疾走する若い元殺し屋の秘密と青春 (ゼミル)
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プロローグ:ある若い殺し屋の死

作者の近況については小説家になろう様の方で書き込んでおります。


 

 

「弓華みたいな戦友に出会えて――――」

 

「おい!目ぇ閉じるな!」

 

「――――よかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校に侵入してきた暴漢に木暮塵八が撃たれてから数日が経過していた。

 

卒業式の当日、素人目でも重傷と分かる程の手傷を負いながら逆に暴漢を撃ち殺した彼は、後輩の少女と共に姿を消していた。

 

あの日から根津由美子の世界は止まったままだ。食事も取らずずっと部屋に閉じこもっている。卒業式の出来事は日頃快活な彼女をそこまで塞ぎ込ませるには十分な出来事だった。

 

 

「塵八くん……」

 

 

口の中で消えた彼の名前を転がす。

 

自分の中で木暮塵八がどういう存在だったかと答えれば、クラスメイトで漫画研究会の仲間で映画とナタデココ入り飲料が好きでどこかほっとけない異性の恋人――――そう単純に羅列しただけでは到底表現しきれない存在だった。少なくとも、由美子の中では。

 

人を殺し、殺され合うような世界。塵八がそんな世界の住人だったなんて由美子はまったく知る由も無かったのだ。彼が撃たれ、人を殺すその瞬間を目撃するまでは。

 

彼が本当の事を話してくれなかった気持ちはよく分かるし、立場が逆だったら由美子だって同じ事をしていたと思う。

 

あの後彼は何処へ消えてしまったのだろうか?

 

生きているのか、死んでいるのか。それすらも今や由美子には分からない。仲間らしき後輩の少女に運び去られた彼は助かったのか、それとも助からなかったのか。

 

何も知らない。何も分からない。あんなに一緒だったのに、自分だけ教えられないまま。そんな考えばかりぐるぐるぐるぐる思い浮かんで、やがては自己嫌悪に辿り着く。この数日中延々とそれを繰り返していた。

 

コンコンと扉がノックされる。由美子は反応しない。

 

 

「お姉ちゃん、入るね……」

 

 

鍵がかけられていない扉がゆっくりと開き、妹のカノコが入って来たにもかかわらずベッドの上で膝に顔を埋めていた由美子は妹を一瞥しようともしなかった。

 

塞ぎ込む姉の元へ妹が近づいてくる。カノコからしてみれば、今の姉は学年の中でも1~2を争うほど小柄な自分よりも小さく萎んでしまったように思えた。これまでずっと姉には敵わないと思い続けていたというのに、こんなにも弱々しい姉を見るのは初めての事だった

 

それも無理のない事だと思う。考えてみれば好きだった女の子が殺し屋で、そのせいで拷問や凌辱を受けても思いを変えず逆に一層強固な繋がりを結んだ自分の方が異常なのかもしれない。今更それがどうした、とは思うけれど。

 

カノコの手には分厚い封筒が握られていた。ゆっくりと、繊細な壊れ物が入っているかのような雰囲気を漂わせながらそっと封筒を姉に差し出す。

 

 

「これ、弓華からお姉ちゃんに必ず渡してくれって」

 

 

由美子はハッとなって勢い良く顔を上げた。思い出した。塵八を連れ去ったあの少女、以前からちょくちょくこの家に来てカノコと遊んでいた人物とそっくりではなかったか?

 

奪い取るようにして封筒を引っ掴む。慌てる余り震える指先が上手く動いてくれなかったのがもどかしかった。中身を確認してみると、入っていたのは漫画のネームが数百枚に彼が資料用の画像データを保存するのに使っていた大容量USBメモリー。そして1枚の手紙。

 

『彼』のとは違う、見覚えの無い字でこう書かれていた。

 

 

『封筒の中身は好きに使ってやってくれ

 

 出来ればアイツの事は忘れないでやってくれ

 

 きっとアイツもアンタが幸せになってくれるよう願っていると思う』

 

 

――――ああ、そういう事なのか。

 

ストンと腑に落ちた。その分を読んだだけで由美子は全てを理解した。

 

――――木暮塵八ははもう、この世には居ないのだ。

 

 

「じんぱち、くん……!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

姉の反応からカノコも全てを察したのだろう。由美子も、カノコも、瞳に大粒の涙を浮かべる。

 

身近な人物を喪うのは2人ともこれが初めてだった。特に由美子にとって塵八は恋人だったのだ。カノコももし恋人の弓華が死んだ日には即後を追って自殺するだろう。もちろん弓華は絶対に喜ばないだろうが、それほどまでに自分と恋人の繋がりは深い。

 

自分でそれなのだから、今の姉の心情も容易く察する事が出来た。今や姉の雰囲気は完全に消え去る寸前の粉雪の様にとても儚く脆い。顔をクシャクシャにして涙と鼻水も流しながら嗚咽を漏らす姉の姿など信じられない光景だ。それ程までに姉は追い詰められてしまっている。

 

その光景がカノコには、かつて自分を夜の校舎に連れてきて抱いた時の恋人とそっくりに感じた。

 

あの時の弓華は2度と生きて戻れないという覚悟と……絶望と諦観を秘めていた。それが無性に腹が立ったので、カノコは恋人を張り飛ばしてやってから我に返った弓華が小さな子供のように泣き止むまでずっと抱き締めてやった事を思い出した。

 

あの時のようにカノコはそっと姉の頭を抱えて胸元に押し付ける。

 

嗚咽が激しさを増し、全てを吐き出さんばかりに由美子の泣き叫ぶ声が部屋中に響き続けた。

 

 

 

 

その少女は姉妹が鳴き続ける部屋を1度だけ見上げるとゆっくりと家の前から立ち去って行った。野性的なウルフヘアの少女は、上着の下にはヒップホルスターに収めたFN・ファイブセブンという拳銃を2丁潜ませている。

 

姉妹の泣き声は微かながら家の外まで聞こえるぐらいの激しさだった。それが姉妹の、特に姉の悲しみの深さを如実に少女へと教えてくれる。彼女達の気持ちは少女にも強く理解できる。

 

 

「何が『俺みたいな戦友に出会えて良かった』だ……カッコつけんなバーカ」

 

 

――――どうせなら今際の際の言葉ぐらい惚れてた女の名前でも呼べば良かったのに。

 

人気の無い道を足早に進む少女の片目から、一筋だけ雫が零れ落ちる。

 

 

 

 

――――アバヨ戦友。俺もお前と出会えて楽しかったぜ。先に地獄で待っててくれ。

 

どうせ俺達みたいな殺し屋の逝きつく先は地獄に決まってるだろうから――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実の所。

 

殺し屋の少女の予想は大外れだった。

 

 

「あれ、俺は一体……?」

 

 

次に意識を取り戻した時、塵八は自分が裏路地かハイブリッドが経営する闇病院の一室でもない場所で俯せに倒れていた事に気付いた。雨の中、弓華に運ばれながら大量の失血によって意識を失った所までは覚えている。

 

身動ぎしてみて、弾丸を受けた部分に痛み所か全く違和感も感じない事に驚きを覚えた。腹に銃弾を受け、大血管と幾つかの内臓が傷つく明らかに致命傷を負った筈なのに。代わりに妙に頭がズキズキと痛い。高尾錠輔から逃げる最中に頭を打った覚えはないのだが。

 

痛む頭に手を当てるとぬるりとした感触が。当てた手を下ろしてみるとやはり指先が血で汚れていた。それなりに大きな裂傷が頭に生じているようだが、塵八は別の事に気付いて驚愕に目を見開く。

 

 

「何だよこれ。子供の手…!?」

 

 

自分の手が、とても小さい。恐らくは小学校低学年ぐらい。起き上がって自分の身体を見下ろしてみると、塵八の身体はまさに子供の肉体へと変貌を遂げていた。

 

一体何がどうしてこうなったんだ?高尾錠輔に撃ち込まれた銃弾に実は毒薬が仕込まれていてそれが変な風に塵八の肉体に作用でもしたのか?それともドラえもんの秘密道具で肉体の時間だけ子供に戻されたとか?いやいやどれも荒唐無稽過ぎる。

 

それにしても頭が痛い。ズキズキと脳が悲鳴を上げている。

 

 

「訳わかんねぇ………」

 

 

呆然とそう呟きながらも少しでも状況を掴もうと周囲を見回す。引退したとはいえ元腕利きの殺し屋の性か、どんな突飛な状況でも思考は比較的クールさを保ったまま打開策を求めて行動を起こす性分はそうそう失われたりはしない。そもそもそのような突発的な事態に対する対応力は、殺し屋としての経験を抜きにしても出来る事ならばどんな人間でも高めておいて損は無い能力だろう。

 

どうやらアパートの一室らしかった。今更ながら少し離れた所で聞こえる喚き声に気付く。自らの肉体の変化に戸惑ったせいで、周囲の状況が頭に入って来ていなかったらしい。頭の傷を押さえながら声のする方向へ向かう。頭が痛い。

 

 

「………」

 

 

明らかに酔っぱらった男が、今の塵八よりももっと小さな女の子に手を上げている光景が繰り広げられていた。紛う事なき児童虐待の現場。

 

アルコールの臭いをプンプンと漂わせる男は呂律の回らない口調で訳の分からない事を怒鳴り散らしながら、何度も何度も少女に平手打ちを見舞っていた。その度に女の子は小さな悲鳴を漏らしている。子供がどれだけ脆い存在なのかなど明らかに理解していない暴力の振るい方だ。

 

現場を目撃した瞬間、肉体が子供に若返っていた事へのパニックや頭の痛みも忘れた。入れ替わりにむくむくと湧き上がったのは怒りと殺意。

 

塵八が最も嫌いな存在の1つは子供を傷つけても何とも思わない人間だ。そのような存在はどんなに残酷な殺し方をしても飽き足りないと心の底から考えている。

 

無言で男の背後に近づいた塵八は躊躇いなく股間目がけアッパーパンチを放った。子供の腕力でも無防備な急所にありったけの力を込めた一撃を叩き付ければ威力は十分だ。ひぐぅっ!、と間抜けな悲鳴を漏らして内股になった男は腰を落とす。

 

膝を突いた事で丁度今の塵八の視線と同じ高さまで落ちた男の頭を両手で掴むと、今度は力任せにすぐ傍の家具に叩き付ける。強烈な音を立てて男の頭が揺れ、悲鳴を漏らしながら頭を抱えて倒れ込む。少女を男の手から助けるだけならばこれだけで十分だろうが、塵八の方はこの程度で許す気などない。

 

すぐ傍にビールの空き瓶が転がっていたので丁度良いとばかりに拾い上げる。塵八は男の上半身に馬乗りになると、両手で握ったビール瓶の底を男の顔面に叩き付けた。

 

がっごっがんがんっ、と分厚い底面が顔面を叩く鈍い音がしばらくの間続いた。その度に皮膚が裂け、鼻が砕け、頬骨にヒビが入り、歯が根元からへし折れる。漫画『ドリフターズ』で主人公が傲慢な武官を刀の鞘でボコボコにする場面みたいに容赦無くビール瓶で殴り続ける。

 

最初が奇妙な悲鳴を漏らしていた男も次第に静かになっていった。今や顔面は原形を留めない程腫れあがり、血と肉の裂け目の間からは白い骨がちらほらと見え隠れしだした。その時点でようやく殴るのを止めると、男は虫の息だが一応死んではいない。

 

まるで渾身の力作を書き終えた直後の様な爽快感を覚えながらビール瓶を手放すと途端に頭痛がぶり返した。それどころか最初よりも酷い。もしかして頭蓋骨や脳内にも損傷が及んでいるのでは?

 

 

「(もしかしてこの男にビール瓶で殴られたりしたのかこの身体は?)」

 

 

もし事実だったら今度こそ息の根止めてやろうか、と割と本気で考えながら女の子の方に向き直る。

 

 

「大丈夫?」

 

「ひっ……!」

 

 

出来るだけ優しく声をかけたつもりだったが少女からは引き攣った悲鳴を上げて怯えられた。手と言わず塵八の上半身は返り血で真っ赤だし、人がビール瓶で死ぬ2歩ぐらい手前まで殴られ続ける光景も見せつけてしまったのだから無理もないだろう。

 

――――やってしまった。女の子にトラウマが残らなければいいけど、と塵八は猛省。

 

それにしても頭が痛い。今や塵八の頭の中は猛爆撃でも受けているかのようにガンガンと激痛が鳴り響いている。頭を抱えて蹲りたくなるのを必死に耐えながら少女の元へ。

 

 

「今の内に誰か、助けてくれそうな大人の人を探しに行こう」

 

「おにいちゃん……」

 

 

――――『お兄ちゃん』?俺、1人っ子の筈だったんだけどなぁ。大粒の涙を浮かべた少女が発した舌足らずな言葉に塵八は戸惑った。

 

するとドタドタドタと部屋の外から荒っぽい足音が複数近づいてきた。反射的に女の子を庇うように立つ。

 

飛び込んできたのは目を赤く腫らした女性と制服警官。

 

 

「あなた!もう止めてちょうだい!五十六と五十鈴に手を出さないで!」

 

 

女性はそう叫びながら部屋に入ってきたが、すぐに目を見開いてその場に立ち竦んでしまった。血まみれで虫の息の男と返り血を浴びた子供という組み合わせは思考を停止させるには十分だろうと塵八も思う。

 

女性が呼んだ『五十六』と『五十鈴』という名前は恐らく塵八と後ろの少女の事だろう。五十鈴と呼ばれた少女の方も「お母さん!」と女性の下へ駆け寄った。

 

つまりこの女性は五十鈴の母親で、なら塵八が半殺しにした男は少女の父親という事か。子供に暴力を振るう大人を殺しかけた事自体には罪悪感は覚えなかった塵八だが、目の前で父親を半殺しにする光景を一部始終少女に見せ付けてしまった点については深い罪悪感を覚えてしまう。

 

母親に遅れて入ってきた制服警官も室内の惨状を見て一瞬固まったが、すぐに我に返って男の容態を確認し始めた。一応まだ息がある事を確認してから次に塵八の元へ。目線の高さを合わせる為に跪いて覗き込んでくる。いかにも町のおまわりさんらしい優しげな雰囲気の人物だが、今は顔中にありありと心配の色を浮かばせている。

 

 

「君、大丈夫かい。怪我をしているみたいだね、今おじさんがお医者さんを呼んであげるから――――」

 

 

一際強烈な激痛が脳内を突き抜けた。まるで50口径弾が直撃した瞬間みたいな衝撃が頭部を貫き、塵八が耐えようと意識するよりも先に肉体が限界を迎えた。勝手に意識が薄れていく。足元がガラガラと崩れ落ちていき、床がどんどんと迫るのに踏ん張る所か手を突こうと思ってもまったく身体がいう事を利かなかった。

 

再び小暮塵八の意識が闇へと呑まれていく。

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

「五十六!」

 

 

違う、俺の名前は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇から浮上する。

 

 

「――――……寝ちゃってたのか」

 

 

手元の携帯で時刻を確認してみると既に午前3時近くだ。丑の刻、妹も母親も父親も祖父母もとっくに寝入っている時間。

 

それからハッとなって突っ伏していた勉強机の上を確認してみると、次回作の漫画のネームを書き込んでいたノートは無事だった。涎が垂れていたりページが皺くちゃになっていなくて本当に良かったと一安心。

 

 

「珍しいなぁ、あの時の夢を見るなんて……」

 

 

もう何年も前の話だ。今やもう高校2年生。妹の五十鈴も中学2年生で自分にだけは何故か反抗期真っ盛りだ。当時は混乱したが、今はもう完全にこの状況を受け入れている。尤も他にも別の悩み事を抱え込んでしまった性でこれ以上頭を悩ませる余裕が無い、というのが現実なのだが。

 

目下の悩みは今書いている漫画の次の回はどんな構図にするのかという事と明日(いや、もう今日か)の放課後の部活動はまた一体何をやらされるのか、という不安感。

 

特に後者は現在所属している『危機管理部』の部長がかつての平等院会長を髣髴とさせる破天荒な性格の持ち主なので、どんな現実離れした突飛な内容をやらされるのか予想出来ない。

 

 

「とりあえず今日はもうちょっとだけネーム進めてから寝るか」

 

 

独りごちつつ気持ちを切り替えてもうひと踏ん張り、と自分の両頬を張って気合を入れるとペンを片手に机にかじりつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の人生では高校生と中堅犯罪組織・ハイブリッドに所属する若い殺し屋――――ヤングガンだった自分。だけど今は正真正銘裏家業を持たない平凡な高校生活を送りながら、銃撃や爆発や殺人も一切無い平和な生活の大切さを日々噛み締めながら生きている。

 

高校の部活動は当初漫画研究会に入ろうと思っていたが、悲しい事に入学先の千葉県は船橋海老川高校には何と漫画研究会が存在していなくて、そうこうしている内に幼馴染で親友の南雲三木多可によって無理矢理『危険管理部』に入学させられた。バイトは週3回近所の本屋で働いて生活費や漫画を描く為の画材代を稼いでいる。

 

普通の高校生とは違う点を挙げてみるとしたら、漫画を描いている事と前世(敢えてこう表現しよう)の記憶を持っている事と――――テレポーテーション能力を持っている事。それらの秘密を除けば何処にでもいる只の高校生に過ぎないと自分では思っている。いや、最初はともかく後の2つは大問題だと自分でも思っているけれど始末の仕様が無いのだから仕方ない。前世の記憶を持っている事とテレポーテーション能力については家族にも言えない自分だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

――――かつては小暮塵八として生き、そして死んだ。

 

――――今は飯田五十六として、2度目の平凡な人生を生きている。

 

 




批評・感想随時募集中。


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第1章:『ヤングガン・カルナバル』

このクロスオーバーを考えた時必ず書こうと思ってたネタです。


 

 

木暮塵八改め飯田五十六は女の子が苦手である。

 

例え生まれ変わっても――いやその表現は正確ではないだろう。塵八が五十六となったのは実の父親にビール瓶で殴られた結果脳にまで及ぶ大怪我を負った事件がきっかけであり、最初から木暮塵八の記憶と意識を持って母親の胎内から生まれた時点では訳ではない。多分――根幹が木暮塵八である以上、趣味嗜好も塵八だった頃と殆ど変化していないと言って良い。

 

だから相変わらずナタデココ入りヨーグルト飲料は好物だし、暇があれば漫画を読んだり書いたり映画を見たり。勉強はやっぱり苦手なままで、中学まではそれなり以上に成績優秀だったが高校になった途端ガクリと成績が落ちてしまって妹にバカにされてしまったのは嫌な思い出だ――――1度やった内容にもかかわらず、数学でまたも1桁台を取ってしまう始末なのだから馬鹿にされても仕方ないけれど。

 

話を戻そう。ともかく五十六は今も女の子が苦手だ。特に親友の三木多可同様幼馴染で今や同じクラスの委員長を務める四天王寺花蓮はスーパーモデル顔負けの美貌とスタイルの持ち主なので、彼女と一緒に居るとかつて由美子と接していた時のようにドギマギしてしまう。

 

 

 

 

 

 

何故こんな話題が出てきたかというと、ここ数日の間に立て続けに外国人の美少女が3人、五十六の間に出現したからだ。

 

 

「五十六さん、お背中を流させて頂きますね!」

 

 

1人目は五十六の自宅にホームステイする事になった金髪の美少女、キャスリン・涼音・アマミヤ。ロサンゼルス市警のお偉いさんの娘という触れ込みで、事ある毎に露出が激しい格好で五十六の元に乱入してくる。

 

 

「そのうちウォッカを飲みながら政治と文学の話でもしよう、五十六」

 

 

2人目はバイト先の本屋に新人店員として入ってきたクールな美貌のロシア美少女、タチアナ・オゴロドニコワ。面接の最中服を脱ぎ出して成熟しきった肢体を五十六に見せつけてきたのには驚かされた。

 

 

「こ、こちらがレシートになりま――――ああっ!?あわ、あわわわわっ、どうしよどうしよどうしよっ!」

 

 

最後に3人目は漫画用の画材を購入するのに通っている行きつけの文房具店の新人店員であるメガネっ娘中国人のリー・イーチン。どうやらとんでもないドジっ娘なようで、五十六にレシートを渡すだけなのに何故かレシートは最終的に五十六の手に渡る事なく彼女の手でバラバラに破かれてしまったのは非常に衝撃的だったと言えよう。

 

イーチンはともかく、涼音やタチアナは過剰な程に行為を露わにして五十六に迫ってくる。その手段が非常に直接的だったりするものだから、五十六からしてみれば鼻の下を伸ばすどころかドン引きものだ。

 

しかもこの3人娘は揃って五十六と同じ高校に同時に入学してきたのだ。五十六のクラスに3人まとめて!

 

授業中だろうが休み時間だろうがお構いなしに涼音とタチアナが五十六に迫ってくるものだから、周囲の嫉妬ややっかみや疑問の視線も相まって五十六の精神的負担は累乗的に上昇中だ。クラス委員長で真面目な花蓮も留学生達の対応に四苦八苦している。申し訳ない四天王寺さん、でも俺だってイッパイイッパイなんですよ。

 

特に涼音は日本に来る前に観賞した漫画や映画から得た間違った日本観も合わせて発揮するものだから、その度五十六は間違った日本観を否定するのに苦労させられている。まさか今時日本観を学ぶ教材に『007は2度死ぬ』を使うなんて!そのチョイスをした人物を五十六は殴ってやりたくて仕方がない。

 

 

「ちょっと気になるんだ、キャスリン涼音さん……上手く言えないけど変な感じがして……あにき、気を付けろよな」

 

 

涼音の過激な接し方には妹の五十鈴も不信感を抱いているみたいで、五十六にだけ反抗期全開な妹には珍しく殊勝な態度で警告を伝えてきた位だ。

 

 

「どう考えてもおかしい、よなぁ」

 

 

明らかに異常だった。一斉に外国人の女の子が同じタイミングで五十六の元に集まるなんて、単なる偶然の所業である筈が無い。木暮塵八だった頃に鍛え上げられた殺し屋としての嗅覚も爆発物を嗅ぎつけたかのように警鐘を鳴らしている。此処まで盛大に勘が警告を発するのは飯田五十六となってから初めての事だ。

 

五十六が特に不信感を抱いているのは初対面の美少女がああも異常な程五十六に迫ってくる点だ。どうにもこうにもハニートラップ、つまり高い立場にある男性を色香で惑わして重要な情報を盗み出したり利用する為の要員としか思えない。いやイーチンに限ってはちょっと違う気がするのだが。あの慌てぶりとドジっ娘具合は五十六の目には演技には見えなかったが、彼女は3人の中でも最も豊満なバストの持ち主だしまだ断定は出来ない。

 

ここで問題なのは、ハニートラップ要員を送り込まれるだけの理由を五十六が持ち合わせている事である。

 

 

 

 

五十六の持つ秘密の力――――テレポーテーション能力。

 

 

 

 

最初に超能力を持っている事に気付いたのは、丁度母親が実の父親と離婚した頃だった。肉体が小さな子供に逆戻りした事に五十六がまだ戸惑いを覚えていた時期だった

 

五十六の目の前でマンションのベランダから当時の五十六と同い年ぐらいの少女が柵を乗り越えて転落した。目撃したのは偶々そこを通りがかった五十六だけで、彼が立っていた位置は今すぐ少女の落下予測位置目指して駆け出しても子供の足では到底間に合わない距離だった。にもかかわらず五十六は間に合い、落ちてきた少女を無傷で抱き留める事に成功した。

 

その時の感覚を五十六は今も詳細に思い出す事が出来る。間に合え、間に合え、今すぐあの女の子の元へ辿り着かないと、と強く強く集中した瞬間見えない力に引っ張られて空気の壁を突き抜けたような感触がしたかと思った次の瞬間には少女の身体を抱き締めて別の場所に立っていたのだ。

 

あれから密かに瞬間移動の能力を重ねた結果、今はかなり自由自在に能力を使いこなせるようになっている。壁や物が置いてある位置に転移してしまってそのまま一体化したり危険な場所に間違ってテレポーテーションしてしまわない為の精緻なコントロールにはかなりの集中力が必要なのだが、一旦意識を切り替えて瞬間移動の感覚に慣れてしまえば後は早いものだった。

 

要は射撃や狙撃を行う時と同じ要領で集中すればいい。素早く正確に標的へ弾丸を送り込む事こそ殺し屋の必須技能でありそれは五十六、いや木暮塵八にとって数少ない取り柄の1つであったのだから。

 

或いは漫画を描く時、ペン1本で創造したキャラクターに魂を吹き込んでいく瞬間を想像するのでも構わない。銃を撃つ時と漫画に没頭する時は同じぐらいの集中力を発揮できる。

 

集中力以外にもテレポーテーション能力を使いこなす為に必要なのは平常心……より正確に言えば、如何なる時でも2本の足で地面に立っている時と同じぐらいの集中力が発揮発揮出来るだけの冷静さを保つ事だ。仮に何らかのミスで高度100mの空中に投げ出されたとして、能力を使う事に集中できればすぐに無事な場所へ転移が可能だ。集中出来るだけの平常心を保てなくて能力が使えなければ、五十六の肉体は地面に激突して生き物からグシャグシャの肉の塊と化す羽目になる。

 

実は人目を忍んで訓練を行った時以外にも五十六は瞬間移動を行った事があった。例えば小学生の時大雨で増水した川に三木多可が転落した時。流れが速く下手に飛び込んでも逆に流されるだけだったので、仕方なく溺れる三木多可の元に瞬間移動してどうにか三木多可を助け出したのだ。

 

他の事例も転落した少女や流された三木多可らと同様、どれも人命がかかっていた為止むを得ず能力を用いたのだが、もしやそこから五十六の力がバレてしまったのだろうか?勿論人命を助ける為に能力を使った事について五十六は全く後悔していない。するつもりもない。だけどどうしよう?

 

 

「こんな時誰かに相談できればいいのに……」

 

 

弓華や一登、平等院会長や毒島さんに白猫さんなど秘密を共有できる『仲間』が居ない事がこうも孤独で辛い事なのか、と五十六は落ち込む。まるで簡単な『仕事』に失敗した挙句大ドジをまして警察や敵対組織にも正体がバレてしまったような憂鬱な気分だ。

 

――――せっかくの日曜日なのに、何でここまで頭を悩ませなきゃいけないんだ?

 

 

「(考え過ぎちゃダメだ。今は漫画に集中しよう)」

 

 

自分の頬をピシャリと張って気持ちを切り替える。ペンを片手にいざ気合を入れて机の上に並べた原稿用紙に向き直り――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「五十六、今日は休日です!一緒に出掛けましょう!」

 

 

丁度そのタイミングで五十六の頭を悩ませる件の元凶の1人である涼音が五十六の部屋へと乱入してきた。あんまりにもあんまりなタイミングでいきなり突入してきたものだから、いざ行動に移ろうとした途端に出鼻を挫かれた五十六はまさに漫画の如く椅子の上に座りながらにしてずっこけてしまう。

 

苦々しさ満点のしかめっ面を思わず浮かべながら姿勢を立て直す。すると不機嫌そうな五十六に気付いた涼音が申し訳なさそうながらも悲しそうな表情を浮かべて碧眼の瞳を潤ませたものだから、慌てて五十六は謝罪する羽目になった。前世が歴戦の元ヤングガンでも泣く女の子には弱いのだ。

 

それにしても今日の彼女もやけに露出度が高い。屈んだだけで中身が見えてしまうであろう短さのミニスカートに小さなお臍から上と脇の高さまでだけを覆うチューブトップという組み合わせ。弓華といい白猫といいそれから豊平琴刃といい、五十六(塵八)の周囲には露出狂の気がある女性ばかり集まってやしないだろうか?

 

 

「ゴメン、誘ってくれるのは嬉しいんだけど今日はこっちに専念したいんだ」

 

「五十六はコミックを描いてるんですか?」

 

 

大袈裟なぐらいに大仰な驚きのリアクションを見せる涼音。それからおもむろにマジマジと五十六の顔を見つめだす。視線に質量があるならばレーザーと化して五十六の顔をあっさり貫通してもおかしくあるまい、そう思えるほどの熱い視線だ。

 

 

「眼鏡をかけてる五十六、初めて見ました」

 

「ああこれ?本を読んだり漫画を描く時ぐらいしか付けないから……」

 

 

照れ臭そうに頬を掻く。木暮塵八だった頃と違い、一般生活では眼鏡をかけなくても支障をきたさない程度の近視なので五十六の元にやって来て日が浅い涼音が知らないのも無理は無い。

 

眼鏡をかけるのには他にも理由がある。

 

要は意識の切り替えの問題だ。

 

 

「五十六はどんなコミックを描いているんですか?私も五十六が書いたコミックを読んでみたいです!」

 

 

相手が怪しい美少女とはいえ、自分が描いた作品を読みたいと言ってくれる事は純粋に嬉しいと思う。

 

五十六は机の隣の本棚に手を伸ばす。棚の1番上の段はこれまで五十六が描いてきた漫画の原稿がズラリと整理して並べてあった。1話分ごとにクリアファイルに収めて保管されている。原稿のみだけでなくスキャンした原稿のデータは個人用のPCにも収めてある上大容量フラッシュメモリーにもバックアップを取ってある。

 

 

「漫画の名前は何ていうんですか?」

 

「俺の描いてる漫画の題名はね――――」

 

 

 

 

 

 

――――――『ヤングガン・カルナバル』って題名なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木暮塵八だった頃、所属している中堅犯罪組織『ハイブリッド』の上司で凄腕の殺し屋で塵八の師匠だった故・椿虚のライバルでもあった毒島将成にこう言われた時がある。

 

ある学園に潜入したものの、結果的に塵八が一時的に所属していたクラスの仲間達と護衛対象だった少女を敵対組織から守りきれずに塵八の腕の中で死なせてしまった直後の出来事。

 

いつか死んだ虚や少女の事を漫画にして描いてやれ、と毒島は言った。

 

日頃からサディスティックな言動や振る舞いばかりする毒島には全く似つかわしくない、優しい口調で諭されたものだからよく覚えている。

 

『俺が死んだ時も漫画にして描いてくれ』とも言われた筈だ。結果的に毒島よりも先に塵八が死んでしまったのだけれど。

 

 

「(この世界でも漫画を描こうと思った時、毒島さんの言葉を思い出したんだ)」

 

 

『木暮塵八』が『飯田五十六』として生まれ変わった世界は、『木暮塵八』の世界とそっくりなようでだけど決定的に違う点があった。

 

一般人でもネットで検索すれば容易く大まかな情報が手に入ってしまうほどの巨大組織であった鳳凰連合も、豊平重工も、飛竜会も、ロシアンマフィアであるヴェルシーナもチャイニーズマフィアの紅旗幇も存在しない。最終的な塵八の両親の仇だった物部玖城は防衛庁長官どころか名前すら見つける事が出来なかったし、そもそも千葉県に窪内市という名前の都市は地図帳で探しても記載すらされていなかった。この分では『ハイブリット』も存在してはいないと、おぼろげながら五十六は確信していた。

 

『木暮塵八』が関わった事件も同様だ。日本でごく最近爆弾テロや大企業を狙ったテロは起きていないし現職の国会議員が何人も暗殺されたりもしていない。だけど911テロは起きたし米軍が中東で泥沼の戦闘を続けていたり日本の政治家が無能で汚職まみれなのはやはり塵八の世界の頃と同じだ。『木暮塵八』とハイブリッドに関わる全ての事柄のみ存在しない世界。

 

増田京治、椿虚、前田紫良、真田ソニア、四谷塁――――そして塵八自身。木暮塵八に関わって生き、死んでいった人々。この世界で彼らの事を知る人間は飯田五十六ただ1人のみ。

 

 

 

 

――――だから飯田五十六は、木暮塵八とハイブリッドに関わる全ての事を漫画にしようと思った。

 

彼らという人間が実際に存在していたという記憶を、思い出を、1人1人の生き様と死に様を、他の人達にも知ってもらいたいと思ったから。

 

 

 

 

全てを知っている訳ではない。『ハイブリッド』が関わった事件の中には他の人間から又聞きしただけだったり、そもそも最初から塵八が関わらなかった部分も山ほどあるので、そこは推測や創造で埋めていくしかなかった。それでも7割ぐらいはありのままの事実を描けている自信がある。

 

一応人物名や組織名は変更しているが、それ以外は塵八が見て経験した全ての事柄をそっくりそのまま漫画という形で描いてきた。

 

主人公はヤングガンと呼ばれる2人の高校生の殺し屋。漫画研究会に所属する狙撃が得意な男子高校生と1年後輩で奔放なレズビアンである2丁拳銃使いの女子高生。バイオレンス満載の青春ガンアクション漫画。

 

最近はイラスト投稿サイトの普及によって、サイトにメールアドレスとパスワードと名前を登録すれば素人でも気軽にイラストや漫画を掲載できるようになったので五十六も活用している。スキャナーで取り込んだ原稿のデータを投稿サイト内に設けた自分のページで公開しているのだ。評判は意外と上々、特にガンアクションや格闘戦のリアルさに定評があると読者から一定の評価を得ている。

 

 

 

 

漫画家としてのペンネームは――――木暮塵八。

 

 

 

 

漫画を描く時に眼鏡をかけるのは、そうすると五十六の意識が『木暮塵八』だった頃に近づいた気がして、当時の記憶をより鮮明に思い出す事が出来るからだ。

 

実は塵八のポジションに当たる主人公のキャラデザインについてはちょっと気合を入れてカッコ良く描いているのは誰にも言えない秘密である。

 

 

「どうかな。涼音さんの好みに合うのかは、大分不安なんだけど……」

 

「いいえ、スッゴイ面白いです!とにかく銃の描き方や戦闘描写がリアルで、読んでいるとまるで自分が実際に銃撃戦を体感してるように思えてきちゃうぐらいとってもリアルですよ!」

 

 

ええ、何せ実体験をそのまま描いていますから――――とは白状できないので五十六は笑って誤魔化す。

 

 

「出来ればもっと続きを読んでみたいんですけど」

 

「構わないよ。俺も楽しんで読んでもらえて嬉しいですから。そういえば涼音さんも漫画とかは結構読んだりする方なんですか?」

 

「はい、私日本の漫画大好きです!日本文化を勉強する為の教材としてもピッタリでした!」

 

「へ、へー……例えばどんな漫画を読んだんですか」

 

「えっとまずは赤松健先生の作品を全種類に『To LOVEる』に『ナナとカオル』に――――」

 

「……そんな事だろうと思いましたよ」

 

 

作品が挙げられる度に口元が引き攣っていくのを抑え切れたかどうか、五十六には全く自信が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで終わりっと」

 

 

結局五十六は休日を丸々潰して漫画の執筆に没頭した。ありがたい事に涼音も過去の五十六の作品を読み始めてからは夕食の時間までジッと静かにしてくれたお陰で、五十六は無事次回更新分の原稿を完成させる事が出来た。涼音が乱入してきた時は支障が出るのも覚悟していたのだが、杞憂で済んだのは素直にありがたい。

 

入浴と夕食を済ませてからも漫画を描いていたらいつの間にかとっぷり夜も更けてしまっていた。携帯で確認してみれば既に午前2時前後、既に妹や両親に祖父母も寝入っている時間帯。一旦漫画に集中してしまうと時間の感覚が無くなってしまうのは五十六の悪い癖だ。

 

俺もいい加減トイレを済ませて寝よう――――椅子の上で大きく伸びをしてから立ち上がり、音も立てずに自室の扉を開けて気配を完全に消しつつ廊下に出る。腐っても中身は元凄腕ヤングガン、気配を消す事など現在もお茶の子さいさいである。それでも上には上が居るのだから世の中侮れないが。

 

 

「(新沼分隊の指揮官もとんでもなかったけど、毒島さんや師匠ももっと上手く気配を消せるんだろうなぁ)」

 

 

これまた音も無く扉を閉める。トイレに向かおうと思ったその時、五十六の耳が誰かの囁き声を捉えた。

 

動きを止めて耳を澄ませてみると、五十六の部屋から廊下を挟んだ向かい側に位置するゲストルーム――今は涼音が使っている――から扉越しに聞こえてきていた。

 

 

「(今のは涼音さんの声?)」

 

 

更に気配を消した五十六は、ゲストルームの扉に不用意に触れて音を立てないよう出来る限り注意しながらそっと耳を近づける。

 

どうやら部屋の中で誰かと電話で話しているらしい。話す先は恐らく故郷のアメリカだろう。日本とアメリカの時差を考えると向こうは丁度午前中の筈。

 

ただし、聞こえてくる涼音の口調は家族や身近な親しい人間と話す様な気楽なものではなかった。

 

 

『はい、はい分かっています……引き続き監視と調査は続行します……』

 

 

『監視』『調査』――――どれも只の留学生が故郷の家族と話す内容にしては不釣り合いに思える。涼音の口調もまるで上司など目上の役職に就く物に対して報告している際のそれだった。

 

丁度連絡が終わるタイミングだったのか、回線が切れる小さな電子音が微かに届く。それから涼音が吐き出した溜息と深い憂いと疑問を含んだ呟き。

 

 

『……五十六が世界崩壊の引き金になるかもしれないなんて……どう見ても彼は普通の人なのに……』

 

 

そこまで聞いてから五十六はその場から離脱する。足音も気配も消したまま出来る限り素早く離れていく。そうしなければ内心の動揺が扉の向こうにも涼音に伝わってしまいそうな気がしたからだ。

 

 

「俺が世界崩壊の引き金になるって?ああでも心当たりが無くも無いから否定できない……!」

 

 

ともかく1つだけほぼ確定した事がある。

 

 

 

 

 

 

――――キャスリン・涼音・アマミヤは黒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想絶賛募集中。


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第2章:汝、平和を望むなら

木曜に祖母が亡くなった関係で予定より投稿が遅れた&前回より長めの内容となりました。
タグにラブコメって入れた以上ラブコメ回も挟まないとね!


 

――――五十六の朝はトレーニング・ウェアに着替える事から始まる。

 

と言っても実際は学校指定のジャージの予備を家でのトレーニング時に使っているだけの事だ。今や殺し屋ではなく単なる本屋のアルバイトである五十六には一々トレーニング用の衣服を買うだけでも財布には結構な痛手なのだから仕方ない。

 

時刻は午前6時前。漫画の執筆で夜更かしした日には大分辛い時刻だが身体は既に早起きに慣れてしまっているので、冷たい水で顔を2~3度洗えば頭を包む眠気の靄は即座に吹き飛ぶ。

 

 

「おはよう、じゃあちょっと走ってくるよ」

 

「ああ、車に気を付けるようにな」

 

 

飯田家で最も朝早く起きるのは100歳近くながら未だに矍鑠とした心身の持ち主である五十六の祖父だ。昔ながらの乾布摩擦を庭先で行っていた祖父と朝の挨拶を交わしてから家の外に出る。

 

五十六の毎朝のトレーニングは、30分ばかり近所をジョギングしてから自宅に戻り登校の時間になるまでの間ひたすら自室で筋トレか庭先でのシャドーボクシング、またはその両方という内容だ。シャドーを自室で行わないのは五十六の部屋がそこまで広くないので下手に大技を繰り出すと壁や家具にぶつけかねないから。

 

五十六こと塵八が平凡な高校生――瞬間移動が使える高校生が平凡かどうかはともかく――にもかかわらずこのようなトレーニングを行う理由は健康の為でもあるし、いざという時の備えの為でもある。

 

心の弛みは肉体に現れる、と五十六は考えている。木暮塵八だった頃に殺してきた標的が良い例だ。悪事を平気で揉み消すような汚職議員や罪を罪だと思わない世の中を舐めきった人間を数多く見てきて、その誰もが一目で分かる程醜悪な見かけだったり腐った雰囲気なりを漂わせていたものだ。逆もまた然り、肉体が弛めば心も弛むに違いない。

 

元々身体を動かすのは嫌いではなかったし、特殊能力を持ち合わせていれば遅かれ早かれ何らかのトラブルに見舞われるだろうと五十六は半ば覚悟していた。故に鍛える。

 

涼音達外人美少女が次々と現れた事でキナ臭さが目立ち始めたので、自分の予感は間違っていなかった事がほぼ証明されたも同然だった。勘が当たったといっても全く嬉しくは無かったが。

 

 

 

 

シィ・ウィス・パケム・パラベラム。

 

――――『汝、平和を望むなら戦争に備えよ』

 

まったくその通りだ、と五十六も同意見だ。

 

暴力が必要になった時に備え、五十六は可能な限り己の肉体を研ぎ澄ませていく。

 

 

 

 

偶に妹や祖父がシャドーを行う五十六の姿を見物しに来る。五十鈴などは最初の頃など、格闘技系のジムとは縁が無い筈の兄が見事に様になった格闘技の技を矢継ぎ早に淀み無く繰り出し続ける様を見せつけられてポカンとした間抜けな顔を浮かべていたのが特に印象深い。

 

こんな事を聞かれた時がある。

 

 

「…あにき、どこでそんな格闘技なんか覚えたの」

 

「それは――――あれだよほら、ネットとかで資料集めたり映画を見たりしてて、自分でも漫画の主人公と同じ様に身体を動かしてみた方が漫画を描く時にも参考にもなるから、何度もそうしてる内に自然に覚えたんだよ。他にも格闘技やってる三木多可にパンチの打ち方とかを教えてもらったりさ」

 

 

7割嘘で3割が真実。五十六の格闘技の師匠は凄腕の殺し屋だが、自ら身体を動かして漫画の参考にしているのは事実だし三木多可とは(加えてバイト先の変わり者先輩店員坂田征四郎とも)時折スパーリングも行っている。やはりスパーリングの相手が居るのと居ないのとでは鍛錬で得る事が出来る経験値は大きく違ってくるものなのだ。

 

余談だが、その会話の直後激しく身体を動かして汗だくになった服が気持ち悪かったのでつい五十鈴の前なのも忘れてジャージとその下に着ていたTシャツをまとめて脱いで上半身裸になってしまい、細身ながら日頃の鍛錬のお陰で意外と着痩せしている兄の裸を目の当たりにしてしまった途端真っ赤な顔になった妹に散々「変態!破廉恥!」と怒鳴り散らされてしまったのは微妙に思い出したくない記憶だ。

 

――――その割にはチラチラ自分の方に目を向けて来るし、今もちょくちょくトレーニングを覗きに来たりするんだよなぁ。わざわざ脱ぎ捨てた汗臭い衣類を半ば強引に洗濯しに持って行ってくれたりもするし。

 

塵八だった頃は1人っ子&孤児だったので兄弟姉妹に仄かな憧れを懐いていたものだが、実際妹を持ってみると色々と距離感が掴めなくて困ってしまい、五十六は頭を悩ませる。

 

 

「(ダニエラは素直な良い子だったなぁ……いや、比較しちゃダメだろ。ダニエラはダニエラ、五十鈴は五十鈴なんだから)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を戻そう。

 

最近、五十六のジョギングに同行する者が増えた。それも同時に3人。

 

言わずもがな、勿論涼音、ターニャ、イーチンの外国娘達である。案の定、揃いも揃ってボディラインを強調するデザインのトレーニングウェアに身を包んで五十六を取り囲む。

 

 

「……何で3人がここに居るの」

 

「ふむ、奇遇だなトバリッシュ(同志)五十六。今日はたまたま君の前を通りがかっただけだよ」

 

「わ、私もそういう事にしておいて下さい……ううう、私運動苦手なのにぃ」

 

「ワザとらしいですよ2人共!五十六は私と一緒にトレーニングするんですから!」

 

「いや俺一緒に涼音とトレーニングしようなんて一言も……そもそも君、俺より先に外で待ってたよね?」

 

 

完全に五十六を出待ちしていた3人に五十六は思わず突っ込みを入れてしまった。女の子が苦手な五十六だったが、涼音とターニャについては次第に遠慮が無くなってきている。

 

イーチンについては彼女だけ不必要なアピールを五十六に送るどころか朝早起きして走る事に対し諦観混じりの心底嫌そうな雰囲気を漂わせていて、あまりの消沈っぷりに同情すら覚えてしまった。

 

 

「もう良いです。付いてくるなら勝手にして下さい。それからイーチンさんは別に無理して付いて来なくても大丈夫ですからね?」

 

「あう、何とか頑張ります」

 

「いやだから頑張らなくていいんですってば」

 

 

ともかくジョギング開始。普通のジョギングよりもやや早めのペースで一定の速度を維持しつつ見慣れた早朝の路地を駆け抜ける。走り始めて5分と経たず川沿いに続く並木道へと出た。川に沿ってひたすら走り続けるのが五十六の何時ものコース。

 

 

「おはよう五十六――――くん?」

 

 

並木道へ出た所で新たに1人追加。五十六の様な学校指定の地味なジャージではなく、有名ブランドのスタイリッシュなスポーツジャージ姿の四天王寺花蓮だ。

 

実は彼女も毎朝五十六と共にこの並木道を走っているのだが、今日の彼女は挨拶の言葉を途中で区切った瞬間の口を大きく開けた表情のまま凍り付いていた。

 

その理由はもちろん、五十六の両隣で並走していた涼音とターニャである。イーチンだけ大分遅れて荒く息を喘がせながらどうにか3人を追走していた。既にその顔は泣きそうだ。

 

――――彼の隣は私のポジションなのに!

 

 

「何で3人が五十六君と一緒に走ってるんですか!?」

 

「いやあ……何ででしょうね。アハハ」

 

 

どう説明したものやら。必死の形相で問い詰めてきた花蓮に五十六は乾いた笑いを漏らして誤魔化すしか良い考えが思い浮かばない。

 

彼の背後では五十六から見えない位置で涼音とターニャが勝ち誇るような笑みを浮かべていたものだから花蓮のテンションはヒートアップ。

 

 

「は、早く行きましょう五十六君!登校時間まで余裕もありませんし!」

 

「いえ、せめてイーチンさんが追いつくまで待ってあげた方が……」

 

 

流石にイーチンを置き去りにしてしまうのは可愛そうに思えたので五十六が止めると、花蓮は少しだけ不満そうに流麗な眉尻を少しだけ下げつつも素直に従ってくれた。あわよくば1人邪魔者が脱落してくれやしないかと密かにほの暗い事を考えていた涼音とターニャは残念に思いはしたが顔には出さない。

 

 

「だから本当、そんな無理してついてこなくても構わないんですよー」

 

「はひ、ぜひ、だい、大丈夫でしゅ!」

 

 

既にかなり息を荒くしながらも(その度に五十六のクラスいや全校生徒の中でもトップに立ちそうなほど巨大な巨乳が上下に震えている)、イーチンは何とか五十六達の下まで辿り着こうと足を動かしていたが――――

 

何も無い平らな道で足をもつれさせたイーチンは自らの足に引っかかって五十六のすぐ目の前で前のめりになる。並木道はアスファルトで舗装されており、転倒すればそれなりのダメージになるだろう。

 

 

「あわっ!?」

 

「危ない!」

 

 

倒れこむイーチンを受け止めようと腕を伸ばして倒れる先に身体を割り込ませる五十六。

 

感じた衝撃は予想以上に軽く、そして柔らかかった。すっぽりとイーチンの身体が五十六に抱き止める形になったのだ。

 

男の胸に抱かれている事に気づいたイーチンは「はわわわわわ……」と言葉にならない声を漏らし始め、五十六の方はふわりと鼻先をくすぐったイーチンの髪から汗の酸っぱさと南国の花のように甘い匂いが渾然となった異性の香りに脳髄をガツンと殴られた感覚を覚えたが、それよりももっと大きな問題が発生。

 

 

 

 

――――とっさに伸ばして彼女を受け止め、抱き寄せた際に五十六の右手がしっかりとイーチンの左胸を鷲掴みにしていた。

 

 

 

 

「ご、ゴメン!」

 

「あわあわあわ、男の子に触られちゃった…!」

 

 

――――本当にどこのラブコメだよ、と五十六はセルフツッコミ。

 

慌てて離れて頭を下げるが、次の瞬間ゾクリと背筋が凍り冷や汗を生じさせる感覚に全身を撫でられてまた勢い良く顔を上げてしまった。

 

 

「(さ、殺気!?)」

 

 

慌てて見回すも殺気の発生源らしき人影は見当たらない。隠れたのか視認できない位遠くで見張っていたのか、ともかくそれなりに離れた距離から何者かが殺気を叩き付けてきたのは間違いない。

 

涼音達の方は先程の気配に気づいていない様子で、どうやら五十六にだけピンポイントに濃厚な殺気を照射したらしい。かなりの隠行の使い手と推測。そんな人物にまで見張られているとは、先が思いやられる。

 

 

「い、い、五十六君!貴方なんて事してるの!」

 

「私知ってますよ。今の五十六みたいな人をラッキースケベっていうんですよね!エッチなのはいけないと思います!」

 

「同志五十六、流石に今の行いは破廉恥だと言わざるを得ないな」

 

 

口々に少女達に責められて泣きたいぐらいの情けなさと罪悪感に襲われる五十六であった。

 

――――でも涼音とターニャにだけは言われたくないなぁ、とも思った。

 

 

 

 

余談だがそこから数十m離れた物影では、ロングヘアをシルバーグレイに染めた中国系の美女が憤怒の形相を浮かべて手近なブロック塀を素手で破壊していたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他にも学校で3人娘に迫られたり誘惑されたり部活でピッキングの訓練やらされたら涼音が全ての錠前を解除しちゃったり

 

 

「――――とまぁ最近こういう感じの事ばっかりなんですよ。征四郎さんはどう思います?」

 

 

アルバイト先の書店である『みのり書房』の先輩店員で陰謀好きな坂田征四郎に、五十六は外人娘達絡みの出来事について試しに相談してみた。

 

日本の警察官や自衛隊員の大部分よりも鍛え上げられた肉体を持つ征四郎はしばらく黙りこんでタップリと間を空けた後(しかしその手は自動運転で淀み無く業務を捌いている)、重々しく口を開いてこう言い放った。

 

 

「陰謀の匂いがするな」

 

「それについては俺も同意見ですけど……」

 

「君の方に心辺りは無いのかい?例えば――――」

 

「言っときますけど見知らぬ人間から手紙やマイクロフィルムを預けられたり、偶然怪しい連中の会話を聞いたり、新薬の実験台になったりも遺伝子操作された蜘蛛に刺されたりもしてませんからね俺は」

 

 

五十六に言おうとした内容を先読みされて話を中断させられても征四郎は機嫌を損ねた様子も無く「ふむ」と漏らす。

 

 

「だったら五十六君が描いた漫画に出てくる陰謀が、実は実際に秘密裏に国家が行っている陰謀とそっくりだったという可能性はどうだろう?」

 

 

五十六がネット上に公開している作品を征四郎も愛読しているのだ。彼曰く『五十六君の描く漫画は実に俺好みの陰謀ばかり出てくるし銃撃戦描写もリアルに再現しててお気に入り。敢えて言うならCIAとかアメさんの出番が少ないのが不満かな』との事。

 

今の発言には流石に五十六もドキリとせざるを得ない。何たってそっくりどころか実際に起きた陰謀をそっくりそのまま漫画のネタにしただけなのだから。

 

尤も陰謀が進行していたのは別世界での事なのだけれど。あと征四郎に言われて気づいたが、『ハイブリッド』時代に関わった国と言えばロシアに中国に韓国に北朝鮮の犯罪組織だったりアフリカのPMCと戦ったりメキシコ陸軍の将軍を標的にしたりで、意外とアメリカが直接的に関わる問題に遭遇した事が無かったのを今更ながら五十六は思い出した。

 

――――いや、あの軍事超大国アメリカが絡んでくる陰謀に巻き込まれるとかそれ程最大の死亡フラグじゃん。米軍を敵に回すとかマジ勘弁。ホントアメさんが出張ってくるような事件に巻き込まれなくて良かった…!

 

内心の動揺をおくびほど見せまいと心がけつつ首を横に振る。

 

 

「それじゃあ『ペリカン文書』じゃないですか。あくまであれは漫画の中の出来事に過ぎませんからね?」

 

「それはどうかな。五十六君の描く漫画の陰謀は俺の目から見てもかなりレベルの高い陰謀ばかりだと思うよ。第一、俺も五十六君の事実はただ者じゃないと思ってるしね」

 

 

それは初耳である。一瞬だけ手を止め、からかい4割興味6割の絶好の観察対象を見つけたと言わんばかりの爛々とした目で五十六を見やった。異様な眼光と心当たりがあるせいで五十六は思わずたじろいでしまう。

 

 

「五十六君は確かに善良で真面目な性格だ。だけどそれは仮の姿で、実は五十六君も幼い頃から鍛えられた工作員だったとか言われても俺は信じるよ」

 

「だから何でそうなるんですか!」

 

「何となくだけど分かるんだよ。君の奥底に、凶暴さと冷徹さを兼ね備えた危険な何かが潜んでいるのを」

 

「………」

 

 

すぐに否定出来なかった。

 

 

「大体五十六君かなり強いだろ?休みの日に偶にトレーニングやスパーリング付き合ってくれるけど、ジムでも俺と同じぐらいのレベルの人って殆ど居ないのに、五十六君はそんな俺と互角にやりあえる。それだけでただ者じゃないって思ったよ」

 

 

あ、しまった、と五十六は思い出す。

 

征四郎の言う通り、彼とも何度か征四郎が通う格闘技系のジムでスパーリングを行った事があった。そこでかなりの格闘家でもある征四郎の強さ――少なくとも平等院会長並みかそれ以上――を目の当たりにしてついつい塵八も本気になってしまい、壮絶な乱打戦を繰り広げてしまったのである。

 

勿論目潰しや金的などの危険な反則技(でも実戦では極々当たり前のテクニック)は繰り出さなかったが、一旦人生がリセットされて鍛え上げられた『木暮塵八』の肉体は失ったものの数々の訓練や実勢経験で培ったテクニックの数々や心構えは魂に刻み込まれ、『飯田五十六』になってからも五十六の奥底に根付いている。高校に入学する事には塵八だった頃とほぼ同じイメージ通りに身体を動かせるようになっていた。

 

パワーと打撃技の威力は征四郎が上回っていたがテクニックと対応力の高さは五十六が上だった。交差する拳と拳、激しくぶつかり合う肘と肘、膝と膝。互いに手足を絡め合って繰り広げられる立ち関節技に寝技合戦。

 

挙句、スパーリングを終える頃には2人が戦っていたリングをジムの練習生達がぞろりと囲んでいた。明らかに学生の少年が変わり者だがトップクラスの実力を持つ征四郎と行っていたスパーリングはそれだけハイレベルな内容だったのだ。

 

 

「(やっぱり気づかない内に平和ボケしちゃってたんだろうな俺も)」

 

 

気が緩んでついつい自分の本性を隠す事を忘れてしまっていたせいでもあるし、己が修得したテクニックに真っ向から対抗できるぐらいの実力者を前にしてついつい本気を出してはしゃいでしまったせいでもある。

 

どちらにしろ自分を律する事が出来なかった五十六の自業自得だ。五十六の前世が元殺し屋だったりテレポーテーション能力を持ち合わせている事まではまだ気づいていないだろうが……

 

征四郎が五十六の異常性の一端に触れていながらも、変に態度を変えずこれまでと変わらぬ関係と距離感を保ち続けてくれているのはきっととても幸運な事だ。

 

 

「五十六君、君は良い人間だ。確かに君は何か人には言えない秘密を抱えているみたいだし何らかの陰謀にも関与しているのかもしれないけど、だからといってその程度の事で俺は君を嫌うつもりは無いよ」

 

「征四郎さん」

 

「――――何より俺はそういう秘密とか陰謀が大好きな人間だからね。本物の陰謀が見物できそうなこんな特等席、人には譲れないよ」

 

「……やっぱり。だと思いましたよ!」

 

 

 

 

――――だけどそれでこそ征四郎さんらしいよなぁ。自然と五十六の口元に苦笑が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五十六、今日も背中を流させて――――」

 

「ああ、俺は今上がった所だから……」

 

「ええっ!?今入った所じゃないですか!」

 

 

今日も今日とて涼音が入浴中に乱入しようと企んでいたのを先読みした五十六は全身の水分を拭い取るのもそこそこに、過激な水着姿のまま驚愕の表情を浮かべている金髪少女と入れ違いに浴室を出た。

 

しかしすぐにその場から離れず気配を消し、ガックリと肩を落とした涼音が1人シャワーを浴び始める水音が聞こえてくるまで待ってから素早く2階に上がる。

 

 

「さて……やるか」

 

 

早足に且つ気配を消したまま向かう先は自室……ではなく、現在涼音が使用しているゲストルームだ。

 

父親はまだ仕事から帰っておらず母親は夕食の支度中、妹は今でテレビに夢中で祖父母も3階に居るのを確認済み。だがいつ邪魔が入るかはわからない。

 

――――30秒。何らかの彼女の正体に繋がる情報を見つける為に涼音の部屋に侵入して部屋を探るのは30秒間だけだと五十六は己に強く言い聞かせる。

 

こういう形で勝手に女の子の部屋に忍び込むのは大いに気が引けるが、涼音に知られないよう彼女を探る手段がこれしか思い浮かばなかったのだ。今の自分はハイブリッド所属のヤングガン・小暮塵八ではなく普通の一般家庭の長男・飯田五十六であり、警察のデータベースに侵入してまで目的を達せれる程の情報網も手段も持ち合わせていないのだ。手段を選んではいられない。

 

ゲストルームの扉には鍵がかけられていたが、実際にはやろうと思えば廊下側からでも開ける事が可能な単純なタイプ(ドアノブの上に在る突起に爪を引っ掛けて半回転させればそれだけで開いてしまう)なのですぐに開ける事が出来た。誰かが勝手に入ってきた時に備えて感知用センサーが設置されている可能性もあったが、わざわざホームステイしている家にそんな物を設置しては存在を知られた時面倒が増えるリスクを考えて設置していないだろうと判断。

 

今回に備え五十六はある物を入手しておいた。手製のピッキングツールである。

 

五十六が人目を忍んで作成した物ではなく、先日危機管理部にてピッキングの実習をやらされた際、部長の東条未華子が準備した物を幾つか失敬しておいたのだ。ヤングガン時代にピッキング技術も叩き込まれたので、電子ロックや特殊な代物でもない限り一般に出回っている市販品の錠前ならほぼ解除出来る。

 

 

「お邪魔しま~す」

 

 

軽く独り言を漏らしながら室内に侵入成功。ゲストルームを見回す。本棚にデスク、ベッドにクローゼット。絵を描く為の画材を収納する道具箱がベッドの近くに置かれている。

 

本棚には日本を舞台にした海外映画のDVDと、赤松健作品を筆頭に妙にもてまくる主人公が女の子に振り回される学園が舞台のラブコメ漫画やライトノベルばかりがズラリと収まっていた。本棚の隣のデスクにはノートパソコン。クローゼットを開ければこれまで度々五十六を誘惑しようと涼音が着用した過激な衣装の数々が収まっているに違いない。

 

五十六は本棚にもデスクの上のパソコンにもクローゼットに触れようともしなかった。

 

 

「どうせパソコンは暗号化やロックがかけてあるだろうしなぁ」

 

 

涼音の正体が推測通りならそれにしては無用心な気がしたが、きっと一般人であるこの家の人間には中身を見る事は出来まいと油断しているのだろう。五十六も高度に暗号化されたパソコンのセキュリティを一瞬でハッキング出来るだけの技能は持ち合わせていない。

 

本棚も下手に触った結果、本の順番や並び方の些細な変化に涼音が気づかないとも限らないので無視。クローゼットの方もこの家具は元からこの部屋に設置してあったものだ。隠しスペースも存在しない変哲の無い家具に、重要な物を無造作にしまっておくとは思えなかった。

 

 

「(――――何よりあの道具箱が1番クサいんだよな)」

 

 

五十六の勘がこう言っている――――あれは偽装用の武器ケースなんじゃないか?

 

『ハイブリッド』は規模としては中堅ながらリーダーの白猫の方針で装備や設備には糸目をつけない主義だった。銃火器を隠して運搬する為の偽装武器ケースにもこだわりがあり、五十六も塵八だった頃には通学用カバンに偽装した武器ケースを度々『仕事』で活用したものだ。道具箱からはそれに似た雰囲気が漂っており、危険物を嗅ぎ取る五十六の勘に引っかかったのである。

 

絵画用の道具箱に近づく。鍵がかけられていたが、仕組み自体は単純なので持ってきたピッキングツールで簡単に解除できる。

 

ここまでで10秒足らず。残り時間は20秒。

 

 

「やっぱり、か」

 

 

箱の中身を見つめながら独りごちる。

 

案の定道具箱に収められていたのは絵を描く為の筆や絵の具などではなく、小型拳銃と整備キット、予備マガジンに弾薬等だった。人を殺す為の道具。

 

かつての五十六……『小暮塵八』が慣れ親しんだ存在の数々。だからこそ道具箱の中の品々がモデルガンなどの玩具ではなく本物だと直感的に理解できた。

 

小型拳銃はジグ・ザウアーP232拳銃。全体的なシルエットが流線を描いている美少女スパイが持つにはまさに絵になりそうな拳銃だ。そのサイズはスカートの下に隠し持つにはぴったりだろう。

 

使用弾薬は9mm×17mm弾。いわゆる.380ACPまたは9mmショートと呼ばれる弾薬だ。小型拳銃向けだとは思うが、パンチ力優れる45口径を愛好してきた五十六からしてみれば少々威力不足で物足りない――――いや今そんな事暢気に考えてる場合じゃなくて。

 

主観時間でかれこれ約10年ぶりに実銃を前にして、少々意識が遠くへ飛んでしまっていたようだ。我に返った五十六はすぐに道具箱を閉めて鍵もかける。

 

 

 

 

――――これで涼音さんは完全に黒だと確定した訳だけど。

 

 

 

 

「これからどうしよう」

 

 

正体を探ってそれなりの情報――銃を隠し持っている事と銃を手に入れるだけのネットワークを持っている事――を手に入れ、涼音がどこかの情報機関か犯罪組織の構成員であると確信を持てた。

 

だからどうする?下手に突けば五十鈴や祖父母両親に危険が及ぶ。

 

相手は組織、こちらはまったく後ろ盾の無いただの高校生。塵八だった頃のように『ハイブリッド』の支援や保護も受けられない以上、塵八が取れる選択肢は限りなく少ない。

 

 

「しばらくは静観するしかなさそうだな……」

 

 

情けなくもあり、じれったくもあり。

 

だが何よりも大きいのは自分のせいで両親や五十鈴達、これまでずっと共に生きてきた血の繋がった家族を失う事への恐怖と怒りだ。

 

『木暮塵八』は家族を……両親と師匠でもあり父親のような存在だった椿虚や『ハイブリッド』の仲間達を何人も失ってきた。

 

『飯田五十六』は2度と家族を奪わせまいと固く心に誓う。

 

 

 

 

シィ・ウィス・パケム・パラベラム。

 

――――『汝、平和を望むなら戦争に備えよ』

 

 

 

 

「――――もう、四の五の言ってられないよな」

 

 

仮に涼音達の組織が家族に手を出そうというのならば、その時は五十六も本気だ。

 

テレポーテーション能力に元ヤングガンとしての技能と知識と経験を生かせば自衛隊や在日米軍の基地から容易く武器を奪う事が出来る。武装や装備はそうして整えればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャスリン・涼音・レイチェル達は五十六の敵となるのかそれとも味方なのか――――

 

出来れば後者の方がお互いの為だ、と五十六は密かに祈った。

 

 

 

 

 

 

 




出来れば残り5話以内に完結したい所…


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第3章:バック・トゥ・バイオレンス

ココからエピローグまでドンパチが続いて終了予定です。


 

 

 

――――結局俺は、何処まで行っても銃と暴力と陰謀からは逃れられる事が出来ないらしい。

 

そう理解させられた五十六は、苦々しさを秘めた決心の表情を浮かべながら、足元に転がってきた銃へと手を伸ばした――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数時間前。

 

日課通り登校してきた五十六のカバンにいつの間にか入れた覚えの無い封筒が忍ばされていた。

 

教室を抜け出して人気の無いトイレの個室で中身を確かめてみると、涼音やターニャそれにイーチンを遠くから撮影した写真が何枚も入っていた。その中で少女達は銃を向け合ったり関節技をかけ合ったり、怪しげな知らない男性と密会したりしている。

 

 

「何だよこれ、マジかよ……」

 

 

五十六は洋式便座に腰かけたまま文字通り頭を抱える。このような写真が自分の元に届いた事自体驚きはしたが、五十六が頭を抱えたのは写真の内容にではなく、このような写真が五十六の元に届けられた事そのものだ。

 

これらの写真を送りつけてきたのは間違いなく涼音ともターニャともイーチンとも違う、五十六も予想していなかった新たな勢力によるものに違いない。少なくともあの外人娘3人が自ら正体をこのような形でバラすメリットが全く思いつかないからだ。

 

最も可能性の高い予想は3人とは別の新手の勢力が現在の膠着状態に混乱をもたらすべく行った、という物。

 

写真の真偽については合成などではないと五十六は判断している。どれもこれも望遠による盗撮だった。決定的瞬間を逃さない根気やどの写真にも殆どブレやピンとボケが生じていない

 

 

「(問題は誰が仕込んだのか、だ)」

 

 

授業前のホームルーム、そんな時間帯に五十六のカバンに近づける人物は極々限られる。

 

学校の人間、それも教職員や余所のクラスではなく、五十六と同じクラスの生徒でもなければ間違いなく五十六や周囲が気付くだろう。つまり涼音達が五十六に接近する以前からどこかの諜報機関や犯罪組織の構成員がクラスメイトとして潜んでいた、という事。

 

偶然なのか、はたまた涼音達と同じ目的なのか。小暮塵八だった頃に所属していた漫研の部長が実はヤクザの組長で塵八の敵に回った時よりはまだマシだが、それでもそれなりの衝撃が五十六の心中を襲う。

 

 

「(とにかくこうなったからには、もう涼音さん達に事情を話すしかなさそうだな)」

 

 

自らの決定ではなく見知らぬ誰かに誘導される形になってしまったのは不服ではあるけれど、かといって写真の事を秘密にし続ければクラスに潜入している新手が次はどのような手段を講じて来るか分かったものではない。

 

これ以上大事にならない内に解決してしまった方が得策だ。五十六は酷く疲れた溜息を漏らしつつ写真の束を封筒に戻す。

 

どっちにしろこれで五十六の運命は、十中八九平凡で平穏な生活から遠く離れた物になってしまうのは間違いない。備えや覚悟はしていたつもりだが、改めて思い知らされるとやはりショックは大きい。

 

 

「(――――だけど)」

 

 

 

 

――――自分1人の犠牲で妹や両親達今の自分の家族を守れるのであれば些細な代償だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

 

本来今日はバイトがある日だったが、五十六は書店に電話して「本当にすみませんけど今日は俺とターニャさんは休ませてもらいます」と連絡しておいた。電話に出た征四郎はちょっと困った様子ながら、特に詰問する事無く了承してくれたので五十六は心から申し訳なく思う。

 

涼音とターニャにはトイレから戻ってきた後の休み時間に密かに写真の存在と内容、それから放課後話し合いたいから同行して欲しいという旨のメモを渡しておいた。受け取った2人はメモの内容を見た途端にほんの一瞬だがハッとした顔つきになって戸惑い交じりの視線を五十六に送ってきた。あれは間違いなく演技ではなく素での反応だと五十六は考えている。

 

初めて見る暗さが混じった表情の涼音とターニャを引き連れた五十六が向かった先は、バイト先の書店に向かう道から少し外れた位置にある寂れた喫茶店だ。余り人気が無く秘密の話し合いにはピッタリ。店の最も奥の席に陣取る五十六は壁際、その反対側に涼音とターニャが入り口に背を向ける形で腰掛ける。

 

話し合いの場に学校やバイト先のみのり書房を選ばなかったのは、学校に残っているクラスメイトや征四郎など五十六の身近に居る人々をなるべく巻き込みたくなかったからだ。

 

何より五十六がこの寂れた喫茶店、それも1番奥の席を選んだ理由は道路に面した入り口を含めた店のほぼ全体が視界に入り、尚且つ席のすぐ傍に路地裏へと通じる裏口が設置されているからだ。もし不審な人物が入店してきてもすぐ店の裏へ脱出する事が出来る。

 

五十六は注文を取りに来たやる気のなさそうな初老の店主にとりあえずアイスコーヒーを3人分注文。注文の品が運ばれてくるまで無言で待つ。

 

目の前に人数分のコーヒーが置かれ、店主がその場から離れていった所でようやく五十六は動いた。

 

コーヒーには手を伸ばさず、学生服の内ポケットに収めた眼鏡ケースから中身を取り出してゆっくりと眼鏡をかける。

 

――――思考を『飯田五十六』から『小暮塵八』に。

 

――――平凡な男子高校生から元凄腕の若い殺し屋へ。

 

――――魂の拳銃に弾丸を送り込む。心の戦闘準備はこれで完了。

 

そして改めて、反対側の席に座る涼音とターニャを真正面から見つめた。

 

 

 

 

 

 

――――何の変哲も無い動作が終わると同時、涼音とターニャには場の空気が物理的に重さを増した様に感じた。

 

 

「(違う、これは威圧感…?)」

 

「(何だこの気配は。もしやこの男から放たれているのか!?)」

 

 

相手が一介の高校生ではなく歴戦のベテラン工作官か何かと勘違いしてしまいそうな程緊迫した気配。照明を僅かに反射して光る眼鏡のレンズがまるで狙撃用スコープのそれに思えてくる、そんな錯覚を涼音とターニャは共有していた。

 

俄かにじっとりとした冷や汗を浮かべ始めた2人をよそに、五十六は例の写真が収められた封筒を取り出して中身を涼音とターニャにも見せる。

 

またしても2人の顔に浮かんだ感情は戸惑い。やはり演技には思えない。――――嫌な感じなぁ、と五十六は溜息。自分の意思ではなく、姿も見えない未明の勢力から半ば迫られる形でこのような展開になってしまったのは五十六にとっても甚だ不本意だった。まるで無理矢理動かされる操り人形みたいだ。

 

 

「今朝、その写真が俺のカバンの中に入れられていました」

 

「………」

 

「………」

 

 

2人は沈黙。とても気まずいが話を進めなければどうにもならない。

 

 

「実の所、最初から2人の事は只者じゃないと俺も気づいていました。しばらく様子見をしていましたけど、少なくとも2人が家族や学校の皆に危害を加えるつもりはないと判断したので、すぐに正体や目的を問い詰めなくても大丈夫だろうと俺は判断しました……今日この写真が届くまでは」

 

「五十六……」

 

 

少女達はアイコンタクト。頷き合って口に出す事無く意見を一致させ、代表として涼音が真剣な口調で話し始めた。

 

しかし、五十六が漂わせていた気配にいきなり鋭さが混じった事ですぐに話は中断させられた。一泊置いて涼音とターニャも気づき、背後を見やる。

 

喫茶店の入り口の扉はガラス製で、扉越しに店の前の道の様子が伺える。店のすぐ外にスーツ姿の東洋人が2人、向こうからも店内の様子を伺っていた。店の外からだと五十六達の席は照明の関係と奥まった場所にあるので殆ど視認出来ていないだろうが、すぐに店内へ踏み込んできそうな雰囲気だ。

 

付け加えるならばスーツの下に明らかに銃を隠し持っている。五十六の目は誤魔化せない。

 

 

「お客さんです。黒スーツ東洋系の男が2人、店の前に」

 

 

平凡な男子高校生としての仮面を完全に脱ぎ捨てた険しく緊張した口調で五十六は警告する。

 

 

「情報感謝する」

 

 

ターニャはスカートの下から密かに拳銃を抜いていた。テーブルの影でチラリと拳銃が見え隠れして五十六に銃の特徴を知らしめる。店主からは少女2人と椅子の背に隠れているので銃が取り出された事にまだ気づかれていない。

 

ロシア美少女が構えたのはロシア製のPSSサイレンサー・ピストル。弾薬自体が消音効果を持った特殊な小型拳銃だ。『ハイブリッド』時代に戦った元自衛隊員も愛用していた記憶が脳内でフラッシュバック。あの隊長には梃子摺らされたっけ――――いや今は前世の記憶に浸ってる場合じゃなくて。

 

涼音の方は何故か携帯を取り出してチェックしていたが、よくよく見てみると携帯に偽装した軍用端末である事に五十六は気づいた。実際には特殊任務用の携帯型TACCS(戦術指揮統制システム)だ。

 

 

「CIA日本支局の支援チームがこちらに急行していますが間に合うかどうかは分かりません。学校や自宅周辺の配置だったので……」

 

「SVRは日本国内での活動に制限がある。武装チームの派遣には時間がかかるぞ」

 

 

――――涼音はCIAでターニャはSVRの所属なのか。2人の会話から手に入った情報に五十六は納得する。『前世』のお陰で各国の諜報機関についてもある程度の知識は有している。

 

CIAこと中央情報局は創作の世界でもお馴染み世界最大のアメリカの諜報機関。SVRことロシア対外情報庁はかつての悪名高きKGBの後継組織として対外諜報を担当しているとの事。

 

どっちにしたって表向き未成年の工作員の存在は認められていない(そもそも労働基準法違反だ)から、涼音もターニャも非合法工作員なのだろう。木暮塵八時代には自衛隊にも中学生の非合法要員が居た事だし、裏の世界では未成年の構成員など珍しくない。何と言っても『木暮塵八』だって高校生と殺し屋という二足の草鞋を履いていたのだから。

 

 

「今は一旦退いて2人どちらかのお仲間が駆け付けるのを待った方が良さそうですね」

 

「そうですね、救援が駆けつけるまで身を隠しましょう」

 

「私も同意見だな」

 

 

涼音も太腿のホルスターから拳銃を抜いていた。案の定、涼音の銃は五十六が彼女の部屋に忍び込んだ時に発見したものと同じシグ・ザウアーのP232だ。

 

店長は競馬新聞に夢中で五十六達に背を向けている。音も無く席を立った五十六は裏口の扉のドアノブをそっと捻った。店の主が注意力だけでなく防犯意識も足りていないお陰で裏口にも鍵がかけられていないのは既に確認済み。裏口から路地裏へ出る。

 

3人が喫茶店から抜け出るのと入れ違いに男達も喫茶店に乱入してきた。店内から荒っぽい足音と気配が五十六達を追いかけてくる。そこで2人の少女は拳銃を構え直した。

 

 

「五十六は危ないから下がっていてください」

 

 

十分対応できると判断したのだろう、どうやらこのまま逃げずに徒歩で迫りくる追っ手だけでも撃退する気のようだ。涼音とターニャがかなりの腕前なのは五十六も気配から読み取っていたので敢えて止めない。

 

扉の左右に張り付く2人。裏口の扉が開く。拳銃を構えた2人の男が姿を現すやいなや涼音とターニャが襲い掛かる。涼音は拳銃のグリップをこめかみに叩きつけてからの膝蹴りで相手がダウンした所への頭部への蹴り。ターニャはハイキックから相手の足を刈り、転がした所へ全体重を乗せたジャンピングエルボー。一連の動作に一転の淀みもない見事な格闘戦。涼音は五十六と同じ軍隊格闘技、ターニャはコマンドサンボの使い手のようだ。

 

五十六の予想通り、少女達はあっさりと大の男を無力化してしまった。その際に男の手から離れた拳銃が五十六の足元へ滑ってきた。

 

拳銃を目にした五十六の目が見開かれる。

 

――――スミス&ウェッソン・SW1911のシルバーモデル。

 

アメリカの老舗銃器メーカー、スミス&ウェッソン社がライバルメーカーであるコルト社の名作拳銃であるM1911・ガバメントをコピーした拳銃であり……塵八だった頃に愛用していた銃でもある。

 

足元の拳銃に視線が吸い寄せられて離す事が出来ない。かつての愛銃がすぐ目の前に転がっている。すぐにでも拾い上げたい衝動。だが一旦銃を手に取ればもう戻れなくなるだろうという確信も五十六は抱いていた。

 

――――今ならまだ引き返せるだろう。自らの手を血で染める、硝煙と暴力まみれの世界に再び踏み込まなくて済む。諜報組織から送り込まれた少女達に任せればいい――――――

 

 

 

 

 

 

 

――――本当に?

 

 

 

 

 

 

「(それで、良いわけが無い)」

 

 

――――結局俺は、何処まで行っても銃と暴力と陰謀からは逃れられる事が出来ないらしい。

 

――――だからといって自らの手を汚す事を恐れて逃げ続け、その責務を少女達に押し付けてしまっては五十六自身が自分を許せなくなってしまう。

 

そう理解させられた五十六は、苦々しさを秘めた決心の表情を浮かべながら、足元に転がってきた銃へと手を伸ばした。

 

人を殺す為だけの機能を追及した果てに宿した一種の美しさすら漂う拳銃をしっかりとその手で握り締める。慣れ親しんだ金属の重み。鋼の質感。無機物の冷たさ。その全てが懐かしい。線香花火が放つ火花のように同じ銃を使った記憶が浮かんでは消えた。

 

一旦マガジンを抜き、マガジン内に45口径の実弾がフル装填されているのを確認してから再びマガジンを叩き込むと次にスライドを引いて薬室内を確認。薬室内にも弾丸は装填済みだった。地面に落ちた時に暴発しなかったのは幸いだった。

 

ちょっとスプリングが硬いな、と完全に銃を仕事道具として扱うガンマンの気持ちで簡単に作動具合を確かめてから安全装置をかける。撃鉄が起きた状態で安全装置をかける事をコック&ロックという。気絶している男のホルスターから予備マガジンも失敬しておく。

 

完璧に手馴れた様子で拳銃の具合を確かめる五十六の姿に涼音もターニャも驚いた様子だ。最初は素人である筈の五十六が銃を持つのを止めさせようと考えていたが、今の手つきはどう見ても銃に長年慣れ親しんだ者のそれだ。

 

 

「どこで扱い方を覚えた?」

 

「説明書を読んだのさ」

 

 

微かに笑みを浮かべて冗談で誤魔化してみたが、どうやら涼音とターニャには通用しなかったらしい。

 

今時の女の子に『コマンドー』は古かったかな?と五十六は反省。

 

 

「とりあえずこの2人はどうする?」

 

「この2人は後から仲間が回収します」

 

 

と言ったのは涼音。五十六は頷いて喫茶店のすぐ裏手の建物である立体駐車場を指差した。

 

 

「駐車場の中を通って別の道から抜け出しましょう。建物の中を突っ切れば他に追っ手がいても誤魔化せるかもしれません」

 

 

もちろん万が一こうなった時――話し合いが拗れて逃走しなくてはならなくなった場合――にも備えてあの喫茶店を選んだのだ。

 

コンクリートと太目の鉄パイプで構築された柵を乗り越えて駐車場内部へ。多種多様な何台もの乗用車が並んでおり、身を低くして車体に隠れつつその間を不規則にジグザクのコースで通り抜けながら出口を目指す。先頭は涼音、真ん中に五十六でターニャはしんがり。

 

人気が無いのと念の為に拳銃は構えっぱなしなのだが、涼音とターニャは五十六の動きにまたも舌を巻いていた。気配や足音を最小限に抑え、周囲を警戒する際も決して2人と同じ方向を見ないで涼音とターニャの死角をきっちりとカバーしている。クリアリングの技量も見事なものだ。

 

2人は五十六が諜報機関の監視対象になった理由の一片を垣間見た気がした――――やはり彼も只者ではない。

 

不意に猛烈なエンジンの咆哮とタイヤが地面に擦れる甲高い音が駐車場内で盛大に響き渡った。車両用通路に装甲車みたいな車、トヨタのランドクルーザーが姿を現す。ランドクルーザーの開いた窓から突き出ているのは銃口――――!

 

 

「隠れて!」

 

 

銃口が一斉に火を噴く。五十六、涼音、ターニャは近くに停めてあったセダンに身を潜める。

 

五十六は自然と車体前部のエンジンブロック部分にしゃがみ込んでいた。ここならば大概の銃弾はエンジンに阻まれて届かない。放たれた弾丸の一部はドアを貫通し、何発も五十六のすぐ傍を通り抜けていった。

 

銃弾が外装に穴を空け、銃弾に窓ガラスが粉砕され、銃弾でタイヤが破裂する。そんな中五十六は銃弾を雨あられと浴びる事への恐怖心だけでなく、ある種の懐かしさや安心感すら抱いていた。銃弾の嵐に晒されるなどもう何年ぶりなのだろう?

 

ランドクルーザーは横滑りして車両用通路を遮る形で停車。五十六達が隠れる車を蜂の巣にした銃――――H&K・MP7を構えた男が4人、車から降りてくる。もちろんその間も銃撃は途切れない。火力差が違い過ぎて涼音とターニャは反撃に移れない。このままでは車諸共彼女達も穴だらけになる運命が待ち受けている。

 

そうはさせまいと、代わりに動いたのは五十六だった。出来る限り身体を晒す面積を減らす為にコンクリートの地面に寝そべり、車体の陰から目と銃口だけを出してSW1911を構える。

 

 

 

 

 

 

――――これでもう戻れなくなる。

 

――――だけど後悔なんてしない。

 

 

 

 

 

 

引き金を優しく絞る。

 

手の中で拳銃が跳ねた。その瞬間、五十六の中で最後のピースが嵌った。

 

駐車場内に耳が痛くなるほどの大音量で反響した銃声が五十六にこう告げている――――お帰りなさい暴力の世界へ。我々は小暮塵八改め飯田五十六の帰還を歓迎いたします。

 

放たれた弾丸は男達の1人、その胸部のど真ん中に命中した。最初から頭部ではなく的が大きい胴体を狙ったのは銃を撃つ感覚を思い出す為。飯田五十六になってこの方実銃に触れた事すらなかったが(当たり前である)、記憶の中より少々反動がきつく感じた以外は問題ない。

 

男が倒れる。出血が見られない辺り敵は防弾装備を着用しているようだが、45口径弾を食らった衝撃で撃たれた男は気絶していた。防弾装備越しでも着弾の衝撃で骨が折れたり内臓が損傷するのは珍しくは無い。予想外の反撃にほんの一瞬だけ残りの男達の動きが止まった。

 

 

「いただき!」

 

 

五十六、更に発砲。再び狙いは胴体、今度は2発速射。同じ部分に2発連続で撃ち込む事をダブルタップと呼ぶ。続けざまの着弾の衝撃によってもう1人の男も見えないハンマーでブン殴られたかのようにもんどりうって崩れ落ちた。慌てて乗って来たランドクルーザーの陰に隠れる2人。

 

牽制も兼ねて五十六はランドクルーザーのドアに1発撃ち込んでみた。あわよくば反対側に貫通しやしないかと期待していたが、案の定ランドクルーザーは防弾処理が施されていた。男達も車体の陰にしゃがみ込みながらMP7で反撃してくる。MP7は4.6mmという小口径ながら貫通力の高い弾薬を使用しているので、威力の面についてもかなり分が悪い。ガソリンタンクに当たって引火しなければ良いが……

 

五十六達に対し横っ腹を向ける形で停車しているランドクルーザーのすぐ傍にはコンクリート製の太い支柱が。その根元に赤い表示板と緊急時用の消火器が設置されている。

 

銃の癖は大体掴んだ。やってみるか、と決心した五十六は銃口の向きを僅かに動かす。狙うは消火器、その上部のバルブ部分。単にボンベ部分だけ狙うと弾が弾かれる可能性が高い。映画などと違って消火器などのタンク部分はかなり頑丈なのだ。

 

狙い通りバルブに命中すると、中身の消火剤が間欠泉宜しく真上に噴き出してランドクルーザー周辺が白い煙に包まれた。だが消火剤が噴き出す方向上、地面に近い程煙は薄い。

 

大型車の高い車高が仇となり、消火器の破裂に動揺した男達の足がしっかりと車体の下から覗いた。五十六はまさにその瞬間を狙っていたのだ。マガジン内に残っている弾全てを地面と車体の隙間へ送り込む。

 

 

「がっ!?」

 

 

大口径弾に足首を砕かれた男の苦痛の声が2人分、五十六の耳にもしっかりと届いた。

 

SW1911が弾切れになったので身体を起こし、エンジン部分に身を隠し直す。たったそれだけの挙動の間にも五十六の手は勝手に動き、空になったマガジンを銃から振り捨てて学生服のポケットに押し込んでおいた予備マガジンを取り出し銃に装填、後退したままのスライドを固定しているスライドストップを親指で押し下げて再び薬室に弾丸を送り込むという一連の作業を手元を全く見ないまま3秒足らずでこなしてしまう。今や五十六の思考と肉体は完全に銃撃戦モードに切り替わっていた。

 

強い視線を2つ間近で感じ、ハッとなってそちらの方を向くと、涼音とターニャが穴が開いてしまいそうな程まじまじと五十六を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………五十六って、本当に何者なんですか?」

 

 

――――ある意味テレポーテーション能力よりも突飛過ぎて、本当の事言っても信じてくれないと思うよ。

 

直接口に出さず、心中だけで五十六はそう返した。

 

 

 

 

 




塵八と言えばやっぱりあの銃でしょう。
勿論『アレ』も登場させる予定です。


感想随時募集中。


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第4章:公園クロスファイヤー

 

「……つまりアメリカもロシアも中国も、『フロンティア』っていう量子コンピュータが『飯田五十六が世界の危機に関わる』という予言をしたからこそ君達を送り込みもしたし、『WATF』って武器商人が集まって作った秘密結社まで俺の命を狙うようになったって事なのか?」

 

 

立体駐車場での銃撃戦を切り抜けた五十六達は今、人気の無い小さな公園に逃げ込んで救援の到着を待っていた。

 

中型テントほどある亀を模したドーム型遊具の中に潜みつつ情報交換……正確には涼音やターニャ達各国の諜報機関が五十六の元に送り込まれ、尚且つ謎の武装勢力まで出現した理由についての告白を五十六が一方的に聞かされる流れとなった。

 

 

 

-―――曰く、涼音の正体はCIAの工作担当職員(ケース・オフィサー)、ターニャはSVRの非合法工作員である。イーチンも実は中国の工作員、との事。

 

――――曰く、アメリカで開発された高度な未来予測すら実現してしまう新世代スパコンこと量子コンピュータ『フロンティア』が突如『飯田五十六は世界の危機――それこそ世界崩壊クラスの規模――に関わる』と予言した事(結果その真偽を確かめるべく涼音達が五十六の下へ送り込まれてくる羽目になった)。

 

――――曰く、喫茶店や駐車場で襲い掛かってきた武装集団の正体は悪質な武器商人の非合法結社である世界兵器通商連合……通称『WATF』の傭兵の可能性が高く、『五十六が最強の兵器であれば自分達がお払い箱になってしまうのでそれを防ぐ為』に命を狙ったのだろう、という推測。

 

 

 

 

「大雑把に纏めればそうなりますね」

 

 

肯定の頷きを行う涼音の気配はどこか憔悴した様子だ。彼女から漂う雰囲気の正体は……罪悪感?

 

世界の危機を防ぐ為の任務とはいえ五十六を騙して近づいてきたのを彼女なりに気に病んでいるのかもしれない。もちろん多分に希望的観測が混じっているが、今の彼女の様子や態度が演技ではないと五十六は判断する。これでも人を見る目は殺し屋家業を続けていた間に養われたつもりだ。

 

ターニャはというと涼音とは対照的にこれまでと変わらないクールな雰囲気を保ったままだ。涼音と違って『任務は任務』と割り切るタイプなのだろう。まぁ彼女らしいっちゃらしいけど、と特に腹は立たない。

 

素性を偽っていた事を責めなじったりする代わりに五十六は確認を取る。

 

 

「その、『フロンティア』が予言したから涼音さん達が派遣されてきたのは理解できたけど、俺の秘密の正体ついての予測は知らないのかな?」

 

「はい、一応予言が出てから日本支局が五十六や五十六周辺の関係者の身元調査を行いましたが結局分からないままで……何で『フロンティア』が五十六の事をそう予言したのかについての理由付け自体不明なままなんです。『フロンティア』の計算自体も高度過ぎて、与えられる結果以外何も分からないというのが現状です」

 

 

つまり五十六の力の正体がテレポーテーション能力である事、それを証明する為の分析や証拠そのものは存在していないが、世界を揺るがしかねない何らかの力を持っている点だけは判明している――――という事か。

 

能力の存在に気づいてからの10年近く、周囲にばれない様警戒してきたのにこのような形で不完全ながらもよりにもよって世界中の諜報機関に知られてしまった事に腹を立てるべきなのか。確固たる証拠をまだ掴まれていない部分に安堵すべきなのか。

 

はたまた日本観を勘違いしまくりで過激なアプローチばかりしてくる涼音だの、涼音よりはまだマシだがやっぱりこっちもお色気攻めばっかりなターニャだの、完璧にドジッ娘で明らかに工作員として向いていないイーチンだの、意外と重要な任務なのにもうちょっとまともな人員を送ったらどうだCIAにSVRに中国さんよ、と突っ込みを入れるべきなのか――――五十六の心中は複雑だ。特に最後。

 

 

「あの、五十六は怒っていないんですか?」

 

 

不安そうな声で涼音が聞いてきた。大海原の様な碧眼が、まるで悪い事をして親に怒られるのを恐れる幼い子供みたいに揺らいでいる。

 

 

「私達は、ずっと五十六達の事を騙していたのに……」

 

「うーん、言われる程あんまり腹は立ってませんね」

 

 

と頬を人差し指で掻きながら五十六。

 

五十六が思った以上に素直に話してくれたお陰で彼女達の立場も事情もよく理解出来た。彼女達は五十六の家族や友人達に危険な真似は行っていないし(少なくとも五十六の目が届く範囲では)、彼自身『小暮塵八』だった時は身分を隠して高校に通ったり、涼音達と同じようないわゆる『潜入任務』も行った経験だってある。お互い様なのだから偉そうな口は叩けないと考えていた。

 

――――そもそも最初から怪しいと思ってたからショックも少ないし、ある意味彼女達は俺の護衛みたいな役割もしてた訳だもんなぁ。

 

 

「そりゃあ、初対面なのにいきなりあそこまで分かり易い色仕掛けで攻められたりしたのには戸惑いはしましたよ。でも、任務だったんなら仕方ないとは思いますし……家族や友達に危害を加えるつもりだったらまた話は別ですけど」

 

「What‘s(そんな)!?そんな事する訳ないじゃないですか!むしろ五十六のご家族やクラスの皆とは出来る限り仲良くなれたら好都合とは少しは思ってましたけど、危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも!」

 

 

オーバー過ぎる位の涼音の反応。声に含まれている感情が余りに必死さを帯びているものだから、五十六の口元に苦笑すら浮かんでしまう。

 

――――演技は出来ても純粋で悪意の篭った嘘は吐けないタイプみたいだ。ある意味、イーチンとは別の意味で工作員に向いてないんじゃないだろうか?

 

 

「まぁとにかく、俺はあんまり気にしてませんから、涼音さんがそこまで自分を責めたり気に病む必要はありませんよ」

 

「五十六……」

 

 

涼音の声に熱が宿り、瞳が悲しみとはまた別の感情によって潤いを帯びた。心なしか彼女の頬が赤い。

 

 

「妙な雰囲気な所に割り込んで申し訳ないが――――」

 

 

と、そこにターニャも話しかけてきた。五十六の心の奥底まで覗き込もうとしているような探る目が、五十六を捉えて離さない。

 

 

「こちらの質問にも答えてもらおうか――――イソロク・イイダ。お前は一体何者なのだ?」

 

 

嘘は許さない。ターニャの瞳が口ほどにそう言っている。何故あそこまで銃の扱いに長けている上実戦慣れもしているのか、彼女はそう聞いているのだ。

 

涼音も先程までの熱に浮かれた表情とは打って変わって、同じ思いを乗せた視線を碧眼から放ってくる。

 

 

「それは……」

 

 

五十六は歯噛みする――――どうする?バラしてしまうか、それとも今はまだ誤魔化すか?

 

悩んでいると、不意に異様な音が3人の元に届いた。「キュラキュラキュラ」と、まるで戦車か重機特有の無限軌道ことキャタピラの走行音のような……

 

話を逸らすきっかけが向こうからやって来た事にちょっとだけ感謝しつつ、こんな考えも脳裏を過ぎって五十六の背中に冷たい汗が浮かぶ。

 

 

 

 

――――まさか豊平重工やS小隊の時みたいに戦車まで引っ張って来たんじゃねーだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十六の不吉な予想は、実際には当たらずとも遠からずだった。

 

公園に侵入してきたのはグラディエーターと呼ばれる遠隔操作型の無人戦闘車両だ。軽自動車よりも1回り小さいサイズだが、角ばった装甲に覆われた外観は威圧感たっぷりだ。武装は車体上部の旋回式ターレットに固定された2丁の7.62mm機関銃と煙幕弾発射機。

 

機関銃が発射され始めると、公園に設置された遊具が次々と粉砕されていく。本物の戦車や装甲車並みに高火力の重火器は積んでいなくても、その火力は拳銃しか持っていない五十六達を遥かに凌ぐ。

 

3人が隠れていたカメ型遊具にも弾幕が襲い掛かった。薄いアルミホイルを千枚通しで突き刺すぐらい易々と弾丸が遊具を貫通し、五十六のすぐ傍を弾丸が通過していく。鼻先で弾丸が弾けてビリビリと痺れる。

 

 

「くっ!」

 

 

ターニャと涼音が反撃――――効果無し。全弾命中はしたもののグラディエーターの装甲にあっけなく弾かれ、表面を僅かに傷つけたのみだ。映画『リーサル・ウェポン』の3作目の終盤、迫り来るブルドーザーに主人公の片割れがベレッタを連射してもブレードに阻まれて全く通用しない場面と被る。

 

……いや、相手が銃撃してくるのを踏まえれば4作目の序盤に登場した全身防護服に身を包んだ異常者の方が近いかも。全く役に立たない遮蔽物に隠れながら、手持ちの武器が全く通用しない事に顔を蒼褪めさせている涼音とターニャを横目にしていた五十六は何故か映画の一場面を思い出してしまった。

 

まあ2人の反応も仕方ない。むしろこれが当たり前の反応だ。どこぞの豊平重工のお嬢様やカランビット使いの殺し屋みたいに嬉々として殺し合いをこなす(そして傷1つ負う事無く相手を皆殺しにする)人間の方がイカレているのだ。

 

 

「(とはいえどうすればこの状況を切り抜けられる?)」

 

 

一目見ただけでグラディエーターの装甲が拳銃程度でどうにか出来ないレベルなのは明白だ。撃破する為には少なくとも対戦車ライフルかグレネードランチャークラスの火力が必要と予想。五十六のSW1911はもちろん論外。車両自体は破壊不可能に決まっている。

 

――――なら搭載している武器はどうだ?今グラディエーターが発砲している機関銃は戦車や装甲車の同軸機銃のように装甲に守られた砲塔から銃口だけ突き出ているのではなく、ターレットに固定されているが銃本体は完全に剥き出しの状態。銃だけならば拳銃でも破壊は可能だ。

 

 

「もう1度撃ってアレの注意を引いてもらえませんか!」

 

「破壊しようにも無理だ!小型で隠密性を重視した我々の銃では歯が立たないぞ!」

 

「分かってますって!とにかくお願いします、俺が何とかしますから!」

 

「……っ!その言葉を信じるぞ同志五十六!」

 

「でしたら私に合わせて下さい!……1、2、3、今です!!」

 

 

リロードを終えた涼音とターニャが再び撃つ。ターレットと連動した赤外線カメラが2人を捉え、機関銃がまた火を噴く。弾幕が集中してきた事により、涼音とターニャはすぐさま遊具の中で伏せなくてはならなくなった。

 

遅れて今度は五十六も反撃の弾丸を放った。遊具に設けられた子供が出入りする為の穴から身を覗かせ、両手で握り締めたSW1911が吠える。テンポよく連射、全ての弾丸が五十六の狙い通り機関銃へと吸い込まれていった。機関部に命中し、破片が飛び散り、鳴り響き続けていた銃声が呆気なく沈黙する。

 

――――予想外の援護射撃が飛来したのはその時だ。

 

突然、武装を失った直後のグラディエーターの側面に大穴が生じた。遅れて響く凄まじい銃声――――銃声の質と弾丸の威力から最低でも50口径クラスの対物ライフル。着弾と銃声のズレに響き方の様相からしてここから狙撃地点までの距離は1000m前後といった所か。

 

狙撃は五十六(塵八)の得意とする分野だったのですぐさまそれだけの分析結果を弾き出す事が出来た。問題は……誰が撃った?

 

まず思い浮かんだのは学校のホームルームで五十六のカバンに写真入り封筒を仕込んだ存在――――クラスメイトの中の誰か。

 

第2弾が飛来。見事にグラディエーターのど真ん中に命中し、無人先頭車両は炎に包まれて横転。2度と動かなくなった。連射速度からして使われている対物ライフルはセミオートではなく単発式のボルトアクションタイプだろう。

 

 

「………」

 

 

五十六は顔を上げると、グラディエーターを破壊した弾丸が飛来した角度と方角から大まかな狙撃位置を弾き出してその方向へと視線を向けた。声に出さず口だけで「ありがとう」と礼を言う。

 

何者なのかは知らないままだが、謎の狙撃者が撃ったのはグラディエーターのみであり、五十六達が隠れていたカメ型遊具も十分射界に収まっていたにもかかわらず五十六に対する狙撃は飛んでこない。対物ライフルならば遊具などグラディエーターの機関銃以上に五十六達を易々と貫けたに違いない。

 

五十六達に対して狙撃が行われないという事は、向こうもまた五十六の身を守るのが目的に違いない――――五十六はそう判断したのである。

 

 

 

 

 

 

「――――えっ?」

 

 

五十六の幼馴染でクラス委員長……そして日本の諜報機関である公安調査庁の幹部を母に持つ四天王寺花蓮は、五十六達が居る公園から1km近く離れた雑居ビルの屋上で思わず驚きの声を漏らした。

 

-―――今、五十六君と目が合った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の援護射撃によって辛くも蜂の巣にならずに済んだ五十六達。

 

グラディエーターが撃破された丁度直後、ようやく救援が駆けつけてくれた。CIAの支援車両が迎えに来てくれたのだ。日本支局の局員が運転するSUVにいそいそと乗り込む3人。

 

CIA日本史局員である男女はコンパクトなアサルトライフルで武装している他にも車の後部座席に銃器を収めたケースも持ってきてくれていたので、車内で武装を整える事にする。

 

 

「アサルトライフルと軽機関銃、念の為に狙撃用ライフルも持ってきておきました」

 

「私にもよこせ」

 

「すいません、一応俺にも貸してもらえませんか」

 

 

言いつつ五十六は自分から動いて銃器ケースを確保しておく。その姿を涼音は呆れ半分驚き半分の目で見つめた。

 

 

「……よそ(SVR)の子の癖に図々しい……それに五十六まで……」

 

 

涼音の武器はブルパップ式のアサルトライフル――――FN・F2000。

 

ターニャは軽機関銃――――イスラエルはIMI・ネゲフ。

 

そして五十六の銃器ケースに収められていたのは――――

 

 

「………ははっ」

 

「五十六?」

 

 

――――その銃の名はSOPMOD-M14。『WATF』の傭兵から奪ったSW1911同様、『小暮塵八』がかつて愛用し続けてきた物と全く同じ狙撃用ライフル。使用弾薬は7.62mm×51mm・NATO弾。

 

思わず笑いが漏れてしまった。余りに可笑し過ぎて――――泣きたくなってくる。

 

まったく何という皮肉だろう?今度こそ暴力沙汰から離れて人生を全うしたいと願っていたのに勝手に向こうからトラブルが押し寄せてきて、覚悟を決めて再び銃を手に取った途端今度はかつての愛用品が次々と手元に集まってくるなんて!偶然を通り越して運命的ではないか。

 

もし神が存在するならこの激流のような展開に振り回される五十六の姿を見て楽しんでいるに違いない。

 

五十六は固く心に決める――――対面するような事があったら必ずぶん殴ってやる。

 

ケース内には小さな弁当箱を思わせる予備マガジンも収められていたが、通常の7.62mm弾を装填したマガジン以外にも弾頭部分に色が塗られた弾薬を装填したマガジンが存在した。見慣れた存在なのですぐに色分けされた弾薬の正体を見抜く――――撤甲弾だ。ボディアーマーを着込んだ敵や装甲車両に襲撃された場合を想定してCIA局員が持ってきた物である。

 

バレルジャケット(銃身を覆っている部分。フォアグリップやフラッシュライトなどの各種アクセサリーを装備する為のレイルが下部に取り付けてある)の側面には、スティーブン・ハンター作『狩りのとき』で主人公が今の五十六同様CIAの人間からライフルを渡される場面と同様に書き込みが加えられたテープが張られていた。

 

書かれているのは英語で『100ヤードでゼロイン済み』。やはり作中のライフル同様、この銃もまたどこかの工作員の手に渡ってから彼(もしくは彼女)の手によって銃の調整がなされ、その後この銃にふさわしい任務――例えば暗殺とか――で使われたであろう事は間違いない。

 

銃そのものはそれなりに酷使された形跡は残っているがきっちりと手入れも施されている様子なので、SOPMOD-M14に愛着を持つ五十六は何となく嬉しくなってしまう。銃も値打ち物の刀剣同様、人を殺す道具でありながら芸術品でもあるのだから整備を怠ってはいけないのだ。

 

テープに書かれた内容をしっかりと頭に叩き込む。1ヤードは0.9144m。つまり100ヤードは約91mだ。『木暮塵八』が『ハイブリッド』時代に使っていたM14は基本100mでゼロインしていたので、当時の感覚で狙撃を行おうとすれば微妙なズレが生じる事になる。

 

 

「まぁその時はまたその場その場で修正を加えていくしかないか……」

 

 

通常弾を装填したマガジンを手に取り、マガジンが取り付けられていない状態のM14の挿入口へ手慣れた手つきでマガジンを押し込んだ。流水のような滑らかさでコッキングレバーを引いてライフルの薬室へ初弾が送り込まれた。

 

SW1911を扱う時同様、一連の動作に微塵の躊躇いも存在しない。SOPMOD-M14の扱いもまた魂レベルで五十六に刻み込まれているのだ、戸惑う筈も無い。

 

 

「ところでこの車は何処に向かっているんですか?」

 

「1番近くの隠れ家に避難して――――」

 

 

 

 

 

 

 

運転手が言い終えるよりも早く、とてつもない衝撃が車体ごと五十六達に襲い掛かり――――

 

そして世界が反転した。

 

 

 

 




次でドンパチを締めてその次で終了かな?
やっぱり塵八といえばSOPMOD-M14でないと。
ガリル?すまん自分はSARよりも某映画のせいでフルサイズ派なんだ…


感想随時募集中。


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第5章:世界一運の悪い高校生

もう少しコンパクトにまとめたいと思ってたのに微妙に長くなってしまう…
次回で一応完結予定。


 

 

――――五十六達の車両を襲った衝撃の正体は無人攻撃機による対戦車ミサイルの爆撃だった。

 

彼らの乗っていたSUVは横転。道路には大穴が生じており周囲は騒然とした雰囲気に包まれている。つい先程まで頭上を見上げれば、翼下にヘルファイア対戦車ミサイルをぶら下げた2機のMQ-9・リーパーが我が物顔で低空を飛び回っていたものである。

 

対戦車ミサイルに狙われるのは五十六も初めての経験だ(RPGなどのロケット弾に狙われた経験なら多々あるが)。航空機用の大型ミサイルだけあって、ロケット弾よりも大幅に強力なのだと五十六は身を以って味わう羽目になった。何せ余波だけで車両が横転してしまうほどなのだから。ああ頭も耳も痛い。

 

危うく車ごと対戦車ミサイルを積んだ無人機に吹き飛ばされかけた事に気付かされた五十六はこう思ったものだ――――『M:I:3』かよ!イーサン・ハントみたいにライフルのみで高速で飛び回る無人機を撃ち落す自身は流石の五十六も持ち合わせていない。

 

尤も無人機が飛び回っていたのは既に過去の話だ。つい先程五十六の携帯に連絡してきたイーチンが、彼との通信と同時並行して電子的手段を講じて無人機を2機とも墜落に追い込んでくれたのである。

 

恐らく無人機を遠隔操作する為の電波を辿って逆に操縦系統を妨害したのだろう、と五十六は読んでいる。イーチンはやはり涼音やターニャの様な現場で活躍するタイプではなく、ハッキングなど電子的手段による後方支援を得意とした人物なのだろう……あんなドジっ娘なのに。非常に意外だ。

 

失礼な感想も抱きつつもとりあえず命の恩人である事は事実なので礼は言っておく。

 

 

「ありがとう、イーチンさん」

 

『いえいえどういたしまして!』

 

 

新手の存在や他に怪我人が居ないかを確認しに周辺を見回す。車が引っくり返った後、皆が何とかSUVから這い出したタイミングで2発目のヘルファイアが至近距離に撃ち込まれた。

 

結果、怪我人は3名。爆風をモロに食らって重傷ではないもののぐったりとしているCIA日本支局の男女、そして爆撃で倒れた信号機に巻き込まれた涼音だ。局員コンビの方は自力で動ける程度には無事なようなので涼音の救助に向かった。

 

信号機をターニャと協力してどかしてみると、明らかに左足は折れてしまっている。引き締まってすべすべとした右足も、骨折はしていないがそれなりに青痣や裂傷が生じて酷いものだ。自力では動けまい。

 

 

「下手に動かさない方がいいでしょうけど、一応止血だけでもしておきますね」

 

 

ハンカチを取り出すと1番の大きな裂傷に巻きつけた。命に別状はないだろうが、せっかく綺麗な女の子の肌なのに傷が残らなきゃ良いけど。ついそんな事まで考えてしまう五十六。

 

痛みに顔を顰めながらも涼音は感謝を忘れず、「ありがとうございます」と頭を下げる。

 

 

「ごめんなさい、私が足を引っ張ってしまって……」

 

「気にする必要はありませんよ。敵の方が無茶苦茶過ぎるんです」

 

 

『ハイブリッド』のトップヤングガンとして数々の巨大な犯罪組織を向こうに戦ってきた五十六も、ここまで派手なやり方は初めてだった。そりゃビデオ屋の店員や利用客を丸ごと皆殺しにしたり、街中で爆弾テロを行ったり市街地で装甲車を持ち出してきた敵も中には居たが――――いやよくよく考えてみなくても大差無いわ。

 

ふと、『戦闘ヘリ』という単語が頭に引っかかった。敵は車で突っ込んできたのを皮切りに無人戦闘車両や無人攻撃機まで動員してきた。だったらそれこそ戦闘ヘリまで持ち出してきてもおかしくないのではないかと、そう考えてしまったのだ。

 

先程から五十六の背中が強くぞわぞわして、全く落ち着かない。殺意を秘めた銃口を向けられた時とは比べ物にならない強さの悪寒。かつて戦車砲の照準に捉えられた時と同じぐらい、背筋が凍った。

 

無人機が消えた筈の空から、また俄かに航空機のエンジン音が響き始めていた。飛行機というよりは、ヘリコプター特有の巨大なプロペラが空気を叩くそれに近い。どんどん近づいてきている。

 

 

 

 

ローター音の元凶が姿を現す――――やはりヘリコプターだった。

 

完全武装のロシア製戦闘ヘリ。

 

 

 

 

「Ka-50・ブラックシャーク!?あんな代物まで日本に持ち込んでいたのか!」

 

 

驚愕の叫びの主はターニャ――――俺も全く同じ気持ちですよ。思わず五十六も忌々しそうに舌打ちを漏らしてしまう。

 

携帯を繋ぎっぱなしのイーチンに無人機の時と同じように何とか出来ないか尋ねてみたが、向こうもあらかじめ対策を施しており彼女から割り込める余地が無いとの事。携帯を切った五十六は溜息を漏らす。

 

 

「逃げて下さい!」

 

「逃げるんだ!」

 

 

同じ事を涼音とターニャが叫んだが、意味合いは微妙に違う。

 

涼音の「逃げて」は足を負傷して動けない自分を置いて逃げろという意味で、ターニャの「逃げろ」は動けない涼音を置いて逃げろという意味だ。すぐに五十六をこの場から引き剥がそうと彼の肩を掴むが、五十六の身体はびくともしなかった。

 

彼女達の役目は『五十六の監視または護衛』であり、それは自らの身を犠牲にしてでも五十六を守れ、という意味だ。それこそが彼女達の任務なのであり、そう訓練されてきたのだ。

 

――――もちろん五十六の答えは決まっている。

 

 

「嫌です。俺は絶対涼音さんを置いて自分だけ逃げたりはしませんからね。これだけ荒っぽい派手な真似をする連中が相手なら、涼音さんの事もこのまま排除するに決まってます。女の子を見捨てるなんて真似、絶対許しませんよ俺は」

 

「そんな……私は五十六に嘘を吐いてたんですよ?親密になろうとする為に、好意を装って近づいて……」

 

「人間誰だって嘘は吐きますよ。秘密を持たない人間はいませんし、涼音さん達が嘘を吐いていたのも俺を守る為じゃないですか――――これまでのアピールは魂胆が見え見えすぎてドン引きでしたけど」

 

 

唖然となって、しかも瞳に涙すら浮かべて己を見つめてくる涼音とターニャに、五十六はアクション映画によく出てくるどんな時もユーモアを忘れない不屈の主人公を真似る形で苦笑を浮かべつつ、ヒョイと肩を竦めた。

 

 

「これまで涼音さんは俺や俺の家族を守ろうと考えて行動してきてくれたんですからこれでおあいこですよ」

 

「五十六ぅ……!」

 

 

感極まって泣きじゃくり出した涼音の様子に内心焦りながらも、安心させようと「それから……」とこう付け足した。

 

口元をニヤリと吊り上げて堂々と、まるでアーノルド・シュワルツェネッガーかブルース・ウィリスが演じる主人公のような不敵な笑みと共に。

 

 

「仲間は決して見捨てない――――それが俺の流儀です」

 

 

正確には『ハイブリッド』の、と表現した方が正しい。五十六にとってはこれまでもそうだし、これからも変わらない。変えるつもりも無い。

 

例え敵の手に落ちようが、生存の可能性がある限り仲間は決して見捨てない。そのルールのお陰で『木暮塵八』が仲間に命を救われた事があるし、逆に塵八が仲間の救出を行った事もある。

 

五十六の笑顔を見た涼音も、やがて笑った。

 

涙を流したまま、笑った。

 

 

「……まるで五十六は海兵隊員(マリーン)みたいですね」

 

「決意の程は分かったがどうするつもりだ?戦闘ヘリから逃げ切る散弾があるのなら是非聞かせて貰おう」

 

 

冷や水をぶっかけるようなターニャの声が、五十六と涼音の間に広がりかけていた熱の篭った空気を一気に吹き飛ばす。

 

……尤もターニャの目にはまだ涙が浮かんでいて、氷で出来た女神の氷像を連想させる美貌もどことなく朱を帯びていた。

 

戦闘ヘリ――――ブラックシャークは五十六達の斜め上方高度200m、理想の射撃位置にスタンバイしてゆっくりと右胴体側面の機関砲の照準を五十六達に対し合わせようとしている。

 

――――潮時、か。

 

 

「よっこいしょっと」

 

 

おもむろに五十六は屈み込むと、車とアスファルトの破片飛び散る路上に横たわっていた涼音の肢体を無造作に抱き上げた。SOPMOD-M14の持ち方に気を配りながら横抱き、所謂お姫様抱っこの体勢で支える。アサルトライフルの重量も加わっているにもかかわらず予想以上に涼音の体重は軽かった。

 

 

「ターニャは俺の背中に出来る限りしっかりと抱きついて」

 

「何をするつもりだ!?」

 

「ここから離れるんだよ、急いで早く!向こうは今にも撃ってくるぞ!」

 

「――――分かった。五十六を信じよう!」

 

 

軽機関銃を握り締めたまま、ターニャも彼の指示通り五十六の背中に抱きついた。彼の背中に顔を埋める形となり、制服越しに見た目からは信じられない程筋肉の隆起と固さがターニャには伝わって来たし、五十六の方も同年代よりも大分発達した異性特有の柔らかさを感じたりしたが、それらの感触を楽しむつもりも余裕も五十六とターニャは持っていなかった。

 

ブラックシャークが機関砲を発射。凄まじい砲口の連打が市街地中の空気を震わせ、アスファルトが次々と爆発するかのように道路に穴が生じていく。その威力は人間に命中すれば親兄弟でも見分けがつかなくなる位原形を留めなくなる事請け合いだ。

 

掠っただけでも死んでもおかしくない攻撃が自分達の元まで近づいてくるのをしっかりと見据えながらも、五十六の思考は未だ冷静さを保ち続けていた。

 

――――能力を使いこなす為に大事なのは冷静さと集中力の維持。五十六には何より自信がある。そうでもなければ殺し屋稼業で長い間生き残れない。

 

テレポーテーション能力を解放する。転移先は細かく指定していない。とにかく戦闘ヘリの攻撃から逃げられるどこか安全な場所へ。そう念じた。

 

途端に五十六の全身が見えない手に引っ張られる。空気が集まって出来たような見えない壁を突き破る感触。

 

 

 

 

――――次の瞬間、五十六・涼音・ターニャの肉体は数百m離れたホテルの屋上へと文字通り転移していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達の身に何が起きたのかを把握した涼音とターニャは、ぽかんとした様子でまさに唖然呆然の体を晒していた。

 

余りにも予想外の展開だったので、2人とも口を大きく開けて凍り付いている。流石にこれは仕方ないよなぁ、と五十六も同意。初めてテレポーテーション能力が発動した時は五十六も非常に驚愕したものである。

 

 

「これが……五十六の秘密なんですね」

 

「そういう事になりますかね……」

 

 

2人の少女も一緒に抱えて転移するのは初めての挑戦だったが上手くいったようだ。代わりに自分1人だけで転移した時と比べて疲労感は格段に重いものの、日頃身体を鍛えているお陰かまだ余裕は残っている。

 

ブラックシャークはたった今まで五十六達が居た周辺を旋回して回っている――――アイツを止めないとな。そう五十六は強く思う。

 

戦闘ヘリにまた見つかったりすれば今度こそ仕留めようと機関砲のみならず翼下にぶら下げたロケット弾や対戦車ミサイルもぶっ放すだろうし、そうなれば更にどれだけ大きな被害が出る事やら。これまでだけでも巻き添えを食った一般市民の犠牲が出た様子が見られないのはまさに奇跡的だ。

 

優先順位をつけるならば家族や涼音達身近な人々の命の方が大事だが、だからといって一般市民の頭上を血に飢えた戦闘ヘリが好き勝手に飛び回る状況で黙って放置していられるほど五十六は白状でもない。

 

 

「涼音さんはヘリに見つからないようここに隠れてジッとしておいて下さい。ターニャは動けない彼女の護衛を」

 

「五十六はどうするつもりだ」

 

「俺は、えっと――――あのヘリを何とかしてこようかと」

 

 

無造作にブラックシャークを示す。口調そのものは出来るだけ軽く聞こえるよう心がけたが、声色の奥底からは固い決意が滲み出る。

 

 

「こうなっちゃったのも元はといえば全部俺のせいなんですし、せめて今回の事態のケリは自分の手でつけたいんです……それに、

せっかくこれまで平穏に暮らしてきたこの平和な街を好き勝手にああも暴れてくれてる奴らにいい加減腹も立ってきてますし」

 

 

ふつふつと、五十六の胸の奥底から冷たい怒りが漏れ出そうとしている――――せっかくこの10年殺したり殺されたりする危険に怯える必要もなくのんびり過ごして来たのに、よくも邪魔しやがって!

 

視線と両手は自動的に手の中のライフルの点検を行っていた。M14-SOPMODは無人機からの爆撃を受けても表面上は目立った損傷が及ばずに済んでいたが、スコープなどの精密部品についてはどこまで狂いが生じているか分からない。戦闘ヘリを相手にする前に照準修正を行うべきだろう。

 

 

「そのライフルだけで足りるのか?どうせならこれ(軽機関銃)も持って行け」

 

「いいえ、遠慮しておきます。出来れば身軽な方が良いし、軽機関銃まで持つと射撃姿勢を取るのに支障が出るかもしれないので」

 

「ターニャ!」

 

「……五十六がどこまでやれるのか、見てみたいんだ。お前も気づいているんだろう?ずっと見抜けなかったが五十六は多分かなりの腕利きだぞ。少なくとも私達以上のな」

 

「それについては余り触れないでくれるとありがたいんですけど……」

 

 

この後どう誤魔化そうか、そもそもとっくに手遅れだよなこれ――――自分が返り討ちにあって殺されるという考えは、なるべく五十六の脳裏に思い浮かべまいと心がけている。

 

 

 

 

 

 

 

『飯田五十六』は――『小暮塵八』は――もう死に飽きたのだ。

 

誰かの手にかかっての死は、1度体験すればそれで十分だった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあちょっと行ってきます」

 

 

翼も持たないちっぽけな鼠が鷹に挑むのと同じぐらい本来圧倒的に不利な戦いに挑もうとしている割には余りにも気軽な声だったものだから、気がつくとターニャは五十六の背中にこう問いかけてしまった。

 

 

「怖くないのか」

 

「そりゃ怖いですよ。でも涼音さんやターニャや大切な人達以外だけじゃない、こんな危険とは関係無い普通の人達も守る為には誰かがこうしないと」

 

 

そう、つまりは『小暮塵八』の時にやっていた事とまったく変わらない。

 

世の中には殺さなければならない悪人が確かに存在する。そういう存在は大抵権力にに守られていて、一般市民は自分達が一握りの権力を持った悪人に金や命を搾り取られている事にすら気づいていない。おまけに悪人を裁く為の法は機能しないどころか、逆に悪人を守る為に捻じ曲げられる事も珍しくないのが現実だ。

 

そんな不条理な世界で1番効果的、かつ確実な解決策は悪人を殺す事。

 

金を貰って悪人を殺す事こそ『小暮塵八』の役目。人を殺す事は紛れも無い罪だが、その罪を誰かがしなければ本当の悪人は増えるばかりだ。誰かがやらなければならない事を『小暮塵八』はずっと続けてきた。

 

そしてこれからも、自分以外にやる者が居ないというのならば。

 

 

「誰かがやらなきゃいけない――――だからこそ俺がやるんです」

 

 

一気に屋上の端目掛けて走り出す。大きくジャンプして鉄柵に踏み出した足を乗せてから一際高く跳躍すると、今や五十六の足元に存在するのは高さ数十mの虚空のみだ。

 

重力に惹かれて落下し始めた直後に五十六の姿が掻き消える。彼は行ってしまったのだ。たった1丁のライフルだけを手に完全武装の戦闘ヘリを倒しに。

 

 

 

 

――――キャスリン・涼音・アマミヤが任務も国益も組織も母親も関係無しに飯田五十六の事を好きになってしまったのは、まさにこの瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決意の言葉を残して転移した五十六だったが、そのまますぐにブラックシャークへと戦いを挑んだ訳ではなかった。

 

銃に不具合が無いか、照準が狂っていないかを確かめる為にホテルから更に離れたビルの屋上に瞬間移動する。

 

 

「何か良い的はっと」

 

 

周囲を見回すと丁度100m前後離れた別のビルの屋上に巨大な看板が在ったので遠慮無く活用させてもらう事にする。素早く伏せるとバレルジャケット下部に取り付けられたバイポッドを展開しその場に銃を据える。伸縮式ストックを伸ばして構える際にしっくり来る長さを調節すると狙撃教本のお手本のような伏射の射撃姿勢を取った。

 

セレクターはセミオート、ゆっくりとしたテンポで3発発砲。懐かしき7.62mm弾の強烈な反動。100m先に新たに生じた3つの穴は五十六の予想より纏まっていた。照準修正を終える。

 

さあここからが本番だ。ライフルから通常弾が収まったマガジンを抜き、レバーを引いて薬室の中も空にすると、制服のポケットから新たなマガジン……徹甲弾入りマガジンを押し込み、薬室に送り込む。

 

対空砲火が直撃しても敵地から離脱できるまでの飛行を維持できるように戦闘ヘリの装甲はかなり頑丈に施されているから、7.62mmでも通常弾では歯が立たないだろう。徹甲弾ならばまだ何とか通用する筈だ。徹甲弾を持ってきてくれた局員に感謝しなくては。

 

 

「狙うならやっぱパイロットだよな」

 

 

操縦している人間を射殺すれば、操り手の居ない戦闘ヘリは単なる巨大な鋼鉄の塊に過ぎない。出来る事ならば、墜落時は人の居ない公園や駐車場に墜ちて欲しい所だ。

 

確実に当てる為、より標的の面積が大きくなる機体正面からの狙撃を決意する。もちろんパイロットからも五十六の姿は丸見えになるので、狙撃ポジションに転移次第すぐに射撃姿勢を取って標的を捉えて撃たなければならない。一連の流れをどれだけ素早く滑らかに、そして確実にこなせるかが重要だ。

 

――――昔から何度もやってきた動作だ。俺なら大丈夫、と自分に言い聞かせる五十六。

 

ブラックシャークが大きく弧を描いて旋回し始めた。旋回の終わり際、機体を水平飛行に戻す瞬間はコクピットの狙撃にもっとも最適なタイミングだろう。

 

 

「……よし!」

 

 

決意と共に五十六は瞬間移動を行った。イメージした目的地は旋回を終えた戦闘ヘリが通過するであろう軌道、その直線状に存在する建物の中でも最も高い雑居ビルの給水塔のてっぺんだ。

 

転移を終えた五十六はその場でしゃがみこみ、膝を突いた状態での射撃姿勢いわゆる膝射の姿勢を取る。立てた左膝の上に銃身を持つ左腕を乗せて支える。

 

タイミングはまさにドンピシャ、スコープの十字線のど真ん中にパイロットの姿を捉えた。飛行を続けるブラックシャークの動きを先読みして進行方向に弾丸を『置く』イメージで修正を加え――――ついに発砲した。

 

当たった、と五十六は確信。

 

――――五十六にとって想定外だったのはブラックシャークの防弾ガラスが予想以上に頑丈だった事である。

 

放たれた弾丸はコクピットを覆う防弾ガラスの正面部分へ正確に直撃した。徹甲弾はガラスの奥深くまで食い込み、放射状の大きなヒビによって浅い漏斗型の窪みを生じさせ……だが貫通しなかった。

 

ブラックシャークの防弾ガラスの厚みは55mm。ハンヴィーの防弾ガラスと同じぐらいなら何とか貫通出来ると踏んでいた五十六だったが、大口径の対空機銃にも耐えられる設計された戦闘ヘリだけあって7.62mmの徹甲弾をもギリギリ耐え抜いてみせた。

 

 

「マジかよっ!?」

 

 

予想が外れて泡を食う五十六――――流石ロシア製兵器頑丈なのが取り得なだけある、と思わず賞賛の念すら思い浮かんでしまう。

 

撃たれた方のパイロットは一瞬驚いたのが操縦にも反映されたのか不安定に機体が揺れたものの、五十六の武器では防弾ガラスが抜けないと看破するやすぐに水平飛行に戻るとお返しとばかりに急降下、猛烈な対地攻撃を開始した。一斉に火を噴く機関砲にロケット弾に対戦車ミサイル。五十六のいるビルの屋上めがけまっすぐ飛来する。

 

『瞬間移動を行おう』と意識するよりも先に、前世に経験した幾多の殺し合いを経験してきた魂に支配された肉体が勝手に動いた。立ち上がって給水タンクの裏側へと飛び込む。五十六の姿がタンクの陰へと完全に隠れる間際に能力が発動、直後ブラックシャークの砲火がビルの屋上を蹂躙した。

 

まず着弾したのは機関砲弾であり、打ちっ放しのコンクリートの床へボコボコと弾痕が生じる。貯水タンクへも何発も着弾。その度に大きな缶詰の中に爆竹を仕込んだみたいに爆発し、大量の水が屋上へ撒き散らされた。そこへ高性能爆薬が充填されたロケット弾と対戦車ミサイルが到達し、屋上のみならずすぐ下の階まで丸ごと爆炎に包まれる。屋上ごと吹き飛んだ階は倉庫として使われており、丁度その時は誰も居なかったお陰で一般市民に巻き添えが出なかった事だけは幸いだった。

 

それにしても、と炎に包まれた屋上を見ながら五十六はふと思った。メキシコの時といい自衛隊に『ハイブリッド』本部を襲撃された時といい、何度も戦闘ヘリの攻撃に狙われる高校生なんて俺だけじゃなかろうか?

 

『世界一運の悪い高校生』、というフレーズが頭を通り過ぎる。まるでジョン・マクレーンみたいだ。だったらどんなにボロボロになっても最後はきっちりケリをつける彼のように俺だってあの戦闘ヘリを何とか撃ち落としてやろう……五十六は決心を改めた。

 

先程の狙撃失敗を目の当たりにして向こうは五十六の攻撃が通用しないと調子に乗ったのか、それとも防弾ガラスが耐え切れていなかったら自分の方が殺されていたと思い知らされて頭に血が上ったのか――――戦闘ヘリのパイロットは最初よりも高度を落とした状態でホバリングし、先程から五十六がつい先程狙撃を行ったビルへと執拗に攻撃を続けていた。

 

これまた思わぬ絶好のチャンス――――だが今度は何処を狙う?今五十六が居るのは丁度ホバリングしている戦闘ヘリから見て真横に位置する別のビルの屋上だ。ほんの50mも離れていない距離でブラックシャークが横っ腹を晒している。

 

 

「(キャノピーがダメならセオリー通りローターを潰せば!)」

 

 

この機を逃せばパイロットはそれこそ五十六の狙撃が及ばない高度に上昇するなりして反撃を警戒されてしまう。

 

標的は大きく、距離はとても近い。今必要なのは安定性よりも素早い射撃姿勢だ。仁王立ちになった五十六、SOPMOD-M14のグリップを握る右手の親指がセレクターを今度はフルオートにセット。

 

狙うはブラックシャーク特有の二重反転ローターの付け根。スコープの中の小さな世界に描かれた十字線の中心に高速回転するメインローターの中心部を据えた所で、僅かに呼吸を整える。

 

引き金を絞った。今度は盛大な発砲音が連続して轟き、勢い良く空薬莢が機関部から飛び出す。数発ごとの細かい連射。区切る度に照準を小刻みに修正。徹甲弾が突き刺さる度にスコープを覗きこまなくても分かる程の火花が何度もローターの付け根で瞬く。

 

マガジンの中に残っていた徹甲弾を全て撃ち尽くすのと、ようやく今度はメインローターが銃撃されていると気づいて慌ててパイロットが機体を上昇させたのはほぼ同時で、上昇途中だった戦闘ヘリから突然黒煙がローター周辺から爆発的に噴き出した。一点集中で撃ち込まれた徹甲弾が遂にブラックシャークへ致命的な損傷を与えてみせたのだ。

 

やがて出火も起こり燃料にでも引火したのだろう、本物の爆発も発生してメインローターがどこか遠くへと飛んで行く。

 

その後パイロットはちゃっかり墜落中の機体から戦闘機宜しく射出座席によってベイルアウト。翼と操り手を失ったボロボロのヘリが墜落したのは無人に近い立体駐車場の屋上だった。そして今度は残っていた燃料と武器弾薬類にも火が及んだ事で一際派手な爆発が巻き起こった。一応ヘリを撃ち落した事による一般市民への被害もゼロに抑え切れたようで何よりだった。

 

気分はまさに『ダイ・ハード』の3作目のクライマックスに今の五十六よろしく敵リーダーの乗ったヘリコプターを撃ち落したジョン・マクレーンそのものだ。

 

 

「イピカイエ、クソッタレ」

 

 

思わず、カッコを付けてあの決め台詞。

 

新しいマガジン――今度は通常弾――と交換してからもう1度五十六は瞬間移動を発動させ、その場から文字通り消失した。

 

 

 

 

 

 

――――まだもう1つだけ、確かめなければならない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想随時募集中です。
…自分は閲覧数や評価よりも感想数で判断するタイプなもので。
でも改善しなきゃダメだよなぁやっぱり…orz


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エピローグ:愛しき日々、そして世界最悪の敵

一旦この回で完結とさせていただきます。


 

――――まさか本当に撃ち落してしまうなんて。

 

少しでもチャンスがあれば戦闘ヘリと戦っていた五十六の援護射撃を行おうと、巨大なライフルと共に雑居ビルの屋上に寝そべっていた四天王寺花蓮は、1km先に広がる墜落した戦闘ヘリが炎上している光景を呆然と見つめていた。

 

たった1人で完全武装の戦闘ヘリを相手に1丁のライフルだけを携えて立ち向かう五十六の姿を発見した時は、酷く驚いたと同時に彼らしいとも納得してしまった。だが花蓮の中の冷静な一面は、幾ら彼がテレポーテーション能力を持っているとはいえ余りにも無謀で勝ち目は殆ど無いとも判断していた。

 

だからこそこうして可能ならば何時でも援護射撃を行えるよう狙撃用スコープを覗き続けていた訳だが、どうやら杞憂で済んだようだ。

 

 

「それにしても五十六君は一体何処に……?」

 

 

無事五十六がブラックシャークを撃墜してみせた事に驚きと安堵を覚え、つい気が抜けて狙撃用スコープから目を離した隙に、気が付くと次にスコープを覗き込んだ頃には五十六の姿を花蓮は完全に見失ってしまっていた。

 

彼は瞬間移動が使えるので、一瞬で遥か彼方に移動されてしまうと狙撃用スコープだけで見つけ出すのはかなり難しくなる。涼音とターニャの元へ戻ったのかと2人が隠れているビルの屋上も確認してみたが、そこにも彼の姿は無い。

 

――――連続して五十六達があの手この手で襲撃される様をほぼ一部始終、遠く離れた狙撃地点から目撃し続けていたせいで焦りが燻っていたのだろう。

 

すぐ後方に銃を持った人間が降り立つ気配を、花蓮は声が掛けられる瞬間まで気付く事が出来なかった。

 

 

「動かないで。ゆっくりと銃から離れて下さい」

 

 

声の主は昔からずっと聞き続けてきた――――花蓮が今探し求めていた人物。

 

ハッとなって勢い良く振り返ると、飯田五十六が彼に似合わない武骨さとSF映画に出てきてもおかしくない近代的な雰囲気を併せ持った大きなライフルの照準を、ピタリと花蓮に対しまっすぐ据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花蓮の背後を取った五十六が陣取っているのは、ビルの階段口の屋根である。

 

銃口に狙われている花蓮から階段口までの距離は10m前後。彼女の周囲に隠れる為の遮蔽物になりそうな物体は全く存在せず、今や花蓮は逃げも隠れも出来ない状態だ。

 

何よりも、『あの』五十六に銃を向けられているという現実が、花蓮の思考と肉体を一時的な機能停止に追い込んでいた。それ程の衝撃だった。ガツンとバットで頭を殴られたようなそんな感覚。勿論錯覚だ。

 

花蓮に対し突き付けられた銃口はピクリとも揺らがない。正しい訓練を受けていない素人ならば凶器を他人に突き付けるという行為自体に恐怖を覚えるだろう。敵を殺す為の訓練を受けた兵士であれば逆に極度な興奮状態に陥って暴発させる可能性が高くなる。

 

だが五十六は違った。花蓮にライフルを向ける事に対して恐怖で震えている風でもなければ、些細な事で臨界点に達して不用意に引き金を引きかねない程興奮している様子でもない。冷静に自らが構えている存在の正体を把握している上で、いざという時には冷徹に撃ち殺さねばならない『敵』――つまり花蓮だ――をジッと見据えていた。

 

銃の照準に人を標的として捉え慣れた人間独特の、殺し合いを生業とするプロフェッショナル特有の雰囲気。

 

五十六にそんな目で見られる事が、最も花蓮の心を傷つける。

 

 

「五十六く……」

 

「――――これだけは答えて下さい、花蓮さん」

 

 

普段の五十六からは信じられない、固く冷たく何より鋭利な虚偽は一切認めないであろう最高級ナイフのような切れ味鋭い声。

 

銃口は揺らがず、安全の為ピンと真っ直ぐ伸ばされていた右手の人差し指がゆっくりと引き金に触れる。

 

 

「――――貴女は、俺を騙してたんですか?」

 

「違う!そんな訳ない!」

 

 

返事は完全な絶叫。花蓮にとっては魂からの叫びだった。

 

 

「五十六君が各国の諜報機関から狙われているなんて、公安の幹部だったお母さんから教えて貰うまでまったく知らなかった!確かに、お母さんからも『手伝って欲しい』って頼まれたけど、でも、だからって国の利益が理由で任務を受けたつもりは……!」

 

 

言い訳したって、結局五十六を騙していた事は紛れも無い事実ではないか――――そんな考えが脳裏を過ぎり、言葉が詰まる。

 

何より今日彼を襲った急展開のそもそもの発端は、花蓮が五十六のカバンに涼音達の盗撮写真を忍ばせた事なのだから。上からの『命令』とはいえ、ここまでの展開になるとは花蓮も上も予想だにしていなかった。

 

一旦グチャグチャになった花蓮の思考は加速度的に坂道を転げ落ちていき、論理だった言葉を吐き出す事ができない。途切れ途切れの言葉の羅列しか搾り出せない。

 

 

「私は、ただ、他の、人に、五十六君のことを、任せたくなくて……せめて、私が、誰にもっ、心配で、五十六君が、失いたく、いやぁ、きらいにならないでっ……!」

 

 

『敵』に対する殺意以外のあらゆる感情を配した冷徹な光を眼鏡越しに浮かべる五十六の姿が俄か浮かんだ涙によって視界が歪み、ハッキリと見えなくなる。

 

そのままもう何もかも見えなくなればいいのに。花蓮は俯いて泣きじゃくりながらそう願った。

 

五十六に冷たい目を向けられる事は覚悟していたが、これほどまでに自分の心が傷つくとは花蓮自身想像だにしていなかった。

 

 

 

 

――――ただ私は、ずっと一緒に居た五十六君の運命を他人の手に任せたくなかっただけなのに。

 

 

 

 

正直に本音を吐露したって、今となってはもはや五十六を懐柔する為の方便の1つにしか彼には聞こえまい。

 

だからすぐ耳元からとても優しげな五十六の声がした時はとても驚いた。気がつくといつの間にか五十六が目の前に居て、涙で顔をクシャクシャにした花蓮の頭をすっぽりと腕に抱えて花蓮を柔らかな肢体を抱きしめる。

 

花蓮はポカンとしばらくの間じっと抱きしめられていたが、今どういう状況に置かれているのか認識を終えた途端熟したトマトみたいに赤面した。

 

 

「いっ、五十六くん?」

 

「ごめん四天王寺さん、泣かせるような事しちゃって。意地悪したつもりは無いんだ。、ただ四天王寺さんが本当の事を言ってくれるようにする為の演技のつもりだったんです」

 

 

穏やかな声。さっきまでの威圧感を秘めた質問が嘘のようだ。本当に同一人物なのか疑いすら覚えてしまう。

 

 

「信じてくれるの?……だって、私、五十六君にずっと嘘を吐いていたのに」

 

「涼音さん達にも同じような事を言ったんですけど、花蓮さんが嘘を吐いてたのも俺を守る為なんですよね?だったら驚きこそすれ、怒りとかの感情はまったく湧いてきませんよ」

 

「だっ、だけど各国の諜報機関から送り込まれてきたあの3人みたいに、私も五十六君を誘惑しようと送り込まれてきたかもしれないのよ?」

 

 

咄嗟にそんな質問を口走ってしまった花蓮だが、それを聞いた五十六は顔に浮かべた苦笑の色を強くした。

 

 

「いやあ、四天王寺さんの場合は多分本当に偶然ですよ」

 

「だからどうして!」

 

「だって四天王寺さんと俺……それから三木多可は幼稚園からの付き合いなんですよね」

 

 

幼稚園の頃は頭の怪我のせいで覚えてない(本当はそもそも最初から知らない)んですけど、と付け加えつつ。

 

 

「そうだけど……」

 

「俺が瞬間移動を使えるようになったのは小学生の時――――それまでは自分でもこんな能力を持ってるなんて知らなかったんですよ?だったら俺と四天王寺さんが知り合えたのは、それこそ偶然以外の何物でも無いと思いますよ。だから花蓮さんが自分の事を悪役みたいに言う必要はありませんって」

 

 

何て強い人なんだろう――――そう花蓮は強く感じた。

 

戦闘能力がどうこうという意味ではない。長年の友人が己の人生を左右しかねないような嘘をずっと吐き続けていたのをいきなり知らされていながら、嘘を吐き続けていた花蓮を感情の赴くままに糾弾するでもなく、論理的な分析を経た上で花蓮の事を許してしまう、そんな精神の強さ。そして優しさ。

 

強くて優しくてカッコいい――――私の幼馴染。もっと好きになってしまいそう。

 

 

「(!!?わ、わたっ、今何を考えたの!?)」

 

「四天王寺さん?」

 

「へっ、い、いえううん何でもないの。五十六君が私の事を許してくれた事に驚いたのと、嬉しかっただけだから……」

 

「俺も四天王寺さんが泣き止んでくれて良かったです。正直泣き出された時はもう少しマシな言い方すれば良かったって自分を殺したくなりましたから」

 

「もう大げさ過ぎよ……」

 

 

心底安堵の溜息を漏らす五十六の姿に、花蓮の口からクスリと笑いが漏れてしまう。それからさっきまでみっともないぐらい泣いてしまった事を思い出して、もう1度赤面してしまった。

 

五十六も花蓮を抱きしめたままだった事をようやく思い出して慌てて離れる。その際「あっ…」と花蓮の口から名残惜しそうな声が発せられたのだが、微かな音量だったので屋上に吹く強い風の前に呆気なくかき消され、五十六の耳には届かない。

 

 

「じゃあ、俺は涼音さん達の所に戻りますね。涼音さんの怪我の手当てや後始末とかも多分やらなきゃいけないと思いますから」

 

「わ、分かりました。ところで私の存在については出来れば涼音さん達には……」

 

「分かってます、黙っといた方が良いんですよね。花蓮さんは今日の出来事には何も関係なかったし、この場にも居なかったという事で」

 

「そんな感じでお願いします……でもよく私の場所が分かりましたね」

 

「それはほら、無人戦闘車両に襲われた時の狙撃音と着弾から飛んできた方向は分かりましたから、後は狙撃に最適なビルに目星をつけて転移で虱潰しに。お礼を言うのが遅れましたけど、公園ではありがとうございました」

 

「そんな五十六君が頭を下げる必要は……ただ私は五十六君を守りたかっただけで……ゴニョゴニョ」

 

 

念を押されなくても、最初から五十六も花蓮の素性やこの場での出来事を涼音達に教えるつもりはなかった。

 

花蓮は自分から正体を晒した訳ではないし、彼女にも立場がある。出来るならば援護射撃を行ってくれた彼女に不都合が及ばないようにしたい。恩人には変わりないのだし――――何より花蓮は大切な幼馴染だ。

 

 

「それじゃあ俺は行きます」

 

「……あのっ、五十六君!」

 

 

花蓮に背を向けて五十六が瞬間移動を行おうとした直前、花蓮は声を振り絞った。

 

 

「明日も、また何時もどおり学校で会えるよね!!」

 

「――――ええ、もちろんです」

 

 

首だけ回して五十六は微笑んだ。学校では意外と見かけない、眼鏡をかけた状態での五十六の優しい笑顔は、花蓮にとってとても新鮮な光景だった。特に先程まで鋭利なナイフを連想させる雰囲気漂う彼のもう1つの側面を見せつけられていたとあっては、その思いもひとしおだ。

 

五十六の微笑は花蓮の胸に強く刻まれた。これから長い年月がどれだけ経とうとも、今この瞬間の彼の姿を花蓮は生涯忘れない。

 

 

「それじゃあまた明日、学校で」

 

 

今度こそ五十六の姿は完全に消え去った。

 

だけど落ち込む必要はない。彼とはまた明日、必ず会えるに違いないから。飯田五十六が約束を破った事は花蓮が記憶している限り1度もない。

 

 

「明日会ったら、五十六君に本当の事全てを話そう……」

 

 

決意の呟きも夜風に流れて消え去っていく。

 

彼ならきっと全てを白状してもきっと受け入れてくれる――――花蓮にはそんな確信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十六を中心に起きた一連の怒涛の出来事も、翌朝になる頃にはアメリカ・ロシア・中国・日本を中心とした各国の諜報機関総出の隠蔽工作によってほぼ全てがカバーストリーによって覆い隠された。

 

各航空機による爆撃は飛行機の『ひ』の字も出てこない爆発事故に偽装され、五十六が撃墜した戦闘ヘリも『民間のヘリコプターが整備不良が原因で墜落したが死傷者はゼロ』という形でニュースになったに過ぎない。日本の都市で発生した陸空の兵器によって行われた市街地戦をたった一晩で隠蔽してしまうその組織力と能力に、五十六は改めて国家権力の巨大さに対して驚嘆と畏怖の念を抱いてしまったものだ。

 

あの日を境に五十六の身の回りで変わった事もあったし、変わらなかった事もある。

 

事件の翌朝、この数日で久しぶりに1人で登校した所(何せ自宅から一緒に登校していた涼音は怪我の治療の為数日間家に戻っていない)、五十六と同様に何事も無かったかのように登校してきた花蓮から昼休みに呼び出された。

 

話の内容は昨晩はきちんと話す暇が無かった花蓮の素性について。彼女によると元々花蓮は両親を交通事故で亡くした孤児であり、その後日本の諜報機関である公安調査庁の幹部だった現在の養母に引き取られて特殊作戦の訓練の身を受けた立場なのだとかなんとか。

 

五十六のカバンに写真を忍ばせたのも花蓮だったそうで、何度も平謝りされたのにはちょっと戸惑ったけど、もちろん五十六は花蓮を許した。彼女は命令されただけだったのだし、むしろ少女達の素性を問い詰めて明らかにする良い機会だったと割り切る他無い。

 

 

「五十六君は、こんな私でもこれからもずっと一緒に居るのを許してくれますか……?」

 

「もちろんですよ。これまで通り、これからもよろしくお願いしますね」

 

「――――うんっ!!」

 

 

その時の花蓮の笑顔は、今まで見てきた女性の中でも5本の指に入るぐらい綺麗だった――――後に五十六はそう述懐している。

 

花蓮についてはそれ以外に目立って変わった部分は無い。敢えて言うならこれまでよりも少しだけ花蓮の方から五十六に話しかける機会が増えたぐらいか。

 

涼音達についても一連の戦闘から5日後辺りに学校に復帰してからはこれまでと変わらず……いやむしろ今まで以上に誘惑してくるようになった点を除けば今まで通りだ。普通少しは大人しくなりそうなんだけどなぁ、と相変わらず五十六の悩みの種となっている。

 

 

 

 

 

 

 

これまでと変わった事といえば他にも2つあった。

 

1つは五十六が拳銃を隠し持つようになった事。『WATF』の傭兵から奪った例のSW1911だ。

 

SOPMOD-M14は目立ち過ぎるし、本来CIAの備品なので惜しみながらも返却したが、SW1911の事は黙っておいたのである。涼音とターニャも知っていた筈だが、彼女達は組織に何も言わなかったようだ。想定外の事態が連続したせいでド忘れしていたのかもしれない。

 

もう1つは、涼音が復帰するより前のある日の帰り道に『日本政府のある諜報機関の人間』を名乗る女性が接触してきた事。

 

40がらみの女性が言った内容を要約すれば、『五十六の身柄は日本が保護したいがアメリカが邪魔で手出し出来ない。だけどだからといって好きに手出しをさせるつもりもない。各組織同士が牽制し合っているお陰で結果的に五十六の身柄は自由を保っている』、と大体そんな感じ。

 

これからも五十六の周囲には各国の組織からエース級エージェントが送り込まれて来るだろう、という忠告も受けた。『正直涼音さん達と四天王寺さんだけで十分お腹一杯なんだけどなぁ』というのが五十六の本音。正直気が重い。

 

一方的に話しかけてくる女性は厳しい環境で逞しく生きてきた白熊を連想させる雰囲気の持ち主だった。

 

『日本の諜報機関の人間』と聞いて五十六の脳裏に思い浮かんだのは花蓮も所属している公安調査庁。もしかすると五十六の前に現れたこの女性は花蓮の上司なのかもしれない。

 

わざわざ直接忠告に現れた辺り、性根は誠実な人物なのかもしれない(もちろん諜報機関の一員なのだから演技の可能性もあるが)。

 

 

「君を『世界の敵』として排除しようとする者も当然沢山居る。ただし、1つだけ信じて欲しい」

 

 

踵を返して五十六に背を向けたまま女性は続ける。

 

 

「日本政府は――――いや、少なくとも私は、君を見捨てたりしない。君が『世界を滅ぼす』のか『世界を良くする』のかは分からないが、同じ日本人同士後者に賭けてみるのが正解だと考えている」

 

「俺は――――」

 

 

ようやく五十六も自分の意見を返そうと口を開いた。

 

 

「俺みたいなガキが暴れたくらいで滅びるような国や世界は無いと思うし、その程度でぐらつくような世界は滅びるべきだと思います」

 

「っ!!!」

 

 

振り返った女性がサングラス越しに強く五十六を睨みつける。残暑が過ぎ過ごしやすい夕暮れの空気が、五十六と女性の居る空間だけ俄かに数度急降下したような冷たさを帯び始める。

 

まったく臆した様子を見せないまま五十六は更に考えを舌に乗せて表明していく。

 

 

「……だからって俺は自分の力を使って暴れるつもりはありませんし、この力のせいで国や世界が滅びて欲しくないと願っています」

 

「それは何故?」

 

 

制服のポケットからゆっくりと眼鏡ケースを取り出し、中身を目元へ運ぶ。

 

 

「家族が居て、暖かい家庭が在って、学校に行けば友人達と授業や部活の事で他愛の無いお喋りをして、バイト先の先輩とも本や仕事の話題で話し合って、家に帰れば両親や妹や祖父母が『お帰り』と出迎えてくれる――――『飯田五十六』には、そんなちっぽけかもしれないけどどうしようもなく大切な人達が周囲に居てくれるだけで十分満足なんです。自分から好き好んで壊すつもりなんて更々無いですよ」

 

 

『小暮塵八』は、家族も家庭も奪われた挙句、血と硝煙の世界から最期まで抜け出せずに死んだのだから。

 

だから『飯田五十六』はこの命が続く限り、大切な人達と共に過ごせる愛しき日々を守り続けたいと強く誓う……前の人生は、余りにも多くの大切な人を失い過ぎた。

 

勿論『大切な人達』の枠組みの中には今や涼音達も含まれている。出会ってこの方度々彼女達には振り回されてばかりだが、皆悪い人間ではないので五十六は嫌っていない。

 

 

「――――ただし、国や世界が俺の大切な人達に手を出そうとした時は話は別です」

 

 

眼鏡を装着する。意識を『小暮塵八』へ切り替わり、五十六が放ち始めた本気の気配によって周囲の体感温度が更に急下降する。

 

何者かによって五十六の周囲が害された時には、それこそテレポーテーション能力と殺し屋時代に培ってきたありとあらゆる知識と技術と経験を駆使して報復を行うつもりだ。フセインやビンラディン以上の汚名を被ろうとも構うものか、それだけの覚悟はある。

 

 

 

 

――――俺の周りに手を出すな。さもなくばその時こそ五十六は世界最悪の敵となるだろう。

 

 

 

 

単純明快な取引。だが仮にその誓約が破られた場合、どれほどの被害が世界に及ぶのか女性には全く想像がつかないがこれだけは理解できた――――もし彼が敵となれば、それこそ世界にとって最悪の事態に違いないと。

 

五十六がまさに言った通りの事を実行すると確信した女性は表情を変えず、しかし額にほんのわずかな冷や汗を浮かべながら小さく頷いた。

 

 

「もちろん、私達も最大限可能な限り貴方の周囲の人々を保護すべく動くつもりです」

 

「よろしくお願いします。やっぱり俺1人じゃ何事にも限界がありますから、そう言って貰えると心強いです」

 

 

女性の返事にそれなりに安心し、五十六は気配を緩める――――願わくば、今の五十六の言動がきっかけで逆に彼女達が後々心変わりしませんように。

 

殺気と威圧感のぶつかり合いで凍てつきかけた空気を解そうと、肩を竦めながら五十六は更にこう付け加えた。

 

 

「そもそも超能力を持っているからって、俺1人なんかに世界の命運を背負わすのはどうかと思いますよ?」

 

「あらそうかしら?貴方の持つ力は世界の運命を左右するには十分なのだから、そんな扱いになってしまうのも仕方ないと思うけれど」

 

「そんな訳無いじゃないですか。何たってほら――――」

 

 

苦笑を浮かべて頭を掻きながら五十六はハッキリとこう言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――俺はまだ、たかが高校生なんですから。

 

 

 




感想というかご意見返し的なもの:


>判断って投稿小説の人気度、読者の満足度みたいなものを指してるのかな?最後に改善したほうがいいのかなって言ってるから批評して欲しいってことかな?それとも単純にモチベーション上げたいから感想なにか書いてってことかな?ちょっとわからなかった。

自分が言いたかったのは『閲覧数や評価は増えてるのに感想は少ない』という意味です。
皆様が拙作を読んでくれているのは分かっていても感想は増えない分、自分が書く作品は皆様のニーズに求められていないと言われているような気がしまして…
自分で改善したいと言っているのは、要は『感想貰わないとモチベ維持できないからって読んでくれる皆さんに一々感想くれくれ言うぐらいなら、すっぱりと作品書くの止めろ』という自分への戒めみたいな感じです。
でも書くのを止めたら止めたでまた書きたくなる衝動がむくむくと湧いてくるという……こういうのを痛し痒しと言うんでしょうか?


>【悪い点】ちょっとかまってちゃんを前に出していること

弁解のしようがありません。

>純粋に閲覧数や感想が欲しければ、もっと人気のある原作を選んだ方が良いですよ

流行の某作品ネタ書いてた時も結果的に感想貰えなくなったりしてた場合は一体どうすれば…
もっとも途中からプロット崩壊して話が迷走したりしたのが読者離れしていった原因なんでしょうけど。
結局自業自得じゃねーか!orz思えばそんな失敗ばっかり繰り返してないか自分…


>強いて言えばヒロイン達がちょっと空気すぎるかな?と

主人公描写やドンパチメインになった結果がごらんの有様だよ!
申し訳ありません。ヒロイン達については作中で描写した以外はほぼ原作通りなので、気になるようでしたら原作をお読み下さいw


>それと疑問なのですが、M14には、狙撃用と言うことですからスコープが付いているんですよね。それにしては、ゼロインの距離が800mぐらいまで狙える7.62mmNATO弾にしては短すぎる気がするのですが。

100ヤードでゼロインのくだりは劇中にある通りハンター御代の『狩りのとき』をネタにしております。
肖ったシーンでも100ヤードでゼロインしてたんですよ。実際には更に100ヤード刻みで何クリックという部分も原作では描写していましたが作中では流石に省きました。




ここまで読んで下さった読者の皆様、お付き合い頂き本当にありがとうございました。

感想随時募集中~。


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