイント)以外では唯一、聖衣(クロス)を与えられている存在だが、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちのように圧倒的な実力を見せつける出来事が無かったため、管理局にもパライストラの中にも『何故聖衣(クロス)を貰えるのか?』と疑問を持つものもいた。酷い人間に至っては黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちと懇意である事実と嫉妬から『黄金聖闘士(ゴールドセイント)に媚を売って聖衣(クロス)を得た女』と称する者までいるくらいだったが、今回の活躍はそう言った内外の声をねじ伏せるのに十分すぎるものだ。

 実際、この一件によりその実力を認められた3人娘は黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちのような尊敬を内外から集めることになるがとりわけ管理局側……もっと言えば魔導士側からの人気は絶大だった。彼らにとってみれば小宇宙(コスモ)の力は未知のものであり、それを使う聖闘士(セイント)が幅を利かせるのは面白くない。そんな中、多少の差はあれど『魔導士』にかなり近いなのはたち3人の活躍は、魔導士にとって我が事のように喜ばしいことだった。

 ごく簡単な例を上げると『オリンピックのような由緒ある大会で大きな結果を残した選手が自分と同じ学校出身だったりすると誇らしい気分になる』という、同族意識からくる優越感の一種である。とにかく、この事件の解決による影響は多岐に渡ったのだった。

 

「さて……あの娘たちの件はこれで片付いた。

 だが……」

 

 今回の事件、なのはたち3人に対する問題は解決できたのだが、どうにも新しい問題が見えてしまった。

 

「快人め……あ奴のこと、問題にならねば良いが……」

 

 セージは顎を擦りながら、自分の弟子にある不安を覚えるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 黄金十二宮の『巨蟹宮』では、再び快人となのはが並んでDVD観賞の真っ最中だった。

 

「いやぁ……やっぱ何度見てもいいもんだ。 巨大兵器ってのは男心をくすぐられていい……」

 

「まぁ、なのはもそれには同感だけど私はこの前のスーパーMGの方が好きかな。

 だって『ドリルアタックだ!』って言った瞬間、『何で近付くの!?』って思わず思っちゃったもん。

 やっぱり圧倒的火力で押しつぶすのが巨大兵器の魅力だと思うの」

 

「バカヤロー、ドリルは男のロマンなんだぞ!

 それが分からんとは、それでも男か!?」

 

「私、女の子!」

 

「よし、そう言うことならドリルの良さをこれで教えてやろう!」

 

「空飛んじゃう戦艦の艦首にドリルはどうなのかなぁ?」

 

 快人と、その趣味に付き合うなのはの間にゆったりとした時間が流れて行く。そんな中、重厚なオープニングBGMを聞きながら快人はポツリと言った。

 

「あのさ、なのは。 今回の任務のことだけどよぉ……」

 

「? どうしたの?」

 

「……いや、ちょっと変なこと思っただけ。 悪ぃ、忘れてくれ!」

 

「? 変な快人くん……」

 

 何やら言いかけてやめた快人に、なのはは可愛らしく小首を傾げるがすぐに始まった映画の方に意識を向け、そんな快人の反応など忘れてしまった。

 だがこの時、快人もなのはも話を続けるべきだった。

 互いに胸の内をすべて吐き出すべきだった。

 そうすればもしかしたら……『あの出来事』は起こらなかったかもしれないのだから……。

 

 

 




今回はすずかとアリサがプッシュされ、どうにも最近活躍してない3人娘の活躍のお話。
ちなみに快人は重度の特ヲタ、なのはと何を見てるのか分かる人にはよく分かります。
今回、堕ちたとはいえ元『神』を3人は討伐してみせました。
今後も強くなって貰うための経験値稼ぎです。

快人となのはに微妙な空気が流れる中、次回からは『聖域始動編』のラスト、『なのは撃墜編』を数回に分けてやることになる予定。

次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:キキ様、実は小宇宙高めれば聖衣修復師はいらないとかムウ様が泣いちゃうからやめて下さい。
     スタエク披露はGOODですよ、キキ様。
     普通に鋼鉄聖闘士が小宇宙使っててワラタ。位置づけは単純に雑兵用の聖衣なのかなぁ?
     クロストーンの設定が、文字通り木端微塵になった。
     オブジェ形態が戻ってきたのは嬉しいけど、また箱を背負うとか進化したのか退化したのか判断に困ります。
     そして最後……ヲイ体育座! お前また敵スタートかい!!

     色々、画面前でツッコミを入れるカオスな30分でした。


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第50話 聖闘士と魔法少女、宿敵に邂逅する

お久しぶりです。
仕事が忙しくずいぶんと更新に時間のかかったキューマル式です。

今回は聖戦までの10年の『聖域始動編』とも言える序盤のラストイベント、『なのは撃墜編』です。
今回はこの物語において各キャラの戦うべきライバルキャラたちとの初邂逅となります。
もう『聖戦開始』といっても過言ではない内容。
さて、誰と誰がかち合うでしょうか?



 

 聖域暦2年、新暦換算では67年……この年は、後の聖域史において必ず取り上げられる事件が起こることになった……。

 

「……以上だ。 何か質問はあるか?」

 

「いいや、無いな。 ククッ……これでやっとこのホコリ臭い場所から飛び立てる」

 

「フン、貴様のためにやっているわけではない。

 完成後は精々役立ってもらおう」

 

「分かっている。

 パンドラ様にもよろしく伝えておいてくれ、ラダマンティス」

 

「……誰が聞いているかわからん。ここではパーラとラースと呼べ」

 

「はいはい、分かっているよ、ラース」

 

 ポンポンと、真面目そうな男……ラダマンティスの肩を叩いてから、男は去ろうとする。

 そんな男の背中に、ラダマンティスが再び声をかけた。

 

「どうやら聖闘士(セイント)どもが動き出しているらしい。

 今回はパーラ様のご命令で、俺もあいつも守りに付くことになった」

 

「ほぅ……これは派手なお披露目会になりそうだ。

 精々、祝いの華を期待しよう。

 聖闘士(セイント)どもの血の華をな」

 

 ラダマンティスの言葉に、その男は壮絶な顔で嗤ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日、聖域(サンクチュアリ)にもたらされた情報は聖域(サンクチュアリ)上層部に危機感を持たせるのに十分だった。

 それは管理局からもたらされた情報だった。違法な物資・物品が集められているという違法品密輸の情報……ただそれだけなら、聖域(サンクチュアリ)が動くということはなかった。

 だがその現場で『黒い鎧』の人物が目撃されたという情報により、その密輸事件に冥闘士(スペクター)が関わっている可能性が出てきたのだ。

 これを受け聖域(サンクチュアリ)上層部と管理局は黄金聖闘士(ゴールドセイント)を始めとした『Gフォース』の投入を決定、さっそく本部でもあるアースラはその問題の世界へと向かうことになったのである。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ああ! シャウラ様、待ってぇぇぇ!!!」

 

 アースラの待機室は大勢の人物で賑わっていた。そこにシャウラの悲鳴とヨハネスの奇声が響く。

 今回の派遣の特徴として、パライストラ生徒の随伴というものがある。パライストラ開校から約1年、管理局がパライストラ生徒がどれほど育っているか知りたいと言い出していたのである。本来なら聖域(サンクチュアリ)もこんな話は無視をするところだが、今回は冥闘士(スペクター)との戦闘も予想される事件だ。今はパライストラ生徒でも、聖戦の時には前線で戦ってもらうことになる戦力である。自分の敵を知る機会でもあるし、冥闘士(スペクター)が絡むとなれば怪我人も予想される。そこでパライストラの中でも現在優秀な者たちだけを数人抽出、治療や雑用など後方支援だけを目的として派遣を決定したのである。

 今回随伴を許されたのはカルマ、サビク、ヨハネスの『55号室』の面々、ルーク、リュウセイ、ハリーの『33号室』の面々、そして女子生徒からロニス、そして彼らを統率する立場として総代であるトム・ウィリアムと副総代であるエイム・ロイドである。

 

「た、助けてアリサちゃぁん!!?」

 

「ふふふ、ここにはあのツンツン娘はいませんよシャウラ様。

 さぁ、僕にあの恍惚をぉぉぉぉ!!」

 

「い、いやぁぁぁぁ!!」

 

 半恐慌状態のシャウラが戦慄の表情で逃げ、怪しく身体をくねらせたヨハネスが追う。そんな様子を快人を始めとした黄金聖闘士(ゴールドセイント)は呆れたように見ていた。

 

「相変わらずスゲェ奴だな、あれ」

 

「本当だよ。

 アレが戦闘でも出来たら、凄い戦力になるんだろうけどね」

 

 快人の言葉に肩をすくめたシュウトが、薔薇を一本取り出しシュっとヨハネスに投げつける。薔薇の睡眠毒によってヨハネスがコテンと倒れ、やっとアースラの待機室は静かになった。

 

「う、うぅ……あ、ありがとう、シュウトくん」

 

「そんなにお礼を言われるようなことはしてないつもりなんだけどな、ボク……」

 

 マジ泣きでお礼を言いながらシュウトの隣の席に座ったシャウラに、シュウトは困ったように頬を掻く。シュウトとシャウラは特に仲がいい。双方ともかなりの美少年のためそれが2人並べばかなり絵になる。

 

『女装したシャウラくんをお姫様だっこするシュウトくんが見たい!』

 

 そんな風に声高に叫ぶパライストラ女子生徒は実は多かった。

 ……もしかしたら、この聖域(サンクチュアリ)は早くも駄目かもしれない。

 

「しっかし……結構な人数だな、こりゃ」

 

 快人は待機室を見渡してそう呟く。

 実際、聖域(サンクチュアリ)からだけでも快人たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人となのは・フェイト・はやて、そしてヴォルケンリッターにパライストラの9人で合計21人。さらに管理局側から魔導士が40人、60人規模の作戦行動だ。投入される戦力に、双方陣営の本気度が見て取れる。それほどまでに今回の、『冥闘士(スペクター)が絡んでいるかもしれない事件』には警戒感を示しているのだ。

 

冥闘士(スペクター)か……俺はまだ戦ってねぇけど、実際はどんなモンだったんだ?」

 

冥闘士(スペクター)といってもピンキリだからな、俺が戦った相手はそう強くは無かったぞ。

 だが、快人も油断できる相手ではないのは分かっているだろう?」

 

「まぁな……」

 

 そう言って椅子に背中を預け、大きく伸びをする快人。

 

「出来ることなら俺たちだけで何とかしたいもんだ……」

 

「まぁ、そうありたいものだな」

 

 快人の視線の先には、別の席で談笑するなのは・フェイト・はやての姿がある。快人の言葉にシュウトと大悟は頷く。自分たちがフェイトやはやてを案じているのと同じ思いなのだろうと考えるシュウトと大悟。

 

「……」

 

 しかし、総司だけは快人の言葉がシュウトや大悟とはどこか違うように聞こえ、わずかに眉を潜めるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その『世界』は雪に覆われていた。見渡す限り一面の銀世界に、申し訳程度の針葉樹の林が点在している。吹雪いてはいないが、空は薄暗く、パラパラと雪が舞い降りて来ている。

 

「寒々しい風景だな」

 

 快人の呟きに、シュウト、大悟、シャウラはそれぞれ何も言わなかった。ちなみに総司はアースラにてその護衛として数人の魔導士と共に残っている。

 

『ここはほとんど太陽の届かない極寒の惑星だからね。

 今クロノ君が魔導士隊を率いて索敵の真っ最中だけど、まだ時間はかかりそう。

 ねぇ、それよりホントにバリアジャケット無しで寒くないの?』

 

小宇宙(コスモ)を集中させればこのくらいどうってことないさ」

 

 エイミィの言葉に何でもないと快人は答える。

 実際、LCでは小宇宙(コスモ)を集中させることでマグマの海に飛びこむことだって可能だったし、エピソードGではアイオリアとシャカはイアペトスの守護惑星と、擬似的な宇宙空間戦までやっているのだ。小宇宙(コスモ)さえ集中し燃やせば、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦闘不可能な領域などないのである。

 

「まぁ、視覚的には寒ぃから、終わったら熱い風呂にでも入りたいね」

 

『あはは、それだったら用意してあげるよ。

 うんと熱い……』

 

 快人がエイミィとの取り留めない会話をしていたその時だった。アースラとの通信が突如として切れる。同時に、快人たちはいくつもの小宇宙(コスモ)を感じ取っていた。

 

「始まったか!」

 

「いや、でもこれは……!?」

 

 感じ取れる小宇宙(コスモ)の数に、シュウトが愕然とした声を上げる。同時に、前線を指揮していたクロノからの悲鳴のような通信が入った。

 

『こちらクロノ! 複数人の黒い鎧の人物に襲撃を受けている!!

 なのはたちが殿を務めてくれているが、マズイ!!

 すぐに援護を!!』

 

 その逼迫した声が状況の危険さを物語っているようだ。そして同時に、その映像が送られてくる。

 

「「「「なぁ!!?」」」」

 

 敵の陣容を見た黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちから呻きが漏れた。それほどにとんでもない陣容だったからだ。

 

「お、おい!!」

 

 同時に、パライストラ生徒たちの方からも声が聞こえる。

 

「なんだ、どうした!?」

 

「それがカルマが敵の映像を見た途端、いきなり……」

 

 どうやらパライストラの1人が飛び出して行ったらしい。

 

「ちぃ!?

 おい、トムさん!パライストラの連中はあんたの指揮で前の連中の撤退を支援してくれ!

 これから、俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)が全員で突貫する!

 あと、よろしく!」

 

 言うが速いか、4人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)小宇宙(コスモ)を高めて加速する。

 

「俺はパライストラの生徒を拾ってから冥闘士(スペクター)退治に廻る!

 シュウト! 大悟!

 お前らは早くフェイトとはやてたちのところに行ってやれ! あの相手はヤベえ!?

 シャウラはもう一つのところ、頼めるか?」

 

「もちろんだよ!」

 

「行くぞ、みんな!!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは光の矢となって、雪の平原を駆け抜けて行った……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 地上でGフォース部隊が交戦状態に入ったころ、アースラにも危機が訪れていた。

 

「エイミィ、状況報告!?」

 

「強力なジャミングです! それに……周辺の空間に歪曲現象を確認!!」

 

「まさか……空間攻撃か!?」

 

 同時に、アースラに向かって黒い光球が襲いかかってくる。

 

「ちぃ!?」

 

 それに気付いた総司が瞬時に『アナザー・ディメンション』を発動させ、アースラの甲板上に降り立つと、迫りくる光弾を撃ち落としていくが、その一発がアースラの甲板に直撃、炸裂した。すると、まるでコルクで抜いたかのように直径2メートルほどの穴が開く。まるで『そこに最初から無かったかのように』、だ。その光景を見ながら、総司の脳裏に嫌なものがよぎった。

 

「まさかこの技……!?」

 

 だが迫りくる第二波攻撃に、総司はその考えを一端頭の隅に追いやると迎撃へと専念することにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ギィィィィン!!

 

 刃を打ち合わせるような甲高い音がその場所には響いていた。目にも止まらぬ速さで、刃を打ち鳴らす音だけが嫌にハッキリと響く。

 

「クッ……」

 

 数合の打ち合いの末、距離を離したフェイトは滴る汗を拭うことも無く驚愕の表情で目の前の『敵』を見つめる。

 矢座聖衣(サジッタクロス)を全展開モードで装着した本気のフェイト……その前に浮いているのは空色の髪をツインテールにした、冥衣(サープリス)を纏う同じくらいの歳の少女である。

 黒い鎌を構えるその姿は、冥衣(サープリス)の黒い色も相まってまるで死神である。

 だがフェイトが驚いたのはそこではない、その理由は少女の顔だ。

 それはフェイトの良く見知ったもの。それは鏡を見れば必ずそこにあるもの。それは……。

 

「私……!?」

 

 そう、その少女の顔はフェイトに瓜二つ、相違点など髪の色と鋭い眼差しくらいのものだろう。戦闘においても漆黒の鎌による高速戦闘、フェイトと同じだ。驚愕するフェイトに、少女はコロコロと哂いながら言う。

 

「驚きました、お姉さま?」

 

「……お姉さま?」

 

 少女の言葉にフェイトは眉を潜めたが、次に飛び出した言葉で再び驚愕で目を見開く。

 

「『プロジェクトF』……」

 

「!? それは!?」

 

 『プロジェクトF』……それはジェイル・スカリエッティが元の理論を構築し、そしてプレシア・テスタロッサによって発展・完成された人造生命体の作成プロジェクトである。

そしてフェイトはその『プロジェクトF』によって生み出されたのだ。そんなフェイトを『姉』と呼び、しかも自分と同じ顔となれば答えは出たも同然である。

 

「そう、『プロジェクトF』……人造生命体の作成は続いている。

 そして私はあなたを元に造られた……」

 

「あなたは……一体……?」

 

 カラカラに乾く喉でフェイトがその言葉を絞り出すと、少女は纏う冥衣(サープリス)をまるでドレスのように翻し、優雅な礼と共に言葉を紡ぐ。

 

「私はレンカ……レンカ・ヒスイ。

 天断星マンティスのレンカ・ヒスイですわ、以後お見知りおきを、フェイトお姉さま!」

 

 言葉と共に掲げる漆黒の鎌は、相手を切り裂くカマキリの怪しい鎌。そんな鎌を、獲物を狙うような爛々と輝く紅い瞳で見つめる。

 

 

矢座(サジッタ)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、フェイト=テスタロッサ。

 天断星マンティスの冥闘士(スペクター)、レンカ・ヒスイ。

 聖戦においてぶつかり合う、奇妙な運命の姉妹2人はこうして巡り合ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あはは、あははははは!!」

 

 逃げて行く管理局の魔導士部隊を後を追い、狂ったような少女の声が雪の草原に響き渡る。

 

「ねぇ、あんたたち管理局でしょ! 管理局でしょ!!

 だったら頂戴! その首を頂戴!!

 あはは、あははははははは!!」

 

「うわ!?」

 

 少女から伸びた蔓のような触手が逃げる魔導士の足をすくい上げ、バランスを崩す。そして、瞬時にその触手が小宇宙(コスモ)とともに高質な刃へと変化した。それはまるで断頭台の刃。

 

「首を落として死んじゃえ、管理局!

 ブラッドフラウアシザース!!」

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 少女の狂笑と共にその断頭台の刃が振り下ろされる。だが……。

 

 

ガギィィィン!!

 

 

 振り下ろされた断頭台の刃は、十字の形をした杖に受け止められていた。全展開状態の南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)を纏ったはやてである。

 

「ここは私が受け持つから、はよ行って!!」

 

 はやての言葉に放心していた管理局員はコクコク頷くと、再び後退していく。それを見届けてからはやては目の前の少女へと向き直った。

 そんなはやてに、面白くなさそうに頬を膨らませた少女は言う。

 

「何で邪魔するのよ、せっかく管理局のやつの首を置いてかせようとしたのに……」

 

「アホか自分。 そないなこと、私ら聖闘士(セイント)がさせるわけないやろ」

 

「まぁいいか。 あいつらの変わりにあなたの首を落とせばいいんだもの」

 

 そして再び狂気の笑いを響かせる少女に、はやてはゆっくりと言う。

 

「……名乗りぃ。

 『妖怪首おいてけ』とか言う名前やないんやろ?

 せやったら、名乗りぃ……」

 

「私の名前が知りたいの?

 だったら丁度いいから、お兄ちゃんたちと一緒に自己紹介してあげるね!」

 

 その言葉と共に、少女の側に2つの影が降り立つ。一人は背の高い男、そしてもう一人は筋骨隆々の大男だ。

 

「俺は天捷星バジリスクのカイザー」

 

「……天牢星ミノタウロスのロード」

 

「そして私、天魔星アルラウネのエンプレス!

 これが私の『家族』よ!!」

 

 そう言ってバッと手を広げる少女、エンプレス。そんなエンプレスの頭をポンと叩くとカイザーは言う。

 

「行くぞ、管理局は皆殺しだ!」

 

「……殺す!」

 

「あははははは、みんなみんな、首をちょん切ってあげようよ!

 あはははは、あはははははは!!」

 

 3人からの泡立つような殺気に、はやてはため息交じりに言う。

 

「なんちゅうか……この妹にしてこの兄ありって感じやな」

 

『家族とは基本、似た者同士になるのでしょう』

 

「せやな、リイン。

 さて……自己紹介して貰った以上、私も返さなあかんな。

 私は南十字星座(サザンクロス)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、八神はやて!

 そして……!!」

 

 バッと杖を掲げたはやての元に、影が降り立つ。

 

「ヴォルケンリッター、烈火の将シグナム!」

 

「鉄槌の騎士ヴィータ!!」

 

「湖の騎士シャマル!」

 

「盾の守護獣、ザフィーラ!!」

 

「そして黄金聖闘士(ゴールドセイント)牡牛座(タウラス)の牛島大悟を合わせて、これが私の『家族』、八神家や!」

 

 はやては宣言と共に、掲げた杖を振り下ろす。

 

「八神の『家族』の力、見せたる冥闘士(スペクター)!!」

 

「そっちこそ、首ちょん切ってほえずらかかせてやる、聖闘士(セイント)!!」

 

 そして、聖戦においてぶつかり合う聖闘士(セイント)冥闘士(スペクター)の2つの『家族』は交戦を開始したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「くぅ!!」

 

 シュウトは目的地に向かって駆け抜けながら歯ぎしりする。いくつもの巨大な小宇宙(コスモ)……聖域(サンクチュアリ)の想定を超えたそれを感じながら、シュウトは自分たちの見積もりの甘さを思う。同時に、『これが聖戦なのか……』と自分たちの向かう運命の過酷さを改めて思い知っていた。

 一刻も早くフェイトたちのところへ向かいたいが、どうあっても無視できない小宇宙(コスモ)の1つは、自分たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)でなければどうしようもないレベルのものだ。

 シュウトはその小宇宙(コスモ)に向かって駆けて行く。

 その時。

 

「!?」

 

 殺気を感じてシュウトが飛び退いた。同時に、先ほどまでシュウトのいた場所に火球が炸裂する。一瞬にして雪が広範囲に渡って蒸発し、舞い上がる水蒸気が辺りを雪の変わりに白く染め上げた。

 シュウトは即座に黒薔薇を取り出し、小宇宙(コスモ)を爆発させる。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

 噛み砕く黒薔薇はその水蒸気を突っ切り、巨大な小宇宙(コスモ)に向かって飛んでいくが、空中でボウっと燃え上ると目標へとたどり着く前に焼け落ちた。

 

「……」

 

 その様を見ながら、シュウトは背筋を嫌な汗が流れるのを感じた。

 相手は誰か、よく分かっている。今しがた自分に飛んできた火球は『黒い』火球だった。

 黒炎を操る冥闘士(スペクター)と言えば……。

 

 

バサリ……。

 

 

 シュウトの目の前に、黒い翼が舞い降りる。纏う小宇宙(コスモ)はすべてを焼き尽くす黒い炎。

 

「天暴星ベヌウの輝火……」

 

シュウトは凌駕すべき敵の名を静かに呟いたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐ、うぅ……こいつは……」

 

 撤退していく味方のために部隊の殿を務めていた管理局隊員たちは、目の前の理解不能な存在に畏怖と恐怖を抱きながらも、それでも味方のために、自分の為すべき任務のためにデバイスを構える。そんな管理局隊員たちに、その黒い鎧の男はパチパチと拍手を送る。

 

「仲間のために、任務のために己の為すべきことを為そうとする。仕事熱心なのは大変結構、良いことです。

 だが……弱い!」

 

「!?」

 

「ま、またか!?」

 

 その言葉と同時に、隊員たちの身体が勝手に動き出し、隣にいる仲間に攻撃を仕掛けてしまう。そんな同士討ちを先ほどから繰り返していた。

 

「力なきものは弄ばれるだけの傀儡に過ぎないのですよ。

 力を示さぬものはね。

 さて、この人形遊びもいささか飽きました。そろそろ閉幕としましょうか」

 

 男のその言葉と同時に、管理局隊員たち身体の引き絞られるような激痛を味わう。

 

「ぐわぁぁぁぁ!!」

 

「さて、背骨はあと何秒もつでしょうね?」

 

 ミシミシと悲鳴を上げる管理局隊員たちの骨の音を聞きながら、男はクスクスと笑う。

その時だ。

 

「スカーレットニードル!!」

 

 紅い閃光が縦横無尽に駆け巡る。すると、管理局隊員たちにかかっていた力が消え去った。激痛から解放されへたり込む管理局隊員たちを守るように、黄金の少年が降り立つ。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)の一人、シャウラ=ルイスです。

 皆さん、ここは僕に任せて逃げて下さい!」

 

「あ……ああ!」

 

 やってきた援軍の言葉に従い、解放された管理局隊員たちはそのまま一目散に逃げて行く。それを背中越しに感じながらも、シャウラは目の前の人物から目を離さない。

 

「これはこれは、聖域(サンクチュアリ)が誇る黄金聖闘士(ゴールドセイント)が1人、蠍座(スコーピオン)のシャウラ=ルイスですか。

 これは噂以上に美しい少年ですね……」

 

目の前の男は大仰に礼をする。

 

「始めまして、蠍座(スコーピオン)

 私は天貴星グリフォンのミーノス……」

 

 『天貴星グリフォンのミーノス』……冥闘士(スペクター)最強と言われる冥界三巨頭の1人だ。それを理解しているシャウラの表情が強張る。

 

「実は私の方も、君に興味がありましてね。

 君は……私の傀儡に相応しい逸材ですよ」

 

「すみませんが、僕、人形遊びは好きじゃないので遠慮します。

 ……どうしても戦うんですか?」

 

「戦い? 違いますね、これは……私の『遊び』です!」

 

 ミーノスの小宇宙(コスモ)が膨れ上がると、それが細く糸のように収束していく。

 

「コズミックマリオネーション!!」

 

 それは小宇宙(コスモ)によって編まれた糸で相手を自在に操る技。先ほど管理局隊員たちの自由を奪っていたのはこれだ。一本だけでも相手の骨を砕くその極細の糸が、シャウラを絡め取ろうと迫る。

だが……。

 

「スカーレットニードル!!」

 

 シャウラの『目』はその糸すべてを捕えていた。絡みつかれる前にシャウラの放った深紅の閃光が糸を切断していく。

 

「流石ですね。ですが……いつまでもちますか?」

 

 ミーノスは笑いながら、まるで人形師が人形を操るように両手を構える。シャウラの『目』には、その両手に数えきれないほどの糸が見えていた。

 シャウラの額を冷たい汗が一筋、伝う……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その頃、大悟も遭遇したその敵との戦闘に突入していた。

 

「グレートホーン!!」

 

 その黄金の猛牛の突進は、あらゆるものをなぎ倒す牡牛座(タウラス)必殺の衝撃波。大悟の小宇宙(コスモ)を爆発させて放ったその攻撃は遊びも手加減もない、正真正銘、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人、牡牛座(タウラス)の牛島大悟の全力攻撃だった。

 だが……。

 

「なるほど、その掌打から放たれる衝撃波か……。

 だが、ただのそよ風よ!!

 この翼竜の咆哮の前ではな!!」

 

 大悟のグレートホーンの衝撃が、さらなる衝撃によって相殺される。いや、それは相殺ではない。

 

「ぐぅ!!?」

 

 その証拠に咆哮によって放たれた衝撃は地面を盛大に抉りながら大悟へと迫り、大悟は腕をクロスしその衝撃をガードする。それは正面から大悟自慢の『グレートホーン』がパワー負けをした、ということに他ならない。

 それを為したのは黒い冥衣(サープリス)の男。巨大な羽と、角と牙をあしらった形状のヘッドマスク。そして、その男は猛々しく自らの名を名乗る。

 

「貴様ら聖闘士(セイント)はこの俺が一掃してくれる。

 冥界三巨頭の1人、天猛星ワイバーンのラダマンティスがな!」

 

 言葉一つ一つがビリビリと大気を振るわせ、そのあらぶる小宇宙(コスモ)は周辺の雪を溶かして行く。

 

「冥界三巨頭の1人……相手にとって不足は無い!」

 

「フン、牛ごときが竜に敵うと思っているのか?」

 

 その言葉に、大悟はゆっくりと腕を組み小宇宙(コスモ)を高めていく。

 

「ならば試してみろ。

この俺の、巨星アルデバランの歩みが竜の咆哮ごときで止められるかどうかをな!!」

 

「牛ごときがよく吠える。

 いいだろう、翼竜の轟きを受けろ!!」

 

 そして、2人は高まる小宇宙(コスモ)を同時に解き放った。

 

「グレートホーン!!」

 

「グリーディングロア!!」

 

 ぶつかり合う力と力に空間が悲鳴を上げる。

 聖戦においてぶつかり合う牡牛座(タウラス)と天猛星は、こうして始めての拳を交わし合うのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……」

 

 林を抜け、走る、走る……。

 パライストラの聖闘士(セイント)候補生の1人、カルマ=レスティレットはパライストラで鍛え続けていたその脚力で走り続けていた。

 その目指す先は、サーチャーの映像で見たあり得ない光景の場所。

 

「見間違いだ、見間違いに決まってる!」

 

 そう自分自身に言い聞かせながらも、先ほど見た光景に拭えぬ不安が湧きあがる。

 そして、カルマはその場所にたどり着いた。

 

「!?」

 

 それはとても美しかった。

 白い雪の大地に映えるのは冥闘士(スペクター)の象徴たる冥衣(サープリス)、それを纏った少女から溢れ出る熱は陽炎となり、その姿を揺らめかせる。だがそんなものでは揺らがない圧倒的な存在感を持って彼女はそこに存在していた。

 そして……彼、カルマ=レスティレットは彼女の名前を知っている。

 

「カレン……!?」

 

 その言葉に、その少女は炎を纏いながらゆらりとカルマの方を向いた。

 

「まさか……カルマ?」

 

「そうだよ! カルマだ!

 お前と一緒にあの場所で、『レスティレット園』で育ったカルマ=レスティレットだよ!!」

 

 孤児院『レスティレット園』……孤児だったカルマにとっては今は無き故郷。

 そして、それは彼女……カレンにとっても同じだった。

 

「何で……何でだよ!?

 あの火事で先生は死んじゃったけど、みんな里親見つかって幸せになったんだろ!?

 それが何で……こんなところにいるんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 そう叫ぶカルマに、カレンは呆れを通り越して哀れみさえ感じさせる表情で吐き捨てる。

 

「『幸せ』? 

 バカね、この世界にそんなものはどこにも存在しないのよ。

 そして……私たちの『家族』にもそんなものは存在しなかった……」

 

「ど、どういうことだよ?」

 

「私たちの……レスティレットの家族はみんな死んだわ」

 

「そ、そんなバカな!?」

 

「それがこの『世界』が私に与えてくれる現実よ。

 だから私は……『あの人』の導きで、こんな『世界』を壊してその先にたどり着く!

 私は……そのために戦う!」

 

 カレンがバッと冥衣(サープリス)の羽を広げると、その名を名乗る。

 

「私は天殺星リントヴルムのカレン!

 この『世界』を変える、冥闘士(スペクター)の1人!!」

 

 その名乗りと共にとてつもなく攻撃的な小宇宙(コスモ)がカレンのもとで高まる。パライストラでの修行によって、小宇宙(コスモ)を曖昧にだが感じ始めていたカルマはそのあまりの強大さを、威圧感という形で感じ取る。

 だが、同時にカルマには気になるものがあった。それは……。

 

「『あの人』? 誰かに騙されてるのか!?」

 

 カレンの変貌に驚きを隠せぬカルマは、カレンの言葉からそう推測する。

 その時だ。

 

「伏せろ!!」

 

 その言葉にカルマが身を伏せると、蒼い炎が薙ぎ払われる。それを避けてカレンは後方に大きく飛び退くと、カルマの眼前に黄金が降ってきた。その姿に、カレンはぽつりと呟く。

 

蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)……!?」

 

「おう、初めまして冥闘士(スペクター)さん。

 蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、蟹名快人だ。

 そんじゃ早速……燃え尽きやがれ!」

 

 獰猛に笑う快人の右手に蒼い炎が宿ると、カレンが緊張で身を固くする。それを横目で見ながら快人は背後のカルマに言った。

 

「早く下がってくれ。 そこに居たら戦いの邪魔になるだけだ」

 

「ま、待ってくれ! あいつは、カレンはきっと誰かに操られて……!?」

 

 そんなカルマに快人はため息を1つ付くと、自分より身長のあるカルマの胸倉を掴み上げた。

 

「アンタの方が俺より年上だが、聖域(サンクチュアリ)じゃ黄金聖闘士(ゴールドセイント)の俺の方が偉ぇ。だからハッキリ命令してやる。

 さっさと下がれ、雑兵! 邪魔だ!!」

 

 快人の怒気とその小宇宙(コスモ)にカルマが言葉を失う。

 だがその時だ。

 

「確かにその黄金聖闘士(ゴールドセイント)の言う通り、邪魔だな。

 ここは力ある者だけの踊る舞台、そこに力の無い虫けらが居ても興ざめるだけだからな」

 

 その声に、快人はカルマの胸倉を離すとその声の方にバッと振りむいた。そこから現れたのは1人の男だ。歳は15~16といったところ、スラリとした長身の男だ。口元は皮肉げに歪み、だが切れ長の目からの鋭い視線は男がただ者でないことを雄弁に物語る。

 冥衣(サープリス)を纏っていることから冥闘士(スペクター)の1人であることは確実、そしてその鳥を模った形状から男の正体は快人にはすぐに分かった。

 

「面白い男と戦っているな、カレン。

 その黄金聖闘士(ゴールドセイント)は俺に譲れ。

 お前はパンドラ様のところで、『アレ』の準備をしていろ」

 

 そして、そんな男に、カレンは即座に礼を取る。まるで主人を前にした臣下のようにだ。

 

「わかりました」

 

 その言葉と共に、カレンは最後にチラリとカルマの方を向くと、そのまま一直線に後方へと下がっていく。それを見送ると、男は楽しげに快人を見つめた。

 

「さて……蟹座(キャンサー)、感謝しよう。

 丁度花が欲しいと思っていたところでな、ここまで持って来てもらえるとは嬉しい限りだ」

 

「生憎と俺は弟と違って、花なんざ持ち合わせてないんだがなぁ」

 

「いいや、花ならこれから咲かすさ。

 蟹座(キャンサー)、お前の大輪の血の花をな」

 

 男のその言葉を、快人は笑いとばす。

 

「ははは、そりゃ面白い冗談だな。

 でだ、花は無いがあんたら冥闘士(スペクター)に特別に『焼鳥』のデリバリーサービスしに来たぜ。

 無論材料はてめぇだ、鳥野郎。

 天雄星ガルーダのアイアコスさんよぉ!!」

 

 その男の名は冥界三巨頭が1人、天雄星ガルーダのアイアコスである。

 快人とアイアコスとの間に一気に緊張が高まる中、カルマはこの男こそカレンの言っていた『あの人』だと悟ると、自分でも気付かぬ間に叫んでいた。

 

「お前が、お前がカレンを変えたのか!! あの優しかったカレンを!!」

 

 その言葉に、アイアコスはチラリとカルマを見ると、憐れむように快人を見る。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)が『虫』のお守りとはな……聖域(サンクチュアリ)の人材不足は深刻らしい。

 心から同情してやろう」

 

「『虫』だと!?」

 

「ふん、『虫』だろう?

 何も見ず、何も考えず、己の気に入らぬことを他者のせいにしなければ前に進めぬ惰弱な者を『虫』と言わずになんと言う?

 勘違いのないよう言うが、カレンは己の往く道を、俺への隷属を己で決めた。

 『虫』ごときがそのカレンの選んだものにケチを付けるな」

 

 あまりの威圧感を持つ視線に貫かれ、カルマは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 

「おいおい、お前の相手は俺だぞ?

 俺を無視するなよ、『虫』の話だけに」

 

 快人はくだらないダジャレを織り交ぜながらも、ゆっくりと戦闘のための小宇宙(コスモ)を高めていく。

 

「おい、さっさと下がれ! こいつは手加減とかが出来る相手じゃないんだよ!!」

 

「で、でも……」

 

「カルマくん!!」

 

「カルマ君ッ!!」

 

 それでも渋るカルマのところに、後ろから同室であるサビク・アルハゲとヨハネス・スピンドルがやってきた。

 

「何をやってるんだ! 早く下がるぞ!!」

 

「ま、待て! 俺はあの男にまだ話が!!」

 

「何を言ってるんだい! 状況をよく見るんだ!!」

 

 そう言って強引にサビクとヨハネスはカルマを連れて後ろへ下がろうとするが……。

 

「虫けらを逃がすと思うか?」

 

 アイアコスが掌に炎を生み出す。だが……。

 

「何?」

 

 突如として森から大量の鳥たちが飛び立ち、後ろに下がっていくカルマたちの姿を覆い隠す。ロニス・アルキバがレアスキル『鳥使役』によってその視界を遮り、撤退の手助けをしたのだ。

 

「『虫』を潰そうかとも思ったが、『虫』など潰しても汚れるだけか……。

 では『花』だけ摘ませてもらうとするか」

 

「へっ……その前に『焼鳥』にして冥闘士(スペクター)どもに送りつけてやるよ!」

 

 その言葉と同時に快人とアイアコスの姿が掻き消え、光速戦闘を開始する。

 黄金聖衣(ゴールドクロス)冥衣(サープリス)のかち合う音が響き、大地が、大気が振動する。

 そして一端距離を離した快人とアイアコスが地面に降り立った。

 

「冥界三巨頭ってのは伊達じゃねぇんだな」

 

「ふん、蟹ごときが俺に勝てるか」

 

「言ってくれるじゃねぇか……でもな、この程度じゃ俺に『血の花』を咲かせるのは無理だぜ」

 

 実際は快人はアイアコスの底知れぬ強さに戦慄を覚えていたが、そんなものはおくびにも出さずにあくまで挑発的に言い放つ。

 だが、アイアコスはうっすらと笑いさえ込めて、世間話でもするかのような軽い口調で言葉を発した。

 

「そう言えば、だ。

 俺は『黄金の血の花』だけでは足りなくてな、『白銀の血の花』も見てみたいと思っていたんだが俺は貴様の方を受け持つので『白銀の血の花』は部下に任せることにしたのだ。

 俺の『片翼』にな」

 

「何!?」

 

 アイアコスが『片翼』とまで呼ぶ相手は1人しかいない。

 その時、快人は遠くで自分の良く知る小宇宙(コスモ)の持ち主が戦闘状態に入ったのを感じた。そしてその対峙しているだろう相手の小宇宙(コスモ)もだ。

 

「どうやら始まったらしいな」

 

「なのはッ!?」

 

 思わず快人の注意がなのはの方へと向く。だがそれは冥界三巨頭を相手にしてあまりに大きすぎる隙だった。

 一瞬で快人の懐まで飛び込んでくるアイアコス。

 

「しまっ……!?」

 

 快人が気付いた時には、アイアコスはその小宇宙(コスモ)を爆発させていた。

 

「ガルーダフラップ!!」

 

 その鮮烈な旋風に舞い上げられた快人は、そのまま頭から地面へと叩きつけられる。

 

「が……はぁ……!?」

 

 口から血が吐き出され、叩きつけられた時の衝撃により流れでた血が、雪の大地に紅い花を咲かせる。

 そんな快人をアイアコスは背中越しに振り返って言う。

 

「雪の白に紅い血はやはり映えるな、そうは思わないか蟹座(キャンサー)?」

 

「へ、へぇ……だったら今度は俺が観賞させて貰うぜ、クソ鳥」

 

 快人が全身から出血しながら立ち上がり、笑いながら答えるがその胸中は穏やかではない。それと言うのも、先ほどから戦闘状態になっているなのはが気になって仕方が無いからだ。

 

(こいつの『片翼』と言えば、『あの女』しかいねぇ!?

 こいつをさっさとどうにかして向かわねぇとなのはがやべぇ!?)

 

「どうした、こないのか?」

 

「タレにするか塩にするかで迷ってたんだよ、焼鳥野郎!!」

 

 快人はその言葉と共に加速する。だが、その動きを見たアイアコスはニヤリと嗤うのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「クロノくん、早く皆さんを連れて撤退して!!

 殿はなのはが受け持つの!!」

 

「すまない、頼む!!

 全員即時撤退! 転送ポートのあるポイントまで下がれ!!」

 

 魔導士隊を率いるクロノが鋭い指示を出しながら撤退していく中、なのはは険しい顔で吹雪く雪の彼方を見つめる。

 

「!?」

 

 その瞬間、なのははゾクリと背筋の凍るような感覚を覚えると瞬時にフラッシュムーブを発動させ、全力でバックダッシュを行う。そして降ってきた『何か』が先ほどまでなのはがいた場所で炸裂した。

 

「くっ!?」

 

 飛び散る衝撃と破片を防ぐために、なのはがシールドを発動させる。そして収まっていく雪煙の向こうをなのはは見た。

 なのはに向かって飛び込んできた『何か』……それは人だ。音速を超えるスピードで濃密な小宇宙(コスモ)を纏いながら突っ込んできたのである。

 そして……その人影はゆっくり立ち上がった。

 それは、冥衣(サープリス)を纏うとても綺麗な女性だった。歳は15~16か、スラリとした長身にしっとりとした艶やかな長い黒髪は、同性のなのはからみても素直に『綺麗』だと感じられた。だがその『綺麗』さは絵画や写真などを見て感じる『綺麗』さではない。もっと危険な……いうなれば切れ味抜群の日本刀を見て感じるような、魔的な『綺麗』さである。

 同時にその凛々しい眼差しはまさに武人のそれだ。

 

(シグナムさんに似てるかも……)

 

心の中でなのははそんな風に思う。同時に、なのはは小声でその言葉を紡いだ。

 

「レイジングハート。 聖衣(クロス)全展開(フルオープン)!」

 

『イエスマスター』

 

 言葉と共に、なのはの身体に楯座聖衣(スキュータムクロス)が全展開していく。

 時間制限付きのなのはの切り札、だがそれを即座に切らねばならない相手だということをなのはは本能的に感じていた。

 ゆっくり立ち上がった彼女は、なのはを見る。

 

「……お前が楯座(スキュータム)の高町なのはか?」

 

「うん。 あなたは?」

 

 その言葉に、彼女はその長い黒髪をなびかせながら答える。

 

「天孤星ベヒーモスのバイオレート!

 アイアコス様の名の元に、白銀の血華を咲かせる!!」

 

 そして腰を落とし構えを取るバイオレート。

 それに答えるようになのはもレイジングハートを強く握りしめる。

 

「参る!!!」

 

 そしてバイオレートは踏み抜く勢いで大地を蹴った。

 それを魔力と小宇宙(コスモ)を高め、迎撃せんとするなのは

 

楯座(スキュータム)の高町なのはと天孤星ベヒーモスのバイオレート……後世、『片鋏』と『片翼』と言われる2人の聖戦の戦いはこの瞬間、火ぶたが切って落とされたのだった……。

 

 

 




というわけで、冥界三巨頭+最強冥闘士軍団の登場です。

まずは採用しましたオリジナル冥闘士たちのキャラ紹介とお礼から。

天断星マンティスのレンカ
天捷星バジリスクのカイザー
天牢星ミノタウロスのロード
天魔星アルラウネのエンプレス

いずれも永遠という名の悪魔さんから頂きました。どうもありがとうございます。
『天断星マンティスのレンカ』は今後フェイトに『プロジェクトF』を調べてもらわないと『あの子』が登場できない、という必要性と『フェイトコピー』という設定のため採用しました。
他の3人は最初から大悟のライバルキャラに決定していた、ラダマンティス腹心の冥闘士の上、『兄妹家族』ということで八神家との家族対決のために採用です。

今回で各キャラたちの聖戦でのライバルが登場しました。
黄金5人には、とんでもなくつらい戦いが待っているでしょう。

次回はなのはの撃墜と、快人の暴走の予定。
今後もよろしくお願いします。



今週のΩ:ユナさんが相変わらず主人公からヒロインまで何でもこなしています。
     しかし……旧作のシャイナさんが箱背負っているのにも違和感を感じましたが、女の子キャラにあの箱はちょっと合わんなぁ……。

     次回はドラゴン聖衣!! 昔のドラゴン聖衣にそっくりでビックリ。
     そしてついに紫龍がしゃべるぅぅぅぅ!!
     これは期待ですが……身体治った紫龍の居る所で、春麗に手を出したら紫龍が本気になると思うんだが……次週はパラサイト初の戦死者が出るのかなぁ。
     次回が楽しみです。


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第51話 白、墜ちる

今回は過去最高クラスの文字数になってしまった『なのは撃墜編』です。
ついになのは、墜ちる。
そして聖域のピンチは続きます。



「くっ!?」

 

 フェイトは何合目かの打ち合いの後、一端距離を離して静止すると思わず舌打ちをする。フェイトの腕や足にはいくつもの刃の掠ったかすり傷が出来ていた。そんなフェイトに、レンカはクスクスと笑いながら言う。

 

「せっかくの姉妹の戯れなのに離れるなんて寂しいじゃありませんか。

 私ともっと踊りましょうよ、お姉さま!」

 

 言葉と共にレンカが急接近、再びクロスレンジでの打ち合いが始まるが……。

 

「!?」

 

 レンカの黒い鎌をバルディッシュで防いだフェイトが、とっさに身体を捻って顔を逸らす。すると、何かが高速で横切った。フェイトの美しい金の髪が数本切られて宙を舞う。

 

「あらあら、また避けられてしまいましたか」

 

 まるで残念そうではなく、さも楽しそうに言うレンカ。これが先程からフェイトの身体にかすり傷を付けているものの正体だった。

 聖衣(クロス)にはギミックを搭載したものがある。ヒドラ聖衣(クロス)の毒の牙やアンドロメダ聖衣(クロス)のチェーンなどが有名なものだが、それと同じように冥衣(サープリス)にもギミックを搭載したものがあるのだ。丁度レンカの纏うマンティスの冥衣(サープリス)はそんなギミック搭載型の冥衣(サープリス)だったのだ。そしてそのギミックとは……。

 

「ふふふ……」

 

 笑うレンカ……その手と言わず足と言わず全身から、カマキリの腕と鎌のようなものが伸びている。

 マンティスの冥衣(サープリス)のギミック……それは全身いたるところにつけられた『隠し腕』だった。その隠し腕が切り結ぶ最中に不意打ち気味にフェイトに襲い掛かってくるのである。隠し腕の有効性は攻撃での連撃だけではなく防御までもこなしており、クロスレンジでの打ち合いでレンカはフェイトを完全に圧倒している。

 そんなレンカに対し、フェイトはクロスレンジでのインファイトを避け中距離からの砲撃を続けるが、そのことごとくが冥衣(サープリス)を抜く有効打には至らない。

 

(これが……冥闘士(スペクター)!?)

 

 冥闘士(スペクター)の戦闘能力に戦慄すると同時に、フェイトは今の自分の特性の欠点を思い知った。

 

(私の攻撃は……軽い)

 

 フェイトの得意とするものは高速戦闘、『スピードで敵をかく乱しつつ、近・中距離攻撃を連続して叩き込む』というものだ。なのはのように『一撃必殺』ではなく、『数で押す』タイプなのである。普通であればこれはこれで十分な戦術なのだが、目の前のレンカ相手にはこの戦術には根本的な問題があった。

 フェイトとレンカの速度帯はほぼ同じで、最も得意とするスピードで圧倒できていない点。そして最大の問題点は、フェイトの攻撃力でダメージが入っていないという点である。

1のダメージでも100回繰り返せば100のダメージになるが、0のダメージは100回繰り返しても0のままだ。ここに来てフェイトの『一撃の軽さ』が問題となっていたのである。

 中距離での砲撃では完全に防がれ、ダメージを与えられそうなクロスレンジでは完全に圧倒されている。距離を離したフェイトに冷たい汗が流れた。フェイトはその汗を拭い取りながら、自分を姉と呼ぶ少女に問う。

 

「あなたは何で冥闘士(スペクター)なんてやっているの!

 冥闘士(スペクター)と冥王ハーデスが、この世界すべてを滅ぼすって分かってるの!」

 

「無論分かっていますわ、お姉さま。

 すべては『正義』のためです」

 

「『正義』……?」

 

 その言葉にいぶかしむフェイトに、レンカは続ける。

 

「私もあなたも『プロジェクトF』……違法研究の末に産まれた。

 そして私はこの『世界』を見続け分かりました。

 この『世界』は……腐りきっています。金のため、地位のため、名誉のため……そんなことのために私たちのようなものが生み出され、それを容認する社会……そんな『世界』のどこに『正義』がありますか?

 そんなもの、一度すべてが死に絶え冥王ハーデス様による新しい『世界』になるべきです!

 そう、私は『悪』たる今を砕くため、『正義』のために戦っているのです!」

 

「それは違う!

 確かにこの『世界』には『悪』が蔓延しているかもしれない。

 でも、それが『世界』すべての命を奪っていい理由にはならない!」

 

「ご理解いただけなくて残念ですわ、お姉さま。

 なら……私は私の『正義』を力尽くで貫きますわ」

 

 叫ぶフェイトに、レンカは黙って鎌を振り上げる。また接近戦かと身構えるフェイトに、レンカは小宇宙(コスモ)を燃え上がらせると、その場で鎌を振るった。

 

「!?」

 

『右に急速回避を!!』

 

 フェイトの危機察知の本能と、バルディッシュの的確な指示がフェイトを救った。

 回避と同時にフェイトの纏った矢座聖衣(サジッタクロス)の左ショルダーが、まるで鋭利な刃物に切り裂かれたように落ちる。もし回避できなければ左の腕が落とされていたところだ。

 

「あら、私の『インビジブルサイズ』、よく避けましたね、お姉さま」

 

 レンカは意外そうに、だが嬉しそうに言う。

 小宇宙(コスモ)による不可視の鋭い刃で敵を切り裂く……それが天断星マンティスの冥闘士(スペクター)、レンカ・ヒスイの必殺技だった。フェイトはそれを小宇宙(コスモ)の流れと本能、バルディッシュは周辺の空気の流れの変化によって察知したのである。

 

「まだまだですわ、お姉さま。

 もっと踊りましょう!」

 

 クロスレンジへと飛び込んでくるレンカと、迎撃するフェイト。

 2人は再び刃の打ち合う音をBGMに、戦いというの名のダンスを踊る。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 白い雪の平原に、少女の狂笑が響き渡る。

 

「あははははははは、みんな死んじゃえ!!」

 

 エンプレスから伸びる蔓がはやてたちに迫りその足を取ろうとするが、それをシグナムがレヴァンティンを振るって切り裂く。そこにカイザー・ロードの兄弟が飛び込んできた。

 

「死ねぇ、管理局!!」

 

「…殺す!」

 

 殺意と共にロードの小宇宙(コスモ)が燃え上がり、その剛腕が振り下ろされた。

 

「グランドアクスクラッシャー!!」

 

 大地を割る勢いの衝撃がはやてたちに迫るが、飛び出したザフィーラが防御魔法を展開する。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 無論、いかにザフィーラが防御魔法に秀でていようとグランドアクスクラッシャーを防ぐまでには至らない。事実一瞬の間もなくザフィーラの防御魔法は砕け散った。だが、それでも十分だ。防御というのは防ぐだけではない、攻撃をそらすこと、時間を稼ぐことも防御だ。ザフィーラの防御魔法は時として戦場で何よりも貴重な『時間』を稼いだのである。その隙にはやてたちは全員、空中へと逃れていた。

 

「逃がすものか!」

 

 その様子に、今度はカイザーが小宇宙(コスモ)と共に、その翼をはためかせる。普通ならば全く訳のわからない行動ではあるが、支援能力に特化しているシャマルはすぐにその行動の意味を悟った。

 

「周辺空気中に毒物反応、強力な毒攻撃です!

 対毒術式、発動!!」

 

 周辺状況を観測していたシャマルはすぐに全員に対毒のための魔法を発動する。この魔法はあの『闇の書事件』の時、シュウト対策のために組まれていたものでありシャマル渾身の作だ。その魔法が、毒の旋風からはやてたちを守る。

 

「いくで、リインフォース!」

 

『はい、マスター!』

 

 はやての掲げた杖に小宇宙(コスモ)と魔力が集中し、それが凍気に変わっていく。

 

「フリージング・ブリザード!!」

 

 マイナス130度にも達する強大な凍気が叩きつけられ、氷の大地の大気までもを一気に凍結する。それに巻き込まれ、冥闘士(スペクター)3人は氷漬けとなった。

 そこに間髪入れずにシグナムとヴィータが、G型カートリッジを発動させた最大魔法を叩き込む。

 

「シュツルムファルケン!!」

 

「ギガントシュラーク!!」

 

 光のごとく飛来した矢が氷漬けの冥闘士(スペクター)たちに炸裂し、そこに巨大な鉄槌が振り下ろされた。爆音にも似た衝撃が辺りに響く。

 魔導士であるヴォルケンリッターは、個々の戦闘能力では青銅聖闘士(ブロンズセイント)クラスならともかく、それ以上の敵には敵わない。だが、ヴォルケンリッターには気の遠くなるほどの戦闘経験というアドバンテージがあった。個々の力で敵わなくても、集団戦によって互いの長所を引き出しあい、コンビネーションによって格上の相手すら撃破せしめる戦闘集団がヴォルケンリッターの神髄なのである。その戦力が、はやてという『主』への敬愛により、さらなる力を発揮させたものこそ八神家なのだ。

 だが、そんな八神家の戦力を持ってしても、冥闘士(スペクター)というのは難敵である。

 振り下ろしたヴィータのギガントシュラークが、ゆっくりと持ち上がる。

 

「家族は俺が……守る!」

 

 それは冥闘士(スペクター)の中で一番大柄な次男、ロードだ。その巨躯に違わぬパワーで、ギガントシュラークの超重量を持ち上げていた。氷漬けになっていた冥闘士(スペクター)たちで手傷を負っているものは1人もいない。

 

「このぉ! 死んじゃえ、死んじゃえ!!」

 

 エンプレスから伸びる触手を散開して回避しながら、はやては呟く。

 

「敵もやりよるなぁ」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちですら、油断ならないと断言する敵です。

 難敵であることは間違いないでしょう。

 ですが……大悟よりは確実に弱い』

 

「あったりまえや、私らのうっしーがあんな一山いくらの冥闘士(スペクター)より弱いわけあらへん」

 

『ならば、このくらい凌駕して見せなければ釣り合いませんよ、我が主』

 

「わかっとるって!」

 

 言って、はやては刃のように鋭い触手を弾くと同時に、その触手たちを避けながらエンプレスの懐へと飛び込むとその十字の杖に魔力と小宇宙(コスモ)をありったけ叩き込む。そして、その杖を振り下ろした。

 

「サザンクロス・サンダーボルト!!」

 

 それは南十字星座(サザンクロス)の最大級奥義。十字の形に限界まで圧縮した凍気を相手に放つ技である。本来は小宇宙(コスモ)のみによって凍気を作り出す技なのだが、はやては魔力によって小宇宙(コスモ)の不足分を補い、完成に至らせたのだ。

 ちなみに命名者の大悟に「氷なのになんでサンダーボルト?」という質問をはやてがしたところ、「伝説の聖闘士(セイント)だって凍気の技に『オーロラサンダーアタック』って名付けてるからこの名前でいいんだ」と、よく分からない命名の理由を聞かされたことも記憶に新しい。

 その性質上、単一目標に対する攻撃だが現段階でのはやての最大攻撃力を誇る『サザンクロス・サンダーボルト』の温度は、何とマイナス180度。青銅聖衣(ブロンズクロス)を破壊可能なレベルであった。

 

 

ドゥン!!

 

 

「わぁぁぁ!?」

 

 『サザンクロス・サンダーボルト』の直撃を胸に受けたエンプレスは吹き飛ばされ、空中で体勢を立て直し着地する。その冥衣(サープリス)のブレストパーツには十字の傷が刻まれていた。

 

「この……私の冥衣(サープリス)に傷を!

 絶対、絶対許さない! 身体を切り刻んで、首を落として殺すぅぅ!!」

 

 激昂するエンプレスを前に降り立ったはやては、杖を持っていない左手をクイクイと動かし、挑発しながら言った。

 

「来ぃ、私が全力で相手したる!!」

 

「死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 氷の十字と断頭台の妖花の戦いは、雪のバトルフィールドを溶かす勢いでヒートアップしていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐっ……!?」

 

 シュウトは対峙するその相手に、薔薇を構えているがその額には汗が伝う。

 周辺の温度は雪の大地とは思えないほどの高温だが、額の汗は決してその温度のせいではない。

 

(ここまで相性が悪いなんて……)

 

 シュウトは目の前の相手、天暴星ベヌウの輝火と自分との相性の悪さを思い知っていた。シュウトの神髄とも言えるものは薔薇を使った各種毒攻撃である。だが、その肝心の薔薇が高熱のせいで相手に届くまでの間に燃えてしまうのだ。無論、シュウトの薔薇は普通の薔薇とは違いシュウトの小宇宙(コスモ)の凝縮体とも言えるものだから耐熱性だって普通の薔薇とは桁が違う。だがその耐熱性をさらに上回る熱量を放つ輝火の前には、放つ先から燃えて行ってしまっていた。

 ならば別の方法で、とクリムゾン・ソーンを放ってみても超高濃度の小宇宙(コスモ)の凝縮体であるシュウトの血の針ですら蒸発してしまう。空気中に毒の香気を漂わせてみてもそれすら焼き尽くされる。まさに八方ふさがりである。

 だが、そんなことで『どうしようもありませんでした』などという結論は許されない。最大の戦力であるシュウトたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)の投入はまさに切り札だ。その切り札に敗北は許されない。

 

「ふぅ……」

 

 シュウトは一つ深呼吸をすると腰を落として拳を握った。

 

「ほぅ……俺を相手に格闘戦をしかけるつもりか?」

 

「薔薇が効かない以上、この拳で砕くしか手はないでしょう」

 

 言ってシュウトは距離を詰めると格闘戦を開始するが、それはあまりに不利な戦いだった。魚座(ピスケス)は薔薇だけの星座ではなく、格闘戦ができないわけではない。だが、それはあくまで『出来なくはない』ということで、大得意というわけではないのだ。

 対して、ベヌウの輝火は冥闘士(スペクター)最速とも言える戦闘速度を持ち、なおかつ格闘戦に秀でたあの天秤座(ライブラ)の童虎と激戦を繰り広げた相手である。格闘戦は得意中の得意だった。

 

「ぐっ!?」

 

 案の定、シュウトの拳はことごとく防がれ、そのたびに反撃の拳がシュウトに叩き込まれる。2発3発と叩き込まれる拳の衝撃は聖衣(クロス)を突き抜け、シュウトの臓腑に響く。だが、そんな圧倒的に不利な状況下でシュウトは笑った。

 

「何?」

 

 気が付けば、輝火の回りには幾重にも白薔薇の陣が敷かれている。

 

「いけぇ、ブラッディローズ!!」

 

「ふん、無駄なことを!」

 

 シュウトはその白薔薇すべてを一気に輝火へと放つが、輝火の黒い炎がその白薔薇を一つ残らず燃やし尽くした。しかし、シュウトの狙いはブラッディローズではなかった。

 

「やぁぁぁ!!」

 

 黒い炎の壁を突っ切り、シュウトが輝火へ迫る。そして、シュウトはその右拳を輝火の顔面に向けて放った。

 

「……ぐ」

 

「……なるほどな」

 

 しかし、その不意打ち同然の拳すら右の手首を掴まれ防がれてしまった。そのシュウトの右拳には紅い薔薇が握りこまれている。

 ブラッディローズを囮に、握りこんだデモンローズを直接突き刺すというシュウトの策は見事に防がれてしまったのだ。

 

「毒による一発逆転狙いとは……なかなか油断のできないしたたかな男だな」

 

「お褒めに預かり光栄ですよ!」

 

 皮肉と共にシュウトは右の蹴りを放って距離を離すが、奇襲すらも防がれてしまったとなれば本格的に打つ手が無くなる。

 

(どうする? こうなればゴールデンローズストリームを使うか?

 でもあの戦闘速度じゃ、発動前に破られる!)

 

 そう思い悩むシュウトをよそに、輝火は言い放つ。

 

「……ここまでだな。

 次の一撃で決してやろう、魚座(ピスケス)……」

 

 その言葉と共に膨れ上がる輝火の小宇宙(コスモ)に、シュウトはゾクリと悪寒が走る。輝火の腕に黒い炎が生まれ、それは球体となって浮遊する。その熱量はまるで小さな太陽、雪が解けるだけでなく、付近の針葉樹が燃え始めた。

 これぞ天暴星ベヌウの輝火の奥義!

 

「受けろ、コロナブラスト!!」

 

 超高温の黒い火球がシュウトに向けて放たれる。

 

「!? プロテクトローズ!!」

 

 瞬間的に黄薔薇の壁が現れるが、それは太陽を薄紙で防ぐようなものだ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 襲い来る黒い熱波に、シュウトの声が木霊した……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……」

 

「ふふふ……どうしましたか、随分とお疲れの様子ですが?」

 

 シャウラは指を構えながらも肩で息をする。対する天貴星グリフォンのミーノスは涼しい顔で嗤いながら、その手を動かす。

 

「くっ!? スカーレットニードル!!」

 

 それに即座に反応したシャウラはスカーレットニードルを放つ。放たれた閃光は、ミーノスのコズミックマリオネーションの糸を断ち切った。

 そんなシャウラの様子に、ミーノスはパチパチと手を叩く。

 

「お見事!

 さすがは聖域(サンクチュアリ)でも随一の精度を誇るという蠍座(スコーピオン)の紅い閃光ですね。

 私のコズミックマリオネーションの糸がこうもことごとく迎撃されるとは思ってもみませんでした。

 しかし……解せませんね。 何故、その自慢の閃光を私に打ち込んでこないのですか?」

 

 ミーノスの言う通り、シャウラのスカーレットニードルは未だに一発もミーノスへは撃ち込まれていなかったのだ。

 そんなミーノスは数瞬の間何事かを考えると、得心したように頷いた。

 

「なるほど、あなたはお優しいことに敵である私も傷つけたくないということですか」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは答えられなかった。コズミックマリオネーションの糸の迎撃に全力を傾けていたこともあるが、ミーノスの言う通りどこかで人を傷つけることに抵抗があったのも事実だったからだ。

 そんなシャウラを見ながら、ミーノスは楽しそうに笑う。

 

「いやいや、これで納得しましたよ。 私があなたに興味があった理由がね。

 蠍座(スコーピオン)、あなたは私によく似ているのですよ」

 

「一体何を……!? 僕はそんなことは……!!」

 

 残忍な冥闘士(スペクター)であるミーノスと似ていると言われ、温厚なシャウラも思わず声を荒げるが続くミーノスの言葉に、シャウラは言葉を失った。

 

「いいえ、私たちは似ていますよ。人を意のままに操ることを好むという点においてね。

 私はこの糸によって相手を傀儡にし、相手の命さえ意のままに操ることを好みます。

あなたはどうですか?

 その紅い閃光によって降伏を、屈服を相手に迫る。

 痛みと恐怖によって相手の意志を捻じ曲げて、あなたの望むままに操っているのです。

 私の糸とあなたの閃光……この2つにどんな違いがあるというのですか?」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは答える言葉を持たない。確かに、ミーノスの言うことには一理ある。そしてシャウラの人をできることなら傷つけたくないという思いから、できる限り戦いを回避し、慈悲深い技と言われる『スカーレットニードル』や『リフトリクション』によって相手に降伏を促してきた。だがそれは言ってみれば相手の意志を力尽くで捻じ曲げ操る行為だったのではないだろうか?

 そんなシャウラにミーノスは天使のように優しく、悪魔のように甘く囁く。

 

「それでいいのです。

 操ろうが捻じ曲げようが思いのまま、屈するしかない力ないものが悪いのですよ」

 

「それは違うよ!?」

 

「違いませんよ。

 力あるものは、力なきものを自由にする権利を有しているのです。

 そう、このようにね!!」

 

「っ!!?」

 

 ミーノスの言葉に動揺していたシャウラは、いつの間にか自身に放たれていたコズミックマリオネーションの糸を見落としていたのだ。その極細の小宇宙(コスモ)の糸はシャウラの左腕に絡みつく。そして……。

 

 

ボギン!!

 

 

 骨を砕く鈍い音が響いた。

 

「っっっっっっ!!?」

 

 シャウラが声にならない悲鳴を上げると同時に、スカーレットニードルを放ちその糸を断ち切っていた。

 

「う……くぅ……」

 

 骨を砕かれダランと垂れる左腕を押さえながらも、シャウラの目はミーノスを見つめる。

 

「ふふふ……ゾクゾクしますね。 そのあなたを傀儡にして自由にできるその瞬間!

 力あるものの特権を行使できる瞬間が!」

 

 ミーノスの嗤いにシャウラは再び右の人差し指を構えるが、心の動揺はその揺れる指先が物語っていたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 大悟の身体が宙を舞い、頭から叩きつけられる。

 

「ぐっ!?」

 

 即座に身を起こす大悟だが、それと同時にバッと横へ大きく飛んだ。さっきまで大悟が倒れていた場所にラダマンティスのかかとが突き刺さり、大地が陥没する。そのまま大悟への追撃のために迫るラダマンティスに、大悟は小宇宙(コスモ)を爆発させた。

 

「グレイティスト・ホーン!!」

 

「ぐぅ!!」

 

 大悟を中心として黄金の衝撃が駆け巡り、ラダマンティスが吹き飛ばされるが空中で体勢を立て直すと着地する。その姿にダメージはほとんどなく、大悟へと視線を向けゆっくりと歩いてくるその様子は、すべてを前進制圧し侵略するまさに竜の歩みだ。

 

「さすがは冥界三巨頭の1人……その名に恥じない凄まじい強さだ」

 

 体勢を立て直しながらの大悟の言葉に、ラダマンティスはさも当然として言い放つ。

 

「当然よ!

 貴様ら聖闘士(セイント)などに遅れを取ることなど冥界三巨頭に、いや冥闘士(スペクター)としてあってはならぬ!!

 すべてを俺に任せてもらえれば貴様ら聖域(サンクチュアリ)など俺1人で十分、聖戦などすぐにでも終わらせてくれるわ!!」

 

 言葉の1つ1つが咆哮となり、大気がビリビリと震える。

 

「近所迷惑な大声を……。

 だが、俺たちの聖域(サンクチュアリ)をたった1人で蹂躙できるなど、冗談にしてもいささか面白くないな。

 俺は不確かなものは好かん。 同じようにお前の妄言は聞くに堪えない」

 

「ほう……妄言というか?

 貴様ら軟弱な聖闘士(セイント)如きが、この俺の言葉を、妄言などとぬかすか!!」

 

 同時に高まっていくラダマンティスの小宇宙(コスモ)の強大さに、大悟も自身の小宇宙(コスモ)を最大にまで高め、最大の攻撃の準備に入った。そして、高まる小宇宙(コスモ)同士が解き放たれる。

 

「タイタンズ・ノヴァ!!」

 

「グレイテストコーション!!」

 

 片や大地を砕くエネルギーの奔流、片やすべてを灰燼に帰す竜の咆哮。

 その2つのぶつかり合いの結果は……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ズドン! ズドン! ズドン!!

 

 

 積もる白い雪が衝撃で舞い上がっていく。

 白い雪の世界で、白と黒が交錯していた。

 

「オオオオオオォォォォ!!!」

 

 黒……冥衣(サープリス)を纏った冥闘士(スペクター)の1人、バイオレートはまるで荒れ狂う暴風のようだ。

 

「くっ!?」

 

『マスター、距離を!』

 

 対する白……楯座聖衣(スキュータムクロス)を装着したなのはは、その魔力と小宇宙(コスモ)を集中させ、その暴風を前に回避と防御を繰り返す。

 なのははレイジングハートの指示通り『フラッシュムーブ』を多用し、瞬間的な加速を繰り返しながら何とか距離を取って空中へと逃れようとする。

 

「甘い!!」

 

 バイオレートが大地を蹴った。その様はまるで撃ち放たれた砲弾、その重すぎる一撃がなのはへと迫る。

 

「パーフェクトスクエア!!」

 

 完全に回避は不可能と見たなのはが最大級の防御魔法を発動させるが、バイオレートの拳はなのはの発生させた光の盾を僅かな時間で打ち砕く。だがその僅かな時間こそ、なのはの欲していたものだ。

 最初からパーフェクトスクエアを破られることを考慮していたなのははその一瞬でロールしながらバイオレートを回避すると、至近距離から魔力と小宇宙(コスモ)を爆発させる。

 

「ディバインバスター!!」

 

 なのはの放つ桃色の光は、バイオレートへと突き刺さり爆発が巻き起こった。

 だがバイオレートはガードの体勢のまま雪の平原を滑るように着地、空のなのはを全く変わらない鋭い視線で見続ける。その様子に、なのはの背筋をツゥっと冷たい汗が流れた。

 

(この人……ものすごく強い!?)

 

 感じ取れる小宇宙(コスモ)で最初からバイオレートが強大な敵……現段階の自分より強いだろうことは分かっていた。

 

(これが冥王ハーデスの戦士……冥闘士(スペクター)!?)

 

 戦闘能力はどれもこれもが桁違い。特にパワーなど、あのしなやかな抜群のスタイルの女性のどこにあるのか理解不能なレベルのものを持っていた。

 聖闘士(セイント)に勝るとも劣らないその戦闘能力に、なのはは戦慄を隠せない。しかし、なのはは臆することなくレイジングハートを構える。

 

冥闘士(スペクター)が強いってことは最初から分かってたの。

 だったら、このぐらいで驚いてなんていられない!)

 

 戦いとは、総合的な戦力が高い方が勝つのではない。戦力の違いは戦術によって覆すことも可能だ。今までの戦闘から、なのははバイオレートが完全な『飛行』はできないことに気付いていた。できても精々が小宇宙(コスモ)による『浮遊』止まりと読んだなのはは空中を駆けまわりながらディバインバスターを連射するが、バイオレートはそのことごとくを避け、あるいは冥衣(サープリス)で防ぎ、隙あらば跳びあがってなのはに肉薄して格闘戦を仕掛けようとしてくる。

 

「くっ!?」

 

 バイオレートの拳をギリギリのところで避けたなのはは、アクセルシューターを放てる限り叩きこむがそのことごとくがバイオレートの冥衣(サープリス)によって防がれてしまい、決定打には程遠かった。

 

「ものすごい強度……こっちの聖衣(クロス)と同等かそれ以上の防御力だ」

 

『あの装甲を抜くには中距離以遠からの砲撃ではほとんど不可能に近いです』

 

「それじゃ、近接距離からの一点突破しかないかな」

 

 そうレイジングハートに答えてから、なのははチラリと目だけを動かし視界隅のカウンターを見る。それは刻一刻と時を刻む、聖衣全展開(クロスフルオープン)モードの限界時間までのカウントダウンだ。

 小宇宙(コスモ)を高める修行は続けている3人娘だが、未だになのはたちは自分たちの小宇宙(コスモ)だけで聖衣(クロス)の全展開状態を維持することはできない。どうしても小宇宙(コスモ)のバッテリーである黄金の腕輪のサポートが必要である。だが、目の前のバイオレートに対して聖衣(クロス)全展開状態以外で挑むのはあまりに無謀だ。だからこそ、なのはにはあまり時間が無い。

 なのはは強引にでも勝負を決するべく、近接距離での全力砲撃を決意する。それに応えるように、バイオレートも腰を落として構える。

 

「噂よりやるようだな、高町なのは……だが、その程度では私には及ばない」

 

「あなたも凄く強いけど、自信が過ぎると思うの。

 私だって……聖衣(クロス)を纏う者なの!」

 

「ふん……言っておくが蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)を待っているなら無駄だぞ。

 奴の元にはアイアコス様が向かった。今頃無残な屍をさらしている頃だろう」

 

 バイオレートの言葉を、なのははフンっと鼻で笑い飛ばす。

 

「それが誰かは知らないけど、快人くんはどんな相手だろうと負けたりなんかしないの。

 私はそれをずっと見てきたんだもの!」

 

 なのはの瞳にあるのは幼馴染への揺るがぬ信頼だ。

 

「大層な信頼だな。

 だがアイアコス様には敵うはずはない」

 

 バイオレートの瞳も決して揺るがない。それは隷属から来る忠誠からか、それとも別の大いなる何かか……とにかく、バイオレートもアイアコスへの絶対的な信頼を持って答える。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「やぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 バイオレートが拳を振り上げ、なのははレイジングハートを槍のように構えて接近する。

 交錯する白と黒の女たちは、雪の世界に火花を散らし合う。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一方、そんななのはとバイオレートの信頼を一身に受ける快人とアイアコスの戦いはというと……。

 

「ぐっ……!」

 

「どうした蟹座(キャンサー)、その程度か?」

 

 血を流す快人が、大地に片膝を付いていた。相対するアイアコスの方には目立った外傷はなく、皮肉げな表情で嗤う。

 初撃で受けたガルーダフラップのダメージもあるが、その後の快人とアイアコスの戦いは一方的なものだった。光速戦闘での打ち合いでも、格闘戦における技巧に優れたあの快人がほとんど反撃もできずにその拳をまともに受けてしまっていたのである。

 

(バカな……。なんだってこんなに圧倒されてるんだよ!?)

 

 快人はアイアコスから視線を外すことなく、その胸中で理解できない今の状況に疑問を投げかける。

 聖闘士(セイント)冥闘士(スペクター)の戦いは、常にどれだけ小宇宙(コスモ)を高め、燃焼できるかにかかっている。そういう意味で言うなら、実は快人とアイアコスとの間にそれほどの差はない。身体能力に関してもスピード・パワー・テクニックともにそれほど目立った差はなく、言ってみれば互角の実力者同士なのだ。だというのに結果はこれである。快人にはその理由が分からなかった。

 

(チィ……早くこいつをどうにかしてなのはの所に行かないと……)

 

 チラリとなのはの小宇宙(コスモ)の感じる方を快人は見た。なのはの小宇宙(コスモ)はすでに戦闘状態、対するバイオレートの小宇宙(コスモ)も膨れ上がっており激戦が予想される。だが、バイオレートには時間制限はないが、なのはには聖衣(クロス)全展開の限界時間という枷が存在する。ただでさえ強力なバイオレートに制限時間付きの戦いだ。なのはが苦戦を強いられていることは間違いなかった。

 そんな快人の様子に気付いているアイアコスは笑いながら言う。

 

「どうやら向こうが気になって仕方ないようだな。

 そんなに俺の『片翼』が、白銀の楯を砕くところを見たいのか?」

 

「ああ、ぜひとも見たいね。

 なのはがイノシシ女をこんがり肉に変えるところをな」

 

「俺の『片翼』を『イノシシ』呼ばわりとはな。

 よくまだそれだけの軽口が叩けるものだ」

 

 特に気にした風もなくアイアコスは言い放つ。

 

「しかし俺も間近で見たくはある。

 どうやら丁度、フィナーレのようだしな」

 

 その時快人はそれを感じ取り、戦闘中だということも忘れてその方向へと振り返った。

 

「なのはぁ!!?」

 

 快人は感じた。高まった2つの小宇宙(コスモ)の1つが急速に小さくなっていく。そしてその小さくなっていく小宇宙(コスモ)は間違いない、なのはのものだった。

 

「どうやら決着のようだ。

 ではそろそろ、舞台の主演を迎えに行くとするか……」

 

「!!?」

 

 快人は振り向きざまに、高めた小宇宙(コスモ)を一気に解き放つ。

 

積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)!!」

 

「スレーンドラジット!!」

 

 不意打ち気味に放たれた快人の青い炎を、読んでいたかのようにアイアコスのカルラ炎が迎え撃つ。中空でぶつかり合う2つの炎は、一瞬の拮抗ののち爆発した。

 そして、爆炎が晴れたその先には快人の姿はない。

 

「舞台の主演を迎えに行ったか……せっかちなものだ」

 

 苦笑すら見て取れる笑みと共に肩を竦め、アイアコスも快人と同じ場所へと向かい始める……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 バイオレートとの戦闘の末、なのはが異常に気付いた時には遅かった。

 

「身体が……動かない!?」

 

 まるで目に見えない誰かに押さえつけられているように、なのはの身動きが取れなくなる。その様子に、バイオレートはその形の整った唇を歪めた。

 

「ふん、私を力だけの女だと思ったら大間違いだ」

 

 見れば、バイオレートから伸びる影がなのはの足元まで伸びている。

 

(バインドのような捕縛技!?)

 

 すぐにそれに思い至り振りほどこうと小宇宙(コスモ)を込めるが、身体はまるで動いてくれない。そんななのはへ渾身の一撃を振るうためバイオレートは最大にまで小宇宙(コスモ)を燃焼させる。

 

「これで終わりだ!!」

 

 踏み込むバイオレート。その拳の狙いはなのはの心の臓だ。

 迫り来る『死』、だが『生』を諦めぬ不屈の心はその状況下でも起死回生の一手を模索する。その主の心に動かされたようにレイジングハートは己の判断で動いていた。

 

『アクセルシューター、ゲル・バインド、シュート!』

 

 レイジングハートの判断でなのはの魔法が発動する。なのは本人が動けなくても、射出した魔法は自由に動くことが可能だ。突進するバイオレートにアクセルシューターが全弾直撃し、そのスピードが落ちる。さらにゲル・バインドという吸着する魔法の重りがそのスピードをさらに下げた。

 だが、バイオレートの動きは止まらない。必殺の意志を持ってその拳を握り突進する。未だなのはは動けないが今の攻撃のおかげでバイオレートの集中力が切れたのか、腕の一本くらいならば動かせる。だからなのはは自身の小宇宙(コスモ)を全開にし、左腕の楯を構えて防御の道を選んだ。

 

「パーフェクト・スクウェア!!」

 

 光の楯は小さく限界まで圧縮しその防御力を最大まで上げると、まるで楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯をコーティングするように展開された。そして、ついにバイオレートの拳となのはの楯がぶつかり合う。

 

「あっ……」

 

 その様子は、まるでスローモーションのようにゆっくりとなのはには映った。

 第一層、バイオレートの拳が限界まで圧縮展開された『パーフェクト・スクウェア』を破る。

 第二層、白銀聖衣(シルバークロス)最大硬度を誇ると言われる楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とバイオレートの拳がぶつかり合い、楯に蜘蛛の巣状のヒビが入ったかと思うと楯を貫き、なのはの左腕を上へと弾き飛ばす。

 第三層、なのはの胸部を守る楯座聖衣(スキュータムクロス)のブレストパーツに吸い込まれたバイオレートの拳はそのまま聖衣(クロス)をゆっくりと、だが確実に砕き貫いた。

 

「かはっ!?」

 

 なのはが息と共に吐き出した血がバイオレートの顔へと掛り、その血化粧の中勝利を確信したバイオレートはニヤリと笑みを漏らす。

 だが、なのはの開かれたその口はすぐに歯を食いしばるように閉じられた。そして、なのははバイオレートが勝利を確信したのと同時に動けるようになった右手に握ったレイジングハートを、突き刺す勢いでバイオレートの胸へと叩きつける。

 そして自身の残されたすべてを吐き出すように叫んだ。

 

「スターライト……ブレイカァァァァーーーー!!!」

 

「!!?」

 

 ゼロ距離から放たれたなのは必殺の極光は大地を抉り、その極光はバイオレートを包み込んだ。

 なのははその閃光の跡に、歪む視界を向ける。

 なのはの胸を守る楯座聖衣(スキュータムクロス)のブレストパーツはバイオレートの拳によって穴が開いていたが、なのはの身体はバイオレートの拳で貫かれてはいなかった。なのはの命を救ったもの……それは『魔法』である。バイオレートの拳は楯座聖衣(スキュータムクロス)の下、バリアジャケットによって止まっていたのだ。

 アクセルシューターとゲル・バインドによってバイオレートの勢いが幾分抑えられたこと、『パーフェクト・スクウェア』に楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とブレストパーツにバリアジャケットという、魔法と聖衣(クロス)の4重装甲がバイオレートの拳をギリギリで止めたのだ。

 もしもなのはが純粋な聖闘士(セイント)であったなら、楯座聖衣(スキュータムクロス)の楯とブレストパーツを破られた時点で、心の臓を貫かれて絶命していただろう。

 もしもなのはが純粋な魔導士であったなら、開戦と同時にバイオレートの拳に貫かれていただろう。

 ここに来て、なのはが『聖闘士(セイント)』と『魔導士』の双方の特性をもつ『魔法聖闘士(マジックセイント)』であることがその命を救ったのだ。

 

「かは……」

 

 だがそれでもバイオレートの拳の威力は強大だった。衝撃と共に叩き込まれた小宇宙(コスモ)はなのはの臓腑を深く傷つけている。

 襲い来る激痛の中、それでも決着を確認するために目を凝らすなのははその視界の先に、なびく黒い髪を見た。

 

「今の一撃は……なかなかだった」

 

 ヘッドマスクの吹き飛んだバイオレートは、頭から血を流しながらもしっかりと2本の足で立っていた。

 その姿に、なのはは自分の敗北を悟った。

 糸が切れたかのように、なのはの膝が折れる。同時に小宇宙(コスモ)の供給がストップした楯座聖衣(スキュータムクロス)をレイジングハートが強制転送、即座に戦闘モードから生命維持モードへとレイジングハートが状況変化させる。

 そのまま雪の大地にうつ伏せで倒れこむなのはだが、その身体を受け止めるものがあった。

 なのはがうっすらと目を開けると……。

 

「なのは! しっかりしろ、なのは!!

 頼む、目を開けてくれ!!」

 

「快人……くん……?」

 

「待ってろ、今すぐ真央点を!!」

 

 快人がなのはの真央点を付くと、なのはの出血が引いていく。その治療中、まるで泣きそうな顔の快人を安心させたくて、なのははその血まみれの手で快人の頬を触りながらか息も絶え絶えにか細い声を出す。

 

「だい……じょう……ぶだか……ら……」

 

「バカ! しゃべるんじゃねぇ!!」

 

 快人が一括と共になのはを抱きかかえながら、頬に触れるその手を握る。

 そんな2人の元にパチパチと拍手が響いた。

 

「さすがは俺の片翼、見事な白銀の血華だった」

 

「あ、アイアコス様……」

 

 即座に礼を取ろうとするバイオレートをアイアコスは手で制する。そして、なのはを抱きしめながら怒りの視線を送り続ける快人を見た。

 

蟹座(キャンサー)、なかなかにいい女ではないか。

 白い服に血の赤が俺好みのコーディネイト、センスがいい。

 いや、この場合センスがいいのはバイオレートか……」

 

「てめぇ……」

 

 快人の今にも爆発しそうな怒りと小宇宙(コスモ)は、右手に蒼い炎を宿らせる。だが、アイアコスはそれを気にした様子もなく話を続けた。

 

「しかもタイミングもぴったりだ。

 お披露目会のな」

 

 アイアコスのその言葉と共に、大地が揺れ始める。

 

「な、何だ!?」

 

 驚く快人に、アイアコスは大仰に両手を広げて言い放つ。

 

「さぁ、見るがいい!

 この俺の翼をな!!」

 

 その言葉と共に、山を砕いて中から何かが現れる。

 それは……。

 

「戦艦だと!?」

 

 それは黒い次元航行艦だった。鋭角的なフォルムをしており、アースラよりも一回りは大きい。その艦首には、まるで古代の帆船のように鳥をかたどった装飾が為されている。

 

「そうよ、これこそ俺の船、『ガルーダ』だ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 謎の攻撃を受け続けていたアースラでも、その黒い次元航行艦は確認されていた。

 

「エイミィ! すぐにあの不明艦の艦種の割り出しを!!」

 

「もうやってます!!」

 

 リンディの指示より早く、エイミィが目にも止まらぬ速さでコンソールを叩き続ける。そして、ウィンドウには1つのデータが映し出された。そのデータを前に、エイミィが絶句する。

 

「嘘……これ……『G級次元航行艦船』!?

 何でこんなものがここに!!?」

 

 『G級次元航行艦船』――それは時空管理局の次期主力艦船に『なるかもしれなかった』艦種である。

 時空管理局の活動範囲の拡大・任務の多様化に、現在の主力艦種であるアースラを始めとする『L級次元航行艦船』では、対応能力に限界が来ていた。

 そこで時空管理局の次期主力艦船を開発することになったのだが、その際、最後まで残った候補が『XV級次元航行艦船』と『G級次元航行艦船』の2艦種である。そして最終的に次期主力艦船として決定したのは『XV級次元航行艦船』であった。

 だが、『G級次元航行艦船』は決して性能で劣っていたのではない。様々な新機軸の理論を積極的に導入した『G級次元航行艦船』は、むしろほぼすべての面で『XV級次元航行艦船』に勝っていたのだ。

 圧倒的な速力に高度なステルス能力、さらに対大型ロストロギアなどのための魔導砲の砲打撃力……『XV級次元航行艦船』が『G級次元航行艦船』より勝っていたのはただ1点と言ってもいい。だが、そのただ1点が『XV級次元航行艦船』を次期主力艦船に押し上げた。

 それは『コスト』である。数々の新機軸の理論を積極的に導入した『G級次元航行艦船』はほぼすべてが新たにデザインされた新品、現在の『L級次元航行艦船』との部品共有率はなんと10%にも満たない。『G級次元航行艦船』を次期主力艦船にした場合、整備ドッグから部品供給工場まで、何から何までを一新する必要がある。対して『XV級次元航行艦船』の基本構造は『L級次元航行艦船』とあまり変わらず、その部品共有率は90%オーバー。投資額に莫大な差が出ることは明らかだった。そのため、次期主力艦船の選考に敗れた『G級次元航行艦船』はその試作艦2隻が建造されたに留まり、その2隻も解体処分となっていたはずなのだが……そのうちの1隻が今、目の前にある。

 

 この後、冥闘士(スペクター)の移動拠点として聖域(サンクチュアリ)と管理局を苦しめる『G級次元航行艦船ガルーダ』はその姿を衆人の前にさらしたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 彼方に現れた黒い次元航行艦船から、閃光を発する信号弾が発射された。

 その光を見たレンカはフェイトへと向けた鎌を降ろす。

 

「出航時間のようですわ。

 今日はここまでにしましょう、お姉さま」

 

「ま、待って!?」

 

 去っていこうとするレンカを、フェイトは思わず呼び止めるが、レンカは肩越しに振り返って笑顔と共に言った。

 

「そんなにさびしそうにしなくても、また必ず会えますわ。

 最も、お姉さまが出会うのは『プロジェクトF』で生み出されたほかの兄弟姉妹かもしれませんけど。

 ではお姉さま、またこの『世界』のどこかの戦場でお会いしましょう……」

 

 それだけ言い終えると、レンカは黒い次元航行艦船へと高速で飛行していく。

 

「『プロジェクトF』……」

 

 フェイトはレンカの背中を見つめながら、自分を産み出した『プロジェクトF』について調べることを決意するのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 はやてと対峙するエンプレス。

 だがそのとき、現れた黒い次元航行艦船から閃光が発せられるのを見たカイザーはエンプレスの頭をポンと叩く。

 

「撤退信号だ。 退くぞ、エンプレス」

 

「えー、せっかくいいところなのに……」

 

「……我慢しろ。船に乗り遅れる」

 

 面白くなさそうに頬を膨らませる妹をカイザーとロードが宥めると、3人の冥闘士(スペクター)は宙に浮いた。

 そしてエンプレスははやての方を振り返り言い放つ。

 

「お前、絶対絶対次は殺すからね!!

 首切り落としてやるんだから!!」

 

 それだけ言い捨てると3人の冥闘士(スペクター)は黒い次元航行艦船へと向かって高速で飛んでいく。

 それを見届けると、はやてはへたり込むように座り込んだ。

 

「なんや、悪い子になったヴィータみたいなのやった」

 

「はやて、あんなのと一緒にしないでくれよ」

 

「あはは、それもそうやな。

 皆、無事かぁ?」

 

「主はやて、ヴォルケンリッター一同、欠員はありません。

 ですが……G型カートリッジは全弾消費、全員魔力もほぼ底をついています」

 

 そう報告するシグナムも膝が笑っている。限界ギリギリの戦闘だったのだろう。正直に言えば、退いてもらって助かったというところだ。

 

冥闘士(スペクター)……ほんま凄い相手やった……」

 

「ええ、あの強さには尊敬を超え畏怖を抱くほどです」

 

「せやけど……負けへん。

 次は必ず勝つで、私の騎士たち」

 

「無論です、我が主。

 必ずや、冥闘士(スペクター)を凌駕してみせましょう」

 

 シグナムからの答えを聞きながらはやては満足そうに頷き、空の彼方の黒い次元航行艦船を見るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ぐ……うぅ……」

 

 シュウトはガクガクとダメージで震える膝で、それでもしっかりと立っていた。その両腕はダランと力なく垂れ下がり、ブスブスと嫌な臭いが立ち込めている。輝火のコロナブラストをガードした両腕は酷い火傷を負っており、感覚がほとんどない。だがそれでもシュウトは小宇宙(コスモ)を練り上げ、口に薔薇を咥えて戦う姿勢を見せる。

 その時、彼方に黒い次元航行艦船が現れ、空に閃光弾が発射されていた。

 

「……」

 

それを見た輝火は、シュウトに背を向け黒い次元航行艦船とは『逆の方向』にゆっくりと歩いていく。

 

「待て! どこへ行く!?」

 

「どこに行こうが俺の勝手よ」

 

 そう言ってシュウトに興味なさそうに去っていこうとする輝火は、一度だけ振り返った。

 

「俺のコロナブラストで燃え尽きなかったことは褒めてやる。

 だが、それだけだ。

 お前は……弱い」

 

 そう言い終わると、輝火は黒い羽根をはためかせ空へと消えていく。

 それを見送ったシュウトはガクリと膝を付くと、肩を震わせ、歯を食いしばる。シュウトを震わせるのは『悔しさ』だ。

 

「く、くそぉぉぉぉぉ!!!」

 

 完全な敗北の悔しさに、喉よ裂けよとばかりのシュウトの声は辺りに木霊したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おやおや、ここまでのようですね。

 折角の遊びの最中だというのに、パンドラ様も無粋なものです」

 

 彼方の黒い次元航行艦船からの閃光に気付いたミーノスは、やれやれといった感じで肩を竦めるとシャウラに背を向けた。そして、シャウラにさも楽しそうに尋ねる。

 

「背中を向けているというのに撃たないのですか?」

 

「……背中を向けて去っていく相手を、僕は撃てない」

 

「正々堂々とした、潔い態度ですね。

 しかし……」

 

 そこでミーノスは振り返るとさも楽しそうに言う。

 

「あなたの毒針は、いつ、誰になら撃てるのですかね?

 自分よりも弱いものの意志を捻じ曲げるときだけですか?」

 

「……」

 

 その言葉に、シャウラは何も答えられない。そのシャウラの様子に、ミーノスは満足げに頷くと今度こそ完全に背を向ける。

 

「まぁ、今回は見逃して差し上げますのでゆっくり考えてみてはどうですか、蠍座(スコーピオン)のシャウラ=ルイスくん?」

 

 そしてミーノスは優雅に去って行った。

 

「僕は……戦いたくない、傷つけたくないって思って……。

 でも……」

 

 シャウラの胸の中ではミーノスの言葉が、いつまでも繰り返されていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

キィィィィィン……。

 

 

 甲高い金属音と共に、クルクルと回転しながら何かが落ちてくる。

 それは黄金の角だ。大悟の纏う牡牛座聖衣(タウラスクロス)の左角が根元から折れて地面に落ちたのである。

 大悟必殺のタイタンズ・ノヴァはラダマンティスのグレイテストコーションによって力負けをしたのである。

 

「ぐっ……!?」

 

「トドメだ、牡牛座(タウラス)!!」

 

 小宇宙(コスモ)で押し負け、体勢を崩した大悟に留めとばかりに踏み込もうとするラダマンティスだが、その身体を彼方の黒い次元航行艦船からの閃光が照らす。

 

「くぅっ……!?」

 

 その光に気付いたラダマンティスは悔しそうに顔を歪めると、大きく飛び退いて距離を取った。

 

「……撤退せよとのパンドラ様からの命令だ。

 どのような命であれ、主の命には必ず従う……それが冥闘士(スペクター)であり冥界三巨頭としての義務だ。

 命拾いをしたな、牡牛座(タウラス)!!」

 

 吐き捨て、背を向けるラダマンティスは

 

「貴様を出航の時間までの殺せなかったのは、俺の失態!

 貴様は、俺が必ず殺す!!」

 

 そう言ってラダマンティスは飛び去って行った。

 

「これが……冥界三巨頭の実力か……」

 

 ガクリと膝を付く大悟。

 折れた牡牛座聖衣(タウラスクロス)の左角が、雪の明かりを反射して悲しそうに瞬いていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「どうだ、蟹座(キャンサー)

 俺の船を見た感想は?」

 

「へっ……悪趣味の塊だな。

 特に艦首のガルーダ像がダサい」

 

「せっかくお披露目会に招待してやったのだ、そこは俺を讃える言葉があってもいいと思うが?」

 

「んなもん、あるわけねぇだろ焼鳥野郎!」

 

 言って、快人は小宇宙(コスモ)を最大にまで高めるとそれを爆発させる。

 

積尸気蒼焔弾(せきしきそうえんだん)!!」

 

「アイアコス様!?」

 

 アイアコスに放たれた蒼い火球に、バイオレートがその前に立ちふさがるが火球は急上昇、アイアコスとバイオレートの真上で爆発すると無数の炎となって2人に降り注いだ。

 

「ふん、小賢しい!」

 

 アイアコスが羽根を翻すと、自身とバイオレートに降り注いでいた蒼い炎は跡形もなく消え去った。

 だが……。

 

「逃げた、か……」

 

 視界が開けた時、すでにそこに快人となのはの姿はなかった。快人にとって最も優先すべきはなのはの命だ。だから今の炎を目くらましに逃走に徹したのである。

 

「追いますか、アイアコス様?」

 

 バイオレートの言葉に、アイアコスは首を振る。

 

「いや、いい。

 なかなか面白いやつらのようだからな、今後の楽しみに取っておく。

 蟹座(キャンサー)もそれに……楯座(スキュータム)もな」

 

 言って、アイアコスはバイオレートのブレストパーツを触った。

 

「あ、アイアコス様! 何を……」

 

 突然のことにバイオレートの顔に若干朱が入るが、その表情はすぐに驚愕に変わった。

 ピシピシと嫌な音を立てて、バイオレートの冥衣(サープリス)のブレストパーツが砕け落ちたからだ。

 なのはの最後の『スターライト・ブレイカー』は、バイオレートの冥衣(サープリス)を砕いていたのである。

 

「くっ……」

 

 突然、アイアコスにアンダーだけの身体を晒されたバイオレートは、冥衣(サープリス)に隠されていたその身体の傷をとっさに隠そうとするが、アイアコスによってその手を掴まれて止められた。

 

「何故隠す必要がある?」

 

「しかし、こんな傷だらけの身体をアイアコス様には……」

 

 そのどこか恥じるようなバイオレートの言葉を、アイアコスは一笑の元に切り捨てる。

 

「どこに己が片翼を恥じる鳥がいる?

 この傷は何物にも止められぬ、力強き俺の『片翼』の証よ」

 

「アイアコス様……」

 

 アイアコスはバイオレートの腰を抱き寄せ抱え上げると、どこまでも傲慢でどこまでも魂に響く言葉でバイオレートへと言う。

 

「行くぞ、バイオレート! 出航の時間だ!!」

 

「はい、アイアコス様!」

 

 バイオレートの声には喜色が含まれている。それはアイアコスに対する隷属への悦びか、信頼への感謝か、はたまた別の何かか……。

 ただ確かなことは1つ……『今の快人となのはは、アイアコスとバイオレートには様々な意味で勝てなかった』ということだけだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 快人は血塗れのなのはを抱えながら小宇宙(コスモ)によってその身体能力を全開にして走り続ける。

 だが今日に限って光速にまで到達するその速度が、絶望的に遅く感じるのだ。

 

「くそったれ!!」

 

 思わず毒づく快人に、なのははうわごとのように「大丈夫だから」とか細い声で紡ぎ続けるが、快人の心は散々に乱れたままだ。

 そして、快人はやっと後方のパライストラの部隊へと合流を果たした。

 

「おい、なのはの! なのはの手当てを早く!!」

 

「か、快人さん。 その怪我は!?」

 

「うっせぇ、俺はどうでもいいから早くなのはの手当てをしやがれ!!」

 

 快人の怪我に目を丸くしたリュウセイ・コトブキだが、すぐに言われたとおりにサビク・アルハゲと共になのはの治療を開始した。

 

「なのは……」

 

 その様子を見つめる快人。

 そこにはパライストラの生徒の憧れた、最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の姿はどこにもない。

 そこにあるのはただ幼馴染の無事を祈り、不安に顔を歪める1人の少年の姿だった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 この聖戦の初戦とも言われる『雪上会戦』は、聖域(サンクチュアリ)および管理局の完全な敗北で終わった。

 第一報を聞き終えたセージとハクレイも、流石に言葉を失うほどである。

 

「幸いにして死傷者は0……か」

 

「幸いでもなんでもあるまい。 これは……意図的に手を抜かれた結果だ」

 

 ハクレイは状況を分析し、そう吐き捨てる。

 聖域(サンクチュアリ)に所属している黄金聖闘士(ゴールドセイント)やなのはたちは強敵と戦い傷を負ったが、彼らがそこまで手傷を負う相手に管理局の魔導士の死者が0というのもおかしな話だ。だからこそ、今回冥闘士(スペクター)は、少なくとも管理局側に対して意図的に手を抜いていたと推測できる。

 その目的は……。

 

「管理局の聖域(サンクチュアリ)への不信を煽るためでしょうな……」

 

 セージはそう判断した。

 管理局は聖域(サンクチュアリ)のその強大な戦闘能力に、信頼とある種の恐怖感を抱いており、それが双方の協力の原動力になっていたとも言える。

 その戦闘能力に不信感を抱かせるのが目的ではないかと考えられた。実際、今回の事件に参加した魔導士たちから、聖域(サンクチュアリ)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の敗北は噂として管理局を駆け巡っている。これが突き進めば聖域(サンクチュアリ)と管理局との関係にも問題は発生するし、下手をすれば冥闘士(スペクター)たちに付くものも出てくるだろう。

 いや……。

 

「管理局の一部はもう、冥闘士(スペクター)たちに付いているのだろう」

 

 今回姿を現した黒い次元航行艦船が、それを如実に物語っている。後の調査で、解体処分になった1隻の『G級次元航行艦船』の行方が分からなくなっており、それを組み立てたものだろうという結果をクロノが持ってきたが、結局は『誰がどうして』というのは謎のままだ。

 

「此度の冥王軍の幹部は頭が切れる。

 この広い次元世界で活動するための、組織力強化をもっとも考慮しているのだからな」

 

 そう言って、セージは教皇の座から立ち上がると、教皇のマスクを脱いで椅子に置いた。

 

「行先は病院でよいな?」

 

「無論ですよ、兄上。

 しばしお願いします」

 

 それだけ言うと、セージは教皇の間を後にしたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『よくやってくれた、パーラ』

 

「いいえ、これも冥闘士(スペクター)たちが優秀であるお蔭。

 それに『G級次元航行艦船』の提供に感謝していますわ」

 

 ここは管理局の闇、『最高評議会』。

 不気味な液体につかる3つの脳の前でパーラは微笑と共に言う。その横では、スーツ姿のラースが相変わらず不機嫌そうな顔で3つの脳を見つめていた。

 

「今回のことを知った反管理局を掲げるものたちが、どこから嗅ぎつけてきたのか我々への支援・共闘を表明しています」

 

『馬鹿な奴らよ、これが反管理局の者どもを纏め上げ、管理するための策とも知らずに』

 

 今回の事件は、『最高評議会』の世界秩序のための計画の一部だ。

 社会不安を煽る反管理局組織はそれこそいくらでもあるが、それを1つ潰してもまた新しい反管理局組織ができるだけだ。

 だからこそ、『最高評議会』はそれすらコントロールした秩序の構築を考えていた。それこそがパーラの連れてきた強力な私兵である。

 彼らの力を見せつけ、『もしかしたら彼らなら管理局を打倒できるのでは?』と夢を見せる。そして反管理局組織の合流・統率を行うのだ。

 正義の『管理局』と悪の『冥闘士(スペクター)』、そしてその双方のバランスを『最高評議会』が執る。

 管理された『悪』による適度な不安と、それを律する『正義』。それを意図的にコントロールすることで秩序を永遠のものとする……狂ってしまった『平和』への思いは、3つの脳にそんな壮大な夢を見せていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……パンドラ様」

 

「なんだ、ラダマンティス?」

 

 3つの脳との会見を終えた2人は、私室にて本当の名前を隠すことなく話をする。

 

「今まで何も申し上げませんでしたが、あえて言わせていただきたい。

 何故あんな醜い脳みそ共の話を聞くのですか!!

 あんなゴミどもは早々に消し去るべきでしょう!!」

 

 決して礼は失っていないが、それでもあふれる憤りを隠そうともすることなくラダマンティスはパンドラに詰め寄る。

 ラダマンティスとしては、あんなコキュートスに落とすことすら死を司るハーデスの品位を落とすと本気で思える、醜すぎる脳みそには嫌気がさしていた。

 パンドラから「やれ」の一言があれば、ラダマンティスは喜んで3つの脳を塵も残さず消滅させるだろう。だが、それはパンドラから固く禁じられている。

 パンドラはため息と共に、ラダマンティスを諭す。

 

「何度も言っているだろう。 この『世界』は広い。

 いずれこの『世界』すべてをハーデス様の望む世界に変えるには、どうしても『魔法』という力が必要なのだ。

 精々、存分に利用させてもらう。

 だが今は、利用価値のある今は奴らを消してはならない」

 

「それは……理解できますが……」

 

 そんなあくまで生真面目なラダマンティスにふっと笑うと、パンドラはハープのそばに座り奏で始める。

 

「お前が落ち着くよう、一曲奏でよう」

 

「……俺には音楽の良し悪しなど分かりません」

 

「分からずとも、ゆっくりと聞いているだけでよい」

 

 しばしの間、室内にはパンドラが奏でるハープの音が響く。その演奏を、ラダマンティスは言われるままに目を瞑り静かに聞き入る。

 そんな中、パンドラは思い出したように言った。

 

「そういえば……目覚めていながら、統率に従わない冥闘士(スペクター)がいるという話だが……」

 

「はい。

 今回も雪原にて、聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)と戦う、こちらでも掴んでいない冥闘士(スペクター)小宇宙(コスモ)がありました。

 それに奴らの船、アースラへの攻撃した小宇宙(コスモ)もこちらの知るものではありません」

 

「我らの意に従わぬ冥闘士(スペクター)か……」

 

「そんな裏切り者など、聖闘士(セイント)どもと共にこの俺が蹴散らして御覧に入れましょう」

 

「頼もしいかぎりだ、ラダマンティス」

 

 優しいハープの演奏と紅茶の香りが、しばし2人を包むのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 椅子に座ったタキシードの男がシルクハットをクルクルと指で弄ぶ。

 

「グルグルグルグル……白一色も黒一色も味気ない。

 やっぱりグルグル混ざったマーブルが一番いい……そう思わないかい、輝火の兄ちゃんよぉ」

 

 ポフリと芝居がかった調子でシルクハットを被ると男は、壁に背を預け腕を組む男……天暴星ベヌウの輝火へと話を振った。

 

「知らん」

 

「相変わらずの連れないお言葉だねぇ、輝火の兄ちゃんはよぉ。

 まぁ、言わなくても嫌いなのは分かってるさ。

 そうじゃなきゃ、一緒に居ないもんなぁ」

 

「……」

 

 男の言葉に、完全に無視を決め込んだ輝火は目を瞑って無言だ。

 そんな輝火に、男は肩を竦めると話を変える。

 

「そう言えばどんなもんだったよ、魚くんは?」

 

「……弱い。 今のままでは話にならん」

 

「おお、厳しいねぇ。 でもまぁ、『今のままなら』だろ?」

 

「……」

 

「まぁ、今どうこうできるほどとは思わんさ。 要は聖戦のときにどれだけできるかだからな」

 

「……そういうお前の方はどうだったんだ?」

 

「こっちかい?

 こっちはやっぱりなかなかのもんさ。 流石は双子座(ジェミニ)の天才様さね。

 俺のマーベラスルームをあれだけの精度で無効化してるんだからな。

 もっとも……あいつの力も使ったオールレンジのマーベラスルームには流石に苦労してたけど」

 

 その時、ガチャリと金属質な足音が響き、輝火と男はその方向に視線を向ける。

 そこに立っていたのは黒い鎧……冥衣(サープリス)を纏う少年だった。輝火はそれが誰か認めると興味がないように無言で視線を戻す。

 

「よう、戻ったかい弟くん」

 

 一方の男は、少年の肩を馴れ馴れしく叩く。そんな男に、少年はうっとおしそうに目を細めた。

 

「やめろ、うっとおしい」

 

「おいおい、同じ弟同士仲よくやろうや。

 この間だって、お前さんが空間操って俺がそこにマーベラスルームぶち込んで、いいコンビネーションだったじゃないか」

 

「すべて止められていたがな」

 

「おいおい、直撃させてほしかったのかい?

 それは……お前さんのやることだろ?」

 

「そうだ、やったらあんただろうが殺すぞ?」

 

 少年の言葉に、男はクツクツ笑うと、突然、大仰に腕を広げて語りだす。

 

「いいねぇ、いいねぇ。

 俺たちゃ演出家、この神のつくりたもうたクソ芝居を、面白おかしく混ぜ返すのがお仕事さ。

 さぁさぁさぁ、聖戦までの短い間に、聖闘士(セイント)にはクソ芝居にふさわしい踊るクソ人形になってもらわないとなぁ。

 ふふふ、こういう裏方仕事は楽しいぜ。

 ああ、楽しみ楽しみ。 聖戦が楽しみだぜ」

 

「そうだな」

 

 少年は男に曖昧にそれだけ返すとポツリと呟く。

 

「総司兄貴……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 聖域(サンクチュアリ)の一角、ここには聖域(サンクチュアリ)の出資によって作られた病院がある。

 危険な修行の多い聖域(サンクチュアリ)、その生存性を高めるためということでシャマルの提言を元に作られたその病院は、設備に関してはミッドチルダの最高峰の医療設備を揃えていた。

 その手術室の前のベンチで快人とセージ、そして高町家の面々が手術室のランプを見つめている。

 その快人の左頬は赤く腫れていた。

 なのはは応急処置の後、転送ポートを経由し最速で聖域(サンクチュアリ)の病院へと移され緊急手術となった。バイオレートの拳と小宇宙(コスモ)は内臓器官に深刻なダメージを与えており、通常の外傷のように回復魔法ではどうにもならなかったのだ。

 なのは撃墜の報を聞かされた高町家の面々はすぐさま病院へとやってきた。そして快人の姿を認めた恭也は思い切り快人を殴りつけたのである。

 

「なんで……なんでなのはを守らなかった!!」

 

 慌てて他の高町家の面々が恭也を止めるが、恭也は止まらず快人はされるがままだった。

 

「!! 恭也ぁぁ!!」

 

 士郎が恭也を殴りつけ床に転がり、やっと恭也は静かになる。

 

「恭也、お前も戦いに身を置いているなら分かるだろう!

 快人くんがなのはが傷つくのを指をくわえて見ていたわけじゃない。

 むしろなのはのために的確な処置もしてくれているそうじゃないか。

 それを責めるとはどういうつもりだ!!」

 

「でも!!」

 

「恭ちゃん、もうやめて!!」

 

 言い返そうとする恭也を、美由希が泣きながら押さえる。

 そんな恭也に何事かを言おうとしていた士郎だが、快人が士郎を止めた。

 

「いいんです、おじさん。

 恭也さんの言う通り、俺はなのはを……守れなかった……」

 

 

 

 快人と高町家の面々は揃ってなのはの手術の終わりを待つ。

 そして、手術中のランプが消えて医師が出てきた。

 

「先生、なのはは! 娘はどうなんですか!?」

 

 士郎の言葉に、医師は息を一つ付くと同時に笑顔を作った。

 

「成功です。

 普通ならば歩行すら危ぶまれる大けがですが、聖闘士(セイント)の回復力はすごいですね。

 もう意識すら戻っていますよ。

 多少のリハビリは必要でしょうが、すぐに今まで通りの生活に戻れますよ」

 

「ああ……よかったぁ……!」

 

「お母さん!」

 

 その言葉に、安心で力が抜けたのか桃子が泣きながら倒れこみそうになり、それを美由希が慌てて支えた。

 士郎と恭也もホッと息を付いた。

 

「娘と話せますか?」

 

「5分ほどなら」

 

 その医師に案内され中に入った快人にセージ、そして高町家の面々はなのはと対面することになった。

 

「お父……さん……。お母……さん……」

 

「なのはぁ!!」

 

 未だ酸素マスクを着けたか細い声だが、意識ははっきりしているらしい。

 涙ながらに抱き着く母に目を細め、父や兄や姉を見やる。

 そしてなのはの視線がセージを見つけた。

 

「ごめんなさい、セージおじいさん。 私……負け……ちゃった……」

 

 その言葉に、セージは首を振るとなのはの髪を優しくなでる。

 

「本当の負けとは、何事もなせずにいることだ。

 なのは嬢には生きて、何かを為せる機会がまだある。 それを誰が負けと言おう?

 今は何も言わずに身体を休めなさい……」

 

「ん……」

 

 なのはは髪を撫でられ気持ちよさそうに目を細めて頷く。

 そして、今度は快人の方を見た。

 

「ありがとう、快人くん。助けて……くれて」

 

「……どこも助かってねぇじゃねぇか、バカ」

 

「ねぇ……レイジングハートと楯座(スキュータム)は?

 私を守って、2つともたくさん壊れちゃったの。

 お願い、直してあげて」

 

 なのはのその言葉に、快人はいつものなのはと話す声とは違う、冷たい声で言い放った。

 

「お前がもうそのことを気にする必要はねぇ」

 

「えっ……?」

 

 快人の言葉の意味が分からないなのはは、目を瞬かせる。そんななのはに、快人は言い放った。

 

「わかんねぇか? お前がもうそのどっちも持つ必要はねぇんだよ。

 お前……もう戦いやめろ」

 

 それだけ言い放った快人はダッと病室から出ていく。

 

「快人……くん……」

 

 その背中になのはは手を伸ばそうとするが、その手は届かない。

 なのははその背中に届かない手を、動かない身体を恨むことしかできなかった……。

 

 

 

 




というわけで聖域の大敗北でした。
魔法少女たちは結構いい勝負してますが、聖闘士側はもうボロボロです。
まぁ、ライバル同士の初戦はこのくらいの絶望感でいいでしょう。


次回は『聖域始動編』の最終話。
ズタボロの大敗北をへて間違った方向に動き始める蟹と、それを察知していた男との友情の大喧嘩。そしてなのはの想いについての予定。テーマは『愛』です。

次回もよろしくお願いします。



今週のΩ:迷言大量産の回でした。うーん、ロックンロール。
     「今の俺はロックに仕えている!」
     「俺の新しいサンクチュアリ!」
     このあたりはもう、今後の聖闘士星矢を語るうえで必ずネタにされそうです。

     というか忍者か聖闘士かで悩んでたやつが、ラジオでロック聞いて「俺の魂に火が付いた」とか言ってバンド活動……絶対スタッフは忍者ならどうやってもギャグになるから何やってもいいと思ってるだろ、これ!

     次回は体育座のエデンさん出陣。なんか棍棒振り回してますが……。
     とりあえず一緒に戦った仲間なんだからせめてエデンを探すフリくらいはしろよ、光牙……。


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第52話 未来へ決意を/愛の始まりを(前編)

お久しぶりです、仕事が死ぬほど忙しく久しぶりの投稿になるキューマル式です。

今回は『聖域始動編』の最後のお話、その前編です。
この話は全キャラに解決すべき部分があるのでかなりの長丁場の予定、前中後の3話構成の予定。

今回は蠍と牡牛のお話までです。


 

 聖戦の初戦とも言える『雪上会戦』は、Gフォース―――聖域(サンクチュアリ)と管理局の敗北に終わった。それも普通の敗北ではない、完敗である。

 聖域(サンクチュアリ)と管理局は、決して冥闘士(スペクター)たち冥王軍を侮っていたわけではなかった。切り札である黄金聖闘士(ゴールドセイント)を始めとした現段階での聖域(サンクチュアリ)の最大戦力の投入、実戦経験豊富な魔導士部隊―――どれもが精鋭である。だが、その想定を凌駕するほどに冥王軍が強大だったという話だ。しかも今回の一件にて冥闘士(スペクター)側は『G級次元航行艦船 ガルーダ』を投入してきた。このことから冥闘士(スペクター)側は、今後魔法方面の技術・戦力も増強されることが予想される上、その行動範囲は格段に広がるだろう。それに今回、『G級次元航行艦船 ガルーダ』が現れたことは、冥闘士(スペクター)が非常に強力な組織力を手に入れていることを物語っていた。

 『敗北』、というのはその後の対応をもっとも重要視される。決定的な敗北ならばなおさらだ。早急に態勢の立て直しと対策が必要となるが、残された傷跡は大きかった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「校長のおっしゃられる通り、パライストラ生徒たちの間に動揺が広がっています」

 

 パライストラ校長室でリニスはごくごく機械的な、感情を感じさせない仕事用の声で淡々と状況をアルバフィカに報告した。

 

「……やはり今回の敗戦の影響か……」

 

 報告を聞いたアルバフィカはため息とともに天井を仰ぎながら椅子に背を預ける。

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)は皆、パライストラの生徒にとっては憧れであり目標であり象徴です。

 それが完膚なきまでに敗れ去ったとなれば仕方の無いことなのかもしれません……。

 ただ……」

 

 そう言って、「これは私見ですが……」と前置きしてからリニスは言葉を続けた。

 

「噂の伝達スピードなど、このパライストラ生徒たちへの動揺には作為的なものを感じますね。

 恐らくは何者かが意図的に煽っているものと思われます」

 

「それはやはり入り込んでいる間者だろうか?」

 

「恐らく間違いないでしょう。

 聖域(サンクチュアリ)の求心力を下げ、聖域(サンクチュアリ)での影響力を増そうとする管理局側の企みではないかと思われます」

 

「内に外に、敵は多いな……」

 

 やれやれとアルバフィカはため息をついた。

 

「いかがしますか、校長?」

 

「いかがも何も従来通りだ。

パライストラの生徒たちのすべきことは己を鍛え、来るべき時のための力を蓄えること。その内容に変わりはないよ。

動揺せずに、己を鍛えることに邁進するように伝えてくれ」

 

「分かりました、そのように伝達します。

 ……入り込んでいると思われる間者はいかがしますか?

 許可をいただければ私の方で調査を……」

 

「いや、その必要はない」

 

 リニスの提案を、アルバフィカは首を振って却下する。

 

「これで動揺し、聖域(サンクチュアリ)を出るというのなら仕方ない。

そんな心根では聖闘士(セイント)になり、共に戦うなど無理な話だからな。

それに……下手な調査は君にも危険が及ぶだろう?」

 

「っ!?」

 

 その自分を気遣う言葉にリニスは思わず顔を赤くするが、アルバフィカは気にした様子もなく続けた。

 

「パライストラはまだまだ問題は山積みだ。

この仕事の量はもう君なしでは廻らんよ。 その君に危険なマネはさせられんさ」

 

 アルバフィカはあくまでも現状を話しただけだろうし、現実をありのままに語っただけだろう。少なくともリニスがアルバフィカに抱いているような恋心を持っての発言ではないはずだ。

 リニスはすでに魂が具現化した存在だから『死ぬ』ということはまずない。身の危険などありはしないというのに、生身と同じように自分を気遣い、さらに自分を必要だという言葉にリニスの胸は高鳴る。

 我ながらどうしようもなくちょろい女だ、とリニスは思う。『好きだ』とか『愛してる』とか言われたわけでもないのに頼られ必要とされているのがうれしくて、勝手に勘違いして、勝手に期待に胸を膨らませ、勝手に尽くそうとしているのだから。

 

(もしこれを狙ってやっているとしたら、とんでもない女誑しですね)

 

 とはいえ、それができるような器用な人間でないからこそリニスはアルバフィカに惹かれたのだ。

 アルバフィカは窓際に移動し、外を眺めながら言う。

 

「教師陣には言わなくても大丈夫だろうが、あくまで今まで通りに修行を続けさせてくれ。

 また、精神的な不安の解消のためにも生徒からの相談の窓口を医療室に設けたい。

 責任者のシャマル殿に話をしておいてくれ」

 

「はい、校長!」

 

 アルバフィカの指示にリニスは答え、頭の中でプランを立てていく。

 パライストラ校長とその秘書は、今日も多忙なようであった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 パライストラ第一期生の総代として『雪上会戦』に参加したトム・ウィリアムは前回の敗戦について考えていた。

 

(あれが聖闘士(セイント)の敵、冥闘士(スペクター)か……)

 

 圧倒的、ただひたすら圧倒的だった。

 パライストラ全員の憧れでもあるあの黄金聖闘士(ゴールドセイント)、そして同じように尊敬と畏怖の念を持ってみられる3人の白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)を投入してなお敗北の憂き目にあうのだ。その強大さに、声すらでない。そして、そんな相手が日々力を増しているのである。

 

(教皇様達が戦力拡張に躍起になるはずだ……)

 

 トム・ウィリアムはこの時、始めて『聖戦』というものがどんなものか思い知っていた。

 彼は管理局の人間であったし、パライストラ入校にあたって『破滅の予言』について知らされており『聖戦』についての知識もあったが、次元世界すべてを巻き込むような内容には誇張のしすぎではないかという疑念があった。

 だが、それが最悪なことに、誇張でも何でもないということを思い知ったのだ。

 

(あんな力がところ構わず暴れまわれば、本当に次元世界が終わってしまう……)

 

 そこまで考え、トム・ウィリアムはネガティブに陥っている自分の考えを振り払った。

 

「まだ時間はある。 できることはいくらでもあるはずだ」

 

 確かに今回の『敗北』は大きな痛手であり、冥闘士(スペクター)の強大さも思い知った。だが、それで思考停止してしまってはそれこそ終わりだ。

 自分自身の小宇宙(コスモ)の修行に、精神的な動揺の大きいパライストラ生徒たちの統率、そして今回の経験を元に魔導士の対冥闘士(スペクター)戦術の構築など、出来ることは必ずあるのだ。

 まず始めに何を考えるべきか……そう思ってふと視線を向けると、その視線は机の上に飾られた写真に目が行った。そこにはパライストラの学生たちと、なのはたち3人娘が映っている。

 なのはたち3人は小宇宙(コスモ)も使うが、その闘法は魔導士のそれに準じている。そのため3人は各種研究にも協力しており、パライストラの生徒たちとの接点も多かった。そして、とりわけなのははトム・ウィリアムとは接点が多い。

 きっかけはなのはの魔法訓練を目撃したトム・ウィリアムがアドバイスをしたことだった。管理局で戦技教導官をしていた経験上、トム・ウィリアムはその人の癖や特徴を見抜き、適切な助言を行うことは得意だ。そのため、なのはにアドバイスをしたことがきっかけで、なのはの方から魔法を上手く使えるように教えを受けたいと言ってきたのだ。今では、彼はなのはにとっての魔法の師の1人である。

 トム・ウィリアムの方もまるで真綿で水を吸うように物事を吸収していく才気溢れるなのはに様々な教えを授け、また聖域(サンクチュアリ)での序列でも実際の強さでもなのはの方がずっと上だというのにそれを鼻に掛けず、真面目かつ真摯に教えを受ける真っ直ぐな性格を好ましく思っていた。

 そんななのはの撃墜の報は、トム・ウィリアムにとっても心配だった。

 

(あの子は戦えるのか?)

 

 管理局でも戦闘の怪我によって身体は大丈夫でも、その恐怖によって戦えなくなり一線から身を引いた人間を数限りなく見ている。

 なのはもそうなってしまわないだろうか……そう、ふと考えてしまい、すぐにトム・ウィリアムは苦笑とともにその詮無い考えを振り払った。

 

(あの子はきっとこの程度では折れない……)

 

 なのはは強い。その心には、『不屈』という言葉がまるで巨大な大樹のごとくしっかりと根付いている。その『不屈』に支えられた心が折れるはずが無い。

 そう確信しているトム・ウィリアムは写真から視線を外し、ノートを前にする。

 

(あの子は必ずすぐに帰ってくる。

 あんな子供でも頑張るんだ、大人の自分が頑張らなくてどうする!)

 

 そう心を切り替え、トム・ウィリアムはノートに己の為すべきことを列挙し、纏める作業に移ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 パライストラの地下修練場で、その日もエルシドは33号室のルーク、リュウセイ、ハリーの3人に対して教えを授けていたが、3人の動きが目に見えて鈍いことにすぐに気付いた。

 

「どうした、鍛錬に身が入っていないな……」

 

「「「……」」」

 

 その言葉に、3人は答えられない。その姿にエルシドは息をついた。

 

「大方、予想は付いている。

 この間の『敗戦』を、そして冥闘士(スペクター)の強さを考えているのだろう」

 

 エルシドの言葉に3人は頷く。3人にとって、小宇宙(コスモ)の力、そして黄金聖闘士(ゴールドセイント)の絶大な力は目標だった。その目指すべき目標の敗戦を目の当たりにした3人の動揺は大きかったのだ。

 そんな3人に対し、エルシドは言う。

 

「お前たちの反応は正しい。 冥闘士(スペクター)の強さは強大だ。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)ですら勝てるかどうか分からんほどにだ。

 だが……それこそが聖闘士(セイント)の進むべき道だ」

 

 エルシドは一瞬だけ遠い目をすると、3人に向き直る。

 

「己の道を己で決め、その道をただ貫く……それこそが『生きる』ことだと俺は思っている。

 俺はアテナの愛と正義の道こそが、人々に平穏をもたらす道だと信じ、貫き、生きた。

 例えどんな困難があっても、だ。

 ……お前たちが先の戦いで、何を思ったのかは分からん。

 聖闘士(セイント)になることに恐れを抱いたとしても、俺は何も言わん。

 だが一つだけ……己の決めた道を、後悔せずに貫け。

 俺の言うべきはそれだけだ……」

 

 そう言ってエルシドは少し離れた場所で、腰をかけた。

 エルシドの言葉を受け3人は思い出す。そう、自分たちは為したい目的が、進むべき『道』をこの道だと決めたのだ。その道はそれぞれの『覚悟』と『想い』があって決めたものだ。障害があるからと言って変えるなど、できようはずもない。

 そのことを思い出した3人は再び、鍛錬へと戻る。

 己の道はすでに決めている。その道を貫くための『剣』を、今は研ぎ澄ます……3振の若き剣たちは、師の言葉に再びその剣を研ぐ作業に没頭するのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

さて、そんな33号室の面々と同じく、野外修練所ではカルマ・レスティレットが鍛錬を続けていたが、それは見るからに無茶だ。

 

「くっ! はっ!!」

 

 石柱に叩きつける拳は血が滲み、息は上がっていて明らかなオーバーワーク。それは修行というよりもはや自虐の域である。それでも、カルマは何かに取り憑かれたように拳を振るい続ける。その様はまるで苛立ちを物にぶつける子供のようだった。

 

「やめるんだ、カルマくん!」

 

 堪らなくなった同室のサビク・アルハゲがカルマを羽交い絞めにしてそれを止めた。

 

「離してくれ、サビク!」

 

「いいや、これ以上はもうドクターストップだ!

 そんなことじゃ拳どころか、身体が完全に駄目になる!!」

 

 サビクは必死で説得するが、カルマはその言葉を聞き入れない。

 

「第一、 そんな精神状態で鍛錬なんかになるはずがない!

 落ち着くんだ!!」

 

「うるさい! うるさい! うるさい!!」

 

 苛立ちに暴れるカルマは、まるで駄々をこねる子供のようだった。そんな修練場に、別の声が響く。

 

「これは何の騒ぎだ?」

 

「シオン様……」

 

 シオンの登場にカルマもやっと暴れるのをやめるが、拳をおろしたその姿には覇気が無い。そんな姿に、シオンは息を付く。

 

「もっとも、私も話は聞いている。

 近しき者が冥闘士(スペクター)としてお前の前に現れたそうだな?」

 

「……はい」

 

 悔しそうにカルマは唇を噛んだ。

 

「シオン様、俺、分からないんですよ。

 俺はあいつや、孤児院の兄弟たちや、他にもたくさんの誰かを守れる自分になりたくてここに、聖闘士(セイント)になりに来たんです。

 なのに……何であいつが冥闘士(スペクター)に、聖域(サンクチュアリ)の、世界の敵に!!」

 

 カルマはカレンが冥闘士(スペクター)になってしまった事情を知らない。だが、冥闘士(スペクター)の力を目の当たりにし、冥王軍が聖域(サンクチュアリ)の言うように世界を滅ぼすものだということを確信した。幼馴染がそんな存在になってしまったことへの動揺は、計り知れないものがある。

 そんなカルマに、シオンはゆっくりと語り始めた。

 

「……私の親しき者も、冥闘士(スペクター)になった者がいた……」

 

「「!?」」

 

 突然のシオンの言葉に、カルマとサビクは息を呑む。

 

「そんな彼と私は対峙し、そして……私は彼を討ったよ」

 

「後悔は……しなかったんですか?」

 

「その気持ちは確かにあった。

 だが……私はそれでも聖闘士(セイント)の正義の道を選択した。

 生きると言うことは、何かを『選ぶ』ことだ。

 そして『選ぶ』ことに後悔はつきもの……私は生きてきた分だけの後悔を重ねてきた。

 それでも私は、その『道』を進むことをやめなかった……」

 

「シオン様は俺にもその『道』を……敵になった知り合いを討つ道を行けというんですか!?」

 

 シオンの話からそう言われていると判断したカルマは感情的に声を荒げるが、そんなカルマにシオンはゆっくりと首を振った。

 

聖域(サンクチュアリ)の者としてはそう言わねばならないだろう。

 だが……私はお前がその者のために心を燃やすことをやめてほしくないとも思っているよ」

 

「えっ……?」

 

「今の話は、私の選んだ私の『道』だ。

 お前は、お前の選んだ『道』を行けばいい。その者のための心を燃やすことを選んだのなら、その『道』を真っ直ぐに迷わず進めばいい。

 例え後悔に襲われても、俯くことなくしっかりと前を見据えてだ」

 

「シオン様……」

 

 冥闘士(スペクター)に心砕くと言う、ある意味では聖闘士(セイント)候補生失格なカルマの言葉を、シオンはやってみればいいと肯定してくれる。そのことに、カルマは感動と同時に深い敬愛の念を抱く。それはまるで偉大な師を仰ぐような想いだ。

 

「だがカルマ、お前の進もうとしている道は過酷な道だ。

 それに見合う力を必要とするだろう。

 己を鍛えることも大切だが、友の言葉と絆を大事にしろ」

 

 シオンの言葉に、サビクも続ける。

 

「そうさ、同じ部屋の仲間なんだ。

 僕の言葉も、君の行く道の助けになるかもよ」

 

「サビク……」

 

 カルマのさっきまでの乱れた心は、澄んだ水のように落ち着きを取り戻していた。その様子を見ながら、シオンは安堵の息を付く。

 

(彼はどうやら大丈夫そうだ……)

 

 シオンとしても将来が楽しみなカルマに、こんなところでつまずいて欲しくないと思っていたが、この分ではどうやら大丈夫そうだ。何故なら彼には己の選んだ『道』を行こうと言う決意と、仲間がいるのだから。

 そこまで考えて、シオンはふと一つの疑問をぶつけた。

 

「そう言えば、君たちのもう一人の友はどうしたんだい?」

 

 見渡してみてもヨハネス・スピンドルの姿が無い。仲のいい55号室の面々にしては修練での別行動は珍しい、とシオンは言葉を続ける。

 そんなシオンにサビクが答えた。

 

「ああ、彼なら……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「シャウラ様ぁぁぁぁ!!!」

 

 パライストラ食堂にてシャウラを見つけたヨハネス・スピンドルはいつも通り嬌声を上げながらシャウラへと近付くが……。

 

「……」

 

「? シャウラ様?」

 

 いつもなら悲鳴を上げながら逃げるシャウラからの反応がない。その様子にヨハネスがシャウラの顔を覗き込みながら言うと、そこでやっとヨハネスの存在に気付いたようにシャウラは反応した。

 

「あ、ヨハネスさん……」

 

「どうしたんですか、シャウラ様?

 様子がおかしいようですが?」

 

 そう言いながらも、ヨハネスはその原因はあの『雪上会戦』での敗北であろうと予想する。

 

「シャウラ様、もし僕でもよければ話くらいは聞けますよ。

 こう見えても僕はシャウラ様より年上なんですから、さぁ僕の胸にゴートゥヘル!」

 

「地獄に飛び込んでどうするの?」

 

 テンションが振り切ったため言葉が明らかにおかしいヨハネスに苦笑し、それでもシャウラはその胸の内を話し始めた。それはシャウラ自身がかなり参っていたのと同時に、変な人ながらいい人、という意識がヨハネスにあったからに他ならない。

 

「……僕は本当なら誰も傷つけたくない、それが例え敵だとしても。

 でも……結局は力を振るうしかないことになれば人を傷つける。

 僕は……口ではどうとでもいいながら、冥闘士(スペクター)たちと同じ、相手を傷つけることしかできない人間なのかな?」

 

 誰も傷つけたくないと言いながら力を振るう己が、とんでもない偽善者のように思え、それが自分自身への嫌悪に繋がっている。これは黄金聖闘士(ゴールドセイント)以前に、戦う者として致命的すぎた。

 そんなシャウラの言葉を聞いたヨハネスは、ゆっくりと口を開いた。

 

「シャウラ様……確かに『力』は相手を傷つけるもの。それに不安を抱くのは正しいことだと思います。

 でも……迷いを抱いて『力』を振るうことは、危険です。

 迷いを持てば自分も、自分の守りたいものも、無関係なものも……そして時には『相手』すら傷つけますよ」

 

 そこには日ごろ変態的な行動をとる困った男ではなく、年下を導く真面目な好青年の姿があった。そんなヨハネスはそのままシャウラの正面に座ると、ゆっくりと話を始める。

 

「ちょっとした僕の昔話をしましょう。 あれは僕が管理局に入ってしばらくたった時のことです。

 その時の任務は人質をとって立て籠もる、立て籠もり犯の制圧でした。

 何人もの人質と各所に仕掛けられた爆弾、そしてその起爆装置を握る犯人……僕らは建物内に強行突入、起爆装置を起動させる前に犯人を捕まえることに成功しました。でも……事件はそれで終わりではなかった。

 突然、人質の女の子が犯人の落とした起爆装置へと向かったんです。

 犯人は必ずことが成功するように、あらかじめ人質の女の子を操る魔法をかけていたんですよ。

 全員が犯人へ集中していたその時、僕は魔法を放てば女の子を止められる場所に居ました。でも……僕は『迷い』を持ってしまいました。戦いの中で、小さな女の子に魔法をぶつけ傷つけることを。

……その『迷い』は致命的でした。女の子によって爆弾は起爆、僕たち武装隊はバリアジャケットにより軽症ですみましたが人質に重軽傷者多数、死者まで出る大惨事となったんです……。

数多くの重軽傷者に死者、そして操られた女の子……この子は操られたとはいえ、この事件の最後の引き金を引いてしまったことで、その心に消えることのない深い傷を負ってしまいました。

 これが僕の『迷い』が生んでしまった結果です……」

 

 ヨハネスは過去の悲惨な事件を淡々と語る。

 

「それ以降、僕は『迷い』を捨てました。

 任務なら相手がどんなものでも、一切の慈悲も無く叩き制圧する……でも、僕はそれが多くの人を、ともすれば『敵』すら救う方法だと思うからです……」

 

 そこまで語ると、ヨハネスはシャウラへと微笑む。

 

「……シャウラ様、『天蠍宮』へ行ってください。

 先ほど、ツンツン娘……じゃなかった。 アリサさんが来たらしいですよ」

 

「アリサちゃんが?」

 

「ええ……。

 シャウラ様、アリサさんと話して見て下さい。

 きっと……その『迷い』はそれで晴れますよ」

 

「そう……だね」

 

 ヨハネスの言葉に、シャウラは立ち上がった。そして、食堂からの去り際に振り返る。

 

「ヨハネスさん、ありがとう!」

 

 ペコリと頭を下げ、シャウラは自らの守護宮である『天蠍宮』へと向かう。そこで待つはずの少女と話をするために。

 

「……」

 

 残されたヨハネスはしばし、無言であった。

 そして……。

 

「むほほほほほぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 意味の分からない嬌声をヨハネスが上げると何かに悶えるように床を転げまわる。

 

「シャウラ様が、僕に、お礼を!!

 むっほぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 さて、もう一度この場所がどこか説明するが、ここはパライストラの食堂である。当然、他の生徒たちも多数が利用する場所だ。

 突然の奇怪な図に誰もが目を疑う中、ぴたりとヨハネスの動きが止まる。

 

「あ、あの……大丈夫? 色んな意味で」

 

 勇気ある1人の女生徒が恐る恐ると言った感じで突然静かになったヨハネスに話しかけると、ヨハネスは無言で立ちあがった。そして、どこからどう見ても好青年としか言いようのない、イイ笑顔でこう言い放ったのだ。

 

「嬉しさのあまり……ほぼイキかけました」

 

「「「「「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」

 

 その場に居たパライストラ生徒たちの叫びが木霊する。

 ……イイハナシダッタノニナー。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ヨハネスの言葉通り、用事を済ませたアリサはシャウラの部屋とも言える『天蠍宮』に居た。

 

「アリサちゃん!」

 

「シャウラ?」

 

 アリサはどこか思いつめたようなシャウラの様子をいぶかしむ。そしてシャウラは自分の悩み……『自分は誰も、敵ですら傷つけたくない。でも戦わなくてはならない』という悩みを吐き出した。

 その話を聞いたアリサは目を瞑り、数回トントンと自分の額を指で叩くと、シャウラに言う。

 

「シャウラ、アンタ馬鹿?」

 

「えうっ!? 酷いよ、アリサちゃん!

 僕、これでも真剣に悩んで……」

 

 呆れ顔のアリサにため息と共にバッサリと切って捨てられ、さすがにシャウラも反論しようとするがアリサは続けた。

 

「ねぇ、シャウラ……どんなことにだって『誰も傷つけない』なんて方法は無いわよ。

 意図するにしろしないにしろ、人は生きてるだけで誰かを傷つけてるもんよ。

 特に……私やシャウラは、家関係で数えきれない数の人間を傷つけて恨みをもう呆れるほどに買ってるわ」

 

「それは……」

 

 その言葉に、シャウラは口ごもる。

 他者を傷つけることは何も暴力だけではない。特にシャウラとアリサの実家は一大企業であり、追い落とされ不幸になったもの、そしてそのことでシャウラとアリサを恨む人間は数多い。実際、そう言った人間に誘拐されそうになったことだって何度もある。

 そういう意味では、2人はすでにとんでもない数の人間を傷つけている。

 

「でも、私はそのことが罪なんて思わないわ。

 これからだって次元世界で事業展開するとき、私はいくらだってライバルは追い落としてやるし、恨まれてやるわ。

 だって……それでもやりたいことが、やらなきゃならないことがあるもの」

 

 そう言って、アリサはフッと笑って続けた。

 

「『大いなる力には大いなる責任が伴う』……クモのヒーローの言葉だっけ、これ?

 私、この言葉は真実だと思う。

 私は望む望まざるに関わらず『一大企業の令嬢』というある種の力を持って産まれたわ。そして、そんな私には『責任』がある。

 競争に勝ち、企業を発展・存続させること……それは部下になった人たちがまっとうに暮らせるように、そして大切な友達やこの場所を、『世界』を守るために必要な私のすべき『責任』よ。私はこの為なら、相手を傷つける。

 人類皆平等、なんてのは嘘っぱちよ。世界の裏側でどれだけの人が死んでいても、『可哀そう』とは思うし『助けたい』って思うことはあっても、涙は出ないわ。

 私にとって大切な守りたいもののために、私は誰かを傷つけることに後悔はしない。もちろん、傷つけないにこしたことは無いけど、それができないなら私は躊躇わない」

 

 アリサはそう言って、真っ直ぐにシャウラを見つめた。その目にはまぎれもない『覚悟』が見て取れる。今のアリサの言葉は真実なんだろう。

 

「アリサちゃんは強いね……」

 

「何言ってるのよ、シャウラは最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人でしょうが」

 

 シャウラの言葉にアリサは苦笑した。

 

「……傷つけたくない、でも傷つけることを躊躇ってはいけない……これが僕の、黄金聖闘士(ゴールドセイント)の『責任』なんだね」

 

「きっとそうね。 だってそうしないと、たくさんの人が死んじゃうんでしょ?」

 

「うん……」

 

 アリサの言葉にシャウラは頷くが、それでも誰かを傷つけるということへの嫌悪感は消えない。そんなシャウラを、アリサはゆっくりと抱きしめた。

 

「あ、アリサちゃん!」

 

「いいからこのまま聞いて」

 

 突然のことに顔を真っ赤にしてシャウラが声を上げるが、アリサはシャウラの耳元で囁くように言った。

 

「シャウラは優しいから、どんなに誰かを守るためでも、相手を傷つけなきゃならないってジレンマは辛いんでしょ?

 相手を傷つけるシャウラに、罪だ罰だと言う奴だって出てくるかもしれない。

でも……少なくとも私だけはシャウラが何をしたって肯定してあげる。シャウラを知ってる私だけは、どんな相手にだって……神様にだって言ってやるわ、『シャウラは悪くない』って。それで一緒に背負ってあげる。罪だろうが罰だろうが、ね。

だから、必要なら躊躇うな。いい、わかったわね!」

 

「あ、アリサちゃん……」

 

 シャウラの目に涙が滲む。シャウラは聖闘士(セイント)である以上、戦い傷つけ、そして時には殺すことも避けては通れない。心優しいシャウラはこれからも何度だって苦悩するだろう。そのことを理解した上で、アリサはシャウラと一緒に悩み苦しみを背負ってあげる言うのだ。その言葉は、シャウラに『決意』と『覚悟』を促す。

 

(人はやっぱり傷つけたくない……でも必要なら……躊躇わない。僕はその罪を背負う!

 だって……どんなに罪を背負っても、どんなに恨まれても……守りたいものがあるから……)

 

 それは漆黒の夜空に輝く、決して見逃すことのできない光のようで……。

 

「……アリサちゃんはまるで『アンタレス』だね」

 

「何それ? なんで星なの?」

 

 怪訝な顔でアリサは返すが、この言葉はシャウラにとってどれほど大きいかアリサは知らない。

 燃えるルビー、深紅のアンタレス――それは蠍座(スコーピオン)の心臓であり象徴とも言える星だ。それに例えると言うことの意味は大きい。燃えるような強い意志と決して目を離せない輝きを放つアリサに、シャウラは『アンタレス』を見たのだ。

 そして、そんなシャウラの胸にも火が灯る。

 

(僕は聖戦を戦い抜く!

 この魂のすべてを燃やし尽くしても!)

 

 罪を背負っても守るべきものを改めて確認したシャウラからは『迷い』は消えていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

黄金十二宮の『金牛宮』にて……。

 

「う、うぅ……」

 

「あ、やっと起きた」

 

 大悟が目を覚ますと同時に、自分の顔を覗き込むはやてと目が合った。そしてゆっくりとはやてに膝枕をされていることを認識する。

 

「俺は……」

 

「うっしー、忘れたん?

 レグルスさんと童虎さんに修行を頼んで2人に吹っ飛ばされて気絶してたんよ」

 

「……ああ、そう言えばそうだった」

 

 ライトニングプラズマと廬山百龍覇の飽和同時攻撃を受けて気絶したのを大悟は思い出していた。

 

「目が覚めたし、重いだろう?

 すぐどく……」

 

「あ、ええんよ。

 まだこのままで」

 

 大悟は身を起こそうとしたがはやてに頭を掴まれて止められ、強引に膝枕を続けることになった。

 そのまま2人はたわいない話を始める。

 

「せっかくの女の子の膝枕なんよ。 もう少し堪能してもバチはあたらへんよ。

 ほれほれ、美少女のプリプリの膝やで。 スベスベで気持ちええやろ?」

 

「……自分で美少女とかいうのはどうかと思うぞ。

 あと……運動不足なんじゃないか? プリプリというか……プルプルな気がするぞ」

 

「あはは……殴るで? グーで」

 

 気にしていたのかちょっと青筋を立てて拳を震わせるはやてに、大悟は苦笑を返す。そんな大悟に、はやても仕方ないという風に肩をすくめると拳をおろした。

 

「うっしーは乙女心がわかっとらん。 今ので私の好感度がマイナス1されたで」

 

「そうか。 それじゃセーブポイントからやり直しをさせてくれるか?」

 

「残念やけど、これセーブポイントは無いんよ」

 

「それはハードモードなことだ」

 

 軽口を自然に叩きあう2人。その姿はまるで長年にもわたって連れ添ったようにも見える。実際、2人は同じ家で『家族』として生活をし続けているのだから、ある意味では当然とも言える姿だった。

 

「しっかし……うっしーも無茶しよるなぁ。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)2人分を、一気に相手をする修行やなんて……」

 

「……そのくらいの無茶が必要だと、この間の戦いでよく分かった」

 

 大悟はグッと拳を握りしめる。

 『雪上会戦』において大悟はラダマンティスを相手に正面から力負けをし、角を折られるという屈辱的な敗北を喫した。その悔しさは未だに大悟の胸の中に渦巻いている。その悔しさもあり角を修復するのは『ラダマンティスを倒した時』、と一種の願をかけ、大悟は牡牛座聖衣(タウラスクロス)の角の修復は行わないことにしていた。

 

「言い訳はしないしできない。

 今の俺は……ラダマンティスより弱い。

 こんなことでは『聖戦』を乗り越えるなんて夢のまた夢だ。

 だからこそ……無茶でも何でも強くなる必要があるんだ」

 

 そう言って大悟は握りしめた拳を空に向かってゆっくり振り上げる。そんな大悟に、はやてはウンウンと頷いた。

 

「そやな。 私もこの前思い知ったわ。

 冥闘士(スペクター)はほんまに強い……私ももっと強くならな、って思ったとこや。

 無茶やらなってうっしーの気持ちも分かる」

 

「……無茶な修行してる俺を咎めないのか?」

 

 どうにも物分かりのいいはやてに、自分でも無茶な修行だと自覚していた大悟は試しに聞くことにした。

 

「シグナムとかは『無茶だ』とか『身体を壊す』って言っとったけど、私は別に咎めへんよ?

 だって……」

 

 そう言うとはやては空に向かって振り上げられた大悟の拳を、包み込むように両手で掴む。

 

「うっしーは今まで、私を悲しませたことは無いもん。

 だから今回も大丈夫や。

 だってうっしーが無茶して身体壊したら私が悲しむもん、そんなことうっしーが絶対するわけない。だから、どんなに無茶に見えても私はなんも心配しとらんよ」

 

 その言葉には一片の偽りも曇りも無い。それほどまでに、はやての大悟への信頼は厚いのだ。

 

「……そろそろ修行に戻るよ」

 

 大悟は若干顔を赤くしながら、気恥ずかしそうに身体を起こして立ち上がる。

 

「頑張って、うっしー。

 また倒れたら膝枕で迎えたるから」

 

「おいおい、倒れること前提で話をするなよ」

 

 大悟は肩をすくめると、修行場である『金牛宮』の奥へと戻っていく。

 そして……。

 

「ライトニングプラズマ!!」

 

「廬山百龍覇ッ!!」

 

「う、うぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

 何やら叩きつけられるような音が遠くから響き、はやては苦笑しながら、やれやれといった感じでため息を付く。

 

「こら、お早いお帰りになりそうやな」

 

 少しだけ嬉しそうにしながらはやてはしばしの間、幼馴染の帰還を待つのだった……。

 

 

 




というわけでパライストラ生徒勢と、蠍・牡牛のお話でした。

シャウラはヨハネスとアリサのお陰で、『迷い』は振りきりました。
大悟ははやてとのゆるぎない信頼を再確認しました。

次回は魚・双子、そして蟹の前編まで予定です。
次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:グレートティーチャーwww
     本家ライオネットボンバーってアニメ初登場じゃなかろうか?
     しかし同期がここまでしっかり先生やっていると、余計に市先輩の立場がない。
     まぁ、生涯現役という姿勢は褒められるかもしれないが…。
     そういえば、あの牧場主は何でライオネットボンバーを伝授出来たんだろう……?
     
     次回はまた集合が……って、この間集合させたばっかでまた集めるなよ。
     聖闘士の移動手段って徒歩っぽいから時間かかるだろうし。
     やはりその辺りを補うためにもグラード財団のような後援組織は必要なんだろうなぁ……。


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第53話 未来へ決意を/愛の始まりを(中編)

今回は魚座・双子座、そして蟹座編の前半です。
比較的短めの内容になりました。



 

 

黄金十二宮の『双魚宮』……。

 

「ダイヤモンドダストッ!!」

 

「くぅ!?」

 

 デジェルの放つ極低温の猛吹雪の中で、シュウトの薔薇が凍っていく。

 シュウトはあの敗戦で自身の薔薇が相手に届くことも無く焼失したことで、自分の薔薇の維持能力に問題を見出していた。

 炎と薔薇では、相性が悪いことは最初から分かっている。あの強力な熱の中では、空気中に漂わせた香気すら焼かれてしまって相手に届くことは無い。

 だからこそ、シュウトは『どのような環境下でも失われない薔薇』を目指し、薔薇へと小宇宙(コスモ)を付加して強靭にする特訓をデジェル相手にしていたのだが、その内容は上手くいっているとは言い難かった。

 

「どうした、まだたったのマイナス160度前後だぞ。

 この程度の変化に耐えられないようでは、あの冥闘士(スペクター)の放つ超高温化で耐えきるなど夢のまた夢だ」

 

「分かって……います!」

 

「ならば小宇宙(コスモ)を高めろ。

 限界を超え高めた小宇宙(コスモ)をその薔薇に込め、如何なる場所にも咲く究極の薔薇へとそれを変化させるのだ!」

 

 そんなことはとっくの昔にやってはいる。シュウトの濃密な小宇宙(コスモ)で幾重にもコーティングした薔薇だが、それが上手くいかないから困っているのだ。

 そして、やはり今日も上手くは行かなかった。水瓶の形へと組まれたデジェルから、溢れだすように究極の凍気が放たれる。

 

「オーロラエクスキューション!!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 最終的な目標である超高温下・絶対零度下でも有効な薔薇……だが今のシュウトにはそれは遠い目標だ。

 凍気の奔流を受け、シュウトはその意識を手放したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「シュウ! シュウ!!」

 

「あ……れ……? フェイト……」

 

 自分を呼ぶ声にシュウトが目を開けると、シュウトの顔を覗き込んだフェイトの顔が、今にも泣きそうに歪んでいる。シュウトは未だ覚醒しきっていない頭で、無意識にそんなフェイトの頬に手を伸ばした。

 

「ボクは……」

 

「デジェルさんとの修行で倒れて……」

 

「ああ、そうだった……」

 

 辺りを見れば、そこは『双魚宮』の居住スペースにあるベッドだ。身を起こそうとするシュウトだが、そんなシュウトをフェイトが慌てて押し留める。

 

「動いちゃダメだよ、シュウ! まだ休んでないと……」

 

「そんな時間はボクにはないよ。

 早く、もっと強くならないと……」

 

 それでもまだ身を起こそうとするシュウトに、フェイトは強引な手段にでることにした。

 

「え、えぇい!」

 

 

 ポフッ

 

 

 フェイトはシュウトに覆いかぶさるように飛びついた。

 

「フェ、フェイト……!?」

 

「シュウは休まないと駄目。 もしどうしても行くというのなら、私をはね飛ばして行って」

 

 動揺するシュウトを、フェイトは真剣な表情で見つめながら言う。しばしの間2人の間で視線が交錯するが、折れたのはシュウトだった。

 

「ズルイよ、ボクがフェイトをはね飛ばしたりできないって分かっててしてるでしょ?」

 

「うん、知ってる。 だからやった」

 

 その言葉に、シュウトはため息を付くと起こしかかっていた身体を再びベッドへと預ける。だが全身でシュウトに覆いかぶさるように抱きついたフェイトは、その拘束を緩めない。

 

「あの……フェイト? ボクもうしっかり休むけど……?」

 

「そう言ってシュウは無茶しそうだから、もう少し……このまま様子を見る」

 

 顔を赤くしながら上目づかいでそんなことを言うフェイトに、シュウトはほほ笑むとその艶やかな髪を一撫でした。それが気持ちいのか目を細めるフェイトに、まるで猫みたいだとシュウトは苦笑する。

 しばしの間、ベッドで抱き合いながらそんなじゃれあいを続けた2人。やがて、ゆっくりと2人は会話を始めた。

 

「……シュウ、最近のシュウは焦ってるみたい。

 やっぱり……この間の戦いのせい?」

 

「……そうだよ」

 

 目を瞑れば、あの戦いが目蓋の裏に蘇ってくる。

 魚座(ピスケス)の『誇り』とも言うべき毒と薔薇がまったくもって通じない、天暴星ベヌウの輝火。

そして放たれた言葉。

 

『お前は……弱い』

 

 

ギリッ!

 

 

思い出すだけで無意識に噛みしめた歯が鳴り、胸の内を『悔しさ』が染めて行く。

 

「ボクは……手も足も出なかった。

 聖域(サンクチュアリ)の切り札? 最強の聖闘士(セイント)

 聞いて呆れるよね。

 ……ボクは悔しいんだ! 悔しくて悔しくて堪らないんだ!!」

 

「シュウ……」

 

 フェイトは滅多にないシュウトの激情に驚いた顔を見せる。基本的に大人しく優しいシュウトは、フェイトにとってはいつでも微笑んでいるイメージがあるからだ。もっとも敵対した相手やフェイトを傷つけた相手にはいくらだって激情を露わにしているのだが、その辺りは受け取るものの違いだろう。とにかく、滅多に見れないシュウトに驚きと、同時に少しだけ男らしい力強さをフェイトは感じていた。

 

『こんなシュウもカッコイイかも……』

 

 そんなことを頭も片隅で考えてしまうフェイトは、完全に恋する乙女である。だが、それはそれとしても、無茶な修行で身体を壊しそうなことをフェイトとしては看過できない。

 だからフェイトは釘をさすことにした。

 

「気持ちは分かるよ。

 でも……それで万一身体を壊したら元も子も無いよ。

 そんなの、私は絶対に嫌」

 

「……分かってる、無茶はしないよ」

 

「……嘘つき、さっきの修行だって十分無茶だったよ」

 

「それは多少の無茶はするよ。 そうしないと強くなれないからね。

 でも、ボクだってバカじゃない。 身体を壊すような決定的な無茶はしないさ。

 だって……それをやったら、ボクの望んでいるものにたどり着けないからね」

 

「シュウの望むもの?」

 

 その言葉に小首を傾げるフェイトに、シュウトは優しく笑いながら続けた。

 

「『未来』、だよ。

 フェイトとずっと一緒にいれる『未来』……それがボクの望むものさ。

ボクは黄金聖闘士(ゴールドセイント)、聖戦が始まれば皆の先頭に立って戦わなくちゃならない。

 死を覚悟しなきゃならない戦いなのはよくわかってる。

 でも……ボクはその先にたどり着きたい。

 聖闘士(セイント)は死ぬために戦うんじゃない、生きるもののために戦うんだ。

 そしてボクは……聖戦を生き残って、フェイトと一緒の『未来』が欲しい。

 でもそのためには力が必要なんだ。

 力だけで未来は手に入らないけど、力が無ければ未来を選ぶ選択肢すらない。

 だから……ボクは強くなるんだ。

 負けて悔しいなら、負けないように強くなる。

 死にたくないなら、生き残るために強くなる。

 だからね、少しの無茶はその……許してほしいんだ」

 

「……そこまで言われたら、私は何も言えないよ」

 

 フェイトは何も言えなくなって、シュウトの胸に顔を埋めた。

 フェイト自身とて前回の敗戦で冥闘士(スペクター)の脅威を知った。聖戦がどれほど壮絶な戦いになるかは分かっている。フェイト自身も、戦いの中で命を落とす可能性が途方もなく高いことは理解していた。だが、それでも……。

 

「……私はずっとシュウの側にいたい」

 

「ボクも、ずっとフェイトの側にいたいよ」

 

「だから……必ず2人で辿り着こう、『未来』へ」

 

「そうだね、2人で行こう、『未来』へ」

 

 僅かな希望の光に向かって、2人で一緒に歩んでいく。

 シュウトとフェイトは微笑みあいながら、未来への約束を交わしながら、聖戦への覚悟を新たにしたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

カン、カン……

 

 

 金属をうち合わせる甲高い音が響く。

 ここは黄金十二宮の『双児宮』、総司の目の前ではすずかが聖衣(クロス)の修復作業の真っ最中だった。

 現在修復作業が行われているのは、はやての纏う南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)だ。その損傷状態は比較的軽く、血液を必要とするほどではない。

 すずかは手際よくスターダストサンドとガマニオンによって傷を塞ぎ、欠損部を再生させて行く。その様子を横から見ていた総司は感嘆の声を漏らした。

 

「上手いものだな……」

 

「そんなことないよ。 ハクレイおじいさまやシオンさまにもまだまだだって言われちゃったし」

 

 実際、すずかの修復技術はすさまじいものだった。総司たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)も一応の手ほどきを受けてはいるが、それでもすずかの足元にも及ばない。その技術を僅かな期間で会得したというのだから、間違いなくすずかは聖衣(クロス)修復にかけては天才である。

 だからこそ、総司も素直にすずかのその才能を褒め称える。

 

「それは比較対象が規格外なだけだと思うが?

 この聖衣(クロス)修復技術は十分立派だと思うぞ」

 

「そう……だね」

 

「?」

 

 総司の言葉に、すずかはどこか陰りのある顔をする。そのことに総司が疑問を持つと、すずかは手を止めて総司を見た。

 

聖衣(クロス)修復……でもそれって聖衣(クロス)が壊れないと……誰かが傷付かないとただの役立たずだよね」

 

「すずか?」

 

 突然のすずかの言い草に、総司は首を傾げる。どうにも、いつものすずからしくない。そう総司が思っていると、すずかはゆっくりと話を始めた。

 

「実はね、私この間シオンさまに見せてもらったんだ。

 聖衣(クロス)たちの記憶を……」

 

「……」

 

聖衣(クロス)の傷の数だけ、数えきれないほどの聖闘士(セイント)の生涯があった。

 誰もが皆、精一杯頑張って生きて、そして散っていく……そんな光景を見て思っちゃった。聖衣(クロス)修復しかできない私って役立たずだなぁ、って」

 

 すずかはどこか自嘲気味に笑う。

 

「ハクレイおじいさまやシオンさまは修復師であるのと同時に、聖闘士(セイント)として戦い続けたけど、私は壊れた聖衣(クロス)を直すことしかできない。

 もし私に戦う力があったら今回だってなのはちゃんを助けられたのかなぁ、って思っちゃうの……」

 

 戦い行く者を待つことしかできない……すずかの感じているのはそんな待つ者の寂しさである。そんなすずかに、総司はため息を付いた。

 

「お嬢様、お嬢様は存外お馬鹿でございますなぁ」

 

「ひ、酷い。 私、こう見えても結構真剣に悩んでるのに……」

 

 総司は芝居がかった執事口調でいうと、すずかは不満そうに頬を膨らませる。そんなすずかに再びため息をついた。

 

「確かに、友達が大怪我して帰ってきて待つことしかできない身には辛いことはわかる。

 だが『自分も戦えれば』などと考えるのは馬鹿な話だ。

 人一人ができることなど、たかが知れている。何でもかんでも付け焼刃でやろうとすれば破綻するだけだ」

 

「ハクレイおじいさまやシオンさまは?」

 

「……あの人たちは規格外、特別やれることが多いだけだ。

 まさか、自分があの人たちのような天才だとは思っていないだろう?」

 

 そう言って総司は肩を竦める。

 

「実際、お前の聖衣(クロス)修復の腕は凄い。 他の黄金聖闘士(ゴールドセイント)も学んではいるが、今の聖域(サンクチュアリ)に現役でお前以上の修復師はいないぞ。

 それに、だ……お前は『戦っていないからこその価値』もある」

 

「『戦っていないからこその価値』?」

 

 何のことか分からず小首を傾げるすずかに、総司は言う。

 

「俺たち聖闘士(セイント)は戦うことが使命だ。

 だが、聖闘士(セイント)と言えども、戦いの中だけに生きるわけではない。

 戦いから帰る、穏やかな日常がなければ戦いもできん。

 そういう意味で、戦っていないお前は日常の象徴だ。

 生きて帰りたい……そう思える日常の象徴にお前はなればいい……」

 

「……ねぇ、総司くんにとっては私はそんな象徴になってる?」

 

 すずかは少し顔を赤くしながら上目づかいで総司に問う。

 

「さぁな。

 ただ……すべてを失ったはずの俺にはもったいないくらい、居心地のいい場所だとは思いますよ、お嬢様」

 

 何だかおちゃらけたような、はぐらかした回答だがすずかは満足だった。自分が総司の帰る場所になれている……それが何となくだが分かって、何とも誇らしい気分になる。

 

「えへへ……」

 

「突然ニヘラと笑い出すのは怖いですよ、お嬢様」

 

「突然じゃなくて、いいことがあったから笑ってるの」

 

「左様ですか」

 

 総司は諦めたように肩を竦めると、辺りを見渡す。そこで、総司はあることに気付いた。

 

「そう言えば……楯座(スキュータム)聖衣(クロス)が無いな」

 

 すずかが今修復作業を行っている南十字星座(サザンクロス)聖衣(クロス)の隣には、同じく破損したフェイトの矢座(サジッタ)聖衣(クロス)が鎮座している。

 纏う者がいる聖衣(クロス)は当然ながら、最優先で修復することになっている。だと言うのに南十字星座(サザンクロス)矢座(サジッタ)以上に前回の戦いで損傷しているはずの、なのはの楯座(スキュータム)聖衣(クロス)が見当たらなかった。

 もしかしたらもう修復が終わったのか……そんな風に総司は一瞬考えたが、すずかの表情が暗く変わるのを見て、それが違うということを感じ取った。

 

「……何か、あったんだな?」

 

「……うん。 実はね……」

 

 そして、すずかはそのことを総司に話した。

 

「……他にこのことを知っているのは?」

 

 その質問に、すずかは首を振る。

 

「まだ私と総司くんだけだよ。

 ……ねぇ、どうしよう。 こんなことハクレイおじいさまやセージさんに知られたら……」

 

「……分かった。 俺が何とかしよう」

 

「うん、快人くんをお願い、総司くん!」

 

 不安そうな顔のすずかの頭を総司は一撫ですると、踵を返し『双児宮』を後にする。その視線は鋭く冷たい。そんな視線で、総司は苛立たしげに呟いた。

 

「快人……貴様は……!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふっ、はっ、たぁ!!」

 

 夕闇せまるパライストラに併設されたコロッセオで、蟹座聖衣(キャンサークロス)を纏った快人は一人、拳を、蹴りを繰り出しトレーニングに勤しんでいた。だがその表情はあまり良くない。

 

「ちぃ! もっと早く無けりゃ、あのクソ鳥には当たらねぇ!」

 

 仮想敵であるアイアコスには、今の自分のスピードでは攻撃を当てられない……そう感じ取った快人は、さらに攻撃を鋭くしようと小宇宙(コスモ)を高めようとする。

 その時だった。

 

「こんなところにいたか……快人」

 

「あん? なんだ、総司か……」

 

 やってきたのは、これまた双子座聖衣(ジェミニクロス)を纏った総司だった。その姿に快人は一瞥をくれると、興味が無いかのように修練を続けながら言う。

 

「お前も修行か?

 だったら空いてる所で、俺の邪魔にならねぇようにやってくれよ」

 

 そう快人は言い放つが、総司は鋭い視線のまま言葉を返した。

 

「いいや、俺はお前に用があって来た」

 

「俺に?

 悪いが見ての通り修行の真っ最中だ、後にしてくれ」

 

 にべもなく快人は総司をあしらおうとするが……。

 

「単刀直入に聞く。

 快人……すずかのところから楯座(スキュータム)聖衣(クロス)を奪ったというのは本当か?」

 

 その言葉に、快人は眉をピクリと動かすと拳を止めた。そして始めて総司の方を快人は見る。そして、あることに気付いた総司は再び質問をした。

 

「……質問を変えよう。

 快人、すずかのところから楯座(スキュータム)聖衣(クロス)を奪い、そして……レイジングハートを盗んでいるのはどう言う了見だ?」

 

 総司の指の先……快人の首には、待機状態のレイジングハートが掛かっていた。修理のためラボ送りになっていたはずのレイジングハートの、修理完了の話は聞いていない。となれば、それは普通の手段で手に入れたとは考えにくかった。

 そんな総司の指摘に、快人は悪びれた様子もなく言い放つ。

 

「ふん、なのはにゃもう両方とも必要のねぇモンだ。

 使わねぇモンを俺が持ってたって、別段文句は出ないだろ?」

 

「ほぅ……高町なのはは戦いをやめるのか?」

 

「ああ、あいつはもう戦わねぇよ。

 まぁ、あのぐらいの力じゃどうせ居たって聖戦じゃ役には立たねぇ。

 心配すんな、その分の穴くらい俺が補ってやるからよ」

 

 どこか茶化したような快人の言葉に、総司の視線がさらに鋭くなり総司から威圧感にも似た何かが放たれる。

 

「……一つ聞くぞ?

 それは本当に、高町なのはが言いだしたことなんだろうな?」

 

「あいつの意見なんて聞く必要はねぇよ。

 あんな死ぬ寸前の大怪我したんだ、もう戦う気なんざ失せてるさ」

 

 努めて感情を抑えたような総司の言葉に、快人が答える。

 そして……何かが総司の限界を超えた。

 

「そうか……なるほど、よく分かった……。

 快人……お前は本当に臆病者だな」

 

「……オイ、誰が臆病者だって?」

 

 臆病者呼ばわりに、快人の視線に殺気が混じる。だが、総司は気にした様子も無く言葉を続けた。

 

「ああ、言葉が足りなかった。正しく言い直そう。

 蟹名快人、お前は臆病者の上に最低の卑怯者だ。

 選択肢を奪い取り、自分の思い通りの選択を無理矢理選ばせる……お前のやっているのは鳥の翼をもいで地面を歩けと言っているようなものだ」

 

「……それがなのはにとって一番いい選択だ」

 

「お前にとって一番都合のいい選択の間違いだ。

 俺にはお前は高町なのはをまるで犬のように鎖で縛っているようにしか見えないがな。

 そう考えれば高町なのはも不憫なものだ、信じていた幼馴染が何もかもがんじがらめに縛りつけてくる最低男だったとはな」

 

「……今すぐその口を閉じろ。

 仲間のよしみだ、今なら半殺しで許してやる……」

 

 快人からの殺気は、すでに小宇宙(コスモ)と共に目に見えるほどに滲み出ている。だが、総司は表情一つ変えることなく言葉を続ける。

 

「なんだ? 事実を言われ何を怒る?

 そんなに真実を指摘されたのが堪えたか?

 ハッキリと言うが、貴様のしていることは暴力で女に言うことを聞かせるDV男と何ら変わらん。

 そんな貴様は聖闘士(セイント)として、いや男としてもはや最低だ」

 

 

 ブツン……

 

 

 そんな音が響いたような気がした……。

 

「……分かった。 悪かったな、気付かなくて。

 お前、俺にケンカ売ってるんだな?」

 

「何だ、気付いていなかったのか。

 ではバカなお前でも分かるように言い直そう。

 その曲がった性根を叩き直してやるからかかってこい、快人!!」

 

「上等だよ、総司ィィィィ!!」

 

 夕暮れ迫るコロッセオで、黄金の光が交錯する。

 あの『闇の書事件』以来の、蟹座(キャンサー)双子座(ジェミニ)の大ゲンカがここに幕を上げたのだった……。

 

 

 





さて、今回は魚座と双子座編でした。

シュウトは悔しさに震えながらも、見据える『未来』のために修行に勤しみます。
特に問題ない総司は、すずかに帰るべき場所であることを望みます。

そして快人……ついになのはから戦う力を強引に奪い取る強硬手段に出ました。
次回は蟹座VS双子座の第二回戦、友情の大ゲンカとなります。

次回もよろしくお願いします。


先週のΩ:やっと、やっとΩの黄金が黄金らしい活躍をしたぞぉぉぉぉ!!
     一騎当千の強さといい、語る言葉といい玄武さんは本物の黄金聖闘士でした。
     やはり天秤座は安定しているなぁ……。
     
     『恥をかかせおって!』とか言いながらも力を貸す上司というのは新しい気がする。最初、あの剣は部下に突き刺さるものかとばかり思いましたから……。
     パラサイトの結束力は聖闘士より上なんじゃないだろうか?


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第54話 未来へ決意を/愛の始まりを(後編)

やっと出張から帰ってきました……。
ノートパソコンとかは持ち込み禁止だし、電算室で小説書くわけにもいかないし散々な2週間でしたよ。

さて、今回は『聖域始動編』の最終回です。
快人となのはの関係をお楽しみに。
あ、ブラックコーヒー用意した方がいいかもですよ(笑)



 

「総司ィィィィ!!」

 

 激昂と共に地を蹴った快人は、瞬きの間も無く総司へと肉薄する。そのまま、2人は高め合った小宇宙(コスモ)を拳に込めて乱打戦を開始した。煌めきながら交錯する拳と拳、蹴りと蹴り。

 

「シャアァァ!!」

 

 フェイント混じりに放たれた快人の中段蹴りだが、総司はそれを完全に防ぐと反撃の拳を的確に快人の腹へと叩きこんだ。

 

「がっ!?」

 

 身体がくの字に曲がり衝撃に息が吐き出されるが、快人にそれに構う暇は無い。総司の容赦のない追撃のカカト落としが、快人の後頭部目がけて振り下ろされる。

 

「ぐっ!?」

 

 それを咄嗟に横に跳んで快人は避けるが、隙を与えず急接近した総司の蹴りが快人へと叩きこまれた。

 

「くっ!?」

 

 吹き飛ばされながらも何とかバランスを取った快人が着地する。

 

「ちっ……さすがにやりやがるな、総司」

 

 唾と共に口の中の血を吐き出しながらの快人の言葉に、総司は忌々しそうに眉を潜めながら言った。

 

「……今のお前では弱すぎて話にならん。

 これが俺に勝ち、あの忌々しい女神にひと泡吹かせた男の姿だと?

 ふん、呆れ果てて声も出んな」

 

「てめぇ……いい加減その安い挑発はやめやがれ」

 

「挑発のつもりは無い。すべて事実だ。

 お前は……今のお前はどうしようもなく弱い!」

 

「テメェ、減らず口を!!」

 

 激昂した快人が技を放つために小宇宙(コスモ)を右手に集中させた。

 

積尸気鬼蒼(せきしききそう)……」

 

「遅い!!」

 

 積尸気鬼蒼焰(せきしききそうえん)を放とうと突き出した快人の右手を総司が蹴り上げる。腕をはね上げられガラ空きになった快人の胴に、総司の蹴りが突き刺さった。

 

「ぐぁ!?」

 

 吹き飛ばされた快人が地を滑るように体勢を立て直す。だが、その口元がニヤリと歪んだ。

 

「これは……」

 

 総司が周りを見渡せば、そこには自身を取り囲むように青白い無数の鬼火が浮いていた。

 

「相変わらず小細工の上手いことだ。 俺に気付かれずこれだけの鬼火を配置するのだからな」

 

「ふん、好きに言いやがれ。

 さて総司、いくらお前でもこれだけの鬼火の爆発は堪えるだろう?」

 

「……やってみるがいい。

 以前のお前ならまだしも、今のお前の小宇宙(コスモ)など俺の薄皮一枚傷つけることはできん」

 

 売り言葉に買い言葉。勝利を確信しある意味では降伏勧告のつもりだった快人は、総司の挑発的なもの言いに頭に血を上らせる。

 

「ああ、そうかい! だったら黒焦げになって少し頭を冷やしやがれ!!」

 

 そして、快人はパチンと指を鳴らした。

 

積尸気魂葬破(せきしきこんそうは)!!」

 

 総司を取り囲む鬼火が一斉に爆発破裂する。魂を焼く積尸気(せきしき)の爆炎は瞬時に総司を飲み込んだ。

 

「へっ……死にはしねぇが、俺にケンカ売ったことを少し反省しやがれ!」

 

 勝利を確信した快人は、爆炎の中へとそう毒づく。だが……。

 

「!? これは!?」

 

「ふん……だから言っただろう。 今のお前の小宇宙(コスモ)では、俺の薄皮一枚傷つけることはできん、とな」

 

 驚きに目を見開く快人の視線の先には、総司が立っていた。その宣言通り、あの魂焼く積尸気(せきしき)の爆炎は総司の纏う濃密な小宇宙(コスモ)を破ること敵わず、薄皮一枚傷つけることができなかったのだ。

 

「バカ、な……」

 

 目の前の光景を信じられないかのような快人に、総司はまるで見下すように言い放つ。

 

「当然だ、聖闘士(セイント)の戦いは常に小宇宙(コスモ)をどれだけ高められるかで決まる。

 だが今のお前は聖闘士(セイント)として大切なものを捨て去り、その心は醜くいびつに歪んでいる。

 そんな心で小宇宙(コスモ)が高まるものか」

 

「大切なものを捨てた? 俺が何を捨てたって言うんだ?」

 

「そんなもの決まっている……『女神』だ!!」

 

 そして、その言葉と共に総司の拳が快人の顔面へと叩きこまれた。そのままの勢いで総司は殴り抜け、快人の身体は吹き飛び叩きつけられ、コロッセオの壁へとめり込む。

 

「がはっ……」

 

聖闘士(セイント)は女神の戦士だ。

 女神のために戦う時、その最大の力を発揮する。

 だがお前は今、己の女神を、高町なのはを遠ざけ捨てようとしている!

 そんなお前の操る小宇宙(コスモ)など怖くもなんともない!」

 

「ぐっ……!」

 

 壁にへたり込むようにめり込んだ快人は、見下ろすような総司へと憎々しげに視線を向け、その身体を起こそうとするがまともに身体が動かない。やがて、諦めたかのように快人の両手がだらりと下りる。

 それは互角の実力者同士と言われた蟹座(キャンサー)双子座(ジェミニ)の、あまりにあっけない決着であった……。

 

「第一、傷つかせないために高町なのはから力を奪うというのなら、そもそも何故最初に聖衣(クロス)を、戦う力を彼女に与えた?」

 

「……最初は俺だってあいつの好きにさせてやりたいと思った……」

 

 壁に半ばめり込み、へたり込むような快人に総司が問うと、俯きながら快人はポツリポツリと話を始める。

 

「あいつは頑固だし、思い立ったら一直線なおバカだ。だが……そんなあいつの行動で俺だって救われたことだってあるし、そうしてひたむきなあいつが一番輝いてるのを俺は知ってる。

 そんなあいつのやりたいことを、好きにやらせてやりたかった。だから、あいつのやりたいことやる時に、少しでもあいつの身が守れる力として、俺はあいつに聖衣(クロス)を渡したんだ。

 最初はそれでよかったし、俺も満足してた。なのはの楯座聖衣(スキュータムクロス)白銀聖衣(シルバークロス)の中でも防御力にかけては最高峰だし、それに俺だってついてる。

 何も……心配はしてなかったんだ。その時にはな」

 

 ゆっくりと顔を上げる快人の顔には、自嘲の色が見て取れた。

 

「始めてその考えを変えるキッカケになったのは、あの……なのはたち3人だけでゴルゴーン退治に行った時のことだ。

 俺も、誰も黄金聖闘士(ゴールドセイント)が付いて行かず、あの3人だけでの任務……あのときは本気で焦ったよ。なのはに何かあっても、俺も誰も助けられないんだからな。

 まぁ、3人で上手くゴルゴーンは倒したからその時はいい。

 でもその一件で実力が認められて、以降ちょくちょく俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)抜きでの任務を与えられてるのを見るうちに……怖く、なってきたんだよ」

 

 そこで、快人はフッと苦笑した。

 

「……笑えよ。

 俺は……戦いを舐めていたんだ。頭では理解しているつもりでいたんだが、心のどこかで『なのはが戦って危なくなっても俺が守ればいい』って甘く考えてたんだよ。

 それが別々の任務を与えられることで徐々にヒビ割れていき、そして……この間の『敗戦』が決定的だった。

 『聖戦』は文字通りの総力戦、そんな中では『なのはが戦って危なくなっても俺は守れないかもしれない』っていうのがこれ以上ないくらい明確に分かったんだ。

 それを理解した途端……俺は怖くなった!」

 

 快人はその押し込めていた感情を吐き出す。

 

「ああ怖い! 俺は堪らなく怖い!

 俺が死ぬのはいい。 俺は黄金聖闘士(ゴールドセイント)、その程度は覚悟の上だ。

 だがあいつが死ぬのは……なのはが死ぬのは耐えられない!」

 

 快人が思い出すのは守ることのできなかった、自分を誰より愛してくれた両親の姿だった。

 

「父さんも母さんも俺は『死』から守れなかった……その上なのはまで『死』に奪われることになったら、俺は耐えられない!

 だが『聖戦』は過酷だ。俺の命一つでなのはが救えるならいくらでも捨ててやるが、命を捨てたって守れないことだってあるだろう。

 だったら、もう『聖戦』から……『戦い』から遠ざける以外に方法は無いんだよ!」

 

 『聖戦』の過酷さを認識し、そこからなのはを確実に守るための快人の結論。それは今まで押し込められていた快人の本音だった。

 

「……」

 

 その言葉を聞いた総司はゆっくりと快人に近付く。そして……。

 

「快人、お前……それがまさか自分だけが持っている悩みだと思っているんじゃないだろうな?」

 

 総司は快人の胸倉を掴み強引に立ち上がらせると、怒りを押さえつけるように言い放つ。

 

「その痛みと悩みは俺たち……シュウトも大悟もシャウラも、そして俺だって全員が持っている!

 俺たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)に近い……それだけで冥闘士(スペクター)に狙われるだけの理由になるからな。

 そんな俺たち全員が、貴様と同じような思いを抱かなかったと思うのか!!」

 

 それは普段感情的にならないクールな総司が見せる、感情を露わにした姿だった。

 

「いや、高町なのはやフェイト=テスタロッサや八神はやてはまだいい。

 3人には『力』がある。何かあった時に自分の身を守る術がな。

 だがすずかやアリサ=バニングスには小宇宙(コスモ)も魔法も……身を守る術などない!

 俺とシャウラの方が、その悩みはより深刻だ!」

 

 その言葉に、快人はハッとする。確かに総司の言う通りだった。

 すずかにもアリサにも、自身の身を守る術はほとんどない。聖域(サンクチュアリ)もそれは承知しており、総司とシャウラは極力2人と時間を共にできるように調節していたし、すずかが聖衣(クロス)修復師だということは聖域(サンクチュアリ)上層部しか知らないトップシークレット扱いだ。聖域(サンクチュアリ)からすずかとアリサに専属の護衛を付けることも検討している。

 しかし、それでも万全ではない。特にアリサの場合は今後次元世界の、聖闘士(セイント)とは関係しない組織や相手にも命を狙われる危険性がある。

 結局、一番の方法は自分たちとの関係を断ち、この『世界』から手を引くこと以外にないのだ。

 しかし……。

 

「正直に言おう、俺も怖い。怖いに決まっている。

 すずかを守ることができないかもしれない、その結果すずかが死ぬかもしれない……そう思うだけで怖くて震えがくる。

 だがな、俺もシャウラもお前のように籠の鳥にして閉じ込めようとは思わん。

 その方が安全確実だとわかっていてもな」

 

「何……で?」

 

「俺たちと同じ道を、他でもないすずかとアリサが自分で選んだからだ!

 俺も散々、すずかにも忍さんにも俺の近くにいることでどれだけ危険になるかは話している。死ぬ可能性だってある、そう何度だって言っている!

 それでも……それでもすずかは、今の道を選んでいるんだ!

 お前も知っての通り、俺はあのフザけた女神に好き勝手自分の運命を狂わされた男だ。

 そんな俺が、他の誰かの覚悟を持って選んだ道を無理矢理力でねじ曲げるような行為はできん!

 ましてや……無理矢理遠ざけるような真似など、俺が耐えられん……」

 

 そう言って、総司は少しだけ遠い目をした。

 

「弟をこの手で殺し、運命を呪った俺にとって、この『世界』など一欠片の価値すら見えなかった。俺にとってこの『世界』など、最初から死んでいた。だが……それをすずかが塗り替えた。

 俺のような男を受け入れ、月明かりの中で微笑むすずか……彼女が生きている、それだけで価値の見出せなかったこの『世界』すべてが愛しいものに変わっていた。

 お前にとって高町なのはがそうであるように、俺にとって女神とは月村すずかだ。

 聖闘士(セイント)は女神と共にある者……遠ざかることなど、俺の方が耐えられんよ」

 

「……まさかお前からノロケ話が聞けるとはな」

 

「……否定はせん。

 自分で言いながら、らしくないことを言っているという自覚はある」

 

 総司の苦笑と共に2人のビリビリとした緊張感溢れる空気は、柔らかいものへと変わっていた。

 総司が掴んでいた胸倉を離すと、そのまま快人はへたり込むように地面に胡坐をかく。そして快人は総司を仰ぎ見るように尋ねた。

 

「……なぁ総司、俺はどうしたらいいと思う?」

 

「人の未来を、お前の独断で決定づけるな。まずは話をしてみろ。

 なに、大概の問題はコーヒー一杯飲んでる間に心の中で解決するものだ。2人でゆっくりコーヒーでも飲んでしっかり話をしてこい」

 

「そりゃ駄目だ。あいつ甘党だからコーヒー駄目なんだよ」

 

「だったらココアでも用意していけ。 気の利く男だと惚れ直すぞ」

 

「……お前、今日はホントにらしくねぇな」

 

「何とでも言え。 今日はもう開き直った」

 

 苦笑する総司が手を差し出し、快人を立ち上がらせる。

 

「負けたよ。 今回は完全に俺の負けだ。

 これで一勝一敗だな」

 

「ふん、今のお前に勝っても何も嬉しくは無い。

 さっさと行け。 今ならまだ面会時間に間に合うだろう?

 ここの後始末は俺に任せろ」

 

「……悪ぃな、何から何まで」

 

「そう思ったら今度何か奢れ。そうだな……梅こぶ茶でも」

 

「お前、案外渋い趣味なんだな」

 

 肩を竦めると快人はコロッセオから出て行こうとする。その途中、快人は一度振り返った。

 

「総司……ありがとよ」

 

「ふっ……さっさと行け」

 

 ヒラヒラと手を振ってあしらう総司に、快人は苦笑すると今度こそコロッセオから出て行った。

 一人コロッセオに残った総司は呆れたように呟く。

 

「まったく……世話の焼ける男だ。

 だが、これで問題はあるまい。 高町なのはは強い女だ。

 あいつもしっかりと話さえすれば上手くいくだろう」

 

 

ジャリ……

 

 

 その時、コロッセオの土を踏みならす音が聞こえ、総司はため息をつく。

 

「あとは、この難敵をやりすごすのみ、か……。

 今の快人の相手よりも100倍は難しいな」

 

 総司は苦笑と共に、目の前の現実を見る。

 そこにはハクレイを筆頭にした、パライストラ教師陣の姿があった。

 

「さて、双子座(ジェミニ)の双葉総司よ。

 この惨状を、説明してもらえるかな?」

 

 ボロボロに壊れたコロッセオ。ハクレイの言葉にどう誤魔化したものか、と総司は内心で頭を捻るのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 総司の言葉に従い、快人は病院へとやってきたがそこでおかしなことに気付いた。

 

「妙だな、なのはの小宇宙(コスモ)……病室じゃないな。

 まだ安静にしているはずなのに……」

 

 なのはは小宇宙(コスモ)と魔法によって、その傷はかなり癒えていた。すでに人工呼吸器も取れ、退院も間近だとは言われているがそれでも大怪我を負った身、しばらくは身体を休めるために病室で安静にしているはずなのだが、どう言う訳か、なのはの小宇宙(コスモ)は病室ではなく別の場所から感じられた。

 

「トレーニング室?」

 

 やってきた快人は部屋の名前を見て眉をひそめる。リハビリトレーニングのための部屋だが、なのはの小宇宙(コスモ)はここから感じるのだ。

 

「まさか……いやいや、いくらあのおバカでも流石にこれは……」

 

 嫌な予感がしながらも快人が扉を開けると、そこには……。

 

「ん、しょ……んっ……」

 

 手すりに掴まりながらゆっくりと歩く、歩行練習中のなのはの姿がそこにはあった。

 

「……何してんだお前?」

 

「ひゃぅ!? か、快人くん!?」

 

 快人が声をかけると、なのははおっかなびっくりといった感じで振り返った。その姿に快人はこめかみをピクピクと震わせながら、もう一度口を開いた。

 

「もう一回聞くぞ。 お前、何してんだ?」

 

「えっと……怒らない?」

 

「怒らない怒らない。 ほら、言えよ」

 

「うん、あのね……ほら傷も治っちゃったしベッドで寝てるだけもどうかなーと思うから、ちょっと復帰のためにリハビリしようかなぁと思って……」

 

 なにやら快人の纏う雰囲気に若干顔を引きつらせながらも、小首を可愛らしく傾げながら上目づかいで聞く辺り、なのはも策士である。

 

「……」

 

 その言葉に、快人は無言でなのはに近付く。そして……。

 

「何をしてやがりますか、このおバカはぁ!!」

 

「いはいいはいいはい!?」

 

 快人がこめかみに青筋を立てながら、なのはの頬っぺたを引っ張っていた。

 

「快人くんの嘘つき! 『怒らない』って言ったのに!」

 

「うるせぇ、このバカ! おバカ! 大バカ!!」

 

「ひどい! なのはバカじゃないもん!!」

 

「お前はバカ以外に形容のしようがねぇレベルのバカだ!!

 このおバカなのは!! 略してバカなのは!!」

 

「それ全然略してない!」

 

「うっせぇ!! ああ、もう!!」

 

 快人は苛立たしげに頭をガリガリと掻き毟りながら地団駄を踏む。そして、快人はなのはの手を強引に掴むとクロストーンを握りしめ叫んだ。

 

蟹座聖衣(キャンサークロス)よ、守護宮への扉を開け!」

 

 光が溢れ、2人の姿はその場から掻き消えたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「きゃっ!」

 

 守護宮へと文字通りなのはを引きずり込んだ快人は、なのはをベッドへと投げ出す。

 

「ちょっと、快人くん!」

 

「うるせぇ、バカ! お前安静にしてるって話だろ!?

 アホなことやってねぇで寝てろ、バカ!!」

 

 抗議の声を上げて身を起こそうとするなのはを快人は無理矢理寝かしつけようとする。ベッドの上で押しつ押されつ、問答を繰り返す快人となのは。

 

「第一、お前はもう戦いをやめろって俺がこの間言ったじゃねぇか!

 もう復帰とかアホなこと考えてるんじゃねぇ!!」

 

「嫌だよ! 怪我が治ったら、すぐ復帰するもん!

 強くなって、今度は負けないもん!!」

 

「戦いに『今度』なんぞあるかぁ!

 今回は運よく生き残っただけだ! 次は本気で死ぬかもしれないんだぞ!!

 もう戦いの世界からは手を引いて、お前は普通に過ごせ!!

 お前が抜けた穴くらい俺が何とでもしてやるし、文句言うやつがいたら俺が全部ブッ飛ばしてでも黙らせてやるからよぉ!!」

 

「絶対嫌ッ!

 大体、そんなこと言いながら快人くんだってこの間ボコボコに負けてたじゃない!!」

 

「ありゃたまたま調子が悪かったんだよ! あんなクソ鳥にゃ、今度は負けねぇよ!!」

 

「言った! 今快人くんも『今度』とか言った!!

 戦いに『今度』なんか無いんじゃなかったの!?」

 

「うっせぇ! 俺はいいんだよ俺は!!」

 

「何その自分勝手!!?」

 

 互いにベッドの上で感情の限りを叫び合う快人となのは。

 総司からのせっかくの忠告で最初はゆっくり話し合うつもりだった快人だが、どうしても堰を切ったかのように言葉が止まらない。そしてそれに呼応するように、なのはも言葉が止まらなかった。

 

「何でだよ! 何だって俺の気持ちが分らないんだよ、お前は!!」

 

「そんなの何も言ってくれてないじゃない!

 なのは、エスパーじゃないんだから、言ってくれなきゃわかるわけないよ!!」

 

「そんなもん態度でわかれよ!

 どんだけの付き合いだと思ってるんだ!!」

 

「そっちこそなのはの気持ちなんにも分かってくれないくせに、なのはにだけ分かれなんてむしが良すぎなの!!」

 

「お前なぁ!」

 

「きゃっ!?」

 

 快人がなのはの肩をグッと掴んで、なのはを正面から見つめるとその感情のままに吐き出した。

 

「そういうこと言うか、お前は!

 ああ、そうかい! だったら、だったら言ってやるよ!!

 なのは! 俺はなぁ! お前が大事なんだよ!!

 俺は『世界』なんかよりなのはのことが大事なんだよ!!」

 

「えっ……?」

 

 快人の言葉に、あれだけ言い合っていたなのはが落ち着きを取り戻す。そんななのはに快人は勢いのまま言葉をぶつける。

 

「俺は父さんも母さんも『死』から守れなかった。

 今でもよく覚えてる『世界』からすべての色が消えたような虚無感……俺の『世界』はあの時一度死んだんだ。

 でもな、そんな一度死んだ『世界』はお前の、なのはのおかげで息を吹き返したんだ。

 お前はそのバカみたいな笑顔で、一度死んだ俺の『世界』を生き返らせてくれた。

 なのはがいなけりゃ、俺はただの生ける屍だったんだよ……」

 

 なのはの肩を掴んでいた快人の手が力なく垂れ、へたり込むように座り込んだ快人は、それでもなのはを見つめながら言う。

 

「俺な、父さんと母さんの死んだ光景を今でもたまに夢に見るんだ。

 あれからもう何年も経ってるのに、今でも鮮明に覚えてる……。

 そのたびに怖いんだよ、もしお前が……なのはが父さんや母さんみたく死んだらと思うと怖くて堪らないんだ。

 だから頼む、もう戦いはやめて平和に生きてくれ。

 なのはを守りたいんだ。 でも俺の実力じゃ命を捨てて戦っても守れないかもしれない。

 俺バカだからさ、戦いから手を引いてもらうしかお前が安全にいる方法なんて考えつかねぇんだよ。

 だから……黙って俺の言うこと聞いてくれよ……」

 

 快人は言葉を出しつくし、しばしの間2人の間に沈黙が下りる。

 

「……それが快人くんの気持ち?」

 

「……ああ」

 

「そうなんだ。 それじゃ……今度はなのはの気持ちをぶつけるね」

 

そして、今度はなのはがゆっくりと、しかし柔らかく快人を見つめながら言う。

 

「なのははずっと、いい子を演じてた。

 お父さんやお母さん、それにお兄ちゃんやお姉ちゃんに迷惑をかけないように、言いつけを守る『いい子』でいよう……そうやって自分を取り繕って、演じて生きてた。

 みんなが見てたのは『いい子』を演じた偽物のなのは……でも、私はその『いい子』の仮面を外すのが怖かった。だって『いい子』じゃなかったら、誰かの期待に応える私じゃなかったら誰も、家族のみんなも私のこと必要としてくれないかもしれないから。

 でもね、そんなバカななのはの考えを、あの日快人くんが壊してくれたんだよ」

 

 なのはの脳裏に過ぎるのはあの公園での出会い。

 

「見ず知らずの私に自分勝手に言いたい放題……でもね、快人くんの言葉は私の『いい子』の仮面を砕いてくれた。

 いい子でないなのはでもいい、そう思えるように私を変えてくれた。

 私、高町なのははあの時、快人くんの言葉で始まったの」

 

 そして、なのははスッと快人の頬に触れる。

 

「私は……ずっと快人くんのそばに居たい。一緒に笑い合いたい。

 ううん、いい事だけじゃない。

 辛いことがあったら一緒に悩んで、悲しいことがあったら一緒に泣いて……楽しいことも辛いこともみんな半分こにして、進んで行きたいの。

 だから……私はこれからも同じ道を……戦う道を進んで行きたい。

 死んじゃうのはもちろん怖いよ。 痛いのも嫌。

 でも……その恐怖も痛みも、一緒に歩めない辛さよりはいいと思うから……。

 それに……」

 

 そこまで言うと、なのははゆっくりと快人の頭を胸に抱きしめた。なのはの突然の行動に一瞬だけ戸惑いの声を上げかける快人だが、頭上からの温かい水滴にその声を詰まらせる。

 

「なのはだって怖いよぉ、快人くんが死んじゃったらって考えたら震えちゃうもん。

 だからお願い、せめて同じ道を、隣を歩かせてよぉ……」

 

 結局、なのはも同じく快人の身を案じていたのだ。

 

「ッ! なのはぁっ!」

 

黄金聖闘士(ゴールドセイント)である以上、戦いをやめることができない快人。それを理解し、それでも傍に立ち快人を支えたいというなのはの言葉に、快人は堪らなくなってなのはを抱きしめる。

 そのなのはの想いに、快人の目からはいつの間にか、涙があふれ出ていた。

 快人となのはは互いに泣きながら抱擁を続けるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「んっ……」

 

いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい、泣いていたときと同じくなのはの胸に頭を抱かれた状態で、快人は目を覚ました。

 

「あ、起きた?」

 

 柔らかい声に視線を向けると、なのはが快人の顔を微笑みながら覗き込んでいた。

 

「悪ぃ、すっかり眠っちまった」

 

「ううん、いいよ。 なのはも今起きたところだもん」

 

「そっか……。

 見苦しいとこ、見せちまったな。

 まったく……泣くのなんて随分久しぶりだ。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)が大泣きなんて、とてもじゃないが人には見せられないからな」

 

「いいの? なのは見ちゃったけど……」

 

「いいさ。 それとも、あんな姿見て幻滅したか?」

 

「ううん、なのはだって泣き顔見られちゃったしおあいこだよ」

 

「そうだな」

 

 快人はそう言ってほほ笑むと、少しだけ真剣な表情に戻ってなのはに言う。

 

「……俺はやっぱりお前が心配だよ。本音を言えば、もう戦って欲しくないと思ってる。

 でも……お前の望みは違うんだろ?」

 

「うん……私は、戦うよ」

 

「そうか……なら俺も腹括った、もう何も言わないよ。 お前に嫌われたくないからな。

 ただ……一つだけ約束してくれ。

 俺より一分でも一秒でもいいから、長く、生きてくれ……」

 

「なら、なのはからも約束……。

 なのはも快人くんもいつか死んじゃう……でも絶対に老衰以外の死因では死なないって約束して」

 

 なのはの差し出した小指に、快人が自身の小指を絡める。

 

「分かったよ、指切りだ」

 

「嘘ついたら、デモンローズ千本飲ませるからね」

 

「オイ、針じゃねぇのかよ。 殺す気満々じゃねぇか、それ」

 

 互いに約束を交わしあい、指切る2人の表情にはどちらともなく微笑みが浮かんでいる。

 それが終わると、なのはは気だるげにあくびをした。それにつられるように快人もあくびをする。

 

「うーん、まだ眠いや。 もうちょっと眠りたいかも……」

 

「奇遇だな、俺も眠ぃ……」

 

「なら、もうちょっとこのまま……」

 

「だな……」

 

 快人の頭を抱き枕代わりに、なのはがゆっくりと安らかな寝息を立て始める。それを見ながら快人も睡魔に襲われ、頭が霞みがかってくる。規則正しいなのはの寝息となのはの脈打つ心臓の鼓動、そして自分に廻されたなのはの腕の温かさが心地いい。

 得も言われぬ心地よさが自分を包んでいるのを快人は感じていた。

 そして、快人は理解する。

 

「ああ、そうか……。

 『命は宇宙』……そういう、ことなのか……」

 

 師であるセージの言葉を今、快人は実感していた。どこまでも深く自分を包み込んでくれるなのはの命に、快人は雄大な宇宙を見る。

 その雄大な宇宙に抱かれながら、快人はまるで母に縋る子供のように安らぎに満ちた顔で眠りの世界に墜ちたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 あの『敗戦』から2週間……なのはは無事に退院し、少女たちはここ『巨蟹宮』で退院記念のお茶会を開いていた。

 

「いやぁ、後遺症とかもなくなのはちゃんが復帰できてほんまによかったわ」

 

「退院おめでとう。 でも無茶したダメだよ、なのは」

 

「あはは、はやてちゃんもフェイトちゃんもありがとう」

 

 はやてとフェイトにお礼を言いながら、なのはが紅茶を啜る。

 

「それでなのは、お父さんたちは説得できたの?」

 

「うん……随分反対されちゃったけど、何とか説得できたよ」

 

 アリサの言葉に、なのはは苦笑しながら答える。

 今回の大怪我で高町家から戦いを続けることを反対されていたなのはは、ここ数日ずっと家族の説得にあたっていた。最初は猛反対を受けたなのはだが、数日にわたる説得と脅迫まがいの駄々をフル活用、なんとか説得に成功したのである。

 

「どちらにしろ、なのはちゃんが無事でよかった……。

 楯座聖衣(スキュータムクロス)の方は私に任せて。

 快人くんが血を提供してくれるって言うから、私、張り切っちゃうよ」

 

「うん。 お願いね、すずかちゃん!」

 

 穏やかな空気のなか他愛もない話に花を咲かせる少女たち。それはとても戦いの中に生きる少女たちとは思えない穏やかさだった。

 そんな中、ふと思い出したようにアリサがなのはに聞いた。

 

「そう言えばさぁ……なのは何かあった?」

 

「え、なんで?」

 

「何かさぁ……なのはの雰囲気が変わった気がしてさ。

 何かあったの?」

 

「べ、別に何にもないよ!」

 

 ティースプーンをクルクル弄びながらのアリサの言葉になのははブンブン首を振って否定する。だが、その様子は『何かあった』といっているようなものであり、それに気付いたはやてとアリサは顔を見合わせニンマリととてもイイ笑顔を作った。

 

「その反応、何かあったわね。 ほら、さっさと話してみなさい」

 

「そやそや、大方快人くんのことやろ? キリキリ吐かんかい」

 

「そ、そんな……」

 

 なのはは助けを求めるようにフェイトとすずかを見やるが、2人とも口には出さないが興味津々なようで助けるつもりなど無さそうだ。

 困り果てたなのはだが、その時修行中だった5人が連れだって『巨蟹宮』へと戻ってきた。

 

「うーっす、何の話してんだ?」

 

「お、噂の主の登場や。

 なぁなぁ、快人くん。 なのはちゃんと何かあったん?

 ほらほら、キリキリ吐きぃ」

 

「はぁ? 別にいつも通りで何も変わったことなんぞねぇぞ」

 

 はやての言葉に肩を竦めて返す快人。

 

「なんやおもろないなぁ、キスしちゃったとかそういうおもろい話を期待しとったんやけど……」

 

 つまらなそうにため息をつくはやてに、快人はこめかみをピクピクとさせながら言う。

 

「……へぇ、そういう話で突っ込んでいいんだな?

 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ……お前ら全員、おんなじような話で突っ込まれる覚悟ができててしてるんだよな?

 おーい、シュウト、大悟、シャウラ。ちょっくらこいつらとの赤裸々な話を聞かせてくれよ。ほらほら、ボーイズトークの時間ってことで」

 

「ちょ、ちょいまちちょいまち! あー、もう!

 なのはちゃん、またな! うっしー、余計なこと言わんで行こ!」

 

「シュウ……」

 

「ふふふ、なのはちゃん、またね」

 

「行くわよ、シャウラ!」

 

 どうやら藪蛇だったと全員が感じていたようだ。余計なことを口走る前に、少女たちはそれぞれの黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの手を引いて『巨蟹宮』から出て行く。

 

「ったく、面白がりやがって」

 

「あはは……」

 

 去っていくその背中を見送りながら、快人が呆れたようにため息をつき、なのはは苦笑いをする。

 

「ねぇ、快人くん。 今日はどうするの?」

 

「ん? 今日は疲れたから、もう帰って遊ぶ」

 

「前半と後半が全然繋がってないんだけど……。

 まぁ、いいや。 だったらなのはも行く。 丁度あのゲームの続きやりたかったし」

 

「いいけどよぉ……お前のプレイ、アレおかしくねぇ?

 何だって出会う文明すべてに『こんにちは、死ね!』やるんだよ」

 

「えー、モンちゃんプレイだし出会い頭に『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』は基本だと思って」

 

「挙句お前、地球脱出寸前に保有してた核ミサイル手当たり次第に全部ぶっ放したろ。

 敵、まだ騎兵が現役の文明だったぞ」

 

「全力全壊なの!」

 

「……ときどき本気でお前が怖ぇよ」

 

 快人はそう言いながら、ポンと肩を叩いてなのはを促す。

 2人で連れだって歩く快人となのは。そんな中、快人の横顔をチラリと見ると、なのはは意を決したように、その言葉を紡いだ。

 

「ねぇ……快人くんはなのはのこと、どう思ってるの?」

 

「な、何だよ藪から棒に? 十分どう思ってるかは話したろ?

 いちいち何度も言わせんなよ、恥ずかしい」

 

 そう言って顔を赤くしプイッとそっぽを向く快人に、クスリと笑ってなのはは続けた。

 

「えー、なのはしっかり聞いた覚えないなぁ?

 レイジングハートは覚えある?」

 

『直接的な言葉は、メモリーには記録されていません』

 

「だって。

 ほらほら、快人くんはなのはのことどう思ってるの?

 言ってくれたら、なのはも快人くんのことどう思ってるか教えてあげるよ?」

 

「お前ら……そんなに俺に恥ずかしいセリフを言わせたいのかよ?」

 

「うん、聞きたい。

 まさか『言えない』とか勇気のないこと言わないよね、快人くん?」

 

「……この悪魔め」

 

「うん、悪魔でいいよ。 悪魔らしいやり方で聞かせてもらうから」

 

 上目づかいで恥ずかしい言葉をねだるなのはに、快人は何やら悪魔の羽根と尻尾をみたような気がした。こうやって可愛らしくねだれば断らないと分かっている、随分と策士な小悪魔である。そして悲しいもので、それが策と分かっていても引っかかってしまうのが男の悲しいさがだった。

 

「だー、もう!!

 わかった、わかったよ! 言えばいいんだろ、言えば!!」

 

 半ばやけくそのように声を上げると、快人はなのはの肩を掴み正面から見据える。なのはも柔らかく微笑みながら快人を見ていた。

 

「な、なのは。 俺は、俺はお前のこと……」

 

「うん、なのはのことを?」

 

 なのはは顔を赤くした快人に先を促す。すると、声を震わせながら快人は……。

 

「ゲ……」

 

「ん? ゲ?」

 

「ゲバギゼギヂダン ザギグビザ!」

 

「ここではリントの言葉でしゃべって!!」

 

 ……快人はどこまでもヘタレであった。

 

「何! 何で今の流れでグロンギ語なの!?

 ヘタレ! このヘタレ蟹!!」

 

「うるせぇー!! お前、日本語で言えって言ってないからOKなんですぅ!!

 言ったからこの話は早くも終了! おしまい! はい、解散!!

 ほら、とっとと行くぞなのは!」

 

 そう言って強引に話を切り上げると、快人はゆっくりと『巨蟹宮』の出口へと向けて歩き出す。その背中になのははため息を一つ付いて苦笑した。快人らしい反応と言えば快人らしい、と少し納得したなのはは同じようにちょっとした悪戯を返すことにした。

 

「えいっ!」

 

「うわっ!」

 

 

 ポフッ

 

 

 快人の背中に背後からなのはが飛びついた。突然のことに驚く快人の耳元になのはは口を寄せて、囁くように言う。

 

「パダギロ ゲバギゼギヂダン ザギグビザジョ」

 

「!?」

 

 そう、快人の趣味を知り尽くし、ずっと付き合ってきたなのはだ。今さらグロンギ語くらいは訳ないのだ。だが、そのことを知らなかった快人はあまりのことに面食らう。

 そんな快人の反応に満足げに頷くと、なのははスルリと身体を離して歩き出した。

 

「ほらほら。 行こうよ快人くん」

 

「ちょっと待てなのは! 今の言葉……もう一度日本語で……」

 

「うん、快人くんがしっかり日本語で言ってくれたら、なのはも日本語で答えてあげるの♪」

 

「うっ……」

 

 軽やかにステップを踏むように歩くなのはに、苦虫を潰したような顔の快人。

 快人がその言葉をしっかりと日本語で言うには、まだしばらくの時間がかかりそうだった……。

 

 

 

 聖域暦2年……苛烈な敗北の中、黄金の闘士たちと少女たちはそれでも共に過酷なる聖戦へと向かうことを決めた年だ。

 同時にこの瞬間は、黄金の闘士たちと少女たちとの『愛』が始まった年なのかもしれない。

 

 『愛』……女神アテナ曰く人間の持つ偉大な力、命の源から湧きあがってくるなにものにも負けることのない力。

 

 では、『愛』とは何なのか?

 それは死よりも、死の恐怖よりも強く、人生を支え、進歩を促す原動力。

 死の恐怖を知りながら、それでも共に生きる未来を目指し進歩を、前へ進むことを決めた黄金の闘士たちと少女たち互いの胸にあるもの。

 

 この『愛』が聖戦を射抜く一条の光となるのか……それは未だ誰も分からないことだった……。

 

 

 




というわけで、この作品で新たなバカップルが誕生しました(笑)
ゴジラ映画見て泣き、グロンギ語を自在に操るなのは……おかしいな、この子はどうしてこうなったんだろう……?

この章によって覚悟を決め、そして『愛』を胸にした黄金聖闘士と少女たちは本格的に聖戦へと向かっていくことになります。


さて、次章から幕間をいくつか挟み、聖戦前の大事件『新暦71年編(仮)』をスタートする予定ですが……更新はかなり先になります。
というのも、しばらく本編とは関係のない『外伝編』の執筆に全力を傾けるからです。
ここで発表しますが、『外伝編』はこのハーメルンのほかの作家さんとのコラボレーション企画となります。
発表の方法はまだ考えていますが、相手さんへの寄贈という形を取ろうと思っていますので、宜しければそこで快人たちを見かけたら応援してください。

では。


先週のΩ:玄武が逝ったぁぁぁ!!
     まぁ、確かに前回でフラグは立ってたよ、うん。
     とはいえΩ黄金の中でも断トツの良識派だった玄武の退場は痛い……。
     でも、これで紫龍の天秤座フラグが立ったのかな?

     何やら聞いたことのない言葉を口走ってましたが、あれはエイトセンシズとかのことだろうか?
     だとすれば最終的には神聖衣解禁なのかもしれない。
     ユナの神聖衣モードはちょっと見たいなぁ。


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外伝 冥闘士覚醒編
天殺星リントヴルムの目覚め


お久しぶりです。
現在、ダンクーガさんのところでこの作品のコラボ企画を執筆中ですが、今回はその合間に書いた、これまた外伝編を載せていきます。
この外伝はオリジナル冥闘士たちである、『天殺星リントヴルムのカレン=レスティレット』、『天魔星アルラウネのエンプレス』、『天断星マンティスのレンカ=ヒスイ』の覚醒した時の話となります。
今回は『天殺星リントヴルムのカレン=レスティレット』のお話です。


注意:今回の話から『R15』『残酷な描写』の警告タグがつきました。
   つまりそう言う、かなりアレな内容ですので合わない人は注意してください。



 

『いやー! やめっ、やめてぇぇぇぇぇ!!』

 

 耳を覆いたくなるような悲鳴が、薄暗いその場に響いていた。牢のように格子のついた構造が、ここが人を閉じ込めるためのものであることを物語る。

 その場にいるのは2人の少女、歳の下の少女は耳を塞ぎ、ガタガタと身体を震わせていた。もう一人の少女は、そんな歳の下の少女の震えを止めようとするかのようにきつくその身体を抱きしめている。

 

『イヤ、助け、助けて! 誰か、誰か助けてぇぇ!!』

 

 だが少女たちがどれだけ耳を塞ごうと、その悲鳴は止むことはない。しかもその悲鳴は知らない他人のものではなかった。それはついさっきまで『姉』と呼び、共に生きてきた家族のものだったのである。

 

「いやぁ……もういやぁ……」

 

 耳を塞ぐ少女は、涙と恐怖に濡れた瞳で自分を抱きしめる少女を見やる。

 彼女もまた隠しきれない恐怖に瞳を揺らしながらも、少女を抱く手に力を込めた。

 

「レイア姉さん……」

 

「大丈夫よカレン、大丈夫、大丈夫……。

 姉さんがあなたを守るから」

 

 この少女たちの名前はカレン・レスティレットとレイア・レスティレットと言う。血は繋がっていないが、2人は姉妹も同然の間柄である。

 やがて室内に木霊していた、いつまでも続くかと思われていた悲鳴が、いつの間にやらパッタリと止んでいた。

 

「リーナ姉さん……」

 

 先ほどまで響いていた悲鳴の主である姉、リーナ・レスティレットがどうなったのか……それを想像してしまい、カレンは再び涙を流すがそんな2人の元に人相の悪い男たちがやって来た。

 

「出ろ、お前たちの番だ」

 

「おっと、妙なことは考えるなよ」

 

 男はそんなことを言うが、カレンはガタガタと震えるだけだ。

 あの悲鳴はワザとこの部屋に聞こえるようになっていた。この部屋にいるものに聞かせることで、抵抗しようとする心を折り、恐怖によって従順にするという目的である。その狙い通り、カレンには抵抗しようなどという心は先ほどの姉の悲鳴で完全に折れていた。

 気丈にもレイアはカレンを庇うように抱きしめながら歩くが、その身体が自分同様恐怖で震えていることが分かる。

 

(なんで? なんで……こんなことに……?)

 

 どことも知れぬ廊下を歩かせられながら、カレンは今のようなことになった理由がまったく分からなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 カレンは捨て子だ。物心つく前に捨てられたため、本当の親というものは誰か知らないし、知ろうとも思わない。何故なら、そんな血の繋がりだけの親子よりも価値のある家族を彼女は持っていたからだ。

 孤児院『レスティレット園』……そこに引き取られたカレンは、そこですべてを手に入れた。兄弟姉妹たちに、父とも呼べる園長先生……そこには血は繋がらなくても確かに『家族』と呼べる大切な人たちが存在していたのだ。

 決して裕福な暮らしではないが家族とともにすごし、管理局に行った兄弟姉妹たちの活躍を我が事のように喜び、穏やかに過ぎていく日々……それは永遠に続くとさえ思っていた。だが……そんな日々は突如として崩れ去った。

 突然の『レスティレット園』の火事と園長先生の死、そして人相の悪い男たちにカレンたちは全員、どことも知れない場所に連れてこられたのである。

 これは『レスティレット園』の園長が、管理局高官と犯罪組織との癒着と違法な人身売買の実態を知り、それを発表しようとした『レスティレット園』の園長を口封じしたというのが真相であるが、現段階のカレンたちには知る由もない。

 そして行き場を失ったカレンたち『レスティレット園』の孤児たちは、犯罪組織の人間によって捕まっていたのだ。

 

「ほれ、これに乗れ」

 

 人相の悪い男が指すそれは、ワイヤーとレールによって上に繋がっていることを見るとエレベータのようだが、その形状はまるで檻のようだ。所々の錆が不気味さを煽る。

 レイアもカレンも抵抗など出来るはずもなく、それに乗りこむとエレベーターはゆっくりと昇っていく。

 そしてエレベーターが着いたのは一つの光も無い真っ暗な空間だった。

 

「出ろ」

 

 その言葉に、2人はゆっくりとエレベーターを降りて真っ暗な空間へと恐る恐る一歩を踏み出す。その背後では2人を乗せてきたエレベーターがゆっくりと降りていった。

 レイアとカレンはゆっくりとその真っ暗な空間を見渡す。光は無いが、複数の視線のようなものを2人は感じた。それと同時に、何だか鉄のような臭いが微かにする。そして何より気になるのが、奇妙な音がすることだ。ベチャリ、グチャリという粘着質な音に時折、バキリ、ボキリという固い音が混じっている。その音に空恐ろしいものを覚え、カレンは姉へと抱き付く。そんな妹をレイアもきつく抱き返した。

 その時、2人の居る暗闇の空間が一気に光が満たされた。突然の照明に思わず目を覆うレイアとカレン。

 そこはまるで古代のコロシアムのような場所だ。観客席にあたる場所では人相の悪い人間が、一様にニヤニヤとした薄気味の悪い笑いを浮かべていた。そして2人から約20メートルの場所に……その光景はあった。

 それは巨大なオオカミのような、魔法生物だ。その辺りには赤い赤いものが、地面の土を染め上げている。

 その魔法生物は『何か』を一心不乱に貪っていた。先ほどから聞こえていた粘着質な音と固い音はその生物の咀嚼の音である。そしてその生物の咀嚼している『何か』の正体に気付いたカレンは絶叫した。

 

「イヤァァァァァァァ、リーナ姉さぁぁぁん!!!」

 

 それはカレンやレイアの姉である、リーナ・レスティレットの変わり果てた姿であった。

 見る影もない姿に変わり果てた姉にカレンは絶叫し、レイアはそんなカレンにこの光景を見せまいとするかのように抱え込むように抱きしめる。

 そんなカレンの声に反応し、その魔法生物がゆっくりと2人の方を見た。その口元には姉の、腸と思われる内臓をブランと咥えている。

 それを見て、恐怖でカレンは叫んだ。

 

「た、助けて! 誰か助けて!!」

 

 しかしそんなカレンを、観客席の人間は面白そうに眺めるばかりだ。

 『スナッフ・ショー』という都市伝説がある。それは殺人行為を娯楽として見せるというショーのことだ。その模様を記録した『スナッフ・フィルム』などと共によく聞く噂、都市伝説の類として思われている。だが、ここはそんな都市伝説であるはずの『スナッフ・ショー』の会場であった。そして、彼女たちはそのショーの主演女優たちである。観客たちは彼女たちが泣き叫び、絶望の声と共に無残に殺される姿を今か今かと待ちわびていたのだ。

 魔法生物は口元からぶら下げていた食べカスをボトリと落とすと、新たに現れた獲物へと血走った目を向ける。

 

「ヒッ!?」

 

 その視線に恐怖でカレンは短い悲鳴を上げた。

 

「グルルゥゥゥゥゥ……」

 

 魔法生物は威嚇するようにうなると、2人の周りを円を描くようにジリジリと近付いてくる。

 レイアはカレンを背中に庇いながら後ずさるが、あまり広く無い場所だ。すぐに、壁際へと追い詰められてしまう。

 

「姉さん……」

 

「……」

 

 もはや逃れられない運命に、カレンはレイアへと視線を向ける。すると、レイアは何かを決意したように一度だけカレンの顔を覗き、小さく微笑んだ。そしてレイアは抱きつくカレンを引き剥がした。

 

「こっちよ、化け物!!」

 

 いつの間にか拾っていた石を魔法生物に投げつけ、その注意を引き付けるとレイアは一歩でもカレンから魔法生物を引き剥がすかのように走り出す。

 

「姉さん、ダメ!!」

 

 カレンの声にもレイアは止まらない。

 

「グルァァァァァ!!」

 

 魔法生物はそんなレイアに向かって走り出した。最初から体躯が違いすぎる。

 ただの少女であるレイアと魔法生物との距離はすぐに縮まった。

 

「姉さん!!」

 

 カレンの絶叫に、レイアが振り返る。そしてレイアは愛する妹に向かい、少しだけ微笑みを見せた。そして……魔法生物のその強靭な前足が一閃した。

 

 

ベチャ!

 

 

 ……まるでトマトを地面に叩きつけたような、嘘のように軽い音だった。

 カレンへと微笑みかけてくれたレイアの顔は……『無くなっていた』。真っ赤な真っ赤なものが、地面を濡らして行く。

 魔法生物はそんなレイアの身体に貪りついた。

 

「あ、ああ……」

 

 カレンはあまりのことに、目の前で何が起こっているのか分からなかった。そんな彼女の前にコロコロと、何かが転がってくる。

 それはピンポン玉ほどの大きさの球体、大好きな姉の……レイアの目玉だった。

 

「……」

 

 それを見たカレンは姉の死を理解した。そのあまりの衝撃に立つことすらかなわず、放心状態でガクリと地面にへたり込む。バリボリと大好きな姉が咀嚼されていくその光景を、カレンは何も映らない瞳で見つめていた。

 そんなカレンの耳に、観客席の人間の声が聞こえてきた。

 

「何だつまらない」

 

「もっと叫び声をあげて貰わないと面白くないな」

 

「そこ行くと一つ前のは良かった。 少しずつ喰われてたから、悲鳴が最高だったよ」

 

 まるで昨日のテレビの話題でも上げているような、そんな軽い会話だった。

 

(ナニ……コレハナニ……。

 アノヒトタチハ……ナンノハナシヲシテイルノ?)

 

 壊れかけの……いや、壊れてしまったカレンの心に湧きあがるのは疑問だった。

 何故だろう、自分たちは普通に暮らしていた。それが唐突に、訳も分からず壊された。

 自分を育ててくれた園長先生は言っていた。

 

『正しくありなさい。悪いことをすれば必ずそれは自分に返ってきます。

 どんなに辛くても、正しくありなさい』

 

 ならばなぜ、自分たちはこんな目にあっているのか?

 自分たちは何か悪いことをしたのだろうか?

 だから自分たちに『罰』が返って来たのか?

 では……今自分たちを見ている、あの観客席の人間たちは『正しい』のか?

 姉たちが泣き叫び、無残にも殺されていく様を見世物として楽しむ人間は『正しい』のか?

 ……正しくなどない。正しいはずがない。

 でも、彼らは正しくなどないはずなのに、誰もが『罰』を受けていない。

 それは何故?

 何かがおかしい。何かが間違っている。

 なら……間違っているのは何?

 そして……壊れたカレンの心はその回答へとたどり着く。

 

(ああ、そうか……間違ってるのは……『世界』なんだ)

 

 あんな人間を生きることを容認する『世界』、それがそもそも間違っているのだ。

 そう、自分にこの絶望と慟哭と怒りと憎しみを与えるこの『世界』は間違っている!

 カレンの心が、その回答へと収束していく。

 その時、それまで姉の身体を貪り喰っていた魔法生物はゆっくりと残った獲物、カレンへと視線を向けた。

 カレンの様子を見て脅威がないと悟ったのか、魔法生物は新たな獲物に一直線に向かっていく。

 すでにカレンに避けるようなことはできない。

 ほんの数秒もしないうちに、自分も姉たちと同じように命を刈り取られることだろう。

 だからそんな命の最後にカレンが選んだ思考は、祈りでも諦めでも無く『呪詛』だった。

 自分の幸せを無残にも奪い取り、そして正しくない人間が『罰』も受けずにのうのうと過ごすこの『世界』そのものへの『呪詛』だった。

 

(こんな『世界』なんて……コワレテシマエ!!)

 

 ついに魔法生物が飛びかかろうとしたその瞬間、それは起こった。

 

 

ガンッ!

 

 

「ギャウン!!」

 

 黒い光と共に、突如として現れた『何か』……それにぶつかった魔法生物がまるで犬のような悲鳴を上げて転がる。

 

「えっ?」

 

 それは黒い光沢を放つ、龍の形をしたオブジェだった。そのオブジェの龍は、カレンを覗き込むかのように視線を合わせると、バラバラに分離した。

 黒い光がカレンへと集い、形を為して行く。

 

「これは……?」

 

 カレンは自身の姿を、呆けたように見つめる。

 それは鎧のようだった。カレンの全身を、黒い光沢の鎧が包んでいる。そしてそれと共に身体の内側から、力が湧きあがるのを感じる。

 カレンの『死』を目前にした『世界』への呪詛、それを『神』は見捨てなかった。

 もっとも、その願いを聞き届けたのは善神ではないのだが……。

 

「……」

 

 カレンはゆっくりと、魔法生物を見やる。

 

「グルゥゥゥゥゥ……!!」

 

 魔法生物は先ほどのがよほど気にくわなかったのか、低いうなり声を上げながらカレンへと襲い掛かって来た。

 巨体を誇る魔法生物が、姉の頭を吹き飛ばした前足の一閃をカレンへと見舞う。

 だが、カレンはその人間ならば頭が吹き飛ぶような威力の一撃を片手で受け止めたのだ。

 

「!!?」

 

「……死になさい!」

 

 驚きに目を見開く魔法生物に、カレンから炎が噴き出し、襲い掛かる。

 

「ギャゥゥゥッゥゥゥン!!」

 

 魔法生物が悲鳴にのたうつ。だがそれもすぐに消え、その炎が魔法生物を骨すら残さず焼き尽くした。

 それを見届けたカレンはその視線を観客席へと向ける。

そこには突然の事態に目を見開く人間たちの姿があった。皆一様に腰が引け、逃げ出そうとしている者もいる。

 そんな者たちにギリッとカレンは歯を噛みしめると、そのたかぶる殺意を解き放った。

 

「『罰』を……『罰』を受けろぉぉぉぉ!!」

 

 その怒号と共にカレンから吹きあがった炎が刃となり、雨のごとく降り注ぐ。

 観客席に張られていたシールドを瞬時に貫通した炎の刃は、まるで熱したナイフでバターを切るように、観客たちを切り裂き、燃やして行く。ほんの数秒の間に、その場にいた命はすべて刈り取られていた。

 それを確認したカレンは、ゆっくりと姉たちの亡骸へと近付いていく。

 

「リーナ姉さん、レイア姉さん……」

 

 無残なその遺体を、カレンはその炎でゆっくりと燃やして行く。俯いたカレンの頬を一筋の涙が伝う。やがて、カレンはゆっくりと顔を上げた。

 

「許さない……私の……『レスティレット』の家族をこんな目にあわせた奴……!

 必ず、必ず全員、殺してやる!!」

 

 その顔には絶望と慟哭と怒りと憎しみが渦巻く。

 

 かくして、姉たちへの涙一粒とともに心を黒く染め上げた少女は、人としての生き方をやめた。

 そしてここに冥王ハーデス軍の冥闘士(スペクター)の一人、『天殺星リントヴルムのカレン=レスティレット』が誕生した。彼女が冥界三巨頭の一人であるアイアコスと出会うのは、まだもう少しだけ先の話である……。

 

 

 




というわけで外伝である『冥闘士覚醒編』の第一弾は、この作品の初オリジナル冥闘士となった『天殺星リントヴルムのカレン=レスティレット』の過去話でした。

内容的イメージは幽遊白書の仙水……ってこれで分かる人も、もう少ないか(笑)

今回はとことんまで残酷かつヤバくしました。
こんなことあれば世界ぶっ壊したくなりますよ、という感じで。

次は『天魔星アルラウネのエンプレス』の過去の予定。
こちらもゲスく、悲惨にいきますよぉ。

次回もよろしくお願いします。


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天魔星アルラウネの目覚め

コラボ企画も終わり、久方ぶりに更新となったキューマル式です。
今回は予告通りオリジナル冥闘士たちである『天魔星アルラウネのエンプレス』の覚醒した時の話となります。



 

「はぁはぁ……!!」

 

 男が草原を走り抜ける。その表情は恐怖で歪みきり、しきりに後ろを警戒する。

 

「冗談じゃない! ただロストロギアを調査して実験するだけの簡単な任務じゃなかったのかよ!

 何だよ、あの化け物! 

 クソッ、クソッ!!」

 

 この男は時空管理局局員であった。

 それも非合法とも言える部分を担当する、いわゆる『管理局の闇』と言える一員だ。彼は自分に振りかかった不運に悪態の言葉を吐きかけながら逃げ続ける。

 だが彼に迫った『不運』は、彼を逃がすようなことはしなかった。

 

「うわっ!?」

 

 突然、足がもつれて地面に転がる管理局員。見ればその足には、何かの植物のツタが絡みついていた。

 

「クソッ!?」

 

 悪態をつきながらそのツタを引きちぎろうともがくが、どう力を入れてもツタは切れない。

 そして……そんな罠にかかって身動きのできぬ動物のような哀れな職員の元に、恐怖の根源が舞い降りた。

 

「あはは、あははははは、あはははははは!!」

 

 どこまでも明るく、どこまでも狂った少女の笑い声が響く。

 

「ひ、ヒィィィ!!」

 

 舞い降りたのは黒い鎧を纏った少女だ。歳の頃はまだ10にも満たない。恐らく管理局局員の娘だと言っても通用するような年齢だろう。しかしその瞳はまるで地獄の深遠の如く深く暗い。

 だが親と娘ほどの歳の差があるというのに、その少女の姿を見た管理局局員の口からほとばしったのは恐怖の悲鳴だった。

 何故ならこの少女こそ恐怖の根源、彼の他の管理局局員を惨たらしく惨殺した相手なのだから。

 

「ねぇあなた?

 花を咲かせてよ。 みんなへの花を」

 

 少女はニコニコとあどけない容姿で笑いながら訳のわからないことを口走る。

 すると、管理局局員の足に絡まるツタに引かれ、少女の方向へと管理局局員の身体が引きずられていく。

 

「ヒィィィ!!」

 

 恐怖に駆られながら、地面を掻き毟るようにして抵抗するがそれをはるかに超える力で管理局局員の身体は少女の目の前へと運ばれていった。

 

「お、お願いだ!

 助けてくれ!!」

 

 管理局局員の必死の命乞い。しかし、少女の耳にはその言葉は入っていないようで、少女はケタケタと楽しそうな笑顔で笑い続ける。

 

「あはははは!

 さぁ、パッと咲かせて! 綺麗な綺麗な花を咲かせて!」

 

「やめっ……!?」

 

 

ザッ……

 

 

 管理局局員の制止の言葉を切り裂くように、何かが空を切る音がする。そして、恐怖の表情のままの管理局局員の首がごろんと地面に転がった。少女の鎧から伸びる触手のようなものが鋭い刃となり管理局局員の首を切断したのだ。

 その光景を見ながら少女は楽しそうに、その狂った双眸と笑いで言葉を紡ぐ。

 

「あははは!

 みんな喜ぶかなぁ。 もっともっと花を咲かせなきゃ!」

 

 おびただしい血液が、地面に赤い水たまりを作っていく。その様はまるで花が開くかのようだ。

 そう、『花』だ。

 少女にとって、これは『花』を捧げる大切な儀式。

 少女の捧げるその『花』は、鎮魂の花であった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そこは平和だった。

 とある管理外世界のさらに辺境に位置するその場所に、その村はあった。

 四方を山に囲まれ他との交通はごく僅か、特産となるものも何もなくある物は豊かな自然だけ、疫病などの災厄も降りかかることも無いというその村に元気のいい声が響き渡る。

 

「お母さん、いってきまーす!」

 

「キュゥ!」

 

「気を付けていくのよ」

 

 ドアを開けて出てきたのはリスのような生物を肩に載せた幼い少女だった。バスケットを手に元気よく駆け出して行く。

 そんな少女を見かけた村の人々は穏やかな微笑みのまま声をかけていく。

 

「おやおや、こんにちは」

 

「おばちゃん、こんにちは!」

 

「これからどこへ行くんだい?」

 

「畑! お父さんとお兄ちゃんたちにゴハン持ってくの!」

 

「そうかい、転んだりしないよう気を付けていくんだよ」

 

「うん!」

 

 そう言って元気よくバスケットを掲げる少女にまた村人は微笑む。そんなやりとりを何度も続けた少女は目的地にたどり着いた。

 そこはまさに黄金の絨毯、収穫時期を迎えた小麦畑では何人もの村人たちが鎌を手に収穫作業に大忙しだ。

 

「お父さーん! 大兄ちゃん、小兄ちゃん!

 ゴハン持って来たよ!!」

 

「おう」

 

「……」

 

 そんな少女の声に、収穫作業をしていた2人の少年たちが振り返る。この少年たちが、この少女の兄たちだ。

 

「はい、大兄ちゃん。

 小兄ちゃんも」

 

 そう言ってタオルを渡す少女。大兄ちゃんと呼ばれたのは中肉中背の、年相応といった少年だ。彼らの一家の長男である。

そして小兄ちゃんと呼ばれたのは大きな少年だ。明らかに兄を超えており、妹からは見上げるようにしなければその顔を見ることができない。

 そんな兄弟たちの元にヒゲを生やした、がっしりとした体つきの農夫がやって来た。

 

「あ、お父さん!」

 

 その農夫……父の姿を見た少女は駆けだすとその胸に飛び込む。父親も幼い娘の行動に農具を片手に、微笑みながらその頭を撫でた。

 その後、少女の持ってきたバスケットを開き、昼食が始まる。

 

「おや、今日もおいしそうなお弁当だぁな」

 

「うん! このパン、お母さんと一緒に私が焼いたんだよ!」

 

「そりゃ美味そうなはずだ」

 

「そだそだ、これならいつでも立派な嫁になれんべ」

 

 昼食は他の村人たちと一緒だ。村人たちともおかずを分け合い、互いの家の味に舌鼓。

 少女は自分の焼いたパンを褒められてエヘンと胸を張る。そんな様子に村人たちはあははと笑った。

 日差しは暖かく穏やか、そよぐ風がたわわに実った小麦を揺らし、辺りには家族同然の村人たちの絶えぬ笑顔。

 そんないつもの光景を見ながら、少女はその視線の先にいつもと違うものを見つけて可愛らしく小首を傾げた。

 

「あれ、だぁれ?」

 

 少女の指差す方には幾人かの男たちが連れだって歩いていた。それを知る村人が話し出す。

 

「ああ、あれは外から来た連中で……なんたら管理局とかいうところの学者さんなんだと。

 何でも『入らずの森』を調べてみたいんだって」

 

「森を? 何で?」

 

「さぁ? 学者さんの考えることは俺らにゃ分からんだ」

 

 そう言って村人は頭を捻る。

 この村には一つだけ、破ってはいけないことがあった。

 それはこの村の西側に存在する森……通称『入らずの森』には行ってはいけない、ということである。だが、何故その場所に入ってはいけないのか誰も知らない。

 この辺りは危険な獣も無いし、村の老人たちに聞いても『入らずの森』から何か害為すものがやって来たということは無いとのことだ。誰も理由は知らないが入ってはいけない場所、それが『入らずの森』である。

 しかし、普通なら少しは何があるか興味くらいはできそうなものだが、少女には興味本位だろうと『入らずの森』に近付こうという気は微塵も起こらなかった。

 それは他の村人たちも同様だ。あの場所には入ってはいけない、ただその思いだけが村人たちにはあった。

 

「ふぅん……なにやってるんだろうね、ミィちゃん?」

 

「キュィ」

 

 少女は肩に乗るリスのような生物に、自分のパンをちぎって与えながら、ほとんど興味なさそうに呟く。

 いや、実際に少女には興味など無かった。少女にとっては父や母や兄たちと穏やかに過ごすこの村での日々、これからも続いていくその日々にはあの学者さんと交わるようなことなど無いだろうから。

 豊かな作物に、まるで家族のように気さくで親切な村人たちとの笑顔の絶えない村……それがこの少女の世界であり、すべてだった。

 

 しかし……誰が予想しただろうか、これがこの村の最後の風景になることを……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「凄いぞ、このロストロギアは!」

 

「しかもこれは……」

 

「さっそくだが、上の指示通り実験を開始しよう。

 一応だが、バリアジャケットを着て細心の注意を払いながらでな」

 

「了解」

 

「数値は……こんなもので」

 

「これが上手くいけば魔導士不足はすべて解決する。

 そしてその功績なら出世も思いのままだ」

 

「実験……開始!」

 

 

ドクン!!

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ドクン!!

 

 

「えっ?」

 

 少女はバッと目を覚ます。

 時刻は深夜、いつもならぐっすりと眠り、少女が決して起きていないような時刻……何とも言えない胸騒ぎのようなものが少女の胸を締め付ける。

 

「何? 何?」

 

 何とも言えない不安に混乱する少女は、ベッドサイドの籠を見やる。そこには彼女のペットであるミィちゃんが静かに寝息を立てている……はずだった。

 

「えっ?」

 

 静かだった、そう……静かすぎた。本来なら呼吸と共に上下するその身体が、今はピクリとも動いていない。

 

「み、ミィちゃん!?」

 

 慌てて少女が触れれば、そこに感じたのはいつもの温もりではなくあり得ない冷たさだった。

 

「嘘!? 何で、何でぇ!?」

 

 寝る前はいつも通りだった。いつも通り食事をして、眠る前にいつも通りおやすみのキスをして、どこにも異常など無かったはずだ。

 

「お父さん、お母さん!

 ミィちゃんが、ミィちゃんが!」

 

 少女は泣きながらその亡骸を抱え、自分の部屋を飛び出す。すると同じように部屋から飛び出してきた兄たちに出くわした。

 

「大兄ちゃん、小兄ちゃん!

 ミィちゃんが、ミィちゃんが!」

 

「何だ、何か分からないが何かおかしい!」

 

「……父さんたちのところに行ってみよう」

 

 泣き叫ぶ少女に、2人の兄も周りの様子がおかしいことに気付き、まずは両親の寝室へとやってくる。

 

「父さん、母さん!」

 

 ノックもそこそこに上の兄が寝室のドアを開け放つ。

 そこには……。

 

「「「!?」」」

 

 燃えていた。ベッドの上で、両親の形をしたものが炎を上げている。それを見て、少女は絶叫した。

 

「いやぁぁぁぁ、お父さん、お母さん!!?」

 

「危ない、近付くな!」

 

 燃え続ける両親に思わず駆けだそうとした少女を、下の兄が無理矢理羽交い絞めにして止める。

 

「外だ! みんなに、助けを呼ぶんだ!!」

 

 上の兄の言葉に、下の兄は頷くと未だに泣き叫ぶ少女を抱えて一緒に家の外に出る。

 するとそこには……地獄絵図が待っていた。

 

「「「!!?」」」

 

 村のそこかしこから火の手が上がり、夜の闇を赤く照らし出している。

 そんな光景に呆然とする兄弟の前に、目の前の家のドアが開くとゆっくりと人が出てきた。

 

「おばちゃん!!」

 

 それは今朝、少女に声をかけてくれた村人だ。

 だがその村人はその声には答えず、かわりに迸ったのは断末魔の絶叫だった。

 

「い、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 断末魔の絶叫と共に村人の胸が光ったかと思うと、まるで身体の内側から湧き出るように炎が噴き出し、村人を一瞬にして火だるまへと変えていく。

 

「おばちゃん!?」

 

「駄目だ、見るな!!」

 

 下の兄は咄嗟に目の前の凄惨な光景から、妹の目を覆う。そして、上の兄は天を仰ぐように絶叫した。

 

「何が、何が起こってるんだ!?」

 

 もはや混乱の極みにある3人、そんな3人に向かってその声は上から響いた。

 

「おい、生きてるのがいたぞ!」

 

 3人が仰ぎ見ると、そこには見たこともない格好で空に浮く、あの外から来た学者たちのうち3人の姿があった。

 空を飛ぶという奇怪な現象に目を丸くするも、上の兄はこれで助かる、と息をつく。だが次の瞬間、3人を光り輝く鎖のようなものが雁字搦めにした。それは学者たちの手に発生した魔法陣から放たれている

 

「な、何だこれは!?」

 

「っ!!?」

 

 上の兄がもがこうと、力自慢の下の弟がどれだけ力を入れようと光る鎖―――バインドはビクともしない。

 そんな3人の元に、男たちがゆっくり下りてくる。

 

「ふぅ……よかった、実験の成功例がいてくれて。

 これで面目が保てるぜ」

 

「まさかあんな暴走が起こるとはな」

 

「あの時は肝を冷やしたぜ。

 もしこいつらがいなかったら、俺たち左遷じゃ済まなかったぞ」

 

「ははっ、まったくだ」

 

 燃え盛る村で、人の形をしたものが燃える目の前であまりにも場にそぐわない会話だが、その会話の中で上の兄は気が付いた。

 

「お前らが! お前らが何かやったんだな!!」

 

 血を吐くように上の兄が叫ぶ。そしてその考えは当たっていた。

 この村の惨状は、あるロストロギアの暴走の結果であった。

 そのロストロギアの名は『小さな楽園(リトルエデン)』という名称である。

 『小さな楽園(リトルエデン)』―――それは超大型環境整備型ロストロギアである。最適な環境を作りだすというのがその効果だ。

 そしてそれは……この村の地中深くに埋まっていたのである。そう、実はこの村全体がロストロギア『小さな楽園(リトルエデン)』の上に存在しているのだ。

 この村が常に豊作であったり、疫病などが発生しなかったり、暮らす人々がすべて親切で穏やかのもこの『小さな楽園(リトルエデン)』による調整の効果を受けていたのである。そしてその効果に時空管理局の闇は目を付けた。

 『小さな楽園(リトルエデン)』は人の意識や身体に影響を及ぼす、ある意味では人体改造装置のような側面を持っている。では、その効果の設定を変更し、『魔導士』になるように調整すれば、その効果範囲の全員が改造、『魔導士』の量産が出来るのではないか……そう考えたのである。

 そして村の西側の森―――通称『入らずの森』にあった『小さな楽園(リトルエデン)』の制御機構までの入り口を発見、設定を変更し『魔導士量産』の実験を行ったのだ。

 だが本来想定していなかった設定に『小さな楽園(リトルエデン)』は暴走、住民すべてに人体強化の力を放ったが、その力に耐えきれず村人たちはその力に内側から焼かれ、死んでいったのである。

 だがそんな呪詛の声を、男たちは笑い飛ばす。

 

「それがどうしたんだよ?

 たかだか村一つ、管理局の未来のためなら安いもんだ」

 

「そうだ、これは次元世界を守るための必要な犠牲だ」

 

 その言葉には反省も後悔も無い。自分たちの絶対的な正義を信じ、自らの行いに何の疑問も持っていないが故の回答だ。

 そんな男たちの言葉を、3人は遠いどこかの出来事のように聞いていた。

 

(こんな奴らが村を! 家族を!!)

 

(殺す、殺す、殺す、殺す!!!)

 

 どす黒い殺意が兄2人を包んで行く。

 そんな中、幼い少女は燃え盛る生まれ故郷を壊れた瞳で見つめていた。

 そして……。

 

「……あは。 あはは。 あはははははははッ!!」

 

 少女の心は、完全にコワれた。

 暗く濁った瞳で高らかに笑い声を上げる少女、その声を皮切りにしたかのように3人の身体から黒いものが溢れ、拘束していたバインドを吹き飛ばした。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 魔力の反応も無く、見たことも無い現象にうろたえる男たちの目の前では、その黒いもやの中から、何処からともなく3つのオブジェが飛び出してくるとバラバラに分離し、それぞれが3人へと装着されていく。そしてその場には漆黒の鎧を纏った3人の姿があった。

 

「なんだお前たち! その鎧は一体……!?」

 

 うろたえる男の言葉には答えず、上の兄が手を掲げると突風が巻き起こる。すると、その突風に巻かれた男が泡を吹きながら悶え苦しみだした。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「これは……毒か!?」

 

 突然のことにうろたえる男に、今度は下の兄が接近する。そして右の手刀を、まるで斧のように振り下ろした。

 

「ひっ……!?」

 

 悲鳴は一瞬だった。その手刀は男が咄嗟に張ったシールドを物ともせず、男を脳天から縦に両断する。

 

「ひ、ひぃぃぃ!! ば、化け物!!」

 

 最後に生き残った男はすっかり腰を抜かして後ずさる。

 そんな男を前に、少女は一歩前に出ると鈴が鳴るかのような朗らかな声と笑顔で言い放った。

 

「ねぇ……お花を咲かせて」

 

「え?」

 

 何を言っているのか分からず、男の恐怖が加速する。そんな男に、少女は濁り切った暗い瞳のままで言い放った。

 

「ねぇ、みんなへの花を咲かせてよ。

 みんなへの弔いの……真っ赤な真っ赤な綺麗な花を!」

 

 

ザッ……

 

 

 何かが空を切る音がすると、呆けた表情のままの管理局局員の首がポンッと宙を舞った。そして、それを追うように真っ赤な血が噴出する。

 血のついた鋭い触手を操り、その様を見ながら少女はケタケタと無邪気に邪悪に笑った。

 

「あははッ!

 綺麗! とっても綺麗!

 みんなこの花を喜んでくれるよね? 綺麗な花だってみんな喜んでくれるよね?」

 

「ああ、きっとな」

 

「……まだ、居る」

 

 上の兄が少女に答え、周囲を見渡しながら下の兄が静かに言い放つ。

 

「確かあいつら……『時空管理局』とか言ってたな。

 ……皆殺しにしてやる!!」

 

「……殺す!!」

 

「あははっ!

 そうだね、もっともっともーーっと花を咲かせなきゃ!

 みんなに綺麗な花を贈らなきゃ!!」

 

 3人の兄弟は同時に飛び立つ。

 そして、それは人の生を捨て、破壊をまき散らす冥闘士(スペクター)への第一歩であった。

 『天捷星バジリスクのカイザー』『天牢星ミノタウロスのロード』『天魔星アルラウネのエンプレス』……のちに聖域(サンクチュアリ)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、八神はやてが率いる通称『八神家』とぶつかり合う冥闘士(スペクター)3兄弟はこうして産声を上げた。

 

「アハハ、あはははははは!!」

 

 人の名を捨て『天魔星アルラウネのエンプレス』の名を名乗り始める少女は、狂笑と共に人の首を狙う。

 

 断頭台の妖花の咲かせる血の花は、遠い家族への鎮魂の『花』。

 その鎮魂の儀式に終わりはあるのか……それは誰にも分からないことだった……。

 

 

 




というわけで外伝である『冥闘士覚醒編』の第二弾は冥闘士の妖怪首置いてけ『天魔星アルラウネのエンプレス』の過去話でした。

心のぶっ壊れた風の谷のナウシカ……あとTRPGの『ダブルクロス・トワイライト』とかをイメージしました。
なんか……こういう救いようのない話は本編で主人公たちには出来ないので、本編以外でそれを書くのが楽しくなってきた今日この頃……これは危険な兆候なので修正せねば。
まぁ、こんなことあれば世界ぶっ壊したくなりますよ、ということです。

次はラスト、フェイトコピーな『天断星マンティスのレンカ=ヒスイ』の過去の予定。
こちらもとことんゲスにいきます。

次回もよろしくお願いします。


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天断星マンティスの目覚め

今回は予告通り3回に渡る外伝、『冥闘士覚醒編』の最後、『天断星マンティスのレンカ=ヒスイ』の覚醒した時の話となります。


 人は、自分という存在にその意味を問いかける。

 

『何のために、何を為すために自分は産まれたのか?』

 

 この問いかけはどんな人間も一度は考えることではあるだろうし、過去様々な哲学者たちがその命題に挑み、様々な解を出す。

 人生とは、自らの産まれた理由を探す壮大な旅なのかもしれない。

 そう考えると、彼女にとってその人生を賭して探し出すだろう回答は、すでに出ていた。

 彼女に『何のために、何を為すために産まれたのか?』と問いかけたのなら、彼女は何の迷いも無く、こう答える。

 

「私は、『正義』のために産まれた」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 とある次元世界の研究施設……彼女はそこで産まれた。

 その命の育まれた場所は温かな母の胎内ではなく、冷たい金属の試験管……彼女は人工生命という、原罪無き者であった。

 

 ここはある次元犯罪者の違法研究所だ。ここで研究されていたものは、人造魔導士の生成というものである。

 次元世界は広大だ。いや、広すぎると言ってもいい。時空管理局はその広大な世界の適正管理と維持のための組織だが、その人材不足というのは深刻な問題となっていた。

 普通に考えても、広大な次元世界に対する管理や維持などには膨大な数の人材が必要なことは分かるが、とある考え方がそれを後押ししていた。その考え方とは時空管理局に蔓延していた『魔法至上主義』的な考え方である。

 ミッドチルダを始めとした次元世界は魔法文明を元にした文明であり、質量兵器、いわゆる通常の物理的な武装や文物を禁止していたが、それが結果として人材不足に拍車をかけることになった。

 考えてみれば当たり前の話である。魔法は確かに便利な力ではあるが、魔法は持って産まれた『才能』に大きく左右される。地球のような『物理機械文明』の場合兵器や機械は『誰でも同じように扱える』が、魔法という個人の才能に左右されるため、『出来る人間と出来ない人間』が産まれた瞬間から明確に分かれてしまうのだ。あまりにも魔法が便利すぎ、それ以外の可能性を思考の最初から排除してきたための弊害ともいえるだろう。

 とにかく、その不足する人材問題への対応は様々な面から押し進められてきた。各世界からの人材のスカウト、孤児院などの子供の管理局への就職斡旋などである。同時に、とても表沙汰には出来ない方法でも人材問題の解決方法が研究されてきた。その一つが『人造魔導士生成』である。

 プロジェクトFATE……次元犯罪者にして天才科学者、ジェイル=スカリエッティが基礎理論を構築した『人造生命生成』の技術は、裏の世界で注目を集め、各々がさらなる発展や研究が様々な場所で、様々な目的で為されていった。そんなプロジェクトFATEの発展を研究していた人物の一人がフェイトの母であるプレシア=テスタロッサだ。

 死んだ娘であるアリシア復活のためにプロジェクトFATEの研究を続けていたプレシア=テスタロッサであるが、ある時のことその研究に行き詰っていた。そしてその時、同じく『人造魔導士生成』の研究をしているある次元犯罪者との間で技術交換を行ったのである。その結果プレシア=テスタロッサが誕生させたのがフェイト=テスタロッサであり、その次元犯罪者が誕生させたのが彼女、レンカ=ヒスイであった。そう言った意味でフェイトとレンカは、『腹違い』ならぬ『試験管違い』の『姉妹』と言ってもいい関係なのである。

 そんな風に誕生したレンカ=ヒスイは、自分が人工生命であるということを最初から知っていたが、彼女はその産まれをまるで悲観していなかった。むしろ、自らは『正義』のために産まれたのだと、誇らしくすら思っていたのだ。この辺りは、その次元犯罪者がいつか管理局などに『出荷』する時を意識してそういった教育をしていたことの影響が大きい。

 その日も、彼女はいつか来る『正義』のために力を振るう時のため、いつも通りの日々を歩んでいた。

 

「ふぅ……」

 

 訓練を終えて、レンカは大きく息をつく。そんなレンカに同じような容姿の少女が2人、声をかけていた。

 

「お疲れ様、ヒスイ。 相変わらず熱が入っているわね」

 

「ええ、コーラル姉さま」

 

 そう言ってレンカが赤い髪の少女―――コーラルへと言葉を返すと、今度はその隣の紫の髪の少女が肩を竦めながら言う。

 

「大丈夫? ちょっと力入りすぎなんじゃないの?」

 

「お気遣いなく。 大丈夫ですわ、クォーツ姉さま」

 

 そんな姉の言葉にレンカは言葉を返した。

 コーラル、クォーツ……この二人はレンカと同型の、レンカの前に作成された『人造魔導士』である。

 そんな姉たちの言葉を尻目に、レンカは軽く汗を拭うと再び訓練へと戻っていこうとする。そんな妹に、コーラルは咎めるように言った。

 

「ちょっと、レンカ。 あなたまだやるつもりなの?」

 

「ええ。 お姉さまがたは休んでいて下さい。

 私はもうしばらく続けますわ」

 

「熱心ねぇ……」

 

 クォーツの半ばあきれの言葉に、レンカは当然のように答えた。

 

「もちろんですわ。 だって……早くフェイトお姉さまのようになりたいんですもの」

 

 そう語るレンカの目は、まるで夢見るように輝いている。

 この頃はあの『闇の書事件』にて聖闘士(セイント)聖域(サンクチュアリ)の存在が時空管理局へと知れ渡った頃のことだ。

 その際の映像は時空管理局に提出され、同時に『特別なルート』から様々な次元犯罪者の元へと届けられた。その映像をレンカたちは見たのである。そして、すぐさまそこに映った金髪の少女が、自分と同じ者だということに気付いたのだ。

 フェイトの名前に、コーラルとクォーツもどこか憧れるように呟く。

 

「フェイト=テスタロッサ……プレシア=テスタロッサによって造られた私たちのお姉さま」

 

「あれが私たちの、『正義』のために戦う姉さま……」

 

 呟くコーラルとクォーツの目も、どこか輝いていた。

 レンカたち3姉妹は、フェイト=テスタロッサに特別な憧れを抱いていた。自分たちと同じ産まれを持ち、そしてあの『闇の書事件』の解決のため、自分たちの目指した『正義』のために戦い勝ったフェイト=テスタロッサは3姉妹の憧れであり目標だ。

 

「お姉さまがた、私、いつかフェイトお姉さまと一緒に戦いたい。

 『正義』のために!」

 

 そうキラキラ輝くような瞳で熱く語る妹に、コーラルとクォーツは軽く肩を竦めるとレンカの肩を叩いた。

 

「そうね、私たちもそうよ」

 

「それじゃ、そのためにもっと強くならないとね。

 私たちもまだ訓練に付きあうよ」

 

「ええ、お姉さまがた!」

 

 肩を並べて再び訓練へと戻っていく3人。それはいつか果たすべき産まれてきた意味……『正義』を為すためにゆっくりと、確実に力を付けていく。

 だが……非情にも、運命は彼女たちに微笑むことはなかった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日、3姉妹はある実験室へと集められていた。白い、室内模擬演習用の実験室だ。

 

「今日は何の実験なのかしら?」

 

「姉さまも聞いてないの? レンカは?」

 

「私も聞いてませんわ」

 

 突然の実験室への呼び出しに、3姉妹は首を傾げる。そんな中、室内にスピーカーからの声が響いた。

 

『時間通りだ、よく集まってくれたね』

 

 聞きなれた声、それは彼女たちを造り出した科学者であった。

 

「マスター、予定には無かったはずですが、今日は一体どんな実験を?」

 

 コーラルの言葉に、スピーカーの向こうの声が答える。

 

『なぁに、今日は実験ではなく……掃除だよ』

 

「? それはどういう……?」

 

 コーラルのその問いかけより先に、シューという音と共に実験室に白いもやのように何かの気体が注入されていく。

 

「かふっ!?」

 

「クォーツお姉さま!?」

 

 その気体を吸ってしまったクォーツが血の塊を吐き出し、レンカはその光景に驚愕で目を見開いた。

 それを見て、コーラルは何が起きたのかを理解する。

 

「これは……ガス!?

 マスター、これは一体!?」

 

『だから言っただろう、掃除だよ掃除。

 実はここを引き払うことになってしまってね、立つ鳥跡を濁さず、というだろう?

 すべての証拠は消しておかないとならないのでね』

 

 その言葉に、コーラルは自分たちが捨てられたのだということを悟った。

 

「コーラルお姉さま!?」

 

「レンカ、壁を壊して脱出するわよ!!

 クォーツ、あなたもよ! もう少しだけ頑張って!!」

 

「わ、わかりました、姉さま……」

 

 混乱するレンカを叱咤し、血を吐きながら青い顔をするクォーツを無理矢理立たせると3人は魔力を練り上げ実験室の壁目掛けて魔法を発動させた。

 しかし……。

 

「駄目です、お姉さま! 傷一つ付きません!?」

 

「諦めないで! 魔力を打ち込み続けて!!」

 

 3人は必死で練り上げた魔力を連続して叩きつけるが、一向に壁には傷つかない。そして、そのうちに遂にクォーツに限界が訪れた。

 

「がふっ、がふっ……!?」

 

「クォーツ!? うぐっ!?」

 

 明らかに危険な量の血を吐いて倒れたクォーツ、それを追うようにコーラルも血を吐きながら膝を折る。

 

「お姉さまがた!?

 ……うぐっ!?」

 

 倒れた姉たちに駆け寄るレンカも、違和感と共に血の塊を吐き出す。

 

「クォーツ……レンカ……」

 

「はい……お姉さま……」

 

「……」

 

 コーラルの声に、弱弱しくレンカは答えるがクォーツからの声は無い。見ればすでにクォーツは大量の血を吐き出して事切れていた。

 

「逝ってしまったのね、クォーツ……私もすぐ逝くわ……」

 

「お姉さま……」

 

 息も絶え絶えなコーラルの手をレンカは握ったが、自身もガスの毒がまわり弱弱しくしか握ることは出来なかった。そんな自分たちの姿をコーラルは自嘲した。

 

「こんな終わりなんて……私たちまるでおもちゃのよう……」

 

 いらなくなったから捨てられる……その様をまるでおもちゃのようだと笑う。

 

「私たち……一体何のために産まれてきたんだろうね……」

 

 涙を浮かべながらのその言葉を最後に、コーラルは息を引き取った。

 

「お姉……さま……」

 

 姉たちの最後を看取り、レンカ自身も毒に蝕まれていく中で感じたものは無念と理不尽だ。

 

(私たちは『正義』のために産まれたはずなのに……。そんな私たちの最後がこれだというの?

 私たちの産まれてきた意味は、何だったというの?)

 

走馬灯のように駆け巡る思考の中、彼女はその答えに行き着いた。

 

(ああ、そういうことね……。

 今の『世界』、そのすべてが『悪』だったのね。

 だから……こうして私たちを、『正義』を消そうとしているのね)

 

 それは姉たちを失い、自らも死に逝く中でレンカの辿り着いた答え。『正義』を目指し、いつか為す『正義』を夢見て力を蓄えてきた自分たちを殺す運命への呪詛の言葉だ。

 だが、そんな死に際の呪いの思いを聞き届けるものがあった。

 

「な……に……?」

 

 ガスの霞むもやの中、その視界にレンカは今まで見たことのない奇妙なものを見つけた。

 それは漆黒のオブジェ、カマキリの形をしたそのオブジェがいつの間にかレンカを見下ろすように浮かんでいる。

 

「う……くぅ……」

 

 歪む視界の中、導かれるように最後の力を振り絞りレンカはそのオブジェへと触れた。

 その瞬間、オブジェはバラバラになりレンカの身体へと装着されていく。

 黒い光が、その場を包んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「何だ? 何が起こった?」

 

 モニターを監視していた科学者は突然のことに目を見開く。

 突如として黒い光が包んだかと思えば、奇妙な鎧に身を包んだ実験体がそこには立っていたのだ。

 

「バカな、もう室内のガスは致死量をとっくに超えているはずだぞ」

 

 本来ならばありえない光景に科学者は驚愕した。

 ある種の昆虫や哺乳類には解毒能力を持つものがいる。毒が効かないように進化した昆虫や、青酸などの毒物を摂取しても分解することのできるキツネザルの仲間などが顕著な例だ。それと同じように、死の淵に立たされたレンカの身体を、あの黒い鎧―――天断星マンティスの冥衣(サープリス)は改造していたのである。

 レンカがゆっくりとカメラへと視線を向けると、次の瞬間ノイズと共にカメラの画像が途絶えた。カメラが破壊されたのだ。

 同時に、異常事態を示すアラートが鳴り始める。

 

「まさか……あの実験室から脱出したというのか!?」

 

 科学者は慌ててコンソールを叩き、実験体の位置を探そうとする。

 だが彼は気付いていなかった。彼の後ろにはもう、死神がその鋭い鎌を振り上げていたことを。

 そして、彼がそのことに気付く機会は永遠に失われたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……」

 

 原型もとどめぬほどの細切れの肉塊を前に、レンカは深呼吸を繰り返す。

 そして、整った息の後にレンカから漏れたのは笑いだった。

 

「あは、あはは!

 やりました。 やりましたわ、お姉さまがた!

 『正義』を為し、『悪』を討ちましたわ!」

 

 その『正義』の理想に輝いていた目は、いつの間にか曇り切っている。レンカはそんなことには気付かず、ひとりごちた。

 

「お姉さまがた。

 私は、お姉さま方の分まで『正義』を為しますわ。

 私は……最大の『悪』を討つ!

 今の『世界』という名の『悪』を、私の『正義』で砕いてみせますわ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 吹き荒れる雪の中、レンカはジッとその雪の果てを見つめ続ける。

 

「……来る」

 

 やってくる者の小宇宙(コスモ)を感じ取る。今やってくるのは、彼女と姉たちの憧れた人物。レンカは楽しそうに、まるで思い人を待つ乙女のような笑みを浮かべた。

 やがてやってくるのは金の髪で、白銀の聖衣(クロス)を纏う、自分そっくりな少女。

 

「あなたは……一体……!?」

 

 驚きに目を見開く金の髪の少女―――フェイト=テスタロッサへと、レンカは優雅に、そしてこれ以上ないくらいの微笑みと共に答えた。

 

「私はレンカ……レンカ=ヒスイ。

 天断星マンティスのレンカ=ヒスイですわ、以後お見知りおきを、フェイトお姉さま!」

 

 『正義』のために産まれたと信じ『正義』を目指し、そして今の『世界』という名の『悪』を討つことを決意した冥闘士(スペクター)、天断星マンティスのレンカ=ヒスイ。

 彼女と、彼女たちの憧れであったフェイト=テスタロッサとの激突は、まだ始まったばかりだった……。

 

 




というわけで外伝である『冥闘士覚醒編』の最後はフェイトコピーこと『天断星マンティスのレンカ=ヒスイ』の過去話でした。

『正義を信じ、正義に裏切られた正義の味方』というのがコンセプトです。
重度の正義狂という、作者の大好きな作品のヒロインの1人に近いかな……。
まぁ、この子に肋骨伸ばして攻撃させたり、自分の腸を引きずり出してワイヤーにして相手を絡め取るとかはさせませんが(笑)

この子の姉たちの名前は完全にでっちあげました。
一応、レンカがヒスイなので同じく宝石繋がりの3姉妹です。

コーラル(サンゴ 3月の誕生石)
クォーツ(水晶 4月の誕生石)
ヒスイ(翡翠 5月の誕生石)

という感じですね。
イベントに関しては、とあるラノベのエクスカリバーのイベントをイメージしております。


次からは本編再開、あの雪上会戦での大敗北の後の聖域の動きからいく予定です。
次回もよろしくお願いします。


今週のΩ:アテナの聖衣キタァァァァ!
     でもアテナ様には不安しかない……。
     そして星矢が射手座の神聖衣(?)にパワーアップ。
     前回の格好良すぎる牡牛座同様、黄金聖闘士の活躍が熱い!
     次回は目が離せません。


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聖域飛躍編
第55話 聖域、活動の場を広げる


お久しぶりです、キューマル式です。
異動・引っ越しなどで忙しかったのも一段落着きましたのでやっと続きの執筆が出来ました。

新章である『聖域飛躍編』は聖域が冥王軍と戦えるように成長していく様子を描く予定。
今回は次元世界の『魔法の使えない人代表』との会合、そして次世代を担うあの子の登場です。



「ここですな……」

 

 教皇の法衣を纏ったセージが目の前の建物を見上げる。

 ここはミッドチルダ首都『クラナガン』、そして目の前の建物は地上の保安を担当している時空管理局の地上本部である。

 今日セージは、ここである人物と会談を行うことになっていた。

 

「では、行きましょうか?」

 

「……」

 

 セージが隣の人物に話しかける。その人物はフードを深くかぶり、その顔をうかがい知ることはできない。

 そのフードの人物が頷くのを確認したセージは、ゆっくりと地上本部へと入っていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 あの冥闘士(スペクター)との敗戦……『雪上会戦』よりおよそ1ヶ月の時間が経過していた。当初は黄金聖闘士(ゴールドセイント)が敗北したことで騒がしかった聖域(サンクチュアリ)であったが、現在では落ち着きを取り戻している。

 そんな聖域(サンクチュアリ)では対冥闘士(スペクター)のための方針の転換が必要になってしまったのだ。

 あの『雪上会戦』で、冥闘士(スペクター)側には『G級次元航行艦船ガルーダ』が存在することが判明したが、これによって冥闘士(スペクター)たちの組織力が次元世界でかなり高いものであることを思い知らされたのだ。

 今のままの聖域(サンクチュアリ)では対冥闘士(スペクター)戦で後手に回ることになるのは明白、そこで管理局との相互連携を強めることに力を入れることになったのである。

 そしてその一環としてセージは今日、時空管理局の地上本部へとやってきていた。

 

「初めまして、私は聖域(サンクチュアリ)の教皇セージです」

 

「よく来てくれた。 ワシが地上本部のレジアスだ」

 

 地上本部の長官室で、セージは目の前の男と握手を交わす。それは初老の男だ。顔に刻まれた幾多のシワと、そしてその身体から溢れるような生気はその男が幾多の苦難を越えてきたものであると分かる。

 彼の名はレジアス=ゲイズ中将。ミッドチルダ地上本部のトップである。

 

「遠く聖域(サンクチュアリ)から来てもらえたことに、まずは感謝を述べたい」

 

「いえ、以前からレジアス殿から会談の希望もありました。

 こちらも多忙なため、会談が先延ばしになっていたことを謝罪したい」

 

「そちらは……?」

 

「私の付添いですよ」

 

 フードの人物はその言葉に小さく頭を下げる。室内だというのにその顔を晒さない態度にレジアスは小さく眉をひそめたが、セージの手前それを口に出すことなくセージたちに席を勧め、自らも席へと着いた。

 

「それで、レジアス殿は我々聖域(サンクチュアリ)に、どういった用向きでしょうか?」

 

「……そうですな、ワシも腹芸はあまり得意ではないので単刀直入に申し上げる。

 聖域(サンクチュアリ)の持つ戦力・技術を我々地上本部へと提供してもらいたい」

 

 レジアスからの要請は聖域(サンクチュアリ)の戦力である聖闘士(セイント)の提供と、小宇宙(コスモ)の技術の開示であった。

 

「レジアス殿……我々聖域(サンクチュアリ)の方針はあなたもご存じでしょう?

 聖闘士(セイント)はすべて聖域(サンクチュアリ)の管理……この方針はかわりませんよ。あの『Gフォース』とてあくまで双方の戦力を連携させた独立共同部隊であり、管理局の一部という訳ではありません。

 そちらの指揮下に聖闘士(セイント)を組み込むというのは、こちらも容認できません。

 それに小宇宙(コスモ)の技術についても、それを拡散させるつもりはありませんよ」

 

 それは聖域(サンクチュアリ)の基本方針だった。

 聖域(サンクチュアリ)としても管理局に協力することはやぶさかではないが、聖闘士(セイント)を管理局の指揮下に入れさせるなどできない。

 共同部隊である『Gフォース』も、管理局側の司令官であるリンディ、聖域(サンクチュアリ)側の司令官であるアスプロスによってそれぞれ命令する指揮系統になっているのだ。

 それに小宇宙(コスモ)の技術拡散も論外だ。

 現在、聖闘士(セイント)候補生たちの育成は聖域(サンクチュアリ)のパライストラのみで行われており、今の所これ以上に広げるつもりは聖域(サンクチュアリ)にはまったく無い。聖域(サンクチュアリ)の目の届かないところでの育成では、それこそ私利私欲のために小宇宙(コスモ)の力を使う者も出てくる危険性が高いからだ。

 だからこそセージも即座にレジアスの要請を突っぱねたわけだが、レジアスにも退けない理由があった。

 

「なんとかそこを曲げていただきたい。

 恥ずかしながらこの地上での治安維持には、手が足りないのだ」

 

 そしてレジアス中将は現在の地上の状況を語る。

 ここミッドチルダの治安状況は、実は非常に悪い。その理由は様々であるが、最大の理由は深刻すぎる人材不足だった。

 ここミッドチルダは魔法文明による社会であり、当然だが犯罪者にも魔導士はいる。するとそれらを制圧するにはこちらにも魔導士が必要になってくるがその絶対数不足であった。これは管理局内部の悪しき風潮で『海はキャリア、陸はノンキャリア』といった感じの地上蔑視の風潮があり、優秀な人材のほとんどは本局に吸い上げられてしまうことに起因する。

同時に、行き過ぎた『魔法至上主義』がそれに拍車をかけた。

 誰でも使えるような兵器……ミッドチルダでは『質量兵器』というものを悪として全面禁止している。兵器というものは『誰でも使え、誰が使っても同等の効果を発揮する』ものであり、それが使えないことで魔法の使える人間と魔法の使えない人間の戦闘能力の差は激しく、そして大きな隔たりが出来ていたのである。

 結局、『魔導士に対抗できるのは魔導士のみ』という状態であるにも関わらず、その魔導士が足りないため治安は低下の一途をたどっていた。

 

「地上にも我が友であり優秀な魔導士である騎士ゼストがいたが……彼の部隊が任務中に全滅し、地上戦力の低下に歯止めがかかっていない」

 

「……」

 

 レジアスの呻くような言葉に、セージはチラリとフードの男を見やると何も言わずに小さく頷く。

 そんなセージたちに構わずレジアスは地上の苦境を伝えたが、その内容とはセージにとって衝撃的な話であった。

 

「それに実はここ最近、地上の犯罪組織に連携の動きがある。

 そして……そこで『黒い鎧を着た人物を見た』という情報があるのだ」

 

「なんとっ!?」

 

 その話にセージが驚愕する。

 聞けば、冥闘士(スペクター)と思われる人物が頻繁に目撃され、犯罪組織の連携が強化されてきているというのだ。

 

(やはり今回の冥王軍の幹部は頭が切れる……)

 

 もちろん冥闘士(スペクター)からしてみれば通常の犯罪組織など利用しているにすぎないだろうが、冥闘士(スペクター)たちが活発に活動し、その組織力を大幅に強化していることは間違いないだろう。

 

「そのような事情もあり、聖域(サンクチュアリ)には方針を曲げてでも力を貸して貰いたいのだ」

 

「うぅむ……」

 

 セージは呻りながら顎をさするように思案する。

 その話が真実だとすれば、聖域(サンクチュアリ)としても地上本部へ協力しなければならないだろう。

 だが、その前にセージとしては今回の会談で果たすべきことがあった。

 

「ときにレジアス殿。

 失礼ながら確認したいのですが、この部屋には盗聴や隠しカメラの類はありませんな?」

 

「? 無論そのようなものはこの部屋には無いが……?」

 

「ならば結構、安心しました」

 

 レジアスの答えにセージは大きく頷くと、セージは隣に控えていたフードの人物に目配せする。するとフードの人物も頷くと、ゆっくりと言葉を発した。

 

「久しぶりだな、我が友よ」

 

「そ、その声はまさか!?」

 

 その声に愕然とするレジアスの前で、フードの男がそのフードを脱ぎ去った。

 フードの人物……それは聖域(サンクチュアリ)に極秘裏に亡命しているゼスト=グランガイツだったのである。

 

「ゼスト、生きていたのか!?」

 

「彼ら聖闘士(セイント)に助けられてな。

 その後は死んだことにして聖域(サンクチュアリ)へと極秘裏に亡命していたのだ」

 

「生きていたのなら何故亡命など……?」

 

 死んだと思っていた友が生きていたことに喜びながらも、突然亡命という行動をとったゼストにレジアスは目を丸くするが、対するゼストはどこか冷やかに言い放った。

 

「何故なのか本当に分からないのか、我が友よ?

 それは俺の目が節穴だとでも言いたいのか?」

 

「な、何を……」

 

「俺はスカリエッティのアジトで確かに知ったぞ、スカリエッティの裏に管理局の、『最高評議会』が存在していたことを!

 これでは管理局に戻れば口封じをされることは明白、だからこそ聖域(サンクチュアリ)へと亡命していたのだ。

 そして……レジアス、お前がスカリエッティのスポンサーの1人であったことも俺はあの時知った!」

 

「!?」

 

 ゼストの言葉に、レジアスは目を見開く。

 ゼストの言葉通り、レジアスはスカリエッティのスポンサーの1人であった。その事実を知ったゼストは親友であるレジアスにその真意を確かめるべく、今回のセージへの同行を願い出たのである。

 

「我が友よ、教えてくれ。

 何を思い、違法研究へと手を出したのだ」

 

「……」

 

 ゼストのその言葉に、レジアスはしばし無言であったが、やがてポツリポツリと言葉を発する。

 

「……すべては故郷の、この地上の平和のためだ」

 

 管理局は広い次元世界を管理する組織だ。だが、外へ外へと活動範囲を広げ続けた結果、人材はまったくもって足りない。その足りない人材を地上から吸い上げ、それを使ってさらに活動範囲を外へ外へと広げる悪循環。

 その間にも人材を吸い上げられた地上では、治安維持に支障をきたし犯罪組織が好き勝手に暴れまわる始末だ。

 レジアスは心の底から故郷である地上を愛していた。そして、その地上の平和のための人材確保に、違法と知りながらも『人造魔導士作成』や『戦闘機人』といった戦力を欲したのである。

 

「レジアス……」

 

「……ゼスト、お前にどう思われても構わん。 犯罪者だろうと鬼だろうと罵ってくれても構わない。

 だがそれでも、ワシはこの地上に、平和が欲しいのだ!」

 

 レジアスの決意に、ゼストもセージも無言でその言葉を聞いていた。そして、レジアスの言葉を聞き終わったゼストは、傍らのセージへとゆっくり頭を下げた。

 

「教皇セージ様、違法な研究に協力するという手段は間違っていたかもしれませんが、我が友レジアスの、地上を愛する心に嘘偽りはありません。

 お願いします。 どうか、聖域(サンクチュアリ)の地上への協力を一考して下さい……」

 

「ゼスト殿、頭を上げて下さい」

 

 深々と頭を下げるゼストにセージはどこか苦笑しながら楽にするよう伝えると、改めてレジアスを見た。

 

「レジアス殿、あなたの地上に対する想い……確かに感じ入りました。

 その想い、我ら聖域(サンクチュアリ)と同じだと思います。

 それに冥闘士(スペクター)がいるという以上、それは我ら聖域(サンクチュアリ)の問題でもあります」

 

「それでは……!?」

 

「ええ、教皇セージの名において、聖域(サンクチュアリ)の地上本部への協力を約束しましょう」

 

「おお!」

 

 感極まったレジアスとセージは握手を交わす。

 

「流石に聖闘士(セイント)をそちらの指揮下にとはいきませんが、Gフォースのようにそちらとの共同部隊を結成しましょう」

 

「それでも十分。 それで、小宇宙(コスモ)の技術については……」

 

「それに関してはさすがに完全に開示とはできませんよ。

 その変わりですが……」

 

 セージがゼストに目配せすると、ゼストが一歩前に出る。

 

「レジアス、変わりに俺たちが聖域(サンクチュアリ)で研究している、『魔導士が小宇宙(コスモ)を使う者に打ち勝つ方法』を提供しよう。

 魔導士用の強化装甲システム、その名も……鋼鉄聖衣(スチールクロス)だ!」

 

鋼鉄聖衣(スチールクロス)!?」

 

 『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』……それはプレシアとスカリエッティによって試作されていた魔導士のための聖衣(クロス)である。様々な技術的問題を抱えていた『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』だが、その第一世代型とも言えるものがやっと完成になっていた。

 そしてゼストはその地上への提供をセージへと許可を貰っていたのである。

 

「なるほど、今いるランクの低い魔導士たちの戦力の底上げをするというのだな」

 

「その通りだ。

 それに『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』はまだまだ改良の余地はあるシステム、しかしそれはその分だけ強化の伸びしろがあるということだ」

 

 ゼストの言葉に、セージが続ける。

 

「さらに対冥闘士(スペクター)を想定した戦闘技術の講師として、シグナム殿たちヴォルケンリッターの面々を派遣する用意もあります。

 彼女たちは集団戦闘のエキスパート、その連携戦術は十分地上のお役に立つと思いますよ」

 

「素晴らしい!」

 

 レジアスは立ち上がり、セージとレジアスが握手を交わす。

 

「セージ殿、聖域(サンクチュアリ)の協力に感謝します」

 

「これもすべては地上の愛と平和のため。

 来たるべき聖戦に向け、互いに力の限りを尽くしましょう」

 

 こうして聖域(サンクチュアリ)と地上本部の間に、連携のための協定が結ばれることになる。これによって聖域(サンクチュアリ)・地上本部の得たものは多岐に渡った。

 まず聖域(サンクチュアリ)側は活動の範囲を広げる冥闘士(スペクター)に対して、より効果的に対処できる情報源を得た。今回の冥王軍はこの次元世界に合った柔軟な考え方をしている。それに対応するための協力者を得たことは大きい。

 また、地上本部を味方につけたことも大きい。先の『雪上会戦』においての敗北により聖域(サンクチュアリ)の力を疑い、管理局内に『聖域(サンクチュアリ)不信』を唱える勢力が出来上がりつつあったが、地上本部が聖域(サンクチュアリ)との協力を大々的に打ち出したことにより、その勢いを抑えた形になったのである。

 これから聖戦において協力することになる管理局に足を引っ張られてはかなわない。これはセージの管理局の『反聖域(サンクチュアリ)勢力』を抑えるための戦略でもあったのである。

 

 同時にレジアス率いる地上本部も得たものは多大であった。

 まず聖域(サンクチュアリ)の協力を得られたことで、人材不足を多少なりと解決できた。地上本部にはこれからのち、聖衣(クロス)を与えられたばかりの新米聖闘士(セイント)がある意味実戦経験を積むために一時出向してくることが多くなる。

 同時に、セージは協力の証しとして地上本部の支援に聖域(サンクチュアリ)の切り札とも言うべき黄金聖闘士(ゴールドセイント)のシュウトと白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)のフェイトを派遣していた。これはフェイトから、自分の出生の技術である『プロジェクトF』について捜査したいという強い意向があり、シュウトがそれに協力すると言いだしたための措置だったが、この黄金聖闘士(ゴールドセイント)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)の派遣は地上本部に思いがけない幸運をもたらす。

 管理局にはある種の地上蔑視の考え方があったのだが聖域(サンクチュアリ)の協力、しかも最大戦力である『黄金聖闘士(ゴールドセイント)』と『白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)』の派遣を取り付けたことで地上本部への注目度が上がり、本来なら本局に吸い上げられるような優秀な人材の流出がある程度緩和したのである。『聖闘士(セイント)とお近付きになれそうな地上でがんばってみよう』という人間が出てきたのだ。

 無論、その中にはその動向や技術を狙う本局のスパイ的な人間もいたが、レジアスはそれを承知で、逆に地上の平和のためにこき使ってやろうと迎え入れたのである。

 次に、聖域(サンクチュアリ)で開発していた『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』を提供されたことは大きい。

 『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』はデバイスの演算能力強化や防御力上昇を目的にした魔導士用の強化システムであったが、その能力は高く、魔導士ランクの低いものでもそれなりの戦力にまで底上げが可能な上、生存率の劇的な上昇に繋がった。特に生存率の上昇は万年人材不足にあえぎ続けていた地上にはありがたいものだった。

 これ以降、『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』は管理局全体にゆっくりと広まっていくことになるが、最初に配備されたことで地上本部は膨大な運用のノウハウを獲得、『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』の運用に関しては最先端を行くことになりその技術を得ようと人材の流入が起こりレジアスとしてはウハウハであった。

 またノウハウという意味では、ヴォルケンリッターの派遣による集団戦闘の練度の上昇も地上本部には大きい。もともと魔導士の絶対数不足から多人数による人海戦術で事件解決を行っていた地上本部は集団連携戦術を研究し続けていたが、それがさらに洗練されていったのである。

 このように聖域(サンクチュアリ)の地上本部への協力は、様々なものを双方にもたらした。

 無論これだけで地上本部や管理局が完全に味方になったとは思っていない。技術や情報を得ようと、裏では様々な思惑が飛び交うだろう。だが、聖域(サンクチュアリ)にも今回の『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』の提供には色々と思惑があった。

 重量の関係で結局装甲面はブレストアーマーのみで、魔力タンクを内蔵しシールドの出力の上昇やデバイスの演算能力の強化をその機能にしている現段階の『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』は、まだ実戦投入可能なレベルになったばかりの第一世代型とも言えるものだ。

 そこで開発者であるプレシアとスカリエッティの両名はデータの収集を求め、地上本部での運用データによる『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』のさらなる発展を行い、聖戦に向けてその性能アップを図るのである。

 さらに、その生産はシャウラとアリサの企業『グラード財団』が受け持つことになる。今後『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』は、誕生から墓場までとも言えるほど多岐に渡る事業を展開する超巨大企業へと成長する『グラード財団』のベストセラー商品として軍事・建設・医療介護など様々なバリエーションが生まれていくことになり『グラード財団』の原動力となっていくのである。

 

 聖域(サンクチュアリ)と地上本部、そして本局は様々な思惑がありながらも良い関係を続けていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁはぁ……」

 

 闇夜の森の中を、幼い少年が駆けていく。しきりに背後を気にしながら、それでも一歩でもその場所から離れるために。

 

「逃げなきゃ、もっと遠くへ……!」

 

 幼い少年はその衝動に突き動かされてただただ走るが、そんな少年の心にふと自嘲のような思いが去来した。

 

(どこへ逃げればいいんだろう。 僕にはもう……帰るところなんてないのに……)

 

 少年はいたって普通の、何処にでもいる少年だった。そのはずだったし、そうだと思っていた。あの日、あの時までは……。

 いたって普通だと思っていた少年にはある出生の秘密があった。それは……自らがクローンだという真実だ。

 その事実を突き付けられたその日、少年はあの地獄のような場所へと連れ去られた。少年のように幼い子供たちに、拷問のような訓練を強いるあの研究施設へと……。

 周りの少年少女は皆、自分と同じような境遇だったらしい。その地獄のような訓練の日々で死んでいった友人も少なくは無い。

 その生活に耐えかねた少年少女たちは脱出を計画、隙を見て一斉に施設から脱出を図ったのだ。

 しかし、ここはどことも知れぬ森の中に存在する秘密の研究所。いかに優秀であろうと子供の足では限界がある。

 少年はついに、追ってきた追跡者たちに追いつかれてしまった。

 

「このクソガキが! 面倒かけさせやがって!」

 

「帰ったら二度と馬鹿な真似が出来ないように『教育』してやる!」

 

 荒々しく息巻きながら迫る男たちに、少年はギュッと目を瞑る。

 だが、その時だ。

 

 

ドォーーン!!

 

 

「なっ!?」

 

 何かの重い音と男たちの驚きの声が聞こえた。そして、フワリと自分を抱きしめる感触。

 

「大丈夫?」

 

 柔らかいその声に、少年は恐る恐るその目を開いた。するとそこには金の綺麗な髪をした美しい少女がいた。白銀の鎧を纏い、手に持つデバイスが魔導士であることを示している。

 

「管理局?」

 

 管理局が助けに来てくれたのだと思った少年はそう尋ねるが、金の髪の少女はゆっくりと首を振った。

 

「私たちは管理局じゃない。 でも、あなたたちを助けに来たんだよ」

 

 その言葉に少年は視線を巡らせ……そして、少年は見た。その黄金の背中を。

 自分に迫っていた追手の前に立ち、自分を守るように立ちはだかる黄金の鎧の少年の背中。

 白銀の鎧の少女と同じく、黄金の鎧の少年は10をいくつか超えたばかりの歳だろう。だが、その圧倒的なまでの存在感がその背中を大きく、どこまでも大きくうつし出している。そしてその背中に守られる安心感、それだけで幼い少年は自分が助かったのだということを確信した。

 

「フェイト、その子は大丈夫?」

 

「うん、ちょっと衰弱してるけど大丈夫。 シュウ、他の子たちもはやく助けないと……」

 

「分かってるよ。 それじゃ……掃除に移ろうか?」

 

 その黄金の鎧の少年……シュウトの言葉と共に夜空に薔薇が舞い、追手の男たちが吹き飛んで気絶する。

 その圧倒的で偉大な背中は、幼い少年の心に深く深く刻みつけられていた。

 そんな少年を、フェイトは安心させるように頭を優しく撫でながら

 

「もう大丈夫だよ。 私は聖域(サンクチュアリ)所属の白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、フェイト=テスタロッサ。

 あの人は魚座(ピスケス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、シュウト=ウオズミ。

 あなたの名前は?」

 

 フェイトの言葉に、少年はゆっくりと答える。

 

「エリオ。 エリオ=モンディアルです……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「どういうことだ?」

 

 その科学者は目の前の状況に訳が分からなかった。

 ここは最近になって発見された、新しいスキルを研究する研究所だ。そのスキルは訓練次第で誰もが習得でき、そのスキルを併用した魔法はその能力を格段にアップさせるという。

 そのためにサンプルとして人造魔導士実験で産まれた、潜在的に魔法の才の高い子供にその『訓練』を施し、その結果を研究するというものだ。

 その『訓練』は過酷であり、サンプルの損耗は極めて高い。その『訓練』の最適化と適正化も彼らの仕事だ。

 そんな研究所から、今日はそのサンプルたちが一斉に脱走を企てたのだがこの科学者はそれを懸念事項だとは思っていなかった。何故ならサンプルたちは未だにその『スキル』に目覚めたものは皆無であり、それだけならただの子供だからだ。

 すぐに警備・保安を担当する者が全員回収してくるだろうとこの科学者は考えていたのだがしかし、サンプルの回収に向かった者たちが次々と連絡を断っているのである。

 

「まさか管理局か? だが地上本部にはロクな戦力は無いはず……」

 

 管理局の可能性を、科学者は即座に否定する。この場所を管轄するだろう地上本部にはロクな戦力がおらず、もしここへの突入を計画しているなら相当数の人員による人海戦術に頼るしかない。それだけの人数が集まるとなれば、必ず何かしらの兆候があるはずだがそれがなかった。

 即時投入できる強力な戦力が無い地上本部では、この場所に強襲できるわけがない……そう思い至り他の可能性を考えようとした科学者だったが、その思考より先に種明かしの声が背後から響いた。

 

「半分正解。 俺たち協力してるけど、管理局の一員ってわけじゃねぇからな」

 

 その声に、驚愕の表情と共に科学者はバッと振り返る。

 そこに居たのは白銀の鎧の鎧を身に纏いデバイスを構える白い少女と、黄金に輝く鎧を纏った少年の姿だった。

 そして、その存在がなんであるか悟った科学者は悲鳴のような声を上げる。

 

「セ、聖闘士(セイント)だと!?」

 

 そう、この科学者の前に現れた2人こそ、聖域(サンクチュアリ)の誇る聖闘士(セイント)蟹座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)の蟹名快人。そして楯座(スキュータム)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)、高町なのはの2人だった。

 

「何故、聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)がここに!?

 ここはGフォースの管轄ではなかったはずだ」

 

 唾を飛ばし叫ぶ科学者に、快人は呆れたように左手で耳をほじりながら答える。

 

「情報が遅ぇな、あんた。

 聖域(サンクチュアリ)は地上本部とも協力することになったんだよ。

 それに……」

 

 そう言って快人はうっすらと笑いながら、それでも目は獰猛に言い放つ。

 

「ここの『研究内容』なら、俺たち聖域(サンクチュアリ)が来るのは当たり前だろ?」

 

「ぐっ……!」

 

 その言葉に、科学者は押し黙る。

 

「もう抵抗は無駄なの! 次元犯罪者ジーン=トラッシャー、あなたを拘束します!!」

 

 なのはがレイジングハートを油断なく構えると、科学者……ジーン=トラッシャーは素直に手を上げ、投降の意思を示す。

 多少拍子抜けしながらも、なのはは早速拘束しようとしたのだが、それを快人が手で制した。

 

「? 快人くん?」

 

「待ちな、なのは。

 こいつ、全然反省してねぇよ。 寧ろこれからも色々やらかす気マンマンだ」

 

 快人の言う通り、このジーン=トラッシャーは管理局にいつまでも捕まっている気はさらさらない。もうすでに頭の中では脱走の手筈を考えていたのである。

 

「こういう手合いにはな、バカなこと考えないようにちぃーとばかしキツイ仕置きが必要だぜ」

 

「な、なんだ!? 拷問でもするつもりか!?」

 

 快人の反応に狼狽した声を上げるが、それを快人は一笑した。

 

「まさか。

 俺も愛と平和を守る聖闘士(セイント)なんでな。そんなことしねぇよ。

 ただ……」

 

 そう言って快人は右手の人指し指を指揮棒のようにクルリと回すと、ボゥっと蒼い炎が生まれる。そしてそれに引かれるように、青白い光がゆっくりと立ち昇っていった。

 その青白い光はゆっくりと形をとっていく。

 それは人だ。青白い光はたくさんの年端も行かぬ子供たちの姿へとその姿を変える。

 それを見て、快人は左の耳をほじっていた指を抜くと愉快そうに笑った。

 

「よぉーく聞こえるぜ。 こいつら、ここでお前に殺されたんだってな?

 色々言いてぇことがあるみたいだし、ちょいとお話を聞いてやれよ」

 

 快人の言葉と同時に、青白い子供の姿をした人影……死した魂たちがジーン=トラッシャーへと一斉にまとわりついていく。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 その光景に恐怖したジーン=トラッシャーの悲鳴が響き渡る。

 その後、管理局へとその身柄を拘束されたジーン=トラッシャーは始終何かに脅え、驚くほどに従順な態度をとったのであった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「皆、ごくろうだった」

 

 聖域(サンクチュアリ)の教皇の間で今回の地上本部への協力作戦の報告を聞いたセージが言葉を発すると、緊張がほぐれなのはとフェイトはホッと息をつく。だが、快人とシュウトは苦虫を噛み潰したような顔だ。

 ややあって、快人が言葉を発した。

 

「なぁ、じいさん……今回みたいな、『裏聖闘士(セイント)道場』はどのぐらいあると思う?」

 

 快人とシュウトが渋い顔をするのはひとえに、今回の調査をした施設での研究がよりにもよって『小宇宙(コスモ)について』だったからである。

 どこからどう流失したのか、聖闘士(セイント)育成のためのカリキュラムを用いて魔法の才のある子供を誘拐同然に連れて来て小宇宙(コスモ)に覚醒させ、魔法聖闘士(マジックセイント)を量産しようとしていたのだ。

 

「おまけにこれ……パライストラの採用カリキュラムじゃない。

 最初の、こっちでのオリジナルですよ」

 

 シュウトが回収された訓練内容の資料を見て眉を潜める。

 その内容は以前シュウトがリーゼ姉妹たちに体験させた、『本来の聖闘士(セイント)の修行内容』だったのである。

 リーゼ姉妹の意見具申によってそれをマイルドに安全性を高くしたものがパライストラの採用カリキュラムであり、なるほどそれならこのオリジナルの方が本来の聖闘士(セイント)の修行であることは間違いない。

 だがこの過酷な修行は、それを指導し導く師がいるからこそ『修行』となりえる。それなしではただただ命をすり減らすだけの拷問にしかならない。

 事実、今回の施設ではかなりの数の子供がこの訓練によって命を落としたようだ。

 

「……この種の施設がどれだけあるか、正直私にも想像できん。

 これらの施設の摘発のためにも、地上本部への協力は正解だったな。

 以後はこれらの施設の排除も必要になろう。

 頼むぞ、魚座(ピスケス)のシュウト=ウオズミ。

 そして矢座(サジッタ)のフェイト=テスタロッサ。」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

 ため息と共にセージが言う言葉に、地上本部への協力を申し出ていたシュウトとフェイトが頷く。

 以後、こういった犯罪者たちによる小宇宙(コスモ)養成施設は各地に発見され聖域(サンクチュアリ)の悩みの種ともなっていくのだった。

 

「ところでじいさん、あいつらどうするんだ?」

 

「うむ、今回の子供たちのことじゃな」

 

 話題を変える快人の言葉にセージは頷く。

 今回、施設で保護された子供たちはほとんどが身寄りが無く、帰る場所もなかった。しかも、小宇宙(コスモ)に目覚めるための修行をさせられていた者たちであり貴重な存在だ。管理局に完全に任せては再び犯罪者たちに連れ去られ、同種の研究をさせられることは目に見えていた。

 

「色々考えたのじゃが……この聖域(サンクチュアリ)で引き取るべきではないかと考えておる」

 

「だな。

 どうせ土地は余ってるんだし、ゆっくり農業でもやってもらって暮らしゃいいさ」

 

 こうして、聖域(サンクチュアリ)には孤児院が作られ、様々な事件で身寄りのない子供たちが集うようになっていく。

 この孤児院には自分たちに境遇が似たり寄ったりなためか、快人たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちもちょくちょく遊びにいくようになり、快人やなのはたち聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)たちの弟・妹分のように可愛がることになる。

 そして、ここの子供たちが後にこの『世界』の首都となる街、『ロドリオ』の最初の住人となるのだが、それはまだ先の話だ。

 

 さて、ここに引き取られた子供たちは基本的には農作業などで、本人が望むなら次元世界の様々な職業を目指すことも可能なように教育を整えられ、子供たちは自分の目指す物を自分で選べるようになるのだが、その中には『聖闘士(セイント)』を目指すことに決めた子供もいた。

 

聖闘士(セイント)に……なりたい!」

 

 少年、エリオ=モンディアルはそう心に誓っていた。

 あの地獄のような日々、そしてその絶望から救いだしてくれたあの黄金の背中は、エリオの幼い心にはっきりと刻みこまれていた。

 

(あの背中のように……僕は誰かを守る『聖闘士(セイント)』になりたい!)

 

 その黄金の背中を目指し、少年は『聖闘士(セイント)』の道を往く。

 シュウト=ウオズミとフェイト=テスタロッサの教え子として、エリオ=モンディアルの名前が刻みこまれるのはそう遠い未来ではなかった……。

 

 




というわけでレジアスさんと会合し、地上本部の協力を取り付けた聖域。
冥王軍の『利用』とは逆の、『協力』という方向での関係構築が聖域のテーマです。

そして次世代の重要人物の1人、エリオくんが聖域に引き取られました。
こちらではエリオくんは聖闘士を目指します。

次回はエリオくんとセットのあの子の話の予定。
では、次回もよろしくお願いします。


聖闘士星矢Ω……先週ついに最終回だったΩですが、まさかの和解エンドでした。
        まぁ、1年間ずっと仲間でやってきたから、倒して後味が悪くなるのもあれですし、これでよかったのでしょう。

        パラス・タイタンさんは生き残って償いの旅に。
あれはポセイドン編のラストを思い出しました。

        そしてまさかの牡牛座ハービンジャーの教皇就任。
        これ、予想できたやついないだろ。
        牡羊座や双子座、乙女座、天秤座、射手座とこれだけ黄金が生き残りながら、まさかの牡牛座教皇です。
        まぁ、押しつけられた感がハンパなかったですが……。


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第56話 魚と黒、少女と伝説を見つける

今回は前回のエリオとセットになる、あの子の登場です。
ただし、こちらも魔改造上等の素敵仕様です。


 太陽が落ちようという黄昏時、生い茂る森の中を幼い少女が泣きながら走っていた。

 こんな時間から森に入るなど、本当なら危険極まりない行為であり普段なら絶対にしない。しかし、今はそんなことを気にはできない。

 何故なら……本当の危険は少女のずっと後方、彼女の産まれた集落にあるのだから。だから、そこから一歩でも離れなければならない。

 

「キュクルー……」

 

 少女の腕の中で、小さなぬいぐるみのような竜が抱えられていた。少女によってつい先日卵から孵ったばかりの幼い竜は、自分の母とも言うべき少女を見ながら心配そうにひと声鳴いた。

 そんな1人と一匹の逃避行は続き、やがて森が夜の闇に包まれ少女が疲労で一歩も動けなくなるところまで続いた。

 大きな木の根元当たりの丁度いい大きさの木のウロに身を隠し、少女は抗いがたい睡魔に身を委ねる。

 

「お父さん……お母さん……みんな……」

 

 不安を押し隠すように腕の中の幼竜を抱きしめ、涙を流しながら少女は夢の世界へとズブズブと沈んで行った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ここは第六管理世界、アルザス地方。

 そこに住まうのが少数民族、『ル・ルシエ族』である。竜を使役し、自然と共に暮らす民族であった。

 そう、残念なことに『ル・ルシエ族』を語るのには過去形になる。

 何故なら『ル・ルシエ族』の暮らすその集落は滅んだのだから……。

 その日、ル・ルシエ族の『集落』は怪物に襲われた。いくつもの頭を持つ巨大な蛇のようなその怪物は突如として集落にやってくるなり、手当たり次第に集落の人間を襲い、喰らった。

 無論、『ル・ルシエ族』も黙ってやられていた訳ではない。『ル・ルシエ族』は優秀な竜召喚士だ。その力で赤竜や飛竜を召喚し、怪物に対して果敢に応戦する。

 しかし、怪物は想像以上の化け物だった。その複数の首から毒霧を吐き、毒によって多くの住人が倒れた。では空からと攻撃した飛竜も怪物からの火炎を受け、火だるまになって撃ち落とされる。

 なんとか怪物の首をいくつか破壊することに成功しても、驚異的な再生能力で再び首が生えてくるどころか、首が倍に増えるという始末だ。

 そんな怪物の襲撃により、『ル・ルシエ族』はその歴史に幕を下ろす。

 一人と一匹の幼い少女と竜……キャロ・ル・ルシエとフリードリヒを残して……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 朝の光に目を覚ますと、そこは暖かい自分の家ではなく、肌寒い木のウロの中。そのことでキャロはあの出来事が夢ではなかったのだと思いだす。

 

「お父さん……お母さん……」

 

「キュクルー……」

 

 昨日はキャロがこのフリードリヒを孵したことで、家ではささやかながらお祝いが開かれていた。

 きっと将来は凄い竜召喚士になるといって嬉しそうに自分を撫でてくれた父も母も、自分の生まれ故郷ももうない……その事実にキャロの目から再び涙が流れる。

 しかし、そのとき同時にキャロとフリードのおなかがキュウと可愛らしく鳴った。

 

「お腹すいたね、フリード……」

 

「キュクルー……」

 

 そう言ってキャロは流れる涙を拭うと、木のウロから這い出して歩き出した。帰る家を失い食べ物もない状況……だが彼女には目的地があった。

 

「龍神様の滝に行こう……」

 

 『龍神の滝』……そこは『ル・ルシエ族』に古くから伝わる伝説のある場所であり、言い伝えにある神聖な場所だ。

 その昔、地上で凶暴な怪物か暴れまわっていた時、星から龍がその滝に降りて来て怪物を封じ、人々を救ったという。その後龍は永劫とも言える永い眠りに付いたが、龍はその滝が逆流するとき再び現れ、人々を守るという伝説である。

 その場所をキャロは目指して歩き出す。

 キャロが『龍神の滝』を目指した理由は神聖なその場所なら安全だろうと考えたこともあるが、その近くには休むための小屋が建っているからだ。森で迷った時などの非常時に備えたもので、多少ながら食糧の備蓄もしている。そのため、寝床と食べ物を求めてキャロとフリードは『龍神の滝』を目指し歩き出した。

 やがて見えてきたそれは、大瀑布と呼ぶにふさわしい巨大な滝……『龍神の滝』である。

 今までの移動で疲れ切っていたキャロはやっとたどり着いた目的地にホッと息を付く。

 しかし……。

 

 

 グルゥゥゥゥ……

 

 

「!?」

 

 龍神の滝のほとりまで来ていたキャロはその唸るような声にビクリと身を震わせると、その声の方を見る。そこにいたのは熊のような巨大な体躯のネコ科の猛獣だ。水場には水を求めて様々な動物が集まるが、それを獲物にした肉食獣というものも自然と寄ってくる。自然に生きる『ル・ルシエ族』の一人として幼いながらそのことは習っていたはずだが、疲れによってそのことにまで頭が回らなかったのである。

 

「グルァァァァァ!!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!?」

 

 慌ててキャロは森の中に逃げ込もうとするが、疲れ切った幼子の走りなど猛獣のにとっては止まって見えるほどだっただろう。一瞬にして飛び掛かられ、その衝撃に思わず腕の中のフリードを投げ出してしまう。

 

「逃げて、フリード!!」

 

「キュ、キュクルー……!」

 

 咄嗟にフリードに逃げるように叫ぶが、それを無視してフリードは猛獣へと体当たりする。しかし、そんなフリードを無視して猛獣はキャロに動けないように圧し掛かると、その鋭い牙の生えた口をゆっくりと開けた。

 迫る死の恐怖にガチガチと歯が鳴る。どうしたところで自分はもう助からない……そんな諦めにも似た気持ちと恐怖から逃れたい一心で、キャロはギュッと目を閉じる。

 だが……。

 

「グ、ルゥゥゥ……」

 

「?」

 

 襲い掛かって来た猛獣の声がどこかおかしい。猛獣のその声は。獲物を前に歓喜する声ではなく、どこか苦悶を耐えるような声だった。そして何時までたっても自分に襲い来るはずの激痛は無い。

 キャロは恐る恐る目を開いた。すると、猛獣の肩辺りに薔薇が突き刺さっていた。そしてあの熊のように巨大な猛獣を軽々と左手一本で支える少年の姿がある。

 目の前の状況を疑問に思うより早くキャロは、今度は金髪の少女によって地面から抱き起された。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 状況のよく分からないキャロは自分を気遣ってくれるその少女の優しい瞳に曖昧な返事を返すだけだ。

 だが、その答えに満足したのかその少女は頷くと、猛獣を持ち上げる少年へと声をかける。

 

「シュウ、大丈夫。 この子は無事だよ」

 

「そっか、それはよかった」

 

 少年……シュウトは肩越しにチラリとキャロを見ると、何処から取り出したのか右手の薔薇を猛獣へと投げつける。2つ目の薔薇を身体から生やした猛獣は再び苦悶の声をあげると、力を失いコテンとシュウトへとしな垂れかかる。よく見れば呼吸と共にその身体が上下しており、猛獣はどうやら眠っているようだ。

 

「どう、シュウ?」

 

「睡眠毒が効いてきたみたいだ。 森の方に置いてくるよ。

 その間その子を頼むね、フェイト」

 

 そう言ってシュウトは楽々と猛獣を抱えあげると森の中へと歩いていく。その後ろ姿を見送ったフェイトは再び腕の中のキャロを覗き込みながら聞いた。

 

「ねぇ、大丈夫だった?」

 

「……」

 

 だが、キャロはそれに答えることなく極度の緊張と疲れからそのまま気を失った……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 どれだけ気を失っていたのだろうか、キャロが目を開けると、そこは見知らぬテントの中だった。

 

「気がついた?」

 

 キャロのすぐそばで様子を見ていたフェイトの声に、キャロはゆっくりと身体を起こすと視線を巡らせる。

 

「どこが痛いところはない?」

 

「は、はい……大丈夫です」

 

 横から心配そうに声をかけてくるフェイトに、キャロはボーっとしながら生返事を返す。その時、何処からともなく美味しそうなにおいが漂ってきて、キャロのお腹がクゥ、と可愛らしく音を立てる。

 その姿にクスッ、とフェイトは笑うとキャロの手を優しく取った。

 

「おいで、一緒にご飯食べようか」

 

 フェイトに手を引かれテントの外に出ると、シュウトが簡単な朝食を作っていた。その足元では出された食事を一心に頬張るフリードの姿がある。

 

「キュクルー!」

 

「あ、良かった。 目が覚めたんだね」

 

 キャロの姿を見つけたフリードがキャロの胸に飛び込み、シュウトが朝食を皿に盛りつけながら微笑む。

 その美味しそうな料理に再びキャロのお腹が鳴り、シュウトはクスリと笑いながらキャロを座らせる。

 

「とりあえずは食事にしよう。

 フェイトも座って」

 

「うん」

 

 シュウトの言葉にフェイトも席に着くと朝食が始まった。その中でシュウトもフェイトも名前をキャロに名前を名乗る。

 2人はこの『龍神の滝』を調査するために来たのだと語る。

 

「龍神様の滝を調査……ですか?」

 

「まぁね。

 それと……この辺りでおかしなことが起こっていないかも調べに来たんだ」

 

 シュウトとフェイトは今回、この地方に伝わる伝説の『龍神の滝』を調査しに来たのだが、もう一つ調べ物があった。聖域(サンクチュアリ)の星見と『予知夢』の能力を持つ猫山霊鳴の進言で、何か良くないことが起こっているとの報告があったのだ。それを調べるのも2人の今回の任務のうちである。

 

「君はこの辺りに住んでるの?

 ここ最近変わったことがあったら教えて貰えないかな?」

 

 シュウトもフェイトも勘が良い。こんな朝早くに、こんな幼い子供が一人で森を歩きまわっているとは考えにくい。何事かが起きていることを薄々感じながら、しかし急かす様な真似はせずごく自然に目の前の幼子に接するようにする。

 そんな2人の言葉にキャロは昨日のことを思い出し、涙を流しながらゆっくりと自分の集落を襲った悲劇を2人に語る。

 

「「……」」

 

 話を聞き終えたシュウトとフェイトは無言で頷きあうとゆっくりと立ち上がった。

 

「どうやら、それがボクたちの解決すべきことみたいだね。

 キャロちゃん……だったよね?

 ボクたちをそこに案内してほしいんだけど……お願いできる?」

 

「みんなだってどうしようもなかったのに、2人が行ったってあの怪物はどうしようも……」

 

 涙で濡れた瞳でうつむきながらのキャロの言葉。だが、その目の前で2人は微笑むとただ一言、言葉を紡ぐ。

 

魚座聖衣(ピスケスクロス)

 

「バルディッシュ。

 バリアジャケット、聖衣(クロス)展開(オープン)

 

 その言葉と共に光が2人を包み、キャロが顔を上げると2人は黄金と白銀の鎧を纏った姿でそこに居た。

 

「……2人は、魔導士なんですか?」

 

「違うよ、ボクらは魔導士じゃない。

 『聖闘士(セイント)』……地上の愛と平和のために戦う闘士さ」

 

 茫然と紡ぎだされた言葉に苦笑と共にシュウトが返す。それに続けて、フェイトはキャロの頭を優しく撫でながら言った。

 

「大丈夫、私たちにまかせて。

 必ずその怪物、退治してみせるから……」

 

 そんなフェイトに、キャロは腕の中のフリードをギュッと抱きしめながら頷くのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 キャロの案内で『ル・ルシエ族』の集落へとやって来たシュウトとフェイト。

 

「酷い……」

 

 そこかしこにかつて人間だった『残骸』と呼ぶにふさわしいものが散乱している地獄のような光景にフェイトはキャロの目を覆うが、キャロはその手を振り払うようにどけて変わり果てた故郷の光景を瞳を涙で濡らしながら、まるで自身の魂に焼き付けるように見つめた。

 

「……一人でも生存者はいないかな?」

 

「残念だけど……無理だね」

 

 フェイトの呟きに、先ほどから周囲を警戒し続けているシュウトが首を振る。

 

小宇宙(コスモ)を感じないことはフェイトも分かってるでしょ。

 ボクの方も全然感じない。

 それに……」

 

 シュウトは鼻を鳴らし、周囲の臭いを感じで顔をしかめる。

 

「毒の残り香……それも随分強力なやつだ。

 これじゃよしんば襲われて生きていても毒でやられちゃう……」

 

「毒……バルディッシュ、対毒術式の準備を!」

 

『イエス、サー』

 

 フェイトはバルディッシュへと指示を飛ばし準備を整える。

 その時……。

 

 

 ズズズズ……。

 

 

 何処からともなく音がして、シュウトが薔薇を構え、フェイトがキャロを抱えるように抱きしめる。

そして……。

 

「キシャァァァァァ!」

 

「キャァァァァ!!」

 

 突如として地中から巨大な蛇の頭が飛び出し、キャロへと襲いかかろうして思わずキャロが悲鳴を上げるが、シュウトとフェイトはキャロを連れて跳躍、後方に着地すると敵の姿を見る。そしてシュウトたちの目の前でその怪物は姿を現した。

 巨大な大蛇の首が次々と地面から現れ、次いでまるで恐竜のような形状の胴体がはい出してくる。それを見てシュウトとフェイトはこの神話級怪物の正体を悟った。

 

「シュウ、これって……!」

 

「間違いない、ヒュドラだ!」

 

 『ル・ルシエ族』の集落を襲った怪物の正体、それは9つの首を持つ蛇の神話級怪物『ヒュドラ』だ。

 ヒュドラは鎌首をもたげ、その視線はシュウトたちに注がれている。

 その威圧感にキャロは思わず自分を抱きしめて構えをとるフェイトの手を握った。フェイトは少しだけ微笑みその手を握り返す。そして、シュウトはそんな2人を守るように一歩前に出た。

 

「ボクが前に出る。

 フェイトはキャロちゃんを連れて後方から援護を」

 

「わかった!」

 

 その言葉と共に、シュウトは薔薇を構えながら走り出し、フェイトはキャロを抱きかかえながら空中へと飛ぶ。

 ヒュドラは自分に向かってくるシュウトを敵と認め、その9つの首が連続してシュウトを噛み砕こうと襲い掛かるが、それをシュウトはかわすと小宇宙(コスモ)とともに黒薔薇を構え、投げ放つ。

 

「ピラニアンローズ!!」

 

 噛み砕く黒薔薇が集中し、巨木の幹のようなヒュドラの首の一本を吹き飛ばす。

 だが、その光景にキャロは思わず叫んでいた。

 

「だ、ダメッ!?」

 

 ル・ルシエ族は優秀な竜召喚士、その力で果敢にヒュドラに挑んで敗北しているが、その原因はヒュドラの異常なまでの再生能力のせいだ。首を吹き飛ばしても首が倍に増えて生えるという生物としてあり得ない再生能力の前に、この集落は敗れ去ったのである。吹き飛んだ首が倍に増える光景を思い浮かべキャロが悲鳴のような声を上げた。

 だが、シュウトもフェイトも慌てることなくすぐに行動を起こす。

 

「フェイト!」

 

「サンダーレイジ!!」

 

 シュウトの言葉にフェイトから電光がヒュドラに襲い掛かり、肉の焼ける臭いが辺りに漂う。フェイトの放った『サンダーレイジ』はシュウトが放った『ピラニアンローズ』で砕けたヒュドラの首の断面を焼き焦がしていた。

 神話級怪物と戦う聖闘士(セイント)にとって、神話に対する知識は必須科目だ。伝承では、ヒュドラはヘラクレスが切り落とした首の断面を火で焼くことでその再生を防ぎ倒したとなっている。そのことを知っているシュウトとフェイトは、シュウトが首を破壊し、その断面をフェイトが魔法で焼き焦がすことで、神話のヘラクレスの必勝法を再現したのである。

 ヒュドラは苦悶の声を上げながらも、シュウトに喰らい付こうと首を操るが、シュウトの動きに翻弄されるばかりだ。

 

 首が4つまで減った時、ヒュドラも危機感を覚えたのかそれまでシュウトに喰らい付こうとしていた首たちが一斉に何かをため込むように首を引いた。そしてその口から紫の霧のようなものが放たれる。ヒュドラの毒である。シュウトを毒で動けなくしてから仕留めようというのだ。

 ヒュドラの毒は強力だ。射手座の元となったケンタウロスのケイローンの死因もヒュドラの毒であったしヘラクレスの死因もヒュドラの毒、正に必殺と言ってもいいほどに強力なのである。

 毒を放ったヒュドラの首の一つが勝ちを確信したのか小さく鳴く。しかし、次の瞬間その首はシュウトの放つ『ピラニアンローズ』によって打ち砕かれた。

 いかなる生物をも殺すはずのヒュドラの毒霧の中だが、シュウトは平然とした様子だ。それも当然、最強の毒使いの『魚座(ピスケス)』であるシュウトは如何なる毒も効かないのである。例えそれが神話級の毒であろうとだ。相性という点ですでにヒュドラはシュウトに勝てるはずがなかったのである。

 

 1つ、また1つと首が砕かれ、ついにヒュドラに残ったのは中央の一番巨大な首だけだった。破れかぶれのようにヒュドラの最後の首が極大の炎のブレスを放とうと息を吸い込む。それを見たシュウトは後ろに跳んで距離を開けた。

 

「君に悪気があったわけじゃないのかもしれない。

 この集落を襲ったのも、動物の狩りと同じ感覚なのかもしれない。

 でも、この場所であったような悲劇は繰り返させる訳にはいかない!

 だからボクの薔薇で、君は冥府(タルタロス)へと送り届ける」

 

 シュウトの小宇宙(コスモ)と共に、紅い薔薇が舞う。

 ヒュドラがシュウトに向けて炎のブレスを放った。シュウトはその炎に向かって真正面から高まった小宇宙(コスモ)を解き放った。

 

「ロイヤルデモンローズ!!」

 

 解き放たれた小宇宙(コスモ)は薔薇竜巻となり、迫り来る炎を真正面から吹き散らしながらヒュドラへと直撃する。ヒュドラの身体がボロボロと崩れ落ちていく。デモンローズの毒がヒュドラの身体を内側から蝕んでいるのだ。神話最大級の毒の魔物が、毒によって蝕まれていくのは何とも皮肉というか、滑稽な話である。

 ヒュドラは最後に断末魔の雄たけびを上げると、ボロボロと砕け散った。それは『ル・ルシエ族』をキャロ一人を残して滅亡に追い込んだ怪物の、あまりにあっけない最後だったのである……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ヒュドラを倒し『ル・ルシエ族』の遺体を弔ったシュウトとフェイトは、再び『龍神の滝』を訪れていた。神話級怪物の退治の仕事が終わったため、残ったもう一つの仕事である『龍神の滝』の調査のためだ。その隣には、フリードを抱きかかえたキャロの姿がある。

 今回の事件で天涯孤独になってしまったキャロをそのままに出来るはずもなく、シュウトとフェイトは、キャロに聖域(サンクチュアリ)へ来ないかと提案、幼いながら天涯孤独になってしまったことを分かっていたキャロは、この短い間ながら家族の仇をとり、優しい2人に懐いていたのでこれに頷いた。

 

「シュウ、本当にこの『龍神の滝』のことが分かったの?」

 

「まぁね、『ル・ルシエ族』に伝わってたこの地方の伝承を直に聞けたことが大きかったよ」

 

 キャロから『龍神の滝』の伝承を聞いた途端、この『龍神の滝』のことが分かったというシュウトに、フェイトは首を傾げる。

 伝承には『滝が逆流するとき再び現れる』という一節があるらしい。このフレーズで何をすればいいのかピンとこない転生者はいないだろう、とシュウトは苦笑した。

 

「ちょっとだけ離れていて。 ただし、いつでも動けるようには準備を」

 

 そうフェイトに伝えると、シュウトはゆっくりと小宇宙(コスモ)を高め始める。戦闘時のように小宇宙(コスモ)を高めるシュウトにフェイトは首を傾げながらも、言われるままにキャロの手を引いて一歩下がる。

 そして、それを確認してからシュウトは目の前の大瀑布に向かって飛び上がった。

 

「たぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 気合一閃、シュウトは小宇宙(コスモ)と共に滝を蹴りあげる。すると……。

 

「!?」

 

 まるで巻き戻し映像を見るかのように、大瀑布の水が逆流していく。それはまるで天に駆け昇る龍のようだ。その光景に圧倒され声も出ないフェイトとキャロの横にシュウトは降り立つ。

 

「やっぱり……思った通りだ」

 

 そう言ってシュウトが指差す先、それは大瀑布の水の壁の向こう、岩壁にぽっかりと洞窟が口を開けていたのだ。大瀑布が逆流しなければ、侵入はおろか気付くことすらできないだろう。

 

「恐らく伝説の元はあそこだ。 行こう」

 

 ここは『ル・ルシエ族』にとって神聖な場所、そこを部外者であるシュウトたちだけで立ち入るには抵抗があったことと、キャロが『ル・ルシエ族』の伝説について知りたいと強く希望したため、同行を許可している。シュウトとフェイトは、キャロとフリードを抱きかかえて洞窟へと一足飛びに降り立った。

 洞窟内は薄暗いが危険な気配はせず、むしろ清浄な小宇宙(コスモ)が漂っている。そんな洞窟内を進むことしばらく……ついにシュウトたちはその場所にたどり着くと、そこにあるものに全員絶句した。

 

 そこは地底湖のような澄んだ水辺、その中央の島には青銅色に輝く、ドラゴンのレリーフの入った箱が鎮座している。

 それは伝説とも言える青銅聖衣(ブロンズクロス)の一つ、『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』だ。

 だがしかし、少なくともシュウトはそれにはさほど驚いてはいなかった。何故なら、シュウトとしては龍伝説となれば『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』があり得るかもしれない、とは思っていたのだ。

 だが、そんなシュウトですら予想外のものがそこには一緒にあった。

 それは巨体だ。蛇のように長い身体を持つ巨体が、まるで『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』を守るように丸まりながら眠っている。その頭の角、牙、そして髭がその巨体の正体が蛇ではないと物語っていた。

 それは『龍』だ。西洋型の『ドラゴン』ではなく、東洋型の『龍』である。そして、そんな『龍』にシュウトは思い当たるものがあった。

 

「まさか……」

 

『……何者だ』

 

 そんなシュウトたちの目の前で、『龍』はゆっくりと目を開くとその身体を起こした。

 

『人か……ここを訪れる者がいるとは……』

 

 そこまで言うと『龍』は3人をジッと見つめた。

 

『……娘、お前はこの地の一族の者だな?』

 

「は、はい!」

 

 唐突に伝説の龍神様に声を掛けられ、キャロは跳ね上がるように勢いよく応える。

 

『なるほど、ならばこの懐かしさも納得できる。

 だがお前たち2人……お前たちから感じる、この懐かしさはこの聖衣(クロス)から感じるものに似ている……。

 聖闘士(セイント)というだけではない。

 この例えようもない懐かしさは一体何だ……?』

 

 自問自答のように呟く『龍』。そんな姿に、シュウトは思い当たるその可能性を聞いてみた。

 

「もしかして……『童虎』という名前に心当たりがありませんか?」

 

『童虎!? なんと懐かしい……お前は何故その名を知っている……?』

 

 その答えに、シュウトはこの『龍』の正体を確信した。

 

「やはり、あなたは童虎さんの師匠!?」

 

 そう、この『龍』は最愛の人を失った渇きに人外に堕ち、人のまま死ぬために亢龍となって天に昇ったはずの童虎の師だったのだ。

 そんな『龍』に、聖域(サンクチュアリ)には魂の存在になりながらも童虎が存在し、自分たちはそんな童虎からも教えを受けているのだと語る。

 

『そうか……魂となりながらも、あやつはまだこの世におったのか……』

 

 童虎の存在に頷く『龍』は、どこか嬉しそうだ。そんな龍に、今度はシュウトが尋ねる。

 

「あなたこそ何故ここに?

 あなたは天に昇り、人として死んだと聞いていましたけど……」

 

『……人外に堕ちたこの身に、人としての死など望めなかったということだ……』

 

 そして『龍』は語り始める。

 天に何処までも昇りその身を塵に変え死に絶えようとしていた『龍』だったが、その強靭な身体はそれで死を与えてくれることは無かったのだ。

 やがて、気の遠くなるような時間の果てに『龍』はこの世界へと降り立ったそうだ。

 再び孤独となった『龍』だが、そんな時いくつもの頭を持つ邪悪な蛇の怪物がこの地に住む人間を襲っているのを目撃した『龍』は人々を助け、その邪悪な蛇の怪物を封印したのだという。

 

「あのヒュドラを封じたのはあなただったんですね」

 

 色々納得をしながら、シュウトは先を促す。

 助けられた人間は『龍』に感謝し、それを『龍神』として崇め始めたという。それこそが『ル・ルシエ族』であり、『ル・ルシエ族』の龍信仰の原点はどうやらこの『龍』だったようだ。

 

『この永劫とも言える時の中の、一時の気の迷いのようなものだったが……悪くは無かった。

 恐れられたことはあっても、感謝などされたためしは無かったのでな……』

 

 そんな折、この世界に空から『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』が落ちてきたそうだ。『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』は童虎の血によって蘇った聖衣(クロス)、その懐かしい弟子の気配のするものを守るように眠りに付き、今日に至るというわけだ。

 

「えーと……『龍神』様でいいですか?」

 

『好きに呼ぶがいい。 自身の名など、とうの昔に忘れて久しい』

 

「それじゃ『龍神』様、実は……」

 

 話を聞き終えたシュウトは早速、この『世界』に迫るハーデスとの聖戦の危機を語る。

 そしてそのために『龍座聖衣(ドラゴンクロス)』を聖域(サンクチュアリ)に譲って欲しいと願ったのだ。

 

『……いいだろう、童虎の守った世界を再び守るため、持っていくがいい』

 

 『龍神』はそう言って、龍座聖衣(ドラゴンクロス)を差し出す。

 

「やったね、シュウ!」

 

「うん、これで任務完了だよ」

 

 無事任務が終わりそうなことにシュウトとフェイトは微笑みながら顔を見合わせる。その時、『龍神』がキャロに向かって言葉を発する。

 

『娘よ……名は何と言う?』

 

「は、はい! キャロ・ル・ルシエです」

 

『そうか……この地に住まう一族最後の子よ、すまなんだ。

 もしワシが目覚めておれば……いや、その昔封じるのではなく滅しておれば、お前の一族は生きていたやもしれん……』

 

「……いえ、龍神様のせいじゃないです」

 

 涙を讃えながら悲しそうに俯くキャロ、そのキャロに目線を合わせようというのか『龍神』は頭の位置を地面まで落として語りかける。

 

『娘よ……お前には大きな力が眠っている。 龍とともにある大きな力が』

 

「力?」

 

『左様。 娘よ、決して渇かぬよう真っ直ぐに育て。

 そして……どうしようもない困難に出会った時は、ワシを呼ぶがいい。

 その時、ワシは何時いかなる時でもお前を助けるために姿を現そう。

 龍の巫女よ……』

 

 優しく語りかける『龍神』に、何のことかわからないキャロは目をパチクリさせるばかりだ。

 それがアルザスを守護する最強の『龍神』との誓約だったのだとキャロが気付くのは、ずっと後のことである……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 聖域(サンクチュアリ)に戻ったシュウトたちは、すぐに報告のために教皇の間へとやってきていた。

 シュウトたちの報告を聞き、セージもハクレイも満足そうに頷く。

 

「2人ともよくやってくれた。

 神話級の魔物を討伐し、聖衣(クロス)の発見……十分な成果だ」

 

「『ル・ルシエ族』を救えなかったことは残念です……」

 

「シュウトよ、あまり自分を責めるな。

 我らは神ではない、出来ぬこともある。

 お前は自らのできることを全うしたのだ」

 

 『ル・ルシエ族』を救えなかったことに自罰的な発言をしたシュウトに、セージが言葉をかける。

 

「シュウト、老師(せんせい)が生きていたというのはまことじゃろうな!?」

 

「はい、間違いなく」

 

 話を聞いた童虎がシュウトに詰め寄る。そんな童虎に苦笑しながら、セージは一端落ち付くようにたしなめる。

 それに童虎はバツ悪そうに下がるが、セージが今度会いに行ってもいいという話をすると童虎はまるで少年のように喜びを露わにした。

 

「これが龍座聖衣(ドラゴンクロス)かぁ……」

 

 話を聞きつけてやって来た快人を始めとした現役の黄金聖闘士(ゴールドセイント)は興奮したように龍座聖衣(ドラゴンクロス)を触っているが、それほど過去の聖戦に詳しくないなのはたち女の子側から見ると、今さら青銅聖衣(ブロンズクロス)で騒いでいる男たちの様子に首を捻っていた。

 やがて報告は進み、唯一生き残ったキャロも聖域(サンクチュアリ)で引き取ることに満場一致で決定し順調に報告は進む。

 そんな中、今回のヒュドラの話をした時に快人がポツリと呟いた。

 

「なーんか引っかかるなぁ……」

 

「どういうこと、快人くん?」

 

 首を捻る快人に、なのはが聞く。

 

「いや、前にも似たような話あっただろ?

 ほら、お前らが倒したエウリュアレ、あれも封印が解けて復活した系のやつだったじゃん。

 あの手の神話級怪物の封印ってのはそれこそウン千年、ウン万年クラスだ。

 それがここ近年にそこらじゅうでポロポロ解けるってのはちょっと出来過ぎてねぇか?」

 

「……つまり快人、お前は『誰かが人為的に各地の神話級怪物の封印を解除している』、と?」

 

「まぁそうなんだけど……冥王軍にとっても神話級怪物も邪魔者だから、冥闘士(スペクター)の連中がそれをやるってのはどうもメリットが少ないような気がしてな」

 

 『敵の敵は味方』という言葉があるが神話級怪物なんて暴れまわる天災のようなものだ。制御できない天災は自分のところに被害を出す可能性もあるし、ハーデスの性格上そう言ったことはしないタイプ、その部下である冥闘士(スペクター)がそれをやるとは思いにくい。そのため快人も『冥闘士(スペクター)陰謀説』を唱えきれないでいる。

 結局のところ、今後も警戒と情報収集に励むことで解散ということになったが、全員の心の中では陰謀めいたものを感じずにはいられなかった……。

 

 




そんなわけで次世代を担う2人目、キャロちゃんさんが登場しましたが……凄い魔改造です。
こちらのキャロちゃんはヴォルテールのかわりに、廬山百龍覇をぶっ放す童虎のお師匠様である龍神様を召喚する『龍神召喚』を使ったりします。
……次世代最強じゃなかろうか、この子?

次回はすずかの提案する聖域強化計画のお話の予定。
では、次回もよろしくお願いします。


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第57話 少女、発想する

久しぶりの更新になりました。

今回は天才すずかさんと、聖闘士星矢においてずっと思っていたことの話です。



 ここは聖域(サンクチュアリ)の最重要施設、教皇の間。そこでは今日も、この場の主とも言うべき教皇セージと教皇補佐ハクレイがいる。

 

「うーむ……」

 

「むぅ……」

 

 しかし、今日の2人は何とも言えない難しい顔をしながら手元の書類を見ていた。そんな2人の前には1人の少女がセージたちの反応を今か今かと窺っている。

 そしてひとしきり書類の内容を読み終えたセージが書類から視線を少女へと移した。

 

「この計画だが……本気なのかね、すずか嬢?

 本気でこの計画を実行に移したいと?」

 

「はい!」

 

「うーむ……確かにすごい計画ではあるが……」

 

 セージに問われ少女―――すずかは当然と答えを返す。

 そんなすずかセージはどこか困り顔で顎をさすると、兄であるハクレイにチラリと視線を送るが、ハクレイは「ワシに聞くな」とばかりに肩を竦める。

 そんな時、すずかの傍らに居たシオンがすずかを後押しするようにセージたちへと語りかける。

 

「教皇様たちの疑問ももっともでしょう。始めに相談を受けた私も、同じような気分でした。

 しかし、このアイディアは本当に素晴らしい!

 聖戦まで差し迫った現状です。 ものは試しというだけでも是非やらせていただきたく思います」

 

「ふーむ……」

 

 シオンらしからぬ、幾分興奮した後押しの言葉を聞きセージは再度顎をさすると、決心したように頷いた。

 

「……いいだろう、教皇としてこの計画の実行を許可しよう。

 資材についても、必要な分は好きに使ってもらって構わない。

 ただし自身の学業や生活に決して害を及ぼさぬようにしなさい」

 

「はい!」

 

 セージからの許可に、すずかは花が開くような笑顔で答えると早速と言った風に教皇の間から出ていく。その後を追いシオンも一礼すると教皇の間から出て行った。2人が退出するのを見届けると、セージは傍に控えるハクレイへと話しかける。

 

「この発想と行動力……兄上がすずか嬢を可愛がるのがよく分かります」

 

「そうだろう……と言いたいところだが、今回の『コレ』はさすがにワシでも予想外だ」

 

 そう言って視線を手元の書類に移し、ハクレイはそこに書かれた題名を呟いた。

 

「簡易聖衣(クロス)新造計画か……」

 

 それは雑兵用聖衣(クロス)とも言うべき、量産型聖衣(クロス)を作成しようという計画だった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 すずかが量産型聖衣(クロス)を作成しようという発想に至るまでには、しばらく時を遡らなければならない。

 その日の夕方近く、すずかは友人でありパライストラ生徒であるロニス=アルキバとのお茶会を楽しんでいた。ロニスはパライストラの訓練服となっている布の服だけの姿である。

 

「……ん、美味しい」

 

「お菓子もあるよ。 どんどん食べて」

 

 すずかの勧めに菓子をパクつくロニスに、なんだかリスのような小動物へ餌付けしているみたいだとすずかはクスリと笑みを漏らす。そのときすずかは菓子へと伸ばしたロニスの手を見て、顔をしかめた。

 

「ねぇ、ロニスちゃん……手、痛くないの?」

 

 ロニスの手はおよそ少女のものとは思えないくらいに傷だらけだ。

 聖闘士(セイント)の戦いは拳による格闘が基本、そのため聖闘士(セイント)を目指す者が集まるパライストラでは当然ながら拳を鍛え抜くわけだが、彼らの標準装備として配布される革製プロテクターでは手を保護しきれず、手の傷などは当然である。

 

「ん……平気」

 

 傷だらけの手にすずかは心配そうに問うが、とうの本人は気にした様子もなく答えると変わらず菓子をパクつく。その様子にすずかはその話題にはそれ以上触れなかった。

 この話題が再び出てきたのはその日の夜、総司との会話でだった。

 

「えっ、雑兵の人たちってあの装備で聖戦の時も戦うの?」

 

「ああ……」

 

 ベッドの中ですずかが驚きの声を上げ、総司が頷く。

 毎回のようにベッドに潜り込んでくるすずかを指摘することもバカらしく、もはやこの状況に完全に慣れてしまった自分に総司は若干呆れながらもすずかの求めるまま、まるで寝物語のように過去の聖戦などの知識を語っていた最中雑兵の装備の話になり、実戦でも雑兵の装備は布の服と革製プロテクターだったと語った反応がこれだ。

 

「それって凄く危険なんじゃないの?」

 

聖衣(クロス)を纏った聖闘士(セイント)ですら戦死する戦場に出るんだ、危険に決まっている。

 実際、過去の聖戦でも数えきれないほどの雑兵が散った……」

 

 そして総司は比較するように他の軍……ポセイドン軍やハーデス軍の雑兵の話をする。両軍とも雑兵とも言える兵はいるが全員が簡易的なものながら鱗衣(スケイル)冥衣(サープリス)を纏っており、アテナ軍の革製プロテクターとは雲泥の差だ。

 

「過去の聖戦では余ってた聖衣(クロス)を雑兵の人たちに貸してあげるとか、そういうことは出来なかったの?」

 

「冷静に考えてくれ。

 『聖衣(クロス)を纏えない位の小宇宙(コスモ)』だから雑兵なんだ。

 小宇宙(コスモ)のない者の纏う聖衣(クロス)がどんな物かはお前の方が良く知っているだろう?」

 

「それもそうだね。

 それに聖衣(クロス)だって『88』しかないし……」

 

 小宇宙(コスモ)を十分循環させなければ聖衣(クロス)はただの粗悪なプロテクターだ。雑兵が纏っても戦力にはならない。

 それに聖衣(クロス)は最大でも『88』という明確な数的制限がある。何かしらの手段(なのはたちの使う黄金の腕輪など)で小宇宙(コスモ)の問題を無理矢理解決したとしても、雑兵に装備させるなど数が絶対的に足りな過ぎる。

 そんなふうにすずかは考えていたが、意外にもこのことは総司によって否定させられた。

 

「いや、聖衣(クロス)の数が『88』というのはどうかな?」

 

「?

 聖衣(クロス)って全部で『88』なんでしょ?」

 

 聖衣(クロス)が88体というのは常識の話で、すずかも最初の最初に教わっていた。その内容を否定する総司の言葉にすずかは首を捻る。

 

「確かに一般的には聖衣(クロス)は『88』の星座を模した分……と言われているが、これが怪しい。

 有名なところでは鷲座や鶴座は同じ星座をモチーフにしながら『白銀聖衣(シルバークロス)』と『青銅聖衣(ブロンズクロス)』の2種類があるという。同じような事例がチラホラあり、正直ハッキリしない。

 一説には聖衣(クロス)の総数はまさしく『星の数ほど』であり、聖域(サンクチュアリ)が正確に掴んでいるのが『88体』というのが正しいという話もある。

 それに……亜種とも呼べる聖衣(クロス)もある」

 

聖衣(クロス)の亜種?」

 

「『炎熱(フレイム)』や『水晶(クリスタル)』といった星座以外の精霊などをモチーフにしたもののことだ。総数に関してはハッキリしないが、相当数があると思う。

 他にはブルーグラードにいたという『氷戦士(ブルーウォーリアー)』の纏う鎧も聖衣(クロス)の亜種とも言える。『氷戦士(ブルーウォーリアー)』の始祖は海神ポセイドンの監視のために派遣された聖闘士(セイント)がそのまま帰化した者だという説があるくらいだからな。

 そう言った亜種も『聖衣(クロス)』として勘定していいなら、『88』という数は容易く超えられるだろう」

 

 総司の話に、なるほどとすずかは頷く。ようは『どこからどこまでを聖衣(クロス)と考えるかによってその数は変わる』ということだ。

 そして、そんな聖衣(クロス)の亜種の話の中で総司は興味深い、あの聖衣(クロス)の話をした。

 

「亜種の聖衣(クロス)の中で最も有名なのは、やはり『暗黒聖衣(ブラッククロス)』だろうな」

 

「『暗黒聖衣(ブラッククロス)』……いくつか聖域(サンクチュアリ)に保管されてるらしいけど見たことないなぁ。

 話には聞いたことがあるけど、黒い聖衣(クロス)なんだっけ?」

 

「そうだ」

 

 そう言って総司は頷く。

 『暗黒聖衣(ブラッククロス)』……出自不明の謎の黒い聖衣(クロス)で、それは正規の聖衣(クロス)瓜二つの姿をしており、また同一星座の聖衣(クロス)が複数存在(暗黒鳳凰星座(ブラックフェニックス)暗黒龍座(ブラックドラゴン)など)していることも確認されており、その数は相当なものだと推測される。

 一説によれば聖衣(クロス)を模して量産されたもので、黒いのはオリハルコン・ガマニオン・スターダストサンドなどの希少な神秘金属を少なくし、代わりに通常金属を多く織り交ぜたせいで変色しているのでは、とか。

 そのせいか通常の聖衣(クロス)と比べ纏うことは容易だったのかもしれない。実力や素行などのせいで正規の聖闘士(セイント)に成れずに聖域(サンクチュアリ)を離反した暗黒聖闘士(ブラックセイント)たちが自分たちの象徴として纏い、『暗黒聖衣(ブラッククロス)』そのものもあまり良い評判はない。

 

「とにかく『聖衣(クロス)』の総数に関しては、実は相当数があるというわけだ」

 

 そう考えたら、今聖域(サンクチュアリ)が必死で行っている次元世界各地での聖衣(クロス)発見のための調査など、何時になったら終わることやら……そう言って総司は話を締めくくると目を瞑り、本格的に寝に入った。

 その隣ですずかも目を瞑る。だがすずかとしては先ほどの話、特に『暗黒聖衣(ブラッククロス)』についてが頭の中でずっとまわり続けていたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 翌日からの、すずかの行動は早かった。

 

「『暗黒聖衣(ブラッククロス)』の修復をしてみたい?」

 

「はい……」

 

 翌日、聖衣(クロス)修復の修行の際にすずかはシオンにそう願い出ていた。

 聖域(サンクチュアリ)には今までの聖衣(クロス)回収の中で発見された『暗黒聖衣(ブラッククロス)』の数点が保管されているが、誰もそれに触ることは無かった。

 過去を知る聖域(サンクチュアリ)上層部や現役黄金聖闘士(ゴールドセイント)からも『暗黒聖衣(ブラッククロス)』にいい印象などあろうはずもなく、かといって野放しにはできないという理由で研究や修理などされることなく保管されている。

 

「すずか、何故そんなことを?」

 

「純粋に興味です。

 私は聖衣(クロス)なら黄金聖衣(ゴールドクロス)から青銅聖衣(ブロンズクロス)まで修復したことがありますけど、暗黒聖衣(ブラッククロス)を修復したことは無いので……」

 

 その言葉に、シオンは腕を組んで少し考える。

 聖衣(クロス)の修復は非常にデリケートなものだ。聖衣(クロス)の修復中には聖衣(クロス)の記憶した『歴史』が見えることがあるのだがそれが問題だ。

 シオンもその昔、その光景を芝居でも楽しむように陶酔したことがあり、その『歴史』の生々しさはよく知っているし、すずかに見せたこともある。それが『暗黒聖衣(ブラッククロス)』であったのなら、聖衣(クロス)の知る『歴史』は正直に言ってあまりよろしいものではない。

 シオンとしても可愛がっているすずかにそんなものを見せて悪影響を与えたくないため今まで『暗黒聖衣(ブラッククロス)』そのものの話題を避けていたのだが、すずかの方から言いだしてくるとは意外だった。

 確かにすずかの言う様に聖衣(クロス)修復師としての向上心なら、それを無碍にするわけにもいかないとシオンも思い至る。

 

「いいだろう。 ただし、気分が悪くなったらすぐに作業をやめるように」

 

「はい」

 

 そう言ってシオンが持ってきたものは聖域(サンクチュアリ)で保管されていた暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)であった。全体的にひび割れているが、損傷状態は比較的軽い。これならば血液は必要ないだろう。

 早速、破損した左アームを手に取り、スターダストサンドとガマニオンを振るうとすずかは金槌を振り下ろした。

 

「!?」

 

 その途端、強烈なヴィジョンがすずかの脳裏に飛び込んでくる。それは暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)が知る『歴史』、その光景は凄惨なものだ。

 力のままに暴虐を繰り返す男に、無慈悲に刈り取られていく命の光景が鮮明にすずかへと流れ込んできた。その勢いはすずかが金槌を振るえば振るうほどより強力になる。

 それはまるで暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)が修理されることを拒んでいるかのようだった。

 だが、苦しそうに顔を歪めながらもすずかは金槌を止めない。

 それは何だか暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)が、手負いの獣のように思えたからだ。

 

「大丈夫、大丈夫……。

 あなたは何も悪くなんかない。 今見せた『歴史』だって、あなたを悪用した昔の人たちの罪、あなたには何の罪もないよ。

 だからお願い、私にあなたを直させて」

 

 すずかはそんな風に諭すように囁きながら修理を続ける。

 聖衣(クロス)は結局のところ、ただの道具だ。それ自身に善悪はない。

 その善悪は使う者の倫理観のみに左右される。

 そのため纏いやすく、そのために悪い人間に象徴とされ悪事の原動力となった『暗黒聖衣(ブラッククロス)』に対して、すずかは同情的だったのである。

 そのすずかの声が聞こえたのか、暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)が見せる『歴史』がゆっくりとすずかの脳裏から消えていく。

 

「ありがとう、分かってくれたんだね……」

 

 そんな風に微笑みながらすずかは暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)を手際よく修理していく。

 その光景を見ながらシオンは改めてすずかの才能に震えた。

 

(まさしくこの子は、すべての聖衣(クロス)から愛される星の元に産まれた子だ)

 

 聖衣(クロス)は道具だが、意思を持っている。聖衣(クロス)の修理には技術だけでなく彼らに愛されることも重要だ。

 その意味で通常の聖衣(クロス)だけではなく、『暗黒聖衣(ブラッククロス)』とまで心を通わす、すずかの聖衣(クロス)修復師としての底知れぬ才気と優しさにシオンは自分が彼女の師でいられる時間はそう長くないかもしれない、と心の中でひとりごちた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 シオンも席をはずし、暗黒蠅座(ブラックムスカ)聖衣(クロス)の修復に区切りがついたところですずかは額の汗を拭うと呟いた。

 

「……確かに、神秘金属の量が普通の聖衣(クロス)よりも少ない」

 

 すずかが暗黒聖衣(ブラッククロス)の修理を願い出た理由、それは総司の話していた内容を自分で確認するためだった。

 実際に自分で修理し、その構成素材の神秘金属の含有量が通常の聖衣(クロス)よりも少ないことを確認する。それでも小宇宙(コスモ)増幅効果や防御力上昇、重量軽減といった効力は無くなっていない。

 

「これなら……いけるかも!」

 

 すずかの考えは『暗黒聖衣(ブラッククロス)』を参考に、雑兵のための簡易聖衣(クロス)を製造することだった。

 聖戦は文字通りの総力戦、雑兵だって聖域(サンクチュアリ)の重要な戦力である。

 雑兵は一般的に雑魚のように思われているが実は違う。聖闘士(セイント)の候補として修行を積み、僅かながらに目覚めた小宇宙(コスモ)と厳しい修行で培った身体能力は目を見張るものがある。原作におけるカシオスや、LCにおいてのちに牡牛座(タウラス)となるテネオの聖戦時代などを見れば分かるが、その力は大岩を動かし、その大岩を砕くほどだ。雑兵も一般から見れば十分に『超人』の領域の存在なのである。

 だからこそ、過去の聖戦の話を聞き、聖戦でも革製プロテクターで戦わざる得ないという話を聞いて、彼らの生存性を高める防具の作成を思いついたのだ。

 そこで参考としようとしたのが『暗黒聖衣(ブラッククロス)』である。

 雑兵が扱うなら、何より『纏えること』が重要になる。そこで要求小宇宙(コスモ)量が少なく、それでも小宇宙(コスモ)増幅効果や防御力上昇、重量軽減といった聖衣(クロス)特有の効果を保持している『暗黒聖衣(ブラッククロス)』を参考にしようとしたのだ。

 『暗黒聖衣(ブラッククロス)』ほどの性能は無くても聖衣(クロス)として最低限の機能を備えた、『雑兵のための聖衣(クロス)』……それがすずかの考えた簡易聖衣(クロス)のコンセプトである。

 

「……よし!」

 

 思い立ったが吉日である。

 その日の夜には総司を巻き込んで計画の素案を作成、修正を繰り返し、しばらくの後にはそれをシオンに見せていた。

 その計画を見せられたシオンの衝撃は並大抵ではなかった。

 

「『聖衣(クロス)』を……創るだと?」

 

「『聖衣(クロス)』といっても本格的なものじゃなく本当に簡単な、雑兵の人たちのための防具ですよ、シオンさま」

 

 そうニコニコと語るすずかに、シオンは唖然とする。聖衣(クロス)新造……そんなことはシオン自身、考えたこともなかったからだ。

 スカリエッティたちの開発した『鋼鉄聖衣(スチールクロス)』は、『聖衣(クロス)』の名前を冠してはいるが実際は魔導士の魔法強化のための外部ユニットでしかない。それとは違い、本当の意味で小宇宙(コスモ)を使うものに対応した『聖衣(クロス)』を新造しようなど、恐らくすずか以外の誰も考えたことはないだろう。

 シオンがそれらを考えなかった理由はいくつかある。

 まず一つは『聖衣(クロス)』に対して絶対不可侵なほどの深い神性を抱いていたことだ。『聖衣(クロス)』は神話の時代から伝わる、神の技術の産物。それを人である自分たちが造ることは不可能だと、最初から考えていたのだ。

 しかしすずかはクリスマスを祝い、年末は除夜の鐘を聞き新年には神社に参拝するという、現代的な日本人だ。良いか悪いか、『神』に対する想いはそこまで深くない。そのため『聖衣(クロス)』についても『道具』として冷静に見れていたのである。

 そしてもう一つ、シオンがそれらを考えなかった理由は単純に材料の問題だ。

 元々聖衣(クロス)修復に必要なオリハルコン・ガマニオン・スターダストサンドなどの神秘金属はその量が極端に少ない。そのため、それら神秘金属を大量消費することが前提である聖衣(クロス)の新造など、物理的に不可能だったのである。

 しかし、今の聖域(サンクチュアリ)は女神さまたちのおかげでそれらの鉱物資源に関してはそれこそ腐るほどある。

 まさにこの『世界』の、すずかだからこその発想であった。

 

「どうでしょう、シオンさま……?」

 

「……」

 

 上目づかいに尋ねるすずかに、シオンはしばし無言だ。それも、シオンは心の中で興奮に打ち震えていた。

 

(この子は……本物の天才だ!

 間違いなく、聖域(サンクチュアリ)に無くてはならない子だ!!)

 

 そんな才気溢れるすずかを指導する立場にいるという今の運命にシオンは感謝すると、その書類を片手に立ちあがった。

 

「行くぞ、すずか。 これだけのこと、行うには教皇様たちの許可が必要になる」

 

「え、それじゃ……」

 

「凄い……このアイディアは本当に凄いぞ、すずか!

 すぐにでも教皇様たちからの許可を貰わねば!」

 

「は、はい!」

 

 シオンも聖衣(クロス)修復師という、いわゆる技術者の1人だ。すずかのアイディアに思うところがあったのか、幾分興奮気味である。

 

 

 こうして教皇の認可を受け始まった『聖衣(クロス)新造プロジェクト』は金属配分に加工など様々な試行錯誤を繰り返し、1年の後には一つの結果を生み出す。

 それが雑兵用簡易聖衣(クロス)……『擬似聖衣(デミクロス)』の誕生である。

 ヘルメット・手甲・胸当てという簡素な造りながら、ごく微量の小宇宙(コスモ)増幅効果や防御力上昇、重量軽減といった聖衣(クロス)特有の効果を保持したそれは、雑兵の戦力化・生存性の上昇に大いに貢献することになるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふむ……」

 

 セージは教皇の間に併設された書斎で各種種類に目を通す。様々な報告を見ながら思案するセージの元に、ハクレイが書類を片手にやってきた。

 

「兄上、どうですかな? すずか嬢の造った『擬似聖衣(デミクロス)』の方は?」

 

「うむ。 あれは凄い。

 今までの革製プロテクターなどとは比較にならん防御力の上、攻撃力も問題ない。

 さすがはすずか嬢だ、ワシの見込んだだけのことはある。

 難を言えば通常金属を多量に混ぜたために、真っ黒になっていることか。

 暗黒聖衣(ブラッククロス)より黒く、縁起が悪いわい」

 

「そこは後で塗装でもいたしましょう」

 

 まるで老人の孫自慢のようにすずかを誇るハクレイに、セージは苦笑する。しかしセージがなのはを語る時と今のハクレイの姿はまるで同じであり、そのあたり兄弟ゆえに血は争えないようだ。

 

「……聖域(サンクチュアリ)は変わりましたなぁ、兄上」

 

「うむ。 ワシらの聖戦の時とはまるで違う。

 より良く未来に進もうとする意思……これが『次代』というものなのだろうな」

 

 ハクレイの言葉に、セージはしみじみと頷いた。

 

「と、そう言えばまた管理局から例の話が来ておったな。

 どうするつもりだ?」

 

 管理局からの話というのは、近々卒業となるパライストラ一期生たちがどれほどの強さを持ったのか見せろという要請だ。

 あの『雪上会戦』以後、聖域(サンクチュアリ)をあなどる様な者も管理局にはおり、何かにつけては聖域(サンクチュアリ)にケチをつけては抗議を繰り返している輩もいる。

 今回の話もそう言った『反聖域(サンクチュアリ)勢力』からの、聖域(サンクチュアリ)不要論の一環だ。未だに魔法至上主義を唱え、聖闘士(セイント)無しで破滅の予言にある『聖戦』を超えられると信じている者がいるのである。

 セージたちもそう言ったふざけた話は無視していたし、基本的に神秘主義的な聖域(サンクチュアリ)に『反聖域(サンクチュアリ)勢力』側も増長していた訳なのだが……。

 

「それですが……快人の案を採用しようかと考えています」

 

「ほぅ、それでは……」

 

「管理局を招き……パライストラ一期生による『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』を開催します!」

 

 その言葉にハクレイが笑う。

 『反聖域(サンクチュアリ)勢力』は聖域(サンクチュアリ)の力を不信がっている、なら出し惜しみせず盛大に見せつけてやればいい……そう言って快人は『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の開催を提案したのだ。

 

「やれやれ……随分と派手な卒業式じゃな」

 

「派手で無くては。

 少なくとも冥闘士(スペクター)に着こうと考える者を出さぬよう、我ら聖域(サンクチュアリ)の力を見せつけてやりましょう」

 

 かくしてパライストラ一期生たちによる格闘大会、『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の開催が決定したのである……。

 

 

 




そんなわけで聖闘士星矢原作でずっと思っていた、アテナ軍の雑兵待遇悪すぎの改善でした。
あと、この物語での聖衣についての見解です。
正直、聖衣と聖闘士が『88』ではΩのパライストラなど開校できないと思いますので、こんな解釈になりました。
あと暗黒聖衣の話題について。暗黒聖衣って使っている人間が悪いだけで不憫だなぁと思います。正直、性能は悪くないのに。
暗黒聖闘士の話題はまた今度。

次回から数度に分けてこの『聖域飛翔編』のキモ、オリジナル聖闘士たちの卒業式とも言える『銀河戦争編』に突入します。

次回もよろしくお願いします。


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幕間 湯治に行こう

感想などで『日常回を』という声もあり、自分も最近日常的な話を書いていないことに愕然。
そのため、本来今回から『銀河戦争編』に突入するつもりでしたが、今回と次回は予定を変更して少年と少女たちの平和な日常の話を投稿します。

時系列的にはすずかが擬似聖衣を開発中の一年間の間の話です。


「はぁはぁ……」

 

 熱のこもった息を何度となく吐き出す5人の美少女たち。

 この美少女たちはなのは・フェイト・はやて・すずか・アリサの聖域(サンクチュアリ)5人娘である。

 さて、そんな5人はだらしなく口を開いて息をつき続ける。それもそのはず、辺りは相当の熱を持った活火山地帯、そしてそんな場所を5人娘は前進中であった。

 何故、彼女たちがこんなところにいるのか……その説明のためには少々時間を遡らなければならない。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「え、湯治?」

 

「そう」

 

 なのはの言葉にすずかが頷いた。

 ここはいつもの聖域(サンクチュアリ)、今日も今日とて一仕事を終えて帰還したなのは・フェイト・はやての白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)3人娘は教皇セージへの報告の後、合流したすずかとアリサと共にお茶を楽しんでいた。

 そんな席で姿の見えない黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちの行方が話題になり、それに対する回答が冒頭の言葉である。

 

「なんでも疲れを癒すために5人みんなで湯治に行ったんだって」

 

「それって、さ……」

 

「うん、何かズルないか?」

 

 すずかの説明に、フェイトとはやてがいかにも不満そうに顔を見合わせる。彼女たちとて毎日のように忙しく過ごしている身だ。なのに黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちだけそんな優雅なことをしているのは何とも不公平な話である。

 

「しかもよ、シャウラったら私にすら全然そのことを話さなかったの。

 男だけで内緒でいくなんてコソコソして嫌な感じ!」

 

 アリサが不満そうに口を尖らせる。

 なのはたちも誰一人としてその話は聞いていない。そもそもこの話の出所はハクレイだ。すずかが総司の行方をハクレイに問いただしたところ、教えてもらった話である。そんな自分たちをのけ者にして自分たちだけで湯治に向かった黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちに全員が不満げだ。

 そんな4人を見渡しながら、すずかはゆっくりと言う。

 

「ねぇみんな、今からでも私たちも湯治に行かない?

 実はハクレイおじいさまから場所聞いてるんだ。

 聖闘士(セイント)の昔から有名な保養地なんだって」

 

「お、ええなそれ!」

 

 すずかの声に即座にはやてが頷き、他のみんなも頷いて満場一致でなのはたちは黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちを追って自分たちもその保養地へと向かおうとする。

 

「それで、その保養地ってなんてところなの?」

 

 すでに全員が乗り気な中、なのははその目的地の名前を聞いた。

そしてその答えは……。

 

「うん、地中海にある『カノン島』ってところなんだって」

 

 そんなトンデモナイ答えだったのである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「シュウたち、一体どこにいるんだろう?」

 

 あまりの暑さに水筒の水で喉を鳴らしながら、フェイトは辺りを見渡す。しかしそこにあるのは行けども行けどもゴツゴツとした荒地のみ。

 

「そもそも、ここ本当に保養地なの?」

 

 アリサもだらしなく犬のように舌を出し、水筒の水で水分を補給しながらそうぼやく。

 彼女たちとしては日本の温泉街のようなものを想像してやってきたわけであるが、そんなものは影も形もない。

 しかし、そんなアリサの疑問の声をすずかとなのはが打ち消す。

 

「ハクレイおじいさまが嘘をつくはずないよ」

 

「私も出る前にセージおじいさんに確認をとったから間違いないの」

 

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちがここに来ていることは間違いがないらしいが、とてもではないがここは保養地とは言い難い。

 ともかく、黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちを見つけて合流しないことには始まらない。

 5人娘は色々思うところはありながらも、再び進み始める。その時だった。

 

「ふぃ……効くなぁ、こりゃ」

 

 何処からかそんな声が聞こえる。

 

「今の声……快人くんだ!」

 

「恐らくあの岩場の向こう!」

 

 フェイトの言葉に、全員が気力を振り絞ってその岩場をよじ上る。

 そしてそこには……。

 

「ふぃ……いやぁ、こりゃいい」

 

「本当だよね、兄さん。 さすが聖闘士(セイント)に代々伝わっていた保養地だよ」

 

「うむ。 汗と共に日々の疲れが取れて行くのが分かるな」

 

「やはり疲れを取るならここだな。 俺も仕事の合間にこまめに来ることにしよう」

 

「いいなぁ、総司くんは。 僕もなるべくは来たいけど、仕事もあってなかなか来れないんだよね」

 

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)5人は温泉やサウナにでも浸かりながらのようにリラックスして和やかに話しているが、そこは普通ではなかった。

 ゴボゴボと吹きあがるマグマの海の真ん中の岩場で、5人は腰かけていた。その周囲はマグマの熱で地獄のような暑さである。

 そんな中で噴煙に身を沈めながら男5人は取り留めもない世間話に花を咲かせている。その光景になのはたちは空いた口が塞がらなかった。

 

「ん、あれ、なのはたちじゃないか!」

 

 そうしているうちに快人がなのはたちに気付くと、快人はマグマの海に飛び込み、マグマの海を『泳いで』渡る。

 そしてプールから上がるかのように軽やかにマグマの海から上がってくると、清々しい顔でなのは達に話しかけた。

 

「なんだ、お前らも湯治に来たのかよ。

 ほら、いい湯だぞ。

 遠慮せずに入ってけよ」

 

 見れば他の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちもこっちに来いとばかりに手を振っている。

 それを見て少女たちは声を揃えて言い放つ。

 

 

「「「「「できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」

 

 

 人間としてどこか間違っている男どもの様子に、少女たちは心の底からの叫びを上げたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぅ……」

 

 夜も10時をまわった頃、総司は月を眺めながらゆっくりと湯を楽しんでいた。

 ここはカノン島の北部に位置する、シャウラの実家『ルイス・インダストリー』の出資によって造られた温泉リゾート施設の露天風呂である。

 

 昼間の少女たちの叫びからその後のことである。

 古くから伝わる聖闘士(セイント)の保養地、カノン島。その噴煙に身を浸すと、聖闘士(セイント)の傷は小宇宙(コスモ)と共に癒え、聖衣(クロス)も息を吹き返すという。しかし、それぞれの力に見合った保養ポイントというものはある。

 昼間のあの場所は黄金聖闘士(ゴールドセイント)級の小宇宙(コスモ)を持つ者くらいでしか立ち入れない保養ポイントであり、昼間の5人は完全に少女たちをからかっていたのである。

 近くには洞穴のような場所があり、そこはなのはたち3人娘でも使用できるような保養ポイントだった。そこに案内するとなのはたち3人はその身体に入り込んでくる雄大な小宇宙(コスモ)に、なるほどここは聖闘士(セイント)の保養地なのだと納得したものの、一般人であるすずかとアリサにしてみればただの天然サウナである。そうでなくても箱根のような温泉街を想像していた5人娘は皆、不満であった。

 そんな時にシャウラが一言。

 

「じゃあ、宿の方に行こうよ」

 

 聞けば、ここを聖闘士(セイント)の保養地だと最初から知っていたシャウラはこのカノン島に保養のための温泉リゾート施設を造っていたそうだ。極力島の景観を壊さないようにと、港のあるカノン島南側から真逆の、北側にあるという。

 案内されたそこは、流石と言うべきか凄い施設であった。巨大な温泉リゾート施設の中は日本風の風呂や、古代ローマ風のテルマエなど世界各国の風呂を体験できる施設になっていた。また、ここカノン島の温泉は非常に身体に良いらしく、温泉治療のための病院なども併設されている。

 結局、合流した少年少女10人は身体を癒す温泉旅行を楽しむことになった。

 地中海の海の幸に舌鼓をうち夜も更け各々が自由行動をする中、総司は1人露天風呂へと入っていた。

 実は、総司は双子座(ジェミニ)のさがか結構な風呂好きである。日々、すずか付きの執事として奮闘する総司にとって、風呂はゆったりと1人になれる至福の時だった。

 

「ふぅ……」

 

 幸いなことに、今この風呂には自分以外誰もいない。月村家の風呂も広いがさすがにここの大きさには負ける。そんな風呂を占有していることに、総司の気分も緩み切っていた。だから総司は気付かなかったのである。ある意味、敵などよりよっぽどたちの悪い爆弾の接近を……。

 

 

ガラリッ

 

 

「むっ……」

 

 扉の開く音とペタペタという床を歩く音、どうやら自分1人でこの風呂を占有出来る時間は終わってしまったらしい。そのことに総司は小さくため息をつくと、ゆっくり目を瞑る。そんな総司に、耳を疑う声が入ってきた。

 

「こんばんは、総司くん」

 

「!!? す、すずか!?」

 

 慌てて見れば、そこにはバスタオルを纏っただけのすずかの姿が。

 

「な、なにを考えてるんだ?

 ここは男湯だぞ!?」

 

「あ、大丈夫だよ。

 入り口に掃除中の札、出しておいたから」

 

「そういう問題ではないだろ!?」

 

 日頃冷静なことがウリの総司らしからぬ混乱ぶりである。そんな総司の様子に、すずかはどこか満足そうに微笑むと、上目づかいで拗ねたように口を尖らせながら言った。

 

「だって……せっかくだから総司くんと一緒にお風呂に入りたくって」

 

「いやいや、だからと言って男湯に入ってくるのはおかしいですよ、お嬢様!」

 

「ねぇ、総司くん。

 一緒にお風呂入ろ?」

 

 ぶんぶん首を振りながらの大混乱中の総司に、すずかはどこか妖艶な微笑みのまま、風呂の傍までやってくる。

 

「すずか、待て! いいから待て!」

 

「えー、お湯に入らないと風邪ひいちゃうよ」

 

 そう言って楽しそうにバスタオルに手を掛けるすずかを前に、最強の黄金聖闘士(ゴールドセイント)の下した判断は……。

 

「だぁぁぁぁ!!」

 

「あ、待って総司くん!!」

 

 全力の逃亡であった。

 総司はすずかの脇を通り抜け、一目散に脱衣所へと駆け込んだ。そのまま自分の服を入った籠へと手を伸ばすが……。

 

「……やられた!」

 

 その手が止まる。見れば自身の服の入っていたはずの籠には、変わりにすずかの衣服が入っていた。しかもご丁寧にも、見せつけるようにすずかの紫のランジェリーが一番上である。

 最初から総司が逃げることを想定していたすずかは、脱衣所の時点で総司の服を隠していたのだ。

 

「総司くん、待って」

 

 すずかが近付いてくる。

 今の総司は全裸だ。身を隠すためのタオルも、今しがた逃げる時に風呂の脇に置き忘れている。

 すずかの到着まであと2秒といったところ。身体を隠すためのものは……目の前のすずかの衣服か?

 

(そんなことできるかぁぁぁぁぁぁ!!)

 

 全裸を晒すか、すずかの服で身体を隠すか……過去最大の難題の中、総司が下した結論は……。

 

「総司く……ん?」

 

「……何だ?」

 

 ウキウキとした様子で脱衣所に入ってきたすずかは、目の前の光景に一気に呆れ顔になった。

 そして総司を指差しながら言う。

 

「全裸に黄金聖衣(ゴールドクロス)はさすがに無いよ」

 

「……」

 

 総司は苦肉の策として、黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏っていたのである。全身鎧の形状の黄金聖衣(ゴールドクロス)だからこそであるが、風呂の脱衣所に立つ黄金の鎧の人物というのはあまりにもシュールだ。

 

「なんでそんなに嫌がるの、総司くん!

 『契約』の話だって受け入れてくれたってお姉ちゃんが……」

 

「うるさい、それとこれとは話が別だ!!」

 

 総司のもの言いにすずかもムッとしたのか、腕を組んで仁王立ちで総司の前に立つと言い放つ。

 

「いいよ、総司くんがそんなつもりなら、無理矢理にでも言うこと聞いてもらうから!」

 

「何をするつもりだ?」

 

 聖衣(クロス)を纏った黄金聖闘士(ゴールドセイント)を前に、バスタオル装備の少女が無理矢理言うことを聞かせるための、その言葉を口にした。

 

双子座聖衣(ジェミニクロス)……今すぐ総司くんから離れないと……今度ドリルとりつけちゃうからね!」

 

 その途端、双子座聖衣(ジェミニクロス)が総司の身体から即座に分離した。

 

「な、何ぃぃぃぃ!?」

 

 そんなにドリル装備が嫌だったのか、即座に自分を見捨てた双子座聖衣(ジェミニクロス)に総司は空いた口が塞がらない。だがしかし、さすがに双子座聖衣(ジェミニクロス)にも主に対して情はあったのだろう。ウエストパーツだけは残り、大事な部分だけはかろうじて隠されていた。

 そんな双子座聖衣(ジェミニクロス)に、すずかは不満そうに鼻を鳴らす。

 

「一番外れてほしかったところが残っちゃった」

 

「お嬢様、その発言は色々な意味でNGです!!」

 

「こうなったらもう、私が直接脱がすしかないよね?」

 

「一体! 何を! どうやったらそんな結論に至るのか激しく問い詰めたい!!」

 

 もう色々な意味でいっぱいいっぱいの総司に、すずかはワキワキとその両手を怪しくくねらせる。すずかの目が紅く輝いているのは見間違いであって欲しいと総司は願ったが、その願いは『神』には届かなかったようだ。

 じりじりとにじり寄るすずかに、総司は意を決して逃亡を開始する。

 

「待て、総司くん!!」

 

「誰が待つかぁぁぁぁ!!」

 

 追うすずかと、追われる総司。バスタオルの美少女と、金ぴか鎧を腰にした少年。

 その光景は知る人が見れば、目を覆いたくなるような惨状だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぃー……いいお湯だった」

 

「こっちもいいお湯だったの」

 

 風呂上がりに落ちあった快人となのはは、土産物を眺めたり連れだって施設の中を見て回る。

 すると……。

 

「お、これ……」

 

「あ……」

 

 快人たち2人の前の温泉、その入り口には『混浴』という魅惑の2文字が躍っていた。

 

「なぁ、なのは……」

 

「やっ!」

 

 快人が下心丸出しの顔でなのはを見やると、なのははプイッとそっぽを向く。

 

「何だよ、子供のころは一緒に風呂とか入ったじゃん」

 

「昔は昔、今は今なの!」

 

 ベー、と舌を出すなのはに快人も「そりゃそうか」とあははと笑うと、なのはも苦笑した。快人としても本気でなのはと混浴できるとは思っていないし、なのはだって全力の拒絶をした訳ではない。今の掛けあいだって、2人のじゃれあいの1つだ。そんな風に和やかな雰囲気が2人の中で流れていく。

 そんな2人の前で『混浴』と書かれた扉が開いた。

 

「いいお湯だったね、シュウ」

 

「うん。 やっぱり家のお風呂とは違うよね」

 

 何やら、見たことのある2人が親しげに会話を交わしながら『混浴』と書かれた扉から出てきたのだ。

 

「「……」」

 

 快人もなのはも目が点、見間違いであることを祈ったがどうやら見間違いではないらしい。その証拠に、快人となのはの姿を認めた2人が話しかけてきたのだ。

 

「あ、兄さん」

 

「あ、なのは」

 

「ヤ、ヤァ、マイブラザー……」

 

「フェ、フェイトチャン……」

 

 なにやらぎこちない快人となのは。そんな2人を尻目にいつもと同じ様子で話を続けるシュウトとフェイト。

 

「良いお湯だったよ。 広くて綺麗で」

 

「なのはたちもこれから入るの?

 だったら2人もゆっくり楽しんでね」

 

 そう言って連れだって去っていくシュウトとフェイトの2人を、快人となのははどこか遠い目で見つめる。

 そんな2人の耳に、今度はおかしな声が聞こえてきた。

 

「待ってよ、総司くん!!」

 

「誰が待つか、誰が!!」

 

 駆け抜けていくのは金ぴか鎧を腰に巻いた少年と、バスタオル一枚の美少女。その2人が風の如く爆走していく。

 

「「……」」

 

 快人となのははもう、何も言えなかった。

 そんな中、2人が選択したものは……。

 

「……もう部屋帰って寝るか?」

 

「……うん」

 

 2人は何も見なかったことにしてベッドに潜り込み、心の平穏を保つことを選択したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 翌朝、朝食の場に総司とすずかは現れた。

 すずかは何処までも清々しい表情でニコニコし、逆に総司は苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情だった。どうやら昨日の騒動、すずかの方に軍配が上がったらしい。

 

「……」

 

「……」

 

 何とも気まずい雰囲気に、快人も総司も無言で食事を進める。そして食後にコーヒーを啜っていると、総司がポツリと言った。

 

「……俺は後一日、噴煙に浸かってくる」

 

「……そうか」

 

 なんだか来た時よりやつれた感じの総司に、快人は心から同情したのだった……。

 

 

 




聖闘士の保養地、カノン島の話でした。
でも、あそこもう少し利用する聖闘士多くてもいい気がするんだけどなぁ。
原作だとニーサン専用のサウナになってるし。

あっ、LCは論外です。
疲れを癒しに来たら鬼にボコボコにされたでござるとか、どんな罰ゲームかと……。

次回は快人たちのドタバタ学園祭の予定。
よろしくお願いします。


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幕間 男たちの夢の跡

今回は前回に引き続き、平和な日常編です。
いろいろなところにネタ満載、学校内での彼らの日々をお楽しみください。
最後に……。

この作品に卑猥は一切ない、いいね?


 迫る殺気と突き刺すような視線に、快人は諦めを込めたようなため息と共に呟く。

 

「誰の言葉だったけか?

 『この世はこんなはずじゃなかったばっかりだ』ってのは。

 ホント、この世界はこんなはずじゃなかったばっかりだよ……」

 

 殺気と視線の主たちを、快人はよく知っている。つい昨日まで同じものを夢見て共に歩んできた同胞たちだ。

 その同胞たちからの殺意を、快人は自らへの罰だと潔く受け入れる。

 

「本当に……どうしてこんなことに……」

 

 そしてその殺気が自らに飛びかかるその瞬間、快人はその言葉をまるで懺悔のように呟いたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ことの発端は一月以上前まで遡る。

 雨降るその日、体育の授業が自習になり教室には男子のみが残っていた。

 

「テメェらよく聞け! ついに……ついにこの計画を実行に移す時が来た!!」

 

「「「「おおおおお!!」」」」

 

 その教室には異常なまでの熱気が籠り、快人はその教室の黒板前で熱弁をふるう。その声に答えるように男たちから歓声が上がった。

 さて、状況を説明する前に、まずは中等部へと進学した快人たちの学校での評価を説明しよう。

 快人・シュウト・大悟・総司・シャウラの5人は同じクラスに在籍していた。この5人への男子からの評価は、最初は散々なものであった。というのもこの5人、学校一の美少女チームであるなのは・フェイト・はやて・すずか・アリサといつでも一緒にいるのである。嫉妬にかられた男子からは、それはもう嫉妬がこれでもかと籠った『リア充死ね!』コールの連発である。

 しかしすでに中学に入学してから1年以上、この5人との付き合いもそれぐらいに長くなるとそれも変わってくる。快人や大悟は裏表なく接してくるし、少女たちとの付き合いを鼻にかけたりはしない。シュウトや総司やシャウラは女子から絶大な人気があるため、それに喧嘩を売るのは得策ではない。そんな風に人柄や損得を男子たちが賢く考えた結果、5人は特に問題なくクラスに馴染んでいる。

 特に快人はクラスのムードメーカーとも言える人物で、クラスでも中心的な人物だ。その快人が今、男子たちの『夢』を形にせんとしている。

 快人は黒板に『文化祭』とデカデカと書くと、バンと黒板を叩く。

 

「今日、俺たちの文化祭での出し物を決めることになるわけだが……田中! 文化祭とは何か言ってみろ!!」

 

「ハッ! 祭りにかこつけて多少の無茶が許される時であります!!」

 

 突然指名された田中くん(出席番号8番)の回答に快人は満足げに頷く。

 

「そう、その通りだ!

 祭りなら、祭りならと普通じゃできないことができる夢の時間だ!

 そして……これを機に俺たちはこの計画を実行に移す!!」

 

 そして快人は再び黒板にその文字を書いた。

 その文字とは……メイド!!

 

「ここに我ら男たちの夢、『全女子メイド化計画』を実行に移す!!」

 

「「「「ウヲォォォォォォ!!」」」」

 

 快人の宣言に、男たちの歓声が木霊した。

 

「文化祭の出し物を『メイド喫茶』にして女どもに無理なく、強制的にメイド服を着せる!

 よく考えろ、綺麗どころいっぱいのウチのクラスで、メイド喫茶をやることの意味を!

 これはもはや楽園(エリュシオン)を創る偉業に等しい!

 そう、俺たちはこの地上に楽園(エリュシオン)を現出させる神なのだ!!」

 

「う、美しすぎます!」

 

「神を愛するように、お前のことを愛してるぅ!!」

 

「「「「族長(オサ)族長(オサ)族長(オサ)族長(オサ)!!」」」」

 

 鳴り止まぬ族長(オサ)コール。というか、このクラスは訓練され過ぎである。

 そんな同胞の声を手で制すると快人は先を続ける。

 

「だがこの計画の遂行のためにはここにいる全員の協力が必要となる!

 辛い戦いとなろう。

 だが想像しろ、その先にある絶景を!!

 気になるあの子の超ミニメイド服!

 短いスカート丈を気にしながらモジモジしつつ接客する気になるあの子!

 顔を赤くし、手持ちのトレーで微妙にお尻を隠しながら歩くその姿を!!」

 

「中野さーーん!!」

 

「やべっ、俺これが終わったら福沢さんに告白してくる!

 俺のために一生メイド服を着てくださいって!!」

 

「ぼ、僕は勇気をだして高町さんに告白するぞ!」

 

「はははっ、みんなやる気があって結構!

 だが宮沢、テメェはダメだ。

 なのはに告ろうとか、ブチ殺すぞ人間(ヒューマン)

 

 快人はやる気を見せる同胞たち満足げながら、ドサクサに紛れてなのはに告白しようとか口走った男に殺意を向けた。

 そんな熱い男たちとは明らかに温度差……というか呆れ返った集団は教室の隅で頭を抱える。

 

「……シュウト、お前の兄だろ?

 何とかしろ」

 

「……それはデモンローズを千本くらい突き刺せばいいのかな?」

 

「それでは足りないだろう。

 シャウラ、スカーレットニードルを15発撃ち込んで止めてこい」

 

「それで止まるかなぁ?

 僕、自信ないんだけど……」

 

 言わずと知れたシュウト・大悟・総司・シャウラの4人である。

 そんな4人とは裏腹に、快人の暴走は止まらない。

 

「メイド服、それは古来より存在する夢の装束!

 メイドというその名はメイデン(処女)に由来し、汚れ無き清らかな乙女が神に仕えるかの如くご主人様に仕える者を呼び表す称号! 

 古事記にもそう記されているし、これはもはや常識!

 そのメイドの神聖な装束を女どもに着せること、これは男たちにとって絶対真理へと至る戦い、すなわち『聖戦』なのだ!!」

 

 なんとも酷い聖戦もあったものである。快人のテンションに否応なく男たちのボルテージは上がるのだが、それが突然潮を引くように消えて行く。

 しかし快人は気付かずに熱弁をふるい続ける。

 

「そして我らは『聖戦』に命を賭ける戦士!

 恐れるな、立てよ国民! 今こそこの計画を完遂し夢の楽園(エリュシオン)を……」

 

 

 チョンチョン……

 

 

「具体的にはこう……超ミニメイドなのはにフィーヒヒ、ヨイデワ・ナイカ・パッション重点みたいな……」

 

 

 チョンチョン……

 

 

「なんだよおい、せっかくいい所……」

 

 

 ガシィィィィ!!

 

 

 肩を叩かれ振り返った快人の頭部にガッチリと指が喰い込む。その細い指のどこにそんな力があるのか、頭からギチギチと骨のきしむ音をかなでさせるアイアンクローを仕掛ける美少女は、ものすごくイイ笑顔で言い放った。

 

「ドーモ。 カイト=サン。 ナノハ、デス」

 

「アイエエエエ!? ナノハ!? ナノハナンデェェェェ!?」

 

 突如として襲い来る重篤な(ナノハ)(リアリティ)(ショック)にアワレにも快人大絶叫である。

 見れば未だ体育の授業中であるはずの女子たちがいつの間にか教室に戻ってきていた。

 ウカツ!

 

「早めに終わって自習ってことになったんだけど……快人くんは一体何をやってるのかな? かな?」

 

「ちょ、ちょっと待て、ナノハ=サン!

 何か頭から聞こえちゃいけない系の音がしてるぅ!?

 このマンリキめいた手をヤメロー! 頭がネギトロめいた何かになっちゃうから!!

 それにアイサツ前の攻撃はスゴイ・シツレイ! 今すぐ解放すべし!?」

 

「残念、アイサツ前のアンブッシュ(不意打ち)も一回に限り許されるんだよ。

 古事記にもそう記されてるし、もはやこれは常識。

 そういうわけでインタビュー(拷問)続行。

 で、何をしてるのかな? かな?」

 

 言いながらギリギリと力を込めるなのはに、快人はたまらず叫ぶ。

 

「シュウト! 兄を、この兄を助けろぉ!!」

 

 快人の必死の呼びかけに、しかしシュウトは肩を竦めて返す。

 

「我に余剰戦力なし、いさぎよくそこで戦死せよ。

 言いたいことがあれば、いずれヴァルハラで聞くよ」

 

「テメェ、コラッ! 俺ら(セイント)がヴァルハラに行くわきゃねーだろ!!

 ああ、いいだろう! こうなったら死んでやる! 

 先に死んだらこっちの方が先達だ、ヴァルハラではせいぜい雑用でこき使ってやるから覚悟しやがれよ!!」

 

 弟に華麗に見捨てられた快人が喚く。そしてなのははそのままいつも通りに死刑を宣告した。

 

「まぁとりあえずハイクを詠んでよ、カイシャクしてあげるから。

 そして……いよいよもって 死 ぬ が よ い」

 

「ま、まことに恐悦至極!!? サヨナラ!!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 しめやかに爆発四散寸前でのびた快人を尻目に、教室は一触即発の様相を呈していた。

 

「ホント、このバカどもは私たちのいない間に何やってんのよ!」

 

「「「そうよそうよ!!」」」

 

 アリサが男たちを睨みながら吠えると、女子たちが同調して非難の声が上がる。

 

「そやな。

 クラスの文化祭の出し物なんやし、私ら女の子いないところでコソコソこういうことするのはどうなん?」

 

「そうだよ。 勝手に決めようとするなんてフェアじゃないよ」

 

 アリサの声に同意し、はやてが呆れ顔で、フェイトはどこか蔑むような視線で男たちを見やり、その様子に男子たちが竦みあがる。

 女は暴力や怒鳴り声を使わなくても男を竦みあがらせる不思議な威圧感を放てる。その威圧感に、先ほどまでの熱狂はどこへやら、男たちの戦意は折れかけていた。

 だが、そこに声が響く。

 

「ええぃい! 男たちよ、恐れるな!!」

 

「あ、復活した」

 

 先ほどまで教室の隅でサ○バ○マンに自爆されたヤ○チャ氏の如くのびていた快人が復活し、男たちに檄を飛ばす。

 

「民主主義に一騎当千は無い!

 アリサだろうがなんだろうが、1人は1票!

 恐れるな、今が戦う時だ!!

 この戦いに勝利し『メイド喫茶』を! 俺たちの楽園(エリュシオン)を創るのだ!!」

 

 その言葉に、再び男たちに熱が戻る。

 

「そ、そうだ! 多数決なら!!」

 

「チャンスはある!」

 

「そうだ、みんなやるぞ!!」

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

 男たちが熱に浮かされたように団結していく姿に、アリサは呆れ顔で隣のなのはに言う。

 

「……詐欺師とか新興宗教の教祖とかが合ってるんじゃないの、あいつ?

 よかったわね、なのは。

 あんた将来は新興宗教の女神様になれそうよ」

 

「冗談でもよしてよ、アリサちゃん」

 

 親友のありがたい言葉になのはは頭を抱える。

 

「うるせぇよ。

 それより女子ども、文化祭の出し物については多数決だ。

 文句はねぇだろうな?」

 

「いいわよ。 やってみればいいじゃない!」

 

「よし。 それじゃ多数決だ。

 文化祭の出し物『メイド喫茶』に賛成のやつは挙手!!」

 

 その言葉を聞きながら、アリサは自分たちの勝ちを疑っていなかった。

このクラスの男女比は17:15、数の上では男子の方が2名ほど多いがその男子の中にはシュウト・大悟・総司・シャウラがいる。

 1人でも挙手しなければその段階で同数、2人挙手しなければその段階で反対が決定する。結局、あの4人が全員『メイド喫茶』に賛成しない限りはアリサたち女子サイドの勝ちは間違いないのだ。

 まさかこんなバカなことに4人全員が同調する訳が無い……そうアリサは考えていたのだが……。

 

「なっ!?」

 

 何と男子全員挙手、シュウト・大悟・総司・シャウラの全員が『メイド喫茶』賛成に挙手していたのだ。

 さすがにこれは予想外らしく、女子一同目が点である。

 そんな女子たちを前に勝ち誇るようにニヤニヤ笑う快人に、アリサは憎々しげに言った。

 

「……随分、用意周到じゃない。

 一体どうやってあの4人を悪だくみに加担させたのよ?」

 

「人聞きの悪い。

 誠心誠意、真心をこめて『お話』しただけだぜ」

 

 快人は日頃飄々としているが、頭の回る男だ。だからこそ、快人は事前にシュウト・大悟・シャウラ・総司が自分の味方に付くように根回しをしていたのである。

 以下はその根回しの風景だ。

 

 

 

~~『シュウトの場合』~~

 

 

「弟よ、この兄に協力しろぉ!」

 

「いや、なんでボクが『メイド喫茶』なんかに?」

 

「お前だってフェイトのメイド姿とか見たいだろ?」

 

「そんなの、ボクが頼んだらフェイトはいつだって着てくれるよ」

 

「……お前、一度本当に爆発しろよ。わりとマジで。

 とにかく、100年に一度くらい兄の言うことを素直に聞きやがれ」

 

「それ、この間も聞かなかったけ?

 もう100年は兄さんの頼み聞かなくていいはずなんだけど……」

 

「お前そんな事ばっか言ってるとフェイトとのデート写真撮って学校やら聖域(サンクチュアリ)でばら撒くぞ、コラ!」

 

「……死ぬ? 兄さん」

 

 

 ただいま蟹魚千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)中、しばらくお待ちください……。

 

 

「とにかく! 協力しろよ!

 いいな!」

 

「はいはい、わかったよ……」

 

 心底呆れられながらも快人はシュウトの協力を取り付けた。

 

 

 

~~『大悟の場合』~~

 

 

「『メイド喫茶』なぁ……」

 

「なぁ大悟、お前だってはやての可愛い格好みれるんだから悪い話じゃねぇだろ?」

 

「それはまぁ、そうだが……」

 

「それに、これははやてのためでもあるんだぜ」

 

「はやての?」

 

「ほら、あいつ前は足関係で昔学校とか来れてなかっただろ?

 だから学校行ける様になってからは学校行事とか本気で楽しみにするじゃん。

 これならみんなでワイワイキャアキャアやりながら楽しむ、いい思い出になるぜ」

 

「はやてのためか……」

 

「そうそう。

 『メイド服』なんてこういう機会でないと着ること無いんだろうし、いい思い出になるぜぇ」

 

「……そうか、そうだな。

 はやてのためだというならいいだろう、協力しよう!」

 

「おう、ありがとよ大悟!」

 

(うわぁ、チョロい……。 まるで成長してねぇよ、こいつ。

 『はやてのため』って言葉に弱すぎだろ、おい)

 

 うまく大悟を説得できたことにほくそ笑みながら、心の中では大悟のチョロさに一抹の不安を覚える快人だった。

 

 

 

~~『シャウラの場合』~~

 

 

「というわけでシャウラ、協力してくれ」

 

「え、でも……」

 

「なぁ、シャウラ。 俺は別段悪いことしようって訳じゃない。

 ただちょっと文化祭の出し物を『メイド喫茶』にしようってだけだ。

 それ、何か悪いことなのか?」

 

「そんなことないけど……勝手にこんな風に進めたら後でアリサちゃん怒らないかな?」

 

「いいか、お前の家にもメイドさんはいるだろ。

 メイドさんの服、お前はどう思う? 変な服か?」

 

「そんなことないよ。 可愛い服だよ」

 

「じゃあ次にアリサはどう思う? 可愛くないか?」

 

「アリサちゃん? それは当然、可愛いよ」

 

「よし、それじゃ考えてみろ。

 この『メイド喫茶』は可愛いアリサが、可愛い服で着飾るものだ。

 可愛いと可愛いが合わさり最強に見える……感謝されこそすれ、文句はないはずだぞ?」

 

「そう……かなぁ? そういうものなのかなぁ?」

 

「ああ、もう! 煮え切らないやつだな!

 とにかく協力しろよ! いいな!!」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 洗脳じみた発言で頭を捻っていたシャウラを、半ば強引に協力者に仕立て上げた快人であった……。

 

 

 

~~『総司の場合』~~

 

 

「……何だ?」

 

「お前はグダグダ言ったところで駄目だろうからな、もう速攻で手札を切るぜ。

 これ、なーんだ?」

 

 そう言って快人の取り出した物、それはすずかの写真だ。しかも指でスクール水着を直している瞬間という、ベストショットな写真である。すずかの視線はあらぬ方向へ向いており、すずかがそのカメラの存在を知っているようには見えない。

 それを見た総司は目を瞑ってトントンと自分の額を数度叩く。

 そして……。

 

「よし。 死ね!」

 

「おい、ちょっと待……」

 

 

 ただいま大惨事蟹双子千日戦争(ワンサウザンドウォーズ)中、しばらくお待ちください……。

 

 

「……なるほど、そういうすずかの隠し撮り写真が学校で出回っていると?

 で、お前に協力すればその出所の情報を提供するというわけか」

 

「お前なぁ……もう少し話を……」

 

「仮に逆の立場で高町なのはの写真が出回っているとして、お前は理性的に会話できるのか?」

 

「うんにゃ、自信ねぇな」

 

「……まぁいい。 お前の提案、乗ってやる」

 

「うしっ! それじゃ交渉成立だな」

 

 かくして、最難関と思われた総司の協力を取り付けた快人。

 翌日、とある男子生徒が行方不明になり後日保護。その際、男子生徒は何かに怯える様に「異次元の狂気の世界を見た」と訳のわからないことを繰り返したという……。

 

 

 

 ……と、このように事前根回しを丹念に行っていた快人に隙はなかったのである。

 

「さて、そんじゃ文句無いよな? 何たって多数決の結果だもんな。

 ビバ、民主主義!」

 

「くっ!」

 

 ニヤニヤ笑う快人を憎々しげに見つめるアリサであるが、確かにクラスでの公平な多数決の結果では拒否のしようもない。

 クラスの女子たちがアリサのことを固唾を飲んで見つめる中、それまで無言だったすずかが動いた。

 

「わかったよ、快人くん」

 

「ちょっと、すずか!」

 

 いきなりのすずかの肯定にアリサは声を荒げるが、それを何も言うなという風に首を振ると、すずかは続けて快人に話しかける。

 

「確かに多数決の結果だもん、しょうがないよ。

 でも……『メイド喫茶』だけじゃ納得できないよ」

 

「? どういうことだ?」

 

 すずかのもの言いに首を傾げる快人。

 

「だって、これだと私たち女の子ばっかり働くような内容になるじゃない。

 それじゃ幾らなんでも不公平だよ」

 

「それは……確かにそうだな」

 

「そこでなんだけど……『メイド喫茶』じゃなくて、『メイド・執事喫茶』にしようよ。

 それだったら、男子も女子も公平に当日に仕事があると思うよ」

 

「男にも執事姿で働けってことか……おうっ、いいぞ!

 確かに不公平だし、メイド喫茶が通るんだったら俺たち何でもOKだぜ!!」

 

「ふふふっ……それじゃ文化祭の出し物は『メイド・執事喫茶』だね。

 あ、衣装については私に任せて。

 ほら、採寸とかあるから男の子にはちょっと知られたくないし……」

 

「そっか、何から何まで悪いな」

 

「いいんだよ、だって文化祭……『お祭り』だもんね。

 ちょっとぐらい羽目を外してもいいときだものね」

 

 そんな風にすずかは微笑む。そして、快人は男たちへと勝利宣言をした。

 

「野郎ども、俺たちの夢が、楽園が、約束されたぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

「「「「「ウヲォォォォォォォ!!!」」」」」

 

「「「「「族長(オサ)族長(オサ)族長(オサ)族長(オサ)!!」」」」」

 

 男たちの鳴り止まぬ歓声とは対照的に、少女たちは次々にすずかに詰め寄っていた。

 

「ちょっとすずか。 なんで勝手に……」

 

「アリサちゃん、どう言っても多数決の結果なんだから仕方ないよ」

 

「でも、だからって……」

 

 その時、総司だけは気付いていた。すずかが『ニヤソ』と嗤ったのを。

 『ニヤリ』ではない、『ニヤソ』である。

 この時点で、総司は何やらギリギリとした頭痛を感じていた。

 そして、そんなすずかから何やら耳打ちされた女子たちは一様に目を見開き、そして今度は心底憐れむように熱狂する男たちを見る。

 

「……」

 

 もうその段階で、何か良くないことが決定したことを確信した総司は椅子に深々と腰掛け、頭を抱えながら目を瞑ったのである……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その翌日から、文化祭への準備は始まった。

 ありていに言えば、翌日から男たちはクラス女子の奴隷であった。

 些細なことから力仕事、文化祭に必要なありとあらゆる厄介事を女子側は男どもにブン投げたのである。

 

「蟹名く~ん、これよろしく」

 

「はい、ただいま!」

 

「あ、こっちもね」

 

「はいはい、今行く!」

 

 それでも男たちは誰も文句は言わなかった。何故ならこの地獄の先には、綺麗どころたっぷりの我がクラス女子のメイド姿を拝めるという『楽園』が待っているのだ。

 その『楽園』……メイド・執事喫茶の成功のためになら、奴隷だろうと何だろうともう甘んじて受ける。

 

 

「「「「「すべては『楽園』のため!!」」」」」

 

 

 それを合言葉に、快人を筆頭に男たちは身を粉にして働いた。

 すずかから見せられたメイド服の可愛いデザインも大きい。それを着た女子たちの姿を想像し期待に胸を膨らませ明日への活力にすると、男たちは日々を全力で駆け抜ける。その駆け抜けた先が、阿鼻叫喚の『地獄』だとは露とも知らずに……。

 そして文化祭前日……ついに『地獄』の釜が開いた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……え?」

 

 目の前の光景が信じられず、男たちは手の中に視線を落とす。

 文化祭前日、衣装合わせということで全員が当日の衣装に着替えることになったとき、その地獄は目の前に現れたのである。

 

「はい、これ」

 

 そう言ってすずかたちから渡された衣装に男たちは目が点になる。

 それは黒と白、優雅なドレープで飾られたスカートに白のカチューシャ……それは男たちの目指した楽園、まごうことなく『メイド服』であった。

 だが……それが何故か、男たちの手の中にある。

 

「あのー、すずかさん?」

 

「なぁに?」

 

「何で……我々男に『メイド服』が配られるんでせうか?」

 

 嫌な予感でダラダラと汗を流す快人が問うと、いつもと変わらぬニコニコ顔ですずかは答えた。

 

「? みんなの衣装だからだよ?

 サイズ、合ってるよね?」

 

 そう言って指差すのは大悟に渡されたメイド服、すずかの言う通り大悟の身体に合わせてかなりでかく、そして何故か仮面が付属されていた。

 

「いやいや! 待て、落ちつけ!

 何で、俺たち男にメイド服が配られてんだよ!!

 男は執事服のはずだろ!!」

 

 そう言って地団駄を踏む快人に、すずかは『ニヤソ』と嗤いながら答えた。

 

「えー、でも私、一度でも『男の子が執事服、女の子がメイド服を着る』なんて言ったけ?

 『メイド・執事喫茶』にしようとは言ったけど、どっちがどの衣装着るなんて私たち女の子は一言も言っていないよ?」

 

 その言葉に、男たちが全員膝から崩れ落ちる。

 そう、最初からすずかたち女子はメイド服を着る気はなく、『自分たちは執事服で男装、男たちはメイド服で女装』させて『メイド・執事喫茶』をやろうとしていたのである。

 そうとは知らず『メイド服』姿見たさに、男たちは今日までまんまと馬車馬のようにこき使われてきたということだ。

 

「お前ら……楽しいかよ!?

 俺たちの……男たちの夢を踏みにじって楽しいかよ!!」

 

 快人の呪詛の如き声。快人はそれこそ慟哭組もかくやと言うレベルでマジ泣きであった。

 そんな快人に、すずかはまさに天使のような悪魔の笑顔で答える。

 

「うん、とっても!」

 

「……」

 

 その言葉にガクリと力尽きる快人だが、それだけでは終わらなかった。

 

「快人ぉぉぉぉ……」

 

 地獄の底から響くような呪詛の声が聞こえる。半分亡者のように成りかけた男たちがその嘆きのままに快人へと詰め寄っていく。

 

「ちょ、ちょっと待てみんな!

 話せば、話せば分かる!!」

 

「「「「「問答無用!!」」」」」

 

「ギャァァァァァァァ!!」

 

 断末魔の声と共に男たちの怨嗟の声に呑まれる快人だが、それだけではもちろん終わらない。

 

 

 

「お、弟よ。 落ちつけ。そしてその薔薇を向けるな。

 な?」

 

「……ボクに兄なんていないね」

 

 

 

「おい大悟、そんなに殺気立ってちゃブルって落ちついて話もできねぇ。

 とりあえず落ち着いて俺の話を聞け。 OK?」

 

「OK!」

 

 

 ズドン!

 

 

「ちょ!?

 お前『OK』とか言いながらグレートホーンぶっ放すな!」

 

 

 

「……」

 

「シャウラ、なんかしゃべってくれ!

 無言は本気で怖ぇから!」

 

「人間って……なんで『痛覚』を持って産まれてくるんだろうね?」

 

「喋ったと思ったら何か途方もなく怖いことを言ってらっしゃるぅぅぅぅ!!?」

 

 

 

「……まずはとりあえず死ね。 話はそこからだ」

 

「ストォォォップ!

 洒落になんねぇ!! その銀河の輝きはやめろぉぉぉぉぉ!!?」

 

 

 

 守護宮に引きずり込まれた快人は、シャカVS慟哭組よりなお酷い、1対4の『お話』をする羽目になったのである。

 そして翌日……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日、私立聖祥大学付属中学校の文化祭には、多くの客が殺到していた。

 その理由の一端はなのはたちのクラス……『2-A』にある。

 この『2-A』はなのはたち5人娘を筆頭として女子のレベルが異常に高いというのは周辺でも有名な話であった。

 そんな『2-A』がこの文化祭では『メイド喫茶』をやるというのだ。

 可愛い女の子たちのメイド姿を一目見ようと多くの客が殺到する。そんな期待に胸を躍らせた彼らを待っていたものは……。

 

 

「はじめましてだ、ご主人様。

 どうご奉仕してやろうか、ご主人様」

 

「「「「「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」

 

 

 ピチピチのメイド服を着こみ仮面を付けた筋骨隆々のマッチョな男の出迎えだった。

 

「クックック!

 『いらっしゃいませ』から『ありがとうございました』までキッチリご奉仕してやるから覚悟するがいいぞ、ご主人様!」

 

 全力全壊、もう色々と吹っ切れてノリに乗った仮面のメイドガイ大悟が客を出迎える。

 そして出迎えるメイド服を着こんだ男たち。その中で、女だと思われて声を掛けられるシュウトとシャウラが、死んだ魚のような目でメニューを運ぶ。総司はすでに『触れたらコロす』とでもいうほどの殺気をまき散らしていた。

 そんな中、この騒動の中心の快人は……。

 

「ぷ……くくく……」

 

「快人、あんた似合ってるわよ」

 

「ほんま……ぷぷっ……お腹いたいわ!」

 

 必死で笑いを隠そうとしながらもその実全然隠せていないなのはと、ニヤニヤ笑いのアリサに腹をかかえるはやて。

 執事服を着た少女たちによって化粧させられトンデモナイことになったその姿のまま、給仕をやらされる羽目になったのだった。

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 夢を追い、夢破れた悲しい男の慟哭が木霊したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『蛇足、あるいは本番』

 

 

 文化祭が明けたその日、シュウトは魂が抜けたような状態でテスタロッサ家に向かっていた。

 理由はたった一つ、テスタロッサ家への食事を作るためである。

 いつものように呼び鈴を押し、フェイトの出てくるのを待っていると……。

 

「あの……おかえりなさい、ご主人様」

 

「フェ、フェイト!」

 

 出てきたのはメイド服を装備したフェイトだった。

 

「どうかな? シュウトが喜ぶってすずかから貰ったんだけど……」

 

 フェイトはスカートを摘まんでドレープを見せ、上目づかいで尋ねる。

 

「もちろん、とっても可愛いよフェイト!」

 

 シュウトのその言葉に、パァっと花が開くようにフェイトが笑顔になる。

 

「入って。 もう食事の準備出来てるから」

 

 誘われるままに食卓につくと、そこには食事が用意されていた。

 

「私、あまり料理は得意じゃないから美味しく無いかもしれないけど……」

 

 そう言ってフェイトはハンバーグを一口サイズに切り、フォークでシュウトへと差し出す。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 フェイトに言われるままにハンバーグを咀嚼するシュウト。

 

「どうかな?」

 

「美味しいよ、フェイト」

 

「よかった。それじゃまた……」

 

 そう言って今度はサラダのプチトマトをフォークで刺すが、その手をシュウトが掴む。

 

「シュウ?」

 

「フェイト……今度はボクの番だよ」

 

 そう言ってフェイトの手からフォークを取ると、フェイトへと差し出す。

 

「フェイト、あーん」

 

「もう、今日は私はメイドさんなんだから黙ってご奉仕されなきゃ駄目だよ、シュウ」

 

「だったらメイドさんにご主人様から命令。

 はい、あーん」

 

「もう……あーん」

 

 どこか困ったように口を尖らせてから、フェイトもシュウトに差し出されたプチトマトを咀嚼する。

 

「おいしい?」

 

「うん」

 

 そう言って2人はどちらともなく微笑み合った。

 

「ねぇ、フェイト」

 

「なぁに?」

 

「また……その格好やってくれる?」

 

「うん、いつでも!」

 

 そんな甘ったるい空間を作るシュウトとフェイト。

 

「アルフ、そこの塩取ってくれる?」

 

「待ちな、あたしが先だよ」

 

 そしてそんな2人を極力見ないように、プレシアとアルフは黙って食事を取るのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ほれほれ、可愛いメイドさんやでぇ」

 

「……」

 

 家に帰った途端に出迎えるメイドはやてに、大悟から出たものはため息だった。

 

「なんやそのため息は?」

 

「……俺としては、しばらくはメイドはこりごりなんだが」

 

「そんなこと言って、実はわたしのメイド姿にドキがムネムネするんやろ?

 うっしーは実はムッツリなのは良く知っとるよ」

 

 コノコノと言った感じで肘で突いてくるはやてに、再び大悟はため息をつく。

 

「というわけでご主人さま。

 食事にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

 

「……それはメイドじゃないだろ?

 じゃあ、とりあえず食事で」

 

「はいはい、はよ席について、うっしー」

 

 そう言って食卓にまで案内する妙にテンションの高いはやて。

 

「なぁはやて……文化祭、楽しかったか?」

 

「もちろんや!

 あんなおもろいうっしー、他では見られへんからね」

 

「あの姿はもう忘れてくれ……」

 

 疲れたように言いながらも、はやてが楽しかったのならいいかと思ってしまう自分に、大悟は苦笑したのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あ、アリサちゃん、その格好……」

 

「……なによ?」

 

 突如とやってきたアリサが、またもや突如としてメイド服に着替え現れたことにシャウラは混乱しながら聞くと、アリサはどこか仏頂面で答える。

 

「もしかして可愛くないとか言うつもりじゃないでしょうね?」

 

「そ、そんなことないよ。 すごく可愛いよ!

 でも……なんで?」

 

 するとアリサは顔を赤くしながら、プイッとそっぽを向く。

 

「あのバカ蟹から聞いたわよ。

 あんた、私のメイド姿が見たくてあのバカに加担したんだって?」

 

「う“っ!?」

 

 そう言われては何も言えないシャウラに、アリサつかつかと近寄ってくると若干顔を赤くしながら言い放つ。

 

「だから、今後同じことであのバカの口車に乗らないようにその……ちょっとぐらいメイド服を着てあげようと思っただけよ。

 感謝しなさいよ、シャウラ!」

 

「え、あ……うん、嬉しいよアリサちゃん」

 

 何やらよく分からないアリサの勢いに、シャウラは何とも言えない顔でコクコクと頷く。

 そんな可愛い主人たちの様子を、本物のメイドさんたちがクスクスと微笑みながら眺めているのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 月村の邸宅に、今日も仲の良い姉妹の声が響く。

 

「お願いします、ご主人さま。

 どうか駄目なメイドのすずかに罰を、お仕置きしてください……」

 

「違うわ、すずか!

 そこはもっと上目使いで、目は涙をにじませた感じで!!

 あと、下着が見えるか見えないかの微妙なラインまでスカートを持ち上げるの!」

 

「はい、お姉ちゃん!」

 

 ……仲がいい……のかよく分からない、姉妹の会話が続いていた。片やメイド服を着た妹のすずかに、姉の忍が指示を飛ばす。

 

「いい、すずか。

 総司くんはあなた付きの執事、いわば従者よ。

 そんなあなたはいつでも『お嬢様・従者プレイ』が可能!

 でもね、男には『征服欲』ってものがあるの。そこをそのメイド服で刺激しなさい!

 いつも自分に命令してくるご主人様のすずかが、自分に従順なメイドになる……そのギャップを全面に押し立てて、総司くんの『征服欲』を煽ってやればイチコロよ!

 そのための男をだまくらかす演技を、よく身に付けなさい!」

 

「うん! がんばる!!」

 

 ……訂正。姉妹のもうどうしようもない会話が続いていた。

 そして何よりもどうしようもないことに、その対象たる総司は同じ部屋で控えている。

 

「……」

 

「おや、どうしました?」

 

「……いや、どうも酷い頭痛が止まなくてな」

 

「そうですか……ではこれをどうぞ」

 

 頭を抱える総司に、同じく控えていたノエルが何かの箱を差し出す。頭痛薬かと思って総司はそれを手に取るが、総司は即座にその箱を床に叩き落とした。

 

「おや、どうしました?」

 

「あんた……一体何を渡してるんだ!!?」

 

 頭痛薬だと思って渡されたその箱は全く違う、何らかの薄手の製品の箱だったのである。

 

「おや、あなたには何より必要なものだと思いましたが?」

 

「しれっと何を言っているんだあんたは!」

 

「いえ、至極正論を。

 大体、すずかお嬢様の『体質』について対処を任され、『契約』もなさったのですから遠からずもっとも必須のものになるかと……。

 まさかとは思いますが、その若さで無い方がよいとはいいませんよね?」

 

 ノエルの真面目な表情で語られるぶっ飛んだ言葉によって、総司の頭痛がさらに増す。

 そして総司は隣の、まだ常識が通じそうなファリンへと視線を向けた。

 

「……なぁ、ファリンさん。

 スタッフサービスに電話すれば、新しい働き口は見つかるだろうか?」

 

「やめた方がいいと思いますよ。

 恐らく総司さんを雇った新しい働き口が、不幸にもありとあらゆる色んな意味で潰されると思いますから……」

 

「逃げ道は無し……か……。 何と言うブラック企業だ」

 

 圧倒的なアウェー感の中、姉妹の会話は止まらない。

 

「よーし、いいわすずか!

 それじゃ今夜はその格好でがんばって来なさい!

 大丈夫、あなたも『夜の一族』なのよ、必ず出来るわ!」

 

「うん、頑張る! 『夜の一族』の名に賭けて!」

 

「ああ、『夜の一族』ってそういう……」

 

 今夜にでも降りかかることが確定した厄介事に、総司は再び頭を抱えたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もう、いい加減機嫌直してよ」

 

「ふんっ、俺たち男の純情弄びやがって……」

 

 快人の家に食事を作りに来たなのは。

 だが、快人は今回の一件で完全にへそを曲げてしまい、不機嫌そうに鼻を鳴らしながらそっぽを向いてソファーに寝転がる快人に、なのはは呆れたようにため息をついた。

 

「もう……ホントにしょうがないなぁ……」

 

 そう言ってなのはは居間から出ていく。そしてなのはは準備を終えると居間に戻ってきた。

 

「快人くん……」

 

「ったく。 なんだよ、なの……は……」

 

 面倒くさそうに振り返った快人はそこで言葉を失う。

 何故ならそこには、メイド服を着て恥ずかしそうに顔を赤らめるなのはの姿があったからだ。

 

「なのは、それ……」

 

「実はすずかちゃんたちと一緒に服は作ったの。

 その……快人くんはなのはにこの服、着てほしかったんだよね?

 どう?」

 

「どうって、お前……そりゃ……凄く似合ってる」

 

 モジモジと顔を赤くするなのはに、これまた顔を赤くしながら答える快人。

 

「それじゃほら……一緒にご飯食べよ」

 

「あ、ああ……」

 

 メイド服のなのはに導かれるように食卓につくと、2人は食事を取り始める。

 そして快人はポツリと言った。

 

「なぁ、なのは。

 その……ときどきでいいから……またその服着てくれないか?」

 

「……うん」

 

 快人の言葉になのはは恥ずかしそうにうつむきながら、それでもしっかり頷いたのだった……。

 

 




聖闘士の……メイド喫茶!
快人たちの学園生活の様子でした。
学園祭というと、ときメモ制服やら巫女服やらで女装させられたのを思い出します。

さて、次回からはついにパライストラ第一期生の卒業式、『銀河戦争編』に突入予定です。

次回もよろしくお願いします。


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第58話 候補生たちの銀河戦争(予選編)

ホゲエエェェ!??

……捕鯨が上手くいかず、一ヶ月以上も更新にかかってしまいましたキューマル式です。
映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』が放映していたり、今は聖闘士星矢が熱い!
そんな訳で今回はパライストラ生徒たちによる『銀河戦争』の予選編です。



 

 その知らせは、即座にパライストラ生徒すべてに通達された。

 

「この6年、君たちはよく学び、そして力を付けた」

 

 朝礼の時間、いつもは多忙なため滅多なことでは視察にこない教皇セージがやってきたことで、パライストラ生徒たちは何事かと話に耳を傾ける。そんな真剣な様子のパライストラ生徒たちの姿を満足そうに眺めながら、セージは話を切り出した。

 

「君たちが入校したころは、頼りない面影の君たちに私は正直不安を感じていた。

 果たしてどれだけのものがこのパライストラに最後まで残るだろうかと……。

 しかし、私のその不安は杞憂に終わった。

 総勢101名……これだけの人数が6年の修行に耐え抜いたことは永い聖域(サンクチュアリ)の歴史においても類を見ない出来事だ。それを成し遂げた君たちを、私は誇らしく思っている。

 そして……そんな君たちの力を試すための催しを開催する!」

 

 その言葉にパライストラ生徒たちがザワザワとざわめく。それを手で制し静かにさせると、セージは続けた。

 

「『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』……君たちが鍛え上げた力をぶつけ合う格闘大会を開催する。

 まずは全員が予選に参加し、予選を残った者だけが私や管理局の前でトーナメント形式での戦いを披露するのだ。

 予選は2週間後、『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』が終われば君たちは晴れて聖域(サンクチュアリ)の一員だ。

 もちろん、この中には聖衣(クロス)を与えられ、聖闘士(セイント)として認められる者もいるだろう。

 各自この6年間の最後を最高の状態で飾れるよう、一層の研鑽を私は期待する!」

 

 そう言って退出するセージに代わり、今度はパライストラ学園長であるアルバフィカが壇上に立つ。

 

「諸君、聞いての通りだ。

 詳しい予選内容に関しては追って指示を行う。

 それまでの間は各員、最後の調整としていつも以上に研鑽に励んでほしい」

 

 その言葉でその日の朝礼は締めくくられるが、その日パライストラ生徒たちの興奮が醒めることは無かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 教皇の間に併設された書斎でセージとハクレイが各種資料に目を通している。それはパライストラ生徒たちの、各種教官たちからの評価である。

 その内容に、セージもハクレイも感心したように頷く。

 

「本当に……此度のパライストラ生徒たちは、聖域(サンクチュアリ)始まって以来の優秀さかもしれませんな」

 

「うむ、そうだな……」

 

 現在、パライストラに残っている生徒は男77名、女24名、計101名だ。入校時が123名であることを考えると、たった22名の脱落である。それも死亡した訳ではなく、辛い修行に耐えかね退学を申し出るという、こう言ってはなんだが非常に平和的な脱落である。

 ちなみに脱落者に関してもみだりに小宇宙(コスモ)についてを広めないように、協力体制の整っているGフォースや聖域(サンクチュアリ)の研究機関に所属となった。変わり種としてはそのまま聖域(サンクチュアリ)に帰化したいと申し出て、孤児院の子供たちと一緒に農業に勤しんだりしている。

 話を元に戻すが、パライストラには現在101名が在学中だ。この全員が十分戦力となる、いわゆる『雑兵クラス』以上には育っている。さらにこの中の約20人近くには十分に聖衣(クロス)を与えるに足るほどの力を持っているのである。

 約100人中20人……あの星矢たち100人の兄弟ですら聖闘士(セイント)になれたのは100人中10人である。それですら凄まじいことなのに、今回はその倍だ。これは『奇跡』以外の言葉では表しようが無い。

 

「……もしかすれば、これも『女神の加護』なのかもしれませんな」

 

 迫るハーデスの危機に対するための、『女神たちの加護』……そのお陰なのかもしれないとセージは一瞬考えるが、それが生徒たちにとって失礼極まりないことであることに気付き、セージは考えを改める。この6年の修行に耐え抜き、その心身を鍛え抜いたのは紛れもなく生徒たち1人1人の努力なのだ。

 

「ともかく、聖戦まで差し迫った現状で優秀な人材が多いことは良いことです。

 しかし……」

 

「どうも小宇宙(コスモ)の力で、自惚れてしまっている者がおるのはいただけんな……」

 

 ハクレイは顎をさすりながらため息をつく。

 ことの起こりは、管理局との研究のためにパライストラ生徒と管理局の魔導士との間で模擬戦を行ったことだった。

 何故パライストラの生徒となのかと言うとその答えは簡単、快人たち黄金聖闘士(ゴールドセイント)では実力差がありすぎてデータ取りにも何もならないからだ。

 かといってなのはたちならどうかというと、なのはたち白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)も順調に実力を付けており、すでにその実力は間違いなく聖域(サンクチュアリ)の切り札の一つに数えられるほどだ。快人たちと同じく勝負にならない。さらになのはたちの闘法は『魔法と小宇宙(コスモ)の融合』なので、純粋に『小宇宙(コスモ)について』のデータ取りには適さないという指摘を受けることになった。

そのためパライストラ生徒が模擬戦を行うことになったのだが……。

 

「あれは、のぅ……」

 

「まぁ、彼らの気持ちもわかりますが」

 

 それを思い出しセージとハクレイは揃って苦笑いをする。

 この時、模擬戦に選ばれたのはカルマ・レスティレットとルーク・ブランシュの2人であった。この2人はともに実力も高く、互いにシオンとエルシドからの推薦もあったくらいである。実力的にはセージたちとしても何の問題もなく送り出したのであるが、問題は模擬戦の相手側だった。

 カルマとルークはともに『魔法を使えず、小宇宙(コスモ)に希望を見出した者』である。『魔法が使えない』ということで忸怩たる仕打ちを受けたことのある経歴を持つが、この模擬戦の相手は、そんなカルマを過去に『魔法が使えない』という理由で色々とちょっかいを出してきた相手たちだったのである。

 

「なんだ、魔導士にもなれなかった雑魚が相手かよ」

 

「こりゃ、楽勝だな。

 小宇宙(コスモ)だか何だか知らないがお前みたいな雑魚の使える力なら余裕余裕」

 

 この人物たちは、典型的な『魔法至上主義者』であった。そのため魔法の才能が無いものが最後の希望として入学したパライストラを平然と『魔法の才能のなかった負け犬どもの巣窟』などと称したのである。

 カルマの過去の『力』が無かったころを基準にしての挑発だったのだろうが、『魔法を使えず、小宇宙(コスモ)に希望を見出した者』であるカルマとルークにとってこの発言は禁句にも等しく、見学していたパライストラ生徒一同もこの発言には怒り狂った。

 そして……そんな相手をカルマとルークの2名は徹底的に、一方的に叩き潰したのである。

 お陰でまたまともなデータが取れなかったと管理局には愚痴られたのだが、セージたちとしても生徒の成長は喜ばしく、他のパライストラ生徒たちからも自分たちを侮った『魔法至上主義者』を叩きつぶし拍手喝采であった。

 

 

 ……と、ここまでは何の問題もなかったのだが、この一件を契機にパライストラ生徒の中で良くない考えが静かに生徒の中に広まっていってしまったのである。

 

『今回の模擬戦では、魔導士を魔法の使えないパライストラ生徒代表が完膚なきまでに叩き潰した。

 さらに自分たちの頂点とも言うべき黄金聖闘士(ゴールドセイント)は管理局の魔導士が束になっても敵わない位に強い。

 つまり魔法よりも小宇宙(コスモ)の力の方が強く、偉いのだ!』

 

 ……このような『小宇宙(コスモ)の力』を至上とし『魔法』をあなどる、いわゆる『魔法至上主義』と同質の『小宇宙(コスモ)至上主義』とも言える考え方である。

 パライストラ生徒には『魔法』に対していい感情を持っていない者が相当数いるため、その『魔法』を使う魔導士を一方的に叩き潰したことで、自分の身に付けた小宇宙(コスモ)の力に自惚れを持ってしまったのである。

 

『いじめられっ子が強くなっていじめっ子に仕返しし、自分は強いんだと偉ぶっている』

 

 あまりにも例えがアレだが、大筋ではそんな感覚で間違いは無いだろう。

 

 侮られて怒り、努力の果てに手に入れた自分の力に自信を持つのはいいが、このような『小宇宙(コスモ)至上主義』的な考えは本当に危険である。

 すぐさまセージやパライストラ教師陣もそう言った感情を抑止するように座学などで指導したのだが、すべては各個人の心の奥底でのこと、根本的な部分でそんな『小宇宙(コスモ)至上主義』的な考えを持っている者は未だに相当数いると見ている。

 そこでセージは、今回の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』にあたりその考えを改めさせることを考えていたのである。

 

「予選は『コスモデルタの突破』、としようと思います」

 

「そうかそうか、あそこか……。

 自惚れ、小宇宙(コスモ)が万能だと思っている者たちには、少々キツイ仕置きになりそうじゃな」

 

 そう言ってハクレイは苦笑したのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』予選のその日、車両数台に分乗したパライストラ生徒たちはその場所へと連れてこられた。

 聖域(サンクチュアリ)から北へおよそ200km、生徒たちの目の前には明らかに人の手が入っていない原生林と険しい山々の景色が広がっている。

 一体どんなことを行うのかと、パライストラ生徒たちはザワザワと口々に言い募るが、パライストラ生徒たちの前にアルバフィカが立ったことでその喧騒がピタリと止んだ。

 

「パライストラ生徒諸君、今までの6年間の成果を示す時だ。

 これより先刻の発表の通り、『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』予選を開始する」

 

 そう言ってアルバフィカが指差すのは険しい山々の、特に高い山の頂上だ。

 

「内容は簡単なことだ。

 今から12時間以内にあの山の頂上へとたどり着くこと、それが『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』予選の内容である。

 これから全員に腕時計を配る。この時計は残り時間を示すのと同時に魔力封じの効果と、位置情報をこちらに示すビーコンになっている。これを持って各自には今までの6年間で鍛えた己の力で、目的地まで辿りついてもらう。

 ただし、これは予選ではあるが今まで互いに切磋琢磨した仲間を蹴落とすものではない。

よって、他者への妨害行為は厳禁とする。

 それ以外には特にルールはない。どのようなルートを進むかに関しても、お互いに協力し合うこともお前たちの自由だ。

 以上だが……何か質問はあるか?」

 

 その言葉にスッと手を上げたのは彼らの総代であるトム・ウイリアムであった。

 

「質問を言いたまえ」

 

「はっ!

 こう申し上げるのは恐縮なのですが……この予選内容はいささか容易過ぎると考えます。これでは『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』本戦へのふるい落としとしての効果には適さないものと考えます」

 

 それはまさにパライストラ生徒たち全員の考えの代弁であった。

 ここまで残った全員が、大なり小なりで小宇宙(コスモ)を扱えるに到っているのだ。確かに目の前に広がる広大な原生林と険しい山々は厳しい自然環境だが、小宇宙(コスモ)による身体強化を使えば一直線に踏破することは可能だろう。『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』のための予選と聞いて一体どんな過酷な内容かと身構えていたパライストラ生徒たち一同は首をひねる。

 そんな仲間たちを尻目に、トム・ウイリアムは続ける。

 

「しかし、そのようなことは教官がたが理解していないとはとても思えません。

 加えて、純粋にサバイバル能力と持久力をと言うのであれば、聖域(サンクチュアリ)を遠く離れてこの場所に来る必要性が見えません。これは私見ですが……この場所には、何か特殊なことがあるのではないかと自分は推測します。

 もしそうであれば、開始前に情報の開示を希望します」

 

「……トム・ウイリアムくん、君は鋭いな。

 そのことを今から話そうと思っていたところだ」

 

 そう言って静かにアルバフィカはそれを語りだした。

 

「彼の言う様に、普通にただ目的地に到着するだけではここに居る全員が予選突破となるだろう。

 君たちは全員、大なり小なり小宇宙(コスモ)に目覚めているのだから。

 しかし、この『場所』では『小宇宙(コスモ)に目覚めている』程度では突破することは出来ない。

 この場所は小宇宙(コスモ)消耗地帯、『コスモデルタ』という」

 

小宇宙(コスモ)消耗地帯?」

 

「そうだ。

 この場所の大地は小宇宙(コスモ)を急速に吸収するという特性を持つ。そのため、仮に肉体強化に1の小宇宙(コスモ)を用いるとしたら、この地では20もの小宇宙(コスモ)を消費しなければならない。

 そして急速な小宇宙(コスモ)の消耗は体力を奪うということは君たちも知っての通りだ。

 つまり……この『コスモデルタ』を通常通り小宇宙(コスモ)を燃やして進もうとすることは難しいのだ。

 この『コスモデルタ』を通常通り小宇宙(コスモ)を燃やしての正面突破を図ろうとするのなら最低でも『白銀聖闘士(シルバーセイント)』クラス、それでも中々苦労をさせられる。君たち訓練生の身でそれは不可能だとは分かるだろう?

 無論、小宇宙(コスモ)をまったく使用できない訳ではないのでその使用は可能だ。

 ようは鍛えた自分の肉体と小宇宙(コスモ)を計算しながら、力の使いどころを判断しながら目的地に達すること……これが今回の予選の趣旨である」

 

 そこまで言うと、アルバフィカは一端言葉を切ってから続ける。

 

「『小宇宙(コスモ)』とて、いつでもどこでも、『万能』というわけではない。こうやって使用に制限がつく場合もある。

 そして、君たちも今後の戦いの中でそんな事態に遭遇するかもしれない。

 そんな時のために君たちが自分の力を正しく把握し使用する感覚を養う訓練もこの試験は兼ねているのだ。

 ……トム・ウイリアムくん、疑問は解消されたか?」

 

「は! 生徒一同、理解しました!!」

 

「結構。 では全員、腕時計を受け取りたまえ。

 全員に配り終えた後、スタートとする」

 

 その言葉に、全員が次々と腕時計を受け取っていくがその顔には不安が色濃い。

 小宇宙(コスモ)を使うことで大幅に消耗する、小宇宙(コスモ)消耗地帯『コスモデルタ』。

 その場所に、パライストラ生徒たちは不安を隠せなかった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「始まりましたね、校長」

 

「ああ」

 

 『コスモデルタ』手前に仮設された本部施設に戻ったアルバフィカをリニスが出迎えると、アルバフィカは大型スクリーン前に設置された椅子に腰かける。

 そして、その絶妙なタイミングでリニスが淹れていたお茶を差し出した。そして、アルバフィカはそのお茶に口付けながら、大型スクリーンを見つめる。

 

「状況は?」

 

「現在のところは順調……と言ったところですね」

 

 そこにはこの周辺の地図と、いくつもの光点が動いているのが映し出されていた。言うまでもなく、光点はパライストラ生徒たち全員に取り付けさせた腕時計から送られてくる位置情報である。

 

「ほとんどが各々の部屋ごとに分かれて協力して進んでいるようですが……その進行速度は極めて遅いですね。

 この自然環境だから……というのもありますが、小宇宙(コスモ)を使えないことに戸惑いがあるのではないでしょうか?」

 

「だろうな。

 無意識に小宇宙(コスモ)を燃やしてしまい、不用意に体力を消耗してしまっているのだろう。

 その辺りの冷静さがある者は意外と少ないからな。

 シュウトたち黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは?」

 

「全員いつでも動けるように準備しています」

 

「結構だ」

 

 今回の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』のための予選会場である『コスモデルタ』は人の手の入っていないかなり危険な地帯だ。原生林には猛獣も住んでいるし、さまざまな場所には底なし沼や毒草地帯など天然の罠と呼べるものが存在する。

 そのためパライストラ生徒たちの安全を考え、現役の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは危険そうなパライストラ生徒はいないか常に監視し、場合によっては助けに入ることになっている。無論、黄金聖闘士(ゴールドセイント)に助けられた時点で失格となる。

 

「さて……一体どれだけの者が残るのやら……」

 

「……」

 

 アルバフィカのその言葉に、リニスは無言で大型スクリーンへと視線を移した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

グルァァァァァァ!!

 

 

 猛ダッシュで駆けるカルマ・レスティレット、サビク・アルハゲ、ヨハネス・スピンドルの『55号室』の面々の背後から、熊のような猛獣が追いすがる。

 

「ど、どうするみんな!?」

 

「それはこっちのセリフだよ!

 こっちに道が、とか言ってカルマ君が進んだせいだろ!

どう見ても獣道だったじゃないか!」

 

「見つけた時にはそこまで思い至らなかったんだよ!」

 

 歩きにくい原生林の中、ついつい歩きやすい道を見つけて歩いていたところ獣道であり、そこでばったり出くわした猛獣に追われているのが今の状況だった。

 

「カルマくんもヨハネスくんも言い合っている場合じゃないだろう!!」

 

 言い合うカルマとヨハネスをサビクが諌める。

 

「どうする! 一戦交えるか!?」

 

「いいや、今後どうなるか分からないのにここで体力を消費するのはマズい!

 僕に考えがある。

 3分ほどでいい、囮になって時間を稼いでくれ!」

 

「3分……結構な無茶を言うね、サビク君も!」

 

 サビクの言葉に、全速力で走りながらもヨハネスが肩を竦める。

 

「任せろ! しばらく逃げ回ってる!!」

 

「頼むよ、サビク君!!」

 

 そう言ってカルマとヨハネスは気を引くために石を投げながら猛獣を誘導する囮になる。

 

「よし!」

 

 自分から猛獣が離れていくのを確認すると、サビクはいつの間にか手にしていた草を手近な石を使ってすりつぶし始める。そして作業開始からきっかり2分30秒、サビクはそれを自分の衣服の一部を破って袋状にすると詰め込んだ。

 そして未だ猛獣に追われるカルマとヨハネスの元へと舞い戻る。

 

「こっちだ!!」

 

 木に昇っていたカルマとヨハネスに吠えたける猛獣は、その声にサビクの方を振り返る。

 瞬間、サビクが手にした袋を猛獣の顔面へとヒットさせる。

 

 

 ギャゥン!!?

 

 

 猛獣は短く悲鳴を上げると、そのままどこかに去っていった。

 その様子に、猛獣に追いたてられていたカルマとヨハネスも、ホッと息をついて木から下りてくる。

 

「いやぁ、助かったよサビク君」

 

「ホント、助かったよ。

 でも、今何やったんだ?」

 

「なに、この辺りの植物でみたことあるのがいくつかあったからね、ちょっと即席の臭い玉を作ったんだ」

 

 元々医療知識に長けていたサビクは周辺の草花から強烈な臭気を発する臭い玉を作り、その臭いで猛獣を退散させたのである。

 

「さぁ、急ごう。

 まだまだ先は長いんだし」

 

 そう言って促すと、3人は再び目的地に向かって歩き始める。

 その距離は未だに遠い……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 自分にとって一番誇れるものは何か?

 パライストラの女子生徒であるアンネ・エルシュトーネはそう聞かれたら迷わず『運』、と答えるだろう。

 彼女の兄はヨハネスの元同僚、シャウラに模擬戦で完膚なきまでに敗北した『本部第三武装隊』の一員であった。彼女自身は魔力の素養も少なくごくごく平凡な管理局局員だったのだが、優秀な兄を打ち倒したシャウラに興味を持ち、そのインスピレーション刺激される容姿にころりとやられてしまったのだ。

 そのため兄を倒した力への興味という建前と、シャウラを間近で見たいという本音を持ってパライストラに入校してきたのである。ちなみにパライストラ内の一部女子たちの間で大流行している、シュウトとシャウラの薄い本の作者は彼女であった。

 そんなある意味でミーハーな志で入校してきたアンネだ、本来ならすぐにでも根を上げてやめていくものだが、彼女に小宇宙(コスモ)の素養があったこと、そして何より『運』がよかったため今この場にいる。

 パライストラは『部屋』という単位が重要だ。『部屋』での連帯責任を負うことで、お互いに支え合い脱落者を生まないシステムを採用している。そのため、『部屋』のメンバーが優秀だと何かと助かる。どんな相手と同じ『部屋』になるか……これは完全に『運』だが、彼女はこれが最高に良かったと思っていた。

 ちらりと見れば、同部屋である猫山霊鳴とロニス・アルキバが話をしている。

 

「……ダメ。 鳥たちが言ってる。 この先は湿地帯、足を取られる」

 

「うーん、でもこっちの道もね。

 どうも『嫌な予感』がするわ」

 

「その意見には同感。

 この道の周りは鳥たちも警戒してる。

 恐らく猛獣か何かが出る」

 

「とはいえそれ以外に進む道はないし……」

 

 そんな風に真面目な顔で会話をする2人。この2人はパライストラ女子の中ではツートップである。

 かたや女子の代表であり成績優秀な猫山霊鳴。噂では聖域(サンクチュアリ)の上層部からも目を掛けられているらしく、あの教皇様直々に呼び出されることもあるという。

 かたや実技・座学ともに成績女子トップをひた走るロニス。彼女も噂では聖域(サンクチュアリ)上層部と繋がりがあるらしい。何度か黄金聖闘士(ゴールドセイント)と会話している姿が目撃されているが、ロニスが寡黙なため真相のほどは不明だ。

 その2人と『運』よく同室になったお陰で、自分はこうしてここに居るのだと痛感する。

 

(ルームメイトが優秀だとラクだわ、ホント。

 特に2人ってばどこから持って来たのかよくお菓子貰ってきて分けてくれたりもしたし、ほんと私ってば『運』がいいわ)

 

 そんな風にアンネが思っていると、話を終えた霊鳴がやってくる。

 

「行きましょ、危険だけど獣道をいくわ。

 あなたの能力で周りの警戒よろしくね」

 

「りょーかい」

 

 アンナの持つレアスキルは『音響探査(ソナー)』と呼ばれるもので、『音』によって周辺を探査する能力……大雑把に言えば物凄く『耳』がいい。

 しかし、探査範囲は魔力探査の方が何十倍も広く、探査対象も『音』に限定されるため管理局では使えない能力の烙印を押されていた。

 彼女自身も正直使える能力とは思っていない。たまにパライストラに視察にやってくるシュウトとシャウラの会話を聞いて、薄い本のための妄想にふけるための能力だと思っているぐらいだ。

 彼女は言われるままに周囲に気を配り、猛獣などの足音を探りながら2人とともに歩いていく。

 

 アンネは気付いていない。

 ただただ『運』が良いだけの人間が、このパライストラに最後まで残っているはずが無いことに。

 そして同時に、自分が2人を頼っているのと同じように、2人から信頼されていることを。

 

 かくして正真正銘の女子のトップチームは協力し合いながら確実に目的地に向かって進んでいた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 トム・ウィリアムは辺りを見渡し、どうしたものかと思案する。辺りには一歩も動けぬように息をつくパライストラ生徒たちが8人へたり込んでいた。

 トム・ウィリアムとエイム・ロイドの総代・副総代はともに管理局時代に長期サバイバル過程などを卒業しており、こういった原生林での訓練経験もあった。

 そのためそんな2人は順調に進んでいたのだが、そんな中どうも猛獣に襲われたらしい8人を発見したのだ。

 どうやら全員小宇宙(コスモ)を燃やして猛獣自体は退けたようだが、このコスモデルタで小宇宙(コスモ)を燃やしたことで急速に小宇宙(コスモ)と体力を奪われ、一歩も動けない状態になっていたのだ。このコスモデルタで小宇宙(コスモ)を燃やせばどうなるか、実際に見て思い知る。

 同時に、彼らをこの状態のままここに放置するのは危険極まりない。どうしたものかと考えていると、歩み寄ってきたエイムは言った。

 

「総代、我々は先を急ぎましょう」

 

 その言葉に、トムは耳を疑う。

 

「正気か、エイムくん。

 この辺りは猛獣などの危険も多い。彼らを今の状態のまま放っておく訳にはいかないだろう」

 

「では、彼らを守って我々も失格となりますか?

 総代、これは『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』のための予選という試験なのです。

 今の彼らの状態は言うなれば自業自得、我々までそれに付き合う訳にはいきません。

 彼らも、我々の足かせになるよりはこのまま進み、我々がこの予選を突破することを望むでしょう」

 

「そうです。

 総代、副総代、自分たちは大丈夫。

 先に行ってください……」

 

「うーん……」

 

 エイムの言葉に、体力が尽きてへたり込んでいたパライストラ生徒たちが同調する言葉を聞きながらトムも考えていた。

 エイムの言うことは正しい。これは『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』のための予選だ、それを突破するために各自が自己責任で力を発揮しているのだから、脱落者を気にすることは確かに無い。

 しかし、状況が状況だ。下手をすれば命の危険まである状況で、例え当人たちが賛同していたとしても見捨てていくという判断を下すのは躊躇われる。

 そんな風にトムが思案していると、上空から2つの影が降りてきた。

 

「よう、トムのおっさん。

 あんたは大丈夫そうだな」

 

「トムさん、大丈夫ですか?」

 

 それは黄金と白銀の影、聖衣(クロス)を纏った快人となのはだった。快人となのははともにトムに向かって声をかける。

 トムは元々管理局で教導官をやっていたため、魔法についての指導が上手く、なのはに数々の魔法について指導していた。言うなればなのはの魔法についての師の一人と言える。そんな縁で、快人もトムのことは知っていた。

 

「快人どのになのはどの。

 お二方は何故ここに?」

 

「あー、脱落者の回収だよ」

 

 なのはの魔法の師の一人とはいえ、聖域(サンクチュアリ)での序列ではただのパライストラ生徒と、黄金聖闘士(ゴールドセイント)白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)の2人だ。当然、快人たちの方が立場は上であるためトムは自然と敬語を使うが、そのこそばゆさに苦笑して快人はヒラヒラと手を振りながら、自分たちの現れた理由を話す。

 

「なるほど……よく考えれば、校長や教皇様たちがこの事態を想定していない訳がありませんな。

 しかし、ここで小宇宙(コスモ)を燃やしてお二方は大丈夫なのですか?」

 

「この程度、黄金聖闘士(ゴールドセイント)にとっちゃ、ちょっと肩がこるって程度だよ」

 

「私は小宇宙(コスモ)だけじゃ無理かもだけど、魔法の比率を高めて、小宇宙(コスモ)の使用は極力抑えてるから」

 

 何でもない風に答える快人となのはに、改めてトムは聖域(サンクチュアリ)の誇る切り札(ジョーカー)の実力を思い知る。

 

「そういう訳でここは俺らに任せて行ってくれ」

 

「わかりました。

 ではエイムくん、我々も先を急ごう」

 

「……ええ」

 

 そう言ってトムはエイムを促すが、エイムは何か名残惜しそうにしてからトムと一緒に先を急ぐ。その後ろ姿が見えなくなるまで、快人となのははそれを見ていた。

 

「……まったく、ありゃケンカ売ってんのか?

 いっつも人の聖衣(クロス)、ジロジロガン見しやがって……」

 

「憧れてるからなんだろうけど……何でだろ、エイムさんの視線って何だか悪寒が走るんだよね」

 

 そう言ってなのははブルリと肩を震わせる。

 

「まぁいいさ。 それよりこいつら回収して戻ろう」

 

「了解なの」

 

 2人はトムとエイムのことは頭から放り出すと、自分たちの仕事を始めた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の予選である、この『コスモデルタ突破』もいよいよ残り時間が僅かになっていた。

 そんな中、ルーク・ブランシュ、リュウセイ・コトブキ、ハインリヒ・フォン・ネテスハイムの『33号室』の3人は焦りを抱き始めていた。それと言うのも原生林の突破のために時間をかなり消費してしまい、時間内に突破できるか難しいところになってしまったからだ。このままでは時間内に目的地に着かず、失格になってしまう。そこで3人は博打にでることにした。山の頂上までの最短ルートの強行突破である。

 

「うわっ!?」

 

「リュウセイくん、大丈夫か!」

 

 危うく滑りそうになったリュウセイに、その下を昇るハリーが無事を確認する。リュウセイが掴み損ねた石がガラガラと音をたてて落ちて行くが、その音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 ここは切り立つような断崖絶壁だ。その絶壁をルーク・リュウセイ・ハリーの3人はよじ上っている。

 

「あぶねぇ……」

 

 その高さにゾッとしながら、リュウセイは冷たい汗を拭う。

 

「……気を付けろよ。

 思った以上にこの辺りの岩は脆い」

 

 先頭をよじ上っていたルークが注意を促す。

 入校時は刺々しかったルークではあったがそれも6年も一緒に苦楽をともにすれば変わるもの、無愛想なのは相変わらずだがリュウセイとハリーに対してはいつの間にか打ち解けていた。

 そんなルークの言葉にハリーは笑いながら返す。

 

「そっちこそ気を付けて下さいよ。

 焦りは禁物です」

 

「……分かっている」

 

 ハリーの見透かしたような言葉に、ルークはどこかバツ悪そうに答えた。

 ルーク自身も、今の自分の中に焦りがあることは感じている。ルークは魔法の才能無く家族から『おちこぼれ』扱いをされ、小宇宙(コスモ)の力を手に入れ家族を見返したい、自分の価値を示したいと願いパライストラの門を叩いた。

 リュウセイやハリーとの出会いやエルシドの導きで以前ほど虚栄心に凝り固まっている訳ではないが、それでもそんな感情が自分の根底には泥のように溜まっており、もはや無くすことは出来ないだろうとは気付いていた。だから自分の価値を示す最高の舞台、『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』本戦に進めないかもしれないということに嫌でも焦りが生じてしまうのは仕方が無いとルークは思っている。

 しかし、この状況で焦りは危険だ。

 

 

 ガラッ!

 

 

「ッッッ!!?」

 

「ルーク!!」

 

「不味い!!」

 

 ルークの手にしていた岩が突如として崩れ、バランスを崩したルークの身体が宙を浮く。そして刹那の間も無く、重力に捕われルークの身体が落下を始めた。

 

(死……ぬ!?)

 

 瞬時にそれを意識するルークだがその瞬間、リュウセイとハリーは動いていた。

 

「ハリー!」

 

「リュウセイくん!!」

 

 互いに名を呼び合うとルークと同じく宙へと身を躍らせるリュウセイとハリー。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 リュウセイは小宇宙(コスモ)を全開で燃やし、左の拳を深く岩肌へと突き刺し身体を固定すると空いた右手でハリーの左手を掴む。そしてハリーは右手でルークの手を掴んでいた。

 瞬時に自分たちの身体を使ってルークを捕まえることに成功したが、それだけでは終わらなかった。

 

 

 ガッ!!

 

 

「グゥ!?」

 

「!? ハリー!!」

 

 リュウセイとハリーによって九死に一生を得たルークだが、2人を見上げた途端、ポタリと何かが落ちてくる。それは赤い液体……血だ。見ればハリーが左目の辺りから血を流している。

 リュウセイとルークを繋ぐ役割であったハリー、彼は2人を両手で繋いだが、そのため勢いよく岩肌に叩きつけられたときに顔面を守ることができず、傷を負ってしまったのだ。

 

「ハリー!!?」

 

「あ、あはは……大丈夫さ。

 こんなのよりデフテロス教官のゲンコツのほうが何倍も痛いよ」

 

 そう言ってアハハと笑うと、ハリーはリュウセイを見上げた。

 

「リュウセイくん、行くかい?」

 

「……おう。

 ただ、俺だけの小宇宙(コスモ)じゃ無理だ」

 

「分かってるよ。

 僕の小宇宙(コスモ)も……すべて燃やす!!」

 

 ハリーはその言葉と共に自分の小宇宙(コスモ)を燃やし、それをリュウセイへと流し込んで行く。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 リュウセイはハリーから受け取った小宇宙(コスモ)と自身の小宇宙(コスモ)を燃焼させ、そのすべてを力に変えるとハリーとルークを力いっぱい放り投げる。同時に自身も固定していた腕を抜くと、ハリーたちと共に宙を舞う。そして3人は絶壁の岩場に軟着陸を果たした。

 

「あはは……無事かぁ?」

 

「お陰さまでね……」

 

「お前ら……」

 

 小宇宙(コスモ)の消耗によって体力を削り、大の字に身体を投げ出したままリュウセイとハリーは起き上がれず、それでも楽しそうに苦笑をする。そんな2人を前に、ただ1人ルークが立ち上がった。

 

「お前ら……何故こんなことを……」

 

「おいおい、仲間を助けるのに理由はいらないだろ?」

 

「だが! そんな状態じゃお前ら2人はここで……!!」

 

「うーん、そうだねぇ。

 残念だけど僕ら2人はここまでかな……」

 

 ルークの言葉に、リュウセイとハリーは苦笑しながら答える。

 

「僕たち2人はここまでかもしれないけど……ルークくんは大丈夫だろう?」

 

「そうそう。

 ……あとは頼むぜ。 本戦じゃ暴れまわってくれよ」

 

 その言葉にルークは唇を噛みしめる。このリュウセイとハリーとてこの6年を全力で駆け抜けてきた。その成果を示す舞台であるはずの『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の本戦にまでいけないというのはどれほど悔しいものかわかる。そこまでして自分を救おうとしてくれた2人をここに置き去りにして行くことなど、リュウセイとハリーが望んだとしてもルークには頷けなかった。

 

「……」

 

 ルークは無言のまま2人の傍に座り、2人の胸に手を当てる。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そしてゆっくりと小宇宙(コスモ)を燃やし始めた。リュウセイとハリーに、ゆっくりと小宇宙(コスモ)が流れ込んでくる。それに驚きの声を上げるのはリュウセイとハリーだ。ただでさえ予選突破が微妙だというのに、こんな風に小宇宙(コスモ)と体力を消費してはルークの予選突破すら危うい。

 

「!? おい!!」

 

「何を!?」

 

 ルークからの小宇宙(コスモ)によって回復し、立ち上がったリュウセイとハリーはルークに詰め寄ろうとするが、それを遮るようにルークは叫ぶ。

 

「俺は!

 お前たちを踏み台にしてまで『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』に駒を進めようとは思わん!!」

 

 その強い語気にリュウセイとハリーの動きが止まる。

 

「……確かに俺は自分の価値を示すために聖域(サンクチュアリ)に来た。

 魔法を使えないために俺を『おちこぼれ』呼ばわりした家族を、周囲を、そのすべてを見返すために小宇宙(コスモ)の力を手に入れようとした。正直に言ってその泥ついた気持ちは、今でも俺の中にある。

 そんな俺にとっては『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』は俺の手に入れた小宇宙(コスモ)の力を示し、俺の価値を示す最高の舞台だ。是が非にでも『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』本戦への駒を進めたい。

 だがな……俺はそれと同じくらい、お前たちに感謝を感じている!

 6年……この6年ともに励んできたんだ! 見捨てるなど……できん!!

 『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』本戦へは……全員で行く!

 それ以外、俺は認めない!!」

 

「ルーク……」

 

「ルークくん……」

 

 ルークの言葉にリュウセイとハリーは互いの顔を見合わせ、肩を竦めて苦笑した。

 

「わかった、わかったよ」

 

「仕方ないですね。

 ルークくんたっての頼みです」

 

 そう言って2人はルークへと手を差し出す。

 

「行こう!」

 

「ええ、もう時間もあまりありません」

 

「ああ、行こう!」

 

 2人の手を取りルークが立ち上がると、3人は再び絶壁に挑み始める。

 体力も小宇宙(コスモ)も全員かなり消耗している。普通に見れば時間内の通過は不可能だろう。だが、3人の誰にも諦めは無い。何故なら、同じ想いを持ち進む聖闘士(セイント)を阻むものなど、どこにもありはしないのだから。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もうそろそろだね……」

 

「うん……」

 

 時計を見ながらのシュウトの言葉に、フェイトは頷く。

 2人がいるのはゴール地点である山の頂上だ。アルバフィカから最終合格者を確認するように言われた2人は、ここで最終的な『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』予選の突破者を待っていた。

 現在2人の周りにはパライストラ生徒が13人、大半が地面にへたり込んだ状態で座っていた。もはや会話する体力もないのか、山頂は静かだ。

 

「あの3人がいないね……」

 

「本当だ……でも、勝負は時の運とも言うしそういうこともあるよ」

 

 シュウトたちとしては、すでに聖闘士(セイント)として認められるだけの実力を持ったものは知っている。実際、聖衣(クロス)を与える人間と言うのも聖域(サンクチュアリ)上層部の間では内々に選定していた。そんな中で、あのエルシドが教えを授けているという噂のある3人がいないことにフェイトは小さく首を傾げたが、強いだけではどうしようもないこともよくあることを知っているシュウトは、そう言って肩を竦める。

 

「それじゃそろそろ……」

 

「……いや、待ってフェイト」

 

 シュウトの言葉に、フェイトは少しだけ周囲を探ってみると頂上への断崖絶壁側から何か音がする。

 

「まさか!?」

 

 フェイトが断崖絶壁を覗いてみれば、そこには頂上に向かって猛然とよじ上ってくるルーク・リュウセイ・ハリーの姿があった。

 

「急げ、もう時間が!!」

 

「分かってる!」

 

「簡単に……言ってくれますね!」

 

 そして一歩先を行くルークがついに頂上へと昇りきった。

 

「リュウセイ!」

 

「ああ!」

 

 即座にルークが後続のリュウセイに手を伸ばし、リュウセイを頂上へと引っ張り上げる。

 

「「だぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 そしてルークとリュウセイは最後の力を振り絞ってハリーを頂上へと引っ張り上げた。

 

「やったぞ!」

 

「あはは、やったぁぁぁ!!」

 

「これで予選突破だよ!」

 

 勢い余り頂上で大の字で倒れながら3人は笑いを漏らす。その瞬間、その場に居た全員の腕時計からアラームが聞こえた。『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』予選の終了の合図だ。

 

「16人、だね……」

 

「うん。 アルバフィカさんに連絡入れるね」

 

 そう言ってフェイトは通信を始める中、シュウトは頂上に集うパライストラ生徒たちを見た。幾人か足りない気がするが、聖域(サンクチュアリ)上層部の大方の予想通りだ。

 そんな未来に共に闘うだろう同志たちを、シュウトは頼もしそうに見つめるのだった……。

 

 

 




というわけで『銀河戦争』予選編でした。
読者さんから貰ったオリジナル聖闘士候補生たちは順当に予選を突破しています。
次回はそんなオリジナル聖闘士候補生たちの激突する『銀河戦争』本戦編です。

次回もよろしくお願いします。


最後に映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』の感想を……。

蟹座は愛されている! 主にスタッフから!
魚座は泣いていい! 許す!   



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第59話 候補生たちの銀河戦争(本戦編その1)

今回からはついに『銀河戦争』の本編の開始です。

参加人数は16人、まずは第一試合から第四試合までの4戦の模様をお送りします。
新たな聖闘士候補生たちの戦いをお楽しみに。



「ほぅ……『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』なぁ。

 聖域(サンクチュアリ)もなかなか面白い催しをするのだな。

 で、パンドラ様は何と?」

 

「当日、聖域(サンクチュアリ)には管理局の重鎮たちもやってくる。

 そこでお前にはその連中と聖闘士(セイント)の成り損ないどもに『丁寧な挨拶をして来い』とのご命令だ」

 

「『丁寧な挨拶』か……ククク、パンドラ様も中々面白いことを言う。

 しかし、だ。

聖域(サンクチュアリ)近辺にはもちろん、あの『世界』への直接の転送にはやつらを味方する管理局がかけた阻害フィールドがある。

 俺の『ガルーダ』でも直接転送は不可能だが?」

 

「それは安心しろ。

 密偵からの情報で、あの『世界』にかけられた転送阻害フィールドに対するハッキングコードを入手した。

 これでお前の船があの『世界』に直接転送が可能になるはずだ」

 

「そうかそうか。

 では俺が直々にやつらに祝砲を届けに行ってやるとしよう」

 

「ハーデス様復活と聖域(サンクチュアリ)との決戦まではまだ時がある。

 今回はその来たるべき決戦に向けて聖域(サンクチュアリ)の戦力を削ることが目的、ゆえにパンドラ様は奇襲に徹し、適度なところで撤退しろとの御命令だ。

 認めたくは無いがお前の力は必要なもの、三巨頭としてパンドラ様の命は厳守しろ」

 

「はいはい。 分かっているよ、ラダマンティス」

 

「……どうだかな。

 戦力はこちらからも貸す。 それを拾ったらすぐに行動に移れ。

 では切るぞ」

 

 モニターの通話が切れ、アイアコスは変わらぬクソ真面目なラダマンティスにヤレヤレと肩を竦めた。そして苦虫を噛み潰したようなラダマンティスの顔は、思い出すだけでも笑いが漏れる。

 そして一しきり笑った後、アイアコスは傍らに控えていた2人に言い放った。

 

「バイオレート、カレン!

 次の行き先が決まった。 目標は聖域(サンクチュアリ)! 全員を招集しろ!

 聖域(サンクチュアリ)には祝いに盛大な挨拶をしよう!」

 

「「はっ!!」」

 

 返事と共に駆けだすバイオレートとカレン。

聖域(サンクチュアリ)に嵐が迫っていた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日は何処までも青い空が広がる気持ちのよい天気だった。

 ここはこの日のために整えられた室内型競技施設、シャウラとアリサの『グラード財団』の出資によって完成した『グラードコロッセオ』だ。中央には石造りのリングが設置されており、周囲の壁面には様々な角度から映す大型のモニターがいくつも備え付けられている。

 その最上段の貴賓席ではセージとハクレイが座っていた。その直衛として控えているのは双子座聖衣(ジェミニクロス)を纏った総司の姿があった。

 その傍にある特等席にもズラリと人が座っていた。そこに居るのはパライストラ教師陣と管理局関係者たちだ。その中にはあのクロノを始めとした見知ったアースラメンバーとレジアス、そしてアリサとすずかの姿もある。そしてその特等席を守るように両端にはこれまた聖衣(クロス)を身につけ、完全武装の大悟・はやて・シャウラの姿があった。

 その特等席の下には一般席とも言えるものが設置されており、そこには護衛のようにヴォルケンリッターたちが目を光らせ、惜しくも予選に敗れ去ったパライストラの生徒たちがいる。またその一般席には管理局の魔導士と思われる者たちも多数いた。

 その全員の視線の先には30m四方の正方形の石のリングがあり、そこには本戦に残った16人のパライストラ生徒たちが整列している。その姿を頼もしそうに眺めるとセージは立ち上がった。

 

「諸君、君たちはこの6年、良く学び、良く自身を鍛え上げた。

 君たち16人には今日、その成果をとくと見せてもらう。

 また惜しくも予選にて敗退してしまったものもこの試合を良く見、多くのことを学んでより一層の成長を期待したい。

 これより、教皇セージの名において『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の開催を宣言する!!」

 

 その言葉と共に大型スクリーンに対戦表が映し出された。

 ここでこの『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』のルールを説明するが、戦いは当然のことながら1対1だ。互いにリングの上で1対1で戦い、降参または10カウントのダウンで負けとなる。

 一つ面白い点がリングアウトになっても負けとなることだ。小宇宙(コスモ)で敵わなくても機転を利かせることで勝利を拾えることになっており、飛行魔法以外の魔法の使用も許可されている。そのため、魔法聖闘士(マジックセイント)型の生徒もその実力をいかんなく発揮できるルールだ。もっとも当然ながら武器の使用は禁止でありデバイスの類も持ち込み禁止なので簡易の魔法しか使えないのだが。

 リングの脇には黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏った快人とシュウト、そしてこちらも白銀聖衣(シルバークロス)を装着したなのはとフェイトが控えている。彼らは審判の役目を負い、10カウントをとったり、試合が危険と判断した時には強制的に生徒たちを止める役割を負っていた。

 

「また、今回の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』では諸君らには聖域(サンクチュアリ)で新たに造られた『擬似聖衣(デミクロス)』を纏い、闘ってもらう。

 これは擬似的に造られた『聖衣(クロス)』でありその性能は青銅聖衣(ブロンズクロス)よりも格段に低いが、諸君らの力を十二分に発揮するものだ」

 

 そしてスクリーンに映し出される『擬似聖衣(デミクロス)』の映像に、会場にざわめきが起こる。

 今回の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』は『擬似聖衣(デミクロス)』を纏って行うことになった。これはパライストラ生徒たちの安全性のためと、晴れて聖域(サンクチュアリ)の正式装備になった『擬似聖衣(デミクロス)』の管理局へのお披露目という意味合いもある。

 

「では、パライストラ生徒諸君、君たちの見事な戦いを期待する!!」

 

 セージのその言葉と共に、『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』の幕はついに上がったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 対戦カードを見た舞台上のパライストラ生徒たちの反応は様々だった。

 

 

「僕は第七試合か……」

 

「俺は第五試合で副総代とだ。

 俺とサビクで戦うには準決勝までいかないとな」

 

「そのときは手加減しないよ」

 

「かっかっか、望むところだ!」

 

 対戦表を見たサビクとカルマがそう約束をかわす。そんな横でヨハネスは肩をすくめた。

 

「僕は第三試合だから2人と戦えるのは決勝だけだね。

 まぁ、負けるつもりもないけどね」

 

「かっかっか、言うなぁ」

 

 ひとしきり笑い合う3人は互いの拳を合わせる。

 

「「「お互い、頑張ろう!」」」

 

 互いの健闘を誓い合う『55号室』の面々だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「嘘!? 第二試合でいきなりロニスとじゃん、私!?」

 

「……」

 

 アンネはロニスとぶつかる対戦カードを見て、自身の運もここまでかと大仰に天を仰ぐ。

 その横ではロニスがいつも通りの無表情を貫いており、何を考えているのかは分からない。

 

「いやぁ、私はブロックが別れちゃったわ。

 第六試合……決勝まで2人とは当たらないわね」

 

 そんな風に猫山霊鳴はどこかホッとした様子で胸を撫で下ろすと、ふと特等席でアルバフィカの隣に立つリニスと目が合い、思わずガッツポーズをする。それに気付いたのかリニスが呆れたように微笑むのが分かった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 リングから降り、選手待機所に向かうルーク、リュウセイ、ハリーの3人。

 

「俺、いきなり第一試合から総代とだよ」

 

「俺は第四試合だから、うまく勝ち進めば準決勝でぶつかるな」

 

 ぼやくリュウセイにルークが答える。そして隣のハリーが続けて言った。

 

「僕は第八試合……上手くバラけたものです」

 

 そんなハリーに、ルークはどこか遠慮がちに聞く。

 

「ハリー……その……目は大丈夫なのか?」

 

「ええ、視力には問題ないですよ。

 ただ、ちょっと傷が残りそうなのでこういうものを付けることにしましたけどね」

 

 そう言ってハリーはおどけたようにクイッと自身のサングラスを持ち上げる。

 ハリーは前回のコスモデルタでの予選の折、ルークを助けるために絶壁の岩肌に顔面を強打してしまっていた。幸い視力には問題がないが、左目にはちょっとした傷が残ってしまったのである。それを隠すためにハリーはサングラスを掛けることにしたのだ。

 

「……すまん」

 

「そういうのはやめて下さいって。

 それに……ほら、結構似合ってるでしょ?」

 

「……ああ」

 

 自責の念に駆られたルークの言葉に、ハリーはおどけたように答える。それにつられる様に苦笑したルーク。だが、そのルークの顔がすぐに強張った。

 

「? どうした、ルーク?」

 

 いぶかしむリュウセイがその視線を追うと、こちらに歩いてくる1人の少女の姿があった。歳はルークたちよりも少し下だろうか、いかにも生真面目そうな、そしてどこか冷たい印象を受ける少女だ。展開したバリアジャケットに付く腕章が、彼女が管理局の所属であることを示している。どうやら、管理局の上層部の護衛の1人のようだ。

 その少女はツカツカと、明らかにルークたちの方へと向かっていた。リュウセイとハリーは何事かと顔を見合わせる。そしてそんな3人を前に、少女は口を開いた。

 

「久しぶりね、兄さん」

 

「……ああ」

 

 少女の声は外見のイメージと同様、冷やかな響きだったことは聞き間違いではないだろう。少女の言葉にルークは頷いて答える。

 彼女の名は『キャリー・ブランシュ』、ルークの実の妹である。だがその視線は実の兄を見るものとは思えないほどに冷ややかだ。それもそのはず、ルークは魔法が使えないことで家族中から『落ちこぼれ』の烙印を押されていたが、彼女もルークに対し『落ちこぼれ』の烙印を押し続けていた1人であるのだから。

 

「まったく……家を出てこんなところで、いつまでもこんな『お遊戯』やってって……恥ずかしくないの、兄さん?」

 

「……」

 

「……おい、『お遊戯』ってのはどういうことだよ?」

 

 無言のルークに代わって思わず声を荒げるリュウセイにキャリーは変わらず冷やかな視線を送りながら答える。

 

「無論、ここのことよ。

 『小宇宙(コスモ)の力』は確かに戦闘能力は高いらしいけど、汎用性は低いレアスキルのようなもの。

 精々、最前線での戦いには多少役立つでしょうけど、その他はてんでダメな使えない人材ができるだけ。

 そんなのは魔法に比べれば『お遊戯』のようなものよ」

 

 そう言って肩をキャリーは肩を竦める。

 キャリーはいわゆる『魔法至上主義者』だが、他とは違い非常に冷静な『魔法至上主義者』だった。

 彼女は黄金聖闘士(ゴールドセイント)の戦闘などの資料により、その戦闘能力に関しては魔導士である自分たちが敵わないことを理解している。しかし、同時にその汎用性の低さを冷静に分析していた。

管理局の任務は多岐にわたる。それこそ、戦闘などその一部にしか過ぎない。それらをマルチプルにこなせる人材こそがこの次元世界で真に優秀な人材であり、それは『魔法』を使う魔導士しかあり得ない。そう結論付け、管理局の任務における『小宇宙(コスモ)の力』を使う者など『お遊戯』だと称する。感情ではなく、自身の展開した理論によって導き出した解を元に、理詰めで『魔法至上主義』を唱えるという、ある意味では最もタチの悪いタイプであった。

 

 

 ちなみに、これこそが管理局の人材不足の原因でもあると言える。任務の多様化により、より1人の人間に求められる能力や資質が高くなってしまったのだ。

 分かりやすく言えば、軍人と弁護士と警官と救急隊員の能力すべてを兼ね備えた人間などそうそう存在しないのにも関わらず、それを要求しているのと同じ理屈である。

 さらにその狭き門を潜ったことに驕り、自らを選ばれたエリートとして『魔法至上主義』に傾倒していくと言う悪循環を生んでいた。

 閑話休題。

 

 

「……幾らなんでも『お遊戯』は言いすぎじゃないかな?」

 

 あまりにもな言い草に、いつもは大らかなハリーですら怒気をはらんだ様に声が幾分低くなっている。リュウセイなど今にも噛みつきそうな表情だ。

 だが、そんな2人をルークは手で制する。

 

「……キャリー、確かに俺は魔法の才能のない『落ちこぼれ』だ。

 だがそんな俺がこの6年で手に入れたものがある。

 その『価値』を、今日の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』で見せつけてやる!」

 

「……どうぞお好きに、兄さん」

 

 それだけ言うと、最後の最後まで冷やかな視線でキャリーは去っていった。

 

「何だよ、あれ?」

 

「幾らなんでも、失礼が過ぎますね……」

 

 リュウセイとハリーは揃って不機嫌そうな声を上げる。

 そんな中、2人に振り返りルークは言った。

 

「……今日の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』、俺は必ず勝ちに行く。

 6年間で手に入れた、自分の『価値』を示すためにな。

 だから……お前ら俺と当たったら覚悟しろよ」

 

「当然!」

 

「そっちこそ、だよ!」

 

 3人はお互いに頷きあうと最後にその拳をコツンと合わせ、その場で解散をしたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第一試合

『リュウセイ・コトブキ VS トム・ウィリアム』

 

 

 

「トムのおっさんの試合か……なのは、お前はどう見るよ?」

 

 リングのすぐ脇で審判を勤めながら、快人は隣に居るなのはに囁くように聞いた。ちなみに、シュウトとフェイトは丁度リングの反対側で同じように試合を見守っている。

 快人の言葉になのはは少しだけ考え込むと、自分の考えを述べた。

 

「なのはの贔屓目かもしれないけど、トムさんのほうがちょっと有利だと思うの。

 2人の小宇宙(コスモ)は、ほぼ同等。そうなれば必然的に、それ以外の要素が差を分けることになる。

 トムさんは魔法聖闘士(マジックセイント)系の人だから魔法による搦め手が期待できるの。でもリュウセイさんは回復魔法に適正があるだけで、他はダメみたいだし……。

 おまけにトムさんは元教官で実戦経験も豊富……そうなればトムさんのほうが有利だと思うな」

 

「まぁ、俺もほぼ同意見だ。

 とはいえ……相手はあのエルシドさんの弟子みたいなもんだからなぁ。

 思い通りにいくかねぇ……?」

 

 快人はそう呟くと、リングへと視線を戻した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ぐっ!!」

 

「がっ!?」

 

 リングの中央では赤く塗装された『擬似聖衣(デミクロス)』を装着したリュウセイと、青く塗装された『擬似聖衣(デミクロス)』を装着したトムが互いの拳で殴り合っていた。

 トムは元々、拳を使った近接戦闘を得意にしていた陸戦魔導士だ。クロスレンジでの殴り合いには自信がある。さらに小宇宙(コスモ)による攻撃力・防御力は『擬似聖衣(デミクロス)』によりいつもより格段に高い。その攻撃には今まで培ってきたトムの戦闘経験が滲み出ていた。だが、それを持ってしてもリュウセイの格闘能力には舌を巻く。

 

(教官に直接教えを受けていたという噂……嘘ではないらしいな)

 

 トムの長年の戦闘経験に追いつく、そのリュウセイの格闘技術に静かに戦慄した。

 だが、戦慄しているのはトムだけではなかった。

 

(総代強ぇ……管理局時代に教官張ってただけのことはあるぜ)

 

 拳を振るう瞬間、僅かな抵抗が腕と足にかかる。それは極々微弱なバインド魔法だ。無論それはリュウセイの動きを止めることは叶わず、リュウセイはそれを引きちぎる様にして攻撃を続けるが、その引きちぎるまでのほんの僅かな隙を使い、トムは的確に攻撃を防御・回避し、攻撃では防御を掻い潜った痛打を与えてくる。

 小宇宙(コスモ)はほぼ同等、リュウセイはエルシドに鍛えられた格闘技能で、トムは今までの経験から来る攻撃のため、試合は一進一退の様相だ。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……いい勝負だな。

 今のところは互角、か……」

 

「でも……そろそろ効果が出てくるんじゃないの?」

 

「お? なのは、お前も気付いたか?」

 

「うん。 だって……あれ、私の魔法だもん」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「!?」

 

 それに気付いたのはリュウセイだった。

 

(どういうことだよ? 身体が……重い?)

 

 そしてその時になってリュウセイはやっと、自分の身体に付着しているものに気付いた。

 それは小宇宙(コスモ)の混ざった魔力の残滓、それがまるで重りのようにリュウセイに纏わりついている。

 

「気付いた?

 どうかね、白銀魔法聖闘士(シルバーマジックセイント)様直伝のゲル・バインドの味は?」

 

 それはなのはの使用する吸着型移動阻害魔法『ゲル・バインド』だ。

 なのはの魔法の師でもあるトムは、逆になのはからその魔法を教えられていたのだ。

 トムの作戦はこうだ。リュウセイと自分の小宇宙(コスモ)や身体能力がほぼ同等なのは分かっている。そこで微弱なバインドを展開し、その攻撃や防御を阻害させ続ける攻防を選択したが、これは最初から引きちぎられることを前提とした、『引きちぎってもらわねば困るバインド』であった。

 トムの本当の狙い、それは『バインドを引きちぎる抵抗にリュウセイを慣れさせる』ことだった。多少の重さを『バインドを引きちぎる時の抵抗』だとリュウセイに錯覚させながら、少しづつ『ゲル・バインド』をその身体に吸着させ、重さをどんどん増させる。そしてリュウセイが気付くほどに『ゲル・バインド』を吸着させ動きが鈍ったところを、全力の一撃で仕留めるという作戦である。

 そして、トムのその作戦は成功した。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「いわゆる『ベラミスの剣』ってやつだな。

 

 古代ギリシャ神話時代、永遠のライバルといわれた闘いの神『ベラミス』と『マルス』はその実力において全くの互角、幾多の死闘を経ても決着はつかなかったが、ある時マルスは一計を案じて、試合前にベラミス愛用の剣をそっくり同じ形でちょっとだけ重い剣に取りかえた。それと気づかぬベラミスはいつもの通りマルスと闘うがいつもよりちょっとだけ重い剣のせいでついに負けてしまう。

 互角のふたつの力が競い合う場合、どんなにささいな違いでも、それが優劣を決定づけてしまう。

 

ってことだな……」

 

「……快人くん。 なんかドヤ顔で語ってるけど、それ男塾だからね。

 民明書房で真っ赤なウソだからね」

 

「んなこたぁ、分かってるよ」

 

 ジト目のなのはに、快人は肩を竦める。

 

「でも状況的には変わらないだろ?」

 

「なら、トムさんの勝ち?」

 

「そりゃ分からんさ。

 だって……聖闘士(セイント)の戦いはいつも奇跡に満ちてるもんだからな」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 ガンッ!!

 

「!!?」

 

 トムの小宇宙(コスモ)を全力で乗せた拳が的確にリュウセイの顎を捕える。脳天を突き抜けて行く衝撃、それは間違いなく脳を揺らす完全勝利の一撃だ。トムが会心の攻撃に勝利を確信し、リュウセイの意識が急速に混濁していく。

 膝が崩れ落ちようとする瞬間を、リュウセイの意識はスローモーションのように感じていた。

 

(ここまでかよ……)

 

 確かに自分の実力を出し切った感はある。だが……。

 

(……違うだろ、俺が目指した『剣』は、こんなところで崩れるもんじゃなかっただろ!!)

 

 それはエルシドの示した『聖剣』への考え。その中でリュウセイが最も感銘を受けた部分。

 

(俺は……決して折れない『聖剣』の『強靭』さに感銘を受けて、今まで鍛えてきたんだろ!?

 だったら動け、身体! 『聖剣』には欠片も届かない、それでも鍛えた『強靭』さを今示せ!!)

 

 (リュウセイ)の思考に、鍛え上げたその『強靭』な身体は裏切らない。

 崩れ落ちかかっていた膝が、踏ん張りを取り戻す。

 弛緩した拳が、再び握られる。

 濁った瞳に、光が戻る。

 そして小宇宙(コスモ)が、爆発する!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「!!?」

 

 トムの完全に予想外の出来事だった。完全に意識を失うはずのリュウセイが、自分を超える小宇宙(コスモ)を燃え上がらせ、拳を振り上げる。

 それはアッパーとしてトムの顎へと突き刺さった。

 

「ぐぁ!?」

 

「う、ぐぅ……」

 

 トムの身体が膝から崩れ落ち、ドウっと倒れ込む。同時に限界が来たかのようにリュウセイも今度こそ倒れ込んだ。

 同時のダウン。即座にカウントが始まる。

 状況的に立ち上がった方が勝者だ。

 トムとリュウセイは互いに、もがくように立ち上がろうとする。

 

「ぐっ!?」

 

 トムは途切れそうな意識を集中させリュウセイへと微弱なバインド魔法を掛けた。

 立ち上がるための障害がついたリュウセイの動きは鈍り、その間にトムは立ち上がろうとする。

 しかし……。

 

「う……おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 リュウセイはその身体から絞り出すような声と共に小宇宙(コスモ)を燃焼させる。

 トムと同じく飛びそうな意識の中、鋭敏になった感覚が、その小宇宙(コスモ)をさらに激しくする。

 明らかにトムを超える小宇宙(コスモ)を燃焼させながら、トムのかけたバインド魔法を引きちぎり、リュウセイが立ち上がった。

 

(最後まで小細工で勝ちを拾おうとした俺と、愚直に自分の小宇宙(コスモ)を信じて立ち上がった彼……か……。

 小宇宙(コスモ)は……深い、なぁ……)

 

 トムは心の中で苦笑する。

 そしてその時、10カウントが告げられたのだった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「『聖闘士(セイント)の戦いは最後は小宇宙(コスモ)で決まる』……か。

 聖闘士(セイント)の基本だが、こんなところで見れるとはな」

 

「でもトムさんだって凄かったの」

 

「あの人をバカにするつもりはないよ。

 トムのおっさんの、勝つために積み上げる戦術は本物だ。

 次やったらどうなるかはわからない。

 でもまぁ今回は、あのエルシドさんの弟子の根性勝ちってとこだな」

 

「うん、かなり強引だけどね」

 

 

第一試合

『リュウセイ・コトブキ VS トム・ウィリアム』

 

勝者:リュウセイ・コトブキ

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第二試合

『アンネ・エルシュトーネ VS ロニス・アルキバ』

 

 

 

「……よし!」

 

 赤く塗装された『擬似聖衣(デミクロス)』を装着したアンネは気合を入れるために自身の頬をパンッと叩く。

 目の前には同じく青く塗装された『擬似聖衣(デミクロス)』を装着したロニスの姿があった。いつもと変わらぬ無表情のロニスだけに、何を思っているのかは分からない。しかしその落ちつき様は、自分のことを与し易しと思っているのかも……。

 

(ダメよ、呑まれちゃ!)

 

 ブンブンと頭を振って、アンネは余計な考えを頭から追い出す。

 確かにロニスはパライストラ女子の中ではトップである。だが、それにしたって勝ちの目はある。

 

(今回のルールでは場外にしても勝ちだし、考えれば方法はあるはず!)

 

 そう思えば、日頃組手などで手の内を知っているロニスが相手なのは『幸運』なのかもしれない。

 自分はロニスや霊鳴に同室ということで引っ張り上げてもらいこの舞台に立っていると言うのは分かっているが、アンネとて6年間を厳しい修行を耐え抜いた自負がある。

 そのため、勝利を思考するのは当然のことだった。

 

 試合開始10秒前。

 アンネは余分なことをすべて追い出し、目の前のロニスへと意識を集中させる。

 自身のレアスキルである『音響探査(ソナー)』も準備万端。この耳がロニスを逃すことは無いだろう。

 慢心なく、万全の状態で試合開始を待つ。

 そして……試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 ドウゥン!!

 

 

「ッッッッッ!!?」

 

 声にならない悲鳴。

 開始と同時の衝撃が脳天を貫き、アンネの意識が遠退く。膝も言うことを聞かない。

 地面が自分にキスしようと迫るのを、『ああ迫ってるのは私の方か。 地面さん、私を優しく抱き止めて』などとどうでもいいことを考える。

 そんな中、アンネの思うことは疑問だった。

 

(何? 私、今何されたの?

 ロニスに殴られた? 違う、ロニスは開始から一歩もその場を動いていない。

 『音響探査(ソナー)』にも移動した様子はないから、それは絶対、間違いない。

 だったら……今のは何?)

 

 ぐるぐると湧きあがる思考までもが混濁してくる。それを、『あ、こりゃ気絶するな』と冷静に思いながら、アンネは最後の思考を行う。

 

(ざんねん! わたしのギャラクシアンウォーズはここでおわってしまった!!

 ガクッ!!)

 

 そんなどこか余裕のある思考を最後に、アンネは意識を手放したのだった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……彼女、面白い攻撃をするね」

 

「フェイト、『見えた』の?」

 

「うん。

 似たようなタイプの攻撃をしてくる冥闘士(スペクター)を知ってるから」

 

 シュウトの問いに答えるフェイトの脳裏には、自分そっくりな冥闘士(スペクター)の姿がよぎっていた。

 

「あれは余程小宇宙(コスモ)を集中させないと『見えない』だろうね。

 それに見えたとしても、完全に『防ぐことが難しい』……」

 

 シュウトも感心したように頷く。

 

「あの子、すずかの友達なんだよね?」

 

「らしいよ。

 でもあの実力なら、教皇様の考え通りの人事でも通用しそうさ」

 

「そうだね。

 本当に、頼もしいね」

 

 

第二試合

『アンネ・エルシュトーネ VS ロニス・アルキバ』

 

勝者:ロニス・アルキバ

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

三回戦

『ヨハネス・スピンドル VS ダレス・ルブラン』

 

 

 

「クソっ! クソっ!!」

 

 ダレス・ルブラン、水の属性に適正の高かった彼の攻撃は、小宇宙(コスモ)によって空気中の水分から水弾を作りだし、撃ちだすというものだった。それを文字通り雨あられと撃ちだしているというのだが……。

 

「ハーハハハハっ!

 そんな水などこのシャウラ様への愛で燃え盛る僕には届かなーい!!」

 

 目の前の変態(ヨハネス)にはまったく、一発たりともかすりもしない。

 クネクネと奇怪なダンスでも踊るような、相手をバカにしているとしか思えないその姿に余計に頭に血が上る。そして、それこそがヨハネスの策だとは気付かない。

 

「!!?」

 

 気付いた時にはダレスの身体は宙に浮いていた。

 

(何が!?)

 

 見れば先ほどまで自分のいたリングの石畳みが、ばね仕掛けのおもちゃのように跳ね上がっている。

 それを見て、何があったのかを理解した。

 

(土属性!?)

 

 ヨハネスは小宇宙(コスモ)でリングの石畳みを操り、ダレスの身体をはね飛ばしたのだ。だがそれが分かっても宙に浮くダレスに出来ることは無い。

 ダレスはそのまま場外の地面へと、熱い抱擁を交わすことになったのだった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「シャウラ様ぁ、あなたへの愛のお陰で勝てましたよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

「……あの人は相変わらずだね」

 

「シャウラのやつ、強く生きろよ……」

 

 リング上で勝ち鬨の声を上げる変態(ヨハネス)を尻目になのはと快人は遠い目で特等席付近のシャウラへと視線を送ると、シャウラは何やらもう泣きそうな顔をしていた。

 快人となのははそれを見なかったことにすると小声で会話する。

 

「それにしてもさっきの回避、普通じゃなかったよね。

 『サトリの法』かな?」

 

「いいや、違う。

 なのは、もうちょっと周囲を探ってみろ」

 

 快人に言われ、なのはは小宇宙(コスモ)を集中させると、合点がいったかのように頷いた。

 

「あー、そういうことなんだ」

 

「器用というか何と言うか……まぁ、これもある種の『サトリの法』っちゃそうなんだが」

 

「まぁ、あの人も魔法聖闘士(マジックセイント)系の人だから、魔導士の感覚の延長じゃないかな?」

 

 そう意見を交わした後、なのはは何か気付いてはいけないものに気付いたように小声で言う。

 

「これって……シャウラくんと相性良すぎだよね」

 

「……本人には絶対言うなよ、泣くから」

 

「どっちの本人?」

 

「両方だ。

 あの変態(ヨハネス)に言ったらシャウラに喜んで泣いて突撃するだろうし、シャウラに言ったら間違いなく死にそうな顔で泣く。

 アリサが助けに入るまで、絶対に泣く」

 

 その光景がありありと想像できてしまい、なのははブルリと肩を震わせたのだった……。

 

 

第三試合

『ヨハネス・スピンドル VS ダレス・ルブラン』

 

勝者:ヨハネス・スピンドル

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

四回戦

『ルーク・ブランシュ VS ニーガス・フォート』

 

 

 

「ちぃ!!?」

 

 ニーガスが触れると石のリングが隆起し、次々と槍のようにルークへと伸びて行く。土属性に適正のあるニーガスの小宇宙(コスモ)によって、リングそのものがルークに襲い掛かるが、あるものは飛びこえ、またあるものにはルークはその右手を振るう。

 

「シャァァァァ!!」

 

 気合一閃で払われたその右腕にそって、隆起したリングが切り裂かれていく。

 その断面は鋭利な刃物で切り裂かれたかのように滑らかだ。

 

「俺の師、エルシド教官なら『斬れぬものなど無い』とか言えるんだろうが、生憎俺の『鋭さ』はまだまだでそんなセリフは到底吐けない。

 だが……こんな岩如きなら、幾らでも切り裂ける!」

 

「ぐっ……うわぁぁぁぁ!!」

 

 ニーガスのその声とともに先ほど以上の岩の槍がルークを襲うが、ルークはそれを払いのけるように一気に距離を詰める。

 そしてついにクロスレンジへと2人の距離が詰まった。

 破れかぶれのように突き出されたニーガスの拳を掴むと、ルークはそのままクルリと身体を捻って背中からリングへとニーガスを叩きつける。

 

「くっ……うっ!?」

 

 慌てて身を起こそうとしたニーガスの喉元に、ルークの右手が鋭い刃のように添えられていた。

 

「まだ、やるかい?」

 

「わかった、降参だ。

 俺の負けだよ」

 

 降参と諸手を上げるニーガスに、ルークはその突き出した右手刀を引いて、戦闘態勢を解除したのだった……。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「流石、エルシドさんの弟子としか言いようが無いね。

 小宇宙(コスモ)といい体術といい、申し分ないよ」

 

「多分、正面切って体術で戦ったら私も勝てない。

 それぐらい、『鋭い』……」

 

 シュウトとフェイトは口々に今しがたの試合の感想を述べる。

 

「間違いなく、今回の『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』での優勝候補の一角。

 彼を崩せるとしたら……」

 

 そう呟いて、シュウトは何人かの参加者を見ると笑った。そして呟く。

 

「『銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)』、まだまだ楽しくなりそうだね」

 

 

第四試合

『ルーク・ブランシュ VS ニーガス・フォート』

 

勝者:ルーク・ブランシュ

 

 




という訳で銀河戦争編その1でした。
オリジナル聖闘士たちをカッコ良く描写しようとしたのですが……どんなもんでしょうか?
ちなみに今回のルールについてはまんま天下一武道会です。
この方が『場外にする』などの頭脳プレイができそうですので。

ルークくんの妹の名前は当然レイア姫……と考えていたのですが、良く考えたらレイアという名前をもう使ってしまったので、レイア姫役のキャリー・フィッシャーさんから名前を拝借。
多分、言わないと絶対気付いてもらえない今回の小ネタでした。

次回は残った一戦目である第五試合からの模様をお送りする予定。
次回もよろしくお願いします。


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第60話 候補生たちの銀河戦争(本戦編その2)

約1月ぶりの投稿となるキューマル式です。

今回も前回に引き続き、候補生たちの戦いとなります。
なんとか1人1人の特色が出ていればいいのですが……。


第五試合

『エイム・ロイド VS カルマ・レスティレット』

 

 

 

「……結構面白い対戦カードだな」

 

「エイムさんは魔法聖闘士(マジックセイント)系の人で元管理局の空戦魔導士だから実戦経験も豊富で実力も折り紙付き。

 飛べる分、もしかすると陸戦魔導士だったトムさんより厄介だもんね」

 

「……まぁ、どうもあいつ自身は何か言いたそうで気に入らないけど、実力は認めるよ」

 

 なのはの言葉に、よほど嫌っているのか快人は顔をしかめながら応える。

 なのはとしてもその気持ちは多少なりと分かる。日頃接する時には紳士的なエイムだが、ごく稀になんとも言えない、舐め上げるような嫌な視線をする時があるのだ。

 それはなのはだけというわけではなく、快人たちも全員が感じ取っている。それでも『聖衣(クロス)に思うところがあるのだろう』と皆も納得してそれ以上の追求はしないが、快人などは『言いたいことがあるなら、はっきり言いやがれ』と毛嫌いしていた。

 

「対するカルマさんは……」

 

「あのシオンさんのお気に入り。

 それだけで十分すぎる」

 

 快人はそう応える。

 実際、快人はカルマのことをかっていた。小宇宙(コスモ)に関してならパライストラ生徒の中でも3本に入るレベルの使い手なうえ、あのシオンから教えをうけている。それにカルマのことは、シオン経由でその師でもあるハクレイも気にかけていた。

 

「とにかく、面白いカードになることだけは間違いないな」

 

 そう言って快人はリングへと視線を戻す。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ぐっ!!」

 

 だが、快人の予想とは裏腹にリング上ではカルマがそのダメージで片膝をついていた。

 対するエイムはほぼ無傷。カルマを注意深く見詰めながら、しっかりと距離を取っている。

 

「くそっ!?」

 

 バッと立ち上がったカルマは再び小宇宙(コスモ)を集中させ身体能力を強化することでエイムに拳を振るおうとするが、そのときエイムからカルマに向かって電撃が伸びた。

 

「くっ!?」

 

 接近を諦めたカルマは横に転がるようにそれを避けきる。だが……。

 

「がぁ!!!?」

 

 後ろから、避けたはずの電撃がカルマに襲い掛かる。そう、先ほどからこれの繰り返しだ。

 エイムの攻撃は電撃を飛ばし攻撃してくるのだが、それが確実に避けているはずなのに生きているかのように電撃が的確に追尾してくる。

 最初は小宇宙(コスモ)を付加した特別な魔法かと思ったが、電撃自体には小宇宙(コスモ)の付加を感じない。ただ、エイムは確実に小宇宙(コスモ)を使用し、何かをやっている。それの正体が分からず、半ば混乱した状態でカルマは着実にダメージを蓄積させて来ていたのだ。

 

「ちぃ!?」

 

 片膝をついたカルマが忌々しそうに立ち上がる。そんなカルマをどこか余裕を持って、それでも油断なく見詰めるエイム。

 

「さぁもう勝負はついただろう。

 大人しく降参するんだ」

 

「まだまだぁ!!」

 

 紳士然としながら降伏を要求するエイムに、カルマは猛然と立ち上がり拳を振るおうとするが、エイムから再びの電撃が立ち昇る。それはエイム本人が放電するように放たれ、拡散するように広がっていく。

 

「ぐぁ!!」

 

 その電撃の奔流にのみ込まれて再びカルマは転がった。

 

「これで分かっただろう。 もう抵抗は無意味だ。

 降参したまえ」

 

 そのエイムの姿に、カルマは拒否するように、振り切るように立ち上がった。

 

「副総代は強い……。

 でも、俺だって目標にしているものがあるんだ。

 だから……負けられない!!」

 

「……そうか。

 なら、悪いけれど次で決めるよ」

 

 エイムの言葉に、思わずカルマはゾクリとした。紳士的な人物であるはずなのだが……何故だろう、うすら怖いものを感じたのだ。

 言葉通り次で決めようという意図が見え、カルマは身構える。その時になって、カルマは始めて自分がじっとりと濡れていることに気付いた。

 

(汗、じゃない!?

 これは……水滴!?)

 

 ハッ、となってカルマは小宇宙(コスモ)を使って周囲を見渡した。そしてやっと気付いた、エイムがどのように小宇宙(コスモ)を使っていたのかを。

 そしてエイムから勝負を決める大電撃が放たれた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「……エイムさんの小宇宙(コスモ)の使い方、あれは完全に魔法聖闘士(マジックセイント)の戦い方だね」

 

「ただ、向かっている方向はなのはたちとは逆だがな。

 なのはたちは『小宇宙(コスモ)と魔法を融合』させることで強力な力を使っている。

 だがあいつは『小宇宙(コスモ)を魔法の補助』として使用することにしたんだ。

 あくまで魔法が主体で小宇宙(コスモ)は完全にその補助に徹している。

 聖闘士(セイント)としちゃ、複雑な気分だよ。ただ、それを上手く活かせるように戦術を立てているのは凄いけどな。

 ……なのははあいつの小宇宙(コスモ)の属性、分かるか?」

 

 そして数瞬だけ思案すると、なのはは言葉を返した。

 

「水属性でしょ?」

 

 その言葉に快人はヒュゥと口を鳴らす。

 

「よく冷静に見抜いたな、正解だよ。

 あいつの電撃を見ればあいつは雷属性だって普通は思うが、電撃はあくまで『魔法』だ。

 あいつの小宇宙(コスモ)は水属性……あいつは小宇宙(コスモ)で周辺の水分を操り霧のようにして使ってるんだよ。

 電撃があり得ない形で曲がるのは、小宇宙(コスモ)で水分を操り、水分の道をつくってそこを電線みたいに電気を這わせている。そのお陰で普通じゃないレベルの追尾性を実現しているんだ。

 そして攻撃力もバッチリ対策済み、水分を相手に付着させることで電撃の利きを上げてダメージ上げてやがる。

 魔法の汎用性をさらに高めるように小宇宙(コスモ)を使う……これはこれで凄いと素直に思うよ」

 

「……このままエイムさんの勝ちかな?」

 

「……いや、そうとも限らないぞ。

 聖闘士(セイント)ってのは基本的に追い詰められてから、だ。

 見てろよ、きっと面白いもんが見られるぜ」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 カルマに襲い来る大電撃に、誰もがカルマの敗北を思った。

 しかしカルマは自分に襲い来る電撃に手をかざすと、その手に当たった電撃がエイムの方へとねじ曲げられる。

 

「!?」

 

 慌ててエイムは周辺の水分を操作して電撃の進路を変えると、その電撃は地面へと墜ちて行く。

 しかし、エイムには冷や汗が一筋、伝った。

 間違いなくあの大電撃は直撃した。小宇宙(コスモ)によって誘導した大電撃がいきなり曲がるなどということは普通にはあり得ない。ならば何をしたのか?

 目を凝らしたエイムはそこで、カルマの手に小さな光の板のようなものを見た。

それは小宇宙(コスモ)の結晶とも言えるものだ。それによってカルマは大電撃から身を守ったのである。

 だがその光の板を、誰であろうカルマが一番驚きと共に見つめていた。

 

「で、出来た。

 はは……この土壇場で、出来た!

 名付けて、『クリスタル・ボード』!」

 

 カルマから漏れるのは笑いだった。何故ならこの手にあるものは自分の敬愛する師とも言うべきシオンの技の一つ。

もっとも、自分の実力では『壁』など創りだせず、この掌の小さな『板』が精々だ。それでも、それがこの土壇場で出来たのだ。嬉しくないはずが無い。

 そして、ゆっくりとカルマはエイムに向き直る。

 

「副総代は本当に強い。

 電撃を小宇宙(コスモ)で操った水で誘導するなんて俺にはとても出来ないし、凄い力だった。

 でも……俺も勝ちたい! この誰かを守るために手に入れた小宇宙(コスモ)の力で強くありたい!!

 だから……行くぞ!!」

 

 カルマはエイムに向かって突撃を始める。距離が一瞬で詰まり、カルマとエイムの間で至近距離の乱打戦が展開される。

 だがその内容はカルマにエイムが押されていた。単純な近接戦闘なら、カルマの方が技量が上だからだ。

 

「くぅっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

 このままでは押し切られると考えたエイムは一端距離を離すと、大電撃を放つ。しかしそれはカルマを狙ったのではない。

 周囲に拡散した大電撃は、エイムが周辺の水分を小宇宙(コスモ)で操ることでその場に留まり帯電を繰り返す。

 エイムを守るように帯電するそれは、触れるだけで相手にダメージを与えるまさに電撃の鎧だ。

 近寄ることもできないその電撃を前に、カルマが一端追撃を諦める。

 再び開いた距離に、エイムは一度仕切り直しと、戦術を組み立て直そうとする。しかし、エイムのその視線の先でカルマは腰を落とすと拳を握りしめる。

 

「今の俺なら出来るはずだ。

 高まれ、俺の小宇宙(コスモ)よ!」

 

 カルマが小宇宙(コスモ)を高めると、その両の拳に『クリスタル・ボード』が出現する。しかし、それでは終わらない。カルマは自分の限界以上にまで小宇宙(コスモ)を高めるとそれを解き放った。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 流れる星のように拳が放たれる。限界まで小宇宙(コスモ)を込めたことで強化された身体能力は、1秒間に80発をゆうに超える拳を撃ちださせた。

 俗に『流星拳』と呼ばれる技である。

 本来なら、いかに『流星拳』でもエイムの電撃の鎧に触れればダメージは必至だ。だが、その拳には『クリスタル・ボード』の守りがあり、『シールドバッシュ(盾で殴る)』という風にエイムの電撃の鎧を引き裂いていた。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 その攻撃に吹き飛ばされたエイムは、そのまま場外へと叩きつけられた。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「おいおい、確かに期待はしちゃいたが、まさかのピンポイントバリアパンチかよ。

 しっかし追い詰められてからの流星拳か……強いにゃ強いがヒヤヒヤする戦いだったな」

 

「うーん、ほんとにそんな感じだよね。

 でも、エイムさんも惜しかったよ」

 

「ああ。 あいつの実力は認めるよ。

 命中力上昇に威力上昇……小宇宙(コスモ)の使い方の器用さは、見習うところはあると思う。

 魔法聖闘士(マジックセイント)として、なのはにもいい刺激になったんじゃないのか?」

 

「私はどちらかというとカルマさんの方が役に立ったかも。

 至近距離の隠し玉として『パーフェクト・スクエア』で……」

 

「……お前、何処まで行っても脳筋さんだな」

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 ワァァァァァァァ!!

 

 

 歓声に沸く中、カルマは場外のエイムに手を差し伸べていた。その手を取ってエイムは苦笑する。

 

「いや、負けたよ。

 正直こんな風に負けるとは思わなかった」

 

「いえ、胸貸してもらいました。

 ありがとうございます」

 

「あはは。

 次の戦いもがんばってね。 期待しているよ」

 

 お互いの戦いを讃え合いリング上で握手をするカルマとエイム。その正々堂々としたさっぱりとした態度に再び会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

「ありがとうございました!」

 

 カルマは控え室へと戻っていくエイムの後ろ姿に、頭を下げたのだった。

 

 

 

 

「クソッ!!」

 

 

 ガンッ!!

 

 

 誰もいない、暗い控え室に向かう通路でエイムは拳を壁に打ち付けていた。

 

「あんな、あんな魔法も使えないカスに負けるなんて!」

 

 その表情は先程までのさわやかさは何処へ行ったのか、そこには憎しみにも近い激情を露わにしている。

 ……結局、エイムの『魔法至上主義』、ひいては『管理局至上主義』はこの6年で矯正されることはなかったのである。

 

「何が小宇宙(コスモ)だ。 所詮ただのレアスキル程度のくせに!

 たった、たったそれだけで魔法の使えないカスの分際でこの僕に土を付けるなんて!!」

 

 いたくプライドを傷つけられたエイムは一しきり激情を露わにすると、落ち着きを取り戻す。

 この仮面でも付け替えるように感情と態度を制御する術は見事なもので、ほとんど二重人格の域である。もっとも、それが選民思想と他者を効率よく操る擬態をするために、というのはあまり褒めれた話ではないのだが。

 

「……まぁいい、決勝のトーナメントまで残ったんだ。 聖衣(クロス)は手に入るはず。

 これで『最高評議会』の指令にも答えられる。一端はそれで良しにしよう……」

 

 そう呟くと、何事もなかったかのような表情で控え室に戻っていくエイム。

 しかし彼は気付かないし、理解もしていない。

 『聖衣(クロス)』というものは感情を持っている。

 その聖衣(クロス)は邪な思いには決して答えないということを……。

 

 

第五試合

『エイム・ロイド VS カルマ・レスティレット』

 

勝者:カルマ・レスティレット

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第六試合

『猫山 霊鳴 VS テリー・マーチン』

 

 

 その戦いは、奇妙な戦いだった。

 攻撃は一方的、テリー・マーチンから猫山 霊鳴への攻撃のみで霊鳴からの攻撃はない。

 それだけ見れば誰が見てもテリー・マーチンの方が押しているように見えるだろう。テリー・マーチンの激しい攻撃に反撃も出来ず回避に専念している……そう見えるかもしれない。

 しかし、それは間違った見方だ。

 疲労と消耗という点で言えば、テリー・マーチンの方が大きい。攻撃を外すというのはそれだけ体力を消耗する。それでいてそれに見合った打点を叩きだせないという段階で費用対効果はマイナスだ。

 

(なんでだ! なんでこんなに避けられるんだ!!)

 

 押しているはずなのに押されている……その矛盾したような状態に、半ば混乱状態だったテリー・マーチンは一気に決着を付けることにした。

 一度距離を離すと、小宇宙(コスモ)を燃焼させる。同時に現れたのは水流だ。

 テリー・マーチンは水属性である。水を操り、水があたかも大蛇のようにテリー・マーチンの傍をぐるぐると回る。

 

「くらえ!!」

 

 そして、その水の大蛇を身体に纏わりつかせたままテリー・マーチンは霊鳴に突っ込んだ。

 水を纏っての突進攻撃、これがテリー・マーチンの必殺技である。

 水流をジェットのように噴出し加速しながらの突進はペットボトルロケットの原理に近い。もっとも、触れれば大岩すら粉々にする高水圧の爆弾だ。ペットボトルロケットなどという生易しいものではないが。

 テリー・マーチンの必殺技……だがそれを前にして、霊鳴は笑っていた。

 その瞬間、フッと身体が浮くような感覚に襲われる。

 

「!?」

 

 気付いた時にはすでに遅い。テリー・マーチンは高速で、自分から場外の地面にめり込んでいたのだ。

 

「激流に身を任せどうかしている……ってね!」

 

 そんなテリー・マーチンに、霊鳴は茶目っけをきかせてウィンクしたのだった。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「さすが霊鳴さん、危なげない戦いだったね」

 

「うん。 霊鳴さん、風属性なんだね。

 ずっと風を操って、微妙に攻撃をずらし続けてた。

 それにしても……何だろう、動きが戦いのための動きとは違うみたな……?」

 

 霊鳴の戦いを見てその実力の高さに頷きあうシュウトとフェイトだが、フェイトは霊鳴の動きに戦い以外の動きを見たような気がした。

 その答えを知っているシュウトは、笑いながら答える。

 

「あの動きね、『神楽』なんだって」

 

「『神楽』って……神社でやる『舞踊』の?」

 

「そう。

 でも別に戦いと踊りは無関係ってわけじゃないよ。実際に格闘技とダンスの中間だって言われる『カポエイラ』とかの例もある。

 霊鳴さんは神楽の動きを取り入れて、合気道みたいな動きをしているんだ」

 

「そうなんだ。 そういえば霊鳴さんってイタコだったよね。

 それならぴったりかも」

 

 

第六試合

『猫山 霊鳴 VS テリー・マーチン』

 

勝者:猫山 霊鳴

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第七試合

『サビク・アルハゲ VS ペーテル・ハウトマン』

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 リングに響く絶叫に、会場は静まり返っていた……。

 試合開始から数十秒しかたっていない。その上、両者はたった一度すれ違っただけだ。そのすれ違いざまの一発だけで、ペーテル・ハウトマンは振るった右の腕を抱えて痛みに悶えている。

 対するサビク・アルハゲは右の人差し指を一本立てた状態で悠然と立っている。

 そう、サビクは拳を振るってはいない。その人差し指一本でこの状況を作ったのである。

 

「まだ、やるかい?」

 

「くそっ!?」

 

 挑発ともとれるその言葉に、ペーテル・ハウトマンは痛みを無理矢理振り切ると、痛みで動かない右手ではなく、無事な左手で拳を振るう。

 だがその破れかぶれなテレフォンパンチを容易く避けるとサビクはその人差し指を、伸びきったペーテルの左ひじに当てる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 再びの絶叫と共に、あまりの激痛に膝をつくペーテル。しかし、その絶叫は長くは続かなかった。

 膝をついたペーテルの額に、サビクはその人差し指を当てたのだ。グリンッと白眼を向いて倒れ込むペーテルは、一目で戦闘不能だと見てとれる。

 

「戦いは効率だよ。 最小の動きで最大の成果を、ということさ」

 

 サビクのその言葉と共に薄く笑った。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「ピンポイントバリアパンチの次は秘孔突きかよ……。

 誰かパライストラに地球のマンガでも持ち込んだのか?」

 

 試合を見ていた快人はどこか呆れたように言うが、なのははジト目でそんな快人を見た。

 

「鏡見た方がいいよ、快人くん。

 パライストラの図書館にマンガ置いてる人がいるって聞いたことがあるんだけど……誰だか知ってる?」

 

「……ほら、図書館と言えば三国志とかのマンガは基本なわけで」

 

「ただ家に入りきらなくなったマンガ置き場に使ってるだけじゃない。

 まぁ、いい娯楽になって助かってるってリニスさんも言ってたけど」

 

 ツッコまれて旗色が悪くなったと見るや自己弁護をはかり始める快人に、なのははやれやれと肩を竦める。

 

「まぁ、しかしマンガとか関係無しでもあの人があの戦い方に至るのは必然な気がするな。

 たしかカルディアさんが目を掛けてた人だろ?

 原理や詳細は違うけど、あれはスカーレットニードルと同じ発想だからな」

 

「そうだね。

 あの人の属性は『雷』、指先からの電撃を神経に直接流し込んで激痛と麻痺を生んでる。

 星命点を突くスカーレットニードルとは差異はあるけど、『急所への攻撃で相手を行動不能にする』っていう点は同じだよ」

 

「ああ、良いセンスだとは思うぜ。

 しっかし……ピンポイントバリアパンチに秘孔突きに変態……あの部屋いくらなんでも濃すぎだろ」

 

「……」

 

 快人の的確すぎる言葉に、なのはは何も言えなかった。

 

 

第七試合

『サビク・アルハゲ VS ペーテル・ハウトマン』

 

勝者:サビク・アルハゲ

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第八試合

『ウェイン・ハーレー VS ハインリヒ・フォン・ネテスハイム』

 

 

 その戦いは奇しくも、第七試合と非常に似たようなものになった。

ウェイン・ハーレーが一撃を入れようと拳を繰り出す。しかし、それをかわしたハリーはすり抜けざまにウェインの腕に触った。

すると、その腕を取り囲むように三角形の形をした小宇宙(コスモ)が現れ、それがまるで腕輪のように腕にはまった状態でクルクルと回る。

その瞬間、ウェインは凄い勢いで膝をついた。腕を支え、何かに耐えるようにしている。

その隙にハリーは再び今度はウェインの胴体に触った。すると今度はフラフープのようにその胴体を回転する三角形が現れた。

 

「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 ズドン、という普通とは違う音を立ててウェインが倒れ込む。

 必死で足をバタつかせるように立ち上がろうとしたウェインだが、無情にも10カウントが数えられたのだった……。

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

「珍しい……。

 闇属性は、光属性と並んで使える人が少ないのに」

 

 リング外でシュウはハリーの属性に思わず声を上げた。

 

「あれってもしかして……」

 

「そう、フェイトの考えてる通り、あれは重力制御だよ。

 あの三角形の小宇宙(コスモ)の輪(?)、あれを高速回転させることで重力制御を行ってるんだろうね。

 あれ、そのまま行くと空間系に行くんだろうなぁ……」

 

「それって、総司の『アナザー・ディメンション』?」

 

「それに近い奴だね。もっとも、それは極めればの話だけど。

 そうでなくても、今回のように重力を掛けて相手の動きを阻害したり、打撃に重力を乗せて攻撃力をアップしたり……面白い能力になっていくと思うよ」

 

「……冷静に考えなくても凄い能力だよ。

 エルシドさんの弟子の人たち、みんなすごい。

 私も負けてられないかな」

 

「これで一回戦は終了だけど……本当に凄い人たちが残ったよ。

 次の戦いも楽しみだね」

 

 

 




というわけで第一回戦の残りの試合の模様でした。

全員、方向性というか特色は見せれたらいいなと思います。

次回は銀河戦争、第二回戦。
一戦目を勝ち抜いた猛者たちの戦いをご覧ください。

次回もよろしくお願いします。


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