月影永理の暴走 (黄衛門)
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第一章 どうしてこうなったデュエリスト戦線
第1話 オリ主が恰好いいとかいう、その固定概念をぶち殺す!!


 便所の中でぎゅ~ごろごろと嫌な音が鳴る。腹を壊した音、個室の和式便所の中からだ。

 中では黒い髪の青年が、まるで腹を撃たれた保安官のように手で腹を抑えながら、うめき声を上げている。

 名を月影永理、通称馬鹿の世界チャンプ。

 

「うっ」

 

 うめき声と一緒に肛門から出てくるのは、とてつもない量の茶色い液体。物凄い腹痛と共にそれは、まるで肛門から手を突っ込まれ、乱暴に引きずり出されているかの如く。まさに地獄、永理にとってはとてつもない地獄としか言いようが無かった。

 事の原因はまず、遊戯王の世界に生を受けてしまった事だろうか。否、それは関係ない。ただ単に偶然、腐っていた肉を昨日生焼けのまま食べてしまったからだ。そしてそのままノリで、どういう訳か父親が採って来たという牡蠣を刺身で食べてしまったのもまた一つの原因だろう。そういえばあの糞親父牡蠣食べなかったなこん畜生、と心の中で悪態を付かずにはいられない。事実今苦しんでいる元凶は父親にあるからだ。そういえば何故か父親は牡蠣を食べていなかった。きっとどこか適当な所の牡蠣を勝手に採取してきたに違いない。畜生め、と思わず愚痴りたくなる。

 地獄、永久に終わる事が無いのではと思いたくなるような地獄。腹にまた、筋肉ムキムキマッチョマンの変態からボディーブローを受けたかのような痛みが走り、バリバリと音が鳴る。

 

「永理~、大丈夫か? 医者呼ぼうか?」

 

 便所扉の外から心配そうに声をかけてきたのは、デュエルアカデミアの受験で偶然知り合った友人の遊城十代だ。今日知り合ったばかりだと言うのに、こうして便所の前で心配の声をかけてくれるとは。とても心優しい人だなと永理は思う。自分だったら絶対見捨ててると自信を持って言えるし、たとえ十代が見捨てたとしても水に流してやろうと思う。今は流せる状態ではなく垂れ流している状態であるが。

 デュエルアカデミアというのは、簡単に要約すると遊戯王の専門学校みたいなものだ。とはいえその門はとても狭く、何でも合格者がとても少ないらしい。どういう訳か決闘──ルビにデュエルと付くそれが強い奴は就職も有利らしい。何故かは知らんがこの世界の常識らしい。一応原作知識を永理は持っているが、その原作知識というのが牛尾さんと札束を巡ってのバトルだったり、パズルに触るんじゃねえクソガキ! と王様が言ったり、OPにしかブラックマジシャンが出ない要するに原作の原作知識だけしか持ち合わせていないのだ。一応カードに関する知識はある程度ありそこそこ強いので、狭き門と噂のデュエルアカデミアは合格間違いなし、と自信を持って言える。筆記テストの結果は最悪なものであったが。

 今問題なのは、身体に付いてる方の狭き門の方だ。未だにドラゴン族のような咆哮を上げており、茶色いブレスを吐き出し続けている。

 

「だ、だいじょ、大丈夫だ。そ、そそ、そろそろ紙を。持ってきてくっ!? ぐおおおおおおお!!」

 

 突如永理に電撃が走る。腹痛の痛みというのは波があるのだ。一度引いては、また痛みが増してくる。それの最上級なのが、永理のお腹を襲う。

 突然奇声を上げた永理に驚き、更に心配になったのかドアをドンドンと強く叩いてくる。心配してくれるのはありがたいが、今はそれすらも鬱陶しく感じてしまう。

 

「かっ、紙を!! もしくは慈悲をくれる神を連れて来てくれ!!」

 

「えっ、か、紙だな。ちょっと待ってろ!!」

 

 外からタッタッタッタッと、足音が遠のいていく音が聞こえる。いい子だ、十代という男は……と永理は常々思う。

 自分だったらこんな臭い所、一瞬たりとも居たくない。友情より臭さが勝ってしまい、絶対に逃げ出しているだろう。だというのに十代は、自分の心配をしてくれている。こんなに嬉しい事は無い。

 しかし、十代に対しての感謝を下半身全裸で思っている身体に、無慈悲なる牡蠣の裁きが下る。また来た、それも今度の波は大きい。

 思わず壁を叩いてしまう。何度も何度も、痛みに耐える為に。辛い、苦しい。出産の痛みはこれ以上らしいが、自分が女でない事に心の底から安堵した。いや、それよりもまずこの痛みを何とかしてほしい所だ。

 というか一作目からこれっていいの? 大丈夫なの? と永理は不安になってしまう。メタ発言だってしちゃうのだ、永理は。

 波が引いたと同時に、また足音が近づいてきた。十代の足音だろう。まだ足音だけで誰かを把握する事は不可能だが、まず十代だろう。もしトイレでセックスするつもりの腐れアベックだったらざまあみろ!! とあざ笑ってやるところだ。

 取りあえず扉のロックを解除し、トイレットペーパー一ロール分の隙間を開ける。そしたらそこから、トイレットペーパーが差し入れられた。既に紙は二ロールほど使い切っており、便所の水も数えきれないぐらい流した。かれこれ三十分、いやもしかしたら一時間以上経ってるかもしれない。そんなに時間が経ってるというのに、十代は付き合ってくれているのだ。励ましてくれているのだ。ホンマいい子やで、と心の中で感動しながらケツを拭く。

 

「……なあ十代、今日会った奴に言うのも変だけどさ。俺が死んだら葬式出てくれよ」

 

「今日会った奴に言う台詞じゃないだろ! 俺はまだお前とデュエルしてねえ!! だから死ぬな、永理!!」

 

 いや、これもう駄目かもわかんね。とトイレットペーパーに付いた血を見つめながら心のどこかで、二度目の死を考えずにはいられなかった。

 それもこれも、あの神様とかいう奴のせいだ。テクノブレイクして死んだ俺に第二のチャンスとしてこの世界に生を受けさせ、そして健康な身体と遊戯王カードを与えた神様のせいだ。

 遊戯王カードの方はまさかのバンダイ版という事で一から集め直しで後日生前持っていたカードを送ってくれるそうだ。要するに強くてニューゲームなのだが、その代償がこれというのはあまりにもひどい話だ。転生主人公というのは大抵かっこいいかコメディかに分けられるが、ここまで不遇なのはそんなに無いだろう。だってプロローグが便所なんだから。

 

「十代知ってるか。ゲリで脱水症状が起きて死んだ事例があるんだぜ」

 

「大丈夫だ! お前試験が終わった後水を馬鹿みたいに飲んでたじゃないか!!」

 

 ああ、何処となく水っぽいのはそのせいもあるのかも。と思い苦笑い。永理は疲れた時は水と決めているのだが、まさかここで効いてくるとは思っていなかった。まだズボンもパンツも履いたまま決壊するよりは幾分かマシというものだが。

 心なしか、腹から痛みが引いてくる気配がする。いけるかもしれない、と淡い希望を持ち、尻を拭く。まんべんなく、綺麗に。何回も何回も、拭き溢しが無いように。

 そしてズボンを履き、少し腰を横に揺らし、軽くジャンプ。痛みは無い。気が付けば服は汗でびっしょりだ。ああ、戦い抜けたんだな。俺。よくやったな、俺。と自画自賛せずにはいられない気分だ。

 すっきりとした顔立ちでトイレの扉をゆっくりと開ける。すると目の前には、ぱあっと明るい笑みの十代の姿が。カジュアルな服装に、茶髪の髪。正直受験とかには不利っぽい髪色な気がするが、この世界ではこういう髪は珍しくない。水色に比べたらリアリティはまだある方だ……と、思う。

 

「永理、もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、おかげさまでな。あっちょい待って、流すの忘れてた」

 

 取りあえずズボンをヘソよりちょっと上辺りまで上げ、ベルトで限界まで閉めてから水を流す。

 まるで悪魔のうめき声の様な音を立てながら水は下水道の中へと流れていき、そこに残ったのはこの世の者とは思えないぐらいの異臭だけだった。

 しかし優しいな十代、俺が女なら惚れてるわ。と永理は心配してくれている十代に対して思う。まあ女だったら女子便所の扉の前で心配の声をかけてくれる訳が無いのだが。

 

「汗すっごいな。着替え買う金、あるか?」

 

 手に石鹸を付けて泡立てている永理に、十代は尋ねる。これで無いと言ったら奢ってくれるんだろうな、優しいから。と適当な事を思いながら、手に付いた泡を洗い流しながら自分の服を見る。

 十代の言うように、気付けば服はびっしょりと濡れていた。それにかなり汗臭い。なんというか、ガチムチの臭いがする。ガチムチの。

 不味い、これは非常に不味い。この世に生を受けて十五年、前世も合わせて五十年産まれてこの方彼女なんてものが出来た事の無い永理は、非情に女性の眼を気にする。

 普段は彼女いらないとか、アド損とか言ってるが、やはりなんだかんだ欲しいのだ。彼女は。それが男の性なのだ。ゲイはまた別である。

 

「安物しか買えないがね……確か近くにユニクロがあったっけかな」

 

 トイレを出てすぐに自販機が置いてあるのは、今日の永理のような人の為である。勿論ウソである。いや、もしかしたらそれも兼ねているかもしれない。

 まあ永理にとってはどうでもいい話であるし、そうであろうとなかろうとあってくれてかなり助かっているので何の問題も無い。

 自販機に五百円玉を投入し、お茶系統を買う。永理は水とお茶以外飲む事が出来ないのだ。どうも甘い液体を飲むというのに抵抗がある。

 ぴっという電子音から一秒の半分ほど遅れて、がこんとペットボトルが落ちてきた。自販機のふたを開け、それを取り出す。茶色いお茶だ。

 

「ちょいとした拷問に付き合わせた礼だ。飲み物ぐらい奢らせてくれ」

 

「……そうだな、んじゃこれで」

 

 少し考えてから十代は、少年らしくコーラを選んだ。少し躊躇ったのは、見返りが貰えるとかそういうのを全く考えてなかったから故なのだろうか。

 まあ優しい理由だろう。それが善であれ偽善であれ、とても助かった事に変わりは無い。

 隣でかしゃり、とペットボトルのふたを開ける音が鳴る。よし俺も、と永理は力を込めてペットボトルのふたを──

 

「……」

 

「……どうした永理」

 

「十代、俺は今から信じられないような事を言わなければならない。でも俺の言う事を信じて、素直に従ってほしい」

 

 妙に意味深な言い方だ、舞台がかったというべきか。

 十代は取りあえず頷く。今日会ったばかりではあるがもう友人でもあるし、同時に今日会ったばかりなのでそれほど大変なモノを頼んだりはしないだろう。

 永理は若干言いよどんだように口をもごもごさせるが、やがて決心したようにペットボトルを十代の方に向ける。

 

「開けてくれ」

 

「……マジ?」

 

 腕がプルプルしている。トイレで力を使いすぎて、ペットボトルを開ける力が残されていないのだ。普通ではありえない事だが、まあそこは永理なので。と言っておこうか。

 十代は仕方なしにペットボトルを受け取ると、簡単にふたを開けた。

 

「すまんな」

 

「ええんやで」

 

 半ばテンプレ的なやり取りをしてから、十代に空けてもらったお茶で喉を潤す。ごくり、ごくりと飲む音が二つ。もう人が居なくなった実技試験会場のトイレの前でハモる。

 どうやら、かなりの時間トイレに籠っていたらしい。我ながら情けない話だなと思うものの、全部悪いのはこの世界での父親の方だと思い直す。自分は全く情けなくない、むしろ試験本番で便意に襲われなかっただけ救われている方だ。

 そういえば、とふと思い出したようにお釣りを出す。じゃらじゃらと全部五十円玉で帰って来た。今日は厄日のようだ。

 いや、デュエルで運を使い切ってしまったのかもしれない。まさか究極完全体グレート・モスを出せるとは思っていなかったからだ。一応試験用のデッキも作ってはいたのだが、まさかの家に置いてきたという凡ミスをしてしまい、仕方なしに常に持ち歩いているロマンデッキでデュエる事になってしまったのだ。

 我ながら何であんなデッキを使ってしまったのか理解に苦しむが、まあそれもまた運命だったのだろう。事実それのおかげで、かなりの注目を集める事が出来た。目立つ事は嫌いじゃない、むしろどちらかといえば好きな方に入る。

 

「喉も潤した事だし、早速ユニクロに行くか。永理、場所解るか?」

 

「悪いな、全く持って検討が付かない」

 

 永理は悲しい事に、地理が苦手だ。偶然同じ受験生を見つけてその後を追ってここまで来たのだ、ぶっちゃけどこに駅があるのかも解らない。更に残念な事に、携帯は充電が切れている。SSを見すぎたか、と若干の後悔。

 

「うっ」

 

「どうした永理、顔色が……」

 

 ゆっくりと、既に半分ほど飲んでしまったペットボトルのラベルを見る。

 そこにはデカデカと、筆のような文字でごぼう茶と書かれていた。ごぼう茶、便秘予防に最適らしいお茶だ。

 そして永理は、プラシーボ効果に引っかかりやすい性格をしている。つまり

 

「ぐおおおおお!!」

 

「またか!!」

 

 またしても永理は、あの臭い魔境へ逆戻りしてしまった。ああ、可哀想な永理。




 どうも、なろうの方ではナチを名乗っている伊右衛門です。中学生時代に書いたのが色々とあれだったのでいったん消去し、やり直した結果文章は良くなったけど中身は酷くなりました。
 というか、遊戯王小説なのにトイレから始まるってどうなのよ……そしてついでに、遊戯王の方もかなり引退した身ですし。老骨を引きずり出されました。

 あー、ハーレム主人公書きてー。でもストーリーが思い浮かばねー、ガッデム。


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第2話 遊戯王カードのパロディは、大体子供にゃ解らない

 デュエルアカデミアの制服は、三つに分けられている。まず最下層に位置するオシリスレッド、真ん中故全く目立たないラーイエロー、そしてこの学校の創立者である海馬瀬戸の愛人の名前を付けちゃったオベリスクブルーの三つだ。

 今、月影永理はオシリスレッドの制服を着て、購買に来ている。入学式も校長の無駄話も脳内メタルウルフカオスで時間を潰し、十代と翔から誘われた校内探検を断って態々やって来たのは、少しばかり知りたかった事があったからだ。

 商品のチェックだ。今は入学式故それほど品ぞろえは良くないが、メニューの名前だけでも知っておきたいというのが、育ち盛りな男の子の性だ。まあ食べる量は、女の子よりも若干少ないのだが、まあそこはあれだ。好きな食べ物のカロリー量で色々と誤魔化せるのだ。

 しかし色々なメニューがあるな、と商品棚を眺めながら思う。チョコパンやアンパン、カレーパンといったメジャーものから、超激辛ハバネロカレーパン、バター揚げまである。何故作った、バター揚げ。何故仕入れた、購買部。

 ふと、ある場所で足が止まった。食品棚から少し歩いたところ、嗜好品類の棚だ。

 ガンプラ、大量のガンプラが置いてあるのだ。ザクやギャンは勿論の事、サイコミュ試験用ザクやジュアッグ、ゾゴジュアッグにシャア専用ザズゴググングまで……これを態々選んで仕入れている奴は間違いなく素敵で面妖な変態だ。

 

「うむ……ケンプファーか、たまにはメジャーなものもありだろうか。いやしかしこちらも捨てがたく」

 

 しかし白い制服を着た、妙に長い蒼色の髪をした青年は何なのだろう。何かブツブツ言ってるし……と、ちょっと怖い。そして手に取っている箱はケンプファーと、ザクデザートタイプ。というかなんでジオンのモビルスーツばかり仕入れているのだろうか。不思議なところだが、永理にとってはありがたい話だ。何せ永理はジオニストなのだから。

 ふと、永理はザクデザートタイプが欲しくなった。他人の芝生は青い、他人のザクデザートタイプは砂色なのだ。どういう意味かは知らん。

 

「もし、そこの青年」

 

「ん? ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 

 じーっと、永理はザクデザートタイプの箱を見る。白い制服を着た青年はその視線に気付いたのか、ニヤリと笑った。

 あれは同族を見つけた時の笑みだ。

 

「……貴様もジオニストか」

 

「ふふふ、いい。最高の気分だ。さながらホワイトベース部隊とランバ・ラル部隊がぶつかり合う前にドムの製造が間に合った時のような、いい気分だ」

 

 ギレンの野望、並みのジオニストではない。素晴らしい、いい青年だ。

 青年は抑えきれない笑みを浮かべながら、永理に尋ねる。

 

「所で、何を求めているのだ? ヅダか? ゴッグか? それともジュアッグか?」

 

 どうしてこうマイナーな機体ばかり上げるのだ、この青年は。そして永理も頷いている、何故理解出来るのだ。お前どちらかというとゲッター派だろ。

 永理は少しばかり言いよどんだが、やがて決心したように口を開いた。

 

「……ザクデザートタイプだ」

 

 一瞬、青年が固まる。折角見つけた同志、求めているのは同じだ。だのに、だというのに争わなければならない。せっかく芽生えた友情、だというのに争わなければならない。友好を深める為ではなく、奪い合う為に。

 青年は一瞬悲しそうな顔を浮かべたが、だがすぐに、とても楽しそうな笑みを浮かべ、水色のラインが入ったデュエルディスクを起動させる。

 

「そうか、ならばデュエルで決めよう。これの購入権を、俺か貴様か!」

 

「いいだろう。権利のアンティだ!」

 

 永理もまた、それに答えるように赤いラインが入ったデュエルディスクを起動させる。

 こういう時、デュエルで決まるのがこの世界のいい所だ。そして永理の、受験日に使ったデッキとはまた別のデッキの試運転も兼ねよう。

 

「俺の名は丸藤亮だ。君の名前を聞こう、我が愛しき怨敵にして同志よ」

 

「月影永理だ、同志よ」

 

「「デュエル!!」」

 

「先攻は同志永理、君に譲るよ」

 

 遊戯王は基本、先功有利である。永理が生きていた世界では先攻ドローが無くなっていたが、この世界は未だに先攻ドローが残っているのだ。

 元の世界で最後にやったのはいつだったかな、と若干過去への感傷に浸りながら、デッキトップに指を置く。

 

「では気合、入れて、行きます! ドロー!

 モンスターをセット、カードを一枚セットしターンエンド!」

 

 永理の足元辺りに、横向きの裏側カードと縦向きの裏側カードが実体化する。向こう側が透けない技術、相変わらず凄い。これをエロゲに転用すれば、と邪まな考えは常に思っているが、やはり永理の技術的に無理だ。

 

「初手は守備を固める、か。それもいい、ドロー!

 自分フィールドにモンスターが存在せず、相手フィールドにモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚出来る! 来い、サイバー・ドラゴン!」

 

 亮のフィールドに、メタリックなドラゴンが現れる。ガラス越しのカメラの奥から、本物の竜に勝るとも劣らない眼力を感じる。

 こういった機械族系のモンスターは、遠目から見たらただの眼にしか見えないが、よーく近付いてみれば大量のコードやらレンズやらが見えたりする。こういう目に見えない所まで手を込んで作っているのが海馬コーポレーションだ、ちなみにCG製作にはあのフロム・ソフトウェアも関わっているらしい。流石フロム、変態である。

 

「融合呪印生物-光を召喚」

 

「うわキモッ」

 

 色々な生物がぐちゃぐちゃのごちゃまぜになったような、光の脳みそみたいな珍妙なる物体が現れる。正直、かなりキモイ。

 だがその効果は、見た目によるディスアドバンテージを差し引いてもお釣りがくるぐらい強力なものだ。

 融合呪印生物シリーズは融合代用モンスターであると効果と、もう一つの効果がある。

 

「融合呪印生物―光の効果発動。このカードと正規の融合素材モンスターを生け贄にして発動できる。

 光属性の融合モンスター一体を融合デッキから特殊召喚する。現れろ、サイバー・ツイン・ドラゴン!」

 

 双頭を持った、メタリックドラゴンが現れる。攻撃力2800、双頭の雷竜と同じ攻撃力だ。

 たった一ターンで、しかも手札消費二枚で出してくる。流石はオベリスクブルーと言うべきだろうか。

 

「押して参る! サイバー・ツイン・ドラゴンで伏せモンスターを攻撃、エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

 口から出される高温の光線が、永理の伏せたモンスターに差し迫る。攻撃された事により、伏せたカードがオープンとなる。

 永理の伏せたカードは、メタモルポット、強力な手札交換カードであり、補充カードであり、時としてデッキ破壊のキーカードにもなる、割と強いカードだ。

 寸胴色の壺から、メタモルポットの仮面を付けたムキムキマッチョマンの、どういう訳か上半身裸の男がにゅっと出ると、指をパチンと鳴らす。謎の動作をしてから自ら、サイバー・ツイン・ドラゴンの熱線に飛び込んだ。

 

「メタポの効果、手札交換だ」

 

「……さっきの動作は必要だったのか?」

 

「……知らん」

 

 どういう訳か永理の使うカードはこういったように、他のカードとは何処か違うのだ。モンスターカードに限った話ではあるのだが、何故か普通ではない動作をする。

 何の嫌がらせだ、と思わずにはいられない。何せ普通とは違うパターンなだけで、効果自体はありふれたものばかりなのだから。

 

「まあいい、ツイバを直接ぶち込む。やれっ」

 

「所がイカのキンタマ、罠カード発動。ドレインシールド。その攻撃は無効となり、ツインさんの攻撃力分スシを補充!!」

 

「アイエエ……カードを二枚セットし、ターンエンド」

 

 ノリのいい男だ、亮とかいう奴は。本来スシを補充という台詞は非常食を使った時の方がいいのだが、まあノリとは得てしてそういうのを気にしてはならないのだ。気にしたら強羅が襲ってくる。

 

「俺のターン、ドロー。

 手札抹殺を発動、互いに手札を全て捨て、カードを五枚ドロー」

 

 手札交換、別に事故っていた訳ではない。むしろ手札はいい方だ。いい具合に墓地に落としておきたいカードと手札抹殺が、メタポの効果で引けたのだ。そもそも永理の使っているデッキの真骨頂は、墓地を溜める事にこそ意味がある。

 これによって墓地のカードは十枚、とはいえメタポは使わないのでそれを除外したとしても、九枚。最高のドロー数を誇るカードの使用条件を満たした。

 

「魔法カード発動、終わりの始まり。

 自分の墓地に闇属性モンスターが七体以上存在する場合に発動する事ができる。

 自分の墓地に存在する闇属性モンスター五体をゲームから除外する事で、自分のデッキからカードを三枚ドローする。俺は墓地のニュードリア二体、マッド・リローダー二体、死霊伯爵を除外し、カードを三枚ドロー。更に闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、闇属性モンスター……クリッターでいいか、こいつを除外」

 

 終わりの始まりは発動条件こそ難しいが、それに特化さえすれば簡単に満たす事が出来る。とはいえ普通のデッキではまず入る事のないカードだ。闇の誘惑は闇属性モンスターを除外しなければ手札を全て捨てるというリスクこそあるが、闇属性モンスターを大量投入したデッキであればそのリスクはあまり気にならない。

 手札交換カード、だが別に事故っている訳ではない。このデッキは除外場と墓地をフル活用するデッキ、そしてその二つとも、十分に肥えた。

 であれば、後は勝ち筋をただ進んでいくだけ。このコンボは対策されると途端に弱くなるが、逆に言えば対策さえされなければかなりの勝率を誇っているという事になる。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動。左のカードを破壊。墓地のニュードリア、終焉の聖霊、紅蓮魔獣ダ・イーザを除外し、ダーク・ネクロフィアを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 顔色が悪い禿げ頭の女が、フィールドに現れる。手にはネクロフェイスのような人形っぽい赤ん坊。正直、かなりホラーだ。永理のデッキのエースの一体、切り札は複数用意しておくのが永理流だ。

 

「……攻撃力たったの2200、だが寝取られるのは厄介だな。そういうジャンルは嫌いではないが」

 

「寝取りとか言うのやめて」

 

 何故ほぼ初対面である男の性癖を知らなければならないのだ。というかこの男、いきなり何を言い出すのだ。と永理は思わずにはいられなかった。

 確かに、永理もそういうジャンルは好きだ。だが寝取られはどうも好きになれない。ヨヨは死ぬべきである。

 

「神風特攻されると厄介なのでな、縛らせてもらう。罠発動、デモンズ・チェーン!」

 

 攻撃を封じ、ついでに効果も封じてしまうかなり厄介な罠。だが真に厄介なのは、ダーク・ネクロフィアも所詮永理のカードだという点だ。

 どういう訳か亮の足元から現れたデモンズ・チェーンはダーク・ネクロフィアを亀甲縛りにしたのだ。誰が得するんだ、禿げの人妻SMプレイなんて。いくらなんでもニッチすぎるというものだ。そして海馬コーポレーション、これは全年齢対象ではなかったのか。

 

「このカードは君のエースカードなのだろう? それを封じさせてもらった、さあこれをどう突破する? この俺に見せてみろ」

 

「いいや、これでいい。その伏せカードが発動した。その結果だけでいいのだ」

 

 だがダーク・ネクロフィアがまさか亀甲縛りされるのは流石の永理も予想外だった。というか何処か艶やかな喘ぎ声を出している。流石にげんなりするというものだ。

 

「切り札は二つ用意しておくのが、俺の主義でね。紅蓮魔獣ダ・イ-ザを召喚する」

 

 永理のデッキの表切り札である、紅い悪魔が永理の場に、両脇に炎の柱を上げながら現れる。ただし、顔だけだして身体から足までまるで変形したアッシマーのような状態だが。

 そのアッシマーみたいな飛行物体から本来の身体が抜け出て、ちゃんとした赤い二本足でフィールドに降り立つ。流石は海馬コーポレーション、馬鹿の極みだ。

 

「グレンダイザーの攻撃力・守備力は、除外されている自分のカード×400ポイントとなる。

 除外されているカードは全部で九枚、よって攻撃力は3600なり」

 

「……ほう」

 

 亮は不敵な笑みを浮かべる。所詮オシリスレッドと何処か見くびっていたからだろう、ここまでやるとは思っていなかったのだ。

 思わぬ強者の出現、同志を見つけた時よりそれは大きい。

 

「バトルだ、グレンダイザーでサイツイを攻撃、ダイザービーム!!」

 

 ダ・イーザの眼から発射される熱光線によって、サイバー・ツイン・ドラゴンは呆気なく溶かされてしまう。

 だというのに亮は不敵な笑みを崩さない。自らのエースカードが倒されたと言うのに。

 

「カードを二枚セットしターンエンドだ」

 

 最初にライフを削り、エースモンスターを倒したというのに、どういう訳か永理は勝ちを確信出来ないでいた。

 追い詰めているのは、永理の方。追い風は永理に吹いている筈。だというのに、どういう訳か逆転されるのではないか。そう思わずにはいられない。

 亮は不敵な笑みを浮かべたまま、デッキトップに指を置いた。




《紅蓮魔獣ダ・イーザ》
効果モンスター
星3/炎属性/悪魔族/攻 ?/守 ?
このカードの攻撃力と守備力は、
ゲームから除外されている自分のカードの数×400ポイントになる。

永理「今日の最強カードは紅蓮魔獣ダ・イーザ。自分のカードに限定されるが、除外さえすれば破格の攻撃力を得る事が出来るぞ」

亮「UFOロボ、グレンダイザーはマジンガーZ、グレートマジンガーに続く三作目のマジンガーシリーズだ。だが製造理由は何故かは不明。まあ子供向けアニメにそんなのを求めるのは野暮ってものだがな」

永理「俺は真マジンガーが好きかな、丁度世代だし」

亮「あれは確かに平成に放送していたが、世代と言って……いいのか?」


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第3話 大人げないよ、カイザー君

「俺のターン、ドロー。

 魔法カード発動、大嵐。フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 フィールドに嵐が吹き荒れ、永理の伏せた二枚のカードを破壊する。亮の伏せていたカード、聖バリも破壊され、デモンズ・チェーンも破壊されるが、さして気にする様子は無い。

 ダーク・ネクロフィアが何処となく残念そうな顔をするが、永理は何も見ていない。見ていないったら見ていない。

 

「だがそれにチェーン発動だ、罠カード和睦の使者。このターン俺のモンスターは破壊されず、戦闘ダメージも受けない」

 

「構わないさ、その程度。次のターンに決めればいいだけの話だ。魔法カード発動、死者蘇生! 墓地よりサイバー・ドラゴン・コアを特殊召喚する!」

 

 亮の場にアナルビー……丸っこい球体がくっついたミミズのようなものが現れる。

 攻撃力400、だがサイバー・ドラゴンとして扱うカード。すぐに融合するのであれば、攻撃力も気にならない。

 ダーク・ネクロフィアはどういう訳か物欲しそうな眼でサイバー・ドラゴン・コアを見つめている。永理は若干泣きたくなった。色物が多すぎるのだ、永理の手に入れるカード共は。

 

「サイバー・ドラゴン・コアの特殊召喚成功時、速攻魔法地獄の暴走召喚を発動。手札・デッキ・墓地からその特殊召喚したモンスターと同名モンスターを全て攻撃表示で特殊召喚する。

 しかしサイバー・ドラゴン・コアは場と墓地でサイバー・ドラゴンとして扱うカード。よって墓地から一体、デッキから二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚する!

 相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。さあ、ダ・イーザを特殊召喚しろ」

 

 今度はメタリック・ドラゴンが三体、雄叫びを上げながら現れる。

 地獄の暴走召喚、相手にも同名モンスターをあるだけ特殊召喚させてしまいデメリットはあるが、残念ながらダーク・ネクロフィアは召喚条件を満たさなければ特殊召喚出来ず、ダ・イーザはデッキに一体のみ。もう一体は除外してしまっている。

 

「俺はデッキから、ダ・イーザを特殊召喚」

 

「カードを一枚セットし、魔法カード天よりの宝札を発動。互いのプレイヤーは、手札が六枚になるようカードをドローする」

 

 永理は黙ってカードを一枚ドローする。手札が五枚の時に使われたとしても、あまり嬉しくは無い。対して相手の手札は〇、一気に六枚のアドバンテージ。

 流石はオベリスクブルー。いや、その腕は既にプロ級と言っても過言ではないだろう。全く持ってプレイに無駄が無い。

 

「魔法カード発動、パワー・ボンド。場のサイバー・ドラゴン・コア一体と、サイバー・ドラゴン二体を融合!

 サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚! 更にパワー・ボンドの効果で攻撃力二倍!」

 

 三つの首を持ち、メタリックな羽を生やした機械の竜が、身体に走る稲妻を振り払い現れる。

 ノイズ交じりのスピーカーから流れてくる、加工したのであろう竜の唸り声。誰も気にしないようなところに力を入れている辺り、流石は海馬コーポレーション。本物の馬鹿だ。

 サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は4000、それを倍する事で攻撃力は8000。亮の居るクラスのモデルとなった神、オベリスクを容易に倒す攻撃力だ。

 

「サイバー・ジラフを召喚し、効果を発動。このカードを生け贄に捧げる事で、このターン効果ダメージを無効にする。カードを一枚セットし、ターンエンド」

 

 パワー・ボンドの効果は強力だが、デメリットも存在する。エンドフェイズに、融合召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける事だ。

 そしてそれをサイバー・ジラフの効果で回避。プレイングとデッキ構築力、そして運命力の三つを同時に味方にしなければろくに扱う事も出来ないだろう。

 しかし大人げない、新入生にこんなの出すなんて大人げないぞ三年生。

 

「大人げねーぞ亮! 新入生の俺にそんなカードを出すなんて!」

 

「デュエルは真剣に、互いに本気でやらなければ面白くない。俺を超えて見せろ、月影永理!」

 

 無理難題だ。攻撃力8000のモンスターなんて、普通の生徒なら出された瞬間サレンダーする。今永理が立たされている状況は、それぐらい絶望的なのだ一応広い眼で見れば、亮の場にはサイバー・ドラゴンが一体残っている。だが生憎と機械族キラーの代名詞であるキメラティック・フォートレス・ドラゴンは持ち合わせていない。

 と、なればやる事は一つ。今打てる手を打つだけだ。逆転のカードはデッキに眠っている。キーパーツ、あと一枚のカード。それが来なければ、ここで負ける。来たとしても勝てるという保証は無い。

 しかし、永理は男だ。誠に残念ではあるが、男には意地があるのだ。ただ負けるのは嫌だという意地が。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 来た、逆転のカードが。逆転の可能性が。

 十分に除外出来なかった時の為に、スパイス程度の感覚で入れていたカード。一枚しか入れていなかったが、来てくれた。今日ばかりは神を信じようと思う。

 

「魔法カード、フォースを発動! サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を半減させ、その分紅蓮魔獣ダ・イーザの攻撃力をアップさせる!」

 

「所がギッチョン、リバース発動。神秘の中華鍋! 自分の場のモンスター一体を生け贄に捧げ、その攻撃力分ライフを回復する。サイバー・エンド・ドラゴンを生け贄に、ライフを8000回復!」

 

 回復されてしまった。だが、これで首の皮一枚だが繋がった。対象を失ったフォースは墓地に送られるが、これでいいのだ。重要なのはいかに、サイバー・エンド・ドラゴンを消すか。それだけに限っている。

 

「魔法カード、封印の黄金櫃を発動。デッキからカードを一枚選んでゲームから除外する。発動後二回目の自分のスタンバイフェイズ時に、この効果で除外したカードを手札に加える

 俺はデッキから、ネクロフェイスを除外!」

 

 本来であれば確実に二ターン目で目的のカードを手札に加える事に使うカードだが、永理のデッキに限って言えばそうではない。

 ネクロフェイス、その効果は除外された際、互いのデッキを五枚除外。攻撃力を効率的に上げるにはもってこいのカードと言える。

 

「ネクロフェイスの効果、このカードが除外された場合、互いのプレイヤーのデッキトップ五枚を除外する!」

 

 互いにデッキからカードを五枚ずつ除外していく。これで紅蓮魔獣ダ・イーザの攻撃力は、2000ポイントアップし元々の攻撃力と合わせて5600。割と永理も大概である。

 

「バトル! ダ・イーザでサイバー・ドラゴンを攻撃! スクリュークラッシャーパンチ!」

 

 ダ・イーザの腕がまるでロケットのように飛び、回転しながらサイバー・ドラゴンに突っ込んでいく。

 

「永続罠、サイバー・ネットワークを発動! 場にサイバー・ドラゴンが存在する時、デッキから光属性・機械族のモンスター一体をゲームから除外する! 俺はデッキから、サイバー・ドラゴン・コア一体を除外!」

 

 亮は罠を発動させたが、サイバー・ドラゴンは無情にも破壊された。回転したロケットパンチがサイバー・ドラゴンの身体を突き抜け、昔のアニメでよくあった大量のコードをまき散らしながら爆裂四散する。

 亮ほどの男が、デメリットしかないようなカードを使うとは思えない。亮は永理のような、デメリットしかないようなカードを態々面倒な手順でメリットに変えて運用するような変態ではないだろう。

 だが、場は永理の優勢である。このまま押し切れば、ライフこそ削りきれないもののライフアドバンテージはこちら側に向く。

 アドは多ければ多いほど良い、一部例外のデッキも存在するが。

 

「更にダ・イーザで直接攻撃! メイン二に突入、ダーク・ネクロフィアを守備表示に変更し、カードをセット。ターン終了だ」

 

「俺のターン、ドロー。

 ……永理。同じ趣味を持つ同志としてではなく、強者であるデュエリストとして敬意を表しよう。流石だ、ここまで俺と接戦を繰り広げられるのは随分前に行方不明となった友人と、テニス馬鹿しか居ないと思っていたが……故に、俺の切り札を見せてやる!」

 

 そういえばこの二人、ガンプラ一つを巡って争っていたのだった。あまりにも攻撃力のインフレが激しいので忘れていたが。

 たかがガンプラを巡る為に戦うのに、ここまで本気になれるのは。ひとえに遊びだから、だろう。遊びこそ本気を出さねば、面白くないというもの。

 故に亮も、これが遊びと解っているからこそ、全力を見せたくなった。永理に、今年のダークホースに。

 

「魔法カード、ナイト・ショットを発動。相手の伏せカードを破壊する!」

 

「ならば罠発動!」

 

「不可能だ。ナイト・ショットの発動に対して相手は魔法・罠を発動する事は出来ない!」

 

 永理の伏せていたカードがオープンするかと思われたが、効果が発動する前に何処からか撃ち込まれた7.62mm弾に撃ち抜かれ破壊された。

 伏せていたカードは、二枚目の和睦の使者。そして今、永理の手札に手札誘発効果のあるカードは無い。

 

「魔法カード、天使の施し。カードを三枚引き、二枚捨てる。これで墓地は十分に肥えた……これが! 俺の切り札だ! 魔法カード、発動! オーバーロード・フュージョン!!」

 

 亮の背後に、とてつもない破壊の輝き。破滅の光の渦が現れる。

 永理の本能が警告を発する。こいつは不味い! かなり不味い! と。

 しかしデュエルは、途中で投げ出す事は出来ない。否、出来るはずが無い! 永理は全力を出した。故に永理は、相手の全力を受ける義務があるからだ!

 

「このカードは自分フィールド上・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、機械族・闇属性のその融合モンスター一体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する……俺は融合呪印生物―光と、墓地の機械族モンスター十三体を除外!」

 

 あまり目立たない効果ではあるが、融合呪印生物シリーズは属性に関係なく、融合素材モンスターの代用として使う事が出来る。

 普段は生け贄効果による即効性が売りなのだが、痒い所に手が届く人気のカード軍だ。まあイラストがあれなので、活躍するのはデュエルディスクを使わないタイプのデュエルぐらいだが。

 

「現れよ、キメラテック・オーバー・ドラゴン!!」

 

 十四の首を持った、破壊を具現化させたような竜。機械製の竜が、亮の場に降臨する。

 思わず永理は脂汗を垂らす。今の永理のデッキでは──いや、永理の持っているカードでは太刀打ち出来ない。前世で使っていた邪神デッキで何とか、というレベルだ。

 

「このカードの攻撃力は、融合素材としたモンスターの数×800ポイントとなる。よって攻撃力は10400!! 更に融合召喚に成功した時、場のこのカード以外のカードを全て墓地に送る! しかし、サイバー・ネットワークの効果を発動! 除外されている光属性・機械族のモンスター一体を特殊召喚する! 現れろ、サイバー・エンド・ドラゴン!」

 

 亮の場に再び降臨するサイバー・エンド・ドラゴン。もうこんな状況、笑うしかない。

 

「サイバー・ネットワークの効果を使ったターン、バトルフェイズに突入出来ないが……これを使えば問題は無い、速攻魔法、時の女神の悪戯を発動。相手ターンをスキップし、自分のバトルフェイズとなる。行け、キメラテック・オーバー・ドラゴン! エヴォルーション・レザルト・バーストぉ!!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴンの十四の首のうち一つの口から熱線を出し、紅蓮魔獣を解けた肉の塊へと変える。

 4800ダメージ、初期ライフから変動していない永理に耐えられる訳も無かった。

 デュエルはここで終了。ソリッドビジョンも消えた。

 

「中々に楽しかったぞ、同志よ」

 

 亮は手を差し出す。永理はニヤリと笑いながら、その手を取った。固い握手、友情の握手だ。好敵手同士、互いが互いを認め合った者のする握手だ。

 

「約束通り、このガンプラは俺の物だ。だがここにもう一つ、ザクデザートタイプがある」

 

 亮はケンプファーの箱を退け、その下に置いてあったザクデザートタイプの箱を差し出す。

 これには思わず永理もため息が出る。これまでの頑張りは何だったのだ、と言いたくなってしまう。

 

「……ならなんで、俺達は戦ったんだ」

 

「俺が戦いたかったからだ。どうだ、親睦を深めるついでに、一緒に造ろうじゃないか」

 

「……ああ、いいとも」

 

 既に時刻は、新入生歓迎会もお開きになっている頃だ。中途半端な時間だ。今更戻った所であまりものしかありつけないだろう。最も、オシリスレッドの歓迎会の食事はあまりにも貧相なものなのだが。

 亮はついでに永理にそれを教え、急いで戻る必要も無いと助言した。なんでついでに適当なパンとスナック菓子を買い、亮と共に永理がこれから暮らす寮へと向かった。




《オーバーロード・フュージョン》
通常魔法
自分フィールド上・墓地から、
融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、機械族・闇属性のその融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。


亮「今日の最強カードは、オーバーロード・フュージョン。場・墓地の機械族を除外する事で、闇属性の機械族モンスターを融合召喚出来るぞ」

永理「ぺろっ、これは青酸カリ!!」

亮「巷では略してバーローとか呼ばれてたりするが、別に持っているだけで事件に巻き込まれたり小学1年生に戻されたりとかは無いので安心するといい」

永理「青酸カリの致死量は0.15~0.30gだから、絶対に舐めちゃ駄目だ。えーりんとの約束だぞ」

亮「ちなみに青酸カリはアーモンドの味がするのではなく、アーモンドのような臭いがするらしい。臭った事が無いので本当かどうかは知らんがな。まあ苦みが強いので毒殺には向いていないだろう、大人しくヒ素でも使った方が賢明だ」


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第4話 オカルトじみたサムシングの霧

 草木も眠る丑三つ時……というには少し早い午前一時、オンボロアパートのようなレッド寮の一室。亮は永理の部屋でアニメを見ていた。

 部屋は他の部屋とは違いシングルベッド一つだけ。他の部屋は三段ベッドだというのに何故一段ベッドが置かれているのかというと、この部屋は元々開かずの部屋で倉庫として使われていたらしい。だが予想より一名だけ多く入学させてしまい、仕方なくこの部屋を解禁したのだとか。永理は何か嫌な予感こそしたが、やはりシングルベッドというのに魅力を感じこの部屋に決めたのだ。あわよくば女を連れ込み……と思っていたが、どうやら友人を部屋に招き入れる程度で役目を終えそうだ。

 丁度ククルスドアンのザクを、ガンダムが海へと投げ込むシーン。作画崩回と名高く、エピソード自体はそこそこいいのだが色々と展開に無茶がある回。ガンダムシリーズのアニメを入学初日の夜から永理は、亮と一緒に一気見しているのだ。

 どう考えても高校初日の過ごし方ではない。

 ちなみにククルスドアンの島は作画がかなり変で、ザクが旧ザクのように妙に細かったり、岩でミサイル潰したりと色々とおかしな事をやっている。リアルロボット路線は何処へ行った、と言いたくなるが気にしてはいけない。

 

「毎回思うんだけどよ、これジオン軍が襲ってきたらどうするつもりなんだ?」

 

「俺が知った事か」

 

 ベッドの上で二人して座り、スナック菓子を貪りながらテレビを見ている。ピザポテト、ポテチにしては少々高い値段と臭いが気になり、味も人を選ぶが気に入る人はめっさ気に入るお菓子だ。勿論永理も亮も大好きだ。

 既に床には、空っぽになったピザポテトが数袋ほど転がっている。まるで引きこもりのような惨劇の部屋だが、二人ともこの部屋に入ったのは今日が初めてなのだ。

 EDの永遠にアムロが流れ、話は終了。永理は慣れた手つきでビデオを取り出す。レッド寮の倉庫を漁ったら、まさかのビデオプレイヤーがあったのだ。これを好機にと思い実家から送られてきたガンダムを一気見、一先ず十五話ほどではあるが消化は終了した。

 しかし高校生の夜更かしの仕方ではない。こういうのは大学生のクソが付くようなオタクにこそ相応しいと言えるだろう。だが永理と亮も、世間体というものをあんまり気にしない。基本自由だ、自由すぎるぐらい自由だ。

 

「しかし、まさか永理が当時のを録画したテープを持っているとはな……というかお前世代じゃないだろ」

 

「爺ちゃんがガンダム好きでな。俺もそれに影響された節がある」

 

 ちなみに永理の爺ちゃんもジオン派で、永理がジオン派になった要因の一つは確実に爺ちゃんの影響だろう。

 何故爺ちゃんがジオン派だったのかは知らないが、ドズルを見て『こんな上官が居ればなあ……』と呟いていたのを覚えている。一応爺ちゃんは戦後生まれの筈なのだが。

 ふと永理はあくびを洩らす。もう午前1時、もうそろそろ寝る時間だ。

 

「……そういえば永理、知ってるか?」

 

「何がよ?」

 

 ふと唐突に亮は、声のトーンを落としながら何かを言い始める。どうも雰囲気的に怪談っぽい気がするが、永理はそういうのに耐性がある。別に幽霊を信じていない訳ではないが、別に怖くも無いだけだ。

 ビデオプレイヤーが空気を読んだのか、ブルーの画面から突如砂嵐へと変わる。流石にこれには永理もビクッとなった。

 

「特待生寮って知ってるか?」

 

「あー、パンフレットで見たな。立ち入り禁止になってるあそこだろ?」

 

 今は既に廃寮になっている所、オシリスレッドの寮から割と近い場所にある廃寮だ。何でも昔は闇のデュエルに関する研究をしていたとか、よく解らない噂が絶えない所だ……とネット掲示板で一時期盛り上がっていた。

 永理には、今は腐れアベック共の青姦スポットになってるだろうな。という認識しか無かったが。

 

「先輩から聞いた話なんだが……あそこがまだ特待生寮として機能していた頃の話だ。

 ある寮に、誰もが憧れ魅了されるような美貌を持った女性生徒が居た。勿論女子はオベリスクブルーだ。その女子生徒はある男に恋をしていた。それは……言っては何だがかなり格下のオシリスレッドの男。ロミオとジュリエット処が王族と貧民ほどの身分の違い。勿論オベリスクブルーの男子共はそのオシリスレッドの男を酷く恨んだ。

 当然だ。自分より格下の奴に、惚れた女が行ってしまうのだから。故にその男は周囲から、言うのもはばかれるようないじめを受けていた。正直拷問に近いのもあったらしい。

 だが男は恋を諦めなかった。酷いいじめを受けて尚、その女性と交際した」

 

 何ともありきたりな話だな、と永理はぼんやりと聞いていた。

 よくある携帯小説の、ご都合主義満載の恋愛ものにしか思えない。永理の嫌いなタイプの話だ。だが態々それをこの時間でしてくるとなれば、それで終る筈が無い。

 

「オベリスクブルーの男子共は更に妬んだ。どれだけ嫌がらせをしようと、あの二人は必ずくっ付く。ならばどうしてやろうか。自分に手に入らない魅力的な花を、自分のモノにならないのであれば、どうしてやるか」

 

「……自分のモノにならないのなら、いっその事壊してしまえ。か?」

 

 永理の言葉に、亮は頷いた。

 自分の手に入らない。自分の手に入らない物が人の手に渡ってしまうのであれば、いっその事壊してしまえ。そう思うのはある意味必然なのかもしれない。

 あまり物に執着しない永理でさえその結論がすぐに出たのだ。無駄にプライドの高いオベリスクブルーの男であれば、それを迷いなく実行してしまうだろう。

 

「オベリスクブルーの男達はオシリスレッドの男の部屋に殴り込み、オシリスレッドの男の両手を縛った。

 そして次は既にオシリスレッドの男の彼女となっていた女を連れて来て──」

 

「輪姦したって訳か、何とも悪趣味だね」

 

 そこらのネットで転がってそうな、悪趣味なエロ漫画でよくありそうな展開だ。永理としてはそういった類の漫画も嫌いではない。

 

「それで生きるのが嫌になった二人が心中したのが、この部屋らしい」

 

「……そうかい」

 

「まあ、単なる噂話だ。本当かどうかは定かではないけどな」

 

 亮はそう言いながら笑った。つられて永理も笑みを浮かべる。こういうのは雰囲気を楽しむものだ、それが真実かどうかはどうでもいい。それに仮にこの部屋で、もし本当に心中があったとしても関係の無い話。地球上で人が死んでいない土地なぞ存在しない。そんなのをいちいち気にしていたら、何処にも住めないというものだ。

 ふすまを開け、布団を取り出す。ふと上から、ぱらりと一枚のカードが布団の上に落ちた。

 いったん布団を置き、そのカードを拾う。

 

「どうした永理、何か落ちてきたのか?」

 

「ん? いや、これがな」

 

 亮にそのカードを見せる。刻の封印、相手のドローを封じる罠カードで強力な効果を持ち、月読命と闇の仮面を用いる事で完全に相手のドローを封じられるが、今となっては禁止となっているので使い道の無いカードだ。

 誰かの忘れ物か? と永理は思っていたが、そういえばこの部屋は元々開かずの間だったな。という事実も思い出した。その途端にどういう訳か、冷や汗が流れだす。

 

「あっ、永理君まだ起きてた……って、なんでここに兄さんが!?」

 

「ああ、久しぶりだな翔。永理とはちょいとした友人でな」

 

 隣の部屋の翔が部屋を覗いてきた。水色の髪をした、ちっちゃい少年。そういえば少しばかり暑かったので窓と扉を開けていたのを思い出した。

 まだ春、いくら夜中とはいえ本来であれば少し肌寒い程度なのだが、どういう訳か刻の封印が落ちて来てから、気温が下がったような気がする。

 耳鳴りもする。耳鳴りは幽霊が居る証拠だと、永理の中学時代の友人は言っていた。その友人の言葉が正しければ、今この場に幽霊が居るという事になる。

 何処となく部屋が、紫の霧に包まれているような気がする。いや、永理の気のせいではない。実際に霧が、永理の部屋に充満しているのだ。ダッと逃げる亮の服を咄嗟に掴み、それに連鎖するように亮も弟の服を掴む。翔も異常事態に気付いていたのか逃げようとしていたが、亮が手を放してくれそうにない。

 

「ええええ永理、手を放せ!! 同志であるなら『俺を置いて先に行け!』ぐらい言えるだろう!!」

 

「ッザケンナオラァ! 俺一人で死ねるものかよ!! テメェも道連れだ亮さんよォ!! つか最上級生なんだから俺の代わりに犠牲になりやがれよォ!」

 

「僕を置いて先に逝ってくださいっす兄さん!!」

 

「道連れだ翔! お兄ちゃんこんな時に見捨てるような弟に育てた覚えは無いぞ!」

 

「死ぬ時に道連れにするような兄に育てられた覚えもないっす!」

 

 永理が亮を、亮が翔を逃がすまいと引っ張る。足の引っ張り合いではなく服の引っ張り合い。何とも醜い争いだ。

 だがそんなコメディじみた争いも、謎の紫色の霧には通じないようで。その霧はやがて、女性と男性、2つの人の姿となった。最も後ろを向いている永理と亮には、素知らぬ事。そもそもまず見ていないのだ。

 ガキン、と妙な音が鳴ったかと思うと、翔の身体は飛ばされ外の手すりへとぶつかった。けほっと息の塊を吐き出すが、翔は亮の魔の手から解放されたといえるだろう。

 ついでに亮もそれに乗じようと外に手を伸ばすも、謎の壁によって遮られてしまう。

 

「そんな! 翔、置いて行かないでくれ!! 頼む、まだ死にたくない!!」

 

「テメェ見苦しいぞこの野郎! 俺を逃がせコノヤロウ!!」

 

 どちらも見苦しいと言わざる得ない。

 紫の人型の霧は腕部分に当たる所であろう場所にデュエルディスクのような霧の塊をまとわせる。

 

《デュエルだ……》

 

《身体を……身体を寄越せ……》

 

「ちょっ、亮! これやばいんじゃないの!?」

 

「……嫌だー、死にたくなーい!」

 

 そう叫び出口部分に蹴りを入れるが、全く効果は無し。亮の言い分はもっともだ。得体のしれない化け物とデュエルなんて、正気の沙汰ではない。そういうのは主人公の仕事だ。一応永理もこの作品の主人公だが、永理は特例だ。色々と、駄目な方の意味で。

 部屋の全てを紫色の霧が包み込む。咄嗟に永理は口元を袖でガード。亮は未だにどうにか逃げ出せないか足掻いている。

 ふと、足元に妙な浮遊感が現れた。だがそれも一瞬で終わり、暗闇の中永理は立っていた。

 

「何だ、どういう……事だ!?」

 

「さあな、俺が知るか。解っている事はただ一つ、助けを呼んでも無駄って事だけだ」

 

 外に繋がっていた筈の扉も、ビデオプレイヤーも、ベッドもスナック菓子の袋も無い。暗闇、漆黒の闇というに相応しい空間。だというのに何故か、紫色の謎の霧達と永理、そして亮の姿ははっきりと見える。

 オカルト、としか言いようがないだろう。

 

《ディスクを……構えろ……我々、と。我々とデュエ……デュエルするの……だ》

 

《私……まだ、生きたい。彼と……彼と……》

 

 どうにも亮の言っていた怪談話は本当で、今永理の目の前に居る二つの紫の影はその心中した2人らしい。永理も若干の同情する心はあったが、こんなのに巻き込まれてまで相手を憐れむような気持ちは持てない。

 永理はそこまで聖人君子ではない。むしろ器の小ささには少しばかり自信があるぐらいだ。

 

「……どうやら、やるしかないようだな」

 

 先ほどまでの取り乱し様は何処へやら、覚悟を決めた亮はデュエルディスクを構える。もしデュエルをせずとも、助けが来る可能性は低い。となれば、今出来る事をやるしかない。どうせやらなくても、いずれ餓死するだけ。

 永理もデュエルディスクを構える。デッキは亮と戦ったのと同じ、亮も同じ。火力は充分、だが相手の実力は未知数。デュエルに勝っても助かるとは限らない。もしかしたら、永理と亮を置いてただ消えるだけかもしれない。

  そんな考えを、ネガティブな思考を永理は頭の中からかき消す。こういうのは、やらなければ何も終わらないのだ。

 

「好きに生き、理不尽に死ぬ。それがデュエリスト……だが、まだ死ぬにはちょいと早いし、犬死にだけは御免だね!」

 

 永理も覚悟を決め、ディスクを構える。敵を消し去る為、この闇の空間から逃れる為。相手は未知数、気力はあまり無し。状況は最悪、恐怖はマシマシ。気分は最悪。何ともまあ不利な条件が揃ってしまっている事に対し、永理は思わず笑ってしまう。

 永理と亮、そして二人の亡霊は、ほぼ同時にデュエル開始の宣言をした。




 はい、今回はデュエル描写無しです。ついでに次回からは、ちょいと文字数増やしてみようかなーと思っとります


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第5話 グロとアベックと馬鹿2人

 タッグデュエル。永理の前世の世界ではタッグフォースと同じルールであったが、この世界では違う。おおまかなルールは以下の通りだ。

 場もライフも共通しない。

 片方が敗北した時点ではパートナーは敗北とならない。

 パートナーのモンスターを生け贄や壁にしたり、墓地のカードを利用することができる(ただし、利用される側のプレイヤーの許可が必要となる)。

 ライトニング・ボルテックス等のフィールド全体に影響のあるカードは双方に適用される。

 お互い最初のターンは攻撃出来ない。

 順番は1→2→3→4→1。

 相談や手札の見せ合いは出来ない(マイク等を使えば可能、要するにバレなきゃ反則ではない)。

 といった感じだ。

 永理は元の世界で何度かタッグフォースを嗜んだ事はあるが、図書館エクゾやらメタモルワンキルデッキデスやらと、ワンターンキルデッキばかりを使用していた。そしてヒロインのキャラを掴んでから同人誌を漁る日々を送っていたのだ。

 故に初心者ではないが、ルールが違うとやはり戸惑ってしまうのが人間というものだ。慣れ親しんだ下手な経験者よりも、初心者の方が上手い事動く事が出来る事もある。ACVに慣れた後でラストレイヴンをやったら、操作性の違和感にライオウ処か他のACも倒せなくなっていたという事もザラにある。まあガチタン使えばいい話なのだが。ライオウ? 引き撃ちしなさい。

 そんな訳で、実質的タッグデュエルの初心者である永理の処女を切ったのは、何だか闇のゲーム臭がプンプンする幽霊相手な訳だ。

 しかもライフを共通しないとはいえ、どちらかのライフが0になったら恐らくだが闇に飲まれる。永理の昔読んだ漫画に、人は勝負に負けると心にダメージを負い隙が出来るといった感じの台詞があったのを覚えている。大方闇のゲームも、それの類いなのだろう。そして霊体は、その隙から入り込み、浸食するつもりだろう。手段はどうであれ、負ければ身体は乗っ取られるのは確実だ。

 

「先功は俺が貰うぜ、ドロー!

 モンスターをセットし、魔法カード封印の黄金櫃を発動! デッキからネクロフェイス一体を除外し、二ターン目の俺のスタンバイフェイズに手札に加える! 更にネクロフェイスが除外された事により、互いのプレイヤーはデッキトップからカードを五枚除外する!」

 

「ちょっ、おまっ!!」

 

 慣れてない故、こういったミスが出るのもまた然り。しかし永理の中に後悔も反省も無い。まずは自分が助かる、それが第一だ。亮のサポートをするのは、自分の安全が完璧に確保出来てからだ。

 除外されたカードは威圧する咆哮、メタモルポット、闇次元の解放、ダーク・グレファー二体。今日の運はどうやら、亮とのデュエルで使い果たしてしまったようだ。

 

「先功は最初のターン攻撃出来ない。カードを二枚セット、更にモンスターをセットしターンエンド」

 

《俺の……ターン……》

 

 男の霊体が紫色のカードを引く。カードまで霊体化しているのだろうか。恐らく禁止制限も当時のままだろう。しかし、それを追及したところでどうしようもないのがまた現状である。面倒な話ではあるが。

 一度始まってしまった闇のゲームを止める手段は無い。

 

《カードをセット……モンスターセット……ターン……エンド……》

 

 ソリットビジョンは普通に作動するようだ。普通のカードが、相手の場に二枚現れる

 

「ちっ、とっとと終わらせたいものだ! ドロー!

 速攻魔法、サイクロン発動! その伏せカードを破壊だ!」

 

 稲妻交じりの竜巻が、男の霊体の伏せカードを破壊する。破壊されたカードは、和睦の使者。タッグデュエルでは最初のターン攻撃出来ないので、発動しても無意味なカードだ。

 

「サイバー・ドラゴン・コアを召喚し、効果発動! このカードの召喚成功時、デッキからサイバー、またはサイバネティックと名の付く魔法・罠カードを手札に加える! 俺はデッキから、サイバー・ネットワークを手札に加える! 更に魔法カード、機械複製術を発動! 場の攻撃力500以下のモンスターを複製する。しかしサイバー・ドラゴン・コアは名をサイバー・ドラゴンとして扱う。よってデッキから、二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚! 更に魔法カード融合を発動、サイバー・ドラゴン・コア一体とサイバー・ドラゴン二体を融合し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚! カードを二枚セットし、ターンエンド!!」

 

 しょっぱなから攻撃力4000のモンスターと、2100のモンスターを揃える。しかし最初のターンでそれを行うのは、少しリスクが高すぎる。亮も焦ってしまっているのだ、命を懸けたデュエルに。過去にそういったデュエルをした経験は、さしもの亮でも無いのだろう。最も、一介の高校生が何度も闇のゲームをしている事自体おかしな話なのだが。

 

《私の……ターン……。

 モンスターセット……カード……二枚セット……エンド……》

 

 女性の霊も随分とまあ消極的な動きだ。男と同じような、瓜二つの動き。何とも永理をイラつかせる。永理はこういった、アベックが大嫌いなのだ。とにかく嫌いなのだ。理屈ではなく、本能的に。生理的にもう無理なのだ。自分の惨めさが浮き彫りになってしまうから。

 

「俺のターン、ドロー!

 スタンバイフェイズ、封印の黄金櫃のカウントは一進む。メイン一に突入」

 

 手札を見やる。闇属性のモンスターカードが一枚、そのうちの一枚は上級モンスター。ならば、伏せているリバース効果のあるモンスターをオープンしても、何の問題も無いだろう。

 

「モンスターリバース、魔導雑貨商人! 魔法・罠カードが出るまで自分のデッキをめくり、そのカードを手札に加えるが、それ以外のめくったカードは全て墓地へ送る」

 

 永理の場に、服を着たフンコロガシのような虫が現れる。どういう訳か服装はトルネコそのもので、手にはせいぎのそろばん。やっぱりシリアスな雰囲気の闇のゲームでもギャグに走るようだ、永理の持つカード共は。

 魔導雑貨商人はそろばんをしゃかしゃかと振る。それが効果発動の合図らしい。ちょいと前にそれをぼーっと眺めていたら殴られた。古今東西西洋東洋探しても、自分がコントロールする自分のモンスターに攻撃されたという経験を持つのは永理ぐらいだろう。

 

「一枚目、終焉の聖霊。二枚目、紅蓮魔獣ダ・イーザ。三枚目、死霊伯爵。四枚目、ダーク・ネクロフィア。五枚目、魔導雑貨商人。六枚目、カオス・ソーサラー。七枚目、終わりの始まり。終わりの始まりは魔法カードなので手札に加える」

 

 かなりいいカードが落ちた。この場合いいカードというのは、落ちてほしくない方のいいカードだ。特にこのデッキの切り札である三枚が落ちたのはかなり痛い。

 しかし嘆いても仕方なし、これは所詮運だ。それに墓地回収カードも無くは無い。

 

「魔導雑貨商人を生け贄に捧げ、死霊伯爵を召喚!」

 

 魔導雑貨商人の身体が突如切り裂かれ、レイピアを構えた初腐の紳士が、緑色の血と虫の切れ端を演出にかっこよく構えながら現れる。

 頭は禿げているのだが、何故か妙に無駄にかっこいい動き。銀チャリのような剣捌きだ。だが攻撃力2000の、今となってはあまり強くもない通常モンスターである。残念。

 永理も地獄詩人ヘルポエマーやらデーモンの召喚やらをデッキに入れたかったのだが、前世からカードを送ってくれるという神の言葉を信じて、買うのを諦めてデッキに投入していたのだ。しかしそこそこの活躍をする所から、今となってはたまーにエースカードになったりもしている。

 だが、伏せモンスターが少しばかり怖いのは事実だ。魔法使い族デッキであれば入っている可能性のある執念深き老魔術師や、見習い魔術師から面倒なカードをリクルートされるとそこそこ困る。

 故に、様子見といかなければならない。ちょうどそれに使える魔法カードが手札にあるのだから。

 

「魔法発動、『守備』封じ! お前の守備モンスターを攻撃表示にしてもらうぜ!」

 

《伏せモンスター……闇霊使いダルク……このカードがフィールド上に……表側表示で存在する限り……相手フィールド上の……闇属性モンスター一体を選択し……コントロールを得る……。死霊伯爵、おいで》

 

 若干ボブショートっぽい髪型のショタっ子が、死霊伯爵に手を向ける。どうやら誘っているらしい。そして死霊伯爵もまた、それにふらふらと、何かに操られたように導かれる。

 しかし、永理とてそうやすやすと死霊伯爵を相手に渡すわけにはいかない。そもそも死霊伯爵は、このカードの発動トリガーとして入れてる感じが若干あるからだ。

 そして相手のデッキはほぼ確実に、お互い霊使い。であるならば、このカード以上に刺さるカードもそうそう無いだろう。

 

「残念だったな糞幽霊共! 罠カード発動、魔のデッキ破壊ウイルス!! 攻撃力2000以上の闇属性モンスターを媒体とし、1500以下の攻撃力を持つモンスターを手札・場構わず破壊破壊破壊!! 全部ぶっ壊れろ!! ヒャーッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 死霊伯爵はゆっくりとダルクに近付き、差し出された幼い手を取る。しかしその瞬間死霊伯爵の身体は爆裂四散し、体内から黒い血を大量の噴き出す。それは弱いモンスターソウルを全て破壊する未知なるウイルス。ダルクも、女性の霊の伏せていたモンスターであるライナもそのウイルスに侵され、口から黒い血を吐き出しながら死んでいく。そしてその血は霊共の手札にも感染し、破壊される。おお、なんと地獄絵図か!!

 隣で亮がうわあ、という顔をしている。しかし永理の知った事ではない。相手の手札も二枚まで削る事が出来た。

 気分爽快、ぶち壊し。特にリア充の悔しそうな顔は、永理の最も大好きな顔だ。最も霊体は霧故顔は見えないが、心の中ではそりゃあもう悔しそうに顔をゆがめている事だろう。悪趣味とよく言われるが、永理はその性癖を直そうとは思わない。まあ一度DQNな奴らに絡まれた時は直そうかなーとは思ったが、闇のデュエルにおいては強者こそが絶対正義なのだ。三下の子悪党染みた笑い声は気にしない気にしない。

 

「霊使いも! リア充も!! 俺の気分を害する奴は、全部消えてしまえばいい!! ターンエンドだ、精々足掻け低能が」

 

 霊共の手札は既に三枚。女の使ったカードから察するに、残ったのは霊使いをサポートするような魔法・罠カード類だろう。

 この勝負、勝ったも同然。永理の気分はかなり爽快だ。さながら盗みたての好きな子のパンティを履きながら過ごす新年のように。

 

「永理……お前、お前」

 

 隣で亮が何か言いたげな顔をしているが、永理はさして気にしない。自らが行ったバイオ・テロの破壊力に酔いしれている。

 これでサレンダーするもよし、足掻くもよし。どちらにせよ、永理の勝ちは確実だ。

 

《俺の……た、ターン……》

 

「おーっと、ドローカードを確認させてもらうぜ」

 

 相手の引いたカードは、太陽の書。大方、霊使いの能力を速攻で使う為に投入したのだろう。今となっては使いようの無いカードだ。

 

《カードをセット、ターンエンド……》

 

「俺のターン、ドロー。

 悪く思うなよ。サイバー・エンド・ドラゴンで女に直接攻撃。エターナル・エヴォリューション・バースト」

 

《と、罠カード……発動……》

 

 女は罠カードを発動する。二枚目の和睦の使者。しかしそれも、亮の発動した罠カードによって効果を発揮する間もなく、墓地へと送られた。

 

「罠カード、トラップ・スタン。このターン、場の罠カードは全て無効だ。潔く彼岸にて心安らかに暮らすがいい」

 

《あ、あう……たす、助け……》

 

 亮は指をパチンと鳴らす。するとそれが合図だったのか、亮のサイバー・エンド・ドラゴンは三つの首から光線を出し、女の霊を無情にも撃ち貫く。

 一切の躊躇も無く、一切の遠慮も無く、全てを焼き尽くさんとただただ光の粒子をぶつけ続ける。ミンチより酷い。

 光の粒子が無くなった後には、何も残っていなかった。

 

「お前よくそれで俺にあんな顔向けてきたよな」

 

「いや、あの破壊描写は……なあ。あっ、ターンエンドだ」

 

 確かにそれに関しては永理も最初驚いた。R-18ぐらい行くんじゃねーか、とも思った。実際永理が小学生の頃、このカードを使って同級生を泣かせてしまった事がある。

 というかどう見ても相手モンスターの死に方が……人型とか獣型だとグロすぎて、永理もあまり好んで使おうとは思わない。

 正直プロになったらウイルスカードは封印するだろう。あまりにもグロすぎて、何処のテレビ局も使ってくれる気がしないからだ。

 

《俺の……ターン、ドロー!》

 

「ドローしたカードを見せてもらおう」

 

《引いた……カードは、ディメンション・マジック!》

 

 ディメンション・マジック。場の魔法使い族モンスター一体を生け贄にし、手札から魔法使い族モンスター一体を特殊召喚するという速攻魔法だ。更に厄介な破壊効果まで内臓しているので、非常に面倒くさいカードと言えるだろう。

 特に厄介なのは、効果解決時に破壊効果を使うかどうか選択する効果である。このカードは発動時は魔法使い族モンスターを特殊召喚する効果として扱う為、効果発動時には「フィールド上のカードを破壊する効果」として扱われない。

 このため我が身を盾にや、この世界ではまだ出ていないシンクロモンスターのスターダスト・ドラゴン、マテリアルドラゴンで無効化することは出来ない。最も、無効化出来る処理だったとしても今の二人に無効化する術があるかと問われれば答えはNOだ。

 

《魔法カード、死者蘇生……墓地から、闇霊使いダルクを特殊召喚!

 速攻魔法、ディメンション・マジック! 魔法使い族を生け贄に……手札から、混沌の黒魔術師を……特殊……召喚!!》

 

 ダルクの背後から鎖に繋がれた、少々形のおかしい棺桶が生え、開く。その空間から鎖は飛び出し、ダルクの手足に絡みつく。ダルクは痛そうな表情を見せるも、さして抵抗もせず棺桶の中へと引きずり込まれた。

 ぎぎぎと音を立て蓋が閉まり、更にその上から山賊が持っている剣のような物が空中に現れ、棺桶を突き刺す。中から悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。

 しばらくすると、流れ出る血の色が赤から青へと変わり、闇の魔力だろうか。溢れ出んばかりの魔力によって棺桶の蓋が開かれ、場の闇の煙を一段と濃くする。

 そして、その闇の煙を黒い杖で振り払い現れたのは、真っ黒な服を着た肌色の悪い魔術師だった。

 

《ディメンション……マジック……! 俺の、最愛の彼女を……殺したあいつを、殺せ!!》

 

 混沌の黒魔術師が居なくなった棺桶からいくつもの鎖が飛び出し、サイバー・エンド・ドラゴンの首に巻きつく。サイバー・エンド・ドラゴンは必死で抵抗するも、ずるずると棺桶の中に引きずり込まれていく。

 

「……足掻くか、亡霊。まあそれもいいだろう、手向けにサイバー・エンドぐらい破壊させてやる」

 

 突然鎖の引きずり込む力が増し、サイバー・エンドの首は棺桶の縁に突っ返させる。しかし力は全く緩まず、首から嫌な音が漏れ始める。

 ひび割れ始めた装甲から青白い光が走り、サイバー・エンドは悲痛な叫びをあげる。が、それがまるで断末魔かのように、サイバー・エンドの首が弾け飛んだ。サイバー・エンドのコードが、まるでねずみ花火のようにのたうち回る。

 

《混沌の黒魔術師、効果発動……!

 墓地の魔法カード……死者蘇生、手札に!》

 

 墓地回収、それも魔法カードの回収というのはかなり厄介だ。永理は思わず舌打ちを洩らす。更に回収したカードが死者蘇生。ディメンション・マジックとのコンボと絶妙に噛み合っている。

 今、サイバー・エンド・ドラゴンは亮の墓地に存在する。そしてサイバー・エンド・ドラゴンは融合召喚に縛りこそあるが、特殊召喚に関しては特にこれと言った縛りは無い。

 となれば、相手が取る手段は一つ。

 

《死者蘇生、発動……! サイバー・エンド・ドラゴンを、特殊……召喚!》

 

 味方にすれば攻撃力4000の貫通効果ととても頼もしいが、敵として立ちふさがると途端に厄介になる。強力なカードは奪われた時、こういうデメリットが生じてしまうのだ。

 

《バトル……サイバー・エンド・ドラゴン、赤い男を……攻撃!》

 

「罠カード発動、立ちはだかる強敵! 攻撃対象を亮のサイバー・ドラゴンへ!」

 

「なっ、てめっ! チッ、永続罠発動! サイバー・ネットワーク! 場にサイバー・ドラゴンが存在するときに発動、デッキから光属性・機械族のモンスターカード一枚を除外する! 俺はデッキから、エメス・ザ・インフィニティを除外する!」

 

 助かる手段はこれしか無いので、永理は心の中で亮に謝っておく。沈黙の邪悪霊もデッキに1枚だけ入れているが、それを土壇場で引けるほど永理の運はよろしくない。そもそもが、ストレージで買ったカードと付録のカードで完成させたのが今の永理のデッキなのだ。ちなみにネクロフェイスはスパム缶に付いてきた、肉の缶詰に付けるものではないだろうが、永理としてはとても有難かった。

 サイバー・エンド・ドラゴンのエヴォリューション・レザルト・バーストによって、サイバー・ドラゴンはしめやかに爆発四散。

 そしてその余波として、サイバー・ドラゴンの破片が亮の身体を襲う。

 

「ぐっ、ああああ!! ……痛い、だと? 馬鹿な、ソリットビジョンに……ここまでの痛みは」

 

「闇のゲームだからだ、気を抜くなよ亮」

 

「お前が言うな!」

 

 最もである。亮を攻撃させたのは永理なのだ。その永理が気を抜くな、というのは甚だおかしい。敵は一人だけとは限らないという事か。いや、永理はただ単に亮を盾として使っただけだ。要するに一応、味方なのだ。

 

《だけど……これなら、通る! 混沌の黒魔術師で、攻撃!!》

 

 混沌の黒魔術師は杖から黒い雷を出し、永理の身体を貫く。

 鋭い痛み、何十本もの針で突き刺されたような痛みが全身を走った。

 

「あ、あっ……」

 

 雷が通過した部分を手で押さえ、思わず蹲る。永理は痛みにそれほど強くない、むしろ弱い部類だ。そして人間とは、どうしようもなく痛い時は声も出ないものだ。

 身体が震え、足が震え、思わず涙を流す。どうして俺が、なんで俺がこんな目に……理不尽だ、と永理はそう思わずにはいられない。

 しかし、だからこそ。膝をつくことなく、永理は立つ。理不尽な目に合わされたのだ。仕返ししなければ、気分が晴れない。

 やられたらやり返す。たとえ自分が100%悪くとも。必ずやり返し、二度と立ち向かえないように徹底的に痛めつける。しかし幽霊を痛めつけるだけでは気が晴れない。ならばどうするか、どうすればいいか。

 

《カードをセット……ターンエンド》

 

 相手のエンドフェイズ。どうしてやるかは、まずは引いてから。それから考える。デッキは可能性、手札は希望。しかし永理にとってそれらは全て、手段でしかない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 来た。最良のカードではなく、最悪のカード。肉体的にも、精神的にも徹底的に潰す。失敗しても次のターンは亮が動く。リカバリーは容易だ。

 

「糞幽霊がぶっ殺してやる! スタンバイフェイズ、ネクロフェイスを手札に。メイン一、魔法カード発動!

 死者蘇生! 墓地より光霊使いライナを、攻撃表示で特殊召喚!」

 

《ライナ……》

 

 永理の場にボブショートというのだろう。そういう髪型の女の子が現れる。霊使い、リバースモンスターであり、裏側表示でセットしなければ効果の発揮出来ないモンスター。しかしこのカードを召喚した瞬間、幽霊の雰囲気が変わった。

 そう、効果自体は発揮出来ない。しかし、プレイヤーの心理を動揺させる事は可能なのだ。恐らく相手はライナを、彼女に見立ててくるだろう。被せてくるはずだ。であるならば、挑発はどうとでも出来る。我ながら下種だな、と永理は思うも、永理はそんな自分が大好きだ。

 

「魔法カード発動、闇の誘惑! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター……ネクロフェイスを除外! 更にネクロフェイスの効果で、互いのプレイヤーはデッキからカードを五枚除外!」

 

 永理の除外したカードは強欲な壺、和睦の使者、天使の施し、トラップ・スタン、終末の騎士。落ちはよくないが、幽霊のデッキは闇属性主体。であれば既に成果は十分。

 

「終焉の聖霊を召喚!」

 

 黒い悪魔、そう説明されてすぐ想像に付くような存在。見るからに何処かのRPGゲームで雑魚キャラをしてそうなモンスターが、永理の場に現れる。

 効果は非常に厄介であるが、正直あまり永理のデッキとの相性はよろしくない。4枚目のダ・イーザとしてしか運用出来ないのが現状だ。

 しかし中々侮れないのもまた然り。

 

「こいつの攻撃力は、互いの除外している闇属性モンスター×300ポイントの攻撃力となる」

 

 デュエルディスクは攻撃力を計算してくれる機能もある。今現在の攻撃力は3900、中々だがまだ足りない。であるなら、足りるようにするまでだ。

 

「魔法カード、魂の解放。貴様の墓地のダルク、そして俺の墓地のダーク・ネクロフィア・終焉の聖霊、死霊伯爵2体を除外する。これで終焉の聖霊の攻撃力は5400! バトル、混沌の黒魔術師を攻撃!」

 

 終焉の聖霊は身体を闇に溶け込ませ、混沌の黒魔術師の背後から爪で首を引き裂く。青い血飛沫、思わず杖を床に落とし、切れた箇所を手で押さえる。

 しかしその瞬間、首から丸ごと終焉の聖霊の手刀によって、切断。噴水のように血が溢れ出る。永理はその光景を見て、やっぱり俺のカードまともじゃねーわと思った。

 

「ターンエンドだ」

 

 混沌の黒魔術師は、破壊された際墓地へ行かず除外される。それによって終焉の聖霊の攻撃力が5700になるが、さして関係は無い。サイバー・エンドの攻撃力はとうに超えている。

 

《俺の……ターン!

 サイバー・エンドで……ライナを、ライナを……》

 

「どうした、攻撃しないのか?」

 

 口角を上げ、とびっきりのゲス顔をしながら永理は挑発する。ライナを攻撃すればそれで終わり、しかし相手はライナを彼女と重ね見ている。であるならば攻撃する事は不可能。

 

《ッ……ごめん、ライナを攻撃!》

 

 決意を固め、ライナへの攻撃指示を出す。感動的だ、実に感動的だ。仇討ち、とは少しばかり違う。しかし永理は、こういった強い意志を持った敵が好きだ。

 

「手札からクリボーを捨て、ダメージを無効。残念だったな」

 

 こういう覚悟を踏みにじるのが、とても大好きなのだ。

 

「……リスペクトの欠片も無いな、お前」

 

「心配するな、自覚はある」

 

 サイバー・エンドからの余波を、毛むくじゃらのかわいいマスコットが守ってくれる。永理はどういう訳かこのカードを、屋根裏の物の怪のリメイクカードとばかり思っていた。

 幽霊は悔しそうに、伏せモンスターをセットしエンドを宣言。次のターンは、亮だ。

 

「ドロー!! まあ、闇のゲームで相手をリスペクトしても仕方がないとは思うが……俺も人の事を言えないしな。

 カードを二枚セットし、魔法カード天よりの宝札を発動。互いのプレイヤーは手札が六枚になるようカードをドローする。更に壺の中の魔導書、互いのプレイヤーはカードを三枚ドロー。強欲な壺を発動、カードを二枚ドローだ」

 

 これでもかというぐらいのドロー加速。流石に永理も、これには笑ってしまう。いくら破格のドロー力があるといっても、限度があると永理は思ってしまうのだ。出鱈目すぎる、馬鹿げている。永理が持った感想はそれだ。

 一気に手札が八枚、ワンキルの素材は集まったようだ。

 

「リバース魔法、発動。死者蘇生。墓地よりサイバー・ドラゴンを特殊召喚。更に融合呪印生物―光を召喚し、効果発動。このカードと融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、融合モンスターを特殊召喚できる。サイバー・ツイン・ドラゴンを融合召喚」

 

 流れるように融合呪印生物が召喚され、そしてサイバー・ツイン・ドラゴンの片側となる。洗礼された流れ、全部デステニードローなのだろうか。永理は思わず、そう疑ってしまう。

 更にまだ、恐らく隠し札を持っているのだろう。亮とはまだ短い付き合いではあるが、そういう男だというのはよく知っている。

 

「サイバー・ツイン・ドラゴンでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃」

 

《サイバー・エンド・ドラゴンの……攻撃力……4000……無駄だ、攻撃……しても》

 

 サイバー・エンドの光線とサイバー・ツインの光線がぶつかり合う。しかしやはりパワー負けしているのか、サイバー・ツインは徐々に押され始めている。

 しかし亮はニヤリと笑い、手札の一枚のカードを相手に見せる。

 

「ダメージ計算時、オネストの効果を発動する」

 

 ガチムチ天使が光りを放ち、その光が、亮のサイバー・エンド・ドラゴンの光線を吸い込み、それをサイバー・ツイン・ドラゴンに分け与える。

 すると火力の差はひっくり返り、今度はサイバー・エンドが押され始めた。勝つ手段はもう無い、サイバー・エンドは光線に飲み込まれ、その鉄の身体を溶かされる。

 

「オネストはダメージ計算時、手札から捨てる事で相手モンスターの攻撃力分、攻撃力をアップさせる。サイバー・エンドの引導は渡してやった、次は貴様だ」

 

《だっ、だけど……もう、攻撃出来る……モンスターは……!!》

 

「サイバー・ツインは二回の攻撃が出来る。残念だったな、エボリューション・ツイン・バースト!!」

 

 亮のサイバー・ツインは強化された状態で、幽霊の男に止めを刺す。増した攻撃力から繰り出される光線、それは霊体を消し去るには十分な火力だった。

 その攻撃によって紫色の人型の霧は消え、やがて暗闇の空間も、見慣れ──まだ入学初日なので、全然見慣れてない元の部屋へと戻った。

 外から太陽の光が差し込み、スズメが鳴いている。余談ではあるが、あの声は威嚇しているらしい。

 

「……何だったんだ、あれは」

 

「さあな、夢……ではなさそうだ」

 

 一先ず砂嵐のチャンネルを変える。朝のニュース番組、丁度外国株の相場がやっていた。時刻は午前五時、いや六時ぐらいだろうか。

 チャンネルを変えると、天気予報。今日の予報は晴れらしい。そして日付は、ちゃんと昨日から一日しか経ってない。霊体験で数か月ぐらい異世界に飛ばされたという体験談通りではなく、あの出来事を現実だと立証するための証拠も無い。

 

「……昨日、翔に会ったよな?」

 

「聞いてみるか」

 

 永理の問いに、亮が答える。

 ふと、永理は足元に落ちていたカードを拾う。闇霊使いダルクと、光霊使いライナ。何処となく目つきの悪そうな顔をしている。

 まさかな、と思い直し、一先ず机の上にでも置いておく。そしてからファミコンを取り出す。早起きした時に時間を潰す手段は、決まっている。

 

「ファミコンで時間潰すか」

 

「そうだな」

 

 くにおくんの時代劇だよ全員集合を取り出し、カセットをふーっとする。いけない事と解っていても、ついつい儀式的な意味でやってしまうのは何故だろうか。

 そしてカセットをセット。永理達の朝は、これからだ。




グロ描写書くの楽しい


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第6話 主人公だからといって活躍すると思ったら大間違いよ!!

 眠い中永理の身体を揺らすのは、お城じみたオベリスクブルー女子寮の池であった。いや、湖と言った方がいいのだろうか。とにかく水面の上に揺られている。

 事の発単は丸藤翔という亮の弟が、本人曰く告白を受けて女子寮の前で待っていたらしい。しかしそれを女子二人が覗きと思い、捕まえられた。そして永理は「何か面白そうだから付いて行くぜ!」というややこしくさせてやろうという思惑全開で、眠りたがっている身体に鞭打って付いてきたのだ。

 付いてきたのだが……

 

「やはり、三徹は堪えるものがあるな」

 

「そりゃそうだろ」

 

 船の上には十代と永理。そしてそれと対するように浮かぶ船には、金髪ボインの姉さんと名高き天上院明日香、黒アッシマーが変形したような頭をしている浜口ももえ、チョコレートのような色をしたモリのような頭の枕田ジュンコの三人。それと某魔王のように簀巻きにされている丸藤翔の姿があった。女子三人娘はどちらも、見えるんじゃねというぐらい短いスカートを履いている。思わずブスがそれを履いている姿を想像してしまい、若干気分がブルーになってしまう。

 気分転換ついでに、取りあえず永理はPDAの写真撮影機能を用いて、翔の簀巻きを撮っておく。簀巻きにされている人間なんて、そうそう見る機会は無い。むしろ見る機会がかなりあってもそれはそれで嫌なのだが、たまにであればこういうのは笑って見れるのだ。

 

「うう……僕は無実っす、無実なんすよ」

 

「そういや翔、借りてたAV返すな」

 

「ちょっ、なんでそれ今言うっすか!?」

 

 三人娘の翔に向けている敵意ある視線がきつくなった。ついでに永理も睨まれた。まあ当然である、がその程度の被害は必要経費だと割り切っている。

 永理は面白そうな事があれば、自分の評判を落としてでも突っ込んでいく性癖だ。自らの欠点だと自覚はしているものの、直そうと言う意欲は全く持って無い。自分の欠点を好いており、受け入れているからだ。

 

「『盗撮JK撮り倒し! 貴女の聖水いただくよ』はかなり良かったぞ、ノーモザイクだったしな。手に入れるのに苦労したろ」

 

「いや、したっすけど! でも今言うなっす!! なんすか、嫌がらせに来たんすか!?」

 

「うん」

 

「うわいい返事」

 

 物凄いいい笑顔で永理は頷く。更に女子諸君の視線はきつくなった。最低なものを見るような眼だ。実際永理も覗きをしたという翔も最低な扱いを受けるのはある意味必然。翔のそれは本人曰く免罪との事だが。

 永理としては、それが嘘か真かはどうでもいい。重要なのは、面白いかどうか。所詮人生一度きり、なれば楽しんだ者の勝ち。永理の座右の銘である。

 明日香は溜息を吐く。このあんまりなやり取りに呆れたのだろう。十代は苦笑している。

 

「こちとら免罪で捕まって簀巻きにされて椅子にされたんすよ、普通そんな人間弄るっすか?」

 

「……椅子にされた? 誰に?」

 

「誰って……」

 

 翔は視線を三人娘に向ける。すると翔を突き刺すような視線が一つ増えた。発生源は永理である。

 

「なんで!?」

 

「椅子にされただと……こんなピチピチギャルに? ……ピチピチギャルの柔らかなお桃様を、三つも背中で受けられただと……!?」

 

 明日香は永理に養豚場のブタを見るような眼を向けるが、それも永理を興奮させる材料の一つとしかならない。そもそも今日の永理は少しばかりおかしいのだ。深夜テンションというべきか、それとも徹夜テンションというべきか。とにかく人はどうしようもないほどの眠気に襲われた時、暴走するのだ。色々と。

 意味不明な事をしでかしたり、笑ったり。全然タイプでないブスに欲情して襲ったりと……とにかく得する事が無い。しかし楽しいのが深夜テンションである。

 

「翔! なんといううらやま……けしからんのだ! 代われ、俺と代われこの野郎!」

 

「代われんなら代わってやるっすよ畜生! 僕は椅子にされるような趣味は持って無いんすよ!!」

 

「ここに翔から借りた『顔面便器シリーズ』があります」

 

「もう僕のライフはボドボドダッ!!」

 

「ん゛ん゛っ! もう、いいかしら?」

 

 明日香がコメディ染みたやり取りを無理矢理終わらせる。そろそろ本題に入りたいのだ。永理と翔の性癖暴露合戦を聞く為に十代を呼んだ訳ではないのだ。

 実際永理は横から入って来たおジャマ虫なのである。一応実力者であり学園で知らぬ者は居ない丸藤亮の友人という永理には興味があったが、それでも今日は呼んでいないのである。

 

「翔君を返してほしければ、十代か永理君……どちらかが私とデュエルしなさい。勝てれば返してあげるわ」

 

「十代、がんばれ」

 

「お前何しに来たの?」

 

「翔弄り」

 

 永理は即答する。実際それ以外の目的は無いし、その為に態々身体に鞭打ったのだ。永理は馬鹿なのだ、それもどうしようもないくらい。

 そして永理は今日、デュエルディスクもデッキも持ち合わせていない。デュエルアカデミア敷地内ではあるが、別にフリーの時間まで絶対にデュエルしろという校則は無いからだ。

 最も、永理ももう一つ。ちゃんと翔奪還に付いてきた目的がある。それは十代のデュエルを見て、どんなデッキかを見極める事だ。最も、それもサブ目的である翔弄りの前には霞むのだが。

 

「……ねえ、永理君は何しに来たの?」

 

「さっき言ったではないか、暇なるぞ。故におちょくりに来たのぞ」

 

 若干口調が変になっているが、徹夜テンションのせいである。全部そのせいである。ぶっちゃけて言うと滅茶苦

茶眠いのだが、深夜テンションが寝るのを拒むのだ。馬鹿である。

 

「まあ、とにかくやろうぜ。これで勝てば翔は解放してくれんだよな?」

 

「ええ、約束するわ」

 

「頑張れ明日香サマー」

 

「……なんであんたが明日香様を応援するのよ」

 

 ジュンコが何処か呆れた口調で永理に言った。深夜テンションと翔の嫉妬で何処か暴走しているのだ。

 永理は友情よりも面白さを取る人間だ。人間としては最低だが、そんな自分が好きなのだ。どうしようもないが、こればかりはしょうがない。永理だからという言葉で納得してもらうほかない。

 明日香と十代、互いにデュエルディスクを起動させ、カードを五枚デッキから引く。

 

「「デュエル!!」」

 

「先功は俺だ、ドロー!」

 

 先功は十代、勢いよくカードを引く。十代は真ん中に位置するカードを手に取る。

 

「俺は魔法カード、融合を発動! 手札のE・HEROフェザーマンとE・HEROバーストレディを融合し、E・HEROフレイム・ウィングマンを融合召喚!」

 

 十代の場に白い羽の生えた緑色のムキムキヒーローと、髪の長いボディペイントっぽい女のヒーローが混ざり合い、左肩に白い羽を生やし、右腕にドラゴンの顔を持ったムキムキマッチョマンのヒーローが現れる。ぶっちゃけ敵として出て来てもあんまり違和感無いのは言わないお約束。

 

「一ターン目から融合しても、攻撃は出来ないわよ」

 

「一ターン目なら、罠にかけられる心配も無いぜ。カードガンナーを守備表示で召喚、更に魔法カードを発動。機械複製術。このカードは攻撃力500以下の機械族モンスターを対象に発動する。同名モンスターをデッキから二体、特殊召喚する! デッキからカードガンナーを二体特殊召喚、更に二体のカードガンナーの効果を発動!」

 

 キャラピュラ部分が青色で、上の身体部分が赤いおもちゃのような物が現れる。

 しかし見た目で騙されてはいけない。永理の元居た世界では準制限になった事があるほど強力なカードなのだ。

 

「デッキトップからカードを三枚まで墓地へ送り、送った枚数×500ポイント攻撃力をアップする!

 俺の場のカードガンナーの数は三体、デッキから九枚のカードを墓地へ送る!」

 

「一ターン目は攻撃出来ませんのに効果を使うなんて、いったい何を考えて……?」

 

 ももえが疑問を口にする。この世界では、墓地肥しの概念があまり浸透していないのだ。ただ単純に、殴って勝つ者が多い。とはいえカードガンナーは、破壊されてもたかが一枚しかドロー出来ない。手札はライフ1000ポイントより重要とはいうが、一枚のアドバンテージではあまり良いとは言えない。もう少しドローギミックを工夫しなければ、融合デッキには少し不向きと言えるだろう。

 

「カードをセットし、ターンエンドだ」

 

「……何を狙っているのか知らないけれども、策も全部突破し突き進むまで! ドロー!

 儀式魔法、機械天使の儀式を発動! 手札のレベル8モンスター、光神機-轟龍を生け贄に──降臨せよ、サイバー・エンジェル-荼吉尼-!!」

 

 明日香の場に、四つの腕を持った青肌の女性が現れる。下半身はタイツっぽい。上二つの手には山賊の使いそうなサーベル、その下の手には棍が握られている。

 レベル8の天使族の儀式モンスター、その能力は儀式モンスター故やはり強力だ。初期に出てきた奴らは例外なのだ。

 

「サイバー・エンジェル-荼吉尼-は特殊召喚成功時、相手モンスター一体を破壊する。相手が選ぶというデメリットはあるけどね」

 

「その必要は無いぜ、罠カード発動! 激流葬! 場のモンスター全部を破壊だ!」

 

 場に巨大な水塊が、上から激しく降り注ぐ。綺麗に全てを洗い流すように、これでもかというぐらいに。さながら滝だ。空中から溢れ出る、巨大な滝。それは全てを飲み込み、全てを破壊する水の悪魔。

 

「カードガンナーが破壊された時、デッキからカードを一枚ドロー出来る。そして俺の場には三体のカードガンナーが居た、よってカードを三枚ドロー!」

 

「フェバリットカードを囮に罠にかけるとは……でも、まだまだよ! 魔法カード死者蘇生! 墓地から光神機‐轟龍を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 明日香の場に、それはそれは美しい龍が現れる。胴体は円状でありその中は光り輝き、純白の羽を広げ雄叫びを上げる。白き龍、天より舞い降りた天使の使い。

 儀式の利点は、手札からの生け贄だ。故にこのように、儀式に使ったモンスターを墓地より蘇生させるのは少し腕の立つデュエリストであれば当然の行動である。

 攻撃力2900、この攻撃を受けてはただでは済まない。だというのに十代の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「その顔、いつまで持つかしら? 光神機‐轟龍で十代にダイレクトアタック!」

 

 白き天使の龍は、十代を焼き尽くさんと口から白い光線を吐き出す。それはあらゆるものを浄化し、聖なる炎で焼き尽くす。事実空間が、その熱によって蜃気楼のように歪む。

 しかし、その光線が十代に当たる直前、円形状のバリアによって阻まれた。

 

「墓地からネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にする!」

 

「そんなモンスターを墓地に送っていたのね、悪運の強い……カードを一枚セットし、ターンエンドよ!」

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、中々やるな!

 でも面白くなってくるのはここからだぜ、魔法カード発動! 融合回収! 融合と融合に使用したモンスターを手札に戻す! 俺はバーストレディを手札に戻すぜ!

 そして俺はさっき戻した魔法カード、融合を発動! 手札のスパークマンと、クレイマンを融合! E・HEROサンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

 フレイム・ウィングマンの次に現れたのは、卵状の胴体を持った上半身はムキムキのヒーロー。下半身はかなり細く、アンバランスだ。

 全体的に黄色を基調としており、真ん中のコアに当たる部分はパチパチと稲妻が弾けあっている。

 怒涛の連続融合、しかし十代の狙いは不明。まるで意図的に墓地にHEROを溜めているようだ。

 

「E・HEROエアーマンを召喚し、効果発動! このカードの召喚成功時、このカードを除くHEROと名の付くモンスターの数だけ、場の魔法・罠カードを破壊する事が出来る! サイクロンシュート!」

 

 背中に巨大扇風機を付けた筋肉モリモリマッチョマンの男が現れる。エアーマン、主にデッキからHEROを引っ張ってくるのが仕事なモンスター。自身も引っ張ってこれるので、ガジェットのような動きが出来た。故に制限カードとなってしまった1枚だ。

 なお漫画の方に出てきたのは、攻撃力を半分にする事で直接攻撃が可能という少しばかり微妙な効果であった。OCG化によって異様な強化を受けたのだ。正直HEROを引っ張ってくるか魔法・罠を破壊するかのどちらかで十分だったのではと思った者は少なくないだろう。

 エアーマンは背中のファンをフル回転させ、明日香の伏せているカードを破壊する。

 

「ぐっ、炸裂装甲が……でも、その二体では私の轟龍は破壊出来ないわ!」

 

「ヒーローには戦う舞台ってのがあるんだぜ! 手札からキャプテン・ゴールドを捨て、デッキから摩天楼‐スカイクレイパーを手札に加え、そして発動!」

 

 十代がフィールド魔法を発動させると、突然周りから何処となくのっぺりとしたビルが生えてくる。今居る場所は街の中心にある大きな湖となっているようだ。場所によってフィールドの形を変える、海馬コーポレーションのいきな計らいがここに垣間見える。

 

「スカイクレイパー……クロノス教諭の古代の機械巨人を破壊したカード。まさか引いてくるとはね!」

 

「サンダー・ジャイアントで光神機‐轟龍を攻撃、ボルテック・サンダー!」

 

 サンダー・ジャイアントはビルの上から大きくジャンプし、空中で勢いよく回転し始める。その回転による摩擦が身体に電気を溜め、次第にそれは大きな雷の塊となる。重力の力に従い、轟龍へと勢いよく落下。バチバチとスパークの弾ける水柱を立て、そこらに轟龍の残骸を飛び散らせる。特撮において「誰が怪人とか怪獣の後処理するんだ」とは言ってはいけない。お約束なのだ。

 

「更に、エアーマンで直接攻撃! エアーシュート!」

 

 決して攻撃力20のチップではない。背中のファンを回転させ、その竜巻で攻撃する。明日香のただでさえ短いスカートがめくれるかと思ったが、何か不思議な力によってそれは遮られた。残念。

 

「明日香様!」

 

 ももえから心配の声が上がる。既に明日香のライフは2300も削られており、残りはたったの1700、レッド・ドラゴンの直接攻撃によって丁度削られるレッドラインである。

 しかし、明日香の顔には好戦的な笑みが浮かんでいる。逆境に立たされてこそ、燃え上がるタイプのようだ。

 

「俺はこれでターンエンド!」

 

「ふふっ、追い詰められているというのに……不思議と心が疼くわ。貴方という強者との戦い、私はそれを望んでいたのかも。ドロー!

 十代、見せてあげる。サイバー・エンジェルの力を!」

 

「ああ、来い!」

 

 永理は思わず、燃え上がっている二人を眩しいものを見るように目を細めてしまう。あまりにも彼らは、彼女らは輝いていたからだ。もはや翔の事なぞどうてもいいとばかりに、闘争の炎で真っ赤に。

 強いデュエリスト同士は惹かれ合うものなのだろう。それはある意味、自然の道理なのかもしれない。あの遊戯王、武藤遊戯の周りには強いデュエリストが自然と集まって来たという。つまりこれも、そういう運命なのだ。

 

「魔法カード、発動! 命削りの宝札! 手札が五枚になるようカードをドローし、五ターン後に手札を全て捨てる! サイバー・プチ・エンジェルを召喚!」

 

 明日香の場に、ちっちゃい機械仕掛けの天使が現れる。丸っこい、天使の輪っかと羽の生えた天使。ピンク色でカービィのようにも、見えなくもない。

 

「サイバー・プチ・エンジェルの召喚成功時、デッキから機械天使の儀式を手札に加える!

 そして発動、機械天使の儀式! 手札のマンジュ・ゴッドと場のサイバー・プチ・エンジェルを生け贄に、サイバー・エンジェル-韋駄天-を儀式召喚!」

 

 荼吉尼の色をピンクにし、腕を二本にした女性が現れる。まだこっちの方が人間っぽいので、永理としてはこちらの方が好みだ。どうでもいい話ではあるが。

 

「サイバー・エンジェル-韋駄天-は特殊召喚成功時、墓地から魔法カードを手札に加える。私は死者蘇生を手札に加える!

 更に魔法カード、儀式の準備を発動! デッキからレベル7以下の儀式モンスター一体を手札に加え、その後自分の墓地の儀式魔法カード一枚を選んで手札に加える事ができる。私はデッキからレベル6のサイバー・エンジェル-韋駄天-、墓地の機械天使の儀式を手札に加える!

 魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地よりサイバー・エンジェル-荼吉尼-を特殊召喚! 効果によってサンダー・ジャイアントを破壊!

 儀式魔法、機械天使の儀式を発動! 場のサイバー・エンジェル-韋駄天-を生け贄に、サイバー・エンジェル-韋駄天-を儀式召喚! 韋駄天の特殊召喚成功時、墓地から死者蘇生を手札へ!

 魔法カード死者蘇生発動、墓地より光神機‐轟龍を特殊召喚!」

 

 見事、としか言いようがない。あっという間に、場に二体の儀式モンスターと一体の最上級モンスター。対して十代の場には、たった攻撃力1800のエアーマン一体のみ。この総攻撃を受けては、十代のライフはひとたまりも無いだろう。

 更に命削りの宝札のせいで、二枚の手札が残っている。この布陣を突破したとしても、罠を仕掛けられる可能性はかなり高い。隙の無いプレイングだ。

 

「バトル! 光神機‐轟龍でエアーマンを攻撃!」

 

 光の束を口から吐き出し、エアーマンは抵抗する間もなくきれいさっぱり消え去ってしまった。

 しかし、まだ終わりではない。残念な事にまだ、二体の攻撃が残っている。これをまともに通せば、十代の負けは確実だろう。

 

「サイバー・エンジェル-荼吉尼-で直接攻撃!」

 

「墓地のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にする!」

 

 荼吉尼の腕二つから振り下ろされる袈裟斬りは、これまた楕円状のバリアによって阻まれる。残っているのは攻撃力1600の韋駄天のみ。これならまだ、まだ挽回する事が出来るだろう。

 

「なら、韋駄天で攻撃!」

 

 韋駄天は十代の前で腰をかがめ、勢いよく腰を入れた右ストレートをぶっ放す。ソリットビジョンとは解っていても怖いので、思わず両腕でガードの動作をしてしまう。

 永理はその後ろで「女って怖い」と呑気に呟いていた。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……まずは、こう行こう。魔法カード、大嵐! 場の魔法・罠カードを全て破壊だ!」

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂を発動! 魔法・罠カードの発動を無効にし、相手はカードを一枚ドローする!」

 

「なら速攻魔法、サイクロンを発動! もう一つの伏せカードを破壊だ!」

 

 結果的に十代は、大嵐を発動させたようなものだ。サイクロンによって割られたカード、明日香は思わず苦い顔をする。伏せていたカードは聖バリ、攻撃反応型の罠だ。

 攻撃反応型は除去力もあり発動出来れば大変強力だが、このように攻撃宣言される前に破壊されてしまうと途端に無力となるのが欠点だ。

 

「更に魔法カード、ミラクルフュージョンを発動! 自分のフィールド・墓地から、E・HEROと名の付く融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター一体をエクストラデッキから融合召喚する! 俺は墓地の沼地の魔神王と、スパークマンを除外し、E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚!」

 

 十代の場に神々しい光が差し込み、白い両羽を広げながらヒーローが降臨する。腕にはよく解らないものを付けているが、多分あれが攻撃増幅装置とかそういうのなのだろう。と永理は一人妄想したりしていた。ちなみに永理が使ったらブレードとなる。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、墓地のE・HEROの数×300ポイントアップする!

 俺の墓地にはクレイマン、バーストレディ、フェザーマン、フレア・ウィングマン、エアーマン、サンダー・ジャイアント、ネクロダークマン、エッジマンの八体。攻撃力は2400ポイントアップし、4900となる!」

 

「4900、青眼の究極竜すら超える攻撃力……!」

 

「そんな、明日香様!」

 

 ジュンコが心配の声をあげる。それはそうだろう、攻撃力4900の直接攻撃を喰らえば、ライフなんて一発で消し飛ぶ。しかも光属性故オネストにも対応し、融合モンスターなので決闘融合‐バトル・フュージョン‐にも対応している。サイバー・エンドにこそサポートの数は劣るものの、その火力は凄まじいものだ。

 

「……私の、負けか。楽しかったわ、十代」

 

「ああ、俺もだ。バトル! シャイニング・フレア・ウィングマンでサイバー・エンジェル-荼吉尼-を攻撃! シャイニング・シュート!!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンは空高く急上昇し、いったん空中で止まる。そして右手の丸いよく解らない装備品から白い炎を出し、荼吉尼へと急降下する。まるで神の雷のような白き炎、その炎は荼吉尼を燃やし尽くしても貪欲なのか、明日香にまで飛び火する。

 ライフはこれにより0、明日香の負けで勝負は決まった。ソリットビジョンは消え、デュエルディスクも邪魔にならないようコンパクトになる。

 

「ふん、今回明日香様に勝ったのは偶然よ偶然! 今度は負けないんだからね!」

 

「ああ、俺は何度でも受けて立つぜ! まっ、次も勝たせてもらうけどな!」

 

 船を寄せ、翔の受け渡しをしながら言葉を交わし合うジュンコと十代。ジュンコは自分が直接戦っていないのに、どういう訳か再戦を勝手に取り付けられている。それに対し明日香は少しばかり苦笑する。

 十代は翔の縄をほどいてやると、「何かに目覚めそうだったっす」と不吉な言葉を、凝った肩を回しながら言う。

 

「ふふっ、次は負けないわ……そうだ、永理君。次は貴方……が……」

 

 明日香は永理の方を見やる。しかし永理は、既に規則正しい寝息を立て夢の世界へと旅立っていた。

 3徹の後なのだ。十代は苦笑しながらボートを岸へと寄せ、永理をおぶさる。

 

「んじゃ、俺達は帰るわ。行くぞ、翔」

 

「……なんつーか、アニキは永理君のアニキっぽいっすね。本当」

 

 永理をおんぶしながら歩く十代に、そんな言葉を投げかける翔。そんな三人の後ろ姿を見ながら、ももえは思わず湧いた疑問を口に出す。

 

「……結局、あの殿方は何の為に付いてきたんでしょう?」

 

 その疑問に、女二人は何も答えられずにいた。だって解らないんだもの。




AVのタイトルは創作です。実在するAVとは何の関係もありません。本当です、本当に本当です。別に作者の欲望とか見たいジャンルとかそういう訳ではありません。本当です、本当ですからね。これマジで。どちらかというと二次元の方が好きだもん


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第7話 月影永理とプヒィィィップ!(前編)

 デュエルアカデミアは学校である。後に七つの鍵を巡ってバトルをしたり、変な宗教が流行ったり、異世界に飛ばされたりするが学校である。

 故に学校らしく、進学校らしく月一にテストがあるのだ。実技と筆記、その両方の点数がそこそこ良ければオシリスレッドはラーイエローへ、両方の点数がかなり良ければラーイエローからオベリスクブルーへ昇格する事が出来る。

 とはいえそれらは、オシリスレッドである十代、翔、永理には関係の無い話だった。いや、約一名十代と永理の間で机に突っ伏してる翔はかなり気にしていたようだが、どうやら爆死に終わったらしい。

 

「うぅ……もう駄目だ、おしまいだぁ」

 

「大丈夫なんだな、翔。また次の機会があるんだな」

 

 翔の後ろから、コアラっぽい見た目の大男。前田隼人が励ます。年上ではあるが、実力主義であるデュエルアカデミアなので留年しているのだ。いわゆる一つの強くてニューゲームである。

 

「大丈夫だって翔、まだ実技があるだろ!」

 

「盛大に遅刻してすぐに寝始めたアニキはもう少し危機感持った方がいいと思うっすよ……」

 

 十代はテスト終了十分前に来て、速攻寝始めたのだ。実技に自信があるからこそ、なせる所業なのだろう。

 永理はほうじ茶を飲みながら励ましの言葉を翔に投げかける。

 

「なーに、人生割となんとかなるもんさ。良くも悪くも、楽しまにゃ損損」

 

「……所で、永理君はテストの出来どうだったんすか?」

 

 永理は思わず目を逸らす。授業中教師に当てられたとしても大体は答える事が出来るし、ノートもしっかりと取っている形だけは優等生ではあるが、いざテストとなるとやはり厳しいものがあるようだ。

 向上意欲はあるものの、それに追いつかない知能。まさに永理。

 

「翔、十代、テストの出来は……っと、確か君は、99番君だったかな。グレートモスを召喚してた」

 

 不意に永理の後ろから、声を掛けられる。振り返ると黄色い制服に身を包んだ、黒髪の青年。後に全裸で走ったりサイクリングデュエルとかやったりする優等生、三沢大地が居た。

 99番、永理の受験番号だ。正直筆記テストがかなり足を引っ張り、オシリスレッドに入ってしまったと言っても過言ではない。遊城十代も同じような感じだ。

 

「正しくは究極完全態・グレート・モスだ。攻撃力が違うのだよ、攻撃力が」

 

「それはすまない。確かにあったね、グレート・モス」

 

 ついでに召喚難易度もかなり違う。グレート・モスは自分のターンで数えて四ターン目に特殊召喚が可能だが、究極完全態・グレート・モスは六ターン以上、攻撃力0守備力2000となったプチモスを生かさなければならない。

 正直どちらも、召喚するのは至難の業である。召喚出来ただけでも勝率に関係なくプロデュエリストとしてやっていけるぐらい難しいのだ。ぶっちゃけ浪漫の塊である。

 

「俺は三沢大地だ、よろしく」

 

「俺は月影永理、気軽にえーりんとでも呼んでくれたまえ」

 

 三沢と永理は握手を交わす。論理的タイプのデュエリストとロマン派のデュエリスト、その性質は一件対極に見えるが、三沢も三沢でウォーター・ドラゴンという究極完全態・グレート・モスに比べればまだ実用性はあるがかなりの難易度のある召喚条件のモンスターを使っているので、ぶっちゃけて言うとどっこいどっこいだ。

 

「そういえば、君達は新しいパックを買いに行かないのかい?」

 

「新しい……」

 

「パック?」

 

「って、なんすかそれ!?」

 

 十代、隼人の言葉に続く翔のシャウトに三沢、隼人、永理、十代の四人は少しばかり驚いた。

 新しいパックの存在を完璧に知らなかったのか、翔は三沢に詰め寄る。

 

「なんすかそれ、聞いてないすよ!」

 

「お、落ち着け。今日購買部に入荷したという……何でも、次世代の召喚も取り入れたパックだとか」

 

「こうしちゃいられないっす! 何としても手に入れなくちゃ!!」

 

 そう言い翔はダッシュで購買へと向かって行った。既に人が居なくなって久しいので、時すでに遅いのだが、それでも人間とは難儀なもので手に入らないと解っていても買いに行きたくなってしまうのだ。

 永理はそんな翔の背中を眺めながら、ふとドラクエⅢ発売時のあの騒動を思い出していた。一応前世でもまだ生まれていない頃の話なのだが、何故それで感傷に浸れるのだ永理は。

 

「なあ、あれ間に合うと思う?」

 

「無理だと思うんだな……」

 

「……今翔君が走ってたけど、あれ何?」

 

「オシリスレッド、最後の足掻き。最新キャードが負けるわけねーだろ理論。OK?」

 

「……雑な説明ありがとう」

 

 永理が朝のうちに作っていた卵パンを取り出し、状況説明をし終えてから食べる。ゆで卵を潰しマヨネーズで和えただけの簡単なサンドイッチだが、割と美味い。本来であれば間に焼きスパムとか挟みたい所なのだが、デュエルアカデミアではなかなか売ってない。取り寄せる事も可能なのだが、態々取り寄せてまで食べたいかと聞かれたら首を横に振るような、微妙なものなのだ。

 

「貴方達は買いに行かないの?」

 

「興味はあるけどもう無いだろうしな。それにしばらくしたらまた入荷するだろう、慌てて買う必要も無い」

 

「俺は俺のデッキを信じるぜ!」

 

「ガンプラで金使いすぎた」

 

 明日香の問いに三沢、十代、永理と答えが続く。確かに、入荷するのが今日だけとはならないだろう。一週間に一度しか入荷は来ないと聞いたが、逆に言えば一週間待てば入荷するのだ。特にデュエル専門学校であるデュエルアカデミア、それに関するものなら確実に入荷するだろう。

 十代は真っ直ぐな答えだ。しかし、その心構えこそが大切なのかもしれない。永理は相変わらずだ。

 

「永理、お前って奴は……」

 

「まあ、どうせ亮のせいでしょうけど」

 

 十代が冷めた目を、明日香は溜息を吐いてから言う。

 確かに亮の影響は大きい。ぶっちゃけ亮のせいで、ガンプラとガンダムアニメをぶっつ見のせいでろくに勉強も出来なかったのだ。とはいえそれにノリノリで便乗した永理も自業自得と言えば自業自得であるのだが。

 

「……そういや明日香、昼飯どうだ? これから一緒に食堂行くんだけど」

 

「遠慮しとくわ、友達との約束があるから」

 

「よし十代、奢ってくれ」

 

「断る」

 

 明日香は手を振りながら、実技試験会場へと向かって行った。あそこで食べるのだろう。

 さてと、と永理も立ち上がり、十代達と食堂へ向かう。永理は口で卵パンを落とさないよう咥えながら、財布の口を開く。五百円玉が一つ、おやつ程度なら買える金額だ。

 食堂は購買部を抜けた先にある。その購買部の前で項垂れている、見知った水色頭のちっちゃな少年。丸藤翔の姿が。

 

「どうした翔、やっぱり買えなかったか?」

 

 十代が項垂れいる翔に声をかける。その隙に永理は揚げバターなるものを手に取る。外側をシナモンたっぷりのパンケーキ生地のようなもので包んだ、バターの揚げ物。ずっと味は気になっていたのだが、手に取る勇気は無かった。しかし今日は、蛮勇に身を任せて買ってみる事にしたのだ。

 

「うぅ……発売した瞬間に買い占めとかあんまりっすよ……」

 

「おばちゃん、これ一つ」

 

「あいよ、二百五十円……あれは友達じゃないのかい?」

 

 太ったおばさん、トメさんが永理の隣で項垂れている翔に関して聞くが、永理は五百円玉を置いてから言った。

 

「俺が声かけるより、十代に任せた方がいいんすよ。あっ、レシートいらない」

 

「はい、お釣りの二百五十円。そういうもんかねぇ……」

 

 永理は早速、買ったばかりのバター揚げの封を開ける。茶色いフランクフルトのような形をしているが、中に詰まっているのはウインナーではなくバターだ。串部分を袋の中に入れながら、食べれるぐらいの部分まで押し上げる。

 恐る恐る一口。口の中にバターとシナモン、そしてむせかえるほどの甘味がいっぱいに広がる。そしてバターの塊、時間が経つとバターは固まり始めるのだ。それがまたしつこい、かなりしつこい!

 

「……三沢、ちょい水持ってきて。これヤバい、マジヤバい」

 

「あ、ああ。おばちゃん、これ一つ」

 

「あいよ、百十円」

 

 三沢からペットボトルの水を受け取り、中の水で口の中のシナモンと砂糖とバターを洗い流す。半分ほど一気に飲み、飲み口から口を放しぜーぜーと肩で息をする。

 

「あっ、十代ちゃん。これ今朝のお礼だよ。ありがとねえ、おかげで助かったよ」

 

 そう言いトメさんが取り出したのは、見慣れないパック。翔が反応した所から、そうなのであろう。十代が遅れた原因は人助けのようだ。永理は思わず主人公してるな~と思いながら、手持ちにあったものをパクリと一口。勿論シナモンバター揚げである。すっごい甘さだ、まるで砂糖の腕で口の中を思い切り殴られたような衝撃。疲れた時に食べたら余計疲れそうだ。

 

「気にすんなってトメさん、困った時はお互い様だ!」

 

 十代は少年らしく笑いながら、パックを開ける。

 

「おおっ、ハネクリボーのサポートカードだ!」

 

「それ以外は……、シンクロ・フュージョニストにジャンク・シンクロン。スカー・ウォリアー、アームズ・エイドまであるとは……お前運良すぎだろ」

 

 十代の当てたカードを横から見ながら、永理は思わずそう口に出す。

 シンクロ・フュージョニストはシンクロ素材として墓地へ送られた時、デッキから融合またはフュージョンと名の付くカードをサーチ出来るカード。ジャンク・シンクロンはそれを釣ってこれる。スカー・ウォリアーは他の戦士族を守り、自身も一度だけなら戦闘破壊されない効果を持っている。アームズ・エイドは攻撃力1000アップの効果と、フレイム・ウィングマンと同じ戦闘破壊したモンスターの元々の攻撃力分ダメージを与えるユニオンのようなモンスター。

 十代のデッキには増援も入っているのでジャンク・シンクロンのサーチはやりやすく、少々扱いは難しくなるもののかなり強くなる事だろう。

 

「んじゃ永理、一緒に構築考えてくれ!」

 

「俺とお前、まだデュエルしてないというのに手の内を明かすのか……?」

 

「あっ、それもそうだな」

 

 そう言いそくさくと十代は食堂の方へと向かって行った。デッキ調整をするのだろう。その後を翔、隼人が付いて行く。

 

 

 実技試験会場は、入学の試験とは違い方の力を抜いて撮りかかる事が出来る。巨大な体育館のような建物、永理はその上からぼーっとデュエルを眺めていた。

 永理はあまりもの、故に数はハブられており誰かをもう一度戦わせるのだ。それが決まるまで、永理はものすごく暇なのだ。隣の十代の出番もまだのようだが、クロノス教諭による嫌がらせか何かだろう。永理には関係の無い話だ。教師に逆らえるほど永理は自分の力を過信しておらず、そしてメリットが無い事も知っている。

 作って来た卵パンをむしゃむしゃと食べる。翔はビークロイドという、あまり火力の足らないデッキを使い危なげではあるが勝利したようだ。隼人は負けたらしい。

 三沢は……場に最上級のモンスターが四体も並んでいる。場には冥界の宝札のカードが三枚が見られる。冥界軸最上級多様デッキ、しかし冥界の宝札によるドローラッシュは凄まじいが、強制効果故ドローしすぎてはデッキが無くなってしまう。というかそれよりも相手が可哀想だ。

 

「ガンナードラゴンと神獣王バルバロスを生け贄に、光神機‐轟龍を召喚! 冥界の宝札の効果で六枚ドロー!

 揃った! エクゾディア! エクゾード・フレイム!」

 

 最上級モンスター達が道を開け、そこからエクゾディアが姿を現す。そして巨大な炎を両手から相手に出す。オーバーキルだ、場の状況でも十分相手のライフを0に出来たというのに、更にエクゾディアによる特殊勝利。これは酷いとしか言いようがない。

 隣を見ると、十代も苦笑いだ。流石の十代も、あれには笑いしか出ないのだろう。

 

「終わったな……さて、次は俺と十代か?」

 

「どうだろうな。まあ相手が誰であれ、俺は全力でやるぜ!」

 

『一年、オシリスレッド。遊城十代、第一フィールドへ』

 

 第一フィールド、先ほどまで三沢が使っていたフィールドだ。十代はそのフィールドへと向かって行った。

 永理は一先ず卵パンを全て食べきる。すると丁度に、永理も呼ばれた。

 

『一年、オシリスレッド。月影永理。第四フィールドへ』

 

 永理も呼ばれたので、第四フィールドへと向かう。

 斜め後ろでは十代がデュエルをしているが、永理は一先ずそれを思考から外す。対戦相手を見やると、黄色い制服が目についた。そして次に目についたのは、トゲトゲの髪。そして緑色のスカーフを首に巻いている。

 

「実技テストは同じ寮同士でやるんじゃないのか?」

 

「俺が頼んだんだ、お前とやりたいってな」

 

 後ろからは万丈目という少年と、十代の声。どうやら向こうはオベリスクブルーの生徒と当たったようだ。

 永理の目の前に居るラーイエロー生徒はそう言うが、永理は身に覚えが無い。名前はともかくとして一度でも関わった事があったら顔ぐらいは覚えている筈だ。

 故に、眼を付けられるような事をした覚えは……亮と仲良くガンプラ雑談に花を咲かせている事ぐらいだろうか。オベリスクブルーにはそれが邪魔に見えるらしい。永理としてはどうでもいいが。

 

「まずは自己紹介をしておこうか、月影永理。俺は神楽坂、百のデッキを操るデュエリストだ!」

 

「……神楽坂。ああ、確かどんなデッキも巧みに操るっていうラーイエローの」

 

 他人のデッキをコピーし、製錬させ、本物より強いコピーデッキを作り上げると噂のある生徒だ。永理も小耳に挟んだ事がある。

 曰く、古代の機械巨人もサイバー・エンド・ドラゴンも操る事が出来るらしいが、まず何処でどうやって手に入れたのかがかなり気になる所だ。

 

「俺はお前を研究していた! デッキ、性格、プレイング……しかし、お前の性格がどうしても解らないんだ!

 だから今日、俺はデュエルを通じてお前を知り、そして全てを俺の物にしてみせる!!」

 

「……たかがオシリスレッドの生徒に、えらい熱の入れようだな」

 

 神楽坂が真似る人物は、どれも実力のある者ばかり。それもそうだ、弱い奴を真似したって損するだけ。ステカセキングに二年前のキン肉マンの超人大全集があったので負けたように、弱い奴の癖が出てしまったらデュエルも思い切り不利になってしまう。

 

「究極完全態・グレート・モスを召喚したお前は、半ば伝説と化している。故にお前をコピーしなければ、俺の名がすたる!」

 

「……いいだろう、相手になってやる」

 

 あのデッキと比べて安定した火力の悪魔族軸除外ビートデッキをディスクから抜き取り、デッキケースから新たにデッキをセットする。

 二度と使う事は無いだろう、そう思っていたデッキ。しかし、ここまで期待されているのだ。ならばそれに答えねば、デュエリストとして失礼というもの。

 

「その熱意、気に入った! 行くぞ、神楽坂!」

 

「ああ。お前の全てを真似てやる!」

 

 ほぼ同時にデュエルディスクを展開し、デッキからカードを五枚引く。

 

「「デュエル!」」

 

「先功は俺が貰う、ドロー!」

 

 引いたカードを横目見、一枚のカードを手に取る。通常モンスター、吸血ノミだ。

 

「魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード、吸血ノミを墓地へ送り、デッキからレベル一のモンスター、プチモス一体を守備表示で特殊召喚する!」

 

 永理の場に、ちっちゃい芋虫が現れる。全く持って可愛くないし、かっこよくもない。だがこのデッキのキーカードだ。攻撃力はたったの300、ワイトとは相打ちだが正義の味方は倒せる。

 更に、と永理は右端のカードを手に取る。

 

「プチモスに進化の繭を装備! このカードは手札から装備カード扱いとして、プチモスに装備出来る!

 そしてプチモスの攻撃力、守備力は進化の繭参照となる! 更に装備魔法、明鏡止水の心をプチモスに装備! カードをセットしターンエンド!」

 

 プチモスは口から糸を吐き出し、丸い繭となる。防御力2000、そして装備魔法である明鏡止水の心は完全な破壊耐性をモンスターにもたらすカード。プチモスとの相性はばっちりだ。

 

「一ターン目から来たか、俺のターン! ドロー!

 相手側にモンスターが存在し、自分場にモンスターが存在しない場合、このカードは特殊召喚出来る! 来い、サイバー・ドラゴン!」

 

 神楽坂が召喚したカードに対し、会場が湧く。サイバー・ドラゴン、とびっきりとまではいかないがかなりのレアカードだ。持っている者もそれほど居ないだろう。攻撃力は2100、進化の繭の守備力を上回っているものの、戦闘によっては破壊する事が出来ない。

 

「まずはその伏せカードを破壊する、魔法カード発動! エヴォリューション・バースト! 相手場のカードを破壊!」

 

「ならばチェーンで発動しよう、永続罠安全地帯。フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動。選択したモンスターは相手のカードの効果の対象にならず、戦闘及び相手のカードの効果では破壊されない。俺はサイバー・ドラゴンを選択」

 

 本来であれば、自分のモンスターを守る為に使うカードである。しかしこのカードには、それ以外にも利用方法があるのだ。

 

「このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。サイバー・ドラゴンを破壊!」

 

「なっ……くっ、モンスターをセットし、ターンエンド!」

 

 神楽坂は苦虫を噛み潰したように歯噛みする。よもやこのようなかわされ方をされ、更にサイバー・ドラゴンを破壊されるとは思っていなかったのだ。

 精々明鏡止水の破壊を守るカードとばかり思っていたのだ。

 

「俺のターン、ドロー!

 一ターン経過。魔法カード、強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー! コアキメイル・ビートルを召喚し、バトル! 伏せモンスターを攻撃だ!」

 

 永理の場に赤い角をしたカブトムシが現れ、伏せモンスターに突撃する。相手モンスターはリバースし、メタリックな翼でその攻撃を受けようとするものの、胴体部分を破壊されコードやらチップやらをまき散らし、爆散した。

 

「サイバー・フェニックスが破壊された事により、カードを一枚ドローする!」

 

「カードをセットし、エンドフェイズに効果発動! 手札の昆虫族モンスター、ゴキボールを相手に見せ、自壊効果を防ぐ。これでターンエンドだ!」

 

 正直大体の戦闘は、コアキメイル・ビートルが頑張って終わらすのだ。それぐらいコアキメイル・ビートルは強力なのである。ただでさえ永理のデッキの下位モンスターの打点は低いのだから。

 

「俺のターン、ドロー!

 サイバー・ドラゴン・コアを召喚! 効果によってデッキからサイバー、またはサイバネティックと名の付く魔法・罠カードを手札に加える! 俺はデッキから、サイバネティック・フュージョン・サポートを手札に加える! 更に魔法カード、機械複製術を発動! 攻撃力500以下のサイバー・ドラゴン・コアを対象に発動! サイバー・ドラゴン・コアは場、・墓地ではサイバー・ドラゴンとして扱う! よって、デッキから二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」

 

「おっと、コアキメイル・ビートルの効果で、特殊召喚された光属性、または闇属性のモンスターは守備表示となる!」

 

 コアキメイル・ビートルが角から特殊な電波を出すと、サイバー・ドラゴンが蜷局を巻き守備表示耐性となった。

 神楽坂は真ん中のカードを手に取る。

 

「まだだ! 魔法カード、エヴォリューション・バースト! コアキメイル・ビートルを破壊する!」

 

 二体のサイバー・ドラゴンと一体のサイバー・ドラゴン・コアが三体同時に口から熱光線を出し、コアキメイル・ビートルを無残にも破壊する。

 

「これで邪魔物はそいつだけだ! 魔法カード融合を発動! 場のサイバー・ドラゴン三体を融合し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚!」

 

 神楽坂がサイバー・エンド・ドラゴンを召喚した瞬間、会場が湧く。それもそうだろう、物まねとはいえ巧みに操るデュエリストが、生ける伝説となっているカイザー亮の切り札を召喚したのだから。最もその生ける伝説は、永理とガンプラ雑談に花を咲かせるような奴ではあるが。

 しかし、そんな中身を知っているからこそ永理は笑みを浮かべる。確かに、神楽坂は強い。しかし本物にはまだ及ばない。あと一歩、という所だ。とか偉そうな事を考えているが、今追い詰められているのは永理の方だ。手札は既に使い切ってしまったのだから。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでプチモスを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

「明鏡止水の効果で、プチモスは破壊されない!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンの熱線を受け、必死に耐えるプチモス。本来であれば既に潰れている筈だというのに、意地になって耐えている。サイバー・エンド・ドラゴンは、口から吐き出す熱線の量をさらに増やす。

 高圧度の熱線、しかしプチモスは耐える。だがその余波は、永理のライフを大きく削る。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンは貫通効果を持っている! 俺はこれでターンエンドだ!」

 

「……なるほど、中々やる。ドロー!」

 

 既にライフは半分、サイバー・エンド・ドラゴンのもう一撃を喰らうだけで消し飛ぶライフだ。次の攻撃で、風前の灯火、というには少しばかり多いが、乾紙に火を付けたようにすぐ消え去ってしまうだろう。

 しかし、永理は思わず口角を釣り上げる。最強、その力に一歩及ばないものの、かなりの強敵。少しでも、少しでもカイザーに近付く。別に決闘王になるつもりはない、しかし大きい力に抗いたくなるのが、男の性なのだ。

 

「……後四ターンか、下手すりゃこのままでは負けるかもな。しかし足掻いてみせるさ、リバースカードオープン、強欲な瓶! カードを一枚ドロー!」

 

 これで永理の手札は三枚になった。しかしそのうち一枚はゴキボールである。それ以外のカードでは、首の皮一枚繋ぐ程度しか出来ないだろう。しかし、それで十分、永理としては十分だ。

 

「カードを二枚セット、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 バトル! サイバー・エンド・ドラゴンで、プチモスを攻撃!」

 

 またしてもサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃がプチモスを焼き尽くさんと炎を吐く。しかし永理は、一枚の罠カードを発動させた。

 

「ドレインシールド、攻撃を無効にし、攻撃力分ライフを回復する!」

 

 緑色のエネルギーのような防御膜が、永理の目の前に展開しサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃を吸収し、その破壊力を生命力へと変換する。

 これで永理は、最低でも後二回分、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃を受ける事が出来るようになった。

 

「ターンエンドだ!」

 

「残り三ターン! ドロー!

 モンスターをセットし、ターンエンド!」

 

 残り三ターン、それがまた、長い。そして相手の場には攻撃力4000の化け物が一体、まだ大嵐は使われていない。

 流石に亮の鬼ドロー力まではコピー出来ない神楽坂だが、それでも厄介な相手だということに変わりは無い。冷や汗が永理の身体を冷やす。

 

「俺のターン、ドロー! 来たっ、魔法カード発動、大嵐! 場の魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 大きな風が吹き、場のカードを全て破壊しようとする。しかし、それはすぐに収まってしまう。

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂。魔法・罠カードの発動を無効にし、相手はカードを一枚ドローする」

 

「チッ、カードドロー! ならば、伏せモンスターを破壊させてもらう! エヴォリューション・レザルト・バースト!」

 

 サイバー・エンドの炎が永理の伏せモンスターを攻撃する。その瞬間伏せモンスターがオープン、現れたのはムキムキマッチョマンの、笑ったような仮面をかぶった変なのが現れたかと思うと、すぐにサイバー・エンドの熱線で消え去る。

 もはや見慣れた光景だ。

 

「メタモルポットの効果発動!」

 

「えっ、ちょっと待て。あれメタモルポットか!? 変な仮面被ったダイ・グレファーとかじゃないのか!?」

 

「……メタモルポットの効果発動!」

 

 永理は強引にメタモルからの話を逸らし、効果処理をする。何か言われたとしても、どうしようもないのだ。永理はどう対処しようもないし、ソリットビジョンがおかしいから変えてくれとも言えないのだ。というか言ったら変な目で見られてしまうのだ。

 

「……カードを三枚セットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 二ターン、残り二ターンか。魔法カード強欲で謙虚な壺を発動。デッキトップから三枚カードをめくり、一枚選んで手札に加え、残りはデッキに戻す! 一枚目、ネオバグ。二枚目、火器付機甲鎧。三枚目、究極完全態・グレート・モス! 俺は究極完全態・グレート・モスを手札に加える! カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「次の次のターン、確実に究極完全態・グレート・モスが出てくるという事か。

 ならば、その前に倒す! 俺のターン、ドロー!」

 

 神楽坂も永理もかなり燃えているが、たとえ究極完全態・グレート・モスを出せたとしても、高いとはいえ3700の攻撃力では、サイバー・エンド・ドラゴンを倒す事は不可能である。

 まあ永理としては、出せればそれで満足なのだ。要するに自己満足に特化しすぎたデッキなのだ。やはり永理は馬鹿である。

 

「バトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンでプチモスを攻撃!」

 

「永続罠、スピリット・バリア! 俺の場にモンスターが存在する限り、俺は戦闘ダメージを受けない!」

 

「チッ、ターンエンドだ!」

 

 ジリ貧、ずっとこれである。しかし、こうしなければ出せないのだ。究極完全態・グレート・モスという面倒なカードは。

 手間をかけた割に弱いと言われるし、実際永理も使用してみてそう思っている。しかし、出せば目立てるのだ。出せば、出せれば目立てるのだ。

 

「残り一ターン! ドロー!」

 

 永理の発言に、会場が湧く。そして巻き起こる、グレート・モスコール。羽蛾が使っていた時とは全く対応が違うが、恐らくそれは本人の性格の違いだろう。

 

「カードセット、エンド!」

 

「俺のターン! チッ、ターンエンドだ!」

 

 神楽坂のエンド宣言と同時に、「来る……」「来る……」とどよめきが起こる。まるで待ちわびるように、アイドルを待つファンのように。

 永理は静かにカードを引き、人差し指を大きく天に向ける。そして連続に巻き起こる、来るとグレート・モスのコール。

 そのテンションが最高潮に達した時、永理は上げた指で強欲で謙虚な壺で手札に加えたカードを手に取る。

 

「プチモスを生け贄に……答えてみせよう皆の期待に! カモン! 究極完全態・グレート……モスゥゥゥゥゥ!!」

 

 わあああという歓声と共に、繭が割れ、まず白い羽が生える。その羽が外気に曝され蒼く染まると同時に繭から緑色の脚が生え、六本生え、蒼く染まった羽を羽ばたかせる。

 繭は飛び散り、空気に溶けていく。

 青い眼で敵を睨み付け、究極完全態・グレート・モスは進化を喜ぶように、我が主の敵を殺す為の気合いを入れるかのように、大きく鳴いた。

 

『プヒィィィップ!』

 

「……やっぱなんか違うな」




まさかグレート・モスを使うデュエルがここまで長くなるとは……恐るべし、究極完全態。そして前後編がこんな序盤にあるなんて、この小説ぐらいだろうね。なんでこうなった、恐るべしグレート・モス。取りあえずグレート・モスデッキはもう使いません。


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第8話 月影永理とプヒィィィップ!(後編)

「罠カード発動、奈落の落とし穴! せっかく召喚さてたのに残念ではあるが、その攻撃力は厄介だ。奈落に落ちてもらおう!」

 

 神楽坂は罠カードを発動させる。しかし永理はチッチッチッと指を振り、手札から一枚のカードを発動する。このデッキに入っている、数少ない高額カードだ。ちなみに余談ではあるが、究極完全態・グレート・モスは店では500円で買えるカードである。

 

「手札から速攻魔法発動、禁じられた聖衣! 究極完全態・グレート・モスの攻撃力を600ダウンさせ、エンドフェイズまでこのカードの効果の対象にならず、カードの効果では破壊されない! 奈落は不発に終わったな、フハハハハハ!」

 

 究極完全態・グレート・モスの顔にぱさり、と高級そうな白い服がかかる。それが神秘的な光を発し、奈落の穴を消し去る。

 それで効果あるのか、と思うかもしれないが、ただ単にカード効果の処理に則っているだけなのだ。なのでいかに変なソリットビジョンであろうと、ちゃんと効果は処理されている。

 

「チッ! し、しかし! 攻撃力3000ではサイバー・エンド・ドラゴンは倒せないぞ!」

 

「ああ、だから今は待つだけさ。カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「エンドフェイズ時、リバース発動! サイクロン! その伏せた右を破壊だ!」

 

 サイクロンが発動し、永理のリバースカードを破壊する。火器付機甲鎧、ブラフカードだ。神楽坂は舌打ちし、永理はニヤリと笑う。

 禁じられた聖衣は効果を失い、光を無くす。ただの布となった聖衣をグレート・モスは口の中に入れ、食べた。虫食いである。

 

「俺のターン! バトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンで究極完全態・グレート・モスを攻撃!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンの光線と究極完全態・グレート・モスの口から吐き出された溶解液がぶつかり合い、白い煙を場が包む。

 一瞬攻撃を封じたように見えたが、サイバー・エンド・ドラゴンの第二発がグレート・モスの胴体を貫いた。穴から緑色の血が吹き出す。それに続く様に二撃、三撃。頭、足が消え去り、壊れた噴水のように緑色の血が溢れ出す。

 

「リバース罠発動、時の機械‐タイム・マシーン‐! 自分または相手のモンスター1体が戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動! そのモンスターが破壊された時のコントローラーのフィールドに同じ表示形式でそのモンスターを特殊召喚する! 甦れ、究極完全態・グレート・モス!」

 

 黒く全体的に丸っぽい、中心部分に時計の付いた巨大な機械が現れる。分厚い扉が開き、その中から軽く大きさの容量を無視しているが、究極完全態・グレート・モスが飛び出す。

 神楽坂は舌打ち一つ溢し、カードを伏せる。

 

「俺はカードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……装備魔法、火器付機甲鎧を究極完全態・グレート・モスに装備! バトルだ! 究極完全態・グレート・モスでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃! モス・パーフェクト・ストーム!」

 

 究極完全態・グレート・モスの背中に黒光りする超巨大な火炎放射器を付けたトゲが付いた肩パットが装備される。鎧は究極完全態・グレート・モスの胴体にがっちりと固定され、固定された事を確かめるように左右に動く。

 攻撃力は700ポイントアップし、元々の攻撃力と合わせ4200。サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を超えた。

 そして永理の指示通り、羽を羽ばたかせ、銀色の鱗粉が混じった風の塊をサイバー・エンド・ドラゴンにぶつける。

 銀色の鱗粉はサイバー・エンド・ドラゴンの鉄の身体を錆びさせ、徐々に崩れていく。そしてそこに、背中から炎を駄目押しにぶつける。

 空中に舞う一定量の密度を持った粉塵は気体状となり、それは酸素と連合するように爆発的に燃えだす。炭鉱での爆発事故や小麦粉の粉塵爆発は、これが原因で起こるのだ。

 巨大な爆発の塊となり、視界を黒い煙が覆い隠す。

 

「ぐっ、サイバー・エンド・ドラゴンが……」

 

「よしっ、カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

 ライフの差はまだ開いているものの、流れは徐々に永理の方へ傾きつつある。しかし、だからといってモンスターを召喚するといった深追いはしない。相手はサイバー流をコピーしている、サイバー流の恐ろしさは安定して爆発的な火力を得られるという事。つまり、逆転されたと思ったら逆転させられた、といった事を引き起こすのだ。

 勿論、それは一流のサイバー流での話。しかし神楽坂は、疑似的ながらもサイバー流次期後継者のデッキとプレイングをコピーしている。侮れない相手は、チマチマと削るしかない。永理にとっては目立つように動けないのは少々辛いが、勝つには我慢も必要なのだ。出すという目的を達成したら、次の目的を達成したくなるのが人間の性なのである。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを横目見、神楽坂は口角を上げる。

 

「まずはこれを発動する、トラップ・スタン! 場の罠カードを全て無効化! そして! ライフポイントを半分払い、速攻魔法、サイバネティック・フュージョン・サポートを発動!

 このターン、自分が機械族の融合モンスターを融合召喚する場合に1度だけ、その融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・フィールド上・墓地から選んでゲームから除外し、これらを融合素材にできる!」

 

 来る、と永理は直観でそう感じ、身構える。サイバネティック・フュージョン・サポート、チェーン・マテリアルと違いデッキから融合素材を除外する事こそ出来ず、一体しか融合召喚出来ないというデメリットこそあるが、代わりにエンドフェイズ自壊するというデメリットを持たないカードだ。機械族の融合デッキであれば、入れるのは当然と言えるだろう。そして今、相手の墓地にはサイバー・ドラゴンが三体。

 しかし永理は、いったんそこで思考を区切る。それよりも恐ろしい可能性……今、相手の墓地に何枚のカードがあるか。墓地にはサイバー・ドラゴン三体とアナルビーズ一体、サイバー・フェニックス一体にそしてサイバー・エンド・ドラゴン一体の系六体。

 しかし、それだけではない。メタモルポットの効果に加え、ルールによって捨てられたカード、蓄えられた六枚の手札……いったい今、相手のデッキを除く場には何体の機械族が居るのか。

 

「魔法カード発動、パワー・ボンド! 手札のサイバー・ドラゴン・コア、サイバー・ラーヴァ、サイバー・ジラフ、サイバー・ラーヴァの四枚に加え、墓地の九体の機械族を融合! 現れろ、キメラテック・オーバー・ドラゴン!」

 

 プラズマの塊から殺人的な放電を出し現れたのは、十三個の首を持った竜だった。それが永理を、ただ純粋な殺意と破壊衝動を含んだレンズの眼で睨んでくる。

 普通のキメラテック・オーバー・ドラゴンよりどこか凶悪的な、トゲトゲとしたフォルム。バチバチと白い粒子のようなものが舞っているのは、パワー・ボンドの影響か。周りを陽炎が纏っているのは、ラジエーターからの排気熱が原因だろう。

 周りからは永理に対する同情の声と、キメラテック・オーバー・ドラゴンへの賛美。暴力的なフォルムは時として、芸術的な輝きを放つ。事実それと相対する永理も、その魅力に憑りつかれていた。そもそもがロマン思考の大艦巨砲主義者である、それもまた仕方なしだろう。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力・守備力は、融合素材としたモンスターの数×800ポイントとなる。そしてパワー・ボンドの効果で更に二倍! よって攻撃力は、20800!」

 

 神楽坂の言葉で、若干トリップ状態だった永理の意識が現実に戻される。亮と戦った時より暴力的で、そして高火力。何よりあの時はザクデザートタイプが気になっていて、意識をそちらに優先させていた。

 故に、この魅力を知る事が無かったのだ。圧倒的な力、暴力的で破壊する事こそが存在意義だと主張するようなフォルム。だからこそ、だからこそ永理は男として、そしてゲーマーとして抗いたくなる。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの召喚時、自分の場のカード全てを墓地へ送る! バトル! キメラテック・オーバー・ドラゴンで究極完全態・グレート・モスを攻撃! エヴォリューション・レザルト・バースト!」

 

「速攻魔法、エネミー・コントローラー! キメラテック・オーバー・ドラゴンを守備表示に変更!」

 

 永理の目の前にコントローラーが現れ、それが手元に渡される。取りあえず思い出したコナミコマンドを入力、するとキメラテック・オーバー・ドラゴンは全体の首を丸め、守備耐性となる。しかし依然、あの殺意に塗れた眼光はこちらへと向けられている。

 首の皮一枚──いや、ただ単に寿命が少し伸びただけ。逆転出来るカードはあったが、それは墓地へと送られてしまった。たとえここでサレンダーしたとしても、誰も永理を責めないだろう。絶体絶命な状況、誰もがピンチだと思う状況。膝を折るのが普通だ。

 しかし永理は、自らを例外だと自覚している。故に永理は抗う、どこまでも。無謀だと解っていても。

 

「魔法カード、一時休戦を発動。互いにカードをドローし、次の俺のターンまでお互いはありとあらゆるダメージを受けない。ターンエンドだ」

 

 パワー・ボンドのデメリットを打消し、そしてキメラテック・オーバー・ドラゴンが破壊されたとしてもダメージを与える事が出来なくする。上手い手を使うものだ、と永理は思う。

 しかし今すべき事は相手にダメージを与える事より、攻撃力20800のキメラテック・オーバー・ドラゴンを倒す事。

 方法はいくつかある。であるなら、それを何としてでも引き込むしかない。

 

「儀式魔法、高等儀式術を発動! デッキからプチモス二体、昆虫人間一体、ネオバグ一体を墓地へ送り、ジャベリンビートルを儀式召喚!」

 

 青い巨大クワガタが、手に二つに分かれた槍を持ち現れた。その槍は真っ直ぐキメラテック・オーバー・ドラゴンに向いているが、その攻撃力ではどうしても太刀打ち出来ない。

 そして、折角召喚した所悪いが、ジャベリンビートルの出番はここまでだ。

 

「魔法カード、アドバンスドローを発動! 自分の場のレベル8以上モンスターを生け贄に捧げ、カードを二枚ドロー!」

 

 ジャベリンビートルがえっ、と絶句したような表情をするが、そんなの関係なしにジャベリンビートルの姿が消え、二枚のカードに化ける。

 普段はジャベリンビートルもそこそこ役に立つのだが、現状ではただただ邪魔なだけだ。

 

「更に魔法カード、トレード・インを発動! 手札のレベル8モンスター、グレート・モスを墓地へ捨て、カードを二枚ドロー!」

 

 狙い通りのカードが来てくれて、一先ずは安心といった所。永理は引いてきた二つのカードを発動する。少々勿体ないが、この際そういった価値観は無視だ。

 

「ゴキボールを召喚! そしてゴキボールを生け贄に捧げ、魔法カード発動! 痛み分け!」

 

 痛み分け、単純に考えると2:1交換のどちらかというと損をするカード。しかしこのカードは、破壊ではなく生け贄に捧げるという特殊な効果を持っている。

 このカードは生け贄なので、わが身を盾にやデストラクション・ジャマー、マテリアルドラゴンやマテリアルファルコといった破壊効果を無効にするカードによって無効化されないメリットを持っている。

 そして安い、何より安いのだ。趣味の方に金をつぎ込む永理としては、とても有難いカードである。何せ、ストレージに大量にあるのだから。

 

「相手はモンスターを生け贄に捧げなければならない! しかし、神楽坂の場にモンスターは一体!」

 

「チッ、キメラテック・オーバー・ドラゴンを生け贄に捧げる」

 

 永理は一先ず安堵の息を洩らし、カードを一枚セットする。もしここで神秘の中華鍋が使われていたら、恐らくジリ貧になっていただろう。とっとと勝ちに行きたいが、相手があれではやはり中々難しいものがある。

 

「カードをセットし、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……手札を一枚捨て、装備魔法D・D・Rを発動! 除外されているモンスター一体を特殊召喚する! 来い、サイバー・エンド・ドラゴン!」

 

 次元を引き裂き、またしても三つ首の機械竜が現れた。素材に使われた影響か、所々ツギハギではあるが、やはりレンズ越しの眼光は膨大な威圧感を放っている。

 しかし、サイバー・エンドであればまだ越えられない壁ではない。少なくとも、攻撃力20000オーバーのキメラテックに比べれば、容易いものだ。事実、現在の究極完全態・グレート・モスの攻撃力は、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力をわずかに凌駕している。

 

「バトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンで究極完全態・グレート・モスを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

 攻撃力を上回っている究極完全態・グレート・モスに攻撃するという事は、手札にオネスト類のカードがあるという事だ。

 しかし、装備魔法……D・D・R。あのカードはいわば除外版の早すぎた埋葬。対処するのは簡単だ。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動! D・D・Rを破壊!」

 

「甘い! カウンター罠、マジック・ドレインを発動! 相手が手札から魔法カードを捨てない場合、魔法カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

 サイクロンは不発に終わり、サイバー・エンドの光線と究極完全態・グレート・モスの鱗粉&火炎放射による爆発がぶつかり合い、黒い煙で場を覆い隠す。

 黒い煙の中伸びてきたサイバー・エンド・ドラゴンの三つの首、それが究極完全態・グレート・モスの脚と胴体、そして首に噛みつき、引き裂く。緑色の血を吹き出し、絶叫するグレート・モス。そのまま噛みついた三つの首が、光線を出す。身体を突き抜け、首を突き抜け羽に穴をあけていく。

 その光線が火器付機甲鎧の中に入っている燃料に引火し、壮大な大爆発を巻き起こした。

 

「ダメージステップに、速攻魔法を発動していた。リミッター解除! 攻撃力を倍にする!」

 

 攻撃力8000、これでは究極完全態・グレート・モスの4200の攻撃力をもってしても、太刀打ち出来ない。そして永理のライフはたったの2600だった、3800のダメージ。それは容易に永理のライフを削りきる事が出来る数値。

 しかし、永理も忘れていた。永理の場には、永続罠があるという事を。

 

「あっ……スピリット・バリアの効果でダメージが無いのが残念だが、仕方ない。カードをセットし、モンスターをセット! 魔法カードアドバンスドローを発動! サイバー・エンド・ドラゴンを生け贄にカードを二枚ドロー! ターンエンド!」

 

「えっ、……えっ!?」

 

 既に負ける心構えは出来ていた分、ここで終わらないのは何かこう……モヤモヤするのだ。上手く言い表せないが、モヤっとするのだ。

 しかし、あの噂は本当だったんだな。と永理は認識する。神楽坂のデュエルタクティクスはかなりものだが、いざという所で詰めが甘い。まさにその通りだ。

 しかし、そのうっかりのおかげで勝ち目は見えてきた。デュエルは、デュエルモンスターズはライフが0になるまで(一部例外はあるが)勝負の行方は解らない。

 ならばあとは、逆転あるのみ。幸いな事に、場には十分カードが溜まっている。そしてモンスターは一体のみ。逆転はここからだ。

 

「魔法カード発動、貪欲な壺! 墓地のゴキボール、吸血ノミ、メタモルポット、コアキメイル・ビートル、ジャベリンビートルをデッキに戻し、カードを二枚ドロー! そしてこいつも発動、儀式の準備! デッキからレベル7以上のモンスター、ジャベリンビートルと高等儀式術を手札に加える! そして儀式魔法、高等儀式術を発動! デッキから吸血ノミ一体とゴキボール一体を墓地へ送り、ジャベリンビートルを儀式召喚!」

 

 やっと出番が来たとばかりに頭上で槍を回し、そして構える。攻撃力2450、中途半端な数値ではあるが、永理のデッキの関係上メインアタッカーとなる数値だ。

 貧乏くさいデッキで更にロマンという事故の塊のようなものだが、どういう訳かよく回ってくれる。勝利を確信し、永理はまたしても、このデッキの切り札を、主人公を蘇生させる。

 

「魔法カード発動、死者蘇生! 墓地より三度甦れ、究極完全態・グレート・モス!」

 

 ジャベリンビートルが槍を地面に突き刺し、腕を組む。奇怪な六芒星が描かれ、そこから、究極完全態であるグレート・モスが蘇生する。

 ちなみにジャベリンビートルのこの行動には何の関係も無いし、ジャベリンビートルも何の効果も持たない儀式モンスターだ。つまりこれらは全てただの演出である。

 

「まだまだ行くぜ! 手札から吸血ノミを召喚!」

 

 丸いノミがぴょん、とジャベリンビートルが飛び出し降り立った。アンモナイトのように長く丸い形をしている、茶色い虫。攻撃力1500の通常モンスターと、ぶっちゃけて言うと弱い部類に入るのだが、高等儀式術の為に入れているようなものなので問題は無い。

 

「バトル! ジャベリンビートルで伏せモンスターを攻撃!」

 

 ジャベリンビートルは大きく身体を逸らせ、槍を投擲する。まるで弾丸のように飛ぶ槍は真っ直ぐ、愚直に伏せモンスターを狙う。

 

「罠カード発動、神風のバリア‐エア・フォース‐! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動! 相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て持ち主の手札に戻す!」

 

 神楽坂の前に、渦巻く風が現れる。エア・フォース、手札に戻す効果。これがかなり厄介なのだ。聖なるバリアの方が好まれる事もあるが、ミラーフォースは破壊効果。故に蘇生も簡単である。対して神風のバリアはバウンズ、もう一度蘇生条件を満たさなければ、容易に召喚する事は不可能。つまり、儀式デッキやグレート・モスデッキの大敵である。

 しかし、その程度は想定の範囲内だ。

 

「リバースカードオープン、トラップ・スタン! 場の罠カードの効果を全て無効にする!」

 

 仕返し、とばかりに発動させたのはトラップ・スタン。気まぐれでレーションを買った時に付いてきたカードだ。これによって風のバリアは風力を無くし、消滅する。小さくなったバリアを蹴散らすように、ジャベリンビートルの槍が神楽坂の伏せモンスターを破壊する。伏せていたモンスターはサイバー・ジラフだった。小さな雄たけびをあげ、機能を停止させてしまう。

 

「グッ……つ、強い。やはり、俺の眼に狂いは無かった! 見せてもらったぞ、月影永理!」

 

「このデッキを参考にするのはやめといた方がいいと思うがね。究極完全態・グレート・モスで直接攻撃! モス・パーフェクト・ストーム!」

 

 究極完全態・グレート・モスが羽ばたき、鱗粉をまき散らす。風の塊に乗り、それは神楽坂にぶち当たると暴発する。解放された風に乗って、鱗粉が宙を舞う。

 これで止め、やっと勝てる。その思いと共に永理は、モンスターに命ずる。

 

「吸血ノミで止めだ!」

 

 ジャベリンビートルは槍を捨て、吸血ノミをガシリとフリスピーのように手に取る。吸血ノミは突然の事に戸惑い、十六本の脚をシャカシャカと動かす。正直かなりキモい。

 そして手を大きくしならせ、勢いよく投擲。回転しながら空を飛ぶ吸血ノミ。それはそのまま、神楽坂の顔面に綺麗にぶち当たった。顔面セーフ! しかしライフ的にはアウトだ。

 

「……ふぅ、いいデュエルだった。次も勝たせてもらうぞ、神楽坂とやら」

 

 デュエル終了の間抜けなブザーが鳴り、ソリットビジョンが消える。それと同時に肩の力を抜く。汗が凄い、緊張のせいだろうか。

 

「ああ、こちらこそ。勉強になったよ……次は俺が勝つ。絶対にな」

 

 神楽坂が永理の所へ歩み寄り、右手を差し出す。永理は汗ばんでいる手を服で拭ってから、握手をする。それと同時に緊張の糸が切れたように、ペタリと座り込む。手に力が入らず、残った手札が床に落ちる。

 額に浮かぶ大粒の汗を左の袖で拭い、笑う。それと同時に、周りから二人への称賛の言葉が投げかけられた。

 

「永理! 凄かったぞ! 神楽坂も!」

 

「あんな熱い駆け引きを見せてくれてありがとう!」

 

 投げかけられる言葉を返す事も出来ない。気力を全て使い果たしてしまったからだ。

 気疲れ、緊張からの解放。これにも慣れなければな、と永理は心の中で苦笑する。

 

「大丈夫か月影、立てるか?」

 

「永理でいいよ……目立つのは好きな筈なんだけどね」

 

 アハハと乾いた笑いを口から出し、神楽坂に引っ張り起こしてもらう。目立つのは好きだし、今回のデュエルは楽しかった。あと一歩、という所で何とか勝利をもぎ取っただけ。少しでも永理の運が悪ければ、負けていたのは永理だろう。

 盛り上がる会場、永理の望んだもの。永理の中に満たされる満足感、楽しかった。心からそう思える。

 神楽坂は永理の落としてしまった手札を拾う。

 

「ほらよ、次は絶対俺が勝つからな。首を洗って待っておけよ!」

 

「デュエルに絶対は存在しないが、楽しみにしておくよ。負けるつもりはさらさらないが」

 

 拾ってくれたカードを受け取り、言葉を交わし合う。ディスクにセットされたカードもデッキに戻す。

 神楽坂、永理はこいつの中に素質を見た。荒削りだが、輝く素質。永理のような老骨ではない、若さ故の可能性。思わずそれが眩しくって、眼を細めた。




 疲れた……当初の予定じゃ収縮使ってキメラテックの攻撃力0にする予定だったんですが、どうも処理を勘違いしていたようで……ここで一番頭悩ませました。
 次回は十代と万丈目のデュエルです。やっとシンクロ出ます。


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第9話 英雄VS闇地獄

 時は少し、永理と神楽坂がデュエルを始める頃まで遡る。

 万丈目準はデュエルアカデミア中等部を主席で卒業した天才児であり、実質一年のトップに立っている男だ。実力、運、そして永理の持っていない財力(趣味に金をつぎ込んでるせいとか言わない)。それら全ての頂点に立つ男だ。

 しかし、自らの実力を過信はしない。常に向上心を持ち、上を目指す。天辺を、頂点を目指す。故にあの男を、オシリスレッドのダークホースを全て倒さなければならない。最強にならなければならない。兄を見返す為に。

 故に、遊城十代。仕留めそこなった相手が居てはならないのだ。負けも引き分けもあってはならない。故にクロノス教諭に頼み込んだのだ。遊城十代と戦わせてくれ、と。

 

「また万丈目とデュエル出来るなんてな! お互い楽しもうぜ!」

 

「……ククッ、そうだな」

 

 万丈目と対決する相手、遊城十代。デュエルを常に楽しみ、今まで負けなしの男。ダークホースの一人だ。万丈目は他のオベリスクブルーとは違い、オシリスレッドだからといって色眼鏡で見たりはしない。

 故にあの時とは違い、新たに強化したデッキ。あの時より数段強くなったと自負出来るデッキ。それのテスターとしては最適であるし、何よりあの深夜のデュエル……途中で警備員が来なければ、あのデュエルの勝敗は解らなかった。ちなみに永理はその頃、亮と一緒に幽霊と闇のデュエルをしていた。

 

「お前は本気で、俺に勝てると思っているのか?」

 

「負けると思ってデュエルする奴なんて居ないだろ?」

 

「……確かにな、その通りだ」

 

 負けると解っていてデュエルをする奴は、よほどの物好きだろう。たとえ尊敬する相手とデュエルする事になったとしても、必ず勝つと心に思いデュエルをする。それがデュエリストとして、決闘者としての礼儀だ。

 壁の向こうから、永理と神楽坂のデュエル開始の宣言が聞こえた。

 ……雑談はこれまで、万丈目はディスクを構える。十代もだ。ダークホースと中等部主席、油断は禁物だ。

 

「「デュエル!」」

 

 互いにカードを五枚引く。十代は少々強化されたデッキ、対して万丈目は大々的に強化されたデッキだ。

 先手を取ったのは万丈目だ。

 

「俺の先功、ドロー! 魔法カード、手札断殺を発動! 互いのプレイヤーは手札を二枚墓地へ送り、カードを二枚ドローする!」

 

 手札断殺は手札交換・墓地肥しにおいてかなり有効なカードである。手札抹殺と比べたら、発動条件等で優劣を付けられるが、暗黒界相手でも安心して使う事が出来るのはかなりの利点だろう。最も、相手の墓地を肥やさせるという欠点も持っているが、その程度は容認しなければならない。

 

「更に魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード、地獄将軍・メフィストを墓地へ送り、デッキからレベル1のモンスター一体を特殊召喚する! 来い、ヘル・セキュリティ! 更に地獄戦士を召喚!」

 

 万丈目の場に、頭にサイレンを持ち、警棒と拡声器を持った小さな悪魔と、黒い鎧に身を包み山賊のようなサーベルを持った戦士が現れる。

 チューナーモンスターとチューナー以外のモンスターが並んだ。来る、と十代は直観で悟る。

 

「レベル4の地獄戦士に、レベル1のヘル・セキュリティをチューニング!」

 

 ヘル・セキュリティは空中高く飛び、光の輪となる。その中を地獄戦士が飛び込むと、まるで3Dモデル製作時のように線となり、五つの星と化す。

 シンクロ召喚、次世代の新システムを先駆けデュエル高であるアカデミアで今日から販売されているパックの、目玉となるカード。

 

「地獄に住まいし悪徳警官よ、我らに逆らう愚者を轢き殺せ! シンクロ召喚!」

 

 星が回転し、光の塔を作る。白い光が視界を包む。

 光が晴れると、二つの爬虫類のような首が特徴的な悪魔警官が、黒いトゲトゲとしたデザインのバイクに乗って現れる。

 

「権力振りかざし魔物、ヘル・ツイン・コップ!」

 

「シンクロ召喚……一ターン目から、やるじゃないか万丈目!」

 

「万丈目『さん』だ! カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

 万丈目が『さん』付けに固着するのは、言い知れぬむず痒さを覚えるからだ。中等部からずっとそう呼ばれてきたので、違和感が出てしまう。ただそれだけなのだ。それにこの言葉を半ば口癖のように言っておけば、デュエリスト相手には困らない。タクティクスを磨くのも、カリスマを養うのにも最適だ。

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード、融合を発動! 手札のスパークマンとクレイマンを融合し、サンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

「サンダー・ジャイアント……確か、手札一枚をコストに攻撃力以下のモンスターを破壊するカードだったか。面倒なカードは、除去させてもらう! 罠カード発動、奈落の落とし穴!」

 

 巨体を持った黄色い身体を持ち、コアに稲妻を秘めたヒーローは穴より現れた赤い悪魔の手に引きずり込まれる。HEROモンスターは融合召喚以外で召喚する事は不可能だ、故にこういった除去には滅法弱い。

 

「手札から速攻魔法、禁じられた聖槍を発動! サンダー・ジャイアントの攻撃力を800下げ、このターンこのカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない!」

 

「甘い甘い甘い! カウンター罠発動! マジック・ドレイン! 相手は魔法カードを手札から捨てなければ、魔法カードの発動を無効にし破壊する!」

 

 サンダー・ジャイアントの脇腹を目がけて突撃してくる槍が、粉々に砕け散る。それと同時に奈落の底へ完全に引きずり込まれた。

 融合カードはもう、手札には無い。大量展開に欠けるのが融合デッキの弱点だ。

 

「俺はモンスターをセット、カードをセットしてターンエンドだ」

 

 一先ず守備を固める。何もしないよりはマシだろう。伏せたモンスターは破壊されたとしても一枚はカードをドロー出来る。

 相手は主席、そうそう迂闊には攻めてこないだろうが、だとしてもやらないよりはマシだ。僅かでも手札を削れるのならばそれでいい。

 

「俺のターン、ドロー!

 俺はキラー・トマトを召喚!」

 

 万丈目の場に、真っ赤なトマトに直角三角形の形をした眼を付けたトマトが現れる。ギザギザな口は邪悪な笑みを浮かべ、ケッケッケッと笑い声を上げる。

 トマトを口に詰め込まれ、窒息死した者の末路がこのカードである。元々のモデルはカルト映画であるアタック・オブ・ザ・キラートマトであるのだが、その映画に出てくるトマトに口も眼も無い。ただのトマトから逃げているシーンはかなりシュールである。

 

「バトル! ヘル・ツイン・コップで貴様の伏せモンスターを攻撃!」

 

 トカゲ悪魔はバイクのアクセルを吹かし、フルスロットルで伏せモンスターに突撃する。当たる瞬間、おもちゃのような形をしたモンスターが現れるが、まるで当たり前のようにそれを踏み壊す。バチバチッと嫌な音が鳴り、煙を吹く。

 

「カードガンナーが破壊され墓地へ送られた事により、カードを一枚ドロー! 更に罠カード、ヒーロー・シグナルを発動! 自分場のモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、手札・デッキからレベル4以下のE・HEROと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! デッキからスパークマンを守備表示で召喚!」

 

 カードガンナーのカメラアイから、天井に向けてHの文字のサーチライトが映し出されるが、それを黒いバイクで押し飛ばす。

 するとそれに答えるように、青を基調とした青タイツの上に、黄色いプレートを付けたヒーローがバチバチとスパークをまき散らし現れる。しかし腕を胸の前でクロスさせ、しゃがんでいる守備状態だ。

 

「チッ、ヘル・ツイン・コップの効果発動! このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、攻撃力を800ポイントアップさせ追加攻撃が可能! 行けっ、ヘル・ツイン・コップ!」

 

 ヘル・ツイン・コップはバイクを進行方向から横に向け停止を試みる。否、慣性の法則を利用し、足を軸にバイクの向きを変え、勢いを出来るだけ殺さずに再度バイクを吹かし突撃する。先ほどより加速度の乗った突撃によって、スパークマンの身体は壁に吹っ飛ばされる。

 そしてそのまま万丈目の前まで行き、目の前で急旋回。髪にヘル・ツイン・コップの片方の頭が当たる。場に戻るだけならもっと静かにしろ、と万丈目は愚痴りたくなる。というかちょっと涙目だ。

 

「きっ、キラー・トマトで直接攻撃!」

 

「なあ万丈目、大丈夫か……?」

 

「うっ、うるさいっ! あと万丈目さんだ! キラー・トマトで直接攻撃!」

 

 万丈目は若干涙目になりながらそう命ずる。キラー・トマトはケッケッケッと笑いながら、跳ねて十代の目の前まで移動すると、移動する時よりちょっと高めにジャンプし十代に体当たりをする。傍目から見たら可愛く思えるが、あの顔が笑いながら迫ってくるのはちょっとしたホラーだ。

 

「カードをセットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代の手札は二枚、このままでは少々心もとない。手札は可能性、特に融合デッキの場合はそれが躊躇に現れる。融合デッキでは、三枚の可能性では足りないのだ。

 

「サイバー・ヴァリーを攻撃表示で召喚!」

 

 さながら深海魚のような、眼を持たない機械の竜が現れ小さな雄たけびを上げる。このカードの登場により、会場はどよめく。サイバー、その名を持つカードを使う者をサイバー流と呼ぶ。サイバー流のカードは人気が高く、かなりの高値が付く。そんなカードが現れたのだから、どよめくのもまた当たり前と言えるだろう。とはいえそれのインパクトは小さい、何せ攻守共に0なのだから。

 しかし、万丈目は違った。サイバー・ヴァリーほど厄介なカードは厄介なカードだと認識していた。

 

「更に魔法カード、機械複製術を発動! 場の攻撃力500以下のモンスター、サイバー・ヴァリーをデッキから二体、特殊召喚する!」

 

 サイバー・ヴァリーの身体が光り輝き、新たに二つのヴァリーが分かれるように現れる。カイザーや神楽坂のようにサイバー・ドラゴン・コアの効果でサイバー・ドラゴンを大量展開するテクニックに注目されがちだが、これが本来の扱い方だ。

 

「サイバー・ヴァリーか……面倒なカードを」

 

「へっへへ、サイバー・ヴァリー二体を除外し、カードを二枚ドロー! 更に魔法カード、精神操作を発動! ヘル・ツイン・コップのコントロールを得る! ただし、攻撃も生け贄にする事も出来ないけどな」

 

 サイバー・ヴァリー二体が雄叫びを上げ、光に包まれる。それと入れ替わるようにヘル・ツイン・コップはバイクを押して十代の場に移動した。

 精神操作、シンクロの実装が発表されてから評価が高くなっていったカードだ。実際ノーコストで相手モンスターを奪え、シンクロ召喚に関する規制は一切ないので素材とすればデメリットも問題ない。

 しかし、シンクロ以外にも使い道はあるのだ。

 

「ただし、ヴァリーの効果には関係ないぜ! ヴァリーとヘル・ツイン・コップを除外してカードを二枚ドロー!

 更に強欲な壺を発動し、カードを二枚ドロー!」

 

「チッ、面倒な事を!」

 

 これで万丈目の場はトマト一体のみになり、更に十代の手札は四枚になった。万丈目は思わず悪態を付く。

 手札補充、その技術は同じオベリスクブルーであれば称賛に価したであろう。しかし万丈目にも立場があり、何より今は対戦相手だ。態々褒め称える必要も無い。

 しかし、これで確信した。十代の実力は凄まじく、そして強い。であれば、最強になるには避けては通れぬ相手だと。

 

「魔法カード死者蘇生! 墓地のカードガンナーを特殊召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップ! バトル! カードガンナーで、キラー・トマトを攻撃!」

 

 カラフルな両手付き自走戦車は銃口をトマトに向け、撃ち放つ。キラー・トマトは弾け、そこらに赤い汁をまるで血のようにまき散らす。

 その血のような汁の下から、新たにモンスターが現れる。

 十代は相手にダメージを与えるのを優先させたようだ。

 

「キラー・トマトの効果! このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター一体を攻撃表示で特殊召喚する! 来い、ダーク・リペアラー!」

 

 青い肌と赤い眼、そして身体を覆うような黒い毛をまとった耳の尖った悪魔が現れる。青い小さな手は自らの身体の前で捏ねるように合わせているが、背中から生えている黒い六つの手にはナタとフォーク、そして金槌を持たせている。

 

「カードを三枚セットし、ターンエンド!」

 

「三枚だと!? ……手札事故か、それとも。まあ、どちらでも構わん。なぎ倒すまでだ! ドロー!

 魔法カード、強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー!

 魔法カード、ダーク・バーストを発動! 墓地の攻撃力1500以下のモンスター一体を手札に戻す! 俺はキラー・トマトを手札に戻し、召喚!」

 

 墓地回収カード。万丈目のデッキは闇属性主体のデッキなので、愛称はかなり良い。とはいえ低攻撃力のモンスターはそれほど多くは無かったのだが、シンクロをデッキに組み入れる際必須になってしまったのだ。

 再び現れるトマト、先ほどとは何処か違うものの、素人目には同じにしか見えない。

 

「レベル4のキラー・トマトにレベル2にダーク・リペアラーをチューニング!」

 

 ダーク・リペアラーは手に持っている三つの道具をお手玉のように回し、それで光の輪を作る。その中をトマトが通ると急に輪は縮まり、トマトを六つの星へと変える。

 そしてリペアラーは一礼をしてから、どろんと姿を消した。

 

「卑しき妬みに彩られし野薔薇の女王よ、我が僕となりて鋭き棘で敵に後悔と死を与えよ!」

 

 光が収まると、その中から野薔薇の女王が現れた。右手を覆うような棘、左手の部分は赤いハサミのようになっている。イチゴのようなスカートを履き、緑髪の上に赤いとんがった帽子を被った女性が現れた。

 ギャラリー(主に男性)から歓喜の声が上がる。やはり女性型モンスターは人気なようだ。

 

「シンクロ召喚、ヘル・ブランブル!」

 

 ヘル・ブランブルはその声に答えるようにスカートの裾をつまみ、上品にお辞儀をする。

 

「バトルだ! ヘル・ブランブルでカードガンナーを攻撃! ヘル・ソーンスラッシュ!」

 

 ヘル・ブランブルは地を蹴り大きく飛び、左手のハサミでカードガンナーの身体を繋いでいる鉄色の部分を固定させ、身動き出来ないようにすると、右手の棘で抉るように何度も何度も突き立てる。

 がちゃん、がちゃん。と音が鳴り、螺子が飛び、カメラアイのライトが何度も点滅する。腕を振り、キャタピュラを回し拘束から逃れようとするが、それを断ち切るように頭を貫く。

 するとまるで生き物が死んだかのように腕の大砲ががちゃん、と地面に力なく落ちた。

 

「カードガンナーの効果で一枚ドロー!」

 

「モンスターをセット。ターンエンド」

 

 罠では無かった。ではあのカードは、あの伏せカードは何だ? と、万丈目は自問自答する。デュエルにおいて頼れるのは己のみ。己の頭脳を酷使し、勝利を掴みとる。

 これまでもそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。強いデュエリストはデュエルモンスターズの精霊が見えるらしいが、万丈目はそういったオカルトなんぞ信じない。あの時のあれも、きっと幻覚に決まっている筈だ。

 

「俺のターン、ドロー!

 へへへっ、万丈目。スゲェな、新しく出たばっかりのシンクロ召喚を使いこなしてるなんてさ」

 

「当然だ、俺は天才だからな。あとさんを付けろ」

 

「それじゃあ、俺もそれに答えなきゃな! ライフポイントを半分払って、手札から速攻魔法、ヒーローアライブを発動!

 自分場に表側表示モンスターが存在しない場合、デッキからレベル4以下のE・HEROと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 来いっ、E・HEROスパークマン!」

 

 十代の場に再び、スパークマンが稲妻をまとって現れた。既に十代のライフは、このカードを使用した事によって400まで減ってしまっていたが、元々800だったのだ。大して変わりは無い。まずはアドバンテージを稼ぐ、それが十代の狙いだ。

 万丈目は舌打ちする。十代がここで終わる訳が無いと解っているからだ。ただ壁モンスターを出しただけではないと、解っているからだ。

 

「罠カード発動、ゴブリンのやりくり上手! 墓地に存在するやりくり上手+一枚だけ、カードをドローする!

 更に手札から速攻魔法、非常食を発動! ゴブリンのやりくり上手三枚を墓地へ送り、ライフを3000ポイント回復する!」

 

 チェーンは最後に発動したカードから処理される。そしてゴブリンのやりくり上手は墓地に存在するやりくり上手+一枚カードをドローするカード。そして非常食は、魔法・罠カードを墓地へ送る事で一枚ごとにライフを1000ポイント回復するカード。

 まず非常食の処理によってやりくり上手は墓地へと送られ、その後でやりくり上手の効果が発動する。墓地へ送られたとしても、破壊されたとしても効果は無効にはならない。

 

「やりくりターボか!」

 

「ご名答! ゴブリンのやりくり上手の効果で、カードを十二枚ドローし、三枚をデッキの一番下に戻す!」

 

 一気に十代の手札は、〇から九になった。手札補充、最上級生でもそれをどのようにデッキに組み込むか死苦するというのに、十代はいとも容易くやってのけた。

 やはり、と万丈目は笑う。強敵はこうでなければならない。追い込む事で真価を発揮する、万丈目の眼に狂いは無かった。

 しかし、面倒な事にもなった。融合特化型デッキにとって手札とは、シンクロの手札以上に可能性を秘めたものだ。手札は無限の可能性、それは相手がどのように動くか完璧に判断する事が出来ないという意味だと万丈目は捉えている。だからこそ、デュエルは面白い。

 

「魔法カード、融合を発動! 場のスパークマンと手札の沼地の魔神王を融合し、シャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚!」

 

 緑色の怪物と黄色いプロテクターを付けたヒーローが溶け合い、白い鎧を被ったヒーローがまばゆい光を放ち、悪を滅さんと現れる。

 手札は残り七枚。万丈目の背中を、嫌な汗が流れる。

 

「更に魔法カード、融合回収を発動! デッキから融合と、融合に使用したモンスター……沼地の魔神王を手札に戻す! 更に融合を発動! 手札の沼地の魔神王とフェザーマンを融合し、フレイム・ウィングマンを融合召喚!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンの隣に、左肩に白い羽を生やし、右腕にドラゴンの顔を持ったヒーローが現れる。フレイム・ウィングマン、隣のシャイニング・フレア・ウィングマンの進化前と呼んでもいいモンスターだ。

 既に二体のヒーローを召喚したというのに、十代の手札はまだ六枚も残っている。やりくりターボ、決めるのはなかなか難しいのだが、一度決めた時の爆発力は凄まじいのだ。流石に万丈目も顔が引きつる。こうなると解っていたのに。

 

「更に最後のカードガンナーを召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップ!」

 

「へっ、ヘル・ブランブルの効果発動! 植物族以外のモンスターが手札から召喚・特殊召喚された時、そのプレイヤーに1000ポイントのダメージを与える!」

 

 ヘル・ブランブルは右手の棘を地面に突き刺す。すると十代の足元からその棘が飛び出し、十代の胸を貫いた。

 シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、カードガンナーの効果で墓地へ送られたカードも合わさって5800まで膨れ上がった。もしこの一発を喰らったら、それで終わりだ。

 

「まだまだ! フィールド魔法、摩天楼‐スカイスクレイパー‐を発動!」

 

 アメコミチックなどこかのっぺりとしたビルが、二人の周りを囲むように生えてくる。路地裏、煉瓦の壁に左右を封鎖された通路。そこに万丈目と十代は立っている。

 ビル風が吹き、二人の服を揺らす。万丈目の予想を大きく上回って来た。流石にここまでやるとは思っていなかったのだ。

 

「バトル! シャイニング・フレア・ウィングマンでヘル・ブランブルを攻撃! シャイニング・シュート!」

 

  シャイニング・フレア・ウィングマンは煉瓦の壁を登り、ビルの方へ飛び、それを蹴り上げる事で空高く急上昇、そして天辺まで上り詰めると、そこから飛び降りるように急降下。そして右手の丸いよく解らない装備品から白い炎を出し、ヘル・ブランブルへと突撃。まるで爆撃のようだ。

 しかしシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃は、ヘル・ブランブルの目の前に突如現れた壁によって中断される。

 

「……墓地のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした」

 

「なら、フレイム・ウィングマンでヘル・ブランブルを攻撃! スカイスクレイパー・シュート!」

 

 やっと出番が来たとばかりにシャイニング・フレア・ウィングマンの上ったビルよりはちょっと低い、時計塔の天辺の上に上り、そこから回転しながら急降下。ヘル・ブランブルは天へ棘を突き刺すが、それを手で軽く制しドラゴンのような右腕でヘル・ブランブルの顔に噛みつき固定し、ほぼゼロ距離で火を放つ。

 ぼうぼうと燃え盛るヘル・ブランブル、そこに容赦なくフレイム・ウィングマンは左拳を固く握り、腹を貫いた。

 

「スカイスクレイパーが場にある時、E・HEROと名の付くモンスターより攻撃力の高いモンスターに攻撃する時、攻撃力を1000ポイントアップする! 更にモンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 フレイム・ウィングマンは右腕のドラゴンの口を万丈目に向け、炎を吐く。一気にライフを3200も削られてしまった。次の攻撃での勝利を確信し、十代は口角を上げる。

 しかし、炎が晴れてから現れたモンスターを見て、一気にその表情が凍り付いた。

 

「……自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、

このカードを手札から特殊召喚する事が出来る! 冥府の使者ゴーズ!」

 

 黒い鎧を身にまとい、右手にうねうねと曲がった剣を持った、黒い鎧に身を包んだオレンジ色のトゲトゲ頭の男が現れる。

 腰には大きな赤い布きれ、トゲトゲとした攻撃的な鎧。その眼は真っ直ぐ、十代の方に敵意を向けている。

 ゴーズは足を踏み込み、大きく剣を振り、斬撃を飛ばす。黒くうねる斬撃。その斬撃は十代の場のモンスターを通り抜け、十代の身体を切り刻む。

 

「このカード自身の効果で特殊召喚した時、通常攻撃なら受けたダメージ分のトークンを自分の場に、カード効果によるダメージなら受けたダメージ分を相手に与える!

 

「ぐっ、カードを四枚セットしターンエンド!」

 

 これで十代も万丈目も、下手に動けなくなった。十代のライフはたったの1200、万丈目のライフは800。僅かに十代の方が優っているが団栗の背比べ、どちらもすぐに消えてしまう。

 だというのに二人の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のヘル・セキュリティ、キラー・トマト、地獄戦士、ヘル・ブランブル、ダーク・リペアラーをデッキに戻し、カードを二枚ドロー! 更に強欲な壺を発動し、カードを二枚ドロー!」

 

 一気に万丈目の手札が四枚に回復する。そして墓地の闇属性モンスターは二体、魔法・罠が怖いが張る罠を破壊するカードも無い。

 であるなら、このターンに全てを掛けるしかない。

 

「墓地のヘルウェイ・パトロールを除外し、手札の攻撃力2000以下の悪魔族モンスター一体を特殊召喚する!

 来い、地獄将軍・メフィスト!」

 

 黒き鎧をまとった黒い馬に乗り、黒い霧の中から全身真っ黒な悪魔の戦士が現れた。悪魔の角を光らせ、黄色いスカーフを棚引かせる。手には巨大な斧、とても攻撃力1800とは思えない。

 

「速攻魔法、異次元からの埋葬を発動! 除外されているヘルウェイ・パトロールとヘル・ツイン・コップ、そしてネクロ・ガードナーを墓地に戻す! 更に墓地のヘルウェイ・パトロールを除外し、手札から地獄将軍・メフィストを特殊召喚! 墓地に闇三体、召喚条件は満たした! ダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 二体の地獄将軍・メフィストを押しのけ、黒い拘束具に身をまとった黒いドラゴンが現れる。背中と肩、腕輪と尻尾を纏うプロテクターに痛々しい棘が付いており、顔を半分覆う赤い眼は殺意に満ち溢れている。

 闇、何処までも闇。殺す為に特化した文字通りのモンスター、その効果も何処までも攻撃的だ。

 

「墓地の闇属性モンスター、地獄詩人ヘルポエマーとヘル・ツイン・コップ、そしてネクロ・ガードナーを除外し、伏せカード三枚を破壊!」

 

「速攻魔法、クリボーを呼ぶ笛を発動! デッキからハネクリボーを特殊召喚!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの刃のような棘が、フレイム・ウィングマンとシャイニング・フレア・ウィングマンの後ろにある伏せカードに刃が突き刺さる。切り刻まれ、塵と化す。その塵が晴れ現れたのは、丸っこく茶色い、天使の羽を生やしたマスコットだった。女子から黄色い悲鳴が巻き起こる。

 

「更に罠カード、サンダー・ブレイクを発動! 手札を一枚捨て、ハネクリボーを破壊!」

 

 登場したばかりのモンスターを、自らの罠で破壊。万丈目には相手が、何を狙っているのか解らない。しかし、ここは臆せず攻めるのが万丈目だ。

 それが利点でもあり、欠点でもある。

 

「バトル! ダーク・アームド・ドラゴンでカードガンナーを攻撃!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの大きな鍵爪が、カードガンナーを押し壊す。装甲から中の部品が飛び出し、ガラスが割れる。

 

「カードガンナーが破壊された事により、カードを一枚ドロー!」

 

 十代は当たり前のようにカードをドローする。デュエル終了の合図は鳴っていない。何故だ、と思考を、記憶を呼び起こす。

 

「ハネクリボーが破壊され墓地へ送られたターン、エンドフェイズまで自分は戦闘ダメージを受けない!」

 

「……そんな効果を隠し持っていたのか。なら、冥府の使者ゴースでフレイム・ウィングマンを攻撃! 切り裂け!」

 

 ゴーズは地を蹴り、一瞬でフレイム・ウィングマンの目の前まで駆け寄る。右脚を止め、右腕に大きく力を入れ、左に袈裟斬り。フレイム・ウィングマンの両腕と羽、そして胴体を真っ二つに引き裂いた。

 たとえダメージを与えられずとも、相手の場に居るモンスターは少ない方がいい。ボード・アドバンテージは万丈目が握った。

 そして、駄目押しの一発。

 

「地獄将軍メフィスト二体を生け贄に、地獄からの使いを召喚!」

 

 大きな角を付けた鎧を装備した、黒く大きな獣が現れる。鎧は全身に棘を施されており、口の端と四股を繋ぐ鎖がじゃらりと音が鳴る。

 地獄の門番、最強のチューナーだ。攻撃力2600、最上級モンスターとしてはそれほど強くないが、チューナーなのでイージーチューニングによって他のモンスターの攻撃力を爆揚げする事が出来る。が、そのカードは今、万丈目の手札には無い。

 しかし、これで弾は揃った。補充された。

 

「墓地のメフィスト一体を除外し、シャイニング・フレア・ウィングマンを破壊! カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの背中から発射された刃が、シャイニング・フレア・ウィングマンに当たり破壊される。

 ボードアドバンテージは圧倒的に万丈目の方が有利。サレンダーするか、それとも諦めず足掻くか……どちらにせよ、この布陣を突破し、800のライフを消し飛ばすのは容易ではないだろう。

 

「俺のターン、ドロー!

 楽しいな、万丈目! ここまで強いのか、強かったのかお前は!」

 

「万丈目さんだ。……で、お前はこの布陣をどう突破する?」

 

 伏せカードは攻撃を防ぐカードではない。正直言って手札に置いておくだけ腐るカードだ。

 だが、負けはしない。少なくとも、負ける事は無い。逆転はされるだろうが、ライフ尽きない限り可能性は〇じゃない。

 

「さあな、だからこそワクワクするんだ! 魔法カード、ホープ・オブ・フィフスを発動! 墓地のエアーマン、スパークマン三体、シャイニング・フレア・ウィングマンをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 更に貪欲な壺を発動! 墓地のハネクリボー、フレイム・ウィングマン、クレイマン、沼地の魔神王二枚をデッキに戻し、カードを二枚ドロー! 天使の施しを発動! カードを三枚引き、二枚捨てる!」

 

 怒涛のドローラッシュ、一気に手札が五枚に回復。万丈目は自分のドロー運はかなりの物と自負しているが、十代のそれは万丈目を軽く凌駕している。

 五枚の手札、デュエリストにとっては十分な数の可能性。

 

「俺はチューナーモンスアー、ジャンク・シンクロンを召喚! ジャンク・シンクロンの召喚成功時、墓地のレベル2以下のモンスター……シンクロ・フュージョニストを特殊召喚!」

 

 オレンジ色の帽子を被った、丸い眼鏡が特徴的な小さな機械仕掛けの戦士が、白いマフラーを棚引かせ現れる。その隣に現れたのは、初期から存在する魔法カード、融合に描かれているモンスターだ。それが細長い脚で立っている。

 

「チューナーだと!? それにシンクロ・フュージョニストだと……何時の間にそんなモンスターを墓地に」

 

「お前の手札弾殺の時にだ! レベル2のシンクロ・フュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ジャンク・シンクロンは尻辺りにあるヒモを引っ張ると、光の輪となる。その輪をシンクロ・フュージョニストは潜り抜け、五つの光と化す。

 しかし、十代の持っているシンクロモンスターはアームズ・エイドとスカー・ウォリアーの二体のみ。どちらも万丈目のモンスターを倒す事は不可能だ。

 

「大地の痛みを知る傷だらけの戦士よ、その健在を示し同士を守れ! スカー・ウォリアー、シンクロ召喚!」

 

 右手に巨大な刃を持ち、白い鎧を右半身に纏わせた褐色肌の戦士が、光を散らしながら現れた。古強者の風貌を漂わせる、岩の様な筋肉を持っている。

 散った光の一枚が、十代の手札を灯す。現れて悪いが、今回はスカー・ウォリアーの効果を使う事は無い。

 

「シンクロ・フュージョニストの効果! このカードがシンクロ素材として墓地へ送られた時、融合又はフュージョンと名の付く魔法カード一枚を手札に加える! 俺は融合を手札に加え、発動! 手札の沼地の魔神王とフェザーマンを融合し、フレイム・ウィングマンを融合召喚!」

 

 再び緑色の、竜の咢を持ったヒーローが十代の場に降り立つ。

 攻撃力2100、しかしスカイクレイパーの効果で1000ポイント攻撃力を上げられる。

 

「バトル! フレイム・ウィングマンでダーク・アームド・ドラゴンを攻撃! スカイクレイパー・シュート!」

 

 態々時計塔の上に上り、そこから急降下。回転しながらダーク・アームド・ドラゴンの頭をかち割りに行く。

 ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力は2800、フレイム・ウィングマンの攻撃力は2100。しかしスカイクレイパーの効果によって、攻撃力は3100となる。

 しかし、と万丈目は笑う。

 

「速攻魔法、突進を発動! ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力を700上げる!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンは落下してくるフレイム・ウィングマンの腕を取り、地面に打ち付けやんとする。勝負は決まった、次のターンの勝利を確信している。しかし、十代の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいる。

 

「速攻魔法、決闘融合‐バトル・フュージョン‐を発動! 自分フィールドの融合モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動!

 自分のモンスターの攻撃力は、ダメージステップ終了時まで戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする!

 よって攻撃力は4000!」

 

 咢となっている右腕と普通の左腕で腕を掴み、ダーク・アームド・ドラゴンの関節を固定し動けなくする。そして赤い尻尾で、ダーク・アームド・ドラゴンの鎧の隙間に絡みつき、一気に締め上げる。

 口から泡を吐き、振りほどこうと暴れまわる。しかし決して離さず、更に力を込める。バキッ、という音と共に首がだらんと、フジの花のように垂れた。

 

「なっ、なっ……」

 

 万丈目の頭の中に浮かび上がる。初めての感情、負けたくない。これまで負け知らずだった。大会には何度も出て優勝し、上級生相手にも大人相手にも決して負けなかった。勝利、絶対的な勝利。初めての挫折が、今万丈目の前に迫ってきている。

 しかしそんな万丈目の前に、ダーク・アームド・ドラゴンの身体から飛び降り、フレイム・ウィングマンの右腕の咢から炎が吐き出される。

 

「負けた……のか、俺が……」

 

「ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ!」

 

 三つの指で万丈目を指差し、十代はそう告げる。

 万丈目はまるで長い夢から覚めたように、薄く笑う。すると万丈目もそれを真似るように、十代を指差した。十代は一瞬きょとんとしたが、すぐにヘヘッと笑いかける。

 

「ああ、楽しいデュエルだった。初めて負けたが……これが挫折、か。悔しいな」

 

 万丈目の中にある感情は悔しさ、それと同じぐらいの楽しかったという感情。そしてそれが終わってしまった事に対する寂しさ。それらが複雑に混じり合っていたが、何処か清々しさがある。まるで付き物が落ちたような顔だ。

 ふと十代は、万丈目も永理の方に意識を向けた。来る、という観客からのコールと、それに答える永理。姿は見えなくとも、永理の楽しそうな表情が容易に想像出来る。

 

「プチモスを生け贄に……答えてみせよう皆の期待に! カモン! 究極完全態・グレート……モスゥゥゥゥゥ!!」

 

 わあああという歓声と共に、永理の方からポケモンで聞きなれた声が聞こえ、十代は苦く笑った。相変わらずだな、と。




 万丈目のデッキは昔TFで適当に造った地獄デッキを改造した感じのです。ファンデッキではありますが、割と戦えました。


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第10話 怪談話と遊戯王

 草木も眠る丑三つ時、外からフクロウの声が木霊する。ほーっ。ほーっ。一定の感覚で鳴いているのが、非情に不気味な雰囲気を醸し出している。

 夜の食堂というのは、普段立ち入っていたとしてもやはり不気味なものである。何処か違うのだ、何かが違うのだ。この世は一つの例外によって、がらんと姿を変える。オシリスレッドのボロい食堂、一つのテーブルを囲むのは十代、翔、隼人、そして永理の四人だ。今日は十代の提案で、気温も厚くなってきたので怪談をする事になったのだ。適当なモンスターカードをかき集め、引いたレベル分の怖い話をするというもの。

 壁も床も天井も、そこらの工場勤務の人間が通ってそうな見た目。違うのはヤニが付いていない事ぐらいだろうか。こういうのもまた、風情があっていいものだ……と、永理は思う。

 蚊取り線香の臭いがぷんと鼻腔をくすぐる。アカデミアには海以外にも何かと水辺が多く、蚊が多いのだ。ぽりぽりと噛まれた箇所をかきながら、コアラ顔の隼人は蝋燭に照らされているカードを引く。

 死霊伯爵、レベル5の通常モンスターだ。

 

「これは、俺の実家での話なんだな……」

 

 翔がガタガタと震える。隼人の家は酒屋で、しかもかなりの田舎だ。田舎というのは決まって、怪談話といった妙な話がつきものである。やっと始まったばかりだというのにこの様では、終盤まで持つのか……と、永理は青い髪を揺らす青い顔をしたちっちゃい青年を見やる。

 

「俺が中学生ぐらいの頃、ふと夜中に目が覚めたんだな。俺は普段寝てる途中で起きるなんて事ないから珍しい事もあるもんだな、とぐらいにしか思ってなかったんだな。で、目が覚めた途端尿意を感じトイレに行ったんだな。

 そのトイレってのが、また遠くて……長くて廊下を渡らなきゃいけないんだな。その日は満月だったから月明かりのおかげでそれほど暗くも無くて、急いでトイレに行ったんだ」

 

「ここここれ、レベル5の話じゃないっすよね……ねっ、アニキ。ねっ」

 

「いや、まだ怪談にも入ってないんだけど……トイレの話しかしてないし」

 

 ガタガタと震える翔を慰めるように、十代は言う。確かにまだトイレの話しかしていない。何故ここで怖がるんだ、と永理にとっては不思議であったが、ホラーゲームとかやってて慣れてしまったのだろう。

 隼人はニヤニヤ笑みを浮かべながら、話を続ける。結構意地悪いのね、と永理は呟いた。

 

「ぎしっ、ぎしって音が鳴る廊下、トイレに行った後戻っていたんだ。そしてふと、庭の月を見てみたくなったんだな……そして廊下に腰掛けて、月を眺めていたんだ。

 真ん丸満月は大層綺麗で、俺は感動したんだな。ぼーっと、十分ぐらい眺めていたらふと……視界の端になにか見えたんだな。

 俺の家の庭には、隅に柿の木があるんだな。普段はそれを採ったりしてるんだな」

 

 柿の木があって庭もある、隼人の家はかなり大きいようだ。そろそろ翔の怖くない発言が鬱陶しくなってきた。輿水幸子のあれはとても可愛いものであったが、ショタコンの女の子受けするとはいえ翔は男。やはり永理的には興奮しないのだ。

 そもそも見た目が女の子でなければ、どうもあれなのだ。興奮しないのだ。永理は。

 

「子供ってのは好奇心が旺盛なんだな。俺もその例に漏れず、それを確かめる為に、サンダルを履いてその木の方に近付いたんだな。暗くてよく見えなかったけど……よーく目を凝らして見て見たら」

 

 そこで隼人は言葉を区切り、間を入れる。数秒、数十秒だろうか。それぐらいの僅かな時が立ってから、重い口を開いた。

 

「首を吊った男が、木にぶら下がっていたんだな」

 

「ぎゃあああああっ!!」

 

「んわっ!? びっくりした、翔……驚きすぎだぞ」

 

 正直永理的には、隼人の話より翔の悲鳴の方が怖かった。というか、何処からあの声が出てるんだ。あの小さな身体から。十代も同じなようで、若干顔が引きつっている。

 正直口癖とか口調のせいで怖くは無かったが、それでも翔が驚いてくれた事に満足したのか隼人は笑顔で話を閉めた。

 次は翔の番だ。先ほどの驚きと恐怖から気を取り直し、カードを引く。

 レベル4、終焉の精霊。

 

「デュエルアカデミアの森に滝があるの、知ってる?」

 

「そんなものがあるのか?」

 

 十代の言葉、永理も口には出さなかったがあるなんて事は知らなかった。滝、なんだか筋肉ムキムキマッチョマンの高校生に見えない奴がドローの練習とか言って、カードを流して取る何の意味があるのか解らない練習をしてそうだな。と何故か思う。

 翔はそんな永理のどうでもいい予知も知らず言葉を続ける。

 

「あの滝の裏側に洞窟があるんだ。その洞窟をちょっと進んだ先に、地下水が溜まった湖があるんす。

 この話は、その湖にまつわる話っす」

 

 地下というのは、森というのは人間が暮らす環境とは違うと言われている。故に昔から、そういった怪しい伝承が絶えない。

 山とは神聖なもので、地下とは忌むべきものなのだ。地獄の底という言葉は、暗に地獄は下に、地下にある事を示している。それだけではなく、洞窟はその昔防空壕としても使われていた。自害、生き埋め、その他諸々色々重なり、故にそういった怪談話は絶えない。

 

「その湖は底が透けて見えるぐらい透き通っていて、とても冷たいらしいっす。それだけならちょっと探せばありそうな名所っすけど、それは普通の湖じゃないんっす。

 頭に欲しいカードを思い浮かべながら湖を覗き込むと、湖の底にそのカードが浮かび上がってくるっす……そんな所にカードがあったら欲しくなるっすけど、決して手を伸ばしてはいけないっす……」

 

 死者には様々な者が居る。その中に、自分一人死ぬのが嫌という者もいれば、生きている者を疎ましく思う者もいる。そういった奴らは大抵、生者を死の世界へ引きずり込まんとするのだ。

 

「何故なら手を伸ばした瞬間、湖の底から白い手が首を掴んで引きずり込んでくるからっす!」

 

「おおっ……中々怖かったな」

 

「そうだな」

 

 十代の言葉に同意する。ちょっとした子供なら怖がりそうな話だが、そういった類の話はネットでいくらでも転がっている。そういったものに見慣れた永理にとっては、まあやはりありきたりなものとしか感じられなかったのだ。

 次は永理の番、カードをめくる。究極完全態・グレート・モス、レベルは8だ。ふむ、と永理は考える。何の話をしようか、と。

 あの恐怖体験を話すのもいいが、あれをどう言葉化させればいいのか皆目見当もつかない。

 

「あれは数年前、まだ俺が小学校に通っていた頃の話だ……。

 俺には歳の離れた友達が居て、そいつはよく酔っ払っては俺の家に来るんだ。で、その日もかなり酒を飲んでいたのかへべれけになって家に入って来たんだ」

 

「なあ翔、へべれけって何だ?」

 

 十代の問いに、翔は首を傾げる。隼人が苦笑いしながら、へべれけについて解説をした。永理もいったん、語るのをやめる。

 

「へべれけってのは、べろんべろんに酔っ払ってる事なんだな。ナウいとかヤングとか、そういった時代の言葉なんだな」

 

 要するに死語である。永理は二人に通じない事に対し、少々ジェレネーションギャップを感じてしまった。そうか、もう使わないのか……妙な悲しさが、永理の心の中に広がる。

 永理は気を取り直し、語り直す。そこは別にどうでもいい話なのだ。いや、状況を想像してもらうには重要なのだが、一先ずどうでもいいのだ。

 

「そしたらそいつ、案の定青い顔してさ。風呂場へ連れていって介抱してやったんだけど、ゲロの中になにか動くものが……」

 

 永理は一旦そこで言葉を区切る。そしてニヤリと口角を上げ、締めの言葉を出した。

 

「それがさ、ムカデだったんだよ。あれ人間恐れないから、寝てる時とかに口の中に入っちゃったんだろうな」

 

 永理が結論を口にすると、途端に十代と翔の顔が、まるでムカデを噛み潰したような顔になる。

 

「んじゃ、次は隼人の番な」

 

「いや、この話はもうやめよう」

 

 十代と翔はそう言い締め、無言で食堂の奥にあるトイレに向かう。相当こたえたらしく、顔が真っ青だ。

 十代と翔は真顔で、「マジ?」「マジっすか?」と互いに確認し合い、急いでトイレまで走り、ドアを開けた。するとそこには

 

「おええええええええええっ!!」

 

「だ、大徳寺先生!?」

 

「話聞いてたっすね……」

 

「よし俺達も続くぞ!」と十代の声と共に、聴くも無残なむさくるしいゲロ音の三重奏。まさに地獄、拷問である。永理はマスクを取り、今のうちに付けておく。話す際ゲロの臭いを嗅がなくてもいいようにだ。

 女の子がゲロっているのを見るのは好きだが、男のは論外だ。臭いだけでもあれなのだ、嫌なのだ。

 

「つか隼人、お前は大丈夫なんだな」

 

「親父がよくムカデ酒を作っていたんだな。あれ使い終わったらよく焼いて、酒のつまみに食っていたんだな。結構美味しかったんだな」

 

 ああ、そう。としか永理は答えようが無かった。正直自分でも、あれを食べようとは思えない。いや、田舎ならあるのか……? と考えるが、やはりそれも無いだろう。精々野イチゴ辺りで留まっている筈だ。

 

「あっ、この黒いのムカデじゃないのか?」

 

「それ先生のひじきだにゃ……」

 

 今更嘘とは言えないな、と永理は頬杖を付きながら思う。酒飲みの友達は居るが、とはいえ流石に酔っ払って家を間違えるような奴ではない。

 たまに公園で寝ていたりとかはしたりしているらしいが、それは永理のあずかり知らぬ所。

 しばらくしてから、二人の友人は一人の教師を連れて戻って来た。顔は何処かぐったりしているが、同じぐらい安堵もしている。どうやらゲロの中にムカデは居らず、ひじきしか無かったらしい。

 

「永理君……あまりショッキングな話はやめてほしいのにゃ……」

 

「錬金術で蟲とか使わないんすか」

 

「使うけども……食べるのは韓国の仕事にゃ」

 

 そんな仕事は無い。とはいえ下手にツッコむのも面倒なのであえて永理は何も言わない。永理はツッコみではなくボケの立場の人間なのだ。

 故に面倒な事はしない。

 

「永理君……酷いっす、こんなボロ家でそんな話するなんて」

 

「そういやムカデって、小さな奴だと隙間から入ってくるんだよな」

 

「んだな」

 

 永理の言葉に隼人は頷く。先ほどの怪談で、隼人は田舎育ちだと判明した。故に永理の言葉に信憑性が増す。えっ、と青い顔をする三人。適当に言ったのは本当だったんだ、と永理はぼんやりと思う。

 

「せせせせ、先生の部屋は大丈夫な筈だにゃ……大丈夫、かどうか見て来てくれないかにゃ十代君」

 

「えっ、何で俺が!? 俺だってムカデは嫌っすよ!」

 

 まあ、あの蟲を好きだと言う人は殆ど居ないだろう。ムカデ、漢字で書くと百足。実際には精々三十~五十程度しか無く、百本ものはかなり珍しいらしい。

 では何故百足と書くのか。それは昔、百というのは数が多い事を現す漢字だった事が由来だ。

 

「取りあえず三人とも、水で口を濯いできた方がいいと思うんだな……」

 

「そういや永理、なんでマスクなんか付けてるんだ?」

 

「ゲロの臭いは嫌いだ」

 

「酷いっす! 元凶なのに酷いっすこいつ!!」

 

 ハハハと笑い適当に制す。確かに、永理は酷い事をしている。その自覚はある。だが嫌なものは嫌なのだ。永理はいつでも通常運転、いつも通り自己中に動く。他人の事なぞお構いなし。そんな自分が大好きなのだ。

 まあ、それのせいで友情関係を壊してしまった事もあったが、別にメリットも無さそうだったのでノーマンダイ。

 十代、翔、大徳寺の三人は口を濯いできてから、椅子に座る。大徳寺の椅子は無かったので、近くに会った椅子を拝借した。

 

「……で、四人は何をやっていたんだにゃ? それもこんな夜遅くに」

 

 口を濯いできたのでもうゲロ臭はしない。

 十代は楽しそうにその問いに答えた。永理はあくびを洩らす。

 

「怪談話だぜ先生! 最近暑いからな!」

 

「吐きすぎて身体が熱いっす……」

 

「眠い……」

 

 ちなみに永理は既に四徹目に突入してしまっているのだ。それでもなんだかんだ無遅刻無欠席、居眠りも無しでやっている辺り流石と言える。別に生前はブラック企業に勤めていたとかそういうのは無いのだが、趣味に没頭するあまり、そして仕事に支障を出さない為にこういった特技を産み出してしまったのだ。勿論身体にかなり悪いが、趣味で死ぬなら本望である。

 

「消灯時間はもうとっくに過ぎてるのにゃ、学生は寝るのも仕事の一つなんだにゃ」

 

「その点アニキは授業中寝てるから仕事してるっすね」

 

「授業中寝ない為に夜に寝るのにゃ」

 

 先生のもっともな言い分に、何か言い返そうとして何も言い返せない十代。永理はそれを見てアハハと笑う。一応永理もまだ成長期ではあるが、それより趣味に時間を注ぎたい人間なのだ。

 

「百物語は途中で終わらせたら、その者に災いを齎すという……なので、先生が最後の話をするのにゃ」

 

 既に災いは齎されているが、気にしたら負けだ。大徳寺はカードを引く。FGD、レベル12の融合モンスターだ。何故こんなレアカードをレッド生徒が持っているんだというツッコミは禁止である。

 

「えっ、途中で終わったら駄目なのか?」

 

 十代が青い顔をし、永理の顔を見る。永理のムカデ話のせいで、百物語は中断させてしまったのだ。

 しかし、永理は何の心配もしていない。何故なら、江戸時代でも百物語は流行っていたが、その頃のルールは最後まで終わらせない事だったというのを知っているからだ。

 何故、途中で終わらせるのか。それは流石に武士と言えど、実態のない者を斬る事が出来ないからである。殺せない者ほど恐ろしいものは無い。そもそも百物語は降霊術の一つなのだ。なので途中で終わらせた所で何の被害も出ない。大徳寺の言った言葉は、四人を早く寝かしつける為のものだ。

 

「これは特待生寮の話なのにゃ……」

 

「俺の部屋で女子生徒がレイプされて、彼氏と一緒に心中した話っすか?」

 

「……やっぱり、あれは見間違いじゃなかったんすね」

 

 翔の記憶に、大体二話ぐらいの出来事がフラッシュバックする。永理が亮を捕まえ、亮が弟である翔を捕まえたあの珍妙な事件。

 ちなみに例の二枚のカードは未だ部屋の中、どう処理するか決めかねている。

 

「いいや、それじゃないにゃ……特待生寮では、闇のデュエルの研究をしていたらしいのにゃ。勿論、他の生徒には内緒で。

 一人、また一人と特待生は消えていったんだにゃ。男、女、友人、知人、ライバル、嫌いだった奴……次々と消えていき、次は自分じゃないのかと不安になって逃げだす者も居たらしいのにゃ……。

 結局その原因も、消えた生徒が何処に行ったのかも不明。最終的に廃寮となったのにゃ」

 

 原因不明、消息不明。永理は大方闇のデュエルとかだろ、と適当に予想する。闇のデュエル、永理はよく知らないが、昔色々とあったらしい。とはいえ科学的にそれを再現する事なんぞ不可能な筈だ。海馬が闇のゲームをやっていたが、あれはソリットビジョンシステムの応用。実際には闇のゲームではない。

 しかし、永理の顔には悪ガキのような笑みが浮かんでいた。

 

「さあ、もう解散するにゃー、早く寝なさいなのにゃー」

 

「はいはい、俺達ももう寝るか」

 

「だな」

 

「はいっす。永理君、大徳寺先生。おやすみなさいっす」

 

 そう言い残し十代と奇妙な仲間達は食堂を出て行った。永理は台所に行き、ヤカンで湯を沸かす。その間に急須の中に茶葉を入れておく。

 

「永理君も早く寝るようににゃ~、今日は徹夜しちゃ駄目ですにゃ」

 

「緑茶飲んだら寝ますよ」

 

 ならいいにゃ、と言い大徳寺は食堂を出て行った。お湯が沸くまでの間、余った時間を利用しPDAを操作し、亮に一つのメールを送る。

 送信ボタンを押し、画面に送信完了と表示された瞬間、ヤカンが甲高い音を立てた。




 前回は初歩的なミスをしてしまい、申し訳ありません。そしてデュエル描写無しですみません。
 次回からタイタン出します、絶対。そしてデュエル描写もあります、絶対。


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第11話 闇のゲームで、君とセクロス!(前編)

 廃寮というのにいざ足を踏み入れてみてまず感じたのは、埃っぽいというやや在り来たりな感想だった。十代との廃寮探索を断り、わざわざ秘密裡に亮と共に来たのは、一つの目的がある。

 苔の生えた壁、穴だらけの床に天井。照らす光は馬鹿馬鹿しいぐらい真ん丸満月、歩くたびにぎしりぎしりと音が鳴る。窓ガラスは全て割れており、獣のような爪痕が残り、床には花瓶らしき残骸がある。これでまだ廃寮になって数十年と経っていないというのだから驚きだ。

 廃寮は二階建てになっており、今永理達が居るのは一階だ。広いロビーの四隅には古び少しばかり頼りない梯子がかけられており、絨毯はボロボロ。ボサボサになっている。

 

「しかし埃っぽいな」

 

「……やはり、お化け屋敷に使った時のままだったのは駄目だったか」

 

 行方不明スポットで何してたんだ、と永理は亮をじとりと睨み付ける。右手には警棒のように殴れるぐらい大きな懐中電灯、左手にはいざという時の為に殺虫剤を装備。まるで痴漢されるのではと恐れている女子のようだが、永理は男だ。それも女には見えない。

 足元を照らしながら、慎重に進む。天井のランプが今にも落ちてきそうなのがとても怖い。

 しかし、怖い思いをして態々入ったのには理由がある。それは一般人から見ればとても小さくくだらない理由だが、永理と亮にとっては大きな理由となる。馬鹿馬鹿しいと誰もが笑い、そして女が聞けばきっと幻滅するだろう。永理の方は既に下がるような株は無いが、亮の場合それはとても大きい。

 

「精霊ならレイプしても犯罪じゃないんだ、頑張って探すぞ」

 

「……本当、不純だよな俺ら」

 

 というか亮なら女には困らないんじゃないか、という言葉を永理は飲み込んだ。亮にとって理想の女性とは、口説いたらキュベレイ乗って攻めて来る女とか、二股かけたら唄歌いだして五百万隻の艦隊が寝返ったりする女とか、御前試合終わったら即自決する女とかそういったまず現実には居ない女性が好みなのだ。そして機械、ストライクゾーンが広い処が異次元にあるような男だ。

 故に亮は、二番目の好みである機械に手を出す為に、どうしても闇のアイテムが必要なのだ。

 闇のデュエルとは、攻撃が実体化する闇のゲームである。モンスターも、魔法も、罠も実体化する。これらから導き出される答えはつまり、遊戯王カードと触れ合う事が出来るという事に他ならない。

 そして永理の元居た世界で幽霊をレイプしたからといって裁かれる法律が無いように、この世界でも精霊をレイプしたとしてもそれを裁く法律が無い。

 何とも最低な発想ではあるが、モテない男ならまず第一に思い付く事だ。

 そしてそのヒントが、この廃寮にあるらしい。永理としては十代達と合流してしまう前に、何としてもそれをゲットしたい所だ。それが無かろうと、とにかく見つからないうちにトンズラこきたい。流石に肝試しを断っておいて廃寮に居ましたってのは、十代でも許してくれなさそうだからだ。友情にヒビを入れるのは魔法カードを発動された時だけでいい。

 

「しっかし亮、お前の友人も行方不明になってるんだろ? こんな事して心痛まないのか?」

 

「友情と性欲を天秤に掛けたら、勝つのは性欲だ」

 

 永理に負けず劣らず、清々しい屑っぷり。故に永理と波長が合うのだ。何とも馬鹿馬鹿しい話ではあるが、これが友情なのだ。こんな友情いらないとか言わない。

 さて、と気を取り直し、探索する。二階へ一度上り、足元に気を付けながら亮の後を追う。永理は知らなかったが、亮は元々特待生だったらしい。故にこの寮の構造も、ある程度は覚えているのだとか。もう入ったのが二年前なので記憶はおぼろげのようだが、だとしても何も知らず入るよりは何倍もマシだろう。

 ふと、足元に落ちていたカードを拾う。二枚のカード、終わりの始まりと闇の誘惑。永理の愛用しているカードだ。とはいえ凡庸性のいい(終わりの始まりは使うデッキを選ぶが)カードが、廃寮にあったとしても何ら不思議はない。元々ここで、人は暮らしていたのだから。

 それをポケットの中に入れ、探索を続ける。ネコババではない、ここに放置されてるという事は既に所有権を放置している事になるのだから。

 

「悪い亮、便所行きたい」

 

「ホールを下りて右側にある筈だ、まだ水は通っていた筈だから……まあ、少々汚いが機能には問題ないだろう」

 

 

 亮に教えてもらった通りに階段を降り、ホールの右手側をキョロキョロと探す。あった、薄暗闇の中でもしかと見える男と女を現す記号の付いた看板。そこへ少々急ぎ足で向かい、トイレの中に入る。

 トイレの中はかなり汚れており、苔や埃が積もっている。それでもって小便臭く、更にイカ臭い。やはり青姦スポットになっていたようだ。

 急いで小便器の方に行き、チャックを下す。しばしの解放感、小便をしている時が一番気持ちいのだ。

 

「しっかし、臭いなここ」

 

 独り言を呟き、ボタンを押す。すると水がちゃんと流れる。亮の言ったように、まだ水は通っているようだ。蛇口をひねり、手を洗う。石鹸が無いのが少々不満な点になるが、だとしても水だけでも手を洗えるだけいくらかマシだろう。

 蛇口を締め、右ポケットの中にあるハンカチで手を拭きながらトイレを出る。

 

「んっ?」

 

「おやぁ……」

 

 トイレを出た直後、巨大な男が目の前に居た。

 黒いコートを羽織り、黒いハットを被り、更に仮面をかぶった巨大な男。ベルトには胸のデュエルディスクを起動させる為のバッテリーが取り付けられている。

 それが、金髪ボインの姉ちゃんである天上院明日香。を肩に持って、永理の方を見ていた。

 しばし、時間が止まる。

 

「……こんばんは」

 

「こんばんはぁ……」

 

 渋い声だ。

 取りあえず夜に出会ったので、永理は挨拶をする。挨拶はニン……デュエリストの中では絶対の礼儀であり、しない者は大変失礼とされムラハチにされる。嘘である。

 何故自分は見ず知らずの不審者に挨拶をしているのだろう、と永理は咄嗟にした自分の行動に疑問を持つ。恐らく相手もそうだろう、何処か困惑しているようだ。

 しかし、今永理はディスクも持っていない。デッキは例のロマン昆虫族。デュエルで勝てる見込みはあまり無い。あのサイバー流デッキを操った神楽坂に勝てたのは、完全にまぐれだ。で、あるならばどうするべきか。

 足も遅く、力も無い。大声を出すのもぶっちゃけ苦手だ。で、あるならば。痛い眼に合わない為にどうするべきか。

 

「貴様、こんな所でなぁにをしている?」

 

「闇のゲーム、それにまつわるアイテム探し」

 

 そう、変に抵抗せず、素直にいう事を聞く事だ。実際それが一番安全策である。生きる為なら虫にだってなってやるのだ。最終的に生きて帰って、ダラダラとゲームが出来ればそれでいいのだ。

 男はじろりと、永理の全身を見る。赤い制服、ひ弱そうな腕。少し痩せすぎではないかと誰もが思うような細い顔。眼の下には濃いくま。

 

「遊城十代、という男を知っているかね?」

 

「ええ、友人ですよ」

 

 永理はここで、やっちまったと後悔してしまう。恐らく彼が担いでいる明日香は、十代を釣る為の餌。その為なのだろう、態々カードをヘンゼルとグレーテルで道しるべに置いてきた石のように置いている。飛んで行かないのか、と思うが割と飛んで行かないのだ。こう、なんやかんやで引っ付いているのだ、床と。

 

「では私に付いてきてもらおう。餌は多い方がいい」

 

「かしこまり」

 

 永理は思わず、自分の不運を呪った。

 だが、素直に付いて行けば暴力を振るわれないので、まだラッキーかと思い直すのだった。

 

 

 道すがら男の名前を聞くと、タイタンとだけ言われた。永理はすぐに偽名だと思ったが、まあこれで呼ぶのに困る事は無いだろう。

 それ以外にも色々と雑談をしていたのだ。タイタンには一人息子が居り、最近は『満足』が口癖だとか。手札を〇にして効果を発揮するモンスターが好きだとか、ファッションセンスが少々ダサいとか。色々だ。

 男に連れてこられたのは、広いホール。元々デュエルフィールドとして使われていた所だろうか。しかし、地獄風にアレンジされたのか、柱にはまるでサーベルタイガーの牙のようなものが取り付けられている。床は比較的綺麗なのは、床が固い材質で作られているからだろうか。

 明日香は棺桶の中に、永理は両手首を後ろに縛って逃げ出せないようにされている。とはいえそれは見かけだけで、実際はかなりゆるゆるだ。ちょっと工夫すればすぐに抜け出せる。

 コミュ力高くて助かった、と永理は安堵している。首をトンとして気絶させるあれは、下手すれば植物状態になりかねないほど危険なのだ。なので誰も真似をしないように。

 

「待っていたぞ、遊城十代……」

 

「永理、何故ここに!?」

 

「なーにやってんすか、永理君」

 

 十代が本来居ない筈の永理の姿を見て驚き、翔と隼人がその後ろで呆れている。

 永理は速攻目を逸らす。流石に、妖精レイプする為に廃寮来ましたとは口が裂けても言えない。当然だ、明日香の意識がもしかしたらあるのかもしれない。そんな状況でそんな事を言ったら、ただでさえ低い永理の株がストップ安を超えて倒産の域にまで達してしまう。

 永理はアイコンタクトで、とっとと進めろとタイタンに送る。

 

「……それよりもだ、十代。あの棺桶を見ろ」

 

「明日香! お前、明日香に何をした!?」

 

 ただ眠っているだけなのだが、タイタンは一応闇のデュエリストという設定だ。故に演技力もかなり高い。相手を騙す為には必須らしい。

 タイタンはくつくつと笑いながら、ディスクを起動させる。

 

「この女を助けたくば、私とデュエルしろ。最もこのデュエル、ただのデュエルではない。闇のデュエルだ。怖気づいて逃げてもいいぞ。まあその場合、あの娘の命は保障しないが……ね」

 

 タイタンはコートの裏から、紐に繋がれた黄金逆三角形の物を取り出す。中心部分には眼が一つ。本来であればその眼の下にぐにゃりとした何かよく解らない模様がある筈だ。更にパズルらしいつなぎ目も無い、エジプトで売っている土産物だ。

 千年パズルの所有者は武藤遊戯、その人の姿はテレビで毎週のように報道されている。首にかけている千年パズルも一緒に、だ。故にそれを真似した、所詮土産物が大量に溢れかえっているのだ。この世界では。

 この世界では縁日に行けば見る事が出来る、見慣れたものだ。とはいえ雰囲気を整えれば、ちゃんとそれっぽいのは流石だと永理は思う。

 

「……いいぜ、受けて立つ! 隼人!」

 

 隼人がバッグからデュエルディスクを取り出し、十代に投げ渡す。そして十代もさも当たり前のようにそれを装備。デュエルディスクは精密機械をとにかく押し込んだような物だ、故にかなりの重量があるのだが、それを片手でキャッチするのは……やや人外染みている。

 まあとにかく、二人はデュエルする事になったのだ。この世界では命懸けの争いもデュエルで解決出来る。海馬剛三郎が聞いたら卒倒しそうな話ではあるが、何やかんやあの人も遊戯王世界の住人なので適応しそうだ。

 

「「デュエル!」」

 

 まず動いたのは十代だ。最近は融合に加え、シンクロを利用した手札補充ギミックを取り入れている。段々と十代のデッキが融合から融合シンクロに移り変わって行ってるのだ。

 とはいえ、初手で出来る事はたかが知れている。

 

「俺の先功、ドロー!

 手札から永続魔法、補給部隊を発動! 更にカードガンナーを召喚し、攻撃力500以下のカードガンナーを対象に魔法カード機械複製術を発動! デッキから同名モンスターを二体、特殊召喚する!

 更にカードガンナーの効果を発動! デッキトップからカードを三枚まで墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの枚数×500ポイント攻撃力をアップする! カードを二枚セットし、更に一時休戦を発動! 互いにカードを一枚ドローし、次の相手ターン終了時まで互いが受けるダメージは0になる! カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 十代の場に三体のおもちゃのような戦車が現れ、ターンが終わる。手札は一枚、だがカードガンナーと補給部隊があるので実質的に手札は四+され五枚に相当する。

 流石のタイタンもこれにはちょっとびっくり、というか引いている。が、気を取り直しカードを引く。胸に憑りつけてある場所から引くのは少々やり辛そうだが、恰好付けというのも闇のデュエリストには重要なのだ、見た目で重圧感を与える為に。

 

「私のターン! 魔法カード、トレードインを発動! 手札のプリズンクインデーモンを墓地へ送り、カードを二枚ドロー! 更に手札のジェネラルデーモンを墓地へ送り、デッキから万魔殿-悪魔の巣窟を手札に加え、発動!」

 

 デュエル場の姿が、一気に変わる。床はゴツゴツの階段状になり、六本の柱が生えその上には見下すように悪魔の像。中心部分には生け贄を捧げる為の祭壇が、血を求め光っている。それに施された眼の模様と、永理は目が合ってしまった。

 

「シャドウナイトデーモンを召喚!」

 

 左手に禍々しき鍵爪を付け、右手が先端が赤みを帯びた剣になっている、黒い鎧を見に纏った悪魔が、黒い翼を翻し現れる。

 カードの対象になった際、運が良ければそれが無効化される効果を持った、攻撃力2000のそこそこ強いモンスター。しかし相手に与えるダメージは半分になってしまう欠点を持つ。

 

「シャドウナイトデーモンで、カードガンナーを攻撃!」

 

 シャドウナイトデーモンが地を蹴り、一気に剣を振り下ろす。しかしその直前、突然カードガンナーが爆発した。他の対象にされたカードガンナーもだ。

 

「罠カード、ハイレート・ドローを発動! 場のモンスター全てを破壊し、破壊された機械族一体につきカードを一枚ドローする! カードを三枚ドロー! 更にカードガンナーの効果で三枚ドロー! 永続魔法、補給部隊の効果で一枚ドロー!」

 

 一気に十代の手札が、八枚まで膨れ上がる。何ともまあ馬鹿馬鹿しくなるドロー加速だ。

 タイタンは思わず苦い顔をする。そりゃそうだろう、いきなりこんなドロー加速を見せつけられたら誰だってそうなる。

 

「ぐっ……直接攻撃に変更!」

 

 シャドウナイトデーモンはその場で右脚を軸に回転し、十代に剣を薙ぎ払う。

 シャドウナイトデーモンの効果で受けるダメージは半分となる。そして今現在のシャドウナイトデーモンの攻撃力は2000、よって受けるダメージは1000。

 

「私はカードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、融合を発動! 手札のスパークマンとクレイマンを融合し、E・HEROサンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

 十代の場に、いつもの上半身と下半身のバランスが取れてない雷のヒーローが現れる。毎ターン相手モンスターを、攻撃力2400以下だけとはいえ破壊出来る効果はそこそこ強い。

 十代は迷いなく、手札を一枚捨てる。

 

「サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札を一枚捨て、このカードの元々の攻撃力以下のモンスター一体を破壊する!」

 

「シャドウナイトデーモンの効果発動! このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になり、その処理を行う時にサイコロを一回振る!

 3が出た場合、その効果を無効にし破壊! ダイスロール!」

 

 シャドウナイトデーモンの前に、黒いサイコロが現れる。模様は禍々しい悪魔の顔。それが回転し、徐々に止まる。サイコロの目は3、よってサンダー・ジャイアントの効果は無効となり破壊される事になる。

 サンダー・ジャイアントの胸の中心部分にあるコアから発射された雷を紙一重で避け、左手の爪でそのコア部分を抉り取る。赤い液体と共に電撃が噴き出す。

 

「ぐっ、補給部隊の効果でカードを一枚ドロー! これが通らないか……ならデブリ・ドラゴンを召喚! このカードの召喚成功時、攻撃力500以下のモンスター、沼地の魔神王を効果を無効にして特殊召喚する!」

 

 十代の場に頭が尖っており、胸と肩に黄色い琥珀のようなものが埋め込まれた水色のドラゴンが、自重を持ち上げる事は出来ないであろう小さな翼を羽ばたかせながら現れ、ついでにその横から緑色の泥を集めて作ったような、丸い人のような何かが現れる。永理は思わず、腐れ神か何かかと思った。

 

「レベル3の沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!

 氷結界に封じられし暴力の龍よ、その力で我が敵を氷像に代え力を示せ!」

 

 デブリ・ドラゴンが光の輪となり、その中を沼地の魔神王がくぐる。魔神王の身体を身体たるものにしていた物が弾け、その中から三つの光が出てくる。

 その光は輪の中で七つに分かれ、一筋の光と化す。

 

「シンクロ召喚! 氷結界の龍グングニール!」

 

 十代の場に現れたのは、氷を思わせるほど冷たい色合いの龍だ。白い冷気を発し、パキパキと羽に付いた氷を剥し、赤く眼を光らせ、四つの足に力を籠め雄たけびを上げる。四足の龍、狂暴性で言えばトリシューラに負け、強さで言えばブリューナクにも負ける不遇枠だが、今はかなり強くなっている。

 とはいえ氷結界の中で言えば一番安いシンクロモンスターだ。

 

「グングニールの効果発動! 手札を二枚まで墓地へ捨てる事で、捨てた枚数分相手のカードを破壊する! 手札を二枚捨て、伏せカードと万魔殿-悪魔の巣窟を破壊!」

 

「甘い! 罠カード、和睦の使者を発動! このターン受ける私の戦闘ダメージを0にし、モンスターは戦闘によって破壊されない!」

 

 グングニールが羽ばたき、冷気の塊を伏せカードとフィールド魔法にぶつける。一瞬で万魔殿は凍り付き、粉々に砕け散る。ダイヤモンドダストのように、宙を舞う。

 十代の手札はまだ四枚、手札補充カードをまだ握っているのか、それとも墓地のモンスターを素材に融合召喚出来るカードを握っているのか。どちらにせよ、相手からすればたまったものではない。四枚もあれば、大抵の事は出来るのだ。

 

「カードをセットし、ターンエンド!」

 

「私のターン、ドロー!

 スタンバイフェイズ、シャドウナイトデーモンの効果によって、900ライフポイントを払う……ぐっ」

 

 タイタンがライフを払うと、タイタンの身体の一部が透けた。それに対し翔と隼人、十代も驚く。永理は一度闇のデュエルをした事があるので、さして驚かない。

 

「なっ、お前……なんで身体が消えて……!?」

 

「闇のデュエルでライフを失った者は、その分だけ身体が闇に食われる……負けた者はこの世から、一切の痕跡を残さず消えてしまうのだ」

 

 しかしそれで最初に失ったのが、闇のデュエルを仕掛けたタイタンとは……しかし、タイタンの心に死ぬという不安は無い。何せこのデュエル、消えているように見せているのはタイタンの手品だからだ。

 そして人間は思い込みが激しいと、それが嘘でもまるで本当かのように感じてしまう。

 目隠しをしてメスを当て、切ったように錯覚させ水滴を落とす。それだけで人は簡単に死ぬのだ。似非闇のデュエルも、種さえバレなければそれは本物。そう錯覚し命を奪う。痕跡はデュエルデータのみだが、それだけでは殺人を立証する事は不可能。永理はGXの世界の知識は無いが、初代遊戯王の知識はある。故にタイタンが持っている千年パズルは、すぐに偽物だと判明した。

 しかし、それを知らぬ十代は動きを止める。敵とはいえ命を奪うのにはやはり抵抗があるようだ。たかが一介の高校生に、命の奪い合いをしろという方が酷というものだ。

 

「それじゃあ……俺が勝ったら、お前は」

 

「ああ、消えてしまう。しかし負けんよ、私はね。装備魔法、デーモンの斧をシャドウナイトデーモンに装備! これによって、攻撃力を1000ポイントアップ!」

 

 シャドウナイトデーモンの手に、緑色の肌をしたおっさんの顔が浮かび上がっている大きな斧が現れる。それの使い心地を確かめるように、頭上の上で扇風機の羽のように回す。

 攻撃力3000、社長の嫁こと青眼と相打ちする事が出来る攻撃力と化した。シャドウナイトデーモンの剣に悪魔の顔が描かれたハートマークが浮かび上がり、そこから赤いオーラを出す。それはシャドウナイトデーモンの全身に行きわたり、身体を活性化させる。筋肉が一瞬、大きくなったような気がした。

 

「バトル! シャドウナイトデーモンで、グングニールを攻撃!」

 

「チッ、迎え撃て! グングニール!」

 

 まず注意を引き付ける為、シャドウナイトデーモンは斧を投げる。ぐるぐると回る斧を、グングニールは羽ばたきによって速度を無くさせ、地面に落とす。

 そしてグングニールはシャドウナイトデーモンを睨み、冷気のビームを口から吐き出す。一本の氷にまとわりつく様に、螺旋状にシャドウナイトデーモンに向かうビーム。しかしその動きは少々遅い。その前に、シャドウナイトデーモンは動き、グングニールに向かって駆けて行った。急いで射線をシャドウナイトデーモンの方に修正。しかしシャドウナイトデーモンは右手の剣でそのビームを斬り、弾き飛ばす。そのまま地を勢いよく蹴り、剣を突き立てながら突撃。ビームを真っ二つに引き裂き、徐々にグングニールの顔に近付いていく。顔に剣が突き刺さり、口の中でビームが暴発。大きく爆発し、より一層冷気が濃くなる。着地と同時に地面に突き刺さったデーモンの斧を引き抜き、バックステップでタイタンの元へと戻る。

 しかし、十代の受けたダメージはたったの150、効果によって与えるダメージ量はごく少ない。

 

「メイン2。シャドウナイトデーモンを生け贄に、迅雷の魔王-スカル・デーモンを召喚!」

 

 タイタンの場に、巨大な魔王が現れる。デーモンの召喚、初期に現れた攻撃力2500の通常モンスターで、永理の中ではブラック・マジシャン以上に武藤遊戯のエースカードの印象があるカードだ。

 それのリメイクカード。骨の様な鎧を見に纏い、その裏には皮を剥したかのように赤い筋肉の塊。敵を引き裂かんという巨大な爪は稲妻を帯びており、黒き羽には魔界の戦闘で傷ついたのであろう細かな傷跡が残っている。

 何故、デーモンの斧を装備させたシャドウナイトデーモンを墓地へ送ったのか。これはプレイミスではない、タイタンの性格により現れた欠点だ。デーモンの斧は装備魔法である、故に破壊されたら攻撃力2000へと逆戻り。そしてHEROは融合主体のデッキ、更にシンクロも組み合わされているのだ。故にそれを警戒し、攻撃力が500高いスカル・デーモンにしたのである。それにライフコストも、こちらの方が少なくて済む。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

「ああっ、アニキの右肩が消えかかってるっす!」

 

「何言ってるんだな翔、十代の左脚が消えてるんだな」

 

 どうやら二人で、消えている箇所が違うようだ。十代は思わず振り向き、二人の顔を見る。嘘をついているようには見えない。

 念の為、十代はタイタンの足元で縛られている永理にも確認を取ってみた。

 

「あーっと……左脇腹辺りが消えているな」

 

「って事は……この闇のデュエル、インチキだな!」

 

 タイタンが苦虫を噛み潰したような顔になる。表情が少しばかり、表に出過ぎなのではと永理は思ってしまう。が口には出さない。下手な発言は面倒事を巻き起こすだけだからだ。

 十代は何処か安堵しているようだ。自分が誰かを傷つけている訳ではない、と解ったからか。良い子やなと永理は他人事のように思う。

 

「俺の身体が上手く動かないのも、消える手品のタネも、その千年パズルにあると見た!」

 

「ば、馬鹿が! これは正真正銘、本物の千年パズルだ!」

 

「それが本物か偽物か、こうすれば解る!」

 

 十代は千年パズル目がけて、カードを投擲。真っ直ぐ飛んだカードは偽千年パズルの眼の部分に突き刺さる。瞬間、十代の身体から消えている箇所が無くなった。

 

「それが本物なら、闇のデュエル中デュエル以外の妨害は受けない筈だ!」

 

「ぐっ……バレてしまっては仕方がない! ドロンパァ!!」

 

 タイタンが偽千年パズルを地面に叩き付けると、もわもわと白い煙が部屋を包み込んだ。ついでにどういう訳か、足元の永理を脇に抱えタイタンは逃げ始めた。うええええと情けない悲鳴を上げる永理。ガクガクに揺らされて少し気分が悪い。

 

「逃げ切るまでは共に居てもらうぞ、後で詫びにパックをあげるからな」

 

 小声で永理にそう言うも、肝心の本人は全く聞いて居ない。ただただ揺らされるだけだ。

 ホールを出て、エントランスへ向かう為階段を上る。その後を十代が追ってくる。揺れは激しさを増し、永理の脳みそを容赦なくシェイクする。

 タイタンがエントランスの真ん中に描かれた丸い模様からあと一歩出ようとし、十代が足を踏み込んだ瞬間、よく解らない透明の何かにぶつかったのか後ろに思い切りこける。その際もしっかりと永理の顔が地面にぶつからないようにしてくれた。なんだかんだ優しい人だ。

 

「なっ、なんだこれは!?」

 

「うっ……酔った、俺あんまり酔わない体質の筈なのに……」

 

 足元に、突如として眼のマークが現れる。そしてそれを取り囲むように、タイタンと十代は初めて体験し、永理は二度目になる霧。紫色の霧が永理と十代、そしてタイタンを完全に包み込む。

 十代は辺りを見渡し、その霧に警戒を強める。タイタンは動揺しきり、狼狽えている。一方永理は不思議なぐらい平然としていた。二度目だからだろうか。

 

「おいお前、今度は何をしやがった!」

 

「ちっ、違う! 私じゃあないんだ!」

 

「……またかよ」

 

 視界が完全に霧に包まれる前に、PDAからメールの着信音が鳴る。

 永理はもう諦めたかのように、そのメールを開く。亮からだ。

 

<探索しても何も見つからなかったから先に帰るわ、気を付けてな>

 

 永理は思わずPDAを地面に投げつけようかと思ってしまった。

 タイタンと十代が変に冷静な永理を見る、その視線に気付いた永理はこの状況に対して説明せざる得なくなってしまった。

 永理の眼に、まだ召喚していない筈のハネクリボーが見えた。十代の側に居る。

 

「恐らくだが……これは本物の闇のゲームだ。どちらかが死ぬまで、決して元の世界に戻る事は出来ない」

 

 しかし、その説明に二人は返答を出さない。変わりに永理を、正しくは永理の後ろを指差す。

 永理もそれに気付いたのか、ゆっくりと振り返る。するとそこには、蒼色の羽を生やし、蒼い眼をした永理のフェバリットカード、究極完全態・グレート・モスの姿が。

 

『プヒィィィップ!!』

 

 夢なら覚めてくれ、と永理は思わず天を仰いだ。




 はい、という訳で永理の精霊が初めて姿を現しました。他の作品ではアイドルカードやらマスコットカードやら、擬人化させるのが殆どでしょう。しかしこれではあえて、この作品ではあえてそのままの姿でやります。需要なんて知りません、永理は永遠非リアです。


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第12話 闇のゲームで、君とセクロス!(後編)

 読者は精霊、というものをご存じだろうか。精霊、万物の根源とされている気的なあれであり、フィクションにおいては『ひゃんっ!』とかヒロインが言ったりするアニメでのメインウェポンだったり、死んでも一回休みだけで済んだりするあれである。

 遊戯王の世界においても精霊は存在すると言われており、伝説のデュエリスト武藤遊戯はクリボーの精霊に振り回されているという。

 遊戯王世界の精霊、そう聞くと皆は何を思い浮かべるだろうか。クリボーやハネクリボーのような可愛い系(クリボン? 知らない子ですね)や、ブラマジガールやガガガガールのような女の子系、霊使いやカード・エクスクルーダーのような小さな存在等を思いうかべるだろう。

 永理は勿論、そんなカードが持ち精霊になるとは思っていなかった。精々メタモルポットとかそういうのだろうと、たとえレベルが高くとも精々上級モンスター程度だろうと思っていた。

 しかし、しかしだ。現実は非情である。

 

「……マジ?」

 

『プヒィィィップ!』

 

 目の前で黒い空間から浮かび上がるように蒼い羽を広げている、超巨大な緑色のモンスター。召喚に関しての難易度で言えば、まだ三幻神を三体揃える方が楽だと錯覚するほどの面倒さを誇り、更にその苦労に見合わない究極龍にも勝てない攻撃力の効果は召喚制限のあるモンスター。究極完全態・グレート・モス。これが、永理の持つ精霊だ。

 永理は思わず十代の顔を見る。十代の側、右肩辺りで浮かんでいるのは、白い羽を付けたクリボー、ハネクリボーである。そしてもう一度永理の持つ精霊を見る。

 思わず永理は、膝から崩れ落ちる。

 

「フェバリットカードだけども、だけどもさ……それでも、なあ」

 

『プピュン』

 

 究極完全態・グレート・モスが慰めるように、永理の背中を羽で優しく叩く。十代は思わず苦笑い、タイタンは困惑顔だ。マスク越しからでも解るぐらいに。

 

「え、永理……どうやったら、この世界から抜け出す事が出来るんだ」

 

 タイタンが尋ねる。究極完全態・グレート・モスのインパクトが大きかった為、永理の話を聞けてなかったのだ。そしてついでに、話を本筋に戻す為に、永理に尋ねる。永理は顔を上げないまま答えた。

 

「どちらかがデュエルで負け、死ぬまで……」

 

 永理の言葉を聞き、一気に十代の表情が険しくなる。人殺し、それに対し嫌悪感と抵抗があるのだ。否、むしろ無い者の方が少ない。そういった輩は何処かが壊れているのだ。

 しかし、今永理達が居るのは闇の世界。ここから脱出するには、どちらかが犠牲にならなければならない。十代か、タイタンか。

 

「なっ、何だ……天井が、おいおっさん!」

 

「ん? どうしたじゅうだッなんだこれは!?」

 

 タイタンの上から、闇の世界を形成していたのであろう黒い物体がぼとり、ぼとりと落ちてくる。タイタンの肩、帽子に落ち、芋虫のようにうねうねと動く。

 一つ、二つ。最初はその程度だったが、次第にぼとりぼとりと、まるで大粒の雨のように、次々と闇の形成物が落ち、タイタンの身体をまるでラバースーツのように覆う。

 中からくぐもった悲鳴が聞こえ、顔部分の闇が震えだす。するとまるで、風呂の栓を抜いたかのようにタイタンの口の中に闇の形成物が吸い込まれていき、タイタンの周りにはそれらしき物が無くなった。代わりにタイタンの雰囲気が、何処か変わったのだ。

 

「……デュエルを続けよう、遊城十代」

 

「それしか方法は無いみたいだな……腹括って、やってやる! ドロー!」

 

 何とか十代は気を持ち直したようだ。いや、無理をしているだけだ。どうすれば友人を助けられるか。タイタンははっきり言えば、十代にとってはただの他人。であれば十代は、当然他人であるタイタンより友人である永理を助ける為に行動するだろう。

 たとえそれによって、自身の手が汚れようとも。

 

「魔法カード、融合回収を発動! 墓地のスパークマンと融合を手札に戻す! そして融合を発動! 手札のフェザーマン、スパークマン、バブルマンを融合! E・HEROテンペスターを融合召喚!」

 

 十代の場に、フェザーマンのようなデザインの人工的な羽を付け、稲妻模様が施された青いタイツを身に纏ったヒーローが現れる。右手にはバブルマンのような銃、左手には爪のついたガントレット。テンペスターはニヒルに笑いながら、スカル・デーモンを見やる。

 

「バトル! テンペスターでスカル・デーモンを攻撃!」

 

「罠カード、発動! 聖なるバリア‐ミラー・フォース‐!」

 

 テンペスターは地を蹴り空中高くまで飛翔すると、そのまま空気抵抗が無いように落下。右手の銃から水の弾を撃ちながら勢いよく突っ込む。しかしそれを妨害するように現れる、虹色の壁。それに銃がぶつかり、攻撃が反射されると思った瞬間、そのバリアは消滅した。

 

「なにっ!?」

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂! 相手にドローさせる代わりに、魔法・罠の効果を無効にし、破壊する!

 行けっ、テンペスター! カオス・テンペスト!」

 

 水の銃弾はまるで糊のような粘度でスカル・デーモンの動きを止め、スカル・デーモンの懐の着地する。何とか逃れようとスカル・デーモンは腕を動かし、足も動かそうとするが、どうにもいかない。そのままテンペスターは左腕を大きく振りかぶり、ボディにぶち込む。ガントレットの先端が腹に触れた瞬間、それは変形しまるでくぎ打ち機のように動き、刃をめり込ませる。

 地獄から響くような悲鳴を上げ、スカル・デーモンは爆発。地を蹴りバク転し、十代の場に戻る。

 

「俺はこれでターンエンド!」

 

「私のターン、ドロー! ……メインフェイズ、リビングデッドの呼び声を発動! 墓地からプリンスクインデーモンを特殊召喚!」

 

 タイタンの場に、女性と思わしき悪魔が現れる。何故女性とらしき、と表現したのか。それは、ムキムキの紫色の肌、その上から付けられたあまりにも攻撃的すぎる、トゲトゲとした鎧。胸を隠す鎧にはまるで虫の足のようなモノで固定されている。腕にはよく解らない長いワイヤーが付いた腕輪を取り付け、ボロボロの前掛けが見ていて(興奮しないグロッキーな方の意味で)目に毒だ。唯一女性と思えるのは長い髪ぐらいで、それも顔を見たら帳消ししたくなるほど。

 

「ジェノサイドキングデーモンを召喚! このカードは、自分場にデーモンと名の付くモンスターが存在しなければ召喚・特殊召喚する事が出来ない」

 

 紅いマントを身にまとい、巨大な両手剣を手に持った悪魔が現れ、両手剣の使い心地を確かめるように赤い筋肉を膨れ上がらせ、それを二・三度ほど振り回す。白い鎧と王冠のような頭が特徴的だ。

 攻撃力2000、そして確実性は無いもののこのカードを対象にした効果を無効にする効果。これらを秘めているのだが、その代償として毎ターン800のライフを、スタンバイフェイズに払わなければならない

 

「……でもタイタンの場に存在するモンスターの中で一番強いのは攻撃力2600のプリズンクインデーモン、俺のテンペスターには一歩及ばない!」

 

「ふん、こいつはただの生贄だ。魔法カード、アドバンスドローを発動! レベル8以上のモンスター、プリズンクインデーモンを墓地へ送り、カードを二枚ドロー! 更に速攻魔法、デーモンの駆け引きを発動! 手札・デッキからバーサーク・デッド・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 プリズンクインデーモンの身体の内側から、炭化したような細長い手が、まるで草をかき分けるように、プリズンクインデーモンの身体が引き裂かれる。雄叫びをあげ、口や身体から赤い血を吹きだす。更に無情にもプリズンクインデーモンの身体が横に引き裂かれ、中から臓器を身にまとった、ほぼ骨のような竜が現れた。頭に細長い紫色の毛がある、まるで生者を生きたまま焼き殺したような肌のドラゴン。乾燥した羽を広げ、地獄から響くような雄叫びを上げる。

 

「攻撃力……3500!?」

 

 その値は遊戯王における通常召喚可能モンスターのラインである3000のモンスターを容易に殴り倒せる火力。召喚方法もちょいと工夫すれば容易にクリア出来、更に全体攻撃効果まであるのだ。勿論弱点として、毎ターン自らの身体は徐々に朽ちていき、攻撃力がダウンしてしまう。

 とはいえそれらは些細な事。使えなくなれば、生け贄にするなり何なりすればいいだけの話。

 

「バトル! バーサーク・デッド・ドラゴンでテンペスターを攻撃!」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴンは口を大きく開ける。ぴしぴしと、乾いた口端がひび割れ、カスが床に落ちる。その口の中から、スイカほどの大きさはあろう火炎弾が発射される。テンペスターはそれを水の銃で消そうとするが、当然蒸発。炎に包まれて死んだ。

 

「補給部隊の効果で、一枚ドロー!」

 

「更にジェノサイドキングデーモン! 五臓六腑を爆裂させろ!」

 

 ジェノサイドキングデーモンは自らの身体に剣を入れ、五臓六腑をまるでグレネードのように爆発させる。十代は思わず口を覆った。グロいのにはあまり慣れていないのだ。

 この攻撃によって、十代のライフは850。デッドラインに突入してしまった。

 

「私はこれで、ターンエンド。エンドフェイズ、バーサーク・デッド・ドラゴンの攻撃力は500下がる」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……サイバー・ヴァリーを召喚! カードをセットし、ターンエンド!」

 

 十代の場に、眼の無い機械の竜の幼生が現れる。一先ず安全牌を打った。ヴァリーで戦闘を強制終了させ、たとえヴァリーが破壊されてもカードは確実に一枚ドロー出来る。罠で攻撃は防げる。手札の重要性を、十代は知っている。だが、そうは上手く行かない。

 

「貴様のエンドフェイズに、罠カードを発動させてもらう! ナイトメア・デーモンズ!

 自分場のモンスター一体を生け贄に、発動! 相手場にナイトメア・デーモンズ・トークン三体を特殊召喚!」

 

 ジェノサイドキングデーモンの腹が裂け、そこから三体の小さな悪魔が現れる。全身真っ黒で、赤い眼と赤い口で十代に笑いかける。髪は緑色だ。

 攻撃力2000、その高い攻撃力のトークンを相手場に特殊召喚するという、一見デメリットしかないカードに見える。だがトークンが破壊されたら、800のダメージを受けてしまう。そしてバーサーク・デッド・ドラゴンは相手場のモンスター全てに攻撃出来る効果。厄介としか言いようがない。

 十代の背中を嫌な汗が流れる。十代の傍らでハネクリボーが心配そうな声を上げる。

 

「バトル! バーサーク・デッド・ドラゴンでナイトメア・デーモンズ・トークンを攻撃!」

 

「罠カード、和睦の使者を発動! このターン俺の場のモンスターは破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴンの攻撃は、見えない何かによって弾かれた。バーサーク・デッド・ドラゴンが悔しそうに唸り声を上げる。

 

「カードをセットし、ターンエンド。エンドフェイズにバーサーク・デッド・ドラゴンの攻撃力は500ダウンする」

 

 これでバーサーク・デッド・ドラゴンの攻撃力は2500、上級モンスターの打点となった。

 しかし、だからといって安心は出来ない。少なくとも後二ターン粘らねばならないからだ。

 更にレベルは6、シンクロ召喚に使うには高すぎるレベル。生け贄召喚出来るモンスターは、十代のデッキには二体しか存在していないし、それらがあったとしても確実に一体は残ってしまう。

 

「……俺のターン、ドロー!

 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のカードガンナー二体と、テンペスター、サンダー・ジャイアント、そしてグングニールをデッキに戻し、カードを二枚ドローする!」

 

 実質二枚デッキが増えただけで、手札が二枚に増量したようなもの。融合シンクロ軸のデッキであれば、貪欲な壺で戻すカードが全てエクストラデッキに戻るだけというのも珍しくは無い。

 カードを引き、十代は笑みを浮かべる。

 

「手札から速攻魔法、クリボーを呼ぶ笛を発動! デッキからハネクリボーを特殊召喚!」

 

 十代の場に、羽を生やしたくりくりっとした、茶色い丸いモンスターが現れる。女子に人気なカードで、武藤遊戯の影響によって大量に印刷されたクリボーシリーズの一枚だ。サポートカードにも恵まれているが、専らクリボーを呼ぶ笛の効果で特殊召喚され、生け贄になっている気がするのは恐らく気のせいである。

 

「サイバー・ヴァリーとナイトメア・デーモンズ・トークン一体を除外し、カードを二枚ドロー!」

 

 サイバー・ヴァリーがナイトメア・デーモンズ・トークンの身体に巻き付き、光に消える。

 あと二体、一体でもナイトメア・デーモンズ・トークンを破壊出来れば、何とか首の皮一枚は繋がるだろう。しかし今、十代の手札にはそういったカードが存在しない。否、存在する事にはするのだが、既に召喚権を消費してしまっている。二重召喚もデッキに入れてない。

 とはいえ、十代の口には勝利を確信した笑みが。来てほしいカードが来たのだ。

 

「手札から速攻魔法、サイクロンを発動! 魔法・罠カードを破壊する!」

 

 十代の足元から現れた竜巻が、タイタンの伏せカードを破壊する。タイタンの伏せていたカードは次元幽閉、危なかったと額に付いた大粒の汗をぬぐう。

 

「ああ、女性カード持ってくるの忘れた! インセクト女王しかない! ファッキンブッダ!」

 

「永理ちょっと黙ってろ! 魔法カード、ミラクルフュージョンを発動! 墓地の沼地の魔神王とスパークマンを除外し、E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚!」

 

 永理の茶々を黙らせ十代が召喚したのは、十代が最も信頼するカード。フェバリットカードはフレイム・ウィングマンだが、このデッキのエースは間違いなくシャイニング・フレア・ウィングマンだ。

 白いメタリックな羽を広げ、暗闇を照らすように白く発光する。白き鎧を身にまとい、右手に付けているのは発火装置。十代の墓地に存在するE・HEROと名の付くモンスターは十一体、攻撃力は3300アップし5800。D・G・Dを優に超える攻撃力だ。

 

「バトル! シャイニング・フレア・ウィングマンでバーサーク・デッド・ドラゴンを攻撃! シャイニング・シュート!」

 

「なっ、ばっ、馬鹿な……馬鹿な!?」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンは強く地を蹴り、上空高くまで飛びあがる。そして空中で180°回転し、バーサーク・デッド・ドラゴンに右手を突き出し勢いよく突撃。右手に付けている発火装置から白い炎が、まるで羽のように溢れ出、バーサーク・デッド・ドラゴンの身体を貫く。

 バーサーク・デッド・ドラゴンは紫色の血を口と貫かれた箇所から吹き出し、雄叫びを上げ、まるで乾いた粘土のように身体が崩れていく。タイタンの前に、足を踏み込んで着地すると、シャイニング・フレア・ウィングマンはそのまま、未だくすぶっている白い炎を纏った右手でタイタンを思い切り殴った。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンは戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、相手ライフにそのモンスターの攻撃力分ダメージを与える!」

 

 デュエルが終了し、十代とタイタンのソリットビジョンが消える。タイタンの近くで永理が女性型モンスターをインセクト女王しか持ってこなかった事を嘆いているので、どうも緊張感が薄れてしまうのが否めない。

 

「あっ、終わった? タイタンか十代、どっちか女性型モンスター持って無い?」

 

「……お前の為に必死になった俺は何なんだよ」

 

 いつの間にか手の拘束を解いた永理が十代の側まで寄って来て、尋ねる。十代はそれに対し溜息で答えた。命懸けのデュエルだったというのに、緊張感がまるでないのだ。十代の側でハネクリボーも、苦笑いしている。

 しばしの日常的雑談タイム。しかしそれも、すぐに過ぎ去る事となった。

 暗闇の空間が震え出し、崩れていく。十代の背中から外の光が漏れた。

 

「なっ、やめっやめろ! 来るなァ!」

 

 タイタンの足元が緩み、まるで底なし沼のように身体が飲み込まれていく。抵抗虚しく、ゆっくり、徐々に。まるで恐怖感を与えているかのように。

 十代は永理の手を引っ張り、その光へと向かおうとする。だが永理は究極完全態・グレート・モスに命じ、タイタンの身体と永理の右腕に糸を巻きつかせ、それを手繰り寄せようとする。

 しかし、永理の力は平均的な女子小学四年生よりちょっと強い程度。その程度の力では到底一人の大人を引っ張り上げることなど不可能。しかし、足と手に力を入れ、タイタンが闇に飲み込まれるのを少しでも遅らせようとする。永理の手に糸が喰いこみ、血が垂れる。

 

「十代、先に行ってろ! こいつは俺が何とかする!」

 

「何言ってんだ! お前大人どころか翔にも力で負けるじゃないか!」

 

 十代も糸を掴み、タイタンを引っ張る。永理の手に糸が更に喰いこみ、肉が裂け、血が滴る。だが、十代が加わった事でタイタンの身体は、徐々にではあるが闇から引きずりあげられている。徐々に、ではあるが。

 

「もっ、もういい! 貴様らだけでも逃げろ!」

 

「……死ぬ恐怖はよく解っているんでな。それに俺は、見捨てられるほど落ちぶれてはいない!」

 

 更に永理は力を込める。歯を食いしばり、必死に痛みを耐える。死ぬ恐怖は永理がよく解っている。死んだ原因こそ馬鹿馬鹿しいものではあるが、だとしても一度感じたあの恐怖。まるで自分が自分じゃなくなるような、溶けていくような感覚。それと一緒に感じる、強烈な孤独感。それを今日知り合い、人質になったとはいえ友人となったタイタンに味あわせるなんて、とてもではないが出来ない。

 腕の感覚が無くなって来た。十代も力を入れ糸を手繰り寄せるが、その手は切れ血が滲んでいる。タイタンの上半身が完全に出、両腕で自分の身体を引き上げる。

 足が完全に出た瞬間、十代の隣に居るハネクリボーが凄まじい光を発した。闇の空間が、まるで風化するかのように消えていく。すると姿を露わしたのは、元々居たロビーである。闇の世界へ連れ込まれる前と変わっているのは、永理と十代に精霊が見えるようになった事だ。究極完全態・グレート・モスは手乗りサイズとなって、永理の頭の上にしがみ付いている。

 永理達の後を追ってきたのだろう隼人と翔が、永理と十代が突然現れた事に対し驚き、そして無事に帰って来た事に対し安堵し、声をかける。

 

「あっ、アニキ! それと永理君も!」

 

「無事戻ってきたみたいなんだな……って、永理!? その腕どうしたんだな!?」

 

「ん? ああ、ちょいとな。ハンカチくれ」

 

 元のエントランス、月明かりが永理と十代、そしてタイタンを照らす。永理は元の世界に戻ってこれた事に対して安堵する。十代の隣でハネクリボーも嬉しそうに鳴いた。

 永理はハンカチを、ミミズのように切れた手に巻き付け止血する。

 タイタンはうぐう、と一つ呻いてから身体を起こす。それに対し翔と隼人が驚いたが、永理と十代はタイタンの肩を支える。

 

「すまない……貴様らをこんな目に合わせてしまって」

 

「気にすんな、仕事なんだろ? 悪いと思ってんなら、ガキの為にもカタギの仕事をしてくれりゃあいい。十代もそれでいいか?」

 

 究極完全態・グレート・モスの糸で切った手を振りながら、永理は十代に尋ねる。十代もそれに対し頷く。タイタンはもう一度、深く謝罪した。

 

「……なんか、初めて永理君がかっこよく見えたっす」

 

「同じく、なんだな」

 

「えっ、酷くない?」

 

 翔と隼人の茶々に永理は律儀に答える。確かに、お世辞にもかっこいいと言われるような事はしていないと自覚している。強いて言うなら究極完全態・グレート・モスを召喚した事ぐらいだろうか。

 とはいえ、一応生きてきた年月で言えばこの中で一番年上なのは永理なのだが、それを彼らが知る術は無い。

 

「……取りあえず、警備員が来る前に逃げろ。親父が前科者とか洒落にならないからな」

 

「ああ、そうさせてもらう……迷惑をかけた詫びだ、これを」

 

 そう言いタイタンは、十代と永理にカードパックを手渡し、マントを翻して廃寮を去って行った。

 最新の、デュエルアカデミアでのみ先行販売されているシンクロモンスターの入っているパック。何故タイタンがこれを持っているのか。裏で糸を引いているのは、学園に居る誰かのせいだという事か。

 とはいえ永理にとってはどうでもいい話だ。無傷ではないとはいえ結果的に全員助かり、ついでにカードパックもゲット出来た。これ以上の収穫は無い。

 

「……所で翔、隼人。明日香は?」

 

 十代が最もな疑問を口にする。すると翔と隼人は互いに顔を見合わせ、あっと声を上げた。永理と十代、そしてハネクリボーはそれに対し苦笑した。

 

 

 デュエルフィールド。タイタンと十代が最初に戦い、永理とタイタンが友人になった場所。少々黄ばみ埃っぽい床に、ヤニだらけの天井。蜘蛛の巣と苔がびっしりと張り巡らされ、まるで幽霊屋敷のような場所。そこに雰囲気的には釣り合っているが、新品故完全には釣り合っていない棺桶の中。明日香は目を覚ました。

 

「えっ……ここ、何処?」

 

 外から鶏の、朝を告げる鳴き声が聞こえてきた。




 一応、えーりん主人公だからね。たまにはかっこいい所をね。
 さて、これがきっかけで永理は精霊が見えるようになりました。まあなっただけです、相も変わらずヒロインなんていません。


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第13話 怖い奴は消してしまえばいい(前編)

 十代はデュエルフィールドに立ち、一抹の不安を感じていた。まるで見世物のように集められた、大量の生徒が席を埋めている。赤、黄色、青。その色は様々だが、それぞれ色分けされている。十代が今待っているのは対戦相手と、今回のタッグデュエルの相方である丸藤翔。

 永理と亮がやったタッグデュエルと、ほぼルールは同じ

 パートナーのモンスターを生け贄や壁にしたり、墓地のカードを利用することができる(ただし、利用される側のプレイヤーの許可が必要となる)。

 ライトニング・ボルテックス等のフィールド全体に影響のあるカードは双方に適用される。

 お互い最初のターンは攻撃出来ない。

 順番は1→2→3→4→1。

 相談や手札の見せ合いは出来ない(マイク等を使えば可能、要するにバレなきゃ反則ではない)。

 という点までは同じだが、今回はライフを共有する。つまりどちらかがへまをすれば、一気にライフは削られるという事だ。

 あとついでに、前回説明を忘れていたが墓地は共通とする。

 なぜこうなったか、何故制裁タッグデュエルをする事となったか。その説明は少々長引く。

 一昨日、朝になってから帰り少々遅めの睡眠を取っていたところ、突然論理委員会なる怪しい団体が押し掛け、とんとん拍子に話が進み、何処からか廃寮に立ち入った事をリークされ、それの責任により本来は退学らしいが、そこはデュエルアカデミア。退学を掛けた制裁デュエルをする事となり、今に至る。負ければ退学、勝てば無罪放免。デュエルアカデミア創立者である海馬瀬戸曰く『強い者はある程度の不正も許される』との事だ。社長も社長で青眼を色々と不法な方法で手に入れていたので、そういった信念があるのも納得がいく。永理だけ一人でやるらしい。

 別に十代は制裁タッグデュエル事態に不満を持っていない。校則で禁止されている廃寮の侵入をし、更に荒らしたという疑いを掛けられた(荒らしたという点は主に永理と亮ではあるが)。これ自体には同意がいく、その場にいたのだから責任は取らねばなるまい。それ自体は問題ではない。翔が来ないのも、覚悟を決めているからだ、と思う。

 問題なのは、一昨日の夕方、突然翔を亮と永理が連れ去った事にある。半ば拉致に近い形でオベリスクブルーの寮に連れ込まれ、何かされたらしい。万丈目が「やかましくて寝られないから今日はこっちで寝る」とオシリスレッドの部屋に来た時に聞いた話だ。

 その話を聞き、不安が芽生えるのは当然の理である。何せ学園一の大馬鹿野郎に加え実力があり成績のいい馬鹿と名高い亮のタッグによるナニカ、翔の無事を祈るばかりだ。

 

「おっす十代、待たせたな」

 

「永理、一体翔に何をしてたんだ?」

 

「そいつぁ始まってからのお楽しみだ」

 

 出来ていないウィンクをし、強引に質問を終わらせる。翔は常に俯いており、表情は読み取れない。前より酷くなっているのでは? と不安になるくらいだが、永理が自信満々に言うのだから大丈夫なのだろう。永理の頭の上でグレート・モスがぷひっと十代を安心させるように鳴いた。

 デュエルフィールドの上に立つも、翔は顔を上げない。しかし一応無事だったことに安どのため息をする。しかし十代には不安がある。ろくにデッキも調整せず、どのようなカードにジナシーがあるかも解らない。果たして勝てるのか。とはいえ、もうこうなったらやるしかないのだ。腹を括るしかないのだ。

 

「……なあ翔、大丈夫か?」

 

「……大丈夫ッスよ、僕は」

 

 何処か変わった雰囲気で翔は答える。十代は何かを言おうとしたが、突如流れる中国風に音楽にる出入り口から飛び出してきたのは、橙と緑の中華風の服を身にまとったハゲ二人。さながらカンフー映画のようにバク転しながら現れ、デュエルフィールドへと降り立ち、手を十代達の方に向けぴたりと止まった。

 

「我ら迷宮兄弟」

 

「伝説のデュエリスト、武藤遊戯と城之内克也を苦しめた者なり!」

 

 額に迷とマジックで書かれた橙色の服を身にまとった男と、額に宮とマジックで書かれた緑色の服を身にまとった男。迷宮兄弟。彼らが登場した瞬間、会場が湧いた。校長先生である鮫島に至っては、サインを貰おうと色紙を持つ始末。隣でクロノス教諭が恥ずかしいからやめなさいと必死に制している。

 

「さあ、我らと戦うのは貴殿らか」

 

「その力、存分に見せてもらおうぞ!」

 

「あっ、ああ! 行くぞ、翔!」

 

 翔は俯いたまま、十代の言葉に答えずデュエルディスクを起動させる。流石に迷宮兄弟もそれには少々困惑したが、これは仕事。プライベートであれば労わりの言葉を掛けるが、仕事においてそれは敵に塩を送るようなもの。相手を倒す時は常に全力なのだ。

 

「「「デュエル!」」」

 

 迷宮兄弟と十代が宣言し、翔は無言でカードを五枚引く。先功は翔、譲って貰ったのだ。流石にこのくらいは、プロVSアマチュアのハンデとして当然である。

 翔は無言でカードを引き、モンスターとカードを一枚セットする。

 

「ターンエンドッス」

 

 迷宮兄弟兄の方が、若干戸惑いながらカードを引く。

 

「ドロー!

 ……可哀想とは思うが、容赦しない! 永続魔法、冥界の宝札を発動! このカードは、自分が二体以上の生贄召喚に成功した時、カードを二枚ドローする! 更に魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動! 場にフォトントークンを二体特殊召喚する!」

 

 迷宮兄弟兄の場に現れる、二つの球体。緑色の、土星のような輪っかがくるくると回転している。攻撃力2000、そこそこ高いが攻撃は不可能だ。

 

「フォトントークン二体を生け贄に捧げ、雷魔神-サンガを召喚! 冥界の宝札の効果で、カードを二枚ドロー!」

 

 背中に電電太鼓を持った、ジオングのようなモンスターが現れる。両腕は太いが二頭筋に当たる部分が棒のように細い。赤いプロテクトを付けており、額には雷の文字。

 効果は非常に厄介ではあるが、一度しか使えない。で、あれば勝機はいくらでもある。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、おろかな埋葬を発動! デッキからダークシー・レスキューを墓地へ送る! 更にジャンク・シンクロンを召喚! 効果によって、ダークシー・レスキューを特殊召喚!」

 

 十代の場にオレンジ色の帽子を被った機械臭い戦士が、白いマフラーを棚引かせ現れる。その隣には地上には不釣り合いな救命ボートに乗った、黒いクー・スラックス・クランのような奴二人と三名の死体が現れる。

 

「更に魔法カード、機械複製術を発動! 攻撃力500以下の機械族モンスターを対象に、同名モンスターをデッキから特殊召喚する! 来い、ダークシー・レスキュー!」

 

 更に現れる死体を乗せた救命ボート。隣り合うダークシー・レスキュー同士は拳をぶつけあう。アメリカ式友情の証だ。

 

「ダークシー・レスキュー二体にジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ジャンク・シンクロンは尻辺りにある紐を引っ張ると、光の輪と化す。その中をダークシー・レスキュー二体が潜り抜け光の柱を化す。

 

「知識に貪欲なるサイバー魔術師よ、無限の知性を我が財産に示せ! シンクロ召喚!」

 

 光の中から、白いマントを翻し現れる一人の魔術師。裏は赤く表は白いマントを棚引かせ、現れる未来の魔術師。白と黒の服はぴっちりとしており、さながら何処かの名のある宗教の牧師のようだ。白い帽子の下で、水色のサングラスが光り輝く。

 

「TGハイパー・ライブラリアン! ダークシー・レスキューがシンクロ召喚に使われたことによって、カードを二枚ドロー! カードをセットし、永続魔法補給部隊を発動! ターンエンドだ!」

 

 攻撃力2400のモンスターを即座に召喚したと言うのに、手札の枚数は三枚。十代のデッキは手札消費が激しいので、工夫すればかなりの枚数ドロー出来るライブラリアンを組み込んだのだ。とはいえ少々爆発力に劣るのが欠点か。

 今やシンクロ召喚は当たり前のように浸透している。流石にかなりのレア扱いではあるのだが、学園内において十代のドロー運を疑う者はもはや存在しない。故に少々、会場が湧く程度だ。

 

「私のターン、ドロー!

 私はフィールド魔法、伝説の都アトランティスを発動!」

 

 場が海中に変わる。上から照らす太陽の光、泳ぐ熱帯魚。遠くには巨大な柱が見える。その昔人が住んでいたのを示すかのような煉瓦造りの建物がいくつも見られる。四人が今立っているのは、遠くに見える巨大な塔へ向かう為の階段の前。さながら決闘場のようになっているが、それを見る都の住人は居ない。

 

「水属性モンスターのレベルを一つ下げるフィールド魔法……まさか!?」

 

「その通りだ。私は魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 場にデビルメタルトークン一体を特殊召喚する!」

 

 迷宮兄弟弟の場に、全身が水銀で出来たスライムが現れる。メタリックな金属色をし、うねうねと液体金属のように海の中を漂う。しかし決して海水に溶けず、異様性を示しているようだ。

 

「そして私は、デビルメタルトークンを生け贄に水魔神-スーガを召喚!」

 

 さながらクレーンのアームのような姿で現れる、水色の魔神。下半身部分を担当している為、アームのような物は足で場にドシン、と大きな振動を齎す。デコの部分に水の文字が記されており、口はまるっきりちん……部分だ。

 元々の攻撃力は2500ではあるが、アトランティスの効果によって200ポイントアップし攻撃力は2700となる。その攻撃力は最上級モンスタークラスであり、そうそう超える事は無いだろう。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 互いにたった一ターンで最上級モンスターを出す。その手腕、確かなものだ。十代も十代で、初手からシンクロ召喚。しかし翔はモンスターを伏せただけ。「あーあー、翔が足引っ張ってるよ」「ありゃもう駄目だな」と野次が飛ぶ。

 十代は心配で翔の方を見やる。その後ろで永理が、不敵な笑みを浮かべた。

 

「僕のターン、ドロー。

 ……リバースカードオープン、重力操作。表側表示で存在する場のモンスターの表示形式を変更するッス」

 

 突然上空から重圧がかかり、ハイパー・ライブラリアンは手に持っている書物風タブレットを操作し、目の前に回転する防御壁を展開する。対してライガは渋く腕を組むだけ、スーガに至っては何も変わっていない。

 これで場に存在するモンスターの表示形式が、全て守備表示となった。しかし、それでも守備力は存分に高く、更に効果によって攻撃した瞬間攻撃力は0となる。

 たとえ古代の機械巨人だろうと、青眼の白龍だろうと戦闘では破壊出来ない。

 

「モンスターリバース、ドリルロイドッス。手札を一枚捨てて装備魔法、閃光の双剣-トライスをドリルロイドに装備するッス。このカードの装備時、攻撃力が500ポイントダウンするッス」

 

 翔の場にあるリバースカードから現れたのは、両手にドリルを持ち鼻にもドリルを付けた、モグラを催したマスコットチックにディフォルメされた機械だった。その両手のドリルに、さながらヘリコプターの羽のように黄金鳥の羽を催した剣が取り付けられる。

 

「チューナーモンスター、ブラック・ボンバーを召喚するッス。効果で墓地から、ステルスロイドを特殊召喚するッス」

 

 新たに現れたのは、漫画チックな悪役顔の爆弾だ。黒い爆弾の側には、赤い眼を付けたブーメラン型の飛行機が音速を超えて現れる。真っ黒な機体、ステルス機。赤い眼を光らせ、敵をロックオンする。ロイドの中では異質と言えるぐらいそれは、戦争的なフォルムをしている。

 

「レベル4のステルスロイドにレベル3のブラック・ボンバーをチューニングッス」

 

 ブラック・ボンバーは自らを爆発させ、白い光の輪を作りだす。その中に音速で飛び込むステルスロイド。回転し飛行機雲の輪を作る。

 その輪がやがて一筋の線となり、その瞬間輪がいきなり縮まりステルスロイドの中に入っていく。するとステルスロイドの身体が七つの光と化し、太い光となる。

 

「死ぬのだけは、死んでもごめんッス。だから僕の敵を、怖い奴を刺して潰してぶち殺せ! シンクロ召喚!」

 

 光をシャベルでかき消し、左手のドライバーを回転させ現れる黄色の、機械仕掛けの竜。四つの羽は赤く光り、メンチのような足の起動を確かめるように動かすときーきー音が鳴る。尻尾は太く、まるで一つのワイヤーのよう。つぶらに見える瞳は非生物特有の冷たい赤い光だけを発し、長い鉄製の首をすくめ敵を見据える。

 

「機械竜パワーツール!」

 

 翔のシンクロ召喚に、会場がどよめいた。翔の運はあまり良くなく、それは月一の実技テストで誰もが知る事実だ。ドロー運というのは、それに作用するようにパック運にも現れる。殆どの生徒はチューナーしか当たらないというのはザラにあるし、ごく稀にだがチューナーだけが当たらずシンクロだけが当たるという者も僅かではあるが存在する。

 そんなオシリスレッドの生徒がシンクロモンスターを使ったのだ、そのどよめきもまた当然と言えるだろう。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果発動! シンクロ召喚を行うたびに、カードを一枚ドローする!」

 

「バトルッス、ドリルロイドで雷魔神-サンガを攻撃ッス」

 

「しかし、表側表示で存在するこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力は0となる!」

 

 サンガは攻撃力を下げる作用があるのであろう雷をドリルロイドにぶつける。が、ドリルロイドは全く意に返す事無くサンガの身体に自らの鼻先に付いているドリルで貫いた。

 地獄から響いているのではと錯覚するくらい低い断末魔が響き渡り、雷の文字が砕かれる。

 容易く破壊された事に対し、唖然とする迷宮兄弟。翔は淡々と、事務的に効果を口にする。

 

「ドリルロイドが守備表示モンスターと戦闘を行った場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊するッス。そして閃光の双剣-トライスは500攻撃力を下げる代わりに、二回攻撃出来るようにする効果があるッス。行くッス、ドリルロイド!」

 

 スーガは右足を上げ踏み潰そうとするも、そのまま足裏からドリルによって砕かれる。大きな穴を開けられ、二・三歩たたらを踏んで後ろに下がる。しかし右足を地面につけた瞬間、そこから崩れ砂煙を巻き上げる。

 抵抗虚しく、スーガが破壊された。翔は引き裂いたような笑みを浮かべながら、機械の竜に命ずる。

 

「更に、パワーツールで直接攻撃ッス!」

 

「永続罠リビングデッドの呼び声! 墓地より雷魔神-サンガを蘇生させる!」

 

 地面から腕を出し、自重を持ち上げ現れるサンガ。肩に付いた土を払い、敵に向き直る。機械竜は一旦攻撃を取りやめ、翔の判断を仰ぐ。

 

「攻撃は取りやめるッス。カードを一枚セットし、ターンエンドッス」

 

 翔は内心舌打ちをしながら、カードを伏せる。リビングデッドの呼び声。死者蘇生の罠版のようなものだが、破壊された際その効果で蘇生させたモンスターも破壊してしまうというデメリットを秘めたカードだ。しかし、サイコ・ショッカーに使うか呼び声を使った後に王宮のお触れを使う事によって、そのデメリットを無効にする事が可能。

 対処法は死者蘇生以上にあるが、とはいえ厄介なカードというのに変わりは無い。

 

「私のターン、ドロー!

 手札を一枚捨てTHEトリッキーを召喚!」

 

 迷宮兄弟兄の場に現れる、黒子のようにクエスチョンマークを付けた布で顔を隠した、白黒ピエロが現れる。

 まるで悪魔のように突き出てはいるが、先端は丸い何かでカバーされている耳。薄紫色の手袋、肩には青いマントを留めるガラス製の丸い留め具。左脚は黒く、右脚は白い。そして右脚にだけ、ひし形のひざ当てが付けられている。

 そんなピエロが気取ったようにお辞儀をする。とはいえ出番はこれだけだ。

 

「墓地に捨てたレベル・スティーラーの効果発動! 場のレベル4以上のレベルを持ったモンスターのレベルを一つ下げ、場に特殊召喚する!」

 

 トリッキーが手をポン、と叩き、ゆっくりと開く。するとブローチぐらいの大きさはあるだろう背中に星模様を付けた赤いテントウムシが現れる。

 これで場に生け贄が二体揃った。

 

「THEトリッキーとレベル・スティーラーを生け贄に風魔神-ヒューガを召喚! 冥界の宝札の効果で二枚ドロー!」

 

 全体的に丸い、ロケットパンチでも出来るんじゃないかというぐらい太い腕を付けた緑色の物体が現れる。永理が後ろで「ゾックだゾック」と戯言を抜かすが、十代はそれをスルー。

 蛙のように飛び出た眼、そして鋭い爪。明るい茶色の肩当がまた武器らしさを醸し出しているが、これでもれっきとした魔法使い族である。

 

「更に死者蘇生を発動! 弟の墓地に眠る水魔神-スーガを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 またしても現れるスーガ、サンガが両足を持ち上げ墓地より引っ張りあげられる。これで場に、三体の魔神が揃った。揃えたという事は即ち、そういう事だ。

 

「場の雷・風・水を生け贄に捧げる事で、手札のこのカードは特殊召喚する事が出来る! 出でよ、ゲート・ガーディアン!」

 

 スーガの上にヒューガが、両手を縦にして重なる。ブッピガンというとある世代に聞きなれた音が鳴る。そしてその上から、爪が刺さるようにサンガが重なる。これまたブッピガンと聞きなれた音が鳴る。

 ゲート・ガーディアン。原作では三回までのステータスを下げる事による破壊耐性、ゲームでは儀式によって現れるモンスター、そしてバンダイ版のカードでは三ターンの間すべてのモンスターの攻撃力を0にする効果を持っていた。しかし、OCG版では、今現在の環境で現れたのは、永理の使う究極完全態・グレート・モスと同じく、召喚条件のみで攻撃力だけが取り柄のモンスター。出しやすさで言えばグレート・モスよりは上だが、やはり出しにくいロマンカードである。

 ちなみにこのカードの創造主であるペガサス・J・クロウフォード曰く「もう少しかっこよくできた」らしい。

 とはいえやはり、攻撃力3750。三体分の攻撃力の半分ではあるがその火力は魅力的だ。とてもとても、魅力的だ。

 

「罠カード、奈落の落とし穴を発動! 召喚・特殊召喚された攻撃力1500以上のモンスターを破壊し、除外する!」

 

「甘い! カウンター罠、盗賊の七つ道具を発動! ライフを1000払い、罠カードの発動を無効にし破壊する!」

 

 十代の発動した奈落を、迷宮兄弟弟がカバーする。奈落の落とし穴、割と強いのだが決まる事は稀だ。この世界の住人のドロー運はすさまじく、必ず奈落は発動前に破壊されるか無効にされるか、だ。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動! 水色の少年の、右側のカードを破壊!」

 

「……罠カードは炸裂装甲ッス。チェーン発動も出来ないので、破壊されるッス」

 

 サイクロンが翔の足元に直撃した瞬間、爆発が起こる。炸裂装甲が起爆したのだ。攻撃宣言をしていたらやられていた、それを処理できた事に対し安堵する迷宮兄弟兄。

 まだ不安要素こそ残っているが、攻めあぐねていては相手に反撃のチャンスを与えるだけ。そしてここで狙うべきは、反撃のチャンスを掴みとる効果を持つハイパー・ライブラリアン。狙う対象は決まった。

 

「ゲート・ガーディアンでハイパー・ライブラリアンを攻撃!」

 

「罠カード、和睦の使者を発動! このターン俺のモンスターは破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 ゲート・ガーディアンの下半身部分を担当している奴が口から水を拭き、それを中間部分が口から吹き出した風によって速度を上げさせ、一番上の奴が電電太鼓を叩き水に雷を纏わせる。

 しかしその攻撃も、ハイパー・ライブラリアンの後ろから現れた人達によって、どう作用したのかは不明だが無効化された。

 

「……チッ、カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 凄いぜ、そんなモンスターを召喚するなんて! 凄いもんを見せてもらった礼に、俺も本気でやらせてもらうぜ! 手札から沼地の魔神王を捨て、デッキから融合を手札に加える! 更にデブリ・ドラゴンを召喚! このカードの召喚成功時、墓地に存在する攻撃力500以下のモンスター、沼地の魔神王を守備表示で特殊召喚!

 レベル3の沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 十代のお決まりのコンボによって、細長い竜と藻をかき集めて人型にしたような奴が光の柱となる。

 沼地デブリ、このコンボは実際強力だ。グングニールも、氷結界の竜の中で一番の最弱と言われてはいるが、出せれば強いのだ。そこそこ。

 

「氷結界に封じられし暴力の龍よ、その力で我が敵を氷像に代え力を示せ! シンクロ召喚! 氷結界の竜グングニール!」

 

 どういう原理か光の柱を凍らせ、それを砕き中から氷の竜が姿を現す。雄叫び一つと同時に、周囲の空気が凍り、気温を下げる。

 隣のハイパー・ライブラリアンは少し寒そうに身震いした。やはりあの衣装、耐寒性はあまり無いようだ。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー! グングニールの効果発動! 手札を二枚まで捨てる事で、捨てた枚数分相手のカードを破壊する!

 手札を二枚捨て、ゲート・ガーディアンと兄の伏せてあるカードを破壊する!」

 

「甘いな、手札からエフェクト・ヴェーラーを捨てグングニールの効果を無効にする!」

 

 グングニールが冷気によって相手の伏せカードを破壊しようとするも、その効果を振るう事は出来ない。それに対ししょぼん、と羽を下げる姿は何処か愛嬌がある。

 

「……カードをセットし、ターンエンド!」

 

 タッグデュエルでは自分のモンスターで、味方モンスターを守ることが出来る。つまり、どちらかに高攻撃力モンスターがいれば直接攻撃する事は不可能なのだ。

 

「私のターン、ドロー!

 魔法カード、死者蘇生を発動! 兄の墓地よりヒューガを特殊召喚! 更にギガ・ガガギゴを召喚!」

 

 凶悪的で攻撃的なトゲトゲとしたアーマーを身に着けた、緑色の爬虫類が現れる。爪を振り上げ、大きな方向を上げやる気十分。ギガ・ガガギゴ、エリアに振られたショックで自暴自棄となり、コザッキーに防錆加工された鎧を身に着けられ、肉体改造を施された結果力の代償として正義の心を捨ててしまったという裏ストーリーのあるモンスターだ。

 暗黒界一強い鮭であるジェノサイドキングサーモンより50高い攻撃力、そしてレベル5。アトランティスデッキであればメインアタッカーとして最適なモンスターだ。

 しかし、出番はこれだけである。

 

「速攻魔法、ディメンション・マジックを発動! 場のギガ・ガガギゴを生け贄に捧げ、手札から魔法使い族一体を特殊召喚する!」

 

 えっ、とでも言いたげな表情で振り返るギガ・ガガギゴ。正義の心を失ってしまっただけで、一応理性はあるのだ。

 そして突然、ギガ・ガガギゴの背後から少々形のおかしい棺桶が生え、開く。その空間から鎖は飛び出し、ギガ・ガガギゴの手足に絡みつく。ギガ・ガガギゴは手足を大きく振り回し激しく抵抗するも、抵抗虚しく棺桶の中へと引きずり込まれた。

 ぎぎぎと音を立て蓋が閉まり、更にその上から山賊が持っている剣のような物が空中に現れ、棺桶を突き刺す。中から悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。

 しばらくすると、流れ出る血の色が赤から青へと変わり、闇の魔力だろうか。溢れ出んばかりの魔力によって棺桶の蓋が開かれ、場の闇の煙を一段と濃くする。

 そして、その闇の煙を黒い杖で振り払い現れたのは、この作品で二度目の登場となる、真っ黒な服を着た肌色の悪い魔術師だった。

 

「混沌の黒魔術師! 効果によって墓地の魔法カード、死者蘇生を手札に加える! 更にディメンション・マジックの効果でハイパー・ライブラリアンを破壊する!」

 

 攻撃力2800の、戦闘破壊したモンスターを除外する効果を秘めた、最強の魔術師。更に墓地の魔法カードまで回収出来る効果も秘めている。勿論、かなりのレアカードだ。

 ハイパー・ライブラリアンの後ろから棺桶が生え、両手両足を鎖で縛られ、中に引きずり込まれる。タブレットが地面に落ち、ひび割れる。棺桶の蓋が閉じ、数多のナイフが棺桶を突き刺す。断末魔と同時に、血が噴き出す。どう見ても全年齢向けではない。

 戦闘破壊しダメージを与えるだけならグングニールの方を選んだだろう。しかし、残しておいて厄介なのはハイパー・ライブラリアンの方だ。ドローを大量に出来るという事は、即ち希望を呼び寄せる格率が増えるという事に他ならない。

 

「死者蘇生を発動! 我が兄の墓地よりサンガを攻撃表示で特殊召喚! 更に混沌の黒魔術師を生け贄に、アドバンスドローを発動! レベル8以上のモンスターを生け贄に捧げる事で、カードを二枚ドローする! 混沌の黒魔術師は場から墓地へは行かず、除外される! そして手札を一枚コストに装備魔法、D・D・Rを発動! 除外されているモンスターを特殊召喚させ、このカードを装備する! 再び来い、混沌の黒魔術師! 効果によって墓地の死者蘇生を手札に加える! 死者蘇生を発動! 墓地のスーガを特殊召喚!」

 

 混沌の黒魔術師がいったん消え、そしてまた現れる。若干肩で息をしている風に見える。行ったり来たりはそれはもう辛いのだろう。過労死しそうだ。

 そしてまたしても現れるスーガ、これで場に三体の魔神が揃った事になる。またか、と十代は身構える。

 

「バトル! 混沌の黒魔術師でグングニールを攻撃!」

 

 混沌の黒魔術師が杖から黒い稲妻を出す。グングニールもそれに対抗するように冷気の光線を吐き出す。白と黒がぶつかり合う。しかし、ややグングニールが不利か。徐々に押され始めている。

 まるで白い冷気を侵食するように、黒い稲妻が押し始める。グングニールは思わず押され、じりじりと後ろへと押し出されていく。

 ニヤリ、と笑みを浮かべ、混沌の黒魔術師は更に出力を増加させる。すると突然の火力に対応出来ず、グングニールの身体を黒い稲妻が突き刺す。グングニールは雄叫びを上げ、ハンマーで氷を砕いたように身体を爆散させてしまう。

 

「更に、三魔神で直接攻撃だ!」

 

 スーガが吐き出した水を風によって出力を上げ、更にサンガが電電太鼓を叩きそれに雷を纏わせようとするが、しかしその前にパワーツールが現れ、自らのドライバーを避雷針とし、自らの身体に感電させる。するとエラーメッセージが喧しく鳴り響き、ぷすぷすと黒い煙を関節部から吹き出す。

 

「チッ、だが4900の戦闘ダメージを受けてもらう!」

 

 加速の付いた水の槍が十代の身体を貫く。思わず腕を交差させ、防御姿勢を取ってしまう。勿論ソリットビジョンで闇のデュエルでもないので痛みは無いと解っているのだが、それでも生物的本能が動いてしまうのだ。

 

「カードを一枚セットし、三魔神を生け贄に捧げ、ゲート・ガーディアンを特殊召喚! ターンエンド!」

 

 迷宮兄弟弟が出したのは、二体目のゲート・ガーディアン。攻撃力約4000、やはり凶悪だ。

 十代達のライフは3100、初期ライフから見ればまだまだと感じるが、タッグデュエルにおいては圧倒的に足りない数値。二体のゲート・ガーディアンのうち、どちらかの攻撃が通ればその時点で勝負は決まってしまう。

 次は翔のターン、翔は最初と全く変わらず、半ば機械的にカードを引いた。




 はい、途中の二話をすっ飛ばして迷宮兄弟とのタッグデュエルです。一番苦労したのが、不死式ゲート・ガーディアンデッキなのです。兄は宝札型で、弟はアトランティス軸特殊召喚魔法使いデッキです。ぶっちゃけ強くないです、主軸を普通のに変えた方が絶対強いです。


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第14話 怖い奴は消してしまえばいい(後編)

 相手の場にはゲート・ガーディアン二体に加え、二枚の伏せカード。それに対し翔の場には攻撃力0のドリルロイド。ボードアドバンテージもライフアドバンテージも圧倒的に不利、しかし翔の眼には何もない。勝つという確信めいた意思以外、何も。

 

「僕のターン……ドリルロイドを生け贄に捧げ、ユーフォロイドを召喚ッス」

 

  マスコットチックな眼を付けた、半ばテンプレチックな丼状の銀色UFOが、頭に付けた赤いアンテナをぴょこんと揺らしながら現れた。

 

「強欲な壺を発動、カードを二枚ドローッス。カップ・オブ・エースを発動ッス。コイントスを行い、表なら僕が、裏なら相手がカードを二枚ドローするッス」

 

 場の中心部分に、鍋の蓋ぐらいの大きさはあるだろう黄金色に輝くコインが現れる。表には青眼が、裏には真紅眼の模様が施されている。

 コインが空中高く舞い、場に落ちる。結果は青眼、即ち表だ。

 

「カードを二枚ドロー……魔法カード、天使の施しを発動ッス。カードを三枚引き、二枚捨てるッス。魔法カード、貪欲な壺を発動ッス。墓地の機械竜パワーツール、ドリルロイド、ブラック・ボンバー、カイトロイド、サブマリンロイド、兄貴の墓地のグングニールをデッキに戻し、カードを二枚ドローッス。魔法カード、精神操作を発動ッス。ゲート・ガーディアンのコントロールを奪うッス。ただし、生け贄に使う事は不可能ッスけどね」

 

「しかし、ゲート・ガーディアンのレベルは11。そうそうシンクロ召喚に使う事は出来まい!」

 

 シンクロ召喚は主に低レベルモンスター同士で行われる。稀にレベル7や8を使う時もあるが、だがレベル11。レベル10以上のシンクロモンスターは基本的に、素材は二体必要だったり特別なチューナーが必要だったりする。

 

「そうッスね、確かにそうッス。でも、これならどうッスかね? 魔法カード、パワー・ボンドを発動! パワー・ボンドは、機械族専用の融合カード。場のユーフォロイドと、戦士族モンスター……ゲート・ガーディアンを融合!」

 

 融合召喚は生け贄ではなく、融合素材としての墓地へ送る効果。故に融合にも対応している。そしてゲート・ガーディアンはどういう訳か戦士族、墓地よりの回収等が容易な種族ではあるが、この時ばかりはそれが裏目に出てしまった。

 マスコットチックな眼を付けた、半ばテンプレチックな丼状の銀色UFOが一回転し、底面が勾玉上に開く。すると様々な色の触手染みた機械のワイヤーがゲート・ガーディアンの身体を半ば強制的に飲み込む。ゲート・ガーディアンは抵抗もせず、そのまま下半身を飲み込まれた。そして頭に鋭い針が突き刺さる。そこから何かの物体を埋め込まれる。すると自らの拳をぶつけあい、ゲート・ガーディアンは完全にユーフォロイドに洗脳されてしまった。

 パワー・ボンド。実の兄である丸藤亮から、使用を制限されていた究極の融合カード。相手の立場となり、完全に安全を確保するまでは使うな、そう昔言われていた。それがあの時、一昨日から始まったナニカによって、相手の持っている一番怖いものが解るようになった。翔は元々、その素質を持っていたのだ。それが亮と永理によるナニカによって、引き出された。引き出されてしまったのだ。

 

「ユーフォロイド・ファイアー! このカードの攻撃力は、融合素材にしたモンスターの合計分となる。更にパワー・ボンドの効果で融合召喚した際に攻撃力は二倍!」

 

 攻撃力1200のユーフォロイドはほぼ添え物のようなもの、メインは攻撃力3750のゲート・ガーディアン。系4950。更にパワー・ボンドの相乗効果によって、攻撃力は二倍……即ち、9900。無傷である8000ライフを容易に削り取れる馬火力となった。

 それには流石に会場もどよめき、そして湧く。凄まじい攻撃力、これはどの男にも共通するロマンである。ロマンで言えば永理も負けてはいないが、あれはまた別のベクトルだ。

 

「更に速攻魔法、サイクロンを発動! 右のカードを破壊!」

 

 翔の足元より現れたサイクロンが、迷宮兄弟の場に伏せているカードを粉砕する。迷いなき選択、そして破壊したカードは、まるで狙ったかのように聖バリだった。

 

「怖くなるんですぐに解る、どれがブラフでどれが本命かね……もう一つの伏せカードは恐らく攻撃反応型ではない、怖さを感じないからね。まだ隠し玉を持っている事も、僕にはお見通しッスよ。でもその恐怖は手札からは感じない……恐らく、まだデッキに眠っている。違うッスか?」

 

 ニタリと、確信めいた笑みを浮かべる。翔の勝ち誇った顔。前の翔ではない、十代は直観的に、本能的にそう感じる。

 男子三日会わざれば刮目して見よという言葉がある。男子は三日会わないでいると、驚くほど成長するという意味だ。しかし翔のそれは、その度を超えていた。まるで何かに憑りつかれたように、勝利に執着心を持っている。

 

「……答えるつもりはない」

 

 翔の問いに迷宮兄弟兄が代表し答える。平然としている表情だが、内心では焦っていた。全て翔の言った通りだからだ。伏せているカードはリビングデッドの呼び声、攻撃反応型でもモンスターを守るカードでもない。迷宮兄弟、伝説のデュエリスト武藤遊戯と城之内克也を苦しめたデュエリストとして有名となっている。だがその切り札が広く知られているのは、ゲート・ガーディアンだけ。つい最近手に入れたカードの事なぞ、知る由も無い筈だ。まだ世間にも好評していないカードなのだから。

 だというのに翔は、まるで狙ったかのように言い当てた。それがデッキに眠っている事を。そして狙ったかのように、迷いなく聖バリを破壊。不正を行っているようには見えないし、そもそも翔がこの場に現れたのはデュエル開始前。それまでは誰もが翔を目撃していない。一昨日からだ。故に不正はあり得ない。では何故?

 しかし、そんな疑惑も、攻撃を待ってくれる訳ではない。

 

「バトル! ユーフォロイド・ファイターでゲート・ガーディアンを攻撃! フォーチュン・ディストラクション!」

 

 UFO部分に電撃が入ると、それに反応するようにゲート・ガーディアンの太鼓と風が別のゲート・ガーディアンにぶち当たる。そこらじゅうに漏電し、被電し、地面や天井で何度も弾ける。抵抗する間もなくゲート・ガーディアンの身体を紫色の雷が包み、刺す。腕を振り回し、足をじたばたさせ苦しむ。それが無駄な抵抗とも知らずに。

 やがてその場で倒れ、痙攣を繰り返す。数十秒ほどでデュエルディスクのシステムが作動し、粉々となり砕け散った。

 一気に6750もライフが削られ、残りは250。形勢逆転、ギゴバイトの攻撃力だけで死ぬレベルだ。

 

「更に魔法カード、一時休戦を発動。互いにカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまでありとあらゆるダメージを受けない。ドリルロイドを守備表示に変更。これでターンエンドッス。本来ならパワー・ボンドの効果で、融合召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受けるッスけど、一時休戦のおかげでそれは無しッス」

 

 ドリルロイドが自らのドリルを交差させ、防御姿勢を取る。

 手札消費無しでパワー・ボンドのデメリットを帳消しにした。理想的なコンボだ。

 まさかの手痛い仕返しに歯噛みしながら、デッキトップに指を置く。

 

「私のターン、ドロー!

 ……まさか切り札を、こんな形で出す事になるとはな」

 

「あ、兄者!? ここで出すつもりか!」

 

 このままでは圧倒的に不利になってしまうが、切り札を出せば徐々に程度まで抑える事が出来る。しかし当然、デッキに攻撃力9900のモンスターは存在しない。魔法か罠、モンスター効果で破壊するしかない。それらを引き当てるまでに耐えうる壁を用意しなければならない。この際、プライドは抜きで動かなければ無様に負けてしまうのだ。

 

「墓地にゲート・ガーディアンが存在する時、ライフを払う事で魔法カード、ダーク・エレメントを発動! デッキより闇の守護神-ダーク・ガーディアンを特殊召喚する! 守備表示で特殊召喚!」

 

 迷宮兄弟の場に現れるのは、おおよそゲート・ガーディアンとは思えないモンスターだ。

 黒く尖った、カミキリムシの口を三つ程度重ねたような兜を被り、胸の真ん中部分に悪魔の顔の模様が付いたキンニクムキムキマチョマン。右手には大きく黒い斧を持っている。下半身部分はまるで神話に出てくるアラクネーのように、蜘蛛のような生物となっている。だが蜘蛛というよりはもっと別の、鎧の様な皮膚を持ち、つばのようになっている頭の下から覗く赤い眼。脚はまるで殺戮兵器のように尖っている。

 しかしその脚も折りたたまれ、腕はクロスされており防御姿勢。守備表示で出されたからだ。本来であれば攻撃力3800という破格の攻撃力、圧倒的力で場を蹂躙出来る筈なのだ。

 

「このカードを発動したターン、召喚・特殊召喚する事が出来ない。カードを一枚伏せ、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 凄いんだけど、攻撃力4000程度じゃもうなあ……魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地のハイパー・ライブラリアンを特殊召喚する! 更にジャンク・シンクロンを召喚! 召喚時墓地からレベル2以下のモンスター、ダークシー・レスキューを特殊召喚!」

 

 白い服に身を包んだサイバー魔術師が現れ、その隣にオレンジ帽子を被ったどう見ても機械にしか見えない戦士族が現れる。更にその隣には、死体を乗せた救命ボートが。どう見ても機械族に見えないのはご愛嬌。

 

「レベル1ダークシー・レスキュー二体、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 未来の技術により生まれし人造人間よ、我が傷を癒し勝利を与えよ! シンクロ召喚! マジカル・アンドロイド! ダークシー・レスキューがシンクロ素材として使われた事により、カードを二枚ドロー! 更にハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー!」

 

 光の柱を振り払い現れたのは、大きな真珠のような球体を付けた剣を逆手に持った、一人の女性だった。水色の幾何学的な、白と青と金のローブのような服。左手には盾のようにも、何か別の装置のようなものにも見えるよく解らないものを持っており、頭にはヘッドホンのような物体。そして赤茶色の長い髪の後ろにはこれまたよく解らない、さながらレースゲームの未来的コースの壁みたいなものが付いている。

 胸は標準的だ。

 とにかく十代は、一気に手札を三枚まで復活させた。もはやHERO要素が皆無なのは密に、密に。

 

「魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のダークシー・レスキュー三体とデブリ・ドラゴン、ジャンク・シンクロンをデッキに戻し、カードを二枚ドローする!

 魔法カード、融合を発動! 手札のワイルドマンとネクロダークマンを融合し、E・HEROネクロイド・シャーマンを守備表示で融合召喚!」

 

 十代の場に、まるで歌舞伎役者のような顔をし、腰にしめ縄をした上半身裸のHEROが、赤く長い髪を振り回し現れる。手にはじゃらじゃら鳴る金色の輪が大量につけられた杖が、横文字なのに日本文化が前面に出ているのはいかがなものか。

 誰がどう見てもヒーローには見えないが、バッドマンもデッドプールもそんな感じなのでだいたい問題ないだろう。

 

「ネクロイド・シャーマンが特殊召喚に成功した時、相手場のモンスター一体を破壊し、相手の墓地モンスター一体を選び、特殊召喚する! 俺はの守護神-ダーク・ガーディアンを破壊し、墓地よりレベル・スティーラーを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 ネクロイド・シャーマンが杖をしゃんしゃん鳴らすと、ダーク・ガーディアンが苦しみだす。すると口の中から一匹のテントウムシを吐き出し、破壊された。どういう仕組みの攻撃かはわからないが、どう見ても呪術系の類いだ。ヒーローの攻撃ではない。いや、厳密にいえば効果破壊なのだが。

 ともあれこれで場は整った。十代の手札は一枚のみとなったが、大方とてつもないドローソースなのだ、何も心配する必要は無い。

 

「バトルだ! マジカル・アンドロイドでレベル・スティーラーを攻撃!」

 

「罠カード、ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする!」

 

 マジカル・アンドロイドは剣の下部分から炎の塊を出す。するとレベル・スティーラーの身体は燃え上がり、焼殺された。翔の言葉通り、相手の場に攻撃反応型のカードは無いようだ。

 翔のあの予想、まるですべてお見通しかの様な眼。流石の十代も、味方だというのに少しばかり怖い。が、それ以上に心強い。

 

「カードをセットし、エンドフェイズにマジカル・アンドロイドの効果発動! 場のサイキック族モンスター一体につき600ライフポイントを回復する! ターンエンド!」

 

 マジカル・アンドロイドが逆手に持っている剣を掲げる。すると癒しの光が十代を包み込む。

 これでライフは3700、この程度ではさして意味は無い。が、無いよりはマシなのだ。

 

「私のターン、ドロー!

 魔法カード、強欲な壺を発動! カードを二枚ドローする! 混沌の黒魔術師を生け贄に……海竜-ダイダロスを召喚する!」

 

「そいつの召喚成功時、速攻魔法魔力の泉を発動ッス。相手場の表側表示で存在する魔法・罠カードの数だけカードをドローするッス。そして相手のエンドフェイズまで、相手の魔法・罠カードは破壊されないッス。僕はカードを三枚ドロー」

 

 混沌の黒魔術師が渦潮の中に姿を消す。すると渦潮は天高く伸び、水の柱を立てる。その中から青く長い身体をくねらせ、神話に出てくる竜のような姿をした、海竜が現れる。

 青い肌は水の中から差し込む光の乱反射によって眩しく輝き、竜のように狂暴な顔に埋め込まれた眼に黒目は無い。人間でいえばデコ部分だろうか、丁度眼の真上にはエメラルド色に輝く宝石が埋め込まれている。更にその後ろの鱗にはブラックパールのようなものが三つ。しかし人で言えば背中に当たる部分には棘が大量に付いており、更にその腕もかなりの凶悪性を秘めている。だが竜頭蛇尾という諺通り、やはり尻尾部分はとても貧相だ。

 

「海竜-ダイダロスの効果発動! 場の海を墓地へ送る事で、このカード以外のカード全てを破壊する! ディストラクション・シーベリアル!」

 

 ダイダロスが大きな雄叫びを上げると、途端に海の中が、アトランティスの中が荒れ狂う。激しくなった水の動きによって塔は崩れ落ち、階段もかつて人が住んでいたであろう、商売していたであろう煉瓦造りの建物も、崩れ、決闘場のように大きな広場の床が剥がれる。海中に混ざっていた酸素が泡となり、視界を遮る。

 泡のカーテンが晴れ、残っていたのはダイダロス一体だけ。あの綺麗な景色も、何もかもが無くなっていた。

 もはや弟のデッキはゲート・ガーディアンデッキではない。ただのアトランティスデッキだ。だが実際に強い、事実今苦しめられている。ライフアドバンテージこそ十代達の方が上なものの、ボードアドバンテージに関しては、不利な状況を一気にひっくり返された。

 

「ダイダロスで直接攻撃! リヴァイア・ストリーム!」

 

 ダイダロスの口から吐き出された、圧縮された水。その勢いはさながら何もかもを貫く一本の槍。それが十代の胸を打ち抜き、心臓を射止める。勿論ソリットビジョンなので人体に影響は無い。

 

「私はこれで、ターンエンドだ!」

 

 しかしここで、迷宮兄弟弟は愚策を犯してしまう。このターンに仕留めきれず、翔にターンを回してしまったという愚策を。カードを伏せなかったという、伏せられるカードを引き当てられなかったと言う愚策を。

 

「僕のターン、ドロー!

 ……確かに、凄いッス。流石は伝説のデュエリストと戦っただけの事はあるッスね。でもこの勝負、僕の勝ちッス」

 

 相手の場には罠カード、しかしそれから翔は恐怖を、怖さを感じない。手札は五枚、墓地は肥えていない。が、手札は十分にある。

 攻撃するチャンスはここしかない。相手に攻撃反応型の罠も、フリーチェーンの罠もないここしか。で、あれば何を迷う必要があろうか。一撃必殺、クリボーを相手が持っているとは到底思えない。

 

「逆転したと思ったらされていた、デュエルモンスターズあるあるッスよね? 魔法カード、手札抹殺を発動!

 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする! 僕の手札は四枚、よって四枚を捨て新たに四枚のカードを手札に加える! 更に、魔法カードおろかな埋葬を発動! デッキからカイトロイドを墓地へ送る!」

 

 一気に五枚もの墓地肥し。墓地が肥えていないのであれば、肥やせばいいだけの話だ。実に簡単で単純明快な話。

 そしてキーカードも上手く手札に呼び込む事が出来た。永理と実の兄である亮から受けたナニカ、それによって不思議なぐらい運が良くなっている。口元に邪悪な笑みが浮かび上がる。既に勝利への愉悦に浸っているのだ。しかし油断はしない。確実に、絶対に、一撃で相手を倒す。

 翔は眼を紅く輝かせ、カードを発動する。

 

「速攻魔法、サイバネティック・フュージョン・サポートを発動! ライフポイントを半分払い、このターン、自分が機械族の融合モンスターを融合召喚する場合に1度だけ融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・フィールド上・墓地から選んでゲームから除外し、素材にする事が出来る!

 そして魔法カード、融合を発動! 更にサイバネティック・フュージョン・サポートの効果によって、墓地のモンスターを融合素材とする事が出来る!

 墓地のレスキュー・ロイド、ステルスロイド、ユーフォロイド、ユーフォロイド・ファイター、カイトロイドの五体を除外し、極戦機王ヴァルバロイドを融合召喚!」

 

 全身真っ赤な、二つのシェイカーのような足でしっかりと立つ翔の切り札。尻には自らの身体と攻撃の衝撃を支える棒が三つ付いており、人間でいえば腕に当たる部分は巨大な砲身が付いている。眼は一つだけでセンサー式、頭部にある三つのアンテナが敵を察知するのだ。肩は円盤状のジェネレーターが二つ。攻撃力4000、削りきる事は不可能ではあるが、ゲート・ガーディアンよりも、ダーク・ガーディアンよりも高い攻撃力はやはり脅威だ。

 

「この学園で攻撃力3000程度は、安全な壁ラインにはならないッスよ。バトル! ヴァルバロイドでダイダロスを攻撃!」

 

 ヴァルバロイドは肩のジェネレーターを回し、腰を落とす。衝撃を逃す為、そして耐える為床に尻の棒を突き刺す。ジェネレーターが陽炎を超え炎が吹き出し、両腕の砲身に蒼いエネルギーの塊が灯る。

 数秒ほどの溜め、それが解放され砲身から蒼いエネルギーに包まれた物体が、ダイダロスの身体を貫く。さながら串で突き刺したような傷を覆い、それらが少し遅れてから弾け、血肉をまき散らす。骨に沿っていた肉が飛び散り、中から折れた骨がばらばらと床に落ちていく。口から血を吐き、鼻血が口を更に濡らす。苦し気に、血と血泡交じりを口から吐き出しながら、声を上げる。それは悲しみの咆哮だった。それは痛みの、断末魔の咆哮だった。そしてこと切れたように、どさりと場に、デュエルフィールドに身体を落とす。

 迷宮兄弟のライフは尽き、デュエル終了のブザーが鳴り、ソリットビジョンが消え去る。どさり、と迷宮兄弟が膝をつく。同時に付く当たり、流石は双子といった所か。

 結果は十代と翔の勝利。だというのに会場から、誰もが声を失う。ドロップアウトの、丸藤翔のあまりの変わりように。

 それ打ち消すかのように、永理が指をパチンと鳴らした。

 

「あっ、あれっ。アニキ、制裁デュエルはどうなったんすかっ?」

 

 すると翔の眼が元に戻り、あの独特な気配が消え去る。翔はキョロキョロと辺りを、状況がよく解っていないように首を動かす。

 すると途端に、会場が湧いた。誰もが、ブルー生徒を除く誰もが翔と十代に言葉をかける。特に翔への言葉が多い。

 

「……なあ永理、翔に何をしたんだ?」

 

 その歓声に包まれながら、十代は永理に尋ねる。すると永理はニヤリと笑い、心底楽しそうに説明した。

 

「不安を取り除き、自分の奥底に眠る才能を一時的に引きずり出しただけだ。才能の前借りをさせただけさ」

 

「才能の前借り?」

 

 十代が首をひねる。そのような事が出来るのか、そしてあの──あの不気味な、まるで死線を潜り抜けた強者が持つ特有の雰囲気が、翔の持つ才能なのか。

 最初は戸惑っていたものの、調子に乗りVサインを観客に向ける翔を見て、十代は思う。既に迷宮兄弟はデュエルフィールドを下りてしまったらしく、姿が見えない。

 

「元々サイバー流は相手の立場になって物事を考える流派。サイバー流後継者であり翔の兄である亮は、天性のドロー運とデュエルタクティクス、そして安定に勝つデッキ構築技術を持っている。では翔は? 本当に何も持っていないのか?」

 

 亮と一度戦った永理には解る。亮は狙ったカードを破壊する能力を持ち合わせていない。相手の立場になって考え、相手ならどう対処するか。それらの技術を人工的に手にしてはいるが、どこにどのカードが伏せてあるかまでは、流石に解らない。翔はおぼろげながらもそれが解ったのだ。恐怖という、本来であればマイナスの感情で。

 臆病とは時にプラスとなるのだ。

 永理は大きなあくびを洩らし、腕で涙を拭う。

 

「まっ、あくまで可能性の話だ。未来はデュエル以上に先が解らない……だからこそ面白い。十代、翔をああするかどうかは、お前次第だ。あいつは影響を受けやすいからな」

 

『ドロップアウトボーイズ! もうアナータ達の出番は終わりましターノ! とっととデュエルフィールドから出ていきなサーイ!!』

 

「ひぃっ!? ごっ、ごめんなさいっす!!」

 

 慌ててデュエルフィールドを下りる翔に苦笑しながら、十代も歩いてデュエルフィールドを下りる。それと入れ替わるように永理がデュエルフィールドへと立つ。

 

「負けるなよ、永理」

 

「ハッ、誰に言ってんだ。こちとらサイバー流も倒したデュエリストだっつーの」

 

 すれ違い様に言葉を交わし合う二人。そしてデュエルフィールドへ立ち、永理はデュエルディスクを起動させる。

 さあ、どんな相手が来る? 大きく前を開いたオシリスレッドの制服を棚引かせながら、永理は口角を上げる。

 

『次のデュエルは三十分の休憩後、行うノーネ。もうお昼時間ですカーラ。なのでシニョール永理、ドヤ顔で決めている所悪いでスーガ、昼飯食べてきていいデスーノ』

 

「……なんで俺の扱いこんな悪いの?」

 

 ぞろぞろと生徒が観客席から出ていく。昼食を取る為だ。永理はその場に立ち尽くしながら、後ろに立っている十代に問いかけた。十代は何も言わず苦笑で返した。




 はい、という訳でやとっこさ二人のデュエルが終わりました。二日しか期間開いてないのね、おいたんびっくりしたよ。
 さて、永理のお相手ですが……オリキャラではありませんよ。まあ、お楽しみに。


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第15話 なんでピクシブのランキングって腐向けが多いんだろうね

 昼食タイムにハムとチーズを挟んだだけの簡易サンドイッチを食べ、腹がそこそこ膨れた永理はデュエルフィールドに立っていた。既に昼食の時間は終わり、続々と観客席に人が戻り始める。観客席の中には十代と翔の姿も見えた。

 制裁デュエル、永理だけはどういう訳かシングルデュエルだ。理由は解らないが、ただ単に余ってしまっただけなのだろう。一緒に廃寮探索に行っていた亮をタッグにすると勝利は確実であり、制裁にはならない。で、あればシングルでやらせるしかない、と論理委員会が判断したのだ。

 最もやる事は変わりない。いつも通り、やるだけやる。ただ今回はグレート・モスはお休みだ。頭の上に載っているグレート・モスが残念そうに羽をしょぼんと垂らしている。

 

「で、俺の相手はまだなのか?」

 

 既に永理がこの場に戻ってきて十分程度経っている。十分というのは、ゲームをやるには短すぎる時間だが待つには少々長い時間に感じてしまう。これを総対象理論というらしい、アインシュタインが言ってた。

 とにかく、それぐらい待っているのに相手は来ない。永理は早く自分の部屋に戻ってゲームをやりたいのだ。最近KONGHとジャック・Oという顔も名前も知らぬ仲間と傭兵をしているのだ。翔への軽い洗脳に時間をかけてしまい期間が開いた分、早く戻ってそれをカバーせねばならない。永理は学業や自らの将来より、今の趣味に時間を費やすタイプの人間だ。そのおかげで受験勉強も全くやらず一夜漬けで筆記試験に挑み、結果オシリスレッドになってしまったのだ。自業自得である。

 

「悪いな、待たせちまって。宿主が欲張るから……クソッ、体重が」

 

 何やら愚痴を言いながら現れたのは、永理のよく知る人物だった。あまりの驚きに、クロノス教諭の解説も耳には届かない。

 白く長い、癖の強いさながらハリネズミのような髪。悪そうな三角眼、整った顔。そして囚人の様な服の上から肩にかけている黒いコート。首に千年(リング)こそ無いが、あきらかにあいつだ。

 そいつが現れた瞬間、黄色い歓声が巻き起こる。やはりイケメンがいいのか、女子共は。と永理は一人醜く嫉妬する。

 

「バクラが何故ここに」

 

 永理は思わず、疑問の言葉を口にする。正しく表現するなら、何故獏良了ではなくバクラが、この世に居るのだ。という疑問だ。

 獏良了。静かで細く、美形な青年。そして何処か可愛げがあり、かなりの人気を誇っていた。この世界では、今はプロデュエリストとして活躍している。最も専ら、オカルト番組に引っ張りだこではあるが。その腕は確からしい。永理も何度か掲示板やニュースで見たのを覚えている。しかしその時映っていたのはバクラではなく、獏良了。宿主の方だった。しかし今目の前に居るのは、あのバクラだ。かなり人気のあるキャラクターであり、出番の多い方だ。

 しかしそんな意味を組めず、バクラは髪をかきながら、その質問の意味を考える。

 

「あーっと……お前とは会った事無い筈なんだが、俺様も有名になったって事か?」

 

 獏良了。いや、バクラと言った方が正しいか。バクラは額に人差し指を当てながら何とか永理の顔を思い出そうとしたが、全く思い出せずにいた。最も今回、こうして会うのは初めてなのだからそれも仕方ないのかもしれない。

 伝説のデュエリスト武藤遊戯の相棒が城之内克也、永遠のライバルが海馬瀬戸とするならば、バクラは倒すべき宿敵と言えるだろう。原作遊戯王における実質的ラスボス、そして女声優とは思えないほどのかっこよさ。ピクシブでの表裏のカップリング率の異常性等々……とにかく人気のあるキャラクターだ。永理も昔はそのかっこよさに憧れたものだ。

 その人気の理由はひとえに、厨二的なかっこよさが挙げられるだろう。しかし永理は、目の前の人物にかっこよさを感じる事が出来ないでいた。

 

「普通の人間ではないようだが……なんだよ、何見てんだ。俺にそっちの趣味は無いぞ」

 

「いや、口にクリーム付いてるぞ」

 

 バクラは顔を少し赤くさせてから、慌てて袖で口に付いた生クリームを拭う。

 ……なんだこれ、というのが永理の正直な感想だ。永理の知るバクラは大邪神ゾーク・ネクロファデスとかいう奴の魂の一部であり、盗賊王バクラの記憶を持ったカリスマ性バリバリの男だった筈だ。少なくとも口にクリームとか付けて出てきたりはしない。

 

「ぐっ……しっ、仕方ねーんだよ! 宿主が大食いで! しかも甘党で! 昼にファンから大量のシュークリーム渡されたらさ!!」

 

 バクラはそう必死に弁解するが、ぶっちゃけそうだとしても既にカリスマなんて何処か遠くへと飛んで行っている。大方何処ぞのファンが何処かで獏良の好物がシュークリームと知り、それを大量に差し入れされたせいだろう。とはいえ真実がどうであれ、もうあのかっこよさを感じなくなっている。恋と同じように、カリスマも冷めるのは一瞬なのだ。

 

「チッ、お前のせいでペースが色々と狂っちまった……まあいい、お前を倒して汚名返上してやる!」

 

「汚名挽回にならないといいな」

 

 バクラと永理は同時にデュエルディスクを起動させ、同時にカードを五枚引く。

 というより、汚名返上する必要も無いと永理は思ったのだが、どうやらバクラの方はかっこよさを気にしているらしい。

 

「「デュエル!」」

 

 バクラ、原作ではオカルトデッキを使っていた。永理も記憶がおぼろげではあるが、切り札は攻撃力2200のダーク・ネクロフィア。とはいえ戦術はビートダウンだけではなく、特殊勝利やデッキデス等実に多種多様だ。

 永理もその厄介さは身に染みて解っている。だからこそ、なのだろうか。強者と解っているからこそ、心の底からワクワクが止まらない。脳内からアドレナリンが噴き出る。

 

「オレ様の先功、ドロー!

 死霊騎士デスカリバー・ナイトを召喚!」

 

 黒い馬に乗った黒き騎士が、ボロボロになった黒いマントを棚引かせながら現れる。右手には巨大な剣、左手には悪魔を催した模様が掘られてある死体のように青い盾。既に魂は朽ちているのだが、身体は死霊によって無理矢理生かされている。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする! 俺は手札を五枚捨て、五枚カードをドロー!」

 

「オレ様の手札は三枚、よってカードを三枚ドローだ!」

 

 一先ず墓地へ送っておきたいカードは墓地へと行った。ダーク・ネクロフィアも手札にあったのだが、現状では邪魔になるだけだ。

 相手のデッキは墓地を増やす事で真価を発揮するデッキ。つまり手札抹殺は悪手だったりするのだが、そのコンセプトは永理も同じ。まずは墓地を肥やさねば、動く事が出来ない。永理は手札に来たモンスターを見て、にやりと笑う。

 

「タイタンのおかげで、色々と強化出来てていいな……相手場にモンスターが存在し、自分場にモンスターが存在しない場合、このカードは特殊召喚出来る!」

 

 永理が手に取ったカードの説明を聞き、会場がどよめく。

 誰もが知っている、デュエルアカデミアで一番強いデュエリスト。カイザー亮のエースモンスターの召喚条件だからだ。

 

「バイス・ドラゴン! ただし、この効果で特殊召喚した場合攻撃力は半分となるがね」

 

 無駄に筋肉が引き締まった、全体的に細い紫色のドラゴンが現れる。顔と手、そして脚だけは普通の竜のように大きいのが非常にアンバランスだ。羽には濃い緑色が混ざっている。とはいえ効果によって攻撃力がダウンした為か、引き締まっていた筋肉に少し柔らかさが戻ったように見える。素人目から見ては何の変化も無いように見えるが、それでも攻撃力1000分の変化があったのだろう。

 一見ではサイバー・ドラゴンの劣化カードのように見えるが、バイス・ドラゴンの属性は闇。永理のエースモンスターの強化に使うには十分だ。これで悪魔族ならいう事無いのだが、流石にそこまで求めるのは無い物ねだりというもの。ある程度の妥協は必要だ。

 それでなくとも攻撃力ダウンというコストになってないコストで生贄として使う事が出来るのだから、とても重宝する。生け贄に攻撃力は不要なのだ。

 

「特殊召喚モンスター、死霊騎士の効果が動作しないところを見るに、チェーンブロックを作らない効果か。上級モンスター……態々攻撃力をダウンさせて出したという事は、さっきの奴らが使っていたシンクロとかいう奴か?」

 

「生憎だが俺は古くやらせてもらう。バイス・ドラゴンを生け贄に捧げ死霊伯爵を召喚!」

 

 バイス・ドラゴンの少し細くなった筋肉を数多のブロック肉に変換させて現れたのは、赤い紳士服にを纏った顔色の悪い伯爵だ。毎回毎回生け贄を切り裂いて現れるのは何故なのだろうか。そして腰に手を当て、剣を相手に向ける無駄に決めたポーズを取るのも不思議だ。

 

『ふっふっふっ、決まりましたね』

 

 そして永理が使っている除外軸悪魔族デッキの精霊は彼らしい。そろそろ普通の精霊が欲しいな、と永理は思わず嘆きたくなる。そもそもデュエルモンスターズの精霊という時点で何処かおかしなオカルト話なのだが。

 

「死霊伯爵……! 懐かしいカード使うじゃねーか」

 

 バクラが心底嬉しそうに死霊伯爵を眺めながらそう言った。バクラも昔このカードを使っており、武藤遊戯にフィニッシャーに見せかけたり、ゴースト骨塚という翔と同じ声の奴に止めを刺したりしていたのだ。

 

「バトル! 死霊伯爵で死霊騎士デスカリバー・ナイトを攻撃! 怨念の剣-ナイト・レイド!」

 

 死霊伯爵は三、四度ぐらい軽くその場で跳ねてから、一気にデスカリバー・ナイトとの距離を詰める。

 デスカリバー・ナイトは即座に、手に持っていた剣で応戦するが、すらりすらりとまるで落ちる木の葉のようにその攻撃をかわし、手に持っているレイピアでまず馬の脚を切り裂く。

 緑色の血を吹き出し、床に膝をつく形となる馬。その上で馬から降りるというタイムラグをどうしても生じさせてしまう。

 死霊伯爵の渾身の突き。デスカリバー・ナイトは盾でそれを受け止めようとしたが、紙一重にかわされ鎧の隙間を縫うように首に深く突き刺さり、赤い血を吹き出す。

 そしてそのまま横に一閃。首が宙を舞い、重力に従いごとりと落ちる。

 

『……またつまらぬものを斬ってしまいました』

 

 レイピアに付いた血を振るい、床に飛ばしながら死霊伯爵はどこか満足げにそう言った。しかし頭はハゲである。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 パチン、と軽い手取りでカードを伏せる。

 バクラは思わず含み笑いしてしまう。このデュエルは今のデュエルではない。バトルシティを思い起こさせる、懐かしのデュエルだからだ。古く、何も考えず、好きなモンスターを生かす為にだけデッキを作った、あの懐かしの。それはバクラとて例外ではない。決して広くは無かったカードプールから好きなカードを、そしてコンボを組み込む。まだこれといったテーマカードも存在していない時代、それがデュエリストだった。

 懐かしのデュエル、懐かしの興奮。それを今の、外より高速化の進んだデュエルアカデミアでそんなデッキを組む。バクラと同じ時代にデュエリストとなった者であれば、この興奮を分かち合える筈だ。

 

「オレ様のターン、ドローカード!

 お前最高だぜ。まさか常に最先端を行くデュエルアカデミアで、昔のデュエルが出来るなんてなぁ……懐かしい、実に懐かしいぜ。儀式魔法、高等儀式術を発動! デッキから通常モンスターをレベル分送り、そのレベルと同じ数の儀式モンスターを特殊召喚する! 首なし騎士と絵画に潜む者を墓地へ送り、手札からレベル8、現れるがいい死の世界の支配者──闇の支配者-ゾーク!」

 

 紅い羽のようなマントを翻し、見るも悍ましい顔と凄まじい筋肉の悪魔が現れる。左肩からまるで襷のように金色の胸当てがあり、腰の悪魔の顔を催したベルトと繋がっているように見える。ズボンは黒い。

 ゾーク、原作遊戯王におけるTRPG編のラスボスがモデルとなっているモンスターにして、大邪神ゾーク・ネクロファデスの偶像品である。どうでもいいが獏良了が個人的に造ったものをどうしてカード化出来たのだろうか。

 

「闇の支配者-ゾークの効果は強力だが、ギャンブル性が高いのでな。保険を掛けさせてもらう! 永続罠、出たら目を発動! そして闇の支配者-ゾークの効果発動! サイコロを振るい、1・2の場合は相手モンスター全てを、3・4・5の場合は相手一体を、6は俺の場のモンスター全てを破壊する! 最も、出たら目の効果によって俺または貴様がサイコロを振った場合、その内1つの目を以下の目として適用出来る! 1・3・5が出た場合6として扱うか、2・4・6が出た場合1として扱う……そしてゾークは1が出た時自らの場を破壊する。つまりこれで、オレ様はゾークのデメリットを気にせずサイを振れるって訳よ。当然オレ様が選ぶのは、6として扱う効果! 舞え、洗脳ダイス!」

 

 ゾークの効果は1が出てはいけない。1が出ては自壊してしまうからだ。それを回避する為の出たら目、出たら目の効果で1は6として扱われる。つまり自壊は絶対ありえない。中々に考えられている。

 中央に、本来1,3,5のある場所には6の目が付いているサイコロが落ち、転がる。出た目は2、破壊出来るモンスターは一体だけだ。とはいえ永理の場にモンスターは一体のみなので、結果はあまり変わらなかったりする。

 

「死霊伯爵を破壊! ゾーク・カタストロフィー!」

 

 ゾークの手から発射された紫色の光線が死霊伯爵の身体を包む。すると、まるで小麦粉人形のようにボロボロと身体が崩れていく。カツン、とレイピアが落ちる音がした。右半身は既に塵と化し、死霊伯爵の身体が崩れ落ちる。

 相手に一矢報いようと、悪あがきのように左手をゾークに伸ばす。しかしその指も、手も崩れ落ちた。後に残ったのは、大量の塵だけ。それすらも風によって消え去ってしまう。

 

「バトルだ! 闇の支配者-ゾークで直接攻撃! ゾーク・インフェルノ!」

 

 ゾークは右手に闇の炎を纏い、それをまるで羽虫を払うように放つ。薙ぎ払いの起動で撃ちだされた闇の炎が永理の目前まで迫るが、それは突然掻き消えてしまった。

 

「罠カード、和睦の使者。戦闘ダメージを0に」

 

「チッ、全体効果か……カードを一枚セットしターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 相手の場には攻撃力2700と、二枚の伏せカード。一枚は永理の予想だが、先ほどの言葉から察するに闇の幻影か。しかしもう一つのカードは不明。永理は洗脳状態の翔のように、危険を察知する能力なんぞ持ち合わせていないのだ。

 そして今の手札は、ゾークを突破する事は出来ない。であれば、呼び込むまで。

 

「魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、死霊伯爵を除外!」

 

 まずは一枚目、永理のデッキは世にも珍しい墓地除外をフルに活用するデッキ。そしてこのドローで、キーカードとなりうるカードを引けた。

 

「魔法カード、終わりの始まりを発動!」

 

「終わりの始まりだと!? 墓地にそんな数のモンスターは──手札抹殺!」

 

「その通りだ! 墓地に闇属性モンスターが七体存在する時、発動出来る! 五体の闇属性モンスター……死霊伯爵、バイス・ドラゴン、終焉の精霊二体、ダーク・ネクロフィアを除外し、カードを三枚ドロー!」

 

 手札抹殺によって効率よく墓地にモンスターが行き、運よくこのカードをドロー出来た。これで除外されたカードは全部で六枚。永理は手札を見やる。まだ足りない、なのでとっておきの駄目押しをする事にした。

 

「魔法カード、封印の黄金櫃を発動! デッキからネクロフェイスを除外し、二ターン後に手札に加える!」

 

「なっ、ネクロフェイスだと!?」

 

 永理の目の前に、黄金色の櫃が現れ、その中にグロテスクなカードが収められる。どう見てもビックリ箱の類いだ。

 バクラもネクロフェイスを使っていたのだ。当然、その効果の凶悪性は知っている。しかし用途が違う。バクラの場合の用途はデッキ破壊、対して永理のデッキはあくまでビートダウン。故にこのカードも、攻撃力強化のカードでしかない。

 

「ネクロフェイスは除外された時、互いにデッキからカードを五枚除外する!」

 そして、終焉の精霊を召喚!」

 

 永理の目の前の上から、ぽたんと墨汁をカラーボールに詰めたようなものが落ちて来て、床に広がる。床に広がった黒い液状のものは徐々に形作っていき、永理の影を飲み込むように、自らの身体を完全に画一させた。

 クカカカと裂けたような口で笑みを浮かべ、緑色の瞳でゾークを睨み付ける。

 

「終焉の精霊は、除外されている闇属性モンスターの数×300ポイント攻撃を上げる……俺の除外されている闇属性モンスターは十三体」

 

「攻撃力……3300だと!?」

 

「いいや、相手の闇属性モンスターもカウントする。バクラ、お前の除外された闇属性モンスターは何体だ?」

 

「……三体だ」

 

 バクラは絞り出すように答える。既に攻撃力はゾークを超えているが、更にその上にされたのだ。永理の顔に、勝利を確信した笑みが浮かび上がった。馬鹿のように高い攻撃力のモンスター一体なのでこの戦局を変えるようなカードを引かれては終わりだが、逆に言えばそれを引かせる前に相手を倒せばいいだけの話だ。

 クカカカと、更に口を引き裂きながら終焉の精霊は笑う。既に二〇〇度ほどが引き裂かれたようになっており、ひいき目に見ても地上の生物とは思えない形となった。

 

「よって攻撃力は4800! バトル! 終焉の精霊でゾークを攻撃!」

 

 会場が一気にどよめく中、終焉の精霊は口を引き裂いたように笑いながら、まるで尾を引くように永理の影からとび上がり、ゾークの目の前に迫る。それを撃墜しようと黒い光線を出すも、それを容易く避け、右手で首に手刀を突きこむ。

 カハッとゾークが苦しそうに息と共に、黒い血を吹き出す。見ると終焉の精霊の左手がゾークの腹に突き刺さっていた。そのまま背骨を掴みとり、一気に引きずり出す。嫌な音が鳴り、それと共に終焉の精霊の手にはゾークのものらしき骨が、黒い血に塗れてあった。

 首を突いた手刀を更に一気に押し込む。するとゾークは、まるで人形のように容易く落ちて行った。

 

「ふははは、カードを二枚伏せターンエンドだ!」

 

 一気に相手のライフを、1900というラインまで持っていく事が出来た。対して永理のライフは未だ無傷の4000。戦局は上々、永理の方がボードアドバンテージもハンドアドバンテージも上だ。

 

「オレのターン、ドロー!

 魔法カード、マジック・プランターを発動! 場の永続罠を墓地へ送る事で、カードを二枚ドロー! 更に罠カード、死なばもろとも!」

 

「なっ、このタイミングで死なばもろともだと!?」

 

「互いの手札が三枚以上の時に発動が可能、互いに手札を好きな順番でデッキの一番下に戻し、カードを五枚ドローする! そしてオレは戻したカードの枚数×300ポイントのライフを失う!

 俺とお前の手札は三枚だが……こいつは発動時に三枚あればいいだけだ。オレ様の死なばもろともにチェーンし速攻魔法、手札断殺を発動! 互いに手札を二枚捨て、二枚ドローする!」

 

 これでバクラの手札は二枚となった。つまり、300ポイントのライフの消費を抑えたのだ。いや、それだけではない、ついでに墓地も肥やされた。それは永理も同じなのだが、断殺で中々にいいカードが来ていたので少しばかり悔しい思いがある。

 

「そして俺は二枚、貴様は三枚のカードをデッキの一番下に戻す……そして五枚ドローし、オレのライフは1500失う」

 

 残りライフはたったの900、しかし相手の手札は十分に潤った。それは永理も同じなのだが、元々永理の手札は三枚。二枚得したとしても、相手にそれ以上得をされては意味が無い。

 

「魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地の死霊騎士デスカリバー・ナイト、首なし騎士、闇の支配者-ゾーク、絵画に潜む者、ダーク・ネクロフィアをデッキに戻し、二枚カードをドローする! 更に至福の木の実を発動! 相手よりライフが低い場合、ライフを2000回復する!

 更に儀式魔法、奈落との契約を発動! 手札の死霊騎士デスカリバー・ナイトとファントム・オブ・カオスを儀式の供物として捧げ、終焉の王デミスを儀式召喚!」

 

 黒い鎧に身を包んだ巨人が、巨大な斧を手に持ってバクラの場に現れる。所々白い箇所があり、摩訶不思議な模様が鎧に記されている。顔は悪魔そのものではあるが、角は短い。手には巨大な斧。

 デミスの召喚によって、会場が湧く。超強力なレアカード、中には「永理終わったな」「あいつのロマンは嫌いじゃなかったんだけどな」と永理に対して同情する声が。

 終焉の王デミス。攻撃力こそ2400と少なく感じるが、たった1000のライフを払う事で場を一掃する事が出来る強力なカードだ。場をリセットしてから、適当なモンスターを召喚するだけで4000のライフなんてあっという間に消え去ってしまう。

 そして永理の伏せているカードはフリーチェーンのカードではあるが、防御用のカードではない。

 

「オレ様はライフを2000払い、場のカード全てを破壊する! 終焉の嘆き!」

 

 デミスは巨大な斧の底、大きな刃の付いていない部分を床に強く打ち付ける。するとそこから、さながらミルククラウンのように紫色の炎が広がり、場のカード全てを破壊し尽くす。

 しかし、ただでは終わらないのが永理だ。デミス一体だけなら、何とか防ぐ手段はある。次のターンの為の布石を打っておく。

 

「それにチェーンし罠カード、闇のデッキ破壊ウイルスを発動! 場の攻撃力2500以上のモンスター一体を媒体とし、相手の場・手札の魔法か罠を破壊する! 俺は終焉の精霊を媒体として、罠カードを選択!」

 

 全てを破壊し尽くす闇が終焉の精霊に当たる直前に弾け、中から黒いウイルスがバクラの場に感染し、破壊される。バクラの伏せていたカードは沈黙の邪悪霊。相手の場に二体以上モンスターが存在しなければいけないので使う機会の無かったカードだ。

 手札にあった罠カードは一枚だけのようだ。

 

「残念だが、俺の手札に罠カードは無いぜ。墓地のデスカリバー・ナイト、ファントム・オブ・カオス、そして死霊騎士デスカリバー・ナイトを除外し、ダーク・ネクロフィアを特殊召喚!」

 

 バクラの場に、まるで冥界にでもつながっているのではと思うくらい禍々しい渦が現れ、その中から青い肌の、髪の無い女性が、壊れた赤ちゃん人形をあやすように持ちながら現れる。首輪を付け、赤茶色い胸当て。そして左腕と両足には同じ色のプロテクター。永理の使う団地妻的な感じのダーク・ネクロフィアではない。完璧ホラー要素抜群のダーク・ネクロフィアだ。

 もはや守るものは無い。これが全部通れば、永理のライフはまるで蝋燭の火を吹き消すように容易く尽きてしまうだろう。

 

「バトルだ! 終焉の王デミスで直接攻撃! 拒絶の大斧!」

 

 デミスは巨大な斧を大きく振り上げ、そして振り下ろす。すると巨大な衝撃波が、まるで獲物を狙うサメのように永理に向かってくる。しかし永理の目の前でそれはかき消され、弾き飛ばされた。

 

「墓地のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効!」

 

「だがもう一体残ってるぜ! ダーク・ネクロフィアで直接攻撃! 念眼殺!」

 

 ダーク・ネクロフィアは眼から黒い稲妻を出す。既に永理を守れるカードは墓地には無く、大人しくそれを受ける事にした。思わず顔を腕で防御してしまうが、そういった行動に関係なくライフは削られてしまう。

 

「俺はカードを一枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 相手に伏せカードは一枚、モンスターは二体。逆転する事は不可能ではない。だがそれも運任せ、今の手札では少々難しい。高攻撃力に出来るモンスターが居ないのだ。

 まあ、まずはドローしてから考えるか。と永理は思考をいったん中断させ、カードに指を添える。

 

「俺のターン、ドロー!

 死者蘇生を発動! 墓地のダブルコストンを蘇生!」

 

 見たまんまお化けといった感じの二体の黒いモンスターが、永理の場でクルクルと回る。

 ダブルコンストン、ダブルコストモンスターだ。闇属性に限るが、二体分の生贄として使う事が出来る。

 

「更に魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 場にデビルメタルトークンを特殊召喚!」

 

 永理の場に、全身が水銀で出来たスライムが現れる。メタリックな金属色をし、うねうねと液体金属を変化させ形作ったのは、どういう訳かシュワルツェネッガー。ターミネーターのつもりなのだろうか。ダブルコストンはそれを見てニヤニヤと笑っている。

 

「更にカードを三枚セットし、ダブルコストンを生け贄に捧げ、破壊竜ガンドラを召喚! ダブルコストンは闇属性のモンスターを生け贄召喚する際、二体分の生贄として使う事が出来る!」

 

 ダブルコストンが消え去るが、永理の場にモンスターは現れない。バクラが首を傾げ、永理はデュエルディスクをまるでブラウン管テレビを直すかのように叩く。会場もどよめく。何せあの、武藤遊戯の使っていたカード名を宣言したのに現れないからだ。

 

「……故障したか?」

 

「いいや、上だ! みんな上を見ろ!」

 

 会場の中から誰かが上空を指差し、皆がそちらに注目する。永理とバクラもだ。

 するとそこには、巨大な緑色の軍用機が炎に包まれながらこちらへと落ちて来ていた。思わずバクラは、永理も目が点となる。

 

『レッツパーリィィィィ!!』

 

 軍用機が床に激突し、その上から一つの影が飛び出した。タイタンから貰ったパックで当てたカードではあるのだが、やはり普通ではなかったようだ。

 永理の伏せている三枚のカードのうち二枚の上に、見事に着艦した。デミスもネクロフィアもぽかーんとしている。

 顔は狂暴なドラゴンのような奴の筈が、一つ目モノアイの敵に現れそうな機械で、身体も丸っこく何処かミリタリー的な完全人型の機械。関節部分が太くなっているのは、装甲を破られて動かせなくさせない為か。そして尻尾は無く、背中には羽の代わりに赤い巨大なバックパックが二つ。右手には七つの銃口を持つガトリング、左手にはグレネードガン。

 どう見てもドラゴンではない。いや、というかデュエルモンスターズのモンスターでもない。どう見てもあの会社のバ神ゲーの主人公だ。

 

「……それ、本当にガンドラか?」

 

「ガンドラです、多分。

 まっ、まあいい。ライフを半分払い、場のカード全てを破壊し除外する!」

 

『熱々のローストチキンにしてやるよ!』

 

 背中のバックパックを展開させると、明らかに物量的に入らない量の武器が入っている。スナイパー・ライフル、マシンガン、マルチミサイル、火炎放射器、サメの形をしたバズーカ砲。レールガン等々。

 尻にあるブースターで大きく跳躍する。その時メタルウルフの隣にあった伏せカードが破壊された。インチキバックパックの中からマルチミサイルを持ち、空中でぶっ放す。ミサイルがさながら強く打ち付ける雨のようにデミスとダーク・ネクロフィアを破壊。爆炎が全てを包み込む。デビルメタルトークンは熱によって蒸発してしまった。

 ガコン、と思い音を立てて大統領は着地する。

 

「そして、破壊したカードの枚数×300ポイント攻撃力アップ! 破壊したカードは七枚、よって攻撃力は2100となる!

 トドメだ! 破壊竜ガンドラで直接攻撃!」

 

大統領魂だ(How do you like me now )!!』

 

 大統領の言葉と共に会場の一部の人間が一緒になって叫ぶ。

 大統領はシャウトと共にインチキバックパックを展開し、その余りある暴力をバクラに叩き込む。雨の様なミサイル、正確に狙ってくるスナイパーライフル、足元を狙うマシンガン、肌を燃やす火炎放射、水のような弾道を残し突っ込んでいくサメ型バズーカ、稲妻が駆け巡るレールガン。そしてそれらを覆い隠すように大きな爆発を巻き起こすマルチミサイル。

 あまりにも色々とツッコミ処はあるが、とにかくデュエルは無事勝てた。終了のブザーが鳴り、ソリットビジョンが消える。

 

『しょ、勝者月影永理なノーネ……あれ、どう見てもドラゴンじゃなくて機械なノーネ』

 

「……ハッ、またこいつにやられるとはな。いや見た目全然違うけど」

 

 バクラは悔しそうに、しかし何処か満足そうに頭をかきながら、永理を指差す。

 

「次は俺が勝つ、それまで負けるなよ」

 

「……次も勝つさ、俺がね」

 

 言ってろ、とバクラは返し、デュエル場を後にした。結局永理の疑問。何故バクラが現世に蘇ったのか、そして何故悪事を働かないのか。それらの疑問は全部、破壊竜ガンドラの大統領化によるインパクトによってかき消されていた。

 

「やったな永理! 俺達退学にならずに済んで!」

 

『……あー、十代君、翔君、そして永理君。制裁デュエル、素晴らしいデュエルでした』

 

 十代が永理の肩を叩いていると、スピーカーから校長の声。

 お褒めの言葉をかけられている。それに対し十代は照れ臭そうに笑うが、翔は何処か他人事だ。実感が無いのだろう。何せ翔には、あの時の記憶が無いのだから。

 

『しかし、校則を破ったのには変わりありません。よって今回のデュエルに関してのレポート三十枚の提出を命じます』

 

 校長の言葉を聞き、げんなりとする三人。三人とも別に勉強が好きという訳ではないのだ。永理は普段真面目にやってるように見えるが、そう見えるようにしているだけ。十代は言わずもがなサボりまくり寝まくりである。翔もやはり、年相応に勉強なんて嫌いなのだ。

 

「……仕方ない、とっとと終わらすか。感情とかそういうのぶち込みまくって水増しさせまくりゃ何とかなるだろ」

 

「そうだな……畜生、制裁デュエル勝ったら無罪放免って言ったのに」

 

 永理は諦めたようにそう言う。十代はまだ愚痴っていたが、もう諦めた様子だ。

 せっかくデュエルに勝ったと言うのに、何故か試合に勝って勝負に負けた気分になってしまった。十代の横でハネクリボーが三人に同情するように鳴き、永理の頭の上でグレート・モスがぷひゅんと鳴いた。




 ぶっちゃけこの作品を書き始めた当初の目的は、破壊竜ガンドラを出す事でした。仕方ないじゃない、思いついたんだから。仕方ないじゃない……。
 何故バクラが現世に舞い戻ったかは、後々明らかになります。はい。


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第16話 幽霊怖いとか男が言ってても全然可愛くないよね

今回はデュエルありません、そして短いとです


 迷宮兄弟という中ボスと、バクラというラスボスとの制裁デュエルから数日が経っていた。あれから学園は、何の変りも無い。

 強いて変わった事とすれば、十代がシンクロをドローソースに使う事が無くなったり(そもそもHERO主体のデッキなので、シンクロをドローエンジンにするのは色々と無理があった)翔もシンクロを使うようになったりした事ぐらいだろうか。

 最も、翔はデュエル中はどういう訳か性格が変わり、その間の記憶が無く、そしてデュエルが終わるとエクストラデッキ(永理は未だに融合デッキと呼んでいる)から機械竜パワーツールが消え去っているという謎の怪奇現象が起きたぐらいだろうか。

 とはいえデュエルモンスターズにそういった怪奇現象は付き物である。それこそ、屋台で買った焼きそばに紅ショウガが入ってる事ぐらい有り触れたものだ。

 

「キャラが薄い」

 

 デュエルアカデミア食堂、とんかつ定食を食べながら永理が愚痴る。永理と共に飯を食べるのはオベリスクブルー、カイザーの異名を持つが実のところは機械フェチで機械に性欲を持て余す変態である丸藤亮と、永理が一方的にパルヴァライザーとあだ名を付けたラーイエローの物まねデュエリスト、神楽坂が向かい合うように座っていた。

 亮の食べているのはカレーライス、ごろっと大きな肉がとても美味い。神楽坂は金を浮かせる為かカロリーメイトのチョコレート味を食べている。そこそこ味は良いのだが、口の中の水分がとにかく奪われるのが欠点だ。

 

「……薄いか?」

 

 神楽坂が口の中のカロリーメイトを水で一気に流し込んでから、永理の愚痴に反応する。

 ロマンデッキ、高攻撃力、そして変態で馬鹿。物まねの天才と自負している神楽坂でさえ、そのキャラクターを未だ掴みきれてないぐらい属性が多い。ひいき目に見てもキャラは薄くないだろう。

 むしろかなり濃い。主人公の属性かと問われれば首を傾げるが、とにかく濃い部類に入るだろう。

 

「薄いぜ、かなり薄い。つーかヒロイン居ないってどういう事だよ! 俺欲しいよ、ツァンたんとか雪乃んとかボン・キュッ・ボンッな!」

 

「なら委員長とかどうなんだ?」

 

「委員長はレイプされる事によって映えるのだよ」

 

 委員長とは、オベリスクブルーに在籍している女子生徒である。真面目で勤勉化だが、バーンデッキを使っているので滅多に対戦相手が居ないというある意味可哀想なお人である。胸は平坦である。

 カイザーの問いに最低な答えを返す永理。実際こんな事を白昼堂々と言ってるからモテないのだが、永理はどういう訳かもう諦めているので何の問題もない。

 そもそも永理の好みは十五歳以下で肌が白くて髪が長い、母性のある幼女という理想が天元突破しそうなくらい高いのだ。というか手を出したら犯罪になってしまう。

 しかし、永理は手を出したいのだ。幼女に、つるぺた幼女に。唾液と唾液を相互循環したいのだ。というか可愛くて甘えさせてくれる女の子がいいのだ。

 しかし白昼堂々、お昼時にする話ではない。しかもここは食堂、周りに生徒はかなりいる。しかもカイザーが居るので、注目の的だ。

 

「そんな事だからお前はモテないんだ。ショッギョ・ムッジョ、インガオホー」

 

 亮はカレーを食べながらそんな事を言う。実際その通りである。白昼堂々、『○○はレイプされてこそ映える』とか言う奴がモテる筈がない。ただ女からヘイトを買うだけだ。

 最も、それも永理の理想が高すぎるせい。要するにこの世界のせいである。全部法律が悪いのだ。

 

「相席、いいっすか?」

 

「おっす十代」

 

「ああ、いいぞ」

 

 永理が十代の声に反応し、神楽坂が許可を出す。

 永理の隣に十代が座る。手にはかつ丼とドローパンが一つ。下に敷いてあるキャベツの上には、ソースを混ぜ込んだ特性卵を乗せたかつがでぶんと乗っている。

 永理はひたひたになるくらいとんかつにソースをかけ、白米の上で二度ほどバウンドさせてから、かつの端っこを齧り、即座にソースの色に侵された白米を口の中に掻き込む。豚の脂とソースが混じり合い、言い知れぬ幸福感を齎してくれる。

 

「所で何の話をしていた……んですか?」

 

「敬語でなくともいいぞ。俺達はデュエリスト、年齢に関係なく、誰もがライバル同士だ。俺は対等の立場で居たい。所でとんかつ一つくれ」

 

「嫌だ」

 

 流れるようにカイザーからかつを催促されるが、十代は即座にそれを断る。十代とて育ちざかりな男の子、好きな肉をあげる気なぞ元より無い。

 

「……まあいい、どうせ永理が半分ぐらいでかつを残すに決まっているからな」

 

「半分ぐらい無くなってるぞ、既に」

 

 神楽坂が茶々を入れる。永理はとにかく濃い味が好きなのだ。とにかく濃く、濃く、濃く。身体に悪いと理性で解っていたとしても、本能がどうしても求めてしまう。これはもはや自然の摂理、一度知ってしまっては歳を取るまで戻ることが出来ない魔性の味。

 カイザーはもう諦めたようにスプーンを進ませる。カレーは何も乗せずに食べても美味いのだ。

 

「そういや十代、かつ丼にソースはかけないのか?」

 

「いや、普通かけないだろ」

 

「少量をちょいとかけたら結構美味いぞ。どぱどぱかけるのは邪道だけどな」

 

 そう言いながら永理は、茶碗の中に残っているかつを全部口の中に入れてから、米を掻き込む。ソースで味を消すのは論外だが、ちょいとしたアクセントとしてソースをかけると割と美味いのだ。

 神楽坂はカロリーメイトを全て食べ終え口持無沙汰になってしまっている。満腹感はあるのだが、満たされたという感じはしない。しかし、こういう所で食費を浮かしておかなければ欲しいカードが買えないのだ。

 何せ強い者は強いカードを使う。強いカードというのは自然と高額になってしまう。

 

「所でさっき、何の話ししてたんだ?」

 

「俺のキャラが薄いって話」

 

「いや、薄くないだろ」

 

 十代の冷ややかなツッコみ、神楽坂と亮がうんうんと頷く。

 しかし永理は、先ほど言ったヒロインが居ない事に対する不満を重大にぶちまける。それをかつ丼を食べながら聞いていた十代は、ごくんと飲み込んでから言った。

 

「でもさ、俺顔だって痩せすぎって感じだけど、ぎすってはないしさー……しかも俺より顔面偏差値低い奴に限って彼女とか居たりするし。こんなの絶対おかしいよ!」

 

「まずそんなのを大声で言ってる時点でモテないって事に気付け」

 

 十代の指摘に初めて気づいたようにハッ、という感じの顔になる永理。十代は溜息をつく。

 しかし永理は、それはそれ、これはこれと置いといて更に言葉を続けた。

 

「俺ってさ、一応強い部類に入ってるじゃん?」

 

「そこに戻るのか……まあ、そうだな」

 

 永理の言葉に、取りあえずカイザーは同意しておく。永理のデッキは爆発力こそ無いが、それを補って余りあるほどのロマンを秘めている。そんなデッキを使っていて、勝率はそれほど悪くは無い。普通の人が使えば即座に負けるようなデッキコンセプトだというのに。

 カードに愛されており、デッキ構築技術も悪くは無い。一応強い部類に入るだろう。

 

「なのにさ、神楽坂俺のコピーデッキ作らないじゃん。やっぱキャラが薄いからかコンニャロー」

 

 そう、その点を気にしていたのだ。神楽坂の使うデッキはコピーデッキ、しかしそのデュエルタクティクスはオリジナルより少し下という、決して馬鹿には出来ない腕前を持つ。

 なのに、だというのに神楽坂は、永理のデッキをコピーしない。認めた相手だというのに。

 

「いや、だってさ……お前のデッキ、ブラックボックスってレベルなんだもん。訳わかんないんだもん」

 

「普通のデッキだろ、どっからどう見ても」

 

「普通のデッキは死霊伯爵とかグレート・モスとか入れないぞ、永理」

 

 十代の冷ややかなツッコみ。そう、昔ならばいざ知らず今の環境は強力な効果を持ったモンスターが沢山ある。そのご時世に、何も出しにくい事で有名なカードや、たった2000打点のモンスターを入れたデッキなんぞは、そうそう作らないものだ。それこそ、出しても大したメリットも無いモンスターならば特に。

 永理のデッキは運の要素もかなり高い。しかし、運だけで勝てるというデッキではない。運とプレイング、そしてデッキに対する愛情を持って初めて完璧に操る事が出来るのだ。

 

「普通痛み分けとか入れないだろ、地割れか地砕き入れるだろ」

 

「あれさ、割と高いんだよな」

 

 そう、この世界ではカード原価がかなり高いのだ。地割れや地砕きなんかはノーコストで相手モンスターを確実に破壊する事が出来る為、千円や二千円程度の値段は平気で付く。ライトニング・ボルテックスとなればその値段はもううなぎ上りである。

 そりゃあもう、安いPSゲームであれば二本や三本ぐらい余裕で買えるぐらい。

 

「……パックで一枚や二枚当たるだろ」

 

「それは持ってる者の言葉だよカイザー君」

 

 そう、パックで中々当たらないのだ。完成済みデッキでたまに収録されているのだが、それの値段は永理の元居た世界とは比べ物にならないくらい高い。PS3のゲームソフト一つ買えるぐらい高いのだ。

 

「箱買いすりゃ割と当たるぞ」

 

「神楽坂は知能指数が高いからな」

 

「繋げるな! それ繋げるなお前! ガンスリンガーじゃねえか! 怪盗とかにならないから! つか死にたくないし別に親恨んでも無い!」

 

 思い切り死亡するニンジャの台詞を繋げられたので、それを必死で否定する。別に神楽坂は、親を殺そうとも思ってないし怪盗になるつもりもない。

 

「箱買いなー、どうしても飯の方にな……」

 

「DP使えよ」

 

「……飯の方にな」

 

 DP、デュエルポイントとはデュエルで徐々に溜まっていく、デュエルアカデミアとそういったイベントでしか使えない仮想通貨である。十デュエルポイントで一円ほどだが、負けても貰えるし勝てば更に貰える。一見学校にメリットが無いように見えるが、月一デュエルをYouTubeの広告収入で、ちょっとは得しているのだ。

 とはいえそのような事実は、知らずとも構わない事実。要は無料で、カードや日用品、食料を買う事が出来る通貨なのである。ちなみに嗜好品であるガンプラやゲームの購入、フォアグラやキャビアなど高級すぎる食材には未対応である。何故かデュエルモンスターズのフィギュア購入なら問題ないが、特典としてカードが付いてくるからだろう。

 なお、卒業する際換金する事が可能ではあるが、それは卒業式直前にバラされる事である。なので今この学園に居る生徒は、誰もそれを知る術は無い。なので皆湯水のようにバンバン使っているのだ。

 永理も同じだが、どうしても飯の方につぎ込んでしまう。小食なのに食いしん坊なのだ。とはいえそれも、オシリスレッドの料理の味がちょっと酷く、まだ食堂や総菜パンを買った方が良いのである。要するにオシリスレッドのせいだ。

 

「つーか十代、お前ラーイエローに上って俺に飯提供してくれりゃよかったじゃん」

 

「基本俺か神楽坂の部屋で寝泊まりしてるけどな、こいつ」

 

 てへぺろ、と永理は舌を出し頭を軽く小突く。正直可愛くない。別に永理には男の娘属性も、本当は女だった属性も無いのだ。いたって普通の、馬鹿な男子高校生である。

 十代は半ば呆れながら、かつ丼を食べる。既に七割がた食べ終えている。ここで永理の言っていたソースがけというのを試してみようと思った。

 ソースをちょっと、少し染みるくらいをかけて、かつを食べてみる。

 

「……割と合うな、これ。所で永理、何か言われたりしないのかお前」

 

「亮の部屋で隠れてるからな、あとは持ってきてくれた飯をただただ喰うだけ。ラーイエローは普通に入ってても問題ないからベイビーサブミッションだぜ」

 

 グッ、と永理は親指を立てる。要するに亮に寄生虫紛いな事をして飯を貰っているのだ。何という人脈の無駄遣い。

 しかし……と、十代は気になる。カイザーと持て囃される亮が、タッパーを持って食事を詰め込むのに違和感を覚えないのだろうか。と。

 

「一年の頃は、食事を溜めこみまくって休日には部屋から出ずゲームをずっとするというのを繰り返してたからな。怪しまれる事は無い」

 

 フッ、とクールに笑いながら亮は、割とかっこわるい事を言う。

 ゲームをやっていると、飯を食う時間、トイレに行く時間、風呂に入る時間がおっくうになってしまう事がある。それの対策としては、食事を取っておいて冷凍しておく。オムツを履く。除菌作用のあるウェットティッシュを常備するなどで何とかなるのだ。勿論亮も永理も、流石にそこまでではない。前者はともかくとして後ろ二つはやった事が無い。

 それに、どうせ食事が終わったら捨てるものだ。持って帰っても何も言われないし、「朝食に食べるんだ」と言っておけば誰にも怪しまれない。それに永理は割と小食だ。ちょっとずつつまめばすぐに腹いっぱいになる。とんかつ定食程度なら完食できるが、オベリスクブルーの食事は質・量共に馬鹿に出来ない。永理は決して食べきる事が出来ない。なのでこれまで、怪しまれた事は一度も無いのだ。

 

「それに……朝に食べるピザというのも、中々のものだぞ」

 

「朝からそれはキツいぜ……流石に」

 

 好みの食事はまるっきりデブ特有のものだというのに、何故か太らない永理。人体の神秘である。まあただ単に量を取ってないだけなのだが、それでも食事内容だけを伝えたら驚かれるのだ。そして同じ量を取っている筈なのに太ってきている女子に妬まれているが、そんなのは永理の知った事では無い。それに女子小学生に負ける筋力なのだ、そのデメリットに比べれば少し太りやすい程度のデメリットなんて、微々たるものだろう。

 

「そういや永理、お前なんでレッド寮に戻ってこないんだ?」

 

 そう、あの時──永理がタイタンに連れ去られ、精霊が見えるようになってから一度しか永理は、自分の部屋に戻っていないのだ。

 ちなみに明日香も連れ去られていたのだが、永理も十代も、翔もそれに関しては全く気付かなかったのだ。隼人は気付いていたのだが、言い出すタイミングが無かったのだ。不憫である。

 永理は言いずらそうに視線をずらしながら、口をもごもごとさせる。そんな事をしても全く持って可愛くないのだが、そんな事は永理が一番よく知っている。

 

「そのね、怖いの……が」

 

「えっ、なんて?」

 

 十代が聞き返す。よく聞こえなかったのだ。永理が肝心なところを誤魔化すのだ。

 永理は若干顔を赤くさせながら言った。

 

「怖いの! 幽霊が怖いの!」

 

「……幽霊?」

 

 永理の言葉に、十代と神楽坂はぽかーんとする。亮は何処か納得した表情だ。

 幽霊。デュエルモンスターズのカードに精霊が宿るという話はよく聞くし、十代も永理も精霊を見る事が出来る。しかし、十代にとって幽霊は非現実的なものなのだ。

 神楽坂の場合はそれも信じていないが、別に永理の考えを否定するつもりはない。考えは人それぞれだ。

 

「あいつらいつもね! 俺に殺意の眼を向けてきてね! しかも呪詛言いまくってね! 怖いの!」

 

「死霊伯爵を精霊に持っているお前が何を言うか」

 

 ちなみに今永理の側に死霊伯爵は居ない。グレート・モスと一緒に亮の部屋でお留守番中だ。

 死霊伯爵もかなり怖い顔をしている。最もキャラクターはただのカッコつけなのだが、それを知らない人が見たらかなり怖がるのは確実だ。グレート・モスは、小さくなってるのでマスコット的な存在である。虫がマスコットというのも変な話ではあるが、とにかくマスコットなのだ。

 十代の隣でハネクリボーが若干困惑顔で同意している。中身を知っているので、少し十代の言葉を認めるのに罪悪感があるのだろう。

 

「……一応聞いておくが、永理のところに出る幽霊ってどんなのだ?」

 

 亮が永理に、出てくる幽霊が知ってるような口ぶりで尋ねる。亮には心当たりがあるのだ、永理の部屋に出てくる幽霊というものに。

 

「姿はラルクとライナ、まんまだよまんま。死にアベックめ、畜生……俺の平穏を。ACVDを……うぅっ」

 

「……なるほどな、大体解った」

 

 後半の永理の愚痴を軽く無視し、亮は頷く。何か思いついたのか、と永理は期待を寄せる。が、その解決方法はごく単純なものだった。

 

「森の奥に枯れ井戸があった筈だ。そこに捨てればいいのではないか?」

 

 森の奥の枯れ井戸には、生徒が使えないと判断したカードが捨てられているという。とはいっても、そこに捨てられているカードのパワーは貧弱。攻撃力だけで判断する傾向のあるこの世界では、永理の元居た世界では考えられない高額の値段を付けられていたカードが、考えられないくらい安い値段で、もしくはほぼ無料で手に入れられたりする。最も、グレート・モス等のような出し辛いカードも稀に捨てられているのだが。

 サイバー流後継者という立場である亮としては、そこに捨てるのは反対しなければならない。だがこの状況では話が別だ。家主が家に戻れないというのは、デュエル以前の、カードに対するリスペクト以前の問題である。

 

「……近づくのも怖い」

 

「こりゃ重症だな……仕方ない、俺が代わりに行ってやる」

 

 神楽坂がやれやれ、といった風に溜息を吐きながら言う。永理は突然、ぱあっと現金にも明るくなった。「貸し一つな」という言葉を聞き若干面倒くさそうな表情になるが。現金な奴め」と神楽坂がその表情に返す。

 多少の小言はこの際抜きだ。永理としても、自分の部屋に戻れないというのはとても辛い。何せゲームが出来ないのだから。

 まあとにかく、これで解決はした。永理は久しぶりに部屋に戻れるので、うきうき気分で最後のかつを口の中に放り込んだ。今までは亮の部屋でずっとやっていたのだ。やっと、自分の戦場に戻る事が出来る。

 永理の悩みが解決すると同時に、予鈴のチャイムが鳴った。




 ちょいと更新頻度を見てみたら……なんつうハイペースや、これ。おいたんびっくりだよ。


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第17話 万丈目準の暴走(前編)

 体育の時間は、好き嫌いが激しく分かれる時間である。そして永理は、体育の時間がとても大嫌いだ。

 体育の時間、オシリスレッドとラーイエロー同士の野球対決。オベリスクブルーはクーラーの効いた部屋で自習している。

 甲子園球場染みた、無駄に大きな球場。バッターボックスに立ちながら永理は考える。白いユニフォームに身を包み、手には鉄製バットを極端に短く持っている。こうする事で力の無い永理でも打つ事が出来るのだ。バッター一番、ルールは適当にニュアンスとノリである。

 永理の得意球技はゲートボールだ。まだやった事こそ無いが、まず怪我はしないだろう。そしてピッチャーは神楽坂である。

 永理はバットを逆手に持って、相手に向ける。

 

「あれは……何だ!?」

 

「予告三振だ」

 

 永理は神楽坂からの謎の行動に対する疑問に対し、大して意味の無い答えを返す。

 公式野球でやれば退場ものであるが、これは所詮授業である。こういったおふざけをやっても、誰も咎めないのだ。強いて言うなら野球部程度だろうが、そもそも野球部も永理がバッターボックスに立つ=三振するという公式をコンマ四分の一秒で悟ったので何の問題も無い。

 永理としても相手と味方の考えは読めている。早めに永理を終わらせて、普通の野球をするつもりだ。勿論永理もそのつもりである。それでいいのか、と誰もが首を傾げるだろうが、これでいいのだ。

 

「ふん、とっとと終わらせて早く交代させてやる」

 

「勿論俺もそのつもりだ。……が、当てさせてもらうよ」

 

「打てると思うな小僧!」

 

 神楽坂は左脚を大きく上げ、振りかぶりストレートを投げた。早く、まるで槍のような球だ。キャッチャーのミットに収まってから永理はバットを振る。それと同時に審判から「ストライク!」の声。中々に鋭い球だ、プロでは流石に無理だろうが、アマチュアならそこそこ活躍しそうである。

 キャッチャーがボールを神楽坂に投げ渡し、それをいとも容易くキャッチする。永理はそれを見て「俺なら無理だな」と呟いた。

 が、打つのなら問題ない。永理は昔野球系ゲームをやり込んだ事がある。バントしていればホームラン打てるような選手が居るゲームだが。

 

「永理、怪我しないようにな」

 

「気を付けるんすよ~」

 

「おい、心配の仕方がどう聞いても子供のそれなんだが。少なくともお前らとは同年代だぞ俺! まだぴっちぴちの十六歳ぞ俺!」

 

 十代達からの応援にツッコみを入れる。本来永理はボケキャラなのだが、たまにツッコみが回ってくる事もあるのだ。最もそれも滅多に無いが。頻度で言えばきらめくパンジーさんと出会うレベルだろうか。

 

「次行くぞ永理、おりゃあ!」

 

「見えたッ! チェストー!!」

 

 レーザービーム染みたボールが一直線にミットへと収まろうとするが、永理のゲームで鍛えた動体視力によってそれは既にロックオンされ、一切の迷いも無くバットを振るった。

 カキン、と甲高い音を立て、永理の背後からぱすっ、と弱い音が鳴る。当たった、当たったのだ。しかし力及ばず、打ち返す事は出来なかった。

 永理は無駄にシャフ度を決め、何故か勝ち誇った笑みを浮かべる。それと同時に、審判が「ストライク、ツー!」と叫んだ。

 

 

 万丈目準は荒れていた。他の者の眼から見ればそう取られても仕方がないだろう。あれ以来──十代と全力を出し合い、負けて以来あの高揚感に囚われてしまった。あの時の駆け引き、全力と全力とのぶつかり合い。あの快感を味わう為、それだけの為に万丈目は、適当に眼についたオベリスクブルーの生徒に片っ端から挑んでいた。

 しかし誰も、万丈目を満足させるには不十分な相手だ。餓えている、乾いていると表現してもいいだろう。さながら砂漠に放り出されたように、駆け引きという魅惑の水に餓えている。

 シンクロ召喚もせずに、地獄将軍メフィストで適当に目についたオベリスクブルーの生徒を倒しながら、万丈目はそんな事を思っていた。

 メフィストの槍が相手の胸を貫く。その衝撃で相手は吹っ飛ばされ、大理石の床に背中から叩き付けられた。

 

「これで二七人目……チッ、弱い。弱すぎるぞ」

 

 授業も出ず、ただひたすらに戦い抜いたというのに、あの後に訪れた疲れというものを感じ取れない。全く持って物足りない。誰もがただ高攻撃力のモンスターにデーモンの斧を装備させただけで満足している。その程度のプレイングでは、万丈目は到底満たされる事は無かった。

 空腹が煩わしい。三大欲求を強引に封じ込め、万丈目は次の相手を探す。満たされない、決して。同じくらいの実力を持った生徒は誰も居なかった。だから十代という強敵と戦った時、初めて満足感を味わう事が出来た。ジュニア大会決勝戦の時の、あの感覚……十代とのデュエルは、それすらも超えていた。

 また味わいたい、一度甘美な禁じられし味を覚えたら、また求めずにはいられないのだ。それがたとえ、手が届かないくらい高いものだとしても。

 

「……っざけんなよ、万丈目。テメェよくも!」

 

「時間の無駄だった、貴様なんぞよりあいつの方がよっぽど強い」

 

 先ほど倒した相手が万丈目を睨み付けるが、それに殆ど意に介さず次の相手を探す。もはや殆どの同学年は倒し終えた。上級生、最上級生にも食手を伸ばしている。カイザー亮が一瞬思い浮かんだが、自分はまだそこまで到達出来てないと自覚している。

 

「オシリスレッドに負けたくせに! 俺を馬鹿にしやがって!」

 

「まだ生き残ってるデュエリストが何処に居るか……いや、いい。貴様に期待しても無駄だろうな」

 

 オベリスクブルーの青い制服を翻し、倒した相手には既に興味を無くしたかのように、その場から離れる。

 中等部からたまに突っかかってきていたが、やはり相手にはならなかった。シンクロ召喚を手に入れてから色々と調子に乗っていたのだが、通常召喚のみでシンクロを行うという愚策しか知らない愚者に負ける訳が無い。予想通りの弱さだ。

 廊下を出て、大きなロビーに出る。脇には二階と繋がっている螺旋階段はシックな色合い。床は大理石の上にモフモフな絨毯を敷いている。大きな窓から差し込んでくる光がまぶしい。生徒の数はまばらだ。しかしそれも、殆どが自習室で自習をしているから。今この場に居るのはただのサボりか、もしくは病欠したか。最も自習なので成績にそれほど影響は無いのだが。

 一先ず購買に行き、新たなパックを買うか。と思い付き、購買へ向かおうとするも、それを遮るように三人の生徒が立ちふさがる。

 

「万丈目……お前、最近オシリスレッドの奴に負けたそうじゃないか、ええ?」

 

「……の割には、随分と調子乗ってるようで」

 

「ここは一つ、懲らしめなきゃなあ」

 

 見るからにチンピラといった感じの、柄の悪い三人。服の前を開けガラの悪いチンピラと一目で解るようなTシャツをさらけ出している。万丈目と同じく中等部からの成り上がりではあるが、所詮裏口で入った雑魚共。万丈目に敵意ある眼を向けてきてはいたが、ここまで露骨に絡んでくるとは思っていなかった。数は三人、暴力での喧嘩でなら万丈目は分が悪い。が、ここはデュエルアカデミア。揉め事はデュエルで解決するものだ。

 

「……何の用だ、貴様」

 

「聞いていなかったのかなー万丈目ちゃんよぉ、調子に乗っちゃってるテメェをぶっ倒してあげるって言ってんだよ」

 

「中小企業の御曹司だったっけ? そんな奴が調子に乗ってたらさ~、俺達イライラするんだよね~。解るでしょ?」

 

「……っつー訳で俺達が、制裁を加える事にしたのでーす」

 

 数は三人、圧倒的に不利ではある。だが、これくらいの相手には丁度いいハンデだろうか。制裁、くだらない話ではあるが、別にかまわない。万丈目としては、少し暴れたりなかった所だ。

 

「いいだろう、相手になってやる。貴様ら纏めてかかってこい」

 

 万丈目がデュエルディスクを起動させ、煽る。男達はゲラゲラ下品に笑いながらデュエルディスクを起動させる。

 さっきの相手では改造の小手調べにもならなかった。少しは骨があるといいのだが、と万丈目は危惧する。

 

「ルールはバトルロイヤルルール。俺のライフ4000、貴様らも4000ずつ。ハンデとして先功は貰う。構わんな?」

 

 バトルロイヤルルールでは最初のターン、お互いに攻撃出来ない。故に先功有利ではある。しかし相手は実質的に、毎ターン三回ドロー出来て三回通常召喚が可能で、そして三回バトルフェイズに入る事が出来、更にライフは12000もあるといって過言ではない。

 だというのに、余裕の表情を一切崩していない辺り万丈目の自信が見て取れる。はたしてそれは傲慢か、それとも事実なのか。

 

「舐めやがってクソボンボンが! ぶっ倒してやる!」

 

「「「「デュエル!」」」」

 

 先功は万丈目のターン、引いたカードを見てニヤリと笑う。新たなデッキ、ではなく改造したデッキ。良か悪かはまだ判断付いていないので、それを判断するのには丁度いい舞台だ。

 

「俺は手札を一枚捨て、THEトリッキーを特殊召喚! 更に夜薔薇の騎士を召喚!」

 

 万丈目の場に、?マークの黒子めいたマスクを付けた道化師と、黒い鎧に身を包み白いマントをはためかせる、銀色の髪の幼く見える剣士が現れる。

 

「更に夜薔薇の騎士の効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札から植物族モンスター一体を特殊召喚する! 俺は手札から、イービル・ソーンを特殊召喚!」

 

 夜薔薇の騎士が剣を振り回し、空中に現れた円の中から薄桃色の若干元気の無さそうに見える花と、まるで手榴弾のように丸々とした大きな実が現れる。これで場は整った。十代のあのデュエルを見ていてよかったと、万丈目はニヤリと笑う。

 

「まずはこう行こう。イービル・ソーンの効果発動! このカードを生け贄に捧げる事で相手ライフに300ポイントダメージを与え、デッキからイービル・ソーンを最高二体まで特殊召喚する! ダメージは俺の次のターン動く貴様に、だ」

 

 実がひときわ大きくなったかと思うと、途端に弾け棘がオベリスクブルーの一人と、万丈目の足元に二つ飛ぶ。弾けたら痛そうと思えるが、所詮はソリットビジョン、本当にダメージを受けるという訳ではない。

 だが視覚的にはやはり怖いので、「ヒッ」と男らしくない情けない悲鳴を上げている。

 

「デッキから二体のイービル・ソーンを特殊召喚! この効果で特殊召喚した場合、効果は発動出来ない。レベル1のイービル・ソーン二体と、レベル3の夜薔薇の騎士をチューニング!

 禁断の書物に手を出しし知識の貪欲者よ、禁忌の知識を駆使し我に力を貸せ! シンクロ召喚!」

 

「一ターン目からシンクロだと!?」

 

 輪が縮まり、五つの光となる。そして光の柱となり、その中から若干黒いマントを翻し、全体的に灰色の色調な魔術師が現れる。十代と使っている奴とは色合い等が違うが性能は同じだ。

 

「TGハイパー・ライブラリアン! 更に死者蘇生を発動! 墓地の夜薔薇の騎士を蘇生!

 そしてレベル5THEトリッキーとレベル3夜薔薇の騎士をチューニング!」

 

「一ターンで二回もシンクロ召喚だと!?」

 

 シンクロ召喚はまだデュエルアカデミアに現れたばかり、故に安定してシンクロを行うパターンというものを誰もが見つけられずにいた。しかし万丈目は違う。デッキ単体でもビートが出来、シンクロ召喚による起爆剤によって馬鹿と思えるような爆発力を手に入れる。ただそれだけ、それだけの話だ。

 

「心地よき闇深まる時、血の地獄より現れ光と閉ざす! シンクロ召喚!」

 

 光をまるで羽虫のように蹴散らし、中から黒いシルクハットをかぶり、黒い貴族服に身を包んだ悪魔が現れる。外側が黒く、内側がまるで血のように赤い。手には人間の物と思わしき髑髏を先端に付けた杖を持っている。脚はまるで日本の幽霊のように無い。

 

「ブラッド・メフィスト! ハイパー・ライブラリアンの効果でカードを一枚ドロー! 手札のモンスターカード、ヘルウェイ・パトロールを捨て、魔法カードワン・フォー・ワンを発動! デッキ・手札からレベル1のモンスター一体を特殊召喚する! 俺はデッキからインフェルニティ・リベンジャーを特殊召喚!」

 

 黒いテンガロンハットを付けた二頭身の悪魔が現れる。白い髑髏のような顔、そして西部劇を思わせるようなマントに二丁の拳銃。二丁も拳銃を持っているのに攻撃力は0であるのは密に、密に。

 手札が0の時に特殊召喚出来る効果を持っているが、万丈目のデッキでは基本手札が0になる事は無い。

 

「墓地のレベル・スティーラーの効果発動! ブラッド・メフィストのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚! レベル1のレベル・スティーラーとレベル1インフェルニティ・リベンジャーをチューニング!

 溶鉄炉に住まいし小さな住人よ、家主を脅かす敵を排除せよ! シンクロ召喚! 焔紫竜ピュラリス! ハイパー・ライブラリアンの効果で、カードを一枚ドロー!」

 

 何層にも重なったような、鍾乳石のような色をした爬虫類。それはとても小さく、ぷるぷると震えている。竜と名こそ付いており、背中に小さな羽が生えているが、爬虫類族である。

 バトルロイヤルルールでは最初のターン、お互いに攻撃する事が出来ない。仮に展開したモンスターを破壊されたとしても、ドロー加速とダムドの召喚条件を満たすように調整させてしまうだけ。とはいえそのカードはまだ来ていないのだが、来るのも時間の問題だろう。

 

「カードをセットしターンエンドだ」

 

「お、俺のターン! 自分の場にモンスターが存在せず、相手場にモンスターが存在する場合、手札からフォトン・スラッシャーを特殊召喚する!

 更に、サイコ・コマンダーを召喚!」

 

 相手の場に全体的に青白く光る、一つ目の戦士が剣を逆手に持って現れ、その隣に浮かぶ簡易戦車らしきものに乗りナチ式敬礼をする、緑色の服に身を包んだ機械らしきものが現れる。サイキック族、もう少し登場が早ければサイコ・ショッカーもなっていたであろう種族である。特徴としては即効性のあるシンクロ召喚と、ライフコスト。そしてそれをカバーする為のライフ回復ギミックだろうか。

 

「レベル4のフォトン・スラッシャーにレベル3のサイコ・コマンダーをチューニング! シンクロ召喚! スクラップ・デス・デーモン!」

 

 全身継接ぎで出来たスクラップの悪魔、バネやらの内部構造が丸見えだ。レベル7で攻撃力2700の、効果を持たないシンクロモンスター。しかしその攻撃力は案外馬鹿には出来ない、が万丈目の場にはその攻撃力をたったではあるが100上回るモンスターが存在している。

 

「シンクロ召喚に成功した時、カードを一枚ドローする!」

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

「この瞬間、ブラッド・メフィストの効果発動! 相手がカードをセットした時、相手ライフに300ポイントダメージを与える!」

 

 ブラッド・メフィストが口から赤黒い液体を、圧縮させて噴き出す。見た感じ絶対に食らいたくない攻撃である。

 が、たったの300ダメージ。とはいえ泥沼化していくのはここからだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「相手のスタンバイフェイズ、相手の場に存在する魔法・罠カードの数×300ポイントダメージを相手ライフに与える。とはいえバトルロイヤルルールの場合、ダメージはそのカードのプレイヤーのものとなる。よって貴様の前のプレイヤーに、300ポイントダメージ」

 

 ブラッド・メフィストは杖を振るう。するとその軌道を沿うように黒い線が現れ、相手の腹を切り裂く。

 

「魔法カード、予想GUYを発動! 自分場にモンスターが存在しない場合、デッキからレベル4以下の通常モンスター一体を特殊召喚する! ハウンド・ドラゴンを攻撃表示で特殊召喚! 更にチューン・ウォリアーを召喚!」

 

 下半身に羽が生えたタイプの珍しいドラゴン、顎がまるで某女性向け恋愛ゲームに出てくる奴らのように尖っている。色は全体的に黒いが、羽だけはオレンジの膜と白の骨組みだ。

 その隣に現れたのは、まるでアニメの世界で放送されている特撮もののような糞ダサい衣装を身にまとった戦士だ。全身真っ赤で何かを図るように所々羅針盤の様なものが取り付けられている。手にはイヤフォンを刺す所のように尖っている。両足には加速を高める為だろうか、ブースターのような物が取り付けられているが、それが更にダサさに拍車をかけている。

 

「レベル3のハウンド・ドラゴンにレベル3のチューン・ウォリアーをチューニング! レベル6、大地の騎士ガイアナイトをシンクロ召喚!」

 

 蒼い鎧に身を纏い青い、青い馬鎧を身にまとった馬の上でドヤ顔ダブルランスをしながら現れたのは、暗黒騎士ガイアのリメイクモンスター。槍や兜の尖っている部分が赤く塗られている。

 シンクロモンスターではあるが、スクラップ・デス・デーモンと同じ効果を持たないモンスター。そこそこ活躍はするのだが、やはりどうも感が否めないカードである。

 

「シンクロ召喚に成功したので、カードを一枚ドロー……貴様ら、ハイパー・ライブラリアンが居る事を忘れてないか?」

 

 万丈目が若干呆れ顔でそう言うものの、それは仕方のない事であった。彼ら三人のデッキは、形こそ違えどシンクロ召喚を主軸としたデッキ。デッキに投入されているモンスターの自力こそ高いものの、万丈目のような相手ではシンクロモンスターを並べなければ安心出来ないものがあるのだ。

 

「うっ、うるさい! カードを二枚セット!」

 

「ブラッド・メフィストの効果だ。二枚だから600ポイントのダメージ」

 

 今度はパターンを代え、水玉を二つ吐き出す。カードの枚数によって効果発動の仕方が違うようだ。しかし、これで万丈目の手札が一気に二枚も回復した。自分は何もやっていないのに、である。オベリスクブルーのくせして、手札の恐ろしさというのが解っていないのか、と万丈目はあまりの低レベルさにほとほとと呆れてしまう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「スタンバイフェイズ、ブラッド・メフィストの効果。俺の次にプレイするプレイヤーに300、その次のプレイヤーに600ダメージだ」

 

 ブラッド・メフィストは先ほどとは違い気持ち大振りに薙ぎ払う。すると先ほどより大きな黒い線が現れる。二枚伏せている奴の腹には、二重に線が現れる。

 

「モンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンド!」

 

「600ダメージだ」

 

 最後の一人は防御を固めてきた。シンクロ召喚もせずに、だ。少しは頭が回るようだが、他の二人がそれに関係なくバンバンとシンクロ召喚をし、万丈目の手札を補充してくれる。真に恐ろしいのは無能なる味方だ。

 

「俺のターン、ドロー!

 ……正直貴様らの実力、俺に自信満々で挑戦してくる辺り、そこそこあるのかと思っていたが、ただの自惚れだったか」

 

「なんだと!? 上等だ、やってみろよ!」

 

 万丈目の言葉にガイアナイトを召喚した男が反応する。とはいえそのような事、万丈目のあずかり知らぬ事。まずは相手を確実に仕留める。

 

「フィールド魔法、ダークゾーンを発動」

 

 天井に、まるで台風雲のような黒い雷雲が現れる。稲妻がそこら中に落ち、大気の成分と反応し闇属性モンスターの身体に作用し、力を上げる。

 

「ダークゾーンは闇属性モンスターの攻撃力を500ポイント上げるカードだ。ブラッド・メフィストのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚。レベル・スティーラーを生け贄に捧げ、地獄将軍・メフィストを召喚。更に魔法カード、終わりの始まりを発動。墓地に七体以上闇属性モンスターが存在する時、五体を除外してカードを三枚ドローする。イービル・ソーン三体と夜薔薇の騎士、そしてインフェルニティ・リベンジャーを除外し、カードを三枚ドロー。カードを二枚セット」

 

 黒き鎧をまとった黒い馬に乗り、黒い霧の中から全身真っ黒な悪魔の戦士が現れる。ハンデス効果と貫通効果を併せ持った、そこそこ強いカードだ。後は攻撃力を何とかすればいいのだが、万丈目はただ単にアタッカーとして運用している。重要視しているのは闇属性、という点だけだ。

 

「バトルフェイズ突入時、速攻魔法封魔の矢を発動」

 

 お互いの魔法・罠カードゾーンに矢が突き刺さる。オベリスクブルーのシンクロ召喚を行った二人はニヤニヤ笑っているが、唯一シンクロ召喚をしていない一人の顔は青ざめている。

 

「ブラッド・メフィストでスクラップ・デス・デーモンを攻撃!」

 

「ケッ、馬鹿め! 罠カード発動!」

 

 スクラップ・デス・デーモンのプレイヤーが罠カードを発動しようとするも、封魔の矢によって地面に縫い付けられており発動する事が出来ない。

 そのまま、さした抵抗も無くスクラップ・デス・デーモンは、ブラッド・メフィストが口から吐き出した酸性の赤い液体によってドロドロに溶かされてしまった。苦し気な雄たけびをあげる様を見て、ゲラゲラとブラッド・メフィストが笑う。

 スクラップ・デス・デーモンのプレイヤーは焦って罠を発動しようと何度も発動ボタンを押すも、全く発動する気配は無い。

 

「なっ、何でだ!? なんで俺の聖バリが」

 

「封魔の矢の効果だ。バトルフェイズ時にのみ発動が限られるが、その代わりに互いのプレイヤーは俺のターン終了時まで魔法・罠を発動する事は不可能。ハイパー・ライブラリアンで貴様に直接攻撃、地獄将軍メフィストで伏せモンスターを攻撃!」

 

「チッ、ガイアナイト!」

 

 ハイパー・ライブラリアンが書物のような電子端末にコマンドを入力し、雲の中心部分から相手の頭上に巨大な剣が現れる。そしてそのまま、重力に従い剣が落ち相手の身体を貫かんとする。が、ガイアナイトが自らの身を挺してそれを阻止、鎧を貫かれ破壊されてしまう。仲間を庇う場合そのモンスターのプレイヤーにダメージは行かず、直接攻撃宣言したプレイヤーにそのまま行く。仕留めそこなったか、と万丈目は苦笑する。このターン、もう一度シンクロ召喚出来ていたら一人を葬る事が出来たのだが、中々思い通りにはいかない。

 メフィストの大斧が振り下ろされ、伏せモンスターに襲い掛かるが、巨大な剣によって防がれてしまう。左眼に機械のモノアイ染みた眼帯を付け、左腕が機械製の義手。防御力の高そうな角ばった青い鎧に身を包んだ男。膝当てにXの文字が刻まれている。

 

「X-セイバー パシウルは戦闘で破壊されない!」

 

「メフィストは貫通効果を持っている。そしてパシウルの守備力は0、故に直接攻撃と変わりない」

 

 大斧と剣がぶつかり合った衝撃が、モンスターを通じて相手に襲い掛かる。その余波はライフを削るだけでは飽き足らず、手札まで削り取る。

 

「地獄将軍・メフィストがダメージを与えた時、相手の手札を一枚ランダムに捨てる」

 

 相手の手札ハンデス。中々に強い効果ではあるものの、当の攻撃力があまりに低すぎるので使い手を選ぶカードだ。最も今の万丈目のデッキでは、特殊召喚の容易なレベル5のモンスターとなっているが。

 相手は手札を裏返しシャッフルし、一番上のカードを墓地へ送る。電動羽虫、攻撃力は帝クラスなのだが、戦闘を行う際相手にドローさせてしまうデメリットのあるカードだ。

 

「ターン終了だ」

 

 万丈目は静かに、余裕の表情でターンを終了させた。




 思ったんだけどこの作品、前後編多くない?


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第18話 万丈目準の暴走(後編)

 永理にとって野球は、アニメの録画時間をずらす天敵と呼べる存在だ。暑い日差しの中、袖で汗をぬぐいながら思う。アニメの時間枠を潰してまで見るものでもないと思うし、そもそも潰してまで取った枠の間に終わらない事もあるのだ。

 そんな野球に熱中するような奴らも、総じて敵である。敵であった。今は野球よりもデュエルで中断されるのが多い。だが金持ちの家に生まれたので、DVDには全く持って困らなかった。更に両親も要するに永理と同族であったのも、また救いか。

 とにかく、炎天下の中レフトを守ってる永理が思う事は一つ。

 

「帰りたい」

 

「行くっす! 僕が編みだした魔球、大リーグボールを受けてみるがいいっす!」

 

 翔が脚を大きく右脚を振り上げ、振りかぶって投げる。右脚で蹴られたマウンドの土が頭上まで跳ね上がり、ボールを離した直後にその土が縫い目に巻き込まれる。ボールは地面スレスレを飛んで、本塁すれすれに下降および上昇して土を巻き上げ、縫い目の土が保護色の役割で消える。バッターはバットを振るが、ボールには当たらず、キャッチャーミットの中に納まっていた。

 相手から見れば、まるで消えたと錯覚するのだ。

 

「見たか! これこそが大リーグボール2号の力! もう一球、行くっすよ!」

 

 どりゃあ! という掛け声と共に、またしても放たれた大リーグボール2号。だがバッターは風の音を詠んでボールの軌道を詠み、バットを振る。カキン、と甲高い音と共に、ボールは打たれ左に飛んで行く。

 

「永理! キャッチだ!」

 

 十代の声が聞こえたが、身体が反応しない。ボールが打たれたのにやっとこさ気付いて、それを何とか飛んでる間にキャッチしようとする。

 しかし、運動神経は洗顔の邪教神の合計ステータスより低いと言われた永理がキャッチ出来る訳も無く──

 

「けばぶっ!?」

 

 どてっ腹に、ボディーブローのようにボールがめり込んだ。腹を抑え蹲る永理、そんな永理に、翔が叫ぶ。

 

「なんてこった、永理君が死んじゃった!」

 

「この人殺し!」

 

「死んでねーよ!」

 

 即座に復活し、取りあえず二番ベースに投げる永理。大体三番ベースと二番ベースの中間辺りでボールが下降していき、ころころと地面を転がった。

 この後、突如入って来た三沢大地の活躍によってオシリスレッドが圧倒的格差で負けたのだが、それらは割愛させていただく。デッキ構築に夢中になり過ぎていて、授業に遅れてしまったようだ。結果だけを言えば、大体永理が悪いのだ。ちなみに三沢大地の打った球によって、何処かの最高責任者が負傷した事は、三沢大地、遊城十代、丸藤翔の三人だけがその原因を知っていた。

 ちなみに永理は保健室に送られました。

 

 

 まるで死を告げる鐘のように、授業終了のチャイムが鳴り響く。実際、数で圧倒的に有利な筈の相手に、押され始めていた。

 

「お、俺のターン! ドロー!」

 

 男は少し焦りながら、カードを引く。

 

「スタンバイフェイズ、やれ」

 

 ブラッド・メフィストによる薙ぎ払いによって、三人の身体に黒い線が走る。バトルロイヤルルールにおいて、毎ターン効果を発動するカードはかなり効果的だ。一気に相手するのなら、この手に限る。

 相手のライフは既にかなり削られてしまっている。そしてパシウルを伏せていたプレイヤーは、次のターン敗北が決まってしまうだろう。何とかこのターンのうちにブラッド・メフィストを場から消さねば、勝機は無いに等しい。

 

「お、俺はモンスターをセット!」

 

「見捨てるのか、俺を!」

 

「うるさい! お前がライフを削られるからいけないんだ!」

 

 仲間割れが始まったようだ。万丈目はほとほとあきれ返った。無能同士の足の引っ張り合い。この世で一番怖くない集団は、無能の集まりである。

 そんな相手が何を勘違いしたのか、万丈目に勝てると思ってしまったのだ。シンクロモンスターを手に入れた事による慢心故か。

 馬鹿馬鹿しい、と万丈目は斬り捨てる。シンクロモンスターも効果を見、最適な状況で出さねばただのモンスターと成り下がってしまう。それを相手は、全く理解していない。

 

「ターン……エンドだ」

 

「お、俺のターン……」

 

「スタンバイフェイズ、ブラッド・メフィスト」

 

 万丈目はパチンと指を鳴らす。するとブラッド・メフィストはニタリと気味の悪い笑みを浮かべ、杖を薙ぎ払う。パシウルを持っていたプレイヤーのライフは0となり、パシウルが場から消え去る。

 まずは一人。最初に脱落したのが、万丈目の中で一番評価の高い者というのが面白い話だ。実力者も、無能が居てはその力を発揮する事が出来ない。

 

「俺が……二年生の俺が、一年生であるお前に負ける訳が無いんだ!

 手札からサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 相手の場にメタリックな竜が現れる。サイバー・ドラゴン、サイバー流の象徴とされているカードで、攻撃力2100というそこそこの火力、緩い特殊召喚条件、そして皇帝の異名を持つデュエリスト丸藤亮のエースモンスターである。サイバー流のカードなので価値はかなり高いが、まさかそれを持ってるとは……と万丈目も内心驚いていた。

 

「へっへへへ……昨日偶然当てたのよ、一枚しか入ってないのをまさかここで引き当てるなんてな。ジュラック・デイノを召喚!」

 

 次に現れたのは、赤い恐竜のようなモンスターだ。肉食獣のような風貌をしており、でっぷりと出た腹にはさながらジャック・オ・ランタンのような模様が施されている。

 攻撃力1700、レベル3のチューナー。ビートに使うもよし、ドローソースとして活用もよし、イージー・チューニングに使うもよし、チューナーとして使うもよしの四拍子揃ったカードだ。

 

「レベル5サイバー・ドラゴンに、レベル3ジュラック・デイノをチューニング!」

 

 ジュラック・デイノが光の環と化し、サイバー・ドラゴンを星へと変える。

 レベル8のモンスターはかなりのレアカードだ。サイバー・ドラゴンに比べれば、選りすぐりしなければ手に入りやすいが、それでもかなりの高額なカードというのに変わりは無い。

 それを持ってるという事は、この男何か持ってるのかもしれない。理論や道理では言い表せないものを。最も、それは万丈目も同じだ。

 

「スクラップ・ドラゴン!」

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー」

 

 トタン製の羽を広げ、スクラップより生成されたドラゴンが姿を現す。

 無数の配管から蒸気が吹き出し、むき出しの針金で作られた首と繋がっている顔はバイクのランプを転用した眼になっており、黄色く光る。歯車やらバネやらが丸見え状態で、何故か所々タイヤが付いている。

 見た目はあまりよろしくないが、その性能は強力の一言に尽きる。一枚自分のカードを破壊する事で、相手のカードを一枚破壊出来る効果。要するに全ての魔法・罠が、全てのモンスターが地割れになるようなものだ。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果発動! このカードは自分場のカードと、相手場のカードを一枚ずつ破壊する!

 俺は伏せていたチューナー・キャプチャーとブラッド・メフィストを破壊!」

 

 スクラップ・ドラゴンは伏せられていたカードを食べる。すると体内に存在するエネルギー変換路にカードが行き届き、全身が青白く光り輝く。

 そして口から炎を、ブラッド・メフィストに向けて吐き出す。高温の熱に溶かされ、ブラッド・フィストは悍ましい雄叫びを上げながら消え去ってしまった。

 

「ふん、中々やるじゃないか」

 

「なっ、ばっ馬鹿にしやがって……すぐに怖気面に変えさせて、命乞いさせてやる! スクラップ・ドラゴン!

 地獄将軍・メフィストに攻撃!」

 

 スクラップ・ドラゴンは口から電子廃棄物の咆哮を吐き出す。鉄屑の咆哮はあっという間にメフィストを飲み込み、さながら土砂崩れに飲み込まれる家のように、抵抗する間もなく破壊されてしまった。

 しかし、ダークゾーンによって攻撃力が上がっており、与えたダメージは微々たるもの。だが、攻撃力3000のモンスターを破壊した事で勝利を確信していた。してしまっていた。

 

「どうだ見たか! ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ふむ……やはりこのくらいのハンデが無ければ、デュエルは面白くないものだな」

 

 くつくつと笑いながら、万丈目が挑発する。これまでの相手にもシンクロを使う者は居たが、やはりその腕はまるでなっていない。それを覆すには、満足する為に難易度を上げる。さながらゲームの縛りプレイのようなものだろうか。そうしなければ強くなれない奴らへの呆れと、自分が求める果て無き戦いの欲求。

 

「どこまでも馬鹿にしやがって……テメェの場にあるのはレベル2と5のシンクロモンスターだけ! たとえスクラップ・ドラゴンを破壊したとしても、次のターンリビングデッドの呼び声で蘇らせてジ・エンドだ!」

 

「そうでなくては面白くない。決闘とは、デュエルとはそういうものだ。墓地のヘルウェイ・パトロールの効果発動! このカードを除外する事で、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター一体を特殊召喚する! 来いっ、二体目のヘルウェイ・パトロールを特殊召喚! そしてこれにより、墓地に現存する闇属性モンスターは三体となった、ダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 悪魔のような顔を付けたバイクにまたがった、黒い角を付けたヘルメットをかぶっているライダーが現れる。黒い服の上から赤いスカーフのようなものを首に巻いている。

 その隣に黒い拘束具に身をまとった黒いドラゴンが現れる。背中と肩、腕輪と尻尾を纏うプロテクターに痛々しい棘が付いており、半分露出している顔には殺意が込められている。

 

「だっ、ダーク・アームド・ドラゴンだと!? ここで引き当てたって言うのか!」

 

「終わりの始まりで手札に来てただけだ。魔法カード、おろかな埋葬を発動。デッキから地獄戦士を墓地へ送る。レベル4ヘルウェイ・パトロールにレベル2、焔紫竜ピュラリスをチューニング! 三つ首の狼よ、天に逆らいし蛮勇なる愚者を称え、絶対的力をもちて全てを砕け! シンクロ召喚! 天狼王ブルー・セイリオス! ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー!」

 

 光の塔から現れるのは、三つの首を持った蒼き狼。逆立った白い毛は攻撃的な印象を持ち、両腕を含む三つの首には餓えた獣特有の野蛮性を秘めている。じゃらり、と両手の狼に付けられた金色の鎖が音を鳴らす。

 これで弾は四個。一発で引導を渡すのは無理だが、一人屠る事は出来る。

 

「墓地のヘルウェイ・パトロール、地獄戦士を除外し、貴様らの伏せカードを破壊!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの背中から棘が飛び出し、伏せカードに突き刺さる。

 まずはリバースカード、罠の類いを全て破壊。相手の場にミラフォが伏せている事は解っている。そして、ただ除外するだけではい終わりではないのだが……このコンボは今使うべきではない。

 

「次だ、ブラッド・メフィストを除外しスクラップ・ドラゴンを破壊!」

 

 背中からブーメランのように放たれた棘はスクラップ・ドラゴンの首を掻っ切る。まるでこと切れたように眼に宿っていた人工物の光が消え、がしゃんと音を立てて崩れていく。まるで古い呪縛から、解き放たれるように。

 男達は焦った、俺達は二年生だ。二年生が一年坊主に負ける訳が無い。男達にはプライドがある。たかが大会で優勝経験があるだけの奴に、負ける訳が無いと。

 だが、男達は攻撃力に頼った戦いしか知らない。対して万丈目は、元々低攻撃力のモンスターを駆使して戦うデッキだった。シンクロ召喚が導入された今、その経験の差による溝は深まる一方。彼は攻撃力よりも、モンスター効果を重く見るタイプなのだ。

 

「さて、では引導を渡してやる。ダーク・アームド・ドラゴンで直接攻撃」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力は、フィールド魔法ダークゾーンによって500ポイントアップしている。ブラッド・メフィストの効果によってチマチマ削られていたところに、大きな一撃。ダーク・アームド・ドラゴンの振り下ろされた爪によって、唯一二回シンクロ召喚を行った生徒のライフが0となった。

 

「ひっ……ふ、ふざけるな。俺は二年生だ。二年生が一年如きに負ける筈──!」

 

「学ばなければ経験とは言わない。貴様らはどうせ、攻撃力に頼ったバトルしかしてこなかったのだろう? ヘルウェイ・パトロール、轢き殺せ」

 

 万丈目の命令に頷き、バイクをふかし残る敵の伏せモンスタに釣って混んでいく。轢き殺されたモンスターは、ジェネティック・ワーウルフ。四つの腕を持った白い獣人。血走った眼をしているが、腕はクロスされ防御の体制。だが守備力は100と、プチモスにも破壊されてしまう低守備力だ。

 

「ヘルウェイ・パトロールが戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時、そのモンスターのレベル×100のダメージを相手ライフに与える」

 

 ギュルルル、と後輪を回し、相手に土煙を吹きかける。随分としょぼい演出だが、実際バーンダメージもしょぼいので仕方ないだろう。

 

「ターンエンドだ」

 

「おっ、俺のターン!

 俺は魔法カード、死者蘇生を発動! お前の墓地からメフィストを蘇生させる! 更に、ジュラック・デイノを召喚! シンクロ召喚! スクラップ・ドラゴン!」

 

 先ほど倒した相手と、全く同じ手段のシンクロ召喚。またしても現れる屑鉄仕掛けの竜。だが先ほど出てきたのとは違い、眼の色が薄い赤色だ。

 

「カードを一枚セットして、スクラップ・ドラゴンの効果発動! 自分場のカードと相手場のカードを破壊する!

 俺は、ダーク・アームド・ドラゴンを破壊!」

 

 スクラップ・ドラゴンが伏せカードを食べ、エネルギーを蓄える。相手はしてやったり、という顔をしている。

 確かに、今現在万丈目の場に居る一番高い攻撃力を持ったモンスターはダーク・アームド・ドラゴンのみ。しかしデッキには三体ほど最上級モンスターが眠っており、更にチューナーの数もかなりのもの。立て替えしはいくらでも出来る。

 そして──

 

「カウンター罠、闇の幻影。闇属性モンスターが効果対象に選択された時に発動する。そのカードの効果を無効にし、破壊」

 

 スクラップ・ドラゴンの炎弾は、ダーク・アームド・ドラゴンの幻影を揺らすだけ。何時の間に移動したのか、懐に潜り込み鋭い爪を喰いこませていた。

 水をかけたラジオのように、ノイズ交じりの断末魔が鳴り響き、鉄屑が崩れていく。

 

「なっ──何故あの時、何故ブラッド・メフィストの時に使わなかった!」

 

 既に負けた男が、鉄屑の雨に遭いながら激昂する。当然だ。闇の幻影を伏せたのは、最初のターン。つまりやろうと思えば、ブラッド・メフィストを守る事が出来たのだ。

 嘗めプ、相手を格段に見下したプレイング。自分が圧倒的強者に居るという考えを持たなければ到底出来ないプレイ。

 当然、相手を馬鹿にする事が目的ではあるのだが、もう一つ理由はある。

 

「貴様らが弱いから、ハンデをくれてやっただけだ。だがもう残るは一人、とっとと介錯してやるのが温情ってものだ」

 

「お前……どこまで俺を、俺達を馬鹿にすれば済む──」

 

「馬鹿にされる実力なお前らが悪い」

 

 スパッと、斬り捨てるように万丈目は言った。その万丈目の言葉に、男達は何も言い返せない。実際、ただでさえ三対一というハンデを貰ってるのだ。だというのに、結果はどうだ。万丈目のライフはたった500しか削れてない。これでは実力不足という言葉で片づけられても、何の文句も言えないではないか。

 

「で、どうするんだ? 貴様のターンのまま、止まっているぞ?」

 

「……カードをセットして、ターンエンドだ」

 

「俺のターン。墓地のレベル・スティーラーを除外し、その伏せカードを破壊。詰み(チェックメイト)だ」

 

 万丈目が手を振り払うと、ダーク・アームド・ドラゴンが黒い炎を口に貯え、それを発射する。真っ黒な炎に包まれ、相手のライフを燃やし尽くした。

 デュエルが終了し、デュエルディスクに残っているカードを取り、デッキに戻していく。伏せていたカード、ヘル・ブラストを使っていたら、もしかしたらもっと早く終わっていたかもしれない。だが元々このデュエル、本気でやるつもりは無かった。ちょっとしたハンデで、危なくなれば迷わず使うつもりだったのだが、その機会も無く相手は破れてしまった。

 膝から崩れ落ちる三人に興味を無くし、部屋に戻ろうとした所。出入り口から鳴る何者かの拍手によって、その足を止められてしまう。男達はそれで意識を現実に戻したのか、まるで逃げるように退散していった。

 万丈目は拍手のした方を振り向く。

 

「ブラーボ、ブラーボなノーネ。シニョール万丈目」

 

「……クロノス……先……生……?」

 

 白いホーステールな髪、まるで死人のような肌、痩せこけた顔。オカマのような青い唇。オベリスクブルー男子寮の寮長であり、デュエルアカデミア実技担当最高責任者。クロノス・デ・メディチである。ちなみにかなり細いが、別に拒食症とかそういう訳ではない。本人曰く「体質」らしい。

 だがその左眼は、まるで誰かに殴られたかのように青く腫れていた。

 

「どうしたんですか教諭、その眼は」

 

「ん? あ~、ちょっと色々ありまして~……ゴホン。そんな事ヨ~リ、シニョール万丈目。貴方は今、デュエルに満足していないのではないのではありまセーンか?」

 

 クロノス教諭の言葉は真実だった。だが、それが露見してしまうのも無理は無い話だ、と万丈目は薄く笑う。授業を休んでまでデュエリストを狩り続ける、そんな事をしていれば自然と、誰もがそう思うだろう。そう──強いデュエリストなら。

 なので万丈目は、ここは素直に頷いておく。

 

「よろしい。ではシニョールに一つ、壁となってもらいたいノーネ」

 

「壁……ですか?」

 

 壁であれば、もっと適任が居るのでは。と万丈目は心の中で思う。万丈目は自分が強いと自負しているが、それゆえ一年生とは実力が釣り合わないとも感じていた。唯一同じくらいだと思っているのは、遊城十代くらいだ。

 

「俺より適任が居るんじゃ」

 

「壁は高い方が、それを乗り越えた時成長しまスーノ。その点、貴方なら最適と言えるノーネ」

 

 実技最高責任者にそう言ってもらえて、万丈目は悪い気はしない。誰だってそうだ、褒められて嬉しくない者はそうそう居ないだろう。

 だが、万丈目はそれを感情に出さず、相手の名前を聞く。

 

「誰の?」

 

 あらかた強そうなデュエリストは狩り尽くした。一年生はもう既に、めぼしい奴らは残っていないだろう。相手によっては、辞退するつもりだ。雑魚に構っている暇は無い、次は二年生、その次は三年生を狙うつもりだったのだ。

 

「シニョール三沢、貴方も名前だけなら聞いた事ありまセーンか?」

 

「三沢……ああ。筆記、実技共に高得点なあいつですか」

 

 筆記、実技共に高得点をたたき出す生徒は少ない。大抵は筆記で高得点を取るか、十代のように実技で点数を稼ぐか、だ。その点三沢は、まるで絵に描いたような優等生キャラ。正直、今の万丈目より教師からの評判は良いと言っていいだろう。

 

「近々、彼の昇格デュエルを行う予定なノーネ。シニョール三沢と、デュエルをしてほしいノーネ」

 

「……なるほど、いいでしょう。ただし、条件があります。もし俺が負けたら、オシリスレッドに降格させてください」

 

 万丈目の言葉に、クロノスは驚いた。一応万丈目を懲らしめる意味も込めて、このデュエルを持ち掛けたのだが……それでも落とすのはラーイエロー程度にしておくつもりだったのだ。

 だというのに万丈目は、自らデュエルアカデミアで一番設備の整ってない、不憫なオシリスレッドへ行く事を望んだ。何故? という疑問が、クロノスの頭の中に現れる。

 

「ラーイエローというクッションがあっては、それに甘えてしまい全力を出し切れません。後には引けない状況に自らを追い込んで、俺は全力を出し切ります」

 

「……解ったノーネ」

 

 クロノスはあきれ返った。あまえいのバトルジャンキーさに。馬鹿げている話だ。自らそこまでする必要も無いのに、追い込みを入れる。まるで今回の、変則デュエルのように。出来るだけ生徒の意思を尊重しておいてあげたいのだが、こればっかりはクロノスも判断に困ってしまう。

 

「では、デッキ調整がありますので俺はこれで。失礼します」

 

「……昇格デュエルは明日なノーネ、万全の体制で挑むように」

 

 万丈目は頷き、獰猛な笑みを浮かべながら自室へと戻って行った。その背中を見て、クロノスは思う。ひょっとして、とんでもない事をしでかしたのではないかと。

 取りあえずズキンズキン痛む眼を冷やす為に、部屋へと戻る事にした。




 ハーメルン作品多しと言えど、GXの世界でシンクロもあるのにシンクロ召喚を使わない主人公は永理だけでしょう。多分。


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第19話 勝利の果てを目指し

 今日は休日だというのに、デュエル場には沢山の人だかりが出来ている。デュエルアカデミア、昇格デュエル。ただの昇格デュエルであれば、これほどまで人数が集まる事も無いだろう。しかし、今回の対決は現デュエルアカデミア学年主席VSデュエルアカデミア中等部学年主席の対決。そして、今の万丈目は狂犬と称されるほどの戦闘狂いとなっている。

 デュエルアカデミアで誰彼構わず敵を求め、その全てに打ち勝ってきた男。自らの理論とデッキへの信頼で勝利してきた男。

 その二人が、今デュエル場に立っている。まだ始まってすらいないというのに、とてつもない緊張感だ。

 思わず十代と翔、そして物珍しさから来た隼人も生唾を飲み込む。十代の隣で永理は、隣の生徒とどちらが勝つか賭けをしていた。

 

「俺の同人誌を賭けよう」

 

「グッド」

 

 隣で緊迫感の欠片も無い会話が聞こえて来て、思わず脱力してしまう。どうやら永理は、今晩のオカズを賭けあっているようだ。永理の手にはブラマジガールが触手によって亀甲縛りにされている同人誌が(卵を産み付けるマニアックなタイプの奴)、対する男子生徒の手にはブラマジガールとサイレント・マジシャンが半裸で抱き合っている百合もの(の表紙とは裏腹に、中身は双頭ディルトとスカトロという表紙詐欺に騙された罪なき罪人達を地獄へ突き落した物)。何ともまあどうでもいい争いではあるが、本人達の眼は真剣である。無駄に。無駄に。

 まるで主人公ではないが、割と前からこんな感じなのでノーマンダイだ。

 

「三沢大地……デュエルアカデミア学年主席。成績優秀スポーツ万能、これといった欠点の見つからない優等生。デュエルタクティクスは同学年の間では群を抜いている……盲点だったよ、何故気付かなかったのか不思議なくらいだ」

 

「そりゃどうも……君の噂も聞いているよ、万丈目準。デュエルアカデミア中等部学年主席で卒業、中等部時代はテクニカルなコンボが主体のデッキを使っていたが、高等部に入ってからは少しばかり癖の強いパワー系デッキを使用。そしてここ最近はまるで狂犬のように誰彼かまわず噛みつき、そして勝利している狂戦士(バーサーカー)

 

 そういえば、と十代はちらりと永理を見やる。隣で馬鹿な事をしでかしている永理だが、一応強者に入る人間ではある。こんな奴が、あそこでシリアス満載な雰囲気を出している二人と同じくらいの実力があると思うと、何故だかやるせない気持ちになってしまう。

 永理はそんな視線に気付かず、足を組みながら手作りサンドイッチを頬張る。マヨネーズマシマシ、女子生徒が食べたら翌日にダイエットを決意するほどの高カロリー食品。勿論バターもたっぷりと塗り込んでいる。そのせいか、向かい側に座っているオベリスクブルー女子生徒から嫉妬の眼差しを向けられているが、本人は気付く様子が無い。嫉妬なんて知らぬ顔だ。

 

「全力で来い、叩き潰してやる。これまで戦ってきたデュエリストと同じように」

 

「その言葉、そのままそっくりと返そう」

 

『気合十分なようなノーネ。それではこれヨーリ、三沢大地VS万丈目準、昇格を賭けたデュエルを執り行うノーネ!』

 

 スピーカーからクロノスの声が響き渡る。降格という点は、万丈目が頼み伏せて貰ったのだ。曰く「自分のせいで誰かが落ちると思ってしまっては、全力を出せないかもしれない」だとか。

 クロノスはその言葉を聞き、思わず万丈目の将来を心配してしまった。何せあまりにも、強さに貪欲すぎるからだ。

 

『あとシニョール永理、デュエル場は飲食禁止なノーネ』

 

 それでも一応注意はしておくのが、教師としての務めである。

 

「チッ、バレたか」

 

 永理は対して悪びれずに言ってから、一気にサンドイッチを口の中に詰め込む。そして何度か咀嚼してから、一気に飲み込み。相も変わらず噛む回数は少ない。

 万丈目と三沢は互いに距離を取り、デッキをデュエルディスクにセット。そして起動させ、ほぼ同時に叫ぶ。

 

「「デュエル!!」」

 

 その宣言と同時に、会場が大きく湧き上がった。トップVSトップ、その興奮もまた当然であろう。ちなみに永理は、三沢を思い切り応援していた。三沢に賭けたからである。

 

「先功は俺が頂く、ドロー!

 俺は魔法カード、増援を発動! デッキからレベル4以下のモンスター、夜薔薇の騎士を手札に加え、そのまま召喚! 効果によって手札からレベル4以下の植物族モンスター、キラー・トマトを特殊召喚する!」

 

 黒い鎧に身を包んだ白い髪の騎士が現れ、右手に持っている剣の切っ先で空中に円を描き、その中からジャック・ランタンのような顔を付けたトマトを召喚する。

 夜薔薇の騎士の登場と共に、女子と一部の男子から黄色い歓声が巻き起こる。夜薔薇の騎士は女子生徒の方を向き、一礼。随分とサービス精神が旺盛なようで、それのおかげでひときわ大きな歓声が響いてきた。永理は小声で「ショタコン共が」と呟いたが、永理も永理でそういったキャラクターが好きなので割と同族だったりする。

 

「魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード、ゾンビキャリアを墓地へ捨て、手札・デッキからレベル1のモンスター──イービル・ソーンをデッキから特殊召喚する。更に手札を一枚デッキトップへ戻す事で、ゾンビキャリアを特殊召喚!」

 

 ピンク色の萎れた花とは対照的にパンパンに膨らんだ紫色の種と、その隣に紫色の肌をした太ったゾンビが現れる。今度は女子生徒から悲鳴、ゾンビキャリアは少しばかり悲しそうに肩を落とす。

 イービル・ソーンは自信を生け贄にする事で素早く墓地を肥しモンスターを場に展開する事に長けているカードだが、手札からは特殊召喚出来ない。ゾンビキャリアは手札を一枚デッキに戻す事で場に特殊召喚出来るカードだが、次のターンドローするカードが決まっており実質ロックされているのと何ら変わりない。

 だが、ゾンビキャリアの効果で手札のイービル・ソーンをデッキに戻す事で二体の展開を、イービル・ソーンの特殊召喚効果によってデッキ圧縮と共にデッキトップの固定を免れる。実に効果的な持ち運びだ。

 

「イービル・ソーンの効果発動! このカードを生け贄に捧げる事で、相手ライフに300ポイントダメージを与える!」

 

 イービル・ソーンのグレネードのような実がひときわ膨らんでから弾け、万丈目の足元に二つ、三沢の身体に向かって大量の種が突き刺さる。

 

「その後、デッキからイービル・ソーンを最高二体まで特殊召喚する!」

 

 万丈目の足元に刺さった種が発芽し、薄桃色の花を咲かせる。しかし一瞬でそれが萎れ、代わりにまたグレネードのような物体が実る。

 三沢はそのコンボに、思わず感心した。多少の運は絡むが、実に考えられている。デュエルにおいて運とは、デッキ構築だけではどうしようも出来ない要素ではあるが、そのリスクを減らす努力は大切だ。

 

「レベル1イービル・ソーン二体に、レベル3夜薔薇の騎士をチューニング!

 禁断の書物に手を出しし知識の貪欲者よ、禁忌の知識を駆使し我に力を貸せ! シンクロ召喚!」

 

 光の輪を二つの種が潜り抜ける。すると種は星となり、輪がそれを締め付ける。するとまるで爆発したかのように光の束が出来、視界を白く塗りつぶされる。

 

「TGハイパー・ライブラリアン!」

 

 十代が使った者に比べ少し色合いがグレーな、サイバー魔術師が現れた。

 永理は隣に座っている十代に、あの時の事を尋ねる。

 

「そういえば十代、ライブラリアン融合はどうだった?」

 

「融合よりシンクロ特化の方が使いやすい」

 

 ハイパー・ライブラリアンは下手に他のデッキと混ぜるより、シンクロに特化させた方が強くなるカードだ。何故ならハイパー・ライブラリアンはシンクロ召喚によって真価を発揮する。十代の融合とは少しばかり相性が悪く、事故を引き起こしてしまう可能性があるのだ。

 

「一ターン目からシンクロ召喚か……なるほど、元学年主席になっただけの事はある」

 

「もはやその称号に、何の意味も無い。俺に必要なのは、果て無きデュエルの世界、そこに妥協は許されない」

 

 万丈目は純粋に、ただ純粋にデュエルを求める。十代が万丈目の、乾ききった心に火を付けてしまったのだ。そのせいで、明らかに狂っている思想を持ってしまった。

 永久に潤う事の無い、破滅のみを産み出す乾き。

 

「その果てに、君は何を見る」

 

 三沢は、思わず尋ねてしまう。果て無き戦いの果て、矛盾した言葉だがこの世に永遠というものはない。全ての事柄に終わりは訪れる。神様だって死ぬのだ、人間が作りだしたものに終わりが訪れない訳が無い。

 しかし万丈目は、さも当然のように答える。口角を歪に上げながら、その果て無き果てを想像しながら。

 

「俺を打ち滅ぼす者だ」

 

「……そうか。邪魔して悪かった、続けてくれ」

 

 三沢は万丈目の考えに賛同出来ないが、心の中で同意している自分が居る事に困惑した。その終わりを、終わりだけを目指す眼は一体何処を、何を見ているのか。興味深さと同時に、言い知れぬ恐怖も感じてしまう。

 

「レベル4キラー・トマトに、レベル2ゾンビキャリアをチューニング! 卑しき妬みに彩られし野薔薇の女王よ、我が僕となりて鋭き棘で敵に後悔と死を与えよ!」

 

 光の束を払いのけて現れたモンスターに対して、今度は一部の男子生徒と一部の女子生徒から歓声が上がる。やはり成人した女性よりも、霊使いのようなロリがいいのだ。

 永理と十代の眼には、一瞬だが万丈目の側に付き添うように側にいる、女性の姿が見えた。

 

「シンクロ召喚! ヘル・ブランブル!」

 

 野薔薇の魔女が現れ、上品にお辞儀をする。三沢はそのモンスターの登場と同時に、思わず眉根を寄せる。面倒な効果を持ったモンスターだからだ。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果で、カードを一枚ドロー! ゾンビキャリアは自身の効果で特殊召喚された際、墓地へは行かず除外される。手札を二枚セットし、ターンエンド!」

 

 万丈目の手札は一枚、たった一ターンでそこまで使い切ったのだ。その結果ドローソースを産み出すモンスターと、展開を抑止するモンスターを二体も並べた。

 思わず教職員も舌を巻く、素早い展開。万丈目はそれを、さも当たり前のようにやってのけたのだ。そして万丈目の顔には、獰猛な笑み。三沢がこれをどう突破するか期待しているのだ。

 数秒ほどの硬直、あれこれ考えていたのだろう。溜息を一つ漏らしてから、三沢はデッキトップに指を掛ける。

 

「ドロー! ……良し!

 俺は手札から魔法カード、ライトニング・ボルテックスを発動! 手札を一枚捨て、相手場に表側表示で存在するカードを全て破壊する!」

 

「その程度、見越してないとでも思っていたのか! カウンター罠、マジック・ドレインを発動! 相手は手札から魔法カードを墓地へ捨てる! 捨てなかった場合、魔法カードを無効にし破壊する!」

 

「魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札からモンスターカード、可変機獣ガンナー・ドラゴンを墓地へ捨て、デッキからレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚! ヘル・ブランブルは植物族以外のモンスターを手札から召喚・特殊召喚する場合、ライフを1000払わなければならなかったかな。ライフを1000払い、神獣王バルバロスを召喚!」

 

 一つ星テントウムシの隣に現れるのは、顎部分のたてがみがまるで機械のようになっている、筋肉ムキムキの王だ。長い自然のたてがみをなびかせ、右手に真っ赤な槍を、左手に綺麗な青い盾を持っている。だが、それより目が行くのが下半身だ。まるで馬のような、黒い四足。腰当を覗けば、下には褐色肌の筋肉と馬の身体の境目を見る事が出来る。

 攻撃力3000の最上級モンスターではあるが、妥協召喚という特殊な召喚方法で、元々の攻撃力を1900にまで下げる事で下級モンスターと同じように召喚可能なモンスターである。元々は神に仕える従属神の王として造られたのだが、一般にも出回っているのでただの噂話としか誰も思っていない。

 最も、その噂話も頷けるほどの性能の良さではあるが。

 

「攻撃力1900……なかなかの攻撃力だが、それでは俺のモンスターは倒せんぞ?」

 

「どうかな? バルバロスのレベルを一つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚! バトルフェイズだ! 神獣王バルバロスでハイパー・ライブラリアンを攻撃!」

 

 三沢の突然の奇行、十代と永理、そして万丈目以外はそれに困惑の声を上げる。だが実技担当最高責任者であるクロノスだけは、すぐに合点がいったようだ。

 神獣王バルバロスは真っ赤な槍を放り投げ、ハイパー・ライブラリアンは薄く笑いながら魔法陣を素早く描き、黒き槍を召喚する。指をクイッとバルバロスの方へと向けると、それと連動するように黒い槍が、バルバロスに飛ぶ。

 

「ダメージ計算時、手札から速攻魔法発動! 禁じられた聖杯!」

 

 赤い槍が黄金色に輝く聖杯を貫くと、突如光り輝く。すると、槍の切っ先が三つに分かれ、激しくスパークする。黒い槍とぶつかり合い、ハイパー・ライブラリアンの放った槍は、まるで開花するかのように裂け、その勢いそのままハイパー・ライブラリアンの胸へと向かって行く。

 咄嗟に手に持っていたタブレットを盾にするが、盾にしてはいささか薄すぎる。軽くタブレットを貫き、赤い花を咲かす。

 

「……禁じられた聖杯によって、バルバロスの攻撃力を400ポイント上げる。更にバルバロスの効果による妥協召喚──それが無効になる事で、元々の攻撃力3000に400がプラスされ、合計攻撃力は3400」

 

「それだけではなく、エンドフェイズにステータスリセットが発動し、攻撃力は3000となる。カードを一枚セットし、エンドフェイズ! 聖杯の効果は失われるが、それと同時にステータスリセット! 今度は立場が変わった、これをどう攻略する? ターンエンドだ!」

 

 万丈目の方が有利だったデュエルの流れを、一気にとは言わないが堅実かつ大胆に、自分の方へと流れを持って行った。

 流石は成績優秀者、伊達に勉学に励んではいない。一般生徒よりいくらか、高レベルなデュエルタクティクスだ。

 しかしいささか、マニュアル過ぎるか……というのが、万丈目の感想である。

 

「俺のターン、ドロー!

 ライフを1000払い、インフェルニティ・リベンジャーを攻撃表示で召喚!」

 

 黒いテンガロンハットを付けた二頭身の悪魔が現れる。白い髑髏のような顔が、好敵手を見つけた時特有の笑みを浮かべた。

 

「レベル6ヘル・ブランブルに、レベル1のインフェルニティ・リベンジャーをチューニング!

 負の遺産より生まれし黒き暴風、血鉄に彩られし死の力──硝煙と死の臭いをまき散らし、殲滅せよ! シンクロ召喚! ダーク・ダイブ・ボンバー!」

 

 戦闘機のような風貌をした、銅色の機械が現れる。肩に二つのジェットエンジンを乗せ、両手の甲には防御盤が。錆鉄色の羽を背負い、二本の足で地面を立つ。

 さながらロボットアニメに出てきそうな風貌である。主に敵の兵器として。

 

「攻撃力2600……それじゃあ、俺のバルバロスはまだ倒せないな」

 

「ああ、まだな。ダーク・ダイブ・ボンバーの効果発動! 自分場のモンスター一体を生け贄に捧げる事で、そのモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える! そしてこの効果の範囲は、自身も含まれている! ダーク・ダイブ・ボンバーを生け贄に捧げ、相手ライフに1400ポイントのダメージ!」

 

 ダーク・ダイブ・ボンバーは自らの身体を折りたたみ、まんま戦闘機となりて三沢の方へと突っ込む。これぞ日本が最後の手段としてアメリカ軍に行った愚策、神風特攻である。

 爆弾を積んだまま、更に燃料によりひときわ大きな爆炎が三沢の身体を包み込む。

 だが、演出としては永理が出した破壊竜ガンドラ? の方がインパクトは大きかった、と会場に居る誰もが思った。

 

「くっ……だが万丈目、これで君の場のモンスターは〇。次のターン、俺のバルバロスの直接攻撃で俺の勝ちだ!」

 

 ヘル・ブランブルによる効果ダメージによって、互いのライフは互角。だが三沢の場には攻撃力3000のバルバロス。このターンのうちに何とか手を打たなければ、次のターンバルバロスの槍が万丈目の身体を刺し貫くだろう。だが、万丈目の眼に諦めは見えてこない。

 

「そう慌てるな、まだ俺の負けが決まった訳じゃない……魔法カード、終わりの始まりを発動! 墓地の闇属性モンスターが七体存在する時、そのうちの五体を除外し、カードを三枚ドローする!

 俺は墓地のハイパー・ライブラリアン、ダーク・ダイブ・ボンバー、イービル・ソーン三体を除外し、カードを三枚ドロー! 更に魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、手札から闇属性モンスター一体を除外する! 俺はヘル・エンプレス・デーモンを除外!

 更にフィールド魔法、ダークゾーンを発動! そしてリバースカードオープン! 永続罠、闇次元の解放! 除外されているヘル・エンプレス・デーモンを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 紫色の雷雲の中、突如現れたいびつに歪んだ次元を、悪魔のような模様を付けた先端が二つに割れた杖で振り払い、紫色の肌をした悪魔が現れる。羊の角のような被り物の上に、紫色の腰まである長い髪の毛。露出度の高い、北半球が丸々見える服。紫色のロングスカートには、上から悪魔っぽいデコレーションが施されている。若干鎧っぽい皮膚が、少しばかり残念だろうか。男子生徒からの歓声に、にこりと身長に似合わぬ童顔で微笑み、小さく手を振る。

 一気に手札が補充され、更にそれだけでなく最上級モンスターの召喚。しかもダークゾーンによって、その攻撃力をバルバロスが倒せる打点にまで引き上げる。

 

「魔法カード、おろかな埋葬を発動。デッキから、冥府の使者ゴーズを墓地へ送る。バトルだ!

 ヘル・エンプレス・デーモンでバルバロスを攻撃!」

 

 両手でくるくると杖を振り回すと、巨大な闇の塊が出来上がる。

 それはダークゾーンから落ちてくる稲妻をも吸収し、更に大きく、そして凶悪になっていく。バチバチとスパークがそこら中に飛び散り、最新設備(野外でやる際と何がどう変わっているのかは不明)の床を削り取る。

 そして、ハッと勢いよく右脚でそれを勢いよく蹴る。すると闇の塊が一直線にバルバロスの方へと飛んで行く。それを打ち払おうと槍を突き立てるも、力の差は歴然。なす術なく闇の塊に飲み込まれ、その肉体を消滅させた。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……中々やるじゃないか。魔法カード、強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー! 永続魔法、冥界の宝札を発動! そして、二体のレベル・スティーラーを生け贄に捧げ、ダーク・ホルス・ドラゴンを召喚!」

 

 レベル・スティーラーが消え、代わりに現れたのは、巨大な黒い竜。鳥の様な黒い顔、真っ黒な羽を広げ、二本足で大地を踏みしめ、雄叫びを上げる。竜頭蛇尾な尻尾はゆっくりと揺れる。

 伝説のレベルアップモンスターと言われるホルスの黒炎竜が、闇に堕ちた姿。その効果は、専用デッキさえ組めばそこそこ強い。ホルスの黒炎竜LV8の方が強いとか、間違っても言ってはいけない。

 

「冥界の宝札の効果で、カードを二枚ドロー!

 更に、墓地のダーク・ホルス・ドラゴンのレベルを二つ下げ、レベル・スティーラーを二体特殊召喚!」

 

「次のターンの布石を揃えたか……」

 

「バトルだ! ダーク・ホルス・ドラゴンで、ヘル・エンプレス・デーモンを攻撃! ダーク・メガフレイム!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴンは大きく息を吸ってから、口から黒い炎の塊を吐く。対するヘル・エンプレス・デーモンは左手に巨大な闇魔法を纏わせ、それを塊として相手に投げつける。空中で闇の力同士がぶつかり合い、衝撃が走る。

 が、少し力及ばず。ヘル・エンプレス・デーモンの放った魔法は打ち消され、その身体を炎によって焼かれてしまう。グーサインをしながら、炎に包まれ退場する。割とお茶目なようだ。

 そして、その炎を消し去るかのように剣を振り払う、一人の剣士が現れる。黒い鎧は、いやに攻撃的なデザインをしている。

 

「ヘル・エンプレス・デーモンが破壊され墓地へ送られた時、墓地からヘル・エンプレス・デーモン以外のレベル6以上の悪魔族モンスターを一体特殊召喚する! 俺はこの効果で、冥府の使者ゴーズを特殊召喚した!」

 

「だが攻撃力はたったの2700、ダークゾーン影響下では俺のダーク・ホルス・ドラゴンの攻撃力も上がっているので、これを超える事は出来ない! そして、お前のデッキでは俺のモンスターを超える事は出来ない筈!

 ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目は引いたカードを横目見、ニヤリと笑った。

 勝利を確信した笑みではない、まだこの決闘を楽しめるという、戦闘狂染みた笑みだ。

 

「俺のデッキの最高打点は、攻撃力2900のヘル・エンプレス・デーモン。貴様の言う通り、超える事は出来ない──火力で越えられないのなら、他にも打つ手はある。魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地からインフェルニティ・リベンジャーを特殊召喚! これで墓地の闇属性モンスターは三体!」

 

 ボチヤミサンタイ、万丈目のエースカードの召喚条件。その効果は、永理の住んでいた世界で制限を受けた、凶悪な効果を持ったカード。

 もはや、万丈目を象徴すると言っても過言ではないモンスター。

 

「ダークモンスターを使うのは、貴様だけではない! ダーク・アームド・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

 雄叫びを上げ、黒い鎧に身を包んだドラゴンが現れる。万丈目のデッキのエースモンスター、万丈目が一番信頼するカードだ。

 ギラリ、と敵を──ダーク・ホルス・ドラゴンを鋭い眼で睨み付ける。

 

「ダーク・アームド・ドラゴンか、その効果は確かに凄まじいが──」

 

「効果発動! 墓地のヘル・エンプレス・デーモンを除外しダーク・ホルス・ドラゴンを破壊!」

 

「使わなさければ、問題は無い! 永続罠、デモンズ・チェーン! 効果を無効にし、攻撃も封じる!」

 

 三沢の足元から生えてきた鎖がダーク・アームド・ドラゴンの首に絡まり、地面に縫い付けられる。効果を封じられてしまったが、場にはチューナーが居る。そしてダーク・アームド・ドラゴンのレベルは7、シンクロ召喚に使われてしまえば邪魔な鎖としかならない。だが、場をがら空きにされる事に比べれば、その程度は些細な問題だ。

 

「中々やるじゃないか……レベル7のダーク・アームド・ドラゴンに、レベル1のインフェルニティ・リベンジャーをチューニング!

 混沌より生まれし片割れの竜よ、黒き翼を翻し我が敵を葬れ! シンクロ召喚! ダークエンド・ドラゴン!」

 

 真っ直ぐ横に伸びた角が特徴的な、黒い竜。額には蒼の宝石がはめ込まれており、全体的に尖った攻撃的なデザインの顔。翼は膜がすり切れ短くなっており、身体の中心部分には悪魔染みた顔が付いている。

 

「ダークエンドだと……データに無いカードだな」

 

「ではその脳髄に焼き付けるがいい! ダークエンド・ドラゴンの効果発動! このカードの攻撃力・守備力を500ポイント下げる事で、相手モンスター一体を破壊する! ダーク・ホルス・ドラゴンを焼き殺せ! ダーク・イヴァポレイション!」

 

 ダークエンド・ドラゴンの口から吐き出された黒い炎が、地面を縫うように迫っていく。ダーク・ホルス・ドラゴンはそれを打ち消そうと炎を吐くも、それすらも吸収されてしまう。

 ダーク・ホルス・ドラゴンの足元にその炎がくぐり込むと、まるで死者を地獄に引きずりおろすかのように黒い柱が伸び、ダーク・ホルス・ドラゴンをゆっくりと包み込んでいく。苦し悲鳴を上げながら、徐々に飲み込まれていく。

 

「……強い。流石、ジュニアとはいえグランプリの優勝者」

 

「レベル・スティーラーが少々面倒だな……バトル! ダークエンド・ドラゴンでレベル・スティーラーを攻撃!

 燃やし尽くせ、ダーク・フォッグ!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴンを飲み込んだ炎とは違い、地面に当たった瞬間拡散する。だがそれが隣のレベル・スティーラーを飲み込む事無く、一体だけ燃やされてしまう。

 壁は、次のターン辺りにまた、確実に湧いてくる。守りに徹しなければ、三沢のライフはすぐに消え去ってしまう。だが、眼はまだ諦めてないかのように、ギラギラと輝いている。

 今、万丈目は心の中から楽しんでいた。あの時の様と──十代とのデュエルと同じ──いや、それ以上に。思わず、笑みが零れる。勝利の笑みではなく、期待の笑み。

 

「ターンエンドだ……さあ、まだまだ俺を楽しませてみろ!」

 

「重い期待だな、だが応えたくなる。一人のデュエリストとして! ドロー……万丈目、これが俺の──全力だ!

 魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地のバルバロスを蘇生! 更に、バルバロスのレベルを一つ下げレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚!

 更に──三体のモンスターを生け贄に捧げ、神獣王バルバロスを召喚!」

 

 三体のモンスターが姿を消す。ダークゾーンの雲が晴れ、地面にヒビが入る。さながら噴火のように、三沢の場から光が溢れ、その中からバルバロスが現れる。絶えず落ちる稲妻の後光によって、暴力的なほど神々しい。

 神、まさにそう表現するしかない。槍を地面に強く突き下ろすと、大きな地割れが起き、万丈目の場のカードを全て飲み込まんとする。

 ダークエンド・ドラゴンは空を飛び逃げようとするも、天より舞い落ちた稲光に打たれ墜落。更に、バルバロスの咆哮に合わせるかのように、黒い雲が晴れていく。

 

「このタイミングで……あと一ターンで俺が勝つ、このタイミングで……」

 

 信じられない、といいたげに万丈目は唖然とする。デュエルにおいて絶対、というものは無い。それは万丈目も重々承知している。だがあの時、あのターンで万丈目は勝利を確信していた。

 ニヤリ、と口角を上げる。既に打てる手は無い。伏せているカードは、リビングデッドの呼び声。闇次元の解放であれば、ヘル・エンプレス・デーモンを特殊召喚し、破壊された事による効果で墓地のゴーズを蘇生。その場しのぎは出来ただろう。

 

「これだから面白い、デュエルって奴は」

 

「……ああ、俺もそう思うよ。バトルだ! バルバロス!」

 

 バルバロスの槍が万丈目に迫る。豪速で投擲された槍は一直線に、勢いよく万丈目の胸を遠慮なく貫く。万丈目は満足そうな笑みを浮かべながら、そのライフを〇にした。

 ソリットビジョンが消え、静まり返る会場。荒い二人の息だけが、しばし会場の音となる。

 

『しょっ、勝者! シニョール三沢なノーネ!』

 

 クロノスの宣言と共に、一気に歓声が沸き起こる。

 万丈目、三沢の勝利を労う言葉。そこに寮同士の格差は無い。一部のオベリスクブルーの生徒は、何処か面白くなさそうにそれを見る。

 

『これでシニョール三沢は、オベリスクブルーに昇格! 万丈目準は──』

 

「すみませんが、それは辞退させていただきたい。俺はまだ、倒したい相手が居る。オベリスクブルーに入るには、ナンバーワンになってからと、ここに来た時から決めていましたので」

 

 クロノスの言葉を遮り、三沢は昇格を辞退する。その目線は、十代の方を向いていた。十代にアイコンタクトで宣戦布告をする。十代はそれに頷き、薄く笑う。

 永理はそんな二人を見ていて「主人公だな~」と他人事のように思った。主人公なのに。

 

『……でしたーら、仕方ないノーネ。諦めますーノ。ガクリンチョ』

 

 クロノスは基本的に物わかりのいい教師だ。オシリスレッドでも、真面目に勉学に励み、向上心のある者には優しく、そして厳しく教える。遊城十代を嫌っているのは、十代がよく授業中に居眠りしているせいである。

 ちなみにクロノスの中での永理の評価は、「変だけど真面目に授業受ける生徒、変だけど」である。永理は、一応授業は眼の敵にされない程度に真面目にしているのだ。最も、別に向上心は無いがそれを表側に出す事は無い。

 

「残るは俺の降格だけか……三沢大地、いつかまた、俺とデュエルをしよう」

 

 万丈目は右手を差しだし、三沢もそれに答える。固く、がっちりと。男同士の、死闘を繰り広げた末に生まれた、好敵手同士の友情。

 

「ああ、いつでも受けて立つ。次も勝つけどね」

 

「言ってろ、次は負けない」

 

 二人ともニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべ手を放し、強くハイタッチ。

 まるで主人公とライバルである。一方当の主人公は、泣く泣く同人誌を隣の生徒に差し出していた。




 あっれ~? 永理主人公……あっれ~?


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第20話 片づけられない症候群

 デュエル出ません、日常回です


 万丈目が昇格、降格デュエルに敗れた。それによって誰もが、万丈目はラーイエローに格下げされると思っていた。だがその予想に反して、否それ以上の処遇──オシリスレッドへの格下げとなってしまった。

 勿論、クロノスは万丈目からの希望を受け止め、その頼みを叶えただけである。だが一部から「やり過ぎではないのか」という声もチラホラと上がってきている。

 最も、万丈目はそんな事知った事では無い。問題は、万丈目に割り当てられた部屋だ。

 万丈目が暮らす事になったので、これまで永理が使っていたベッドは撤去され、代わりに一か月ほど前に入った三段ベッドが置かれている。

 それはいい、狭いがオシリスレッドの殊遇としては当然の事だ。

 問題は──部屋の汚さである。

 

「これは酷い」

 

 赤いオシリスレッドの制服に身を包み、口元をマスクで覆いながら万丈目はぼそりと呟く。その隣ではヘル・ブランブルとヘル・エンプレス・デーモンがうんうんと頷いていた。

 当の部屋主である永理はベッドの一番上で本を読みながら、万丈目のつぶやきに答える。その隣では死霊伯爵がベッドに腰掛けながら小説を読み、その膝の上でグレート・モスが寛いでいる。

 

「えっ、何が?」

 

 床に散らばる菓子屑や総菜パンの空き袋、ろくに掃除されてないのか埃っぽい部屋。壁の直角を沿うように生えている黒カビ……あまりにも酷い有様だ。唯一綺麗なテーブルの上に、万丈目は自分の荷物を置いている。黒いボストンバッグだ。

 この部屋へ入る前に、間違えて入った方には、黒カビなんてものは生えていなかった。そもそも、浴室ならともかくとして寝室にカビが生えるなぞ聞いた事が無い。

 だが実際、永理の部屋に黒カビは生えている。そしてゴミが、散らばっている。まんま片づけられない症候群ではあるが、何故かゲーム類や漫画本が置いてある箇所だけちゃっかりと綺麗にしているので、別に片づけられない訳ではなく、ただ単に面倒くさがってるだけであろう。

 

「貴様、この惨劇を見て何も思わないのか」

 

「いつも通りじゃん、シングルベッドが無くなっただけで」

 

「ああ、いつも通りだ」

 

 中段ベッドの上でゲームをしている亮が、言葉を紡ぎながらブーストチャージで敵を蹴る。ガコン、という景気のいい音が鳴り、画面に緑色で敵撃破を伝えるメッセージが英語で現れる。

 現在亮は、金剛、ジャック・Oと共にオンラインで領地戦をしている。ゲーム内では自称『蹴りのカイザー』を名乗っているのだ。馬鹿である。

 機体のカラーリングは全体的に青いが、機体のラインを沿うように赤い線が引かれている。そして何より、雷の痛デカールがデカデカと張っている。色々とギリギリな感じだが、一応全年齢向けである。

 

「ええい、貴様ら! 掃除するぞ掃除!」

 

「今いい所だから駄目」

 

 慣れた手つきで足で箱を固定し、箱を開ける。中に入っている袋を永理の方に投げ渡すと、永理はそれを阿吽の呼吸でキャッチ。袋を剥いてから亮に手渡す。

 カロリーメイト、プレーン味。クリームチーズととても合う美味しい栄養食品だ。だが亮は何もつけずにぼそぼそと食べる。

 

「ベッドの上でそんなものを喰うな! そして食べるかゲームするかどっちかにしろ!」

 

「断る。これは元々、手が離せない時の為に作られたものだ」

 

 カロリーメイトは元々病院食である。決して、引きこもりニートのゲーム時間を僅かでも稼ぐ為ではない。最も、本来の用途というのは些細なもの。オムツだって介護用なのに廃人御用達になっていたりする、使い様によってガラッとイメージを変えるのが道具なのである。

 

「つーかさ、なんで万丈目がオシリスレッドに居るのよ。実力的に見ればさ、落ちるとしてもラーイエローじゃん?」

 

「……クロノス教諭に頼んだからだ。俺が三沢大地に負けたら、オシリスレッドに落とせとな。それより何だこの体たらくは、貴様それでもオシリスレッドの優等生か」

 

「アナトリアの傭兵だ」

 

 永理はぱんっ、と読んでいた漫画を閉じ、一気に一番下まで飛び降りる。

 ゴキッ、という音。亮がゲームする手を止め、下を見やる。すると永理は、まあ当然のように足を捻っていた。

 

「あー、なんてこった永理が死んじゃったー」

 

「この人殺し!」

 

 勢いよく開けられた扉から、十代がそう叫びながら現れる。何故か物凄く生き生きとしているのは、いつも苦労ばかりかけている永理が負傷したからだろう。悪い子と付き合ったら悪くなる、というのは強ち迷信でもないようだ。

 あまりにも色々と起きすぎてて、頭が痛くなってきたのか万丈目はこめかみを押さえる。なんだこれ、と自問自答するも、答えは出ない。まるでゼンモンドーである。

 

「あれ、なんで万丈目が此処に?」

 

「寮の降格だ。つかなんだ貴様も、いきなり人殺しとか」

 

「何か言わなきゃいけないと思って……」

 

 痛みに悶えている永理を放っといて、そんなどうでもいい会話を続ける二人。亮はゲームのミッションが終わると、すぐさまベッドから梯子で降り、かなり古いタイプの、事務所に置くような小さな冷蔵庫から牛乳を取り出し、口の中にカロリーメイト(プレーン)を含みながら飲む。

 口の中でプレーンの程よい甘さと牛乳が非常にマッチして、そこそこ美味いのだ。

 

「つか永理、どうしたんだ?」

 

「ベッドの最上部から飛び降りたんだ、馬鹿だろ」

 

 亮が口に付いた牛乳の雫をぺろりと舐め取りながら、十代に状況を説明する。十代はなるほど、と言ってから馬鹿だろ、と思ったが口には出さない。言っても無駄だと解りきってるからだ。

 唯一心配しているのは、万丈目の引き連れている精霊のヘル・ブランブルとヘル・エンプレス・デーモンだけだ。とはいえ駆け寄ったりはしない、ただ心配そうな眼を向けるだけだ。

 

「……そろそろか」

 

「何がだ?」

 

 亮の謎のつぶやきに万丈目が尋ねると、その脇を通り抜けるように永理が冷蔵庫から買いだめしていたブラックサンダーを取り出し、ぱくりと食べる。

 もしゃもしゃと食べ、ごくりと飲み込んだら空き袋は床の上に。

 

「永理、もう大丈夫なのか?」

 

「最近回復が早まってる気がする、俺の身体の事ながら何か怖い」

 

 具体的に言えば、永理が回復するようになったのは十代のあの言葉が聞こえてからだ。まるであの言葉がトリガーかのように、永理の負傷した箇所は回復していく。人体の神秘と一言で片づけるにしては神秘にも程がある。というかもう、化け物の域だ。十代は平然としているが、その隣でハネクリボーは若干引き気味だ。正直、ハネクリボーのリアクションが一番正しいのだろう。

 まあぶっちゃけて言ってしまえば、ただ単にこの世界がギャグ時空なせいであるのだが。

 

「って、そんな事より! 掃除だ掃除! 十代、貴様も手伝え!」

 

「嫌だよめんどくさい。あっ永理、あの漫画あるか? なんてったっけえーっと……あの、女の子が出てくる奴」

 

 万丈目の言葉を軽く拒否し、十代はなんとなーく記憶に残っている漫画が、この部屋にあるか尋ねる。

 女の子が出てくる奴、という情報だけではどういうものか見当もつかない。が、永理は友人の為、普段はゲームにしか使わない脳髄を働かせる。

 

「まどマギなら、巴マミの平凡な日常しかないぞ」

 

「逆に何でそれだけあるんだよ」

 

「ほら、ハイスクール・オブ・ザ・デッド持って無いのにハイスクール・オブ・ザ・ヘッド持ってるのと同じ原理よ」

 

 何ともまあ解りにくい例えだが、十代は何処か納得したようにうんうんと頷いている。永理の後ろで話を聞いていた亮と万丈目、ついでに精霊達は首を傾げているが……本人達の間で通じ合ったのならば、問題は無いだろう。

 大体そういうものだ、オタク同士の会話というものは。他人が聞けば一体全体何を話しているのか全く分からないが、その道の人が聞けばすんなりと理解する。理解されないものと諦めた者同士の会話とは、得てしてそういうものだ。

 

「それじゃなくてさ……あの、女の子が百合百合する奴」

 

「つぼみか?」

 

『ひょっとして、これですか?』

 

 そう言い死霊伯爵が、膝の上からグレート・モスを下してから、本棚から『あの娘にキスと白百合を』を取り出し、十代に手渡す。亮はベッドの中段に戻り、ゲームを再開。ちらりと浮かんでいる本の方を見るが、すぐに意識をゲームの方に向ける。既にこういった精霊による怪現象は慣れっこなのだ。

 

「うーん……多分違うけど、永理貸してくれないか?」

 

「いいけど、汚すなよ。主に白い液体とかで」

 

「バーロー、誰が汚すかっつーの。んじゃな」

 

 十代は死霊伯爵から漫画を受け取り、会釈をしてから自分の部屋に戻って行った。もはや最強のデュエリストがゲームに夢中なのに慣れているような感じさえする。

 思わずこめかみを押さえる。正直万丈目としては、この部屋の主と最強のデュエリストとこれからやっていく自信が無い。強者と戦える、デュエル出来るというメリットこそあるものの、二人は予想以上に癖が強い。正直、実力を付ける前に胃に穴が空くだろう。

 

『あの、マスター……掃除は、どうなさいましょうか』

 

 ヘル・ブランブルがおずおずと万丈目に尋ねる。が、万丈目はどう答えようも無い。何せ一番埃が溜まっているのは、確実に最上部にある本棚の上。それを掃除しない事には、どう解決もしない。

 そしてある意味埃より問題なのが、カビだ。黒カビ、長時間吸っていたら色々と病気になるあれである。別に万丈目はアトピー持ちという訳でも、アレルギーがある訳でもない。だが、それらが無かったとしても健康に被害を及ぼすのは明白だ。

 しかし、万丈目は生まれついてのボンボン。元々居たオベリスクブルーこそ自らの力で勝ち取った結果だが、それら以外は正直言ってそこらの金持ちの子息と何ら変わりない。掃除程度なら何とかなるが、カビの排除となると点で全く解らないのだ。

 

「大丈夫だって、たった三年や四年カビに囲まれてても、割と問題ないって。なー、カイザー」

 

「ああ、直ちに影響は無い」

 

 信頼性がクソほども感じられない言葉、勿論そんな言葉を信じられる万丈目ではない。というか、万丈目の方を見向きもせずカタカタとずっとゲームをやっているさまを見て何を信じろと言うのか。長い髪は既にボサボサになっており、まるでニートだ。

 

「まあ、明日になったら床のは掃除するから大丈夫だ」

 

 ベッドから身を乗り出し、永理がそう告げる。一か月に一度だけだが、永理は部屋の掃除をする。別に掃除なんて毎日やるものではない、というのが永理の考えだ。その結果がこれなのだが、永理としては別に異臭がする訳でもないので問題ないと判断している。

 

「カビは?」

 

「……」

 

 永理はその問いに答えられず、眼を逸らす。

 それに、カビは来た時からずっと生えていたのだ。ただ、永理の前世の部屋でもカビは普通に生えてたので見慣れていただけの事。もう部屋の黒カビはあって当然という認識が、永理の心の何処かにあった。だが、それは諦めから来る現実逃避だ。その現実逃避を、この世界に来てからもずっと続けていただけだ。

 でも実際どうしようもない。アパートのような場所では、壁紙の裏にまで浸食しているカビをどうにかする手段は無い。壁を取り壊すか、という発想も一瞬浮かんだりしたのだが、それでは隣の部屋に迷惑をかけてしまう。

 最も、既にかなりの迷惑を被っているのだが。主に騒音、深夜のゲームや馬鹿騒ぎで。

 亮はミッションクリアしたゲームの手を止め、態々万丈目の肩にポン、と手を乗せ、こう諭す。

 

「カビは、カビキラーかけても壁の中から牛蠅のようにはい出てくる。つまりそういう事、丸藤亮です」

 

「何だその喋り方」

 

 そう言い何処か満足そうな顔で、亮はベッド中段に戻る。忙しい人だな、と思う反面暇は人だな、と同時に矛盾した事を思ってしまう。

 実際亮と永理は、忙しい暇人という、とてつもないほど矛盾した言葉が似合う。

 ほどなくして、紙を捲る音とテレビ画面から聞こえてくる音、そしてゲームの音とコントローラーの音だけが部屋の中を包み込む。万丈目はぼっと立ってるのもあれなので、下段のベッドに転がり込んだ。

 まだ作られてそれほど経っていないのか、傷一つない。実際万丈目がレッド寮に来る事になった際に、突如永理の部屋に運び込まれたものだ。まだ作られてひと月ほども経っていない。思った以上にフカフカな布団が、眠気を誘う。が、その眠気をゲームの音がかき消してしまう。

 

『しかし、万丈目さんの方は女の子いっぱいなのに……どうしてこちらの方は』

 

『ぷぴゅん』

 

 死霊伯爵の言葉にグレート・モスが頷き、永理は半ば八つ当たり気味に本で死霊伯爵を叩く。とはいえ精霊は、この世界では実態を持たない。なのですり抜けてしまい、結果壁に当たってしまう。

 

「俺だって、俺だって……!!」

 

『まず女っ気が全く無いデッキってのがおかしいですよ。何ですか、なんで唯一の女性枠が人妻なんですか』

 

「人妻はエロいぞ」

 

 精霊の声が聞こえていない筈の亮が答えて少しびっくりしたが、死霊伯爵は構わず話を続ける。ちなみに亮も、先ほど誰に言ったのか解らないのか、キョロキョロと辺りを見渡している。が、その間もコントローラーの動きは止まらないのは流石と言えよう。実生活では何の役にも立たないが。

 

『……まあ、とにかくです。現状を何とかしなければ、貴方は童貞のまま死んでいく事になってしまいますよ』

 

「いいもん、いざとなりゃレイプするもん! JSレイプしまくってやるもん!」

 

『JSに負けるくせに?』

 

 ぐぬぬ、と永理は死霊伯爵の言葉に言い返せない。それは、死霊伯爵の言ってる事がまぎれも無い事実だからだ。JSに負ける、そんな高校生は存在しないだろうと誰もが思っていた。永理だって思っていた。しかし、実在したのだ。存在したのだ。永理自身が、それなのだ。

 別に肉体に障害があるという訳でもない、正常だ。正常な筈なのだ。だというのに負けるのもおかしな話ではあるが、こればかりはどうしようもない。そして永理は、割と頑張るのが嫌いだ。確実に眼に見える評価なら苦労はしないが、頑張りが眼に見えないのは御免だ。

 そもそもの話、永理の中での筋肉ムキムキの基準というのがラオウな時点でもうかなりおかしい。あんな筋肉達磨、女性に受ける訳が無い。

 

「風俗しかないなあ永理!」

 

「素人童貞って馬鹿にするんだろ、俺は解っているんだ頭脳指数が高いから解るんだ」

 

「お前過去に何があった」

 

 亮はゲームする手を止めずに永理に尋ねる。その下で万丈目はあきれ返っていた。何とも馬鹿な話だ。高校生らしいと言えばらしいが、永理の眼には二人の女性の精霊が見える。つまり、居ると知っていてこの話をしているのだ。

 はっきり言って、モテない理由は此処にあるのだろう。と、万丈目は勝手に予測する。

 

「どうせ女なんてなー! 金持ちんとこに尻尾振って行くに決まってんだよー! 高校生同士の恋愛でデキ婚してもさー! ぽいって捨ててさー!! 世の中金なんだよ! 見てるのは財布と口座の中身なんだよ!!」

 

「うわすっごい偏見」

 

 永理は女生との経験が無い。前世では風俗やらに行った事やデリヘルを呼んだ事しか無く、正直言って恋愛に関しては初心者もいい所だ。

 それもひとえに、この偏見のせいと言えるだろう。この偏見を持っているせいで女性を信じる事が出来ないのだ。どうせ裏切られる、と。別に過去になにかあった訳でもない、ただちょっと昔は思い込みが激しく、その思い込みが未だにこびりついているだけだ。

 永理の中で一番つらい経験なんて痛風しかないのだ。

 

「もういいや! 万丈目、パソコン取ってくれ」

 

「ちょっと待て……ああ、これか」

 

「サンキュ」

 

 万丈目から渡されたノートパソコンの電源を入れ、とあるサイトにアクセス。そして六桁ほどの値段がする人形を注文。永理のベッドに腰掛けながら、死霊伯爵は呆れている。何となく、しょうもないものを買ったんだなと万丈目は悟った。

 ふと、本棚の奥に光るものを見つけた。永理は本をいったん取り出し、それを手に取る。それは一枚のパックだった。ずっと前に気まぐれで一つだけ買っておいて、すっかり開封するのを忘れていたパックだ。表紙にはバスター・ブレイダーとブラック・マジシャンが描かれている事から、もうずいぶんと前のものだと予測される。

 

「ふむ……」

 

 正直保存状態は悪いので、たとえ絶版になっていたとしてもショップでは売れないだろう。だとしたら開封し、中身を確かめるか? と頭の中で好奇心が芽生える。

 だが、一人で見るというのも何か味気ない。そう感じた永理は、今度は梯子を伝って下に降りる。

 

「どうした永理……って、なんだそのパック?」

 

「俺が小学生くらいの頃に買ったパック……だと、思う」

 

 万丈目は興味があるのか、少々食いついてきた。古いものというのは、どういう訳か好奇心が刺激されやすい。アンティークショップとか対して興味が無いのについつい眼が行ってしまうのと同じような感覚だ。

 パックの右端に付いている切れ目を引き裂き、中のカードを取り出す。

 

「うわっ、古っ」

 

「懐かしい、惹かれるな」

 

 出てきたカードはあまのじゃくの呪い、ポールポジション、財宝への隠し通路、霊魂消滅、モリンフェンの五枚。正直、どれも使いこなせる気がしない。ポールポジションはスターダスト・ドラゴン/バスターを倒せる性能を持っているものの、肝心のスターダスト・ドラゴンは一般には流通していないので無意味。永理のデッキはその性質上、相手の場の方が攻撃力が高いという局面が多い。が、だとしても他のカードでカバーした方がいいだろう。あまのじゃくの呪いは、どちらかというと永理のデッキのアンチカード、財宝への隠し通路と霊魂消滅は使いこなせる気がしない。

 ただ、一枚だけ。一枚だけ永理のセンサーに反応したのが、モリンフェンだ。

 モリンフェン……レベル5、攻撃力1550という微妙にリクルーターで出せない数値の、バニラモンスター。使うメリットは、今や雑魚カードとなっている死霊伯爵以上に無いものの、謎の魅力に憑りつかれた者は多い。

 

「霊魂消滅か。終焉の炎を組み込めば、無理にではあるが使いこなせない事も無いか? いやしかし、その場合は事故が怖いな」

 

「……欲しいのか?」

 

「少し惹かれるな。ちょっと待ってろ」

 

 万丈目がベッドから立ち上がり、ボストンバッグの中をごそごそと探る。そして一枚のカードを、永理に差し出した。

 

「えっ、いいのか? 本当にいいのか!?」

 

「俺のデッキとかコンセプトが合わん、貴様なら使いこなせるだろう」

 

 万丈目がトレードに出したカードは、デビルドーザー。ピンク色のムカデだ。レベル8、墓地の昆虫族二枚を除外する事で特殊召喚可能な、攻撃力2800のモンスター。当然、霊魂消滅とのトレードに適しているかと問われれば、あまりにも勿体ないと誰もが言うだろう。

 だが、万丈目が持っていたとしても宝の持ち腐れなのは確か。そして霊魂消滅も、ストレージを漁ればあるカードではあるが、既に絶版となっている。ある意味レアなカードだ。入手難度で言えば、パックから当てるつもりなら霊魂消滅の方が高いだろう。

 

「サンキュ、なんか悪いな」

 

「構わんさ。どうせ使わんカードだ」

 

 万丈目からデビルドーザーを受け取ろうとした瞬間、万丈目は手をひっこめる。

 

「が、掃除してからの褒美だ」

 

「ファッキンブッダ! ……はあ、仕方ない。やるか」

 

 そう言い永理は、大きな黒いごみ袋を取り出し、床に落ちている空き袋を拾いそれらを袋の中に詰めていく。亮はそれを尻目に、黙々とゲームを続ける。家主が掃除しているのに、この上級生は……と万丈目は思ったが、口には出さない。どうせ言っても無駄だというのが解りきってるからだ。

 それに亮は、永理の部屋の中ではこんなでも学園では皇帝(カイザー)と持て囃される存在。そんな彼がカードに困っている様子なんて、モナコに居るホームレスを想像するより難しい。

 はあ、と動かない亮に溜息を洩らしてから、万丈目もゴミ拾いを手伝い始めた。




 油断してたらマジで部屋にカビは生えます。特に冬場は注意が必要です。結露が溜まりますので、それを放っといたらあっという間に……そして、夏には枕にカビが。
 いや、うちがおかしいだけなんだけどね。


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第二章 仮想世界編~愛は世界を救う、そして非モテを嘲笑う~
第21話 しばしの休息、餅の味


 冬休みのオシリスレッド食堂。ガスストーブの上に置いた金網でモチを焼きながら、大徳寺と隼人は暖を取っていた。その隣で万丈目は、いつものように足を組みながら小説を読んでいる。湯呑みの中には熱々の緑茶、ふと外を見てみると、雪が降り始めていた。

 デュエルアカデミアのある島は日本、ヤシの木とか南国に在りそうな植物が生えているが、一応日本なのである。沖縄に近い所にあるのに、雪が降っているのである。

 ふと、あの時の猿はどうしているだろうか。と万丈目は本から眼を離さずに思う。とはいえすぐに、気にしても仕方のない事と思い直し意識を本の方へと向け直す。

 

「ううっ、今日は一段と冷えますにゃ~……あっ、万丈目君。お餅焼けましたにゃ」

 

 少々くたびれたYシャツを着て、オレンジ色のネクタイを付けた細眼の教師。オシリスレッドの寮監でもある大徳寺が餅を箸でつまむ。

 

「ありがとうございます」

 

 しおりを挟んでから本を閉じ、醤油皿を手に持ち、餅を受け取る。そして割った割り箸で餅全体に醤油を染み込ませる。隼人は海苔を巻き、大徳寺は砂糖醤油に付けて食べる。

 まずは一口。隼人が実家から親に持たされたという自家製醤油の味は、とてもいい。上手く言葉に言い表せないが、とても美味い。

 

「うぅ~寒っ、なんで南側なのに雪が降るんだよ。いい加減にしろよデュエルアカデミア……」

 

 そうぼやき、手をこすり合わせながら十代が入室した。いつものオシリスレッドの制服の上に、茶色い毛皮のコートを着ている。女性ものっぽいのは、母親から譲り受けたものだからだろう。無理矢理持たされたのだが、今回役に立った。

 十代はしきりに手に息を当てている。肩を小さく縮こませながら、少し躊躇したが毛皮のコートを椅子にかけ、ガスストーブの方に急いで行く。隼人から熱い緑茶を受け取って、それで手を暖める。

 

「全く、こんな寒い日に補修とか……酷い話だよなー万丈目」

 

「自業自得だ馬鹿者。普段から真面目に授業を受けてさえいれば、こんな事にはならずに済んだものを」

 

 十代のぼやきに正論で返してから、万丈目は餅を口に運ぶ。十代は「言い返せねぇ」とだけ呟くと、緑茶を息を吹きかけて少しだけ冷まし、ずずずと飲む。暖かいお茶が身体の中から温めてくれる。

 今現在殆どの生徒は実家に帰っており、アカデミアに残ってる者は、大体何らかのクラブに入っていて予定の無い人間か、補修の残った人間か、色々と訳ありな人間かだ。

 

「そういえばさ万丈目、永理はどうしたんだ?」

 

 十代は湯呑みを両手で持ちながら、万丈目の隣に座りながら尋ねる。万丈目は十代から遠ざけるように本を奥に置き直す。

 

「部屋で寝てる、よく解らんものを頭に付けてるけどな」

 

 先ほど上げた中の唯二の例外の一人が、永理だ。抽選で当たった頭にかぶる何かを付けるようになってから、昼間でも構わず寝てる事が多くなった。もう一人はカイザーこと丸藤亮である。翔は実家に帰ったのだが、どういう訳か亮はアカデミアに残ったのだ。そして飯の時間以外、同室に住んでいる万丈目以外に姿を見せる事が無い。

 とはいえ、本人が何をやっているのかなんて十代達には関係の無い事。少しばかり心配ではあるが、いらぬおせっかいはかえって迷惑となる。

 

「そういえば最近、フロムが新しいゲームを発売したって、何処かで聞いたんだな」

 

「新しいゲーム?」

 

 隼人がふと、思い出したかのように話し、万丈目はそれを聞き返す。新しいゲーム、冬には大量のゲームがリリースされるが、それが関係あるのだろうか? と、万丈目は思うが、だとしても発売当日に買う者は愚者であり、永理はそういった人間ではないと思い直す。

 大体クリスマスといった行事の時にリリースされるゲームなんてものは、急いで作ったのでバランスやバグが色々とアレな感じなのが多いのだ。勿論中には遊べる物も大量にあるが、だとしても少しの間間をおいてから買うのが賢明である。そして永理は、それをよく知っている筈だ。

 ちなみに永理はオンラインゲームでもない限りは、中古に出回ってある程度値段が落ちてからブックオフ等で飼うタイプの人間だ。そのせいなのか永理の部屋は、高校生にしては少々古いゲームが無造作に置いてある。

 

「んだ。何でも、精神を直接仮想世界に入ってプレイするっていう、次世代ゲーム……って、話なんだな」

 

「なるほど、あの電脳増幅器のような物体はそれか」

 

「電脳増幅器?」

 

 勝手にうんうんと納得している万丈目に、十代が尋ねる。電脳増幅器、聞いた事の無いカードだ。

 万丈目は十代の疑問の言葉に、こめかみに手を当て、深く溜息を吐いてから答える。

 

「サイコ・ショッカー専用の装備魔法だ」

 

 へえー、と十代は訊いた割に興味の無さそうな返答をしながら、大徳寺から餅を受け取る。うにょんと伸びる餅を噛み切り、何度か噛んでから飲み込む。噛む回数が少々少ないが、十代は普段からそういった食べ方なのだ。

 ちなみに電脳増幅器の効果は、人造人間-サイコ・ショッカーにのみ装備可能で、装備モンスターのコントローラーは装備モンスターの効果によって罠カードの効果を無効にされないというもの。上手く使えばそこそこ強いのだが、活用するにはかなりのデュエルタクティクスが必要になってくるだろう。

 

「しかし、何だか怖そうだな。意識を全部仮想世界に送るってさ」

 

「まあ、そうだな」

 

 十代の言葉に、万丈目も同意する。

 意識を仮想世界に送るという事は、即ち現実世界では植物状態となっているという事。コンセントが抜けたり、停電等の不測の事態が起きた際どうなるのかは明らかにされていない。そもそもまだ一般にリリースされそれほど日が経っていないし、植物状態になったという苦情も未だ入っていない。

 が、態々危ない橋を渡る必要も無いだろう。要するに、やらなければいいだけの話だ。

 

「そういえばさ、その次世代ゲーム機ってので出来るゲームって、今の所どんなのがあるんだ?」

 

「デュエルモンスターズの世界へとフルダイブ出来るっていう触れ込みですにゃ」

 

 いつの間にか膝の上に乗っていた茶色いデブ猫、ファラオを撫でながら大徳寺が答える。デュエルモンスターズの世界、つまるところ噂に名高き精霊界という奴だろうか。十代はそういった所を適当に予想してみる。

 実際の所はフィールド魔法やモンスターのフレーバーテキストの世界を忠実に再現した世界なのだが、未プレイである十代と万丈目にそれを知る術は無く、そしてまた危ない橋を渡るつもりもない。

 

「その世界なら一般人でも青眼を操る事が出来る……って、セールスでやっていた気がしますにゃ」

 

「マジでか」

 

 少しばかり十代の心が動いた。十代もやはり好奇心旺盛な高校生、永理程ではないがロマンはそれなりに好きで、魅力的に見えるのだ。

 そしてデュエリストなら、誰もが一度は夢見るだろう。青眼の白龍を操りたいと。決して叶わぬ夢だが、だからこそ誰もが憧れる。

 

「先生、明日からちょっと遠出してきますにゃ。しばらくの間、自炊をお願いしても大丈夫ですかにゃ?」

 

「まあ、いいですけど……いったいどこに?」

 

 万丈目が尋ねると、大徳寺は珍しく細い眼を見開き、赤い瞳をギラギラと輝かせながら言った。無駄に爽やかに。

 

「ラブライブの映画を見に」

 

「そうですか、問題は起こさないでくださいね」

 

 ラブライバーは色々と迷惑行為を巻き起こしているという印象があるので、万丈目は適当に忠告をしておく。勿論、全員がそうであるとは思っていないが、普段おとなしい人ほど豹変する事があるというのがこの世の理である。

 それに、教師が問題となる行動をするのは生徒にとってもあまりよろしくはない。ただでさえオシリスレッドの三人馬鹿と呼ばれる二人がオシリスレッド寮に居るのだ。これ以上の問題は持ち込まないでもらいたいと言うのが万丈目の本音である。

 ちなみに残る一人はオベリスクブルーのカイザーと呼ばれるあいつである。

 

「準備はしなくていいんですか?」

 

「もう既に終わってますにゃ、後は船の出向を待つだけ……ふふふ、明日ですにゃ明日」

 

 何やら気持ち悪い含み笑いをしながら、餅を焼く大徳寺。傍目から見たらとても気持ち悪い。が、ここはオシリスレッド。学園に最も遠い寮である。そうそう誰かが来る事は無いだろう。そもそも小汚い場所に態々来ようという者好きは、あまり居ない。廃寮のような肝試しに最適なホラースポットであれば話は別だが。

 ごくり、と緑茶を飲みほし、少しばかりのほほんとしてから万丈目は、物凄くリラックスした様子で言った。

 

「平和だな、永理が居ないと」

 

「そうだな、俺的にはもうちょい何かがあっても──」

 

「暇そうだな」

 

 温まっていた温度が、開かれた扉から差し込む冷気によって急激に冷えていく。思わずキツい目線で、中の四人は扉を開いた主を睨み付ける。

 ラーイエローの制服に身を包み、いつもとは違うモワモワな赤いマフラーを首に巻いた青年。神楽坂がそこには立っていた。

 後ろ手で扉を閉め、ストーブに当たる。

 

「貴様は確か……神楽坂、だったか? なんでここに」

 

 万丈目と十代の後ろで、大徳寺は素早く取り皿に醤油を入れる。無駄に洗礼された素早い行動だ。

 神楽坂はストーブで手を温めながら答える。ぱちん、と金網の上で膨らんだ餅が破裂する。

 

「みんな実家に帰っちまって、俺だけ暇なのよ。永理と亮はゲームに夢中で……」

 

 温まった手をこすりながら、神楽坂は万丈目の向かい側に座る。雪の降る冬に出歩くには少々薄い、ラーイエローの制服。デュエルアカデミアの制服は夏でも大丈夫なように通気性やらが抜群で、普段は雪なんて振ったりはしないのだが、今年は異常気象でアカデミアにも雪が降ったのだ。

 おかげでこういった、風物詩的な雰囲気に居れるのだが、今頃世間は色々と騒がしくなっているだろう。

 

「それじゃ、先生は部屋で予習してきますので、くれぐれも気を付けてくださいですにゃ」

 

 神楽坂の皿に餅を入れてから、大徳寺は食堂奥にある自室の中へと戻って行った。

 

「つまり暇だから来たって訳か」

 

 十代が適当にまとめてから、皿に残っている餅を平らげる。神楽坂はそれに頷き、一枚のポスターを取り出した。

 そこには昭和の赤外線パーマ機を小型化させもののような物に大量のコードをくっ付けたようなものと、真っ白なベッドの写真。

 

「何だこれ?」

 

「ナーヴギアって奴だ」

 

 万丈目の問いに、神楽坂は得意げに答える。ナーヴギア、ソードアート・オンラインというライトノベルに出てきた、フルダイブ用のマシーンである。決してパーマ当て機でも、電脳増幅器でもない。あと名前似ているが、ゲームギアとも関係ない。

 ポスターによると、十時間百円。かなりのお値打ち価格だ。

 

「確か永理の部屋にあったのも、こんな形だったな」

 

「んじゃ、これでフルダイブ出来るって訳か……どうしよう」

 

 興味はある、だが同時に恐怖もある。人は未知なるものに興味を持ち、そして新しいものに恐怖を覚える。その恐怖を膨らませていくと、それは拒否感となってしまう。

 デュエルモンスターズの世界を、仮想とはいえ体験できる。それはとても魅力的だ。自分のエースモンスターと話す事が出来るかもしれないし、また一緒に戦ってくれるのかもしれない。

 

「しかもだ、仮想世界に居る四天王……だっけか? それを倒すと、賞金二万が手に入るんだぜ!」

 

「えっ、マジで!?」

 

 神楽坂の言葉に十代は思わず身を乗り出す。二万、社会人から見れば少々物足りなく感じるが、高校生が好きに買い物するには、下手なブランド物などを望まない限りは欲しい物は大体買えるだろう。隣の万丈目もは四天王という言葉を聞いて少しばかり反応した。

 強者、そして金。プロになる際必ず立ちはだかるであろう巨大な壁。いずれ立ちはだかるであろう存在。デュエリストにとってその存在は、そのゲームをやる理由に成り得るものだ。

 

「所で、今の所そいつらを倒した者は居るのか?」

 

 万丈目が腕を組みながら、神楽坂に尋ねる。

 デュエルアカデミアはプロデュエリスト養成高校ではあるが、生徒の中にはプロ顔負けの実力を持った者も居る。

 最近変な宗教に入ったと噂になっている、デビルドーザー、推理ゲートのデッキを操るデュエルアカデミア女帝藤原雪乃。シンクロアンデットを自在に操る、身元不明なミステリアス少女レイン恵。対戦相手のライフをあっという間に焼き尽くす事に定評のあるプレイヤーキラー原麗華。その他にも、万丈目としては認めたくないが残念な事にサイバー流次期後継者にして、最強の火力を誇る皇帝丸藤亮。除外ビートとグレート・モスという旧世代染みたデッキでシンクロに食いつく老骨ロマン月影永理等々……既に仮想世界にダイブするゲームのβテスト版が出回って数週間、彼らによって賞金を手にしたと噂が出てもおかしくはない筈。

 だというのに、そんな話は全く聞かない。オシリスレッドに引きこもっているせいと言われたらそれまでだが、だとしてもPDAの機能の一つである掲示板で噂になっているという話も無い。

 少しばかり万丈目は、嫌な予感がした。あの部屋の扉の前に立った時と同じような、言い知れぬ不安感。

 

「……ひょっとしてだがその賞金、受け取るのはアカデミアだけとか書いてないだろうな」

 

「そもそもアカデミアにだけ出回ってるらしいぞ」

 

 神楽坂の言葉に、思わず万丈目はこめかみを押さえる。これで四天王の二人は確信した。確実だ、四天王とか名乗るのは確実にあいつらだ。

 永理も亮も実力だけならそこらのプロと引けを取らない。そして何より、自重という言葉をどぶ川に捨てるような輩だ。無駄に悪役染みた高笑いをする二人が、容易に想像がつく。

 そしてやり過ぎた二人に苦情が殺到、アカデミアの生徒が原因なので内部で何とかしろとか言われて、こんな賞金で釣ってまで討伐を依頼したのだろう。

 はっきり言って、馬鹿な話である。

 

「そういや三沢も既にやってるらしいけど、飯の時間にいつも『永理と皇帝(カイザー)が強すぎて勝てない』とか嘆いてたな。まあでも流石に、あいつらじゃないだろ」

 

 楽観的に笑う神楽坂。そう、普通ならそう考える筈だ。いくらサイバー流次期後継者である丸藤亮でも、流石にそこまでのめり込める筈が無いと。

 しかし、永理と同室になってしまいゲームの音に苛まれた万丈目はよく知っている。あいつらはやり込むタイプの人間だ。やり込んでやり込んで、とにかく頂点を目指すタイプだ。

 そして、妙なカリスマ性も持ち合わせている。事実あの時、制裁デュエルの際何人かのオベリスクブルー生徒も、あのモンスターと一緒に叫んでいたからだ。

 万丈目のズボンのポケットに入れていたPDAが突如震えだす。十代の方からはデッドプールのBGM。一応ヒーローだが物凄い違和感だ。

 万丈目は若干嫌な予感をしながら、パスワードを入力してからメール画面を開く。

 

《依頼主:鮫島

 前払報酬:20000DP

 成功報酬:20000円

 彼らはやり過ぎた、少し懲らしめなければならない。しかし、並のデュエリストでは彼らを倒す事は不可能だろう。厄介な事にそのうちの二人はアカデミアの生徒だ。責任は取らねばらならないが、ゲームをしている時間は無い。

 今回の依頼は、仮想世界で暴れまわる四天王四人を撃破してもらいたい。今現在彼らを倒せる可能性があるのは、二人だけだ。最低でも機械族を操る奴は倒してほしい。

 敵はアカデミア外部からも同士を引き入れてると聞いている。くれぐれもよろしく頼む。

 なお、賞金は別途で支払う。精々頑張ってくれたまえ。

 作戦領域:仮想世界

 敵戦力 :アカデミア生徒二人、それ以外は不明

 成功条件:四天王の撃破》

 

「……何だこれ」

 

 万丈目が茫然と呟く。

 デュエルポイント二万というのは、かなりの数デュエルをしなければ貯まらない金額である。現金に戻せばたったの二千円ではあるが、アカデミア内で使う分には二万円分の価値がある。そして、現金に戻した際DPの値段が十分の一になるのを生徒達は知らない。つまり一般生徒からしてみれば、一気に四万円ほど手に入るチャンスを得たのと同意義なのである。

 そして機械族を操る奴、万丈目の中でアカデミアで思い当たるのは二人。しかしクロノスは教師であり、ローンも二六年残っているのでゲームなんぞやっている暇は無い。となれば消去法で残るは丸藤亮、こいつはもう四天王となっている事確定である。

 

「神楽坂、ゲームギアってのは何処にある?」

 

「十代、それはセガの奴な。ナーヴギアなら、保健室に二機ある筈だ」

 

「……よし、万丈目!」

 

 既に受ける事は決定済みなようで、十代は万丈目の肩に手を置く。

 万丈目も行く気はあったのだが、どうもやる気が削がれてしまうのは何故だろうか。きっと、相手があの馬鹿二人で、その馬鹿が四天王に選んだのも恐らく馬鹿なのであろう。多分そのせいだ。

 面倒な事になった、と万丈目は肩を落とす。強者とデュエルが出来るのはいいが、あの二人とやったらペースが乱されそうな気がするのだ。確実に永理とでは、シリアスな雰囲気もコメディに変えてしまうだろう。同室になってそれほど時は経っていないが、既にそういう奴だとは理解している。理解してしまっている。

 

「明日でいいんじゃないか? 俺はもう少し、ゆっくりとしておきたい」

 

「そうだな」

 

 万丈目の言葉に、十代も同意する。今はデュエルよりも本の方が興味をそそられるのだ。閉じていた本を開き、三度意識をそちらへ向ける。

 しかし、十代は暇そうに足をぶらぶらとぶらつかせながら、餅を喰う。

 隼人がトングで網を除け、代わりにヤカンを上に置く。中の水を沸騰させ水蒸気を出させる事で、乾燥を防ぐ。これぞまさに田舎の知恵袋なり。

 沸騰したヤカンの音を聴きながら、神楽坂は餅を口の中へと運んだ。




 はい、今回から新章&オリジナル章突入です。他の作品のアイテム出しちゃったけど、この作品ではもうなんか今更なのでノーマンダイだよね


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第22話 チュートリアルはぶっつけ本番

 重金属を含んだ酸性雨はネオン看板を濡らし、行き交う人々は様々なレインコートに身を包み、誰もが暗く顔を伏せている。建ち並ぶビルには『アカチャン』や『むらかみてるあき』といった奥ゆかしい文字のネオン看板がかけられている。所々、寂れた廃ビルの下で違法屋台を出している事から、ここらの治安は悪いという設定なのだろう。

 ここは英雄の街、スカイスクレイパー。だがそこには、希望といったものは見受けられず、誰も彼もが死んだような顔をしている。そんな世界のど真ん中に現れたのは、二人の青年。

 一人は黒い制服を羽織った、サイヤ人っぽい髪型の青年。もう一人は虫の脚のように伸びた、左右六本の角を肩に付け、赤いマントを羽織り黒い鎧と兜を被った青年。

 万丈目準と遊城十代である。十代の方のデュエルディスクは黒く、カードを置く部分は丸く収納されている。

 

「何だその恰好」

 

 ちりちりと妙な音を立てながら、万丈目は十代の恰好について問いかける。

 正直中二病臭すぎて、見てられない。万丈目にも少しばかり覚えがあるのだ。

 

「なんか覇王っての選んだら、これになった」

 

 一人はがしゃんがしゃんと喧しい鎧の音を鳴らしながら、街を歩く。すれ違う人々はPCもNPCも、誰も彼もがレインコートを着こんでいる。

 ここは仮想世界、デュエルモンスターズオンライン。プログラマーとデザイナーの暴走&悪ノリによって造られた3Dプログラムは、大変カオスな出来栄えとなっている。

 

「しっかし、四天王ってのは何処に居るんだろうな」

 

 十代が歩くたびに下がっていくフェイスガードを手で押さえながら、十代は万丈目に尋ねる。今回ここへ来た目的は、四天王討伐。しかし、その相手が何処に居るのかはまでは依頼に書いていなかった。誰かに聞くという選択肢もあるが、暗い顔で通り過ぎていく人達を見てはどうも気が進まない。

 

「知るか……まあ、恐らくビルや塔といった高い所に居るだろうな」

 

「なんで?」

 

「馬鹿と煙は高い所が好きだからだ」

 

 万丈目のあまりの物言い、だが十代は言い返せず苦笑い。実際彼らは馬鹿なので、強ち間違ってもいないと思ってしまう。

 しかしビルとなると骨が折れる。今居る場所はスカイスクレイパー、ビルが立ち並ぶフィールドだ。その中のたった一つに四天王が居る。それを探すのは少々骨が折れる。

 面倒な依頼を引き受けたと十代は嘆くが、時すでに遅し。既にミッションは受理してしまい、前渡金も貰っている。依頼を中断する事も可能だが、してしまえばただでさえ低い十代の評価がストップ安になってしまう。

 

「しかしさっきから、この音は何なんだ?」

 

「説明しよう!」

 

 突如上かけられた声に対し、十代と万丈目は声のした方を向く。

 鼠色の重金属性酸性雨を降らせる雨雲をバックに、高笑いしながら現れる一人の影。六階ほどのビルの上から、その人影は、奥ゆかしく悪役っぽいアモトスフィアの着地をした。

 その男の上半身は無駄に筋肉質な裸で、腕には蟹のようなはさみ。下はふんどし一丁。そして特徴的なのが、頭に『興』といった感じのバケツを被っている。ファック&サヨナラしてきそうでとてもコワイ!

 

「その音はスカイスクレイパー特有の、重金属性酸性雨によるスリップ・ダメージだ! 頭に被り物をしていなければ徐々にライフが削られていき、最終的にはライフ1でデュエルをしなければならなくなる!」

 

 何処かで聞いた事のある声で説明するバケツ頭。正直その説明も、どうも納得出来ない。何せそのバケツ頭は裸なのだ。裸にふんどしで蟹の手と、怪しさ重点である。

 だが、それがゲームシステムであるのならそう納得するしかない。道理で先ほどからレインコートを着ている者が多い訳だ。と十代はバケツ頭に関しては眼を逸らし勝手に納得する。

 

「そうデース! そして私達の生命線でもあるライフポイントは、店で買い物する際に消費する事になりマース!

 つまりライフ=マネー! 命を金で買う事はNOデスが、命を金代わりにする事は出来るのデース! まさに、マネーはライフよりヘビーネ!」

 

 今度はビルから、白い服に赤色のアクセントが特徴的な和服を着、青いジャージを履いた白い髪の男が現れる。妙に片言で、どういう訳か背中に真っ赤な四角いジェネレーターを背負っている。

 妙にテンションが高い。そして、バケツ頭と同じように何処かで聞いた事のある声。

 

「えっと……貴方達は?」

 

「俺の名はジャック・O、そしてこっちが」

 

「米国生まれの金剛デース!」

 

 バケツ頭が手で促すと、金剛は右手を腰に当て、左手を突き出しながら自己紹介をする。

 勿論彼らが言ったのはユーザーネームである。オンラインゲームで態々自分の名前を書くのは愚の骨頂、ノータリンな馬鹿のする事。彼らは当然、それを知っているのだ。

 

「ライフポイントを知るには、視界の右下の端にあるマークをタッチすればいい。それで君達の、現在のライフポイントが出てくる筈だ」

 

 ジャックの言う通り気付かなかったが、右下の端にウィジャド眼のようなマークがあった。万丈目と十代は、取りあえずそれをタッチしてみる。

 十代のライフポイントは4000のまま変わらずだが、万丈目のライフは3990となっている。

 

「取りあえず建物の中に入りまショウ、ここに居ては黒服ボーイのライフが減っていくだけデース」

 

「そうだな、こちらへ逃げ込め」

 

 そう言い残し、ジャックは金剛が出てきた建物の中へと入っていく。万丈目と十代も、右も左もわからぬ状況なので取りあえず二人の後を付いていく事にした。

 ぴしゃん、と足元の水溜りを思い切り踏んでしまうが、靴の中に水が入っていく様子は無い。感覚は本物とうり二つなのにこういったのを感じないというのは言い知れぬ違和感があるが、やはりゲームでは感覚を完全に再現する事は不可能なのだろう。

 『ツキジ鎮守府』と低俗的に輝く看板が掛けられたビルの中に入ると、そこは言い知れぬ場所だった。

 革製の見るからに高そうなソファー、大理石の床、テーブルも勿論大理石で、その上には黒光りするマグロが丸々一匹息絶えていた。血は既に抜かれており、テーブルの下には血で満たされたバケツがある。

 壁に掛けられているショドーには『金剛カワイイ』『AMIDAカワイイヤッター』の文字。あからさまにACなのだ!

 

「取りあえず座りたまえ、ルーキー諸君」

 

 ジャックと向かい側に、二人は座る。金剛と名乗った(見るからに男な)女性は飲み物を持ってくるからなのか、姿が見えない。

 

「スープカレーしか無いデースが、我慢してくだサーイ!」

 

 金剛が湯呑みにスープカレーを入れ、テーブルの上に置いていく。喉が渇いたところにスープカレーとはいかがなものか、と思わなくもないが、とはいえ差し出されたものを断るのも大変失礼というもの。

 ジャックが先にそのスープカレーを呑み、次に十代が口を付ける。まろやかな甘みと奥ゆかしくも自己主張を忘れないピリッとした辛さが程よい。が、ナン無しに食べるには少しキツく、間違っても飲み物ではないだろう。万丈目もそれに口を付ける。悔しい事に美味しいのだが、だとしても飲むには少しばかりキツい。

 

「さて、君達はこの世界についてどれくらい知っているのか、確かめさせてもらう」

 

「どこまでって……今日やり始めたばっかだから、なあ」

 

「正直言って、この世界がどういうシステムなのか全く持って解りません。というか、なんでスカイスクレイパーに酸性雨なんかが」

 

「私が説明しまショウ!」

 

 無駄に生き生きと、眼を輝かせながら金剛は、何処からか取り出したホワイトボードに文字を書いていく。しかし、その文字はまるでミミズに硝酸をかけた時の動きの様な、とても読めない文字だ。もはや日本語なのか英語なのかすらわからない。

 ジャックは溜息をつき、マジックペンを金剛から引っ手繰る。

 

「俺が説明する。まずは行く事の出来る世界からだ。

 今現在行く事の出来る世界はここを含めて五つ。一つはスカイスクレイパー、どういう訳かアシッドレインも同時に展開されている。次にアンデットワールド、竜の渓谷、魔法族の里。そして暗黒海だ」

 

「暗黒界?」

 

「暗黒海だ」

 

 十代のつぶやきに、ジャックはすぐさま訂正をする。しかし喋っているので違いがあまり解らない。すると金剛が、ヘタクソな字で『海』の文字を書いた。

 かなり下手だが、一応丁寧に描いたのだろう。腰に手を当てふふんと言いたそうな様子だ。

 

「かいは『海』の方のかいデース!」

 

「うむ。そして次にフィールドごとの違いだが……この世界ではフィールド魔法を使えない、と思っていただこう。

 暗黒海以外はモデルとなったフィールド魔法の効果がそのまま適応される。しかも破壊出来ないので、その厄介さは拍車かかかる」

 

 フィールド魔法は、ある一定のデッキにとっては生命線といってもいいカードだ。それが使えないというのは、途轍もなく大きいデメリットである。だが逆に言えば、それらに対応したデッキであれば途轍もないメリットとも成り得る。何せ最初からフィールド魔法が展開され、しかも破壊出来ないのだ。パラドックス大歓喜である。

 

「しかし建物内部ではまた別の話だ。そこの場合は、フィールドの影響を受けずにフィールド魔法を展開出来る。

 その他にも課金によって、建物内を自由にカスタムする事も可能だ」

 

 ついでに補足すると、今現在もこのゲームは開発中な為、竜の渓谷と魔法族の里はフィールドの効果を発揮する事が出来ない。

 そしてカスタムフィールドはかなりの高額が要求されるので、かなりの金持ちか廃人でないと手に入れる事は不可能なのである。だがこの変な格好している二人は金持ちな為、そこら辺の感覚がちょっと麻痺していたのでうっかり説明を忘れていた。

 

「では、ライフポイントについての説明をしましょう!」

 

 金剛は何処から取り出したのか黒縁眼鏡をかけ、指示棒を手に持って説明し始める。勿論ホワイトボードにはジャックの書いていったフィールドの名前以外は書いていないので、指示棒は持つだけ。ただのお飾りである。

 

「デュエルモンスターズの基本ルールの説明は省略し、この世界特有のシステムをレクチャーしマース。

 まずデュエルを始めるには、お互いにライフポイントを4000ずつ(ビット)しマース。その時点でライフポイントが4000より少ない場合は、そのライフポイント全部を賭け(ビット)デース。ポーカーとは違い、上乗せ(レイズ)しても得る事の出来るライフは変わりませんが、多くライフポイントをつぎ込んだ場合その分だけライフ・アドバンテージを得る事が出来マース! しかし負けた際は相手に掛けたライフの半分を持っていかれるので、諸刃の剣と言えるでショウ。

 そして、自身のライフが3000以下の状態で挑まれ負けた場合、その場でゲームオーバー、リスポーン地点からライフ4000でやり直しデース!」

 

 ゲーム開始時に必要なコインが4000のライフで、負ければその半分を奪われる。連コインでライフポイントを増やす事が出来るが、その分だけ負けた際に取られる分が多い。短く説明すれば、こういう感じだ。

 

「そしてライフポイントをマネーとして使えるのは、自身のライフが4000を超えてから……メイルボーイ、ライフを確認してみてくだサーイ」

 

 自己紹介をしていないので見たまんまで十代に促す。十代は言われるがままライフを確認。するとライフは4200に増えていた。万丈目の方は4190、十代より僅かに少ない。

 

「さっきのカレーでライフが回復しました。今現在メイルボーイが買い物に使えるライフポイントは200、今のところはカレーしか買えませんが、デュエルを繰り返していくうちにマネーはチャージされていくでショウ」

 

「頭の防具を買うのに必要なライフポイントは、最低でも2400……今のままでは購入出来そうに無いな」

 

 と、なれば今のうちは、万丈目は外で行動するのを控えた方がいいという事になる。しかし、このままでは四天王を探しようも無いし、何よりゲームの中でまで引きこもりたいと思う人はそうそう居ないだろう。

 で、あれば取る手段は一つだ。見た所二人はかなりの経験者、資金集めにはちょうどいい。万丈目はニヤリと笑い、デュエルディスクを起動させる。

 

「お、おい万丈目!」

 

「いや、いい。チュートリアルをしなければと思っていた所だ、相手になってやる」

 

 ジャックは被っているバケツの中に手を突っ込み、そこからデュエルディスクを取り出す。あきらかに入らないだろうとか、入れる場所おかしいだろとかいうツッコミもあるだろうが、ジャックの付けているバケツはそういう機能なのだ。

 そして両腕のハサミをパージし、カードを五枚引く。

 

「「デュエル!!」」

 

 半裸男とのデュエルが始まった。絵面だけ見たらぶっちゃけ事案であるが、ここはフィクションの世界。法律は通用しない。

 

「まずは俺からイく、試させてもらおう! ドロー!

 私は魔法カード、ドラゴン・目覚めの旋律を発動! 腐て打を一枚捨て、デッキから攻撃力3000・守備力2500のドラゴン族モンスター二体を手札に加える! 私はデッキから青眼の白龍二体を手札に加える!」

 

「青眼の白龍だって!?」

 

「何を驚く事がある、この世界では一般人も青眼を使う事が出来るのだぞ?」

 

 そう、ジャックの言う通りこの世界では、一般人でも青眼を使う事が出来る。しかし勿論、この世界では青眼の白龍はレアカード、滅多に手に入らない代物だ。

 

「魔法カード、融合を発動! 手札の青眼の白龍三体を融合させ、青眼の究極竜を融合召喚!」

 

 遊戯王をやっている者には説明不要と言ってもいいだろう。狂暴的なほど白い、三つの首のドラゴンが、巨大な羽を広げ現れる。

 伝説が、たった一ターンで現れたのだ。

 

「更に魔法カード、黙する死者を発動! 墓地より通常モンスターを蘇生させる! 甦れ、青眼の白龍よ!」

 

 究極竜の隣に現れたのは、白い龍。青い眼は敵を見やり、咆哮を上げる。

 どう考えてもチュートリアルじゃないだろ、と万丈目は思う。というか、チュートリアルからこれとか心を折るつもりとしか思えない。デュエル初心者相手にこんな事したら絶対に泣かれるだろう。経験者でも戦意喪失する者が大多数だろうか。

 ジャックの後ろで金剛が苦笑いをしている。

 

「キサ──青き眼の乙女を召喚!」

 

 次に現れたのは、長く白い髪が特徴的な、清楚そうな女性。麻布の服がとても似合っており、神秘的だ。

 

「レベル8青眼の白龍に、レベル1のキサラをチューニング!」

 

「NO! その娘はキサラではありまセーン! 正気に戻ってくだサーイ!」

 

 青き眼の乙女は白龍を抱き寄せ、共に九つの光と化す。そして光の塔が現れ、その中から青眼の白龍に酷似した白い龍が現れる。

 

「白き翼翻し、伝説の名の元に姿を現せ!」

 

 その白い龍は青眼の白龍とは違い、肩やひざ辺りに白い棘が生えており、青眼より暴力的な見た目となっている。

 

「シンクロ召喚! 蒼眼の銀龍! 私はこれでターンエンドだ」

 

 たった一ターンで、最上級モンスターが三体も並んだ。素晴らしい手腕、腕だけならプロを超えているかもしれない。だが一ターンでこれだけの数を並べるのは、少々警戒心が薄いようにも万丈目は思えた。仮にここで全体除去のカードを使われたら、ハンド・アドバンテージもボード・アドバンテージも万丈目の方が勝ってしまうだろう。

 最も、今現在万丈目の手札に、そんな便利なカードは存在しないのだが。そして今回のデッキは、現実世界で使っているデッキとは少々違うのだ。

 

「俺のターン、ドロー! チッ、カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 忌々し気に万丈目はカードを伏せ、ターンを終了する。カードゲームは所詮運、運が悪ければモンスターが手札に来る事は無い。

 

「ふぅん、手札事故か。私のターン! ドロー! スタンバイフェイズ、蒼眼の銀龍の効果発動! 墓地より通常モンスター一体を特殊召喚する! 墓地の青眼の白龍を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 伝説の龍が蘇る。毎ターン通常モンスターのみという縛りこそあるものの、攻撃力3000のモンスターが蘇るのは非情に厄介だ。

 

「バトル! 青眼の白龍で直接攻撃! 滅びのバーストストリーム!」

 

「罠カード発動、和睦の使者!」

 

 万丈目の前に、薄いバリアが張られバーストストリームを弾き飛ばす。円状に拡散するビーム、十代は慌てて身を屈め躱す。

 

「チッ、小癪な……ターンエンド!」

 

「俺のターン! 闇魔界の戦士長ダークソードを召喚!」

 

 現れるのは黒を基調とし、所々が金色に輝く鎧に身を纏った戦士。手に持っている剣は刃元の部分が丸く抉れている不思議な形。ダークソードの乗る漆黒の馬は嘶く。

 

「闇魔界の騎士長……墓地の闇属性を除外する事で、相手の光族下級モンスターを吸収し、盾にする。デスが、それではジャックのモンスターをダーイする事は不可能デース」

 

「上り詰められないのなら、引きずり下ろすまで! 魔法カードを二枚発動する! 一枚目は、おろかな埋葬!

 デッキからヘル・エンプレス・デーモンを墓地へ送る! 二枚目は、波動共鳴を発動! モンスター一体のレベルを4にする! 俺は、青眼の究極竜のレベルを4に!」

 

 そう、波動共鳴でレベルを変換出来るモンスターに制限は無い。表側表示で対象に取る事さえ出来れば、どんなモンスターだってレベルを4にする事が出来る。

 とはいえこのコンボ、あまり安定はしない。本来であればDNA移植手術等を組み込むし、そもそもカイザー亮に対するメタデッキとして作ったのだ。今回の様な野良デュエルは想定の範囲外なのである。

 

「墓地のヘル・エンプレス・デーモンを除外し……ダークソードよ、レベル4となった究極竜を吸収しろ!」

 

 ダークソードが手に持っていた剣を掲げると、丸く抉られた箇所から光が溢れ出し、究極竜の身体を包んでいく。足を踏ん張り、必死に抵抗するも虚しく、まるで掃除機のコードを吸い込むかのように究極竜の身体は引っ張り込まれ、剣の穴を埋める。

 

「闇魔界の騎士長ダークソードは、相手の光属性・レベル4以下のモンスターを吸収し、盾とする事が出来る」

 

「ぐっ、おのれ……小癪な真似を!」

 

「カードを二枚セットしてターンエンドだ」

 

 パワー・アドバンテージこそ万丈目が負けているが、いきなり究極竜を消す事が出来た。攻撃力4500というのはかなり厄介であり、あのまま置いていたらすぐにライフは尽きていただろう。だがこの状況であれば、少なくとも一気に決められる事は無い。

 

「俺のターン!

 スタンバイフェイズ、蒼眼の銀龍の効果発動! 青眼の白龍を特殊召喚!」

 

「この瞬間罠カード発動! 奈落の落とし穴! 青眼の白龍を除外!」

 

 蒼眼の銀龍の咆哮によって呼び寄せられた青眼の白龍、その足元にぽっかり空いた穴があったが、当然飛べるのでそのまま着地しようとはせず滞空したまま。だが、突如伸びてきた手に引っ張り込まれてしまう。

 短い手で床に踏ん張るが、より一層強くなった力には勝てず、悲鳴のような鳴き声を残して姿を消す。

 

「またしても……ぐっ、バトルだ! 蒼眼の銀龍で忌まわしきダークソードを攻撃!」

 

 本当に白龍より攻撃力が低いのか不思議になるくらい太い足を踏みしめ、口から銀色の光線を吐き出す。その太さはドラム缶を一瞬で包み込むほどだが、ダークソードの縦に振るった剣によって、真っ二つに引き裂かれる。その引き裂いた光線が、万丈目を襲う。

 

「ダークソードは吸収したモンスターを盾として、生き延びさせる事が出来る!」

 

「次! 青眼の白龍で攻撃! 滅びのバーストストリーム!」

 

 青眼の白龍は口から、蒼眼の銀龍が吐き出したのよりいくらか細い光線を吐き出す。迫力としては蒼眼の銀龍の方が上だが、白龍の方は言い知れぬ神秘性を感じられる。

 ライフはまだ残るが、ボード・アドバンテージは最悪な状態となるだろう。しかし、だというのに、万丈目は不敵な笑みを浮かべる。

 ダークソードは先ほどと同じように光線を切り裂こうとするが、今度はそのような傾向も見られず光に包まれ、塵と化す。

 

「モンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカードは発動出来る! ヘル・ブラスト!」

 

 突如蒼眼の銀龍の身体が内部から弾け、爆発する。重低音の轟音が鳴り響き、臓物を辺りにまき散らす。その際に飛び出した棘が、ジャックと万丈目の身体を貫く。

 

「相手場の攻撃力が一番低いモンスターを破壊し、互いにそのモンスターの攻撃力の半分のダメージを受ける!」

 

 これで万丈目のライフは三桁にまで落ちてしまったが、依然その顔に恐れは見えない。ただただ、心の底から楽しいと思っている。追い詰められる感覚、圧倒的な力の差を見せつけられてなお噛みついていけるという事実。

 懐かしい、あの恍惚感。

 

「俺はカードをセットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 カードを一枚セットし、魔法カード地獄宝札を発動! このカードは手札がこのカードのみの時に発動可能、デッキからカードを三枚ドローする! 更にリバースカード、埋葬呪文の宝札を発動! 墓地の魔法カード三枚を除外し、カードを二枚ドロー! 速攻魔法、サイクロンを発動! 伏せカードを破壊する!

 魔法カード、増援を発動! デッキから戦士族モンスター、地獄兵士を手札に加える! 更に魔法カード、死者蘇生を発動! 相手の墓地より青眼の白龍を蘇生!」

 

 一気に手札を回復し、しかも伝説のモンスターを支配下に加える。ジャックはバケツ頭の奥で歯噛みした。

 万丈目は逆境に落とされれば、それだけ燃え上がる性質の人間だ。そして彼は選ばれている、運に。デュエルモンスターズに。

 そうでなくては、このような逆転劇を引き起こす事は不可能だろう。

 

「闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、闇属性の地獄兵士を除外! 更に手札を一枚捨て、装備魔法D・D・Rを発動! 除外されているモンスター一体を特殊召喚! 来い! ヘル・エンプレス・デーモン!」

 

 水色に歪む次元を、悪魔のような模様を付けた先端が二つに割れた杖で振り払い、紫色の肌をした悪魔が現れる。

 攻撃力2900、ジャックとてこの総攻撃を受けたらひとたまりもない。というか詰みである。

 

「バトル! まずは青眼で青眼を攻撃! バーストストリーム!」

 

「くっ、迎撃しろ! バーストストリーム!」

 

 青眼と青眼の光線がぶつかり合い、巨大なエネルギーの球を作りだす。バチバチと放電し、大理石の床が砕ける。やがてそのエネルギー球は爆発し、お互いの青眼を飲み込む。衝撃で黒光りするマグロが壁にぶつかり、バケツがひっくり返り、中に入れていた血が広がっていく。

 金剛は小声で「掃除しなきゃデスね……」と嘆いていた。

 

「これで守る者は居ない! ヘル・エンプレス・デーモン! トドメを刺せ!」

 

 万丈目の命令にこくりと頷き、杖を振り下ろす。黒い光線がジャックの身体を焼き、「アバーッ!」と悲鳴を上げる。

 そして、ジャックのライフが尽きると同時に、先ほどまであったソリットヴィジョンが消え去り、いつの間にか手に持っていた筈のカードも姿を消す。

 

「……チュートリアル、クリアおめでとう。認めよう、その力を。今この瞬間から、君はデュエリストだ!」

 

 むくりと起き上がりながら、ジャックはいつの間にか装着し直したハサミを万丈目に向けながら言う。デュエリスト──万丈目はこれまでずっと、デュエリストとして生きてきたと言うのに、その言葉がどういう訳か脳髄にまで染み込むような気がした。

 まるで、やっと認めて貰えたかのように。不思議な感覚だ、言い知れぬ嬉しさがこみ上げてくる。

 

「ではチュートリアルも終わった所で、昇格したユーにプレゼントがありマース。受け取ってくだサーイ」

 

 そう言い金剛が渡したのは、真っ黄色でたらこ唇な、それでいて眼がナメクジの角のような箇所に付いているよく解らない生き物の被り物だった。

 万丈目は思わずその被り物を見、そして金剛の顔を見、もう一度被り物を見る。

 万丈目もよく知っている、バニラモンスター。攻撃力0、守備力1000の雑魚で、サポートカードに恵まれてはいるが好んで使う者は少ないモンスターの一角……おジャマ・イエローだ。

 

「あの、えっと……これって」

 

「ユーにはこれしかアリマセーン! 何故かビビッと来ましタ」

 

 物凄くいい笑顔で、グーサインを出す金剛。正直言って殴りたいが、折角の恩人にそのような事は出来ない。だが、金剛の後ろでゲラゲラ笑っている十代は後で殴ると、万丈目は心の中で固く誓った。




 さーて、誰が誰か解ったかなー?


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第23話 四天王ボスラッシュ!!

 デュエルモンスターズオンライン、アンデットワールドに存在する生気を吸う骨の塔内部。

 真っ暗闇の広い空間、無駄に大きなディナーテーブルに座る三人の影。床に敷き詰められた照明に照らされ、まるでペンデュラム召喚を行う際の謎空間のような部屋。アンデット族モンスターの内部だというのに妙に機械チックなのは、何処ぞの奇跡の一本松のようにサイボーグ手術……というか、完璧に改造に近いものを施してしまった為だ。

 

「……絶望はどうした?」

 

「がっこうぐらし! を視聴中だ。あの野郎、日常系アニメと言ってみたらすぐ食いつきやがったよ」

 

 黒いコートに身を包んだ長髪の男、丸藤亮の問いに、白いコートを羽織り、ワイシャツに黒いネクタイを付けた細身の青年──永理が、眼鏡を光らせながら答える。この恰好は課金で手に入るコスチュームだ。

 今居ない一人も含め、彼らはダメ人間である。そして同時に、デュエリストとしてかなりの実力者でもあるのだ。馬鹿に限って実力が高いのは、この世界では常識である。勿論それ以外にも居る事には居るが、実力者を圧得たらやはり、やはりどうしても変人が大多数を占めてしまうのだ。

 

「うわ、酷いですね」

 

 緑髪の顔にかかるほど長い髪の男が、くつくつと笑いながら言う。

 

「なに、ニトロプラスとだけ教えてあげたんだ。慈悲はあるさ」

 

 それに対し男がもう一度笑い始めた。

 ほんわかした感じだが、永理と亮はこの二人と出会った時明らかに『普通ではない』と感じ取った。世界を容易に変える力を、直感で感じ取った。が、それはまた別として趣味が合ったので、こうしてふざけ合っているのだ。

 

「酷い人だ貴方方は……どいつもこいつも引きずり込んで、オタ道に向かって進撃させる気だ」

 

「俺は道を示しただけだ。その道を進むと決めたのは、道に魅了されたのは君達だ」

 

 そう、彼は道を示しただけである。無数に……それこそ、デュエルモンスターズのカードより多い選択肢の中から選んだのは、彼らだ。世界は全て選択によって出来上がる。誰がどのように動こうと、並べられたレールから外れる事は出来ない。

 それがこの世の理、それがこの世の真理。彼らがオタになってしまったのも、また当然の事である。

 

「……」

 

 突然光が円状に現れ、げんなりとした様子で、カラフルな髪色をした女性が現れる。とはいえこの世界は所詮ゲームの世界、ネカマというのも普通にあるのでこの世界の性別をうのみにしてはいけない。

 ふらふらと、まるで風邪でも引いたかのように椅子に座り、ぐったりと机に突っ伏す。

 

「……これが絶望か」

 

「随分と調子悪そうですね、絶望さん」

 

「ナイトゴー=サン、今現在私の心はボロボロだ。きんモザと同じゆるふわ系かと思っていたら……」

 

 緑髪の青年、ナイトゴー。名前からわかる通り、このゲームでのハンドルネームである。デュエル中はまるでオーメル仲介人のように嫌味ったらしい敬語が特徴的な青年だ。

 カラフルな髪色の女性? のハンドルネームは絶望、胸は平均である。何かと絶望し、絶望と口にする絶望野郎である。デュエルの腕は中々のものだが、時折テンションが可笑しくなってフィールド魔法と合体したがるのが欠点だろうか。

 とにかく、絶望の心はズタボロ。涙目で永理を睨み付けるも、永理はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべているだけ。

 

「生まれ変わっても、恨み晴らすからな!」

 

「ああ、構わんよ。それまで生きていたらな」

 

 絶望からの恨み言を適当に流し、永理はテーブルを叩く。するとテーブルの一部分が回転し、昔懐かしの上に猫が乗れそうなパソコンが現れる。

 電源を入れ、数十秒ほど待つとパソコンが起動。もんむすくえすとの壁紙が表示されるが、すぐに永理はカメラ型アイコンをダブルクリック。外の監視カメラから様子を見る。

 何か変な兜を被った完全装甲な人と、黒い制服に身を包んだ見慣れた顔の男。万丈目というのは解ったが、その隣に居る鎧の奴の正体は解らない。

 そして何より気になるのが、まんま金剛の恰好で背中にKONGOHを背負った奴と、『興』という感じのバケツを被り手にハサミ、ふんどし一丁で無駄にムキムキな男。ぶっちゃけ永理としても関わりたくない存在だ。

 だが、永理は口角をニヤリとあげる。変な恰好をしている変な人というのは、総じて実力が高い。どういう原理が働いているのかはわからないが、とにかく高いのである。そして何より、久しぶりの挑戦者だ。

 

「……挑戦者が来た」

 

 永理のその一言で、場の雰囲気が一気に変わる。

 彼らはふざけ合う馬鹿な名も知らぬ友人同士ではあるが、唯一初対面から共通しているものがある。それは、強者が好きというものだ。十代と万丈目、その実力は永理もよく知っており、そして意外とデュエルをした事が無い。二章に入るまで主人公が原作主人公がデュエルした事が無いというのもどうかと思うが、結果的にそうなったのだから致し方あるまい。そしてそれは、万丈目にもまるっきり当てはまる。

 残る二人は恰好こそ変ではあるが、そういう奴は強いのだ。自然と期待を持つ事が出来る。

 

「やっと来ましたか……次の挑戦者が」

 

 久しぶりの対戦相手に、隠し切れない獰猛な笑みを浮かべながらナイトゴーが言う。

 

「歓迎しよう、盛大にな」

 

 絶望は顔色を取り戻し、くつくつと笑う。

 がっこうぐらし! で受けたダメージを八つ当たりで発散する気満々である。

 

「サイバーダーク流の切れ味……とくと試させてもらおう」

 

 亮は新たに手に入れたデッキを試したくてうずうずしているようだ。

 永理は足を組み、パチンと一つ指を鳴らす。すると三人はそれを合図に、下の階へと降りていく。

 彼らの持つライフは、買い物やらで消費され尽くしており8000程度。果たして相手のライフはどれほどのものか。口角を上げながら、永理は不可視のアイテムボックスから黒いデュエルディスクを取り出し、装備した。

 

 

 所変わって、席を吸う骨の塔の外側。紫色の濃い霧で天辺が見えない、生物の骨だけで構成された白い塔。

 血の池、飛び交う人魂を見て四人の表情は何処かやつれていた。歩くたびに足元に落ちている骨が砕け、骨粉が舞う。

 正直言って、帰りたい。任務とかもうリタイアして、前渡金だけ受け取ったので滅茶苦茶帰りたいのが、十代と万丈目の心からの思いであった。ちなみに万丈目は、スカイスクレイパー(ネオサイタマ)を抜けた辺りでおジャマ・イエローの被り物を脱いでいる。一応デスポーンした際に使うのでまだ所持している状態だが、出来ればもう被りたくない。何故か妙におっさん臭いのだ。

 別に二人とも、アンデット族が苦手という訳ではない。ただ、五感まで完璧に創り上げたこの世界──そんな技術で再現されたアンデットワールドとなると、当然付いてくるのは臭いである。

 腐った臭いというのは、どうしても人の気持ちをブルーにする。それはもう生理的に組み込まれているもので、一部の変態を除いてそれらは出来れば感じ取りたくないものなのだ。

 

「ううっ、変態共め……ここまで再現するか」

 

 ジャックが人間でいう鼻に当たる箇所を手で押さえながら、そうぼやく。マスクに消臭効果は組み込まれていないようだ。

 

「では、早く乗り込みまショウ。オープンセサミ!」

 

 バン! と強く骨製の扉を開ける。敵地だというのに警戒心ゼロだが、ここはゲームの世界。例え罠があったとしても、詰めデュエルとかそういうのばかりだ。

 扉を入ってまず目に飛び込んできたのは、見るからに近未来的な光景だった。

 真っ白なタイルの床、無駄にピカピカ赤く青く点滅するランプが仕込まれている液状コンクリート色の壁。天井にはランプがむき出しで、まるで筑紫のように生え出て部屋を照らす。

 何というか、まんま間違った古臭いSFの世界に放り込まれた気分だ。というより、外との景色の差に、一同唖然とする。

 そんなよく解らない部屋に立っていたのは、黒いコートを羽織った、緑色の長い髪の男。彼の後ろに、上へと続くエレベーターがある。この世界はゲームの世界、万が一の災害も起きないので非常口は作られていない。

 

「ようこそ、骨の塔へ。私は四天王が一人、ナイトゴー」

 

 くつくつと笑いながら、ナイトゴーは自己紹介を簡潔に終えデュエルディスクを起動させる。

 

「さあ、私の相手は誰かな? 負けはしませんよ、事故らない限りは」

 

「……私が行きまショウ」

 

 デュエルディスクを起動させ、金剛が前に出る。十代と万丈目は止めようとするも、ジャックがそれを手で制す。十代と万丈目は少し迷うも、金剛を置いてエレベーターの方へと走った。

 ジャックは金剛の顔を見る。金剛は頷き、ジャックも頷き返してから、エレベーターへと向かった。

 

「私はライフ8000で挑みます。そちらは?」

 

「……私も同じ、8000デース。来なさい!」

 

 そんな会話を最後にエレベーターは閉じ、上の階へと昇って行く。

 天井に埋め込まれたランプに照らされ、少々広めのエレベーターの中で十代と万丈目は心配そうな顔をしている。

 

「奴は強い、実力はこの俺が保証する」

 

「……そうか、そうだな。それに、別に負けても、殆ど何もないようなものだし」

 

 そう、この世界でたまに賞金を賭けた大会が開かれたりもするが、別に闇のゲームとか、何か大切な物を取り戻す為とかそういうのは全く無い。

 ただ単に学園の友達を、少しばかり懲らしめに行くだけだ。死んでも精々デスポーンされるくらいだ。

 

「……一つだけ、聞かせてくれ。君達は何故、このゲームを始めた?」

 

 突然のジャックの問い。妙にシリアスな雰囲気だが、ジャックの恰好のせいで全然シリアスになれない。その問いに答えたのは、十代だった。

 

「ゲームをやり込みすぎてて、最近外へ出ない友達が、この世界で四天王ってのをしてるらしいんだ。まあ、説得の為かな」

 

 ここで『報酬の為』と答えても利益は無いだろう。で、あれば納得できるだけの嘘をついておくのが得策と十代は即座に考え、それを口にした。それに、強ち間違いでもない。実際に冬休みの間、永理の顔を見たのは飯時だけだ。ジャックはそれに対し納得したのか頷く。

 丁度それと同時にチン、と軽い音が鳴り、エレベーターが止まる。扉を開けると、そこは一階より近未来的な部屋となっている場所に付いた。

 中心部分に存在する、敵を睨み付ける赤い眼を付けた丸っこい壁模様。四機八門のミサイルポッドが赤い眼の下部分に付けられている。部屋の中心部分には卵状のコアと、まるでリンカーン大統領像が座っている椅子のような機械。壁も床も、まるでエネルギー路のような六角形のデコボコした何かに、天井、床、壁に取り付けられており、見るからに歩きにくそうだ。

 その中心部分に立つのは、カラフルな髪の女性。白いぴっちりとしたパイロットスーツ、肩幅が妙に広い。だがそれより目を引くのは、卵状のコアに下半身を埋めている事だろう。

 

「骨の塔へようこそ。

 これがフォルテシモだ

 私はついにこいつと一体になった

 もう誰にも私を止めることはできない

 死ね」

 

 死亡フラグビンビンな台詞を、十代達に投げかけてくる。しかもどういう訳か、妙にドヤ顔だ。

 次はジャックが、デュエルディスクを起動させる。

 

「先に行け。友達が待っている……あれ?」

 

 ジャックが振り向くと既にそこの十代達の姿は無く、彼らはエレベーターの方へと走って行っていた。

 エレベーターに乗り込んだ二人を見て、なんか言葉に言い表せない妙な感覚を感じながらも、取りあえずカードを五枚引く。

 十代達がサムズアップし扉が閉まると同時に、ジャックは一枚のカードに手をかけた。

 

「なんだこれ」

 

 エレベーターの中、十代は思う。何だこれ、と。どういう訳か半裸のバケツ頭被ったおっさんと、まんま金剛が自分の為にデュエルをする。言い得て妙な話だ、言葉にするだけでもう訳が解らなくなる。

 このカオスな空間を作り錯乱させるのが永理の狙いだとしたら、それは予想以上の効果を上げただろう。そう思えるくらい、十代の頭は混乱していた。

 そもそも最初から、恰好からしておかしいのだ。赤いマント、トゲトゲした兜、黒い鎧。つい好奇心の赴くままに覇王を選んでしまった結果がこれである。

 様々なものがたった一時間足らずで起き、頭の中をぐりぐりと鉄の棒でかき混ぜられたように、情報の処理が追いつかない。

 チン、と音が鳴る。もう永理と亮しか残っていないが、果たしてどんな格好をしているのか。少しばかり気になるが、それと同じくらい恐怖心もある。言い知れぬ恐怖、混乱、人のペースを乱すのにこれ以上に最適なものは無い。

 扉がゆっくりと開く。

 

「久しぶりだな」

 

「丸藤……亮!」

 

 黒いコートに身を包んだカイザー。ズボンもベルトも黒く、白いラインが入っている。時代を少々先取りしているような気がしないでもない恰好。

 カイザーは不敵に笑いながら、デュエルディスクを起動させる。

 

「十代、お前は先に行け。俺はこいつと──ケリを付ける」

 

「貴様らにロリタズマ計画の邪魔はさせん」

 

 もうなんか計画の名前からしてろくでもないオーラがプンプン漂っているが、顔だけは無駄にシリアスだ。

 しかし、ツッコミを入れるのも野暮という雰囲気が漂っているので、十代はもごもごとツッコミを入れられずにいる。

 

「機械娘成就の為に! 行くぞ!」

 

「カイザー亮……大げさな伝説も、今日終わりだ!」

 

 万丈目がカードを五枚引き、カイザーも不敵に笑う。それが、エレベーター内で見た二人の最後だった。

 決して長くないエレベーターの中で、十代は考える。

 エレベーターが上がっていく。残る相手はただ一人、これまで戦った事の無い相手。ここに来るまでの間にいくつかのNPCと対戦し、試運転は十分に兼ねた。既にデッキの基本操作は、大体掴んだ。

 しかし、相手はあの永理。グレート・モスとかいうふざけたデッキでコピーとはいえサイバー流のデッキを撃ち破った永理である。付け焼刃で、はたして通用するのか。

 チン、と鳴った所でネガティブな考えを全て振り払う。何でもやってみなければ、何も解らない。それを十代は、誰よりも知っている筈だ。自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと開く扉を睨み付ける。

 

「骨の塔へようこそ。

 歓迎しよう、盛大にな!」

 

 そこは、真っ黒な空間だった。床に敷き詰められた蛍光灯以外は全て黒で支配されており、窓というものが存在しない。

 そんな空間の中、黒い革製の椅子に足を組んで座りながら、十代にそう言ったのは永理だ。

 

「……連れ戻しに来た。二万円の為に、勝たせてもらうぜ!」

 

「よかろう、やってみろ。この永理に対して!」

 

 今ここに、世界一しょうも無い負けられない戦いが、幕を切って落とされた。




 短くてー、巻きで行ってー、キャラも崩壊ー。解りにくかったりしたらすんません。あと短くてすんません


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第24話 米国生まれの金剛デース!

「先功は?」

 

「ユーからで構いませーん」

 

 天井から降り注ぐ光の三原色が混ざり合い、両プレイヤーを白い光が照らす。

 ライフポイントは8000、永理の世界と同じ初期ライフ。それ以外は手札もデッキも何ら変わらない。が、この世界では現実世界と違い、一部のカードを除けば誰もが手に入れる事が可能。それが例え青眼だろうと、真紅眼だろうと。デッキ構築の自由度で言えば、現実世界なんぞ比較にならないくらい抜きん出ている。

 ナイトゴーはニヤリと笑い、カードを引いた。

 

「魔法カード、手札抹殺を発動。互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分カードをドローします」

 

 金剛は少しばかり苦い顔になる。手札の中に、デッキの核ともいえるカードがあったからだ。その顔を見、ナイトゴーはほくそ笑む。

 

「更に魔法カード、ソウル・チャージを発動。墓地から任意の枚数モンスターを特殊召喚し、その数×1000ポイントライフを失う。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃出来ませんが……先功では関係ありません。私は墓地より闇の侯爵ベリアル、軍神ガープ、神獣王バルバロス、ザ・カリキュレーターを特殊召喚し、ライフを4000失う」

 

 夜行の場に、一気に四体ものモンスターが現れる。

 黒い羽を生やし、白く長い髪。何処となく丸っこい黒い鎧に身を包み、白いマントを翻しながら現れるのは闇の侯爵ベリアル。肩に付けられた鋭い爪が恐ろしい、クワガタのような頭が特徴的な薄紫の細い身体で軍をやっていけるのか不安になる軍神ガープ。下半身が馬で上半身が褐色肌の筋肉ムキムキマッチョマン、手に持っている赤い槍と丸く青い盾が武器の神獣王バルバロス。レジのような頭が特徴的で、胸に電卓のあれが付いている赤いメカ系ゲームに出てくる雑魚キャラのような見た目のザ・カリキュレーター。

 ザ・カリキュレーターの攻撃力は、場のモンスターのレベル×300ポイントとなる。今場に存在するモンスターのレベルは自身を入れて、24。よって攻撃力は7200。恐ろしい攻撃力だ。

 一気にモンスターを四体も揃えた。それも、どのモンスターの攻撃力もかなりのものだ。このプレイングは、ライフ4000ではそうそう出来ないだろう。

 

「……更に、軍神ガープのレベルを一つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚! そして軍神ガープとレベル・スティーラーを生け贄に捧げ、モンスターをセット。更にカードを二枚伏せ、ターンエンドです」

 

 軍神は対して活躍しないで消えるのが不満そうに、スティーラーはまるで当たり前のように消え、代わりにモンスターが伏せられる。

 ザ・カリキュレーターの攻撃力は少々落ちるも、それでも5400。高い事には変わりない。

 

「アンビリーバボー! 素晴らしいタクティクス! たった一ターンでこれほどまで揃えるとは……流石、我が息子」

 

「今この場では、ただのデュエリスト……そう、認識してほしいものです」

 

 眼を細めながら、金剛は感慨深そうにカードを引く。

 既にお互い、正体が誰なのかは解っている。しかし、それをあえて追究する無粋な者は居ない。今彼らは、ただ二人のデュエリスト。そこに言葉は必要とせず、親子の縁も無い。ただ意地と意地のぶつかり合い、魂と魂のぶつかり合い。それだけがこの場での全てだ。

 

「ソーリー……無粋な事を言ってしまい、申し訳ない。

 お詫びに本気でお相手しまショウ! 魔法カード、テラ・フォーミングを発動! デッキからトゥーン・キングダムを手札に加えマース! 更に魔法カード、トレード・インを発動! 手札のトゥーン・アンティーク・ギアゴーレムを墓地へ捨て、カードを二枚ドロー! デッキトップからカードを三枚除外し、フィールド魔法トゥーン・キングダムを展開しマース!」

 

 金剛の眼の前に大きな本が現れ、それが開かれる。するとそこから、まるで絵本のように、ちゃちなお城が飛び出してきた。

 トゥーン、それはこの世界においてもある人専用となっているカード軍。専用カードではあるが、決して強くは無い。BFの方が強いとか、トゥーンのもくじだけあればいいとか言ってはいけない。

 

「……正体隠す気無いんですか、この世界でもそのデッキって」

 

「一般人には儀式ビート使うので、問題ありまセーン!

 魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地のトゥーン・アンティーグ・ギア・ゴレームを守備表示で蘇生! トゥーン・マーメイドを守備表示で特殊召喚!」

 

 飛び出す絵本の城から、武人が被る兜のような頭の、機械仕掛けのカートゥーンに出てきそうな見た目の巨人が飛び出してきた。左肩にむき出しの歯車があり、両足は太い重量級。左手は子供が見ても悪影響が出ないように先端が丸くなっている、アメリカでは何が原因で訴えられるか解らないのだ。

 その隣には、同じく絵本の城から飛び出した二枚貝。その中ですぴーと寝息を立てている緑髪の人魚。肌は褐色肌である。

 トゥーンモンスターの大きな特徴は、召喚酔いと言われる他のカードゲームと同じシステムを効果に搭載している点だ。召喚酔いを持たないトゥーンは、厳密にいえばトゥーンモンスターではないトゥーン・アリゲーターだけである。

 

「モンスターをセットし、カードをセット。ターンエンドデース!」

 

「私のターン、ドロー!

 モンスターリバース! 禁忌の壺!」

 

 禍々しい悪魔の模様が付いた壺の中から、プレデターのような口が覗いている。

 禁忌の壺、ペガサスが何とか禁止カードの効果を使わせたいと思って創りだしたカードである。その為その効果の凶悪さは金剛自身が一番よく知っている。

 

「第三の効果を発動! 相手場のモンスター全てを破壊! サンダーボルト!」

 

 サンダーボルト、それはデュエルモンスターズで初めて禁止となったカードである。効果は単純明快、相手のモンスターを全て破壊するという凶悪すぎる効果だ。

 ちなみに通常モンスターだけのデッキを組んで、サンダーボルトを一枚だけ入れるという遊びをしたら案外盛り上がるのだ。

 壺の中から稲妻が飛び散り、トゥーンに向かって行く。が、その寸前でその出力が消えた。

 

「そのモンスターの存在は読めてマシタ! 速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! 攻撃力を400アップさせ、禁忌の壺の効果を無効にしマース!」

 

 女神が聖杯を壺の中身に注ぎ込んでいる。ごぷごぷと嫌な音が鳴り、声無き悲鳴が壺の中から出ている。女神の口端がニヤリと上がっており、明らかにこの状況を楽しんでいる。

 追加で金色のバケツを何処からともなく取り出し、更に中に注ぎ込む。ペガサスがそれを止めようとするも、何か溢れ出ている黒いオーラで何も言えない。

 満足したのか駄目押しにバケツを壺の上に置き、女神は姿を消した。女神の皮を被った悪魔だと、創造者であるペガサスは思った。ちなみにモンスターの動きは主に海馬コーポレーションかフロム・ソフトウェアが製作している。

 

「一見正しいように見えた今の選択……だがそれは、大いなる間違い。禁忌の壺のレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! ベリアル、スティーラー、壺を生け贄に捧げ、二枚目のバルバロスを召喚!」

 

 三体のモンスターが消え、数秒ほどしてから天から落ちてきた赤い槍が床に刺さり、そこから稲妻が溢れ出る。だがその稲光は、ペガサスの場に届く直前にかき消されてしまう。

 

「ですから……甘いと言ってるでショウ。手札からエフェクト・ヴェーラーを捨て、バルバロスの効果を無効にしマシタ」

 

 口では余裕そうに言ってのけたが、金剛は内心焦っていた。

 手札にエフェクト・ヴェーラーが来たのは偶然だし、相手の手札に二枚目が来るのはまだと高を括っていた。そもそも、最上級モンスターを躊躇いもなく生け贄にするという判断……成長したな、と喜びと若干の寂しさ。しかし、それを表には出さない。壁は厚ければ厚いほど、高ければ高いほど人を大きく成長させる。自分はそれにならなければならないのだ。

 

「カードをセットしターンエンド」

 

「私のターン、ドロー!

 トゥーン達を攻撃表示に変更! バトルデース! トゥーン・アンティーク・ギアゴーレムで直接攻撃! バアアアアニングゥ! ラアアアアブ!!」

 

 背中に付いているブースターから大きな光が溢れ出、一気にブースト。勢いそのままブースターを下の方へ向け、身体を浮かす。速度そのままに相手モンスターを飛び越え、相手プレイヤーの顔面にストレートを打ち込む。しかしナイトゴーはそれを両腕で防御、腕に伝う衝撃で半歩ほど後ろに下がる。

 トゥーン・アンティーク・ギアゴーレムは攻撃宣言時魔法・罠を発動出来ない。それはナイトゴーもよく知っている。

 

「これは……少々不味いですね」

 

「トゥーン・マーメイドで止めデース!」

 

 トゥーン・マーメイドは寝ぼけ眼をこすりながら弓を引く。矢は丁度ナイトゴーの頭上に向かって大きく反り上がり、天井を砕く。瓦礫に埋まったナイトゴーを見ててへぺろ、と自分の頭を軽く小突く。

 しかし、まだソリットビジョンは消えない。ごくり、と金剛は唾を呑む。

 

「罠カード、副作用? を発動。相手は一枚~三枚カードを引き、私は相手が引いたカードの枚数×2000ポイントライフを回復する。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」

 

 無駄に妙に厭味ったらしい言い方で、首の皮一枚を繋げられた。相手にカードをドローさせるという、決して小さくは無いデメリットはあるが、ライフ・アドバンテージに関して言えばこれ以上のカードは無いと言ってもいいだろう。便乗との組み合わせをすれば、手札補充も兼ねる事が出来る。

 

「では、カードを三枚ドローしマース」

 

「ライフを6000ポイント回復、いい傾向です」

 

「カードを二枚セットし、トゥーン・ヂェミナイエルフを召喚。ターンエンドデース」

 

 妙に脂っこい絵柄の、二人の女性。片方は金髪、もう片方は茶髪だ。どちらの髪も長く、胸は豊満である。

 トゥーンの最大の利点は直接攻撃が出来るという事。そしてトゥーン・ヂェミナイエルフは、オリジナルであるヂェミナイエルフと違いトゥーンの共通効果以外の効果を持っている。

 手札ハンデス、一部のデッキ以外では、手札一枚はライフ2000以上の価値を持つと言われている。その手札を削り取る効果は、いわば希望の一つを摘み取るのと同じ。とはいえこのターンは攻撃出来ないのだが、副作用? の効果で手札に来たのだから仕方がない。

 

「……私のターン、ドロー!

 魔法カード、アドバンスドローを発動! 場のバルバロスを生け贄に捧げ、カードを二枚ドロー! 更にトレード・インを発動! 手札の闇の侯爵ベリアルを墓地へ捨て、カードを二枚ドロー! 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のバルバロス、ベリアル二体、スティーラー、軍神ガープをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター──ヘル・エンプレス・デーモンを除外!」

 

 このターンのうちに決めなければ、そこで負けが確定する。自然と、手札を持つ手に力が入り、汗ばむ。

 手札は三枚まで回復した。代わりに墓地アドバンテージを失ってしまったが、逆転するにはこうする他ない。だが、逆転するには少々強引に動かなければならないだろう。そして現時点での手札では、それを突破する事は不可能。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動! トゥーン・キングダムを破壊!」

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂を発動! 魔法・罠カードの効果を無効にし、相手はカードを一枚ドローしマース!」

 

 勢いのあった竜巻は白い煙と共に小判へと変化する。

 狙い通りだ。相手はトゥーンを守る為、確実にこのカードを無効にするだろう。もう一枚のカードまで魔法・罠を守る物とは考えずらい。で、あればこのドローで全てが決まる。

 

「ドロー!」

 

 運とは、自らの力で引き当てるものだ。待っているだけでは神は味方してくれない、自分で口説かない限り。今日のナイトゴーは、逆転の女神へのナンパが上手く行ったようだ。

 

「バルバロス、壺、ザ・カリキュレーターを生け贄に捧げ、神獣王バルバロスを召喚!」

 

 壺が割れ、カリキュレーターの頭部分の数字がバグり、バルバロスの筋肉がひときわ膨れ上がる。そして巻き起こる、大地を割らんとする衝撃。これを防ぐ手は、ペガサスは持ち合わせていない。トゥーン・キングダムの効果も、トゥーンモンスターと同時に破壊されては発揮のしようがない。衝撃によって紙は引き裂かれ、トゥーン・モンスター達の身体も同じように引き裂かれていく。

 

「Oh my God! 私のトゥーン達が!」

 

「これでは防ぎようもあるまい! バルバロス!」

 

 バルバロスの投擲された槍が、真っ直ぐ金剛の胸へと向かって行く。守る壁も、罠も、何もない。一本の赤い線を空中に描きながら槍は空中で二つに分かれ、そのうちの片方がペガサスの人中に突き刺さる。

 

「罠カード、ダメージ・ダイエットを発動していまシタ。このターン受ける全てのダメージを半分になりマース」

 

「ならば、少しでも削るまで! 闇の侯爵ベリアルで直接攻撃!」

 

 ベリアルは両手剣を振り下ろす。するとそこから黒い衝撃波が、さながら鮫のように、床を割りながら金剛へと向かって行く。とはいえその攻撃は金剛の目前で半分程度まで小さくなってしまう。

 

「ターンエンド!」

 

 このターン仕留めきれなかったのは少々残念だが、それも仕方がない。相手はデュエルモンスターズの創造主にして、ナイトゴーの育ての親。勝てるとは思っていなかったが、それでも出来れば勝ちたかった。決して叶わない相手にそう思ってしまうのは、やはりデュエリストとしての性か。

 

「私のターン、ドロー!

 素晴らしいデュエルでしたよ、ナイトゴー。正直、ここまで追い詰められるとは思っても見ませんでシタ。既に貴方は、兄を超えているでショウ……しかし! ほんのちょっとですが、私にはまだ届きまセーン!

 ライフを1000払い、トゥーン・ワールドを発動!」

 

 城の次に現れたのは、街の一角。闇に光る家のランプ、路地を照らす街灯。そして墓。トゥーンの、漫画に仕込まれているブラックジョークを思わせるカード。

 しかし、このカード単体では何の効果も持たない。そしてトゥーンは召喚したターン攻撃出来ない。だというのに、このターンで決める宣言。手札には既に、必勝のカードが揃っているという事に他ならない。

 

「魔法カード、コミックハンドを発動! 相手のモンスターに装備し、トゥーンに代えコントロールを得マース!

 神獣王バルバロスをトゥーンに!」

 

 ディ●ニーに出てきそうな手のマジックハンドがトゥーン・ワールドの中から飛び出し、バルバロスを引き入れる。そして一旦トゥーン・ワールドが閉じられ、再度開かれる。すると目が大きく、更に全体的に丸く、白い無地のTシャツを着たバルバロスがトゥーン・ワールドから飛び出してきた。

 

「バルバロスが……しかし、私のライフは5600、削りきる事は不可能!」

 

「慌ててはいけまセン、ナイトゴー。魔法カード、コピーキャットを発動! 相手の墓地のカードを一枚選択し、それがモンスターなら特殊召喚、魔法・罠なら私の場にセットしマース。私はナイトゴーの墓地から貪欲な壺をセット!」

 

 黒い猫のような生き物がナイトゴーの墓地を漁り、貪欲な壺をペガサスへと手渡す。ソリットビジョンはたまに現実にも干渉出来るのだが、それが何故かはまだ解明されていない。

 

「&リバース!

 墓地のブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン、トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム、トゥーン・マーメイド、トゥーン・ヂェミナイエルフ、トゥーン・デーモンをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 更に儀式魔法、イリュージョンの儀式を発動! 手札のトゥーン・デーモンを供物とし、サクリファイスを儀式召喚!」

 

 黄金色のウィジャド眼が描かれた壺から禍々しい色の煙が溢れ出、視界を包んでいく。

 まるで煙が重しかのようにのしかかる。プレッシャー、かつて伝説のデュエリスト、武藤遊戯を追い詰めたカード。それが現れようとしているのだ。

 地下深くに封印された魔物というイメージを持つ蒼い肌、獣のように鋭く尖った爪、虫のような羽。小さな顔の下には、顔より一回り大きなウィジャド眼がまるで寄生虫のように飛び出している。腹は何かを埋め込むかのように窪んでおり、足は逆三角形のものが一つ。当然それで身体を支える事なぞ出来ず、空中に浮いている。

 

「サクリファイスは一ターンに一度、相手モンスターを吸収し、その攻撃力を得る事が出来マース! 闇の侯爵ベリアルを吸収! ブラック・ホール!」

 

 窪んだ部分から黒い渦が現れ、ベリアルをそこに吸い込む。完全には吸い込まれまいと縁の部分に手をかけるが、すぐに増大した吸引力によって腕の骨は折られ、肉団子のように窪みを埋めていく。

 

「ベリアルまでも……流石です」

 

「バトル! トゥーン・バルバロスで攻撃! トゥーン・トルネード・シェイパー!」

 

 アメコミチックになったバルバロスは槍をナイトゴーに向け、柄の部分を押す。すると槍が点火し、さながらロケット弾のようにナイトゴーへと飛んで行き、爆発した。

 

「トドメデース! サクリファイスで直接攻撃!」

 

 サクリファイスの窪みから鋭い棘が生え、ベリアルの身体を突き刺す。ベリアルは一瞬苦しそうに声を上げるも、すぐにぐったりと力を抜く。

 そして窪みに黒い光が集まり出し、太いレーザーとなってナイトゴーを飲み込む。

 デュエルは終わり、ソリットビジョンは消える。ナイトゴーは負け、尻もちを付く。その表情は悔しそうだが、何処か満足したかのように笑みを浮かべていた。

 金剛はナイトゴーに駆け寄り、手を差し伸べる。ナイトゴーはその手を受け取り、立ち上がる。

 

「夜行! いえ、ナイトゴー。大丈夫デースか?」

 

「平気です……お許しください、ムーンナイト=サン。私はご信頼に背きました」

 

 負けて尚ネタを言ってはいるものの、身体は徐々に下から消えて行っている。デスポーンするのだ。別に命とか賭かっていないのだが、この演出はどうも対戦相手を心配させてしまう。

 

「……夜行、別に貴方がこのゲームをやる事に対して咎めようという気はありません。しかし、何故四天王になったのデスか?」

 

 その声はいつものキャラクターのものではない、父の声だ。まあ、息子がオンラインゲームで崇められる存在にまで上り詰めたとなっては、こうならずにはいられないだろう。

 ナイトゴー──夜行は薄く笑いながら、それに答え始める。

 

「もう月行と間違えられるのは、嫌だったんですよ。私に声をかけてくる人はみんな月行と間違えてだし、私のファンもどういう訳か月行の方に行くしで……」

 

 何とも言えない事情であった。これに関してはペガサスは何も言う事が出来ず、そして解決させる事も出来ない。双子というのはこういう時損をしてしまう。それも、プロデュエリストとなればなおさらだ。

 

「だから、誰にも間違えられないNPCの世界を──ハーレムを創ろうとしたのです! コンピューターなら間違える事ありませんから!」

 

 既に腹の辺りまで消えている夜行、その答えは聞いててなんか虚しくなる話だ。兄のファンに間違えられ、更に自分のファンも間違えられていく。これ以上に悲しいものはない。

 

「……しかし、負けたのであれば手を引きます。それほど執着していた訳でもないので」

 

「夜行……」

 

 色々と吹っ切れたように笑う夜行に、ペガサスは慰めの言葉をかけようとする。しかし、何もいい言葉が思い浮かばない。というよりどう慰めればいいのだという話になる。

 

「それとペガサス様、最後に一言だけ。あい──」

 

 そこで夜行は姿を消した。完全にデスポーンした。

 取り残されたペガサス、最後の言葉が何だったのかが激しく気になる。もやもやとした気分、例えるなら歯茎にトウモロコシが挟まったような気分。それだけが、一階の場に残った。




 はい、という訳で四天王の一人は天馬夜行でした。予想出来ないデュエリストとして真っ先に思い付いたのがこいつです。選んだ理由は何となく、マジでそれだけです


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第25話 遊びだから本気になれる

 ぎょろり、と壁に埋め込まれた眼がジャックを睨み付ける。カスタムフィールド、多額の課金をしなければ使用する事が出来ない厄介なフィールド。その効果は要するに、常に展開され破壊も塗り替える事も出来ないフィールド魔法。課金するだけの価値があるかどうかは怪しい所だが、兎に角強力なものだ。

 近未来の武器やパワードスーツの製造工場と言っても信じられるような、白い部屋。壁も床も六角形のデコボコ、そしてその部屋と一体化した女性。

 

「何処かで会ったような気が……」

 

「他人の空似という奴だ」

 

 そして対するは頭隠して下隠さず、ふんどし一丁のムキムキマッチョマンな変態。事案ものである。とはいえ仮想世界なので、現実の法律を何やかんやする事なぞ造作も無い事なのだ。

 それでも、この空間が言い知れぬシュールを醸し出しているのに言い訳は出来ない。機械と一体化している女性と、八裸の男。上手く言葉に言い表せない空間だ。

 

「私は面倒が嫌いだ。とっとと終わらせて、大好物のトリシューラプリンを食べるのだ」

 

 トリシューラプリンとは、ターミナル・エイトで売られている高人気、高価格、高カロリーと三拍子揃ったウルトラレアスイーツである。お値段一つ五千円。女性にも人気だが、そのカロリーの高さから金持ちでもあまり手の出せない代物だ。

 

「ふぅん。デュエルに置いて、言葉は意味をなさない。力を示したいのであれば、結果で示す他ない。貴様の実力がどれほどの物か、試させてもらおう!」

 

 なんかかっこいい事言ってる風だが、忘れてはならない。バケツ頭のふんどし一張羅なのを。

 

「「デュエル!」」

 

 相手が誰であれ、やる事は変わらない。世界の破滅も、それを阻止させるのも。全てデュエルで解決してきた。今回はただのゲームで何も掛けてはいないが、それでも両者とも、負けるつもりは毛頭ない。

 

「先功は私だ、ドロー!

 課金の力を見せてやる! 特殊フィールド、フォルテシモの効果発動! 手札から機皇兵と名の付いたモンスター一体を特殊召喚する! 機皇兵スキエル・アインを守備表示で特殊召喚!」

 

 眼の様な部分が回転して開き、その中から全体的に細い一つ足の機械の鳥が現れる。身体は青く塗られており、肩から羽のように生えている反重力ユニットで空中に浮いている。両手は機銃となっている。

 手札消費無しでフィールド魔法の効果を使えるというのは、やはり強力だ。

 

「更に機皇兵ワイゼル・アインを召喚! そして機皇兵の効果発動! 自身以外の機皇兵と名の付くモンスターが存在する場合、スキエル・アインは200、それ以外の機皇兵の攻撃力は100ずつアップする」

 

 次に現れたのは、白い人型の機械だ。全体的に軽量で、太い装甲のようなものが取り付けられた右腕と、内部にレーザーブレードが仕込まれた細い武器腕。左右非対称の腕が特徴的だ。

 

「魔法カード、機皇帝の賜与を発動! 場に機皇と名の付いたモンスターが二体のみの場合に発動、カードを二枚ドローする! このカードを発動したターン攻撃は出来ないが、先功では関係ない。カードを二枚セットし、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!

 儀式魔法、白竜降臨を発動! 手札のアレキサンドライドラゴンを供物とし、白竜の聖騎士を儀式召喚!」

 

 天より一振りの剣が落ち、床に突き刺さる。すると稲光がその剣に直撃し、白い煙で視界を満たす。煙が晴れ現れたのは、豆のような頭をした蒼い竜にまたがった、蒼い鎧に身を包んだ騎士。上半身の鎧には金色のアクセントが付いており、下半身の鎧には緑色の布のアクセント。マントが無駄に棚引く。

 

「更に魔法カード、ドラゴン・目覚めの旋律を発動! 手札を一枚捨て、デッキから攻撃力3000・守備力2500のモンスターを二体手札に加える! デッキから青眼の白龍二体を手札に加える! そして白竜の聖騎士を生け贄に捧げる事で、手札・デッキから青眼の白龍を特殊召喚する! 俺はデッキから、青眼の白龍を特殊召喚!」

 

 聖騎士が自らの喉に剣を斬ると、そこから肉が裂け、あきらかに物量保存的に収まらないだろう白い龍が血を滴らせながら現れる。フロムが担当するようになってから、こういった所に力を入れるようになってきたのだ。一部のPTAから苦情は来ているが、だがその分迫力が増したのでジャックとしては何の問題も無い。苦情なんて聞かぬ存ぜぬで成長してきたのだ。

 

「この効果を発動したターン、青眼の白龍は攻撃出来ない。が、素材にすれば関係ない。魔法カード融合を発動! 手札の青眼の白龍二体と、場の青眼の白龍を融合! 青眼の究極竜を融合召喚!」

 

 三体の龍が場に現れ、渦の中に溶け込みまるでナメクジの交尾のように溶け合う。その渦の中から一筋の光が溢れ出、三つ首を持った竜が姿を現す。

 伝説の竜、と言われている割には負けフラグの別名も持つ伝説のモンスター。額にはWの文字が。

 

「バトルだ! 青眼の究極竜で機皇兵ワイゼル・アインを攻撃! アルティメット・バースト!」

 

 三つの首から太い光線がそれぞれ発射される。たった一機を消し飛ばすには過剰すぎる火力だが、ゲームシステム上仕方のない事なのだ。

 しかし光線はワイゼル・アインに当たる直前に、スキエル・アインの方へと曲がった。光線によってスキエル・アインの身体が消し飛び、爆発し、そこら中にパーツを散らばせる。

 

「罠カード、シフトチェンジを発動。自分場のモンスター一体が魔法・罠・攻撃対象に選択された時、それを自分場に存在するモンスター一体に変更する。この効果によって、私は攻撃をスキエル・アインに移し替えた。

 そして機皇兵スキエル・アインのモンスター効果発動! このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから機皇兵と名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 私はデッキから、機皇兵スキエル・アインを特殊召喚!」

 

 新たに現れる機皇兵。リクルート出来るモンスターは限定されていものの、場に存在するだけで攻撃力を上げる効果。かなり厄介なカードだ。

 

「チッ、速攻魔法超再生能力を発動! このターン手札から捨てた、もしくは生け贄にしたドラゴン族モンスターの数だけ、エンドフェイズにカードをドローする! そしてエンドフェイズ、俺がこのターン捨てた、もしくは生け贄にしたドラゴン族モンスターは白竜の聖騎士、アレキサンドライドラゴン、ドレッド・ドラゴンの三体! よってカードを三枚ドロー! ターンエンドだ!」

 

 手札も三枚だけではあるが補充出来た、引いたカードも悪くない。場には攻撃力4500のモンスター、状況的には悪くない。しかし、相手のデッキは未だ未知数。そしてジャック自身もなんとなく、青眼の究極竜は負けフラグだという事実に気付いてきている。

 

「私のターン、ドロー!

 私は機皇兵グランエル・アインを召喚し、効果を発動! このカードの召喚時、相手場のモンスター一体の攻撃力を半分にする! グラビティ・プレッシャー!」

 

 両手が平べったい武器腕のようになっている、真っ黄色の機械。下半身は半円で、ホバー式なのか空中に浮いている。

 グランエル・アインの武器腕から虹色の光線が出ると、青眼の究極竜の動きが気持ち半分鈍った。しかしそれでも攻撃力は2350、絶望の場には機皇兵が三体居るものの、一番高い攻撃力はワイゼル・アインの2000、まだ足りない。

 

「貴様に面白いものを見せてやる……レベル4の機皇兵グランエル・アインとワイゼル・アインでオーバーレイネットワークを構築!」

 

「オーバーレイだと!?」

 

 絶望の前に黒い渦が現れ、その中に光と鳴ったグランエル・アインとワイゼル・アインが入っていく。

 

「これぞシンクロ召喚と相反し、その脅威を打ち消す召喚方法、エクシーズ!」

 

 ジャックはその言葉を聞き、大きく眼を見開く。

 渦の中から大きな爆発が起き、光が漏れる。エクシーズ召喚、シンクロ召喚が発表されまだ間もないというのに、二年後に発表されると既に決まっている召喚方法。勿論まだ公表もされておらず、動作テストのカードしか作られてない筈のカード。だが実践に使うという事は、実践に出しても問題ないステータスと効果を持っている事に他ならない。

 

「エクシーズ召喚! 発条機甲ゼンマイスター!」

 

 四つの脚がロケットになっている、カラフルな機械。細い両腕に繋がれた、黄緑色の掌と赤い指。肩には扇状に広がった何かよく解らないものが付いている。身体部分を覆う鎧は青く、そして武者のようなロボット頭。カラーリングは見るからに子供向け特撮ものに出てきそうだ。

 

「何故貴様が、まだ発表されていないカードを持っている!?」

 

「私がシンクロ召喚とエクシーズ召喚を伝えたからだ。このままいけばいずれ人類はシンクロ召喚によって滅びる……だが、私達が暮らしていたのとはまた別次元に現れたエクシーズ召喚、それはシンクロ召喚が生み出すエネルギーを打ち消す、反対のエネルギーを持っていた。私とて、シンクロ召喚が無くならないのであればそれに越した事は無い。だから私は、ペガサスにこのカードの存在と、放っておけばいずれ訪れる未来を伝えたのだ」

 

 絶望はエクシーズを持っている理由を答えたものの、その内容は到底信じられないものだった。未来から来たとか、いずれシンクロが世界を亡ぼすだとか、到底信じられないオカルト話。しかし、ペガサスが突然二種類の新たな召喚方を発表した事に関しての説明は、一応付く。いくら天才だとしても、いきなり二種類の召喚方が思いつくなぞ不可能だ。

 

「そして私は! この世界で放送されているアニメを全て見るまで死ぬ訳にはいかない! 今季のアニメが終わったら、学校の階段で放送されなかった口裂け女を何としても放送させ、そしてサイボーグクロちゃんの製作会社を倒産から救う!」

 

 あのオカルト話で終わっていればシリアスになったというのに、絶望はすぐにネタの方へと持っていく。何だかため息が出る話だ。

 

「発条機甲ゼンマイスターの攻撃力は、エクシーズ素材の数×300ポイントアップする! 今の素材の数は二個、よって攻撃力は2500! スキエル・アインを攻撃表示に変更し、バトルだ! 発条機甲ゼンマイスターで青眼の究極竜を攻撃! そしてスキエル・アインで直接攻撃!」

 

 ゼンマイスターは一気に距離を詰め、下半身のブースターで焼き殺す。白い鱗が焼かれ、黒く焦げていく。断末魔を上げる間もなく、究極竜は絶命した。その青眼を乗り越え飛んできたスキエル・アインの両手から何発も機銃が落とされる。

 

「貴様を倒し、ついでにジョジョ一部の映画も復活させる! ターンエンドだ!」

 

 全く脈略の無い目的を宣言する絶望、しかも無駄にいい笑顔である。

 ちなみにまだその目的を達成しようと何かをした事は無い。アニメが多すぎるせいで無理なのだ。多分一生無理だろう。

 

「俺のターン!

 貴様の目標は大層な事だが……それでは俺を倒すことは出来ぬぞ! 龍の鏡を発動! 墓地の青眼二体、究極竜、アレキサンドライドラゴン、白竜の聖騎士を除外し、F・G・Dを融合召喚!」

 

 鏡の中から現れた五色の首を持った、黄色い身体の龍。炎・光、水、そして何故か闇の首が二つある。かつて海馬瀬戸の父親となり、自殺した海馬剛三郎の元部下であるビッグ5が融合した姿。

 首には無い属性なのだが、風属性にも耐性があるのだ。最も、高い攻撃力故戦闘破壊耐性がほぼ機能しないのだが。

 

「バトルだ! F・G・Dでゼンマイスターを攻撃!」

 

『検診のお時間だァ!』

 

『お注射よ♥』

 

 F・G・Dから無駄に野太い声が響き渡り、どういう訳か現れたお注射天使リリーがぶっとい注射でゼンマイスターの人間でいう尻部分に突き刺す。

 Oh……という声が漏れ、ゼンマイスターはしめやかに爆発四散した。

 ジャックは若干、このカードを使って後悔している。ビッグ5の誰かが出るだろうとは思っていたが、大門のボイスであんなのを言われるとは思っていなかったのだ。

 

「カードをセットし、ターンエンド!」

 

「私のターン、ドロー! ……スキエル・アインを守備表示に変更、カードを一枚セットしターンエンド!」

 

 スキエル・アインは盾を無駄に曲げ、盾のように構える。

 デュエルの流れはジャックが殆ど持って行っている。絶望はまだ未知なるエクシーズ召喚を使用しているというのに、である。デッキに一族の結束を入れているので機械族以外のカードは使えず、更に機皇兵は魔法・罠で補助して殴るタイプのデッキ。いかにして相手よりアドバンテージを稼ぐかが重要になってくるのが、機皇兵のデッキなのだ。

 

「俺のターン、ドロー!

 ふぅん、まさに鎧袖一触だな。永続罠、竜魂の城を発動! 今は何の効果も発揮出来ないが、F・G・Dにはほぼあって無いようなもの! F・G・Dで攻撃!」

 

『可愛ければ性別なんぞあって無いようなものなのですよ! 機械を操る猫耳八重歯女性で更にTSとかもう……ヌフフーフフフ!!』

 

 ソリットビジョンで現れたシルクハットを被り、スーツを着たペンギンがそんな事を言いながらスキエル・アインに急降下して突っ込んでいく。

 隠す気の無い変態発言。こんなのが海馬コーポレーションで重役になっていたというのだから、現実は小説よりも奇である。

 バキン、という音を鳴らしフレームやらが飛び散る。

 

『しかしTSで男と犯るのは違う! 私は百合百合しているのが見たいのですよ!』

 

「……消えろ!」

 

『アバーッ!?』

 

 ジャックがパージしたはさみの片方をペンギンにぶん投げ、それを無理矢理打ち消す。

 もうなんか、聞いてるだけでF・G・Dを出した事を後悔してしまう。というかこんなのが重役になっていたと思うと、どういう訳か自分の会社さえも嫌になってくるのだから不思議だ。本当、首にしてよかったとジャックは心の中から思う。

 

「スキエル・アインの効果を発動! デッキからワイゼル・アインを特殊召喚!」

 

 再び現れたワイゼル・アイン。だが、未だ相手は切り札と思わしきカードを出していない。まさかゼンマイスターが切り札な訳でもないだろうに。

 少しばかり怖い所だが、今ジャックの手で打てるのは罠を仕掛ける事だけ。

 

「カードをセットし、ターンエンド!」

 

「貴様のエンドフェイズに罠カードを発動する、ロスト・ネクスト! 場のモンスター一体を選択し、そのモンスターと同名のカードを一枚デッキから墓地へ送る。私はワイゼル・アインを選択し、デッキからワイゼル・アインを墓地へと送る! そして私のターン、ドロー!

 魔法カード、悪夢再びを発動! 墓地の闇属性・攻撃力0のモンスター二体を手札に戻す! 私は墓地のワイゼル・アイン二体を手札に戻す! 更に手札から、機皇と名の付くモンスター……機皇兵ワイゼル・アイン二体と機皇兵グランエル・アインの系三体を墓地へ送る事で──現れろ、三つの絶望! 機皇神マシニクル∞!」

 

 白いトンガリ頭の機械の巨神が現れる。両肩にはエネルギーユニットらしきものが真っ黒な空間の中に浮かんでおり、更に肩の上には羽のようなもの。右手には盾らしきものと、左手は銃。身体は何となく軽量っぽいが、足はかなり太い。AC的に見たら中途半端感が否めないモンスターだ。

 

「更にチューナーモンスター、ブラック・ボンバーを召喚! 効果によって墓地のレベル4・闇属性の機械族モンスター、機皇兵ワイゼル・アインを特殊召喚!」

 

 黒い爆弾が現れ、爆発するとその中からワイゼル・アインが現れる。

 チューナー、絶望が生きていた時代では世界を破滅させた原因の一つではあるが、今は違う。ただの一枚のカードだ。

 

「レベル4ワイゼル・アインに、レベル3のブラック・ボンバーをチューニング!

 アニメの平和を守る為、勇気と力をドッキング! シンクロ召喚!」

 

 七つの光となった輪から光が溢れ、その光の中からモンスターが現れる。シンクロ口上はまるで正義の味方っぽいが、彼はあの永理と意気投合した者である。

 

「愛と正義の使者、ダーク・ダイブ・ボンバー!」

 

 戦闘機のような風貌をした、銅色の機械が現れる。肩に二つのジェットエンジンを乗せ、両手の甲には防御盤が。錆鉄色の羽を背負い、二本の足で地面を立つ。しかし何処となく、その風貌はトゥーンっぽい。

 現れたのは、愛と正義の使者を名乗る割にかなり物騒な感じのモンスター。見た目や効果からして、明らかに悪役が使いそうなカードである。まあ強ち間違ってもいないが。

 しかし、どれだけモンスターを並べようと、F・G・Dの攻撃力を超える事は出来ない。が、絶望の口がニヤリと歪んだ。

 

「ダーク・ダイブ・ボンバーの効果発動! 一ターンに一度、メインフェイズ1に自分場のモンスター一体を生け贄にし、そのレベル×200ポイントダメージを与える! 私はダーク・ダイブ・ボンバーを生け贄にし、1400ポイントダメージを与える! D・D・ダイナマイト!」

 

 いつぞやの万丈目が使った時とは違い、腰にダイナマイトを巻き付け自爆特攻。もしこの場に十代が居たら、お前爆撃機だろ、というツッコミが入るだろう。しかも何故か劇画チックになっていたし。

 

「ぐっ……しかし、その程度のダメージでは俺は倒せんぞ!」

 

「まだ慌てるような時間ではない。罠カード、ギブ&テイクを発動! 自分の墓地からモンスター一体を相手場に特殊召喚し、自分場のモンスター一体のレベルをそのモンスターの数だけ上げる! 私は墓地のダーク・ダイブ・ボンバーを相手場に特殊召喚し、ワイゼル・アインのレベルを7アップさせる!」

 

 ジャックの場にダーク・ダイブ・ボンバーが召喚される。ギブ&テイク、墓地のモンスターを相手に与える事でレベルを上げるという一見メリットよりデメリットの方が勝るように見えるカード。だがその真価は、そのデメリットにこそある。

 リクルーターを相手に押し付ける、G・コザッキーやマンモス・ゾンビといった自壊モンスターを送り付け更にダメージも与える、キメラティック・オーバー・ドラゴンの的にする等々……割と悪用は出来る。

 そして絶望の場合、さながらマッチポンプ染みた動きをする事になる。

 

「何のつもりだ、俺の場にダーク・ダイブ・ボンバーを召喚するなんぞして」

 

「機皇神マシニクル∞の効果発動! 相手場のシンクロモンスター一体を吸収し、その攻撃力分攻撃力をアップする!」

 

 マシニクルの肩から渦が現れ、ダーク・ダイブ・ボンバーを吸い込む。断末魔と共に肩の中に吸い込まれ、真っ黒の空間で土星の輪のようなものが二つに分かれて円を描いているものの中心の中に収納される。

 そう、ギブ&テイクはこの為のカード。相手がシンクロ召喚をしなかった場合でもマシニクルの吸収能力を使えるように入れてあるのだ。

 

「更に速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! 攻撃力を400ポイントアップさせ、F・G・Dの効果を無効にする! 攻撃力は6400! これだけあればジャック、貴様のライフを消し飛ばすには十分な火力だ! バトル! 機皇神マシニクル∞、お前の力を見せつけてやれ!」

 

 左手の銃を構え、銃口から四角状のエネルギーをぶっ放す。そのブロック一個一個が、それぞれ致命的な破壊力を持っている。その破壊力たるや、F・G・Dが迎撃に五つの首から出した光線でさえも歯が立たないほど。すぐにビームに飲み込まれ、跡形も無く消滅する。

 

「更に! ワイゼル・アインで直接攻撃! クォーク・カーブ!」

 

 粒子による剣を薙ぎ払う直前、ワイゼル・アインはその手を止めた。あの永続罠の姿が消え、代わりに三つの首を持った竜が居たからだ。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動し竜魂の城を破壊した。表側表示となっている竜魂の城が墓地へ送られた時、除外されているドラゴン族モンスター一体を特殊召喚する! 俺はこの効果で、青眼の究極竜を帰還させた!」

 

「小癪な真似を……カードをセットし、ターンエンド!」

 

 やや過剰すぎる攻撃力だが、それでもこの状況ではその場しのぎにしかならない。攻撃力6400、この攻撃力を超える事が出来るデュエリストなんぞ、絶望が知る限りではヘル皇帝(カイザー亮)のキメラティック・オーバー・ドラゴンしか知らない。

 しかし、仮想世界だというのに嫌な汗が流れる。こういう自分が有利な状況から逆転された事は、これまで何度もあった。シューティングスターやらライフストリームやら、酷い時はサイバー・ドラゴン一枚であっけなく崩壊したものだ。

 デュエルモンスターズとは、たった一枚のカードでこれまで積み上げてきたものが崩れ去る事がある。

 

「俺のターン、ドロー! 強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー! 装備魔法D・D・Rを発動! 手札を一枚コストに、除外されているモンスター一体を特殊召喚する! 俺は青眼の白龍を特殊召喚!」

 

 二度目の登場、しかし攻撃力3000では絶望のワイゼル・アインを倒す事が精々だ。しかし、ジャックは無意味な事をするデュエリストではないと、この短いデュエルの間で絶望は感じ取った。

 そして、その予感は的中する。

 

「魔法カード、滅びの爆裂疾風弾を発動! 相手場のモンスター全てを破壊する! 蹴散らせ!」

 

 青眼の口から放たれた光線は、絶望のモンスターを全て消し飛ばす。デュエルモンスターズで初めて禁止カードとなったサンダーボルトと同じ効果、その恐ろしい効果は場に青眼の白龍が存在しなければ使えないという、現実世界では実質的に海馬コーポレーションの社長である海馬瀬戸のみ。

 最も、この世界ではその常識も通用しないが、だとしてもまだβテストが出回っているのみ。今使える者は、今ここまで揃えられる者は、世界でたった一人のみだ。

 

「やはり、貴様は……」

 

 光線によって破壊された下半身に自重が耐え切れず、崩れていくマシニクルを尻目に、絶望は半ば確信した答が頭に思い浮かんだ。最も、それを口に出すつもりはない。答えを飲み込む。この神聖で不純な戦いでは、必要のない事だからだ。

 

「チッ、魔法カード馬の骨の対価を発動! 場の通常モンスター一体を生け贄に捧げ、カードを二枚ドローする!」

 

 馬の骨の対価を使う時、ジャックは露骨に嫌そうに舌打ちをした。

 馬の骨の対価、某社長が某凡骨に、凡骨になる前に付けた蔑称である。どちらにせよ蔑称だが、ペガサスは何を考えてこれをカードに生かそうと思ったのかは不明だ。

 

「ふぅん、来たか。魔法カード、大嵐を発動! 場の魔法・罠を全て破壊する! 更に装備魔法、巨大化! 究極竜の攻撃力を倍にする!」

 

 ただでさえ大きかった青眼の身体が、更に倍となる。巨大化、攻撃力を倍にするという単純ながら強力な効果を持つ装備魔法。ワンキルデッキにおいては、リミッター解除と並ぶ重要なパーツとなる事もある。

 これにより青眼の究極竜の攻撃力は9000、初期ライフすらも一瞬で消し飛ぶだろう。そして相手場にカードは存在せず、可能性としては手札に速攻のかかしがあるかもしれないという事だけ。それで防いだとしても、逆転は難しいやもしれぬ。

 

「このフィールドで……負ける筈が無いんだ!」

 

「バトルだ! 青眼の究極竜で直接攻撃! アルティメット・バースト!」

 

 部屋を全てのみ込むくらいの出力を持ったビームが三つ、究極竜の口から放たれる。そのビームはすぐに絶望の身体を包み込み、それだけでは飽き足らずフォルテシモをも飲み込み、その火力によって破壊されていく。

 各所で爆発が起こり、足元も崩れていく。

 

「私が……負ける……? 燃える、燃えてしまう。フォルテシモ……私が、消えていく……これは、面倒なことに……なった……」

 

 フォルテシモと共に、絶望も飲み込まれていく。ジャック・Oは急いでエレベーターの中に飛び込み、難を逃れた。崩れていく中、絶望の顔は悔しそうだが、だが同時に言いたかった台詞が言えたからか満足そうな笑みを浮かべながら、フォルテシモと運命を共にした。

 

 

「アポリア……一体貴方は、何をしていたのですか」

 

 デスポーンした際特有の暗い空間の中、昔から聞きなれた者の声が聞こえてきた。ゆっくりと目を開けると、そこは竜の渓谷。カードイラストに描かれている夕日ではなく、昼日が地表を照らしている。そびえる崖を背景に、呆れた様子で覗き込む蟹のような髪の男。顔の右半分は機械化されており、眼帯染みて付けられている赤い機械が何処となくボトムズを連想させる。

 

「ぞっ、ゾーン!? いやこれは違うぞ、ただちょっとブームになっているゲームが気になって、やってみたら趣味の合う友人が出来てのめり込んでいっただけで」

 

「何が違うというのですか、全く。いい年した大人が」

 

 ゾーン、絶望が──アポリアがこの時代に来る前、ずっと未来の荒廃した世界で出会った友人の一人。どういう訳かアポリアの記憶とは違い、荒廃こそしているが、記憶の世界ほど人類は死滅していない。代わりにニンジャとかオムラ社とか訳のわからん奴らが出て来ていたが。

 ゾーンは呆れた様子で、しかしすぐににこりと表情を緩めると、未だ座った状態のアポリアに手を差し伸べた。

 

「さあ、帰りますよ。貴方の言う破滅する未来とやらは回避出来たようですし……帰りにトリシューラプリンでも買っていきましょうか」

 

 アポリアはその手を受け取り、立ち上がる。しかしその表情は何処か寂しそうで、そして悲しそうだ。

 

「アニメが……まだ、放送中のアニメが」

 

「それは諦めなさい」

 

 アニメへの未練を断ち切れぬまま、アポリアはデュエルモンスターズオンラインの世界を──トリシューラプリンを買ってからこの世界を後にした。

 もう、月影永理(シャドームーン)とも、ヘル皇帝(カイザー)とも会えない事に少々の寂しさを感じながら。




 この作品での未来組は、まあ忍殺みたいな感じになってたりはしますが、そこまで荒廃はしていません
 鬱よりこっちの方が書いてて気が楽です


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第26話 地獄の沙汰もカード次第

 殺風景な、黒い部屋。床に埋め込まれた蛍光灯に照らされてなお、その部屋は不気味なほど薄暗い。窓は一切無く、髑髏模様の蝋燭台が部屋の隅に置かれている。

 そんな部屋と一体化するかのように、カイザー亮は立っていた。対するは同じような衣装に身を包んだ万丈目準、その顔には緊張がうかがえる。

 口ではああいったものの、カイザー亮の伝説は決して膨張ではない。デュエルアカデミアの伝説のように負け知らずという訳ではないが、その負けた相手というのも現役プロデュエリストだったり、カイザー亮と並ぶ伝説、今では留学という扱いで行方不明となっている天上院吹雪くらいだ。

 

「先功は俺が貰おう、ドロー!」

 

 万丈目がカードを引き、カイザーは薄く笑みを浮かべるだけ。

 サイバー流のデッキは、王道であれば後功の方が有利だ。だがそれ以外のデッキでは、基本先功が有利である。下手に後功を取ろうものなら、先手でサイバー・エンドを出され、更にトラップ・スタンも伏せられてワンターンキルされてしまうだろう。

 だからこそ、今のうちに罠を仕掛けておく。相手は王道のサイバー流デッキではないのだろうが、だとしても警戒するに越した事は無い。

 

「俺はモンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンドだ!」

 

「……俺のターン、ドロー。

 魔法カード、強欲な壺を発動。カードを二枚ドロー!

 魔法カード発動、竜の霊廟を発動。デッキからドラゴン族モンスター一体を墓地へ送る。俺はデッキから、ハウンド・ドラゴンを墓地へ送る。竜の霊廟は通常モンスターを墓地へ送った時、更にモンスターをデッキから墓地へ送る事が出来る。更に俺はドラグニティ-パルチザンを墓地へ送る」

 

 ドラゴン族、墓地へ送られたカードを聞き、万丈目は首を傾げる。万丈目は決して全てのカードを知っている訳ではないが、少なくともドラゴン族と機械族の混合デッキなんぞ聞いた事が無い。

 もし組むとしても、グットスタッフのような単純なパワーデッキになってしまうだろう。しかし、墓地へ送られたのはどちらもレベルも攻撃力も、それほど高いとは言えないモンスター。

 

「サイバー・ドラゴン・コアを召喚、効果発動! デッキからサイバー、またはサイバネティックと名の付く魔法・罠カードをデッキから手札に加える! 俺はデッキからサイバーダーク・インパクト! を手札に加える」

 

 従来より色の黒いサイバー・ドラゴン・コアが現れる。黒くなったせいで、更にアナルビーズっぽくなっている。

 サイバー・ダーク、何処かで聞いた事のあるカード名だが、万丈目はどうも思い出せない。サイバー流のカードは高い人気があり、大抵のカードは一般人にも知れ渡っている。当然万丈目も、ある程度のカードは頭の中に入っている。だというのに聞いた事が無いという事は──つまり、永理のデッキと同じ、変態デッキなのだろう。

 

「魔法カード、機械複製術を発動。デッキからサイバー・ドラゴンを二体特殊召喚」

 

 サイバー・ドラゴン・コアが光り輝き、しっかりと装甲を付けられた機械製の竜が二頭現れる。サイバー・ドラゴン・コアの攻撃力は低く、更にカード名をサイバー・ドラゴンとして扱う事が出来る。なので可能なコンボなのだ。

 

「更に融合を発動。場のサイバー・ドラゴン三体を融合し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚」

 

 機械の竜が一つの塊となり、そこから三つの竜の首が現れる。

 既に見慣れた流れだが、単純故に強力だ。対策も不可能では無いものの、対策カードも引けなければ意味が無い。たかが一枚程度では、引ける格率なんぞあまりにも低い。

 当然、今の万丈目の場には対策のカードは存在しない。

 

「ロリタズマ計画の邪魔はさせん……バトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンで伏せモンスターを攻撃。エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

 三つの首から放たれた巨大な光線が、万丈目の伏せモンスターを破壊する。

 攻撃力4000の貫通効果持ちというのは、控えめに見てもやはり強力なのだ。古代の究極機械巨人の劣化と言われたりするが、それは密に。密に。

 

「くっ、キラー・トマトの効果発動!

 デッキから召喚僧サモンプリーストを特殊召喚!」

 

 顔つきの悪いトマトが弾け飛び、その中から黒を基調とし真ん中に白が道のように入った服に身を纏った、髭が長く髪も白い老人が、胡坐をかきながら現れる。

 かなり厄介なモンスターなのだが、亮の表情に変化は無い。

 

「……ふむ、そう来るか。カードを一枚セットし、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目のデッキは魔法カードが決して多くは無いが、それでもモンスターをデッキから展開出来るのは強力だ。そして万丈目のデッキは、永理程ではないが少々ロマンのあるカードがデッキに入っている。当然活かせないのであればそのカードはすぐ手札を切る、永理とは違いそれを主軸とはしていないのだ。

 

「サモンプリーストの効果発動! 手札から終わりの始まりを墓地へ送り、デッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから、闇魔界の戦士長ダークソードを特殊召喚!」

 

 サモンプリーストが指をパチンと鳴らすと、紫色の煙を纏い現れる黒い戦士。元の世界では使ってないカードだが、この世界では頼りにしているモンスターだ。ダークソードはその思いに気付いたのか、無言で万丈目に頷きをかける。

 

「更に魔法カード、波動共鳴を発動! このカードは、場のモンスター一体のレベルを4にする。俺は、サイバー・エンド・ドラゴンのレベルを4にする! そして闇魔界の戦士長ダークソードは、一ターンに一度光属性・レベル4のモンスターを吸収する!」

 

「……ほう、中々面白いコンボじゃないか」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンは、ダークソードの窪みのようになっている剣に吸い込まれていく。

 波動共鳴、場のモンスターのレベルを4にするという単純な効果を持つカード。自分のモンスターに使うくらいなら最初からレベル4を入れとけという話になるし、通常魔法なのでシンクロ召喚の妨害にも仕えない。控えめに言っても使えないカードだ。だが、上手く使えばある程度のカードは活躍出来るのだ。ヌヴィアのようなデメリットしかないカードはまた別の話になってしまうが。

 

「召喚僧サモンプリーストの効果で特殊召喚したモンスターは、そのターン攻撃出来ない……なら、別のモンスターにさせればいいだけの話だ! 手札から黒薔薇の魔女を召喚!」

 

 紫色の薔薇をあしらったゴスロリ調の服に身を包んだ、右眼が青く左眼が赤い女の子が、紫色の髪をかき上げながら現れる。

 手には、先端に青い宝石が付けられた杖。かなりロリで属性が詰め込まれているが、別にアイドルカードという訳ではない。

 

「このカードの召喚成功時、カードをドローする。そのカードがモンスターカード意外だった場合、引いたカードを墓地へ送りこのカードを破壊する。ドロー! 引いたカードは、闇魔界の戦士ダークソードだ!」

 

 万丈目の言葉を聞き、夜薔薇の魔女はほっと胸を撫で下ろす。万丈目のカードも、永理のカードほどではないが割と表情豊かだ。永理のあれはもはや異常としか言えないだろう、というのはご愛嬌。

 

「レベル4夜薔薇の魔女に、レベル4のサモンプリーストをチューニング!

 心地よき闇深まる時、血の地獄より現れ光と閉ざす! シンクロ召喚! ブラッド・メフィスト!」

 

 貴族が着るような黒い服に身を纏い、黒いシルクハットをかぶった悪魔が現れる。万丈目の本来のデッキでもエースカードとなっている、レベル8のシンクロモンスター。その効果は微妙である。

 

「バトルだ! ブラッド・メフィストで直接攻撃!」

 

 ブラッド・メフィストの口から吐き出された毒液が亮に襲い掛かる。しかしその毒液は、亮に当たる直前に半分程度の大きさとなった。

 

「罠カード、ガード・ブロックを発動した。これによって、受ける戦闘ダメージは0になり、カードを一枚ドローする!」

 

「チッ、ターンエンドだ!」

 

 場には一度だけの戦闘破壊耐性を持つダークソードと、攻撃力2800のブラッド・メフィスト。簡単には突破出来ないだろう。と、希望的観測は捨て置く。カイザー亮、永理と同室になった万丈目も性格はともかくとして実力だけは学園内でも抜きんでていると認めている。高火力で、柔軟性の高いデッキ。誰もが操れるデッキを極めた者が居たとしたら、それはもう手の付けられないくらいの実力となるだろう。

 それの体現者が、万丈目が今デュエルしている男だ。

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のサイバー・ドラゴン二体とサイバー・ドラゴン・コア一体、そしてハウンド・ドラゴンとドラグニティ-パルチザンをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 カードガンナーを召喚し、更に魔法カード機械複製術を発動! デッキから二体のカードガンナーを特殊召喚!」

 

 玩具のようなカラフルな色合いの、武器腕戦車が三機現れる。カードガンナー、墓地肥しとメインアタッカー、そしてドローも兼ねる事が出来る厄介なカードだ。十代も使っているので、その実力の方は万丈目もよく身に染みている。

 

「カードガンナーの効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、送った枚数×500ポイント攻撃力をアップ!」

 

 亮がデッキトップからカードを九枚ほど墓地へ送ると、両手の銃にエネルギーが溢れ出す。あれエネルギー武器だったのか、と万丈目は密かに驚く。

 一気に九枚も墓地を肥やされてしまった。そして並ぶ、攻撃力1900のモンスター。これだけでも非常に厄介だが、態々攻撃表示で出した理由がある筈だ。

 

「バトルだ! カードガンナーでブラッド・メフィストを攻撃! そしてダメージ計算時、速攻魔法リミッター解除を発動! 攻撃力を倍にする!」

 

 カードガンナーのリミッターが解除され、まるでヤカンのように白い煙を吹き出し、眼の部分にあるサーチライトがチカチカと落ち着きなく点滅する。そして銃口を焼き尽くすような熱量を誇るエネルギーが爆散し、ブラッド・メフィストの身体を焼き尽くす。

 攻撃力倍、単純ながら強力だ。エンドフェイズに破壊されてしまうという欠点もあるものの、カードガンナーは破壊された際カードをドローする効果を持っている。使われればかなり厄介なコンボと言えるだろう。

 

「更に二体のカードガンナーで、ダークソードを攻撃!」

 

 カードガンナーの銃口から放たれたビームを、ダークソードは一度だけ剣で防御する。しかし二機目のカードガンナーから放たれたビームによって、鎧が溶け中から断末魔の悲鳴が沸き起こる。

 

「罠カード発動、ガード・ブロック! ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

「チッ、カードを一枚セットし、エンドフェイズにリミッター解除の効果を受けた機械族は破壊されるが、カードガンナーは破壊された際カードをドローする効果を持っている。破壊されるカードガンナーの数は三体、よってカードを三枚ドロー! ターンエンドだ!」

 

 亮の場にモンスターはいない。ここで攻め、削りきらなければ確実に逆転されてしまう。しかし、万丈目のデッキは地道に削る事に特化したデッキ。ビートダウンだが、ワンキルには不向きなデッキタイプなのだ。

 しかし今は、それをぼやいても仕方がない。やれるだけの事をやらなければ、男がすたるというものだ。

 

「俺のターン、ドロー! ……モンスターをセットし、カードをセット! ターンエンド!」

 

「随分と消極的じゃないか、ドロー!

 罠カード、トラップ・スタンを発動! このターン、罠カードの効果は全て無効となる! 魔法カード、サイバーダーク・インパクトを発動! 墓地のサイバー・ダーク・キール、サイバー・ダーク・エッジ、サイバー・ダーク・ホーンをデッキに戻し、鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴンを融合召喚!」

 

 ピリピリと、プレッシャーによって肌が震える。今まで感じた事の無い威圧感、亮の場に悍ましいほど黒い渦が現れ、その中から黒く、細長い機械仕掛けのドラゴンが現れる。頭部には四つの棘が左右対称にあり、刃物のように鋭い四枚の羽の二翼。細長い尻尾は弱さではなく言い知れぬ不気味さを感じさせる。

 そして何より特徴的なのが、まるで肋骨のように突き出た腹部のエッジと、管のようなもの。さながら拷問器具のようにも、人体実験をする機械のようにも見える。

 

「サイバー・ダーク・ドラゴンは墓地のドラゴン族一体を装備し、その攻撃力を得る。俺は墓地のSinトゥルース・ドラゴンを装備する! 更にサイバー・ダーク・ドラゴンは、墓地に存在するモンスターの数×100ポイント攻撃力をアップさせる!」

 

 胸に赤い鱗を付けた黄色い龍の骸が、サイババー・ダーク・ドラゴンの腹部に、まるで電磁石のように引き寄せられる。そして管が脳髄に突き刺さり、背中に腹部のエッジが喰いこむ。どろりとした血が溢れ、筋肉が痙攣する。

 サイバー・ダーク・ドラゴンの効果を聞き、万丈目は半ば反射的に思った。これ、永理並みのロマンデッキだ……と。

 

「墓地のモンスターは十七体、更に5000の攻撃力が加わり、総攻撃力は7700!」

 

 だが、そのロマンデッキも回れば強い。万丈目の場には裏守備モンスターが一体と、伏せカードが一枚のみ。そして万丈目の残りライフはたったの2200、あまり高いとは言えない数値だ。

 だが、勝機はある。その証拠に万丈目の眼が、まだ負けてないと亮に語り掛けてくるのだ。最も、意気込みだけではどうにもならないのがデュエルの世界。デュエルタクティクスも、デッキパワーも、亮の方が上だ。

 

「バトルだ! サイバー・ダーク・ドラゴンで伏せモンスターを攻撃! フル・ダークネス・バースト!」

 

 サイバー・ダークが出した高周波によって、万丈目の伏せていたモンスターがリバースする。伏せモンスターの正体は、キラー・トマト。トマトが弾け飛び、新たなトマトがデッキより現れる。

 

「新たなリクルーターか、悪足掻きめ……ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは、逆転の一手ではない。だが、この状況を打破出来るカードだ。万丈目は、もはや普通の勝利は諦めている。だが、何もデュエルはライフポイントを減らす事だけが勝利ではない。

 

「魔法カード、手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする! 俺の手札は三枚、よって三枚を墓地へ捨て、三枚カードをドローする!」

 

「俺の手札は四枚だ、そのうち三枚はモンスターカード」

 

 にたり、と万丈目は笑う。この勝負、やっとこさ勝ち目が見えてきたからだ。本来のデッキコンセプトとは全く違う勝利方法ではあるが、もはやこれしか勝ち筋は無い。最悪の場合、同士討ちも視野に入れておかねばならない。万丈目は、ただで負けるのは絶対に嫌なのだ。

 

「モンスターをセットし、カードをセット! ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 手札を交換させたのは間違いだったな、ハウンド・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 

 顎に鋭い牙が、まるで槍のように生えている竜が現れる。尻尾はまるでギロチンの刃のようだ。

 ハウンド・ドラゴン、レベル3の通常モンスターにしては高い攻撃力を持ったモンスターだ。守備力が0であればもっと活躍の機会に恵まれただろう。

 

「バトルだ! サイバー・ダーク・ドラゴンで伏せモンスターを攻撃!」

 

「罠カード、和睦の使者を発動! このターンモンスターは破壊されず、戦闘ダメージも0となる!

 そして伏せモンスターはメタモルポット!」

 

 丸い壺の中に浮かび上がる、赤めの一つ目(モノアイ)が、ケタケタと笑いながら現れる。高周波による攻撃をまるで音楽でも聴いてるかのように意にも返さない。

 メタモルポット、永理の使う奴とは違いこのカードはまともだ。

 

「メタモルポットの効果発動! 互いに手札を全て捨て、五枚カードをドローする!」

 

「……デッキ破壊か!」

 

 メタモルポットの効果によって、互いにカードを五枚引く。これで亮の残りデッキ枚数はたったの四枚となった。殆どセルフで削った感じで、ほぼ自滅のようなものだ。

 しかし、それでも後四枚は残っている。

 

「だが俺のデッキは、まだ四枚残っている……四ターンの間にお前のライフを0にすれば、俺の勝ちは確実だ!」

 

「残念だがカイザー、お前に次のターンは回ってこない! 速攻魔法発動、皆既日食の書!」

 

 月が太陽を覆い隠す様子が表紙に描かれた赤色の書物が現れ、場のモンスターはそれらを恐れるように裏側表示となる。それによって拘束の溶けたトゥルース・ドラゴンが力なく、べちゃりと地面に落ちたかと思うとドロドロに溶けて無くなる。

 

「ぐっ、エンドフェイズに表側表示となり、その枚数分ドローする……」

 

「俺のターン、ドロー! モンスターリバース! メタモルポット!」

 

 二度目は若干面倒くさそうに目を細めるメタモルポット。しかし、ちゃんと効果は発揮してくれる。

 万丈目は手札を捨て五枚ドロー、対して亮はフッと笑うだけ。ソリットビジョンが消える。亮のデッキには既に、五枚も引けるほどカードは残っていなかったのだ。

 

「俺の……負けか、やはりサイバー流との組み合わせは無茶があったか」

 

「……そもそも、機械族とドラゴン族の混合デッキの時点で無茶があったと思うぞ」

 

 万丈目の静かなツッコみに、亮は力なく笑う。ロリタズマ計画、内容こそタイトルからしてくだらないものではあるが、当の本人達は真面目にやっていたのだろう。やっている事は思い切り最低だが。

 それがここに来て、無残にも崩れ落ちたのだ。それも、明らかにそれ用ではないデッキのデッキ破壊によって。そりゃ燃え尽きもしよう。

 しかし、万丈目には関係ない。課せられた任務は終えた、それだけで十分だ。

 

「しかし万丈目、何故この世界に?」

 

「鮫島校長から頼まれてな」

 

「戻ったら荒しまくってやる」

 

 ついうっかり校長の名を出してしまったものの、万丈目はしまったとも思わない。ミッションの概要には、正体をばらさないでくれといった内容は含まれてい無かった筈。暗黙の了解というものも、しっかりと記載されていなければ無いのと同じである。

 亮の半ば八つ当たり的思考を見て、万丈目は苦笑を溢した。




 今回はちょっと短めです、すんません。
 だってバトルロイヤルだもん、連戦だもん。雑談内容膨らませる事出来ないんだもん。
 次回はついに永理と十代の対決です。原作主人公とオリ主が初めて戦うのが27話目って、遅すぎるね。いやマジで


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第27話 ラスボスVSラスボス

 少佐、という階級がよく似合いそうな白い服の上に白いコートを羽織った永理を前と向かい合うのは、覇王という名称が似合いそうな黒い鎧に身を包んだ十代。二・三期ほど先取りしている恰好だ。

 二人は互いに、デュエルディスクを構えている。二次創作において原作主人公とオリ主がデュエルするのは半ば通過儀礼なのだが、二十七話目にしてやっとというのは中々無いだろう。しかもお互いに、現実に使っているデッキとは違うのだ。

 永理は何処ぞの戦争狂のような笑みを浮かべながら、十代は苦笑いしながらカードを五枚引く。

 

「まさか、お前との初デュエルがこれになるとは……」

 

「フハハハハハ、人生何が起こるか解らんものだな!」

 

 十代の呆れた様子の言葉に、妙にハイテンションで答える永理。何故妙にテンションが高いのか、それはどういう訳か永理の中で「ラスボスはハイテンションに、そりゃあもうメタルウルフに」という割と間違った認識があるからだ。まあある意味間違ってもいないだろう、アメリカのB級映画の世界での話だろうが。

 

「「デュエル!」」

 

 永理のデッキは未知数、十中八九この世界に来た影響でデッキは変わっているだろう。十代の中でワクワクと同時に、一抹の不安を覚える。何かやらかすのが永理なのだ。

 

「俺の先功、ドロー!

 俺はモンスターをセット! 更にカードを三枚セットしてターンエンド!」

 

 堅実な出だし。普段の奇行からは考えられないが、永理はデュエルにおいて、先手は取りあえずおとなしいのだ。先手は。

 勿論、それらは何かをやらかす前準備である。どうせ永理の事だから、想像だにしないようなデッキなのは明白だ。十代とて、伊達に友人をやっていないのでそれくらいは解る。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、E-エマージェンシーコールを発動! デッキからE・HEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキから、フェザーマンを手札に加える!

 更に召喚僧サモンプリーストを召喚!」

 

 白い髭を弄りながら、ニタニタと意地の悪そうな笑みを浮かべる白髪の爺が現れる。

 

「効果発動! 手札から超融合を墓地へ捨て、デッキからレベル4のモンスター一体を特殊召喚する! エアーマンを特殊召喚! エアーマンの召喚・特殊召喚成功時、デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキからE・HEROバーストレディを手札に加える!」

 

 青い鎧に身を纏った青い肌の、妙に尖ったヘルメットを被ったヒーロー。背中には巨大なファンを付けた羽が付いている。

 超融合、どういう訳か覇王を選んだ際に変化したデッキの中に入っていたカードの一枚だ。とはいえ、効果は覇王のデッキと全くもって関係ないのだが、だというのにどういう訳か抜けず、苦肉の策としてサモンプリーストを導入したのだ。

 ちなみに色々と先取りしているが、これは仮想世界なので何の問題も無い。

 

「ダーク・フュージョンを発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合! E-HEROインフェルノ・ウィングを融合召喚!」

 

 十代の場に現れたのは、丸っきりフレイム・ウィングマンと反対のモンスター。カラスのように真っ黒な羽、何処となくボディペイントを思わせる赤いタイツ、両手の上に指とはまた別にある鍵爪。腰にあるスカートめいたマント。黒紅葉な頭だが、何より女性なのだ。そう、女性なのだ。

 

「バトルだ! インフェルノ・ウィングで伏せモンスターを攻撃! インフェルノ・ブラスト!」

 

「甘いぞ十代! 永続罠、人海戦術を二枚発動!」

 

 永理は罠カードを発動したが、インフェルノ・ウィングはそれに意をも課さず手から出した蒼い炎で、永理の伏せモンスターを破壊する。永理の伏せていたモンスターは弾圧される民、布の服に身を纏った奴隷が、断末魔を上げながら燃え炭となっていく。

 

「インフェルノ・ウィングは貫通効果を持つ。更に、戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、攻撃力か守備力、どちらか高い数値分のダメージを相手ライフに与える! 弾圧される民は守備力2000、ダメージ2000ポイントを受けてもらう! ヘルバック・ファイア!」

 

 インフェルノ・ウィングが天高く飛び、両手を大きく開く。すると永理の眼の前から津波のように、蒼い炎が現れ永理を飲み込む。

 効果だけを見れば明らかに、フレイム・ウィングマンの上位互換である。だが専用の融合魔法に、E-HEROのサポートカードであるスカイスクレイパーを共有出来ないのは少々痛いデメリットだ。

 

「エアーマンで直接攻撃!」

 

 エアーマンの羽から恐ろしい切れ味の竜巻が現れる。

 

「リバースカードオープン、リミット・リバース! 墓地から攻撃力1000以下のモンスター一体を攻撃表示で蘇生させる!

 俺は墓地の弾圧される民を蘇生! そして死ね!」

 

「……何か心が痛むが、許しは請わん恨めよ。エアーマン、弾圧される民を攻撃しろ」

 

 またしても現れた弾圧される民は、蛮勇にも手に武器を持って立ち向かう。しかしエアーマンの羽から現れた竜巻によって全身が引き裂かれ、血飛沫を上げ宙を舞う。竜巻が消えると数秒ほど遅れて、どさっと上から弾圧される民だった死体が、まるでブロック肉を作るベルトコンベアに巻き込まれたかのように肉と血に染まったボロ布に姿を変え振ってきた。

 

「カードをセットし、ターンエンドだ」

 

「エンドフェイズ時、人海戦術の効果発動! 自分場のレベル2以下のモンスターが破壊され墓地へ送られた時、デッキから破壊された数だけレベル2以下の通常モンスターを特殊召喚する! しかも効果は重複する! 俺はデッキから弾圧される民二体と、千眼の邪教神、バットを守備表示で特殊召喚!」

 

 永理の場に、レベル1の通常モンスターだが一気に四体もモンスターが揃った。

 相変わらず鞭で叩かれている弾圧される民。キウイに大量の眼と紫色の布を被せた手足、ウォーリーの服のような尖がった帽子に青いマントを付けた変な物体。扇子のような羽を付けた、背部に付けるスラスターのような何かが現れる。

 シンクロ召喚が現れてから低レベルモンスターにも注目が集まるようになってきたが、だとしてもやはり通常モンスターは相変わらずなのだ。だというのに、何故態々そんなデッキを使うのか。十代には見当が付かないが、永理は元々グレート・モスとかいうロマン以外何のメリットも無いデッキを使っている事を思い出し考えるのをやめた。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、馬の骨の対価を発動! 場の通常モンスター一体を生け贄に捧げ、カードを二枚ドローする! 弾圧される民、俺の為に死ね!」

 

 弾圧される民の姿が、まるで植物の生長を早送りで見ているように肉が削げ、眼球から水気が無くなり、皮膚も収縮していく。数秒後には物言わぬ骨と化した。

 

「そしてもう一枚! そしてもう一体! 民は俺の為に死ね!

 魔法カード、機械複製術を発動! デッキからバット二体を特殊召喚!」

 

 二個の弾圧される民だった骨から、羽に何かコクピットを付けただけのような物体が骨を蹴散らしながら飛び出す。これで永理の場に、モンスターの数が戻った。

 守備力こそ弾圧される民より下ではあるが、その分インフェルノ・ウィングの効果で恐ろしいダメージを受けるデメリットを意識せずに済む。

 ここら辺りで、十代は何となく永理のデッキがどんなのかに検討が付いた。通常モンスターが複数組み込まれ、更にドローカードが豊富という所から、エクゾディア。もしくは下剋上の首飾りを使ってのロービート。大体その辺だと、誰もが思うだろう。

 

「魔法カード、おろかな埋葬を発動! デッキから絶望神アンチホープを墓地へ送る!」

 

 だというのに、名前からしてそのどちらでもないカードの名前を聞き、訳が解らなくなった。

 

「場のレベル1モンスター四体を墓地へ送る事で、手札・墓地からこのカードを特殊召喚する! ラスボスらしく、パーッと行くぜ! 絶望神アンチホープ!」

 

 それはとても大きく、そして恐ろしかった。十代は一度だけ、ブラウン管テレビの画面越しにではあるが神の姿を見た事がある。オベリスクの巨神兵──それと姿を合わせてしまうが、だが全身からにじみ出る希望への恨みが、それを否定する。

 真っ黒な身体は人型のようで、鎧のように肩の部分が尖っている。胸当ての下にはブラックパールが埋め込まれており、腕を覆う服はボロ布めいている。脚の鎧は丸く、通気性を保つ為皿部分辺りに穴が空いている。何より特徴的なのが、太陽のように大きな、背負っている丸い物体だろう。黒く、そして太陽のように剣が突き出ている。

 

「攻撃力……5000だと!?」

 

「しょっちゅうそれ超えているお前が驚くんじゃない! まあいい、バトルだ! インフェルノ・ウィングに攻撃! どうせみんないなくなる(アンチホープ・ディスペア・スラッシュ)! そして、墓地のレベル1モンスター──千眼の邪教神を除外する事で、このカードはダメージステップ終了時まで他のカードの効果を受けず、戦闘でも破壊されない! 冥王だろうとプライドだろうと、このカードには無力なのよさ!」

 

 アンチホープの背中に付いている剣がまるで黒ひげのように飛び出し、インフェルノ・ウィングに降り注ぐ。二本がインフェルノ・ウィングの羽を突き刺し、地面に固定。そして三本で身体が串刺しにされ、蒼い血を吹き出す。

 絶望神アンチホープの効果は、出す難易度と釣り合ってるかと尋ねられたら首を傾げるがその性能はかなり高い。少なくとも、グレート・モスなんぞよりよっぽど。勿論、倒す事は容易だ。だが永理のデッキは、レベル1を素早く展開する事に長けている。倒しても、また出されるのが落ちだろう。

 だが、攻略法が無い訳ではないのだ。

 

「モンスターをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動! デッキトップから三枚を捲り、その中の一枚を手札に加え、残りはシャッフルする! 俺のデッキトップは精神操作、E・HEROプリズマー、メタモルポット! 俺は精神操作を手札に加える! モンスターをセットし、カードをセット! ターンエンドだ!」

 

 キーカードは来た、後は次のターンを凌ぐだけ。十代は頭の中で自分を奮い立たせる。永理のデッキはいつも度肝を抜く、先の読めないデッキで挑んでくる。だが、大抵のデッキは一つのロマン特化。付け入る隙は幾らかはある。攻略法がある難敵というのは、相手にしていてとてもワクワクしてくるものだ。

 

「防戦一方か、俺のターン!

 バトルだ! アンチホープで伏せモンスターを攻撃!」

 

 アンチホープの背中から剣が一本飛び出し、十代の伏せモンスターを破壊する。十代が伏せていたカードは、イリュージョン・フュージョニスト。魔法カード融合に書いてある、ドラゴンと混ざり合う悪魔の姿。大した抵抗も無く、しめやかに爆裂四散。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!

 見せてやるぜ、最強の融合って奴をな! ジャンク・シンクロンを召喚! 効果で墓地のイリュージョン・フュージョニストを蘇生! レベル2のイリュージョン・フュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 生命司りし神秘の竜よ、今こそ聖壁となって我を守りたまえ! シンクロ召喚! 転生竜サンサーラ!」

 

 輪と星から溢れ出た光の塔から現れたのは、冥界と現世を繋ぎとめる黒い炎に身を包み、胸にアンクの模様を付けた、黒い竜が現れる。顔はなんか鬼のように棘が生えている。竜中部分は、まるで生命の鼓動かのように赤く光っていて、とても神秘的だ。

 転生竜サンサーラ、効果は中々のものだが十代によっては、シンクロの過程こそが大切なのだ。

 

「シンクロ素材としてイリュージョ・フュージョニストが墓地へ送られた事により、デッキから融合またはフュージョンと名の付いたカード一枚を手札に加える! 俺はデッキから、ダーク・フュージョンを手札に加える!

 そして魔法カード、精神操作を発動! 相手モンスターのコントロールを得る! 俺はアンチホープのコントロールを得る!」

 

 神のくせして精神を操作されてしまい、ふらふらと十代の場に行くアンチホープ。所詮、神なんぞ名前だけなのだ。デュエルモンスターズというものは。

 精神操作は相手モンスターのコントロールを得るが、生け贄に使う事も攻撃に使う事も出来ない。シンクロ召喚の登場でようやく日の目を浴びたカードである。

 だが、何もシンクロ召喚に使う事だけがこのカードの存在意義ではない。特に、HEROデッキに関して言えば。

 

「魔法カード、ダーク・フュージョンを発動! 場のアンチホープと、手札の融合呪印生物―闇を融合! E-HEROダーク・ガイアを融合召喚!」

 

 アンチホープと、まるで脳味噌のようにも見えるぐちゃぐちゃの物体が混ざり合い、白い石製の鎧に身を包んだ、悪魔の羽を生やしたヒーローが現れる。両手は鍵爪のように鋭く、細長くも銛のように鋭い尻尾。どちらで貫かれてもとても痛そうだ。

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は6000。E-HEROヘル・ゲイナーを召喚し、効果発動!」

 

 装甲の下から筋肉が覗く、悪魔のようなトゲトゲとした兜と鎧に身を包み、ぼろいマントを翻した悪魔が現れたかと思うと、すぐに消えた。

 

「ヘル・ゲイナーは自身を除外する事で、場の悪魔族モンスター一体の攻撃回数を一回増やす。バトルだ! ダーク・ガイアで伏せモンスターを攻撃! ダーク・カタストロフ! 更にダーク・ガイアの効果発動!」

 

 ダーク・ガイアが天高く飛び、力を込める。するとそれに答えるかのように巨大な隕石が次々と、伏せモンスターに降り注ぐ。しかもどういう訳か、まるで磁石に引き寄せられるかのように永理の伏せていたモンスター──プチモスがリバースし、攻撃体制を取ってしまう。

 

「なっ!?」

 

「ダーク・ガイアの攻撃宣言時、全てのモンスターは攻撃表示となる。例え小虫一匹でも容赦はせん、焼き尽くせ!」

 

 蛮勇にも攻撃体制を取っていたプチモスは、当然当たり前のように隕石の下敷きになり、ぷちりと潰れてしまう。だが、それでもなお隕石は降りやまない。

 

「トドメだ、ダーク・ガイアで直接攻撃!」

 

「とっ、罠カード発動! 体力増強剤スーパーZ! 2000以上のダメージを受ける際、ライフを4000回復する!」

 

「仕留め損ねたか、ターンエンド!」

 

「エンドフェイズ、デッキから骨ネズミ二体を特殊召喚!」

 

 背中部分が腐り落ちたかのように骨が覗いている赤茶色いネズミが、二匹現れる。

 首の皮一枚、本当に一枚だけだが耐え凌ぐ事が出来た。ギリギリ、本当にギリギリだ。しかし、永理がこの攻撃を耐えたとしても、他はそうはいかない。例えば、骨の塔等は。

 あの攻撃による衝撃で壁に、床にも亀裂が入り、骨の塔が崩れていく。まず最初に崩れ落ちたのは、壁だ。骨の塔周辺を飛び交っていた青白い人魂や、深海魚の鮫のように張り裂けた口が特徴的な死霊ゾーマ、両目が黒く窪んでいる沈黙の邪悪霊が飛び交う様子が見られる。その瞬間デュエルディスクから音声が流れる。

 

『デュエルフィールド変更、アンデットワールド』

 

 無機質な音声が流れると同時に、床が崩れ落ちた。先ほどまで平行して飛んでいた死霊たちが、上へと昇って行く。否、彼らが落ちて行ってるのだ。落下していく中でも、デュエルは中断されない。そして、数十秒ほどで地面に付く筈なのだが、一向に地面へとたどり着く気配は無い。

 

「なっ、何だこれ!?」

 

 十代の赤いマントが物凄い勢いではためく。永理の場合は肩にかけていただけのコートが、既に何処か遠くへと飛んで行っていた。

 

「ラスボス戦って雰囲気出てきたな、いいねえ面白くなってきた! ドロー!

 魔法カード、トライワイトゾーンを発動! 墓地からレベル2以下の通常モンスター三体を蘇生させる! 来い、バットスリー!」

 

 三体のバッドが蘇ると同時に、その身体に錆が浮かび上がる。機械にとって錆びるのは、死と同意味なのだ。

 

「更に魔法カード、弱肉一色を発動! こいつは場にレベル2以下の通常モンスターが五体居る時にのみ発動が可能! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、レベル2以下の通常モンスター以外を全て破壊する!」

 

 骨ネズミ二匹がバットにぶら下がると同時に、突然空中で爆発が巻き起こる。すると十代の場から、カードが全て消え去った。当然、永理の伏せていた罠カードも、全て。

 そして十代は舌打ちし、永理はしてやったりな様子で手札を全て墓地へと送る。

 しかし、十代もやられっぱなしではない。手段の為に出した目的のモンスターが、ここにきて役に立ったのだ。

 

「転生竜サンサーラの効果発動! 相手の効果によってこのカードが墓地に送られた場合、または相手との戦闘で墓地へ送られた場合、自分または相手の墓地からモンスター一体を蘇生させる! 俺は墓地から、弾圧される民を守備表示で召喚!」

 

 十代の場に、肉壁となる民がぼろい布を見に纏って現れる。見た感じではとても守備力2000もあるとは思えない。

 

「それがどうした! バットスリーと骨ネズミを墓地へ送り、墓地からアンチホープを蘇生!」

 

 バットが三機と、骨ネズミが光りと化し消え去り、代わりにまたしてもアンチホープが蘇る。ちなみにバットにぶら下がっていたもう一匹の骨ネズミは尻もちをついた。空中なのに。

 

「バトルだ! アンチホープで民を処刑せよ!」

 

 アンチホープの背中から放たれた剣は、民の身体を次々と貫いていく。身体を真っ二つにされる者、腕だけが斬り落とされる者、足だけが斬り落とされる者、目の前で寝食を共にした仲間を無残にも殺される者。誰もがさして抵抗も出来ずに、無残にも死んでいく。

 

「これでターンエンドだ!」

 

 今、場を制しているのは確実に永理だ。アンチホープの召喚条件の難しさというデメリットを、弱肉一色による低火力のデメリットをカバー出来るようにしている。永理は、プレイングセンスに関しては、学園内でも飛びぬけているのだ。ただその発想が異次元というだけで。

 

「俺のターン、ドロー!

 手札がこのカードのみの場合、こいつを特殊召喚出来る! 来いっ、E・HEROバブルマン!」

 

 十代の場に、水色のヘルメットを被り白いマントを付けたヒーローが現れる。背中には貯水タンク、右腕から水を噴射するのだろう。全身青いプロテクターで、丸みを帯びた肩を見て永理は「アクアビットマンっぽい」とふと思った。

 

「バブルマンの召喚・反転召喚・特殊召喚成功時、自分に手札が無く、自分場にこのカード以外のカードが存在しない場合、カードを二枚ドロー出来る! 更に、貪欲な壺を発動! 墓地のエアーマン、バーストレディ、フェザーマン、E-HEROインフェルノ・ウィング、そして転生竜サンサーラをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 魔法カード、E-エマージェンシーコールを発動! デッキからE・HEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキから、E・HEROエアーマンを手札に加え、召喚! 効果発動!

 デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキから、E・HEROフェザーマンを手札に加える! 更にE・HEROを手札に戻し、手札のA・ジェネクス・バードマンを特殊召喚する!」

 

 十代の場に背中に巨大なファンを二つ付けたヒーローが現れたかと思うと、すぐにバウンズされ荒ぶる鷹のポーズをしたメカメカしいオウムが現れる。身体の装甲は緑色で、どこぞの戦闘服のような形。顔は黒く、足にも十分な装甲。羽は飛ぶというより滑空する為だろう、羽部分の下にはジェットパックがある。

 

「魔法カード、天使の施しを発動! カードを三枚ドローし、二枚捨てる! 更に死者蘇生を発動し、墓地からチューニング・サポーターを蘇生させる! 更に魔法カード、機械複製術を発動! 攻撃力500以下の機械族モンスター二体をデッキから特殊召喚する!」

 

 十代の場に、中華鍋を被った黄色いちっちゃなモンスターが現れる。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材に使う場合、レベルを2として扱う事が出来る! 俺はレベル2となったチューニングサポーター二体とレベル1のチューニング・サポーターにレベル3のA・ジェネクス・バードマンをチューニング!

 心にどデカい拳を持ち、優しい心を持った戦士よ! 今ここで、俺に力を貸してくれ! シンクロ召喚! ギガンティック・ファイター!」

 

 まるで骨のように白い鎧に身を纏った、馬鹿みたいに大きな戦士が現れる。腕も脚も身体も、何もかもがとにかく分厚く太い装甲。腕にはパワーアシストをする特殊な青い装置が組み込まれている。肩にはそれをサポートするジェネレーターだろうか。顔は装甲の上にサングラスをかけていて解らないが、とにかく全てが太いの一言に尽きる。

 

「チューニング・サポーターがシンクロ素材として使われた事により、カードを三枚ドロー! ダーク・フュージョンを発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合し、E-HEROインフェルノ・ウィングを融合召喚!」

 

 またしても現れたインフェルノ・ウィング、その顔は何処か疲れた様子だ。とはいえ、それもこれで終わり。最後の見せ場だ、とパチンと自分の頬を叩きやる気注入。そろそろ十代も、遠くから眺める景色に飽きてきた所だ。

 

「なっ、まさか……そんな筈っ!!」

 

「バトル! インフェルノ・ウィングで骨ネズミを攻撃! インフェルノ・ブラスト!」

 

 インフェルノ・ウィングが最後の見せ場とばかりに空中を蹴り、空を飛ぶ。そして両手を合わせ、蒼い炎の残光を描きながら、骨ネズミへと槍のように一気に突っ込む。

 骨ネズミの身体は元々腐っていたからかバラバラに砕け散ると同時に、蒼い炎によってその身体を焼き尽くされてしまう。そして永理の近くでニヤリと笑うと、その残炎を永理にそのままぶつけた。

 と、同時に地面へとたどり着き、十代は難なく着地。対して永理はインフェルノ・ウィングに近距離からぶつけられた炎によって身体を吹っ飛ばされ、骨の塔の残骸に激突した。

 

「ほう、四天王を倒したか……しかし、俺は先程までエレベーターの中に居た筈なのだが」

 

「どうやら、骨の塔が崩れ去ると同時にワープするシステムだったようネ。巻き込まれなくてよかったデース」

 

 ジャックと金剛が、相変わらずそんな会話をする。十代が着地したすぐ近く、扉のあった場所の前で、三人が集まっていた。その中に十代も入り込む。

 

「勝ったのか、十代」

 

「ああ、本来のデッキじゃなかったけどな……」

 

 万丈目の問いに、十代は何処となく残念そうに、しかし同時に嬉しそうに万丈目に伝える。万丈目は何も言わず頷くと、木に激突した永理の方に目を見やる。

 仮想世界で死んでなければいいのだが、と万丈目と十代の二人は心配するものの、ゲームの世界で人が死ぬなんて事はファンタジーやメルヘンじゃないのだからある訳が無いのだ。しかしぴくりとも動かないのはどういう訳か。

 

「よくぞ四天王を倒した……四人の勇者よ。だが、光ある所に闇はある。正義ある所に悪はある。我らは決して消えず、永久に不滅。永久の平和なんぞ云々かんぬん」

 

「最後らへん適当だなおい!?」

 

 永理が死に際のラスボスっぽいサムシングの台詞を割と適当に吐きながら、身体の下から徐々に消えていく。ただデスポーンしているだけだというのに、どういう訳か死に際のライバルっぽい表情だ。

 そして永理の姿が消え、最後に腕に付けていたデュエルディスクが地面に落ち、一瞬遅れてデュエルディスクも消える。何故こんな無駄に凝ったシーンなのだろうか、と十代は一抹の疑問を抱いた。

 

「んじゃ、俺達はもう帰りますんで」

 

「お疲れ様っしたー」

 

 万丈目と十代は、このゲームの先輩である二人に頭を下げてから、ログアウトする。モンスターを生け贄にした時特有の黄色い光に包まれ、完全に姿を消す。

 残ったのは、バケツ頭の筋肉もりもりマッチョマンの変態と、似非外人風な金剛だけ。ゲームの最後というのは、いつも達成感と同じくらい虚しさが残るものだ。

 しばしの静寂、生暖かい風が二人の顔を撫でる。

 

「……どうだった、あの四人」

 

 その静寂を打ち消すように、ジャックが口を開く。金剛はそれに頷き、とても満足げな笑みを浮かべていた。その笑みは例えるなら、子供が新しい玩具を買ってもらった時特有のもの。

 

「かなり満足いく結果デース、あの四人であれば……二種類の、まだ世界に出ていないカードでも使いこなせるでショウ」

 

「当然だ、そうでなくては困る。態々鮫島に頼んだ意味が無くなってしまうからな」

 

 デュエルアカデミアというのは、プロデュエリスト養成高校である。だが、同時並行しているくらい重要な役職の人材を育てるのも、デュエルアカデミアの仕事だ。

 それこそ、テスター──カードの性能、出しやすさ、そして危険性を、その身を危険に晒して試す役職。それを育てるという目的もあるのだ。

 ただのカードゲームに大袈裟な、と誰もが思うだろう。だが、実際は違う。相応しくない者が使った場合使用者に罰を与える神のカード。敗者の魂を封じ込めるオレイカルコスの結界。対戦相手に直接ダメージを与え、使用者の身体をも蝕むサイバー・ダーク……これら以外にも、まだまだある。それらの安全性を確立、もしくは封印を見極める為にも、テスターは必要となってくるのだ。

 そして、二人はあの四人──遊城十代、万丈目準、丸藤亮、そして月影永理にその素養があると眼を付けた。

 

「協力、感謝しマース。──海馬ボーイ」

 

「ふぅん、新たな青眼の進化の為協力しただけだ。約束を違えるなよ、ペガサス」

 

 二人は不敵に笑いながら(一名はバケツ頭のせいで表情は見えないが)、アンデットワールドを後にする。既に役目は果たした、これ以上ここに居る意味も無い。慣れた手つきで、二人は同時にログアウトした。




 はい、これで第二章終わりです。
 ちなみに落下した理由ですが、特に意味はありません。強いて言うなら、「何かラスボス戦っぽいじゃん」ですね


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第三章 セブンスターズ編~どうせみんなギャグ要員~
第28話 主人……公?


 永理と亮を十代達が懲らしめてから数日ほど経ったある日。既に冬休みも終え、教室の中はカラフルな生徒でごった返していた。

 結局ヴァーチャル世界から帰って来た後も永理と亮は、時間こそ一時間や二時間ほど短くはなったものの、はた目から見たら十分やり過ぎなくらいあのゲームをやっていたので、十代達は「俺達が行った意味は何だったんだ……」と嘆いたのだが、それはそれとしてお金も貰えたので良しとしている。

 後、どういう因果か永理の持つ精霊にもう一人加わったのも、大きな変化と言えるだろう。

 

『生け贄……三体……私にはそれが必要だ……』

 

『実体化くらい普通に出来ると思うんですけどね、ねーモスちゃん?』

 

『ぷぴゅん』

 

 血管の浮き出た赤い禿げ、緑色の服を着て眼がどんな色をしているのかすら解らない赤いレンズの眼鏡を付けた、効果だけを見れば割と強いモンスター。サイコ・ショッカー。十代が冬休みの間に退治した精霊なのだが、どういう訳か永理にまで憑りついたようだ。とはいえ当の本人は全く影響を受けておらず、今も十代の隣で授業中だと言うのにテーブルの下でゲームをカチカチやっている。だというのに当てられた時はしっかりと答えるので、永理のポテンシャルは元々高いのだろう。才能の無駄遣いもいい所だが。

 ちなみに、普通の精霊は実体化なんぞ出来ないらしい。死霊伯爵、バニラの雑魚モンスターなのに割と凄い事をやってのけるのだが、それでやる事と言えばゲームか本を読むかくらいなので、その技術がいかされる事はまず無いだろう。

 教卓では相も変わらず歌舞伎めいた白い肌の、凍死寸前の登山家のような紫色のくちびるが特徴的なクロノスが、召喚に関する処理を長々と解説している。

 当然そのルールを十代と永理は完璧に解っているという訳ではないが、本人達は「要するに、シンクロやエクシーズ召喚に神の宣告使われたら蘇生出来ない」という事だけを覚えていたら大丈夫と豪語しているので、つまらん理論を説かれても退屈なだけなのだ。実際デュエルではそれくらいを覚えておけば何ら困らないのである。

 それに、十代としては精霊の馬鹿なやり取りを見てる方が面白いのだ。十代の肩でハネクリボーが苦笑いをするが、何の問題も無い。無いったら無いのだ。

 

「そういや永理、知ってるか?」

 

「んあ、どうしたよ?」

 

 さっきから卵を孵化させては逃がしを繰り返している永理に、十代は退屈しのぎに雑談を持ちかける。勿論声を潜ませて。永理は眼をこちらに向けながらも、無心で卵を孵化させては逃がす。

 

「最近、レアカード強奪事件が多発してるんだと」

 

「へー、俺が知ってるのはここ最近、ドローパンの中に黄金の玉子パンが無いって事くらいだな」

 

「なっ、マジか!?」

 

 思わず大声を出してしまう十代は、クロノスに睨まれてしまう。平謝りをしながらも、噂話は続く。

 

「道理で最近引けない訳だ……つか、なんで永理はそんな事知ってるんだ?」

 

 十代が重要な事を聞こうとした瞬間に授業終了のチャイムが鳴った。これで声を潜ませずに会話をする事が出来る。出ていくまでの間、十代はクロノスに物凄く睨まれていたのだが、そんなので気を病むほど十代のメンタルは弱くない。

 

「ドローパンを引いた生徒は名前を発表されるんだぞ、知らなかったのか?」

 

 ドローパンの人気はすさまじく、売れ残る事は全く無い。だというのにここ最近、誰も黄金の玉子パンを引き当てたという話を聞かない。最も、普段は普通の惣菜パンを食べる永理には全く持って関係の無い話ではあるが。

 しかし、十代にとってはかなり大きな問題だ。彼は黄金の玉子パンが物凄く好きな人間なのである。いや、他の生徒も好きではあるのだが。

 

「許せねえ……でも、カード泥棒も同じくらい許せねえ。一体全体、どうしたらいいんだ!?」

 

「二手に分かれればいいだろう」

 

 後ろから万丈目が、十代にそう助言した。そう、今現在デュエルアカデミアでは二つの事件が巻き起こっている。

 一つは、謎の大男。曰く夜に夢遊病の如く森に誘われ、オベリスクブルーの制服で姿を隠した大男と強制的にデュエルをさせられ、しかも負けたらカードを強奪されると言う事件。もう一つは、黄金の玉子パンが盗まれている事件である。

 片方は校則で禁止されているアンティで、もう片方は無銭飲食。割とどっちもどっちだが、永理はさして興味を持たない。アンティの方は狙われているのがオベリスクブルーの一年坊主共だけで、ラーイエローやオシリスレッドが襲われたという話は聞いた事が無い。黄金の玉子パンに関しては、まず永理は食べないのでどうでもいい。別に無くなっても、さして困りはしないのだ。

 だというのに、万丈目は面倒事の火だねを更に燃やす油をぶちまけやがったのだ。

 

「良し、永理は闇夜の大男の方を追ってくれ。俺は黄金の玉子パン泥棒をとっちめる!」

 

「面倒な……」

 

 しかし、永理のつぶやきは半ば意図的に無視される。だがそれも仕方のない事だろう、何せこの前、冬休みの間面倒事を永理は引き起こしたのだが。最も、それは海馬瀬戸とペガサスJ・クロフォードが実力を測る為にでっち上げたものなのだが、当の本人はそんな事を知る由も無いし、知る必要も無い。

 

「でもよ、もし相手が武力行使してきたらどうすりゃいいんだ?」

 

「そっちには万丈目も付けるし、後はカイザーでも誘っとけば大丈夫だ」

 

「あいつ割とすぐ放って帰るぞ」

 

 永理は前に起きた、廃寮での出来事を思い出す。三年生だというのに一年坊主を置いて帰った、割と畜生な野郎なのである。

 当然、皆はそんな事を知らない。なので信じられないといった面持ちだが、そんなのは永理の知った事ではないのだ。実際、永理は心の中で他の学生の安全とゲームとを天秤にかけて、コンマ一秒の早さでゲームの方を取ったのだから。

 

「俺はね、青い空を見なきゃいけないの。レイヤードの生活には飽きてきたの」

 

「……そういえば、プレミアの付いたゲームが家にあったな」

 

「やらせていただきましょう」

 

 万丈目の言葉に即座に掌を返す。チョロいな、と十代と万丈目は悪そうに笑う。当然永理も、二人がそんな笑みを浮かべている事は知っている。知っているが、あえて罠に乗る。何せ永理は騙して悪いが系ミッションも何度も諦めず挑戦するタイプの人間だからだ。報酬さえよければ何の文句も無いのが永理で、それで学ばないのが永理である。将来ギャンブル依存症になりそうな性格をしているが、既に矯正する事は不可能だろう。

 

 

 オベリスクブルー男子生徒寮というのは、外見はまるで西洋のお城だ。無駄に大きく、無駄に豪勢。当然飯は無駄にカロリーが高いので、学園教師は痛風にならないよう努力しているらしい。

 

「で、俺まで付き合わされてるって訳か……帰っていい?」

 

「囮が帰るな」

 

 草木は眠らぬ午前零時、南国特有の夜風が当たってとても気持ちのいい夜。永理と亮はオベリスクブルー寮の敷地内に居た。理由はオベリスクブルーを狩り妖怪レアカード置いてけ狩り。しかもどういう訳か、永理は女装している。一応おびき寄せる為という大義名分こそあるが、これまでの被害者に女性の姿は無い。ただ単に何となく女装したかっただけなのだ。

 どういう訳かデュエルアカデミアの女子制服はかなり際どい。スカートとか下手したらパンチラするんじゃないかと思うほどだ。最も、永理の女装姿なんぞ気分が悪くなる方の眼に毒ではあるが。

 カツラは黒い長髪、永理が持つ死体のように白い肌と目の下のクマ、ゲームのやり過ぎで血走った眼。更に病的な細さから、生前は美人だったんだろうなーと思える程度にはなっている。要するにゾンビ扱い、夜道で亮と合流した時絶叫されたのには永理も心底驚いた。

 

「つかなんでお前女装してるんだよ、俺囮になる必要無いだろ」

 

「エサは多ければ多いほど良い、獲物がかかりやすくなる」

 

 誰がアカデミア最強の実力を持つ皇帝とゾンビを相手にしたがるのだろうか、ともしこの場に誰か居たらそう思わずにはいられないだろう。というか逃げ出すだろう、まずゾンビを見て。

 十代から聞いた情報は『オベリスクブルー男子寮の何処かに現れる』という事だけ。その何処かを永理は知りたかったのだが、肝心の十代は知らないと答えた。なので適当に散策するしかないのだが、もうここで永理のやる気が無くなっていく。

 永理は歩くのは好きだが、それは目的地があっての事か、気まぐれに進路変更出来る散歩の場合。目標のものが現れるのかどうかさえ未知数な相手の為に歩くのはかなり嫌いなのだ。

 それに何より、標的は確実に男だというのが永理のやる気をさらに削ぐ。闇夜の巨人、声から性別だけは男性と判明している。態々男の為に時間そそぐなら与一に注ぐわ。というのが永理の本音だった。

 

「せっかく今日は電に癒してもらおうと思ったのに……」

 

「この雷電に削り合いを挑むとは」

 

「やめい!」

 

 漫才染みたやり取りをしながら、オベリスクブルー敷地内を深夜徘徊する二人。一人はロンゲ、もう一人は気持ち悪い女装。ここに警察が居たら確実に職質ものである。

 まあそんな感じに適当にぶらぶらする事三十分、遠くから声が聞こえてきた。声のした方は雑木林。

 

「デュエルディスクから……光が逆流する!? ぎゃあああああ!!」

 

 割と余裕のありそうな叫び声だったが、一先ず二人はその声のした方へと走る。夜の雑木林の中を走るというのは、まるで樹海に突っ込むような気分だ。

 少しするとソリットビジョンを出しても問題ない程度に開けた場所に出る。叫び声をあげていたのであろうオベリスクブルーの男子生徒は人の気配を感じて、尻もちを付きながら永理の方を見

 

「アイエエエエエ!? オバケ!? オバケナンデ!? コワイ!」

 

 ZRS(ゾンビリアリティショック)に陥り、一目散に逃げ出した。まあ、死人のような顔をした女子制服を着た人が森の中から出てきたら、そりゃそんな反応するだろう。対戦相手の方を見ると、大量のオベリスクブルー男子制服で全身を包み姿を隠す、二メートル以上の身長を持つ大男。

 

「アイエエエエ!? オバケ!? コワイ!」

 

 大男までもいきなり出てきたオバケによってZRSに陥っていた。割と肝っ玉の小さい男なのかもしれない。が、当然男の悲鳴なんぞ聞いていても全く面白くも股間にも来ない。というより、なんで永理の顔を見た時の悲鳴がモータルのそれなのか、それに関してばかり気になる永理であった。

 が、今それは重要ではない。割と心にダイレクトアタックを受けているものの、それらの感情は一切抜き。今の永理に情なんてものは存在しない。新しく作ったデッキを試したくてうずうずしているのだ。

 

「MS.ビッグマン、俺とデュエルをしてもらおう。勝てばレアカードを全ていただく!」

 

「おい、やってる事あいつと何ら変わりないぞお前おい」

 

 やってる事は追いはぎからの追いはぎだが、永理には何の関係も無い。永理が頼まれたのはあくまで『大男を退治して』というのだけで、カード自体の返却を求めるという訳ではないのだ。

 まあ、暗に頼まれた事もきっちりやっておかねば、ひょっとしたらゲームが貰えなくなるかもしれない。永理としては他人がどうなろうとぶっちゃけどうでもいいのだが、永理の友達はどういう訳かそうではないのだ。割と永理に対しては辛辣に当たってるような気がしないでもないが。

 

「冗談だ。俺が勝てば、お前が手に入れたカード全てを持ち主に返してもらおう」

 

「なら、お前が負けたらどうするんだ?」

 

「俺のデッキ全てをやろう」

 

 永理の発言に負けたオベリスクブルーの生徒も闇夜の巨人も驚くが、亮はその意図を察しているのかくつくつと笑う。

 デュエリストにとってデッキとは魂のようなもの、それを全て手に入れる事が出来るとなれば、相手も乗ってこない筈が無い。

 

「奉仕行為は柄じゃないが、たまには主人公らしくしなきゃな」

 

「何を訳の分からない事を!」

 

 若干シリアスっぽくなっているが、永理の女装姿である。それもオバケみたいな、墓場から出てきたような、ものすっごく不気味な。

 

「「デュエル!」」

 

 そして、永理が居る限りこの世にシリアスは現れない。それは半ば呪いめいている因果なのだ。

 

「俺の先功、ドロー。ジャイアント・オークを召喚。カードをセットし、ターンエンドだ」

 

 見るも悍ましい太った白い大男が現れる。上半身裸、下の方は緑色のズボンの上から腰当てのように毛皮が巻かれており、それを上に持って来いよと言いたくなる。そして顔、下の牙が突き出ている醜顔。手に持っているのは巨大な動物の骨だ。

 

「俺のターン、ドロー! モンスターセット! ターンエンド!」

 

 永理の動きは静かで、ただ守りを固めるだけ。伏せカードも無いのは油断か、それとも手札に来なかったか。だがその顔は、まるで悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを浮かべている。

 

「消極的だな、ドロー。バトル! ジャイアント・オークで伏せモンスターを攻撃!」

 

 ジャイアント・オークの手に持った骨棍棒が、勢いよく永理の伏せモンスターに振り下ろされる。そしてカードがリバースされるも、そこにモンスターの姿は無い。

 ジャイアント・オークは当たりを見渡すが、すぐ後ろからの言い知れぬ気配に気付く。が、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。そして後ろから腕を首に回され、アームロック。そのままいつの間にか出した、紫色に輝く次元の中に引きずり込んでいく。

 そのモンスターが消える瞬間、金色の髪が見えた。そして顔は、恍惚に歪んでいた。

 

「異次元の女戦士は戦闘を行ったモンスターを除外する事が出来る」

 

「ぐっ、遅すぎたオークを召喚し、ターンエンド!」

 

 次に現れたのは、ジャイアント・オークを丸っこくデフォルメしたオークだった。ピンク色のキャラものバックを背負っている。まあデフォルメしたとしても元が元なので、ぶっちゃけキモいのだが。

 

「俺のターン、ドロー! 味方殺しの女騎士を召喚!」

 

『くっ、殺せ!』

 

 肩にトゲトゲとしたアーマーを付けた、動きやすいように左右の端を切った薄紫色の長い髪を編んだ女騎士が、何か何処かで聞いた事のあるフレーズを言いながら現れる。

 

「更に装備魔法、アサルト・アーマーを女騎士に装備!」

 

 女騎士の周りを、緑色のバリアが覆う。見るからに環境に悪そうな色をしているが、ソリッドビジョンは現実にはそんなに干渉しないので問題ない。

 

「バトルだ! 女騎士で遅すぎたオークを攻撃!」

 

『コジマアアアアアッ!!』

 

 女騎士はクイックブーストで一気に遅すぎたオークに接近し、バリアを解放する。身体の周りを覆っていたバリアが瞬間的に膨張し、空気の体積がなんやかんやして巨大な緑色の半円球大爆発を巻き起こし、遅すぎたオークを木端微塵に破壊する。

 色々とツッコみどころ満載ではあるが、さして問題ではない。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 永理がターンを終了させた瞬間、女騎士のショルダーアーマーから棘が取れ、代わりに三日月型のよく解りたくないパーツが装備される。

 

「俺のターン、ドロー!

 くっ、モンスターを伏せてターンエンド……」

 

「貴様のエンドフェイズに速攻魔法を発動する、スケープ・ゴート!」

 

 カラフルなちっちゃい子羊が、一気に永理の場に四体も現れる。羊……肉……と永理は連想させていたら脅えられた。読心術も心得ているようだ。

 

「そして俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、女騎士の効果発動! 自分のスタンバイフェイズごとに場のモンスターを生け贄にしなければ、このカードを破壊する! 俺は羊トークンを破壊!」

 

 女騎士は羊の首を斬り落とし、腹を掻っ捌いて内臓を取り出し、毛皮も皮膚ごと取り、骨も取り除いた肉に胡椒といくつかの香辛料を詰め込み、何処からか取り出したマッチでたき火をして子羊を焼く。

 こんがりと焼けた羊にレモンの絞り汁をかけ、ぱくりと一口。無駄に長く、無駄に美味そうなのがとても腹立つ。

 

「異次元の女戦士を召喚!」

 

 上半身はガッチガチの鎧なのに下半身はブルマ染みた鎧だけの、パツキンな戦士が現れる。その胸は平坦であった。女騎士が勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

「バトルだ! 女戦士で伏せモンスターを攻撃!」

 

「罠カード発動、マジックアーム・シールド! 相手場にモンスターが二体以上存在し、自分場にモンスターが存在する場合、相手モンスター一体のコントロールをバトルフェイズ終了時まで得て、そのモンスターと代わりに戦闘させる!」

 

『テメェ貧乳って馬鹿にしやがってこの野郎があああああっ!!』

 

『上等だぶっ殺してやんよおおおおおっ!!』

 

 マジックアームが現れる事も無く仲たがいし、醜いキャットファイトを繰り広げる二人。女戦士が斬りかかろうと飛びあがった瞬間機動させたアサルトキャノンが直撃し、女戦士は蒸発した。

 女同士の争いは、醜い。

 

「チッ、カードをセットしターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 速攻魔法、サイクロンを発動! アサルト・アーマーを破壊する!」

 

 突如吹き荒れた竜巻によって、女騎士のバリアが剥がれる。残念ながらパンツは見えなかったので、永理は舌打ちする。

 しかし、プライアルアーマーが消滅させられた事によって、ダイレクトに攻撃が通るようになってしまった。そして、永理の今回使っているデッキは、お世辞にもあまり強いとは言えない、ネタの方に特化したデッキ。ぶっちゃけ逆転は難しいのだ。

 

「ジャイアント・オークを召喚し、バトル! ジャイアント・オークで女騎士を攻撃!」

 

『くっ、殺せ!』

 

 もう最初から抵抗する素振りも見せず、膝をつき女座りで涙目でオークを睨み付ける。だが、その攻撃は突如目の前に現れた紫色の次元によって阻まれる。

 

「罠カード、次元幽閉!」

 

『妊・娠・確・実っ!!』

 

 女戦士のものであろう悍ましい叫びと共に、その中から延びてきた女の手によって引きずり込まれるジャイアント・オーク。その執念には半ば戦慄を覚えてしまう。というか実際かなり怖い。

 

『精種! 精種置いてけ! お前男だろう、男なんだろう、男なんだろうお前!』

 

『アイエエエエエ!!』

 

 ジャイアント・オークの断末魔も虚しく、次元の中に吸い込まれていく。何というか見ていてものすっごくくだらない争い、見ていてやっていて馬鹿馬鹿しくなるが、割と賭けてるものはヤバいのだ。

 

「ぐっ、カードをセットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、トークンを生け贄に捧げる!」

 

 もうお腹はいっぱいなのだが、手ごろな羊を殺し皮を剥ぎ、ついでに内臓も取り出すと、香辛料や塩をまんべんなく塗し、今度は煙で燻製にする。

 

「速攻魔法、サイクロン発動。その伏せカードを破壊する! 更に魔法カード、死者蘇生! 墓地の女戦士を蘇生させる!」

 

 土の中から女の手が伸び、まるでゾンビのように復活する女戦士。そこに淑女の姿は無い。というか、ぶっちゃけかなりキモい。髪に付いた土くれを叩き落としてから、女剣士は手を掲げる。すると地面から生えるように剣が現れた。

 

「更に漆黒の豹戦士パンサー・ウォリアーを召喚!」

 

 三日月状の剣を手に持った、緑色のマントを羽織った黒豹の戦士が現れる。この場に何処ぞのアベックが使ったデメリットモンスターが二体揃ったが、別に関係の無い話だ。

 

「まずは女戦士、伏せモンスターに攻撃!」

 

「ぐっ、だが伏せモンスターは魂を削る死霊! 戦闘では破壊されない!」

 

 死神っぽい紫色の布を被り、赤い髑髏の眼を光らせ、鋭い鎌を持ちながら現れたのは戦闘破壊に耐性を持つモンスター。カードイラストだけを見れば攻撃力1800くらいありそうだが、たったの300しかない。

 

『たまにはゾンビも……いいかも』

 

『!?』

 

 そう言い女戦士は死霊を羽交い絞めにし、姿を消す。じたばたと死霊はもがいていたが、永理ではどうする事も出来ないし、元々除外する予定だったので何の問題も無い。

 

「では、女騎士で攻撃!」

 

『オークチンポ置いてけ!』

 

 ダイレクトな淫語を整った顔立ちの口から出した女騎士は横に一閃。その衝撃で大男の顔を覆っていたオベリスクブルーの制服が吹き飛び、ラーイエローの制服を着たゴリラのようなごつい男が姿を露わになる。永理はつかさず取り出したPDAのカメラ機能を立ち上げ、シャッターを切る。

 これで負けたとしても、デッキは渡さなくて済む。約束よりも規則、規則よりも自分がモットーの永理らしい行動だ。

 

「トドメ! ラスト・トークンを生け贄に捧げ、パンサー・ウォリアーで攻撃!」

 

 羊トークンをまるで饅頭のように丸かじりしてから、パンサー・ウォリアーはゴリラっぽい大男を袈裟斬り。相手のライフを完璧に0にした。

 ソリットビジョンが消えると同時に、脱力したように大男は膝をつく。

 

「さーて、証拠は撮った。アンティは校則で固く禁じられている、だよな亮」

 

「ああ、確かにな」

 

 ニタニタと三流悪党のような笑みを浮かべながら、膝をついている大男を見下す二人。別に正義とかいう大義名分なんぞ無く、あるのはただ一つ。ただ優越感に浸りたいだけだ。

 すると、上の方からがさりと音が鳴り、降りてきたのはカツラっぽい印象を持つ髪型のちっちゃい男だ。

 

「俺達をアカデミアに突き出すつもりか」

 

 クソッ、と悪態を付いて地面を蹴るちっちゃい奴。彼らに何があったか永理達は知らないし、興味も無い。取りあえず永理は小さい方の写真も撮っておくと、十代のPDAに送信した。

 

「さあ、どうなるかな。それは十代次第だ。精々神にでも祈っとくんだな」

 

 ケタケタと悪党染みた笑い声を出す永理。ただでさえ普段から死んだように細い身体をしているというに、夜と更に女装という訳の解らない要素も追加され非常に不気味で、永理の隣を立っていた亮もちょっと距離を取っている。

 

「まあ自業自得だからね、俺を恨むのは筋違いってもんよ。だから恨むなよ」

 

「……うん、そだねー」

 

「なんで棒読みなんだ亮」

 

 そう言い残し、言葉をかけあいながら永理と亮は森を後にした。そこに残ったのは、既に諦めモードの大原と、地面を何度も殴りながら悔しがる小原だけだった。

 

 ちなみに後日、十代は二人に奪ったカードを返す事を条件にこの事を不問とした。ついでに脅した事もバレてゲームゲットはお釈迦となった。そこまでは良かったのだが、どういう訳か『オベリスクブルー寮近くにある森には死んだ女のゾンビが夜な夜な彷徨う』という噂が流れる事になるのだが、それはまた別のお話。




 大体あと四話くらいでセブンスターズ関連の戦闘となるので、もうセブンスターズ編とか書いちゃっても大丈夫だよね


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第29話 持ってけ女王様

「永理、今日やっと完成したぜ!」

 

「あ、何が?」

 

 デュエルアカデミア、共同食堂の一角。永理はカツカレーを食べながら、何やら興奮した様子で喋りかけてきた神楽坂に言葉を返す。相も変わらず神楽坂の手にはカロリーメイト、それと今日は奮発してかコーヒー牛乳。流石に少なすぎだろ、と永理は思ったが、どうやら寮内ではちゃんとがっつり食べているらしい。

 ちなみに永理は朝と昼をがっつり食べるタイプの人間だ。とはいってもそのガッツリ具合は、同級生から見れば少ないくらいらしい。

 

「伝説のデュエリスト、武藤遊戯のデッキがさ!」

 

「……マジ?」

 

 キング・オブ・デュエリストとの異名を持つ、デュエルモンスターズを広めた要員の一人である生ける伝説、武藤遊戯。そのデッキは上級・最上級モンスターとピンポイントなメタカード満載の扱いにくいってレベルじゃないデッキで、しかもかなり高いカード目白押しなのだが、永理の眼の前に居る男神楽坂はそれを完成させたのだと言う。

 ちなみに前使っていたサイバー流デッキも、暗黒の中世デッキも作るとなればかなりの金額が必要となってくるのだが、その出資は何処から出ているのかは神楽坂以外誰も知らない。デュエルアカデミア七不思議のひとつである。

 

「お前ん家ってボンボンなの?」

 

「まあ、それなりかな」

 

 それなりの金持ちでは遊戯デッキもサイバー流デッキも作る事は出来ないのだが、永理はもうあえて何もツッコまない。そもそも永理はボケキャラなのだ。

 タバスコを一気に半分ほど使い、カレールーだけを混ぜる。その際カツはご飯の上に避難させておく。タバスコの臭いがかなりキツくなり、永理の隣で食べていたオシリスレッド男子生徒が涙目となっていた。

 最も永理はそんな事気にせず、ご飯とカレールー一対一で掬い食べる。カレーのスパイスの殆どがタバスコに寝食されているが、永理はこの刺激が大好きなのだ。最近まるで麻薬のように、この量では物足りなく感じてくるようになってしまったが。

 

「まあ、使いやすいように多少改良はしてるけど……神のカードがあればなあ」

 

「神のカードならいくつか持ってるぞ、バニラだけどな」

 

 永理が持っている神のカードは、千眼の邪教神かゼミアの神のような初期バニラの低級モンスターである。当然、実戦ではろくに使えないカードだ。邪教神は一度だけ使った事はあったが、それでも所詮コスト止まり。オベリスクやラーのように切り札のように使用するのは、流石の永理でも不可能である。

 

「いやそれはいらない」

 

 どうせろくでもないカードなのだろうと察した神楽坂は即座に断り、そして永理は流れるように舌打ちをした。既にカレーは半分ほど残っており、カツは丸々置いてある。ここで初めて永理はスプーンでカツを切り、ルーに纏わせ米と一緒に食す。

 

「で、よもやそれを報告しに来ただけではあるまいな」

 

「当然、それだけじゃないさ」

 

 フッ、とニヒルに笑う神楽坂。顔だけなら整っているのでとても様になっているが、中身は永理を薄めた感じだ。流石にあそこまでロマン特化ではないが。

 永理も神楽坂との付き合いは長いので、何を言いたいのかは大体想像が付く。気が付けば二学期に突入しているのだから、時が経つのは早いものだ。

 

「放課後、イエロー寮の前でテストプレイをする。付き合ってくれるな」

 

「ホモ臭い言い回しだこと。まっ、いいけどさ。面白ければ」

 

 ぱくり、とお互い最後の一口を食べる。何時の間にやら空になったカレーライスの皿を返却口に返し、永理は神楽坂と一緒に食堂を後にした。

 その時の失態を、神楽坂は今になって思う。もう少し声を落として喋ればよかったと。

 

 

「で、どうしてこうなった」

 

「……さあ?」

 

 いつの間にか、三色カラフルな制服の生徒に囲まれたラーイエロー寮前。微かに残るカレーの臭いが鼻腔をくすぐる。永理と神楽坂は互いに向かい合い、デュエルディスクを起動させていた。

 武藤遊戯の再現デッキ、多少使いやすく改造しているものの再現デッキ。誰もが一目見たいと思うのは、仕方のない話だ。

 一応神楽坂としては、テストプレイを経てからの実戦を目論んでいたのだが、今更嘆いても仕方のない話だ。声を潜ませておかなかった神楽坂の自業自得である。

 

「まあいい、目立つのは嫌いじゃないしな」

 

「俺としてはまだ目立ちたくなかったんだけどな……」

 

「「デュエル!」」

 

 宣言と同時にカードを五枚引く。

 

「先功は俺だ、ドロー!

 モンスターをセットし、カードをセット! ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー! クリバンデットを召喚!」

 

 クリボーの毛を黒くし、黄色いバンダナを頭に巻き付けたちっちゃく丸っこい奴が現れる。左眼には眼帯を付けている。

 

「更に魔法カード、竜破壊の証を発動! デッキからバスター・ブレイダーを手札に加える! エンドフェイズ、クリバンデットの効果を発動! このカードを召喚したターンのエンドフェイズにこのカードを生け贄に捧げる事で、デッキからカードを五枚捲り、その中から魔法・罠カード一枚を手札に加え、それ以外を墓地へと送る!

 デッキトップはブラック・マジシャン、クリボール、磁石の戦士α、砂塵の大竜巻、カオスの儀式。俺はカオスの儀式を手札に加える! ターンエンドだ!」

 

 場をがら空きにさせてターンを譲る。それに対しギャラリーからどよめきの声が聞こえてきた。場をがら空きにして相手に渡す、本来であれば考えられないプレイングだ。が、永理にとってはかなり苦しい状況となった。

 何せ、永理が今使っているデッキの基本的な動きは、相手に戦闘破壊をさせる事が条件なデッキ。割と使いにくいのだ、特に今回のような場合。

 それに、場にカードが存在しない状況というのは一見チャンスに見えて、大きな落とし穴だったりする。

 

「俺のターン、ドロー! 代打バッターを召喚!」

 

 が、そんなのは関係なしに、やりたい事をやるのが永理流だ。

 永理の場に、ドデカいバッタが現れる。そのモンスターと同時に女子生徒から悲鳴が漏れるが、永理は見た目があまりよろしくないデッキを使う事で(不本意ながらも)有名になってきている。そんな永理のデュエルを見に来たのだから、この程度は自己責任だ。

 

「バトルだ! 代打バッターで直接攻撃!」

 

 代打バッターが後ろ足で大きく飛び、そのまま神楽坂の顔面に自由落下。「うげっ」という悲鳴を洩らし、神楽坂に同情の声が上がる。

 

「ぐっ、手札から冥府の使者ゴーズの効果発動! 場にカードが存在しない時にダメージを受けた時、このカードを特殊召喚する! 来い、ゴーズ!」

 

 黒い鎧を見に纏った青年がマントを翻しながら現れ、女子生徒から歓喜の声が上がる。しかしすぐに、そのそばに現れた侍女の登場で意気消沈。

 男子生徒の一人が「寝とりもいいな」と呟くと、ゴーズに鋭く睨まれ萎縮してしまう。

 

「更に戦闘ダメージの場合、受けたダメージ分の攻撃力を持ったカイエントークンを特殊召喚する!」

 

「チッ、やっぱりか。カードを一枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 読めていたが、実際出されると厄介なのには変わりない。突破は簡単な話だし、永理の手札にはそのキーカードが揃っている。後は場に出すだけ。

 

「俺のターン、ドロー!

 儀式魔法、カオスの儀式を発動! 更に墓地のクリボールの効果も発動! このカードを墓地から除外する事で、儀式の供物の一体として使用出来る! 場のカイエントークンと墓地のクリボールを供物とし、カオス・ソルジャーを儀式召喚!」

 

 金と黒の鎧に身を包んだ、細身の剣士。長い髪はホーステールのように揺れ、女子生徒から歓声が上がる。カオス・ソルジャー、伝説のデュエリスト武藤遊戯が使ったエースモンスター。当然値段はかなり高く、一等地くらい買えるくらいの額だ。だというのに何故、一学生でしかない神楽坂が持っているのか。それはきっと、一生判明しないであろう謎である。

 

「バトルだ! カオス・ソルジャーで代打バッターを攻撃!」

 

「速攻魔法、月の書! 代打バッターの表示形式を守備表示に変更!」

 

 カオス・ソルジャーがまるで西洋めいた剣を薙ぎ払い、代打バッターを真っ二つに切断する。しかし、代打バッターもただでは死なない。置き土産とばかりに断面から触手のようなものが伸び、それが形を作っていく。

 それは、かつて日本チャンプだった少年が愛してやまなかったカード。初めて彼のナニをエレクトさせ、アブノーマルの道に踏み外させたモンスター。

 熟女めいた顔が現れ、頭の上に付けられた二本の触覚を揺らす。女らしいくびれた身体、胸は豊満だが、一般人では決して性欲すら感じないだろう。六本の脚に、血を吸ったダニのように膨らんだ尻。登場した瞬間辺りからギャラリーが散っていく。

 

「代打バッターは破壊され墓地へ送られた時、手札の昆虫族モンスター一体を特殊召喚する……出てこい女王様! インセクト女王!」

 

「お前もっと普通のデッキ使えよ! ああもう、ゴーズでインセクト女王を攻撃!」

 

 ゴーズも若干顔が引きつっているが、何とか自分を奮い立たせインセクト女王に斬りかかる。しかし突然、ゴーズの頭から緑色の触覚が生えた。

 

「永続罠、DNA改造手術を発動した! このカードが存在する限り場のモンスター全ては昆虫族となる!

 そして、インセクト女王の攻撃力は場の昆虫族一体に付き200ポイントアップする! 今場に表側表示となっている昆虫族の数は三体、よって女王様の攻撃力は600ポイントアップし2800!」

 

 斬る為に地を蹴り大きく飛んだゴーズに、強酸性バイオ液で対空攻撃。その攻撃は直撃し、ゴーズの身体はまるで三日三晩煮込み続けた豚骨のようにドロドロに溶けた ぐずぐずと、鎧にかかった箇所が浸食されていく。

 あまりの事態に遠目で見ていた女子生徒が悲鳴を上げるが、永理は決して悪くない。悪くないったら悪くない。

 

「うげぇ……カードをセットしてターンエンド」

 

「インセクト女王が相手モンスターを戦闘で破壊したターンのエンドフェイズ、場にインセクトモンスタートークン一体を特殊召喚する!」

 

 インセクト女王のケツから、一つの卵が場に植え付けられる。もはや女子生徒全員ドン引きだが、昆虫族デッキなので仕方ないのである。

 そもそも、悪いのは遊戯デッキのテスターとして永理を選んだ神楽坂だ。遊戯デッキと聞けばこのカードを使うしかあるまい、と永理が思うのは、一部の人間からすれば当然の事だ。

 

「俺のターン、ドロー!

 ゴキボールを攻撃表示で召喚!」

 

 丸っこいリアルタッチなゴキブリが現れ、今度は悲鳴こそ起きなかったが女子生徒が永理に冷たい眼を向ける。しかし永理はそんなの何処吹く風。既にモテる可能性なんぞ火山の中に投げ捨てた永理の辞書には、自重という二文字は無い。

 

「更に魔法カード、アリの増殖を発動! ゴキボールを生け贄に捧げ、場に兵隊アリトークン二体を特殊召喚する! 兵隊アリトークン特殊召喚、守備表示!」

 

 ゴキボールの身体を突き破って、二匹のアリが現れる。かなり大きく、噛まれれば命にかかわりそうだ。

 昆虫族モンスターの数が三体増えた事によって更に400攻撃力が上がり、インセクト女王の総攻撃力は3500、グレート・モスよりかなり使いやすい上に、上手く使えば攻撃力はグレート・モスの上を行くのだ。そもそもの話使っているカードが可笑しいのはご愛嬌。

 

「バトルだ! インセクトモンスタートークンを生け贄に捧げ、インセクト女王でカオス・ソルジャーを攻撃! クイーンズ・インパクト!」

 

 インセクト女王が自ら産み落とした卵を食べ終えてから、口から吐き出された強酸性の液体がカオス・ソルジャーに降りかかり、鎧ごとその身体を溶かす。そしてケツから卵が出る。

 やはり巻き起こる悲鳴、永理を非難する女子生徒。しかし、永理の辞書に自重の文字は無い。どうせモテないのなら突き抜けていく、それが永理のやり方だ。

 

「ぐっ、精神的にかなりクるものがあるぞこれ」

 

「ふははは、カードを二枚セットしターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ライフポイントを半分払い、黒魔族のカーテンを発動! ライフポイントを半分払い、デッキからブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 神楽坂の場に黒いカーテンが現れると、その幕がゆっくりと開き、その中から黒い魔法服に身を包んだ細身の魔術師が、先端に緑色の丸い宝石を埋め込んだ服と同じ色の杖を持って現れる。

 と、途端に遠くへ避難していた女子生徒から歓声が響き渡り、ブラック・マジシャンは咄嗟に耳を塞ぐ。

 

「甘い! 罠カード発動、奈落の落とし穴! ブラック・マジシャン、ボッシュートになります!」

 

「甘いのはお前だ! カウンター罠、盗賊の七つ道具! ライフを1000払い、罠カードの効果を無効にする!」

 

 ブラック・マジシャンの足元に現れた落とし穴が、黒い渦に巻き込まれて消滅する。攻撃力では永理のインセクト女王の方が上回っているが、ブラック・マジシャンが真に恐ろしいのはサポートカードの豊富さにある。

 

「魔法カード、千本ナイフを発動! 場にブラック・マジシャンが存在するときにのみ発動、相手モンスター一体を破壊する!」

 

 何処からともなく現れたナイフがインセクト女王の身体を突き刺し、蒼い血を吹き出させる。ダメ押しの一発とばかりに更に投擲された一本のナイフがインセクト女王の眉間を貫き、その大きな身体を大地に倒れさせた。

 そう、玉石混合ではあるがサポートカードの豊富さは青眼の白龍と負けない量を誇るのだ。世界に三枚しかないカードのサポートカードが何故豊富なのかは不明だが。

 

「バトルだ! ブラック・マジシャンで兵隊アリトークンを攻撃! 黒・魔・道(ブラック・マジック)!」

 

 ブラック・マジシャンが杖から黒い光を出すと、一瞬世界が暗転し、次の瞬間には兵隊アリトークンが爆散されていた。さながら超能力のような訳の分からない出来事、魔術的な何かが兵隊アリトークンを破壊したのだろう。

 

「ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 モンスターを守備表示に変更! モンスターセット、カードを一枚セットしターンエンド!」

 

 永理の手札に逆転の一手は来ない、が永理のデッキは蘇生カードも盛りだくさんに組み込まれている。次のターン死者蘇生なりリビングデッドの呼び声なりを引き当てれば、戦局はまだ覆す事は可能だ。

 そして、伏せたカードは収縮。これなら攻撃力3000のモンスターを出してきたとしても、何とか対処は可能。逆転の一手を引き当てるまで生き残る事は出来るという自信があった。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、天よりの宝札を発動! 互いのプレイヤーは、カードが六枚になるようドローする!」

 

 永理もカードを引くと、そこには死者蘇生。そしてワーム・ベイトが。このターンを乗り切れば逆転は可能だと、ニヤリと不敵に笑う。

 

「魔導戦士ブレイカーを召喚! このカードの召喚時、このカード自身に魔力カウンターを一つ乗せる!」

 

 先端がとがった赤に金色のアクセント、そして埋め込まれた青い宝石によって芸術的価値のありそうな鎧を身に纏った魔導戦士が、血のように赤いマントを翻し現れる。戦士なのに魔法使い族はゲームやアニメの世界では中途半端というイメージを持つが、デュエルモンスターズの世界ではかなり強力なモンスターである。一部が酷過ぎるせいであまり目立たない存在ではあるが。

 

「カードを二枚セットし、バトル! ブラック・マジシャンで兵隊アリを攻撃! 黒・魔・道(ブラック・マジック)!」

 

 まずは世界が暗転し、兵隊アリがしめやかに爆裂四散。肉片が飛び散り緑色の血を辺りにまき散らす。

 

「更に速攻魔法、光と闇の洗礼を発動! 場のブラック・マジシャンを生け贄に捧げ、手札・デッキ・墓地から混沌の黒魔術師を特殊召喚! 効果で墓地の千本ナイフを回収! 伏せモンスターを攻撃!」

 

 真っ黒な魔法服を着た肌色の悪い魔術師が現れた瞬間、黒い魔術的ビームが永理の伏せモンスターを破壊する。永理が伏せていたのは、プチモス。当然爆裂四散した。

 

「魔導戦士ブレイカー、直接攻撃!」

 

「速攻魔法、収縮を発動! 魔導戦士ブレイカーの元々の攻撃力を半分にする!」

 

 ブレイカーの身体が少しばかり小さくなるが、凄まじい袈裟斬りで永理の身体を切り裂く。永理は直接攻撃を受けてしまったが、それでも勝ちを確信していた。相手のライフは残り僅か、そして永理の手札は相手のライフを容易に削りきれる。

 そして相手は既に、全てのモンスターの攻撃を終了した。勝利を確信した笑み、浮かべずにはいられない。

 

「神楽坂……このデュエル、俺の勝ちだ。俺の手札には大嵐、そして死者蘇生とワーム・ベイトがある。俺にターンが回ってきた瞬間、死者蘇生で女王様を蘇生させワーム・ベイトでトークンを特殊召喚、更にアリの増殖でその数を増やし、総攻撃力3400の攻撃力をブレイカーに叩き込み、ゲームエンドだ」

 

「何勘違いしているんだ」

 

「……ひょっ?」

 

 永理の勝利の確信は、ここで揺らいだ。だが、既に相手は手を出し尽くした筈。この状況で負ける訳が無い、負ける訳が無いんだと必死で自分に言い聞かせる。

 だというのに、悪寒が止まらない。例えるならケツにツララをぶち込まれたような気分。

 

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」

 

 神楽坂が不敵に笑い、永理が狼狽える。主人公が明らかに逆転しているが、永理に関して言えば今に始まった事では無いのでさして問題は無い。

 

「なに言ってんだ、もうお前のモンスターは攻撃終了したじゃないか!」

 

 そして、神楽坂が右のカードを手にした瞬間、その予感は確信に変わった。速攻魔法、バトルフェイズでも発動出来る魔法カード。

 神楽坂は無情にも、そのカードを発動させる。

 

「速攻魔法発動、狂戦士の魂!」

 

「バーサーカー……ソウル……だと!?」

 

「手札を全て捨て、効果発動! こいつはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし墓地に捨てるカード。そしてその数だけ、攻撃力1500以下のモンスターは、追加攻撃出来る!」

 

 それは奇しくも、永理の気に入るかなりのロマンカードだった。そしてその敗因を招いた原因は、収縮。収縮によって魔導戦士ブレイカーの攻撃力は、1100。あそこで収縮を使わなければ、勝ててたかもしれない。否、勝ててただろう。

 

「まず一枚目、ドロー! モンスターカード、クィーンズ・ナイトを墓地へ捨て、魔導戦士ブレイカー追加攻撃!」

 

 ブレイカーの唐竹割り! 永理はなす術無く、甘んじてその剣撃を受ける。

 

「二枚目ドロー! モンスターカード!」

 

 ブレイカーは逆袈裟に斬り捨てる!

 

「三枚目! モンスターカード!」

 

「グワーッ!」

 

 右薙ぎ! 永理の脇腹に命中! 思わず悲鳴を上げる!

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

「グワーッ!」

 

 左薙ぎ! 永理の両脇腹も悲鳴を上げる! この時点で永理のライフは負け確定! だが処理はまだまだ終わらない。

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

「グワーッ!」

 

 右切り上げ! 脇にヒットし毛細血管が潰れる!

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

「グワーッ!」

 

 左切り上げ! 永理の両脇がタタキになる!

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

「グワーッ!」

 

 そのままつばめ返し! 永理の身体が斜めに引き裂かれる!

 

「ドロー! モンスター──」

 

「もうやめろ神楽坂! とっくに永理のライフは0だ、もう勝負はついたぞ!」

 

 見かねた三沢が神楽坂を羽交い絞めにし、攻撃を中断させる。神楽坂ははっと我に返り、デュエル衝撃によって倒れた永理に慌てて駆け寄る。

 

「え、永理……すまん、もう一人の俺が『この虫野郎!』って叫んだ辺りで何か記憶が……」

 

「いや、大丈夫だ。……死ぬかと思った」

 

 神楽坂の手を取り、起き上がる永理。その瞬間一部の女子生徒から黄色い歓声が響き渡ったが、努めて永理と神楽坂はそれを聞かないふりをする。

 まさかあのまま逆転勝利するとは永理も思っていなかったので、とても驚いた。そして女子までこれを見に来てる事に関しても驚いた。

 永理はこの後、神楽坂からお詫びとしてラーイエローの飯をたらふく食べてから自分の家へと帰った。




 書いてて楽しかったです


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第30話 早乙女レイの洗脳

 眼深に帽子を被った小学生くらいの背丈のオシリスレッド生が、音が漏れまくっている扉をノックする。

 名は、早乙女レイ。本日このデュエルアカデミアに転入してきた転校生である。そして今、絶賛緊張中。何故かこの部屋を言い渡された際、レイに気軽に話しかけて来てくれ、勘違いではあったものの労わってくれた遊城十代が同情するような眼を向けて来ていたが、もしかして怖い人なのだろうか……と一抹の不安を覚えるのだが、その予想は当たらずとも遠からずといった感じだ。

 

「……あれ?」

 

 返事が返ってこない、聞こえていないのだろうか。不安になるが、寮長である大徳寺はレイに「返事が返ってこないのは日常茶飯事ですので、勝手に入っちゃっても大丈夫ですにゃ~」的な事を鍵を渡すと同時に言っていた。

 試しにドアノブを回してみると、鍵は開いている。不用心だな、と思いつつも扉を開けると──

 

「っしゃあ! 俺の勝ち!」

 

「テメッ火炎放射は卑怯だぞ! テメェそれでもレイヴンか!?」

 

「アーキテクトだ」

 

 一番上と真ん中のベッドに座りゲームをする二人と、一番下のベッドで静かに本を読む青年が居た。そして、中段ベッドの方に座っている者に見覚えはあったが、きっと気のせいだろうと思い扉を閉める。

 一度胸に手を当て、深呼吸を数回。自分を落ち着かせ、もう一度扉を開く。

 

「おまっ、とっつきて。AIにとっつきて……変態が!」

 

「これがっこのアセンがっ! 俺の魂のアセンだっ!」

 

「やかましいぞ貴様ら! 今何時だと思ってるんだ!?」

 

 ちなみに現時刻は夜の十時、消灯時間は過ぎてるが彼らには関係ない話だ。レイは意を決して、その中に入る。

 

「あっ、あのっ!」

 

「ん?」

 

 先ほど注意した、一番下のベッドで本を読んでいた青年。万丈目準がレイの姿に気付く。ノースリーブの白いシャツだけというラフな格好。

 

「僕、今日この学校に転校してきました。早乙女レイです。よろしくお願いします!」

 

 何故自己紹介の時この二人は食堂に居なかったのか、今はそれはどうでもいい。問題なのは、ベッドの中段に居る男──丸藤亮、カイザーである。

 

「……どうした、俺の顔をじっと見て」

 

「いっ、いえ何でもありませんっ!」

 

 不思議そうに尋ねてきた亮の顔から慌てて目を逸らすレイ。実は彼──否、彼女は女の子なのだ。だというのに何故オシリスレッドの制服を着ているのか、それはまあ話すと長くなったり短くなったりするが、兎に角恋する乙女なのである。

 そしてその恋の対象というのが、さながら病気めいた細さを誇る月影永理とゲーム片手に騒いでいる。親近感を覚えると同時に、彼女の中で何かが崩れ落ちる音がした。

 

「俺は丸藤亮、彼女無し(フリー)のデュエリストだ」

 

「俺の名は月影永理、まあよろしく」

 

 ゲームに飽きたのか亮はPS2の電源を落とし、コントローラーも置く。永理もコントローラーを亮に落とし渡し、そして同じ場所に置いた。

 

「よし、んじゃ亮。お前床な」

 

「解ってるって」

 

 中段ベッドの上から飛び降り、亮は部屋の奥にある箪笥から布団を引っ張り出す。若干黒カビが目立つが、一日程度ならただちに影響は無い。

 しかし、レイの顔は若干引いてる。まあ無理も無いだろう、何せカビなのだから。普通カビの生えた布団で寝ようとは思うまい。

 

「んじゃレイ……だっけ、お前中段の方な」

 

「あっ、はい。解りました」

 

 レイは頷き、既に布団を敷き終わっている亮を踏まないように梯子へと移動。上り、亮の体温を楽しむかのようにベッドに倒れ込む。

 

「風呂は……明日入ればいいか。つーか万丈目、てめー何時の間にパジャマに着替えてたんだ」

 

「貴様らがゲドとモリ・カドルのアセン組んでた時に入った。俺はもう寝るが騒ぐなよ」

 

 そう言い万丈目は布団を頭の中まで被って、眠り始めた。とはいえ、そんな忠告を守るような二人ではない。何せ二人はデュエルアカデミア一のお祭り野郎、更に転校生というビッグイベントも舞い込んできたのだ。

 この時に騒がずしていつ騒ぐというのだ。

 

「と、いう訳で……あなたの好きな属性は? チキチキ暴露大会~!!」

 

「イエァッ!」

 

「……えっ」

 

 この瞬間、レイの眼からハイライトが消えた。ノリノリで割とえげつない物を催す永理と、それにノリノリで乗る亮。何となく、何となくではあるが嫌な予感がしたのだ。

 そしてその予感は、主に永理と亮に対しては誰もが持ち、そして誰もが当たる予感である。

 

「まずは一番手、お願いしますよーせんぱーい」

 

「……」

 

 亮は腕を組み、眼を閉じ、たっぷりと間を置く。

 数秒、九秒ほどだろうか。それくらい間を開けてから、その重い口を開いた。

 

「機械ロリ」

 

 そして途轍もない爆弾発言を、途轍もなく清々しい顔で投下した。この言葉を聞いた瞬間、レイの百年は続くだろうという恋は急激に冷めていった。

 恋する乙女というのは、大抵相手を神格化して見ている場合が多い。そしていざ付き合いだし、同棲を始めたら色々と解り合えなかったり譲れなかったりするところ、要するに嫌なところに眼が行くようになり、徐々に冷めていき自然と別れてしまう事が多い。

 レイが持っていた恋心も、急激に冷めてしまった事を誰が責められようか。

 

「個人的にはメイド服着て、関節部分がこう……人形みたいになってるのがいい。そそる」

 

「わかるわ、物凄くわかるわ」

 

 熱意を込めながら機械ロリについて語る丸藤亮(17)、その眼は本気だった。そしてそれに同意する永理、そりゃ百年の恋も冷めるわというレベルである。

 

「んで夜の方は事務的に絞ってくれるっていうのが、もう最高。感情無く淡々とするけど、最後にキスしてくれたらいう事なしね本当」

 

「そこは同意しかねる。最後まで事務的にやるのが最高ではないか、締めはお掃除フェラだろ常識的に考えて」

 

 そしてこれは、八つ当たりだろうと理解していても期待を裏切られた憎しみを感じるレベルの会話である。本人達は決して悪くない、いや性癖は社会的に見れば悪いのだが、だとしてもこの怒りが筋違いというのは、レイも自覚している。しかし、それでもやはり、煮え切らないものがあるのだ。

 ちなみにお掃除フェラと言った方が永理である。

 

「しかしお掃除フェラをするとまたエレクトしての無限ループに陥りそうだぞ」

 

「弾切れになるまで絞ると考えてみろ、それで出なくなったら終わりってので」

 

「なるほど」

 

 関心したようにうんうん頷く丸藤亮、一応これでもカイザーの異名を持ち、デュエル雑誌で特集が組まれた事もあり、更にファンも多いのだが、そこに彼のファンが追い求める姿は無い。あるのはただ一つ、異常な性癖だけだ。

 

「よーし、んじゃ新入り。次お前な」

 

「えっ」

 

 亮の語りが終わり、矛先はレイの方へと向いた。思わずこわばり、何を言っていいのかわからず頭がこんがらがる。女性にそんな事を聞くのはマナー違反というよりセクハラで捕まりかねないが、今レイは男装中。そしてバレてないので訴える事も出来ない。というより訴えたら逆にレイの方が負けるだろう。

 必死に記憶の中を探り、少女漫画の内容を思い出す。イケメンとイケメン、花瓶、薔薇、モザイク……あっこれ駄目な奴だわ。と速攻で悟りそれを打ち消す。

 

「えっと……えっと……」

 

「永理、そういうお前はどうなんだ」

 

 返答に困っているレイを見かねてか、亮が永理にそう切り返す。永理は顎に手を当て、う~んと考える。レイは心の中で亮に感謝したが、でもきっかけと言えば亮が永理の提案に悪乗りしたからなので、半ばマッチポンプめいていた。

 

「褐色ロリビッチ、サキュバスでも化」

 

「なるほど、ロリビッチか」

 

 ロリビッチ。ロリという保護すべき清らかな存在とビッチというお世辞にも綺麗とは言い難い、ぶっちゃけて言うと汚いイメージという相反する属性。水と油。火と水。普通では混ざり得ない属性だが、それ故に惹かれる者が後を絶たない。

 そして褐色。褐色というのは一般的に活発なイメージを持つが、それと同時に遊び慣れたというイメージも持つ。多分黒ギャルのせいである。今でこそ数は少なくなった黒ギャルだが、やはり需要があった理由はそのエロさにあるだろう。褐色も活発そうで、性に対しておおらかというか、おおっぴろげというか。兎に角そんな感じのがあるのだ。

 馬鹿馬鹿しい話ではあるが、だが同時に事実だ。

 ついでにこれは余談だが、永理の言うサキュバスは伝承に出てくる正体は醜い糞ババアなサキュバスではなく、普通に正体も綺麗or可愛い系のサキュバスである。

 

「昔はよく、小学生にレイプされる妄想をしたな……ああ、懐かしい」

 

「最低だな、お前って」

 

 勿論現実ではまず起こりえないし、起こったとしても捕まるのはレイプされた男の方である。現実とは得てして不平等なのだ。やはり現実はクソゲーである。

 

「ロリという清純さと相反するビッチ、それらが混ざり合い最強に見える。さながらメドローアのように!」

 

「その例えで解る人少ないと思うぞ」

 

「さて、早乙女レイ。君はどの属性を選ぶ?」

 

 何だか頭が付いて行けずぼんやりとしていたレイに、またしても突然話を振られる。だが、さっきまでのレイとは違う。割とむっつりなレイは、そういう本も幾つかネットで読んだ事があるのだ。当然その中にはアブノーマルなのもちらほらとあったが。

 

「えっと……TS、かな?」

 

「TSか、どっちのだ」

 

「どっち……の……?」

 

 TS、一口にそう言ってもそのジャンルは大きく分けて二つあり、更にそこからジャンルから派生した流派も様々である。

 まず一般的なのは、性転換だろうか。男が女に、女が男に。良くあるジャンルで最近銀魂でもやっていたあれだ。代表的なのはらんま1/2や我が家のお稲荷さま、その他少子化対策云々で性転換するエロ漫画もあったりする。ちなみに厳密に言うならばこのジャンルはTSFと称されるのが正しいだろう。なお、ふたなりや女体化、トランジスターは同ジャンルと見られる事があるが、かなり違うので気を付けられたし。

 そしてもう一つは、時間停止。よくAVであるアレである。一般的には世界(ザ・ワールド)のようなものを連想させるだろうが、この場においてそれを持ちだすのは空気が読めてない証拠である。

 相手に気付かれず中出しや口内射精したり、弁当にぶっかけたりとその楽しみ方は様々。だがこれも、犯ってるのに気付かず日常生活を過ごすか、時間停止を解除してから一気に快感が来るかと表現の仕方が異なったりする。どちらにせよエロいのでさして問題は無い。

 時間が止まっていたら柔らかさとか無いじゃんと無粋な事を言う輩は居ないだろうが、当然それは世界がフィクションだから成立するものである。

 まあどちらにせよかなりマニアックなジャンルなのだが、レイはそれらが特殊なジャンルと知る由は無い。

 

「えっと、男が女に、女が男になる方……」

 

「ああ、あれか。何度かお世話になってるジャンルだ」

 

「あー、好きだけどね。どっちかっつーと俺はふたなり派かな」

 

 ふたなりは簡単に言うと、女にちんこが付いてるあれである。ちなみにこれは余談だが、貞子はふたなりだ。なおやおい穴とはまた別なので注意されたし。やおい穴は肛門のくせに濡れてきたとか奥に当たってるとか、肛門の表現としてあり得ないアレがあるのでそう比喩される言葉なのだ。

 

「TSなー……俺らがTSしたとしてもさ、需要あると思う?」

 

「まず永理は無いな、あれは地獄絵図だった」

 

 亮が何処か遠い目でそう言う。永理は深夜のテンションによる悪乗りで女装し、その結果オバケとか言われた事があったのだ。何となーくレイもそれには同意する。何せ永理の細さは、心配になるくらい細いのだから。

 

「亮は……髪長いし割といけそうだが、眼が問題だな」

 

「男ふたなり的な感じになりそうだ……いかん、想像したら気持ち悪くなってきた」

 

「レイならどうだ?」

 

「えっ!?」

 

 永理に名前を呼ばれ、ついつい動揺してしまうレイ。「ボク女ですよ」とは言えない。親戚のおじさんである大徳寺に頼み込んで、性別を偽って、年齢まで偽って、三日間しか滞在は出来ないがこの学園に来たのだ。しかし今となっては、ここに来た事を後悔している。思い人がこんな人だとは、レイは知らなかったし知りたくなかった。

 

「……まあ、アリじゃないか? シュレディンガー准尉的な感じのあれで」

 

「なるほど、ショタだしな」

 

 厳密に言えばロリなのだが、そんな事二人が知る由も無い。というより、知っていてこの話を振って来たとしたら完全にセクハラである。セクシャルハラスメントである。

 理想と現実のギャップに気を失いたくなるが、残念ながら人間はその程度で気を失えるほど柔ではない。レイは何となくこんな世界を恨んだ。

 ちなみにこれが男達の恋バナ、というより猥談である。一部の人間同士の、と注意書きは付くが。

 

「ショタと言えば……艦これだな」

 

「……ああ、ショタ提督か」

 

 亮は少し言葉に詰まったが、ずばりと言った風に応えた。ショタ提督というのは、艦隊これくしょん、通称かんこれの主人公である。ACやアイマスのように姿、年齢、性別、何もかもが不明なのだが、だがその分だけ妄想を膨らませる余地があるのだ。その中で産まれたのが、明らかに小学生だろうと思うような、くっそ幼い提督。ロリショタやおねショタをやらせるのには丁度いい存在なのだ。

 しかし永理は、その言葉に対し首を振る。では何なのだ、と亮が尋ねると、ニヤリとまるで三下悪役めいた笑みを浮かべ永理が答を出す。

 

「艦ショタだよ」

 

 艦ショタ。厳密に言えばショタというより男の娘なのだが、そこはさして問題ではない。語感の問題だ。

 某アイドルのように本当は男なのに隠して艦娘をやっていたり、それがバレてしまったり、逆レイプされたり、アナルでレイプされたりと……色々と妄想が尽きないジャンルである。

 要するに女性キャラを男体化させる訳である。が、その際見た目が変わらないように胸が平坦な娘を選ぶのが一般的だ。一般的なジャンルではないが。

 

「艦ショタとは……流石歩く性欲知恵袋、月影永理だな」

 

「はっはっはっ、性欲の神とは俺の事よなっはっはっはっ」

 

 二人して大笑いする二人と、迷惑そうに身体をよじる万丈目。大変だなこの人も、とレイは同族意識を持った。そして同時に、帰りたいと思った。この空間に居たら自分はダメ人間になる、と理性の部分が警告を発しているのだ。

 だが無情にも、出発は明後日。そう、明後日なのだ。それまでこの生活が続くのかと思うと、嫌になってくる。なってくるが、我慢するしかない。元々レイは、不法入校者なのだから。

 

「喧しい! 時計を見ろ貴様ら! もう十二時だぞ十二時! 毎日毎日ゲームやら何やらで馬鹿騒ぎ起こしおって! ヴァーチャル世界に帰れ貴様ら!」

 

 そして、ついに万丈目の堪忍袋がプッツンした。が、それで屈する二人ではない。学園最強&学園最悪の化学反応で核融合が起きそうな二人、この二人を合わせてしまった時点で万丈目に勝ち目はない。

 亮はまるで達人のように万丈目の身体をロープで縛り、そして永理も流れるような操作でPS2にディスクをセット。

 すると流れてくるプリキュア四連呼。『DANZEN! ふたりはプリキュア』、初代プリキュアのオープニングテーマである。

 

「まだ洗脳が足りなかったようだな、万丈目くん」

 

「貴様は金田一だ、金田一一になるのだ!」

 

 それなら普通は金田一少年の事件簿じゃないの、とレイは疑問に思いながらも、もう何もかも諦めて、心の中で同室の万丈目に同情と黙祷を捧げながら眠りにつく。

 結局ぐっすりと眠る事は出来なかったが、きっとそれは夢に出てきた太ったおっさんのせいに決まっている。

 

 

──あれから二日後、永理達の部屋の扉を叩く遊城十代の姿があった。

 

「永理、またやってるな」

 

 二人はあれから授業で姿を見せておらず、恐らくゲームにのめり込んでいるのだろうと判断した。

 どうせACかポケモンだろう、と十代は思い、何時の間にか保護者的扱いに自分がなっていることに対し溜息を溢す。どこぞの平行世界ならデュエル馬鹿な十代のストッパーがオリ主なのだが、この作品での十代の立場はツッコみである。

 寮長の大徳寺から貰った合鍵で扉を開ける。するとそこには──

 

「うん、やっぱ似合うなこれ。アリだねこれ」

 

「予想以上のポテンシャルだなレイ、ディ・モールト! ディ・モールト・ベネ!」

 

 腰辺りの布に穴が空いている和服を着た男にも女にも見えない何かが、弓を持って立っていた。ちなみに髪型はホーステールで、片目だけ隠れている。

 そんなのが超ノリノリでポーズを決めているのだ。

 

「何だこれ……というか、レイは?」

 

 十代が何とか現実に戻ってきて二人に尋ねると、二人はホーステールの男とも女とも見えない恰好の奴を指差す。

 男とも女とも見えない奴と十代は視線が合い、しばし見つめ合う。すると数秒ほど間が空いてから、ぼんっという音が鳴りそうなくらい顔を真っ赤にしてベッドの中に逃げ込み、掛布団を頭からかぶる。

 

「……なにあれ」

 

「那須資隆与一でございます」

 

「いやそうじゃなくて」

 

 キリッ、という効果音が無駄に似合いそうな顔でそう言ってのけた永理。何が何だかわからない状況ではあるが、布団の中で悶えている与一(仮)。大体想像はつくが、何となく言いたくない。

 

「早乙女レイだが、何か?」

 

「……なーに巻き起こしちゃったんだお前ら」

 

 当然と言いたげな表情で言いのけた亮に対し、思わずそうぼやく。

 何となく十代も、性別が違うんじゃないかなーとくらいは思っていたのだ。だが解らない、何がどうなってこうなったのかが解らない。空白の二日間、何やら化したのかは解らないが、ろくでもない事は確かだ。

 

「いやー、びっくりしたわ。レイが本当は女の子で、しかも小学五年生だとは」

 

「俺のチンコセンサーは完璧だからな」

 

 はっはっはっはっ、と笑い合う二人。何とも最低な会話で、近くに女の子が、しかも小学五年生が居るというのに全く考慮していない発言。

 朝っぱらだというのに、妙に二人してテンションが高い。よく見てみると、眼の下にはくまが。徹夜の妙なテンションという事だろう。そしてレイもそれに巻き込まれ、悪乗りしてしまったと。

 未だ悶えているレイの方に目を向けると、少しは落ち着いたのか顔だけを布団から出す。

 

「違うの……ただドリフターズ読んでみたら与一を気に入って、違うのよ……」

 

「何が違うんだ何が」

 

 必死に弁解するレイだが、その言葉は弁解にはなっていない。大体永理と亮のせいではあったが、レイにはそのポテンシャルがあったのだ。

 そしてその代償として黒歴史と、レイの下の階で死んだように眠っている万丈目。十代は心の中で万丈目に黙祷をささげた。

 

「というかお前ら、女の子と同じ部屋と解っていたのによく平気だったな。お前らなら手を出しかねんというのに」

 

 十代の言葉は偏見めいているが、割と的を得ている言葉だ。まず永理は普段から『あの子はレイプされるべき』的な発言をしているし、亮も永理と馬というか、波長というものが合う。そして何よりロリコンだ。ただでさえ影の薄い三沢が更に薄くなっていく。

 しかし永理はちっちっちっ、と。アメリカンらしくオーバーリアクションに指を振る。

 

「この俺が小学五年生に勝てると思っているのか遊城十代! 逆転されてマウントでぼっこぼこにされるわ!」

 

「それ威張って言う事じゃないからな!? というか勝てよ、流石に小学生には勝てよお前!」

 

 とまあ、永理の理由は判明した。要約すると「力が合ったらレイプするに決まってるだろ」という事なのだが、そこはあえてツッコまない。十代とて藪蛇をつつくような蛮勇さは持ち合わせていないのだから。

 

「流石にリアルに手を出したら……卒業してから、歯止めが利かなくなりそうだからな」

 

 麻薬に手を出しそうで出さない人の台詞である。ちなみにもう収まったのか、レイは悶えるのをやめて二人に養豚場のブタを見るような眼を向けていた。そして永理はその視線に気付き、恍惚の表情を浮かべながら悶える。流石に十代もこれには引いた。

 

「……さて、ボクはもう帰るよ。正体がバレるにしろバレないにしろ、どちらにせよ今日帰る予定だったからね。というかこれ以上ここに居たら駄目になる」

 

 なんとなーく十代はもう手遅れだと思ったが、口には出さない。口に出せばレイを悲しませてしまうだけだからだ。それに少なくとも、これ以上この空間に居たら駄目さが悪化してしまうだろう。

 ベッドから身体を起こし、荷物を纏める。結局着替えもせず、風呂も入らず、乙女として色々とアレだったが、楽しかった……かな? とレイは感傷に浸る。

 

「永理さん、万丈目さん、そして……丸藤さん。三日間、お世話になりました。楽しかったよ」

 

 スポーツバッグを持ち、にっこりと二人に微笑みかけるレイ。永理は不覚にもそれにときめいてしまった。そして、部屋を出ていくレイ。それを見送る三人。そしてその背中が見えなくなった時、言い知れぬ寂しさが沸き起こった。沸き起こったが、これを好機とばかりに永理が取った行動はただ一つ。

 即座に中段ベッドに入り込み、枕と布団のシーツを密閉型の袋に入れ臭いを確保。ミッションコンプリートとばかりにやりきった顔で満足し、永理はその袋を箪笥の中にしまい、三日ぶりに睡眠を取る事にした。

 結局この日も永理は学校に行かなかったが、普段外面は優等生としてやっているので風邪と思い割となんとかなったのであった。




 このエピソードを書いてて思った事。
 ひっでぇなこれ


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第31話 好きに組み、好きに負ける。それが、俺達のやり方だったな

 デュエルアカデミアのとある森を抜けた先の海崖、柵も無い割と危ない場所で海風に当てられている男が一人。ラーイエローの制服を着た、一応イケメン設定なのだが割と影が薄い事に定評のある三沢大地が、何をする訳でも無くぼんやりと佇んでいた。

 彼は今、途轍もなく迷走している。理由はただ一つ、彼の信念と欲望が対立しあっているからだ。

 デュエルディスクにセットされたデッキを優しく撫でる。冥界の宝札軸最上級過多エクゾディアという、何を血迷ったのか解らんが兎に角ヤバい系のデッキ。万が一ロックされた際の対策として入れた、割と理に適っているがどうしてその発想になったのか解らないデッキ。強者は割とロマン派なのだ。

 

「……どうするべきか」

 

 学園対抗デュエル戦が開催されるのは一週間後、これまでのデッキでは通用しないだろう。それに、その座を懸けて戦うであろうデュエリスト──遊城十代のデッキを思い出す。

 融合召喚とシンクロ召喚を巧みに使い分けるデュエルタクティクス、最後まであきらめない性格、ボード・手札の環境把握。学校の成績からは考えられない実力を誇る。

 ただ融合をメタるだけでは駄目、だが融合とシンクロのメタデッキを作ろうにも、三沢はロックデッキを作った事が無い。誰もテストプレイに付き合ってくれないからだ。

 ただでさえそんな状況だというのに、自分の中でもう一人の自分が戦っている。こんな状態では、まともなデッキは到底組めそうにもない。

 

「はあ……」

 

 三沢はここに来て、今日何度目か解らない溜息をつく。一瞬神楽坂に頼ろうとかとも思ったが、最近は永理に影響されてありったけのロマンを詰め込んだデュエリストのデッキをコピーしている。未だに永理のグレート・モス軸ジャベリンビートル初期カードデッキに勝るとも劣らないデッキは作れないでいるらしいが、もう既に伝説のデュエリスト、武藤遊戯デッキの中身を独自に改良し、プロの世界でも通用するデッキに組み替えている。

 割と本気で勝ちそうにも無いし、地雷デッキに合わせて調整したら自分のデッキも変態になってしまう。

 そんな悩んでいる三沢の後ろにある茂みが、がさりと動いた。

 

「どうした三沢大地、浮かない顔して」

 

「君は……月影永理、くん。君こそどうしたんだ、こんな夜更けに」

 

 今は午前一時、寮の消灯時間はとっくに過ぎている時間帯だ。普段からそんな時間まで起きてゲームをするのが永理の中で普通になっているが、それでも深夜に出歩くというのは滅多に無い。強いて言うならずっと前に行った廃寮探索くらいだろう。

 

「深夜の散歩だ。……最近運動不足らしくってさ、この前体脂肪率計ってみたら肥満って出てね」

 

 あははとから笑いする永理、その眼は何処か遠くに向いていた。

 肥満というのは、見た目で決まるものではない。永理のように外見は骨のように細くても、内臓とかに脂肪が付いていたりするのだ。それを解消する為に今日から始めたのが、深夜徘徊である。熱帯気候であるデュエルアカデミアも、夜になればある程度は涼しくなる。散歩するにはもってこいな気温になるのだ。

 年より臭いと言うなかれ、永理の死にやすさはある意味語り草となっており、アカデミア七不思議のひとつに加えられそうになっているくらいなのだ。

 

「で、お前は何をしているんだ。優等生がこんな時間に、逢引か?」

 

「妙に古臭い言い方だな……いや、ちょっと悩んでいてね」

 

「ほう、悩みか」

 

 永理は時折、年齢に似つかわしくない大人っぽさを見せる。実際に永理は転生者で、転生前は五十三歳という結構なおっさんで、しかも死因がテクノブレイクというどうしようもない奴なのだが、兎に角その雰囲気はまだ高校生である三沢にとっては、悩みを打ち明けやすかった。

 

「俺の本来のデッキが解らないんだ……このデッキじゃ対抗戦には通用しない。でもいざデッキを組もうとすると、どうしても手が止まってしまう。なあ永理、俺はどうすればいいと思う?」

 

「……デュエルモンスターズにおいて、一番重要なのは『自由』だと俺は思う」

 

「自由……」

 

 三沢大地は口の中でその言葉を転がす。自由──誰にも拘束されず、 誰にも支配されず、己の本能に、好きに組むという事。

 それは自分自身に今、一番足りないもののように感じ取れた。デュエルモンスターズは自由の象徴、発想は自由で良い。事実三沢の目の前に居る男は、自由にデッキを組み勝ち星を稼いできた。

 

「まず第一にやりたいコンボ、活かしたいカードを決める。デッキを組むのはそれからだ。好きに組み、好きにデュエルする。それが俺達、デュエリストだ」

 

「……そうだな、お前の言う通りだ」

 

 難しい事を考えていたしかめっ面から、表情を緩めた顔になる三沢大地。永理はくつくつと腕を組みながら笑いかける。

 デュエルモンスターズは、今でこそテーマカードが多く出回っている。デッキを丸々コピーする者も多くなってきている。だが、永理は前世で、デュエルモンスターズを、テーマカードが出る前からやっていた男なのだ。ただのデュエリストとして、お世辞にも強いとは言えないカード群で好きに組み、そして負ける。所謂マイオナという部類の人間だったが、決して負ける事を良しとせず、何度もデッキを見直し、食いついてきた。八咫ロック相手でもメタを張り、数こそ少ないが下した経験がある。

 そして、ここで終われば永理はかっこいい主人公で終わるのだが、最後に落ちるのがこの作品。

 

「所で三沢や、此処は一体何処なのだ?」

 

「……夢遊病?」

 

 かっこいい事を言ったというのに、最後の最後で台無しになる。それが月影永理である。

 

 

 そんなこんながどこぞの森で行われた一週間後、最新設備とかいう割に野外でやるのとあんまり変わらない最新デュエルフィールドの上には、遊城十代と三沢大地が、それぞれ向かい合うように立っている。

 休みの日だというのに、会場を埋め尽くさんとばかりにギャラリーがこぞって集まっている。学園代表が決まるのを、誰もが括目したいのだ。

 

「三沢とデュエルか……どんなデッキを使うのか、楽しみだ。ワクワクしてきたぜ」

 

「ふっ、ふふふふふふっ。見せてやろう、遊城十代! 俺の! 魂の場所を!」

 

 そして、この台詞で十代は何となく三沢のデッキ内容を悟った。あれはろくでもないものだ、シリアスな筈のデュエルをまるでファルスのようにする奴だ、と。そしてそこに永理が関わってくるだろうと予想するのは自然の理。

 

「「デュエル!」」

 

 しかし、今はそんな事を考える余裕は無い。たとえ喜劇だとしても、十代は主役を掴み取る。ならば取るべき選択肢は、最初からクライマックス以外他にない。

 

「俺の先功、ドロー!

 魔法カード、ヒーローアライブを発動! 場にモンスターが存在しない場合、ライフを半分払い、デッキからレベル4以下のE・HERO一体を特殊召喚する! 俺はデッキからE・HEROエアーマンを特殊召喚!

 更にエアーマンの効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキからE・HEROスパークマンを手札に加える!」

 

 十代の場に現れるのは、背中に大きなファンを付けた青いヒーロー。デッキサーチと魔法・罠の除去どちらかと一枚でこなすナイスなカードなのだが、魔法・罠除去はあまり使われない悲しいカードである。

 

「更に手札のA・ジェネクス・バードマンの効果発動! 表側表示のモンスター一体を手札に戻し、このカードを特殊召喚する!

 そしてエアーマンを召喚し、効果でプリズマーを手札に加える!」

 

 エアーマンの姿が消え機械仕掛けのオウムが鷹の構えをしながら現れ、そして隣にまたエアーマンが現れる。エアーマンの効果を使いまわす理想的な動きだ。

 

「レベル4のエアーマンに、レベル3のバードマンをチューニング!

 暗黒の時代より蘇りし爆撃の王よ、我が呼びかけに答え世界を蹂躙せよ! シンクロ召喚! ダーク・ダイブ・ボンバー!」

 

 茶色い装甲に身を纏った爆撃機が現れ、さながらトランスフォーマーのように人型に変形する。ジェットエンジンからの熱で陽炎が現れ、相手側の視界を揺らして動かす。

 

「カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 モンスターをセットし、カード二枚をセット! ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代はここで、どうも言い知れぬ違和感を感じた。三沢のあのデッキには、永理と対するような言い知れぬプレッシャーが溢れ出ているのだ。

 そう、訳の分からない、言い知れぬプレッシャー。さながら超兄貴のポスターを見た時のような、あのプレッシャー。しかし、だからといってやる事は変わりない。十代はただ突き進む事しか頭にない。それが完璧に封じられたら、さぱっと死ぬ。それが十代の生き様である。

 

「ダーク・ダイブ・ボンバーの効果発動! 場のモンスター一体を生け贄に捧げ、そのモンスターのレベル×200ポイントダメージを与える! 俺はダーク・ダイブ・ボンバーを生け贄に捧げ、1400ポイントダメージを与える! 爆撃特攻!」

 

 ダーク・ダイブ・ボンバーは身体を折りたたみ爆撃機と化し、三沢に勢いよく突っ込んでいく。1400、決して小さくないダメージ。だというのに三沢の口元には笑みが浮かんでいる。

 

「罠カード発動、ピケルの魔法陣! このターン受ける効果ダメージを全て0にする!」

 

 何となく、十代にとって聞きたくない名前の罠カードが発動されたのを感じ取った。発動されて厄介という訳では無く、友達として見たくない所を見てしまった的なあれである。

 だがきっと気のせいだ、効果の関係でデッキに入れただけだと思い直し、プレイを続ける。

 

「……プリズマーを召喚!」

 

 全身が結晶石で出来たヒーロー、カピラリア七光線を出しそうである。効果はHEROデッキ以外にでも十分通用する、というか主にそれ以外のデッキで使われるカードだ。

 

「効果発動! エクストラデッキの融合モンスターを相手に見せ、デッキからその素材を墓地へ送り、このカードはそのカードの名を得る! 俺はデッキのプラズマヴァイスマンを見せ、デッキからエッジマンを墓地へ送り、その名を得る!

 更に魔法カード、融合を発動! 場のエッジマンと化したプリズマーと手札のスパークマンを融合し、プラズマヴァイスマンを融合召喚!」

 

 バチバチと全身をスパークさせながら現れる、黄色い巨人。青のスーツの上に黄色のプロテクターを身に纏っている。両腕はまるで金槌のように太く、指は短い。

 貫通効果と疑似サンダー・ブレイクを内臓したモンスター。エクストラデッキを圧迫しまくる構成だが、今現在一般にはシンクロは出回っていない。なのでルールとかそういうのは前々から使われているもので、つまりエクストラデッキに上限は無いのだ。

 

「バトルだ! プラズマヴァイスマンで伏せモンスターを攻撃!」

 

 プラズマヴァイスマンの右肩に埋め込まれていたブースターが展開し、一気に加速を付けて伏せモンスターを殴り飛ばす。シンフォギアで前見たぞ、と永理はそれを見ていて思ったが、さしてこの展開とは関係ないので割愛しておこう。

 その殺人的加速で殴り飛ばされたモンスターは、見習い魔術師。青い布製の服に身を包み、さながらフライドポテトめいた髪の毛が妙に印象に残るモンスター。杖で防御していたものの衝撃に耐えきれず、あえなく爆裂四散した。

 

「プラズマヴァイスマンには貫通効果がある!」

 

「この程度、想定の範囲内だ! 見習い魔術師の効果発動! デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター一体を裏側守備表示で特殊召喚する! 俺はデッキから、白魔導士ピケルを特殊召喚!」

 

 モンスターは裏側表示でセットされるので、カードの裏面だけがモンスターゾーンに現れる。だがその名前、明らかにアレである。

 もうこの時点で十代は、大体察した。三沢もあの仲間に入ってしまったのだと。一応十代自身も同じ部類に入っているのだが、それでも友として歓迎すべきか否かは流石に迷う。

 

「……ターンエンドだ!」

 

「エンドフェイズに罠カードを発動する、停戦協定! 場のモンスター全てをリバースし、更に効果モンスターの数×500ポイントダメージを相手に与える! 効果モンスターは全てで二体、よって十代、1000ポイントダメージだ!」

 

 ヒゲモジャの白髪のおっさんが羽ペンを勢いよく十代に投擲。絶対攻撃方法違うだろ、というツッコミも入れられず、十代のライフを大きく削った。

 十代はただでさえヒーローアライブを使ってライフが半分になっていたのだ。そこに更に1000ポイントの追撃、割とヤバいが十代のデッキは「削られる前に削る」というどこぞのガチタンめいた思想の元作られている。なのでライフ回復ギミックは、あるにはあるがとても少ない。

 そして、ライフが削られると同時に、もわもわとした羊めいた帽子を被った、ピンク髪の幼女が魔法のローブを着て姿を現す。と、同時に一部のギャラリーから歓声の声が上がる。永理なんかはグッとガッツポーズだ。

 

「そして俺のターン、ドロー!

 スタンバイフェイズ、ピケルたんの効果で俺の場のモンスターの数×400ポイントライフを回復する!」

 

 発言が色々と危険になってきているが、とにかくピケルは杖を一生懸命に振り光を灯す。回復量は微々たるものだが、ピケルの頑張っている姿を見るだけで十分なのだろう。なので十代は「にほいが……幼女のかほりが……」という三沢の呟きは聞かなかった事にした。

 というよりこの学園はロリコンが多すぎた、いい加減にしろよデュエルアカデミア。と十代は二割くらい本気でアカデミアに入った事を後悔し始めていた。

 

「十代、お前じゃ俺は倒せん。ピケルたんへのこの気持ち、まさしく愛だ! 魔法カード、大嵐を発動! 場の魔法・罠を全て破壊する!」

 

 吹き荒れる風に十代は思わず顔を覆う。というより、三沢の背後に悪魔が見えたのでビビったと言った方が正しいだろうか。永理の顔をして、パンパンに膨らませたバッグから巻いたポスターがはみ出し、手には紙袋をいくつもぶら下げた姿が。

 

「更に永続魔法、一族の結束を発動! そして装備魔法、王女の試練をピケルたんに装備!」

 

 装備魔法を使った所で格段変わった所は無いが、強いて言うのであれば「ふんす」という感じにやる気になった所だろう。

 

「可愛い子には苦労をかけよ、苦労する幼女は可愛い! ピケルたんを攻撃表示にし、バトル! ピケルたんでプラズマヴァイスマンを攻撃!」

 

 ピケルが杖をぶん、と振るうと、鋭い刃物が飛び出てくる。そしてそれを逆手に持ち、外見からは想像も出来ないような俊敏な動きでプラズマヴァイスマンの懐に潜り込む。プラズマヴァイスマンも迎撃しようとスパークで牽制しようとするも、それを上回る動きで素早く心臓部分を突き刺した。

 突然の行動に、思わず会場内が静まり返る。というかギャップがあり過ぎてニューロンがスパークしそうだ。

 だが、その静寂もノリノリな三沢の声によってかき消される。

 

「王女の試練の効果発動! レベル5以上のモンスターを戦闘で破壊したターン、ピケルたんとこのカードを生け贄に捧げる事で、デッキから魔法の国の王女―ピケルを特殊召喚する!」

 

 ピケルの身体が光り輝き、背が伸びる。そして光が消えると、そこには可愛い系あざとい女の子が居た。羊めいた帽子は丸く収まっており、服も追加で布かけみたいなのが現れている。そして杖も、先ほどの仕込み杖のような物ではなく、何となくセーラームーンにでも出てきそうだと連想させるような、三日月めいた形の奴に青く丸い宝石の付いた、見るからに高そうな奴と化している。

 

「フィールド魔法を発動!

 ここが、俺の魂の場所だ! 魔法族の里!」

 

 三沢がデュエルディスクのフィールド魔法ゾーンにカードを置くと、途端に床からにょきにょきと、妙に捻じ曲がった木が生え揃う。そしてまばらではあるが、卵状の形をした家が、数こそ少ないが木々の間に建っていく。空中にはオーブめいたものが漂っており、空を見上げれば黄金立方体の回転する何かが見える。

 十代はこのフィールド魔法の発動に、思わず舌打ちを溢す。魔法使い族の里、自分場に魔法使い族が居なければ自分は魔法カードを使えないが、代わりに魔法使い族さえいれば相手の魔法を半ば一方的に封じ込めることが出来る。要するに簡単に言うと、魔法使い族が居なければ魔法カードを発動出来ないのだ。

 

「ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……モンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンド!」

 

「防戦一方か、ドロー!

 スタンバイフェイズ、ピケルの効果でライフを800回復!」

 

 杖を光らせ、三沢のライフを回復させる。攻撃力2800の、毎ターン自動回復の能力を持ったモンスター。出すまでは少々──というか、実用性を考えたらかなり面倒だが、出されたら割と厄介である。

 

「黒魔導士クランを召喚!」

 

 次に現れた三沢の嫁は、黒いウサギの帽子を被りゴスロリ帳の黒い服に身を包んだつるぺた幼女。手にはピンク色の鞭だが、強化されている影響か馬用の鞭である。あれは物凄く痛いと某声優さんが言っていた。

 

「ふははははは! 幼女こそが正義! 成長した女の子はもっと正義! バトルだ! 黒魔導士クランたんで攻撃!」

 

 クランはビシッ! という感じに馬用の鞭を、十代の伏せモンスターに叩き付ける。するとモンスターがリバースし、黒い機械仕掛けの、青く光るアクセントが入った犬がスクラップにされる。何処となく恍惚そうな表情を浮かべていたように見えるが、それは気のせいである。

 ここで三沢は、苦虫を噛み潰したような顔になる。面倒なモンスターを戦闘で破壊してしまったからだ。

 

「フレンドッグの効果発動! 墓地のE・HEROと名の付くモンスターと融合を手札に加える! 俺は墓地の融合と、エアーマンを手札に! 更に罠カード、ヒーロー・シグナルを発動! 自分フィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキからレベル4以下のE・HEROと名の付くモンスター一体を特殊召喚出来る! デッキから来いっ、E・HEROスパークマン!」

 

 青タイツに黄色いプロテクターを付けたヒーローが現れ、すぐさま腕を交差させ防御態勢に移る。しかし、守備力はたったの1400。魔法の国の女王―ピケルの攻撃力は今現在2800、耐え切る事は不可能である。

 

「チッ、だが貴様の場に何体モンスターが存在しようと! 最後は俺の愛が勝つ! ピケル様、お願いします!」

 

 ピケルが杖を振りかざすと、スパークマンの頭上から隕石が降り注ぐ。しかし、突如スパークマンの腕に現れた勾玉状の、眼が描かれた盾によって防がれてしまう。

 

「なっ、何が起こった!?」

 

「罠カード、D2シールドを発動し、スパークマンの守備力を倍にした! スパークマンの守備力は1400、倍になれば守備力2800! 魔法の国の王女-ピケルの攻撃力と同じだ!」

 

「やるな十代! ターンエンドだ!」

 

 三沢は獰猛な笑みを浮かべ、十代を褒め称える。十代もそれに対しニヒルに返すが、内心は割と焦っていた。スパークマンを特殊召喚したのはいいが、倍にしてもピケルの攻撃を防ぎきれるか、と。ギリギリ足りたので何とか助かったが、あわよくばライフも削ってやるという魂胆は失敗に終わってしまった。

 

「俺のターン、ドロー!

 E・HEROエアーマンを召喚! 召喚成功時、このカード以外の場に表側表示で存在するHEROと名の付いたモンスターの数だけ、場の魔法・罠を破壊する! 魔法族の里を破壊しろ! エア・サイクロン!」

 

 エアーマンの背中に付けているファンが回転し、魔法族の里を破壊する。風が吹き荒れ、木々は倒れ、その下に建ててあった家は押し潰される。非情にヒーローと思えない攻撃方法だが、気にしたら負けである。

 

「ぐっ、俺の魂の場所が……しかし! まだこちらの場には高攻撃力の嫁達が居る! それに、仮にその攻撃力を超えたとしても! 貴様が人でなしでなければ! 彼女らを攻撃する事は不可能だ!」

 

「ウンソダネー、貪欲な壺を発動! 墓地のプラズマヴァイスマン、スパークマン、プリズマー、ダーク・ダイブ・ボンバーをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!

 更に魔法カード、融合を発動! 手札の沼地の魔神王と、スパークマンを融合! E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚!」

 

 白いメタリックな翼を広げ、久々の出番に感激するのか拳を強く握りしめるシャイニング・フレア・ウィングマン。だが残念ながら、場は十分に整っているとは言い難い。

 墓地のE・HEROはたったの一体。相手は初期ライフからたったの200しか削れていない。それに加え相手には同じ攻撃力を持ったモンスター一体と、それには劣るものの攻撃力2000という、見逃したらめちゃんこ面倒な事になるが、そのまま放置も後で後悔する事になりそうという決定的英断を迫られる場面。

 だからこそ燃えるものだ、と十代は場を確認しながら思う。

 

「墓地から魔法カード発動! ギャラクシー・サイクロン!」

 

「何っ、墓地から魔法だと!?」

 

「こいつは墓地のこのカード自身を除外する事で、相手場の表側表示となっている魔法・罠カードを破壊する!

 俺は一族の結束を破壊!」

 

 惑星の様なものと白い渦が三沢の場に現れ、一族の結束を飲み込んでいく。結束が無くなった事により、ピケル達の攻撃力もダウンした。そしてそれの意味は、十代はやる時はやる男だという事を意味している。

 つまり、ピケル達は戦闘で破壊されるという事。

 

「バトルだ! シャイニング・フレア・ウィングマンで、魔法の国の王女―ピケルを攻撃! シャイニング・シュート!」

 

「悪魔! 鬼!」

 

 一切躊躇いなく十代はシャイニング・フレア・ウィングマンに命じ、シャイニング・フレア・ウィングマンもすぐさま手から炎を出してピケルを焼いた。燃えやすい材質で出来ていたのか、すぐに全身に火が回り、火を消そうと地面を転げまわる。それをただ、見る事しか出来ない三沢大地。その顔は悲痛に満ち溢れていた。なお、一部の変態はその姿を見て悶え、そして周りからドン引きされていた。

 

「効果で攻撃力分のダメージだ! そして、許しは乞わん恨めよ。エアーマン!」

 

 エアーマンも頷き、ファンでクランにありったけの風を打ち付ける。

 風は凄まじい切れ味を誇っていたのか、そしてどういう原理か気の回しか、器用にクランの衣服だけを引き裂く。咄嗟にクランはそれを隠そうとするも、その羞恥に満ち溢れた表情が更にそそる。観客席から「エアーマングッジョブ! フレア・ウィングマンは死ね!」という野次が飛び、シャイニング・フレア・ウィングマンは膝をつきがっくりとする。

 三沢のライフは、これによって0となり、ソリットビジョンは消える。三沢は何か燃え尽きたように膝をつく。十代はそれに駆け寄ろうとするも、何と声をかけていいのか解らない。

 

「俺の……俺の、ピケルたんが。クランたんはともかくとして、ピケルたんが……」

 

「あー……三沢、その……なんか、ごめん」

 

 十代は一切悪くないが、取りあえず謝っておく。結局三沢は神楽坂に担がれ、デュエルフィールドを後にした。

 そんな訳で学園代表は、遊城十代となった。なったが、この微妙な空気をどうにかしてくれ。そう切に願う十代であった。




 たまにはリョナもいいよね、と思い見てみると後悔する。それがリョナ。あれで抜く奴はマジ異常者だと思うのですよはい。こんなの書いてる奴が言うな? ハッハッハッ、ご尤もで


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第32話 大変、オリ主が息してない!

 アカデミア、ノース校。デュエルアカデミア分校の一つ。例えるなら本店と支店のような間柄だ。そしてそこの校長とデュエルアカデミア本校の校長は何やら賭けをしているのだが、それは十代のあずかり知らぬ所。強いて言うなら鮫島校長からの応援がひときわ大きいと感じるくらいだ。

 対抗戦は本校のデュエルフィールドで行われる。よく解らない最新型という話だが、ぶっちゃけ野外でやるのとあまり変わりは無い。気持ち半分ジャギが少ないように感じる程度だ。

 それよりも、アカデミア本校の観客席とは向かい側の席には、いつもは見かけない、まるでサテライトにでも居そうな、お世辞にも育ちが良いとは言えなさそうな服装をした生徒で埋まっている。モヒカンだったり肩パット入れてたりと、何処となく世紀末を連想させるような恰好もちらほら……。

 

「あれ本当に高校生か?」

 

 十代がふと、その感想を漏らす。どう見ても成人男性、しかも世紀末に出てきそうな奴らに見えるのだから、その感想が出るのも仕方ないだろう。

 

「はっはっはっ、確かにね。私達は二浪三浪も珍しくないような姿の奴は少なくないし、二・三人くらいは居るよ。ちなみに私は正真正銘新入生だよ」

 

 十代の対戦相手、弐重(ふたえ)八ツ木(やつぎ)は、十代が緊張していると勘違いしたのか柔らかく笑いかける。刈安色のオールバックの、かなりの老け顔。白いスーツを着ている所が、更に年齢を上に見せさせる。四十台のようにも見えるが、十代と同学年らしい。信じられない話だが。

 デュエルアカデミア、ノース校のエクシーズの魔術師の異名を持つ男。ノース校は本校とは違いエクシーズを試験導入している。その中でも、エクシーズの使用に長けた男が、この老け顔である。

 とはいえ、十代には関係ない。相手が誰であろうと、ただ引いて融合するだけ。それが未知なる相手だろうと、伝説の相手だろうと。

 十代と八ツ木は、同時にディスクを起動させ、猛禽的な笑みを浮かべる。

 

「噂は聞いてるぜ、エクシーズの魔術師。やる前からワクワクが止まらないぜ」

 

「ああ、私も同じだ。面白い素材と聞いている、期待するぞ」

 

 会場全員と一緒に、デュエル開始の幕が下りた。互いにカードを五枚引き、普段は収納されているディスプレイに二人の顔とライフが表示される。

 

「先功は私が貰おう、ドロー!

 私は召喚僧サモンプリーストを召喚!」

 

 真ん中に白い縦ラインの入った黒い服を着た、白い髭の老人が回転しながら現れ、あぐらを組む。

 

「手札の魔法カード、ギャラクシー・サイクロンを墓地へ送り、デッキから聖鳥クレインを特殊召喚!」

 

 青白い羽を生やし、ダチョウのような身体をした鶴のような顔を付けた鳥が羽ばたき、八ツ木の場に降り立つ。赤い布のような尻尾、左手には羽と同じ色の羽箒を付けている。何とも奇妙なキメラっぽいモンスターで、お世辞にも聖なる鳥には見えない。

 

「クレインの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、カードを一枚ドロー!

 更に、レベル4のモンスター二体でオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 八ツ木の場に大きな黒い渦が現れ、その中に水色の光と化したサモンプリーストとクレインが吸い込まれていく。そして突如大きな爆発が起きると、煙の中から灰色の赤い眼をした、テディベアに宇宙人めいた耳を付けたようなちっちゃな、ワニのような模様を腹に付けた生物が現れた。

 

「キングレムリン!」

 

「あら可愛い」

 

 しかし、煙の中を晴らし現れた、肩や背中、頭に棘を付けた巨大な化け物がそんな感想をかき消した。悪魔にびらびらの耳を付けた醜い顔、橙色の筋肉、恐竜のような手足、首には白いもわもわが付いている。太い尻尾がびたんと地面を鳴らす。胸には紅い宝石をあしらったペンダント。

 

「一ターンに一度エクシーズ素材を一つ使い、デッキから爬虫類族モンスター一体を手札に加える! 私はデッキから、カゲトカゲを手札に加える!」

 

 キングレムリンが足元に居るリトルレムリンの一体を掴み取り、口の中に放り込む。ぐちゃぐちゃと、ごりごりと。骨の砕ける音がしばらくの間鳴り響き、飲み込んだ音と同時に主に女子生徒から悲鳴が上がる。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

 手札補充。単純で種族も限定的だが、故に強力な効果だ。そして二枚の伏せカード、初手にしては中々堅実な動きだ。

 

「俺のターン、ドロー!

 永続魔法、守護神の宝札を発動! 手札を五枚捨て、カードを二枚ドロー!」

 

「守護神の宝札とは、随分とピーキーなカードを使うのだね」

 

「生まれてこの方、運だけは良いんでな! 魔法カード、ヒーローアライブを発動! ライフを半分払い、レベル4以下のE・HEROモンスター一体を特殊召喚する! 俺はE・HEROエアーマンを特殊召喚! このカードは召喚成功時、デッキからHEROと名の付いたモンスター一体を手札に加える! 俺はプリズマーを手札に加える!」

 

 背中にファンを付けたヒーロー、アカデミアの生徒にとっては既に顔なじみと化している。

 

「更にジャンク・シンクロンを召喚! このカードの召喚成功時、墓地のレベル2以下のモンスター一体を特殊召喚する! 墓地からシンクロ・フュージョニストを特殊召喚する!」

 

 オレンジ色の帽子を被った、丸い眼鏡が特徴的な小さな機械仕掛けの戦士が現れ、その隣に魔法カードの融合に描かれている悪魔の方のアレが現れる。

 

「レベル4のエアーマンとレベル2のフュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 神より放たれし力の槍よ、敵の欲望、行動、知恵を奪い我に勝利を齎せ! シンクロ召喚!」

 

 周囲が一気に氷点下と化し、空気が重くなる。これから現れるのは、今のデュエルアカデミアでないとまず手に入らず、今のデュエルアカデミアでも手に入りずらい伝説のカード。

 

「お前に伝説を見せてやる! 氷結界の龍トリシューラ!」

 

 氷点下に陥ったというのに見たら心の中から熱くなる、三つの首を持った、氷の龍。額にはオレンジ色の宝石が埋め込まれており、機械染みた鋭い眼は敵を睨み殺さんとしている。羽ばたくたびに羽にこびり付いた氷が剥がれ落ち、十代の頭に降り注ぐ。

 

「トリシューラ……だと……!?」

 

「一般に流通する前に手に入って運が良かったぜ。トリシューラの効果発動! 相手の場・墓地を除外し、ついでに手札も一枚ランダムに除外する!」

 

 トリシューラの口から冷気の塊が放たれ、左の伏せカード、墓地のギャラクシー・サイクロン、そして手札を芯まで氷らせ、十代が指をパチンと鳴らすと同時に粉々に砕け散る。

 伏せてあったカードは次元幽閉、強力な除去カード。除去出来た事に対し十代は僅かに安堵した。

 

「更にシンクロ・フュージョニストがシンクロ素材として墓地へ送られた時、デッキから融合・フュージョンと名の付いたカードを一枚手札に加える! 俺はミラクル・フュージョンを手札に加える!

 バトルだ! トリシューラでキングレムリンを攻撃!」

 

 トリシューラの三つ又の首から、氷のレーザーが放たれる。キングレムリンも迎撃せんと深緑色の吐瀉物のような液体を放つが、液体なので次々と凍っていく。

 吐瀉物は依然として吐き続ける。そこを軸に凍っていくも、もし止めたらあのレーザーが直撃するのは想像に難くない。しかし、だからといって押し切る事が出来るという訳でも無く、すぐにキングレムリンの口は吐瀉物の氷で塞がれ、頭から凍っていく。

 それを見たトリシューラはニタリと笑うと、大きく羽ばたく。風の塊をキングレムリンにぶつけると、大きな氷塊の屑と化す。

 

「ターンエンドだ!」

 

「くっ、強いな……私のターン、ドロー!

 レッド・ガジェットを召喚! レッド・ガジェットは召喚・特殊召喚成功時にデッキからイエロー・ガジェットを手札に加える! 更に通常召喚成功時に手札のカゲトカゲを特殊召喚!」

 

 歯車を背負った、量産的に丸く赤い機械が現れる。両手首には小型の歯車、寸胴体に長方形の足が付いている。眼は段違いにつけられており、ガラスレンズの向こう側から黒いカメラで敵を捕らえる。

 その隣に現れたのは、影のように真っ黒なトカゲ。赤い眼が何処となくこの世の生き物とは思えない雰囲気を醸し出している。

 

「効果にチェーンし永続罠、リビングデッドの呼び声を発動! 墓地のクレインを特殊召喚! 更に速攻魔法、サモン・チェーンを発動! これでこのターン、あと二回通常召喚が出来る!

 そしてクレインの特殊召喚に成功したので、カードを一枚ドロー! イエロー・ガジェットを召喚し、効果でグリーン・ガジェットを手札に加え、更に召喚! 効果でレッド・ガジェットを手札に!」

 

 カゲトカゲの隣に現れるのは、二つに割れた歯車を背負ったドラム缶のような身体をした黄色い機械。緑色の単眼(モノアイ)を固定するように頭にはモヒカンめいた歯車と同じ色の固定具が付けられている。マジックアームめいた手と、安い玩具のような半卵状の足。やはり工業機械の量産機、イエロー・ガジェット。

 そしてレッド・ガジェットの隣に、両肩に小さな歯車を付け、穴のような肩の機械が現れる。これまでのガジェットと違い、身体の中に他のガジェットが背負っているような歯車を内臓している。足はまるでスリッパのようで、やはり工業機械の量産機めいているのは、グリーン・ガジェット。イエロー・ガジェットと同じ単眼である。

 これで八ツ木の場は全て、レベル4のモンスターで埋まった。しかもこれだけ展開して、また手札は二枚も残っている。アドバンテージの取り方を完全に理解しており、その腕は学生レベルではない。エクシーズの魔術師、その名は伊達ではないようだ。

 思わず口が吊り上がる。こんな面白い相手と、強敵と戦える事に。十代は、デュエリストとしての本能がまるでマグマのように湧き上がってくるのを感じた。

 

「三色ガジェットでオーバーレイネットワークを構築! 君がトリシューラを使うのなら、私はその現身を使わせてもらう! ヴェルズ・ウロボロス!」

 

 黒い渦の爆発の中から現れたのは、三つの首を持った黒い龍だ。真ん中の顔は龍中がまだ無事で、右の顔は右半分、左の顔は左半分が黒く侵されている。まるであしゅら男爵だ。コーカサスオオカブトのような棘を背負ったトリシューラ、しかし白い顔が浸食するように黒く染まっている。胸には悪魔のような顔、身体も羽も黒く侵されており、三つに枝分かれした、まるで神話に出てくる槍のような尻尾が何度も空中を斬る。

 

「トリ……シューラ……?」

 

「残念だが違うのだよ、少年。ヴェルズ・ウロボロスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、三つの中から効果を発動する! 私はその中から、場のカード一枚を手札に戻す効果を発動!」

 

 左の顔が完全に黒くなり、悲しげな断末魔を上げる。それと同時に胸についている顔に禍々しい紫色の光が集まり、光がトリシューラを包み込み、その姿を粒子に変換させ消滅させる。

 

「更にクレインとカゲトカゲでオーバーレイネットワークを構築し、インヴェルズ・ローチをエクシーズ召喚!」

 

 金と黒のコントラストが素敵な騎士が、レイピアを手に持ち現れる。マントのような羽の形や頭の触覚から何処となくゴキブリを連想させる外見で、女子生徒から悲鳴が上がる。足元に二匹のゴキブリが現れたのも、更に生理的嫌悪感を増幅させる。

 

「バトルだ! ヴェルズ・ウロボロスで直接攻撃!」

 

 ヴェルズ・ウロボロスの三つの口から、禍々しい毒素と冷気の混じった霧の塊が発射される。が、丸いバリアによって白黒の霧が弾かれ、辺りに漂う。そしてバリアが解除されると同時に謎の風が吹き、霧が散乱し消滅した。

 

「墓地からネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした!」

 

「チッ! ならばローチよ、斬り裂け!」

 

 インヴェルズ・ローチは強く地を蹴り大きく飛翔すると、レイピアを大きく振りかぶり袈裟に斬る。その一連の動きが、十代にはどうもゴキブリに見えて仕方がない。

 

「カード一枚をセットしターンエンド!」

 

「俺のターン、守護神の宝札の効果で二枚ドロー!

 プリズマーを召喚!」

 

 クリスタル状の細いヒーローが十代の場に姿を現す。天窓から差し込む光がプリズマーの身体を通し、影の代わりに床に虹を描く。

 

「プリズマーの効果発動! エクストラデッキのシャイニング・フレア・ウィングマンを相手に見せ、デッキからスパークマンを墓地へ送る!」

 

 床に移る虹がスパークマンの形になる。普通は気にしないような演出に力を入れるのが海馬コーポレーションとフロム・ソフトウェアである。

 

「強欲な壺を発動し、カードを二枚ドロー! 更に魔法カード、融合を発動! 場のプリズマーと手札の沼地の魔神王を融合! シャイニング・フレア・ウィングマン(いつもの)を特殊召喚!」

 

 工業機械めいた羽を広げ、場に降り立たんとするは十代の十八番。ただいつもより観客が多いせいか、白い炎を渦状に纏わせ、決めポーズを取っている。マスクに覆われていて表情は見えないが、きっとその下の顔は溢れんばかりの笑みが浮かんでいるだろう。

 

「甘い! 罠カード、奈落の落とし穴!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンが降り立った瞬間、まるで地雷を踏んだかのように床が派爆散し、穴に落ちて行った。

 

「なっ……まだだ、貪欲な壺を発動! 墓地のジャンク・シンクロン二体、エアーマン、プリズマー、沼地の魔神王をデッキに戻し、カードを二枚ドロー!」

 

 十代は引いたカードを見て僅かに眼を見開いたが、しかしすぐにニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。少々悪のイメージを持つカードだが、たまには闇堕ちも一興。それに十代は、既に仮想世界ではあるが覇王となっているのだ。今更、何を躊躇う必要があるのか。

 

「魔法カード、闇の量産工場を発動! 墓地の通常モンスター、クレイマンとスパークマンを手札に戻す!

 手札の沼地の魔神王を捨て、デッキから融合を手札に加える! そして魔法カード融合を発動。手札のクレイマンとスパークマンを融合し、E・HEROサンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

 黄色いボディの、胸に稲妻を封じ込めた巨人が姿を表す。

 

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! これはE・HERO専用の融合カード! 自分の場と墓地から素材を除外し、融合召喚する! 俺は墓地の沼地の魔神王とスパークマンを除外し、融合! 次こそ出番だ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 二度目の登場とばかりに張り切り空中から現れる、シャイニング・フレア・ウィングマン。どういう訳か外付けの大きなブースターを空中でパージし、回転しながらその速度を殺し現れる。ちなみにブースターは空中で分解しさながら投擲槍のように地面に突き刺さる。

 

「こいつは墓地のE・HEROと名の付くモンスター一体に付き、攻撃力を300アップさせる!

 今墓地に存在するE・HEROの数はスパークマン、クレイマン、サンダー・ジャイアントの三体! よって攻撃力は900ポイントアップし攻撃3400!

 バトルだ! シャイニング・フレア・ウィングマンでヴェルズ・ウロボロスを攻撃! フェニックス・シャイニング・シュート!」

 

 大きく地を蹴り跳ね上がったシャイニング・フレア・ウィングマンは工業機械めいた羽の装甲を展開し、そこから大きな白い炎の羽を出す。そして右腕のパーツからも炎が出、まるで火の鳥のような形となり、ヴェルズ・ウロボロスに勢いよく突っ込む。

 撃退しようと冷気と瘴気の塊をぶつけるも、まるで炭火に肉の脂が垂れたようにジュッ、という音が鳴るだけで消滅し、そしてそのままヴェルズ・ウロボロスに直撃。全身を白い炎で焼かれ、胸の悪魔めいた顔から断末魔の雄叫びが上がる。そしてその飛び火は、八ツ木の方にも向かい、身体をちりちりと焦がす。勿論ソリットビジョンなので人体に影響は無い。

 だが、それとは逆にウロボロスの顔はまるで解放されたかのように安らかだ。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンは戦闘破壊した相手モンスターの攻撃力分ダメージを相手に与える!

 更にサンダー・ジャイアントでインヴェルズ・ローチを攻撃!」

 

「手札からクリボーを墓地に捨て、戦闘ダメージを0にする!」

 

 サンダー・ジャイアントの太い腕から放たれた雷撃はインヴェルズ・ローチの身体を焦がし、更にその熱によって背中が激しく燃える。ちなみにこれは余談だが、ゴキブリは背中の油で呼吸をしている。なので背中に洗剤をかけたりしたら窒息死するのだ。

 サンダー・ジャイアントの雷撃は八ツ木の目前で、まるで水の中に溶ける雪のように拡散する。

 

「ターンエンドだぜ!」

 

「戦況は芳しくないが……私のターン、ドロー!

 大きな力を振るった後は、大抵手痛いしっぺ返しが待っているものだ! 魔法カード発動、死者蘇生! 墓地からサモンプリーストを特殊召喚する!

 更に手札の精神操作を墓地へ送り、デッキからレベル4のモンスター、聖鳥クレインを特殊召喚! そして手札からレッド・ガジェットを召喚し、効果でイエロー・ガジェットをサーチ!」

 

 またしても三体の、同じレベルのモンスターが揃った。次はどんな強力なモンスターが現れるのか、逆転されるかもしれない状況だというのに、何故かワクワクが止まらない。十代もかなりのデュエル馬鹿で、そして相対している相手もずっと猛禽的な笑みを浮かべている。

 馬鹿同士の戦いというのは、得てして面白い物だ。何せ常に全力で、出し惜しみをしないのだから。

 

「私は常に全力だが、ここまで付いてこれたのは君が初めてだ。故に、私の第二の切り札をお見せしよう!

 三体のモンスターでオーバレイネットワークを構築! ヴァイロン・ディシグマ!」

 

 黒い渦の中から現れる、金と黒が交互になっている羽。それが鋭く大きな腕と共に開かれ、幾何学的な機械仕掛けの天使が姿を現す。

 逆三角形の足に正方形の腰、胴体や肩はまるで鎧のようになっている。そして兜のように大きな金色の頭、中心部分にある黒い顔を覆い囲むような赤い宝石。頭上にはエネルギー供給源なのかコアなのかは判別不可能だが、赤い宝石が埋め込まれており、その中で三つの光が回転し合っている。

 

「ヴァイロン・ディシグマの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使う事で、相手モンスター一体を吸収する!」

 

 宝石の中の光が一つ消えると同時に、ディシグマの腕がシャイニング・フレア・ウィングマンに絡みつき、身体を拘束する。そして顔の周りにある宝石のようなものが赤く光ったかと思うと、シャイニング・フレア・ウィングマンは一本の白い剣と化した。

 

「バトル! ヴァイロン・ディシグマでサンダー・ジャイアントを攻撃!」

 

「攻撃宣言時、二体目のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にする!」

 

 ディシグマの降り下ろされた剣はバリアによって弾かれる。

 

「面白い、ここまで楽しませてくれるとは! もっと私を満たしてくれ! ターンエンド!」

 

「俺のターン、守護神の宝札の効果で二枚ドロー!」

 

 逆転の一手というのは、いつも突然やってくる。そしてそれは案外何気ないカードで、割と地味だったりもする。それがカードゲームというものだ。

 

「……悪いけどここで──俺の勝ちだ」

 

 十代は一枚のカードを発動する。精神操作、相手モンスターのコントロールを得るカード。生け贄にも攻撃にも使えなくなるが、効果の発動は可能だ。

 虚空から現れた糸に道具が抗う事は出来ず、ディシグマがゆっくりと十代の場に移動する。

 

「バトルだ! サンダー・ジャイアントで直接攻撃!」

 

 サンダー・ジャイアントが筋肉を大きく膨らませ、巨大な稲光を腕に灯す。そして、肩で大きなプラズマ爆発が起き、その出力のままサンダー・ジャイアントの拳が八ツ木に迫る。

 八ツ木は満足そうな笑みを浮かべながら、その拳を受け入れた。

 

「負けた……か。やれる事はやった、全力は出し切った。悔いは無い」

 

「何か死にそうな台詞だな」

 

 哀愁漂わせながらそんな台詞を呟く八ツ木に、思わず十代はツッコみを入れる。何というか全体的に高校生っぽくないというか、日本人っぽくない雰囲気だ。

 八ツ木は満足そうな笑みを浮かべ、十代に手を差し出す。

 

「次は負けないぞ、遊城十代」

 

「次も勝つさ、俺がな」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべ、握手をしてから拳をぶつけ合う。デュエルで互いに全力を出し合えば、その時点でもう友達なのだ。そして、その友情を祝福するように拍手が、二人を包み込む。

 ちなみに余談だが、クラス対抗戦に勝った学園長はトメさんのキスが貰えるらしいが、それは十代にとっては関係の無い話だ。だがご褒美に十代に、半年分のドローパン引換券が貰えたので言う事なしである。




 エクシーズとか、おいたんよくわかんないからこんなデッキになった。


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第33話 闇のデュエルは鉄の臭い(前編)

 木々が生い茂る、整備されていない森の中を、迷彩柄の服に身を包んだ細身の男が走る。手にはトンプソン・サブマシンガン、腰のワルサーががちゃりと揺れる。そして彼の後を追うようにBB弾が木に辺り、葉を揺らす。

 木の影に隠れ、息を整える。熱帯特有の気候は身体の水分を奪い、汗が視界を曇らす。細身の男は小型のペットボトルのお茶を飲み、一息つく。木々は鬱蒼としており、隠れる場所が多い。更に迷彩柄の服というのが、更にステルス性を高め、姿を目視する事は困難。となれば、発射位置から特定するしかない。

 緊張の一瞬、張り詰めた空気。ごくりと喉が鳴り、手に汗が浮き出る。自分はギリースーツを着ているというのに、どういう訳か精確に射撃してくる。

 

「ステンバーイ……スッテンバーイ……」

 

 小型無線機から二階堂の声が耳に入る、敵味方、共にヒットした者は0。勝機は必ずある筈だ。敵にギリースーツは効果なし、化け物めと思わず愚痴りたくなる。

 

「ゴッ!」

 

 合図と共に駆け出し、銃を撃つ。兎に角撃つ。だが精確に永理と二階堂の胸にBB弾が当たり、同時にヒットコール。それを聞き対戦相手である二人も、森の中から姿を現す。

 

「永理め、ギリースーツとは不敵なり。森の中なら、木の葉も隠しようがあるという訳か」

 

「その言葉そのままそっくり返すぞ、なにその変なヘルメット」

 

 プレデターが付けていそうな丸いバケツのようなヘルメットを外しながら、亮がふと呟く。サーモグラフィーやら色々とプレデターのマスクの機能を完全再現した、アメリカの会社が製作した玩具だ。だがその性能は軍隊でも十分通用するというのだから、つくづく世の中は何処かおかしい。

 この日永理と亮は、暇つぶしにオシリスレッドの暇人二人を誘ってサバゲーに興じていた。ここは立ち入り禁止となっている遺跡近くの森。人も滅多に入らないのでサバゲーにはもってこいだと永理がびびっと来たのだ。ちなみにギリースーツに身を纏っていたのが永理で、その仲間が今現在、隣で暑苦しく筋肉を膨らませ、ギリースーツからタンクトップ姿になったガチムチ、二階堂寛。筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。しかし飛行機だけは勘弁らしい。

 そして亮の隣の細い眼鏡野郎が嵐ヒロシ。通称ゴキブリ博士で、虫退治なら彼に相談すれば大抵何とかなるくらいだ。永理が二人に思った事は、こいつら来る学園を間違えている気がする。多分、オシリスレッドの誰もがそう思っただろう。

 ちなみに、寛の持っている銃は鉄血帝国(アイゼンライヒ)ルガー・スペシャル。某漫画の銃を完全再現している。亮の手にあるのはモシン・ナガン、ヒロシは箱型サブマシンガンのKBP PP-90である。ちなみに今は三セット目で、ヘルメットというかマスクというか、コメントに困るマスクめいたヘルメットを相手が装着したのはこのセットからである。

 

「ちょっと疲れたっす! つーかこのヘルメット凄い重いっす!」

 

「フンッ! このくらい! まだまだいけるぜぇ、月影ェェェェ!!」

 

 ジョナサンの血統かというくらい巨大な身長の二階堂寛。元々はラーイエロー所属だったのだが、筋トレに現を抜かしすぎて出席日数が足りずオシリスレッドに転落したと言う、ある意味凄い経歴の持ち主である。

 嵐ヒロシは最初からオシリスレッドだが、使用デッキ(ゴキブリ)に異様なほど愛を持っており、そのせいでデッキパワーがかなり足りず昇格する事が出来ないという、変態である。

 

「お前戦場だとマクミラン大尉なのに、なんで終わったらヴァオーなの?」

 

 暑いのでギリースーツを脱ぎながら、永理は思わず寛に尋ねてしまう。下は迷彩柄の服、サバゲー使用だ。寛はそれに、妙な笑い声で答えた。

 

「ハッハーッ!」

 

「ギリースーツを着たら」

 

「ビューティフォー」

 

 ヒロシが寛にギリースーツを被せると、途端に南蛮言葉になる寛ミラン大尉。ちなみに地元ではかなり名の売れたサバゲーマーであったらしい。

 

「しっかし、こんな所でサバゲーなんかして大丈夫なんすか? 俺パクられるのは御免っすよ!?」

 

 そう、彼らがサバゲーをやっている場所は、無駄に大きな遺跡の近く。ちょっと遠くに目をやれば、まるでエジプトめいた遺跡が見える。

 安全面やらよく解らない理由から、周辺までも立ち入り禁止にされているのだ。故に滅多に生徒も来ず、絶好のサバゲーポイントになっていた。安全面は若気の至りでカバーする。

 

「バレなきゃ犯罪じゃないんだぜ」

 

 キリッ、という感じの顔でそう言い切る亮。そこにオベリスクブルーとしての見本となる姿は無い、ただの悪友である。ヒロシと寛の二人も、亮の本性を知ったときは面食らった者の、今となっては慣れたものだ。慣れと一緒に色々と大切な物を失っているが、その程度は想定の範囲内である。

 

「……よーし、休憩終わり! 仕切り直しだぜ!」

 

「ああ!」

 

 寛の声と同時に、亮とヒロシもスタート地点である森の中へと戻っていく。そして寛も、ギリースーツを着て森の中へと戻って行った。

 永理はふと、天を仰ぐ。そこには燦々と輝く三つの太陽が──

 

「三つ?」

 

 ふと、辺りを見渡す。先ほどまで鬱蒼と茂っていた森は無く、砂漠と化していた。サバゲ仲間もいない。森林が砂漠化するというのは、外国ではよく聞く話だ。だが、それでもここまでいきなり砂漠化したりはしないし、そもそも太陽が三つもあったら普通生き物は地球では生きていけないだろう。

 だというのに、永理は無事だ。つまり、以上の事から察するに永理がたどり着いた結論は一つ。

 

「白昼夢という奴か」

 

「残念ながら違いますね」

 

 後ろからかけられた答えに、永理は振り向く。そこには見慣れた姿の死霊伯爵、緑色赤肌ハゲのサイコ・ショッカー、そしてリトルサイズのグレート・モスの三体。いつもと同じメンバーだが、普段とは違い向こう側が透けていない。つまりモンスターが実体化したのだ。

 

「此処は精霊界、我々の住む世界だ。全く、とんでもない事に巻き込まれるな。貴様は」

 

 サイコ・ショッカーが具体的かつ、永理が意図的に思考から外していた答えを口にする。グレート・モスのおかげで永理に危害を加えるような事は無い。その頼れるグレート・モスは今現在、死霊伯爵に気持ちよさそうに撫でられているが。

 元の世界には無かった、遠くに見える谷。段差は無く、一応歩いて行ける距離である。

 しかし永理はすぐにそこへは行かず、顎に手を当てぶつぶつ呟く。

 

「精霊界、つまり……モンスターが実体を持つ? そしてここは法外、つまり罰せられない……?

 よし、ファックしに行きます」

 

「何処へ行くにも、ここからでは歩いて三か月はかかります」

 

「というか貴様は何を考えているのだ」

 

 全く、と言いたげに溜息をつくサイコ・ショッカー。現実世界では生け贄を求めていたヤバい奴であったが、永理の前ではただの常識機械と化してしまう。ちなみに仮に、たどり着けたとしても攻撃力が千眼の邪教神にも劣る戦闘力の永理では到底押し倒す事は不可能である。返り討ちに去れるのが関の山だ。

 

「取りあえず私は、あの遺跡に避難する事を提案します。このままでは永理さんは脱水症状でオタッシャ重点ですのでね」

 

「……死なせた方が世の為ではないか?」

 

 辛辣な事を言ってのけるサイコ・ショッカーは放っといて、永理は本来の大きさに戻ったグレート・モスの身体にしがみ付く。グレート・モスの多脚で永理の身体をがっちりと固定、死霊伯爵とサイコ・ショッカーはグレート・モスの背中へと乗る。重さをまるで感じていないのか、難なく羽ばたき飛び上がるグレート・モス。そのまままるで弾丸の如き速さで、グレート・モスは遺跡の方へと勢いよく飛ぶ。

 

 

「なあ、知ってるか?」

 

「何をさ?」

 

 谷の前で黒い民族衣装に身を包んだ男二人が、長い棍を手に持ちながら、退屈しのぎに雑談をし合う。今現在、彼らが守るべき遺跡には何処からか現れた侵入者で喧しいほど賑わっているのだが、今日の門番である二人はここを離れるわけにもいかず、何の変わり映えもしない砂漠を眺めるか雑談をするかしかやる事が無いのだ。ちなみに二人ともハゲで、かなり体格がふとましい。

 

「今回の侵入者に関しての」

 

「侵入者ってーと、あれか。今中で暴れまわっているっつー……」

 

「そうそう、何でもまたあの異端者がやらかしたらしい」

 

「……あー、あいつか」

 

 異端者、というのは彼らの同族の一人である。色々と問題を起こす厄介な奴で部族での嫌われ者だが、長の息子ととても仲がいいので下手に手出しの出来ないという、虎の威を借りて好き勝手する奴である。

 勿論、見張りである彼らもあまり好きではない。が、あまり忠誠心や信仰心の無い少数派の変わり者には好かれていると風の噂で流れる事がある。とはいえ、その信仰心の無い墓守の数はごくごく少ないのだが。

 

「何かしでかすのは構わんが、説教に巻き込んでくるのだけはやめてほしいものだ」

 

「全く──」

 

 びゅん、と大きな物体が勢いよく通過し、谷の中を通り抜けていく。余波で服が靡き、舞った砂が視界を隠す。

 一瞬だけ見えた影はかなり大きく、そして遅れてやってきた鱗粉を吸い込んでしまい、更に強く崖に叩き付けられた追い打ちも加わって、二人は激しく咳き込む。しばらくは動けないだろう。監視塔からカン、カンと鐘の音が鳴り、侵入者に対し警告と報告を行う。

 が、砂埃の中、長い槍を持った男達の背後で、ズボンのポケットの中に手を入れながら不敵な笑みを浮かべる一人の男。その隣には、死霊伯爵とサイコ・ショッカー。両手にゲテモノを並べ、背後にはデュエルモンスターズ界でもかなりの高攻撃力に入るグレート・モス。

 

「谷の潜入に成功した」

 

 永理が潜入した場所は、ピラミッドに居るスフィンクスのような仏像が、狛犬めいて置かれている神殿の前。パルテノン神殿をマトリョーシカのように重ねたような神殿、柱を壊したらお札が大量に出てきそうだ、と永理はふと思った。

 

「潜入というには、少し迎えが早すぎますがね」

 

 そして、神殿の中からまるでバルサンを焚いた時のゴキブリのように這い出てくる兵士。

 革製のベルトのようなものを頭に巻き、長い槍を手に持った長槍兵。金色のガントレットを両腕にハメた、手に棍を持った番兵。まるで無双ゲームに出てくる雑魚キャラのように、永理達を囲む。ゲームのようにはいかないのが現実、そんな状況の中、死霊伯爵が冷ややかに、永理にツッコみを入れる。

 

「貴様達、何者だ!?」

 

「……ふむ、これは」

 

「プランD、所謂ピンチですね」

 

 正直ネタを言えるような状況ではない。永理達を囲んでいる槍兵の数は全部で五人、そしてネクロバレー効果によって攻撃力は死霊伯爵と同等になっているだろう。

 永理としては、ファックが出来ないのならこの世界に用は無いのだが、相手がその話を信じるかどうかはまた別問題となる。そして確実に、ほぼ確定的に拷問紛いな事をされるだろう。永理の中で部族というのは、「怪しい奴はとにかく拷問にかけろ!」という感じの、何処の中世だとしか思えないような思考の持ち主だという偏見を持っているのだ。

 

「ショッカー、こいつら喰っていいぞ」

 

「いや喰わないぞ、生け贄にするだけだ」

 

「ぷぴゅん」

 

 『それ食べてるのと同じじゃないの?』的な事をサイコ・ショッカーに思いながら、グレート・モスは再度永理の身体を掴み大きく羽ばたく。ちゃっかり死霊伯爵とサイコ・ショッカーはその上に乗っていた。

 砂埃と鱗粉が舞い、槍兵の視界を白く塗りつぶす。そして、サイコ・ショッカーは手から黒い稲妻の球体を発射。すると可燃性のある鱗粉に反応し、粉塵爆発が発動。大きな爆音に取り囲んでいた槍兵の身体が吹っ飛ぶ。

 

「サバゲ上がりの粉塵爆発の臭いは格別だ、勝利の香りだ」

 

 グレート・モスに釣られながら、どこぞの中佐のような台詞を吐く永理。別に前世で軍人やってたとか、そういうのは全く無いし、辛い過去なんて痛風とモテなかったくらいの、ごく普通の大人だった。ただちょっと、B級映画と木曜洋画劇場が好きだっただけだ。

 

「よし、ばらけたな。このままここに居ては日差しでヤバい、一先ず建物の中に逃げ込むぞ」

 

「危ないのではないか?」

 

「こっちにゃ上級モンスターが二体居るんだ、負ける訳ねえだろ! 行くぞぉ!」

 

 思い切り死亡フラグビンビンに立たせ永理は、死霊伯爵を盾にし遺跡の中へと突入する。と、同時に足元の床が抜け、重力に従い落下していった。

 

「あー、これ死んでます?」

 

「死んだな」

 

 死霊伯爵とサイコ・ショッカーの、全く持って心配していない声が遠ざかっていくのを感じながら、永理はふと走馬灯が頭をよぎった。

 

 

 遺跡の奥深く、地下の地下。薄暗いが埃っぽくは無い、ネクロバレーの地下室。綺麗に切りそろえられた砂岩を敷き詰めた床の中、白い服の上に青い、肩だけを守るアーマーを付けた白髪の老人は一人、岩を削り作らせた椅子に腰かけながら、犬のような青い兜を撫でながら楽しそうにくつくつと笑う。

 老人の前には、上へと続く階段。そして背後には大きく、奴隷に彫らせた壁画。そこには巨人を催した神、竜を催した神、鳥を催した神、そして世界の創造主である女神が、精巧に描かれている。

 上の階から突然爆音が鳴り響いたのには少々驚いたが、それもすぐに、侵入者とやらが決闘で巻き起こしたものだろうと思い、実際は別の侵入者なのだが、さして気にも留めなかった。

 なのでいきなり、目の前に落ちてきた侵入者の登場に驚き、眼を見開き動きが固まってしまった。ぐちゃり、と嫌な音と共に、肉が弾け骨が肉を突き抜ける。

 

「黄金の爪でも見つけてやろうか、糞が」

 

 訳の分からぬ言葉を毒づきながら、よっこらしょと、まるで何事も無かったかのようん起き上がる細身の男。老人は思わず動く死体(リビングデッド)かと疑ってしまった。青白い肌、くすんだ瞳、濃いくま、痩せぎすな身体、そして何より、床に広がる赤い染み。あの高さから落ちてきたら、普通はひとたまりも無く、死んでしまう。それも、普通の人間なら容易く。

 何処から入って来たのだ、という当然の疑問は、男が雑草をあしらったのだろう、お世辞にも趣味が良いとは言えない服をぽんぽんとはたき、銃が壊れた事に絶望の表情を浮かべた瞬間に湧き上がった。

 

「貴様、何者だ」

 

「通りすがりの勇者様だ、黄金の爪置いてけ」

 

「……質問を変えよう。貴様は、何だ」

 

 話しは通じぬというか噛み合わないというか、とにかくまじめに返す気は無いと理解した老人は、問いを変える。しかし男は首を傾げる。まるで質問の意味が理解出来ていないように。まるで自分が、ただの人間ですとでも言いたげに。

 男から感じ取る事の出来る、邪悪な気配。それがより一層、男の不気味さを、言い知れぬ嫌悪感を醸し出していた。

 

「人間、月影永理だ」

 

 嘘をつくな、という言葉が出かかった。あの高さから落ちて、無事で済む筈が無い。そもそも、骨が突き出る瞬間をしかと目撃したのだ。

 確かに、デュエリストとして徳を積んだ人間、体内にデュエルエナジーを蓄えた人間であれば無事であろうが、目の前の男、永理にはそれほど大きなデュエルエナジーを感じない。ただ、言い知れぬ邪悪な気配、それだけが感じ取れる。

 

「で、お前は何者だ? まさか俺にだけ名乗らせて、はいそうですかで終わる訳じゃないだろうな、ご老人」

 

「墓守の大神官。真の名はとうの昔に棄てた」

 

 大神官、実際かなりの重役なので当然永理より偉いのだが、当の永理は何となく凄いのだろうけどそれがどのくらいの役職なのか解らず、しかも宗教というものを軽視する傾向にあるので、さして態度は変わらない。そして同時に、この世界を夢とも思っている。今この時空は、あのサバゲの時に熱中症で倒れた時に見ている夢だと、なのでこんな態度で居られるのだ。

 

「グレート・モス、サイコ・ショッカー、そして死霊伯爵」

 

 永理が慣れた手つきで、当たり前のようにディスクにカードを置く。デュエルモードで無いのであれば、召喚条件を無視する事も可能である。そして精霊界においてデュエルディスクは、文字通りモンスターの召喚。精霊の召喚が可能な便利アイテムだ。場所の転移くらいお茶の子さいさいである。とはいえ、その事は永理は知らない筈で、精霊界に来たのも今日が初めての筈だ。だというのに、何故解ったのか。永理は一先ず、その問題を考えるのを後にする。

 呼び出された三体のモンスターは永理の一歩後ろへ下がり、周囲を警戒する。

 

「助けを呼ぼうとしても無駄だ、大人しく俺達を元の世界へ戻す事をお勧めする。こちらには、長槍兵の攻撃力を超えるモンスターが三体。我らかすれば雑兵なんぞはただのカカシですな。俺たちなら瞬きする間に皆殺しにできる、忘れないことだ」

 

「ふん、その必要は無い……元の世界に帰りたい、か。ならば試練を打ち勝たねばな」

 

 審神者は石製玉座から腰を浮かし、犬のような兜を被り、腕を掲げる。するとそこに、明らかに場とは不釣り合いなデュエルディスクが装着された。

 

「我が試練に挑まねば、次元の狭間は現れん。拒否するのであれば、どれだけこの遺跡で生き残れるのか……楽しみだな。邪神の申し子」

 

「……いいだろう、やってやる。どうせ夢なんだ、好き勝手にやってやるさ」

 

 いつの間にか、永理の腕に取り付けられていたデュエルディスクとデッキ。互いにデッキトップからカードを五枚引く。

 

「「デュエル!」」

 

 夢の世界だというのに、永理は言い知れぬプレッシャーを感じ取った。あの時と同じ、あの闇のデュエルと同じプレッシャーを。

 

「我の先功、ドロー!

 我は魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター、墓守の大筒持ちを除外! モンスターをセットし、カードを二枚セット、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、封印の黄金櫃を発動! デッキからネクロフェイスを除外し、ニターン目の自分のスタンバイフェイズに手札に加える! 更にネクロフェイスの効果発動! このカードが除外された事により、互いのプレイヤーはデッキトップからカードを五枚除外する!

 終焉の精霊を召喚!」

 

 永理の足元の影から、悪魔の姿が浮かび上がり、聞くのも悍ましい気味の悪い笑い声を上げながら、永理の場に具現化する。

 

「俺の除外した闇属性モンスターは四体、お前の方は?」

 

「三体だ」

 

「つまり合計七体、か。終焉の精霊の攻撃力は、除外されている闇属性モンスターの数×300ポイントアップする。よって攻撃力は2100、まあ妥協点といった所か。バトル! 終焉の精霊で、伏せモンスターを攻撃!」

 

 終焉の精霊が勢いよく上体を倒し、一気に加速し、鋭い爪を振り下ろす。リバースし現れた銀髪の褐色肌をした女は、手に持っていた石板を咄嗟に盾にしたが、それもねじ伏せるかのように終焉の精霊は、石板ごと引き裂く。胸から赤い血を吹き出し、砂岩を湿らす。

 

「墓守の使徒が相手モンスターの攻撃によって破壊された時、同名モンスター以外のモンスターを裏側守備表示でセットする。我は墓守の偵察者をセット」

 

「チッ、面倒な……カードをセットし、ターンエンド!」

 

 リクルーターでリクルーターを呼ばれた。これでリバースすれば、相手はデッキからモンスターを特殊召喚し、生け贄が二体揃う。最上級モンスターを出されると言うのは、割と辛いものがある。

 

「我のターン、ドロー!

 我はモンスターをリバース、墓守の偵察者の効果によって、デッキから墓守の召喚師を特殊召喚する!」

 

 黒いターバンで頭を隠した男の隣に、墓守の民族が着る服を羽織っただけの筋肉ムキムキの禿げが現れる。リクルーターでリクルーターを釣るというのは常套手段で、実際効果的。デッキ圧迫も素早く出来るのだ。

 

「二体のモンスターを生け贄に捧げ、我自身を召喚!」

 

 二体の墓守がククリナイフを取り出し、自らの胸に突き刺し、心臓を取り出し、天に掲げる。すると二人は光に包まれ、塵となって消滅し、代わりに大神官が現れる。

 

「我は墓地の墓守と名の付くモンスターの数×200、攻撃力を上げる。今墓地に存在する墓守の数は三体、よって攻撃力は600ポイントアップ! 更に手札から墓守の司令官を墓地に捨て、デッキから王家の眠る谷―ネクロバレーを手札に加え、発動! ネクロバレーの効果で攻撃力を500、墓守の司令官が墓地へ送られた事により、攻撃力を200更にアップさせる! 更に墓守の召喚師が墓地へ行った事により、デッキから墓守の司令官を手札に加える!」

 

 フィールド魔法を張られたが、周囲に変化は無い。既にここはネクロバレー内部だからだろう。

 しかし不味い事になった、と永理は忌々しげに舌打ちを洩らす。墓守の大神官の合計攻撃力は3300、更に終焉の精霊が破壊される事により、除外したカードが墓地へと戻る。

 正直言って除外軸デッキは、墓守と相性が良くない。しかし、だからといってグレート・モスデッキを使う勇気も無い。そもそも、出されたデッキがこれだったのだから、選ぶも糞も無いのだが。

 最も、倒す以外にも突破方法はいくらでもあるし、逆転の一手へと届かせるための手筈も既に打ってある。

 

「永続罠、エレメンタル・アブソーバーを発動! 手札の闇属性モンスター、ダーク・ネクロフィアを除外する!

 そして相手は、このカードが表側表示で存在する限り、この効果で除外したモンスターと同じ属性のモンスターは攻撃宣言する事が出来ない!」

 

「……なるほど、墓地が無理であれば場で、という訳か。ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 攻撃を封じたとしても、相手の場には攻撃力3300のモンスター。その壁は大きく、現在の手札では突破する事は容易ではない。突破する事自体は可能なのだが、その場しのぎの手がそれを難しくさせている。しかし、ここでエレメンタル・アブソーバーを取り除くという選択肢は無い。何故ならあからさまに罠だとバレてしまうからだ。

 妙に現実味のある夢の世界。脂汗を袖で拭い、カードを二枚手に取る。

 

「モンスターをセットし、カードをセット。ターンエンドだ!」

 

「くくく、突破出来るカードは引けなかったようだな。我のターン、ドロー!

 モンスターをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー! 二回目のスタンバイフェイズに、除外したネクロフェイスが俺の手札に来る!」

 

 その逆転の一手は、相手が闇属性デッキという事で更に活かされるカード。まともに召喚した記憶こそ無いが、永理のデッキに必須なカードだ。

 とはいえ封印の黄金櫃を使った際、見慣れないカードが三枚ほど投入されていたのだが、今はそこを気にしている余裕は無い。

 

「罠カード発動、墓荒らし! 相手の墓地から、魔法カードを一枚、闇の誘惑を頂戴するぜ!」

 

「面白いカードを使うな、墓荒らしが墓荒らしを使うとは」

 

 くつくつと笑いながら、大神官はデュエルディスクから排出された闇の誘惑を永理に投げ渡す。しかし取り損ね、後ろで警戒していた死霊伯爵の後頭部にすこーんと刺さった。

 

「……ちゃんとキャッチしてくださいよ」

 

「すまん……闇の誘惑を発動! 墓荒らしの効果で、俺は2000ポイントダメージを受ける!」

 

 突然、永理の心臓が締め付けられるような感じがし、胸を押さえ膝をつく。息が上手くできず、空気を求め口が開き、垂れ落ちた唾液が砂岩を湿らす。

 大神官はその様をくつくつと笑う。実に愉快そうに。

 グレート・モスと死霊伯爵は慌てて永理に駆け寄ろうとするが、謎の壁によって阻まれてしまった。

 

「デュエルの途中で他者が干渉する事は出来ない、先のようなトラブルでもない限りな」

 

「……くそっ、こんな事に巻き込みやがって。テメェただでは殺さん、一族全部根絶やしにしてやる」

 

 血を吐き捨て、永理は大神官を射抜くように睨み付ける。おおよそ主人公らしくない台詞だが、永理はやられたら何百倍にしてやり返す主義の人間だ。恨みを晴らすのに、全く永理は戸惑わない。仲良くなった者以外が死のうがどうでもいいという考え、自己中心的に出来たのが月影永理という男なのである。

 

「カードを二枚ドローし、手札のネクロフェイスを除外! 効果で互いに、デッキトップからカードを五枚除外する! そして、俺の除外した闇属性モンスターは二体!」

 

「チッ、我は五体だ」

 

 つまり、今除外されている闇属性モンスターの数は十四体、攻撃力は4200。並みのモンスターでは突破する事は不可能。この攻撃力を超えるモンスターは、永理の知る限りではそうそう多くなく、いずれも召喚難易度の高いモンスターばかりだ。

 罠で突破される可能性もあるものの、その程度の対策は既に終了している。永理のデッキに隙があっても、プレイングに隙はそれほど無い。

 

「バトルだ! 終焉の精霊で貴様自身を攻撃!」

 

 終焉の精霊が大神官を引き裂かんと鋭い鍵爪を振り下ろすも、突然現れたハゲた男が肉癖となり、代わりに引き裂かれる。断面から内臓が飛び出るも、終焉の精霊は気にせず、空いた手で男の顔を掴み取り、握りつぶした。トマトのように弾け飛んだ男の頭、手にかかった血を払いながら、終焉の精霊は永理の場へと戻る。

 

「ぐぅっ……我の効果発動! 手札の墓守と名の付くモンスターを墓地へ送る事で、破壊を無効にする! そして墓守と名の付くモンスターが墓地へ行ったことにより、我の攻撃力が200ポイントアップ!」

 

「チッ、面倒な。ターンエンドだ!」

 

 忌々しげに舌打ちを溢し、永理はターンを終了させる。攻撃力増加に、破壊耐性。永理のデッキには残念な事に、貫通効果を持ったモンスターが存在しない。

 未だ口の中には、血の味が残っていた。それをかき消すように再度、永理は血の混じった唾を吐き捨てた。




 タッグフォースのキャラ出したのに花が無いってどういう事なの……


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第34話 闇のデュエルは鉄の臭い(後編)

 永理はふと、この世界に来る前の事を思い出していた。別に過去に虐待を受けたわけでも、虐められた訳でも無く、親兄弟が死んだりとかそういうのも全く無かった。仕事も小説家で速筆では無かったもののコアな人気があり、金にはそれほど困らなかった。

 辛いといえるような過去もただ彼女が出来なかった事と痛風程度、酔った勢いでバイアグラも使っての四十発連続に挑戦していたら偶然死んでしまっただけという、転生者の中でも恐らく過去最高にクソな死因だった。

 まあそれは別として、生まれ変わる前、おぼろげながらに見た、冥府の記憶。生まれ変わる前に見た光景。真っ暗闇な空間、蛇のような長い龍、巨人のような大きな体格。二体とも骨のような身体をしており、邪悪さを醸し出していた。しかしそれより、永理を生まれ変わらせた神。真っ黒な球体、それにはひときわ大きな邪悪さを感じたが、永理は生き返れるならそれでいいやと結論を出し身を委ねたのだった。

 

 

 何故いきなりそんな事を、もう十五年も前の出来事を思い出したのか、永理は少し疑問に思うも、その疑問を脳内の片隅に寄せる。

 そんなのを考えている状況ではない。思考というのは、デスゲームが終えてからいくらでも出来る。まずは生き残る事、それを考えねばならない。そして復讐に関しても、だ。苦しめた報復は必ずする、それが永理のこれまでの生き方であり、これからの生き方でもある。

 相も変わらずくつくつと不気味に笑う大神官、その眼は勝利を確信した眼だ。ごくり、と永理は唾を飲み込み、思わず手に力が入る。カードが少し拉げてしまったが、この世界で作られたカードだ。さして問題ではないし、それに、仮に現実のものと作用したとしても、今現在の手札のカードはいくらでも替えが利くものばかりだ。

 

「恐怖しているな。だが同時に、報復を考えている。怖い怖い……だが」

 

 大神官はカードを引き、モンスターをリバースさせる。墓守の偵察者、デッキからモンスターを展開出来るカードだ。

 

「それでは我は倒せん。デッキから墓守の召喚師を特殊召喚」

 

 またしても、場に二体のモンスターが揃った。否、三体だ。三体、モンスターが揃った。

 永理は頭の片隅に追いやった疑問が晴れてくるのを感じた。三体、神、召喚条件、生け贄、サイコ・ショッカー。最後のは余計なものである。

 

「更にリバースカード、交霊の儀式を発動! 墓地の墓守の偵察者を特殊召喚!

 偵察者二体と召喚師一体を生け贄に捧げ、オシリスの天空竜を召喚!」

 

 大神官の背後の壁画が輝き、その中から真っ赤な竜が飛び出し、蜷局を巻く。

 長いが、同時に太く力を感じさせる身体。巨大な二枚の羽、棘が荒々しさを象徴させる。そして何より特徴的なのは、二つの大きな口だろう。息を吐くたびに空気がプラズマ化し、ばちりと音を立てる。

 伝説の神のカード、流石に永理もよく知っている。永理はGXの原作知識こそ無いが、原作の原作知識ならば残っているのだ。今となっては所々忘れてしまっているが、それでも神のカードというインパクトはそうそう忘れる事は出来ない。

 

「オシリスだと!? ……だが、お前の手札は二枚! まだ攻撃力なら、俺の方が勝っている!」 

 

「そうかな? もう一枚の交降霊の儀式を発動し、墓守の召喚師を特殊召喚。そして装備魔法、ワンダー・ワンドを装備!」

 

 先端に緑色の宝石を付けた杖が、ハゲのおっさんの手元に現れる。

 墓守の召喚師は、墓地へ行った際デッキから守備力1500以下の墓守を手札に加える効果を持ったカード。オシリスの天空竜を出した際は、召喚時にどのような効果も発動出来ないというメリットにもなるデメリット効果のせいで発動出来なかった。

 だが、神の召喚で効果が発動しないのであれば、別の方法で効果を発動させようと思うのは当然の事。しかもオシリスと大神官が並んだだけで、十分なプレッシャーを相手に与えているのだ。これ以上は過剰戦力となるだろう。

 

「ワンダー・ワンドを装備したモンスターを生け贄に捧げる事で、カードを二枚ドローする!」

 

 召喚師の手に持っていたワンダー・ワンドが突然光り輝くと、上からナイフの束が振り召喚師の身体をずたずたに引き裂く。

 召喚師はそれを笑みを浮かべながら受け入れ、両手を広げそのナイフを迎え入れる。

 

「更に召喚師の効果によって、守備力1500以下の墓守を手札に加える。私は墓守の司令官を手札に加える!

 更に魔法カード、墓守の石板を発動! 墓地の墓守の偵察者二体を手札に加える。この効果はネクロバレーによって無効にされない。更にもう一枚発動し、使徒を一体、番兵を一体手札に加える!」

 

 一気に大神官の手札が六枚にまで回復した。それと同時に、オシリスの攻撃力が6000となる。

 オシリスの天空竜の攻撃力は、所有者の手札の数×1000ポイントとなる。手札三枚で3000、四枚で4000。専用構築にすれば、攻撃力が10000を超える事も容易だが、流石にそこまで行くと過剰火力だ。

 

「バトル! オシリスの天空竜で、終焉の精霊を攻撃! 超伝導波サンダー・フォース!」

 

 終焉の精霊が右腕を大きく増徴させオシリスに斬りかかるが、精霊如きが神を打ち倒す事は出来ない。口から放たれた雷撃を凝縮された太い光線に飲み込まれ、跡形も無く消滅する。

 そして終焉の精霊を焼き尽くしただけでは飽き足らず、永理の身体もその太い光線が飲み込む。

 

「ぐっ、があっ!」

 

 あまりの衝撃に耐えきれず、永理の身体は大きく後方へと吹っ飛んだ。

 死霊伯爵達の目前に張られている透明な壁に、背中を強く打ち付ける。あばらが何本か折れ、声にならない叫びをあげる。力を失った手から、砂岩にカードが落ちた。

 死霊伯爵とグレート・モスから心配の声をかけられ、サイコ・ショッカーは一人心の中でほくそ笑んだ。

 

「ターンエンドだ」

 

 実に愉快そうに永理を見下しながら、大神官はくつくつと笑う。

 

「く……そ、がァッ!」

 

 落としてしまった手札を拾い、口に咥え、膝を強く叩き起き上がる。既に痛みは、まるで最初から無かったかのように治まっていた。

 永理の眼は血走り、ただ敵を殺す事しか考えていない。自分の身体に起こった以上なんぞは後回しだ。

 除外したモンスターは闇属性限定だが全て墓地へと戻り、ライフは200、レッドゾーンに突入している。既に火の粉一枚で消し飛ぶライフ、だが永理の頭の中に諦めという文字は無い。この世界で諦めるというのは──サレンダーするというのは即ち、自殺と同じ。永理の頭の中にそんな選択肢ははなから無い。

 半ば力任せにカードを引く。

 

「カードを二枚セット、モンスターをセットでエンドだ!」

 

「守りを固めるか……まあ、今となってはそれしか打つ手は無いか。ドロー!

 オシリスで伏せモンスターを攻撃!」

 

「お前の攻撃宣言時、砂塵の大竜巻を発動する! ネクロバレーを破壊!」

 

 砂交じりの竜巻が吹き荒れ、ネクロバレーを破壊する。とはいってもフィールド魔法は展開されて無いようなものなので、場は何も変わらないのだが。

 圧縮された電動波が永理の伏せモンスターを破壊する。闇の仮面。黄色く、左頬辺りにバツ印の傷がついた仮面だ。

 

「闇の仮面の効果で、墓地の墓荒らしを手札に加える!」

 

「……ふん、その程度くれてやる。我の勝利は確実だからな。ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 場は整った、墓地もいい具合に肥えた。ライフは最悪、気分は最高。永理の眼は既に勝利を確信している。

 手札は無限の可能性、という言葉を永理は否定する。手札は可能性の選択肢に過ぎない、無限の可能性が眠っているのはデッキの方だと。何せ、可能性は見えないのだから。

 

「魔法カード、終わりの始まりを発動! 墓地の闇属性を五体除外し、三枚ドローする! 俺はネクロフェイス、終焉の精霊、ダーク・エクロフィア、闇の仮面、そしてバイス・ドラゴンを除外し、三枚ドロー! 更にネクロフェイスの効果で、互いにデッキトップからカードを五枚除外!」

 

 そして永理は、その可能性を上手く呼び込んだ。後は違えないよう選択するだけだ。

 相手は神と大神官、除外されている永理のカードは十四枚。まだ足りない。

 

「魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、一枚を除外する!」

 

 これで十五枚、神と攻撃力が並んだ。だが、倒すにはまだ足りない。

 

「魂の解放を発動! 俺の墓地のTHE DEVILS DREAD-ROOT、THE DEVILS AVATAR、THE DEVILS ERASER、闇の誘惑、砂塵の大竜巻を除外する!」

 

 この際いつの間にかデッキに紛れ込んでいたカードも見境なく除外する。仮に強いカードだったとしても、永理は英語が読めない。だから仕方がないのだ。

 ともかく、これで除外されたカードは二十枚となった。デッキの約半分、いつデッキ切れになるか正直怖い所だが、ここでビビっていては永理ではない。

 

「紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚!」

 

 ありとあらゆる物を焼き尽くさんとばかりの炎を上げ現れるのは、血を吸ったダニのような胴体に紫色の膜を張った、真っ赤な悪魔。

 手首から雑草のように生えている緑色の何かを付けた手を大きく振り、炎を打ち消す。

 ダ・イーザ。永理が最も信頼するエースモンスター、切り札である。ちなみに永理の中での精霊達は、ただの馬鹿友達のようなものだ。

 

「攻撃力8000だと!? 馬鹿な、神を超えるなぞ……あり得ん、あり得んぞ! オシリスの天空竜!」

 

 大神官が命じると同時に上の口が開き、ダ・イーザに電撃の塊を浴びせる。これによってダ・イーザの攻撃力は2000下がり、6000となった。しかし、それでもオシリスと同士討ちする事が可能な攻撃力だ。

 先ほどまでの余裕は何処へやら、大神官は激しく狼狽える。それもまた当然、攻撃力6000というのは一般の者から見れば破格の攻撃力、いわば絶対に超えられぬ数値なのだ。

 だが永理はあのサイバー流後継者である丸藤亮の悪友、その程度の攻撃力なんぞ見飽きるほど見てきたし、永理のデッキもそれには劣るものの、かなりの脳筋デッキである。

 

「リバースカードオープン、光の封札剣! お前の手札を一枚除外する!」

 

 剣が勢いよく飛び出し、大神官の手札を一枚貫く。これでオシリスの攻撃力は5000まで落ち込んだ。

 当人からすればたまったものではないだろう。神のカードが、レベル4の下級モンスターに負けるなんて。

 相手の自信の源であり、妄信する神を跡形残らず吹き飛ばし、希望を奪う。想像しただけで永理の口に、自然と邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「ダ・イーザよ、オシリスの天空竜を焼き殺せ!」

 

 ダ・イーザの両掌から放たれた獄炎とオシリスの口から放たれた雷撃がぶつかり合い、火花が飛び散る。衝撃によって辺りの石造や壁画にヒビを入れる。

 大きなエネルギーとエネルギーのぶつかり合い、永理の逃げ場を防いでいた透明なシールドが勢いよく割れ、粒子と化す。

 その攻撃を制したのは、ダ・イーザの方だ。ぶつかり合っていた獄炎がひときわ大きくなったかと思うと、オシリスの電導波をオシリスの口に押し戻し、中で誘爆させる。

 

「邪神……如きが、邪神の御子如きが、よくも我の神を……!!」

 

 爆発によって弾け飛んだ顎から真っ赤な血を降らせ、大きな雄叫びをあげながら砂岩の大地に倒れ込む。制御しきれなくなった電気エネルギーがオシリスの体内で瞬間的に暴発し、身体を吹き飛ばした。

 

「人間、その気になったら何でも出来るんだ。覚えておけ。カードをセットしターンエンド」

 

 神の血も赤いんだな、と何処か場違いなところに関心を向けながら、ターンを譲り渡す。

 既に勝利は確定した。大神官は先ほどまでとは違い永理を鋭い、親の仇でも見るかのように睨み付けてきているが、既に神は倒した。手札の枚数こそ多いものの、いつかは途切れる筈。デッキが切れる前に相手を倒せばいいだけの話だ。

 

「貴様だけは我が殺す! ドロー!

 ……ぐぅっ、手札の司令官を墓地へ捨てネクロバレーを手札に。ネクロバレーを発動し、我を守備表示に。ターンエンドだ!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるようにほぼ何もせず、永理にターンを譲り渡す。逆転のカードは引けず、といった所かと永理は適当に推測する。

 確かにネクロバレーの効果はとても面倒だが、それでも突破出来ないという訳ではない。たかが墓地を封じられただけ、かなり大きいが今の永理にとってはたったそれだけ。既に十分な量のカードは除外してあるし、既に突破口は開いている。勝利は約束されたようなものだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そしてこの瞬間、永理の勝利は約束された。

 

「俺は魔法カード、精神操作を発動! 大神官、貴様のコントロールを得る!」

 

「なっ、きさっ貴様っ……邪神が、邪神の御子がァ!」

 

 場に現れている大神官がふらふらとした足取りで永理の方へと向かい、そして砂岩に倒れる。攻撃も生け贄にも出来ないが、場を空け渡す程度の事は可能。それで充分だ。

 ひょっとしたら、このデュエルで大神官は命を落とすかもしれない。永理はふとそう考えたが、それも永理の知らぬところ。他人がどうなろうが、どこで死のうが全く持って関係ない。

 

「バトルだ、大神官に直接攻撃!」

 

 ダ・イーザは頷き、両手に炎を溜める。すると大神官は己の最後を悟ったのか、狂ったように笑い始めた。

 

「覚えておけ邪神の御子! いずれ貴様の傲慢さが世界を亡ぼすと!!」

 

「悪いが、俺は正夢というものを信じないんでね」

 

 永理はくつくつと笑い返し、指を鳴らす。それを合図にダ・イーザの両手から放たれた炎は、無慈悲にも大神官を飲み込んだ。

 視界が紅く染まり、老人のうめき声が地下の部屋に響き渡る。それと同時に突然、永理の足元に黒い渦が現れ、永理の身体が沈んでいく。

 

「あっ、置いてかないでください!」

 

 死霊伯爵は脇にグレート・モスを抱え、急いでその中に飛び込む。しかし、サイコ・ショッカーはすぐには飛び込まず、燃え行く大神官を見つめる。

 

「……なるほど、面白くなってきた」

 

「ショッカーさん、早くしてください! 閉じちゃいますよ!?」

 

 サイコ・ショッカーは炎に照らされ、闇に浮かび上がった三体の神と、者恐ろしい表情になったホルアクティを見てくつくつと笑いながら、闇の渦の中へと飛び込んだ。

 

 

「ぐっ、頭が痛い……」

 

 永理が眼を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋。カビだらけの、人の顔のようにも見える天井。じめっとした空気。

 起きた時の妙な頭痛、服は制服のままだ。ふと腕を見てみるが、デュエルディスクは付いていない。やはりあれは夢だったのだろうか、という一抹の疑問を覚える。

 中段のベッドを見てみると、相も変わらず亮がゲームをやっていた。

 

「ん、起きたか」

 

「ああ、起きた。何があったのか説明してくれ。あと水」

 

「いいだろう、少し待っていろ」

 

 そう言い亮は、中段ベッドに勝手に取り付けた小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、永理に投げ渡した。

 空中でグレート・モスがキャッチし、永理に手渡す。お礼に撫でてあげてからペットボトルの封を切り、喉に冷水を流し込む。一気に半分ほど飲んでから一息ついたのを確認すると、亮が口を開いた。

 

「サバゲーの途中で貴様が熱中症か何かで倒れ、寛がここまで運んできた。後でお礼言っておけよ」

 

「……そう、か」

 

 夢にしては少々現実味があり過ぎるが、まあそういう夢を見る時もあるだろう、と適当に自己完結する。

 永理は自分の事を丈夫で自己再生が高い人間だと自覚してはいるが、流石にあの高さから落ちたら死ぬ自信がある。流石にあそこから飛び降りて無事だというのは夢に違いない。

 一先ずお礼はカードでいいか、と永理は適当に思いながら、ふと空腹感を覚えたので起き上がろうとする。するとふと、手元に三枚のカードが落ちていた。

 

「亮、俺のベッドにカード置いたか?」

 

「いや、置いてないが? 置く必要も無いし……どうしたんだ」

 

「そうか、変な質問して悪かったな」

 

 永理は頭をかきながら、そのカードを拾う。三枚の、黒いモンスターが描かれているカード。何処かで見た事がある気がしたので思い出そうと首をひねるが、どうも思い出せない。

 テキストを見てみると、永理が最も苦手な英語で書かれている。名前もだ。永理は外国のカードを使わない主義なのでこのカードを持っている筈が無いのだが、だとしたら何故あるのか。

 

「レベルは10、属性アイコンは……無い? エラーカードか」

 

『神のカードじゃないですかね?』

 

「うおっ、居たのか!?」

 

 突然ななめ後ろから声をかけられ、危うく落ちそうになる永理。そんな永理を後ろから、グレート・モスが頑張って落ちないように押す。

 死霊伯爵に手繰り寄せられ、疲れたのかベッドに倒れる永理。

 

「神、ねぇ……まさかな」

 

 死霊伯爵の言葉を半信半疑に聞き、永理は余っているカードを入れてある百均のケースに無造作に放り込む。

 永理はふと、テレビの上に設置されている時計を確認する。七時、カーテンから日は差し込んでこないので今は夜だろう。今日の献立は月に一度のエビフライだ。

 ルンルン気分で梯子を降り、食堂へと向かう。既に万丈目の姿は無い。

 スキップしながら食堂へ向かう永理に、亮も素早くゲームをセーブし、消さずにその後を付いて行った。




 やっぱり、シリアスは疲れるんだな……


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第35話 でゅえるぐらし!

 最近、学校が嫌いだ。

 好きで入ったのにそう言うと贅沢だって言われそう。

 でも考えてみてほしい。毎日毎日同じ授業、既に知っている知識の復習。

 保健室は基本オベリスクブルーの生徒がサボるのに使っている。

 音楽室。無い

 放送室。アニソンなんか流れずうすら寒い恋愛もののJ-POPばかり。今日もスピーカーから愛やら切ないやらうすら寒い台詞ばかりが流れてくる。

 何でも気に入らない事ばかりで、まるで独裁国みたい。こんな変な建物、ほかにない。

 中でも俺が気に入らないのは……。

 

「なんで俺はモテない」

 

「そりゃ当然だ、鏡見ろ鏡」

 

 いつも授業を行う教室、昼休みの時間。永理はいつものメンバーと一緒に昼食を取っていた。

 十代は買いだめしたドローパン三つ、翔も同じくドローパン。万丈目は惣菜パン、三沢は魚肉ソーセージパン。その五人の後ろでは明日香が取り巻きと一緒に昼食を食べている。神楽坂はカードを買いに行っている。

 

「当然って何だ当然って、俺顔は悪くないと自負してるぞ?」

 

「太ったらマシになるんじゃね?」

 

 永理の顔は、形は悪くない。悪くは無いが、痩せこけた肌に窪んだ頬。まるでゾンビだ。

 

「つか永理君、体重いくつぐらいなんすか……」

 

「四十ちょい」

 

 永理の身長は標準的な男子高校生くらいある。しかしその場合の平均体重は約六十、平均には二十くらい体重が足りてない。明らかに痩せすぎだ。

 しかし、永理の食生活は拒食症というほどではない。確かに平均男性に比べれば食べる量こそ少ないが、カロリー量だけならかなりのものだ。

 

「ちゃんと食ってるのか?」

 

 三沢が心配そうに尋ねるが、永理は何故か高笑いしながらそれに答える。

 

「ふははは、太らないのだよ俺ちゃんは」

 

 後ろから鋭く痛い視線が突き刺さるが、永理はそういうのを全く気にしない。そんなんだからモテないのだ。

 ばくり、と亮から横流ししてもらったローストビーフサンドイッチを平らげる。ちなみにパンとローストビーフの間にチーズを挟み込んでいるし、しかもバターもどっぺりと塗りたくっているので、カロリーはかなり高い。

 

「昼食はちょっと待って……ああっ、遅かったにゃ」

 

 後ろの通路から若干息を切らして、十代達に声をかける。先ほど授業を終えた直後で職員室に戻ったばかりだというのに、急いで戻ってきたようだ。

 外見だけなら優しい感じの先生なのだが、その実態はラブライバーだ。どうでもいい情報だが。

 

「ん、どうしたんですか大徳寺先生。慌てて戻ってきて」

 

「永理君、私と一緒に校長室に来てほしいのですにゃ」

 

「えっ、俺?」

 

「また何かやらかしたか」

 

「ご愁傷様」

 

「あっ、十代君と万丈目君もだにゃ」

 

 大徳寺の言葉に万丈目はタイミングで目を見開き、十代は天を仰ぐ。万丈目は真面目に授業を受けているので心当たりが無く、十代は心当たりがあり過ぎて解らないという有様だ。

 十代は永理の面倒見が良いとレッド寮では専ら評判だが、それは学生間でのみの話。授業は健康優良不良少年な十代なのだ。流石に保健室の先生を孕ませたりはしていないが。

 

「あと、明日香くんと……三沢くんも来てほしいですにゃ」

 

「……大徳寺先生、なんで俺の名前の時だけ少し間があったんですか?」

 

「ノーコメントでお願いしますにゃ」

 

 じとーっといった感じの眼で睨み付ける三沢から、大徳寺は目線を逸らす。

 決して、問題児は覚えやすいとか、三沢の空気が薄いとかそういうのではない。決して。だってキャラ立ってる筈だし。

 

 

 寮もバラバラな五人は大徳寺の後を付いて行く。ちなみに十代と翔はドローパンなので食べ歩きしているが、明日香は普通の弁当だったのでそれがお預けされた事に少し不満を抱き、そして移動している途中で食べている二人に若干の妬みを持っていた。

 

「そういや三沢、放課後は空いてるか?」

 

「プリズマイリヤを観るくらいしか予定は無いが、珍しいな」

 

 永理と三沢は、あの時以外はそれほど話もしない、友達の友達といった感じの仲だ。話しかけたり話しかけられたりとか、学校内であればする事はあるものの、プライベートな時間で会う事は、神楽坂の部屋に泊まりに行った時くらいしかない。

 

「ちと不思議なカードを手に入れてな、そいつが曲者で」

 

「使い方を習いたいと。本当に珍しいな、君なら独自に使いこなすとばかり思っていたが」

 

 永理の言いたい事とは少し違うが、許可は取れたので問題ない。三つのカード、全てが英語で書かれていたので永理には強いか弱いかも判断出来ないカード。いつの間にか、近くにあったカード。

 正直言って不気味な事この上ないので井戸にでも捨てたいのだが、あの井戸にはあの二体のアベック精霊が居る。

 それに、不気味に思うと同時に何だか妙な親近感が湧くのだ。それが更に不気味さに拍車をかけているのだが、不思議と捨てようとは思えない。

 

「ん、永理か」

 

「オベリスクブルーは、もう駄目かも知れませんーノ……」

 

 校長室の扉の前で頭を押さえて嘆くのは、永理の身長を長くして金髪おかっぱ頭にしたような感じの教師。クロノス実技最高性帰任者。その後ろで優雅にステーキを食べているのは、丸藤亮。最近の異名は皇帝(カイザー)ではなく馬鹿皇帝(バカイザー)にだんだんと塗り替えられてきている。主にネット掲示板で。

 

「ん? 貴方方も校長に呼ばれたのデスーカ? カブーム、共通点は無いように見えますーがマルゲリータ」

 

 大徳寺に連れられた五人を見て、クロノスが顔を上げ、何故呼ばれたのかを考え始める。その後ろで亮はステーキを一口大に切り、食べる。

 

「取りあえず入れば解る事です。という訳で開けてくださいクロノス教諭」

 

「はいはい、解ったノーネ……」

 

 何かを諦めたように深く溜息をつき、クロノスは三回ノックする。すると中から返事が返って来たので、校長室の扉を開き、中に入る。

 残る七人も、クロノスの後について入る。亮は既にステーキを食べ終えていた。

 校長室は、一人の部屋にしては無駄なほど広い。壁には大量のトロフィーが飾られている。何故かサバゲー大会やミニ四駆の優勝商品まで飾られているが。

 そんな部屋の中央、大きな窓を背に座っている、亀のような頭のおじさん。クロノスはその人に頭を下げる。亮は客人用のテーブルに、食べ終えたステーキの皿を置いた。

 

「お昼を中断させてしまい、申し訳ありません。何分、緊急事態になりましたので」

 

「緊急事態、ですか?」

 

 三沢がオウム返しのように尋ねると、校長は一つ頷いてから、口を開いた。

 緊急事態となれば、普通は教員が対応する筈だ。だというのに生徒まで集められたという事は、何かあるのだろう。重苦しい空気に十代は、思わず息を飲んだ。

 

「このデュエルアカデミアには、とある三枚のカードが封印されているのです」

 

「……三枚?」

 

 永理が真っ先に思い浮かべたのは、昨日見つけた三枚のカードと、あの夢の世界。あの三幻神の壁画を飾られていた場所は、地下深く。

 ひょっとしてあそこは過去のアカデミアではなかったのか、という考察が芽生えたが、永理は馬鹿なのですぐに考えるのを止める。これ以上考えたら脳内がオーバーヒートするからだ。

 

「そのカードの名は、三幻魔。三幻神に匹敵する力を持つが、世界に混沌と破滅を導くカードです。それの封印が解き放たれ、使用された暁には」

 

「地は裂け、海は枯れ、あらゆる生命体が絶滅という世紀末になるんですね解ります」

 

「……強ち間違いではありません」

 

 亮の茶々に呆れたように溜息を吐く校長、亮はシリアスな雰囲気がどうも苦手なのだ。

 しかし、どうも三沢はそれを受け入れる事が出来ない。あまりにも非現実的すぎるからだ。ちなみに永理はすんなりと受け入れた。

 

「そのカードの封印を解くには、七つの鍵が必要となります。

 そして、そんなカードを解き放とうと暗躍する者達が居るのです。彼らの名は、セブンスターズ。奴らから、この鍵を守ってもらいたい」

 

 そう言い校長が取り出したのは、深緑色のケース。そのケースの中に、件の鍵が眠っているのだろう。

 

「まさかとは思いますが、デュエルで守れとか言いませんよね?」

 

「ええ、その通り。デュエルです」

 

 三沢が何やら呆れたように溜息を吐く。今でこそ性癖優先でデッキを組んでいる三沢だが、その実は論理的思考の持ち主なのだ。そんな危険な鍵というのなら最初から金庫に納めておくか、もしくは手っ取り早く破壊してしまった方が確実である。

 

「でしたら、金庫に入れるとか破壊してしまうとか、奴らの手の届かない場所にやるのが一番なのでは?」

 

「いえ、それは出来ません。言い伝えによりますと、十年に一度封印を解き、再度かけ直さねば三幻魔は野に解き放たれ、世界を暗雲が包み込むといいます。そして、今年が丁度十年目」

 

「……そうですか」

 

 何ともご都合主義全開な設定だが、そう伝えられているだけなので、真偽の程は定かではない。しかし、怪しいからと言って放っておく事もまた不可能。もしそれが本当であれば、世界は破滅しマッドマックスめいた光景に様変わりするからだ。

 

「しかし、破滅に導くとなれば、そのセブンスターズとやらは何故その鍵を?」

 

 亮がふと、疑問に思った事を尋ねる。

 確かに、世界を破滅に導くと言い伝えられているだけなら、誰も狙わない筈だ。校長の話を聞く限りでは、三幻魔は要するに核のようにヤバい代物という事になる。

 と、なればどのような悪人であろうと、マッドマックスや北斗の拳に憧れたちょっと痛い奴以外は狙わない筈だ。

 

「……何でも、三幻魔の所有者となった者は、一つの願いを叶える事が出来るとか」

 

「つまりドラゴンボールという訳か、亮!」

 

「ああ、これはゲットするしかないな。ロリタズマ計画実現の為に!」

 

 永理の言葉に口角を上げ、くだらない計画を夢想し不敵に笑う亮。それを明日香は冷たい眼で見ていた。

 しかし、そこに混ざる一人の生徒。

 

「俺も一枚かませてもらおう」

 

 永理の影響でロリオタとなってしまった三沢大地である。彼もまた、永理や亮と同じロリコンだったのだ。

 校長とクロノスは同時に呆れたように溜息を洩らし、十代は乾いた笑いを出す。もうなんか、シリアスな雰囲気なんてものはどぶ川に捨てられてしまったような感じだ。

 

「……あなた方に、セブンスターズと戦う覚悟があるのなら、どうかこの鍵──七精門の鍵を、受け取ってほしい」

 

 校長はそんな馬鹿なやり取りを軽くスルーし、ケースを開く。そこには七つに分けられたパズルのようなものが、蒼色のスペースの中に収められていた。

 

「断る、態々学園の為にゲームの時間を割きたくない」

 

 まず亮が断った。その理由は教師からすればすごくくだらない理由だが、少なくとも亮にとってはそれが断る理由の全てとなる。

 それに、仮に受け取ったとしても成績がアップするとは思えない。

 

「面倒だしな」

 

 次に断ったのは、基本デュエル馬鹿である筈の遊城十代だ。十代も、ほぼ亮と同じ理由だ。

 

「私は弱いので、パスしますにゃ~」

 

 大徳寺は自らの弱さを自覚しているので断った。彼の専門は錬金術、デュエルの方には自信を持てないのだ。それに公には出さないが、ラブライブで色々と忙しいのだ。

 

「積みゲーやらが残ってるので」

 

 これは永理、彼はアカデミアに来る前大量のゲームをブックオフで格安で購入している。その数何と二十本、その消費に追われて忙しいのだ。

 

「ゲームやアニメに時間を注ぐんでパス」

 

 最後のは三沢大地。永理によって引きずり込まれた結果、ロリキャラが出てくるゲームやアニメを、これまでの時間を取り戻すように消化するのに忙しいのだ。ちなみに今見ているのは機動戦士ZZガンダムである。

 校長は、まさか四人に断られるとは思っていなかったので、ぽかんと放心する。まあそうだろう、まさか四人も断るとは誰も思うまい。

 唯一受け取ったのはクロノスと万丈目、そして明日香だけだ。

 

「……クロノス教諭」

 

 クロノスは悲しそうな眼を校長に向け、何も言わず首を横に振る。アカデミアの実力者を集めたらその殆どが断るとは、普通誰も思わないだろう。

 

「仕方ありません。セブンスターズが襲来するまでの間、授業は免除しましょう。成績は保障します」

 

「サイバー流後継者になったからには、挑戦者を拒む訳にはいかないな」

 

 亮がニヒルに笑みを浮かべながら鍵を手に取る。まるで、その言葉を待ってたと言わんばかりに。

 

「強い奴らとデュエル出来るなんて、ワクワクしてくるぜ」

 

 十代は好戦的な笑みを浮かべ、まだ見ぬ強敵とのデュエルにワクワクを感じながら鍵を取った。

 

「目立つのは嫌いじゃない、楽しませてもらうぞセブンスターズ」

 

 永理はくつくつと不敵な笑みを浮かべ、鍵を手に取る。

 

「俺の理論が合っていると証明するには、これしか無いか」

 

 三沢は自らの理論を立証する為に、鍵を手に取った。

 出席の免除をちらつかせた瞬間にあまりにも華麗な掌返し。これには校長も苦笑い。現金な奴らめ、と万丈目は四人に悪態を付く。

 動機こそ不純だが、掌を返し鍵を受け取った者達の実力は確かなものだ。サイバー流後継者、オシリスレッドの天才肌、オシリスレッドのダークホース、そしてラーイエロー学年主席。味方からすれば普段の行動を知っている分頼りないが、敵からすればかなり恐ろしい。

 今日何度目か解らない溜息を校長は吐くのだった。

 

 

 初めて部屋を訪れた永理には解らないが、前の三沢を知る者が居たら驚くくらい三沢の部屋は様変わりしていた。

 壁一面に張られたイリヤのポスター、天井には雷が手を広げて、まるで慰めてくれるようなイラストが描かれている。

 PCの周辺には大量のロリ系Rの付くゲームが積み重なっており、テレビ周辺にも同じようなアニメが健全不健全問わず収納されている。本棚にも概ね同じような感じだ。

 流石に永理もここに足を踏み入れるのは少し躊躇う。何が彼を変えてしまったんだ……と永理は心の中で嘆くが、事の発単は永理なので自業自得、因果応報である。

 

「ははは、散らかっていてすまない。適当なところにでも座ってくれ」

 

 ハーピーの添い寝シーツを踏まないようにベッドに腰掛けながら、三沢がとても素敵な笑顔でそういう。永理は取りあえずPCのある場所の椅子を、床に敷いてあるひなのイラストが描かれた絨毯を踏まないように気を付けて三沢の近くに持ってきて、そこに座る。PCの近くにあったごみ箱に、大量の丸めたティッシュと消臭剤が置いてあった事は瞬時に忘れる事にした。

 

「それで、利用方法の解らないカードってのは何だ?」

 

「……」

 

「永理? どうかしたのか?」

 

 唖然としている永理に心配そうに尋ねる三沢。紳士的だ、だがロリコンであるので全て台無しになっている。

 永理は思い出したように慌ててデッキから三枚のカードを取り出し、三沢に見せる。三沢はそのカードを見た瞬間、眉をしかめた。

 

「見た事のないカードだが、何処となく不気味さを感じるな……」

 

「そうか?」

 

 永理は何故か、謎のカードに妙な安心感を感じるのだが、三沢は違うようだ。まあ永理からしてみれば、その不気味さより部屋の不気味さの方が上なのだが。

 永理と亮は所謂、ロリもイケるというタイプの人間だ。『も』と付いているという事はつまり、ロリ以外でもイケるという事だ。だが、三沢の部屋はそうではない。明らかに、ロリ『だけ』を強調しているように感じる。流石に永理もドン引きなのだが、アカデミアで一番カードに詳しそうなのは三沢だけなので、頼らざる得ないという状況だ。

 

「しかし英語のカードか……永理、英語圏に行った事は?」

 

「中学の頃、一度だけ親に連れられてハワイに行ったが……その時に買ったのは菓子類だけだぞ?」

 

 最も、永理は一言も英語を話していなかったが。基本ガイドか親任せ、永理は英語が苦手すぎてもう嫌いになってる節があるくらいだ。

 そんな場所の言葉で書かれているカードなんて買う筈が無い。

 

「そうか、なら効果が解らないという事でいいんだな?」

 

「まあ、そうなるな」

 

 三沢の言うように、永理は英語が読めない。なので使う事は無いだろうと思っていたのだが……セブンスターズという強敵と戦えば授業が免除される、この餌に釣られてしまった。もしこれらが強力なカードであれば、それに活かす事が出来るかもしれない。

 永理は汚く、現金な人間なのだ。

 

「まず、この黒い球体の奴。名前は恐らく、アバターだ」

 

「アバターってーと、あの映画の奴か? 青い肌の」

 

 永理が真っ先に思い浮かぶのは、CGが凄い外国の映画である。

 やはり違うと、三沢は首を振った。

 

「アバターってのは確か、神の化身って意味だ。

 で、効果の方なんだが……正直インチキ臭い。戦闘で破壊する事はまず不可能だ」

 

「戦闘破壊に耐性がある、という事か?」

 

 永理が真っ先に思い浮かんだのは、マシュマロンとF・G・Dだ。戦闘破壊耐性を持つモンスターは大抵攻撃力の低い壁モンスターか、召喚条件が難しく出せたとしても馬鹿のように高い攻撃力のせいでまず戦闘破壊されないモンスター。そのどちらかしか思い浮かばない。

 しかし、三沢は首を横に振る。

 

「そんな生易しいものじゃない。こいつの効果は、場で一番高い攻撃力のモンスターの攻撃力+1となる。つまり戦闘破壊はおろか、貫通ダメージを与える事も出来ないっておいう事だ」

 

 それは、デュエルモンスターズの戦闘を否定するような効果だ。キメラティック・オーバー・ドラゴンのような高火力モンスターの攻撃力でも、オベリスクの巨神兵が二体のモンスターを生け贄に捧げ無限の攻撃力を得たとしても、それを平気で1上回る。単純ながらに、強力すぎる効果。

 

「この巨人の名は、ドレッド・ルート。方も、戦闘破壊は難しそうだな。こいつ以外のモンスターの攻撃力・守備力を半分にするようだ」

 

「半分って、マジかよ」

 

 悍ましい巨人の描かれたカードには唯一、攻撃力が割り振られている。攻撃力4000、更にこいつ以外のモンスターの攻撃力・守備力を半分にするという事は、戦闘破壊するには最低でも8000の攻撃力が必要という事になる。

 あまりにも馬鹿げた能力だ。

 

「この竜みたいなのは、イレイザー・二枚に比べたら見劣りするが、普通のカードに比べればやはり強力だ。相手場のカードの数×1000ポイントを攻撃力とする効果と、墓地へ送られた際場のカード全てを墓地へ送るっていう効果だな。……消しゴムじゃないよな、流石に」

 

 つまりは最終戦争を内臓したモンスターという事になる。確かに、上で挙げた二枚のカードに比べれば効果は見劣りするかもしれない。だが、相手が三枚カードを出しただけで3000、四枚出せば4000となるのは、やはり見劣りこそすれど強力だ。

 カードの枚数に関してはおジャマトリオやナイトメア・デーモンズで何とかなる。それにいざとなれば、墓地へと送ればいいだけの話。

 

「永理、こんなカード何処で手に入れたんだ?」

 

「朝起きたら落ちてた、って言ったら信じるか?」

 

「……信じるしかないだろう、あんな話を聞かされた直後じゃ」

 

 校長の話は三沢の世界観を一変させた。世界が亡ぶ、しかもカードで、だ。三沢からしてみれば、あまりにも非現実的すぎる話。しかし、話していた校長の眼は真剣そのもの。しかも守りきれば授業免除まで言い渡してくれたのだ。

 こうとなれば校長は本気だと、本気で言ってるのだと、三沢でも理解した。するしかなかった。

 それに比べれば、まだ朝起きたらカードが落ちていたという方が自然に感じてしまうのは、感覚がマヒしてしまっているからだろう。

 

「……取りあえず今言える事は、今の永理のデッキじゃちょっとキツそうだな」

 

「最上級モンスターは確かにキツいな……仕方ない」

 

 永理は明日、DPでカードパックを適当に買おうと心に決めたのだった。




 主人公のデッキをタッグフォースで、三邪神入れて作ってみた結果、一度も出せた事がありません


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第36話 裁くのは誰だ

 十代は取りあえず真面目に授業に出ようと、早朝の教室に向かっていた。

 あの校長は授業を免除するとは言っていたが、それはセブンスターズの脅威が去るまでの間の話。そして授業を付いてこれない生徒に補習授業をするとは言っていなかった。つまり、セブンスターズが過ぎ去った後は、これまで休んだ分のツケが一気にのしかかってくる事になる。基本授業は途中で寝てしまう十代だが、一応軽く復習したりしている隠れ努力家なのだ。まあ面倒な授業を選んで休むつもりなのだが。十代はずる賢い性格なのである。

 デュエルアカデミアの教室は大学のような階段教室となっている。十代はその真ん中辺りなのだ。

 

(……あれ、こんな朝早くに誰だ?)

 

 いつもより少し早く起きてしまい、早く来すぎてしまった為、教室には誰も居ない筈である。だというのに、見慣れない黒いコートを羽織った男。それの前は大きく開けられており、その下には黒いT服を着ている。そんな珍妙な恰好の男は十代に気付いたのか、十代を見やる。

 

「……ん? やあ、初めまして」

 

 茶色く、少し長めの髪。アイドルのように整った顔。少なくとも、一年生ではない。一年生なら、『初めまして』と挨拶する訳が無いからだ。

 

「懐かしいんでね、思わず感傷に浸っていたのさ。君は一年生かな?」

 

「ああ、はい。貴方は……?」

 

「ん? 私かい? 私はね……まあ、すぐに解るさ」

 

 口ぶりからして、元OBが授業に来てくれたのだろうか。十代はそう推測するが、薄く笑う眼の前の男を、警戒せずにはいられなかった。

 とはいっても、十代の席はその男の近く。彼に近付かない訳にはいかない。

 十代は仕方なしに、階段を上がっていく。

 

「──ぐっ!?」

 

 突然、十代の左脚が何か鋭利なもので切られ、足を踏み外した。後ろから倒れる十代に、男は慌てて手を差し伸べ、引き上げた。

 血が、十代の靴下を濡らしていく。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「大丈夫かい? かなり深そうだけど……これで応急手当をするといい。保健室まで肩を貸そうか?」

 

 男はそう言い薄緑色のハンカチを渡してきたので、十代はそれで傷口を押さえる。傷はかなり深め。骨こそまだ見えていないが、早く手当をした方がいいだろう。

 

「いえ、流石にそこまで頼る訳には。ハンカチは洗って返しますので」

 

 しかし怪しい相手というのに変わりは無い。それに、十代には男の意地というものがある。これしきの傷であれば人の手を借りるのは、出来れば避けたい。男の子はプライドで生きている、面倒な生き物なのだ。

 

「ああ、大丈夫だ。それくらいあげるよ。それじゃ、また後で」

 

 男は別れを告げ、十代に薄く笑いかけ教室を後にした。

 十代は、朝っぱらから不幸だ、と嘆きながら、保健室へと向かった。

 

 

「ちょっと、どうしたのその傷!?」

 

「何処かで切っちゃったみたいなんです。朝っぱらからすみません、鮎川先生」

 

 清潔そうな保健室、棚には包帯や消毒液、胃薬に混じって先ほど見た男の写真が飾ってある。

 鎌のような前髪が特徴的な保健の教師、鮎川恵美。朝から居るのはラッキーと十代は思った。最も、居なければ適当に消毒液とガーゼを使って手当するつもりだったが。

 

「ズボン血まみれね……今日は体操服で授業受けるしかないわね。はい、もう無理しちゃ駄目よ?」

 

「ありがとうございました」

 

 十代は立った際少し傷口が疼いたが、時間的に見ればまだ授業には間に合うだろう。手当をしてくれた鮎川に頭を下げる。その拍子に胸ポケットに入れていたハンカチが落ちた。

 

「おっと……?」

 

 落ちた拍子にハンカチが広がり、中から文字が覗いていた。少し気になったので、十代はハンカチを開く。それと同時にバタン、と保健室の窓が開いた。

 

遊城十代(ゆうきじゅうだい)

 本日中(ほんじつぢゅう)にきさまを(ころ)

 わたしのデッキで!

 天上院吹雪(てんじょういんふぶき)

 

「天上……院?」

 

 何処かで聞いた事のある名前に首を傾げながら、十代は扉に手をかける。

 しかしその手は、扉を開く事は無かった。

 

「あっ、がっがっ!」

 

 突然後ろから鮎川の苦しむ声、そしてもがく拍子に棚にぶつかる音、棚の中で落ちる瓶の音が鳴り響く。

 十代は恐る恐る振り向くと、窓際に黒いコートを羽織ったあの男が、右手で目元だけを隠すタイプの黒い仮面を弄びながら、不敵に笑みを浮かべていた。床には鮎川が口から泡を吹き、首元を押さえている。

 

「どーも、ダークネスです」

 

 男、ダークネスは薄い笑みを浮かべながら、自己紹介を済ます。あの遺跡の時のような、重苦しい空気が保健室に満ちる。

 十代の中に、怒りが満ちていく。

 

「テメェ、鮎川先生に何をした!?」

 

 十代の怒声に薄い笑いを顔に貼り付けながら、ダークネスは手で弄んでいた仮面を付け、窓から下り、そして一枚のカードを十代に見せる。

 

「この女医には、私のパラサイトが憑りついている。君の脚を切ったのも、こいつの仕業だ」

 

「狙いは俺達だけの筈だろ! なんで鮎川先生を巻き込んだ!?」

 

 十代はそう叫び、服の下に隠していた七精門の鍵を取り出す。

 そう、セブンスターズの狙いはその鍵の筈だ。だというのに、ダークネスは無関係の者を巻き込んだ。十代はその事に、大きな怒りを感じた。永理は筋肉痛で動けない。

 

「質問が多いが……ギャンブルは掛けるモノが対等で成り立つものだ。いいだろう、応えてやる。

 七精門の鍵を奪われないようにするにはどうするべきか、答えは簡単だ。相手からのデュエルを受けなければいい。だが我々はその鍵が欲しい」

 

 ダークネスは一旦そこで言葉を区切り、相手の反応を窺う。

 ダークネスの言う事は最もだ。彼の言うように、本当に七精門の鍵を守りたければ、相手とデュエルしなければいいだけの話だ。何も相手の都合に付き合う必要は無い。

 

「で、あればこちらも賭けるモノを容易すれば、相手も乗らざる得ないという訳だ。安心しろ、まだ死にはしない。今のうちはね」

 

 ダークネスはパチンと指を鳴らすと、鮎川の身体がさらに激しく、まるで陸に上げられた魚のようにのたうち回る。

 永理は心配になり手を伸ばすが、謎の見えない壁によって阻まれる。

 

「──だが、私の挑戦を受けないというのであれば、彼女の命は保障しない」

 

「ああ、受けてやる……受けりゃいいんだろ!?」

 

 半ばやけっぱちになりながら、十代はデュエルディスクを起動させる。切った脚が痛むが、今はそれを気合いで押し殺す。

 十代とダークネスを囲むように、黒い炎が保健室を覆い囲む。きっちり永理の居る場所は檻のような形にする拘りっぷりだ。

 ダークネスがもう一度指を鳴らすと、鮎川の動きが止まり、浅い呼吸を繰り返すようになった。

 

「「デュエル!」」

 

 授業を受けようと活き込んだ瞬間にこれとか付いてないな、と心の中で毒づき、十代はダークネスと同時に、デッキからカードを五枚引いた。

 

「先功は私が貰う、ドロー!

 魔法カード、手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする!

 魔法カード、真紅眼融合を発動! このカードはレッドアイズを素材とする融合モンスター専用の融合カード。場・手札・デッキから融合素材を墓地へ送り、真紅眼を素材とする融合モンスターを真紅眼の黒竜として融合召喚する。私はデッキからメテオ・ドラゴンと真紅眼の黒竜を墓地へ送り、メテオ・ブラック・ドラゴンを融合召喚!」

 

 赤黒の渦から血管のようなものが浮き出た紫色の巨大な竜が、二本足でどっしりと構え現れる。顔が箱のように四角く、焦点の合っていない眼。羽を大きく広げ、咆哮を上げる。

 攻撃力3500、手札消費はたったの一枚。しかも真紅眼の黒竜として扱う効果という至れり尽くせりなカード。

 

「最も、これを発動するターン、私はこのカードの効果以外でモンスターを召喚・特殊召喚出来ないがね。

 魔法カード、黒炎弾を発動! 真紅眼の黒竜の元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

「墓地から罠カード、ダメージ・ダイエットを発動! 墓地のこいつを除外し、効果ダメージを半分にする!」

 

 メテオ・ブラック・ドラゴンの口から放たれた黒い炎の球は十代の目前で真っ二つに割れ、その片方が十代の身体を焼き、もう片方は保健室の備品を黒く焼き尽くした。ガーゼが燃え尽き、血が凝固する。

 あまりの痛さに叫び声を上げそうになるが、唇を噛みしめ堪える。相手に隙を見せてやるものか、とダークネスを強く睨み付ける。

 

「耐えたか……魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、闇属性モンスター一体を除外する。私は真紅眼の黒竜を除外。カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!

 ジャンク・シンクロンを召喚! 効果で墓地からシンクロ・フュージョニストを特殊召喚する!」

 

 十代の場に現れる、二体のモンスター。黄色いキャップを被った機械のような戦士と、融合の悪魔。十代の定例の動き、だがそれは強力だからこそ定例となるのだ。

 

「ジャンク・シンクロン、確かチューナーとかいう奴か……狙うはシンクロか、解りやすい」

 

「お決まりってのはお決まりになる理由があるんだぜ! レベル2のシンクロ・フュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 生命司りし神秘の竜よ、今こそ聖壁となって我を守りたまえ! シンクロ召喚! 転生竜サンサーラ!」

 

 冥府と現世を結ぶ黒い炎を身にまとった、黒い竜が胸のアンクを光らせ現れる。

 条件付きではあるが、死者蘇生とほぼ同じ効果を持ったモンスター。デュエルモンスターズオンライン後に買ったパックで当たったカードの一枚だ。

 効果は強力だが、しかし当然十代の狙いはそれではない。

 

「シンクロ・フュージョニストがシンクロ素材として墓地へ送られた事により、デッキから融合・フュージョンと名の付く魔法カード一枚を手札に加える! 俺はデッキから決闘融合-バトル・フュージョンを手札に加える!

 更に融合を発動! 場の転生竜サンサーラと、手札のE・HEROスパークマンを融合し、波動竜騎士ドラゴエクィテスを融合召喚!」

 

 サンサーラとスパークマンが混ざり合い、大きな槍を持ち、大きな羽で羽ばたく竜騎士が現れる。白いボディースーツの上に青い肩鎧。足の方は関節部分だけ無く、手と同じワインのような赤色をしている。膝にはよく解らない尖った物がそそり立っており、サイのような鼻の角に鶏のようなトサカを付けた、かっこいいんだか悪いんだか解らないが、少なくとも活字媒体で全てを表現しようとすればかっこ悪くなってしまう。

 

「バトルだ! 波動竜騎士ドラゴエクィテスでメテオ・ブラック・ドラゴンを攻撃! 更に攻撃宣言時、決闘融合―バトル・フュージョンを発動! 融合モンスターの攻撃宣言時にのみ発動、ダメージステップ終了時まで、選んだ融合モンスターが相手モンスターを攻撃する際、ダメージステップ終了時までその攻撃力分、攻撃力をアップする!」

 

 ドラゴエクィテスの投げた槍がメテオ・ブラック・ドラゴンの首元を貫き、溶岩のようにドロドロな血を流す。床に垂れる度に焦げる音が聞こえ、煙を上げる。

 ダークネスの身体にもメテオ・ブラック・ドラゴンの血がかかっている筈なのだが、全く意に介す様子は無い。

 

「……中々やるようだな、選ばれただけの事はある」

 

「カードをセットしターンエンドだ!」

 

 ずきり、と十代の左脚が痛む。血は塞がったものの、やはり痛みは依然として消えない。苦痛に少しうめき声を上げると、ダークネスはそれを面白そうに声を上げず肩を震わす。

 

「私のターン、ドロー!

 リバースカード、闇次元の解放を発動! 除外した真紅眼の黒竜を特殊召喚する!」

 

「真紅眼……あの時にか」

 

 ダークネスの後ろに闇の歪みが現れ、その中を引き裂くようにして現れたのは、槍のように尖った顔の、紅い眼をした真っ黒な竜。青眼の白龍を神秘的な美しさと表現するなら、真紅眼の黒竜は暴力的な美しさといった所か。

 闇より深き黒い羽を広げ、雄叫びを上げる。

 

「私は真紅眼の黒竜を生け贄に捧げ、真紅眼の闇竜を特殊召喚!」

 

 その瞬間、ズン、と空気が沈んだ。

 重くのしかかるようなプレッシャー、十代の本能が警告を鳴らす。

 黒く、ブレードのように鋭い羽には炎を表するような宝石めいたものが埋め込まれている。関節部分の鱗が増え、顔は更に鋭く、背骨を伝うように鋭い棘が何本も生えている。

 これは出したら不味い。十代の本能が必死にそう叫ぶ。

 

「カウンター罠発動、神の宣告! ライフを半分払い、召喚・特殊召喚、魔法・罠の発動を無効にし、破壊する!」

 

 心臓が締め付けられる感覚がしたが、十代は気合で堪える。

 相手に余裕を与えてなるものか、というプライドからだ。しかし、現実はそう上手くはいかない。

 

「甘い! カウンター罠、魔宮の賄賂を発動! 相手はカードを一枚ドローし、魔法・罠カードの効果を無効にし、破壊する!」

 

 十代の背後で、破壊された備品の黒い炎がひときわ大きく燃え上がるのを感じた。十代のシャツを、冷や汗が湿らす。

 ダークネスはくつくつと笑う。勝利を確信した笑み。攻撃力は依然として負けているというのに、だ。

 

「真紅眼の闇竜は、墓地のドラゴン族一体に付き攻撃力を300ポイントアップさせる。今現在存在するドラゴン族の数は手札断殺で墓地へ送ったカーボネドン、メテオ・ドラゴン、メテオ・ブラック・ドラゴン、真紅眼の黒竜二体。よって攻撃力は1500アップする。これで攻撃力はそいつを超えたが、まだだ。

 魔法カード、竜の霊廟を発動。デッキからドラゴン族一体を墓地へ送り、その墓地へ送ったのが通常モンスターだった場合、もう一体を墓地へ送る事が出来る。

 私はデッキから真紅眼の黒竜を墓地へ送り、さらに追加で真紅眼の飛龍を墓地へ送る! これで攻撃力は600アップし、4600!」

 

 墓地にドラゴン族が溜まる度に攻撃力を上げる。攻撃力4600、超えるのは確かに難しい。いや、それ以前にターンが巡ってこない可能性もある。メテオ・ブラック・ドラゴンの直接攻撃に等しいダメージを半減したとはいえ受け、更に神の宣告でライフを半分も削った。ドラゴエクィテスの攻撃力では、到底耐える事は出来ない。

 

「バトル! 真紅眼の闇竜でドラゴエクィテスを攻撃!」

 

 闇竜が羽を広げると同時に羽に付いている宝石めいた物体が光る。すると保健室に存在する影が、徐々に薄くなっていく。代わりに大きくなっていくのは、闇竜の上にある黒い球体。それが一定の大きさになったら、まるで隕石のように十代の方へと向かって行った。

 その球体は十代に直撃し、弾け飛んだ黒い炎で十代の身体を覆い隠す。

 

「終わったか、案外呆気ない。次は、月影永理とかいう奴にするか。変態というのが少し引っかかるが、まあいいだろう」

 

「──残念だけど、まだ終わってないぜ」

 

 ダークネスがその声に、マスクの下で目を見開く。するとドラゴエクィテスが槍で霧を払い、十代のしてやったりという顔が露見する。

 

「なっ、何故無事なのだ!? 貴様の場に、攻撃を防げるカードは存在しなかった筈!」

 

「墓地からネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした」

 

「いっ、何時の間に──まさか、あの時!?」

 

 十代が胸ポケットに入れていたネクロ・ガードナーを相手に見せつけ、タネを明かす。

 手札抹殺、互いの手札を全て捨て捨てた枚数分ドローするという、手札交換と墓地肥やしには最適なカード。あの時十代は幸運にも、手札にダメージ・ダイエットとネクロ・ガードナーが来ていたのだ。ダメージ・ダイエットは無くてもライフは尽きなかっただろうが、その前に十代の気力が尽きていただろう。

 

「さあ、まだお前のターンだ」

 

 気張ってみせたものの、十代の精神は限界が近づいていた。

 少し震えた声に、ダークネスは鼻で笑う。

 

「……フン。考えてみれば、貴様の寿命が少し伸びた程度だ。カードをセットし、エンドフェイズ。通常召喚を行っていないので、墓地の真紅眼の飛龍を除外し、墓地より真紅眼の黒竜を特殊召喚する! ターンエンド!」

 

 ダークネスの場に、再び黒竜が現れる。

 そう、十代はただ攻撃を防いだだけ。相手の場にはまだ依然として、攻撃力4600の真紅眼の闇竜が存在する。その攻撃力を超える事は容易ではない。それにダークネスには、まだ秘策は有り余るほど残っている。

 

「俺の、俺の……」

 

「どうした、手が震えているぞ」

 

 十代の手が、震えている。武者震いではない、恐怖による震え。死を間近で感じ、自分に振りかかっている事へのプレッシャー。もしこれが、十代一人なら問題なかっただろう。あの遺跡の時はグングニールと融合モンスターでワンキル出来たので味わわなかった、死への恐怖。

 これが十代一人か、死んでも多分生き返りそうな永理の命がかかっているものであれば、もっと気張らずに出来ただろう。しかし、今十代が背負っている命は、鮎川先生という、セブンスターズ騒動とは無関係な人の命。自分の行いで、無関係な彼女の命を奪ってしまうかもしれない。その恐怖で、十代の手は凍り付いたように動かない。

 だが、ここで止まっていては何も終わらない。変に鮎川を、女医を苦しめてしまうだけだ。強く歯を食い締め、十代は覚悟と、明日は休んでやるという決心を決める。

 

「俺の、ターン!」

 

 十代は恐る恐る、引いたカードを見る。そのカードを見、十代の口角が上がった。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動! その伏せカードを破壊する!」

 

「チェーンし罠カード、サンダー・ブレイクを発動! 手札を一枚捨て、相手のカードを一枚破壊する! 私はドラゴエクィテスを破壊! そして墓地へ送った伝説の黒石はドラゴン族、よって闇竜の攻撃力は300ポイントアップする!」

 

 槍に稲妻が落ち、ドラゴエクィテスの身体を感電させる。ぴくぴくと痙攣し、黒い煙を出す。

 これで十代の場に、モンスターは居なくなった。

 

「魔法カード、ヒーローアライブを発動! ライフを半分払い、デッキからレベル4以下のE・HEROを一体特殊召喚する! E・HEROエアーマンを特殊召喚!」

 

 神の宣告の時と同じ感覚が十代を襲ったが、その程度は慣れたものだ。黒炎弾に比べれば、軽い痛み。容易に無視出来る。

 開いた傷口から再度血が垂れるが、アドレナリンが出ている十代はそれに気付かない。

 

「エアーマンの効果発動! 召喚・特殊召喚した際にデッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はバーストレディを手札に加える!

 更に魔法カード、融合回収を発動! 墓地のスパークマンと、融合を手札に戻す! 戦士の生還を発動! 墓地のジャンク・シンクロンを手札に加え、そのまま召喚! 効果でレベル2以下のモンスター、シンクロ・フュージョニストを特殊召喚!」

 

 十代の場に、三体のモンスターが揃った。合計レベルは、9。十代のデッキの中で──否、デュエルモンスターズにおいて間違いなく、最強の一角に収まっているであろうカード。それの召喚条件は、満たされた。

 

「レベル4エアーマンとレベル2フュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 神より放たれし力の槍よ、敵の欲望、行動、知恵を奪い我に勝利を齎せ! シンクロ召喚! 氷結界の龍トリシューラ!」

 

 三つの首を持った、封印されし凶暴な龍。十代の命において、今その封印は解き放たれた。トリシューラの登場と同時に、十代の脚の傷を氷で塞がれる。

 

「トリシューラだと……馬鹿な、ここに来て、トリシューラなぞ……貴様は、いったい」

 

「その反応からすると、効果は知ってるようだな。まずは場、闇竜を除外!」

 

 十代が指さすと、トリシューラは吹雪を出し周囲の気温を下げる。保健室に吹雪が積もり、霜柱が立つ。闇竜の動きが鈍り、やがて行動を停止した。

 そして徐々に、闇竜の死体が凍っていく。やがて完全に凍ると、まるで金槌で叩かれたように粉々に砕け散った。

 

「墓地は……飛龍を除外! ついでに手札もだ!」

 

「……だが、そいつで真紅眼の黒竜を攻撃しようと、まだライフは残る!」

 

「それはどうかな? シンクロ・フュージョニストが素材として墓地へ送られた事により、融合を手札に加える!」

 

 この瞬間、ダークネスは相手の狙いを悟った。融合デッキの特色は、融合を使い回し、召喚権を消費せずに展開するというもの。それは手札に素材があればいいので、仮にサモンリミッターやスケイルモースのような特殊召喚に制限を賭けるカードを出されたとしても、ある程度の成果を上げる事が出来る。

 そしてもう一つ。こうして場をがら空きにしたり、面倒な罠を発動させたりして安全を確保してからの特殊召喚、そういう使い方もある。

 つまりどういう事かというと、初期ライフでもワンキルされる状況になったという事だ。

 

「……ここで終わりか」

 

「魔法カード、融合を発動!

 手札のフェザーマンとバーストレディを融合し、フレイム・ウィングマンを融合召喚!」

 

 左肩に白い羽を生やし、右腕にドラゴンの顔を持ったヒーローが現れる。トリシューラが先に居るので少し寒いのか、必死に手をこすり、身体を震えさせている。

 

「バトルだ! まずはトリシューラで黒竜を攻撃!」

 

 トリシューラのブレスが、真紅眼の黒竜を凍り付かせ、破壊する。

 

「フレイム・ウィングマンで止めだ! フレイム……シュート!」

 

 フレイム・ウィングマンの右腕から出た炎が、トリシューラの凍り付かせた部屋を溶かし、ダークネスの身体を焼き尽くす。こっそり左手で暖を取っているのは、見なかった事にした。

 ソリットビジョンが消え、ダークネスが膝をつき、倒れる。その拍子に、一枚のカードが床に落ちた。

 

「はあ……はあ……クソッ、血が足りない」

 

 十代は近くの棚に背を預け、糸が切れたように座り込み、開いた傷口を押さえる。トリシューラによって応急手当こそ出来たものの、やはり流れ出た血の量は馬鹿にならない。

 ガラじゃない事はやるもんじゃないな、と自傷気味に笑う。鮎川の方を見ると、気を失っているようだが落ち着いているのか、規則正しく呼吸しているのを確認出来た。ダークネスの言葉が本当であれば、既にパラサイトはその身体から消え去っている筈だ。

 やり遂げた満足感と、プレッシャーからの解放。こんな事なら引き受けるんじゃなかった、と若干の後悔。

 眼を閉じる瞬間、保健室の扉が開き、金髪が見えたのを最後に、十代は気を失った。




 中の人繋がり、一人称も同じように変化したし問題ないよね


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第37話 悪魔城ガッデム

 草木も眠るウシミツ・アワー。前回空気どころか存在をあっかりーんされていた永理と亮は、とある城にやってきていた。突然森の奥の湖に現れたと言うキノコを重ね合わせた城、その名をガッデム。そこには吸血鬼が住むのだという。

 しかも女性。こう聞いては、永理と亮は侵入せずにはいられないのだ。

 吸血鬼──不死身、不老不死、スタンドパワーを持っていそうだったり、のじゃロリババアな金髪だったりというイメージしか永理と亮には無いが、まあとにかく女性である。女性の吸血鬼に外れは無い。外れは無い筈だ。

 

「吸血鬼ってーと、悪魔城ドラキュラを思い出すな」

 

「ああ、全くだ。つか出てくる世界観間違ってるだろ」

 

 永理は鞭を、亮は何故かタンクトップめいた服装で、中世のお城にでも出てきそうな、長く続く赤い絨毯の廊下を歩く。柱に描かれた悪魔めいた模様、高い天井を照らすシャンデアリア。

 ムッムッホワイッしたくなるが、二人は堪える。やったが最後、一週間は筋肉痛で動けなくなるだろうから。

 

「そういえば、十代が倒れたらしいな」

 

「過労か?」

 

 亮の呟きに、割とマジにそうっぽい答えを返す永理。割と心当たりがあると永理は自覚しているが、それを直すつもりは毛頭ない。何故なら彼は、自分勝手に生きる人間だからだ。

 しかし、亮は首を振る。

 

「セブンスターズの一人と戦ったらしい」

 

「ふーん」

 

 興味なさげな返事。セブンスターズの一人と戦い、勝った。十代は放っておいても勝手に立ち上がり挑み続けるというのが、永理の中での十代のイメージだ。

 それに、見舞いに行った時は割と元気そうだったので、永理はあまり心配をしていない。十代なら勝手に解決するだろう、という信頼を持っている。

 そして何より、今重要なのはお宝探しだ。大きな城に宝が無いとなれば、これは一つの詐欺と同じようなもの。

 

「取りあえず、適当な扉をかたっぱしから開いてみるか?」

 

「いいや、宝ってのは地下室か何処か大きな扉の部屋にあると相場が決まっている。つまり今、俺達が探すべきは地下へと続く階段か、糞みたいに大きな扉のどちらかだ」

 

 亮の言葉はまるっきりゲームのイメージだが、永理も同じような思考回路の持ち主なのでそれに同意した。しかし厄介なのは、この城の大きさ。全てを探索するまで、一日や二日はかかるだろう。だからこそ宝への期待値も大きいのだが。

 

「取り合えず、ここを外してみるか」

 

 永理は大きな鏡の前で立ち止まる。大きな金色の枠に収まった鏡が、永理の不健康な痩せぎすな顔を映し出している。

 永理はその鏡の縁を掴み、力を入れる。

 

「ふんっ!」

 

 びくとも動かない。永理は一旦手を放し、上がった息を整える。

 さてもう一度、と頬を強く叩き、気合を入れ直す。見た所鏡は後付けのアクセサリー、動かせない筈が無い。

 

「ふんっ! ぬぐぐぐぐぐ……」

 

「びくとも動いていないぞ」

 

 しかし永理の手は、何となく動いているのを感じ取っている。それは例えるなら、豪華客船を海の上で押してみたような、微かなものでしかないが。

 しかし、動かない訳ではない。訳では無い筈だ。

 

「……あんたたち、なにやってんの?」

 

「いやちょっと隠し通路をね……ん?」

 

 永理がついに全体重を乗せて動かそうとしている所に、後ろから女性の声を掛けられた。

 永理と亮はヤバいと思いながら振り返る。

 肩が大きく出た赤いドレスを着た、緑髪の妙齢の女性。生気を感じさせない白い肌、茶色い瞳はまるで蝙蝠のよう。真っ赤なハイヒールから見て、何となくSっぽさを永理は感じた。

 少々化粧がケバい印象を受けるが、概ね美人だろうと推測出来た。腕に付いている蝙蝠の羽を催したデュエルディスクが、マッチしているようなしていないような印象を持つ。

 見るからにわかった、この人この館の主的なあれだ、と。

 

「不法侵入よあんたら、いくら吸血鬼相手と言ってもね、紳士としてそれなりの──」

 

「紳士なのは十七時までだ!」

 

 館の主人の言葉を遮ってネタを飛ばす亮、相も変わらず自分のペースで動いているお人だ。故に付いた二つ名は自由王、日に日に亮のあだ名が増えてきているのはきっと気のせいである。精々月一程度だ。

 

「というか、ゾンビに盗みさせるって……お金に困ってるのかしら?」

 

「……ゾンビ?」

 

 亮はちらり、と永理の方を見る。痩せぎすな肌、骨に皮を引っ付けただけのような身体、眼の下の濃いくま。言われてみれば、ゾンビに見えなくも無い。亮は思わずくすりと笑った。

 永理はもう何も言い返さない、だんだんと自覚し始めているからだ。何とも悲しい話ではあるが、しかしそれは事実。現実なのだ。

 永理は膝から崩れ、落ち込む。それを見て館の主人は口元を隠し、上品に笑う。

 

「冗談よ冗談、流石に生きている人間とゾンビの区別くらいつくわ。……ちょっと怪しかったけど」

 

「怪しかったって……亮、俺ってゾンビに見える?」

 

「割とかなり」

 

 永理の問いに即座に答える亮、そこに同情は含まれていない。ただ冷徹に、現実を突き付ける。永理は更に落ち込んだ。

 亮はそれを捨て置き、デュエルディスクを展開させる。

「まあそれはどうでもいい、貴様セブンスターズだな」

 

「その子可哀想に……いかにも、わたくしはヴァンパイアの貴婦人にして、セブンスターズが一人、カミューラ」

 

 胸に手を当て、優雅にお辞儀をする館の主人、カミューラ。

 演技臭く、しかしとても様になっているその姿。バチン、と電灯シャンデリアが一度、影を落とした。

 カミューラは左腕のデュエルディスクを起動させ、右手を相手に差し出す。

 

「招かれざる来客様、わたくしと一夜、ご一緒にダンスはいかが?」

 

「見た目年齢はあと十歳くらい若い方が良いんだがね」

 

「……あんた、イギリスだと捕まってるわよ」

 

 どうも相手にペースを乱されてしまうカミューラ。それもまた仕方なし、ここに居る二人は誰が呼んだか、デュエルアカデミアの一番馬鹿と二番馬鹿。ちなみに馬鹿度は同じくらいである。

 カミューラは期待が大きく外れた事に何度目か解らない溜息をついてから、亮とほぼ同時にカードを五枚引いた。

 

「勝者は次のステージへ、敗者は……いつもならぬいぐるみに封印するのですが、無いわね。まあ今回はいいわ」

 

「勝ったらこの城はいただく、そんぐらい貰ってもバチは当たらんだろう」

 

 くつくつと笑いながら、亮は勝手に条件を追加する。しかしカミューラはそれに対し頷いた。同意を得た、と亮は肉食獣めいた笑みを浮かべる。

 永理は取りあえず、邪魔にならないように後ろの方へと下がった。

 

「「デュエル!」」

 

「先功は私が貰うわ、ドロー!

 ヴァンパイア・ソーサラーを攻撃表示で召喚!」

 

 大量の蝙蝠が人型に集まり、黒いローブに身を包んだ、手には蝙蝠めいた杖を持った、青肌の吸血鬼が現れる。眼に光は無く、白目を向いており正直気持ち悪いというのが、永理の感想だ。

 何故かヴァンパイア・ソーサラーは永理の方を見て微笑んだ。同族として意識されてしまったようだ。永理の心に精神的ダメージ。

 

「更にフィールド魔法、ヴァンパイア帝国を発動!」

 

 狭い廊下が、一気に中世ヨーロッパ風の煉瓦造りの家が建ち並ぶ路地に変わる。天に上る紅い月光が、三人を照らす。街はゴーストタウンめいて静まり返っており、隙間を通る風以外の音を感じさせない。気温も低く、薄らと霧が漂う。

 ヴァンパイア帝国、ダメージ計算時のみではあるがアンデット族の攻撃力を500上げるフィールド魔法である。

 

「カードをセットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、おろかな埋葬を発動! 墓地よりサイバー・ドラゴン・コアを墓地へ送る!」

 

「チッ! ヴァンパイア帝国の効果発動! 相手のデッキからカードを墓地へ送られた時、デッキからヴァンパイアと名の付くモンスター一体を墓地へ送り、場のカードを破壊する!

 私はデッキからヴァンパイア・グレイズを墓地へ送り、伏せカードを破壊! チェーン発動、レインボー・ライフ! 手札一枚を墓地へ送り、エンドフェイズまで、私が受けるダメージはライフ回復となる!」

 

 紅い月から落ちてきた落雷によって、カミューラの伏せていたカードが破壊される。

 ヴァンパイア帝国、相手のデッキからカードが墓地へ送られた際に、場のカードを破壊するという効果。単純に考えればかなり強力なカードなのだが、強制効果なのが欠点だ。

 

「相手場にのみモンスターが存在する場合、墓地のサイバー・ドラゴン・コアを除外し効果発動! デッキからサイバー・ドラゴンと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 来いっ、サイバー・ドラゴン・コア!

 そしてそして速攻魔法、地獄の暴走召喚! 自分場に攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚に成功した時、デッキから同名モンスターを展開出来る分だけ特殊召喚する! サイバー・ドラゴン・コアは場に存在する限り、サイバー・ドラゴンとして扱う! よって、デッキから三体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚!

 そして、貴様の方も特殊召喚してもらう、三体な!」

 

「……ヴァンパイア・ソーサラーを特殊召喚」

 

 カミューラの場に三体の吸血鬼の魔法使いが並び、亮の場にアナルビーズめいたドラゴンが一体、そして手足の無いタイプの機械仕掛けの竜が三体並ぶ。レンズ越しから相手をロックオンし、スピーカーからノイズ交じりの咆哮を出す。

 たった手札を二枚しか消費していないとは思えない展開力、やはり亮は何処かおかしな人間だ。

 

「融合呪印生物―光を召喚し、効果発動! こいつとサイバー・ドラゴン・コア、そしてサイバー・ドラゴン一体を生け贄に捧げ、エクストラデッキからサイバー・エンド・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 サイバー・ドラゴンと光る色々な生物をごちゃまぜにして脳味噌状に固めたような奴が混ざり合い、三つの頭と首を持ったメタリック・ドラゴンに変化する。

 実は亮、エンドよりツインの方が好きだったりするので、亮の使うサイバー流デッキでの出番はあまりよろしくない。久しぶりの登場に人工知能は歓喜している事だろう。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンで攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンの三つの首から放たれた青い三本の太いレーザー光線が、ヴァンパイア・ソーサラーを焼き尽くす。

 

「ぐっ、ヴァンパイア・ソーサラーの効果発動! 相手によって墓地へ送られた時、デッキからヴァンパイアと名の付く闇属性モンスターか、ヴァンパイアと名の付いた魔法・罠カードを手札に加えるわ。私はデッキからカース・オブ・ヴァンパイアを手札に加える!」

 

「サーチ効果か、面倒な……カードをセットし、ターンエンド!」

 

「……何なのよ、その展開力。面倒なって言いたいのはこっちよ……まあいいわ、ドロー!

 ヴァンパイア・ソーサラーを生け贄に捧げ、シャドウ・ヴァンパイアを召喚!」

 

 ヴァンパイア・ソーサラーがククリナイフを取り出し自らの心臓を抉り取り、それを天に掲げる。するとソーサラーは宙に浮かぶ心臓を残して灰と化した。そしてその心臓を依代に灰が集まり、再び人の姿となる。

 白い、肩まで伸びた髪、闇夜の中で怪しく眼が光る。

 だが、今度は両肩に三角のシールドを付けた、騎士のような姿だ。右手にはローリングボムのようなトゲトゲの付いたメイスが握られており、左腕にはひし形の盾が付けられている。

 

「シャドウ・ヴァンパイアの召喚に成功した時、デッキからヴァンパイアと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 私はデッキから、ヴァンパイア・デュークを特殊召喚!」

 

 シャドウ・ヴァンパイアが手に持っていたメイスを地面に叩き付けると闇の渦が現れ、その中から紳士服と黒いマントに身を纏った、真ん中分けの見るからに男爵っぽい吸血鬼が現れる。

 

「ヴァンパイア・デュークの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、カードの種類を宣言して発動!

 相手は宣言したカード一枚を墓地へ送る、私は魔法カードを選択!」

 

「サイクロンを墓地へ送る」

 

「そして、ヴァンパイア帝国の効果発動! 相手のデッキからカードが墓地へ送られた時、デッキからヴァンプ・オブ・ヴァンパイアを墓地へ送り、サイバー・エンド・ドラゴンを破壊する!」

 

 真紅の月から稲妻が、サイバー・ツイン・ドラゴンに落ちる。

 内部機械がショートし、装甲の隙間から白い煙が立ち上り、バチバチと稲妻の余波と内部エネルギー漏れが放電。そして中心部分から大きく爆発し、石畳の上に崩れ落ちる。

 爆発の余波が亮のコートを揺らす。しかしその表情に焦りは無い。

 

「可愛くないわね、もっと焦りなさいよ」

 

 やりがいが無い、とでも言いたげに首を振るカミューラ。亮はそれに対し、くつくつと笑う。

 

「……これを見たら驚いてくれるかしら? レベル5のヴァンパイア・デュークとシャドウ・ヴァンパイアでオーバーレイネットワークを構築!」

 

 カミューラが二枚のカードを重ねると同時に、ソリットビジョンに巨大な黒い渦が現れる。

 永理はその宣言を聞き眼を見開き驚いたが、亮は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。その顔に焦りや恐怖といったものはない。あるのはただ一つ、絶対的勝利に対する確信の笑みだ。

 

「あんまり驚いてくれてないようだけど……まあいいわ、エクシーズ召喚! 紅騎士―ヴァンパイア・ブラム!」

 

 黒い渦の中から現れたのは、悪魔のような棘を付けた鎧を着た吸血鬼。両肩の逆五角形の盾、左手にはひし形の盾。そして右手に蝙蝠の羽を催した鍔のある両手剣。白銀の髪が、路地に吹く風で揺れる。

 そして、その吸血鬼の両脇に、二人の人間と思わしき頭が突き刺さった槍が、まるで釣り上げられたかのように生えてきた。

 エクシーズ召喚、ノース校の者にしか使えない筈の、未来の召喚方法。それを何故、セブンスターズが使えるのか。永理は訝しんだが、亮にとっては至極どうでもいい話だ。どんなカードを使おうが、それを叩きのめすのみ。

 それが、亮のやり方であったし、これからもそうしていく事だろう。

 絶対強者は伊達ではない。

 

「それが貴様の切り札か」

 

「まさか、切り札は要所要所で代わるものよ……まあそれより、いいものを見せてあげる。ヴァンパイア・ブラムの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、相手の墓地に存在するモンスター一体を特殊召喚する! 私はサイバー・エンド・ドラゴンを選択! 奪え、ネクロマリオネット!」

 

 ヴァンパイア・ブラムの盾が展開し、その中から血液めいた赤黒い糸が触手のように現れ、亮の墓地から三つ首の機械竜を無理矢理引きずり出す。しかしそれは、カミューラの場に現れた途端に、一本の首を残し、塵となって崩れ落ちた。

 

「なっ、なんで!?」

 

「融合呪印生物―光を生け贄に捧げる方法の特殊召喚は、融合召喚ではない。故に蘇生条件を満たしておらず、特殊召喚する事は不可能。だからサイバー・ドラゴンのみが残ったんだ」

 

 カミューラの驚きの声に、悪戯が成功した悪ガキのような笑みを浮かべながら、亮はその疑問に答える。

 カミューラは歯噛みするが、しかしそれでも依然として、亮が不利な状況になっている事には変わりは無い。そして、カミューラのデッキには切り札となるカードがいくらでも眠っている。

 

「生意気な……! まずは、数を減らす! サイバー・ドラゴンでサイバー・ドラゴンを攻撃! エヴォリューション・バースト!」

 

「ふん、迎撃しろ」

 

 カミューラの蘇らせたサイバー・ドラゴンと亮のサイバー・ドラゴンの口から放たれた水色の光線はぶつかり合い、お互いの身体をメインメモリーごとドロドロに溶かす。

 ヴァンパイア・ブラムの、相手の墓地からモンスターを奪う効果を使用したターンは、その効果で蘇生させたモンスター以外は攻撃出来ない。とはいえ、ここはそれが上手く働いたと言えるのかもしれない。

 何せ、亮の場をカラにするという事は、反撃されやすい状況を作る事に他ならないのだから。

 

「ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 中途半端に残してくれおって……まあいいだろう、既に勝利の方程式は組みあがっている。魔法カード貪欲な壺を発動。墓地のサイバー・ドラゴン二体と、サイバー・ドラゴン・コア、サイバー・エンド・ドラゴン、融合呪印生物―光をデッキに戻し、二枚をドロー。

 サイバー・ドラゴン・コアを召喚! 更に魔法カード、機械複製術を発動し、デッキから二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 またしても亮の場に機械仕掛けの竜が、四体並ぶ。カミューラは思わず舌打ちを溢す。あっという間に、ごり押しに近い戦法で覆される。雇い主からのデータではそうとあったが、ここまでとは思わなんだ。

 そもそも、初日は情報収集に徹するつもりだったというのに、突然の来客。正直なところ、準備は全くと言っていいほど済んではいない。

 

「場のサイバー・ドラゴンと機械族、場のサイバー・ドラゴンシリーズを墓地へと送り、キメラティック・フォートレス・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

 場に、四つの、数珠つなぎの円盤状の身体を持った竜が現れる。サイバー・ドラゴンから格好よさを取り除き、無骨さがむき出しになった顔。眼は銃の照準のような、丸の中に十字の入ったマーク。

 そいつはノイズ交じりの咆哮も上げず、ただ敵を見渡すのみ。生物っぽさは全くと言っていいほど無く、ただ殺す事のみが刻み込まれたAI。その竜の前で亮は悪役めいた笑みを浮かべる。

 

「キメラティック・フォートレス・ドラゴンの攻撃力は、墓地へと送った機械族の数×1000ポイントアップする……俺が墓地へ送った機械族の数は四体、よって攻撃力は4000!

 バトルだ! キメラティック・フォートレス・ドラゴンでヴァンパイア・ブラムを攻撃! エヴォリューション・フォートレス。ガトリング!」

 

 フォートレスの円盤状の身体が螺旋状に開き、中から戦闘ヘリに付けるような機銃が四丁現れ、巨大なモーター音を響かせ銃身を回転。発射された弾は容易く、ヴァンパイア・ブラムを撃ち貫く。

 鎧は現代兵器の前には歯が立たず陥没し、装甲の破片が身体に突き刺さる。顔も手も足も、身体さえも圧倒的な暴力の前ではただのミンチとなっていく。余波が、カミューラの右肩に穴をあける。

 圧倒的、まさに圧倒的力。ごり押しが突破されたのであれば、それ以上のごり押しでごり押すのみという圧倒的脳筋。それが丸藤亮、サイバー流次期後継者である。

 

「ターンエンドだ」

 

「ぐっ、人間如きが……私に傷を付けやがって! ドロー!」

 

 激昂したカミューラの口が裂け、さながら都市伝説の口裂け女めいた風貌になる。口調も淑女っぽさは無くなり、荒々しくなった。化けの皮が剥がられた、という事だろう。

 

「スタンバイフェイズ、相手によって破壊されたヴァンパイア・ブラムは私の場に特殊召喚される! 生きて帰れると思うなよ、人間! 墓地のヴァンパイア・ソーサラーの効果発動! このカードを除外し、このターンヴァンパイアと名の付くモンスターを召喚する際、生け贄は必要としない!

 魔法カード、死者蘇生! こいつには頼りたくなかったんだけど……墓地のヴァンプ・オブ・ヴァンパイアを特殊召喚!」

 

 長い銀髪の女性、かなり露出度の高い、お腹の見える青い衣装を着た吸血鬼が、スカートを浮かせながら現れる。悪魔の爪のようなものが脇腹を覆うようにしてある。谷間は、ブーツに記されている矢印のような十字で見えないが、永理には解る。その胸は豊満であると。

 その表情は、妖艶な笑み。はっきり言って、永理の好みである。ビッチ臭いのが、また良いのだ。永理はビッチ萌えでもある。ストライクゾーンは縦に長し。

 

「私を傷つけた事を後悔しながら死ね! シャドウ・ヴァンパイアを召喚! ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアの効果発動! ヴァンパイアと名の付くモンスターの召喚に成功した時、相手モンスターを吸収する! キメラティック・フォートレス・ドラゴンを吸収!」

 

 ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアが左腕を爪で引き裂き、無理矢理開く。血が滴り、白い骨が覗く。何をしようとしているのか、亮には解らないでいた。

 しかしすぐに理解した。その開いた腕から生えた何千本という毛細血管がキメラティック・フォートレス・ドラゴンの身体を覆い包み、掃除機のコードめいて勢いよく飲み込まれてしまう。そしてキメラティック・フォートレス・ドラゴンの姿が無くなると、腕の傷が糸で縫うように塞がっていく。

 

「地獄はこれからよ! シャドウ・ヴァンパイアの効果でデッキからヴァンパイア・デュークを特殊召喚! ヴァンパイア・デュークの効果発動! 二回言わなくても解るわよねぇ? 私は魔法カードを選択!」

 

「融合を墓地へ送る」

 

「そして、ヴァンパイア帝国の効果で左の伏せカードを破壊!」

 

 一気にカミューラの場が、五体のモンスターで埋まる。鎧を着た吸血鬼が二体、紳士服を着た吸血鬼と痴女ファッションな吸血鬼が一体ずつ。

 それと対照的に亮の場にはモンスターが存在せず、先ほど落ちた紅い落雷によって伏せカードの一枚──トラップ・スタンは破壊されてしまった。

 絶体絶命、という状況がここ以上に合うものは無いだろう。しかし依然として、亮の口には笑みが浮かんでいる。

 生意気、物言わぬ人形に変えたい。それがカミューラの持った意思であり、そして終わりを知らせる筈の合図でもあった筈だ。

 

「バトル! シャドウ・ヴァンパイアで直接攻撃!」

 

 シャドウ・ヴァンパイアの棘付きメイスが振り下ろされ、亮の左肩に当たる。血が吹き出し、腕を伝って雫が落ちる。

 カミューラはそれを見て、嗅いで、舌なめずりをした。

 

「人形にする前に、味見するのもありかもしれないわね……ヴァンパイア・ブラムで直接攻撃!」

 

 ヴァンパイア・ブラムが手に持っていた剣を振り下ろした瞬間、その剣は大量のカードによって現れたバリアによって防がれてしまう。

 咄嗟に一歩下がるヴァンパイア・ブラム。それを確認したように、それで役目を終えたようにカードのバリアは崩れ落ちた。残ったのは、顔にちょっとの切り傷のある亮。その顔は不敵に笑っている。

 

「罠カード、パワー・ウォールを発動! デッキトップからカードを一枚墓地へ送るごとに、戦闘ダメージを100下げる。俺はデッキから二十七枚のカードを墓地へと送った!」

 

「チッ、もはや不要だ! ヴァンパイア帝国、崩落せよ!」

 

 街並みが崩れ、真っ赤な月は沈み、場は元の廊下に戻った。吸血鬼の強化、それももはや不要の長物。これで終わりとなるのであれば、下手に残った一枚を墓地へ送って中途半端な感じで終わるより、自軍を破壊せずに終わりたいと思ったからだ。

 

「随分と悪足掻きを続けるのね、でもそれもこれでおしまい。ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアで直接攻撃!」

 

「墓地の超電磁タートルの効果発動! 墓地のこのカードを除外し、バトルフェイズを終了させる!」

 

 亮の足元に緑色の甲羅を持った、U字磁石を尻尾に付けた、胸にSとNの文字が描かれた亀が現れる。亮はそれを勢いよく踏みつけると、その文字が黄色く光り輝き、スパークをまき散らす。緑色の頬に付いた電極から電気の網が、バリアのように亮の前に広がる。

 

「……あら、よく見たら貴方のデッキ、たったの一枚じゃない。そんなんで逆転出来ると、本気で思ってる訳?

 仮にそのカードが逆転のキーカードだったとしても、貴方は私に勝つ事は出来ない……ターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「引かせる訳無いじゃない! カウンター罠発動、強烈なはたき落とし! 引いたカードを捨ててもらうわよ」

 

 亮は引いたカード、オーバーロード・フュージョンを墓地へと送った。永理は唾を呑む。逆転の一手と思わしき手は潰された。手札は二枚、だというのに亮は、勝利の方程式が揃ったと言った。

 しかし、それは決して狂言ではない。何故なら亮は、デュエルアカデミアで一番強い男なのだから。

 

「ライフを半分払い、速攻魔法、サイバネティック・フュージョン・サポートを発動! 墓地の機械族を融合素材として使用出来る!

 更に魔法カード、パワー・ボンドを発動! 俺は墓地のサイバー・ドラゴン一体と、二十一体の機械族を除外!

 これが俺の、全力全壊! 耳ある者は聞け! 眼のある者は見よ! 口ある者は吼えよ! 全てを伝えよ、世界廃絶の始まりを! 参集せよ、参画せよ! 絶対王者の名の元に、全ての魂を皇帝へ! 全ての力を暴帝へ!」

 

 超巨大なプラズマの塊が何十、何百とスパークし、オーロラのような美しく恐ろしい光をまき散らす。亮もなんだかんだ永理の友人、そして何より、盛り上げる事が大好きな人間となってしまっている。

 そこに、サイバー流後継者の姿は無い。絶対王者、絶対皇帝、立ちふさがる者全てを粉砕する絶対者。

 

「融合召喚! キメラティック・オーバー・ドラゴン!」

 

 惑星のように大きな球体から、十二もの竜の首が、溢れんばかりのエネルギーを散らせながら現れる。絶対的暴力の具現化、あらゆるものを吹き飛ばし、塵も残さぬ化け物。十二の竜の頭から、ソニックブームのような咆哮が一斉に上がる。

 ぴりぴりと、館内に限らず、デュエルアカデミア全土を震撼させる。まるで、力を見せびらかすように。まるで、絶対的力を示すように。

 

「なあ、さっきの口上って黒王軍の──」

 

「一回言ってみたかったんだ! バトル! キメラティック・オーバー・ドラゴンで、吸血鬼共を破壊せよ!

 エヴォリューション・レザルト・バースト! 五連打!」

 

 キメラティック・オーバー・ドラゴンの口から一斉に放たれた、五つの光線。吸血鬼達は断末魔を上げる暇も無く、一瞬で、まだ太陽に当たった方が猶予があるのではないかというくらいの速度で塵となった。そしてその衝撃でカミューラも大きく吹っ飛ぶ。

 キメラティック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は、融合素材にしたモンスターの数×800ポイントの攻撃力となる。更にパワー・ボンドは機械族専用の融合カード、これで融合召喚したモンスターの攻撃力は二倍となる。

 つまりキメラティック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は、総合計35200。この攻撃を受けたら普通のデュエルでも割とヤバいが、これは闇のデュエル。つまり衝撃も実態となっているので、それで建物が持つ訳が無いのだ。

 

「不味いな、崩れ落ちそうだ。つーか亮やり過ぎだ馬鹿!」

 

「あれしか逆転の道筋は無かったのだ、これはいわゆるコラテラルダメージで、致し方ない犠牲だ」

 

「その便利な言葉やめい!」

 

 まだ遠くから音が響いてるのみだが、ここが倒壊するのももう少しだろう。しかしカミューラを置いていくのも、何だか男としてどうかと思ってしまう二人。

 ふとカミューラの飛んで行った方を見てみると──

 

「あっ、いない」

 

「逃げやがったな畜生!」

 

 永理と亮も、慌てて倒壊していく建物から逃げる為に走り出した。天井が二人を飲み込もうと、次々と崩れ落ちていく。永理は亮に手を引っ張ってもらい、何とか追いついている状態だ。

 かろうじて館を出た時、砂煙をあげ倒壊していく魔城ガッデムを背に、二人の顔に朝日が差し込んだ。いつの間にか、一日が過ぎてしまっていたらしい。

 何とも言えない気持ちの中、二人は今日起きた出来事を振り返るとどっと疲れが出て、二人してその場で崩れ落ちるように寝てしまうのだった。




 実は最初、無謀にも悪魔城ネタ(TAS)をやろうとしていましたが、挫折しました


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第38話 永理の宴が始まる

「最近お前、痩せてきてね?」

 

「……えっ」

 

 いつも通りのオシリスレッド食堂、ベーコンとエッグとスパムの炒め物を食べている永理に対し開幕一番、退院したばかりだというのにエネルギッシュな十代は口を開いた。見ると周りの生徒も、うんうんと頷いている。が、当の本人である永理は首を傾げていた。

 何せ本人には、痩せているという自覚が無いのだ。吸血鬼を倒した後は二日間くらい泥のように眠ってはいたものの、それ以外はすこぶる良長。身体に何の不備も見受けられない。

 

「いやいやいや、でも俺最初から割と痩せてたよ?」

 

「その頬の削げっぷり、何か病んでる人っぽいっすよ」

 

 翔の辛辣な感想に、永理はおもむろに手首に指を回してみる。人差し指と親指はいとも容易くくっ付いた。しかしこれは入学当時からこんななので、やはり気のせいじゃないかと訝しむ。

 

「つかさ、お母さんに訊いてみたんだけどよ……やっぱ高校生が四十ちょいってのは痩せすぎって言ってたぞ」

 

「でも俺、ちゃんと飯食ってるよ?」

 

「量が少ないんじゃないっすか? いや、カロリーは高いっすけど」

 

 翔の言うように、永理が普段食べている食事は、簡単に言えばこんな感じだ。

 脂肪と糖分と塩分、更についでに炭水化物。太る要素の四連星。一度食べれば女子が妬み、二口食べれば教師の胃がもたれる。そんな感じの食生活を、ここ半年くらい永理は続けていた。

 普通ならそりゃあもう、ハート様の腹をだらだらにしたようなくらい太っている筈なのだが、永理は入学当時より痩せたように見えてしまう。

 

「つってもこれ以上食べると猛烈な吐き気に襲われて、三時間ぐれぇ動けないんだけど」

 

「マジっすか……そりゃもう、どうしようもないっすね」

 

 どうしようもないものはどうしようもない。これは永理が前世で学んだ教訓の一つである。モテないのは顔のせいだと決めつけ、結局素人童貞のまま死んでしまった。

 ちなみに今現在の永理の顔は、ゾンビである。肉を付けたら普通という印象になるだろうが、今はゾンビである。

 永理はベーコンとエッグとスパムの炒め物をおかずに米を掻き込み、更にスパムをもう一口放り込む。味付けは濃く、こってりと。前世でも続けていた食生活、直接の死因はテクノブレイクではあるが、多分内臓脂肪が付きまくっていたのも関係しているだろう。

 

「というか永理、今の体重ってどんぐらいなんだ?」

 

「どんぐらいって、四十ぐらいだろ。普通に」

 

「普通ではないっすよ、マジで」

 

 ちなみに永理の身長で必要な体重は、約六十キロである。平均で、六十キロくらいである。

 つまりあと二十キロくらい足りない。二十キロというのは、太るのも痩せるのも割と大変な体重だ。女子がダイエットでたった三キロや四キロで一喜一憂している所を見るに、それは大変な事なのである。

 ちなみに永理は体重を五十切った事が無い。昔は割と食べていたのだが、それでも体重は今の永理くらい。痩せやすい体質なのだ。

 

「翔、体重計持ってきてくれ」

 

「了解っす」

 

 そくさくと朝食のシシャモと米を掻き込み、翔は食堂の奥へと姿を消した。大徳寺の寮長部屋には、何故か体重計が置いてあるのだ。

 永理は液状チーズをベートンとエッグとスパムの炒め物にかける。黄と肉色のキャンパスが白い液体によって穢されていくというのは、何となく背徳的な快感を覚えてしまう永理は変態である。

 エッグとスパムが混ざり合ってる所を一口の大きさに箸で切り取って、それに他の所にかかっている液状チーズをちょっと付け、一口。

 合うかどうか微妙な味になってしまい若干ナイーブな気持ちになっている永理の横に、翔は銀色に光る体重計を置いた。

 体重計は何処の家庭でも見かけるような電子式の、小さな奴。とはいえそれなりの重量を誇っている。

 永理は足で体重計のスイッチを押し、重たい上着とデッキケースをテーブルに置く。そしてそっと、水に入るように体重計の上に乗る。

 

「お前ら大袈裟なんだよ、まさかそんな痩せている訳──」

 

 出た数字は、三七キロ。37㎏。小数点以下の数字を切り上げても、三七キロである。

 永理は何かの見間違いだ、と思い眼をこすりもう一度体重計を見てみるが、変わらず。今度はこめかみをもみほぐし、頬を叩き眠気を吹っ飛ばしてから見てみるが、やはり変わりは無い。

 平均体重を倍にしたらちょっとした肥満になるが、それでも二キロ痩せれば標準となる。明らかに、誰の目に見ても痩せすぎであった。

 

「……嘘だッ!!」

 

「嘘じゃねーよ、やっぱ痩せすぎなんだよお前!」

 

 十代が永理の肩を掴み、がしがしと揺らす。永理の脳みそが勢いよくシェイクされるが、当の本人はそれどころではない。首が何度かゴキッ、という嫌な音を鳴らしたりしているが、それどころではない。

 永理は、自分はちょっと痩せてるけどそれは標準的な感じなので全く依然として全く問題ないと思っていた。だが結果はこの有様、現実から目を背けたくなる永理であるが、これは常に自分に付きまとう事実である。

 永理が白眼向きかけてきた所で翔からストップが入り、十代は揺さぶりを止める。だが、どういう訳か十代の眼には涙が溜まっていた。まるで友人が病魔に侵されたような有様ではあるが、もしかしたらと思う気持ちは今現在オシリスレッド内に居る生徒全員持っていた。

 

「でも思い当たる事なんて全く無いぞ。これまで通り飯を食べて、菓子喰って、寝ずにゲームと漫画とアニメ。永理の宴を毎日開催していただけぞ」

 

「ああ、それで万丈目まだ起きてこないんだ」

 

 普段なら既に起きている筈の万丈目の姿が無いと思ったら、どうやら万丈目は永理の宴に巻き込まれてしまっていたようだ。十代と翔は心の中で合掌する。

 が、今はそれよりも永理だ。永理の宴というのは、コーラは無いがチョコとポテチのコンボという、女性のお腹に致命的ダメージを与えるコンボ。それをずっと続けていたら糖尿病まっしぐらなのは、コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実。

 ちなみに永理の血糖値は正常である。

 

「何かあるだろ、思い当たる事」

 

「ふむ……ふーむ……無いな」

 

 たっぷり二十秒くらい考え、永理はそう結論付ける。実際永理には全く、本当に全くといっていいほど心当たりが無い。

 そもそも永理は、ストレスとは無縁の生活をしていると自負している。そりゃあ、偶然テレビでカップル特集とか見た際には物凄く死にたくなったり、学園で女性と何もない日々が続いたりするのは、割と精神的にクるものがあるが、とはいえそれもさして問題ではない程度。

 ぶっちゃけストレス度で言えば十代の方が上だ。

 

「まあ強いて言うなら体質だろうなー。最近飯食うのも億劫なほどゲームにのめり込んでたし、そんくらいしか」

 

「……永理の生活を改善する必要があるな」

 

「やめてよね。そんな生活したら、俺の精神が持つ訳無いでしょ」

 

 永理はやれやれ、と言いたげに首を横に振る。永理は趣味を糧に生きるといった感じの人間だ。彼から趣味を取ったら、性欲以外なにも残らない。

 

「駄目だ! お前このまんまだと死にかねないぞ!?」

 

「ふっ、何を今さら」

 

 永理は不適に笑う。実際永理は、既に二度くらい死んでいるのだ。死ぬ以外にも割りと痛い目にあっているし、闇のゲームも既に何度か体験済み。

 まあ、痛いもんは痛いのに変わりは無いのだが。

 

「それに、永理は大丈夫だ。俺は死なん、不死身の男だからな」

 

「不死身っつーか、ケニーな男っすよね」

 

 永理の負傷のしやすさはもはやデュエルアカデミアでは語り草となっている。野球の時には必ず負傷、ドッヂボールでも負傷、テニスでも負傷、まさかのゴルフで負傷と、もはや呪われているのではないかと疑うくらい。

 付いた二つ名は傷つく不死鳥、何ともまあ嬉しくない二つ名だ。

 

「……しかし太る、か。生憎だが俺はもう、かなりの数の逆ダイエットを試したぞ」

 

 ダイエットは痩せる事、それの逆という事はつまり太る為の食事をするという事。勿論、普通ではありえない。が、永理は普通ではない。前世の記憶があったりとか生まれ変わりとかそういう意味の普通じゃないという意味ではなく、体質的な意味で普通ではないのだ。

 人間には太りやすい身体と痩せやすい身体、そのどっちでもない身体の三種類がある。永理はその中で痩せやすく、更に太りにくい身体なのだ。残念。

 

「まあそれ以外にも、オシリスレッドの食事はカロリーが低いってのもあるかもしれんな」

 

「そこは確かに」

 

 永理の言葉に十代も同意するように頷く。

 オシリスレッドで出てくる食事は、明らかにカロリーが足りていない。さながら江戸時代の武士のような食事ばかりだ。

 これでは太ろうにも太れないのは至極当然。青少年からしてみれば、あまりにも少ない。

 この時代に生まれた者に、米のみを大量に食べろというのもまた、酷な話である。

 

「でも永理君、よくラーイエローとかオベリスクブルーから食事貰ってるっすよね?」

 

「たまに食っても太れないに決まっているだろう」

 

「……そういうもんっすか?」

 

「そういうもんっす」

 

 翔は訝しんだ眼を永理に向けるが、そういうものだ。例え月に一度焼肉を食べまくったとしても、そう劇的に体重が変化するという事は無い。

 してもたかだか一・二キロ。女子からしてみればそれは大きな増量だろうが、永理からしてみれば全く持って足りていない。というか三十六キロはマジでヤバい体重なのだが。そりゃあもう、拒食症を疑われるくらいに。

 

「つまり永理を太らせるには、少なくともラーイエローにまで上げるしかないという事か……ムリダナ」

 

「無理っすねー」

 

「うむ、無理だな」

 

 永理は授業態度は良いのだが、筆記テストがからっきしといっていいほど苦手である。それはもう、十代とどっこいどっこいなくらい。

 そして何より、永理のデュエルはこれからのデュエルモンスターズでは少々デッキ速度が遅いという問題点もある。要するに将来性があまり無いように見えるのだ。教師からは。

 

「……まっ、これは小さな問題だ。ある程度心当たりもあるし、今は先に解決すべき問題があるだろう」

 

「いや小さくないぞ、割とヤバいぞ。あと心当たりってなんだ」

 

「今に始まった事では無い。あと心当たり言うのはちょっと……」

 

 永理の身体が痩せていくというのは、前世からの話。永理にとって優先度はとても低い。

 永理は顎に手を当て少しばかり考えると、ふと思いついたように手を叩いた。

 

「十代、デュエルしようぜ。折角の休みだ、約束を消化するのも悪くないだろう」

 

「僕は授業があるんすけどね……」

 

 翔の言葉を軽く無視し、十代は永理の言葉に頷く。二人は素早く食器を片付け、外へ、オシリスレッド食堂前へと出た。

 ドッヂボールのコートめいた白線が引いてある、グラウンドめいた場所。外装から解るようにやはり、オシリスレッドは安いボロアパートのよう。

 そしてコートめいた端に二人が立ち、それを一目見ようとオシリスレッドの生徒もぞろぞろと食堂から出てくる。寮の二階の手すりに座る生徒もちらほら。

 

「しっかし、いきなりだな。永理」

 

「いつセブンスターズの奴らが来ても問題が無いようにな。最近やって無かったし」

 

 永理はここ最近、デュエルアカデミアだというのに全くと言っていいほどデュエルをしていなかった。七精門の鍵の守護者に選ばれた特権で授業を休みまくり、日がな一日中ゲーム三昧。朝起きてお茶飲んでゲームして、昼めし食って茶飲んでゲームして、晩飯喰って歯磨きしてゲームしてという生活。このままではダメ人間まっしぐらになってしまうが、さらに拍車をかけるようにそこに亮が突入し、もうどうにも止まらない状態なのだ。

 

「なあ永理、賭けをしないか」

 

「賭け? アンティならお断りだぞ」

 

 唐突に十代から投げかけられた提案。永理は取りあえず冗談交じりにそう断っておくと、十代は苦笑いしながら首を横に振った。

 

「違う違う。俺が勝ったら、永理は生活態度を改める。お前が勝ったら……飯奢ってやる」

 

「……まあ、いいけどさ」

 

 永理は不敵に笑う。生活態度にとやかく言われるのは正直嫌ではあるが、飯を奢ってくれるというのはとても有難い。これを逃す手は、少なくとも男子高校生には無いといっていいだろう。

 それに、永理は果物とアボカド、そして大根おろし以外は好きという、好き嫌いは多いか少ないか微妙な感じだ。大体のものは難なく食べられる。

 

「飯、絶対に奢れよ」

 

「当然、男に二言は無いぜ」

 

「「デュエル!!」」

 

 両者共に獣めいた笑みを浮かべながら、カードを五枚引く。

 

「俺の先功、ドロー!

 俺はカードガンナーを召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、送った枚数×500ポイント攻撃力を上げる! カードをセットして、ターンエンドだ!」

 

 十代の場に赤い身体をした両腕武器腕な戦車が現れ、ターンを終了する。

 せっかく弾を装填したのに使ってもらえないのに、若干残念そうに肩を落としているのは、永理の考えすぎだろう。

 

「俺のターン、ドロー!

 モンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンド!」

 

 永理の場に三枚のカードが現れる。二枚の伏せカード、そして伏せモンスター。守りの手としては堅実といった所か。

 最も、それは一般目線から見た場合の話し。相手は永理、普通の行動はしてこないと心構えておいた方が良いだろう。

 

「俺のターン、ドロー!

 E・HEROエアーマンを召喚し、効果発動! デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキから、スパークマンを手札に! 更に融合を発動! 手札のスパークマンと、沼地の魔神王を融合し、E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚! 更にカードガンナーの効果発動、三枚墓地へ送り、攻撃力アップ!」

 

 十代の場に背中にファンを付けた青色のヒーローと、白いメタリックな羽を広げ、暗闇を照らすように白く発光する。白き鎧を身にまとい、右手に発火装置を付けたヒーロー。シャニング・フレア・ウィングマンが降臨した。

 カードガンナーも銃弾を装填し、戦闘態勢バッチリといった感じ。

 シャニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は1200アップし、攻撃力は3700となっている。いきなり飛ばすな、と永理は冷や汗をかいた。

 

「バトルだ! カードガンナーで、伏せモンスターを攻撃!」

 

 カードガンナーの両腕から発射された弾丸が、永理の伏せモンスターを貫く。メタモルポット。壺が割れ、ポージングをしながら筋肉モリモリマッチョマンのガングロ変態がにっかりとスマイルし、大量の男フェロモン液と化して姿を消した。

 今更永理と十代は、それに対しツッコみを入れる事は無い。

 

「メタモルポットの効果発動! 互いにカードを全て捨て、五枚ドロー!」

 

「これを通せばどうなるか、解っているよな! エアーマンで直接攻撃!」

 

 エアーマンが背中のファンを大きく回転させ、それによって生み出した竜巻が永理に襲い掛かる。しかし寸前の所で鐘の音が鳴り響き、竜巻は力を失い拡散した。

 永理の場には、悪魔のような姿をした振り子が、何時の間にやら登場していた。

 

「直接攻撃宣言時、バトルフェーダーを特殊召喚し、攻撃を無効。そしてバトルフェイズを終了させた」

 

「メタモルポットの時に引いてたって事か……ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 罠カード発動、デビル・コメディアン! コイントスを一回行い、裏表を当てる。当たった場合は相手の墓地を全て除外し、外れた場合は相手の墓地のカード分、デッキトップからカードを墓地へと送る……俺は表を選択! さあ、運命のコイントス!」

 

 二人の真ん中辺りの場に、表に青眼、裏に真紅眼の描かれた黄金色の巨大なコインが現れる。

 デビル・コメディアン。このカードを入れるデッキは、どちらに転んだとしてもメリットになる優秀なカードだ。

 コインが場に落ち、砂煙が激しく舞う。結果は裏、永理は不敵に笑った。

 

「相手の墓地の枚数分、デッキからカードを墓地へ送る! さあ十代、お前の墓地のカードを教えろ!」

 

「十一枚だ」

 

「そうか、ではその数だけカードを墓地へ送る!

 リバース魔法オープン、終わりの始まり! 墓地の闇属性モンスターの数は八体! そのうちの五体、ネクロフェイス、ダーク・ネクロフィア、終焉の精霊、人造人間サイコ・ショッカー、死霊伯爵を除外し、カードを三枚ドロー! ネクロフェイスの効果発動! このカードが除外された時、互いのデッキからカードを五枚除外する!」

 

 一気に永理のデッキが薄くなる。が、これが永理の動かし方。背水の陣である。

 相手の場には攻撃力3700。まさに前門の虎後門のバッファロー。速攻決着、攻撃が封じられた時は潔く死ぬ。ぶっちゃけ守り人にはあまり向いていないデッキコンセプトだ。

 

「手札を一枚捨て装備魔法、D・D・Rを、除外されているサイコ・ショッカーに装備し、特殊召喚!」

 

 次元を突き破るように拘束具めいた緑色の服を着た、ピンク色の禿げがよいしょと現れる。顔を隠すように、赤い眼鏡と顔の下部分を覆い隠す緑色のメンポ。バイオニンジャ、サイコ・ショッカー=サンのエントリーだ!

 

「紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚!」

 

 ありとあらゆる物を焼き尽くさんとばかりの炎を上げ現れるのは、血を吸ったダニのような胴体に紫色の膜を張った、真っ赤な悪魔。

 手首から雑草のように生えている緑色の何かを付けた手を大きく振り、炎を打ち消す。

 自分の除外したカードは十枚、攻撃力は4000。サイバー・エンドを超えた攻撃力だ。

 

「あっ、不味いなこれ」

 

「俺の勝ちだ、遊城十代!

 サイコ・ショッカーでカードガンナーを攻撃! サイバー・エナジー・ショック!」

 

 サイコ・ショッカーが手をパン、と叩き、黒くスパークする電撃球を作りだす。が、突如足元から次元が現れ、ボッシュートとなった。最後に顎をガンッ、と強く打っていたのが少々心配だが、モンスターなので問題は無いだろう。

 永理の眼が点となる。そして、一歩遅れて風が永理の髪を揺らす。

 

「サイクロンを発動し、D・D・Rを破壊した!」

 

「ファッキンブッダ! なら、ダ・イーザでシャイニング・フレア・ウィングマンで攻撃! ダイザービーム!」

 

 ダ・イーザの眼が光り輝き、恐ろしい量の熱線が勢いよく発射される。視界が歪み、熱によって地面の砂が一瞬ガラス化し、ビームの反動でそれが一気に割れる。

 シャイニング・フレア・ウィングマンは右腕に白い炎を纏いそれを受け止めようと差し出すが、手の甲ごと顔面を貫かれ、シャイニング・フレア・ウィングマンはしめやかに爆裂四散した。

 

「ぐぅっ……やっぱ、強いな永理は」

 

「はんっ、伊達にグレート・モスは使ってないからな。バトルフェーダーを守備表示に変更し、カードを二枚セット! ターンエンドだ!」

 

「……そうじゃなくちゃ、面白くないよな。ドロー!

 ジャンク・シンクロンを召喚! 効果で墓地からレベル2以下のモンスター、シンクロ・フュージョニストを特殊召喚! レベル2のシンクロ・フュージョニストに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 知識に貪欲なるサイバー魔術師よ、無限の知性を我が財産によって証明せよ! シンクロ召喚! ハイパー・ライブラリアン! シンクロ・フュージョニストの効果でデッキからミラクル・フュージョンを手札に加える!」

 

 光の塔を白いマントで振り払い、サイバネ魔術師が姿を現す。ぴっちりとした白と黒の服が、何処となく未来っぽさを感じさせる。

 

「魔法カード、融合回収を発動! 墓地の融合に使用したモンスター、沼地の魔神王と融合を手札に加え、そしてそのまま発動! 手札の沼地の魔神王とエッジマンを融合し、プラズマヴァイスマンを融合召喚!」

 

 バチバチと全身をスパークさせながら現れる、黄色い巨人。青のスーツの上に黄色のプロテクターを身に纏っている。両腕はまるで金槌のように太く、指は短い。

 永理は何となく、嫌な予感を感じた。脳内でいつか聞いた声が響き渡るが、その声の主と思われるカードは未だデッキの中だ。

 

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! 墓地の沼地の魔神王とスパークマンを除外し、サンダー・ジャイアントを融合召喚!」

 

 卵状の胴体を持った上半身はムキムキのヒーロー。下半身はかなり細く、アンバランスだ。

 全体的に黄色を基調としており、真ん中のコアに当たる部分はパチパチと稲妻が弾けあっている。

 シンクロに融合が加わり最恐に見えるとは誰が言った言葉だろうか。永理の脳内ニューロンで邪神が「あっこれ無理だわ」とネガティブな言葉を発した。

 

「プラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を一枚捨て、攻撃表示の相手モンスターを破壊する! ダ・イーザを破壊!」

 

 プラズマヴァイスマンの指から十本の稲光が走り、ダ・イーザに直撃。

 ダ・イーザの内部から連続爆発が起こり、永理の身体を覆い隠す。既に永理の中には諦めムードでいっぱいだ。脳内ニューロンの邪神も同じように諦めムードである。

 健康な生活を送るほかないか、と永理は肩を落とし、溜息をつく。

 

「バトルだ! プラズマヴァイスマンでバトルフェーダーを攻撃!」

 

 巨大な肩からブースターの炎が出て、一機に接近し右手がバトルフェーダーの体内に埋め込まれる。そのまま指から大量の雷撃が溢れ出、一本の槍となってそのまま永理の身体を貫かんとする。

 しかし、永理の目前に一枚の巨大なカードが立ちふさがり、その槍を受け止めた。

 

「罠カード、ガード・ブロックを発動! ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 永理は目を瞑り、カードを引く。THE DEVILS AVATAR、三沢曰く神のカードらしいのだが、今この場面では役に立たないカードだ。

 永理は思わず、舌打ちを溢す。

 

「サンダー・ジャイアントで直接攻撃!」

 

 サンダー・ジャイアントの両手から放たれた雷撃が、永理の身体に直撃する。

 永理の伏せている残りのカードは、デビル・コメディアン。防御には使えず、今となっては使えないカードだ。ネクロ・ガードナーは残念ながら手札にある。防御には使えない。

 

「ぐっ、グワーッ!」

 

「ラストだ! ハイパー・ライブラリアンで止め!」

 

 ハイパー・ライブラリアンが大きく振りかぶって、手に持っていた本めいたスマートフォンを勢いよく投擲。永理の眼に吸い込まれるように入り、直撃。永理のライフが0になり、膝から崩れ落ちた。これまでの怠惰な生活が送れなくなる事になる、絶望。

 

「よし、これで生活態度は改めさせるぞ。拒否権は無い!」

 

「酷い! 悪魔! 鬼! ちひろ!」

 

「なんでやちひろ関係ないやろ!」

 

 軽い漫才を終えた直後、遠くから授業開始のチャイムが鳴り、オシリスレッドの生徒は慌てて学校へと走って行った。

 それを見送り、十代は手札と場、墓地のカードをデッキに戻す。永理も落としたカードを拾い、デッキに戻してから立ち上がり、膝の土を払う。

 永理と十代は取りあえず、色々と疲れたので飯を食べ直す事にした。

 

「そういや心当たりって何だったんだ?」

 

「オナニーのやり過ぎ」

 

「……お前なぁ」

 

 溜息を吐く十代の横で、永理はニシシと笑った。




 オナニーって日本人が好んで食すライスボール(オニギリ)なら約500個分に相当するカロリー数らしいです、クリスタルボーイが言ってました


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第39話 新たな誓い

「万丈目が売春……? 何言ってんだ翔」

 

「いやお前が何言ってるんすか」

 

 デュエルアカデミア、一年生の教室。永理はシガレットチョコを食べながら、翔の言葉に首を傾げる。

 少々あんまりすぎる聞き間違いをしていたが、永理なので仕方ない。

 十代は頭痛を和らげるかのようにこめかみをもみほぐしながら、永理の言葉を訂正する。

 万丈目も同じようにこめかみをほぐす。最も今に始まった事ではない、永理の暴走はいつもの事だ。いつもの事だが、頭痛のたねである。

 

「買収だ。万丈目グループが、デュエルアカデミアを買収するらしい」

 

「なるほど、買収して女子寮の生徒に売春を……まあ、ありじゃないか」

 

「どうしてもそっちに繋げたいのか貴様」

 

 永理の脳内ピンクワールドに付き合っている暇は、本来であれば無い。

 万丈目が兄とデュエルをし、負ければ万丈目グループにアカデミアが買収されてしまう。しかも相手は初心者という事もあり、万丈目に使用が許されているカードの攻撃力は500未満。しかもシンクロもエクシーズも使えない。本来であれば永理のボケに付き合っている暇は無い。

 だが、否だからこそ、どうしても今、永理の協力が必要なのだ。

 必要なのだが、一抹の不安を覚えてしまう万丈目。今更ながら永理に頼って後悔し始めていた。

 

「もしデュエルアカデミアが買収されてしまったら、どうなると思う?」

 

「殺人事件が巻き起こり、壁の中から骨が出て、お前が『じっちゃんの名にかけて!』とか言いだす」

 

「お前は俺を死神か何かだと思っているのか」

 

 拳を握りしめ怒りアピールする万丈目を捨て置いて、永理はポリポリとシガレットチョコを食べる。

 ちなみにシガレットチョコとは、煙草のような形と色をしたチョコレートである。永理は主に以下略ごっこや聖学電脳研究部ごっこで好んで使い、食べている。無駄にクオリティが高く、それと比例するように値段も割と高いのが少し財布に傷だ。味も別に普通だし。ぶっちゃけただのジョークグッズだ。

 

「兄さん達が経験者なら、俺も何も言わない。

 だが、兄さん達はデュエルモンスターズのカードを触った事も無いようなズブの素人。そんなのがアカデミアの方針を掲げれば、崩壊するのは明白だ。だから何としても、阻止しなければならない」

 

「ふーむ……相分かった。で、条件は? 相手は初心者だ、ハンデくらいあるだろう?」

 

「攻撃力500以下のみ、シンクロ・融合は不可。バーンダメージによる勝利は無効とする……相手は確実に、プロと同じデッキを使ってくるだろう」

 

「ふーむ……なるほどなるほど」

 

 万丈目が永理を頼った理由は簡単だ。変態構築せねばならないのであれば、変態に訊くのが一番。

 何せ永理は入学テストでグレート・モスを出し、アカデミア実技テストでサイバー流相手にグレート・モスを召喚し、シンクロが流行っている現在でも頑なにシンクロを使わず、かなりの勝率を誇る。

 その変態からの助言。万丈目としてはあまり頼りたくはないが、背に腹は代えられない。非常に不本意だが。非常に不本意だが。

 

「攻撃力が不明なモンスターであれば、500以上でも以下でもないが」

 

「それも封じられている」

 

「取りあえず、現状お前が持っている低攻撃力モンスターを挙げてみ」

 

 割と積んでいる状況だが、永理の表情に焦りは無い。永理の挙げた選択肢は、ただ単に不可能なのを潰していった確認でしかない。

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。こういう最悪な状況でのデッキ構築、これらは永理の十八番だ。まずは万丈目が持っているカードの確認、そこから永理の脳内ニューロンに蓄積されているカードから答えを導き出す。

 

「おジャマ・イエロー、ジェスター・ロード三体、ジェスター・コンフィ三体」

 

「……以上?」

 

「以上だ」

 

 永理は思わず頭を抱えてしまう。

 たった七体のモンスターでデッキを構築なんて、バーンデッキでない限り不可能。だというのにバーンデッキの使用は規制されている。

 こめかみを指でとんとんと叩き、最適な選択肢を絞り出す。数十秒の沈黙、十代が心配そうな表情を向け、翔は既に諦めムード。

 永理は必死に頭を回転させる。あれも無理これも無理、となれば取れる方法は一つ。数十秒ほど経ってから、永理は口を開いた。

 

「無ければ集めればいい」

 

「……今から集めるには、少し時間がかかるのではないか?」

 

 ちなみに今の時刻は放課後、既に夕日が差し込んでいる。期限は明日まで、今からカードを集めるにはとても時間が足りない。

 しかし永理は、その万丈目の言葉にとびっきりの悪戯が思い浮かんだ悪ガキのような表情を浮かべ、指を差す。

 

「パックで買うよりストレージだ」

 

「言っている意味がよく解らないっすよ、永理君」

 

 翔の言葉に永理は立ちあがり、何処かヒラコーの漫画にでも出てきそうなポーズをし、顔に黒塗りめいた影をつけながら、謳うように言葉を紡ぐ。

 

「この学園にあるではないか……最高の廃棄場(ストレージ)が」

 

 

 アカデミア本校を賭けた、盛大なデュエル。既に観客席は様々な色の生徒で埋め尽くされており、誰もがこのデュエルを、固唾を飲んで見守っている。

 既にデュエル場には、万丈目準が腕を組み、挑戦者を待つように立っている。アカデミアで最強ではなくなり、オシリスレッドまで落ちてしまった。

 だが、依然としてその実力は高い。たとえ彼の立ち位置が底辺となってしまったとしても、万丈目が弱くなったという訳ではない。それをひしひしと感じさせる強者の余裕。

 やがて挑戦者が舞台へと上がる。

 猛禽類のような頭をした、顎髭を付けた男。着ている黒いスーツは見るからに高級という印象を、露骨に辺りにまき散らしている。その後ろには戦闘機の先端みたいな頭をした万丈目家次男、万丈目正司。こちらは紺色のスーツを着ている。

 万丈目──三人とも万丈目なので、赤い方は準と表記する──は、それに対し、何の表情も見せない。

 

「久しぶりだな、準。ハンディを前に逃げ帰ると思っていたが、その勇気だけは誉めてやろう」

 

「……勇気か。そんなもの、死神には存在しない。あるのはただ、使命のみだ。俺が目指すのはただ一つ、デュエリストの頂点。兄さんにはそれの通過点になってもらう」

 

「ほう。なら貴様は、通過点で躓く事になる。この私、万丈目長作の前でな!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる長作の対照的に、今にも面倒は嫌いだとか言い出しそうな準。お互いにデュエルディスクを構え、カードを五枚引く。

 

「「デュエル!!」」

 

「先功は俺が貰う、ドロー!

 ミスティック・パイパーを召喚し、効果発動! このカードを生け贄に捧げ、カードを一枚ドローする!」

 

 白いタイツと三段腹になっているピンク色のシャツ、パーカーめいた紫色の服を着、ツインテールめいた青い髪の男。顔には横に一本の赤い線が入っている。尖った帽子は何処となく食べられる雑草のような印象。

 その男が手に持っている横笛を吹くと、すぐさま煙のように姿が消えた。

 

「更に引いたカードを相手に見せ、それがレベル1のモンスターだった場合、もう一枚ドローする。俺が引いたのはレベル1サイバー・ヴァリー、よってもう一枚ドロー!

 更に魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード、サイバー・ヴァリーを墓地へ捨て、デッキからレベル1のモンスター、ジェスター・ロードを特殊召喚!」

 

 大きな白い羽を付けた、黄色と緑色のシマシマな帽子が特徴的な、腰の括れが凄い耳の尖った道化師が、奇妙に尖った靴を鳴らし、演技臭くお辞儀をする。オレンジと青色が入り混じった服の後ろで、下の方で縛った青い髪が揺れた。

 

「このカードの攻撃力は、場に存在する魔法・罠カードの数×1000ポイントとなる。カードを三枚セットし、ターンエンド!」

 

 ジェスター・ロードの手元に三つの火の玉が現れ、ジェスター・ロードがそれでジャグリングを始める。

 

「攻撃力3000……しかし、低レベルモンスターでその効果を持っているという事は、何かデメリット効果を持っている筈だ。ドロー!」

 

「なるほど鋭い。しかしこの瞬間、罠カード発動!」

 

 突如ジェスター・ロードの口から、黒いヘドロが吐き出、それが長作の手札にかかる。身体が崩れ、全身の穴から赤い液体が噴き出す。

 

「確かに兄さんの言うように、ジェスター・ロードは場に他のモンスターが現れた際攻撃力を0に戻す。しかし、で、あれば召喚される前に使えばいい。闇のデッキ破壊ウイルス! 攻撃力2500以上のモンスターを媒体とし、相手の手札に存在する魔法・罠のどちらかを破壊する!

 俺は魔法カードを選択した。更に罠カード、リミット・リバースを発動し墓地からジェスター・ロードを特殊召喚。それと同時に魔のデッキ破壊ウイルスを発動し、相手の場・手札に存在する攻撃力1500以下のモンスターを破壊する!」

 

 一気に長作の手札が、たった二枚だけになった。長作と正司の勝ち誇っていた顔が、一気に青ざめる。

 準が中等部の頃に好んで使っていた、手札ハンデスコンボ。相手の行動の殆どを封じ、堅実にデュエルの流れを掴む。

 万丈目準の本来の戦い方。本来であればそこを高攻撃力のモンスターでライフを削るのだが、今回の縛りでは残念ながら不可能だ。

 

「ぐっ、サファイアドラゴンを召喚! 直接攻撃だ!」

 

 全身がサファイアで出来たドラゴンが現れ、口から青色に輝く光線を出し、準の左肩を貫く。

 1900というダメージは決して無視できないものだが、万丈目はそれ以上に相手の手札を削った。その程度はさして問題でもない。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 金華猫を召喚し、効果発動! このカードの召喚時、墓地のレベル1モンスター一体を特殊召喚する! 俺は墓地のミスティック・パイパーを特殊召喚し、効果発動! このカードを生け贄に捧げ、カードを一枚ドロー! そしてそれを相手に見せ、レベル1ならもう一枚ドローする! 俺が引いたのはサクリファイス、よってもう一枚ドロー!」

 

 準の場に現れたのは、一匹の白猫。だがその猫から延びる影は、さながら悪魔のよう。凶悪な顔、三つの尻尾。あからさまに悪魔である。

 

「儀式魔法、イリュージョンの儀式を発動! 手札の超電磁タートルを供物とし、サクリファイスを儀式召喚!」

 

  黄金色のウィジャド眼が描かれた壺から禍々しい色の煙が溢れ出、視界を包んでいく。

 まるで煙が重しかのようにのしかかる。プレッシャー、かつて伝説のデュエリスト、武藤遊戯を追い詰めたカード。それが現れようとしているのだ。

 地下深くに封印された魔物というイメージを持つ蒼い肌、獣のように鋭く尖った爪、虫のような羽。小さな顔の下には、顔より一回り大きなウィジャド眼がまるで寄生虫のように飛び出している。腹は何かを埋め込むかのように窪んでおり、足は逆三角形のものが一つ。当然それで身体を支える事なぞ出来ず、空中に浮いている。

 

「一ターンに一度、サクリファイスは相手モンスター一体を吸収し、その攻撃力を得る。ブラック・ホール!」

 

 窪んだ部分から白い手が伸び、サファイアドラゴンをそこに吸い寄せる。悲鳴を上げ吸い込まれまいともがくが、やがで強制的に一つの大きなサファイアに固められ、かっちりと窪んだ部分にフィットした。

 

「サファイアドラゴンが……しかし甘いぞ準、罠カード発動! 砂塵の大竜巻! サファイアドラゴンを破壊する!」

 

 砂塵交じりの竜巻がサクリファイスの窪んだ部分に直撃し、その宝石を散らす。準は舌打ちを一つ漏らすと、カードを一枚セットした。

 

「ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!

 ……引いたカードは、龍の鏡。墓地へと送られる。ターンエンドだ……」

 

 残り二ターン。リビングデッドの呼び声でも引かなければ準のライフは削る事も敵わず、しかしモンスターを出せばそれを利用されてしまう。

 相対すれば頭を悩ませるデッキ、それこそが準の、中等部時代のデッキスタンスだ。最も高攻撃力モンスターを入れていた中等部時代でもパワー不足を感じていたと言うのに、今回は更にキツい縛り。本来の力を発揮しているとは言い難い。

 

「俺のターン、ドロー! 装備魔法、ワンダー・ワンドをサクリファイスに装備! そしてワンダー・ワンドを装備したサクリファイスを生け贄に捧げ、カードを二枚ドロー!」

 

 サクリファイスの手に杖が握られたかと思うと、途端に姿を消すと同時に準はカードを二枚引く。手札交換、という訳ではない。ワンダー・ワンドは使いまわす事でその真価を発揮するのだ。

 最も、今回の準のデッキの使い方は少々異色と言わざる得ないが。

 

「金華猫を召喚し、墓地のミスティック・パイパーを特殊召喚! そして生け贄に捧げカードドロー、引いたカードはレベル1金華猫、よってもう一枚ドロー!

 ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー! ……引いたカードは神竜ラグナロク、破壊され墓地へ送られる。ターンエンドだ」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情でカードを墓地へと送る長作。準はまるで最初から、こうなるのが解っていたかのように溜息を洩らす。

 退屈の溜め息。まるでこれが、アカデミア買収という一大事を抱えていないかのように。

 

「俺のターン、ドロー。

 魔法カード、二重魔法を発動。こいつは魔法カード一枚を墓地へ捨て、相手の墓地の魔法カード一枚を俺の場にセットする。俺は手札のおジャマジックを墓地へ捨て、兄さんの手札に合った死者蘇生をセット。そして墓地へ捨てたおジャマジックの効果発動、このカードが墓地へ行った時、デッキからおジャマ・イエロー、グリーン、ブラックを手札に加える。

 魔法カード手札抹殺を発動。互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする。俺は手札五枚を捨て、五枚ドロー。カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!

 引いたカードはサファイアドラゴン! こいつを召喚し、準に直接攻撃! ターンエンドだ!」

 

 準は墓地の超電磁タートルも除外せず、その攻撃を甘んじて受けた。いや、相手に箔を持たせたと言った方がいいだろうか。

 準のライフは既に200、対して相手のライフは未だ無傷。周囲にどよめきが走るが、状況は万丈目の方が有利だ。相手はろくに、満足に動く事も出来ない。

 

「準、潔くサレンダーしたらどうだ? もはや私の勝ちに揺るぎなど無い!」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべる長作。それは仮初の可能性だと知っているのか、それとも知らぬのか。どちらにせも、準には関係ない。ただ、目の前の相手とデュエルし、勝利するだけだ。

 

「それはどうかな、ドロー!

 魔法カード発動、トライワイトゾーン。墓地のレベル2以下の通常モンスター三体を蘇生させる。来い、おジャマ共!」

 

 まず最初に現れたのは、緑色でずる剥けの男性器のような外見をした、一つ目の気色悪いモンスター。赤いパンツ一丁で肘をつき寝転がっている。そして次に、ナメクジのような眼と涎がだらだら溢れているたらこ唇が特徴的な、黄色いモンスター。同じく赤いパンツを吐き、ポールダンスめいてくねくねと動いている。最後は黒く、モアイのような顔をしたモンスター。登場と同時に両手を上げ決めポーズを取るが、ぶるんと震える腹でどうも決まっていない。

 

「ふん。効果持ちならばともかく、効果も無い弱小モンスターを並べて何になるというのだ」

 

「なら括目するがいい。魔法カード、おジャマ・デルタハリケーンを発動! そして同時に罠カード、ナイトメア・デーモンズを発動! グリーンを生け贄に捧げ、相手場にナイトメア・デーモンズ・トークンを三体特殊召喚する!」

 

 イエローとブラック、そしてグリーンがトライアングルとなる体制を取るも、グリーンの姿が一枚のパンツを残して消え去り、代わりに長作の場に三体の小さな悪魔が現れる。緑色の髪と黒い身体で、赤い眼と赤い口で笑みを浮かべている。

 だがすぐにその表情は、三色のきりもみ回転するエネルギー波の前に凍り付き、そして消滅してしまう。ナムサン。

 

「ナイトメア・デーモンズ・トークンは破壊された際、800ダメージをそのモンスターのコントローラーに与える。2100のダメージだな」

 

「ぐっ、だが、まだ私のライフは尽きていない!」

 

「これから尽きますよ。リバース魔法オープン、死者蘇生! 相手の墓地から、サファイアドラゴンを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 準の場に羽を大きく伸ばし現れる、サファイアのドラゴン。攻撃力1900、ジャストキル単位。途端に長作の顔が青くなる。

 ぐるると唸り声を上げるサファイアドラゴン、ソリットビジョンだと解っているのに長作は腰を抜かしてしまう。長作の後ろで、正司が「準貴様、我が万丈目グループを裏切るのか!?」と侮蔑の言葉をかけられるが、準はそれを鼻で笑う。

 

「俺はただ目指すだけだ、最強への道を。その為なら、どんな壁をも突き進むまで。

 止めを刺せ、サファイアドラゴン!」

 

 準が指を鳴らすと、それを合図にサファイアドラゴンの口が開き、宝石のように輝く光線が吐き出された。

 それを防御する術も無く、長作のライフは0を刻んだ。

 デュエル終了のブザーが鳴り、長作は膝をつく。

 

「準……強く、なったな」

 

「……ありがとう、兄さん」

 

 準の、弟の言葉に薄い笑みを浮かべ、長作は正司に支えられ、デュエル場を後にした。

 兄の不器用ながらの励まし、準はちゃんとそれを理解した。そもそも兄である長作が、準の本来のデッキを知らない筈がない。だというのにこの条件を出した。励ますにしても不器用すぎるだろ、と我が兄ながら準は思い、思わず顔がほころぶ。

 理由は大体想像がつく。オシリスレッドまで落ちた弟がへこんでいると思ったのだろう。その心配もまた、当然の事。準はこれまで、中等部は成績優秀者、入学してからしばらくもオベリスクブルーとして過ごしてきた。だというのに、いきなりの格下げ。それで気を落とさない訳が無い、と長作は結論付けたのだ。

 

「俺はもう、絶対に負けない。だから安心してくれ、兄さん」

 

 小さく呟かれた誓いは誰にも聞かれる事無く、準の、万丈目を称える声に解けて行った。




 最近スランプなのか、思ったように筆が進みません。悔しいのう、悔しいのう


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第40話 それ即ち愛

「十代! この子すっごいモフモフ! 凄い! モフモフ!」

 

「危ないから離れなさい!」

 

 ピラミッドめいた石造りのコロシアム、授業に出てなかった生徒を見つける為森の中を探していたら見つけた建物の中、そこでは生徒が重労働をしていた。

 そして永理は、左眼に傷のある虎に抱き着いていた。虎も突然の事にどうすればいいのか解らず、動きが固まっている。

 ちなみに十代と三沢、大徳寺と隼人、ついでに明日香は石柱にしがみ付いている。まあ虎に追いかけられたらそういう風に反応するのは至極当然。というか、永理の行動がイレギュラーすぎるのだ。

 

「田舎の猫ちゃん思い出すな、いいなこれ。いいな」

 

「……その虎は人を喰わない、だから安心して降りてくるといい」

 

 侍めいて髪の毛を束ねた褐色の女が、永理に呆れた眼を向けながら言う。

 左眼に爪で引っかかれたような傷、肩が全部出ちゃっている灰色の服。腰にはベルトが巻かれ、ズボンは黒いジャージのようなもの。ノーブラだとうかがえるが、どうも興奮は出来ない。何せ腕の筋肉が凄いからだ。

 言われるがまま、怖々と降りてくる五人。その間永理はずっと虎をモフモフしてた。肝が据わっているというか、何というか……度し難い馬鹿である。

 褐色の女は五人が下りてくる間に、コロシアムを作ってくれていた生徒達に給料袋を手渡していた。いくらくらい入っているのか永理はモフモフしながら少し気になっていたが、非力な永理が居たとしても足手まといになっていただけだろう。

 全員が下りてくる頃には、何故かクロノスががっくりと膝をついていた。

 何故いるんですにゃ、クロノス教諭。そして何やってるんですにゃ、という大徳寺の虚しい言葉。まあ同僚のこんな様を見たら思わずそう言ってしまうのも無理はないだろう。

 

「待たせて済まない。私の名はタニヤ、セブンスターズとかいうのの一員にしてアマゾネスの末裔だ。このコロシアムで──そこの、いい加減放してやってくれないか」

 

「あっ、すまん」

 

 名残惜しそうな表情で永理が虎から離れたのを確認しうんと頷いてから、猫なで声になり、すぐ自己嫌悪に陥る。。

 

「でもね、あたしと戦えるのは男の中の男だーけっ。やっぱ無理あるなこのキャラ」

 

「では俺が行こう」

 

 そんなタニヤの意思をあえてスルーし、まず、永理が挙手する。明日香の冷ややかな眼は今に始まった事では無い。

 次に手を挙げたのは十代だ。

 

「いいや、俺が行く。アマゾネスとデュエルなんて滅多に出来ないからな!」

 

「なっ、なら俺が──「「どうぞどうぞ」」……最近十代、キャラ代わってきてないか?」

 

 三沢は思わずといった様子で言うが、十代は自覚が無いのか首を傾げる。

 まあとにかく、とんとん拍子に対戦相手は決まった。後はセブンスターズの幕引きだけだ。

 

「虎、モフってていいか」

 

「ああ、構わんぞ…というか、よくそんな度胸があるな」

 

「はっはっはっ」

 

 許可を取るより早く虎に抱き着く永理。これがショタならばとてもいい絵になったのだろうが、実際はオバケめいた人間。虎の顔も若干 強張っているように感じる。

 まあそんな永理と虎は置いといて、三沢とタニヤはデュエルディスクを起動させる。

 

「先に訊いておく。貴様はどちらのデッキを選ぶ? 勇気のデッキか、それとも知恵のデッキか。はたまた未来のデッキか」

 

 タニヤは両手に持ったのと、既にデュエルディスクにセットされているデッキを三沢に見せ、相手に選択させる。

 見様によっては舐めプにも見えるその行為。だが三沢は、それを鼻で笑う。

 

「どのデッキでも代わりにあ、俺の勝率は百パーセントだ。貴様の最高のデッキで来い」

 

 タニヤは一瞬眼を見開くも、獰猛な笑みを浮かべ二つのデッキをズボンのポケットに仕舞い、新たなデッキを取り出し、デュエルディスクにセット。

 

「良かろう。その蛮勇さを称え、貴様には未来のデッキで挑んでやる」

 

「未来なんぞに価値は無い、あるのは必然過去だけだ」

 

 三沢は見るからに論理的思考タイプの人間なので、その心のうちを知らぬ者が見ればとてもかっこよく見える事だろう。知識は過去より学び、万全を持して動く。これは中等部時代、三沢が掲げた言葉の一つだ。

 とはいえそれも過去の話。今の三沢の過去というのはつまる所「ロリショタって……いいよね(意訳)」という意味である。そう考えればタニヤの外見は、デッドボールくらいアウトだろう。三沢に筋肉属性は無いのだ。

 

「先に言っておくがこのデュエル、闇のゲームではない」

 

「婿のゲームだな」

 

 タニヤの言葉に永理が合いの手を入れ、十代達はくすりと笑った。

 一気に緊張感が、まあ元々無いようなものだが拡散した。大徳寺に至っては何処から持ってきたのかレジャーシートを広げ、そこでお茶を飲む始末。ついでに永理と十代もそれにお伴する。

 

「「デュエル!」」

 

「先功は私が貰う、ドロー!

 魔法カード、増援を発動! デッキからアマゾネスの剣士を手札に加え、召喚!」

 

 タニヤの場に獣めいた長い髪をした褐色ムキムキの女戦士が、三日月刀を振るい現れる。青い胸当てとパンティめいたという痴女真っ青な服装ではあるが、ムキムキなので全くエロくない。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ふむ、ここは少々堅実に行かせてもらう。俺はマスマティシャンを攻撃表示で召喚し、効果発動! デッキから地霊使いアウスを墓地へ送る! 更に永続魔法、魔法族の結界と補給部隊を発動し、カードをセット! ターンエンドだ!」

 

 三沢の場に床にまで付く程伸びた白い髭を蓄えた、眼鏡をかけた爺さんが現れる。学術師っぽい帽子を被り、魔法使いらしく真紅のローブを羽織っている。手には顔のようなものが付いた、先端がひし形の杖。

 そしてその背後、三沢の頭上に紫色に光り輝く、幾何学的な模様の結界が浮かび上がる。円の中には、線で繋げば四角の形になるように、丸い箇所がぽっかりと空いている。

 三沢の手札は一気に二枚となったが、手札補充の手を三つほど打ってある。まるで、堅実を体現しているようだ。

 

「ふむ、攻撃は来なかったか……私のターン、ドロー!

 私はアマゾネスの剣士を召喚! 更に二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! フォトン・バタフライ・アサシン!」

 

 黒い渦の中に二人のアマゾネスの剣士が吸い込まれ、中から現れたのは、カラスアゲハのような羽を背中に携えた、肩のプロテクターが凄く尖った女であろう戦士。

 黄色い、足首辺りまで伸びた、腰辺りで黒く塗り替わったピエロのような服。光で出来ているような腕、両方の手にはカミキリムシの顎のような刃物が握られている。

 羽の模様が、まるで大きな星の様に輝いている。

 エクシーズモンスター、三沢にとってはデータの少ない未知に近い相手。

 

「フォトン・バタフライ・アサシンで、マスマティシャンを攻撃!」

 

 フォトン・バタフライ・アサシンの手に持っているカミキリムシのような刃物でマスマティシャンはズタズタに引き裂かれ、破壊される。

 しかし、三沢は喜々として罠カードを発動させた。

 

「永続罠、憑依解放を発動! 一ターンに一度、自分場のモンスターが破壊され墓地へ送られた時、そのモンスターと違う属性の守備力1500の魔法使い族モンスター一体を攻撃表示か、裏側守備表示で特殊召喚する!

 俺はデッキから、光霊使いライナをセット! 更に補給部隊とマスマティシャンの効果でカードを二枚ドローし、魔法族の結界に魔力カウンターが一つ乗る!」

 

 三沢の頭上にある結界の一つに、紫色の光が灯る。

 三沢の掌で踊らされていた事を痛感したタニヤは、思わず歯噛みする。しかも相手のデッキは、コンセプトはアイドルデッキ。そんなのがセブンスターズと戦い、それも有利に立っている。その事実をタニヤは、未だ受け入れられないでいた。

 

「ぐっ、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 モンスターリバース、光霊使いライナ! リバース効果で相手場の光属性モンスター、フォトン・バタフライ・アサシンのコントロールを得る!」

 

 白いボブショートの女の子が、光り輝く宝石を埋め込んだ杖を持って現れる。白と黒の服、その上を羽織るように冒険者めいた、身体を包む大きな布。そして何より特徴的なのは、ホットパンツである。

 そう、ホットパンツなのだ。

 光霊使いライナ(ホットパンツ)が杖を光らせると、まるで洗脳されたかのようにふらふらとフォトン・バタフライ・アサシンはライナの所へと向かう。その光景を見て永理が何故か「ヒッ!?」と悲鳴を上げた。

 三沢は相手の動きを注意深く観察し──落胆した。何か手を打ってくるのであれば、今。だのになにも打たないという事は、抗う術が無いのだろう。

 勿論、警戒心は未だ解かない。だがそれでも、少しばかり気が緩んでしまうのは仕方がない。

 もしこれで攻撃が全部通れば、その瞬間三沢の勝ち。これで勝ったら思う存分、思いつく限り罵ってやる。そう心に決め、三沢はバトルフェイズに入る。

 

「バトルだ! フォトン・バタフライ・アサシン、光霊使いライナで直接攻撃!」

 

「罠カード発動、聖なるバリア―ミラーフォース―! 相手の攻撃表示モンスター全てを破壊する!」

 

 ライナの杖から放たれた光の魔法と、アサシンの両手に持った刃物による斬撃。それらが突如現れた虹色の壁に跳ね返され、自らの身を亡ぼす。

 ミラーフォース。効果は解りやすく、そして強力なカード。厄介なのを伏せていたものだ、と三沢は内心で毒づく。

 三沢の頭上にある魔法陣が、また一つ光り輝く。

 

「補給部隊の効果で一枚ドローし、魔法族の結界にカウンターが一つ乗る。見習い魔術師を召喚し、効果発動。魔力カウンターを一つ乗せる。俺は魔法族の結界に、魔力カウンターを乗せる!

 更に憑依解放の効果で、デッキからファイヤーソーサラーをセット!」

 

 黄色い髪を赤い鉢巻でまとめた女が、手に持っている杖を光らせ、三沢の頭上にある魔法陣に魔力を送る。ピチピチな魔法着、ふんどしの様に腰にはためく青い布。更に老け顔。イラストではなく効果で入れてあるカードだ。

 

「カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「私のターン、ドロー!

 私はアマゾネス訓練生を召喚!」

 

 まだ未成年の、青い部族服を着た褐色の女が現れる。すらりと伸びた脚、程よい筋肉。あどけない顔には強い意志を感じ取れる。胸は平坦であったが、そこが更に彼女の、言葉に言い表せない良さを引き出している。

 永理は思わず生唾を飲み込む。これだよ、こういうアマゾネスだよ。こういうのを求めてたんだよ。そういう意思を持ちうんうんと頷くと、翔が永理に向かってサムズアップをしていたので、永理も返す。

 ここにまた、妙な絆が産まれた瞬間であった。

 

「バトルだ! アマゾネス訓練生で、見習い魔術師を攻撃!」

 

 アマゾネス訓練生の手に持っている鎖が、見習い魔術師の腹を貫き臓物をまき散らす。が、鎖の先端が抜けないように変形し、見習い魔術師をそのまま持ち上げ、見習い魔術師を三沢のデッキに思い切り叩き付けた。

 無駄にハイテクな鎖である。

 

「アマゾネス訓練生が破壊したモンスターは墓地へは行かず、デッキの一番下に戻す!」

 

「魔法使い族が破壊された事により、魔法族の結界に魔力カウンターが一つ乗る!」

 

 三沢の頭上にある魔法陣がすべて埋まり、まばゆい光を出す。

 これで一気に四枚のアドバンテージを得る事が可能になってしまう事になるのだが、それを許すタニヤではない。

 

「速攻魔法、サイクロンを発動! 魔法族の結界を破壊する!」

 

「先を見極めるのは俺だ! カウンター罠、魔宮の賄賂! 魔法・罠の効果を破壊し、相手にカードを一枚ドローさせる!」

 

「ふん、貴様の事は知っている。故に、その手は読めていた! カウンター罠、カウンター・カウンターを発動! カウンター罠の効果を無効にし、破壊!」

 

「言っただろう、先を見極めるのは俺だと! 二枚目の魔宮の賄賂を発動!」

 

 サイクロンはタニヤの手元で、力を振るうことなく渦が拡散する。それを見終えタニヤは、苦い表情でカードを二枚ドローした。

 三沢は魔宮の賄賂によって二枚のカードをドローさせてしまったが、代わりに四枚引けるカードを温存させてしまった。

 そして三沢にとって見習い魔術師は、いわばカウンターを乗せる為のカード。リクルートも兼ねてはいたが、別にデッキに送られてしまったとしてもさして問題は無い。

 

「……モンスターを戦闘で破壊した事により、アマゾネス訓練生の攻撃力は200アップする」

 

「憑依解放の効果で、デッキから地霊使いアウスをセット!」

 

「カードをセットし、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……アマゾネス訓練生、素晴らしいカードだ。可愛い童顔、貧乳、露出の高い服装……」

 

 三沢がじろじろとアマゾネス訓練生を見ると、訓練生は顔を真っ赤にして胸を隠し、三沢から身体を背けさせる。

 三沢の眼は見るからに変態のそれだ。

 

「ジェスター・コンフィを召喚!」

 

 三沢の場に、コックのような黒と紫のシマシマ模様の帽子を被った、太ったピエロが現れる。紫色の、ズボンと一体となっている服にはS字カーブのように黄色い模様が走っており、緑色のボタンで止められている。

 

「魔法族の結界と魔法使い族モンスター、ジェスター・コンフィを墓地へ送り、このカードに乗っている魔力カウンターの数だけカードをドローする! 四枚、カードドロー!」

 

 紫色の結界が破片の雨と化し、三沢に膨大な魔力と共に降り注ぐ。魔法陣から放たれた光が三沢の手に、可能性を持たせる。

 

「だが、まるで、全然! この俺を萌え殺すには、ほど遠いんだよねぇ!

 モンスターリバース! 地霊使いアウス! &ファイヤーソーサラー!」

 

 三沢の場に現れる、二人の女性。一人は眼鏡をかけた、ボーイッシュといった感じの女の子が可愛らしくターンし、現れる。旅人めいた茶色い上着の下は緑色の毛糸の服。下はスパッツ。見た所霊使いで一番巨乳だ、と永理は直観的に感じた。

 そして、その隣で若干悔し気に現れるのは、黒く長い、下の方まで隠れる服を着た、金髪の長い少女。頭にはUFOめいた帽子を被っている。

 

「まずはアウスの効果で、アマゾネス訓練生のコントロールを得る!」

 

 アウスが手に持っている、水晶が先端に大量につけられた杖を振るう。すると茶色いビームがそこから出て、アマゾネス訓練生に直撃。まるで操り人形かのようにふらふらと、三沢の場に移動するアマゾネス訓練生。その眼はレイプ眼であった。

 そしてアウスの前で跪くと、アウスは訓練生の顔に手を添え、何かを呟く。すると訓練生の顔は喜びに満ち溢れたような笑みとなり、それに満足げに微笑んだアウスは彼女のおでこにキスをした。

 百合である。生半端ない百合である。これは永理の何かが危ない。

 

「そして、ファイヤーソーサラーのリバース効果発動! 手札をランダムに二枚除外し、相手ライフに800ポイントダメージを与える!」

 

 三沢の手札から選ばれたカードは、ブラック・ホールと我が身を盾に。そのカードをファイヤーソーサラーは三沢の手から引っ手繰り、帽子の中に入れる。そして両手を合わせ膨大な火炎球を作りだし、それをバレーボールのようにタニヤに放った。

 色々とツッコミ処満載な効果処理。ちなみにこのカード、永理からもらい受けたカードである。

 

「ぐっ……神聖なデュエルに、そんな邪まなカードで戦うとは」

 

「婿を求めてデュエルする貴様が言うな!

 バトルだ! アマゾネス訓練生で直接攻撃!」

 

「リバースカードオープン、リビングデッドの呼び声! 墓地からフォトン・バタフライ・アサシンを特殊召喚!」

 

 大地が割れ、その中からフォトン・バタフライ・アサシンが這い出てくる。

 三沢の場に、攻撃力2100を超えるモンスターは存在しない。舌打ちを一つ漏らし、カードを発動させる。それと同時に三沢の頭上に、またあの魔法陣が現れた。

 

「魔法族の結界を再度発動し、ターンエンドだ!」

 

「私のターン、ドロー!

 魔法カード、RUM-アストラル・フォースを発動! 一番レベルの高いエクシーズモンスター一体を素材とし、同じ属性・種族のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚する! 私はフォトン・バタフライ・アサシンを素材とし、フォトン・ストリークバウンサーをエクシーズ召喚!」

 

 フォトン・バタフライ・アサシンが光と化し、渦の中へと吸い込まれる。そして渦が膨張し、その中から光り輝く身体に赤いプロテクターを付けた、若干猫背気味なメカウルフが現れた。両肩のプロテクターには、眼の様に光り輝くエネルギーが入っている。しかし、輝いているのは片眼だけだ。

 足は短く、簡単に折れてしまいそう。見た感じギリ重量過多にはなってない、というちょっとズレた印象を持った永理であった。

 

「更に戦士の生還を発動し、墓地からアマゾネスの剣士を手札に戻し、召喚!

 バトルだ! アマゾネスの剣士で、ファイヤーソーサラーを攻撃!」

 

 アマゾネスの剣士が素早くファイヤーソーサラーに迫る。ファイヤーソーサラーは手から炎を出し迎撃しようと試みるが、不規則に動くアマゾネスの剣士を捉え切る事は出来ず、袈裟に切り捨てられてしまう。

 しかし、彼女から溢れ出た魔力が結界に補充され、魔法陣を光らす。

 

「憑依解放の効果で、デッキから二枚目ライナをセット! 更に補充部隊の効果でカードドロー!」

 

「フォトン・ストリークバウンサーでアマゾネス訓練生を攻撃!」

 

 フォトン・ストリークバウンサーは身体を縮め、バネのように一気に跳躍する。アマゾネス訓練生はそれを空中で打ち払おうと鎖を縦に振るうが、それを掴まれ、バウンサーはそれを力任せに引っ張り、訓練生との間合いを詰め、落下の速度も追加された右拳がアマゾネス訓練生の身体を貫いた。

 

「私はカードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「……確かに、あんたは強かった。それは認めよう。だが、お前では俺には勝てない! ドロー!

 モンスターリバース、ライナ! ライナの効果でフォトン・ストリークバウンサーのコントロールを得る!」

 

「今度はそうはいかんぞ! フォトン・ストリークバウンサーの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、相手の効果を無効にし、相手ライフに1000ポイントダメージを与える!」

 

 フォトン・ストリークバウンサーの肩の光が消えると同時に、フォトン・ストリークバウンサーは雄たけびを上げる。それにライナは怯み、三沢はそれを愛おしそうに見て、フォトン・ストリークバウンサーを親の仇めいた眼で睨み付けた。

 

「地霊使いアウスを生け贄に捧げ、ブリザード・プリンセスを召喚!」

 

 場に巨大な氷塊が現れ、それを粉砕し、ダイヤモンドダストのように空中を漂う氷の中から現れたるは、青い髪の活発そうな少女。白に青色のアクセントが入った。スカートと一体化した服。白いスパッツ。手にはステッキに繋がれた巨大な氷の塊。それをまるで重さを感じていないかのような軽快さで頭上で回す。

 

「罠カード発動、激流葬!」

 

「ブリザード・プリンセスを召喚したターン、魔法・罠を発動する事は出来ない!」

 

 途中で開きそうになった伏せカードにブリザード・プリンセスは氷の球体を思い切り叩き付け、地面と一体化させる。更に駄目押しとばかりに指を鳴らし、地面を凍らす。

 タニヤは苦い表情となった。アイドルデッキに負ける事が、彼女のプライドには許せなかったのだろう。だが、それに文句を言う事が出来るのは勝者のみ。

 そして今、この場において勝者は、絶対的に三沢なのだ。

 

「バトルだ! ブリザード・プリンセスでフォトン・ストリークバウンサーを攻撃! ブリザード・アロー!」

 

 ブリザード・プリンセスの手元から水晶玉のような、人の頭ほどの大きさのある球体が現れる。そして、そこから大量の矢が発射され、フォトン・ストリークバウンサーを見るも無残に貫く。更にトドメとばかりに手に持っているステッキを大きく振りかぶって、相手にぶつける。するとまるで塾れたトマトのように身体を弾けさせフォトン・ストリークバウンサーは爆裂四散した。

 

「ぐっ、だがっ! 私の場にはまだ、アマゾネスの剣士が存在する! 霊使いの攻撃力では、私のアマゾネスの剣士を破壊する事は不可能!」

 

「お馬鹿と言って差し上げよう! 速攻魔法、ディメンション・マジック! 場の魔法使い族、ブリザート・プリンセスを生け贄に捧げ、手札から魔法使い族一体を特殊召喚する! 俺は手札から、氷の女王を特殊召喚!」

 

 三沢の場に現れる、文字通り全身が氷で出来た女王。髪は長いが氷なので角ばっており、その顔に表情は無い。死人のように冷たく白い肌に合う、白いドレス。胸と腰に、赤い宝石のアクセサリーが付けられている。手には氷の、人を貫き殺せるような槍。

 そんな女王にバトンタッチをして姿を消すブリザード・プリンセス。心なしか氷の女王が、何処となく微笑ましそうな表情を浮かべているように、永理は見えた。

 

「更にディメンション・マジックは相手モンスター一体を破壊する!」

 

「なっ、馬鹿な!?」

 

 アマゾネスの剣士の背後から現れる、氷性の棺桶。そこが開き、いくつもの、登山家らしき腕がアマゾネスの剣士を、死の世界へと引きずり込む。地面に剣を突き立て、アマゾネスの剣士はそれに必死に抗うが、抵抗虚しく、氷の棺桶に引きずり込まれた。

 

「わっ、私のデッキは……未来のカードを組み入れたデッキの筈だ。だのに、だというのに! シンクロ召喚も使わないデッキに負けるのか!?」

 

「貴様と俺では、決定的に違う、決定的な差がある! 氷の女王!」

 

「……なん、だと」

 

 氷の女王の杖から放たれた、超特大つらら。それが一切の躊躇も無くタニヤに落とされる。土と氷の煙が、タニヤの視界を覆い隠す。

 その土と氷の煙の中から現れたライナが満面の笑みで、杖に魔力を装填させ、タニヤに零距離で光の魔法を発動。

 

「それ即ち、愛、ですよ。マジシャンズ・サークルを発動! 互いのデッキから、攻撃力2000以下の魔法使い族一体を特殊召喚する! デッキからピケルを特殊召喚!」

 

「何故そこで愛!?」

 

「愛とは無限の力! 最強の原動力! これが、このデュエルが、この俺の魂の生き様だ!!」

 

 もわもわ羊の帽子を被った、ピンク髪の幼女。白い魔導服が更にロリっぽさを上長させ、三沢の欲望を満たす。

 ゲスた笑みを浮かべ、三沢はピケルに、己が嫁に命ずる。

 

「愛しているんだピケルたんを! 愛情砲!」

 

 ピケルの杖から放たれた、光のビーム。それは決して大きくは無く、大した威力は無い。だが三沢には、それが万物の創造主相手でも通用するように思えた。

 それもひとえに愛のおかげ、恋は盲目。人の正しい視界を奪い、幸福で誘惑する。

 三沢はそれに負け、だが人生で勝利した。たとえ虚しい勝利だとしても、それは三沢の心を満たす。

 それを心から理解した翔と永理は、何も言わず、ただ黙って敬礼をした。心から、三沢へのリスペクト。尊敬の念を相手に送る。

 そしてそれを冷めた目で見つめる明日香。やがてビームはタニヤに当たり、そのライフを削り取った。

 三沢は勝利し、ただ黙って右腕を上げる。俺は勝ったぞ、愛の力で。暗にそう言っている。背中が、そう語っている。

 

「負けた……何故、この私が。アイドルデッキに」

 

 膝から崩れ落ち、ブツブツと言うタニヤ。明日香にはなんとなく、その気持ちを察する事が出来た。

 というか、自分がその立場なら恐らく同じようになってしまうだろう。アイドルデッキに、完膚無きにまで叩きのめされたら。

 そんなタニヤの服を虎は咥え、自らの背中に乗せる。

 そしてまるで一礼でもするように頭を下げると、何処か森の中へと去って行った。




 論理を壊す、馬鹿が居る。これも全部、月影永理って奴の仕業なんだ。


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第41話 コトダマ・ゲーム・ファントム

(これまでのあらすじ)恐るべきナラク・セブンスターズの二人を撃破したデュエル学校学生たち。だが、一息つく間もなく次々とナラク・セブンスターズの魔の手は襲い掛かる。永理たちの住む寮の屋根でマスターと激しく前後したいと思う地獄女帝ブッダデーモンの前に、新たな刺客が現れる。それはあからさまにニンジャなのだ!


 午前零時、オシリスレッド寮の屋根から、座りながら満月を眺める、一人の生徒──万丈目準が居た。

 万丈目と共に綺麗な満月を、寄り添うように眺める者の姿は半透明。ヘル・エンプレス・デーモン、万丈目準の持ち精霊だ。

 万丈目の右手には、串焼きの魚。折角の月に食堂で食べるのも味気ないと思い、態々寮の腕で、月を眺めながら食べているのだ。

 決して、永理と亮と三沢によるロリアニメ徹夜マラソンのせいで眠れないとか、流石にあの空間に一緒に居るのは嫌とか、そういうのではない。決して、そういうのではない。

 万丈目は月を眺めながら、魚にかぶりつく。月を眺めながら、飯を食べる。空には宝石箱をひっくり返したような星々が、二人を祝福するようにきらめいている。

 

「……悪くないな」

 

『悪くないね』

 

 二人同時にそう言い、顔を見合わせ笑い合う。精霊は持ち主に似るらしい、というのは本当だったようだ。

 セブンスターズが迫ってきているとは思えない、穏やかな時間。ずっと続けばいいのに、意図せず二人は、同時にそう思った。

 万丈目の下からは相も変わらず、あの三色馬鹿の声が聞こえる。三沢の部屋で見た方がいいと思うのだが、何故態々狭い部屋で見るのだろうか。ちなみにカビはトメさんが撤去したので、もう残ってはいないらしい。永理の事だからすぐに生やしそうではあるが。

 夜風が、二人の髪を優しく揺らす。海沿いの家、ボロさに眼を瞑ればこれ以上のデートスポットは無いだろう。

 

『マスター、それだけで足りるの?』

 

「夜は軽くが一番だ」

 

 心配そうに尋ねてきたエンプレスに、微笑みながら万丈目は答える。というのもこの魚、鯵は脂が乗っており、そこそこに腹に来る。これ一匹、軽い夜食には最適だ。

 あまり軽すぎるのも問題ではあるが、永理のように馬鹿みたいに味の濃いものを食べるのもまた問題ではあるのだが。

 

「しかし、エンプレス。見てみろ」

 

『……うん、綺麗だね』

 

 万丈目が顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべながら万丈目は、何度も同じような事を言い、そしてエンプレスは何度も同じように返す。

 そこに煩わしさといったものはない。ただ純粋に楽しむ、夜の二人。

 不意に万丈目が、口を開いた。

 

「今夜は、月が綺麗だな」

 

 万丈目の言葉に、エンプレスは眼を見開き、そして明るい笑みを浮かべながら

 

『私、死んでも──』

 

『ちょっと待った、です』

 

 エンプレスの言葉を遮り、ヘル・ブランブルがジト目でエンプレスを睨み付けながら、幽霊のように浮き出てきた。心なしか何処か口調も可笑しい。

 そして両手で身体を持ち上げ、よっこいしょとエンプレスの反対側に、ブランブルはもたれ掛る。

 

『抜け駆けは厳禁ですよ、エンプレスさん』

 

『そりゃ残念。まあ私は、貴女が良けれりゃ共有出来るんだけどねー』

 

『お断りです。不潔です、そんなの。それに、この人と死んでもいいのは私だけです』

 

『それだったら私だってそうよ』

 

 互いに言い合いながら、万丈目の腕に腕を絡ませ、徐々に万丈目へと密着していく二人。万丈目は溜息をつき、魚に残った肉を食べきった。

 ぐぬぬと万丈目の前で、おでこをくっ付け合わせながらにらみ合う二人。仲が良いのか悪いのか、きっと良いのだろう。いつもなら二人の頭を撫でて収める所だが、今の万丈目の手は魚の油でギトギト。

 軽く右手を上げると、ブランブルがその手を放す。これまで押し合っていた相手が居なくなった事で体制を崩し、万丈目の膝に倒れ込む。

 それを嫉妬を含んだ眼で睨み付けるブランブルに呆れながら、万丈目はウェットティッシュで手を拭いていると──

 

 急に、周囲の空気が変わった。月の近くに──否、天高い空中に浮かぶ黄金立方体が突然現れていた。何の前触れも無く。

 謎のそれと同時に、背後に人の気配。重苦しいエモトスフィアを感じ取ったエンプレスとブランブルもそれに気付き、デッキへと戻る。

 

「これはこれは、随分と呑気なものだな。ええ? 万丈目準=サン」

 

 それは、黒いニンジャ装束に身を纏ったニンジャであった。赤いマントを棚引かせ、膝には盾のような形のプロテクター。左腕にはニンジャディスク。口元を覆い隠すメンポには『決』『殺』の二文字。

 ニンジャ、それは平安時代、カラテによって日本を支配した半神的存在である。

 紅い瞳に浮かびし絶対的な赤黒い殺意を隠そうともしないニンジャ、万丈目はそのニンジャの名をよく知っている。

 

「……速攻の黒い忍者、か」

 

「ドーモ、万丈目準=サン。ブラックニンジャです。決闘者、貴様を殺す!」

 

 お辞儀をし、赤黒い蝙蝠めいた形状のデュエルディスクが起動させる。デュエルディスクがキャバーン! と音を鳴らす。

 万丈目は不敵に笑い、同じようにデュエルディスクを起動させた。

 向かうは死地、メリットはあまりに少なくデメリットの大きい対決。だが強者という相手と戦う、それだけで万丈目は、数多の戦う理由に勝る。

 

「「デュエル!」」

 

「俺の先功、ドロー!」

 

 先手を取ったのは万丈目だ。

 

「俺はモンスターをセットし、カードをセット。ターンエンドだ!」

 

「私のターン、ドロー!

 ニンポ、手札抹殺を発動! 互いの手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする! 私の手札は五枚、よって五枚捨て、五枚をドロー!」

 

「俺は四枚ドローだ」

 

 手札抹殺、手札交換としても墓地肥しとしても実際役立つカード。デッキ破壊を危惧されデッキに一枚しか入れられないカードである。そして初心者は墓地肥しの概念をよく理解出来ない、だというのにニュービーデュエリストであるブラックニンジャがそれを使うと言うのは、実際スゴイ。

 

「相手場にモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚出来る! 機甲ニンジャアース=サン!」

 

『ドーモ、アースです』

 

 右手以外の三体をサイバネ義手義足化させ、顔の半分を違法サイバネ手術させた、茶色のニンジャ装束に身を纏ったニンジャが、土くれを巻き上げ鮮やかにお辞儀をする。顔の下半分はメンポによって隠れているので、実際露出しているのはたったの四分の三しかない。

 

「更にアース=サンをセプクさせ、手札より黄昏のニンジャジェネラル―ゲツガ=サンを召喚!」

 

 アース=サンが自らの腹に刃を入れ、己がニンジャソウルをあえて暴発させる。それにより巻き起こった悍ましい黒い暴風が天高く巻き上がり、その中から一人のニンジャが召喚される。

 ブラックニンジャ=サンが召喚したそのモンスターは、一言で言うなれば異質であった。

 鋼鉄のパープルカラーなニンジャ装束に身を纏い、右腕が二つある。背中にはイチョウめいた黄色い家紋の旗が二本背負われている。

 それが手を合わせ、お辞儀をした。

 

『ドーモ、ゲツガです』

 

「ニンジャジェネラル―ゲツガ=サンのユニーク・ジツ発動! 攻撃表示のこのカードを守備表示とし、墓地からニンジャ二人を特殊召喚する! 私は墓地からニンジャマスターHANZO=サンと、レッドドラゴン・ニンジャ=サンを特殊召喚!」

 

 ゲツガが腰だめな体制になると同時、まず最初に現れたのは、ブラックニンジャとはまた別系統の黒いニンジャ装束に身を包んだ、カトゥーンに出てきそうなニンジャ。武士めいた出で立ち、棘の付いた兜、そして口元を隠す布のメンポ。黒い布がマフラーめいて棚引き、お辞儀をする。

 そして、その隣に現れしはメンポを付けていない、金髪の美形な青年のニンジャ。赤いニンジャ装束、右手には赤いドラゴンの背中めいた棘の付いたガントレットを装着してある。そして彼を守る妖精のように、炎のドラゴンが彼を守るように渦巻き、レッドドラゴン・ニンジャのお辞儀と同時に、その炎が当たらないようにうねり動く。

 

『ドーモ、HANZOです』

 

『ドーモ、レッドドラゴンです』

 

 特筆すべきはその展開力。たった三枚の手札消費で二体の上級ニンジャをエントリーさせたワザマエ。とても初心者とは思えぬ動きだ。

 

「レッドドラゴン・ニンジャ=サンのジツ発動! 召喚・特殊召喚・反転召喚時に墓地のニンジャ又はニンポと名の付いたカードを除外する事で、相手のカード一枚をデッキの一番下か一番上にバウンズさせる!

 私は貴様の伏せモンスターを、デッキの一番下へ!

 更にHANZO=サンのジツによって、デッキからニンジャと名の付くカード、黄昏のニンジャジェネラル―カゲツを手札に加える!」

 

 レッドドラゴン・ニンジャが右拳による強いカラテチョップを地面に打ち付けると、さながら間欠泉めいて噴出した炎が万丈目の伏せていたモンスターを吹き飛ばした。

 

「これで貴様を守る要は無くなった! バトル! レッドドラゴン・ニンジャ=サンとHANZOサンで、貴様を直接攻撃!」

 

『イヤーッ!』

 

『イヤーッ!』

 

 レッドドラゴン・ニンジャのカラテは2400、HANZOのカラテは1800。すなわち合計4200のダメージ。これを防ぐ事が出来なければ万丈目は確実に爆発四散してしまう。おお、ナムダミダブツ! レッドドラゴンが襲い掛かり、HANZOによって投擲されたスリケンが万丈目に迫る。このままでは万丈目は焼きネギトロとされてしまう事は実際想像に難くない。サツバツ!

 しかし、ゴウランガ! 万丈目はそれの一つ、レッドドラゴンの攻撃を見事防いだのだ!

 

「赤竜の忍者の攻撃宣言時、墓地のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした!」

 

「なっ、まさかあの時……!」

 

 そう、ブラックニンジャの手札抹殺の際、万丈目の手札から墓地へと送られていたのだ。インガオホー!

 しかし、HANZOの攻撃を止める手立てはない。くるくると回るスリケンに身体を切り刻まれ、万丈目は悲鳴を必死に噛み殺し、不敵な笑みを浮かべる。

 

「一気に決める事は出来なかったが、貴様の不利に変わりは無い! カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「それはどうかな。俺のターン、ドロー!

 手札を一枚デッキに戻し、墓地のゾンビキャリアを特殊召喚! 更に、キラー・トマトを召喚!」

 

 万丈目の場に現れる、汚い布を身にまとった、紫色のゾンビー・セキトリ。そしてその隣にはジャック・オ・ランタンめいた顔を付けた殺人トマト。

 闇属性の扱いにおいては右に出る者の居ない万丈目のデッキ、本領はここからだ。

 

「レベル4キラー・トマトに、レベル2のゾンビキャリアをチューニング!

 卑しき妬みに彩られし野薔薇の女王よ、我が僕となりて鋭き棘で敵に後悔と死を与えよ! シンクロ召喚! ヘル・ブランブル!」

 

 右手を覆うような棘、左手の部分は赤いハサミのようになっている。イチゴのようなスカートを履き、緑髪の上に赤いとんがった帽子を被った女性が現れる。おおよそマッポーめいたこのデュエルには相応しくは無いと思えるほどの上品さだ。

 しかし、彼女は主の為ならば、どのように汚れる事も辞さない。彼女にとって主は、万丈目は何を差し置いてでも守るべき存在なのだ。

 

「厄介ではあるが、所詮そこ止まりよ! 罠カード発動、奈落の落とし穴! 攻撃力1500以上のモンスターを破壊し、除外する!」

 

「甘いな! 罠カード発動、トラップスタン! このターン、罠の効果を全て無効にする!」

 

 スタングレネードが弾け、その光を浴びた奈落の落とし穴は石化する。

 ブラックニンジャは歯噛みした。ヘル・ブランブル、効果は地味ながら実際厄介。下手に手を打てば自滅し、打たなくともジリー・プアー。何とか相手を、ある程度損害無しに倒したい所だ。

 最も、レッドドラゴン・ニンジャのカラテをもってすれば、倒す事も出来なくはない。だがそれは、相手も重々承知の筈だ。

 

「バトルだ! ヘル・ブランブルでHANZOを攻撃!」

 

 ヘル・ブランブルが素早く駆ける。HANZOはそれを迎撃しようとスリケンを投擲するも、左手のハサミのようなものを大きく広げ、それを防御。そして肉薄し。HANZOの腹を鋭い棘が貫いた。

 

『グワーッ!』

 

 口から血を吐き、崩れ落ちるHANZO。更にヘル・ブランブルは左手のハサミでHANZOの首を掴み、空中高く放り投げる。そして左手のハサミから放たれた火炎が、HANZOを燃やし尽くす!

 

『さっ、サヨナラ!』

 

 HANZOは熱い炎に包まれ、しめやかに爆発四散!

 

「カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「私のターン、ドロー!

 ゲツガ=サンを攻撃表示に変更!

 レッドドラゴン・ニンジャ=サンでヘル・ブランブル=サンを攻撃! 燃やし尽くせ!」

 

 ゲツガが腰を浮かせ、薙刀を構える。それを見てレッドドラゴン・ニンジャは頷き、行使しているレッドドラゴンが燃やし尽くさん勢いで燃え上がり、炎の軌道を描いてヘル・ブランブルの喉元に噛みつこうとする。

 しかし突如、それを縛る鎖が、レッドドラゴンをがんじがらめにした。

 

「デモンズ・チェーンで攻撃も効果も無効にした!」

 

「ふん、その程度私のニンジャ第六感からすれば、突破するのはベイビーサブミッションよ! 永続罠、ニンポ変化=ジツを発動! ニンジャ一人をハラキリさせ、手札・デッキからそのニンジャのレベル+3以下の獣族・鳥獣族・昆虫族のいずれかのモンスター一体を特殊召喚する! 私はレッドドラゴン・ニンジャ=サンをハラキリさせ、デッキからダーク・ネフティスを特殊召喚!」

 

 レッドドラゴン・ニンジャがハラキリし暴走したニンジャソウルが爆発すると、その中から黒い羽を携え、赤黒の炎を出す黒鎧の人鳥が現れる。

 ダーク・ネフティス。最上級モンスターにしては少々攻撃力が心もとなく、効果も特殊召喚時に魔法・罠を一枚破壊するだけという、少しばかり地味感が否めないカード。

 しかし、墓地の闇属性三体を除外する事で、少しばかりタイムこそかかるが自信を特殊召喚出来る効果と、何より一枚のみという地味ながら使い勝手は良い効果によって、決して悪くは無いカードだ。

 

「ダーク・ネフティスの効果で、貴様の伏せカードを破壊! そして! ダーク・ネフティスでヘル・ブランブル=サンを攻撃!」

 

 ダーク・ネフティスの羽から放たれた赤黒い炎はヘル・ブランブルのまるで人形のように綺麗な肌を醜く焼き尽くす。

 そこに慈悲は一切ない。まるで復讐の炎のように赤黒く燃え上がる炎に包まれ、ヘル・ブランブルは燃やし尽くされた。

 万丈目は歯噛みする。自らの読みの浅さに。

 

「更にゲツガ=サンで直接攻撃!」

 

 ゲツガの手に持っている薙刀が勢いよく投擲、見事万丈目の腕に突き刺さり、そこから血が噴き出す。

 屋根の上に赤い雫が、まるで壊れた蛇口めいて濡らす。

 

「ぐっ、クソッ!」

 

「メイン2、モンスターをセットしターンエンド」

 

「ッ、俺のターン、ドロー!

 俺は手札から、緊急テレポートを発動! 手札・デッキからレベル3以下のサイキック族一体を特殊召喚する!

 俺はデッキからサイコ・コマンダーを特殊召喚! 更に魔法カード、死者蘇生を発動! 貴様の墓地から機甲忍者アースを特殊召喚!」

 

 万丈目の場に、UFOめいた円盤機械に乗った、ナチっぽいモンスターと、ニンジャが姿を現す。相手モンスターの利用、デュエルモンスターズではチャメシ・インシデントである。

 しかしここで死者蘇生を引かれるとは思っていなかったブラックニンジャは少しばかり焦る。相手の場に合計レベル8が揃ってしまったからだ。こんな事ならダーク・シムルグを入れておくべきだったと後悔する。これでは負けてしまったカミューラやダークネスを笑えない、ケジメ事案である。

 

「レベル5の機甲忍者アースに、レベル3のサイコ・コマンダーをチューニング!

 心地よき闇深まる時、血の地獄より現れ光と閉ざす! シンクロ召喚! ブラッド・メフィスト!」

 

 久しぶりの出番に心躍らせながら現れる、赤黒いピエロ。黒いシルクハットをかぶり、黒い貴族服に身を包んだ悪魔。外見は怖そうだが、足が日本のコミカル幽霊めいていて少しばかり気が抜ける。

 

「ブラッド・メフィストでダーク・ネフティスを攻撃!」

 

 ブラッド・メフィストの口から放たれたゲロめいた溶解液はダーク・ネフティスに直撃し、その羽を溶かす。じゅうじゅうと金属の溶ける音が鳴り、身体をゲル状に代え、沈んでいくダーク・ネフティス。異臭が立ち込める。

 

「魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のサイコ・コマンダー、キラー・トマト、ヘル・ブランブル、ヘル・エンプレス・デーモン、ヘル・セキュリティをデッキに戻し、二枚ドロー! 更に闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター──ヘル・エンプレス・デーモンを除外する! カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

「私のターン、ドロー!」

 

「この瞬間、ブラッド・メフィストの効果発動! 相手場のカードの枚数×300ポイントダメージを与える!

 貴様の場に現存するカードの数は二枚、よって900ポイントダメージだ!」

 

 ブラックニンジャは溶解液を受けながら、必死にニューロンを稼働させ、この場の解決方法を導く。手札のカードで突破しても、すぐにまた逆転されてしまう。訝しむべきはあの伏せカード。

 しかし、それを破壊する手立てはない。死者蘇生もリビングデッドも無く、いかにして損害を出さず、この場を乗り切るか。ブラックニンジャの復讐は始まったばかり、ここで足踏みしている時間は無い。タイムイズマネー、時間は金である。

 月がブラックニンジャを嘲笑うかのように静々と輝く。

 苛立ちを押さえる為、一先ずは気持ちを落ち着かせる。

 

「スゥーッ! ハァーッ!」

 

 フーリンカザン、チャドー、そしてフーリンカザン。相手は訝しんだ眼でブラックニンジャを見るが、関係ない。もとよりその程度の視線は承知の上。

 

「私は成金ニンジャ=サンを召喚!」

 

 煌びやかなニンジャ装束、純金製ガントレットを両腕にはめた見るからに成金だと自己主張しているニンジャが、小判を巻き上げながら現れ、お辞儀をした。

 

『ドーモ、成金ニンジャです。拙者の金は数十億あるぞ!』

 

「効果発動! 手札の罠カードを墓地へ送る事で、デッキからレベル4以下のニンジャを特殊召喚する! 私は砂塵の大竜巻をデッキから忍者マスターHANZO=サンを特殊召喚! 更にHANZO=サンのジツによって、デッキからニンポを手札に加える! 私はデッキからニンポ超変化ジツを手札に加える!」

 

『ドーモ、HANZOです。先ほどのとは別人です』

 

 成金ニンジャが小判を地面に叩き付けると、その中から金色の煙に塗れながらまたしてもHANZOが姿を現す。

 手札補充、最上級モンスターを出す布石。そしてニンジャ、全てが揃った。

 

「そしてHANZO=サンと成金ニンジャ=サンでコトダマ空間を構築! エクシーズ召喚! 機甲ニンジャブレード・ハート=サン!」

 

 パープル色の鋼鉄なニンジャ装束に身を纏った、二本の光り輝く刀を携えたニンジャが華麗に現れる。

 両手の剣を地面に突き刺し、手を合わせお辞儀。そしてもう一度剣を手に取る。お辞儀、これだけで相手には相当のプレッシャーが与えられるのだ。

 

『ドーモ、ブレード・ハートです。ハイクを詠め、貴様を我が剣の錆びにしてくれる!』

 

「更に! 永続魔法、連合軍を発動! 場の戦士族・魔法使い族の数だけ戦士族の攻撃力を上げる! 更にゲツガ=サンの効果発動! このカードを守備表示にし、墓地からレッドドラゴン・ニンジャ=サンとHANZO=サンを蘇生させる!」

 

 これで相手の場は四つ埋まり、しかもそのうち四体は戦士族。攻撃力は800ポイントアップしてしまい、相当ヤバい。

 

「更にブレード・ハート=サンの効果発動! ニンジャに力を与え、二回攻撃を可能とさせる! 私はレッドドラゴン・ニンジャ=サンを対象に発動!」

 

 ブレード・ハート=サンの片方の刀から光が消える。しかし、決してくすんだ訳ではない。刀に宿っていたオバケめいた怨念のニンジャソウルが、レッドドラゴン・ニンジャ=サンに乗り移っただけなのだ!

 

「まさに貴様はバックウォーター・フォーメイション! 既にサンズ・リバーに肩までゆっくり使っているのだ!

 死ね! デュエリスト! レッドドラゴン・ニンジャ=サンでブラッド・メフィスト=サンを攻撃!」

 

『イヤーッ!』

 

 レッドドラゴンが奇術師めいた格好の黒い悪魔に襲い掛かる。自らの身体をロープめいて使用し、ブラッド・メフィストの身体を縛り上げる。そして醜い断末魔を上げ青い炎となり、しめやかに爆発四散した。

 

「これで貴様はサンズ・リバーの向こう岸行きだ! 総攻撃せよ!」

 

『イヤーッ!』

 

『イヤーッ!』

 

『イヤーッ!』

 

 ブラックニンジャ=サンの号令と共に、大量のニンジャが襲い掛かる。レッドドラゴンが炎を吐き、HANZOのクナイ・ダートが直進し、ブレード・ハートの二刀から放たれたブレード・ソニックウェーブが襲い掛かる。

 しかし、それらの攻撃は全て、万丈目の目前で止まった。そう、振り子人形めいた悪魔の前で。

 

「バトル・フェーダーを特殊召喚し、バトルフェイズを終了させた」

 

「ぐっ、足掻くなデュエリストが! 貴様のせいで私は、私達は!」

 

「貴様に何があったのかは知らんし理解しようとも思わない。とっととターンを終了させろ!」

 

「貴様……カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

 吐き捨てるようにカードを伏せ、ターンを終了させるブラックニンジャ。その言葉に籠った怨念、異常な殺意を万丈目は感じ取ったが、万丈目には関係ない。

 ただ相手が向かってくるのであれば、ただ倒すのみ。ただ最強を目指す為に。

 

「俺のターン、ドロー!

 罠カード発動、デビル・コメディアン! コインの裏表を宣言し、当たった場合は相手の墓地を全て除外し、外れた場合相手の墓地の枚数分、デッキからカードを墓地へ送る! 俺は表を宣言!」

 

 両者の間に、巨大なコインが落ちる。相手の墓地は八枚、コインが運命を決める。

 勝利とは、常に持っている者に与えられるのだ。

 

「結果は裏! よって、デッキからお前のカードの枚数、つまり八枚を墓地へと送る!」

 

 墓地へと送られたカードは、八枚全て闇属性のモンスターカード。運とは、自分が追いつめられた時に発揮されるものだ。

 特に、命を賭けたデュエルは特に。

 

「魔法カード、終わりの始まりを発動! 墓地の闇属性モンスター、キラー・トマト二体、終末の騎士、ダーク・リゾネーター、ダーク・ネクロフィアの五体を墓地から除外し、カードを三枚ドロー!

 更に魔法カード、ブラック・ホールを発動! モンスターを全て破壊する!」

 

「ぬううっ、貴様ァ!」

 

 黒い渦が現れ、ブラックニンジャの従えているニンジャを全て、暗闇の重力渦に飲み込む。

 断末魔を上げブラックホールの中心でしめやかに爆発四散する四人のニンジャ。そこに慈悲は無い。

 

「そして! 墓地に三体の闇属性モンスターが存在する場合、ダーク・アームド・ドラゴンを手札から特殊召喚する!」

 

 背中に鋭いエッジの付いた拘束具を着た黒い二本足のドラゴンが、万丈目の場に現れる。

 万丈目のデッキのエースモンスター。そして、ブラックニンジャに引導を渡すモンスターである。

 

「きっ、貴様……貴様!」

 

「どう足掻こうと、運命は変えられん。墓地のダーク・ネフティスを除外し、伏せカードを破壊!」

 

 背中から放たれたエッジが回転して飛び、ブラックニンジャの伏せていたカードに突き刺さり、爆発する。伏せていたのは万能地雷グレイモヤ。

 既にブラックニンジャには打つ手なし。手札で効果を発動するモンスターでも存在しない限り、防ぐのは不可能。

 

「馬鹿な……私が、ここで……無念も晴らせず、死ぬというのか!?」

 

「ああ、そうだ! バトル! ダーク・アームド・ドラゴンで直接攻撃!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの背中から放たれたエッジの雨が、ブラックニンジャに降り注ぐ。

 落下してくるエッジに腕を、足を、腹を、メンポを切り刻まれ、『0』と『1』の電子と化した。

 

「グワーッ1000011100010011100!?」

 

 ブラックニンジャの悲鳴にノイズが混じり、攻撃を受けた箇所から次々と『0』と『1』のノイズになって、風に解けていく。

 

「更に永続罠、闇次元からの解放! 除外されている闇属性一体を特殊召喚する! ヘル・エンプレス・デーモンを特殊召喚!

 攻撃しろ!」

 

 闇の次元の中から現れる、黒い炎。羊めいた帽子を被った紫色の肌をした悪魔は、右手から出した炎の塊をブラックニンジャに振り下ろし、焼き尽くす。離れている万丈目でさえニューロンを焼き尽くされそうな膨大な火力が、ブラックニンジャの身体を黒く包む。

 電子と炎が融解し、ブラックニンジャの装束を、身体を焦がし、電子と化し。

 

「ア10001ァー00111! わ、忘れ0001なよ、万1100目=サン!! 1始00ま10101ある010も010必0110終わ00110る!! 1そ0111010ま00101獄01100101で010待っ0100100ぞ111010……」

 

 ブラックニンジャの身体が崩れ断末魔の叫び声を、ノイズ交じりに上げる。それと同期するように、さながら旅立ちを共にするように、万丈目達を囲んでいた空間も『1』と『0』に変貌し、崩れていく。

 その中から現れるのは、いつもの深淵のように暗い海。大きな月と、輝く星。黄金立方体は浮いていない。

 やがて一筋の風が吹くと、ブラックニンジャをまるで、塵のようにかき消した。風に舞い、母なる海へと流れていくブラックニンジャの残骸。万丈目はそれを、何も言わずに見送る。

 

「始まりあるもの、必ず終わる時がある……か」

 

 あれは、あの言葉に込められている怨念は、ただものではなかった。

 まるで、一度死んだかのような。そんな重さがあった。一体それが何なのか万丈目には皆目見当もつかない。

 が、今はただ最強を目指すだけだ。せめて、生きている間に。

 それが彼の、弔いとなるのだから。




 見慣れない名前のカードはオリカではなく言い換えただけ、イイネ?


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第42話 明日香死す

 授業が終わった、アカデミア食堂は静かなものだ。夕日に照らされながら永理は、オシリスレッドでごった返す、購買の隣にある方の食堂で焼肉丼を食べながら、永理は思う。

 オシリスレッドの飯は不味い。故に夕飯をここで済ませる者も少なくは無いのだ。流石に毎日ここで済ませる者は少ないが。

 永理の隣に、珍しく明日香が座る。金髪ボインで身長の高いチャンネー、というのが永理が持った、彼女の印象である。ちなみにあながち間違いでは無い。

 

「珍しいな、この時間でここで食べるとは」

 

「たまーにさ、ジャンクフード的なの食べたくなる時ってあるじゃない?」

 

 ふと明日香のトレイを見ると、そこにはどデカいステーキ。あまり柔らかくはないがどぎついニンニクと塩胡椒が食欲をそそる、最高の食べ物だ。

 永理も十代を連れている時はたまに頼むが、どうしても残してしまう。永理も昔は大食い出来たのだが、今となってはまったく食べる事が出来ない。老化が進むにはまだ早いが、それが永理だ。

 明日香の言葉は永理も同意出来る所がある。別に美味しいとか好きとかいうのではないのだが、たまにマックを食べたくなるような気持ちだ。ちなみにマックはパソコンの方ではない。

 

「牛か……昔、うちの地元にチュパカブラが出た事があってな」

 

「それ、嘘よね?」

 

「勿論さ」

 

 適当な話をしながら焼肉丼を食べる永理と、中々切れないステーキにイライラとしてきた明日香。傍から見たらとてつもなく奇妙なコンビといえるだろう。

 というか、この二人が並んでいるのはかなり珍しい。何せ永理は、あまり積極的に女子へと話しかけるタイプではないのだから。

 まあ話しかけられたらそれなりに返したり、席が近くになったりすれば適当に話す事は出来るが。コミュ力こそ高いが積極的に行ったりはしない、それが永理なのだ。

 

「そういや昔流行ったよな、チュパカブラ」

 

「そういえばそう……いや、待って。それかなり昔の話な気がするのだけれど」

 

「あっ、俺の地元に牛が居るのはマジな話な」

 

「……あー、そうなの」

 

 何だか投げやりな対応だが、永理は気にせずご飯を掻き込む。甘辛いたれと薄い肉が米ととてもマッチしており、大変美味い。安い肉でも薄けりゃ柔こいのだ。

 空になった食器をトレイに乗せて、永理は席を立つ。

 食器を返す永理を尻目に必死にステーキを切る明日香。行儀よく、では切れないと悟るも幼い頃からテーブルマナーを叩きこまれた明日香には、それ以外のやり方は思い浮かばない。

 こんな時ジュンコかももえがいてくれたら……と思わず愚痴りたくなるも、それを言っても仕方がない。もはやマナーとか関係あるかとばかりにステーキを切らずにかぶりつく。なんと男らしい事か。

 

「……」

 

「!?」

 

 しかも間の悪い事に、いつの間にか明日香の向かい側には、一人の女子生徒が立っていた。

 明日香の顔が一気に朱に染まる。恥ずかしい所を見られてしまった。口からステーキが、ぼてりと零れ落ちる。

 

「えっとね、その……これはステーキが切れないからで、ふっ、普段の私はこんなんじゃなくってね!?」

 

「……」

 

 明日香の見苦しい弁解に、その女子生徒は何も答えない。

 ピンクのショートカット、赤いカチューシャが特徴的な少女。胸は明日香にも負けていないだろうか。しかし、まるで実在しないかのように気配を感じず、生気も感じない。

 まるで幽霊のように。

 明日香の背中に、冷たい汗が走る。

 明日香は昔、兄からこんな話を聞いた事があるからだ。曰く、『夕方になると食堂には幽霊が出る』と。あの時はただの噂話と笑い飛ばしたが、実際にそれと会ってみたら過去の自分を殴り飛ばしたい気持ちに駆られる。

 というか、純粋に怖い。

 

「おい、貴様」

 

 気が付けば周りから──否、食堂から、あれ程まで居た筈の生徒の姿が、まるでテレビを消したかのように消えていた。

 辺りの空気が冷えていく感覚がし、重苦しい緊張感に包まれる。口に溜まった唾液を飲み込む音が、いやにうるさい。

 声は聞いた事がある。確かツァン・ディレという、六武衆なるモンスターを使う相手だったと、明日香は記憶している。さして関わり合いのある相手という訳ではないが、デュエルの腕は立つとの評判であった。

 ちなみに六武衆の事を永理に話したら、どこぞのボトムズの予告みたいな事を言ってきたと一度だけ話した事があり、その時は顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。

 だが、今の彼女にはそのような、表情豊かな様子は見受けられない。まるで幽霊でも乗り移ったかのように不気味な、感情の無い顔。

 

「七精門の鍵の守護者、だな」

 

「……そうだと言ったら?」

 

 明日香が答えると、直後、テーブルが粉々に切り裂かれる。当然、ステーキも鉄板ごと。

 木くずと共にボトボトと落ちる鉄板とステーキ。びしゃり、と床にたれと脂が広がる。

 一体何が起きたのか、彼女を──ツァン(仮称)を見れば、その理由は明らかだ。まるで日本刀のようでいて、不気味な雰囲気を醸し出している刀を、刃をむき出しの状態で持っている。

 もうこの時点で明日香は逃げ出したくなった。だって相手は、何だか話とか通じ無さそうだし、七精門の鍵を殺してでも奪い取ってきそうな雰囲気なのだから。

 がくがくと部屋の隅で震えて失禁しながら命乞いをしない自分エラい、と明日香は現実逃避に自画自賛する。

 

「我が名はアヌビス、セブンスターズが一人……アヌビス、なり」

 

「アヌビス……?」

 

 ふと明日香は、日本刀を見やる。まず、ツァンの本名がアヌビスという可能性は限りなく低い。となれば、あの刀が問題なのだろうか。

 というより何で日本刀なんて持ってるのこの子、というのが明日香の正直な感想だ。そりゃあ昔、刀が好きとか言っていたが。それでもまさか本物持ってきて、しかもその刀が妖刀で、それもモノホンの妖刀だったとか。もう奇跡も魔法もあるんだよとしか言いようがない奇妙な偶然。

 

「七精門の鍵ついでに貴様の身体も奪ってやる! この女と同じように!」

 

「そう……なら、あなたを見逃す訳にはいかないわね」

 

 ツァンはまるで操り人形のように、日本刀を鞘に戻し、デュエルディスクを起動させる。その表情に感情は無く、まるで幽霊。あまりの不気味さに明日香は思わず生唾を飲む。逃げ出したい衝動に駆られるが、必死に我慢。

 何故なら同じ寮の友人だから、見捨てたら後悔するから。そんな気持ちのみで明日香は立ち、デュエルディスクを起動させる。

 

「「デュエル!」」

 

 何か負けたら日本刀でばっさりを行かれそうだが、明日香はそれを考えないようにする。変に考えてしまっては、余計恐怖が掻き立てられるからだ。

 

「私の先功、ドロー!

 私はマンジュ・ゴッドを召喚し、効果発動! デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加える!

 私は影霊衣の万華鏡を手札に加える!」

 

 明日香の場に現れたのは、さながら阿修羅のような形相をした、青銅色のモンスターだ。無数の手が身体の中から伸びているが、何処か神聖な雰囲気を感じ取れてしまう。

 

「更に儀式魔法、影霊衣の万華鏡を発動! このカードは儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように場・手札からモンスターを生け贄に捧げるか、エクストラデッキのモンスター一体を墓地へ送り、任意の枚数儀式召喚する事が出来る!

 私はエクストラデッキから星態龍を墓地へ送り、手札からグングニールの影霊衣、ユニコールの影霊衣を儀式召喚!」

 

 まず現れるのは、グングニールと同じような氷の羽を生やし、グングニールを催した帽子を被った、長い赤神の女性。腰には重力に逆らった氷製のリングが浮いており、その真ん中部分、人中に当たる部分には赤い宝石が埋め込まれている。手には氷で出来たミミズクのようなものがあしらえられた杖。

 そして、その女性の隣に現れたのは、オオカミのような髪を一つ括りにした女性。紫色のマントの下には留め金に止められた赤い布、見るからに高級そうな白い生地。さながら馬のような鉄のレギンス。そして箒のような尻尾が特徴的だ。手には神々しく輝く、白を基調とした矛が握られている。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 グングニールの影霊衣は手札の影霊衣を墓地へ送る事で効果を発動するサンダー・ボルトのような効果。ユニコールの影霊衣はエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターの効果を封じる。

 六武衆で真に警戒すべきはシンクロモンスター、真六武衆-シエン。奴を先手で封じ、ついでに行動も封じる。完璧な出だし。伊達や酔狂で、オベリスクブルーの女帝の二つ名を背負ってはいない。いや、実際は勝手にそんなのを付けられただけなのだが。

 

「俺のターン、ドロー!

 ……影霊衣。効果こそ解らんが、警戒すべきだな……永続魔法、発動! 六武衆の結束!」

 

「ドローは封じさせてもらうわ! グングニールの効果発動! 手札の影霊衣の大魔道士を墓地へ送り、六武衆の結束を破壊!」

 

 グングニールの影霊衣が手に持っている杖を薙ぎ払うと、そこに連動するように、中心の黒い塊を覆い隠すような氷が現れ、六武衆の結束を貫く。そしてその中に入っていた黒い塊が六武衆の結束に溢れ、闇の中へと飲み込んだ。

 

「やれやれ、これではどちらが悪者か解ったものではないな」

 

「黙りなさい。私は、もう負けたくないだけ。誰にも、何にも」

 

「では、ここで負けていただき、更に身体も手に入れてやる! スペアは多い方が良いからな!

 魔法カードを二枚発動! 永続魔法、六武の門!」

 

 してやられた! 明日香は思わず舌打ちすると同時に、相手の場に現れる、石を積み立てた柱と、瓦屋根。そして巨大な木製の門には、水色で大きく摩訶不思議な模様が描かれている。それが二個、圧迫感が半端ない。

 結束はドロー効果だが、六武の門はデッキサーチ。これが非常に面倒なカードなのだ。何せ、カウンターさえ溜まればいくらでもサーチ出来るのだから。一ターンに一度とか、そういう制限は無いのだ。

 とはいえ、それを悔いても仕方がない。結束は結束で脅威のカードだったのだから。

 

「面倒なカードを……」

 

「ふははは! 真六武衆―カゲキを召喚!」

 

「真六武衆!?」

 

「そうよ、その通り! カゲキの効果で、手札から真六武衆―ミズホを特殊召喚!」

 

 ツァンは六武衆を使うデッキだった筈、真六武衆なんて使っていた記憶は無い。混乱する明日香を他所に、現れる四刀流の剣士。

 ヘルメットを彷彿とさせる、背中の機械腕を動かす為の、脳波でコントロールする為の管が通った茶色い兜を被り、茶色い鎧を着ている。そして生身の手で持っている二本の剣を地面に突き立てると、そこがバチバチと鳴り響き、新たな剣士が姿を現す。

 もう一人は、真っ赤な鎧に大きく捻じ曲がった剣を両手に持った、一人の女性。髪は長いが、顔は白い布で覆い隠されており窺う事は出来ないが、恐らく大和撫子な美人だろうと推察出来る。

 胸は平坦であった。

 

「これによって武士道カウンターがそれぞれ四つずつ乗る! 更に俺はそれらのカウンターを全て取り除き、デッキから六武衆と名の付くモンスター、真六武衆―シナイと真六武衆―キザンを手札に加え、特殊召喚!

 真六武衆―シナイは場にミズホが存在する時、キザンは場に六武衆と名の付くモンスターが存在する時に手札から特殊召喚出来る!」

 

 更に新たに現れる、二人の武将。

 一人は真っ黒で顔の半分を布で隠した、一人の荒武者。黒い鎧にはLEDのようなライトが付いている。両手には鬼も真っ青になるだろう金棒。

 そしてもう一体、カゲキと拳をぶつけ合い友情を確かめ合っているのは、荒武者とは違い品のある、黒を基調とし金をあしらった鎧を身に着けた、一人の男。手には日本刀を持っており、髪は長い。

 

「更に六武の門にカウンターが四つずつ乗り、それらを全て取り除き、デッキから六武衆の師範と真六武衆-キザンを手札に加える!

 そして、ミズホの効果発動! 一ターンに一度、場の六武衆と名の付いたモンスター一体を生け贄に捧げる事で、場のカード一枚を破壊する! 俺は真六武衆―キザンを生け贄に捧げ、グングニールの影霊衣を破壊!」

 

 キザンが自らの腹を切り、そこから溢れ出た力をミズホが受け取り、手に持っている剣を思い切り投擲。友情パワーの乗った一撃が、グングニールの影霊衣を纏った女性に直撃し、哀れ爆発四散した。

 

「そして! 真六武衆―キザンを手札から特殊召喚!」

 

 新たに現れるキザン。またしても武士道カウンターが乗る。

 だが、警戒すべきは、最初の手札の一枚。あれからは、とてつもなく嫌な予感がする。そう、十代が強欲な壺を引き当てた時のような、嫌な予感が。

 そして、残念ながらその予感は的中してしまう。

 

「更に! 場に二体以上の六武衆と名の付くモンスターが存在する場合、大将軍紫炎を特殊召喚する!」

 

 青いマントをはためかせ、真っ赤な兜に真っ赤な鎧を身にまとった絶対将軍が降臨する。

 総ダメージ数、ユニコールの影霊衣とマンジュ・ゴッドをクッションにしても5400。これでは確実に死んでしまう。

 アヌビスは勝利を確信したのか、今にも笑い出しそうなテンションで命令を下す。

 

「バトルだ! まずは大将軍紫炎で、ユニコールの影霊衣を攻撃!」

 

「ぐっ、罠カード発動! ダメージ・ダイエット! 攻撃によるダメージを半分にする!」

 

 ダメージ・ダイエット。ももえとのデュエルの際に投入していたカードを抜き忘れていたらしい。運がいいと喜ぶべきか、苦しむ時間が長くなったと後悔すべきか。

 紫炎の刀をユニコールの影霊衣は受け止めようとするも、矛は真っ二つに斬り折られ、そのまま両断された。血飛沫が弾け、真っ赤な血が床を濡らす。

 鉄臭さと酸っぱい臭いが充満する。気分の悪い臭いだ。出来ればあまり嗅いでいたくない。というか闇のゲームそこまで再現すんな、というのが明日香の心からの叫びだ。

 

「ふん、耐えたか。だがまだまだよ! カゲキでマンジュ・ゴッドを攻撃!」

 

 今度はカゲキの番。久しぶりの出番とばかりに気張り、まずは両手の素早い剣捌きで、マンジュ・ゴッドの腕を全て斬り落とす。そして痛みのあまり絶叫する間もなく、背中の剣がマンジュ・ゴッドの喉を刺し貫いた。

 かぱっ、と青い血を口から溢れさせ、床へと崩れ落ちる。

 

「ライフが残ってしまうのが残念だが、仕方あるまい。やれ!」

 

 残るシエン、ミズホの剣撃を明日香は両腕を組み防御するも、雪のように柔らかい肌に赤い線がスッ、と入り、血が溢れ出す。

 痛み、決して普通のデュエルでは得る事が出来ないだろう痛み。それはたかが一介の高校生の身には、余りある恐怖だ。

 唇を青くさせ、二の腕を掴み必死に震えを押さえる。十代はこの恐ろしさの中、兄さんを倒したんだ。万丈目はこの痛みの中、敵を倒したんだ。自分にも出来ない筈がない。そう必死に言い聞かせる。まるで呪詛のように。

 しかし、それでも年端もいかぬ少女の口からは、弱みが漏れ出てしまう。

 

「……んで、なんで私が……私はただ、学校で楽しく──」

 

「なんで、とはおかしな話だ。貴様が選んだ道だ、そこに脅威がある事は、貴様が一番よく知っている筈だ。それすらも飲み込んで、貴様はその鍵を手に取ったのだろう?」

 

 そう、アヌビスの言う通り。この鍵は紛れも無く、自分の意思で手に取った。

 こうなるとは思っていなかった、こんな目に合うなんて思っていなかった。どう言い訳をしようにも、彼女は既に鍵を手に取った。

 一度選んだ選択肢を手放す事は出来ない。それが、この世界。不条理ながらに平等に、選択肢のあるこの世界なのだから。

 世界はいつも残酷で、足掻く人間を見て嗤う。

 

「俺はターンエンドだ。さあ人間、足掻いて見せろ! 私を──ボクを助けたいのだろう?」

 

 そう言いアヌビスは、親指で自分を──ツァンを指し、嘲るように、醜悪に口元を歪ます。

 そうだ、何も今戦うのは、決して七精門の鍵の為ではない。彼女を──こんな事件に巻き込んでしまった、ツァンを助ける為だ。

 その為に、その為なら、明日香はどんな痛みも、どんな恐怖も押さえつけてやる。たった一人の、友達を助ける為に。

 

「ドロー!

 痛みなんて、気合いと根性で押さえつける!

 魔法カード、一時休戦を発動! 互いにカードを一枚ドローし、このターン受けるダメージを0にする!

 更に墓地の影霊衣の万華鏡の効果を発動! 自分場にモンスターが存在しない場合、このカードと墓地の影霊衣と名の付くモンスター一体を除外し、デッキから影霊衣と名の付く魔法カード一枚を手札に加える!

 私は墓地のグングニールの影霊衣とこのカードを除外し、デッキから影霊衣の降魔鏡を手札に加え、発動! 手札の影霊衣の術士シュリットを供物とし、手札からトリシューラの影霊衣を儀式召喚!」

 

「馬鹿な、儀式召喚にはそのレベル分のモンスターを生け贄にしなければならないのではないのか!?」

 

 三つに分かれた角が特徴的な氷製の兜と、氷の鎧を身にまとった赤髪の少年。トリシューラと同じような尻尾が揺れ、ドラゴンのようなブーツが地面を凍らす。手には氷で出来た、分厚い剣。

 アヌビスの驚きは最もだ。本来儀式召喚とは、そのレベル分のモンスターを供物とせねば召喚出来ない召喚法。見せられた影霊衣の術士シュリットのレベルは、少なくとも4以下。これでは供物には不足な筈。

 

「勉強不足のようね。モンスター効果の中には、それ一体で全てのレベルを賄えるものもあるのよ!  トリシューラの影霊衣の効果発動! 相手の手札・場・墓地のカードを一枚ずつ除外する! 私は大将軍シエン、真六武衆―キザン、そしてあなたの手札を除外! そして影霊衣の術士シュリットの効果発動! このカードを儀式の供物として生け贄に捧げた場合、デッキから戦士族の影霊衣と名の付く儀式モンスターを手札に加える! 私はクラウソラスの影霊衣を手札に!」

 

 トリシューラの影霊衣は羽ばたきで作りだした、絶対零度の冷風の塊を大将軍シエンへと放つ。

 空気中の水分が凍り、ダイヤモンドダストの渦が大将軍シエンを飲み込むと、悲鳴を上げる間もなく凍り、砕け散った。

 

「ぐうっ、小癪な!」

 

「除外してしまえば、紫炎を復活させる事も出来ない! バトルよ! トリシューラの影霊衣で、ミズホを攻撃!」

 

 トリシューラの影霊衣が分厚い剣を振り下ろす。ミズホはそれを両手の刃で受け止めるも、その剣から放たれる冷気には抗えず、凍傷によって指が落ち、力を失った手からからんと剣が落ちた。

 そのまま頭から一刀両断されたミズホは、しかし傷口は氷の剣の通過によって凍らされ、塞がれている。血が噴き出す事も無く、ただ静かにその命に幕を下ろした。

 

「 魔法カード、サルベージを発動! 墓地の水属性モンスター二体を手札に戻す! 私は影霊衣の術士シュリット、影霊衣の戦士エグザを手札に戻す! 更に強欲なウツボを発動! これは手札の水属性モンスター二体をデッキに戻し、カードを三枚ドローする! 私は手札に戻したユニコールの影霊衣、影霊衣の戦士エグザをデッキに戻し、カードを三枚ドロー!  手札からサンダー・ドラゴンを墓地へ捨て、サンダー・ドラゴン二枚をデッキから手札に加える! そして打ち出の小槌を発動し、手札に加えたサンダー・ドラゴン二枚をデッキに戻し、ドロー!

 カードを三枚セットして、おろかな埋葬を発動。デッキから儀式魔人プレコグスターを墓地へ送る! ターンエンド!」

 

「ふん、ミズホを倒したか。しかし所詮は悪足掻きよ、ドロー!

 俺は六武衆の師範を特殊召喚! これによって六武の門に武士道カウンターが乗る。そして武士道カウンターを四つ取り除き、デッキからミズホを手札に加え、召喚!」

 

 左眼に傷があり、それを隠すように眼帯を付けた、古強者という印象を抱かせるご老人。髪は長く白い。和服の袖の上から奇妙奇天烈な模様の描かれた篭手が付けられており、両手で剣の柄を持ち、地面に突き刺している。

 そしてその隣から現れたミズホは、そのご老人に軽く目礼し、それに片手を上げる事で応えた。

 

「罠カード発動、奈落の落とし穴! ミズホを破壊し除外する!」

 

 だが、それも突如現れた穴の中に引きずり込まれてしまう。

 ミズホは身代わり効果を持ち合わせていない。故に、こういう罠にも効果的なのだ。

 

「チィッ! 師範の効果で、墓地のミズホを手札に加える! 更にミズホの召喚には成功していたので、武士道カウンターを乗せる! 更に武士道カウンターを取り除き、デッキから六武衆の師範を手札に加える! カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

「エンドフェイズ時、罠カードリビングデッドの呼び声を二枚発動! 自分の墓地からモンスター一体を特殊召喚する! 墓地からマンジュ・ゴッド、儀式魔人プレコグスターを特殊召喚する! 私のターン、ドロー!」

 

 阿修羅のような形相の菩薩と、薄紫色の太った悪魔の戦士が現れる。さながらオーバーオールのように、しかしクロスしてズボンと繋がっている、どういう原理で浮いているのかよく解らない鉄製のベルト。ベルトと同じ濃い藍色の兜の下には、醜い顔が。肩にかけている鎖が、髑髏の中に棘を仕込んだモーニングスターを動かす度にじゃらりと鳴る。

 このターンに仕留めなければ、明日香の負けは確定する。相手のデッキは真六武衆、召喚速度の速さは群を抜いている。

 というかツァンのデッキってあんなに強かったっけ? という疑問が湧いて仕方がない。最近パック買って強化したとか嬉しそうに話していたが、強化されすぎだろというのが明日香の正直な感想だ。

 

「──来た! 魔法カード二枚発動! 一枚目は波動共鳴、これでトリシューラの影霊衣のレベルを4にする! 更に儀式の準備を発動! デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、墓地から儀式魔法一枚を手札に戻す! 私はデッキからレベル6ブリューナクの影霊衣を手札に加え、墓地から影霊衣の降魔鏡を戻す!

 ブリューナクの影霊衣を墓地へ捨て、デッキからSophiaの影霊衣を手札に加える! 儀式魔法、影霊衣の降魔鏡を発動! 場のマンジュ・ゴッド、儀式魔人プレコグスター、トリシューラの影霊衣を生け贄に捧げ、Sophiaの影霊衣を儀式召喚!」

 

 現れたのは、神々しい後光の差す、赤い髪の女性だった。紫色の赤い刺繍の入った、足を全て覆い隠すほどのローブ、胸には乳房を外から持っている、鏡の付いた胸当て。さながら天使のような装飾品が付いた、神にも悪魔にも見える冠を被っている。二の腕には植物のつたのようなタトゥーが掘られており、右掌の上に浮かぶ光の球体と、左掌に浮かぶ黒い球体に照らされている腕を覆い隠すように、その球体が司る色の手袋が付けられている。

 

「Sophia? これまでの儀式モンスターとは違い、聞いた事の無い名だな」

 

「Sophiaの影霊衣は儀式召喚成功時、このカード以外の場のカード全てを除外する!」

 

 Sophiaの影霊衣が光と闇の羽を展開すると、そこから神々しくも荒々しい光の風と、禍々しくも静寂な闇の風が吹き、空中に次元の裂け目を作る。

 そこからまるで吸引されるかのように重力の塊が現れ、六武衆は門諸共吸い込まれていった。一瞬、伏せていたカードがオープンするも、明日香の眼にはそれが魔法カードである事しか解らなかった。

 

「ぐぅっ、……馬鹿な! 俺の六武衆が全滅だと!?」

 

「これでもう、あなたを守るものは何もない! ツァンの身体は返してもらうわ! バトル! Sophiaの影霊衣で直接攻撃!」

 

 Sophiaの影霊衣の腕を包む光と闇が一層激しく蠢き、膨大なエネルギーを作りだす。そのまま腕を頭上へと掲げ、そのエネルギーを空中に放出し、固定。徐々に大きくなっていく、白と黒の混沌としたエネルギーの球体が、さながら太陽のように大きく、時折プロミネンスを出しながら大きくなっていく。

 だが、アヌビスの顔にはまだ余裕がある。Sophiaの影霊衣では、アヌビスの無傷なライフを削りきる事が出来ないからだ。

 

「だが! そいつで攻撃したとしても俺のライフは残る! 次のターン、俺の手札から六武衆を展開すれば貴様の負けだ!」

 

「そうかしら? 手札からディサイシブの影霊衣を墓地へ捨て、Sophiaの影霊衣の攻撃力を1000上げる!

 やりなさい! ワールド・デストラクション!」

 

 明日香の号令と共にSophiaの影霊衣は腕を勢いよく下げると、空中に浮かんでいた混沌の球体は勢いよく地面へと落下し、その衝撃で床が、まるで蛇が獲物を狙うように伝い、ツァンの身体をアヌビス諸共包み込む。

 膨大なエネルギーによって壁にヒビが入り、天井が砕け上の階にあった勉強机がガラガラと落ちてきた。ツァンの姿は土煙に包まれ、その安否は不明。攻撃が終わってから明日香は、自分が仕出かした事に対し冷や汗を流す。

 ──やりすぎた。そう、後悔する前に、くつくつと笑う声。

 

「だから言っただろう? そいつで攻撃しても、ライフは残ると」

 

 恐らくアヌビスであろう刀を振り払い、土煙を晴らす。ツァンの額から血が垂れ流れ、身体の節々は痛々しい切り傷の痕。しかし、痛みによって苦悶に歪む表情は無い。当然だ、あの身体はツァンのものであって、アヌビスのものではないのだから。

 しかし、では何故、アヌビスは無事なのだ。これは闇のゲーム、勝てば消えるのではないのか? 絶望の中、八つ当たりのようにそんな疑問が、嘆きが浮かぶ。

 

「そんな……何故、何故消えてない!! Sophiaの影霊衣の攻撃力は3600、それに1000足したら4600! あなたのライフは消し炭になる筈!!」

 

 土煙を払いながらアヌビスは、何でもないかのように答える。

 ごくごく当たり前のように、魔法・罠カードゾーンに刺さっていたカードを引き抜き、相手に見せながら。

 

「汎用性の高いカードというのは、一枚は仕込んでおくものだ。当然だろう?」

 

「……収縮、まさかあの時に!!」

 

「そう、その通りだ。既に君が行える行動は全て終わった。俺にターンを譲って貰おう。ドロー!

 俺はミズホを召喚し、更に手札から師範を特殊召喚する。そしてミズホの効果で師範を生け贄に捧げ、Sophiaの影霊衣を破壊」

 

 師範が腹を切り、ミズホの両手に持っている刀をクロスに薙ぎ払う。エネルギーがSophiaの影霊衣の腹をクロスに引き裂き、そこから血が溢れ出す。

 せっかく掴みかけた勝利への栄光が、まるで砂の城のように呆気なく崩れていく。砂浜に書いた絵が波に飲み込まれたかのように、容易く消えていく。

 

「中々面白かったぞ、明日香……だったか。しかし、それもこれで終わりだ。バトル」

 

 アヌビスが指を鳴らし、ミズホは両手の剣をブーメランのように投げる。それは立ち尽くす明日香の腹に吸い込まれるように入り、明日香の意識を狩り取った。




 いつの間にかめっちゃシリアスになってた……やってるのカードゲームだけど


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第43話 救いの手

 荒れ放題の食堂。テーブルは落ちてきた天井の破片で割れ、辛うじて残っている蛍光灯がチカチカと点滅する。壊れた水道から水が湧き水のように溢れ、粉状になったコンクリートを泥に変える。

 そんなおよそ地獄絵図との表現が的確であろう空間に立つツァン・ディレ。否、アヌビスは、血が流れ塵で汚れた腕のデュエルディスクを畳み、床に倒れる天上院明日香を見下ろしていた。

 

「中々の強者であったぞ、天上院明日香……まさか、ツァンをここまで追い詰めるとはな」

 

 頭から流れ出る血を乱暴に拭い、鞘から刀を抜き取る。

 拭った血がオベリスクブルーの白い制服に染みを作るが、彼女──彼には関係ない。あくまでツァンは、彼女は道具であって、アヌビスはその操り主。道具の評判がどうなるとうと知った事ではないのだ。

 点滅する蛍光灯の光を受け、妖しく光る妖刀。本体を大きく掲げる。

 

「貴様はこれより我が身体として生きるのだ、歓喜と苦痛の中で逝け」

 

 ぴちょん、とツァンの血が地面に流れ落ちた音を合図に、アヌビスは勢いよく刀を、明日香の喉目がけて振り下ろした。

 風を切る音を鳴らし、さながらギロチンのように振り下ろされる刃。しかしそれは明日香に当たる直前、手元からすっぽ抜ける。

 刀が床を転がるように滑り、瓦礫の一つに当たって止まる。そして、刀の前に突き刺さる一枚のカード。

 

「ガード・ブロック、生け贄がもう一人……」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、ツァンはカードの飛んできた方を見る。

 茶色い髪、オシリスレッドの服。そして──七精門の鍵。アヌビスの獲物、遊城十代は恐ろしい形相をしている。ツァンを睨み殺さんばかりの、強い殺意を隠そうともしない。歯を食いしばり、目を吊り上げた表情。それがアヌビスには、とてつもなく愉快だった。

 

「お前、明日香に何をした」 

 

「……殺しはしないさ、天上院明日香は俺の大事な大事な人形なのだから」

 

 怒気、いや殺気というべきか。それを含んだ低い声。だがそれも、アヌビスにとってはただの愉悦にしかならない。

 手を振ると同時に弾いた筈の刀が手元に戻り、それを何事も無かったかのように鞘に戻す。洗練された一連の動作。もし頭から血が滴ってなければ、もし明日香をその刃に掛けようとしなければ、きっととても絵になっただろう。十代も、見惚れていただろう。だが、今はただの、殺人鬼のようにしか見えない。

 見えないからこそ、友を手に掛けようとしたからこそ、十代は絶対的な敵と認識した。

 

「それに、勝者は敗者を好きにできる。これは古来より伝えられてきた伝統、貴様の様な有象無象の一つに過ぎないカスが、とやかく言う権利は無い」

 

「知るか糞野郎。お前がどんだけ偉かろうが、俺の友達を殺そうとした奴を許せるかよ」

 

「ならば行動で実戦してみせよ。貴様の守るべき者のようにな」

 

 十代の意思は、アヌビスにとっては格別の餌となる。身体を頂くには少々──というよりアヌビスも一応男なので、あまりそそられはしない。

 だがアヌビスは自身の目的以外にも役目があり、そしてそれはアヌビスにとっては必須とも言えた。

 十代の闘志、戦意。これらはアヌビスの腹を満たすに丁度いい分量と質。三か月ほどは何もせずとも問題ないだろう。

 十代とアヌビスは同時にデュエルディスクを展開させ、静かにデュエルを開始した。

 コードだけで支えられていた蛍光灯が自重に耐え切れずガシャリと音を立てたと同時に、十代はカードを引く。

 

「魔法カード、増援を発動。デッキからレベル4以下の戦士族一体を手札に加える。俺はエアーマンを手札に加え、召喚。効果でデッキからHEROと名の付くモンスター一体、スパークマンを手札に加える。カードをセットしてターンエンド」

 

 足元から渦巻く風を出し、背中に二つのファンと滑空に使う鉄製の羽を付けたヒーローが現れる。

 怒りの割には、堅実な出だし。状況把握はちゃんと出来ているようで、アヌビスは感心したように頷く。

 

「俺のターン、ドロー!

 ……チッ、成金ゴブリンを二枚発動! 相手ライフを2000回復させ、カードを二枚ドロー! 

 永続魔法六武衆の結束を発動! 真六武衆―カモンを召喚し、効果で手札から六武衆と名の付いたモンスター、六武衆の影武者を召喚! 六武衆の結束に武士道カウンターを二つ乗せる!」

 

 四刀流の武者の隣に、赤く長い髪が黒い武者兜の隙間から出ている、緑の和服の上から鎧を着た武者が現れる。手には長い、漆塗りされた棍を持っている。

 六武衆の影武者、チューナーモンスターだ。

 

「武士道カウンターが二つ乗った六武衆の結束を墓地へ送り、カードを二枚ドロー! ……チッ、レベル3真六武衆―カモンに、レベル2の六武衆の影武者をチューニング!

 旧時へと置き去りにされた武者の亡霊よ、当世へ残りし同類の叫びへ応えよ! 真六武衆―シエン!」

 

 紫色に燃える冥府の炎を、ノコギリのような刃で散らし現れる、真紅の武者。悪魔のような羽と肩の棘、血の様に赤い鎧には金色の模様。目元以外を覆い隠す武者兜の下から覗く眼光は、生者への恨み妬みが募っている。

 

「バトルだ! シエンでエアーマンを攻撃!」

 

 ノコギリのような刃を構え、シエンは一気に上体を落とし接近する。鎧を着ているとは思えない素早さに呆気にとられエアーマンは動けず、呆気なく袈裟斬りの餌食となった。

 斬り千切られた腕と上体が、真っ赤な血を吐き出しぼとぼとと落ちる。

 

「カードをセットし、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー。

 手札から沼地の魔神王を墓地へ捨て、デッキから融合を手札に加える。更にデブリ・ドラゴンを召喚。召喚成功時、墓地の攻撃力500以下のモンスターを一体特殊召喚する。効果で沼地の魔神王を特殊召喚」

 

 顔が尖っており、胸と肩に黄色い琥珀のようなものが埋め込まれた水色のドラゴンが小さな羽を羽ばたかせ現れ、その横から緑色の泥を集めて藻でコーティングしたような、丸い人型の物体が現れる。

 それを見てアヌビスは愉悦の表情。あの伏せカードになにかあるのが見え切っている。が、手札にサイクロンは無い。

 で、あれば。罠を仕掛けられていると解っていても突っ切るしかない。

 それに、明日香には悪いが、強者とのデュエルを楽しんでいる自分が居る。こんな状況だというのに、不謹慎だというのに。

 

「レベル3沼地の魔神王に、レベル4デブリ・ドラゴンをチューニング。氷結界に封じられし暴力を司る龍よ、今一度結界より解き放たれ、我が敵を滅ぼせ! シンクロ召喚! 氷結界の龍グングニール!」

 

 パキパキと空気が凍り、主人の怒りを代弁するかのように瞳を紅く光らせ現れる四足の龍。

 十代が最も頼った、と言っても過言ではないだろう。故に、また力を貸してもらう。

 

「グングニールの効果発動! 手札を一枚捨てて、お前のシエンを破壊する!」

 

「カウンター罠、六尺瓊勾玉! 六武衆と名の付くモンスターが場に存在する場合にのみ発動可能! カードを破壊する効果を無効にし破壊する!」

 

 大気の水分を凍らせツララを作るグングニールを、シエンの首に現れた勾玉が光り輝き包み込む。するとまるで、最初からそこには何もなかったかのようにグングニールは姿を消していた。

 しかし、まだ十代の手札は三枚ある。

 

「魔法カード、融合を発動!」

 

「許すと思うのか? 真六武衆―シエンの効果発動! 一ターンに一度、魔法・罠の効果を無効にし、破壊する!」

 

 十代の場に現れた融合の渦は、シエンの薙ぎ払いによって現れた衝撃波によって爆散してしまう

 しかし、十代は静かに口角を上げる。融合はおとり、本命はこっちだ。

 

「リバースカードオープン! 魔法カード、ミラクルシンクロフュージョン!」

 

「なっ、罠じゃないだと!?」

 

「こいつは場・墓地のモンスターを除外して、シンクロモンスターを素材を指定する融合モンスター一体を特殊召喚する! 俺は墓地のグングニールと、エアーマンを除外! 融合召喚! 波動竜騎士ドラゴエクィテス!」

 

 大きな槍を持ち、大きな羽で羽ばたく竜の槍騎士が現れる。青い大きな鎧が、とても頼りになるように見えた。

 ミラクルシンクロフュージョンはたとえ破壊されたとしてもカードを一枚ドロー出来る効果を持つカード、破壊されなければその時は普通に使えばいい。ブラフには持って来いなカードだ。

 

「バトルだ! ドラゴエクェテスで真六武衆―シエンを攻撃!」

 

「ぐぅっ、迎え撃て!」

 

 見合い、蛍光灯の光が落ちるのを火蓋に二体のモンスターは地面を蹴る。ドラゴエクィテスの振り下ろした槍をシエンは剣で受け止めるも、ドラゴエクィテスは身体を回転させ尻尾で相手の身体を吹き飛ばす。横からの攻撃に耐性を崩し、鎧も含めての自重で倒れるシエン。それに容赦なく槍を突き立てると、真っ赤な鎧を染めるように赤い液体が噴出する。

 

「ターンエンドだ!」

 

「チィッ! 驕るな小僧! ドロー!

 俺は永続魔法、六武の門を発動! 更に手札から魔法カード、戦士の生還を発動し、墓地の戦士族モンスター、真六武衆―カゲキを手札に加え、召喚! 効果によって手札からミズホを特殊召喚! 六武の門に武士道カウンターが四つ乗る!」

 

 四刀流の武者と、赤い鎧を着た女性の武者。

 逆転に次ぐ逆転、既にその布石は切られており、アヌビスは勝ちを確信した。

 元々真六武衆のデッキは、ワンショットによって相手のライフを一気に削り取る事に特化したデッキ。成金ゴブリンのせいで多少相手のライフが増えているものの、その程度は誤差の範囲内。

 あっという間に終わらせる。相手のデッキパワーは明日香には負けるも、侮れない。

 

「六武の門に乗ったカウンターを四つ取り除き、デッキから六武衆と名の付いたモンスター、真六武衆―シナイを手札に加え、ミズホが場に居るので特殊召喚! 場に六武衆と名の付くモンスターが二体以上存在するので、大将軍紫炎を手札から特殊召喚する!」

 

 真っ黒な鎧を身にまとった武者と、青いマントをはためかせ、真っ赤な兜に真っ赤な鎧を身にまとった絶対将軍が降臨する。

 相手の場には攻撃力3200のドラゴエクィテスが存在するが、それも余裕で倒せる。そして魔法・罠を一ターンに一度のみに封じた。もし仮に仕留めきれなかったとしても、次のターン相手に勝機は、まず無い。

 

「ミズホの効果発動! 場の六武衆と名の付くモンスター一体を生け贄に捧げ、相手モンスター一体を破壊する! 俺はシナイを生け贄に、ドラゴエクェテスを破壊! 更にシナイは生け贄に捧げられた時、墓地の六武衆と名の付いたモンスター一体を手札に戻す! 俺は六武衆の影武者を手札に戻す!」

 

 シナイの力を込めた、短刀がドラゴエクェテスに迫り、何とも呆気なくその首を地に落とした。

 ぷしゅりぷしゅりと水音を立てて崩れる龍。ブーメランのようにミズホの手元に短刀が戻った瞬間、大槍が倒れ、ドラム缶を鉄パイプで殴ったような音が響き渡る。

 十代は苦虫をかみつぶしたような表情となった。相手の場のモンスター、総合計は5800。容易に十代のライフを消し飛ばす。

 

「バトルだ! 真六武衆達で貴様に直接攻撃!」

 

 カゲキが飛びあがっての四刀流の斬撃を振り下ろし、それの横をサポートするようにミズホのナイフが滑り込み、十代の膝を貫き、そして咄嗟に防御した腕にクロスの傷を浮かび上がらせる。更にすぐに真六武衆達はその場を離れ、刀を携え走って来た紫炎は逆袈裟に斬りあげた。が、ガキンと音を立てて刃が零れる。

 

「墓地のネクロ・ガードナーを除外し、紫炎の攻撃は無効にさせてもらった」

 

「あの時のか……小癪な、ターンエンドだ!」

 

 そう、グングニールの効果を使った際に切った手札が、ネクロ・ガードナーなのだ。

 しかし、どう動こうと十代が不利なのには依然変わりは無い。一ターンに一度しか魔法カードが使えず、苦労して出したとしてもミズホですぐに破壊されてしまう。

 今の手札ではどうしようもない、訳ではないが少しばかり厳しいのが現実。このドローに全てがかかっており、賭けに勝ったとしても勝負にまで勝てるかは解らない。

 我ながら歩の悪い賭けだ、と十代は苦笑する。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 最も、歩の悪い賭けに勝つのは得意ではあるが。

 

「スパークマンを召喚!」

 

 背中に二つのアンテナを付けた、青いスーツに黄色いプロテクターを付けたヒーローが、バチバチと火花を散らして現れる。顔は上が青く下は黄色いヘルメットに守られており、うかがい知る事は出来ない。

 アヌビスはそのモンスターを見た瞬間、嘲るように笑った。

 

「ふん、通常モンスターを召喚した所で何になる? 残る手札はジャスティブレイクとでもいうのか?」

 

「融合ってのは、場・手札だけでやるもんじゃないんだぜ! 魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! 場のスパークマンと墓地の沼地の魔神王を融合!

 来い! E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 スパークマンが藻に塗れた人型に飲み込まれ、ドロドロに姿を溶かし、不定期な球体を作る。やがてそれは空中へと浮かび、まずは右腕に発火装置を付けた両腕が現れた。

 そして脚、身体の順に形成され、大量の泥をまき散らしながら、鋼鉄製の羽が姿を現す。

 首元がスライドしヘルムが現れると、急激に冷え固まり完璧にシャイニング・フレア・ウィングマンの姿となる。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマン、墓地のE・HEROモンスターの数だけ攻撃力を上げるカードか……」

 

「行け! シャイニング・フレア・ウィングマン! ミズホを攻撃しろ!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンは大きく飛び上がり、天井を蹴って加速を付けて急降下。素早くミズホの懐に潜り込み、右ストレートを腹に叩き付けた。

 拳が鎧を砕き、腹筋にめり込んだ瞬間に右手の発火装置が起動。白い炎を出して、爆竹を飲ませた蛙のように弾け飛んだ。

 白い炎の余波が、ツァンの身体にも襲い掛かる。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンは、戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える。俺はこれでターンエンドだ!」

 

「きっ、貴様……いい気になるなよ! ドロー!」

 

 アヌビスは引いたカードを見て、思わず顔をしかめる。モンスターではなく、しかもサーチカードでもない。

 カゲキの攻撃力は、既に元の200に戻っている。相打ちをさせてまでシャイニング・フレア・ウィングマンを仕留めるべきか。

 しかし、それでは返しのターンにシンクロをされて負けてしまうやもしれん。相手のデッキは融合とシンクロの両立、一度回れば噴火の様にアヌビスの命を狩り取るだろう。

 六武の門を自己強化に使うのは、まだ早計か。否、これが正しい選択なのだ。

 アヌビスは自分にそう言い聞かせる。相手が逆転する前に、倒す。

 

「六武の門の効果発動! 武士道カウンターを二つ取り除き、六武衆・紫炎と名の付くモンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる! 俺は、大将軍紫炎の攻撃力をアップさせる!」

 

 そうだ、相手に打てる手は無い。勝利の風はこちらに吹いている。必死に自分にそう言い聞かせるアヌビス。鞘の中でかくはずの無い汗が、背筋に悪寒を走らせる。

 

「バトルだ! 大将軍紫炎で、シャイニング・フレア・ウィングマンを攻撃!」

 

 紫炎の袈裟斬りはなんて事の無いようにシャイニング・フレア・ウィングマンのプロテクター諸共砕き斬り、真っ白な光と化した。

 攻撃してから一瞬オネストを警戒したが、杞憂だったようでアヌビスは、ばれないように胸を撫で下ろす。

 しかし、未だ相手は余裕の表情。隠し玉を仕込んでいるのか、それとも……そこまで考えて、アヌビスは考察をやめる。思考の沼に陥るのは危険だ。今は柔軟に対処せねばならない。

 

「カードをセット、カゲキを守備表示に変更し、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 余裕な表情を浮かべては見たものの、十代は焦っていた。

 現状打てる手立てはほぼ皆無に等しい。運よく防御系カードを引けたものの、はたして上手く行くのか。

 しかし零パーセントより一パーセントの勝利の可能性に縋り付かなければ、十代は負けてしまう。これまでいつもこの調子で、ぶっちゃけ傷が絶えないので七精門の鍵を受け取って後悔し始めていた十代。

 しかし綱渡りは今さらの話だ。何も恐れる必要は無い。いつものように

 

「無い可能性に縋り付くしかないってか。モンスターをセットし、カードをセット! ターンエンドだ!」

 

「無い可能性……なるほど、打つ手なし、か。ならば潔く死ね! ドロー!

 俺は真六武衆―キザンを特殊召喚! このカードは、場に六武衆が存在する時特殊召喚出来る! 更に、カゲキを攻撃表示に変更!」

 

 黒を基調とし金をあしらった鎧を身にまとった武士が現れ、武士道カウンターが門に乗る。

 カゲキまでも攻撃表示にする必要は無い。場には大将軍紫炎が存在する。もしカゲキまでも攻撃表示にしたら、ひょっとすればあの伏せカードはミラーフォースかもしれない。そんなリスクを被るような事はしないのが吉だ。

 

「バトルだ! 大将軍紫炎で伏せモンスターを攻撃!」

 

 紫炎によって振り下ろされた刀は十代の伏せていた、黒い壺を一刀両断。断面から黒い液体のようなものが漏れ出て溶けるように消えた。

 刀に付いたぐじゅぐじゅの液体を振り払い、アヌビスの場に戻る。

 

「メタモルポットの効果! 互いに手札を全て捨て、五枚ドローする!」

 

「ふん、それが何になる!? トドメだ! 真六武衆-キザンで直接攻撃!」

 

 鞘に手を添え、居合抜きの構え。

 一気に地面を蹴り、そのまま逆袈裟に斬りかかる。が、それは寸前でかかしによって防がれてしまう。

 

「手札から速攻のかかしを墓地に捨て、攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了させる!」

 

「チィッ! カードを三枚セットしターンエンドだ!」

 

 悪あがきをする十代に舌打ちを洩らすアヌビス。とっとと終わらせたいというのに、面倒に過ぎる。

 伏せたカードは魔宮の賄賂と奈落の落とし穴。どのようなカードが来ようと、ある程度のであれば対処出来る完璧な布陣。凌ぎ切った後はトラップ・スタンを使用してからの高速展開で、一気に勝負を決める。

 それに、たとえそれを突破出来たとしても、既に勝利はアヌビスの手の中。楽な仕事だ。

 次のターン、一気に仕留める。

 

「俺のターン、ドロー!

 リバースオープン! ブレイクスルー・スキル! 紫炎の効果を無効にする!」

 

「なっ、許すと思うか!? カウンター罠、魔宮の賄賂! 魔法・罠の効果を無効にし、相手にカードを一枚ドローさせる!」

 

 十代の折角発動したブレイクスルー・スキルは破壊されてしまう。

 しかし、十代の口端は上に上がっていた。ここに来てアヌビスは、しまったと歯を噛みしめる。

 これが狙いだったのか、と。

 

「大将軍紫炎の効果は、無効にされた場合使用のカウントには入らない。魔法カード、ブラック・ホールを発動! 場のカード全てを破壊する!」

 

 場の中心から巨大な黒い重力の塊が現れ、六武衆達を瓦礫諸共飲み込む。ぐちゃぐちゃに身体がひしゃげ、鎧の破片が喰いこみ、口から血を吐く。それの上から追加でやってくる瓦礫の山。

 やがて塊が全てを飲み込むと、綺麗さっぱり六武衆の姿は無くなっていた。

 傷ついているのはツァンだが、そのような事露知らず唇を、血が出るほど噛みしめるアヌビス。十代はそれに対し、してやったりという表情だ。

 

「貪欲な壺を発動! 墓地のデブリ・ドラゴン、波動竜騎士ドラゴエクィテス、シャイニング・フレア・ウィングマン、速攻のかかし、メタモルポットをデッキに戻し、カードを二枚ドローする! 強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー!

 そして! カードガンナーを召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップさせる!」

 

 十代の場に現れたおもちゃの様な外見をした戦車。ドラム缶を横半分にしたような身体の上にガラスで守られたカメラが、サーチライトを照らして輝いており、きゅるきゅると青い装甲の下でキャタピュラが鳴る。

 攻撃力1900となった、アヌビスのライフを消し飛ばすには十分な数値。だというのに、アヌビスはまるで、勝利を確信したかのようにくつくつと不気味に笑う。

 

「なっ、何が可笑しい!?」

 

「いや、なぁに……お前は、俺には勝てない。何故だか解るか?」

 

 ツァンが顎を上げ、首筋を十代に見せる。

 そこには横一直線に、まるで切ったかのような跡があった。ぐじゅぐじゅと切れ目が大きく開かれており、内部の肉が露出している。

 

「俺を殺せば、こいつは死ぬ。こいつの身体は俺のおかげで現世に存在出来るのだ。お前に覚悟はあるのか? 殺人鬼になる覚悟が、無関係の女を殺す覚悟が!?」

 

「……卑怯者が」

 

 十代は吐き捨てるように言った。要するに、アヌビスが言うのはこういう事だ。

 ツァンは人質となっている。一人の女を殺すか、ここで死ぬか。

 デュエリストとして風上にも置けないような糞野郎だ。だが、命を懸けた戦いにおいては、卑怯も糞も関係ない。ルール無用の相手としては、非情に正しい選択といえるだろう。それが理に反するかどうかはともかくとして。

 

「さあ、どうする? ここで殺すか、潔く死ぬか!?」

 

『クリクリー!』

 

 突然、十代の前にハネクリボーが姿を現した。

 ハネクリボーも、相手に怒りを覚えているようだ。そして、まるで「俺に頼れ」とでも言いたげな眼をしている。

 

「ハネクリボー……ああ、任せた! カードを二枚セットしてターンエンド!」

 

 で、あれば主人として、ハネクリボーを信用して、思いを託すしかない。

 

「ほう、まだ続けるか。ドロー!

 では俺が、潔く引導を渡してやろう! リバースカードオープン、トラップ・スタン! 場の罠を全て無効にする!」

 

 十代はそのカードを見て一瞬、苦い顔をした。それが更に、アヌビスの勝利を確定的なものにさせる。

 伏せていた二枚のカード、相手の先の顔からして、それらは罠である可能性が高い。で、あれば、もはや何も恐れるものはない。

 だが、警戒は更に強めておくべきだ。

 

「魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地から真六武衆―シエンを特殊召喚!」

 

「手札からエフェクト・ヴェーラーを捨て、シエンの効果を無効にする!」

 

 既に勝利は手の内に在り。戦は始まる前から勝敗は決しているのだ。仮にシエンの効果を無効にされたとしても、相手は何も手を打てまい。

 

「バトルだ! シエンでカードガンナーを攻撃!」

 

 シエンが刀を構え、一気に突撃する。

 これで勝負は決まった。俺の勝ちだ! そうほくそ笑むアヌビスの心に、余計な茶々が入った。

 

「速攻魔法発動、クリボーを呼ぶ笛! デッキからクリボー、またはハネクリボーを手札に加えるか、場に召喚する!」

 

 笛が鳴り響き、十代の場に黒い毛玉にマスコットのようなクリクリ目玉、そして天使の様な羽を付けたモンスターが現れ、シエンは突如足を止めた。

 だからどうした、とアヌビスは毒づく。ハネクリボーを召喚した所で、戦闘の巻き返しが起こるのみ。カードガンナーを狙い直せばいいだけの話なのだから。

 

「だからどうした、攻撃は続行せよ! カードガンナーを斬り捨てろ!」

 

「まだ終わってない! 手札を二枚捨て、ハネクリボーを生け贄に捧げ速攻魔法、進化する翼を発動! 効果によって手札かデッキから、ハネクリボーLV10を特殊召喚する!」

 

 進化する翼。アヌビスは聞いた事の無いカードだが、恐らく厄介な効果を持っているのだろう。

 だが、シエンの前ではそれも無力。二枚とも速攻魔法なのには少々驚いたが、所詮それだけ。勝つのはアヌビスだ。

 しかし、それも攻撃力たったの300。恐れる程のものではない。それに仮に強力な効果を持っていたとしても、相手は発動出来まい。何せ、ツァンを殺す訳にはいかないのだから。

 ハネクリボーの身体に現れる、金色の鎧。

 まるでドラゴンのような形状をしており、そこに背中にあったものを猛禽類のように大きくさせた白い翼と、白い鳥のような尻尾。更にアンカーのような二つの飾りがぶつかり合い、かちゃかちゃと音を立てる。

 

「だが! そいつが仮に俺を殺せるような効果を持っていたとしたら! ツァンは死んでしまうのだぞ!?」

 

「俺はハネクリボーを信じる! もし無理だったらその時は、俺も一緒に死んでやるだけだ!」

 

「阿呆が! 理解出来ぬ! 無理なら一緒に死ぬだと!? ならば貴様だけが死に、我を生かしておくべきではないか!! 自らの命が惜しければ、昨日今日会っただけの女を切り捨てれば良いではないか! 綺麗ごとばかりを並びたてるな!」

 

 もし永理なら、きっと最低な方法を思いついただろう。もし万丈目なら、一切の迷いなく、自らの強さの糧としてツァンを見捨てただろう。それもまた、強さ。見捨てる強さだ。

 だが、十代は強くない。自分に関係の無い人であったとしても、出来る事なら助けたい。自分の眼の届く範囲であれば、当人が敵でもない限りは。

 切り捨てられない弱さ、甘っちょろい正義感。十代自身も、それをよく自覚している。だからこそ憧れたのだ、ヒーローに。

 

「ハネクリボーLV10の効果発動! バトルフェイズ中このカードを生け贄に捧げ、相手場の表側攻撃表示のモンスター全てを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力の合計分ダメージを与える!」

 

 ハネクリボーが身体を丸め、まばゆく神々しい光を出す。すると、斬りかかろうとしていたシエンの刀が塵のように消え去り、指先から順番に消えていく。

 断末魔を上げ消えていくシエン、塵となった兜の下から一瞬現れた怨邪の表情。やがてそれらすらも包み込み、食堂全てを包み込み、ライフを一気に消し飛ばした。

 そして光が晴れると、まるで糸が切れたように倒れたツァン。

 十代は慌てて駆け寄り、それを抱きとめる。女の子特有の甘い香りを感じながら、十代は一人、帰ってくるはずの無い問いをかけた。

 

 ──最後は武藤遊戯(あこがれの人)の力を借りたけど、少しは近付けたかな、と。




 次回は、次回はちゃんとオリ主メインだから……!! きっと、多分、恐らく、IF……


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第44話 暗い井戸の中で(前編)

 丁度十代が亡霊とデュエルしている頃、永理は月を見上げていた。

 夕飯を食堂で済ませ、腹ごなしに適当に散歩をしていた。毎日やっているどころか十日に一回レベルの趣味。デュエルアカデミアは虫が多いのが難点だが、景色はかなり綺麗だった。

 滝壺には蛍が飛び交い、洞窟にはヒカリゴケによる幻想的な光景を見られるのだ。

 しかし、永理は月を見ていた。真ん丸満月、綺麗な満月だ。空気が澄んで、人口の光が少ないアカデミアだからか星々も見える。

 永理は月を見ていた。そう、枯れ井戸の中で。まさかインドア派な永理が、散歩して踏み外して穴に落ちたなんて誰も思うまい。

 

「助けてつかぁさい……」

 

 辺りに自然など無く、敷き詰められた岩と石のみ。ロープも無く、梯子も無く、ついでに万丈目が全部持って行ったせいでカードも無い。あるのは原型を留めないほどふやけ、もはや液状化した元カードと二枚のカードだけだ。

 ライナとダルクは置いて行かれたようで、背中に突き刺すような殺意を感じている。が、永理のデッキに眠る(デュエルでも一度も出た事が無い)邪神のおかげでこちらに影響を及ぼす事は無い。

 無いからといって気分が良い物ではない。というかぶっちゃけ、すぐに出たい。壁には永理の服と同じ血がこびり付いている。一度死んでしまったのだ。おお、死んでしまうとは情けない。死霊伯爵がそう言った瞬間殴ったが精霊は非実体化しているので拳は壁に当たり、拳を砕く結果に終わってしまった。

 だが、永理に井戸を上る力が、自重を持ち上げる力がある訳が無い。永理は自分の体重の半分程度の体重の子供さえも持ち上げる事が出来ないのだ。非力万歳、性別さえ違ければヒロインになれる程の非力だ。

 まあ実際は骸骨か餓死した浮浪者のような感じなのだが。

 

『助けを呼ぼうにも、こんな夜更けじゃ誰も来ませんよねぇ……あっ、ウノ』

 

『ふん、足元注意だ。また死んでしまうとはな。ドローフォー』

 

「お前ら二人でウノして楽しい?」

 

『全く楽しくありませんよ?』

 

『楽しい訳が無かろうが。ただの暇つぶしよ』

 

 サイコ・ショッカーと死霊伯爵、ついでに永理と一緒に月を見ているグレート・モスが居るだけ、退屈で殺される事は無いだろう。

 だがそれ以外で死んでしまう可能性は高い。いや今日も既に一度死んでいる(ノルマ達成)しているのだが。

 問題は、永理のサウスパーク的不死能力が餓死でも通用するかどうか、である。まあ試すのも嫌なので、それまでに見つけてもらいたいのだが。

 グレート・モスが慰めるように前足でポンポンと永理の頭を叩く。唯一の癒しが虫というのは、一体どういう事なのだろうか。

 

『……取りあえず、横穴行ってみたらどうです? 少なくとも、腐れアベック(ダルクとライナ)の視線からは逃げられますよ?』

 

「でもさ、暗いじゃん! 俺のデスポーンその場蘇生なの! いしのなかにいたらそのままいしのなかにいる状態になるの!!」

 

 サイコ・ショッカーがその言葉を聞いた瞬間、眼をキラリと光らせた。

 比喩ではなく、マジで。懐中電灯のライトのように、洞窟の中を眼鏡が照らす。

 仲間にして良かった、と心から思う永理。敵が仲間になった瞬間無能になったり弱くなったりはよくある事だが、まさか役に立つとは。それもこんな状況で。

 

『どうだ、これで明るくなったろう?』

 

「それやめい……まあ、サンキュな。よし、行くか!」

 

 頬をパチンと叩き、謎の横穴に足を踏み入れる。

 壁や天井には苔が生えており、永理の足元をデカいドブネズミがちゅちゅちゅと走る。

 永理はもう帰りたくなった。元々帰れないから、この洞窟を進む羽目になってしまったのだが。それでもとにかく帰りたくなった。もう半分くらい涙目だ。

 恐る恐る、壁に触れないように横穴を進んでいく。何も出ませんように、そう祈りながらしばらく進んでいると、大きな広間に出た。

 アカデミアの最新デュエルフィールド(何がどう最新かは不明)くらいの広さのある広間。天井もかなり高く、錆び付いた蛍光灯が付いている。

 そして、そんな広間中央で、堂々と座る一人の男。

 

「やっと来やがったか。随分と待たせやがって、本当に強い──月影、か?」

 

「……なーにやってんだ、お前さん」

 

 白く長い髪、綺麗に整ったイケメンフェイス。三角眼。そしてそれらを引き立てつつも一部の人間に多大なダメージを与えそうな、黒い服。

 いつぞや永理とデュエルした、伝説のデュエリストの友人、まあ実際は敵だったバクラだ。

 もっとも、その服もかなり汚れ、顔には髭が生えているが。

 

「アヌビス持ってきて、ついでにオレは森で待ち伏せしようとしたらこの井戸に……」

 

「バカジャネーノ?」

 

「お前も落ちてるかじゃねーか馬鹿」

 

「誰が馬鹿だ誰が、俺は頭脳知数が高いんだ」

 

「本当に頭いい人は頭脳知数が高いんだとか言わねーからな!?」

 

 何ともしょうもない争いをする二人、永理の後ろで死霊伯爵とサイコ・ショッカーが呆れの溜息を洩らす。

 不毛だ、不毛すぎる争いだ。どちらが勝っても負けても、虚しいだけ。

 ぐぬぬといがみ合う二人を仲裁したのは、永理の頭からふわふわと飛んで電気のスイッチを入れたグレート・モスだった。パチリ、とアリーナを明かりが照らす。

 

「電気通ってたんだな……」

 

「てっきり既に切れているものかと思っていたぜ」

 

 ポカーン、と天井を見る二人。明かりが現れた事でアリーナの周りを見る事が出来るようになった。

 壁には布らしきものと、それにぶら下がる骨の死体。岩肌の方にも布を敷いただけだったような残骸の上に転がる、いくつもの骨。たき火の残骸を囲む骨、バラバラに砕け散った骨など、実に様々だ。

 永理とバクラはそれを一瞥してから、さてと顔を見合わせこれからの事を考える。

 

「……所でよ、お前ロープとか梯子は無いのか?」

 

「俺がそんなの常備してると思うか?」

 

「……だよなぁ」

 

 お互いに頭を悩ませる。どう脱出すべきか、なんて全くこれっぽっちも検討が付かない。 

 一応バクラは、前世で盗賊だったという設定──じゃなかった、記憶がある。だがその時も、常に逃げ道を入念に下調べし、道具も仕込ませていた。

 というより、こんなふっかい井戸に落ちるなんて事無かった。

 

「まあいい、取りあえずデュエルだ」

 

「お前速攻サレンダーするつもりだろ!? 負けたら不思議な力で出られるんだろ!?」

 

「チッ、ばれてーら」

 

 忘れられがちというか殆ど忘れられていただろうが、永理は一応原作知識持ちである。バクラが既に消滅し、この場に居るのはそれの残留思念だろうという予想は付いていた。

 故に何らかの不思議パワーで、負ければ脱出出来るのだろうと予想したのだ。というか、そうでなければ脈絡なくデュエルだとか言ったりしない。

 たくらみが外れたバクラはなんとな外に出ようと思考を探る。

 じーっと、じーっと永理の頭を、グレート・モスを見る。緑色のモスラみたいな、正直言ってマスコットにはなりはしないくせしてこの作品では何故かマスコットになっているあれ。

 そしてバクラは、ふと思いついた。

 

「……待てよ。グレート・モスの糸で出られるんじゃね!?」

 

「あー駄目だ、もうおねむモードだ」

 

「起こせよ」

 

「事故るぞ?」

 

 永理の頭でうとうと舟をこぐグレート・モス。もし無理矢理起こして糸で脱出しようとしたとしても、絶対途中で力尽きるだろう。

 永理に攻撃は通用しないが、だからといって痛くないという訳では無い。ぶっちゃけめっちゃ痛いのだ。

 

「……そうだ! デュエルで激しい光とか出せば、助けが来るんじゃね?」

 

「なるほど頭いい!」

 

 ギャバーン! と起動音を出しデュエルディスクを展開させるバクラと永理、思いついたら即実行がデュエリストの鉄則である。

 こうして、全く持って緊張感の無いセブンスターズとの戦いがスタートした。

 

「「デュエル!」」

 

 互いにカードを五枚引く。

 先に動いたのはバクラだ。

 

「オレ様の先功、ドロー!

 魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード一枚を墓地へ捨て、手札・デッキからレベル1のモンスター一体を特殊召喚する! インフェルノイド・ベルゼブルを墓地に捨て、デッキからインフェルノイド・デカトロンを特殊召喚!」

 

『アーキーハーバーラー!!』

 

 頭とヒレのような部分にライトをつけた、トカゲの顔の様な、戦闘機めいた悪魔が現れる。インフェルノイド、聞いた事のあるような無いようななモンスターだ。

 永理の身内は黒蠍とかラヴァゴビートとか訳の分からんデッキばかり使っていたので、ぶっちゃけ流行とかに疎かったのだ。

 

「インフェルノイド・デカトロンは召喚・特殊召喚に成功した際、デッキからインフェルノイドと名の付くモンスターを墓地へ送る事で、そのモンスターのレベルだけこのカードのレベルを上げ、墓地へ送ったモンスターの名と効果を得る! オレ様はデッキからインフェルノイド・ルキフグスを墓地へ送り、レベルを3つ上げインフェルノイド・ルキフグスの名と効果を得る!

 更に手札のインフェルノイド・ベルゼブルを除外し、インフェルノイド・アスタロスを特殊召喚!」

 

 次に現れたのは、まるで石仕掛けのゴーレムのような姿をした、二足歩行のドラゴン。地獄の石のような身体に、薄い何らかの鉱物で作られただろう翼。胴体は不自然なくらい細い。

 石のような骨格の下には、変色した筋肉の様な肌。不気味だ。

 

「オレ様は二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚、ラヴァルバル・チェイン!」

 

 海洋生物っぽい、黒い鱗と白い肌が特徴的な海竜が、腕と腰にプレートを付けた状態で現れる。

 炎が酸素を奪いそうだが、ソリットビジョンなので実害は無い。たまに怪我したりとかするけど、無いったら無いのだ。

 

「チェインの効果発動! オーバーレイネットワークを一つ使い、デッキからカード一枚を墓地へ送るか、カードをデッキトップに置く! 俺はデッキからインフェルノイド・ネヘモスを墓地へと送る!」

 

 チェインの片方の炎の羽の勢いが、少し弱まった。

 と同時に口から二足歩行する機械仕掛けっぽい龍の骸が、どろりと落ちて消えた。

 

「更にクリバンデッドを召喚!」

 

 頭に黄色いスカーフを巻いた、毛の黒いクリボーが現れる。左眼には眼帯、手足が緑色で狂暴に尖っていた。

 

「カードをセットし、クリバンデッドの効果発動! このカードを召喚したターンのエンドフェイズにこいつを生け贄に捧げる事で、デッキからカードを五枚めくり、その中から魔法・罠カードを一枚だけ手札に入れ、残りを墓地に捨てる!」

 

 クリバンデッドの姿が消え、永理の前に、バクラのデッキの五枚のカードが映し出される。

 名推理、煉獄の消華、煉獄の死徒、インフェルノイド・ベルフェゴル、奇跡の発掘の五枚。墓地肥しに手札補充、そしてさらっと見た感じ煉獄と名の付くカードの効果の強力さに思わず歯噛みする。何だ墓地から効果発動って、インチキ効果もいい加減にしろと叫びたくなる。

 

「俺は名推理を手札に加え、残りを墓地へ! ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする!」

 

 永理は五枚、バクラは二枚カードを墓地へ捨て、ドローした。

 手札が程よくモンスターで埋まっていた永理と、若干苦い顔になるバクラ。随分と対照的な反応だ。

 

「俺は魔法カード、闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスタ-、混沌の黒魔術師を除外! 更にもう一枚闇の誘惑発動! 二枚ドローし、手札からネクロフェイスを除外! 更にネクロフェイスが除外された事により、互いにデッキトップからカードを五枚除外する!

 そして! 俺はモンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンドだ!」

 

 合計四枚もドローしたというのに、結局目立った動きもせず永理はターンを終了した。

 初手であれば堅実な動きと評価も出来ただろうが、ニターン目でそれをやるのは少々遅すぎる。

 

「オレ様のターン、ドロー!

 チェインの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからカードを一枚墓地へ送る! オレ様はデッキから、インフェルノイド・リリスを墓地へ送る!」

 

 今度はどこぞのメロンみたく、チェインの口から吐き出される、ウナギの様に長い、機械っぽい見た目の龍。ピカピカと点滅するのだろう顔のLEDライトめいた飾りも力なく点滅し、トビウオのような羽も心なしかしなだれている。

 そして消えた。何だアレ、と誰もが見て思う事だろう。実際永理はそう思った。

 

「墓地のインフェルノイド・デカトロンとインフェルノイド・アスタロス、インフェルノイド・ヴァエルを除外し、墓地からインフェルノイド・リリスを特殊召喚!」

 

 さっきチェインの口から出た、巨大な蛇の様な形をした龍が覇気を取り戻す。機械に覆われた、細長い身体。ウスバカゲロウのような羽。顔に付いた紫色のLEDライトが毒々しく光り輝く。くすんだ青銅のような色に浮かぶ頭の上部と腹に付けられた紫色のプレート。

 とても名のある怪物なのだろう。事実デカくて怖い。

 しかし井戸の中なので少しばかり狭そうで、非難の声のようにキュルルと鳴いた。

 

「インフェルノイド・リリスの特殊召喚に成功した時、煉獄と名の付くカード以外の魔法・罠を全て破壊する!」

 

「残念だったな! 罠カード発動、強欲な瓶と闇次元の解放! 闇次元の解放の効果でネクロフェイスを特殊召喚し、強欲な瓶でカードを一枚ドロー! そして闇次元の解放が破壊された事により、再びネクロフェイスが除外され、互いにデッキトップからカードを五枚除外する!」

 

 闇色の風が吹き荒れると同時に、永理の場に赤ん坊の頭からうねうねと寄生虫めいた触手が出たモンスターが現れたかと思うと、すぐに闇の渦の中から現れた手にアイアンクローされながら、ネクロフェイスは姿を消した。

 バクラは利用された事に対し舌打ちを洩らすが、破壊してなかったら混沌の黒魔術師を召喚されていた危険性を考えればこれが最善だったと自分に言い聞かせた。

 デッキの枚数は、少々心もとなくなってしまったが。

 

「バトルだ! ラヴァルバル・チェインで伏せモンスターを攻撃!」

 

「ふっふっふ、伏せていたのはメタモルポットだ!」

 

 チェインが一度空中高くまで飛び、そこから水鉄砲のように勢いよく垂直に、リバースしたメタモルポットへと向かう。すると壺の中から筋肉もりもりマッチョマンの褐色変態が現れ、何故かそれをアッパーカットで制す。

 殴った手が痛かったのか、何処からかタオルが投げ渡され、メタモルポットは姿を消した。

 

「互いにカードを全部捨てて五枚ドローだ!」

 

「いや今の何だ」

 

「知るかバカ、そんな事よりデュエルだ!」

 

 何か納得出来ないけどデュエリストとして言われたらそれで納得せねばならない言葉をかけられ、渋々デュエルを勧めるバクラ。

 なんか効果処理とか色々と納得出来ない事に定評のあるのが、永理なのだ。こんな特別じゃなくてヒロインが欲しかったとは、永理の談。

 

「インフェルノイド・リリスで攻撃!」

 

 ウナギの様な巨体をくねらせ、永理に槍のように突撃するリリス。しかしそれも目前で、突然現れた謎の丸いバリアによって防がれてしまう。

 若干涙目でバクラの場へと戻るリリス。蜷局を巻いて、威嚇のようにシャーッと鳴く。

 

「墓地からネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした!」

 

「チッ、カードを二枚セットしてターンエンドだ!」

 

 このターンで仕留めきれなかった事に、バクラは舌打ちする。

 永理の墓地も除外場も、十分に肥やしてしまった。しかも永理のデッキとバクラのデッキは、正直言って相性はあまり良くない。

 というより永理のデッキ構築自体がバクラとは愛称が悪いのだ。何をしてくるか解らないのだから。

 

「俺のターン、ドロー!

 俺は魔法カード、終わりの始まりを発動! 闇属性が七体以上いる場合、そのうち五体を除外し、カードを三枚ドローする! 墓地の終末の騎士、人造人間サイコ・ショッカー、死霊伯爵、ダーク・ネクロフィア、夢魔の亡霊を除外し、カードを三枚ドロー!

 更に手札を一枚捨て、装備魔法D・D・Rを発動! 除外されているモンスター一体を特殊召喚する! 俺は混沌の黒魔術師を特殊召喚!」

 

 青い肌の魔術師をした、鎧ともとれる真っ黒な魔法着を着て現れる。無駄に杖を振り回し、ノリノリに決めポーズ。

 ダルクからパクッ……迷惑料として勝手に頂戴して以来、色々と有効活用させてもらっているのがこのカード。段々永理に染まってきているのはご愛嬌。

 

「混沌の黒魔術師の効果発動! 召喚・特殊召喚した際、墓地の魔法カード一枚を手札に加える! 俺は闇の誘惑を手札に加え、そして発動! カードを二枚ドローし、手札のツインヘッド・ケルベロスを除外!

 そして紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚!」

 

 くるくる回していた杖を地面に叩き付ける混沌の黒魔術師。するとそこからピシリと地割れが置き、その中から飛び出してくるUFO状の真っ赤な物体。

 それは空中で可変変形し、紫色の羽に真っ赤な外部骨格を付けた悪魔が現れる。何故かババーン、という効果音付きで。

 

「ダ・イーザ……チッ、面倒なカードを出しやがるぜ」

 

「面倒? もはやこれは、全てを焼き尽くす暴力よ! 除外されている俺のカードは全部で十八枚! よって攻撃力は、7200! サイバー・エンドだって殴り殺してみせらあ!」

 

 ダ・イーザは、自分の除外されているカードのみという限定こそあるものの、カードの種類は問われない。つまりそれだけ、攻撃力を上げやすいという事に他ならないのだ。

 というかセルフでかなりデッキデスしているが大丈夫なのかこいつ、とバクラは他人事のように思う。自分のデッキも正直結構薄くなってきているのだが、それは棚に上げる。

 問題は、あの化け物モンスターをどう処理するか、だ。

 

「バトル! ダ・イーザでラヴァルヴァル・チェインを攻撃!」

 

「やっぱりか! 罠カード、月の書を発動! ダ・イーザを裏側守備表示にする!」

 

 突然ダ・イーザも頭上から降って来た、青い表紙に三日月模様が描かれた本。ドスッ、と鈍い音を立ててダ・イーザを落とした。

 そしてその本が開くと、その中から月光が降り注ぐ。まるでそれに怯えるように、ダ・イーザは裏側守備表示となった。

 

『一七〇〇万ゼノのブルーツ波を怯える習性があるようですね』

 

「んな訳あるかい。混沌の黒魔術師でチェインを攻撃!」

 

 死霊伯爵のボケにツッコみを入れてから、永理は攻撃を命じる。

 永理もたまにはツッコみ役になる事も無くは無いのだ。すぐにボケになってしまう性分だ。

 しかし混沌の黒魔術師が何故か二人に分かれ、白と黒を混ぜ合わせてマーブルスクリュー的な魔法を手から出したのに触れない辺り、ツッコみ役になる事は出来ないだろう。

 というかお前ら魔術師なんだから杖使え、とバクラは思ったそうな。

 

「カードを一枚セットでターンエンドだ」

 

「オレ様のターン、ドロー!

 魔法カード、ダーク・バーストを発動! 墓地のクリバンデッドを手札に戻し、召喚! ラヴァルバル・チェインを守備表示に変更し、エンドフェイズ。クリバンデッドを生け贄に捧げ、デッキからカードを五枚めくる!」

 

 再び永理の眼の前に、五枚のカードが現れる。

 ネクロ・ガードナー、マスマティシャン、インフェルノイド・ベルフェゴル、ブレイクスルー・スキル、煉獄の虚無の五枚。ブレイクスルー・スキルは、不味い。永理は冷や汗を流した。

 

「オレ様は煉獄の虚無を手札に加え、残りを墓地へと落とす!

 ターンエンドだ!」




 更新が遅れてしまったのは全て、インフェルノイドの名状しがたき形状のせいなんだ。


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第45話 暗い井戸の下で(後編)

 状況は芳しくない。この言葉は、どちらの状況にも当てはまっていた。

 バクラの場には攻撃力2900のモンスター一体のみ。しかし墓地にも伏せカードにも、防御を重点的に固めている。

 永理の場は対照的に、後先考えずモンスターを展開している。攻撃力7200と、攻撃力2800のモンスター。驚異的だが、バクラの防御を破れるカードを引けていない。そしてデッキの残り枚数はごく僅かだ。

 つまり、どちらもすぐ負けてもおかしくないこの状況。今は永理のターンだが、これでまだ続くか終わるかが決まる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは、逆転の一手ではない。

 であれば、チマチマと削るのが勝利への近道。まあチマチマってレベルのモンスターの攻撃力ではないが、そこら辺はさして気にしない。

 問題は、デッキの残り枚数がたったの二枚しかない事だ。ちょっと闇の誘惑使いすぎた、と永理は今さらながら反省する。

 

「二体目の紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚! そしてダ・イーザを表側攻撃表示に変更!」

 

 裏側になっていたダ・イーザがリバースすると同時、渦巻く炎の中からもう一体のダ・イーザが現れる。紅蓮の炎が、狭い防空壕のような空間を明るく照らす。

 

「ダ・イーザが二体……面倒な」

 

「この攻撃力を超える事は不可能よ、バトル! ダ・イーザでインフェルノイド・リリスを攻撃! ブレストファイヤー!」

 

 ダ・イーザは胸から高出力の火炎放射を、インフェルノイド・リリスに浴びせる。炎がリリスの装甲を、LEDライト諸共ドロドロに溶かしてしまう。液状化した金属と肉が混ざり合い、地面へと広がっていく。グロテスクすぎるだろ、と永理は思わず呟いた。

 ブレストファイヤーはマジンガーの技だが、一応炎属性なので出せない事も無いらしい。まあ一応マジンガー系統ではあるのだが、グレンダイザーも。

 

「更に、ダ・イーザで直接攻撃!」

 

「墓地のネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にする!」

 

 同じように放たれたブレストファイヤーはバリアに弾かれ、バクラの前でV字状に、バクラを避けるように広がった。

 轟音が鳴り響き、視界を眩しく焦がす。ソリットビジョンシステムの本気が垣間見える瞬間であった。

 

「カードを二枚セットしてターンエンド!」

 

「オレ様のターン、ドロー!

 魔法カード、名推理を発動! 相手はレベルを一つ宣言し、通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくり、それ以外は全て墓地へ送る!」

 

「……8だ、シンメトリーだからな」

 

 名推理。本来であればデッキから最上級モンスターを展開する際に使うカードだ。ノーコストで召喚出来る可能性こそあるものの、運が悪ければメタモルポットとか引いたりしかねないという欠点を持つ。

 しかしバクラの、インフェルノイドにおける名推理の用途は違う。特殊召喚しか出来ないモンスターの墓地肥し、これこそがバクラの真の狙いだ。

 当然、永理もそれは重々承知している。だからこそ、この賭けに乗ったのだ。何故シンメトリーを選んだかは知ら管。

 

「(シンメトリーってなんだ?)まず一枚目、インフェルノイド・アスタロス! 二枚目、インフェルノイド・シャイターン! 三枚目、インフェルノイド・アドラメレク! 四枚目、煉獄の死徒! 五枚目、異次元からの埋葬! 六枚目、ギャラクシー・サイクロン! 七枚目、スキルプリズマー! 八枚目、メタモルポット!

 メタモルポットは通常召喚可能なモンスターなので、特殊召喚する!」

 

 バクラの場に現れたのは、純粋なる壺だ。

 丸い、青銅色の壺。決して永理のように中から筋肉モリモリマッチョマンの変態とか出てこなさそうな壺だ。バクラは密かに、それに対し安堵する。

 もし自分の使っているカードもああなっていたら、誰だって嫌だろう。少なくとも、バクラは嫌だ。

 

「罠カード発動、ナイトメア・デーモンズ! 紅蓮魔獣ダ・イーザを生け贄に、相手場にナイトメア・デーモンズ・トークンを特殊召喚!」

 

 ダ・イーザの姿が闇の炎に消え、代わりにバクラの場に黒い悪魔が三体現れる。

 

「チッ、面倒な……しかし、貴様のたった二枚のデッキで何が出来る!? というかお前自分のデッキ削り過ぎだ馬鹿!」

 

「ハッ、俺は頭が良いんだ! まだ足掻いてやるぜ!」

 

「だから本当に頭が良い奴は自分の事頭が良いって言わねーんだよ!

 カードをセットしてターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 バクラのツッコみを華麗に無視し、永理はカードを引く。

 永理の残りデッキ枚数、たったの一枚。しかし、この一枚こそが永理の言う、勝利の方程式なのだ。

 相手の場にモンスターは一体、伏せカードは一枚。恐らく煉獄の死徒である。

 このターンで決めれなかった場合、永理は窮地に立たされる。故に、安全策を取るのも致し方ないというものだ。

 だって、デュエルを早く終わらせたら、助けが来るかも解らないのだから。

 

「ダ・イーザを守備表示に変更! 速攻魔法、異次元からの埋葬を発動! 除外されているモンスター三体を墓地に戻す! 俺は墓地のネクロフェイス、夢魔の亡霊、死霊伯爵を戻す!」

 

 後ろ二枚のカードは別に戻さなくても何ら支障は出ないのだが、一枚だけを戻すのもなんだかなー、という感じなので戻したのである。

 

「そして、ダーク・バーストを発動! 墓地のネクロフェイスを手札に加え、召喚!」

 

 永理の場に赤ん坊の人形の顔だけが落ちる。プラスチック製の、愛嬌があるかどうか問われたらちょっと怖いと誰もが口をそろえて言う人形。

 しかしそのプラスチックを突き破って、無数の触手が蠢いた。わらわらと蠢く触手は人形の顔を立たせ、視界を確保する為左頭部を破壊する。

 するとそこから姿を現したのは、臓器の様な色をした物体だった。心臓の様に脈打つたびに、黒茶色の液体が噴き出す。

 明らかに主人公の使うようなカードではなく、むしろクトゥルフ的なアモトスフィアを感じてしまうのは仕方のない事。というか主人公らしさとか求めては駄目なのだこの作品で。

 

「ネクロフェイス、その能力はお前もよく知っているだろう?」

 

「仕切り直しにゃならねーな、んな化け物が場に居ちゃあよ」

 

 互いにデッキケースに入れた、除外されたカードをデュエルディスクのデッキにセットする。ネクロフェイス、その効果は召喚した時、除外されているカードを全てデッキに戻し、その枚数分×100攻撃力を上げる効果。

 本来の用途は除外デッキへのメタ、若しくはデッキ破壊なのだが、こうもカードが除外されていたら、その攻撃力も馬鹿に出来ない。

 

「除外されているカード二十五枚をデッキに戻し、攻撃力を2500ポイントアップ! 合計攻撃力3700!!」

 

 ぐじょり、とネクロフェイスの中に納まっていた触手が激しく蠢き、じゅるじゅると音を立てて漏れ出す。

 オカルト系が比較的好きなバクラも、流石に眼を背けたくなるほどグロテスク。まるで増えるわかめのように増えていく触手、もはや頭部では収まりきらないのか、釣り上げられた深海魚のようにでろりと内臓が零れ落ちた。

 

「バトルだ! ネクロフェイスで伏せモンスターを攻撃!」

 

「伏せていたモンスターは、魔導雑貨商人! 魔法・罠をめくるまでデッキをめくり、それ以外を墓地へと落とす! 一枚目、インフェルノイド・アシュメダイ! 二枚目、インフェルノイド・ベルフェゴル! 三枚目、インフェルノイド・ヴァエル! 四枚目、名推理を手札に加える!」

 

 万丈目の伏せていた、バッグを背負ったフンコロガシの全身を触手が貫いた。

 緑色の血を吹き出し、まるで紙屑の様に消え去った。

 

「ターンエンドだ」

 

「オレ様のターン、ドロー!

 魔法カード、名推理を発動!」

 

「3だ」

 

「一枚目、ブレイクスルー・スキル! 二枚目、インフェルノイド・シャイターン! 三枚目、インフェルノイド・アドラメレク! 四枚目、インフェルノイド・リリス! 五枚目、インフェルノイド・ネヘモス! 六枚目、インフェルノイド・デカトロン! 通常召喚可能なので、デカトロンを召喚! 効果でデッキから、インフェルノイド・ベルフェゴルを墓地へ送る!」

 

『アーキーハーバーラー!』

 

 またしても現れる、トカゲ顔の悪魔。

 しかし永理はニヤリと笑い、一枚のカードを発動させた。

 

「そいつの召喚成功時、罠カード発動、デビル・コメディアン! コイントスの裏表を宣言し、当たった場合は相手の墓地を全て除外し、違った場合は相手の墓地の枚数だけ自分のデッキからカードを墓地へと送る!」

 

「ギャンブルかよ!?」

 

「生きるも死ぬも運次第、狂気の沙汰程面白い! 俺は表を宣言。いざっ、コイントース!」

 

 カキーン、と音が鳴り、ソリットビジョン・コインが回転する。

 電子音による少しだけノイズの入った、コインの落ちる音が鳴り響く。結果は、裏。残念でした、と安いテロップめいたものが流れ、永理の神経を逆なでする。

 結果は外れ、永理の残念そうな顔で、デッキ十一枚を墓地へと送った。

 

「ハッ、残念だったな! 魔法カード、ブラック・ホールを発動! 場のモンスター全てを破壊する!」

 

 永理とバクラの場を、真っ黒な重力の渦が何もかもを飲み込む。

 ただナイトメア・デーモンズ・トークン達だけは悠々と泳いでいたが。

 

「ナイトメア・デーモンズ・トークンが破壊された事により、お前のライフに800×三体のダメージだ!」

 

「ハッ、この程度許容範囲だ! オレ様は墓地のシャイターン、アドラメデクを除外し、墓地からアシュメダイを特殊召喚! 更に墓地のネヘモス、ベルフェゴル、ヴァエルを除外し、リリスを特殊召喚!」

 

 円状の肩当と腰の盾めいたものに赤いLEDランプを付けた、黒い鎧を着たドラゴン顔の悪魔が、蛾の様な羽を羽ばたかせ現れ、その隣に現れたリリスに対し膝をつく。

 アシュメダイ、やはり例に漏れず黒い機械めいた鎧を身に着けている。

 

「リリスの効果により、煉獄と名の付くカード以外の魔法・罠全てを破壊する!」

 

 リリスがトビウオのような羽を羽ばたかせると、黒い波動がほとばしり永理の伏せていたカードを吹き飛ばす。驚異的な力に、井戸の中が揺れ、土埃が漏れ出た。

 崩れそうだな、と少しばかり心配になるも、別に永理なら死んでも大丈夫なのでさして問題は無い。

 

「バトルだ! リリス、アシュメダイで攻撃!」

 

 アシュメダイの手に持っている、黄金色に輝く、先端が三つに分かれた槍が永理に振り下ろされるも、それを守るように永理の周りを、黄色い防御膜が張った。

 

「墓地からネクロ・ガードナーを除外し、攻撃を無効にした」

 

「だったら、リリス!」

 

「こいつも無効だ!」

 

 リリスの口から放たれ、深淵より暗き闇の炎は永理の前に現れた防御膜に弾かれ、V字に拡散する。

 バクラは舌打ち一つを洩らす。ボード・アドバンテージで言えばバクラの方が有利ではあるが、相手はあの永理だ。何をしてくるかわかったものじゃない。

 事実、永理だけだ。永理のデッキは流行とは逆行し、独自の変化を遂げていた。環境トップこそ狙えないものの、それはまるで地雷のような破壊力を宿している。

 つまり、バクラの詰め込んだ最新カードのデータは、殆ど意味をなさないという事に他ならない。

 だからこそ、少しばかり楽しみという期待もある。

 

「ターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……なるほど、そういう事ね。初めての実戦だ、心してみるがいい!」

 

 永理は、一枚のカードを発動させる。

 エクシーズ、シンクロを主軸としたデッキには入るが、永理の使う除外系デッキには凡そ不釣り合いと思えるそのカード。

 

「ソウル・チャージを発動! ライフを3000払い、墓地から死霊伯爵、紅蓮魔獣ダ・イーザ、混沌の黒魔術師を蘇生! 更に黒魔術師の効果で、墓地から月の書を手札に加える!」

 

 永理の場に現れる、三体のモンスター。血色の悪い黒い魔術師、頭の禿げた初腐の紳士、そして黄色い骨のような身体をした、右手に剣を左手に盾を持った悪魔が現れる。

 

「ハッ、だがそれを使ったとしても、ソウル・チャージを発動したターンは攻撃できないぜ!?」

 

「それはどうかな? いや、まあそうなんだけど」

 

「なっ、何故得意げなんだ!?」

 

 そう、バクラの言うように、ソウル・チャージはライフを失い、しかも発動したターンに攻撃できないというデメリットを持っている。

 しかし、永理にとってみればそれはとても小さな問題。何せ、勝利を齎すのは神なのだから。

 

「三体のモンスターを生け贄に、括目せよ! 我が史上最強にして、最悪の神を! THE DEVILS DREAD-ROOT、召喚!」

 

 永理がモンスターを三体墓地へ送り、そのカードをデュエルディスクへと置いた瞬間、永理の眼が黒く濁った。腕に幾何学的な紫色の模様が浮かび上がり、暗雲が立ち込める。

 そして、井戸から落ちた紫色の稲光。その中から現れる、白い外骨格のようなものを身に着けた、緑色の肌の巨神。悪魔の髑髏のような被り物の中には、正気すら無いと思える、憤怒に満ち溢れた表情の悪魔。

 巨大な翼をゆっくりと動かし、巨神は肩を回す。井戸の穴倉の外に居るので少しばかり窮屈そうだ。

 ちなみに井戸の中に現れたので、穴倉の中からでは足しか見えない。

 

「なっ、おまっ、なんかヤバいぞ!?」

 

 バクラは圧倒的な威圧感を与える邪神より、永理の変貌ぶりに狼狽えた。

 永理は、自分の身体に何が起こっているのか解らず、キョトンとしている。

 

「何を狼狽えてんだお前。カードをセットしてターンエンド」

 

 バクラは冷や汗を流す。自分を雇ったあの爺の言う通り、永理に邪神を使わせた。それはいい、いや良くないが。しかし永理の変わりよう、しかも自分に何が起こっているのか全く理解していない。

 これやばい、もう帰りたい。バクラはそう思った。宿主とは独立した身体を貰えるという上手い話にホイホイついてきた結果だ。畜生、ファラオの馬鹿野郎。と八つ当たりするバクラ。んな事言われても、と冥界でファラオは困惑しているだろう。

 

「おっ、俺のターン!

 モンスターを全守備表示に変更! ターンエンドだ!」

 

「残念だったな、最終突撃命令だよ」

 

 永理が発動させた罠に、守備耐性に入ろうとしていたリリスとアシュメダイは、まるで何かに操られているかのように、元の体制へと戻った。

 

「ちょっ、待って。お願い、待って! これヤバい、マジヤバいから!」

 

「俺のターン、ドロー!

 バトルだ! THE DEVILS DREAD-ROOTでリリスを攻撃!」

 

 邪神の脚がぱっくりと二つに割れ、その中から無数の、ミミズのような触手が伸びる。それがリリスの体に絡まり、引きずられていく。必死に抵抗するリリスと、それを斬り落とそうと孤高奮闘するアシュメダイ。しかし抵抗虚しく、しゅるしゅると足の中に引きずり込まれたリリスは、その中でおびただしい量の血を流し絶命した。

 ぶっちゃけバクラは、もうとっとと終わらせてほしくなった。もうやだ、お家帰る。そんな、バクラらしくない気持ちがバクラを支配していた。

 

「ターンエンド」

 

「うわっ、もう……ドロー。サレンダーしていい?」

 

「ダーメ」

 

「……クッ、殺せ! ターンエンド!」

 

 バクラが戦意喪失してしまうのも無理はないが、永理の目的はあくまで外の人に気付いてもらう事。それ以上でもそれ以下でもなく、重要なのはそれだけ。

 それによってバクラにデュエルへのトラウマが植え付けられようが、ぶっちゃけて言うとどうでもいい。永理にとって重要なのは自分だけ、自分より大切な存在なんてものは存在しないのだ。

 

「俺のターン、ドロー! THE DEVILS DREAD-ROOTで、アシュメダイを攻撃!」

 

 またしても足がパカッと開き、そこから現れるは、まるで黒いヘドロのような物体だった。中から何度も浮かんだり沈んだりする目玉が蠢き、ゆっくりとアシュメダイへと近付いていく。

 コールタールのような粘着性と、時折響き渡る『テケリ・リ!』という名状しがたき鳴き声。アシュメダイが悪魔だというのに物凄く脅え、槍を振り回す。

 しかしそんなものお構いなしとばかりにコールタールのような物体はアシュメダイに飛びつく。

 耳をつんざくような悲鳴を上げ、しゅうしゅうとたんぱく質の焼ける嫌な臭いが立ち込める。溶けているのだ、あのコールタールめいた液体の中で。

 

「フッ、ハハハハハハ……これで俺は脱出出来る! あばよ永理!! デュエルは俺の負けだやっと終わった!!」

 

 足元から渦巻く闇が現れ、バクラを飲み込んでいく。バクラはその様子を見て、胸を撫で下ろした。あんなのと長時間デュエルしていたら、再起不能になってしまう。

 そうなる前にバクラは、潔く負ける事を決意したのだ。

 そしてバクラが、何故か右手をグーサインにし「アイルビーバック!」と宣言して消えると同時に、ソリットビジョンも消えた。

 結果取り残され、デュエルディスクに置いたカードを回収し、墓地からもカードを取りだしデッキに戻す。

 永理の後ろ姿を見て、納得したように言葉を洩らす。

 

『……なるほど、道理で』

 

「何か言ったか、サイコ・ショッカー?」

 

『いいや、何でもない。ただ……面白くなりそうだな、と思っただけだ』

 

 くつくつと笑うサイコ・ショッカーに。首を傾げる永理。邪神が消えると同時に永理の眼の色も、腕についていた幾何学的な模様も、まるで最初から何もなかったかのように消え去っていた。

 そして永理は「あっ」と、今頃になって気が付く。

 

「……どうやって出よう」

 

 結局永理が助けられたのは、このデュエルから三日後であった。




 いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!


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第46話 ブラマジガール危機一髪

 文化祭、それはリア充が笑い非リアが嘆く、学校行事の一つである。文化祭の様子は、学校によって様々だ。

 全く生徒と関係ない人も招き入れ、まるで祭りのように馬鹿騒ぎする場所もあれば、保護者で親のみ入る事が出来るという閉鎖的で自己完結型な学校もあれば、全くやらない学校もあるだろう。

 さて、デュエルアカデミアの学園祭がどのようなものか。オベリスクブルーは喫茶店を、ラーイエローは縁日を。そしてオシリスレッドは──

 

「コスプレデュエルか……あいつら、やらかさないだろうな」

 

 そう、コスプレデュエルである。決してコスプレイメクラではない、何せ女の子が居ないのだから。

 以外とラーイエローやオベリスクブルーの生徒も集まった、オシリスレッド寮前の野外デュエルフィールド。

 青いタイツの上に黄色い装甲を付け、背中にアンテナめいたものを付けたヒーロー。スパークマンのコスプレをしながら、十代はあいつらに注意を向ける。

 コスプレは基本隼人が製作したものを使われているのだが、永理組だけは独自に作っていたのだ。

 そう、永理組が、である。

 馬鹿と変態と屑しか居ない、永理組である。永理は微妙な特技だけは凄まじいのは、十代も知っての通り。故にその不安を抱くのもまた、当然というもの。

 隣でジャンク・シンクロンのコスプレをしている翔は、何処となく暑そうにマフラーを緩めた。ぶかぶかなオレンジ帽子の自重で眼鏡がずれる。

 

「まあ、大丈夫じゃないっすか? 流石に永理君達も、それほどハジけたりは……」

 

「いいや、あいつらは常に予想の右斜め上をいく奴らだ」

 

 翔の楽観的な言葉に、十代の隣で赤いマントをはためかせた、黒い鎧を身にまとった万丈目が釘を刺す。

 ちなみに万丈目のコスプレはダーク・クルセイダーだ。安全とかの為に当然剣は無い。まあ、隼人の技術があれば剣も作れたのだが、その加工で出る大量の発泡スチロールのカスの後処理を考えて、大徳寺からストップが入ったのだ。

 そして、ついにその時が来た。男共の着替え部屋となっている永理の部屋から最初に出てきたのは丸藤亮。当然、恰好は普通ではない。

 紫色のボディスーツの上から、右胸に大きく『07』と描かれたプレートを付けた、色々とツギハギ装甲とプレートの留め金の付けた気味の悪い物体。口には鉄のプレートをメンポのように付けており、更に特殊メイクで脳味噌が丸見えだ。

 

「小さいころ、人造人間7号のこのカードは直接攻撃できる。の意味がわからなくていきなり腹部をぶん殴って来た翔太くんを俺は絶対に許さない」

 

「何言ってんすか兄さん……」

 

 キリッ、といった感じの表情でそう言い切った亮。既にそこにはカイザー亮としての姿は無く、ネタにひた走る、永理に染まってしまった変態デュエリスト丸藤亮の姿しか無かった。

 その亮を押しのけ現れたのは、三沢大地。縁日の方はどうしたんだ、という疑問は三沢の姿でかき消されてしまうインパクトだ。

 下は黒革のズボン、上はマントのみ。そしてマスクを被っているという、変態兵装。当然上半身はマント以外裸。

 しかも何故か細かく腰を動かしている。

 そしてその後ろから現れたのは、矢の刺さった鉄製の鎧を着た男。両手に段ボール製の日本刀を持っている。

 

「……永理、なにその恰好」

 

「不死武士」

 

「もっとマシなのあっただろ……」

 

 思わず十代の口から出たのは、最もな言葉だ。というのも、十代は初見「いっきか、いっきのコスプレか」と思ったほど。まあカードを知る者が見れば見る程凄い再現されているのだが、それを知らなければ某漫画の部長がコスプレしたいっきが真っ先に思い浮かぶだろう。

 いや、普通の人は知らない漫画の話なのだが。

 

「んだとコルァー! 不死武士さん馬鹿にすんのか貴様!? 戦士族シンクロで超役に立つんだとテメェ!!」

 

 そしてそんな永理の後ろで三沢は腰を振り続け、そろそろイラッと来たのか万丈目の飛び蹴りが三沢の顔面にクリーンヒット。慣性の法則にしたがい扉に思い切り背中を打ち付け、鼻から血を吹き出ししめやかに気絶した。

 

「なんてこった! 三沢が死んじまった!」

 

「この人でなし!」

 

 十代と永理のケニーコンボ。普段は永理が三沢の立場になっているので、こういう状況は実際珍しい。まあ普段から負傷しまくっている永理がケロッとすぐに復活する方がおかしいのだが。そこに深くツッコむ者は居ない。遊戯王にはよくある事なのだ。

 ちなみに三沢はデュエリストパワーによって、頭から血を流したりしているがケロッと復活した。

 

「フハハハハハハハ!!」

 

 突如、オシリスレッドの屋根からどこぞの聖帝ばりの高笑いが鳴り響き、地上の生徒の視線が一気にそこへと集まる。

 その声を上げた、高笑いを上げた主は何処からか持ってきた白いマントと黒い革のズボンというのは三沢と同じだが、そこにさらに追加で鬼の様な仮面を被っている。当然顔は見えないが、その声だけで一部の生徒は察しがついているようだ。

 ちなみに三沢のコスプレはアクア・マドールで、亮のコスプレもそれをアレンジした感じのだ。

 

「とうっ!」

 

 そして屋根から無駄に華麗に一回転し、しめやかに地面へと着地。衝撃をしゃがむ事で殺し、そして足を延ばすと同時に仮面を取る。

 そこには甘いマスクの男、天上院吹雪の顔があった。途端に女子生徒から黄色い歓声が上がる。

 

「……ふぅっ、やっぱり注目の的に居るのは落ち着くね」

 

 バサッ! と無駄にマントを翻し呟く吹雪。妙に演技臭い動きだ。

 天上院吹雪。元々はダークネスであった彼は十代とのデュエルで大きなダメージを受けていたのだが、今日やっと完治し、目立つ地求めイスカンダルへという訳でも無いが、取りあえず目立つ為にオシリスレッド主催、コスプレデュエル大会へとやって来たのだ。

 

「フッ、復活早々その調子であれば、完全復活の日も近いな」

 

「やあ亮、凄い恰好だね……いや、僕も人の事言えないんだけどさ」

 

 はっはっはっと笑い合いながら互いに肩を組む馬鹿二人。誰が呼んだかこの二人、デュエルアカデミアの最強コンビである。

 今となってはその中に永理も加わり、その暴走具合はブレーキの切れた暴走機関車のようになっていく事だろう。

 

「取りあえず永理、他の衣装は無いのか?」

 

「しょうがないにゃあ、いいよ」

 

「やめろ気色悪い」

 

「キャストオフッ!」

 

 軽いボケとツッコミをしてから永理は勢いよく鎧を脱ぐ。するとその中から現れたのは、大きく前の空いた白衣。とはいえ肉付きの悪い骨めいた永理の事だ、天才科学者のように見えたとしても頭文字にマッドが付き、クケケとか笑っていそうな科学者っぽい。

 

「コザッキー……?」

 

「どうだ、幸子でどうだ?」

 

「だからなんでお前はそう……そう解りにくい方へ突っ走るんだよ!?」 

 

 どこぞの動物を集めるゲームに出てくる狂った科学者のような台詞を吐く永理。当然そのネタに対応出来る者は少ない。というか、殆ど居ないだろう。

 だがそれが永理の知った事か。彼は常に彼なのだ。誰も彼を止める事も、抑える事も出来はしない。力づくで抑え込むのなら小学生でさえも可能ではあるが。

 

「なんだ、これも不満か。我が儘な奴め。……レイが居たら戦闘機のコスプレをさせるのだがな」

 

「なんで戦闘……いや、言わなくていい。言うな」

 

「その昔R-TYPEという横スクロールシューティングゲームがあってだな」

 

「ヤメロォ!」

 

 はっはっはっはっと、ツッコみ倒す十代に高笑いで返す永理。彼にとってノリ以上に重要なものは無く、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 しかし、そんな馬鹿五人組を蹴散らすように、周りのギャラリーがざわめきだした。

 その声の発信源は、女子更衣室前。そして人込みをまるでモーゼの奇跡めいて割って歩いてきたのは、ピンク色のボブショートがとても似合う少女と、すらっとまるでモデルのような金髪の少女。ツァン・ディレと天上院明日香。どちらの胸も豊満であった。

 ツァンの恰好は、所々ドクロの模様が施されたバスガイドだ。手提げバッグにもドクロ模様がある。ただし、それはコスプレ元であるバスガイドに比べて胸が豊満である。日本に来たせいでデスの文字が付いたあのバスガイドの格好だ。

 明日香の恰好は、もはや水着である。黒の水着めいた、露出度の高い恰好。白いニーソックスと腕に付いた白い羽。ハーピィ・ダンサーというモンスターの恰好。どちらの衣装も、青少年の何かが危ない!

 その二人は真っ直ぐ十代の方へと駆け寄って来た。

 

「どっ、どう? 似合っているかしら……」

 

「べっ、別にあんたの為に着た訳じゃないけど……どっ、どう? 変じゃない?」

 

「おっ、おう……二人とも、とても似合っているよ」

 

 十代のこの一言で、二人は雌の顔となる。

 十代が視線だけで永理に助けを求めると、サムズアップされ、そしてすぐに間反対の方を向けられた。裏切り者め地獄で詫びろ、とでも言いたげだ。

 勿論、二人の恰好は永理にとってもとても目福である。しかし、その好意がたった一人に向けられていると言うのは、とてもヤンナルネといった感じなのだ。

 想像してみてほしい。公共の場でディープキスとかやらかす腐れアベックを。駅で「キスマーク付けて~♥」とかいう頭の中にサッカリンでも詰まってるんじゃないかと思うような事を言う女を。死ねばいいのだそんな奴。

 つまり、今の十代の状況はそんな感じであり、永理にとっては台無しにさせるに足る十分な理由となるのだ。男の嫉妬は見苦しいが、永理の生き様は元々見苦しいので問題ない。

 

「死ね……死に腐れ遊城十代ッ……!!」

 

「アニキの裏切り者……くたばれ、くたばれッ!!」

 

「お前ら酷いな!? というか助けてくれよ!!」

 

 永理と翔は同時に首を掻っ切るように指をスライドさせる。助けは出さない、何故なら永理は恨みを買いたくないし、何よりあんな桃源郷を見せつけられているだけでもめっちゃイラつくのだから。

 

「そういや三沢、最近ブームが来ているあのゲームやった?」

 

「ああ、あれか。とても良いシナリオだ……グロ肉可愛いよグロ肉」

 

「それ最近じゃないっすよね」

 

 ああ、哀れ十代が助けを求めれそうな仲間は、エロゲ雑談に花を咲かせている。

 では万丈目はどうだ。あいつはルックス良いし、モテてるからきっと助けてくれるだろう。淡い希望を抱き万丈目の方を見ると、眼が合った。両腕にはヘル・エンプレス・デーモンとヘル・ブランブルが、さながら恋人の様に腕に絡みついている。

 相手も助けを求めていたようで、お互いどうしようもない。

 では吹雪はというと、亮と一緒に話に花を咲かせていた。遠巻きに眺める女子が腐った眼を向けているが、二人は何処吹く風だ。

 

「しっかし、てっきり死んだものかと思っていたぞ。何せ崖から落ちたんだからな」

 

「ふふふ。残念だったね、トリックだよ」

 

 旧友との再会を邪魔する訳にはいかない。つまり、この状況は十代一人で乗り越えなければならないのだ。確かに、二人から胸を押し付けられていると言うのは、男として嬉しくない訳では無い。というより、嬉しくない訳が無い。

 しかし、この体制は非常に不味い。十代とて男の子、やはりあれがあれしてしまうのだ。今は必死に抑えているが、いつ発酵してもおかしくない。そのまま寮に連れ込んで窯の中に突っ込め? 十代はゴムなんてものは持って無いチェリーボーイだ、そんなの無理。生とか怖いし。

 

「なーにキョロキョロしてんのよ、十代」

 

「デュエルする相手でも探しているの? フフッ、十代は本当デュエル馬鹿なんだから」

 

「えっ。あっ、ああそうだ。うん」

 

 ジト眼で上目遣いに見つめてくるツァンと、まるで姉の様に優しく笑う明日香。ツァンはそれで納得が言ったようだが、それでも何か腑に落ちないのか、腕に入れる力を強めた。

 ツァンのメロンパンが更に押し付けられ、十代のナンがイースト菌に刺激され発酵を促される。それに負けじと明日香も、腕の力を強くする。両腕に押し付けられるパン、十代は生地を膨らませまいと必死に耐える。脳内で人型の気持ち悪いイルカの物凄い激しい半副横跳びで満たし、必死に理性を保つ。

 ここで、ここで手を出しては駄目だ。二人はきっと、シルヴィ的なあれなのだ。あれ? なら手を出してもいいんじゃね? 十代は混乱しているのか、何故か二人を某エロゲのヒロインと同一視した。

 ツァンの首には、アヌビスに付けられたのであろう、繋ぎ止めたような傷跡が残っている。明日香にも、割と目立つ傷が痛々しく残っていた。

 ああ、なんて事だ。十代の十代がコンタクト融合をしたがってしまう!

 

「……十代? 辛そうだけど、どうしたの?」

 

「うっ、いっ、いや、なんでもない。なんでも」

 

 十代は鈍感主人公系ではない。二人が自分に好意を向けていると解りきっている。しかし、だからこそ選択出来ないのだ。二股なんて出来ないし、同時に付き合うというのは絶対にバッドエンドが待っている。永理から貸してもらったゲームがそうだったから、そうに決まっている。

 「死んじゃえ」の言葉と共に頸動脈を切られたり、二人を孕ませて何やかんやあって刺されたり、どっちかがビルから落ちてきたり、どっちかの腹を切られて残った方が「中に誰も居ませんよ」とか言ったりする未来が幻視出来た。

 それだけは、何としてでも避けなければならない。十代はまだ死にたくないのだ。バッドエンドなんて嫌なのだ。

 

「ああいう純粋な娘を彼女に欲しいよね……」

 

「儀式でもするか?」

 

「やめるっす、きっと召喚できてもグロ肉にしか見えないっすよ!!」

 

「グロ肉! グロ肉じゃないか!!」

 

 何やら暴走する馬鹿三人。ここで十代は妙案を思いついた。

 二人を何とか納得させ離れさせる妙案。終わったらまた磁石めいてくっ付きそうだし、きっとあの馬鹿三人は本気でかかってくるだろうが、もはやこれしかない。

 

「あっ、ブラマジガールのコスプレっすねあれ。ちと無音カメラで撮ってくるっす」

 

「うし、んじゃ俺は触手デッキで虐めておこう……フィーヒヒ! むらかみてるあき!!」

 

「永理、俺も手を貸そう」

 

 キリッ、といった感じの、無駄に男らしい表情で、誰かは解らないがとても似合っている、青い尖がった帽子に肩が大きく空いた青い服を着た少女。肩やスカートにはピンクのフリフリがあり、特に下の方はそれだけなので凄まじい露出度の娘へと向かって行く馬鹿三人。

 流石にこれは止めなければならない。止めなければ、来年からのコスプレデュエルが無くなってしまう恐れもある。

 それに、丁度いい口実が出来た。

 

「ディレ、明日香。あいつら止めるの手伝ってくれ」

 

「ええ、いいわよ」

 

「……なら、勝ったらツァンって呼んでよ!」

 

 何故かジト目で睨みつけながら言われ、十代は「どういう意味だろう……?」と首を傾げた。その鈍い様子に二人して溜め息をつかれ、そして馬鹿三人組の二人から嫉妬の眼差しを直で受ける。

 そして、十代と二人のヒロインは、ブラマジガールを守るように、馬鹿三人の前に立ちふさがる。馬鹿三人も、無駄に土煙を巻き起こして立ち止った。

 どこからか回転草(西部劇でよく見るあれ)が転がってきて、さらに強い風が永理の白衣を揺らす。

 

「ルールは団体戦、先に二勝した方の勝ちでどうだ?」

 

「ああ、それで構わないぜ」

 

 何故かトントン拍子に話が進んでいる外れ、まるで仲間外れにされたような疎外感を受けながらブラマジガールの女は一人、ぽつりと呟いた。

 

「あれ、私、のけ者にされてる……?」

 

 でもまあ恥ずかしい目に合わずに済んで良かったよね、うん! と必死に自分に言い聞かせるブラマジガールの女であった。




 デレマスの幸子を見てリンダキューブのサチコネタ思いついた人は表に出なさい


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第47話 最後に勝つのは愛

 なんやかんやあって始まってしまった、奇妙な星取り戦。ブラマジガールはちょこんと、ギャラリーの中に混じって観戦している。

 本当はデュエルする為にここに来たのだが、奇妙な事になってるなー、と売り子から買ったオレンジジュースを飲みながら思う。

 

「永理、先鋒は俺が行かせてもらう」

 

 肩を回しながら、三沢が前に出た。永理とその仲間は、いわば三すくみのような関係だ。ロリとオネと何でもあり、という意味で。

 一人だけずば抜けているが、デュエルの実力は大体同じ。だが、三沢は三人の中で一番デッキの安定性があるのだ。

 故に、三沢が先に出る。一年生最強の知将──今となっては知将というより恥将なのだが、まあでも実力の方は弱くなった訳ではない。

 

「ふーん……なら、こっちはボクが先に行こうかな」

 

 対して相手、十代側の先鋒はツァンのようだ。その胸は豊満であった。

 翔と永理は嫉妬の炎を燃やすが、三沢はさして気にも留めない様子。前に三沢が「嘘か本当か解らない三次元より、最初から嘘と解っている二次元の方が良い」と悟り、女性に(ロリ以外には)何の興味も示さなくなったせいだろう。

 しかも最近は「俺、将来ナムに行って幼女買う。絶対買う」とか永理に謎の宣言してしまう始末なのだから、もうどうしようもない。ちなみにその時の永理は、引きつった表情で「おっ、おう……」と返すのが精いっぱいだった。

 

「学年主席、三沢大地。その実力、見せてもらうよ」

 

「貴様にロリの神髄を見せてやる……」

 

 ギラッと、さながらラーメン二郎全マシのように脂っこく眼を光らせる三沢。生まれ変わったら道になりたいとか言い出しそうなアモトスフィアを醸し出している。

 その言動、オーラ力に若干引きつった表情になるツァン。しかしデュエルは真面目にやるしかない、別に殴り合う訳じゃないのだから大丈夫、大丈夫と必死に言い聞かせる。

 

「「デュエル!!」」

 

 そして、デュエルの火ぶたが切って落とされた。

 先に動くは三沢大地、無駄にクネクネというか、ヌルヌルとした指の動きでカードをドローする。

 

「先功ドロー! ついでに強欲な壺を発動し、カード二枚ドロー!

 モンスターをセット、カードを三枚セットし、永続魔法強欲なカケラを発動! ターンエンドだ!」

 

 三沢の首に、強欲な壺の目玉部分の欠片がぶら下がる。ニタニタと気色悪い笑みを浮かべている欠片、粘っこい視線を受けているようにツァンは感じた。

 

「……ボクのターン! ドロー!

 永続魔法、六武衆の結束を発動! そして、相手場にモンスターが存在し自分場にモンスターが存在しない場合、手札から六武衆のご隠居を特殊召喚する!」

 

 さながらゾウガメめいた形の四足で自動歩行する駕籠に乗った、黒子めいた布で顔を隠しつつもその奥から赤い眼を覗かせているご老人が現れる。

 死装束のような白い服、頭には茶色い頭巾を被っている。

 

「六武衆と名の付くモンスターが召喚・特殊召喚された事により、武士道カウンターが一つ乗る! 更に六武衆の影武者を召喚し、武士道カウンターをもう一つ乗せる!」

 

 駕籠の隣から現れる、茶色い鎧を身にまとった赤髪の男。手には槍を持っており、相当な使い手と窺わせる。が、攻撃力はワイトよりちょっと上程度だ。

 三沢はこの瞬間、一枚の罠カードを発動させた。

 

「永続罠、憑依解放を発動!」

 

「……やっぱり、そういうデッキなのね。

 六武衆の結束を墓地へ送り、このカードに乗っていたカウンターの数だけカードをドローする! ボクはカードを二枚ドロー! そしてレベル3六武衆のご隠居に、レベル2六武衆の影武者をチューニング!

 集いし荒武者の魂、今ここに一人の姿となりて姿を現せ! シンクロ召喚、真六武衆―シエン!!」

 

 ツァンの前に現れた光の塔を切り裂き、現れるはさながら血を思わせる、赤き鎧を身にまとった武者。ノコギリザメのようにギザギザとした日本刀、竜を思わせる羽、顔を全て覆い隠す真っ赤な兜。しかも金も使われているのでその豪華さは計り知れない。

 

「真六武衆……知っているぞ、俺は詳しいんだ。

 言うなれば運命共同体、互いに頼り 互いに庇い合い 互いに助け合う。一人が五人の為に 五人が一人の為に。

だからこそ戦場で生きられる。武衆は兄弟。武衆は家族」

 

「その通り、六武衆は頼り合い、庇い合い、助け合う友情のデッキ! たとえ自分がどうなろうと、自己犠牲を惜しまないボクの英雄だ!」

 

 ツァンにとって、武士というのは正義の味方、理想のヒーローなのだ。

 ちなみに永理は一人だけ笑っていた。三沢のあの言い方が、ツボに入ったのだ。実際効果的にも合っているし。

 

「バトル! シエンで伏せモンスターを攻撃!」

 

 三沢の伏せているカードは二枚、シエンはそのどちらかを無効にする事が出来る。さあ、どう防ぐか。三沢大地。

 しかし、以外にも三沢は何も行動せず、攻撃を通した。

 しかし、シエンが唐竹に振るった剣はガキン、と金属音を響かせ止まった。

 破壊はされていない。リバースされたカードから現れたのは、黒髪のショタ。女子と一部男子から歓声が上がる。

 茶色いコートの下から覗く細く白い手で、シエンの剣撃を止めたのだ。

 

「憑依解放は、霊使いモンスターを戦闘破壊から守る効果を持っている……ロリとは、世界を支配し得る力だ。ロリこそが正義、可愛ければ正義。即ち──ロリこそが、世界を支配する力なのだよ! 残念ながらダルクは男の子だが、女装さえすれば問題ない!

 霊使いダルクのリバース効果発動! このカードが表側表示で存在する限り、闇属性のモンスター一体のコントロールを得る! シエンは……まあ、ロリでもおねでもないから嬉しくないが、いただくぞ!」

 

 ダルクが杖から何やら黒い波状ビームを出すと、シエンの身体がポンッ、と白い煙に包まれた。

 そして中から現れるは、ぶかぶかの鎧を着た、キリッとした表情の幼女。TS幼女である。

 ツァンは信じられないものを見たような表情になっている。自分のエースモンスターが、まさか奪われるとは。しかも何か勝手にTSされるとは、夢にも思わなかったのだろう。実際永理も見ていて驚いた。

 しかし、これは三沢の愛が届いた何よりの証拠。愛が三沢を強くしたのだ。少し強化のし具合がひねくれているが。

 

「うっ、嘘……ボクのシエンが、どうしてこうなった」

 

「ショタにTSロリか、何というか……深いな、欲深い」

 

「永理君何言ってるんすか」

 

「ううっ……カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー!

 ディレ君、君に恨みは無いが……負けてもらうよ。我が同志の頼みだからね。スタンバイフェイズ、強欲なカケラに強欲カウンターが一つ乗る。そして──これぞ我が魂、白魔導師ピケルたんを召喚!」

 

 白い羊のような帽子を被った、ピンク髪の幼女が姿を現す。真っ白な布地にピンク色の模様が描かれた、ローブを着た幼女。しかもツインドリルである。

 これぞ今や、誰もが知る三沢の嫁。ちなみに三沢曰く、幼女の理想郷を作りたいと計画していたりするのだ。

 ちなみにこのカード、値段は二千円。永理の元の世界に比べれば高いが、魂と言うには安い値段だ。

 

「バトルだ! 白魔導士ピケルたんで直接攻撃! ホワイトサンダー!」

 

「罠カード、和睦の使者!」

 

「シエンの効果で無効にする!」

 

「ならばもう一枚、和睦発動! このターン戦闘ダメージを無くし、ボクのモンスターは戦闘で破壊されない……んだけど、無いんだよね」

 

 三沢は元々、このターンで仕留めきれるとは思っていなかった。何せ三沢の使うデッキは所詮、趣味デッキ。割と安定性はあるが、爆発力は全く無い。むしろここまで回るのは、まあ愛の成せる業だろうか。

 まあ、その愛も最近は多数の所に拡散してしまっているが。二次元が嫁な人はいくつも愛を持っているのだ、ラムちゃんを悩ませるぐらいには。

 

「ボクのターン、ドロー!

 真六武衆-シナイを召喚し、更に場にシナイが存在する場合、真六武衆-ミズホを手札から特殊召喚する!」

 

 顔の殆どを黒い兜で覆い隠した、黒い鎧を身にまとった、二つの棍棒を握った荒武者。その隣には、半月状の二刀流である真っ赤な鎧を着た、女性の武者。

 三沢はその二枚を見て顔をしかめる。二体とも厄介な効果を持っているからだ。一体は六武衆一体を生け贄にしてあらゆるカードを破壊、もう一体は墓地の六武衆を回収する効果。それよりも厄介なのは、見るからに二人が恋人な点だ。

 永理から送られている、二人へのヘイトの視線が何か嫌なのだ。

 

「ミズホの効果発動! 六武衆一体を生け贄に捧げ、相手のカードを破壊する! ボクはシナイを生け贄に、ダルクを破壊!」

 

 シナイがミズホに手を合わせると、シナイは青白い粒子となりミズホの二刀に吸収される。ミズホは何処か悲痛な面持ちで片方の刀を一閃。それをダルクが杖で受けるが砕かれ、続く二撃によって腹が二つに分かれた。

 これによりダルクからの洗脳が解け、シエンは元のむさいおっさんに戻ってしまった。

 貴重なTSロリが破壊されたというのに、三沢は何処吹く風。まるで気にしていない様子だ。

 

「ふん、どうせシエンも非処女だろうからな。痛くも痒くもない」

 

「えっ、何言ってんの」

 

 大寒気よりも低い視線を向けられる三沢だが、そんなのは何処吹く風だ。

 戦国時代の武士にはホモが多いというので三沢の言う事はまあ、的を得ているのだが……それでも、態々言うようなものではない。

 三沢は永理の悪影響を受けすぎているようだ。クロノスが見たら頭を抱えてしまうだろう。

 

「それと、だ。モンスターが破壊された事により憑依解放の効果が発動、デッキから守備力1500以下の魔法使い族一体を特殊召喚する。ヒータたんを特殊召喚!」

 

「……まあ、いいや。シナイの効果で墓地の六武衆の影武者を手札に加えるよ! バトル! ミズホでピケルを攻撃!」

 

「幼女の処女と守りは万全だ。永続罠、アストラルバリアを発動! 相手のモンスターに対する攻撃を、直接攻撃に変更する!」

 

「シエンの効果で無効にする!」

 

「甘い! 相手がモンスター効果を発動した時、手札から幽鬼うさぎを墓地に捨て効果を無効にする!」

 

 シエンがアストラルバリアを破壊しようとしたら、それを発動する前に黒い着物を着た、白い髪の少女がシエンを辻斬りにした。

 そして三沢の身体から白い粒子が現れ、三沢の形となりピケルを守るように立ちふさがった。

 その覚悟に感銘を受けたのか、ミズホはその人型粒子の腹を切り裂く。粒子は苦悶の表情を浮かべたが、ピケルを横目見て微笑むとその姿を消した。

 (モンスター)を守り、そのダメージをピケルの効果である程度カバーする。割と考えられたコンボではあるが、実用性はぶっちゃけあまり無い。愛しかない。

 

「仕留めそこなっちゃったか……ボクはカードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー! ついでにカウンターももう一つ乗せる!

 スタンバイフェイズ、ピケルたんの効果で、場の嫁達の数×400ポイントライフを回復する。俺の嫁達の数は三人、よって1200ライフ回復!」

 

 ピケルが杖を光らせると、三人の三沢の嫁から白いエネルギー的なものが、三沢の身体を白く光らす。

 

「そして、カウンターの二つ乗った強欲なカケラを墓地へ送り、カードを二枚ドローする!」

 

 三沢が自らの悪趣味なペンダントを握り、地面へ思い切り叩き付ける。するとそこから怨念のような、苦悶の表情を浮かべる幽霊が数十匹浮かび上がり、三沢の手札に群がる。

 それが消えると、何故か三沢の手札が二枚増えていた。なんだあの演出、と三沢は怪訝に思うが、まあ永理から貰ったカードだから何かが違うのだろう、と考えるのをやめた。なんか考えたらすっごい怖い事が起こりそうだからだ。

 

「リバース、ヒータたんよろしくお願い!」

 

 ダルクの隣に現れたのは、赤毛の女の子だ。男勝りな笑みを浮かべている、髪と同じ赤い瞳の女の子。上の方はブラめいたものしか装着していないスタイリッシュな痴女にも見える。当然ロリだ。ヒータが炎で創り出したロープを投げるとミズホの首に巻きつかれ、そのまま引き寄せられる。

 びたん、とヒータの隣に落ちたミズホは首を振って顔を上げると、ヒータはその女に口づけをした。

 

「おねロリのレズは最高だとは思わんかね」

 

「永理君、その台詞はどうかと思うっすよ」

 

 どうやらそれが洗脳だったようで、ミズホは焦点を失った眼でヒータの隣に、並ぶように立った。

 

「そして、ヒータたんと同じ属性のモンスターを生け贄に捧げ、デッキから成長したヒータたんを特殊召喚する! カモン、憑依装着ヒータたん!!」

 

 ミズホとヒータを飲み込むように炎の渦が巻き上がり、二人の姿を隠す。そして炎が臨界点を突破し、天を焦がす程の真っ赤な光を放った瞬間、まるで切り裂かれるように炎が晴れ、その中から成長して頼れる姉御となったヒータが、髪をかき上げ好戦的な笑みを浮かべながら現れた。

 

「バトルだ! まずは霊使いの方のヒータたんで攻撃!」

 

 ちっちゃい方のヒータが杖を振るい、メラ程度の大きさの火球を出し、ツァンに発射する。

 しかしその攻撃は、突如現れた渦巻く壁に吸い込まれてしまった。

 

「甘いよ! 罠発動、神風のバリア‐エア・フォース―! 相手の表側攻撃表示のモンスター全てを手札に戻す!」

 

 三沢のデッキは幼女を活躍させ、そして幼女を助ける為にのみ特化した幼女デッキ。当然、破壊を無効化するカードは沢山取り揃えているし、事実三沢の手札には我が身を盾にが存在していた。

 しかし、エア・フォースはバウンズ──手札に戻す効果。これでは我が身を盾にを使用する事は出来ない。

 とはいえ、風のおかげで幼女のおパンティが見れたので三沢としては得だ。鼻血を出しながら思わずサムズアップ。

 何処までも欲望に従順忠実、それこそが三沢大地であり、アカデミアの三馬鹿という証拠に他ならない。何とも残念なお人である。

 

「……最っ低」

 

「スカートをちんからほいしたのは君じゃないか、酷い言われようだ」

 

 密かにチンポジを足で直しながら、モンスターを手札に戻す三沢。中々ベストなポジションには収まらない。

 三沢はそうでもないが、翔と永理はツァンからの冷たい視線を受けて身悶えていた。三沢は当然、ロリにしか反応しない。きっとツァンの小学校時代の写真とか見たら三沢の三沢が大地に立ってちんからぽいからのエクスペクト・パトローナムする事だろう。

 

「これで俺のモンスターはゼロ、しかし通常召喚はまだしていない。モンスターをセットし、ターンエンドだ」

 

「ボクのターン、ドロー!

 永続魔法、六武衆の結束を発動! 真六武衆―カゲキを召喚し、召喚時手札から六武衆と名の付くモンスター、六武衆の影武者を召喚!」

 

 脳波で動くメカニック・アームを付けた、茶色い鎧を着た四刀流の武者が、バチバチと無駄にスパークをまき散らしながら現れる。そしてその隣には、動きやすいよう関節部分以外の場所にのみ鎧を付けた赤髪の武者。

 相手の動きは──無い。

 

「二体召喚したことにより、六武衆の結束に武士道カウンターが二つ乗る! そしてこのカードを墓地へと送り、カードを二枚ドロー! そして、六武の門を発動!」

 

 ゴゴゴゴと地響きが鳴り、現れるは巨大な門。武士道カウンターの形をした鍵めいた何かが光っているのが特徴的な、何とも言えない門だ。

 

「レベル3真六武衆―カゲキに、レベル2の六武衆の影武者をチューニング!

 口上省略、真六武衆―シエン!!」

 

 一応シンクロモンスターはレアなのだが、ツァンの家は神楽坂家には敵わないもののかなりの金持ちなのだ。流石に三積みは無理でも、二枚までならまあ、なんとかなる。

 

 

「六武衆の召喚・特殊召喚に成功した事により、六武の門に武士道カウンターが一つ乗る! バトル! シエンで伏せモンスターを攻撃!」

 

 シエンが切り裂いたのは幼女でも魔法使いでもなく、どこぞの携帯のCMに出てきそうな白い犬だった。斬り上げられた刀によって首が鮮やかに切断され、地面に転げ落ちる。

 ただし、血は出ない。代わりに何か危険な香りのする、緑色の粒子がシエンの周りにまとわりついた。思わぬグロに、思わずツァンは口を押える。

 

「ライトロード・ハンターライコウのリバース効果発動。カード一枚を破壊し、俺のデッキトップからカードを三枚墓地へ送る! という訳でシエンを破壊!」

 

 シエンの周りに漂っていた緑色の粒子が突如濃くなったかと思うと、半径数百メートルは巻き込むであろう超巨大な爆発が起こり、シエンは華麗に爆発四散。ハイクを詠む間もなくサヨナラしてしまった。

 ちなみにこの粒子とかはあくまで映像なので、環境には何の害も無い。直ちに影響が出る事は無いだろう。

 

「ゲッ、やばい……うう、ターンエンド」

 

「どうやら万策尽きたようだな。ドロー!

 俺は手札から憑依装着-ヒータたんを召喚!」

 

 渦巻く炎の中から現れる、赤髪の姉御。ルビーのように真っ赤で美しい瞳からは、強い意志を感じるが、今は若干涙目で、頬もエア・フォースのせいで起きた事故のせいだろう、朱に染まっている。

 三沢としては今すぐ白に染めたいのだが、残念な事にソリットビジョンには触れない。痒い所に手が届かない仕様だ。残念。

 

「魔法カード、死者蘇生を発動! 墓地から憑依装着‐エリアお姉ちゃんを召喚する!」

 

 ヒータの隣に水の泡が現れ、それが弾けるとその中から、同じようなローブを纏いながらも、きちんと前を閉めている青い髪の女の子が現れる。水に塗れた瞼を開くと、さながらサファイアのように美しい瞳が、ツァンの姿を映した。

 どう見ても三沢より年下だが、エロゲでよく高校生のお姉さんキャラとか出てくるのでそういうニュアンスを込めているのだろう。

 

「そっ、そんなにモンスターを並べてもまっ、まだボクのライフは残るよ! そんなに展開して大丈夫なの?」

 

「忠告どうも。だがね、既に勝利の方程式は完全に完璧にまるっとぬすっとすこっとすっぽり収まっている!

 墓地のスキル・サクセサーを除外し、ヒータたんの攻撃力をアップ!」

 

 ヒータの杖に血管が走ったかと思うと、ドンッ、と大きく膨張する。突然の異常事態に慌てるヒータを、何の感情か窺わせない、深海の様な瞳で見つめるエリア。

 ちなみに永理は密かにそれにナニを連想させていたが、別に細かく語る必要は無いだろう。ただ、永理も密かにチンポジを修正していた。

 対して、顔を真っ赤にしているのはツァンである。当然彼女も年ごろの女の子、そういったものに興味を持ち始める頃で、そういったものを見るようになる年ごろだ。あわわわと震える指でそれを指差すツァン、ぱくぱくと口を酸素の足りない金魚のように開くが、三沢は何も問わず、何も言わず。

 

「バトルだ! エリア、ヒータで同時攻撃! 極大消滅呪文(メドローア)!」

 

 まずヒータが、ナニめいて膨張した杖を振るい巨大な炎塊を作り出す。予想以上の出力に何やら慌てており、必死に力を押さえようとする。対してエリアは溜息一つ付くと、気合を入れるように自分の頬を軽く叩いてから、同じように巨大な氷の塊を作り出した。

 同じくらいの大きさ、威力となった氷塊と炎塊が重なり合うと、さながら核爆発の様にまばゆい光が大地を削り、空を焦がし、海を荒らす。

 ツァンはなんかヤバ気な攻撃に冷や汗を流し、思わず一歩下がってしまった。

 そして、ヒータとエリアが同時に杖を振り下ろすと、膨大過ぎるエネルギーの塊がゆっくりと下降する。

 

「ちょっ、まっ待って待って待って待って! これヤバい、マジヤバい奴だって!!」

 

「リア充は、爆発しろ! 男も、女も、関係なく!」

 

 ────そして視界は、白い閃光に包まれた。




 投稿日がクリスマスって事で、折角だから爆発させました。


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第48話 ナイスパンツ

「ううっ、負けちゃった……」

 

「ボンバツァンね、これじゃ」

 

 三沢の嫁によるメドローアによって、なんとツァンの頭はアフロになってしまっていた。ソリットビジョンはたまに現実にも影響を与えてしまうので、こうなったのだろう。

 プスプスと煙をくすぶらせながら、十代側に戻るツァン。がっくりと頭を下げて、かなりしょげちゃっている。

 十代はそんなツァンの頭に手を乗せると、優しく撫でた。

 

「よく頑張ったな、ツァン」

 

「えっ、ボクの事……名前で……」

 

「ん? 嫌だったか?」

 

「ううん! 別に、嫌ではない、……フフッ♪」

 

 なんともまあラブコメちっくなアモトスフィアを出す二人、明日香は(勝てば褒めてもらえるし、負ければ撫でてもらえる。どっちでも美味しいわね)と一人、うふふと邪まな考えを巡らせていた。

 対して永理側、勝利者である三沢は清々しいほどの笑顔で、永理と翔にサムズアップしている。

 

「どうだ、ナイスパンツだったろ」

 

「ナイスパンツ」

 

「ナイスパンツっす」

 

 ちなみにヒータは無地の白パンツ、ピケルはイチゴ柄だった。当然、これらは予期せぬ幸運の計算外で、ぶっちゃけ原因は風系の罠を使ったツァンにあるのだが、だとしても軽蔑の眼を向けてはならないという理由にはならない。

 というよりこの三人、既にそのような眼は慣れっこだ。永理なんかは少しばかり快感を感じちゃっている。大人になるのは悲しい事だが、こんなのになってしまった息子を見る母親はそれ以上に悲しい事だろう。

 十代側と永理側の格差が物凄い事になっているが、観客達の期待はどちらにも向けられている。十代側は普通に強いが、永理側は動きが見えない。どちらのデュエルタクティクスも高校生としては異常な程。まあ応援する客の落差も割と酷いのだが。

 

「それじゃ、次は私ね。相手が誰だろうと、勝ってみせるわ。見ててね、十代」

 

「……次鋒は負けフラグッスけど、まあいいッス」

 

 露骨に十代にアピールする明日香と、それとは対照的にマッドサイエンティストチックに眼鏡を光らせ、口端を引きつり上げる翔。片や高嶺の花、片やマジキチスマイル。水と油どころか聖水VSバイオ液のような絵面である。

 翔を纏う変な空気を感じ取ったのか、明日香は気を引き締める。翔はオシリスレッドで、元々のデュエルタクティクスは小学生にも劣る粗末なものだったが、永理が関わったおかげ(というより、せい)で、その腕は右斜め上に上達していた。ぶっちゃけて言うならば、コンセプトとかしっかりしている分デッキパワーは永理より上と言えるだろう。

 

「じゃ、やるッスよ。僕のブラマジガールの、触手プレイの為にもッ!!」

 

「……翔君、絶対君には負ける訳にはいかなくなったわね」

 

 明日香は若干引きつった表情で、翔はギラリとロボット物でありがちな科学者のように眼鏡を光らせながら互いに、カードを五枚引く。

 そして、デュエルの火ぶたが切って落とされた。

 

「「デュエル!!」」

 

「私の先功、ドロー!

 私は手札から、マンジュ・ゴッドを召喚!」

 

 ドロドロに溶けた鉄の千手観音像のようなものが現れる。それが浮かべる表情は憤怒、見る者全てを恨むような憤怒の表情だ。しかし攻撃力は1400、リクルーターにも負ける。

 

「効果により、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加える! 私はデッキから影霊衣の万華鏡を手札に加え、発動! このカードは儀式召喚するモンスターと同じレベルになるように場・手札からモンスターを生け贄に捧げるか、エクストラデッキのモンスター一体を墓地へ送り、任意の枚数儀式召喚する事が出来る! 私はエクストラデッキから虹光の宣告者を墓地に送り、ユニコールの影霊衣を儀式召喚!」

 

 花の様に広がった鏡から現れたのは、狼のような尻尾を付けた、灰色の髪の青年。長い髪を一括りしており、しかも顔はイケメンである。

 青いマントの下には白い服、赤い腰掛け。更に靴にはニワトリのなんか出っ張ってる足のような棘が膝辺りに付いた足甲。手には神々しく輝く、白を基調とした矛が握られている。

 無駄にイケメンである。

 

「更に虹光の宣告者の効果発動! このカードが墓地へ送られた事により、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加える! 私はデッキから、トリシューラの影霊衣を手札に加える! ターンエンド!」

 

「うわあ……面倒なカードッスね」

 

 翔の言葉に、明日香は少しばかり眼を丸くした。昔の翔はカードをあまり知らなかったからだ。

 だが翔は、永理&三沢&亮の三馬鹿の影響によって、割とカード知識も増えてきたのだ。まあ、知識の贅肉もかなり付いているのだが。

 というか贅肉九割だ。

 しかしそれでも、翔の実力は確実に上がっている。贅肉の中に隠れた筋肉は、爪を研ぎらせ隠れているのだ。

 

「僕のターン、ドローッス!

 僕は手札を一枚捨て魔法カード、カード・フリッパーを発動ッス! 場のモンスター全ての表示形式を変更!」

 

 突如現れた糸が操り人形のようにユニコールの影霊衣とマンジュ・ゴッドにまとわりつくと、明日香の指令も聞かず、されるがまま防御姿勢を取らされてしまった。

 

「あっ」

 

 ヤバッ、という感じの顔を思わずしてしまう明日香。トリシューラの影霊衣は影霊衣と名の付くモンスターが効果の対象になった際、それを無効にする効果がある。しかしアースクエイクは場全体に発動する効果、故にトリシューラの影霊衣の効果は使えない。

 そして、ユニコールの影霊衣の守備力はたったの1000、攻撃を受けさせるには少し──いや、かなり足りない数値だ。

 

「更に、自分場にモンスターが存在しない場合、手札からSRベイゴマックスを特殊召喚するッス! このカードの召喚・特殊召喚成功時、デッキからスピードロイドと名の付くモンスター一枚を手札に加えるッス。僕はデッキからSRダブルヨーヨーを手札に加えるッス!」

 

 翔の場に現れたのは、赤いベイゴマだ。それが十三ずつチェーンのように繋がっており、一番先端には二枚の刃が覗いている。

 ロイドと名は付いているが、明日香はこのカードを知らない。当然だ。スピードロイド、SRはシンクロがメイン主軸のデッキなのだから。

 

「そして場に風属性モンスターが存在するので、手札からSRタケトンボーグを特殊召喚!」

 

 次に翔が召喚したのは、黄色い竹とんぼだ。それががしゃこんと変形して、トンボのような青い目玉をした、胸や腰が青く塗装されている人型の小さなロボットに変形した。

 

「タケトンボーグの効果発動! このカードを生け贄にする事で、デッキからスピードロイドと名の付くチューナー一体を特殊召喚するッス!

 僕はデッキからチューナーモンスター、SR三つ目のダイスを特殊召喚!」

 

 タケトンボーグが急に接続部分から分解され、がらりと落ちるとその中から、正四面体の青いサイコロが現れた。

 そのサイコロは一つの面から炎を出して、さながらガメラのように回転する。ぎょろり、と覗く赤い眼が酷く不気味だ。

 

「最後に、SRダブルヨーヨーを召喚し、効果発動ッス! このカードの召喚成功時、墓地からレベル3以下のスピードロイド一体を特殊召喚するッス! 僕は墓地からSR電々大公を攻撃表示で特殊召喚ッス!」

 

 まず翔の場に現れたのは、ローラーのように回転する二つの棘付きヨーヨーだ。それがマウスのような形の部分に接続されており、さながらパンジャンドラムのように回転する。

 そしてその隣に現れるは、少し気取った王子様風の玩具。中に針金が詰まっているだろう細い手足に似つかわしくない、ピエロが履くような大きな靴に大きな手袋。顔の下半分を隠す赤いマント、そして貴族のように気取った、黄色いもわもわがふんだんに盛られた黒い帽子。そして手には赤い紅葉が描かれた、大きな電電太鼓。

 

「さて、バトル! まずはSRベイゴマックスで、ユニコールの影霊衣を攻撃ッス!」

 

 ユニコールの影霊衣の首にベイゴマックスが巻き付く。

 ユニコールの影霊衣はそれを引きはがそうとするも、その締め付ける力は緩む事無く、むしろどんどんと強くなっていくばかり。

 そして限界を迎えたのだろう、ユニコールの影霊衣の首からゴキッ、と音が鳴り、首の骨が折れた。だらんと、まるで蛇のぬいぐるみのように垂れる首。ベイゴマックスはそのまましゅるしゅると翔の場へと戻った。「次! 電々大公でマンジュ・ゴッドを攻撃ッス!」

 

 万手の腕で防御姿勢を取っているマンジュ・ゴッドの防御は一見硬そうに見えるが、その実は1000である。故に、電々大公が電電太鼓を鳴らすと、突如曇りはじめ、雷雲から青白い稲妻がマンジュ・ゴッドに落ちた。あまりの熱量にドロドロに溶けるマンジュ・ゴッド。

 

「ラスト! ダブルヨーヨーで直接攻撃ッス!」

 

 二つのヨーヨーのノコギリめいた刃から突如火が出たかと思うと、まるでロケットのように推進力が働き、明日香に勢いよく突っ込んできた。

 流石に明日香もこれにはビビり、少しへっぴり腰になってしまう。

 

「割と怖いわねこれ……」

 

「さて、バトルフェイズ終了ッス。

 これで邪魔物は消えたッスね……レベル3三つ目のダイスに、レベル3ベイゴマックスをチューニング!

 死の雨打たれし異端者の殲滅者よ、ソウルを取り込み世界を殺せ! シンクロ召喚! レベル6、スターダスト・チャージ・ウォリアー!」

 

 ドラゴンのような全面を隠す兜、星の様に青い鎧を身にまとった戦士が、足甲を鳴らし現れる。何故か両腕を上げ、Yのようなポーズを取っていた。太陽の光が腰当の横に伸びる六本の排気口に反射する。

 永理はこのモンスターが現れた瞬間、思わず「太陽万歳!」と同じようなポーズを取った。

 

「スターダスト・チャージ・ウォリアーのシンクロ召喚に成功した際、デッキからカードを一枚ドローするッス!

 はいもう一丁、レベル3電々大公に、レベル4ダブルヨーヨーをチューニング! さあ謳おう、戦い続ける喜びを! シンクロ召喚! レベル7、クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 翔の場に現れたのは、白いドラゴンだ。足の無い、巨大な腕を二つ持ったドラゴン。腰に付いた四枚と、背中に羽のように広がる、緑色に光る、見るからに身体に悪そうな結晶。

 本来は翔のデッキには入っていない筈なのだが、どういう訳か翔がデュエルしたら出てくるカードの一枚である。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドッス!」

 

 シンクロモンスターがたった一ターンで二体も揃えるというのは、中々出来る事じゃない。とはいえどういう訳か新しい概念に関しては、オシリスレッドの方が使いこなしているのだが。オシリスレッドには柔らかい思考の人が多いのだと言う。永理曰く。

 まあそれはともかく、明日香と翔の形成が完全に逆転してしまった。二体のモンスターがどんな効果は解らないが、とはいえメインフェイズ2に出したのだ。何か厄介な効果を秘めているに違いない。

 じわりと嫌な汗が、背筋を濡らす。翔のデッキもさることながら、それ以上の不気味さ。翔を中心に、まるでどろりと空気が濁っているようだ。

 

「私のターン、ドロー!

 墓地の影霊衣の万華鏡の効果を発動! 自分場にモンスターが存在しない場合、墓地からこのカードと影霊衣と名の付くカードを除外する事で、デッキから影霊衣と名の付く儀式魔法を手札に加える! 私はこのカードとユニコールの影霊衣を除外し、二枚目の万華鏡を手札に加え、発動! 融合デッキの始祖竜ワイアームを供物とし、トリシューラの影霊衣を儀式召喚!」

 

 三つに分かれた角が特徴的な氷製の兜と、氷の鎧を身にまとった赤髪の少年。トリシューラと同じような尻尾が揺れ、ドラゴンのようなブーツが地面を凍らす。その少年が持っている武器は、まるで氷内部の白い結晶体をそのまま具現化させたような、引き抜いた際にずたずたに肉をそぎ落としそうな剣。

 強力過ぎるほど強力な効果、しかし翔は焦りもせず、ただにやりと笑う。

 

「トリシューラの影霊衣……効果はよく解らないッスけど、大方トリシューラと同じ効果なんだろうと推察は出来るッス」

 

「なら、説明する必要は無いかしら? そのデカいドラゴンには、氷河期に帰ってもらうわよ!」

 

 トリシューラの影霊衣が剣をびゅん、と振るうと、突如舞い起こった吹雪の渦がクリアウィングを取り囲む。

 あわや万事休すか、と思われた瞬間、突如クリアウィングの周りを緑色のバリアが取り囲む。そして――急激に収縮し、爆発した。

 緑色の楕円形バリアが、まるで核爆発のように大きく膨らむ。そして、その中から現れたどろどろに溶けた緑色の腕がトリシューラの影霊衣の腕を、脚を掴む。

 

「なっ、何が起こっているの!?」

 

「クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの効果ッスよ。一ターンに一度、このカード以外の場の、レベル5以上のモンスター効果を無効にし破壊する!」

 

 そのままトリシューラの影霊衣は緑色の腕に、爆発するバリアの中心に引きずり込まれてしまった。断末魔を上げ、明日香に必死に手を伸ばす。しかし、届かない。決して遠くは無い距離、だというのに――。

 現実は非情に無情に、トリシューラの影霊衣を、肉片一つ残さず消し飛ばした。

 

「そしてこのクリアウィングの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分、このカードの攻撃力をアップするッス! 攻撃力2500に2700加えての5200!!」

 

 許しは乞わん恨めよ、とでも言いたげに明日香を見下すクリアウィング。その緑色の身体に悪そうな結晶体が一際大きく、緑色に光る。そして周りに謎の粒子を垂れ流す。

 雪のように深々と、蛍のように輝きながら落ちる粒子。あからさまに身体に悪い。

 

「……厄介ねその能力。でも――」

 

 所詮一回きりよね。

 そう囁くような声が、氷塊に熱した鉄球を落としたように入ってきた。ぞわり、と翔の産毛が栗立つ。不気味さと妖艶さ、十代に猛アピールするようになってから更にそれが研ぎ澄まされている。

 

「墓地のトリシューラの影霊衣と影霊衣の万華鏡を除外し、デッキから影霊衣の万華鏡を手札に加え、発動! 融合デッキのスケルゴンを墓地へ送り、ブリューナクの影霊衣を儀式召喚!」

 

 鏡の中から現れた巨大な氷塊がひび割れ、その中からブリューナクを催した氷の鎧を身に纏った少年が、両手剣を振り、ダイヤモンドダストを振り払いながら現れる。

 ブリューナクの影霊衣が背中に付いた氷の翼を羽ばたかせると、クリアウィングの足下から徐々に凍っていく。

 

「ブリューナクの影霊衣は融合デッキから特殊召喚されたモンスターを手札に戻す! クリアウィングとチャージ・ウォリアーには融合デッキで眠って貰うわ!」

 

「クリアウィング!」

 

 翔がクリアウィングに命令する、抵抗しろと。クリアウィングの羽が緑色に輝き、プラズマのように輝く粒子でバリアを作る。

 しかし、それすらもまるで無力。バリアがまるでただの光のように、何の抵抗もなくクリアウィングの脚は、下半身は凍っていく。凍り付き、動かなくなった。

 チャージ・ウォリアーは「寒いのは敵わん」とでも言いたげに側索と姿を消していた。

 

 そう、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの第二の効果。これはレベル5以上に対する効果を無効にし破壊するものだが、それが適応されるのは一枚限定。

 例えば今回のブリューナクの影霊衣のように、一枚以上を対象に出来る効果の前には無力。何の抵抗も出来ず、消えてしまう。

 

「これでもはや打つ手なし、かしら? バトル!」

 

 明日香は勝利し褒められる自分の姿を幻視し、思わず頬が緩む。しかしそれは、敵である翔からしてみれば、さながらライオンの笑み。笑うとは本来攻撃的なものであり、獣が牙を剝くのが原点である。

 即ち、今の翔が見ているものは、明日香の笑顔は攻撃的な笑みなのだ!

 ――しかし、だからといって翔もやられっぱなしという訳では無い!

 

「ブリューナクの影霊衣で直接攻撃!」

 

 ブリューナクの影霊衣が右足を大きく踏み込み、剣を逆袈裟に振り上げる。冷気をさながらロケットのように噴出させながら迫る刃。しかし翔は冷や汗を流しながらも、笑みを浮かべ罠を発動させる。

 

「ははっ、はははっ! この程度、想定の範囲内ッスよぉ! 罠カード発動、ダイスロール・バトル! 相手の攻撃宣言時、墓地のスピードロイドモンスターを対象に発動! そいつと手札のスピードロイドのチューナー1体を除外し、エクストラデッキからシンクロモンスターを特殊召喚するッス! 僕は墓地のダブルヨーヨーと手札の三つ目のダイスを除外! 吹きすさべ死と発展の粒子よ! まき散らし世界を汚染しろ! クリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 またしても死と発展、戦争の粒子をまき散らしながら現れる白き竜。それが、ブリューナクの影霊衣の前に立ちふさがり、剣を防ぐ。

 ブリューナクの影霊衣は咄嗟に後ろへと飛ぶ。すると先ほどまで彼の居た場所に、緑色の粒子の塊が放出された。ドロドロに溶けた地面が、泡を作る。

 

「どうするッスか明日香さん。攻撃力はこっちの方が上ッスよ?」

 

「……攻撃は続行するわ」

 

 明日香は迷う事無く、再度攻撃の命令を出す。ブリューナクの影霊衣は頷き、剣を水平に構え、地を蹴った。

 相手は竜、それも攻撃力では負けている。だというのに、真っ直ぐに走る。ただひたすらに、勝利しか考えずに。

 明日香の選択に、命令に迷いは無かった。

 クリアウィングが迎撃しようと粒子の塊をはき出すが、ブリューナクの影霊衣はそれを意図も容易く避ける。横に飛び、前転し、先を読んだ攻撃を読みあえて移動せず。

 そして素早くクリアウィングの足下に潜り込むブリューナク、その剣に青い鱗の、両腕にレーザー砲台のようなものを取り付けたリザードマンが宿る。

 

「手札のディサイシブの影霊衣を墓地に捨て、攻撃力を1000ポイントアップする!」

 

 剣が青白く光り輝く。クリアウィングの翼すら覆い隠さんばかりに、神々しく。

 雄叫びを上げ、勢いよく振り下ろす。するとクリアウィングの胴体は翼ごと真っ二つに裂け、内部の緑色の粒子が大きく吹き出し、空を覆う。

 バチバチと切断された内部のコードがスパークし、生身の部分の断面から赤黒い液体が溢れ流れ出る。

 

「……マジッスか、ちょっと想定の範囲外ッスねこりゃ」

 

「常に想定を上回っていくのがデュエルの醍醐味よ。カードを二枚セットしてターンエンド」

 

 明日香の場には攻撃力2300のブリューナクの影霊衣、一見すると有利に見える。が、しかし、それでも簡単に、たった一枚のカードでひっくり返るのがデュエルというものだ。

 そして翔は永理の、あの永理の友人である。それも同じ深淵を覗く同志だ。戦局をひっくり返すようなキーカードは、きっと何枚も組み込んであるだろう。

 

「僕のターン、ドロー!

 ……やっぱりだ」

 

「やっぱり?」

 

「最後に勝つのは、最後に笑うのは僕自身だ! 魔法カード、スピードリバースを発動! 墓地のスピードロイドと名の付くモンスター一体を特殊召喚する! 僕は墓地のベイゴマックスを特殊召喚! 効果により、デッキから赤目のダイスを手札に加え、召喚するッス!」

 

 連なったベイゴマの隣に現れる、黄金立方形のサイコロ。ぎょろり、と不気味な血のように赤い眼が明日香を睨む。

 周辺に浮かぶ赤い宝石は赤目のダイスを離れ、ベイゴマックスの周りを旋回する。

 

「赤目のダイスは召喚・特殊召喚に成功した時、場のスピードロイド一体のレベルを1~6までの好きなレベルにするッス! 僕はこれでベイゴマックスのレベルを5にする! レベル1赤目のダイスに、レベル5ベイゴマックスをチューニング!

 南西諸島の海の地の底に眠る竜よ、鉄と重油と戦争の臭いを嗅ぎ付け目を覚ませ! シンクロ召喚!」

 

 光の中に現れる、数多の船の残骸(スクラップ)。それらを翼を広げぶち壊しまき散らし姿を現す、珊瑚色の、蛇のような下半身の龍。

 さながらミノカサゴを龍化させたような外見の龍は、鉄より固い鉛の鱗をまき散らし、天に吠えた。

 

「瑚之龍!」

 

「シンクロモンスター……本当、ぽんぽん出すわね」

 

「運の良さは兄さん譲りなんスよ。瑚之龍の効果発動! 手札を一枚捨て、場のカード一枚を破壊する! 僕は明日香さんの伏せている、右のカードを破壊!」

 

 瑚之龍の身体が一瞬震えたかと思うと、棘のように尖った鱗が明日香のカードをずたずたに引き裂く。

 破壊されたのはトラップ・スタン、罠カードの効果を無効にするカードだ。強力ではあるが、今の状況では無力。

 

「バトル! 瑚之龍でブリューナクの影霊衣を攻撃ッス!」

 

 瑚之龍は地面に、槍のような両腕を突き刺し大きく跳躍した。そして自重に任せてブリューナクの影霊衣に飛びかかる。

 しかしブリューナクの影霊衣は剣で、逆に相手の首をたたき切ろうと振りかぶった。

 びゅん、と空気の切れる音。ブリューナクの影霊衣が剣を振るった時には既に瑚之龍は居らず、強い衝撃と共に背後から腹にかけて、熱のようなものが差し込まれる。

 ぽたぽたと、赤い雫が地面に落ちた。呆然と、腹に突き刺さった棘を見るブリューナクの影霊衣。遅れて傷みが全身に走り、からりと剣を落とす。

 瑚之龍はそのままブリューナクの影霊衣に体重をかけ押し倒し、何度も何度も腕で腹を刺突する。そのたびに口から赤い泡が吹き出し、身体が痙攣する。鎧と瑚之龍が真っ赤に染まり、内臓がぐちゃぐちゃのミンチになってからようやっと、ブリューナクの影霊衣は消滅した。

 会場はシン、と静まりかえっている。

 

「……グロ過ぎない?」

 

「そうッスか? ターンエンドッス」

 

 ちょっと吐き気を抑えながら、明日香はカードを引く。

 

「……正直、ここまでやるとは思っていなかったわよ翔君」

 

「そりゃどうもッス。でも、次のターンで明日香さんは終わりッスよ。たった二枚のカードで何が出来るんスか?」

 

 明日香の手札はたったの二枚。そう、翔の言うとおり、これはもはや詰みに入っている。

 翔のシンクロデッキや万丈目のパワーシンクロデッキならばいざ知らず、明日香のデッキは手札消費の多い儀式デッキ。供物にしても何にしても、とにかく手札を消費するデッキだ。

 それが、たった二枚で何が出来るというのか。翔は、勝利を確信していた。勝ち誇っていた。

 

「そこがまだまだね翔君! 私は魔法カード、儀式の準備を発動! デッキから儀式モンスター一体を手札に加え、墓地の儀式魔法をサルベージする! 私は墓地からトリシューラの影霊衣を、そしてデッキから影霊衣の降魔鏡を手札に加える! 墓地の影霊衣の万華鏡とディサイシブの影霊衣を除外し、デッキから影霊衣の反魂術を手札に加える!

 影霊衣の降魔鏡を発動! 手札のシュリットを供物とし、手札のトリシューラの影霊衣を儀式召喚!」

 

 またしても現れる、赤髪の少年。そして、今度は効果を発揮出来るからか、どこか表情は得意げだ。

 トリシューラの影霊衣が剣を振るうと、即座に瑚之龍の身体は凍り付き、粉々に砕け散った。

 

「トリシューラの影霊衣は儀式召喚に成功した時、場・手札・墓地のカードを一枚ずつ除外する! 場の珊之龍に墓地のクリアウィング、そして手札を一枚除外してもらうわ! そしてシュリットの効果で、デッキから影霊衣と名の付く魔法カード、影霊衣の降魔鏡を手札に加える! 更にリバースカードダブルオープン、罠発動、無欲な欲張り! カードを四枚ドロー! 更に暗黒界の取引を発動! 互いにカードを一枚ドローし、一枚捨てる!」

 

 無欲な欲張りは次とその次のターンのドローをロックするという弱点こそあるものの、手札二枚という即効性のアドバンテージを得られる。いわば株でいうところの、信用取引のようなものだ。

 つまり、これで決められると、決める事が出来ると確信出来た時に発動すれば、そのデメリットは存在しないものとなる!

 翔もそれを察知していただろうが、しかし打てる手は全くなかった。手札誘発効果のあるモンスターは存在せず、場はがらんどう。もはや、勝てる見込みはない。

 

「儀式魔法影霊衣の反魂術を発動! 手札の影霊衣の戦士エグザを供物に、墓地からカタストルの影霊衣を儀式召喚! そしてエグザの効果でデッキから魔法使い族の儀式モンスター、二枚目のカタストルの影霊衣を手札に加える!」

 

 両腕に機械のアームを付けた二足歩行で歩く竜人種(リザードマン)が、ぎらぎらと青い鱗を光らせて現れる。魚のような背びれが、ひらひらと風に揺れる。

 機械のアームは白い装甲に被われており、肉を引き裂く刃は黄金色に輝く。

 

「さあバトルよ! トリシューラの影霊衣、カタストルの影霊衣で直接攻撃!」

 

 トリシューラの影霊衣は身体を前方に倒し、地面を強く蹴る。そして矢の如き早さで翔に肉薄すると、一気に袈裟へ切り上げた。

 翔は咄嗟にそれに、半ば条件反射的に両腕で身を庇う。しかしその上から、カタストルの影霊衣の黄金色に輝く人工爪が振り下ろされ、翔のライフは跡形も無く削られた。

 

「……かっ、勝った、の?」

 

「……なーんで勝者である明日香さんの方が、ぽかーんとしてるんすか」

 

 




 待たせたな!!
 とりあえず文化祭分だけは終わらせます。かなりお待ち下さい。ヘルシングのOVA最終巻よりは早く出るかも……遅く出るかも(ボソッ)


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第49話 ぶっ生き返す

 デュエルを終えた明日香は小走りで十代の所に走り寄ると、「ん」と一言だけ言い頭を突き出した。十代は静かに、明日香の頭を撫でる。それに嫉妬してかツァンも、十代の左手を掴み、自分で頭の上に乗せる。

 

「頑張ったな、明日香。……あとツァン、何してんの?」

 

「へっ!? なっ、なんでもないし! べっ別に、してほしかったとか羨ましいとかそういうのじゃ……」

 

「ならその手どけたら? というか、自分からしてたわよね?」

 

 明日香がニヤニヤと笑いながらツァンに言うと、ボンという効果音でも出てきそうなくらい一瞬で顔を赤くする。しかし十代の手を放す様子はない。

 もはやツンの要素ゼロである。デレ百パーセントだ。

 

「十代、もっと褒めてもいいのよ?」

 

「ずっ、ズル――じゃなくて、えっと、片手空いてたら寂しいでしょ? だから仕方なく、仕方なくよ!」

 

「はいはい」

 

 なんともまあハーレムものライトノベル的アモトスフィアを放っている十代グループとは対照的に、永理達非モテグループは嫉妬の炎で(三沢以外)燃えさかっていた。

 

「ああリア充がイチャイチャしてたら、全て壊したくなるな……友人でも」

 

「むしろ友人だからこそだと思うっすよ、おのれリア充」

 

 血が出るくらい唇をか噛みしめ、血の涙を流す永理と翔。友人でも――翔の言うように友人だからこそ、こういうのを恨んでしまうのだろう。妬んでしまうのだろう。

 しかし同じ非モテグループである(二人とは違って昔は評価が高かった)三沢はその様を鼻で笑い、呆れたように言う。

 

「ふん、あいつ等が結婚して子供産んだらハイエースすればいいだけの話だろうが」

 

 翔と永理はそっと、三沢から距離を取った。しかし三沢はそれにも意に介さない。彼は常に、自分の信念を曲げない男となったのだ。悪い方向で。

 永理とてモテないグループに入っているものの、普通にモテたい側の人間だ。三沢のように色々と悟って、悪い方向に突き抜ける程落ちぶれてはいない。それに実行に移そうにも力負けるだろうし。

 まあ、三沢をこうしたのも永理だが。

 

「さて、残るは俺と十代という訳だが……いつまで続くんだ、この地獄は」

 

「地獄て、俺も腕が痛くなってきたんだけどな……」

 

 ハハハ、と乾いた笑いを出す十代。撫でられてご満悦な二人の美女。永理の嫉妬の炎が激しく燃える。めらめらと、まるでガソリンをぶちこまれたように。

 今すぐぶち壊したい衝動に駆られるが、永理は我慢する。今のこの場は祭り状態、その中で空気を壊すような事はしない。永理は目立ちたがり屋で、エンターティナーなのだ。

 つまり、この恨み辛み逆恨みはデュエルで晴らす、という訳だ。まあ実力を見せつけてあわよくばモテるチャンス来ないかという打算もあるが、それは確実に無いだろう。永理がモテるとしたらそれは夢か空想世界かぐらいだ。

 

「そろそろそいつを解放してやってくれないか? 観客達を焦らすのも重要だが、あまりに過ぎると飽きられてしまうからな」

 

「へっ? あっ、ああごめん……頑張ってね、十代」

 

「十代、私の勝利に続くよう勝ちなさいよ!」

 

 二人に背中を押され、十代が出てくる。永理もにやりと悪役スマイルを浮かべ、場に躍り出た。

 

「さて、やりますか」

 

「ああ、待たせて悪かったな永理」

 

「いいさ、おかげで――テメェを思う存分ぶっ倒せるってもんだ!」

 

 永理がにやりと笑い指を鳴らすと、観客達から大きな歓声が、闘争を求める声が上がる。

 十代はその言葉に対し、デュエル開始の宣言で答えた。

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエリストに、戦士に言葉は必要ない。語る事があれば、気に入らなければただ、カードという剣で語り合い、ぶつかり合うのみ。

 

「先攻は俺が貰う、ドロー!

 モンスターをセットし、カードを二枚セット! ターンエンド!」

 

 永理の定石的パターンだ。初手セット、永理が初手でモンスターを攻撃表示で召喚する事は全く無い。十代も、それは既に知っている。

 だからこそ、十分に十全に警戒をする。伏せモンスターにも、伏せカードにも。

 まあ、だからといってする事は変わらないが。とはいえ何かが起きた時に狼狽えないよう覚悟は出来た。

 

「俺のターン、ドロー!

 俺は魔法カード、ヒーローアライブを発動! ライフを半分払い、デッキからE・HEROと名の付くレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する! 俺はデッキから、エアーマンを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 背中にファンを付けたヒーローが、砂煙を上げて十代の場に現れる。ファンによって巻き上げられた土はエアーマンの周りに渦巻き、上手い事格好良い感じに土を散らせた。

 

「エアーマンの効果で、デッキからHEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキから、スパークマンを手札に! そしてフィールド魔法発動、チキンレース!」

 

 突然エレクトリカルなパレードに流れそうな音楽が鳴り、白い手袋を付けた黒い鼠がステッキを持ちながら踊り出す。

 ああチキンレースってそういう――というか、これ大丈夫なのだろうか。十代は不安げである。一方永理は音楽に合わせてネズミーマウスマーチを歌っていた。

 著作権とかいうな生々しい。

 

「ライフを1000払い、効果発動! カードを一枚ドローする!」

 

 あっという間に、十代のライフは1000となる。だが、これで永理はチキンレースの効果を無くさなければ、十代にダメージを与える事は出来ない。

 チキンレースはライフが少ない側の受けるダメージを0にする効果を持っている。つまり永理は、ライフを999以下にするか、このカードを破壊しなければ勝てなくなったという事だ。

 だが十代は、一気に決められるその瞬間まで攻撃はしてこないだろう。故に、永理が取れるのは魔法を破壊するカードを引けるように祈る事しか無いのだ。

 

「クリバンデットを召喚!」

 

 左目に眼帯を付け、頭に黄色いバンダナを巻いた黒い毛の球体が、三角眼を光らせながら現れる。

 グレムリンのように鋭い爪の生えた手足や吸血鬼のような牙といった特徴がどうも女性受けしないのか、女子の反応はそこそこだ。

 

「バトルだ! クリバンデットで伏せモンスターを攻撃!」

 

 クリバンデットは弾かれたピンボールのように素早く駆けると、伏せられていたモンスターが表になり、それと同時に女子から黄色い歓声が上がった。

 永理が伏せていたのは、青いマントを羽織り、緑色の鎧を身に纏った金髪のエルフ。それが剣を払い、クリバンデットの爪を弾いたのだ。

 

「エルフの剣士とか……お前、このシンクロ融合の時代に」

 

「使っていて楽しいデッキでないと、デュエルをする意味は無いのでな」

 

 永理がにやりと笑う。十代を驚かせてしてやったり、といった表情だ。

 永理はよく笑う、と十代は思う。永理はとにかく笑う、それも人を驚かせた時は特に、だ。そしてそういう顔をしている時は、大抵想定の右斜め上を行くのが永理だ。

 十代にはそれが楽しみで、そして少しばかり不安で仕方が無い。きっと、本当の本気で悪ふざけをしてくる筈だ。永理とはそういう奴だ。

 

「エアーマンで攻撃!」

 

 エアーマンのファンから出た竜巻がエルフの剣士をずたずたに引き裂く。左右からふき荒らされる風圧によってエルフの剣士の腕が、足が吹き飛び、肉が飛び散る。

 風が止むと、ずたずたに引き裂かれた鎧だったものが、肉の塊がどしゃりと落ちた。

 無駄にグロい死に方である。

 

「カードを二枚セットして、エンドフェイズにクリバンデットの効果発動! このカードを生け贄に捧げ、デッキトップからカードを五枚めくり、その中から魔法・罠カード一枚を手札に加え、残りを墓地に送る!」

 

 デッキトップのカードはクレイマン、チューニング・サポーター、融合、ブレイクスルー・スキル、ギャラクシー・サイクロンの五枚。

 中々良いカードというレベルではないが、十代は気にせずプレイを進める。

 

「俺は融合を手札に加え、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 死んでいる暇は無いぞ、さあ仕事だエルフの剣士! 罠カード、正統なる血族!」

 

 地面を割って蘇ったエルフの剣士はその力をアピールするように剣をぶんぶん振るうが、永理は悪い笑みを浮かべながらカードを発動させる。

 そして、それを見た瞬間エルフの剣士の顔が青ざめた。

 

「魔法カード、馬の骨の対価! 通常モンスターを生け贄に捧げ、カードを二枚ドロー!」

 

 突如空中に現れた巨大な骨がエルフの剣士を押しつぶしたかと思うと、ぱかっと骨が真っ二つに割れ、そこから何故かボディビルダーが筋肉を強調させるようなポーズを取った強欲な壺(首から下は超ムッキムキ)の、象牙で造られた像が現れ、すぐに消えた。

 

「……いやなんだそれ!?」

 

「さあな知らん。モンスターをセットしてターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 まあ、永理のカードに関してはツッコんでいても仕方ないよな……エアーマンを手札に戻し、手札からA・ジェネクス・バードマンを特殊召喚! そしてエアーマンを通常召喚! 効果でデッキからプリズマーを手札に加える!」

 

 機械で出来た緑色のオウムが、鷹のポーズをしながら現れる。その隣でエアーマンも、同じようなポーズで再度召喚された。

 これは十代の十八番。エアーマンの効果を二回使用し、なおかつ強力なシンクロモンスターを召喚する。単純ながらに呆れる程有効な戦術だ。

 

「レベル4のエアーマンに、レベル3バードマンをチューニング!

  暗黒の時代より蘇りし爆撃の王よ、我が呼びかけに答え世界を蹂躙せよ! シンクロ召喚! 飛べ、ダーク・ダイブ・ボンバー!」

 

 茶色い装甲に身を纏った人型爆撃機が現れる。

 十代のデッキの切り込み役、普段は自信を生け贄にしての特攻ばかりだが、当然アタッカーとしても使われる。

 

「バトル! ダーク・ダイブ・ボンバーで伏せモンスターを攻撃!」

 

 伏せられていたカードは、またしてもエルフの剣士だった。防御態勢を取っていたもののプロペラの勢いには勝てず、鎧諸共ミンチにされてしまう。

 ぐちゃぐちゃの挽肉になったエルフの剣士だったものはびちゃっ、と地面に落ち、まるで最初から何も無かったかのように消えた。

 

「ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 俺は死者蘇生を発動! 墓地のエルフの剣士を蘇生させる!」

 

 「もう殺して」とでも言いたげなくらい虚ろな眼でダーク・ダイブ・ボンバーを見つめながら、エルフの剣士が土塊の中から現れる。そのあまりにも悲しみと憎しみの籠った眼差しに、流石の十代もびくついた。

 まだ三回しか死んでいないが、既に満身創痍な様子だ。どうも同名カードの疲労度は同じ精霊に蓄積されるらしい。

 

「まだ楽はさせないぜエルフの剣士! 馬の骨の対価! エルフを墓地に二枚ドロー!」

 

 今度はエルフの剣士の背後に突然現れた、緑色の肌をした筋肉もりもりマッチョマンの強欲な壺がエルフの剣士をチョークスリーパーで締め上げ、気を失いさせてから姿を消した。

 

「十代、エレクトリカルパレードを利用させてもらうぜ! 1000ライフを払い、カードを一枚ドロー! そして手札抹殺を発動! 互いに手札を捨てて捨てた枚数分ドローする! 俺は手札五枚を捨てて五枚ドロー!」

 

「俺は五枚捨てて五枚ドローだ! そして手札のE・HEROシャドー・ミストが墓地へ送られた事により、デッキからレベル4以下のE・HEROと名の付くモンスター一体を手札に加える! 俺はデッキからクレイマンを手札に!」

 

 十代に墓地アドバンテージと手札一枚の増強を与えてしまったという形になってしまったが、融合を捨てさせられたというのはかなり大きい。

 融合デッキにおいて融合という魔法カードは、何よりも重要なキーカードである。これが無ければ何も始まらず、何も出来ない。例えるなら漫才や落語におけるマイクだ。

 ……まあ、十代のデッキは他の融合デッキとは違い、シンクロも組み込んだかなりカオスなデッキであるのだが。

 

「魔法カード、黙する死者を発動! 墓地からエルフの剣士を守備表示で特殊召喚!」

 

 自分の首筋に切っ先を向け、今にも自害しそうな感じのエルフの剣士が現れる。

 

「更に速攻魔法、地獄の暴走召喚! 攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時、デッキ・手札・墓地から同名モンスターを可能な限り特殊召喚する! 俺はデッキから一体と、墓地から一体のエルフの剣士を特殊召喚!」

 

 絶望に染まりきった表情で、新たにエルフの剣士が二体現れる。墓地から特殊召喚されたのはまた帰ってきてしまったかという絶望感に染まりきっており、デッキから現れたのはブラック企業に就職してしまった新卒のような絶望感的表情である。

 地獄の暴走召喚は使用者自身は攻撃力1500以下のモンスターしか特殊召喚出来ないが、相手が特殊召喚する際は攻撃力の上限がない。

 最も今十代の場にいるモンスターはシンクロモンスターであるダーク・ダイブ・ボンバーのみ。融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターはデッキから特殊召喚出来ないのだ。

 

「更に魔法カード、デルタ・アタッカーを発動! 場に同名通常モンスターが三体存在する時に発動! このターン、三体の通常モンスターは直接攻撃出来る!」

 

「永理、忘れてないか? 確かに、今の俺のライフは少ない。でもな、チキンレースがある限り、俺にダメージは与えられないぜ!」

 

 そう、十代の場にはチキンレースが存在している。ライフが少ない場合、全てのダメージを無効にするという、厄介な効果を持ったカード。

 確かにエルフの剣士二体どころか一体でも十分なくらい、十代のライフは少ない。だが同時に、永理のライフより少ないのだ。チキンレースがある限り、永理に勝ち目はない。

 

「ならば簡単だ。少々主人公臭い台詞だが――このドローに全てを賭ける! だから犠牲になれ、エルフの剣士!」

 

 永理が発動した魔法カードは、馬の骨の対価。二度目の正直、二度目の諦め。守備表示となっていたエルフの剣士は自らの運命を悟り、せめて楽にと首筋に自らの剣を宛がう。

 しかしどういう訳か剣の切っ先からにょきりと強欲な壺が顔を現し、そしてくるりとエルフの剣士の後ろに飛び現れると、今度は腰に逞しい腕を回し、思い切りバックドロップ! エルフの剣士の頭を、地面に勢いよく叩き付けた!

 

「……なんか見ていて可哀想になってくるな。というか永理、もしかしてそのデッキって……」

 

「そう、ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! ぶっ倒しても! ぶっ生き返すデッキ! その名も! 終わりのないエルフの剣士(ゴールド・エルフペリエンス・レクイエム)!!」

 

 実質エルフの剣士を戦闘破壊したのは一回だけであるが、密に、密に。

 そしてこんなデッキのくせに、割と戦えているというのがまた永理の憎いところだ。エクシーズモンスターが導入されたら、かなり強くなるだろう。認めたくはないが。

 

「二枚ドロー! ……ふっ、ふはははは! 女神のキスを感じちゃいます! サイクロン発動! チキンレースを破壊しろ!」

 

 喧しく鳴っていたエレクトリカルパレードに突然雑音が混じったかと思うと、名状しがたい断末魔を挙げながら音楽がかき消える。

 

「バトルフェイズ! さあ行けエルフの剣士!」

 

 永理の合図と同時に二体のエルフの剣士は走り、ダーク・ダイブ・ボンバーの機銃やらミサイルやらを避け、切り裂きながら通り過ぎ、十代の右半身と左半身を袈裟に斬る。本来であればここに上から唐竹割りするエルフの剣士もいるのだが、そのエルフは骨製強欲な壺の犠牲になったのだ。

 普段からその実力を出せと言いたくなるくらいの活躍だが、すぐに慌てて二体のエルフの剣士は永理の場へと戻る。どうも既に、バトルを終えた時にデルタ・アタッカーの効力は消え去ったらしい。

 

「どうだ十代、俺の勝ちだ!」

 

 永理がガッツポーズをし、十代に勝ったと声高に断言する。

 だが、ソリットヴィジョンは未だ消えない。既に勝敗は決したのに。決した、筈なのに。

 だが、十代は未だ立っていた。いや、闇のデュエルとかではないので立っているのは当然なのだが。

 

「十代! お前は死んだ――」

 

「筈か? 生憎だったな、英雄ってのはしぶといんだぜ。永続罠、女神の加護を発動させていた。こいつはライフを3000回復させる罠カードだ。……まぁ破壊されたら一巻の終わりなんだけど」

 

 永理は歯噛みした。十代のライフは、たとえ3000ぽっち回復されたとしてもたった1200。あっという間に削りきれる程度のライフだ。対して永理のライフは未だ無傷の4000。しかし、十代の手札は六枚とある。

 これがそこらのモブであれば永理はこのまま勝利への道を突き進めただろうが、相手はあの十代だ。驚異のドロー運で融合とシンクロの調和という無茶苦茶なデッキを回す、遊城十代だ。必ずどちらかのカードが来るのは、コーラを飲んだらゲップが出るくらい明らかだ。

 

「カードをセットしてターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー! ……悪いな永理、このデュエル俺の勝ちだ」

 

「はっ、言ってろ十代。幾らお前のドローだとしても、この状況をそっくり丸ごとひっくり返して大逆転勝利なんてのは出来っこねーよ」

 

「そうでもないぜ? プリズマーを召喚し、効果発動! エクストラデッキのシャイニング・フレア・ウィングマンを相手に見せ、デッキから融合素材であるスパークマンを墓地へ送る!」

 

 十代の場に現れた、全身が水晶で出来た人型のプリズム体が現れ、心霊写真のようにスパークマンの姿をその身に写す。

 プリズマー、E・HEROである意味最も強く、最も汎用性のあるカード。そのおかげで価値はかなり高まっており、正直言って下手をすれば真紅眼に並びかねない程。

 そして何より、十代のエースモンスターの攻撃力増加に繋がってしまうというのが、今は一番厄介だ。

 

「魔法カード、融合を発動! 手札の沼地の魔神王と、場のスパークマンの名を持ったプリズマーを融合! 来い、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 プリズマーの身体を巨大な藻が包み込み、締め上げ、ぐちゃぐちゃ肉の混じり合う音を響き渡らせる。そして徐々にその形を、人型からアメコミヒーローのような等身へと変えていく。

 まず太い両足が出来た。鶏のように指が三つに分かれている足は腰にかけてまで、白い鎧を身に纏っている。変形し現れた上半身は、肩だけが異様に大きな鎧で被われている。

 そして潰したツチノコのような形の武器の付いた右腕と普通に鎧で腕を被われている左腕が生え、最後にメタリック製の鉄の羽根が生える。

 十代の切り札、現時点での切り札の一つだ。

 

「攻撃力5300……やり過ぎだな、十代」

 

「手札抹殺でE・HERO二体くらい墓地へ送られているから、攻撃力5900だぞ」

 

 十代の言葉を証明するように、シャイニング・フレア・ウィングマンの羽根がより一層恐ろしいくらいに輝きを増す。そしてそれを見たエルフの剣士二人の顔が青ざめた。

 ツァンも明日香も、もはや十代を応援してはいなかった。というより、エルフの剣士に同情していた。何度も墓地へ送られ殺されて、そして無慈悲に殺される。これは避けられようのない運命ではあるものの、だからといって同情せずにいられるだろうか。一度視聴済みの状態で火垂るの墓の節子を見るような気分を、二人は抱いていた。

 三沢と翔は何も言わず、何も語らず、自然と、無自覚のうちに敬礼をしていた。何故かローマ式の敬礼だったが。

 そしてそんな状況の中で、永理は笑っていた。多分エルフの剣士の死に様を見たいだけなのだろう。こいつは生まれついての外道である。

 

「来い、さあ来いよ遊城十代! あの男のように、何度も死んだケニー・マコーミックのように! あの8ドットの世界の、無謀なる冒険者のように。あのスペランカーのように! エルフの剣士の身体を、燃やし尽くして見せろ!」

 

「お前がなれる旦那はJ・ガイルの方だろ! 言われなくてもやってやるぜ、バトルだ!

 シャイニング・フレア・ウィングマンで、エルフの剣士を攻撃! ライトニング・デストロイ!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンが空中高く飛び上がり、一気に急降下。それと同時に巻き起こる空気摩擦と、右腕のパーツから出るリンが反応を起こし、シャイニイング・フレア・ウィングマンを白い炎が包み込む!

 そして、そのまま隕石が、白く輝く隕石が落ちてくる! 右側のエルフの剣士は青ざめ、絶望のあまり剣を落とした。

 しかし、永理は笑っている。敗北を楽しむ笑いではない、まだ打つ手はあるという笑いだ。

 

「リバースカードオープン! 罠カード発動、ジャスティブレイク! 通常モンスターへ対する攻撃宣言時発動! 表側攻撃表示の通常モンスター以外のモンスター全てを破壊する!」

 

 左側のエルフの剣士が剣を逆手に持ち替え、ずっしりと腰を落とし、エネルギーを刃に集中する。バチバチと稲光を発する刃は、凄まじいエネルギーを秘めていると実感させられる。

 ジャスティブレイク、表示形式に問わずモンスターを破壊出来るという点においては聖バリすら凌ぐ優秀なカードだ。通常モンスターを軸にするデッキならば、取りあえず一枚は刺しておきたいカードと言えるだろう。

 

「フハハハ十代、お前の負けだ!」

 

「勝利を確信した瞬間、既にそいつは敗北している……って言葉を知っているか、永理?」

 

 そう言い十代が発動させたカードは、トラップ・スタン。罠カードの効果を全て無効にする、最強の罠カードメタ。

 銀色の紙が舞ってきたかと思うと、エルフの剣士の剣に宿っていたエネルギーが、まるで炎に放り込んだ氷のように消え去ってしまう。

 それと同時にエルフの剣士に、炎を纏ったシャイニング・フレア・ウィングマンが無慈悲に貫く。

 

『ゲバアアアアアアアッッ!!』

 

 おぞましい断末魔を上げながら、炎に焼かれるエルフの剣士。

 鎧はドロドロに溶け肉と混じり合い、人の形すら保てず、まるでスライムのように溶けていく。血も骨も関係なく、醜く惨たらしく。

 

「ばっ、馬鹿な……俺の、俺の夢見た、ブラマジガールの触手プレイが……パペット・プラントを使った触手プレイの夢が、こんなところで!」

 

「潰えて当然の夢だなおい」

 

 永理の言葉に、十代が思わずツッコみを入れた。そしてシャイニング・フレア・ウィングマンの効果で永理のライフが尽きると、ソリットヴィジョンが消える。

 ふう、と一息つく十代。そんな十代に駆け寄る、三つの影。

 そのうちの一つが、ツァンと明日香を追い越して十代に向かって飛びつき、抱きついた。

 

「ありがとうございます! 十代さん!」

 

「ちょっ、あっあんた何やってるのよ!! ボクの十代に羨ま――馴れ馴れしいよ!」

 

「ちょっと、十代は私のよ! 離れなさいよ、何所の誰だか知らないけど!!」

 

 十代の腰に抱きつくブラマジガールに、それを引きはがそうとするツァン。そしてちゃっかり十代の右腕に腕を絡ませる明日香。

 十代はどうすれば良いか分からず視線を右往左往し、視線で永理に助けを求める。

 永理の答えは、親指でぐっと首を切るジェスチャー。まあ、そうなるな。

 

「ちょっ、永理助けてくれ!」

 

「はーなーれーてーよー!!」

 

「いーやーでーすー! 十代さんは私のマスターになるんだから!」

 

「何言ってるのよこの子、十代のおっ、お嫁さんは私なんだから」

 

「ボクだよ!」

 

 しっちゃかめっちゃかの修羅場、ブラマジガールが胸を押しつけツァンが引きはがそうとし、明日香がちゃっかり告白紛いの言葉を呟く。

 そして翔は、愛しのブラマジガールが十代に惚れているというのに絶望し、静かに涙を流した。

 

「……ドンマイ、翔」

 

 三沢がぽんと肩を叩き、慰めの言葉を投げかける。

 ギャラリー共は四人の修羅場を肴にジュースや売店で買った焼きそばやらを食べている。

 ツァンがブラマジガールを引きはがすのを諦め左側の腕に胸を押しつける形で腕を組むと同時に、レッド寮の食堂から信じられないものが出てきた。

 

「……あの、大徳寺、先生……?」

 

「いや、違うんですにゃ。ツァンさん、違うんですにゃ」

 

 そこにいたのは、見るもおぞましい格好をした大徳寺であった。青い猫耳に青を基調としたセーラー服。腕にも腰にも白いふりふりのあれがある。

 月光蒼猫、という女性モンスターがある。元のイラストはとても可愛らしいのだが、それを御年三十後半になる男がやったらどうなるか。

 

「先生はやりたくないって言ったのに、ジャンケンに負けたばっかりに……どうして先生だけこんな目に……」

 

 さめざめと泣く大徳寺先生。当然だ、馬鹿でノリと勢いだけの永理ならともかく、ラブライバーであるという以外はごく普通の三十路後半である大徳寺がこんな格好……そりゃ泣きたくもなるというものだ。

 それを証明するように、誰も大徳寺と目を合わせようとしない。会わせられない。

 次の日からちょっとみんなの反応が優しくなったそうな。




 文化祭の時、出し物でこっくりさんの動画撮ったことがあります。
 で暇だったので一人でこっくりさん降臨させようとしたら、こっくりさんから降臨拒否されました。

 あっ、そういやTwitter始めました。本編に関係無い質問とかはそっちに4946。


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第50話 ショットガン・ブルース

 オシリスレッド食堂、古ぼけた椅子に座りながら、永理はニヤニヤ笑いながらトランプをシャッフルする。

 ショットガン・シャッフル。正式名称はリフルシャッフルと呼ばれるそれは、半分に分けたカードを人差し指で反らせ、少しずつ親指をずらし、お互いのカードが重なるようにカードをバラバラにはじく。後は真ん中のカード全体を山のように反らし、一番上のカードを抑えながら徐々に力を抜いていくだけでいいのだが――

 

「あっ」

 

「……永理君って、かっこつけたカードのシャッフル下手っすよね」

 

 爆発するようにカードが弾けてしまった。永理と翔は席を立ち、床に落ちたカードを拾い始める。

 

「おっかしいなあ、ちゃんとサイトでやり方見たのに」

 

「というか、普通にシャッフルしないっすか? 僕が代わりにやるっすよ」

 

 頭を掻きながら首を傾げる永理に、うんざりといった感じに言う翔。そう言いたくなるもの当然だ。

 永理がリフルシャッフルチャレンジをして、既に十分は経過している。これ以上無駄な時間を過ごすのは、どうもあれだ。どうせ無駄に過ぎると分かっていても、失敗を見るのはもう飽きたのだ。

 厨房の方から、ごま油の弾ける音と共に漂ってくる、美味しそうな豆板醤の香り。永理と翔、そして隅の方で本を読んでいた万丈目の腹の虫が鳴いた。

 

「そういや永理君、ブラマジガールの精霊はどうなったんすか?」

 

「十代にべったりだ、バカップルみたいにな」

 

「世の中って糞っすね」

 

「全くだ」

 

 永理と翔が、世の中の不平等さを嘆く。どこかの偉い人間は不平等は悪ではなく平等こそが悪なのだ的な事を言っていたが、この二人は全くそうは思わない。

 というより、不平等にも限度があるんじゃないかとさえ思うのだ。足の速い者や遅い者なんて小さな問題ではなく、もっと大きな、遠い未来も含めての不平等さ。それらは確実に悪と言えるだろう。だってこの二人、生まれてこの方彼女なんて出来た事無いもの。

 一応、永理は告白された事はある。あると言っても男からだが。当然丁重にお断りした。女装男や男の娘なら考えただろうが、告白してきたのは男塾にでも出てきそうな奴だったのだ。故に、断った速度も世界最速だと自負出来る。自慢できる話ではないが。

 

「……さっきから貴様等は、何をしようとしているんだ?」

 

「ポーカー」

 

 万丈目は呆れたようにため息を付く。

 永理がリフルシャッフルチャレンジをして、もう五度目だ。五回も失敗している。いくら何でも失敗しすぎだろ、と万丈目は呆れ果てていたのだ。

 

「そういや、ふと疑問に思ったんすけど」

 

「んあ?」

 

 六回目のリフルシャッフルを失敗する永理を横目見ながら、翔は手持ち部沙汰にテレビのチャンネルを変える。どうも今日中には成功しそうにもない。折角の休日をこう無為に浪費するのもあれだが、やる事が無いのだから仕方のない事であろう。

 ふと、翔がチャンネルを回すのを止める。

 

「ニュース? 翔がニュース……キャラじゃないな」

 

 永理は飽きたのか、トラップタワー制作をし始めていた。

 万丈目はそんな永理の言葉に、密かに頷く。

 

「うっせぇっす」

 

『――日早朝、大阪府大阪市西成区の天満宮神社で堺市東区会社員:平塚隼人さんが、意識不明の重体で発見されました。外傷は無く、原因は不明との事です。検察の見立てでは、過度のデュエリストエナジー不足によるショック症状との――』

 

「翔、3chかけて」

 

「オッケーっす」

 

『おみゃーさんたちは邪教を信じたで、好かんわ』

 

 厨房の方から「そろそろ出来るぞー」と十代の声。永理は一段だけ出来たトランプタワーを崩し適当にまとめると、元の箱に戻した。

 ちょうどそれと同時に、十代が料理の乗った皿を持ってきた。

 今日の飯は十代特製チンジャオロース、テーブルに乗った皿を見て永理と翔は、十代に不満げな視線を向ける。

 

「肉のないチンジャオロースなんてのは、チンジャオロースとは言わねぇんじゃねーのかな」

 

「いや……言うね」

 

「言わねーっすよ!」

 

「肉が無い時ゃ言うんだよ!」

 

「肉はどうしたよ肉は!? 三週間前に馬鹿みたいに入ってきた肉は!?」

 

「お前等三馬鹿が喰っちまったんだろうが! 毎日毎日夜食に肉チャーハン作って!!」

 

 そう言われてしまっては、永理も何も反論出来ない。確かに、毎日三食に加え夜中にチャーハンをよく作っている。いや、チャーハンを作っているのは亮が来ている時だけで、普段はただ肉をA1ソースで焼いて食べているだけだが。

 

「しかもお前等が夜中に料理が作るせいで、他のレッド生徒が起きて肉を食ってで……ああもう! 俺は我慢したのに!! 俺この三ヶ月間一度も肉食べてないぞ!!」

 

「十代、喧しいぞ」

 

 万丈目が十代を注意すると、黙々と肉無しチンジャオロースを食べ進める。

 永理も翔も、折角作って貰ったものなので、観念するように食べ始めた。そもそも非は永理達にあるので、何も文句は言えない。先ほどの肉の無いという抗議も、てっきり肉の在庫があるものとばかりに思っていたから故のものだ。

 

「そもそもの原因は大徳寺先生にある。あの人がしっかりと管理してくれれば……、全く何所をほっつき歩いているんだ。愚痴のひとつ二つぶつけてやりたいな」

 

 そう万丈目が嘆くように愚痴を零す。

 そう、大徳寺が居なくなって既に二週間は経っている。出張という話も教師陣は聞いていないらしく、どうも理由不明の行方不明らしい。

 永理は肉の無い青椒肉絲を飲み込んでから、ケタケタ笑いながら言った。

 

「ラブライブのイベントとかそういうのじゃねーの?」

 

「いや、そうでもないらしいぞ」

 

「んぐっ!?」

 

 突如神楽坂が背後から声を掛けてきて、翔は思わず噎せてしまう。十代が慌ててお茶を入れて翔に渡すと、もの凄い勢いで飲み干した。

 永理と万丈目はそんな翔には目もくれず、神楽坂の次の言葉を待つ。

 

「どういう事だ、神楽坂」

 

「いやその前に少しは僕の心配しろっすテメェ等コラ」

 

 そんな翔を置いておいて、神楽坂は一枚の書類をバンッ、とテーブルに置いた。

 翔のコップから零れた水で、紙の端の文字が滲む。とはいえそれは、印刷した日時が記されていたものなのでさして読み取るのに影響はないが。

 

「ここ最近の出航記録なんだが、このデュエルアカデミアから人が出たという履歴は無い。そもそも大徳寺先生が居なくなったのは二週間前、三週間に一度しか停泊しない筈なのに島外へ出る事は出来ない筈だ。――っつか、普通に考えたらそんくらい分かっただろ」

 

「いや、もうすっかり大徳寺先生が居なくなる=ラブライブのイベントって認識だったからつい」

 

 思い込みというのは恐ろしいものである。実際にはあり得ない事も、存在しない物も存在してしまうと認識してしまうのだから。

 しかし、これでより事件性と重大性は増した。何せ人一人が本当に行方不明になっているのだから。

 

「つまりは十代、こういう事だろう?」

 

 永理が得意げに、箸で十代を指差しながら笑う。口の端にはネギが付いている。

 十代と神楽坂の視線が永理に集まり、万丈目はチンジャオロースを完食させた。

 

「肉如きで騒いでいる暇は無い」

 

「肉食った主犯格が言うな主犯格が!!」

 

「やめっ、十代まっ、ギブッギブッ!!」

 

 見事、十代のスリーパーホ-ルドが永理の首を締め上げる。ぎちちっという鳴ってはいけない音、永理は必死に十代の腕を叩くも力を緩める様子は無い。

 ちなみに皿はちゃっかり翔が横から拝借され、残りのチンジャオロースを平らげられていた。

 

「神楽坂の情報が確かなら、大徳寺先生はこの島の何所かに居る。ならば見つけるのも時間の問題だろう」

 

「そうは言うがよ万丈目、一体全体何所を探せば良いのかさっぱりだぜ?」

 

「じゅっ、じゅうだっ、やばい……落ちる、マジに落ちっ――!!」

 

「十代放してやれ……まあ確かに、幾ら土地としては狭いとはいえ、人間から見ればアカデミアの面積は広い。しかし行方不明になっているという事はつまり、人の目に触れないところにいるか、もしくは隠れていると考えられる。となれば、自ずとどこに隠しているか候補は絞り込めるだろう」

 

 締め上げていた永理を解放してから十代が、PDAで地図アプリを開く。この島は学生の身分には少々広いので、迷子対策用にこういったアプリの導入が義務づけられている。

 ゲホゲホ喘ぐ永理を尻目に、十代はPDAに映し出された地図を、島全体が窺えるサイズまで縮小する。

 これで島全体を見通して計画を立てられるようになった。とはいえ十代も正直言って、あまり地理には詳しくない。秘湯のある森と廃寮くらいだろうか、行った事があるのは。

 一応廃寮は隠れられるところを知っているが、あの時は明日香のカードを頼りにして着いていた。何の目印も無しに、地下の部屋へ行けるかどうかは正直不安が残る。

 では森の方はというと、これも正直怖い。普段使っているのは舗装された道なので、人の手が入っていない森に入るのは正直勇気が要る。これは十代が、そこそこ裕福な家庭に生まれたから故の弊害と言えるだろう。

 火山は単純に行った事すらない。先生を探すのに迷子になってしまっては本末転倒だ。

 ふと万丈目が、己が考えを口にした

 

「考えてみたんだが……これは俺たちを誘き出そうとしているのではないか?」

 

「誘き出す?」

 

「セブンスターズだ。大徳寺先生を餌に七精門の鍵を集めようって魂胆じゃないか?」

 

 万丈目の鋭い指摘。神楽坂は何のことか解らずぽかんとしているが、十代と永理は、万丈目の言いたい事を理解した。敵が、罠を張っていると。

 テーブルの下で喘いでいた永理が息を整え、咳き込みながら言う。

 

「でっ、でもよ。げほっ、もうセブンスターズなんて、えほっ、そんなに残っていないんじゃ……」

 

「……確かにそうだ。罠にかけるにしては、ちょっと回りくどくないか?」

 

 永理のずばりとした指摘に、十代も賛同する。

 確かに永理の言うように、まるでジュラル星人のような七面倒さだ。態々十代をおびき寄せるだけなら誰か適当な仲間を人質に取れば良いし、三沢や亮や永理は限定品のフィギュアとかコミックLOで簡単に釣れる。万丈目に関してはどのような勝負も受ける所存で、デュエルに対する執着心だけならば十代よりも強い。

 

「確かにそうだ。大徳寺先生を嫌いな生徒はそうそういないが、だが大徳寺先生の為に命を張ってまで探すような人もいない」

 

「そうか? 俺は心配だけどな」

 

「そりゃあ心配はするだろう。だがいざ探すとなったらどうだ?」

 

 万丈目の言うように、行方不明者なんてのは世界中ごろごろいるし、それの捜索願いポスターもそこら中に張られている。だが、そこに描かれている人物を見て『可哀想だな』と思う人は大勢いるかもしれないが、命がけでその人物の為に探そうなんていう人はそうそういない。

 仮に探していたとしてもそいつの家族か、恋人か、若しくは途轍もなく仲の良い友人かだろう。

 

「だが、一人だけいる。大徳寺先生と友好関係を持っていそうな、七精門の鍵の保有者が」

 

「いるのか?」

 

「クロノス教諭。デュエルの腕も立つし、俺のように人の命を軽んじるような性格ではない。そして何より――」

 

「困っている人や、行方不明になった人を見捨てるような人ではない」

 

 神楽坂に台詞を取られた万丈目は若干鬱陶し気に舌打ちをすると、また興味を失ったかのように読書に戻った。

 クロノス・デ・メディチ、デュエルアカデミア実務担当最高責任者であり、大徳寺の同僚である。そしてクロノスは、同僚を大切にする人間だ。必ず同僚の誕生日は祝うし、オベリスクブルーの生徒の誕生日も毎回忘れないし、卒業生や他校へ転任した元同僚とのやりとりも欠かさずしているらしい。

 そんなクロノスがもし、大徳寺がいなくなったと知ったらどうするか。

 

「でもよ、たった一人倒したところで、どうにかなるってもんでもないだろ」

 

 永理の言うように、クロノス一人倒したところでなにも状況は変わらない。未だ強いデュエリストは残っており、クロノス一人を倒したところで、なにも変わらない筈だ。

 もしたった一人で全員を相手取るような猛者であれば、最初からそいつを戦わせておけば良いだけの話。戦力を温存しておくのは愚策というのは、相手も良く知っている事だろう。では何故その手札を、ジョーカーを切らなかったのか。

 

「……狙いが七精門の鍵を取る事じゃない、としたらどうなる?」

 

 神楽坂がふと洩らした言葉に、三人の守護者の視線が集まる。神楽坂は突然注目され、「何か不味い事言っちゃった?」と冷や汗を流す。

 

「そういえばそうだな、あの黒い忍者も何所かおかしかった」

 

 万丈目が相手した速攻の黒い忍者は、どうもデュエルモンスターズ自体に恨みを、妬みを持っていた。しかし彼の襲撃で倒れた決闘者の数はゼロ。そもそも恨みを持っているというのなら、デュエルモンスターズの生みの親ペガサス・J・クロフォードや、デュエルディスクの開発者海馬瀬戸、デュエルモンスターズを日本全国で流行らせたと言っても過言ではないキング・オブ・デュエリスト武藤遊戯を相手に、復讐を遂げようとしている筈だ。

 だというのに、奴はアカデミアという、プロデュエリスト養成学校としては世界有数に有名ではあるものの、狭い領地しかない場所で、消しやすいアカデミア生徒ではなく、七精門の鍵の守護者のみを狙っていた。

 十代の方も、ツァンを操っていたアヌビスを相手にした時の事を思い出す。

 奴はツァンという一般生徒を操ってはいた。そして、倒した明日香の身体を乗っ取ろうとしていた。しかし身体のスペアが多い方が良いのであれば、他の生徒も人形にしていた筈である。

 確かに神楽坂の言うように、セブンスターズ達には色々と、不自然な点が見受けられる。

 ピンと来ていないのは永理だけだ。

 

「だけどよ、七精門の鍵を狙っているのは確かだよな?」

 

「ああ、狙いは七精門の鍵かもしれない。だがそれだけか? 本当に? 不思議に思わないか?」

 

 不思議に? と三人が首を傾げる。

 神楽坂は、デッキレシピを一目見ただけでどのようなコンボを狙って構築されているのかが分かるような天才コピーデッキ使いだ。

 だからこそ、当事者でない第三者だからこそ、そこに不自然なものが見えた。

 

「それを護れって言われた時、なんて言われた?」

 

「何てって、確か……悪い万丈目、説明してやってくれ」

 

「俺がか? 確か……カードの封印を解くには、七つの鍵が必要っていうのと、封印を解き放とうと暗躍する者達が居るという事。そしてそいつらの名前がセブンスターズっていう事だ」

 

「あと願いが一つ何でも叶うらしい」

 

 万丈目の説明に補足を入れる永理。

 しかし神楽坂はどうもその説明に納得がいっていないのか、眉間にしわを寄せている。

 

「何で校長は、その鍵を狙う組織の名前を知っていたんだ?」

 

「何でって……何でだ?」

 

「考えてみればおかしな話だ。鍵を狙っているとか、封印が解かれるとかはまだ分かる……どうもファンタジー臭いのが難点だが、かろうじって理解出来る。だが何故それを狙う奴らの名前を知っている? いや、そもそも何故そいつらが徒党を組んでいると知っている? なんでも願いが叶うって言うんなら、独り占めしたいと思うのが人間だし、そもそも仮に徒党を組んでいたとしても、その組織名を知っているという理由にはならない」

 

 神楽坂の言葉に、十代と万丈目はハッと何かに気付いたようだ。永理は未だに頭に疑問符を浮かべている。

 どうも一人だけ理解していない様子だが、十代も万丈目もそんな永理をスルーして話を進める。元から永理が、ゲーム以外で頭を使うなんていうのは期待していないのだ。酷い話である。

 

「となると、校長も一枚噛んでいると……?」

 

「もしくは、校長にそれを伝えた奴こそが首謀者か、だな」

 

「よく分からんが、向かってくる奴をぶちのめせばいいんだな!!」

 

 永理の言葉に、十代と万丈目は同時に頭を抱えた。どうもこいつは、理解するのを放棄して楽な結論へ進もうとするきらいがあるようだ。

 

「そもそも、デュエルモンスターズが生まれたのだってここ最近――少なくとも、自動車や携帯が登場してからの話だ。そんな近代に願いを叶える道具が生まれるなんて、あり得ると思うか? そもそも、何故デュエルで鍵を奪い合う?」

 

「そりゃあ……何でだ?」

 

 神楽坂に言われて、十代は初めて疑問を抱いた。確かに、デュエルモンスターズが生まれたのはここ最近だ。まだ浅い歴史しかない。古代エジプトやらでは『デュアハ』と呼ばれる精霊を用いた決闘が行われていたというが、だがその時代の時は石版だったし、そもそも月刊ムーででも取り上げそうなオカルト話を信じている人間なんてのはほぼ居ない。

 願いを叶える道具というものを奪い合うのがデュエル。そして一度封印をかけ直さなければならない。だがデュエルして奪い合うのであれば、デュエルを受けなければ良いだけ。であれば金庫の中が一番安全なはずだ。

 なら、何故?

 

「これは俺の予想だが、その鍵――何らかのエネルギーを貯めておく装置なんじゃあないか?」

 

「エネルギーって、なんの?」

 

「そこまでは分からん」

 

 流石の神楽坂も、それ以上の考察はお手上げのようだ。提示された情報を元に設定を作っていくのは、フロム脳である永理のお家芸であるが、恐らくきっと、彼はやる気なんて出さないだろう。

 何故ならそんな小難しい考察なんぞを考えるより、向かってくる相手をぶっ飛ばした方が楽だからである。

 難しいことは考えない、流れに身を任せ長いものに身を巻かれる。楽に生きる為に努力を惜しまない人間、それが月影永理である。

 

「……まっ、これに関してはひとまず置いておこう。先決すべきは、大徳寺先生及びクロノス先生の捜索だな」

「十代に仕切られるのはどうも納得いかんが、そうだな。俺は海の方を捜索してみよう。確かあそこには洞窟があった筈だ」

 

 万丈目の言う洞窟に、他の三人は心当たりがなかったが、恐らく万丈目だけが知っている秘密の場所であろう。であれば、そこには万丈目が行くのが適任と言える。

 

「んじゃ俺は森で、熊程度ならなんとか逃げ切れる気がする」

 

 永理の言葉に十代と万丈目は一抹の不安を覚えたが、確かになんだかんだ永理は帰ってきそうな気がする。絶対無傷では済まないだろうけど。

 となれば、残るは……一番怪しい廃寮だ。

 

「ここには俺が行く。神楽坂は、俺達からの連絡が途絶えた時の為に、ここに残っておいてくれ」

 

「分かった。……死ぬなよ」

 

 神楽坂の言葉に、三人は頷いた。そして、また一緒に飯を食べられると信じて、オシリスレッドの寮を出た。




 シリアス突入、シャークネードくらいはシリアス分あると思う。


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第51話 童の夢

 廃寮というのは、いつ来ても不気味である。まだ二回目しか来ていないが、十代はおっかなびっくり暗い廊下を歩きながら思う。

 まだ廃寮になって二年しか経っていないらしいが、とてもそうは思えない荒廃具合だ。窓ガラスは所々割れているし、床に穴も空いている。二階の手すりには埃が積もっており、喘息持ちであれば咳き込みすぎて過呼吸で死んでしまいそうだ。

 だが、こんな場所だからこそ人を隠すには最適というものだ。

 誰も寄りつかないというのであれば、人を攫い隠す時は誰だってここを選ぶだろう。逆に人の多いところに隠そうと思う奴なんてのは、永理ぐらいのものだ。

 ……いや、永理に誘拐なんて出来る気はしないが。まず小学生に力負けるし。

 

「えっと、『こちら十代、廃寮内を探索中。トラトラトラ』……っと。送信」

 

 十代がPDAで文章をSNSのグループチャットに打ち込む。すると即座に既読が一つ付いた。

 神楽坂が常に、携帯を充電しながら監視しているのだ。もし仮に何かしらの異常――即ち、行方不明になったりとかがあったら、すぐに警備員に通報できるようにする為だ。

 その場合、またしても制裁デュエルをしなければならなくなるが……万丈目とコンビを組めばなんとかなるだろう。永理の場合も、なんやかんや合わせてくれそうな気がする。変なデッキで。

 

「しかしまあ、なにも変わっていないなマジに。現場検証の時に軽く掃除していると思っていたんだけどなぁ」

 

 怖さを紛らわす為にブツブツと独り言を呟く十代。端から見たら不気味な事極まりないが、今この場にいるのは十代と、十代の精霊であるハネクリボーだけだ。

 しかし、『なにも変わっていない』というのはちょっと見てみただけの話だ。ハネクリボーが「クリクリ~」と十代に、床に懐中電灯を向けるように仕向ける。

 十代は少し首を傾げながら床に光を当てる。よくよく目をこらしてみれば、うっすらと埃に、まるでべちゃっとした雪を踏んだかのように靴跡が残っているのが見えた。

 誰かが入っているのは間違いないようだ。最も、よく目をこらして見なければこの暗さでは、きっと気付く事は無かっただろうが。

 

「どうやら、俺のところが『当たり』みたいだな……万丈目に自慢してやろっ」

 

 万丈目はとにかく強いデュエリストと戦いたがる、十代以上のデュエル馬鹿だ。故に万丈目が大徳寺先生捜索に協力しているのは、大部分がセブンスターズとデュエル出来るかもという不謹慎的観測からによるものが大きい。 勿論心配故の善意もちょっぴりはあるだろうが。

 

「ハネクリボー、足跡を追うぞ! この先にきっと、多分! 大徳寺先生は居る!」

 

 半ば確信に近い予想で、十代は足跡を、出来るだけ消さないように追う。仮に足跡を辿っていった先に敵が居て、それを倒したとしても、無事に帰れなければ意味はないからだ。

 そして十代は廃寮の奥へ、ずんずんと突き進んでいく。

 そして、タイタンと戦った地下へ通じる階段の横、床にごつい南京錠と鎖が落ちている部屋で、足跡は無くなっている。

 つい最近に開閉されたかのように、床の埃がこそげ落ちている。つまりは、ここになにかが居る事は明白。中に誰が居るのか、誰が敵なのかは分からないが、十代は意を決して、扉を開けた。

 するとそこには、静かに佇む男がいた。

 男は閉じていた眼をゆっくりと開くと、十代に語りかける。

 

「来たか」

 

「……誰だお前は」

 

 窓際に立つ、月光を浴びる男。背は高く、茶色い儀式めいた服を着ている。長い銀髪の下には、顔を覆い隠す無表情な仮面。

 女性が見たら神秘的と評価しそうではあるが、生憎十代はこれを見ても不気味だとしか思えなかった。

 

「お初にお目に掛かる、精霊の申し子。我が名はアムナエル。セブンスターズが最後の一人、錬金術のアムナエル」

 

「……つまり敵でいいんだな、お前は!」

 

 十代はデュエルディスクを展開する。問答無用にぶっ飛ばす、という意思表示のようだ。

 アムナエルは不敵に笑い、袖の中からデュエルディスクを展開。十代と同時にカードを引く。

 

「デュエルを始める前に聞こう……クロノス先生はどこだ?」

 

「ああ、奴なら私が作り出した異世界で眠ってもらっているよ。私を倒せば帰してやろう」

 

 その言葉が嘘であれ本当であれ、十代はそれが本当だと信じるしかない。全ての選択肢は、相手が握っているのだ。

 であれば、答えは簡単。十代は永理ほどではないが、難しく考えるのは嫌いな性質(たち)だ。

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエル開始の宣言と同時に、二人の足下に闇のようなものがまとわりつく。

 思えばまともな闇のデュエルは久しぶりだな、とどこか呆けたように思う。確か最後にやったのが……あの遺跡での儀式だっただろうか。

 

「先攻は私が貰おう! ドロー!

 永続魔法、次元の裂け目と墓守の使い魔を発動。モンスターをセットし、ターンエンドだ」

 

 次元の裂け目はモンスターカードを除外する効果を持ち、墓守の使い魔はデッキトップを一枚墓地へ送らなければ攻撃出来ないというデッキ破壊効果を持っている。

 それぞれの効果はそれほど目立たないが、カード同士の組み合わせが途轍もなく厄介なのだ。墓守の使い魔の、墓地へ送らなければ攻撃出来なくするという効果を、除外によってそもそも発動できなくする。

 よって、魔法・罠カードの除去が無ければ割と面倒なのだ。

 

「俺のターン、ドロー!

 ……魔法カード、予想GUYを発動! デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから、E・HEROスパークマンを特殊召喚! 更に手札からエアーマンを召喚し、効果発動! このカードを除くHEROの数だけ、相手の魔法・罠を破壊する! 裂け目を破壊しろ、エアーマン!」

 

 スパークマンに続き現れたエアーマンの羽から、カードを引き裂く風が吹き荒れる。それによりアムナエルの次元の裂け目は破壊された。

 

「これでロックは解除された! 攻撃は通る! エアーマンで伏せモンスターを攻撃! エアーシュート!」

 

 エアーマンは高く飛び上がると、追い風を自らに浴びせ勢いよく伏せモンスターに攻撃する。

 しかし突如光の壁が現れ、エアーマンをはじき飛ばした。

 

「伏せモンスターは光の追放者……守備力は2000だ」

 

 エアーマンの蹴りが、青と黄色を基調にした儀服に身を纏った番人が両手から展開した光の障壁によって防がれ、はじき飛ばされてしまう。

 閃光の追放者、墓地へ送られるカードを全て除外するという厄介な効果と、高い守備力を持った面倒なモンスターだ。特に、十代のデッキは墓地を軸として動くタイプ。それ相手にこのカードは、もはや嫌がらせのようなものだ。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 

「私のターンだ、ドロー!

 ……正直驚いているよ、たった一ターンで攻撃を行ってくるとは。しかも墓守の使い魔の効果で墓地へ送ったのは、ネクロ・ガードナーだろう? つくづく素晴らしい強運だな、羨ましいよ」

 

「その割には余裕そうだな、アムナエル」

 

「当然だ。何せ君は、折角ロックを破ったのにまた攻撃を封じられてしまっているのだからね……墓地アドバンテージを欲張らずに、墓守の使い魔を破壊しなかったのは君のミスだ」

 

 プレイングミス、悔しいがアムナエルの言うとおりだ。十代は少し、欲張ってしまった。普通の除外デッキとは戦い慣れていないせいだ。

 永理のデッキが奇想天外すぎて、それに慣れてしまった弊害、というべきだろう。除外デッキであれば、警戒してしかるべきのモンスター。ついつい除外デッキ相手には、永理に対する戦い方をしてしまう。

 

「おかげで私は、一方的に君を殴れるというものだ! 私は手札から魔法カード、手札抹殺を発動! 手札を三枚捨て、デッキから三枚ドローする!」

 

 十代も同じ、手札交換。だが閃光の追放者の効果によって、十代の墓地アドバンテージは取り上げられたも同然。

 対してアムナエルはそもそも除外デッキ、墓地ではなく除外されて効果を発揮するカードばかりだ。

 

「更に魔法カード、魂の解放を発動する。私は墓地の次元の裂け目、君の墓地のネクロ・ガードナーと予想GUYを除外する! ……私の墓地にカードが存在せず、私のカードが四枚以上除外されている場合、このカードを発動できる! 魔法カード、カオス・グリード! カードを二枚ドローする! 更にもう一度、カオス・グリードを発動!」

 

 一気にアムナエルの手札が四枚まで回復した。これは非常に不味い。除外場も十分肥えており、動ける準備はとうに終わらされていた。

 

「私は紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚! 除外されているカードの枚数は八枚、よって攻撃力は3200だ!」

 

 永理と同じ――否、闇のように黒い炎を巻き上げ現れる、永理の代名詞とも言えるカード。

 それが十代を殺す為に、悪魔の雄叫びを上げる。

 やはり、強い。永理には無い安定性と、堅実なデッキ運び。爆発力こそ無いものの、最低限の手間で最大級の動きができるようによく吟味されているカード達。

 

「バトルだ! まずはスパークマンから破壊しておこう、憤怒の炎!!」

 

 ダ・イーザの腕から放たれた黒い炎は、スパークマンに抵抗する間もなく飲み込み、焼き尽くした。その余波が、十代の身にも降りかかる。

 炎が、十代の視界を覆い尽くす。咄嗟に目元を腕でガードするが、熱は容赦せず全身を、突き刺すように焼き尽くす。

 

「ぐっ、あああああ!!」

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ。さあ、どう動く。遊城十代」

 

 アムナエルは嫌らしく笑みを浮かべる。

 闇の決闘特有の痛みに、十代はすぐに動けない。

 だが気合いで、傷む身体を無理矢理動かす。

 

「……ドロー!

 ッ、モンスターをセット、エアーマンを守備表示の変更。カードをセットしてターンエンド」

 

 エアーマンが腕を前で十字にクロスさせ、姿勢を低くする。

 今打てる最善手を、ちまちま打っていくしかない。後手に回ってしまうが、今はそれがベストな選択だ。

 

「ふん、守ってばかりでは勝てないぞ。ドロー!

 魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター、ネクロフェイスを除外する。ネクロフェイスのモンスター効果により、お互いデッキトップからカードを五枚、除外する!」

 

 除外デッキのエンジンともいえるネクロフェイス、やはり入っていたようだ。

 カードを除外場から展開するのではなく、除外することに意味のあるデッキ。上級者向けなデッキではあるが、これ以上に相手をしていて嫌な相手はいないだろう。

 故に、だからこそ――

 

 そこに付け入る隙がある。

 

「魔法カード、次元の歪みを発動。墓地にカードが存在しない場合、除外場のモンスター一体を特殊召喚する。私は除外したネクロフェイスを特殊召喚!」

 

 赤ちゃん人形の頭に無数のたこが生えたような化け物が召喚される。

 永理もよく使う、グロテスクな人形。効果は除外によるデッキ削りだけではなく、除外されているカードを戻すデッキ回復能力も持っている。

 だが、それは通常召喚しての話。特殊召喚では、何の役にも立たないモンスターだ。

 ……だからといって、全く以て安心であるという訳にはいかない。

 

「私はネクロフェイスを生け贄に捧げ、黄金のホムンクルスを召喚する!」

 

 ネクロフェイスのプラスチックが弾け、中のグロテスクな肉塊が、まるでなにかに吸い込まれるように圧縮されていく。

 やがてぶちゅり、と音を立てて潰れ、どろりと、古びた布のような色の脳みそが垂れ落ちた。

 脳みその混じった肉塊は細かく震えたかと思うと、剥き出しの骨と筋肉が突如として生え、不格好な人型を形作っていく。

 さながらゴリラのように巨大な胸と手足、それと相反するように小さな腰。現存する生物とは全く異なる骸骨。

 それらの骨から、筋肉からしみ出してくるように、黄金色の皮膚が張られていく。

 腕も足も、その形そのままに皮膚が、黄金色に輝く皮膚が張られていく。

 だが、頭部だけは違う。皮を剥がした男が苦しんでいるような顔の下には、なにもない能面。

 やがて額の男はぎょろりと十代を睨むと、ねっとりとした厭らしい笑みを浮かべた。

 

「攻撃力1500……? いや、なにか効果があるんだな」

 

「その通り。このモンスターの攻撃力・守備力は、除外されている私のカードの数×300ポイントアップする。

 除外されたネクロフェイスの効果でデッキトップからカードを五枚除外する。これで除外された私のカードは十九枚。よって黄金のホムンクルスの攻撃力は7200! もっとも、ダ・イーザの攻撃力は7600だからそれほど高くは感じないだろうが……全く、度しがたいほど火力の出るカードだな、永理君のカードは」

 

 思わずといった感じに出た、小声での呟き。

 その言葉に、妙な違和感があった。十代では上手く表現できないが、なにか見逃したら行けない違和感が……。

 

「バトルだ! 紅蓮魔獣ダ・イーザで伏せモンスターを攻撃!」

 

 ダ・イーザの腕が大きく開き、一千度を超える火炎放射を放出する。

 炎の悪魔が伏せられているモンスターに襲いかかろうとした瞬間、十代はカードを発動させた。

 

「罠カード発動、マジックアーム・シールド! 相手モンスター一体のコントロールをエンドフェイズまで奪い、攻撃してきたモンスターと強制的にダメージ計算を行う! 俺は光の追放者のコントロールを得る!」

 

 十代の足下から伸びたアームが光の追放者の胴体を掴み、伏せモンスターの前に、壁のように叩き付ける。

 ダ・イーザは慌てて炎を弱めようとするも、時既に遅し。黄色いローブが炎に包まれ、おぞましい断末魔を上げながらボロボロと崩れていく。

 

「どうだ! ロックを破ってやったぜ!」

 

「だが、私の場には依然としてダ・イーザと黄金のホムンクルスが存在する……忘れてもらっては困るな。ホムンクルスよ、伏せモンスターに攻撃せよ! ギガント・フック!」

 

 黄金のホムンクルスが右腕を大きく振り下ろす。ただのストレートではあるが、黄金という質量から繰り出される一撃は、それだけで戦術兵器級の破壊力を生み出す。

 通常モンスターよりも、置いておいたら厄介かもしれない伏せモンスターを警戒したのだろう。だが、結果的にではあるがその選択は、アムナエルの首を絞める結果となった。

 拳から壺の割れるような音が鳴り響いたかと思うと、ゆっくりと引き上げた巨人の腕に、ケタケタと笑う泥のようなものがへばりついていた。

 

「伏せていたのはメタモルポットだ! 効果は……言わなくても分かっているよな?」

 

「くっ……」

 

 アムナエルは思わず苦い顔をする。

 デッキ枚数が残り少ないというのもあるが、相手に十分な手札を補充させてしまったことによるものだ。

 手札は無限の可能性、それを多く取ったものはそれだけ有利に動くことができる。

 アムナエルの狼狽える様に、十代は首を傾げた。初対面だというのに、自分が手札を補充したのを異様に警戒していたのに。

 

「まあ、良いだろう。ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 俺はデブリ・ドラゴンを召喚! 効果により墓地の沼地の魔神王を特殊召喚する!」

 

 異様に細いドラゴンと、藻に塗れた魔神が現れる。

 十代の必勝パターン。だが、アムナエルの表情に変化は無い。

 十代は、自分の勘が外れていたと判断し、そのまま動いた。

 

「レベル3沼地の魔神王に、レベル4デブリ・ドラゴンをチューニング!

  氷結界に封じられし暴力を司る龍よ、今一度結界より解き放たれ、我が敵を滅ぼせ! シンクロ召喚! 氷結界の龍グングニール!」

 

 天高く上った光が瞬時に凍結し、氷片をまき散らし現れる四つ足の龍。

 十代が最も信頼する、最も愛用するシンクロモンスターだ。融合のフェイバリットカードがシャイニング・フレア・ウィングマンならば、シンクロのフェイバリットカードはこのカードだと言えるだろう。

 

「グングニールの効果発動! 手札を二枚まで捨てることで、相手場のカードを捨てた枚数分破壊する!

 俺は手札を二枚捨て、ダ・イーザと伏せカードを破壊!」

 

「ダ・イーザを対象に速攻魔法発動、禁じられた聖衣! 攻撃力を600下げ、カードの効果による破壊を無効にする!」

 

 ダ・イーザが薄い光の膜に包まれると、グングニールの口から放った冷気をはじき飛ばす。

 600下げようと、攻撃力7000の壁を越えるのは不可能だ。

 ……だが、十代は不敵な笑みを浮かべた。

 

「魔法カード発動! 大欲な壺! 自分または相手の除外されているカード三枚をデッキへ戻し、自分はカードを一枚ドローする! 俺はあんたのネクロフェイス、闇の誘惑、手札抹殺をデッキに戻し、カードを一枚ドローする!」

 

 あえてドローソースと除外ソースを戻したが、アムナエルは迂闊にそれらのカードを使えない。デッキが少ない現状、手札に来たとしても一か八かの賭けに使うか、邪魔になるかしかないからだ。

 休みの時間、永理相手にしていて思いついた手である。アムナエルの歯噛みした表情から察するに、そこそこ効果はあるようだ。

 ついでに、除外されていたカードが三枚減ったことにより、黄金のホムンクルスは900、ダ・イーザは1200攻撃力が下がった。とはいえ、それでも攻撃力6300と5800なのだが。つくづく馬鹿げた火力だ。

 

「まだまだァ! 速攻魔法、異次元からの埋葬を発動! あんたの除外されている魂の解放、次元の歪み、次元の裂け目を墓地へ戻してもらう!」

 

「二枚目だと……!?」

 

 除外されているカードが三枚減ったことにより、黄金のホムンクルスの攻撃力は5600、ダ・イーザの攻撃力は4900まで落ちた。

 ここまで下がれば、十代のデッキであれば届かない領域では無い。

 

「魔法カード、ミラクル・フュージョンを発動! 場のスパークマンと墓地のスパークマンを融合! E・HERO Theシャイニングを融合召喚!!」

 

 まずはじめに光の中から浮かび上がったのは、太陽を思わせる円と、八つのパネルだった。

 やがて光が収まっていくと、赤いオーブを付けた、太陽の塔を思わせる白さを持ったヒーローが現れる。

 除外されているHEROの数は十体。5600の攻撃力となった。現状のダ・イーザ程度なら倒せる火力だ。

 

「馬鹿な、属性HEROだと!?」

 

 アムナエルはそのヒーローを見て、あからさまな動揺を見せた。

 明らかに不自然な動揺。十代はカードを持つ手を止め、アムナエルに問いかける。

 

「なあ、あんた……俺を知っているな。他のセブンスターズとは違う……誰だ?」

 

「……なんのことかね?」

 

「思えば、最初から不自然だった。普通のセブンスターズは、七精門の鍵の保有しているかを知っていても、名前までは知らない。だというのに俺がクロノス先生の所在を問いかけた時、あんたは迷い無く『異空間に閉じ込めた』と答えた」

 

 そう、思えば最初から不自然だった。

 普通のデュエリストというものは、相手が有名人かもの凄く印象に残る奴でもない限り、名前を覚えているものではない。

 だがこの男、アムナエルはクロノス教諭の名前を知っていた。

 

「デュエル前に名を聞いただけだ」

 

 なんとでもないように、アムナエルは答える。

 確かに、それならば覚えている可能性もあるかもしれない。

 最も、それ以上に分からないことが……否、正体を判明させるための失言があった。

 

「ならなんで永理の名前を知っている? それも、あいつのエースモンスターまで」

 

 十代の言葉に、アムナエルは沈黙で返した。

 そう。この男と永理との接点が無いのだ。交友関係においては訳の分からないくらい手広くやっている永理ではあるが、もし奴の友人であれば、そう答える筈。

 だというのに押し黙ったということは……十代の頭の中で、徐々にピースが埋まっていく。

 アムナエルはそっと、自らの顔を覆っている仮面に手をかけた。

 

「……十代君は馬鹿では無いがデュエルに特化した、それ以外を気にしない人間だと思っていましたが」

 

「誰が妖怪首置いてけか」

 

「いやはや、永理君の名前を出したのは失敗でしたにゃ~……」

 

 そう言って仮面を外したアムナエルは、その素顔を外気に曝す。

 猫のように細い瞳、いつもの眼鏡をかけたその姿は、十代のよく知る人物だった。そして、探していた人物でもあった。

 

「大徳寺先生……一体、なにが目的でこんな……はっ、まさか女装の黒歴史を消したいが為に!?」

 

「いやそれは違いますにゃよ!?」

 

 まさかの方向からの考察に思わず突っ込みを入れてしまったアムナエル。

 こほん、と一つ咳払いをしてから、話を変える。

 

「……それに答える前に一つ、質問しても良いですかにゃ~? 何故、今の今まで属性HEROを使わなかったのか。単純に手に入らないから、では無さそうですが」

 

 大徳寺先生、否アムナエルの目つきが鋭くなる。

 そう、不自然なのだ。十代のデッキは。今やHEROデッキといえば属性HEROを使うのが一般的な環境において、十代は昔ながらの、素材の決められたHEROばかりを使用している。

 今や昔ながらのHEROを使うのは、そもそも属性HEROが手に入らない人間か、それともいわゆる懐古主義かだ。

 だが、大徳寺先生という立ち位置から見て、十代はそのどちらでも無いように見えた。家はそこそこの中流家庭、懐古主義という訳でも無く新たな要素であるシンクロも積極的に取り入れている。

 では何故、と疑問に思うのは当然だった。

 十代は、その理由をぽつりぽつりと語っていく。

 

「……いつだったか忘れたけど、昔テレビ番組で決闘王武藤遊戯と、伝説のライバル、海馬瀬戸のデュエルが放送していた時にですね……神が召喚された時に、ふと夢を抱いたんですよ」

 

 十代はそこで言葉を句切り、目を瞑った。昔を思い返す。

 まだ現実もなにも見えていない、純粋に夢だけを追い続けていた昔を。

 

「神のカードを見た時、みんなは『かっこいいな』とか、『使ってみたいな』とか思いましたよね? でも、俺だけ違くて、『いつか倒してみたいな』って思ったんですよ。そのためなら、属性HEROだと駄目だと。こいつらじゃ、効果じゃ倒せないと思ったことがきっかけ……ですかね? そのためにとにかく、火力だけを追い求めていたら、いつの間にか……まあ高くてちょい手が出しづらかったってのもありますけど」

 

 十代の言葉は、当時としては――幼い子供の考えとしては、異端だった。『伝説に憧れる』ではなく『伝説を超える』という夢。

 終着点が神のカードに認められ使う、ではなく、その打倒。彼は、その夢をずっと追い続けたのだ。

 確かに、効果は強いがステータスは控えめな他の属性HEROではたどり着けない境地だ。ただ純粋な力のみが求められる世界、そこにたどり着くための課程で現在の遊城十代があるのだろう。

 ――その為ならば十代は、どれだけだって貪欲になれる。

 

「……神を超えたがる愚者か、それとも本当に超えられる選ばれし者か。ならば十代、最後の授業だ。まず手始めに、この私を超えてみろ!」

 

「ああ、手始めに超えてやる! 俺はTheシャイニングで、ダ・イーザを攻撃! アルティメット・オブ・サン!」

 

 背中のパネルが神々しく輝く。ダ・イーザはそれに対抗しようと腕から炎を出すが、太陽には届かない。

 やがてドロドロと、肉が溶け始めた。発火を超えた温度、プラズマを巻き起こしながら溶けていくダ・イーザやがてそこには、所々に真っ赤な肉が残った、真っ白な骨だけが残った。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 形勢逆転、手札こそアムナエルの方が多いが、墓地にカードがあるせいで手札の次元の歪みが腐ってしまっている。

 現状、手札で使えるカードはたったの三枚のみ。ならばいかにして除外数を増やすべきか。まずはそれを考えなければ動けない。

 

「私のターン、ドロー! ……そういえば答えていなかったですにゃ、なぜ私がセブンスターズだったのか……。

 今回、セブンスターズ事件の首謀者である影山は私の友人ですにゃ。彼は永遠の命を求めて、このような凶行に走った……のですが、どうも矛盾しているんですにゃ」

 

「矛盾? あと大徳寺先生、その格好でその語尾は似合わないぜ」

 

「……私と影山は、既に永遠の命を、仮にではあるが実現している」

 

 若干アムナエルを意識した大徳寺先生の口から出たのは、衝撃的な一言だった。

 永遠の命。過去から現在に至るまで、数多の人間が夢見、実現しえなかった永遠の課題とされていたもの。それが既に可能としていたなんて、到底あり得ない話……ではあるのだが、不思議と十代はそれを、すっと受け入れた。

 喋る妖刀に、仮面に操られていたという明日香の兄。そして何より精霊界という異世界。それらの非現実のおかげだろうか。

 

「だというのに『永遠の命』を求めて、今更あの男がこのようなことをしでかすとは、私には到底思えない。それに……闇に囚われた人間を引き出すならばともかく、既に死んだものに肉体を与え、永続的に生かすなんてのは、未だ私でも実現し得ない神の御業だ」

 

「……それって、どういう」

 

「ふふっ、自分で考えたまえ。バトル! 黄金のホムンクルスで、グングニールを攻撃! ギガント・フック!」

 

 自重で足を沈めながら、ゆっくりと向かってくる黄金の巨人。グングニールは口から冷気を吐き出し応戦するも、全く意に介さない。

 やがてグングニールの前で腕を大きく振りかぶると、勢いよく右ストレートを放った。グングニールの氷が砕け、飛び散った血と肉片が瞬時に凍る。

 その衝撃は後方にいる十代にも通った。ガラスのように鋭い氷が、十代の身体を切り刻む。

 

「がっ、あああああああ!!」

 

「ターンエンドだ、さあ魅せてくれ十代君。……もう私の先は長くない。君とのデュエルを、中途半端で終わらせたくない」

 

 パンパンと手を叩き、急かすアムナエル。

 質問は受け付けないと、暗に言っているようだ。結局十代には、何故大徳寺先生が、アムナエルがセブンスターズに入ったのか理解出来なかった。

 だが、なにか言えない理由があるのだろう。そうでなければ、ここまでしない筈だ。

 

「……俺のターン、ドロー」

 

 視界が霞む。血を流しすぎているのだろう。既に全身に突き刺さった氷は溶け、血液と一緒に足下に流れ出ている。

 頭がクラクラし、足が震える。考えがまとまらない。

 何故セブンスターズについたのか。何故不死の存在だというのに、寿命が迫ってきているのか。なにも分からない。

 身体が冷える。寒気が走る。視界の端でハネクリボーが心配そうに声を掛けてくるが、それに応える余裕が無い。

 

「どうした遊城十代。……君が目指した神は、君が戦いがっている神とのデュエルは、こんなものではないぞ。それとも……未来の事を考えれば、ここで死ぬのが温情とも言えるかな」

 

 どこか遠くから聞こえてくるような、アムナエルの言葉。その言葉を、十代自身の夢を聴き、気を持ち直す。

 だが相変わらず、視界は霞む。足下がふらつく。

 十代は拳を握りしめ、思い切り自分の頬を殴った。

 

「……ありがとよ、大徳寺先生。おかげで戻って来れたぜ」

 

「そうだ、それで良い! ここで死んでは、死より恐ろしい残酷な未来を乗り越えられんぞ!」

 

「なら見せてやるぜ、死よりも恐ろしい現実って奴をな! カードガンナーを召喚し、効果発動! デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、攻撃力を1500ポイントアップさせる!

 バトル! Theシャイニングで黄金のホムンクルスを攻撃!」

 

 Theシャイニングは、ダ・イーザにしたものと同じ熱をホムンクルスに与える。

 だが表面の黄金が少し溶けるだけ。対しホムンクルスは大きく助走を付けてTheシャイニングへ向かって飛び上がった。

 迫って来るホムンクルス。Theシャイニングは咄嗟に太陽エネルギーを自らの身体に集中させ、ソーラービームを放とうとする。

 だが放つ直前、巨大なエネルギー塊にホムンクルスが直撃し、膨大な爆発を巻き起こし、両者共に粉微塵となった。

 

「Theシャイニングが破壊され墓地へ送られた時、除外されているE・HEROと名の付いたモンスターを二体まで手札に加える! 俺は除外されているスパークマンとクレイマンを手札に加える!

 カードガンナーで直接攻撃!」

 

 Theシャイニングの余波で少し溶けているが、カードガンナーはアムナエルへ照準を合わせ、両手から三発ずつ発砲する。

 弾がアムナエルの肉体を貫き、血しぶきが舞う。骨が砕け、飛び散った肉片が床を汚す。

 だが、まるでガラスで固定しているかのように、腕は空中に浮いていた。

 

「……どうした。それで終わりか、遊城十代!」

 

「いいや、とっておきのだめ押しってやつだ! 速攻魔法発動、覇道融合! こいつは俺のバトルフェイズにのみ手札、場のモンスターを対象に発動できる融合カード! 俺は手札のクレイマンとスパークマンを融合! 来い、E・HEROサンダー・ジャイアント!」

 

 十代の場に現れたのは、下半身は細いくせに上半身はかなりごつい、電気を操るヒーローだ。

 両腕に電撃を纏い、いつでも攻撃態勢に移れるようになっている。

 アムナエルは諦めたように眼を閉じた。そして、十代に宣言する。

 

「私は必ず戻って来る! だからこの熱を、私に刻み込んでくれ! 十代君!」

 

「……戻ってこなかったら、一生恨むからな! 大徳寺先生! サンダー・ジャイアントでトドメだ! アルティメット・スパーク!!」

 

 サンダー・ジャイアントの腕に纏った電気が、胸のオーブにいったん吸収されたかと思うと、膨大な質量を持った光の槍となった。

 サンダー・ジャイアントは大きく振りかぶりそれを投擲する。電撃はアムナエルの胸を貫き、そのまま全身に電気を流す。

 一瞬龍の痣が出来たかと思うと、すぐに炎が上がり始め、アムナエルの全身を包んだ。

 

 十代は、そんなアムナエルの姿を視界に収めながら、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。

 

「……クソッ。動け……動け……」

 

 全身が鉛のように重い。視界はもはやまともに機能していない、なにも見えない。真っ暗闇。

 

《――十代》

 

 そんな中、焼けるような声が頭の中に響く。少し意識を向けると、アムナエルの方向から聞こえているようだ。

 幻聴だろうか。だが、今はそれでも良かった。意識を少しでも、現世に繋ぎ止めなければならないから。

 

《――月影永理に、気を付けろ》

 

 アムナエルはそう言い残し、灰となって崩れ落ちた。

 月影永理に気を付けろ。アムナエルの最後に残した言葉。言葉の意味は分からない。もはや、頭もまともに働かない。

 だが、何故か伝えなければ、と十代は思った。

 最後に振える手でPADを取りだそうとするが、指に上手く力が入らない。

 

 なんとか取ろうとしていると、不意に誰かの手が重なった。

 

「しっかりするノーネ、ドロップアウトボーイ! ここで死んではいけませンーノ!!」

 

 誰かの声がする。が、十代にはもはや分からない。

 だけど、伝えなければならない。友達に危機が迫っているかもしれないから。

 震える口を、なんとか動かす。か細い、少しの風音でかき消えそうな声を振り絞る。

 

「伝……きゃ……、みん……えい……」

 

 不意に、身体が浮く感覚がした。

 かすかに香る、チーズとワインの臭い。誰か、自分以外の体温。思えば、久方ぶりのおんぶかもしれない。

 昔を思い出す。祭りの帰りに、父親におぶさってもらっていた過去を。

 ワイン好きの父親の、暖かく頼りになる背中を。

 十代は幸せな記憶を思い出しながら、そっと意識を手放した。




 セブンスターズの数=北斗七星。


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第52話 深淵の底でゾディアックは嗤う(前編)

 暗い暗い森の中、一つの影があった。

 月明かりに照らされた影は一つ。だが、人の姿は三つあった。ついでに頭には虫が乗っていた。

 当然、月影永理と愉快な精霊たちである。

 一歩一歩、がさりがさりと、頼りない足取りで踏み歩いていく。 かさかさと物音がするたびにびくっとなりながら、歩いて小一時間程度。月明かりに照らされ神秘的な光景となっている滝つぼへと出た。

 永理はその場で大きく伸びをする。コキコキッ、と音が鳴り若干腰を痛めた。

 見上げれば、満点の満月。森の中は薄暗く危なっかしかったが、星空の下へと出られれば、そこは景色を楽しめるだけの明るさはあった。

 とはいえ、永理はその光景に全く興味を抱かないのだが。

 

「……熊とか襲ってきたりしないよな?」

 

『熊だって骨と皮だけの人間襲わないでしょ』

 

「んだとコラ、内臓脂肪の量半端ないからな俺」

 

 死霊伯爵の言葉に言い返す永理。それは全く褒められたものではないし、そもそも無い方が望ましいものなのだが。

 とはいえ、永理の心配はもっともだ。食べられるかどうかはともかくとして、もし遭遇してしまったら襲われる可能性はかなり高い。

 生きたまま熊に食われていたという案件が本当にあったのを思い出し、恐怖を感じてしまう。

 永理は軽い空腹を抑えるために、カロリーメイトを一口かじる。

 ふと、茂みの方に目を向け、永理は呟く。

 

「……クロノス先生、熊に食われていたとかそういう落ちないよな?」

 

『あっはっはっ、秋田じゃあるまいし……』

 

「だよな~!」

 

 アッハッハッハッ、と笑い合う永理と死霊伯爵。とはいえ、その顔は少し青ざめ、厭な汗を流していた。

 

「……サイコ・ショッカー。こう、透視的なこと出来ない? お前サイキッカーだろ?」

 

『機械族だが?』

 

「くっそ使えねーなこの超能力者!!」

 

 永理が思わず毒づき、地面を蹴る。

 すると突如、大きな地響きが鳴り響く。

 森が揺れ、木々で眠っていた鳥たちが夜の空へと羽ばたいていく。

 大地は裂け、水は闇に飲み込まれる。

 

「えっ、えっ? 何事!? これ何事!?」

 

『ふむ、どうも強いエネルギーを感じる。これは人為的な……』

 

『それは本当ですかショッカー君!?』

 

『いや適当に言ってみただけだ』

 

「もう黙ってろよエスパー伊東が!」

 

 慌てふためくも、ただ死なないだけの普通の高校生(馬鹿)がどうにもできるはずもなく。

 迫り来る地割れに、永理は為す術無く飲み込まれた。

 永理が天に手を伸ばし、最後に見たのは――北斗七星の横で、大きく輝く星だった。

 

 

『ぷひぃっ、ぷひいいいっぷ! ぷぴゅん、ぷひぃっぷ!!』

 

 ひたり、ひたりと、永理の額に生暖かい液体が垂れるのを感じて、永理は目を覚ました。

 胸元では涙を浮かべた(ように幻視するほど心配している様子の)グレート・モスがすがりついており、永理が目を覚ました瞬間、顔にダイレクトアタックを食らってしまった。

 永理はグレート・モスを適当に撫で繰り回してから、頭上を見上げる。

 

「こりゃまたえらい深いところに……いや、閉じてるのか?」

 

 天井は閉じているのか、それとも光の届かぬところまで落ちたのか、空は全く見えない。だがうっすらと、ゴツゴツとした岩肌が槍のようにぶら下がっているのが見えた。どこからか光が入ってきているのだろう。

 地面は不自然なほどに平らで、まるで大理石の床のような感触を感じた。

 なにか光になるようなものが無いか探していると、ふと足下になにかが当たった。それを拾い上げてみると、どうも懐中電灯のようだ。

 ふと、足下を懐中電灯で照らす。

 

「うおびっくりした!?」

 

 そこには、誰のともしれぬ足が転がっていた。

 自分以外に誰か落ちたのだろうか、と考えるも、流石にグロい姿は見たくないので、懐中電灯を他のところに向け直す。

 しばらく辺りを照らしていたが、どうも食べられそうな野草が生えている様子は無い。

 それどころか、植物やコケすら生息している様子は無かった。

 床はやはり大理石のようで、大量の血が溝に沿って流れている。壁は、床とは不釣り合いなくらい岩岩している。

 永理はPDAを取り出して見る。画面こそ割れているが、無事に電源は付いた。だがここまで電波は届いていないようだ。

 

「これ……所謂詰みって奴じゃねーか。ヤバいんじゃねーのこれ!? ショッカー!」

 

『風も来ていないな……だがなんだ? この、妙なエネルギーの流れは』

 

「エネルギーの流れ? 伯爵、そんなの見えるか?」

 

 永理の眼には勿論、尋ねてみた死霊伯爵も同じように首を横に振る。

 とはいえ、サイコ・ショッカーが言っているのだから本当なのだろう。と永理は納得することにした。

 だがそこで、ふと先ほどのやりとりを思い出す。強いエネルギーを感じるとか言ってたのに、その後すぐ『適当だ』と返された言葉を……。

 

「なあショッカー……まさかとは思うが……また適当、とかじゃないよな?」

 

『いいや、今回は違う。私でも感知出来るほど強いデュエルエネルギーを感じる……方向は、あっちだ』

 

 流石にこの状況では冗談を言わないようだ。

 サイコ・ショッカーの指差した先にライトを照らす。そこには、巨大な門があった。

 真っ黒な床とは正反対の、石像にでも使われそうなくらいの白い石で出来た扉。上の方にはなにやら赤い宝石がはめ込まれている。

 見るからに怪しい。というより、あからさまに怪しすぎる。

 とはいえ、ここで入らないという選択肢は無い。何故なら、ここでこのまま助けを待っていたとしても、いずれ飢餓してしまう。

 

「折角だから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ」

 

 扉の中は、外に比べればまだ明るかった。暗闇の中かすかに見えていた可視光線は、わずかな扉の隙間から漏れ出ていたのだろう。

 とはいえ、それでも十二分に室内は暗かった。月の出ていない、日の出前を思わせるくらいには。

 ここにセブンスターズの誰かが住んでいる、というのは明らかだ。そこにあえて飛び込む。肝が据わっているのか、やけっぱちなのか。永理の場合は後者だろう。そのまま永理は、奥へ奥へと進んでいく。

 

「フッフッフッフッ、待っていたぞ」

「月影永理」

 

 ぼんやりと、聞き覚えのある男女の声が聞こえたかと思うと、突如として天井に光がともった。

 突然の光に、思わず眼を庇う永理。その前に飛び立つ、一人の影。

 

「我々は長年の刻を待った……あと数人というところで貴様に邪魔され」

「挙げ句の果てに惨たらしく潰され、封印された……あの恨み、決して忘れぬはせぬ」

 

 声は、目の前の一人から聞こえてきている。

 徐々に永理の目も慣れていき、声の主を見た。

 声の主はフードを深く被った、少年とも少女とも取れる年頃だ。一人では、これが男女か判別することは出来ない。

 これが言うには、永理は一度会ったことがあるらしい。だが永理には、こんな年頃の少年少女の知り合いに心当たりは無い。それも恨みを買うようなものは特に。

 故に、永理は首を傾げ、そして素直に疑問をぶつけた。

 

「どこかで、会ったことあったか?」

 

 永理が疑問を口にした瞬間、思い切り首を締め上げられた。

 

「我らを忘れたか、月影永理!」

「貴様にとっては取るに足らぬか、オベリスクブルーの威を借る狐が!」

 

 フードの者は、怒気を帯びた声で詰め寄ってきた。

 それ(・・)は、女のように白い肌を覗かせた手で、そのフードを取る。その姿を、その顔を見た瞬間、永理は鮮明に、これが誰なのか、なになのかを思い出した。

 

「きっ、貴様は!? ……あしゅら男爵?」

 

「「誰があしゅら男爵だ!? ええい、忘れたとは言わせんぞ! この顔を! この声を!」」

 

 男と女が同時に喋っているような声の主は、右半分が男で、左半分が女の、奇妙な出で立ちをしていた。

 顔は両方ともあどけなさを出しているそれ(・・)は、忌々しげに永理を睨み付ける。

 永理もその顔を見て薄ぼんやりと思い出してきていたが、どうも記憶が完全に出切らない。飴を全く溶かさずに飲み込んだ時のような違和感が喉でつっかえている感じがした。

 

「……いやこんな特徴的な顔見たら駅ですれ違っただけの接点だとしても嫌でも覚えていると思うが」

 

「「最初からこんな顔だとでも思うのか貴様は!?」」

 

「いや、ここまでは出かかっている。喉の十分の一と半分くらいまでは出かかってる感じがする」

 

「「全然出かかってないじゃないか!!」」

 

 叫び、それ(・・)は永理を奥へと投げ飛ばす。永理は数度バウンドして、坂道のボールのように転がり、柱に頭から強打して止まった。

 永理は頭を抑えながら柱に手を付け立ち上がると、デュエルディスクを起動させる。海馬コーポレーション製の丈夫さは明らかに異常であるが、永理は格段気にしないことにした。

 

「さて、レディース&ジェントルメン。名前を聞いておこうかな、挑戦者……君? それともちゃん?」

 

「……名は失った。ああ失ったとも。貴様のせいでな! 我々がこんな姿になってしまったのも、名を売るハメになったのも全部、貴様達のせいだ!!」

 

「て言われてもなぁ。俺はマジにあんたを知らない。んでもって恨まれるようなことをした覚えも無い」

 

 永理はやれやれ、と首を振る。

 あからさまに『知りません』とアピールしているように……実際に全く以てこれっぽっちも記憶に無いのだが。

 だが、それ(・・)は永理の行動を、挑発と取ったのだろう。

 それ(・・)もローブの袖からスライドしてきたデュエルディスクを起動させ、カードを五枚引いた。

 

「カードを取れ月影永理! 七精門の鍵の守護者であるのならば、我らの挑戦を受けよ!」

「でなければ貴様は永遠にこの暗き闇の孤独に囚われたままだ!」

 

「ちっ、勝たなきゃ出られないってことか面倒くせえ」

 

 それ(・・)の言葉に永理は舌打ちし、カードを引く。

 初対面相手に恨まれる覚えもないが、だからといって勝負を受けない訳にはいかない。相手はセブンスターズで、自分は七精門の鍵の守護者。そしてゲームも食べ物も無い世界から脱出するには、それ(・・)の言葉を信じるしかない。

 

「「「デュエル!!」」」

 

 こうして、最後の決戦の火ぶたが、切って落とされた。

「我らのターン、ドロー! 我らは魔法カード、テラ・フォーミングを発動!」

「我らはデッキから魔法都市エンディミオンを手札に加え、発動する!」

 

 それ(・・)がカードを発動させると、暗い無機質な大理石の床がせり上がり、煉瓦造りの家々が立ち並ぶ大通りへと変化した。空中には、奇怪に光る魔法陣が輝いている。

 魔法都市エンディミオン、魔法カードを使うたびに魔力カウンターが乗り、フィールド魔法のくせに恩恵は発動したプレイヤーしか受けられないカード。このカード一枚で、相手のデッキをある程度想定できる。

 魔力カウンターを多用する魔法使いデッキ。

 魔力カウンターを消費するカードは、えてして強力な効果であることが多い。

 そしてエンディミオンは、その消費を肩代わりできるカードだ。

 つまり、相手側だけ魔力カウンター消費モンスターの効果撃ち放題。という感じである。まあ永理のデッキに魔力カウンターに関するカードなんて一枚も入っていないので、仮にエンディミオンの効果が双方に発揮されていたとしても、何の意味もなかったのだが。

 

「魔法カード、魔力掌握を発動!」

「魔法都市エンディミオンに魔力カウンターを一つ乗せ、さらに魔法カードを使ったことによりエンディミオンに魔力カウンターを一つ乗せる! 更にデッキから魔力掌握を手札に加える! モンスターをセットし、カードを二枚セット。ターンエンドだ!」

 

 それ(・・)は不気味な笑みを浮かべながら、ターンを終了させた。

 永理とて魔力カウンターデッキの使い手とのデュエルは初めてではない。とはいえ、過去の相手はどれも違う軸のデッキだった。故に、まだ相手のデッキがどのような動きをするのかは分からない。

 だが、動くしかないだろう。攻めなければ場を整えられ、すぐに負けてしまう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「おっとこの瞬間、永続罠を発動させる!」

「永続罠、王宮の鉄壁! このカードが表側表示で存在する限り、互いにカードを除外することはできない!!」

 

 永理が今回使っているデッキは、墓地利用除外軸、いつものデッキだ。とはいえ永理のデッキは、それが改善化改悪かはともかくとして、常に改造を施されている。

 故に、除外メタに対する対策も一応講じてあるのだが……テストプレイはしていないので、うまくいくかは半々といったところだろう。

 もっとも、永理のメインドローソースである強欲で貪欲な壺は、この時点でただの紙札と化してしまったが。

 

「俺は手札抹殺を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数文カードをドローする!」

 

 永理はデュエルディスクのオーブに表示される、相手墓地の情報を確認する。上級・最上級モンスターの存在は確認できないが、生け贄にする分には問題ない、蘇生可能なモンスターは落ちていた。

 

「装備魔法、自立歩行ユニットを発動! 1500ライフを払い、お前の墓地からジェスター・コンフィを守備表示で特殊召喚する!」

 

 永理にまとわりついた黒い霧が全身を切り刻むが、永理は構わず、プレイを続ける。

 永理の場に、カボチャのように大きな、縞々の帽子を被った、太った男がニタニタ笑みを浮かべながら現れた。

 

「ジェスター・コンフィを生け贄に捧げ、人造人間サイコ・ショッカー召喚!」

 

 永理の場に現れる、緑色のサイバー服に身を包んだ、血管の浮き出た頭をしている男。

 除外メタで真っ先に投入される王宮の鉄壁を封じるために選んだ最善手。これを出せば、いつものような動きをすることができる。

 惜しむらくは、手札に強欲で貪欲な壺も、封印の黄金櫃も存在していないということだろうか。

 

「サイコ・ショッカーで伏せモンスターを攻撃!」

 

 サイコ・ショッカーが片手に黒い稲妻の塊を生み出し、それを伏せモンスターに向かって投げつけた。

 黒い稲妻の塊が伏せモンスターに当たると、一瞬だけ一つ目の入った壺が浮かび上がったかと思うと、破片となって砕け散る。

 

「メタモルポットの効果発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て」

「五枚カードをドローする!」

 

 それ(・・)が発動させた効果に、永理は苦い顔をする。手持ちのカードにかなりの防御カードが固まっていたせいだ。

 対して相手は余裕の表情。墓地に行っても別に構わないカードだったのか、それとも墓地に行くことで真価を発揮するカードだったのか。どちらにせよ永理にとっては、不味い流れが来ている。

 

「チッ、カードをセットしてターンエンドだ!」

 

 場だけを見れば、永理の場には上級モンスターが一体。永理の有利に見える。だが実際のところ、デュエルモンスターズはたった一枚のカードだけで覆されることが多々あるものだ。

 故に永理は全く油断しない。最も、どんな相手であれ自分を貫くのが永理流なのだが。

 

「我らのターン、ドロー! クックックックッ、程よく墓地が溜まっているな……」

「感謝するぞ月影永理、貴様のおかげでかなり自由に動くことができる! 貴様は自分の行動で、自分を殺すのだ!」

 

 それ(・・)はくつくつと笑う。まるで壊れた人形のように、不気味に。

 男と女の半身合体、だというのに完璧に同じタイミングで表情金を動かしているからこそ、作り物ではないと分かる。分かってしまう。

 それ(・・)は一枚のモンスターを召喚した。

 

「「我らはマジカル・コンダクターを攻撃表示で召喚!」」

 

 緑色のローブに身を包んだ、黒い長髪の女性が現れる。額には金のティアラのようなものをつけており、腰のチェーンに繋がれた瞳がぎょろりと動いた。

 

「更にリバースカードオープン、魔法カードおろかな埋葬! 我らはデッキから混沌の黒魔術師を墓地へ送る!」「そして同時にマジカル・コンダクターの効果発動! このカードは魔法カードを発動するたびに、魔力カウンターを二つ置く!」

 

 マジカル・コンダクターの掌から浮かび出た二つのオーブが、彼女の頭上に燦然と輝く。

 魔法カードを使用するたびに魔力カウンターが増えていく。非常に厄介なカードだ。

 

「蘇生、なるほど……王宮の鉄壁はその為に。だがこっちにサイコ・ショッカーが」

 

「「速攻魔法、月の書を発動! サイコ・ショッカーを裏守備に!」」

 

 魔法カード多様の魔力カウンターデッキであれば当然入っている、優秀な防御カード。

 裏側表示にするだけでモンスターを処理はできないが、ある時はメタモルポットの再利用に、またある時は表側表示の場合に効果を発揮するカードの防御に使えたりと、汎用性はかなり高い。故にお値段も少し高い。

 これはかなり痛い。サイコ・ショッカーは裏側表示にされてしまえば効果を発揮できないのはもちろん、守備力もあまり高くない。守備表示にされてしまうだけで、ちょっとした下位モンスターに容易く破壊されてしまう。

 

「マジカル・コンダクターの効果発動!このカードに乗っている魔力カウンターを任意の個数取り除くことで、取り除いた数と同じレベルを持つモンスター一体を手札・墓地から特殊召喚できる!」

「そしてエンディミオンは一ターンに一度、魔力カウンターを取り除く効果が発動した時、代わりにこのカードの魔力カウンターで肩代わりすることが可能!」

「「我らはエンディミオンの魔力カウンターをすべて取り除き、墓地よりこのカードを蘇生する! 現れろ、闇紅の魔導師!」」

 

 マジカル・コンダクターは右掌に、エンディミオンがため込んだ魔力を凝縮すると、一気に地面へと叩きつける。すると六つの星が六芒星の魔法陣を地面に描き、深紅の光が放出される。

 その中からまず現れたのは、一本の杖だった。真っ赤なオーブを挟み込むような、三日月の形をした杖。それに闇紅の魔力が渦を巻く。

 やがて魔力が闇紅のブーツを、マントを具現化させていく。最後に、白い髪をした細い顔の男が現れると、その頭を、角のようにとがった兜が覆い隠した。

 召喚された際に魔力カウンターを自らに置き、魔力カウンターの数だけ攻撃力を上げるモンスター。だが特殊召喚の場合は、その効果は発揮されない。だが厄介なのは、マジカル・コンダクターと同じように、魔法カードが発動されるたびに魔力カウンターが補充されていくという能力。

 それ(・・)のデッキは魔法過多の構築の筈。であれば攻撃力を上げるのもあっという間だろう。

 

「我らは魔法カードを二枚発動させる! 成金ゴブリン! カードドロー!」

「更に魔法カード、暗黒界の取引を発動! 互いにカードを一枚ドローし、手札からカードを一枚捨てる! 捨てられた魔轟神獣ケルベラルの効果発動! このカードが手札から捨てられたとき、墓地からこのカードを特殊召喚する! 魔法カードが三枚発動したことにより、闇紅の魔導師にカウンターを三つ乗せる!」

 

 それ(・・)が新たに出したのは、三つの首を持った、赤毛の子犬だ。ぷるぷると首を振り、遠吠えした。

 比較的簡単な条件で出すことのできる、チューナーモンスター。攻撃力こそ無いものの、容易に特殊召喚可能というだけで非常に厄介なカードだ。

 そして地味に、闇紅の魔導師の攻撃力が2600まで上がっている。4000ライフポイントデュエルならば脅威となりえる攻撃力だ。

 

「「バトルだ! まずはマジカル・コンダクターで、伏せ状態のサイコ・ショッカーを攻撃!」」

 

 マジカル・コンダクターが掌に二つの球を出す。魔力が凝縮された球、それが伏せられているサイコ・ショッカーに向かって投げつけられると、サイコ・ショッカーの腹に穴が開き、爆散した。

 これで、永理の場に、壁となるモンスターはいなくなった。

 

「闇紅の魔道師で直接攻撃!」

「くたばれ、月影永理!!」

 

 闇紅の魔導師は杖に魔力を注ぎ込む。するとオーブから巨大な炎が噴き出したかと思うと、鎌のような形状へと変化した。

 闇紅の魔導師が永理に切りかかる。刃が肉に食い込み、ブシュブシュと音を立てて肉を焦がす。泥のような液体が、斬られた線に沿って黒く泡立つ。

 人間であれば痛みのあまり気を失うか、最悪ショック死してしまうだろう。どちらにせよ、普通の人間であれば、立つこともできない筈だ。

 

「……貴様、本当に人間か……?」

「化け物め……」

 

「毎朝コーンフレーク食べているんでね、体の丈夫さは筋金入りなのさ」

 

 闇のゲームの深さは、それを展開した者の闇の深さと直結する、といっても良い。

 死の世界から異端の力で蘇った者、強い恨みを持つ者、悍ましいまでの生への執着心を持つ者などの展開する闇のゲームは、常人であれば決して耐えられない苦痛と嫌悪の地獄となる。

 そして、それ(・・)の持つ闇は、異端の力で蘇り、生への執着と強い恨み。それだけでも十分驚異的なのだが、それが二人分。闇の力の二乗となると、マリクの展開した闇のゲームに相当する力を持つ。

 それを耐えきるどころか、涼しい顔をして受け止めた月影永理……だれがどう見ても、口をそろえて言うだろう。化け物だ、と。

 

「……ケルベラルで直接攻撃!」

「奴の喉元をかみちぎれ!」

 

 ケルベラルが四つ足で飛び、永理に向かって噛みつかんと迫ってくる。

 

「おっと、そいつは通せないな。永続罠発動、リビングデッドの呼び声!」

 

 永理の場にバチバチと巨大なプラズマの塊が現れ、その中から現れたサイコ・ショッカーがケルベラルの顔を掴み、投げ飛ばした。

 ケルベラルは空中で姿勢を整え着地すると、グルルと喉を鳴らす。

 

「「ふん、しぶとい奴だ。レベル4のマジカル・コンダクターに、レベル3魔轟神獣ケルベラルをチューニング!!」」

 

 ケルベラル場遠吠えを上げると、途端にその身体が三つの星となった。マジカル・コンダクターは弧を描く天上の星に手を掲げると、魔力を解き放つ。

 次第にマジカル・コンダクターの身体が透き通っていき、やがて消えた。代わりに天上に輝く星は七つとなっていた。

 

「かの者、司どりし起源は代償也」

「かの者、司どりし起源は破壊也」

「「魔を極めし魔導士は、天地万物を破壊せし」」

 

 七つの星がグルグルとめぐりだすと、その円の中心に細い光が現れたかと思うと、まるで爆発したかのように膨張していく。

 やがて光が晴れると、そこからゆったりとなにかが、大理石の床へと降り立った。

 それは、黒い装束に白いローブを羽織った、男とも女とも見える姿をした魔導士だった。

 

「「シンクロ召喚! 我に力を、アーカナイト・マジシャン!!」」

 

 アーカナイト・マジシャン、魔力カウンター×1000ポイント攻撃力を上げる自己強化効果と、魔力カウンターを取り除くことで相手のカード一枚を破壊できる効果を持つ。

 そして破壊効果なのだが、代償は別に、自分に乗っている魔力カウンターだけで無くても構わないのだ。つまり、エンディミオンが存在している限り、ほぼコスト無しで何度でも、効果を使用することが可能なのである。

 そして現在、エンディミオンに乗っている魔力カウンターの数は三つ。

 

「「アーカナイト・マジシャンの効果発動! エンディミオンに乗っている魔力カウンターを取り除き、貴様のサイコ・ショッカーを破壊する!」」

 

 明かりが少し暗くなったかと思うと、サイコ・ショッカーの体が、内側から膨張したかと思うと、そこらに血と臓物をまき散らしながら破裂した。

 

「「我らはこれにてターンエンドだ……さあ永理、精々あがいてみせろ!」」

 

 それ(・・)が高笑いを上げる。

 確かに、戦況は永理の劣勢といえるだろう。だが、永理の表情に焦りは全く無い。危機感すら無いように、いつもと変わらないようにカードを引く。

 引いたカードを横目見て、永理はわずかに首を傾げた。このカードを入れた覚えはないのに、なぜ入っているのか。

 いや、そもそも……なぜこのデッキをくみ上げたのか、その動機すら思い出せない。

 とはいえ、今はそれは重要なことではない。一度デュエルが始まってしまえば、重視されるのは勝利か、敗北かだけだ。

 

「……さて、細工は流流、後は仕上げを御覧じろってな! 手札からバイス・ドラゴンを特殊召喚! さらにこいつのレベルを一つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚!!」

 

 永理の場に現れる、細い体と太い手足が特徴的な紫の竜と、背中に一つの星が描かれたテントウムシが現れる。

 

「魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 俺の場にメタルデビル・トークンを特殊召喚する!」

 

 永理が魔法カードを発動した瞬間、地面に銀の果実がはじけた。

 どろりと粘着性のある液体は、まるで振動しているかのように震えている。薄っすらと浮かび上がる冒涜的な目玉はまるで深淵を覗いているかのような笑みを浮かべていた。

 

「このカードを入れた覚えはないけれど、まあ構わん! お前に見せてやるよ、神の力ってもんを!! 三体のモンスターを生け贄に捧げ、現れよ━━━━」

 

 永理の足元から突如伸びる、黒い墨汁を煮詰めたような泥が、レベル・スティーラーと水銀の塊を飲み込む。それから逃れようと必死に羽ばたこうとするバイス・ドラゴンであるが、泥の弾丸により羽に穴をあけられてしまう。

 口を開けて咀嚼するような音が、竜の叫び声━━断末魔と共に二重奏を奏でる。骨を踏みつぶしたような音がすると同時、竜が短く声を上げると、それっきり鳴かなくなった。

 永理の瞳が黒く変色し、肌が陶器のように白ばんでいく。

 

「なっ、なんだ、なにが起きている!?」

「貴様何をした!? 答えろ、月影永理!」

 

 永理はそれ(・・)の言葉も聞こえていないのか、くつくつと肩を震わせている。

 やがて泥が動きを辞め、ぴたりと静止したかと思うと、永理は真っ黒な目を大きく見開き、叫んだ。

 

「自壊せし泥の神、THE DEVILS ERASER!!」

 

 永理の叫びと共に、なにかが現れた。




 もうちょっとだけ続くんじゃ


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第53話 深淵の底でゾディアックは嗤う(後編)

 どろり、と落ちたのは、黒い蛇だった。まるで、血を凝固させたように黒く、鱗全てが瞬きする。

 辺りに漂う、腐った血の臭い。水銀のように重い空気が降りかかる。

 それ(・・)……いや、彼らは、その姿を見て言葉を失った。

 もはやその表情は、異形の悪者という風でもない。せせこましく人を殺す怨霊でもない。ただの脅える、ただの高校生へと戻っていた。

 

 どろり、と凝固された血のような肉片が落ちると、そこに埋め込まれていた幾つもの顔が苦しみ、息絶える。

 それがまるで引っ張られるように上へと伸びると、グネグネと蠢き、次第に形を作っていく。

 

 それは、蝙蝠のような黒い羽を付けたクサリヘビだった。

 

 腐った肉とガソリンを煮詰めたような臭いを無遠慮にまき散らす液体を滴らせ、それらが床を音を立てながら溶かしていく。溶けた床からは嘲るような笑い声を幻視させ、気を狂わす。

 液体のように肉がこぼれ落ち、ごぽりと音を立てる。

 永理はそんな臭いのど真ん中で、狂ったように嗤っていた。

 

「ばっ……馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」

「ありえん! あり得てたまるか! あってたまるか! こんな事が!!」

 

 彼らは、永理が呼び出した神を見て動揺していた。

 彼らの使役するモンスター達も、暴力的な恐怖に身動き一つ出来ない。

 それは、その恐怖は決して、目の前の邪神だけが原因ではないだろう。むしろその逆、その後ろで嘲笑しているものにこそ、真に恐怖しているように見える。

 

「あり得ないなんてことの方が『あり得ない』』のだよ、小僧。……もっとも、現実を認めたくないという気持ちは分かるがね。分かるからこそ、面白い」

 

「なぜ、なぜ我が敵に味方するのですか!?」

「我らが希望を、渇望を叶えてくれたのではないのですか!?」

「「お答え下さい、神よ!!」」

 

 永理(・・)は先ほどまでの嘲笑はどこへやら、狂信者のように跪き、神託を待つそれを面白く無さそうに見下す。

 永理(・・)は頭をかくと、けだるさを混ぜた声で命令を下す。

 

「……アーカナイト・マジシャンを攻撃」

 

 地の底から響き渡る、纏わり付くような低い声だった。

 THE DEVILS ERASERからしたたり落ちている闇より深い泥が、鎌の形状を作り出す。

 アーカナイト・マジシャンは魔法の矢を放ちそれらを破壊しようとするが、飛び散った先から次々と、無限に鎌は作られていく。まるでアーカナイト・マジシャンの努力を嘲笑うかのように。

 そして魔力が付き、床へ力尽きへたり込んでしまったアーカナイト・マジシャンに、ゆっくりと鎌が忍び寄る。

 暗黒の鎌の群れが、じっくりと、いたぶるように迫りくる。アーカナイト・マジシャンは杖を振りながら後ろへと下がるが、彼女の力は取るに足らない。もはや、鎌一つすら壊す力も無いのだ。

 やがて鎌が、彼女の足を縫い付けた。

 アーカナイト・マジシャンの身体を泥の鎌が引き裂き、貫く。それと同時に、彼らは手札も落とし、足を押さえて、カブトムシの幼虫のようにうずくまる。

 アーカナイト・マジシャンの引き裂かれた体躯に、生き物のように泥が入り込む。服の上からも分かるくらいぼこり、と主張をし、身体中を駆け巡る。そのたびにアーカナイト・マジシャンの口から悲痛な叫びが、血の泡と共に漏れ出る。

 

「THE DEVILS ERASERの効果。私の攻撃力は、相手の場に存在するものの数×1000ポイントの数値となる。

 そして、破壊したモンスターの痛みを持ち主に与える……ああ、安心したまえ。ゲームに干渉するものではないからね」

 

 くつくつと嗤いながら、覚えの悪い子供に教えるように言う。とはいえ、彼の言葉は聞こえていないだろう。いや、聞く余裕すらありはしない。彼らには、人が感じ得られるだろうすべての痛みが、同時に襲ってきているのだから。

 やがて指を鳴らすと、アーカナイト・マジシャンの全身が、まるで彼岸花のように切り開かれた。それと同時に彼らも大きく痙攣し、尿を漏らす。

 

「カードをセットして、ターンエンドだ。さあ、続けたまえ」

 

 彼の言葉に、彼らは答えない。答えられない。返しのある針を全身に抜き差しされているような痛みが走り続けているのだ。

 もはや、デュエルをする余裕も無い。彼らは覚悟ある英雄ではなく、生を望んだだけのただの人間なのだから。

 とはいえ、これでは面白くない。彼はひもを引っ張る仕草をした。

 すると彼らは、まるで操り人形のように、無理やり立たされる。しかし手は自らの首に伸ばしており、しきりに頸動脈辺りをひっかくように動かしている。

 

「私とのデュエルで途中退席は存在しない。さあカードを取りたまえ、時間はあまり残されていないのだからね」

 

 彼らの首に、荒縄が食い込むようにくっきりとへこむ。

 腕が、まるで人形劇のように意図せず動き、彼らは驚愕と恐怖の形相で、勝手に引かれたカードを見る。

 

「なっ、なにが……お前、何をした!?」

「もうやだ、やだよ……なんで、どうしてこんな目に。なんで私たちが」

 

「……ふむ、会話で時間を繋ぐ……というのは、デュエリストとしてはエンターテインメント的では無いな。よし、こうしよう」

 

 彼がぱちんと指を鳴らすと、空気が変わった。

 

「なっ、なんだ……また何かが起こるのか!?」

「かーくん帰ろう、もう帰ろうよ。こんなところいたくない! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」

 

 まるで、墨汁をしみこませた真綿に閉じ込められたような、途轍もない不快感が肌を刺激する。憎悪にまみれた世界に戸惑う彼らに、彼はくつくつと笑う。

 

「なに、気にすることはない。少しペナルティを追加させてもらっただけだ。普通にプレイする分には何も問題ないが……遊戯(ゲーム)に関係ないもので時間を延ばしたりすれば……」

 

 彼はそこで「おっと」とわざとらしく言葉を区切り、どこからか取り出した同じ機種・壊れる前のものと同じ傷のPDAを取り出し、何やら設定した。

 精神崩壊している男性の半面と、怯えながらも気丈に振る舞う女性の半面。彼のようなものにとっては、人の恐怖は数多い愉悦の一つとなる。

 

「さっ、続けたまえ。私が君を操作しては面白くない。それではエンターテインメントではない。人の死は喜劇的で悲劇的で、それでいて楽しさに溢れていなければならない。未知とスリルこそが世界で最も楽しく美しく醜く脆い。私を楽しませろ……そうでもしないと釣り合わん」

 

 最後諦めたように、小さな声で彼は呟く。

 彼らにはその言葉の意味は理解できなかった。理解する余裕も、戦術を組み立てる余地もない。脳のキャパを占めているのは恐怖、根源的かつ生理的な恐怖だけだった。

 太ももから、熱いなにかが垂れ流れる。それすらも判別できない。男の半面は、泣きじゃくりなにもできそうにない。もはやただの障害だ。

 

「……二分経過」

 

 彼がそう宣告すると、突如として彼らは息苦しさを覚えた。

 まるで、臭い川で溺れるかのような苦しさ。吐き気と苦しさだというのに、苦しみに身を任せることもできない。無理やり正気を保たれている。それが、さらに心を苦しめる。

 もし正気を無くせたらどれだけ楽なのだろうか。もし死ねたならば、どれだけ幸せだろうか。それをまともにされている狂った思考の中で、何千万と吊り上げられる。

 

「苦しくて気が狂いそうなのに狂えない、中々につらいでしょう? 解決は簡単、ゲームを続けるだけ。ついでにヒント、もう一度言おう。THE DEVILS ERASERの攻撃力は、相手の場のカードの数×1000となる」

 

「……はっ、発動! 魔法発動! 闇紅の魔導師に対し発動! 魔導加速! デッキトップからカードを二枚墓地へ送り、魔力カウンターを二つ乗せる!! さらに魔法が発動したことにより、闇紅の魔導士に魔力カウンターが一つ乗る! これで闇紅の魔導師の攻撃力は3800! 貴様の切り札の攻撃力を超えた!!」

「ねえ帰ろう、もう帰ろうよかーくん! こんなくらいところやだ!! わたしもうやだよ!!」

 

 女は男の言葉に耳を傾けず、必死に彼に食らいつく。

 彼はそれに対し心からの嘲笑と賛美の拍手を送る。

 

「バトルだ! 闇紅の魔導師でTHE DEVILS ERASERを攻撃!!」

 

 闇紅の魔導師が杖に炎の鎌を灯し、恐ろしく冒涜的な蛇の神に切りかかる。

 深紅の弧を描き、THE DEVILS ERASERに振り下ろされる。肉が飛び散り、そのまま連動するようにほかの部位が溶けていった。

 

「素晴らしい、良い覚悟だ垣山。だが、残念。ああ本当、とても残念だ。一手遅かったな」

 

 隠し切れない嘲笑を含ませながら、彼は一枚のカードを発動させる。

 それは、攻撃反応型のカードでもなければ、攻撃無効系のカードでも、ダメージ無効ですらない。

 

「速攻魔法、神秘の中華なべ。生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力の数値ライフを回復する。THE DEVILS ERASERを生け贄に捧げることで、攻撃力分のライフを回復」

 

 THE DEVILS ERASERの攻撃力は3000、ライフを回復したとしても受けるダメージは変わらない。

 THE DEVILS ERASERが肉をドロドロに溶かし、骨だけになる。液状化した肉が永理の躰の穴という穴に入り込む。肉体の内側が破裂し、筋肉と骨とが飛び出したかと思うと、それを塞ぐように黒いタールが埋めていく。

 

 そして、邪神の射程内に闇紅の魔導師は、入ってしまっている。彼の足元に残っていた泥が、永理の身体ごと闇紅の魔導師を刺し貫く。

 無数の針が次々と、狂ったように永理ごと闇紅の魔導師を貫き続ける。骨と肉と臓物の雨を浴び、彼は恍惚の笑みを浮かべる。

 

「おっと、言い忘れていた。THE DEVILS ERASERの効果……このカードが墓地へ送られたとき、場のカードすべてを破壊する」

 

 泥は広がり、すべてを飲み込みはじめる。そう、『全て』を。

 エンディミオンの人々の悲鳴が、断末魔が各地で巻き起こり、狗の形状に固体化された泥は建物内の生き物すべてを噛み殺しまわる。

 建物から次々と血が流れ、魔法が飛び交い、誤射により同族を殺す。泥は魔法を受けても傷一つ無く再生し、あるものは犯し、あるものはただ食らう。男も女も、子供も大人も妊婦も腹子も区別なく。

 貫き、噛みちぎり、引き裂き、犯し……それらがすべて、泥を介して彼の脳髄に直接入り込んでくる。

 

「さて、どうかね少年少女。君の創り出した世界の痛みは」

 

 心底楽しそうに彼は問いかけるが、彼らは何も答えない。ただ恐怖により、封印していた記憶を無理やり思い出させられていた。

 無理やり犯された女の記憶、それを目の前で見るしかなかった男の記憶、戯れに何度も刺された記憶、お互いを抱きしめながら死んだ、最後の記憶。最悪の記憶。

 彼らは、泥のように黒い吐しゃ物を吐き散らしながら嗚咽を漏らす。顔はあらゆる液体でぐちゃぐちゃになり、手に持っているカードはもはやゲームに使えないほど握りしめられている。

 

「デュエル以外の長考……いや、雑考時間が三分過ぎた」

 

 彼は待ってましたとばかりに手を鳴らすと、突如として彼らの首が吊り上げられる。吐しゃ物が放物線を描きながら、てるてる坊主のように吊られて揺れる。息が詰まる。意識が遠のく。だが、全身を貫く痛みによって、現実に戻されてしまう。

 カードは彼らの手を離れ、彼らの目の前に展開されている。もはや、考える脳は持ち合わせていない。デュエリストとしての誇りも持ち合わせていない。あるのはただ一つ、早く楽になりたい、これだけだ。

 

「さてどう出るかね? 早く思考を働かせたまえ、君の頭は飾りかね? そうではないだろう、思考し愚考し足掻いてくれ。さあ私を楽しませてくれ!」

 

「た、ターンエンド……げほっげほっ!」

 

 絞り出すように出された言葉と同時に、彼らは床へと落ちた。

 ウジ虫のように動く彼らを、彼は冷めた目で見下し、軽薄な口が開く。

 

「ドロー……私は、君が人間だから、困難に立ち向かえる人間だと思ったからこそその躰を与え、役割を与えたんだ。遊城十代や万丈目準、丸藤亮に立ち向かうばかりか恩神に歯向かうばかりか、それすらも満足にできぬ愚図だったとは……ああ、失望したよ。全く、これ以上無いくらいに失望した。残念だよ」

 

 戦略も何もない、ただの諦め……彼にとっては、面白くない。全く以て面白くない選択である。

 なにか驚きを、予想もできない動きをしてくれなければ。そこまで考え、彼はふと自嘲気味に己を笑う。

 昔はこんな思考ではなかった筈だというのに……。

 

「魔法発動、死者蘇生。私は墓地から、人造人間サイコ・ショッカーを攻撃表示で特殊召喚する。バトルフェイズ」

 

 暗黒の霧が立ち上り、一挙に凝縮されると、その中からサイコ・ショッカーが姿を現す。

 残りライフは2400、サイコ・ショッカーの攻撃でちょうど削りきられるライフだ。 

 

「まっ、待て! お願いだ、待ってくれ! 次こそは必ず! 必ず使命を果たしてみせる!」

「やだ、またあの闇に戻るのは……やだよ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「安心したまえ、君たちの闇には戻さないよ」

 

 彼はにっこりと笑い、手を下す。

 それと同時にサイコ・ショッカーの胸から放たれた電撃が、彼らの身体に直撃する。

 

「闇が天国と思わせてやるよ」

 

 彼らの悲鳴が暗闇に響き渡る。ローブが焦げ付き、焼けた肉に張り付く。

 彼らが完全に動かなくなったのを確認すると、サイコ・ショッカーは攻撃の手を辞め、彼に話しかけた。

 

『まだ完全に乗っ取り切れてはいないようだな、ファラオ』

 

「……ふん」

 

 彼━━ファラオは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 面白くなさそうに彼らの亡骸を蹴飛ばすと、腕がぱきりと割れた。芯まで炭化したのが、断面から見て取れる。

 

「全く、使えない連中だ。他の人間を殺せば終わる話だったというのに、なぜよりにもよってこいつを……」

 

 彼らの亡骸を足で踏みにじりながら、ファラオは毒づく。

 足りない魂を集める為に蘇らせたというのに、何の役にも立たない無能。ファラオが彼らに抱く評価は、それだけだ。

 

「ところでハゲ、他の精霊はどうした? あの虫やらゾンビやらは?」

 

『……貴様が出た瞬間にカードへ引っ込んだよ』

 

 サイコ・ショッカーの返答を聞き、ファラオの頭にふと疑問が浮かんだ。

 ファラオの司るものは恐怖である。それに中てられ、月影永理の精霊たちはカードの中へと引っ込んだのだろう。であれば、目の前のこのモンスターはなぜ、平気でいられるのか。

 

「貴様は恐れないのか……阿呆か、それとも気狂いか」

 

『さあな、そのどちらかもしれんし……どちらでもないかもしれん。狂人は自らを狂人と自覚できぬが、常人が自らを狂人だと感じることも無かろう』

 

「……違いない」

 

 サイコ・ショッカーの返答は彼好みだったのだろう、くつくつと嗤いながら同意していた。

 もっとも、サイコ・ショッカーの本心は違う。というより、それよりも気がかりなことがあったのだ。

 

『それで、ここからどうやって出るのだ?』

 

 サイコ・ショッカーの疑問は最もだ。地下深い崖の下、酸素も無く声も届かない暗闇の世界。そんなところに空所の手が伸ばされることなぞ、ありはしない。

 救助は、自分の安全が確立されていない限り行われることはないのだから。

 だが、それこそ愚問である。彼はファラオ、計画通りには全然行ってないが、その力は神にすら届く。

 

「THE DEVILS ERASER」

 

 彼が命じると、足元に浮かび上がる無数の泥が巨大なクサリヘビの形となる。

 そして彼が天を指さすと、THE DEVILS ERASERの触手が鋭く伸びる。

 

「これで良し」

 

『……無茶苦茶だな、貴様』

 

「王たるもの、この程度の発想力は必須であろう」

 

 当然のようにファラオは言葉を返し、触手を登っていく。

 触手の感触はかなりネバっとしており、あまり心地いいものではない。が、我慢してその触手を歩く。

 これよりほかの手段は、残念ながらファラオには思いつかなかった。王とは時に、我慢を強いられるものなのだ。

 

 

 ━━そして

 

「……あっ」

 

 踏み外しても泣いたりしないものなのだ。

 




 右脳は左半身動かして左脳は右半身動かすらしい。
 つまりあしゅら男爵はTSの化身だった……?


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第54話 狙ったおまけが出ないのは紅蓮の悪魔の仕業でございます

 枕元に置いてある目覚まし時計を止め、万丈目はむくりと起き上がった。

 昨日の晩、十代と永理と連絡が取れず、二時間待ちぼうけして結局そのまま帰ってふて寝したのだが、万丈目の今日の気分はすこぶる良かった。

 久しぶりに二時という(いつもと比べれば)早い時間に就寝でき、六時間も眠れたのだから。

 万丈目は元々ショートスリーパーであったが、それでも流石に連日二時間睡眠はキツいものがあった。ショートスリーパーにも限度というものがあるのだ。

 というより、連日徹夜でゲームして三日に一度五時間しか眠らない生活で永理が何故あそこまで元気に動けるのか……今日は不在のルームメイトに疑問と不満を抱きながら、ベッドから降りる。

 大きく伸びをして、いつものように歯ブラシを手に取ろうとし、ふと気がついた。

 

「ゴミが落ちていない……?」

 

 いつもであれば……具体的に言うなら昨日までは、まるでゴミ屋敷といわんばかりに散らかっていた筈の部屋。それが一晩、それも六時間の間に綺麗にされている。

 ふと壁を見れば、カビも綺麗さっぱり取り除かれており、まるで新品のようだ。

 これが本来の正常な環境だとは分かっている。だがこの空間においては、これは明らかに異常である。

 亮は食べ物飲み物を持ってくるだけ持ってくるが、片付けることは滅多にしない。精々ゲームの整理をするくらいだ。

 あまりにも不自然な変化。好転しているからといって、素直に喜ぶことは出来ない。むしろ薄ら寒い不気味さすらある。

 とはいえ、元凶である永理の姿は無い。いつもであれば布団の中でぐっすり眠っているか死んだ眼でゲームをしているかのどちらかなのに……見れば、そこらに乱雑に脱ぎ捨てられていた制服が無くなっている。

 

「……どういうことだ? エンプレス、永理の様子はどうだった?」

 

『……いつもと違い、朝六時に起きてラジオ体操を終えた後、三十分かけて目立つゴミを集めて捨て、歯を磨いて制服に着替えて部屋を出て行ってたかな。まるで真人間みたいで、少し不気味だったような』

 

『普通にしているだけで不気味がられるんですか、彼……普通に真人間になっただけだと思うんですけど』

 

 ヘル・ブランブルが苦笑気味に、エンプレスの言葉にツッコミを入れる。

 確かに、本来であればそれは喜ばしい事だ。だが、それにも順序というものがある。

 

「何のきっかけも無く変わられても怖いだけだ」

 

 人間、性格を取り繕うことはできても、そう簡単に変えられるものではない。

 三つ子の魂百までというように、根本は絶対に変わらないものだ。そして永理の場合、散らかし癖とものぐさなものはほぼ絶対に変わらないと断言できる。

 そもそもきっかけすら不明だ。別に「片付けが出来る男はモテる」とかいう特集でもあったのならば理解はできるのだが……。

 

『そういえば、月影さんの雰囲気がいつもと違ったような……』

 

『あー、それ私も思った。なんか、いつもより雰囲気が黒いというか、でもいつもより行動がまともだったような……朝からゲームとかしてなかったし』

 

 どちらかといえば朝からゲームというより朝までゲームという感じではある。

 というより基本朝までゲームをして、そのまま丸二日完徹でし続ける馬鹿である。朝からスナック菓子を貪り、ゲームテレビインターネットの三つで自己世界を回しているカウチポテトだ。

 なぜあれであんなにやせ細っているのか、女子生徒たちの間で物議が起こったりしている。

 

「……確かめてみるしかないか」

 

 万丈目が歯ブラシを口に突っ込んだ瞬間、遠くから授業開始のチャイムが鳴った。

 

 

 十代が目を覚ました時、膝辺りに重みを感じた。

 顔を上げてみてみると、丁度ツァンの寝顔があった。規則正しく、スースーとかわいらしい呼吸をしている。

 時計を見てみると、既に五時を過ぎていた。外はほんのりと夕焼みはじめており、暖かな光が、ベッドの傍に立てかけられている点滴装置と輸血パックを照らしている。

 今が今日が何日で、何時まで眠っていたのか分からない。服装も検診衣に着替えさせられており、七精門の鍵もどこに置いてあるのか分からない。

 セブンスターズのアムナエルには勝てた。彼が燃え尽きで行き、何か言っていたのは覚えている。だが、十代は肝心の内容を思い出せないでいた。

 ひとまずは状況確認をしておかなければならない。十代は、起き上がる為に、自分の膝で寝ているツァンをゆすり起こす。

 

「ん……十代……? もう少し寝かせ━━って、十代!?」

 

 ツァンががばっと飛び起き、信じられないかのように目を丸くしたかと思うと、勢いよく十代を抱きしめた。

 

「バカッ! バカバカバカバカッ! なんでこんな無茶したのさ!」

 

「まっ、待てツァン、おっおちっ落ち着け!!」

 

 十代とてどこにでもいるごく普通の思春期男子である。それが巨乳で、しかも可愛くていい匂いのする女の子に抱きしめられたら……そりゃあもうたまらんくなるであろう。

 とはいえ十代、股間ではなく頭で考えるタイプの人間である。スケベ心はあるものの、理性が勝る人間であった。

 

「相変わらずだな、十代」

 

 保健室の出入り口から呆れた声が聞こえた瞬間、ツァンは十代から離れ、わざとらしく口笛を吹く。

 そのように取り繕っても既に見られているのだが、流石にくっつかれているのを見られ続けるのは彼女も恥ずかしいのだろう。十代としては、正直生殺し生き地獄だったので素直にありがたかった。

 十代に声をかけてきたのは、三沢だった。手には二リットルペットボトルのポカリスエットと、購買で買ってきたのだろう、表紙にブラマジガールが印刷されているチョコレート菓子。

 明らかに得点のシール目当てなのは明白だ。

 

「鮎川先生の話では目覚めるのに最低三日はかかるという話だったんだが……」

 

「ふーん……そんなにヤバい状態だったのか?」

 

「まあ、死にはしないだろうが……最悪、脳に障害が残る可能性がある、とはいわれたな。どうだ、なにか違和感があったりはしないか?」

 

 十代は手をグッパーと動かしたり、身体を起こして腰をひねってみたりしたが、特に違和感は無い。壁に貼り付けられていた手洗いうがいのポスターも問題なく読めた。

 

「特にないぞ」

 

「なるほど……目覚めたのはさっきか?」

 

「ああ」

 

「ふむ……」

 

 三沢は顎に手を当て考える仕草をする。どうも、容態を確かめに来ただけではなさそうだ。

 三沢はツァンの隣に座ると、手に持っていたチョコレート菓子の箱を開けて中のシールを確かめる。そして、ウエハースに挟まれたチョコを半分にして十代とツァンへと渡した。

 

「食べないの?」

 

「目的はおまけの方だからね、正直もう食べたくない。……それよりも、だ。ツァン・ディレ君、君に一つ二つ聞きたいことがある?」

 

「聞きたいこと?」

 

 ツァンが首をかしげる。三沢はシールを『売却用』と書かれたクリアファイルに保存した。十代がそれを横目見ると、当てたシールはブラック・マジシャン・ガールのようだ。オークションで出せば数万円の値が付くことだろう。

 

「永理君を見なかったかい?」

 

「永理って……あの三馬鹿の一人の? いや、見てないけど……でもボク、ずっといた訳じゃないし。明日香にちょっと聞いてみようか?」

 

「ああ、頼むよ」

 

 ちなみに三馬鹿とは永理、三沢、亮の三人組の総称である。少し前までカイザー亮とか言われていたのに、今となってはバカイザー亮で通じるようになってしまっている。

 まあ地が出始めたということなので、悪いことばかりではない。むしろ今が一番生き生きしていると巷で評判だ。……百年の恋も冷めたという者も多いが。

 

「しっかし、今日は静かだな……ハネクリボーの姿もブラマジガールの姿も無いし」

 

「ん? ……十代、君は何が見えているんだ?」

 

「……いや、何でもない」

 

 三沢は十代の独り言に、怪訝そうな顔をする。

 三沢は精霊の見えない人間である。十代は普段見えている人間で、その周りも精霊が見えている人間ばかりだったので、うっかりそれが当たり前のようになっていたようだ。

 とはいえ、今日はいやに静かだ。聴覚的にもであるが、何より視界に精霊の姿が全く見えない。普段は姿だけは見えている、というのが普通だったというのに……。

 異常といえば異常であるが、普通の人間にとっては正常なのでなんとも言えないものだ。

 

「あっ、返信来たよ。えっと……『永理君みたいな後ろ姿を見たかもしれない。少なくとも会話はしていない』だってさ」

 

「会話はしていない……何かこう、見舞いの品とかは置いてなかったのか聞いてみてくれ」

 

「うん、分かった」

 

 ツァンが明日香へ、三沢からの質問を送ると、すぐに返事が返ってきた。

 ツァンはそれを三沢に見せる。

 

「無かった、か……」

 

「なあ三沢、なんでそこまで永理について聞いてくるんだ? ……何かあったのか」

 

「あった、と言えばあった。まず最初の異常から話そう」

 

 三沢は、ついでに持ってきていた紙コップを三つ取り出し、それにポカリを注ぎながら説明する。

 

「まず一つ、アカデミアのデータベースに記載されている筈の、永理のデュエル履歴が無いという点だ」

 

「……ただ単にセブンスターズがいなかっただけじゃないのか? セブンって言うくらいだから、俺が倒したアムナエルで最後の筈だけど」

 

「そう、確かにそうだ。では二つ目の異常だ。これを見てくれ」

 

 そう言って三沢が取り出したのは、このデュエルアカデミア全土の衛星写真だった。ところどころ転々と青く塗りつぶされている箇所がある。

 

「どこでデュエルが行われたか、デュエルによるエネルギーゲインを可視化させたもの……だそうだ。で、十代がデュエルをしたのはここだな」

 

 三沢が指さした箇所は廃寮、十代がアムナエルと死闘を繰り広げた場所だ。そこは他の箇所よりもかなり濃く塗られている。

 なぜ一介の高校生にすぎない三沢がこんな紙を持っているのかははなはだ疑問だが……。とはいえ、それは今の話の本題ではないので、あえてツッコみを入れない。

 

「で、次に万丈目がいた場所が……ここら辺だったか?」

 

 三沢は、何も塗られていない、火山の近くを指さす。

 確かに分担した時、万丈目はそこで待ちぼうけを食らったのだ。十代も、確か万丈目はそこだったかな? とそこそこうろ覚えではあるが、とりあえず頷いておく。

 

「で、永理のいた場所━━つまり森だが、見てくれ」

 

 見ると、そこは明らかに異常だった。一面に緑の広がる紙上の森は、まるでインクをぶちまけたかのように真っ黒に塗りつぶされていた。

 まるで悪意が加色化されたかのように。

 

「なんだこれ……」

 

「さあな。俺にも分からん……というより、どうもこれを社員が確認したところで、海馬コーポレーションの衛星に急遽点検が入ったとかなんとか」

 

「……いやなんでそんなのを学生が持ってるんだ!?」

 

「十代、これ普通に閲覧できるものだよ?」

 

 ツァンの思わぬ指摘に、十代は「マジか……」と愕然とする。

 確かに、超技術だ。しかも何の用途に使うのかすらわからない技術だ。それが一般公開されていたとしても、あまりにマイナーだと誰も認知しないだろう。

 まあ、ただ単に十代がネットに詳しくない、というのもあるだろうが。

 

「まあそれは置いといて、だ。これが昨夜、突如として起こった謎の事象。俺はこれに永理が関わっているんじゃないかと睨んでいる」

 

「睨んでいるって、何を根拠に……」

 

「勘だ」

 

「勘て……」

 

 理論的な三沢にしては似合わない言葉だ。

 だが、三沢自身もそう説明するしか無い。何せ、プログラムされていない突然現象が起こってしまったのだから。

 

「で、……クロノス教諭から聞いた話だと、明け方に十代にお見舞いに来たのは永理との話だ」

 

「……まあ、随分と早い時間ではあるけどよ。でも偶然朝に起きてってのもあり得るだろ……」

 

「いいやあり得ない、絶対にあり得ない。あいつは零時回ったら徹夜でゲームして昼までぶっ通しで続けるタイプの人間だし、もし仮に見舞いに行ったとしても━━十代が重症を負ったという情報が出る前の話だ」

 

 十代は、三沢の言葉にハッとした。言われてみれば、そうである。

 ただの、一介の高校生に過ぎない永理がなぜ、誰よりも早く情報を手に入れ、十代のところにたどり着けるのだろうか。

 最初から『十代が入院するほどの怪我を負う』ということを知っていなければ、あり得ない動きだ。

 

「最後にだが、実をいうと永理とすれ違った━━あれが本当に永理かは分からんが、まあその時から、だ。無いんだよ、七精門の鍵が」

 

「無いって……それヤバいじゃねぇか!?」

 

「多分だが十代、お前の所持していたものも無くなっていると思う。お前の来ていた服はどこだ?」

 

「えっと、多分だけど処分しちゃってるんじゃないかな? でも制服の中に入っていた物なら、ここにあるよ」

 

 そういってツァンが指さした籠には、PDAや財布一式と寮の鍵が入っていた。

 だが、そこに七精門の鍵は見当たらない。

 もし三沢の話が本当なのであれば……犯人は、十代の見舞いに最初に来た永理以外考えられない。

 

「どこかに落としたとかは?」

 

 ツァンの言葉に、三沢は苦々しく笑う。

 

「残念だけど、しっかりと落とさないように首にかけていた……筈なんだけどね」

 

「首にかけていてスられるんだ……でもそれ、本当に月影君なの?」

 

「どういうことかな、ツンデレ君?」

 

 ツァンは永理の印象を思い出しながら、ぽつぽつと語る。

 永理の印象を。

 

「まず、月影君がそこまで器用そうには見えないんだよね。首にかけられたその……なんたら門の鍵を盗むなんて芸当。ほら、いつも月影君猫背でしょ? あの状態だと、まず三沢君の首の鍵に手が届く前に気づくと思う……あとツンデレ君はやめて」

 

 そう、確かにツァンの言う通り、普段の永理はかなり猫背だ。それはもう、身長が三十センチ変わるくらいには。

 その状態で気づかれずに首のペンダントを盗む、なんてのは盗みの達人でも難しいことだろう。というより、幾ら盗みの達人でも不可能だ。

 

「確かに、かなり背筋真っすぐだったような……」

 

 三人が七精門の鍵を盗んだ犯人について考察していると、不意に十代のPDAに着信が入った。

 ツァンがそれを籠から取り出すと、十代に手渡す。

 相手は万丈目のようだ。

 

『やはり起きていたか……馬鹿は死なないとはよく言ったものだ』

 

「何の用だ? 嫌味言いたいだけなら切るぞ、俺腹減ってんだよ」

 

『ふん、その程度後でガールフレンドにでも集れば良かろう。それよりもだ、外を見てみろ』

 

 万丈目に促され、十代はフラフラと立ち上がる。ツァンに支えられながら窓へと近づき、覗き込んでみると、目を見開いた。

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 まるで闇のように黒い竜巻が、天高くそびえたっていたのだ。しかも不気味なことに、空には雲一つ無い。まるでちゃちな合成のように竜巻だけが、そこにはあった。

 

「なんだ……これ……」

 

『驚いたか。ガキでも分かる異常気象のお手本みたいなものだな。その竜巻は膨大なデュエルエナジーを━━』

 

「シャークネードでも来たのかこれ!?」

 

『なんでそこでそれが出てくる!? 事態を把握してないのか貴様は!?』

 

 十代の口から出た言葉に、PDA越しの万丈目は思わずツッコむ。

 確かに、ワールドタイフーン辺りで見たような気がしないでもない光景だ。これでデュエルアカデミアのドームが分離してファンネルのように動き始めたら完璧である。

 

『全く……あの馬鹿の影響が出始めたのか? まあいい。とにかく、その竜巻の方向に膨大なエネルギー反応が起こっている。俺は確かめに向かうが、十代、貴様はどうする?』

 

 デュエルエナジー……三幻神やそれに連なる特別なカードや、凄まじいデュエリスト同士のデュエルで発生する謎のエネルギーである。

 これを利用することによって半永久的にエネルギーを生み出す『モーメント』という、デュエルエナジー式エネルギー生成装置を学会に提出し見事受け入れられている。それほどまでに、デュエルエナジーというのは強大な力を秘めたエネルギーなのだ。

 

『病み上がりなんだから、寝てても良いんだぞ?』

 

 万丈目の一言に、十代はニヤリと笑いながら答える。

 

「当然、行くに決まってるだろ! こんな楽しそうな状況、眠る時間すら勿体ない!」

 

『フッ、遅れるなよ』

 

 そう言って万丈目は通話を切った。

 デュエルディスクを取ろうとベッドの方へ戻ろうとすると、ツァンがその服を掴んで止めた。

 

「……行かないで」

 

「止めないでくれよ、頼む」

 

 ツァンが目に涙を溜め、十代の背中を抱き止める。

 背中から、すすり泣く音が直接伝わる。

 心から心配しているのが、十代にも伝わってくる。三沢はどうでも良さそうに二杯目のポカリを飲んだ。

 

「なんで、なんで行くの。死んじゃうかもしれないんだよ?」

 

「ああ、死んじゃうかもな。多分、今度死にぞこなったら助からねぇかもな」

 

「十代、死にかけたばかりじゃん。なんで、そう、死にに行くの? あんなの、他の誰かにやらせれば、いいじゃん。十代、もう充分頑張った、じゃん」

 

「……なあ、ツァン。大丈夫、死んだって戻ってくる。だから━━」

 

 十代が振り向いた瞬間、頬に痛みが走る。

 ツァンに、ぶたれたのだ。

 

「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!! なんでこんなに心配してるのに分かってくれないの!? ボクは十代に死んでほしくないんだよ!? 傷だらけの十代を見てどれだけ辛かったか分かる!? もう、あんな思いするのはやだよ……」

 

 泣きじゃくるツァン。十代の無残な姿を見て、どのように感じたのか……それが十代にも、痛いほど伝わってくる。

 確かに、辛いかもしれない。……いや永理の場合はなんかいつも通りな感じはするが、それ以外であれば、ツァン気持ちは少しは理解できる。

 十代はツァンの涙を指で拭うと、しっかりと目を合わせて断言した。

 

「大丈夫だツァン、俺は必ず生きて帰る! だから、その……応援して、待っててくれ!」

 

「……絶対?」

 

「ああ、絶対。五体満足で━━」

 

 そこで十代は、ツァンの口によって言葉を塞がれた。

 透明な橋がぷつんと切れ、呆然とする十代に、ツァンは悲し気な笑みを浮かべながら言う。

 

「死んだら斬るから、絶対に戻ってきてよ」

 

「……あっ、ああ!」

 

 十代はツァンの言葉に頷くと、デュエルディスクと制服の上着だけを持って保健室を出ていった。

 その背中を見送り、姿が見えなくなったところでツァンはへなへなと、顔を真っ赤にして床へと座り込んだ。

 そして顔を両手で覆ってゴロゴロと、お世辞にも綺麗とはいいがたい保健室の床を転げまわる。

 

「ううっ……恥ずかしい! なにこれめっちゃ恥ずかしい!! ボクこんなキャラじゃないのに……てか十代ビンタしちゃった、謝らなきゃ……うう、なんでこんなことしちゃったのボク……あああああうううああああああ!!!!」

 

「うん、感動的だったぞ。青春だったな……おめでとう、ツァン・ディレ。というよりもはやデレデレ」

 

 ツァンの動きが固まった。

 そう、ここにはもう一人━━十代とツァン本人以外、もう一人いたのだ。

 そしてその、目立たない狂気のロリコン野郎は、足を組んでどうでも良さそうな顔でポカリを飲んでいた。ちらりとツァンに視線を送ると、グッと親指を立てた。

 

「うっ……」

 

「ん?」

 

「うわああああああああああっ!!!!」

 

 ツァン・ディレは逃げ出した!




 バーチャルYouTuberを知っているか、俺の中で流行っている……。


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第55話 月影永理の暴走part1

 世界が終わるとしたら、このような光景が巻き起こるのだろう。そう感じずにはいられない現象が、十代の目の前で巻き起こっている。

 切り立った崖から伸びる黒い光は渦を描き、青く綺麗な空を黒く侵している。

 遠くから見れば、サメを巻き込んだ黒い竜巻のようだ。

 この世の悪意全てを組み込んだような光の塔の前、永理らしき人物が立っていた。

 天高く掲げる右手には、七精門の鍵が七つ。足下には五芒星のなり損ないみたいなものの中心に、火のような模様が記されたシンボルの付いたスーツケースが転がっている。

 

「永理! お前抜け駆けはずるいぞお前!!」

 

「……いや待て、様子がおかしい。亮スティ、スティ」

 

 抜け駆けで願いを叶えようとしている永理に、獰猛な犬ばりに噛みついていく亮。万丈目がそれを収める姿を見て、どこまでもシリアスになれねぇなーと十代はため息をついた。

 だが、確かに様子がおかしい。永理は馬鹿であるが、抜け駆けをするような人間では無かった――多分無かった筈だ。

 それに何より、猫背でない。永理は普段、異常と言えるほど猫背だというのに、今は背筋真っ直ぐ。しかも服もきちんとしわ一つ無く整えられている。平気で三日くらい使い回す永理では、とても考えられない状態だ。

 明らかに不自然な永理らしきものが、三人の喧噪を聴き、振り返った。

 

「来たか、鍵に選ばれしデュエリスト達……よ……?」

 

 そして、三人の姿を見て表情が固まった。

 

「……き、貴様ら……他のデュエリストはどうしたのだ? 鍵の守護者だけで我に挑むにしても、一人足りないのではないか?」

 

「『全世界の幼女を俺のカキタレにしたら陵辱出来ねぇ!!』と結論が出て、願いを叶える権利を俺に譲ってくれたのさ!」

 

「せっ、世界の命運がかかっているのに……なんたる緊張感の無さ……」

 

 永理らしきものが嘆く。

 その点に関しては、十代も同意だ。何せ今回集まったメンバー三人のうち、一人は自らのメカ幼女ハーレムを作る為、もう一人がただ単に楽しいデュエルをしたい為、だ。

 正直世界の命運とかどうでも良いと思っている奴しかいないのだ。残念ながら。

 

「それで、貴様は何者だ?」

 

「……酷いな万丈目、どこからどう見ても月影永理じゃないか」

 

「貴様が永理なものか。奴がそんな背筋真っ直ぐなわけないし眼に希望の光も宿ってないしそもそもアングラ的暗さが足りん。ふざけているのか貴様」

 

「あれっお前友人だよな? 永理と友人だよな?」

 

 あまりにもボロクソな物言いに、思わずツッコミを入れる永理らしきもの。

 一応万丈目は永理と友人ではあるが、万丈目から見た永理の評価そのものだった。歯に衣着せぬ言葉ではあるが、正鵠を射ていた。

 永理らしきものは仕切り直しとばかりに咳払いし、己が名を語る。

 

「……我が名がネフレン=カ、偉大なる暗黒のファラオ。貴様ら現代人も名前くらいは聞いたことがあるだろう」

 

「いや全然知らね、万丈目知ってるか?」

 

「俺に振るな。……俺も知らん、第一聞いたこともない」

 

「PDAで調べても全然出てこないな。あれだろ、自分のことをファラオだと思い込んでいる一般人だったなにかだろ」

 

「貴様ら殺す絶対殺す」

 

 永理……ネフレン=カが足下のスーツケースを蹴ると、スーツケースが開き三枚のカードが宙に浮かぶ。

 黒い光が霧散し、赤・黄色・青の光がカードへと吸い込まれる。

 

「……完全復活させるには魂が足りなかったところだ」

 

 空中に浮いていた三枚のカードがネフレン=カの掲げるデッキへと重なる。

 そして、なんとも不思議なことに、まるでデッキ自身が意思を持つかのように空中でシャッフルされ、ネフレン=カのデュエルディスクへと収まった。

 

「貴様らの魂で、帳尻合わせするとしよう」

 

 目を黒く変色させ、悪魔が嗤った。

 

「十代、亮。貴様らはそこで眺めておけ。こいつの相手は俺がやる」

 

「ふん、抜け駆けする気か。メカ幼女を手に入れられるのはこれが最後のチャンス!」

 

「……なあお前ら、少しは世界のこととか気にかけたりは━━」

 

「「知らん!!」」

 

 十代の発した言葉を遮るように断言する二人。

 十代はため息をつき、デュエルディスクを起動させる。

 

「三人纏めて来い、分けて相手するのも手間だ」

 

「チッ、余計なおまけ共が……」

 

「メカ幼女……メカ幼女……」

 

「……大丈夫かこれ」

 

「「「「デュエル!!」」」」」

 

 三人闘志に燃え、一人はこれから先の展開に少し不安を感じながら、デュエルを開始した。

 

「三対一のハンデということで、先攻は我がもらう。ドロー!

 我はカードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 三対一のバトルロイヤルルールにおいて、ハンデはいくつかある。

 一つは、相手分のライフの合計値を自分のライフとするもの。一つは、相手の手札の数の合計値を自分の初期手札とするもの。そして最後が先攻を取るというものだ。

 先攻というのはバトルロイヤルにおいて最初に攻撃が許されるターンである。が、かといってそれが、絶対に有利になるという保証もない。三つあるハンデの中で一番得をしないのが、先攻であるといっても過言ではない。

 ではなぜ、ネフレン=カがあえてそれを取ったのか。それはひとえに自己満足である。

 

「ライフを12000にしなくて良かったのか?」

 

「ふん、それを万丈目が言うか……然り、神である我には、この程度のハンデで十分よ!」

 

 傲慢にも、実力者相手にそう言ってのけるエジプトの王。

 これがただの無謀であるか、それとも策があっての行いか。どちらにせよ、やることは変わらない。

 ただデュエルで勝利するのみ。

 

「ドロー! 手札から魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札のモンスターカード、超電磁タートルを墓地へ送り、デッキからサイバー・ドラゴン・ヘルツを特殊召喚!」

 

 亮の場に現れたのは、バチバチとショートするコードをウジ虫のように動かす、小さな機械の竜だった。

 球体が繋がったような身体には青く光る五画の模様が記されており、青く鈍く光っている。

 

「更に魔法カード、機械複製術を発動! このカードは攻撃力500以下のモンスターを対象に発動出来るカード! そして同名という縛りであれば、特殊召喚するモンスター自体の合計力は問題ではない! サイバー・ドラゴン・ヘルツは場でサイバー・ドラゴンとして扱うのでな、デッキから二体のサイバー・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

 現れる二体の機械の竜。亮の、サイバー流の代名詞ともいえるカード達。

 

「そして魔法カード融合! 場のサイバー・ドラゴン三体を融合し、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚する!」

 

 機械でできた鉄の翼をはためかせ現れる、三つ首の竜。胸と羽根のオーブにはバチバチと動力源の電気がはじけており、三匹分の身体は凄まじい威圧感を齎している。

 

「サイバー・ドラゴン・ヘルツの効果発動! このカードが墓地へ送られたとき、自分のデッキ・墓地からサイバー・ドラゴンを手札に加えることができる! 俺はデッキからサイバー・ドラゴンを手札に加える! さらにカードをセットしターンエンドだ!」

 

 様子見としては過剰な攻撃力のモンスター。ネフレン=カの表情も少しひきつっている。

 とはいえ、サイバー流を極めた人間であれば、この程度は当然に出せるというもの。伊達に師匠越えはしていない。

 

「俺のターン、ドロー!

 モンスターをセット、カードをセットしターンエンドだ!」

 

 万丈目は手早くターンを終わらせる。

 相手の動きが不可解だ。何を考えているのか、全くさっぱり分からない。

 だからこそ、ここは堅実に動く。相手は雑魚とは違う、厄介な馬鹿に得体のしれないなにかの融合体だ。どんなデッキだか予想はつかない。

 ネフレン=カは前二人と違い静かな動きに、内心ホッとする。万丈目まで一ターン目からドデカいモンスターやコンボ、墓地肥やしをしてきたら流石に心情的にヤバかった。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、融合を発動! 手札のフェザーマンと、バーストレディを融合! E・HEROフェニックスガイを守備表示で融合召喚!」

 

 バーストレディとフェザーマンが混ざり合い現れたのは、白い羽根とドラゴンを思わせるような赤黒いぴっりちスーツを着た、筋肉ムキムキの男だ。

 デュエルモンスターズにおいても珍しい、同じ融合素材を使うのに、違う融合召喚モンスターだ。

 効果は戦闘破壊耐性。正直言うと始祖竜ワイアームを使った方が良いのだが、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力を上げる素材にする為にも、これが丁度いい。

 

「カードガンナーを召喚し、こいつを対象に魔法カード機械複製術を発動。同名カードをデッキから二体特殊召喚する! カードガンナー三体の効果を発動! デッキトップから合計九枚を墓地へ送り、攻撃力をアップさせる! カードを一枚セットしターンエンド!」

 

 フェニックスガイの隣に現れる、ブリキの戦車。カタカタと揺れながらネフレン=カに狙いを定めるさまは見ていて少し不安だが、こいつの仕事は決して戦闘ではない。

 墓地肥やしとカードドローの為の道具。このカードの真価はそれだ。

 

「……ハンデ、マズったかな。いや大丈夫、ネフレン=カよ自分を信じろ。我は神を束ねる邪悪なファラオ、いけるいける。ドロー!

 相手の場にのみモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる! 現れよ、太陽の神官! さらに赤蟻アスカトルを召喚!」

 

 ネフレン=カが出したのは、頭に大きな羽根を二つ付け、首に太陽を模した首飾りを下げた男だった。民族衣装を纏い、手には不気味なほど白い羽根の付いた杖を持っている。

 その隣には、血を思わせるほど全身が赤い巨大な蟻。ギチギチと顎を鳴らしている。

 最初のターン、モンスターを出さなかったのはこれが理由なようだ。

 

「レベル3赤蟻アスカトルに、レベル5太陽の神官をチューニング! 冥府の月登るとき、(せい)の炎は世界を燃やす。現世に生なる試練を! シンクロ召喚! 天より堕ちよ、太陽龍インティ!」

 

 光の塔から現れたのは、顔の付いた巨大な太陽だ。

 ソリッドビジョンだというのに、肌が焼けるようにチリチリと痛む。

 その背後から、まるで水をかけられたハリガネムシのように四頭の赤い鱗の龍が現れる。

 二人は、出されたモンスターを見て……否、召喚方法を見て目を大きく開き、驚愕していた。

 初めに、口を開いたのは十代だった。

 

「シンクロ召喚……あの永理が」

 

「まさか、どれだけカードを買ってもシンクロモンスターが出ないことでぼやき、諦めて趣味に金をつぎ込んでいた永理がシンクロ召喚とは……」

 

「ふん、これでようやく、俺達とデッキ状況は同じになっただけだ。驚くことでもないだろう」

 

「然り、この程度で驚かれては困るぞ! 永続魔法、生還の宝札を発動! 永続罠発動、リミット・リバース! 墓地から攻撃力1000以下のモンスター、太陽の神官を攻撃表示で特殊召喚! 宝札の効果! 墓地から自分のモンスターの特殊召喚に成功した時、カードを三枚ドローする! 魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動! 手札の暗黒の召喚神を墓地へ送り、デッキからスーパイを特殊召喚!」

 

 太陽の神官の顔に被さるように現れたのは、巨大な日本の角が生えた木製の仮面だ。口元には笑みを浮かべており、真っ青に塗られた瞳が不気味に輝いている。

 太陽の神官は、それを外そうともしない。ただ不気味に、それを被って佇んでいる。

 

「レベル5太陽の神官に、レベル1スーパイをチューニング!

 冥府の()登るとき、死の光は世界を癒す。現世に死の慰みを! シンクロ召喚! 地より登れ、月影龍クイラ!」

 

 新たに登ったのは、顔の付いた月だ。それの背後から、這い出てくるように青い龍が現れる。

 攻撃力3000と攻撃力2500のモンスター……操られてなお、否、操られて更に、永理のデュエルタクティクスに磨きがかかっている。

 だが、これだけ出したとしても、攻撃力4000のモンスターという巨大な壁が聳え立っている。ネフレン・カはそれを凝視し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「バトルだ!」

 

 バトルフェイズの宣言を聞き、万丈目はいつでも罠カードを発動できるように身構える。

 狙うのならば、どのようなモンスターか確定していないが、唯一、特別な効果が無くても破壊可能な可能性がある万丈目に攻撃が行くと、この場にいる誰もが考えていた。

 

「太陽龍インティでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃!」

 

「ダメージ覚悟で攻撃するだと!? 一体何を隠しているかは分からんが、迎え撃て!」

 

「メテオレッド・サン!!」

 

 インティが口を開き炎を放とうとするも、それより前に三つ首の機械龍の口から放たれたプラズマ砲によって、インティの頭が消し飛んだ。

 感覚はすべて共有していたのだろう、最後に残った一匹はあまりの痛みに口を閉じ、自らの炎を暴発させ頭を吹っ飛ばしてしまう。

 更にサイバー・エンドはダメ押しとばかりに、太陽にプラズマ砲をそれぞれ数発ずつ撃ち込んだ。

 

「さて、鬼が出るか……」

 

「……太陽龍インティの効果」

 

 プラズマ砲で撃ち抜かれたインティの、貫かれた箇所から光が漏れ出てくる。

 やがて太陽が膨張したかと思うと、内側から巻き上がるように炎が、まるで蛇のようにサイバー・エンドに襲い掛かった。

 炎はサイバー・エンドを容易く包み込む。が、別に装甲が溶ける訳でもない。ただ、全身がショートしたかのように漏電し、内側からドリルで抉られたかのように不気味な動きをしたかと思うと、バラバラになり、亮に対し崩れ落ちてきた。

 

「ぐああああっ!!」

 

「太陽龍インティが戦闘によって破壊され墓地へ送られたとき、こいつを破壊したモンスターを破壊し、そのモンスターの攻撃力の半分ダメージを与える。さあ、まずは一匹! 月影龍クイラで貴様に直接攻撃! ブルームーン・レイ!」

 

 ネフレン=カは無慈悲に、トドメの一撃を命じる。この攻撃が決まれば、完全に亮のライフは尽きてしまう。

 そしてこれは闇のデュエル、生命を失った者がどうなるかは誰もが知るところ……。

 

「亮!」

 

「慌てるな万丈目、二撃目は食らわん! 永続罠、リビングデッドの呼び声を発動する! 俺は墓地から、サイバー・エンド・ドラゴンを蘇生!! そうそう同じ効果は持っていない筈……さあ来い、化け物!!」

 

 亮の場に再び現れる三つ首の鉄龍。最高打点の攻撃力ではあるが、もしクイラがインティと同じ効果を持っていたら、亮の負けがそこで決まる。

 サイバー・エンド・ドラゴンは高い攻撃力を持つが、それだけのモンスター。様子見には最適だ。

 

「チッ、カードを二枚セットしてターンエンドだ」

 

「ふん、なるほど……俺のターン、ドロー!

 永理よりデッキの総合火力はあるようだが……度肝を抜かれるようなプレイングではない、か。同時に召喚したということはつまり、同じ場に並べることで効果を発揮するモンスターだ、違うか?」

 

 亮の言葉に、ネフレン=カは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 亮の推察は当たっていたようだ。瞬時に表情を戻すのは流石の勝負師と言えるだろうが、表情が表に出た時点で、デュエリストはすべてを察してしまう。

 亮は嬉々として、攻撃を宣言する。どのような効果を秘めていようと、数を減らすのが先だ。

 

「魔法カード、死者蘇生を発動。墓地からサイバー・ドラゴンを攻撃表示で特殊召喚! バトルだ、サイバー・エンド・ドラゴンで月影龍クイラを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 亮のサイバー・エンドが口から吐き出したプラズマ砲が三つ一束、クイラに向かって迫る。

 クイラは咄嗟に四つの首から、透き通るような青い光線を放つが、攻撃力の差は歴然。当然敵うはずもなく散ってしまう。

 が、散ったはずの光がクイラの目前を包んだかと思うと、その光をも貫き、爆散した。

 

「永理を返してもらうぞ、サイバー・ドラゴンで貴様に直接━━」

 

「残念だが、直接攻撃は出来ない」

 

 煙の中から、ネフレン・カが言葉を遮った。

 強い海風が吹き、煙を吹き飛ばす。

 すると、そこには。

 

「なっ、馬鹿な……!?」

 

 破壊されたはずのインティが、ネフレン・カを悍ましく照らしていた。

 それも、ネフレン・カのライフが回復している。たった500ではある……が、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃を受けて、ライフを回復し、攻撃力3000のモンスターを蘇生させ、しかも手札も三枚増えているのだ。

 

「月影龍クイラは攻撃してきたモンスターの攻撃力の半分ライフを回復させる効果、破壊され墓地へ送られたときインティを蘇生させる効果を持っている……そして蘇生に成功したので、生還の宝札の効果でカードをドローした。君は本当に、読み通りに動いてくれる」

 

 読まれていた……亮の思考が。

 そう、フェイク。亮が指摘したときのあの表情、クイラの効果でライフを回復し、手札を一気に増やすための陽動……。

 一般的にデュエルモンスターズにおいて、小手先のテクニックはあまり歓迎されない。真の実力者であるならば、そのようなものに頼らなくても結果を示せる筈だ。という認識がまかり通っている。これはひとえに、決闘王である武藤遊戯やそのライバル海馬瀬戸が、そのような小手先の技を使わず実力で這いあがってきたからだ。

 だが、現実は違う。誰をもしのぐ実力を持って、小手先にすら手を広げる。勝利へ貪欲な者こそが、真の強者、一流の勝負師!

 真に厄介なのは、実力を持った卑怯者なのだ。

 

「ペテン師め……カードをセットし、ターンエンドだ」

 

 デュエリスト同士、表情の読み合いというのはかなり重要になってくるものだ。だが、ことネフレン・カに関しては全く当てにならない。

 そもそも、デッキの全容がまだ見えていない。太陽龍に関してすら、未だ完全に能力を把握してすらいない。あれが蘇生能力を持つのか、それとも無いのかすら……。

 

「俺のターン、ドロー!

 どう動くにせよ、まずは殴って確かめるしかないか……儀式魔法、高等儀式術を発動! このカードは儀式の供物をデッキの通常モンスターで代用できる儀式魔法! デッキからレベル4の通常モンスター、地獄の裁判二体を墓地へ送り、仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーを儀式召喚!」

 

 万丈目の場に現れる、恐竜のように太い二本足で立つ、上半身が人間の形になったモンスター。下半身についている大量のマスクがギョロギョロと動き、顔の無い頭に代わり、手にもっている杖が汚い笑い声をあげる。

 攻撃力3200、本来であれば十分に通用する攻撃力を持つモンスター。だが、何の効果も持たないモンスターだ。当然、効果破壊耐性なんてものは持ち合わせていない。

 

「リバースモンスターオープン、ニュードリュア!」

 

 全身が骨のように細い、赤い皮膚をした男が現れる。上半身裸で、だぼだぼのズボンをはいている。頭には目元を隠すヘルメットが巻かれており、髪はそれに割かれ、まるで蝙蝠の羽根を思わせる。

 いわゆる地雷モンスター、破壊した瞬間相手のモンスターも持っていく効果を持つカードだ。

 

「さあバトルだ!」

 

 万丈目のデッキは、最高打点が3000超えるモンスターが存在しないデッキである。

 それゆえに、自らの役割が何であるかを理解していた。

 情報収集、今重要なのは、未知なるモンスターの効果だ。これまでは戦闘破壊によって蘇生されてきた。であれば、効果破壊であればどうなるか?

 

「正体を現せ! ニュードリュアで太陽龍インティを攻撃!」

 

 ニュードリュアは地を蹴り、頭を突き出しながらインティへと走る。

 

「ニュードリュア……確か面倒な効果を持っていたな。であれば! 罠カード発動、デストラクト・ポーション! 自分場のモンスター一体を破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけライフを回復する!」

 

 インティが爆発したかと思うと、青色の煙がネフレン=カを包む。

 自らのモンスターを破壊する罠を仕込んでいるということはつまり、効果破壊にも蘇生が対応しているということに他ならない。

 万丈目は舌打ちする。クイラが蘇生してしまえば、ネフレン=カにダメージを与えることは不可能だ。それこそ、攻撃力5100以上のモンスターを出さなければ。

 だが、太陽は登らない。代わりにネフレン=カは苦々しい表情をしている。

 その光景を、状況処理を見て十代が叫んだ。

 

「そうか、即時蘇生効果を持つのはクイラだけ! インティを破壊した場合は蘇生にタイムラグが発生するのだな!」

 

「チィッ、面倒なガキが……」

 

「ふん、やはり隙があったか。ニュードリュアで直接攻撃!!」

 

 ニュードリュアがネフレン=カに肉薄すると、肩を掴み思い切り頭突きを打ち込む。

 頭の棘が顔を貫き、真っ黒な血を吹き出した。

 びちゃびちゃと、身体を汚す。黒く染めていく。突き刺さった目玉がニュードリュアの棘から、ぼとりと落ちた。

 

「なっ、なんだ……これ……」

 

「まるでブラッドボーンの化け物だな」

 

 あまりの光景にうろたえる十代と、冷静に、しかしどこかずれた感想を述べる亮。

 万丈目はただ、ネフレン=カを凝視していた。否、目を逸らすことすらできなかったというべきか。逸らしてしまえば飲まれてしまう、浸食されてしまうという言い知れぬ恐怖が、視線を固定していた。

 

「くっ」

 

 ネフレン=カが、血に濡れた声で声を発する。

 

「くっ、ははははは……あはははははは!! 万丈目……貴様言ったな、『貴様が永理なものか』と」

 

 声が、一瞬ではあるが万丈目のものとなった。声真似とかそういう次元ではない、万丈目自身ですら一瞬、自分でしゃべったのかと錯覚するくらいだ。

 永理が顔をドロドロに溶かしながら、言葉を垂れ落とす。

 

「永理なものか……こいつは半分正解だが、半分正解じゃない。『月影永理』という存在は元々、我自身だ」

 

「我自身……ネフレン=カ自身、だと? どういうことだ、さっぱり意味が分からん」

 

 亮の言葉に、ネフレン=カはケタケタと嗤う。ドロドロに溶けた顔から眼玉や歯が落ち、その中から新たな永理の顔が現れる。

 

 

「亮、何も難しいことはないさ……我、ネフレン=カが、月影永理をこの世界に引きずり込み、この肉体を与えたのだ!!」

 

 

 ネフレン=カの発した言葉に、一同は言葉を失った。

 信じられないとでも言いたげに目を丸くする一同を見て、ネフレン=カはふふんと笑みを浮かべた。

 十代なんかは驚きのあまりに、カードを落としそうになっている。亮も珍しく口を開けたまま驚いており、万丈目は口を押さえている。

 ネフレン=カは三人の驚きように気分を良くしたのか、上機嫌に言葉をつづけた。

 

「もともと永理はこの世界の住人ではない。我と波長の合う死者の魂を探していた時に偶然こいつの魂を見つけ━━」

 

「……すまん、ちょ……ちょっといいか」

 

 ネフレン=カの言葉を、万丈目が言葉を遮った。

 驚きか、それとも恐怖のあまりか、声が震えている。

 

「なんだ、万丈目。永理の魂を手に入れた話を聞きたいのであれば黙って聞いておけ」

 

「いや……違うんだ……。お前にひとっ……一つだけ、言いたいことがあってだな」

 

 万丈目は落ち着くように深呼吸を一つしてから、ネフレン=カに尋ねた。

 

「お前、部屋を掃除したよな」

 

「ああ、したな」

 

「なんで掃除なんてしたんだ?」

 

「いや誰でも汚い部屋は嫌だろ」

 

 何言ってるんだこいつ、的な目で言葉を返され、十代は肩を震わせる。亮はしきりに太ももを叩いている。

 万丈目は大きく深呼吸し、ネフレン=カに尋ねる。

 

「もう一つ、永理のあの力━━腕力とかその辺は、お前の影響か?」

 

「いいや、あいつ自身のものだ。我は一つたりとも手を下して……いや、少しだけ力を貸したが、あそこまで虚弱なのは本人のせいだ」

 

「……なるほど、んじゃ聞こう」

 

 万丈目が何を言いたいのか、ネフレン=カには到底予想がつかなかった。

 だが、これだけは、今のデュエルを放置してでも聞きたいことであった。デュエル馬鹿である万丈目でさえも。

 

「それならなんでお前、永理を選んだんだ」




 デュエル全部完成してから投稿しよう思っていましたけど、それじゃいつまで経っても投稿できそうにないので投稿します。
 ……五話くらいで終わるかなー?

04/29見直してみたら、なんかターンの順番間違えていたので順番入れ替えました。


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第56話 月影永理の暴走part2

「なんで永理を選んだんだ」

 

 万丈目の指摘は、それはもうえぐいくらいにネフレン=カに突き刺さった。クリティカル出るくらいに。

 しばしの沈黙……やがて涙目になり、ネフレン・カが口を開く。

 

「……ないじゃん」

 

「……おっ、おい。ネフレン・カ?」

 

「仕方ないじゃん! 一番魂の波長合うのがこいつだったんだもん!! 俺もここまで弱いとは思わなかったし!! つーか普通器が大きければその分身体能力もあると思うじゃん!! こいつなんなの!? 小学四年生相手に腕相撲本気でやって負けるてなんなの!? 俺だって……波長さえ合わなけりゃ……なんでこいつが一番合うんだよ……なんでだよ……」

 

 器の大きさとは、魂の可容範囲のことである。

 器の小さい人間に、ネフレン・カのような巨大な魂を入れてしまえば、さながら水風船に過剰な水を入れてしまったかのように魂が破裂してしまい、結果的にどちらもが壊れてしまう。

 そして器の大きさは、魂によって決まる。そして器の大きさは概ね肉体の強さ、精神の健全さの繋がるのだ。

 ……そう、『概ね』である。中には例外もいるのだ。

 そのほかにも、魂の相性というものがある。魂の波長は、もう一つの魂の住み心地を完全左右すると言っても良いだろう。

 そしてネフレン・カと波長がこれ以上ないくらいに合っていたのが……そう、珍しき例外、月影永理だったのだ。

 

「そもそもさこいつ何十回も死ぬしさ。なにこいつ、悲惨な過去でも作ろうっての? 全部自業自得で解決しちまってるし周りに恵まれてたからそんなん一個も無えよ! 中学時代とか三歳児より心配されてたわ! 聞いたことねーわ三歳児より心配になる中学生とか!? そもそも危ないところに近づくなよ! 落ちて撃たれて落雷直撃熊に襲われ自転車避けようとしたら車が接近一週間飲まず食わず徹夜でゲームしてゲロ喉に詰まらせて銃で撃たれて止まるんじゃねぇぞごっこ……せめて人助けろや! 全部自分だよ、全部自分の好奇心のせいだよ! つうか遊んでんじゃねぇよ死にかけてるくせに! 毎回毎回蘇らせるこっちの身にもなれや! 疲れるんだぞ!! ……もうやだ助けてニャル様」

 

「あー、なんか……ごめん」

 

「うちの永理が迷惑かけてしまって本当すみません」

 

 あまりに凄い気迫で永理への恨みつらみを一気に激しく羅列したものだから、万丈目と十代は思わず謝罪してしまった。

 当然であろう、聞いててものすごい大変だったんだなというのが、これ以上無いってくらいに直に伝わってきたのだから。

 

「……すまん、続きやってもいいか」

 

「あー、いやなんか、こっちこそすまん。なんか愚痴聞いてもらう感じになって……」

 

 なんかもう、世界の命運とか微妙な空気になっているが、とりあえずは続けなければならない。

 万丈目としても、ぶっちゃけやる気がかなり削がれたのだが……まあやることないし世界救うか、的な感じで続けようと思った。

 

「ヘルレイザーで直接攻撃」

 

 まあ若干投げやりな言い方になってしまうのは仕方ないといえるだろう。

 ヘルレイザーの杖に真っ黒なエネルギーが集結したかと思うと、こぶし大の大きさになったところでネフレン=カの胸を貫く。

 が、全く動じず、貫通した箇所から流れる真っ黒な血液を垂れ流しながら、自身を落ち着かせる為に深呼吸をしていた。

 

「カードをセットしてターンエンドだ。よし十代、終わらせてやれ。この悲しい戦争を……」

 

「いや万丈目? お前思い切り永理攻撃してるけどさ、ちゃんとあいつ救うつもりある?」

 

「無い、なんか永理よりネフレン=カの方に情が湧いてきた。というかもういいんじゃないか? あいつの方が綺麗好きだし色々と授業とか真面目に出そうだし夜中にゲームとかやらなそうだし……」

 

「俺がいるぞ万丈目ェ!」

 

「亮てめぇは自分の部屋でやれやァ!!」

 

 万丈目、心からの叫び。全くの寸分の隙も無いくらいの正論である。

 だが当然、それが亮に届くはずもない。届いていたら、三馬鹿と纏められることも無かっただろう。永理と同じ馬鹿である。

 

「……やりにくいなぁ、ドロー!」

 

「スタンバイフェイズ、太陽龍インティの効果発動! 墓地の月影龍クイラを特殊召喚する! 我はクイラを守備表示で特殊召喚!」

 

 先ほどの愚痴をかき消すような大声で、ネフレン=カは処理をする。

 地面から青い龍の頭が四つ現れ、それに引き上げられるように顔の付いた月も登る。

 クイラを破壊した際は、次のスタンバイフェイズまで蘇生に時間がかかる。万丈目が与えた情報アドバンテージ、決して無駄には出来ない。

 

「罠カード、ハイレート・ドロー! 自分場の機械族をすべて破壊し、破壊され墓地へ送られた機械族モンスターの数だけカードをドローする! 俺の場にいる機械族はカードガンナー三体、よって三枚ドロー! 更にカードガンナーが破壊され墓地へ送られたとき、カードを一枚ドローする! 三枚ドロー! 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のカードガンナー三体と、フェザーマン、デブリ・ドラゴンをデッキに戻し、カードを二枚ドローする! デブリ・ドラゴンを召喚! 効果により墓地の攻撃力500以下のモンスター、沼地の魔神王を守備表示で特殊召喚する!」

 

 十代の場に現れる、痩せぎすなドラゴンと、全身を藻に覆われた男。

 十代の定積コンボ。だが、ただ破壊するだけでは駄目なのだ。

 

「レベル3沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!

 氷結界に封じられし暴力の龍よ、その力で我が敵を氷像に代え力を示せ! シンクロ召喚! 現れろ、氷結界龍グングニール!!」

 

 十代の最も信頼するシンクロモンスター。氷の暴虐龍が、羽を広げ氷片をまき散らし咆哮する。

 効果は強力、だがこれではまだ足りない。グングニールの効果は一ターンに一度という制限がある。

 ならばどうするか、どのようにしてダメージを与えるのか。答えは万丈目が導き出してくれた。

 

「グングニールの効果発動! 手札を捨てることで、捨てた枚数分相手のカードを破壊する! 俺は手札を二枚捨て、月影龍クイラと生還の宝札を破壊!」

 

 グングニールが翼を広げ、身も凍るような冷気を放つ。

 冷気に当てられたクイラは生還の宝札共々凍り付き粉々に砕け散るが、すぐにまた太陽が昇った。

 

「ふむ、で? 我の場には攻撃力3000の太陽龍インティが存在する、君のグングニールではダメージを与えることは不可能では━━」

 

「そいつはどうかな? 墓地から罠カード、スキル・サクセサーを除外し効果発動! このカードは墓地から除外することで、自分場のモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる! グングニールの攻撃力に800ポイントプラスして、攻撃力は3300!!」

 

 亮がライフを削り、万丈目が活路を開いた。

 あの厄介なモンスターへの考察はすべて揃っている。相手の残りライフは2100、今と同じ状況を創り出すのは難しい。

 故に、ここで決めなければならない。奴を倒せば永理が元に戻るのかは未知数だが、倒さなければ世界は暗雲に飲み込まれてしまう。

 

「バトルだ! グングニールで太陽龍インティを攻撃!」

 

 グングニールが冷気を口に凝縮させ、冷気の塊を放つ。インティは四つの首から炎を吐くが、冷気の塊に触れた瞬間炎が凍る。

 なんとか落とそうと炎を吐き続けるも間に合わず、四つの龍の口が凍り付いてしまう。そのままグングニールは空中に巨大な氷柱を作り出し、太陽を貫いた。

 貫かれた箇所が一瞬ひび割れたかと思うと、まるで悪鬼羅刹の百鬼夜行のように炎がグングニールへと迫り、その姿を飲み込んでいった。

 その炎はグングニールだけでは飽き足らず、その背後にいる十代にまでも襲い掛かる

 

「ぐっ、があああああああっ!!」

 

「インティの効果によりグングニールを破壊し、グングニールの攻撃力の半分ダメージを受けてもらう!」

 

「はあ、ぜはっ……だが、これでお前の場はがら空き……フェニックスガイで直接攻撃!! これで終わりだ!!」

 

 フェニックスガイがネフレン=カに肉薄し、右腕の鍵爪を思い切り突き立てる。

 肉が抉れたのを感触で確認すると、腕をねじり振り上げた。抉られた肉が空を舞う……かと思いきや、代わりに舞ったのは茶色い毛だった。

 

「手札からクリボーを捨て、戦闘ダメージを0にした。ここで終わらせると思ったか?」

 

 ネフレン=カの馬鹿にしたような笑い声と共に、クリボーの姿が消える。

 ここで仕留められなかったのはかなり大きな痛手だ。だが、ライフは着実に削れている。それに、手札補充の要であろう生還の宝札を破壊できたのも大きい。

 当然、ネフレン=カのデッキに一枚しか入っていないとは限らないが。

 

「カードを四枚セットしてターンエンド」

 

「おお怖い怖い、ドロー。

 スタンバイフェイズ、墓地のクイラを守備表示で蘇生させる。……さて、そろそろ頃合いか」

 

 ネフレン=カが独り言ちると、一枚のカードを発動させる。

 

「永続魔法、トライアングル・フォース発動! デッキから二枚のトライアングル・フォースを発動する! では見せてやろう、神の力を! このカードは三枚の魔法カードを生け贄に捧げることで特殊召喚できる。現れよ三幻魔が一、降雷皇ハモン!」

 

 ネフレン=カが神のカードをディスクに置くと、雷雲がカードを中心に吹き上がる。

 落雷がそこら中に落ち、天を上る黒い光が揺らめく。

 黒い光から這い寄り出たのは、骨だった。

 深い闇を吸ったような黄色い身体をした、蝙蝠のような羽根を持った悪魔。鎧に包まれた尻尾が漏電し、今にも貫かれそうだ。

 

「……攻撃力たったの4000か、低いな」

 

「いやカイザー、それはお前の基準が狂ってるから」

 

「ふん、余裕でいられるのも今のうちだ。バトル! ハモンでフェニックスガイを攻撃! 失楽の霹靂!」

 

「墓地の超電磁タートルを除外し、バトルフェイズを終了させる!!」

 

「甘い甘い、永続罠王宮の鉄壁を発動! このカードが存在する限り、カードを除外することはできない!! さあ大人しくダメージを受けてもらうぞ、十代!!」

 

 ハモンが蝙蝠の羽根を広げると、それに吸収されるように黒い光が降り注ぐ。

 やがてハモンの全身が青い稲妻で包まれたかと思うと、それを一気に放出した。

 フェニックスガイは全身から熱風を起こすも、濁流が如き雷を抑えることは不可能。あっという間に飲み込まれてしまう。だが、フェニックスガイは健在。

 しかし、その効果も主人までは守れない。稲妻が、十代を襲った。

 

「ぐあああああっ!!」

 

「カードを二枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 もはや十代のライフは風前の灯火。いくら三人のライフの合計が買っていたとしても、一人欠けるだけで勝ち目はぐっと薄くなる。

 

「ぐっ……なぜ……?」

 

「ん?」

 

「なぜ、俺がスキル・サクセサーを発動した時に王宮の鉄壁を発動しなかった」

 

 十代の疑問はもっともだ。スキル・サクセサーを使用したターンに使っておけば、余計なダメージを受けずに済んだ。その疑問は当然、といえるだろう。

 ネフレン=カはその問いに、くつくつと嗤いながら答える。 

 

「貴様がスキル・サクセサーを発動させたとき、こう思っただろう?『これで勝てる、俺たちの勝利だ!』と……その希望を崩すためさ。どんな気持ちだった? 渾身の攻撃が我にダメージを与えられなかったときは」

 

 極限まで相手を馬鹿にした理由。ネフレン=カはこう言いたいのだ。

 『貴様らなぞ、手を抜いてても勝てる』と……。それは、デュエリストに対する最大の冒涜である。が、それはすなわち、凄まじいプレッシャーを与える。事実、そのような嘗めプをする余裕があるという証左だ。

 その事実が、十代に重くのしかかる。

 万丈目は唾を飲んだ。嫌な汗が額を濡らす。

 いざ自分がネフレン=カの立ち位置になったとき、そのような余裕を持つことが出来るか? 答えは不可能だ。

 万丈目の時とは違う。十代、万丈目、亮の三人はデュエルアカデミアでもかなりの強豪だ。それを相手取っているというのに、未だ余裕の表情。

 未だ突破口は見つからない、相手のデッキの全貌が見えない。ネフレン=カの言葉、『半分は永理だ』という言葉を信じるのであれば、あのデッキは永理の知識で作られたということになる。

 そんなもの、予想しろという方が土台無理な話だ。永理のデッキはいうなればパンドラの箱、何が出てくるのか全く分からない。

 そもそも三幻魔とインティ&クイラをうまく両立させているのがおかしい。確かに決闘王武藤遊戯は三幻神と融合、更に上級モンスターを大量投入したデッキを使いこなしていたが、それでもこれまでのルール通りの召喚方法の組み合わせだった。

 永理の場合は違う。新たな召喚方法に、特殊な召喚条件。決闘王のデッキもかなり重いが、永理の場合はそれ以上に重い!!

 

「ドロー!!

 サイバー・ドラゴン・コアを召喚し、効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキからサイバー、またはサイバネティックと名の付いた魔法・罠カードを手札に加える! 俺はサイバー・レヴシステムを手札に加える!」

 

 亮の場に現れる、メタリックなミミズのようなモンスター。

 サイバー・ドラゴンのコア部分に接続するものであろう機械の触手が、のたうち回っている。

 

「魔法カード、パワー・ボンドを発動! 手札のサイバー・ドラゴンと場のサイバー・ドラゴン・コアを融合し、サイバー・ツイン・ドラゴンを融合召喚する! 更にパワー・ボンドの効果で攻撃力は倍になる!」

 

 二つの頭を持った機械の龍が、紫電をまき散らしながら羅われる。

 亮は永理と長い間、楽を共にしてきた。苦からは逃げていた。

 約一年一緒に馬鹿をやっていたから分かる。永理のデッキは、ギミックを積めば積むほど防御カードが薄くなると。特に、シンクロと三幻魔を両立しているのだから、デッキ構築難易度の高さは相当なものだ。防御を考えていては、うまくデッキが回らない可能性がかなり高い。

 

「除外ビートダウンや昆虫族ならある程度余裕はあっただろうが、今回のデッキでは防御カードは組み込みづらかろう! バトルだ! サイバー・ツイン・ドラゴンで降雷皇ハモンを攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト!!」

 

 二つ頭の龍が紫電を口へと凝縮すると、ほぼ同時にそれをハモンへと放出した。

 パワー・ボンドにより召喚されたサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は5600、たかが攻撃力4000のハモンでは太刀打ち不可能。

 インティとクイラの除去は不可能になったならば、せめて三幻魔は破壊しておきたいところだ。

 だが……。

 

「ダメージステップに永続罠、銀幕の鏡壁を発動! 攻撃してきた相手モンスターの攻撃力を半分にする!」

 

 突如現れた鏡の壁にその光線が吸収されたかと思うと、ハモンに当たり力なくはじける。

 銀幕の鏡壁、孔雀舞が使用した超レア永続罠。一ターン限定で永続的に収縮をかけさせるという使い方も可能な、恐ろしい性能を秘めたカード。

 

「さあ、神に仇名す愚か者を抹殺せよ! 失楽の霹靂!!」

 

 ハモンが羽根を広げ紫電を凝縮し、サイバー・ツイン・ドラゴンに向けて発射した。

 サイバー・ツイン・ドラゴンはそれを迎撃しようと口を開くも、時すでに遅し。全身を激しくスパークさせ、がらがらと崩れ落ちる。

 

「ぐっあああああああ!! クソッ、読めるか……! 銀幕とか!! だが、次のターン一時休戦を使えば……」

 

「貴様に次は存在しねぇ! ハモンがモンスターを破壊し墓地へ送ったとき、相手ライフに1000ポイントダメージを与える! これで終わりだ、カイザー! 地獄の贖罪!」

 

 ハモンが尻尾を天に掲げ電気を打ち上げると、亮の頭上から無数の稲妻が降り注ぐ。

 稲妻は亮の腕や足を貫通し、闇へと溶かしていく。

 もはや人間とは思えない、喉が焼けきれるのではないか思うくらいの悲鳴。やがて雷が上がり、煙を海風が吹き消すと、そこには亮の姿は無かった。

 まるで、最初から何もなかったかのように。

 

「ほう……」

 

「……カイザー? おい、どこ行ったんだよカイザー!」

 

 万丈目が何やら関心したような声を上げ、十代がうろたえ、消えた亮の姿を探す。

 だが、どこにもその姿は無い。

 

「お前、カイザーをどこへやった!?」

 

「どこへ? これは闇のゲームだ、決まっているだろう?」

 

 そう言ってネフレン=カが胸ポケットから出したのは、一枚のバニラカード。不思議なことに属性もレベルもテキストすら書かれていない。だがそこには、苦痛の表情を浮かべる亮の姿があった。

 

「お前、ふざけるな! 今すぐ亮を返せ!!」

 

「返してほしくば我にデュエルで勝つことだな。最も、貴様ら全員我が願いの為の生け贄となるだろうが……」

 

 ふとネフレン=カは、激昂する十代ではなく、変わらず静かに立っている万丈目の方に目をやった。

 恐怖で声も出ないのか、震えている。どのような表情か、髪で隠れており見えない。

 

「どうした万丈目、怖くて声も出ないか。安心したまえ、すぐに貴様も一緒のところへ━━」

 

「素晴らしい」

 

「……は?」

 

 万丈目は顔を上げる。

 そこには、狂気に満ち溢れた狂喜で彩られた笑みがあった。仲間が闇に消えたというのに、心の底からなにかに喜んでいるような。

 

「これだ、こういうスリルだ! ひとたび死ねばもはや助からない、しかし相手は決して敵わぬ強敵!! これだ、俺が求めていたのは!! 偉いぞネフレン=カ百株贈呈」

 

「ま、万丈目……?」

 

「狂ったか、否……」

 

 この狂気は元からだ。しかし、明らかに悪化している。

 月影永理の傍に置いていたせいだろうか、とネフレン=カは訝しむ。

 己が正確も、この身体に乗り移ってからかなり変わった。昔であれば、あのように弱音を吐いたりしなかっただろう。

 浸食されているのだ、気づかぬうちに。

 

「万丈目……人が、消えたんだぞ? わかっているのか万丈目!!」

 

「貴様こそ何を言っている。人が消えた? だから何だ、俺たちのやることは変わらんだろう。勝利報酬にバカイザー亮が追加されただけだ」

 

「なにを、言って……?」

 

「……人の話はちゃんと聞け、奴が言っていたではないか。『返してほしくばデュエルに勝て』と」

 

 そう言い切って、万丈目は獰猛に、心底楽しそうに笑う。

 狂っている。命の危機が迫っているというのに、嬉々としてそれに迎え撃とうとするなんて。

 だが、万丈目の言うことは最もだ。ネフレン=カが本当のことを言っているとは限らないが、現状ではそれを信じる他ない。

 

「カイザーのライフが0になったということは、俺のターンか。ドロー! さて、じり貧持久戦としゃれこもうか! モンスターをセットし、ヘルレイザーを守備表示に変更! カードをセット! ターンエンドだ!」

 

 万丈目のデッキパワーは、この中で一番低い。高攻撃力モンスターで一気に決めるのではなく、最上級モンスターを並べて相手を倒すデッキを主としている。

 それ故に、現在万丈目に課せられている役割は観察。相手の情報を一つでも引き出すこと。デュエルモンスターズというトレーディングカードゲームは情報戦だ。どのカードがどのようなコンボをするかですべてが決まる。

 

「十代、悔しいが……このデュエル、キーマンはお前だ。分かっているな?」

 

「無茶苦茶言いやがる……けど、やるしかねえか! ドロー! 罠カードを三枚発動させる、ゴブリンのやりくり上手! 更にチェーンしリバースカード、非常食を発動! やりくり上手を全て墓地へ送り、ライフを3000回復する! ゴブリンのやりくり上手は、墓地の同名カードの枚数プラス一ドローし、手札のカード一枚をデッキの一番下に戻す! 俺は合計、十二枚ドローし、三枚をデッキの一番下に戻す!」

 

 いわゆるやりくりターボと呼ばれるコンボ。実際に決めるのは難しいのだが、十代の類まれなるドロー力でそれを可能にしている。

 注目すべきは、このコンボによるハンドアドバンテージであるが、ライフアドバンテージもまた無視できない。

 

「魔法カード、融合を発動! 手札の沼地の魔神王とスパークマンを融合し、E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマンを融合召喚!」

 

 もはや説明不要であろう、十代のエースモンスターがメタリックな羽根を広げ、降臨する。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、墓地のE・HEROの数×500ポイント攻撃力をアップさせる。墓地にいるE・HEROの数は八体、よって攻撃力は6500だ!」

 

「だが、銀幕の鏡壁が存在しているのを忘れるな! これにより攻撃力は半分になる!」

 

「ああ、でもそれはこのターンだけ(・・・・・・・)だろ?」

 

 ネフレン=カの残りライフはたったの1600、これでは銀幕の鏡壁の維持コストである2000を支払うことはできない。

 モンスターがいかに強力でも、それを操るプレイヤーはそうではない。ラーの翼神龍を出したとしても、人造人間7号の直接攻撃で負けるのだ。

 

「俺はフェニックスガイを守備表示に変更し、ターンエンドだ! さあネフレン=カ、お前のターンだぜ!!」

 

「生意気な……ドロー! スタンバイフェイズ、ライフコストは支払わず、銀幕の鏡壁は破壊される! 魔法カード、おろかな埋葬! デッキからクリッターを墓地へ送る! ……フィールド魔法、失楽園を発動!」

 

 場が、荒れ地に変わった。ネフレン=カの傍にぽっつりと立つ枯れ木、枯れ木の中には魔物らしきものが目を光らせている。

 失楽園、キリストのある詩人が、アダムとイブが楽園を追われるエピソードを記した叙事詩のタイトル。

 

「失楽園の効果発動! 三幻魔が場に存在するとき、カードを二枚ドローする!」

 

「毎ターン、実質強欲な壺を発動する効果か……こうなったらデッキを切らせる方が早いか?」

 

「なんだそのインチキ効果!?」

 

 デュエルモンスターズにおいて、手札はライフより重要視される。ライフが1になっても手札さえ十分にあれば、逆転が可能だからだ。

 その手札をほぼ無条件で、リスクなしで増やせるなんて、三幻魔の召喚難易度を加味しても、インチキとしか言いようがないだろう。

 

「魔法カード、二重召喚を発動。これにより我は二度、通常召喚が可能! 幻銃士を召喚!」

 

 ネフレン=カが墓地から呼び出したのは、背中に砲を乗せた小さな悪魔だ。背中には、肩鎧と同じ藍色の羽根を携えている。三つの手の指と二つに分かれた足指が、ひどく不気味だ。

 

「幻銃士は召喚・反転召喚に成功した時、自分場のモンスターの数だけ銃士トークンを特殊召喚する。我の場のモンスターは三体、しかし場に並べられるモンスターには上限があるので、我は銃士トークンを二体特殊召喚する!」

 

 幻銃士の姿と全く同じ、少し色が薄いトークンが二体現れる。

 

「さあ、貴様らに見せてやろう! 二体目の神を! 幻銃士と銃士トークン二体を生け贄に捧げ、現れろ! 幻魔皇ラビエル!」




 おらっ、オリ主の悲しい過去だぞ。


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第57話 月影永理の暴走part3

 幻銃士達が闇に飲まれ、現れるは青い巨人だった。

 悪魔を思わせるH字の頭、蝙蝠というよりは怪鳥の類の羽根。恐竜を思わせる尻尾を携えたそれは、鋭い地響きを立て降臨する。

 獣が、咆哮した。

 

「永続罠、リビングデッドの呼び声を発動! 墓地の太陽龍インティを特殊召喚する!」

 

 再び、ネフレン=カの場に太陽と月が並んだ。

 しかし、二体の龍を並べたところで何のメリットも無い。一体何の真似だ、と万丈目が訝しんでいると、ネフレン=カは驚きの言葉を口にした。

 

「幻魔皇ラビエルの効果発動! 二体のモンスターを生け贄に捧げ、生け贄にしたモンスターの元々の攻撃力分、ラビエルの攻撃力をアップさせる! 我は太陽龍インティと月影龍クイラを生け贄に捧げ、5500攻撃力をアップ!!」

 

 ラビエルの丸太のような両腕に太陽と月がひっついたかと思うと、突如発光しはじめた。

 赤青の龍が、まるでアイスをバーナーで炙ったかのようにドロドロに溶けていく。惑星の輝きが徐々に薄まっていき、次第に力なく地面へと落ちた。

 ラビエルの両腕は、太陽と月と同色に、幻想的に輝いている。

 だが、ネフレン=カのプレイはまだまだ続く。

 

「そうだ、リミット・リバース一枚とリビングデッドの呼び声、王宮の鉄壁を生け贄に捧げ、神炎皇ウリアを特殊召喚!」

 

 ネフレン=カが最後に出したのは、真っ赤な龍だ。顔の無い、口だけの龍が、吹き上がるマグマとともに羽ばたき上がり、現れる。

 三幻魔。この男、ネフレン=カは、あっという間に三幻魔を全て揃えてしまった。

 絶望、圧倒的絶望である。三体の神。生物では決して敵わない、絶対的存在。

 

「ウリアの攻撃力は、我の墓地の罠カードの数×1000ポイントアップする。我の墓地に存在する罠カードの枚数は五枚、よって攻撃力は5000! さぁて、少しでも不確定要素を消しておくか……神炎皇ウリアの効果発動! 万丈目、貴様の右の伏せカードを破壊する! 獄炎の鎖!」

 

 ウリアの口が開き、中から現れる新たな顔。そのウリアの口から放たれた真っ赤な鎖が、万丈目の伏せていたカードを貫く。

 やがて鎖は、貫いたカードと共に発火し、万丈目の伏せていたカードを破壊した。

 

「ぐっ、ミラーフォースが……」

 

「ふん、杞憂であったか……さあ、忌々しい光を消し去ってやろう! バトル! ラビエルでシャイニング・フレア・ウィングマンを攻撃! 天界蹂躙拳!!」

 

 ラビエルが両腕を太陽と月のように輝かせると、両手を合わせ、シャイニング・フレア・ウィングマンの頭に、月のように大きな拳を振り下ろす。

 この攻撃が通れば、十代のライフは大きく削られてしまうだろう。否、それ以前に……ネフレン=カに勝つ手段を、ほぼ失ってしまう。

 十代のデッキには、神を倒す手段は一つしか用意されていない。神を倒せそうな亮は闇に食われているし、万丈目のデッキではパワー不足だ。

 だが、相手は神だ。神の前には、例え攻撃を跳ね返す無敵のバリアだろうが、攻撃を吸収するシールドだろうが、神の前には無力。

 であれば対抗策はなにが残るか? 攻撃力の増減。だが十代は、一時的な攻撃力の増加より、安定した火力を求める。耐性を持たせる、十代のデッキはコンボ特化のデッキだ。そんなものはいるスペースは存在しない。

 

「永続罠、発動!」

 

「無駄だ! 神の前に小細工なぞ通用せん!」

 

 そう、十代のデッキには。

 

「確かに、神のカードに罠カードは効果が無い。とはいえ、神は効果を受け付けないだけで、効果を無効化する訳ではあるまい?」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンは羽根で自らをラグビーボールのように丸めたかと思うと、ラビエルの足元を潜り抜けていった。

 対象を失ったラビエルの拳が地面へと突き刺さり、その衝撃が十代を襲う。

 

「永続罠、安全地帯。モンスターに破壊耐性を与えるカードだ」

 

「ぐっ、おのれ……邪魔をするな、万丈目!」

 

 そう、万丈目の言うように、神は決して万能ではない。

 相手の効果を無効にすることは出来ない。もし出来るのであれば、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力を元に戻し、十代に引導を渡せたはずなのだ。

 そして、これで相手は、ネフレン=カは、十代の切り札でもあるシャイニング・フレア・ウィングマンを葬るチャンスを失った。

 

「ならば貴様が死ぬか! ハモン、万丈目の伏せモンスターを攻撃せよ!」

 

 ハモンが全身から放った雷が、万丈目のモンスターを貫く。

 気味の悪い笑みを浮かべたトマトは、醜悪な笑い声を出しながら燃え尽きていく。

 

「キラー・トマトの効果発動! デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター一体を、攻撃表示で特殊召喚する!」

 

「だがその前に痛みを受けてもらおう、地獄の贖罪!」

 

 ハモンが翼を広げ、万丈目へ雷撃を下す。

 雷撃は万丈目の身体を貫き、焼けるような痛みが全身を襲う。もはや、立っていられないほどの激痛。万丈目は膝をつき、震え出した。

 

「恐ろしいか万丈目、ならばサレンダーするが良い。痛みも無くすぐに死ねるぞ?」

 

 見え透いた挑発。だが同時に、その誘いはひどく甘い。

 足の底からノコギリで薄く切り落とされ続ければ死を懇願するだろう。三幻魔の齎す痛みは、それほどのものだ。

 神のカードは闘志をも根絶やしにする。何物も触れられない、届いてはいけない領域にあるのが神なのだ。

 

「くっ、ククク……アーッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 突如、万丈目が激しく笑いだした。

 さも愉快そうに、まるで喜劇でも見ているかのように。その様子に十代は、ネフレン=カでさえも恐怖を覚える。

 万丈目はさも愉悦そうに、口を開く。

 

「サレンダー? 馬鹿じゃないか、そんな勿体ないことするものか! 痛みが現実になるなんて……これだ、これだったんだ。俺の探し求めていたものは! これだったんだ!」

 

 大きく開かれた眼は狂気に彩られ、口は三日月を描いている。

 それは虚勢ではない。心の底から、その痛みを楽しんでいる。眼が、それを物語っている。

 

「狂ったか、万丈目!」

 

「狂ったか、だと? 元より俺はこうさ。命を賭けたスリル、貴様にもそのドキドキ感、楽しみは分かるだろう? さあ続けよう、命の掛け合いを! 俺はキラー・トマトを特殊召喚する!」

 

「ならばウリア、哀れなトマトを焼き尽くせ! 煉獄火炎!」

 

 ウリアが羽ばたき、万丈目の上空で旋回しはじめたる。

 そして勢いをつけて一気に急降下し、口から炎を吐き出す。

 それは、まるで火の槍のようにキラー・トマトへと落下し、勢いよく貫いた。

 

「手札からクリボーを墓地に捨て、戦闘ダメージを0にする!」

 

「だが効果ダメージは受けてもらう!」

 

 万丈目に稲妻が降り注ぎ、身体を貫く。

 

「くっ、キラー・トマトの効果により、デッキからレジェンド・デビルを特殊召喚!」

 

 万丈目の場に現れたのは、四つの腕を持った、水色の悪魔だ。蝙蝠のような黒い羽根に、猛禽類のように禍々しい足。一目見ただけで悪魔と分かる。

 素の攻撃力はたったの1500、自分のスタンバイフェイズごとに攻撃力こそ上がっていくが、そのためには四ターンは維持せねばならない。

 元々、安全地帯はその為に入れていたカードだったのだろう。

 事実、ネフレン=カとしても、レジェンド・デビルは決して無視できないカードである。早急に破壊せねばならないもの。いつ攻撃を上回られるか分かったものではない。

 

「厄介な……!」

 

 だがそれ以上に厄介で、ネフレン=カの行動を縛っているのは、十代のシャイニング・フレア・ウィングマンだ。

 守備表示にしても効果ダメージは入るのは当然ながら、単純にあそこまでの攻撃力を出すモンスターなんてのはそうぽいぽいと召喚できないものだ。

 であれば、どうするか。ネフレン=カの行動は決まっている。

 

「チッ、出来ればこいつは使いたくなかったが、仕方ない……次元融合殺! 我は場の降雷皇ハモン、幻魔皇ラビエル、神炎皇ウリアを除外し、混沌幻魔アーミタイルを守備表示で融合デッキから特殊召喚!」

 

 ネフレン=カの手元に現れた、中心部分がまるでドクロのようになっている、巨大な手裏剣のようなものを投げた。

 するとそれは空中で停止し、黄金色に輝く鎖が伸びる。

 伸びた鎖は幻魔の身体へと突き刺さり、真っ黒な血が地面を染める。

 苦しみ、もがく幻魔達。だが抵抗むなしく、伸びた鎖が三幻魔と共に元の場所へと戻っていく。

 当然、その巨体がそのまま無事にごっつんこで済むはずもなく……まるで戦車がコンクリート壁に激突したかのような音を出したかと思うと、神々しい身体が歪にひしゃげ、肉が食い込んでいく。

 ラビエルの右腕がウリアの顔へ、ハモンの羽根がラビエルの背中へ。下半身がウリアのものとなり、それをハモンが黄色く浸食する。

 そして、墨汁のように黒い血を垂れ流す、巨大で歪な化け物が完成した。

 

「カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、レジェンド・デビルの攻撃力を700ポイントアップ! ……さて、どうするか」

 

 ネフレン=カの出したアーミタイルの能力は不明。現状、分かっているのは攻守ともに0で、何らかの効果を持っているだろう、ということだけ。

 神のカードを素材にしたということは、どのような効果を秘めていてもおかしくはない。それこそ『ダメージ計算を行った後に4000ポイントダメージを与える』とかでも、十分にあり得る。

 

「……まあ、その場合は死なばもろともだな。俺はマッド・デーモンを攻撃表示で召喚!」

 

 万丈目の場に現れる、餓死者のように醜くやせ衰えた身体と、まるで栄養がそこにしか行っていないような両腕持ち、胸にドクロの入った巨大な口を持った赤髪の悪魔が現れる。

 マッド・デーモン。高い攻撃力と貫通効果の代わりに守備力が0であり、攻撃された際に守備表示になってしまうというデメリットを持ったモンスター。

 だが、ことこの場においてそれはメリット効果となるのだ。

 

「バトルだ! マッド・デーモンでアーミタイルを攻撃!」

 

「罠発動、攻撃の無敵化! モンスターに戦闘及び効果の破壊耐性を与えるか、プレイヤーが受けるダメージかを選び、発動する! 我はダメージ無効を選択!」

 

 マッド・デーモンが両腕を大きく振りかぶり、アーミタイルの腹をクロスに切り裂く。

 アーミタイルの肉体にバツ印の傷が出来、そこからどろりと黒い血が流れだした。

 そして、独りでに傷が触手のように蠢いたかと思うと、あっという間に塞いでしまう。

 

「そしてアーミタイルは戦闘破壊されない。残念だったな、万丈目!」

 

「……なるほど、戦闘に関しては何も支障は無いのか。十代! 貫通効果を持ったHEROがいただろう? そいつで決めてしまえ!」

 

 万丈目の言葉に、十代はどこか気まずそうに、視線を逸らしながら答えた。

 

「えっと……エッジマンのこと、だよな? ……最近、デッキから抜いてて……」

 

「そうか。ならば他の手を考えねばな……レジェンド・デビルを守備表示! カードをセットしターンエンド!」

 

 態々防御カードを伏せていたということは、ダメージは通るということ。そして、大抵の貫通効果持ちのモンスターならば、ネフレン=カの残りライフを削りきることが可能。

 故に、十代がエッジマンをデッキから抜いているというのは非常に痛い。だが、突破口は見えている。

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、強欲な壺を発動! カードを二枚ドロー!

 カードを二枚セット! ターンエンド!」

 

「我のターン、ドロー!

 我は失楽園の効果発動!」

 

「馬鹿なっ、三幻魔だけ効果に対応しているのではないのか!?」

 

「こいつは三幻魔(それ)の融合体だぞ? 失楽園は三幻魔、もしくは混沌幻魔アーミタイルが存在するとき、カードを二枚ドローする! アーミタイルを攻撃表示に変更! さあバトル、アーミタイルでシャイニング・フレア・ウィングマンを攻撃! 万物輪廻すべてを虚無へと還せ、虚無限殲滅破!」

 

「攻撃力0のモンスターで攻撃だと!?」

 

 アーミタイルの肉が弾け、どす黒い血が、地面を飲み込むかのようにあふれ出す。

 血はシャイニング・フレア・ウィングマンの目前で大きく波打ったかと思うと、それが巨大な槍の形を作り、貫かんとする。

 

「アーミタイルはバトルフェイズの間、攻撃力を10000にする! さあ消え去れ!」

 

「罠カード、ヒーロー見参を発動! 自分の手札一枚をランダムに相手が選び、それがモンスターカードだった場合、場に特殊召喚できる!」

 

「ならば、我は右のカードを選ぼう!」

 

「お前の選んだカードはこれだ! E・HEROエアーマンを守備表示で特殊召喚! 効果によりデッキからHEROと名の付くモンスター、シャドー・ミストを手札に加える!」

 

「だからどうした、攻撃続行だ!」

 

 十代の場に現れる、羽根のようにフィン二つを背負ったHEROが現れる。

 新たなモンスター出現による、戦闘の巻き戻し。だが、ネフレン=カの狙いは変わらない。精々が、的が増えたくらいだ。

 シャイニング・フレア・ウィングマンが右手から繰り出した炎により血の槍は軌道を逸れ、十代の胸へと突き刺さる。

 

「罠カード、エレメンタル・チャージを発動! 場のE・HEROと名の付くモンスターの数×1000ポイントライフを回復する! ぐあああああああっ!! ……やっぱ、きついな」

 

「チッ、生き延びたか……カードを二枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 ネフレン=カは忌々し気にカードを伏せる。

 十代の残りライフはたったの250。もはや風前の灯火……だが、ネフレン=カの場には攻撃表示の、攻撃力0のモンスター。

 ダメージを0にしたことから、あるのは戦闘破壊耐性のみ。隠された効果は無い、と、万丈目は確信した。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、レジェンド・デビルの攻撃力を700ポイントアップさせる! ……さてネフレン=カ、貴様の隠し玉のタネも割れたところだ。もはや不安要素は無い、そろそろ永理諸共死んでもらうぞ! レジェンド・デビルを攻撃表示に変更!」

 

「いや万丈目殺しちゃ駄目! 永理は殺しちゃ駄目だ!」

 

「バトルだ! マッド・デーモンでアーミタイルを攻撃!」

 

「無駄だ! 永続罠、スピリットバリア! これにより場にモンスターが存在する限り、我の受ける戦闘ダメージは0になる!」

 

 マッド・デーモンのクロスチョップはアーミタイルの腹を深く切り裂く。だがそれだけで、またしても傷は独りでに蠢き塞がってしまう。

 スピリットバリア、失楽園のドローで引き当てたのだろう。でなければ、前のターンに伏せておいたはずだ。

 たった1600、レベル4のモンスターの直接攻撃で削り切れる程度のライフが、どうしようもなく遠い。

 

「チッ! カードをセットし、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン、ドロー!

 ……さて、どうすっかな。とりあえず、邪魔なカードを破壊しておくか! 手札を一枚捨て速攻魔法、ツインツイスターを発動! 相手場の魔法・罠カードを二枚破壊する! 俺はスピリット・バリアと失楽園を破壊!」

 

 突如巻き起こった竜巻がひび割れた大地を、枯れた木を天高く巻き上げ、きれいさっぱりと消し去る。

 これで、最大の懸念だったドローエンジンは消し去れた。とはいえ、ネフレン=カのデッキに一枚だけしか入っていないという保証もない。

 

「ツインツイスターの効果で捨てたシャドー・ミスとの効果発動! デッキからシャドー・ミスト以外のHEROと名の付くモンスターを手札に加える! 俺はスパークマンを手札に加える! さて、ここで決められると良いんだけど……スパークマンを通常召喚!」

 

 全身に電気を駆け巡らせ現れるは、青いタイツに黄色いアーマーを着込んだ、顔をマスクで覆い隠したヒーロー。

 攻撃力はきっかり1600、この攻撃が決まれば十代の勝ちだ。

 

「フェニックスガイ……はちょいと怖いから良いか。バトル! スパークマンで、アーミタイルを攻撃! スパークフラッシュ!」

 

「甘い甘い! 手札からクリボーを捨て、戦闘ダメージを0にする!」

 

 スパークマンが手から放った雷がネフレン=カを襲うが、その攻撃を茶色い毛皮が吸収、誘爆し防いだ。

 

「だったらこれだ! シャイニング・フレア・ウィングマンで攻撃! シャイニング・シュート!」

 

「あまり使いたくはないのだがな……リバースカードオープン!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンが宙高く飛び、アーミタイルへ向けて純白の炎を出す。

 だが、それはアーミタイルの目前で球場の何かに阻まれる。

 否、透明なバリアがシャイニング・シュートを吸い取り、白く染まっていく!

 

「罠カード、ドレインシールド」

 

「なっ、永理が……」

 

「攻撃反応型罠だと!?」

 

 月影永理は、基本的に攻撃反応型のカードを使わない主義だ。

 サイクロンといった魔法・罠カードを破壊されやすいこの環境、永理が好んでいたのは和睦の使者や威圧する咆哮といった、フリーチェーン。いつでも発動できるカードばかり。

 故に、それ故に読めなかった! 無意識のうちに、伏せているカードの選択肢から外していたのだ!

 

「我はシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力分、我のライフを回復する……」

 

 1600だったネフレン=カのライフが、一気に8400へと膨れ上がった。

 4000の時でさえ削るのに尋常ではないくらい苦労したというのに、更にその倍。しかも、今度は削り要因である亮がいないのだ。

 故に今、ネフレン=カは絶対的優位に立っている。だというのに、なぜだ。

 

「ぐっ、クソッ……これだから使いたくなかったのだ」

 

「ネフレン=カが、苦しんでる? ライフを回復したってのに」

 

「まさか回復がダメージになるゾーマ体質じゃあるまいし……」

 

「万丈目、お前もすっかり永理思考に」

 

「奴と一緒にするな!」

 

 十代と万丈目がそんなことを駄弁っていると、ネフレン=カが胸を抑え蹲る。

 そして苦しそうに震え嗚咽を漏らしたかと思うと、次第に笑いと嗚咽が混じり合っていく。

 口から泡を吹きながら、なにかを必死に抑え込む。

 言い知れぬ不気味さが漂い、十代と万丈目は生唾を飲む。これから、とても恐ろしいことが起こりそうだ、と。

 

「グッ、黙れ……今貴様に用はない! 我の、三千年前に世界を戻す計画を! 貴様に苦労させられた十六年間を、無駄にしてたまるか!!」

 

 ネフレン=カは必死に抗う、己の奥に眠らせた強敵を。

 利用しようとして引き出したはいいものの、予想以上に苦労させられた、彼の崇める混沌の神よりも行動の読めないカオスの化身を。

 ネフレン=カはおもむろにナイフを取り出す。サバイバルナイフ、軍人が使うような刃渡りの長いナイフだ。

 

「ねっ、ネフレン=カ……何をするつもりだ、おい!」

 

「なにを、だ、と? き、決まって、いるだろう!」

 

 口から泡をまき散らしながら、ネフレン=カは自らの胸に、永理の胸に突き刺した。

  深々と突き刺さったナイフから、血が流れ出る。足元の水たまりに血が混ざり、渦巻きを描きながら溶け込んでいく。

 

「うっ……おえっ」

 

「十代、貴様はあれよりひどい状態で運ばれてきたと聞いたぞ?」

 

「いや、自分と他人じゃ違うだろ」

 

 万丈目の呆れたような言葉に、十代は口元を抑えながら反論する。

 ちょっと前まで普通の中学生だった人間に、これはあまりにも刺激が強すぎるのだ。

 当然、万丈目も少し前までは、こんなものを見る機会なんて無いようなごく普通の中学生だった筈だ。だというのに、万丈目はケロリとしている。

 

「つか、なんでお前は平気なんだよ」

 

 十代の問いに万丈目は、ふんと鼻で笑うだけ。

 確かに、突然こんなものを見せつけられるのはかなりショッキングである。だが、万丈目にとってそれは至極どうでもいいことだ。

 なにせ、デュエルに関係しないのだから。

 ネフレン=カは、自らに突き刺さったナイフをぐりぐりと動かす。動かすたびに血が、こぽこぽと音を立ててあふれ出す。

 

「やめろ……やめろ! それは永理のもんだぞ、やめろ!」

 

 それにより抑えたのか、ネフレン=カは血走った眼で十代を睨みつける。

 脂汗を浮かべ、苦虫をかみつぶしたように口元をゆがめながら、ネフレン=カは答えた。

 

「……予想以上に抵抗が激しかったんでね。我とて、好き好んでこんなことせんよ」

 

 皮肉気にネフレン=カが笑う。

 流れ出る血はすぐに止血しなければならないほど激しい。もはや、立っているのも不思議なくらいだ。

 

「さあ続けろ、我を━━この男を殺したくなければ!」

 

「……魔法カード、馬の骨の対価を発動。通常モンスター一体を生け贄に捧げ、カードを二枚ドローする。……カードをセットしてターンエンド」

 

「ぐっ、ドロー! ……れ。黙れ……黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!」

 

 どうやら、あのナイフでも抑えきれなかったようだ。

 引いたカードを確認もせず、そのカードを持ったまま頭をかきむしる。胸に突き刺さったナイフを引き抜き、向かい側の胸を突きさす。

 ネフレン=カとて決して痛みを感じていない訳ではないのだろう。その表情は、苦悶に満ちている。

 だが、今度はそれでも、ナイフを突き刺す程度では打ち消せないようだ。

 

「永理もうやめろ! このままじゃ……このままじゃ、お前が身体を取り戻す前に死んじまうぞ!」

 

 十代の言葉も届いていないのだろう。ネフレン=カは狂ったように自分をナイフで切り裂き続ける。

 もはや怨念、執念すら感じるほどに。

 血が、切り刻まれた肉が辺りに散らばる。どう考えても心臓部だろうという場所にまでナイフが行っている。

 やがて、糸が切れたようにネフレン=カが動きを止めた。

 

「チッ……死んだか」

 

「しばらく夢に出そう」

 

 万丈目が消化不良気味に舌打ちし、十代が青い顔をしながら呟く。

 だが、ぴくりと、ネフレン=カの指が動いた。

 デュエリストは視力すらも超人クラスだ。当然、その反応を見逃さない。

 十代はネフレン=カの動きに警戒し、万丈目はまだ続けられるとニヤリと笑う。

 

「……………くっ」

 

「どうしたネフレン=カ、早くターンを進めろ」

 

 万丈目の言葉にネフレン=カは答えず、俯いたまま肩を震わせ始めた。

 空気が、ネフレン=カを纏う空気が、変わった。

 やがてネフレン=カがゆらりと立ち上がると、裂けたような笑みを浮かべ、ギラギラと汚く輝いた目を開かせる。

 

「クックックックッ、ファーッハッハッハッハッハッゲホッゲホッ!!」

 

「まさか……」

 

「嘘、だろ……?」

 

 やがてネフレン=カは━━否、奴は高笑いをあげる。あげすぎて若干むせた。

 そして無駄にスタイリッシュに、無駄にクールにキレッキレの無駄なポーズを決め、叫んだ!

 

「嘘もヘチマもあるもんか……この俺こそ真実の人! 月影ェェェェェェッ永理ィィィィィィィィッ!!」




 北海道舞台で、デュエルディスクに地図の切れはしが封印されていて、それをデュエルで奪い合う。五十枚集めると財宝のありかが示されるって設定思いついた。

 タイトルは「ゴールデン遊戯」、おら誰か書けよ。変態出せるぞ。


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第58話 月影永理の暴走part4

 野望に満ち足りたギラギラと輝く生き生きとしたものとは正反対の、まるで死後三日は経った野心溢れていたであろう革命家のような瞳。ガサガサに痩せこけた顔とアンバランスすぎて不気味なくらい、謎の自信に満ちあふれた良い表情。

 十代が呆然とした顔で、万丈目が苦虫をまとめて噛みつぶしたような表情で、見慣れた奴の姿を見る。

 痩せぎすで死んだ眼をしているくせに妙に生き生きとしたそいつは、気づかれていないと思ったのかもう一度最初から、謎の決めポーズへと繋がる動きをしながら叫んだ。

 

「……この俺こそがッ、真実の人! 月影ェェェェェェッ永理ィィィィィィィィッ!!」

 

「うるっせぇ聞こえてるんだよ! ただでさえ厄介なの相手してるってのに更に厄介になりやがって!!」

 

「ひっでー! 万丈目ひっでー!!」

 

 万丈目の心底思っているような嘆きの言葉に、いつもの調子で返す永理。だが全身から血がびしゃびしゃ出ているので、かえって不気味さを醸し出している。

 本来であれば、もともとの精神が戻ったことに安堵するものだろう。だが、そんな伏線とか全然無しに出てこられたとしても、正直反応に困るというもの。

 事実、十代は未だに放心状態である。

 

「ほっ、本当に……本当に永理、なのか?」

 

「いかにも! いつも心にアクシズ教団、誰もが認める主人公! 月影永理たぁ俺のことよ!」

 

「なっ……なん、で……? いやマジでなんで!?」

 

「フッフッフッフッ、驚くのも無理は無い。事実、こいつはここまで抵抗しているからな」

 

 永理の右手は独りでに、左腕を刺し続けている。まだ拮抗しているということだろう。

 故に、それが十代には信じられなかった。

 永理の精神は、面白おかしく娯楽に生きて、それ以外は切り捨てる。将来よりも楽しい今を生き、楽な方に流されて、我慢もせずに本能の赴くまま生きるという、まるでどこぞの水の女神を信仰する宗教の教義めいた生き方の具現化。

 そんな生き方をしている人間の精神が強いなんて、どう考えても信じられない。というより、それで強かったらもはや世界は理不尽の塊だ。

 永理は血まみれの手を振るい邪魔な血を散り落としながら、十代の問いに答える。

 

「俺とネフレン=カの関係は、いわば表と裏さ。カードならこのように」

 

 そう言って永理が、十代達に手札の一枚を見せる。

 THE DEVILS AVATAR、一言でいえば黒い球体。そのカードだけ、他のカードと雰囲気が違う。三幻魔を見た時とよく似た、しかし決して違うと確信できる憎悪を走らせる。

 

「表には情報が、そして裏には不明が記されている。だが硬貨の表裏はどっちだ? コインの表と裏は誰が決める? それは他者多様、人や場所や状況やらで全ては決まる。魂だってそうさ。表と裏は『0と1』ではなく、もっと近くにある……墨汁と水を分けた和紙くらい薄っぺらい境界線でしかない」

 

「もっとわかりやすく言え、無駄に意味深にしすぎて意味が分からん」

 

 万丈目の言葉に永理は露骨に不満げに「えー」とぶーたれる。

 正直、十代も万丈目と同じ気持ちだった。無駄に詩的にしているせいで、結局何を言いたいのか全然伝わってこない。

 

「まあ分かりやすく言うと、ネフレン=カの魂という水に俺、月影永理という墨汁を垂らしまくって汚染したぜってこと」

 

「いや汚染て……というか、そんなの、簡単にできる訳が━━」

 

「出来るとも!」

 

 永理がくるくると血をまき散らしながら、天に向かって叫ぶ。

 どう見ても致死量、というか人体の内臓量以上の血が出ているが、永理は気にしない。

 

「転生者にして厨二設定持ち! 更に悲惨な過去持ちでもう一つの魂は闇の大神官という定食屋のチャレンジメニューもかくやという激盛り設定! そんな俺に、主人公である俺に不可能なんてのは彼女を作るってこととスポーツで活躍するってこと以外無いのさ!!」

 

「無茶苦茶だ!」

 

「無茶も道理もぶっちぎるのが主人公さ! もっとも、ライフの半分を俺の魂と勝手に直結させていたせいで、少々復活に手間取ってしまったがな!」

 

 フハハハと、ネフレン=カ以上に悪どい、ひどく言えば三下めいた笑い方をする永理。もはやその顔は主人公ではない、どう見ても、ついでに台詞も主人公ではない。

 とはいえ、事実永理はそれを実現させた。

 そして、永理の意識さえ戻ったのならば、この闇のデュエルもすぐに終わらせられる。万丈目は不服だろうが、世界の命運には代えがたいだろう。

 

「まっ、まあ……とりあえず、永理が元に戻ったってなら、もうこのデュエルも終わるよな? 神との対決は確かにすっげぇワクワクするんだけど、世界の命運を天秤にかけたら流石にな……」

 

「ふんっ、カードで壊れる世界なぞ壊れてしまえば良いだろうに」

 

 十代の言葉に、目に見えて不機嫌になる万丈目。

 当然だろう。彼の目的はデュエル、その言葉に表も裏もなく、純粋であるがゆえにひどく歪んでいる。

 その為なら友達も家族も、世界だって切り捨てるくらいには。

 

「んー、確かに! このまま俺がサレンダーすれば物語は解決、亮も戻って何もかもが完璧パーペキ元に戻る……とはならないのさ十代」

 

「なんかお前、この状況を楽しんでないか?」

 

「人間いざとなりゃ世界崩壊も大戦争も楽しめるのさ。さて十代、なにか異常に感じたことはなかったか? そう例えば、なにか大切なものを失ったりとか」

 

 大切なもの、月影永理の言うそれに、十代は思い当たるものがあった。

 失血多量による後遺症なのかと勝手に結論付けて、勝手に納得していたのだ。

 

「そういや、精霊が見えなくなったけど……まさか!」

 

「そう! そのまさかさ! 精霊はすべて、こいつとあと二枚のカードに吸収されている!」

 

 そういって永理は、黒い球体の描かれた紙のカードを十代に見せた。

 そのまま永理は、謳うように言葉を紡ぐ。

 

「精霊はいわば燃料、それを消費し起動させる為の電気がデュエルエナジー! もし神を殺さずデュエルを終えてしまえば、我らが世界は助かる……が、はてさて精霊はどうなるか」

 

「そんな、まさか……!」

 

 永理が意味深に、妙に影の差した笑みを浮かべながら、不吉なことを言う。

 しかし、であるのならばなぜ、万丈目は何も言わなかったのか。彼にも二人、大切な精霊がついていた筈。もし二人の姿が見えなくなるのであれば普通、多少は取り乱すはず。

 だというのに万丈目は、いつもと変わらぬ様子でデュエルをしていた。

 故に十代は、それを異常とは気づかなかったのだ。

 

「そう! 精霊もとろもまとめてドカンさ! さて十代、遊城十代……真の英雄たるものとして、どう動くのが正義か……分かるだろう?」

 

「お前絶対楽しんでるだろ!!」

 

 あきらかに、あからさまに永理はこの状況を楽しんでいる。

 それがなぜかは分からない。だが、楽しんでこそいるが、永理が嘘をついているとも思えない。

 故に十代は、永理の言葉を信じ、掲げられた選択から選ぶ。

 

「……もちろん、決まっている」

「そう! 精霊もろともついでに俺も助け出しのハッピーエンド!! これこそが真の英雄にふさわしい最後だ!」

 

 十代の言葉を遮り、自分の出した結論に余計なものも付け足して永理が横槍を入れる。

 確かに永理も助けるつもりではあった。まあ、世界かどちらかと言われたら世界を取ってしまうのだが……。

 

「ふん、要するにこういうことだろう。貴様をぶちのめし腹の中のものをすべてぶちまけさせれば、どっちの世界も救われる……良いじゃないか、貴様がサレンダーする理由が消えた」

 

「ねえ万丈目お前からの殺意半端ないんだけど……っと、どうやら立て直したみたいだ」

 

 自らの心臓部にナイフを突き立てながら、永理はいつものように、何を考えているか分からない笑みを浮かべる。

 そして勢いよく刺し、血をぶちまけさせると、そこには元の、生気を取り戻した瞳をしたネフレン=カの姿があった。

 言いたい放題言うだけ言って、無駄にプレッシャーをかけ、ネフレン=カを無駄に疲弊させて帰っていった。

 

「チッ、奴のせいで色々と計画が台無しだ! なにが『このままでは埒が明かん、何よりちっとも面白くない』だ! なぜ我が奴を楽しませねばならんのだ!? なぜああまで無茶苦茶なのだ!?」

 

 どうやら永理と切り替わる前に、ネフレン=カになにかアドバイスを送ったようだ。ネフレン=カは忌々し気に毒を吐き、十代はその言葉に同意した。

 

「本当めちゃくちゃだなあいつ、今さらだけど……」

 

「何を今さら。奴のせいで俺は毎日毎日ピコピコチカチカドンパチと……あの馬鹿に人としての常識があると思うな、人としてはネフレン=カの方が何十倍もマシだぞ」

 

 万丈目はネフレン=カを指さしながら言う。

 世界を三千年前に戻そうとする怪物、それが、まだ人間としてまともと万丈目に言われるとは……。

 とはいえ、十代も同じ思いだった。もっとも、だからこそ何をしでかすか分からず、一緒にいて飽きないのだが。

 

「奴の言葉に乗るのは癪だが……ええい、事実なのがまた腹立つ! ライフを2000ポイント払い、魔法カード発動、次元融合! このカードは、お互いの除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する魔法カード!」

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂! 魔法・罠カードの発動を無効にし、一枚ドローさせる!」

 

 万丈目の発動した罠により、不自然に歪んでいた空間が砕け、そこから一枚のコインがネフレン=カの頭上に落ちた。

 ネフレン=カは渋い表情でカードをドローする。引いたカードを確認すると、くつくつと笑みを浮かべ、発動させる。

 

「フィールド魔法、失楽園を発動! カードを二枚ドローする! 更に魔法カード、魔法石の採掘! 手札二枚をコストに、墓地の次元融合を手札に! そして2000ライフポイントを払い発動! 現れよ、除外されている三幻魔よ!」

 

 ネフレン=カの場にまたしても、三体の神が現れる。

 一気にのしかかるプレッシャーはやはりかなり重いが、だが、そのどれもが十代のシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力より下のモンスターばかりだ。またアーミタイルで攻撃したとしても、返しのターンに万丈目のモンスターから総攻撃を受け負けてしまうのは、ネフレン=カもよくわかっている筈。

 

「見るがいい! こやつら三幻魔のような贋作の神とは違う、真の神の姿を!」

 

 三幻魔の足元に突如闇より濃い影が現れたかと思うと、無数の闇の棘が三幻魔を貫き、寄生植物のように身体にまとわりつく。

 闇が三体の幻魔を飲み込み、足元からグズグズに溶かしていく。ペースト状に溶けたそれはどこへ垂れ広がる訳もなく、足元の闇へと吸収されていく。

 やがて闇が大きく膨張し、骨すらも飲み込んだ。

 

「三幻魔を生け贄に捧げ、現れろ、THE DEVILS DREAD-ROOT!」

 

 それが現れた瞬間、とてつもない重圧が十代達に伸し掛かる。

 足元に広がった闇に、まるで引き寄せられるように何千本という、不気味な色をした触手が、太陽を引きずり込まんとばかりに伸びる。

 それはさながら、実現されたバベルの塔のようだ。

 その触手が複雑に絡み合い、ねじり切り合い、徐々に人の姿を作っていく。

 最初に現れたそれは、翡翠のような色をした肉だった。触手が一本ずつ繊維になっていき、次第に巨大な身体を作っていく。

 それは、まるでボディビルダーから無理やりはぎとったような、やや不自然な筋肉だった。

 不自然ながら、だが人と分かる肉体を作り上げていく。やがて完璧に肉体を作り上げると、今度は身体の外側を這うように、ゴリリと骨が浮き上がってくる。

 手の甲と肘から、楔のように巨大な黒い棘が生える。頭に浮き出た骨が、羊の角のように捻じれる。

 そして出来上がったのは、冒涜的な威圧感を放つ巨大な悪魔だった。

 

「こ、これが、ネフレン=カの切り札……」

 

 呆然と、十代が呟く。まるで、この世ならざるものを目撃したかのように。

 一方的に放たれる圧倒的威圧感に、膝をつきそうになる。これにはどうやっても勝てない。本能が、そう叫んでいるかのように。

 そして、その重圧は、ソリッドビジョンという作り物にも影響しているようだ。

 まるで邪神に畏怖するかのように、絶対に敵わないと絶望しているかのように、あらゆるモンスターたちの攻撃力が半減している。

 それは、恐怖に打ち勝つべき英雄も例外ではない。

 

「我が邪神の前には、あらゆるモンスターの攻撃力は半減となる! まずは危ない芽を摘んでおこうか……DREAD-ROOTよ、シャイニング・フレア・ウィングマンに攻撃せよ!」

 

 THE DEVILS DREAD-ROOTがシャイニング・フレア・ウィングマンに手を伸ばす。

 指が何千との数に裂け、冒涜的に悍ましい触手が、シャイニング・フレア・ウィングマンへと襲い掛かる。

 もしこのまま攻撃が通ってしまえば、十代のライフは尽きてしまう。そうなれば、万丈目に残された勝ち筋は潰えてしまう。

 

「くっ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 確かに、万丈目はデュエルが好きだ。世界の危機な状況でも嬉々としてデュエルが出来るくらいには好きだ。

 だが、勝ち目の無いデュエルは嫌いなのだ。故に、途轍もなく屈辱ではあるのだが、万丈目は十代を守らなければならない。

 

「ネフレン・カの攻撃宣言時、速攻魔法虚栄巨影を発動! 場のモンスター一体、つまりシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力を1000ポイントアップする!」

 

「だが! それでも全然、DREAD-ROOTを倒すには程遠いぞ!」

 

 THE DEVILS DREAD-ROOTの効果は、処理の都合上最後に計算するようになっている。

 すなわち、シャイニング・フレア・ウィングマンはたった500しか攻撃力のサポートを受けられないということだ。

 確かに、ネフレン・カの言うように、これではドレッド・ルートを倒すことはできない。

 

「だが、耐えることはできる!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンが腕から出した炎で、ドレッド・ルートの出した触手を焼き払う。

 触手は凄まじい質量と速度で迫っていたため、その余波が十代の方にも流れてしまった。

 

「ちょっ、結構辛い!?」

 

「ふん、たった150のライフでなにが出来る!」

 

 ネフレン=カが嘲るように笑う。

 そう、ネフレン=カの言うように、十代の残りライフはたったの150。ギゴバイトの攻撃力分しかライフは残されていない。

 対し、ネフレン=カのライフは4400。血とか臓物とか色々と出ているが、現状、ライフアドバンテージを制しているのはネフレン=カの方だ

 だが、十代は不敵に笑った。まるで、このような状況なんてへの河童とでも言うように。

 

「ヘッ、でもまだ150もライフが残ってるんだ! デュエルってのは、最後まで何が起こるか分からないもんだろ?」

 

「ならばその強がりも打ち砕いてくれよう! アーミタイル、止めを刺せ!」

 

 アーミタイルが全身から黒い血を吹き出し、その血が亡者の手の波を作りシャイニング・フレア・ウィングマンへと迫る。

 アーミタイルの攻撃力はバトルフェイズのみだが10000、この攻撃がまともに通れば、十代のライフは尽きてしまう。

 だが、ここまで窮地に追いやられているというのに、十代は不敵に笑った。

 

「罠カード発動!」

 

「ふん、神にどのような小細工も通用しない!」

 

「ああ、神にはな! 罠カード、ホーリージャベリン!」

 

 十代の足元に、天使の羽が生えた投げ槍が刺さる。

 すると、迫りくるどす黒い冥府の手と相反するように、ジャベリンから虹色に輝く手が同じように生え、波を打った。

 ぶつかり、打消し合う手の波。だが虹色の波は、肌を焼く瘴気を抑えきれなかった。

 冷たい死者の腕の余波が、十代を襲う。

 

「ぐわああああああ!!」

 

「……本当に回復しているのか、あれは」

 

 万丈目は訝し気な目で、傷つく十代を見やる。

 闇のデュエルでは痛みを感じることはあっても、それを癒される感覚は無い。回復すればするだけ、痛みを感じる時間が増えるだけだ。

 だが、ネフレン=カ好みの苦痛を与えているというのに、その表情は苦々しいものだ。

 彼は、永理の記憶を、人格を、思考回路すべてを記録し、模写し、参照している。そのネフレン=カが取り入れた永理が警鐘を鳴らすのだ。『このままでは不味い』と。

 

「チッ、しぶとい! カードを二枚セットしターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー!

 レジェンド・デビルを守備表示! カードをセットしターンエンドだ!」

 

 壁モンスターではなく、魔法か罠かを伏せてターンを終了させる万丈目。

 十代はその万丈目を信用し、カードを引く。

 

「ドロー!

 ……ネフレン=カ、お前の負けは決定したようだぜ!」

 

「ハッ、世迷言を! 我がドレッド・ルートは攻撃力を半減させる高火力モンスター! 攻撃力8000以上でなければ、我が神を戦闘破壊するなど不可能だ!」

 

「恐怖に打ち勝つのがヒーローってもんだぜ! 手札からE・HEROキャプテン・ゴールドを墓地へ送り、デッキから摩天楼-スカイスクレイパー-を手札に加える!」

 

 そのカードの名前を聞き、ネフレン=カの記憶に映した永理が警鐘を鳴らす。

 E・HEROより攻撃力の高いモンスターと戦闘を行う場合、E・HEROの攻撃力を1000ポイント上げるフィールド魔法。

 

「フィールド魔法、摩天楼-スカイスクレイパー-を発動!」

 

 十代がカードを発動させると、血の滴る海岸だった場所が、まるでタイムズ・スクエアのように、縦に積まれている看板や背の高いビルが並ぶ大都会のど真ん中へと変化する。

 墓地にキャプテン・ゴールドが行ったことで、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は300ポイントアップした。そしてスカイスクレイパーの効果でドレッド・ルートを攻撃すれば、本来の上昇値の半分である500ポイントの攻撃力を加えれば……総攻撃力は4200、ドレッド・ルートの攻撃力を200上回った!

 

「バトル! シャイニング・フレア・ウィングマンでDREAD-ROOTを攻撃!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンが看板を伝って天高く飛ぶ。満月に照らされた機械仕掛けの羽は神を思わせるほど美しく輝く。

 その輝きは炎となり、シャイニング・フレア・ウィングマンを包み込む。

 

「シャイニング・スカイスクレイパー・シュート!」

 

 その炎は、さながら神の投げた槍が如き美しさでTHE DEVILS DREAD-ROOTへと飛来する。

 この攻撃が通れば、ネフレン=カのライフは大きく削られる。一気に不利に陥ってしまう。それだけは、なんとしても避けなければならない。

 月影永理とかいう雑念のせいで負けるなど、あってはならない!

 

「速攻魔法、サイクロン発動! スカイスクレイパーを破壊!」

 

 ネフレン・カの足元から現れた竜巻が、ビルをなぎ倒さんと膨張する。

 だが、突如飛来した小判が爆発したかと思うと、その竜巻を霧散させた。

 

「カウンター罠、魔宮の賄賂。サイクロンは破壊だ」

 

 哀れ、無情な罠がネフレン=カの希望を打ち砕く。

 このままでは、夢半ばで死んでしまう。永理という化け物を取り入れ、浸食されながらも足掻いたすべてが、消えてしまう。

 そんなの――――そのようなこと、あってあろうはずが無い!

 

「おのれ――――おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれェェェェッ!! DREAD-ROOT!! 貴様は神なのであろう、オシリス・オベリスク・ラーすら破滅させる為の抑止力! 我が半身であろう!!! であれば! その程度の炎如き防いでみろ!!!」

 

 無茶を承知でネフレン=カは神に命ずる。

 その命令を聞き届けたのか、DREAD-ROOTは右腕の血管触手を一点に凝縮し、巨大な杭のようなもので覆う。

 そして落下してくる白い炎の塊に向けて、渾身の右ストレートを放つ。

 打ち込んだ衝撃で看板が吹き飛び、ビルの窓ガラスが雨となる。

 シャイニング・フレア・ウィングマンの炎とDREAD-ROOTの拳が激突し、衝撃波が大地を蹂躙する。

 やがて炎は消え去り、シャイニング・フレア・ウィングマンは地面へと落下した。

 

「や、やった……ハッ、ハハハハッ、アハハハハハハッ! やはり神の前には、どのような攻撃力を持とうと――――」

 

 だが、DREAD-ROOTの腕に白いヒビが入ったかと思うと、途端にそれが伝線するように、腕から肩へ、肩から全身へと広がっていく。

 神とてゲームにおいてはルールに服従する下僕でしかない。

 デュエルモンスターズは、時に現実より優しく、時に現実より厳しいのだ。

 

「感謝するぜ、ネフレン=カ。お前のおかげで、俺の長年の夢をかなえることが出来たんだからな」

 

「ばっ、あっ、ありえん……そんな、そんなことが! そんなことが!」

 

 やがて白いヒビがDREAD-ROOTの頭部へ到達したかと思うと、爆発したように爆ぜた。

 冒涜的な色をした内臓と、飛び散った脳みそが濁流となりネフレン=カを濡らし、破片となった頭骨がネフレン=カの全身を切り刻む。

 そして、その血がまるでガソリンのように、シャイニング・フレア・ウィングマンから着火してしまった炎が纏いつく。

 

「あああああああっ!! あっ、きっ貴様あああああああっ!!!!」

 

「ちょっ、まっ永理!!」

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った場合、相手にそのモンスターの攻撃力分のダメージを与える。ここまでやって、ようやく形勢逆転か」

 

 炎に悶えるネフレン=カとそれを心配する十代を眺めながら、万丈目がウンザリしたように呟く。

 亮というアカデミア最強の犠牲と、限界まで削られたライフ。全身には血が滲み、火傷が痛々しく存在を主張する。

 ここまで苦労してようやく追い詰めた。だが、油断は出来ない。

 

 転げまわることでなんとか鎮火したものの、全身が炎で焼けただれたネフレン=カは荒い息で十代をにらみつける。

 

「ぐっ、殺す……貴様だけは、必ず!!」

 

「えと、カードをセットしてターンエンド!」

 

 ネフレン=カをあんな目に遭わせてしまったとはいえ、十代は気を抜かない。手も抜かない。防御をしっかりと固め、相手の動きに対応する。

 神であろうと何であろうと、確実に堅実に動く為に。

 ネフレン=カは無言で、血をまき散らしながらカードを引き、口角を上げた。

 

「……失楽園の効果で二枚ドロー!

 もはやこのカードも必要あるまい。魔法カード、マジック・プランターを発動! スピリット・バリアを墓地へ送り、二枚ドロー! 

 来たか……魔法カード発動、至高の木の実! こいつは自分のライフが相手より少ない場合2000ライフポイントを回復し、相手より多い場合は1000ポイントダメージを受けるカード。十代、貴様の使用したホーリージャベリンのおかげで、その条件を満たすことが出来たわ! 我はライフを2000回復!」

 

 ネフレン=カの言葉に、十代は歯噛みする。

 もし十代がホーリージャベリンではなくホーリーライフバリアーを入れていたら、ここまで追い詰めたとしてもライフは十代の方が下、つまり至高の木の実を発動できなかった。

 結果論ではあるが、十代はネフレン=カを優位に立たせてしまったのだ

 

「幻銃士を召喚し、場のモンスターの数だけ銃士トークンを特殊召喚する! 現れろ、二体の銃士よ!」

 

 これでネフレン=カの場に、三体のモンスターが揃ってしまった。

 だが、すでに召喚権は消費済み。このままでは何も召喚することはできない。

 が、ネフレン=カは不敵に嗤う。

 

「永続罠発動、血の代償!」

 

「ライフを500削ることで召喚権を増やすカード……まさか、まだデッキに入れていたのか!? 神を!!!」

 

「然り、ならば見よそして慄き跪き恐怖しろ! ライフを500支払い、幻銃士とトークン二体を生け贄に捧げ、現れろ! THE DEVILS ERASER!」




 みなさんお待ちかね!
 ついにドレッド・ルートを倒した十代。
 ですが、怒りに燃えるネフレン=カは、これまでの苦労と己の野望を懸け、最大最悪の邪神を召喚し、二人に挑みます!
 月影永理の暴走『さらば永理! マスター・おバカ、暁に死す』に、レディ・ゴー!!


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第59話 月影永理の暴走 partFINAL

 幻銃士達が激しく痙攣し始めたかと思うと、爆竹を詰め込んだカエルのようにはじけ飛び、真っ黒い血だまりがネフレン=カの血と混ざりあう。

 そして、その血だまりから凄まじい勢いで飛び出す巨大な竜の姿が。

 血の滴るその化け物は、何千万という亡者の手を組みながら作られた、骨ばった竜だった。人間のような上半身に竜の頭と下半身を無理くりくっ付けたような歪な姿は、うすら寒い恐怖を掻き立てられる。

 

 だが、それ以上に異質なのが眼だ。イレイザーの肉が鼓動するごとに、無数の黒い筋肉繊維が脈動するごとに、全身に潜む有象無象の赤い眼が瞬きする。

 その眼が神に挑む二人を視界に映すたびに、根源的恐怖が腹の底から這い出てくる。

 

「THE DEVILS ERASER……こいつは相手場のカードの枚数×1000ポイントの攻撃力となる」

 

「……序盤ならばともかく、一人減った終盤ではたった攻撃力6000。運が無いようだな」

 

 万丈目が言うように、ERASERの攻撃力では、十代の場に存在している本来の攻撃力を取り戻したシャイニング・フレア・ウィングマンを倒すことはできない。現在、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は7200、ERASERでは戦闘破壊をすることはできず返り討ちに遭うだけ。

 もし亮がいる状況で出せていたのならば、かなりの脅威となっていただろう。だが、ネフレン=カはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「なにか勘違いしているようだが、このカードの真価は攻撃力じゃあない」

 

 そう、神のカードが、たかが攻撃力の増減だけで終わるはずが無い。

 

「我はライフを500支払い、神を生け贄に捧げ、人造人間サイコ・ショッカー召喚!」

 

「なっ、神を生け贄に!?」

 

 十代が驚くのも無理は無い。

 神とは、それ一つだけでデュエルの戦局を簡単にひっくりかえせるカードだ。罠も、魔法も、モンスター効果すら寄せ付けない。神は神か、それを打倒するだけの力を持ったモンスターでしか破壊できない。

 それをわざわざ生け贄にしたということは……生贄の抱く爆弾でも警戒したのだろうか。

 だが、すぐにその答えは出ることとなる。

 

 ERASERの肉体がどろりと蠢いたかと思うと、水にドライアイスを入れたかのようにふつふつと膨れ上がり、破裂した。

 吹き上がるおどろおどろしい肉が、まるで豪雨のように降り注ぐ。

 その肉の雨に触れた瞬間、シャイニング・フレア・ウィングマンが溶けた。

 まるでアイスクリームに熱湯をかけるかのように、シャイニング・フレア・ウィングマンが溶けていく。生身も鉄も関係なく、すべてが。

 そして、それはシャイニング・フレア・ウィングマンだけではなかった。エアーマンは上空に風の屋根を作ろうとするも、その風もろともが黒い肉に侵され、溶かされる。

 スカイスクレイパーのあちこちから悲鳴が上がり、ビルがなにかも諸共、鉄も光も関係なく溶けていく。

 見れば、他のカードも同じように溶けていく。万丈目のレジェンド・デビルも、伏せていたカードも。

 

「ERASERが場を離れたとき、すべてのカードを墓地へと送る。当然アーミタイルも代償も墓地へと送られるが、まあ些細な問題だ」

 

 当然のように、ネフレン=カは神を切り捨てた。

 あれほどまでに尽くしたアーミタイルを、まるでそこらの石ころのように視界にすら入れず、血に濡れた笑みを浮かべている。

 混沌帝龍と同じような、フィールドリセット効果。これが神の効果、これがネフレン=カの切り札。

 

 やがてなにもかもがきれいさっぱり消え、元の崖へと戻っていた。

 否、一つだけ違う。ERASERがすべての血肉を吐き出し倒れると、そこから現れる、緑色のサイバー服に身を包んだ、血管の浮き出た頭をしている男。

 

「サイコ・ショッカー……チッ、奇を衒わず素直に面倒なカードを出してきやがった」

 

 サイコ・ショッカー。決闘王『武藤遊戯』の友人、城之内克也の使うエースカードの一体。

 その効果は罠カードの封印。王宮の封印を内蔵した、2400打点のモンスターだ。

 

「ではとどめを刺してくれよう! サイコ・ショッカーで十代、貴様にダイレクトアタック!」

 

 サイコ・ショッカーが十代へと肉薄し、サ首を掴む。

 人知を超えた動きに、ただの学生が対応できるわけもない。そのまま持ち上げられ、十代を掴んだままサイコ・ショッカーは、掌にサイコエネルギーを集中させる。

 

「ぎゃああああああああっ!!!」

 

 眩い光が十代を内部から照らし、肉を焼く。

 そのまま十代は、サイコ・ショッカーに首を掴まれたまま、闇へと消えていった。

 

「クックックッ、ターンエンド!!」

 

 サイコ・ショッカーが場に存在する限り、罠カードに意味は無い。だが突破されないとも限らない。

 だというのに、豊富な手札を持っているくせに、何も伏せずにターンを終了させた。

 あそこまで引いてカードが何もないのか……それとも、何か狙いがあるのか。

 どちらにせよ、万丈目の取れる手段は限られている。丹精込めて育てたレジェンド・デビルはもう無い。

 デッキ内のパワーカードは少ない。それもサイコ・ショッカーを相手にするのならば……

 

「俺のターン、ドロー!

 魔法カード、闇の誘惑! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター、ヘル・エンプレス・デーモンを除外する! そして手札一枚を捨て装備魔法、D・D・Rを発動! 来いっ、ヘル・エンプレス・デーモン!!」

 

 紫色の雷雲の中、突如現れたいびつに歪んだ次元を、悪魔のような模様を付けた先端が二つに割れた杖で振り払い、紫色の肌をした悪魔が現れる。

 万丈目のエースモンスターの一体。そして、万丈目と一番長い付き合いのカード。だからといって万丈目は、決して彼女の為にはデュエルしないだろう。

 彼は最初から最後まで、自分勝手な人間だ。生きるためではなく、名を遺す為に。壮大で満足な死を得る為にデュエルをする。

 

「キラー・トマトを召喚! バトルだ! ヘル・エンプレス・デーモンでサイコ・ショッカーを攻撃!」

 

 ヘル・エンプレス・デーモンが杖を振り、暗黒の電を目の前に作り出し、サイコ・ショッカーに放つ。

 サイコ・ショッカーはそれに対抗する為にサイコエネルギーを手元に集めるも、一歩遅く━━呆気なくサイコ・ショッカーのサイコエネルギーはかき消され、全身をショートさせ、消滅した。

 これでネフレン=カの残りライフは1400、リクルーターのキルラインへと突入した。

 

「キラー・トマトで直接攻撃!」

 

 キラー・トマトが途轍もない速度でネフレン=カへと転がる。

 これが決まれば、ネフレン=カのライフは0となる。そしてついでに永理も消える。その攻撃に躊躇は無い。

 だが、突如として鳴り響いた鐘の音によって、キラー・トマトの攻撃が中断されてしまう。

 戦闘の巻き戻し、ではない。

 ネフレン=カの場に存在している、悪魔のような姿をした振り子がそれを物語っている。

 

「バトルフェーダーか……」

 

「そうとも、貴様のバトルフェイズは終了した。とっととターンを我に明け渡せ」

 

「チッ、墓地のキラー・トマトとレジェンド・デビルを除外して、手札からダーク・ネフティスを墓地へ送る。ターンエンドだ」

 

 未だライフ差は万丈目の優勢、だが相手はあの永理モドキだ。永理の発想力に、ネフレン=カの常識力。この二つが組み合わさったときの厄介さは、ここまでのデュエルが物語っている。

 故に決して油断はしない。どのような動きをしようと、永理ならばあり得るからだ。

 

「我のターン、ドロー!

 クックックックッ……冥途の土産だ、貴様に最後の邪神を拝ませてやろう! 手札から幻銃士を召喚し、効果発動! トークンを二体特殊召喚!!」

 

 この動きは予想していた。していたが……確率は低いと切り捨てていた。

 いくら永理の知識で作ったとはいえ、相手はネフレン=カだ。最悪の悪意と常識を併せ持つ厄介なファラオ。

 最上級モンスター四体に重い召喚コストを必要とする二体を投入したデッキなら、どこかで妥協しているのではと思っていたが……どうも、そううまく動いてくれないらしい。

 とはいえ、することは変わらない。永理をネフレン=カごとぶっ飛ばすだけだ。

 

「魔法カード、二重召喚! これにより召喚権を増やす! さあ三体のモンスターを生け贄に捧げ、現れろ! THE DEVILS AVATAR!!」

 

 そこに現れたのは、これまでの邪神と違い━━否、これまでのモンスターと違い、明らかに異質だった。

 DREAD-ROOT、ERASERも他のモンスターに比べれば異質といえば異質であったが、彼らには姿があった。

 だが、これは違う。

 無い(・・)のだ、なにも。

 なにも無い(・・)というのに、なにかがある(・・)という認識だけが一方的に流れ込んでくる。

 

 神は、海外では不可侵の存在として崇められている。

 人間では近づくのはおろか、その姿を拝むことすら許されていない。故に人は想像で神を創り、それを崇めたのだ。

 であれば、万丈目の目の前に存在するこれは、本当に神なのだろうか。

 

「━━面白い! 来い!!」

 

「ふん、精々踊れ道化! バトル! AVATARでヘル・エンプレス・デーモンを攻撃!」

 

 ヘル・エンプレス・デーモンの影が独りでに動いたかと思うと、なぜか本体である筈の彼女自身が、自らの首に手をかける。

 顔に浮かぶ恐怖の表情、だが無情にも力は緩めない。まるで機械のように、一切力を緩めることなく、首を絞める。

 やがて白目をむき失禁したのを影が確認すると、突如糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「ヘル・エンプレス・デーモンの効果発動! 場のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、ヘル・エンプレス・デーモン以外の闇属性・悪魔族・レベル6以上のモンスターを特殊召喚する! 来い、レジェンド・デビル!!」

 

 効果は問題なく発動したのを見て、万丈目は自分の残りライフを一瞥する。

 2999、攻撃されることによって1ライフが削られている。

 

 デュエルモンスターズにおいて『1』というのは特別な意味を持つ。

 例えばラーの翼神龍はライフを1になるように払うことで攻撃力を上げ、とある神は相手ライフを強制的に1にする効果を持つ。

 『1』とは原初である。始まりである。物事においては全て『1』より作られる。

 そして今回、万丈目はライフを1減らされた。

 それだけで、万丈目にとっては十分な情報だった。

 

「ふん、無駄な足掻きを! カードをセットしターンエンドだ!」

 

「無駄に足掻いているのはお前の方だろう、ネフレン=カ」

 

「……ふん、虚勢で吠えるな負け犬めが。所詮貴様のようなクソガキに、AVATARを倒すことはできまい!」

 

 万丈目はその言葉に、己の予想が当たっていたと確信する。

 そして、脳内でこれまでネフレン=カが言っていた言葉を全て掘り返す。そこに答えが眠っている。記憶の底の底、そこには確かに転がっているのだ。ネフレン=カが自分で語った、邪神の弱点が。

 

 そして、一つのピースを見つけ出した。

 だが、今そのカードは手元に無い。無いのであれば、なんとしても手繰り寄せるしかない。

 

「いいや、貴様はこれで永理諸共に終わりだ。ドロー! スタンバイフェイズ、墓地のダーク・ネフティスを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 万丈目の場に現れる、真っ黒な鎧。上半身こそ女性の姿をしているが、下半身はまるで鳥のように膨れている。

 やがて酷く焼け付く乾き声と共に、鎧を肉が満たしていく。

 骨は筋肉となり、筋肉に皮膚が浮かび、青い肌を作り出す。

 それが完全に人の姿となると、まるで覚醒を待っていたかのように、下半身の上背近くにある羽根が大きく広がり、血を燃料としたような赤黒い色合いの炎を出した。

 まさに不死鳥、闇に身を堕とせし不死鳥の貫禄。

 だが、それでも。神には到底届かない。

 

「ダーク・ネフティスが特殊召喚に成功した時、相手の魔法・罠を一枚破壊する! 俺はその伏せカードを破壊!」

 

「チッ、銀幕が……だが、それでも! AVATARを倒すことは不可能だ!! そんなチンケなモンスターではな!!」

 

「いいや、こいつは養分さ。魔法カード、アドバンスドロー発動! レベル8以上のモンスター一体を生け贄に捧げ、カードを二枚ドロー!」

 

 ダーク・ネフティスはその姿を消し、万丈目に手札という金を与える。

 それが果たして農夫と同じ結末を辿るのか……引いた二枚を確認し、万丈目は口角を上げる。

 

「邪神、それは三幻神が奪われた際の抑止力……ならもし、二種類とも奪われたとしたら、その抑止はいったい何が行うか」

 

「貴様、何を━━ッ!! まさか、貴様!」

 

「そう、そのまさかだ! 魔法カード発動、死者蘇生!」

 

 万丈目が引き当てた逆転のカード、死者蘇生。

 効果は単純、だが単純だからこそ強い。思えば、これも鍵だったのだろう。神を殺す為の、一般人でも抑止出来るようにとの。

 

「貴様の墓地からTHE DEVILS DREAD-ROOTを攻撃表示で特殊召喚する!!」

 

 ネフレン=カの墓地から万丈目へとカードが飛ぶ。

 そして万丈目の場に現れる、混沌の王。それと同時に、万丈目の全身を酷く厭な感触が駆け巡る。

 まるで神経全てにヒルを這わされているような、それでいて凍えるような激しい悪意が万丈目の脳を汚染する。

 

 常人には耐えがたい、激しい嫌悪感。ただの人間にはそれを耐えることは不可能である。

 であるが故にネフレン=カは、圧倒的優位でいられるのだ。常人であれば廃人となる悪意すらも操るネフレン=カだからこそ。常時発狂し常時本能的理性で動く永理だからこそのカード。

 

「ハッ、ハハハッ。馬鹿め、こいつは邪神であるぞ? 我と波長が合い、常時発狂しているような奴ならばともかく、貴様のようなただのガキが━━」

 

「クッ、クハハッ……」

 

 だというのに、万丈目は嗤った。

 ネフレン=カは、その姿に目を見開く。

 脂汗で髪は濡れ、息も上がっている。邪神に仕込まれた『悪意』という名の爆弾は起爆している。

 だというのに万丈目は、心底楽しそうに嗤っている。

 

「生憎だが、俺は既に発狂している。デュエル狂という名の発狂をな!」

 

「あっ、あり得ない……そんな、貴様が邪神を……」

 

「さあバトルだ!」

 

 万丈目の言葉に、呆然としていたネフレン=カは意識を取り戻す。

 あり得ない話ではない。永理という例外がいたではないか、と。

 それに、未だ優位に立っているのはネフレン=カの方だ。相手はまだAVATARの効果を完全には知らない。

 知らないのであれば、勝てる。なぜならAVATARは必ず相手の攻撃力を上回るのだからら(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「DREAD-ROOT、目障りな神を殺せ!!」

 

「馬鹿め! 死ぬ前に教えてやろう、AVATARは絶対に戦闘で破壊されない! 全てのモンスターの攻撃力を必ず1上回るんだからな!!」

 

「逆に教えてやろう。同じ階級同士であれば永続効果ってのは━━」

 

 DREAD-ROOTは自らの影に拳を振るう。拳は空気摩擦によって闇の炎を灯し、AVATARを━━大量の臓器と目玉が球状に凝縮されたものを浮かび上がらせる。

 そして拳はAVATARへと叩き込まれ、AVATARの内部で一度手を開き、臓器をひっつかみ無理やり引きずり出した。

 宙に浮かぶ、AVATAR。DREAD-ROOTは大きく振りかぶりその肉塊を狙う。

 

「最後に出した効果が優先されるんだ」

 

 DREAD-ROOTが拳を叩き込んだ瞬間、AVATARは数多の臓器と真っ黒い血液をまき散らしながら、ネフレン=カの方へと吹っ飛んでいく。

 それはネフレン=カの足元まで吹っ飛びめり込んだかと思うと、手りゅう弾のように肋骨やら臓器やらをまき散らしながら派手に爆発した。

 

 ネフレン=カのライフが0になり、勝負は決した。

 やがてネフレン=カの顔から生気が消え━━死後三日は経った野心溢れていたであろう革命家のような瞳に戻っていた。

 

「やっと終わったか」

 

「チッ、生きていやがったか……」

 

 一瞬、死んだ眼をしているので本当に死んだかと期待したのだが、どうやら未だ生きていたようだ。

 だが明らかに致死量な血と傷が出来ている、いつ死んでもおかしくは無いだろう。今はデュエルエナジーのおかげで、なんとか延命できているだけに過ぎない。

 空を見れば黒い竜巻も暗雲も消え去り、暗黒のファラオが消えたのを祝福するかのような青空が広がっている。

 

「しっかしあの野郎、派手に傷つけやがったな……腕とかもうこれ千切れかけじゃ━━」

 

 永理が愚痴りながらDREAD-ROOTの攻撃の衝撃で影ぎりぎりまで吹っ飛ばされたアタッシュケースを回収しようとすると、不意に足元が崩れた。

 咄嗟に右手でアタッシュケースを掴み、左手を天へと伸ばす。

 だが、そこには誰もいない。そう、突き抜けるほど青い空が広がっているだけ。

 ああ、このまま死ぬのか。どちらにせよこの傷では遅かれ早かれといったところだ。

 

「潮時かね……」

 

 意地になって生き恥を晒してきた。前の人生より好き勝手しようと自重しなかった。『生きたい』という願いを優先し、悪魔の契約に乗った。

 その結果がこれだ。好き勝手やってこの最後、悪くないと永理は笑った。

 最後に手にしたのは、アタッシュケース。ネフレン=カが持ってきた、永理の生前のカード達。

 自分が集めたカードと一緒に死ねるなら……それはきっと、この世界なら本望といえるだろう。地獄の沙汰も金次第ではあるが、この世界なら金代わりにカードで支払えるのだろうか。

 どちらにせよ、死んでみなければ分からない。当然、死にたくはない。だが、もう、助からないのは永理にも分かっていた。

 そう笑いながら死を受け入れ、永理は眼を閉じると……ふいに、伸ばしていた左手を掴まれた。

 

「このっ……なに、死を受け入れてんだ馬鹿永理!」

 

「このカイザー相手に、勝ち逃げは許さんぞ……!」

 

 それは、腹を壊した時に助けてくれた恩人であり、アカデミア学生で一番最初にできた友人の声。

 それは、アカデミアで同じ趣味を共にし、お互いを認め合ったちょっと年上の友人の声

 その二人が、痛い目を合わせ殺しにかかった元凶である永理を助けようと、身を乗り出してまで手を伸ばしたのだ。

 身を全て乗り出して永理の手を掴む亮、それと必死に支える十代。

 

 そんな二人に対し、永理の口から最初に出たのは……疑問だった。

 

「なんで……なんでお前ら、そんな命を張れるんだよ……なんで俺なんかの、他人の為に、そんな、馬鹿じゃねえのか!?」

 

 永理は、何も与えていない。何も助けていない。

 ただ互いに、楽しく話したりしただけの、ただの友達……命を張る程の、危険を冒してまで助ける程の義理が無い、薄い縁の、卒業すれば終わりな友達だ。

 

「俺は、助けてもらうような借りを作ってない……なにも、なにもしていない! なのに、なんで俺なんかを」

 

「うるせぇ! テメェが助けてって言ったんだろうが!!」

 

「友人を助けるのは当然だろう……おい万丈目貴様も手伝え、このままじゃヤバいマジでヤバい」

 

 永理の手はネフレン=カによって傷つけられ、血でベタベタとぬらついている。そしてもう一つの手にはアタッシュケース。

 しかも十代と亮は万全な状態ではない。闇の力の影響か傷こそ治っているものの、まだ本調子ではない筈だ。

 それゆえか、プルプルと震え出した。

 

「……カイザー? 震えが尋常じゃないんだけど。落とすなよ、絶対落とすなよ!?」

 

「クッ、最近ずっとゲームやってたせいで色々と鈍ってる!」

 

「永理、そのケースから手ぇ放せ! このままじゃお陀仏だ!」

 

 アタッシュケースの重みは、割と馬鹿にできないほどある。満身創痍な状態である二人では、永理とアタッシュケースを一緒に救い上げるのは不可能だろう。

 だが、永理は首を横に振った。

 

「……手がしびれてて動きそうにない」

 

「クッソ、マジか……おいカイザー引き上げ━━」

 

 十代が言葉を言い終える前に、亮が足を滑らせたのだろう。

 突如として襲う浮遊感、重力に引かれる感覚。

 このまま三人死ぬのか、と思った時、突然グイっと後方へ引っ張られる。

 

「マスター、死んじゃ駄目です!」

 

「永理はともかく、貴様ら二人を殺す訳にはいかんからな」

 

「それがお望みとあらば、マスター……あっ、いい匂い」

 

「ふふっ、素直じゃないなーマスターは……後で交代だからね」

 

 ブラック・マジシャン・ガールが亮の腰を掴み、それを万丈目、ヘル・ブランブル、ヘル・エンプレス・デーモンが支える。

 実体化、十中八九ブラック・マジシャン・ガールの仕業だろう。だが、今はそれが有難い。

 これだけいれば、拒食症気味の体重しかない永理を引き上げるなぞ、造作もないだろう。

 

「せーので引き上げますよ! せーのっ!」

 

 臓器が宙を浮く感覚と同時に、ぶちっという音が鳴った。

 急に掴んでいた手が軽くなり、見ると、永理が崖へと落ちていくところだった。

 

「えっ━━━━」

 

 十代は必死に手を伸ばす。だが、永理の千切れた腕に浮かぶ白い骨を掴むことも出来ず、永理の姿は、崖の下へと落ちていく。

 やがて永理の姿は波に飲み込まれて、消えた。




 有志の方が原作イレイザーの効果を考えてくれました。マジ感謝。

➀.このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールドのカードの数×1000ポイントになる。
⓶.このカードがアドバンス召喚の為のリリース以外の方法で墓地へ送られた時、フィールド上のすべてのカードを破壊する。
⓷.このカードが墓地へ送られアドバンス召喚した時に、そのアドバンス召喚したモンスター以外を墓地へ送る。


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