とある修羅の時間歪曲 (てんぞー)
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魔術と科学
七月十八日


 ―――努力をしても報われる訳じゃない。

 

 努力すればなんとかなる。無能力者から超能力者へ努力でたどり着いた者だっている。だから諦めてはならない。頭を使って覚えて、練習し、実験に参加し、ひたすら研鑽を重ねれば絶対に位階は上昇する。既にそれはデータで証明されている。だから腐る必要はない、夢は叶うのだから。諦めてはならない。諦めこそが最も非生産的なものであり、害悪なのだから。立ち上がって、前を向いて、そして努力しよう。頑張れ、夢は不可能じゃないのだ―――。

 

 なんて言葉は誰にだって言える。

 

 自分で理解できる範囲では努力を重ねてきた。それでも与えられたのは低能力者、レベル1という残酷な現実。絶望的だった、どんなに努力を重ねても異能力者へのステップアップは見えなかった。与えられた課題を、カリキュラムを自分の理解できる限界で、最高の結果を叩きだそうと努力した。時には血反吐を吐いた時だってあった。

 

 それでも、能力は伸びる事がなかった。

 

 最初は応援していた仲間も次第に諦めの色を見せ始め、それでも伸びる事が一切ないと、珍しい能力なだけに失望の色は深かった。そう、珍しい能力を持っている。与えられた、発現していた。故に周りから期待され、応えようとしていた。だけど、その期待を満たす事は出来なかった。どんなに努力しても能力者として、一つ上の位階へと到達する事が無理だった。その事に絶望し、諦めを抱くのはそう難しい話ではなかった。

 

 今まで勉強していた机に唾を吐いて蹴り飛ばし、誰も興味を抱かなくなった学校から姿を消す。

 

 ―――こうやって武装無能力者集団、スキルアウトに堕ちた。

 

 武装無能力者集団、とスキルアウトは呼ばれるが、実際は完全な無能力者の集まりではないという事はスキルアウトのコミュニティに属してから良く解った。基本的には”落ちこぼれ”の集まりなのだ。レベルが0で上がらない者、或いはレベルが1か2でも越えられない壁にぶち当たってしまった者、家庭環境から逃げたい者、という風に学園都市ならではのチンピラ、不良の総称だった。そこの居心地良さは想像以上だった。

 

 それもそうだ、基本的にスキルアウトは同じ様な連中の集まりなのだから。居心地が良くて当たり前だ。皆、悩みを持っており、その中には自分と同じような悩みを持つ存在がいる。吐きだす様に浮かべた言葉、それを理解してくれる人間がここにいたのだ。社会の屑、不適合者、必要のない存在。多くの人間は罵り、そして無視するだろう。

 

 だけど、彼らは自分の理解者だった。友情を感じ、どっぷりと浸かるには時間はいらなかった。

 

 気づけば寮を引き払い、仲間を作って適当な隠れ家で一緒に生活するのが当たり前になっていた。腐っている、と言ってしまえばそうだった。一切否定する事が出来ない。間違いなく腐っていた、けど、それが楽しかった。人としての道は踏み外さなかったし、不良と言ってもレイプや殺人、強盗に手を染める様なブラックな奴ではない、同じ悩みを持った仲間で集まって、馬鹿をして遊んだり、ちょっと喧嘩したり、遠出して遊びたかったら他の不良をボコってお金を巻き上げたり、

 

 そういう小さな悪事を楽しむ。ワルの集団だった。一般世間すればそれほど大した差はないのだろうが、居心地の良いこの居場所は今までの学生生活では感じれなかった様々な事を教えてくれた。妙に強い先輩達から喧嘩の仕方や武器での戦い方とか、賞味期限の切れた食べ物でもどれが安全とかか、様々な事を教わった。

 

 ただ、それにも限界はある。

 

 何年も一緒に過ごしているうちに、年長者は大人になってしまう。そうなると一人、そしてまた一人、卒業して行く。あるいは正しい道を見つけて、そこへと戻って行く。嬉しくもあり、悲しくもあり、嫉妬もする。自分はまだなのに、先をいかれてしまうとも、

 

 このままでは駄目なのか。

 

 このまま何でもない、馬鹿みたいな日常が続く事を願ってもいけないのか。

 

 祈り願い、能力は少しだけ強くなり―――それでも位階は上がらない。

 

 人は減り、そしてまた転がり込む様に不壊、変わって行く。それでも変わらない、変われない自分は一体何なのだろう、と悩む日もあった。だけど勿論、そんな簡単に答えは出ない。簡単に答えが出るのであれば、そもそも低能力者で止まらないし、スキルアウトになる事もなかった。ただ、

 

 努力は止められなかった。

 

 絶望して、諦めても、努力だけは捨てられなかった。

 

 それほど頭の良い人間ではない事は解っていた。だから努力した結果、何もかも報われずにスキルアウトに落ちた。だけど、それだけでは満足できなかった。能力で駄目だったからと言って、人生全てが否定されたわけじゃない。スキルアウトの、自分の所属しているチームの先人たちは、もっと学べることは、出来る事はあると教えてくれた。

 

 だから能力で絶望して、諦めても、努力だけは止められなかった。

 

 体を鍛え、技を学ぶのは楽しかった。能力とは違って明確に伸びる、というものが目に見えていたから。だから鍛えて、伸びる事は楽しかった。不良のくせに真面目、等と言われもしたが、それはそれで良かった。それで仲間の誰かが笑顔になってくれるのなら、いい。それに心も少しずつ前へと前進していたような、そんな気がしていた。

 

 時が止まって欲しかった。

 

 願っても願っても、そんな事、叶うわけがない。こうやって楽しめる様になったのも時間を止めずに前へと進んだ結果だからだ。努力という前進を諦めても続けていたからだ。心は腐って、諦めは覚えて、絶望が巣食った。だけど努力だけは希望として生きていたくれた。能力だけが全てではない。

 

 それを漸く、スキルアウトになって数年経過して、気付かされた。

 

 アンチスキルと揉めた事もあった。彼らは無能力者ですらない、能力を持たない人間だ。だけど、普通の武器と、知恵と、そして経験で、能力者たちを相手に頑張っている。努力している。諦めてなんかいない。能力だけが学園都市での価値観の全てではない―――誰よりも彼らがそれを知っているのだ。

 

 体を動かすのが嬉しくて、皆で過ごす時間が愛しくて、そして強くなる事が嬉しかった。どれだけ小さな世界で、今まで自分が生きてきたのかを唐突に理解してしまった。能力だけが全てではないと思っていても、それを原因に腐った自分は、それを決定的な価値観として認識していたのだ。だけど漸く、それから解放された。能力への憧れはある。まだ、カリキュラムの内容は覚えている。能力の使い方だって覚えているし、実行だって知っている。胸の中にある今を大事にしたい思いは色褪せず、そこに強く残っている。

 

 だけど今度は自分がチームから卒業する出番だった。

 

 まだ年齢は高くはない。まだ高校生だ。だけど、スキルアウトは腐った人間の為の場所、諦めてしまった無能力者たちの居場所。そこに何時までも前へと進む事を決めた人間がいてはならない。涙を流しながら別れを告げ、そして学園都市に新たな居場所を探そうと考え、別れた。

 

 学生としてはもう登録されてないだろうし、寮は出て行ったから帰れない。学園都市の外へ出るつもりはないし、また能力開発に戻るつもりもない。だからと言って黒い事に手を染めるつもりもない。先人、先輩達の様に、自然とこの学園都市に馴染む為の手段はちゃんと目を開いて探せば存在する。

 

 ただ腐っている間はそれを直視しようとしないだけなのだ。

 

 ―――それは熱い日だった。

 

 涙を流しながら後輩や仲間達に別れを告げた。荷物のほとんどは後輩達が使える様に隠れ家に置いて来た。手元に残ったのは財布と、もう使えない昔のIDと、着替えの入ったショルダーバッグにスキルアウトで喧嘩をしていた時、能力者とかを相手にする場合に使っていた武器のいくつか。先輩から譲ってもらったものもあったりするが、荷物としてはそれほどではない。ショルダーバッグとギターケースに収まる程度の大きさだった。

 

 夏日という事もあり服装はハーフスリーブのシャツにジーンズ、それがショルダーバッグとギターケースを担いでいるのだか、姿は売れないミュージシャンの様だった。努力すれば当面は何とかなる。それはちゃんと理解したことだった。だからミュージシャンを始めるのは良いかもしれない、なんてその時は思っていた。

 

 行く当てはなく、やりたい事も特にない。

 

 だけどやる気と希望だけで満ちていた。

 

 ここから一歩目をもう一度踏み出そう。そう思って一歩目を踏み出し、

 

 ―――彼女と出会った。

 

 

                           ◆

 

 

「―――うわ、恥ずかしい。中学生の夢かよ」

 

 ベッドの上でそんな言葉を吐きながら目を覚ます。見た夢の恥ずかしさに両手で顔を抑えながら悶えながら、何時までもこうしてはいられない現実と向き合う為に、顔から両手を剥がし、溜息を吐きながら目を開ける。窓から入り込む陽の光に眩しさを感じ目を細めつつも、日光を受け入れて上半身を持ち上げる。

 

 

                           ◆

 

 

 安宿の外へショルダーバッグとギターケースだけを手荷物にぶら下げ、軽く振り返って扉を見る。良く磨かれた扉は光を受けて輝き、少し使いにくい鏡程度には利用できそうだった。そこに映る何時も通り、ジーンズにハーフスリーブのシャツ姿の自分を確認し、そして紺色の髪に振れ、おかしな所がないかを確認した、部屋を出る前に一応確認しておいたが、やはりおかしなところはない。安心して歩けると確信し、扉の向こう側にいるフロントの受付が怪訝な視線を送っているのに気付く。笑顔で軽く会釈をし、背中を向けて歩き出す。第七学区といえども、探せば汚くて安い安宿の一つぐらいは見つかる。今利用していた安宿も、お金に困っている様な奴が泊まる様な、そういう安宿になる。

 

 ベッドのマットレスが黄ばんでいたりするから寝袋を自分で用意する必要があったりするが―――それでも慣れてしまえばそれも安宿の味だ、と思えるようになる。ただたまには普通のホテルか宿にでも、と思う事は生活を続けていると割とある。それでも慣れてしまえばそれはそれ、今夜もまた安宿で眠る事になるだろうなぁ、と思いつつ、

 

 歩く。

 

 ジーンズのポケットの中に入れておいた音楽プレイヤーの中にはハードロックを入れてある。骨伝導イヤホンを左耳の裏側に当てる様にセットし、そこから頭に響いてくる音楽の音量を少し下げ、景色を楽しみながら歩く。

 

 学園都市の第七学区は学園都市のほぼ中央に位置する学区であり、そして多種多様の施設の存在する場所となっている。スニーカーで道路を踏みしめながらも視線に映る景色には服屋やクレープ屋等の普通の店が立ち並ぶのとは別に、能力者向けの道具の販売品店、観光客向けの土産物屋、学生向けの文房具屋、と様々な店舗が混ざった学区となっている。広く、そして多くの人を内包するこの学区が、おそらく学園都市内でも一番外の世界と似た様な構造になっているのだろう。学区別にジャンル分けするかのように整理されている学園都市で、これほど入り混じっているのはこの学区くらいだ。

 

 おかげで歩くだけで色々と多くの物を見れる。今も、直ぐ近くのクレープ屋で学生服姿の女子が二人、クレープを手にはしゃぎまわっている。クレープが美味しそうだなぁ、と思いつつも財布の中にはそんなにお金が入っている訳ではない。その上、持っているお金も厳密に言えば自分のお金ではない為、進んでこういうものを買う勇気はない。

 

 だから近くに自動販売機を見つけ、それでサクっと缶ジュースを購入し、クレープの代わりに腹をオレンジジュースで満たす事で我慢し、空き缶を捨てて再び歩き出す。

 

 まだ陽は高く、一日は始まったばかりだ。

 

 学生服の集団を目撃する。統一された制服に同じ方向へと歩く姿を見て、彼ら彼女らが学校へ向かっているのだろう、と少しだけの羨ましさを込め、道路の向こう側から登校風景を眺める。自分から学校をドロップアウトしたことに関しては後悔はない―――とは決して言えない。まだ我慢して残っていれば、別の方法でレベルが上がっていたのかもしれない、という考えは何時だってそこにある。

 

 だからと言ってありえないIFに何時までもくよくよしているのも自分らしくない。ドロップアウトしたからこそ出会えた人や、得るものがあった。戻りたがるのはそれを侮辱するような行動であり、時を大事にしてもそれを侮辱するような行為は自分が許せない。というわけで、羨ましくはあるが、その程度。楽しそうに友と一緒に歩くその姿を見て、少しだけ自分の暗かった学生時代を思い出し、その幻影を振り切るように軽く頭を振る。

 

 まだ時間的に多少早いかな、と腕時計で時間を確認してから近くのコンビニに入る。

 

「えーと……そっか、今日は十八日だったか。っつーことは新刊があるな、っと。あったあった」

 

 コンビニの漫画、ノベルコーナーへと向かい、そこで週刊少年跳躍の新刊が来ているのを確認する。まだ時間がたっぷりあるのを再度確認しつつ、週刊少年跳躍の立ち読みをする為に棚から一冊手に取り、陽当たりの良い窓際で立ち読みを始める。

 

 

                           ◆

 

 

 週刊少年跳躍を読み終え、コンビニから出る頃には一時間が経過していた。もうそろそろ良い時間ではないかな、と思いつつコンビニ内で立ち読みしている間は上げていた音楽の音量を再び落とし、歩き始める。いくら第七学区が広いとはいえ、何年も住んでいればもはや自分の庭の様にその道や場所を覚えている。もう通りに学生がいなくなっているのに少々の寂しさを感じながら、軽いリズムを踏む様なステップで進む。

 

 向かうのは第七学区の商業用エリア、今いる場所に近い位置になる。大型デパートがあったりするが、目的地はその大型のデパート直ぐ近くのしゃれた喫茶店であり、腕時計を確認してみる時間は約束の時間の約五分前の到着。

 

 黒い木で作られたテーブルと椅子を並べるオープンカフェの席の一つに、既に目的の人物が座っているのを確認し、笑みを浮かべながら片手を上げる。その動作で気付いたのか、彼女は握っていたグラスから視線を持ち上げ、此方へと顔を向ける。

 

 彼女は長い金髪を持つ少女だった。学生である身分を示す制服は白い半袖のブラウスの上に袖のないサマーセーター、下はどうなっているかはわからないが何時も通りの制服姿であればこの季節、灰色のプリーツスカート姿になっているだろう。ただ彼女はその制服の他に、両手に蜘蛛の巣を連想させるレース手袋を着用している。また此方も見えないが、何時も通りならソックスの方もレース入りのハイソックス、お嬢様チックな雰囲気を醸し出す姿になっているだろう。制服では隠しきれないほどのスタイルの良さを持った彼女は周りから視線を集めていた。その雰囲気と恰好のおかげで誰も寄る者はいないそうだが。

 

 ―――ただお嬢様チックも何も、常盤台中学所属という時点でお嬢様確定なのではあるが。

 

 此方に気付いた彼女はあ、という声を出しそうな表情を見せ、笑顔と共に控えめに手を持ち上げて振ってくる。それに返す様に軽く手を振り返し、オープンカフェのエリアに入ってくる。店員が此方へと視線を向けてくるが、それを片手で押し止めながら彼女の座っているテーブルへ、対面側の席へと座る。テーブルを覆うカフェのパラソルが夏の日差しを遮ってくれており、日陰の涼しさをくれる。ふぅ、と息を吐きながら視線を彼女の手元のグラスに視線を向ける。少し濁ったかのような色の茶色、おそらくアイスコーヒーだろう。

 

「飲む?」

 

「いただきます」

 

 彼女からグラスを受け取り、ストローからアイスコーヒーを飲む。多少甘い気もするが、元々は彼女の飲み物で、そういう味付けになっているのもしょうがない。ケチケチせずにコンビニで何か、適当に飲み物を買っておけば良かったなぁ、と思いつつ喉を潤し、半分飲んだところでグラスを返す。それを受け取った彼女がジト目で視線を向ける。

 

「ちょっと、私のなのに飲みすぎじゃない?」

 

「俺は男で十八歳、で、操祈は中学二年生。この情報から得られる答えをだしたまえ」

 

「特に運動とかした訳でもないんだからそこらへんはあんまり関係ないゾ」

 

 あっさりと論破された。それもそうだな、と苦笑しながら店員から受け渡されるお冷を受け取り、そして彼女に―――食蜂操祈へと向ける。まるで星の様な文様が不自然に目に映る彼女はどこからどう見ても中学二年生に見える様なプロポーションをしていないが、彼女が自分が中学二年だと言っているのだから、きっとそうなのだろう。実際去年まではちゃんと中学一年だったし、見た目も今ほど凄くはなかった。そのころを思い出し、ちょっと顔を歪める。

 

 それを頬杖をつきながら此方を見る操祈が首を傾げながら問うてくる。

 

「なに、どうしたのよ? 私と一緒にいるのが不満なのかしら」

 

 操祈のその言葉にんなわけあるか、と自分の顔を近づけるように見せる。

 

「不満がある男のツラに見えるかよ。いやさ、たったの一年でお前、随分と変わったよなぁって、時速二百キロで飛んでくる特攻兵器の事を思い出していただけ。あの潔さはちょっと嫌いじゃない……まぁ、人命無視って時点でクソの一言に尽きるけど。あんまし語る事でもないだろ、アレ」

 

「まぁねん―――っていったいどこに視線を向けてるのよ」

 

「胸」

 

 ストレートにそう言うと、操祈が胸を抱くように寄せる。

 

「えっち」

 

「何を言ってるんだ、男なんてどいつもこいつも野獣でエッチに決まってんだぞ。送りウルフは基本でしかねぇ。つかアレだぞ、世の中どんだけ鈍感でも結局は性欲を感じてるから、部屋を探せば絶対にエロ本の一冊でも置いてあるに決まっている。鈍感はあっても、エロに何も感じねーのはないわぁー。がっついたり盛ってたりするわけじゃないけど。後男は基本大艦巨砲主義で決まってるだろ」

 

「ものすっごく言い訳がましいわね―――ヒモのクセに」

 

「それは言っちゃ駄目なやつだろ……!」

 

 呟く様に声を絞り出し、テーブルに突っ伏す。そこで一回息を吐きながら肩に背負っていたショルダーバッグを横に下ろし、ギターケースも下ろす。荷物から解放されたことと一息をつきながら日陰の涼しさを堪能していると、何時の間にか操祈が店員を呼んで何かを注文していた。それをテーブルに顔を突っ伏したまま眺め、そして椅子に深く寄り掛かる様に体を預ける。

 

「操祈の方はどうなんだよ。最近」

 

「最近も何もほとんど毎日の様に顔を合わせているじゃない私達。私がどういう生活を送っているのか大体知っているでしょ?」

 

「馬鹿、そういう話じゃねぇよ。ほら、良くコミュ障のヤツが会話の初めに当たり障りのない所から始めるだろ? それを真似て話しやすい話題から入ってみたんだよ。それに私生活知ってるからって全部知ってる訳じゃないし。ほら、あるだろ? 俺がいないときに常盤台であった事件とか、面白かった事とか、こういうテレビやってたとか、ネトゲでレアアイテム拾えたのが嬉しかったとか」

 

 そうねぇ、と操祈が人差し指を唇へと持って行きながら呟く。可愛さにエロさを感じるその仕草は世間一般的にあざといと言える類のものだが、おそらく彼女の事だから意図的にやっているのだろうとは解っている。

 

「生憎テレビもゲームもやらないのよねぇー。暇つぶしになるってのは解るけど、どうしてああも簡単にハマったりお金を注ぎ込んじゃうのかしら」

 

「そりゃあゲームってのは努力さえすれば簡単に結果を見せてくれるからな。レベルが上がれば能力値の上昇がはっきり見えるし、経験値だって溜まるのが数値で見えるだろう? 努力しても報われない世の中とは違って簡単に逃げられるからな、そりゃあ現実よりはいいってなる訳よ。それに甘んじないのは現実で満たされている奴か、現実が解ってるやつか、あるいはそういう連中だけだよ」

 

 頬杖をつきながら操祈にそう答えると、へぇ、と操祈は呟きながらレースの手袋に包まれた右手を伸ばし、それで此方の頬を突いてくる。笑顔を見せながら操祈は口を開く。

 

「じゃあ信綱君も昔はどっぷりネトゲにハマってたんだ」

 

「笑顔で人の傷を抉るのやめませんか。ちょっと辛いです」

 

 その言葉に操祈が小さく笑い声を零す。自分の醜態程度の事で笑ってくれるというのなら安いものだ、と思いつつ接近する気配に視線を向ける。トレイの上にドリンクを乗せた店員の姿だった。一度会釈してから操祈の物と同じアイスコーヒーを置くと、ベリータルトと思わしき物を自分と操祈の前に一つずつ置く。店員がクリームとガムシロップを置くのを見つつ、操祈へとジト目を向ける。

 

「特に頼んでないんだけど」

 

「見てるだけだとお腹空くわよ? それに私のお金で生活しているヒモがそこらへん拒否する権利があると思ったら大間違いだゾ」

 

 語尾に星のマークが見えそうな言い方をする愛しの暴君の言動に諦めつつ、クリームとガムシロップを投入し、ストローでそれをかき混ぜる。その間に片手を持ち上げる、操祈を指差す。一応、ここは男として反論しておかないといけないのだ。

 

「一応アレだぞ。俺だって完全にヒモをやっている訳じゃないからな? ”何でも屋”としてそこそこ便利に働いているからちょっとした収入はあるんだぞ?」

 

「じゃあ一番のお得意様は誰なのよ」

 

「せ、先―――」

 

「……」

 

「はい、一番のお得意さまは食蜂操祈様です……。私は仕事も家もない売れない”何でも屋”で彼女の恩情で生かされている最低のヒモ男です……。最後に貰った仕事は失踪した猫を探す事でした―――というか漫画的なああいう仕事ってマジであるんだな。まともな能力者に依頼すれば一瞬で終わりそうなのに。結局千円ぐらいにしかならなかったけど変な感動を覚えたわ」

 

「世の中奇妙な事もあるわねー。……所でさっきからなんか騒がしくない?」

 

「そう言われれば……」

 

 何故か通りの方から叫び声が聞こえる。視線をそちらへと向けると、通りの向こう側にある巨大なデパートの様な建造物、セブンスミストと書かれている建物から煙が上がっていた。テロか事件かなぁ、と思っていると風紀委員の腕章をつけた少年少女が中へと突入していくのが見える。能力者で構成されている少年少女の治安維持部隊、風紀委員(ジャッジメント)が今日も活躍している。心の中で軽く応援しておく。

 

 関わりたいとは思わない。

 

 どちらかというと捕まる方だから。

 

 それに中学二年生のヒモとかいう絵面は世間的に最悪を通り越した”ナニカ”に突入している。そこらへんはどうにもならない。だから風紀委員には基本近寄りたくはないが、何やら操祈から怒った様な気配を感じる。

 

「最悪ぅ……。この後はセブンスミストでデートしようかと思ったのに」

 

「そのセブンスミスト絶賛炎上中らしいからプランに変更をいれるしかないね、こりゃ」

 

 笑いながら炎上するセブンスミストの姿を見る。正義感は存在するが、それを振るって突撃する様な馬鹿ではない。困っている人はいるだろうが、それをどうにかするのは風紀委員等の治安組織の仕事だ。操祈は別として、自分の様なレベル1の低能力者が行ったところで、助けになるかどうかなんてわかったようなものではない。だったら大人しく応援している程度でいい。

 

 何より知り合いが絡まれている訳ではないのだから。

 

 そんな事を思いながらセブンスミストの入り口を眺めていると、そこから犯人を捕まえたらしき風紀委員の姿が見えてくる。その中に一人、良く見知ったツンツンの黒髪、学生服姿の少年が少しボロ、っとした状態でセブンスミストから出てくるのを見て、完全に動きを停止させる。

 

「なんか知り合いがさも当然の様に現場から登場してきたのは夢だと思いたい」

 

「ま、まあ、それでこそ彼なんだし」

 

 視線をセブンスミストから操祈の方へと戻せば、操祈も操祈で引き攣ったような笑みを浮かべていた。彼がまた何らかの騒動に巻き込まれている事にはお互い、複雑に思う事がある。

 

 そもそもこうやって二人一緒にいる様になったのも、そこには彼の、

 

 ―――上条当麻の尽力があった。

 

「俺達のヒーローは今日も誰かの為に活躍中かぁ……アイツ絶対誰かに刺されるわ。いや、絶対マジで。あの鈍感さは一周して殺意とか呆れを通り越して爆笑するレベルだわ。まぁ、誰に刺されるのかは個人的に楽しみにさせて貰い―――お、アレ第三位じゃね」

 

「あー、そう言えば御坂さんは風紀委員と付き合いがあったわね」

 

 遠巻きにセブンスミストの騒ぎを眺めつつ、それに加わることなく遠くから傍観者として眺めている。

 

 一年前―――いろんなことがあった。その結果、今がある。

 

 そして、

 

 その出来事を、永遠に忘れる事はないだろう。

 

「さて、セブンスミストが潰れちまったな」

 

「物理的にね」

 

「あぁ、デート先が物理的に潰れるって現象もまた珍しいよな……んでどうする?」

 

「大丈夫、他にも候補はいっぱいあるんだから、そっちへ行けばいいだけの事よ。……まぁ、ちょっとは残念なんだけどね?」

 

 そう言って可愛らしく微笑む操祈の姿を見て一年前、彼女と出会えて良かった思い、そして、

 

 ―――成長する事のないこの能力に、どうか時を止めて欲しいと願った。




 金髪巨乳と時間能力の組み合わせで何かを思い出す? 勘違いだろ。

 あ、そう言えば世の中には【クラウドファンディング】というものがあるらしい。ん? 話題が唐突だって? そんな事はないぞ。いたって普通の流れである。

 そう言えば【エロゲのアニメ化】というのは割とよくある事だけど、後悔だけは絶対にしたくないよな、特に【クラウドファンディング】で集金している時とかさ。

 そう言えば【怒りの日】って面白いよな。

 うん? そうだね。ステマだね。今こそ爪牙の愛を示す時だと思っているからこっそりステマになりそうでならなそうだけど微妙に思い出す様なSSを書いて集金催促する爪牙の鏡を始めました。


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七月二十日

「あ―――駄目になるぅー……」

 

 眠気を振り払いながらベッド代わりに使っていたソファから起き上がり、体から薄い毛布を剥がす。欠伸を噛み殺しながら見渡す光景は良く知っている安宿の姿ではなく、広く、そして清潔に保たれているホールの姿だ。常盤台中学に存在する”女王派閥”専用のクラブハウス、そのホールに設置されているソファを自分は、ベッド代わりにして寝ていた。男子禁制のエリアな上に寝泊まりなんてまずありえないであろう場所だが、そんなルールに操祈が支配されるわけもなく、そしてヒモに否定の権利なんて存在しない。泊まって行け、と言われてしまったら泊まるしかないのだ。

 

 幸せ。

 

 もし問題があったとしても、どうせ操祈の能力に抵抗できる存在等両手の指で数えられる程度にしか存在しない。この常盤台中学校にはその一人が存在するが、それ以外は全て操祈に逆らう事が出来ない。つまりある程度バレたとしても、直ぐに情報の潰しは通じるのだ。故に、操祈は恐れる事無くそんな事を命令できる。恐ろしい事に百パーセント私欲の為に人の記憶を改ざんできるレベル5の超能力者が彼女なのだ。

 

 恐ろしいと思われがちだが、アレはアレで可愛い所が結構あるのだ。

 

「さて、登校時間の前にサクっと抜け出しておくか」

 

 気配を消し、操祈に教えてもらっている脱出経路を通れば誰にも見つかる事なく出入りは出来るんだよなぁ、なんてことを思いつつ、ソファに横に置いてあるショルダーバッグからスマートフォンの着信音が聞こえる。眠気を振り払う様に頭を横へ大きく振るいながら、演算を開始し、レベル1しかない能力を、

 

 時間歪曲(クロノディストーション)を発動させる。

 

 とはいえ、出来るのはレベル1だから精々スプーンを曲げる程度の影響力しかない。それで少しだけ自分の時間を加速させる。レベル1だと一割増程度の加速しか出来ないが、それでも眠気が冷めるまでの時間はある程度カットできる。十秒ぐらいで眠気が覚めて行くのを認識しつつ、ショルダーバッグのサイドポケットからスマートフォンを取り出し、スクリーンに映されている相手の名前を確認し、溜息を吐きながら通話ボタンを押す。

 

「はい、もしもし此方信綱です」

 

『あ、おはようノブ』

 

 聞こえてくるのは若い男の声―――良く知っている、常に騒動の中心を突っ切る様に駆け抜けて行く不幸のヒーローの声だ。ショルダーバッグを背負い直しながらギターケースを握り、操祈や操祈の側近の縦ロールの少女がいないのを確認しつつ、クラブハウスのホールの端へ移動し、外へ通じる窓を開ける。

 

『ところでお前、朝起きたらベランダにロリっ子が干されていたって言われたら信じる』

 

「クソして寝なおすか病院行け。マジレスすると幻覚を見ているかもしれないから右手で頭触っても消えないならロリっ子にソフトタッチすべき。なおその際発生するトラブルに対して俺は一切責任を持たないって事をここに先に告げておく。そんじゃ強く生きて」

 

『なんだよその俺が今から不幸の流れに入りそうな言い方は。アレ、頭触っても消えないなぁ。んじゃあ軽く―――』

 

 スマートフォンの向こう側から悲鳴と叫び声が聞こえる。流石不幸のヒーロー上条当麻、歩けば棒で殴られた先で美少女のランディングするそのフラグ回収力は凄まじい。朝からいいネタを貰ったなぁ、とスマートフォン越しの喧噪を耳を離し、通話を切る事で対処する。ふぅ、と軽く息を吐いてスマートフォンをバッグの中に戻し、窓から外へ、クラブハウスの横の草地へと出る。あとは裏手へと周り、壁を飛び越えて外へと出るだけだ。

 

 チョロイ風に見えるが、本来は監視カメラやら警戒用のレーザー等あったりするが、それが意図的に切られている。愛されているなぁ、と感じながら壁を蹴り、クラブハウスの壁を蹴り、そうやって壁蹴りを繰り返して常盤台中学を囲む壁を蹴り超える。

 

 スマートフォンから着信音が鳴っているが、責任は取らないと宣言したばかりなのでガン無視する。まずは適当な公園を見つけて、そこで歯でも磨こう、と計画する。

 

 

                           ◆

 

 

 朝の雑用を終える頃には大分暇になっている。平日の日中は操祈にも普通に授業が会ったり、研究所での実験が存在する為、たとえ夏休みといえど一緒にいる事は出来ない割と暇な時間になる。となると大体一日を仕事を探したり適当な事で潰さなくてはならなくなる。夜になれば操祈の実験とかが終わってまた会えるが、それまでは十何時間も暇な時間があるのだ。

 

 となるとやっぱり、それまで適当に仕事を探すしかない。といっても、アルバイトをするわけではない。何でも屋、あるいは”代行業”と呼べる事をやっている。金銭と引き換えに大抵のことはなんでもやる、というだけのシンプルな商売―――ただし知名度が全く存在しない為に客は少なく、固定客だってメインが操祈ぐらいというのが現状で、偶に後輩からヘルプの声がかかるというぐらいの話だ。

 

 それでもちゃんと自分で考えて始めた商売なので、キッチリ責任を取り、真っ当しなくてはならない。

 

「ま、こんな所かな」

 

 第七学区、人の通りが多い繁華街の近くで、ショルダーバッグから一枚の板を取り出す。そこに予め用意してある宣伝用のポスターを張りつけると、

 

 ―――板が浮かび上がる。

 

 重力子奇木板(グラビトンパネル)と呼ばれる物理法則を無視して浮遊する板は本来操祈の所有物だが、その何枚かを預かっている為、こんな風に便利に使っている。科学と能力の結晶らしいが、便利な広告版程度にしか認識していない。という事で、見やすいようにポスターを張り、そして横に浮かべる。そのまま広告の隣で適当な店の壁に寄り掛かる様に腕を組んで、待つ。

 

「……呼び込みしても特に客が増える訳でもないしなぁ」

 

 経験上、呼び込みをしても無駄につかれるだけ、というのは解っている。だから何時もの様に骨伝導イヤホンを装着し、適当なロックを音量を下げて聞く。適当に興味を持った人物が来れば、声をかけてくれる筈だ。それまでは割と暇なのだが、暇なのは何時もの事だ。そこまで悲観する事ではない。何時までも操祈のヒモであり続ける事に関しては確かに色々と思う事はあるが、そのうち何とかなると思っている。

 

 なるといいなぁ、とは思っている。

 

 というかなって欲しい。中学生のヒモとか世間的にやっぱりヤバすぎる。どうやってこの状況から脱却すべきか、と考えるも学歴が存在しない時点で割と詰んでいる気がする。となったら学歴を偽造して、IDを再発行すればいいのではないだろうかと思う。

 

 しかしそれには何かと多額の金か、或いは改ざんするだけの影響力が必要なる。その場合、確実に操祈が関わってくる。という事で、やっぱり無理かぁ、と誰に言う訳でもなく静かに呟き、溜息を吐いたところで、

 

「―――あ、アンタは」

 

「んぁ」

 

 声に俯いていた視線を持ち上げて声の方向へと向けると、そこには常盤台中学の制服姿の少女が二人並んでいるのが見える。片方がショートカットの茶髪の少女で、もう片方が風紀委員の腕章を装着した、ツインテールの常盤台中学の生徒だった。ツインテールの方とは面識はないが、ショートカットの方は有名人であり、話した事はないが、それでも誰かは知っていた。というよりも彼女の存在を知らない学園都市の住人はいないだろう。

 

 学園都市の能力者の最高峰、レベル5に到達している超能力者、第三位”超電磁砲(レールガン)”の御坂美琴。第五位である”心理掌握(メンタルアウト)”食蜂操祈よりも上位に立つ電撃使い(エレクトロマスター)となっている。自分の様な低能力者とはそもそも次元の違う実力を持っている少女だが―――彼女が超能力者の第五位という時点で割とメンタルボロボロなので、そこらへんは華麗に流しておく。

 

 ともあれ、全く交流しない相手に話しかけられたという実に珍しい事が今、発生していた。

 

 美琴が此方へと指差しながら口を開く。

 

「―――アイツのヒモ」

 

「すいません、常盤台の女子って男子の心を抉る事を特技にしてるのかな? お兄さんの心はもう既にぼろぼろだから追撃は止めてくれませんかねぇ」

 

 そう言うと美琴が笑いながら謝ってくるが、この恨みは絶対に忘れないで復讐帳に書き込んでおこう、と誓っておく。とりあえず溜息を吐きながら横の広告に指を指す。

 

「見ての通り、今は俺、お仕事中なの」

 

「ヒモならそんな事せずに一緒にいればいいのに。どうせアイツの事だからお金が腐るほどあるんだろうし、そんな事をしなくてもいいんでしょ?」

 

「そりゃあそうだけど、男としてはこう、色々と葛藤があるもんよ? っと、とりあえず改めて自己紹介するけど俺は信綱、ね。家名の方は気にしなくていいから。とりあえずよろしく」

 

 手を差し出し、二人の少女と握手を交わす。あまり仲良くし過ぎると、なんだかんだで操祈が嫉妬心を見せてきて面倒なので、どこか適当な所であしらっておくべきかな、と思いつつあるが、チインテールの方の子が首を傾げながら視線を美琴の方へと向けている。

 

「えーと、お姉さま? この殿方は一体?」

 

「あぁ、えーとね。この人は第五位の彼氏よ。信じられないかもしれないけど、あの女王様の彼氏よ。正直な話、初めてこの話を聞いた時正気疑った上に能力で騙されているのかと思ったけど、ちゃんとした現実だったわ。しかもそこに追撃のヒモという事実。アイツを見る目がちょっとだけ変わったわ。私には無理だし」

 

「そこにさり気なく俺への精神攻撃を忘れない精神がすげぇわ。というか誤解されるような言い方はやめてくれよ。ゴミ虫を見る様な視線をそっちの子が向けてるから。別に好きでヒモやってるわけじゃねぇし」

 

 基本的に操祈は他人を信じない。そういう環境と能力で育ってしまったからだ。だから他人という存在を信じる事が出来ず、魂と命をかけてそれを証明した人間に対しては情が深い、というレベルでは済ませない程に甘くなる。たとえば自分とか、当麻とか、あるいは彼女の側近とか。ついでに言えば操祈は嫉妬深く、ついでに独占欲も強い。手に入れたら手放したくはない、自分の手で抱きしめ続けたい、という気持ちもあるのだろう。

 

 そのせいで見事に就職が出来ない。まぁ、それでもいいと思えてしまうのはやはり惚気、というものなのだろう。

 

 とりあえず、広告の様なポスターに指差す。

 

「とりあえず用もないのにうろうろされると商売の邪魔だからあんまりうろつかないでもらうと非常に助かるんだけど」

 

 そう言うと美琴はふむ、と小さく呟いてから閃いたような表情を浮かべる。

 

「へぇ、せっかく仕事を持ってきてあげたのにその言い方はないわねぇ」

 

 美琴がゲスい笑みを浮かべる。あからさまに何か悪い事を考えている、という感じの笑みだ。読心能力なんかなくても、大体御言の表情からその思惑は理解できる。第三位の御坂美琴、そして第五位の食蜂操祈―――二人の不仲は割と有名な話。俺が美琴と会った、と言えば不機嫌になる程度には不仲だ。嫌がらせ目的で何かを頼んでおこう、という魂胆なのだろう。

 

 呆れた目線を向けておくが、断るだけの理由にはならない。ツインテールの少女が申し訳なさそうな表情を浮かべるが、別に気にしない、と視線で返し、ポケットからスマートフォンを取り出し、メモアプリを起動させる。

 

「お客様であるなら対応は別と成ります。報酬に関しましては基本的に此方の労力により増減するところがありまして、難易度が高ければ高いほど、個人的に楽しめなかったら高くなるシステムとなっております」

 

「詐欺じゃない」

 

「ソンナコトアリマセンヨ……? っと、冗談は風紀委員の子が恐ろしいのでさておき、割と真面目に危険な事をさせるならそれなりの手当てを出してもらうんで。まぁ、基本的には落し物探しとか、探偵の真似事しかしてないけど、仲裁とか揉め事の処理とかもやっているんで。その場合は少し高いってぐらいで。それでも値段の程は―――」

 

 と、数字を入力し、美琴へと見せると”安い”という返答が返ってくる。やはり常盤台のお嬢様だなぁ、とその狂った金銭感覚を改めて認識しつつ、

 

「というわけで。元スキルアウトだから君達が知らない様な人脈とか俺にはあるよ? アイツが好き、コイツが嫌い、とかで手を抜いたりしないし。だから、ほら、ギブミー仕事と職」

 

「なんか色々と怪しいけど……ま、いいわ。この程度だったら頼むだけ頼んでおいた方がいいし。それにアイツのヒモって事なら無能って訳じゃないだろうし」

 

「そこ、ヒモじゃなくて彼氏って言葉にしてくれないかな。そのセメントっぷりが心に突き刺さる」

 

 いやよ、と笑顔で言ってくる美琴に対して多少げんなりとしつつも、商談は成立した。何時ぶりのまともな仕事だろうかなぁ、なんて思いつつ依頼の内容を書き込む準備を始める。美琴とツインテールの少女が多少言い争っているが、美琴が押し通す形で勝利する。その間に重力子奇木板から広告を剥がし、それを椅子代わりに尻の下に浮かべて座り、足を組む。

 

 言い争いを終えた美琴が腕を組む様に立ち、そして口を開く。

 

「―――”幻想御手”って知ってる?」




 ベランダで裸にされるロリがいるらしい。

 感想に爪牙続々と集結している所を見ると、やはりステマはマーケティング的に正しい。ダイレクトじゃねぇか、とどこかで叫ばれたけどそんな事はない、これはステマなのだと宣言する。

 とりあえず、しいたけさんマジ金髪巨乳。


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七月二十日-七月二十一日

「あ、どうも、信綱です。うっす、久しぶりです先輩。あぁ、いや、特に不安だとかそう言うわけじゃなくて……あの、電話かける度にみんなでヒモヒモ言うのって決まったルールかなんかすか? うん、はい、ははは……先輩ほんと元気そうですね。いや、実はちょっと調べてる事があって、先輩からも話を聞けたらと思ったんすよ。あ、どうもです。えぇ、ちょっと”幻想御手”っつーもんらしいんですけど―――」

 

 肩でスマーオフォンを抑え、開いている両手でメモ帳とペンを握り、メモ帳に聞いた話を書き込んで行く。

 

「はあ、成程成程。非常に助かりました、ありがとうございます。やっぱ困った時は先輩に頼るもんすね。いやいやいや、お世辞とかじゃないっすよ、昔から先輩には世話になってますし、心からそう思っていますって。それで先輩最近どうです? まだ忍者やってるんすか? 、あそうっすか。……はぁ、また大変そうですねぇ。あ、それで今度一緒に飲むのどうです? 勿論こっちの奢りですけど。あ、では、日程に関してはまた今度で。うす、それでは」

 

 電話を切りながら軽く息を吐く。スマートフォンのスクリーンに出ている時間は既に昼を過ぎ、夕方に入っているのを示している。”幻想御手”に関する基本的な情報を集める所から始めたが、これが意外と分散していて、集め辛かった。だから時間はかかってしまったが、ある程度の情報が固まった。

 

 第七学区の公園にあるベンチに座り、メモ帳に書き込んだ情報を整理して行く。

 

「まず、”幻想御手”とは能力者のレベルを上昇させる画期的な道具である」

 

 ここが一番注目されている部分であり、美琴とあのツインテールの風紀委員が”幻想御手”を探る理由なのだろう。そんな簡単にレベルを上昇する様な道具が存在するはずがなく、存在したとしても絶対にどこか、デメリットが存在する。そうでなくては努力の”辻褄”が会わない。それにレベルが上昇したらどうなるかぐらいは簡単に予想がつく。

 

 実際、そういう感じの情報も解った。

 

「急激にレベルが上昇した結果自信がついて、必要以上に大きくなったように見える、か―――」

 

 解らない話ではない。しかし面倒な話でもあるだろう。特にスキルアウトの様な無法者が手にしてしまった場合が一番めんどくさいとも言える。この学園都市に存在する能力者、その六割は無能力者、レベル0に相当する存在である。そのうちの何割がスキルアウトに存在しているのだろうか。スキルアウトではなくても、その幾割か、”幻想御手”を手にしてレベルが3や4になってしまえば―――解りやすい面倒が待っている事だろう。

 

「”幻想御手”は音媒体である」

 

 コピーを入手する事は出来なかったが、”幻想御手”が音、あるいは音楽という形でネットを通して広がっている、というのは解った。レベルの高い人間には見つけづらく、低い人間には見つけやすいようにも工夫され、”探そうとすれば見つからない”という面白いセキュリティもされているようだ。

 

 作って広めた奴は間違いなく天才だが、同時に天災でもあるだろう。面倒の一言に尽きる。が、仕事は仕事だ。どこまでやれ、とは指定を受けていない。とりあえずは”幻想御手”の現物を確保し、集めた情報のまとめを渡せば満足してくれるだろう、と予想しておく。

 

 とりあえず、風紀委員にも面子というものが存在する。あまりに仕事を完璧にこなした場合、やっかみを喰らう場合がある。だから程々に、少し手を抜く感じで仕事は終わらせればいい。何せ、問題解決は彼らの仕事なのだから。

 

 それにたぶん、というかほぼ確実にこの”幻想御手”が問題になっているのだろうが、誰でも救おうとするヒーローではないのだから、解決に乗り出す事なんてまずありえない。というか面倒だからしたくない。そもそもそう言う危ない事をしようとすると操祈が心配する。あんまり、女を泣かすのは良くない。

 

「とりあえず、現物を抑えに行くか」

 

 そう決めるとベンチから立ち上がり、出していた荷物をショルダーバッグへとしまう。荷物を背負い、そして公園の出口へと向かってまっすぐ歩き始める。先輩のおかげで”幻想御手”を入手する為の手段は理解したし、そう時間をかけずに入手する事は可能だろう。

 

 しかし、

 

 学園都市で”職業=忍者”とはいったいどういう就職の仕方をしたのだろうか。非常に気になる。

 

 

                           ◆

 

 

 数あるネットカフェの中から適当なネットカフェに入る。料金は長居をするつもりはないため、一番安い一時間のプランを選び、個室を貰って入る。しっかり扉を閉めた事を確認し、荷物を椅子の横においてからパソコンの操作を始める。といっても、やる事はシンプルに入手したウェブサイトのアドレスを入力し、そのサイトから特定のファイルをダウンロードする事。

 

 ダウンロードしたファイルを記憶媒体、そしてスペアのミュージックプレイヤーにデータを移す。

 

 こうやって、あまりにもあっさりと”幻想御手”の入手が完了した。

 

 スペアのミュージックプレイヤーにイヤホンを繋げると、目の前のスマートフォンとメモ帳を広げ、手にボールペンを握る。能力の開発とは”脳”を弄る事になる。この”幻想御手”が音という媒体である以上、おそらくこの使用方法が正しい。しかし音を通した脳の開発はカリキュラムの一つとしてちゃんと登録されているが、

 

 レベルを即座に引き上げるほどの劇的な効果は存在しない”筈”なのだ。その真偽を問うには自分自身に試し、その使用感を解析するしかない。専用の機器がないとはいえ、精神や脳への干渉に関しては”ある意味”プロフェッショナルだ。理論に関して等なら良く操祈から話を聞いている上に、

 

 まともに能力を発動させられない分、腐るほど演算能力が余っている。それを使用中の脳への干渉を調べれば、ある程度は情報が出るだろう。

 

「さて……やっとくか」

 

 椅子に深く押しかけながらも右手でボールペンを握り、短縮言語―――他人からは全く理解の出来ない素早く状況や言葉を書き込む為の線や点を多く抜いた、簡易的な暗号の様な言語を書き込む準備をし、左手で繋げてあるミュージックプレイヤーの再生リストから登録したばかりの”幻想御手”を選び、その再生を開始する。

 

「―――」

 

 骨伝導イヤホンの向こう側から聞こえてきたのが音の波と振動だった。耳を通して脳へと直接干渉しようとするそれは一定のリズムというべき波を持ち、形を刻んでいる様に思えた。しかしそれは耳を通して脳へ干渉しようとしたところで―――一切の干渉を果たせずに弾かれ、その効果が霧散する。自動的な抵抗(レジスト)が発動している間にも、脳のリソースで音の解析を試みる。

 

 が、自分程度では精々”脳波への干渉”というぐらいしか解らない。

 

 ”幻想御手”の再生が完了した所で、溜息を吐きながらメモ帳に情報を書き込んでいた手の動きを止め、ミュージックプレイヤーを消し、それを記憶媒体と共に透明な袋の中に提出品として纏めておく。今まで集めた情報と、そして今回のメモをわかりやすく纏めたら”幻想御手”と共に美琴へと渡せばこれで仕事が完了だ。纏めるのも情報はそう多くない為、三十分もあれば終わる。

 

「ま、こんなもんだろ」

 

 ネットカフェの時間が残っている間に報告書をまとめるか、なんてことを思っているとスマートフォンに着信が来る。電話の主を確認し、そして出る。

 

『今、脳への干渉を察知したんだけどぉ』

 

「彼氏の脳を見張るのやめない? そんなことしなくても浮気とかありえないから」

 

『アドレナリンの分泌でピンチかどうかとかも一応解るんだけどなぁ』

 

「彼氏彼女の前に少しでいいからプライバシーを主張させてください。それに俺に脳や精神への干渉は一切通じないってのは解ってるだろ……ったく」

 

 通話を切りながら溜息を吐く。情が深く、心配してくれるのはいい、そこまではいいのだ。だけどその結果脳の状態を監視しているってどういうことなのだろうか。まぁ、きっと、これも可愛い行動なのだろう―――と思い込んでおく。やっぱりレベル5となると絶対にどこかぶっ飛んでいるのはしょうがない所だろう。ともあれ、操祈を納得させたところで、とっとと話を纏めて仕事を終わらせよう。

 

 今日中に終わらせてしまえば、明日の朝一番に”幻想御手”を美琴へと渡して、それで仕事完了だ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――結局一晩ネットカフェで過ごす事となってしまった。

 

 その理由は実に簡単で、ちょっとしたぜいたくがしたかった、それだけだった。

 

 最近のインターネットカフェは凄い。エアコンが甘美されているだけじゃなく各種オンラインゲームは当たり前、毛布は借りれて、シャワー室まで用意されており、ナイトパックは泊まる事前提であれば割引される。ドリンクサービスが無料の為、ドリンクだけでお腹をいっぱいにする事が可能であれば、食費はゼロになる。個室を一晩借りるだけで割と安宿よりも良い環境出る事が若干悲しくはなるが、安宿は本当に金のない者への救いなのだ。比べちゃいけないのかもしれない。

 

 ともあれ、一晩借りた結果、妙に報告書を書き進める事が出来て、もはやレポートの様なものになってしまった。それでもざっと纏めている為、五ページ程度で済んだ。久しぶりにまともな仕事をこなしたな、という妙な達成感と共にメールで予め入手しておいた美琴のメールに、仕事完了と受け渡しに関する連絡を送り、

 

 朝、前日と同じ場所、同じ時間に足を組んで壁に寄り掛かる。

 

 流石に七月も下旬に入ると夏の日差しが照り付けるような暑さを叩き込んでくる。ジリジリと肌を焼く感覚には若干の苛立ちを感じるが、今日ばかりは帽子とスポーツドリンクを購入する誘惑には抗えなかった。壁に寄りかかりながら妙に甘酸っぱいスポーツドリンクを飲んでいると、昨日と同じ、常盤台中学の制服姿の二人の少女が近づくのを見かける。近づいてくる二人に対してお、という言葉を吐きながら、予め用意しておいた報告書と”幻想御手”のサンプルを手に取る。

 

「ういっす、お客様共。これが昨日お客様方のお望みの”幻想御手”に関する情報とサンプルですよ、っと」

 

 クリアファイルに入っている報告書とサンプルを美琴へと受け渡すと、ツインテールの少女が驚いたような表情を浮かべる。

 

「仕事が早いですわね。一応数日追っているのですけれど」

 

「そりゃあこんな事やっているんだから、人脈とか探すべき場所とか、そういう所があるのさ。こういうもんは探すところさえ解っていればそう難しくはないんだよ、見つけるのは。まぁ、ざっとどういう感じのもんかは纏めてみたから、流し読みしたら解析できるところに持ち込んでくれ。ではお客様、お代の方を」

 

「あー、はいはい」

 

 美琴がポケットから無造作に入れてあった紙幣を数枚取り出し、確認する事無くそれを渡してくる。受け取ったその枚数を素早く数え、満足した所でまいど、と笑顔と共に返答する。

 

「またのご利用をお待ちしておりま―――ってもういねぇ」

 

 背中を向けて既に常盤台のコンビが走り去っていた。忙しいなぁ、と思いながら受け取ったお金を失くす前に財布の中にしまい、安全を確保する。

 

「さて、この臨時収入でどうすっかなぁ。新しいイヤホンを探すのもいいし、何か別の物を探すのもいいんだよなぁ。前々から欲しかったものも色々とあるし、この際色々と揃えてみようかなぁ」

 

 ―――あぁ、先輩と飲む為のお金もある程度確保しておかなくてはならない。

 

 意外とお金の使い道が多くて困る。基本的に操祈がお金を投げつけてくるので不自由している訳ではない。だけど貰ったお金で好き勝手する、というのはどうも負けた感じがしてしまった嫌なのだ。しかし一気に数万レベルでお金が入ってくると、しばらく遊んでいても問題がないのは間違いがない。

 

 となるとこれ、自慢できる相手に自慢するしかない、という事になる。

 

「うっし、当麻を煽らなきゃ」

 

 どうせ彼の事なのだ、どうせ何時もの不幸コンボを喰らってカードが折れていたり、財布を紛失していたり、お金を人助けに使った結果何時の間にか空っぽになっていた―――なんて面白おかしいイベントが発生しているに違いない。それに昨日、なんだかロリを捕まえたとかなんとか言っていた。また磁石の様に女を引きつけたのなら、その様子を見に行くのは悪くないだろう。

 

 無能力者、レベル0と判定されている友人にして恩人、上条当麻。

 

 どうせ彼の事だから日中は補習を受けているに違いない。その間に勝手人部屋の中に忍び込まさせてもらおう。きっと帰って来た時は驚きの表情を浮かべるに違いない。

 

 悪戯を思いついた子供のの様に笑みを浮かべると、額についた汗を手の甲で拭いながらスポーツドリンクを一気に飲み干し、五メートル後方のゴミ箱へとペットボトルを視線を向ける事なく投げ捨てる。かたん、とゴミ箱の中へと落ちる音を聞きながら照り付ける日の下で、

 

 友人の家へと向かって歩き始める。




 ベランダで干された状態のロリを全裸に剥いた男へ会いに行こう。

 どこからどう見ても事案です、はい。

 コネも親交もないのに特に超電磁砲に関わる訳でもない、基本的にはみさきちかみやんサイドっぽい何か。魔術サイドの方がイベント豊富だからしゃーないね。


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七月二十一日

 上条当麻はヒーローだ。

 

 少なくとも、自分と操祈はそう認識している。

 

 操祈と俺は出会い、惹かれ合い、そして今のような関係になった。だが当然、簡単にそうなったわけではない。生きている以上は様々な縁がついて回る。自分の場合ドロップアウトしたという事が、操祈には超能力者という肩書だ。それが何処までも重い鎖の様に腐れた縁を生み出していた。そこに颯爽と登場し、

 

 困っているから、見捨てるのは気持ちが悪いから。

 

 たったそれだけの理由で、命を賭けたヒーローが上条当麻だった。

 

 馬鹿だと思っているし、無茶をする年下の少年だと思っている。だけどその精神力は、そして人を助けようとする―――いや、当たり前のことを見ぬ振りせず、全力で取り込もうとするその姿は、本やテレビでしか見る事の出来ないヒーローの姿だった。間違えてはいけない、不死身のヒーローなんて存在しない。上条当麻は無能力者―――超能力を無効化する力を備えているだけだ。銃が命中すれば傷を負う、打ち所が悪ければそのまま死んでしまう。

 

 覚悟と信念をもった者が異能を捨てて、気合と根性で真正面から殴り合えば、勝てる。

 

 だけど、折れない。上条当麻は”間違っている”と理解したら絶対に折れない。力がある、ない、そういう事実は関係ない。自分にできることがあるかもしれない。なのに動かないのは卑怯である。特にそれが自分にしかできないなら、逃げる訳にはいかない。

 

 それだけの話だが、

 

 だからこそ、彼はヒーローであり、ヒーローであり続ける。

 

 そしてだからこそ、―――他の英雄(ヒーロー)の物語の例に漏れず死で完結する。

 

 

                           ◆

 

 

「相変わらずボロい寮に住んでるな……まぁ、無能力者じゃ奨学金も雀の涙か。超懐かしい」

 

 そんな事を呟きながら第七学区、低レベルの学生向けの学生寮の前に到着する。”ボロい”と表現はするが、実際はそこまでひどい訳ではない。が、壁の塗装は所々剥がれ、手すりは錆びて、そういう意味でのボロさを感じさせる、そういう寮だ。ただ暮らす分には間違いなく快適だろう。自分が好んで利用しているような安宿よりは遥かにいい場所なのだから。

 

 スマートフォンで時間を確認すると、まだまだ昼前頃、昼食を取るにしたって少し早い時間だ。適当にコンビニで食料を調達してきたから台所を借りて昼食を作る事として、一先ず先に部屋に邪魔させてもらおう、という魂胆で寮の入り口に入ったところで、

 

 ―――軽い違和感を覚える。

 

「……?」

 

 違和感に一旦足を止めるが、考えるほどのものではなく、そのまま寮の中へ入り、エレベーターか階段を取るかで悩み―――階段を選ぶ。労力と待ち時間を考えた結果、待ち時間の方がめんどくさいという判断だ。まるで子供だな、と小さく笑いながら階段を上り、当麻の部屋のある階まで上がると、違和感の正体が確信へと変わり、階段を上り切ったところで足を止める。

 

「この壁……焦げてるな」

 

 階段を上り切ったところで確認する壁が焦げている。感じていた違和感の答えが予想外に早く来た。

 

 ―――暴力と闘争の気配。

 

 スキルアウト時代には”それ”に敏感だった、というよりは先輩達からそういう風に仲間共々、色々と叩き込まれた。その感覚が僅かに残った情報を広い上げている。焦げている壁に近づき、それを指で触れる。その焦げ目には見覚えがある。レベル4の発火能力者が超高温で炎で焼いた場合に生まれる焦げ目に近い。しかし、指で触れ、そして目視する焦げ目は少し違う。

 

 黒く、そして壁が焦げているという事に違いはないが、壁が少々融解している。それは超高温で壁をとかし、それが固まった場合に発生する現象だ。ボロい寮とはいえ、学園都市製の技術を利用している建造物なのだ。ただの火事程度で焼き目がつく程、柔な作りをしている訳がない。マグマをぶっかけられても溶けない……が、耐えられる作りをしている筈なのだから。

 

「レベル4の火力では無理だし、レベル5って言いたい所だけどレベル5に発火能力者はいないな」

 

 或いは第三位の能力が電撃使いだからそれを収束させてプラズマを生成―――なんてことを考えたりもしたが、美琴はそういう人間じゃないので疑うだけ意味はない。第一位でもあり得る手段だが、アレは基本的に災害の様な生き物だが、関わらない限りは自分から決して手を出さない程度の分別は弁えている。

 

「って何で襲撃されたって事を前提に考えてるんだろ。どうせ上条力が働いてなんか、こう、不思議な事があったんだろ」

 

 割と当麻の事だからそれで通じると思っている。頭の中で勝手にリンクされて行く情報を振り払いながら当麻の部屋へと向かって歩きだそうとし、当麻の部屋の前が一番焦げが酷く、尚且つ床に僅かに血の色が見える。見える、と言っても床に浸み込んだ薄い赤の色だ。実際に血が残っている訳じゃない。だけどその見慣れた色は間違いなく血の色だ。

 

 それを理解した所で、

 

 両手で顔を覆う。

 

「また巻き込まれてる……」

 

 もはや流石、とかで言えるレベルじゃないが、またもや”ナニカ”に遭遇してしまったとしか言いようがなかった。操祈に連絡入れても無駄に心配するだけだしなぁ、と判断した所で溜息を吐き、素早く思考をまとめる。ここからどうすべきか、ここからどう動くべきなのか。煩く背中に突っかかって来るお掃除ロボットの存在を頭の中から消し去りながら考え始める。当麻がまた何かに巻き込まれている可能性を考慮するとして、この場合どう行動するだろうか。

 

 いや、解決に乗り出すのは良く解っているけど、行先はどこか、という話だ。情報は少ないが、血の跡からして当麻か、或いは誰かが負傷している。当麻が誰かを斬るとかは絶対ありえないので、基本的に当麻だと思う。この場合は病院へ向かう事が濃厚だが―――問題が解決しない限りは当麻も部屋に戻らないだろう。

 

 ―――そうだ、電話しよう。

 

「これで問題解決だな」

 

 簡単すぎて忘れてた。スマートフォンを取り出して当麻に電話をかける前に一旦当麻の部屋の扉の前まで移動し、軽く扉をノックして不在を確認しておく。軽く気配を探るが、やはり誰もいない。となるとどこかへ移動したのだろう。では電話しよう、

 

 と思ったところで扉に妙なものが張ってあるのに気付く。

 

「コピー用紙か、これ」

 

 記号の描かれたコピー用紙だった。小さく、掌に収まる程度のサイズだった。扉に貼ってあるそれを素手で振れてはがし、顔に近づける様に確認する。所々ぬれたような形跡があり、そのせいでインクで描かれた記号が滲んでいる。見た事のない記号だ。なんだったか、とそれを目視しながら演算力を駆使し解析しようとしたところで、

 

 ―――ノイズが走る。

 

「ッ■■■」

 

 投げ捨てながら確認をやめると、脳からノイズが取り払われる。

 

「なんだこれ……あ、言葉も戻った。とりあえずあんまし良さそうなもんでもねぇし、捨てとくか」

 

 下に落ちたそれを足で踏みつぶしながら始末し、溜息を吐く。やっぱり妙な事になっている。当麻の事だからそんな驚く訳ではないが、と自分に言い訳しつつスマートフォンを使い、当麻の携帯電話に連絡を入れる。扉横の壁に寄り掛かる様に背中を預けながら数秒無言でかかるのを待っていると、漸く電話がかかる。

 

「はい、もしもし此方信綱」

 

『もしもーし、って信綱かよ。今上条さんは割と忙しい所なんですけど―――』

 

「変なプリント。焦げ目。血痕」

 

『待て、話せば解る。上条さんに言い訳タイムを寄越すのです』

 

「おう、言い訳の前に現在位置を言えよオラ」

 

 数秒後、観念したかのような声が向こう側から聞こえてきた。

 

 

                           ◆

 

 

 結局、当麻がまたなにかに巻き込まれていたのは確実だったらしい。その居場所は病院等ではなく、当麻が住んでいた所以上にボロいアパートであり、なんでも当麻の担任の住んでいる所へ転がり込んでいたらしい。まだ詳しい事情は教えて貰ってはいないが、それだけでついてくるめんどくささを理解できていた。”幻想御手”の次は当麻かぁ、なんてことを呟きながら教えてもらった当麻の担任、月詠小萌のアパートに到着する。

 

 予想以上のボロさに教師の給料の現実と闇を見た。

 

 扉の前に立って二回ノックすると、ゆっくりと扉が開く。その向こう側から顔を見せたのはツンツンの黒髪の少年―――上条当麻の姿だった。何やら若干気が引けている、というよりは少し申し訳なさそうな表情だった。

 

「や、やあ、信綱。えと、そのなんていうか―――」

 

「無言のアイアンクロー」

 

「ぐわぁぁ―――」

 

 開いている隙間から腕を挟み込んで、そのまま当麻の顔面を掴み、それに苦しんでいる間にするすると扉の内側へと入り込む。外と同様、大分ボロい内装の部屋だった。しかし自分が一番慣れている類の部屋でもある。操祈のクラブハウスは―――アレは比べちゃ駄目な類だろう。あそこに泊まってもベッドが柔らかすぎて未だにソファで寝ているほどだし。

 

 とりあえず、月詠小萌の部屋には銀髪の少女が布団の中で眠っており静かな寝息が聞こえてくる。部屋の主である小萌らしき大人の姿は見えない、今は仕事中なのかもしれない。靴を脱いで当麻をアイアンクローから解放しつつ、コンビニで用達してきた食料の類を流しに置き。部屋の中へと踏み込む。背後からは当麻の溜息が聞こえるが、溜息を吐きたいのは此方だ。

 

 適当に畳の上に座り込んで、よし、と腕を組みながら当麻に語り掛ける。

 

「今度はなんだ。超能力者か。それともどっかの研究機関か。あるいは宗教団体かもしれないな! さあ、真実を言うのです当麻よ、父は貴方の懺悔に耳を傾けたら中指を立ててファックユーと言ってくれるでしょう」

 

「救いがないじゃないかそれ!」

 

 そう言ってから当麻がうん、と小さく呟きながらははは、と乾いたような笑みを浮かべ、何かを呟く。しかし、それは聞こえないから片手で聞こえない、と耳を広げる様なジェスチャーを取ると、語気を粗目ながら当麻が声を張る。

 

「魔術結社」

 

「ん? ん……? 今なんかおかしな単語が聞こえたぞ。もう一回言ってくれないかなぁ」

 

「魔術結社。あとイギリス清教」

 

 両手で顔を覆う。

 

「色々言いたい事はある。また厄介な事に首を突っ込んだな、とか。隠して一人で何とかするの止めろ、とか。あと魔術結社ってなんだよそれ、とか」

 

「お、おう」

 

 でも一番最初に言いたい事は、

 

「頭大丈夫? 病院行く? あ、大丈夫じゃなかったな、そう言えば。じゃなきゃ馬鹿の一つ覚えの様に連絡もなく特攻しないもんな」

 

「幻想の前にお前の顔面をぶち殺すぞ」

 

 拳を握りしめながら軽く青筋を浮かべる当麻に対してまぁまぁ、と手で抑え込みながら言う。

 

「だって魔術結社? 魔術ってなんだよ。”外”で開発された超能力なんじゃねーの? 宗教が絡んでるって事はそういう方向に信じさせられた連中かもしれないし。というかいきなり魔術結社とか言われて信じられるかよ。それよりもまだ、そんな感じの狂信者と殴り合いを始めたって方が信じられるし……ほら、当麻って女の子の為ならどこまでもハッスルするから」

 

「お前が俺の事をどう思っているのは良く解った。だからあえて言わせてくれ。殴らせろ」

 

「出来るもんならやってみろよぉ!」

 

 男特有の馬鹿なノリに突入しつつも、とりあえずは当麻が無事らしき事実に安心し、軽く遊ぶように会話のやり取りをする。こうやって話した感じ。当麻が特に追い込まれている様な感じもしないし、傷を負っていないのも解る。となるとすぐ近くの布団で眠っている少女が犠牲者で被害者で、そして今回のヒロインか、と思いつつ振り向こうとしたところで、

 

「―――魔術は存在するよ」

 

 子供らしい女の声がして来る。

 

「おい、インデックス」

 

「魔術は存在するよ。貴方が知らないだけで、ちゃんとそこに存在しているよ」

 

 当麻がインデックスと呼んだ少女は体を持ち上げはしないが、目を開き、此方へと視線を向けていた。その視線から受け取れるのは真剣さと―――迷いのなさ。迷う事無く、自分の言っていることが真実であると確信している。それを受け取り、腕を組み、そしてもう一度だけ、溜息を吐く。

 

 ―――予想以上に面倒なことになっているなぁー……。

 

「なんか、色々と話を聞く必要がありそうだなぁ……」

 

「あんまし巻き込みたくなかったんだけどな」

 

 当麻のその言葉に苦笑する。この男は自分の好き勝手で隣人を救っている、助けている。だから必要ではない限り、誰かを頼るという事はない。それが自分のエゴから来るものだと理解しているからだ。だからこそ、当麻には無茶のストッパーが働いていない。どうにかなるのなら、どうにかするという覚悟があるのだから。そして、

 

 だから何時か失敗し、致命傷を喰らう。

 

 ―――だから、誰かがこの男の様子を定期的に見ていなくてはならない。

 

 自分と操祈はそう認識し、そしてだからこそ定期的に当麻を、俺達のヒーローの生活を邪魔しない程度に見守っている。操祈自身はもはや当麻に記憶も認識もされないから会う事さえできない。だから実働は自分として、動いている。

 

 この程度やらなきゃ、救われた、そして出会えた恩を返せない。

 

「長話に成りそうな気配だし、適当に何か作るか。色々と買ってきたし」

 

「トウマ、トウマ、この人はもしや天使様の使い?」

 

「お前の中ではメシをくれる奴は天使の使いなのか。安いな、天使」

 

 背後の会話に小さく笑い声を零しつつ、この話を操祈へどう話したものか、と悩みながら台所を借りる。

 

 これから苦労する事は眼に見えている。だけど、きっと、その苦労には意味があるのだろう。




 ついにクラウドファンディングの詳細出ましたな

 それでも、俺が出来るのはこうやって愛を証明してステマする事だけなんや……。

 ヒモとロリを全裸に剥いた男たちの邂逅。言葉にすると最低すぎる。


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七月二十一日-Ⅱ

「なるほど。つまり話をまとめると? 朝起きたらベランダに銀髪ロリシスターがいるからとりあえず幼女テロじゃないか、と”幻想殺し”でロリタッチしたら服がパァン! 服は実は魔術的サムシングでしたぁ! 驚愕の真実! ベランダで干された状態で全裸! ロリが全裸! 犯人は上条さん! え? 上条当麻さん? ちょっと知らない人です……」

 

 当麻が拳を握って殴りかかる寸前だったのでストップをかけ、話を戻す。

 

「んじゃ俺の顔面が幻想殺しされちゃう前に話を戻すけど、とりあえずその銀髪ロリシスターは魔術結社に追われていて、んでその追ってきたのはイギリス清教の神父っぽい男で、炎を操る奴だった、と。またこのシスターちゃんは別の奴から逃げきれなかったために怪我をしてしまって、神父を退けたところで逃げて治療して今に至る、と」

 

 腕を組み、うーんと唸り、軽く背を逸らしてから跳ねる様に戻し、口を開く。

 

「俺以外に話せばまず正気を疑うわな」

 

 そう言うと銀髪の少女が頬を膨らませるが、まぁまて、と片手をひらひらと振って口から出そうとしていた言葉を止める。

 

「まぁ、普通ならな。ただ当麻が関わっているってんなら話は別だ。このドのつくおせっかい野郎がここまでやっているんだから、疑う事なんてしないよ。騙されているなら話は別だけど、間違いなくなんかの騒動にいるってのは確実だし」

 

 一応戦闘があった、というのは確認してあるから、言動と合わせて辻褄はあう。ただ魔術等に関する知識が圧倒的に足りない。ここら辺は調べたり、離しお聞く必要が増えてくるだろう。ただ今は、とりあえずサムズアップをギターケースを叩きながら銀髪の少女と当麻へと向ける。

 

「侍と忍者と超ちんぴらから教わった戦闘技術にレベル5のヒモとしての財力! 自前の気合と根性に狂気をトッピングした信綱くんアット・ユア・サービス!」

 

「チェンジで」

 

 迷う事無くそう言い切った少女の頬を両手で掴んで引っ張り、こねたりして遊ぶ。腕の長さは此方の方が圧倒的に長い上に、筋力も勿論此方の方が上。なので必死に抵抗しながら腕や此方の腕へと手を伸ばす少女の努力は全て無駄に終わっている。必死に振りほどこうとする姿を笑いながら眺めていると、当麻が横で溜息をするのを聞こえる。少女の頬を引っ張ったまま視線を当麻へと向けると、片手で阿多あの後ろを申し訳なさそうに掻く姿が見える。

 

「悪い……って言うのは間違ってるよな。頼りにしてるぜ」

 

「おう、俺は年上のお兄さんだからな。お金のこと以外だったらドンと頼って欲しいもんよ」

 

 ぺちん、という音を響かせながら少女の頬を解放すると、犬歯をむき出しにして少女が噛みついてくる。それを指先一つで笑いながら額を抑えて止めると、それに軽く力を込めてひっくり返す様に後ろへと倒す。ぐわぁ、と楽しそうに倒れる少女の姿に軽く笑い声を零してから、軽く横へと移動し、当麻と正面から向かい合う形で腕を組んで離し始める。

 

「しっかしめんどくせぇな。魔術ってもんが科学とはまた別方向で発達した技術ってなら対策難しいし、状況的にもう居場所は割れてるんじゃね?」

 

「いや、それはそうなんだけどさ……ぶっちゃけインデックスがあんな風だし、部屋に戻るわけにもいかないし、上条さんとしても割とこの状況で詰んでいると言いますか―――」

 

「じゃあなんで援軍を呼ばないんだよ……!」

 

 頭をぐりぐりと両手の拳で挟んで締め付けると、当麻の口から悲鳴が漏れる。ただ話を聞く分、割と今の状況は詰んでいても余裕があるのは解る。

 

「反省会は後で大いにするとして、とりあえず個人的な見解としてはシスターちゃん―――インデックスちゃんを即座に連れて行かないのは彼女の回復を待っているからだろう。ぶっちゃけ話に聞いた怪しさ満載の連中が学園都市に入り込めるような実力を持っているのに、この場所を割り出せないとは思えないし。だからたぶんだがインデックスちゃんを気遣ってる」

 

 それに当麻は頷く。

 

「それは思った。俺と戦った赤髪の奴も結局は強引な事をインデックスにする事はなかった。俺と戦っている間も絶対に傷つけないように意識を向けていたような気がする。だから……なんつーか、無理やり、というか襲撃する様な事はしない様な感じがする。悪意を感じなかったんだよな」

 

 また珍しい話だ。悪意のない襲撃者。となると相手側にも事情があるのだろうが―――それを調べるのはちょっと無理だろうと思う。それが学園都市内で始まった事であれば、操祈のIDをちょろまかせて、データベースを漁ったりする事だって出来る。だが外部からの侵入者となると、アンチスキルの領分だ。

 

 操祈に”心理掌握”で洗脳してしまえば一発かもしれないが、操祈を巻き込みたくないという気持ちはある―――魔術を使う存在に対して一帯どこまで超能力が有効か、という問題が実際に存在するのだ。だからそのまま、頼る事は出来ない。やっていることがまんま当麻と一緒だが、こっちはこっちでちゃんと後で操祈には報告するつもりはある。だからセーフと言い訳しておく。

 

「まぁ、多分相手方にもタイムリミットはあるんだろうが、インデックスちゃんが快癒するまでは手を出してこないだろう。確か三日ぐらいだっけ? っつーことはあと二日ぐらいは何もないだろ。それまでは準備と療養に時間を潰せるな」

 

「正直上条さん的に打って出る、とかそういうのは無理臭そうなんですけど……」

 

「まあの」

 

 そもそも未知の相手に立ち向かう、というのが自分にとっては恐ろしい。こう見えても、かなり勤勉な人間なのだ、自分は。まだ学生だった頃は真面目に片っ端から色々と覚えたし、カリキュラムも消化した。順調に演算能力は上がって行ったはずなのにそれは一切能力に反映されることはなかった。なんでも原因は演算がおかしい、とか法則が違う、だとか要領の得ない事だったが、それが原因でスキルアウトになったわけだが、

 

 基本はそのころと一切変わらない。己を知り、そして相手を知る。これが何よりも重要な事である。忍者もそう言っていた。相手を知った方が心置きなく斬れると侍も言っていた。ちんぴらだけはひゃっはーの精神を忘れずに、とか叫びながらクラブへ突貫していたのを思い出す。

 

 何時までも頭からしがみついて離れない自己主張の激しい先輩たちを頭の中限定で蹴り退けておく。

 

 ―――これが絶対悪っぽい連中だったら手段も容赦もなく殺しにいけるんだけどな。

 

 そういう相手じゃないなら、手段を選ぶ必要が出てくる。それが存外面倒にも繋がるのだが―――当麻の友人として存在し続けたいなら、それは守らなくてはならないルールであり、ラインなのだろう。ともあれ、余裕は数日だけ存在しているのだ。となるとやる事は決まっている。

 

「勉強だ」

 

「えっ」

 

「勉強をするのです当麻……!」

 

 笑顔でインデックスを指差しながらそう言うと、絶望の表情を浮かべながら当麻が呟く。

 

「補習が終わったと思ったらなんか勉強会が始まりそうな件」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――状況は面倒ではあるが、やるべき事は見えている。即ちインデックスを守りきれればそれでいいだけの話だ。現状は篭城している状態だが、今存在する二人の敵を何とか凌ぎ終われば、この後に活路が開ける。具体的に言うと常盤台へインデックスを移す、という方法だ。レベル5が二人も存在しているあの場所であれば誰かを囲うには最高の場所のひとつになる。気づいていなくても、存在しているだけで防壁に利用できるのだ。

 

 ただ、その前にクリアすべき難題がいくつか存在する。そのひとつが相手の対処。倒せるのか、説得できるのか。この状況をどうにかするならば、まずはそこから話を始めないと意味がない。ゆえに必要なのは情報、相手が何であれ、何を目的とし、そしてなぜ実行するのか。それを知ることからはじめない限り、何もできないのは明白だった。ゆえに単純に勉強、

 

 インデックスとおいう魔術の知識のプロフェッショナルを講師に、魔術の勉強会が行われた。

 

 それは初めての知識のオンパレードだった。

 

 インデックスは完全記憶能力者であり、魔術を行使するための強力な道具である魔道書がその脳内に十万冊以上存在しているとか、そのインデックスの保護が相手の目的とか、魔術と超能力はまったく違うベクトルの現象であり超能力者が魔術を使用すると死ぬということがわかったり、新しく知ることはショッキングながら面白いことばかりだった。途中、当麻が眠そうな表情やいやそうな表情を浮かべるが、それでも最後までインデックスから逃げることなく話を聞き続けたのは間違いなく責任感からのことだろう。

 

 こうやって、簡易的ながら魔術、そして魔術結社に関する知識を覚えることができた。

 

 世界は思っていたよりも広かった。もしかして、絶望して腐るのも早すぎたのかもしれない。

 

 インデックスと出会い、魔術結社を知り、まだ世界が広いことを知った。やはり、あの時、成績が、能力の開発がまったくできなかったと腐ったのは早すぎた。できるならば、あのころに戻りたい。戻って自分に言いたい、世界はまだ広いのだと。まだまだ知らない世界が広がっているのだ、と。きっと、もっと探ればいろいろとあるに違いない。世界を両分するほどの組織が存在したのだ。きっと、それでなら自分が得意になれるものはあるかもしれない。能力者に魔術は使えなくても、

 

 調べて、知れば、それだけ選択肢は増えるのだから。

 

 魔術だって現時点では不可能といわれているが、それは”魔力”という物質を体内で生成するときに開発された脳の人間だとそれが拒絶反応を起こすかららしいではないか。つまり魔力を頼らない方法で魔術の制御に成功すれば、超能力とはまた別に魔術を使うこともできるのではないか、なんて希望も生まれてくる。インデックスはその言葉にあきれた表情を浮かべ、当麻はそれをうらやましそうに聞いていた。

 

 知っている、所詮理想で机上の空論だって。

 

 ―――自分程度が簡単に思いつけるようなことを学園都市がやっていないはずがない。

 

 きっとすでにそういうプランが存在しているに違いない。そして魔術のうわさも話も一切聞こえてこないということはつまり”そういう”事なのだろう。だけど、それでも、

 

 レベルを上げたい。その欲望は、希望はどんなに時が経っても消えたりはしない。

 

 今だってたまに昔のカリキュラムを思い出して、開発の真似事をしている。一度操祈に脳ハッキングさせて代理演算をさせることで一時的に能力のレベルをブーストできないか試した事だってある。結局はまったく意味のない実験結果だったが。

 

 時間の概念を操る能力に必要とされるのは普通の演算能力ではなく、通常とは異なった演算法則。

 

 それを理解し、身につけない限りはレベルは絶対に上昇しない。

 

 そのヒントが魔術に―――と、希望を抱いてしまうのは間違ったことなのだろうか?

 

 希望は恐ろしい。それが絶望への誘いになってしまうから。

 

 だけど希望無くしては生きられないのが人間なのは確かだ。

 

 絶望するかもしれない、というリスクを抱かないことに生きることは不可能なのが、また業なのかもしれない。

 

 だけど、だけどきっと、

 

 ”時間歪曲”のレベルが上昇し、物質に対する年単位レベルの時間逆行を行えるようになれば、

 

 当麻の脳がダメージを受ける前の状態へと戻して―――。

 

 

                           ◆

 

 

「それではお世話になりました小萌さん。明日も来ますので……」

 

「いえいえ、補修のお手伝いや料理をしてもらったりと非常に助かりました。事情は解りませんが、上条ちゃんの力になってくれる友人の存在はいいものだと思います。こちらからも上条ちゃんのことをどうかお願いします」

 

「先生! 恥ずかしいからマジでやめてください!」

 

 笑い声と響かせながら手を振り深夜、小萌のアパートから離れる。当麻とインデックスはそのまま、快癒するまでは小萌のアパートでお世話になる予定だが、自分はそうもいかない。あまり会う時間を空けすぎると操祈が心配して突貫してくるかもしれない。だからいったんクラブハウスのほうに進入して泊まろうと、と今夜のことは考えていた。それにこれから無茶をするかもしれないのだから、予めストックするような感じで安心感を与えておきたい。

 

 ショルダーバッグとギターケースを背負い、月明かりの下、わずかな光に道を照らされながら歩く。昼間はあんなにも暑苦しかった太陽はもうすでに姿を消し、夜の闇が日中は焦がしていた道路を冷やしていた。人通りのなくなった道路では夜風が吹き抜け、漸く体に涼しさを運び込んでいた。

 

 明日もまた適当に材料を持ち込んで作ってやるべきか、と考えながら常盤台への帰り道を歩く。

 

 この時間ではバスもタクシーも拾い難い、徒歩かなぁ、と思いつつ帰路を歩き続ける中、

 

 少しずつ人の気配が減り、

 

 そしてそれが完全に消え去るのを察知する。同時に脳が”未知”の干渉を察知するが、それを完全に弾き飛ばす。解析しようとして脳内に走る微量のノイズ、それを煩わしげに振り払いながら歩みを加速させる。

 

 歩きから小走りへと。

 

 何か良くない事が起きている。そう確信し、すばやく離脱すべきだと判断する。急激な人の減り方、未知の干渉、ここまで来るといったい何が起きているのかは大体予想がつく。これは危ない状況だと理解した直後、

 

 しかしその直後―――人の気配を感じる。

 

 歩みを止め、気配の方向へ振り返る。

 

 車も人も一切存在しない十字路の中央に、人の姿がある。ジーンズに無地のシャツと、服装はこちらと似ている女の姿だった。ただジーンズは片足がなく、シャツも左右非対称になるようにまくれていた。黒髪の長いポニーテールに長刀を握った女は閉じていた目を開き、そして口を開く。

 

「こんばんわ、神裂火織と申します」

 

 そう言った彼女に対してショルダーバッグとギターケースをおろしながら軽く会釈を返す。

 

「どーも神裂さん、信綱です」

 

「かの大剣豪と同じ真名ですか、良い名ですね」

 

 ―――それ一応偽名なんですけどね……!

 

 どうしよう、偽名を褒められてしまった。ここは素直に褒められたと思うべきか、それとも付けてくれた先輩のセンスを褒めるべきか、それとも目の前の女に現実を突きつけるべきか、割と悩む。しかし自己紹介のネタが通じなかったのは若干悲しい。やっぱり真面目系の人間かなぁ、と判断し、

 

 口を開く。

 

「で、神裂さん。ご用件は?」

 

「足枷は二人も要らない―――そういう事です」

 

 火織がそう発言した直後、道路が粉砕しながら衝撃が襲い掛かった。




 エロねーちゃんvsヒモ。不良神父の横槍がないとか一言も言わない。

 このころのねーちんと神父って賢いようで馬鹿で賢い連中だよなぁ。進めば進むほど頼りがいのある連中になっていくんだけどさ。

 新約11巻知らない人はカミジョーさんの頭がしいたけ見えないフィルターにでもかかってると思えばいいよ。なおカエル顔唯一の敗北宣言。


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七月二十一日-Ⅲ

 ―――ゆっくりと風景が変わって行く。

 

 本能的に、或いは反射的にでもなく、経験則から攻撃が来るであろうと、その精神が敏感に攻撃の切っ先を察知していた。故に思考は二重に加速される。技術として思考を引き延ばす方法、そして能力で思考を加速させる。それによって目は目の前の光景を捉える。女―――神裂火織が長刀を引き抜くそのモーション、手に絡める様に鋼の糸を絡めているのを。月明かりを反射しない様に黒く塗られた鋼糸が道路を砕きながら曲線と直線を描き、交差しつつも接触しない様な、芸術的な軌跡を描いて迫ってくる。

 

 芸術、確かに芸術なのだろう。その力量はそうとしか表現できない。鋼糸なんて操るのが極限的に難しい武装をここまで美しく、偽装しつつ不意打ちで使用できている。魔芸とも表現できるその動きは卓越した技術に、繊細な感覚を必要とするものだ。良くこんなものを抜刀アクションから繰り出せるな、と思いつつ対処法は実に簡単な方法で終わらせる。

 

「おっと、もう少し文明的に話し合わないか、神裂火織さん。人間、口があって脳があるんだから、手を出す前にコミュニケーションをはかるべきだと思うんだけど?」

 

「―――」

 

 右手で軽く振り払う。

 

 たったそれだけの動作で火織の攻撃は、無効化された。いや、違う。

 

 正確には巻き戻された、

 

 繰り出す前の状態へと。

 

 ”時間歪曲”で行える干渉―――時間の逆行現象。もはや科学もクソもない、と個人で思っている概念的力の行使は、学園都市からすれば科学で解明できる事であり、理論は脳に入っている―――故に出来る。加速を含めた手札の一つ。

 

 ただ、使えるのは五分に一度、しかも0.5秒までしか巻き戻せないというレベル1に相応しい欠陥とオチがついている。”時間歪曲”から来る能力は加速、遅延、停止、そして逆行の四つに分かれる。だがどれも欠陥だらけだ。唯一まともなのが普通に使える加速と遅延、だがどちらも影響力は一割程度、停止は0.1秒しか働かない上に一度使えば十分は使えない。

 

 どれも凄いかもしれないが、武器にも便利にもならないレベル―――所詮低能力者の範囲だ。

 

 しかし、先程の鋼糸の様に芸術の領域に貼った武技ならば、少しだけ話は変わる。

 

 超高速で放たれる攻撃はコンマの領域で操作が行われている。故に0.5秒といえど、発動してしまえば攻撃前のアクションへと巻き戻せる。これが普通の不良の様に攻撃が遅い素人であれば全く意味をなさないが、今の相手、火織の様に技量を鍛え抜いた魔技の持ち主であれば、攻撃から無駄を省き、極限まで効率化させるのが当たり前。

 

 攻撃に一秒なんてかけない。だから通じる。

 

 ―――と言っても、五分間はもう使えないんだけどな。

 

 冷や汗をかきながら両腕を組み、視界の端で両脇に落ちているショルダーバッグとギターケースを確認する。今、目の前の相手は自分に対して不安感と、そして警戒を抱いて居る筈だ。それを想定しつつ正面、抜刀のモーションで完全に動きを止めている火織を見る。攻撃は来ない。警戒すべきだと判断したのだろう。いい、それでいい、最低五分時間を引き延ばせば再び手札が一つ、復活する。出来るならばそれまで引き延ばしたいが―――あまり現実的な話ではないだろう。

 

「と言うわけでこんばんわ神裂火織さん。攻撃したって無駄だって解っただろ? ほらさ」

 

 耳に装着している骨伝送イヤホンをとり、それを軽く持ち上げて振る様に見せる。ついでにポケットに突っ込んでいたミュージックプレイヤーを取り出し、それを火織に見せながらスクリーンを見ずに、曲と音量を変えて行く。

 

「こういう静かな夜は喧嘩するよりも適当なジャズかクラシックを聴くのが一番よ。それともアレか、趣味はもしかしてロック? 演歌って事はないよな? 流石に演歌はいれてないから―――」

 

「見え透いた時間稼ぎですね」

 

「バレてたか」

 

 再び鋼糸が道路を粉砕しながら迫る。だがその咆哮へと向かって、相手が攻撃の動作に入るのと同時にミュージックプレイヤーと、そして音量を最大まで引き上げた骨伝導イヤホンを投げ捨てる。破壊の軌跡を描く鋼糸は道路を粉砕し、その直線状にある障害物ごと此方を破壊しようと迫り、

 

 ―――イヤホンに近づき、鋼糸全体の動きが鈍る。

 

「ハイ、倍ドンとはいかないな!」

 

 鋼糸に時の呪縛―――と言っても一割程度の物を与え、動きを鈍らせる。投擲のアクションから入る踏み込みに火織は驚愕を浮かべているが、その動作は止まっていない。素早く鋼糸を手放しながら片手で掴む長刀を一息で抜くのを確認する。だが抜き去り、そのまま迎撃に入るのよりも踏み込みの方が早い。二歩、火織の懐へと入り込む為に必要な歩数。

 

 その間にミュージックプレイヤーが落ち、鋼糸が放棄され、そして長刀が引き抜かれた。

 

 計算上、踏み込みの方が早い筈なのに―――常識外の身体能力と組み合わされた技量で、到達よりも早く火織が長刀を抜き放っていた。

 

「魔法名の事はもう知っていますよね? 勉強会を開いていたそうですし―――Salvare000」

 

 一閃。

 

 横薙ぎに長刀の一撃が放たれる。この女、頭おかしいんじゃないか、と色んな意味で思いつつも言葉を飲み込み、大地にそのまま高速で倒れ込む事で回避しつつ、蛇の様に地を這う動きで一気に懐へ踏み込む。それは長刀を振り抜いた火織の刃が届かない、内側の領域。

 

 当たり前の様に蹴りを迎撃に持ってくるその姿に対して、

 

 蹴りを受ける。

 

 そして、その足を抱く。腹に突き刺さる爪先の事は無視し、腹と胸に走る痛みも無視し、そして受け止めたジーンズの付いている方の足を、それを両手で掴みながら、引き、

 

 そしてそのまま関節を折る為に一気に歪めて砕く。足という動きの起点さえどうにかしてしまえば、後はどうにでもなる。即行で勝負を終わらせるためにも選んだ選択肢ではあったが、折ろうとする足の感触がおかしい。

 

 ―――人にしては硬すぎる。

 

 違う、硬いのではない。肉が強靭過ぎて、男の筋力程度邪どうにもならない領域になっている。

 

「狙いは悪くはありませんが―――」

 

 これだけの時間があれば対策は簡単に生み出せる。扇風機の様に長刀を回転させて足元の此方を狩りに火織が攻撃する。即座に足を解放しながら後ろへとバク転で後退し、ギターケースの位置まで下がる。シャツの下が冷や汗でびっしょりになっている嫌な感覚、それを自覚しながら息を吐き、痛みを無視する。

 

 ―――やばい、こいつ強い。

 

 肉体的に、そして技量的に、そして経験的にも。殺すという動作に対して躊躇がない。奇策を組む此方の動きに対する対処が早い。普通は時間が巻き戻る事を経験すれば多少警戒、或いは動揺を残す者だが、そういうものが一切見られない。”それはそれ”として対処しつつ警戒を動きに見せずに実行している。

 

 化け物か。

 

 額から流れてくる汗を右手の甲で拭うのを火織は見ていたのか、長刀を鞘の中へと戻し、それを腰へと持ってくる。姿は自然体へと戻ってはいるが、それでも警戒も敵意も、そして戦闘状態が解けていないのは明白だった。そんな状態で優位を持っている相手、火織はその余裕をわざと見せる様に口を開く。

 

「……中々出来るようですが、彼我の実力と戦力差は痛感していると思います。それに此方にはもう一人、ステイルがいます。学園都市の上層部には多少人を消しても問題はないと言われていますが、それでも無駄に戦わないならそれに越したことはないのですが―――」

 

「つまり当麻を見捨てろって? おいおい、そっちから喧嘩吹っかけておいてそりゃあねーだろ。そんな事を言うんだったら最初からそれを言えよ」

 

「交渉の基本は威圧と優位から宣言する事ですよ」

 

 ―――この女、中々にいい性格してやがるぜ……!

 

 軽く笑いながらも、少しだけ息を吐き―――笑いながら中指を向ける。

 

「答えはオンリーワン、Fuck youだ! お前が家に帰ってクソして寝ろ! 勝ったら俺のいう事を聞けよテメェ!」

 

「残念です、なるべくなら殺したくはなかったんですけどねッ!」

 

 火織が踏み込んだ。その声の残念そうな色は本物だ。敵意と戦意は向けているが、本気で殺すという事に対して哀しみを感じている。真正の阿呆でキチガイ女だ、と認定しておきつつ、火織の踏み込みと抜刀、そのツーアクションに対して速度で劣る此方が取れる選択肢はワンアクションのみ。思考する時間はない。だが体は既に最適解を理解している為、言葉や思考が何かを生み出せる前に、何よりも早く動作を生み出している。

 

 ギターケースを障害物として蹴り上げた。

 

 火織の居合が放たれる。鋼さえもあっさりと両断しそうなその破壊力は―――完全にギターケースによって吸収され、無効化されていた。その瞬間、一瞬だけ火織の動きが止まる。ギターケースはその後はいる力によって押され気味ではあるが、一瞬の隙を突き、ギターケースを背後から抑え、盾の様にバッシュで火織の体を後ろへ返す。火織の動きが緩み、後ろへと下がる瞬間にギターケース背部のスイッチを入れる。火織の居合がギターケースを弾くも、その動作中に思惑は達成される。

 

 ギターケースが吹き飛ばされながら横がスライドする様に開き、剣が一本、飛び出てくる。赤いグリップに、大きく反りのある西洋剣は黒い刀身に金色の装飾が施され、時計の短針を思わせる刃だ。飛んでくるそれを右手の逆手で掴む。

 

 その間にギターケースが完全に手の届く範囲から逃れる。まだ中には銃等をしまっておいてあったが、これ以上武装を確保する為の動きを火織が許すと思わない。

 

 だったら持ちうる技術、そしてこの剣で勝負を一気につけるしかない。

 

 相手がこっちよりも身体能力が高い分。即座に勝負に出てケリを付けないとすり潰される。

 

「考えている事は解ります―――ですがこの距離は私の距離ですよ」

 

 居合の一戦が振るわれる。距離にして火織は五歩程離れている。長刀を抜いて真っ直ぐ向けたとしても二歩程しか距離は埋まらない。だが、最初の様な偽装はない。純粋な抜刀からの斬撃、それが道路を粉砕しながら此方へと恐ろしい速度で迫ってくる。それを横へ跳んで回避するのと同時に、火織は鞘を手放しながら口を聞き取れないほどの高速で動かし、何らかの言語を紡ぐ。演算を、状況の把握を続ける脳が言葉を拾い、そして解析しようとする。

 

 ―――ノイズが脳内を響く。

 

「切り払う……!」

 

 気づいた瞬間には対処していた。

 

 壁とも表現できる炎、それが一瞬にして生まれていた。だがノイズを振り払った瞬間には体が対処を終えて、逆手に握った処刑剣で炎を切り払っていた。最善手だ。自分の技量であればこの程度は出来る。しかしそれはあくまでも攻撃が炎であると認識した場合に限ってだ。

 

 攻撃が発生する前に、何故、炎だと解ったのだろうか―――?

 

 それを考える暇はない。炎を横へ切り裂くのと同時に火織が接近してくる。早く、そして深い踏み込みはない。リーチを守りつつ、複雑な動きを混ぜない真っ直ぐな横薙ぎの切り払いを繰り出す。合わせる様に袈裟切りを繰り出して火織の長刀の一撃を筋力ではなく技術で受け流す。おそらく魔術による身体能力の強化が施されている。故に力での動きは意味がない。後出し相手の攻撃を捌かなくてはいけない、という制限が発生する。

 

「良い太刀筋です。こんな状況出なければもっと楽しめたと思うんですけど」

 

「だったらやめろよ。怪我したらどうするんだよ」

 

 素早く、ステップを刻みながら動き、有利な立ち位置を探そうとする。しかし、火織の動きはそれに追従し、そして基礎の身体能力で此方を大きく上回っている為、後出しで行動しても十分、余裕で動きに追いつく。

 

 そうなると、後は剣技の相性と技術による勝負になる。

 

 切り払いに対しては袈裟切りで受け流し、

 

 振り下ろしは切り払いで軌道を変え、

 

 袈裟切りは振り下ろしで叩き落とす。

 

 突きは予備動作が一番はっきりしている為、迎撃をせずに横へと体を滑らせて回避しつつ、そこから発生する追撃に警戒をする。

 

 剣技、剣術、剣道は極めれば基本動作へと行きつく。攻撃力が上昇すればするほど、致死性が上がれば上がるほど、動作は基本を忠実にし、それで相手をいかに上回るかが重要になってくる。一撃必殺の剣を持っていても、それが命中しないのであれば意味はない、腐らせているだけだ。故に動きの相性をしっかり把握し、そこにクセや虚偽を織り交ぜ、自分の”味”を生み出して行く。

 

 そうやって相手の技術を上回り、千の牽制から隙を生み出して一の必殺を叩き込む。

 

 この流れこそが剣術の奥義だと断言しても良い。

 

 ただ、それでも、

 

 ―――身体能力の差はどうしても覆せない。

 

 純粋な技術で火織の剣術を上回る。火織の呼吸を覚え、太刀筋を認識し、そしてその動きのクセを解析し、理解する。動作に入る瞬間を見切って、先手を取るように攻撃を発生させる。しかし、それに対して火織が選ぶ行動はシンプルに身体能力による圧殺。

 

 切り払いに対して袈裟切りで受け流すのであれば、筋力で耐えてしまえばいい。

 

 シンプル、しかし純粋でどうしようもない武器、それを利用した丁寧なゴリ押しとも言える行動はしかし、シンプル故に覆す事が出来ない。技術で上回ろうとも、開けたはずの差が強引に覆されて行く。ステップを刻み、有利な位置へと追い込もうとし、少しずつ削られて行くのが解る。

 

 最初は完全に受け流せていた火織の刃も、少しずつ体に届く様になってくる。最初は二の腕、次は頬、太もも、脇腹、と喰らう場所がドンドン増える上に傷口も増えて行く。

 

 そして、ついに、

 

 アドバンテージを奪われる。

 

 踏み込もうとし、刃を振るい、それが火織の刃によって切り上げられる。本来であればそのまま即座に手を戻し次の動作に繋げる所、右手首から痺れが即座に戻す事が不可能であると悟らせる。馬鹿みたいな筋力の相手との勝負を続けた結果、精神力の前に体の方に限界が来ている。

 

 その証明だった。

 

「っ―――」

 

 眼を見開きながら言葉にならない叫びを飲み込み、強引に手を引きずり落とし、火織の刃を渾身の力で弾く。しかしそれは悪手、火織の刃が弾かれ、後ろへと下がり―――構える時間を与えてしまう。

 

 素早く納刀した火織が呼吸をコンマ以下の時間で整えるのが見える。それが必殺の構えであり、一撃で勝負を終わらせるために入るのが見える。火織の体内を”ナニカ”が駆け巡っている。力が膨れ上がる。万全の相手に対し、此方の体力が限界に来ている。動くのが少し、辛い。

 

 ―――ノイズが走る。

 

 少し辛い。その程度だ。だが、それが致命的な差に繋がるのが熟練者の戦いであり、

 

「唯―――」

 

「―――時よ止まれ、お前は美しい」

 

 賭けに勝利した。

 

 火織の時間が停止する。しかしその時間は自分の能力通りであれば0.1秒程度。役に全く立たないレベル。

 

 だけど、この刹那が明暗を分ける。

 

 刃を手放しながら脳にかけられた、人体のリミッターを意図的に外す。説明は操祈から何度も聞いているから良く知っている。やっぱり勝因は彼女による説明されたことから愛の力は偉大だな、と思いながらノータイムで、

 

 身体駆動の限界突破を行う。

 

 体を守るためにかけられたリミッターを外した結果、疲労とは関係なく体が動く。筋肉が悲鳴を上げながら千切れる、血管が切れて内出血が始まる。皮膚が切れながらも肌が剥がれる。それが一番最初に発生するのは足だ。一瞬で接近する為に、文字通り全力で血を蹴り、

 

 時の止まった火織に、その束縛が消える前に到達する。

 

 移動した軌跡に血の真っ赤な線を残しつつ、火織に接近するのと同時に束縛が消える。その抜刀術、奥義、必殺、そう思える動きに割り込む様に、

 

「パァーイ! キャァーッチ!」

 

 火織の胸を右手で掴んだ。軽く揉んでみる。心の中でナイスおっぱいとサムズアップを向けてくる。

 

「―――」

 

 ―――火織が完全に動きを停止させた。

 

 ……リアクションが処女臭い……!

 

 そう思いつつ指をシャツ、そしてその下のブラジャーに深く食い込ませ、引き千切る。

 

「しま―――」

 

 そこで漸く、初めて、火織が此方の目的を看破する。

 

「銀髪貧乳ロリシスターに聞いたぜ。お前ら魔術師って恰好や道具が魔術を行使するのに重要なんだってな?」

 

 服が千切れた。その向こう側にある胸を火織は反射的に隠そうとする。女を捨てきれていなかったのが敗因だな、と心の中で評価しつつ、

 

 身体の限界突破駆動を行う。

 

 開いている左拳で全力で火織の顎を殴る。相手の顎の前に此方の拳が砕ける感触がする。不思議な力はその体から感じないのに、素でこれだけ硬いのか、と軽く戦慄しながらも、

 

 流血しながら引き裂かれる両腕で拳を火織に叩き込んで行く。

 

 顎から右拳で首を、次に左拳で肩甲骨を、右と左拳で交互に、素早く、限界を超えた身体能力で、全力を超えた全力で容赦なく拳をめり込ませる。胸を隠そうとする腕の手首、容赦なく砕こうと砕けた拳で殴りながら逆の拳で更に顔面を殴り、血で目つぶしをする。

 

 与えるダメージよりも自爆ダメージの方が高い。それでもチャンスはこの瞬間のみ。攻撃は止められない。

 

 腹を殴る。逆側の肩甲骨を殴る。二の腕を殴る。首を三度殴ってから顎をもう一回殴る。それから心臓を狙って胸を殴り、踏み込み、足を軋ませながら火織の膝を砕く様に蹴りを叩き込み、吹き飛ばす様にアッパーを叩き込む。

 

 流血する火織の姿が吹き飛ぶ。

 

 吹き飛び、道路に転がって倒れる火織の姿を確認しながら両膝を道路につけ、口の中に溜まった血を横へ吐き捨てる。転がっている火織から自分の拳へと視線を向けると、折れた骨が拳から突き出ている。こんなもんで殴ったらそりゃあ痛いわ、とどこか思いながら、

 

「いてぇ、超いてぇ。クッソいてぇ。もうマジ無理。戦えない。これ以上は無理」

 

 立ってくれるなよ、と思いながら視線を火織へと向けると、

 

 予想通り、折れた膝で立ち上がる姿がそこにあった。

 

 拳のラッシュを喰らっている間でも絶対に手放す事がなかったその長刀を支えにする様に立ち上がった火織は此方へと視線を向ける。まだいけるかぁ、と思いつつ、

 

 ボロボロで血だらけの体に鞭を討たせるように、両足で立ち上がる。

 

「―――いいでしょうか」

 

 そう、火織が口を開く。

 

「んだよ」

 

「上条当麻と貴方が友人関係であるのは解ります。ですがそれは命を賭けて戦う程のものですか?」

 

「逆に聞くけどよ、ダチの為に命を賭けない理由があるのかよ。友達が困ってる、なら助ける。当たり前の話だろお前。それ以上に理由はいらないんだよ」

 

 その言葉に火織は一旦俯き、考える様に黙り込む。その間に次、どうやって動くべきかを頭の中で纏めておく。このまま戦ったとして、当麻が戦ったという摂氏三〇〇〇度の炎を使う神父が混ざってきたら比喩でもなんでもく、ガチで詰みになる。ギターケースには一応手榴弾や閃光弾も積んであるのだが、それだけではどうにもならなそうな気もする。

 

 そんな事を思っていると、火織が顔を持ち上げる。

 

「私の……負けですね」

 

「ふざけんなよ。どう考えても俺の負けだろこれ。今なら小指で倒される自信があるぞ!」

 

 いえ、と火織が頭を横に振る。

 

「貴方の言葉の正しい、そう思ってしまったからですよ。……それにまさかここまでダメージを喰らうとは思っていませんからね。数日は休まないと治らないでしょう」

 

 ―――そのダメージが数日で抜けるとか本当に化け物だなぁ!

 

 ちょっとだけ羨ましいと思っていると、ふとした疑問を口にする。

 

「神父はどこなんだよ」

 

「彼なら見張りですよ、どちらかが常に監視していませんと」

 

「それもそうだ」

 

 良く考えればそれぐらい解っただろうに―――予想外に焦っていたかもしれない。こんな醜態、先輩達に知られればキレられてもしょうがない。それよりも今はこの状態をどうやって操祈に説明すればいいのか、そちらの方が非常に恐ろしいのだが。操祈の事だから慈愛の精神で許してくれたらいいなぁ、とありえない事を祈っておく。

 

 そこまで考えて、口を開く。

 

「なぁ、そろそろ立ってるというか意識を保つのも辛いから勝者特権として一つだけお願いいい?」

 

「……で、できれば体は勘弁して―――」

 

「ちげぇよ! こんな時にボケんなよ! ツッコミさせるなよ! 体力消耗してるんだよ! 喋る度に意識が朦朧としてるんだよ!」

 

 荒く息を吐きながら、ブラックアウトしそうな思考を何とか整え、言葉を吐きだす。

 

「……少しだけでいいから、当麻の事を、信じてくれ」

 

「解りました」

 

 火織の返答に笑みを浮かべ、心の中で操祈への謝罪をしながら、

 

 あとは当麻が何とかしてくれるだろう、という安心感と共に、後ろ向きに意識を手放しながら倒れる。

 

 ―――あとは全て、ヒーローの活躍に任せよう。




 というわけでねーちん戦はあっさり終了。久しぶりにネットリ戦闘描写出来て楽しかった。

 ねーちん書いててアホタル思い出したわ。

 そして悲報、状況と環境と支払の都合上クラファンに参加できない事実が発覚。クレジットに名前残したかった(リアル涙


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七月二十■日

 ―――夢を見ている。というのは自覚できる。

 

 だから起きる時の感覚は何時だって覚えている。まるで闇が光によって塗りつぶされて行くような光景が、意識の覚醒と共に現れる。最初に見えるのは閉じている瞼の裏。あぁ、寝ていたんだっけ、気絶していたんだっけ、どっちだっけ、そんな事を思いながら瞼を開け、綺麗な白い天井を見て、そして背中と頭に感じる清潔で柔らかい感触を確かめ、

 

 あぁ、これは気絶したんだ、と納得する。

 

 滅多な事ではここまで綺麗な場所で眠ったりしない。あったとしても操祈の部屋に連れ込まれた時ぐらいだ。それ以外ではやっぱりソファか、或いは安宿で済ませている。だからこんなきれいな場所で眠りから覚める時は、やっぱり気絶したとしか思えない。恥ずかしいなぁ、と思いつつ顔を横へと向け、白い壁にシンプルな窓が見え、そしてその向こう側に広がる中庭の風景にここが何処であるのかを察する。

 

「―――病院か。まぁ、妥当っちゃあ妥当だよな」

 

 展開的にお持ち帰りされて血要されて、人質に使われる。そんな素敵な展開をちょっとだけ期待してみたが、やっぱりフィクションな展開なのだろうか。ちんぴらの方の先輩が一度経験したことがあるとか言っていたが、あの連中は本人もその周りもまるでコミックの様な時空に突入しているから追及したり考えたりする無駄だと思い出す。思い出して小さく笑い声を漏らしながら視線を逆側へと向ける。

 

「まぁ、漫画の様に誰かがいるわけないよな。とりあえずどれぐらい眠ってたんだろ」

 

 扉側には誰もいない。当たり前のことながら寂しく感じ、上半身を持ち上げ、痛みがない事を確認しつつナースコールの為のボタンを手に取り、

 

 ゲームセンターで鍛えた神速の三十連打を披露する。

 

 

                           ◆

 

 

 やってきたナースにたっぷり説教されながらも、カエル顔の医師はカルテを片手に呆れた表情を浮かべる。

 

「君達は兄弟か何かかな? 一緒に仲良くボロボロになって入院とか別に狙ってしなくてもいいんだよ?」

 

「別に狙ってる訳じゃないんすけど―――つか当麻の奴もまた入院しているんですね」

 

「うん、またなんだよ」

 

 カエル顔の医師の表情を確認する必要はない。どうせ呆れているのだから。しかし、しょうがないのだ。だって男だし、やる事をやった結果怪我をしたのなら、それは男的には本望なのだ。きっと当麻も間違いなくそう思って怪我をしているのだ。だったこれは、

 

「悪いのは俺じゃない。悪いのは果たすべき使命を邪魔しようとする運命の方なんだ。そう、きっとどこかにニートがいるんだ。裏側からすべての人に役割を与えながら計算して先の展開を作っているシナリオライターが存在するんだ。そんなクサレニートがこんな展開を生み出すから怪我をする―――つまりニートが悪い。ニート滅! センセもニート系な人を見たら最大限警戒しておいてください。多分人生滅茶苦茶にされますよ」

 

「現実逃避をしているようで妙に現実的な事を言うね、君は……」

 

 ニートへの熱い風評被害。残念ながら相手はカエル顔の医師で、恩のある人物だが、こうやってネタに走ったり軽口を重ねると、少しずつ脳が活性化し、調子が戻ってくるのを感じる。きっとカエル顔の医師も、心の方を確認する為に態々会いに来てくれているのだろう。死んでさえいなければなんとでもなると言うその腕前、また世話になってしまった。というか病院には世話になりっぱなしの様な気がしている。

 

 そこでカエル顔の医師が少し、笑う様に息を吐く。

 

「まぁ、君の体に関する細かい話に関しては後でもいいだろう。それよりも知りたい事や話したい相手がいるんじゃないかな?」

 

 そう言った直後、病室の扉が開く音がする。恐る恐る、首をゆっくりと音の方へと視線を向ければ、開いた扉の向こう側に立っている人の姿が見える。予想通り、常盤台の制服姿の彼女は怒りを表す様に腕を組み、開いた扉の向こう側に立っている。それを見たカエル顔の医師は軽く手を振り、逃げる様に扉を―――そして本日は星だけではなく、怒りの炎を目に宿した食蜂操祈の横を抜けて消えて行った。

 

 医者なら患者を救ってほしい。

 

 具体的に言うとこの状況から。

 

 そんな願いがかなうはずもなく、操祈は無言で部屋の中に入ってくると、足で扉を閉め、そして真っ直ぐ此方へとやってくる。上半身を起き上がらせたままの状態で軽く震えながらゆっくりと笑顔で迫ってくる操祈を恐怖と共にそのまま、眺め続けると、ついに操祈がベッドの直ぐ横、自分の目の前に到達する。謝った方がいいか、と一瞬だけ思うが、それはありえない。自信を持って選択に後悔はないと言える。誇りを、そして意地を以って当たったのだ。ここで謝ったら今までの選択を侮辱しているだけに過ぎない。

 

 だからベッドには乗ったまま、胸を張って目を閉じ、操祈からのいかなる制裁にも対応する形で身構えると、

 

 ―――次に感じたのは柔らかさだった。

 

「おっと」

 

 軽い衝撃にベッドに倒れ込み、感触を確かめながら目を開ければ、体に操祈が抱き着いているのが見える。背に手を回して此方に抱き着いてくる姿を体で感じ、軽く息を吐いてから左手で操祈の背を軽く押さえ、そして右手で操祈の髪を軽くくしゃり、と乱す様に抱く。

 

「心配させた?」

 

「……ちょっとだけ。次無断で暴れたら許さないわよ?」

 

「状況と危険度次第かなぁ」

 

「そこは嘘でもいいからうん、って言ってほしかったわぁ」

 

 そう言うと操祈は軽く笑いながら立ち上がり、近くの椅子を引っ張りベッドの横に座る。その間に自分も再び上半身を持ち上げ、操祈の方へと視線を向ける。髪の毛を乱されたばかりの操祈は手櫛で軽く髪を整える様に梳いている。

 

「割と時間をかけてセットしたんだけど、ちょっと酷くないかしら」

 

「寧ろ俺からしたらちょっとだらしない方が好感度高い。完璧にストレートなのも綺麗でいいけど、それは割と見飽きているしなぁ? 個人的には長い髪の毛が少しぼさ、っとしている感じの方が好きなんだよね。なんというか、綺麗なのに見えるだらしなさがすっげぇエロい」

 

「結局エロさなのね」

 

 そりゃそうだ。エロを求めない男子とかまずありえない。細かい話をするが、操祈の魅力はその腹黒さとは反面に存在する純情さ、そして情の深さだ。姿だって凄い可愛い。中学二年生ではまずありえないレベルの巨乳、それに長く伸びる金髪。本当に日本人かどうか疑いたくなるところだが、不思議な髪色の者なら自分を含めて腐るほどこの学園都市に入る―――一説では開発の影響とかだが。とりあえず重要なのは、このスタイルで操祈は可愛い、可愛い系に入るのだ。しかしここでちょっとだけ髪の毛を乱してやるとどうなる? この少しぼさっとした、乱れている感じが体のスタイルと合わせて妙にエロい感じになるのだ。

 

 良い、実に良い。当麻と一回エロさについて語り合った時、これで解り合えた。エロは偉大である。

 

「……何かいやらしい事を考えてるわね?」

 

「男の子だからな」

 

 さて、と呟く。大分言葉で遊んだところで、そろそろ本題に入りたい頃である。軽く息を吐いてから、視線を操祈へと向けなおし、そして意を決す。

 

「今―――」

 

「―――七月二十九日、大体十二時半よ。ちなみにすぐ隣の病室が彼の病室になっているわよ」

 

「そうか、一週間も寝てたのか俺……」

 

「筋肉の断裂、血管も切れていて、皮膚は剥がれて、骨は折れて腕や足から突き出ている。寧ろたったの一週間で普通に生活できるレベルまで回復した方が凄いのよ。解るかしら? 本当なら一ヶ月は入院しなきゃいけないのに」

 

 操祈に言われて、包帯の撒かれている自分の両腕に気付き、その包帯を剥がして行く。ゆっくりとベッドの上へと落ちて行く包帯を確かめつつ、包帯に包まれていた両腕を確かめる。操祈の言葉が本当であれば一週間前、火織との戦闘を終えたばかりで、その時に身体の障害を負う程のレベルの怪我を攻撃の反動という形で受けていたが、両腕には傷痕すら存在していなかった。入院し、そして医師がカルテを見せなければ疑ってしまいそうなほどに、両腕は普通の状態になっていた。軽く握り、確かめる感触もおかしくはない。完全に体の回復が完了していた。

 

 流石”冥土帰し(ヘブンキャンセラー)”、その腕前は―――というだけでは理由のつかない治癒能力。これは誰にでもない、自分自身に備わっている、特徴の様なものだ。単純に死に難い、生命力が高い、傷の治りが早い。それだけの特徴なのだが、

 

 時たま、こんな風に不可思議な結果を残す。不可思議で言えば”時間歪曲”もかなりレアで、それでいて意味不明すぎる能力だ。そもそもからして通常の演算方法では”フィルターが違う”とは一体何だったのだろう。今でも研究者の意味不明なつぶやきは覚えている。まぁ、もう昔の事はそこまで追求しないし、今は今で楽しんでいる。だからそれでいいや、と余計な事を頭から追い出しつつ傷痕のない両手のチェックを続ける。軽く体が硬くも感じるが、一週間も寝っぱなしであれば流石にそれもそうなるか、と納得しておく。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

 操祈の声に視線を手から操祈の方へと移すと、操祈が首を傾げる。

 

「話の顛末を聞かないの? 一応何が起きたのか、私全部知っているわよ?」

 

 ―――操祈はレベル5、”心理掌握”という精神系能力最強の称号を得ている。故に自分や当麻の様な例外を除けば、彼女の洗脳や脳へのアクセスは防げない。それだけじゃなく、レベル5となれば資金や権力が存在についてくる。カメラにアクセスしようとすれば自由にできるだろうし、人の記憶を除いて状況を把握するのも難しくはないだろう。だから別に、操祈は何が起きたのかを知っていてもおかしくはない。

 

 あのインデックスという少女のエピソード記憶か、あるいは火織でも見つけて、その記憶を見たのだろう。状況や事情の把握はそれだけで終わってしまう。だから操祈に応える。

 

「興味ねぇや」

 

「そう」

 

 ―――ヒーローが関わり、そして頑張った物語がハッピーエンド以外で終わるものか。

 

 そういう信頼がある。上条当麻なら、自分でもどうしようもない事を達成してしまうと。だからきっと、今、隣の病室絵は満足げに眠る当麻と、そして彼の様子を見ているインデックスの姿があるのだろう、と予想しておく。それを知っているのか、操祈は少し、嬉しそうに小さく笑みを零す。自分と操祈は、二人揃って上条当麻というヒーローに救われた存在だ。親愛はするし、手伝おうとは思う。だけど疑う事はない。

 

 それが人生を救われた存在として出来る事だからだ。

 

 ところで、と操祈が口を開く。

 

「別の女の胸をタッチしたって話についてなんだけどぉ」

 

「不可抗力! 不可抗力だから! 大体操祈以外には俺、そういう気持ちを持たないって」

 

「別に貴方が私一筋でゾッコンで他の女になびく事が永遠にないのは良く解ってるし、信じているわぁ? だけど、それとは別にそう言う行動で他人が勘違いしたり、見られて捕まった場合とかはどうするの? 私は痴漢を彼氏に持つ事になっちゃうわよぉ? 本当にそれでいいのかしらぁ? ヒモな上に痴漢さんになっちゃうのかしらぁ?」

 

「すいません、普通に責められるよりもダメージが酷いんで勘弁してくれませんか。一応セクハラ系は異性相手だと効果が―――あ、いえ、なんでもありません。もう二度としません、はい」

 

「うんうん、解ったのならいいのよ。もうしちゃだめだゾ」

 

 女には逆らえないなぁ、何てことを思いつつ、やけにあっさりと終わってしまった”魔術”騒動を軽く思い出す。何だかんだで自分が魔術に関する問題に関わったのはたったの一日だ。そりゃあやけにあっさり終わったようにも感じる訳だ。溜息を吐きながら少し記憶を巡らせ―――そして思い出す。思わずあ、と漏れ出た声に操祈は可愛らしく首を傾げる。

 

 その姿見て、笑みを浮かべる。

 

「実はさ」

 

「うん」

 

「―――俺、レベルを上げる方法、解ったかもしれない」

 

 おそらく一週間や二週間では無理だ。場合によっては数か月かかるかもしれない。だが、火織との戦いでヒントに到達する事が出来た。無謀に思えるかもしれない。前例は間違いなくない。

 

 だけど、希望が見えたのならやるしかない。

 

 魔術を科学的に解析する事を、

 

 魔術の法則を、その演算方法を見つけ出し、身に着ける事を。




 あまりにもあっさり終わった?? そりゃあまだレベル1でプロローグ部分ですもの。最近強い系主人公ばかりだったし、偶には少しずつ強くなっていくタイプも悪くはないかなぁ、と思っているけど、

 ステマ先の事を考えたらランクアップでのインフレが激しいんだよなぁ。

 セクハラで自分の事よりも相手の事を考えるみさきちマジ天使。


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科学の模索
八月十二日


 八月ともなると完全真夏となり、太陽が熱気を叩きつけてくる様に熱さを感じる。

 

 もう既に動きやすかった時期は終わってしまい、これから秋が始まるまでは猛暑におびえる日々が始まったのだと思うと鬱になりそうになる。ただ、救いなのはどこでもいいから店内へと入り込めば、クーラーが作動していて涼しい冷気を送り込んでくれている事だろう。これがないと夏はやってられない。

 

 そんな事を思いながらファミリーレストランの席で、

 

 目の前で皿でタワーを形成する銀髪のシスターの姿を取っているとしか表現の出来ない怪物、インデックスの食事風景を見る。

 

 そりゃあ当麻もレイプ目になるわけだ。

 

 既に十五度目のおかわりに突入しているその姿を見ていると、もうどうしようもない、としか言葉が出てこない。重なり、そして花弁の様に展開する伝票の姿を確認すると怖気しか走らない。もう既に数万分を食べているのだ。あの小さな体で。一体どうやってあれだけの量を消化しているのだろうかと、人体の神秘についてもう一度考え直させられる。ただこれは必要経費なのだ、そう自分に言い聞かせるしかない。

 

「だから止めた方がいいって上条さんは言ったんですけどねぇ」

 

「これを予測できた奴はすげぇよ」

 

 インデックスの直ぐ横に座っている当麻は憐みの視線を此方へと送っている。その視線が辛かった。しかし、大分好き放題飲んだり食べ続けて一時間、インデックス自身は大分満足してきたのか、食べている者は肉類からデザート類へと変わってきている。今は巨大なパフェを一人で、スプーン一つで攻略している最中だ。それを見ながら、誰にも分らない様に溜息を吐き、小さく笑みを浮かべる。

 

 ―――こうやってインデックスが楽しくやってられるのも、ヒーローが仕事したからだろう。

 

 退院してから、改めて顛末を魔術師、ステイル=マグナスという不良風の神父から聞いた。自分が入院した後は火織もとても戦闘が出来る状態ではなかったらしいが、それでも約束を守ってくれたらしい。その結果絶対記憶能力の事を追いかけたり、インデックスが目からビームだしたり、とかなりエキサイトした内容が繰り広げられていたらしい。なんであの時気絶して入院してしまったのだろう、と激しく後悔している。

 

 入院しなかったらしなかったで操祈が激しくキレそうなので考えるのは止めよう。能力が通じないとしても、キレた操祈は怖い。

 

「―――んで」

 

 食べるペースを落としてきたインデックスへと視線を向ける。少し前までは一心不乱に食べ続けていたインデックスだが、そのペースも今ではゆっくりなものになっている。今なら人語が通じるよな、と少し悩みながら話しかける。

 

「ここまで好き勝手食べてくれたんだ、俺に魔術を教えてくれるんだよな……?」

 

 それが目的だった。魔術、それは新たな概念であり、化学には知られて冴えなかった存在。だがそれは確かに存在し、独自の法則性とルールを持っている概念だった。”時空歪曲”の能力はレベル1で止まったまま、だけどそれは、科学という観点でしか物事を見ていなかったからに違いない。もし、ここで魔術という概念をどうにかして理解する事ができれば、それがレベルを上昇させる事へ繋がるかもしれない。そういう希望を今、持っていた。そしてそれに関して協力を得る為にインデックスに暴飲暴食を許していた。

 

「というかこれだけ好き勝手食っておいて足りないとか言うなら俺はマジでキレても怒られないと思うんだ。最終手段、”彼女を呼ぶ”も辞さない覚悟である。ちなみに俺の彼女は凄いぞ。俺の財布も人権も握ってるんだぞ」

 

「いや、私としては別にいいんだけど……知ってると思うけどノブには魔術使えないんだよ?」

 

「超知ってる」

 

 超能力者には魔術が使えない。これは絶対的なルールらしい。魔術に関しては軽くだが七月の事件の時に勉強している。魔術は独自の法則を持っているほかに、エネルギー源として”魔力”というエネルギーを消費する特性を持っている。完全に開発された脳を使って法則を支配し、エネルギー源を必要としない能力者とは別のルールだ。しかしこの魔力の生成が厄介なのだ。魔力の生成を魔術師達は体内で行い、これを魔術の行使に使用する。しかし、この魔力を能力者が生成しようとすると、反動が体を襲う。

 

 この時、脳を始めとする重要な機関ばかりがその反動によって潰れるらしい。その反動を耐える事ができれば魔術は使えない事もないらしい。

 

「確かノブは時間を0.5秒程戻せるんでしょ? だったら魔力を生成して魔術を行使する時間を極限まで短くすれば一応無傷の状態へ回帰する事によってデメリットを回避する事も可能だけど現実的じゃないし、そういう意味で聞いてきている訳じゃないんだよね?」

 

「そうそう、ぶっちゃけ知りたいのは”魔術”という法則の方なんだよ。魔術を使いたいんじゃなくて、その法則性を数式化、あるいは科学で表現できる形へ持って行きたいんだよ。魔術を科学で解明し、その法則性を脳で行使できる形にする。開発された脳が持つ”演算力”に魔術の”法則”を組み込む。きっと、というか多分それでレベルを上げれると思うんだよなぁ……」

 

 これは予感というよりは確信に近い。根拠はないのだが、こうすればいずれはレベル5まで到達できる、という答えが既に自分の中に存在している。まるでジクソーパズルの足りなかったピースを見つけ、完成の絵図がそのおかげで見えてしまったような、そんな感覚だ。いまだ不透明で法則性の欠片も見えないのだが、それでもこれが自分にとっての”開発”というのはなぜか理解できた。

 

「……なんか難しい話になってきたな」

 

 当麻が腕を組みながらそう言うが、インデックスはそんな事はない、と頭を横に振りながら否定する。

 

「個人的には面白いアプローチだと思うよ。もしこれで本当に魔術の科学的解明ができれば、魔力がなくても魔術を行使する方法が編み出せそうだしね。そうすれば漸く脳内で腐っている十万三千冊にもようやく利用価値が出来るんだよ」

 

「恐ろしい事は言わないでください。というか使用できないから今のインデックスの安全があるんだろ」

 

「残念」

 

 やれやれ、という表情を浮かべたインデックスに対して溜息を吐きながらも、店員を呼んでテーブルの上の皿をある程度片付けさせる。そうやってできたスペースに持ち込みのノートを広げ、それでペンを片手に握る。火織と戦った時に、ヒントとも言える感覚があったのだ。魔術の科学的解明―――久しぶりに真剣に取り組めそうな存在が、”未知”がそこにあるのだ。だとしたら全力で取り組むしかない。まだ能力のレベルを上げる事を諦めたわけではないのだから。

 

「んじゃ、頼むぜイカデックス先生」

 

「任せ―――いや、ちょっと待って今私の事をなんて呼んだの」

 

「ん? よろしく頼んだぜFX先輩」

 

「私そんなお金を溶かしそうな名前をしてないんだよー!」

 

「仲がいいな、お前ら」

 

 ツッコミをいれる当麻に対して二人で同時にサムズアップを向け、そしてノートへと視線を向ける。そこに図形を描き込んだり、初歩的な魔術の詠唱文を書き込んだりするインデックスの姿とそれを良く観察し、脳を働かせる。能力を向上させたければ、頼るべきなのは他人ではなく、自分自信の努力なのだ。そして努力を忘れた事はない。たとえ頑張った結果報われなかったとしても、頑張る事だけは昔同様諦める事が出来ない。

 

 決意を込めて、インデックスの説明に耳を傾けながら集中を始める。

 

 

                           ◆

 

 

 そして三時間後、完全敗北を認める。

 

 既にファミリーレストラン内にインデックスも当麻の姿もない。ラッシュアワーに入っているのか客の数が多く、邪魔をしたくないと先に帰ってしまった。しかし快適な場所なんてこことクラブハウス以外は知らないし、クラブハウスには戻りたくはない。その為、自分にはこのテーブルを占拠し続けるという選択肢しか存在しない。だから貰った内容を確認し、法則を探す為に様々な数式や法則を試している。

 

 だが魔力という未知の要素が物理法則に絡んだ瞬間、全てが吹っ飛んで解析ができなくなっている。

 

「なんだよこの魔力ってのは。結局は魔力から解析しないと取っ掛かりさえも無理なのかこれ? いや、間違いなく”見えないルール”が存在しているのは確かなんだ。だけどそのルールが魔力の存在によって捻じ曲げられている様にも感じる。いや、一つの法則に対して変化する様に出来ている訳か? うーん……」

 

 何度解析を試みようとも、結論として解らない、という事に戻ってしまう。問題は魔力を生成する事が出来ず、魔術を行使する事が出来ない。そこにあるのだ。魔術を使う所を見ながら解析したり、魔力を直接調べる事ができればまた話は違うかもしれない。だがインデックスの脳内は魔導書が存在していても、魔術を行使する事は出来ないらしい。それはインデックスが魔力を持たない、という事に原因があるらしいのだが、そのおかげで一番簡単な解析方法が封じられてしまい、魔術の詠唱等から法則を見つけ出す面倒な方法を取らなくてはならない。

 

 火織が使った炎の魔術を完璧に覚えている訳ではないから、そこから調べる事もできない。

 

 結論としては”直接魔術か未知の法則を見る必要がある”という結論に至ってしまう。考案、解析する為の道具が少なすぎるのが間違いなく原因だ。溜息を吐きながら行き詰った事に軽く苛立ちを覚え、深呼吸で心を落ち着かせる。焦る必要も苛立つ必要もない―――結局は何時も通り、レベル1のまま、何も変わらない。能力が育たない代わりに道具と技術でどうにかしている、今までと変わらない自分のままだ、と言い聞かせる。

 

「……それとも一発魔力を生成してみるか? 方法だけなら知っているし、即死する前に時間を戻せば死なないで済むし、魔力の存在を解析するいいチャンスに―――ダメか。駄目だなあ。操祈がキレるわ」

 

 また私の知らないところで、とか言って操祈が烈火のごとくキレるのが目に見える。なんだかんだで退院してから操祈には頭が上がらない。おかげで連日クラブハウスの柔らかいベッドで眠る生活を送るハメになっている。まぁ、操祈の気持ちは決して解らない訳ではない。大切な人物を失うというのは取り返しの付かない事であり、自分の知らない所でボロボロになってたらそりゃあ心配する。それに、

 

 ―――操祈のキレ方って怖いからなぁ。

 

 彼女がキレると、普通に起こる訳じゃない。表面上は笑っているだけなのだ。別に暴力に訴えかけてくる訳じゃない。そういう暴力が得意なキャラでもないからだ。ただ―――無視される。それだけだ。シンプル故に地味に心が傷つく。

 

 電話には出ないし、会えないし、視線を合わせてくれないし、というか一時的に自分の記憶を操作し、見えない様に自分の脳に細工をするのだ。そのせいで、何をしようとも気付いてくれない。一回だけこれを喰らった時があったが、思うよりもダメージデカかった。改めてどれぐらい操祈にほれ込んでいるのか、再確認した時でもあった。

 

 割と本気で愛しているのって辛い。

 

「……まぁ、火織かステイルに連絡を入れればいけるかな」

 

 組織に所属しているらしいし、金を払って雇えば魔魔術を実演させられるかもしれない。それでならなんとか、とあきらめの悪さを自覚しながら考えていると、店員が近づいてくる。近づいてくる店員へと顔を持ち上げて視線を向けると、

 

「すみませんお客様、現在当店は満席の為、出来たら合席をお願いしたいのですが」

 

「自分で良ければ構いませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って去って行く店員から視線を外し、店の為にもそろそろ出て行くべきかなぁ、と思ったが、クーラーの効いている空間という誘惑は魅力的過ぎた。流石にここから出て行くのはいやだな、と外の暑さを思い出しながら思っていると、

 

「邪魔すんぞ」

 

 合席の相手がやってきた。

 

 それは男か女か解りもしない程に線の細い人物だった。色素が抜け落ちたかの様に髪は白く、そして肌も白い。センスは感じないが高級品という事だけは解る上下黒のシャツとズボンを着た少年はゆっくりとした足取りで向かい側に座ろうとし、そして此方へと追い出そうと思ったのか鋭い、睨むような視線を送り、

 

 目があった。

 

 口が開くのは同時だった。

 

「あ」

 

 そう言うのは同時であり、先に言葉を繋げるのは相手の方だった。

 

「テメェ、第五位のヒモ」

 

「学園都市最強の白もやしさんじゃないっすか! イヤぁ、マジでもやしっすね」

 

 ―――あ、ヤベ、ヒモって呼ばれたことに反射的に煽り返してしまった……!

 

 その言葉に青筋を軽く浮かべる相手は学園都市最強の能力者、第一位”一方通行”であった。




 第一位”白もやし”さん。なんか勘違い多いけど魔術を使おうとしてるんじゃなくて、魔術を科学的に解明しようとしてるだけだよ。

 クラファンの開始もあと少しになってきたなぁ……。しかし話を聞く感じ、100万コースを狙うガチ勢を五人ぐらい聞いてるなぁ。まだまだ増えそう?


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八月十二日-Ⅱ

 学園都市、能力者の頂点第一位、”一方通行”。その姿、そして名前は有名であり、またその能力も良く知られている。一般的には反射だと思われがちだが、実際の所一方通行の能力はベクトル操作という能力になる。物事のベクトルを操作する、シンプル故に応用であり強固な能力。それがレベル5、最強の強度に達しているのだから、どうしようもない。ガンメタ戦術を利用しても、それでも一切の勝機見出す事が出来ない、という絶対君臨者になる。

 

 とはいえ、彼と会うのはこれが初めてではない。

 

 操祈に連れられ、他のレベル5と会う事が時にはある。というのも、操祈の能力は同じレベル5ぐらいではないと防ぐことができない。故に研究者の中に不正を行っている者や裏切りを考えている者がいれば、たとえ隠そうとしても、操祈はそれを暴ける。だから定期的に操祈が重要度の高い施設を周り、そこで脳内のチェックを行う事をしていたりする。レベル4は騙せても、レベル5は騙せない。しかし操祈曰く”すっごいつまらない”という事なので、

 

 お付きとしてついて行くことがある。その場合、いろんな能力者等とエンカウントする事があり、

 

 そうやって第一位とも会ったことがある。という事で、一方通行の認識は間違っていない。ヒモだ。間違いなくヒモだ。間違えようのないヒモだ。だけど頑張っているのだ。色々と。普通の人間は洗脳すれば傍に置けるけど、自分の様な改竄の通じない相手にはそれ以外の方法で結びつけないといけない。たとえば金とか、立場とか、愛とか。

 

 ただ、それでも言っていい事と言ってはいけない事があるのだ、一方通行相手に煽るとか正気じゃないが、よく考えれば正気な方が遥かに珍しいから別に問題ないよな、と気づく。

 

「もやしぃ! 白もやしぃ! もやしってなんだよ! ふざけんじゃねぇぞ! 人間がもやしの訳あるかよ! お前正気か!?」

 

「正気かどうか聞きてェのはこっちだよ」

 

 冷静な一方通行のツッコミが入る。数旬前までは青筋を浮かべていた一方通行だったが、此方の逆ギレにも近いネタをぶちかますと、一周回って冷静になったらしく、そのまま面倒くさそうな顔を浮かべて相対側の席に座る。そのまま此方を完全に無視したような様子で一方通行は珈琲を頼むと、黙って窓の外を眺め始める。

 

 合席になったのはいいが、此方とコミュニケーションを取るつもりは一切ないらしい。

 

 それはつまらない。

 

 せっかく合席になったのだから、ここは是非ともコミュニケーションを取るべき。相手が学園都市最強の第一位とか知った事じゃない。此方には0.5秒時間を巻き戻すという手段があるのだ。怒らせた結果即死したとしても、即死だけだったら時間を巻き戻して蘇られる。徐々に殺される場合は全力で”冥土帰し”の所まで逃げればいいのだ。

 

 あとは女神・操祈に祈るのみ。

 

 狂気の沙汰程面白い。というわけで此方をガン無視する様に窓の外を眺めている一方通行へと視線を向ける。此方へと一切視線を向けないのは此方を意識しない為―――逆説的に言えば、此方を意識しているからこそ、意識しないようにしているのだ。この中学生め、と心の中で呟いておきながら、自分の中でキレッキレの煽りを選んで行く。ナチュラルに煽りを何故選ぶかと思ったが、きっとそっちのほうが面白いからだろう。

 

 ―――やっぱ俺、正気じゃねーわ。

 

 邪魔になりそうなノートは一旦手元に寄せる。とりあえず、まずは一方通行へと視線を向け、

 

「ヘイ白もやし! 黒もやし! モヤシレンジャイ! そんな貧相な体してると男か女かもわからないぞ! もっとバランス良く肉と野菜と米と魚を食えよ! ファストフードばかりだと体を壊すぞリトルボーイ! トラストミー! 一回操祈にお金を借りるのが恥ずかしくて雑草食ってたら何故か病院にいたからな!」

 

 一方通行は窓の外を見たまま、動かない。何か窓の外に面白いものでもあるのか、と思って覗いて見るが何もない。あ、完全に無視してるなこの野郎、とカチンと来るが、一方通行に言葉が届いているような様子はない。どうやら、能力か何かで完全に音を遮断しているらしい。そうなるとどれだけ口を開いたとしても、一方通行には言葉が届かない。器用な真似をしやがる、と思いながら腕を組んで短く悩み、ノートへと視線を向け、それを手に取る。

 

 インデックスが魔術の事を描いたページとは別のページへと飛び、そこに鉛筆を使って絵を描き始める。言葉が駄目なら絵を、視覚から攻めるしかない。古来より利用されてきた手段だ。だから一方通行へと視線を向け、そしてその姿を良く記憶し、そしてそれを確認しながらノートに描く。ベースは一方通行だ。そこに多少のアレンジを加えたり、想像を広げながら色々と色を加えて行く。鉛筆が一本しかない為に出来るのはトーンやシェードを加える程度の事だが、絵を描くのは難しい事ではない。

 

 脳の開発の為に、誰もが練習した事のある事だ。だからその時の感覚を思い出しつつノートの中身を見られない様に絵を描き、

 

 一方通行が頼んだ珈琲がやってくる頃に絵が完成する。音を遮断し、そして此方の事を一切認識する事もなく、一方通行は珈琲を飲もうとカップに手を伸ばし、それに口で触れた所で、

 

 ノートに描いた、その中身を見せる。

 

「じゃぁん! 本邦初公開、これが鈴科百合子ちゃん!!」

 

 じゃじゃーん、と口で言いながら一方通行に絵を見せる。それは一般的に言えば女体化というジャンルの絵、簡単に言えば一方通行を女体化した、

 

 完全に本人にとって嫌がらせでしかない絵だった。

 

 服装は自分が一番よく知っている常盤台中学の制服、そこに邪悪な笑顔を浮かべた鈴科百合子が両手を広げ、燃え盛る学園都市をバックに笑いまくっている、というだけのシンプルな絵だ。どこからどう見ても一方通行にしか見えないその女子、流石の一方通行もそれを見て、飲み込もうとしていた珈琲をのどに詰まらせ、むせながら俯き、テーブルを叩いている。その姿にやったぜ、と心の中でガッツポーズを決めながら、

 

「次のペェェジィ! 差分の鈴科百合子ちゃぁん!」

 

 ノートをめくろうとした手を一方通行が掴んで止める。

 

「何やってんだテメェ、無駄に上手ェとか差分差し込み時間どこにあったんだよとか色々いいてェけどよォ、お前確実に喧嘩売ってるんだろ? あァ?」

 

「相手が自分より強いからって煽らない理由にはならないんだよなぁ……」

 

 悟った感じにそう一方通行に告げると、一方通行が辟易とした様子を見せながらノートから百合子の描かれたページを千切り、それを小指サイズまで片手で圧縮する。能力使ってそんなことまで出来るのか、と軽く戦々恐々とするが、やっぱりそれは煽らない理由にはならない。人生は楽しめた奴が勝者―――つまり楽しめる時に楽しめないと意味はないのだ。

 

 ―――まぁ、それに一方通行は心の底から”悪”ではない事ぐらい第三次―――。

 

 思考に霞がかかる。ノイズが走る。意識が現実に戻る。

 

「うぁっ……あれ……俺、今なんて考えていたんだっけ?」

 

 頭を横に振り、眠気を振り払いながら視線を一方通行へと戻す。どうやら軽く眠気を感じていたようだ。自分も珈琲でも頼むべきだろうか。

 

「良し、解った。お前入院しておけ。お前、絶対に頭おかしいンだろォからよ」

 

「はあ? 頭おかしい事の一体何がいけないんだよ! お前それ頭のおかしい奴の前でも言えるのかよ!! 頭のおかしい奴はおかしいやつなりに、どうやってキチガイ理論を現実的に実践するかどうかを考えるのに時間使ってるんだぞ!! その苦労と努力を否定すんなよ! 頭おかしい奴め!」

 

「テメェ……!」

 

 ここまで来ると一周回ってテンションが上がってくる。

 

「でさ、百合子ちゃん」

 

「お前マジでぶっ殺されたくなかったらその口を閉じろよ、人目を気にしねェと思ってンならそりゃ勘違いもいいところだからな……!」

 

 まぁ、待て、と片手で一方通行の動きを止める。遊びすぎたかもしれない、と思う反面、これぐらいならまだ許容範囲内あろう、と一方通行の言葉には本気の殺意が感じられない事を理由に判断する。というか、一方通行から学園都市の研究者には特有の”悪い”を感じないのだ。歪んではいるけど、それでも快楽の為に人を殺す様な感じはない。

 

 もし見込み違いだった場合は責任を取るだけの話だが、遊んでいる分には一方通行はそこまでは悪くはないと思う。というかたぶん本気で殺さないだろ―――たぶん。これは深く考える必要があるかもしれない。もう一度一方通行に待て、と片手を前に出して言い、

 

「これから真剣に脳内会議でお前が煽られた程度で人を殺す程度の豆腐メンタルの白もやしなのかどうかを議論しなきゃいけないんだ。いいか、もし第一位の一方通行が煽られた程度で人を殺す様な奴だったら学園都市の恥もいいところだなぁ! おおい、こんな奴が一位やっててもいいのかよ……マジかよ……俺百合子ちゃんのファンをしたくなくなっちゃうよ……というわけで数分待ってね」

 

「理解した。お前、会話する気ないだろ」

 

「何を言ってるんだ、俺は超話す気があるぞ。ただここで殺されると操祈がすっごい怒るからな。超怒るからな。彼女を怒らせて良い事なんて一切ないからな。だあら真剣に百合子ちゃんと話し合いをして生き残れるのかどうかを考えなきゃいけないのだ。つか学園都市最強のそばにいたらこの強者オーラで俺のレベルも上がらないかなぁ、とか思ってる」

 

「レベルはなんだよ」

 

「1」

 

 一方通行が物凄い邪悪な笑みを浮かべながら見下してくる。今まで散々煽ってきたせいか、それを聞くだけで物凄い嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべている。そのまま隠すことなく笑ってすらいる。白もやしの分際で―――と思ってしまいそうだが、なんだかんだでこいつは自分よりも遥かに格上だからある意味正しい視線なんだろうなぁ、と思う。ただ、

 

「友達がいなくてもぼっちで加えて心配してくれる人のいない貧弱もやしボディの百合子さんと、そして健康的で友達がいっぱいで美味しいものを食べている上に素敵な彼女のいるこの俺と、どんなにレベルが高くても俺の方がリア充度が高くて満たされてるんだよなぁ。ごめんなぁ、人生が数倍満たされている人間で」

 

「気付いたわ。俺、テメェの事嫌いだわ」

 

 一方通行のその言葉にサムズアップを向けると、苛立つ表情を見せてくれる。割と珍しい、というかありえない学園都市第一位の姿に満足し、納得し、軽く息を吐いて満足の様子を一方通行へと見せつける。それを見て一方通行が更に苛立つのが見えるが、一方通行が此方を殺すという懸念はもうない。言葉はそこまで交し合ったわけではないが、それでも一方通行という少年のパーソナリティを把握するには十分すぎる時間だ。

 

 伊達や酔狂で操祈の横に、レベル1のままいられる訳じゃない。

 

「いやぁ、なんつーか悪いね。年下の少年を見かけると遊びたくなる病気でな」

 

「テメェ、マジで病院に行けよ。今なら俺が名医を紹介してやっからよ」

 

「”冥土帰し”のセンセの事なら匙を投げたよ。馬鹿は死ななきゃ治らない、ってな」

 

 それを聞いた一方通行は露骨に嫌そうな顔を浮かべると、そのまま一気に珈琲を飲み終わる。このままここに居座るよりはさっさと飲んで退散した方が遥かに良いと判断したのだろうか。残念だ、ぶっちゃけ一方通行で遊ぶのはスリルがあって楽しかったのに。しかし、ここで会えたのも何かの縁に違いない、きっとそのうち、また一方通行とエンカウントする事もあるだろう。また百合子ちゃんをネタに一方通行と遊べないか、あるいは次回までに常盤台の制服を調達して、それを叩きつける様にして遊ぶのも悪くはないかもしれない。

 

 ―――レベル5も結局はどこか、子供だったと言うべきか。

 

「……?」

 

 首を捻る。なんか、こう―――首の座りが悪い。小骨がのどに引っかかる様な感覚がする。忘れている、思い出せない、理解できない、閃けない―――そういう感覚とも違う。なんか、妙な感覚が自分の中にあって、それに対する答えが見つからない。

 

 そう、魔術に触れた時から。

 

 そこまでは解るが、それ以上は答えが出ない。

 

 唸りながら両腕を組み、目を瞑って考えるが、そんな事で答えは出ない。答えが出ないなら、きっとそこまで重要な事ではないんだろう、と思い、目を開けた瞬間、

 

 顔面に何かが叩きつけられた。

 

「死ね、カス」

 

 そう言いながら一方通行が振り返る事なくファミリレストランの出口へと向かって歩き始める。それを片目で追いながら、もう片目で叩きつけられた物を―――ノートを確認し、

 

 数式が一つ、追加されているのを確認する。

 

「ちょっとぉ! 答えだけ出されても法則とかやり方が不明なんでマジ困るんですけどォ! つか答えだけ書くとかひっでぇネタバレされた気分なんだけど!」

 

「頑張れ。そして死ね」

 

 中指を振り返る事なく突きつけた一方通行がそのまま去って行く。満足げに歩いて街の中へと消えて行くその背中姿、

 

 きっと、その顔には、あの邪悪な笑みが張りついているのだろう。




 ロリコンとヒモと歩く不幸の事案

 三人が揃うともはや主人公って何だろうって思いたくなるな。

 爪牙諸君、あと少しですよ?


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八月十三日

 眼前、手の届かない範囲にライフル銃が設置されている。

 

 良く知っている物だ、というよりは自分でも使ったことがあるから知っている。反動がすさまじく、そして戦車の装甲さえも貫いてしまう程の巨大で凶悪なライフル、メタルイーターMX。”鋼鉄破り”とも呼ばれる巨大な対戦車ライフルは学園都市のカスタマイズにより飛躍的に安定力が増しており、反動で肩が砕けるレベルが反動で肩が抜ける程度に抑え込まれている。受けてしまえばまず間違いなく即死するであろうレベルの武器が此方へと向けられており、そのトリガーに指を賭けるのは人間ではなく、機械だ。距離は百メートルほど。

 

 一瞬で音速に到達し、二千メートル先からでも戦車を貫く対戦車ライフルにとっては簡単すぎる距離だ。

 

 しかし、動かない。その代わりに右手には短針をイメージさせる片刃の処刑刃を握っている。それ以外には防弾ジャケットも防弾ガラスも無し、鋼鉄の部屋の中でライフルを向けられ、それを正面から睨むだけ。

 

 既に武器は動き出している。

 

 機械のトリガーがゆっくりと引き金を引き出すのと同時に脳はその数倍を超える速度で動きだしていた。思考は何重にも加速を始め、世界がゆっくりと歪んで行く。腕は停滞して行く世界の中でもハッキリと色を持って通常のまま動き、下から刃を逆手に、持ち上げる様に上がって行く。その動作に追いつく様に引き金が引かれる。

 

 銃口から放たれた弾丸が一瞬で音速を突破しながら真っ直ぐ標的を音と風の壁を食い破りながら到達しようとし―――その前に失速する。弾丸の速度が一瞬で半減する。それと同時に踏み出す体は弾丸に等しい速度に到達する。人間が動く上で出せる限界の速度、それを優に超える速度を最初の踏み込みで店ながらも、足は床を削る様に滑る。

 

 弾丸へと向かって正面へと進みながら一回転、滑らす靴の裏は床と擦れ掠れ、火花を散らす。それだけの速度を見せながら回転を乗せや処刑刃は横薙ぎに、一閃振るわれる。

 

 その先で弾丸とぶつかり、あらゆる法則と常識を無視しながら弾丸を切り払う。明後日の方向へと飛んで行く弾丸へと視線を向ける事なくそれを把握しつつ、踏み出すのを止めず、そのまま前へと加速し、百メートルの距離をありえない速度で踏破する。何時もと歩数に変化はない。時間が加速している。故に早くなるだけであり、身体能力に一切変化はないのだから。寄り遠くへ進んでいるのではなく、より早く前へ。

 

 そして、正面のメタルイーターMXを二度目の射撃準備に入る前に真っ二つに切り裂く。

 

 ―――計測が完了する。

 

 息を吐きながら右手の逆手で握る刃を一回転させながら床に当てる様に立たせ、視線を少し高めの位置にある観測室へと向ける。本来は実験施設であるために物々しくなっているが、本来はここまで厳重な環境で行うものではない。その証拠として防弾ガラスの向こう側、観測室には気楽そうな研究員や、操祈の姿が見える。律儀に常盤台の校則を守って制服姿の彼女に妙な義理堅さを感じつつも、視線を向けていると、部屋のスピーカーを通して音が響いてくる。

 

『―――お疲れ様です、継続完了しました。2/5、レベル2です』

 

「……そっか」

 

 小さくそう呟きながら刃を持ち上げ、肩に乗せると、完全に壁と同化していて見えなかった扉が横へとスライドする様に開き、出口を見せる。もう一度、瞬発で得た熱を体から吐きだす様に息を長く吐き、そして吸い込みながら出口へと向かう。施設内の道筋は何度か訪れているから知っている。だから観測室までは数分もかからない。廊下を抜けて階段を上り、その先の通路にある部屋に入れば、緩く作業をしている研究者達と、その中に混じる操祈の姿がある。

 

「おめでとう!」

 

「良く頑張ったな坊主! 大抵は数年もレベル1で止まってれば腐って諦めるもんなんだがな!」

 

「これでただのヒモから少しはできるヒモにランクアップだな」

 

「はい、最後の一人だけは前に出ろ、今から三枚におろしてやるから」

 

 がおー、と言いながら剣を持ち上げると、一人だけダッシュで部屋の隅へと逃亡し、そこに何故か置いてあるロッカーの中へと逃げ込む。何時の間にそんなものを持ち込んだ、と言いたかったが、そのリアクションが素晴らしかったので見なかったことにする。刃を入り口横の壁に置く様に立てかけておきながら、一番近い所にあるキャスター付きの椅子を足で引っ掛け、自分の下へと転がし、そして座る。そこでふぅ、と息を吐くと、操祈が前に立つ。

 

「お疲れ様ぁ、大した進化力ね?」

 

「なんでそこ疑問形なんあ……俺立派に努力してるだろ!! いや、今回は本当にラッキーな部分があったけどさ」

 

 言わずとも解るように、一方通行による解読だ。先日、一方通行の嫌がらせにも近い答えだけを置くという行為。アレで一つの”数式”が出現した。しかしこの数式、普通に誰もが簡単に口に出せる様なものであったり、特別な数式でもない。しかしこの数式を脳の、能力の演算の為のロジックとしての一部に組み込む。

 

 魔力を生み出すわけじゃない。魔術を使っている訳じゃない。

 

 だが、まるで”思い出した”かの様に能力のレベルが上がった。それこそドラマも何もない、あっさりと。数式を組み込んだ時点で”あっ”という感じにレベル2に到達してしまった。今の計測の為に使った加速や遅延もレベル2並の出力は出ていた―――しかしその原理が全く持って意味不明だ。数式を、そしてそれの元となったものを研究者へと見せても、全く意味はないという結論が出てしまったのだから。

 

 ただ足りなかったパズルピースがまた一つ埋まった、という感覚はあった。能力は上がるには上がった、しかしそれは大量のもやもや感を残す事を引き替えにしてだ。正直な話、これで能力を上げる事に関する法則、或いは取っ掛かりができればいいと思っていた。しかし現実はそんな簡単なものではなく、もっと面倒だった。レベルを上げるのに使ったものすら意味不明、とはいったいどうすればいいのだろうか。

 

 レベル3が遠く見える。

 

 だけど、きっと不可能じゃない。これだけ努力し、諦めなかった。その結果レベル2になれたのだから。だから諦めなければ道は見える。絶対存在するのだ。

 

「―――しかし、面白いね。”思い出した”っていう感じは」

 

 思考に没頭していた意識を研究員の一人が、その声で引き上げる。視線をそちらへと向けると、無精髭を生やした二十代の青年が、顎を掻きながら口を開く。

 

「ヒモ君はレベルが上がり、レベル2になって感じた感覚は”思い出した”なんでしょ? 時間に関するのは本文じゃないから詳しい事は言えないけど、ある種のパラドックス的現象を予想してもいいんじゃないか? つまりは―――」

 

「将来的にはもっと上のレベルである。時間という概念に触れる能力である都合上、未来からの情報が逆流して過去へ干渉している? あるいは同一存在であるからこそ無意識に未来の自分の情報を能力というコードを通して脳でキャッチしている? となるとそのメカニズムを解析できれば脳への干渉を通して未来の情報を取得できそうだなぁ……」

 

「そこでさりげなく自分の研究テーマに話題を持って行こうとするお前らの研究精神には感服するわ」

 

「ただ人の彼氏を実験動物目線で見ると痛い目を見るわよぉ?」

 

「さきっちょ! さきっちょだけですからぁ!」

 

「この場合勿論電極の事だよ?」

 

「さきっちょでも嫌だよ」

 

 割とここにいる人間のノリは良い―――というか、必然的にそうなる。基本的に操祈はレベル5、”心理掌握”という能力は嘘や秘密を絶対に許さない。そんな操祈と共に研究の出来る人間なんて清廉潔白な者か、あるいは見られても平気なほどに真っ黒な者か、それとも極限的に突き抜けた馬鹿だ。そして腹黒い連中に関してはデメリットが多いため採用され難い。つまり、能力は高い分、キャラも割と突き抜けてしまっている様な、そんな研究者が多い。操祈がアドバイザーや傭兵に雇う者も、割とそう言うイロモノが多かったりする。

 

 つい最近も語尾がカタコトの知的アドバイザーを雇っていたりする。イントネーションが面白すぎて指差しで大爆笑したのを思い出す。

 

「ま、これでレベル2だ……日常生活で便利? なレベルにはなったわけだ」

 

「銃弾を弾くのが便利なレベルって相当よねぇ」

 

「あ、荒事が結構多いですから」

 

 腕を組み、軽く怒ったような表情を見せる操祈に対して声を震わせながら答える。未だに火織戦で無茶したことを怒っているらしい。なので恐縮する様に背筋を伸ばし、足を揃えて座ると、揃えた膝の上に操祈が腰かけ、すり寄ってくる。その光景を羨まし半分、微笑ましい半分で研究者たちが視線を向けてくる。密着する様に首に手を回してくる操祈を見て、そして首を傾げ、

 

「で、何を頼みたいんだ」

 

「ここから甘い言葉をかけたりして私の悩殺力を発揮するはずの所なんだけどぉ」

 

 ははは、と笑い声を零しながら、操祈に視線を合わせる様に言う。

 

「体使ってるのが露骨だしな。そういう事をしなくてもお前の頼みだったら割と断らないからそう不安にならなくてもいいんだと思うんだけどねぇ」

 

「私、こう見えてずっと能力頼りに生きてきたから、能力の通じない相手となると割と不安になるの知ってるでしょ?」

 

 知っている。こうやって操祈が自分に色んな手段でべったりと一緒にいるのは、彼女の能力、”心理掌握”が通じないからだ。脳の中を見る事が出来ない。都合の悪い事実を消せない。秘密を暴けない。嘘を確かめられない。当たり前の様な事で、操祈にとっては当たり前ではなかった。だから操祈は、他人を信じられない。人の醜い場所を、その過去を多く見てきたから。操祈は他人を利用する場合に、その頭の中を見る。

 

 それが出来ないレベル5は絶対に信用しない。

 

 そして―――操る事も確認する事もできない俺を、能力以外の手段で縛ろうとする。

 

 こうなったのはきっと、自分との出会いが上条当麻よりも先だったから、きっとそれだけの理由だろう。だから今、こんな関係が自分と彼女の間にはある。彼女は”心理掌握”で自分を縛る事が出来ない。だから安心できる居場所を自分の所にしようとする。体を使って慣れていないアピールをしてくる。お金を管理しておけば取りに来るために絶対に会えるって解っているからそうしている。そんな事をしなくても離れる訳がないと、

 

 愛しているっていうのはお互いに理解している。ただ、それを疑うわけでもなく、不安になる時が彼女にはある。だからこんな手段を使う。

 

 それを笑って許すのが男の甲斐性というものだ―――故に笑って操祈の事は許す。彼女はつけあがる馬鹿ではないし、堕落の破滅へと誘う死神でもない。見る所をちゃんとわかっていれば、甘えん坊のただの女の子。だから今こうやって笑って許す。彼女には出来る事が多い。

 

 だけどレベル1だった……今ではレベル2の自分に、出来る事は少ない。

 

 そんな彼女が自分に頼むという事は、十中八九荒事だ。それだけが、彼女には出来ない事なのだから。そして彼女と共に人生を歩むと決めてから、彼女に出来ない事は、そして自分にできない事は、お互いに手を握って支え合うと決めているのだ―――そんじゃそこらのバカップルと一緒にされては困る。

 

 此方とら、決めている覚悟と重ねた修練だけは何物にも負けない最強のカップルなのだから。

 

「ホント熱いな、あの二人。見てるとウチのカーチャンに優しくしなきゃって思うわ」

 

「あー、そう言えば妻子持ちでしたね……つか人前でやる気がしれないっすよ俺は。あー、女王程じゃないけど可愛い彼女が欲しいなぁ」

 

「あ、食蜂さん、俺ら今夜飲み会なんすけど用事がなかったらヒモさん共々招待したいんすけど、用事とか大丈夫ですか? ほら、レベル2到達おめでとうヒモ野郎パーティーって事で」

 

「この光景と行動を見ていて出てくる言葉がそれで、本心からそれだから貴方達ってホント凄いわよねぇ。まぁ、門限なんて私の演算力次第でどうにでもなってしまうから、任せなさい。予算も出してあげるから」

 

 ガッツポーズを決めた研究員たちがそのままハイテンションな状態で仕事へと戻って行く。ここまで黒い学園都市の環境で、ここまでフリーダムにやっているのはおそらくここぐらいだろうな、なんてことを思っていると、操祈が咳払いをしていた。

 

「テイク2いいかしら」

 

「もうそのまま続けろよ」

 

 もっとこう雰囲気とか、と言っている操祈にジト目で視線を向けると頬を膨らませて抵抗して来る。が、そのまま数秒間眺めていると、観念したかのように操祈が息を吐き、自然体に戻る。

 

 そしてそこから、本題に入る。

 

「―――”妹達(シスターズ)”を知っているかしら」




 我らが爪牙、その愛はまさしく本物であった―――。

 言葉はこれ以上必要はないよな。レギオンの一員としての輝きと魂をアニメ化へと捧げるのみ。

 この金髪巨乳土下座精神をよ……!

 あ、遅れて申し訳ありません。ちょっと黒い砂漠で捕鯨してました。


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八月十四日

『個人的には気に喰わないけどぉ? それでも”予定通り”絶対能力者計画には終了してもらわないと困るのよね。だから死なない様に御坂さんの護衛をお願いねぇ。あの子、途中で絶対”妹達”の件で絡んでくるから』

 

 それが操祈の言葉だった。だから非常に面倒な事になっている。そもそもレベル5に護衛必要なのかよという言葉もあるが。操祈が言うからには必要なのだろう。自分の女を信じられずに何が男だ。絶対能力者計画とか妹達とか良く解らない事が多いが、とりあえず計画通りというのなら計画通りな事があるのだろう。それはそれでよし。

 

 そう思いながら双眼鏡を通し、御坂美琴を護衛する。

 

 遠く、数百メートル程離れた先からでも双眼鏡を使えば学生服姿で街を歩く御坂美琴の姿を確認できる。楽しそうに、笑顔を浮かべて学友であるツインテールの風紀委員、白井黒子と楽しく歩いている。既に操祈が”仕込み”を一応、という理由でやっておいてくれた。おかげで美琴の友人コミュニティ、黒子をはじめとする彼女たちの脳内には自分が友人である、という記憶がでっち上げられている。もし接触したり探したりする必要があるなら、それなりにスムーズに進ませるためだ。

 

 まぁ、仕方がない。全部終わったらこっそり消してもらおう。

 

 ともあれ、なんだかよく解らないが、美琴が死ぬ可能性があって、今死なれると物凄い困る、というのが操祈の言葉だ。個人的には美琴が死ぬような状況なんてそれこそ暗部の四位と二位の相手をするか、それとも一位に正面から喧嘩を売るか以外で想像がつかないのだが、操祈がそう言うのならそうなのだろう。決して考えるのが面倒で脳筋になっている訳ではない、必要以上に考えるとお腹が空いて、食費が増えてしまうだけなのだ。

 

 きっとそうに違いない。おのれ学園都市め、これも貴様の計略か。

 

 おふざけは止めておく。

 

 ともあれ、レベル5という領域はともかく凄まじい。操祈を見ていれば大体解ると思うが、操祈はレベル5としては割と下位、つまりは弱い方だ。洗脳は同じレベル5であれば防げる、という理由が存在するからだ。ただそれを抜きにしても、自分と当麻とレベル5を除いた人間全てを問答無用でマインドハック、洗脳、操作、何でも出来てしまうのは恐ろしい。その気になれば法律を自分の思うままに捻じ曲げる事だってできる。操祈のレベル5としては弱い方ではあるが、それでも本気を出せば国一つぐらい簡単に傾ける事が可能だ。そう考えれば簡単にその生物としての恐ろしさが伝わってくる。

 

 そしてレベル5である御坂美琴も同じ領域にある。人を蒸発させるほどの高圧電流を操り、その応用で磁力を操る事だって出来る。電子のパターン化で機械にハッキングやアクセスを行う事が出来る。その上で電磁バリアーを身に纏っている為、洗脳等の干渉に対する耐性を持っている。もはや存在そのものが兵器と言えるレベルだ。あえて言えば人間であり、そして体が少女である事が限界とも言えるが、能力だけを見て言えば現在の電子化社会では最強の一角とも呼べる能力になっている。

 

 磁力で砂鉄を操り、電撃を操ってスタンから蒸発までをこなせる彼女が本当に護衛を必要とするのだろうか……?

 

「まぁ、それでも操祈に甘々の俺はしっかり職務をこなしちゃうんだけど」

 

 双眼鏡を通して美琴を観察する。一日の授業が終わって自由時間にある為、友人たちと外でクレープタイム、と用意してあるメモ帳に記入しておく。やってる事がストーカー同然の事だが、こまめにメモを取っておくことは将来的にパターン把握に役立つと思っておきたい。きっと役立つはずだ。あとで操祈が焼却処分を求めてきそうな気がする。でも研究員たちには高く売れそうな気がする。ここは小遣い目的で写真を何枚か取って、それを売るべきだろうか。

 

 人間として大事なモノを失う気がする。止めよう。

 

「ふぁーあ……暇だなぁ。朝から昼までは授業、一度休みを挟んでそっからまた午後までは授業。そして漸く外出してるからなぁ……外出時間は三時間程度で、あんまし護衛のしがいがねぇわ」

 

 常盤台にいる間は操祈の”派閥”があるから、監視に関しては一切の心配をする必要がないのだ。だから自分の仕事は美琴が外に出ている間のみとなる。が、これも結局は数時間程度の事だ。常盤台中学には厳しい門限が設定されている。操祈の様に騙せるなら問題ないが、美琴はそこらへん、普通だし騙せるような能力でもない。だから割と門限は守っている。

 

「あんまし遣り甲斐はねぇなぁ……お」

 

 と、思いながら双眼鏡を通してクレープを食べている集団を見ていると、その集団に接近する二人組が見える。ツンツン頭の少年と、修道服姿の少女―――当麻とインデックスのコンビだ。双眼鏡を通しても見える、美琴がなんだかんだで当麻を意識しているのが。甘い青春だなぁ、とその光景を眺め、

 

 数分後、雷撃と噛みつきが当麻を押そう光景を目撃し、何時も通りのオチで終わったな、とどこか満足している自分を発見する。

 

「こういう日常が永遠に続く様に……時が止まればいいのにな」

 

 馬鹿みたいにふざけて、遊ぶような毎日。それの一体何が悪いんだろうか。美琴が、当麻が、インデックスが、あんな風に笑ってふざけている光景を見るとそう思う。

 

 未知は怖い。

 

 一寸先は闇―――未来には何が起きるかは解らない。それは今よりも良いかもしれないし、悪いかもしれない。ただ怯えているだけかもしれないが、それでも今の、この瞬間は心地いいんだ。だったらこの楽しい時間を無限に味わおうと、時を止め、時を戻して、何度でも味わおうとして一体何が悪いのだろうか。それが不可能である事は理解している。だけどこういう光景を見る度に思ってしまう―――時よ止まれ、お前は美しい、と。

 

 でもきっと、その考えは間違っているのだろう。

 

「ままならないなぁー」

 

 双眼鏡を通してみる世界の中、当麻とインデックスが美琴達と別れて別の方向へと向かう。その方向はホームセンターの方向だ。また何か部屋の物を壊したんだろうかアイツは、なんてことを思っていると、美琴達もクレープを食べ終わっていた。口を開き、何かを喋っているのを唇の動きを読んで把握する。

 

「昨日は帰りが遅くなっちゃったしそろそろ帰ろうか黒子……もうお帰りか。ま、こんなもんじゃろ」

 

 双眼鏡から顔を離し、それをベルトのフックにひっかけてしまう。あとはどうせ常盤台へ帰るだけだろうから、そこまで神経質に追いかける必要はない。ここから常盤台はそれなりに近いのだ。あぁ、終わった終わった、と呟きながら体を軽く伸ばし、近くに置いておいたギターケースを右肩に背負う。この前の火織戦の事を反省し、フル装備を持ち歩く様になったため、ギターケースの重量が今までの約二倍に増えている。その為、ずっしりと来る重みが肩に来るが、この程度なら全く問題はない。それを感じながら六階建てのビルの屋上の端まで移動し、

 

 欄干を超えて、下へと飛び降りる。

 

「よ、っと、そ、っと、っと」

 

 落下の時間を歪め、半減させる。ゆっくりと落下する時間の中でビルとビルの間の隙間、そこを交互する様にビルの壁を蹴り、左右へと移動しながら速度を殺して下まで一気に移動する。今までの自分ならまずできない事だったが、レベルが2に上がったことで出来る事は大幅に増えた。未だに現象への遅延は難しく、物体の動きを遅くしたりする事しか出来ないが、それでも出力が大きく上がった所はいい、と思っている。

 

 本格的に武器として意味を成すのはレベル3からなのだから。

 

 よ、と声を漏らしながらビルとビルの間、路地裏の隙間に着地する。視線を持ち上げる先で、

 

 常盤台中学の制服の少女がいた。

 

 髪色は茶色、ショートカットのその姿は御坂美琴そっくりである。しかし、その頭に装着しているゴーグル、そして本人から感じられる強者特有の強い”気配”が彼女には存在しない。その事から彼女が御坂美琴本人ではなく、別人である事と即座に判断し、一瞬で美琴に見られたかと思って焦った事を後悔する。

 

「妹達か」

 

「私をしっている様ですね、とミサカは軽い驚きと共に肯定します」

 

「俺はつい最近知ったばかりだけどな。それに見た目は一緒でも気配がまるで違うからな。クローンっつーからもっと、こう、似ている物かと思ったけどなんだ、別人じゃねーか」

 

 膝を曲げた着地姿勢から立ち上がりながらギターケースを背負い直す。良く見れば”妹達”も似た様なギターケースを背負っている。姿はまんま、此方が使用しているのと同じタイプ―――つまりは銃器や武装を格納する事が出来るタイプのギターケースだ。これから戦闘、あるいはそういう感じの実験が待っているのだろう。どうしたもんか、と一瞬だけ思うが、自分が関わる部分はここではない。

 

 と、”妹達”を見て固まっていたのか、目の前の”妹達”が表情を変える事無く言葉を投げかけてくる。

 

「どうしたのですか、とミサカは軽く困惑しながら言います。もしかしてミサカに惚れてしまったのでしょうか、と軽く胸の高鳴りを感じながら質問してみます」

 

「悪いけど俺の恋心は売約済みなんだ。俺の心を握りたいってならまずは俺の女を超えてみるんだな」

 

「真顔でそう言い切るのだから末恐ろしいものをミサカは感じます。あ、今の発言仲間との間で共有して宜しいでしょうか、と一応許可を貰いたいと申告します」

 

 無言のサムズアップを”妹達”へと向けると、おぉ、と無表情のまま感嘆の声を上げ、”届け私の電波ー”なポーズを”妹達”が決める。その姿を無言で数秒眺めていると、無表情のまま、ポーズはそのまま、視線だけを此方へと”妹達”が向ける。

 

「ツッコミがなくて少々寂しさをミサカは感じています」

 

「いや、ここはボケ殺ししたほうが絵的に面白いかなぁ、ってノブノブは困惑しながら答えるぞ」

 

「芸風を学習された……!? とミサカは恐怖を感じながら驚愕します」

 

「お前、ホント面白いわ」

 

 こういうキャラは嫌いじゃないわ、と思いながら握手の為に右手を前に出す。それを見た”妹達”が数秒、そのまま手を見て動きを止め、首を傾げる。その行動を知らない、というよりは意味が解らないといった様子だった。その姿に軽く苦笑しながら開いている左手で”妹達”の手を取り、しっかりと握手をする。大きく、そして強く手を振って、

 

「マイ・ネーム・イズ・信康」

 

「ツッコミどころの多さに戦慄しながらもミサカは九九七〇号であると名乗ります」

 

「お前の名前の方にツッコミどころが多すぎるわ。もっと、こう、言いやすい名前はねぇのかよ! つかなんだその数は。俺ちょっとビビるわ」

 

 そう言うと、九九七〇号は首を傾げる。

 

「そう言いましても、数が多すぎて番号以外ですと管理が面倒ですので」

 

 そう言う問題じゃないんだよなぁ、と呟く。しかし無表情のまま、まるで意味が解ってないかのように九九七〇号は首を傾げる。まぁ、伝わらないならそれはそれでいいだろう。だったら、

 

「んじゃお前今からきゅーちゃんな」

 

「絶望的なネーミングセンスにミサカは人生初の絶望を感じています。小学生だってもう少しマシな名前を犬につけると思います」

 

「えらい個性豊かだなお前! でも、まあ、無個性の名無しよりはこっちの方が人生楽しいと思うし、適度に頑張れ。草葉の陰で応援だけはしてる」

 

「死んでるのかよ、とツッコミのタイミングを学習しつつミサカは後悔します。さっきの百均でハリセンを購入すべきだったと。この後ミサカを実験が待っているので購入しなかった。その判断が今の状況に繋がってしまったと」

 

 やだ、この子面白い。”妹達”全員がこんなものなら、相当な面白集団だと思う。操祈から聞いた絶対能力者計画は何やらこの”妹達”との戦闘を重ねる事で一方通行をレベル6にする計画らしいが、先に一方通行が芸人としてのレベルを上げてしまいそうな気がする。

 

 軽く同情だけはしておこう。実験の詳細は知らないが、操祈が教えなかったという事は重要ではないのだろう。

 

 ともあれ、軽く手を伸ばしぽんぽん、と九九七〇号の頭を叩く。

 

「えーと、なんだっけ?これから実験なんだっけ? お前の様な面白ガールを相手にする百合子ちゃんの事を心底同情するよ。アレって割と沸点が低いからネタにして遊ぶと超面白いリアクションが見れるぞ」

 

「マジですか、とミサカは興味津々に食いつきます。ですが残念なことに実験の開始時間が近いので名残惜しさと共に去る準備を始めます」

 

「ん、実験の邪魔は出来ないな。とりあえずこれから一方くんの事を百合子ちゃんって呼んであげるといいよ。たぶんそれだけで笑えるぐらいブチギレるから」

 

「任せてください、と気合をミサカは入れます。きっとノブノブの期待に応えて見せましょう。それでは失礼します」

 

「頑張れよきゅーちゃーん」

 

 そう言うと軽く頭を下げて九九七〇号が去って行く。その背中姿を眺め、本当に面白い集団だなぁ、と”妹達”の事を評価する。あんなのが九千以上も存在しているのだから、その分だけ世界はもっと愉快になってそうだ。

 

 まぁ、学園都市にいるならまた会えるだろう。その時は実験の時の一方通行のリアクションを聞いて、大爆笑でもしておこう。

 

「……うっし、なんか今日は気分がいいし、奮発して大好物のポテトサラダでも食うか」

 

 鼻歌なんかを浮かべながら路地裏に背を向け、まだ人が溢れる表通りへと踏み出す。




 暗躍(仮)フェイズ。あと5000万突破ですってよ!!

 シスターズが自動人形亜種に見える今日この頃。


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八月十五日

「―――もうすぐ午後の授業が終わりますわよ、起きてください」

 

「ん、ぁ……」

 

 顔を持ち上げる。常盤台中学、操祈の派閥保有のクラブハウス、そのソファの上で寝ていたことを思い出し、ソファの前で此方を起こしてくれた縦ロールの金髪の女生徒へと視線を向ける。操祈が信頼する側近の一人だ。その姿を確認してから軽く頭を横に振り払い、眠気を追い出す様に意識を覚醒させ、両足をソファから下ろして立ち上がる。軽く両手を上へと伸ばし、部屋の中にある掛け時計を見て、時刻が二時半である事を確かめる。確かにあと三十分もすれば授業が終了し、自由な時間となるだろう。そうなれば美琴もまた、街へと何時も通り遊びに出るだろう。

 

 その前に常盤台から出るべきだろう、護衛や監視の意味で。授業が終了してから追いかけると他の生徒の目もあって、外へと出るのが面倒になる。だからソファに立てかけてあるギターケースを持ち上げて背負うと、片手を縦ロールに向けて持ち上げる。

 

「おう、サンキュな。操祈に宜しく言っておいてくれ」

 

「ご自身でそれを言ってください。きっと喜ばれますから」

 

「人前でイチャイチャするのが若干恥ずかしいんだよ、察してくれ」

 

 あらあら、と微笑を浮かべる縦ロールの側近を置いて、そのままクラブハウスの出口へと向かって行く。昨日は昨日で割と愉快だった、だから今日は今日でまた愉快な事にはならないだろうか。そんな事を思いつついつも使っている外へのルートを進む。

 

 

                           ◆

 

 

 そして期待通り、美琴が街へと繰り出して直ぐ、面白い事が発生していた。

 

 常盤台中学で授業の終了した美琴は何時もの友人たちと一緒に街を歩き、食べたりして自由な時間を満喫していた。レベル5の中でもここまで気楽なのはおそらく彼女と七位の軍覇ぐらいだろうな、なんて思いつつもその微笑ましい光景を眺める。二位や四位辺りであればその姿を現実を知らない、と罵るだろうが、

 

 それはそれでいいではないか、と個人的に思う。そこにある刹那を全力で楽しみ、味わうのはその時を得た者の特権だ。だから笑ってはならない。その時間は尊いものだから―――と言っても、やはり妬ましく感じる者にとってはそうなのだろう。その場合はそうなんだろう、お前の中では、としか言いようがない。

 

 ともあれ、今日も双眼鏡を使ってビルの上から観察する先には美琴と”妹達”の姿が見える。その姿は昨日、目撃した”きゅーちゃん”と瓜二つの姿だ。本人であるかどうかは、流石に接近しないと気配で判別する事が出来ない。ただ美琴との姿の差は一目瞭然だ。それぐらいは近づかなくたって理解できる。そんな二人の姿を双眼鏡を通し、唇を読む事で話の流れを追う。基本的には美琴が一方的に質問しているようにも思える。

 

「……シスターズ、か。まぁ、確かに自分のクローンが目の前にいるのを見て平静でいられる奴の方が珍しいよな。俺だって目の前にクローンがやってきたら若干困るしな……」

 

 そのまま喧嘩別れをする様に美琴が”妹達”から去って行く。その姿を眺めて短く溜息を吐く。こんなもんだろうなぁ、なんて感想を抱きながら一回だけ視線を”妹達”へと向け、そして隣のビルへと移す。速足で移動を始めている美琴の気配は強く、障害物があっても見失う事はない。軽くビルからビルへと飛び移りつつ、美琴の姿を追いかける。本来ここでフォローに入ったりするのが優しさなのだろうが、

 

 生憎、そこまで親しい訳じゃない。あまり優しくすると操祈が嫉妬するし。

 

 ま、その強いメンタルで何とか頑張ってくれ、と思いながら御坂美琴のストーキング、あるいは護衛を続行する。きっと今日も平和に終わるに違いない―――。

 

 

                           ◆

 

 

「―――が、怏々として祈りは決して届かないものである」

 

 水槽に逆さまに浮かぶ魔人が嗤う。

 

「さて、運命とはいかなるものか。運命、そう表現してしまえば楽だ。簡単ではある。しかしそれを表現しようとすれば、途端に言葉に詰まるだろう。あぁ、少しは時間がかかる。だが言葉を見つけ、説明できるだろう。たとえばシナリオ、プロット、あるいは見えぬ何者かによって組み込まれた流れだと。なるほど、正しい、実に正しい言葉だ。しかし、惜しいかな。本質には触れていない。いや、触れる事が出来ていない。運命とは人の手に余るもの。故にその本質は人の領域を逸脱した者であろうと触れられはしない」

 

 老人にも青年にも少女にも、水槽の中で逆さまに浮かぶ男は言う。

 

「故に未知は恐怖である、と」

 

 そう、未知は恐怖である。故に運命は恐怖するものである。

 

 水槽に浮かぶ魔人は微笑を浮かべる。その視線の先にはサングラスをかけた金髪の少年の姿がる。しかし、真っ直ぐその少年を見ているようで、実際は少年を通し、もっと広い物を見ている。直接的に少年を見ていないのがその視線からは解る。そもそも魔人自体が人間に必要以上に固執する存在ではないと、サングラスの少年は知っている。故にその視線には一切害する事はない。この魔人にとっては人とは盤上の駒でしかない。その事実を良く理解しているのだから。

 

 そう、遊戯のものだ。必要な事は必要な事でやるだろう。だがそれを完璧に終える上で楽しめるかどうかはまた別の話だ。つまりはチェスの様なものだ。チェスで確実に勝つ戦術を取るのは良い。だがそれだけではつまらない。だから駒のデザインを気に入ったものにしたり、音楽を流して遊んだり、拘りを持つ。

 

 魔人が生み出す物語の流れもまた、魔人が必要とする以上の個人的な”愉しみ”が混じっている。それを少年は理解している。故に魔人に対する感情は軽蔑と無関心の両方。心の中で軽蔑しながらも興味を持っていない。最上なのは自身の目的であり、その達成。故に軽蔑は魔人の思想、その行いに対して、しかし無関心はその行動への干渉に対して。

 

 総じていえば互いに無関心とも言える関係。しかしここでバランスを生み出すのが互いの関係―――即ち上司、そして部下という関係になる。有能な部下に魔人の上司。使える駒であれば使わない理由はない。故にサングラスの少年は魔人の動かしやすい駒として多用されている。それに対して文句はあれど、否定や反逆する事はない。二人の関係は安定している。

 

 水槽の中の魔人を見上げる様にサングラス越しに少年が見る。部屋はさほど広い訳ではなく、薄暗く、サングラス越しであれば見るのは少々難しくなってくる。しかし、それでも慣れた光景であるため、少年からすればさほど問題があるわけではない。何時もの様に、軽い軽蔑の色を言葉の端に乗せ、それを隠すことなく水槽の中の魔人へと向けて言葉を放つ。

 

「今日はえらく舌が回るなアレイスター。酔いでもしたのか?」

 

「おや、これは辛辣な事を言ってくれるな。しかしこうやって言葉を滑らせてしまうのも許して欲しい、何故なら未知への探究とは即ち自身の触れた事のない領域へと踏み出す事―――即ち見る事触れる事感じる事、それは既知の範囲から逸脱し、新たに学習できるという事でもあるのだから。人の人生とは未知を既知に塗り替える作業である。であるなら、これは人としての生を真っ当に生きているとも言える事ではないのだろうか?」

 

「お前にも未知と言える事がまだ存在したとは驚きだな」

 

「なに、驚く事ではない。万能ではなく、そして全能でもない。所詮私でさえ運命という存在の虜囚でしかない。そう、私でさえただの虜囚なのだ。しかし、この世にはその枠から飛び出す方法がいくつか存在する。故に運命の覇者として立つにはその鍵を握る事が必要である」

 

「―――その一つが”幻想殺し”か」

 

「然り」

 

 笑顔と共に少年の言葉にアレイスター=クロウリーは答えた。魔人アレイスターの言葉はまるで教師が教え子に対して教える様に、優しく言っている様に聞こえる。実際そうなのだろう。自分の言葉を誰かへと伝え、教える事に一時的な楽しみを覚えているのだろう。事実、今、アレイスターは愉快な気分である事は否定していなかった。学園都市のあらゆる行動を、流れを、そして計画を微笑の内に操っているのだから。

 

 それにはもちろん絶対能力者計画や、欠陥電気の事も含まれる。全ては計画通り、全ては企画された通り、

 

 全ては―――既知の範囲内。

 

「既知とは最悪の毒である。しかし、同時に最強の武器でもある。一回の千の未来視よりも千の既知を。それは何時か心を殺す毒ではあるが、同時に最大の薬でもある。川より生まれた流れはいずれ大海へと繋がる様に、物事には順序と流れ、そして行き着く終点が存在する。未来視はそれを垣間見る能力であるが―――既知であるという事は即ち終点を経験したという事になる。これに勝る恐怖はない。何故なら終点を経験したとは”終わってしまった”という事と同義であるが故」

 

「何が言いたい」

 

 部屋の中央、シリンダー型のビーカーとも呼べる水槽の中で浮かぶアレイスターは変わらぬ笑みを浮かべる。それが少年の神経を苛立たせる。が、それも既に慣れた感覚だ。冷静に少年は感情と感覚を制御し、苛立ちを脳の片隅へと追いやる。

 

「即ち、既知こそが運命への最大の対抗手段であると私は言いたいのだよ」

 

 言葉がまるで魔法の様に響く。

 

「人間最大の武器とはその叡智にある。しかし、それ単体では何をする事も出来ない。故に叡智を集積し、それを経験を通してフィードバックし、そして技術を通して応用する。そうやって人間は覚えた事を力へと変える。故に既知こそが力であり―――それが運命という触れられぬ運命に抗う為の唯一の方法でもある。知れば知るほど絶望するしかなくなるだろう。しかし知れば知るほど希望が生まれるのもまた事実であろう。されど、事実として先を知っていれば、という事程の強みに変化はない。運命は変えられはしない。神の掌から逃れる事は出来ない。与えられた演目を踊るしか役者には出来ない」

 

「その舞台の演目を指揮するのが貴様の目的か」

 

「いやはや、私はそんな恐ろしいことは出来ないよ。そんな力もない。出来るのは精々台本に赤線を引いて、修正をいれる、その程度の事だ。問答無用で台本に書かれた事を夢から覚める幻想の如く殺し去る力もなければ、台本そのものを破り捨てる様な絶対能力の理もない」

 

 だけど、それでも、

 

「ページを戻す程度の装置だったら私にも作れる」

 

 今度はハッキリとした、軽蔑の表情を見せながら少年が言う。

 

「それが貴様の求める”時間歪曲”の役割か」

 

「一つの役者に一つの役割を―――舞台に上がるのであればそれなりに相応しい役を与えるというのは当たり前の事であろう? まぁ、私の場合は台本を知っているが故に、キャストを適切に配置している。その程度の事に過ぎないのだが。だから君も。私も、”幻想殺し”も”一方通行”も”時間歪曲”も、全ては私の思惑ではなく、それこそもっと大きな意思の下に動いているのだよ」

 

「ぬかせ、お前こそそんな事を欠片も信じていないだろう。その顔を見れば子供にだって解るぞ」

 

「そう見えるかね? いやはや、恥ずかしい事かな。どうやら何度繰り返そうとも私は未熟者であるらしい。これでは彼には笑われてしまいそうだ」

 

 白々しい。それが少年の脳内に浮かび上がった言葉だ。そもそもからして、この男が話す内容には全く意味がない。何か重要な言葉を放っている様に見えて、実は既存の情報を難しく、解りにくく、そしてあたかも重要そうに喋っている、それだけなのだ。しかし偶に重要な情報をまるで無価値の塵の様に口から零す事もある。

 

 過度に耳を傾ける事は間違いなくその言葉の毒に汚染され、自分を見失う原因となる。そうじゃなくても接しているだけで神経を弄ばれるような感覚が常にあるのだ。それこそ神経が相当に太い者でもなければ長く顔を合わせる事は出来ないだろう。

 

 その点、サングラスの少年は―――土御門元春は理想的な話し相手であった。

 

 決して折れない不屈の精神力に科学と魔術への深い理解、それでいて目の前の男との会話の経験を持っている。故に、アレイスターとしても意味もない事を話す相手であれば、ちょうど良いとも認識されている。

 

 駒を動かすのは簡単だ。

 

 しかしそれには色がない。

 

 一流は目的を達成する。

 

 しかし、超一流はそこに物語を生み出す。

 

 今回も無駄になるかもしれない。無駄にならないかもしれない。それをアレイスターであれば予想できるし、そしてある程度の操作をする事も可能だろう。だがそれではつまらない。一流止まりの仕事だ。

 

 全てのプロセスは始まる前に完了させている。故に後は歯車が勝手に目的を達成する事をひたすら眺めるのみ。

 

 重ねてきた労働が結果へと繋がる様子を眺める所のみを残す。故に言葉にも興は乗る。

 

「さて―――」

 

 元春の視線を視線を受け止めつつも、アレイスターは口にする。

 

「経験した事、感じた事、覚えた事、そして身に着けた事。それらの一切が無駄になる事はないだろう。たとえ踏み潰される蟻の一匹であろうと無駄な役者はおらんよ。故に私は言葉を贈ろう」

 

 一拍を置き、

 

「Disce Libens―――喜んで学びたまえ。死も絶望も慟哭も回帰も、全てはその為の贄でしかないのだから」




 貫録のニート枠。寧ろニート。働かない様に見えていて実は裏で過労死しているのが当たり前なニート。ただ助走つけて殴りたい気持ちはある。


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八月十五日-Ⅱ

 死というものが人に与えるストレスは大きい。

 

 死ね。死んでしまえ。殺してやる。

 

 言葉は陳腐であり、簡単に発せるものだ。しかしそれを実際目の当たりにすると話は変わってくる。普通の人間は躊躇する。すこしイカレた人間は躊躇してから殺す。完全にイカレた奴は躊躇せずに殺し、生まれからの殺人鬼は息を吸うかのように殺す。

 

 しかし、どんな精神の者であろうと、殺人にはストレスが発生する。死そのものにストレスが発生してしまう。もし、死に対して一切のストレスを感じない存在がいれば、それは人間という枠組みを超えた化け物に過ぎない。故に、人はストレスを受ける。その脆弱さこそが人間らしさであるのだから。だから人は死と向き合う時、忌避感を受け、やがてそれを受け入れる。そういう風に人間は出来ている。やがて忘れてしまう様に、前に向いて生きていける様に。ただ、死、それを直視してしまったストレスは即座には抜けない。

 

 ―――今まで死を見た事のない者が”自分”の死を目撃したらどうなってしまうのだろうか。

 

 その答えが見える範囲で発生していた。

 

 

                           ◆

 

 

 血、血、血。

 

 腕、足、そして首。

 

 それが広がっている。

 

 どうすればこんなにも残酷に殺せるだろうか。そんな光景が広がっている。たった一人の少女の体内の血液が広くぶちまけられ、腕と脚は一本ずつちぎれながら大地に投げ出され、首も一緒に転がり、胴体は完全にコンテナに押しつぶされている。コンテナの端から潰れた内臓、その一部が見え、嫌な臭いと気配を空間に生み出していた。百メートルほど離れて伺っているとはいえ、それでも嫌悪感を感じるしかない殺人現場だった。それは戦闘による被害ではなく、何処からどう見ても”蹂躙”によって発生する死にざまだった。

 

 ―――それを御坂美琴は目撃してしまった。

 

 逃げながら銃を撃っていた”妹達”の一人の姿を。しかし追いつめられ、一撃で体がバラバラにされたその姿を。不運としか言いようのない光景だ。まだその決定的瞬間を見ていなければ即座に吠えるだけの気力があっただろう。だが自分を含め、美琴は目撃してしまった。自分と全く同じ姿をした少女が抵抗する事もできずに一撃でバラバラにして殺された姿を。

 

 それを勿論自分も、離れてはいるが目撃してしまった。凄まじくグロテスクな光景を。しかし、幸いながら”そういう”事に関しては耐性がついている。人の死体なんて学園都市の裏側を覗き見れば溢れているものだ。だからそこまでショックはなく、簡単に死の衝撃は体を抜けて行く。しかし、自分と全く同じ姿をしている妹の死を見てしまった美琴は違う。

 

 その場で立ちつくし、第一位”一方通行”の前で完全に足を止めていた。

 

 コンテナの裏に身を隠す様にしながら状況を伺いつつ、毒づく。

 

「操祈め、解ってて言わなかったな」

 

 ちょっとだけ、心の中で操祈を恨む。おそらくこんな状況になる事も―――そして”妹達”が一位に処刑されるための生贄である事も知っていたのだろう。美琴を護衛しろ、と言ってこうならないとは思わない筈がない。最初から知っていれば、”妹達”に関してはそこまで情が湧かずに”そういうもの”として諦めていただろう。しかしこうやって接してしまった以上、関わる理由が出来た。

 

 その理由を操祈は生み出させた。うーん、この悪女。

 

 そんな事を胸中で呟いていると、空間がスパークする。夜の闇に光が満ちる。コンテナから半身を出す様に美琴と一方通行の方へと視線を向ければ、全身から雷撃を噴出する美琴の姿があった。レベル5特有の特異な気配、それが怒りによってより一層濃く、死の気配を纏っていた。それを前に一方通行は薄い笑みを浮かべ、見下すような視線を美琴へと向けていた。このまま放置すればまず間違いなく美琴が一方通行へと喧嘩を売る。

 

 ―――美琴では絶対に一方通行に勝利出来ない。

 

 完全にブチギレ、雷撃で触れた大地さえも焦がし、溶かす美琴。その右手が持ち上げられる。振れてしまえば人体なんぞ簡単に焦がし、蒸発させてしまう。致死の雷撃。それを放ってしまえばどうなるかなんて解り切った事だ。しかし、それでさえ一方通行に届く事は絶対にありえない。その絶対性、神話とも呼べる絶対勝利の領域に立つ存在。だからこそレベル5の頂点。最強の能力者。それ美琴は理解していたとしても―――怒りで全てを忘れている。

 

 故に、取る行動は簡単、

 

 既に握っている長針と短針の二刀の処刑刃を握り、

 

 そのまま時を加速、止め、遅延させ、そして百メートルの距離を一瞬でゼロにし、一方通行と美琴の間に立つ。美琴を止める為に口を開こうとし、

 

「ス―――」

 

「らぁああああ―――!!」

 

 美琴が放ち、一方通行へと放とうとした雷撃が間に立っていた体に直撃した。

 

 一瞬で体が焦げ、ちぎれ飛び、穴から血液がばらまかれる。体の大半が蒸発しながらも残った部位はまるでミサイルの直撃を受けたかのように飛び散って醜悪な光景を生み出―――さなかった。

 

「トップ。止まれ。それ以上やると死ぬから、な? 俺が」

 

「……あ?」

 

 時が逆行する。雷撃は溜め込まれる前の状態へと戻され、即死したはずの体は無傷の時へと帰還する。結果、攻撃を放つ前の状態へ、ただ唯一自分だけがこの場にいるという変化を除いて、元に戻っている。その光景に美琴は怒りを一瞬だけ忘れたかのような、迷子の様な表情を浮かべ、そして一方通行が此方へと怒りの表情を向ける。

 

「あ、見つけたぞてめェ。あの人形に変な事吹き込んだの絶対にてめェだろォ! あァ!? どうしてくれンだよ! アイツら俺の事を百合子ってしか呼ばねェんだけど! そのうち研究者共まで真似し始めやがるぞオイ!」

 

「あぁ!? 最後に嫌がらせだけしてったお前が悪いんだろ!? 煽りとネタと喧嘩は相手を選ばずにやるもんだろ!? もしかしてお前そんな学園都市の地元ルールも知らずに俺と同じテーブルに座ったのかよ! 最悪だなぁ!」

 

「最悪なのはてめェの脳味噌だよ! どンだけイってんだよお前の脳味噌! 研究所のキチガイ連中とはまた別のベクトルでぶっ飛んでるぞ!」

 

「お前のベクトル操作でどうにかしてみろよォ!」

 

「なんでアンタが喧嘩売ってるの……?」

 

 若干唖然としている様子を見せているが、美琴が此方と一方通行の姿を見ながらそう言葉を口にすると、息を吐き、そして少しだけ、落ち着いたかのような姿を見せる。一方通行へと向けていた体を美琴へと向ける。

 

「ふぅ、なんかコントを見ていたら落ち着いて来たわね……。で、何で死んでないのかは能力を知ってれば解るし……どうしてここにいるの。邪魔をするってんなら……!」

 

「ヘイ、ストップリトルビリビリガール! 愛しの当麻君がいねぇからって―――あぶねっ」

 

 放たれた雷撃を反射的に時を歪める事で回避する。それが後方にいた一方通行にヒットするが、当たり前の様に反射され、弾かれる。一方通行がその光景を見て、溜息を吐く。

 

「なンだ、……俺でさえ怒った程度では攻撃はしねェぞ……?」

 

「美琴ちゃん本当に将来大丈夫……?」

 

「なんでアンタ達同調して追い込みに来てるのよ! その妙な息の合い方は何なのよ!」

 

 ―――正直に言えば理由はない、なんとなく、というのが理由だ。

 

 一言で説明すれば馬が合う。それに尽きる。まるで一緒に育ってきたかのように呼吸が解る、大体の感じが解る、言葉では説明しづらいフィーリング的な部分で”知っている”という感覚がある。もしかするとこの前、研究員が言っていた未来からの情報取得、という仮説がある意味で通っているのかもしれない。ただ、今はそういう事を考える状況ではない。完全にヒートアップしていた美琴がギャグを通してそこそこ落ち着いたのを確認し、一方通行からも戦闘の熱が抜けてるのを確認し、口を開く。

 

「簡潔に言えば護衛。美琴ちゃんが死なない様に影からひっそり学外での活動を監視してたんだよ。っつーわけで、白もやしへの攻撃はやめろ。マジでやめろ。冗談とかネタ抜きでな。俺やお前如きがマジで殴りかかっても絶対に倒せないから。諦めて寮に帰れ」

 

 なるべく感情をいれずにそう美琴へと告げた瞬間、

 

 雷撃が襲い掛かってきた。横へのサイドステップ、時の遅延、そして刃の一閃。全ての動作を同時に行い美琴の放った雷撃を切り払う。それが行えたのは美琴が全く本気で攻撃するつもりはなく、振り払う為に攻撃を行ったからだ。

 

「―――今ので解ったでしょ? 邪魔よ、退いて。アンタ程度じゃ私を止められないわ。そして止まるつもりもないわ。そこのクソ野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないのよ。私が、私の過去の失敗が、判断が”妹達”を生み出してしまったのよ。だったら姉として、その責任を取らなきゃいけないのよ。だから退きなさい―――邪魔するならそこのクソ野郎ごとぶっ飛ばすわ」

 

「ハッ! 弱い犬がよォく吠えるなァ! 出来もしねェ事を言ってると弱く聞こえるぜオリジナルよォ。それに俺はオールオッケーだぜ? お前を殺したほうが実験を早く終わらせられそうだしなァ」

 

「解ってはいたけどレベル2じゃ全く話を聞いてくれんわ。これ絶対に人選ミスだわ」

 

 雷撃を収束し始めた美琴に対応する様に、一方通行も戦意を見せ始める。美琴も一方通行も、どちらも本気でお互いを殺す気で睨みあっている。その間にいる自分も間違いなく、巻き込まれるだろう。溜息を吐きながら処刑刃を持ち上げ、二刀のそれを動かす為の体勢に移す。同時に自分を中心として時を歪めるのを始めながら一歩、二歩、と後ろへと下がって少しだけ、動きやすいように自分の間合いを作る。そこまで準備を完了した所で、抑え込んでいた苛立ちと戦意を表に出す。

 

「クッソ、時間を戻したって痛いものは痛いんだぞテメェら。バカスカ殺してもどうせ蘇るから大丈夫みたいな考えしやがって。いいぜ、どうせ美琴ちゃんを眠らせて白もやしのクズ野郎には一発拳を叩き込まなきゃいけねぇからな。この調子からするとどうせきゅーちゃんもぶっ殺しやがったんだろクズもやし」

 

「あぁ、あの煽って来やがったクソ人形だろォ? 何時も以上に念入りにぶっ殺してやったよ。まァ、面白い経験は詰めたことだけは感謝してやってもいいかもしれねェけどな」

 

「このドクズが、単価18万の人形? ふざけんな! 命に値段をつけられる訳がないでしょ! たとえつけられて、それがどんな無価値なものであろうと、私は責任を取らなきゃいけないのよ。見逃せないのよ。姉として、妹達が殺されるだけの現状を許せるものか! 勝てなくたって、アンタの能力を狂わせさえすれば実験を遅延させる事は出来る……!」

 

「ハッハァー! いいぜェ、いいぜェ! ちょうど雑魚ばかりで食い飽きていたんだよォ、本当に経験値つめてるかどうか疑ってたンだよ。オリジナルをぶっ殺せるなんてナイスな展開じゃねェかよ? あァ? そう言えばお前もいたんだっけ。別にレベル2に上がったばかりのド四流には用はねェから帰ってもいいンだぜェ」

 

「好きな男に正面から好きだと言えないガールも、腹筋が一回もできそうにない童顔貧弱クソもやしも好きなだけ言ってくれるなぁ! あぁ、もう完全にトサカに来たぜ。とりあえずお前ら二人ともシバいて泣かせて土下座させてやるから覚悟しろよぉ―――!」

 

 どうしてこうなった。

 

 美琴を護衛する。それだけの話だった。だが今、状況を見ればレベル5二人を相手に三つ巴という限りなく言意味不明な状況を繰り広げる事になっている。おそらくもう止まらない。止める事が出来ない。美琴の戦意を殺意が上回っている。一方通行も興が乗っている。正論で止める事は二人とも難しい。

 

 要はエンジンがかかりすぎた状態なのだ。冷水ぶっかけて冷静になれ、といった所で逆にキレる状態だ。

 

 こうなってしまってはだれにも止められない。強制的に抑え込むぐらいしか方法はない。しかし実力差、能力者としてのレベル差を考えてしまうと圧倒的に差が生まれてしまう。

 

 雷撃が夜の闇を貫き、白く染め上げる。御坂美琴の全身から発せられる雷光が彼女の周囲を明るく照らし、夜である事を忘れさせる程に明るさを見せる。その全ての電流が致死性を孕んでいるのは触れずとも、確かめずとも解る。最初の一撃と違い熱量は籠っていないが、その代わりに繊細なコントロールが入り、美琴の周囲を帯電する様に舞っている。

 

 それに対し一方通行は不敵に笑みを浮かべ、腕を組み、立つ。そのモーションしかとらない。否、取る必要がない。学園都市最強と呼ばれる存在、その能力の内容は”ベクトル操作”。彼にはファイティングポーズが必要ない。立っている、それだけであらゆる攻撃を防げる、返せる、そして敵を一瞬で蹂躙できる。ありえない様な現象を指一つ動かす事無く実現できる。故に構える事は必要なく、ひたすら絶対君臨者として見下ろす様に、愉快げに笑みを浮かべて相手を待つ。

 

 それに対して此方にあるのは刃が二本、特異すぎる能力、

 

 そして二人が絶対持ち合わせる事の出来ない戦闘者としての技術、経験、勘、精神。

 

 この中でレベルが一番低いのは間違いなく己である。

 

 しかし、純粋に戦士として鍛え、能力以外が育てられているのは自分のみ。

 

 それを理解し、三者同時に別々の言葉を吐く。

 

「お前だけは、絶対にぶっ飛ばす……!」

 

「ヒャハハハハァ! こいよ三下共ォ!」

 

「俺、これが終わったら操祈を押し倒すんだ……」

 

 そして、三つ巴の戦いが始まる。




 悲報、何故か三つ巴へ。おかしい、ここは普通ビリビリとタッグ組んで百合子ちゃんをボコボコにする流れなのに、何故か凄い絶望的な流れになっている。

 これもアレイスターって奴が全部悪いんだ。

 シスターズは饅頭の取り合いで重役出勤です。


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八月十五日-Ⅲ

 雷光が夜の闇を貫く。

 

 電子機器を余波のみで狂わせて破壊し、受ければ体を粉々にする雷撃の槍が一直線に美琴から一方通行へと放たれる。絶死の雷槍の前に一方通行は不敵の笑みを浮かべたまま腕を組んだ体勢を止めず、必殺の一撃を動く事もなく受け止める。体に衝突した雷槍はそのまま一瞬だけ、一方通行の体に当たって停止する様な姿を見せ、そのまま方向を真逆―――美琴の方向へと戻して、雷速でのフルカウンターが発生する。自身の最強の一撃、それこそ放った為に雷撃を溜めこんだ右手が軽く焦げる程のそれが、真っ直ぐ戻ってくる。殺すなんて生易しいものではない。完全に消し去るつもりで放った一撃は美琴でさえ受け止めきれないもの。放った瞬間から制御を離れている。

 

「―――水底の輝きこそが永久不変」

 

 そこに割って入る。

 

 雷速という人類では到達不可能の速度の領域。そこに入り込めるのは唯一、時間という特異すぎる概念に触れる存在のみ。人間では知覚すら出来ない速度の世界、それを倍速と速度の半減、それを組み合わせる事によって自身とそれ以外の速度の世界に相乗効果を発生させ、技術による体裁きを合わせ、技術と能力の完成で、雷速へと割り込む人間を超越した動きを完成させる。

 

 雷槍が美琴へと直撃する前に割り込んだ体を前へと出し、左手を持ち上げる様に動かす。加速された時間の中であれ、その動作は雷速に劣る。完全に上回り続けるにはまだ能力が完成されていない。完成さえすればそれは星の巡りさえも超越するだろう。だがそれは未だに届かぬ思考の領域。未知にある既知。故に、取れる選択肢は極端に少なく、出来る事は少ない。

 

 それでも、積み重ねてきた修練は経験から最適な選択肢を選び出す。

 

 雷槍の時が停止する。超加速の時の中で停止した雷槍はただのオブジェクトと化す。現象ではなく物体。実体を持たぬ現象、存在が時を失ったことによって固形化される。それを処刑する様に左手の長針で一閃、そして素早く右手の短針で二閃目がバツの字を描く様に、踏み込む様に放たれる。それを持って雷槍が四分割され、時が動き出すのと同時に分散して消え去る。切り裂き、頭を下げた状態、

 

 そこから美琴が動きを止める訳もなく、焼け焦げた手を伸ばしながらコインを指ではじく。

 

「ブッ散れェ―――!!」

 

 少女にあるまじき絶叫。体を射線上から横へ飛び出しながら目撃するのは反動で流血する美琴の右腕、その手の指から弾かれるコインがレールガンとなって音速を超過しながら衝撃波の弾丸となり、コインそのものを粉砕しながら一方通行へと迫る。

 

 しかし、一方通行のリアクションは一切変化しない。腕を組んだまま、見下す笑みを浮かべ、愉悦の表情を張りつけている。一切動く事もなく体でレールガンを受け止め、そしてそれを再び真っ直ぐ美琴へと向かって反射する。再び必殺の牙は放った美琴へと向かって牙を剥く。それを成功させないためにも再び音速の弾丸へと割り込む様に時を歪め入り込み、

 

 瞬間的に時を止め、刃を走らせる。

 

 止まった時、空間の中で走った刃が時を動かすのと同時に、現象が後から追いかけてくる。止めた僅かな空間の中で、追いついた現象は物理法則を再現する為に、ゼロ秒で刃の動きを追おうとする。その動きに空気が、大気が耐え切れず、

 

 破裂しながら衝撃波を生み出し、弾丸を切り裂く。本来であればゼロ秒の動き故に光速で動いた結果として物理現象の崩壊が予想されるはずが、”なぜか”発生しない。それはレベル1の頃から変わらない謎の現象。しかし、レベル2となってそれは強化され、衝撃波を生み出す様になっていた。それは現象が能力と共に強化されるかのように。

 

 しかし重要なのは能力に関する考案ではなく、如何に御坂美琴を生存させるか。傷ついた美琴の右腕の時を戻しつつ、巻き込まれない位置に体を飛ばした瞬間、雷撃が一方通行の上空から降り注ぎ、そして反射され、上空へと向かって弾かれる。その様子を一切動くことなく一方通行は笑う。

 

「ハハハァ! なんだよそれはよォ! もしかして天下のレベル5でそンなざまなのかよ? あァ? オリジナルだっつーから少しは期待したがよ、期待ハズレもいいところじゃねェか! 可哀想だなァ、お前の妹は! 丁寧に他人のナイト様を借りなきゃ戦う事もできねェクソザコなんだからよォ! あァ!? 悔しいか? 悔しいだろうなァ!? ギャハハハハ―――!!」

 

「お前お前、お前はァ―――!」

 

「俺の仕事が増えるんだから煽るんじゃねぇよ貧弱クソ白もやしがァ―――!!」

 

 げらげら、と品のない笑い声を一方通行が漏らし続ける。それと共にその頭上目がけて数十の落雷が落ち続ける。全てが殺意を孕んだ雷撃、しかしその一切が一方通行の肌を撫でる事はない。その全てが振れる様に一瞬だけ硬直し、逆方向へと反射されている。そう、反射。それが一方通行を守る絶対の鎧。ベクトル操作という能力うから自身へと降りかかる災い、その方向を逆方向にする事で反射し、届かせる事無く無力化する術。シンプル、故に凶悪。純粋な力任せの攻撃は寄り力を一方へと込める。故にカモとなって反射され、自滅する。

 

 故に美琴の攻撃は届かない。純粋な直接的攻撃が一方通行へと通じないのだから。雷撃も雷槍もレールガンも、全ては方向性の伴った必殺攻撃。故に反射で簡単に対処できてしまう。故に一方通行の下種な笑い声が響く。それが美琴の怒りを助長させる。能力者の頂上決戦とも呼べる戦いは終始、一方通行のベクトル操作による蹂躙でしかない。

 

 ―――それが二人だけなら。

 

「幾世を経ても―――」

 

 小さく言葉を呟きながら、時を疾走する。

 

 口から漏れだす言葉に意味はない。意味を考えてはならない。きっと何かがあるのかもしれない。足かい能力を使おうとすると漏れだすそれらは脳を活性化させ、そして能力を更に鋭く制御させる、一種の暗示でもある。故に自然と漏れだす言葉はこれから使用するという事を自身に宣言し、

 

 雷鳴を縫う様に疾走する。

 

 雷速に常時追いつけるほど能力は強固ではない。しかし、それでも経験からどこへ落ちるかは予測できる。故に通り道はまるで雷鳴が避けるかのように発生し、突き進む。一方通行へと到達するのに一秒も必要はない。雷鳴が大地を砕きながら轟音を響かせる戦場の中で、砕けた岩や石つぶてを足場に、駆け上がる様に加速し、一方通行の背後へと回り込む。

 

 躊躇はない。

 

 反射が発生する音を知っていながら、右手の短針を首へとめがけ、一瞬で斬撃を繰り出す。

 

 時が停止する。否、刃の時が停止する。停止した刃は本来であれば干渉不可の存在となる。時間軸が異なる理に普通の人では触れる事が出来ないからだ。しかし唯一、己のみが触れる事が出来る。異なる時間を操り、それを認識する己のみが。

 

 故に異なる時間軸、ゼロ秒の世界に存在する、”動いているはずのない”、”ベクトルの存在しない世界”の刃が一方通行の首へと触れる。

 

「―――」

 

「惜しかったなァ」

 

 流れる様に弾かれる。僅かに一方通行の上半身は衝撃から傾くも、その姿勢や体勢は崩れない。依然、強者の余裕を張りつけたまま、絶対君臨者として見下ろす様に刃を弾いた。その直後に素早く、時の差を突き破るように強引に足で大地を踏み潰す。

 

 そうやって発生する衝撃波と土砂によって体は自動的に防御の体勢へと移され、吹き飛ばされる。

 

「発想は悪くねェ。けどな、初見必殺で出すべきだったぜェ。一度見れば―――解析して後は余裕だからなァ!!」

 

 強者に相応しい傲慢な態度だった。見たから、解析したから。だからゼロ・ベクトル。そんなものに対応出来る。常識では考えられない様な発言。しかし、それを成してしまう。それが通ってしまう。故に絶対強者、

 

 レベル5、学園都市第一位、一方通行という存在が通ってしまう。

 

 だけどそれで許せるほど、諦められるほど怒りは容易くない。

 

「おおおおォ―――!!」

 

 言葉が絶叫に消えて行く。一方通行の巻き上げた土砂から砂鉄が伸び、それが竜巻の様に回転を始め、その中にいる一方通行を回転によって切り刻む。反射が常時発動する状況の中で、やがて帯電する砂鉄が雷光を響かせながら破壊を生み出す。しかしそれを外側から傷ついた体で観察しても解る。

 

 一方通行には欠片もダメージが通っていない。

 

 それどころか、手を抜いてすらいる。

 

「ヒャハハハァ! いいぞいいぞォ! オラァ、乗り越えて俺に経験値を少しは貢いで見ろよ雑魚がァ!!」

 

 雷光の砂鉄が内部から吹き飛ぶ。吹き飛んだ砂鉄が鋭利な刃となって肌を切り刻む。痛みを堪えながら体勢を低く、一方通行の方へと踏み出した瞬間、ニンマリと最強が口を開くのが見える。

 

「行くぞ、俺のタァーン!」

 

 言葉と同時に足が大地を踏みつける。次の瞬間に大地が割れ、衝撃波が大地を伝いながら襲い掛かる。それを踏みつけの動作で回避するのと同時に、舞い上がった土砂を足場に、時を歪めながら土砂の道を駆ける。吹き飛ばされた砂鉄が弾かれながらも形を変えて行くのが見える。それは一方通行の頭上で塊、巨大な質量となって振り下ろされる様に見える。

 

 ―――クソ、解ってたもんだけど俺の命を無視してやがんなあのクソガキ……!

 

 美琴が怒りでキレているのは間違いがなかった。半分無関係な此方を攻撃に巻き込むのは筋違い―――なんてことは言えない。そもそもこんな状況に対面して、まともな精神を保っていられると思ってはならない。少しぐらいのヒステリーを許容してやるのが、

 

「男の度量ってもんさな」

 

「頑張るなぁ、ナイト様はよォ!」

 

 笑いながら風が切断される。衝撃波が無作為にばら撒かれる。衝撃波が大地を砕きながら発生する。土砂が吹き飛びながら抉りに来る。鉄骨が槍の様に空間を飛び交う。コンテナがまるで砲弾の様に降り注ぐ。大きく腕を広げた一方通行が攻撃に入っていた。あえて先手を譲り、攻撃させていた状態とは違う。両手をだした一方通行は漸く攻撃に出ていた。

 

 その規模は何と比べても段違いだった。

 

 出力を上げれば上げるほど身を焦がし、感電させる美琴とは違い、そんなリスクが一方通行には存在しなかった。故に簡単に災害が発生する。

 

 ノンストップで発生する暴力の嵐が雷鳴や砂鉄とぶつかりあい、爆発を巻き起こす。言葉にならない暴言を吐きだしながら美琴へと向かってとんで行く、回避不可能な攻撃を割り込んで切り裂き、解体し、処刑する。

 

 しかしその処理を超えて攻撃が発生する。

 

 美琴には此方が見えておらず、殺意だけが一方通行を捉えている。

 

 そうやって繰り出す雷撃が美琴の左腕を真っ黒に焦がす。

 

 砂鉄と土砂を紙の様に貫通しながら全てを蹴散らす雷撃は一方通行の反射の鎧に振れ、弾かれながら僅かに帯電させる。それを面白そうに一方通行が笑い、そして興奮したかのように腕を振るう。

 

 土砂を切り払いながら時を戻し、美琴の腕を元に戻す。同時に走る斬撃を切り払うも、質量差の問題で捌き切れずに斬撃がいくつか体を切り裂き、抜ける。それが美琴の近くの大地を抉り、大きな亀裂を生み出す事に冷や汗を流しながら、痛みを精神力で追い込み、再び時を加速させる。鳴りやまぬ雷鳴の中で、ひときわ大きく一方通行の声が響く。

 

「俺とお前が戦えば一八五手で死ぬらしいけどどうだァ? どうなンだ? あン? 良くもってンじゃねェーか―――あァ、そっか、そりゃそうだよなァ、だってオネエチャンだもンなァ! 恥ずかしい姿は見せられねェよなァ! オネエチャン! ホラホラァ! もっと気合だせよオリジナルゥ!」

 

「アクセラレータァァ―――!!」

 

 煽る様に挑発する一方通行、そして更に激怒する美琴。一方通行は完全に遊んでおり、美琴は完全に遊ばれており、そのカバーで完全に自分の動きは潰されていた。

 

 出来る事なら即座に美琴に接近し、意識を落としたい―――というよりもずっとそれを狙っている。

 

 だが出来ない。それを一方通行が理解しているから。

 

 美琴一人では防ぎきれない量の攻撃を繰り出し、そしてその攻撃量を自身へ誘導している。故に美琴へと接近して意識を落とせば、その瞬間連続攻撃で死ぬ。時を戻そうにも、持続的に攻撃が続いている。時を戻した直後は時を戻せない制限がある。故にそこを即座に潰される。

 

 どこをどうすれば、自身に有利に状況を進めるか、戦えるか、それをよく理解し、利用して挑発している。

 

 白髪の悪魔との表現に相応しい悪童がそこにはいた。

 

 ―――ま、それでも諦めるわけにはいかないんだけど。

 

 動きを更に効率化させて行く。衝撃波と雷鳴と土砂が荒れ狂う戦場の中で更に動きを加速化させ、そして命中する、しない攻撃の選別を更に繊細に行う。確実に当たるものだけを選別し、それを最低限の動きで回避、あるいは切り払う。そうしながら一斬一斬の動きに体を加速させる。ゼロ秒攻撃が一方通行へと通じない以上、どう足掻いても最強を撃破する事は不可能だ。

 

 勝てない。

 

 一方通行には勝てない。

 

 不可能。

 

 勝てる可能性がないからこそ、絶対君臨者なのだ。

 

 絶対の事実でそこに存在する―――故に慢心も傲慢も油断も相応しい。

 

 ―――事実が理解できたなら覚悟を決める、それだけだ。

 

 一方通行の時を止める? 遅延させる? 駄目だ。そもそも能力自体が一方通行に通じない。停止させても即座に抵抗され、突破されてしまう可能性が高い。故に直接攻撃も何も通じはしない。唯一可能性があるのが、同じレベルにある美琴の存在だが、現状彼女は完全に正気を失っている。怒りのままに自滅の道を全力疾走している。このまま放っておけば、間違いなく勝手に自滅するだろう―――此方を巻き込んで。

 

 だったらやる事は決まっている。

 

 ―――逆走する。

 

 一方通行へとではなく、美琴へと向かって走り始める。背後から来る攻撃を気配を頼りに紙一重に回避しつつ、一瞬で美琴の前へと到達する。

 

 ここまでは良い。ここまでは簡単だ。問題はこの後。

 

 避けようのない攻撃が背後から来る。切り払えば質量差で押しつぶされ、そして避ければ美琴へとヒットする、絶望的な量の攻撃を。それが美琴には見えているだろう。だがら既に雷撃を放ち、砂鉄を操る彼女は止まれない。体も帯電しており、人が振れようとすれば一瞬で感電死してしまうかもしれない。

 

 その状況で美琴の間で動きを止め、

 

 武器を手放す。

 

 鉄骨が突き刺さった、衝撃波が体を抉った。砂鉄が肌を切り裂く。雷撃が体を焦がす。石つぶてが骨を砕く。

 

 全身を激痛が襲い、血が溢れ出る。それが真っ直ぐ美琴へと破裂する様に降りかかり、少女の体を赤く濡らす。

 

 そうやって体を真っ赤に染めたところで、ボロボロの手で美琴の頬を一回叩く。動かした手がぼとり、と落ちる。焦げて剥がれた腕を見て、美琴の口が小さく開く。

 

「―――ぁ」

 

 漸く、瞳に正気が戻る。それを確認し、時を巻き戻しながら肉体を復活させる。

 

 しかし、予想していた通りに、直後に第二派が体を襲う。土砂と衝撃波が同時に、美琴の前に立って背中を向ける此方に襲い掛かってくる。時を戻した直後は時を戻せない。

 

 だから巻き戻せないダメージが発生する。

 

 それを甘んじて受け止め、振り返る事なく受け止め、美琴へと視線を向け続ける。

 

 背中は背中で酷い惨状になっているのだろうが、それを一切意識する事無く、上半身が赤く染まった美琴へと言葉を向ける。

 

「頭、冷えたか?」

 

「―――……」

 

 言葉はない。しかし、言葉を肯定する様に雷鳴が消え始め、そして浮かび上がっていた砂鉄の嵐が収まって行く。小さく、美琴の手が震えるのが見える。その姿を見て、能力を遠慮なく発揮したことでストレスが抜けたか、と安堵の息を吐きながら能力を発動し、消せないダメージが残っている此方とは違い、時間を巻き戻せる美琴の時間を巻き戻し、ダメージ抜く。

 

「おいおいオイ、それはねェだろ! ここからがいいところなんじゃねェか!」

 

「うるせェ、百合子ちゃんを某掲示板へ投げつけるぞ!!」

 

 息を吐きながらも不満そうな一方通行への声に応える。明らかに不満を声だけではなく雰囲気っで発する一方通行が口を開こうとし、

 

「―――これ以上の戦闘行為は計画から大きく外れ、計画そのものを破綻させてしまう為に即刻終了すべきだとミサカはドン引きしながら忠告します」

 

 背中の痛みを堪えながら視線を傾ける先、月光に照らされる様に、美琴と全く同じ姿をした少女の姿があった。

 

「故に」

 

「これ以上の戦闘行為を」

 

「ただちに終了してください」

 

「破綻してしまってはミサカの」

 

「存在意義が完全に無駄になってしまいますので」

 

「とミサカは軽く百合子に懇願する様に言います」

 

 闇から、月明かりに照らされる様に次々と同じ姿をした少女達が出現する。軽く二桁に入る数の”妹達”の出現に自分も美琴も動きを完全に停止させるが、一方通行はまるで興が削がれたかのような表情を浮かべ、頭の裏を軽く掻きながら溜息を吐く。

 

「最後の一言で戦意が漲りそうなんだがどうしてくれンだよ」

 

「目指せ脱もやし」

 

「と、ミサカは目標を掲げてみます」

 

 サムズアップを向ける”妹達”の一人に一方通行は中指を突き立てると、そのまま背中を向けて歩い始める。完全に闘争の気配は終了していた。

 

「うるせェよ18万。……チ、命拾いしたなオリジナル、あと馬鹿。その傷が原因で死ね」

 

 完全に興味を失くした一方通行が去り、

 

 ―――短くも苛烈な、戦闘が完全に終了した。




 長い割には内容若干薄いかも? と思ったりもしなくない。レベルが低いうちはやっぱりできる事が少ないから戦闘描写も単調だね。もっと満足できるバトル書きたいもんだわ。

 それにしても一方さん楽しそう


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八月十六日

「がぁぁぁ! クッソ! 痛ぇぇ!」

 

 誰にも遠慮する事無くそれを言葉にして叫ぶ。深夜だったとか、夜が明けてきたとか、損しかしない一戦だったとか、そういう諸々の気持ちを言葉にして叫びだすと、一気に気持ちがすっきりする。あぁ、すっきりした、と言葉にしながら小さく笑うと、腰かけるベンチの後ろ側にいる存在から声がかかる。

 

「いや、スッキリしたって何よ。良くそんな状態で言えたもんね」

 

「オメーがやったんだからちゃんと反省して手当しろ」

 

「……うん」

 

 背後にいるのは美琴だ。満身創痍の此方とは違って、服装も体も戦闘があったようには思えないほどの綺麗さとなっている。それもそうだ、タイムアウトの此方とは違って、美琴の時間は戻され、戦闘前の状態へと巻き戻っているのだから。即死級のダメージを喰らい、その直後にまた大ダメージを喰らったこっちとは違い、治療すべき場所なんて一つもない。そして此方の傷は美琴を死なせないための代償として出来たのだ。自分が何をやったのか、それはちゃんと理解させないとだめである。

 

 駄目な事は駄目。それをちゃんと理解してからこそ、次のステップへと進める。

 

 故に常備している傷薬を美琴には渡してあり、皮膚が完全に剥がれて肉が丸出しになって、真っ赤に染まっている背中に傷薬を塗らせている。そうやって出来た傷を直視させる事でしっかり、自分の間違えを見つめさせ反省させるという、

 

 完全な嫌がらせだ。おかげで少し前までは興奮して吠えていた美琴も今では借りてきた猫の様に大人しくなっている。背中に塗られる傷薬、その指が背中に触れる度にむき出しになっている肉から激痛を感じる。まるで神経そのものに爪を立てているような、そんな激痛が背中を襲い続ける。しかし、痛みとは隣人である。死ぬ事は日常である。起きたその瞬間から今日、死ぬかもしれない。何時もそう思い続けている。そしてそう思えば、激痛程度は怖くとも何ともない。軽く息を吐きだし、体内に溜まった熱を吐きだす様に体と精神を落ち着ける。

 

 その動作にびくり、と美琴が反応する。

 

「え、えっと、その、もしかして強く塗りすぎ……ました?」

 

「今更敬語は必要ないし、痛すぎて痛覚トんでるから気にしなくてもいいよ」

 

 痛みがトんでいる、というのは嘘だ。戦っている間は割とそうだが、今は思いっきり痛い。超痛い。触れられるたびに痛いが、それを口にすると流石に可哀想になる。ここら辺、調整が大事だと思う。

 

「うぐぐ、申し訳ないとは思ってるわよ! だからこうやって薬を塗っているんじゃない!」

 

「当たり前だよ。誇る事でもキレる事でもねーよ。お前のせいで酷い惨事になってんだから黙って手を動かせ」

 

「……はい」

 

 委縮したかのように答えると、無言で美琴が薬を塗り続ける。数分かけてそれを終わらせると、用意しておいた包帯を渡し、脇の下を通す様にそれを体に巻いて行く。他にも裂傷は多く、肩や腕、足にも多くの傷跡が残っている。回復力を”加速”させてはいるが、対価は自分の寿命だ、あまり多用したい手段ではない。加速すれば加速する程、自分の加齢もまた加速しているのだ。こういう状況じゃなければ”冥途帰し”の所へ行き、入院している所だ。

 

 包帯を巻き終わったところで、ペットボトルを手を洗う為に渡し、サンキュという声と共に美琴が手を洗い始める。その間に変えのシャツを取り出す。傷が酷いため黒の無地の長袖のシャツの上に青い薄手のパーカーをパーカーを着る。これで体の傷と包帯の色を隠せる筈だ、と軽く確認すると、美琴の方から声がかかってくる。

 

「その……なんというか、病院行かなくても大丈夫なの? 私にやったみたいに時間を巻き戻すとか」

 

「生憎と”タイムアウト”みたいなのがあってな、万能って訳じゃねぇんだ。巻き戻した時間の分だけ時間を巻き戻せないし、その間に発生した事は巻き戻せないんだよ。それに同時に並行して発生させられるのは三つまでだし。まぁ、同時に二つまでだったレベル1の頃よりは大分マシになってんだけど……。あぁ、あとこの傷薬はちっと特別性でな、刺激が酷いけど即効性があるんだよ」

 

「へぇ、便利なものもあったのね」

 

「そりゃあ”冥土帰し”産だからな」

 

 その名前に美琴が首を捻る。表の人間にはあまり通じないだろうが、裏の人間であれば良く知る名だ。どんな病であろうと手段を選ばずに治療してしまう最強の医者の存在を。この傷薬も彼によって生み出された道具の一つだ。怪我をする事は割と多いため、状況や症状に合わせて複数の薬は常に持ち歩くようには心がけている。

 

 立ち上がり、軽く体を動かしながらその場でステップを取り、体の調子を確かめる。回復を加速させ、薬の効能も加速させている。それでも割と受けたダメージは酷い。完全に回復するまでは安静にして一日、何時も通りで三日、先程と同じ様なペースで殴り合うなら四日か五日ぐらいか、と予想を付けておく。痛みを無視すれば動きに支障は出ない。

 

 何時も通り、何時も通り。ただ操祈に顔を出す前に完治させておかないとまたキレられる。

 

 嫁持ちの辛い所である。

 

 ふぅ、と息を吐きながら振り返り、ベンチの向こう側で此方を見ている美琴へと視線を送る。それを受けて、美琴は一瞬だけビクリ、と動いてから、完全に固まる。それを確認しつつベンチへと踏み出し、その上にほかの治療道具とかと一緒に並べる様に置いたあった缶ビールに手を伸ばし、

 

 プルタブを引いて開けて一気に飲む。

 

「飲まなきゃやってらんねー」

 

「ご、ごめん……でも、他にどうしようもなかったのよ!」

 

「いや、それはいいんだよ。寧ろ後悔している様なら驚いているから。アレが正しいと思ってるならそれはそれでいいよ。俺も割とキチガイ入っているのは自覚あるし、他人とは違うルールで生きている自覚もあるし。だからお互いそういう口に出したら無限に議論できそうな所にはノータッチ! オーケイ?」

 

 ビシ、っと人差し指を美琴へと向けると、美琴が少し戸惑いながらも、口を開く。

 

「オーケイ。反省はするけどはするし謝るけど後悔はしないわ」

 

「グッド、じゃあ建設的に考えようか。それはそれとして後で慰謝料請求して、常盤台の先生方に文句を入れさせてもらうからな」

 

「何よりも先にそれについて少し話し合おうじゃないの」

 

 はははは、とお互いにベンチ越しに笑いあう。数秒間笑ってから数秒間黙り、そしてもう一度笑ってから笑うのをやめるのを繰り返し、

 

「いや、俺マジだから」

 

「今、内申マジでヤバイのよ……!」

 

「ん? 聞こえんなぁ」

 

 ベンチを回り込んで詰め寄ろうとする美琴から逃げる様にベンチの逆側へと、缶ビールを飲みながら回り込んで逃げる。そこから数分に及ぶ猫と鼠の追いかけっこが始まるが、最終的に傷口が開いて包帯が赤くなり始める事が原因で停止する。そろそろ真面目に話すべきか、と笑いの空気を軽く抜きながらベンチに座る。酷く疲労が体に残っているのは効率的に休んで、抜くしかない。そう思いながら軽く体を休める意味でも座り、そして口を開く。

 

「で?」

 

「……一方通行には勝てないのは解った。でもこのままで終わるわけにはいかない。私のせいで生まれた妹達なのよ、このまま生きる意味も解らずに死んで行くのだけは許さない。たとえ望まれていなくても、私があの命を拾い上げる。決めたの。進むの。終われないの。こんな所で膝を屈して止まる暇はない」

 

 目の前でそう言い切る美琴の言葉には美しさすら感じた。向こう見ずな若者。そうとも考えられる。だけど、この瞬間、美琴は間違いなく彼女の”刹那”を守ろうとしていた。任されたことを守ろうと、ふらふらとしてる自分とは違って確固たる芯を持って、この状況に相対している。眩しいなぁ、なんてことを思いながら飲み終わったビール缶を近くのごみ箱へ投げ入れると、

 

「―――Shocking まさかそれだけ打ちのめされようとも諦めきれないなんてね」

 

 学生服の上から白衣を着た姿の少女が新たにこの場にはいた。ウェーブのかかった黒髪に隈のある鋭い目つきの少女だ。おそらく歳は此方とそう変わりはない、ように思える。不動のまま、視線を彼女へと向けるが、美琴とは知り合いの雰囲気が流れている。警戒は必要ないな、と結論しておく。

 

「というかその言い方、まさか見てたんじゃ……」

 

「Indeed 大事な事だしね、見せてもらったわ。結果は残念としか言いようのないものだったけど」

 

「そもそもの発想が間違ってるんだよ。一方通行が一位って呼ばれてんのは研究への貢献だけじゃなくて、実力的にも最強だからだよ。アレを殺すには生活水に毒を混ぜて毒殺するか、あるいは初見必殺系の能力で戦闘が始まる前に殺すしかねーわ。まぁ、それもある程度は警戒してるから難しいんだろうけど。となると後は煙幕に毒ガスを混ぜて―――」

 

「怖い事を言うの止めなさいよ。合理的だけど」

 

 はぁ、と美琴が溜息を吐く。しかしそれは諦めの溜息ではなく、体から力を抜くためのものだ。力を入れるには一旦、力を抜いて脱力させないといけない。力の入っている状態で更に力を込めれば体を壊すだけだ。それを知っているのか、美琴の脱力は短かった。次の瞬間には一方通行と相対する時に見せた戦意を瞳に漲らせていた。ここでは絶対に諦めない、命ある限りは絶対に戦い続ける。その覚悟が存在していた。

 

 まだ未熟ではあるが、怒りに任せた暴走ではない分、数時間前の戦いよりは遥かにマシだろうと判断する。

 

「んで? これからどうするんだ? ん? また一方通行に喧嘩を売って俺に重傷を負わせることが目的じゃないんだろ?」

 

「根に持つわね……。潰すわ。研究所を。あの子達が関わってる研究所がいくつか存在するはずよ。それを片っ端から全て破壊するわ。関わる研究所とデータを全て破壊して、彼女たちを生み出している機械も破壊する。そうすれば研究の続行は不可能になるわ。幸い研究には電子機器を利用しているし、符丁も手に入れてるわ。あとはそれを利用してハッキング、施設の機械を全て同時にオーバーロードして自壊させればそれだけで破壊完了よ」

 

「流石常盤台女子、頭の周りが早いな」

 

 あと物騒。

 

「こう見えてもレベル5なんだから馬鹿なわけないじゃない。というか、その言い方からして大分察せるけど―――」

 

 それに対して勿論、と答える。

 

「お仕事にキャンセルが入ってないから続行だよ」

 

「……少しキレていないか?」

 

 白衣の少女の言葉に多少はね、キレ気味に答える。身内の範疇にぶっちゃけた話、美琴は入ってはいないのだ。現状操祈に依頼されたから守っている、という部分が大きい。しかし、先程の戦いや心情を考えれば同情する部分もあれば、共感する事もある。仕方がない、という気持ちはある。当麻を呼び出せばそれだけでハッピーエンドに成りそうな気もするが、

 

 絶対無敵のヒーローにばかり頼るのも間違っている。

 

 運命は自分の手で切り開かなくてはならない。

 

「まぁ……護衛すんのは変わってないからなんだ。どっか突っ込むなら俺もセットって事だよ。出来たら治療の事を考えて一日は安静にしておきたいけど、どうせそんな時間はないだろうし、やるならサクサクやっちまおうぜ。面倒な事はさっさと終わらせるに限る」

 

「テロが面倒で済むあたり、頭が大丈夫かどうかを疑うわよね」

 

「おう、内申」

 

 美琴が黙った。このレベル5に対して通じる武器を入手した様な気がする。小さくそのリアクションに笑い声を浮かべると、白衣姿の女が呆れた様な息を吐き、そして口を開く。

 

「……計画に関わっている研究所は全部で二十を超えるわよ?」

 

「上等。その程度なら私一人でもなんとかなるわ」

 

 白衣の少女の言葉に、美琴は即座にそう答えた。迷いは一切存在しなかった。その応えに白衣の少女はふ、と短く息を吐き、そして白衣のポケットからメモリーディスクを取り出し、それを美琴へと投げる。受け取った美琴がそれを手にしながら、首を傾げる。

 

「Wait 絶対能力者計画に関わっている研究所のリストよ。そこに入っている施設を全て実験不可能な状況へと追い込めば、あるいは―――」

 

「……サンキュ、アンタにも事情があるんでしょうけど、ありがたいから聞かないでおいてあげるわ」

 

「目上の人間へは敬語」

 

 そう言って白衣の少女が美琴の額を指ではじく。それを見つつ、やるべきことは決まったなぁ、と理解し、ポケットから最後の薬を、

 

 痛み止めを取り出し、錠剤型のそれを口の中に放り込み、準備を完了する。

 

 ―――どうやら、まだまだ眠れない日々が始まりそうだった。




 一度南の方で外で過ごしすぎた結果、背中全体が火傷で酷い事になったけど、あの痛みは地獄でした。

 現在レールガンの部分やってるけど、一体何時になったら物語は進むのだろうか。もっと魔術と戦いたい今日この頃。


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八月十六日-八月十七日

 ―――行動開始、と言って即座に襲撃を始める訳じゃない。

 

 日中にテロ行動を起こせばいらぬ騒ぎを発生させてしまう。敵が不特定多数の状況で、そんな事が出来る訳がない。こういう事はなるべく早く、そしてスマートに行うべきである。故に朝日が昇ってしまったために即座に動く事は諦め、美琴は変装用にカジュアルな服を用意し、そして自分も二刀の処刑刃の他にも装備を幾つか用意する。

 

 そうやって準備を整えて夜になる。

 

 下調べは完了させており、どこに標的となるデータが保存されているのか、機械が設置されているのか。既に美琴の能力を通してハッキングは完了している。故にやる事は単純にして明快。

 

 月明かりのみが光源と成る様な時間に、公衆電話にPDAを繋げ、それを媒介として美琴がハッキングを完了する。レベル5という絶対的能力の強者に普通のプログラムやセキュリティでは相手にならない。電子世界への侵入は一瞬、仕掛けも一瞬、美琴がハッキングし、用意を完了するのに一か所で一分。同時に操作できる場所が三か所であるためにトータル三分。

 

 ―――宣戦布告開始。

 

 椅子代わりにしているガードレールの上に座りながら、夜の学園都市に耳を澄ませる。夜空に三か所の大爆発の音が聞こえる。軽く口笛を吹き、手を振る。それを横目で確認していた美琴が既に次の作業を進め、そしてそれを実行に移しながら口を開く、

 

「宣! 戦! 布告! 完了ッ!」

 

 再び、三連続の爆発の音が夜の学園都市に響く。帽子で顔を隠してはいるが、美琴の表情には爽快感が見て取れる。一方通行相手にはほとんど何も出来ずに負けたのだ、こうやって大打撃を与える事が出来たのであれば、爽快感を感じるのはしょうがないだろう。かくいう自分も、正面切って学園都市に喧嘩を売る、というのは実際未経験だ。学園都市全体ではないが、それでも一方通行に関連する研究と言えば一大セクションだ。それに対して喧嘩を売るのはかなり大きなこと、それに自分が関われると思うと、少しだけ興奮を覚える。

 

「次ッ!」

 

 再び夜の学園都市に三連続の爆発が響く。夜の学園都市が更に賑やかになってくる。流石に九回も隠す事のない爆破が発生すると気付く人間が出てくる。騒がしくなってくる遠くの気配を感じつつも。ガードレールから腰を下ろし、近くに停めてあるバイクのエンジンを入れ、それにまたがりながら時計を確認する。

 

「十五分経過してるぜ」

 

「これで十二ィ!」

 

 爆発、そして爆発が発生する。サイバーテロだと気付かれ、防壁が強化されるころあいだろう。それでも美琴はサイバー経由での爆破テロを止めない。寧ろ今まで以上の集中力を発揮し、一秒でも時間を削る事に集中している。そうやって能力を高め、妹を救う事だけに考えを注いでいる。それが彼女を直進させている。ある意味盲目にもさせている。考えればもっといい手段があったかもしれない。誰かが、無理し過ぎないように舵取りをするしかない。

 

「チッ、気付かれたか大分硬くなってきたわね―――十五」

 

 爆音が響き、今度こそ夜が騒がしくなってくる。おそらく今頃、相手も此方の襲撃に気付いて専用の対策も組んでいるだろう―――というよりも、そもそも前後の状況からして美琴が破壊工作に乗り出さない事なんて想像できない訳がない。美琴に対する専用のサイバーを通した対策を今頃漸く組み始めている頃だろう。だがまだ、まだ美琴は粘る。

 

「十六、十七、十八ッ!」

 

「うっし、そこまでだ。場所がバレる前にとんずらするぜ」

 

 バイクのエンジンを唸らせながら美琴へとアピールすると、公衆電話からPDAを外し、それをポケットに入れた美琴が軽い跳躍でバイクの後ろ側へと乗り込む。それを確認してから再びエンジンを唸らせ、一気にバイクを走らせ、人目の多い通りへと移動する―――こういう状況では下手に人気の少ない所に隠れるよりは、人ごみに紛れた方が身を隠しやすかったりする。

 

「3ケツは基本的に事故るからな! 2ケツまでならセーフ!」

 

「何よその意味不明なルールは!」

 

 これは割と最近、といっても数か月内の出来事だが、当麻と元春と三人でバイクで3ケツした結果、1メートルも進まずにトラックと衝突した。時を巻き戻すとかそういうレベルの範疇を超える衝突だった。後日また3ケツに挑戦したら今度はタンクローリーが衝突コースに入ったため、寸前にバイクを蹴って二人抱えて跳躍するハメになった。それ以来3ケツは絶対事故る、という確信を共有している。

 

 不幸ってレベルじゃない。いや、不幸というレベルを超えている。もはや呪いとか運命とか、そう言う領域に到達している。故に3ケツは封印している。2ケツ、もしくは4ケツからだ。

 

「―――ま、どうでもいい事さ! それよりも宣戦布告したんだ……覚悟は出来てんだろ?」

 

「問われるまでもないわ」

 

 そうか、と小さく呟き、

 

「ふんぞりかえって数字しか見ない馬鹿な連中にいったい誰に喧嘩を売ったのか教えてやるわよ」

 

 容赦をする必要は一切ない。同情する余地はない。テンションが高くて冷静に思考出来ているならそのまま突っ走ればいい。相手は外道である、だから遠慮なくぶっ飛ばす。その為に手段を選ぶ必要はない。相手はレベル5で、こっちもレベル5がいる。まともにぶつかって勝てないのであれば、まともにぶつかる必要はない。得意な領域に引き込んで一瞬で終わらせる。

 

 ゲリラとテロと蹂躙。必要なものはこれだ。

 

 小さな戦争が始まる。

 

 

                           ◆

 

 

 十九カ所目。

 

 サイバー経由が不可能となると直接襲うしか手段がなくなる。ただ馬鹿正直に乗り込んで戦うのは賢くはない。レベル5であればその程度簡単にできる。しかし、それとは別に、美琴はまだ学生で、そして子供だ。体力は緊張感、そしてストレスと合わせて直ぐに限界が来る。いくら運動神経は良くても、限界は直ぐに来る。訓練し、慣れている様な人間の様に常に自然体で活動できるわけじゃない。故に襲撃は最低限に、一日のノルマを作り、そして効率よく破壊を行う。

 

 時間は敵である。しかし味方にもなりうる。

 

 やる事はいたって簡単。元々各施設の地図はハッキングと白衣の少女のおかげで入手している。後は目的とする機械類が地上にある施設を確認し、障害物などを無視した場合に直線になる位置へ移動する。美琴が装填するのは何時も使用としているコインではなく、軍用ライフルに使用されるライフル弾。それをレールガンの弾丸とし、弾丸自体の物体としての時を止める。そこに二倍速の力を加え、レールガンを発射する。

 

 普段より貫通力と速力の増した弾丸は本来衝撃に耐え切れず空中で分解、焼けきれるだろう。しかし、時が停止したことにより、僅かな特例を除いて不変の存在と化す。故に破壊されない弾丸が完成し、本来よりも高い出力で放っても問題のない一撃が完成する。

 

 それをまっすぐ、機械の存在する部屋へと向けて放つ。

 

 サイバーテロの時は優先的に侵入しづらい、あるいは破壊が面倒な位置にある物を優先的に狙った。たとえばターゲットが地下にあるものや、もしくは特殊な防壁が存在する研究所や、ガードが特別に硬い所など。そういう施設を優先的に爆破した。故に残されているのはレールガンで破壊する事の出来る研究施設。故に発射された弾丸は予想通り壁を粉砕する様に貫通し、その射線上にある存在を余波の電撃と電磁波で破壊しつつも、真っ直ぐターゲットへと向かって直進し、爆発と共に破壊を巻き起こす。

 

 双眼鏡で破壊を確認し終われば、留まる必要はなく、そのままバイクに乗って素早く区域から離脱する。

 

 

                           ◆

 

 

 二十カ所目。二十一カ所目。

 

 一方通行との戦いの疲労が残っていたのか、酷い汗を掻いていたために初日は一か所だけを襲撃し、休んでから次の日に実行となる。

 

 拠点となるホテルから出て、今度は前日と違い、昼間の内に実行する。

 

 前日は余計な騒ぎを集めない為だったが、逆に捜査の手が入るとなると騒ぎを大きくした方が人ごみに隠れやすい。その為態々人の多い時間帯に研究所へと向かう。前日に行った時間強化型レールガンは既に警戒されており、狙撃地点にはアンチスキルが配備されている。故に取る手段はまた簡単であり、研究所に一番近い電線を美琴に握らせ、そしてそこから自身にダメージが返るほどの電撃を電線を通し、直接研究所内へと送り込む。

 

 ブレイカーでさえ押さえきれないほどの電流が逆流し、施設をその内部から完全に爆破、粉砕させる。反動によるダメージは時を戻して回復し、今度は徒歩で人ごみに紛れる様に逃げ、隠れる。その足のまま、二十一カ所目へと向かう。場所の選定は終わっており、距離は近い所を選んである。徒歩で二十一カ所目まで移動を完了させると、そのまま対策が取られる前に電線から全力の雷撃を送り込ませ、そして二十カ所目の様に強制的な暴走で破壊する。

 

 そのまま逃げ、拠点となるホテルまで逃れる。

 

 

                           ◆

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 荒い息を吐きながら美琴が地図を広げてあるベッドの上に倒れ込む。その様子をホテルのソファに座りながら見て、頬杖をつきながら軽く溜息を吐き、判断する。これは明日一日、休みに当てた方がいいな、と。元々美琴はまだ中学生で、そして人の生き死にを背負うにはまだ幼すぎる。といよりも、そういう環境に育ってはいない。この二十を超える研究施設の襲撃、かなり派手に、そして手段を選ばずにやっている―――死人が何人か出ていてもおかしくはない。その可能性を考えない彼女ではあるまい。

 

 それが精神的なプレッシャーとして押しかかっている。自分の様に”目的と願いの為だったら他人は知った事じゃない”というタイプだったらまだ楽だっただろう。俺の刹那を邪魔するやつは絶対に殺す、と簡単に割り切れてしまう自分とは違い、彼女はそこらへんを割り切れていない、割り切ってはいけない。だから目に見える形で疲労が溜まっている。誰かの為、守る為、救う為、そう言っても結局は犠牲の上に成り立っているのだ。きれいごとでは何も成せない、理解していても、それに心と体が追いつくのとは別だ。

 

 八月十七日夜現在―――どう考えても明日、美琴が戦闘出来る様なコンディションではないのは確定だった。軽く溜息を吐きながら、視線を美琴へと向ける。

 

「明日、休みな」

 

「……」

 

 ベッドに突っ伏す様に美琴は黙る。その殊勝な態度には少々驚かされる。感情的なタイプの美琴であればこのまま怒鳴って言い返すぐらいの事はするのではないかと思っていたが、その予想を裏切る様に美琴は黙り、そして顔をベッドの枕に埋める様に蹲る。そのまま数秒経過してから漸く美琴が口を開く。

 

「……注意されなくたって自分の様子が客観的に見てどうなのかぐらい解るわよ」

 

「じゃあ気を楽する為にちょっとだけ言葉を付け加えよう。一気にに十カ所吹っ飛ばしたから、相手が相当焦って研究を進める必要がない限り、おそらく研究は一時的に停止か遅延している。つまり”妹達”の殺害ペースも落ちている筈だ」

 

 十中八九、計画が止まる事はありえないのだろうが。おそらく研究所を全て潰しても、施設を別の所へと移して研究を続けるだけ。もっと根本的な所からこの計画は潰さないと、どうにもならない。冷静になって考えてみればそれぐらいは解ってくるだろう。だけどその事実を理解してしまったら、今度こそ本当に美琴は絶望してしまう。本当に一方通行を倒す、という手段以外には方法がなくなってしまう。

 

 そうなってしまうと完全に詰みだ。あるいは本気で手段を選ばずに殺す方法が必要になってくるが―――それに美琴が耐えられる訳でもない。つまり、

 

 ”妹達”は詰んでいる。

 

 助けようがない。

 

 バッドエンドが確定しているのだ。

 

 態々そんな事実を美琴に伝える必要はない。そうやって絶望させる必要はない。その前になんとか、自分が別の手段を思いつけばいい。そう、完全に詰んでしまうになんとかしまわなくてはならない。現状限りなく詰みに近いが、それでも完全な詰みではない。まだ、まだ抜け道が存在する。か細いが、まだ間に合うかもしれない。

 

 そう希望を抱くのはまた、勝手な話なのかもしれない。そしてまた、残酷な話でもある。

 

 あー……見捨てる事が出来なくなってる……泥沼にはまってるな……。

 

 まだ、操祈との約束の範疇だ。まだ。この程度ならまだ許容範囲だ。しかし、本気で一方通行とぶつかる必要が出てきた場合、この時はさすがに、

 

 いや、どうなのだろうか、

 

 果たして御坂美琴は、自分の刹那の一部なのだろうか?

 

 もしそうだとしたら、その時はきっと―――。




 ただの中学生にテロやって平気なメンタルがあるわけないだろ!! いい加減にしろ!!

 不良ぐらいならいいけど、人の生き死に関わるってのは結構凄いストレスなんだよね。まぁ、そんな訳でサクサクしつつもお休み。そろそろ獣殿っぽくて黄昏の様なあの人の登場かもしれない。


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八月十九日

 ―――一日休んだことで美琴は体力を戻していた。

 

 ちょくちょくホテルから出ては友人と会っていたことも黙認した。あまりほめられた行動ではないが、それでも彼女には必要な事だった。ホテルに戻ってくる頃にはスッキリとした表情を浮かべていた。ストレスは消えないし、解決はしない。だがそれでも精神的な強さが一段階上がったのは良い事だ。体力とは関係ない長期戦で必要とされるメンタリティ、それが少しずつ備わってきているのだ。それはきっと、宝物となって彼女を支えるだろう。

 

 故に準備は完了した。丸一日の休息を経て準備と回復は完了した。これ以上のろのろしている必要はない。時間は味方ではなく敵でもある。故にケリを付ける時は一瞬で終わらせないとならない。故に遅延はこれ以上は無理だ。今夜で終わらせる。

 

 ―――二十二カ所目の襲撃を開始する。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、やりますか」

 

 再び夜、今夜の襲撃先である研究所の正面に立つ。そこに美琴の姿はない。もはや派手に美琴が動いている為、彼女への注目と対策は大きい。故に今までとは手法をガラっと変え、美琴は研究所の別の場所からこっそり侵入する事になっている。故にここにはいない。簡単な話、囮と本命。それに分かれているだけだ。自分が囮で美琴が本命。パーカーを被って顔を隠しながら、肩に持ち込みのグレネードランチャーを持ち上げ、

 

 それで研究所の入り口を吹き飛ばす。

 

「たーまやー」

 

 爆風と共に吹き飛ぶ研究所の入口、フェンスを確認し、研究所の敷地内に侵入する。爆風と共に出現し始めるドローンやセントリーガンを確認し、それに向けてグレネードランチャーを数発撃ちこみ、防衛装置を正面から爆破しながら進み、グレネードランチャーが弾切れとなったところで捨て、背中に背負っておいた二刀の処刑刃を逆手で掴み、握る。

 

「さて、これだけ派手に爆破すればこっちに目が向くだろ」

 

 全部とは言わないが、八割は此方へ向くだろう。この隙に動きだせば美琴も動きやすいだろう。そう思考しながら、動きを思考から切り離す。

 

 能力を発動し、二倍速を自分に発動させる。敷地を疾走しながらすれ違いざまにドローンを斬鉄し、真っ二つに裂きながら研究所の正面扉へと到達する。普通ならそのまま爆破して侵入するところだが、レベル2と成ればその必要はない。時間を止め、斬撃を振るい、

 

 音速の刃で扉もろともその背後の通路を纏めて薙ぎ払う。扉が粉砕するのと同時に、その奥に存在するドローンやセントリーガンが余波で粉々になりながら吹き飛ぶ。その中に時間を加速させながら突撃する。

 

「ハッハー! テロリストのエントリーだぁっ!! 俺、通りすがりのテロリスト!! 嫌いなものは共産主義と学園都市かな!!」

 

 一気に通路を駆け抜ける。注目を集める様に大声で叫んだ結果、声が研究所内に響き、反響するのが聞こえてくる。直進する通路を曲がった所で、銃を構える者が見える。引き金を引こうとしているのを視認しながら、射線を読み切って回避する様に十数メートルを一瞬で踏破し、すれ違いざまに四人の首を撥ね飛ばす。死体を蹴り飛ばす様に疾走し、奥に見える扉を蹴り飛ばす。

 

 研究所内の広い空間に出る。

 

 出た瞬間、気配を感じ、床を転がるように横へ一気に体を飛ばす。その動きと同時に一瞬前まで体のあった位置をビームの様な閃光が薙ぎ払い、鋼鉄の床を溶かしながら穴を生み出していた。その事に冷や汗を流しながらパーカーをもう少しだけ深くかぶりながら立ち上がり、攻撃のあった方向へと視線を向ける。

 

 視線の先、部屋の奥、壁際には一人の女の姿があった。ウェーブのかかった長い茶髪の女だ。服装は研究所には不似合いな薄紫のカジュアル姿で、どこかのお嬢様、たとえば常盤台にでもいそうな容貌の持ち主だ。しかし持ち上げている左上に収束しつつある光を見て、彼女が先程の剣呑な攻撃の主である事は明白だった。それに何より、彼女の顔には覚えがあった。

 

「―――レベル5の第四位、”原子崩し(メルトダウナー)”麦野沈利か」

 

「あぁ? 成程、それなりにこっち側を知ってるやつか。つーかその体格からすると三位を期待してたけど違うみたいだな。派手に暴れてたしこっちは陽動……別口で三位が突入して本命って所か。古き良き戦術とは言うけど、結局は看破されやすいから無駄骨よねぇ」

 

 最初から看破されることは解っていた。しかし作戦の目的は少しでも美琴の負担を減らす事なのだ。故に、沈利がここにいる時点で大成功と言ってもいい―――ただレベル5が防衛に回るなんてことは全くの予想外だった。

 

「ここにお前がいる時点で囮としては成功しているんだけどな」

 

「は? 何言ってんの? ソッコで死ぬんだから失敗だろ?」

 

 言葉と共に原子崩しの閃光が放たれた。ノーモーションから放たれたそれを呼吸から読み取り、先行して回避動作に入っている。故に閃光は一メートル程横を突き抜けて行くだけ。それに合わせた加速しながら一気に沈利の接近する。その動きに一秒も必要はない。一瞬で沈利の横へと到達し、その首を刎ね飛ばす為に右の刃を一閃させる。

 

 それを沈利がダッキングで回避する。

 

 その顔には笑みが浮かんでいる。

 

 開いている左刃で掬い上げる様に刃を振るう。その動きに反応するかのように閃光が、原子崩しの光が収束し、刃とぶつかり合う。初撃程の威力はないが、防御するには十分すぎる程凶悪。それが左の刃を弾くのと合わせ、原子崩しとは別に沈利の拳が迫ってくる。

 

 それを足の裏で受け止め、そのまま足場にして体を後ろへと飛ばす。追撃するかのように原子崩しが連続で放たれ、着地点を狙って来る。その連続射撃を自身の落下を加速や停滞させる事によって不規則化させ、攻撃を外し、床に着地すると同時にサイドステップを取って薙ぎ払いを回避する。そうやって三十メートル程の距離を沈利との間に作りながら、フードの下で流れる冷や汗をどうにか抑え込もうとしつつ、思考を巡らせる。

 

 ―――この女、戦い慣れてやがる……!

 

 施設の防衛を、しかも”妹達”に関わる様な所を守るなんて、おそらく真っ当な背景はないだろう。何より”原子崩し”に関しては自分も良く解っていない。知っているのは光線を相手が放てるという事実ぐらいだ。しかし、能力は回避すればいいとして、問題なのは彼女の戦闘技術だ。戦い慣れている、その一言に尽きる。これがまだ美琴レベルの戦闘経験なら加速と停滞と停止のコンボで斬首できるが、目の前の相手にはそれを覆しそうな雰囲気がある。

 

 そして、経験から来る勘というものは一種の予知にも通じる真実がある。

 

 故に速攻で首を刎ねるという選択肢を捨てる。加速するか、或いは相手を止めて首を刎ねる。結局は相手を一撃で殺すという事を念頭に置いたスタイルで、攻撃手段がそれしかないとも言える。故に相手が数少ない時に対する抵抗を持つ存在か、あるいは時への干渉を戦闘経験でカバー出来る様な修羅―――それに対しては決定力に欠ける。

 

「つまり、麦野沈利は面倒な女って事か!」

 

「おおい、今テメェの頭の中で何が起きた」

 

「いや、褒めてるんだよ。だけど最近は格上ばかりで気持ちよく死んでくれる相手がいないのが残念だわ。お前も気持ちよく死んでくれれば助かるんだけど?」

 

「決定力に欠けてるやつには無理だな」

 

 バレてる。しかしある程度は予想通りだ。それに美琴へとこいつをたどり着かせなければ成功とも言える。千日手は好都合だ。何より逃亡に関しては時間を操れる分、此方の方が遥かに有利なため、撤収は美琴が完了次第直ぐに行える。となるやる事はおのずと決まってくる。排除する事を徹底的に諦めた停滞戦術を選べばいい。加速して攻撃をし、遅延して攻撃を回避して、時を止めて隙を作る。死んだら回帰してリセット。幸い防御面に関してはそれにだけ集中すれば一方通行よりも手段は豊富であると自負している。

 

「で、死ぬ覚悟は出来たか?」

 

「そもそも死ぬ覚悟の出来てない様な奴が此方側に踏み込むかよ」

 

「違いないなぁっ!」

 

 楽しそうに笑いながら今までよりも出力を上昇させた原子崩しが床を薙ぎ払いながら放たれる。それが衝突ではなく正面の床を破壊するのを射線で把握するのと同時に、横へと向かって加速したまま体を飛ばす。薙ぎ払われた床から原子崩しが壁の様に噴出し、沈利と此方側を完全に遮断する。遠距離攻撃手段を持たぬ此方を一気に封じ込めたまま殺そうとしているのは理解できる。

 

 故に壁に着地し、

 

 そのまま壁を上へと向かって走る。

 

「忍者かよ」

 

「ニンニン―――といえば満足かよあァ!?」

 

「なんでキレてんだよ」

 

 ノリだよ、と答えながら原子崩しの障壁を超える高さへと到達し、一気に壁を蹴ってそれを飛び越える。それを狙ったかのように原子崩しが放たれる。それを落下を加速させる事で回避するが、二射目を沈利がカードの様な道具を正面へと放り投げながら放ってくる。

 

 放り投げられたカードは崩れる様に無数の三角形になり、

 

 それを通す様に放たれた原子崩しが拡散し、無数の光となって襲い掛かる。

 

 狭い空間を埋める様に存在する無数の閃光、それは一本一本が矢ほどの太さしかないが、それでも一撃喰らえばそれだけで防ぎようのない死が待っている究極の破壊だ。それこそ防げるのは美琴の電磁バリアか、あるいは一方通行の反射ぐらいだろう。最良なのは回避する事だが、それが出来る程隙間はないし、着地先にも無数の閃光が存在する。

 

 故に、時を止める。

 

 空間の時を止める事は出来ない。まだ限界として物体ぐらいだ。それに高位の存在へと時間による干渉を行えば、力技で突破されてしまう。依然、機を狙って止めるぐらいしか出来ない。それでも、一度手から離れた原子崩し程度であれば問題はない。空中で拡散し、襲い掛かってくる原子崩しの時間が停止し、固まる。動きはなく、脅威も存在しない。故に触れたら確実に死亡できるその原子崩しそのものを足場として疾走する。

 

 自分の武器を足場にして迫ってくる存在に対して、沈利が浮かべるのは笑みだ。

 

 跳躍するのと同時に原子崩しの時が戻り、拡散した閃光が背後で壁や床を貫通しながら破壊を巻き起こす。それを認識しつつ視線を正面、沈利の方へと向け、跳躍から壁へと足場を変え、背後から急降下する様に首を狙って疾走する。

 

 それを待ち望んでいたかのように、沈利の姿が爆発した。

 

 否、爆発する様に加速した。

 

 原子崩しの力を破壊ではなく、加速の為に使った。数十倍の加速、逸れこそ初速の為に沈利自身がある程度のダメージを喰らう程の速度、それで沈利が一気に背後へと周りこむ。前方へと突き進むこの体の慣性は止められず、横目で確認する背後の存在は、深い笑みをサディスティックに浮かべながら攻撃の為に振り下ろす準備を完了している。

 

 勿論、その手には破壊の光を握りながら。

 

「タイム」

 

「タイムはなし!」

 

 振り下ろされるのと同時に自身の握る刃の時を止め、その刃を交差させるように背後に回す。時の止まった刃に閃光がぶつかり―――質量差に勝てず、刃が背中に食い込み、押し込まれ、体が前方へと向かって吹き飛ばされる。口から血反吐を吐きだしながら背中に食い込んだ刃を引き抜き、斬撃と打撲と火傷の痛みを背中に感じる。床の冷たさから解放されるためにも床を叩く様に体を持ち上げ、飛ばす様に横へ体を投げる。

 

 次の瞬間、追撃の閃光が床を撃ち抜いていた。回避が成功したことに安堵しつつ、バックステップを取って沈利と距離を取りつつ、刃を握り直し、構え直す。パーカーはぼろぼろ、顔は辛うじて隠れているという状態、素肌が若干露出している。危ない危ない、と胸中で呟きながら視線を上げると、沈利が油断なく構えているのが見える。

 

 ―――慢心しないかぁ……辛いなぁ……。

 

 火織とも、一方通行とも別タイプだ。ある意味堅実でもあるとも言える。さて、どうするべきだろうか、と思ったところで、沈利の声が聞こえる。

 

「根性があるのは嫌いじゃないけど、投降した方が少しはマシかもしれないわよ。ま、命以外の全てを失うけど」

 

「はぁ?」

 

 時を巻き戻し、先程の攻防の前の状態へと自分自身を巻き戻し、刃を数度振るって調子を確かめ、完全である事を確認する。研究所内、別のエリアで爆発が聞こえる。おそらく美琴が戦闘しているのか、或いは目標の破壊に成功しているのだろう。軽く驚いたような表情を浮かべている沈利の姿を確認しつつ、左手で刃を握ったまま、中指を突き立てる。

 

「千日手は特技なんだよ。それよりもいいのか? 急がないとオタクのお仲間ウチの子を相手に全滅しちまうぜ? 俺みたいな一撃特化は攻略の道筋に”ハマる”までが面倒だぜ。まぁ、レベル5がレベル2にボロ負けしまたとか、判定負けしましたとか恥ずかしくて言えないもんな、仕方がねぇーよな。サービスして欲しかったら金髪巨乳になって出直してきな」

 

「安い挑発だけど―――上等、ぶっ殺してやるよ……!」

 

 戦闘続行―――そう思った瞬間、

 

 研究所が激震した。




 獣黄昏の人は出そうかと思ったけど、尺の都合上18日はカットして出番は未来へ飛ばされましたとさ。ヒントは金髪と槍だよ。

 寧ろループものでアレが関わらないとでも。

 それにしても怒りの日のクラファン、すげぇことになってるなぁ。6000万行けそうだなぁ、この調子だと。


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八月十九日-Ⅱ

 爆音が響く中、それを意識から排除させながら疾走する。

 

 加速する意識と体で一気に沈利へと接近し、首を刎ねる動きで刃を滑らせる。それを理解していた沈利が刃を首に掠らせるように、紙一重で回避しながらカウンターに原子崩しを放ってくる。それを切り裂こうとする短針の処刑刃は切り払うのに成功するのと同時に、その一撃で溶け、半ばから崩れ去る。それを時を巻き戻す事で修復しつつ、消えた原子崩しの空間を抜く様に右の短針を振るう。しかし連続で攻撃を入れるには遅すぎる。時を更に加速できたなら殺せた。相手を確実に止める事が出来たら殺せた。

 

 或いはレベルや経験そのものを回帰させる事ができれば殺せた。だがレベル2ではそんな事は出来ない。所詮は便利な程度だ。使い方をまるで生まれる前から師っている様に熟知している、故に武器として機能している。だが、圧倒的に出力が足りない。殺しきれない。そうと理解していても動きを止める事は出来ない。一撃必殺を狙って斬首の動きに入る。しかし、それは沈利をかすめるだけで、空間に血のアーチを描いて終わる。

 

「隙だらけなんだよッ!」

 

 沈利が踏み込み、拳が胸に叩き込まれる。原子崩しを軽く使用して速力を上げているが、女の腕にはあるまじき衝撃が胸に突き刺さる。それを歯を噛み締める事で耐えながら、両手から刃を手放し、殴った反動で動けない沈利の顔面に拳を叩き込む。拳の先で顔面を殴る感触を得ながらも、それが骨を砕く感じはしない。硬い、と評価しながら逆に沈利を殴り飛ばし、刃が落ちる前に回収する。口の中に溜まった血を唾と共に横へ吐きだしながら殴り飛ばした沈利に追いつこうとし、横へステップを取る。

 

 原子崩しの光が横を抜け、浅く服を焦がすのを確認しつつ、加速したまま再び斬首する為に駆け抜ける様に刃を振るう。

 

「ちぃ! ちょこまかうっぜぇぇんだよぉ!!」

 

 沈利が捉えられない様に高速で動きながら横を抜ける様に刃を振るい、その首を狙って行く。沈利はそれを紙一重で回避しながら反撃の原子崩しを出力を絞り、反動の少ない連射型のスタイルで放っている。しかしそれは此方の体を完全にとらえる事はなく、かすめる程度で壁や床に穴を開けて失敗を証明する。

 

 完全な千日手だった。

 

 沈利の攻撃は此方を捉えきれず、攻撃よりも回避と牽制を目的とした動きに変えた此方では決定力がない。お互いがお互いの動きを封じ込め、そして勝負のつかない空間が生み出していた。あえて言うなら時間を巻き戻してダメージを回復できる分、此方の方が一歩有利かもしれない。しかしそれも今、沈利が自爆覚悟で戦わないからだ。

 

 ―――レベル5は恐ろしく強い。

 

 ―――その能力は能力者本人の体が耐えられない程強力だからだ。

 

 沈利が全力で原子崩しを放てば、おそらくは”死に続ける環境”を生み出せるのではないかと思う。しかしその場合、周りへの被害や沈利自身はどうなる? この研究所は間違いなく吹き飛ぶし、沈利自身も生きていられるかは怪しい。彼女の仲間がほかにいたとしても、その者達も間違いなく巻き込まれるだろう。つまり、今のこの状況は沈利自身のリスクへの認識、そして良心を利用したものだと言ってもいい。

 

 自爆覚悟で殺さなくてはならない。そこまでのレベルに到達しない限り、この拮抗状況は維持できる。

 

 故に気合を入れる。歯を食いしばって、体から抜けて行く体力を管理しつつ、全力疾走を続ける。時を歪めて加速するだけでは駄目だ。その程度の速度では簡単に見切られる。体術や歩法と合わせた動きの瞬間加速とジグザグの動きを組み合わせ、目でとらえられない様に動かなくては簡単に潰される。それぐらい、自分に道を教えてくれた人たちはやれたから。

 

「吹き飛べ……!」

 

「ちっ」

 

 床を沈利が踏むのと同時に、彼女を中心に円形に原子崩しが広がる。物理的に突破不可能な破壊の壁。やる事は今までと同じ繰り返し作業。刃の時を止め、そのまま不変の物質として、絶対干渉不可の刃で原子崩しを正面から処刑する。人が通れる距離を切り裂き、開けた向こう側、既に指を突き出す様に構え、原子崩しを放つ沈利の姿がある。刃を振るった後の状態ではどう足掻いても間に合わない。

 

 故に時を巻き戻し、腕の位置を二刀の処刑刃を振るう前の場所へと戻す。リピートアクションとも呼べる行動によって、正面から原子崩しを切り払い、内側に入り込んだところで再び閃光となって沈利の横を駆け抜ける。再び沈利の首に切り傷が増える。それを舌打ちしながら沈利が薙ぎ払う様に、距離を産む為の攻撃を繰り出す。

 

「首フェチか何かかよ!」

 

「うっせぇ! 低レベルだと殺傷力低いから自然とこういうスタイルになるんだよ―――まぁ、殺せるなら別に首にこだわらなくてもいいんだけど―――」

 

 言葉を放ちながら体勢を低く、逸れこそ蛇の様に地を這う低さまで体を下げ、滑る様に駆け抜けながら沈利の足を切り裂く様に動く。それを出だしで理解した沈利が爆風で跳躍し、上空へと駆け上がりながら下へと向かって原子崩しを放つ。

 

 沈利との戦いでの動き、経験を自身へと還元させる。

 

 一方通行の場合は一方的な暴力だったため、生存の為の参考にしかならない。

 

 だがある程度戦える相手であれば、経験は貴重な宝となって戦術を、動きを生み出すツールとなる。戦いながら経験を血肉に変えて、成長している事を理解し、上空へと逃げる沈利を追いかける。空を飛ぶわけではない。時を止める訳ではない。加速したまま、沈利が跳躍の為に巻き上げた鉄の破片、爆破によって粉砕されたそれら全ての動きの速度を半減させ、鈍くさせる。結果、

 

 それを足場に空を駆け上がる。

 

「けど届かないかっ!」

 

「技術特化の奴ほどめんどくせぇのはないなぁ!」

 

 駆け上がり、浮かび上がった沈利と原子崩しと時の止まった刃がぶつかり合い、お互いに弾かれながら吹き飛ばされる。それと同時に沈利が顔を顰める。着地しながら追撃しようとした瞬間、沈利があらぬ方向へ―――横へと原子崩しを放ち、壁に巨大な穴を穿つ。牽制の為に此方へと放ってくる原子崩しを回避しつつ、口を開く。

 

「おい」

 

「ちっ、悪いけど勝負は預ける」

 

 そう言った沈利はそのまま素早く原子崩しの光と共に穴を抜け、研究所の奥へと消える。素早く去って行ったその姿を確認し、軽く頭を掻き、ポケットの中に入れておいた時計を取り出して時間を確認する。作戦時間通りであれば、今頃美琴が破壊を完了しているはずだ。先程の日と岩大きな爆発がおそらく破壊完了、もしくは沈利の仲間の撃破、という所だろう。

 

 ―――再び爆発が聞こえ、研究所が揺れる。

 

「こりゃ脱出した方が良さげだな」

 

 美琴には目的以外の事は二の次にし、しっかり目的を遂げたら即撤収しろ、と言っておいてある。だから余計な戦闘はせずに、そのまま逃げてくる筈だ。そう思いながら沈利が消えた穴の向こうへと視線を向けると、

 

 ―――美琴が全力疾走していた。

 

 帽子は完全に吹き飛んで顔が見え、来ている服もボロボロになっていて素肌が露出している。微妙にブラジャーが見えるが、その胸のサイズでそれはどーよ、スポーツブラにしたほうがいいんじゃねぇか、とは思わなくもない。そんな事を考えていると、磁力の反発を利用して超加速している美琴が一瞬で此方へと追いつき、横へ抜けるのと同時に襟首を掴んで、そのまま研究所の出口へと向かって疾走する。その時を加速させる事で支援するが、

 

「目的達成した?」

 

「した。けどなんか今おもっくそ不愉快な事を考えてなかった?」

 

「はぁ? 俺が不愉快な事を考えないわけないだろ! ネタと愛だけで生きているような人間だぞ!」

 

「聞いた私が悪かったわよ」

 

 呆れた様な声だが、それでも少しだけ、美琴が笑っているように聞こえるのは僥倖だった。少しは精神的に余裕があるらしい。それともここが終了すればあと一か所。その事実が彼女の心を支えているのだろう。そこさえクリアしてしまえば、絶対能力者計画も終わる。そういう考えを持っているからだろう。

 

 ―――学園都市がそんな甘い筈がないのに。

 

 そんな事を思考している間に、移動しながら全ての機械類を無効化しつつ研究所の外へと一気に飛び出す。襟首を掴まれている関係上、美琴の背後から追いかけてくる姿が良く見える。研究所の正面口から金髪の少女を片手で掴んだまま、怒りの表情を浮かべた沈利の姿が出現する。

 

「オラァ! 三位! 斬首野郎ォ! 逃げないで戻って来いよオラァ!」

 

 叫びながら乱射して来る原子崩しを反射的に刃で時を止めつつ切り払う。そのまま超高速移動は美琴に任せ、

 

 ―――襲撃を完全に成功させ、学園都市の夜へと姿を眩ませる。

 

 その際に、中指を突き立てて挑発する事を絶対に忘れない。

 

 

                           ◆

 

 

『―――あとは消化試合なだけでしたけどネ。少々面倒な事になりました』

 

「あら、いいじゃないかしらぁ? これぐらいイベントがあった方が少しは刺激的じゃない。それにこれぐらいだったらどうにかなるんでしょう? 貴方に対する期待力を上げているわよぉ」

 

『そう言われると仕事だから頑張らないといけないのですがネ。無茶振りは止めて欲しいデス』

 

 常盤台中学に存在する庭園、そこから夜空を見上げれば、遠くの空が炎の色で明るくなっているのが見える。また襲撃に成功したのだろう。護衛しろとは言ったが、ここまでやれとは言っていない。まぁどうせ彼の事だから、関わってしまった手前放り投げるのが嫌になったのだろう。悪ぶっているようで彼は結構人情家というか、優しいのだ。ヒーローの素質ではないが、味方ではある。そんな彼だから好きになったのだが。

 

 そんな事を思いながら椅子の背もたれに寄り掛かったまま、スマートフォンの向こう側にいる相手との会話を続ける。聞こえてくるのは外国人特有の訛りのある日本語、若干不慣れなのか言葉の端がカタコトになってしまっている。その背後、或いは周りから忙しそうな声が聞こえるのはやはり、渦中で職務を遂行しているからだろう。

 

『ですが助けられた部分もありますネ。おかげで移行作業がスムーズにできましたし、前例があるという事は説得する事が簡単になるという事でもありまス。ともあれ、これ以上は必要ないとそれとなくボーイフレンドに伝えておけば彼も必要以上に苦労する事はないと思いますヨ。このままだと移譲してもゲリラを続けそうですしネ』

 

「ま、そこらへんは彼の気持ち次第よぉ。彼には彼でやりたい事とか入れ込みたい事があるしねぇ」

 

『若干ドライな関係なのですネ』

 

 そうだろうか、と思う。

 

「どうかしら。彼にも隠したい事はあるし、私にも隠したい事はあるわよ。何でもかんでも分け合って曝け出すのもいいかもしれないけど、何時でも一緒にずっとそばに、ってばかりが愛の形じゃないでしょ? 時には突き放す様に見守ったり、頑張っている姿を応援するだけに止めるのもきっと、愛の形の一つだと思うのよねぇ。まぁ、これが私の恋愛力かしら」

 

『良い事を言っているようで結局は野放しにしているだけですよネ』

 

「まぁね? あまり細かい事を気にしているとモテないゾ」

 

『こう見えて妻子持ちデス』

 

「なんで若干半ギレなのかしら……」

 

 何だかんだでこのカタコトの知的傭兵、警備アドバイザーを自称する男は有能だ。先を見通す先見性に状況に即座に反応できる対応力、それに冗談を理解したり、そういう会話に混ざれたりするユーモアを持ち合わせている。早いうちに雇っておいて正解だったと判断する。彼の予想によればあと数日中に絶対能力者計画は終わりを迎え、そして一番重要な点である”妹達”の管理が緩くなる。

 

 管理、或いは監視が緩くなれば大分動きやすくなってくる。そうなれば本格的に敵の目を掻い潜る事が―――木原幻生を相手に動き出す事が出来る。と言っても、相手は”陰謀力”が凄まじく、行動に移せば移した瞬間から看破される。それほどに警戒して当たらなくてはならない。

 

「ま、とりあえず適当に頼むわぁ。出来たら彼がタンクローリーとかを持ち出して特攻を始める前に」

 

『それ死ぬ―――あぁ、そう言えば即死だったら簡単に蘇れる人物でしたネ、貴方のボーイフレンド。クライアントの期待を裏切る様な事はしないのでご安心くださイ。では、そろそろ部下が煩いのデ』

 

 通話が切れる。スマートフォンを下ろし、僅かに明るい夜空を眺め、そして呟く。

 

「―――知れば知るほど魔境というか、魔窟ねぇ、ここは……」

 

 知れば知るほど、学園都市の闇は深く、そしてその奥は見えてこない。

 

 何時になったらこの地獄から抜け出して、”皆”で笑って歩ける日が来るのだろうか―――。




 むぎのんが異様に強い気がするけど、戦闘経験を動きに反映しているだけだから!! だから体術ったり、能力応用したり、なんか主人公以上に敵が修羅ばっかりになってる気がする……。

 眼帯金髪巨乳の人も可愛いんだよなぁ……


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八月二十日

 ―――結論から言ってしまえば、全てが無駄に終わった。

 

 最後の襲撃先は明朝に向かうのと同時に無人になっており、研究が終了されていた。これによって完全に絶対能力者計画は終了―――と思ったが、そんな事はない。終わったと思って安堵した美琴と別れ、操祈を通して調べた結果、ただ研究が別の研究所へと移されただけで、何も変わっていない。つまり、完全な無駄足だった。増えた研究所は百八十を超える。襲撃するだけでは決して間に合う事もない。それに、もう既に絶対能力者計画を終わらせる方法、

 

 それが実行に移され、数日中には終了するという事を聞かされた。

 

 一体努力とは何だったのだろうか。そう思わされることも仕方ないが、暴れて目を引き付ける事にもまた意味があるらしく、暴れれば暴れるだけ、それで良かったらしい。しかし、それでも絶対能力者計画を止めるという意味では自分も、そして美琴の努力も完全に無意味だったことは認めなくてはならないのだが。

 

 結局、最初から最後まで完全に掌の上で踊っていた、それだけの話だった。

 

 

                           ◆

 

 

「―――どうしようもねぇな」

 

 美琴と別れて、前待ち合わせに使ったオープンカフェで一人、朝を過ごす。このまま操祈の所へと顔を出しに行く、という気分にもなれなかった。だからまだ人通りの少ない通りへと視線を向け、頼んだアイスコーヒーをストローを通して飲みながら、若干拗ねる様に不貞腐れていた。パラソルの下にいるから日差しを避け、熱からは逃れられているが、それでも連日戦い続けた事からの疲労が体にはある。というよりも沈利との戦闘が予想外で、それで結構疲れているという事実がある。何だかんだで自分も未熟だなぁ、なんてことを思うが、

 

 口でストローを咥え、それを転がしながら考える。

 

 ―――なんか、最近徒労で終わる事が多いなぁ。

 

 なんというか、”今一歩”という部分で届かない事が多い気がする。

 

 いや、解っているのだ。上条当麻というヒーローには勝てない。あの男には悲劇をご都合主義のハッピーエンドに変える様な力を持っている。肉体はただの少年で、持っている能力だって異能の無効化だけだ。だけど、何故か彼が物語に関わった途端、全てが良い方向へと流れ始める。まるでご都合主義の化身の様だ。疑いはしても、それが彼の特異性である事は事実で、否定のしようがなかった。

 

 ただ、流石に苦労してやろうとしたことが後からやって来て解決されると少しへこむ。

 

 ……つか、今回も確実に関わってくるというか、最終兵器だよな?

 

 考えてみれば”幻想殺し”でなら”一方通行”を打ち破る事も可能だ。当麻には異能が通じないのだから、一方通行が慢心している間に接近すれば、あとは異能無効の拳で顔面を気絶するまで殴り続けるだけで勝てるのだから。確実にダメージの類は来るだろうが、それでもヒーローの勝利は揺るがないだろう。

 

 ただ、だとしたら何故最初から上条当麻を投入しないのだろうか。

 

 そうやって、物事を深く考え始めると、色々と怪しむべき点が見えてくる。そもそも全てが出来すぎだとも思えてくる。人と人の事情がかみ合いすぎているというか、歯車が良く回りすぎる。インデックスの時は、当麻の部屋のベランダにインデックスが”降ってきた”らしい。しかしこんな広い学園都市で当麻の所へ、おそらくこの世界で唯一事情を無視して救いを発生させられるような存在にピンポイントで巡り合えるのだろうか? 確率として考えるとまずありえない。その後の展開を考えたとしてもありえない。

 

 それだけじゃない―――インデックスの件の前にだって自分と操祈の出会いや、それ以外にもいくつか、”幻想殺し”があったからこそ解決出来た事等がある。そう考えると騒動の中心を突っ切ってきた様にしか思えないが、”不幸だから”という理由だけでそうなっているとは、考えれば考えるほど思えなくなってくる。

 

 いや、それを考えるともっと疑う事が増えてくる。なんで洗脳や精神干渉の通じない自分が操祈に出会える? これもまた運命や偶然と表現すべき事なのか?

 

「……気持ちが悪い」

 

 急激に吐き気を感じ始める。考えてはいけない事に考えが届いてしまった。そんな感覚があった。それに何故、今まで考えなかった、という気持ちさえもある。冷静になって、頭を空っぽにせず、今持っている情報を冷静に並べて、そして考える。出会い、接触、戦い、成長。当麻や操祈との出会い。能力成長の仕方の研究や、偶然からの成長。増えて行く知り合い。それを並べてみてみると、良く解らない寒気や、既知感にも似た感覚を覚える。こんな事をどこかで、昔考えた事がないだろうか? しかし、同時に思う。

 

 まるでゲームのシナリオに組み込まれているかのような気持ち悪さを感じる。眼に見えない巨大な歯車の一部として動かされている感覚。ひたすら同じ速度で同じ時間を繰り返している。そんな舞台装置の一部として動かされている、そんな感覚が存在する。考えてはならない。気付いてはならない。そんな声が聞こえてくる。しかし、一度それに気づいて耳を傾けてしまうと、思考を止められずにはいられない。

 

 俺と操祈が出会えば、お互いを必要としてくっつくのは必然じゃないか? 当麻は関わった人間を救う、だがその茨の道を助ける仲間は必要だから、力のある者との出会いは必要じゃないか? 大きな実験にはレベル5が関わってくる為、予め面識があった方が物事はスムーズに進むのではないか? そもそも、何時から既知感を感じる様になった。なんで懐かしさを覚える?

 

「―――考えるのが怖くなってきたし止めるか―――」

 

 口ではそんな事を言っていても、頭は考える事を止めない。まるで魔法が”解けて行く”様な感覚だった。事実を隠していた霧が少しずつ晴れて、そして直視したくない現実が目の当たりにされて行く、そんな感覚だった。ただ一度直視してしまえば逃れられない。何時の間にか強く噛んでいたストローが口から落ちる。知らずの内に手が軽く震えてしまっている。

 

 そして思考する。

 

 ―――こうやって自分を疑うのは一体”何回目”だ―――?

 

 

                           ◆

 

 

「―――僅かな愚かさを思慮に混ぜよ、時に理性を失う事も好ましい」

 

 

                           ◆

 

 

「得るのも失うのも、それもまた本人の勝手だと思うけどな」

 

 声が聞こえた。

 

「……ぁっ……」

 

「やあ、大丈夫か?」

 

 ぼうっとしていたらしい。声をかけられて漸く意識が飛んでいたことに気付く。軽く頭を横に振りながら片手で顔を抑えようとして、その拍子に目の前にあったグラスを倒してしまう。うぉ、と言葉を吐くのと同時に後ろへと飛びのく様に倒れる。そのまま流れる様に頭を床に叩きつけ、目の前の惨事を確認する前に痛みを堪える様に後ろ頭を押さえ、両目を強く閉じる。閉じた目の向こう側から心配する様な気配を感じる。

 

「だ、大丈夫かい……?」

 

「な、なんとか」

 

 聞こえてきた青年の声に対して声を震わせながら返答し、数秒間日差しによって熱くなったタイルの上で転がってから両足で勢いよく両手で拳を握る様に立ち上がる。大丈夫、俺は強い子、痛みになんか負けないと心の中で呟きつつ立ち上がり、テーブルいっぱいに広がったアイスコーヒーの惨事に手で顔を覆う。幸い、直ぐ近くに店員がいたため、説明をする必要なくそのままテーブルを綺麗にして貰い、新たなアイスコーヒーを頼んだ。それが終わったところで後ろに倒してしまった椅子を持ち上げ、溜息を吐きながら椅子に座り直し、

 

 そこで漸く、反対側に座る相手を確認する事が出来た。

 

 金髪の青年だった。黄色のスラックスに黄色のベスト、上は長袖の白シャツ、と夏にも関わらず結構暑苦しい恰好をしている男だった。若干目にかかる金髪のせいで視界確保面倒じゃないかな、前髪切ろよ、という程度の感想しかでない容貌。肌の色の薄さからしておそらくは欧米人あたりだろうか、と辺りを付ける。ともあれ、ぼうっとしていたところを起こしたのはこの男だ。文句を言うべきか、それとも感謝するべきか、そう悩んでいると、男が口を開く。

 

「やあ、久しぶり。元気にしてたかクロノス。いや、見ていれば元気だってのは解るんだけどさ。それでも形式的にこうやって顔を合わせたら挨拶するのが筋だと思ってね?」

 

 ―――あ、ヤバイ。誰か全く思い出せない。

 

 クロノス―――つまり時間歪曲(クロノディストーション)から来ているのだろう。略してクロノス、成程、納得できる呼び方だ。ただ問題は相手が誰か全く思い出せない事だ。相手はまるで此方の事を旧来の友人の様に話しかけてくる。つまり過去に面識はあり、尚且つそれなりに仲が良い相手の筈だ。もしかして深酒して意識が軽く飛んでいる間に仲が良くなった相手かもしれない。昔は先輩に良く飲まされていたし。思い出せないなら思い出せないで、そんな感じに対応すればいいのだ。

 

 良し、イケルイケル。

 

「ん? あぁ! よぅ、久しぶり。いやぁ、ほんと久しぶりに見るから一瞬誰かと思ったよ。つかお前の事を全く見ないからどうしてるんだ、って良く思っててさ。んで、お前最近調子どうよ?」

 

「こっちは……まぁ、なんだかんだで何時も通りだよ。ただ最近妻がお小遣いに関して厳しくてね? 何かを買うなら絶対レシートを残せ、納得の出来ないものならお小遣い減らして余計なものを買う余裕を奪い去るって姿勢を見せていてね……。こう、自由にやらせてくれ! って訳じゃないけどもう少し余裕はあってもいいと思うんだ。問題の度にソフト拷問を受けさせられたらそのまま新たな扉を開きそうで怖いよ。というか若干開きかけている」

 

「へぇ、凄いなぁ。それはそれとしてちょっとだけ距離開けてくれない? うん、あと一メートルぐらいでいいからさ」

 

「ドン引きじゃないか」

 

 寧ろ今の内容を聞いてドン引きしない方が珍しいと思う。いや、倹約とかに関する姿勢は別にいいのだが、そこから新たな性癖の開発が始まるとか一体だれが予想するんだ。しかもソフト拷問とか解りたくもない。もっと、こう、恋愛とは健全なものではないのだろうか。爛れた生活も憧れがない訳ではないが、それでもそれは最終的に性根を腐らせるものだ。だったらもっと健全に生きていた方が遥か良いに決まっている。

 

 ふぅ、と息を吐いて落ち着く。目の前の相手の事に関しては全く思い出せないが、それでも会話が続いた事実を見ると、これで問題がないように思える。故に一息をつく意味で息を吐く。そこで代わりのアイスコーヒーがやってくる。グラスを受け取り、ストローを通してそれを飲み、その味よりも冷たさを味わってから口を離す。その動作が面白かったのか、小さく漏らす様に金髪の男が笑い始める。見た目は自分とほとんど変わりのない年齢だろうに、これで結婚しているのだから驚きだ。

 

「んだよ」

 

「いやぁ、それっぽく話しかけたけど、”会う”のは今日が初めてだからね。まさかここまでノリノリに対応してくれるとは思わなくて」

 

「クッソ! なんて奴だ! 無意味に恥をかかされた!」

 

「ははは」

 

 爽やかに笑っているのが多少イラっと来るが、不思議と体から無駄な緊張や気負いが抜ける。少し前まで無駄に不安がっていたのが嘘みたいだ。そこまで思考した所で、少し前まで、自分が一体何について考えていたのかを思い出し、顔を軽く歪めてしまう。あんまり、考えたくはない事だが、どうしても考えてしまう。

 

 そうやって再び思考に没頭しそうな所で、声がそれを引き留める。

 

「一人で深く考えていても答えは出ないよ」

 

「は? 何を―――」

 

「脚本家は確かに存在するけど、それを一人で考えたところで答えは出ない、と言っているんだ。そもそも情報が足りな過ぎて君一人じゃ永遠に同じところをグルグル回っているだけだよ。それに思いついてもリセットされるだけだしな」

 

「……」

 

 目の前で笑顔を浮かべ、此方へと視線を向ける存在に対して瞬時に警戒を始める。何故、どうして、等と言葉を口に出す前にそれを自分で考え始めようとする。だが結論が出る前に、敵意の一切存在しない―――寧ろ友情、あるいは憐れみ、優しさを感じる様な笑みを、視線を相手は向けてくる。敵対する意思はない。それは理解した。だけども警戒は解かずに問答する。

 

「誰だ」

 

「―――オッレルス、魔神になれなかった出来損ないだよ」

 

 その言葉はどこか遠い既知感を刺激し、

 

「この言葉を伝える時が本当に来るとはね。何度目かは覚えていないけど」

 

 そしてどこかで、歯車が致命的に狂ったのを感じた。




 ゆっくり進めようか、それとも軽く圧縮するか? と悩んだ結果、

 そう言えば来週からインド生活始まるからゆっくりできねぇじゃねーか!

 という致命的な事を思い出す。マキハイリマース

 今のこの話のシナリオの状態をTRPGで説明するなら、レベル10ぐらいのキャラのシナリオに別の卓で操作しているレベル80ぐらいのキャラが乱入してきてGMを抹殺し始めた所。GMニートだからいっか。


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八月二十日-Ⅱ

 魔神―――魔神のなりそこない。

 

「と言われても魔神って何か知らないし、凄さが伝わってこない」

 

「あぁ……そう言えば科学サイドだっけ……」

 

 呆れた様な声と表情のオッレルスに、仕方がないだろ、とテーブルを軽く叩く。勿論そこでグラスを倒さない様に気を付けておく。贅沢は敵ではあるが、偶の贅沢は安らぎでもある。それを凡ミスでフイにしてなるものか。既に一回零しているのだから二回目はない。そんな事を考えていると、オッレルスが口を開く。

 

「まぁ、簡単に言ってしまえば魔術で神の領域に入った連中の事だよ」

 

「あぁ、そもそも魔術サイドの話なのね。スタイリッシュ痴女に半殺しにされてからイカデックスちゃん以外と魔術サイドは関わってねーからほとんど忘れてたわ」

 

 スタイリッシュ痴女の部分で軽く吹き出しそうなオッレルスの姿を確認しつつ、店員を呼んで追加でアイスコーヒーを頼む。目の前の人物が何であれ、敵意は一切感じないし、話しに来たのだけは理解できる。なら無駄に刺々しくやる必要はない。安らいで接せるならそれに越したことはないのだから。オッレルスがそれに感謝しつつさて、と言葉を置く。

 

「こうやって会いに来たのには色々と理由があるし、伝えたい事も色々とある。だけどそれが遅すぎるし、普通に話して伝えられるものでもない。一体何から話し始めればいいのか、と悩めるぐらいには存在している。まぁ、手始めに改めて俺はオッレルス、魔神のなりそこない―――で、魔神というのは魔術を極め、神の領域へと至った存在だと思えばいいさ。つまり科学サイドで言う絶対能力者(レベル6)のようなものさ、解り易く説明するとね」

 

 絶対能力者―――つまりレベル6は科学でいう、理論は存在するが到達できない領域。あるいは奇跡を起こして到達できる領域が。それもまた、魔術にも存在する。それが魔神という存在なのだろう、此方でも解る様な言葉を使ってくれると非常に理解しやすい。しかし、本題はそこではない。目の前の男、オッレルスは剣呑すぎる言葉を放ってきた。脚本家、リセット、思考の袋小路。まるで此方の考えた事を読み取ったかのような言葉だ。

 

 ―――いや、待て。なんで話を聞く事前提になってんだこれ。

 

 目の前の男は突如現れ、そして魔術という未知の領域の人間の中でも極めて強力な存在の様に思われる。少なくとも魔神という存在が絶対能力者相当なら、超能力者クラスの実力者ではないのだろうか? だとしたらなんで、和やかに談笑するとかいう選択肢が最初にやってくるのだろう。

 

 いや、それ以前に、目の前の男に対して親近感にも似た感覚を覚える。それが話そう、話を聞こうという気持ちを生み出している。それはなんだか自分の知らない自分がいるようで、

 

 少し、気持ち悪い。

 

「大丈夫か?」

 

「あ……あぁ、平気、へーき」

 

「そうか……なら遠慮なく―――と言いたい所だけど、此方から一方的に話すのも情報の整理が面倒だろう? そっちから質問する形で答えるよ。その方が落ち着けるだろうし、考えも整理しやすいだろう。とりあえず時間は余るほど存在する。急ぐことなく考えるといいさ」

 

 そう言われ、色々と悩む。一番の困るのは頭の中が軽い混乱でごちゃごちゃしている事だが、それを顔や動きに出す程未熟ではない。そういうのは頭の中にだけ留め、頭の別の部分で冷静に思考する。解らない様に軽く深呼吸をし、そしてなんとか言葉を集める。冷静になれ、こういう時こそ冷静になるべきなのだ。そう思考した所で、

 

「あ、ノリは軽い方がいい? 真面目なのがいい?」

 

「軽い方で」

 

「じゃあケーキ頼むか―――すいませーん」

 

 ……あー……気を使わせたかもなぁー……。

 

 表情や姿には見せてはいないが、割と混乱しているのが見抜かれているかもしれないなぁ、と胸中で軽く溜息を吐いてから質問すべき事を決める。とりあえず無駄に深刻ぶっても意味がない。そう思い、質問を始める。

 

「んじゃ、とりあえず混乱の真っただ中だし、簡単な質問から始めるけど、なんで俺に会いに来たわけ?」

 

 それに対してオッレルスは簡単に答えた。

 

「簡単に言ってしまえば―――欲望五割、義理が四割、そして義務が一割って比率だろう。一番の手段が君を脚本の外側へと引きずり出す事だ。もしかしてそれも既に計算の一部かもしれないが、流石にそこまで万能な相手でもない。となるとやっぱり真実を知らせた上で仲間に引き入れるのが一番の方法だろうからな。浅い縁というわけでもないし―――」

 

 そこでオッレルスは一旦言葉を区切る。そして、

 

「―――まぁ、要約すると俺は君を良く知っている。味方になってくれるし、考え方に同意してくれると思っている。だから会いに来た」

 

「やっべぇ、今のを聞いて逆に質問が増えたわ」

 

 ははは、と爽やかに笑うオッレルスとは違い、此方は軽く頭を抱えるハメになっていた。何故オッレルスはこっちを知っている。脚本というのはなんだ。というかお前学園都市に正規の手段で入ってないだろ、とか言いたい事はあるが、質問は一つ一つ並べて答えさせるのがいい。きっとそうであるに違いない。お願いだからこれ以上問題を増やさないでくれ。

 

 変わらない時を有意義に過ごしたいだけなんだから。

 

「んじゃあ、なんで俺を知っている。というかどうやって」

 

 学園都市の関係者には見えないし、それに火織やステイル、インデックスを通して知ったようにも思えない。それよりも更に前、ずっと前から此方を知っているかのような、そんな感じが言葉の端からは感じられる。それにそれだけじゃなく、胸中に感じる感覚は、旧友を懐かしむ様な感じだ。その感覚に関する答えが欲しい。―――それはもしかして既知感に対する答えにもなるかもしれない。期待を込めてオッレルスへと視線を向けると、オッレルスはそうだな、とまずは言葉を置き、

 

 言った。

 

「―――世界がループしていると言えば君は信じるか?」

 

 呆れた様な、可愛そうな者を見る様な視線をオッレルスへと向けると、オッレルスが笑顔を浮かべたまま額に青筋を浮かべる。が、米神をオッレルスは指で押さえると、軽く溜息を吐く。

 

「荒唐無稽な話かもしれないけど、君自身は色々と理解する事があるんじゃないか? ”時空歪曲”、と此方側で言っていたか。耳障りの良い名前だね。飼い慣らされているとも言えるけど。日常的に使って、そして感じ取っているんじゃないか、時が巻き戻る力の一端を」

 

「いや、待てよ。俺にそんな力はねぇよ。戻せるにしたって数十秒が限界だし。それに連続稼働する事は出来ない。レベルが上がったってここら辺の制限はそう簡単に消えない筈だぜ。なれるかすらどうか怪しいけど、レベル5になればそりゃあ数時間とかは出来るかもしれないが―――」

 

「―――九月二十日限界突破し、暴走した御坂美琴が異界の力を引き出すのを確認しレベル3へ。ここからレベル上昇による能力のインフレが始まる。十月九日、垣根提督との交戦を通して異界の法則に汚染され、レベル4へと至る。同時に既知感を前よりも強く感じ、やることなす事全てがデジャヴするかのように感じ始める。十月三十日、天使との交戦や”黒翼”の目撃を通して欠けていたピースを取得し終わりレベル5へと至る。本来の予想された出力を遥かに超え、科学を通して魔術を解明する事に成功する。莫大なエネルギー消費と共に無限に近い出力を得る」

 

 また、

 

「―――完全な完成と共に完全に”ヤツ”との同期を完了させる。以降、”ヤツ”に逆らえなくなり、意思とは関係なく能力発動させる舞台装置としても完成する」

 

 そこまで話し終わったところで、オッレルスは一息つき、視線を向ける。

 

「さて、どうかな? これがこれから君が経験する事になる成長(スケジュール)だけど」

 

「いや、どうってお前―――」

 

 そんな荒唐無稽な事を信じられるか、と言おうと口を開き―――止める。違う、それが言いたい言葉ではない。正しくは”そんな事を信じたくない”という言葉になる。オッレルスの口から出てきた言葉は信じる事が出来ない。そこに証拠が存在しないからだ。ただ、オッレルスの声には、一切の戸惑いや緊張、嘘といったものを感じなかった。心の底から、本気で吐いている言葉が本当であると、それを確信して口にしている。いや、彼が演技上手である可能性も存在しない訳がないが、

 

 何故か心は告げられた言葉を信じていた。

 

 何故、何故なのだろうか。

 

「やけに知り合いが多いだろう? 恵まれているだろう? 経験する事が、合わせる顔が多いだろう? ―――計画というのは小さなフラグを積み重ねる事で動きだすものだよ。御坂美琴と友好関係を作っておくことで九月の暴走を見過ごせないようにして、一方通行と面識を作っておけば十月に巻き込める。第三次世界大戦が始まれば友人を追いかける様に、そして与えられた女を守るために君も前に出るだろう。ほら、無駄がない」

 

 ―――思想や出会い、やりたい事さえも全て計画通り誘導されている。

 

 俺は、そんな人生を送ってきたのだと、

 

 オッレルスは言っている。

 

「んな事認められるかよっ!」

 

 怒鳴りながら立ち上がり、テーブルを叩く。配慮するだけの余裕が、流石になかった。テーブルの上に会ったグラスは倒れそうになり、それをオッレルスが素早く回収し、抑えていた。頭のどこか冷静な部分でそれを客観的に捉えつつも、感情が胸からこみあげ、それを吐きだす様に口から言葉が溢れ出す。

 

「俺の人生は全て計算通りだったと!」

 

「そうだ」

 

「ダチも知り合いも計算通りの接触だって!」

 

「そうだ」

 

「能力が成長せずに、急に伸び始めたのも計画通り!」

 

「そうだ」

 

「俺が一回腐りかけて、そこから立ち上がったのだって―――」

 

「―――あぁ、全てが計画通り。予想された通り。ここまでの生活、働き、出会い、その全てが計画された通り。誘導された通り。期待された通り。定められたレールから一寸たりとも離れずに走り続けている。自分が本当は誰なのか、何度も巻き戻された時の中でそれさえも見失っている。自分が本当はどこで立っているのかさえも忘れてしまっている。生きているようで、未だ生まれてさえいないのが君の存在だ」

 

「……なんだよ、それ」

 

 よろよろ、とふらつきながら後ろへと蹴り下げた椅子に倒れ込む様に座る。信じたくはない。だけど、何よりも自分の心がそれを真実だと肯定するかのように受け入れていた。本音でいえば、言われたこと全てを理解している訳ではない。ただ、自分でも理解できる事はある。

 

 ―――人生を見えない化け物に弄ばれ続けていた、という事だ。

 

 自由意志のない人生に一体どれだけの意味があるのだろうか。自分の選んだ選択が実は選ばされただけだと気付いた時はどうすればいいのだろうか。心が完全に事実を認め、屈服している。こんな事は久しく、そして懐かしい。だけどそれを楽しむ事なんてできない。完全に最初に会った余裕は消し飛び、わけのわからない焦燥感と、哀しみと、そして無気力感が胸中には漂っていた。ならば、

 

 そもそも自分とは一体なんだ。

 

 周りから向けられる視線を無視しながら深く息を吐いて、両手で顔を覆いながらしばらく無言で俯く。幸い、泣きそうな気持になっても涙が出る事は一切なかった。ここしばらくずっと能天気にやっている事もあって、こんな気持ちにはならない事もあり、余計重く感じる。

 

「―――割と詰め込む様に言ったけど、大丈夫か?」

 

「解らない。超解らない。話を聞くだけなら荒唐無稽もいいところなのに。三流の陰謀説お疲れ、って済ませられる内容に聞こえるのに―――何故か解らないけど、心がそれを事実だって認めちゃってる。否定したくても、否定する様な気持ちになれねぇ」

 

 その答えに何か含むところがあるのか、そっか、とオッレルスは少し優しげな声で返答する。そのまま数秒間、何かをするわけでもなく、ゆっくりと感情を飲み込むかのように、黙り、そして頭を整理する。その間にオッレルスが口を開く。

 

「俺は、あの男の思惑通りに進むのを止めたい。この牢獄(ゲットー)から解放されたい。ついでにあのヤンギレ眼帯金髪女も一発殴り飛ばしてへこませたい。いい加減に勝ちたいんだ、未知が欲しいんだ、同じ景色には見飽きているんだ。今なら間に合う。まだレベルが低い間なら、ヤツとの―――アレイスターとの同期が完成されていない。君を学園都市から連れ出し、監視下から逃す事も繋がりを断つ事もできる。これは”今週目”で漸く訪れたチャンスだ。それを見逃したくはない」

 

 その言葉が浸み込むのを待つようにオッレルスは数秒間無言を貫いてから、それに続く言葉を放つ。

 

「―――俺と一緒に、そのシナリオの全てを粉砕して、裏で笑う黒幕に中指を突き立てないか?」

 

 何時もならここで笑いながらネタの一つでも返すだろう、

 

 ただ今はそんな余裕はなく、掠れる声で呟く事しか出来ない。

 

「一日だけ……待っててくれ……」




 ……??(プロットを見る

 おかしいなぁ……俺のプロットも砕かれたような気配がするぞ。まぁ、読者の皆さんには足りない情報が多いかもしれないけど、そういうのは追々公開されて行くものだからね。

 このSSの目標:ニートとヤンギレ眼帯金髪女の顔面に拳叩き込んでへこませる。

 人生否定されるのってどういう気持ちなんだろうなぁ、と


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八月二十日-Ⅲ

『君には魔神へと至る為の下地が存在する』

 

 俺にどうしろというのだ。

 

『魔神の敵と成り得るのは同じ領域の存在。故に君は魔神に至らないといけない』

 

 それは解った。

 

『目標の達成には何よりもそれと、その体に流れるアレイスターの血を抜かなくてはいけない』

 

 そしてオッレルスはこう言った。

 

『準備が、或いは覚悟ができたら俺を呼んでくれ。学園都市内であれば基本、どこにいても即座に駈けつけられる』

 

 オッレルスはその言葉を継げると、学園都市のどこかへと姿を消した。その前に受け取った、記号の刻印された宝石はアレイスターなる黒幕とのつながりを妨害し、尚且つ捉えられなくする為のジャミング用の魔法の道具らしい。それを持ち歩いている間は監視されることも、思考を妨害される事もない。だからそれを持って、何時も歩き回っている街並みを歩く。ただ、その景色は何時もと違って歪んで見える。

 

 何故、何時もは輝いて見えたこの景色が歪んで見えるのだろうか。

 

 ゆっくりと、一歩一歩自分の存在を確かめる様に歩いていると、歩きながら様々な思考が脳内を駆け巡る。その最たるものが”自己”に関する事だ。今になって急に頭の中が晴れたかのように、考える事がある。学園都市に来る前はどんな生活をしていたのか、母はどんな人物だったのか、父はどんな人物だったのか。

 

 そもそもなんで偽名を使っているのか。本名は何だったのか。それすら忘れていたことを忘れていたのか、と。

 

「最、悪……だな。生きてすらいねぇじゃん……俺」

 

 軽く笑う様にそう呟き、人ごみの中へと混ざるのが嫌で、路地裏へと入り込む。そのまま数歩よろよろと歩いたところで、壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込む。考えるのが億劫になって来ていた。考えれば考えるほど、頭には疑問ばかりが生まれて行く。そしてそれに対する答えが出ない。いや、オッレルスなら教えてくれるかもしれない。だけど、その事実を受け止めるだけの精神力が今の自分には存在していなかった。考えれば考えるほど、怖くなってくる。それに、

 

「今の今まで借り物の力でドヤ顔をキメて戦ってたと思うと死にたくなるな……」

 

 アレイスターという学園都市でもかなり偉い人物の力を今までは使っていたらしい。本来、なにも修練していない状態だと加速と遅延ぐらいしか出来ないらしい。なのにそれ以外が使えるというのは、明らかなテコ入れが存在するからだ。そしてそれに気づかず、自分の力だと騒いで、はしゃいで、かっこつけて、頼って―――考えれば考えるほど死にたくなる。今まで、一体何のために頑張って、そして生きてきたのだろうか。

 

 解らない、全く分からない。

 

 判断する基準や、そもそもの価値観さえもゆがめられ、望まれた通りだったとしたら、一体”自分”という存在はどこにあるのだろうか。本当にこの意思は自分のものだと言い張れるのだろうか。少なくとも、今の自分にはそんな自信はなかった。俺の意思は俺のものだと、そう言い張れるだけの根拠がなかった。いや、人生を全否定されて自殺していないだけマシなのかもしれない。そう思うと少しだけ心が軽く―――なるわけがない。

 

「あー……クッソ、考えなきゃ……」

 

 再び立ち上がりながら、一人で考える場所を求めて路地裏のへと進む。もっと人気のない方へ、静かな場所へ、そこでゆっくりと考えよう。少なくとも、今は誰かと会う事の出来る様な心境じゃなかった。きっと、操祈は心配してくれた上に肯定してくれる。たとえ自由な人生じゃなくても、それは彼女が選んだから意味があると。きっと当麻は怒ってくれる。今までの人生が幻想だと思うなら、それが砕けない事を証明してくれると。あるいは他にも心配してくれる人がいるだろう。

 

 だけど今、そういう人たちの前に胸を張って立つ事は出来ない。自分という存在には自信も誇りも持てない。望まれた通りの傀儡出会った事、ただの舞台装置の人形である事が腹立たしく、そして失望していた。溜息を吐きながら路地裏の奥へと進み、

 

 そこで屯っているガラの悪い男たちを見つける。

 

「―――お、ちょうどいいところに来たじゃねぇか。ヘヘ、ちょうど金が欲しいと思ってたんだよ」

 

「おいおい、またカツアゲかよ」

 

「いいじゃねぇか。オラ、何見てるんだよ。さっさと金出せよ」

 

 ガラの悪い三人組、その姿へと視線を向けてから溜息を吐き、無言のまま横を抜けようとする。それを阻む様にスキンヘッドの男が回り込み、進路を邪魔する。到底、誰かと話す気分にも関わる気分にもなれない。その横を抜けようと歩き出そうとし、

 

「何無視してんだよテメェ!」

 

 拳が振り上げられる。遅い。火織や一方通行、沈利と比べれば稚拙としか表現のしようがない拳だった。動き出してから回避できる。だけど、こういう手合いは圧倒的な恐怖を叩き込んでおけば、もう二度と同じ事を繰り返さないだろう。そう思考し、能力を発動させて遅延させようとして、

 

 思考が固まる。

 

 超能力も結局は開発によって生み出された物。

 

 望まれて生み出された物。

 

 与えられた力。

 

 そう思考すると、目の前に拳が迫ってきているというのに、一切能力を使う気にはなれなかった。時の加速も、遅延も、逆行も、停止も。全ては脳の開発に酔って生み出された、計画通りの力。人生を舞台装置に組み込む為に開発された能力。

 

 ―――そんなもの、使いたくない。

 

 そう思った直後、拳が顔面に叩きつけられた。

 

 

                           ◆

 

 

「ち、三万しか入ってねぇのかよ」

 

「今度はもうちょっと多めに入れろよー」

 

 笑いながらガラの悪い三人組が表通りへと向かって消えて行く。仰向けに路地裏に倒れつつ、影のおかげでまだ冷たい路地裏の大地の感触を背中に感じ、かっこ悪い、と胸の中で呟く。不安になって、腐って、怖がって―――まるで昔に戻ったかのようだった。能力が上がらない事に腐っていた時代。だけどアレも計画の内だったのだろう。腐って堕落し、そこから這い上がる事でさえ定められたレールの上。

 

 自由意志なんてない壮大な牢獄(ゲットー)から抜け出せない。

 

「あー……痛い……なぁー……」

 

 治療する気も、立ち上がる気にもなれない。このまま目を閉じて考える事を止めてしまえば楽になるんじゃないか。そんな事さえ思い始めた。不良程度になすすべもなく負ける様な雑魚が立ち上がって一体何をするんだと。それとも忘れてしまえばいいのだろうか。貰った宝石を砕けば、また今まで通りの日常へと戻れる。

 

 ―――でもきっと、それは今まで通りではないのだろう。

 

「クソ! クッソォ! クソがァ! 解ってるよ!! 解ってるさ! 悩んでもクソみたいな事しか思い浮かばねぇって! だけどどうしろってんだ! なんだよ魔術で神になるって! 人生は決められていたって! 馬鹿みたいな化け物相手にどうしろってんだ! 好きだって気持ちさえも疑わなきゃいけないってどういう事なんだよ! クソがクソがクソがァ!!」

 

 叫び、立ち上がろうとし、そのまま動くのを止め、

 

「クソが……解ってるさ。立ち止まっていてもしょうがないって……このまま忘れて生きるってのが間違ってるって……」

 

 でも、人生はそう簡単に割り切れない。今一歩狂人の領域に踏み出せない。まだ超人の領域。人生を否定されたら”あぁ、そうでしたか。じゃあ死ね”で済ませられるほど心は怪物となっていない。或いはオッレルスがそういうタイプなのかもしれない。だからまた立ち上がって戦えるのかもしれない。ただ、聞いてすぐってのはちょっと無理だ。一日待て、とは言った。だけど本音ではもうちょっと時間が欲しい。

 

 時間が、欲しい。時が止まって欲しい。無理だって解っている。正しい事でもない。だけど時が止まって欲しいと思う。そうすればできる事は増えるし、問題だって解決できそうだし、選択肢が増える。何よりも楽しかった時間が、楽しい時間が永劫に味わえる。だから、

 

「―――時よ止まれ、お前は何よりも美しいから」

 

「うわっ、クッサイセリフですね、軽くドン引きです。とミサカは辛口に評価します」

 

 返答があった。

 

 それは良く知っている声だった。

 

 頭を動かして視線を路地裏の入ってきた方へと向けると、そこには御坂美琴とよく似た少女の姿が、妹達(シスターズ)の一人の姿があった。その手の中には奪われたばかりの財布の姿があり、それを片手で握る妹達(シスターズ)は近づいてくると軽くしゃがみ、胸の上に財布を置いてくれる。態々取り返してくれたのだろうか。正直、今となってはどうでもいい話だ。

 

「パンツ見えてるぞ」

 

「……? つまりはどういうことですか、とミサカは疑問を浮かべます」

 

「羞恥心ないのかよお前。慎みを持て、慎みを。淑女ってのは慎みから生まれるもんだ。そして慎みのあるなしは人の品格に繋がるもんだ。もっと人間らしくありたいなら慎みや人間らしさを研究してみろ」

 

 ―――他人に偉そうに何を言っているんだ俺は。

 

 人に何かを言えたような立場じゃない。人間らしさから程遠いのは自分ではないだろうか。誰かと会い、話すのは億劫だから嫌だった。だが実際に話してみると、そこまで悪い気分じゃなかった。いや、精神状態がダントツに最悪である事に変わりはない。ただ、依然パンモロでしゃがんでいる妹達(シスターズ)には親近感を覚えるのは事実だ。

 

 計画と研究の為に生み出された舞台装置。

 

 単価18万の人形と、リセットの為に用意された人形も、結局は同じ人形だったわけだ。

 

 となると、聞きたい事が出てくる。

 

「なぁ、妹ちゃんよ」

 

「あまり接点がないクセにえらくフレンドリーに話しかけてきますね、このヒモは、とミサカはセメントに対応します」

 

「なぁ、お前、計画の為に生み出されて、んでその通りに生きる事に疑問を持ったことがあるか? なんか、感じる事はないのか?」

 

 たぶん、聞く相手が間違っている。話している相手は人形だ。計画の為に使い捨てられている人形で、自己の価値を18万程度にしか思っていない存在。だから聞くだけ無駄なのだろう。だけどそれでも、聞いたのは間違いなく、

 

 今、この場で、聞こえる、或いは見える形で何らかの”救い”が欲しかったからだろう。

 

 ただそれを理解しているのかどうかは解らないが、妹達(シスターズ)は首をかしげるとそうですね、と呟く。

 

「ミサカは絶対能力者計画の為に生み出されたお姉さまのクローンです。単価18万程度の価値しかなく、使い捨てだけどコストパフォーマンスに優れている優秀なクローンであると認識しています。なのでその為に生み出されたミサカは本望です。計画通り消耗されることに関しては特に思う事がありません。”そういうもの”であると納得していますから」

 

 やっぱり、期待するだけ無駄だった、

 

 そう思った直後、

 

「―――でも、こうやって私達が頑張っているおかげで救われる人や救われる姉がいるって事を考えると意味があるんじゃないかと私は思うよ? /return」

 

 だって、

 

「計画の為に生み出されたとしても/return、結局白痴のままじゃないし/return。殺されるたびに新しく生まれて覚えてそしてその為に生み出されても一緒に頑張ろうって決めてるんだから/return。重要なのはなんの為や何でとかじゃなくて今、自分がどんなことを感じて、どうしたいかなんじゃないかな?/return」

 

 だから、

 

「自由や計画や意味とかは全部無視して、その胸にあるその気持ちはどうなの?/escape」

 

「気持ち……」

 

 妹達(シスターズ)の言葉に自分の気持ちを確かめる必要なんてない。胸の中に渦巻くこの感情はずっと、話を聞いてから存在していた。

 

 即ち、怒り。

 

 なんだこんなに悩まなきゃいけないんだ。勝手に俺の人生を決めるな。俺の人生は俺のものだ。干渉するな。ふざけるな。

 

 悩み、戸惑い、そして自分が解らない。

 

 それでも、怒りだけは絶対に消えていない。何もかも投げ出したくなって自分の事がどうでも良くても、それでもこんな理不尽を生み出した張本人に対する怒りの炎は絶対に消えず、燃え続けている。認めない。認められない。断じてこんな事実を、現実を認められない。

 

 ―――それこそ元凶をぶっ飛ばさない限り、永遠に晴れない怒りがそこにはある。

 

 目を開き、キョトンとした表情で首を傾げる妹達(シスターズ)を見る。それを受け取った妹達(シスターズ)は軽く首を傾げる。

 

「おや、先程まで大事にしていた家宝がモヒカンの到来によって火炎放射器にされてしまったような表情を浮かべていたのに、何時の間にかギラギラとした目を浮かべる様になっていますね、とミサカは評価します」

 

「……思ってたよりも俺が単純だった、ってだけよ」

 

 息を吐きながら立ち上がり、財布をポケットの中に入れる。今までずっと倒れていたこともあって、軽く体のあちらこちらが痛みを訴えているが―――この痛みは生の証明でもある。痛みが生きている、という事を証明してくれている。今はそれでいい。痛みを感じない人形ではない。それさえわかればそれでいい。

 

 深く考える必要はない。

 

 解らないならゆっくり考えて、答えを見つければいい。

 

 それはまでは怒りを胸の中で燃やし続ける。

 

「妹ちゃん、ちょっと頼みごとを頼んでもいいかな?」

 

「体の事以外なら大体なんでもオッケーだとミサカはサムズアップしながら伝えます。地味にサムズアップしながら仕事を引き受けるのはミサカのやりたかった事リストの上位に入るのでご満悦であるともミサカは報告します」

 

 お、おう、とドヤ顔の妹達(シスターズ)にちょっとだけ引きつつも、伝える。

 

「操祈の事をよろしく頼む。アイツ、ああ見えて何だかんだで寂しがりだからな。偶に遊んでくれたら嬉しいわ」

 

「自分でやれ、とミサカは率直に言います。ですがその様子からすると何やら事情がありそうですね、とミサカは言葉の端から察します」

 

 どこまでも話し方が独特な少女の姿に苦笑しつつ、少しだけ軽くなった心で答える。

 

「―――俺は魔神を目指すよ。その為に学園都市を出る」

 

 漸く、

 

 漸く、長かったプロローグが終わり、

 

 そして本当の意味で歯車が動き出した。

 

 この瞬間、全てが始まった―――直感的に、そう感じた。




 漸くプロローグ部分が完了。ここからが本当の修羅道だ。

 ループ前提のお話だから記憶継承している連中(主に魔神連中)の立ち位置や出現場所が大きく変わってくるよ!!

 ところでヒロイン交代しそうな気配があるんだけどどうなってんだ。


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八月二十日-八月二十二日

「―――選んでくれたか」

 

「あぁ、高みの見物を決め込んでるクソ野郎の顔面に一撃を叩き込む。顔面を陥没させるぐらいブチ込んでやらなきゃ気が済まねぇわ。まだ魔神とか魔術の事とか良く解ったわけでもねぇし、お前の事も百パー信用している訳じゃねぇ。だけどとりあえず自分がブチギレてるってのだけは理解した。だから殴り飛ばす為に必要な事を成すぜ」

 

「そうか。いや、それでいいんだ。こっち側へついて来れればそれだけで意味があるからな。最悪魔神に至らなくても、リセット阻止の意味も出てくるけど―――まぁ、それは今はいいか。どうせ話す時間は腐るほどある」

 

 オッレルスの名を呼ぶと、煙草を咥えて姿が参上する。どうやら直前まで喫煙所で煙草を吸っていたらしく、服には軽く煙草の臭いが染みついている。しかし瞬間移動ばりに急に出現したり、音声を拾えたり、どう見ても技量が人間の領域を突破している、としか評価ができない。まだ少し困惑、というか迷いが胸にあるが、それでもオッレルスを測る程度の冷静さは戻ってきた。それがオッレルスの立ち振る舞い、動きに鍛え上げられた修練の跡を感じさせる。

 

 既にカツアゲ被害から一時間が経過している。ギターケースにショルダーバッグ、生活に必要なものは全て揃えてある。これ以上する事も、持つものもない。これさえああればどこへでも生きていける、そういう風にコンパクトに荷物は纏めてあるのだ。だからこれ以上、学園都市に残る必要はない。

 

「学園都市を出る時は気付かれない様に一瞬で外に出るし、一度出たらもう戻るつもりはないぞ。誰かに挨拶、或いは用事があるなら今の内に消化しておいた方がいいぞ。シナリオから逸脱すればするほど無事かどうかか解らなくなってくるからな。もしかしてこれが今生の別れになってしまうかもしれないぞ」

 

「その時はその時でしゃーないさ。何だかんだで広くて浅い縁しかないしさ。当麻は勝手にやってるだろうし。妹ちゃんはどうやら助かるみたいだし。一方通行死ねクソ。ついでに原子崩しも腹痛で死ねカス。操祈に関しても自信を持って好きだって今は言えないから会うだけで辛いしなぁ―――」

 

「さらりと毒を吐く辺りが実に君らしいよ」

 

 サムズアップを向けてからハイタッチを決める。オッレルスだが、割とノリは良い方の様だ。とりあえず学園都市を出る準備は完了した。あとは本当にここを離れるだけだ。そう思い、振り返り、長い時を過ごした学園都市、その一角の風景を視界に収める。何だかんだで学園都市には世話になっている―――人生が決められたものだとしても、過ごした時間までがなくなるわけではない。

 

「後悔しているのか?」

 

「いんや……いや、やっぱあるわ。ちょこちょことな。そりゃあ人間だもの。後悔がないって言えばウソだろそれ」

 

 そう、人間なのだ。なんだかんだで記憶が確かなのは小学生ぐらいの頃―――そのころから学園都市にいたのだ。その前はどうだったかは解らないが、この小さくも大きな都市は間違いなく自分の故郷なのだ。それからいきなり去って行くのだから、やりたい事、やりたかったことがたくさんある。だけどそれよりも優先したい事があるのだ。そしてすべての選択肢を選べるほど人間は万能ではない。限られた選択肢を選ぶことしか出来ない生き物だ。或いは、

 

 このアレイスターなるクソ野郎は、その選択肢を選べない事が嫌だったのかもしれない。

 

 そう思うと―――憐れに思えてくる。

 

「ま、ある程度の折り合いは出来ているし、永遠に会えないって訳でもないし。努力を忘れず、腐る事さえ許さなければどうにかなるだろ。そ、信じていれば夢は何時か叶う。人間、努力を諦めなければ何時かどうにかなる、そういうもんだろ」

 

「根拠がない事は別段褒められた物じゃないと思うけどね」

 

 別段根拠がない訳でもない。実際アレイスターの差し金とはいえ、当麻の様なヒーローはいるし、自分や一方通行の様な存在だっている。レベル1から5へと駆け上がった美琴だって存在する。そういう事を考えれば、人間には十分可能性が秘められているってのは解る。だったら後は精神が折れない様に努力し、足掻き続けるだけだ。その研鑽の果てに結果が生まれるのだ―――今の様に、予想外な形という事もあるのだが。ともあれ、

 

「何時までも学園都市にいる訳にもいかないだろ。そろそろ行こうぜ」

 

「それもそうだな。見つからずに学園都市から出るから掴まってくれ」

 

 言われるままに差し出されたオッレルスの二の腕を掴む。それを確認したオッレルスが虚空を見つめ、小さい声で何かを呟く様な仕草を取る。その虚空を見つめる目は碧眼で、人に非ざる色を含んでいる。本当に人間なのだろうか、なんてことを疑っている間に、景色は切り替わる。人のいない路地裏から空間がスライドし、流れ、そして変わる。学園都市の何時もの路地裏から、もう少しだけ気配の少ない、見慣れない路地裏へと場所は変わっていた。

 

「学園都市の脱出完了―――しかしアレイスターの事だ、おそらくこのまま国内だとそのまま補足されるな」

 

「うわぁ、瞬間移動がマジで出来るのか。魔術すげぇ」

 

 超能力は特化、魔術は臨機応変、という言葉を誰かから聞いた。条件さえ整えば多くの現象を可能にするのが魔術らしいのだが、こうやって瞬間移動とか簡単にやってのけてしまうとやはり、魔術に憧れる所は多い。ただ、超能力用に開発された人間が魔術を使おうとするとバクハツシサンして死ぬらしい。その事を考えると、本当に魔神に至る事が出来るのか、ちょっと疑わしいものになる。しかしオッレルス程の男が何の対策もなしに、とも思えないから、

 

 そこは信じるしかないのだろう。

 

「さて、ここからはタクシーでも拾って空港へ行くか。チケットは簡単に手に入れられるだろうし、国を出てさえしまえばある程度は此方のものだ。まぁ、時間も確保できるしなんとか―――」

 

「ないです。パスポート、ないです」

 

「……」

 

 国外逃亡、一手目から詰む。

 

 

                           ◆

 

 

 オッレルスは魔神のなりそこないである。

 

 多くの魔術に関する知識を詰め込み、そしてそれを極める事で魔神という存在になれるらしい。少なくとも詳しい事を聞いていない為、その程度の認識しかない。しかし魔神へと至れば、ガラスを砕く様に世界を砕く事が出来る、そんな力を手にする事が出来る。魔術師として力を求めるのであれば、その果ては魔神であり、そこが終着点とも言われている。つまりオッレルスの脳にはデータベースとも呼べるほどの魔術の知識が入っており、それらが極められている。

 

 RPG系のゲームで言えば覚えている魔法の習熟度が全てカンストしている、そんな状態になっている。

 

 故に、条件さえ整えればオッレルスには多くの事が出来る。攻撃は勿論、転移移動や時間軸を無視した攻撃、感知、結界、治療、それを魔術として自由に行使する事が出来る。つまりは、飛行機がなくても移動する手段がオッレルスにはあった。

 

 ―――魔獣召喚による飛行移動。

 

 即ち密入国。

 

 即ち空路の様で陸路。どういう事だ。

 

 オッレルスの本来の計画であった飛行機のファーストクラスで海外逃亡とかいう夢は消えた。

 

 ロシアの上空を領域侵犯無視でぶっちぎって目的地へと向かうという壮大な大事件を経験するハメになった。

 

 オッレルスの召喚した大怪鳥の背中に乗って日本からロシアへ、時折休息の為に雪の降る大地に着陸しながら数日をかけて、そうやってパスポートがなかったから、という理由で凄まじい大冒険を経験する事になった。道中知らない魔術師に襲われたり追われたり、飛行中の戦闘機にエンカウントする等という凄まじい事故に発展しながらも、

 

 寒さに耐え、追手から逃げる、そんな辛い数日が経過する。そしてついに到着する。

 

 

                           ◆

 

 

 森の中に隠れる様に大怪鳥を着陸させるとそれから降り、オッレルスがそれを消し去る。直ぐ近くに空港が存在するが、此方が見つかっているような気配はない。ずっと張っている事は無理だが、それでもステルス化できる魔術が存在しているらしく、学園都市に入る時はそれを使用したらしい。だったら飛んでいる間ずっと使えよ、とも思うが、

 

 魔術は居場所や時間、星の巡り等にも影響されるらしく、どんな時に好きな風に使えるものではないらしい。あらかじめ道具が必要だったり、と超能力よりも制限が存在するとの事。そういう制約を一切無視し、無限の力を発揮するのが魔神である。

 

 そりゃあ魔神を目指すわ、と納得の内容だった。

 

「―――おかしいなぁ、本来はファーストクラスでキャビアでも食べながら到着するはずだったんだけどなぁ……」

 

「パスポートを作らせなかったアレイスターが悪い。つまり全部アレイスターが悪い。おのれアレイスター、絶対に許さないぞアレイスター、アレイスター死すべし。この恨みは末代まで絶対に忘れないぞ」

 

 オッレルスの苦笑する様な笑い声を耳にしながらも、森の中から人目に付かないように出て、そのまま空港の駐車場付近へと移動する。流石は外国、周りを見ても外国人しか見当たらない。聞こえてくる言葉も英語がほとんどで、英語を全く知らない身としては若干辛い。こんな事があるのであれば、予め英語を習っておけば良かったと軽く後悔する。しかし、後悔してもしょうがない。後悔した分だけ努力をすればいい、と決断し、視線をオッレルスへと戻す。

 

「えーと……ここからどうするんだ? 確か俺を預かってくれる場所へ行くんだよな」

 

「正確には一時的に席を置く場所だね。おれと一緒に絶え間なく世界を移動し続けるのは実際オススメできないしね。定期的に会いに行くつもりではあるけど、それでもとどまりすぎると狙われるし、それに魔術世界の所属だがなんだかでめんどくさい事になる。だから君と教材を置いたらそのまま次の目的の為に行ったり来たりを繰り返す事になるよ」

 

「ほえー……」

 

 忙しい、というよりは仕方がない、という部類だろう。力があればそれを警戒する人間が出てくる。核兵器を持っている国を他国が警戒するのと同じような理由だ。だからオッレルスが悪い訳ではないが、それでもここまで連れてきておいて、直ぐにいなくなることを宣言するのはちょっと人としか大丈夫か、という感じに疑う。それを察したのか、オッレルスが小さく笑いながら言葉を漏らす。

 

「安心してくれ、ここには妻がいるし、何よりも第三次世界大戦がはじまる頃には俺と同じ領域には立てている筈だ。時の彼方へ消え去ったとしても、元がどういう存在であったか、それが消える訳じゃない。だからそこまで心配する必要はないよ」

 

「……おう」

 

 オッレルスのその言葉に頭の後ろを軽く掻く。まるで子供の様に扱われている事には些か不満だが、何だかんだでこの男には自分よりも遥かに記憶している年月が多いのだ。だとすればそういう態度にも些か納得はいくが、それでもなんというか、この年齢で子ども扱いされるのは少々むっと来る。

 

 それこそが子供らしさなんだろうから、絶対に表情に出す事なんてはしないが。

 

「っと、迎えが来た見たいだね」

 

 そう言ってオッレルスが視線を向けた先、

 

 ―――馬車が空港にやってくるのが見える。

 

 その姿に軽く引きながらも、馬車は御者にしっかりと手綱を握られ、ゆっくりと近づき、そして自分とオッレルスの前で停車する。一目で高級品だと解る黒塗りの馬車は傷痕が一つも見当たらない程に綺麗ではあるが、それでもアンティークに通じる歴史の様な風格を持っていた。理解は出来ないが、おそらく魔術で何かをやっているんだろうなぁ、なんてことを予想し、視線を馬車の入口へと向けると、

 

 その扉が開く。

 

 その向こう側にたのはベージュの修道服姿の女だった。長く、綺麗な金髪を持つのは十八歳ぐらいの少女の様にしか見えないが、馬車の中に座る彼女は気品の様なものに溢れていた。此方、そしてオッレルスへと視線を向けた彼女は笑みを浮かべ、そして口を開く。

 

「―――Hello Ollerus, it seems as though you were late reaching here」

 

「Sorry Laura, I couldn't see that we would have problem coming about the passport. We had to fly over Russia to reach here」

 

「Oh well then, I guess I can hear some funny stories about your flight then」

 

 英語だった。完膚なきまでに英語だった。オッレルスも英語で返してしまっている為、会話の内容が一切理解できなかった。やべぇ、と思い、二人の話が途切れたところで、片手を上げてアピールする。

 

「すいません、何を喋ってるか一切解らないんでジャパニーズでお願いします」

 

 その言葉に金髪のシスターと、そしてオッレルスが小さく笑い、そしてシスターが此方へと視線を向ける。

 

「―――イギリスへようこそ、イギリス清教は汝を歓迎するわよ」

 

 そう言われ、改めて今、自分が何処にいるのかを認識し、

 

 遠くへ来てしまった―――もう戻れない。それを改めて認識した。

 

 もう、歯車は戻らない。進めるしかない。時計の針は自分の手で。




 よーやくここまで来たよ。というわけでしばらくはギャグと説明と修行的なサムシング。

 ニートの顔面とヤンギレ金髪眼帯女に腹パンを決める為に力を蓄えるのです。

 ここら辺から大体未知(プロット的な意味で


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八月二十二日-Ⅱ

 馬車に自分を乗せると逃げる様にオッレルスは消えてしまった。その前に二、三程何か話していたが、内容は完全に英語であったために把握する事は出来なかった。ただ次回会ったときにはバイクで轢いてやるという覚悟だけは出来上がった。

 

 こうやって残されたのは金髪のシスターと自分の二人だけ、難しくなるだろうなぁ、何てことも最初は思っていたが、

 

 特にそんな事はなかった。

 

「でさぁ、戦闘機にそん時見つかったわけよ! こうスクランブルとかじゃなくてアッチも訓練中だったっぽくてさ、マジで偶然の遭遇って奴よ! コックピットにいるパイロットもデッカイ鳥の上でじゃんけんして遊んでる俺らを見て口を大きく開けて叫び始めるんだけど全く言葉が通じなくてなぁ!」

 

「あっはっはっはっは! そりゃあまた傑作なるよ!」

 

「お前の喋り方の方が傑作だけどな!」

 

「そ、それは言ってはいけなき事なのよ!」

 

 金髪のシスター、ローラと名乗った彼女と大笑いをしながらヒースロー空港から目的へと移動している。最初は英語が話せないと死活問題ではないかと思ったが、妙に古風な喋り方ではあるがローラは日本語が喋れる上に、教会、というより魔術の関係者には翻訳魔術や日本へと向かう事が多々ある為、日本語をマスターしている者が多いらしい。その為、そこまで英語に関しては心配する必要はないが、生活を円滑にする為には覚えた方がいい、と教わった。

 

 しかしそれを教えてもらっている間に口調の事にツッコミを入れたら意外と話題が繋がり、

 

 こうやって遠慮なく笑いあう程度には話が弾んでいる。馬車の品質とローラの気品からして間違いなく偉い人間なのだろうが、自分から名乗らないという事は知らせたくはない、或いはそういう色眼鏡を通して接して欲しくはないという事なのだろうと、言葉にせずともある程度は察する。だから誰かに止められるまでは、一切遠慮をする事なく話す。数日の空の旅で得たストレスを吐きだすにはちょうど良かった。

 

 それに、馬鹿話をするのはいい。そうやって何かを考えたり没頭している間は、必要以上に悪い事を考える必要がないから。ただそうやって話しをしながらも、馬車の外の風景を見る。記憶上、日本の外へと出た事はない。まさか鳥に乗って海外へと行くことになるとは思わなかったが、馬車の窓から見るロンドンの風景は日本、学園都市とは全く違って新鮮だった。

 

「やはり学園都市に住んでいると外の世界は珍しいのかしら」

 

 馬車の外を眺めていると、そんなことをローラが聞いてきた。そうだなぁ、と、とりあえずは言葉をおく。珍しい、ではなく新鮮という言葉がふさわしい、やっぱりそう思う。

 

「学園都市にいた頃はまったく興味がなかったんだよなぁ……なんだかんだで充実していたんだし、満足もしていたんだ。そりゃあレベルが低いし、金だってない。だけど納得できる程度には友達がいたし、会えば笑うことができた。その日常には満たされていた。永遠にこの日常が続けばいい。そのまま時間が止まってしまえばいいんだ、そう思えるぐらいには。だけどそれは現実から目を逸らしたものだと思うと―――」

 

 納得できなくなった。

 

「今までは同じような景色を見るたびに安心感を覚えていた。だけど急にそれが怖くなってくるんだ。またこの日常を送れるんだ。そう思っていたはずなのに、ここから”抜け出せない”って恐怖が始まったんだ。変わらない、変われない。そして訪れる変化もきっと、与えられた変化なんだって。そうやって誰かの都合で同じ日常を、同じ時間を、与えられた変化に喜ぶのが怖かった。だから、オッレルスに真実の一端を教えてもらって、こうやって外に出て、いろいろと気付かされたよ。まだまだ小さくて少ないけど、それでも」

 

 世界は広い、まだまだ見れるところがある。学園都市なんて小さい世界の一部だった。何で今まであそこでしか生きられなかったのだろう。なぜ能力ばかりを見ていたのだろう。こうやってすべてを捨て去る覚悟で飛び出してからは、いろんなことが馬鹿馬鹿しく感じるようになった。くだらない拘り、というやつだ。胸にあるのは怒り。今はそれしか感じないし、解らない。オッレルスはきっと、もっと高尚な理由で動いているかもしれない。だけど、今の自分にそういうのは無理だ。自分のことしか考えられない。自分のためにしか生きられない。人生を馬鹿にされたツケを、ケリをつける事しか考えられない。だからそのために動かせてもらう。それしかできない。だけど、そうやって考え、狭い世界から解放されて、

 

「世界って広いんだよなぁ、って思うようになったわ。いや、世界が広いんじゃなくて、俺の世界が小さかったって話なんだろうけどさ。それでも見えるもんがいろいろと広がって、なんか複雑な気分だ。狭い世界で満足できていたのは間違いなく人形だったからだけど、その範疇を超えるとそれだけじゃ満足できなくなっちまった」

 

 最後のほうはもはや伝えるのではなく自分につぶやく様な声で、自分を納得させるために言葉を放っていた。窓の外に見える光景は長い、何もない道路からだんだんと市街地へと移り始めている。有名なロンドンの赤い二段バスがすぐそばを通り、その姿におぉ、と軽く言葉をこぼす。窓の外から聞こえる音のほとんどが車のエンジンや人の生活の音だが、日本語がまったく聞こえてこない。聞こえてくるのは英語ばかりで、本当に外国に来たのだと気付かされる。本当に、来ちゃったんだなぁ、と感慨深くつぶやくと、

 

 頭の上に感触があった。

 

 視線を窓から外して視線を向ければ、そこには涙ぐみながらこちらの頭の上に手を置き、撫でようとしているローラの姿があった。

 

「苦労、ぐすっ、したり、ぐすっ、なのね。アレイスターは絶対に殺すから、ぐすっ、安心してね」

 

「えー……泣くのかぁ、しかも物騒な事を呟いているし。でも他人のために泣けるシスターさんは本当にいい人だなぁ」

 

「ふぁ!?」

 

 馬車の前方、おそらく御者なのだが、噴出すように困惑の声を口から漏らすのが聞こえる。どうしたのだろうか、と思って窓の外へと視線を向けるが、特に不思議な光景があったわけではない。ただ窓の外には有名なビッグベンが見える。今までネットを通してしか知ることのできない建造物を見ることができて、地味にうれしい、というか興奮している。魔神になるのがどれほどハードかは知らないが、それでも多少時間ができたらロンドン観光しよう、そう思いながらローラと会話しつつ、

 

 馬車に揺られながらロンドンの中を進む。

 

 そのまま三十分ほどローラと話し合っていると、馬車が停止し、すこし古びたアパートの前で停止する。なんとなく学園都市にある、当麻のすんでいるボロい寮を思い出す。ただこちらはあっちよりも更にボロく、それでいて学園都市程の技術が使用されていない、本当に”普通”の寮、というかアパートに見える。馬車が停止すると、ローラが外、そのアパートを指差す。

 

「あそこが貴方の住む場所になるのね。別の案内人がいるから彼に聞くといいわ」

 

「おぉ、ご親切にどうも」

 

「イギリス清教の使徒としては当然のことよ」

 

「ぶふっ」

 

 また御者が噴出している。ローラが小さい声でこれはおしおきね、とか言っている感じ、上下関係がおぼろげに見えてくるが、正体に関して考え始めると恐ろしくなってくるので目を逸らして何も知らないことにする。とりあえず馬車を降り、後ろに積んでおいたギターケースとショルダーバッグを手に取ると、馬車がゆっくりと街中へと姿を消して行く。窓の向こう側から手を振ってくるローラの姿に手を振り替えしながら、ナイス金髪巨乳と胸の中でサムズアップを向けておく。

 

 相手がなんであれ、美人は美人、それだけで救われるのだ。

 

 すばらしい金髪巨乳の出会いを信じもしない神に感謝しつつ振り替えると、視界に入ってくるのはアパートの姿だ。案内された以上、少なくとも自分等同種、つまりは特殊な連中が住む、そういう場所なんだろう、と思いながら入り口へと歩き出そうとすると、そこから出てくる姿が見える。

 

「漸く来たか」

 

 アパートの入り口から出てきたのは赤髪にバーコードのようなタトゥーを頬に刻んである、神父の男だった。その容貌から彼がステイル=マグヌスだと気付く。特徴的な姿ゆえに一発で誰かはわかる。ただし、直接的な面識はない。こっちが相対したのはエロスタイリッシュな女の方で、その戦闘後はすべてが終わるまではずっと寝て過ごしていたのだから。

 

 あの戦闘まで結局計算どおりだったのだろうか、とかいちいちアレイスターを疑い始めるとキリがないから、ここら辺で一旦アレイスターの事は忘れよう。ともあれ、まずは、

 

「どうも、新しく此方へと移ってきたもんだけど―――」

 

「話は聞いている。自分から必要悪の教会(ネセサリウス)に入りたがっている奇特なやつだってな。しかし、そうか、お前だったか。神裂を殴り飛ばせるというやつが来るならそれはそれ歓迎すべきことかもしれないな。知っているかもしれないがステイル=マグヌスだ」

 

「どうも、えっと―――」

 

 歩いて近づいてくるステイルに手を伸ばしながらどう自己紹介するべきか。そういえば本名はわからないし、偽名も使っている意味が解らないし。しかしそこでオッレルスが此方のことをクロノス、と呼んだ事を思い出す。学園都市から離れて、新たに生活と人生を始めるのだから、改めて名乗りなおすのもいいかもしれない。

 

「クロノス、今はそういう風になってるからよろしく。イギリス人? なのに日本語上手だね」

 

「陰陽道を勉強するのに必要だったからな。とりあえず了解した、こっちだ」

 

 煙草を取り出し、それを慣れた手つきで咥え、火をつけたステイルは近づいてくると軽く握手を交わし、そのまま背を向けてアパートのほうへと移動する。その背中を追いかけるように小走りで追いつく。改めて間近で見ると、この男がどれだけ大きいのかが伝わってくる。その身長は2メートルを超えているだろう。

 

「とりあえずトイレは個別にあるが、風呂場は共同だ。なるべく清潔に使ってくれ。ちなみにだが風呂場の掃除はシフト制になっているから当然君にも風呂掃除の順番が回ってくる。風呂場自体に関しては後で案内する」

 

 ステイルと共にアパートの中に入ると、玄関を靴を脱がずに抜けることに違和感を覚えるが、外国だからこんなものなのだろうと、納得しておく。その間にもステイルは指を差しながら紹介する。

 

「あっちが食堂で、あっちがキッチンだ。あそこがラウンジだ。風呂場を除けばこの三つが基本的な共同空間だ。今は誰もいないが、夜になれば住んでいる連中がメシをタカリにやってくるからそのときに顔を合わせればいいだろう。まぁ、ここは男子寮だから出会いとかは気にしないほうがいいぞ」

 

 ステイルが付け加えるようにメシもマズイから外食が多いと言う。その言葉にくすりと笑いながらアパートの階段を登り、二階部分へとあがる。あがったところを左に曲がり、廊下を突き当たりまで移動したところで、ステイルは足を止め、ポケットから鍵を取り出して扉を開ける。その後、扉の鍵を此方へと投げ渡してくるのを受け取る。

 

「ここが君の部屋だ。一応上から頼まれているから君の面倒はある程度見るが、あんまり期待しないでくれ。馴れ合いはそこまで好かない。ただ、ここで住む以上はある程度のルールを覚えてもらうまずは―――」

 

 ステイルがそう言って説明を始めようとした直後、廊下の反対側で扉が吹き飛ぶように開き、その中から上半身が裸の人影が飛び出してくる。完全にイってしまっている目で此方を見ると、上半身裸の男は大きく背中をのけぞらせるように、

 

「火星にもヌーディストビーチはあったんだ!!! ヒャッホォ!!」

 

 そう叫んで窓ガラスを突き破って飛び降り、そのまま街のほうへと走り去っていった。どうあがいてもキチガイとしか表現することのできない珍獣が完全に視界から消えたのを確認し、視線を割れた窓ガラスへと向けたまま、ステイルへ言葉を投げる。

 

「アレなに」

 

「ヤク中」

 

「しかも日本語かよ」

 

「どうしてもアピールしたかったんだろうな」

 

「法律とか大丈夫なの?」

 

「魔術の行使やトランス状態に入るのにたまに違法薬物が必要になってくるが、あの様子だと勝手に使ったな」

 

 どこからどう見ても完全にアウトだった。完全にアウトだった。どう解釈してもアウト以外の何物でもなかった。

 

 ステイルが諦めたかのようなため息を吐くと、窓ガラスへと向かって歩き始める。

 

「これからあのヤク中が街中でシャブってるのを披露する前に捕まえてこなきゃいけないから案内はまた今度だ。部屋自体は普通の寮とは変わらないからそのまま使えるはずだ」

 

「お、おう。強く生きて」

 

 返事を聞く前にステイルが窓から飛び出して街の方へと飛び出していった。これで本当に大丈夫かよイギリス清教とは思うが、オッレルスに紹介されてここまできたのだ。きっとなんとかなる、どうにかなる。

 

 そう思い込みたかった。

 

「操祈ぃ……俺、本当に遠い世界へやってきてしまったよ……」

 

 薬物ダメ、絶対、というフレーズが脳内で浮かび上がるのを感じながら旅の疲れを癒すために、逃げるように部屋の中へと入る。

 

 とりあえず、今日はもう何も考えたくなかった。




 生活環境周りはSSもないし割と創作入ってますが、きっとこの時空はアレイスターのせいで愉快な事になっているに違い。おのれアレイスター、お前のせいでヤク中が増えたぞ。

 ローラさんは可愛いんだけどその口調が難しいのでセリフが大幅カットされました。たぶん英語を覚えれば英語で会話するから普通の口調になるんじゃないだろうか。

 水曜日から海外なのでそれまでは更新予定。それからは環境が落ち着き次第


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第四の法則
八月二十七日


 ―――魔神とは即ち魔術を極めた存在である。

 

 魔術というものを単純に極め過ぎた領域、人の領域から外れて神の領域に至ってしまった存在。魔術の求道者がたどり着く先。世界を簡単に滅ぼす事が出来、あらゆる法則を自分の意のままに操る事が出来る、本当の意味での神に最も近しい存在。いや、人が観測する事の出来る唯一の神と言ってもいい。オッレルスは魔神をレベル6の様な存在だと表現したが、それはある意味正しいのかもしれない。レベル6にたどり着くのが困難極まっている様に、魔神に至るのもまた困難。

 

 多くの魔導書の原典を読み、解読し、その内容を覚える事で少しずつ人間として外れ、そして魔神として完成して行く。最後に何か条件が必要となるらしいが、オッレルスは多くの魔導書を解読しておきながらそこを間違えてしまったために魔神に至れなかった。まだ、レベル5を蹂躙できる実力を持ちながら魔神と成れていない、なりそこない。

 

 故に魔神へと至る為の道筋はいたって明確になっている。

 

 読んで覚える。それだけ。それをひたすら繰り返し、魔術の知識を体に、脳に、そして魂に刻み込んで記憶する。そうやって体が魔術に染まって行くことで少しずつ魔神へと変貌して行く、とオッレルスは教えてくれた。しかし、その前にはいくつかの問題が見える。それでもほかにできる事がなく、

 

 ひたすら、記憶する。

 

 

                           ◆

 

 

 タブレットPCには図形が描かれている。千を超えるページを持つ魔導書の電子書籍版、コピーであるために一切の力は持たないが、それでもその形には意味があり、読む事は出来る。故にそれを読みながら脳で演算子、その法則を暴いて内容を読み取る。まるでパズルの様だな、と思いながら読み終わったら次のページへと移る。また新たに図形と文字と記号が描かれている。そのままでは読み取る事が出来ない為、それを解読しながら読み進めていると、部屋の扉が叩かれる。手元のタブレットPCから顔を持ち上げながら視線を扉の方へと向け、

 

「開いてるよー」

 

「不用心だな」

 

 扉を開けて入ってきたのは赤毛の”少年”であるステイルだった。身長はニメートルで、煙草を嗜むその姿からは彼がまだ十四歳の少年であるとはまず考えられないだろう。だが彼も魔術師であり、天才と呼ばれる領域にあるらしい。が、その力も代償無くして得られたわけではない。今の成人した男に近い容姿は力を求めた代償として、少々加齢してしまっているらしい。

 

「たった数日しか経ってないのに大分部屋の様子が変わったな」

 

「そうか?」

 

 視線を部屋の中へと向ける。ベッドしかなかった殺風景な部屋には小さなテーブルと椅子が、テレビが、そしてノートパソコンが置いてある。無線用のルーターも設置して、壁にはポスターを張り、元の殺風景な部屋と比べれば大分みられる部屋になっただろう。何だかんだでここにはお世話になるのだから、拠点として使える環境の事を考えるとこれぐらいはやっておきたいと思っている。それに半ば亡命する様な形でやってきたのに、これだけいい部屋を貰えたのだから、少しは大切に扱わないと罰が当たる。

 

「ここ数日、ずっと勤勉な姿を見せているけど成果はどうなんだい?」

 

「んー? オッレルスが”これ読んどけ”って色んなもん送ってきてるから、それを片っ端から読んで頭の中に叩き込んでるよ。原典じゃないから力自体はないけど、記述を頭に叩き込む事が重要だー、とか。別に使えなくても覚えて行けば使える様になるだー、とか。正直まだわけのわからない事ばかりでちっと混乱してるけど、やる事さえあればそれなりに落ち着けるからな。色々整理するつもりで暗記させて貰ってるよ」

 

「ふーん。そんな事で魔神に至れるのか、安いもんだな」

 

「本当にそれな」

 

 自分は特殊なケースだともオッレルスは言っていた。

 

「俺の場合下地が完成しているから、後は片っ端から頭の中に必要なものを詰め込んで行けば元の形へ戻るから、必要なもんを片っ端からぶち込むだけでいいらしい」

 

「その言い方からするとまるで君が元々は魔神だったかのような言い方だけど」

 

「そうらしいねぇ」

 

 溜息を吐きながらタブレットPCをベッドの上へと放り投げる。数時間ぶっ通しで絵を見続けるのはさすがに疲れる。ステイルも着た所だし、ちょうどいいから休憩にしよう。イギリスとはいえ、八月は夏で、かなり熱い。自分の恰好はトランクス一枚のみ、という完全なだらけファッションだ。そのまま立ち上がり、寮内で歩き回る為に購入したサンダルに足を通し、ステイルの肩を叩きながら横を抜けて廊下へと出る。

 

 別の部屋から発狂したヤク中の叫び声が聞こえるが、ここ数日の生活でそれに関して離れてしまった。何だかんだで手伝ってくれているステイルが防音術式を張ってくれているおかげで部屋にまでキチガイの声が届かないのだ。ステイルは本当にツンデレの鏡だ。ともあれ、そうやって廊下に出て、

 

「ちっと目が疲れてきたから適当にアイスでも食って休憩にしようぜ。こんな事もあろうかと冷蔵庫に適当にぶっ込んでおいたから」

 

「……なれ合いはするつもりがない、って前に言ったつもりなんだけど?」

 

「あぁ? なにが馴れ合いはしねぇだよお。お前は組織の人間だったら同じ組織の人間が友好的に接せる相手なら必要以上に尖らずに友好的に接しておけよ。一緒に戦うんだろ? 仕事するんだろ? 個人のアレコレとは別に友好的な方が話を通しやすいし、協力的になるもんなんだよ。変に刺々しいのよりは断然いいぞ。っつーわけで来い。年長者としての命令だかんな、アイス食えよ」

 

「本当に図々しい男だな、君は」

 

 そう言いながらついてくる辺り、やはりツンデレの鏡。

 

 二、三日もすればこの寮にも慣れてくる。風呂に入ってたら突撃されるラッキースケベなイベントが発生しないのが非常に残念な男子寮はあるが、施設は古くてもちゃんと整備されて、維持されている。一階のキッチンへと行くと一般家庭で見る様な普通のキッチンがあるわけだが、その奥にある冷蔵庫、冷凍庫部分には予め買い置きしておいたアイスが何個か置いてある。その数を確認すると何個かなくなっている。おそらく、というか確実に寮の誰かが無断で食べてしまったのだが―――それをある程度予想して、多く買い置きしてあるのだ。冷凍庫の中からバー型のソーダアイスを取り出すと、袋に入ったままのそれを一本ステイルへと投げ渡し、自分用にも一本取り、封を開けて食べ始める。

 

 そこからダイニングの方へと移動して、足を組んで椅子に座りながら、やっぱり夏はこれだよこれ、と口の中の冷たさに満足する。視線をステイルへと向けると、ステイルも渋々ながら、といった様子でアイスを食べ始める。その姿に息を吐いて、満足しておく。

 

「しっかし、その図体で十四歳ねぇ。十四つったら思春期真っ盛りだろ? つったら頭に好きな子のパンツ被って全裸で発狂しながら走り回る頃だろ」

 

「君はアレか、もしかして外宇宙から飛来した生物に脳をやられてないか? どこからどう見てもただの犯罪者じゃないかそれ」

 

 オアァァ、という叫び声が上のフロアから聞こえ、黙る。そういうレベルのキチガイが寮にいるのだから、存在しても不思議じゃない、という表情をステイルが浮かべ、そっから復帰するかのように咳を零す。

 

「コフッコフッ、とりあえず最近の調子はどうなんだ? 魔導書の知識を溜めこんでいるというのは解るが」

 

「オッレルスが北欧関係の”時と運命に関する記述”を大量に送ってくるんだよな。ほら、北欧王座(フリズスキャルヴ)とか言うの使うし、北欧系の魔術とかに関してならほぼ何でも揃えているとか。だからウルドとかスクルドとか、そういうのが送られてきたりでまぁ、資料とかいっぱいあるんだなぁ、って感じなんだけど―――」

 

「しかし、超能力者には魔術が使えない」

 

「それなんだよな」

 

 魔術の科学的解明。その一旦は見えた。しかし、それは選べない。

 

 超能力によって開発された脳で魔術を、その為に必要な魔力を生み出そうとすると、体が拒否反応を示して爆発する。まるで漫画の様だが、冗談ではなく真実だ。それを忌避する為に魔術を科学的な法則に落とし、行使する方法もあったが―――それはアレイスターの望む方法だ。アレイスターの血を、その影響力から完全に抜け出す為にはまず、既存の法則から離れなければならない。

 

「科学でも魔術でもない、魔神の法則―――オッレルスがやっている北欧王座(フリズスキャルヴ)の様に全く別次元、或いは新しい法則で魔術を使えるようにしなきゃ駄目らしいな。オッレルス自身も体が特殊すぎて普通の魔力が使えないから、北欧王座(フリズスキャルヴ)を通して生命力を全く違うエネルギーに変換して、それを魔神の力を行使する為に使っているとか」

 

「改めて聞くと全くわけのわからない領域だが……参考にはなるな。で、何か得るものはあったか?」

 

「いんや、それが全くないわ。いや、解らねーわ」

 

 オッレルスが言うには、魔神の下地は出来上がっている。あとは取り戻すのみ。その為には大量に時と運命に関する記述や魔術を体に取り込む必要があり、それを繰り返していくうちに魔神としての歯車が生み出されるらしい。魔力の問題解決も、そのころには解決していると、まるで預言者の様にオッレルスは語っていたが、どうなのだろうか。

 

 未だに取っ掛かりさえも作れない自分が、魔神へと至れるのだろうか?

 

 しかし、それを疑ったところではどうにもならない。やるからにはやるしかない。この道を選んだのなら引き返す事は出来ない。

 

 終わりのない修羅道を、地獄への”未知”を選んだのだ。であるなら、自分の選んだ選択肢に責任を取らなくてはならない、今度こそ。本当の意味での自分を取り戻すのだ。

 

「まぁ、なんつーか結局はアレよ。オッレルスみたいに魔力以外のエネルギーを見つけなきゃいけないんだ。科学という第一の法則、魔術という第二の法則、科学による魔術という第三の法則、これらがすべて使えない。オッレルスのやっていることは”第四の法則”って言えるもんだ。俺の目標は自分だけの”第四の法則”を生み出すか見つけ出す、ってところよ。それさえできればこうやって丸暗記している魔術もノーリスクで使えるっぽいぜ?」

 

「なんともまぁ簡単に言うもんだな。お前がやろうとしていることはかつて多くの魔術師が目指し、挫折し、そして果たすことなく死んできた道だぞ」

 

 そりゃそうだ。計画されていたとはいえ、レベルを上げるのは大変であり、血が滲むほどの努力をしても報われるわけではない、ということを自分はよく知っている。必要なのは才能、そして努力の両方。才能があっても努力しなきゃ、芽生えない。そしてきっと、魔神という領域はほぼ達成不可能なところにあるのだ。あのオッレルスでさえ完全な魔神ではないことを考えると、それが難易度としてどれだけ狂っているのかが解る。

 

 ただ、オッレルスはこうも言っていた。

 

 間違いなく魔神へは至れる。そうであったし、影響さえ脱せばそうなる。

 

 元々そうであったのだから、そうあるのが最も自然な形であると。

 

 その意味はよくわからない。最近は魔術の知識が増え始めていて、疑問が少しずつ解消されつつあるところだが、それでもオッレルスの求めることや言うことは難しいことが多い。ただ、運命には修正する力があるのだと、そういうことを言っているのだと思う。それこそ神に匹敵するだけの暴力か、或いはどんな異能や運命さえも無効化してしまう、絶対的な幻想への特効能力をもちでもしない限り、それには抗えないのかもしれない。

 

 だからきっと、人間である俺は、それを弄んできた者の手から逃れれば、元の形へと回帰して行く、そういう感じのことなのだろう。

 

「ま、それでも諦める事ができないならやるっきゃないのさ……まぁ、現状魔術をひとつも使えないひよっこ以下なんだけどね? 超能力さえ使えない様になっちまったしな。俺が襲われたらステイルくんを肉壁にして逃げるからな」

 

「いや、素の身体能力ならそっちの方が上だろ」

 

「正直身体能力だけで異能とやりあうのはキツイのよ……」

 

 カウンター系とか、トラップ系とか、能力なしでやりあうと即死する場合がある。今までは時間を巻き戻せばそれで把握することができたが、もうそんなことはできない。借り物の力で戦うことも生きることもできない。

 

 自分だけのナニカを見つけないといけないのだ。

 

「ま、時間はあるんだ……第三次世界大戦までに見つけ出せば……」

 

 そう小さく呟く。そこが”転機”らしい。それまでにシナリオを破壊するだけの力を、魔神としての力を手に入れておかないと駄目らしい。が、それまでは後数ヶ月ある余裕は―――やはりないのだろう、難易度からして。

 

 しかし、それでもやるしかないのだが、

 

 根をつめてもしょうがない。

 

「さて、午後からはロンドン観光でもすっかな! 大英博物館とか大英図書館は行ってみたいんだよなぁ。ステイルくんガイド頼むよ」

 

「面倒だから嫌だね」

 

「じゃあローラちゃんに暇がないか聞いてガイド頼もう」

 

「きっと彼女の正体を知ったら君は白目を剥くんだろうなぁ―――その時が楽しみだよ」

 

 ステイルの不吉な言葉を聞き流しながら、今日も今日で、イギリスでの日々を全力で楽しむ。場所や環境が変わっても、願いは変わらないのだから。だから全力で、

 

 この刹那を駆け抜ける様に味わうのだ。




 イギリスの平和な一日。

 二十八日に何がある? とあるの年表で確かめよう!!

 平和は尊い、だけどそれは長続きしないものだ!!


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八月二十八日

 今日もヤク中が発狂しながらシャブを製造する平和なイギリスの朝。

 

 ベッドから起き上がりながら大きく体を伸ばし、サンダルに足を通しながら体を伸ばす。窓から差し込む光が今日もいい天気である事を教えてくれる。まだ少し早い時間だが、時間は無限に有限である。なら限られた時間は賢明に、そして懸命に使用しなければならない。と言ってもできる事は脳に魔術の知識を詰め込む事だけだ。しかしやっぱり、それはそれでつかれる。定期的に休みが欲しい。

 

 金、酒、そして女。男をいやす者と言ったらこれに決まっている。

 

「良し、今日は風俗行くか!」

 

 ステイルでも誘って社会勉強させよう、何てことを思いながらパンツ一枚、サンダルを履いた状態で廊下に出る。歯ブラシとコップを片手に、共同の洗面所でさっさと顔を洗って朝ごはんの準備を進めてしまおう。そんな事を思いながら一階の風呂場前の洗面所へと到着すると、そこには先客の姿があった。必要悪の教会(ネセサリウス)に所属する茶髪の魔術師で、確か名前はアークとかいう青年だ。片手を上げて朝の挨拶をするが、相手は日本語が喋られず、こっちは英語が喋られない。魔術の勉強の合間に英語を何とか覚えているが、それでもまだ単語でしか意味が理解できない程度だ。

 

 なので特に会話をする事はなく、洗面所で横に並びながら歯を磨く。そこに歯ブラシとコップを持った、眠そうなステイルの姿が合流する。アークと共にステイルにおはようの挨拶を進めると無言のまま横一列に並び、歯を磨き始める。眠気や言語の壁があるせいか、無言のまま順番に歯を磨き終わると、そのままのそのそとした様子でアークが風呂場へと向かって行く。どうやらシャワーを浴びるらしい。

 

「ふぁー……あ。今日の朝食は俺の順番か。さっそく何か作るか。ステイルくん、なんかリクエストとかある?」

 

「食えるものならなんでもいい……というか人に”君”をつけるのはやめろ」

 

「オメーが十四歳だから仕方がねぇな。俺、弄れるネタを見つけたら一生それで遊ぶ覚悟があるからな」

 

「なんて嫌な覚悟をしているんだこいつ……」

 

 そう言うが、ステイルには眠気が残っているのか言葉に力がない。まぁ、仕方がないよな、と全裸になって風呂へと特攻するアークとトランクスとアンダーシャツのステイルの姿を確認してから、

 

 ―――クッソひっでぇ光景。

 

 と、率直な感想を抱いてからキッチンの方へと向かう。予め冷蔵庫の中には必要な材料とかは揃えてある。冷蔵庫の中にあるものをチェックしつつ、今朝は何を作るべきかを確認し、イギリスなら無難にオムレツとトーストでいいな、とどこかでイギリスの食文化を見下しながらフライパンや食器の準備を始める。この男子寮には八人程の入寮者が存在する。そのうち半数は仕事で出ていたり、部屋の中に籠ってラリっている。言葉にすると酷過ぎるが、事実なのでしょうがない。

 

 冷蔵庫からコーヒー牛乳のパックを取り出し、それをイッキ飲みする事で頭に喝を入れ、軽く活性化させつつ朝食の準備を進める。

 

「あー……服を着ようかなぁ。でもめんどくせぇな。でも、前全裸でベーコン焼いてた時に油が跳ねてマイサンが酷い目にあったしなぁ。パンツ履いているけどマイ乳首に油が跳ねたらどうしよう……」

 

 酷い事を口走っている自覚はあるが、男子寮だから特に言葉に気を使う必要はない。あー、眠い。そんな事を呟きながら日常生活を始めようとしたところで、

 

 ―――本能が覚醒する。

 

 数秒後の惨事を察知するかのように意識は眠気を振り払い、完全に覚醒する。視線を窓の外へと向け、本能が発動前に発動した脅威に対して警戒を向ける。意識するよりも早く干渉への否定が組み上げられる。学園都市にいる間、超能力者相手に発揮していた精神への絶対不干渉、精神の絶対”不変”が組み上げられ、

 

 それが外側へと向けられ発動した。

 

 ほぼ反射の行動。理解の外側。無意識の中の無意識。ただ、大規模な”ナニカ”を”ナニカ”で抵抗した、という事実だけが理解できた。フライパンを握っていない左手を抵抗するかのようにつきだしたまま、そこで漸く本能の反射行動から復帰し、手を引っ込める。ゆっくりと手を下げながら、視界の端に映る歯車へと視線を向けようとし、それが視界の端へと消えるの見る。溜息を吐きながら、左手で頭の後ろを掻く。

 

「……なんだったんだ今の」

 

 理解できたのはたぶん魔術的な干渉を受けそうになった、という所だ。

 

 そしてそれに対して無意識に反応し、そして無意識に抵抗したという事だ。

 

 ほとんど自動だった。”干渉される前に干渉されたと認識”して、そしてそれに対して”意識をせずに自動で抵抗”していた。その際に見えた歯車には、頭に叩き込んだ魔術の術式が、その断片が見えていた。軽く今の感覚を意識しようとするが―――感覚が蘇らない。抵抗に発動させようとした魔術らしきナニカを蘇らせる事は出来なかった。

 

「まだ俺でも把握し切れていない自分がある、って事か……オッレルスは全部を話してくれている訳じゃないし」

 

 あのイケメンの顔面を今度殴っておこう。そう思いながら、漸く違和感に気付く。

 

「……ん?」

 

 声が高い。

 

 それに視界が狭い。

 

 後ろ頭を掻いている手で触れる頭が妙にモジャモジャに感じるというか、妙に髪の量が多く感じるのだ。というか、頭が少し重い。左手で髪に触れ、それを前へと持ってくると、それは長い金髪に代わっていた。なんじゃこりゃ、と声を零しつつ左側だけじゃなく右側もウェーブのかかった金髪がちゃんとあるのが見える。声は完全に自分のものではなく、女の声だ。右眼に触れると、その眼が閉じており、その下には何もないのを感じさせる―――つまり、片目しか存在していない。それを確認しつつ、キッチンに鏡がないかどうかを確かめるが、キッチンにそんなものがあるわけがない。下を見るのが怖いなぁ、なんて感想を抱きながら、

 

「良し、まずは朝食作ってから考えよう」

 

 現実逃避めいた言葉を吐きながらフライパンを握り直すのと同時に、走ってくる様な音が聞こえ、視線を入口の方へと向ける。

 

「クロノス、そこにぶっふぅ―――!?」

 

 走りながらキッチンへとやってきたトランクスにアンダーシャツ姿の火織がキッチンに入って此方の姿を確認するなり、勢いよく吹き出しながら滑り、転び、後頭部を床に打ち付けながら鼻血を軽く垂らしていた。その姿に苦笑しながら眺め、自分以上に困惑し、焦っている人物を見て落ち着く。そして同時に、自分の体に対して発動した現象をある程度理解する。

 

「あぁ、これ、姿が変わるとかそんな感じのイベントか……」

 

 そう言えば上半身裸だったなぁ、と思い出す。下へと下を向ければ、上半身裸の痴女がそこにいる。流石に十四歳にこれは刺激が強いわ、とどこか納得しながら再び苦笑を漏らし、とりあえずは上に着る物を探そうと、フライパンを置いて部屋へと戻る。

 

 

                           ◆

 

 

「ハイ、というわけで聖ジョージ男子寮緊急会議を始めまーす。本日は緊急という事もあって翻訳魔術を発動して、正気のある人間だけ集まって貰いました。それでは皆さん、混乱しまくっていると思うので自己紹介をお願いします」

 

 落ち着くのに十数分の時間を要したが、それだけの時間があれば男子寮に存在する人間が落ち着いて集まるだけの余裕はあった。と言っても、現在ここにいるのは自分を含めて四人しかいない。全員、本来とは違う姿でダイニングに揃っている。まずは、と視線を黒髪の中国人男性へと向ける。

 

「どうも、アークです。姿は知らない人です。シャワー浴びてたらいきなり体が縮んだから何事かと思ったよ……。マイサンまで縮んでるから地味に精神的ダメージがデカイ。とりあえず元の体に戻ったらマイサンの大きさを証明したい」

 

「しなくていいから。というかするな」

 

 その言葉の通り、アークの姿は少年、それも八歳前後のそれだった。黒いシャツにデニム生地のハーフパンツ姿は快活な子供らしい姿だが、アークの本来のそれとは全く違う恰好だ。かなり不満を持っている様に見える―――というか不満しかないだろう。視線をそのすぐ隣に座っている者へと向ける。此方は見た目は知り合いの姿だ。ローラ=スチュアート、ベージュ色の修道服を着ていた彼女の姿だ。

 

 ただ今はジーンズにシャツ、と男らしい姿の上に煙草を口に咥えて明らかに半分トリップしているような様子だった。正直こいつはもう駄目だ、という感想しか浮かび上がってこない。明らかにここに来るまでに一発キメている様にしか思えないのだ。全員の視線が集まったところで、夢見心地の様なローラ姿のヤク中がふぅ、と息を吐き、

 

「女の体でキメるとこんな感じなんだな……新しいナニカに目覚めたかもしれねぇ」

 

 視線を合わせ、頷く。

 

「こいつは縛っておく方針で」

 

 一切の意義がなかったので、火織の姿をしている人物と、アーク少年と三人でロープを取り出し、姿だけローラのヤク中を簀巻にした部屋の隅へ転がしておく。酷い事件だった、とみんなで呟きながら視線を神裂へと向けると、

 

「ステイルだ。なんでこう、ピンポイントで知り合いの姿なんだ。正直に言うとやりづらくて仕方がない。どうしろというんだ。主にトイレとか風呂とか着替えとか」

 

 そう言う火織の姿のステイルの服装は、ステイルの時と変わらずに僧衣のままだ。あの後急いで着替えてきたのが良く解る。そしてステイルの自己紹介が終わったところで、此方へと視線が向けられる。

 

「謎の金髪普通乳? ちょい巨乳? 絶妙に微妙なラインの美乳たいぷの金髪美女だ。の、クロノスさんですよ。ハイ、というわけで自己紹介終了。このクッソカオスな状況に対して説明のできる人、本当に説明をお願いします。いや、マジで」

 

「あぁ、たぶん何があったかは解る」

 

 そう言ったのはアークだった。何事、と聞くとアークがポケットから一枚の札を取り出す。それをステイルが確認する。

 

「通信用の札か」

 

「そ、これで軽く必要悪の教会(ネセサリウス)の方に軽く確認取ってきたけど、術式の正体は御使堕し(エンゼルフォール)だってさ。難を逃れた少数から話を聞きだしておいたよ」

 

「この数分で情報を整理したリトルアークくんぐう有能」

 

「リトルって言われるとリトルマイサンを思い出して地味にダメージが響くから止めないか」

 

 ぐふっ、とコミカルな声を漏らしながらアークが横に倒れる。意外と面白いキャラしてるから、もうちょっと英語を頑張ろうか、と思いつつ、術式の内容は全く分からない。故にとりあえず説明を要求し、視線をステイルへと向ける。それを受け取ったステイルがため息交じりに説明を始める。姿が美女の神裂火織のものである為、そういう動作がなんというか、一々色めかしいものがある。

 

 なんかズルイ。

 

 しかし中身は十四歳、そこが微笑ましい。

 

「大魔術だよ。専門じゃないから詳しい事は知らないが、術の効果からするとランダムに対象の姿を入れ替える魔術なんじゃないか?」

 

 そこでガバリ、とアークが起き上がる。

 

「あ、ついでに姿の、というか肉体の入れ替わった対象の記憶を操作して”その肉体として過ごしてきた”という風に記憶を改竄するらしいよ。おかげで難を逃れた連中と、そうじゃない連中で物凄い混乱しているよ。まぁ、姿どころか性別さえも入れ替わっちゃえばそうだよね。なお、解除に関しては解除チームを編成中らしいよ」

 

「リトルアーク、有能」

 

「リトルは、やめろ……!」

 

 吐血する様な動作をしながらアーク少年が横へ倒れて行く。合掌しながらその姿を眺めると、ステイルが首を傾げる。

 

「待て、記憶を改竄するならなんで覚えているんだ」

 

「あ、俺が精神的な部分だけは抵抗したから。肉体とかは無理だったけど」

 

「……魔術が使えたのか?」

 

 火織姿のステイルの視線に肩を揺らしながらさてな、と言葉を置く。

 

「使えたと言えば使えたし、反射的というか、本能的というか、完全に無意識に発動してしまったからどーにも実感がなくて……」

 

「……まぁ、こっちにとってはそこまで重要な事じゃないからどうでもいいけど―――それよりもその姿、どうにかならないのか」

 

 自分の姿を確認する。

 

 濃紺色のシャツを上に来て、下はトランクスのまま、足を組んでテーブルに乗せている状態で椅子に座っている。その姿からチラチラとステイルが視線を外そうとしているのを、アークと共に微笑ましく眺める。

 

「ああいう初々しさ、俺達にも昔はあったもんだ……」

 

「あぁ、なんつーか女に慣れたり、こう、あからさまにエロそうな奴と付き合いが長いと慣れちまうから一々反応するのが面倒になったりな……」

 

「君達のそう言う話はどうでもいいから、一般的な常識で考えろよ」

 

 そうだなぁ、と呟くが、ぶっちゃけた話、

 

「俺も必要悪の教会(ネセサリウス)所属扱いだっけ? 組織に属しているって事は組織の命令は遵守だし。ぶっちゃけ命令が来るまで動けないんだろ。こんな状況だと」

 

「まあね。つまりは別命あるまで待機だよ」

 

 となると、何時も通り魔術の勉強をしているだけでいいのだ。突発的とはいえ、”ナニカ”を発動させる事が出来た。ステイル辺りにその時の話をして、参考になりそうなアドバイスを貰いながら勉強して、そして待つしかない。

 

 どうせこういう大きな出来事に当麻が動かない訳がないので。放っておけばそのうち解決してる。

 

「ま、貴重な経験をしてるんだ! 有効活用させて貰おうぜ! あとで街中を歩いてどれだけ視線を集めるか美女度チェックしようぜステイル!」

 

「馬鹿がいるぞここに」

 

 ステイルがそう言うと、アークが腕を組み、短く思考し、そして顔を持ち上げる。

 

「この体の年齢なら女湯に入っても合法―――!?」

 

「天才かこいつ」

 

「突き抜けた馬鹿の間違いだろ」

 

 ステイルのツッコミの切れ味が中々だと思っていると、アークが人差し指を咥えながら、上目づかいに視線を向けてくる。

 

「おねーちゃん、いっしょにおふろはいろ―――ほら、完璧」

 

「お前の発想力がやべぇ」

 

「ヤバイのは君らの脳味噌だ」

 

 ステイルのツッコミを耳にしながらも、

 

 奇妙な状況での日常が始まる。結局、できる事は少ないのだから。




 明日から日本にはいないので、怒涛の連続更新

 つまり本日2更新目です

 久しぶりに完全な馬鹿ギャグとか、TSとか書いた気がする。伏線やフラグがあったりするが、基本は馬鹿メインなのです。イギリスは。同居人に関してはオリジナルです。

 それにしてもえんぜるふぉーるサンは説明だけを見ると物凄い複雑


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八月二十八日-Ⅱ

 必要悪の教会(ネセサリウス)という組織に所属している。その経歴は良く知らないが、しかし、イギリス清教における魔術の最大派閥である事は理解している。その為、上から下への情報伝達には時間がかかるのではないかと思っていたが―――そうでもなかった。

 

 緊急会議から更に十数分後、必要悪の教会(ネセサリウス)の方から指示がやってくる。既に発生源を特定し、その解除の為にチームを編成した、と。故にそれ以上心配する必要はなく、そのまま何時も通りに過ごせ、という内容が届けられた。そういう風に言ったという事は、解除するアテがあるのだろうから、なにも気にする事なくそのまま、

 

 悪ノリに移行する事が出来る。

 

 必要悪の教会(ネセサリウス)からは何も問題はない、解決できるという言葉が来ているのだ。通常通りに生活しろという事は、自分にとっては自由にしろという言葉と同義であり、別人の姿を借りている他の連中も、あの姿では何時も通りに仕事ができる訳がない。幸い、戦闘の必要な仕事は一切なく、幾つかの書類を確認する程度の事しかステイルにも、アークにもなかった。

 

 つまり、遊び、そしてふざけるなら今しかなかった。

 

 改めて着替え直す。といっても、女物の服が男子寮に存在する訳がない。持っているのは勿論男物で、自分の服だけだ。それに女物を着るつもりは一切ない。女装は芸として何度か経験しているが調達は純粋に面倒で、部屋から男女どちらでも通る服装を選ぶ。つまりは当たり障りのない普通の恰好。下はジーンズでいいが、白いシャツとかだと場合によっては服が透けて地肌が見えてしまう。流石に露出の趣味はないため、濃い色の服を二枚重ねにする事で対処する。長い髪はどうやって対処するかは良く知らない為、とりあえず放置する方向で放っておいてある。

 

 そうやって着替え終わった自分の姿は美女だった。体に対しては大きな違和感が残るが、楽しめる機会は楽しんでおかないと人生、損をする。それは間違いがない。というわけで街へと出かける準備は出来た。靴下をはいて、ポケットに財布を押し込みつつ廊下に出ると、そこには腕を組んでうんうんと唸っているステイルの姿があり、此方の姿を確認すると、速足で近づいてくる。

 

 そのまま両手を肩に置き、

 

「……寝る」

 

 そう言いながら火織の姿をしたステイルは自分の部屋へ逃げた。そして現実からも逃げた。まだ十四歳だし仕方がないなぁ、と呟き、寮の二階から一階へ降りると、そこには既にアークの存在はなく、達筆な英語で書かれたメモが入口に貼られていた。歩き近づき、そのメモの内容を確認する。

 

『日本の銭湯には若い女性が集まると聞いたんで行って来る』

 

「お前……その姿だと空港で捕まるだろ……無茶しやがって……」

 

 静かに胸中でアークの存在に対して黙祷を捧げてから、完全に馬鹿の領域へと落ちてしまった天才の存在を頭の中から消し去る。さて、まずは外に出るか、と。

 

 そんな事を思いながら寮から出て、ロンドンの街を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ、何だかんだで一人でロンドンに来るのは初めてかもしれねぇなぁ」

 

 ロンドン、ハイド・パ-クにあるベンチに座り、タブレットPCを片手にそんな事を呟く。学園都市製のマップアプリを利用しているが、非常に細かく道や状態が表示されており、物凄い便利という事で世界中で愛用者の多い、旅行者の味方の様なアプリだが、これは日本語で表記してくれるため、非常に便利なのだ。英語は読めなくもないのだが、やはり一番慣れ親しんだ日本語が一番なのだ。まだイギリスへと来てから一週間も経っていない、そう考えるとやはり、日本での生活感が抜けていないのだろう。

 

「んまぁ、しょうがねぇ。とりあえず何をすっかなぁ」

 

 無計画に寮を出てきたわけだが―――ぶっちゃけた話、本当にこの機会に体を使って遊ぼう、とかいう考えはない。流石にそこまで外道や下種の類ではない。しかし、超能力の仕えた自分本来の体とは違い、今使っている名も知らない誰かの体は未開発の脳を持っている体だ。この体であれば魔術を使用できる。

 

 そう思うと、ただ寮の中に引きこもっているのも勿体なく感じた。魔術の記号や法則、術式を覚える事は何時だって出来る。だけど、経験だけは何時だって出来る訳ではない。こういうのは運の要素が大きく絡んでくるのだ―――だとしたらそれを無駄にする事は出来ない。

 

 とはいえ、今すぐ魔術の練習、という気分でもなかった。なんとなくではあるが、ロンドンの街を歩きたい。朝からそんな気分だったし、今もそう言う気分は変わらない。故に寮を出て、バスに乗ってはるばるハイド・パークにまで一人で来た。こんな時にステイルかローラ、或いは火織でもいてくれれば心強いのだが、生憎と一人としてここにはいない。つまり一人でどうにかするしかない。

 

 ただ、

 

「色々と新鮮なもんだなぁ」

 

 体が変わると、がらりと見える世界も変わってくるものだった。筋肉が落ちたから体が軽く感じるのに髪があるから頭は少し重く感じたり、胸のせいで体のバランス感覚が変わったり、と細かい事を連ねれば終わりがないほどに色々とあった。その最たるものはやはり、右眼が存在しない事で生まれている視界の制限だろう。片目を閉じているのと同じ様な感覚かと思っていたが、そんな事は全くなかった。

 

 同情はしない、それは元の人物に対する侮辱だろうが、

 

 逞しくは思う。こんな体で良く生きてこられたものだと。それ以上の感想は無用だろう。

 

 とりあえずは軽くロンドン観光をこなし、それから寮へと戻り、魔術を使用してみる、という感じだろうか。何だかんだでずっと寮に引きこもている為にビッグベンやテムズ川をじっくりと観光する機会には恵まれていない。この際一気にそれを解消してしまおう。そう思い立ちあがったところで、

 

「わ、やばっ」

 

 体が軽く揺れて、倒れそうになる。片目が見えない事、そして体の重心が微妙に違う事から少し躓いてしまう。声を漏らしながらバランスを保とうと、なんとか体を逆側に倒そうとするが、そのまま勢い余って倒れそうになる。マジかよ、と思いながら倒れそうになった瞬間、

 

 右目の死角から手を伸ばし、支えてくれる存在を感じる。

 

「大丈夫か?」

 

「わ、悪い。ちょっとバランス崩した」

 

 腕を引かれながら体を絶たせると、なんとか体勢を持ち直す事に成功する。危ない危ない、と呟きながら額の汗を拭う。慣れていない体で歩き回るとか、もしかして自殺志願者だったかもしれないなぁ、と軽く反省しながら視界の死角から助けてくれた人物へと視線を向ける。そこにいたのは長い白髪に碧眼の女の姿だった。まるで貴族の様なドレス姿の彼女は倒れそうな此方を片手で支え、そして立たせてくれている。

 

「ありがとう、ちょっと足が縺れちゃって」

 

「いや、気にする事はない。困っている人を見つけたら辺り前だし、同じような経験には私にもあるからな」

 

 そう言って彼女は片手で片目を隠すような動作を取る。

 

「ほんの少し前までは私も片目が見えなかったんだ。だからその辛さは良く解るよ」

 

「あ、うん、その……ありがと」

 

 あまりそこらへんは深くツッコミを入れられるとボロが出かねない。適当に愛想笑いを浮かべつつ、今自分が喋っている言語が日本語だと思い出し―――問い詰めるのが面倒になって考えるのをやめる。御使堕し(エンゼルフォール)という術式が良く解らない以上、なんか色々とごっちゃになっている、という風にしか認識していない。だからそんなもんなんだろう、と彼女に視線と共に笑顔を返すと、彼女が片手を差し出してくる。

 

「ハーヴァ・マールだ、宜しく」

 

「あ、どうも……クロノスです」

 

 一瞬、何か新しく偽名を出すべきかどうか悩むが、そもそも偽名だらけだったので気にしない事にする。内心で苦笑してしまったのが表情に出たのか、ハーヴァ・マールと名乗った彼女は首を傾げながら曖昧に笑った。間違いなく美女のジャンルに入る人物だから、それだけでかなり価値があると思う。

 

 本日、大収穫。

 

 あとでこの姿も写真を取ってアルバムに入れておこう。

 

「えーと、ハーヴァさん、珍しい名前だよね?」

 

「そういうクロノスも随分と珍しい名前ではないか。私だってそんな名を聞くのは初めてだぞ。偽名じゃないならとてもだがセンスを疑う」

 

「偽名なんです、きっと偽名なんです。これが本名って事はありえないんで、許してください」

 

「ふふっ、じゃあ許そう」

 

 ハーヴァはまるでこの時間を楽しむかのように笑みを浮かべ、そして笑っていた。実に絵になるな、と思いつつタブレットPCを握り直す。地図には観光名所へのルートが出ている。これをたどって移動すれば迷う事もなく到着する事が出来るだろう。この体の脆弱さを理解した所で、御使堕し(エンゼルフォール)が解除されるまでは大人しくしようと思い、

 

「ところでその頼りない姿で一体どこへ行くつもりなんだ?」

 

「ん? あぁ、ちょっと観光しようかなぁ、って思って」

 

「ほう、なら私が案内してあげよう。何、ロンドンは自分の手の裏の様に知っているから、安心してもいいぞ」

 

「えー……」

 

 フラグ建築はしてないつもりが、美女と何やら一緒に観光する事になった―――と思ったが、よく考えたら今の自分の姿は女のものだった。多分一人だと頼りなく見えているんだろう。しかしそれはそれとして、

 

「ドレス着ている貴族様はちょっと……」

 

「うん? 私のファッションセンスに何か問題があったか? 趣味なんだが」

 

「趣味ッスか」

 

 頭のちょっとズレている人かもしれないなぁ、と思うとなんだか急に安心できるようになった。しかし、良く考えれば魔術関係者はおかしな服装ばかりだったり気がする。その筆頭にまず、神裂火織というハイスペックスタイリッシュエロアクションの存在が出現するのだが、アイツはあの恰好で戦っていた恥ずかしくないのだろうか。魔術的な効果を狙っているとしても、もうちょっとまともな格好というものが存在するのではないかと思う。

 

 普通あそこまで自分の胸を自己主張させるとかまずありえない。

 

 そう言えば目の前のハーヴァも、部類としてはイブニングドレスを着ている。火織の拠点が必要悪の教会(ネセサリウス)、つまりはイギリスである事を考えると、痴女的なファッションがイギリスの今のモードなのかもしれない。

 

 恐るべきイギリス。

 

 未来に生きているイギリス。

 

 だが日本も割と負けていない。

 

「―――馬鹿な事を考え始めているなぁ……」

 

「?」

 

 ハーヴァが首を傾げて心配して来るが、何時も通り馬鹿を考えているだけ、とはどうにも言い辛い。だから言い訳を考え、そして苦笑しながら人差し指を持ち上げ、ポイントを決める様に指摘する。

 

「いや、ほら、異国で会ったばかりの人と一緒に行動するのって物凄い不用心だとは思わないか? しかも女が二人だけとか。やっぱりここら辺で観光は斬りあげてホテルの方に戻ろうかなぁ、とか思い始めていて……」

 

 そう言われたハーヴァは腕を組みながらそうか、と呟くと、此方へと碧眼を向け、そして口を開く。

 

「安心しろ、私は同性もイケる」

 

「すいません、今の発言で危険度が天元突破しました。帰らせていただきます」

 

 逃げる様にハーヴァから一歩離れようとするが、それよりも早く一歩を詰められると、そのまま流れるような動作で腕をからめ、逃げられない様に右側に並ぶ。あまりの流れる様な慣れた動きに軽く戦慄しつつも、満足そうなハーヴァはうん、と言葉を漏らす。

 

「こうやって何かの縁で出会えたのだ、これで私達は友だな」

 

「ちょっとヤク中並に何を言っているのか良く解らないです」

 

「気にするな、私は良く考えていない」

 

 考えてないのかよぉ、と叫びたい所をぐっと我慢し、飲み込み、そして溜息を吐く。ハーヴァ・マール、悪い人物には見えないし、間違いなく善意しか相手からは感じない。変に疑ったり、そして勘ぐってしまうのは慣れない別人物の体を使っているせいで少し不安になっているからだろうか。普段だったらこれぐらいの事で困惑したり拒否したりはしない。

 

 寧ろ仕掛けたり、ノリに乗ったりする側の人間だ。

 

 少しだけ、らしくないかもしれない事を反省し、全力で楽しむ事を優先した方がいいか、と頭を切り替える。

 

「はぁ、仕方がない。諦めて全力で楽しむか」

 

「あぁ、それが一番だ」

 

 納得するハーヴァはどこか上機嫌で、楽しみにしていた、とさえ感じられる様子だった。子供の様に喜色を感じさせるハーヴァの姿に少しだけ、呆れを抱き、頭からネガティブな思考を追い出す。

 

 どうせこの状況だってそのうちに解除されるのだ、

 

 だったらそれまで全力で楽しもうと、改めてそう思った。




 本日3度目の更新にしてこれでラスト。レイニー止めを狙う。

 ハーヴァ・マール、一体何者なんだ……(棒

 というわけで大事なお知らせが活動報告にあるのでそちらへ。いじょ


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八月二十八日-Ⅲ

 ―――予想外に楽しめた、というのが率直な感想だった。

 

 知らない相手、出会ったばかり、来たばかりの国、慣れない環境。自分がこの場所とはそぐわない理由を探そうとすればそれこそたくさん見つかるだろう。だけど、そんな事はいい訳でしかない。楽しもうとしない理由でしかない。だからそういう、アウトサイダーである事は一旦忘れ、楽しむ事だけを考えて観光すれば、予想外に頭を空っぽにして遊ぶことができた。

 

 もっと早く、こうしておくべきだと思うぐらいには。

 

 まず最初にテムズ川を訪れた。

 

 日中は熱く、夜は恐ろしいほどに冷え込むロンドンだが、テムズ川のそばは涼しく、過ごしやすい場所だった。周りへと視線を向ければで店が出ている事に気付く。グッズの販売店の他にはアイス等を売っている店も見かける。木陰のかかっているベンチも存在し、アイスを購入してベンチに座れば、涼しい一時を感じる事が出来た。学園都市内には人工的な川は存在するが、テムズ川の様に船が通れるような大きな川はなかったなぁ、とそんな事を思い出しつつしばらく、ハーヴァとテムズ川を観光した。

 

 次に訪れたのはビッグベンだった。

 

「このビッグベンというのは実はただの愛称で、本当はウェストミンスター宮殿の付属の時計台で、正式名称は”クロック・タワー”だったとは知っていたか?」

 

「マジかよ」

 

 ウェストミンスター宮殿とビッグベン自体がイギリス清教の管理下にあって、その地下には必要悪の教会(ネセサリウス)等の魔術組織が利用する空間があったのは知っているが、それ以上にビッグベンが正式名称ではない事に驚いた。人生、意外と知らない事があるんだなぁ、と思いつつ、ここでも見るのに時間を取る。観光だけなら意外と直ぐに終わるかと思っていたりもしたが、誰かと一緒に見て回ったり、話したりすると意外と時間がとられる。久しぶりに時間が流れる様ではなく、停滞する様に流れている事に気づき、ハーヴァの存在に苦笑しながら次の場所へと向かう。

 

 その次に向かったのが大英美術館だった。

 

 世界屈指の広さと展示物を保有する大英美術館は歴史の塊と表現してもいい場所だった。ここもまた、魔術師によって手の入っている場所であり、地下へと行けば管理している魔術組織が存在しているらしいが、そんな事は観光には関係ない。第一ホールから順番にホールを守り、それぞれの美術品を鑑賞する。学園都市では生活するほうに忙しくてそんな事はしなかったが、美術品を見るのは嫌いじゃなかった。

 

 絵画には綺麗なまま、美しいままの時があった。美術品にはそれを感じさせるものがある。美術品を見る事でその時は何があったのか、どんなものを感じていたのか、どんな思いが込められているのか、そんなものが伝わってくる。作った人もまた、感じた時を、見た時を、それを形に収めようとして残したのだろう、という事が伝わってくる。それが嫌いじゃなかった。

 

 だから大英美術館での美術品めぐりの時間は他の観光地以上の時間を取った。

 

 そうやって数時間一緒に行動すると、気付けば空は暗くなっていた。ロンドンの空には星が浮かび上がり、そして夏であっても冷え込み始める。適当な店で互いにジャケットを購入してそれに袖を通しつつも、観光を締めくくる為に、食事をとる事にした。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――結局御使堕し(エンゼルフォール)が解除される事はなかったなぁ。

 

 そんな事を思いつつ目の前の女、ハーヴァへと視線を向ける。何だかんだで今日、出会った彼女と過ごしてしまった。普段ならしない事だが、この妙な状況に弱っている自分がいるのかもしれない、と言い訳しておく。言い訳だと理解はしているが、それでも楽しかったのは事実なのだ。予想外に時間を食ってしまったことを反省しつつ、ハーヴァに連れ込まれた店内を見渡す。

 

 若干薄暗い店内はレストラン、というよりはバーに近い雰囲気を持っている。実際、メニューに書かれている物はお酒の方が若干高く、そちらで金を取ろうとしている意図が見える。しかし最初からバーの一種だと思って店内を確認すれば、いい雰囲気の場所だと思える。薄暗い店内に、流れるジャズクラシック、店の奥に見えるピアノはきっと、決まった曜日に演奏でも行っているのだろうか、使いこまれている痕跡が見える。

 

 そんな風にキョロキョロと視線を周りへと向けているのがバレたのか、ハーヴァは小さく笑いながら碧眼を此方へと向ける。

 

「こういう所へ来る経験は少ないのか?」

 

「あー……どうなんだろ? 先輩との付き合いでバーとかに来る事はあったけど、基本的に回数自体は多くないんだよなぁ……まぁ、節約生活というかそんな感じで」

 

 金がない。全てはそれが悪い。臨時収入があればそれで飲んだりもするが、店に行くのではなく、購入して集まって飲む、というのが正しい。だから店自体は知っていても、実際に行って飲む回数は少なかったと思う。そう思うと随分損な事をしていたんだと思うなぁ、と今更ながら思う。飲む事自体はそう嫌いではないんだから、もうちょい飲みに行く回数を増やすべきだったかもしれない。

 

「ともかく、来る回数自体は少なかったなぁ……ハーヴァは?」

 

「私もそんなに回数が多い訳ではない―――というよりも一緒に行く相手がいないからな、基本は一人で買って飲む感じが多いな。だからこういう場所を知っていても誘う相手がいなくてな、残念ながら私も経験は少ない方だ」

 

「なんかお互いに悲しい過去を暴露しているなぁ……」

 

 そんな事を話している間に、ハーヴァが手慣れた手つきでオーダーを取り、そしてお酒が運ばれてくる。以外にも、というより見た目に反してワイングラスとかではなく豪快なジョッキいっぱいのビールが二人分運ばれてくる。それ以外にもピクルスの様なものが運ばれており、それへと視線を向ける。

 

「イギリスのメシは不味いと言われているが、それはちゃんとした所を見ていないところだ。そう言う所に気を使っている所へ入ればちゃんと美味しいものを食べられるからな。ここは確か揚げ物やピクルスが美味しいとか」

 

「ほほう。まぁ、とりあえず―――乾杯」

 

「この出会いに乾杯」

 

 ジョッキをぶつけ合い、そしてビールに口を付ける。お酒に対する耐性は人並みだからあまり深酒はしない様に気を付けないといけないが、とりあえずはグビ、っと一気にジョッキを傾けてその中身を飲み込む。イギリスに来てからこれだけ充実した時間はまだなかった、なんてことを思いつつピクルスにも手を付ける。此方へと来てから特に食べ物に対して不満を持ったことはなかったが、それでも今までにない充実感を得る様な味だった。

 

「ふぅー、美味しい。やっぱ誰かと飲むのが一番だな」

 

「そうだな、楽しめる相手と飲むのが一番楽しいのだろうな」

 

 含むところがある様に、ハーヴァは視線を此方へと向けて言葉を放った。その言葉に対してジト目で視線を返し、軽く吐息を放ってから言葉を返す。

 

「まぁ、ボッチである事はこの際どうでもいいとしてさ」

 

「別にボッチではない。誰も私についてこれないだけだ」

 

「ハーヴァってさ、日本語上手いよな」

 

「最初は全く理解できなかったのだが、繰り返しているうちに段々と覚えたものだ。最初の方はあっちもこっちも違う言葉で話すから意思疎通が全くできなくてな、色々と笑ってしまう事もあったさ。まぁ、覚えた後からすれば見事な笑い話だ。覚えてしまえば言語の壁も特に問題ではないな」

 

「英語を覚えようとしても中々進まないに俺としては結構尊敬するな、そこらへん」

 

 魔術の勉強の合間に覚えてはいるが、それでも単語が通じる程度のレベルだ。ステイルの様に完璧な英語を話せるようになるまでには一体どれだけの時間がかかるのだろうか。あんまり考えたくはない話だ。当座の目標としては魔術で翻訳の魔術を使えるようになる事だ。これでイギリスで充実された生活が約束されたことになる。

 

「まぁ、あまり頭を使う必要はないぞ。覚える時は覚えてしまう、使える時は使えてしまう。小賢しい理論や理由等蹴っ飛ばす勢いで記憶するほうが最適かもしれないな」

 

「そんな感じに覚えられたら本当に楽でいいんだけどなぁー……」

 

 そんな理論が通じるなら人生、何事も苦労しない。天才でさえ覚えるのが早い、閃く事がすさまじい、省略する、そういうレベルだ。法則やルールを無視するのは天才ではなく、怪物やジャンル違いの生き物、と言えるレベルだ。一方通行やオッレルスに相応しい言葉であって、自分の様に力を全て失った者に対しては全く似合いはしない。

 

「それはともかく、ハーヴァってアレだよな、なんだか今日初めて会った気がしないよな。付き合いやすいというか」

 

「まぁ、少々馴れ馴れしい事は認めないとはいけないかもしれないな」

 

「いや、そこまでは言わないけどさ―――」

 

 確かにハーヴァの第一印象は”馴れ馴れしい”というものが近い事は認める。いきなり出会って一緒に観光するとか、普通は考えられない事だ。それに乗ってしまった自分も自分で少々”刹那的”だと表現してしまってもいいのだが―――直感的に彼女、見た目は本来とは違うであろう相手、ハーヴァとは”馬が合う”と思ってしまったのだ。フィーリング的な部分の話だ。ただハーヴァは苦笑する様に笑い声を零し、

 

「私はな、一部の例外を除いて人間という存在を全体的に愛しているんだ。誰だって頑張って生きている、前を向いている、努力している、生きようと前を向いているものを愛おしいと思っているんだ。だから私にとって他人と接する事は全く知らない誰かと接する事ではなく、友人と語らう程度の事でしかないんだ―――独特の価値観である事は認める」

 

「まぁ、確かに独特だけど素敵な考え方だと思うぜ? そのせいでお前が傷つかないかがちょっと心配になってくるけど」

 

「こう見えて限界や現実は良く理解しているつもりだ、心配されるような歳でもないさ」

 

 

                           ◆

 

 

 互いに酒が良く入っているのか、話は良く進み、食べるツマミの類も追加で良く頼む。そうやって食べ物と飲み物を追加しつつ、ハーヴァと意味もない話を続けていると、何時の間にか時刻は深夜に突入していた。自分も相手も顔が赤くなっていることを確認し、そろそろ切り上げるかと話をつけ、

 

 会計を済ませ、店の外に出る。

 

 夜の闇が完全に街を覆い、家の電気も大半が消えている。もはや光源は僅かな街灯、そして星と月を残すのみとなっていた。ジャケットを購入して着ているが、それでも深夜のロンドンは異様に冷えていて、早く暖房の効いている自分の部屋へと戻りたくなってくる。軽く手をすり合わせながら店内からハーヴァが出てくるのを待ち、出てきた所で軽く手を振る。

 

「今日は楽しく観光できたわ、ありがとう」

 

「こっちも楽しかったし、なにも気にする事はない―――それよりも明日は暇か? だったら大英図書館にでも向かおうと思うんだが」

 

「あ―――」

 

 明日も御使堕し(エンゼルフォール)が続いているかどうかは解らないが、何故か彼女と一緒にいるのは落ち着くし、

 

「同じ場所で待ち合せようか?」

 

「なら、また明日……いや、0時を過ぎているし今日か。また後で会おう。同じぐらいの時間に同じ場所で」

 

「あぁ、じゃあまた」

 

 そう言って背中を向けてハーヴァが闇の中へと消えて行く。その姿に色々と問いかけたい事が頭に浮かび―――止める。面倒な上に、どうせまた会えるのだから、その時に適当に聞けばいいだろう。そう思い、

 

 この時間でもバスがやっているのかどうか、その事に軽く不安になりながら男子寮へと戻る為の道を行き始める。

 

 

                           ◆

 

 

 そして帰還した男子寮は地獄だった。

 

 玄関でリトルアークが絶望の表情を浮かべながら力尽き倒れていた。その表情はありとあらゆる無念を詰め込んだような表情を浮かべており、空港を突破できたなかった事がその表情から一瞬で理解できる。

 

 そのすぐそばで簀巻になったヤク中が禁断症状を起こして転がりながら細かく震え、痙攣をおこしている。どこからどう見ても触れたくないヤバすぎる存在であったため、自動的に視界の外へと存在を消し去りながら蹴り転がす事で対処し、

 

 最後に両手で顔を覆う火織姿のステイルが階段に腰かけている。その視線は帰ってきた此方を捉え、

 

「午後には解除されると思っていたんだ。だけど待っても解除されない、じれったくて自分だけどうにかできないか調べてもどうにもならない。八方塞がりなんだ。なぁ、クロノス。教えてくれ。トイレと風呂と着替えをどうやって乗り越えればいいんだ……」

 

「見て見ぬふりして出て行きてぇ」

 

 御使堕し(エンゼルフォール)よ、早く終われ。別の意味でここは酷い事になっている。

 

 中途半端な抵抗と成功、それが組み合わさった結果、ある意味地獄絵図がここには出来上がっていた。

 

 それを見て、確認し、

 

「さっさと寝て、明日も遊ぶか……」

 

 ガン無視して逃げる事を決めた。

 

 今日もイギリスは平和だった。




 誰が海外から更新できないと言った。WIFIさえアレば更新可能である事が証明された。

 ハーヴァさんは現在割と人生を本気でエンジョイしている。何時正体バレするか全力で楽しみながらタイミング図っている感じじゃないかなぁ……。

 若干、術技に八命陣の方が混ざり始めている感じはしなくもない。


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八月二十九日

「その逞しさが心底羨ましいよ……」

 

「お前、今日は仕事あるんだろ? 頑張れ、頑張れ」

 

 ヤク中とアークを階段から蹴り転がして新たな朝が始まる。朝を迎えたというのに、まだ肉体の入れ替わりは―――御使堕し(エンゼルフォール)治っていなかった。意外と大事なのかもしれないなぁ、とどこか遠くで頑張っている解除チームに対して内心で応援を送っておきつつ、歯を磨き、他の面子が全滅している為に朝食を作り、そして何時も通り、しかし姿が少々異なっている形で朝を迎える。

 

 なお火織姿のステイルは目隠しをして、そしてその状態で裸をどうとも思わない自分にまかせる事で見事解決した。眼福ではあるが、流石に状況が状況故、反応できない。

 

 それはそれとして、この状態でステイルが仕事ができるのかどうかが怪しい。

 

「他人事だと思って……! まぁ、いい。それよりもそっちはどうするんだ? 昨日は一日中自由に遊んでいたようだけど」

 

「うん? 白髪系の美人っ子を引っ掛けて観光デートしていたけど?」

 

 無言でアークが発狂した。体が小さいなぁ、と思いつつ容赦なく蹴り飛ばし、廊下で転がって泣く姿を無視する。欲望に素直なのはいいが、それで嫉妬するのは心が狭すぎる、という圧倒的名有利な立場からの心境でアークを見下し、軽く視線を送るが、それで何やら幸せそうに震えているからこいつはもう駄目だと思う。

 

「まぁ、今日もまた一緒なんだけどな! 大英図書館で図書館デート! 話し方や感じからして中身も女の子っぽいし大当たりだな!」

 

「君はイギリスへ何をしに来たんだろうなぁ」

 

 今までは奪われ、決められるだけだった人生を自分で生きる為に。つまり、これは全く間違ってはいない。昨日と大体にたような服装に、腰にジャケットを巻いた格好で出かける。人生エンジョイできているならそれはそれで大勝利ではないのだろうかと思う。まだ時々湧き出る既知感が消えたわけではないだけども、それでも前に進めている、という実感がそこには存在するのだ。

 

「というわけで行ってきまーす」

 

「あぁ、行って来い。こいつらはこっちで転がしておく」

 

 そう言って馬鹿二人を蹴り転がす姿を視界の端に収めつつ、男子寮を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 ハーヴァとはそう苦も無く合流できた。合流場所へと向かうと既にいた事には驚かされたが、なんだかんだっで自分も約束よりも三十分ほど早い到着だったりするし、案外似たものかもしれない、と互いに笑いあいながらバスに乗って大英図書館へと向かう。バスに乗って雑談しながら移動し、ほどなく大英図書館に到着する。

 

 入館する前に、その外観を外から眺め、大英美術館に匹敵する建造物のその大きさに感嘆の声を漏らす。学園都市でビルの類は慣れているが、レンガ作りの家だったり、古い建造物の、”歴史”が学園都市には存在しないのだ。故に美術館同様、大英図書館の大きさと、そしてそれが持つ建造物としての歴史には感嘆の声が漏れる。

 

「はぁ、やっぱ素直に憧れるわ、こういう場所は」

 

「憧れる?」

 

「うん。普通の建物よりはアンティーク感? 古臭い方が好きなんだよな、なんつーか……たぶん美術館の時も言ったけど、時を感じさせるものとかが好きだからな。うん、こういう場所は嫌いじゃない―――本を読む事自体はあんまりしないけどな」

 

「本か。私もあまり読む方ではないが、こういう機会があるとどうしてか心が躍るな。やはり一人でいる時と、誰か心を許せる相手がいる時とでは大きく違って来るな。まぁ、いい機会だと思って色々と手を出してみるのも悪くはないかもしれないぞ?」

 

「そうだなぁ」

 

 ハーヴァに半ば率いられるようにそのまま大英図書館に入館し、規約を確認しながら広がる空間を見る。円形に広がる図書館のホールはすさまじく広く、壁にはギッシリと本が詰まっている。学園都市はそれらを全てデータとして保有している、なんて言ってしまえばそれで終わりなのだが、この量と並びには美しさがあった。人の心を感服させる凄みがある。それを眺める事で確認し、声を潜めながら周りの邪魔にならない様にハーヴァへと視線を向ける。

 

「何か探したいものはある?」

 

「いや、私は特にないが……」

 

 そう言って腕を組んだハーヴァはそうだな、と何かを思いついたかのような表情を浮かべる。

 

「しかし、そうだな。面白い事を思いついたぞ。互いの名前の起源を調べるの何てどうだ? 意外と面白いかもしれんぞ」

 

 クロノスとハーヴァ・マール。どこからどう考えても偽名の類だ。まぁ、調べるのは自分を知るという事でもいいのではないだろうか。

 

「起源……っつーか、意味か。まぁ、他にする事がないしやってみっか」

 

 そうと決まれば歩き出すのは早い。ガイド用のコンピューターが設置されているが、態々それを使う事無く地図を確認し、そして目的のコーナーまで歩いて移動する。館内を歩きながら感じるのは冷房から来る冷気と、そして古い本の持つ特有の匂いだった。電子書籍やガイドに頼らず、自分の足と地図に頼って歩いて探すのもまた図書館での楽しみ方。目当ての本を探す事が意外にも楽しい事だと驚きつつも、広いホールから段々奥へと、

 

 人気の少ない、神話に関する話やマイナーな書籍が置かれている区画へと移動する。

 

 大量に並ぶ本棚の中から求める本を見つけると、何冊かを引っ張り出し、それを近くのテーブルへと引っ張って行き、広げる。相対側にはハーヴァが座っており、彼女はこちらと違って本を広げる事はせずに、此方を見つめるだけに止めている。こちらの視線に気づくと彼女は微笑みながら首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「いや、そっちは調べないのかって」

 

「そっちが終わってからでも十分だろう、時間はたっぷりあるのだし」

 

「それもそうだな」

 

 では遠慮なく、と言葉を零しながら本を開く。持ちだしてきたのはギリシャ神話に関連する本、そして北欧神話に関連する本。意外と神話に関連する本はイギリスにはイギリス清教が、つまりは魔術師が存在する事が考慮されて豊富なのだが、それでも人目に付きにくい場所に押し込まれる様にあった。ちょくちょく数冊が消えているのは隠されているのか、或いは貸し出されているのか、そういう事なのだろう。

 

 ともあれ、名前の由来に関して調べるのも悪くはない―――たとえば自分、クロノスとか。

 

 時間の神であり、農耕の神であるもう一つのクロノスと混同されがちであるが別の神である。驚くほどに情報は少ない神で、自然に存在していたわけではなく”創作された”神でもある、という説さえも存在していた。別の何かと混同されたり、創作された存在、という事に自分と軽い類似点を見ながらも、そのまま軽く読み進め、そして色々とその背景に関する事を知る。

 

 意外と、こうやって調べないと解らないものも出てくるんだなぁ、と一旦自分が読んでいた本を閉じて、次に開くのは北欧神話関係の本であり、調べるのは―――オッレルスに関してだ。

 

 何だかんだでオッレルスが協力者である事は良いとして、その言葉の全ては鵜呑みにするわけにはいかない。オッレルスが完全な善意で何かをやっているとは思えない。必ず裏がある筈なのだ。今は立場でも実力でも、どんな事であっても同じ領域に立つ事は出来ない。故に出来るのは名前を通してヒントを得るぐらいの事だ。故に北欧王座(フリズスキャルヴ)という名称を通して北欧神話だとアタリをつけ、調べ様とし、

 

「なぁ、クロノス。それで自分の厨二ネームを調べた結果、どうだった?」

 

「……」

 

 無言でオッレルスに関して調べるのを止め、”ハーヴァマール”という単語に関した調べ、そして開いたページを正面に見せる。

 

「いやぁ、凄いっすねぇ、ハーヴァさん。高き者の言葉(ハーヴァマール)だってよ。これはどこからどう見ても俺よりも酷いだろ。俺はまだ許容範囲内だけどハーヴァのコレはちょっと擁護不可避だろ。センス疑うわー」

 

「まて、センスの酷さで言えばお前の方が確実に上だ。なにせ恥ずかしげもなく神の名を語れるのだから、恥がないのか恥を知らないのか、あるいは常識が頭から吹き飛んでいるかの三択しかない。これでもなければ相当センスが死んでいてこれをカッコいいと思っている恥知らず―――おや、被ったな?」

 

「流石高き者の言葉さんはいう事が違うなぁ、これも高き者の言葉っすか。流石っすね。やっぱ高き者とか自称しちゃう人は違うなー」

 

 テーブルの上では笑顔を続けながら、テーブルの下では互いの足を蹴り合って牽制し合う。図書館まで来て一体何をしているんだ、と思うが、割と楽しいのでこれはこれでいいんじゃないかと思う。

 

 そのまま十分ほど蹴りあいを続けたところで疲れ、溜息を吐き。そしてぐだり、と椅子に深く座り込む。幸い周りには一目がなく、存在するのは自分とハーヴァだけだった。少しくらい不作法でも全く問題のない空間だった。だから溜息を吐き、そして軽く体から力を抜く。その様子を不思議そうにハーヴァは眺めていた。

 

「どうした? 疲れたのか?」

 

「少しだけ」

 

 なんというか―――自分に疲れた。

 

 戦わなきゃいけないし、勉強しなきゃいけないし、自分を偽らなきゃいけないし、完全な自由が存在しない。責任感が自分を許してくれない。怒りがアレイスターを絶対に許しはしない。だから戦わなきゃ、強くならなきゃいけない。だけど、それは、疲れるのだ。こうやって遊んでいると、もっと遊びたくなるし、戦いを投げだして、何もかも忘れてただただ堕落したいという気持ちもある。だけどそれは”いけない”事だ。

 

 いけないって理解している。だから疲れる。努力は、頑張る事はノーコストで出来る訳ではないのだ。努力すればするほど、気力と体力を消耗する。それは無限に存在するわけではない。そして偶に解らなくなってしまう。特にこうやって楽しいと、余計に解らなくなる。

 

 怒り以外は解らないくせに、なにもまだ分からないクセに、流血で染まる未知を求める事に価値は、意味はあるのだろうか……? 果たして、

 

 努力する事に意味はあるのだろうか。

 

 それがまだ、解らない。

 

 ただ背中は押された。その分は前に進まないといけない。

 

「なんかなぁー……努力すればするほど疲れてしまうってのは嫌な話だよな」

 

「言っている事の意味は良く解らないが、そうだな」

 

 そこでハーヴァが軽く前へと寄り掛かり、此方へと視線を近づける。テーブルに上半身を乗せる様な寄せ方は胸を圧迫し、強調する様なやり方だ―――解ってやってるなら天才だと思う。若干エロい。が、そう言う考えを一旦脳から排除し視線を合わせると、その姿勢でハーヴァは口を開く。

 

「―――心配する必要はない」

 

 そう言って口を開く彼女の姿がブレる。一瞬だけ、その姿が完全に別の存在に―――眼帯を付けた金髪の女へと姿に変わった様に見える。しかし次の瞬間には普通の、ハーヴァの姿のままだった。その状態で彼女は次の言葉を継げようとして、

 

「だったら別に私に―――」

 

 ―――それよりも早く、彼女を飛び越える。

 

 ハーヴァの目の前に振り下ろす様に手を叩きつけ、体を持ち上げる。振り下ろした左手に力を込めながら体を飛び越す様に、テーブルの上へと動かし、寄り掛かる様に前に倒れているハーヴァの頭上を越える。そのままハーヴァの後ろへと回り込み、

 

 ドロップキックの様に両足を揃えた蹴りをハーヴァの背後にいたフルアーマー姿の鎧騎士のような存在へと叩き込む。

 

 ハーヴァの背後に片膝を付く様に着地しながら鎧騎士を吹き飛ばす。咄嗟の事に思考を切り替え、そして動く体に感謝する。自分の体でもないのに、ちゃんと応えてくれた。動く事に再度感謝しつつ、蹴り飛ばし、そして吹き飛んだはずの相手へと視線を向ける。全体重を乗せて蹴り飛ばした鎧騎士、

 

 少し吹き飛んではいたが、両足で立ち、その姿は健在だった。強く一撃を叩き込んだはずで、手ごたえは確かにあった―――だが威力が相手の防御に対して足りなかったのだろう、それだけの話だ。両足で立つ鎧騎士の手には盾、そしてメイスが握られている。此方も立ち上がりながら拳を構え、口を開こうとし、

 

「へい、館内は―――」

 

「Out of the way, or die with the scum. We will not miss this chance」

 

 言葉に割り込まれ、一瞬で接近される。その先は己ではなくハーヴァへと向けてだが―――明らかに普通の速度ではなく、何らかの法則で強化された速度での接近、即ち魔術による力が見えていた。

 

 故に力で対抗するのは完全にやめ、接近と同時に接近しかえし、バッシュに出してくる盾を横に回避しながらメイスを振り上げる手首を取り、それを合気の技術でテーブルを超える様に投げ飛ばす。投げ飛ばされた鎧騎士がテーブルの向こう側へと投げられた先で体を捻る様に整え、投げられた先で態勢を整え直して着地するのが見える。鎧姿でそれを成してしまう事に熟練の技術を感じる。

 

 明らかに、

 

「訓練されてる―――」

 

 そう評価する前に正面、相手が動く。真っ直ぐ、テーブルを粉砕する様に盾を前に出して突撃して来る。その動きを目でとらえながらも、背後から来る気配に振り返る事無く直進し、立ち上がったハーヴァの腰を引っ張りながら、体を横へ飛ばす。テーブルが粉砕されるのを目で追いながら、此方へと向かって来る気配が視界外にあるのを認識し、振り返りながら回避動作に入る。

 

 薙ぎ払う動きの剣を蹴り上げる事で流し、

 

 突きだされる槍を横へ蹴る事で蹴り流す。

 

 鍛えられていない体では上半身よりも下半身の方が遥かに強く、それでいて靴で守られている以上、遥かに防御性が高いために拳よりも安心して迎撃に使える。

 

 故に槍と剣を捌き、抱く寄せる様にハーヴァを危機から引き抜く。

 

 が―――図書館に響くのは金属の音。

 

 そして眼前には明らかに訓練された三人の鎧騎士が存在していた。

 

「ピ―――」

 

 冗談を口に浮かべる前に、鎧騎士が動いた。

 

 ―――ガッチガチだなぁ、鍛え方と反応が。やべぇなこれ。

 

 本気で訓練し、鍛え上げられた、そんな精鋭とも呼べるような存在が眼前に立ちはだかった。

 

 言葉は―――通じない。故に、武力のみが場を支配する言語となっていた。




 ブッキング会社が時間変更教えないから飛行機逃しました(半ギレ

 というわけで安宿で暇つぶしに執筆ぽちぽちしてました(半ギレ


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八月二十九日-Ⅱ

 ―――意思疎通をはかりてぇけど……!

 

 無理だった。その言葉を口にするだけの余裕がなかった。

 

 目の前にいる相手は鎧騎士が三人、聞こえる金属音―――足音からして、間違いなく敵には増援が存在する。この三人は先に到着しただけに過ぎない。それでいてこれだけ厄介なのだから、相当の練度が見える。ただそれを脳から排除し、迎撃だけを行う為に思考を切り替える。

 

 故に目標がハーヴァであると理解しつつ、ハーヴァを後ろへと投げる。

 

 騎士が前に出る。メイス持ちと剣持ちがカイトシールドを手に、狭い本棚の間を塞ぐように壁として存在し、その奥に槍を持った騎士が両手で槍を構え、迎撃の姿勢に入っている。その動きは早く、一瞬で盾を正面に向けた衝突の形で疾走して来る。凄まじい重量の鎧に、魔術による敏捷性の上昇、それはそれだけで凶悪な凶器だった。武器など必要はない。高速で鉄の塊がぶつかる、それだけで普通の人間は死ぬ。

 

 反射的に時間の遅延を選ぼうとし、その選択肢が存在しない事を思い出す。

 

 これは開発された脳を持つ体ではない。

 

 男の体ですらない。

 

 武器はない。

 

 魔術もまだ、使える訳じゃない。

 

 ないないない、何もない。自分すらない。

 

 だけどやっていい事と、やってはいけない事と―――そして魂に刻んだ記憶は消えない。

 

 言葉を吐く時すら惜しんで疾走し、盾を踏み台に前へと進み、瞬間的に凄まじい速度で槍が突きだされる。それを体を背ける事で、僅かに頬を切らす事で回避しつつ、槍使いの顔面に速度の乗った蹴りを叩き込む。

 

 感じるのは足首への痛み、そして鈍い衝撃。足の先から通す衝撃が鎧に吸収され、奪われ、そして分散されている。自分の知らない異能の法則で完全に衝撃は食い殺されていた。それに対応するだけの筋力がなく、技術で衝撃を通そうにも、魔術はそう言う技術を喰らい、そして消し去る。故に対抗策は―――ない。

 

 反対側へと抜けながら歯を食いしばり、体の動きを止めない。

 

 槍使いの背後へ、槍が振り回せない領域へと踏み込みつつ肘を後ろから押し上げる。

 

 魔術で素早くはあるが、だからといって細かい動きが取れる訳ではない。鎧が細かい動きを妨害していた。生存力と引き換えに失った細かい動き、それを武器として捻じ込む、捻じ込むしかなかった。そこ以外に勝機が見出せはしない。故に肘で押し上げながら更に背中を付ける様に密着し、回転する様に逆の肘を叩き込んでくる鎧騎士の力と速度を利用し、

 

 肘を肩の上に通し、そのまま背負う様に鎧騎士の重心を流し、正面の大地へと叩きつける。それでも手から槍を離さない相手の根性に感服しつつも、

 

 ヘルムの隙間に指を通し、眼があるであろう位置に、指を突きつける。

 

「ストップ。ムーヴ、ノット。アイ、スタブ」

 

「―――」

 

 盾を構える騎士達に対してそう言葉を継げた瞬間、二人が振り返る事無くそのまま本棚の奥へと消えて行こうと、速力を落とす事なく前進している。ハーヴァは逃げる様に本棚の裏へと逃げ込んでいた。クソ、ろ言葉を吐こうとするよりも早く、

 

 指が目玉を抉る感触を得る。

 

 視線を手元へと向ければ、相手が自分から指をもっと奥へ、差し込む様に体を持ち上げようとしていた。

 

「―――」

 

 軽く絶句しながらも、染みついた動きが体を動かす。

 

 指を引き抜きながら足が手首を踏み付け、槍を抑える手を叩き、その手を無理やり開かせる。その手から槍を蹴り上げる様に回収しながら、素早くステップを折って下がり、距離を産みながら本棚を足場の様に足をかけながら一気に体を上へ飛ばす。視線を先に進んだ騎士の方へと向ければ、その姿はハーヴァに追いつきつつある。

 

 それをさせないためにも、体の限界を突破する。

 

「シィ―――!」

 

 両手足がぶち、と筋繊維が千切れる様な音が響く。それに一切気にする事無く、血走っていると自覚している目で一気に距離を飛ばし、本棚を粉砕しながら最速の歩法で騎士二人の背後へと一機に回り込み、槍を振るいあげる。そのアクションに割り込む様に剣使いが振り返りつつ刃を薙ぎ払う。

 

 それを待っていた。

 

 振り上げた槍を下ろす事なく縦回転させる事で薙ぎ払う刃とカチ合わせ、弾く。腕から嫌な音が響くのを無視しながら、口から息を吐きだし、体の筋肉を締め上げながら連動する動きで鎧騎士の先手を取り、二体の間を抜けてハーヴァの前へと出る。

 

 メイス使いがそれを許さずに接近して来る。振り下ろされる鉄塊の一撃を槍ではじくのと同時に、連携する様に剣使いが盾で殴りに来る。再びハーヴァを片腕で抱く様に掴み、バックステップを取りながら対応する。それをまるで待ち望んでいたかのように、振り下ろしの状態のままメイス使いが前へと踏み込み、盾を振り上げる様に叩き込んでくる。

 

 相手の動作に間に合わない。

 

 槍で受け止めようとするが、筋力の差であっさりと負け、そのまま吹き飛ばされる。槍が手から吹き飛ばされても、ハーヴァを手放す事を許さず、共に吹き飛ぶように空を舞いながら、途中で足を本棚の端へと引っ掛けて動きを止め、そのまま体を上へと足の力で引っ張り上げる。

 

「ク、ソ―――」

 

 ハーヴァに言葉をかける暇もなく、剣使いが剣を振るうのと同時に、足場にしている本棚が両断される。崩れる足場と共に体が落ちる前に飛び移りつつも、体は痛みを覚え―――そして増援の姿が見える。同じ様な鎧を身に纏った集団。それがドンドン今いるエリアへと近づいてくるのが見える。着実に死が見えてきた。それでも逝きたい気持ちには偽りはない。負けられない。

 

 跳躍し、隣の本棚へと逃れながら、言葉が耳を掠める。

 

「―――何故」

 

 ハーヴァの声だった。何故、何故追われているのか? 何故こうなっているのか? そう言う意味だろうか、と思い、

 

「縛られる」

 

 どういう事だ、とハーヴァに問う余裕はない。ただ意識は一種にトランス状態へと突入し、生き残る為に最善を考え出す。体の限界を超え、ぶちぶちと肉が千切れる音を体の内に響かせながら、全力で跳躍し、そして疾走する。こんなとこにこそ能力の出番であるのに、能力さえアレば間違いなく殺せる相手なのに、それがない事が悔しい―――もう少し魔術に本気を出すべきだったかもしれない。

 

 ただ全力で疾走しながらハーヴァを抱き寄せ、前転する様に体を丸めながら飛び越え、そして後ろから放たれた矢を回避する。矢は抜けた先、天井にぶつかるとそのまま突き刺さる事無く穴を開けながら貫通した。これもまた魔術による産物。魔術という法則を持って戦闘を行う鎧騎士―――対処法は存在しない。

 

 なら、逃げるしかない。

 

 本棚から本棚へ。鎧騎士達の足場を破壊する様な活動は文化遺産を一切考慮する事無く行われ、正面の空間、そこにある無数の本棚を完全に粉砕するものだった。しかし、それぐらいの悪路であれば、限界を無視して動き続ければ問題なく動ける。故に、跳躍し、落ちている最中の本棚と本の破片、それが床に落ちる前に跳躍を繰り返し、

 

 右へ、左へ、上へ、落下しながら何度も何度も跳躍しながら、血の赤い線を生み出しながら逃げる。逃げる、それしか選択肢が用意されていなかった。恥ずかしくも悔しくもない。勝てない相手に対して正面から挑む方が愚かであって、そして間違っているのだ。故にここで迷う事無く逃げるのが正解であったはず―――それを最初に選ぶべきだったのだ。

 

 本棚を飛び越え、そして到着する図書館の端、そこにある窓を全力で蹴る。しかし、そこに破壊は発生しない。逆に足が痛むほどの衝撃を感じ、突き抜ける事無く床にそのまま倒れる。ヤバイ、と思いつつ体に力を込めて立ち上がろうとする。しかしその時には既に遅く、鎧騎士たちが取り囲む様に狭い空間に集まっていた。その多くの手には剣よりも閉所にはそぐわない槍が握られており、一切慢心や油断を見せる事無く、常に切っ先を此方へ―――というよりはハーヴァへと向けていた。

 

「お、い。どこ、の誰だか知らねぇけど……いい歳して、物騒なもんを持って、女を追いかける事に、恥は、ねぇのか」

 

「Captain?」

 

「Probably magus who does not understand the situation. Though, she or he is in the way, that is true. We can not miss this chance were Othinus can't fight back」

 

「So, we shall」

 

「Indeed, kill both of them」

 

「言ってる事は解らないけど、殺すって意思だけは伝わってきた。ありがとう」

 

 溜息を吐きながらハーヴァを抱き寄せる。こうなったら接近時にカウンターを狙って、その上で相手の体を肉壁にして突破するしかないな、と判断し、覚悟を決めたところで、

 

「―――違うだろ、何故人の法に縛られる必要があるんだ」

 

 ハーヴァの絡みつく様な、耳元に向けられた声に心臓が響いた。甘く蕩ける様なハーヴァの声は一瞬で脳を犯し、そしてそれを掴んだ。意識は消えない握られない。だけど、彼女の声から耳を離す事は出来ない。視線はまっすぐ迫ってくる鎧騎士を捉えながらも、その意識は横の彼女へと向けられていた。

 

「お前の真はどこだ」

 

 何時から抱き寄せていた。何時からそう思っていた。此方が彼女を抱き寄せているようで、その実は違う。彼女が此方を抱き寄せていた。力強く、絡みつく様に彼女の体が押し当てられるのを服を越して感じる。痛みが少しずつ鈍化して行き、体に熱だけが残って行く。その中で意識が少しずつ、加速して行く。眼前に見える鎧騎士、その光速の姿がゆっくり、ゆっくりと動きが間延びして行くように速度を失って行く。実際に失っているのではなく、時間が伸びているだけだ。

 

 一秒が十秒に、十秒が百秒に。

 

 時は加速し、減速し、そして捻じ曲がる。慣れた感覚でありながら久しい感覚だった。しばらく、能力を使っていない。能力を捨てた。それだけなのに、まるで永遠に能力を使わなかったような感覚さえもある。懐かしい、どこか、遠い過去の様に、この空間で起きている現象を眺めながら、体が熱く感じる。

 

 視界がブレる。

 

 鎧騎士に見覚えが生まれる。

 

 目の前で槍を握る、その兜の下の顔を知っている気がする。きっと、そこには髪を短く切った二十前後の男がいるに違いない。その横のは女で、男よりも男らしいという事で少し、騎士の中では笑い話にされやすい奴だった。後ろの方で指揮を取っている男は長の右腕として活躍している男で、日々勝負を挑んでは惨敗している。

 

 そんな妄想染みた考えが脳に雪崩こむ。

 

「何時から脳の開発が必要だった? そもそも何時から魔力になんて頼る様になった? 魔術を科学で解明? くだらない。その程度ではないだろう。お前も、私も、そんなちっぽけなものには頼らない。そうだろ?」

 

 ハーヴァの声に、更に世界が歪んで行くのが見える。自分の体に触れる手が、髪が、その声が、全く別人の者へとブレる度に変わるのが見え、その瞬間だけ、己も本来の姿を取り戻している。まるで起きたまま夢を見ているような、そんな曖昧な感覚が空間を侵食する。その発生源が、そして犯人が、思惑が、誰であるかを考える必要はない。

 

「さあ、思い出せ。全てを今思い出す必要はない。その一旦を、全ての始まりを思い出せ」

 

 ―――始まり、とは何時の事だろうか。

 

 それはオッレルスと出会い、この道を選び始めた時の事だろうか? いいや、違う。アレはまだ最近の話だ。ならば、もっと時間を遡るべきだ。もっと巻き戻し、思い出せ。何時始まった。何時からこうなった。”自分”という存在の全ての始まり、その原因と元凶はどこにある。その果てに思い出せ。力の使い方を。

 

「すべては最初からそこにある―――使い方等思い出せば、それで済む話だろ?」

 

 鎧騎士―――”騎士団”の刃が迫る。イギリスに忠誠を誓い、民を守る為に容赦なく剣を振るう彼らは罪の意識で止まる事はない。無関係の者が巻き込まれようと、任務は絶対に達成する。その先に守られる存在があると理解している。小を切り捨てる事で守られる民と国があると理解しているから。それが彼らの誇りであるから。

 

 故に刃は止まることなく、時は無限に広がり続ける。

 

 その果てに、刃は永遠を彷徨ってひたすら停滞の海の中で泳ぎ続ける。

 

 血と共に吐きだす息は体から離れるのと同時に停滞し、無限の遅延へと巻き込まれて行く。

 

「さあ、思い出せ。そして―――」

 

 その中で逆に意識が冴えて行き、そして少しずつ、何かが、胸を込み上げてくる感覚を感じる。懐かしさの他に、それがなんであるのかを、表現する言葉を持たない。ただ、絡みつく様に体を寄せる彼女は、

 

 ハーヴァ・マール(オティヌス)は口を頬へと寄せ、軽く口づけてから言葉を放つ。

 

「―――この刹那に愛を超えろ」

 

 意識が過去を遡って行く―――。




 オティヌス、楽しそう。きっとアマッカス顔。

 そろそろタグに怒りの日を追加した方がええんじゃろか。ステマしてるけど。まぁ、ぼちぼちそれは考えつという事で。次回は記憶遡考のターン。

 まだまだ全部はネタバレしないけど、全ての元凶は解るかも?

 あ、最近宿や空港で執筆しているのでクオリティ下がってたらスマヌイ


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記憶遡考

 記憶は流れる。意識は流転する。だけど水底の輝きは流せない。その輝きこそ永久不変。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――一九九■年八月

 

 

                           ◆

 

 熱い。ひたすら熱いと、熱を体で感じていた。太陽が悪いのか。そうだな、そうだろう。消えないかなぁ、なんて事を思いながら節約する為、店内へ逃げ込むという選択肢を投げ捨て、街中を歩く夏だった。

 

 売れないミュージシャンみたいな恰好で一人、道路を歩く。道筋がついに見えたのだ。これからは明るい未来が、無限の未来が待ち受けている! そんな気持ちで胸中は溢れており、気持ち的に最高潮を迎えていた。だから周りから奇異の視線を集めようとも、気にする事はなかった。とりあえずは就職を目指して資格でも取得すべきだ、アルバイトで生活資金を溜めるべきだ、そんな事を考えながら学園都市を目的もなく、歩いていた。ただそれだけが楽しかった。

 

 そんな日もいいじゃないか(そう思わされている事に気付け)

 

 特に目的もなく(ノイズが煩わしい)、自由に歩いていると、交差点で足を止める事になる。流石に真夏の昼となると、太陽が最も熱く照り付けてくる時間となる。こうなるとやはり、誰も外を歩きたがらず(人払いがされている)、交差点には誰もいない。一人で独占するのもいい気分だな、と思いながら視線を前へと向ければ、

 

 交差点の向こう側に常盤台中学の制服姿の少女を見た(正しく認識できない)

 

 長い金髪に星のような模様(彼女は片目を)を浮かべた目(眼帯で隠していた)が特徴的な彼女は、此方へと一切視線を向ける事なく、交差点の向こう側に立っていた。だが何故か、妙にその姿に惹かれるものがあった。彼女のその金髪だろうか、あるいは眼の模様(片目である事)なのだろうか。ともあれ、人が他人を気にかける事になんてそこまで理由はいらない。

 

 声をかけよう、そう思って歩道へと踏み出し、

 

 横からやってくるトラックに衝突する。

 

 

                           ◆

 

 

 違う。もっと昔。もっともっと過去へ。記憶の源泉にして起源、それを覗き見るべきなのだ。深淵を覗く者は深淵にもまた、見られている。されど代償無くして物事はなせない。故に飲め、喰え、歌え、そして遊べ。人の一生は短い。死後に快楽はない。生きている間に喜んで学べ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――一九八■年

 

 

                           ◆

 

 

 ―――血の中に立っていた。

 

 片手には刃物が握られており、目の前には血を流して倒れている大人の姿がある。自分の体は小さく、貧弱で、そして殴られればそれだけであっさりと死んでしまえる様な、そんな子供の体。なのに刃をしっかりと握り、それを決して離す事はなかった。血だまりの中で息を引き取る大人の姿を感情も抱く事無く見下ろし、恐怖の視線で見つめる孤児院の兄弟達へと向ける。

 

 そう、そうだ。ここは孤児院だ。そして相手は酷い大人だった。何時も理不尽な理由で怒っては直ぐに子供を叱り、そして痕が出来ない様な巧妙な強さで虐待を繰り返すクズだった。間違いなくそいつは俺の時間を奪おうとしていた。俺の刹那を奪おうとしていた。許せない。絶対に許せない。俺の時に触れるな。俺の刹那を奪うな。何時からか、何処からか、その願いをずっと抱き続けてきた。

 

 だから殺した。邪魔をした奴を。刹那を奪われるぐらいなら殺してしまえば。絶対に奪わせない。純粋にその気持ちだけで動き、そして不意を打って首を裂いてから心臓に刃を振り下ろし、殺した。浴びる血の感触は新鮮(またか)で、気持ち悪かった(もうどうとも思わない)。だけどそこには一種の感慨が生まれたのかもしれない。何故なら、俺はその時、確かに守れたのだ。日常を。刹那を。大事な兄弟達を。だからこれは絶対に正しい。絶対的に正しいという”己の信仰”から生まれ、完結した行動なのだ―――間違っているはずがない。

 

 周りの兄弟達は怪物へと視線を向ける様なものを向ける。しかし、それは浴び慣れた視線だった。初めてなのにそう感じた。既知感を人生で明確に感じたのは、おそらくそれが初めてだったのかもしれない。だけど、その既知感に安心感を抱いた。だって、それは同時に何度この事件が起きようと、何度でも殺し、助け出せるという証明だったのだから。百回同じことがあっても、百回殺すだろう。同じフィルムをループで見続けているような人生。それを心の底から愛した。愛している。愛させてほしい。子供ながら全く一つとも真実を理解せず、刹那を守れたことに満足していた。

 

 だけど、一体、こんな願いは何時抱いたのだろうか。初めてじゃない。子供の目と頭を通して、それを感じ取った。

 

 

                           ◆

 

 

 故に起源は更に捻じ曲がる。思い出さなくてはならない。一歩目は怒りでもなく、義務感でもなく、もっともっと関係のないものだった。その刹那こそが全てであった筈。最初の一歩、それは一体どこへ消えた? どこから生まれた? 思い出せ。一体何のためにここまで来たのか、思い出そうとしているのか、何でそもそもこんな事を始めたのか。

 

 何故こうも、彼女の影を追いかけてしまうのか、思い出せ。

 

 愛は繰り返し、愛する為に時は足りず、そして愛はこんなにも脆い。脆い。脆すぎる。抱きしめようとして壊れるほどに、試そうとして砕いてしまう程に脆い。刹那は永遠であるのに、抱きしめようとすればそれは台無しになってしまう。

 

 見つめろ、そして遡れ、肌を通して感じる熱で思い出せ、己の真を。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――一八五■年

 

 

                           ◆

 

 

「―――順境は友を与える。成程、確かに一理ある。こうやって私の前に新たな可能性を運ぶとは思いもしなかった」

 

「言葉を借り然り、と答えよう。だがその言葉は決定的に間違っている。順境が友を与えるのではなく、これはただの決められたレールの上での出会いでしかない。意味なんてない。だけど意味はある。そういう類のものだ」

 

 雪が降る白い世界を、血が赤く染めている。視界に広がる限りにはイギリス清教、ローマ清教、ロシア、ヒンドゥー、陰陽、宗教や組織を超えた魔術師の死体で溢れかえっていた。その地獄の中心で、二人の男が背中合わせに、視線を交わらせる事無く語り合っている。片方は影法師の様に揺らめくローブ姿の男、もう片方は処刑刃を二本、眼前の死体に突き刺す、返り血で余すことなく辛苦に染まった処刑人の姿だった。第三者視点で二人の姿を捉えながら、真紅の処刑人の目を借り、死で満ち溢れた世界を見ていた。

 

「私は常々思っている。科学を解析し、天を暴き、魔の世界を理解した。神の領域に手をかけ、そして運命を知って失望した。世は容赦もなく無常であるとどうしようもなく理解させられてしまった。あぁ、そうだ、真実を理解してしまえば実に簡単な話だ。我々は決して逃れられぬ地獄(ゲットー)を彷徨う亡霊でしかない。頂を勝ち得ればどうしても理解してしまう。天井に触れて理解してしまう。そこに意味はない。形も、暴く事も、理解する事も、等しく無価値である」

 

「だけど意味はある」

 

 然り、と影法師は答える。

 

「勿論意味はありますとも。故に私と、そして貴方の出会いがあった。価値はなくとも、それは意味がある。それは似ているようで全く違う事である。故に私は、渇望する。価値を。絶対的で不変の価値を。意味はいらない。だけど価値が欲しいのだよ、時の魔神よ」

 

「なら俺はこう答えるさ―――どうでもいい、と」

 

 価値なんてどうでもいい。それに意味だってどうでもいい。それが、魔神の抱いた思いだった。

 

「日常なんて触れてしまえば壊れる。当たり前の様に存在するそれに意味や価値はないんだ。だけど美しい。そう感じないか? 生きている、頑張っている、生きようとしている―――どんな小さくたって、必死に生きようとしているんだ。その瞬間が、彼らの輝きが何よりも愛おしい。それを永遠に宝石として眺め続けたい―――それをずっと願っているんだ」

 

 起源。これこそが起源。

 

「子供の頃、誰かと一緒に遊んだ。その時間が楽しかった。だからずっと遊び続けたかった。それだけ、それだけなんだ―――」

 

「えぇ、それだけ故にとても簡単で強力―――そして文句のつけようのない邪悪でもありましょう」

 

 処刑人が、時の魔神が願ったのはそれだけだった。楽しい刹那よ、愛しい刹那よ永遠に。そこに意味はなかった。価値もなかった。そんな事は求めなかった。何故なら、そんなものは必要なく、必要としない上に価値も意味もないそこにこそ全てがあったのだから。

 

 それが起源であり。

 

 そんな起源、存在しないに等しい。

 

「それだけ。たったそれだけの願いで貴方は魔神へと至った。論理も、法則も、努力も、そして苦労も歴史もドラマも全て、全てを蹴り飛ばし、ゴミだと罵って至った。まさに怪物。起源や源泉?等あったものでもない。思えばこそ、狂気を超越した願いだけで貴方は魔神へと至り、望みを果たせるようになった」

 

「―――あぁ、そして後悔した。けど―――」

 

 力は消えない。

 

 

                           ◆

 

 

 消せるわけがない。不可能に決まっている。アホらしい話だ。夢は諦められる。だが捨てる事は出来ない。そして狂気を通り越したその願いを諦める事も捨てる事も出来ない。魔神は哀れにもそれができなかった。自分で終焉を迎える事すらできなかった。その思いは強かったから。誰に否定されても抱き続けてしまう願いだったから。

 

 故に、第四の法則は単純にして明快。そんなものは存在すらしなかった。論議する必要はない。最初から存在し、また存在しなかった。気付こうとしても気付けない、だが最初から持っているもの。ご都合主義だと言って観客が唾を吐き捨てる様な、その程度のもの、

 

 時は流れ、記憶は過去へ、そして意識は覚醒する。

 

 

                           ◆

 

 

「―――時よ止まれ、お前は美しい。そう祈ってきた。そう願ってきた。だけど、そんな事出来る筈がない。永遠にその刹那を切り出す事なんてできやしない、ほかならぬ超能力が、時間を操る能力がそれを証明していたから。そう信じていた」

 

 体を駆け巡る熱はない。体に触れる感触はない。煩わしい制限を振り切る。正面、突き出される槍が目の前一センチという領域にまで迫っている。そこに映る自分の瞳は、爛々と―――碧眼の姿を見せている。

 

「それじゃあ至れないもんな―――」

 

 槍は突き刺さりそうで突き刺さらない。否、停滞の海を進んでいた。片目の魔神が生み出した世界と同じように、全ての動きを、その刹那を永遠に引き延ばされていた。それに抵抗する事は出来ず、軽減する事もできない。

 

 ご都合主義(りふじん)としての”位階”が足りない故に。

 

 故に腕の一薙ぎが迫ってくる幾人の騎士を一撃で軽々と吹き飛ばす。神裂火織の様な聖人と比べれば間違いなく見劣りするだろう。だが、戦闘という分野ではプロフェッショナルであり、そして国を防衛する立場にある彼らは一人一人が歴戦の戦士であり、護国の勇。地獄のような訓練を潜り抜けて前線に立つことを許された、最高の装備に身を包んだ守護者たち。それが一撃で薙ぎ払われ、吹き飛ぶ。

 

 今までの力関係を考えるならまずありえない現象だが、それを逆転させるものはある。

 

 それは、即ち、

 

「―――人の一生は余りにも短く、そして儚い。輝きは永久不変、されど永遠には程遠く」

 

 やる事は簡単にして明確。願え。渇望しろ。

 

 魔術? あぁ、術式は便利だ。覚える事は力になるだろう。

 

 超能力? 魔術とはまた異なった法則、これも知るだけなら便利だ。

 

 だが魔力も開発も小賢しい。確かにそうだろう。力の本質はそこではないのだから。知ってしまえば戻れない。思い出せば胸を焦がす様な、狂おしい感覚が胸をえぐる。

 

「どうか願わせてほしい、その輝きこそ永遠に相応しいから―――時よ止まれ、お前は美しい」

 

 言葉はゆっくりと、語る様に口から漏れだした。しかし、それは騎士たちが床に落ちる前に全てが紡がれ、完成した。自覚した瞬間から失われた力は形を変えて蘇る。

 

 魂を燃焼させろ。

 

 渇望を抱け。

 

 渇望を魂で燃焼させ、無限(流出)へと至る怪物―――それこそが魔神という存在。

 

 故に渇望を抱け。原初を思い出せ。一番最初に抱いた切なる思いを世界を侵食する程に抱け。

 

「―――時空歪曲(クロノディストーション)

 

 右半身共々右腕を突き出し、煩わしい干渉を正面から砕く。体を纏う天を堕ちさせる為の力を消し去り、時間が歪む。オッレルスが送り続け、覚えさせた術式が渇望と繋がり、血肉となって新たな法則を刻み始める。

 

 人から魔神へ、その第一歩が踏みしめられる。

 

 鎧騎士達が床に衝突する瞬間には世界が等速を取り戻しながら全ての現在(いま)を歪ませていた。もはや正しい時間が、接合性が歪められて失われて行く。等速に見えるのはそれが人として認識できる領域の限界に過ぎないからだ。

 

「殺す気はない。だけどあのクソ女と話す為だからな、だから眠ってて貰うぜ」

 

 ”魔人”として産声を上げながら、邪悪な願いだと理解しつつ、思い出してしまった狂おしいほどの願いを、現実や理論や法則や証明、その全てを無視してすら突き抜ける渇望を、

 

 それを抱いて蹂躙する為に踏み出す。




 好きな人に一体誰の面影を求めていたの? という感じで

 怒りの日的な要素に八命陣っぽい詠唱。そのうち召喚とかリトルボーイ的な感じのぶっぱ覚えるんじゃないかな。

 カッス的な連中的に考える的な。やっぱ開幕ぶっぱ。

 早く落ち着ける環境が欲しい


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八月二十九日-Ⅲ

 ―――腕の一薙ぎで鎧騎士は集団で吹き飛ぶ。普通に考えればありえない話だ。彼らは最新鋭の装備に魔術を防御の為に用意している。その為、通常は衝撃を受けても鎧と魔術で吸収され、それが体に届く事はない。ダメージすら発生するかどうか怪しい。だが違う。力を、そして魂を渇望と共に込めた拳は容易く鉄の塊を殴り飛ばし、その鎧をひしゃげながら吹き飛ばした。宙を舞い、その手から槍等の武装が剥がれる。その事に一切気にする事無く、吹き飛ぶ仲間を掻い潜る様に接近し、槍持ちの騎士が接近する。その速度は今までの速度よりも二倍以上早く、動きは通常の魔術師であれば一瞬で見失い、反応できずに死を経験する速度になる。

 

 危険分子―――特に魔術に属するそれを死滅させるのが騎士団の役割。故に、それに特化し、そしてそれを成せる。それだけの実力がある。だが魔神の雛である魔人、それを相手取るには何もかもが遅すぎる。既に時間は歪曲している。此方が二十倍の加速度を得ている間、騎士団にはそれと同等の時間的負荷が与えられている。故にその差は永遠に溝となって、手の届かない領域と成る。一歩一歩を歩く様に進んでも、それは瞬間移動したかのようにしか目に映らず、

 

 腕の一振りでまた、八人近い騎士たちがゆっくりと宙を流れる様に吹き飛ばされる。その動きに気にする事なく、そのまま接近し、騎士団の中央へと進み出る。遠慮する事無く無造作に拳をそして足を攻撃の為に繰り出す。凍り付いたように、動かないようにしか見えない速度のせいで、それに対応できる力が彼らにはない。故に拳の一撃で鎧は砕ける。足の一撃で意識を奪い、図書館の端まで吹き飛ばす。

 

 魔人とは即ち人外の領域に踏み出した修羅。その血肉は既に人の時から変質している。体を動かすのは魔力ではなく、科学による演算でもなく、第三の法則ですらない―――原初から人が抱き続けた極限の力、思い、願い。渇望。魂。それでしかない。魂、言葉でも概念としても証明する事が難しい。極限までそれを燃料に渇望を燃え上がらせる。渇望というもので魔人の血肉へと体を組み替える。

 

 ご都合主義ではなく、そういう生物。故に徹底的な理不尽。

 

 渇望すればする程凶悪に極まり、何時かは魔神へと至るその雛形。無限には程遠くとも、魔人へと至った時点で人の領域からは消え、未知の、言葉が説明する事の出来ない領域に立っている。故に血肉は普通に見えていても、一切の変化がなくとも、それはもはや人とは別の法則で動いている似た様な何かでしかない。

 

 故に拳の衝突はダンプカーにも匹敵する衝撃を持っている。それを連続で叩き込まれ、無事である訳もなく、超速度から食らわせるそれだけの衝撃は殺人的という言葉を越える。しかし、彼らの防備は過剰とも言えるレベルで備わっている。それを理解するからこそ、遠慮なく攻撃を放てる。そうやって攻撃を放ち、殴り飛ばし、

 

 騎士団を全滅させるのには一秒も必要なかった。同じ時に存在できなかった故に、あっさりと蹂躙され、壁や窓を突き破って動けない姿を晒す。その姿を笑う事は決してできない。彼らは彼らで、本気で国の為を思っているのだから。敵ではなく本来は手を取り合うべき仲間―――しかし、それは行われない。

 

 なぜなら、

 

「オティヌスゥ―――!!」

 

「ふ、フハ、ハァ―――ハッハッハッハッハァ―――!!」

 

 その光景を見て、彼女は笑っていた。もはや小賢しい天を堕とす為の術式を擬態に使用する必要はない。あらゆる制限と束縛を振り払い、隻眼の魔神が図書館の奥、本棚の上で楽しそうに、笑い声を上げながら視線を向けていた。毛皮のコートに黒革の露出の多い装束、そんな姿で足を組んで座るオティヌスは艶めかしい雰囲気を持っていた。ただ、そんな事を一切気にさせない威圧感と笑みを浮かべ、純粋に状況を楽しんでいた。

 

「いいぞ、予想以上だ。それでこそ私の男だ。あぁ、しかし惜しいな。予想以上ではあっても許容範囲内だ。この程度だったら抱きしめようとするだけで壊れてしまうじゃないか。あぁ、何たる無常か。しかし仕方がない。楽しみはあとに取っておくべきか」

 

「喋る気がねぇなてめぇ……!」

 

 未だにゆっくりと落ち続ける騎士の使っていた槍を一本握る。握り、既知感でそれがなんであるかを把握する。

 

 量産聖槍(ロンギヌス=レプリカ)、オリジナルの神様殺しの聖槍(ロンギヌス)と比べれば圧倒的に対神性は下がる。しかし、それでもイギリスの誇る”騎士団”が保有する一級霊装、容易く折れる事はないし、神の属性を保有する存在への絶大な破壊力を発揮する事は間違いがない。少なくとも、

 

 これであればオティヌスに傷をつける事が出来る。

 

「さて、全く何も思い出せないけど良くもやってくれたなオティヌス。おかげで頭がガンガン痛ぇし、胸の中は渇望が振れだしそうで熱いし、そしてナンパで新たな属性に目覚められたと思ったら結局金髪系じゃねーか! 人の人生に介入みたいなことしやがって、ぶっ殺してやるぞ、おい」

 

「相変わらず面白い事を言うな貴様は―――だがいいぞ、その威勢も愛おしい。いや、違うな、貴様だからこそ愛おしいのだから私も大概バカの様だな! いいぞ! かかってこい! 本気で相手をしてまだ壊したくはないからな! 小指程の力で相手をしてやろう!」

 

「―――」

 

 余裕を持って本棚の上に座るオティヌスに対して、時空歪曲(クロノディストーション)の領域を図書館全てを覆い尽くす様に侵食する様に広げて行く。絶対不平等の時の世界でも、決して影響される事無くオティヌスは微笑んでいた。かかってこい、言外にそうやって挑発していた。完全に格下だと見下されている。

 

 それが許せるはずもなく(男は黙っていられない)、戦力差を理解しつつも一直線に、槍を握って突貫する。遅延はオティヌスに通じない。そんな事を理解していても、全力の加速を叩き込んで正面からオティヌスへと。一秒にも満たない時間でオティヌスの正面に到達し、対神の槍をその眼前へと向けて叩き込む。

 

 それをオティヌスは口に咥えて掴んだ。

 

おひおひ(おいおい)、そんなひょうねひゅへき(情熱的)だひょ(だと)へれひゅ(照れる)ひゃないか(じゃないか)

 

 対神性能の一級霊装を照れる様に、噛み砕いた。

 

 そのまま動きを止めず、刃がなくなって柄だけとなった霊装をオティヌスに叩き込むが、それを埃を払いのける様に軽い手の動きではじく様に折り、そのままの動きでビンタを叩き込んでくる。反射的に両手を交差させ、防御に入る。一気に時の加圧を増し、衝撃も威力もその全てを抑え込むために思考を揃える。

 

「良い判断だ」

 

 時を貫通し、体を貫通してただのビンタが体を砕く。血反吐を吐きながら本棚を、壁を貫通し、そのまま図書館の外の大地に陥没する様に叩きつけられる。骨が折れている事を自覚しながら起き上がるのには時間が必要ない。右手から握っていた武装が消えている事を理解しつつも、起き上がるのと同時に横へ飛ぶ。

 

「最善は避ける事だったがな、学習しているな」

 

 瞬間、オティヌスが存在していた空間を片手で薙ぎ払っていた。軽く空間を薙ぎ払うだけの動作が、その動作に一体どれだけの破壊力が秘められているのかは考えたくない。ただ理解できるのはこのままでは勝てない。短い攻防でありながら、それだけは把握している。故にもっと、もっと力を、もっと渇望を、

 

 もっと魂を燃焼させないとならない。

 

 刹那毎に魂を輝かせろ。

 

 オティヌスの攻撃が過ぎ去った空間を認識しながら、そのまま拳を握り、オティヌスの顔面へと拳を伸ばす。それを見るオティヌスが回避しようとし、

 

「―――■ァ!」

 

 吠える。異界の言語が混じる程、瞬間的に魂を燃焼させ、遅延と加速の度合いを爆発的に上げる。その刹那だけ、オティヌスが遅延に捕まり、よけきれる事無く顔面に拳を当て、吹き飛ぶ。その体が浮かび上がる間にも次の動きは作る。

 

接続(アクセス)―――模倣式(エミュレイテッド)北欧王座(フリズスキャルヴ)

 

 虚空に腕から流れる血を利用しルーン文字を描き、一瞬で完成させる。持ちうる魔術の術式は大半がオッレルスより入手したもの。故にその大半が北欧王座(フリズスキャルヴ)に属する魔術である。故に限定的に、ルーンを通して北欧王座(フリズスキャルヴ)を再現し、魔人という存在と魂という燃料で道理を殺して発動させる。

 

「我が歩みは時と共に。されど運命はそれすらも試す」

 

「ハ、そう来るか。だが―――」

 

現在の刻は狂い行く(ヴェルザンディ・タイムクライシス)

 

 疑似的な神格の再現。北欧王座(フリズスキャルヴ)から最も相性の良い記述―――即ち時と運命に関する記述を、その中でも今のレベルで使える物を選んで発動する。瞬間的に時が接合性を失って、先が後に、後が同時に、同時が先に、ランダムに、時がその順番を見失い、そして混沌とする。その手綱を握る唯一の存在である自分が常に先手で行動し続けられる。それだけだが凶悪な再現術式。

 

 出現する青髪の女神の虚像は出現すると同時に、オティヌスの笑い声と共に、正面から時の接合性を無視して裸の拳で殴り壊される。

 

「発想は悪くない! だが(オーディン)にソレはないだろう!」

 

「謝れ!! オッレルスに謝れ! ガンメタ存在である事を謝れよ!!」

 

「覚えていればなァ!」

 

 ヴェルザンディの虚像が一瞬で消え去る。しかしその瞬間に稼げた時がある。それを無限に引き延ばそうと苦心しつつ、更に北欧王座(フリズスキャルヴ)から記述を思い出そうと、血肉となった魔術式を巡る。その中からいくつか有用そうなのをピックアップし、ノータイムで真正面のオティヌスに対して叩き込む。

 

 炎の槍、雷の槍、水の槍、そして真空の刃。それらが爆撃と共にオティヌスに対して数百という規模で叩きつけられる。それをまるで温い、と言わんばかりにオティヌスがそれを拳のみで粉砕する。拳の一撃一撃が真正面から数十というのを滅ぼし、数発が数百を凌駕していた。完全に質が量を凌駕する、というありえない状況が出来上がっていた。反動として息は荒く、胸は熱く、そして体に激痛が走る―――慣れてない力に体が悲鳴を上げている。

 

 それをだからどうした、と吐きすてて、正面に拳を突き立てる。

 

「―――時の果てを見つめよ、不変とは永久に約束されたものである! アイ―――」

 

「温い! 遅い! 術を組むならもっと早く練りあげろ!」

 

 詠唱に割り込み、言葉そのものが粉砕される。口を開こうとも、そこから言語が出てくる事はない。音は出るが、それは単なる音の羅列として、意味のない流れとして現出するのみ。詠唱が封じられ、大半の攻撃手段が消え去り、

 

 それでも抱かれた闘志は消え去らない。

 

 拳を振るう。全力で、オティヌスの顔面を殴り飛ばす様に拳を振るう。感じるのは硬く、しかし柔らかい感触。殴った此方の拳が折れるという感覚。だがそれに気にする事なくオティヌスの顔面に拳を叩きつける。それしか使える武器がない。だが退く気は更にない。だったらここで立って、全力で殴るしかない。

 

 それを楽しそうに、嬉しそうにオティヌスは笑って受ける。

 

「あぁ、愛おしいぞ! このまま押し倒したいぐらいだな! 詰まらなければ暇つぶしに世界を消し去ってやろうかと思ったが、その気合は十分といった所か、なら、私の拳を受ける覚悟もあるのだろうなぁ!」

 

「あぁぁ、おおお―――!!」

 

 拳を叩きつけ、拳が割れて血が飛び散る。自分の血がオティヌスの顔を、そして自分の顔を汚して行く。体の構造を無視して無尽蔵に流れ続ける血を無視し、更に砕ける様に拳を叩きつけるのと同時に、オティヌスが笑い声を上げながら拳を叩き込んでくる。無造作に放たれた拳が肋骨を粉砕しながら、その砕けた骨を肺に突き刺す。息が苦しくなる激痛の中で、それ以上に体が壊れて行くのを感じる。しかし、

 

 それでも闘志は折れない。

 

 渇望は消えない。

 

 魂は燃え尽きない。

 

 目の前のバカ女に、理屈を抜きで、自身の魂を見せつけないといけない。今まで計算していた動きや技術、その全てを投げ捨てて、証明しなくてはならない事がある。その為にはこの拳を止める事が出来ない。砕けた傍から人間を止めた再生能力を披露しているが、それでもそれを超えるダメージと自壊が再生を阻害している。

 

 それでも、お前の見えている物だけが全てではない。

 

 その根性を示すだけの為に、負けたくないという心だけを武器に、

 

 魂を込めて、オティヌスに拳を叩き込む。

 

 それは所詮、オティヌスの期待に応える行動でしかなかった。愛おしむ様な、その視線を受けて更にキレる。拳にさらに力を籠め、砕けるほどに強く、拳を握って殴り飛ばす。

 

 傷はつかない。

 

 痕すら生まれない。

 

 だけど、それでも、立ち向かった―――その事実だけで十分だった。

 

「ヤンギレクソ眼帯金髪女ァ!!」

 

「酷いな、こんなにもその姿を愛しているのに!」

 

 笑い声と共に拳が叩き込まれる。右腕の手首から肘までの骨が全て砕け、体を支えきれずに吹き飛びながら地に転び、壁に激突する。

 

 まだ一歩目。

 

 まだ魔人。

 

 これでさえ、多くの存在を蹂躙できる怪物―――でもその程度では魔神には到底届かない。

 

 傷だらけの体が激痛を訴えるが、その一切を無視し、嫌な音を響かせながら立ち上がる。このアホにだけは―――そんな思いを抱いて立ち上がるが、立ち上がるだけで限界なのが真実だった。それを知ってか知らずか、オティヌスが歩いて近づき、

 

 そして抱き着く。

 

「あぁ、安心しろ。貴様の意地は見せてもらった。良く理解させてもらっている―――否、昔からよく知っている。このままであれば自滅も厭わずに戦い続けることさえも。故にもういい、休め。このまま戦えば私もうっかり興奮して本気を出してしまいそうだからな」

 

「てめ―――」

 

 抱き着いたオティヌスに返答を出すよりも早く、意識がゆっくりと闇の中へと落ちて行くのを感じる。遊ばれている、手加減されている。それを完全に理解している。故にムカつくし、キレている。だけどそれ以上に、この女の思惑通りなのが気に喰わない。どこかで隠れている黒幕と違って自分から動いてネタバレして行くスタイルは嫌いではないのだが、

 

 ―――絶対泣かす。

 

 人生に常に影を残してきた女へ、そう誓い、ゆっくり落ちて行く。

 

「あぁ、その時を楽しみにしているさ。あとオッレルスとかいうクッソ役にも立たず神話でさえ一方的に負けて死んだゴミクズに宜しくな」

 

 ツッコミを入れるだけの力が入らない事に無念を感じながら、そのまま意識を完全に落とす。




 盧生式戦闘術+時間操作+禁書的魔術。戦闘は大体こんな感じか。神話的相性とかも出てくる

 つまりオッレルスさん、オティヌスの前だとゴミクズ同然。インポ枠憐れ。

 なんかオティちゃんが黄金の黄昏魔王的なハイブリッド生物になってる事に戦慄を覚える。ヒロインとラスボスと悪は果たして共存できるのか(錯乱


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九月十五日

 目覚めは酷く不快な気分だった。起き上がりながら体にかかるベッドシーツを剥がし、病院にいる事を自覚しながら吠える。

 

「オティヌスのクソアマがぁ―――!! 泣かす! 絶対に泣かしてやるからなお前!! 泣かした挙句許してって可愛く言っても無駄だからな!! その場で押し倒して百回レイプしてやるから! 土下座させたまま百回レイプしてやっからなあ! あ、やっぱりなしで!! お前逆に喜ぶだろうから泣かすだけで!! 泣かすぞコラァ!! 泣かさせてください!!」

 

 一回黙って、無言になる。

 

「クソ、可愛いから泣かしたら罪悪感が生まれるじゃねぇか! 卑劣な……!」

 

「お、良い空気吸ってるんじゃないかこれ」

 

 シャウトに満足した所で、頭をを横へ、視線を自分がいる病室らしき場所の入り口へと向ける。と、そこには扉を開ける様に入ってくる金髪サングラス、そしてアロハシャツの少年―――土御門元春の姿があった。片手にはコンビニへ行ってきたのか、プラスチックの袋が握られている。その姿を見て懐かしさと共に、よ、と片手を持ち上げながら挨拶し、口を開く。

 

「ツッチー、俺さ、オティヌスっていうヤンギレ金髪眼帯デレデレ痴女主神女と戦ってたんだけどさ」

 

「この時点で属性過多でお腹いっぱいなんだよなぁ、これ」

 

「だけどさ、ぶっちゃけストライクゾーンなんだなぁ、これが。あ、胸が少し小さいのが不満だけどな? しかし、いやぁ、既に彼女がいるこの俺な訳だが、倒したまま押し倒すならこれ、もしかして戦争的に合法じゃね? 神話的にこれアリじゃね? って思うわけなんだよ。いや、実際はこれ絶対アリだろって判断しかねーよ。つまりなんというかあの女泣かせないと男としては生きていけねぇあのクソ女絶対泣かす」

 

「……あぁ、うん。元気そうで何よりなんだみゃー。……駄目だ、テンション差が激しすぎてキャラ作る気になれねぇ。もうちょっとアクセル抑えろよ」

 

 最後の発言を無視して聞き流す。

 

 ふぅ、と息を吐きながら窓の外へと視線を向け、ここが日本ではない、イギリスである事を思い出しながら、視線をベッドへと戻す。そこには鎖や符が体の動きを阻害する様に装着されているが、それらを無造作に千切っては破り捨て、体をその束縛から解放する。そのままベッドから足を下ろし、軽く立ち上がる。

 

 まだ少し気持ち悪さは残るが、どうやら普通に立てるぐらいには回復しているらしい。その気持ち悪さも直ぐに消え、完全回復が完了していた。

 

 で、

 

「今日って何日?」

 

「九月十五日―――お前がオティヌスと戦ってから既に二週間以上が経過しているよ」

 

 腕を組み、溜息を吐き、そしてそっか、と声を零す。二週間以上も寝ていた―――その事に対する考えはある。というも、まず第一にオティヌスを相手に大立ち回りを、戦闘行為をしたことだ。間違いなくその時に受けたダメージの回復に眠っていたのは間違いがない。そしてもう一つ、魔人への変化に体が対応しようとしていたのだろう。その為に休息を必要とした。

 

 あとは多分干渉とか、そんな所だろう。ともあれ、

 

「んで? なんでツッチーここにいるんだ」

 

「今更だにゃー……。いや、これもっと早い段階で知るべきだったと思うんだけどさ、俺っちさ、実は魔術サイドと科学サイドで二重スパイやってるんだよ。っつーわけで科学と魔術サイドの話は大体入ってくるわけなんだが……んでまぁ、お前の話を聞いてイギリスに飛んできたって訳よ、ノブノブ。いや、待て、今は確かクロノスだっけ?」

 

「間取ってノブノスで」

 

「ネームセンス欠片もねぇな」

 

 納得し、頷くと、元春が袋の中から紙パックのジュースを取り出し、それを此方へと投げてくる。それを受け取りながら、ストローを突き刺し、口に入れる。口の中に流れ込んでなんとも筆舌しがたい奇妙な味に顔を軽く歪めつつも、紙パックの絵を確認する。何やら冒涜的で不定形な絵が描かれている。しかし、味はそこまで悪くはない。暴徒的で筆舌しがたい味―――一体何味なのか、ちょっとだけ知りたい所ではある。

 

「とりあえずノブノス、寝ている間に何があったか聞く?」

 

「へ、ヘーイ! かもんかもん! かかって来いよ!! もう何も怖くねぇからなぁ!!」

 

「なんで中指をそこで持ち上げるんだよ―――とりあえず隻眼の魔神オティヌス(オーディン)は完全に逃亡、テンションが高かったのか笑い声を上げながらそのまま王城に蹴りを叩き込んで逃げたぜ。英国未曾有の危機の原因が逢引の結果テンションが天元突破とかもうわけわかんねぇな。そのころ日本で死にかけていてよかったと思うわ」

 

 オティヌス―――やっぱり、アレ、ノリの良い馬鹿タイプだったらしい。

 

「とりあえずお前がぶっ飛ばした連中はウチの国の”騎士団”だ。必要悪の教会(ネセサリウス)とは基本的に関係が険悪だからな、ぶっ飛ばして文句は言われたけど、上の連中はゲラゲラ笑いながらざまぁ、って言ってたからな。基本的に報復とか心配する必要はないぜ。あ、あとねーちん……神裂火織な? ”良くぞあのくそったれ共を容赦なくぶっ飛ばしました。今度一緒に騎士団長を殺しに行きましょう”って言ってたぜ」

 

「なんで女って生き物はどいつもこいつも修羅道入ってるんだ。訳が解らねぇ」

 

「ねーちんは聖人だからなぁ」

 

 それ、答えにはなってない、とは言えないかもしれない。聖人という存在を知っている(思い出した)。とにかく恐ろしく強い連中ではあるが―――その反面強者である事を”強いられている”という事もある。強さには責任感、重要性、意味、そういう価値が付与される。故に聖人という存在である事は、強制的に修羅道へと引き込まれるという事でもある。同情はしない―――どうせこっちの方がろくでもない運命なのだから。

 

「他には何かあるか?」

 

「んー、そうだなぁ、科学サイドってか俺らのヒーローの話をすっか」

 

「おう、ポップコーンを用意しろ」

 

「言うと思って用意しておいた」

 

 元春が袋から取り出したポップコーンを受け取り、袋を開けて完全に映画を見て楽しむような態勢に入る。自分の良く知っている上条当麻の事だ、きっと期待を裏切らないフラグ建築を行っているに違いない。それを楽しみに、インスマス味等と書かれた奇妙なポップコーンを食べ始める。

 

「とりあえずお前がいない間に3、4人ぐらいに旗を立てた」

 

「流石という言葉しか出てこないレベル」

 

「だろ? とりあえず御使堕し(エンゼルフォール)は当麻と俺とねーちんでなんとかしたぜ。途中で天使とか殺人鬼とかなんか現れたけどやっぱどーにかなったわ」

 

「雑っ」

 

 そのままの元春の姿を見ればなんとなく御使堕し(エンゼルフォール)が解除済みである事は眼に見えている。それ以外にも世界からの”圧力”ともいえる干渉という物を感じない。それを通して既に御使堕し(エンゼルフォール)が解除されている事は理解できる。だからそれを聞き、ポップコーンを食べながら他には、と話を進めさせる。

 

「とりあえず学園都市に来た侵入者ぶっ飛ばしたり、殺されそうだったシスターを庇った結果ねーちんが騎士団に対して殺意抱いたりとか、こっちはこっちで色々イベントフルだったぜ。あ、あと心理掌握(メンタルアウト)がお前が消えたせいでもの凄い荒れて酷い時があったぜ」

 

「言外に心を抉ってくるのを止めろ。その話は俺に効くんだ」

 

 爽やかに元春は笑い、

 

「いやぁ、罪悪感があるなら別にいいんだぜ? それ以上は何も言わないさ。俺も別段他人を責められるほど高尚な人間でもねぇからな。それよりもノブノス、お前大分人間やめてるな。研究科の連中がこぞって解剖したがってるぜ」

 

「やめてくれよそういうの、気持ちが悪いから。後ついでにノブノスも」

 

 んー、と声を零しながら軽く体を伸ばす。軽く体の調子を確かめるが、完全に体からダメージは抜けきっており、再生が完了していた。オティヌスに受けたダメージであれば治療は少々遅いと思ったが、二週間もあれば流石に治るか、と納得しておく。とりあえず今の恰好は患者服だ。これで外を歩き回るのはあまり恰好が良くない。適当に元春をパシらせて服を持ってこさせるか、それとも人目に付く事がない速度で男子寮へ戻るか、そんな感じでいいだろう。そんな事を思いながら再びベッドの上へと腰かけ、そして首を軽く回す。

 

「俺様復活」

 

「お前がここに運び込まれた時はもう無理じゃね? って感じだったらしいけど、どうにかなるもんだな」

 

「まぁ、魔人だしな」

 

 そう、魔人。魔人へと至ったのだ。段階的に言えばディスりが容赦のないオッレルスと同等、オッティヌス相手には全くの無意味でゴミ程の価値しかないオッレルスと同等。魔神へと至る一歩手前でありながら始まりの段階、魔人。それが今の自分であり―――明確に人とは違う存在になったと、認識できる。知覚できる範囲が、世界が広い。手を振って魔術を簡単に発動できる。法則に縛られる事無く力を行使できる。その気になれば意味不明な現象を意味不明な理論を通して実証できる。徹底的にデタラメ、確実に人間ではない、理論の通じない怪物になった。

 

「まぁ、後悔がなきゃ別に俺としちゃあ別にいいんだけどさ、オメー、この先後悔せずにいられるかそれで?」

 

「はぁ? 無理に決まってんだろ! 割とノリとテンションとその場の感情だけで突っ走ってるぞ俺は! 言っておくけど、アレイスターの水槽ニートをどうやって殴るしか頭にねーからな。多分全部終わった後には後悔するけど、新しくやるべき事リストに”オティヌスちゃんを超泣かす”って目標が出来たからな! それが終わるまではなんとかテンションとノリを維持して行けそうさぁ!」

 

「ノリとテンションで魔人になったって後で情報売ったらこれ爆笑できるな」

 

 そう言ってメモを取る元春を見て、苦笑が漏れる。学園都市にいる時を思い出す。未練がないと言えば嘘だ。だけど、それよりも大事な事を、重要な事を見つけた。テンションとノリが関わっていることは間違いがないが、アレイスターとオティヌスをどうにかしない限りは、そもそも”生きている”とさえ言えないと思う。あまり真面目にそれを見せるのはキャラではないから。

 

 ともあれ、

 

「ま、俺は俺で何とかやってるよ」

 

「そりゃみりゃあわかるけどよ、それでいいのか?」

 

 元春のその言葉に肩を揺らす。学園都市を出る時、その時に会っていたのは妹達(シスターズ)とオッレルスだけだ。故にその質問が来るのを当たり前と思えば当たり前なのだが、なんというか、もう既に通り過ぎた質問である故、

 

「悪いとは思っている。今は反省していない」

 

「お前、それ心理掌握(メンタルアウト)の前でも言えるのか」

 

 吐血のモーションを取るとはははは、と元春が笑い、そして真面目な顔を取る。

 

「んじゃあ再会を祝ってネタと反射神経での会話はここら辺でやめて、そろそろ真面目に話さねぇ?」

 

「ホントそうやって前置きしねぇと俺らの会話って進まねぇよな」

 

 なぁ、と元春と当麻と三人で学園都市で暴れまわっていた時の事を思い出し、んで、と声を零しながら真面目な表情を元春へと向ける。それを受け取った元春が軽く頭の裏を掻き、

 

「お前、十九日から何があるか知ってるか?」

 

「時期的に考えると……大覇星祭か」

 

「あぁ、まぁ……外部から魔術師とか入ってきたりするんだけどな、それは正直どうにでもなる。俺やカミやんがいるし、必要悪の教会(ネセサリウス)からステイル辺りでも借りればいい感じになるだろう。つかたぶん、そんな事が起きる様な事がするし」

 

 つか、それはどうでもいい、と元春は言った。重要なのはそこじゃない。

 

「割と大事だと思うけど―――」

 

「いや、ぶっちゃければこれは”こっちの事情”って奴だぜ。お前を巻き込むような話でもなければ、助けを願うもんでもねぇ。組織として処理していく様なもんばかりよ。でもそれに一つだけ、聞き捨てられない話を聞いたわけさ」

 

 それは、

 

「―――お前の彼女、消される(殺される)予定だそうだぜ」

 

 それを聞き、ベッドから腰を上げ、

 

「そっか」

 

「どうすんだ……って聞く必要もねぇなこりゃ」

 

 そんな事を口笛交じりに元春は言う。こうなると、確実にそれを理解して言っているのだから、相変わらずコスい、というかセコい、というか―――まぁ、ともあれ、

 

「学園都市に久しぶりに戻るか。取り合えず怪しい奴を皆殺しにすりゃあいいんだろ? あン?」

 

「いや、お前ホント頼もしくなったな」

 

 選択に迷いはない。もう、刹那を奪わせる事はない。誰にも、絶対に、刹那には触れさせない。まだ足りない。

 

 敵の懐へと飛び込む。

 

 計画。

 

 計算。

 

 そんなものは知った事じゃない。

 

 その程度では停める事が出来ない―――だからこそ魔人へ至った。魔神へと至る渇望。

 

 渇望その物の為に現実すら侵食し、改竄する。

 

「ガックェェェェんトッシシィィィ!! 今行くゥゥゥゥよぉぉぉぉ!! 無能と呼び名高い北欧王座(フリズスキャルヴ)を学園都市にシュゥウ!! すっからな!」

 

「そのテンションはヤバイから落ち着いて行こうな。つか前よりもネジが3本ぐらい飛んでないかお前」

 

 笑い声を上げ、隣の部屋から壁ドンという抗議を貰いながら一切気にする事無く、学園都市への帰還という確実な悪手を、迷う事無く選ぶ。

 

 魂が抱いた渇望を騙す事は出来ない。

 

 なら死ぬまで走り続けるしかないのだ。




 ツッチーの立場に対して反応が薄い? 渇望を思い出しちゃったせいで人格が軽く変わり始めてきたからね、段々とキャラが変わってくよ。現実さえも侵食する想いなんだからそらぁ人格変わるわ。

 葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーがアップを始めました。


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涙は時の様に
九月十八日


 ―――学園都市へと向かうには数日かかった。

 

 まず第一に騎士団の苦情があったので、それを火織と共に物理的に黙らせる為に一日を消費し、そこから偽装パスポートを用意する為にまた数日が必要となった。だが偽装パスポートを用意したおかげで、色々とイギリス内でも動きやすくなったのは真実だ。

 

 クロノス=スチュアートと、優しくも姓名や身分の保証を提供してくれたシスターさんに感謝しつつも、学園都市へと向かう準備は数日中に完了した。

 

 

                           ◆

 

 

 ヒースロー空港の内部に、男三人並んで入る。右側には金髪サングラスの少年土御門元春が、逆側にはニメートルの長身を持つ、どう見ても成人の様にしか見えない少年ステイル=マグヌスがいる。三人そろって手荷物を握っており、着替え程度のものしか入っていない。さっさとチェックインカウンターで手荷物を全て預けてしまい、教会の威光を利用してボディチェックも軽くスルーしてしまい、そしてゲート近くのカフェに移動し、そこで三人で揃って座る。

 

「―――はぁ、人生初飛行機……!」

 

「何だかんだでずっとノブノスの目が輝いてたのはそれが理由か」

 

「……結構日本とイギリスを往復している身からすると飛行機に乗るのは結構面倒だよ。必要悪の教会(ネセサリウス)のおかげで色々とパスできる部分があるけど、それでも毎回チェックとかが必要になってくるし。正直転移術式の一つでも用意してもらいたい所だよ」

 

「それの何が楽しいんだよ童貞!!」

 

「おい、ふざけるなよ!! 童貞は関係ないだろ!! 燃やすぞ!!」

 

「やってみろよぉ!! 今の俺には耐熱耐炎に窒息耐性まであるぞぉ―――!」

 

 ステイルを挑発した所で近くで警備を行っていたガードマンが咳払いで注意して来る。それをステイルと眺め、溜息を吐く。その間に元春がカウンターから人数分のコーヒーを貰っており、それをスコーンと共に運んでくる。それを受け取りつつ料金を元春に渡す。ふぅ、と先程までのハイテンションを完全に霧散させる。

 

「ステイルとツッチーは仕事だっけか」

 

「あぁ、なんでも魔術師が大覇星祭の乗じて侵入し、取引を行うってんでな。それをとっちめるのが俺らの仕事よ」

 

 ほぉ、と声を零していると、ステイルが口を開く。

 

「それはいいんだが……大覇星祭ってなんだ? 祭だという事は解るんだが……チ、ここも禁煙か。認識阻害のルーンで吸ってない様に見せられないかなぁ」

 

 ステイルのヘヴィスモーカーっぷりに苦笑しつつも、大覇星祭に関して良く知っているのは自分と元春だ。軽く顔を見合わせてから、自分から話す事にする。足りない部分、或いは今年からの部分に関しては元春が補足してくれるだろう。そう思いながら、そうだな、と注目を集めるように口を開く。

 

「簡単に言っちまえば学園都市最大規模の体育祭だよ。学園都市に所属する”全て”の学園が参加して、外部向けにパフォーマンスを兼ねた体育祭を繰り広げるんだ。しかも超能力開発を行っている学園都市なだけに、あらゆる能力の使用が許可されている体育祭でもある」

 

 えーと、と声を出しながら思い出して行く。

 

「基本的には親族や友人だけじゃなくて一般人にまでも学園都市が解放されていて、入場が非常に楽になっている。まぁ、学園都市の外部、それも一般人に対する超アピールタイムって思えばいいさ。何せ国家レベルであれば学園都市の科学技術も認知されている。だけど民間レベル、家族とかだと話に聞く程度で実感はないものさ。だけど実際足を踏み入れて聞けば変わってくるだろ?」

 

 ロボットや対能力装備とかが普通に存在する学園都市だが、それは一般の常識ではない。基本的には”凄い科学力で凄い事をやっている場所”ぐらいの認識しか存在しない。余り学園都市が情報を公開しない事と相まって信用され難い事の一旦だが、大覇星祭はそういう学園都市を疑い気味にある一般人へのアピールを含めている。体育祭というのは子供への教育、そして能力の開発具合を見せ、安心させる意味でもあるのだろう。

 

 つまり体育祭という形を取ったデモンストレーションという側面が大きい。

 

「ただ、大覇星祭は入場が増えるからな、その分警備を緩めなくちゃいけない部分があるのよ。っつーわけで結構面倒な感じで、学園都市は毎年そこらへん苦心してるんだけど―――」

 

「―――まぁ、裏の事情から言っちまうと一般区域はそこまで警戒してねぇのよ。風紀委員(ジャッジメント)もいるしそこまで心配はねぇんだよ。ただ非公開区域にスパイやらが一気に増える時期でもあるからな、こっちの方はこっちの方で警戒が逆にあげられているんだにゃー」

 

「能天気なイベントに見えて実利を兼ねているのか、成程な」

 

 と、そこまで話した所で飛行機の搭乗時間が近づいてきていた。必要悪の教会(ネセサリウス)が経費扱いで落としてくれたフライト―――ファーストクラスで乗れるというのは実に心躍る話であり、人生で初めての経験。いや、もしかして既知感が働くかもしれないが、それはそれでいい、楽しむべきだ。ともあれ、男三人という欠片も色気のない空の旅を楽しむ為に飛行機の搭乗口へとパスポートとチケットを片手に、歩き出す。

 

 しかしパスポートがイギリス国籍になっている辺り、完全に抱き込まれそうになっている気がしてならない。

 

 

                           ◆

 

 

 飛行機内で野球拳を始め元春と共謀し、ステイルを全裸に剥く事を達成しながら長時間のフライトを楽しみ、久しぶりの日本の地にと横着する。手荷物を――――――ショルダーバッグを回収して背負い直し、税関を通って成田空港の外に出れば、久々の日本の空気を肌で感じる事が出来る。両手を広げて流れる風と熱気を感じながら久々の日本に浸っていると、後ろから追いついて来た元春が背中を叩いてくる。

 

「足は呼んであるから今日中に学園都市入りするぜぃ」

 

 横を通り抜ける元春の後を追う様に、キャリーバッグを引くステイルが歩いて行く。

 

「この国の人間はなんでこうも視線を此方へと向けるんだろうなぁ……」

 

「自分の姿を見ろよ少年」

 

 そう言ってステイルは立ち止まりながら自分の姿を確認しつつ、服の臭いを嗅いだりして確かめたりしている。やはり魔術師となると常識が若干ズレているなぁ、なんてことを思いながら元春の後を追い、そのまま空港前の道路へと出ると、元春が振り返りながら手を振ってくる。

 

「おーい、こっちこっち―――っと来たか」

 

 そう言いながら道路の方へと顔を向ける元春の視線に合わせれば、一台の白い車がやってくるのが見える。どこのブランドだったかなぁ、等と思いながらそれを目で追っていると、それは元春の前で止まり、運転手席の窓が開く。そこから顔を見せるのは自分の身知らぬ人物だ。ただ元春はその人物を知っているようで、運転手席にいるカジュアルな服装の男は笑顔で、

 

「貴方の人生に潤いを! 天草タクシーでーす!」

 

「天草式の連中もホント逞しいな。んで、調子はどうよ」

 

「あ、どうも。リーダーは最近超巨大アフロに挑戦したり、おしぼり作戦mk-Xの企画を練っていたり、聖天使エロメイド服の作成をみんなでやっていたり、人生は充実してますわ」

 

「そりゃ充実するわ」

 

 ささ、と降りてきたドライバーがトランクを開き、そこにドンドン荷物を積み込む。それを軽く手伝いながら自分が助手席に、残りの二人を後ろへと乗せる。それに対してステイルが煙草を吸いたがって文句を言うが、間違いなく最年長は自分なのでその意見を黙殺する。日本では年齢による絶対的カースト制度が存在するのだ。というわけでステイルの禁煙が続く。

 

 窓を開けた状態で車は走り出し、学園都市へと向かって移動を再開する。

 

「とりあえず学園都市近辺にまで運んでくれって頼まれていますが、そこからは―――」

 

「あぁ、気にする必要はないぜぃ。そこらへんは俺が色々と出来るからな」

 

「ツッチーの謎の権力」

 

「おいおい、こう見えても俺ってば結構便利だし、便利にされているし、便利に思われているんだぜ? ちゃんと仕事しているから上司からの評価は良いし。ただ評価が良すぎると粛清待ったなしだからな。ちょくちょく評価下げないといけないのが辛い。つか聞いてくれよ―――」

 

 流石ブラックさに定評のある学園都市の格は違った。学園都市の辛さの説明を始める元春の声をBGM代わりにしながら窓の外の、日本の風景を眺める。まだ高速道路の上だが、昼間である事から車通りは多く、そしてそれだけでイギリスと違う事を自覚させられる。次、日本に帰ってくる時は完全にアレイスターを殴る準備が完了した時かと思っていたが―――そんな事はなかったようだ。

 

 軽く溜息を吐きながら窓の外を眺めていると、後ろから自分に向けられる声が聞こえてくる。

 

「そう言えば君は学園都市に恋人を置いてきてたんだっけ。割とナンパしたりしているから割と怒るんじゃないか、彼女」

 

 意外にも、そんな話題を振ってきたのはステイルだった。まぁ、何だかんだでイギリスにいる間、一番付き合いが多かったのはステイルだ、ヤク中逃走事件や、アーク逮捕事件などの友情の確かめ合いもした。ならこれぐらい別に不思議でもないか、と思いながら口を開こうとし、

 

心理掌握(メンタルアウト)の事だろ? 知ってるかステイル、こいつ押し倒すとか言っている割には実は割とプラトニックな関係なんだぞ」

 

「うるせぇ、そのサングラス割るぞシスコン軍曹。俺が本気になったら、こう―――北欧神話をシスコンの部屋にシュゥ―――ット! お前の宝物をデストロォ―――イ!! な感じにする覚悟が何時だってあるんだからな」

 

「今まで殺傷力皆無な能力なだけだったのに、破壊力を得て割と楽しんでいるなこいつ」

 

 オッレルスのオティヌスに対する無能っぷりは驚きを通り越して拍手したいレベルなのだが、それを抜きにして北欧王座(フリズスキャルヴ)に登録されている他の術式や、特に相性の良い運命の三女神(ノルン)の術式とか、オティヌス(オーディン)を相手にさえしなければ優秀なのだ。

 

 ―――一応前回の事を反省して色々と他の神話や術式も教えてもらったんだけど、通じるかねぇ。

 

 元春からはサクっと陰陽道を、ステイルからルーンを、そして火織からは軽く騎士団への、特に騎士団長への殺意に関して教わった。しかしなんで火織だけあんなに殺意の波動を体に漲らせているのだろうか、と軽く恐怖を覚えている。ともあれ、

 

「まぁ、アレよ。なんだかんだで色々とショックでなぁー……ぶっちゃけ他人の気遣いとかするだけの余裕はねぇわ。幸い魔術覚えたおかげで変装とかで全くの別人に変身する事もできるし。その時になったらまたオッレルスかオティヌスごっこしてあいつらの悪評でもバラまいてやる」

 

「やり方がゲスだなお前……」

 

「というかオッレルスに対して一体何の恨みがあるんだ」

 

「実は特にない」

 

 ないのか、とドライバーが困惑するが、無いならしょうがないな、と後ろの二人は納得していた。その事に軽く笑いながらまた窓の外を眺め、次第に風景が街の中へと切り替わって行くのを見る。懐かしいビルの姿、人の声、そして空気の味だ。

 

「ま、ノブノスはアレよ。マジで最終兵器だからな。俺達がサインを出すまでは自由にやっていてくれ。それ以外は関わるつもりもないだろ?」

 

「……まあな」

 

 昔なら間違いなく飛び込んでいた話だが―――オッレルスからアレイスターの計画の話を聞かれると、そういう気はなくす。学園都市で発生するであろう事件は大体、アレイスターが狙って発生しているものだって思えばいいらしい。つまりそれに関わるだけ、自分が計画にからめとられて行く。

 

 今回は操祈が関わる、という話だから戻るだけだ。問題を皆殺しにしたら直ぐにイギリスに戻る。

 

 それだけだ。

 

 ―――ただ、それだけで終わるわけもなさそうだけどな。

 

 解ってはいるけど、それでもどうしようもない事がある。

 

 高速道路から降りて完全に市街地へと入った車がゆっくりと減速し、そして学園都市からそう遠くない位置でゆっくりと動きを止めた。車から出るとドライバーがテキパキと手荷物を下ろし、そして元春からお金を受け取り、笑顔で車へと戻る。

 

「長距離の移動には是非とも天草タクシーを!!」

 

「商魂逞しいなぁ」

 

 少ない荷物を手に持ちながらタクシーが去って行くのを眺め、完全に視界外へと消えたところで視線を元春へと向ける。

 

「俺は今夜から学園都市に入るけど―――」

 

「はいはーい、明日に回す意味ないし、俺も便乗して侵入するわ」

 

「まぁ、そうなるな。だけど……」

 

 元春とステイルの視線が此方へと向けられる。言おうとしている事は解る。だから肩を振りながら軽く息を吐く。

 

「30倍速しつつ同じだけの停滞を押し付けて強引に突破すりゃあええじゃろ。知覚できない速さで飛び越えればいいだけの話だし」

 

「不安しか残らないからこれを持っておけ、認識阻害の魔術が刻んである」

 

 ステイルは本当にツンデレだなぁ、等と言っているとステイルから腹パンを食らわせられ、道路に転がるハメになった。イギリスで面倒を見てもらっている間、そのまま面倒を見られるだけなのも嫌なため、軽く格闘に関して教えていたが、それがいい感じに実り始めているようだ。

 

 魔人の体でも、地味に痛い。

 

「じゃあな」

 

「また明日会おうぜー」

 

「あいよー」

 

 そう言って二人と別れる。仕事の為に学園都市へ来ているのだ、二人には正式なルートがあるのだろうが、そんな二人と違って、此方はなるべくアレイスターという存在に補足されたくはないのだ。学園都市そのものに来ない事が最上なのだろうが、それだけは出来ない。

 

 罠だと理解していても、やるしかないのだ。

 

「一人はさびーしーなぁー、っと」

 

 二人の姿が完全に消えたところで時の加速と遅延を同時に発生させる。またステイルからもらった、ルーンの刻んであるカードに”力”を流し込んで発動させ、認識阻害の魔術を発動させる。その後で一気に近くの家の屋根へと飛び移り、次の跳躍で高い建造物の屋上へと一気に飛び上る。

 

「さて、と!」

 

 跳躍、疾走し、空を蹴り、空に衝撃波を撒き散らしながら一気に学園都市を囲うセンサーや検問所、チェックの類を一瞬で飛び越えながら突破し、超能力を利用した監視網を知覚しつつ回避する様に体を捻り、高速で落下し、一切の衝撃を発生させない様に学園都市内に着地する。

 

「ふぅ―――」

 

 軽く息を吐きながら侵入した事を確認し、カードが燃え尽きるのを確認する。変装用に服でも購入しようかなぁ、何手ことを思いつつまずは宿を確保しよう。

 

 そう思って歩き出そうとし、

 

「ばう!」

 

 そんな声に振り返る事を強要される。

 

 振り返った先、そこにいたのは―――装置をくっつけた、葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーだった。

 

 ゴールデンレトリーバーは此方を見ると、もう一度葉巻を噛んだまま、

 

「ばう!」

 

 そう吠えた。

 

「ばうっ!」

 

「ばうっ!」

 

 吠えてみたら吠え返された。

 

「友情を感じる……―――じゃねぇよ。どう見てもどっかの実験動物じゃねぇか。オラ、実験場へお帰り。実験が待ってるぞ」

 

「ばうわう!」

 

 しっしっ、と手を振って払いのけようとするが、逆に葉巻を咥えたゴールデンレトリーバーは近づいてくる。マジかよ、なんて感想を抱きながら離れようとするが、犬はついてくる。溜息を一回履いて、そのまま学園都市の道路へと目指して歩き出す姿に、葉巻を咥えたまま犬はついてくる。

 

「なんだ、実験室に帰りたくないのか?」

 

「わう」

 

「そうか、俺貧乏だぞ?」

 

「わうぅ……」

 

「だが安心しろ、ステイルの財布をスってきた。これで豪遊確定だ」

 

「ばう!」

 

「大丈夫大丈夫、ぼっち系同僚の財布だか―――おい、アイツ大事そうにインデックスの写真、しかも学園都市にいる時の奴持ってるぞ! これでしばらくはアイツを弄れるぜ!」

 

「わ、わう……」

 

 旅は道連れ世は情け、そんな言葉を抱きながら、行動を起こす為にも、宿を探す為に学園都市を歩き始める―――犬と共に。

 

 どこからどう足掻いても怪しい犬だったが、その愛らしさに問い詰める気は起きなかった。




 犬:強い奴メタ。ロマンを理解するダンディ生物
 ツッチー:ツッコミに回りつつあるシスコン。摩の波動を感じる
 ステイル:14歳童貞財布なし彼女なし思い人は別の人を思っている人生の敗者老け顔

 ステイルがダントツで酷い、一体誰がこんな事を……。

 あ、そろそろ更新安定しないかも。環境的に


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九月十九日

 一夜が明けて、ホテルから出てくる横にはゴールデンレトリーバーの姿があった。結局一人にしてくれなかったゴールデンレトリーバーと共に一緒に泊まってしまった。おそらくどっかの研究室の実験動物なのだろうが、それを送り届ける気にも、アレイスターの得になる様な事をする気にはなれなかった。とりあえず葉巻を気に入っている妙な事だけは理解できたので、朝食にビーフジャーキーを食わせたり、葉巻を与えたりしているとしっかりついてくる。

 

 やはり動物は癒しだ。すさんだ心が癒され、ステイルの財布が消費されて行く。

 

「清々しい朝だな犬!」

 

「わふっ!」

 

 同意してくれる様なゴールデンレトリーバー―――通称”犬”の声に頷きつつも、軽く頭を傾げてどうするか迷う。ぶっちゃけた話、操祈をぶっ殺そうとしている連中がいる、としか聞いていない。それ以上の情報はないのだ。元春も元春で、それ以上の情報はなく、大覇星祭が一番危ないとしか知らない。つまり、ここからは自分の足でどうにかしなくてはならない。となると張り込みと調査―――一番効率的なのは操祈の様子を見守り続ける事だ。

 

「ま、この格好ならバレない……だろうな?」

 

 ジーンズにシャツという恰好はそのまま、パーカージャケットを目部下に被って顔を隠している。ステイルに貰った認識阻害の魔術、それを魔人の能力で再利用している。周りの人間からは正しく此方を認識する事が出来ないだろう。今はその程度でいい。後は気配を殺せばいいのだろうし。足りないものは使える技術で補えばいいのだ。

 

「さて……どうすっかな」

 

 犬の頭を撫でながら考える。結局は操祈の監視、或いは護衛をするしかないのだ―――大体の事は操祈自身か、或いは彼女の派閥が機能するはずだ。それを抜けて殺すのであれば、正直同じレベル5か、もしくは特殊な訓練を受けた始末用の専用部隊ぐらいは必要になってくる。

 

「―――まぁ、十中八九アレイスターが俺を学園都市に連れ戻す為の嘘なんだろうけど、どんな些細な事でも操祈が死ぬって言われて動かない訳にもいかないしな、こればかりはしゃねーや。大覇星祭中は静かに護衛に回させて貰うとするか」

 

「くぅーん?」

 

「おー、よしよし。お前も行く宛がないか。俺と一緒に大覇星祭を観戦して回ろうぜ」

 

「わう!」

 

 やっぱ犬はいいなぁ、とその愛らしい姿に癒されながら歩き始める。この短い期間で学園都市の構造が変わっている訳がなく、そのまま記憶を頼りに大覇星祭向けの総合競技場へと向けて歩み始める。しっかりとその動きに犬がついてこれている事を確認しながら、まだ少し早い、朝の時間を歩く。

 

 と言っても、既に人の姿はまばらだが見えている。

 

 何だかんだ言って学生たちは楽しみにしているし、そして見に来ている入場者たちもこのイベントを楽しみにしている。ホテル街から離れて、競技場の近くへとやってくると、人の数が増え、そして入場しようとしている姿も見える。相変わらず派手に人が増えるなぁ、何てことを思いながら入口を見つける為に視線を逸らすと、

 

「中に入りたいなってミサカはミサカは思ったり」

 

「めんどくせェから駄目だ」

 

 幼女にタカられるしろもやし、という光景があった。しゃがみ、横から犬を抱きながら何時もの黒と白の上下の一方通行と、そして妹達(シスターズ)にしては異様に若い個体の彼女を眺め、無言でその光景をスマートフォンに録画を始める。

 

「みーたーいー! みーたーいー! とミサカはミサカは主張すーるーのー!」

 

「我がままを言うなよめんどくせェ。大体よォ、俺も立場的には学生だから見つかったら出場しろってウルセェんだ……よ……?」

 

 こっちへと一方通行の視線が向けられる。中指を掲げてこっちへ振り向くな、とサインを向けると不動のまま、ベクトル操作を利用した超高速スライド移動で一方通行が接近し、人差し指を突き刺してくる。それをスマートフォンを捨て、白羽取りの要領で掴むことによって直撃を背中を逸らしながら回避する。

 

「よォ、久しぶりじゃねェか、何時から見てたンだ? あン?」

 

「百合子ちゃんパパ―――いや、ママはミサカちゃんに優しいなぁ! 優しいなぁ! 大切そうに説得しちゃって優しそうだなぁ! へぇ! へぇぇ! へぇ!! 優しそうだなぁ!! ―――とりあえず美琴ちゃん辺りに送ってから通報するかこれ」

 

「前々から思ってたけど死ねよお前」

 

 一方通行のベクトル操作を乗せた超高速のラッシュを、時の加速を利用して上半身の動きだけで回避する。小さいミサカがナニアレ気持ち悪い、とドン引きしているようだが、これぐらいはいい感じにディスりあっているだけなので、全く問題ない。もしキレたとしても、それはキレた方が圧倒的に悪いのだ。

 

「つかテメェ、最近全く見なかったけどどこにいたんだよ。ぜってェ出てくると思っても姿消しやがって」

 

「ちょっと海外でナンパしてた」

 

「やっぱ死ねよ」

 

 はっはっは、と笑いながら、認識阻害の魔術が一方通行相手には普通に看破されている事実に気付く。レベル5には効かないのだろうか、或いは反射ではじかれてしまっているのだろうか。まぁいいや、と結論を投げすてながら小さいミサカの下へと向かい、拾い上げると肩に乗せる。

 

「おぉ、これは新鮮な視点であるとミサカは感動するの」

 

「おい」

 

「旅は道連れ世は情け、っつーだろ? これで四人パーティーを結成できそうなんだし、一緒に入ろうじゃねぇか、お菓子とかの費用は一番金持ちである百合子ちゃん持ちで!」

 

「さんせーい! とミサカは両手を上げて賛成の意をしめす!」

 

「あおーん!」

 

「犬までとか芸が細けェな」

 

 そこに感想を抱くのか、と妙なリアクションに息を抜きながらも、渋々といった様子で一方通行がついてくる。小さいミサカを肩に乗せ、犬を癒しの為に引き連れ、そして一方通行という財布を装備した今、この学園都市で恐れるものは何もなかった。きっと、今の俺であれば操祈の前に出ても大丈夫であるに違いない。

 

 

                           ◆

 

 

「ヤバイ、操祈超ヤバイ、アレ絶対怒ってるって。もう見て解る。戻ってきたって事を伝えてないのに俺が学園都市に戻ってきたって絶対わかってるって。ほら、見ろよ、あの笑顔、アレは絶対に笑顔のまま相手を殺そうって考えている笑顔だぜ? きっとこれからこの場にいる全員操って皆殺しを始めるに違いない……!」

 

「ビビリすぎだろ。どう見てもフツーだろ」

 

 大覇星祭の選手宣誓に操祈が、そしてもう一人、レベル5の第七位、削板軍覇が競技場中央で立っている。軍覇の事はどうでもいいとして、操祈の方は体のスタイルが良く解る体操服を着ている。ぶっちゃけるとエロい。あんな恰好でベッドの上にいたら一瞬で理性が蒸発するぐらいにはエロい。だってどこからどう見たって胸のサイズとか丸わかりのデザインなのだ。

 

 改めてデザイン関係に関しては学園都市は本当に天才だと思う。

 

 ―――ともあれ。

 

 ステイルとも、元春とも連絡は取っていない。連絡は来ていない。つまりそのままでいろ、という事なのだろうから好き勝手やらせてもらっている。

 

 横にいるのは犬、そして妙に丸くなった、と評価できる杖を持った一方通行、そして打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれる妹達(シスターズ)の固体だった。学園都市にいない間にまた妙なイベントが発生してたんだなぁ、なんてことを思いつつ、視線を競技場の方へと向ける。

 

 そこにはゲンナリとした表情で軍覇に存在感を完璧に喰われている操祈の姿があった。

 

「―――無事で安心した、って顔をしてるゼ」

 

「……まぁな」

 

 誤魔化す必要はない。実際その通りなのだから。操祈が無事で、学園都市を出る前と同じように思えて安心しているのだから。ただまあ、愛想はつかされているのかもしれない、何てことは思っている。それでもよかった。元気でエロい姿を見れたのは正直嬉しかった。危なそうな雰囲気は全くないし。少なくとも競技に参加している間は無事だろう、と思う。

 

「なんつーかなぁ、上の思惑通りになるのが嫌で飛び出したのに、結局は同じところをグルグルしているだけなんだよな。なんつーか、嫌になるわ。強くなっても結局はそれも計画通りで、戻ってくるしかなくて……おい、テンション下がってきたからなんか芸をしろよ。年長者命令だ」

 

「てめェふざけたことぉ抜かしてるんじゃねェよ。芸が欲しかったら黙って見てろ」

 

「丸くなったなぁ、お前」

 

「……うるせェ」

 

 一瞬で魔人になる事が出来た、渇望を思い出す事が出来たのだ。だったら一方通行だって、そんな出来事があったのではないだろうか。一切問いただす気にならないのはプライバシーを最低限考慮しているからなのだが。ちょっとだけ気になる。

 

 そんな事を思っていると、犬の背中に乗ってはしゃぐ打ち止めがはしゃぐ、その視線の先、競技場で大覇星祭の最初の競技が開始される。今現在いるのは中等部余殃の競技場、開会式だ。それが終わったところで第一種目である棒倒しが開催される。

 

「おい、お前の女のリモコン取り上げられているぞ」

 

「操祈……」

 

 開始前にリモンを取り出し、余裕の表情を見せていた操祈の手からリモコンが奪われる。大覇星祭のルールには関係のない道具の持ち込み禁止が存在したはずだ。操祈が能力の制御と管理にリモコンを使用しているのは事実だが、競技とは一切関係ないので没収は妥当だった。そもそも去年も同じように没収されてなかったか。

 

「アイツ、能力が複雑だからリモコンを通して整理しているんだよなぁ、リモコンがなくても別に問題はないけど、時間かかったり少し無差別になったり、周囲にいる人間一生発狂とかそう言う事に―――」

 

「駄目じゃねーか」

 

 そうなんだよなぁ、と項垂れている様子の操祈を見る。元気そうな姿は良いのだが、本当に彼女は狙われているのだろうか? 操祈が狙われる理由、その相手は大体予想がつく。操祈自身がどうにか出し抜こうとしている木原幻生も存在する事だし、その線で考えれば何人か操祈を狙っている人間を想像できる。だけど、実際問題として正面切って殺しに来るか? と言われると弱い。大抵は操祈の能力や、もしくはその研究成果が目的だ。だから操祈の命の方に興味はない筈だ。

 

 ―――やっぱり俺を学園都市に戻す為の嘘かこれ……?

 

 その可能性が考えれば考えるほど濃厚になってくる。だからと言ってまだ、操祈が死ぬかもしれないという可能性はなくならない。つまり、可能性を潰せばいいのだ。そしてその可能性をゼロにすれば、それで安心して学園都市を去る事が出来る。ならどうだろうか、学園都市に操祈を置く上で、操祈を害する事の出来る集団は何だろうか?

 

 まず暗部。

 

 次に学園都市の特殊部隊。

 

 そして木原幻生。こんな所だろう。

 

 ―――んじゃ、こいつらが戦えなくなるぐらいに疲弊させるか、皆殺しにすればいいか。

 

 もう一度操祈を眺め、取り巻き達と楽しく過ごしているその姿を確認する。心の底からそうなのかは解らないが、それでも操祈は楽しそうに笑えている。この短い刹那を全力で楽しんでいる。だとしたら、それを守る事に意味はあるのだろう。笑顔がある、それだけで自分にとっては十分すぎる理由なのだ。ともすれば、これ以上迷っている理由はない。

 

 降りかかる火の粉は―――その火の元は全て消し去る。

 

 どうせ相手はアレイスターの手駒なのだ、遠慮する必要は欠片もない。新たに手にした力で心のままに蹂躙すればいい。

 

 操祈を奪おうとするなら、相手も勿論大事なモノを奪われる覚悟もできているのだろう。

 

 能力を交えた某倒しの様子に打ち止めは興奮し、犬の上でかなり暴れまわっている。犬は犬でなんだか楽しんでいるようで、打ち止めの成すが儘に動き回り、落ちない様にバランスを取っている。それを眺め、軽くその風景を気に入ってから笑みを浮かべる。

 

「何気味の悪ィ笑顔浮かべてンだよ」

 

「いいじゃねぇか、別に。笑いたい時だってあるんだよ偶にゃあ」

 

「ふーん……」

 

 一方通行はそれっきり、興味を向ける訳でもなく、競技場の方へと視線を向ける。その穏やかな姿は前、美琴と戦った時とはまるで別人の様にさえ感じる。反省―――といかなくも、思う所はあるのだろう。これも成長なのかもしれない、なんてことを思いながら自分も競技場へと視線を向ける。

 

 ―――やる事は決まった、後は実行するのみ。

 

 水底の輝きを、刹那を奪おうとする者は、殺されてもしょうがないのだ。

 

 だから、一切の容赦もなく、徹底的に、

 

 蹂躙する。




 のぶのす君:戦士
  おいぬ様:戦士
ゆりこちゃん:戦士
ウチドメちゃん:アイテム

 究極の勇者パーティー(勇者不在)が完成された。もう何も怖くない。レベルと位階を上げてひたすら物理で殴れ。

 なお分解30分前。


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九月十九日-Ⅱ

 ―――殺しに行くって意気込んだところで居場所がわかるわけがない。

 

『つーわけで情報が欲しいってわけか。俺忙しいんだけど』

 

「知らんなぁ……」

 

『鬼畜ゥ!』

 

 元春に電話をした。しかし返事は芳しくない。それどころか背後からギャースカ声が聞こえる。やはり相当楽しんでいるのか、相当忙しいらしい。返事が若干おざなりになっている。仕方がないにゃあ、とネタを込めながら元春に返事をし、

 

「お前が超使えないのは解ったから通り魔するわ。とりあえず黒服を襲えばいいんだよな?」

 

『おい、マジ止めろよ、カミやんけしかけるからな。冗談じゃなくカミやんを放つからな! お前の周りでフラグ乱立しまくる光景を見るハメになるからな!』

 

 精神的にそれはかなり痛い。辛いわぁ、と呟きながらポケットに手を入れると、そこに何かの感触を感じる。取り出すそれは黄色の折り紙で折られた龍の折り紙だった。そう言えば飛行機の中で全裸に剥いたステイルに投げつける為の折り紙を元春と作成していたなぁ、なんてことを思い出しつつ、それをポケットの中に戻す。

 

「まぁ、いいわ。焦ってもしょうがない事だろうし」

 

『お、おう。まぁ、ぶっちゃけた話、お前の姿をチョロっと見せればたぶん、喰いつく連中は多いぜ。それに便乗する形でおびき出せば多少はたどれるんじゃないのか?』

 

「流石ツッチー、さっそく実行するわ」

 

『お前、一応今はイギリス清教っつーか必要悪の教会(ネセサリウス)の預かりなんだから、あんまり派手にやりすぎるな―――あぁ、無理か』

 

「おう、じゃあな」

 

 通話を終わらせて、スマートフォンをポケットの中に押し込む。学園都市だしこれ、盗聴されないかなぁ、と思ったりもするが、ぶっちゃけ盗聴されたら居場所を特定されるだけだし、聞かれて困る様な事は口にしていない。元春が二重スパイならこれぐらいはきっと許容されるだろうし―――きっと。つまり重要なのは自分がこれからどうするかだ。

 

 マラソンを始める競技場、完全に最下位を走る操祈を見てから視線を傍にいる一方通行と打ち止めへと向ける。視線に気が付いたのか犬が軽く吠え、背中から打ち止めを揺らす様にゆっくり落とし、横についてくる。それを見て打ち止めが首を捻る。

 

「どこへ行くの、とミサカは軽い疑問を投げかけてみたりする」

 

「星になるのさ」

 

「死ぬのかよ」

 

 一方通行の素早いツッコミに、段々と一方通行の普段の生活が見え隠れし始める。打ち止めと一緒にいる姿から、一緒に暮らしているのかもしれない。そしてもしそうだとしたら、まぁ、一方通行の丸い姿にもなんだかんだで理由が見えてくる。自分には全く関係のない事だが、これはこれでいい事ではないだろうか。顔には出さない様に笑みを浮かべながら、結構いい時間に入っているなぁ、と思いつつ立ち去り始める。

 

 その背中に一方通行が声を投げてくる。

 

「ンで?」

 

「ちょっとゴミを捨ててくるだけよ」

 

「そーかい」

 

 それ以上一方通行が言葉を送ってくる事はなく、競技場の外へと歩く。その横には最近増えた同行者、というより同行犬である”犬”が存在する。こいつ、このままでいいのかなぁ、と思ったりもするが実際どうでもいい感じなのでサクっと頭の中から排除する。とりあえずは”釣り”をする方向で進めよう。アレイスターのプランなんて知った事ではない、という勢いで暴れておかないと色々と気が済まないのだ。

 

 だからと言って普通に暴れるとそれはそれで一般人に対して迷惑がかかるのだ。

 

 面倒な話だ。そんな事を思いながら競技場の外へと出る。そのまま被っているパーカーのフードを脱ぎ、そして認識阻害を解除する。これで普通に人やカメラに正しく自分の姿が認識される様になる。ただそれでも、すぐさま相手が来るわけではないだろう。もっともっと、しっかりと相手が食いついてくれるように、しっかりと歩き回って存在をアピールしないといけない。

 

「っつーわけで、ツッチー達の苦労を肴にどっかでメシを食うか?」

 

「わんっ!」

 

「いい返事だ。気に入った。高級ドッグフードを用意してやる―――ステイルの金で」

 

「わおーん!」

 

 そうか、嬉しいか、やっぱ他人の金で喰う飯は美味しいよな、という感想を犬と共有しながら学園都市の中を歩き始める。この後自分が行うであろう狩りのプランを素早く脳内で構築しつつも、瞬間瞬間を大切に、どうやって楽しむかをも考える。必死になるのもいいが、それは余裕を失っているだけなのだ。だからじっくり、冷静と余裕をもって、

 

 効率的に確実に殺す。

 

 

                           ◆

 

 

「……はん」

 

「どうしたの、とミサカは首を傾げながら可愛らしく聞いてみる」

 

「なんでもねェよ」

 

 打ち止めの額を軽く指で叩き、弾く。ぐわぁ、と声を上げながら床に転がる姿を見て、軽く手で掴んで持ち上げる。別に汚れるのは打ち止めの勝手だが、それでこっちまで貧乏臭く、あるいは汚らしく見られるのは非常に嫌だ。だから汚れが付く前に片手で掴んで持ち上げ、そのまま横の椅子に座らせる。打ち止めは気になる様でミサカはミサカは、とアピールして来る。このまま放っておいてもいいが、打ち止めのうるささを考えると此方で折れていた方が早い―――反射の能力を好きに使うにはある程度機嫌を取っておいた方がいいから。

 

「ち、変わったな、って思ったンだよ」

 

「どう変わったの? とミサカはネットワークにアクセスしてログを確認しつつ聞いてみるの」

 

「キレてやがる」

 

 そう告げると、ほえ、と呟きながら打ち止めが首を傾げる。説明する事になるから言いたくはなかったのだ。だから軽く溜息を吐き、手を上げて近くで販売を行っている者を呼び寄せ、売っている缶珈琲を購入する。それを開け、口を付けて満足感を得る。やっぱり珈琲だこの味は。いい。カフェインではなく珈琲、これだけが今の生活で心を癒してくれる。コーヒー中毒である自覚はあるが、これだけはどうしようもない。

 

 ともあれ、

 

「言っておくけど俺は学園都市の暗部を”それなり”に知っている。ンで、そいつら特有の空気とかに触れてる訳だがよ―――まァ、今の馬鹿はそういうのに近ェ空気してる訳だな。殺す、許さねェ、奪われるか、死ね、そういうドロドロした感情を表情の下で凝縮してやがる。あンまし関わって愉快じゃない連中の特徴だよ」

 

「ログを閲覧してみるともうちょっと好青年だった筈だとミサカは確認するんだけど」

 

「そうだなァ」

 

 そうだな、と思う。

 

 何だかんだでジャンルとしては好青年に入って行ったのではないだろうか? 人の生き死には敏感だったし、それでも殺意と敵意を煮詰めた様な感覚の持ち主ではなかったはずだ。ああいうのは余程のを持てるような人間ができる事だ―――上条当麻(ヒーロー)側の人間が持つべきものではない筈だ。御坂美琴と一緒に助ける為に戦っていた男がなぜ?

 

 そこまで興味があるわけではない。

 

 それに自分の様に敗北を契機に、大きく変わる事だってあり得る。今の自分だって戦闘時間は十五分程度しか出来ない。それだって打ち止めやミサカネットワークそのものを守り続けるという前提条件が付いてくる。あまり、大っぴらに動けば妹達(シスターズ)に危険が及ぶ。そうなると色々と困るのは自分だ。

 

 つまり動かない。動けない。興味はない。関わらない。

 

「ま、どうでもいいな」

 

「なんだか自己完結して知っている事にミサカはなんだか疎外感を感じる事を主張するのー!」

 

「疎外感を感じてどうするんだよ。結局の所かかわりはしねェんだから納得しておけ」

 

 再び軽く打ち止めの額を叩いておく。それに痛がって今度は椅子の上で転がる打ち止めから視線を外し、珈琲を飲み直しながら視線を競技場の方へと向ける。

 

 そこには常盤台中学所属の女子達の姿が見える。女子校なのだから男子が混じっていたら相当恐ろしい事態なのだが。ともあれ、常盤台にはレベル5が二人存在する。御坂美琴(レールガン)食蜂操祈(メンタルアウト)の二人だ。しかし注目するのは打ち止め等に関係のある美琴の方ではなく、自分とはほとんど関係のない操祈の方だ。あの男、名前は忘れたけど時間を操れるあの男、彼の女だ。

 

 ―――アイツ、ロリコンか?

 

 そんな事を言ったら何故かブーメラン扱いされそうなので絶対に口には出さないが、あの男と彼女の出会いはどんなものなのか、少々気になる所はある。まぁ、気になる程度の話だ。実際どうかする事は一切ないのだが。まぁいい、どうせ自分に関係ない所で暴れるならそれでいい。レベル6、能力者としての至高の頂にはもう、さほどの興味はない。ミサカネットワークの補助が必要な体になってからは、そういう強さに対する執着はすっかり消えてしまった。

 

 燃え尽きたンかねぇ。

 

 自分の事はそう評価している。少し前に馬鹿を一人吹き飛ばしたが、それも結局はミサカネットワークを、妹達(シスターズ)を守るための行動だ。自分から、能動的に力を求める様な事や、この状況から回復するような行動は一切取っていない。そう考えると、やはり最弱(上条当麻)に敗北してしまったことで一種の燃え尽き症候群に陥ってしまったのかもしれない。

 

 ……まァ、どうでもいいか……。

 

 しばらくは打ち止めと、そして下宿先で穏やかな生活を、求めるのはそれだけだった。しかし、目の前に嵐が迫っているのもまた事実だった。どっかの計画か、或いは巻き込まれたのかもしれない。利用されるのは非常に癪であるため、その場合は能動的に潰しに行動を始めなきゃならないのだが、それまでは受動的に動けばいいだろう。

 

 そう結論し、そして思考を落ちつけたところで、あ、そう言えば、と打ち止めが口を開く。

 

「なんでノブノブは木原なんかと一緒にいたのだろうとミサカはミサカは疑問に思ってしまったり?」

 

「は? 木原?」

 

 聞き返すと打ち止めが胸を張る。

 

「木原一族とは即ち学園都市に存在する五千人を超える超! 巨大―――」

 

「キチガイ一族だろ」

 

 うえぇ、と言う打ち止めは無視し、木原と呼ばれる最悪の一族の事を思い出す。

 

 人間は何事をするにしても、リミッターというものを所持している。精神的、肉体的、発想の、そういうリミッターが存在している。木原一族の大半は学園都市で研究者をしており、その価値観は精神的に及び発想的にリミッター解除を受けた様な状態であり、人が躊躇する事を鼻歌交じりに超越する。一切のブレーキが存在せず、研究の事しか脳には存在しない、そのキチガイ集団が木原一族と呼ばれている。

 

 レベル6になる為の絶対能力者計画、これにも勿論木原が関わっていた。

 

「おい、木原がいたってどういうことだ」

 

「あの演算装置を外付けしている犬は木原脳幹であるとミサカはミサカネットワークから少ない情報を洗い出して報告するよ? ただ名前以上は全く分からないけど」

 

「……まァ、俺には関係ないな」

 

「えー」

 

 バンバンバン、と打ち止めが椅子を叩いて存在感を主張するが、あの男には優しくする義理も義務もないのだ。それに、自分よりも年上で、自分の問題はどうにかできるタイプの人間だ。アレコレ教えたところでどうにもならないし、質問するような間柄でもない。

 

 故に無関係、無問題。何かやろうとすれば頑張れ、特に応援はしないけど。そんな心境で木原脳幹に関して忘れる。それを打ち止めはつまらないし、仁義に則らないと言うが、ぶっちゃけそのぐらいが平和に暮らすにはいいと思う。

 

 とりあえず、

 

「おい、アイス食うぞ」

 

「ヒャッハー! と嬉しさのあまりミサカは世紀末化してみるの!」

 

「なんでもいいから世紀末化はやめろ」

 

 溜息を吐きながら、休日に娘を連れてきた父親の気分はこんなもんか、と半ば打ち止めに関して諦めながら近くの販売員からアイスを購入する。

 

 どう足掻いても荒れるのは目に見えているが、それから隠れればいいだけの話だ。

 

 それだけだ。

 

 平穏は破られない。




 音楽性の違いで解散しました。

 ロリコンというよりは父性に目覚めてしまった白もやし。

 次回、リドなんとかさん、星になるかもしれぬ


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九月十九日-Ⅲ

「たとえば、だ。これから起こりうるすべての出来事を体験していたとする。確かに、それは何とも退屈な事であろう。何とも生きがいのない世界であろう。この先を知っている、経験している。それは即ち人の生きる意味である事の一つ、未知を既知へ変えるという作業が存在しないという事ではないか? 成程、それはつまらぬだろう。生きる意味の一端がないのだ。何かを苦労して成したとして、達成感の代わりに発生するのは既知感だ。あぁ、やっと終わった! だけど実はもう終わらせたことがあったんだ! なんともつまらない事だろうなぁ―――」

 

 隻眼の魔神は一切の笑みを崩す事もなくそう言っていた。観客は一切存在しない。学園都市を一望できる超高層ビルの上で、人類には知覚不能な次元から、見下す存在として君臨していた。どんな生物であれ、次元が違う存在を知覚する事は出来ない。出現すればその存在感だけで虐殺を引き起こしてしまう魔導の覇者は笑みを一切消す事なく、存在しない、否、唯一、この場で知覚出来るもう一人の覇者へと言葉を送っていた。

 

「クソだな。正しくクソ。糞。Shit。クソとしか表現できない根性だな。アレだな、貴様、脳がやられているんじゃないか? ん? まぁ、そうでもなければ彼をこの程度の児戯にしか使えないのは辺り前か。まぁ、もう一度言ってやろう―――貴様、クソだな、と」

 

 一切の笑みを消す事なく言い切り、

 

「そもそもその程度がどうした。もっと大事なモノがあるのではないか? 日常生活で既知を感じるのは当たり前だ。何故なら人は生きているのだ。生き、そして生きながら朽ちて行くものなのだから。既知が溢れるのは自然の道理だ。つまり死ね―――死んでしまえ、それだけの話だ。死ぬべき時が来たというだけの話だ。私も、貴様も。死ぬべき時がそこにある、ならそれを喜んで受け入れるべきなのではないか? まぁ、私もそこまで貴様の事を言えないかもしれないがな」

 

 苛烈に、何処までも自分勝手の理屈を魔神は展開していた。他人に受け入れられないのは百も承知。だがそんな事は関係ない。自分が正しい。自分こそが正しいのであって、間違っているのは世界でしかない。世界に対して違和感を感じるなら、それは世界が形を間違えてしまっているからだ。だから自分の想う(狂信)世界に対して間違いは存在しない。盲目的とも、悪逆的とも評価できる。

 

 しかし、一切の悪意や敵意は存在しない。殺意も存在しない。そこにあるのは愛。それのみ。

 

 それが隻眼の魔神と他の超越者を有象無象の様に区別させる、最大にして唯一の要因だった。

 

「そう―――私は人類を、愛している。無論、貴様も愛しているぞ、私は」

 

 そこに一緒にカフェへと行き、気が合い、一緒に食事をとった相手がいるだろう。隻眼の魔神は相手を愛し、そして笑顔のままその相手を殺すだろう。笑いながら、抱擁する様に殺す。それが隻眼の魔神には可能だった。それには一切の迷いも間違いはないと断言できる。それでいて魔神の愛は、それだけで魔人へと至らせる熱量を秘めている。

 

「なあ、どうなんだ、貴様は。クソの様だと評価してやるが、それでも貴様の奮闘は愛おしいと思うぞ。あぁ、そうだ。貴様も貴様で、目的があるのだろう。既知感の打破等その一環でしかないのだろう? もっと大きな事を成そうとしているのだろう? 私にはその価値観を理解してやる事が出来ない。だけどきっと、それは黄金の価値があるのだろう、お前の中では。私はそれを認めよう」

 

 価値は解らない。だが大事にしているのだ、それは認めよう。その黄金の価値はその者自身にしか解らないのだから。それはそうだ、世界は完結しているのだから。無理に理解してもらう必要などない。それはそれ、これはこれ、その程度を扱う良識はある。ただ、

 

 絶対に譲れない価値観が存在する。揺るがない信念が存在する。怪物としか表現できない心がある。

 

「渡さんぞ、勝つのは私だ。宿願を果たすのは私だ。それは絶対に譲らん」

 

 この先の出来事をまるで理解しているかのように、それを隻眼の魔神は言い切った。返ってくる音のない言語に満足そうに魔神は笑みを浮かべる。

 

 結局、人のあずかり知らぬ領域に立つ存在を理解できるのは同じ存在の身になる。言葉を通してある程度理解する事は出来るが、どう足掻いても限界が来る。狂気は同じ領域の狂気を抱いたものにしか理解が出来ない。故に理解を考える事そのものが無意味な領域に魔神はある。故にこそ、通じ合うものが魔神と、そして魔神と語り合う存在にはあった。

 

 ―――学園都市、午後。

 

 ゆっくりと日が沈み始める。時が来るっているなど当たり前だ。段々と明るかった空は夕暮れの色に染まり、そして少しずつ闇の色に染まり始めている。異なる時間軸から神の視点を通して展開されている物語(茶番劇)を覗き見る。今、この場で起きている大きな事件は一つになる。それは科学サイドと魔術サイドで協力し、解決する事の経験を上条当麻へと与える為の事件であり、魔人の話し相手が組んだ物語(茶番劇)の一部だ。夜に近づくにつれ、彼らの奮闘は段々と熱を帯び、そして燃え上がる様に魂を見せている。

 

 素晴らしい。愛おしい。頑張ってくれ。そう魔神は思っている。たとえそれが仕組まれた茶番劇であろうが、それを知らぬ役者は、まさしく全力で、そして本気で向き合っているのだ。それは何とも愛らしく、そして美しいものなのだろうか。善であれ悪であれ、全力で努力する姿は美しいものである。故に魔神は愉悦の笑みを浮かべる。

 

「では、一局、相手を願おうか。何、やる事は何時も通り。変わりはしない。好きなだけ物語(茶番劇)を進めるが良い。だが私は(最愛の人)を唯一の駒として動かさせて貰おう」

 

 ほら、と隻眼の魔神―――オティヌスは嗤った。

 

「未知を見せてやる」

 

 嗤っていた。

 

「役者が良ければ至高―――あぁ、台本が陳腐であっても役者さえよければいいか。そのクソの様な理論が正しい事を実証してやろう」

 

 そう言って、歯車の動きを狂わせた。

 

 

                           ◆

 

 

「―――らぁっ!」

 

 声を響かせながら短針の処刑刃を息を込めながら振るう。路地裏を震えながら抜けて行く短い咆哮に一切の意味はない様に思え、やっている事は力を練り、呼吸を通して刃に力を乗せる事。通常の人間であればそれで斬鉄をする程度の破壊力を得るだろうが、魔人となればそれは桁違いの力を得る。たとえ手加減しているとはいえ、刃の一振りで路地裏に集まっていた黒服の存在を十人ほど一瞬で斬殺し、肉塊にする程度の威力は備えている。時間の負荷による行動の制限。超人的な反射神経、そして圧倒的な暴力。普通の人間であってはそれを耐える道理等ない。

 

 能力者であっても、時の負荷を覆す事が可能ではない限り、ただの狩られる存在でしかない。

 

 故に狭い路地裏に生まれたのは血と肉の花。戦うためにやってきた相手が知覚できる前に破裂して死ぬだけの惨劇であり、そして地獄。戦うためにやってきた筈の心は一瞬で折れる。逃げる為に動きだそうが、死ぬと気付く前に殺される。時が引き延ばされる空間ではひたすら抵抗も戦闘も逃亡も、そして覚悟すらも許されない。そうやって一方的に釣った獲物を狩り殺し、肉塊に変えて屍を晒し続ける。

 

 そこには一切の興味も迷いもない。見える的は全て殺すのみ。

 

「俺を捕まえる、或いは殺す、害するって決めたんだろう? なら同じことを仕返される覚悟ぐらいあるんだろう? リターンにはリスクがあるってぐらいは理解しているのか? まぁ、全体的にご愁傷様って事で」

 

 そう言って更に刃を振るう。命乞いすら出る事のない速度で人が死んで行く。あえて表現する様ならごみの様に、という言葉が一番しっくりくる。そうやって人の四肢が千切れ飛び、ただの肉と変化して行く姿を眺め、それが増えて行く姿に安堵を覚える―――そう、殺せばいい。殺し続ければいい。敵がいなくなりさえすれば、安心して学園都市から離れる事が出来るのだ。第一、

 

「俺を追いかけたって事は敵でいいんだよな。いや、そもそも俺を追いかける様な連中って敵しかいないし。一応女だった場合は常盤台かどうかを軽くチェックしているし。そうじゃなかったら操祈の知り合いじゃないだろうし、死んでも別にいいよな、勘違いさせた方が悪い」

 

 間違っているかもしれない―――いや、正しい。

 

 どんなに間違っていようと、それを正しいと認めるのが魔人の精神性なのだから。

 

 故に踏み込みながら更に追撃をかけて行く。範囲外にいる存在を巻き込む様に遅延の世界に引き込み、追いかけて刃を振るって殺す。一人たりとも逃しはしない。逃してはならない。逃せば、それだけ守りたい人が死に近づいてしまう。漸く見つけた敵なのだ。皆殺しにしなくてはならない。

 

 そう思い、短く咆哮しながら再び刃を振るい、そして血肉の破片を宙に舞わせる。

 

 そうやって一方的な処刑を何度も何度も繰り返し、気が付けば自分以外の全てが血で真っ赤な猟奇的な殺人現場が出来上がっていた。死体も途中から肉塊ではなく、首が綺麗に切り落とされただけの死体となっていた。無意識に、更に何かに到達しそうな気配を頭を横に振る事で振り払い、そして刃を消し去る。魔人になって色々と便利になったものだ。そんな事を思いながら振り返ると、

 

「わふっ」

 

「お前……まだいたのか」

 

 演算装置を装着したゴールデンレトリーバーが死体を避ける様に近づいてくる。片膝を下につけながら抱き込む様に犬を抱き、そして軽く溜息を吐く。

 

「お前もこんな血の強い場所でついてくるなんて物好きだな。ま、大丈夫さ。この程度で傷を負うわけがないし」

 

「くぅーん」

 

「おいおい、顔を舐めるなよ。全く」

 

 こやつめ、と軽く笑いながら空を見上げる。

 

 ―――何時の間にか、夜空には花火が上がっていた。

 

「たーまやー―――ってこんな場所で風勢も糞もねぇな」

 

「わうぅ……」

 

 犬の口の中に葉巻を叩き込んでおきながら、立ち上がり、空に咲く花火の姿をしばらく、無言のままで眺めている。去年の今頃、この風景を操祈と共に眺めていたものだ。しかし、今はこうやって、死体と血に囲まれて、一緒にいるのは犬が一匹だけ。

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 そのまま無言で空を眺め、そして空から花火が消えるまで、動くことなくずっと空を見つめている。

 

 花火は嫌いじゃない―――寧ろ好きだった。

 

 短い時間に美しさの全てを咲き誇らせる花火は、まるで人の一生のように思えたから。たった短い一瞬の為だけにその全てを捧げている。そういう人生を歩みたい。そして全力を捧げたその刹那を、永遠のものとしたい。それだけ。その程度の人生なのだ。

 

 間違ってはいない(間違いが解らない)

 

「さて、釣れたのはこの程度か。多く見るべきか、少ないと見るべきか。原子崩し(麦野沈利)もいなかったし、本気じゃねぇって事だな。んじゃあまだ殺す必要があるな。やれやれ、あと何人殺せばいいんだ」

 

「わんっ!」

 

 犬が何かを咎める様に強く吠える。それに対して軽く肩を振る。

 

「もしかして気を付けろって? やり過ぎじゃないか、って? まぁ、少し前まではそう思ったかもしれないけど―――」

 

 止まらない。

 

 いや、止められないというのが正しい。

 

「なんちうか、渇望を思い出してから、心を焦がす感覚があるんだ。それと比べると世の中の何もかもが軽く見えてしまう。いや、そんな理屈は正しくはないってのは思ってはいるんだけど、それでも自分の方が法則よりも何よりも正しい、って強く胸の中で思ってしまってどうしようもないんだよなぁ……」

 

 だから、どうしようもなく人の命が軽い。

 

 俺の刹那と比べて等しく軽く感じてしまう。

 

 昔の俺だったらまず間違いなく、殺して解決なんて事を思いつく事は出来ても、実行する事は絶対になかった。まるで、人格が変わって行く様な、そんな感覚を今は受けている。だけど確かにそうだ。魔人に至るほどの、法則や常識をぶち破るほどの思いを抱いて、

 

 ―――そのままでいられるはずがない。

 

「ま、走り出したら一周するまでは止まれないんだ、何処までも駆け抜けて行くしかないんだ―――」

 

 そう思いながら宿を探す為に歩き始めようと、視線を空から下ろす。花火はもうないが、大通りの方から人の声がたくさん聞こえる。今頃ナイトパレードの真っ最中だろう。どうだろうか、元春から一切電話が来る事はなかったが、ちゃんと仕事をこなす事は出来たのだろうか? ステイルの体力が超貧弱である事は確かだが、途中でバテていないだろうか? あの二人は自分以上にプロフェッショナルな所がある、きっと確実に仕事をこなしているだろう。

 

 更にズブリ、と戻る事の出来ない道を歩んでしまっている。その事を自覚しながら歩き出そうと足を踏み出し、

 

 ―――気配を察知する。

 

「おいでなすったか」

 

 もう増援を送るとは手間が省ける。そんな事を思いながら短針の刃を取り出し、握り、そして路地裏に入り込んできた、此方へと向かって来る気配へと向けて、待ち構える様に刃を構える。

 

 出てきた瞬間に殺す。

 

 そう判断し、路地裏の角から相手の姿が出てきた瞬間、踏み込みながら遅延の波動をぶつける。それは誰にも否定できず、抵抗もできない世界で、

 

 ―――それが音を立てて砕ける。

 

「え?」

 

「あぁ?」

 

 出てきた相手が影にいるせいで良く見えないが、お互いにそんな素っ頓狂な声が出た。だけどその程度で動揺はせず、そのまま無常に人を斬殺した刃の暴威を正面、影の中の相手へとぶつける。

 

 必殺の刃は空間を切り裂きながら突き進み、そして影に入ったところで硝子の割れるような音と共に砕け散った。

 

 その渇望が、幻想であると証明するかのように。

 

 瞬間、誰を殺そうとしていたのかを自覚し、

 

 吐き気を抑えながら下を蹴り、壁を蹴り、そして空へと逃げた。

 

 逃亡する直前に、影の中から手を伸ばす様に、月光に照らされる少年の姿を目撃し、自分が何を、どうやって、どうしようとしていたのかを、ビルの上に転がる様に着地しながら思い出す。

 

「―――当麻を殺そうとしたのかよ、はは……」

 

 屋上に一人で転がりながら、呟く。馬鹿だ。でも、当麻だと確認するその瞬間、邪魔者は殺せばいい。そう思っていて―――相手が当麻だったからこそ殺さずに済んだのだ。

 

 自分の目は今、濁り切っているんだろうな、という事を自覚しつつ、目を閉じて言った。

 

「―――最悪だな」

 

 どこかで、誰かの嘲笑うような声が聞こえてくる。




 リドなんとかさんは生き延びた模様(スカイダイビング確定

 渇望なんてものが急に芽生えたら、そりゃあ強い思いなんだから、少しずつ歪んでいくのは当たり前だよね、という流れ。

 リアル人間でチェス開始。果たしてプロットは息をしているのか。

 オティヌス狂乱可愛い


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九月二十日

「クソ……」

 

 軽く頭を抱えながらそんな事を呟く。元春やステイルから連絡の入るスマートフォンに関しては煩いので握りつぶしてしまった。結局、当麻の姿を目撃してからは一睡もできず、再び朝日が昇っている。その事にショックを受けていても、芯は揺らがない自分がいる。絶対にブレない価値観が存在する。そう、こうしなきゃ誰も守れないのだ。だったらこれで間違っている事はない。間違っていてはならないのだ。

 

 だからこれでいいんだ。今更他人の評価とか知った事かよ。

 

 朝日が昇り、大分時間が経ってから漸くそう結論を出して開き直る。寝る為に使っていたビルの屋上から飛び降りて昨夜とはまた別の路地裏に着地する。血も屍の臭いも存在しない、普通に臭いだけの路地裏に着地した事に何故か安堵を覚えつつも、軽く息を吐き、表通りに向かおうとしたところで、

 

「ばうっ!」

 

 振り返る。

 

 快活な咆哮を送ってきたのは演算装置を装着したゴールデンレトリーバー―――犬の存在だった。ここ最近ずっと一緒だった犬だが、まさか昨夜からずっと追いかけていたのだろうか? だとしたらご苦労様、と労うしかない。苦笑しつつ犬の頭を撫でて、一人と一匹で学園都市の表通りに出る。大覇星祭二日目という事で、前日よりも通りにいる人の姿は多く見える。初日は外部からやってくるしか手がないが、今日は昨日から泊まりで学園都市にいる人も存在する。故に昨日よりも人は多い。最終的に、大覇星祭最終日には凄まじい数の人がいるだろう。

 

 歩きながら開いている露店から見えない様に帽子を一個盗み、それを被って歩き続ける。昨日は皆殺しにしたから多少のメッセージが”敵”には伝わった筈だ。それらは間違いなく自分を狙って来る。それを認識しつつ、彼らがやってくる方向へと向かい、そして狙うような集団そのものを殲滅するのが一番良いだろう。

 

 それとも、

 

「―――直接狙うか?」

 

 そう言って睨むのは学園都市に存在する”窓のないビル”と呼ばれる建造物。アレイスターが存在すると言われている場所であり、あそこへと乗り込めばアレイスターへの直接攻撃が可能となる―――間違いなく勝てないが、それでも成せる事は多い。それを考えると乗り込むのも悪くはない。ただ、やはり優先順位的にはどうしても下がってしまう。一番重要なのは操祈の安全確保だ。

 

 となるとやはり、

 

「木原幻生を殺すしかないな」

 

 老人と表現していいのが木原幻生という男ではあるが、長い年月を学園都市の暗部で経験した事を含め、膨大な経験を体に秘めている。故に突発的な状況や策謀に対して恐ろしく強く、殺す為には一方的に奇襲して殺すのが一番効率的だと思える。まぁ、つまりは自分の様に超強力な怪物で一気に、計算も計画もする暇なく殺してしまえばいいのだ。

 

「木原幻生の居場所は■■■■(第六十四研究所)―――ッ」

 

 口から漏れた言葉に違和感と脳の痛みを感じ、軽く片手で頭を抑える。犬が心配そうに頭を足に擦り付けている為、その頭を軽く撫でて安心させる。言葉を話そうとして出てきた言葉は自分の知らない言語、ノイズとも呼べるものだった。しかし、それからは確かに、木原幻生の居場所が漏れ出ていた。そんな知識が自分にはない筈なのに。間違いなく既知感、或いは干渉を受けている。しかし、それは今、好都合だった。

 

 居場所が解るなら殺しに行けばいい。それだけの話だ。そうと解れば行動は早い。どの学区に目的地があるかは既に思い出してある。故に後はそこへと向かい、

 

 処刑するだけだ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ま、こんなもんだろ」

 

 包帯だらけの体、本来なら入院していた方がいいのだろうが、回復魔術を受けた事、そして学園都市の医療技術のおかげで歩き回る程度だったら一切の問題なく行動が出来るレベルにはなっている。そんな状態では勿論、大覇星祭には参加する事は出来ない。だから体操服姿でサングラスを装備し、仕事に仕えそうな道具を小さいポケットに突っ込み、スマートフォンを片手に学園都市内を歩いている。

 

「ステイルとカミやんは追いかけたか。まぁ、そりゃそうだよな。何だかんだでダチだって言ってるし。ここで見逃したらダチとしちゃあ名折れって訳だよな。なんだかんだでステイルの奴も甘いな。いや、インデックスの件を見れば甘いのは解っていたことか」

 

 鼻歌交じりに学園都市を歩きながら、スマートフォンに出てくる情報を処理する。普通のスマートフォンに見えるが、実のところは学園都市製の中でも更に特別にチューンされた、超特殊仕様のスマートフォンになる。防弾だし、防水だし、帯電性だって高いし、放射能にだって強い。色々と素敵なスマートフォンだ。

 

「んじゃ、ま、俺は適当な所でサボらせてもらおうっと」

 

 そう言って、適当な広場の適当なベンチの上で、スマートフォンを片手に座る。もうこれ以上歩くのは面倒だ。仕事するのだって面倒だ。大体昨日、本気で頑張ったのだから、今日は休んでも許されるはず。大体自分はどちらかというと反射神経の人間だ。自分から動くのが間違いなのだ。というわけで、

 

 ふぅ、と軽き息を吐きながらスマートフォンで通話を開始する。

 

 相手は、

 

「―――あ、もしもし? 初めまして陰陽師で博打好きのシスコンなんだ―――うああああ!? 電話切らない! 切らない!」

 

 ほら、

 

「彼氏が今学園都市にいるらしいって教えるからさぁ!」

 

 

                           ◆

 

 

「おい、ステイル」

 

「……こっちで会っている……筈だ」

 

 偶に地面に触れては魔術を使用し、ステイルは道を確認している。魔術に関しては全く理解できないが、とりあえず右手で振れてしまうとおじゃんになってしまう事だけは理解できている為、常に数歩後ろを歩く事を心掛けている。心が若干焦っている事は認めるが、だけどそれを認めざるを得ないぐらいには驚きが自分にはあった。ステイルが立ち上がり、再び歩き出す事を確認しながらその後ろをついて歩く。

 

 ―――信綱。

 

 しばらく会っていなかった友人らしき人物の顔を思い出す。ある日急にいなくなった、と思ったらイギリスにいると元春に言われたために驚いた。イギリスにいるって事は魔術にでも関わっているんだろうなぁ、何てことを思った。元々魔術の畑の人間だったのかもしれない。少なくとも、彼に関して深くは知らないという事実がある。いや、正しく言えば”知っていた”が正しいのだろう。

 

 上条当麻は過去を失っている。

 

 気が付いたら過去を失って病院で目覚めた。それが今の自分の始まりだった。その後に出会ったのがインデックスで、医者の先生で、元春を含めたクラスメイト達と、そして信綱だ。気付けばするり、と入り込んでいたという印象がある。気安い奴で、能力の開発を頑張っていて、そして魔術の勉強もしていた。そんな感じになんかいい空気吸ってたヤツ。それが信綱。

 

 なお最近厨二病に目覚めて改名したらしい。可哀想。

 

 良く考えればそこまで深く知っている訳じゃない。と言っても深く事情や背景を理解しているのはインデックスと美琴と、最近助けた数人ぐらいだ。良く考える女性の比率が多めだが、そう言う事もあるんじゃないかと思って軽く受け流す。ともあれ、昔知り合って、そして助けた相手らしい。まぁ、その程度だが、友達なのだ。

 

「一切見捨てる理由にはならねぇよ」

 

「こっちだ」

 

 ステイルが指差し、そしてその方向に従って移動する。段々とだが学園都市の人気の多い場所から離れ、そして人の少ない、研究所の多い区画へと移動する。ここまで来るとなると、やはり信綱が研究所を襲撃している可能性が高くなり、そしてまた、人を殺しているであろう事実に対して顔を歪めるしかない。どうしても昨夜、目撃してしまった凄惨な殺人現場を目撃してしまった為、嫌な気持ちが胸に浮かび上がってしまう。

 

 アレはもはや殺人と表現する事は出来なかった。

 

 あえて表現するなら処刑という言葉が近かった。死体も多くが首を刎ねられており、一方的に殺されているという状況を証明していた。一切の戦闘を感じさせないその現場は、一方的な処刑だった。ただの慈悲もなく、流れ作業の様に殺す。それだけの現場だった。それを見て胸に感じたのは吐き気や恐怖よりも、

 

 ―――情けなさだった。

 

「ふぅ、ここだな」

 

 そう言ってステイルが足を止める。その視線の先にはやはり、研究所の姿があった。静かで、一切人気のしない研究所を前に立ちステイルは少し、警戒する様にそう言葉を継げた。ステイルの声に合わせて件の研究所の方へと視線を向ければ、警備員の姿も、そしてそれに出入りする人の姿もないのが見える。歩いて研究所の方へと向かおうとする姿を、ステイルは肩を掴んで引き戻した。

 

「うぉぉ、ととと、何をするんだよ。アイツが中にいるなら―――」

 

「非常に癪に障る事だが、おそらくこっちでは知覚する事さえできない。君だけが、対等に戦うための状況へと持ち込めるという事を忘れないでくれ」

 

「……? あぁ」

 

「じゃあ、覚悟は出来たな? 行くぞ」

 

 そう言うとステイルは先導する様に歩き出す。その背中を追い、追いつく様に横に並んで研究所の正面へと回ると、そこには閉じてある鋼鉄の門が存在する。どうやって抜けようか、等と考える前にステイルが炎剣を取り出しており、それで扉を焼き切っていた。素早い行動に軽く引きつつも、ステイルの後を折って素早く研究所の敷地内に入り込む。

 

 そこには昨夜と同じ、凄惨な処刑場が広がっていた。

 

 研究所の前の空間はそう広くはない。広さで言っても、せいぜいバスケットボールのコート程度の広さだろう。だがその空間は、まるでペンキをぶちまけたかのような赤色に染まっている。おそらくがガードに出てきたドローンの類、それが綺麗に一撃で両断されており、その近くには首のない死体が遠くに首を転がせており、顔に驚きの表情を浮かべる事もなく死を証明していた。

 

 死、圧倒的と言える死がここには満ちていた。その色しかここには見えなかった。いっそ芸術的と表現できるほど、ここにいる存在の姿は綺麗に殺されている。死んだ瞬間は日常の一ページを切り出したかのような姿で、死ぬその瞬間まで日常生活を、ここでの警戒を行っていたのが解る。

 

 まるで時を止めたまま死んだかのようだった。永遠の形がここにはまた一つ会った。それは即ち、死。死ぬ事。死ぬ事でその形を永遠にしてしまっている。それがここに見事な形として存在していた。昨夜同様、吐き気よりもその異常さに体が襲われ、殺人という行為に対する吐き気が湧き上がってこない。

 

「遅かったか……もう中にはいないだろうが、探るか」

 

「おい、ステイル。一体これは、どうなってるんだよ」

 

 歩きだそうとしていたステイルは足を止め、煙草を口に咥えながら軽く溜息を吐き、死体を避ける様に研究所の入り口を目指しながら歩いていた。

 

「―――魔術と言ってもいろいろある。まぁ、それは君でもわかっているとは思うが、それでもあの馬鹿が突っ込んでいる部類は魔術の中でも異端の中の異端だ。渇望を動力源に、力にする魔術なんて聞いたことさえない。ただ願いを媒介にする魔術ってのは珍しくはないし、聞いたこともある。だからそれから今回の事をある程度推測する事が出来る」

 

 ステイルは言う。

 

「アイツは精確的には温和な方だが、トリガーを踏むと一気に凶暴化する―――が、それも基本的には限度がある。キレると言っても普通はリミッターがあるものだろ? 殴りかかる拳を少しは抑えるものだろう?」

 

 それが、

 

「今のアイツにはない。得た力に対して心がついて行けていない。見れば解る事だし、考えれば解る事だった。なのに”なぜか”頭から失念していた。僕もアイツもそれをすっかり忘れて旅行気分でアイツを日本に連れてきてしまった」

 

 その結果がこれだ。

 

 ステイルは言外にそう語っていた。

 

 床も天井も完全に赤色に染められた研究所。

 

 たった一つの生存者を残す事なく、地獄絵図を残して―――物語(茶番劇)を加速させた。




 走り抜けて一周する。

 終焉を与えて終わらせる。

 やっている事は違う様で、実際は全く同じ事。結局は似たり寄ったり。カミやん頑張れ、頑張れ。


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九月二十日-Ⅱ

 ―――食蜂操祈の日常は退屈だった。

 

 子供の頃から人の心を覗く事が出来た。故に酷くつまらない子供時代を過ごし、当たり前の様につまらない女子中学生になった。困ったことがあれば他人の頭の中を確認すればいい。そういう風に育ったため、人生は精彩を欠いていた。そう、世界は色を失っていた。友だと思っていた子を助けたくても、実力不足でそれは不可能に近い事だった。もっと、実力が必要だった。覚悟も必要だった。足りないものが多かった。少しずつ力をつけているのは事実だったが、それでも足りないものが多いのは現実で、事実だった。

 

 まだ、食蜂操祈にできる事は少なかった、

 

 故に孤独を感じていた。人は信じられない。その奥底にあるものを覗いてしまうと余計、そう思えてしまう。そう思って生きていた。生きてきた。これからもきっとそう、人を疑い続けながら生きて行く。例外なんてありえない。そう思っていたのに、例外が生まれる、そんな時が来るまでは。

 

 ―――全ての始まりは暑い夏の日の事だった。

 

 研究所への移動に珍しく車が使えなかった。なんでも故障だとか、全部レッカーされたとか、何時もの頭のおかしい理由だ。ただ事実として、炎天下を一人で歩く必要がある、というのは事実だった。アレもコレもくだらない、つまらない、そんな穿った考えを持った間違いのないクソガキだった。どうしようもないクソガキで、擦れていたのだ。信号が変わるのを待ちながら人間てくだらないよな、なんて実に子供らしい事を考えてたりもした。それでどうにかなるわけでもないのに。

 

 だから退屈を感じつつ信号が変わるのを待っていると、

 

 目の前を男が舞った。

 

 正確に言うとトラックに跳ね飛ばされていた。

 

 当時の心境は筆舌し辛いものだっただろう。”なんか信号無視して走ってきたらトラックに跳ね飛ばされていた”。そんな感じの意味不明な出来事だったのだ。呆然と人は良く跳ぶものだなぁ、なんて眺めながら、数秒後にはグロテスクになりそうな姿を視線で追っていた。道路に衝突し、転がる姿を見て、あ、これ、絶対に死んだわね、なんて事を思いもした。

 

 だけど予想に反して彼は素早く倒れていた道路から立ち上がって、若干ふらふらしながらも、かすり傷を見せた状態のまま、少し照れたような表情で近づいて来たらいきなり手を取りながら口を開いたのだ。

 

 そして自信満々にこう言った。

 

 ―――良い店を知っているからお茶しないがふっ。

 

 決めるべき最後の一言で見事に噛んでいた。感動できそうなほど見事だった。

 

 もうこれはいっそ見なかったことにしてリテイクした方がいいんじゃないかと思うぐらい同情してしまった。

 

 だけど彼は痛そうに舌を押さえながら、それでも恐れる訳でもなく、自慢げにそう言ったのだ。言い切った。取り繕う事も、言い直す事も、逃げる事さえもなかった。やってやったぞ、という感じで溢れていた。その光景があまりにも面白くて、くだらなくて、だけど本気である事だけは感じて、

 

 久しぶりに、作り笑いじゃなくて本当に笑った気がした。目の前から感じる真摯さと本気に、たとえそれが嘘でもいいと、騙されてもいいと思えてしまった。

 

 ―――きっと、その時に、食蜂操祈という少女は恋を理解してしまったのだろう。

 

 馬鹿みたいなことで笑う、当たり前の少女に、その瞬間は、なれた気がしたのだ。妙にすれていて現実に対して諦めていた自分もいた。だけど、目の前でまるで漫才のような出来事が起きて、そしてそれでいても頑張ってナンパしようとしている馬鹿な男が目の前にいるのだ。そのバカさ加減は言葉で表現することは出来ない。だけど、今全力で”生きている”という気持ちが、彼からは伝わってくる。その必死な姿はこの瞬間瞬間を大切にしている、という切なさがある。だとしたら、嗤ってしまった者として、それに応えるべきなのかもしれない。だからなんとか笑うのを堪えながら、ぼろぼろの彼に対して手を差し伸ばした。

 

 ―――私の名前は食蜂操祈よ、貴方は?

 

 馬鹿みたいな出会い。少々過激ではあったけど、たったそれだけの何でもない出会いだった。だって実際、その後は普通だったから。普通に店に入って、一緒にお茶を飲んで、連絡を取れるようにアドレスを交換して、そしてまた会う様に計画した。

 

 それを何度か重ねているうちにお互いに自然と近づいてくっ付いて、特に何か特別な事をするわけでもないが、そうやって一緒にいる事が増えた。勿論、その間には色々と事件があって助けたり、助けられたり、泣いたり、笑ったりもした。だけどそうやって一緒にいるという自覚を得て、少しずつ自分は、誰も信じない自分から、誰かを信じてみたい自分へと変わって行くのが感じ取れて、妙な気分になった。

 

 でも、嫌な気分じゃなかった。だからそのまま、好きになった彼と頑張ろうと思った。少しずつ、少しずつ、牛歩でもいい。過去の約束を守って、そしてまた、未来を作る為に全力で取り組もう。その為の人員を集めてたし、お金も貯めてたし、計画だって組んでいた。やらなきゃいけない事を終わらせれば、きっと素敵な未来が待ってくれている。それを疑う事はしたくなかった。だって努力しているのだ。報われたっていいじゃない。報われない努力に価値も意味もないのだ。そしてそれは学園都市の絶対の法則。

 

 故に、忽然と、彼が消えてしまった時は本当に心臓が止まったかのように思えた。いや、本当に少しだけ止まったかもしれない。

 

 多分、この世で誰よりも信じていた相手。おそらくこの世で一番大切にしてきた相手。そりゃあもちろん、酷い事だってした。他の女に靡くのは腹が立つからお金を制限してナンパできない様にしたし、一緒にいて欲しいからあんまり離れられないように住所を自分の所にしたし、私の男だって認識を周りに与える為に積極的に連れまわして顔の広い相手に対してアピールしたりもした。だけど本気で不快に思わせる様な事は一度だってなかった。誓ってない、と言い切れる。だって、彼はどんな時でも楽しそうにしていたのだから。

 

 だから、彼が自分の前から消えてしまった事を信じられなかった。

 

 まるで自分の日常から色を抜き去ってしまったような、そんな衝撃を受けた。それだけ、彼の存在は何時の間にか大きくなっていた。

 

 彼は―――信綱には不明瞭な事が多い。

 

 主に彼の過去とか、”先輩”という存在に対してとか、その技術とか。そもそもその世話になったという人物を自分は見た事も会った事もない。本当に彼らは存在しているのだろうか―――? 

 

 だけど、恋はそれをどうでも良くするほどに盲目にさせる。

 

 自覚はしていても、泥沼の様に入り込んでしまったそれ()は抗う事ができなかった。だから、当然荒れた。使える手駒を全員使って学園都市中を調べ回ったり、知り合いの情報屋を使ってみたり、第三位(御坂美琴)に頼んでハッキングさえさせた。それでも彼の存在は一切見つかる事がなかった。もういっそ清々しいと言える程の情報の抹消だった。

 

 そんな彼の情報がついに出てきた。

 

 走り出す心を止める事は出来ない。

 

 

                           ◆

 

 

「あぁ、もぅ! いったいどこにいるってのよ……!」

 

 もはや大覇星祭に対しては一切の興味も未練もなかった。知的傭兵の彼は木原幻生と事を構える予定なら、大覇星祭に参加している事をアピールしておいた方がいいと言っていた。だけど今はそんな事は良かった。木原幻生が勝負を挑んでくるなら相手をしてやる、程度の認識しかない。そんな事よりも重要な事があるのだ。だから知的傭兵の彼とは既に話をつけ、今、この学園都市にいるかもしれない(信綱)に関してを追ってもらっている。

 

 ただ自分が街を無茶苦茶に歩き回ってもどうにもならないのは事実―――そこまでの体力はないのだ。精神系能力だから大体は相手の脳をハッキングして終了、その為に体を動かす必要がないのだ。だから無駄な運動はせず、好き勝手生活し、体型を維持する程度の運動しかしていないのだ。おかげで、こんな状況で体力不足を物凄く痛感している。

 

 つまり、大覇星祭で、参加する意思もなく、会場で何をするでもなく、情報が入ってくるのを待つしかない。

 

「歯痒いわね」

 

 人を動かすタイプであるが、そちらの方に傾倒している為に能動的に行動が出来ない。能動的に動いたとしても、自分ではなく能力のある誰かを動かす事しか出来ないのだ。普段は信綱を遠慮なく利用させてもらっているが、こういう状況になると必要以上に動けない自分の体が恨めしい。いや、恨めしいと言うよりは悲しいというのが正しいのかもしれない。自分から動いて、誰かの為に問題を解決したり迎えに行くことができないのはやはり、悲しい。

 

「あの馬鹿を捕まえたらちょっと運動でも始めようかしら―――」

 

 と、言ったところで肩にかけているバッグの中、リモコンと一緒にしまってあるスマートフォンに着信が入る、周囲には数人の派閥の側近、そして大覇星祭の実行委員が存在するが、どれも既に能力で干渉し終わっている。自分が何をしているのかさえ理解できずに、疑問なく行動を遂行する様になっている。煩わしい荷物の没収をされる訳もなく、電話を手に取って通話に出る。

 

「はい、私よ」

 

『おやおや、何時もの口調がないのは少々寂しいですネ』

 

 知的傭兵の彼だった。聞こえてくる、何時も通りの軽口に対して軽く溜息を吐きつつ、どんな状況でも様子を変える事のない傭兵に対して軽い羨ましさを感じる。どんな状況でも揺るがない精神力を持ってれば、それはきっとどんな楽な事なのだろうか、と。ともあれ、聞くべきことがあるのだ。このままにしておくわけにはいかない。

 

「で、私にかけてきたという事は勿論成果があっての事なのでしょぉ?」

 

『もちろんですヨ―――と言いたい所ですが、そこまで劇的な成果があるわけではありませんネ』

 

 そう、と答えつつも、実際はどんな少ない情報であっても期待している自分がいる。どんな情報であれ、彼へとたどり着くというのであれば、それは聞かなくてはならない情報なのだ。だから、たとえ少々少なかろうと、期待外れの結果であったとしても、それだけでいいのだ。

 

「で?」

 

『まず初めに言いますと、相手の”別荘”が襲撃を受けていまス』

 

「それぐらい……」

 

 自分もやっている。長い期間をかけて、散発的に”敵”の別荘と呼べるセーフハウスや研究所を潰しているのだ。相手に対する牽制、そして戦力を削るという意味を込めての行動だ。ついでに敵に対して此方の本命を悟らせない意味での、何重かに意図を重ねた攻撃だ。勿論、それ自体を潰す事は相手の弱体化に繋がる。研究所を一晩で建てるのはさすがに学園都市といえども、面倒なのだ。故に拠点への攻撃は有効な手段だが、

 

『昨日と今日合わせて既に六割ほど別荘が吹っ飛んでいまス。この調子ですと今日中に全部消し飛んでもおかしくはないペースですネ』

 

「はぁ!? ちょっとまってなにそれ?」

 

 ふざけているのか、と言いたい所だが、彼の事だからそれはありえないだろう。金を貰っている以上、仕事は絶対にこなすタイプの人間だ。つまり嘘ではなく、真実―――木原幻生が個人的に所有する物件を次々に回って破壊している化け物が存在するのだ。

 

『監視カメラの映像が抜けないので判定は厳しいですガ、その場にいる者は全員首を刎ねられたように一撃で死んでおり、まるで高速で駆け抜けたかのような血の飛び散り方でどこも溢れている様でス。こう言ってはアレですけど、状況証拠から言いますト―――』

 

「―――間違いなく彼よ」

 

 超高速で首を刎ねるなんて奇特な戦い方をする人間なんて自分が知っている人間の中では一人しか存在しない。というかそんなアホみたいな戦い方をする人間がそう何人もいてたまるか。あの曲芸染みた動きをもっとレベルの高い側近に真似をさせてみたら顔面スライドで数十メートル吹っ飛ぶという凄まじい光景を披露してくれた。あの変態染みた動きにはやはり、変態的な技術が必要なのだろうか。ともあれ、そんな戦い方が出来るのは彼だけとして、

 

 ここまで人を殺せたり、成果を出せる男だっただろうか。

 

 疑っている訳じゃないし、やる時はやるタイプの男だ。だけどそれは別として、漆黒の殺意というか、敵を皆殺しにする気迫というか、そう言う感じのは好かなかったと思う。寧ろ無益な殺生は好まないし、それにしたって施設を潰して回るなんて能力的に無理があった筈だ。そもそも自分の知っている彼はレベル2の能力者なのだから。そりゃあいない間に強くなったと考えたっていいだろうが、

 

 そう簡単に力とは得られるものなのだろうか?

 

 急速に得られる力とはそんな安いものなのか?

 

 そんな与えられたものに彼が納得するのだろうか。

 

 考える事は多い。しかし、取れる選択肢は非常に少ない。状況からではなく、目的と矜持と気持ちの問題としてだ。そもそも目的の達成だけを考えるなら割と手段を選ばず人海戦術で潰しに行けばいいのだ。だがこれは多くの存在の人権を無視した行動になる。今でも割とギリギリで、これ以上は”粛清”される可能性が出る。故に、取る事の出来ない手段だ。

 

 それでも頭脳は直ぐに回答を導き出す。

 

「……囮を、使うわ」

 

『なるほど、了解しましタ』

 

 囮、というだけで意図が伝わるのは便利な話だ。しかしやる事は残酷の一言に尽きる。

 

 即ち、利用させてもらうのだ。

 

 相手の欲しいものは解っている―――だからそれを提供する事で動きを誘導しつつ、そこに彼と相手を同時に一か所に集めるのだ。そうすれば見えないところでの戦争を、自分の目に見える場所での戦争に引っ張り出す事が出来るようになる。そうすれば、きっと、信綱ともう一度会う事が出来る。幻生には悪いが逢引のついでに死んでもらおう。それがいい筈。

 

『となるとやれやれ、妹達(シスターズ)を一人どこかで拉致する必要がありますネ。第一位(一方通行)がいるのであまり刺激したくはないのですがネ』

 

「別に傷つけるつもりではないのだから問題ないわぁ。……それよりも頼んだわよ」

 

『えぇ、では』

 

 

                           ◆

 

 

「―――かくして役者は揃う」

 

 揺蕩う賢人は舞台劇を楽しむかのように言葉を作る。実際、愉しんではいるのだろう。何度見直した映画であろうと、それが至高の役者によって演じられるものであれば、どんな時を経ても色褪せる事はない。そして賢人はこの舞台劇を幾度となく目撃してきた。それこそ見た回数を忘れるほどに。しかし、このどこまでも閉じた世界の中で、どうにか生きようと模索する人々の姿は至高の芸術品として、何時でも心を慰めてくれる。

 

「刹那を求める者を追う様にその友が、恋人が、宿敵が、そして奇縁を持つものが糸に絡められるようにドンドンと繋がれ、そして巻き込まれて行く。もはや流れは変わりはしない。流れは変えられはしない。所詮見飽きた場面ではある。しかし真に迫ったその表情は、動きは、そして魂は実に見ごたえのあるものだ」

 

 笑い、これから何が起きるのかを既に知っているのか、それを説明したがっている子供の様にも思える。彼を知る人物がいれば溜息混じりにどうしようもない性悪だと評価しただろう。実際、邪悪でも害悪でもないのだ。

 

 この存在に邪悪さは一切存在しない。人の事を、その未来を憂いているのだ、邪悪である訳がない。この存在は一切の邪心を捨て、そしてその力で成すべき事を見据えている。邪悪である事はありえない。

 

 害悪でもない。人に害を成す事があったとしても、それは大の為に小を切る行動であり、それは害悪ではなく英断と呼ばれる部類に入る。故に切り捨てられるのは最小限で、理解されずともそれは真実なのだ。

 

 だからこそ、性悪。性格が悪い。そうとしか表現する事が出来ない。

 

 理想がある。

 

 成すべき責務がある。

 

 道筋は見えている。

 

 なら多少自分好みにやるのもいいだろう。

 

 そうやって自分好みに物語を酷い茶番劇に変えている。まるで出来の悪い二次創作を量産する様に人の人生に触れて、それを狂わせている。それでもしっかりと道筋を辿れているだけに最悪とも言える。長い年月を経た事によって、その精神の一部が捻じれている事は間違いがない。あるいは、

 

 己の子の様に、歪んだ願いを抱いて、昇華させているのかもしれない。

 

 真実を得る事は出来ない。真実が何時だって光の中に、或いは闇の中に存在するとは限らない。時には盲目になり、従順になり、そして縋る事で見つけられる真実もあるのかもしれない。しかしそうやって探そうとも、この賢人の真実を得る事は出来ない。

 

 そもそも真実等存在するのかどうか怪しい。

 

「さあ、踊れ。せめて成果を出すならそれなりに面白い方が良かろう? どうせなら大勢巻き込む方が良いに決まっている。あぁ、すまない、下手な監督で申し訳ない。自分の妄想を吐きだす二流作家の様で誠に申し訳ない。しかし、どうしてもいい遊びになるのだよ、たとえ既知であろうと、暇潰し程度にはなるのだ」

 

 誰だってつまらない作業に花を添える為に音楽を聞いたりする。

 

 つまりはそれだけ。悪意はない。だが善意もない。真実もない。流れ作業にまた、花を添えるだけ。

 

「さて、どうしたのかね? これはまだ既知の範囲だぞ? 私に未知を見せてくれるのではなかったのかね? あぁ、そう言えばこの会話も前にしたことがあった気がするな。ま、仕方があるまい」

 

 言外にどうせ自分も、そして賢人が語り合う、別位相の相手に対して、

 

 お互いに所詮その程度だろ? という言葉を送っていた。間違いなく相手を、そして己を侮辱する言葉でしかないが、それに出す反応は笑い声でしかなかった。

 

 水槽の中で揺蕩う様に浮かぶ賢人の笑い声は誰に聞かれるわけでもなく、ただひたすら虚しく木魂し続ける、悲劇へと向かって。

 

 もうその流れを止める事は出来なかった。悲劇は確定しており、命は失われる、涙は流れる、そして指揮者は悲鳴の演奏に笑みを浮かべて褒め称える、それでこそ道具だと。

 

 救いの可能性は―――存在しない。




 すいそうにーと、ひげき! ひげきだいすき!

 つんぎれきんぱつがんたい、あい! あいだいすき!

 シナリオライターと演出が手を組んだ瞬間であった。

 おそらく死んだ方がマシなように思えて殺すとどうしようもなくなる連中。あ、インドにネット回線入れましたやったね! 更新ができるよ!!(白目

 あ、次回かその次はグロ注意かもー(気分次第


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九月二十日-Ⅲ

 もはや流れは決まっていた、否定する事は出来ない。

 

 

                           ◆

 

 

 無言のまま刃を横へと走らせる。人間の生み出せる速度の限界を超えた一撃は容易く人の首を刎ね飛ばし、血を生み出しながら後方へ全てを流して行く。今視界の端に映ったのは確か黒服か研究者か、或いは被験者かもしれない。が、興味はない。完全に流れ作業と化した虐殺はもはや心になんら感慨を生み出さない。強者が弱者を淘汰する、それは自然の摂理なのだ。何故感情を抱く必要がある? 敵はただの敵。

 

 首を撥ね飛ばしてその者の時を永遠に止める。

 

 もはや声も届きはしない。そんな事よりも一瞬で隠し通路を看破し、逃げようとしていた者を皆殺しにして、伝わる筈の最低限の情報が遅れる様に念入りに破壊と殺戮を行う。疾走しながら行う流れ作業であるため、返り血は一切体にかかる事はなく、血の臭いでさえ服に触れる事無く置き去りにされる。そのまま一気に所長室へと入り込み、

 

 そこで白衣を着た老人の姿を発見する。

 

「―――」

 

 逃げようとしているのか、動こうとしているのか、作業の途中だったのか、それは解らない。足を一歩、前に出した状態で完全に停止している。正しく言うのであればほぼ停止したかのように停滞している。加速と遅延を両方合わせる事によって、自分と相手の認識の間では一〇〇〇倍の速度差が発生している。故に死ぬ事さえも知覚できない。

 

 話す言葉などない。首を撥ね飛ばし、返り血が体にかかる前に顔を掴み、その皮を引きはがす。

 

 その下から出現するのはまだ若い男の顔。つまりは偽物になる。溜息を吐く事もなく頭を放り捨てて、そのまま窓を突破する様に外へと向かって飛び出し、向かい側の建物の上へと飛び移る。距離は数百メートル以上あるが、学園都市へと到着してから”調子の良い”この体、そのアクロバットを容易にこなす。着地した所でポケットの中にくしゃくしゃにして突っ込んでおいたメモを取り出し、右手で握っている短針の処刑刃を投げ捨てる様に虚空にかき消す。手放した刃の代わりにペンを取り出し、左手で広げたメモを確認する。

 

「これで全部潰したな」

 

 特に感慨もなくそう呟き、紙に書いてあった敵拠点すべての場所名をボールペンで横線を入れ、必要のなくなったゴミを投げ捨てる。ボールペンも、そしてリストももはや不要だった。木原幻生がどれだけ資産を持っていようと、ここまで執拗に、そして集中的に施設や所有物を破壊され続ければ、誰も好んで彼と関わる様な事はしないだろう―――アレイスターが仕組まない限り。その場合はどうしようもないが、辺りを焦土に変えるしかないだろう、全てを彼のせいにして。

 

 まぁ、そこまでやる気はない。ただ木原幻生だけは明確な操祈の敵だ。理由は―――忘れてしまったが、きっと重大な理由があった筈だ。だから死による終焉を、停止を与えなくてはならない。それで漸く操祈が救われる。

 

 

                           ◆

 

 

「さあ。敵は逃げたか? いや、そういうタマではなかろう? それにヤツがあの女を追いかける理由は、あの女が敵対する理由は―――」

 

 

                           ◆

 

 

「ッ」

 

 頭に走った痛みとノイズに軽く顔をしかめつつも、咄嗟に頭を抑えた手を離し、そして目を閉じて考え始める。木原幻生という存在のパーソナリティについて。木原幻生は狡猾であり、老練な研究者だ。木原一族の中でもとりわけ歳を取っている。故にその年月から得た経験を通して来る行動予測、そして計画力が恐ろしい。故に発見次第言葉を交わす事も、何かを行動させる事もなく殺す。これが最良の選択肢となる。

 

 ただそれも、本人を見つけられなければ全くの無意味なのだが。

 

 ともあれ、木原幻生と食蜂操祈が敵対しているのには理由がある。木原幻生は―――確かレベル6を生み出すのに外装代脳(エクステリア)を利用したがっていたはずだ。ここまで殺しまわって影も形も見えない。となると、外装代脳を直接手に入れる為に向かったと考えるべきなのだろうか? いや、どうせアテはないのだ。拷問して得た相手の居場所は全てスカしたのだ。だったら後は直感に任せるしかない。操祈の持っているセーフハウスも、研究所の位置も知っている。外装代脳を確認しに行ったとしても自分に一切の問題はない。

 

 冷静にそう判断し、外装代脳の所在を思い出す。

 

 ―――そこへと移動するのにほとんど時間を使用する必要はない。

 

 加速だけを使用し、体を空へと向かって叩き飛ばしながら一気に、建造物を飛び越える様に一直線に移動する。あらゆる障害物などを無視し、追う人間も探す人間も、その全てを簡単に振り払って飛び越え、一気に外装代脳が置いてある操祈の研究所の屋上へと着地する。跳躍を誰かに見られたかもしれないが、そもそも早すぎて普通の人には点とすら認識できない。それだけの速度があった移動だが、体は疲れも痛みもしない。

 

 随分と、人間から遠ざかった気がする。

 

「まぁいい。確かこっちだったっけな……」

 

 屋上から裏手へと飛び降り、裏口へと回り込む。扉が開いていないのを確認してから扉を蹴り破り、歩く様に施設内に侵入する。蹴破った扉は背後で時を極限まで遅延させる事で干渉が不可能な障害物として放置する。これでこの裏口は使用できない。時は止まっている訳ではないが、それでも此方の出力を超える攻撃を繰り出さなければ遅延は打ち砕けないのだから。

 

 故に後ろを気にする事もなく、そのまま歩いて施設内を歩く。

 

 施設内には気配を感じる。故に、敵か、或いは全く無関係な存在がいる筈だ。気配だけで判別するのは難しい為、施設内を全て遅延で見えたし、歩く様に、真っ直ぐと気配の感じる場所へと向かって移動する。

 

 防衛用の機械も、システムも、その全てが遅延を受けて停滞している。不正規の侵入で間違いなくアラームが起動するはずだが、それは少なくともしばらくの間、認識が等速へと到達するまでは絶対に作動する事がない。前までは普通に来れたのに、今は立派な侵入者としてここにいる事にちょっとだけ嫌な気分になりつつも、そのまま上へ、上へと階段を使い、施設内を上がって行く。今まではどこも走り抜けていたのに、もはやそんな必要はない。

 

 そんな予感を胸に、上へと歩き、そして人の姿を発見する。

 

 それは広い通路だった。そこに存在するのは二人の人の姿で、一人目は体操服姿の女子中学生―――食蜂操祈の姿だった。焦ったような表情を浮かべ、汗を掻き、そして床に尻餅をつく様に座り込んでいる。端的に言えば追い込まれている。文字として表現するのであれば、それが正しく見える姿だった。良く見ればその服装も所々ボロボロなのが解る。その姿を見て、色々と胸中に浮かび上がるものがある。それを目を閉じ、胸の中へと沈み込ませるように抑え込み、操祈の視線の先にある存在へと認識を移す。

 

 そこにいるのは老人だ。白衣姿にほとんどの髪が抜け落ち、片手の存在しない老人。その体を服越しに見ても、一部が欠損し、代替品によって埋められているのが理解できる。今までの影武者や偽物とは違う。彼こそが、本物の木原幻生。その眼の色は黒だったり赤だったりと、妙な色に染まっており、楽しそうな笑みを浮かべている。間違いなく操祈を追いつめ、目的を達成する直前、という様子が見れる。

 

「……間に合った、か」

 

 安堵の息が漏れるのと同時に短針の刃を生み出し、右手で逆手に握り、歩いて幻生に近づく。もはや遠慮や容赦、そういうものは存在しない。近づいて一撃で殺す。人間という不変の時間軸に存在する者には絶対回避する事も防ぐこともできない絶死の刃、それが処刑という形で幻生へと迫っていた。それを幻生は知覚出来ないし、干渉する事もできない。

 

 木原幻生のあっけない死は確定していた。

 

 ここで殺さない選択肢はない。

 

 故に処刑刃が動き、首に触れる。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――ここで本来の流れとその歪みについて認識をする必要がある。

 

 本来であればもっと先に行われた木原幻生と食蜂操祈の勝負。それは木原幻生が外装代脳を掌握する事でミサカネットワークにウィルスを感染させ、それを通して御坂美琴へと干渉する事を許す。一方通行によるレベル6化は一番安定するものの、それが幻生の手によってなされる可能性は限りなく低い。故に出力を出せる美琴を利用する方法を幻生は思いついた。故に幻生は外装代脳を狙っており、そのためには食蜂操祈の確保も必要だった。何故なら外装代脳の完全制御にはどう足掻いても食蜂操祈の脳内のコードを取得する必要があるのだから。

 

 しかし物語は歪んでいる。

 

 大前提で言えばこの対決はここまで前倒しされる予定はなかった。そもそも渦中の存在である信綱、或いはクロノスという青年は存在しなかった。土御門元春とステイル=マグヌスも既に日本を離れ、イギリスに戻っている筈。一方通行と打ち止めでさえ物語には欠片もかかわってこない。これは本来、そういう物語であった。

 

 それに干渉する脚本家がいなければ。

 

 故に物語は細かく変わってくる。たとえば前々から木原幻生は操祈の隣にいる人物を脚本家を通じて知っており、必ず関わってくるという事実を。或いは食蜂操祈の子供らしさを青さだと表現し、それを最大限利用する事を前々から考えていたとか、

 

 そもそも目的さえ果たせるなら自分の命に頓着していない等。

 

 故に、物語はさらに捻じ曲がる。舞台の外側から全てを眺めている存在があるとすれば、指差しながら大爆笑するだろう、あぁ、この後何が起きるか解るぞ、と。伏線は張られており、そして順調に計画は積み上げられていた。故に必要なのは指導のみ。それを残して舞台は完成されていた。決壊は秒読みで、そして終わりは見えている。

 

 

                           ◆

 

 

 即死だった。それは誰の、どんな存在が見ても同じことを言える状態だった。処刑人が知覚する時すら与えずに幻生の首を切り落とした。ころでハッピーエンド―――とは絶対に行かない。幻生の死をトリガーに、舞台に仕組まれていたすべての装置が作動を開始する。もはや止める事の出来ない流れが漸く加速する様に動き始める。

 

 幻生が自らの死、というこの状況を見越して仕込んだ装置の始動だった。

 

 幻生が死ぬのと同時に時の負荷が消える。それは信綱が、或いはクロノスが戦闘を終了したという事を、行うべき使命を完了させたという事を自分に言い聞かせる行動。しかしそれと同時に幻生が死んで、心臓の鼓動が停止する事で埋め込まれた機械からの信号が発信される。脳にダメージが入るという理由で物理的な破壊や電子的なリミッター解除が難しい外装代脳が機械の過剰茶道によるリミッターを物理的に飛ばし、限界突破稼働を開始する。もはや制御する為の幻生は死んでおり、その脳は無限に傷つこうが構わず、操祈から奪われたままの外装代脳は稼働する。

 

 それに合わせて外装代脳を通し予め外装代脳へと登録が完了されている妹達(シスターズ)に対して干渉が発生する。

 

 本来は上位個体を通さなくてはならない妹達(シスターズ)の干渉も、自壊を前提とした限界突破稼働であれば、その権限を突き破る様に干渉、感染する。

 

 そうして本来の流れの様に、御坂美琴はミサカネットワークを通じて干渉され、完全に手綱を放置された状態でレベル6へと向かって進化を始める。

 

 それに連動する様に御坂美琴の体から美琴の意識は封じ込まれ、力の怪物としての意思が体を支配する。暴雷が周囲を薙ぎ払いながら無差別に破壊を生み出し、完全にレベル5の領域を超えた破壊を見せ始める。それこそ一方通行でさえまだ生み出す事の出来ない超破壊の領域を軽々とこなす程に。御坂美琴という皮を被った怪物が生まれるのと同時に、

 

 全ての震源地とも呼べる場所で一つの出来事が発生する。

 

 外装代脳は本来食蜂操祈の道具であり、彼女の研究成果であり、そして彼女の為に作成された。木原幻生がそれを狙っていると理解し、真っ先に彼女が考えたのが外装代脳の破壊。物理的な破壊は脳に障害が残る可能性があり、故に自壊コードが存在する。だがこれを行わあかったのはこれをまだ利用できるかもしれない、と彼女が判断したからだ、故にこの状況があるとも言える。

 

 つまり、

 

 外装代脳は本来は食蜂操祈の脳によって操作されるものである。それが通常であり、最も自然な形。なぜなら外装代脳自体が食蜂操祈の脳であると表現する事が出来るのだから。

 

 つまり、外装代脳が木原幻生に支配され使用されたとしても、

 

 その使用の負担はある程度食蜂操祈にもやってくる。

 

 なぜならそれは食蜂操祈の一部なのだから。

 

 故に木原幻生が行った死より始まる連鎖、

 

 それは順当に幻生の脳を破壊するだけではなく、

 

 ―――等しく、食蜂操祈の脳を破壊した。

 

 それを、時の結界を解きながら一瞬で完成するのを青年は見てしまった。もはや理屈や、理論を理解する必要はない。そもそも理屈や理論を必要としないのが魔人であり、魔神という生き物。故に彼は見てしまった。木原幻生が死んで崩れ落ちて行くのと同時に、食蜂操祈も目から光を失って、言葉を発する事もなく、思考を生み出す事もなく、ただの肉人形となってそのまま床に向かって倒れて行く姿を。

 

 時に干渉してなくとも、その体はゆっくりと、落ちて行くように見える。

 

 原因は、どうして、何故、どうやって、どんな言葉を一切思考する必要はない。

 

 目を閉じ、第三の目を開き、そして耳を傾ければいい。

 

 体を擦り付ける様に背後から絡みつく隻眼の魔神が口を耳に寄せ、そして一切の虚偽の存在しない、純然たる真実を語るのだから。

 

 ―――お前が、殺した。

 

 その事実は青年を発狂させるには十分すぎて、

 

 そして魔神に介入を許すには十分すぎる隙だった。




 何時も目の前でヒロイン殺してばかりだから主人公にヒロインを殺させてみた。あぁ、解ってる。言わなくてもいい。諸君らもこれが見たかったんだろ? 愛い愛い、言わずとも解っているとも。ん? そんな事ない?

 体すりすりオティヌスさん。

 じかい、かいじゅうちょうけっせん


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九月二十日-Ⅳ

 学園都市の空を光が満たす。

 

 一つは白と青が混じった雷光だ。ミサカネットワーク経由で感染し、干渉され、完全に暴走に陥った御坂美琴。その姿は雷鳴をまるで皮膚の様に纏い、姿を人ならざる、天使の様な姿へと変化させていた。その体から発光する様に放たれる白青の雷撃はあらゆる物質を貫通し、同時に蒸発させながら無差別に破壊を巻き起こす。本来制御する筈である役割の木原幻生、そして彼の協力者が存在するが、外装代脳が自壊するのと同時に制御は完全に放置されている。しかし、力の流入だけは止まらぬ様に細工されており、破壊を生み出しながら雷光の天使と化した美琴は毎秒ごとに力を増していた。

 

 何かをするわけでもなく、そこで漂うだけ。それだけで完全な破壊と破滅を生み出していた。ある意味で性質が悪い。悪意や意識という領域を超えて、破壊というインプットしか成されていない。故に止まる事はなく、無限にレベル6を目指しながらひたすら意識する事もなく破壊を生み出し続ける醜悪な怪物として完成を進めていた。レベル4では抵抗できない。レベル5でさえ戦闘力が低いものであれば問答無用で死ねる。そういう破壊の権化が存在していた。

 

 ―――それが暴走している御坂美琴の存在だった。

 

 明確に意思を持って破壊を始めれば間違いなく学園都市が消し飛ぶ化け物。倒さなければ手遅れになってしまう怪物。

 

 それが降臨したのが大覇星祭中である事が、おそらく最大の不幸だった。

 

 大覇星祭という凄まじい量の外部入場客を入れている状態で、能力者でさえ赤子の如く殺してしまう怪物が降臨する。端的に言って、その存在は絶望的だった。悪意も敵意もない、ただの暴力の塊が降臨したのだから。明確な意思がないだけにそれは際限なく、周囲への被害を生み出し続ける―――それが意思がないという事なのだから。故にそれは出現と同時に被害を生み出し、そして死人を、

 

「―――ぜぁっ!」

 

 生み出せない。

 

 轟音共に発生する打撃が空間を震動させながら一直線に暴走している御坂美琴へと向かって放たれる。体から溢れ出す雷鳴を殴り払い、そして途中に入ってくる電磁波と磁力によって浮かび上がる金属の壁、それを拳の衝撃波で粉砕しながら一撃が軽く、雷天使に命中する。それは傷一つさえ存在しない、弱い一撃だったが、目的としては十分すぎる者だった。

 

 その攻撃によって雷撃が散らされた瞬間、空から頭にハチマキを巻いた少年が落ちてくる。

 

 大地を粉砕する様に両足で着地した少年が視線を持ち上げ、視線を雷天使へと向けた瞬間、雷天使が少年を敵対存在として認識する。それは勿論御坂美琴の意思と全く関係なく、自分を害する存在を排除しようとする人間の本能と本質、そして力という存在の性質から発生する自動的な行動に過ぎない。だがその反応は素早く、雷速と呼べる領域に突っ込んでいる。普通の人間であれば間違いなく反応できない。反応する前に死を理解する。

 

 故に次の瞬間には赤い色が―――咲かない。

 

「超凄いパンチ……!」

 

 名前そのものはふざけた様にしか思えないが、少年が”気合”と”根性”を込めて繰り出した拳は雷速に反応し、それを迎撃する様に更に強い衝撃を持って繰り出されていた。足を大地に完全に固定させて繰り出す拳は雷撃と接触すると雷撃を吹っ飛ば士、一撃目同様凄まじい拳圧を衝撃波という形で生み出す。理屈が全く意味不明の打撃攻撃。

 

 ―――削板軍覇ここにあり。

 

 学園都市レベル5序列第七位削板軍覇。最大級の原石、判明されない能力。一体何をやっているのかさえ分からない。しかしそれを軍覇は信頼し、打撃を繰り出す。結果は劇的であり、あらゆる障害を粉砕しながら雷天使の眼前へと迫り、

 

 軽く振るわれる腕によって数倍に収束された雷撃が迫ってくる。

 

「根性―――!」

 

 反応しながら軍覇が反応して前に出る。振るう拳は迫ってくる収束雷撃を打ち破りながら、横へと飛んで行く。同時に流星群の様に降り注いでくる看板や鉄骨、磁力操作によって生み出された弾丸の回避に製鋼する。その動作から一切拳を緩める事無く、前方の大地を砕きながら踏み込み、

 

「もっかいグレートハイパースペシャルマクシマムすごいパンチ!」

 

 大地を割き、金属を粉々に吹き飛ばし、電磁波や磁力を吹き飛ばす極悪の拳撃を繰り出す。軍覇に降り注いでいた攻撃はその一撃で全て吹き飛ばされながら破壊され、そして真っ直ぐ、一切の威力を落とす事無く雷天使と化した美琴へと向かい。

 

【―――■■■■(フェイズ5.3)

 

 人類には聞こえない、認識できない音で更なる変化を果たす。人の形から少しずつ離れながら、異界の法則が流入し始める。瞬間前までは脅威だった軍覇の一撃が届く前に磁力によって学園都市全体から集められた砂鉄によって圧壊される。幾何学模様を描きながら回転する砂鉄の合間を抜ける様に、十数の雷槍が軍覇の認識を抜けて、その体を吹き飛ばす。

 

 額と腕から血を流しつつ、軍覇が死ななかったのはただ単にそれが”軍覇”という存在であるからに過ぎない。他の存在であれば間違いなく百回以上は殺しても余裕の威力だった。間違いなく軍覇の知覚を超える攻撃に軍覇は数歩後ろへとよろめく様に動作を取り、そして前へと一歩、体を固定する様に踏み出す。

 

「こりゃぁ根性いれなきゃやべぇけど―――下がるわけにはいかねぇんだよなぁ!」

 

 吠える様に軍覇が拳を握り、大地へと叩きつける。それで発生する地割れ、そして大地の隆起に雷天使をその足元から吹き飛ばす様に攻撃を飛ばす。これ自体にはそこまで威力はないのを軍覇は本能的に理解し、直感している。それは次の攻撃へと繋げる動作だ。

 

「ここで下がると―――」

 

 巻き込まれる人々がいる。なら正義の味方としてそれは看破出来ない。

 

 その程度の理由で、軍覇が死闘を演じるには十分すぎた。あらゆるしがらみを投げ捨ててまで参上した。

 

 故に隆起した大地によって雷天使が上へと飛ばされ、堕ちてくる様に繰り出した拳は、一切攻撃を気にする事無く攻撃へと入った雷天使によって虚しく散る。軍覇の知覚を超える攻撃が繰り出され、軍覇が攻撃を繰り出すその瞬間に妨害する様に割り込む。そのまま体に雷槍を突き刺し、感電させて体の自由を奪って行く。

 

「根性ォ!」

 

 それを根性の一言で振り払って軍覇の拳が唸る。

 

 大気そのものが悲鳴を上げる拳の圧力に、砂鉄が防御に入る。全ての貫通は成功せず、軍覇の拳は届かない。故にこれは無意味。一切の無駄な行動でしかない。軍覇の努力は届かない―――一人だけなら。

 

「にゃろぉっ!」

 

 雷天使の放つ攻撃を予め理解していたかのように、上条当麻が軍覇の前に入り込む。その右手は、幻想殺し(イマジンブレイカー)が雷天使より紡がれた幻想を一瞬で死滅させる。それは当麻の戦闘経験から来る勘であり、そして同時に”不幸”という性質から来る予測でもある。不幸は当麻に向けられるものであり、攻撃先を限定させれば間違いなく此方へ来る。そういう確信が当麻には存在する。

 

「大丈夫か―――」

 

 当麻が軍覇と話そうとする瞬間、再び雷撃と金属の流星群が降り注ぐ。瞬時に反応し、否、来ると魂で理解していた当麻が雷撃を右手で殺し、そして軍覇が拳を振り上げる事で雷撃と金属流星の両方が消し去った。その光景を目撃した雷天使が動きを停止させる。それを警戒か、或いは脅威を測っているのか、それを理解する方法が人類にはないが、

 

「俺の右手なら雷や磁力を消せる」

 

「だったら根性入れろよ―――俺が物理的なのは全部ぶっ飛ばしてやるから」

 

 二人の間で交わされた言葉はそれだけで、信頼するには十分すぎた。当麻と軍覇のタッグが結成されるのと同時に、あらゆる電磁波の干渉を無視し、当麻のポケットの中から音声が響く。

 

『おい、聞こえるか? 馬鹿を見つけた―――もうすぐそちらにも見える筈だ』

 

 当麻に渡された通信符を通して響くステイルの声、それに続く土御門元春の声が警告を促す。

 

『―――覚悟しろよ、今日はハードっぽいぜ』

 

 声が響いた瞬間、雷天使の放つ青白い雷光とは別種の閃光が空を満たした。もっと禍々しい、赤色の光は斬撃の様な鋭さを持って十数と重ねて、空その物を断裂させながら飛翔し、一直線に頭上を越えて学園都市―――そこに存在する白い窓のないビルへと衝突する。濃密な死の気配を撒き散らした一撃は衝突と同時に破裂する様に霧散し、死の気配を周辺へと無差別に降り注ぐ。攻撃もそうだが、その気配自体が一般人に対して致命の毒となる。振れてしまえば抵抗もなく瞬間的に死ぬ、

 

 死という概念。それは勿論相手を選ばない。故に学園都市に降り注ぎ、そして当麻や軍覇にも襲い掛かる。雷天使はそれを砂鉄で振り払い、すかさず戻った当麻が幻想殺しで無力化する。軍覇も本能的に察知し、触れない様に拳圧で散らせる。そうやって死の気配を撒き散らしながら参上したのは、

 

■■■■(アレイスタァァァ)―――!!」

 

 血涙を流し、空に立って吠える信綱―――クロノスの姿だった。血の涙を流しながら吠えるその碧眼は輝きを失いながら輝いている。髪の色は侵食されるかの如く赤く錆びた色を見せ始める。その明らかに正気ではない表情は理性は感じさせても、極大の憤怒と殺意と敵意と、そして哀しみを見せていた。見てしまえば人の言葉は届かない。それが目に見えて理解できる様子であり、

 

■■■■(アレイスター)! ■■■■(許さない)! ■■■■(許さねぇぇ)! ■■■■■■(オォォォォ)!!」

 

 慟哭を響かせながら本来は持たぬ終焉の属性を―――隻眼の魔神が持つ色―――で腕を振るう。その動作から発生するのは大気の泣く音であり、空気が死に絶えながら風となって、死を響かせる。一直線に向けられたのは窓のないビル―――即ちアレイスターの居城であり、それを破壊して本人を引きずりだそうとする意思が見える。しかしまるでそれ自体がアレイスターの肌である様に死は触れる事を許されずに、

 

 その周囲に被害だけが及ぼされ、無関係の人間が死ぬ。

 

「やめろ馬鹿野郎ォ―――!!」

 

 叫ぶ当麻の声は響かない。唯一声を届けられる食蜂操祈は既に脳を焦がされて死んでいる。

 

 魔人になってクロノスからは時を巻き戻す力が消えている。

 

 極限に時間を遅延できても、停滞は出来ない。

 

 食蜂操祈は絶対に助からない。たとえ神の腕前を保有する、死の否定者であってもそれは不可能。もう、彼女が言葉を話す事はない。それを真実として理解し、自身の手によって発生してしまったことを原因に青年は発狂し、怒りに狂っていた。

 

 ―――無論、それを当麻や軍覇が理解するはずがない。知る筈がない。

 

 ただ現実として、暴走する雷天使と、そして死と時の魔人が存在する。それだけがここにある真実であり、現実であるのだ。明確に脅威であるクロノスを雷天使は睨み、そして排除の為に軍覇や当麻へと向けていた攻撃とは明確に違う格の雷球を生み出す。その大きさは二階建ての家であれば容易に納めてしまう程大きく、一瞬で生成され、生み出された雷球は一直線にクロノスへと向けられる。

 

■■■■(邪魔をするなぁぁ)!!」

 

 両手に出現する長針と短針の処刑刃。それが不変の時と死を重ねて雷球を正面から十時に両断する。それを見越していたのか雷天使が接近する。既にその手は雷によって鋭利な刃に変形しており、正面から刃とぶつかり合う。

 

 人の手が届かない上空で魔人と雷天使がぶつかり合う。その余波間違いなく破滅的なもので、このぶつかり合いだけでも地上は当麻と軍覇を残せば周囲が完全に更地と化していた。当麻が生きていられるのも規格外の軍覇が物理的な事に関しては当麻は対応できない、というのを素早く察知して防御に入っているからだ。

 

 上空で始まる戦いに介入できる手段が普通の人間にはない。故にこれから巻き起こる大戦に対して介入できる方法が当麻にはなく、軍覇一人であれば間違いなく死が待っている。故にこのまま戦いは始まりそうで、

 

 最後の乱入者によって漸く始まる。

 

「―――ごちャごちャうるせェンだよ!! ウチのクソガキが死にそうになってんだよカスがァ!」

 

 雷天使とクロノスの上を取る様に、背中に竜巻を発生させる事で飛び上った白髪の青年―――一方通行(アクセラレーター)が頭上を取るのと同時に、そこから収束させた風と、雷と、そして土砂や鉄骨、それを能力任せに叩きつけ、二人の高度を僅かに下げる。

 

「っぁ!」

 

 それに合わせる様に軍覇が拳を繰り出し、

 

 そして反撃に繰り出される攻撃を当麻が消し殺した。

 

 言葉は必要がない。否、言葉を話す余裕がない。その時間すら惜しんで連携をしないと、それで引きはがされる。強調したのであれば味方、その認識で戦わないと到底敵わない相手が揃っていた。故に三者は自動的に、まるで昔から互いを良く知っているかのように連携して動いた。本来は訓練が必要であるその一連の流れをさも当然の様に発生させていた。

 

 雷天使は僅かながら周囲への脅威の評価を上げ、

 

 そして攻撃を受け、干渉され、男の絶叫する声が響く。

 

■■■■(邪魔を)■■■■(するなぁ)! ■■■■(アレはぁ)■■■■(殺さなくちゃならないんだよ)! ■■■■(生かしておけない)! ■■■■(殺すんだ)■■■■(殺すんだよォ)! ■■■■(アレイスター)■■■■(アレイスタアァ)■■■■(アレイスタァァァ)!!」

 

 一方通行を、当麻を、軍覇を、正しくそれとして認識できていない。正気が存在しない。心が憎しみと怒りに染まって、頭がアレイスターを殺す事で満ちている。それを愛おしそうに別の場で隻眼の魔神が眺め、手伝っている。そもそも理性というものが存在しない雷天使。

 

 科学側の超特化戦力が揃い、敵が揃い、

 

 漸く、学園都市を舞台とした決戦が開かれようとしていた。




 暴走びりびり
  vs
 暴走のぶ
  vs
 軍覇・当麻・一方(ステイル&土御門バック)

 果たして人類に明日は来るのか。次回はなんかすごそうなBGM聞きながらでも


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