ソードアート・オンライン《贖罪》 β版 (th重治)
しおりを挟む



はじめまして、th重治です。初投稿なので読みづらい所も多々あると思いますがどうぞ気長に付き合って頂けると幸いです。
これを見てくださっている方には不要とは思いますが一応説明しますと、この小説は川原礫先生のノベル「ソードアートオンライン」シリーズの二次創作です。原作を知らない方にも分かりやすいようにと心掛けているつもりですがなにぶん素人なもので出来れば原作を読んでからこちらを読んで頂けると幸いです。

最後に、タイトルの最後についている『β版』が気になった方もいると思うので説明しておくと、誤字やおかしな設定等があった時修正する為です。なのでそれらを見つけたら教えて頂けると助かります。



別の世界の夢を見た。

そこの俺は毎日「学校」へ通い勉学に勤しみながら友人達と機械的なまでに繰り返される同じような日常を送っていた。朝になり、色々あってまた夜になりまた朝になる。仮に自伝を書くならば俺の日常など二行もあれば十分書き切れてしまうだろう。そんな当事者からすれば退屈そのものであるはずの普通の日々も今は夢の中にしか存在しない。

俺が寝ていたのは安っぽい宿屋の一室。一泊三十コルの格安の宿だ。もちろん寝心地も値段に比例してかなり貧しいのだが今はそんな贅沢を言える程懐が温かくない、むしろ昨日買い物に出かけた分普段よりか頼りないくらいだ。

俺は時間を確認するためにメインメニューウィンドウを開く。普段は八時には起きて宿を出る事にしているのだが…

「十時…て、しまった寝過ごした!!!」

最近寝不足が続いていたせいか昨夜はアラームを設定する事すら忘れて倒れ込んでしまったらしい。慌てて寝間着から普段着である茶色のコートに着替える。扉を開けて飛び出し階段を一段飛ばして駆け降り宿の外、「世界」へ飛び出す。

 

 

街には活気が溢れ、大勢の人が行き交っている。朝市は流石にやっていないが数々の店が軒を連ねている。重そうな金属の鎧を着た巨漢や布地の身軽そうな見た目に似合わぬ大きな両手剣を背負った若者など行き交う人々も多種多様だ。

 

そう、ここは現実の世界では無い。浮遊城アインクラッド第一層にある街「はじまりの街」、ソードアートオンライン通称SAOというゲームの中である。

 

 

その時突然、宿屋のドアが開いた。中から色白の小柄な女の子が出てきた。彼女は矢作雪美、SAO内では「shirayuki」という名の俺の幼なじみであり現在はコンビを組んでいる。装備は俺と同じ少し大きな片手剣アニールブレードを愛用している。

「やっと起きた!遅すぎるよもう!」

朝一から不機嫌そうな顔(朝一気分なのは自分だけだが)をしているパートナーに向かってとりあえず謝罪をする事にした。

「あーすまん雪…じゃなくてシロ、アラームをセットするのを忘れていた!」「だからそんな犬みたいなあだ名で呼ぶなっていつも言ってるでしょうが!」

手加減無しに蹴られた、ここが圏外なら一ドット程HPが持って行かれてただろう。雪美は敏捷力極振りのはずだが…。

そんな事を考えながらも街中であまり派手に吹っ飛びすぎると悪目立ちするので急いで何事も無かった風を装う。

「あぁすまなかったな。えっと、たしかユキって呼ぶんだったよな。じゃあユキ、今日もよろしくな」

「まぁ分かってくれたなら良いけど…今度言ったら斬るからね」

まさかユキも圏外で切りかかってくるとは思えないが一応気をつけなければと内心震えながら気分を改める。

「とりあえず…今日の目標はレベル一上げる事だよな。朝飯…というかブランチは軽めにして例の狩場に二時には着きたいよな」

俺達は一週間程前に湧出頻度が多いレベル上げには格好の狩場を見つけた。第一層は直径十キロメートル、面積は八十立方キロメートルもするというおそらくはアインクラッド最大の階層だそうだ。だそうだ、というのはこの話は情報屋のアルゴから他の情報を買った時にオマケとして無料で貰った、まだ噂の範疇から出ない話だからだ。

その広大さゆえにこのゲームが始まって既に三週間以上が経過した今でもまだ未開拓の地がある。勿論危険性もあるがそれ以上に夢があるので俺とユキの二人もいくつかの土地を開拓してきたのだが、先週新しく見つけた狩場というのが特に珍しいようで情報屋すら掴めていない場所、そしてβテスターですら見つける事が出来なかった場所らしい。開拓した土地の情報を情報屋に売って金にしてきていた俺達だがこの情報だけはまだ売らないと決めている。よってその狩場は最近一週間程俺達の専用狩場となっているのだ。とは言え情報の、特に有用な狩場の情報の出し惜しみは褒められた事ではないのでそろそろアルゴに売ろうかと相談していたりする。

「うん!あと少しでレベルアップするはずだから頑張ろうね!…とまずは食事をとらないと。いつものNPCレストランに行こっか!」と今日も朝から元気なユキと共に歩きだす。歩きながら向こうの世界の印象と540°違うこっちの世界のユキを見て、ふと昔の事を思い出していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



俺とユキもとい雪美は幼なじみだ。

 

母親いわく「生まれた時からの知り合い」らしく、どうやら母親同士が病院で同室だったらしい。俺が雪美より二日遅く生まれ、自宅も近かったので随分幼い頃から一緒に遊んでいた気がする。雪美は生れつき病弱な体質で、幼稚園の頃までは多少なら一緒に外で遊べたが小学校に入ると外で遊ぶ事は無くなった。とは言えまだ学校に来れるくらいの元気はあり、よく教室で遊んだりした。小学校を卒業し、中学に入ると遂に雪美は外に出られなくなった。この頃に初めて聞いたのだが雪美は生れつき体に色素が欠乏している、いわゆるアルビノだったらしい。紫外線を浴びると悪影響が出るので彼女は段々室内にいる時間が増えてきた。そんな時に出会ったのがVR(バーチャルリアリティ)を使ったゲームであった。現実では太陽の下で遊びたくても遊べなかった彼女にすればその世界はまさしくもう一つの現実のように思われた。そしてVRにはまっていった雪美は後に呪われたゲームと呼ばれる事となる「ソードアートオンライン」と出会う。βテストの話が上がった時は俺と一緒に珍しく外出し申し込

んだ。

。結果は驚くべき倍率の競争から見事当選し、晴れてβテスターとなったのだ。因みにこの時一緒に申し込んだ俺はハズレ、そう上手くは行かないものだ。しばらくしてβテスト期間が始まった。雪美はβテスト期間を一日の半分以上はアインクラッドで過ごしたらしい。俺は夕方に学校から自宅に帰ってきてから雪美の家へ行きアインクラッドの土産話を聞くのが日課となっていた。この時から俺は正式にリリースされたら一緒に始める約束をしていたのでそれまで長年やっていたWBO(ワールドベースボールオンライン)という野球ゲームを辞める事にした。かなり上位チームまで行けたゲームを辞めるのは何とも言えない喪失感を味わえた。

閑話休題、そんな楽しい時間は早く過ぎるもので、βテスト期間はあっという間に終わった。そして待ちに待った製品版を一緒に始める事が出来た。しかし俺達の運命は茅場晶彦によって大きく狂わされる事になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



俺とユキははじまりの街にいた。

「さっきの……GM、いや茅場の言ってた事は何なんだよ……」

驚愕と疑問、そして絶望の入り混じった問い掛けに、どこか怯えたような少女の声が答える。

「本当にログアウトボタンが無い……という事は本当に命に関わるかどうかは調べられないから分からないけどここから出るには最上階にたどり着かなきゃ行けないのは確かだね……」

広場ではまだ騒動が収まってなく、大勢の人々が抗議や文句、疑問の言葉を虚空へ繰り出している。

その時、ユキは突然さっきまでの怯えた声が嘘のように力強く顔を上げた。

「……もし、これが茅場さんの言うようなデスゲームなのだとしたら、こんな所で油を売っている場合じゃないよ」

突然力強く言い切ったユキ。しかし、言いたいことは俺でも分かった。ユキは戦いたいんだ、この世界で。

「なら戦うしか無いな、ただユキは慣れてるから大丈夫として出来れば俺も感覚を掴むまでゆっくりしたいなーと思うのだが……」

その言葉は途中で掻き消された。広場から数人の男達が全速力で俺達の方向へ、つまり街の外へ向かって走ってきたからだ。急いで男達を避けた時ユキはまたさっきの強い口調で叫んだ。

「まずい!もう数人は気付いたんだ……時間無いからさっさと行くよ優ちゃん!」

因みに優ちゃんとは俺の事である。本名安田優樹、ただ今は一応指摘しておかなければならない所があった。

「おい、ゲームの中の俺は優樹じゃなくてhitだぞ。本名はまずいし……」

「あぁそうだった!じゃヒッ君、早く行くからついて来て!」

言い終えた途端ユキもさっきの男達を追うように街の外、茅場の言葉を信じるならまさしく命を賭けた戦場である圏外へと走り出した。慌てて後を追う俺はユキに違和感を感じていた。ネット人格という物は広く知られているがユキのそれは今のような極限状態でもあんな、現実では五年程見られていないであろう笑顔になれるのかと。

(……明日は雨が降るんだなきっと……)

俺はユキに追い付くために全力疾走しながら、違和感を払うようにくだらない事を考え、戦場へと飛び出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「……ッくん、ヒッ君!ねぇ聞いてる?」

たしかあの後ユキはMobの湧出がどうとかイベントがどうとか言ってたんだったな、そのおかげで今現在の自分達の自慢の得物、アニールブレードを比較的楽に手に入れられたのだからあの時のユキの判断は正しかったわけで……。

「……ねぇ優ちゃん……」

「だから優ちゃん言うな言ってんだろうが!」

「じゃあ無視しないでよ!結構私傷ついたよ!」

と、そこで初めて涙目のユキが何か話していた事に気付いた。ノスタルジックな気持ちに浸っていて完全に気付いていなかった。

「はぁ……その様子だと聞いてなかったと思うからもう一度言うね……。さっき聞いたのだけど明日遂に第一層のボスの討伐隊が組まれるらしいんだよ。私達は以前話したように第一層は様子見で第二層から攻略に参加って方向で行きたいけど、もしかしたら明日で第二層への道が拓けるかもしれないから今日は早めにレベルを上げて引き上げてアルゴさんに例の狩場を売っちゃわない?」

いよいよボスに挑むのか。βの時のボスはたしか「イルファング・ザ・コボルドロード」、赤い躯で斧と湾刀を持った獣人とユキが言ってた事を思い出す。

「そうだな、狩場の提供は賛成だな。あとボスの件も賛成」

ただ……

「ただ、せっかくだから討伐隊にはどんな奴らが居るかくらいは見に行かないか?もしかしたら次から行動を共にするかもしれないわけだし」

もしかしたらβテスターがいるかもしれないし……とは言えなかった。

デスゲームが始まり人々は生き残る為に能力と情報を求めるようになった。特に敵の弱点やレアアイテムをドロップするMob、レベルアップの効率が良い狩場の情報は持っている者とそうでない者の間で大きな格差が生まれた。その中でβテスター達はテスト期間に得た知識が大きなアドバンテージとなり新規のプレイヤー達と大きな格差が出来てしまった。それ故にある時からβテスターは「情報を持っているのに出し惜しみをする輩」と蔑まれてきた。勿論βテスターをやっかむのはお門違いというか、ただの妬みでしか無いと思うのだが一部の反βテスター達に吊り上げられる事を怖れてかβテスター達の間では自分がβテスターである事を口外しないという暗黙の了解が出来つつある。目の前にいるユキもβテスターであるが今の所それを知る者は俺以外にいない。

「まぁ、そうだよね!因みに聞いた話だと明日の隊長はディアベルって人で青髪のイケメンだってさ!」

……イケメンで隊長ってか、面白く無い。俺は思わず顔を逸らす。

「その隊長は強いのか?青髪なんて珍しいレアドロップのを使っているからそこそこは出来る奴なんだろうけど……」

「何でも騎士なんだってさ」

き……騎士?SAOには職≪クラス≫は基本的に存在しない。例外的に鍛冶屋や料理人などはそれらに対応するスキルを上げていく事でそれを生業にする事も可能なので、あくまで便宜上での話で職種を名乗る事はあるのだが……。

「騎士とは中々大層な職だなぁ。もしかして装備も騎士なのかな。」

「それなら面白いね!」

ユキの変な笑いのツボにはまったのかユキはクスクス笑い出した。

「まぁ一旦ボスの話は置いといて、そろそろ行かないと二時に狩場に着けないぞ」

時計は既に十二時を示していた。ユキも時計を確認したらしく「それじゃあ行こっか」と短く言うと席を立った。俺も後を追い席を後にした。そういえば向こうの世界ならもう少しでクリスマスだ。山の向こうから雨雲のような雲がやってくる今日の空模様を見て俺は走りながらホワイトクリスマスになることを願った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



俺とユキの二人は二時間で今日の目標であるレベルアップを果たしたのでいつもより早くいつもの街への帰路へとついていた。

季節や年月の概念は現実のそれを忠実に再現しているので現在の時間、四時三十七分はこの世界でも夕方の頃合いになる。

となりの少女、ユキは手持ち無沙汰気に呟いた。

「やっとレベル九だね。これで心置きなく次の階層に行けそう……かな?」

俺達は今日の狩りによって二人ともレベル九へと上がっていた。一層の時点でレベル九なら全体的に見れば高レベルに位置するはずだ。ただ、俺達が二層から参加しようとしているのは攻略組、全体の数%の腕自慢が集まったSAOの最前線、この程度で慢心してはいけない。

「いやいやまだだな!たしか今回のボス攻略組の平均レベルは十くらいになるともっぱらの噂だぜ。」

と俺が街で盗み聞きした根拠の無い世間話をしていると気付けば辺りも暗くなってきた。時期的に冬の今は日が暮れるのも早いのだ……日がこの世界にあるのかは甚だ疑問だが。

「それに今日は遂に金が貯まったから鍛冶屋に行かないといけないしな!」

「そうだった!危うく忘れかけてたよ、アニールブレードの強化だったね。」

SAOにおける強化の概念はその武器の性質を強化する物である。例えば重さ、正確さなどの種類があるがそれも何度でも強化出来るわけでは無い。武器により強化出来る回数が設定されているからだ。しかも強化が失敗した時はマイナス補正が掛かり、能力は下がるわ残る強化可能回数は下がるわで散々な目に合うことになる。実際に完全な強化が出来るかは八割の資金と二割の運が物を言う。

「じゃ、チャッチャと済まして今日は早く寝ることにするか。これだけ材料があれば二人とも+2は行けそうだよな!」

「その事なんだけど……」

突然ユキはモジモジとし出した。何かごにょごにょと聞こえるがよく聞こえない。

「えーっと……何?」

俺は思わず聞き返した。ユキは溜息をつきこう言った。

 

「とても言いづらいんだけど……ヒッ君の動きは危なっかしくて見てられないから先に+4まで強化していいよ!」

 

(……そんなに俺は弱く見られているのか!)

 

思わず俺も溜息を一つついた。

「じゃあお言葉に甘えてそうさして頂くよ……はぁ」

「あ、あぁ別にヒッ君が弱いとか言ってるわけじゃないからね!私はただヒッ君がその方が楽かなって……」

昔から変わらず正直者過ぎるユキを見ながらまた一つ溜息をついた。

溜息をつく度幸せが逃げると言うがそれなら俺はこの短時間で幸せを二つも失った事になるのか、と思うとまた溜息が出そうになるのをなんとか堪える。

そんな会話をしながらも一時間かけて始まりの街へ到着、時間も時間なので夕飯前に強化を済ませるべくそのままNPCの鍛冶屋へと足を運ぶことにした。

 

「これはお兄さん達いらっしゃい。今日はどうしたのかい?」

鍛冶屋では気さくそうな男が話し掛けてきた。実はこのドワーフ風の男はNPC、つまりプレイヤーではなくプログラムによって作られた存在である。SAOのNPCは初見の人だと見抜けない程高性能で、例えばこの鍛冶屋の男になら「強化」や「武器購入」を依頼する言葉を発するだけで目的を理解してくれる。なので俺は手短に依頼を出す。

「強化を頼む。武器はこの……アニールブレードを、材料と資金はこれを使って速さに二、重さに二で四回強化を頼む。」

メニューから支払う額と素材を選択、提示する。

「これなら成功する確率は九十五%だがいいかい?」

「あぁ、頼む」

それじゃあ強化してくるぜ、と店の裏の方へ駆け出すNPC店長。

「……やっぱ、わりいなユキ。せっかく強化出来るチャンスだったのに」

突然話し掛けられて戸惑ったユキは俺の顔を見直す。

「も……もう!そんなに気にしなくていいから!これに感謝してるならいつか美味しい料理が見つかったら奢ってよね!」

SAOの食事は正直あまり美味しくない、少なくともこの一層では。レストランも基本的に質素な黒パンや、良くてシチューが関の山という所なものだからユキが美味しい物を欲するのは無理もない。

「あぁ、それくらいならお安い御用さ!」

「現在三百コルしか無い人が偉そうに……」

痛い所を突かれた……。思わず溜息を漏らす俺の元へNPC店長が剣を持ってやってきた。

「強化は大成功だ!我ながら惚れ惚れする出来だぜ!」

へへっと鼻を擦るドワーフ店長。俺は内心(アンタが作ったわけじゃないだろ)と毒づきながらも輝きの増した剣を受け取り適当な感謝の言葉を述べ店を後にした。今日は十二月三日、向こうの世界では師走の文字通り師……ではなく大勢の社会人、あるいはバイトに精を出す学生達が走り回っている頃であろう。

「ふぅ、寒い……」

「せっかくだし今夜はシチューにするか……」

「あ!賛成ー!」

明日はボスだ、という未経験の恐怖と好奇心を胸に秘めつつ俺とユキは今日もNPCレストランへ向かう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



夕飯を終えた俺とユキは宿へ帰ってきた。時間は既に八時を回っていたが狩場の帰り道で情報屋アルゴへ例の狩場情報を今夜譲るという内容のメールを送っていたためまだ今日は終わらない。

今回何を思ったのかユキが「この狩場情報は無料で提供しない?」との提案があったことで今回は珍しく慈善事業である。

 

「じゃあアルゴには俺から渡しとくよ。おやすみなさいユキ」

隣の部屋へ入ろうとするユキへ声をかけ、ユキが「うん、おやすみー!」と言ったのを聞いてから自分の部屋へ入る。

「さて、二層へ行けるようになった時の為に準備しとかないとな」

俺は手持ちのアイテムメニュー開き、不足が無いかを確認する。幸いPOTは十分量あるので買い足す必要はなさそうだ。

とその時、突然ドアをノックする音が聞こえた。

「ヒー坊、俺っちダ」

この変なあだ名と一人称を使う人物は俺の知る限り一人しか居ない。

「あぁ、今開けるよアルゴ」

がちゃりと鍵を開けると頬に変な模様の付けた女性が入ってきた。この頬の模様と凄まじい敏捷力から彼女は「鼠のアルゴ」と呼ばれ人々からはある時は情報の正確さを頼りにされ、ある時は畏れられている。「≪鼠≫と五分間雑談すると、知らないうちに百コルぶんのネタを抜かれているぞ。気をつけろ」と噂になる程彼女は情報収集能力に長けており今までも随分お世話になってきた……がその分俺達の情報も抜かれていると思うのでまぁフェアトレードだ。

「にしても珍しいナ!ヒー坊が狩場の情報を、しかも俺っちすら掴めていない効率の良い狩場の情報を無料でくれるなんてナ。明日は雨でも降りそうだヨ」

「まぁ無料ってのはユキが決めた事なんだがな」

アルゴは更に驚いたような顔をした。

「まさかのユーちゃんの差し金かヨ!これは更にビックリだヨ。いつもは一コルすら負けてくれないユーちゃんがまさかナ。こりゃ明日は雨じゃなく文字通り雪が降るかもナ!」

俺はメニューウィンドウを操作しアルゴへMAPデータを渡す。

「ここは前調べた気がするけどナ……明日に裏をとりに行ってくるヨ。じゃあなヒー坊」

MAPデータを受けとったアルゴは素早く確認しドアを開けて出ていった。

「……よし、これでもう今日のやることは終わりだな。寝るか……」

ランプの明かりを落とし俺は硬いベッドへ入る。その日の夜は、例えるなら小学生の時の遠足の前日のような興奮を覚え、俺は中々寝付く事が出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



今日、十二月四日の朝は晴天だった。俺はいつものようにアラームによって半ば無理矢理眠りから覚め、外行きの装備を着てから宿を出る。しばらくしてユキも宿から出て来た。

「おはよ〜ヒッ君!あと二時間で攻略組の集合らしいからさっさと朝ご飯食べて行こうよ」

俺は既に準備は済んでいるので首肯する。それから俺とユキは昨日と同じNPCレストランへと向かった。今日のメニューも一つ一コルの格安黒パン、いい加減飽きているのでとくに味を楽しまず飲み込む。そして俺達が攻略組の所へ着いたのは九時五十分、大半の攻略組メンバーが揃っているように見えた。俺はユキに聞いた情報、青髪の騎士を探そうとしたが目立ち過ぎていて辺りを見渡しただけで見つける事が出来た。せっかくなので俺とユキは青髪の元へ行き声をかけることにした。

「あのー……もしかして攻略組隊長のディアベルさんですか?」

ユキがオドオドと青髪に向かって声を掛ける。

「ん?そうだけど君達は……もしかして攻略組志望かい?」

何と言うべきか迷っているらしいユキを片手で制し、代わりに俺が前へ出る。

「はい、と言ってもまだ装備やレベルが皆さんに届きそうに無いので二層から加えてもらえる様に鍛えている最中ですが」

かなり謙遜気味に、若干嘘を込めて返してみた。ふぅーん、と品定めするかのような視線を俺達に向けた後ディアベルは爽やかな笑顔を作った。

「うん、凄く助かるよ!君達なら一層でも十分通用するとは思うけど……心の準備も必要だろうから二層からは楽しみに待ってるよ!あ、来れそうな時は俺に連絡してくれないか?」

ディアベルは何やら操作を始めた。しばらくすると俺の手元にフレンド登録確認の画面が開く。連絡が出来ると攻略組参加する時に便利だと判断した俺はそれを受諾。ユキ、アルゴに続く三人目のフレンドリストにディアベルの名が入った。

「はい、じゃあ二層攻略の時に準備が出来ていたら連絡します、では御武運を」

「あぁ、二層の前に俺達が一層のボスを倒さなきゃな!じゃあまた」

俺はディアベルに別れを告げ、広場の他のプレイヤーを見ていたユキと共に攻略組の集団から離れた。その直後、後ろから「オレから言えることはたった一つだ……勝とうぜ!」という声とそれに呼応する大勢の叫び声が聞こえてきた。

 

「…………あの人と以前あった事がある……」

広場から離れるとユキが口を開いた。

「名前も顔も知らないけど……多分≪もう一つのアインクラッド≫で」

つまりユキはディアベルがβテスターだと言っているのか。

「それならあの慣れた感じも納得だな」

それからユキは更に続けた。

「うん、あの人達の中なら多分一番レベルが高いのがディアベルさんだと思う。それか後ろに居た黒衣の剣士か」

黒衣の剣士?そんな奴居たのかと俺は首を傾げた。その様子を汲んでか「私達と同じアニールブレードを持ってた人だよ」と補足してくれた。

「これは予想だけど……あのメンバーの中では将来的に黒衣の剣士、その隣に居たフードを被っていた人、ツンツン頭の関西弁の人がこのゲーム攻略の鍵になると思う」

これには俺も驚いた。

「ディアベルの名前が無いが……」

これにはユキも言いづらそうにしていたが一言だけ、小声で呟いた。

「あの人は……優し過ぎる」

人は人を守る事は出来るが大勢は守れない。全てを守ろうとする者はその前に自分を失うことになるから。

俺はユキが暗にそう言った様に聞こえた。

「……まぁとにかく、俺達は彼らの武運を祈りながら二層への道が開通した時の為に転移門まで行っておくか」

うん、とユキは頷く。俺は密かに二層に行けたら黒衣の剣士とフードを被った人、ツンツン頭の三人に会ってみたいなどと考えながら転移門へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「ここが二層かー!一層と雰囲気も違うね!」

隣で少し小柄な体とそれに似合わぬ大きめの片手剣を担いだ少女が新しい拠点に感嘆している。ここはアインクラッド第二層。悪魔のゲームが始まってからちょうど四週間となる十二月四日、遂に一層のボスを倒した攻略組プレイヤー達のおかげで俺達のような攻略不参加組も二層へ辿り着けた。

俺とユキは二層から攻略参加を目標としているため、一層のボス戦の話を聞くために転移門の前で待ち続け、比較的早めに二層へ入る事が出来た。

「ボス戦の話を聞くにはやっぱり攻略組の人を探さないとなぁ……」

「あ!あの人は攻略組だったから聞くなら今だよヒッ君!」

隣の少女、ユキが指を指す先にはツンツン頭の関西弁の男が立っていた。ユキに言われるままに俺は近づいて声をかけることにした。

「すいません、もしかしてあなた攻略組の方じゃないですか?」

俺は出来るだけ下からの態度で声を掛ける。

「あんさん誰や」

「二層から攻略組志望のヒットという者です。実際のボス戦がどんな物だったかの生の声が聞きたくて、出来ればディアベルさんの場所を知っていれば教えて欲しいかなと」

しまった、関西弁に気圧されてディアベルへの取り次ぎをお願いしてしまっ……

「ディアベルはんは死んだんや!」

あまりの迫力に俺は思わず後ずさる。そしてツンツン頭の発した言葉の意味を理解するにつれ、さっきとはまた違う恐怖を感じていく。

「え……そんな……だってさっきまであんなに元気で四十何人のプレイヤーをまとめて攻略組の隊長までしてたのに……」

「……ジブン、ディアベルはんのフレか?」

俺は俯いたまま無言で頷く。

「そんならフレリス見てみぃ」

俺は言われるままにメニューを呼び出しフレンドリストを見る。そこには今朝と変わらずユキ、アルゴ、そしてディアベルの名前がある。しかし唯一違う事はディアベルの名前だけ薄灰色になり、選択出来なくなっている事だ。

「分かったか。じゃあわいは行くわ」

ツンツン頭は苛々とした様子で地面に短く唾を吐きスタスタと去って行く。

「…………まて……」

「もうわいがあんさんに教えるもんは無い」

「待てっつってんだよツンツンがぁ!!!」

あまりの声量に周りに居た他のプレイヤー達が無口になり離れていく。

「教えろ……ディアベルが死んだボス戦の事を全て完全に包み隠さず!!!」

ツンツン頭の男は一瞬怒鳴ろうとしたようだがそれを抑えた。

「……一度しか言わん。しっかり聞ぃとけ」

そして俺はツンツン頭、キバオウからボスの事やそいつの使う未知の剣技の事、そしてビーターという黒衣の剣士の事を全て聞いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



俺とユキはNPCレストランにいた。

キバオウから話を聞き、彼と別れたあと俺達は陰鬱とした雰囲気の中なんとかレストランまでたどり着き、落ち着こうとした。

別にリアルで友人なわけでは無い。むしろこっちの中でも今朝出会ったばかりの赤の他人が消えただけ。そう頭では分かっているが「今朝話したばかりの人が今は居ない」という喪失感と彼のような素晴らしいリーダーを失った攻略組はどうなるのかという事が不安が俺達の心をえぐった。

「…………まさか本当に死んじゃうなんて……」

ユキは自分が攻略組から離れた所で言った言葉を思い出していた。

「私が……私があんなことを考えていたから……」

「ユキは関係ない!!!」

俺は気づけば大声を出して立ち上がった。しばらくしてここがレストランの中だと思い出し居心地の悪そうに着席する。

「ユキは何も関係ない。キバオウも言ってたみたいにβの時にも無かった新しいアクションがあったかららしいじゃないか!だから……ディアベルは……」

俺は何を言おうとしていたのかが段々と分からなくなり途中で言葉を止める。

「……私ね、思うの。ディアベルさんが負けた理由。それはβテスターだから。だから先入観に囚われて未知のアクションに対応出来なかったんだよ……」

「………………」

ユキはディアベルをβテスターだと確信している。根拠は無いのだが俺もそれを信じる事にしていた。

「だから……もしかしたら攻略組にβテスターは居ちゃダメなのかなって思うんだ。ゴメンね……私から攻略組に入ろうって言い出したのに……」

つまり彼女はこう言いたいわけだ。

 

「もう戦うのは止めよう」と……

 

 

「…………っざけるなよ……」

 

ユキに対してこれ程苛立ちを覚えたのはいつ以来だろう。

 

「それをお前は本気で言ってるのか」

 

小三の時に貸した筆箱を壊された時、あるいは小五の時に一緒に行った遊園地のお化け屋敷で置き去りにされた時……いや違う。そんなもんじゃない。

 

「うん……」

 

何故なら、その時でも大声を出す事は無かったのだから……。つまり今、俺は、ユキに過去で最大に怒っているわけだ。

 

「甘えんじゃねぇ!知り合いが死んだから攻略を止める?ふざけるな、お前はそんな甘い覚悟でボスと闘うつもりだったのか!俺もユキもディアベルも、皆自分も生き残って脱出する為に毎日毎日切磋琢磨して頑張って必死に生きてるんだろうが!それがなんだ!たった一度後悔した位でお前はここ一ヶ月の努力を、死闘を、水の泡にするのか!ふざけんじゃねぇ、やる気が無いなら一人で宿に戻ってろ。俺だけでも攻略組に入ってやる」

そこまで言ってから俺はユキが泣いている事に気づいた。しまった、と思ったがもう後の祭りである。ユキは「うん……ゴメン」と言い残してレストランを出ていった。

「…………何やってるんだ俺は……」

よりにもよってユキに当たるなんて最悪だ……。ディアベルを失って辛いのは何もユキだけじゃない。攻略組の皆も、そして勿論俺もだ。

それを言いたかっただけなのに俺は何を言っていたんだと自責の念に駆られる。

あの様子だとユキは本当に当分動けない。攻略組はディアベル不在の今でも多少いざこざはあれど着実に進んでいるようだ。最悪二層から合流の予定は諦めて、ユキが復活した時には彼女を守れるようになりたいと思った。その為に必要な事、暗に俺は弱いと言われたあの夕時の事を思い出して俺は決意した。善は急げで、俺は会計を手際よく済ませ荷物を確認する。そこには切り詰めれば当分暮らせる量の荷物があった。

「……俺は強くなる。攻略組に参加するじゃない、攻略組のトップを取れる位に」

それから俺はユキに「しばらく帰れない」とメールを送信。返事は無い、今までだとありえない事だが今はありがたかった。

「よし、行くか……」

そして俺は街を出て圏外へ、第二層の新しいモンスターどもの闊歩する死地へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10

「これで……八十八」

さっきまで大きな蜂の形をしていたものが青い光となって四散する。しばらくすると空中にさっきと同じ大きな蜂≪ウインドワスプ≫が沸いてくるのでこれを斬り捨てる。この作業の繰り返しを始めてから約二時間。俺は百の大台を目指して剣を振り回していた。

スタン効果を警戒して丁寧に攻撃を避け、振り向きざまに渾身のソードスキル「スラント」をお見舞いする。斜めを描く軌道が空中を漂う敵に相性が良いからだ。

「……ッ八十九!」

次に沸いてきたワスプはあろうことか三体同時に出現した。三体同時に突進されると回避は難しくたとえ回避出来たとしてもカウンターを入れる事が出来ない。

「(どうする…………))

その時、三体のワスプが一列に並び、遂に突進を敢行してきた。

俺は後ろへ飛び下がり剣を構える。狙うなら俺を攻撃する為に低空飛行をする一瞬だけ……!

俺は空から強襲を仕掛けてきたワスプに向かいソードスキルで対抗する。スラントとは違い、真横に水平に薙ぎ払う剣技「ホリゾンタル」で三体のウインドワスプを攻撃。攻撃に蜂が怯んだ一瞬の隙に再び後退し、三体の連携が崩れた所を一体づつ連続攻撃。

「九十、九十一、九十二!後八!」

気合いを入れるための叫び声に呼応するかのように次のワスプが現れる。右手のアニールブレードを握りなおし、俺は再び「スラント」の構えに入る。

 

 

 

気付けば辺りは暗くなっていた。今日は街を飛び出てからウインドワスプを百体狩り、アニールブレードの耐久値回復の為近くの小さな圏外村へ赴いた。その後今度は見た目は完全に牛の≪トレンブリング・オックス≫を乱獲。それだけで飽き足らず奥地で≪レッサートーラス・ストライカー≫達と剣の耐久値ギリギリまでの戦闘を行っていれば時間などあっという間だ。

「冷静に考えたらよく生きてたな俺……」

思わず一人呟く。普段は敏捷力極振りのユキが敵を翻弄し、敵の反撃を俺の筋力値極振りを活かした重い斬撃で弾くというスタイルをとっていた。しかしユキがいない今は筋力値極振りというのは戦場で動き回れないので不利だと思う。いや正確には思っていた、だ。実戦に出てみると動き回れない分コンパクトなステップだけで敵を捌く事で効率的にダメージを蓄積させる事が出来た。とは言え普段使っていない量の集中力を長時間要求された体はもう限界なようで圏外村の宿に戻り次第熟睡してしまいそうだった。そりゃ、今日は普段修業していた量の三倍くらいをソロで倒したのだから。経験値の入り方はおそらく鳥肌物だろうがレベルは残念ながら上がらなかった。

「……明日もやるか。≪アレ≫がどんなものかも試さなければいけないし」

気付けば辺りはすっかり日が落ちて真っ暗となっていたが不思議と俺の心は明るかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11

街を出て三日目。俺は今日も昨日、おとついと同じように蜂や牛達と戦い続けていた。やはりこの修業は危険を伴う分効率が良く、今朝遂にレベルが上がった。そこで初めて、三日でレベルが一上がったことでどれだけ自分が無茶な事をしているのかを知った。そして今、俺は毎日の締めとして挑んでいる上半身は人、下半身は牛の「レッサートーラス・ストライカー」と戦闘中だ。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ブモォォォォォ!!!」

トーラスの両手ハンマーと俺の片手剣が激しくぶつかる。普通のプレイヤーなら圧倒的筋力値の差で吹っ飛ばされかねない危険な立ち回りだが筋力値極振りの脳筋ビルドの俺は負けずに振り切る。ソードスキル「スラント」により威力が割り増しされた剣は大きな両手ハンマーを弾いた。

「ブモォォォ!?」

相手は大きく体勢を崩し後ろへのけ反る。俺はスラントの事後硬直を脱すると同時に大きく前へ踏み込み連続で斬り込む。ソードスキルに依存しない通常の連続攻撃を繰り出し、相手のHPが二割を切った時俺はトドメに再び「スラント」をぶつける。トーラスは耐え切れなかったようで足が地面から離れ巨体が宙を舞う。そして姿が歪んだかと思うと次の瞬間には青い光となって爆散していた。

「はぁ……はぁ…………。これで今日のノルマは達成したな」

俺は右手で虚空へ向かい指を振る。このアクションでメニューウィンドウを呼び出し、武器の耐久値を確認した。

「あれ……案外まだ余裕だな」

昨日までと同じ量を狩っているのでもう耐久値はギリギリになっているはずなのだが……。

「……カウントミスったのかもしれないな。よし、今日はトーラス十体追加だ!」

ウィンドウを閉じ、少し減っているHPを回復する。既に夕日は傾いているので早く倒して暗くなる前に帰りたいと思い、トーラスを探して走る事にした。

それからしばらくして一体のトーラスを発見した。俺はさっきと同じようにハンマーを弾き連続攻撃でトドメを刺す作戦を実行し、難無く倒す事が出来た。しかも好都合な事にそこは一定時間事にトーラスが湧出するようで、一体目のトーラスが四散すると同時に二体目のトーラスが現れた。

「(湧出率高い狩場!これなら日が暮れるまでに十体余裕だ!)」

俺は運のよさに感謝し一体、また一体と狩りつづける。そして次のスラントの構えに入った。このままあと六体狩ったら退散する……。

「ブモォォォ!」

突然背後からトーラスの叫び声が聞こえた。気付けば周りには二体、いや三体のトーラスが現れていた。

「湧出の頻度が早過ぎるのかッ!?」

そのうち一体がいつの間にか俺の背後に立っており、そのまま大きなハンマーを振り上げて力強く振り下ろしていた。俺は既に正面のトーラスのハンマー目掛けてスラントを繰り出していた。そして次の瞬間ーーー大きなハンマーが俺の体を横薙ぎに払った。

これまで味わった事の無い、形容し難い不快感に襲われる。HPゲージが気付けば黄色へと変化しているのが見えた。

「(やばっ!これは逃げるしかないな)」

俺は吹っ飛ばされたおかげでトーラス達と離れている事から逃げる事にした。筋力値極振りは裏を返せば敏捷値皆無、つまり逃げるには不利だがこの距離ならなんとかなるはず……。そう考え俺は三体のトーラス達に背を向けた時……あろうことか四体目のトーラスが俺の正面に現れた。

「っ!?」

俺は声にならない絶叫を上げ、思わず尻餅をつく。その間にさっきの三体のトーラス達もこちらにのしのしと向かってきていた。俺が急いで立ち上がった時には遅く、四方向を四体のトーラス達に包囲されていた。

「…………ぁは、あはははは!!!」

頭の中はもう何もかも真っ白だった。周りは今にも襲い掛からんとする敵が四体、自分の命はよくて三発の攻撃しか耐えられないだろう。POTを飲もうにも時間が無い。戦おうにも全方向攻撃なんてあるはずがない。そして……

「ユキも居ない……」

こんなときユキが居たらどうしていただろうか。おそらくユキと俺の剣技で一点突破、そのまま全力で逃走をしていただろう。

「まったく……馬鹿だよな……」

俺は自嘲気味に呟く。俺だけでも攻略組に入ってやると豪語しておいて雑魚Mobに殺されるのか。ユキを守るとか言っておいて今でもユキが居たら……などと妄想するのか、とんだ自己中だよ。……でも、もし生きて帰れたならその時はユキに謝って攻略組に入るのを止めよう。そう己の無力さを知ったがもう遅い。後ろのトーラスが俺の背中にハンマーを振るい、HPゲージは更に減少。続き左右のトーラスによるハンマーが俺の肩を襲い両膝が地面につく。HPゲージは気付けば赤へと突入しており、残るは数ドットとなっていた。見上げると正面のトーラスも大きなハンマーを構え、まさに断頭台で俺を処刑するかのように振り上げた。俺は死を覚悟し目を瞑る。……その時、三日前のやり取りを思い出した。ユキは朝知り合ったばかりの男が殺され、それが自分の責任だと自分を責め、それが俺とユキが別れた原因となっていた。……待てよ。ユキは朝知り合ったばかりの相手すら自分を責めて攻略を諦めるような女だ。なら俺が死んだら?ユキが攻略組に入らないと言い出した事が発端の

今回の件で俺が死んだら…………。この世界がデスゲームと化した初日、現実を受け入れられなかった人々はアインクラッドの外堀から投身自殺をしたと聞いた。その時俺は最悪の結論へとたどり着き目を開く。

「こんな所で……死ねねぇよ!」

頭は熱が上がっているはずなのに意外と冴え渡っていた。俺は振り下ろされるハンマーの内側、トーラスの体へとタックルを繰り出した。トーラスはハンマーのフルスイングを空振りした事とタックルにより後ろへ倒れる。そのまま俺は剣を抜き倒れたトーラスの手にあるハンマーを斬りつける。ハンマーを攻撃してもトーラスにダメージが通るわけではない。俺の目的は他の所にあった。

「倒せなくていい……向かって来なく出来ればいいんだ!」

俺はそう叫び、ハンマーの持ち手の一点を一閃。するとハンマーは真二つに折れた。それを確認すると素早く後ろを振り返る。残るトーラスは三体、幸い増えていないようだ。

「湧出し尽くしたかな。ならこいつらを斬れば助かる」

俺は剣を構えて手初めに左のトーラスを、正確にはトーラスの持つハンマーの急所を狙ってソードスキルを放とうとする。そして方膝をつく。しかしこれは技の一環ではない。

「体が…………動か……ない」

三日に渡る連戦の修業に遂に体が悲鳴を上げた。

「(ここから形勢逆転なのに……)」

目の前には三体のトーラスが再び俺を狙いハンマーを振り上げていた。それが振り下ろされた時……

 

 

 

俺は金属のぶつかるような音を聞きながら気を失った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12

辺りは真っ暗だ。それもそのはず、俺は多分もう死んでいる。三体のトーラスに襲われ青い光となって四散しているはずだ。俺が死んだことでユキがどうなったかは分からない、というか分かりたくない。願わくば、俺の予想した事態だけは回避していて欲しかった。そうこう考えていた時、暗闇の中に一縷の光が差した。あまりの眩しさに目を細める。この光は何だ……と考えているうちに光は次第に広がっていく…………。

 

ガバッと飛び起きた。辺りを見回すと見たことの無い部屋だった。いったい何があったか。俺は殺されたと思ったら知らない部屋に居るのだ。

「まさか……夢か……?」

有りがちな展開だ。俺は拳を握り思い切り自分の頬を殴る。痛っ……くは無い、というかSAO内部は痛覚を感じないのだからこれで判断は出来ないのだと気付いた。これじゃあここが何処だか分からない。少なくとも現実ではないみたいだが。そして俺は何気なく右手をスライドさせてメニューウインドを開く。……メニューウインドが開ける?という事はここはまだSAOの中、つまり俺はまだ死んでないのだ!

「嘘……ァあぁ……」

目が熱くなっているのが分かる。とその時突然ドアが開き、中からバンダナを巻いた男がやってきた。

「お!やっとお目覚めか?体の調子はどうだ?」

初対面であるはずの俺をあの状況から助け、寝床まで提供してくれた命の恩人である男であるはずの男を向く。

「あんたが……俺を助けてくれたのか?」

まずは礼をするべきだろうという気もするが俺はバンダナの男へ問い掛ける。

「んー……。いや、俺と仲間の三人掛かりでトーラス達と戦ったから俺だけがあんたを助けたわけじゃないな」

「そうか……。すまない、本当に助かったよ。あんた達が助けてくれなければ今頃俺は死んでいた」

ふと窓を見ると明るい光が差し込んでいる。ということは少なくとも半日は寝ていた事になるのか。

「礼はいいぜ。困った時はお互い様ってな!」

邪気の無い笑顔を向けてバンダナ男は言う。なるほど、この男は俗に言う「良い奴」なんだと今更ながらに気付いた。俺が思わず顔を綻ばしてしまったタイミングでバンダナ男は口を開いた。

「ところであんたの名前はなんて言うんだ?ここらで見ない顔だし仲間も知らないみたいだからな」

そういえば俺もバンダナ男も互いを「あんた」としか呼んでいない事に気付いた。バンダナ男はともかく俺は仮にも命の恩人にずっと「あんた」と呼ぶのはどうかと思うので名前を聞いてみることにした。

「俺はヒット。H、i、tでヒットだ」

「そうか、俺はクラインだ。よろしくなヒット!」

俺とクラインはどちらとも言わずに手を出して握手をした。殺伐としたこの世界でユキ以外の人物とこんなに打ち解けたのは初めてだ。

「ところでヒットよ……突然なんだがもし良かったら俺達のギルドに入ってくれないか?」

俺はその時、この言葉が勧誘の言葉だと気付くのに三秒程要してしまった。

「えーっと……ギルドってまだ作れないはずじゃ……」

「あぁ間違えた!ギルドを作る予定なんだが入ってくれないかって意味だ」

……ギルドか。確かに大人数で集まって戦えば戦死の確率は一気に減るだろう。それにこのクラインという男の人柄にも惹かれだしており、こいつのギルドならこの世界でも楽しくやれそうな気がしていた。だが……

「……すまん。考える時間と飯をくれ」

そう言った瞬間、クラインは腹を抱えて転がりだした。抱腹絶倒とはこのことか。

「あははは!……そうだよな今までおとついから飯抜きだもんな!分かった分かった、今から飯に行くぞ。ついでに他のメンバーとも顔合わせしないといけないし聞きたい事も沢山あるしな!」

よほどツボにはまったのか立ち上がってもなおヒーヒー言っているクラインを追って俺もベッドを出て、扉へと向かう。廊下を歩いていると再び不安が込み上げてきた。

「(さっきクラインはおとついから食べてないと言っていたから俺はあれから一日以上寝てた事になるのか……。街を出て五日目、ユキが心配になってきたな)」

喧嘩別れみたいに街で別れた気まずさが無いわけではない。ただそれ以上にこれまでコンビでやってきたユキが一人になった時、何をしでかすか予想が出来ないことが俺の不安を更に煽る。とはいえ今は飯の事、そしてクラインのギルド予定地の事を最優先に考えるべきと思い、思考を前へ向けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13

俺は飯を食べながら周りを見渡す。クラインの仲間達も気さくで親しみやすい奴らばかりで素直にこんな楽しい食事は久しぶりだと思った。しかし同時に、ここには入れないと直感した。きっとユキが耐えられない……そう感じたからだ。

彼女は小さい頃からその外見をからかわれる事が多々あり、惨めな思いを沢山してきた。しかし彼女を傷つけてきたのは何も心ない言葉だけじゃない。それは昔の教師達の口癖にもなりつつあった言葉。

「雪美ちゃんは特別だから皆さん優しくしてね」

まるで可哀相な子に接するような、その態度は幼い雪美を更に傷つけた。それ以来、雪美は他人の悪意だけならず、優しさをも避けるようになっていた。

仮にギルドに入るとしてもユキを放って一人だけ入るのは出来ない。そう考えた俺はクラインに入れないと言おうとした。するとその時、メールが来たことを知らせる音が鳴った。とりあえず俺はメニューウィンドウを開き、受信メールを確認した。

その時、俺は驚愕と後悔の念に押し潰されそうになった。俺が寝ている間に来たメールは十件、しかもその全てが同じ人物、すなわちユキからのメールだった。

急いで最も古いメールから最新のメールまで全て確認する。それら全てのメールを通してユキはひたすらに俺と会って謝りたい、という文を、段々悲痛な叫びとなって訴えているようだった。そして六件目のメールに俺は驚愕した。

「まだ許して貰えないようですね……当たり前ですね。それでも私は許して欲しいです。今、始まりの街にある石碑の前に居ます。ヒッ君が許してくれるまでここで私も待っていますね」

七件目にも、八件目にも、それ以後のメールも全て石碑の前で待っていますの言葉が入っていた。六件目が来たのは昨日の昼で八件目が来たのは深夜一時……ということはこの冬の寒い中一晩中石碑の前に居たという事だ。

俺はガチャンという大きな音をたてて立ち上がった。クラインや仲間達が驚いたようにこっちを向いたが今はそれどころじゃない。

「クライン……色々良くしてもらったけどやっぱり俺は入れないや。急用が出来たからもう出る事にする」

「お……おぉい少し待てよ!」

クラインが俺の手首を掴む。俺はそれを振りほどこうと手を振る。その時、クラインが何かを俺の手に置いた。

「……これは?」

そこには回復アイテム、俗に言う「POT」があった。

「ヒット、お前たしかPOT切れてただろ。焦って準備を怠ってると命が幾つあっても足りないぜ!」

……本当に、最後まで良い奴だよクラインは。

 

「すまない……恩に着るよクライン。この借りはいつか返す!」

「じゃあ俺が死にかけた時はヒットが助けに来いよな!」

そんな都合の良い約束は出来ないなと嘆息混じりに呟く。そのまま扉を開けると寒さが身に染みる。まるで日に日に寒さが増しているように感じた。

「さて……ユキの所までひとっ走りしますか!」

俺は無い敏捷力を振り絞って寒空の下、転移門のある街へと走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。