宜しければ、お楽しみ頂ければと思っております。
間桐雁夜は駆けていた。
数年前に飛び出した、蟲の怪物が住まう忌まわしい実家へと。
フリールポライターとして海外を巡っていた雁夜は、久々に日本へ帰国した際、幼馴染であった葵から聞いたのだ。
彼女の娘である桜が、間桐へ養子に出されたと。
「よりにもよって、何で間桐なんだ……!」
歯噛みながら雁夜が脳裏に浮かべるのは、父という名目になっている――――しかし実態は五百年もの時を生きる怪物――――間桐臓硯の蟲屋敷。
臓硯は血の繋がった家族たる雁夜の目から見ても、外道だ。おぞましい蟲を使役する魔術の使い手であり、己の本当の父母を蟲に食わせた人でなし。間桐の実権を握りしめ、間桐を裏で操る悪漢。
かつて愛した、今も愛おしいと想っている女性の子が、そんな下種の手に渡ってしまった。
彼女を養子に出した男、時臣へ恨み言を呟きながら、雁夜は間桐家を目指して走る。
『それにしても、間桐の現当主は凄いわよね』
頭の中で響くのは、桜のことを伝え終えた後の葵の言葉。
『まだ若いのに間桐の当主に恥じない魔術師だって、夫が言っていたわ』
――――違う。
あいつは確かに雁夜や鶴野より、魔術師としての才が優れている。
非才な長男に凡才の次男、だが腹違いの末子は兄二人とは比べ物にならない鬼才を持っていた。先祖返りと突然変異で誕生したあいつは、臓硯に勝るとも劣らぬ才覚を有していたのだ。
だから臓硯は出奔した雁夜を連れ戻そうとはしなかったし、あいつの意向により鶴野を蟲の餌にすることを止めた。
あいつは歴代の間桐当主で唯一、臓硯の傀儡ではない。蟲の怪物と対等に近い地位を持つ。間桐家始祖のお気に入り。間桐秘蔵の虎の子だ。
だが同時に、性質が臓硯に似通っている。
でなくば、五歳の頃から毎晩蟲蔵に放り込まれて、平気で居られる筈がない。あのおぞましい間桐の魔術を、受け入れられるわけがない。
人間として破綻しているのだ。
雁夜が忌み嫌う、魔術師らしい魔術師なのだ。
あいつ――――間桐鴇哉は。
「…………!」
気づけば、家は既に目の前にあった。
相変わらず嫌な家だった。古びた洋館は草木が生い茂り、日光がまともに入らない状態で、全体的に薄暗い。屋敷の地下に存在する蔵は、雁夜が忌避する建物の一つだ。中に入らなくとも外観から分かる陰鬱としたおどろおどろしさは、家出同然に飛び出した頃と変わらない。
雁夜は数度深呼吸したのち、間桐邸の扉へ手を伸ばす。科学を嫌う魔術師の家にインターホンなんてものはない。屋敷同様に古めかしいドアノッカーを掴んで、数度叩く。
暫く待った後、玄関の戸が開かれる。
現れたのは自分よりやや年上の、青みがかった波打つ髪の男。対峙するとは思っていなかった人物に出迎えられ、雁夜は目を見開く。
「兄貴……まだ、この屋敷にいたのか」
口から出たのは、率直な感想。
応対した男――――鶴野は三人の中で一番地位が低く、生命的に最も危険な立場にあった。鴇哉が臓硯に交渉したおかげで難を逃れたが、一度は蟲の餌にされかけた程だ。そんな彼が、未だなお此処に残っているのは予想外だった。
「……『現当主様』の御慈悲で、ここに住まわせて貰ってるんだよ。生活費なんかも、あいつの資産から出てる」
久々に会った兄は、不機嫌そうに答えた。その顔には様々な感情がない交ぜになって浮かび上がっている。
鴇哉は二人と年が大きく離れており、記憶が正しければ今年で十八くらいだった筈だ。長兄でありながら末弟から施しを受けるのは、年の差もあって屈辱的だったに違いない。
「俺のことはどうでもいいだろ……何しに来たんだよ。雁夜」
「ジジイと鴇哉に用がある」
「あいつらに用とか、正気か?」
「そうじゃなかったら、わざわざ来るかよ。こんなところ」
怯えを見せる鶴野へ吐き捨てるように返すと、鶴野は軽く首を振った後、弟を家の中へと招き入れる。
久々に歩く実家の廊下を進み、臓硯がいるだろうダイニングのドアを躊躇いなく開く。
その先にいたのは、二人の子供と妖怪めいた外見の萎びた老人――――そして和洋折衷な出で立ちをした中性的な若者の四人。
雁夜は子供の片方、少女へと目を向ける。驚きで丸まった瞳は生気を宿し、愛らしい顔にはきちんと感情が宿っている。そのことに、彼はホッと安堵の息を吐いた。
が、それも束の間。
この家の最大権力者であることを示す上座に座した老爺は、たっぷりと沈黙を置いた後に口を開いた。
「……十年前に出奔した身で、よくもまぁ儂の前に現れたものよなぁ。雁夜」
言葉と共に放たれた重圧、威圧感。それは瞬く間に部屋の中を迸り、四方の隅に至るまで包み込む。
五百年という長い時を生きる魔術師の暴力的な威圧は、雁夜の戦意を押し潰さんとする。この場から逃げ出したくなるほどの恐怖が雁夜の体を襲い、子供たちは小さく悲鳴を上げて身を強張らせる。
その中で、唯一平然としている若者が片手を上げて臓硯へと進言した。
「おい爺様よ、今ガキ共に基礎を身に着けさせてるとこなんだ。次兄虐めは二人が居ない時にしなよ。慎二はともかく、桜が暴走したら怖いぞ?」
「おぉ、そうだったのぉ」
途端、臓硯から放たれていた覇気が失せ、部屋中を埋め尽くす圧迫感が霧散する。
止まっていた呼吸が戻り、膝を折って深呼吸を繰り返す。数秒の出来事だったにも限らず、まるでフルマラソンでもしたような疲労感があった。
「にしても次兄、この程度の威圧でビビッてたらダメっしょ。爺様の本気はもっとやばいからね。長兄もそうだけど、今のままじゃ間桐でやってけないよ?」
そんな雁夜へと降りかかる、カラカラと笑い混じりの声。
雁夜は顔色の優れない顔を上げ、十年ぶりの再会となるそいつを見やる。
耳元だけ胸に掛かる長さまで伸ばした青い髪と、吊り上がった大振りの菫色の瞳。整った顔は全体的に小造りで、背丈は雁夜の目線と同じ程度。華奢な体は肩が丸く、すらりと伸びた手足は柔らかみを帯びている。
そいつの装いは派手ではないが奇抜だ。詰め襟の中着に胴着のような裾の短い単を重ねて、角帯と帯締め紐で絞めている。下にはズボンを履き、膝下まである細身の長羽織に袖を通していた。外に出る時は、玄関にあったブーツを履くのだろう。日本伝統の和装に、現代の要素を取り入れている。古風というより懐古趣味。臓硯が江戸時代なら、こいつは大正か明治頃を思わせる。
最後に顔を見た時、こいつは八歳そこらだった。
随分と成長し様変わりしたが、しかし昔の面影をしっかりと残している。
だとすれば、きっと――――中身も変わっていない。
雁夜の忌む、魔術師らしい魔術師のままだ。
「鴇哉……!!」
だから雁夜は『妹』に見える『弟』を、『女』の体でありながら『男』であるそいつを――――間桐家現当主を睨む。
「安心しなよ、二人とも蟲蔵には放り込んでないさ。特に桜は血筋が根本から違うからね……今は様子を見ながら、少しずつ間桐に染めてるとこだ」
鴇哉は雁夜の視線にクツクツと笑みを零しながら、きょとんとしている桜の隣にしゃがむと、肩にかかる長さの黒髪を一束摘み上げる。
その動作に釣られて視線を合わせる雁夜は、息を呑む。
桜の毛先は黒から紫に――――間桐特有の色に変化していた。
「この方法だと半年くらい掛かっちまうけど、代わりに本来の属性を潰さずに済むからね。貴重な架空元素を使えなくするのは勿体ない」
「お前……! 何てことを……!!」
その所業に激怒し、雁夜は末弟を糾弾しようと口を開く。
「Затихнуть(黙ってろ)」
だがその直前、鴇哉の魔術が雁夜の怒声を封じた。
絞り出そうとしても言葉は声帯から出られず、雁夜は淡く笑む現当主を睨みつける。子供たちは怖々と二人の様子を伺っていたが、鴇哉が「長兄のところに行っときな」と言うと、慎二は桜の手を引き玄関へと小走りで向かった。
子供たちが出ていったのを見送った後、鴇哉は親指と人差し指を合わせ、パチンとスナップを鳴らせる。
それと同時に、雁夜に声が戻った。
「いちゃもんは後で聞いてやるから、まずは今の事情についてちゃーんと耳を通してもらおっか。ほら、立ち話もなんだし、座りなよ」
菫色の瞳を愉快そうに細めながら、鴇哉は椅子を勧める。
明らかにあちらのペースに呑まれていることに歯噛みながらも、雁夜は憮然とした様子を隠しもせず、荒っぽく椅子に腰かけた。
臓硯はニヤニヤと不気味な笑みを貼り付け、そんな雁夜を眺めていた。
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001
それは雁夜が帰国する一週間くらい前のこと。
鴇哉と臓硯は自分たち間桐と並ぶ御三家の一つ『遠坂』に招かれ、遠坂邸へと足を運んでいた。
間桐とは少々趣の違う、派手ではないが華やかな調度品が配された屋敷。その応接間に、招かれた二人と招いた一人が向かい合う形で座っている。
「まずは、お二方にご足労頂いたことを感謝しよう」
と鴇哉たちにそう面白くもない貴族然とした挨拶をするのは、赤いスーツに身を包んだ黒髪碧眼の男。遠坂の現当主、時臣である。
(属性は火、体系は宝石魔術で攻撃特化、才能は歴代の遠坂じゃ凡々だが努力を積み重ねて並み以上の実力、ただし信念と価値観から傲慢な部分あり、典型的な魔術師気質と思考……だったか)
鴇哉は彼のことを情報で知っていたものの、面と向かって顔を合わせるのはこれが初めてのことだった。御三家の間には不可侵の掟があるため、対面の機会などそうないからだ。まして御三家が他の御三家を自宅に呼び出し招き入れるなど、前代未聞である。
そんなわけで、次兄雁夜と同い年くらいの男を観察する。
そして、
(つまらなそうな奴だなぁ)
と感じ、興味が失せる結果となった。
和洋折衷な出で立ちの青髪紫眼の少女が、視線だけで時臣を眺める。
かなり不躾な行為だったが、不可侵の掟を破った時臣にそれを咎める資格はない。それに、この憮然且つ傍若無人とした態度は、身体的性別から相手に舐められないために身に着けているようにも感じる。
問題は、眺め終えた後。少女が極々僅かにだが、ため息をついた点だ。
時臣は表面こそ優雅かつ余裕を持っている風に取り繕っていたが、内心では少女……鴇哉の目から関心の色が失せたことに焦りを覚えていた。
――――間桐鴇哉。
旧名は間桐朱鷺。トランス・ジェンダーで、精神的性別は男性寄りの中性。
衰退していく間桐の中で、異母兄二人と比べ物にならない優秀な魔術回路と類稀な属性を有していたことから、次期当主に確定。それからは名を一部変え、後継者として育てられる。
その後、訓練によって間桐の特性を後天的に手に入れ、更なる魔術を修得すべく十三歳の時に時計塔に入学、二年で卒業。帰国後に当主の座を継ぎ、度々外国に渡来しながら魔術研究や死徒狩りに赴く……。
それが目の前にいる年若き当主の経歴だが、時臣が危惧しているのは時計塔でのものだ。
彼女は初めの一年こそ、極普通の魔術師として研究と勉学に励んでいた。
しかし次の一年では、恐るべき速度であらゆる部門の魔術を取り込み、自分に適した魔術を全て残らず修得、そうでない魔術も知識として会得し、飛び級で卒業したという。
そんなことをした理由を、誰もが問うた。
すると彼女は答えたという。
――――『つまらなかったから』と。
(……つまり関心のあることは手間暇掛けてじっくり取り掛かるが、そうでないものには時間を浪費したがらず、手早く終わらせてしまうということだ)
関心のないことでも切り捨てたりせず、きちんと己の物にする点は好感が持てるが、しかし非常に厄介でもある。此度の場合は、特に。
(今回の件を、つまらなく思われてはいけない。この頼みを手早く終わらされては困る。それでは、私の願った通りにならない可能性が高くなる……!!)
本来なら優雅に口上を述べるのだが、鴇哉を煩わせれば更に関心を失ってしまう可能性が高い。
だから時臣は、単刀直入に告げた。
「今回お二人を呼んだのは、我が娘……桜を間桐の養子に出したいからだ」
「ふぅん?」
鴇哉の瞳が、時臣をくだらなそうに見つめる。対して、彼女の隣に座る老爺は唇の端を三日月のように釣り上げた。
「鴇哉。君の場合はそう問題なかっただろうが……二子、三子を儲けた魔術師は本来苦悩するものだ。一人だけを世継ぎに選び、他の子を凡俗に堕とさねばならないジレンマに」
「じゃが、遠坂の子倅の場合はそうするわけにはいかぬのじゃろう?」
「その通りです、翁」
笑みを浮かべる臓硯の言葉に、時臣は強く頷いた。
こういってはなんだが、間桐のように誰か一人だけ才能が突出していればまだ良かっただろう。そうすれば他の子は……残念ではあるが、それでも普通の人間として生活することが出来る。
だが、妻の葵は母胎として優秀過ぎた。
「娘たち、凛と桜はどちらも稀代の素養を備えて生まれてしまった。家督を引き継がなかった片方は怪異の渦に巻き込まれ、魔術協会によってホルマリン漬けになってしまう可能性が高い。……どちらも、魔導の家門による加護を必要としているのだ」
「……それで、爺様が養子縁組を申し出たわけか」
鴇哉は青い髪を指で梳きながら、視線を隣に座る臓硯に向けた。すると臓硯はクツクツと、察しが良いと言わんばかりに笑みを深める。
間桐の翁が、この末子を可愛がる理由がよく分かる。鴇哉は才能に恵まれているだけでなく、聡い。若いながらに出来が良い。
「なるほどね。ウチは遠坂とは逆に、次の後継者がいなくて困ってた。だから爺様は、あちらさんに子のどちらかを欲しいと声を掛けたわけだ」
「左様よ。鴇哉には当主としての素質がある代わり、母胎としての素質はないからのぉ。ゆえに鶴野を残し、生まれる子に期待したわけじゃが……その子である慎二は魔術回路を持たなんだからの。間桐を途絶えさせんためにも、養子は必要じゃろうて」
鴇哉と臓硯はそれぞれ、間桐の深刻な事情を時臣の前で暴露する。本来なら、こんな弱みを見せる行為はしない。これは良い父親なれど魔術師的思考で動く時臣に、『互いに利害が一致している』ことを改めて感じさせるためだ。
そしてそれにまんまと釣られた形の時臣は、言葉を続ける。
「他にも桜の養子先に相応しい家はあるが、それでも私は聖杯を知る間桐へ出したいと思っている。根源へ至る可能性が最も高いのは間桐だ。……それに」
と、そこで時臣は期待に満ちた眼差しを鴇哉に向ける。
「架空元素を持って生まれたという君なら、同じく架空元素の桜を立派な魔術師に育ててくれるに違いない」
「……へぇ?」
すると、少女の顔に笑みが浮かぶ。
先ほどまでつまらなそうにしていたのが、嘘のようだ。
「なるほどなるほど? 遠坂の次女は架空元素か。虚か、無か、はたまた僕と同じく両方持ちかな?」
「……桜は虚数だ」
「なんだ、片方だけか。同じ二重属性を期待してたんだけどな」
「かかかっ。お主みたいなとんでもないのがポンポン出て来おったら、魔術協会も困るじゃろうて」
肩を竦める鴇哉に、臓硯が笑いながら語る。その言葉には時臣も同感だった。架空元素の二重属性がそこかしらにいたら堪ったものではない。
(しかし……『虚』と『無』を有してなお、封印指定から逃れるとは)
と、時臣は思い出す。鴇哉が持つ経歴の一つ――――『封印指定を受けたにも関わらず平然と時計塔を歩き、執行者を返り討ちにした』という武勇伝を。
送り込んだ三人の執行者を叩き潰され、蟲の餌食にされたことで魔術協会は彼女に掛けていた封印指定を外した。封印指定を捕えるメリットより、捕えようとするデメリットの方が大きくなったためである。この情報を得た時、封印指定を解く方法があるのかと半ば感心し半ば呆れたものだ。
(だが……そんな彼女の養子に出せば、桜は安全だ。それに彼女の関心もいくらか得られた。これなら、桜の未来も安泰だろう)
そうして時臣は、鴇哉の娘として桜を養子に出したのだった。
◇◇◇
「……って感じに思ってるだろうね、あちらさん」
「…………」
緑茶を片手に説明を聞いていた雁夜は、空いた手で顔を覆う。
初対面だっただろう鴇哉に内心見透かされまくり、その上良い様に誘導された男に、流石に憐憫を禁じ得なかったのだ。
「遠坂当主、ちょろくね? とんとん拍子で縁組終わったんだけど、ちょろすぎね? 爺様がめっちゃ悪い顔してたのに全然気づいてなかったよ、あいつ。鈍感すぎだろ。手の内で躍らせられるな、かなり簡単に」
そして初対面だった年上の男に、鴇哉は毒を吐きまくる。見た目だけとはいえ可憐な少女にこんなこと言われるなんて、哀れだ。先ほどまで抱いていた時臣への憤りが、みるみる萎んでいく。
「ねぇ次兄ってば、なんであんなのから葵さんをもぎ取れなかったわけ?」
「うるさい……葵さんを、こんな家に連れて来られるかよ……」
「あぁ、そこらへんは同感だわ。でもそれとこれとは別だろ。間桐の魔術に必要なことなんだからさ」
呻くように声を絞り出す雁夜に、頷きながらひらひらと手を振る鴇哉。
こいつは魔術に優れており情報の吸収速度が速いが、それだけならまだ問題ではない。この末弟の厄介なところは、思考の柔軟さと割り切りの良さだ。
鴇哉は人としての己と魔術師としての己を理解し、己を律しながら様々な手段を取る。魔術師が忌避する科学や機械に手を出すし、様々な魔術を会得し自分好みに改良する。雁夜が嫌悪した魔術を「そういうものだから」と開き直り、鶴野が抱く罪悪感や恐怖を「一々気にしても仕方ない」と一蹴するのだ。
八歳になる前から片鱗を見せていた恐ろしいまでの利己主義、思考の切り替えぶり。これこそが、臓硯相手にも引けを取らない大きな要因だ。
そして臓硯譲りの嗜虐癖が、雁夜の頭痛の種だった。
「葵さんは美人だし良い人だと思うよ、僕から見ても。……あーあ、義姉に欲しかったなー。次兄は爺様の計らいで遠坂当主より距離が近かったんだから、やろうと思えば出来ただろうになー。肝心の次兄がヘタレてたせいでなー」
「うっさいうっさい! なんだよ人の心の傷を掘り返しやがって!! 楽しいか!?」
「うん、すっごく」
ニヤァと意地悪く笑いながら肯定してくる弟に、雁夜は泣きたくなった。
「畜生……ちくしょう……俺のこと馬鹿にしやがって……っ」
「はっ。いつまでも幼馴染スキー拗らせてるからイジられんだよ。止めて欲しけりゃ恋人の一人でも作れ、この童貞が。つーか次兄、そこらで女引っ掛けろとまではいかないけどせめて風俗くらい行けよ。初恋引き摺って、いい歳こいてるのに未経験とかどういうわけ? 魔法使いにでもなる気か?」
「やめろ。その呼び方は止めろ。凄く嫌な響きがする」
しくしくと嘆いていた雁夜は鴇哉の言葉で顔を上げ、わりと本気で懇願した。その反応に鴇哉はクスクスと笑い声を上げ、臓硯がニタニタと愉快そうに二人のやり取りを鑑賞している。
――――間桐家お家芸、身内虐め。
被害者ランキング第一位は雁夜、第二位は鶴野、第三位は慎二である。
他三人は基本、虐める側だ。
鴇哉は封印指定執行者を返り討ちにして蟲責めにしたあと、その一部始終を記録したものを魔術協会に亡骸と一緒に郵送しています。
また、協会の重鎮を中心にして住所や家族情報を調べたものや彼らの写真を、「こっちの研究の邪魔をするなら、全員蟲で嬲ったあとに生きたまま魂もろとも食わせてやる」という旨の手紙と共に、本人と家族らに使い魔で送り付けています。
これにより、協会側は封印指定を解かざるを得なくなりました。
それくらい敵に容赦ないのが鴇哉です。
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002
「……とまぁ、次兄で遊ぶのはこのくらいにしておこうか。そんで次兄、僕らに聞きたいことがあるんじゃない?」
唐突に話題を切り替える言葉に、雁夜はようやく目的を思い出す。
「お前ら、桜ちゃんをどうするつもりだ?」
「普通に魔術師として育てるよ。間桐の子を産む母胎にしながらね」
詰め寄ろうとする兄を目つぶし態勢で牽制しながら、鴇哉は続ける。
「ここらは爺様と議論になったが、僕が勝った。勝利した後の飯は美味い」
「議論したのか……臓硯と」
「口論というかも知れんね」
関心と呆れの混じった声で呟く雁夜に、呑気な口ぶりで末弟は語る。自分に向けられたものでないとはいえ、先ほど臓硯が放った重圧にケロリとしていたことといい、タフな奴だ。
そんな現当主を見つめながら、妖怪もどきは残念そうに呟く。
「儂としては、桜が世継ぎを産む機能さえ備えれば十分なのだがのぉ……じゃから蟲蔵に放り込んでしまおうと思っておったのだが」
「何言ってんのさ爺様。せっかくの稀有な属性持ちだよ? それを母胎としての役割だけで終わらせるとか、勿体ないだろ。それに、蟲蔵に放り込んだら一気に間桐に染まるじゃん。間桐の血筋じゃない桜を一息で間桐にしたら、虚数が使えなくなる可能性が高い」
そんな宝を腐らせる真似はしたくない、と鴇哉は反論する。
「僕は色々と仕込みたいから、どっちも使えるよう調練したいんだよ。だから飯に蟲の体液を混ぜて、少しずつ慣らしてるんじゃないか。僕の健気な頑張りを無駄にするつもりか?」
「しかしの、鴇哉よ。儂の体は結構逼迫しておってな」
「爺様? ――――蟲蔵の悪夢を再現したいのかよ?」
「……蟲蔵の悪夢?」
一体何を言っているのか、あの蔵は最初から悪夢そのものだろうと雁夜は首を捻る。
だが臓硯は……鴇哉の言葉を聞いた途端、身を強張らせた。
それを見た鴇哉は舌なめずりして唇を濡らした後、嬉々とした口ぶりで追い討ちをかけ始める。
「桜の属性は架空元素の虚。架空元素は感情に左右されやすい属性だよ? 負の感情を持つ状態なら尚更暴走する。しかも虚は間桐の吸収と相性良いからなぁ。蟲蔵に閉じ込めたせいで暴れられたら困るっしょ?」
素晴らしく晴れやかな笑顔で語る鴇哉に対し、臓硯の顔色はみるみる悪くなっていく。蟲で出来た体だというのに、その表皮には冷や汗が浮かんでいた。こんな状態の臓硯は見たことがない。雁夜は驚愕と同時に不安になった。
「お、おい? なんなんだ、その蟲蔵の悪夢ってのは?」
「あぁ、次兄が飛び出した後のことだから知らないか。僕が十歳くらいの時に起きたというか、起こしちまった出来事だよ。あの時は同じクラスのガキに絡まれた後でちょっと苛ついててさ、その後にすぐ蔵に放り込まれたもんで、うっかり暴走して――――」
そこで一端、間を置いて。
「蔵にいた蟲の大半、喰っちまった」
ひどく軽い口調で、カミングアウトした。
「…………喰っちまったって」
「虚と吸収が混じっちゃってさ。大体八割そこらかな。淫蟲も少しばかり吸収しちゃったんだな、これが。元居た数に戻すのに一年掛かったと思う。まぁそのおかげで僕の魔力がかなり底上げされた。実に幸福だわ」
「嫌な事件じゃったのぅ……あれは」
はっはっは、と豪胆な笑い方をする当主に、遠い目をして明後日の方を見やり黄昏る始祖。温度差が激しすぎて、シュール通り越して不気味な光景だった。萎びた妖怪が更に萎びた姿に、雁夜は絶句するしかない。
「まぁそんなわけで、桜はウチの魔術師兼慎二の嫁にしようと思ってる。姓は同じだけど従兄妹関係だし、桜は養子だから問題ない」
「……間桐の魔術を覚えさせるのは、確定してるのか?」
「ったりまえっしょ。でなきゃ態々爺様が養子縁組を申し出た意味がない。一般人に生まれた慎二に魔力を流して魔力回路を作ったことを、隠してだ。それだけの価値があるんだよ、今回のことは」
「……っ!? お前、慎二君にそんなことをしたのか!?」
「去年な」
さらりと何でもないように肯定が返って来る。雁夜はひゅっと喉を鳴らし、詰め寄って胸倉をつかもうとした。それをひらりと避けた鴇哉はどこ吹く風だ。
「長兄は隠してたんだが、慎二はウチが魔術師の家であることを知ったみたいでさ。そのことを誇らしげにしてたんだよ。そんなアイツに魔術回路がないこと教えたら大泣きしちまってさ。泣きながら魔術師になりたいって言うもんだから、作ってやった」
魔術師の家の子なら、作るの簡単だしな。と、鴇哉は世間話をするような口ぶりで喋り続ける。
「回路が存在していた痕跡があれば、あとは魔力で切り開けば普通に機能するからね。まぁダメージも大きいから、一週間寝込む羽目になったけど。それでも魔術師になれた、って喜んでたよ」
「今では桜の兄弟子じゃのう。先輩風を吹かせ、訓練を手助けしておるわい」
「そんな……慎二君……」
二人の口から語られる甥の現在の姿に、雁夜は愕然としていた。普通や平凡を尊ぶ雁夜には、一般人に生まれながら魔術という異常を求める慎二が信じられないだろう。
「有り得ないって言いたげだな、次兄。長兄も大体そんな反応だったよ」
だがそれは事実なのだと、末弟は説く。
「魔術師からすれば、慎二の反応が普通だよ。魔術師ってのは諦めが悪くて、歩いた道を振り返らないもんさ。欲しいものは何がなんでも手に入れるし、目標を遂げずに逃げたりしない。慎二は魔術師気質だ。僕は、あいつに回路を作ってやって良かったと思うよ。思考以外が一般人だったら、途中で変な歪み方をしてただろうね。魔術以外についてはわりと万能な分そうなりかねない」
「桜ちゃんだけでなく……慎二君まで……」
「慎二は間桐らしく水属性だ。暗示と使役と、あと治癒が上手い。安心しろよ、飴と鞭は使い分けるつもりだから。頭の固いガッチガチな古典系魔術師にはしないよ。お綺麗な良い子にはならないが、変に汚い魔術師にはしない」
消沈する雁夜を労わる様に弟はのたわるが、しかしそれは雁夜には慰めにもなんにもならない。なっていないことを自覚した上で喋っている。
「桜の方もガス抜き対策は出来てる。最低でも月に一回、母親と姉に会わせることを約束したからな。御三家の不可侵は魔術に関してだけだから、母や姉とは触れ合えるようにしたよ。流石に父親は無理だけど」
「……せ」
「ん?」
「二人を、元の場所に返せ……!」
「はぁ?」
瞳に仄暗い怒りを灯して告げる兄に、鴇哉は眉を寄せる。
「間桐の魔術を教えるなんて、絶対に駄目だ。こんな外道魔術をあの子たちに教える必要はない!」
「アホ言うなよ次兄。魔術なんてどこもかしこも同じもんだろ。傍から見りゃあどこの魔術師も似たり寄ったりの下種ばっかじゃん」
「その中でも間桐はとびっきりの屑だ! あんな蟲共を使った魔術を、二人に学ばせられるか!!」
「止めとけ。桜を遠坂に送り返したところで、あそこの当主は桜を他の養子に出すだけだ。そっちの方が、何されるか分かったもんじゃないぞ? 慎二の方も、魔術師であることを取り上げられることを嫌がるだろうね。可愛い甥と姪に恨まれるようなことして、楽しいか?」
「それでも、臓硯の傍に置くよりはマシな筈だ!!」
「あー。爺様、下っ種いもんな。その心配は分かるわ」
上座の翁を指差し叫ぶ雁夜に、鴇哉がうんうんと頷きながら納得した。
そんな末子に、呆れたように肩を竦めて臓硯は笑う。
「これ鴇哉よ、儂の子であるお主がそれを言いおるか?」
「まぁ、確かに僕が一番爺様似なのは認めるさ。けど、爺様ほど残忍でも狡猾でも慎重でもないよ。敵に容赦はなくて他人弄りが好きで研究者気質ではあるけどね」
「かかかっ。虐め甲斐がないのはつまらんが、お主のその理解の良さと淡白さは気に入っておるぞ」
「どうも。僕も爺様のこと、教師としても反面教師としても気に入ってるよ。けど桜たちの教育権を譲りはしないからな? 僕が一から仕込むんで」
「つれないのぉ」
「育成すんの楽しいんだよ。育てゲーとかめっちゃ好き。だから僕の楽しみを取らんでくれよ爺様」
などと、雁夜を無視して他愛無いような話を続ける二人。それに堪忍袋の緒が切れたのか、テーブルを握りしめた拳で強く殴った。
「もう良い……っ! お前らとの話はもううんざりだ。二人は俺が連れて行かせてもらう!!」
「そういうことは稼ぎが良くなってから言えよ。ガキ一人にかかる費用を舐めんな。ホームレス状態に近い今の次兄に、桜たちは任せられません」
「お前のそういうとこ、大っ嫌いだぁぁぁああああああああああ!!」
痛いところを突かれ見事に言い負かされた雁夜は、絶叫を反響させながら間桐邸を出ていった。
防衛本能を働かせた鶴野と共に二階に避難していた桜と慎二は、目をパチクリさせながら雁夜の出て行った玄関を見つめる。
「やれやれ。こりゃ明日も来るな、次兄の奴」
「しかし、相変わらず弄るのが楽しい奴だのぉ」
「同感。あの辺り昔から変わってないみたいで安心したわ。これなら、思う存分次兄で遊べるな」
「かかかっ。まったくじゃ」
ドS二人のそんなやり取りを聞き、鶴野は「雁夜、御愁傷様……」と呟き、走り去って行った弟に合掌した。
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003
今回は遠坂母と娘が登場です。
桜が間桐に来てから一か月くらい経った、とある休日。朝を少し過ぎ、昼へと傾き始める時間帯だ。公園では少年少女たちが元気に遊び、母親たちは怪我の心配をしつつも微笑を浮かべて我が子を見守っている。
そんな場所に、場に似合わな過ぎて悪目立ちしている人物が佇んでいた。
「九時五十五分……待ち合わせ時間あと少しだな」
懐から取り出した懐中時計で時刻を確認し、鴇哉は呟く。番傘を差した彼女の隣では、鴇哉が着ている羽織の裾を握りしめる桜が何か……もしくは誰かを探すように辺りを見渡している。
妹というには顔が似ていない幼女を連れた、聊か時代外れな出で立ちの少女。当然保護者たちの視線は二人に集中し、ひそひそと小声でどういう関係だろうかと勘繰り始める。
なぜか注目を浴びていることに萎縮する桜とは裏腹に、こういった反応に慣れ切っている鴇哉は表情一つ変えない。ただ公園の入り口と懐中時計、そして傍に侍る桜を順々に見比べる。その繰り返しだった。
少しして時計の針が十時を示した、その時。
「――――桜っ!」
明るく弾んだ声音が鼓膜に響く。
「あ……!」
一か月ぶりに聞く家族の声に、桜は不安げにしていた顔を喜びで緩ませ、声の主へと顔を向ける。
そうすれば目を凝らさずとも視認出来る。こちらへと駆け寄って来るツインテールの少女と、その後ろを歩いて追う御淑やかな空気を纏う女性――――遠坂凛とその母である葵の姿が。
「お母さん、お姉ちゃん!」
養子に出て以降初の顔合わせとなる家族の方へと、桜は早足で向かう。
葵は両手を広げ抱き付こうとする娘を受け止め、凛は妹の両手を取ってやや興奮気味に応対する。
「桜、久しぶりね! 元気にしてた?」
「うんっ。ちょっと寂しいけど、でも大丈夫!」
「そっか。良かったぁ」
そう言って、共に笑みを零す姉妹。二人の母である女性は、微笑ましそうに娘たちのやり取りを見守っている。
そんな葵へと、鴇哉は歩み寄る。
「こんにちは、葵さん」
「えっ、ええ。こんにちは」
声を掛けられた葵の反応は、困惑が三割に怪訝が七割といったところだろうか。優しげな印象の瞳は、彼女とそう背丈の変わりない鴇哉に向けられる。
「えぇと、あなたは……」
「父より当主を継ぎました、間桐鴇哉です」
「あら、そうなの……あなたが……?」
鴇哉の受け答えに相槌を打つ彼女の声に、驚きの色が強く滲み出る。
夫から間桐の当主が若いと聞いてはいたが、まさか高校生くらいだとは思っていなかったのだろう。彼女の表情からそれが手に取る様に分かる。
「そういえば葵さんは、僕のこと知らないんでしたっけ? 僕の方は次兄から聞いていたから大体知ってはいるんですけど」
「私も雁夜くんに、弟がいることを聞いてはいたのだけど……」
尻すぼみになっていく葵の視線が下がり、鴇哉の顔から体へと移る。
邪魔な胸を晒しで潰し、重ね着で体の線を分かりにくくしているとはいえ、男の身体ではないことは一目瞭然だ。
――――どう見ても、女の子としか……?
そう言いたげな眼差しを向けられるのは慣れているが、快くはない。
「僕、こんな体だけど男ですよ」
「あら、そうなの?」
「ええ、まぁ……ちょっと身体を間違えて生まれちゃったみたいで」
「あ……その、ごめんなさいね」
「いえ、構いませんよ」
何かを察したのか謝り始める葵を、鴇哉は苦笑いしながら制止する。
彼女の反応は極々一般的なものであり、普通だ。それを理解しているが、だからこそ――――好ましくない。
(次兄はこの人の、こういう普通なとこを好きになったんだろうなぁ……)
そう感じながら、鴇哉は葵を改めて見つめる。
穏やかな気性、淑やかな雰囲気、滲み出る母性。今時珍しい、良妻賢母の鑑とでも言うべき女。一人の女性としてとても好ましい人柄である。
だが次男と違い鴇哉がそれ以上に重要視するのは、彼女が持つ遺伝特質だ。
間桐当主の視線は葵から、一か月ぶりの再会に喜ぶ少女たちへと移る。その眼差しは冷淡、その一言であった。
葵は魔術師の母胎として非常に優秀だ。
それは彼女の胎からアベレージ・ワンの凛、架空元素属性の桜が産まれたことからも分かる。
葵の実家――――禅城に代々伝わる特質。これを知っていたからこそ、臓硯は彼女を雁夜に宛がおうとしたのだろう。
……まぁ、遠坂当主が割り入ったことで目論見は潰えたが。
(僕だったら、割り込まれた程度で身を引いたりしないけどなぁ。むしろ徹底的に潰して、彼女をものにする。二人が婚約しようが知ったこっちゃない、確実に略奪愛の道へ走るな。次兄は攻める気概がなさ過ぎる)
これほど優れた母胎を前にして、尻尾を巻くなど考えられない。大方、彼女を蟲蔵に入れたくなくて身を引いたのだろう。次男は間桐の魔術を忌み、出奔までしたくらいだから。
本当に馬鹿な兄だと思う。葵は没落したとはいえ魔術師の血筋だ。魔術の神秘が血に流れていたものは、どうあっても神秘……あるいは異端に惹かれる。それが魔術を秘める家の人間なのだ。
――禅城葵なら魔術師の異常性を理解しつつ、受け入れてくれた筈なのに。
結局のところ、雁夜の優しさと臆病さが己の恋路を潰してしまったのだ。それで時臣に対し複雑な思いの抱く羽目になってるのだから、同情の余地はない。
(確かに、娘じゃなく妻として間桐に籍を入れるなら蔵で調練する必要はあるけどさ。でもその時は気絶させて、魔術で無痛処理すれば良い話じゃん。実際、僕が蔵で調練受ける時は自分で無痛処理したし……)
そこまで考えて、鴇哉はクスリと笑った。自嘲の笑みである。つくづく自分が魔術師であることを実感したからだ。
(僕が長兄たちと、本当の意味で分かり合える日はこないだろうなぁ)
魔術という異常を恐れ、普通を大事にする兄二人。それに対し、精神構造が『異常』だと自覚している鴇哉にとって『普通』は苦痛にしかならない。
互いの意見はどこまでも平行線を行き、決して交わることはないのだ。
「えっと、鴇哉……くん? どうしたの?」
と――――思考にふけっていた鴇哉の脳を軽く揺する、訝しげな女性の声。
ふと我に返って視線を戻せば、眼前には遠坂葵。彼女は眉尻を下げ、心配そうにこちらを見ていた。
「ん? いや、二人とも嬉しそうだから。ついつい見ちゃって」
「そうね。でも、当然だと思うわ。私も、もう桜とは面と向かって会えないと思っていたもの」
誤魔化すために口走った鴇哉の言葉にそう返しながら、彼女は二人の娘を一瞥する。
優しさの中に憂いを秘めた、悲しい眼差しで。
「私ね……覚悟していたの」
胸元に手を当てながら、葵は静かに語る。
「遠坂に嫁ぐ時、魔術師の妻になると決めた時、こういうことになる可能性があることを。ごく普通の家庭のような幸せを、求めてはいけないんだって……」
語るごとに、涙声になっていく葵。微笑を湛える彼女の目尻には涙が浮かび、今にも流れ落ちそうだった。
彼女はきっと、諦めていたのだろう。
間桐と遠坂、両家の間で結ばれた養子縁組。そのことについて葵は素直に受け入れたわけではなく、諦観による納得だった。腹を痛めて生んだ娘を手放すことを良しとするほど、彼女の心は強靭ではなかったのだ。
「……養子に出てから、初めての再会でしたね」
そのことを『人』として踏まえた鴇哉は袖口からハンカチを取り出し、涙を堪える女性へと差し出す。
「午後六時にまた、此処で待ち合せましょう。それまで親子水入らずで、桜と一緒に過ごしてあげてください」
「っ……」
続けざまの言葉に感情を抑えきれなくなったのか、葵は顔を僅かに歪めて涙を零す。けれど、ハンカチを受け取って目元を拭う彼女の表情には、悲しみの中にも確かな喜びの色があった。
「鴇哉くん……ありがとう……っ。また凛と……桜が、一緒に笑える機会を作ってくれて……っ。遠くに行ってしまったけどっ……娘と……会える切っ掛けをくれて……っ」
「お構いなく。親と子が切り離されたら悲しく思うのは、『普通』のことですから」
泣いている彼女の背を宥めるように撫でた後、踵を返して鴇哉は公園から立ち去る。
(魔術師なのに、普通とか……変だよなぁ。絶対)
先ほどの自分の言葉に、苦笑いを浮かべながら。
◇◇◇
「おばちゃん、たい焼き三つ。餡子二つにクリーム一つね」
「あいよ」
帰りの途中、行きつけの店で買い食いするべく注文する。
屋台のおばちゃんは、既に焼きあがっていた魚を模した焼き菓子を手早く紙袋に放り込み、袋の口端を織り込んで渡してくる。鴇哉は小銭入れから三個分の料金とたい焼き入りの紙袋を交換し、屋台から離れる。
鴇哉は紙袋から早速たい焼きを一つ取り出し、頭の方から噛り付く。
「あー、美味ぁ。粒も食感が良いけど、やっぱ餡子は漉し餡だよなーっ」
などと言いながら、行儀悪く食べ歩く間桐当主。
和洋折衷な少女がたい焼きを頬張り闊歩する姿は当然人目を惹くが、そんなことを気にする鴇哉ではない。むしろ良い宣伝になるだろう、と店側のものである筈の考えが浮かぶくらいだ。
定時での食事もままならないような激戦地にも赴くせいか、鴇哉には買い食い癖が身に付いていた。もちろん日本育ちだから、席に腰を下ろして用意された食事に舌鼓を打つのが一番だ。しかし道先の屋台に立ち寄り、小腹を満たすのも悪くない。庶民派料理も中々のものである。
そのまま屋敷まで戻り、玄関口で番傘を閉じて傘立てに差す。それからブーツの編み上げ紐を解き、靴を脱いでリビングへと向かった。
「長兄、ただいまー」
「あぁ、おかえり……」
帰宅からの挨拶を口にすれば、気怠げな鶴野の声が台所の方から聞こえる。
鴇哉が長兄とその子を養うようになってから、鶴野は間桐邸の家事を担うようになった。
家事くらい家政婦を雇えば良いと鴇哉は思うのだが、兄曰く「何もせず末っ子のヒモになるのは、長男としての沽券に関わる」らしい。かなり真剣な面持ちでそう言うので、鴇哉は長兄がしたいようにさせることにした。
「長兄、今日の昼なに?」
「チキンカレーとサラダ。昨日、鳥の胸肉が安かったから多めに買ったんだ」
「カレーか。食うの久しぶり、ウチは基本和食がメインだし」
「慎二が食いたがったからな」
「あー。子供って好きだもんな、カレー」
僕も昔そうだった、と台所にいる鶴野へ続ける。
「そういや、次兄は? 今日は来てないの?」
「あぁ。……帰国して以来、ほぼ毎日押しかけ来るってのに。今日はどうしたんだか」
「ははっ。事故に遭ってないか心配?」
「んなわけあるか。何の前触れか分かんねぇから、気味悪いだけだ」
「はいはい。ちょいと視蟲で様子見てみるよ」
「違うっつってんだろ!!」
からかうように言えば怒鳴り声が返って来るので、クツクツと笑う。笑いつつ認識阻害を掛けた蟲へと回路を通し、雁夜の姿を探した。
捜索すること五分。ようやく次男を見つけると、一瞬鴇哉は硬直した。
「……長兄。ちょっとまた出掛けて来るわ」
「は? どうしたんだ、急にそんな深刻そうな声出して」
先ほどまで聞こえた笑い声が消えて気味悪く思ったのか、ひょいとリビングに顔を出して鶴野が尋ねてくる。
鴇哉はしばし押し黙った後、兄へと告げた。
「次兄ってば……葵さんたち、絶賛ストーキング中だわ」
「よし、ぶん殴って家まで引き摺って来い! 説教してやる!!」
妻子持ちだった者として許せなかったのか、鶴野は怒声を上げた。
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004
前半シリアル、後半シリアスな感じの話です。
「おい雁夜、さっき鴇哉に聞いたんだがお前何やってんだ? なんてことやらかしてるんだ? 普通に考えて犯罪だぞ、それは。しかも相手が人妻って。人妻って。一体何考えてるんだよ、おい」
あまりにも怒り過ぎて逆に冷めたのか、鶴野は養豚場の豚を見るような眼差しを土下座する弟に向け、淡々と責めていた。
そんな兄二人を、間桐現当主は甥っ子を膝に乗せた状態で見物する。昼食後に鯛焼きを頬張る彼らの視線の先には冷たい怒気を纏って仁王立ちする長男と、床に正座し深々と頭を下げている次男の姿。
慎二は普段怒らない父の見たことのない姿に目を丸くしており、鴇哉は蜂蜜入りきな粉豆乳をストローで啜りつつニヤニヤ笑いを浮かべている。
そして雁夜は、ひたすら土下座している。
兄がとてつもなく怖かったからだ。
鶴野は間桐家ではかなり人間性がまともだった。そのため異常極まりないのが二人もいる家では気苦労が絶えず、ため息を吐きながら胃を抑える姿が多かった。呆れたり諦めたりするのはよく見ていたが、こんなにも怒るところは今まで目撃したことがない。
そんな兄が静かに、しかし臓硯も目じゃないような怒り方をしている。その原因となったことを仕出かしたかつての自分を殴りたい、と雁夜は思う。
――――でも、気になってしまったのだ。
間桐に籍を入れ、一か月となる桜。養女に出された彼女の生家とは本来、関わり合うことが許されていない。そして彼女の髪と瞳は少しではあるものの変化してしまっている。
養子入りしたことで、元の家族と少なからず溝が出来てしまっているのだ。
だから、初めての再会の時、大丈夫だろうかと心配になったのだ。
ちゃんと話が出来ているか。
昔みたいに母と姉妹で過ごせているか。
隔たりが出来たことでギクシャクしていないか。
雁夜は、それが気になってしまったのだ。
そのためストーキング行動に走ってしまった雁夜の眼前に、気が付けば番傘を差した鴇哉が立っていた。
口元に笑みを張り付けた、性同一性障害者の末っ子。しかし目はまるで笑っていなかった。彼女は素早く雁夜の懐に入ると、「天誅!」という小さな掛け声と共に腹に一発喰らわせた。
悲鳴で遠坂親子に気づかれたら困ると思ったのだろう。その拳は綺麗に鳩尾を狙って放たれた。抉るような右ストレートであった。
悲鳴どころか呼吸音すら出せず、くの字に折れ曲がる雁夜。鴇哉はそんな兄を心配一つせず両足を掴んで引き摺り、間桐邸まで連行する。
その後は、ひたすら長男による言葉責めである。
「まぁまぁ長兄、落ち着きなよ。次兄の度の行き過ぎた幼馴染スキーは今に始まったことじゃないって」
冷え切った眼で説教する鶴野へと、鴇哉は制止の言葉を掛ける。その口端は笑いを堪えているせいで引き攣っていた。
その鴇哉の下で、慎二が首を傾げる。
「鴇哉ね……兄さん、おさななじみスキーって?」
「あ、慎二は知らないっけ? 次兄な、遠坂に言った葵さんっていう幼馴染が好き過ぎてよー、童貞こじらせたんだぜ? 笑えるだろ?」
「おい……おい!!」
子供になんて言葉を教えるんだ、と雁夜は抗議の声を上げる。
慎二はというと、頭の上に疑問符が乗っていそうな顔をした。
「どーてー? なにそれ」
「簡単に言えば、乙女という名の城門に攻め入る度胸も実力もなかった兵士のことさ。それが三十路になったら、禁断の魔法使いに進化する」
「魔法使い!?」
説明の意味が分からず首を捻るばかりの慎二は、続いた単語に目を見開く。
その後、キラキラと目を輝かせて雁夜の方へと顔を向けた。
「魔法使いって、魔術師より凄いっていう奴でしょ! おじさんあと数年で成れるの!? 凄いじゃんっ!」
純粋な気持ちから言ってる分、心にぐっさりきた。
そんな無邪気な甥に、慈愛に満ちた顔で緩く首を振りながら鴇哉は語りかける。
「慎二よ、残念ながら今言った魔法使いはそういった意味の魔法使いじゃない」
「え? 違うの?」
「そう。まぁ大きくなったら教えてやるから、今は取りあえず次兄が可愛そうな奴であることだけ理解しろ」
「そっかー。おじさん、可愛そうなどーてーなんだ」
「そうだぞー」
二人は揃って、可愛そうなものを見る目を雁夜に注いだ。
「お前ホントに俺を苛めるの好きだな!!」
「おいおい、今更過ぎだろ」
半泣きで叫ぶ兄を、弟は鼻で嗤った。
「今更と言えば、ホント今更訊くことだけどさ。次兄ってば、まだ間桐の魔術伝授を反対するつもり?」
「……! あぁ、勿論だ」
慎二の頭に顎を乗せながら問えば、たちまち顔を真剣なものにして雁夜は答える。
「魔術師として育てることに関しては、もう文句をいうつもりはない。魔術師として育つことが、桜ちゃんたちにとって良い結果になるってことは、この一か月で分かった……」
それは、ある意味当然の結果と言えた。
なにせ魔術師の家に、一か月と押しかけたのだ。不本意ではあるが、意欲的に接触をすれば魔術師としての知識や常識が少しは頭に入る。
桜のことを思えば、間桐の子として生きるのが彼女のためになる。
慎二のことを思えば、魔術師として生きるのが彼のためになる。
雁夜はそれを知った。
だがしかし、と雁夜は続ける。
「間桐の魔術だけは桜ちゃんたちに教えないで欲しい。二人に、親父やお袋たちみたいな末路は辿ってほしくないんだ」
呟きながら雁夜が思い返すのは、間桐にいた頃のこと。
間桐に伝わる魔術の性質は、支配。主に扱われるのは蟲の使役。
間桐の魔術師は多少の差はあれど、皆体内に蟲を寄生させる。宿主は蟲に魔力を、身を喰われながら生きなければならなくなる。
そうして配偶者を持ち、子を成し、母胎となった女は用済みとばかりに蟲に喰われて、残った骨だけが蔵の底に放置される。父となる者も子に魔術を叩き込んだ後、妻の後を追うように死んでやはり喰われる。
残された子は道具になる。臓硯という怪物の傀儡になる。
それが延々と繰り返されることになるのだ。
二人にもその運命を背負わせることだけは嫌なんだ、と雁夜は伝えた。
「間桐の魔術を、後世に残すな……だって?」
兄の思いを聞き終えた鴇哉は、菫色の瞳を細める。
刺すような眼差しだった。雁夜へと投げかけられる視線には、先ほどの茶化しの色はない。あるのは激情の炎――――己が身に刻み付けた物を、否定されたことに対する怒りだ。
「そんなことをすれば、間桐の魔道は完全に潰えることになる。表向きは存続してるけど、間桐が魔術師として終わるってことだ。それを理解した上で、そんなトチ狂ったことをほざくわけ?」
今までと打って変わって、刺々しい声だった。普段笑ってばかりな弟の怒りに触れ、臓硯に比肩するような圧力に息が止まりそうになる。
だが相手が雁夜だから、家族だから、この程度で済んでいるのだ。鴇哉は虐めっ子気質だが、身内に分類される者には甘い。これが赤の他人なら、この間桐当主は不快な発言をした不届き者を屠っている。
言ったのが家族だからこそ、まだ害さないでいるのだ。
だが、これ以上言えば危ないかもしれない。相手は始祖臓硯の性質を一番如実に受け継いでいる鴇哉だ。刺激し過ぎれば、身内だから、という枷が外れて襲い掛かってくるかもしれない。
それでも、雁夜は言うことを選んだ。
「俺は本気だ、鴇哉。間桐の魔術で人が幸せになることはない。むしろ不幸になるばかりだ。俺は二人に、そんな不幸を背負わせたく……なっ……」
言った途端、本当に息が止まった。
雁夜の身体が強張り、前のめりに崩れ落ちる。肌と筋肉が引き攣り、血管が異常なまでに脈を打つ。喉が絞められた感覚。呼吸がか細く不規則になる。心臓を握り締められたような体感。血流が暴れ狂い、悲鳴を上げる。
「お、おい……鴇哉……っ!」
雁夜の異変に、鶴野が慌てた様子で声を掛ける。だが兄の言葉に何も答えない鴇哉は慎二を膝から降ろさせると、腰を上げた。その影は、雁夜の身体に重なっている。
影を身体と認識し、表皮に浮かぶ血管へと接続。それにより、管の中を流れている雁夜の血液を操っているのだ。
間桐が得意とする支配、そして生来持ち得た稀有な架空元素があるからこそ出来る、正気の沙汰とは思えない魔術。それを別空間に置いた詠唱用魔術礼装『第三脳』を用いて、発動させている。魔術を的確に詠む魔術師の言語中枢で作り上げた宝珠により、五節までなら他者に悟られることなく詠唱出来る。
それを使い兄に魔術を行使する程度には、今の鴇哉は怒り狂っていた。
「ぐ、ぎ……がっぁ……」
汗、涙、鼻血、唾液。様々な体液を流しながら、雁夜はのたうち回る。
そんな兄の姿を、鴇哉は神経の衰弱した顔で見下ろす。流す魔力の量を増やせば術は効力を増し、次男は白目を向いて痙攣を始める。
目の前の光景が見えないよう息子の目を覆い隠した鶴野はそれを見て、不味いと思った。このままでは、冗談抜きで死んでしまう。
「待て、鴇哉よ」
そこで、しゃがれた声が止めに入った。
聞き慣れた声は鶴野にとっては恐怖そのものであり、体が小刻みに震えた。反対に、末っ子はちらりと視線だけでそちらを見やる。
「……爺様か」
臓硯を認識した鴇哉は、魔術の行使を止めた。
気を失う直前だった雁夜は「がはっ」という音と共に酸素を取り込み、荒い息遣いを繰り返す。しばらく咳き込みと呼吸音だけが聞こえた。
臓硯はそれをせせら笑うように笑みを深めながら、出奔した息子へと言葉を投げかけた。
「話は聞いとったぞ、雁夜。間桐の魔術を鴇哉の代で終わらせる、といった感じの内容をのぉ。やれ、この家を疎み兄と妹……もとい弟を見捨てて逃げた貴様がよくもまぁ抜かしおるわ」
じゃがそこまで言うのであれば、と蟲の翁は杖先で床を突く。
「一つチャンスでもくれてやろう」
「……チャ、ンス……だと?」
「そうじゃ。実はの、あと一年ほどで聖杯戦争が始まるのじゃが……おぉ、聖杯戦争について説明が必要か? まぁ簡単に言えば、七人の魔術師どもが己の望みを叶えるべく殺し合うバトルロワイヤルじゃよ」
臓硯はくつくつと笑い声を上げながら、至極簡単な説明をした。
そして、
「此度の聖杯戦争、おそらく鴇哉も参加することになるのじゃが――――雁夜。その戦争でもし鴇哉に勝てたならば、貴様の要求を飲んでやっても良いぞ」
「……っ!」
「爺様?」
間桐に巣食う怪物の提示した条件。それに対する両者の反応はほとんど同じ、驚きと疑問だった。
「まさかとは思いたいんだけど、本気か?」
「勿論だとも。なんじゃ? まさかお主、雁夜と戦うことに抵抗があるのか? それとも、勝てる自信がないのかの?」
煽る様に返される言葉に、鴇哉はそれこそまさかと首を振る。
「僕が言いたいのは、次兄が僕に敵うわけがないってこと。当主になるべく鍛錬を積んできた僕と、出奔した次兄とじゃ差があり過ぎる」
「カカッ、それもそうじゃのぉ……ならばハンデでもやろう。雁夜、貴様はどんな形であれ聖杯戦争中に鴇哉の陣営を撃破せよ。もう一度言うぞ、『どんな形であれど』だ。そうすれば、間桐の魔術を桜たちに継がせることを止めてやろうぞ」
「……本当、だろうな?」
「不安ならば、契約魔術書を用意してやるが?」
警戒のこもった問いかけに、臓硯は歯を見せるように笑いながら答える。鴇哉も納得したのか、軽く肩を竦めるだけだ。
しばし逡巡しながらも、雁夜は意を決する。
その後、間桐邸を飛び出した雁夜は来年――――聖杯戦争が始まる直前まで、冬木に戻ることはなかった。
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005
そこはどこまでも深い闇の中だった。
その深い闇の奥底に何度身を浸らせたか、もう覚えてはいない。というより数えてはいない。百単位ではないことだけは確かだ。
底で這っている数多の蟲共目掛け、頭から叩き込まれたのは五歳くらいだったか――――もう朧げな記憶を探りながら鴇哉は蟲蔵への階段を降りていく。
石壁に蝋燭を灯していても、その暗さを払拭することは出来ない。鴇哉の青い髪も、白い肌も、菫色の瞳も、身に着ける独特な衣装も、蔵に満たされた闇の中では掻き消えそうなほど心細い色彩だ。
その中でくっきりと己を主張しているのは、長羽織の中で丸まった手の甲に刻み込まれた赤い刻印だけ。あと一年で始まる戦いへの参加証明である令呪だけが、深すぎる闇の中でも魔術師という存在を飲み込まれぬよう主張してくれている。
「しっかし爺様も人が悪いな、『どんな手を使ってでも』だなんて」
こつ、こつ、こつ、とブーツの底で石階段を蹴る音を響かせながら、鴇哉はそう大きくはないがよく通った声で呟く。
言葉を投げかける先には、鴇哉より先に蔵へと進む老爺がいる。体を蟲に挿げ替え生き続ける怪物は、くつくつと喉の奥で笑い声を鳴らすばかりだ。
臓硯は返答しない。怪物は己が血を引く子の問いを無視した。だが鴇哉も始祖の反応を無視し、語り掛ける。
「慎重派な爺様にしては随分と危険な賭けに出るね。出来るだけ聖杯戦争に勝ちたいだろうに、まさか次兄を煽るなんて」
その内容は、先ほど翁が次男へと振った交渉に関するものだった。
「次兄は長兄と違って、間桐らしく手段を選ばない性だよ? もし次兄が聖杯戦争に参加する全員に声を掛けて、ウチを潰して欲しいと言ったらどうするつもりなのさ」
鴇哉は階段を下り、肩を竦めながら言う。
聖杯――――それは万能の願望器にして、根源へと至るための魔術礼装。
聖杯戦争とはこの奇跡の礼装を奪い合うべく、礼呪を持つ七人のマスターと聖杯により召喚された七騎の英霊たちとが殺しを繰り広げるものだ。
呼び出したサーヴァントとの関係作りなどで苦労することになるだろうが、しかしルールそのものはそれほど複雑ではない。魔術の神秘さえ漏洩させなければ、多少の無茶は黙認される。
先ほど指摘した、陣営同志での共闘だって許される。最終的に殺し合うことには変わりないけれども。
ゆえに鴇哉は示唆した――――他の陣営全てが、間桐の敵となる可能性を。
「カカッ、要らぬ心配なぞ無用であろう」
だが臓硯はまるで堪えた様子もなく、その指摘は無意味であると笑い飛ばし跡継ぎの方へと顔を向けた。
「どうあがいたところで、雁夜の交渉が成功する可能性は無いに等しい。もし出来たとしても、一陣営が精いっぱいといったところじゃろうて。お主とてそれが分かっていよう」
「まぁ、そうなんだけどさ」
にんまりと浮かべた笑みで返す翁に、鴇哉は苦笑を浮かべ相槌を打った。
雁夜が聖杯戦争の参加者と手を組める可能性は、限りなく低い。
その理由は聖杯戦争参加者と、雁夜の目的が原因である。
まず一つ、聖杯戦争の参加者。これは手の甲に浮かび上がる令呪が参加証明となるため、冬木市内にいる中で一定の力があるものが選ばれる。
その中で必ず参加することになるのは、聖杯戦争のシステムを作り上げたアインツベルン、遠坂、間桐の御三家だ。
そして雁夜がこの御三家と共闘する可能性はないに等しい。
まず生家である間桐。ここは彼の目的が間桐の魔道を桜たちに伝えないことであるため、完全に除外される。
次に遠坂。火属性である現当主と蟲を操る間桐との相性は悪くないが、ここの現当主は雁夜が嫌う時臣である。彼が遠坂に協力を願い出る確率は零だ。
そしてアインツベルン。ここには特別大きなしがらみの類はないが、この家の場合は雁夜が間桐出身であることが原因となる。普通に考えて、敵対しあう魔術の家の人間を信用するわけがないのだ。確実に、間者かそれに近い物として送り込まれたと見るだろう。敵となりえる人間が共闘を申し込んだところで、頷くとは思えない。
そうなると他の四陣営に期待することとなるが、これも難しいだろう。参加者は必ず七人選ばれるため格の劣るマスターにも礼呪が分配されるが、基本的には願いを持つ者や魔術回路がある者が優先される。よほど人材不足でなければ魔術師として才ある者に令呪が現れるのが普通である。
そしてそういった者は基本、魔道を尊ぶ。
ここで振り返って欲しいのは、雁夜の目的が『家の魔術を子に伝えさせない』ことである。つまり雁夜は、『魔術の名門たる家を没落』させようとしているも同然なのだ。
それを理解した上で考えてみて欲しい。魔術を尊び根源に至らんとし、編み出した技術や研究を後世に残していくことを目的とする者が、そんなことを目論む人間に手を貸すだろうか?
確実に首を振るに違いない。下手をすれば、そんなことを頼んでくる相手を殺そうとするかもしれない。そちらの可能性の方が高いだろう。
だが中には、そんな雁夜に手を貸す酔狂な人間がいるかもしれない。しかしその場合、他の正統派魔術師ほとんどを敵に回すこととなる。それでその酔狂者はともかく、雁夜が生き残れるかは定かでない。
よって、彼が参加者と手を組める可能性は『限りなく低い』のである。
「まぁそれでも可能性は零じゃないっしょ。僕でも流石に、遠坂みたく足元掬われるなんてことにはなりたくないし」
「まぁ、気持ちは分からんでもないな。じゃが、そのときはそのときじゃ」
「そうなんだよねー。あーあ、なんでこんなことになっちゃったかなぁ」
白くぼやけた吐息を宙に泳がせながら、鴇哉は冷たい天井を見上げるように仰ぎ、顔を手で覆った。
そんな鴇哉の姿に、臓硯は意地の悪い笑みを浮かべる。
「カカッ、なんじゃ? 洗脳が思い通りにいかなんだのがそんなにも予想外であったか?」
「洗脳なんて人聞き悪いな、話ついでで次兄に知識と魔道を刻み付けただけじゃないか」
義理の父の言葉にムッと唇を尖らせ、鴇哉は反論する。
だがすぐその後、
「あぁ、でも確かに結果が出なかったのはショックだよ。勘付かれないようにとはいえ、ちまちま植えつけていくんじゃ効果なかったみたいだ」
と、鴇哉はぼやく。
この一か月で雁夜が魔術に対し理解を深めたのは、鴇哉との会話によるものでありながらも、そうではない。会話する度、どさくさまぎれに『魔術の知識』と『魔道の一片』を移植したためだ。でなければ、長年魔術を拒んできた雁夜がたった一か月で魔術に理解を示すはずがない。
これは二人だからこそ出来た芸当だろう。洗脳される側が吸収の特性を持つ間桐雁夜であり、洗脳する側が架空元素属性を持つ間桐鴇哉だからこそ可能となったのだ。どちらか片方でもその前提に当てはまらなければ、洗脳される側の精神は少なからず破損していたと思われる。
それでも鴇哉は決行した。腹違いの上出奔しているとはいえ、血の繋がった兄と穏便に話を済ませたかったためである。
そのためにわりと下衆いことをしたが、まぁ魔術師だから仕方ないといえよう。魔術師とは基本そんなものだから。
もし問題があるとすれば、この一か月洗脳によって少なからず雁夜の魔術回路が成長したことだろうか。知識と共に魔道の一端を植え付けたせいで、回路に作用したらしい。彼はまだ気づいていないようだが、今の雁夜は普通の虫なら操れる程度の力が身に付いている。あと一年か二年修練をすれば、素人に毛が生えた程度の魔術師見習いになるはずだ。
雁夜が知ったら卒倒した後怒りそうなことをやらかした鴇哉だが、反省も後悔もしてはいなかった。英才教育によってタフネス精神を持つ末っ子は、兄たちに怒られるくらいではビクともしない。
「まぁ、終わっちゃったことを気にし過ぎても仕方ないか。さてさて、何の英霊を呼び出すかな?」
自分がやらかした割りと問題なことを意識の隅にやる頃、二人は蟲蔵の最深部へと到達した。そこではギチギチギイギイと甲殻めいた肢体を持つグロテスクな魔蟲たちがひしめき、主人らを歓迎しているかのようだったが、普通の人間が見たらたちまち意識を失いそうな光景であった。
「知名度補正を考えたら有名どころが良いんだけど、でも有名過ぎると真名がすぐバレるからなぁー。はぁ、どうしよっかね」
「カカッ、おぬしにしては随分と悩んどるようじゃのぉ。愉快愉快」
「ひっどいなー爺様。けど、うん、確かに悩むねこれは」
石壁を這いずり回る蟲を涼しい顔で眺めながら、顎の下に手を置き考え込む。そんな跡継ぎを、臓硯は己が身を這う虫を撫でながら観察していた。
しばらくすると、鴇哉は諦めたように首を振る。
「うーん、駄目だな。候補が思い当り過ぎて決定出来ない。とりあえず、バーサーカークラスを呼び出すつもりではあるんだけどさ」
「ほぉ? バーサーカーとな?」
思ってもみないクラス名を挙げた鴇哉に、臓硯は軽く目を瞠る。
狂戦士のクラス、バーサーカー。狂化スキルによりステータスを上昇させることが出来るこのサーヴァントは、破壊力なら他サーヴァントより優れている。が、その反面、消費される魔力が桁違いだったり一部の宝具が正常に発動しなかったりといったデメリットも大きい。その圧倒的暴力に反し、勝ちを取りにくい面倒なクラスだ。
「よもやバーサーカーを自ら望んで選ぶとはのぉ。アレを呼んだ者は皆自滅していったことは既に伝えておるはずじゃが、何か勝算でもあると?」
「勝算というか、デメリットを消す方法かな。まぁ実際に出来るかどうかは微妙だし、これから出来るように鍛錬する必要があるけど」
そう言いながら、鴇哉はそのデメリットを消す方法を臓硯へと告げる。
すると蟲の翁は目をかっぴろげ、心底愉快そうに笑い出す。
「なるほどのぉ……! 確かにその方法を用いればバーサーカーの利点も、元のサーヴァントの強みも使えるわい。それに鴇哉ならばAランクのサーヴァントに狂化を掛けてもそう負担にはなるまい……よかろう、儂がとっておきの触媒を用意してやろうぞ!」
「え、何呼び出させる気なの爺様」
予想以上に興奮している始祖に若干引きつつ、鴇哉は臓硯が一体何を召喚させるつもりなのか気になった。
なにせ、ただバーサーカークラスで召喚するだけのつもりだったのに、Aランクのサーヴァントをバーサーカーにするという話になったのだ。気になるのはさもありなんといったところである。
「カカッ、安心せい、そう奇怪なものを呼ぶつもりではない。儂がお主に召喚させるのは――――」
身をくねらせる蟲を撫でながら、臓硯は一呼吸置いて……告げる。
「円卓最強にして裏切りの騎士、湖のランスロットじゃ」
それは最初から主君に許されながらも、再び仕えることは最後まで叶わずに死んだ、哀れな男の名であった。
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006
色々と難産でした。
――――湖のランスロット。
アーサー王物語に登場する彼の騎士は、多才な男として知られている。
そして主君の妻ギネヴィアと、不義の関係にあったことでも知られる。
そして最後は出家し、愛した女と二度と出会うことなく、彼女の死後に自ら食を断って自死したという。
「まぁ、そこらへんは別にどうでも良いっちゃ良いかな」
蝋燭の灯りだけでは消しきれない暗闇の中、ぐちゃぐちゃと何かを潰す音が聞こえる。
それは瓶の中にいる蟲を潰す音だった。丸々と肥え太った大型の異形な蟲がガラスの棒で幾度と突かれ、原形を崩されていく所だ。
殺されていく蟲たちは体液を傷口から溢し、耳障りな悲鳴を上げながらも、しかし主の行為に抵抗を見せずされるがままでいた。
この蟲たちは主たる間桐鴇哉の精を吸い、血肉を食って育った蟲である。
昔、興味本位で行った実験の被験体だ。吸収と支配の特性を持つ間桐の血肉で育てた場合、その特性が蟲に作用するかどうか試してみたのだ。
実験は成功だった。卵から育てたというのもあるが、この蟲たちは臓硯よりも鴇哉に従順に育った。そしてこの蟲に寄生された人間は鴇哉の支配下に置くことが出来、同意なしでもある程度操ることが出来る。
そんな蟲を数匹潰して液状にした鴇哉は、体液と肉の混じった瓶の中身を桶に張った血の中に注ぎ込み、それを均一になるよう混ぜた。
桶の中に入った血は他の誰でもない、鴇哉自身の物だ。聖杯戦争のことを義理の父から聞いて以来、少しずつ採血し貯蔵しておいたのである。
「何から何まで自分の物を用いるとはのう、鴇哉」
カカッ、としわがれた笑い声が聞こえる。
鴇哉は視血と蟲の体液が入った桶に視線を向けたまま、口を開く。
「仕方ないっしょ。僕の考え付いた方法に一番効果的なのは、支配の特性がある間桐の魔術師の血を用いることなんだから。でもって、儀式に使える血が僕のしかなかったんだ」
「確かにそうじゃのう」
陣を書くための血を混ぜる跡継ぎの横顔を見ながら、臓硯は頷く。
身体を蟲に作り替えた始祖臓硯には血がなく、長男鶴野には魔術師としての素養が殆どない。次男雁夜は長年出奔していたため血が貯蓄されておらず、慎二と桜は幼過ぎるため儀式に用いるには適さない。
そのため、鴇哉が自身の血を用いるしかないのは必然的なことだったと言えよう。
「それに、僕も僕自身の血を使った方が行使しやすいしね。……っと、こんなもんかな」
血を混ぜ終えた鴇哉はその表面に指先を触れさせると、小声で呟く。
「Изгиб; моя кровь(蠢け、我が血潮)」
詠唱を終えると同時に、桶の中の血がぼこりと粟立つ。
すると血が桶から噴水のように立ち上がる。その様を平然と見上げながら、鴇哉は血が付いた指先を指揮者の如く振るう。
指の動きに合わせ、血が踊る。鴇哉の血は鴇哉の思うとおりに動き、地面へと降り注いで召喚陣を描いていく。
「……で、ここに追加と」
呟きながら指を閃かせれば、空中に残った血が文字の形を作る。血文字は陣へと吸い込まれるように飛んでいき、完成していた陣に新たな模様を刻み込む。
消去の中に退去。退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだ巨大な紋様。そこに新たに組み込まれた、マキリの魔術師による『支配』の呪。
これで、鴇哉の考え付いた新たな陣が完成した。
「爺様、聖遺物は?」
「ちゃんと用意しておるわい」
現当主の要求に応じ、翁は箱を取り出す。
箱の中に入っているのは聖遺物――――アーサー王に仕えた騎士たちが会議の際に用いた円卓の、欠片だった。召喚対象を定め過ぎないようにと、鴇哉が多様性のある聖遺物を頼んだのだ。
ただし、この円卓の欠片はただの欠片ではない。
ただの欠片だったなら表面に文字など描かれておらず、発光もしていなかっただろう。
聖遺物はそれそのままの状態で召喚に扱われ、特に細工をせずとも触媒になる。逆に言えば、下手に弄ったり加工すれば触媒としての意味を為さなくなる可能性があった。
聖遺物の加工は慎重かつ細心の注意を払って行われた。これを完成させるのには、流石の臓硯も半年は掛かったようだ。
「ニミュエの伝説がある湖の湖水と、霊草と蟲の体液とを混ぜた物に浸しておいたぞ。そして操作の魔術も施した。これで円卓の騎士を呼ぶ触媒としての適性を保ったまま、ランスロットを優先的に呼び出すことが出来るじゃろう」
「ありがとう、爺様」
加工を施した聖遺物を受け取り、鴇哉はそれを己の向かいに置かれた祭壇に置く。
そして令呪が浮かび上がる手を前方に突き出し、紡ぐ。
「―――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
暗闇の中で声が響く。
それは何もかもを消し去るような深い漆黒の中でも、凛と強く響き渡る。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
詠唱と共に、血液の如く全身を巡る魔力。魔術回路を通して受ける異物感に顔一つ変えず、鴇哉は無機質な声音で唱える。
その顔には普段の気楽さなど欠片もない。
「―――――告げる」
そこに存在するのは、間桐を継ぐ冷徹な魔術師の貌。
マキリの血を持つ若き当主は、無慈悲且つ冷酷な声で参加証明を示す。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
かちり、と。
今まで噛みあわなかった歯車が、ようやく合わさったかのような感覚。
それと同時に感じる。己とまるで違う存在が、こちらの言葉と要求に応じんとする気配を。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
魔方陣が閃光を放つ。魔力が河流の如く溢れ出す。
バラバラになっていたパーツが全て合致していく。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。
汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」
鴇哉は、その合致せんとするパーツを敢えて崩す。
そうすることで本来あるべき姿は僅かながらも歪み、呼び出されんとする英霊は狂う。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
人為的に不完全にされた歯車は、けれど正常の範囲を持って完成し、廻る。
令呪と召喚陣、そしてマスターとなる『間桐鴇哉』を依代として――――ソレは現界した。
◇◇◇
カシャン、と甲冑が擦れて奏でられる金属音。
眼前、陣の中央に現れたのは背の高い漆黒の騎士だった。
鬣の靡く兜から覗く視線は暗鬱とし、その身を覆う傷だらけのフルプレートは幽鬼の不気味さと共に、例えようのない禍々しさを感じさせる。
周囲に漂う黒い霧が、宝具によるものだと察するのにそう時間は掛からなかった。隠匿作用があるのか、己のサーヴァントにも関わらずステータスを確認することが出来ない。
だから、鴇哉はまずこう言った。
「バーサーカー、今発動している宝具を止めろ」
命令に対し返答はない。あるはずもなかった。
しかし黒騎士、バーサーカーは行動を持って答える。彼は己の周囲にあった霧を掻き消した後、兜を外した。
兜の中から零れ落ちるのは、紫がかった波打つ髪。
現れた顔は狂化の影響か、人というより獣に近い獰猛な表情を張り付けていた。切れ長の目は憎悪か何かで血走り、唇から見える歯は短剣のように鋭く、その顔は獲物に食い掛からんとするハイエナに似ていなくもない。
そう思いながら、鴇哉はバーサーカーのステータスを確認する。
筋力:A
耐久:A
敏捷:A+
魔力:A
幸運:B
宝具:A
狂化:C
対魔力:E
精霊の加護:A
無窮の試練:A+
「ふぅん……ランクがCだし、まぁまぁってとこかな」
予想より高くもなく、けれど低いわけでもない。ほぼ想定通りのステータスといった所だ。
狂化状態でのステータスを確認した後、鴇哉はパチンと指を鳴らす。
暗闇の静寂を破る、軽いスナップ音。それと同時にバーサーカーの首筋に呪が浮かび上がり、淡い光を放つ。
「■……■■■ッ」
犬歯を剥き出しにし、バーサーカーが何事かを口走る。身を捩り、呪から逃げようとしているようだが、無駄だ。
あれは召喚陣と共に描いた物。召喚に応じた時点で、召喚と共に発動する支配の呪から逃れることは出来ない。
「それでも一応魔術でなく呪術を用いたのは、随分と用心深いがのう」
「セイバークラスに適正がある奴は対魔力スキル持ってる奴が多いって言ったの、爺様じゃないか。念には念をってね」
眼前で悶えるサーヴァントを尻目に軽口を叩く二人。
そうしている間に、呪は効果を発現させた。
「――――……これは、一体」
ぴたりと唐突に暴れるのを止めたバーサーカー。その口から穏やかな青年の声音が、人にも通じる言葉で紡がれる。
そこにいたのは理性なき獣ではなく、憂い顔の美青年だった。こちらが本来の姿なのだろう。悲しげな目元に下がり気味の眉尻、高い鼻梁の下には引き結ばれた唇がある。先ほどまでの狂気はなく、穏やかな雰囲気を感じさせた。
「初めましてだね、バーサーカー。真名は湖のランスロットで相違ないか?」
「えぇ、その通りです。……あの、マスター」
「間桐鴇哉だ、こちらは始祖マキリ・ゾォルゲン。今は臓硯と名乗ってるよ」
「トキヤにゾウケンですか……」
自分のペースで喋る鴇哉に困惑しながらもバーサーカー、ランスロットは尋ねたいことを告げた。
「それでトキヤ、私はバーサーカーとして呼び出されたはずです。だというのに今、私には理性がある。これはどういうことですか?」
「単純に狂化のランクを下げただけだよ」
そう答えながら、鴇哉は再びステータスを確認する。
筋力:A-
耐久:B+
敏捷:A
魔力:A
幸運:B
宝具:A
狂化:E
対魔力:B
精霊の加護:A
無窮の試練:A+
流石Aランクのサーヴァントといったところか。予想よりステータスダウンが視られない。特に驚いたのは、狂化を下げたことで対魔力スキルのランクがかなり上がったことだ。
内心しみじみ思いながら、鴇哉はバーサーカーに補足説明を行う。
「聖杯戦争のサーヴァントシステムを考案したのは、僕の隣にいる爺様でね。だから幾らかの抜け穴を探すことが出来たんだ。それで、僕は人為的に狂化スキルのランクを下げやすいよう細工したわけ」
「元々のランクより上位に引き上げることは出来んが、下に引き下げることは可能じゃ。これはまだまだ発展させることが出来るじゃろうな。研究していけば他のスキルも、マスター側の任意で変動させることが可能となりえる」
「なるほど……システムを作った張本人とその子となれば、確かにそのようなことも可能なのでしょうね」
二人の魔術師の言葉に頷きながら、しかしランスロットは疑問に思う。
「しかし、それをわざわざ行う理由はなんですか?」
「一つはバーサーカークラスのデメリットである膨大な魔力消費の削減。もう一つは多様性を手に入れるためかな」
「多様性、とは?」
「ほら……バーサーカーって狂化の副作用でスキルや宝具の効果に支障が出たり、最悪使えなくなったりするけどさ。逆にいうとクラス制限で使えなくなる武器や能力なんかを使えるだろ?」
言いながら、目の前の男ランスロットに人差し指を突き付ける。
「元々のステータスが高いから、普段はランクを抑えた状態で戦ってもらう。格上のサーヴァントと戦う場合は狂化ランクを戻して、ステータスを引き上げた状態で応戦。後は……あの素性を分かりにくくする宝具とかで、アサシンに近いことをしてもらいたいかな。他陣営を翻弄して混乱させ、虚をついて襲撃とか」
「そうですか……」
鴇哉の言葉に納得するバーサーカー。しかし、その表情には不満のようなものが伺えた。
「何? まさか、狂ったままが良かったわけ?」
「…………ええ」
問いにおずおずといった様子で頷くと、男は口ごもりながらも語る。
「私は……狂いたかったのです。王を……誰よりも人を愛していたあの方を、助けなければと思いながらも狂うことを選んだ。己が苦悩に打ち勝つことを諦め、向き合うことから逃げて、狂戦士に身を堕としたかった。そして、彼女に私を断罪して欲しかった」
「いや、狂いたいんなら狂っても良いけど。狂ったら駄目とか言ってないし」
と、サーヴァントの言葉にあっさりと鴇哉は言う。
予想外の反応だったのか、顔を上げたバーサーカーは口をあんぐりと開けて間抜け面を晒す。
「狂っても良い、とは?」
「さっき言ったじゃん。場合によっては狂化ランクを戻すって。お前の言う王が今回呼び出されてるかどうか知らないけど、正気のまま戦うのが嫌なら狂化して戦っても良いよ。狂った状態とまともな状態、どっちで戦った方が良いかは知らないけど」
そもそも鴇哉の目的は聖杯戦争に勝つことだ。
鴇哉は身内を大事にするが、身内以外に関心を向けることは少ない。嫌いというより、どうでも良いのだ。重要なことに対して妥協はしないが、そうでないことは容認する。それが鴇哉の、他者との折り合いの付け方だ。
鴇哉にとって、バーサーカーの苦悩や願いはどうでもいい内容だった。
だからあっさり容認の意を示したのだ。
「こっちにも目的があるから何でもかんでも許すことは出来ない。けど頼みたいことがあれば好きなだけ言えば良い。出来る範囲までなら受け入れるから」
マスターである鴇哉からそう言い放たれた彼は、パチパチと数度目を瞬かせた後、安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます、トキヤ……貴方が意外と心の広いマスターで私は助かりました」
「お前、王に仕えてた騎士の割に失礼だな」
絶対本音トークとか参加したら駄目なタイプだろ、と言いながら鴇哉は肩を竦ませる。
――――鴇哉はランスロットに対し、過剰な期待をしていなかった。
例え円卓最強と言えど、元は人でしかないのだから無敵ではない。格上相手なら負ける可能性だってあるだろう。
だから鴇哉は、考え抜いた上で触媒となる聖遺物を『円卓の欠片』にしてもらった。
始祖臓硯によれば、サーヴァントの肉体を触媒にし新たなサーヴァントを召喚出来る可能性があるという。
もしランスロットが破れたなら、鴇哉はその離れ業を行うつもりだった。そのつもりで、この半年間そういった系統の鍛錬を行ってきたのだ。
だから円卓の欠片という複数の英霊に対応した触媒を用意して貰ったのだ。
今回の触媒は、加工したとはいえ本来の特性を失ってはいない。だからその触媒で呼び出したランスロットの肉体と円卓の欠片とを用いれば、別の円卓の騎士を呼びだすことも出来るだろう。――――バーサーカーのクラスで。
複数に対応した触媒は、基本的にマスターと相性が良い英霊が選ばれる。
だが万が一相性が合わない場合は、狂化で理性を奪えば良い。そうすれば比較的マスターに従順になる。
そうして再び戦争に参加するつもりだ。
卑怯と言われようが知ったことではない。そもそもこちらより先にズルをしている奴がいるのだ。この程度ならどうってことはないし、そしられても言い返すつもりである。
大体、アインツベルンや遠坂は馬鹿なのだ。
完璧に思い通りになるほど、世界は甘くない。
想定した筋書は些細なことで容易く崩れてしまう。
だから、作戦は複数考えておくべきなのだ。
間桐家現当主『間桐鴇哉』が行ったのは――――あらゆるケースを想定し、打算した上での召喚だった。
打算たっぷり腹黒外道、鴇哉。
身内には甘々だけど、それ以外に対しては淡白かつ冷淡です。
今回行ったのはイリヤの離れ業、もしもの時に行うつもりなのは臓硯の離れ業です。
ランスロットの素のステータスは公開されていないため、ガウェインよりちょっと上くらいのものにしました。何せ円卓最強とのことですので。
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007
去年から職に就き、不定休となりました。
今更ながらですが、この後も投稿は不定期になるかと思います。
それでも宜しければ、作品たちを読んでいただければと思います。
――――深い闇の中から、一筋の光が差し込んだ。
その光の先には誰かがいて、こちらへと手を伸ばした。
伸ばした手に抱き上げられ、服を上から着せられると、そのまま光の方へと連れて行かれる。
『逃げよう、鴇哉』
そう告げるのは二番目の兄だった。
『兄貴にも声を掛けてるんだ。だから、三人で逃げよう』
震える声で兄は語り掛けて来た。
二番目の兄は魔術を嫌っていた。一番目の兄もそう好いているわけではなかったが、けれど彼の方が魔術に、そしてこの家に対し強い拒絶心を抱いていた。
『準備はもう済ませた、荷造りも出来てる。あとはここから出るだけなんだ。逃げよう、出来るだけ遠くに行こう。俺と、兄貴と、お前の三人で』
彼が自分たちのことを思って行動していることは、なんとなく分かっていた。
でも駄目だった。
『無理だよ』
気が付けば彼の言葉を拒絶していた。
『僕はこの家から離れない、離れるわけには行かないんだ』
その言葉に、どうしてだと兄は尋ねた。
始祖から逃げられるわけがない。二十歳が来たばかりの長男と、未成年の弟たちだけで逃げても、周りが不審に思ってすぐに居場所が分かる。
けれど一番の理由は、
『皆を、置いてきぼりには出来ないよ』
答えた途端、兄は目を見開いた。
だが自分にとっては当然のことだった。
この家には始祖である『爺様』がいる。だけど、それだけじゃない。
この間桐の家には、今までに死に絶えた『家族』がいるのだ。
何代と魔術を継ごうとし、衰えていき、死に絶えていった家族たち。この家にはその家族が何人も残されている。もう二度と動くことの出来ない家族が。
兄たちのことは好きだし、大事だ。
けれど蔵の中にいるしかない家族たちを見捨てて逃げることは、出来ない。
『逃げるなら、二人だけで行って。当主になる僕が、皆を捨ててはいけない』
見上げた兄の顔は、泣きそうな表情に歪んでいた。
それを見た後、戻る。
光が差し込む場所から、暗闇の蔵の中へと。
頭上から何度と兄の、自分を呼ぶ声が聞こえた。
聞こえないフリをして、死んだ家族の元へと向かった。
――――意識が、浮上する。
「……今のは」
夢だった。
しかしただの夢ではない、とバーサーカーは理解していた。
パスを繋いでいるマスターとサーヴァントは、互いの過去を夢という形で知ることがある。
ならあの夢に出ていた、青年を拒絶した子供は自分のマスターだろうか。
「……バーサーカー?」
そう思っていると、下から怪訝そうな声がした。
視線を下げると菫色の髪と目をした幼い少女が、不安そうな顔でバーサーカーを見上げている。
「どうしたの、バーサーカー? お腹いたいの?」
「いえ、何でもありませんよ。サクラ」
ハッと我に返り、バーサーカーは自分に声を掛けた少女、桜に答える。
時刻は既に朝の六時半。彼女と共に洗面所に向かっている途中の廊下で、夢現の状態に至っていたようだ。
少しの間だけだったが、普段と比べれば遅いくらいだ。案の定、桜の従兄にあたる慎二がダイニングから顔を出してきた。
「二人ともそこで何してんの? まだ顔洗ってないじゃん」
「兄さん、あのね、バーサーカーがね」
「バーサーカーが?」
目を丸くした彼の視線が、義理の従妹からバーサーカーへと移される。
どうやら予想以上に不安がらせてしまっていたらしい。彼は困ったようなはにかみ顔を浮かべる。
「いえ、まだ少し寝ぼけていたようでして、お恥ずかしい」
「ふぅん……そうだ、バーサーカー。ごはんとパンどっちが良い?」
「そうですね、ふむ、今日の朝食は何でしょうか?」
「オムレツと野菜スープ、デザートはヨーグルトだって」
間桐家の食事は鶴野が作っており、彼の気分によってジャンルが変わる。どうやら今朝は洋食であるようだ。
「なるほど、ではパンでお願いしましょうか」
「わたしもパンがいいな、チョコのパン」
「分かった……って、お前それ好きだなぁ。そんな食べてたら、前みたいに虫歯になるぞ? またドリルでウィィイインってされるぞ?」
「い、今はちゃんと歯磨きしてるから、だいじょうぶだもん!」
「分かったわかった、じゃあ早く顔洗って着替えてこいよ」
桜へとおざなりに返事をすると、彼は台所の方へと走っていく。
従妹が出来たからなのか、それとも元からか。慎二は七歳という年の割にハキハキと喋り、生意気とも取れる態度だ。
しかし根は良い子だ。今二人に主食について聞いたのも、おそらく朝食を作る鶴野のためだろう。ませた態度を取りながらも、父の助けになろうとしている姿は見ていて微笑ましい。
恐怖体験を掘り起こされ涙目の桜をわしゃわしゃと撫でた後、バーサーカーは彼女の手を引き洗面所に向かった。
聖杯戦争のために現界してから、早一か月が過ぎた。
本来なら魔力を節約するために霊体化させられているはずなのだが、彼のマスターは日常的にバーサーカーを実体化の状態で日々を過ごさせていた。
そのマスター、間桐鴇哉が楽し気な顔で語り掛けて来る。
「お前、随分と馴染んできたよね」
「え?」
唐突な言葉に、三枚目のトーストを口から落としそうになる。
だがしかし、言われてみたらそうかもしれない……と彼は思った。
上座に臓硯、その隣に鴇哉と鶴野、彼らの正面に子供たちとバーサーカー。今では当然となっている、この朝食風景。
しかし最初の内は抵抗感があったのだ。サーヴァントとなり食事を摂る必要のない自分が、家族の団欒の場に入って良いものかと。
だが桜と慎二に「ごはんは食べないと駄目」と言われ、鴇哉たちは反対意見を出さず、そうしてなし崩しの形でいつの間にか一緒に食べるようになっていた。
そして今や、彼らと一緒に食べることが当たり前のようになっている。
しかし改めて考えると、それもまぁさもありなんといったところだ。
「そうですね、貴女……痛っ!!」
答えようとしたバーサーカーはテーブル下で痛烈な一撃をくらい、思わず叫んだ。いくらサーヴァントでも、強化した足で脛を蹴飛ばされたら流石に痛い。
一体何をするのかと目で訴えると、鴇哉は整った顔をしかめていた。
「今、貴の後に女って付けただろ」
「勘が良すぎませんか!?」
鴇哉は体こそ女性だが、精神面は男性であるらしい。
初めはモードレッドのようなものかと思ったが、しばらくして違うと気づいた。モードレッドは女扱いしても男扱いしても怒るが、鴇哉は女扱いに不快感を覚え男として扱うのが当然という態度だ。
おまけに妙に察しが良く、少しでも女性扱いしたならばこうして影で熾烈かつ陰湿な攻撃を受ける羽目になる。
「勘というか、イントネーションや口振りでなんとなく分かるんだよ。お前のトコはレディファーストが当然みたいな感じがある分な」
「そうですか」
「で、僕がなんだって?」
話の腰を暴力的に折った張本人が、理不尽に話を戻してくる。
このマスターの自由奔放ぶりは今更の事なので、バーサーカーは諦めた。
「……私がこの場に馴染んだというのは、貴方と貴方の家族が私を振り回すからだと思いますよ」
「え? 僕らそんな振り回してるかな?」
「無自覚ですか」
世の中に、英霊と一緒に寝起きしたり、家事を手伝わせたり、子守をさせたり、遊園地に連れて行ったりする人間が一体どれだけいるというのか。
しかしクツクツと愉快そうに笑う臓硯以外、本当に無自覚のようだった。家族内で一番振り回されている側だろう鶴野すら、「え? 振り回してた?」という顔だ。性質が悪い。
「でもなぁ、お前、振り回されてるくらいが丁度良いと思うんだけどなぁ」
「どういう意味ですか」
「まぁ、そういう運命なんだと思え」
「諦めろと?」
「苦労人ポジを、長兄からお前に移そうか」
「お前にしては良い案じゃないか、賛成」
「冗談でしょう!?」
今日も、間桐家の食卓は賑やかだった。
◇◇◇
魔術師が嫌いだった。
魔術師の中でも一際外道な間桐の家が、大嫌いだった。
実母は雁夜を生んだ後、蟲に食われて死んだ。
生まれた長男の回路は粗末だった。次男は及第点といったところだ。どちらの子も、始祖が満足できるような子ではなかった。
だから臓硯は父に新しい妻を与え、彼女との間に三番目の子を作らせた。
新しい母は明るい女性だった。そして気丈だった。
蟲蔵に毎晩放り込まれても、彼女はその明るさを失うことはなかった。心の中はきっと傷だらけだ。それでも顔には出さず、夫と義理の子たちに明るく、優しく振る舞っていた。
父はいつしか新しい妻に希望を見出した。
だが子が生まれると共に彼女は死んだ。
『どうか、この子を……朱鷺をお願いしますね。燕弥さん』
生まれた女の子は、始祖が待ち望んだ力を秘めていた。
父は生まれた子と共に心中を図った。
だが失敗し、結局女の子は……朱鷺は、『鴇哉』は生き残った。
――――魔術師なんて、大嫌いだ。
父さん、どうしてあんたはそんなことをしたんだ。
彼女が、義母さんがあんたに頼んだのは、そういうことじゃないのに。
逃げて欲しいわけじゃなかったんだ。
ただ、愛して欲しいだけだったんだ。
そう思ったが、今更そんな風に父を糾弾する資格などなかった。
自分も逃げた。
あの子のためだと自分自身に言い聞かせ、目を逸らしながら。
一緒に逃げようと手を伸ばした。兄にも声を掛け、同じように言った。
だが二人とも首を横に振った。
だから一人で逃げたんだ。
父と同じく、独りよがりなまま逃げたんだ。
そうして愛した女性の子が、魔道の道へと染まろうとしている。
一度目は家族、二度目は愛した人。
どちらも諦めて、逃げてしまった。
だから今度こそ、と、三度目の正直に挑もうとした――――。
「結局、独りよがりなままということか……カリヤ」
一匹の黒猫が、横たわる雁夜を見下ろす。
艶やかな黒い毛並の、美しい猫。その口から人の言葉が、耳に心地よい男性の声で紡がれる。
その姿は仮初の物。男の姿でも女の姿でも、そいつはひどく目立つのだ。だからこうして、普段は動物の姿をとっている。
「……索敵は、もう終わったのか?」
「当然だ。この程度の庭ならすぐ済む」
仮眠を取っていた雁夜へ、黒猫……キャスターは鼻を鳴らしながら答える。
彼を召喚した切っ掛けは何だったか。そう、世界中を転々としていた際に、雁夜が出会った魔術師崩れの商人だ。そいつから買った、赤黒い宝石。魔術に置いて素人の雁夜でも、それが大層強力な魔術の触媒品であることが分かった。
雁夜はそれを用いて、召喚の儀式を執り行ったのだ。
そうして現れた、暗闇に姿を溶け込ませた恐ろしい怪物が、自分の代わりに彼をと、雁夜に貸し出したのだ。
「早く出て来い。どうやら向こうも、既に召喚済みのようだ」
「なるほど、早く接触しないと侵入者扱いで斬られかねないってわけか」
急かされた雁夜は手早く支度し、テントから出る。
テントから出た途端、凍てついた空気が肌を刺す。外は一面の銀世界だった。当然のこと、ここは人里離れて建てられた城の領域。一日中降り注ぐ極寒の雪に覆われた森だ。こんなところでテントを張る方がおかしいというものである。
あんな薄いテントで凍え死にしなかった、その理由は単純なもの。神代の魔術が一人であるキャスターが、術式を組んでテント内を安全かつ安楽に過ごせるものにしたからだった。
そのテントも片付けた後、後ろの黒猫に視線を落とす。
「ところで、お前……その姿のまま向かうつもりなのか?」
「そんなわけないだろう。さすがに元の姿で行く」
この姿の方が悪目立ちしなくて楽なのだがな、そう呟きながらも黒猫は【変身】のスキルを解除した。
そうして一匹の猫は、一人の青年へと変わる。
同性から見ても、美しい青年だった。年は二十代と少し程度。背丈は高く、細身ながらにしなやかな筋肉を纏った体躯。上半身は袖のない黒いインナーに包み、下半身はズボンの上から腰布を巻きつけ金属のプレートを付けている。
その上から羽織っているのは頭巾の付いた、白地に虹色を帯びた裾長いローブ。長い黒髪と赤銅色の肌を持つゾッとする程整った顔立ちの男は、夜の水面が如く深く昏い蒼眼でこちらを見据えている。
冷たい雪をサンダルの底で踏みつける、ふてぶてしい仏頂面の男こそが雁夜が呼びだした魔術師クラスのサーヴァント。
千の貌を持つと言われる邪神が、気まぐれから人間の女との間に作った子――――半神半人の一人。
エジプトに生まれ、その存在を消された《暗黒のファラオ》。
「もう少し隙がないようにしろ、カリヤ。アインツベルンとやらは、貴様の生家の敵が一つだ――――手ぬるい歓迎はないと思え」
「それくらい分かってるさ、ネフレン=カ」
とはいえ、雁夜が同盟を組みたいのはアインツベルンそのものではない。
「魔術師殺し、衛宮切嗣……ここにいるはずなんだ」
「魔術使いとやらに、お前の言う鬼才児を打ち破れるかは知らんがな。まぁ同盟自体は悪くない、向こうはおそらくセイバーあたりを呼んでいるはずだ」
言いながら、キャスターは迷いない足取りで白銀の世界を進む。
置いて行かれないよう、雁夜も積もった雪を踏みしめた。
鴇哉の母は藤ねぇを少し大人しくしたような人でした。
騒がしさと腹ペコぶりがランクダウンした分、幸運もランクダウンしてしまったようです。
好みとは真逆のタイプでしたが、雁夜おじさんは新しいお母さんのことを慕っていました。
ちなみにこちらの作品にも出現しましたネフレンさん、ただしちょっと設定が変わっています。
簡単にいえば
純粋な人→ニャル様の子供に
宝具にも若干の変化が。
ただ魔術属性は変わっていません。
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008
雁夜たちがアインツベルンの領域へと踏み込んで早々、使用人と思われる出で立ちの若者が二人を取り囲んだ。
剣や槍といった武器を構える、統一性のある一群。いずれも顔立ちは整っているのだが、どこか無機質な印象を受けた。――――ホムンクルスだ。
創造主の命で動いているであろう彼らは招かれざる者たちを観察し、いつでも動けるよう構えている。
やはり敵と認識されたらしい。どうしたものかと雁夜が思っていると、前を歩くキャスターが静かにホムンクルスへと告げる。
「退け、肉の人形ども」
途端、彼らが怯んだ……ように感じた。
「生まれて数年程度でも、感覚で分かるだろう? 貴様ら程度で私を御せると思うな。無意味に破壊されたくなければ失せろ」
底の見えぬ蒼瞳を向け、人造人間たちへと傲慢にキャスターは言い放つ。
しばらくすると、どこからか声が響いた。
『何用だ? そこの男はマキリの血筋、貴様はサーヴァントと見るが』
反響するように辺りを満たす厳かな声。
その声を聞いたキャスターがどこかへと視線をやり、すん、と鼻を鳴らす。
「二百程か……生者にしては少し古い魂の匂いだな、貴様がアインツベルンの長か。なに、此度において用があるのは貴様でなく、魔術師殺しの方だ」
『……キリツグか』
「既にサーヴァントを召喚しているのだろう? ならば話は早い、そちらへと上がらせてもらうぞ」
そう告げてから一方的に話を終わらせるキャスター。彼は自らの魔力を手足に纏い、そこから魔力を『放出』すると、カリヤの首根っこを掴み文字通り城へと飛んで行った。
◇◇◇
アインツベルン城の中庭へと、莫大な魔力が迫る。
それをいち早く感知し、行動に出たのはセイバーだった。サーヴァント特有の気配を捕らえた彼女は己が魔力で編んだ鎧に身を包むと風の如く駆け出し、不可視の剣を手に侵入者の下へと向かった。
刹那、魔力の塊が失墜する。
地上へと落ちたそれは内から外へと濃密なオドを散開し、金髪を結い上げるリボンとドレスの裾とをはためかせる。
そうして相手の出方を伺っていると、
「あぁー……しまった」
オドの中枢部から、そんな言葉が城内へと転がり込んでくる。
「領域内の術式は、全て停止させたつもりだったが……まだあったか。いかん、そのまま破って来てしまった。修復に手間取りそうだな」
現れたのは、見たこともないほど美しい青年だった。
中東系特有の色素の濃い肌と黒い長髪、細身ながらに必要分の筋肉を有した体、端正と精悍とを絶妙な配分で備えた美貌。異国風の出で立ちに裾長いローブ姿だが、手足だけは何故か西洋甲冑のそれに似た頑丈な防具に覆われている。
ひしひしと感じられる圧倒的魔力……間違いない。この男はキャスタークラスのサーヴァントだとセイバーは直感した。それもセイバーの生きた時代より遙か昔の時代を生きる、神代の魔術師だ。
まだ交戦していないが、セイバーは理解する。
(私の対魔力では、奴の魔術は防げない)
しかも魔力回路とやらが異様に多いのだろう。飛行のためとはいえあれほど魔力を放出していたというのに、既に消費した分を満たし終えている。
この男は危険だ。早々に斬り捨てなければならない。頭蓋の奥でそんな警報が激しく鳴り響いているが、セイバーは動けなかった。下手に動けばそれこそ危ないと、別の警報がセイバーへと忠告しているからだ。
じりじりと神経を擦り減らしていると、男の後ろから別の声が飛び出る。
「……お、前なぁ! 首根っこ掴んで飛ぶのは止めろよ! 気絶するだろ!?」
「気を失わせるつもりだったからな」
「なんでだ!?」
「前に普通に飛んだら、叫びまわられて耳に痛かった」
「パラシュートもない状態で上空飛ばれたら叫ぶわ! しかも片手持ちだっただろお前!」
「私が取り落すとでも?」
「分かってても、怖いもんは怖いんだよ!」
「そういうものか」
面倒くさい、という感情を隠しもせずにサーヴァントは男……おそらくマスターに応じていた。だがそれも少しの間だけのこと。彼は顔をマスターからセイバーの方へと向ける。
「して、そこの娘。気配からセイバーのサーヴァントと見るが相違ないか?」
「……推察通り、私はセイバーだ。こちらも問うが、貴殿はキャスターのサーヴァントだろうか?」
「いかにも。此度の戦争、キャスターのクラスにて現界した」
両手をだらりと下げ、片足に重心を預けたような態勢で美男子……キャスターは応じる。
一見すれば不真面目な印象の佇まいだが、違う――――あれは『構え』だ。いつ攻撃されても応戦し反撃に出られるよう、無駄な力を抜いているのだ。そして片足に重心を傾けているということは、速度と連撃に長けた戦闘スタイルなのだろう。ならば手足の黒い装甲は防御ではなく、攻撃用か。
古代の魔術師が武術を修得されているとは驚きだ。だがそれ以上に驚いたのは、魔術師にとって専門でない物の修練を相当にこなし、我が物としていることだ。でなければ基本の型をあえて崩しはしまい。
そう推測を立てていると、キャスターは迎撃姿勢のまま背後の男について説明を始める。
「この男は私のマスター、マトウカリヤだ。今回、そちらのマスターと同盟を組むためにこの地を訪れた。魔術師殺しのエミヤとやらはどこにいる?」
「……! キリツグ、ですか」
マスターだが誰だか知られている。今回の作戦において最も秘匿されるべき情報を、彼ら側は既に知ってしまっている。
それだけでもセイバーの動揺を誘うというのに、続けざまに放つ言葉が更に肝を冷やす。
「ちなみに、結界破りのついでに捕縛用の術式を周辺に敷いている。……自ら出ないならば、引きずり出しても構わんが?」
「――――間桐雁夜とキャスター、だったか?」
音もなく、影のように男が現れる。
くたびれたコートに無精ひげを生やした、覇気のない表情の男だった。二十代半ばという若さにも関わらず、キャスター陣営を観察する目は力なく、どこか虚ろにさえ感じられる。
彼らには向けられていないが、令呪を宿した右手にはしっかりとトンプソン・コンテンダーが握られている。
キャスターは、この現世では古風過ぎる片手銃を見つめた後、口を開く。
「貴様がエミヤキリツグか。貴様にとっては都合の悪いことだが、魔術に対するカウンターなど私には通じない。回路なんてものを繋げる必要がないからな。命じれば応じる、それが私にとっての魔術だ……魔術師殺し」
「見るだけでコレが何か分かるのか……大したもんだ、キャスターって奴は」
脱力するように肩を竦め、男……切嗣は銃に込めていた『起源弾』を抜き取ってトンプソンをホルスターに納める。
活動している魔術回路を切断し、でたらめに接合させることで相手の魔術回路を活用不能域へと貶める弾丸。これが通じないのであれば、使う意味がない。
「それでそちらの目的は、同盟だったか?」
「そうだ。私のマスターは、今回の聖杯戦争に参加するある陣営を撃破したいらしい」
「簡潔に説明してくれるのは助かるが、目的とかは教えて欲しいな」
「そこはカリヤに聞け」
ばっさりと、有無を言わせぬ口調で断言するキャスター。
切嗣はそんな彼を生ぬるい眼で眺めた後、視線を背後の雁夜に移す。
「なんというか……苦労してそうだね」
かけられた言葉は、同情心に満ちていた。
「キリツグ、彼らは一応敵ってことになると思うんだけど……大丈夫なの?」
城内のホムンクルスたちにキャスター陣営を任せた後、銀髪赤眼の美しい女が切嗣へと不安げに問いかける。
アイリスフィール・フォン・アインツベルン。今回の聖杯の器であり、切嗣の妻であり、イリヤスフィールの母である女性。そんな彼女の言葉は、尤もなものだった。
しかし問題ない、と切嗣は答える。
「彼の情報なら手に入れている。間桐雁夜――――現在の間桐家当主の異母兄だ。十年前に本家を出奔し、つい最近まで記者をしていたらしい。それがまた国外に出た後、特殊な触媒を得てサーヴァントを召喚した……それがまさか、アインツベルンの本拠地に来るとは思わなかったけどね」
外に出ていたホムンクルス曰く、どうやら城に突っ込んだのはキャスターの方らしい。魔力を放出し周囲を吹っ飛ばした後、城に張られた結界を突進だけでブチ壊し、中庭に降り立ったということだ。
結果だけ見るとキャスターらしくない脳筋ぶりだが、しかし考え無しではないようだ。理解力、推察力は目を瞠るものがある。
「それに間桐雁夜の考えは察しがついてる。ある陣営を潰したいらしいが、おそらくは遠坂か間桐のどちらか……僕の予想だと間桐側だろうね」
「生家を潰したいなんて、そんなどうして?」
「彼の生家である間桐の魔術、どうやらかなりの外道らしくてね……間桐雁夜はその魔術を忌んで出奔してるんだ」
マスター候補を調べるに当たり、間桐の魔術について調べた切嗣だが――――なるほど、その内容は切嗣から見てもかなり酷い代物だ。
体に蟲を寄生させ、体を無理やり蟲に合わせ、蟲に血肉を食われながら生きていく。母胎になる者は調教という名の凌辱で家に合った子を産みやすくする。そして最終的に体を蟲に食いつくされる……それが間桐の魔術師が受ける宿命。
当然集めた情報の中にはいくらかデマも混じっているだろうが、全体的に見れば確かに進んで受け入れたいとは思わない手合いの魔術であるのは事実だ。彼自身、生涯生家に関わるつもりは毛頭なかったのだろう。
ところが、だ。
「去年、遠坂の次女が間桐側へと養子に出されたんだ。調べによると彼は遠坂の妻と姉妹とは友好関係があったらしい。こうして動いているのも、その次女を外道魔術から守るためだろうね」
「そう……そう、なのね」
切嗣の推測に、相槌を打ちながらアイリスフィールは自らの下腹部を撫でながら外で元気に遊ぶ娘を見る。
魔術師とは、根源へ至ることを目指す者。そのために何代にも血を繋げ、魔術を研鑽していく者たちだ。彼らにとって魔術を次世代に伝えないことは、魔術師としての己を殺すことに等しい。決して許されないことだ。
だが子を持つ母としては、理解できる。そんな運命を可愛い我が子に背負わせたくはない。間桐雁夜には子供はいないようだが、養子となった次女に対する思いは、それに近いのかもしれない。
そんな妻の姿を見つめていた切嗣は、目を伏せて話題を切り替える。
「……正直、間桐雁夜自身の戦力は期待できない。魔力回路は僕の助手より上だが、所詮その程度だ。銃火器の扱いに心得はないだろう。刀なんて物を持っていたが、それ一本でいくのはあまりにも厳しい」
だが、
「彼のサーヴァント……キャスターは相当に使える。ステータスは魔力と宝具に偏っていたが、どちらもランクがEXだ。それにスキルも優秀だった」
何より彼は、古き魔術師でありながら格闘術にも堪能だ。彼の構えを隠れて見ていたが、おそらくボクシング……そのルーツとなったエジプト式のものだろう。しかも拳のみの正当派ではなく、肘打ちや蹴り技も用いる実戦型だ。これに魔力放出B+が加われば、その他ステータスの低さは実質ないも同然である。
「キャスタークラスは接近戦が不得手な印象だったが、彼はどちらもこなせるハイブリットタイプだ。それに高速神言A……おそらく無詠唱で魔術を発動させる、そんなスキルを持っている。無詠唱で大魔術を使い、籠城に長け、近接戦も得意とし、暗躍すら出来るサーヴァント……敵対するくらいなら、向こうから同盟を求めている内に組んだ方が得策だ」
まったく、ステータス詐欺も良い所だ。彼の総合的な戦力は、はっきり言ってセイバーと同等である。どうやら間桐雁夜という男は、かなりの強運を持っているらしい。最弱と言われているキャスターの中で、あれほどの大当たりを引き当てたのだから。
「それに元々、僕はキャスターかアサシンを召喚するつもりだったんだ。その片方がマスターを連れて、自分の方からこちらに来た……警戒は必要だが組んで損はないと僕は思っている」
「確かにそうね。……問題はお爺様がなんと言うか、だけれど」
「あぁ、そうだね。何とか説得出来れば良いんだが」
敵対する家の子を、彼がそう簡単に認めるとは思えない。どうしたものかと切嗣はしばし頭を抱えることとなった。
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009
城の応接間にあたるだろう部屋へと案内された雁夜は、緊張していた。
なにせ、だだっ広い。間桐邸も広かったが、ここはその比ではない。おまけに部屋に設置された調度品はどれもこれもアンティーク品で、およそ十年間安宿で寝るか野宿だった雁夜が触れることも憚るような代物ばかりだ。
ちなみに隣のキャスターは対照的に落ち着き払っており、悠々自適に過ごしている。生きた国が違うとはいえ、王族だった彼にとってはやはりこれが普通なのかもしれない。
そうしてホムンクルスのメイドが淹れた紅茶に中々手をつけられず、猫舌のキャスターと共に茶が冷えていくのを待っていると、ようやく彼らが部屋に入って来る。
「すまない、待たせてしまったね」
「いや、その」
「確かに待ったが問題ない。そちらとしても、こちらの急な訪問で多少の話し合いは必要だっただろう。それに話が話だからな、仕方ないことだ」
慌てふためく雁夜の代わりに、キャスターが返事をする。
「そう言ってくれると有難い」
くたびれたコートに無精ひげの男、切嗣はそう返すと銀髪赤眼の美女と共に二人と向かい合うように腰かける。
同時に、キャスターの方から話を切り出す。
「して、同盟については?」
「僕ら側としては喜んで受けたいと思っている。最優のセイバーに魔術に長けたキャスターの援護が入るというのは望ましい」
ただ、条件がある。
続けざまに言うと、切嗣はテーブルの上に一枚の紙を置いた。ざっと見て、契約書のようなものであると分かった。
「これは自己強制証明といって、違約不可能な取り決めをする際に使われる物だ。……アインツベルンの当主は、この証文を使って契約をしない限り君たちを信用出来ないと言っている」
「……まぁ、確かにそうだよな。俺たちは、本来なら敵対しあう関係だし」
「これにはまだ、署名以外の何も書いていない。ここから契約内容について今から交渉していきたい。それがこちらとしての最大の譲歩だ」
「それは納得出来るし構わんが……」
キャスターの蒼い瞳が、書面に書かれた切嗣とアイリスフィールの名を視線でなぞって行く。
その後、キャスターが切嗣の方を向いて鼻を鳴らすと、
「もう一人の名も隠さず追加してくれ。協力者がいるだろう? 長年の付き合いか、体に臭いが付着している。貴様同様に火薬武器を使う女、だな」
「…………魔術の腕だけじゃなく、鼻も良いんだな」
まだ彼女の存在は隠したかったのだが、バレたなら仕方ない。切嗣は助手の舞弥の名前も証文に書き足す。
それを見た後、雁夜が己の名を書き込んだ。
そうしてやっと本題に入る。
「なら改めて交渉を始めよう。まずこちら側から求める条件は『聖杯の使用権利を放棄すること』と、『今回の聖杯戦争において全面協力すること』だ」
言いながら、切嗣は雁夜へと回答を求める。
反応から、雁夜はそれで構わないようだ。彼は随分と欲がない。
ただ、その後キャスターにちらりと視線をやった。
マスターのアイコンタクトに応え、キャスターが切嗣に質問する。
「二つ目の条件において、こちら側が意見を述べることは可能か?」
「それはつまり、僕たちがすることに口出しがしたいってことで良いのか?」
「ワンマンな作戦では何かあった時困るだろう? 他の陣営より優位に立つためにも、作戦に提案をする権利が欲しい。作戦が纏まりにくくなるという欠点はあるが、それでも必要なことだと私は思う」
「成程、確かにそれは言えている」
やはりこの男、脳筋ではなかった。むしろ結構な知略家だし、弁も立つ。
同時に、少し意外でもあった。
「二つ目だけ、ということは聖杯の使用権については君も放棄する方向で良いんだな? 聖杯戦争に応じたのに、君に願いはないのか?」
「私は元々父上に、自分の代わりに行って来いと送られてきただけだ。願いを叶える程度の代物に興味はないし、あったとしても使う気はない」
「それは何故?」
「死者が理を捻じ曲げてはいけない。それは私のために命落した者に対する侮辱であり、今ある命を犠牲にすることであり、何より……私が己の行いを無かったにしたいだけの自己満足だ。そのためだけに、死者が生者を蔑ろにするのは間違っている。死んだ者より、生きる者を尊重すべきだろう」
意外な……本当に意外な、解答だった。
だがその言葉は飲み込み、切嗣側の出した先ほどの条件二つを著名のみの白紙に書き込んでいく。
次いでキャスター陣営の条件を聞いた。
すると雁夜の条件もまた、意外なものだった。
「俺の求める条件は『間桐の者に危害を加えないこと』だ」
「……何だって?」
どういうことだ、と思わず彼を見つめ返してしまった。
彼の望みは間桐陣営の撃破ではなかったのか。
そう思っている切嗣たちへと、彼は捕捉説明を始める。
「まず今回の戦争で参加する鴇哉を殺さないで欲しい。……これは身内としての情とかじゃない。あいつが死んだら桜ちゃんに魔術を教えられる奴が、始祖の臓硯だけになるんだ。そうしたら臓硯は、十中八九桜ちゃんを蟲蔵に入れて調教するに違いないと俺は思ってる」
成程、と切嗣は納得した。
どうやら養子に出された次女は間桐流の修練を行わっておらず、魔術師としては人道敵な方法で育成されているらしい。
だがそれをしている間桐当主が死亡すれば、幼い彼女は蟲による凌辱を受けることになる。彼はそれを危惧しているのだ。
「それでもう一つの理由は……鴇哉にとって最大の逆鱗なんだ。身内に手を出すって奴は」
「それを知っているってことは、見たのか?」
「見た。ちなみに狙われた対象は兄貴だった」
聞けば長男の間桐鶴野は、魔術師としての際はないが『器』としては多大な能力を秘めているらしい。その要素から、魔術師に狙われたことがあるようだ。
そして、見事に間桐現当主の怒りを買った。
「兄貴を狙ったそいつは鴇哉に返り討ちにされて……芋虫になった」
「……芋虫?」
「見た目が芋虫っぽいんだよ。……両手足を切り落とされて達磨にされた後、目を抉られて、鼓膜を破られて、歯を抜かれて、喉を潰された。蟲蔵に姿はなかったから、多分地下のどこかに監禁してるんだと思う、そのままの状態で」
雁夜は一度、鴇哉に芋虫にされた魔術師の生死について聞いた。
するとこう答えたらしい。
『あぁ、あいつなら殺してないよ……殺すわけないじゃん。そんなこと、絶対に許してやるかよ。殺さないし狂わせもしない。正気を保ったまま、寿命で事切れるまで生かし続けるつもりさ。人の身内を狙ったことを後悔したまま、生き地獄を味あわい続けりゃいいんだ』
「予想だけど多分、そいつは今も生きてると思うし、頭の中もまぁまともなままだと思う。だから切嗣さん、頼む……間桐に属してる人間にだけは手を出さないでくれ。人質に使うのも駄目だ。魔術関連で怒らせて殺されかねなかった俺が言うのも何だが、身内に当てはまる奴を狙うのはアイツにとって地雷なんだよ」
そこまで言われては、切嗣も頷くほかなかった。
間桐鴇哉の、とぼけている様でいて冷静な、けれど非常に苛烈な一面。それは書類で理解していたが、身内関連ではそれほどとは思ってもいなかった。
隣に座るアイリスフィールも、青褪めた顔で口元を手で覆っている。
正直、彼の方から宣告してくれて良かったと思う。でなければ、まず切嗣は間桐鴇哉への対抗策として、間桐家の人間を攫って人質に使っていただろう。鴇哉の『身内に甘い』という情報は得ていたから。
切嗣は危うく、間桐の鬼才児を怒り狂わせるところだった。
「了解した、間桐側のマスターとその身内には決して手を出さない。……つまり君たちは、正攻法のみで向こうを撃破するつもりなんだな?」
「あぁ。だから同盟を組みたいんだ。あいつがどんな英霊を召喚するのかは分からないが、上位の英霊を呼ぶのは確実だからな。相手によってはキャスターだけじゃ厳しい。どうしても、別陣営のサーヴァントの力が欲しかったんだ」
「あとは私の方から『間桐雁夜の身の安全』を求める。敵側に殺されたというのなら仕方ないが、仲間側が裏切って、サーヴァントを奪うということがあっては困るからな」
「それもそうか。分かった、互いに出す条件は二つ。これで契約成立だ、が……」
キャスター陣営の条件も書いて証文を完成させた後、切嗣はもう一つの交渉に打って出ることにした。
「これは自己強制証明とは別なんだが、一つ相談だ。――――こちらのセイバーとそちらのキャスター、互いのサーヴァントを交換しないか?」
「……何だって?」
この交渉は全くの予想外だったのだろう。雁夜は目を丸くし、呆然としている。対照的にキャスターはそんな彼の背中を叩き我に返らせた後、鋭い視線で射貫くように切嗣を見返す。
「どういうつもりだ魔術師殺し。貴様が引いたのは最優のセイバーだぞ? それをわざわざ、キャスターである私と替えようという意図が分からん。見た感じあの娘の戦闘力は相当なものだ、取り換える必要性が見いだせない」
「謙遜が過ぎるんじゃないか、キャスター。総合戦力的に言えば、君と彼女は同じくらいだろう。……それと率直に言えば、僕とセイバーは不仲だ。性格云々もそうだが、互いの戦闘スタイルが合わないんだ」
そう、全くもって合わない。
片や身を潜め、卑劣な手段を持ってして敵を殲滅する切嗣。
片や身を晒し、正々堂々と眼前の敵と剣交え戦うセイバー。
あまりにも方針や志、戦いに対する認識が違い過ぎるがゆえに、背中を預け合う関係でありながら二人の仲は最悪だった。
ただそれは、キャスター陣営側もそうではないかと切嗣は思っている。
「正直、交換した方が互いのためになるんじゃないか? 君のマスターは素直で欲がないし、優しすぎる。対する君は知恵と交渉に長け、清だけでなく濁の部分も併せ持っている。今は上手く回っているが、いつ亀裂が入るか分からない。その前に、相性の良い方とペアになった得策だろう?」
「ふん、確かに理には適っているな――――だが断る」
「……それはまた、どうしてだい?」
「もちろん理由はあるぞ、まずは貴様とカリヤとのスペック差だ。カリヤ曰くあの娘も魔力放出を持っているが、それは貴様の魔力を使い増幅させての物じゃないか?」
「まぁ確かにそうだが、一応彼女自身の魔力の割合の方が多いが」
「なら駄目だ。私の魔力放出は全て、私自身の魔力を使っている。カリヤの魔力を使って放出したら、正直カリヤが魔力枯渇で死にかねん」
確かにそれは駄目だな、と切嗣は得心する。うなだれている彼には悪いが、そんなスペック差が出ている者をセイバーのマスターにしたら、確実にセイバーの戦闘力が減退する。
「もう一つは、サーヴァントを交換したらそちらにも不利益が出るだろうからだ。……そこの女、アインツベルンのホムンクルスと見るが良いか?」
と、急に話を振られたアイリスフィールは面くらいつつも頷く。
「体内に聖遺物を入れている気配がする。それはセイバーの宝具じゃないか?」
「……っ、その通りよ」
「セイバーをカリヤのサーヴァントにすれば、必然的にセイバーはカリヤ側にいなければいけない。そうすれば、その聖遺物はどんなものだか知らんが、その効果を為さない可能性が高いが良いのか?」
「…………っ!!」
盲点だった。
だが、確かにそうだ。マスターを替えれば、必然的にサーヴァントはそちらのマスターを優先せねばならない。アイリスフィールの傍にセイバーが居られないのであれば、アイリスフィールの体内に『全て遠き理想郷』を納めた意味がなくなってしまう。
「そして最後の理由だが――――魔術師殺し、貴様のサーヴァントになりたくないからだ。この一点に尽きる」
「……随分と、きっぱり言うね」
「濁すと都合よく考えられたり、歪曲される可能性があるからな。……ちなみに先ほどのたまっていたな、今は上手く回っているがいつ亀裂が入るか分からないと」
そこまで言った後、キャスターは小馬鹿にするように鼻で嗤う。
「すまんが、その予想は大外れだ」
「大外れ?」
「亀裂はとっくの昔に入った」
「…………」
「まず会って、軽く話し合って喧嘩になった。その後も大喧嘩になった。しばらく顔を合わすたびに罵り合いだ。最終的には殴り合いに発展したぞ。分かるか? この隣の阿呆、キャスターで耐久値がEランクはいえ、サーヴァントの私に殴りかかったんだぞ。そして筋力Dの私もそれに応じたわけだが」
堂々と言うことだろうか、それ。
切嗣たちがそう思うのも構わず、キャスターは続ける。
「最終的にカリヤの奴、泣きおった。私は困ったぞ、そして何故か慰めなければいけなくなった」
隣のマスターが顔を真っ赤にして相棒の口を塞ごうとしているのだが、それを制しながらなおキャスターは語る。
「その後にいくらか落ち着いて、互いのことをまた話し合った。そして今の関係にある。……魔術師殺し、貴様はセイバーに視線すらやらなかったが、こういった状況にまで陥って、今の関係にあるのか?」
「…………それ、は」
「ないだろう? おそらく貴様は、召喚してすぐに見切りをつけたはずだ。それは何故だ?」
それは、何故?
許せなかったからだ。王という重荷を一人の少女に背負わせた周囲の人間たち、そしてそれを受け入れたセイバー。それを許容できなかった。
だが口にはしなかった。言うだけ無駄だと感じたからだ。
それをなぜか、キャスターに対しては正直に言ってしまった。
すると漆黒の美男子は深く蒼い瞳をすぼめ、「馬鹿め」と切嗣を罵る。
「セイバーの生きた時代を考えろ。父なる王は既におらず、娘以外に正当な後継者はいない。女の王は侮られかねない。ならば少女を少年として育てなければならないのは、当然のことだ。――――そして本人もそれを理解している。それだけのことだろう。貴様が文句を言う筋合いもなければ、あの娘を無視する理由にもならない」
「そうはいうが、納得は出来ないんだよ! あんな少女に国一つ押し付けて、重荷を負わせるなんて! おかしいだろう!!」
「考えが堅いぞ魔術師殺し。王としての在り方を押し付けた、それは否定できない。だがそれだけではないだろう。周りの者がいたからこそセイバーは王になれたのだ……セイバーは王を押し付けられただけじゃない。多くの騎士たちに助けられ、支えられたとも考えられるだろう。周りにいる者の協力、彼らの彼女に対する信頼があってこそ、セイバーは王としてあれたのだとな」
そう言われ、ハッとした。今まで考えもしなかったからだ。
だが切嗣の反応には気も富めず、キャスターは呆れたように告げる。
「そのことに関しては、まぁ今の時代との差もあって納得出来んのは無理もない。だがその点で口論し衝突したというのならまだしも、端から諦めてそれすらせん輩を私はマスターにしたくない。人形扱いされかねないからな。セイバーには悪いが、鞍替えするつもりはないぞ。例え未熟者であっても、行動に出ず早々にサーヴァントに見切りをつける貴様より、カリヤの方が好ましい」
ぐぅの音も、出なかった。
「確かに、そう……だね」
弱弱しい声で、相槌を打つしか、切嗣は出来なかった。
なるほど、確かに切嗣が彼を自分のサーヴァントに出来そうにない。理解力はあっても、性格面で駄目だ。何せ彼は……痛い所を突いて来る。しかも正論だから反論できない。反論したらそれはもう逆切れか、子供みたいな癇癪だ。
切嗣は、そんな彼のマスターである雁夜に憐憫と尊敬を覚えた。
そうして、二つの陣営は正式に同盟を組んだのだった。
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キャスター データ
混沌より這い寄る者たちのネフレンさんとは、大分設定が違っています。
【キャスター】
マスター:間桐雁夜
真名:ネフレン=カ
身長:184cm/体重:72kg
属性:混沌・善(狂)
イメージカラー:夜闇の蒼
特技:発明、金稼ぎ
好きなもの:身内、旅行、もの拾い(人、物は問わない)
苦手なもの:自分、神となる運命、レタス(よく食事に盛られたから)
天敵:ナイアーラトテップ
触媒:輝くトラペゾへドロン
(望みと現実との違いによる苦悩という共通性)
ステータス
筋力:C 耐久:E 敏捷:D 魔力:EX 幸運:E 宝具:EX
【クラス別スキル】
陣地作成:A
魔術師のクラス特性。魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作成可能。
「工房」を上回る「神殿」が作成可能。ネフレン=カの場合は、地下の方が有利な陣地を作り出せる。
道具作成:EX
魔術師のクラス特性。
魔力を帯びた器具を作成可能。
不死の妙薬や強力な呪物、神格を召喚するための触媒といった多彩な道具を作成する。
【固有スキル】
高速神言:A
神代(神が治めていた神話時代)の言葉。魔術を発動させる時、一言で大魔術を発動させる高速詠唱の最上位スキル。呪文・魔術回路の接続を必要としない。
区分としては一小節に該当するが、発動速度は一工程と同等かそれ以上。しかも威力は五小節以上の大魔術に相当する。呪文自体が「神言」である為、詠唱の長さと威力が比例するという法則は適用外。
故に本来ならば相応の触媒を用意しておかねば実現不可能な、「大魔術をただの一言で発動させる」という行為を可能とする。
現代人の舌では発音不能、耳にはもはや言語として聞き取れない。
異那神の寵愛:A+
砂漠と異那の神セトの寵愛。この加護を受けし者は、異境と破壊を司る砂漠の化身としての力を得る。ネフレン=カの場合は、生前の行いによる効果も多分に含まれている。
Aランクの単独行動、カリスマ、黄金律スキルと同様の効果を持つ。
魔力放出:B+
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。
絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。
ネフレン=カの場合は、放出した暴風の如き魔力を操ることに長けている。
変身:B
自らのカタチを変えるスキル。
無貌の神の子であるネフレン=カは、化身以外の姿には何でもなれる。
神性:B(A+)
神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。ランクが高いほど、より肉体的な忍耐強さとなる。
「粛清防御」と呼ばれる特殊な防御値をランク分だけ削減する効果がある。また、「菩提樹の悟り」「信仰の加護」といったスキルを打ち破る。
無貌の神の子にしてセト神の化身たる彼の神性は非常に高いが、彼自身が神となることを拒んでいるためランクダウンしている。
【宝具】
邪鏡宝典(アンブゥ・ネブ・タ・ジェセル)
ランク:A+ 種別:対軍宝具
抹消されし暗黒の王(デリート・ザ・ブラックファラオ)
ランク:B 種別:対己宝具
先詠みの黒き異那神王(セティ・ネフルゥ=カ)
ランク:EX 種別:対人宝具
【人物】
邪神ナイアーラトテップの子が一人にして、砂漠と異那の神セトの化身。
しなやかな筋肉を纏った細身の長躯に美の女神も凌駕する美貌を携えるが、繊細そうな外見に反して性格は苛烈にして豪胆。そして非常に行動的。魔術師であるが科学者としても非常に優れている。
敵を完膚なきまでに叩きのめし、時に臣下すら振り回す姿はまさにセトを象徴する「暴風と雷鳴」を体現している。
ファラオとしての素質を十二分に備え勉学や修行もこなすが、本人は自分が神王になったら碌なことになりそうもないと考え、後に生まれた側室腹の弟スネフィルに王位を押し付け自身は商売や政治でやっていこうと画策していた。
しかし父が余命僅かとなり、弟が成人するまで代理の王をすることになったことでナイアーラトテップとセト、二つの神の化身として完全覚醒することになり、後に歴史から存在すら抹消されるほどの悪政を執り行う暴君と化した。
その後は弟に討たれ、ピラミッド内で命尽きるまで未来予知の絵を描き尽くすという一生の終わりを遂げる。
人としての一生を終えた後も、邪神としての役割は終わっておらず、今も父の代行者として時折現代社会に姿を見せるという。
基本は冷静沈着で聡明だが、公私のオンオフが極端で温度差が激しい。
公の面では政治界の魑魅魍魎と互角以上に渡り合い、民に多才な発明と政治による恩恵をもたらすのに対し、私の面ではマイペースとゴーイングマイウェイな言動で周囲を冷や冷やさせ、身分を隠して街を散歩したり、スラムの子供を拾って家臣にしたりと奇天烈な行動に走る悪ガキ。
そのオンオフぶりは酒に関しても例外でなく、公務などでは絶対に酔わないのにプライベートで飲むとすぐべろんべろんになる。わりと泣き上戸。
商売大好きで一定の年になってからは神官をしつつ、親には許可をとってこっそり商人をしていた。お金稼ぎや商売を通しての交流が好きなので、稼いだ金は基本的に商会と国の政治、慈善活動に使っている。
お金はコツコツ稼いで計画的に使うタイプ。
ブラコンでシスコン、両親も大好き。部下たちも大好き。国民も大好き。ただし実父たる邪神だけはどうにも好きになれない。異母弟妹たちは普通に好きだけど。
ちなみにニトクリスとはセト神の敵であるホルス神の化身という面でも、人の墓から色々と物を盗って行った不届き者という面でも、相いれないらしい。
発明家であり、誰かが作ってくれるのを待つくらいなら、自分で欲しい物を作るタイプ。そうして学校や筆記具、電球、組み立て式リアカーなどを作った。
実は商品運搬途中に賊に襲われるのが嫌だからとヘリコプターと潜水艦も作ろうとしたが、弟に見つかり父に説教された後、設計図を没収された。
【戦闘】
無詠唱による魔術行使と、蹴り技も取り入れた実践型ボクシングを使う。それ以外にもウアス杖で殴ったりもする。
実父である邪神が持つ「変貌」の特性を引いており、自身の魔術属性を自由に変えることが出来る。なのでよほど変わった魔術でなければ行使可能。魔術回路が非常に多いのでバンバン魔術を使いまくる。
その他、生前の部下たちと鼠怪物という使い魔として召喚できるので彼らを用いることで情報収集や暗躍が可能。
勝てば官軍という考えなのでわりと手段を選ばないが、無関係の者を犠牲にしたり見捨てたりするのは嫌。
登場回でのあとがきで、魔術属性は変わらないと書いたな……?
あれは嘘だ……だってこっちの方が、このネフレン=カにはしっくりくるもの。
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