仮面ライダー吹雪鬼 (三澤未命)
しおりを挟む

一之巻『吹雪く鬼』

○右京の自宅

 目覚まし時計が鳴る。

 ベッドの布団から手が伸びて、目覚まし時計の音を止める。

 ゆっくりとベッドから起き上がる青年。

 名は、薄葉右京(うすば・うきょう)、二十五才。

 右京は、中肉中背で短めの髪、優しげなその顔がどこか人なつっこい。

右京「あぁぁぁぁぁっ!」

 大きく伸びをする右京。

 ベッドから降りて、机の上にあったオーボエに手を当て、

右京「(オーボエに向かって、笑顔で)おはよう!」

 部屋は賃貸マンションの一室で、洋間一部屋と小さなキッチンがあるばかり。

 ここで一人暮らしの右京は、東星音大を卒業後、プロの演奏者を目指してバイト暮らしの身。

 頭を掻きながら、小さなキッチンへと移動する右京。

 しゃがんで冷蔵庫を開け、牛乳のパックを取り出すが、中身はカラッポ。

右京「(しかめっ面で)ええ?」

 右京、流し台の下に無造作に置いてある黒いビニールのゴミ袋にその牛乳パックをポイッと捨てると、再び冷蔵庫の中を見渡して、缶ビールを手に取る。

右京「……と、これはやっぱり、ダメね」

 右京、缶ビールを元の場所に戻し、冷蔵庫を閉める。

 立ち上がってコップを手に取り、流し台で水を汲む。

 一口飲んで、そのコップを持ったまま玄関の方へと移動。

 ドアから新聞を取り出して部屋に戻り、机の上で新聞を広げる。

右京「さーて、本日の国際情勢はと……」

 水を飲みながら新聞を眺める右京。

 と、ある小さな記事が目に入ってギョッとする。

右京「……え!?」

 コップをを机に置き、記事に食い入る右京。

 そこには、『フルート奏者・不動明芙美(ふどうみょう・ふみ 三十二才)が引退を表明』という記事が。

右京「な……、何だって~~~~!?」

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 一之巻『吹雪く鬼』

 

○とある山中 & 右京の部屋

 魔化魍探索のために、ベースキャンプを張っているフブキ。

 関東十一人鬼の中では唯一の女性鬼であるフブキ。

 その素顔は長身に背中まで伸びた髪が艶やかで、端整クールな美女。

 立て掛けられた地図に取り付けたポイントを、一つ一つはずしていく。

 と、ふいに携帯電話が鳴る。

フブキ「来たわね」

 苦笑いしながら携帯電話を手に取るフブキ、『薄葉右京』の着信通知を見て、

フブキ「あら(意外、という感じで)」

 電話に出るフブキ。

フブキ「はい、もしもし」

    ×   ×   ×

 画面、交互に右京、フブキ。

右京「どーいう事なんですか!?」

    ×   ×   ×

フブキ「何よ、朝っぱらから」

    ×   ×   ×

右京「何よじゃないでしょ! 音楽辞めるって、一体どういう

事なんですか!?」

    ×   ×   ×

フブキ「フッ。辞めたいから辞めただけよ。あなたには関係な

いでしょ」

 そう言いながら、地図を片付け始めるフブキ。

    ×   ×   ×

右京「そんな……、関係ないってことはないじゃないですか!

 俺はねぇ……」

    ×   ×   ×

 フブキ、鬱陶しそうに携帯電話を耳から少し遠ざける。

 そこから漏れ聞こえる右京の声。

右京「フブキさん! 聞いてるんですか!? フブキさん!」

 フブキ、面倒そうに、

フブキ「ハイハイ、またゆっくり説明してあげるから、大人しく待ってなさい。じゃあね」

 そう言って一方的に電話を切るフブキ。

    ×   ×   ×

右京「……あ、ちょっと! フブキさん!」

 切られた電話を恨めし気な表情で見つめる右京。

右京「ああ、もう!」

 右京、腕組みして部屋の中を歩き回る。

右京「……ったく、どういうつもりなんだろ、辞めちゃうなんて。そんなのないって」

 ふと時計を見る右京。

右京「いけね! 遅刻だ!!」

 大慌てで着替え始める右京。

 

○とある山中

 携帯電話で話しているフブキ。

フブキ「……はい。……いえいえ、ありがたいお言葉ですね。……はい、また近い内に楽団の方へご挨拶に参ります。……はい。では失礼いたします」

 電話を切るフブキ。

フブキ「ふぅ……」

 キャンプ用の簡易テーブルや椅子を片付けるフブキ。

 と、またしてもトランクの上に置いていた携帯電話が鳴る。

フブキ「(鳴り続ける携帯電話を見ながら)……今日は電源切っておいた方がよさそうね」

 

○たちばな

 開店準備中の香須実と日菜佳。

 二人でテーブルの上に乗った客椅子を、順々に下ろしていく。

日菜佳「新聞に出てましたねぇ、フブキさんのこと」

香須実「うん。ちょっと寂しいような気もするけどねぇ……」

日菜佳「あ、寂しいと言えば姉上」

香須実「え?」

日菜佳「明日夢君にヒビキさん取られちゃってぇ、ちょーっぴり寂しいんじゃないですかぁ?」

 香須実、手を止めて、

香須実「(ちょっと怒ったような表情で)あのねぇ、明日夢君はもうヒビキさんの弟子になったんだから、当然でしょ?」

日菜佳「アリャリャ、こりゃ失礼」

 いそいそと、台所へ引っ込んでいく日菜佳。

 香須実、微笑を浮かべて溜め息一つ。

香須実「……まあ、寂しいっちゃあ、寂しいわよねぇ」

 ちょっと物悲しい表情で机を拭き始める香須実。

 と、奥から日菜佳が、店の電話の受話器の通話口を手で押さえながら顔を出す。

日菜佳「姉上! ヒビキさん、無事屋久島に着きましたって!」

香須実「(明るい表情に戻って)あ、そう! ……明日夢君に、頑張ってって!」

日菜佳「りょーかい!」

 敬礼して顔をひっこめる日菜佳。

 微笑む香須実。

 

○とある百貨店の会議室

 厳かな空気が漂う中、新卒の新入社員数十名が縦横に列を作って、整然と立っている。

 正面中央には、キリッとしたスーツ姿の男が二人。

 その内の一人(若い方)が、持っている紙を読み上げる。

男「……工藤すずめさん」

すずめ「はい!」

 列の中ほどから一人の女性(くどう・すずめ 二十三才)が歩き出し、正面中央に立っているもう一人の初老の男の前に立つ。

 すずめは、この春に米系のキャピトラ大学を卒業し、まだまだ大学生気分が抜けない雰囲気。

 スタイルのいい体型にスーツがよくマッチし、セミロングの茶髪が映える。

 すずめ、初老の男が真っ直ぐに差し出す発令書を受け取り、一礼して振り向く。

 そしてまた、列に戻っていく。

 すずめ、発令書を見て目を丸くする。

すずめ「ご……、呉服売場ぁ~~?」

 マジマジと発令書を見つめて暗い表情になっていくすずめ。

 周りでは、他の者も次々と呼ばれて辞令を受けていく……。

 

○同・会議室に面した廊下

 廊下には、十人ほどの男女が立ち並ぶ。

 会議室のドアが開き、新入社員たちがゾロゾロと出てくる。

 その中、暗い顔で出てきたすずめに、三十才くらいの男が声をかける。

男「……工藤さん、だね?」

すずめ「あ……、はい!」

男「僕は、呉服売場主任の筑波といいます。よろしく」

すずめ「よ、よろしくお願いします!」

筑波「じゃ、売場へ案内しようか」

 そう言って筑波は、エレベーターホールの方へすずめを促し、歩き始める。

 周囲でも、同じように各売場の主任が新入社員と挨拶を交わしている。

 すずめ、その様子を横目で見ながら、筑波の後についてエレベーターホールへと歩を進める。

 

○同・店員用エレベーターホール

 エレベーターの扉が開き、そこに乗り込んでいく筑波とすずめ。

 他にも何組かが同様に乗り込む。

 

○同・店員用エレベーターの中

 降下するエレベーター。

 沈黙が続く。

 少し緊張した様子のすずめ。

 

○同・売場へと続く店員通路

 通路を歩く筑波とすずめ。

筑波「呉服売場だなんて言われて、びっくりしただろ?」

すずめ「え!? ……あ、はい」

筑波「まあそうだろうね。僕も、入社した時はそんな売場あったのか、なんて思ってたもんね」

すずめ「はあ……」

 通路の角を曲がり、歩き続ける二人。

筑波「工藤さんは、どこの売場を希望してたのかな?」

すずめ「え? あのぅ……、(言いにくそうに)アクセサリー売場です」

筑波「そっか。まあ、なかなか希望通りにはいかないもんだからねぇ」

すずめ「そうなんでしょうねぇ。でも、まさか……」

筑波「え?」

すずめ「(バタバタと手を振って)いえ! 何でもないです!」

 思わず冷や汗をかくすずめ。

筑波「さ、ここだよ」

 店員通路の扉を開けて、売場へと入っていく二人。

 目の前には、客もまばらで年配の販売員が立ち並ぶ、もう何年も時間が止まっているかのような空間が広がっていた。

 それは、すずめが思い描いていた、華やかなデパートの世界とはかけ離れたものであった……。

 

○とある山道

 木々に囲まれた暗い山道。

 ハイキング帰りの男が一人歩く。

 と、突然前に立ちはだかった、黒いローブのような衣裳に身を包んだ童子。

童子「帰るのかい?」

 男、その姿を不気味に感じ、二、三歩後ずさりして後ろを振り返ると、そこには同じような黒衣の姫の姿が。

姫「帰るのかい?」

 焦る男。

童子「帰るのなら……」

姫「こっちへおいでよ~」

 男に近付く童子と姫、真っ黒な腕を前に出すと、それが双方から男の方へ伸びていく!

 そして、クルクルッと男の体に巻きつく黒い腕!

男「う、うわああああ!!」

 黒い腕に覆われた男は、そのまま絞られるように地面に吸い込まれていく。

 男の体を吸い込んだ地面が、直径一メートルほどに丸く浮かび上がる。

 童子と姫、そこに近寄って、

童子「もういいかな~?」

 丸く浮かび上がった部分に亀裂が入り、パン!と破裂すると上空に黒い影が飛び出した!

姫「あわわ!」

 思わずその場にへたり込む童子と姫。

 上空には、巨大なカラスのような生き物が、その翼をはためかせていた……。

 

《CM》

 

○屋久島の山中

 ヒビキと明日夢が、山道を登る。

ヒビキ「……思い出すなあ」

明日夢「え?」

ヒビキ「いやね、明日夢と初めて会ったあの日も、この道を歩いたな~と思って」

明日夢「そ、そうですね……」

 早足のヒビキに、必死で追いつきながら答える明日夢。

 ヒビキ、そんな明日夢を横目でチラッと見て微笑み、丘を一つ登ったところで立ち止まる。

 明日夢が追いつくと、そこは部分的に周囲の木々が開けて、青空を広く見渡せる場所だった。

ヒビキ「実はね、明日夢が、もし俺の弟子になったら、修行はこの場所から始めようって決めてたんだよね」

明日夢「(ニッコリ笑って)あ、ありがとうございます」

ヒビキ「ヘヘッ」

 その場に胡坐をかくヒビキ。

 それを見て、同じように明日夢もその場に座り込む。

ヒビキ「(空を眺めながら)明日夢……」

明日夢「はい」

ヒビキ「鬼になるってことは、どういうことだと思う?」

明日夢「……前に、勢地郎おじさんが、人を愛し、自然を愛することが大事だって言ってましたが……」

ヒビキ「なるほどな。……その意味が分かるか?」

明日夢「いえ……」

ヒビキ「鬼の役目ってのは、自然を自然に還すってことなんだよね」

明日夢「自然を、自然に……」

ヒビキ「うん。そしてその第一歩が、自然を全身で浴びるってことだ」

 ヒビキの方を見ていた明日夢、真剣な表情で青空へと視線を移す。

ヒビキ「体を鍛えなきゃいけないのはもちろんなんだけど、その前に自然の力を感じ取り、自然と仲間にならなくっちゃダメなんだ」

明日夢「自然と仲間に……」

 明日夢、ふとヒビキの方を見ると、目を瞑って精神統一している様子。

 明日夢もこれを見習い、目を瞑って、自然を感じ取るべく心を澄ませる。

 木々のざわめき、小鳥のさえずり、鼻をつく土の匂い。

 大自然に身を任せていく二人……。

 

○吉野本部・玄関口

 建物から出てくるイブキとあきら。

 振り返ると、そこには見送りに出てきた医療チーフの姿が。

あきら「お世話になりました」

医療チーフ「仕切り直し、だね」

あきら「はい。頑張ります」

イブキ「先生、本当にありがとうございました」

 頷く医療チーフ。

 一礼して振り返り、イブキの専用バイク・竜巻に乗り込まんとするイブキとあきら。

あきら「(ヘルメットを被りながら)ヒビキさん達は、今頃屋久島ですね」

イブキ「明日夢君とは、競争ってことになるのかな?」

あきら「(イブキの方を向いて微笑み)負けませんよ、私は」

イブキ「お、強気のあきらが戻ってきたな」

 微笑み合う二人。

 イブキもヘルメットを被ってエンジンをかけ、竜巻を勢い良く発車させる。

 青空の下、輝く未来に向けて、あきらを乗せたイブキの竜巻が疾走していく。

 

○たちばな

 扉を開けて入ってくるフブキ。

 店内には、香須実と日菜佳。

フブキ「こんにちは」

日菜佳「あ、フブキさん! こんにちは~」

フブキ「みどりさん、いる?」

日菜佳「下でお待ちですよ~」

フブキ「そう」

 フブキ、ツカツカと店内を歩き、奥へと入っていく。

 日菜佳、姿勢良く歩くフブキの姿を目で追って、

日菜佳「フブキさんとみどりさんって、どうして仲良しなんでしょーねぇ?」

香須実「さあ? 年も近いしね」

日菜佳「でも、性格は正反対のように思うのデスガ……」

香須実「だから合うのかもね。……最初は、仲悪かったんだけどね」

日菜佳「え! そうなんスか!?」

 

○同・地下研究室

 お菓子を食べながら、ディスクアニマルの整備をしているみどり。

 そこへ現れるフブキ。

フブキ「よっ」

みどり「(振り返り)ああ、来た来た」

フブキ「(小さな紙袋を目の前で揺らせて)はい、お土産」

 そう言って、紙袋をみどりの前に置くフブキ。

みどり「おお、芋羊羹! 好きなのよね~、コレ!」

 そう言いながら、袋から芋羊羹を取り出して、早速包装紙を解き始めるみどり。

 フブキ、みどりの正面の椅子に座る。

みどり「電話とか、バンバンかかってきてんじゃないの~?」

フブキ「まあね」

みどり「結構思い切ったわよねぇ……。で、どういう心境の変化なのよぉ?」

 みどり、芋羊羹の箱を開けて、爪楊枝で刺しながらフブキに問いかける。

フブキ「ま、単純に反省したってことよ。両立できてたと思ってたけど、それは私が思い上がってただけってことね」

みどり「あなららしくない、セリフね……」

 芋羊羹を頬張りながら話すみどり。

フブキ「……で、出来たの?」

みどり「(口をモグモグしながら)あ~、アレね。ちょっと待ってね~」

 みどり、席を立って部屋の端にある棚から小さなケースを取り、それをフブキに渡す。

みどり「はい。なかなかの出来よぉ」

フブキ「(渡されたケースを眺めながら)ありがと。……こないだのオンモラキみたいなのが増えてきちゃうと、今までの鬼針ではちょっとキツいのよねぇ」

 

○ファミリーレストラン

 右京とすずめが、二人で食事中。

すずめ「……でさ、周りはオバチャンばっかだし、お客さんもあんまり来ないし、商品もワケ分かんないし、……もう一日でウンザリって感じよ。……ちょっと、ねえ! 聞いてんの?」

右京「(ハッとしたように)え!? ああ、ゴメンゴメン」

すずめ「で、右京君の方はどうなのよ。受験する楽団決めたの?」

右京「……なかなか理想に合うところがなくてねぇ」

 すずめ、手に持ったフォークをブンブン振り回して、

すずめ「あのさ、そろそろそんな事言ってる場合じゃなくなってない? ……そりゃあ、こだわり持つのは大事だと思うけどさあ」

 ふと、時計を見るすずめ。

すずめ「あ! もうこんな時間じゃん! 明日、早速早出なのよ早出! 悪いけど先行くわね!」

右京「あ、ああ」

 すずめ、財布から自分の勘定分のお金を出してテーブルに置き、席を立つ。

すずめ「じゃあね、バイバイ!」

 にこやかに手を振って、店を出ていくすずめ。

 右京、すずめに手を振り、テーブルに肘をついて大きく溜め息一つ。

 

○フブキの自宅前

 時間は夜十時。

 深夜の魔化魍探索に向かうべく、専用バン・結晶のバックラックに荷物を積み込んでいるフブキ。

 と、そこへポケットに両手をつっこんだ右京が現れる。

フブキ「(右京をチラッと見て)何か用?」

右京「何か用じゃないでしょ! 急に音楽辞めるだなんて、ひどいじゃないですか!」

フブキ「(作業をやめることなく)あなたには関係ないって言ったでしょ」

右京「関係あります! ……俺は、音楽と鬼と、両方が一流のフブキさんを尊敬してたんです」

 フブキ、右京をキッと睨んで、

フブキ「声が大きいわよ」

 右京、ハッと口を押さえ、それでも恐縮気味に、

右京「……音楽が、嫌になったんですか?」

フブキ「それは違うわ。今でも音楽は私の体の一部よ」

右京「じゃあ、何で!?」

 フブキ、バックラックの扉をバタンと閉めて、

フブキ「……人は、神様じゃないわ。両立にもそれぞれ種類があって、限界もあるってことね」

右京「だから、鬼の仕事に専念ってことですか? ……でも、今まで完璧にやってきたわけでしょう? フブキさん、前に俺に言いましたよね、私のように何でも出来るようになりなさいよ、って……」

フブキ「(苦笑いを浮かべながら)そうね」

右京「俺は、何も捨てませんよ。音楽やりながら、いつかはフブキさんのように……」

 フブキ、口元をわずかに上げながら踵を返し、運転席へと向かう。

右京「フブキさん!」

 フブキ、運転席のドアを開けながら振り向き、

フブキ「右京君、……鍛えなさい」

右京「え?」

 フブキ、運転席にサッと乗り込み、ドアを閉める。

 そして、静かに発車する結晶。

 右京、納得いかない様子でその場に立ち尽くす……。

 

○とある山中

 生い茂る木と木の間を、ディスクアニマル・浅葱鷲たちが飛び交う。

 と、廃屋と化した山小屋の前に、大きな黒い塊を発見。

 塊の周りを飛び回る浅葱鷲たち。

 突如、その黒い塊が動いたかと思うと、それは空中へと翼をはためかせて、飛び上がった!

 魔化魍・ヤタガラスだ!

 全長三メートルほどの大きさに成長しているヤタガラス、

 飛び回る浅葱鷲らに向かって、口から青い液体を吐き出す。

 液体が命中した浅葱鷲は、ドロドロと溶けて地面に落ちていく。

 なんとか逃げ延びた一体の浅葱鷲が飛んだ先に、人影一つ。

 フブキだ!

 フブキの肩にとまる浅葱鷲。

 フブキ、空中のヤタガラスを見上げて、

フブキ「大きくなっちゃって」

 ふと下を見ると、先程ヤタガラスがうずくまっていた地面に、ドロドロに溶けた童子と姫の亡骸が……。

フブキ「残酷だこと」

 フブキ、一歩前へ出るとともに腰から音笛を抜いて吹き、額へと持っていく。

 額に鬼の紋章が浮き上がり、フブキの体が真っ白な吹雪に包まれる!

吹雪鬼「ハッ!」

 体を包む吹雪を手刀で断ち切る吹雪鬼、その勇姿を表す!

 仮面ライダー吹雪鬼、見参!

 白ベースに、ブルーグリーンとパープルを織り交ぜたその身体には、フルートを象ったような管戦士特有の装飾が輝いている。

 

○右京の部屋

 ベッドに腰を下ろし、楽譜をパラパラとめくる右京。

 と、携帯電話のメール着信音が鳴る。

 机の上の携帯電話を取って、メールを開く右京。

「とりあえず頑張ってみるから、右京君も頑張れ! すずめ」

 メールを見て、呟く右京。

右京「俺だって……、頑張ってるさ」

 胸元で携帯電話を握り締める右京……。

 

○とある山中

 真っ暗な空を飛び回りながら、地上の吹雪鬼めがけて青い液体を次々と吐き出していくヤタガラス。

 吹雪鬼、これを素早い動きでかわしていき、フルート型音撃管・烈雪を縦に構えて口元に当てる。

 そして、ヤタガラスめがけて、吹き矢の如く鬼針を吹射!

 大きな体の割にすばしっこいヤタガラスは、吹雪鬼の吹き出した鬼針を巧みにかわす。

吹雪鬼「……仕方ない、か」

 吹雪鬼、ベルトの右腰辺りの収納ケースから、新型の鬼針を取り出して烈雪に込める。

 素早い動きで飛び回るヤタガラス。

 吹雪鬼、それを狙って再び鬼針を吹射!

 やはり、ヤタガラスの動きの方が若干早く、吹射された鬼針はわずかに外れる。

 が、しかし! 空中でフワッと軌道を変えた鬼針は、横っ面からヤタガラスに突き刺さる!

 続けて鬼針を吹射する吹雪鬼。

 次々と軌道を変えながら命中していく鬼針!

 吹雪鬼、烈雪を横に持ち替えて、バックルの音撃鳴・さざれを烈雪の先に取り付ける。

吹雪鬼「音撃射・寒波誘撃」

 吹雪鬼、烈雪を吹き鳴らす。

 華麗なフルートの音色が辺り一面に響き渡り、ヤタガラスに食い込んだ鬼針がその音色に共鳴!

 全身に音撃の威力が伝道!

 そして……、爆発!!

吹雪鬼「フッ」

 一息ついて、顔の変身を解くフブキ。

 夜空を見上げて、

フブキ「……まだまだね」

 山間から覗く満天の星空。

 しばらく空を見上げていたフブキ、険しい表情のまま、結晶の駐車場所へと戻っていく……。

 

○一之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 東星音大キャンパスで話す学生達。

学生「あの不動明芙美が、臨時講師にやってくるんだってよ」

 教壇に立つ芙美。

芙美「音楽とは、エネルギーの源です」

 湖で童子と姫に襲われる右京。

右京「うわっ! 何なんだ!? コイツら」

 二之巻『遡る刻』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二之巻『遡る刻』

○東星音大・キャンパス

 画面、『五年前』のテロップ。

 学内を行き交う学生たち。

 友人数人と話しながら歩く右京。

男子学生「聞いたか? あの不動明芙美が、臨時講師にやってくるんだってよ」

右京「不動明……、あ、フルートの?」

男子学生「そうそう、ウチの大学の出身なんだってさ」

女子学生「でも、あの人の喋り方ってさあ、いつもお高くってちょっとヤな感じ!」

男子学生「バッカだねぇ、そこがいいんじゃねーか」

女子学生「え~~~~?」

男子学生「なあ右京、そう思うだろ?」

右京「俺もあんまり好きじゃないかな~」

男子学生「ハッ! 大人の魅力ってのが、分かってねーなあ」

右京「……そんなもんかねぇ」

 時計を見る友人の男子学生。

男子学生「お、もうこんな時間か。次、俺ら実習だからこっちな。じゃ!」

女子学生「じゃーね~」

 実習の校舎へと向かう友人たち。

 手を振って見送る右京。

 

○同・中央掲示板

 学内の中央に位置する掲示板ホール。

 そこには、その週の各科の講義予定や各種情報が掲示してある。

 今週の講義スケジュールを眺める右京。

 その金曜一コマ目に、『音楽理論・不動明芙美 十二番教室』という内容が。

右京「実技だけじゃねーのか……」

 手帳を取り出し、メモする右京。

右京「金曜一限、十二番……と」

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 二之巻『遡る刻』

 

○吉野本部・とある一室

 一般企業の社長室のような室内。

 奥の椅子に、初老の男が腰掛けている。

 ドアをノックする音。

みどり「滝澤みどり、入ります」

 廊下からみどりの声。

 そしてドアが開き、一礼しながら部屋に入ってくるみどり。

 奥にいる男の方へと歩を進める。

 立ち上がる男。

 みどり、机を挟んで男の前にキリッとした姿勢で立つ。

男「(手に持った辞令を見ながら)滝澤みどり、本日付けで関東支部研究室長就任を命ずる」

みどり「はい!」

 辞令を差し出す男。

 それを受け取ったみどり、辞令を見て、溢れる喜びを抑えきれない表情となる。

男「滝澤さんは、もともと向こうの出身だったよね?」

みどり「はい。……と、高校卒業以来、ですかね」

男「事務局長の立花君も心待ちにしているようだ。ま、頑張ってくれよ」

みどり「はい!」

 キリッとした表情で敬礼するみどり。

 そして、ニッコリと微笑む。

 

○東星音大・教室

 講義用の大教室。

 その席は学生たちで既に満席。

 後ろの方には立っている学生までいる。

 その最前列に、右京もいた。

 ザワつく中、扉が開いて芙美が入ってくる。

 大きな拍手、そしてザワめきの中、それを全く意に介せず静かに教壇に歩を進める芙美。

 教壇で正面を向き、教室内を見渡して、わずかに口元を緩める。

芙美「皆さん、おはようございます。この度こうやって母校で講義できる機会を与えていただき、非常に光栄です。フルートの実技指導ということで招かれたのですが、理論の教授が急な出張ということで、わずか一ヶ月だけとなりますが、こちらの講義の方も、担当させていただくことになりました。どうぞよろしく」

 意外な印象に顔を見合わせる学生、自分の理想通りと頷く学生など、様々な反応を見せる教室内。

 芙美、教壇から降りて、学生たちが座り並ぶ前を歩きながら話す。

芙美「音楽は、感性でやるものだと思われがちですが、本当はそればかりではありません。そのメカニズムをしっかり理解していてこそ、人を感動させる音楽を生み出せるのです」

 芙美、最前列で話を聞いている右京に目が留まり、

芙美「……君は、何故音楽をやってるの?」

右京「(ハッとして)は、はい! ……す、好きだから、です」

芙美「そう。専攻は?」

右京「管楽器です」

芙美「何故その楽器を選んだの?」

右京「え? ……と、そうですね……」

 言葉に詰まる右京。

 芙美、その様子を見て微笑み、クルッと向き直って教壇へと戻る。

芙美「音楽とは、エネルギーの源です。……そもそも、音楽を芸術として認識するようになったのはグレゴリオ聖歌以降と言われていますが、原始世界においても、実生活及び儀式面において音楽は人間と密接な関係を持っていました。今日で言う管・弦・打楽器のごく初期の形のものも既に存在しており、必要であればこそ生まれたと言えるのです。皆さんも、本気で音楽に取り組もうとするならば、自分にとっての意義と価値観を明確にしておくようにしてください。……では、本日の講義に入ります」

 途中で突き放されてしまったような右京だったが、かえってその印象は強烈なものとなり、芙美の講義に真剣に耳を傾けた。

 凛とした表情で音楽理論を語り始める芙美。

 そして、それを熱い眼差しで見つめる右京……。

 

○同・教室前の廊下

 講義を終えた芙美が、教室の扉から出てきて廊下を歩く。

 その後ろから、二、三人の男子学生が追いかけてくる。

男子学生「不動明さん!」

 声に気付くが、立ち止まることなく歩き続ける芙美。

 男子学生たち、芙美に追いつき、横から覗き込むように併歩。

芙美「(前方を見据えたまま)ここでは、不動明先生、でしょ?」

男子学生「いいじゃん、どっちだって。いやあ、感動しましたよ、今の講義!」

芙美「そう、ありがとう」

男子学生「ねぇねぇ、一緒にお茶でも飲みませんか? 近くに洒落た喫茶店がありますよ~」

 芙美、ピタッと立ち止まって男子学生の方を見る。

芙美「唇に海苔の切れ端が付いてる。後ろ髪もハネ気味だし、ズボンの裾が破れかけてるわ。……女を誘う時は、まず身だしなみに気を配りなさい」

 そう言い放ち、芙美はその場をツカツカと去っていく。

 茫然と立ち尽くす男子学生たち。

 教室のドア近辺でその様子を見ていた右京、芙美のクールさに惚れ込んだような表情でウンウンと頷く。

 

○たちばな

 レジをたたく香須実。

香須実「はい、二百四十円のお返しでございます。ありがとうございました!」

 そう言って、お客に釣銭を渡す香須実。

 お客、店を出ていく。

勢地郎「(奥の方から)ありがとうございました!」

 香須実、レジから離れてテーブルを片付けに行く。

 と、そこでまた入口の扉が開き、勢い良く日菜佳が入ってくる。

日菜佳「たっだいま~!」

 にこやかに帰宅する制服姿の日菜佳。

勢地郎「おお、おかえり~」

日菜佳「みどりさん、もう来た?」

香須実「(食器を片付けながら)まだよ~」

日菜佳「良かった。久しぶりだもんね~、みどりさんに会うの」

勢地郎「そうかあ……。高校卒業して、すぐ吉野へ研修に行っちゃったから、日菜佳にしちゃあ八年ぶりかあ」

日菜佳「そうなのです! 早くワタシの成長した姿を見てもらいたいもんデスヨ!」

 そう言いながら、真新しい高校の制服を鼓舞する日菜佳。

香須実「ちょっと日菜佳! 悪いんだけど、早く着替えてきてくれる~? 今日、バイトさん休みなのよね~」

日菜佳「アリャリャ」

 日菜佳、顔をしかめながら奥へ引っ込んでいく。

 それを見て微笑む勢地郎と香須実。

勢地郎「……それより、香須実は進学しなくてホントに良かったのかい?」

香須実「あ~。だって、私はヒビキさんのサポーターになるんだから」

勢地郎「……スマンな」

香須実「何言ってんの、お父さん。運転手がいなくなって困ってるヒビキさん、ほっとけないでしょ。早く私が免許取って、バリバリサポートするんだから!」

勢地郎「ああ、頼んだよ」

 頼もしげに香須実を見遣る勢地郎。

 

○駅前のスーパー

 買い物カゴを持って店内を歩くみどり。

 スナックやチョコレートなど、お菓子ばかりを次々とカゴに入れていく。

 カゴが満タンになり、みどりが投げ入れたキャンディーの袋が滑り落ちる。

みどり「あらら~」

 みどり、キャンディーの袋を拾い上げ、廊下に積んである空の買い物カゴを一つ取って、その袋を放り込む。

    ×   ×   ×

レジ係「いらっしゃいま……」

 レジカウンターに、お菓子だけが山盛りに入ったカゴを二つドンと置くみどり。

 少しア然とした表情となる、レジ係の女性。

 

○柴又の商店街

 お菓子の入った大きな袋を両手に持って歩くみどり。

 キョロキョロと、懐かしむように周りを見ては微笑む。

 

○たちばな・店舗前

 みどりが歩いてきて、入口の扉の前に立ち止まる。

 大きく息をして、

みどり「……よし!」

 扉を開けて中へ入るみどり。

 

○同・店頭

みどり「こんにちは~」

 入口からみどりが入ってくる。

 その声に振り向く、勢地郎、香須実、そして日菜佳。

勢地郎「おお、来たか」

香須実「お久しぶりです!」

 日菜佳、そそくさとみどりに近付き、ペコッと頭を下げる。

みどり「……え? 日菜佳ちゃん、なの?」

日菜佳「ハイ! 日菜佳でございます!」

 顔を上げて笑う日菜佳。

みどり「うわあ、見違えちゃった! ……いくつになったの?」

日菜佳「今年、高一になりました! ……ああ、今年、十六になります!」

 クスッと笑う香須実。

みどり「そっかあ。もう八年も経つんだもんねぇ……」

日菜佳「(みどりの持っている袋を見て)んで、これは何です?」

みどり「ああ! これはぁ、大事なものよぉ」

香須実「相変らずねぇ、みどりさん」

日菜佳「……あ、私、部屋に持っていっておきます!」

 そう言って、みどりの持っていた袋を両手から取ろうとする日菜佳。

みどり「あ、ありがとう」

 日菜佳、お菓子袋を抱えて、奥へと引っ込んでいく。

 みどり、勢地郎の方へ歩み寄り、姿勢を正して敬礼。

みどり「滝澤みどり、この度、猛士関東支部の研究室長に任命されました。よろしくお願いします!」

 頭を下げるみどり。

勢地郎「ああ、よろしく。頼りにしてるよ」

みどり「はい!」

 

《CM》

 

○コンビニの駐車場

 一台の原付が走ってきて停車。

 ヘルメットを脱いで、その顔を露にしたのは右京。

 と、コンビニから出てきた女性にふと目を遣る。

 フブキだ。

右京「……あ」

 ちょっとしゃがんで、ヘルメットの後ろで顔を隠す右京。

 フブキ、駐車してある専用バン・結晶の方へ向かい、ドアを開けて乗り込む。

 結晶のエンジンがかかる。

 右京、再びヘルメットを被り、キーを回して原付のエンジンをかける。

 発車していく結晶。

 そして、少し間を開けて、右京の原付がその後を追う。

 

○道路

 疾走するフブキの結晶。

 そして、追走する右京の原付。

 

○とある湖畔

 結晶が停車。

 フブキ、運転席から降りて、空を見上げる。

 一方、右京はそこから少し離れた林の中に原付を止める。

 ヘルメットを脱いで原付から降り、木々の間からしゃがんでフブキの様子を覗き込む右京。

 フブキ、腰からディスクを取り外し、音笛を吹く。

 丸いディスクが浅葱鷲に変型し、空へと飛び立つ。

右京「……い、今のは!?」

 一連のフブキの動きを見て戸惑う右京。

 と、右京の背後から、突如童子の声が!

童子「おいしそうだねぇ」

 驚いて振り向く右京。

 右側に、赤い衣裳の童子。

 そして、左側には白い衣裳の姫の姿も。

姫「いただいちゃいましょう」

 ジリジリと、右京に詰め寄る童子と姫。

 右京、恐怖を感じて林から飛び出す。

 フブキ、その物音で右京の方を見る。

右京「せ、先生!」

フブキ「(怪訝な表情で)君は……」

 林から童子と姫も出てくる。

 と、二人の体が怪童子と妖姫に変化!

 そして、怪童子が右京に襲いかかる。

右京「うわっ! 何なんだ!? コイツら」

 フブキ、左腕のブレスレットから素早く手裏剣を取り出して童子に投げつける。

 手裏剣が当たってたじろぐ怪童子、右京から離れる。

フブキ「逃げなさい! 早く!」

 腰をグラつかせながら、四つん這いのままその場を逃げ出さんとする右京。

 一方、怪童子はフブキに襲いかかる。

 格闘になるフブキと怪童子。

 その間、今度は妖姫が右京の体に覆い被さっていく。

右京「うわああああああ!」

フブキ「クッ! ……仕方ない」

 フブキ、チョップで怪童子を蹴散らし、音笛を吹いて額へと持っていく。

 フブキの体が真っ白な吹雪に包まれる!

 風圧で後ずさりする怪童子。

 そして、吹雪の舞を手刀で断ち切って、仮面ライダー吹雪鬼、見参!

 再び手裏剣を妖姫に投げつける吹雪鬼。

 背中に命中し、思わず右京から離れる妖姫。

 間髪入れず、その妖姫に吹雪鬼が飛びかかる。

吹雪鬼「早く! 早く逃げるのよ!」

 右京、恐怖と驚きが交錯したまま、林の方へと逃げていく。

 吹雪鬼、妖姫に向かって口から目晦ましの吹雪を吹射!

 たじろぐ妖姫。

 吹雪鬼、両手を前で交差させて気合を溜める。

 すると、その右手が銀色に輝き始める。

吹雪鬼「ハァーーー!!」

 吹雪鬼、妖姫に飛びかかってチョップ一閃!

 銀色の弧を描いて妖姫を切り裂き粉砕!

 そして、すぐさまジャンプする吹雪鬼。

 空中で一回転し、今度は銀色に輝く右足で怪童子に向かってキックを浴びせかける!

怪童子「グワッ!」

 キックが命中した怪童子は、二、三歩後ずさりしたかと思うと、キックの当たった箇所から全身にヒビが行き渡り、そして粉砕!

 恐る恐る林の中から覗いていた右京、その様子を見て思わず息を呑む。

 着地して跪いていた吹雪鬼が、ゆっくりと立ち上がる。

 と、前方の湖からイッタンモメンが飛び出した!

右京「ひぃぃ!」

 思わず腰を落とす右京。

 吹雪鬼、フルート型音撃管・烈雪を縦に構える。

 上空ではばたくイッタンモメン。

 その体めがけて、吹き矢のように烈雪で鬼針を吹射する吹雪鬼。

 次々とイッタンモメンに突き刺さっていく鬼針。

 うめき声をあげるイッタンモメン。

 吹雪鬼、烈雪を横に持ち直して、ベルトから音撃鳴・さざれを取り外し、烈雪に取り付ける。

 烈雪を口元に当てて、フルートを奏でる吹雪鬼。

 その音色が辺り一面に響き渡り、イッタンモメンに突き刺さった鬼針が反応する。

 伝道する音撃の威力。

 そして……、爆発!!

 烈雪を口元から下ろして、顔の変身を解くフブキ。

 林の中から、右京が恐る恐る出てくる。

 フブキ、それに気付いて少し呆れた表情になる。

フブキ「逃げろと言ったでしょうに……」

右京「一体、今のは……」

 首から下が変身体のフブキを、ア然とした表情で見つめる右京。

フブキ「ふぅ……。一度しか言わないから、須く理解してちょうだい」

 

○たちばな

 閑散時間の店内では、香須実と日菜佳がくつろいでいる。

 入口の扉が開き、ヒビキが入ってくる。

ヒビキ「ただいま~」

香須実「あ、ヒビキさん、お帰りなさい! みどりさん、来てるわよ」

ヒビキ「お、そうか!」

 そう言って、奥へと入っていくヒビキ。

 

○同・地下研究室

 器具を整理して、机や棚を片付けているみどり。

 と、そこへヒビキが入ってくる。

ヒビキ「よっ!」

みどり「あ、ヒビキ君! 久しぶり~」

 ヒビキ、軽やかな足取りで散らかる荷物を掻き分けてみどりに近寄り、丸椅子の上に腰を下ろす。

 みどり、片付けを中断して椅子に座り直す。

ヒビキ「しっかし、まさかみどりが室長とはねぇ……」

みどり「(微笑みながら)どういう意味よ」

ヒビキ「ヘヘッ。……まあ、頼りにしてますんで、よろしくな!」

 シュッのポーズをとるヒビキ。

みどり「……でもね、ここまで来れたのもヒビキ君のおかげよ。やっぱり、ヒビキ君も頑張ってるって思ったら、挫けなかったもんね」

ヒビキ「何を仰います、みどりさんの実力でしょ」

 そう言いながら、照れ隠しに目の前の器具を弄ぶヒビキ。

みどり「……あ、そうそう! 一応、事前に調べてはきたんだけどさあ……」

 そう言いながら、バッグからファイルをいくつか取り出すみどり。

みどり「関東支部って、今九人体制よね?」

ヒビキ「ああ。でも、サバキさんについてるバンキがそろそろ独り立ちしそうだし、こないだ変身検定受かったイブキが、年内には配属になるって噂だ。そうなりゃ十一人だな」

みどり「そっかあ……。それだけいると武器の種類も豊富だし、それぞれみんなの戦い方の特徴が分かってないと、うまくサポートできないのよねぇ……」

ヒビキ「なるほどなあ」

 と、そこへ勢地郎が入ってくる。

勢地郎「お、やってるな~?」

ヒビキ「(振り向いて)あ、おやっさん」

勢地郎「関東支部所属員の資料だ」

 そう言って、分厚いファイルをみどりに手渡す勢地郎。

ヒビキ「おお! 今ね、丁度その話をしてたんですよ」

勢地郎「いやあ、しばらく専属員がいなくて苦労してたんだ。これから、しっかり頼むよ~?」

みどり「はい! 任せてください!」

 敬礼するみどり。

 そして、勢地郎から渡されたファイルを開いて、マジマジと眺める。

みどり「フムフム……、なるほど。太鼓の鬼は、ヒビキ君をはじめ、ゴウキさん、ダンキさん、エイキさんと充実してるわね。弦は、サバキさんとザンキさん。……で、管がトウキさんとショウキさん、と。……フブキさん……というのは?」

勢地郎「ああ、その人も管の鬼だよ。フルートを使うんだ」

みどり「へぇ……。どんな人?」

勢地郎「え!?」

 絶句する勢地郎、思わずヒビキの方を見遣る。

ヒビキ「どんなって……、ねぇおやっさん」

 ヒビキ、ちょっと苦い顔つき。

 二人の様子を見て、キョトンとするみどり。

 

○とある湖畔

 話を聞き終わって、驚嘆の表情の右京。

フブキ「……というわけなのよ。で、悪いんだけど、今日の事は全部忘れてほしいのよね。よくあるSFマンガなんかだったら、ここで記憶を消す光線か何かをバァーッと浴びせかけたりするんだろうけど、あいにくそういうのは持ち合わせてないの。だから、君の意思で、秘密を守ってほしいってわけ。一応、裏の組織なんでね、表沙汰になるわけにはいかないの。……ああ、さっき言ったフブキって私の呼び名は、コードネームのようなものね」

右京「は、はあ……」

フブキ「君、こないだ私の講義の時に、私に質問されたコね?」

右京「……はい!」

フブキ「何故音楽をやってるのか? と聞かれて好きだからと答えた。そして、専攻を管楽器にした理由を聞いたら言葉に詰まった……」

 右京、バツが悪そうに下を向く。

フブキ「フッ……。それでいいのよ。好きだからやっていると即座に言えて、選んだ楽器に安易に理由を付けたりしない。その純粋さが、きっといい音楽を生み出すことになる。……そんな君だから、私はさっき全てを見せたのよ。君なら、秘密は守ってくれるわよね?」

右京「……は、はい! もちろん!」

フブキ「(頷いて)じゃ、私の話はこれでおしまい。気を付けてお帰んなさい」

 そう言って、駐車してある結晶に戻ろうとするフブキ。

右京「……ま、待って下さい!」

 前に手を出して、フブキを呼び止める右京。

フブキ「ん?」

 立ち止まるフブキ。

右京「先生。……いや、フブキさん! 俺、今すっごく感動してます! 音楽の世界でも超一流のあなたが、一方でこんな大変な仕事までしてたなんて……」

 わずかに微笑むフブキ。

右京「その……、俺もずっと、フブキさんのような、本当の人助けになる仕事ってのに憧れてたんです。高校出て、警察学校入ろうとも思ったんですが、音楽やりたいって思いも捨て切れなくて……」

 必死の様子で話す右京。

右京「……この、鬼の仕事、それから音楽の方も含めて、……俺を、弟子にとってくれませんか!?」

 フブキ、黙って右京の目をジッと見つめる。

右京「お願いします!」

 姿勢を正し、頭を下げる右京。

 フブキ、クルッと後ろを向いて、

フブキ「……君には、まだまだ覚悟が足りないわ」

右京「君……。お、俺の名前は、薄葉右京です! フブキさん!」

フブキ「(歩きながら)右京君、大学で私のことを、くれぐれもフブキさん、なんて呼ばないようにね」

 後ろ手でバイバイのポーズをとりながら右京から離れ、結晶に乗り込んでいくフブキ。

右京「あ……」

 激しく鳴り響くエンジン音。

 そして、その場を走り去る結晶。

 立ち尽くしたままの右京……。

 

○道路・結晶の中

 疾走する結晶。

 運転しているフブキ。

フブキ「弟子、か……。ちょっと、懐かしい響きだったわね」

 意味ありげに微笑むフブキ。

 そして、勢い良く走り去っていく結晶。

 

○二之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 大学キャンパスで話すフブキと右京。

右京「先生、俺、諦めませんよ」

 魔化魍退治を終えて歩くサバキとバンキ。

サバキ「で、どうすんだ? 大学の方は」

 たちばな地下研究室で顔を合わせるフブキとみどり。

みどり「あなたが、フブキさん……」

 三之巻『導く運命』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三之巻『導く運命』

○東星音大・実技教室

 室内には、十人ほどの学生が楽譜を眺めながら座っている。

 鳴り響くフルートの音色。

 学生の一人が、壇上の芙美(=フブキ)の前でフルートを吹いている。

芙美「……そこ!」

 学生の演奏をストップさせる芙美。

芙美「無理に音を出そうとしないの。必要以上に力を入れると、流れが止まってしまうわ」

 芙美、自ら持っているフルートを口元にあて、同じパートを吹き始める。

 美しい音色が室内に鳴り響く。

 感心して、その音に聴き入る学生たち。

 

○同・教室外の廊下

 鳴り渡るチャイムの音。

 教室から出てくる芙美。

 と、廊下に待ち構えて立っていた右京の姿が。

右京「……先生」

芙美「(微笑んで)あら、おはよう」

右京「おはようございます」

 廊下を歩く芙美。

 そして、その横を併歩する右京。

右京「先生。俺、諦めませんよ」

芙美「何のことかしら」

 平然とした表情で前を見つめたまま歩く芙美。

右京「俺、先生に認めてもらえるよう努力します。音楽の方は、やっぱり俺、オーボエが好きですから、このまま今の教授についてしっかり勉強します。でも、例の仕事については、フブ……じゃなくって、先生についていきたいんです!」

 返事をすることなく、歩き続ける芙美。

右京「まずはもっと体を鍛えなきゃいけないと思って、トレーニングジムにも通い始めました。……俺、本気ですからね」

 そう言って、芙美の眼をジッと見つめる右京。

 動じない芙美。

右京「じゃ、失礼します!」

 元気に走り去っていく右京。

 芙美、その後ろ姿を見送りながら立ち止まり、

芙美「……体が資本ってのは、確かなんだけどね」

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 三之巻『導く運命』

 

○たちばな・店舗前

 ヒビキの専用バン・不知火のバックラックで、キャンプ装備品をチェックしている香須実。

香須実「……よし!」

 パンパンと手を叩き合わせる香須実。

 たちばなの入口の扉から、ヒビキが出てくる。

香須実「あ、ヒビキさん、準備OKよ!」

ヒビキ「おう! ……しっかし、ホントに大丈夫かい? 香須実サン」

香須実「あったり前でしょう! 運転免許も一発合格! 任しといてちょーだい!」

日菜佳「その一発合格ってのが、怪しい要素ですね~」

 いつの間にか出てきていた制服姿の日菜佳。

 その後ろには、勢地郎の姿も。

 香須実、日菜佳をキッと睨んで、

香須実「日菜佳、アンタは早く学校行きなさい!」

日菜佳「ハイハイッ。じゃ、頑張ってくださいね~」

 いそいそと登校していく日菜佳。

香須実「(笑顔で)全く……」

勢地郎「……香須実、気を付けてな」

香須実「あ、はい!」

 勢地郎に向かって敬礼する香須実。

ヒビキ「よ~っし! じゃ、行くかあ」

 助手席に乗り込んでいくヒビキ。

香須実「じゃ、行ってきます!」

 バックラックを閉め、運転席へと向かう香須実。

 不知火に乗り込んでシートベルトを閉め、バックミラーに映る勢地郎に向かって軽くポーズ。

香須実「レッツ、ゴー!!」

 勢い良く発車する不知火。

 それを笑顔で見送る勢地郎。

 

○とある海辺

 音撃弦・閻魔を片手に、大きくジャンプする裁鬼。

 そして、海辺を走って、バケガニの怪童子と妖姫に斬りかかる!

 裁鬼、華麗に立ち回り、妖姫を閻魔で突き刺して粉砕!

 と、そこを背後から怪童子に羽交い絞めにされる。

裁鬼「ウッ!」

 そこへ上空から降り立つ影一つ。

 裁鬼の弟子・蛮鬼だ!

 ベース型音撃弦・刀弦響で怪童子にひと太刀浴びせて裁鬼を助ける蛮鬼。

 のけぞって裁鬼から離れる怪童子。

裁鬼「おう、サンキュ!」

 蛮鬼、無言で頷いて怪童子に止めの一撃を浴びせて粉砕!

 と、海岸からバケガニが出現!

裁鬼「ようし、行け! 蛮鬼!」

蛮鬼「はい!」

 バケガニに向かって走る蛮鬼。

 刀弦響でバケガニの脚を次々と切り落としていき、その腹元へ潜り込む。

 蛮鬼、刀弦響をバケガニに突き刺して、音撃震・地獄を取り付ける。

蛮鬼「音撃斬・冥府魔道」

 刀弦響をかき鳴らす蛮鬼。

 その重厚な音色がバケガニに伝道!

 そして……、爆発!!

蛮鬼「ふぅ……」

 刀弦響を地面に置いて、一息つく蛮鬼。

 そこへ、裁鬼が顔の変身を解きながら歩み寄ってくる。

サバキ「だいぶサマになってきたな」

 顔の変身を解くバンキ。

バンキ「あ、ありがとうございます」

    ×   ×   ×

 ベースキャンプ地へ戻るべく歩くサバキとバンキ。

サバキ「で、どうすんだ? 大学の方は」

バンキ「……正直、決めかねてます。やっぱり、二束の草鞋ってのは、甘いもんじゃないでしょうからね」

サバキ「しかし、大学でやりたいこともあるんだろ?」

バンキ「それはそうですが……」

サバキ「ま、決めるのはお前自身だからな」

 サバサバと言い放つサバキ。

 そして、真剣な表情でその後ろを歩くバンキ……。

 

○トレーニングジム

 ベンチプレスを上げている右京。

右京「……九十九……、ひゃ……く!」

 一息ついて、トレーニング器具から体を起こす右京。

 首からかけたタオルで汗を拭いて、軽く体を動かす。

右京「……よし!」

 立ち上がり、続いてランニングマシンに乗る右京。

 設定ボタンを押して、ランニングを始める。

 と、そこへ近寄ってきた女性インストラクター。

インストラクター「薄葉さん、張り切ってますね!」

右京「(そのまま走りながら)は、はい! そりゃあもう!」

インストラクター「でも、無理しちゃダメですよ。筋肉にも休息が必要ですから」

右京「あ……、はい」

 立ち去る女性インストラクター。

 右京、一度マシンを止めて、設定を一段階軽く調整する。

 

○たちばな

 入口からフブキが入ってくる。

フブキ「こんにちは」

 中には、勢地郎が奥の椅子に腰掛けていた。

勢地郎「おやおやフブキ君、珍しいね。……そういや、大学で臨時講師やってるんだって? 相変わらず忙しいねぇ」

フブキ「ええ。相変わらず忙しいです」

 すまし顔のフブキ。

 ちょっと咳払いをする勢地郎。

フブキ「……ところで、ディスクのメンテナンスが出来てるって聞いたんですが」

勢地郎「ああ、研究室の方だねぇ。……そうか、フブキ君は、みどりと会うのは初めてだったね」

フブキ「はい」

勢地郎「じゃ、紹介がてら、一緒に行くか」

フブキ「お願いします」

 勢地郎、棚から『準備中』のプレートを取り出して、出入口の方へと進む。

 扉を開け、表にそのプレートを掲げる勢地郎。

 閉められる扉。

 

○同・地下研究室

 ディスクをチェック中のみどり。

 そこへ、勢地郎とフブキが入ってくる。

勢地郎「みどり」

みどり「(振り向いて)あ、お疲れ様です」

勢地郎「こないだ話してたフブキ君だ。……こちら、新しく研究室長として来てくれた滝澤みどりさん。元々こっちの出身で、ヒビキとは中学の同級生なんだ」

フブキ「そうですか。どうぞよろしく」

 軽く頭を下げるフブキ。

みどり「よろしく~。そう……、あなたが、フブキさん……」

 マジマジとフブキを見つめるみどり。

フブキ「何か?」

みどり「いえいえ! 何でもないの!」

フブキ「(周囲を見渡しながら)ディスクのメンテは出来てるのかしら?」

みどり「ああ、そこに置いてあるわ」

 みどり、そう言いながら席を立つと同時に、机の上で山積みになっていた書類がバサッと床に落ちる。

 みどり、気にせず別の机の上にあるディスクを手に取り、

みどり「フブキさんは……、茜鷹と、黄赤獅子だったわね」

 フブキ、ニコニコしながら話しているみどりに向かって真顔で、

フブキ「あなた……、ガサツね」

みどり「え?」

 苦虫を噛み潰したような表情になる勢地郎。

フブキ「それに何? これは。あなた、モノを食べながら仕事してるの?」

 フブキ、そう言いながら机の上にあったスナック菓子の袋をつまみ上げる。

みどり「よ……、余計なお世話よ! 私は、ちゃんとした仕事をしてます!」

 勢地郎、慌てて二人の間に入り、

勢地郎「まあまあ、みどり。落ち着いて」

 フブキ、自分のディスクを手に取り、疑念の表情で見回す。

みどり「……あなたこそ、何なのよこのシフト! ちょっと休みが多すぎるんじゃないの!?」

 みどり、そう言いながら机の上にあったシフト表をつかんでフブキに示すように掲げる。

フブキ「そっちこそ余計なお世話ね。シフトについては、他の人たちと調整済みよ」

勢地郎「……その間、フブキ君は北海道のコンサートに帯同してるんだ」

みどり「何よソレ!? 猛士の仕事はどーでもいいってわけ!?」

フブキ「他の時期にその分働いてるわ。一点だけを見て判断しないでほしいわね」

勢地郎「まあまあ、二人とも……」

 冷や汗をかきながら、二人を分ける勢地郎。

 フブキ、冷たい表情でみどりを一瞥しながら、

フブキ「では、私はこれで」

 研究室を出ていくフブキ。

 プイッとふてくされるみどり。

勢地郎「あ……」

 ガックリとうなだれる勢地郎。

 

○同・店舗前

 扉から外に出てきたフブキ。

 店の前に駐車してあった専用バン・結晶に乗り込む。

 運転席でディスクを再度眺め、それを助手席にあったケースにしまって、結晶のエンジンをかける。

 発車していく結晶。

 と、そこへ入れ替わるようにやってきたサバキの専用バン。

 たちばなの前に停車して、助手席からサバキが降りる。

 サバキ、結晶が走り去る方を見つめながら、

サバキ「今のは、確か……」

 

○同・店頭

 入口から入ってくるサバキとバンキ。

サバキ「こんちは!」

 誰もいない店内。

サバキ「ありゃ?」

バンキ「誰も、いませんね……」

サバキ「おーい、おやっさーん!」

 奥の方を覗き込むサバキ。

 

○同・地下研究室

 イライラした表情のみどり。

勢地郎「まあ、そうカリカリするな」

みどり「だって……」

 そこへ、ひょこっと顔を出すサバキ。

サバキ「お、いたいた」

 研究室内に入ってくるサバキとバンキ。

勢地郎「おお、サバキか。バンキ君も……。ご苦労さん、ご苦労さん」

サバキ「よっ、みどり。室長就任、おめでとさん!」

みどり「……ありがとうございます」

 ふてくされた表情のまま、チョコンと頭を下げるみどり。

サバキ「……あれ? 何かあった?」

 みどりの様子を見て、勢地郎の方を見遣るサバキ。

勢地郎「いや、その……」

 言いにくそうに、みどりをチラ見する勢地郎。

みどり「はあ……」

 溜め息をつくみどり。

 顔を見合わせるサバキとバンキ。

 

《CM》

 

○とある山中

 ベースキャンプを張っているフブキ。

 机に広げた地図をジッと見つめる。

 と、振り返って、結晶のバックラックからディスクアニマルのケースを数個取り出し、地面に置いて蓋を開ける。

 十数枚並んだディスクの中に、数枚の空間が。

フブキ「あ……」

 フブキ、結晶の助手席の方へ歩き、ドアを開ける。

 そこから、先程受け取ったディスクを取り出し、地面に並べたケースに差し入れる。

 腰から音笛を抜いてひと吹き。

 ディスクがキラキラと光り出し、順々にアニマル化して、十数匹の茜鷹が空へとはばたいていく。

フブキ「よろしくね」

 茜鷹を笑顔で見送るフブキ。

 

○たちばな・地下研究室

 事情を聞いて、身を乗り出すサバキ。

サバキ「俺もな、アイツのやり方は前から気に入らねーと思ってたんだよ!」

みどり「でしょ? あれで満足な仕事が出来てるのかしら、全く」

勢地郎「ん~まあ、やるべきことは、ちゃんとこなしてるからねぇ……」

みどり「でもやっぱり、あれじゃあどっちつかずなんじゃないかな!」

 みどりの言葉に、ちょっと恐縮気味になるバンキ。

 勢地郎、そんなバンキに気付いて、

勢地郎「……そう言えば、バンキ君も迷ってるところなんだよねぇ?」

 ハッとした表情になって、思わず頭を掻くサバキ。

みどり「え? どういうこと?」

勢地郎「バンキ君は、もう独立の内定が出てるので早々にコードネームも取得したんだけど、大学進学っていう希望もあるんだよねぇ」

バンキ「はい」

みどり「そ、そうなの?」

 そう言って、バンキの方を見るみどり。

 サバキ、大きく息を吸って、乗り出していた腰を椅子に下ろす。

勢地郎「……で、例の資料には目を通したのかい?」

バンキ「はい」

サバキ「何だ? 例の資料って」

 バンキの方を振り向くサバキ。

バンキ「その……、僕自身のことを考えるにあたって、事務局長にお願いして、フブキさんの記録を送ってもらっていたんです」

サバキ「フブキの?」

バンキ「はい。……あの人は、今、サバキさんやみどりさんが言ったようないいかげんな人ではないと思うんですよね」

 バンキの言葉に、思わず表情を変えるサバキとみどり。

 そして、わずかに口元を緩める勢地郎。

バンキ「あの人はプロのフルート奏者として活躍しながら、猛士の仕事でも、ミスらしいミスは一切ないんですよね。……それに、関東支部でオフになっている間も、演奏会に参加する傍ら、他支部の魔化魍退治のサポートに入ったりもしてるんです」

みどり「サポート?」

勢地郎「まあ、あの武器の使い手は少ないからなあ……」

 みどり、勢地郎の言葉を聞いて、机の上にあった関東支部メンバーのファイルをパラパラッとめくる。

 フブキのページを見つめ、真剣な表情で固まるみどり。

サバキ「(重い空気をかき消すように)……ま、どっちにしろ、アイツは性格悪いからな。バンキ、そういうトコは見習うんじゃねーぞ?」

バンキ「(笑って)はい」

 にこやかにそれを見る勢地郎。

 そして、一人考え込んだ様子のみどり。

 

○右京の自宅

 部屋で、オーボエのリードを手入れしている右京。

 綺麗に拭いたリードを隅々まで確認し、オーボエ本体に差し込む。

 ひと吹きしようとしたところで、ふと時計を見る右京。

右京「……あ、もうこんな時間か。バイトバイト!」

 立ち上がる右京、クローゼットを開いて上着を出す。

 

○とある山中

 ベースキャンプ中のフブキ。

 椅子に座って、資料を読み耽っている。

 と、そこへ探索から茜鷹が戻ってくる。

 空中でディスク化して、フブキのもとに落下。

 それをキャッチして、音笛で再生するフブキ。

フブキ「(ディスクを読み取って)……これか」

 音笛からディスクをはずし、少し感心したような表情でそのディスクを眺めるフブキ。

フブキ「ふーん……」

    ×   ×   ×

 茜鷹の先導で山道を走るフブキ。

 と、大きな木のある辺りで茜鷹が空中旋回。

 立ち止まるフブキ。

 木の陰からウブメの童子と姫が現れる。

姫「鬼……ですか」

フブキ「ご名答」

 フブキ、腰から音笛をはずして口元へ。

 ひと吹きし、フブキの周りを真っ白な吹雪が包み込む!

 手刀でその吹雪を断ち切って、仮面ライダー吹雪鬼、見参!

 そして、童子と姫も、それぞれ怪童子と妖姫に変化する。

 吹雪鬼、手裏剣を飛ばして怪童子と妖姫を威嚇。

 そして素早く走り寄り、銀色に輝く右拳で妖姫にパンチ!

 そのヒットした箇所を中心に、妖姫全体に銀色のヒビが延びていって、爆発!

 しかし、そのスキに怪童子が吹雪鬼の腰元に絡みつき、ベルトの音撃鳴・さざれを取られてしまう。

吹雪鬼「ハッ……」

 そして、怪童子は吹雪鬼から離れると、大きく口を開けてさざれを飲み込んでしまった!

吹雪鬼「ええっ!?」

 吹雪鬼にアッカンベーをする怪童子。

 と、次の瞬間、怪童子の腹に数箇所、針で刺したかのような穴が開き、体内から銀色の光が噴き出した!

怪童子「アワワワワワ……」

 困惑する怪童子、全身がブルブルと震え始める。

 そしてついに……、爆発!!

 四散した怪童子の辺りに、半分ほどに砕けてしまったさざれが、カランと舞い落ちる。

 吹雪鬼、近寄ってその砕けたさざれを拾い上げる。

吹雪鬼「なんてことでしょ」

 

○たちばな・店頭

 店内の奥で電話している勢地郎。

勢地郎「……そうか。そいつは大変だったねぇ……。うん……」

 そこへ、入口の扉が開いてヒビキと香須実が帰ってくる。

ヒビキ「いやあ、なかなかやるじゃないの、香須実さん!」

香須実「そりゃ私だって、この日のために修行してましたら!」

 にこやかに店内に入ってくる二人。

 勢地郎、電話しながら、ご苦労さんの合図。

 勢地郎の様子を見て、口を閉じて顔を見合わせるヒビキと香須実。

勢地郎「……分かった。いま、丁度香須実が帰ってきたんで、すぐ、そっちへ行かせます」

 香須実、ギョッとした表情。

勢地郎「……はい、じゃ」

 電話を切る勢地郎。

香須実「え、何? なんかあった?」

勢地郎「いや、フブキ君からだったんだが、さざれを童子に食われちまったってことなんで、代わりを持っていってやってほしいんだ」

ヒビキ「ありゃま」

勢地郎「疲れて帰ってきたとこ、悪いんだけど……」

香須実「OKOK! 任せといてよ!」

みどり「……私も連れてって」

 いつの間にか地下から上がってきていたみどりが一言。

みどり「あの人の現場、一度見ておきたいの……」

 みどりの様子を見て、アイコンタクトで微笑み合う勢地郎とヒビキ。

香須実「……よし! じゃ、急ぎましょ」

 

○とある山中

 上空を飛び回るウブメ。

 山岳地帯を走る吹雪鬼、手裏剣を投げてウブメを威嚇。

 大きく旋回したかと思うと、吹雪鬼の方へ急降下してくるウブメ。

 吹雪鬼、咄嗟に転がり込んでこれを避ける。

 再び飛び上がるウブメ。

吹雪鬼「……結構、育っちゃったわね」

 

○道路・不知火の車中

 運転席に香須実、助手席にみどり。

香須実「……フブキさんと、喧嘩しちゃったんですって?」

みどり「まあねぇ……」

 苦笑いするみどり。

香須実「とっつきにくい人ですけど、悪い人じゃあないと思うんですよね……」

 黙っているみどり。

 所在なげな様子の香須実。

香須実「……ところで、ヒビキさんは何しについてきたのよ?」

 後部座席には、寝っ転がるようにくつろぐヒビキの姿が。

ヒビキ「何しにってことはないでしょ。護衛ですよ護衛!」

 野次馬根性丸出しのヒビキ。

 不知火、さらにスピードアップして疾走していく。

 

○とある山中

 丘の上に静かに立っている吹雪鬼。

 と、左の林からウブメが飛び出す!

 フルート型音撃管・烈雪で鬼針を吹射する吹雪鬼。

 一発、二発とウブメに命中する鬼針。

 ウブメ、軽く旋回して右の林へ逃げ込んでいく。

 と、またすぐに林から飛び出すウブメ。

 その後ろには、茜鷹が数匹飛び回る。

 再度鬼針を吹射して、ウブメに打ち込んでいく吹雪鬼。

 と、その時、後方に不知火が到着。

 ドアを開けて飛び出す香須実。

香須実「お待たせ!」

 香須実、手に持っていた音撃鳴・さざれを吹雪鬼に向かって投げる。

 さざれをキャッチする吹雪鬼。

吹雪鬼「ありがと」

 吹雪鬼、さざれを烈雪に取り付けて、目の前で旋回するウブメに向かってジャンプ!

 不知火の助手席から、みどりがゆっくりと降りてきて、吹雪鬼の動きを真剣な眼差しで追う。

 吹雪鬼、動きの素早いウブメに合わせ、音撃の響きやすい位置へとジャンプ移動しながら、烈雪を吹き鳴らす!

 四方八方から響き渡る烈雪の音色。

 まるで、この山岳地帯の一角がコンサートホールと化したように、美しいフルートの音色で包まれる。

 思わず中空を見渡すみどり。

 忍者のような動きで烈雪を吹き続けていた吹雪鬼が、元いた丘の上に着地。

 上空のウブメは、空中でブルブルと震えながら動かなくなり、……ついに爆発!!

 身体を上げる吹雪鬼。

 そこに舞い降りてくる茜鷹、吹雪鬼の右肩に止まってひと鳴き。

ヒビキ「よっ、ご苦労様!」

 不知火に寄りかかったままで、吹雪鬼に向かってシュッのポーズを送るヒビキ。

 顔の変身を解くフブキ。

フブキ「あら、ヒビキ君まで」

 と、そこへ歩み寄るみどりにフブキが気付く。

みどり「……悔しいけど、ちょっとだけ感動しちゃった。……ご苦労様!」

フブキ「……フッ。あなたもなかなかいい仕事、してるわね」

 フブキ、そう言いながら右指に移った茜鷹に軽くキス。

 微笑むみどり。

香須実「……よ~し! じゃ、帰りにおいしいもんでも食べに行きましょう! ……ヒビキさんのオゴリでね」

ヒビキ「……ええ!?」

 ズッこけるヒビキ。

 霧でかすむ山岳地帯に、四人の笑い声がこだまする……。

 

○三之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 たちばなで話す勢地郎とバンキ。

バンキ「挑戦、というほどのものではありませんが……」

 右京と話すフブキ。

フブキ「中途半端な覚悟では、大怪我するだけよ」

 部屋で思いに耽る右京。

右京「鍛えなさい……か」

 四之巻『開かれる道』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四之巻『開かれる道』

○たちばな・居間

 朝食を摂っている勢地郎と香須実。

 と、二階からバタバタと日菜佳が駆け下りてくる。

日菜佳「あわわわわ……、遅刻遅刻~!」

 香須実、廊下を横切る日菜佳に声をかける。

香須実「日菜佳何してんの! ゴハン食べてかないの!?」

日菜佳「そんなヒマないってば!」

 日菜佳、慌しく靴を履いて立ち上がる。

 居間から出てきた香須実が、日菜佳の後ろから、

香須実「もう。夜更かししてるからよ!」

日菜佳「何言ってんスか! 魔化魍のデータ分析するソフトの操作が分かんないからって、さんざん質問責めにしといて!」

香須実「あれ? そ、そうだったかな……」

 ちょっと気まずい表情の香須実。

日菜佳「じゃ、行ってきます!」

 そう言いながら鞄を小脇に抱え、店を出ていく日菜佳。

香須実「……あ、行ってらっしゃい!」

 日菜佳を見送り、居間に戻る香須実。

勢地郎「(新聞を眺めながら)何だ、日菜佳の夜更かしの原因は、香須実なのかい?」

 香須実、座り直しながら、

香須実「あ、いやその、ちょっと分かんないところがあったんで……。オーバーなのよ、あのコ!」

 ごまかすように味噌汁をかけ込んでいく香須実。

 クスッと笑う勢地郎。

勢地郎「……しかし、日菜佳はアレだね。本部から来るデータを、いつもうまく処理してるねぇ」

香須実「うん。本部の人もビックリしてた。いいオペレーターになれそうだって。……まあ、本部の人は、普段のあのコのオッチョコチョイぶりを知らないもんね~」

勢地郎「そりゃそうだ。ハハハハッ」

 笑い合う二人。

 

○通学路

 走る日菜佳。

日菜佳「……ハーーーックショイ!!」

 大きなクシャミをして、鼻をこする日菜佳。

日菜佳「(真剣な顔つきで)これは……、悪い噂ですね」

友人「おっはよー、日菜佳!」

 走りながら、日菜佳の背中をポーンと叩く友人。

 日菜佳、前のめりになりながら、

日菜佳「おお……、おっはよう!」

友人「急がなきゃ、遅刻よ!」

日菜佳「ガッテンだ!」

 勢いよく走り去っていく二人。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 四之巻『開かれる道』

 

○東星音大・入口の門付近

 ツカツカと、早足で歩いている芙美(=フブキ)。

 大学の門を出て、駅へと向かって歩き続ける。

 と、同じく大学の門から出てきた右京が走り寄ってくる。

右京「フブキさん!」

 フブキに駆け寄る右京。

 その呼ばれ方に、怪訝な表情になるフブキ。

右京「誰もいませんって」

フブキ「……甘いわよ、そういう考えは」

 並んで歩くフブキと右京。

右京「フブキさん。俺を弟子に取ってくれる気になりました?」

フブキ「その話は、もう済んでるはずよ」

 冷たく返すフブキ。

右京「……俺も、フブキさんのように何でも出来るようになりたいんです! 音楽も、鬼の活動も、必ず両立できるように頑張ります! だから……」

 フブキ、ピタッと立ち止まって右京の方を向く。

フブキ「右京君。悪いんだけど、何でも出来るっていうのは、私のように選ばれた人間だけなの。凡人には無理なのよ」

右京「それは、頑張れば……」

フブキ「頑張れば? ……君は、とにかく今は音楽を頑張りなさい。中途半端な覚悟では大怪我するだけよ」

 右京を冷たくあしらい、その場を去るフブキ。

 立ち尽くす右京……。

 

○とある海岸

 バケガニにベース型音撃弦・刀弦響を突き刺す蛮鬼。

蛮鬼「音撃斬・冥府魔道!」

 刀弦響をかき鳴らす蛮鬼。

 重々しいベース音撃が、バケガニの体全体に響き渡る!

 そして……、爆発!!

 バケガニが四散したその場に、跪いている蛮鬼。

 ゆっくりと立ち上がり、顔の変身を解除する。

バンキ「ふう……」

 そこへ、顔だけ変身解除したサバキが駆け寄ってくる。

サバキ「おお! そっちも済んだか!」

バンキ「(振り向いて)はい!」

サバキ「よし。今日の予定はここまでだな。時間早いし、帰りに支部へ寄ってくか」

バンキ「……あ、そうですね」

 少し戸惑った様子のバンキ。

 それを見て、ニヤッと笑うサバキ。

 二人で歩きながら、

サバキ「もうそろそろ結論出さなきゃマズいだろ。事務局長の独断で、独立登録伸ばしてもらってんだからな」

バンキ「はい」

 真剣な表情で、まっすぐ前を向いているバンキ。

 サバキ、それを見てちょっとおどけた表情になり、大きく伸びをする。

サバキ「あ~~あ! 明日は久々の休みだなあ。家でゆっくり寝るか~! ハハハッ」

 

○たちばな・地下研究室

 室内には、みどりとフブキ。

 みどり、フブキの音撃鳴・さざれを入念にチェック中。

 傍らで黙って見つめるフブキ。

みどり「……よし! OKよ」

 みどり、フブキにさざれを渡す。

フブキ「(さざれを受け取って)どうもありがとう」

 自分のバッグにさざれを入れるフブキ。

 みどり、ちょっと所在なげな表情。

 一瞬の沈黙……。

みどり・フブキ「(同時に)あの……」

 目を見合わせて、思わず吹き出す二人。

フブキ「……この間はごめんなさい。失礼な事を言ってしまったみたいで」

みどり「ううん! 私こそごめんなさい。よく事情も知らないで……」

フブキ「言い方が冷たくなるのは、悪いけど性格なので……」

みどり「そうみたいね」

フブキ「何ですって?」

 フブキ、みどりを微笑みながら睨みつける。

みどり「おっとと……」

 慌てて口を押さえるみどり。

 二人、軽く笑い合う。

 

○同・店頭

 入口からサバキとバンキが入ってくる。

サバキ「よっ!」

香須実「(机を拭きながら)サバキさん! ご苦労様です!」

サバキ「おやっさん、下?」

香須実「はい!」

 サバキ、奥へと歩いていく。

 その後ろから、バンキが香須実に会釈しながら歩く。

 香須実、いつもとちょっと違う様子のバンキに、少し不思議そうな表情。

 

○同・地下作戦室

 階段を下りてくるサバキとバンキ。

サバキ「お疲れ様です!」

 中央の机で資料を見ていた勢地郎が顔を上げる。

勢地郎「おお、お疲れさ~ん」

 バンキ、勢地郎にディスクを一枚渡す。

バンキ「報告書です」

勢地郎「(ディスクを受け取りながら)ご苦労様」

 サバキがドカッと椅子に座り、バンキもその隣に座る。

 沈黙する二人。

勢地郎「……ん? どうかしたのかい?」

 腕組みして壁の方を見ているサバキ。

 バンキ、意を決した表情で口を開く。

バンキ「……事務局長。独立行動登録、よろしくお願いします!」

勢地郎「そう、決心したんだね?」

バンキ「はい。……でも、大学にも進学させていただきます」

勢地郎「そっか……。じゃ、そのように手続きをするかな」

サバキ「大丈夫なんですか? 一応、専業でやるのが原則のはずですよね?」

勢地郎「ん、まあそうなんだが……」

サバキ「あ、でもフブキのヤツも副業持ってんな」

 顔をしかめるサバキ。

勢地郎「フブキ君の場合は特別に許可が下りてるんだが、基本的には副業は禁止だね。まあでも、大学は仕事じゃないから大丈夫だよ。ある意味、高校よりも自由が利くしね。何たって、自分の責任で勉強しに行くわけなんだから……」

 勢地郎の言葉に、ドキッとするバンキ。

勢地郎「そう、か……。二足の草鞋に挑戦するってっわけか」

バンキ「挑戦……というほどのものでもありませんが……、僕の将来のビジョンから考えると、今どちらかを選ぶ、というわけにはいかないのです」

勢地郎「将来のビジョン、か……。若いのに考えがしっかりしてるね~」

バンキ「いえ……」

サバキ「まあ、お前なら大丈夫だろ。……途中でヘバるんじゃねーぞ?」

バンキ「はい!」

 

○同・地下研究室

みどり「え? 弟子……?」

 座って話し込んでいるみどりとフブキ。

 ちょっと驚いた様子で、みどりがフブキにそう問いかける。

フブキ「そうなの。純粋な気持ちは伝わってくるんだけどね。まだ軽さが残ってるって言うか……、自分でもどっちの道へ進めばいいか分からなくなってると思うのよね」

みどり「道かあ……。そういう決断って、難しいのよねぇ……」

 テーブルに肘をついて、遠い目になるみどり。

みどり「私も、夢はあったんだ。……見ての通り、私、お菓子が大好きじゃない? だから、子供の頃からお菓子作りの専門家になりたかったのよね。……でもね、中学の時にヒビキ君が鬼を目指すって決めて考えが変わったの。私のやらなくっちゃいけない事は、私の進むべき道はこっちだったんだ!って。……ま、ヒビキ君の影響がすっごく大きいんだけどね」

フブキ「お菓子作りしたいっていう夢は、捨てちゃったの?」

みどり「ん~、結果的にはそうなるのかなあ……。夢……って言うより、単なる憧れだったのかもしれないわね」

フブキ「夢と憧れか……。どっちも非現実的な響きね」

みどり「出た! 超・現実主義!」

 微笑するフブキ。

みどり「……あなたは、鬼と音楽家を両立してるみたいだけど、どっちかに絞ろうとは考えなかったの?」

フブキ「私は……」

 言いかけて、ふと下を向いてしまうフブキ。

みどり「え? 何?」

 フブキ、サッと立ち上がり、

フブキ「さ、そろそろ行かなくちゃ」

みどり「あ、ズルい~! 私にだけ喋らせておいて~!」

フブキ「あなたが勝手に喋ったんじゃない」

 そう言って、後ろ手でみどりにバイバイのポーズをしながら、部屋から出ていくフブキ。

みどり「……もう!」

 腕組みしながら、乗り出していた上半身をドスッと椅子に降ろすみどり。

 

○同・地下作戦室

 勢地郎、サバキ、バンキの座っている作戦室に、フブキが入ってくる。

 フブキに気付く勢地郎。

勢地郎「やあ、フブキ君」

フブキ「こんにちは」

 軽く頭を下げるフブキ。

 自分の背後に現れたフブキに、思わず緊張するバンキ。

 そして、ソッポを向いているサバキ。

勢地郎「フブキ君。このバンキ君が、今日から独立することになったんだ」

フブキ「そうですか」

 すまし顔でバンキを見るフブキ。

 バンキ、スクッと立ち上がりながら振り向き、

バンキ「……よ、よろしくお願いします!」

 深々とフブキに頭を下げるバンキ。

 サバキは、面白くない、といった表情で相変わらず横を向いている。

勢地郎「(サバキに気を使うように)バンキ君は、大学へ通いながらの鬼活動となるので、フブキ君同様、二足の草鞋にチャレンジすることになるんだ」

 フブキ、顔を上げたバンキの目をジッと見つめ、わずかに口元を上げながら、階段の方へと黙って歩を進める。

サバキ「おめぇは……、相変わらず弟子も取らねーんだな」

フブキ「私は、あなたのように優秀ではございませんので」

 サバキとフブキ、お互い背を向けたまま会話を交わす。

 そして、そのまま階段を上がっていくフブキ。

サバキ「ケッ……」

 嫌味を言われて不機嫌になるサバキ。

 そしてバンキは、堂々としたフブキの姿に未来の自分を重ねていた……。

 

○トレーニングジム

 サイクリングマシンを漕ぐ右京。

右京「(俺は、絶対諦めない!)」

 

○東星音大・実習室

 教授の指導を受けている数人の学生達。

 オーボエを吹く右京。

右京「(俺は、諦めない! 中途半端なもんか! 絶対、どっちの夢も実現させてやるんだ!!)」

 右京、気合いを入れてオーボエを吹き続ける……。

 

《CM》

 

○森の中

 真夜中、フブキのベースキャンプ。

 画面上部に『そして、五年後』の文字。

 テントから、着替えを終えたフブキが髪を後ろで括りながら出てくる。

 そして、テントを片付けて、専用バン・結晶のバックラックに用具を素早く積み込んでいく。

 フブキ、バックラックをバタンと閉め、運転席へと向かう。

 

○結晶の中

 フブキ、結晶のエンジンをかけ、静かに発車させる。

 運転しながら、左手でカーナビを操作するフブキ。

フブキ「あと、ヤタガラスが出そうなところは、ここと……、ここか。……今晩中には済ませときたいわね」

 フブキ、一層引き締まった表情になり、結晶をかっ飛ばしていく……。

 

○右京の部屋

 部屋の真ん中に寝っ転がっている右京。

    ×   ×   ×

《回想・フブキの自宅前》

 結晶の前で話すフブキと右京。

フブキ「(右京をチラッと見て)何か用?」

右京「何か用じゃないでしょ! 急に音楽辞めるだなんて、ひどいじゃないですか!」

フブキ「(作業をやめることなく)あなたには関係ないって言ったでしょ」

右京「関係あります! ……俺は、音楽と鬼と、両方が一流のフブキさんを尊敬してたんです」

 フブキ、右京をキッと睨んで、

フブキ「声が大きいわよ」

 右京、ハッと口を押さえ、それでも恐縮気味に、

右京「……音楽が、嫌になったんですか?」

フブキ「それは違うわ。今でも音楽は私の体の一部よ」

右京「じゃあ、何で!?」

 フブキ、バックラックの扉をバタンと閉めて、

フブキ「……人は、神様じゃないわ。両立にもそれぞれ種類があって、限界もあるってことね」

右京「だから、鬼の仕事に専念ってことですか? ……でも、今まで完璧にやってきたわけでしょう? ……俺は、何も捨てませんよ。音楽やりながら、いつかはフブキさんのように……」

 フブキ、口元をわずかに上げながら踵を返し、運転席へと向かう。

右京「フブキさん!」

 フブキ、運転席のドアを開けながら振り向き、

フブキ「右京君、……鍛えなさい」

右京「え?」

 フブキ、運転席にサッと乗り込み、ドアを閉める。

 そして、静かに発車する結晶。

 右京、納得行かない様子でその場に立ち尽くす……。

《回想・ここまで》

    ×   ×   ×

右京「鍛えなさい……って、あの人が音楽辞めんのと、俺が鍛えんのと、一体何の関係が……」

 ハッとして、上半身を起こす右京。

右京「そっか。関係あるって言ってんのは俺の方だ」

 机の上に置いてあったオーボエをそっと手に取る右京。

右京「(オーボエを眺めながら)……鍛えなさい……か」

 考え込む右京。

 

○とある山中

 朝日がまぶしい山の中腹。

 ベースキャンプを張っているイブキとあきら。

 イブキ、ディスクアニマルのケースを地面に置いて蓋を開け、音笛を吹く。

 キラキラッと光って順々にアニマル形態に変わり、ケースから飛び出していく黄赤獅子たち。

 後方で、あきらは黙々と腹筋運動をしている。

イブキ「あきら」

あきら「(腹筋運動を続けながら)……は、はい!」

イブキ「今日の基礎トレーニングが終わったら、これを読んでおくといいよ。知識の面で衰えはないと思うけど、この二年の間に色々新しいパターンが生まれてるからね」

あきら「(腹筋運動をしながらイブキの掲げる本に目を遣り)分かりました!」

 ニコッと笑って、本をテーブルの上に置くイブキ。

 

○屋久島の森の中

 森の中を走る響鬼!

 捕獲糸を響鬼に向かって伸ばすツチグモの怪童子!

 響鬼、素早くこれを避けて、木から木へと飛び移っていく。

 近くの木の陰で、その様子を固唾を呑んで見守る明日夢。

 と、ツチグモの妖姫が響鬼の背後から迫る!

明日夢「響鬼さん!」

 響鬼、背後の妖姫に気付いて、振向きざまに回し蹴り一閃!

 明日夢の近くに吹っ飛び転んでいく妖姫の体。

 妖姫、起き上がって明日夢の方へジワリと近付く。

 たじろぐ明日夢。

 響鬼、茜鷹を妖姫に放つ!

 ギューンと飛んだ茜鷹が、妖姫の顔面に命中!

 顔を押さえてもがく妖姫。

 その間に響鬼は怪童子に火炎噴射し、高々とジャンプ!

 そして、火炎攻撃にたじろぐ怪童子に、キック一閃!

 四散する怪童子!!

 真剣な表情でそれを見つめる明日夢。

 妖姫、響鬼に向かって走る!

 と、響鬼も妖姫に向かって走る!

 両者、ぶつかり合うように互いにパンチを打ち合い、クロスカウンターのような構図になるが響鬼の勝ち。

 膝から崩れ落ちていく妖姫に、響鬼は腰から音撃棒・烈火をはずして止めの一打!

響鬼「ヤーーーッ!!」

 四散する妖姫!!

 それを見てゴクリと生唾を飲む明日夢。

 と、丘の木々をなぎ倒しながら、ツチグモが出現!

 響鬼、身構えて、

響鬼「明日夢、しっかり見とけ」

明日夢「は……、はい!」

 ツチグモに向かっていく響鬼。

 烈火を振りかざし、ツチグモの足元を攻撃していく。

 バランスを崩して半身になったツチグモを、響鬼は力任せにひっくり返す!

 そして、ツチグモの腹の上に飛び乗った響鬼、ベルトから音撃鼓・火炎鼓をはずしてツチグモに取り付ける。

 広がる火炎鼓。

 烈火を構える響鬼。

響鬼「火炎連打の型!」

 力強く音撃打を放っていく響鬼。

 それを凝視する明日夢。

 音撃の波動がツチグモの全身に響き渡り、……爆発!!

 烈火を腰に仕舞い、顔の変身を解くヒビキのもとへ、明日夢が近寄る。

ヒビキ「……大事なのは、呼吸と間合いだ。実戦はまだまだ先になるだろうが、俺の動きを常によく見て、自分の呼吸ってもんを少しずつ探っていくんだぞ?」

明日夢「はい!」

 頼もしげに返事をする明日夢。

 そこには、着実に築かれつつある師弟の絆があった……。

 

○百貨店の催事会場

 開店前の百貨店催事会場。

 今週は呉服の催しということで、すずめの売場の者たちが会場の準備をしている最中。

 畳の上に赤毛氈を敷いている者。

 通路を、重そうなパッキングケースを担いで歩く者。

 撞木を雑巾で拭いている者。

 衣桁にきものを陳列している者。

すずめ「えっ……と……」

 普段はのんびりした空気を醸し出して いる年配の販売員たちがテキパキと動く様を見て、圧倒されているすずめ。

筑波「工藤さん!」

すずめ「……は、はい!」

筑波「向こうからプライス取ってって。……はい」

 筑波、そう言いながらプライスカードとスタンプをすずめに渡す。

すずめ「えと……、プライスって……」

筑波「あ……、とね、陳列してあるきものの値段を調べて、このプライスカードにスタンプを押していくの。……おい、南! 手伝ってやれ!」

南「は、はい!」

 南と呼ばれた長身の若い男が、二人の方へと走り寄る。

 筑波、クルッと振り向いて会場全体を見渡して、

筑波「……北面、全然照明が当たってないぞ! あ、媒体掲載商品はここに飾って、そうそう。……あと二十分だぞ! ピッチ上げていけよ!」

 周囲に的確に指示を飛ばす筑波。

 すずめ、陳列してあるきものの値段をメモりながら、グッと唇を噛み締める。

   ×   ×   ×

 百貨店全体に、開店の音楽が流れる。

 にこやかな表情で整列する店員たち。

 前方から、数人の客が催事会場に入ってくる。

店員「いらっしゃいませ!」

 口々に挨拶する店員たち。

 奥のカウンター内で、その様子を眺めるすずめ。

 と、その横にキリッとネクタイを結び直した筑波が立つ。

筑波「催しの準備は、慌しいだろ」

すずめ「はい……、あ、いえその、皆さんの機敏な動きにびっくりしました」

筑波「ハハ……。まあ、みんなもう慣れっこだからね」

すずめ「普段は涼しい顔で立ってらっしゃいますので、なんて言うかこう、ギャップが……」

筑波「外からは見えない仕事もたくさんあるからね。でも、お客さんにはそういう部分を感じさせたらダメなんだ。バックヤードの仕事は段取り良く進めて、お客さんにはいつも笑顔で。……分かるね?」

すずめ「はい!」

 目から鱗が落ちた、といった表情のすずめ、思わず手に力が入り、カウンターの上にある包装紙をクシャッと握り曲げてしまう。

筑波「(苦笑いして横目でみながら)……工藤さん?」

すずめ「(ハッと気がついて手を放し)あ、すみませんすみません! ゴメンナサイ!!」

 すずめ、焦りながらクシャクシャになった包装紙を手で均していく。

 

○とある山中

 音笛を吹くイブキ。

 そして、その音笛を額へと持っていき、突風に包まれる!

 その様子をジッと見つめるあきら。

威吹鬼「ハッ!」

 風を手刀で断ち切り、鬼に変化した威吹鬼!

 上空には、ウブメの成体が飛び回る。

 そして地上には、ウブメの怪童子と妖姫がジリジリと威吹鬼に近付く。

 格闘になる威吹鬼と怪童子&妖姫。

 鋭いキックの連打で、怪童子&妖姫を攻撃していく威吹鬼。

 と、上空からウブメが威吹鬼に向かって急降下!

 威吹鬼、ウブメの体当たりを受けて思わずのけぞる。

威吹鬼「ウッ!」

あきら「あっ!」

 身構えるあきら。

 怪童子&妖姫が威吹鬼に突進!

 あきら、反射的に腰に手をやるが、音笛はない……。

 怪童子、妖姫に両サイドから噛みつかれる威吹鬼!

 苦しむ威吹鬼だが、次の瞬間、怪童子と妖姫にヒジ打ちを食らわすと、素早い水面蹴りで二人を転ばす!

 そのままジャンプした威吹鬼、空中で回転してから降下し、怪童子と妖姫に連続キック!

 四散する怪童子&妖姫!

 しかし、威吹鬼はガクッと地面に膝をつき、噛みつかれて傷ついた肩を押さえる。

 そこへ、またしても急降下してくるウブメ!!

あきら「威吹鬼さん!!」

 威吹鬼、あきらの声に反応して地面を転がるようにしてウブメの体当たり攻撃を避ける。

 しかし、それ以上何もフォローすることのできないあきら。

 その表情には、焦りが隠せない……。

 

○四之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 イブキに詰め寄るあきら。

あきら「イブキさん、私、次は六段を受けます!」

 右京と話すすずめ。

すずめ「右京君、ホントにどうするつもりなの?」

 童子と姫に相対するフブキ。

フブキ「ネズ……ミ?」

 五之巻『舞い上がる怨念』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五之巻『舞い上がる怨念』

○とある山中

 ウブメと対峙している威吹鬼。

 焦りの表情でそれを見守るあきら。

 威吹鬼、地面に跪きながら、上空のウブメに向けて、音撃管・烈風を構える。

 飛び回るウブメ。

 そのウブメに向け、鬼石を射撃する威吹鬼。

 しかし、肩の痛みからかなかなかうまく当たらない。

威吹鬼「クソッ……」

 威吹鬼、立ち上がり、横の木に寄りかかるように体を支えて、両手で烈風を構える。

 射撃される鬼石。

 ウブメに命中!

 威吹鬼、烈風に鳴風を取り付けて口元へ持っていき、疾風一閃の音色を吹き鳴らす!

 反応するウブメの体!

 そして……、爆発!!

威吹鬼「うっ……」

 威吹鬼、その場に崩れ落ち、顔の変身を解く。

あきら「イブキさん!」

 イブキのもとへ駆け寄っていくあきら。

あきら「大丈夫ですか!?」

 あきら、イブキの肩に素早く消毒綿をあてがう。

イブキ「……ありがとう。大丈夫だよ、このくらい……」

 イブキ、肩を押さえながらあきらにニコリと微笑む。

 少し考え込んでいたあきら、スクッと立ち上がって、

あきら「……イブキさん! 私、次は六段を受けます!」

イブキ「(驚いて)え!? でも、まだ初段認定されたばかりだよ? いきなり実戦までは難しいだろうから、飛び段するにしても三段くらいじゃないと……」

あきら「もう練習ではディスクアニマルも動かせます! 試験までもう少し時間もあるし、それまでには解読だって……」

イブキ「う~ん、でもねぇ……」

 困惑の表情のイブキ。

あきら「お願いします!」

 イブキに頭を下げるあきら。

 その表情には鬼気迫るものが……。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 五之巻『舞い上がる怨念』

 

○たちばな・地下作戦室

 机を囲んで向かい合う勢地郎、イブキ、あきら。

勢地郎「(腕組みしながら)う~ん、飛び段試験ねぇ……」

あきら「お願いします!」

 勢地郎に向かって頭を下げるあきら。

勢地郎「まあ、素地はあるから大丈夫かとは思うが……、どうなんだい? イブキ君」

イブキ「僕としては、今回は三段くらいにしておいた方が無難だと思うんですが……」

勢地郎「あきらの決心は固い、と?」

 と言って、あきらを見る勢地郎。

あきら「はい! できます!!」

勢地郎「(少し考えて)……よし! じゃ、なんとか六段試験の枠に食い込ませてみようか」

あきら「ありがとうございます!」

 頭を深々と下げるあきら。

 その姿をにこやかに見つめる勢地郎。

 しかし、イブキは不安そうな表情であきらを見つめる……。

 

○街中

 ウィンドウショッピングをしている右京とすずめ。

 立ち並ぶブティックや雑貨店を覗き込みながら、ゆっくりと歩いている。

すずめ「あ~、なんか久々にゆっくり会えた感じよね~」

右京「そうだね」

 気になるジャケットがあったのか、とある店のウィンドウの前でふと足を止める右京。

すずめ「(真剣な表情になり)……右京君、ホントにどうするつもりなの?」

右京「え?」

 ウィンドウを眺めたままの右京。

すずめ「えじゃないわよ。仕事のことよ!」

右京「ああ……」

 右京、鬱陶しそうな表情で上体を起こして、またゆっくりと歩き始める。

 すずめ、その右京に並び歩き、

すずめ「相変わらず、どこのオーディションも受けてないんでしょ? ホントにそれでプロを目指してるって言えるの?」

右京「しょうがないだろ? 納得できる状態じゃないんだから」

すずめ「そんなの、やってみなくちゃ分かんないじゃない! それじゃ、自分を試そうとせずに引き篭もってんのと同じよ!?」

右京「……そういう説教は聞き飽きたよ」

 ウンザリ顔の右京。

すずめ「だろうね。私も言い飽きてきたよ。……でもね、私、自分が社会人になってみて思ったのよね。仕事って、甘いもんじゃないって。いい加減な気持ちでは、社会人は勤まんないって……」

右京「…………」

 何も言い返せない右京、唇を噛み締めながら俯く……。

 

○群馬の山奥・延竜寺

 山奥の静かな寺。

 廻りに人影はなし。

 その本堂の廊下を、一人の若い修行僧が歩いている。

 と、その前方に突如現れた四つん這いの女の姿。

 それは、全身が短く黒っぽい毛で覆われ、腰を折った状態で這いずり動く姫であった。

修行僧「な……」

 驚いた修行僧、反射的に後ろを振り返ると、そこには同じく毛むくじゃらで四つん這いの童子の姿が!

修行僧「ひぃぃぃぃ!」

 慌てて近くの障子を開けて部屋に飛び込む修行僧。

 童子と姫、その後を追って部屋の中へ。

 

○同・畳の間

 だだっ広い畳の間の奥の方へと、足元おぼつかぬまま走り倒れる修行僧。

 壁に貼りつき、振り返ると、童子と姫が四つん這いのままジワジワと近付いてくる!

修行僧「……た、……助けて!」

 と、その瞬間、修行僧の真上の天井板がパカッと開き、そこからドスンと三メートルほどの黒い物体が落下した!

修行僧「うわぁ!」

 修行僧を押し潰すように落下した物体、それは巨大な鼠形魔化魍だった!

 鼠形魔化魍は、体中から黒い霧のようなものを発し、それは静かに真下の修行僧を包み込んでいった。

 黒い霧の中でジワジワと溶けていく修行僧の体……。

 そして、修行僧の体が溶けて霧状になったモノが、鼠形魔化魍の体にシュウシュウと吸収されていく。

童子・姫「ウフフフフ……」

 ニタつく童子と姫。

 と、廊下を歩いてきた別の年配の僧・水城が畳の間を覗き、異常に気付く。

水城「な、何者……!?」

 瞬間、童子と姫は素早い動きで水城を突き飛ばすように外へ出ていく。

水城「うわっ!」

 のけぞる水城。

 寺の庭先、木々の間に消えていく童子と姫。

 そして、畳の間の中、鼠形魔化魍のいた場所には、不自然に歪曲した人型の黒いシミが残されていた……。

 

○たちばな・地下作戦室 & 延竜寺

 部屋には、中央の机で本を読む勢地郎とPCでデータ処理をする日菜佳の姿。

 と、電話が鳴り、日菜佳が素早く出る。

日菜佳「ハイ、たちばなです! ……ああ、水城さん! お久しぶりですぅ~! ……ええっ!? は、はい!!」

 日菜佳の声に驚いて顔を上げる勢地郎。

日菜佳「ちょ、ちょっと待ってください! ……父上!!」

勢地郎「うん」

 勢地郎、日菜佳のただ事ではない様子を見て取り、立ち上がって受話器を受け取る。

勢地郎「……はい、代わりました」

   ×   ×   ×

 画面、交互に水城、勢地郎。

水城「やられたよ! 若いのが一人、犠牲になってしまった……」

   ×   ×   ×

勢地郎「どういう……ことで?」

   ×   ×   ×

水城「黒いシミだよ。……もう、ずっと出なかったってのに」

   ×   ×   ×

勢地郎「ええ!? ……じゃ、もうその若い方は……」

   ×   ×   ×

水城「ああ……。残念だが……」

   ×   ×   ×

勢地郎「そうですか……。分かりました。とにかく、すぐ誰かよこします。……はい」

 勢地郎、険しい表情で電話を切る。

日菜佳「(悲しげな表情で)父上……」

勢地郎「まさかもうヤツが出てくるとはなあ……。延竜寺ということは、今近くにいるのは……(と、壁に貼ってある行動予定表を見て)、と、フブキ君か」

 再び受話器を取り、フブキに電話をする勢地郎。

 

○とある山中 & たちばな地下作戦室

 ベースキャンプを張っているフブキ。

 折り畳み椅子に座って、ディスクアニマルの手入れをしている。

 と、そこで携帯電話が鳴る。

 電話に出るフブキ。

フブキ「はい、こちらフブキ。……お疲れ様です」

   ×   ×   ×

 画面、交互に勢地郎、フブキ。

勢地郎「すまないけど、すぐに延竜寺の方に廻ってくれないかなあ。ちょっと厄介なことになっていてねぇ……」

   ×   ×   ×

フブキ「厄介?」

   ×   ×   ×

勢地郎「ああ。詳しい事は追って連絡するので、とりあえず水城さんのところまで行ってくれるかなあ」

   ×   ×   ×

フブキ「分かりました。では……」

   ×   ×   ×

勢地郎「あ、ちょっとフブキ君!」

   ×   ×   ×

フブキ「(切りかけた電話を耳元に戻して)え、はい?」

   ×   ×   ×

勢地郎「すまないねぇ。ここんとこ、全然休み取ってないのに……」

   ×   ×   ×

フブキ「(笑顔で)いえ。これまでご迷惑かけた分のお返しだと思ってますから。……では、行ってきます」

 電話を切って、キャンプを片付け始めるフブキ。

   ×   ×   ×

 静かに受話器を置く勢地郎。

日菜佳「(心配そうな表情で)フブキさん、大丈夫なんでしょうか? ローテーションでちゃんと休み入ってるのに、自分で予定入れて、シフト表送り返してきちゃうんですよね……」

勢地郎「う~ん……。彼女なりに、今までの償いをしようとしているみたいなんだけどねぇ……。ま、今回の事が片付いたら、強引に休ませてみるか」

日菜佳「(PCの方へ顔を向けながら)へぇ~。父上、あの人にそんな事言えますかね~?」

勢地郎「え!? ……いや、その……。あ、そうそう! 魔化魍のデータデータ!」

 勢地郎、話をごまかすように後ろの棚に向き直り、古い書物を探る。

勢地郎「ん~っと……、これだ」

 棚から一冊抜き取り、中央の机の上に広げる勢地郎。

 日菜佳もそこに歩み寄る。

日菜佳「(広げたページを見て)……テッソ……ですか?」

勢地郎「そうだ。昔から古い寺なんかによく出没したんだが、人間の強い怨念が、そこに巣食う小動物にとり憑いて、魔化魍の元を作ると言われている」

日菜佳「魔化魍の元……」

勢地郎「うん。一時、本格的な浄化活動が行われてから、ここ二十年ほどは出てなかったんだがなあ……」

 腕組みする勢地郎。

 日菜佳もつられて腕組み。

 

○とある森の中

 音笛を吹くあきら。

 目の前に並べられたディスクが、次々と鈍色蛇に変化していく。

 あきらの周りで小躍りする鈍色蛇たち。

 と、その内の一匹が輪から外れてスルスルと離れていく。

あきら「あ……」

 あきら、その鈍色蛇に向かって音笛を吹いて呼び寄せようとする。

 離れていった鈍色蛇、グルグルとその場を動き回ったかと思うと、ポーンと宙に浮いてディスク化。

 そして、あきらのもとへと飛んでいく。

 ディスクをキャッチするあきら。

 しかし、ディスクは完全な円形になっておらず、ちょこっと尻尾が飛び出している。

 あきら、苦い顔をしながら、手動でそのディスクを円形に形どる。

 と、前方から一匹の黄赤獅子が駆け込んでくる。

 あきらの目の前でピョンと飛び上がってディスク化し、それをキャッチするあきら。

 そのディスクを音笛にセットし、クルクルッと回す。

 目を閉じてディスクを読み取るあきら。

 しかし、目を開けると、その表情は一転険しく。

 一旦ディスクをはずし、もう一度音笛にセットして回してみる。

 今一度読み取りを敢行するが、またも険しい表情で眉をひそめる。

あきら「(傍にある木を右手で叩き)……くっそっ! こんなところでモタモタしている場合じゃないのに……」

 苛立つあきら。

 そして、その光景を数メートル離れた木の陰からイブキが見守っていた。

イブキ「あきら……」

 思いつめたような表情であきらを見つめるイブキ……。

 

《CM》

 

○延竜寺・本堂から離れた別棟

 本堂とは少し離れたところにある、小さなお堂。

 フブキ、そこに歩み寄り、少し開いた扉を引きながら中に入る。

フブキ「ごめんください」

 奥に座っていた水城、フブキに気付いて立ち上がる。

水城「おお、フブキ君だね? よく来てくれた」

フブキ「関東支部のフブキです。……この度は、ご愁傷様です」

 頭を下げるフブキ。

水城「ああ……。もう大丈夫だと思ってたんだがねぇ……。ま、とにかく現場へ行ってみるか」

フブキ「はい」

 水城、扉から外に出て、その後ろからフブキも続く。

 

○同・境内の砂利道

 水城とフブキが並んで歩く。

水城「テッソは建物にとり憑いた怨念が元なので、本堂に入らなければ問題ないんだ。……しかし、ずっとこのままってわけにもいかんのでねぇ」

 水城の言葉を神妙な面持ちで聞いているフブキ。

水城「ここだよ」

 目の前に大きく構える本堂。

 フブキ、建物全体を不気味に包み込む邪気を感じ取って身震いする。

 

○とある海岸 & たちばな地下作戦室

トドロキ「ネズミ……ですか?」

 携帯電話で話しているトドロキ。

   ×   ×   ×

 画面、交互に勢地郎、トドロキ。

勢地郎「そうなんだ。フブキ君の方にもさっき説明したんだが、テッソってのは建物に残った激しい怨念が鼠にとり憑いて魔化魍と化したものなんだ。小動物系なら本来管の攻撃が有効なんだが、このテッソってやつは成長すると三メートルくらいの大きさになるんでねぇ。やっぱり弦の攻撃も必要になってくるんだよ」

   ×   ×   ×

トドロキ「なるほど! それで自分の出番ってわけですね!?」

   ×   ×   ×

勢地郎「ああ。ちょっと遠いだろうが、そっちが片付き次第、延竜寺へ向かってくれないかなあ」

   ×   ×   ×

トドロキ「分かりました! 任せといてください!!」

 右手で胸をポンと叩くトドロキ。

 そこへ、ザンキが近寄ってくる。

   ×   ×   ×

勢地郎「あと、ちょっとザンキ君に代わってもらえるかな」

   ×   ×   ×

トドロキ「は……、はい! (携帯電話をザンキの方へ向けて)ザンキさん、事務局長が……」

 トドロキ、そのままザンキに携帯電話を手渡す。

ザンキ「うむ」

 携帯電話を受け取るザンキ。

ザンキ「ザンキです。……おやっさん、鼠ってことは、もしかして……」

   ×   ×   ×

勢地郎「ああ。もう出てきちゃったみたいだねぇ……。君の師匠の封印で、しばらく大丈夫だと思ってたんだが」

   ×   ×   ×

ザンキ「そうですか……。一応会得できてはいますが、まあ何しろ実戦は初めてですからねぇ……。とにかく向かいます。……はい」

 携帯電話を切って、トドロキに返すザンキ。

トドロキ「ザンキさん、どういうことなんですか?」

ザンキ「ああ。テッソってのは、音撃で個体を始末しても、建物にその怨念が残ったままでは、また別のテッソを生み出してしまうんだ。それを封印するためには、ある術を使わねばならない」

トドロキ「それって、もしかして先代のザンキさんがやったっていう……」

ザンキ「そうだ。音撃とともに俺もその術も受け継いではいるが……、まさか本当に使う日が来るとはな」

 ゴクッと生唾を飲むトドロキ。

ザンキ「とにかく、こっちをサッサと片付けてしまうぞ!」

トドロキ「……は、はい!!」

 

○延竜寺・本堂

 暗い畳の間。

 冷たい空気とともに、明らかに存在する邪気を感じて緊張するフブキ。

 奥の方の畳に残った黒いシミ。

 フブキ、そこにゆっくりと近付いてしゃがみ込み、そのシミにそっと手をあてがう。

 と、その瞬間!

 襖を破って飛び出してきた童子と姫!

 身構えるフブキ。

姫「オ、鬼ィ~~~!」

 姫、その場に丸くなるように屈み込む。

 と、全身が毛むくじゃらになっていき、頭部に二つの光が。

 姫は、まるで一匹の小動物のようにその姿を変えた!

フブキ「ネ……ズミ?」

 跳ねるようにフブキに突進する鼠化した姫!

 転がり避けるフブキ。

 フブキ、しゃがんだ体勢のまま、音笛を腰からはずして口元へ。

 暗い室内に響き渡る音笛の音。

 そして、フブキの全身が吹雪に包まれる!

吹雪鬼「ハッ!!」

 真っ白な吹雪を手刀で割り斬って、吹雪鬼見参!

 一方、鼠と化した妖姫の横で、童子もまた鼠型の怪童子へと変化!

 吹雪鬼に飛びかかる二匹の妖怪鼠。

 吹雪鬼、チョップで二匹を払い除けるも素早い動きで何度も何度も飛びかかってくる。

 フルート型音撃管・烈雪を腰の後ろからはずした吹雪鬼、烈雪を額の前で真横に構えて精神統一する。

 すると、周りの空気が瞬時に凍ったように烈雪にまとわりつき、それは真っ白な剣と化した!

 静かに烈雪剣を構える吹雪鬼。

 襲いかかる妖怪鼠たち!

吹雪鬼「イヤッ!」

 吹雪鬼、迫る妖怪鼠たちの軌道に烈雪剣を振り下ろす!

 すると、空中に三日月型の真っ白な刃物のような残像が浮かび上がり、それは二匹の妖怪鼠たちを斬り裂いた!

怪童子・妖姫「グギャーーー!!」

 真っ二つに割れ、そして四散する怪童子と妖姫。

 と、背後に黒い影を感じた吹雪鬼。

 素早く前方に体を移す!

 振り向くと、そこには三メートル程の巨大鼠の姿が……!!

 その足元では、黒い煙がシュウシュウと音を立てて広がっている。

吹雪鬼「……こいつか」

 

○秩父の検定道場

 椅子がいくつか並べられた長い廊下。

 その一つに、あきらが険しい表情ながらも落ち着いた様子で座っている。

 向かい側、窓際にはイブキが心配そうな表情で立っている。

 近くの扉が開いて、一人の若い男が出てくる。

男「次! 天美あきら!」

 顔を上げるあきら。

あきら「はい!」

 あきら、立ち上がって男の立っている扉の方へと歩く。

 扉の前で立ち止まり、大きく深呼吸して表情を引き締め、中に入る。

イブキ「あきら……」

 相変わらず曇った表情のイブキ。

 

○延竜寺・本堂の畳の間

 物凄い存在感を醸し出すテッソの前で、身構える吹雪鬼。

 ジリジリと間合いを取るが、テッソは微動だにしない。

 烈雪剣を斜めに構える吹雪鬼。

 と、その瞬間、テッソの周りに黒い竜巻が湧き上がり、それが大きく部屋中に広がった!

吹雪鬼「うわっ!」

 黒い突風に吹き飛ばされ、扉を破って外に放り出される吹雪鬼。

吹雪鬼「(上半身を起こしながら)……やってくれるわね」

 

○とある海岸

 ベースキャンプ地のザンキ、テーブルや地図を片付て、トドロキの専用バン・雷神のバックラックに手際よく積み込んでいる。

 そこへ走ってくる、顔だけ変身解除したトドロキ。

トドロキ「ザンキさん! 終わりました!!」

ザンキ「よし! じゃ、早く着替えろ。すぐ出発するぞ!」

トドロキ「あ、もうこのままでいいッスよ」

ザンキ「バカ! 延竜寺まで百キロはあるんだぞ。変身体では負担が大きすぎるだろうが!」

トドロキ「……は、はい!」

 トドロキ、頭を掻きながら、慌しく雷神のバックラックからバッグを取り出して助手席へ入り、着替えを始める。

 

○秩父の検定道場・入口付近の木陰

 イブキ、木にもたれながら、気を揉むように何度も腕や足を組みかえる。

 道場からあきらが出てくる。

イブキ「あ、あきら!」

 あきらに駆け寄るイブキ。

イブキ「あきら、ど……」

 言いかけたイブキ、顔を上げたあきらの悔しげな表情を見て思わず黙り込む。

 あきら、無言でイブキを振り切って走っていく。

イブキ「……あ、あきら!」

 イブキ、走り去るあきらを追って走りかけて、ふと立ち止まる。

イブキ「これは……」

 イブキ、振り向いて道場の入口へと走っていく。

 

○同・道場の廊下

 息を切って走るイブキ。

 と、前方に、手に持ったファイルを見ながら歩く教官の一人を見つけ、近付いていく。

イブキ「……あの」

教官「(顔を上げて)あ、イブキさん。どうも」

 軽く会釈する教官。

イブキ「あの……、あきらのことなんですが……」

教官「ああ、天美さんですか。……どうなんでしょう? いくら実績があるからって、一旦リセットした状態から短期間で六段ってのは、やっぱり無理があったんじゃないですかね?」

イブキ「……ということは」

教官「ええ。ディスクの操作も解読も、かなり不安定でしたね。……あれではどうしようもありません」

イブキ「そうですか……。ありがとうございました!」

 イブキ、教官に深々と頭を下げ、振り返って小走りに外へと向かう。

 

○検定道場近くの河原

 目に涙を溜め、歯を食いしばって立ち尽くすあきら。

 と、後ろからゆっくりとイブキが近寄ってくる。

イブキ「……あきら」

 イブキの声に振り向くあきら。

 あきら、右袖で溜まった涙を拭い、真っ直ぐイブキの方を見る。

あきら「……すみません、イブキさん。せっかく無理言って受けさせていただいたというのに……」

イブキ「(あきらの肩にポンと手を置き)まあ、またチャンスはあるさ。焦らずに頑張ろうよ」

 あきら、下を向いて唇を噛み締める。

 そして、カッと目を見開いてイブキを見上げ、

あきら「ダメなんです! 焦っちゃダメだって思えば思うほど、頭の中にお父さんやお母さんの顔が浮かんでしまって……。これじゃいけないって、分かってるんです……。でも……」

 涙を流しながらイブキに訴えかけるあきら。

イブキ「(真剣な表情になり)あきら……、それは、怨みの心が甦ってしまった、ということかい?」

あきら「そうじゃ……、そうじゃないつもりです! でも……」

 あきら、ガクッと膝を落とし、その場に崩れ落ちる。

 その様子を、いつになく厳しい顔つきで見つめるイブキ。

 

○五之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 延竜寺で話すフブキと水城。

フブキ「ザンキさんなら分かる、と?」

 たちばなに入ってくる明日夢。

明日夢「ただいま戻りました!」

 百貨店の喫茶室で話すすずめとあきら。

すずめ「人を怨んじゃったらさあ、必ず自分に返ってきちゃうもんなんだよね」

 六之巻『落ちる憑依』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六之巻『落ちる憑依』

○秩父の検定道場近辺の河原

 悔し涙を流しながら立っているあきら。

 そして、その肩に手を遣るイブキ。

あきら「ダメなんです! 焦っちゃダメだって思えば思うほど、頭の中にお父さんやお母さんの顔が浮かんでしまって……。これじゃいけないって、分かってるんです……。でも……」

 涙を流しながらイブキに訴えかけるあきら。

イブキ「(真剣な表情になり)あきら……、それは、怨みの心が甦ってしまった、ということかい?」

あきら「そうじゃ……、そうじゃないつもりです! でも……」

 あきら、ガクッと膝を落とし、その場に崩れ落ちる。

 その様子を、いつになく厳しい顔つきで見つめるイブキ。

イブキ「あきら。……しばらく自宅謹慎していなさい」

あきら「……え!?」

 思わぬ言葉にイブキを見上げるあきら。

 イブキ、無言であきらに背を向け、その場を去っていく。

あきら「イ……、イブキさん!」

 取り残されたあきら、去っていくイブキを見ながらまた涙が溢れ、ガクッと膝をついて地面に両手を預ける……。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 六之巻『落ちる憑依』

 

○延竜寺・本堂の外

 テッソの起こした竜巻に吹き飛ばされてしまった吹雪鬼、立ち上がって、再び本堂の中ヘと入っていく。

 

○同・本堂の畳の間

 再び畳の間に入った吹雪鬼。

 しかしそこに既にテッソの姿はなく、あちらこちらに黒っぽい煙が立ち込めているだけだった。

吹雪鬼「逃げたか……」

 

○同・別棟の居間

 煙草を灰皿に押しつける水城の手。

 古めかしい机をはさんで、水城とフブキが座っている。

フブキ「以前にテッソを封印したのは、二十年ほど前だと聞きましたが……」

水城「そうだねぇ……。正確には十八年前になるのかな。ザンキ君……、あ、今のザンキ君の師匠に当たる鬼だが、彼の術によって封印されたんだ。……歴史的に、テッソの怨念ってのは、一度封印すると百年は安全と言われてるんだが……」

フブキ「それがたった十八年で解けたということは……」

水城「う~ん、恐らく何か特殊な力によってその封印が解かれてしまったのだと思うんだが……。とにかく、ザンキ君が来るまでははっきりしたことは分からんなあ」

フブキ「ザンキさんなら分かる、と?」

水城「恐らく……。この術はね、資質がある者に受け継いでいくものなんだ。……そういう意味では、ザンキ君が何故トドロキ君を弟子にしたのかは、ちょっと疑問なんだがねぇ」

 考え込む水城。

 それを聞いて、思わず込み上げる笑いを堪えて少し斜めを向くフブキ。

フブキ「(気を取り直して)……それにしても、ヤツはどうして、さっき私に止めを刺さなかったんでしょうか?」

水城「うむ。テッソは本能的に封印されるのを恐れているものなんだ。だから、鬼とは出来るだけ関わりたくないという思いが働いたんだろうね」

フブキ「知能が高い、ということですね?」

水城「ああ。人間の怨念から生まれているだけに、結構計算された動きをしてくるみたいだね」

 水城の言葉に気を引き締めるフブキ。

 その頭の中では、既に次の接触時の準備が始まっていた。

 

○たちばな

 机の上の食器を片付けているひとみ。

 奥から香須実の声。

香須実「ひとみちゃ~ん、そっちのも、もう持ってきて~」

ひとみ「あ、はい!」

 ひとみ、お盆に食器を乗せていく。

 と、入口の扉が開いて、ヒビキと明日夢が入ってくる。

ヒビキ「ただいま~」

ひとみ「(ヒビキの方を向き)あ、ヒビキさん! お帰りなさい!」

明日夢「ただいま戻りました!」

 気取った様子で入ってくる明日夢。

ひとみ「安達く~ん! お帰り!」

ひとみ、持っていたお盆を再び机の上に置いて、明日夢の方へと歩み寄る。

ひとみ「ねえねえ、どうどう? 修行の成果は?」

明日夢「え? そりゃもう、順調って言うか何て言うか……」

ひとみ「ふぅ~ん。(明日夢の体をなめ回すように眺めて)な~んか逞しくなったような感じよね、安達君」

明日夢「え、そう?」

 明日夢、ひとみの言葉にニヤけ顔で頭を掻きながら照れる。

ヒビキ「(荷物を机の上に降ろしながら)明日夢、まだまだこれからだぞ!」

明日夢「……は、はい!」

 思わず姿勢を正す明日夢。

 奥から香須実が出てくる。

香須実「アラアラ、すっかり師匠と弟子って感じね~」

ヒビキ「そりゃそうですよ、香須実サン。まあ、俺もいつガタが来るか分かんないし、明日夢には、早く一人前になってもらわなくっちゃな」

ひとみ「わあ。プレッシャーね、安達君!」

 そう言いながら、明日夢を笑顔で覗き込むひとみ。

明日夢「……が、頑張ります!」

 硬直した表情の明日夢。

ヒビキ「ハハハ。冗談だって、明日夢~」

 ヒビキ、明日夢の背中をドンと叩く。

 つんのめりながら、ちょっとホッとした表情になる明日夢。

香須実「……でも、当面の問題はヒビキさんなんじゃない?」

ヒビキ「え?」

香須実「弟子を持ったってことで、特別遊撃班から外れたんでしょ? 明日夢君が免許取れるまでは、ヒビキさんが不知火を運転しなくちゃいけないんじゃない?」

 ギョッとするヒビキ。

ひとみ「あ、そっかあ! ヒビキさん、ペーパードライバーだもんね~」

ヒビキ「(焦りながら)……いや、ほらあれだよ。凱火でも十分移動できるって。……イブキだって、バイクでやってけてるでしょうに」

香須実「イブキ君はマメだからね~。ヒビキさんに、同じことが出来るとは思えないけど!」

 香須実、そう言い放ち机を拭き始める。

 ムスッとした様子で、ドカッと椅子に座り込むヒビキ。

 目を合わせて、思わず吹き出す明日夢とひとみ。

 と、奥から勢地郎が出てくる。

勢地郎「そのイブキ君とこなんだけどねぇ」

ヒビキ「……あ、おやっさん! ただいま戻りました!」

 立ち上がって敬礼するヒビキ。

 明日夢、ヒビキがおどけているのに気付かず、それに合わせて真顔で敬礼する。

香須実「……イブキ君が、どうしたの?」

 少し不安そうな香須実。

勢地郎「あきらクンを、しばらく自宅謹慎にしたそうだ」

ヒビキ「ええ!?」

 驚くヒビキ、そして、同様に驚いた表情になる香須実、明日夢、ひとみ。

香須実「謹慎って、何でまた……。試験に落ちちゃったから?」

勢地郎「いや、そういうことじゃなくて、どうも親御さんのことが、また悪い形で頭に入ってきてるようでねぇ……」

明日夢「天美さんのご両親、確か魔化魍に殺されたって……」

 驚くひとみ。

勢地郎「うん。……鬼になるのは仇討ちのためじゃないってことは、修行を始めた時にイブキ君が戒めたわけなんだけど、ここにきて、また迷いが出てきちゃったみたいだねぇ……」

ヒビキ「私怨では魔化魍を清めることは出来ない……。分かるな? 明日夢」

明日夢「(緊張した表情で)は、はい!」

ヒビキ「そういう厳しさも、師匠には必要なんだろうな。偉いよ、イブキは」

 複雑な表情の香須実。

 目を瞑って頷く勢地郎……。

 

○延竜寺

 トドロキの専用バン・雷神が境内の砂利道に勢い良く停車。

 運転席からザンキ、助手席からトドロキが降りてくる。

 二人、砂利道を進み、閉め切られた本堂の前に立つ。

トドロキ「(本堂を見上げて)……なんか、寒気がしますね」

 そう呟くトドロキの横で、目を細めて本堂に神経を集中するザンキ。

ザンキ「……イカンな」

トドロキ「え!?」

 と、背後に一つの影が。

フブキ「ご苦労様です」

 いつの間にか二人の背後にいたフブキ。

 振り返るザンキ。

ザンキ「おう」

トドロキ「お、お疲れ様です!」

 直立不動のトドロキ。

ザンキ「……どんな感じなんだ?」

フブキ「もう育ち切った感じですね。何にしても、あなたの力が必要なようです」

ザンキ「そうか……」

 目と目で会話するザンキとフブキ。

 それを興味津津で見つめるトドロキ。

ザンキ「早速準備するぞ」

 ザンキ、雷神の方へと歩を進める。

トドロキ「は……、はい!」

 それを追うトドロキ。

 フブキ、ザンキを見送ると、本堂の方へと向き直り、腕を組んで見上げる。

 どんよりとした重い空気が立ち込める。

   ×   ×   ×

 砂利道を歩くザンキとトドロキ。

トドロキ「……ザンキさん」

ザンキ「ん?」

トドロキ「その……、ザンキさんとフブキさんって、確か同い年ですよね? やっぱ、長い付き合いなんですか?」

ザンキ「そうだな。現場に出たのも大体同じ頃だからな。……それが何だ?」

トドロキ「……いえ! 何でもないんです! すいません!」

 トドロキ、冷や汗をかきながらも、勘ぐるように横目でザンキを見る。

 

○街中

 ポケットに手をつっこんで歩く右京。

 と、建物の壁に寄りかかって携帯電話で喋っている男にふと目を留める。

男「……え? いや、無理なんですってば。今晩納品できないんだったら明日の朝便に乗せてくださいよ。……だってしょうがないでしょ! ……はいはい、じゃ、よろしく頼んます!」

 しかめっ面で電話を切る男。

 と、そこへ右京が近付いて声をかける。

右京「……土井じゃないか!」

土井と呼ばれた男「(右京に気付いて)……おお、薄葉かあ! 久しぶりだなあ。どうしてんだよ、今?」

右京「いやあ、相変わらずさ」

土井「なんだ、まだフラフラしてんのか? ……おお、ちょっと座ろうぜ」

 そう言いながら、目の前の喫茶店へ右京を誘う土井。

右京「いいのか? 仕事中だろ?」

土井「いいのいいの! これが営業の特権ってやつ。ヘヘ……」

 二人、喫茶店へと入っていく。

 

○喫茶店

 向かい合って座る右京と土井。

 スーツの上着を脱ぎながら話す土井。

土井「……やっぱり、まだプロになる気なのか?」

右京「まあ、な……」

 やってきたウェイトレスにコーヒーを頼む二人。

土井「……で? どのくらい実戦こなしてんだよ」

右京「いや、それがまだ一度も……」

土井「(驚いて)ええ!? じゃ、落ちっぱなしってわけか?」

 そう言って水を飲む土井。

右京「いや。……実はまだどこも受けてないんだよね」

土井「(さらに驚き、咳き込んで)な……、何だって!? じゃ、まだオーディションすら受けてないってのか! もう卒業して三年だぞ!?」

右京「……何て言うかさ、なかなか自分の技術に自信が持てないって言うか、納得いく状態にならないって言うか……」

土井「お前さあ、そんなこと言ってたら何も始まんねーぞ?」

右京「納得いかないままじゃ、どこも受けたくないんだよ。受ける時は、即合格!」

 土井、呆れたような表情で椅子の背もたれに上体を倒して溜め息一つ。

土井「ハァ……。何夢みたいなこと言ってんだよ。失敗重ねて成長するってのは、社会の常識だぞ?」

右京「(スプーンでコーヒーをグルグルと掻き混ぜながら)すずめにも同じ事言われたよ。やってみなくちゃ分からないだろうって」

土井「そりゃそうだ。……まったく、すずめちゃんもよく我慢してんなあ。お前、幸せモンだぞ?」

 土井の皮肉を真に受けてニタつく右京。

土井「でもアレだろ? 就職する気はないんだろ?」

右京「うん。それは考えてない」

土井「だったら、なおさらもっとガンガン攻めなきゃいけないんじゃねーか? フリーターの時期が長すぎるとなあ、色んな意味で損だぞ?」

 右京を指差して釘を刺す土井。

 またしても痛いところを突かれ、何も言い返せない右京。

 

○喫茶店の前

 扉が開き、中から出てくる右京と土井。

土井「……ま、とにかく頑張れよ。俺たち諦めたもんからしたら、未だに夢を捨てないで頑張ってるお前はある意味スゲェ奴だと思うしな。……ああ、もし就職する気になったら、俺んとこ口きいてやるぞ? 結構人手不足みたいだからな」

右京「ああ、ありがとう」

土井「じゃーな」

 手を振って去っていく土井。

 右京、土井を見送って空を見上げ、一つ溜め息をつく……。

 

《CM》

 

○たちばな

香須実「ありがとうございました!」

 会計を済ませた客を見送る香須実。

 と、奥からヒョイと勢地郎が顔を出す。

勢地郎「香須実。そろそろ替えの作務衣、注文しといてくれよ」

香須実「そうか! もうそんな時期だね」

 香須実、レジの後ろの棚を開け、ゴソゴソと何やら探す。

 そこへ机を拭いていたひとみが近付く。

ひとみ「仕事着、変えるんですか?」

香須実「ううん、同じなんだけどね。毎日着てると傷みも早くてね。定期的に注文してるのよ。……と、これだこれだ」

 数枚の伝票を取り出す香須実。

香須実「近くの百貨店なんだけど……。ひとみちゃん、ちょっと行ってきてくれる?」

ひとみ「(笑顔で)分かりました!」

香須実「じゃ、これが前の伝票なので、同じように……」

 ひとみに説明する香須実。

 それをにこやかに見つめる勢地郎。

ひとみ「じゃ、ちょっと着替えてきます!」

 そう言って、奥の居間へ入っていくひとみ。

 勢地郎、香須実に近寄り、

勢地郎「ひとみちゃんがいてくれると、助かるねぇ」

香須実「ホント、よくやってくれてる。でも楽しそうなんで、良かった」

勢地郎「ああ」

 奥から、私服に着替えたひとみが出てくる。

ひとみ「それじゃあ、行ってきます!」

勢地郎「ああ、行ってらっしゃい」

香須実「……あ、ちょっと待って!」

ひとみ「え?」

 扉の前で立ち止まるひとみ。

香須実「……あきらクン、誘ってもらえるかなあ?」

 思わず香須実を見遣る勢地郎。

ひとみ「あ……、はい! ……でも、いいんですか? 謹慎中なのに……」

香須実「修行とは別の話なんだから、大丈夫大丈夫! ねぇお父さん?」

勢地郎「(ちょっと困り顔で)え、まあ、そのくらいなら……」

ひとみ「分かりました! じゃ、誘ってみます!」

香須実「頼むね」

ひとみ「はい! 行ってきます!」

 軽やかに店を出ていくひとみ。

 

○街中 & あきらの自宅

 携帯電話で話しながら歩くひとみ。

ひとみ「……どう? 出られる?」

   ×   ×   ×

 画面、交互にあきら、ひとみ。

あきら「……でも、私、今謹慎中ですから」

   ×   ×   ×

ひとみ「立花のおじさんがいいって言ってるんだから、大丈夫だよ!」

   ×   ×   ×

あきら「でも……」

   ×   ×   ×

ひとみ「気分転換になるし、ね?」

   ×   ×   ×

あきら「……分かりました」

   ×   ×   ×

ひとみ「じゃ、百貨店の前で待ってるから。それじゃね!」

 電話を切るひとみ、笑顔で歩き続ける。

   ×   ×   ×

 携帯電話を切って、しばし考え込むあきら。

あきら「……ふう」

 あきら、溜め息をついてスクッと立ち上がる。

 

○延竜寺・本堂

 ゴクッと生唾を飲みながら、本堂の扉を開けて中へ入るトドロキ。

 そして、フブキ、ザンキもそれに続く。

 

○同・中央の広間

 中を歩み進む三人、中央の広間へ出たところで、不気味な邪気を感じて立ち止まる。

 と、天井から重々しい声が!

声「シツ……コイ……ゾ」

トドロキ「出やがったな!」

 音撃弦・烈雷を構えるトドロキ。

 天井を破ってドスッと降り立つテッソ。

 目をギラつかせ、体中から黒っぽい煙を沸き立たせている。

 トドロキ、手首の音錠を鳴らして真っ直ぐ上に突き上げる。

 その横では、フブキが音笛を吹く。

 稲妻と吹雪が同時に巻き起こり、トドロキとフブキが鬼に変化!

 その後ろでは、ザンキが様子を伺い身構えている。

テッソ「フヌーーーー……」

 呻き声を上げながら、全身の毛を逆立て始めるテッソ。

轟鬼「オラーーーッ!」

 轟鬼、そのテッソに向かって突進!

 吹雪鬼もまた、フルート型音撃管・烈雪を胸の前で構えて剣化させ、走り出す!

吹雪鬼「ハッ!」

 

○とある百貨店・入口

 あきらを待ち、入口のドア付近で立っているひとみ。

 と、あきらが暗い表情で現れる。

あきら「……すいません、持田さん。お待たせしました」

ひとみ「(あきらに近付いて)あ! ……もう、何暗い顔してんの! ……行こ!」

 ひとみ、笑顔であきらの手を取って、百貨店の中へと入っていく。

 

○同・呉服売場

 ひとみとあきらが、恐る恐る売場に入ってくる。

ひとみ「うわあ……。私、着物の売場なんて初めて来ちゃった!(周りに陳列してある着物をキョロキョロと眺めて)へぇ、綺麗なんだあ……」

 あきら、無言で後ろに続く。

ひとみ「……あ、あの人に聞いてみよ?」

 ひとみ、商品整理をしているすずめの方へ近付く。

ひとみ「すいませ~ん、注文したいのがあるんですけど」

すずめ「(パッと顔を上げ)あ、いらっしゃいませ! ……えと、どういった……」

ひとみ「いつもここで作ってもらってるんですけど……」

 ひとみ、そう言いながらバッグから伝票を取り出してすずめに見せる。

すずめ「(ひとみから伝票を受け取り)作務衣一式……、と、すいません、少々お待ちください!」

 すずめ、近くにいたベテランの女性店員に話しかける。

 伝票を見て、笑顔で頷く女性店員。

女性店員「(ひとみ達に近寄り)大変お待たせいたしました。いつもありがとうございます。ご注文承りますので、どうぞこちらへ……」

 ひとみとあきらを接客テーブルへと案内する女性店員。

すずめ「どうぞ!」

 すずめも、笑顔で二人に椅子を勧める。

ひとみ「ありがとうございます!」

 笑顔ですずめを見返すひとみ。

 あきらの表情はまだぎこちない……。

 

○延竜寺・本堂の大広間

 テッソに烈雷で斬りかかる轟鬼。

 しかし、体に似合わぬ素早い動きでこれを避けてジャンプするテッソ。

 今度は、吹雪鬼が着地せんとするテッソに照準を合わせて烈雪剣を振り下ろす。

 三日月型の白い刃が宙を走るが、間一髪テッソの動きの方が速く、またしてもこれを避けてジャンプ。

吹雪鬼「……速いわね」

轟鬼「ええ……」

 テッソ、逆立った体毛を針のように硬化させて発射!

 避けた吹雪鬼と轟鬼だが、数本かすって血が吹き出る。

轟鬼「ウッ!」

 少し後ろに下がった吹雪鬼、烈雪のソードモードを解除して、ベルトから誘撃鬼針を取り出して烈雪に詰める。

吹雪鬼「轟鬼君!」

 轟鬼に合図する吹雪鬼。

轟鬼「……は、はい!」

 察知した轟鬼、再びテッソに向かって突進する。

 轟鬼の攻撃を避けて宙を舞うテッソ。

 そのテッソに向け、烈雪を口に当てて狙いを定める吹雪鬼。

 テッソの飛び回る軌道を計算し、鬼針を吹射!

 鬼針は、テッソの背中をかすめた後、グイッと軌道を変えてテッソに向かう!

 続けて鬼針を吹射する吹雪鬼。

 素早い動きのテッソに対して放たれた誘撃型の鬼針が前から後ろから命中!

テッソ「グエッ!」

 ドサッと床に落ちるテッソ。

 吹雪鬼、烈雪を横に持ち替えて口元へ。

吹雪鬼「音撃射・流麗縛身!」

 烈雪でフルートの音色を奏でる吹雪鬼。

 テッソも負けじと体中から黒い竜巻を起こす!

 ぶつかり合う烈雪の波紋とテッソの黒い竜巻!

 互いに押し合う二つの力、懸命にフルートを奏でる吹雪鬼。

 徐々に烈雪の波紋が黒い竜巻を飲み込んでいき、ついにはテッソの体を覆った!

 体内に伝道する流麗縛身の音撃波動!

 テッソ、その場で小刻みに震えながらもついには動けなくなる。

ザンキ「今だ、轟鬼ィ~~!!」

轟鬼「はい!!」

 轟鬼、ジャンプしてテッソの背中に飛び乗り、グサリと烈雷を突き刺す!

轟鬼「音撃斬・雷電激震!」

 烈雷を縦弾きする轟鬼。

 テッソの体中に伝道するその波動。

 そして……、爆発!!

 と、四散したテッソから、一つの青白い光が浮き上がる。

ザンキ「ムッ!」

 ザンキ、両手を胸の前で複雑に組み重ね合わせ、目を瞑って呪文を唱える!

 ザンキの呪文に呼応するように青白い光はユラユラと揺れながら部屋の天井角へと上昇していく。

ザンキ「……ハッ!!」

 勢いよく右手を前へ押し出すようにかざして叫ぶザンキ。

 と、青白い光はバッと砕けて紋章のような形となり、天井角にピタッと貼りついた!

 そして、その紋章は徐々に色を薄くしていき、ついには天井板と同色になって消えていった……。

ザンキ「ふぅ……」

 汗だくのまま、思わず力を失って床に手をつくザンキ。

 轟鬼が、顔の変身を解きながらそこへ駆け寄る。

トドロキ「ザンキさん! 大丈夫ですか!?」

ザンキ「……ああ。お前こそよくやったな」

 吹雪鬼も、顔の変身を解いてそこへ歩み寄る。

 顔を上げるザンキ。

 見つめ合って微笑むザンキとフブキ。

 その光景を見て、ちょっぴり顔をしかめるトドロキ……。

 

○百貨店

 呉服売場を後にして、通路を歩いているひとみとあきら。

ひとみ「終わった終わった! ……ねえ、なんか飲んで帰ろうよ」

あきら「え? いいんですか?」

ひとみ「ふふ~ん。実はねぇ、帰りに休憩しといでって、香須実さんに貰っちゃったんだ!」

 そう言って、商品券を数枚あきらに見せつけるひとみ。

あきら「……アハ」

 少し笑顔になるあきら。

 二人、店内の喫茶スペースへと入っていく。

 

○同・喫茶スペース

 ひとみとあきら、二人でクリームソーダをつつく。

 と、そこへ仕事を終えた私服のすずめが入ってくる。

ひとみ「あ!」

 すずめを見つけて声を出すひとみ。

 すずめも二人に気付き、手を振って近付いていく。

すずめ「ああ! ……その、先程はありがとうございました! ……私、まだ新米なもんでご迷惑かけちゃって」

ひとみ「何言ってるんですか! 親切にしていただいて……」

 にこやかに話すひとみ。

 あきらも、ぎこちない笑顔でペコリと頭を下げる。

ひとみ「あの……、良かったらご一緒しませんかあ?」

すずめ「あ、ありがとうございます。じゃ」

 ひとみ、すずめに隣の席を勧める。

 すずめ、少し遠慮気味に座る。

すずめ「……お客さんと一緒って、なんか緊張しますね」

ひとみ「え~、敬語なんて使わないでくださいよ~。私たち、年下なんですから!」

すずめ「でも、お客さんですから……」

ひとみ「じゃ、今はお友達ってことにしませんかあ? ねぇ、天美さん」

あきら「……え? ……ええ」

 急に振られて焦るあきら。

すずめ「じゃ、そうしよっかな! では、お姉さんに何でも聞きたまえ!」

 笑い合う三人。

 ウェイトレスにアイスコーヒーを注文するすずめ。

ひとみ「……あの、こういうお仕事って、大変ですよね」

すずめ「ん……、私はまだ新人なんでよく分かんないんだけどね。……でも、今までの自分の甘さを思い知ったって言うか、社会の厳しさ……みたいなもんが分かってきた感じはするかなあ」

 ピクッと反応するあきら。

ひとみ「ふぅん……。そんな事言ってたら、私なんかまだまだだなあ」

すずめ「ハハ……。私ね、小さい頃、事故で父親亡くしてるの。だから、自分は人より苦労してるんだみたいに思い込んでたところがあったのよね。でも、考えてみたらそれが甘えの元だったのかもしれないなあって……」

あきら「(身を乗り出して)どうしてなんですか? どうしてそれが甘えになるんですか?」

すずめ「ん~、結局そういう考え方って、独りよがりなのかもね。いざ社会に出てみると、苦しいのは自分だけじゃないってことを思い知らされちゃった」

あきら「……その、事故を、怨んだりはしなかったんですか?」

 ストレートなあきらの問いにドキッとするひとみ。

すずめ「(少し微笑んで)人を怨んじゃったらさあ、必ず自分に返ってきちゃうもんなんだよね。私も子供の頃はすっごく事故を怨んだりもしたけど、高校ん時の先生から『憎しみからは何も生まれない』って言われてハッとしたのね。憎む心を持って生きるほどつまんないものはないって……」

 沈黙するあきら、そしてひとみ……。

すずめ「……あ、ゴメンゴメン! なんか話が重くなっちゃって!」

ひとみ「(バタバタと手を振って)いいえ! とってもいいお話です!」

 微笑み合うひとみとすずめ。

 そして、うつむいて唇を噛み締めるあきら……。

 

○たちばな

 店内で談笑する、勢地郎、ヒビキ、香須実、日菜佳。

 と、入口の扉が開いてイブキが入ってくる。

イブキ「こんにちは」

香須実「あ、イブキ君。ご苦労さん!」

 と、続け様に、今度はひとみとあきらが帰ってくる。

ひとみ「ただいま~」

香須実「あ、ひとみちゃ~ん! おか……」

 言いかけた香須実、ひとみの後ろのあきらに気付き、ハッと口を押さえてイブキをチラ見する。

 イブキ、あきらを見て驚く。

イブキ「あきら! 自宅謹慎だと……」

香須実「ああ、イブキ君! わ、私が頼んだのよ! 作務衣の注文に行ってくれって。……それくらい、いいでしょう?」

 慌ててあきらを庇ってイブキに説明する香須実。

イブキ「そう……ですか……」

 あきら、厳しい表情でイブキに近付く。

あきら「イブキさん」

イブキ「え?」

あきら「テスト用のディスクを、お願いします!」

 そう言ってイブキに手を出すあきら。

イブキ「(表情を引き締め)……ああ」

 イブキ、ウエストポーチからテスト用のディスクを取り出し、あきらに渡す。

 あきら、ディスクを受け取って練習用の音笛にセットし、クルリと回転させる。

 目を瞑ってディスクを読み取るあきら。

 固唾を呑んで見守る他の者たち。

あきら「(目を開いて)RG、六四三、EFNの三一三八九……、マホロバ」

イブキ「(表情を緩めて)あきら……」

勢地郎「……よ~し! これで追試は大丈夫だねぇ」

あきら「(首を横に振って)いえ。……次は安達君と一緒に、二段を受けます」

イブキ「あ……」

 安堵の笑顔となるイブキ。

あきら「イブキさん、これからもよろしくお願いします!」

 そう言って深々とイブキに頭を下げるあきら。

 笑顔になる他の者たち。

ヒビキ「まさに憑き物落ちたり……って感じだな。……明日夢、負けんなよ!」

 そう言って、明日夢の背中をポンと押すヒビキ。

明日夢「は、はい! ……おっとと!」

 ヒビキに押されて、つんのめるようにあきらの近くに飛び出す明日夢。

明日夢「が、頑張ろうね! 天美さん!」

あきら「……はい!」

 笑顔で応えるあきら。

 明るい空気が、関東支部のメンバーたちを包み込む……。

 

○六之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 研究室で話すみどりとフブキ。

みどり「鏡よ鏡よ、鏡さん……」

 作戦室で話す勢地郎と日菜佳。

日菜佳「な~んか、またヘンなのが出てきましたね~」

 銀色のバンの中で、スピーカーに向かって話す男。

男「ご無沙汰しております」

 七之巻『引き寄せる鏡』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七之巻『引き寄せる鏡』

○山間部のとある民家・居間

 天気のいい午後、とある民家の居間。

 壁沿いの台の上に置かれた、丸型の古めかしい鏡に向かって髪をとく、十七、八歳の女性。

 髪型をしきりに気にして、キョロキョロと首を傾げる。

 と、廊下の向こうから声。

母親らしき声「麻衣子、いつまでやってんの! 早くしなさい!」

麻衣子と呼ばれたその十七、八歳の女性「ハイハイ、分かってます!」

 麻衣子、ようやく納得してバレッタで髪を固定する。

 鏡を覗き込む麻衣子。

 と、鏡の中の麻衣子の髪がバサッと崩れ落ちる。

麻衣子「え?」

 思わず髪に手を遣る麻衣子。

 しかし、髪はしっかりバレッタで止まっている。

 今一度鏡を見る麻衣子。

 すると、鏡の中のザンバラ髪の麻衣子がニヤッと笑った!

麻衣子「……イヤッ!」

 麻衣子、恐怖で体を後ろに倒し、床に尻餅をつく。

 と、鏡の中から黒い髪がニューッと飛び出し、麻衣子の首に巻きつく!

麻衣子「あっ……、ウウッ……」

 長い髪の束に首を絞められて苦しむ麻衣子。

 ポトリと落ちるバレッタ。

 そしてついに、麻衣子は髪の束に引きずられるように、鏡の中へと取り込まれていった。

 静まり返る居間……。

 

○同・廊下

母親「麻衣子ったら、遅れるわよ! いい加減にしなさい!」

 廊下をバタバタと歩く母親。

 イライラした面持ちで居間に入る。

 

○同・居間

 誰もいない居間に入り、部屋を見廻す母親。

母親「……麻衣子?」

 ふと、鏡台の少し前に落ちていたバレッタを見つけて拾う。

 バレッタを手に、不審な表情の母親。

 と、背後の鏡から黒い髪の束が飛び出す!

 母親の首に巻きつく髪の束!

母親「ウッ!」

 苦しむ母親。

 そして、麻衣子と同じように鏡の中へと引きずり込まれていく。

 床には、ポトリと落ちたバレッタがひとつ……。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 七之巻『引き寄せる鏡』

 

○とある山中

 フブキ、専用バン・結晶のバックラックの扉を開いた状態で、ノートPCを広げて何やらデータ解析をしている。

フブキ「(カタカタとキーボードを叩いて)……よし、これでOKっと」

 と、浅葱鷲が一匹、フブキの頭上に戻ってくる。

フブキ「ご苦労さん」

 フブキ、そう言いながら右手の人差し指を差し伸べるが、浅葱鷲はフブキの指には止まらず、その場をグルグルと旋回し始める。

フブキ「……どうしたの?」

 浅葱鷲の様子を伺うフブキ。

フブキ「何かあるのね。……案内して」

 浅葱鷲、キュイーンとひと鳴きしてフブキに方向を示唆。

 再び飛び始める浅葱鷲、そしてそれを駆け足で追うフブキ。

 

○同・とある民家の近くの林

 林の切れ目で、浅葱鷲がストップして旋回。

 後ろからやってきたフブキ、浅葱鷲を見上げて、

フブキ「ここ?」

 目の前十数メートルのところにある民家に向けてひと鳴きする浅葱鷲。

 民家をジッと見つめるフブキ。

フブキ「(腰から音笛をはずして)おいで」

 浅葱鷲、空中でディスク化してフブキのもとへと落ちる。

 ディスクをキャッチして、音笛に取り付けて回転させるフブキ。

 すると、ディスクが無色透明に変化!

 フブキ、透明のディスクを宙へ放り投げる。

 空中で再びアニマル化するディスク。

フブキ「頼んだわよ」

 フブキに小さく合図して、民家の方へと飛んでいく透明の浅葱鷲。

 

○たちばな・地下作戦室

 PCのモニターを見ながら、キーボードを軽く叩くザンキ。

 傍らには勢地郎。

ザンキ「……とりあえず、こんなところですかね」

勢地郎「ご苦労さん。……しかし、こいつはじっくり検証してみないといけないデータだねぇ」

ザンキ「ええ。フブキの方でも、別の角度からやってもらってます」

勢地郎「うん。もし何か人的な作用によるものだとしたら、これは相当厄介だぞ~」

 深刻な表情の二人。

 

○山間部・民家の近くの林

 腕時計をチラッと見るフブキ。

 と、前方から、透明の浅葱鷲が戻ってくる。

 フブキ、音笛を腰からはずし、ディスクを受ける形に変えて手前に差し出す。

 浅葱鷲、空中でディスク化して真っ直ぐに音笛の上に落ちてきて自動的にセットされる。

 ディスクを回すフブキ、その内容を読み取り、ゆっくりと顔を上げる。

フブキ「……鏡?」

 フブキ、前へ出て前方の民家を見遣る。

 玄関先では、家族と思しき人たちが数人騒いでいる。

フブキ「ふ~む……」

 フブキ、その様子を見て少し考え、サッと振り返ってその場を去る。

 

○柴又・公園通り

 並んで歩く右京とすずめ。

すずめ「ええっと……、こっちの方かな」

 すずめ、メモを見ながら右京を先導するように歩く。

右京「俺、和菓子ってあんまり好きじゃないんだよなあ」

すずめ「いいじゃん、たまには! どうせフラフラしてんだから」

 嫌味を言われて少し顔をしかめる右京。

 信号を渡り、角を二つ越え、目の前にたちばなが見えてくる。

すずめ「あった! あそこあそこ!」

 右京の手を引っ張って、早足になるすずめ。

 

○たちばな

 店内、レジで紙幣を数えている香須実。

 そして、机を拭いているひとみ。

 入口の扉がガラッと開き、すずめと右京が入ってくる。

香須実「あ、いらっしゃいませ!」

 中に入り、ペコリと頭を下げながら歩くすずめ。

 その後ろに、つまらなそうな顔の右京。

ひとみ「(すずめに気付いて)……あ! 工藤さん!」

すずめ「(ひとみに手を振り)こんちは!」

 ひとみ、駆け足ですずめに近付く。

ひとみ「来てくれたんですね~」

すずめ「うん! 私、甘いもん大好きだからね~」

 香須実も傍へ寄り、ひとみに問う。

香須実「知り合い?」

ひとみ「こないだお世話になった百貨店の呉服売場の方です!」

香須実「あ、そうなんですか! いつもお世話になっております」

 すずめに頭を下げる香須実。

すずめ「いえいえ、そんな! 私、まだ新人なんで、全然分かってないんですよ~」

 恐縮して同じように香須実に頭を下げるすずめ。

 香須実、顔を上げて右京の方をチラッと見る。

香須実「えと……」

すずめ「ああ! お友達の薄葉君です」

右京「あ、う……、薄葉右京です。は……、はじめまして!」

 香須実の美貌に照れつつ、ニコニコ笑ってペコリと頭を下げる右京。

 横目で睨むすずめ。

右京「(すずめの視線に気付き)……なんだよ」

すずめ「なーによ。さっきまでつまんなそうにしてたクセに」

 バツが悪そうな右京。

香須実「……まあまあ! あ、どうぞうどうぞ、こちらに座ってくださいな!」

 取り繕うように、二人を席へ案内する香須実。

 

○同・地下研究室

 室内には、みどり、勢地郎、そしてフブキ。

 みどり、ディスクを一枚、銀色のドライブにセットする。

 モニターを見つめる三人。

 と、モニターに古めかしい丸型の鏡が映し出される。

勢地郎「……鏡?」

 キーボードをポンポンと叩くみどり。

 するとモニターが二分割され、物体のアウトラインを取ったような立体線画像と、レントゲン写真のような物体解析映像とに切り替わる。

勢地郎「おお……」

みどり「私の新開発、魔化魍解析探知よ。魔化魍特有の細胞構造をディスクアニマルが読み取って、モニター上で解析できるようにしたの」

勢地郎「なるほど……。ここんとこ、妙な現象が増えてきてるからなあ」

みどり「うん。もう既存のパターンだけじゃあ、分析できなくなってきてるのよねぇ」

フブキ「……で、この鏡は?」

 フブキ、二人の会話をあまり聞いていないような様子で、ジッとモニターを見つめながらみどりに問う。

みどり「……とね、外観は無機物の状態なんだけど、この中にうっすらと魔化魍特有の細胞が見えるのよねぇ」

 そう言いながら、鏡の中心にうっすらと写る影を指差すみどり。

フブキ「つまり、鏡の中に魔化魍が入り込んでいる、と?」

みどり「う~ん、そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。この鏡自体が魔化魍って可能性もあるわね」

フブキ「既に犠牲者が出ている感じですが、やはり、この鏡の中に取り込まれたと考えるべきなんでしょうか?」

 勢地郎に問うフブキ。

勢地郎「う~ん……、こういった例は……」

みどり「鏡よ鏡よ鏡さん、あなたは魔化魍? それとも……」

 おどけたような口調でそう言いながら、キーボードを叩いて々と画面を切り替えるみどり。

勢地郎「(モニターをジッと見つめながら)ん、待てよ……、確かどっかで……」

みどり「え?」

 勢地郎の方へと顔を向ける、みどりとフブキ。

勢地郎「ちょっと……」

 バタバタと部屋を出ていく勢地郎。

 みどりとフブキ、顔を見合わせて、ゆっくりと後を追う。

 

○同・地下作戦室

 奥の方の棚から、古い書物を数冊引っ張り出す勢地郎。

 机の上にドサッと置くと、辺りは埃まみれ。

 パラパラと資料をめくる勢地郎。

 と、そこへみどりとフブキが入る。

みどり「(手で目の前を払いながら)ウッ! すっごい埃!」

 勢地郎、何冊かパラパラとめくったところで、バッとその内の一冊を机の上で見開く。

勢地郎「あったあった。これだ」

みどり「(古書を覗き込みながら)え~? どこなの~?」

勢地郎「(右ページの真ん中辺りを指差し)ここだ。ほんの数行しか触れられてないが、フルカガミの伝説が記録されている」

フブキ「フルカガミ……」

勢地郎「ああ。実際に退治した内容は記録されていないようだが……。と、奈良か。本部に問い合わせてみるか」

 勢地郎、電話の方へと歩み寄り、吉野本部へ電話をかけ始める。

フブキ「(机の上の資料に視線を落としたまま)……無機物に魔化魍が取り憑くとは、考えにくいわね」

みどり「でも、こないだのテッソにしろ、何だか妙な動きがあるのは確かよねぇ……」

 この間、電話口では勢地郎が吉野本部にフルカガミの情報を送ってもらうよう依頼している。

 話し終わり、電話を切る勢地郎。

勢地郎「奈良から昔の詳しい記録を、後で送ってくれるそうだ。……それより、問題はその鏡をどうやって民家から引き離すかだが」

フブキ「行方不明者が出たってことで、現場は騒ぎの真っ只中ですしね」

勢地郎「何とか外へ持ち出すしかない、か」

みどり「ん~、じゃ、とりあえず急いでレプリカを作ってみるかあ」

勢地郎「そうだなあ。人知れず摩り替えるってのが、一番いい方法かもしれないねぇ」

 そう言いながら、チラリとフブキの方を見遣る勢地郎とみどり。

 フブキ、溜め息をついて立ち上がり、

フブキ「そうね。私がやるしかないわけね。……忍者属性の私にしか出来ないことですからね」

みどり「そういうことぉ!」

フブキ「フゥ……」

 にこやかな勢地郎とみどり、そして諦観顔のフブキ。

 

《CM》

 

○たちばな・店頭

 右京とすずめのテーブルの傍に寄り添うひとみ。

 すずめとひとみ、二人で笑い合う。

 店内を見回す右京。

 と、奥からフブキとみどりが出てくる。

みどり「じゃ、頼んだわよ」

 みどり、そう言いながら丸い風呂敷包みをフブキに手渡す。

フブキ「あんまり気乗りしない仕事ね」

 右京、フブキに気付いて、

右京「フブ……、あ、いや、不動明先生!!」

 右京の声に驚く他の者たち。

フブキ「(ウンザリした顔つきになり)……ここでは、フブキでいいわよ」

香須実「え? お知り合いですか? フブキさん」

フブキ「音大の後輩よ。昔、臨時講師した時の教え子だったの」

香須実「へぇ~、奇遇ですね~」

 香須実、改めて右京をジロジロと見る。

 照れる右京。

 フブキ、みどりに目で合図。

 みどり、右京が以前聞いた弟子志望の教え子だと察知する。

フブキ「何故あなたがここに?」

 厳しい顔つきで右京に問うフブキ。

右京「いやその……、こいつに連れてこられまして……」

 右京、そう言ってすずめを指差す。

ひとみ「ああ! この方、工藤すずめさん。作務衣を注文している百貨店の呉服売場の方なんです」

フブキ「……なるほどね。じゃ、行ってきます」

 出入口の扉へと歩を進めるフブキ。

右京「フブキさん!」

フブキ「悪いわね、仕事なのよ」

 振り返ることもなく右京に返事し、そのまま外へ出ていくフブキ。

ひとみ「へぇ~、フブキさんに教えてもらってたんですかあ。……どんな先生だったんですか? フブキさん」

 ひとみ、無邪気に右京に問いかける。

右京「(静かに腰を下ろしながら)あ……、ああ、そうだね。いい先生だったよ」

すずめ「え? 不動明先生でしょ? フブキさんって……」

 バツの悪そうな顔をする右京とひとみ。

香須実「あ、ああ! その……、愛称なのよ! あの人、すっごいクールだから、何かそんなあだ名がついちゃったのね」

すずめ「なるほどね~。確かに吹雪!って感じですね~」

香須実「そうでしょ? アハハハ……」

 不自然に笑い合う香須実とひとみ。

 みどり、その様子を遠巻きに腕組みしながら見つめる……。

 

○同・地下作戦室

 電話しながら、PCのモニターを見つめる勢地郎。

 傍には日菜佳。

勢地郎「……ああ、来ました来ました、これですね。(キーボードとトントンと叩いて)……はあ、無機物との合体の裏は、やはりコレでしたかあ……。ってことは、今回のも……、ですよねぇ。こりゃ厄介だ」

 勢地郎、受話器を持ったままPCから離れ、中央の椅子に座り直す。

勢地郎「……はい、そうします。ただ、こちらの手駒では……。あ、そうですか。ありがとうございます。……はい、では」

 受話器を置く勢地郎。

日菜佳「な~んか、またヘンなのが出てきましたね~」

勢地郎「ああ。どうやら自然発生じゃなみたいだから、こりゃホントに面倒だよ」

日菜佳「自然発生じゃない? ホントに魔化魍なんですか~?」

勢地郎「(PCのモニターを見ながら)この本部から送られてきたデータ、かなり古い文献から構成したもののようだが、当時、魔化魍を独自に研究して悪用した者がいたようなんだな」

日菜佳「なんと!」

勢地郎「無機物に魔化魍を融合させる、というとんでもない悪事が行われたらしいね」

日菜佳「それがこのフルカガミってわけですね~?」

勢地郎「ああ。どうやら今回もその時と同じ手口と考えられるねぇ……。内部事情を知る者の仕業か、或いは当時の犯人の

関係者か……」

日菜佳「その犯人ってのは、どうなったんスか?」

勢地郎「それは本部のマル秘事項だ。我々には分からないところだね。ただ、今回、当時の事情をよく知っている鬼を派遣してくれるということだから、後で話を聞いてみよう」

 

○猛士関西支部の駐車場

 銀色のバンのサイドドアをバタンと閉める、背の高い男。

男「……よっしゃ! 行こか」

 運転席へと向かう男。

女「ハイハ~イ」

 細身で、長い髪を器用に頭上でまとめ上げた女性が、書類をパラパラとめくりながら助手席へと向かう。

 鳴り響くエンジンの音。

 そして、フロントガラス越しに見える、男と女の顔。

 男は、長身で肩幅の広いガッチリした体型に、こだわり感が漂う赤フレームの眼鏡をかけた三十代半ばくらいの風貌。

 女は、まとめ上げた黒髪が特徴的な二十代半ばくらいのエキゾチック美人。

男「ゆっくりドライブ、といきたいとこやけど」

女「はよ行かんと、結構ヤバいですよ」

 関西イントネーションで話す二人。

 その二人を乗せ、うなりを上げながら発車する銀色のバン。

 

○たちばな・地下作戦室

日菜佳「え? 本部から派遣されてくるんスか?」

 子犬のような顔つきで勢地郎に問いかける日菜佳。

勢地郎「その事情を知っている鬼ってのは、本部からだね。あと、関西支部からも応援をよこしてくれるということだ」

香須実「……ってことは、もしかしてミカヅキさんが!?」

 いつの間にか階段のところにいた香須実が声を上げる。

勢地郎「大当たり。本部からはね、フルカガミ事件のあらましを知っているというホウキ君が来てくれるそうだ」

日菜佳「ホウキさん?」

勢地郎「彼女は本部駐在の鬼で、普段は開発の方を中心に活動しているらしい。話によると、彼女のご先祖がフルカガミ事件の関係者らしいんだな」

香須実「へぇ、どんな人なんだろ」

 と、みどりも階段を下りて部屋に入ってくる。

日菜佳「あ! みどりさんなら知ってますよね? 本部のホウキさん」

みどり「ん? ああ、蛍ちゃんかあ。あのコは、若いけどいい腕してるわよ~。本業は和裁士なんだけどね~」

 ホウキの本名は幌宵蛍(ほろよい・ほたる)といい、本部開発室では鬼であることを隠して本名で勤務している。

日菜佳「へぇ~、副業許されてるなんて、まるでフブキさんみたいデスネ!」

みどり「鬼としての手ほどきはね、実はフブキさんがしていたのよ」

日菜佳「なんと! フブキさんも、弟子とってたんデスカ!?」

 日菜佳とともに、香須実も驚いた表情でみどりを見る。

みどり「ああっと……、まあ、弟子って言うか何と言うか……、ねぇ?」

 みどり、話を勢地郎に振る。

勢地郎「まあ色々あったみたいだねぇ。……ところで、和裁と言えば、さっき呉服担当の人が来てたんだって?」

みどり「そうそう! それがなんと、彼氏がフブキさんの教え子だったのよ~。世間って狭いもんよね~」

香須実「(誤魔化されたが、まあいいかって感じで)……ホントねぇ。あ、そう言えばさ、あの二人、なんか明日夢君とひとみちゃんに似てなかった?」

みどり「あ、言えてるぅ! 男の子がリードされてるっぽいとことかがね」

 軽く笑い合う四人。

勢地郎「……さてと、ミカヅキ君とホウキ君は今日中に到着するってことだから、フブキ君の方にも連絡しといてくれ」

日菜佳「ハイ!」

 いそいそと電話口へと行く日菜佳。

香須実「久しぶりだなあ、ミカヅキさんに会うの」

みどり「あの人、ちょっと変わってて面白いもんね」

 にこやかに話すみどりと香須実、それを微笑んで見つめる勢地郎、そして、フブキに連絡を取っている日菜佳……。

 

○とある山間部の林

 夜も更け、静かな山中にフブキの専用バン・結晶が止まっている。

 サイドドアが開き、黒装束を身に纏ったフブキが出てくる。

 フブキ、髪を後ろでくくり、キリッとした目つきで静かに歩き出す。

 

○事件のあった民家の前

 物陰から民家の様子を伺うフブキ。

 足音もなく駆け寄り、庭先の窓から中を覗き込む。

 誰もいないことを確認し、針金を巧みに使って窓の鍵を開ける。

 そっと窓を開け、素早く中へ潜り込むフブキ。

 

○同・窓から続く廊下

 手にレプリカの鏡を携え、居間へと歩を進めるフブキ。

 周りの様子を再度伺い、襖を開けて中へ入る。

 

○同・居間

 古めかしい鏡を前に、一層表情を引き締めるフブキ。

 と、鏡がガタガタッと揺れ出す!

 フブキ、慌てることなく黒い大きな特殊布で鏡を覆い、レプリカと摩り替えてその場を離れる。

 と、抱えた鏡が布の中からフブキに衝撃を与える!

 思わず壁の方へ吹っ飛ばされるフブキ。

 激しい物音に家の者が起き出したのか、バタバタと足音が聞こえてくる。

フブキ「……ハッ!!」

 フブキが布越しに何やら念を与えると、スゥーッと静かになる鏡。

 そして、目にも止まらぬ速さで居間を出て、そのまま風にように外へ出ていくフブキ。

 

○とある山間部の林

 黒い布包みを抱えて走るフブキ。

 と、布からバチバチッと火花が散ったかと思うと、ビリビリッと布を破って外に飛び出すフルカガミ!

 またしても、衝撃で弾き飛ばされるフブキ。

フブキ「ウッ……」

 外に飛び出したフルカガミは、地面をポンポーンと跳ねながら、大きく膨らんだり小さく縮んだりと、無機物らしからぬ妙な動きを繰り返す。

 起き上がって身構えるフブキ。

 と、フルカガミの鏡面から、黒く長い髪の束が飛び出してフブキに襲い掛かる!

 迫りくる髪の束を手刀で弾き落とすフブキ、隙を見て高々とジャンプし、大木の枝に飛び乗る。

 そして、腰から音笛を抜いて口元へ。

 夜の闇に響き渡る音笛の音色、そして沸き起こる吹雪!

吹雪鬼「ハッ!!」

 大木を覆う白き風を突き破り、鬼と変化した吹雪鬼がフルカガミに向かって飛び降りる!

 中空の吹雪鬼に向かって、なおも襲い掛かる黒髪の束!

 吹雪鬼、それを手刀で切り裂きながら、二メートル近くの大きさになったフルカガミにキック一閃!

 しかし、カキンという金属音とともに跳ね返されてしまう。

吹雪鬼「グッ……」

 倒れ込む吹雪鬼。

 その上空では、浅葱鷲が旋回して何やら信号を送っていた。

 

○銀色のバンの中 & 林の中

 山道を走る銀色のバン。

 その運転席では、真剣な表情で眼鏡の男が運転している。

 と、助手席前に設置された通信機がピーピーと鳴る。

 ボタンを押す助手席の女。

 スピーカーから聞こえてきたのは、勢地郎の声。

勢地郎「(スピーカーより)あー、立花ですが」

男「ご無沙汰しております」

 表情を変えぬまま、スピーカーの声に答える男。

勢地郎「(スピーカーより)やあ、ご苦労さん。吹雪鬼の浅葱鷲から信号が出始めたようだが、そろそろだね?」

男「もうすぐですね。とりあえず、吹雪鬼さんがうまいこと合流ポイントに誘い出してくれたらいいんですが」

勢地郎「(スピーカーより)うむ。とにかく急いでくれ」

男「了解」

 助手席の女、通信機を切り、その指で隣のナビゲーションシステムを操作する。

女「ポイントまで、あと二キロです」

男「おし!」

 ギアチェンジして加速する銀色のバン。

 画面、左右分割して、左側に運転する眼鏡の男、そして右側に、ゆっくりと起き上がる吹雪鬼の姿が……。

 

○七之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 フルカガミと戦う吹雪鬼と甕月鬼(みかづき)。

甕月鬼「大丈夫ですか!? フブキさん!」

 作戦室で話す猛士メンバーたち。

日菜佳「こ、殺し屋って……!!」

 廃墟と化した旧家を調査するフブキら。

フブキ「今度は何です?」

 八之巻『漂う魔女』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八之巻『漂う魔女』

○とある山間部・林の中

 吹雪鬼、中腰の体勢のまま、手首から手裏剣のようなものを出してフルカガミに投げつける。

 カンカーンと音をたてて、それを跳ね返すフルカガミ。

 と、またも鏡面から髪の束を吹雪鬼に向かって発射!

 ジャンプしてこれを避けた吹雪鬼、そのまま走り出す。

 宙に浮いたフルカガミが走る吹雪鬼を追う。

 吹雪鬼、走りながらフルート型音撃管・烈雪を目の前に出して念を込める。

 すると、その両端に短めの白い切っ先が現れた!

 吹雪鬼、両サイドに背後から伸びてきた黒い髪の束を、その烈雪剣で巧みに切り裂きながら走る!

 

○同・山道

 上り坂を走る銀色のバン。

 運転席には眼鏡の男、そして助手席にはナビゲーションシステムをチェックする女。

女「ここを登り切ったところです」

男「了解!」

 唸りを上げて走る銀色のバン。

 

○同・林の中

 走る吹雪鬼。

 と、前方に小さく走る車の輪郭が見えてきた。

吹雪鬼「……よし!」

 と、いつの間にか頭上にまで追いついていたフルカガミ!

 吹雪鬼の真上から、髪の束を銃弾のように撃ち降ろす!

 間一髪で転がり避ける吹雪鬼。

 髪の束は地面に命中し、その箇所はまるでハンマーで打ち砕いたかのように深く地表が窪む。

 続いてフルカガミは、斜め前に髪の束を発射!

 それは周りの木々をなぎ倒しながら、吹雪鬼を中心に囲うように伸びていく。

吹雪鬼「……はっ!?」

 髪の束は徐々に円周を縮めていき、ついには吹雪鬼の体を締め付けるように巻きついていく!

吹雪鬼「ウウッ!」

 苦しむ吹雪鬼。

 と、前方から走ってきた銀色のバンが砂塵を上げて停車し、中から男と女が降りる。

男「吹雪鬼さん!」

吹雪鬼「ミ……、ミカヅキ……さん」

 ミカヅキと呼ばれた男、腰から音笛を抜き、口元に当てながら吹雪鬼のもとへと走る!

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 八之巻『漂う魔女』

 

○とある山間部・林の中

 走りながら音笛を吹くミカヅキ。

 と、全身が光の輪のようなものに包まれていく!

甕月鬼(みかづき)「ジョアッ!」

 両手でその光の輪を断ち切り、甕月鬼・参上!

 その体は、全身赤ベースに胸元は小さな甲冑のような管戦士特有のパイプ型装飾が、そして頭部の角は、中央から後頭部の方まで鋭い刃先を伸ばしている。

 甕月鬼、その頭部の刃角を左手ではずし、全身を縛られている吹雪鬼に向かって投げる!

 光り輝きながら飛ぶ甕月鬼の刃角は、まずはフルカガミの鏡面から飛び出している黒髪の束を切断!

 そして、腕をサッと振り下ろす甕月鬼。

 すると、光る刃角は空中でクルリと回転して、吹雪鬼を縛る黒髪の束を上から下へ巧みに切り裂いた!

 解放され、ガクッと膝をつく吹雪鬼。

 そして、甕月鬼の頭部に戻る刃角。

 吹雪鬼に駆け寄る甕月鬼。

甕月鬼「大丈夫ですか!? 吹雪鬼さん!」

吹雪鬼「……ええ。ありがとうございます」

女「甕月鬼さん! 後ろ!!」

 バンの助手席から降りた女が叫ぶ。

 いつの間にか背後に廻っていたフルカガミが、またしても黒髪の束を鏡面から吐き出す!

 吹雪鬼、烈雪剣を構え、迫り来る髪の束を次々と切り裂く!

 甕月鬼、一歩下がって背中から鍵盤ハモニカ型音撃管・明星(みょうじょう)を外しながら、同行してきた女性に向かって叫ぶ。

甕月鬼「ホウキ!」

ホウキと呼ばれた女「はい!!」

 ホウキ、左手首に付けた音錠を鳴らすと左腕を頭上でクルリと回す。

 と、その左手付近から無数の花びらが生まれ出て、風とともにホウキの全身を包み込む!

縫鬼(ほうき)「ヤッ!」

 左手を斜め下に振り下ろして花吹雪を断ち切り、縫鬼が鬼に変身!

 その姿は、上半身はベージュベースの着物のような造形のスーツに弦戦士特有の肩ベルトが巻かれ、下半身は袴風の出立ち。

 その縫鬼、腰の後ろ側から一尺ほどの竹ざしのようなものを取り出して、両手で前に構える。

縫鬼「……イヨッ!」

 縫鬼の掛け声とともに、竹ざしは三尺ほどのピンク色に輝くビームソードに変化した!

 剣を顔の前で構えながら走る縫鬼。

縫鬼「ヤッ! ハァ!!」

 吹雪鬼とともに、迫り来る無数の髪の束を光る剣で次々と切り落としていく。

 一方、後ろに下がっていた甕月鬼は、背中から取り出した明星を両手でマシンガンのように構え、チューブの先をフルカガミに向けたかと思うと、そのまま照準を上空高くへと移動。

甕月鬼「……フン!」

 気合いとともに、チューブの先から金色の光球が発射!

 フルカガミの頭上高くに撃ち出された光球は、そこでパンと花火のように弾け、光のシャワーがフルカガミに向かって降り注ぐ!

 金色の光に包まれるフルカガミ。

 甕月鬼、ベルトの音撃盤・諸星(もろぼし)をはずして地面に埋め込む。

 すると、諸星はググッと上下そして左右に広がってピアノ台に変化!

 その上部に明星を取り付ける甕月鬼。

 と、鍵盤がひと回り大きく膨らみ、それはあたかもグランドピアノの如き音撃武器に変化した!

甕月鬼「音撃弾・熱岩即興!」

 華麗にピアノ音撃を奏でる甕月鬼。

 その美しい音色が、周囲の木々と反響して、そこに熱く清らかな音の世界を作り出していく!

 そして、フルカガミを包み込んだ金色の光が音撃の威力に反応して、バチバチッと火花を散らす!

 徐々に、中のフルカガミに伝導していく熱岩即興の波紋!

 と、ピシピシとひび割れていくフルカガミ。

 そしてついに……、爆発!!

甕月鬼「フゥ……」

 明星を取り外し、小さく縮んだ諸星を地面から拾ってベルトに戻す甕月鬼。

 吹雪鬼、縫鬼が顔の変身を解く。

ホウキ「フブキ様、お久しぶりでごいざいます!」

 髪を腰まで長く伸ばしたホウキ、シャキシャキッとフブキに頭を下げる。

フブキ「久しぶり。元気?」

ホウキ「はい!」

 甕月鬼の方へ歩み出すフブキとホウキ。

 と、甕月鬼も顔の変身を解除。

フブキ「ミカヅキさん、ありがとうございました」

ミカヅキ「いえいえ。このタイプの魔化魍に限っては、通常の音撃やったら通じませんからね~」

フブキ「過去に一度だけ出没したことがあると聞きましたが」

ミカヅキ「ホンマはね、この二、三年チラホラ出てきてるんですよ。だからボクのような音撃の方法も実用化されたわけでね。まあ、詳しいことはホウキから話してもらいましょか」

 一転、曇った表情になって頷くホウキ。

 

○たちばな・地下作戦室

 うつむいていたホウキが、ゆっくり顔を上げて話し始める。

ホウキ「……はっきりした原因が分かれへんかったもんですから、ここ三年ほどは本部が独自に調査してきました」

 事情を話すホウキを机を囲んで見つめる勢地郎、フブキ、ミカヅキ、みどり、香須実、そして日菜佳。

ホウキ「結論から言いますと、魔化魍の力を悪用して異形の物体を造り出してる人物が今でもいてるっちゅーことです」

みどり「それは、昔の記録に残っている犯人と関係が……?」

ホウキ「(人差し指を立てて)ズバリ、その子孫ですね」

日菜佳「なんと!」

 厳しい表情になる他の者たち。

香須実「……その、昔の犯人ってのは、その後どうなったんですか?」

 香須実の言葉に、チラッとミカヅキの方を見遣るホウキ。

 コクッと頷くミカヅキ。

ホウキ「……消されました」

香須実「え!? 消されたって……、それってつまり……」

 腕組みして黙っていた勢地郎が、重々しく口を開く。

勢地郎「やっぱりそうか……。極秘事項にしているのは、殺し、が関係しているからってことだね? つまり、君のご先祖との関係が……」

 そう言いながら、ジッとホウキを見据える勢地郎。

日菜佳「え? ホウキさんのご先祖って」

ホウキ「……殺し屋でした」

日菜佳「こ……、殺し屋って……!!」

 張り詰める空気。

勢地郎「ホウキ君のご先祖は、私達とは違った意図で裏の世界を暗躍していた組織の一人だったんだ。名前は確か……、おりくさん、だったねぇ?」

ホウキ「はい」

香須実「裏の世界の殺し屋って、一体……」

ホウキ「まあ、簡単に言いますと、悪い奴に恨みはらすために、お金を貰って暗殺やってたってことです。……正直、ワタシは認められへんのですけどね」

 ホウキの言葉に、ちょっぴり苦笑いのミカヅキ

みどり「え? じゃあその、蛍ちゃんのご先祖が、その犯人を?」

ホウキ「ん……」

 言いにくそうなホウキを、勢地郎がフォローするように補足説明する。

勢地郎「公にはされていないが、当時、その組織と猛士は何らかのつながりがあったと言われてるんだ。もしかしたら、猛士からの依頼……だったのかもしれないねぇ」

ミカヅキ「……でも、人殺しには変わりませんからね」

勢地郎「そう。だから『人間を守る』ことが大命題の猛士の立場上、つながりがあったとは言えないわけだ」

 と、ここまで黙って聞いていたフブキが口を開く。

フブキ「……で? その子孫とやらが、今回の事件にどう関係してるわけ?」

勢地郎「うむ。そもそも、子孫という確証はあるのかい?」

ミカヅキ「おりくさんが始末した江戸時代の悪党には、一人息子がおったんです。で、猛士としては、後々同種の事故が起こったらあかんといういことで、代々密かにその一族を監視しとったわけですね。その監視役が、おりくさん以降、このホウキまで続いてるっちゅうことです」

ホウキ「それで、ワタシの代になって監視していた一人の女性が、三年くらい前から妙な動きをし始めたんですよ」

フブキ「妙な動き?」

ホウキ「全国各地、色んな施設の廃墟を巡っては、数日間行方が分かれへんようになるんですわ。で、その度に無機物魔化魍が現れて、それをミカヅキさんが退治するって感じで……」

ミカヅキ「おかげさんでここんとこ出張の多いこと多いこと!」

 呆れ顔で手を横に広げるミカヅキ。

みどり「てことは、その女性が魔化魍を造り出している、と」

ミカヅキ「ま、十中八九、間違いありませんな」

勢地郎「ふ~む。では、まずはあの鏡の出処をあたってみないとねぇ……」

香須実「でも、まさか私達が聞き込みするわけにも……」

 香須実の言葉を受け、ニヤリとしながら立ち上がる勢地郎。

勢地郎「こういう時のために、警察ってもんがあるんだよお?」

 勢地郎、そう言いながらPCのキーボードをポンポンと叩いて何やら送信する。

日菜佳「ちょ、ちょっと待ってくださいよ父上! 警察に言ったりなんかしたら……」

香須実「うん。私達の素性がバレたりしたら大変よ!?」

 焦る香須実と日菜佳。

みどり「フフフ。大丈夫よお? 二人とも」

 と、ツーツーと電話が鳴る。

勢地郎「お、来た来た」

 電話を取る勢地郎。

勢地郎「おお、ご苦労さん。どうだい? 調子は。……ああそう。実はね、ちょっと頼みたいことがあってねぇ。例のサーバーに詳しい事を入れておくから、なんとか動いてもらえないかな。……うん、……分かった。じゃ、よろしく頼むよ」

 勢地郎、電話を切ってPCの前に座り込む。

香須実「え? どういうこと?」

勢地郎「(キーボードを叩きながら)猛士にはね、合法的に民間調査するために、実は警察機構内にも何人かメンバーがいるんだよ。彼らは、みんな学生の頃から猛士として鍛えた後に、各地方の警察機構へと入ってるんだ。……今回、事件の起きた民家は群馬県警の管轄だから、そこにいる秋月君にちょっと頼んでみるよ」

 続けてキーボードを打つ勢地郎。

 日菜佳、呆けた表情で、

日菜佳「ほへ~、知らんかった……」

ミカヅキ「……よし! そしたら、ボクらも当たりつけに行きましょか」

 立ち上がるミカヅキ。

フブキ「そうですね」

 同じく立ち上がるフブキ。

 フブキ、ミカヅキ、ホウキの三人が階段の方へ、そして、みどり、香須実、日菜佳が勢地郎のいるPCの辺りへと歩を進める……。

 

《CM》

 

○右京の自宅

 畳の上に寝っ転がり、一人物思いに耽る右京。

 ふと上体を起こし、机の上のオーボエに目を遣る。

 少し見つめた後、視線を天井へ移して溜め息一つ。

 ゆっくりと起き上がり、机に近付いていき、オーボエを手に取る。

 真剣な眼差しで、オーボエを見つめる右京……。

 

○ファミリーレストラン

 食事中の右京とすずめ。

 パクパクとハンバーグを頬張るすずめ とは対照的に、食事に手を付けず、考え込んだ様子の右京。

すずめ「……どしたの? 食べないの?」

右京「あ、いや……」

 右京、フォークを持って、目の前のスパゲティをつつく。

すずめ「どっか具合でも悪いの?」

 少し心配そうに身を乗り出すすずめ。

右京「いや、大丈夫。ゴメン……。(怖々とすずめの顔を見て)……あのさ、俺……、音楽辞めようと思うんだ」

すずめ「ングッ!! ……ええっ!? どういうこと!?」

右京「その……、他にやりたい事が出来たっつーかさ……」

すずめ「何何? 就職する気になったの?」

右京「いや……、そうじゃないんだけど」

すずめ「じゃあ何よ?」

右京「(俯いて)……ちょっと、まだ言えないんだよ」

すずめ「(手に持ったナイフをブンブンと振り回しながら)え?ちょっと何よソレ!? 私には言えないってわけ!?」

右京「そういうわけじゃないんだけど……」

 すずめ、煮え切らない右京に呆れて、座席の背もたれにドサッと身を預ける。

すずめ「ふう……。学校出てからさあ、プロになるためにずっと頑張ってきたわけでしょう? それを簡単に諦めるわけ? ……まあ、他にやりたい事が見つかったってんなら、それはそれでいいんだろうけど、何なの? またフリーターのまま別のコトやろうとしてんの? いいの? それで。もう二十五よ、二十五!」

 畳み掛けるように右京を責めるすずめ。

右京「いや、前からやりたかったことでもあるんだ。音楽とゆくゆくは両方で一人前になろうと思ってた。ただ、一つに絞らないとこれ以上進めないような気がしてて……」

すずめ「だから、何がやりたいのよ!?」

右京「……時期が来たら言うよ」

すずめ「(カッとなり)何ソレ!? 私はね、フラフラしてるアンタでも、夢を捨てないで頑張ってるから、ずっと応援してきたのよ!? いいトシしてフリーターだなんて、ホントは恥ずかしいんだから! ……もういい!! 訳言ってくれるまで、私、会わないからね!!」

 バン!とテーブルを叩いて席を立つすずめ。

 バッグを持ち、そのまま席を離れようとして、ふと気付いたようにピタッと止まる。

すずめ「(バッグから千円札を一枚取り出してテーブルの上に置き)これお勘定!」

 プイッと振り返って、スタスタと店を出ていくすずめ。

 残された右京、すずめを引き止めることもなく、天を仰いで溜め息一つ……。

 

○事件のあった山間部

 ベースキャンプを張っているフブキ、ミカヅキ、ホウキの三人。

 フブキ、ディスクアニマルのケースを開けて、音笛を吹く。

 次々と空中へ飛び出し、浅葱鷲となって羽搏いていくディスクアニマル達。

 一方、ミカヅキも青いディスクを数枚簡易テーブルの上に並べて、音笛をひと吹き。

 すると、ディスクはズングリムックリした牛のような形態と化し、ピョコピョコと跳ねるように探索に出発していく。

 三体所持しているミカヅキの専用ディスクアニマルの一つ・藍墨牛(あいすみうし)だ。

 浅葱鷲を見送ったフブキ、振り返ってディスクアニマルのケースを片付ける。

 と、ミカヅキが声をかける。

ミカヅキ「そういや、フブキさん」

フブキ「え?」

ミカヅキ「最近、休みなしで頑張ってるらしいですね。あきませんよ、無理したら」

フブキ「(わずかに笑みを浮かべながら)別に、無理はしていませんわ」

 そう言いながら、専用バン・結晶のバックラックで荷物を整理するフブキ。

ミカヅキ「そうですか? おやっさん、心配してはりましたけど。……もしかして、償いのつもりですか?」

 ピクッと動きを止めるフブキ。

フブキ「償いというのは大げさなんですが、やはり私は……」

ミカヅキ「別に気にすることないでしょ。音楽やってた時でも、ちゃんと猛士の仕事もこなしてはったんですから」

フブキ「(苦笑いしながら)いじめないでください……。自分でそう思っていても、結局、色んなところに負担がかかってたんじゃないかって……。思い上がっていたんです、私。ミカヅキさんが、猛士に入ると同時に何の未練もなくピアノを辞めた訳が、やっと分かったような気がします」

 優しい笑顔のミカヅキ。

 その横で、少々イジワル顔のホウキ。

ホウキ「なんか、フブキさんらしくないですね~。(フブキの口調を真似て)私だからできることなのよ。あなたには、到底無理ね! ……な~んて言うてたのに」

フブキ「コラ! 師匠をからかうな!」

ホウキ「ヘヘ。……でも、そしたらワタシの立場って、ちょっと複雑やなあ」

ミカヅキ「君の場合は、まあちょっと特殊やからなあ」

 と、ここでミカヅキの携帯電話が鳴る。

 電話に出るミカヅキ。

ミカヅキ「はい。ああ、お疲れ様です。……はい、そうですか。……はい。え~っと、こっから近いですか?」

 話しながら、ホウキに手で何やら合図するミカヅキ。

 ホウキ、それを見て、簡易テーブルの上にあった地図を素早く取ってミカヅキに渡す。

ミカヅキ「……ああ、この辺ですね。分かりました、早速向かいます。……はい」

 電話を切るミカヅキ。

フブキ「何か分かったんですか?」

ミカヅキ「うん。秋月さんの聞き込みで、あの鏡は近所の古道具屋で買ったもんやということが分かったって。で、その古道具屋は、その鏡を山奥の廃屋からこっそり拝借してきたっちゅうことですわ」

ホウキ「セコッ!」

ミカヅキ「こっからそんな遠ないみたいですから、とりあえず、そっちへ向かってみましょか」

フブキ「分かりました」

 支度を始める三人。

 

○たちばな

 店内では、みどり、香須実、日菜佳が談笑している。

 入口の扉が開く。

香須実「(反射的に扉の方を見ながら)あ、いらっしゃいませ!」

 入ってきたのは右京。

香須実「……あ、あなたは確か……」

 右京の方へ振り返り、ふと真顔になるみどり。

右京「薄葉右京です。こないだはどうも」

香須実「ありがとうございます、また早速来ていただいて……。さ、どうぞどうぞ!」

 右京に席を勧める香須実。

右京「あ、いえ……。その……、フブキ……さん、いますか?」

 怪訝な表情になる香須実と日菜佳。

香須実「あ……と、今日は、来てませんけど……」

右京「そうですか……」

 そう言って、キョロキョロと店内を見回す右京。

香須実「……あの、まあせっかくですから、お団子でも食べていってくださいよ!」

 再度、右京に席を勧める香須実。

右京「あ……、じゃあ」

 ゆっくりと席につく右京。

 顔を見合わせるみどり、香須実、日菜佳の三人。

日菜佳「(バタバタとお茶を持ってきて)えと、ご注文は何にしましょうか?」

右京「(日菜佳の言葉を無視するように)フブキさんは、よくここに来るんですか?」

日菜佳「え!?」

 思わず体を引く日菜佳。

右京「フブキさんの仕事、このお店と関係あるんですよね?」

 香須実の方を振り返る日菜佳。

 焦った表情の香須実。

 と、みどりが笑みを浮かべながら右京の正面の席に座る。

みどり「(にこやかに)右京君……だったわよね? フブキさんに、用事?」

 

○山奥・旧家の廃屋

 古めかしい旧家の廃屋。

 もう人が住まなくなって十数年は経っていると見え、外観は鬱蒼と茂った木々のつるや葉っぱに覆われている。

 その廃屋の前に立つフブキ、ミカヅキ、ホウキの三人。

ホウキ「なんか、ゾクゾクしますね!」

ミカヅキ「お前、顔笑ってるで」

フブキ「(ホウキを見据えて)こんな場所が好きだなんて、やっぱりあなたは変わり者ね」

 そう言って、建物の周りを伺うフブキ。

ホウキ「フブキさんに言われたかないです」

 ニヤけた顔のまま、先んじて中へ入っていくホウキ。

 続いてミカヅキも中に入る。

 フブキは、外側からグルッと裏庭の方へと回り込んでいく。

 

○同・廃屋の中

 中を物色するミカヅキとホウキ。

ホウキ「調度品とかって、案外残ってるもんですねぇ」

 そう言いながら、椅子や置物に触っては埃をはらうホウキ。

ミカヅキ「時々値打ちもんもあるみたいやなあ。せやから古道具屋なんかも目ェつけてくんねやろ」

 

○同・建物の裏庭

 建物の周囲を入念に見回すフブキ。

 と、庭先の木の傍から葉こすれする物音が。

 視線を移すフブキ。

 そこにいたのは、三十代くらいの背の低いおかっぱ頭の女。

 女は、フブキと目を合わすやいなや、振り返って逃げ出す。

フブキ「ムッ!」

 追うフブキ。

 女の立っていた木の傍に来て辺りを見回すが、既に女の姿はない。

フブキ「もしや……」

 と、廃屋の中からホウキの声が!

ホウキ「ヒャッ!!」

 フブキ、振り返って廃屋の方へと走る!

 

○同・廃屋の中

 ホウキの手には埃だらけの琵琶、そしてその琵琶の弦がつるのように伸びてホウキの腕から体へと絡みついている!

ミカヅキ「ニャロッ!」

 ミカヅキ、腰から音笛を抜いてひと吹きして鬼に変化!

 甕月鬼、ホウキの方へ走りながら頭部の刃角を取り外し、居合い斬りの要領でホウキに絡みついた琵琶の弦を切る!

 ホウキの体からポーンと飛び離れて宙に浮かぶ琵琶。

 するとその背後に、うっすらと人型の影が浮かび上がってきた。

 と、外からフブキが駆け込んでくる。

 琵琶を抱えた黒い影(上半身は人型だが下半身はまるで雲のような形態)は、飛び込んできたフブキの横を素早く通り過ぎて、猛スピードで彼方へと消えていった……。

 甕月鬼、顔の変身を解いてホウキの体を労わる。

ミカヅキ「大丈夫か?」

ホウキ「……はい。アンニャロー、よくも乙女の柔肌を!」

 そう言いながら弦に絞め付けられた二の腕をさするホウキ。

フブキ「今度は何です?」

ミカヅキ「ありゃあビワノセイですね。まさかと思ってたけど、迂闊でしたわ」

フブキ「……女が、いたわ」

ホウキ「それって、おかっぱで小っちゃい奴ですか!?」

フブキ「ご名答」

ホウキ「やっぱりアイツか……」

ミカヅキ「……とりあえず、この辺り一帯をもっぺんあたってみるしかないですねぇ」

 

○たちばな

 妙な緊張感が漂う右京のテーブル。

右京「……俺、フブキさんの弟子になりたいんです」

 驚く香須実と日菜佳。

みどり「(冷静に)弟子って……、あなたもフルートを?」

右京「いえ。そっちじゃなく、今専属でやってらっしゃる仕事の方です」

 思わず顔を見合わせる香須実と日菜佳。

みどり「(焦った笑みを浮かべながら)えっと……」

 

○八之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 たちばなで話すみどりと右京。

みどり「右京君、君、鬼がどういうものだか分かってる?」

 ベースキャンプ中のミカヅキとホウキ。

ホウキ「じゃあ、ワタシは例の女の行方をあたります」

 森の中で対峙する謎の女とホウキ。

女「あなたなんかに……、あなたなんかに私の気持ちが分かってたまるもんですか!!」

 九之巻『荒ぶる血筋』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九之巻『荒ぶる血筋』

○たちばな

右京「……俺、フブキさんの弟子になりたいんです」

 右京の言葉に驚く香須実と日菜佳。

みどり「(冷静に)弟子って……、あなたもフルートを?」

右京「いえ。そっちじゃなく、今専属でやってらっしゃる仕事の方です」

 思わず顔を見合わせる香須実と日菜佳。

みどり「(焦った笑みを浮かべながら)えっと……、何の、ことかなあ?」

右京「とぼけなくたっていいですよ。……俺も、鬼として人助けする仕事がしたいんです!」

 思わず沈黙するみどり、香須実、そして日菜佳。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 九之巻『荒ぶる血筋』

 

○たちばな

 みどり、ジッと右京の目を見て、大きな溜め息をつく。

みどり「……ハァ~。右京君、君さあ、鬼がどういうものだか分かってる?」

右京「五年前、フブキさんの戦いっぷりを見ましたから」

 驚いて顔を見合わせる香須実と日菜佳。

みどり「それだけで、鬼の何たるかを分かったつもりなの?」

右京「フブキさんに、何回か色んな話を伺いました。あの時、フブキさんが鬼として人間を守っているってことを知ってから、俺ずっと弟子入りを頼んできたんです。……でも、フブキさんは受け入れてくれませんでした。俺の気持ちが、中途半端だと思ったんでしょうね。俺も、フブキさんのように音楽と鬼の両方を極めたい!って思ってましたから……。それでも、フブキさんは俺に『鍛えなさい』って言うばっかりで全然相手にしてくれない……」

みどり「……それで?」

右京「だから俺、フブキさんに言われたように、まずは音楽を!と思って、卒業してからもずっとオーボエに没頭してきました。……だけど、最近迷ってきたんです。俺がホントにやりたいことはどっちなんだろうかって。そんな時、こないだここでフブキさんに久しぶりに会って、俺改めて実感したんです。やっぱり俺は、この仕事がしたい! 鬼になって、人間の自由を守りたい!って……」

 圧倒されている香須実と日菜佳。

 みどり、再び右京の目をジーッと見据える。

みどり「……あのね右京君。これはね、そう簡単にできる仕事じゃないわよ?」

右京「分かってます! 俺、どんなことでも頑張ってやり抜くつもりです! ……フブキさん、次はいつ来るんですか!?」

みどり「う~ん……。しばらく来ないんじゃないかなあ。その、ここにはね、あんまり来ないのよ」

右京「……俺、フブキさんの自宅の場所も、知ってますよ」

 ドキッとする三人。

右京「でも、自宅まで押しかけるような真似は、もうしたくないんです」

 そう言って立ち上がる右京。

右京「また来ます」

 右京、店から出ていく。

みどり「ハァ~……」

 溜め息をつきながらへたり込むみどり。

香須実「……みどりさん、事情知ってたんですか?」

みどり「まあねぇ……。でも、まさか未だにそんな気持ちだったとは思わなかったけど……」

香須実「なんか、ますます明日夢君っぽいですね~」

みどり「でも、明日夢君と違ってな~んか歓迎ムードじゃないのよね~」

日菜佳「そうデスカ? 悪い人じゃなさそうですけど……」

みどり「それはそうなんだけど……。何て言うのかな、学校出てから、音楽家目指して勉強してるって聞いてたんだけど、三年間進展なしでしょう? ちゃんと就職してるわけでもない。……フリーターが悪いってわけじゃないけどさぁ、何かこう、芯ってモンが感じられないのよねぇ……」

 と、入口の扉が開いて、ヒビキと明日夢が入ってくる。

ヒビキ「ただいま~!」

香須実「(振り向いて)あ、ヒビキさん、お帰りなさ~い!」

 

○同・地下作戦室

 電話で話している勢地郎。

勢地郎「……ああ、そう。そいつは、参ったねぇ……。ウン。ま、とにかく、よろしく頼むよ。……はい、じゃ」

 電話を切って、腕組みして考え込む勢地郎。

勢地郎「今度は琵琶かあ……」

 と、階段からヒビキと明日夢が現れる。

ヒビキ「おやっさん、ただいま!」

勢地郎「おお、お帰り。ご苦労さん。や、明日夢君もご苦労さん。……どうだい? だいぶ慣れてきたかなあ?」

明日夢「はい! ……いや、でも何かヒビキさんの足引っ張ってばかりで」

ヒビキ「そんなことないぞ? よく頑張ってるって。……まあ、まだまだ先は長いからなあ」

勢地郎「そうそう。焦らないで、頑張るんだよ?」

明日夢「はい!」

 ヒビキ、中央の椅子に腰掛けながら、

ヒビキ「そういや、ミカヅキさんが来てるんですって?」

勢地郎「(椅子に座りながら)ああ、そうなんだ。ちょっと助っ人にね。……ホウキ君も一緒だよ」

ヒビキ「ホウキ……。ホウキってぇと……、あ! 一時期フブキさんが教えに行ってたあのホウキですか!?」

勢地郎「そうそう。よく覚えてるねぇ」

ヒビキ「そりゃそうですよ! あん時はまだ九人体制でしたから、フブキさんの出張の穴、俺が埋めたんですよお? 確か、半年くらい休みなしだったんじゃないかなあ」

勢地郎「そ……、そうだったかな?」

 とぼける勢地郎。

ヒビキ「オイ明日夢。この組織はな、結構平気でムチャやらせるから、気をつけた方がいいぞ~?」

明日夢「は、はあ……」

 苦笑いの明日夢。

ヒビキ「……ところで、変な魔化魍が出てるんですって?」

勢地郎「そうなんだ。さっき、フブキ君から連絡があったんだが、また新手の奴が出てきたってことらしい……」

 

○とある森の中

 フブキ、ミカヅキ、ホウキの三人がベースキャンプを張っている。

 ミカヅキ、赤と銀のディスクをトランプのように簡易テーブルの上に並べる。

ミカヅキ「今までの傾向からして、無機物魔化魍の行動範囲はごっつい狭いんですよ。せやから、この辺を虱潰しにあたったらすぐ見つかると思いますよ」

フブキ「了解です」

 フブキも、ディスクアニマルのケースを開けてそのまま地面に置く。

 ミカヅキ、腰から音笛を抜いてひと吹きすると、机の上に並んでいた赤と銀のディスクが次々とアニマル化。

 赤の方はトカゲのような形態に、銀の方は人型のロボットのような形態に変化した。

 ミカヅキの専用ディスクアニマル、真朱竜(しんしゅりゅう)と銀蟷螂(ぎんかまきり)だ。

 真朱竜は地面を這って草むらへと消えていき、銀蟷螂は忍者のように高々とジャンプしながら木々の間へと消えていく。

 一方、フブキも音笛を吹いて、浅葱鷲を飛ばす。

ホウキ「じゃあ、ワタシは例の女の行方をあたります」

ミカヅキ「オッケー。何かあったら連絡するわ」

 ホウキ、長い髪を頭の上で器用にまとめながら、謎の女の捜索に向かう。

   ×   ×   ×

 森の中を歩くホウキ。

 ホウキの脳裏に、吉野本部での状景が浮かぶ……。

   ×   ×   ×

《回想・猛士吉野本部》

 本部の研究室で、バッグに荷物を詰めているホウキ。

 と、部屋の逆側でPCに向かっている同僚たちの声が聞こえてくる。

同僚の女A「何? あのコ、また出張?」

同僚の男B「おんのかおれへんのか分かれへんな」

同僚の男C「まあ、バイトみたいなもんだからね」

同僚の男B「せやけど、本職でやってへんくせに、出張は一人前やもんな」

同僚の女A「シッ! 聞こえるわよ」

 チラリとホウキの方を見て、再び作業を続ける同僚たち。

 ホウキ、平然とした表情でバッグを持って立ち上がる。

ホウキ「では、行ってきます」

同僚の男C「(振り向きもせず)ああ、行ってらっしゃい」

 ホウキ、中空に深々と礼をして部屋を出ていく。

《回想・ここまで》

   ×   ×   ×

ホウキ「(……アンタらなんかに、ワタシの気持ちが分かってたまるもんかい!)」

 黙々と歩き続けるホウキ……。

 

○たちばな・地下作戦室

 中央の机で向かい合って話し込んでいる勢地郎、ヒビキ、明日夢。

ヒビキ「……ふうん。じゃ、ホウキに至るまでずっと、その一族を見張ってるわけですか……」

勢地郎「そうだね」

 考え込むヒビキ。

明日夢「ヒビキさん?」

ヒビキ「……おい明日夢、おかしいと思わないか? こういうやり方って、罪人の一族はみんな罪人だって決めつけてるみたいじゃないか。そりゃあ、今回はそのおかげで変な魔化魍の糸口が掴めたかもしれないけど、これが猛士のやり方なのかと思うと、俺はちょっと……」

勢地郎「ヒビキ……」

 真剣な表情になる三人……。

 

○森の中・女を捜索するホウキ

 怪しげな小屋や倉庫を順々にあたっていくホウキ。

 と、とある崩れかけた小屋の陰に、例のおかっぱ頭の女を発見する。

ホウキ「あっ!」

 女に近付くホウキ。

 一方、おかっぱ頭の女はホウキを見据えたまま立っている。

 と、女の目の前二メートルほどのところで、ホウキは突如足元から崩れ落ちる。

ホウキ「……わっ!」

 ホウキ、その踏んだ地面が丸く崩れ落ちて、落とし穴のようなものに真っ逆さまに落下。

 どうやら、枯れた古井戸をおかっぱ頭の女が落とし穴にしていたようで、ホウキはその深い底で尻餅をついてしまう。

ホウキ「アイタタタ……」

 古井戸の上から、ホウキを覗き込む女。

ホウキ「(上を見上げて)ちょっと! どーゆーつもり!?」

 黙ってホウキを見つめる、おかっぱ頭の女。

 

○同・ベースキャンプの地

 地を駆ける銀蟷螂。

 シュッと忍者のようにジャンプし、ミカヅキのいるテーブルへと降り立つ。

ミカヅキ「お、戻ったか」

 ミカヅキ、音笛を開いて手前に差し出すと、銀蟷螂はスッと飛び上がってディスク化し、その上に落下。

 ディスクを回すミカヅキ。

 フブキもそこへ近付く。

フブキ「どうですか?」

ミカヅキ「……当たりは当たりなんですが、何かヘンな音が混じってるよーな……。まあ、とりあえず行ってみましょか」

フブキ「はい」

 ミカヅキ、鍵盤ハモニカ型音撃管・明星を背中に背負うとともに、ホウキの三味線型音撃弦・風月(ふうげつ)も携え、フブキと一緒に歩き出す。

ミカヅキ「電話電話、と……」

 ホウキの携帯電話に電話するミカヅキ。

ミカヅキ「……あれ?」

フブキ「どうしました?」

ミカヅキ「留守電」

 そう言いながら、携帯電話をフブキの方へ掲げるミカヅキ。

ミカヅキ「電波悪いんですかね? 途中でまたかけてみましょ」

 出発するフブキとミカヅキ。

 

《CM》

 

○森の中・廃小屋近く

ホウキ「アンタ……、アンタが魔化魍操ってんねやろ!? 何でやの!? 何でそんなことを……」

 古井戸の底からおかっぱ頭の女に向かって必死に問いかけるホウキ。

 しかし、女は無表情でジッとホウキを見つめたまま。

ホウキ「ちょっと……、何とか言いーや!!」

 と、女はスッと姿を消したかと思うと、手に持ったスコップで古井戸の中へ周りの土をバサバサと入れ始めた。

ホウキ「……ちょっ!! やめんかコラッ!」

 降ってくる土を手で避けながら叫ぶホウキ。

 と、そこへフブキとミカヅキの姿が。

フブキ「(おかっぱ頭の女を見つけて)は! あの女……」

 おかっぱ頭の女、フブキらに気付いて振り返る。

ミカヅキ「おい! お前そこで何やってんねん!」

 ミカヅキの声にハッとするホウキ。

ホウキ「……ミカヅキさん!」

 女の足元から響くホウキの声。

ミカヅキ「え? ホウキ?」

 と、どこからともなく鈍い琵琶の音色が聞こえてきた。

ミカヅキ「ムッ!?」

 辺りを見渡すミカヅキとフブキ。

 すると、二人の頭上高くからビワノセイがフワフワと降りてくる!

ミカヅキ「ボクらに音で対抗しようなんて、それはちょっとおこがましいんとちゃうかな~。……いきますよ、フブキさん」

フブキ「はい」

 ミカヅキとフブキ、同時に音笛を吹く。

 光の輪がミカヅキを包み、白い吹雪がフブキを包み込む!

甕月鬼「ジョアッ!」

吹雪鬼「ハッ!」

 掛け声とともに手刀でそれぞれの変身結界を断ち切り、甕月鬼、吹雪鬼が鬼化!

 甕月鬼は頭部の刃角を外して手に持ち、吹雪鬼はフルート型音撃管・烈雪に念を送ってソードモードに変化させて、空中に浮かぶビワノセイにジャンプして斬りかかる!

 素早い動きで、二人の攻撃を巧みに避けるビワノセイ。

 と、ビワノセイはまたしても手持ちの琵琶をかき鳴らす!

 周囲に響き渡る鈍い琵琶の音色。

吹雪鬼「ウッ……」

甕月鬼「何やこの周波数は!? こ……、これがさっきの変な音の正体なんか……!?」

 跪いて頭を抱える吹雪鬼と甕月鬼。

 その光景を見て、ニヤッと笑うおかっぱ頭の女。

 と、女の後ろの木が、突如ガタガタと揺れ始め、その上部からニョキっと白い首が飛び出し、幹を左右に大きく広げて動き出した!

 ヌリカベだ!!

吹雪鬼「な……!!」

甕月鬼「そっか! アイツの音が混じってたんか!!」

おかっぱ頭の女「(振り向いて)キャーー!!」

 その場に尻餅をつくおかっぱ頭の女。

 ヌリカベ、ズシンズシンと女に近付いていく。

 古井戸の中で気配を感じ取っていたホウキ、体から土をはらって立ち上がる。

ホウキ「くそっ!」

 左手首の音錠を鳴らすホウキ。

 そのまま左腕を高々と上げてクルッと回すと、花吹雪が井戸中に広がっていく!

 古井戸の上部まで立ち込める花吹雪が外へも溢れ出て、一瞬ピカッと光を放つ。

縫鬼「ヤッ!」

 鬼化した縫鬼が、古井戸の中から驚異のジャンプ力で飛び出し、おかっぱ頭の女に襲いかからんとしているヌリカベに、手首のブレスレットから鬼針を発射!

 鬼針がいくつか背中に命中したヌリカベは、思わず動きを止める。

 着地した縫鬼、背中から音撃撥・艶花(えんか)を取り出して、ヌリカベに斬りかかる!

 一方、ビワノセイの狂音に苦しむ吹雪鬼と甕月鬼。

 甕月鬼、跪いたまま頭部から外した刃角をビワノセイに向かって投げる。

 しかし、うまく照準が定まらない。

吹雪鬼「み……、甕月鬼さん……。縫鬼に、風月を……!!」

甕月鬼「あ、そやった! ……縫鬼!!」

 甕月鬼、足元に置いていた縫鬼の音撃弦・風月を拾って縫鬼に投げ渡す。

 縫鬼、風月をキャッチして、さらに四方八方からヌリカベに向かって鬼針を撃ち込んでいく!

 一方、吹雪鬼は狂音に苦しみながらもビワノセイの形態を凝視する。

吹雪鬼「(あの人型の影部分……、あそこだけは無機物ではないはず……。あそこを狙っていけば……)」

 吹雪鬼、烈雪を縦に口元にあて、思いっきり鬼針を吹射!

 甕月鬼、それを援護するように、腕を回して飛ばした刃角を遠隔操作!

 甕月鬼の刃角を避けていくことで、逆に吹雪鬼の鬼針がビワノセイの人型部分に命中していく!

 吹雪鬼、烈雪を横に持ち替え、ベルトの音撃鳴・さざれをそこに取り付けて麗麗とフルート音撃を奏でる!

 鬼針の食い込んだビワノセイの人型部分が、吹雪鬼の音撃を受けてガクガクと揺れ動く!

 そして、ビワノセイは空中で激しい音とともに四散!!

 と、黒いオーラに包まれた魔化魍琵琶が地上にカターンと落ちる。

甕月鬼「今や!」

 甕月鬼、明星のチューブをその魔化魍琵琶に向け、金色の音撃球を発射!

 魔化魍琵琶の直前でバッと弾けた音撃球は、そのまま金色の粒子となって魔化魍琵琶を包み込む!

 甕月鬼、ベルトから音撃盤・諸星をを外して地面に埋め込み、ググッと膨らみ上がったピアノ台に明星を取り付ける。

 大きく広がる明星の鍵盤!

甕月鬼「音撃弾・熱岩即興!」

 細やかな早弾きでピアノ音撃を奏でる甕月鬼。

 金色の球体に包まれた魔化魍琵琶は、甕月鬼の音撃波動を受けてバチバチッと火花を散らす!

 そして……、爆発!!

 倒れこんでいたおかっぱ頭の女、粉々に砕け散ったビワノセイを見て愕然とする。

 と、そこに覆い被さらんと近付くヌリカベ!

おかっぱ頭の女「……いやっ!!」

 間一髪、縫鬼が素早く滑り込んで女を抱え込み、その場を脱出!

縫鬼「……ジッとしとき」

 女を降ろし、立ち上がって風月にベルトから音撃震・花鳥(かちょう)を外して取り付ける縫鬼。

縫鬼「音撃節・絡繰無常」

 縫鬼、風月を体の前で構えると、右手に持った音撃撥・艶花で三味線音撃を奏で始める!

縫鬼「雨が降ったらぁ、傘を差す」

 ベン♪

縫鬼「辛い話はぁ、胸を刺す」

 ベベン♪

縫鬼「娘十八ぃ、紅を注す」

 ベベベン♪

縫鬼「魔がさす、棹さすぅ、将棋さす」

 ベンベベン♪

縫鬼「世間の人はぁ、指をさす」

 ベベベンベン♪

 ヌリカベの周りを歩きながら、三味線音撃を奏でる縫鬼。

縫鬼「世の魔化魍にぃ」

 ベ~~~ン♪

縫鬼「とどめ刺す!」

 止めのひと弾きを奏でる縫鬼!

 と、ヌリカベに撃ち込まれていた鬼針が絡繰無常の音撃に共鳴して全身に伝導!

 そして……、爆発!!

   ×   ×   ×

 顔の変身を解き、地面に伏したまま放心状態のおかっぱ頭の女のもとへと近付くホウキ。

 涙を流しながら、ワナワナと震える女。

 そこへ、同じく顔の変身を解いたフブキとミカヅキも近付いてくる。

ホウキ「もう懲りたやろ。魔化魍っちゅーのは、人間をエサにしてんねやで? それを利用していいことなんかあるはずないんやから」

 おかっぱ頭の女、涙目で振り返り、キッとホウキを睨む。

おかっぱの女「あなたなんかに……、あなたなんかに私の気持ちが分かってたまるもんですか!!」

 ホウキ、自分が同僚に対して感じていた気持ちと同様のことを言われ、思わずドキッとしてしまう……。

 

○たちばな・地下作戦室

 一人、座って考え込む勢地郎。

 しばらくの後、立ち上がって電話のところへ行き、どこかへかけ始める。

勢地郎「……ああ、もしもし。関東支部の立花です。やあ、どうもご無沙汰しております。……あ、いえ。そっちの方は順調に。実はですね、ホウキ君のことでちょっとお話が……」

 

○土手沿いの道

 並んで歩くヒビキと明日夢。

ヒビキ「明日夢」

明日夢「はい?」

ヒビキ「俺たち鬼の役目は……、いや、猛士としての役割は、人間を守るってことだ」

明日夢「はい」

ヒビキ「悪い人間ってのも確かにいるし、悪いことが起こってしまうのも世の中だ。だけどな、人を疑うことからは、何も生まれないと思うんだよな。……人を守るってことは、人を信じることから始まるんじゃないかって……。分かる?」

明日夢「な、なんとなく……」

ヒビキ「なんとなく……、か。……ハハッ。ま、いいか!」

 ヒビキ、明日夢の肩をガシッと掴んで、にこやかに歩き続ける。

 

○森の中・廃小屋近く

 涙声で語り出すおかっぱ頭の女。

おかっぱ頭の女「……私の家系は、昔から何故かずっと周りから虐げられてきたわ。代々まともな仕事にも就けなかった。それが罪人の子孫だからってことを聞かされたのは、八歳の時。その上、何だかいつも誰かに見られているようなフシもあったわ」

 ピクッとするホウキ。

おかっぱ頭の女「変だと思って、家に残っていた昔の記録や先祖の資料を色々と調べたのよ。そしたら、人殺しの末裔だからってことで、妙な組織の監視がついているみたいだってことが分かった。……そう、あなたたちのことよ!」

ホウキ「それは……」

おかっぱ頭の女「言い訳なんて聞きたくないわよ。……警察にもストーカー被害だって何度も相談したわ。でも全然相手にしてくれない。どうせあなたたちが手を回してたんでしょ」

ホウキ「違う! そんなことはしてない!」

おかっぱ頭の女「どうだか……。挙句に、どこに勤めても変な噂が立つし、両親はノイローゼ気味になってまともに働くことも出来なくなった。でもお金だけはあった。先祖代々持っていた山を売ったおかげで、お金はうなるほどあったのよ。だから、私は先祖の資料を懸命に解読して、お金の力で実験を繰り返して化け物を造っていったわ……。この化け物たちで、私たち一族をメチャクチャにしたあなたたちに復讐してやろうと思ったのよ! それが悪いって言うの!? 同罪じゃないの……!!」

 狂気の表情で叫ぶ女。

 圧倒されて言葉の出ないホウキ。

 と、ミカヅキが一歩前へ出る。

ミカヅキ「……それはちゃうで。確かに、こっちのやり方も問題あったかもしれへん。せやけど、だからっちゅうて化けモンと同化してえーわけないやろ。アンタも人間やろうが。人間としての誇りがあったら、耐えていくのが人生ってもんとちゃうんか!?」

おかっぱの女「……詭弁よ」

 と、ここでフブキがツカツカとおかっぱ頭の女に歩み寄る。

 女の前に立ちはだかるフブキ。

 見上げるおかっぱ頭の女。

 と、女の頬を思いっきり引っ叩いたフブキ!

おかっぱ頭の女「……ウッ!!」

 バッタリと倒れるおかっぱ頭の女。

フブキ「甘ったれてんじゃないわよ!! どんな理由があろうと、あなたのやったことが許されるわけないわ。それが分からなくて偉そうなことは言えないわよ」

 フブキの言葉をうな垂れたまま聞いているおかっぱ頭の女。

フブキ「人はね、誰でも苦しみを背負って生きているものなのよ。自分だけが苦しいなんて思ったら大間違い。……もっと、心をしっかり鍛えなさい!!」

おかっぱ頭の女「う……、うわああああ!!」

 その場に泣き崩れる女。

 そして、静けさを取り戻していた森の上空に、徐々にヘリコプターの音が近付いてきた……。

 

○たちばな・地下作戦室 & 吉野本部

 中央の机のところに集まり、勢地郎に業務報告をしているフブキ、ミカヅキ、ホウキ。

勢地郎「ご苦労さん。今回は、色々大変だったろう」

ミカヅキ「あの女、おとなしく本部のヘリに乗っていきましたけど、大丈夫なんでしょうかねぇ?」

勢地郎「う~ん、あとは任せるしかないからなあ……」

 俯いていたホウキ、顔を上げて、

ホウキ「事務局長、ワタシ……」

フブキ「いいのよ、ホウキ。あなたは何も言わなくて」

ホウキ「…………」

 辛そうな表情のホウキ。

勢地郎「まあ、あのエリアにあったという、彼女が無機物魔化魍を造り出していた実験室も、その設備ごと全て本部が撤去したってことだから、これ以上被害が出ることはないだろう」

フブキ「少し不安は残りますけどね……」

勢地郎「……あ、そう言えば、さっき本部の研究室からホウキ君に電話があったんだ。折り返し、連絡が欲しいそうだよ?」

ホウキ「そ、そうですか……」

 さらに暗くなるホウキ。

勢地郎「どうかしたかい?」

ホウキ「……いえ! じゃ、ちょっと電話お借りします」

 ホウキ、立ち上がって電話のところへと歩く。

 フブキとミカヅキ、二人キョトンと顔を見合わせると、勢地郎の方を見遣る。

 微笑を浮かべる勢地郎。

ホウキ「(本部に電話をかけ)……あ、お疲れ様です、幌宵です」

   ×   ×   ×

 画面、ここから吉野本部・研究室とホウキを交互に。

同僚の男B「お、蛍か!(周りに向かって)おい、蛍や! ……蛍、スマンかった」

   ×   ×   ×

ホウキ「え?」

   ×   ×   ×

同僚の男B「事情はみな聞いた。お前、一人で苦しんどったんやな……。ホンマにスマンかった」

   ×   ×   ×

ホウキ「そんな……」

   ×   ×   ×

同僚の女A「ちょっと、代わって!」

 同僚の男Bから受話器を奪う、同僚の女A。

同僚の女A「蛍? ホントにゴメン! 帰ってきたら、アンタの好きな味噌煮込みうどんオゴッたげるから、許してね!」

   ×   ×   ×

ホウキ「(明るい表情で)ア、アハ……」

   ×   ×   ×

同僚の男C「(同僚の女Aから受話器を受け取り)幌宵、知らなかったとは言え、バイトと同じだなんて言い方して、すまなかった。許してくれ。……もう帰ってくるんだろ? 待ってるからな」

   ×   ×   ×

ホウキ「(目に涙を溜めながら)ハイ……、ハイ……。じゃ」

 電話を切るホウキ。

 嬉し涙を流すホウキに、勢地郎が説明する。

勢地郎「ホウキ君の生い立ちや鬼の活動については、極秘事項ということで本部でも一部の人にしか知らされていなかったんだが、それじゃあチームワークのいい仕事が出来ないからねぇ。それで、私から、せめて本部内だけでもオープンにしてもらうよう頼んでみたんだ」

ホウキ「事務局長……!!」

勢地郎「それとね。今までやってきた監視の業務は、今日限り完了、ということになったよ」

ホウキ「え!? ホンマですか!? ……じゃ、もう他人を見張るようなことはせんでもいいんですね!?」

勢地郎「ああ」

 ホッと溜め息をつくホウキ。

 そして、にこやかに笑い合うフブキとミカヅキ。

ヒビキ「その話、ホントですか?」

 階段からヒビキの声。

 いつの間にか、ヒビキと明日夢が作戦室にやって来ていた。

勢地郎「(頭を掻きながら)あ……、いやあね。実は今回の件については、ヒビキに叱られちゃったのがきっかけでねぇ」

ヒビキ「(部屋に入ってきて)……ミカヅキさん! お久しぶりです!」

ミカヅキ「やあやあ、久しぶり! ……よっしゃ! じゃ今晩は、東京のウマいもんでも食べさしてもらおうかな~」

ヒビキ「(シュッのポーズをしながら)りょ~かい! では、今夜は俺がバ~ンとご馳走しますよ!」

フブキ「……ヒビキ君、もちろん私もいいのよねぇ?」

 いたずらっぽくヒビキに問いかけるフブキ。

ヒビキ「あ、ああ……。もちろんいいですよお? ……あ! でもトドロキの奴は今日は呼ばないからな! アイツ、こないだもオゴリっつったらメチャクチャ食いやがって……」

ミカヅキ「ハハハハ……」

明日夢「じゃ、今日は僕がトドロキさんの代わりにバンバン食べますよ!」

勢地郎「お。言うね~、明日夢君」

ミカヅキ「よっしゃ! じゃあ、今晩はヒビキの弟子と食べ比べや! な、ホウキ!!」

 バンとホウキの背中を叩くミカヅキ。

ホウキ「……ハ、ハイ!!」

 涙を拭いて、満面の笑みを浮かべるホウキ。

 作戦室いっぱいに、皆の笑い声が満ち溢れていく……。

 

○九之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 たちばなで話すヒビキたち。

ヒビキ「ゴールデンウィークだしな。ここらで息抜きしてこい」

 観劇に来ている明日夢たち。

明日夢「五月姫か……。きれいな人だね」

 作戦室で電話を取る勢地郎。

勢地郎「被害が出ない内に、なんとか見つけ出してくれ」

 十之巻『流れる夜叉』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十之巻『流れる夜叉』

○たちばな

 端の方のテーブルに固まって談笑しているヒビキ、明日夢、イブキ、あきら。

 少し離れたテーブルでは、フブキが湯飲みを傾けている。

 レジでは、日菜佳が精算作業中。

ヒビキ「……でさあ、そん時のミカヅキさんの顔ったら! なあ、明日夢!」

明日夢「いや、僕は……」

ヒビキ「あ! 何だコイツ~」

 笑い合う四人。

イブキ「……僕も会いたかったなあ。もう一日いてくれれば良かったのに」

ヒビキ「お、そういや明日夢。ホウキになんか貰ってなかったか?」

明日夢「ああ!」

 明日夢、ポケットをまさぐり、二枚のチケットを出す。

イブキ「何だい? それ」

明日夢「……えっと、今、新宿の胡麻劇場でやってる『滝夜叉姫』のチケットです。ホウキさん、買ったはいいけど全然行く間がなかったからって、いただたんです」

ヒビキ「へぇ~。いいじゃん。ひとみちゃんと行ってこいよ」

明日夢「え!? いいんですか!?」

ヒビキ「ゴールデンウィークだしな。ここらで息抜きしてこい」

明日夢「ありがとうございます!」

 目を輝かせて、チケットを見つめる明日夢。

 と、入口の扉が開いて、ひとみが入ってくる。

ひとみ「おはようございま~す!」

日菜佳「(レジ精算を済ませて)あ、ひとみちゃん、おっはよ~!」

 ひとみ、ヒビキらのいるテーブルへ近付いていく。

 ヒビキ、明日夢、イブキ、あきらもそれぞれひとみに挨拶。

 フブキもニコッと笑って会釈。

ひとみ「ねぇねぇ安達君! これ、一緒に行かない?」

 そう言って、『滝夜叉姫』のチケットを二枚ヒラヒラと見せるひとみ。

明日夢「あ、それ……」

ひとみ「え?」

 明日夢、自分の持っていたチケットをひとみに見せる。

ひとみ「あれぇ? 安達君も持ってたの~? 何で何で~!?」

明日夢「いや、ちょっと人から貰って……。持田こそどうしたんだよ」

ひとみ「ああ、私は当たったの。ホラ、駅前のスーパーで福引やってたでしょ?」

ヒビキ「へぇ、こいつぁ偶然だなあ。今、丁度明日夢にひとみちゃんと行ってこいって言ってたとこなんだよ」

ひとみ「あ、ありがとうございます! ……う~ん、じゃ、どうしよっかあ、もう二枚……。そうだ! 天美さんも行こうよ!」

あきら「え? 私ですか?」

ヒビキ「おお! そりゃいいや。あきらも息抜きしないとな。イブキとでも行ってこいよ」

 皆の視線がイブキに集まる。

イブキ「あ……、僕は、こういうのはちょっと……」

ヒビキ「なんだ、興味ないのか? ……なんてね。俺も全然ダメだったりして」

ひとみ「え~、じゃ、どうしよっか……」

あきら「(ふと思いついたようにフブキの方を振り返り)フブキさん、一緒に行きませんか?」

フブキ「え?」

あきら「私、フブキさんと一緒に行ってみたいです」

 そう言って、フブキの目をジッと見つめるあきら……。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 十之巻『流れる夜叉』

 

○たちばな

 明日夢とひとみ、そしてあきらとフブキが、観劇に出掛けようとしている。

ひとみ「じゃ、すみませんが、よろしくお願いします」

 ひとみ、そう言いながら香須実と日菜佳にペコリと頭を下げる。

香須実「大丈夫大丈夫! その分、ヒビキさんにたっぷり手伝ってもらっておくから」

ヒビキ「ええ!?」

 たじろぐヒビキ。

フブキ「それじゃイブキ君、天美さんをお借りするわね」

イブキ「あ……、はい! その……、よろしくお願いします!」

 いつになく緊張した様子のイブキ。

あきら「イブキさん、行ってきます」

イブキ「あ、行ってらっしゃい! あきら」

 四人が店から出ていく。

 イブキ、その後ろ姿を追うように、中腰のまま固まる。

香須実「何やってんの? イブキ君」

イブキ「あ……、いえ。大丈夫かなあ、と思いまして……」

香須実「何が?」

イブキ「いや……、フブキさんって、やっぱりちょっとおっかないかな、と……」

日菜佳「な~に言ってんスかもう! フブキさんだってオニじゃないんだし、取って食べちゃったりはしませんって!」

ヒビキ「鬼だぜ? フブキは」

日菜佳「あ、そっか」

 笑いに包まれる店内。

 その中で、イブキだけがちょっぴり引きつった苦笑い。

 

○新宿の胡麻劇場

 開演前の館内、座席を探すひとみ、明日夢、あきら、そしてフブキ。

ひとみ「Hの二十五番……、と。あ、ここだここだ!」

 座席を確認するひとみ。

 と、その二列ほど後方にあきらとフブキの席もあった。

あきら「私たちはここですね」

ひとみ「(後ろを振り向いて)あ、すっご~い! 結構近いね! ……座ろ、安達君」

明日夢「うん」

 席に着くひとみと明日夢。

 そして、あきらとフブキもゆっくりと座席に座る。

ひとみ「私、こういうの初めてなんだあ」

明日夢「俺もだよ」

 期待感でニコニコ顔のひとみと明日夢。

 一方、静かにパンフレットを眺めているフブキ。

 と、あきらがそっと話しかける。

あきら「フブキさんとは、一度ゆっくりお話してみたかったんです」

フブキ「あら、どうして?」

あきら「女性の鬼って、少ないじゃないですか。やっぱり、特別な心構えとか、あるんじゃないかなあって……」

フブキ「そうねぇ……。昔は、やっぱり偏見もあったので苦労してたみたいよ。でも、最近はそんなことはないわね」

あきら「不利な部分とかは、ないんでしょうか?」

フブキ「そうねぇ……。もちろん、体力的にハンデはあるけど、それは自分の努力で補えるものよね。……ネックなのは、男の人と違って、着替えが面倒ってことかしら」

あきら「あ……。それ、私もちょっと心配なんです」

 微笑み合う二人。

 と、館内にブザーが鳴り、暗転。

フブキ「……始まるみたいね。じゃあ、続きは後で」

あきら「はい」

 舞台の幕が上がり、『滝夜叉姫』の芝居 が始まった。

   ×   ×   ×

 壇上で演技する主役の五月姫を、うっとりとした目で追い続ける明日夢。

明日夢「五月姫か……。きれいな人だね」

ひとみ「そうねぇ。(と言いながらふと明日夢の横顔を見て)あ、明日……」

 ひとみ、言いかけてプイッと前に向き直り、少しふくれた表情になる。

 

○たちばな

 入口の扉が開き、すずめが入ってくる。

香須実「いらっしゃいませ! ……あ、こんにちわ~」

すずめ「どうも」

日菜佳「どうぞこちらへ~。今日はデスネ、この時期オススメの一品がありますよ~」

 そう言いながら、すずめを席へと案内する日菜佳。

すずめ「ホントですか!? じゃ、それ大盛りでガンガン持ってきちゃってください!」

日菜佳「アレ? 何かありましたあ?」

すずめ「もう! ひどいんですよ、右京のヤツったら!」

日菜佳「エ……!?」

 すずめの言葉に、思わず香須実もテーブルに近付いてくる。

香須実「あの……、彼氏と、何かあったんですか?」

すずめ「聞いてくれますぅ!? アイツ、音楽辞めて、何か他のことするって言うんですよ!」

 ちょっと冷や汗の香須実と日菜佳。

すずめ「……ま、それはいいんですけどね。個人の自由だし。でも、何やりたいんだか私に何も言ってくれないんですよ! 結構長いこと付き合ってるんですよ? 私たち……」

香須実「ははあ……。それはちょっと……、ねぇ……」

 なんとも歯切れの悪い香須実。

 と、そこでまた入口の扉が開く音。

日菜佳「……い、いらっしゃいませ!」

 入ってきたのは、なんと右京。

右京「こんにちは」

 驚く三人。

すずめ「(立ち上がって)右京君!!」

右京「な……、何だすずめ! なんでお前こんなところに!」

すずめ「それはこっちのセリフよ! アンタ甘いもん嫌いじゃなかったの!?」

右京「いーじゃねーか。俺の勝手だろ」

 言い争う二人に戸惑う香須実と日菜佳。

香須実「あの、二人とも……、落ち着いて、ね?」

すずめ「(香須実をチラッと見て)……はは~ん、さては、この美人店員さんが目当てね?」

右京「ち、違うよ!!」

 美人と言われて、一瞬いい気分になる香須実

すずめ「じゃ、何なのよ!?」

 ますます表情が紅潮していくすずめ。

右京「……あ、すみません、その、うるさくしちゃって。あの、また来ます!」

 そう言って頭を下げた右京、そそくさと店を出ていく。

すずめ「ちょっ……、右京君!!」

 閉まる扉、そして静まる店内。

 すずめ、憤慨した表情のままドカッと椅子に座る。

日菜佳「あの……」

すずめ「……もう! メニューにあるお団子、全部持ってきてください!!」

日菜佳「ええっ!?」

 

○新宿の胡麻劇場

 舞台は、芝居の後半部に入っている。

 父への復讐心から山奥で妖術を得た五月姫、都へと降り立ち、天を仰いで念じる!

 黒子が数人出てきて五月姫を黒い布で覆い、パッと広げると、身の丈二メートルほどの世にも醜い蛙型人間のような妖怪が現れた!

 悲鳴を上げる都の民達。

 そして、思わず尻餅をつく黒子たち。

明日夢「うわっスゴい!! リアルじゃん!」

ひとみ「気持ち悪いくらいね……」

明日夢「でも、なんかボーッとした感じに見えるね。……ホログラフィかな?」

 舞台の上の俳優たちは、それぞれ周りをキョロキョロとしながら声も出ない。

 芝居が止まってしまった感じだ。

明日夢「あれ? どうしたんだろ」

 ザワつく館内、そして、目を見張るフブキ。

男の声「幕!! 幕!!」

 舞台の袖から、スタッフの男の声が聞こえる。

 そして、突如舞台に幕が下りて中断。

 さらにザワつく館内。

場内アナウンス「恐れ入りますが、しばらく中断させていただきます」

ひとみ「なんだろうねぇ?」

明日夢「ウン……」

 明日夢、ひとみに応えながら、チラッとフブキとあきらの方を振り返る。

フブキ「妙ね……」

あきら「ちょっと、飛ばしてみます」

 あきら、ポシェットから音笛と赤いディスクを一枚出す。

 そして、クルクルッと音笛でディスクを回す。

 次第に透明になっていくディスク。

 そしてディスクは、透明の茜鷹となって舞台の方へと飛んでいく。

 一連のあきらの動作を見て、少し悔しげに唇を噛み締める明日夢。

 フブキ、そんな明日夢を見てわずかに微笑む。

   ×   ×   ×

 黒い幕の隙間から、舞台の上へと入り込む透明の茜鷹。

 舞台の上では、俳優たちが口々に「さっきのは何だ!?」と言い合っている。

 うなだれたままの五月姫役の女優の横には、その五月姫が妖怪変化した姿である滝夜叉姫のメイクと衣裳を纏った女優がへたり込んでいる。

 そして、先程の蛙のような怪女の姿は、もうどこにも見えない……。

 

○同・ロビーへと続く通路

 口々に文句を言いながら歩く観客たち。

 その中に、フブキら四人の姿も。

ひとみ「結局中止かあ……。どうしちゃったのかなあ? 女優さん、倒れちゃったのかなあ?」

明日夢「うん……」

 深刻な表情の明日夢。

 と、透明の茜鷹があきらのもとへ戻ってくる。

 あきら、茜鷹の気配に気付いて、人気のない廊下の方へと走っていく。

 フブキ、明日夢、ひとみもそれに続く。

 あきら、音笛にディスク状に変化した茜鷹をセットしてクルッと回す。

あきら「……もういないみたいですね。……でも、僅かに魔化魍の音波が」

ひとみ「ええっ!?」

 一人驚くひとみをよそに、明日夢とあきらは既に鬼の弟子の表情に。

 そして、フブキが携帯電話を取り出し、たちばなへと電話をかけ始める。

 

《CM》

 

○たちばな地下作戦室 & 胡麻劇場廊下

 受話器を持って立つ勢地郎。

勢地郎「……う~ん、そりゃ、まさにタキヤシャだよ」

   ×   ×   ×

 画面、ここから交互にフブキ、勢地郎。

フブキ「そんな魔化魍がいたんですね」

   ×   ×   ×

勢地郎「ああ……。(オープン通話に切り替えて受話器を置き)例の、キュウビとタマモの事件があってから、このテの魔化魍の研究がだいぶ進んだんだ」

 そう言いながら、傍らにいた日菜佳にヒビキを呼んでくるよう合図する勢地郎。

 日菜佳、一瞬キョトンとするもすぐに察知して、階段を駆け上がっていく。

フブキ「(電話のスピーカーから)……ということは、また怨念の魔化魍だと?」

勢地郎「そのようだねぇ……。ただ、キュウビとタマモが土地そのものに巣食う地縛的な怨念魔化魍だったのに対し、このタキヤシャってやつは、強い怨みのパルスに同調して現れる浮遊的な怨念魔化魍のようなんだ。どこから生まれたのかは分からないが、状況からして、その五月姫役の女優さんの怨みの演技があまりにも強烈だったために、そのパルスに同調して出現したんだろう」

 勢地郎が話しているところへ、ヒビキがゆっくりと入ってくる。

フブキ「(電話のスピーカーから)とにかく、この辺りをよく調べてみます」

勢地郎「ああ。すぐに消えたってことは、まだ育ち切っていないってことだろうから、被害が出ない内になんとか見つけ出してくれ。……あ、ヒビキにもすぐ行ってもらうんで、よろしく頼みます」

フブキ「(電話のスピーカーから)分かりました」

 電話のスイッチを切る勢地郎。

ヒビキ「あのタイプの魔化魍が現れる条件って、何ですか?」

勢地郎「詳しくはまだ分かってないんだが、どうも自然現象だけでは片付けられないフシがあるんだよねぇ……」

ヒビキ「……ふーん。とにかく行ってきます!」

 そう言って立ち上がるヒビキ。

勢地郎「あ、そうそう。(奥の棚から何やら取り出して)きっと、これが必要になるぞ」

 勢地郎、キュウビとタマモを退治した時に使った、ヘッドセットマイク型の音撃転換装置を二つ、ヒビキに差し出す。

ヒビキ「なるほど」

 ヒビキ、装置を受け取って、

ヒビキ「じゃ、行ってきます! シュッ」

 ポーズとともに、階段を駆け上がっていくヒビキ。

 

○新宿の胡麻劇場前

 劇場から出てくるフブキ、あきら、明日夢、ひとみの四人。

フブキ「浮遊して怨念に同調していくってことは、そういう怨みの念が集まりやすいところへ行った可能性が高いわね」

あきら「ということは……、墓地?」

フブキ「(頷いて)そんなところね。……ここから近い墓地と言えば……、宗元寺と神楽台霊園ね。二手に分かれましょう。

 天美さんは私と一緒に宗元寺へ、明日夢君は途中でヒビキ君と合流して神楽台霊園へ向かってちょうだい」

あきら「はい」

明日夢「分かりました!」

フブキ「ひとみちゃんは、ヒビキ君の代わりに急いでたちばなに戻って。この時期、店の方も大変でしょうから、来てくれるお客さんに迷惑かけてもいけないわ」

ひとみ「はい! 分かりました!!」

 ひとみ、にこやかに敬礼すると一目散に駅へと走っていく。

フブキ「ディスクアニマルに先行しておいてもらいましょう」

 フブキ、路地に入ってウエストポーチからディスクを一枚取り出し、音笛にセットして回す。

 あきらも同様にディスクを音笛にセットして回すと、明日夢も慌ててバッグからディスクを取り出して音角にセット、

 慎重に設定を確認してクルッと回す。

 フブキ、あきらが透明化した浅葱鷲をそれぞれ飛ばす。

 しかし、明日夢のディスクだけがうまく透明にならない。

明日夢「あれぇ? くっそ!」

 やっきになってディスクを回す明日夢。

あきら「(そっと明日夢に近寄って)……安達君、ここの角度を変えて……」

 あきら、明日夢の音角に手を添え、調整を施す。

 再びディスクを回す明日夢。

 と、うまく透明化したディスクは、パッと飛び出して浅葱鷲に変化し、空高くはばたいていく。

明日夢「あ……。(浅葱鷲を見送って)ありがとう」

 ニコッと笑うあきら。

フブキ「(少し微笑んだ後、キリッとした表情となり)よし! 行くわよ天美さん。明日夢君、よろしくね!」

明日夢「はい!」

 フブキとあきら、そして明日夢の二手に分かれて走っていく三人。

 

○街中

 原付を走らせる右京。

 ハンバーガーショップの前で原付を止めて降りる。

 そして店に入っていく右京。

 

○ハンバーガーショップ

 カウンターで注文している右京。

 右京の脳裏に、先日のみどりの言葉がよぎる。

みどり「あのね右京君。これはね、そう簡単にできる仕事じゃないわよ?」

右京「(……分かってるよ、ンな事は!)」

 俯いてカリカリする右京。

店員「お待たせしました!」

 右京、ハンバーガーの袋を受け取り、外へ出ていく。

 

○ハンバーガーショップの前

 自分の原付に軽くもたれかかる右京。

右京「ハァ~……」

 右京、大きく溜め息をついて、紙袋からハンバーガーを出して食べ始める。

 

○宗元寺

 墓地の入口、石の階段を駆け上がるフブキとあきら。

 階段を上り切ると、閑散とした墓地の風景が広がる。

 空中を旋回していた二匹の浅葱鷲が、フブキ、あきらそれぞれのもとへ降りてくる。

 ディスク化した浅葱鷲を、それぞれ音笛で再生するフブキとあきら。

フブキ「……異常なし、か。そっちは?」

あきら「はずれです」

 周りを見回しながら、墓地の敷地内を歩くフブキとあきら。

フブキ「向こうか……」

 

○街道

 専用バイク・凱火で疾走するヒビキ、後部座席には明日夢。

 

○神楽台霊園

 墓地の入口近くに凱火を止め、墓地へと入っていくヒビキと明日夢。

 辺りの様子を窺うヒビキ。

ヒビキ「魔化魍の気配はないなあ」

 明日夢、音角を手にキョロキョロと空を見回す。

ヒビキ「おお明日夢、お前の浅葱鷲はどうなんだ?」

明日夢「それが……、いないんですよ」

 自信なさげな表情になる明日夢。

ヒビキ「ちょっと、貸してみろ」

 ヒビキ、明日夢の音角を手に持ち、額の前にかざして目を瞑る。

ヒビキ「……この信号は、どうも別の場所へ行ってるんじゃないのかなあ」

明日夢「え? そうなんですか!?」

ヒビキ「うん。(音角に神経を集中して)……もう少し、北の方かな。……ってことは、山の方か」

明日夢「山の方……」

ヒビキ「他に怨みの念が集まりそうなところと言えば……」

 しばし考える二人。

明日夢「(何か思いついたように)ヒビキさん!」

ヒビキ「そうか!」

ヒビキ・明日夢「(同時にお互いを指差しながら)火葬場!!」

 凱火のもとへ急いで走っていくヒビキと明日夢。

 明日夢、ヘルメットを被って後部座席に跨る。

 ヒビキは携帯電話を取り出し、フブキに連絡を取る。

ヒビキ「……あ、もしもしフブキさん!?」

 

○宗元寺

 携帯電話で話しているフブキ。

フブキ「……ハハ~ン、なるほどね。分かったわ。こちらも向かいます」

 電話を切るフブキ。

あきら「何ですか?」

フブキ「墓地じゃなくて、火葬場だったようね。明日夢君の浅葱鷲が感知したみたい」

あきら「……やるなあ、安達君」

フブキ「さ、私たちも急ぐわよ!」

あきら「はい!!」

 墓地を出て、大通りに出ていくフブキとあきら。

 

○大通り

 フブキとあきら、タクシーを捕まえ、乗り込んでいく。

 と、通りの反対側に原付を走らせる右京の姿が。

 右京、フブキの姿に気付いて思わず原付を停車させる。

右京「フブキさん……!!」

 走り去るタクシー。

 右京、Uターンしてそのタクシーを追っていく。

 

○たちばな・地下作戦室

 電話で話している勢地郎。

勢地郎「……なるほど火葬場かあ。……うん。じゃあ、念のためザンキ君にもそっちへ向かってもらうよ。……はい。じゃ、よろしく」

 電話を切る勢地郎。

勢地郎「おい、日菜佳ぁ。ザンキ君に……」

 思わず日菜佳の名を口にした勢地郎だが、作戦室には勢地郎一人。

勢地郎「あ……、そうか」

 

○同・店頭

 店内はお客で埋まり、香須実、日菜佳、そしてひとみが、大忙しで動き回っている。

 

○同・地下作戦室

勢地郎「仕方ない。自分でやるか」

 勢地郎、PCの前にドカッと座り込み、一枚のCDをドライブにセットする。

勢地郎「ええっと、火葬場の位置は……」

 勢地郎、右手でPCにマップを読み込みながら、左手で電話のスピーカボタンを押して、ザンキの携帯電話にかけ始める。

 

○山奥の火葬場

 人っ子一人いない、山奥の火葬場。

 今日は一件も予定も入っていないらしく、シーンと静まり返っている。

 到着したヒビキと明日夢、凱火を山道に停車させる。

 と、そこへ明日夢の浅葱鷲が鳴き声とともに近付いてきた。

明日夢「あっ!」

 明日夢、腰から音角を取り出し、もう片方の腕に当てて軽く鳴らす。

 緑の色彩を取り戻す浅葱鷲、空中をひと回り旋回すると、奥の倉庫の方を羽先で差す。

 感心した様子で頷きながら明日夢を見ていたヒビキ、ふと本館から出てきた係員の男に気付く。

ヒビキ「明日夢、スマンがあっちを頼む!」

 ヒビキ、明日夢に本館から出てきた係員の男を足止めするよう合図して、倉庫の方へと走っていく。

 明日夢、少し戸惑いながらもヒビキの指示を理解し、係員の男の方へと走る。

 

○同・奥の倉庫

 ヒビキ、倉庫の扉にソッと背を預けて中の音を窺う。

 と、倉庫の中でパキッ!パキッ!と激しいラップ音が鳴り響く。

 ヒビキ、バッと扉を開いて中へ入る。

 すると、長髪で肥えた蛙のような容姿を持つタキヤシャが、ボンヤリとした色彩で宙に浮いている。

 ヒビキ、無言で音角を扉の縁で鳴らして額へ持っていく。

 鬼の紋章が額に浮かび上がり、全身が炎に包まれる!

響鬼「タァーーー!!」

 炎を断ち切り、響鬼参上!

 

○同・敷地前の沿道

 タクシーで駆けつけたフブキとあきら、素早く降車して建物の方へと走る。

 タクシーが走り去ると、その後ろから右京の原付が。

 右京、道の端に原付を止めて降り立ち、フブキを追って火葬場の敷地内へと入っていく。

 

○同・本館前

 明日夢が係員の男を必死で引き止めている。

係員「何なんだい? 君。私は向こうに用事があるんだよ!」

明日夢「あの、今は……、じゃなくって、聞きたいことがありまして……」

 と、フブキとあきらがそこへ現れる。

 あきら、フブキに目で合図して明日夢の方へと歩を進める。

 一方、フブキはヒビキの凱火に積まれていた自分のフルート型音撃管・烈雪を取り出し、何かを感じ取ったのか、奥の倉庫の方へと視線を移す。

あきら「(明日夢と係員の間に割って入り)すみません! お忙しいのに引き止めてしまいまして……」

明日夢「あ、天美さん!」

あきら「ちょっと、学校のレポートでお棺の仕組みを調べないといけなくって……。少しでいいので、見学させてもらえないでしょうか?」

係員「へぇ~。変わったレポートもあるもんだねぇ。ま、少しならいいよ。おいで」

 振り返り、本館の方へと戻ろうとする係員の男。

 あきら、明日夢に笑顔でウィンクして係員の後に続く。

 明日夢、複雑な表情で溜め息をつき、その後へと続く。

 

○同・奥の倉庫

 響鬼がタキヤシャと対峙している。

 音撃棒・烈火をタキヤシャに打ちつけていく響鬼だが、やはり通り抜けてしまって手応えが全くない。

響鬼「やっぱ、そういうことね」

 と、タキヤシャが口から緑色の泡のようなものを響鬼に向かって吐きつける!

響鬼「おっと!」

 避ける響鬼。、しかし次々に緑の泡が襲いかかってくる。

 と、そこに一つの影が。

 フブキだ!

 フブキ、走りながら音笛を吹いて鬼に変化!

 扉の外では、つけてきた右京が中の様子を窺う。

響鬼「(跪いたまま)吹雪鬼さん! やっぱりコイツ、例のタイプですよ」

吹雪鬼「……持ってきた?」

響鬼「もっちろん」

 響鬼、腰の後ろからヘッドセットマイク型の音撃転換装置を二つ取り出す。

 と、タキヤシャがスゥーッと入口の扉のところへと飛び、パキッ!!と大きなラップ音が!

 驚いて振り返る吹雪鬼と響鬼。

 そこには、タキヤシャが乗り移り、肌が緑色に変化して異様なオーラを放つ右京の姿があった……!!

吹雪鬼「……右京君!!」

 

○十之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 タキヤシャが憑いた右京に戸惑う吹雪鬼たち。

ザンキ「ダメだ! 猛鬼声魂を放てば彼の体が壊れるぞ!!」

 たちばなで、傷付いた右京を気遣う香須実や日菜佳。

日菜佳「彼女さんには、知らせなくていいんですかね?」

 夜道を歩きながら話すフブキと右京。

フブキ「ひと口に鍛えると言ってもね、体を鍛えることばかりじゃないのよ」

 十一之巻『顧みる地表』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一之巻『顧みる地表』

○山奥の火葬場

 響鬼、タキヤシャの緑泡攻撃を転がり避ける。

 と、そこにフブキが駆けつけ、走りながら音笛を吹いて鬼に変化!

 扉の外では、つけてきた右京が中の様子を窺う。

響鬼「(跪いたまま)吹雪鬼さん! やっぱりコイツ、例のタイプですよ」

吹雪鬼「……持ってきた?」

響鬼「もっちろん」

 響鬼、腰の後ろからヘッドセットマイク型の音撃転換装置を二つ取り出す。

 と、タキヤシャがスゥーッと入口の扉のところへと飛び、パキッ!!と大きなラップ音が!

 驚いて振り返る吹雪鬼と響鬼。

 そこには、タキヤシャが乗り移り、肌が緑色に変化して異様なオーラを放つ右京の姿があった……!!

吹雪鬼「……右京君!!」

響鬼「ニャロゥ!」

 タキヤシャに乗り移られた右京、髪の毛を逆立たせ、白目をむいてゆっくりと倉庫内へと歩を進める。

 響鬼、吹雪鬼にヘッドセットマイク型の音撃転換装置を投げ渡す。

 キャッチする吹雪鬼。

 吹雪鬼と響鬼、音撃転換装置をそれぞれ頭部にセットし、両手を胸の前で合わせて念じ始める。

 

○同・敷地内の砂地

 走るザンキ。

 周りをキョロキョロと見渡し、気配を察知して奥の倉庫へと駆けていく。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 十一之巻『顧みる地表』

 

○山奥の火葬場・奥の倉庫

 両手を胸の前で合わせて念じる吹雪鬼と響鬼。

 次第に、二人の頭上に光る球体が浮かび上がってきた。

 その間、タキヤシャに乗り移られた右京は、倉庫の中央でガクッと膝を落とし、強烈なオーラを発しながらブルブルと身を震わせていた。

 と、そこにザンキが駆けつける!

ザンキ「(中の様子を一瞬で判断し)……ダメだ! 猛鬼声魂を放てば、彼の体が壊れるぞ!!」

 ザンキの言葉に、スッと手を離す吹雪鬼と響鬼。

 二人の頭上の光球がフッと消える。

 ザンキ、右京の方へとにじり寄る。

ザンキ「……乗り移られたのか?」

吹雪鬼「すみません、私としたことが……。後をつけられていたようです」

 相変わらず、跪いてワナワナと体を震わせている右京。

ザンキ「あの震え方……、もしかするとあの青年、魔化魍の意志に支配されないように戦っているのかもしれん」

吹雪鬼「え!?」

 思わず右京をジッと見つめる吹雪鬼。

ザンキ「まあ、もしそうだとしても無意識だろうけどな。とにかく、俺がヤツを外へ追い出す! 出た瞬間に、頼むぞ」

響鬼「りょ~かい! シュッ」

 ザンキ、両手の指を顔の前で何度も組み替えながら、右京に向かって呪文を唱え始める。

 吹雪鬼と響鬼は、再び念の力で頭上に光球を作りこむ。

 と、ふいに立ち上がる右京!

 振り返り、般若のような形相でザンキを威嚇する。

 そして、右京の体から激しいオーラが飛び散り、倉庫内にある椅子や箱などがフワリと浮かぶと、次々とザンキに襲いかかっていく!

 木や鉄の箱などがその体をかすめるが、怯むことなく呪文を唱え続けるザンキ。

 しかし、鉄製のボードが頭部に命中し、ザンキの頭から血が滴り落ちる!

 その光景を見て、一瞬ピクッと反応する吹雪鬼と響鬼だったが、ザンキを信じてそのまま念を送り続ける。

右京「……ヴ、ヴァァァァァ……!!」

 声にならない叫び声を上げる右京。

ザンキ「……静まれ!!」

 ザンキ、左手で大きく十字を切って、右京を一喝する!

右京「グワァァァァァーーー!!」

 苦しむ右京。

 そして、タキヤシャの輪郭が徐々に右京の体から浮かび上がり、ついには空中に分離した!!

吹雪鬼・響鬼「音撃念・猛鬼声魂! ハァァァァァァァァ……、ハァーーーーー!!」

 吹雪鬼と響鬼の頭上に浮かんでいた金色の光球が、二人の清めの声とともにタキヤシャに向かって飛んでいく!

 光球が二つ、タキヤシャに命中し、倉庫内が激しい光に包まれる!

 そして……、爆発!!

   ×   ×   ×

 光が止み、静まり返った倉庫内、その中央に右京が倒れ込んでいる。

吹雪鬼「右京君!!」

 吹雪鬼、右京に駆け寄ってその体を抱き起こす。

 右京は、衰弱し切った様子で完全に気を失っている。

ザンキ「……急いで、たちばなへ戻ろう。多分……、体には異常ないとは思うが……」

 片膝を地面につき、右手で頭を押さえるザンキ。

 響鬼、顔の変身を解いてザンキに近付いていく。

ヒビキ「ザンキさんこそ、大丈夫ですか?」

ザンキ「ああ……。俺は大丈夫だ。た、大したことない……」

 吹雪鬼、右京を抱きかかえながら顔の変身を解く。

フブキ「ヒビキ君」

ヒビキ「え?」

フブキ「このコ、おぶってってやって」

ヒビキ「え? 俺ですか?(ザンキ、そしてフブキへと顔をキョロキョロさせて)……ま、そうでしょうね、ハイハイ」

 ヒビキ、「ホラホラ、しっかりしろよ」などと声をかけながら右京を背負う。

 安堵の笑みを浮かべるフブキ。

 そして、その様子を何か神妙な面持ちで見つめるザンキ。

 

○たちばな・居間

 布団の上で眠っている右京。

 みどり、右京の体にサーチライトを当てながら、手元のモバイル画面を覗く。

みどり「……うん、大丈夫! 魔化魍細胞の反応もないし、これといった外傷もないみたい。今は精神的なショックと疲労から気を失っているだけだと思うから、じきに気がつくんじゃないかな」

 入口から覗き込んでいた香須実と日菜佳が、ホッと胸を撫で下ろす。

日菜佳「ふぅ~。……しかしまあ、みどりさん、お医者様みたいですねェ」

みどり「あらそう? ……開業しちゃおうかしら。女医・みどり!な~んて」

 軽く笑い合うみどり、香須実、日菜佳の三人。

 同じように居間を覗き込んでいた勢地郎とヒビキも、笑みを浮かべながら店先の方へと歩いていく。

 

○同・店頭

 壁にもたれ、腕組みしながら立っているフブキ。

 その前では、ザンキが幾分険しい表情で座っている。

 勢地郎とヒビキが店頭に出てくる。

ヒビキ「いやいや良かったですねぇ、フブキさん。あの青年、大したことなさそうで」

フブキ「そうね。ありがとう、ヒビキ君」

 滅多に見せないフブキの笑顔に、ちょっぴり戸惑うヒビキ。

 と、ザンキが立ち上がって勢地郎の傍へと移動。

ザンキ「……おやっさん、ちょっと」

勢地郎「ん? 何だい?」

ザンキ「ちょっと……、いいですか?」

 ザンキ、そう言って勢地郎を促しながら奥へと入っていく。

 後に続く勢地郎。

 キョトンとした顔つきのヒビキ、一方フブキは複雑な表情を浮かべる……。

 

○同・居間

 眠る右京を見つめるみどり、香須実、日菜佳の三人。

みどり「……でも、大変な目に遭わせちゃったわねぇ」

香須実「そうですねぇ……」

 右京に哀れみの眼差しを向けるみどりと香須実。

日菜佳「あの……、思うんスけど、彼女さんには、知らせなくていいんですかね?」

みどり・香須実「ああ!」

 

○とある百貨店・呉服売場

 にこやかに接客するすずめ。

 反物を手でクルクルッと巻きながら、お客に商品説明をしている。

 

○たちばな・居間

 考え込むみどり、香須実、日菜佳。

香須実「やっぱり……」

みどり「連絡できないよねぇ……」

 再び右京の方を見遣る三人。

 

○夜空

 それから数時間。

 日もとっぷりと暮れて……。

 

○たちばな・居間

右京「う……、うう……」

 顔をしかめて苦しむ右京、ゆっくりと、その目が開く。

 そしてボンヤリと、次第にはっきりと見えてくる天井。

 右京、辺りを見渡しながら、上半身を起こす。

右京「アイタタタ……」

 全身に痛みが走り、思わず腰に手をやる右京。

 と、通りかかった日菜佳が、目を覚ました右京に気付いて立ち止まる。

日菜佳「……あ! 気が付かれました!?」

右京「え?」

 右京、扉の外にいる日菜佳の方を振り返る。

日菜佳「みどりさんみどりさん! 気が付かれましたよ!」

 日菜佳、そう言いながら、手に持っていたお盆を脇に抱えて居間に入る。

日菜佳「大丈夫ですかあ? どっか、痛いとこないですかあ?」

 クリッとした目で、右京を覗き込む日菜佳。

右京「へ……平気です! ……ここは……」

 そう言って、再び部屋を見渡す右京。

 と、みどりが部屋に入ってくる。

みどり「大丈夫ぅ~? 大変だったわね~」

 そう言いながら右京の傍に座るみどり、ポケットから小型の血圧計を出す。

みどり「ちょっと、腕出してくれる?」

右京「あ……、はい!」

 左袖をまくって、腕を出す右京。

 みどり、小型血圧計を右京の左腕肘関節のところに取り付け、数秒経ってからそれを外して数値を確認する。

 次は胸ポケットからペンライトを出し、右京の顔に手を添える。

みどり「ちょっとゴメンね」

 みどり、ペンライトで右京の眼を照らして、瞳孔状態を確認する。

 右京、思わず少し頬を赤らめる。

みどり「うん、大丈夫みたいね。しばらくは体中ダルいかもしれないけど、怪我もないみたいだから」

 改めてホッとする日菜佳。

右京「ありがとうございます……。その、俺一体、どうなったんですか?」

みどり「ん~、一時的に、化け物に乗り移られてしまったようね。幸い、フブキさんたちが助けられたから良かったけど」

右京「そうですか……」

 うつむく右京。

 何と言っていいか分からない様子の、みどりと日菜佳。

 と、部屋の戸に腕組みしながらもたれて立っているフブキの姿が。

フブキ「右京君」

右京「……フブキさん!」

 フブキの方を振り返る三人。

フブキ「歩ける? ……ちょっと、散歩しましょうか」

右京「はい!」

 右京、体の痛みをこらえながら、布団から出て立ち上がる。

 

○夜道

 並んで歩くフブキと右京。

フブキ「……体、大丈夫かしら?」

右京「はい! ……あ、助けていただいて、本当にありがとうございました」

 黙って歩くフブキ。

右京「……その、いや……、すいませんでした。ご迷惑かけてしまって……」

フブキ「そうね」

右京「でも俺、怖いだなんて思いませんでした! 俺、絶対鬼になってみせますので、フブキさんの弟子にしてください!!」

 フブキ、まっすぐ前を向いたまま、それに答える。

フブキ「怖い怖くないの問題じゃないのよ。あなた、今回取った行動の意味が分かってる? たまたまうまく助けられたからいいようなものの、一歩間違えば命を落としていたわよ」

右京「……命を懸ける覚悟は、出来てるつもりです!」

フブキ「(呆れ顔で溜め息をついて)……違うの。そうじゃなくて、今回のあなたの行動が、私達の業務遂行の大きな妨げになったということが問題なのよ。自分勝手で軽率な行動が、どれだけ周りに悪影響を及ぼすのか、そういうことをちゃんと考えなさい」

右京「それは……」

 唇を噛みしめながら、うつむき加減になる右京。

 そして、二人はとある神社の境内にさしかかる。

 

○とある神社

 境内の石垣に腰を下ろすフブキ。

 右京は、その前に立ちつくしている。

フブキ「……あなたが悪い人間じゃないことは分かってるわ。本気で鬼を目指そうとしていることも分かる。でもね、こうやって話しててもどこか噛み合わないのは何故かしら? そういう意識が改善されない内は、悪いけどあなたを弟子にするつもりはないわ」

 冷たく言い放つフブキ。

右京「そんな……、俺……」

 食い下がろうとするが、言葉が見つからない右京。

フブキ「右京君。私が前に、もっと鍛えなさいって言ったこと、覚えてる?」

右京「……はい」

フブキ「ひと口に鍛えると言ってもね、体を鍛えることばかりじゃないのよ。人はね、心がしっかり鍛えられて初めて人間として一人前になるものなの。あなたはすごく素直ないい心を持っている。でも、心の視野が今一つ狭いんじゃなくて?」

右京「……考えが甘いってことですか?」

フブキ「甘いと言うより、キャパが小さいと言うべきかしら。自分を信じることと、信念だと思い込んで他者を受け入れない状態は別物だってこと。こういうことはね、概して経験で培われるものなんだけど、自分自身の意識の持ちようで変われるものでもあると思うのよね。心のキャパが小さいと、社会的な常識を逸脱していることに自分で気付かないまま、頭でっかちになっていく危険があるの。まずは、地に足をつけることが大事。……分かりにくいかしら?」

右京「いえ……。……俺は……」

 右京、両手の拳を握り締めてワナワナと震え始める。

 と、ふいに踵を返して、

右京「すいません! 失礼します!!」

 そう言って、その場を走り去る右京。

 フブキ、右京の後姿を見送りながら、少し遠い目になる。

 

《CM》

 

○たちばな・地下作戦室

 中央の机の前で、腕組みして座っている勢地郎とザンキ。

 PCの前では、日菜佳が難しい顔をしてキーボードと格闘している。

 そして、書棚の前で何やら古い資料を広げているみどり。

勢地郎「……分からんなあ」

日菜佳「発生条件も地域も特定できない、おまけに過去の記録が全くないってんですからねぇ……」

みどり「類似する出来事はないわけじゃないのよね~。でも、その辺は例の闇の鬼の時に片付いてるし……」

 ピクッと反応するザンキ。

ザンキ「……それがもし、片付いてないとしたら?」

 その言葉に、他の者がザンキの方を見遣る。

勢地郎「ザンキ君、それって……」

 と、階段から勢い良くトドロキが降りてくる。

トドロキ「お疲れッス!」

勢地郎「あ、ああ……。お疲れさん」

 どんよりとした空気に戸惑うトドロキ。

トドロキ「え? ……ええ?」

 冷や汗を感じながらキョロキョロと顔を動かすトドロキ。

 日菜佳が目で合図して、座るよう促す。

 トドロキ、そ~っと傍の椅子に座る。

ザンキ「あの時、キュウビとタマモを清めたことで闇の鬼自体は鎮められたが、怨念魔化魍の謎は残ったままだ。今回出たタキヤシャもそうだが、テッソの早すぎる発生も解せんな」

勢地郎「ザンキ君の勘では、全てあの事件に関わりがある、と?」

ザンキ「はっきりとは分かりません。でも、どうも引っかかりますね」

みどり「それって、怨念を封じ込められるザンキさんだからこそ分かるって部分もあるのかなあ」

ザンキ「俺もそろそろガタが来てるからな。アンテナも昔ほど敏感じゃないだろうが」

日菜佳「やっぱり、後継ぎが必要なんですかね~」

 何の気なしに言った日菜佳の言葉に、勢地郎が思わず咳払いする。

 と、一瞬真顔になったトドロキが身を乗り出して口を開く。

トドロキ「……ザンキさん! 俺に継がせてください!!」

 椅子を後ろにひっくり返らせながら立ち上がり、ザンキに懇願するトドロキ。

 驚いて、トドロキ、そしてザンキを見遣るみどりと日菜佳。

ザンキ「……お前はダメだ」

 一刀両断のザンキ。

トドロキ「どうしてですか!? 俺、ザンキさんの弟子だったんですよ!? ホントだったら、俺が受け継ぐのが筋なんじゃないんですか!?」

ザンキ「お前には無理だ。……ああ、言っておくがな、お前の鬼としての能力が劣っているというわけじゃない。術を会得するには、また別の資質が必要なんだ」

トドロキ「俺、頑張ります! 頑張って会得してみせます!!」

ザンキ「……トドロキよ、頑張って出来ることと出来ないことがあるんだ。お前にはお前の良さがある。術を受け継げないからと言って、恥ずかしくなんかないんだぞ?」

 ザンキに戒められ、少し落ち込むトドロキ。

 悲しげな表情の日菜佳。

 と、ふいに電話が鳴る。

日菜佳「(ビクッと体を震わせて受話器を取り)はい! たちばなです! ……あ、ダンキさん? 父上! ダンキさんです」

 勢地郎、日菜佳の傍へ行って受話器を受け取る。

勢地郎「もしもし、立花です。……ええ!? 蛇型だって!? ……ふんふん、じゃあそいつも怨念型ってことだね? 分かった。ザンキ君とトドロキ君に、そっちへ行ってもらうよ。……ああ、もちろん。……はい、よろしく」

 電話を切る勢地郎。

ザンキ「また出たんですか?」

勢地郎「ああ。今度は蛇型の怨念魔化魍だそうだ。調べてまた連絡するので、とりあえず二人で向かってくれないか」

ザンキ「分かりました。……トドロキ! 行くぞ!!」

トドロキ「……あ、はい!!」

 トドロキ、気を取り直して大きく返事。

 そして、ヘッドセットマイク型の音撃転換装置がいくつか入ったトランクを持って、ザンキとともに勇んで階段を駆け上がっていく。

 

○右京の自宅

 自室のベッドで寝転がっている右京。

 その脳裏に、フブキの言葉が過ぎる。

フブキ「自分を信じることと、信念だと思い込んで他者を受け入れない状態は別物だってこと」

 右京、大きく溜め息をつき、寝返りを打つ。

右京「意味分かんねーよ。……信じる道を進んで何が悪いってんだ? 信念って、そういうことじゃないのか?」

 ムッスリとした表情で考え込む右京。

右京「……そういや、ちょっと前にすずめが言ってたっけなあ」

   ×   ×   ×

《回想・とある喫茶店》

 店内で語らう右京とすずめ。

すずめ「私さ、こうしてちゃんと勤め始めてから思ったんだけど、やっぱり世の中は厳しいって言うか、思い通りにはなんないって言うか……、なんて言うのかな、すごく不条理なこともたくさんあって、どう考えてもおかしいんだけど受け入れなきゃいけない事情とかもあって……、でも、その中で出来る限り自分の信念を貫こうと頑張るのが大事なんだなあって。……ちょっと、聞いてる!?」

右京「え? ……ああ」

すずめ「……ったく、上の空なんだからあ。……結局ね、バイトの身では分かんなかったこともたくさんあって、自分では百パーセント正しいと思ってても、別の立場じゃ全然違う意見が百パーセント正しかったりもするのよね。……なんかさ、それを調整していくのが、大人って感じなのよね~。……ウチの主任がね、まさにそんな感じなのよ。すっごく信念持ってやってるんだけど、ちゃんと周りも見て気ィ使ってるって言うか……。ああ! やっぱり聞いてないじゃん!」

 怒って、持っていたスプーンで右京を指差すすずめ。

右京「き、聞いてるよ! ……ハイハイ、どうせ俺は不完全なフリーターだよ」

すずめ「そんなこと言ってないじゃん! ……でも、どこであれキチンと就職すんのも、それはそれで悪くないんじゃないかな~って話!」

 言うだけ言って、徐にチョコパフェを貪り始めるすずめ。

《回想・ここまで》

   ×   ×   ×

 右京、ベッドに寝転がったまま、手を頭の後ろで組む。

右京「あ~あ……。やっぱり、どっかに就職してりゃ良かったかなあ……。でも、今更なあ……」

 右京、溜め息をつきながら目を瞑る。

 そして、それがいつの間にか寝息へと変わっていく……。

 

○上野の山地

 ダンキのベースキャンプ。

 簡易テーブルに地図を広げ、何やら話をしているダンキとショウキ。

 と、そこにトドロキの専用バン・雷神がやってきて停車。

 雷神から降車するザンキとトドロキ。

ダンキ「……あ、ザンキさん! お疲れでっす!」

ザンキ「おお、お疲れ。で、どうなんだ?」

ショウキ「(地図を見ながら)それが……、一度逃がしちゃってから動きがないんですよねぇ……」

 トドロキも地図に見入る。

 軽く会釈し合うショウキとトドロキ。

ザンキ「蛇……って言ってたな」

ダンキ「そうそう! ガタイは小っちゃいんだけど、俺の那智黒もショウキの台風も全く手応えなくてさ」

ザンキ「うむ……。おやっさんの調べでは、ミズチってヤツが怪しいってことだ」

ダンキ「ミズチ?」

ザンキ「ああ。ただ、ミズチは本来、怨念魔化魍というわけではなく、巨大な別の蛇型魔化魍の周りで、ある気候条件が揃えば発生するってヤツらしい。それが今回、何故実体を持たないのか……」

ショウキ「その、別の巨大な魔化魍ってのは何ですか?」

ザンキ「……ん、まだそれは調査中だ」

 トドロキ、ハッと気付いたように、

トドロキ「あ! 俺のディスクも飛ばしてみます!」

 そう言って雷神の方へ走り、バックラックを開けてディスクアニマルのケースを引っ張り出すトドロキ。

ダンキ「……一つ、気になることがありましてね」

ザンキ「何だ?」

ダンキ「東の方に飛ばしたディスクだけ、全然戻ってこないんですよね……」

ザンキ「う~む……。よし! 俺とダンキでディスクが帰ってこないっていう東方面を調べに行ってくる。トドロキ、お前はショウキと一緒に、引続きここを拠点にしてミズチの行方を追ってくれ」

トドロキ「はい!」

ショウキ「分かりました」

ザンキ「行くぞ!」

ダンキ「おっしゃ!」

 ザンキとダンキ、二人で東の森林地帯へと向かう。

 

○同・森林地帯

 周りの様子を窺いながら歩く、ザンキとダンキ。

 ダンキは、音角を目の前でかざしながら歩いている。

ダンキ「……あ」

ザンキ「どうした?」

ダンキ「(音角を額に当てながら)……かすかに信号がありますねェ。……こっち!」

 ダンキ、音角の読み取った信号をもとに方向を定めて走り出す。

 後に続くザンキ。

   ×   ×   ×

 しばらく進むと、ダンキが前方の地面に何かを見つける。

 ダンキが落ちていた物体を拾うと、それは破壊された瑠璃狼だった。

ダンキ「こいつは……」

ザンキ「(ダンキの横からジッと覗き見て)……ん? ちょっと貸してみろ」

 ザンキ、ダンキの手から壊れた瑠璃狼を取ると、手際良く内部から小さなチップを取り出した。

ザンキ「……マイクロチップは、まだ生きてるな」

 そう言って、ポケットから小型受像機を取り出して、そのチップを埋め込むザンキ。

 スイッチを入れ、雑音とともに乱れた画像が映る。

 ザンキが微調整を施すと、やがてある場所が映し出された。

ザンキ「(画面を見て顔色を変え)……おいダンキ、見てみろ!」

ダンキ「(受像機を覗き込んで)こ……、ここは……!!」

 

○たちばな・地下作戦室

勢地郎「ええ!? 何だって~!?」

 受話器を片手に、驚きの表情の勢地郎。

 その様子に、傍にいたみどり、香須実、日菜佳が思わず顔を見合わせる。

 

○森林地帯

 携帯電話で話しながら走るザンキ。

ザンキ「間違いありませんね。あの場所にまだ何かが……」

 

○たちばな・地下作戦室

勢地郎「……分かった。応援が必要ならまた連絡してくれ。一応、ヒビキを待機させておくから」

 

○同・居間

 畳の上に寝転んで高いびきのヒビキ。

 

○同・地下作戦室

 電話を切る勢地郎。

香須実「父さん、あの場所って……」

勢地郎「うん。……渋川の、例の空地だよ」

日菜佳「ゲッ!! あの洋館があった、あそこデスカ!?」

勢地郎「キュウビとタマモを退治して、あの場所の地縛怨念は祓えたと思っていたんだが……。こいつはまた、ひと波乱ありそうだなあ」

 

○謎の洋館があった空地

 ザンキとダンキが、森林地帯を抜けて、キュウビとタマモの妖力によって存在していた謎の洋館があった空地へと足を踏み入れる。

ダンキ「見た感じ、異常はなさそうッスけどねぇ?」

ザンキ「油断するな」

ダンキ「オーライ」

 ダンキ、腰から音角を抜いて左腕で鳴らし、額へと持っていく。

 額に鬼の紋章が浮かび、全身が青白い炎に包まれる!

弾鬼「シャーーッ!!」

 両腕で炎を断ち切り、弾鬼・参上!

 弾鬼、ベルトの後ろから音撃棒・那智黒を外して低く構えながら、ジワリジワリと空地の中央へと歩を進める。

 その後方では、ザンキが音錠を鳴らして黄赤獅子を起動させる。

 と、中央の地面に、突如亀裂が入り始める!

弾鬼「何ィ!?」

 バックリ地面が割れたかと思うと、そこから太い触手のようなものがシュルッと飛び出し、物凄いスピードで弾鬼の体に巻きついた!

弾鬼「うわっ!!」

ザンキ「弾鬼!!」

 触手に完全に捕獲されてしまった弾鬼は、そのまま地面の中へと引っ張り込まれていく!

 そして、割れた地表は、徐々に再び元に戻っていく。

ザンキ「弾鬼ィ~~~!!」

 ザンキ、亀裂が消えゆく地表に走り寄るが、強力な邪気に体の自由を奪われ、その場に動けなくなってしまう。

ザンキ「う……、うう……!!」

 必死の形相で体を動かそうとするザンキだったが、ついには逆に後ろへ体ごと放り出されてしまう。

ザンキ「グワッ!!」

 倒れこむザンキ、全身汗びっしょりになりながら、弾鬼が捕らわれた中央の地表を睨みつける。

ザンキ「……弾鬼ィィィーーーーッ!!」

 

○十一之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 ベースキャンプで落ち合うザンキ、トドロキ、ショウキ。

ザンキ「大丈夫だ!! ダンキは生きてる。俺は、そう信じてる」

 ファミレスで話す右京とすずめ。

すずめ「何なのよ鬼って? そんな職業、あるわけないじゃん!」

 たちばなで作戦を練る猛士メンバー。

勢地郎「特別編成チーム、とでも呼ぶかな」

 十二之巻『刹なる志気』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二之巻『刹なる志気』

○謎の洋館があった空地

 音撃棒・那智黒を両手に、身構える弾鬼。

 と、突如地面に亀裂が入り始める!

弾鬼「何ィ!?」

 バックリ地面が割れたかと思うと、そこから太い触手のようなものがシュルッと飛び出し、物凄いスピードで弾鬼の体に巻きついた!

弾鬼「うわっ!!」

ザンキ「弾鬼!!」

 触手に完全に捕獲されてしまった弾鬼は、そのまま地面の中へと引っ張り込まれていく!

 そして、割れた地表は、徐々に再び元に戻っていく。

ザンキ「弾鬼ィ~~~!!」

 ザンキ、亀裂が消えゆく地表に走り寄るが、強力な邪気に体の自由を奪われ、その場に動けなくなってしまう。

ザンキ「う……、うう……!!」

 必死の形相で体を動かそうとするザンキだったが、ついには逆に後ろへ体ごと放り出されてしまう。

ザンキ「グワッ!!」

 倒れこむザンキ、全身汗びっしょりになりながら、弾鬼が捕らわれた中央の地表を睨みつける。

ザンキ「……弾鬼ィィィーーーーッ!!」

 と、ザンキの足元にディスク型に戻った黄赤獅子が転がってくる。

ザンキ「……クッ!」

 ザンキ、ディスクを拾って、悔しげな表情のまま、ふらつきながら空地を後にする。

 

○森の中

 既に変身体となっている轟鬼と勝鬼が、二匹のミズチと対峙している。

 蛇型で身の丈一メートル弱ほどのミズチが二匹、轟鬼と勝鬼の周りを跳ね回る。

 音撃弦・烈雷で斬りかかる轟鬼。

 しかし、全く手応えがない。

轟鬼「なるほど……」

勝鬼「轟鬼さん! これを!!」

 勝鬼、ヘッドセットマイク型の音撃転換装置を轟鬼に投げ渡す。

轟鬼「はい!!」

 轟鬼、装置を受け取って頭部にセット。

 同時に、勝鬼も装置を取り付ける。

 ミズチの存在に神経を集中させ、胸の前で両手を合わせて念じる轟鬼と勝鬼。

 と、二人の頭の上に、次第に光球が浮かび上がってくる。

轟鬼・勝鬼「音撃念・猛鬼声魂!! ハァァァ、ハァーーー!!」

 二人の魂声とともに、二つの光球がそれぞれ二匹のミズチに向かって飛ぶ!

 命中した光球はそのままミズチの体を包み込み、激しい光とともに、四散!!

轟鬼「……よっしゃ!!」

 小さくガッツポーズをする轟鬼。

 

○同・弾鬼のベースキャンプ

 ふらつきながらベースキャンプに戻ってきたザンキ。

 簡易テーブルの近くで、ガクッと膝を崩して倒れ込む。

 と、反対側からは顔の変身を解いたトドロキとショウキが帰ってくる。

トドロキ「……あ! ザ、サンキさん!!」

 トドロキ、倒れ込むザンキに驚いて、すぐさま駆け寄る。

トドロキ「ザンキさん!! どうしたんです!? 大丈夫ですか!?」

ザンキ「……ああ、スマン。大丈夫だ。それより……」

ショウキ「(周りを見渡しながら)ダンキさんは……?」

ザンキ「妙なヤツに、捕らえられてしまった……」

ショウキ「何ですって!?」

 ショウキ、思わず走り出そうとするが、ザンキが遮る。

ザンキ「待て! ……一人では無理だ。一旦たちばなに戻って、対策を練るんだ」

ショウキ「そんな悠長なことをしてたら、ダンキさんが……!!」

ザンキ「大丈夫だ!! ダンキは生きてる。俺は、そう信じてる」

 ザンキの重い言葉に、しぶしぶながら納得して足を止めるショウキ……。

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 十二之巻『刹なる志気』

 

○たちばな・地下作戦室

 神妙な面持ちでモニターを見つめる勢地郎、ザンキ、トドロキ、ショウキ、そしてフブキ。

 画面には、太い触手により弾鬼が地中に引っ張り込まれる様子が、ノイズ混じりに映し出されている。

勢地郎「……やっぱり、か」

 勢地郎、そう呟きながら、中央の机の上に広げていた大きな古書をパラパラとめくり、あるページをバンと見開く。

トドロキ「(古書を覗き込み)ラセツニョ、ですか?」

勢地郎「そうだ。こいつは非常に珍しい魔化魍で、いくつもの条件が重なり合わなければ生息しないと言われている。……恐らくは、この地で何十年も成長が止まっていたものが、例のキュウビとタマモの妖力の影響を受けて突然変異したんだろう」

ザンキ「そいつも、怨念型の魔化魍なんですか?」

勢地郎「いや、ラセツニョに関してはそういう記録はないな。キュウビやタマモが実体を持つ闇の鬼たちを造り出していたのとは逆に、こいつは自分の幽体からタキヤシャやミズチのような怨念魔化魍を生み出していたと考えられるねぇ……」

ショウキ「じゃあ、直接音撃で退治できるということですね!?」

勢地郎「ああ。ただ……」

 と、ここでザンキの尻ポケットからピーピーと電子音が。

ザンキ「ん?」

 ザンキ、ポケットから小型受像機を取り出して、モニターを開く。

 すると、そこには微かに映る、弾鬼の姿が!

ショウキ「(ザンキの持つ受像機のモニターを覗いて)……弾鬼さん!! 弾鬼さんなんですか!?」

 モニターに問いかけるショウキ。

 と、スピーカーから小さな声が。

弾鬼「(受像機から)……俺だ! 俺は生きてるぞ~」

 思わず安堵の表情となる全員。

ザンキ「そうか……。あの瑠璃狼のチップ、他のディスクとも連動してたんだな」

弾鬼「(受像機から)コイツ、俺をエサにする気があんのかどうかは分からんが、なんかず~っとイビキかいて寝てやがる」

ザンキ「そうか。しかし、油断するなよ!」

弾鬼「(受像機から)分かってるって! 何ならここでブチのめしてやりたいところだが、この有様じゃあな」

 ノイズ混じりの画面には、太い触手で体をグルグル巻きにされている弾鬼の姿が映っている。

ショウキ「弾鬼さん! 必ず助けに行きますから、待っててください!!」

弾鬼「(受像機から)おう! 早いとこ頼むぜ!」

 と、ここで受像機の電波がブチッと切れる。

勢地郎「……とりあえず、無事で何よりだ。しかし、今は軽い冬眠状態のようなものだろうから、どちらにしても急がなければならない。……で、その音撃の方法なんだがね、こういう特殊な条件で生まれた魔化魍ゆえ、こちらもバランスを整えた合同音撃が必要なんだ」

トドロキ「バランス?」

勢地郎「そう。特殊編成チーム、とでも呼ぶかな」

 そう言って、フブキの方をチラリと見遣る勢地郎。

 フブキ、勢地郎と目を合わせ、コクリと頷く。

 

○右京の自宅 & すずめの自宅

 ベッドの上で携帯電話を眺める右京。

 かけるかかけまいか幾度も迷った挙句、意を決してすずめに電話を入れる。

   ×   ×   ×

 画面、ここから交互にすずめ、右京。

 ベッドに寝転んで、本を読んでいるすずめ。

 枕元に置いていた携帯電話が鳴り、サッと起き上がって電話を手に取る。

 携帯電話の画面に、『薄葉右京』の着信通知。

 すずめ、一瞬ニコッとしたものの、すぐにムッとした表情に変わり電話に出る。

すずめ「もしもし!」

   ×   ×   ×

右京「…あ、良かった、出てくれて。……その、ちょっと、会いたいんだけどな」

   ×   ×   ×

すずめ「しばらく会わないって、言ったわよね~。……それとも、ワケを話してくれるのかしら?」

   ×   ×   ×

右京「……うん」

   ×   ×   ×

すずめ「へぇ~。……じゃあ会ってあげてもいいかなあ。……うん、分かった。じゃあ後でね!」

 すずめ、電話を切ると、ニッコリ笑みを浮かべて立ち上がり、クローゼットを開けて洋服を選び始める。

   ×   ×   ×

 右京、切れた電話をしばらく眺めて眼を瞑り、両手を合わせ、祈るように電話を前頭葉の辺りに持っていく……。

 

○ファミリーレストラン

 いつものテーブルに、向かい合って陣取り食事を摂っている右京とすずめ。

 俯き加減の右京に対し、すずめは身を乗り出して目を丸くしている。

すずめ「……何だって? あの……、何の話してんの?」

右京「いや……。だからさ、俺、鬼を目指そうと思ってるわけ」

すずめ「何なのよ鬼って? そんな職業、あるわけないじゃん!……あ、まさか変な新興宗教じゃないでしょうね!?」

右京「そんなんじゃねーよ! ……その、人助けする仕事だよ」

すずめ「意味分かんない! ……結局、何すんのよ? 鬼のように何かに全力注ぐってことなんでしょ?」

右京「いや、そうじゃなくって……。(と、フブキの『猛士はね、裏の組織なんで一応秘密にしておいてもらいたいのよ』という言葉を思い出し)……そ、そう! そうなんだよ!!」

すずめ「だから何よ?」

右京「えと……、そう! オリエンテーリングだよ! オリエンテーリングの鬼になってやろうかと思って」

すずめ「(訝しげな表情で)オリエンテーリングゥ? アンタ、そんなのに興味あったっけ?」

右京「あったさ! 言ってなかったっけ?」

 すずめ、右京の曖昧な態度に呆れて、大きく溜め息をつく。

すずめ「……やっぱり訳分かんない。それが音楽辞める理由?これまで何年も続けてきたオーボエに未練はないの? ……なんか私、悲しくなってきたよ……」

 すずめの言葉に、黙り込んでしまう右京……。

 

○たちばな

 店内準備中の香須実、日菜佳、そしてひとみの三人。

ひとみ「フルート協奏音撃?」

香須実「そう。今度の魔化魍を退治するためには、ある特定の音撃バランスを保って攻撃しないといけないんだって」

日菜佳「過去の例では、弦を中心にメンバー構成してるんスけど、分析の結果、今度のヤツはフルート中心が一番効果ありそうってわけです!」

ひとみ「へぇ~」

 机を拭くのも忘れ、二人の話に聞き入るひとみ。

香須実「フルートは、もちろんフブキさん。で、周りで合わせるのは、打楽器系にヒビキさん。管楽器系にイブキ君とショウキさん、それとトウキさん。弦楽器系にサバキさんとトドロキさん。あと、ミカヅキさんがピアノ担当で来てくれるんだって」

ひとみ「うわあ、凄い! なんかオーケストラみたいですね!!」

日菜佳「九人の特別編成チームなんだって。……あれ? 九人?(指折り数えて)あと一人は……」

 疑問形の表情になる三人。

 と、そこへ奥から勢地郎が顔を出す。

勢地郎「……美しいハーモニーを奏でるためには、しっかりと全員をまとめる役目も必要なんだよぉ?」

 眉間にしわを寄せながら、キョロキョロと顔を見合わせる香須実、日菜佳、ひとみの三人。

 勢地郎、三人の様子を見て、ニヤリと微笑む。

 

○空港

 サングラスをかけ、スラッとした中性的な人物が空港の通路を歩く。

 手には長細いケースを携え、濃い紫色のスーツに身を包み、颯爽と歩いていく。

 

○同・中央の出入口

 自動扉が開き、紫スーツの人物が出てくる。

 と、目の前に黒いハイヤーが停車。

 運転手が降りてきて、後部座席のドアを素早く開ける。

運転手「どうぞ」

 紫スーツの人物は、ニコッと運転手に微笑みかけて、ハイヤーに乗り込む。

 運転手、運転席に戻って、静かに車を発進させる。

 

《CM》

 

○とある高速道路

 ミカヅキの専用バン・超鷹(ちょうよう)が走る。

 

○超鷹の中

 運転席にはミカヅキ。

 左手でカーコンポシステムを操作、車内に『ボルテスVの歌』が流れる。

ミカヅキ「……くぅ~! やっぱり、ボルテスの歌は泣けるなあ……。よっしゃ! 行くで!!」

 ミカヅキ、気合を入れ直して超鷹をかっ飛ばす。

 

○とある一般道

 専用バイク・竜巻を走らせるイブキ。

 後部座席にはあきら。

 そしてその後方には、同じく専用バイクを走らせるショウキの姿。

 さらに後方には、トウキの専用バンが追走している。

 

○トウキの専用バンの中

 運転席にいるのはトウキ。

 そして、助手席では小学四年生になるトウキの息子が地図を眺めている。

トウキの息子「父ちゃん、今日のはどんな魔化魍なの?」

トウキ「おう。今日はな、かなり手強いヤツだ。清めの方法もいつもと違う。……状況が予測しづらいから、今日は車の中から見てるんだぞ?」

トウキの息子「分かった。しくじんなよ~、父ちゃん!」

トウキ「おうともよ!!」

 さらにアクセルを噴かすトウキ。

 

○別の公道

 トドロキの専用バン・雷神、そしてサバキの専用バンが道路を走る。

 

○雷神の中

 運転席で、一人運転するトドロキ。

 トドロキの脳裏に、出発前のザンキとの会話がよぎる。

   ×   ×   ×

《回想・トドロキの自宅ガレージ》

 出発の準備をするトドロキ、雷神に武器や荷物を積み込む。

 その様子を、ガレージの壁にもたれて見ているザンキ。

ザンキ「……トドロキ。今日は、スマンが一人で行ってきてくれんか」

トドロキ「(驚いて)ええ!? ちょ……、何でですか!? ザンキさんいなかったら、もしまた怨念魔化魍が誰かに乗り移ったりなんかしたら……」

ザンキ「ラセツニョは実体型だから、大丈夫だ。それに、今回は山陰支部からまとめ役が来るって話だからな」

トドロキ「山陰……ですか」

ザンキ「ああ。……俺は、ちょっと外せん用事があって、たちばなに残る」

トドロキ「用事って、何スか?」

ザンキ「ちょっとな……。お前は、自分の場所でしっかり頑張れ! 今度のヤツは、全員の音撃がうまく調和しないと退治できないんだから、くれぐれも気を抜くなよ!」

トドロキ「……は、はい!!」

《回想・ここまで》

   ×   ×   ×

 トドロキ、不安そうな面持ちでハンドルを握りしめる。

トドロキ「ザンキさん、一体……。(と、頭を左右にブンブンと振って)ああ、ダメだダメだ!! 俺は、今俺の出来ることをする!! そうッスよね、ザンキさん!!」

 さらにスピードを上げる雷神。

 

○サバキ専用バンの中

 運転席に石割、そして助手席にサバキ。

石割「今度のようなパターンは、かなり珍しいんですよね?」

サバキ「そうだな。俺がまだ駆け出しだった頃に、一回だけ同じようなタイプのヤツが出たな。……あん時ゃ弦中心の布陣だったから、かなりプレッシャーだったぜぃ」

石割「今回はフルートってことは、フブキさんがメインになるわけですねぇ?」

 ニヤニヤした顔で、サバキを横目で見る石割。

サバキ「(そんな石割の表情に気付いて)オイコラ、何だその顔は! 俺は仕事に私情は挟まねーんだよ!」

石割「ハイハイ、さすがは我が師匠」

サバキ「あ! てめぇ信用してねーな!? 俺はな……」

石割「はーい、大きくカーブしまーす」

 石割、必要以上に車を傾けながら、大きなカーブを曲がっていく。

サバキ「うわっと!!」

 助手席でズッこけるサバキ。

 

○公園の沿道

 専用バイク・凱火を停車させ、そこに肘を置いて立っているヒビキ。

 と、明日夢が道沿いに走ってくる。

明日夢「……すいません、ヒビキさん! 遅れまして……」

ヒビキ「大丈夫なのか? お母さん、熱で寝込んでるんだろ?」

明日夢「もうだいぶ良くなりましたんで。それに、母さんが『仕事なんだから、しっかり頑張ってきなさい!』って」

ヒビキ「そうか。……よし!(明日夢にヘルメットを渡しながら)今回のような音撃は、一生に一度経験できるかどうかってヤツだからな。しっかり見とけよ」

明日夢「(ヘルメットを被りながら)はい!!」

ヒビキ「よし!! じゃ、しゅっぱ~つ!!」

 大きくエンジンを噴かせ、凱火を発進させるヒビキ。

 

○森の中

 既に例の空地近くまで来ているフブキ。

 停車させた専用バン・結晶のサイドドア部分に腰掛けて、フルート型音撃管・烈雪の手入れをしている。

 フブキ、烈雪を口に当てて少し吹く。

 美しいフルートの音色が森の中いっぱいに広がり、木々のざわめきが伴奏のように同調する。

 烈雪を口から離し、立ち上がって空を見上げるフブキ。

フブキ「……あとは、頼みます」

 

○たちばな

 暇な時間帯の店内、香須実と日菜佳がくつろいでいる。

 と、入口の扉が開いて、ザンキが入ってくる。

香須実「あれ? ザンキさん! 皆さんと一緒に行かなかったんですか?」

ザンキ「ああ。ちょっとやる事があってね。……下にいるから、彼が来たら、連れてきてくれないか」

 ザンキ、そう言うと奥へと入っていく。

日菜佳「彼?」

 香須実と日菜佳、不思議そうに顔を見合わせる。

 

○謎の洋館があった空地・地中

 相変わらず、ラセツニョの触手に巻きつかれたまま身動きできない弾鬼。

 負担を軽くするために、顔の変身を解除する。

ダンキ「……ふぅ~~」

 と、突如ラセツニョの身体がブルブルと震え出し、巻きついた触手がキツくなったり緩くなったりと、動きを見せる。

ダンキ「いかん、起きやがったな。……ちくしょう! まだかよみんなは!!」

 

○柴又商店街

 商店街を歩く右京。

 その脳裏に、先程別れたすずめの言葉がよぎる。

すずめ「……よく分かんないよ。やっぱり、今はちょっと、距離を置きたい感じかな。……ゴメンね」

 大きく溜め息をつきながら歩く右京。

 しかし、たちばなが目の前に近付くにつれて、キッと表情を引き締めていく。

 

○たちばな

 店内には、馴染み客が一組。

 その客たちと談笑する香須実と日菜佳。

 と、入口の扉が開いて、右京が入ってくる。

日菜佳「……いらっしゃいませ! ……あ、どうもどうも! もう大丈夫ですかあ?」

右京「はい。どうも、この間はご迷惑をお掛けしました」

 ペコリと頭を下げる右京。

香須実「(椅子からゆっくり立ち上がって)あの……、フブキさんなら、今日も来てないんですけど……」

右京「あ、いえ。今日は……、ザンキさん、という方から連絡をいただきまして……」

 香須実と日菜佳、ギョッとして顔を見合わせる。

右京「あの……、ここへ来ればいるから、と……。まだいらしてないですかね?」

日菜佳「あ! いえいえ!! ザンキさんならさっきから奥でお待ちかねです! ご、ご案内します!!」

 日菜佳、恐る恐る右京を地下作戦室へ案内すべく、奥へと連れていく。

 腕組みし、複雑な表情を浮かべる香須実……。

 

○同・地下作戦室

 中央で向かい合って座っている勢地郎とザンキ。

 と、日菜佳が右京を伴って階段から降りてくる。

日菜佳「あのう……、薄葉さんが来られましたので……、お連れしたんですがぁ……」

 右京、階段を降り切ったところで姿勢を正し、深々と礼をする。

右京「薄葉右京です!」

勢地郎「やあ、いらっしゃい。こないだは大変だったねぇ」

ザンキ「まあ、そう硬くならずに、ここに座んなさい」

 ザンキ、自分の隣の席を右京に促す。

右京「はい! 失礼します!!」

 右京、緊張いっぱいのままザンキの隣に座る。

 日菜佳、怪訝な表情でソ~ッと階段を上がっていく。

勢地郎「(お茶を湯呑みに注いで右京に差し出しながら)いやね、今日君に来てもらったのは、他でもないんだ」

 お茶を差し出され、軽く会釈する右京。

勢地郎「君は、ここ何年かずっと、フブキ君に弟子入りを懇願してるんだってね?」

右京「……あ、はい。でも、フブキさんは、今のままの俺では弟子には出来ないって言うばかりで……」

勢地郎「そうらしいね。でも、君の気持ちは本気ってことなんだね?」

右京「もちろんです! ……初めは、フブキさんのように音楽とこの仕事の両方を極めたいって思ってたんですが、やっぱりどっちつかずになっちゃう気がしてきて……。それで、思い切ってオーボエ辞めて、この世界になんとか入りたいって、でも……」

 俯いて唇を噛み締める右京。

勢地郎「……君の気持ちが、本当に本気ならば、ここにいるザンキ君が、実は後継者を探してるところなんだ」

 右京、ハッとしてザンキの方を見る。

ザンキ「……と言っても、俺が探してるのは鬼の跡継ぎじゃないんだ。こないだ、君が乗り移られた化け物、ああいうヤツを封印する呪術師も、この組織では必要不可欠なんだよ」

 まだ今一つ理解できない様子の右京。

勢地郎「こういう術を使える人材は、全国でも少なくてね。ザンキ君は、師匠だった先代のザンキさんから受け継いでこれまで頑張ってくれてたんだけど……」

ザンキ「そろそろ力が弱くなってきた気がするんでね、早めに跡継ぎを探さなきゃならないって思ってたんだ。……君、いや薄葉君は、この間魔化魍に乗り移られたよね」

右京「……はい」

ザンキ「魔化魍が人間に乗り移るってのは、実は非常に珍しい例なんだ。細胞がうまく同調しないと、お互いに弾け合うのが普通だね。この同調しやすい体質ってのは、実は同時に、術を体得しやすい資質でもあるんだよ」

 右京、ザンキの思いもよらぬ説明に思わず生唾を飲み込む。

ザンキ「さらに薄葉君。君はあの時、タキヤシャに身体を支配されまいと、無意識の内に戦っていたんだ」

右京「……え!? そうだったんですか!?」

ザンキ「ああ。これはね、君が魔化魍の支配力に負けない強い意識を持っている証なんだと、俺は思うんだ」

右京「そんな……」

 右京、怖いような嬉しいような、妙な気持ちになって下を向く。

ザンキ「どうだろう? 俺の元で、呪術習得の修行をしてみる気はないかな? ……もちろん、俺がそうだったように、後々別の修行を積めば、鬼として活動するということにもなるかもしれない」

 ザンキの言葉に、より真剣な表情になる右京。

勢地郎「……まあ、すぐに答えは出ないだろうから、一度じっくり考えてみてくれないかなあ」

右京「……はい。その……、正直、今はどうお答えしていいか分かりません。俺、鬼になって人助けしたいってことしか考えてませんでしたから……」

 右京の言葉に、少し苦笑いの勢地郎。

ザンキ「……薄葉君。人助けするってことがどういうことか、自分が信じる道を進むってことがどういうことか、君なりに、もう一度考えてみてほしい」

 右京、フブキと同じようなことを今またザンキにも言われ、頭をガツンと殴られたような気持ちになる。

右京「……心を……、鍛える……」

 右京の呟きに、勢地郎とザンキが一瞬眉をひそめる。

右京「いえ! ……その、一日待ってくれませんか? 明日、また伺います!!」

 思いのほか快活な右京の返事に、口元を緩ませる勢地郎とザンキ。

 

○森の中

 例の空地に向かって歩を進めるフブキ。

 と、前方の木の陰から、スッとミカヅキが現れる。

ミカヅキ「(軽く手を振りながら)フ~ブッキさん!」

 フブキ、ミカヅキの姿を見て、ニコッと笑いかける。

フブキ「ミカヅキさん。わざわざどうも」

 フブキ、ミカヅキに軽く頭を下げる。

 そして、並んで歩く二人。

ミカヅキ「今回はフルート中心ですね。音撃楽譜、ちゃんと頭に入ってます?」

フブキ「大丈夫です。メインは初めてなんですが……。ミカヅキさんは、結界担当ですね?」

ミカヅキ「そう! 音撃空間を一定空間に閉じ込めるっちゅうのが、今回のボクの役目ですね。案外体力いるんですよ、コレ」

 森を抜け、例の空地が目の前にに見えてくる。

 と、森の切れ目にトウキのバンが停車していた。

 助手席の傍では、あきらがトウキの息子に話しかけている。

 そして、その近くでイブキ、ショウキ、トウキが音撃管のチェックをしている。

フブキ「お疲れ様です」

トウキ「おお! 来たかリーダー!! 頼むぜリーダー!!」

 と、そこへサバキと石割、そしてトドロキもやってきた。

サバキ「ウィ~~ッス」

イブキ「サバキさん、ご苦労様です」

サバキ「おう! みんなよろしくな!!」

トドロキ「(緊張した様子で)……よ、よろしくお願いします!!」

 大声で挨拶し、頭を深々と下げるトドロキ。

 と、今度はヒビキと明日夢が到着。

ヒビキ「……スマンスマン! 待たせちゃって!! ……えと、俺が最後?」

イブキ「いえ。あとは……」

ショウキ「あの人が来れば……」

 と、皆の後方から澄んだ声が。

声「皆さん、揃いましたね」

 振り返る八人の鬼たち。

 そこには、サングラスをかけ、濃い紫のスーツに身を包んだ中性的な人物が。

ヒビキ「ヒュ~」

イブキ「この方が……」

フブキ「……シキさん」

 シキと呼ばれた人物、サングラスを外して、キリッとした表情で空地の中心部を見据える。

シキ「さあ、始めましょう。……音撃の時間です」

 

○十二之巻 完

 

○エンディング曲

 

○次回予告

 音笛を吹くミカヅキ、イブキ、トウキ、ショウキ。

 音錠を鳴らすサバキ、トドロキ。

 音角を鳴らすヒビキ。

 音笛を吹くフブキ。

 そして、長細いケースをカチッと開けるシキ。

紫鬼(しき)「……行きます」

 最終之巻『夢のはじまり』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終之巻『夢のはじまり』

○謎の洋館があった空地

 空地の端に集まった猛士の面々。

 と、皆の後方から澄んだ声が。

声「皆さん、揃いましたね」

 振り返る八人の鬼たち。

 そこには、サングラスをかけ、濃い紫のスーツに身を包んだ中性的な人物が。

ヒビキ「ヒュ~」

イブキ「この方が……」

フブキ「……シキさん」

 シキと呼ばれた人物、サングラスを外して、キリッとした表情で空地の中心部を見据える。

シキ「さあ、始めましょう。……音撃の時間です」

 シキの言葉を皮切りに、八人の鬼たちが厳しい顔つきに変わって一歩前に出る。

 音笛を吹くミカヅキ、イブキ、トウキ、そしてショウキ。

 音錠を鳴らすサバキ、トドロキ。

 音角を鳴らすヒビキ。

 音笛を吹くフブキ。

 そして、八人の戦士がそれぞれの変身動作に入る!

 光の輪に包まれるミカヅキ!

 疾風に包まれるイブキとショウキ!

 無数の木の葉に包まれるトウキ!

 漆黒の闇に包まれるサバキ!

 稲妻に包まれるトドロキ!

 真っ赤な炎に包まれるヒビキ!

 真っ白な吹雪に包まれるフブキ!

 そして、八人の鬼が気合を込めたかけ声とともに、それぞれ鬼に変化!!

 周囲の変身を見届けた後、シキが長細いケースをカチッと開け、中から銀色の指揮棒型音撃棒・変幻(へんげん)を取り出す。

 シキ、変幻を右手に持ち、肘を曲げたまま軽やかに顔の正面まで両腕を上げる。

 目を瞑るシキ。

 すると、ジワジワとシキの額に鬼の紋章が現れ、全身が陽炎のような靄に包まれていく!

紫鬼(しき)「……ハイ!」

 両腕を振り下ろして靄を断ち切り、紫鬼が颯爽登場!!

 紫鬼は、鬼の姿としては珍しく、太鼓、管、弦のいずれの身体的特徴もなく、銀色のフラットな体を持ち、金のリストバンドには鈴が、そして頭部からは腰の辺りまで紫色の長い髪が伸びている。

 紫鬼が変化し、九人の鬼が並び立ったその瞬間、空地中央の地面に次々と亀裂が入り、大きく割れた地中からラセツニョが姿を現した!

 下半身は巨大な蛇、そして上半身は怨念の塊のような恐怖形相の女性を象ったようなラセツニョ、身の丈は十メートルほどもあり、肩の辺りからは数本の触手がクネクネと中空に伸び、その内一本にダンキが捕らえられている!

勝鬼「ダ……、ダンキさん!!」

 思わず前に飛び出す勝鬼。

紫鬼「……行きます」

 紫鬼の合図とともに、九人の鬼たちはそれぞれの武器を携えて、ラセツニョに向かって走る!

 

○オープニング曲

 

○サブタイトル

 最終之巻『夢のはじまり』

 

○とある神社

 境内を歩く右京。

 神社の敷地奥、石造りのベンチにゆっくりと腰掛け、拳をギュッと握り締める。

右京「人助け……、自分の、信じる道……」

 呟きながら、遠くを見つめる右京。

右京「……俺って、きっと今まで、自分のことばっかり考えてたんだな。そんなんで人助けだなんて……」

 右京、下を向き、カッと目を見開いて正面を向き直る。

右京「よく分かんないけど、二つだけはっきりしたことがある!今の俺はダメだってこと。それから、まだ取り戻せるってことだ!!」

 右京、スクッと立ち上がり、

右京「心を、鍛える……。そうか……。これって絶好のチャンスなんじゃないか」

 右京、吹っ切ったような表情に変わり、ダッシュしてその場を走り去る。

 

○謎の洋館のあった空地

 巨大なラセツニョに、九人の鬼たちが向かっていく!

 響鬼が、音撃棒・烈火を打ち込んでいく!

 裁鬼が音撃弦・閻魔で、轟鬼が音撃弦・烈雷で斬りかかっていく!

 甕月鬼が、頭部の刃角を外して投げつける!

 一方、威吹鬼と闘鬼、そして勝鬼は、それぞれの音撃管でラセツニョの上半身に鬼石を、吹雪鬼は鬼針を撃ち込んでいく!

 鬼たちの攻撃にグラグラとよろめくラセツニョ。

 と、勝鬼がジャンプ一番、ダンキを捕らえている触手を、鋭いカギ爪・風牙でスパッと切り裂く!

勝鬼「ハッ!!」

 切り離されるも触手に巻きつかれたまま吹っ飛ぶダンキ、ドスンと地面に転がり落ちる。

ダンキ「……ングッ!」

 と、狂気の表情と化したラセツニョの頭上に、フワッと小さな影がいくつも浮かび上がる。

 ミズチだ!

 ラセツニョの念によって生まれ出た数匹のミズチは、うねりを上げて鬼たちに襲いかかる!

響鬼「うわっと!」

 と、疾風の如く進み出た紫鬼が、銀色に光る変幻でミズチをひと突き!

 すると、ミズチはジワジワッとその色彩をなくしていき、粉状に砕け散った!

 変幻の剣撃モード、それは小さな怨念魔化魍ならば無効化させる能力があるようだ。

 目にも止まらぬスピードで駆ける紫鬼、変幻のフェンシング剣撃でミズチを全滅させる!

 そして、振り向き様に一言。

紫鬼「……甕月鬼さん!」

甕月鬼「了解!」

 甕月鬼、宙を舞っていた刃角を腕の動きで引き寄せて頭部に戻すと、背中から鍵盤ハモニカ型音撃管・明星を取り出して天高く構える。

 ズドン!!

 明星の先から発射された金色の光球が、上空でバッと弾けたかと思うと、金色の光のシャワーが辺り一面に降り注ぐ。

 そして、ラセツニョを中心に小さなドームのように音撃空間の囲いが出来あがった!

 甕月鬼、今度はベルトの音撃鳴・諸星を外して地面に埋め込む。

 大きく膨らむ諸星の上に明星をセット、眩い光とともにそれはグランドピアノ型に変形!

紫鬼「皆さん、配置に!!」

 紫鬼の声を受け、裁鬼と轟鬼が左右からラセツニョの胴体へとライドして音撃弦を突き刺す!

 そして、響鬼が正面から音撃鼓をラセツニョに埋め込む!

 互いに目で合図し合う九人の鬼たち。

 紫鬼、変幻を右手に、サッと両腕を上げる!

 その瞬間、甕月鬼がピアノを、そして威吹鬼、闘鬼、勝鬼がそれぞれの音撃管を奏でる!

 甕月鬼の力強いピアノの音色は、ドーム状に包まれた音撃空間の壁に反響し、その場を完全に密封する!

 両腕を振ってリズムを取る紫鬼、その長い髪は、リズムに合わせて白く発光している。

 その紫鬼のリズムに合わせて、今度は裁鬼と轟鬼がギターをかき鳴らす!

 さらにリズムを取る紫鬼。

 次に響鬼が、大きなモーションから烈火を音撃鼓に向けて打ち込む!

 そして、吹雪鬼がフルート型音撃管・烈雪を口元へ。

 各種の音撃が続けられる中、紫鬼のリズムに合わせて吹雪鬼のフルートが麗麗と奏でられる!

 闘鬼のバンの傍で見つめる明日夢とあきら、思わずゴクンと生唾を飲み込む。

 そして、真剣な表情で凝視する石割。

ダンキ「……チキショウ! 俺もやりたかったぜぃ」

 触手の切れ端に巻きつかれたまま倒れ込んでいるダンキが悔しがる。

 さらに続けられる協奏音撃、紫鬼のリズムに合わせて、弦が、管が、太鼓が強弱をつけて奏でられる!

 と、ラセツニョの大きな尻尾がグルンと揺れ、轟鬼が振り落とされそうになる。

轟鬼「うわっ!!」

 よろめく轟鬼。

裁鬼「轟鬼! ふんばれ!!」

轟鬼「……は、はい!!」

 轟鬼、なんとか持ちこたえて再び烈雷をかき鳴らす!

ラセツニョ「ガギャーーーーーッ!!」

 大きな悲鳴を上げるラセツニョ。

 紫鬼、リズムを速めて変幻を上下左右に振り回す!

 甕月鬼が、威吹鬼が、闘鬼が、勝鬼が、裁鬼が、轟鬼が、響鬼が、そして吹雪鬼が全力音撃!!

 そして、紫鬼の変幻を前に突き出す大きなアクションとともに、全員が止めのひと弾き、ひと叩き、ひと吹き!!

 ラセツニョの全身に協奏音撃の波紋が伝導!

 サッと飛び降りる裁鬼と轟鬼、そして後ろに転がり避ける響鬼。

 そしてついに……、ラセツニョ爆発!!

   ×   ×   ×

 甕月鬼が作り出したドーム状の音撃空間が、天空から徐々に薄らいでいく。

 そして、ラセツニョが砕け散った跡にはバックリと割れた地面が煙を上げながら姿を現した。

 顔の変身を解く九人の鬼たち。

 シキ、変幻を左腰のバックルに納めて、他の鬼たちに労いの握手を求めに行く。

シキ「ご苦労様です」

フブキ「そちらこそ、お疲れ様でした」

 シキが順々に他の鬼たちを労う間、ショウキがダンキの元へ駆け寄る。

ショウキ「ダンキさん!」

 ダンキに巻きついていたラセツニョの触手が、シューッと粉状に砕けていく。

ダンキ「(腕や腰を動かしながら)あ~あ! やっとこさ開放されたぜ!」

ショウキ「良かった……」

 ホッと胸をなでおろすショウキ。

 トウキのバンの傍では、明日夢とあきらが車の中にいるトウキの息子とともに、喜びを分かち合っている。

 と、隣に立っていた石割が携帯電話を取り出し、どこかへかけ始める。

 

○たちばな・地下作戦室

 無言で座り込んでいる勢地郎、みどり、香須実、そして日菜佳。

 電話のベルが鳴る。

 近くにいた勢地郎が受話器を取る。

勢地郎「はい、たちばな……、おお、石割君かあ」

 勢地郎の声に、一斉に視線を向ける、みどり、香須実、日菜佳。

 

○謎の洋館があった空地

 勢地郎と通話中の石割。

石割「終わりました。……はい、ダンキさんも無事です」

 

○たちばな・地下作戦室

勢地郎「そうか、良かった良かった。……それじゃあ、キチンと後片付けして戻ってきてください。……あ、そうそう、今夜はね……、(日菜佳の方を振り返り)日菜佳、予約の方は大丈夫かい?」

日菜佳「(指でOKマークを作って)バッチリでござんす!」

 

○謎の洋館があった空地

石割「……あ、そうですか。分かりました。皆さんに伝えます。……はい、お疲れ様でした」

 ニコッと笑いながら、携帯電話を閉じる石割。

石割「(前へ歩きながら)……皆さん、お疲れ様でした!! それと事務局長から、今夜は合同宴会って話ですよ~!!」

 石割の言葉に、疲れた皆の表情に精気が甦る。

サバキ「オッシャ!! 久々だなあ、みんなで飲むのは!」

ヒビキ「サバキさ~ん、また前みたいに酔っ払って暴れないでくださいよぉ?」

サバキ「……んだと、コノッ!」

 じゃれ合うサバキとヒビキ。

フブキ「……シキさんも、ご都合大丈夫ですか?」

シキ「はい。喜んで出席いたします」

 と、申し訳なさそうな表情で口を開く石割。

石割「……あと、その……」

 石割の心中をフブキが察して、

フブキ「そうよね。……ヒビキ君」

ヒビキ「……え?」

 キョトンとした表情でフブキの方を見るヒビキ。

フブキ「割れた地面の修復、よろしく頼むわよ」

 フブキ、ヒビキに軽くウィンクすると、さっさとその場を引き揚げていく。

ヒビキ「ちょっ……、フブキさん!」

サバキ「アンニャロ……、だからアイツは性格悪いっつってんだよ!! ……オラ、トドロキも! さっさとやっちまうぞ!」

 サバキ、傍にいたトドロキを促して、地面の修復作業に取り掛からんとする。

トドロキ「は……、はい!!」

 追従するトドロキ。

 一方、フブキは石割とともに、モバイルを片手に今の音撃の記録を早速確認していた……。

 

《CM》

 

○とある百貨店・呉服売場

 お客に商品の入った紙袋を渡すすずめ。

すずめ「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 お辞儀した頭を上げたすずめ、ふと視線の先にいた右京に気付く。

 右京、すずめに向かって軽く手を振る。

すずめ「右京君……」

 すずめ、振り返ってカウンターにいた主任のもとへと歩み寄る。

すずめ「筑波主任、ちょっと早いんですが、休憩いただいて宜しいでしょうか?」

筑波「(すずめの表情、そして通路で佇む右京を確認し)……分かった。あ、今の時間、休憩室は混んでるだろうから、カーディガン着て店内喫茶へでも行っておいで」

すずめ「あ……、ありがとうございます!」

 すずめ、奥の引き出しからカーディガンを取り出して、右京のいる通路の方へと駆けていく。

 それを、微妙な笑みとともに見つめる筑波。

 と、年配の女性店員がそっと筑波に耳打ちする。

女性店員「もう、主任ったら工藤さんには甘いんだから!」

筑波「……な、何言ってんですか! ほらほら、ちゃんと待機姿勢とって!」

 ちょっぴり焦り気味になりながら、女性店員に注意をする筑波。

 

○同・店内喫茶

 向かい合って座っている右京とすずめ。

 すずめ、運ばれてきたマンゴージュースを一口飲む。

すずめ「……わざわざここまで来たってことは、相当よね」

右京「……うん」

 すずめ、右京の目をジッと見つめたまま、話を切り出すのを待つ。

右京「……こないだはゴメン。曖昧な話ばかりしちゃって」

すずめ「で?」

右京「音楽家目指すのは辞める。でも、音楽が嫌になったからじゃない。……もっと、自分を鍛えなきゃいけないって思ったからなんだ。……お前に何度も言われてきたように、俺はどうしようもなくダメな奴だ。今のままじゃ、夢を見る資格なんてないんだよ」

 話し続ける右京を、黙って見つめるすずめ。

右京「だから、ちょっと真剣に心の修行をしようと思うんだ。まあ、寺に入るみたいなもんだね」

 すずめ、右京の目をジーッと見据えて、ニコッと笑う。

すずめ「……今日の話は、丸々ウソってわけじゃなさそうね。……分かった。頑張ってね。……でも、悪いんだけど、今はこのままあなたと付き合い続ける気にはなんない……。少し、距離を置かせてほしいんだ」

右京「だろうね。俺も、今度こそド真剣に修行に励もうと決心したんだ。一年になるか二年になるか分かんないけど、多分、会いたくても会えなくなる」

すずめ「じゃあ、一旦チャラってことで」

右京「ああ」

 見つめ合う二人。

 そして、どちらからともなく吹き出す。

すずめ「アハハ……、変な別れ方ね。なんかドラマのワンシーンみたい」

右京「ホントだ。ハハハ……。じゃ、俺、行くわ」

 そう言って立ち上がる右京。

すずめ「うん。……元気でね」

 そう言いながら、すずめもゆっくりと立ち上がる。

右京「……今度会う時は、絶対もっと大きな人間になってるからな!」

すずめ「どーだか。私こそ、アンタなんかよりずっとずっといい男捕まえてるから!」

右京「へっ! ……じゃーな」

 右拳をサッと差し出す右京。

すずめ「じゃ……」

 すずめ、その拳にカチッと自分の右拳を合わせる。

 右京、踵を返して喫茶室から立ち去る。

 すずめ、その右京を笑顔で見送る。

 と、ポロリとひと筋、すずめの頬に涙が流れ落ちる。

すずめ「……あれ? ……何で?」

 すずめ、涙をカッと拭ってまた椅子に座る。

すずめ「(ストローをクルクルッと回しながら)……五年間、か」

 そう呟いたすずめ、ムンと全身に気合いを入れたかと思うと、ジュースを一気に飲み干す。

すずめ「よっしゃ!! アタシも頑張るぞ!!」

 

○たちばな

 客用の椅子を片付け始めている香須実と日菜佳。

 と、入口の扉が開いて、右京が入ってくる。

香須実「あ、すいません、今日はもう閉店なんで……、あ!!」

右京「こんばんは」

 ペコッと頭を下げる右京。

香須実「どうしたんですか? ザンキさんの話じゃあ、明日来られるって……」

右京「……あ、その、決心が鈍らない内にと思いまして……。

ザンキさん、まだおられますか?」

香須実「あ、ああ~、ハイハイ! いますいます!! どうぞ!」

 香須実、そう言って右京を奥へと促す。

 香須実と日菜佳に会釈して、奥へと入っていく右京。

 その姿を見送り、バッと目を合わせる香須実と日菜佳。

 日菜佳、忍び足で右京の後をつけんと動き出す。

香須実「(小声で)ちょっと、日菜佳!」

 日菜佳を止めようとする香須実。

日菜佳「(その香須実の目を横目で見て)姉上は、気になりませぬか?」

香須実「そ……、そりゃあ……」

 結局、二人していそいそと奥へと右京を追って入っていく香須実と日菜佳。

 

○同・地下作戦室

 中央の机に勢地郎とザンキ、そしてその正面に右京が座っている。

 階段の踊り場からは、香須実と日菜佳の顔もチョコンと覗いている。

勢地郎「……そう。よく決心してくれたね」

右京「よろしくお願いします!」

ザンキ「分かってくれているとは思うが、修行はハンパな覚悟では出来ないぞ? 薄葉君」

右京「はい。俺は、もう一度スタートラインから出発するつもりです!」

 右京の言葉を聞き、安堵の表情の勢地郎とザンキ。

勢地郎「まあ、細かい手続きは追々でいいんだが……」

ザンキ「まずは一ヶ月ほど、吉野で山篭りだな。出来れば、明日にでも出発したいところだが、薄葉君の都合は……」

右京「あ、俺は大丈夫です! バイトもここに来る前に辞めてきましたし……」

ザンキ「じゃあ、明日までに荷物を……。ああそうだ。おやっさん、今晩、来てもらえれば……」

勢地郎「おお、そうだねぇ。みんなにも紹介できるし、そりゃあ一石二鳥だ」

 目を丸くして、勢地郎とザンキを見る右京。

ザンキ「いやね、今晩、馴染みの料亭旅館で関東支部の合同宴会があるんだ。俺もそのまま泊まるつもりなので、荷物持って参加しないか?」

右京「……あ、ぜひ!!」

 何か今までにない高揚感を全身で感じ、思わず武者震いする右京だった。

 

○とある料亭旅館

 店の入口に『立花様御一行』の看板。

 

○同・大宴会場

 座敷の大広間、いくつものテーブルに豪華絢爛な料理が並び、三十名弱ほどの猛士メンバーたちが座っている。

 壇上に勢地郎が立つ。

勢地郎「え~、皆さんご苦労さん。今日は、珍しい魔化魍の退治ということで、山陰からはシキ君、関西からはミカヅキ君にも来てもらって、結構大変な仕事をやってもらいました。で、まあ、みんな集まったいい機会なので、久々にこういう宴会の席を設けたわけです。……今夜はね、部屋もいくつか取ってあるので、シキ君やミカヅキ君だけじゃなくて、酔っ払っちゃってもそのまま休めます。(周りから軽く歓声と拍手が起こる)……ま、ハメ外しすぎないようにはお願いしますよ。……あと、始める前に、ちょっと紹介しておきます」

 勢地郎、そう言うとザンキに目で合図する。

 ザンキ、隣にいた右京を連れて、壇上へと上がる。

 それを見て、少し不快そうな表情のトドロキ。

勢地郎「え~、この度、ザンキ君の呪術弟子になることになった、薄葉右京君です」

右京「(緊張した様子で)う……、薄葉右京です!! よろしくお願いします!!」

 深々とお辞儀する右京。

ザンキ「(頭を上げた右京と目を合わせた後、正面に向き直り)皆さん御存じのように、怨念の封印術は資質がモノを言います。彼は、元々鬼志望だったんですが、体質的にかなりいいものを持っていると俺が判断して、無理言って弟子になってもらいました。俺からも、よろしくお願いします!(各テーブルから拍手が起こる)……それから、トドロキ!!」

 いじけっ面だったトドロキ、ザンキの呼びかけにハッとして立ち上がる。

トドロキ「は、はい!」

ザンキ「ちょっと上がって来い」

トドロキ「え、ええ~!?」

 トドロキ、露骨にイヤな顔をしつつも、しぶしぶ壇上へと歩を進める。

ザンキ「トドロキ。お前は、俺が薄葉君を弟子に取ったために、お前のサポーターを辞めちまうと思っているだろう? ……フフフ、そんなことはないぞ」

トドロキ「(みるみる笑顔になり)え!? ホントですか!?」

ザンキ「ああ。ただ、明日から一ヶ月間は吉野へ篭るんで、その間は一人で頑張ってくれ。その後は、お前の現場に俺と薄葉君も出向くことになる。つまり、お前にも師匠としての役割を手伝ってもらうつもりだ」

トドロキ「……ザ、ザンキさん!!」

 喜色満面のトドロキ。

右京「(トドロキの方に向き直り)トドロキさん、よろしくお願いします!!」

トドロキ「こ……、こちらこそ、よろしくッス!!」

 互いにお辞儀し合って、頭をゴツンとぶつけるトドロキと右京。

トドロキ・右京「アイテ!」

 頭を押さえるトドロキと右京。

ザンキ「おいおい、しっかりしてくれよ、師匠!」

 皆の笑い声が響く。

勢地郎「よ~し! じゃあ、今夜は思う存分飲んで食べてください! かんぱ~い!!」

全員「かんぱ~い!!」

   ×   ×   ×

 各所で盛り上がる合同宴会。

 大皿の上に盛られた刺身を、奪い合うように食べるヒビキとミカヅキ。

ヒビキ「あ! ミカヅキさん、その大トロ、俺んですよ!」

ミカヅキ「何でやねん! お前さっき、一皿丸々食っとったやないか!」

 二人が言い争っている間に、トウキの息子が横からサラッと大トロを奪う。

ヒビキ・ミカヅキ「あ! あ~!!」

 おいしそうに口をモグモグさせるトウキの息子。

トウキ「……ワーハッハッハッハ!!」

   ×   ×   ×

 すっかり機嫌を取り戻して飲みまくっているトドロキ。

サバキ「オイ、ザンキよ。こんな奴にまだ人を教えんのは無理だろーが」

トドロキ「……え、そんな事ないッスよ! 俺、頑張るッス!!」

ザンキ「……まあ飲め」

 ザンキ、そう言ってトドロキのグラスにビールを注ぐ。

トドロキ「あっざーーーっす!!」

 注がれたビールを一気に飲み干すトドロキ、そしてまた料理をパクつき始める。

 と、思わず咳き込むトドロキ。

日菜佳「ト、トドロキ君!」

 日菜佳、トドロキの背中をさすりながらも怒声を浴びせる。

ザンキ「(サバキに向かって)……人に教えることで、改めて気付くことも結構あるもんだ。トドロキにとっても、いい経験になるはずだ」

サバキ「なるほどな。……あ~あ、俺も考えなきゃな~」

ザンキ「そうか。石割君、銀コースに転籍するんだったな」

サバキ「もったいねー話だよ。でもまあ、アイツのやりたいようにやんのが一番だからなあ……」

 そう言いながら、サバキはザンキとカチッと軽くグラスを合わせる。

   ×   ×   ×

 周りの盛り上がる様子を楽しげに見渡す明日夢。

ひとみ「安達君、ハイ」

 ひとみ、明日夢の小皿に唐揚やローストビーフなどを盛ってやる。

明日夢「あ、ありがと! ……ところで天美さん」

あきら「え?」

明日夢「ちょっと疑問に思ったんだけど、こんなふうにみんな集まってお酒飲んじゃったりしてさあ、もしも今どっかで魔化魍が暴れたりなんかしたら、大変なんじゃないの?」

あきら「ああ、それは一応大丈夫なんです。こういう時は、事前に近くの支部に応援を要請していますから。今夜の場合は、中部支部と北陸支部にウチのテリトリーを廻ってもらっているそうです」

明日夢「へぇ~、なるほどねぇ」

 感心する明日夢のもとへ、ヒビキがやってくる。

ヒビキ「おい明日夢、聞いてくれよ~。ミカヅキさん、ヒドいんだぜ~?」

 明日夢に愚痴を言うヒビキの後頭部に、おしぼりが飛んでくる。

ヒビキ「いて!」

 おしぼりの飛んできた方向には、ミカヅキがアカンベーする姿が……。

   ×   ×   ×

 並んで話し込んでいるトウキの妻とゴウキの妻。

 ゴウキの妻は、オメデタのお腹がもうかなり大きくなっている。

 と、そこへ香須実がビールを注ぎにやってくる。

香須実「こんばんは~。ま、どうぞどうぞ」

 香須実、トウキの妻にビールを注ぐ。

トウキの妻「ありがと、香須実ちゃん」

香須実「……えと」

 香須実、ゴウキの妻の方を見て、少し躊躇する。

ゴウキの妻「……あ、私は烏龍茶で」

香須実「ですよね~。……と、今、何ヶ月ですか?」

ゴウキの妻「丁度七ヶ月よ」

香須実「大変ですよね~。あ、大変なのはゴウキさんの方か」

トウキの妻「そうそう。サポーターが急にいなくなるのって、キツいらしいね」

ゴウキの妻「まあ、ビシッと生んで、ビシッと復帰するからね! ……ところで香須実ちゃんは、イブキ君とどうなのよ?」

香須実「え!? ……な、何ですかソレ!?」

 赤くなる香須実。

 その後も続く二人の口撃にタジタジの様子……。

   ×   ×   ×

 勢地郎、シキのグラスにビールを注ぐ。

勢地郎「やあやあ、はるばるご苦労さんだったねぇ」

シキ「ありがとうございます」

ゴウキ「シキさんは、元から山陰の出身なんですか?」

 隣にいたゴウキが話しかける。

シキ「そうですよ。実家は島根です」

勢地郎「ああ、いいとこだよね~、島根は。何たって、どじょう掬いまんじゅうがウマい!」

ゴウキ「何ですか? ソレ」

勢地郎「知らないのかい!? ゴウキ君、それはダメだよ~。コレはねぇ……」

   ×   ×   ×

 勢地郎、シキ、ゴウキの会話をチラリと見て、再び自分のテーブルの方へと向き直るダンキ。

ダンキ「おい、シキさんって、女だよな?」

ショウキ「ええ!? 男の人でしょ!?」

エイキ「う~む、俺も女だと思ってるんだがなあ……」

 ジィ~ッとシキを見つめる三人。

ダンキ「ちょっと、おやっさんに聞いてみよう」

 ダンキ、そろりそろりと勢地郎に近付いていって、後ろから勢地郎の浴衣の袖を引っ張る。

ダンキ「(小声で)おやっさん!」

勢地郎「(振り向いて)んん? 何だいダンキ君」

ダンキ「その……、シキさんって、男? それとも女?」

勢地郎「何だそんなことか。決まってるじゃないか。……実は、私も知らんのだ」

 ガクッと上半身から前に崩れ落ちるダンキ。

   ×   ×   ×

 みどりを囲んで飲む、イブキ、バンキ、そして石割。

みどり「石割く~ん、ホントに角コースから離れちゃうのぉ?」

石割「はい」

イブキ「思い切りましたよね」

バンキ「でもまあ、気持ちは分かるかな」

みどり「そっかあ。バンキ君も、勉強しながら鬼やってるわけだもんね~」

石割「サバキさんには本当に悪いと思ってるんですが……。僕の目指すところは、やはり開発部門にあるんですよね。……みどりさんという素晴らしいお手本も、近くにいらっしゃいますし」

 石割、みどりを煽てながら傍にあった日本酒を勧める。

みどり「や~もう、バンキ君ったら~」

 みどり、そう言いながら石割の背中をバンと叩く。

石割「……あの、僕、石割ですが……」

みどり「え? 何だって? イブキ君?」

イブキ「(みどりのお尻の辺りを見て)……あ! さっき抜いたばっかりのワイン、白も赤もカラッポですよ!」

バンキ「みどりさん……、酔ってますね」

みどり「ア~ハッハッハッ!!」

 高笑いするみどりから、徐々に後ずさりする三人……。

   ×   ×   ×

 様々な人と交わり、飲んだ右京、座敷の壁沿いにもたれてひと息。

右京「ふぅ~~~……」

 ふと周りを見渡すと、フブキがいないことに気付く。

 立ち上がり、キョロキョロしながら大宴会場を出る右京。

 

○同・宴会場外の廊下

 廊下に出た右京、窓際の長椅子に座って外を眺めているフブキを見つける。

右京「……フブキさん」

フブキ「(右京に気付き)……ああ」

右京「(フブキの隣に座りながら)どうしたんですか? こんなとこに一人で」

フブキ「ちょっと酔い冷まし。……どう? 実際に中に入ってみた気分は」

右京「いや……、まだよく分かんないです。でも、ホントに気合い入れなきゃ絶対無理だなって、ヒシヒシ感じますね」

フブキ「そう……」

 フブキ、かすかに微笑みながら、また窓から外を眺める。

右京「……俺のこと、フブキさんがザンキさんに口添えしてくれたんですよね?」

フブキ「私は何も言わないわよ。たまたま、ザンキさんが跡継ぎを探してたってだけ」

右京「へへっ……。そういうことにしておきます」

 右京、そう言って立ち上がり、柔軟運動のように上半身を動かす。

右京「……俺、今度の事で、自分の弱点が少し分かったような気がします。何て言うか……、もっと、しっかりした心を持てるよう頑張ります!」

フブキ「音楽に未練はないの?」

右京「ないこたぁないです。でも、振り返ってみて、卒業してからの三年間は何だったのかなあって。……夢だと思ってたものに疑問持っちゃったら、それもう夢じゃないのかなあって気もしてきて……」

 フブキ、改めて座り直し、右京を見据えて話す。

フブキ「……人が、何かを諦める時。それは、別の何かに集中したくなった時、止むに止まれぬ事情で出来なくなった時、そして、本当に諦めた時。……夢を諦めるのはツラいし、後ろ向きなことかもしれない。でもね、それが本当の夢じゃなかったんだ、自分には無理だったんだって気付くということも、新しい夢のはじまりだと思うのよね」

右京「……俺の場合は、まだよく分からないですね」

フブキ「いいのよ、それで。もし間違ってたとしても、またスタート地点に戻ればいい。それまでの経験が無駄になるってことは絶対ないんだから。…………人間にはね、やり直すのに『遅い』って時間はないのよ」

 フブキの言葉に少々感銘を受け、ボーッと立ち尽くす右京。

フブキ「……さ、夜は長いわよ。入って飲み直しましょう」

 フブキ、ニコッと右京に笑いかけながら長椅子から立ち上がる。

右京「……はい!!」

 大宴会場へ戻っていく二人。

 

○同・玄関口の外

 陽の光が眩しい、天気のいい朝。

 ザンキと右京が、それぞれ荷物を持って料亭旅館から出てくる。

 その後ろから、フブキとヒビキ。

ザンキ「じゃ、行ってくる。俺がいない間、トドロキの奴をよろしく頼む」

 ヒビキに軽く頭を下げるザンキ。

ヒビキ「りょ~かい、シュッ!」

フブキ「ところで、そのトドロキ君は?」

 ヒビキ、苦笑いしながら料亭旅館の上の方を指差す。

 

○同・三階の客間

 トドロキが、浴衣をはだけただらしない格好で、布団に転がって大イビキ。

 

○同・玄関口の外

ザンキ「……ったく、しょうがない奴だな」

 ザンキ、そう言いながらも笑みを浮かべる。

右京「じゃあ、フブキさん。(ビシッと姿勢を正して敬礼しながら)……薄葉右京、心を鍛えてきます!」

フブキ「ん、上出来」

 フブキ、右京に笑顔で敬礼を返す。

 右京、深々とフブキとヒビキにお辞儀して、ザンキとともに振り返って旅立つ。

 二人の後姿を見送るフブキとヒビキ。

ヒビキ「あの青年、うまく育ちますかねぇ」

フブキ「なるようになるんじゃない? ……そういや、明日夢君も、ブラスバンド辞めて鬼を目指すことにしたのよね?」

ヒビキ「あ~。まあ明日夢の場合は、ブラバンに深く入り込む前にこの世界の事を知っちゃったって感じですからね~」

フブキ「ドラムより、ヒビキ君の生き方に惹かれたってことなのかしら?」

ヒビキ「おっ、それって褒め言葉ですか!?」

フブキ「フフ……、さ~ね」

 珍しく柔かい表情で笑うフブキを見て、ヒビキもまた幸せいっぱいの笑顔になる。

ヒビキ「……さ~てと! そろそろ帰り支度すっかな~」

 ヒビキ、そう言いながら料亭旅館の中へと戻っていく。

 そのヒビキを背中越しに見送り、ふと空を見上げるフブキ。

 雲一つない青空は、無限の可能性を感じさせる。

 と、いつの間にか隣にいたのはみどり。

みどり「な~に黄昏てんのよ!」

フブキ「(みどりに気付き)ああ。……人って、分からないもんよね」

みどり「そうねぇ。毎日、思いもよらないことばっかり起こるよね。ま、だから人間は面白いのよ!」

フブキ「……そうだ。何年か先には、一応実用化できるようにしておいてね」

みどり「(微笑んで)分かってるって。新しい音撃管の開発ね。オーボエって、素材的にすっごく難しいんだけど」

フブキ「あなたなら大丈夫よ」

 フブキとみどり、ともに大空を見上げて伸びをする。

みどり「あ~あ! 今日もいい天気!!」

 どこまでも続く青い空。

 それは、これから修行の道に入る右京、そして明日夢やあきら、さらには全ての若者のところまで広がっている。

 若者は、夢を見て、夢を追いかけ、現実を知り、時には諦め、また夢のはじまりを見出す。

 憧れと、不安と、ときめきを乗せて、人は果てしない夢を追い続ける。

 何故?

 それは、夢を紡ぐ時が、一番素敵だから……。

   ×   ×   ×

 大空に向かって、厳しくも穏やかな表情で言い放つフブキ。

フブキ「……鍛えなさい!」

 

○仮面ライダー吹雪鬼 完

 

○エンディング曲



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。