コードギアス -覇道のセリエル- (夏期の種)
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TURN01「黒魔女と吸血鬼」

 これは幸せだった頃の記憶。

 今では踏み入る事を許されないエル家離宮の筆頭騎士を勤めていた父の関係で、わたしたち兄妹が護衛とは名ばかりな皇子の遊び相手を任されていた頃の大切な思い出。

 

「でんかさま、わたしがおおきくなったらおよめさんにしてくれますか?」

「ファンナ、でんかさまじゃない。殿下、もしくはセリエル様と呼べ。僕達は護衛であって、対等の身分ではない。特に公式の場では特に気をつけろ、まかり間違っても父様に不利益が発生する事態は許されないのだから」

「うー、もうしわけありません兄さん」

「殿下、我ら兄妹は御身の為ならば死をも厭わぬ覚悟でございます。どうか寛大なお心で愚妹の失言をお許しを」

 

 少し年の離れたテファル兄さんに頭を下げさせられ、わたしは悪い事をしたのだと悟ったものだ。

 まだ身分の差を本当の意味で理解しておらず、似たような発言は多かったと思う。

 もしも神経質で有名なクロヴィス殿下あたりに仕えていたとしたら、容赦なく処罰されていたでしょう。

 でも、歳も近くお優しいセリエル殿下だからこそ恋をした。

 嫌いな人間には昔からドライだったわたしなので、これだけは自信を持って言える。

 その点、兄さんは凄い。見習いの従騎士として何をすべきか理解し、常に最善を尽くそうと努力を欠かさなかった背中は幼心にもしっかりと焼きついています。

 

「ここなら人の目もないし、プライベートで細かいことを気にする必要はないさ」

「ですが……」

「シュナイゼル兄上の次に信頼する君たちだ。盲目的に従わず時には諌めてくれる事にも期待しているのに、親愛の情に満ち溢れた言葉遣い程度で目くじらを立てる意味が無い。繰り返すけど、私の場ではフランクに行こう。未来の我が騎士テファル、これは勅命である」

「イエス、ユア・マジェスティ」

「そしてテファルが僕の騎士になるのなら、ファンナは僕のお嫁さん候補。これからもずっと三人一緒に生きていこう。これは約束、セリエル・エル・ブリタニアの名において宣言する確定した未来だ」

「はい、でんか!」

 

 小さな指を絡め約束を交わす。

 お母様に教わったもうひとつの故郷の風習は、ブリタニアでは知る者も僅かな絶対遵守の誓い。

 兄さんにも教えていない、二人だけの秘密の符丁だった。

 この時のわたし……ファンナ・レストレスは、描いた未来が訪れることを全く疑っていなかった。

 そう、あの事件が起きるまでは。

 

 

 

 

 

 TURN01「黒魔女と吸血鬼」

 

 

 

 

 

 ごっ、という擬音の似合う手ごたえを感じたファンナはゆっくりと目を開く。

 未だ大人にはなりきれて居ないが、小さかった頃の夢はとても楽しかった。

 これでまた暫く頑張れる、こんなにも清清しい朝は本当に久しぶりだ。

 

「イ、イレブンの分際でこの私に手を上げるとは、何時もながら身の程知らずだなぁ貴様は!」

 

 せっかく幸せな気分に浸れたと思えば、目覚めに飛び込んできたのは逆毛。

 士官学校時代から配属先まで延々と続く、腐れ縁のルキアーノの怒り顔だった。

 額を赤くしている事から察するに、防衛本能が働いたのだろう。

 何せこの男は名門貴族の子弟の癖に殺人が趣味であり、既に片手で収まらない数の領民を手にかけている凶状持ちときている。

 そんな危険人物が拳の間合いに踏み入ったのなら、それは明確な敵対行動。

 というか相部屋とはいえ、女の子の寝込みに忍び寄ってくる時点で有罪と言えよう。

 

「わたしはれっきとしたブリタニア人です。それよりも仕切りを越えて進入するとは良い度胸ですね。妙な素振りを見せたら警告なしで撃つと言いましたよ?」

「手が滑り、愛用のペンがそちらに飛んでいってしまったのだよ。私に幼女趣味は無いから安心したまえ」

「どこを見て言いやがりますか」

「自分の胸に聞くのだなぁ」

「誰が上手いこと言えと」

 

 何を隠そうファンナは、日本がエリア11と言う名の属国になる前にブリタニアへ嫁いだ日本人の連れ子。

 つまり国籍はともかく流れる血は純度100%日本産であり、色々とボリュームたっぷりなブリタニア人と比べると貧相な感は否めない。

 が、本人は自分の容姿にコンプレックス無し。何を言われようと涼しい顔でどこ吹く風だ。

 何故ならこの顔、この体は、今でも想いを寄せる皇子に可愛いと賞賛されたもの。

 烏の濡れ羽色のようだ、と褒められて以来伸ばし続けている黒髪は絹の様な滑らかさ。

 起伏に欠けるスレンダーさだって、体のラインを綺麗に出せていると自負している。

 確かに胸やら背丈がもう少し欲しいと思う瞬間はあるが、それはそれ。

 自らの容姿に不満を持っていない以上、有象無象にネタにされようと欠片も響かないのである。

 

「遺言はもういいの? そろそろ一番大切な物を略奪しますよ?」

「私の口癖を真似するなぁ!?」

「その遺言、ご家族にちゃんと伝えますからね」

 

 そんな訳でイレブンと迫害を受けることも多いファンナは、護身用にお休みからお風呂まで拳銃を肌身離さず持ち歩く ”犯られる前に殺れ” がモットーの少女だ。

 基本的に殺ると言ったら殺る。この基地に赴任したばかりの時も、安直なセクハラの報復として先任を射殺一歩手前に追い込んだ実績はルキアーノの記憶に新しい。

 そんな怪物が拳銃の引き金に指を掛けたのだから、さすがのルキアーノも顔色が変わった。

 単純な力比べならば圧倒出来るが、総合能力ではシリアルキラーの自分に引けを取らないのがこの娘。

 ここで譲歩しなければ撃つと確信するが故に、両手をあげて降伏の意を示すことにする。

 

「分かった、今回だけは非を認めよう。だから銃を仕舞いたまえ。私と貴様が争えばただではすまないし、これから始まる愉快な皆殺しをふいにしてはお互い困ると思うのだが?」

「では、貸し一つで手打ちです」

「強欲女め……これだから、たかることしか知らない貧乏人は嫌なんだ」

「給料同じですけどね」

「今更ながら何故にこの私が貴様のようにナンバーズ……しかも貧相な女とセットなのだろう?」

「こっちだって不本意ですとも。早く圧倒的な戦果を挙げて、あなたの居る部隊からおさらばしたいものです」

「久方ぶりに意見が一致したなぁ。私も同意見だよ」

 

 肩をすくめて天幕の向こうへ姿を消した友人(?)とは、まだまだ別れられないようだ。

 生い立ちに難のあるファンナと、人格的に破綻しているルキアーノ。

 十把一絡げのイロモノ枠は会話を交わす相手が殆ど居なかった事もあり、口では色々言いあいながらも地味に仲が良いのが現実なのである。

 

「準備でも始めますか」

 

 どんな事情であれ、起きてしまったからには仕方がない。

 本来の予定より一時間近く早い起床を有意義に過ごそうと、ファンナは着替えを始める。

 ちょっとしたコネで年齢を詐称していることもあるが、やはり身の丈が軍の基準に足りていない。

 お陰で規格品ではサイズが合わず、特注品となってしまった軍服に身を包み髪を梳る。

 最後に命よりも大事な古びたリボンで髪を一房纏め上げ、鏡で身嗜みに乱れが無いか最終チェック。

 皇帝陛下の前に出てもおかしくない事を確認すると、少女騎士は新しい一日を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 -格納庫-

 

 

 

 

 

「よう嬢ちゃん、最終チェックかい?」

「はい、バランサーの微調整を済ませたくて来ちゃいました。今日は大物狙いなので、この子にも無理をさせると思います。壊してしまったら御免なさい」

「死なずに帰ってくるだけで俺たちゃぁ満足さ。いくらKMFが優位だからって戦車の一発は簡単にコイツらをおしゃかに出来る立派な兵器だぜ? 甘く見ちゃいけねえ」

「あはは、耳に痛いですねー」

「いいか、扱う獲物が違っても最後に物を言うのは人。素人の機関銃より玄人のナイフが勝る事だってザラにある事を忘れるな。何よりナイトメアは無敵の兵器じゃねえぞ」

「ですね。1%でも生存確率を上げられるよう努力します」

「それでこそ俺の見込んだ騎士様だ。手を入れたくなったら呼んでくれ、出来る限り要望を聞いてやるからな」

 

 いかにも現場主義といった風情のメカニックに笑顔を振りまいて、ファンナは愛機へと体を滑り込ませる。

 祖国ブリタニアが世界に先駆けて生み出した、最強の陸戦兵器ナイトメアフレームことKMF。

 世界初の正式量産型として採用された記念すべき機体 “グラスゴー” へと。

 以降の世代へ標準装備となる高機動用の外装ホイール “ランドスピナー” 。

 多機能情報収集センサー “ファクトスフィア” 。

 そして武器にも移動にも使えるアンカー “スラッシュハーケン” が融合した傑作機だが、残念ながら今や主力兵器とは言い難い。

 何故なら配備の進む次世代機 “サザーランド” の性能向上は著しく、グラスゴーはもはや旧型機扱い。

 軍の機種転換もほぼ完了しつつあり、見かけることも稀という物悲しさである。

 

「要望はいっぱいあるけど、改善は無理。新型欲しいなぁ……」

 

 しかし、そうは言っても遅れてKMF開発に乗り出した他国などグラスゴーの劣化コピーが最先端。

 未だに戦場で優位を保ってくれているから、ファンナは頭が上がらない。

 しかし、やはり少女にとっては物足りない相棒である。

 人型が生む行動の自由度は素晴らしいと思う。が、いかんせんレスポンスが悪すぎる。

 特に三次元的な動きへの追随が酷すぎて、思うような動きが出来ずに辟易することの何と多いことか。

 これがKMFという機械の限界なのか、それとも旧式の定めなのかは分からない。

 果たして正解は前者なのか、それとも後者なのか。

 後者であってほしいと願う少女は、技術の進化に想いを馳せつつコンソールへと手を伸ばした。

 

「モーメントチューニングOK、反応値も限界になっている……と」

 

 整備の人間は基本的に信用しているが、どこまで行っても血の宿命が付き纏う。

 この基地に配属ほやほやの時など嫌がらせでランドスピナーを弄られるわ、不良品のアサルトライフルを掴まされるわで散々な目にあったファンナだ。

 それでも順調に戦果を挙げ伸し上がった少女は、実力で整備班を味方に付けて周囲を黙らせることに成功。

 ぐうの音も出ないエース級の地位を不動の物にした現在こそ表立った嫌がらせを仕掛ける馬鹿は少ないが、やはりゼロと言うわけでもない。整備を疑うつもりは無いにしろ、やはり最後は自分の目で確かめなければ不安なのである。

 

「うん、完璧。これなら次の無理ゲーも乗り切れる」

 

 しかし幾ら戦果を上げようと、嫌われ者の地位はだけ変わらない。

 司令官なんて露骨に汚物を見る目で蔑視を止めないし、周囲が続々と機種転換を続ける中でも今だサザーランドが支給される気配もなし。

 無理難題を押し付けられることも恒例行事。今日も今日とてルキアーノと二人だけで基地を一つ落として来いとの無茶ぶりを受けている。

 二人が囮として撹乱している間に本隊が突入、一気に勝負を決めるとのこと。

 遠まわしに死ね、と言われているとしか思えない。

 

「普通の人が匙を投げる状況こそ星を稼ぐチャンス。目指せ殿下の騎士っ!」

 

 ファンナ・レストレス、14歳。

 諸々の事情で軍属の道を選ぶしかなかった少女は、故郷も遠い中東の地にて灼熱の太陽を仰ぎ見るのだった。



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TURN02「戦場に咲く」

 大変な事になってしまった。

 何処の誰の差し金か知らないが、狙いがこの僕……セリエル・エル・ブリタニアじゃなくて本当に助かった。

 しかし無傷とも言えない。何故なら、とばっちりで大切な身内が巻き込まれてしまっている。

 

「まさか僕の手駒を削りに来た? 違う……その割に不明瞭な点が多すぎる。偶然の産物と考える方が自然か」

 

 親族間での権力闘争も当たり前。一つしかない皇帝の椅子を奪い合う事が義務として課せられる皇族にとって、謀は魚にとっての水だ。

 しかし今回の事件は、エル家と無縁のヴィ家での出来事。

 笑顔で毒を吐きあう他の兄弟とは違い、それなりに友好的な間柄であるルルーシュの母にして、憧れのマリアンヌ様の暗殺事件が全ての発端だった。

 

「まったく訳が分からない」

 

 現場は不審者どころか蟻一匹通さない鉄壁のアリエス離宮。

 どうやって侵入したのやら、とにかくテロリストが紛れ込んでマリアンヌ様を射殺したとのこと。

 しかも目撃者は皆殺されて事実上のゼロ。緘口令の影響で詳しく調べられなかったけど、唯一生き残ったナナリーも心を病んでまともな証言が出来ない状態らしい。

 うーむ、露骨に怪しい。

 そもそもマリアンヌ様って、最盛期には一人でラウンズを皆殺しにした化けものだ。

 現役を退いた今でさえ、気紛れにフル装備のナイトオブワンを一蹴する騎士を暗殺?

 常識的に考えてテロ風情には無理。やり方があるなら是非ご教授して頂きたい。

 

「せめて、あのお転婆が壊れてなければなぁ」

 

 ここで問題となるのは、偶然その場に居合わせてしまった僕の最も信頼する騎士、セーガル・レストレスの処遇だ。

 彼は正義の人だったから、騎士として皇妃を守るために戦ったに違いない。

 無数の弾丸を浴び、死力を尽くし、それでも力及ばず絶命したことは死体検分によりほぼ確定。さぞ無念だったろうさ。

 常識的に考えればこれは美談だ。英雄的活躍だと思う。

 しかし、現実は非常だった。

 結論から言うと皇族を守れなかった罪に問われて貴族位剥奪。賞賛されるどころか、汚名を着せられるあたりに闇の片鱗が見て取れる。

 

「くそっ、打てる手が無い……」

 

 とまぁ上からの圧力により、背後関係を一切洗わずに終結したこの事件。

 何をするにしても情報が足りず、手の打ちようがないんだよね。

 だって既に政治で頭角を現しているシュナイゼル兄上ですら、何も掴めていないとのこと。

 ダメ元で当事者のルルーシュに鎌をかけて来たけど、向こうも寝耳に水だったらしく精神的にいっぱいいっぱい。

 今なら勝てるだろうとチェスの勝負に持ち込み、久方ぶりの白星を掴めたのが唯一の収穫だった。

 

「テファル、このチェックメイトが掛かった状況で何が最善の一手だと思う?」

「ここは流れに身を任せるべきかと。所詮は他人事、そう割り切ってしまうのが最善でしょう」

「しかし、だ」

「はい、我ら兄妹も咎に問われます。どのように繕っても殿下のお傍に居続ける事は不可能かと」

「……二人は孤児院行きだそうな」

「既に根回しは終わられていましたか」

「すまん」

 

 当然ながらセーガルの肉親もまた処罰対象で、直系の子供である兄妹もその範疇。

 仮に連座制が無くても、咎人の身内を宮中に留められる道理が無いのだ。

 悔しいが今の僕では二人を守れない。力が絶対的に足りていない。

 傍らで無言を貫いていた騎士に内面を隠さず、ありのままの感情を込めた顔で謝罪する。

 笑ってくれ、普段から半身と言い続けた結果がこの様だ。

 

「殿下、勿体無きお言葉です。大丈夫、まだまだ約束した未来への道は残されています。時に御願いしていた件はどのように?」

「問題ない。士官学校への中途入学は捻じ込めた」

「ならば後は私の問題。マイナスをより大きなプラスで打ち消すことが出来るのが、ブリタニアの良いところです。武勲を上げ、殿下が選ぶに相応しい騎士になれば何も問題はありませんとも」

「妹はどうする」

「アレも同じこと。私が殿下の騎士を目指すように、妹もまた大きな夢に全てを捧げる覚悟が出来ております。帝国騎士の頂点たるナイトオブラウンズ……険しい道のりですが、不可能と切り捨てることも無理でしょう」

「確かに平民が皇族の隣に立つ道はそれしか残されていない。ラウンズから皇妃への実例を作ってくれたマリアンヌ様には本当に頭が上がらないな」

「ですな」

「しかし……」

 

 良い機会なので言っておこう。

 

「目標ではなく過程としてラウンズを目指すとは、さすがに子供の約束と笑えなくなってきた。僕はファンナが愛しいが、それは妹に向ける感情だ。いつぞやの嫁になれ発言を未だに覚えていて、ここまで好いてくれるとは予想外だよ」

「アレは中々の器量良し。性格も悪くなく、血筋を採点に含まないのであれば好物件かと」

「寝首をかかれる心配も皆無だし、顔も知らない姫を娶ることを考えれば満点の娘さ。しかし近すぎるのも困りもの、異性として認識が難しい。いや、LIKEなのは間違いないんだけどね」

「御意。妹に負けぬ評価を頂けるよう、魅力ある男を私も目指すといたしましょう」

 

 庇護者を失い宮殿を去る事になったテファルだが、その表情は明るい。

 どんな手段を取ってでも、僕の騎士になる夢を叶えてみせる。そんな決意が痛いほど胸に伝わってくる。

 僕は本当に得難い臣下を手に入れた。

 ならば、こちらも彼らが全てを捧げるに相応しい主を目指そう。

 

「で、だ。この瞬間が直接会うことの出来る最後のチャンス。僕達の絆の証として、これを持っていって欲しい」

 

 用意したのは一振りの剣。

 傷一つない、白金に輝く優雅な長剣だ。

 

「本来は君の父へと準備していた物だ。彼の意思を継ぐ君にこそ相応しいと僕は思う」

「よろしければ、叙勲も御願い致したく」

「分かった」

 

 両手で差し出された抜き身の剣を受け取り、親友の肩を軽く打つ。

 

「テファル・レストレス。汝ここに制約を立て我が騎士となり生涯を共にすると誓うか」

「イエス、ユア・マジェスティ」

 

 正式な手順とは程遠く、法的効力を持たない儀式かもしれない。

 けど、僕達にとっては神聖な誓いだ。

 

「何時までも待っている」

「必ず」

 

 最後に交わした握手を、僕は生涯忘れないだろう。

 友情ではなく、親愛でもなく、言葉に出来ない思いは通じている。

 

「ファンナにはこれを渡して欲しい。剣に比べると安っぽいけど、そこは御愛嬌ということで」

「物質的な価値より、込められた心が肝要。妹も喜ぶでしょう」

 

 慕ってくれるファンナに渡すこのリボン、あえて語らないが特別な品だ。

 何せ早くにこの世を去った僕の母親の、数少ない形見なのだからね。

 金には替えられない宝物を送る……これが今の僕に出来る最大限の誠意だった。

 

「……やれやれ、迎えが来てしまった。しかし、さよならは言わない」

「はい、またお目にかかれる日まで、しばしお暇を頂きます」

 

 新たに派遣されてきた護衛が近づいてくる。

 この僅かな時間さえ皇族の力を使い、ゴリ押しで作り出していたものだ。

 もう何一つ僕に出来る事は無い。

 最後に愛しい妹分にも会いたかったが、諦めよう。

 小さくなっていく半身の背を見送りながら僕は思う。

 一度くらい距離を取ることは悪い事じゃない。

 失うことの辛さ、傍にいてくれる事の大切さを再確認する良い機会だと捉えよう。

 今の僕がやらなければならない事は、彼らの父の汚名を晴らす為の証拠集め。

 そして、それを成すだけの力を蓄える事だ。

 

「闇を晴らす力を手に入れよう。必要なら皇帝の椅子だって掴み取ってやるさ」

 

 覚悟には覚悟を。

 思い返せば、ある意味ここが全ての出発点だった。

 僕にとっても、生涯の仲間たちにとっても。

 

 

 

 

 

TURN02「戦場に咲く」

 

 

 

 

 

 浮かせた片足のランドスピナーを振り回し、あえて機体の重心を狂わせる。

 そのまま無理やり姿勢制御を行い一回転。サザーランドなら苦も無く出来るその場での旋回も、グラスゴーでは一手間かかる作業である。

 

「これで……じゅうくっ!」

 

 得られた遠心力を主武装の電磁ランスへ乗せて突き出せば、タンクに手足が生えたようなナイトメアもどきの ”パンツァーフンメル” を穿つ必殺の一撃となる。

 このランス、本来ならばサザーランド以降の第五世代KMF用装備だ。

 しかし、その有用性に気付いた整備班がファンナへ採用を打診。

 試験的に使ってみたところ第四世代のグラスゴーへ装備するには様々な問題があったが、思いのほか乗り手との相性が抜群だった。

 取り回しに足りないパワーは技量でカバー。

 狂った重量バランスも経験で補正。

 一般人は欠陥機と断じるこのセッティングも、乗り手の少女に言わせれば大人しいポニーちゃん。

 さらなる暴れ馬を望むファンナにとって、この程度のアジャストは造作もないのである。

 

「はははは、楽しいなぁ! どうしたぁ、私の命も奪ってみせろぉ!」

 

 同伴するのは、同じ嫌われ者ながら実家の権力で乗り換えたルキアーノのサザーランドだ。

 こちらは新型強みでランスを片手で振り回しつつ、アサルトライフルの弾丸をばら撒いている。

 ファンナが崩し、ルキアーノが射程を生かして殲滅。

 阿吽の呼吸で死角を補いながら進む二機は破壊の風。前へ進む足は決して止まらない。

 

「そろそろ弾切れ?」

「貴様は嫌いだが、空気を読む能力は素晴らしい。弾薬の予備も使い果たした所だ、早く次を寄越せ」

「わたしも大っ嫌いです。ほら、早く装填しちゃって下さいよ。周辺も片付いたことですし、ぼちぼち司令部を潰しますよ?」

「ちっ……火力の貧弱なオンボロを後ろに回しても意味がない。不本意ながらここから先の前衛は貴様に任せよう」

「はいはい、吸血鬼様の有難いご配慮に感謝します」

 

 相棒の為にマウントしておいた予備弾倉を投げ渡し、そのままランドスピナーを全力回転。敵を蹂躙しながら、トップスピードを落とすことなく最終目標へ突き進む。

 並べられた戦車の砲撃をスラッシュハーケンによるトリッキーな三次元軌道で回避すれば、後に続くサザーランドが一気に距離を詰めてライフルを連射。

 瞬く間に敵を排除して前を行く僚機へと追従してくれる。

 そんな無抵抗な非戦闘員すらも好んで虐殺する姿から、誰が呼んだか “吸血鬼” 。

 これがルキアーノの二つ名だ。

 そしてそんな化け物と肩を並べるファンナにも、当然ながら字が与えられている。

 それこそ “黒魔女” 。既に魔女とも戦乙女とも呼ばれる皇女がいるのでスケールダウンしている感は否めないが、類を見ない不可思議な挙動で破壊を振りまく魔法使いの姿は他の二つ名に劣らぬ恐怖の対象である。

 

『最後の勧告です。武装を解除して投降すれば命までは取りません。ですが、速やかに返答を頂けないのであれば考えを改めます。返答やいかに』

 

 もはや防衛線はずたずたに引き裂かれ、直営の僅かなナイトメアしか残されていない司令部の建物へと槍の切っ先を向けてスピーカー越しに問う。 

 答えは地下格納庫よりせりあがってきた陸戦兵器の混成部隊。最後の一兵まで戦う覚悟らしい。

 

「言葉を解さぬ猿に、交渉を持ちかけるからこうなるのだよ。無駄な時間をとらせたものだなぁ」

「いえいえ、無駄じゃありませんって。ほら、少しでも機体を停止できたおかげで、熱を持っていた関節の冷却が出来ました。この子はサザーランドと違ってデリケートなのです」

「最初からそれが目的か。さすがは魔女、抜け目がない」

「お褒めに頂き恐悦至極。おっとり刀で本隊も来ていますし、手柄は根こそぎ私たちの物にしちゃいましょう。但し、成果は山分けですからね?」

「いいだろう。さぁ……お前たちの一番大切なものを寄越せぇっ!」

 

 嬉々として突っ込んでいく吸血鬼に合わせ、黒魔女はランスを槍投げの要領で振りかぶる。

 使い続けるには酷使し過ぎてボロボロだが、最後の一働きには問題ない。

 

「せーのっ!」

 

 ランスと同じく機体もまた限界だったのだろう。

 メイン武装の投擲は新手の中で一番の大物だった大型多脚戦車の横っ腹を食い破ったが、同時にこちらの腕も基部から千切れ飛ぶ。

 これが格闘に特化した最新鋭のグロースターならば、まだ持ったに違いない。

 しかし、乗機は格闘より銃撃を重視する汎用機グラスゴー。

 無理をかけないよう騙し騙し操縦しても、この辺が限界である。

 

「第二ラウンド開始!」

 

 普通のパイロットなら、これで戦闘終了だ。

 が、痩せても枯れてももつ名持ちは伊達ではない。

 まだ終われないと残った片腕にスタントンファーを展開させ、どこまでも貪欲に疾走する。

 全ての武装を失いエナジーフィラーが尽きる迄戦い続けた結果、築いたのはクズ鉄の山。動く物は僚機だけと言う圧倒的な破壊が顕現していた。

 

「さ、さすがに疲れました。人間、無理だ無理と思っていても何とかなる不思議……」

「無茶を通せば道理が引っ込むのだよ。こんな真似が同期で可能なのは、ジノくらいだろうがね。我々が化物という証拠であり、実に誇らしい」

「褒められているのか貶されているのか、乙女心は複雑です」

 

 残党狩りは本隊に任せ、英雄たちはぐったりと突っ伏していた。

 まさか囮だけで拠点を落とすと思っていなかった司令は開いた口が塞がらず、機体の破損を理由に後退する二人を止められなかったのである。

 

「そう言えば、ジノにラウンズの内定通知が来たとか何とか」

「ドイツで英雄扱いの大活躍したご褒美だろ?」

「一方でわたしたちは下っ端街道まっしぐら! どうして待遇改善されないんですか? 控えめに言って、ジノに負けず劣らずの無理難題をこなしているのに、どーしてサザーランドすら貰えないんですかっ!?」

 

 先ほど知ったのは、士官学校時代に三羽烏としてつるんでいた友人の出世話。

 確かに彼は名門貴族の嫡子で品行方正なエリートと言う三拍子揃ったサラブレッドだが、実力そのものは伯仲していたはずだ。

 たまに来るメールでも、戦果はどっこいどっこい。

 何処で差がついたのかと落ち込むファンナである。

 

「落ち着けぇ! 私も不本意ではあるが、変化は徐々に起きているから安心しろ。我々の名は本国でも上がるようになり、陛下のお耳にも入っているらしい。これは奴と同じルート。このまま一騎当千を続けていれば道は開けるのだよ」

「え」

「私は最前線で生き血を啜り、喜悦を無限に感じていたい。その為には誰よりも優れた最高のナイトメアが是が非でも欲しい。そしてそれを可能とするのは、専属の開発チームを得られるナイトオブラウンズのみ。早く栄光の白き騎士服を纏いたいなぁ……くくっ」

「ひょ、ひょっとして私もその仲間に?」

「認めたくないが、貴様と私は同レベル。コーネリア皇女殿下には及ばずとも、小さな魔女の異名は有名になりつつあるぞ。上手くいけば同期から3人ものラウンズが輩出されるかもなぁ」

 

 ルキアーノはニヤリと笑うと、定番となっている特定部位に視線を動かす。

 しかし、いつものようなツッコミが来ない。

 不審に思い、俯いたまま固まっている少女へ手を伸ばした時だった。

 

「兄さんと同じミスをやっちゃいましたよ!」

「はぁ!?」

「本国の風評なんて知りません! 頑張り過ぎてもダメってどういう事ですか!?」

「意味が分からないのだが」

「ええ、わたしだって分かりません!」

「駄目だコイツ、早く何とかしないと」

 

 ファンナの未来設計は前線で華々しく活躍し、何時かはラウンズにお呼ばれ。

 何年か実績を積み上げた後、堂々と初恋のセリエルと婚約。

 ゆくゆくは寿引退して皇妃へ……と言うのが幼少期からのプランだった。

 しかし、状況は一年前に変わった。

 全てはセリエルの選任騎士に就任する筈だったテファルの ”うっかり” が悪い。

 諸々の事情で主の元に馳せ参じることが不可能となった兄のお陰で、本来埋まっている筈の椅子が空いている。

 ぶっちゃけ地位も名誉も所詮はおまけ。

 王の隣に居られれば満足なこともあり、これ幸いと目標を変更していた矢先にコレだ。

 

「どうしよう、どうしよう」

 

 欲しかったのは、皇族が自らの片腕として指名するに相応しい名声だけ。

 今更見切りをつけたラウンズなど、心の底からノーサンキューなのだ。

 申し訳ないが、腹の底から皇帝の飼い犬は真っ平ごめんなファンナさん。

 突然降って湧いた地雷に、嫌な汗が止まらなかった。

 

「ルッキアーノッツッ!」

「な、なんだね。目が怖いぞ?」

「あくまでも陛下のお耳に入った、だけ?」

「あ、ああ」

「よかった、もしも招集って話だったら悲観に暮れる所でしたよ」

「……普通、大喜びでは」

「複雑な事情がありまして」

 

 全く訳が分からないとブツクサ呟くルキアーノは、本部からの呼び出しを受けて立ち去っていく。

 残されたファンナは、すっかり固くなった全身を解そうと大きく背伸びを一つ。

 少しだけ冷えた頭で考えてみると、本国のセリエルがこの話を知らない訳が無いことに気づく。

 

「聡い殿下なら手を打ってくれてるとは思うけど、確認だけはしておこうかな……」

 

 上昇志向ばかりのブリタニアでは珍しい、過度に出世したくない騎士の苦悩は続く。



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TURN03「真珠の乙女」

 優秀な成績で士官学校を卒業後、徹底的なストイックさで軍務に打ち込み早数年。

 直近の所属先である聖ラファエル騎士団においてもトップエースとして君臨し、勝手にライバル認定した聖ミカエル騎士団の日系人に負けじとユーロピア製KMFを狩り続けていた私……テファル・レストレスの元に届いたのは、一通の召喚状だった。

 内容はシンプル。やんごとなき御方がお待ちだから、さっさと本国に戻れとのこと。

 あ、ついにその時が来た。

 少し前にセリエル殿下より親衛隊の設立準備に取り掛かる旨の連絡を受けていた為、そう思い込んだ私を誰も責められないと思う。

 しかし喜び勇んで帝都に戻ってみれば、実は呼び出したのが陛下という罠。

 正直、謁見の間に入ってから先の記憶が曖昧だ。

 覚えているのはパニックった頭を外見だけ誤魔化し、何を言っているかも分からない問いかけに対して、全てYESと答えたことのみ。

 意識を取り戻したのはまさに今。見知らぬ部屋で肩を叩かれたこの瞬間である。

 

「ナイトオブファイブへの就任、おめでとさん!」

「誰が?」

「は?」

 

 疑問符を浮かべて沈黙したのは中堅貴族の次女で、士官学校時代の後輩でもある副官のアンヌ・レスキュール。

 向日葵のように明るい彼女はざっくばらんな性格で周囲の受けも良く、愛想を振りまくのが苦手な私に代わり様々な雑事を片付けてくれる替えの利かない右腕である。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか、この大舞台でいつもの病気?」

「……うむ」

「見た目だけなら、何事にも動じそうにないクールガイの癖に」

「五月蠅い」

 

 よく言われる事だが、自分はどうやらスポーツの出来るインテリに見えるらしい。

 例えるならアメフトのクォーターバック。単独でも試合を決定づけられ、それでいて冷静沈着に味方を導きゲームを作り上げられる司令塔ポジションのイメージだそうな。

 しかし、本当の私は違う。殿下に相応しい騎士としての外面を取り繕っているだけで、突発的な事態に極めて弱いハマーD枠こそが素の私なのだよ……。

 いつもはテンパって無意識にやらかしても事後のリカバリーで乗り切って来られたが、今回ばかりはもう手遅れ。

 何せ何時着替えたのやら、纏うのは円卓の騎士のみに許される白の騎士服と真紅のマント。

 ブリタニアの軍人として最高の栄誉、理由もなく返上出来る訳が……。

 私が脇目も振らずに目指したのは “セリエル・エル・ブリタニア” の騎士。

 いくら世界最高の権力者だろうと、くるくる巻き毛のアナゴ君に剣は捧げられない。

 

「えっと、殿下からの一報も届いてるから読むわよ?」

「頼む」

「『親愛なるテファル・レストレス。ラウンズへの加入、我が事のように嬉しく思う』って、いつもながらフランクな方よね」

「下々への温情だ、光栄と思え」

「『君を手元に置けないことは非常に残念ではあるが、これでファンナもラウンズの妹という立派な箔が付いた。予定を変更しても、後は本人の努力次第で何とでもなるだろう』あれ、妹いるの?」

「言わなかったか?」

「初耳」

「まぁ、私も年に一度手紙をやり取りするかしないかの間柄だ。いずれ顔を見るついでに紹介しよう。それで許せ」

「てきとーだなぁ。ええと、続けるよ?」

「うむ」

「『僕も何れは兄上に頼み、実績を付けるべく何処かのエリアへ派遣して貰う予定だ。その際には陛下に頼み、君を借りられるよう打診しようと思う。共に轡を並べられる日を楽しみに待っているぞ』だそうです。ある意味結果オーライ?」

「前向きに考えれば、な」

 

 ま、まあ、ラウンズが殿下を支持可能になったと前向きに考えよう。

 どうせ血の紋章事件を例に上げるまでもなく、円卓は腹に一物抱えた集団だ。

 表向きだけ陛下に忠誠を誓い、権威だけを有効活用しても罰は当たるまい。

 

「じゃあ悩むのはこれで終わり。それよりも明後日に控えた “卓上の相克” の準備を急がないと。よりによって相手は最強のナイトオブワンに試作専用機の組み合わせで、こっちは新米ラウンズと対ユーロピア仕様のサザーランド。勝てとは言わないけど、善戦はデフォルトよ?」

「えっ?」

 

 卓上の相克?

 陛下やら有力貴族やらが集まった中、ラウンズ同士の一騎打ちを披露するアレ?

 

「……ホント手間がかかるんだから。引き返せなくなる前に、ぼちぼち転属しても構わないかしら」

「ラウンズは自前の部隊を持てる。栄えある初代隊長の席を与えよう」

「えー」

「破格の条件じゃないか。感謝の言葉はいらない、安心してついて来い」

「うっし、除隊して実家のオレンジ畑でも手伝……あーもう、雨の日の捨て犬っぽい目は止めなさいって。子供の憧れで、帝国の誉れたるラウンズでしょ! びしっとしなさい、びしっと!」

 

 理詰めは得意でも機微には疎く、素顔を晒せる相手を作れなかった戦闘マシーンが私だ。

 ここまで来られたのも、足りない部分を補ってくれたアンヌあってこそ。

 失敗を引きずった時には叱咤激励。

 言葉に出さずとも、いち早く異変に気づいてフォローしてくれる最高の副官である。

 身柄を確保する為なら、義母に教わった究極の誠意 “DOGEZA” すら辞さない。

 むしろ体がそのモーションに入っている。我ながらレスポンスの良い体だ。

 

「ちょ、冗談、冗談だって。なにそのプライド木端微塵なポーズ。一般兵がラウンズにこんな真似させてるって知られたら死刑よ! やめなさい!」

「最高の待遇を保証する。だから、死ぬまで支えてくれないか?」

「する、します、守ります! ヤバイの、今扉を開かれたらクリティカルなの! だから起きて!」

「二言は無いと約束してくれるなら」

「この状況で念を押すあたり、何だかんだと腹黒よね……」

「お前を失わない為なら、何だってするとも」

 

 盛大に溜息を吐き、しょうがないなぁと告げてくる瞳を見上げて一安心。

 ポニーテールが似合う面倒見の良い年下姉御は、もう慣れたとばかりに苦笑している。

 これなら安心。どれ、今後のスケジュールを確認しようとした瞬間だった。

 

「レスキュール卿、ご依頼されていたサザーランドの改修プランで……すけ、失礼しました。私は何も見ていません、後でまた参ります」

 

 ブリキのようにぎこちない動きの技術士官が、ぱたんと締めた扉を見て思う。

 さすがアンヌ、未来予測は完璧だ。

 それでこそ私の副官。今後も如何なく能力を発揮して頂きたい。

 

「終わった、いろんな意味で人生終わっちゃった……」

「いまいち何が問題なのか分からない。気持ちを全身で表していただけなのだが」

「もぅ……どうでもいいや。あたしは誤解を解くのと、勝率をコンマ幾つでも上げられるように機体を調整しなきゃなの。お願いだから心労を増やさないで」

「いつも済まん。ならば労いの意味も込めて食事へ行こう。怪我で除隊した同期が開いた店が評判が良くてな? きっと君のお気に召すと思う」

「仕事がひと段落いたら付き合ってあげる。だからマイロードもコレ片付けちゃて」

 

 テーブルに積まれたのは紙の束。

 それも尋常じゃない厚さだ。

 

「昇格に伴う権限の一覧、専属開発チームの予算・人材の確保依頼書、その他諸々の “ナイトオブファイブ” 様のサインが必要な書類よ。後でまた戻るから、それまでに出来る限り宜しくっ!」

「善処する」

 

 私が苦虫を潰したような顔で頷くのを見ると、少女は人差し指を立てる。

 そして部屋の隅に置かれた書類入れを引っ掴み、脱兎の勢いで部屋を飛び出していった。

 

「そう言えば、ここは一体どこなのだろうか?」

 

 悩みは増えるばかりで、一向に減る気配がなかった。

 ちなみに後日行われた卓上の相克は、文字通り一矢報いるので精一杯。

 容赦なく ”エクスカリバァァァッー!” されてしまったのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 TURN03「真珠の乙女」

 

 

 

 

 

 青々と茂る緑、満ちた空気は水分を含み清浄で甘い。

 長く過ごした砂の世界では味わえない、あまりに甘露な味に顔が綻ぶファンナだった。

 

「過ごし易そうな土地です」

 

 飛行機を乗り継ぎ、やってきたのはエリア11。

 呼び出したのは少女の思い人にして、将来の主たるセリエル・エル・ブリタニアその人だ。

 この突然の召集は、ラウンズの件が噂話で済まなかった何よりの証し。

 かつて何も出来ずに臍を噛んだ無力な少年が、同じ轍を踏まぬよう先手を打った結果だった。

 

「護衛で兄さんも同伴しているとか。立派になった妹を見て、どう評するのか楽しみ」

 

 ラウンズとして世界を転戦する兄の華々しい姿はメディアの配信でこそ見ているが、直接顔を合わせるのは家が取り潰されて以来初めてのこと。

 忙しさのあまり疎遠気味でも、昔から血縁が無い割に兄妹仲は良好だ。

 最低でも年に一度は連絡も取り合っているし、きっとぎくしゃくはすまい。

 そんな期待に胸を膨らませて迎えの車に身を委ねていると、外を流れる景色に目を奪われる。

 さすがは極東の拠点、ブリタニア本国にも劣らない大都会である。

 半面、面倒な土地だとも思う。

 車中から眺めるだけでも潜伏に向いた地形は多く、主戦場になるであろうゲットーは戦争が出来るほどに広い。何処に潜むか分からない油虫の駆除、その大変さが地形を見るだけで分かる。

 

「ゼロ、かぁ」

 

 それはつい先日、完全ガードの皇族を討つと言う大金星を挙げた男の名。

 不可能を可能にした世紀の暗殺者こそ、世界で話題沸騰中のゼロである。

 その正体は謎に包まれているが、総督のクロヴィスを討てた時点で実力は確か。

 私人としてのファンナは、良くぞ主のライバル候補を処分してくれたと喝采を送りたい。

 しかし、軍人としては絶対に分かり合えない敵である。

 これが正規軍なら本拠地ごと踏み潰せばいい。しかし、相手はゲリラ屋だ。

 果たして根絶は可能なのか。少なくとも気の遠くなる作業のように思える。

 そんな事を考えていると、気が付けば目的地。

 やけに厳重な警備に目的と身分を告れば、大型トレーラーへ行けと言う。

 燻がみつつ指定された場所へ向かうと同型車両が二台並んでいて、どちらが正解かわからない。どうしたものかと悩んでいると救いの声が聞こえてきた。

 

「君は……日本人? どうしてこんな場所へ?」

「いえいえ、わたしはブリタニア人。しかも本日付で佐官ですよ。というか、貴方こそ露骨に日本人じゃないですか。パイロットスーツを着て何を? とりあえず名乗りなさい」

 

 ファンナを呼び止めたのは線の細い、しかし猫科の猛獣のように引き締まった体を持つ茶髪の少年だった。

 

「失礼致しました。自分は特別派遣嚮導部隊所属、枢木スザク准尉であります。現在は試作KMF “ランスロット” のテスト待ちです」

「そのネーミングルール、やっぱりナンバーズですか。ちなみにわたしは本日付でこのエリアに配属となった、ファンナ・レストレス少佐。こちらにセリエル殿下がお見えとのことですけど、どちらの車か分かります?」

「右です。左はロイドさん……僕の上司が詰めるランスロット専用のトレーラーになります」

「そうですか、ご自分の任務に戻って結構」

「はっ」

 

 よくぞ機密情報の塊にイレブンが乗れたものだ。

 そもそもナンバーズと呼ばれる植民地の人間は、反乱の芽を摘むためにもナイトメアへ乗せない事が絶対のルール。

 まぁ、それはファンナの知ったことではない。

 あまり厳密にされると自分も微妙にグレーゾーンに引っかかるし、能力が高ければ決まり事を無視して上り詰められるのもブリタニア的原則でもある。

 

「さて、久しぶりの再会です。昔のような粗相は絶対にしない、しませんとも」

 

 スザクと名乗った少年の示したトレーラーへ乗り込むと、そこには巨人が眠っていた。

 パールホワイトを基本色として、金色のラインが鮮やかに彩りを与える。

 形状は騎士を思わせる姿。しかし背には一対の翼が備えられる等、武骨とは程遠い優雅な機体だ。

 

「試作嚮導兵器 “Z-02 アグレスティア” 。それがこの機体の名前さ」

 

 聞こえてきたのは懐かしい、恋い焦がれた声だ。

 

「開発中のナイトオブファイブ専用KMF “ラモラック” のテスト機名目で作られた第七世代にして、冒険心溢れる最先端の名馬。未完成の今は原型機のランスロットには劣るけど、現時点でもグロースターすら足元に及ばないハイスペック機であることは保障するよ」

 

 整備班が作業する騒音の中でも聞き違える事のない呼びかけ。

 声の主である少年は記憶の中の姿よりも精悍さを増し、立派に成長を遂げていた。

 対して自分はどうだろう。

 彼に負けない成長を遂げられたのか不安で堪らない。

 昨日も一昨日も一年前も、ずっと出来る限りの努力を続けてきたとの自負はある。

 しかし、積み上げてきた物を判断するのはファンナではない。

 目の前にまで近づいて来た少年、セリエル・エル・ブリタニアが鍵を握っている。

 

「ファンナ・レストレス、お役目御苦労」

 

 穏やかな表情を浮かべる主の手が伸び、ファンナは四肢を固くする。

 しかし、待っていたのは優しく頭を撫でられる心地よさ。

 まるで手触りを楽しむような仕草は、懐かしさへと通じる。

 無邪気な頃は、これがご褒美だった。

 それは今も変わらない感じで、顔がにやけてしまうのを抑えきれない自分が居る。

 

「ででで、でんかっしゃまっ! わにゃしなどにそのような真似をされてはまずいかとっ!」

「噛むな噛むな。ここのスタッフは僕のお抱えだから安心していい。ほら、皆もニヤニヤと生暖かい目だろう?」

「それはそれで問題ですよっ!?」

「いやね、コレを開発する為に君のデータを皆で調べ尽くしたわけだ。お陰でコクピットもジャストサイズ! 最新のスリーサイズまで反映した調整済み!」

「個人情報が赤裸々と暴かれてる!?」

「小さな体で大の男たちと渡り合い、常に結果を出し続けてきた騎士少女。物語のヒロインを地で行く君は神輿にピッタリでね。後は僕が未来の嫁候補だと、つい口を滑らせてしまったことが原因かな」

「ちゃんとお嫁さん候補に残れていることが嬉しいのに、それ以上の恥ずかしさがっ!」

「その辺はおいおいとして、実務に話を戻そう」

「は、はい」

「何はともあれこの新型は、皆で作り上げた君へのプレゼントなんだ。危うくテファルの二の舞にさせかけた侘びとして、是非とも受け取って欲しい」

 

 まさかのサプライズだった。

 望んで止まなかったサザーランドを飛び越え、与えられたのはまさかの最新鋭機。

 名馬を賜ったファンナは幸福ゲージが天元突破。テンションがおかしいことになっていた。

 

 

「ああああありがとうございます! さっそく租界の連中を皆殺し、ゼロの首を持ち帰って見せましょう!」

「安価な労働力は幾らあっても足りないのだから、資源の無駄遣いは止めなさい」

「では、どうすれば殿下への感謝を示せますか!?」

「昔のように、隣で笑ってくれるだけで十分さ。最高の笑顔を頼むよ?」

「はいっ、でんかさま!」

 

 普通なら照れるところだが、多感な時期を軍務に捧げたファンナは世事に疎い。

 銃の組み立て、KMF操縦、体術etc。軍人としては一流でも、その精神はまだまだ子供。

 遠まわしの好意を察することは出来ず、兄にも劣らぬ朴念仁なのだった。

 

「ちなみに君の兄は、専用機の調整が難航していて未だ本国。感動の再会はもう少し先かな」

「そうですか……」

「それはそれとして、一つ謝らなければならないことが」

「はい?」

「選任騎士への任命、アレ無理」

「殿下ーっ!?」

 

 これでは何の為に呼び戻されたのやら。

 本巣から厄介払いをされた身としては、寝耳に水の話だった。

 

「人格や能力的な問題じゃないんだ。ラウンズは無制限なのに、選任騎士には年齢制限がある。正直、僕も知らなかった。最低でも16歳だそうな」

「そ、そう来ましたか」

 

 選任騎士とは、公務の代理まで務めることが可能な重要役職である。

 そりゃ法的責任も負えない未成年に就かせられないのも当たり前だ。 

 

「なので暫くは、僕の直轄する特別派遣嚮導技術部で身柄を預かる。構わないね?」

「……何をすれば宜しいのでしょうか?」

「僕の専属護衛。ま、隣に居てもらうことに変わりはないから安心して」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 少しだけ落胆したが、名目はともかく事実上の選任であることに変わりはないらしい。

 なら、夢は叶ったようなもの。嬉しくない筈がない。

 

「さて、僕は少々姉上と面倒な話をしなければならない。後の事は隣のトレーラーに居る筈のロイド伯爵へ一任してあるので、彼の指示に従うように。癖のある人物だが、優秀な技術屋だ。君の専用機を完璧に仕上げる為にも、円滑な関係を築いて欲しく思う」

「はい、殿下」

「積もる話は今晩の楽しみに取っておこう。後で迎えを寄越すから、職務を果たしていなさい」

 

 セリエルにそっと近づいてきた男が時計を気にしている事に気づき、自分の為に貴重な時間を割いてくれたことをファンナは悟る。

 部下を従え立ち去っていく姿を見送りながら、喜びのあまりガッツポーズ。

 全身から幸せオーラを垂れ流し、お嫁さん候補、お嫁さん候補と口ずさみながら隣のトレーラーへ向うのだった。

 

「君が殿下の秘蔵っ子だね。さっそくで悪いけど、シュミレーター空いてるよ~?」

 

 トレーラーへ乗り込むいやいなや、声をかけてきたのはメガネに白衣の男だった。

 見るからに頭脳労働専門といった外見で、万が一不審者だった場合は瞬殺出来そうである。

 

「う?」

「二号機の設計に携わった身としては、デバイサーの能力がどのレベルにあるのか知りたいのさ、僕は」

「ええと、貴方は? デバイサーってなんでしょう?」

「僕は研究員のロイド。デバイサーはパイロットの事だよ」

「失礼しました、殿下より伯爵に指示を仰ぐよう言いつけられております」

「敬語はいらないから。僕はセリエル殿下寄りで、堅苦しい事は嫌いなんだよね。悪いと思うなら、ファンナ君にはスザク君に負けないデータを頼みたいねぇ」

「スザク……ひょっとして、茶髪でいかにもモテそうなイレブンの子供ですか?」

「おっめでとう、大正解。あっれ、彼ってば意外と有名人?」

「いえ、さっき少しだけ話をしましたので」

「そりゃすごい偶然だ」

「あんな子供に私は負けません。その証拠を存分にご覧に入れましょう!」

「君の方が年下じゃ……まあいいや。そこの機械に乗ってくれれば後の操作はこっちで勝手にやるから、ざっくりよろしく。期待してるよ~」

 

 いまいち人柄の掴めない上司に困惑するファンナだが、求められているのが腕前だと分かればこっちのもの。

 シートの位置を調整し、操縦桿の固さをチェック。

 特に説明はなかったが、グラスゴーと基本操作に変わりは無さそうで一安心。

 いつでもどうぞ、と声をかければシュミレーターが動き出した。

 

『使用する機体は、アグレスティアの兄弟機となるランスロット。不慣れな機体だろうし、好きに動いて敵を倒してみて』

「イエス、マイ・ロード」

 

 スロットルを握って驚いた。

 かつての愛機が玩具に思える加速性能と敏捷性、そして一番の不満だったレスポンスが格段に良い。

 思い通りに機械が反応を返すことが、こんなにも素晴らしいことだとファンナは初めて知った。

 しかも武器がまた凄い。

 試しに撃ってみた “ヴァリス” とか言う銃もインチキくさい威力で、何故か仮想敵にされているグロースターが一発で木端微塵の有様である。

 

「これはルキアーノも頷くハイスペックですね。私のもコレと同等なのでしょうか?」

『残念でした、二号機は浪漫装備のせいで挙動が重たい感じ~』

「追従性は?」

『同じだね』

「なら大丈夫です。さーて、そろそろこの子の特性も掴めました。本番いっきまーす!」

 

 超振動による圧倒的な切断力を発揮する “MVS” を肩から引き抜き、ビルを蹴って三角跳び。

 敵機を移動のついでに両断すると、減速することなくスラッシュハーケンを発射して方向転換を行う。

 常に動きを止めない流水のような機動を続け、狙うは無傷の完全勝利だ。

 

「まだまだ、これからっ♪」

 

 楽しくなってきたファンナは鼻歌交じりにグラスゴーでは思っても出来なかった動きを試し始め、段々と曲芸的な遊びを始めていた。

 三回転半捻りのスピンからの連射、空中で縦回転しての踵落としと、やりたい放題である。

 

『すっばらしい、真面目なスザク君じゃ取れなかったデータばかりだ。個人的にはまだまだ続けて欲しいけど、これって燃費も計測しているんだよね。ぼちぼちエナジー切れじゃない?』

「うーん、継戦能力の低さは使う側の不安要素ですね。改善は可能ですか?」

『対応策は検討中だよ。ま、アグレスティアは君好みに仕上がってるから大丈夫じゃないかな』

「了解です」

 

 試験プログラムを終了させたロイドは、スキップしながら奥のコンソールへと移動する。

 そこに待つのは知的な美人はロイドの補佐を務める大学時代からの後輩、セシルだ。

 今はデータ解析の真っ最中で、手が空いていないのか足音を立てても振り向きもしない。

 しかし、声をかければ話は別である。

 

「いやー、化物だねえ。まだ育ち盛りだし、末恐ろしいデバイサーだ」

「あれだけのマニューバーを繰り返して、へっちゃらな顔でしたからね。それにこの数値を見て下さい。機体への負荷が無茶な動きに比べて驚くほど小さい。この調子だと限界領域を探ってる感じでしょう。まだ余裕ありますよ、彼女」

「適合率は?」

「90とスザク君には劣りますけど、なかなか見られる数字じゃありません。これが開発中の専用機になれば、ロールアウト間近と噂の “ギャラハッド” にも劣らないのではないかと」

「ま、僕らはランスロットを完璧にするだけさ。政治はシュナイゼル殿下、現場はセリエル殿下が面倒を見てくれるはずだし、向こうに負けないインパクトのあるネタ装備を作らないとね~」

「あまり適当な事を繰り返すのであれば、私が怒りますよ?」

「ぜ、善処します」

 

 後輩で部下ながら、ロイドはセシルに頭が上がらない。

 まるでどこぞの円卓の騎士と副官のようである。

 

「いやはや、明日からが楽しみだねぇ」

 

 ランスロットをキラキラした目で眺めるファンナを横目に、ロイドは誰にともなく呟くのだった。



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TURN04「チェックメイト」

本当は別クラス、別学年にセリエルを配置したかったアッシュフォード首脳陣。
しかし、彼の護衛兼手駒となるスザクはルルさんのクラスの罠。
どうせいつかは顔を合わせるだろうし、どーにでもなーれと成り行きに任せました(


 昔から同年代が集まって優劣を競い、社会で必要となるコミュニケーション能力を磨いていく学校と言う場所には興味があった。

 何せ僕の世界と来たら、親族とレストレス兄妹以外は全て使用人と言う狭さ。

 これでは内弁慶と謗られても仕方のない引き篭もりっぷりではなかろうか。

 だからエリア11への旅を望んだ。

 ゼロと言う格好の遊び相手が居て且つ、没落しようと名門の名に相応しい貴族が運営する教育機関が置かれたこの土地を。

 

「兄上、僕はエリア11へ行こうと思います」

 

 仕事の合間を縫って訪れたのは宰相の執務室。

 国の運営を全て放棄した陛下に代わり、ブリタニアを実質的に切り盛りするシュナイゼル兄上のお膝元である。

 

「おや、私の補佐に飽きたかな? それともゼロを見て血が騒いだのかい?」

「強いて言うなら後者ですね。兄上の尽力により新型のロールアウトも間近、乗り手も十分な資質を見せてくれました。格好の獲物が跋扈する彼のエリアは手ごろな物件ですからね」

「ふむ」

「それに向こうでは、エル家直轄の特派も肩身の狭い思いをしているとの事。宰相補佐官の僕が陣頭に立てば姉上もとやかく言えないでしょうし、一石二鳥かと。これは正式な許可があれば、の話ですけど」

 

 他の兄や姉が各エリアの総督として赴任する中、僕のお仕事は本国で国政の一端を担うこと。

 と言っても、所詮は兄上のお手伝い要員レベルなのはご愛嬌。

 恥ずかしながら重要度の低い案件を処理し、時に大使として他国を行脚する宰相見習いが僕の役割だ。

 故に宰相 ”補佐官” 。

 未来の大黒柱としてお勉強中の、モラトリアムと言ったところか。

 

「それだけかい?」

「実はもう一つ理由が。アッシュフォードに秘蔵されている歴史の闇に葬り去られた第三世代型KMFの現物を一度見てみたいのです。アレの特性をほんの一部取り入れただけのランスロットであの性能。開発畑に関わる身としては興味が尽きません」

「君は本当にKMFに傾倒しているねぇ」

 

 僕のKMF好きの発端は、幼い頃に見た試作型ガニメデの雄姿にあるのだと思う。

 果たしてテストパイロットを勤めたマリアンヌ様の腕なのか、それともガニメデのポテンシャルなのか。

 見学した演習で当時のMBT一個中隊をたった一機で鎧袖一触に切り捨て、しかも本人は無傷という驚異の結末。

 アレは本当に格好良かった。

 記憶が美化されているにしても、僕と言う人間に大きな影響を与えたことだけは確かだろう。

 お陰で気づけば趣味がKMF開発と言う不思議。

 徹底的に勉強して、眺める側から作る側へ華麗に転職さ。

 暇を見つけては特派のラボに入り浸り、図面を引くこともしばしば。

 ロイドやセシル君には才能で及ばないけど、これでも研究者の端くれ。

 MVSの基礎設計を筆頭に、それなりの成果は残せていると思う。

 

「後はまあ、見物ついでに学生生活とやらをエンジョイして羽を休めるのも一興かなと」

「君がハイスクールに? 確かにそれは面白いね」

「では?」

 

 顎に指を添え思案する兄上は実にエレガント。

 我が兄ながら、まさに貴公子と表すに相応しい容姿と所作である。

 顔つきの同じ兄弟なのに、僕には出せない味だなぁ。

 

「構わないよ、思い通りやってみなさい」

 

 かなりの無茶振りなのに、やはりと言うべきか返ってきたのは了承。

 正直、とある事情でこの人は僕に対して基本的に甘い。

 少なくとも、砂糖に蜂蜜をマシマシ程度の甘さだ。

 

「可愛い弟の為なら何でもするよ。望むなら皇帝の椅子さえプレゼントする程度には」

「僕はオデュッセウス兄上より、少しだけマシ程度の凡人なんですけどね」

「君は十分に有能だよ? それにお隠れなった母上もそれを望んでいるんじゃないかな」

 

 でました、マザコン発言。

 美形で地位も高く私利私欲も無い完璧超人の癖に、これだけは何歳になっても変わらない。

 何せ ”母上が褒めてくれるから”と言うだけで努力を続けて来た人だ。

 あまり実の兄に言う言葉ではないけど、この人の本質は虚無。他人の望みを叶える為だけに生きるロボットに、欲望を、自由意志を持てという方が無理なんだと思う。

 そして僕の我儘を無条件で受け入れてくれるのも、ここに理由がある。

 僕が物心付いた頃に死去した母上が最後に残した願い、それは “弟を守って” らしい。

 それは兄上にとっての神託。敬虔な使徒である兄上はその言葉に従い、弟の願いを全て肯定することに生き甲斐を感じている節があるんだよね。

 

「個人的には兄上が皇帝、僕はその補佐と言う体制が理想だとは思いますが……まぁ、陛下が元気な内は先送りにしましょう。今は前向きに考えるってことで、勘弁して貰えません?」

「好い返事を期待しているよ。ああ、ナイトオブファイブの指揮権とレストレス嬢の身柄の件、こちらで話を通しておこう。陛下もエリア11の状況を快く思っていないから、抑止力として置くと言えば反対もしないだろうしね」

「お願いします。では部下を待たせていますので」

「何かあれば、いつでも相談においで」

 

 終始笑顔の兄上へ一礼し、僕は執務室を後にする。

 これで再設計した未来への第一歩がスタートした。

 ファンナの引き抜きと、テファルを呼び寄せる手筈は万全。

 問題は僕の親衛隊の旗機となる新型の開発が遅れていることだけど、こればっかりは自業自得なので仕方がない。

 色々なコネで入手した各ラウンズ専用機の設計データをフィードバックしようとする以上、時間がかかって然るべきだ。

 妥協して中途半端な機体を作るより、じっくり時間をかけて最高を目指す。

 それが僕のモットー。無理に焦る必要はないさ。

 

「あの子も強く、そしてそれ以上に綺麗になった。約束を破るような娘じゃないが、未だに心を捧げてくれるか不安だ」

 

 七光りと思われても困るだろうと、あの日を境に一度も連絡を取っていなかった。

 ミスってラウンズに昇進してしまったテファルとは直接会う機会も増え、密な関係を築けていると思うが、ファンナとは文を交わしたことすらない。

 ぶっちゃけ、本当に今でも好いてくれるのか少しだけ怖かったりもする。

 僕も年頃だから、異性に興味が無いわけじゃない。

 しかし、近づいてくる女の子は揃って利権が目当て。

 彼女たちが見ているのは、セリエルと言う人間の形をした権力なんだよなぁ。

 責務としての政略結婚は必要だとは思うよ?

 だけど僕の地盤は既に兄上がコンクリ舗装まで済ませた磐石っぷり。今更擦り寄ってくる風見鶏は、獅子身中の虫にしかならないのでノーサンキュー。

 と、そんな風に僕には選り好みする余裕がある。

 他者を見下す思考回路、本音と建前を使い分ける仮面の笑顔、それらを標準装備した貴族やら大金持ちの娘さんたちは趣味に合わないので、近づかないで頂きたい。

 少しは昔のファンナを見習って、打算抜きの感情を向けて欲しいものだよ。

 

「おや、殿下?」

 

 考え事をしていたせいか、前から来た人物に気づかずにぶつかってしまった。

 男の癖に女っぽい喋りに加え、薄くメイクまで決め込んだその人物。

 その名はカノン。何故か兄を唆す双子の片割れっぽいと思うのは何故だろう?

 彼を知る人は揃って変態と呼び、僕も御多分に漏れずあまり好きになれない相手である。

 しかし、こういうのに限って能力が高いから不思議だ。

 立ち位置は兄上の副官というか秘書というか、僕のレストレス兄的なポジション。仕事はよく出来るので、僕としても表立って敵対するつもりはない。

 

「済まない、少し注意力散漫だった」

「お気になさらずに。それよりも、簡単に臣下へ謝罪をしてはいけません。皇族は傲慢なくらいで丁度よろしいのです」

「また難しい注文を」

 

 しなを作られ悪寒が走る。

 いい歳をして浮いた話の無い兄上に、そっちの気があるとは想像もしたくない。

 万が一衆道にでも走っていたとしたら、僕にもカマ野郎の食指が動く予感がある。

 命を狙われるとはまた違った恐怖に身震いし、逃げ出す僕だった。

 

 

 

 

 

 TURN04「チェックメイト」

 

 

 

 

 

「ええと……リエル・アスプルンドです、宜しく」

 

 居並ぶ少年少女の前に立ち、堂々と偽名を名乗る。

 姉を始めとして多方面から口を挟まれたが、摂政の許可を錦の御旗にラウンズの妹にして選任騎士が内定しているファンナを護衛とすることで黙殺。

 念の為と髪形を変えた上でロイドの姓を騙るセリエルは、来日早々貴族の三男坊と言う肩書でアッシュフォード学園に編入を果たしていた。

 正体を隠す理由は単純。この方が面白いから。

 庶民の生活を体験し、そこから何かを得てこそ意味がある。

 当然学園の母体であるアッシュフォード家にもその旨は伝えてあり、セリエルの素性を知る者は極僅か。

 度を過ぎない限り、無礼講で通すと周知済みである。

 

「同じく、ファンナ・レストレス。宜しくお願いします」

 

 対してファンナは素性を隠さない。ナイトオブファイブの妹である事を表に出し、どこからどう見てもイレブンの外見がもたらす嫌悪感を吹き飛ばす。

 お陰で向けられる視線は、好奇心や好意といった正の感情だ。

 もっともこれは、先に道を開いた先任者の働きでもある。

 セリエルに遅れる事数日。副総督として赴任してきた皇族の気紛れで、同じく純イレブンのスザクが先に入学を果たしていたのだった。

 ちなみにその皇族はセリエルとも仲の良い、リ家のユーフェミア。

 彼女の姉で戦乙女の異名を持つコーネリアとは正反対の、絵に描いたような深層のお姫様である。

 

「……何故、貴様がっ」

 

 一瞬感じたのは明確な敵意。誰の仕業かと級友を見渡したセリエルの目に異物が写る。

 ブリタニア人では珍しい黒髪に切れ長の瞳。知人を彷彿とさせる顔には驚きの色を貼りつかせ、目があった瞬間露骨に目を逸らした男子生徒が一人居た。

 既に腰の銃に手をかけていたファンナが “どうしますか?” と目で訴えかけてくるのを手で制し、あえて相手の出方を伺うことにする。

 

「はい、質問タイムは休み時間にね。授業始めるわよ」

 

 どうせ与えられた席は、偶然にも少年を背後から眺められる絶好のポジション。喉下に刃を突きつけられた彼が、何時まで平静を保っていられるか実に楽しみだ。

 対象の短気な性格を良く知るセリエルは、慌てず騒がず観察を開始するのだった。

 そして迎えた昼休み。

 水泳部で生徒会役員だという栗色ロング美人が話しかけてきたのを切っ掛けに、矢継ぎ早な問いかけが始まった。

 それらを上手く捌きつつ、例の少年についてそれとなく調査のメスを入れていく。

 彼について教えてくれたのは、最初に接触した少女ことシャーリーである。

 

「ルルってば、すーぐ授業をサボってリヴァルとどこかに行っちゃうの。今日みたいにちゃんと朝から登校してくるのは珍しいのよ」

「不良には見えないけどなぁ」

「そこがルルの作戦。品行方正なフリをしながら成績もトップ。おかげで先生も注意しないんだから!」

「け、計画犯だね」

「そーなの、おかげで私がどれだけ苦労してるか……」

 

 話が惚気話に変わり始めたところで、観察対象に動きがあった。

 制服の襟元を引っ張る仕草をスザクに見せると、二人揃って教室から姿を消していく。

 二人に接点があったとは驚きだが、符丁で通じ合う仲なのは間違いない。

 あれが本当に知人ならば、罠の可能性は有り得る。

 彼は些細な理由で陛下に逆らった挙句、使い捨ての人質として妹共々日本に引き渡された不遇の皇子だ。

 てっきり開戦と同時に兄妹仲良く処分されたと思っていたが、もしも生きていたならどんな逆恨み抱いているか分かったものではない。

 しかし、手持ちの戦力はどんな罠であれ正面から打ち破れると確信がある。

 ここは受けて立とう、とセリエルは決断した。

 

「ごめん、そういえば先生に呼ばれてた。ちょっと行ってくるよ」

「こっちこそ、引き止めちゃってごめんね」

 

 既に追跡を始めていたファンナ先導の元、辿り着いたのは屋上だ。

 遠目に見ても熱の入った議論を繰り広げている二人の少年を見つけると、わざと足音を立てて一歩一歩を踏みしめる。

 

「やあ、生きていたとはびっくりだ。再会を祝って祝杯でも上げようじゃないか」

「やはり来たか」

「悪いが、僕はお前を絶対に侮らない。何を聞くにしろ、手始めに自由を奪うとしよう。枢木准尉、その男を拘束しろ。これは命令だ」

 

 セリエルは冷徹な目でそう宣言する。

 

「で、殿下?」

「聞こえなかった? 拘束しろと言っている」

「……イエス、ユア・ハイネス」

 

 少年の顔に浮かんだのは苦悶の色。しかし、躊躇いは僅か。

 スザクは疑惑の少年……死亡扱いで皇籍を抹消された元神聖ブリタニア帝国第十一位皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの肩を捻りあげ、コンクリートの地面へ押し倒していた。

 

「ああ、妙な真似を見せたら僕の騎士が四肢を打ち抜くよ。手荒な真似は好きじゃないんだ。大人しくしてくれ」

「セリエル、貴様ぁ!」

「その様子だとナナリーも学園に居るな? シスコンのお前が目の届かない場所に妹を置く訳がない。調べれば分かることだ、素直に吐けよ」

「……俺たちをどうするつもりだ」

「本国に送り返し、もう一度政治の道具になってもらうのも一興。次は中華連邦あたりにでも嫁ぐのはどうさ。写真で見たけど、あそこの姫君は中々の器量だよ?」

「断るっ!」

「君に選択権はない。こう見えても今の僕は宰相補佐。決めたことを実行に移す権限を有しているんでね」

 

 淡々と己の未来を告げてくるセリエルに、ルルーシュは背筋が凍る思いだった。

 偶然なのか故意なのか、目もあわせてこない相手にはギアスが使えない。

 もしも一報を入れられてしまえば全てが終わる。それだけは避けねば。

 

「頼むスザク、奴を止めろとは言わない。だからせめて加担するのだけは止めろっ!」

「……ごめん」

「ぐぁぁぁぁっ!?」

 

 死神の手が携帯に伸び、そして―――

 

「なんちゃって嘘でしたー」

「お久しぶりですね、ルルーシュ殿下」

 

 ドッキリ大成功と書かれたプラカードをファンナが出せば、セリエルの表情が仮面を外したかのようにコロリと変わる。

 頭が状況についていけず、真っ白になっている罪人へ主犯は続けた。

 

「今さらお前が帰って来ても、皇位継承やらなにやらで揉めるだけ。大人しくしているなら、ことさら存在を暴くつもりはない。それに兄弟にいうセリフじゃないが、友達だろ?」

「貴様は友達で兄弟にこんな真似をするのか!?」

「失敬。枢木准尉、自由にしてやれ。念のため釘を刺しておくが、僕への危害が予測された時点で対応しろ。今度は拘束する必要はない、警告不要で殺せ」

「イエス、ユア・ハイネス」

「待てっ、一つ前のセリフと矛盾しているぞ!」

「僕も帝国の中枢を担う一角な訳さ。そもそも君は例の一件で皇帝陛下を恨んでいるだろ? 自業自得の癖に下手をすれば皇族全体、むしろブリタニアという国家自体に悪い感情を抱いている可能性が高いのだから、安全マージンは十重二十重に取らないと怖い」

 

 概ねその通りなので、ぐうの音も出ないルルーシュだった。

 

「ああ、そうさ。母さんを見殺し、俺とナナリーを捨てたあの男は一生許さん。そして弱者を切り捨て、強者のみが栄華を手にする国家を俺は認めない、絶対にだ」

「なら、陛下の息子たる僕も憎いか? 知っての通り、僕の大切な右腕は君の母親を守ろうとして殉職し、守りきれなった罪に問われて身内も処分された。上の命令で下げられた護衛は一切の罪を問われなかったのにね」

「待て、護衛が下がっていた?」

「知らなかったのか? まぁ、無理もない。僕がコネクションを築き上げている頃は人質として出発していたし」

「お前……何を知っている? 教えろ、母さんは何故殺された!」

「むしろ僕が知りたい。我が騎士セーガルの無念を晴らす事こそ宿願。真実を隠すベールは、何枚剥ぎ取っても終わりが見えなくて大変でね」

「ならば質問を変えよう。何処まで掴んでいるか答えろ」

「先にこっちの質問が先だ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。友達だからと言って、上下関係が無くなったと思うなら大間違いだ」

 

 セリエルは知らない事だが、彼の兄でありエリア11の前総督たるクロヴィスを笑顔で手にかけたルルーシュだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行く以上、かつての関係はリセットされている。選んだのは修羅の道、そこに例外はない。

 

「っ!」

 

 しかし眼前の少年は本当に敵なのだろうか、とルルーシュは自問する。

 共にかけがえのない存在を同じ事件で失い、真実へ辿り着こうと足掻くその姿。

 まるで鏡写しの己。立場が逆ならば、そっくり生き様も入れ替わったに違いない。

 故にギアスは使えない。

 対等と認めたからこそ、親友と同様に実力でねじ伏せなければ意味がないのだ。

 

「ああ憎いさ、憎いとも。俺が許されなかった探求を進め、真実に至る足がかりを掴んだお前が妬ましい」

「そう来るか」

「そして決して裏切らないパートナーが羨ましくて仕方がない。俺が心を許した親友は、命令一つでこの有様。実に不愉快だ」

「ちょ、ルルーシュ!?」

「事実だろ、この裏切り者」

 

 じっと話を聞いていたスザクは、突然の飛び火に粟を食う。

 そして今までの根深い真剣な話は何処へやら、話が妙な方向へ進み始めた。

 

「ははは、我が騎士は陛下の命令であろうと僕に害は成さない。しかも美少女だぞ、美少女。そこの茶髪とはモノが違うのだよ!」

「おのれぇ、可憐ジャンルなら妹のナナリーとて負けん! 貴様は知らないだろうが、それはもう美しく育っているからなっ!」

「いやいや、じゃじゃ馬でならした暴君ナナリーが可憐? ミソスープで顔を洗って出直して来い。僕が腹パンの仕打ちを何度受けたと思う?」

「懐かしいな。からかわれたナナリーが激昂してお前を殴り倒し、さらにファンナによって張り倒される……いい思い出だ」

「よくねぇよ!」

「……今のナナリーは拳を振るうどころか、物を見る事も、自分で立ち上がることも出来ないんだ」

「例の一件は、未だに尾を引いているのか……」

 

 ルルーシュの妹ナナリーは、母親の暗殺に巻き込まれて光と両足の自由を失った。

 昔はやんちゃな性格で、手を焼くこともしばしば。

 ぶっちゃけ、結構殴られて苦手意識すら植えつけられているセリエルである。

 しかし、今では淑やかで穏やかな淑女だと言う。周りに迷惑をかけないよう、静かな水面のように生きていると聞いて複雑な心境だった。

 

「……今度、会わせてくれないか?」

「……ああ」

 

 差し出された手を掴み、握る。

 セリエルの言い分ではないが、確かにあまり兄弟という気はしない。

 しかし、紛れもなく友人だ。

 

「僕が出会ったのはルルーシュ・ランペルージ。そうだろ?」

「ああ、リエル・アスプルンド。これから宜しく頼む」

 

 互いに嘘で塗り固めた今ならば、しがらみを忘れて付き合うことが出来る。

 それはゼロの仮面とは正反対、本来の己を呼び覚ますための方便である。

 

「時に枢木と親友? 経緯が想像できないぞ」

「再会したのはごく最近だが、日本に送られた頃からの親友だ」

「まあ、おいおい話してくれよ。お互い語るべき事柄は幾らでもありそうじゃないか」

「母さんの一件について、話してくれるのならな」

「僕は一般人のアスプルンドです。皇族の話なんて恐れ多くてとてもとても」

「貴様ぁっ!」

 

 からかいあう二人を見て、ファンナは嬉しさで口が綻ぶのを止められなかった。

 それはスザクも同じだったようで、顔を見合わせて苦笑する。

 

「ルルーシュにも、こんな兄弟が居たんだね」

「ええ、お二人はチェス仲間。勝負はいつもルルーシュ殿下の勝ちでしたけど、いつも笑いあって遊んだものです」

「君もその頃からの付き合いなんだ」

「はい、ナナリーとも拳を交えて仲良く喧嘩しましたよ。皇女殿下の野生と、わたしの技術……あれほど燃えた喧嘩はないですね、ホント」

「そ、そうなんだ」

「それよりも、わたしと貴方は殿下の下で働く実働部隊。機体も兄弟機ですし、あの笑顔を守れるよう公私ともに頑張ってください。わたしを満足させられないようなら、出来るようになるまで特訓ですからね?」

 

 にっこりとした笑顔で指を立て、微妙に物騒な言動が飛び出すファンナだった。

 言われた側としては自分よりも幼く、物理的にも小さい女の子の技量が分からない。

 しかし “笑顔を守る” とは何ともやりがいがある。

 出来る限りのことをしよう、そう誓うスザクだった。

 

「イエス、マイロード!」

「とりあえず基地に戻ったら、シュミレーターで模擬戦をやりましょう。合格点は引き分け以上、手は抜いてあげますから善戦を期待します」

「え?」

「KMF戦でわたしに土を付けられたのは、過去にたったの二人だけ。三人目になれるよう期待しています」

「自分とランスロットに加減は結構です。舐めないでいただきたい」

「自信満々ですね。ちなみにその片割れは、まもなくラウンズ入りだそうです。分不相応な妄言でないことを証明して下さい」

「……努力します」

 

 さらりと問題発言が飛び出した。

 自分でハードルを上げ過ぎた少年は、今も反論してはあしらわれる親友を横目に小さな上司の要求にどう応えるか悩むのだった。



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TURN05「翼、広げて」

ランスロットがIN ACTION OFFSHOOTに対し、アスレスティアはロボット魂。
全体的に細いイメージとなっています。


「もう少し真面目にやらないか? さすがに今ので本気とは言わないだろ?」

「セリエル兄様のばかーっ!」

「ぐはっ」

 

 皆で仲良くトランプで遊んでいると、連続でビリを ”引かされた” ナナリーの機嫌が悪くなる。

 そこへ、止めとばかりに実行犯からの煽りです。

 昔から短気で癇癪持ちの彼女が耐えられる筈もなく、堪忍袋の緒は即ブチっと。

 殿下に殴りかかるモーションは、さすがマリアンヌ様の血筋でしょう。

 堂に入った拳は閃光の残り香。素人とは思えないキレだと認めてやります。

 でも、ちゃんと本職の稽古を受けているわたしほどじゃない。

 

「でんかさまに何をするかぁっ!」

 

 父様直伝の技で暴漢を投げ飛ばし、さらに追撃に備えておく。

 相手は強敵だ。手を抜けばやられてしまう。そう判断したわたしは殿下の前に壁となって立ちふさがり、あっさり起き上がってきたライバルに睨みを利かせた。

 

「いかにマリアンヌ妃が喧嘩を奨励しても、こんな場面を見られれば不敬罪で取り締まられそうです。本当によろしいのでしょうか」

「もしもの時は武術の訓練として口裏を合わせよう。狭い箱庭でしかない僕たちの世界、楽しまなければ負けだ」

「お心遣い、感謝いたします」

 

 意識を外に向ければ、兄とルルーシュ殿下が談笑を交わしている。

 兄は兄なりに遊んでいるようで何よりだ。

 わたしも負けずに親交を深めなくては。

 

「ファンナっ!」

「ナナリー!」

 

 向かい合うわたし達は、間違いなく敵だった。

 但し、強敵と書いて友と呼ぶ方のだけど。

 だってわたしが脅威を感じてたのは、見目麗しいユーフェミア皇女だけ。

 もしもナナリーが血の繋がらない女の子でも、きっと殿下は相手にしない。

 でもあの方は違う。お淑やかで優しくて美人。おまけに好意を持って接してくるので、殿下の心象も鰻登り。

 皇族は、その気になれば親族との結婚も許される。

 恋敵筆頭、単純な武力を除けば何一つ敵わない恐ろしい存在なのです。

 とは言っても、ユーフェミア様はルルーシュ殿下がお気に入りとのこと。

 安全だとは分かっていますが、軽く嫉妬してしまうのは悲しい性ですとも。ええ。

 

「トランプと同じくワンパターンが過ぎますよ、皇女殿下」

 

 頭を色恋に支配されても、冷静さは決して失わない。

 猪のように突っ込んでくるナナリーの足を刈り取り、再び地面に這いつくばらせる。

 天気が良いからと、芝生に出てよかった。

 大理石の床が相手なら、致命的に痛かったでしょうし。

 

「ファンナは元気ですね」

「君はもう少しお転婆でもいいと思う」

「私もそう思いますけど、お洋服を汚すような事をするとお母様に叱られちゃいます。その点、お姉さまなら笑って許してくれるのですが……」

「コーネリア姉上は武人だからな。君の所の教育は極端すぎる」

「あら、ヴィ家だって同じようなものじゃありませんか。お転婆で体力担当のナナリーと、引きこもりで体を動かさないルルーシュ。私とお姉さまみたいでしょ?」

「だなぁ。さすがはお姫様としての素質を備えたルルーシュだよ」

「間違っている、間違っているぞ! 俺の何処が姫だと言う!?」

「虚弱で頭でっかち、おまけにツンデレだ。同じ守られるにしても、僕が悠然と構えるのに対して、お前は騎士様の腕に抱かれて怯えるイメージしか無い」

「くっ、言わせておけばっ」

「確かにルルーシュは王子様よりもお姫様ですね。私、守っちゃいますよ?」

「ユフィーッ!?」

 

 アリエスの宮殿で遊んだあの日。

 セリエル殿下、ルルーシュ殿下、ナナリー、ユーフェミア姫殿下、兄さん、そしてわたし。

 また同じ風景を揃って見られる日が来ることを願う。

 

 

 

 

 

 TURN05「翼、広げて」

 

 

 

 

 

「準備はどうなっている?」

「何時でも出せます。レストレス卿もスタンバイOK!」

 

 セリエルらがトレーラーで乗りつけたのは、東京から離れたサイタマゲットー。姉にしてエリアの全権を握るコーネリアの計画した、不穏分子掃討作戦の現場だった。

 作戦内容を見た限り、今回のゴミ掃除は演習に近い内容である。

 何せ皇族最強の誉れも高いコーネリアが直接指揮を執り、しかも正規軍に加えて子飼いの親衛隊を投入する力の入れっぷり。

 確かに最近のイレブンはやる事が派手だが、大抵はKMFを持たない烏合の衆だ。大仰な組織名を掲げようと、他脚戦車と小火器がやっとの民兵に負けろと言う方が難しい消化試合なのである。

 しかし、結果の見えた勝負だからこそ好都合な場合もある訳で―――

 

「戦況も頃合いか。ファンナ、聞こえているか?」

『はい、殿下』

「これより試作嚮導兵器 “アグレスティア” を用いた実戦テストを行う。シミュレーション上も、元になっているランスロットも好調なので特に問題は無いと思われるが、いかんせん初回稼働。どんな問題が起きるても不思議じゃない」

『イエス・ユア・ハイネス』

「姉上の了承を得ていることを忘れず、何らかのトラブル発生の際には速やかに友軍へ回収を依頼。間違っても無理をするんじゃない。これは命令だ」

『整備不良のグラスゴーと比べれば、新品のアグレスティアは抜群の信頼性です。お任せください、殿下。あなたの騎士は信頼を裏切りません]

「期待している」

 

 実践で証明されない理論は、どこまで精度を上げようと机上の空論。

 そこで目をつけたのが今回の一件だ。

 邪魔はしないからと頼み込み、無理やりアグレスティアを作戦に捻じ込んだのは宰相補佐官の手腕である。

 本当はランスロットも投入をと思ったが、そこまでは総督も甘くない。

 やはりスザクはイレブンであり、ブリタニア国籍を持つファンナとは違う。

 湖の騎士は裏切り者で、聖杯の乙女は正当なるヒロイン。

 伝説の名を与えられたKMFを駆る少年と少女は、現代においても符合する立場なのだった。

 

『では、行って参ります!』

 

 真珠の騎士は、その存在を証明するべく戦火へと身を投じていく。

 先ず聞こえて来たのは、ランドスピナーのモーター音。続いて慣らしの終っていない関節が金属の軋む音を奏で、一人オーケストラの様相を呈す騒がしさ。

 出だしは上々。リアルタイムで送られてくるデータを精査するようにオペレーターへ指示し、セリエルは本部となっているG1ベースへと向かう。

 根城としているトレーラより皇室専用の移動指揮所たるG1ベースの方が設備は整っているのだが、仲が良くても母親の違う兄弟は本当の意味で身内にはなり得ない。

 特派はシュナイゼル、セリエルの属するエル家直轄の事業。ランスロット、アグレスティアのデータをむざむざ他家に渡すつもりは毛頭無いのだった。

 

「来たな、セリエル」

「今日は勉強させてもらいます、姉上」

 

 指揮所に上がり、敬愛する姉の堂々とした王者の貫録に首を垂れる。

 シュナイゼルが宰相を天職とするように、コーネリアもまた軍を率いる事が天分だ。

 しかも嬉しい事に、この人もまた次期皇帝の座を狙わない根っからの武人。

 等しく兄弟を愛でてくれる母性溢れる人柄もあり、セリエルにとってはKMF操縦を仕込んでくれた師とも言える間柄である。

 

「お前は、奴が救援に現れると思うか?」

「微妙ですね。少々お膳立てが過ぎたかと」

「ほう?」

「ゼロは中々の切れ者。ここまでシンジュクゲットーと同じ環境を整えられれば、罠と気づくのではないでしょうか? 少なくとも僕なら来ません、そもそも勝てる戦力差じゃありませんし」

「ふむ……実はな、そこまで意図したわけでは無いのだよ。お前は知らぬようだが、この手の役に立たんイレブンの巣窟は何処もこのような物。テロリスト共を掃除しようとすれば似たような事になるのでな」

「毎度毎度、皇族が出てきませんよ。それとも姉上は全国行脚を?」

 

 切れ味鋭い弟の切替しに、思わず苦笑い。

 一本取られたとセリエルの成長を誇らしく感じる。

 今は “シュナイゼルの弟” の肩書が付きまとうが、遠くない未来に施されたメッキは剥げて地金の輝きを見せる事を感じさせる才気だ。

 

「そこまで、と言っただろう。駄目元で仕掛けた罠であり、本来の目的は最初からテロリスト共の排除。まぁ、私の予測では九分九厘現れる。奴は劇場型の犯罪者、罠だからこそ喜んで踏み込んでくる愚か者故な」

「失礼、そこまでの深いお考えがありましたか」

「良い、失敗から学ぶことも多い。私は年上だぞ? そうそう上をいかれては困る」

「深慮遠謀を身に着けられるよう、努力いたします」

「うむ……しかし、ファンナだったか? あの娘は凄いな。機体スペックもさるものながら、暴れ馬を完全に制御する技量も尋常ではない」

 

 モニターに映るアグレスティアの光点が縦横無尽に動くと、通過地点の敵マーカーが片っ端からLOST表示へ変わっていく。

 その速力は精鋭で知られるブリタニア兵が、誰一人付いていけないレベルの一騎駆け。しかも留まる所を知らない。

 

「我が騎士をお褒め頂き恐悦至極。確か、姉上手ずから稽古をつけたこともありましたか」

「筋の良い娘だとは思っていたよ。あれの兄も今ではナイトオブファイブ、恐ろしい家系だ」

「時に一つだけ聞いても宜しいでしょうか?」

「許す」

「ファンナを、どう思います?」

「素晴らしい騎士だ。人となりも知らぬ仲ではないし、好感を持っているぞ」

「あれ、枢木をイレブンと毛嫌いしていると聞きましたが?」

「アレはイレブンだ。しかし、お前の騎士は違うだろう? 血筋は確かに大切だが、法的にも道義的にもファンナはブリタニア人。純潔派のような連中も一つの道理だが、私は感情論で差別などしない。枢木とて技量は認めているぞ? しかし、他国と自国をランク付けするのは国策なのだ」

 

 ずっと本国でブリタニア人だけに囲まれてきたセリエルには実感は無いが、コーネリアの思想は正しい。

 そもそもブリタニアは厳格な階級社会だ。上下関係はしっかりすべきである。

 

「仮にあの娘を娶るとすれば、賛成して頂けますか?」

「公人としては反対だが、私人としてならば祝福しよう」

「正直、意外です。否定されるとばかり思っていました」

「私も一軍を率いる身、優れた人材の調べは一通りついている。スタートはお前が手を回したにしても、その後の結果は全て努力の賜物だ。好きな男の傍に戻る為だけに底辺から登ってきた娘に共感しない女はいな……む、賭けは私の勝ちだな。連中の動きが目に見えて変わり始めた。悪いが軍務に集中させてもらうぞ」

「はっ」

 

 今までの統率の取れないバラバラの動きに一貫性が生まれ、増援として現れたKMFの加勢も合わせて潮目が変わっていく。

 これは間違いなく指揮者が変わった。まるで小学校の音楽会がウィーンの演奏会へ進化したような変貌ぶりに、何者かの介入を感じ取ったのだろう。

 ブリタニアが誇る魔女は、報告を待たずに確信を得ていた。

 

「ゲシュター隊、通信途絶!」

「G4方面に敵影を確認、敵は我が軍のサザーランドを鹵獲して使用している模様!」

「ポイントワンセブンの橋が落とされました!」

 

 次々と増えていく自軍の損害、しかしこちらの指揮官も負けては居ない。

 

「ここまでだな。全部隊に通達、後退を指示せよ」

 

 これ以上の被害は無駄と判断し、潔く下がることを決断。

 部下達はまだ戦えると進言するが、彼らの敬愛する戦姫は聞き入れない。

 セリエルとしても腰を据えて戦えば負けは無いと思っていただけに、意外な決断に驚きの色を隠せなかった。

 しかし帝国の先槍の異名を持つギルフォードや、腹心で将軍のダールトン達は笑みを浮かべて余裕の様子。

 思い返すと未だ二人を含む親衛隊を温存したり、采配におかしな箇所がちらほらと見受けられる。

 ひょっとすると、最初からこの敗走は織り込み済みだったのではないだろうか?

 

「最後に勝つのは私だ。セリエルよ、搦め手も有益な手段だと覚えておけ」

「……最初からこれが狙いでしたか」

「うむ、奴の狙いは鹵獲機の味方識別コードを悪用した乱戦だ。しかし、ノイズが混ざる前に一般兵を下げれば徒労に終わる。後は優秀な個で集を崩せばチェックメイト。さあ行け、我が騎士ギルフォードよ」

「御下命、ありがたく存じます」

 

 マントを翻し、待っていましたと出撃していく騎士の姿にセリエルもつい見惚れてしまう。

 自分の騎士は可愛いであって、格好良くは無い。

 どちらが優れているわけではないのだが、男として憧れるのはやはり前者だ。

 

「姉上、我が騎士にも活躍の機会を頂きたい」

「許す、自分の口で伝えるが良い」

「感謝致します。通信兵、アグレスティアへ回線を繋げ」

「イエス、ユア・ハイネス」

『ファンナ、後退命令は聞いているな』

『はい、現在進路上の敵機を排除しつつ後退中です』

『たった今、ギルフォード卿率いる親衛隊が出撃した。エナジーに余裕があるのなら、指揮下に入り敵を殲滅するんだ。おそらく敵はクロヴィス兄上の時と同様の手口で、味方を偽装した兵を点在させている。怪しい機体は全て排除しろ』

『イエス、ユア・ハイネス!』

 

 殿を務めようと主戦場に留まっていたファンナは、主の命を受けて目を輝かせた。

 初陣の弊害か各所にアラートは出ているが、騙し騙し機体を操る事には慣れている。

 出来る限り戦場に長く留まる必要があると感じていただけに、渡りに船の命令だった。

 ぶっちゃけ、まだ暴れ足りないのである。

 

『こちらギルフォード。レストレス卿、聞こえているか?』

『感度良好、通信状況は至ってクリアです』

『殿下は指揮下と言ったが、いきなり親衛隊との連携は無理だろう。卿には担当地域のみを指示する事にし、単機での行動を許可する』

『イエス、マイ・ロード』

 

 彼の言い分は真っ当だ。そもそも命令系統が違うので、仮にギルフォードの指示を無視しても大きな罪には成らない。そんなイレギュラーに手間隙をかける位なら、好き勝手にやらせた方が好都合なのだろう。

 

『私はどちらを担当致しましょう?』

『ポイントD3及びその近辺を頼みます。殿下の仰る通り、味方の識別コードを出している機体も敵と断定して構わない。威嚇なしの破壊を許可する。現在、この場に居るのは親衛隊のグロースターと卿のアグレスティアのみ、そう考えて頂きたい』

『イエス、マイ・ロード』

 

 通信を切ると同時にフルスロットル。

 目指すポイントに付くや否や、素人丸出しで動くサザーランドを腹の下からMVSで両断。逃げようと射出されたコクピットをスラッシュハーケンで打ち落とし、潜んでいた伏兵のマシンガンを避けるために空へと大きく跳躍する。

 

「ウイング展開!」

 

 アグレスティアの外見上、最大の特徴となるコクピットブロックに直付けされた複雑な形状の翼を広げ、空気抵抗に変化を与えて落下の角度を無理やり変える。

 予測射撃の軸線から外れると、眼下に位置する敵機へとスラッシュハーケンを叩き込んだ。

 地上戦ではデッドウエイトでしかない装備だが、別に飛行ユニットと言う訳でもない。

 未だ未完成の専用武装へ動力を供給するために備えられた、本体とは別系統のエナジーフィラーを格納するユニットなのである。

 もっとも、それだけならば効率の良い手法は幾らでもあった。

 しかし、開発スタッフの悪乗りによる “羽とか格好よくね?” 発言が皆を狂わせた。

 ランスロットをベースにしながら各部のバランス調整をやり直し、結局上手くいかないからと、事実上の新設計を始めたところで誰かが止めればよかった。

 しかし、責任者のセリエルが浪漫を理解する性格だったことで拍車がかかる。

 どうせ採算度外視のワンオフ機と割り切り ”妥協せず好きにやれ!” と親指を立てて煽った結果がこれである。

 シュナイゼルのコネで航空関連に強いシュタイナーコンツェルンに近づき、可変KMF用電磁推進器のノウハウを入手。それをベースに開発した独自の推進器を無理やり搭載し、飛行は無理でも瞬間的な加速や短時間のホバリングを可能とするエネルギータンク兼姿勢制御ユニット……それがアグレスティアにだけ備えられた天使の翼だった。

 

「慣れれば、これはこれで使い道が多いかも」

 

 翼に蓄えられたエナジーは本体への供給も可能であり、原型機と比べても容量は5倍。おんぼろグラスゴーで培った低燃費操縦が得意なファンナの腕と合わせれば、現時点で世界一の稼働時間を備えているといっても過言ではない。

 浪漫装備のせいでセッティングがピーキーだったり、ペイロードが足りずファクトスフィアの性能が低めだったりとマイナス面も多々あるが、ヒロイックな外見も合わせてオンリーワンであることは確か。

 専用機であることを差し引いても、やはりこの機体はよく馴染む。

 この新しい相棒となら末永くやっていける、そう確信するファンナだった。

 

「あれっ!?」

 

 着地と同時に砕ける地面に思わず声が漏れた。

 地下鉄か何かの路線を踏みいたと気づき、機体を立て直そうとするも時遅し。

 無理が祟ったのか足首が砕け、オートバランサーが盛大な悲鳴を上げている。

 これはマズイ。

 転倒こそ免れたが、片足を地面に咥えこまれたせいで身動きが取れない。

 

「ヴァリスを一発でも残しておけばっ!」

 

 コクピットに響くロックオン検知のアラートは、翼を傷めて地に落ちた小鳥を格好の獲物と見定めた獣たちが息を潜めている証。

 ブレイズルミナスを展開すれば落とされることはないが、十把一絡げの雑魚相手に掠り傷を負うことなどファンナのプライドが許さない。

 こうなれば脚部をパージして……いやいや、それも十分無様ではなかろうか。

 

『大丈夫かね、レストレス卿。試作機を過信しては危ないぞ』

「申し訳ありません。助かりました」

 

 葛藤するファンナを救ったのは、誉も高い紫紺の騎士が振るった槍の乱舞だった。

 物陰に潜むサザーランドを一蹴してアグレスティアを守るように仁王立ちするのは、状況を察したギルフォードの駆るグロースター。

 その重厚で紳士的な背中を目にした少女が抱いたのは圧倒的な憧憬である。

 普段から仲間という概念を持たず、他人を頼ることを忘れていた孤高の騎士にとって、打算抜きに助けてくれる友軍の存在は驚き以外の何物でもない。

 これぞ今まで目にしてきた口だけの騎士もどきとは違う、本来あるべき騎士の姿。

 自分もこの人のようになりたい。

 いまいち自分が目指す理想像が見えていなかったファンナにとって、指針が生まれた瞬間だった。 

 

『今のサザーランドで確認出来た敵は最後。作戦終了だが、動けるかね』

「ランドスピナーは無事ですのでお構いなく。お恥ずかしい姿を見せました……」

『いやはや今日の撃墜王が何を仰るか。とりあえず迅速に撤退して欲しい』

「イエス、マイ・ロード」

 

 少々締まらないが、こうしてファンナのエリア11デビュー戦は終わりを告げる。

 得られた戦果はエースの名に恥じない一級品。

 精神面でも大きな収穫を得た少女は、悠々と凱旋を果たすのだった。

 

 

 

 

 

「人は成功体験を繰り返したがる……か」

 

 敵戦力は壊滅し、こちらの被害は微々たるもの。

 これは戦略レベルの敗北だ。しかも取り返しがつかないレベルの。

 セリエルは、指揮官がゼロだと仮定した上で考える。

 ゼロの持つ最大の武器は、不可能を可能にする奇跡の担い手であること。

 ならば自らの神聖を保つべく、引き分け以上はデフォルトだ。

 では、この場で可能な一発逆転の手とは何だろうか?

 考えられる手段は一つ。キングの駒を盤外から奪う反則技しかない。

 何せゼロには、穴熊の堅陣に篭ったクロヴィスを暗殺した実績がある。

 同条件、同環境を整えてやれば、同じ手を取ることは想像に易いと言えよう。

 しかし、世の中はそんなに甘く無い。

 皇族の暗殺と言う未曾有の事件は徹底的に分析され、大まかな手口の解明は済んでいる。

 手段はともかく、味方に紛れて忍び込む傾向さえ掴んでしまえば後は簡単だ。

 あえて鉄壁の布陣に隙を作り、獲物が飛び込んでくるのを待てば良い。

 つまり無駄に多く、広域に配置したKMFはネズミ捕り。

 奪えば姿を隠して大胆に近づける移動手段を、ゼロがこれ幸いと利用することは目に見えていた。

 

「それにしても、最後の最後で失策を打つとはね」

 

 果たして獲物は罠に掛かっているのだろうか?

 そんなドキドキに胸を高鳴らせたセリエルだが、コーネリアによる全KMFパイロット一斉点検は半数の点呼を終えたところで突如現れたゼロにより中断。最早それどころではなくなり、現在は大掛かりな探索へと移行している。

 

「え、完全勝利では?」

「おそらく姿を見せたゼロはフェイク。本命が発見されそうになり、急遽投入された囮さ。特にコクピットの不調とやらで、最後までゴネていたサザーランドが怪しい。裏付ける証拠は何も無いけど、アレは当たりだったんじゃないかな」

「なるほど、さすがの慧眼です」

「だけどこの混乱に乗じ、獲物は網の外へ逃げてしまった可能性が高い。姉上が今やっているのは、穴の開いた網をせっせと引き上げる無駄な労力だよ。実にナンセンスだ」

「……この話、コーネリア殿下にお伝しないのでしょうか?」

「全て想像の話だから」

「それでも、です」

「本音を言えば姉上が何の成果も挙げられない対応策を打ち、醜聞を晒すのは僕にとっての好都合。兵士には悪いけど、だらだら無駄な時間を過ごして欲しいから黙っているんだよね」

「で、でんかっ!?」

 

 民間人を殺せと言われても笑顔で実行出来るファンナだが、さすがにこれは悩む。

 どうして自軍が間違いを起こす方が都合が良いのだろう?

 どう考えても、主の思惑が読めない。

 

「次の皇帝の席には兄上か僕が座る。その為にも有力なライバルには、早めにレースから脱落して貰わないと困るんだよ。特に姉上は軍部の人気が高いし、求心力を弱める為にも無様な失策を積み重ねて貰いたいのさ」

「な、なるほどっ! 直接関わらない殿下には火の粉も飛びませんしね!」

「どうせエリアの一つや二つが荒廃しようと、我らがブリタニアは揺るがない。今後もゼロには、エル家の屋台骨を喰い散らかす白蟻の役割を果たして貰おうじゃないか」

「イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 常識的に考えれば最悪の発言だが、ファンナには咎めるという発想が無かった。

 主が望むのなら、それを叶えてこそ騎士の誉れ。

 少女の正義は、常にセリエルの正義と同じなのである。

 

「それに僕は、ゼロの正体を掴んだのかもしれない。今回、彼の打ち筋を見ていてそんな気がしたよ」

「打ち筋……ですか?」

「君の良く知る男に動機も十分、稀代の棋士が居るだろ?」

「まさか、ルルーシュ殿下!?」

「まぁ、今は深くは詮索しないでおこう。所詮は僕らが絶対に勝つゲーム。仮に推測が的を射ていたとすれば、チェスの借りを返すチャンスだからね」

「……火遊びは程ほどでお願いします」

「善処しよう。さて、この話題はここまで。この部屋のセキュリティーは盗聴対策を含めて完璧だが、間諜の耳が潜んでいないとも言い切れない。今の話はここだけの秘密だよ?」

「はい!」

 

 それが帝国への背信行為であろうと、ファンナにとっては喜びでしかない。

 秘密を共有により、不確かな絆がまた少し確かなものになる。

 肝心の言葉を貰えていない恋する乙女には、蜘蛛の糸だって救済に見えてしまう。

 

「元気で宜しい。ついでにと言うわけじゃないが、珍しく二人きりだし、君に伝えたい言葉がある」

「……はい」

 

 同じ “はい” でも、一気にトーンダウンした少女に思わず苦笑い。

 本当に素直な娘だ。これは昔から変わらない美徳だとセリエルは思う。

 

「熟考した上での結論なんだけど、やはり僕は君が好きらしい」

「ふぇ?」

「昔は妹に対するLIKEだったが、今は違う。僕の為に全てを投げ打ち、ただただ純粋な思いを向けてくれるファンナを一人の女性として愛しく思う」

「え? ええええっ!?」

「色々と困難なこともあるだろう。それでも良いのなら、僕のパートナーになってくれないか?」

「一生お供します! させて下さい!」

「なら、契約金代わりの手付けを貰うよ」

 

 テンパって目がぐるぐるの少女の顎を持ち上げ、躊躇せずに唇を奪う。

 触れ合わせるだけの簡単な口づけだが、ファンナの脳はついにオーバーヒート。

 顔を真っ赤にさせて気絶してしまうのだった。

 

「……早まったかな?」

 

 権力の色眼鏡を通さずに己を見てくれるのは、後にも先にもこの娘たった一人だ。

 だからこそ心が動かされるし、共に歩みたいと強く願ってしまうのだろう。

 自分の中で答えを出したセリエルに、最早怖いものは何も無い。

 何を言われようが、伴侶と決めた少女との関係を深めていこう。

 必要なら、どんな労力だって厭わない覚悟は出来ている。

 

「僕が遊んでいる間に精々姉上を困らせ、その首の価値を高めるがいい。泥臭い鯉が龍に変貌できたなら、今度こそ本気で相対してやるよ」

 

 この時点でルルーシュを捕縛しておけば、未来は変わったかもしれない。

 しかし選んだのは、ライバルを野放しにした上で塩を送る事。

 その甘さの代償がどれほどのものになるか、この時のセリエルは知る由もなかった。



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TURN06「水面の波紋」

才能は スザク>ファンナ でも 現時点の力関係は ファンナ>スザク。
詰んできた経験が、大きなアドバンテージとなっています。


「セリエル・エル・ブリタニア……これは随分と大物が釣れたじゃないか。すぐに殺すのか? それともギアスを仕込んで皇帝への暗殺者にでも仕立て上げるのか?」

「あいつには利用価値がある、処分は後回しだ」

「ほう?」

「奴は独自のルートで母さんの暗殺事件について調査を進めている。下手に手を出すよりも内偵を進めさせ、情報を引き出させる方が俺の利になるだろう」

「それならば、やはりギアスを使うべだ。一言 “忠誠を誓え” と命令するだけで従順な奴隷の出来上がりだぞ。何を躊躇っている? まさか友情とやらで見逃すとでも? それとも兄弟への意地か? プライドか?」

「……全部だ」

 

 共犯者は ”またそれか” と非難の視線を浴びせてくるが、たとえ弱さと蔑まれようと譲れる部分ではない。

 かつて絶対の自信を持っていたチェスにおいて完全敗北を喫し、生まれて初めての恐怖を感じさせられたライバル。それがセリエルだ。

 利用できるものは何でも容赦なく使う徹底的な合理主義は、俺も同類なので理解できる。

 しかし、奴と俺は決定的に違う点があった。

 それが発覚したのは……そう、あれは忘れもしない母さんの葬儀の時だ。

 軽く錯乱状態にあった俺を呼び出し、何を要求するのかと思えばチェスを指せという。

 俺はあの時の目を一生忘れない。

 感情を一切込めない冷徹な瞳で観察され、交わす事柄は事件関連のみ。

 まるで現実を再認識させるかのような淡々とした口ぶりが印象的だった。

 当然、心が散り散りだった俺は敗北。しかも惨敗という有様で。

 当時の俺たちは、まだ10にも満たない子供だった。

 そんな幼少期に身近な人間の死を、ゲームに利用しようと思うに至る精神は狂気の部類だと思う。

 

「私には関係の無いことだ。好きにしろ」

「俺はあの男に勝ちたい。スザクとは違う意味で大きな重みを占める仇敵を超えられた時、違う景色が見えるはずだからな。その為にも黒の騎士団……必ず成立させなければならん。お前も力を貸せ、魔女」

「いいだろう。契約は守れよ童貞君」

「黙れピザ女!」

「私は寝る。チーズ君抱き枕は絶対に譲らんからな」

 

 くそっ、布団に潜ったなC.C.。

 この部屋の主は俺だ。それを忘れるなっ!。

 

「ゼロとして、ルルーシュとして俺はお前を超える」

 

 敗戦の異国で地獄を味わったこの俺と、本国でぬるま湯に浸かっていたお前。

 今度は俺がお前に未知の恐怖を教えてやろう。

 

 

 

 

 

 TURN06「水面の波紋」

 

 

 

 

 

「これからも稼がせてくれよな!」

 

 紙幣の束を数えてご満悦なリヴァルは、ホットドッグを口へ運ぶセリエルにサムズアップ。小遣い稼ぎの非合法賭けチェスで、貴族相手に快勝してくれた友人に惜しみの無い賛辞を送っていた。

 いつもなら悪友を打ち子に立てるのだが、どうにも最近付き合いが悪い。

 そんな中、ルルーシュに勝るとも劣らぬ人材が現れた。

 それがセリエルである。

 

「こちらとしてもスリリングな体験が出来て実に楽しい。タネ銭に余裕がないなら僕が出そう。だから、もっとレートの高い勝負のセッティングを頼む」

「ギャンブラーだなぁ。今日の稼ぎでも俺のバイト三ヶ月だぜ? 小遣いにしちゃ多すぎないか?」

「僕が欲しいのは、金よりもヒリつく様な賭場の空気。そうだね、チェスじゃイカサマ分が足りない。高レート麻雀を打てる場は無いのかな?」

「放蕩貴族の考える事ってわっかんねえ。知らないとは言わねぇが……マジで危ないぜ?」

「それは暴力的な意味で? それともお縄になる的な意味で?」

「どっちも」

「前者は完全無欠に大丈夫。な、ファンナ」

 

 傍らで頬を膨らませる少女は露骨に不満顔。支払いを渋った貴族相手に大立ち回りをやってのけ、大の男を捻り潰したのがつい先ほどの出来事だった。

 荒事への自身はあるが、そもそも鉄火場に護衛対象を連れて行くのは不本意なファンナさん。

 なのに愛しの殿下は、ホイホイと自称友達の誘いに乗って危険地帯へレッツゴー。しかも止めるどころかさらなる深みを目指すらしく、そりゃ不機嫌になるのも当然だろう。

 

「アグレスティアとは言いませんが、せめてサザーランド……グラスゴーでも構いません。お出かけの装備として、KMFを持ち込んでも宜しいでしょうか?」

「さすがに難しい」

「では対物ライフル所持の承認を。ハンドガンだけでは心許ないのです」

「まぁ、それくらいなら」

「待てぇ!?」

 

 さらっと交わされた応酬に、賭場で培った危険センサーが警鐘を鳴らす。

 リヴァルは思った。

 ひょっとして自分はとんでもない化け物を引き込んでしまったのでは、と。

 

「何を問題視してるんだい?」

「そもそも銃は駄目だろ!」

「え、標準装備の護身具では? わたし、寝る時も離しませんよ?」

「ねぇよ! 何処の国の標準だ!?」

「ブリタニア」

「ああ、そうだろうさ!ラウンズ様の妹だもんな!」

「そもそもわたしは護衛です。武装しない理由が見つかりません」

「正論だなぁチクショウ!」

 

 一本筋の通った言い分だが、一般学生にしてみればたまったものではない。

 

「と言うことで身の安全はパーフェクト。そして官憲はもっと怖くない。何故ならこのエリアで権力を使わせたら、僕の右に出る者はそう居ないからね。それこそ一心不乱の大虐殺でもしない限り、何をしたって無罪放免だ。その気になればそこいらの貴族の一人や二人、簡単に消せるから安心してくれ」

「お前は何様だよ!?」

「ここだけの話で、口外しないと約束できる?」

「あ、ああ」

「こ、う、ぞ、く」

「や、やだなあリエル君。冗談でも止めようぜ? な? な?」

「はっはっは、ブリタニアンジョークさ」

「ですよねーっ!」

 

 露骨に胸を撫で下ろしたリヴァルを見て、セリエルの悪戯心に火が付いた。

 この少年は、ルルーシュの数少ない悪友らしい。

 ならば、からかいついでに弄り倒すのも一興。

 

「時に、週末の予定は?」

「おう、バイトも休みで暇だぜ」

「河口湖でイベントを開くんだけど、暇なら覗きに来ない?」

「へー、何すんの?」

「サクラダイトの生産国会議」

「はぁ!?」

「主催側としては、休暇中でも出席しなきゃなのが面倒なところ。公務だし、給金は弾むよ?」

「ちょ」

「僕はリヴァルのバイトに付き合った。なら、次は君の番だろ?」

「冗談だよな? これもかるーい冗談だよな?」

 

 しかしセリエルは無言。全力で清々しい笑顔を浮かべるだけ。

 そんな主を見守るファンナは、溜息を吐いて諦めムード。

 妙な緊張感が、事の重大さをひしひしと伝えてくる。

 

「さあて、どうだろう。休みを楽しみにしているがいい。もしも僕の話が本当なら、拒否した場合は不敬罪で相当の罪になるんじゃなかろうか」

「待てーっ、何だよその説得力ある言葉!」

「信じるも信じないも自由」

「もう許して、俺のライフはとっくの前にゼロよ!?」

「さらばっ!」

 

 迎えの車の到着に合わせ、何やら必死の形相であたふたするリヴァルを放置。

 振り返ることもせず、仮の住まいである政庁へと向かうセリエルだった。

 そして迎えた週末。一時は本気でドッキリを仕掛けようと思った悪魔も、さすがにやりすぎだと自重。ネタだったとメールを送り、当初の予定に従い副総督のユーフェミアを伴って会議に参加していた。

 今回ばかりはファンナも入場を許されず外で待機している。

 今頃は湖の上に立てられた超高層ホテルを、湖畔から眺めている頃だろうか。

 しかし、と少年はため息を一つ。

 互いの立場から表立っての蜜月は無理にしても、どうせリゾートに来るのなら可愛い女の子と一緒に穏やかな余暇を過ごしたいものだ。

 全ては仕事を放棄し、謎の遺跡発掘に生きるベリーメロンが悪い。

 キャッチマイハートするのは、ファンナだけで十分だと思うセリエルだった。

 一方その頃のファンナはと言うと、こちらはこちらで大忙し。

 脳をフル回転させ、己の存在を賭けた戦いに挑んでいたりする。

 

「次に勝てばイーブン。さあ、もう一戦行きましょう」

「いやいや、僕が勝ち越せている理由は機体性能の差です。少し落ち着きましょう」

「……むー」

「そもそも未完成の機体を駆りながら、既に完成系のランスロットと互角の時点で僕の負け。ファンナさんには教わるばかりで、申し訳ないとすら思っています」

「上手く誤魔化された気もしますが……まぁ、いいでしょう。ですが、スザクは自分に自信を持つべきです。控えめに言ってラウンズ級だと太鼓判を押せる腕前ですよ?」

「光栄です」

 

 さりとて警備の任務も貰えない外様な特派のお仕事は、セリエルの帰りを近場で待つことだけ。

 時間を有意義に使おうとトレーニングに精を出す2人は、会議が始まる前からトレーラーに備え付けられたシミュレーターに掛かり切りだった。

 

「でも気になる点が幾つか。例えば悪天候や、イレギュラー発生時の脆さ」

「自分が受けた訓練は、KMFの基本操作だけでして……申し訳ありません」

「イレブンがKMFに乗れること自体が奇跡ですもんね。まぁ、その辺はおいおい教えてあげます」

「是非に」

 

 教え子の技量は素晴らしい。しかし、圧倒的に経験が足りていない。

 彼が無類の強さを発揮するのは、万全の機体、不確定要素の少ない環境時だけ。

 四肢が欠落した状態や、雨でぬかるんだ地面への対応がイマイチなのだ。

 が、それも仕方の無いことかもしれない。

 聞けば正規のパイロット用カリキュラムを受けたことも無ければ、実機に触れたのもランスロットが初めてだと言う。

 よくぞ我流でここまで練り上げた。末恐ろしい才能だとファンナは思う。

 

「それと、グラスゴーやサザーランドの操縦が0点」

「……思い通りに動かないものでして」

「その気持ち、よーく分かります。でも、一番普及しているのはあの子達です。まさか有事の際に “専用機以外は乗れません” なんて泣き言が通じるとでも?」

「精進します」

「人が機械に合わせることも大切です。目をかけてくれているユーフェミア様に恥をかかせない為にも、先ずは苦手意識を克服しましょう。いいですね?」

「イエス、マイ・ロード」

「では次の想定はポートマンを用いた水中戦を。負けたらセシルさんのグロ不味いお握りの刑です」

「え」

「さて、シミュレーターの設定変更まで休憩としましょうか。出番は無いと思いますけど、万が一に備えて―――」

 

 鳴り響くアラート音と、ホテルより上がる黒煙。飛び交う怒声に耳を傾けずとも、漂う緊迫感が有事の発生を伝えてくれる。

 こうなればファンナの反応は、スザクを置き去りにするほど早い。

 鎮座するアグレスティアに飛び乗り、迷う事無くファクトスフィアを起動。

 ホテルの状況を最大望遠で確認しつつ、無線に全神経を集中する。

 断片的に聞こえる情報を統合して分かったのは、テロリストがホテルの人間を人質に取り篭城を始めたということ。

 各国の要人に加えて一般の宿泊客も相当数が身柄を抑えられているらしいが、そんなことは知ったことではない。

 

『こちらファンナ。アグレスティアは出せますか?』

『機体の整備は万全ですけど……』

『なら、出ます。状況報告は以後この秘匿回線にて』

『ダメ、ダメですって! 今、コーネリア皇女殿下がこちらへ向かっています。指示を仰がなければ軍法会議物ですよ!?』

『特派に命令出来るのはエル家のみ。殿下の危機と知れば、宰相閣下も温情措置を取ってくれるでしょう。問題ありません』

『そのセリエル殿下も人質に取られているのに、迂闊な行動は危険過ぎます。ファンナさんの行動で殿下を失うようになったらどうするの? 貴方はそれに耐えれるの?』

『くっ』

『政治的に解決される可能性も十分に考えられます。少しは冷静になりなさい!』

『……今はセシルさんに従いましょう』

『よかったわ』

『但しコーネリア皇女殿下が人質を軽視した場合、命令違反に問われようと出ます。止めようとするなら、誰であろうと殺す。宜しいですね?』

『本当にセリエル殿下が大事なのね』

『はい、わたしの全てです』

『その気持ちは総督も同じ。あの方の妹姫へ注がれる愛情は、貴方が殿下に抱く思いと同じなの。ユーフェミア様が捕まっている限り、徹底抗戦はおそらくあり得ません。分かりましたか?』

『……コクピットからは出ませんよ』

『かまわないわ』

『コーネリア皇女殿下ではなく、セシルさんを信じましょう。こちらでもモニターしますが、新たな情報が入ったなら回して下さい。お願いします』

『了解』

 

 通信が切れると同時、小さな騎士は苛立ちを隠さずコクピットの壁面を殴りつける。陰に日向に守り続けてくれた最愛の人が窮地に立たされているのにも関わらず、何も出来ない自分が腹立たしい。

 やはり自分が側に控えて居ればよかった。

 今後は何を言われようと、警護を他人任せにしないことをファンナは心に決める。

 

『スザク、聞こえますか?』

『はい』

『責任は全て私が負います、力を貸しなさい』

『イエス、マイ・ロード』

『随分とあっさりOKしましたね……』

『ファンナさんは僕の上官、従うのも当然ですよ』

『ロイドさん、ランスロットの準備も並行して進めて下さい。出来ないとは言わせませんよ』

『どうしよっかなぁ』

『喉から手が出るほど欲しい実戦データを得るチャンス、まさか逃しませんよね?』

『おっめでとう、実はそう来ると思って準備は万端。罪は半分背負ってあげるから、思う存分やっちゃって。限定環境における第七世代の同時運用、冒険するだけの価値はあると思うんだよね、僕は』

『ああもう、馬鹿ばかり! 私は知りませんからっ!』

 

 自称真人間のセシルだけが気勢を上げるが、やっている事は侵入ルートの下調べ。

 ストッパー不在の特派は暴走を始めるのだった。



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TURN07「The Black Knights」

『お初にお目にかかる、セリエル・エル・ブリタニア』

「これはご丁寧に。サイタマで姉上にフルボッコにされた無能君」

『くっ』

 

 皮肉がよほど効いたのか、言葉に詰まるゼロは中々の正直者だ。

 ここが攻め時。向けられた銃を無視し、セリエルは揺さぶりをかけるべく口撃を続ける。

 

「民兵を幾らかき集めても、それは烏合の衆。常に強くあらんとするブリタニアには永久に届かない蟷螂の斧だ。無駄に人を犠牲にするのは止めてくれないか?」

『それはどうかな』

「ゼロ……いや、黒のキング、お前は裸の王様だよ。兵士はおろか、騎士すら持たない王に何が出来る。現実はハンデ戦が日常茶飯事。開始の盤面は五分と思い上がっているなら、夢から覚めろと僕は言いたい」

『残念ながらそれは大間違いだよ、セリエル・エル・ブリタニア。確かに昨日まで私は羊の群れを率いていただけの男だった。しかし、これからは違う』

「ほう」

『貴様は私をキングと言った。ならば、王らしい陣容を見せてやろう』

「ふむ」

『後、勘違いを一つ訂正しておくとしよう。この余興は私の演出ではない』

「この惨状を見て “はい、そうですか” と僕が言うとでも?」

 

 ゼロの配下に連行された部屋は、汚臭に満ちた屠殺場だった。

 先客は軍服の男たち。但し、全員が物言わぬ死体ではあるが。

 不思議なことに揃いも揃って自決した風であり、争った形跡が伺えないのが解せない。

 

「どんな手品を使ったのか、僕には想像も出来ない。しかし、コレをやらせたのはお前だろ? 脚本は他の誰かでも、後付の演出を担当したのは他でもない貴様だ」

『全ては神の意志の元に計画された偶然と言う名の奇跡。そもそも私は首謀者たる “日本解放戦線” とやらの暴挙を止めるべく、君の姉上の許可を得て参上したのだが?』

「御託は結構。で、本当の目的は?」

『言っただろう、陣容を見ろと。我が意志が末端にまで行き渡った私兵集団 “黒の騎士団” 。そのデビューを飾る舞台には、世界が注目するこの場こそ相応しいと言える』

「……私兵集団? 黒の騎士団だと?」

『そう、それは正義の味方の総称だ。国も身分も関係なく、この世全ての悪を裁く剣であることが黒の騎士団の本質。その信条に従い、愚かにも民間人を犠牲にしたテロリストを駆除するべく私は参上した』

 

 大仰なポーズで言い放つゼロから満ち溢れる自信。

 しかし、セリエルにはその根拠が分からない。

 僅かに見える窓の外には、ブリタニア軍が湖を囲う様に布陣している。仮に人命を救う英雄になれたとしても、まさか逆賊が表彰されるとでも思っているのだろうか?

 

「そしてお前達も駆除されると。どうせ僕を人質に取っても無駄だ。上層部がテロに屈しない以上、姉上の勝ちは揺るがないさ」

『それはどうかな?』

「やれやれ、総督が肉親の情にほだされるとでも?」

『セリエル、確かに貴様はコーネリアに対して有用な人質ではないだろう。しかし、血を等しくする妹はどうかな?』

「ユフィ……か」

『そう、その通りだよ、セリエル・エル・ブリタニア。コーネリアが妹に向ける度の過ぎた愛情、この程度の内情を私が把握していないと思ったのかね? そもそもユーフェミアの命を軽視出来るのであれば、当の昔にこんなビルは灰燼と化している。だがそれをしない、出来ないのがその証拠。故に私の勝ちだ』

 

 戦略と知略に完全敗北を喫したセリエルは、手が白くなるまで拳を握り締めて屈辱に顔を歪める。爪が皮膚を破り血が滴るが、怒りは痛みを感じさせない。

 

「ルル―――――」

 

 せめて一矢報いようと、口を開いた瞬間だった。

 激しく揺れる足場と明滅する照明。突然の出来事に体勢を崩したセリエルは、外れたカーテンの向こうを一瞬で通り過ぎていった白騎士を見て状況を把握する。

 誰の差し金かは知らないが、硬直状態を解消する何らかの一手が打たれたのだろう。

 しかもそれは、ゼロすら把握していないイレギュラーだ。

 

『白兜に羽付きだとっ! ええい、早すぎるぞ!?』

 

 忌々しく吐き捨てたゼロは僕に銃を向け―――

 

 

 

 

 

TURN07「The Black Knights」

 

 

 

 

 

 -12分前-

 

『特派独自の救出作戦は承認されましたが、コーネリア殿下は我々を陽動としか考えていません。この前提条件は理解していますか?』

『……往々にして、勢い余った囮が作戦を完遂させる事例は多々あります」

『え、ええ。それなら言い訳も可能でしょう』

『そもそも大罪人へ交渉を任せた本営に、解決策を期待する方が誤り。頼れるのは自分だけ。最初からそう割り切った方が、シンプルで迷いがありません』

 

 日本解放戦線との交渉は、状況開始から延々と平行線を辿るばかり。

 何せ彼らの要求は抽象的な精神論であり、具体的に何を求めているのか分からない。

 しかも何に苛立っているのやら、見せしめとして人質をポンポン屋上から突き落とすからタチが悪かった。

 これには、さすがのコーネリアも頭痛が痛い。

 思わずあなたを犯人です、と謎の叫びを上げたくなる程に。

 そんな中、ふらりと現れたのが絶賛指名手配中のゼロと愉快な仲間たちだった。

 普段のコーネリアならば即座に逮捕したのだろうが、精神的な疲労と余裕の無さが判断を誤らせてしまった。

 そう……ゼロの人道的な意味で何とかしてやると言う謎理屈を信じ、交渉人の役を任せると言う愚考を犯してしまったのである。

 この決定を聞いたファンナは、即座にコーネリアを見限った。

 皇族殺しをセリエルの下に送るなど言語道断。

 これならセシルの考案した、無茶なプランの方が百倍マシだ。

 

『そ、そこまで言い切りますか』

『スザクが思うよりも皇族の人間関係は複雑です。殿下が死ねば、皇位継承レースが楽になると思う人間は少なくありません。例えコーネリア殿下がそう思っていなくても、周囲が気を利かせる可能性の高い世界なのですよ?』

『イエス、マイ・ロード』

『皆を守りたい、この思いはわたしも同じ。しかし、優先順位は絶対です。1にセリエル殿下、2にユーフェミア姫殿下。それ以外は片手間に留める。これを徹底できないのであれば、即刻ランスロットを降りなさい。貴方程上手く扱えずとも、わたしが乗ります』

『……』

『枢木准尉、返事は?』

 

 普段の天真爛漫さはなりを潜め、人形の冷徹さを見せる上官の問い。

 背筋が凍りつく恐怖を唾と一緒に飲み込み、搾り出すように口を開く。

 

『……自分は軍人です。命令には従います』

『では、もう一度だけ釘を刺しましょう。優先順位の不徹底は背信行為です。万が一にも判断を誤らせた場合、即座に裏切りと見なしますからね?』

『イエス、マイ・ロード』

 

 コーネリアの認可を取り付けた作戦は単純だ。

 先ずは地下のライフライントンネルをランスロットで強行突破。続いて貫通モードのヴァリスによる基礎ブロックの破壊を行い、一気に建物を湖に叩き落す。

 最後は混乱に乗じてアグレスティアと親衛隊を送り込み、万事解決と言うものである。

 つまり、スザクが一つ間違えるだけで作戦は失敗。ファンナの出番が訪れる日は来ない。

 

「胃がキリキリする」

 

 にも関わらず、トンネルの奥深くにはレールガンで散弾を撒き散らす他脚砲台が待ち受けているらしい。

 セシル曰く、ランスロットをもってしても無事に弾幕を突破できる可能性は五分五分。

 つまり作戦開始の時を刻むタイマーは、少年にとって終末へ至るカウントダウンだ。

 そして時は来た。

 ランスロットが地下へと突入したのに併せ、アグレスティアも疾駆を開始。敵対する意思を見せたファンナに対し敵は銃弾の雨を降らせるが、今はまだ反撃を許されていない。刺激を与えぬよう速度を絞り、紙一重での回避を徹底する。

 

「……3、2、1、0」

 

 予定時刻を示すアラーム音が鳴った瞬間だった。

 トンネルを見事突破し、ホテルの地下を突きって飛び出した白騎士がヴァリスを連射。

 ホテルの基部を壊滅的に打ち抜くと、シミュレーション通りの倒壊が始まる。

 

『ゼロと殿下を発見! 座標データを送ります!』

『了解、MEブーストっ』

 

 崩れ行くビルが生む混乱に乗じ、ファンナはスロットルを全開。翼の補助推進器にランドスピナーのオーバーロードを加え、原型機をも超える加速を開始する。

 指定座標は遥か高層だが、アグレスティアにとって空はホームグラウンド。

 敵も味方も置き去りにして舞い上がり、壁面へと打ち込んだハーケンに導かれつつゴールを目指す。

 

『殿下への無礼は許しません!』

 

 ファンナが焦る理由は、セリエルへと銃を向けるゼロの姿をセンサーが捉えたからだ。

 ここからは時間の勝負。ゼロの凶行を抑えられるかは、完全に自分次第である。

 しかし物理的に障害を排除しようにも、手持ちの武装は威力が高すぎて使えない。

 ならばと選んだのは、後先を考えない単純かつ暴力的なギャンブルだった。

 

『でんかさまっ、絶対に動かないで下さいっ!』

 

 その声を聞いた皇子は慌てて窓から距離を取るゼロとは間逆に、憑き物が落ちたように穏やかな表情で微動だにしない。

 一切の減速をせず突っ込んできたアグレスティアは体当たりを敢行して壁をぶち抜くと、衝撃で壊れかけたマニュピレーターでセリエルを守るように包み込み確保。勢いの止まらない機体は破壊を振りまくが、両手で覆い隠された思い人が傷つくことは無かった。

 

『ええい、滅茶苦茶だ!』

 

 何がなにやらのゼロにしてみれば、たまったものではない。

 羽付きの騎士がファンナの事実に驚く暇も無く、飛来する瓦礫から身を隠すので精一杯。昔からセリエルが絡むと何をしでかすか分からない狂犬ではあったが、さすがにここまで無鉄砲な真似をするとは想像もしていなかった。

 恐ろしいことに傍受中の無線では、アグレスティアの独断専行を咎めるコーネリア必死の呼びかけが現在進行形で続いている。にも関わらず、馬耳東風の完全無視とは何事か。

 他人の命は石ころ。主の命以外は知ったことではないのだろう。

 ユーフェミアすら交渉材料にならず、当然の如く民間人は論外。

 この娘は一人を生かす為に、百人を犠牲にすることを厭わない人種だ。

 少女の本質をふと思い出した瞬間、己の立ち位置が危ういことにゼロは気づく。

 ファンナの性格なら、盛大な置き土産を残すと想定される。

 軽く死を覚悟したゼロだったが、幸いにも運命は彼を見放しては居なかった。

 

『殿下、このまま離脱します。今ならヴァリスのフルパワーでフロア毎吹っ飛ばせますが、如何致しましょうか?』

「面白いショーを見せてくれるらしいから、今は見逃してやれ」

『イエス、ユア・マジェスティ』

「それに嘘か真か知らないけど、彼はテロリストから人質を解放すると言っている。何処に監禁されているのか分からないユフィを含め、救える命は救うべきだ」

『了解しました……が、そこの黒い人』

『な、何だ』

『殿下に銃を向けた無礼、必ず償わせますからね……』

 

 氷の刃を思わせる宣告に、黒の王の背中が汗で濡れるほどの恐怖を感じた。

 もしもナナリーとセリエルの立場が入れ替わったなら、同じ感情を自分も抱くのだろう。

 だからこそ少女の怒りが良く分かる。

 これが捨て台詞や、負け惜しみではない事が。

 

「ゼロ」

『何か』

 

 アグレスティアのコクピットへ乗り込む寸前、セリエルはゼロへと視線を飛ばす。

 

「今日のところは痛みわけだが、次こそ僕が勝つ」

『違うな、セリエル・エル・ブリタニア』

「む?」

『今後は未来永劫、常に私が勝つ。負けたくないのであれば、勝負を避けて本国に逃げ帰ることをお勧めする』

「そのビックマウスは嫌いじゃない。仮面の下の口がどの程度の大きさなのか、いずれ確かめるとしよう。よしファンナ、用事は済んだ。出してくれ」

 

 体格の差からシートに座ったセリエルの膝の上に少女を乗せると、アグレスティアはぎこちない動きで閉じていたウイングバインダーを展開。力ずくで体を引っこ抜き、ホテルからの離脱を試みる。

 眼下にはゼロの手引きなのか、救命ボートや船で脱出していく人々の姿が見える。

 どうやら事件は終結したらしい。

 人的被害も少なそうなのは大歓迎なのだが―――――

 

「大変です、でんかさまっ!」

「ん?」

「バランサーが壊れてしまったらしく、まともに姿勢制御が出来ません……」

「そりゃ、アグレスティアは叩けば治る安物のテレビじゃないからね。精密機械をあれだけ乱暴に扱えば、必然的に壊れもするさ」

「でも、もう少しだけ無茶をお許しください。立て直します!」

「任せた」

 

 地味に橋の強行突破でも負荷の掛かっていたアグレスティアは、先の一件と合わせてポンコツもいいところだった。無事なのは背面に装備されている翼くらいだが、それすらも挙動が微妙に怪しい始末。これだけ満身創痍でもそれなりに動くのは、ワンオフな第七世代の所以だろう。

 

「う、うん、これで着地……あれれ!?」

 

 やっとのことで降下するも、接地と同時に両の脚が根元からへし折れた。

 これにはファンナも大慌て。もはや腕でカバー不能なハードエラー対応を諦め、崩れ落ちる衝撃から守つべくセリエルの頭を胸に抱きしめながらその瞬間を待つ。

 が、いつまで経ってもその時がこない。

 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、聞きなれた声が聞こえて来た。

 

『ここからは自分が肩を貸します。ご苦労様でした、ファンナさん』

 

 支えてくれたのは、兄弟機のランスロット。

 見事にオーダーを達成し、ほっとした面持ちのスザクだった。

 

『任務ご苦労、このままトレーラーまでの移送を頼む』

『お任せ……え? オープンチャンネルで全域通信?』

 

 

”人々よ、我らを恐れ求めるがいい。我らは黒の騎士団。力あるものが力無きものを虐げる時、必ずや現れる牙持たぬ民の代弁者!”

 

 河口湖からライブ映像で配信されるゼロの演説。テレビの地上波に乗ったそれは、今まで秘密のベールに包まれてきた皇族殺しの秘密を暴く光の奔流だ。

 KMFに軍用ヘリと、様々なサーチライトが照らし出すステージの開幕である。

 ゼロの背後には黒の制服で身を固めた団員が整列し、じっと主の言葉に耳を傾けている。そんな彼らがブリタニア軍が布陣している中を悠々と船で進む姿はモーゼの再来か。

 まさに独壇場の一人舞台。最高のエンターテイメントが提供されようとしていた。

 

”主犯の日本解放戦線は卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り、無残にも殺害した。クロヴィス前副総督も同じ。抵抗も出来ないイレブンの虐殺を命じている。故に私は彼らへ制裁を加えた”

 

 その言い様は正義の味方気取り。

 しかし同時に、テレビの向こう側の人々が求める物語の英雄そのものだ。

 

”私は戦いを否定しない。しかし、強い物が弱い物の生殺与奪を一方的に握るならば話は別だ”

 

 視聴者へ訴えかける仕草、分かりやすい図式。これは宣戦布告だ。誰が正しいのか知らしめ、悪を断罪する免罪符を得ようとするパフォーマンスであろう。

 

”力あるものよ、我を恐れよ! 力無き者よ、我を求めよ! 人種や国籍に関係なく、我々は弱きを助け、強きを挫く。世界は我々が断罪するのだっ!”

 

 映像を見ていたファンナは直感する。

 この男こそ今後の敵にして、最大の障害だと。

 泳がせておくには、あまりにも危険な怪魚であると。

 

「……ご高説はともかく、ゼロはこの包囲網から逃げ出せるつもりなのでしょうか?」

「無罪放免さ」

「え」

「ゼロの周りに救出された人々を乗せた船が見えるよね? その中にはユフィも居る。暗に手を出せば彼らを人質へ逆戻りさせると言っているんだよ、彼は」

「あ、その為のテレビ中継」

「正解。無謀に見えて、何重にも安全マージンを確保した上での行動なのが腹立たしい」

 

 直接対峙したことで、セリエルの疑惑は確信へと変わっていた。

 本人がどう思っているのかは知らないが、ゼロの正体は間違いなく異母兄弟だ。

 この情報は、後々まで影響する最大級のアドバンテージである。

 

「ま……どれだけ優秀だろうと、最後に笑うのは僕だけどね」

 

 敵の人物像すら曖昧なコーネリアは、今後もゼロに引っ掻き回されていくのだろう。

 しかし、セリエルは違う。中の人の本質を掴んでいる以上、傾向と対策の打ちやすい相手でしかない。

 

「さすが殿下、素敵です」

「惚れ直したかい?」

「それはありません。だってこの思いは、初めてお会いした時からずーっと変わっていませんから」

「……君はたまに恥ずかしい台詞を素面で言うよね」

「そ、そうでしょうか」

「なら、その無自覚に敬意を表して、僕も男の甲斐性を見せないと」

「?」

「仕事のついでにはなるけど、近々京都旅行へ行こうか。勿論、観光がメインでね」

「はいっ!」

 

 ファンナの頭を優しく撫でるセリエルは、第二局に向けての布石を打ち始めるのだった。



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TURN08「震える山」

 それはよくぞ乗り切れた、と自分を褒めたくなる大変な日々。

 命令一つで世界各地を飛び回り、毎日が絶対に敗北を許されない戦いの連続。

 戦争、戦争、祝勝会、戦争の割合で、何とか果たして来たラウンズとしての務め。

 しかし、戦は得意分野。決して苦ではなかった。

 私の胃を苦しめたのは、お偉方の集まる晩餐会やら何やら。

 貴族、金持ちの娘が飴に集るアリのように群がる地獄は、ぶっちゃけ吐き気さえ催すおぞましさ。

 アンヌが弾除けになってくれなければ、今頃は胃に穴が空いて長い闘病生活を送っていただろうよ……。

 

「あたしは副官だから何処にでも付いていくけどさ、あらぬ噂と言うか既成事実を作られて困るのはマイロードよ?」

「構わない」

「え?」

「他の誰にも私のパートナは勤まらん。と言うか、嫌だ」

「ほほう」

「逗留が短いか長いのか分からないが、丁度これから新天地での生活が始まる。これを機に、いっそ本当に結婚しないか? そうすれば五月蠅い虫も黙―――」

「打算でプロポーズするなぁ!?」

 

 エリア11へと向かう船旅の中、相棒とのふとした世間話の流れで殴られた。

 避ける事も出来たが、火に油を注ぐことは経験則で分かっている。

 これも彼女の愛情表現。無抵抗で受け入れるのが男の矜持だ。

 

「最近は実家からの縁談話が一気に増えて困っている、と愚痴っていたのは君だぞ」

「そりゃそうだけど……」

「富と名声を持ち合わせた、気心も知れた間柄。容姿や性格の好みはさて置いて、お買得の物件と我ながら自負している。何が気に入らない」

「それが分からないから、マイロードの株は底値を動かないのよ。まぁ、切羽詰まったら考えてあげる。きっと一生軽蔑するけど」

「……仕事で必要に迫られての好意だったとは」

 

 信用度SSSを誇るブリタニア国債並みに評価されていると思っていただけに、かなり凹む。

 確かに情けない姿や弱みを色々と見せて来たとは思う。

 それにしてもあんまりだ。

 

「次の休暇は南の島に傷心旅行でも―――」

 

 あれ、行って何をすればいいのだろう。

 泳ぐ……体を鍛える訓練。疲れるだけで、何も楽しくない。

 惰眠……職業柄、物音一つに反応する眠りの浅さ。熟睡さえ無理だ。

 美食……偏食舐めるな。人参、要らないよ。

 女遊び……それが出来るなら、最初から苦労していない。

 

 そもそも遊ぶとは、バカンスの定義とは何だ?

 心躍るわくわく、が一番的確な表現でいいのだろうか?

 だとすると、ドキドキが止まらなかった新型装備のテストはバカンス……ではないな。  

 他には……ああ、母校で候補生たちを纏めて捻り潰した時は腹の底から楽しかったな。

 事前に調べておいた名簿から、鼻持ちならない貴族だけを徹底的に攻撃。

 見所のあるルーキーにのみ、正しい嚮導を行ったアレくらいだろうか。

 ちなみに彼らは揃ってスカウト済み。

 特に殿下の親衛隊候補として目をつけたマリーカ君の成長が楽し……待て、全部仕事絡み?

 落ち着け、冷静になれ私。

 普段の休日を、今までどう過ごしていた?

 

「ちょ、何で黄昏ちゃってるの!?」

 

 先週はアンヌに連れられてKMFリーグの観戦。服を選んで貰った後、部下への差し入れを見繕って終わり。その前も、やはりアンヌに勧められるまま釣りに興じた気が。

 これはこれでマズイ。完全に副官へ依存している。

 記憶をどれだけ遡っても、自主的に余暇を消化した形跡が皆無とは如何なものか。

 

「そこまでショックを受けるなら、もう少しデリカシーを学んでくれないかしら。その、四六時中一緒に居るのよ? 嫌いな訳ないでしょ」

「一世一代の告白を棒にした女がそれを言うか……」

「あーもう、本当にメンタル弱い駄目騎士様なことで。時と場所を考えて、きちんと同じセリフを吐いたらOKしてあげるわよ。私はね、好きでもない男の世話を何年も甲斐甲斐しくするような女じゃないの。分かった? 分かったなら返事っ!」

「イ、イエス、マイ・プリンセス」

「罰として、次の休暇はキョウト史跡巡りの供をしなさいよ」

「承知」

「その前にお仕事山積みだけどね。ホント……休みなんて何時取れるやら」

 

 先に赴任している妹が受領済みのアグレスティアは、名目上の所属がナイトオブファイブ直轄。さっそく盛大に壊してくれたようで、様々な請求がこちらに来ている。

 それらの処理に加え、エリア11赴任に関する申請書が溜まりに溜まっていた。

 何せこのやり取りの間も、延々とタブレット端末で書類を捌いていたアンヌ様。

 自分でも夢物語と理解していることを口にして、虚しくなったのだろうか?

 遠くを見つめるその瞳は、現実から目を逸らした証拠に思える。

 

「政庁には同じエル家派閥の特派が居る。あわよくば仕事を押し付け、負担を軽減出来る気がしないでもない」

「腐ってもウチは独立採算のラウンズ。任せられる訳無いじゃない……」

「それはさておき、仕事を一分間忘れてくれまいか」

「何かしら」

「呆れないで聞いて欲しい。いまいち恋だの愛だのを理解出来ていない私だが、アンヌが傍に居ると落ち着く。傍に居ないことを考えられない」

「ふーん」

「多分、私は君を愛しているのだと思う」

「ここで多分言いますか……」

「続きは婚前旅行までに必ず考えよう」

「不器用な事で」

「無骨物と笑うか?」

「いーえ、それでこそ我が主。大好きよ」

 

 水平線の向こうに見えてきた大地の如く、前に進まなければ見えない未来がある。

 そんなことを考えていると、呼び出し音が鳴った。

 体を寄せてきたアンヌに悪いと思いつつ、通信機を取る。

 告げられた内容は、ちょっとしたサプライズ。しかし、それは好ましい物だった。

 一言二言を交わして通信を切り、寄りかかったままの伴侶の肩を抱く。

 

「面白い話? 顔がにやけてるわよ?」

「間もなくナリタで総力戦が開始されるとの朗報だ。別に請われている訳でもないが、ここは一つゲストとして颯爽登場し、度肝を抜こうじゃないか」

「新型のお披露目に相応しい舞台ってことね」

「うむ。剣としての任は妹に譲ったが、盾としての役割は誰にも渡さない。現地入りされているという殿下が不測の事態に巻き込まれる事態に備える意味も込め ”いざ、鎌倉” だ。悪いが、セットアップを至急頼む」

「高速輸送ヘリへの搭載も含めて、四半刻だけ頂戴。アレは私にとっても苦労に苦労を重ねた我が子みたいなもの。うんと派手にやっちゃえ」

「任せられた。お前は予定通り政庁に向かい、巣作りに励んでいて欲しい」

「引っ越し祝いも兼ねて、ご馳走作って待っててあげる♪」

「現場には妹も来ている。連れ帰るので、腕によりをかけて頼むぞ」

「はいはいっと。じゃ、パイロットスーツに着替えたら下に来てね!」

「了解」

 

 やはり優雅な船旅は、軍人に縁の無い物らしい。

 手早く着替えを済ませた私は、如何なるときも手放さない愛剣を掴み格納庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 TURN08 「震える山」

 

 

 

 

 

「やはり間に合わなかったか……」

 

 次々と出撃していくコーネリア軍を見送るセリエルは、苦々しい思いを顔に出しながら隣の人物へ問いかけた。

 

「無理ですよ。ランスロットなら螺子一本まで把握していますけど、アグレスティアは僕の管轄外に近い。本格的な補修作業はナイトオブファイブが連れてくるスタッフ待ちかと」

「僕も技術屋の端くれ、実は無茶だと分かっている。結局、ランスロットより基礎フレームを軽くしたことで強度不足が発生したんだろ?」

「ですねぇ。設計上の不具合ですし、現場でどうこうできる話じゃありませんって」

 

 サイタマゲットー、そして河口湖で得られたデータにより発覚したアグレスティアの欠陥。

 それは全力稼動時の負荷を、脚部が受け止めきれないと言うものだった。

 もっとも、問題の解決策は本国の開発チームが確立済み。

 後は代替部品と共にこちらへ向かっているナイトオブファイブ専属KMF開発班 “マンチェスタ” さえ到着すれば、直ぐにでも解消される予定である。

 しかし、それでは遅い。遅すぎるのだ。

 

「それに通常型の1.3倍まで性能を引き上げた、ファンナちゃん専用カスタマイズ……仮称F型サザーランドも、グロースターを上回る高性能機に仕上がってますって。あのデバイサーの腕前なら、アレでお釣りが来るんじゃないですか?」

「確かにアレはやっつけ仕事の割に自信作。十分といえば十分だけどさ」

 

 日本における反ブリタニアの拠点 ”ナリタ連山” 。不遜にも憚ることなく要塞化されたこの場所には、関東全域から集められた約五万のブリタニア軍が勢揃い。四方をぐるりと囲み、蟻の一匹も逃さない陣を敷いている。

 対するは、篭城の構えを見せる日本解放戦線の総勢約一万。

 いつぞやのサイタマゲットーが児戯に思える戦力差から透けて見えるのは、面子の掛かった国際会議への横槍&最愛の妹に銃を向けられたコーネリアの怒りである。

 セリエルとて気持ちは分かる。分かるのだが、事件から僅か一週間で総攻撃を仕掛ける性急っぷりは如何なものか。

 てっきり補給を絶ち、日干しにした後の掃討と思っていセリエルにしてみれば、これは寝耳に水の話。参戦する為の準備がまるで整っていなかった。

 問題の発覚したアグレスティアの修理、運悪くオーバーホールを始めたばかりのランスロット。

 作業は山積み。しかし、時間は有限。これにはセシルも立ちくらみを起こす始末だ。

 と言うか、これだけの部隊を動員する準備をこの短期間で済ませるのがおかしい。魔女は不可能から一文字を削るくらい、平気でやってのけるとでも言うのだろうか?。

 お陰で特派は通達を聞いたその日から、火を噴くような忙しさ。

 補修を諦めたアグレスティアに代わる代替機の組み上げ、そしてランスロットのリビルドを不眠不休の体制で続けた結果、全ての作業が終ったのは出立の前日である。

 

「時に殿下、僕の玩具は?」

「姉上に不要と斬り捨てられたよ」

「せめてランスロットの神経接続をスザク君に最適化していなければ、ファンナちゃんを乗せて送り出せたんですけどねぇ……」

「また機会も来るから、焦るな焦るな。今は総督の怒りを買わないように、大人しく言うことを聞くことこそ肝要。さすがの僕でも湖でファンナがやらかした件から間を置かず、連続で姉上の逆鱗に触れることは出来かねる。実働データの蓄積は、どこぞの管轄区を篭絡してから考えようじゃないか」

「楽しみにしってまぁす~」

 

 これぞ根っからの技術屋。ロイドはセリエルのプランに満足したのか、不機嫌だった表情を一変させる。

 さすが見た目は大人、中身は無駄にハイスペックな子供を地で行くマッドサイエンティストにしてみれば、目的さえ叶うなら過程はどうでも良いと言ったところだろう。

 

「ファンナ、聞いての通りだ。今回はF型で出撃を」

「仮にもラウンズを目指したわたしです。乗り物が何であれ、それ相応の槍働きは果たして見せます!」

 

 そっと隣で出番を待っていた少女に目を向けると、力強い返事が返ってくる。

 しかし胸元でぎゅっと両手を握りしめる姿から感じられるのは、残念ながら頼もしさより可愛らしさ。実力は折り紙つきなのだが、やはり見た目で損をしている部分は多い。

 

「サイタマ戦とは違い、今回ばかりは親衛隊も総掛かりで攻略に取り掛かっている。まさかこの布陣でどうこうされると思えないが、万が一を常に頭に入れて動くように」

「暴れてこい、ではないのですね」

「ここからはオフレコ、皆も聞かなかった事にして欲しい」

「は、はい」

「知っての通り仕掛中のナリタは、エリア最大の抵抗勢力。これを圧倒的な力で蹂躙し、テロリスト共の精神的支柱を折る……と言うのが本作戦の趣旨だよね?」

 

 うんうん、と頷くファンナ達。

 

「首脳陣は余裕と楽観視しているが、僕は一波乱あると想定している。しかし、どうすればこの戦力差を覆せるのかさっぱりだ。それこそ奇跡でも起こさなければ無理だけど、あえて敗走も視野に入れた最悪を想定して備えたい」

「ゼロが何か仕掛けてくると?」

 

 指揮官の発言へ、真っ先に反応したのはスザクだった。

 

「ぶっちゃけ、ここが落ちればこの国の抵抗勢力も終わり。見捨てるにしろ加勢するにしろ、次代のリーダーを気取るなら、ここで名を売らなければ後が無い。大局を読める人間が、指を加えて眺めているとは到底思えないね」

「仰る通りかと」

「そこで僕も考えた。荒唐無稽でも、成功確立が限りなくゼロでも、成し遂げられればブリタニア軍に一泡吹かせられる策を。妄想の粋を出ない内容であることは自分でも良く分かっているけど、これでも休日返上で働く技術スタッフに負けじと学校をサボり、徹夜を続けて練り上げたプランだ。世迷言と笑い飛ばさず、是非とも聞いて欲しい」

「では、画面を出します」

 

 目配せを受け秘書役のセシルが端末を操作すると、大型ディスプレイにナリタを俯瞰する地図が浮かび上がる。

 

「第一に目的をはっきりさせようか。この数のブリタニア軍を全滅させることは、完全武装のラウンズを勢揃させても難しい。まして装備も人員も貧弱な日本軍では、黒の騎士団が加勢しようとも不可能。この前提を念頭に置きつつ、最大の戦果を目指そう。スザク、君ならどうする?」

「日本解放戦線の上層部を逃がして恩を売り、今後の足がかりを作ります」

「ふむ、じゃあファンナ」

「えっと、要塞を守り切るのも無理ですよね?」

「戦力差が馬鹿馬鹿しい上、援軍の来ない篭城と言う最悪のシチェーションだからね」

「でしたら、頭を獲ります。狙うはコーネリア殿下の首一つ」

「正解、後でご褒美を上げよう」

「こ、子供扱いはやめて貰えませんか!」

「なら無しで」

「あぅ」

「冗談だから悲しげな顔をしない。っと、話が逸れたので戻そう。で、姉上の首を狙うとしても、結局は普通のやり方で成せる道じゃない」

 

 ハンドサインで画像を進めさせ、セリエルは続ける。

 

「そこで先ず地の利を生かす。下から攻めてくるは確定なのだから、エネルギーの宝庫である高さを活用しなければ損だ。だけど落石じゃあ手緩い、いっそ非常識なレベルの土砂崩れを起こすなんてのはどうだろう」

「ですが、それでも難しいかと」

「僕もそう思う。なら、もう一手間をかけようか。前提条件にこちらの布陣がリークされていることを追加。計画的に部隊を分断し、局所的な有利さを作り出せたなら?」

「……行けるかもです」

「ちなみにナリタで天変地異級の地震を引き起こすことは、科学的見地から見ても不可能じゃない。そうだろ、ロイド」

「この辺りは地下に水脈も伸びているみたいですし、溶岩を一気に流し込むか、超高出力のレーザーを直接叩き込むかすれば……と言う妄想の部類ですけどねぇ」

「所詮は裏付けの取れないシミュレーション。可能ってだけで十分の回答さ。それにほら、敵には奇跡の藤堂とやらも居ると聞く。彼のご加護で天災が偶然起きる可能性も残されていると思わないか?」

「えっと、笑う所ですか?」

「さて?」

 

 ルルーシュは環境を利用し、相手の思惑を根底から崩すのが得意な男である。

 様々なゲームで地形を活用する戦術を好むライバルに苦渋を舐めさせられて来たセリエルは、今回も同様の手口で大逆転を狙っていることを半ば確信していた。

 そもそも ”不可能” と ”不可能に近い” は、まるで意味が違う。

 どうせ今回は前者を為さねば、明日を失うのだ。

 この程度の難題、超えてくればければセリエルとしても困る。

 

 

「では解散、そろそろショーの始まりだ。僕の妄想が当たらない事を祈って欲しい」

 

 

 戦乙女の失墜を願う少年は、口とは裏腹の思いでゼロに期待を寄せるのだった。



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TURN09「舞い降りる盾」

IFルート突入。


 山を駆け上がっていくKMF部隊が、次々と防衛ラインを突破する最中にソレは起きた。

 先ず感じたのは大地の震え。震度3~4程度の微震は、もしも事前にセリエルが示唆していなければファンナとて軽視する程度の些細な異常だっただろう。

 しかし、これは本当の異変の序章に過ぎないことを少女は知っている。

 

「さすが殿下、完璧な予測です」

 

 大地の崩壊は破壊の波となり、全てを飲み込む土石流を呼び寄せる。

 コンソール上では味方を示す青い点が片っ端から赤へと変わり、場所によっては部隊単位で全滅するところも少なくない非常事態。今やナリタは混乱の坩堝の中である。

 

「ノイズが酷くて本陣との通信は途絶。暫くは独自の判断で行動しますか」

 

 地形データから割り出した安全地帯に陣取り、状況把握に神経を集中する。

 皮肉にも愛機より優れた探知能力を持つサザーランドFのファクトスフィアを起動し、データリンクが途切れる寸前の座標データからコーネリアが居ると推測される地点を探査開始。

 しかし見つからない。が、ギルフォードを旗機とする親衛隊の発見に成功した。

 騎士のあるところ、王もあり。

 そう判断したファンナは、すぐさま機体を走らせて現場へと向かった。

 近づくにつれて見えてきたのは、ファンナとて手を焼く親衛隊と互角に渡り合う敵の姿。横流し品のKMFを持て余す日本解放戦線とは一線を画する敵部隊が駆るのは、グラスゴーのコピー品と思しき独自の新型だ。

 

『ギルフォード卿、加勢致します!』

『レストレス卿か!』

 

 牽制の弾幕を張りながら急接近し、ランスの一突きで狙ったのは二本の触覚を頭から生やす指揮官機だ。

 しかし、敵もさるもの。独自技術で作られた細身のチェーンソー刀を巧みに操り、重量比で勝る槍を正面から切り結んで受け止めてくる。

 これにはファンナも驚いた。KMF技術で最先端をひた走るブリタニア軍ですら主力は対KMF用ショットランサーなのに、試験運用段階のMVSと同等の武装をテロリスト風情が装備しているという。

 幾ら槍で突こうと、一向に折れる気配を見せない刀は実に厄介だ。

 武器の軽さは攻撃の早さ。親衛隊が苦戦する理由も良く分かる。

 

「ああもう、また一機食われたっ!」

 

 この敵の一番面倒な点は、武装でも個々の技量でもない。

 怖いのは戦術だ。彼らは個よりも集の力を重視しているらしく、見事な連携で死角、死角を突く隙の無い戦い方を徹底してくる厭らしさ。

 単騎で周囲全てが敵と言う環境で育ったファンナはともかく、騎士道精神に殉じた一騎打ちを好む親衛隊が手を焼く理由はここにある。

 

『レストレス卿、先行した姫様の後を追っては頂けないか』

『それはギルフォード卿のお役目では?』

『以前も申し上げたことではあるが、卿の戦い方は誰にも背中を預けない個人戦技。加勢は嬉しく思うが、やはり我々親衛隊の中でノイズとなっていることは否めないのだよ』

『あ、はい』

『姫様は本隊と合流すべく、ポイント9へ急行されておられる。まさかとは思いたいが、お一人ではあまりにも危険。直掩機としての守護を願いたい』

『その任、承りました。これより指定ポイントへ直行します、皆さんもお気をつけて』

『こちらも掃除が済み次第―――くっ、会話の暇も与えてくれないか。くれぐれも殿下をお頼みます!』

 

 鍔迫り合いを続けていた触覚付きをギルフォードに任せ、託された誓いを胸にファンナはサザーランドを指定されたポイントへと走らせる。

 しかし、その行動はやや遅かった。合流地点の断崖に挟まれた渓谷には右腕を失ったグロースターと、崖の上から銃弾を振りまくKMFの群れ。

 しかもコーネリアの前には真紅の新型が襲い掛かっており、絶体絶命の様相だった。

 

『聞こえるか、ファンナ』

『感度良好です』

『データリンクの復旧に伴い、概ねの状況は把握している。ここは姉上を助けて恩を売りたいシーンだけど、別段無理をする必要も無い』

『はい』

『エリアに蔓延る腐敗の一掃、軍部の再編、姉上に片付けてもらいたい案件は山ほど残っているが、いざとなれば象徴のユフィと、実務の僕で片付けられる程度の雑事だ。敵の戦力が僕の予想を上回っている以上、無理は禁物。姉上の命の優先度を落とし、堅実な攻めを徹底しようか』

『無茶はしません。でも―――』

 

 そう、100にも満たない敵機は黒魔女が恐れるほどの脅威ではない。

 懸念は新型の性能だけだが、仮にグロースターと同等だろうと許容範囲。万が一にも遅れを取ることが無いと判断した少女は、動きの鈍ったコーネリア機に向かって射撃を続けるKMFを出掛けの駄賃として破壊すると、そのまま崖を飛び降りた。

 

『ギルフォード卿との約定により、ファンナ・レストレス参上!』

 

 着地した瞬間、少女の凛とした声が戦場へ響き渡る。

 その宣言がトリガーとなり放たれた銃弾の雨を回転させたランスで弾き返すと言う超人技を見せ付け、ぼろぼろのグロースターを庇う姿は騎士の誉れ。

 聞き覚えのある声と名前にルルーシュは頭を抱えたが、ここで他心を加える余裕は無い。

 死なないことを祈りつつ、苦渋の選択を行った。

 

『ええい、紅蓮弐式は先に邪魔者を潰せ! それでチェックメイトだ!』

『はいっ!』

 

 そんな敵方の苦悩を知らないファンナは、一撃必殺を狙いランスを構えて突撃を慣行。避ける素振りすら見せない敵に違和感を覚えるも、慣れたモーションで獲物を突き出す。

 

『ファンナ、爪に気をつけろ! それは触れたものを連鎖的に破裂させる新兵器だぞ!』

『なっ!?』

 

 自分と同じ過ちを犯しかけるかつての教え子に、慌ててコーネリアは叫ぶ。

 とっさに槍の軌道を変更するファンナだが、紅蓮はその上を行った。

 刺突から横薙ぎに修正された一撃を難なく右腕で掴み取ると、魔女の懸念する力を無造作に発動。赤い光を輝かせ、全てを破壊する能力を解放した。

 

『こんな武器が存在したなんて……でも甘い!』

 

 謎効果により沸騰して膨張するランスを瞬時に手放すと、マウントしておいたマシンガンを掴み連射。しかし幾多の兵器を葬り去った正確な射撃は空を切り、虚をつけるはずのローキックも簡単にいなされてしまう。

 これはファンナにとって、生まれて初めての経験だった。

 パイロットの腕も相当高いが、機体性能の差が絶望的だ。

 触れただけで内部から破壊する腕に、第七世代級の反応速度。

 これでは勝負にならない。如何にドライバーの腕が優れていても、市販車でレースマシンと競うことは不可能なのだ。

 

『引け、ファンナッ!』

『……その命令だけは聞けません。だって、コーネリア殿下を守るってギルフォード卿と約束しちゃったんです。ここで逃げては、胸を張ってセリエル様の騎士を名乗れません!』

『強情娘っ!』

『信じて下さい、貴方の騎士は負けなきゃぁっ!?』

 

 セリエルとの会話に気を取られた瞬間、今度は一気に両腕を持っていかれた。

 まだ動ける。そう思う反面、心のどこかで絶体絶命だと警鐘を鳴らす自分が居る。

 駄目元で放ったハーケンも短刀で切り落とされ、いよいよ武器が残されていない。

 

『でんかさま……ファンナは生まれて始めて嘘をつきました』

 

 そして、ゆっくりと伸びて来る銀の腕が終わりを告げる。

 操縦桿を動かす手は止めないが、一流の本能が回避不能と教えてくれた。

 おそらくあの武器を前にして、脱出装置は意味をなさないだろう。

 助かる術は、もう……無い。

 

 

 

 

 

 TURN09 「舞い降りる盾」

 

 

 

 

 

『ごめんな―――――』

 

 最早これまでと絆のリボンに手を添えて目を閉じるが、サザーランドを襲ったのは正面ではなく背後からの衝撃だった。

 

『ファンナ、無事かっ!』

『……殿下?』

『いいから姉上と一緒に空でも眺めていろ。後のことはこちらで何とかする!』

『まさか、ランスロットが間に合ったのですか?』

『ユフィの承認を取り付けてスザクは送り出したけど、そっちはもう少し掛かる』

 

 ふと疑問に思ったのは、どうして敵が止めを刺さずに下がったのかと言うこと。

 ?マークを浮かべるファンナだったが、紅蓮とサザーランドを結ぶ死のラインを分かつように穿たれた銃痕に気がついた。

 そして、それを待っていたかのように重量物が落下。重音を響かせて大地に降り立ったのは、一機のKMFだった。

 背から伸びる二門の長砲。両肩に備わったシールドバインダーに加え、現行の機体と異なるエッジの効いたフォルム。白を基本に赤系統で纏められた色合いも相まり、一度見たら忘れられないデザインである。

 

「新手かっ!」

 

 醸し出す雰囲気がブリタニア製とは思えない機体の乱入に、さしものコーネリアも絶望する。

 鬼の爪持つ悪魔ですら持て余している状況で、敵の数が増えるだけでも厄介だ。

 救援に来たファンナも一蹴され、もはや打てる手は存在しない。

 皇族らしく誇り高く戦い散るべきか。そんな考えを抱いた瞬間だった。

 背面から地面に垂れていた赤の砲が半回転したかと思えば、正確無比な砲撃が始まる。

 連射に次ぐ連射。ランドスピナーによる超信地旋回を終えれば、崖の上の制圧は一瞬で完了していた。

 

『識別信号は……そうか、あの男が来てくれたのか』

 

 画面に表示されたマーカーは、ブリタニア軍において特別な意味を持っている。

 それは如何なる場所、如何なる時でも不敗を司る象徴。

 彼の者の名はナイトオブラウンズ十二席の第五位、テファル・レストレス。

 事前の連絡で参戦する旨は聞いていたが、このタイミングで姿を現したことに驚きが隠せないコーネリアだった。

 

『お久しぶりです、コーネリア姫殿下』

『昔は地味で鳴らしたお前が、こうも派手好きになるとはな。さては登場のタイミングを見計らっていたな?』

『偶然であります。自分は今も昔も無駄な危険を冒すことを好まぬ臆病者ですので』

『だろうな。さて、思い出話の続きはまた後だ。私はラウンズへの命令権を持たぬ故、あえてこう言おう。力を貸せ、テファル・レストレス』

『イエス、ユア・ハイネス』

 

 後顧の憂いを無くした赤騎士は、次なる獲物を同色の鬼へと定めて動き出す。

 両手にライフルを追加した計四門の銃口が火を噴けば、さしもの紅蓮も分が悪い。

 忍者の如き軽快さを続けて直撃を避けるも、中々自分の距離に踏み込めない展開が続く。

 敏捷性と格闘能力で紅蓮、面の制圧力と中距離は赤騎士。一件互角に見えた勝負だったが、後者に弾切れが発生したところで形勢が傾いた。

 見物のファンナにすれば、またあの爪が決定打となるのかとハラハラ物だが、秘密兵器が何度も通用しないのも世の常である。

 

『……兄さんは爪の効果を知っている?』

『データは転送済み。もっともあの機体の装備なら、例え初見でも大丈夫だけどね』

『?』

 

 見事な見切りで頭に伸びた手を避ける赤騎士だが、そこからもう一段階伸びる伸縮機構については想定外。詰んだ、そうファンナが思った瞬間だった。

 肩のシールドが緑色の輝きに包まれると、意志を持つかのようにフレキシブルに稼働。頭を握り潰さんとする爪の間に割って入り、激しいスパークを発生させて侵入を防いでいた。

 

『これぞ僕の設計したブレイズルミナス搭載型アクティブバインダー “アイギス” 。ランスロットで実証されたエネルギーシールドの出力を強化し、自在に動くアームを取り付けた鉄壁の盾さ。零距離のヴァリスを止める前提で作られた防御壁の前に、接触型兵器は無力だよ』

『……兄さんらしい堅実な装備です』

 

 赤のKMFの正式名称は、ナイトオブファイブ専用機 “ラモラック” 。

 ランスロット、アグレスティアから得られたデータを叩き台にして生み出されたこの新型KMFは、最高最強を目指したキャメロット製品と違い、とにかく安定と堅実を求めた純粋なる兵器である。

 もっとも諸々の最大値を抑えたお陰でランスロットに基本スペックで半歩劣るが、そこは取捨選択の結果なので御愛嬌。

 但しアイギスによる無敵の防御力を中核に備え、武装面をコイルガン、MVSと言った既に実績のある武器で固めた信頼性は、兄弟機機の二歩も三歩も先を行くオンリーワンの強み。

 これぞテファル・レストレスの精神性の表れ。

 面白みは無いが、とにかく単純に強いと言うシンプルさの体現だった。

 

『戦争も人生も堅実が一番。そうは思わないか愚妹よ』

『久しぶりの妹に対して、その言いようは何ですか!?」

『殿下の命令を無視した挙句、地べたに這い蹲っている無様な肉親には妥当な表現だと思うが?』

『いえ、その……あの』

『弁解は後で聞く。黙って我が愛馬の活躍を眺めていろ』

 

 シールドをハンマーにように稼働させ紅蓮を弾き飛ばしたラモラックは、背面からMVSを引き抜いて接近戦の構えを取る。

 

『殿下、妹は放置で構いませんね?』

『うむ。テファルはこのまま赤鬼を処理。可能であれば、無傷で機体を押収したい」

『イエス、ユア・マジェスティ』

 

 続いてセリエルは、土石流で分断された道なき道を進んで来た白騎士に回線を繋ぐ。

 テファルの言ではないが、何事もやりすぎくらいが丁度良い。

 不確定要素を減らすダメ押しは、必要経費だと信じて。

 

『枢木准尉。ナイトオブファイブと共に新型を捕獲しろ。これは勅命である』

『イエス、ユア・ハイネス』

『成功を積み重ねていけば、栄達を得るチャンスは訪れる。イレブンの君に目をかけてくれているユフィの期待を裏切るなよ?』

『はっ!』

 

 完全に潮目の変わった戦場は、追う者と追われる者の立場を一変させていた。

 ラウンズの登場で士気を取り戻したブリタニア軍の反撃を、日本解放戦線は受け止めきれない。

 便りの綱だった黒の騎士団に至っては、切札の紅蓮が二匹の猟犬に追い立てられる有様。攻勢に打って出るどころか、撤退すらままならぬ窮地に追い込まれる有様だった。

 カレンにとっての不幸は、同等以上の騎士が身近に居なかったことだ。

 シミュレーターによる机上の訓練だけでは、完成された円卓騎士であるテファルは勿論、経験豊富なファンナによって鍛えられたスザクにすら届かない。

 いかに優れた原石だろうと、磨かれてこそ宝石。

 石ころでは、ショーケースに並んだ煌びやかな珠を超えることは不可能なのである。

 

「機体性能を言い訳には出来ませんけど、ランスロットを持ってしても五分。アレが量産された暁には戦場が変わるかもしれませんね……」

 

 死闘を繰り広げる赤と白を眺めながら、ファンナは悲しげに呟いた。

 剣の白と、盾の赤。前者の役割は、自分が担うはずだった。

 しかし今の立場は守られる側。騎士としてあるまじき姿を晒すとは何事か。

 

『姉上、ご無事で?』

『うむ、機体とて見た目ほど酷くは無い。安心しろ』

『それは重畳。ならば立て直しを図る為にも、早くお戻り願えませんか? 今は僕がサポートしていますが、やはり姉上の代わりをユフィが務めるのは無理です』

『……ラウンズが居る以上、現場に憂いもあるまい。私が戻るまで、引き続きユフィの補佐を頼んだぞ』

『御意』

 

 通信機越しに聞こえてくる会話は、この戦場が収束する証拠。

 

『殿下。思わぬ抵抗に右腕を破損させてしまいましたが、鬼の捕獲を完了致しました。敵本隊への追撃はどうされますか?』

『連中には、まだ利用価値がある。見逃してやれ』

『イエス、ユア・マジェスティ』

『以降は枢木准尉と共に戦場を漫遊。手柄を奪ってやるなよ?』

『味方の鼓舞と、敵への圧力を徹底致しましょう』

 

 妹の尻拭いを済ませた兄は何を思うのか。

 文字通り何も出来なかったファンナは、コクピットの中で膝を抱えながらすすり泣くのだった。



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TURN10「罪と罰」

「元気にしていたか?」

「見ての通り、至って健康です」

「何よりだ」

 

 先輩との出会いは士官学校。偶然同じ小隊に配属され、何だかんだと卒業までを一緒に過ごしたチームメイトと言うのが関係の全て。

 そして、一番近くで先輩の背中を見て来たのはあたし。

 先輩は凄い。才能は周囲と比べて頭一つ抜け出していたし、常に努力を怠らない姿勢は足を止めずに全力疾走を続ける兎の如し。

 なのでトントン拍子の出世も当たり前。噂ではラウンズの候補にも挙がったらしいけど、先輩ならそれくらいは当然とさえ思っていた。

 

「先輩、一つ質問しても宜しいでしょうか?」

「何かな」

「どうして私を副官などに?」

 

 対して、あたしは何処にでも居る凡人だ。

 一度だけ交わった道も唯の偶然。先輩とあたしは住む世界が違う。

 どうせ卒業すれば縁も切れて終わり。そんな風に思っていた頃が懐かしい。

 だって初任地で待っていた上司って先輩なのよ?

 しかも偶然じゃなくて、画策による必然って何さ。

 あたしは青田刈りされるほどの天才じゃないし、別れた頃と比べても大きな成長を遂げられない十把一絡げの騎士だと胸を張って言える。

 なのに―――。

 

「不服と?」

「身に余る光栄です……が」

「が?」

「何故、私なのでしょうか」

「君が優秀だから」

「嘘は止めてください。身の丈は自分が一番よく知っています」

 

 正直、複雑だった。確かに先輩とは普通の先輩後輩を超えたレベルで仲良くしていたし、男女の関係には成らなかったにしろ、私生活の相性も良かったと思う。

 本音を言えば、昔と同じように先輩と肩を並べられることは嬉しい。

 だけど、それは甘え。もしも温情で後輩を引き抜いたと言うのであれば、あたしは絶対に先輩を許さない。

 無能が天才の隣に立てるのは、失敗を許されるモラトリアムまで。一兵卒ならまだしも、多くの人の命運を左右しかねないポジションは分不相応だ。

 

「私は嘘を好まない。自分に不利な事象であろうと、ありのままを話す主義だ。君ならそれくらい知っているだろうに」

「そのせいで、何度私が火消しに奔走したことか……」

「その節は助かった……が、今は本題に戻ろう。アンヌは自分の能力を過小評価している。確かに総合成績は中の上だが、それはそれ。私が評価する才能は個の力ではない」

「まさかの美貌とか言いませんよね?」

「ノーコメント」

「予想通りの回答を有難うございます」

「魅力はさておき、当時を思い出して欲しい。私が君に求めたポジションは単純なFWか? 否、断じて違う。求めたのは、後方からの情報戦と指揮だった筈」

「あれは、私が後ろに居ても余裕なくらい先輩方が強かったからでは?」

 

 確かにあたしと先輩にもう一人を加えた小隊は、卒業による自然解散まで無敗。

 だけど、最強の理由は上級生ズの技量に寄るものが大きい。

 主に裏方を受け持ったあたしには無関係だと思う。

 

「背中を任せられるからこそ、前衛はその力を発揮出来るのだがね」

「うーん?」

「それに突出した能力が無いと自虐的に言うが、逆説的に何でも人並みにこなせる汎用性は立派な武器だと私は思う」

「器用貧乏なだけです」

「いざとなれば狙撃の真似事すら出来る者を、器用貧乏とは言わない。私のような一芸特化型も必要だが、オールBの万能型も時に必要なのだよ」

「それが私を欲した理由でしょうか」

「実は違う」

「この空気の読まなさ……いつまでもブレませんね」

「それはそれとして」

「て?」

「今更言うまでもないだろうが、ワンマンアーミー気質の私に指揮は無理。ついに部下を抱え込む羽目になったテファルと言う駄目人間には、背中を無条件で預けられる副官の確保が急務なのだ」

 

 あーそう言うことですか。

 上の立場になってしまった先輩に、年貢の納め時が来てしまったと。

 出世すれば、自然と部下が出来るもの。

 何時までも孤高を貫ける訳がない。

 

「そこ、威張るとこじゃないですよね」

「得手不得手は誰にでもある。虚勢を張っても意味が無い」

「さいですか」

「で、だ。アンヌの指揮能力の高さは、小隊が最強だった事で証明されている。突っ込むしか能の無かった馬鹿二人を上手い事コントロールし、勝利へ導く手腕は君だから出来たことだろう」

「褒められた気がしないのは何故でしょう」

 

 あれー、知らない所で凄い評価されてたっぽい。

 言われてみれば、兵站も含めて縁の下で相当頑張った気がする。

 手間隙を惜しまなければ誰にでも出来ることながら、末期には機体のセッティングに始まり、戦術の立案まで全てやらされたんだっけ。

 

「さらに言えば私の人となりを把握し、一番生かせる頭脳は間違いなく君だ」

「完璧超人にしか見えない先輩が、その実豆腐メンタルな駄目人間で且つビビリってことを理解しているのは、あたしくらいでしょうけど」

「うむ。本質を掴んでいるアンヌでなければ、指揮権委譲はちと怖い」

 

 あたし以上に先輩の思考を先回りして察せる人は、何処にも居ない自負はある。

 先輩にとってのライトスタッフは……あたし以外に居ないのかも。

 

「……上手くやれたのは、たった三人の小隊だったからかもしれませんよ?」

「大丈夫、自分を信じろ。それが難しいならアンヌを信じるテファルと言う男を信じろ」

「……ミスっても、責任取れませんよ?」

「それは責任者たる私の仕事。気にする必要はない」

「口煩く、気軽にガンガン言うかもしれませんよ?」

「むしろ昔の様に、フランクな方が望ましい位だ」

「わた……あたしは、手加減出来ませんよ?」

「それでこそ姉御属性の面目躍如だろう」

「この人は、年下相手に何を言っているのかしら」

 

 真顔で全てを肯定されてしまうと、悩んでいたことが何とも馬鹿らしい。

 

「ああ、それともう一つ」

「はいはい、なんでしょ」

「面倒なので、私生活のサポートも候補生の頃と同様に頼む。これが部屋の鍵とクレジットカードの予備。うまいことやってくれ」

「あたしは先輩の母親じゃないんですけど。てか、預金まで任せるって」

「はっはっは、使う暇が無いのでゴッソリ溜まっているぞ」

「笑ってごまかすなぁ!?」

 

 た、確かに寮生活ではハウスキーパー紛いの事をやっていたけど、まさかこの期に及んでまで請け負うことになるとは、ビックリを通り越して呆れるばかり。

 まーた昔と同じく、通い妻とか愛人みたいな風評が広がりそうね……。

 

「部隊の風紀が、激しく疑問形ですマイロード」

「私がてっぺんでルールだ。虎の威を全力で使い、五月蝿い輩は黙らせろ」

「はぁ」

 

 口には出さないけど、先輩は少なからずあたしに好意を抱いていると思う。

 これが自惚れなのか、真実の一端なのかは分からない。

 でも、あたし自身は穴あきチーズのように欠点の多いテファルという騎士が好き。

 今は傍に居られるだけで十分。高望みをしちゃダメ。

 

「風紀を問題にするなら、名義上だけでも嫁に来るか?」

「死ねばいいのに」

 

 この男はたまーに本気でろくでもない事を言い出すから心底救えない。

 

「簡単にそんな冗談言ってると、本気にした娘に刺されますよマイロード」

「いや、君だから言っている。他の誰にも言うつもりはない」

「……せ、先輩?」

「気軽に偽装結婚を頼めるのは、アンヌくらいだ」

「お疲れ様でしたー」

 

 き、気を持たせるような発言を。

 ホント、この人は乙女心が分かってないんだから!。

 

「そうか。では、予約で二年待ちのレストランはキャンセルだな」

「行きましょう」

「帰るのでは?」

「ロハでご飯が食べられるなら、世迷言の一つや二つ受け流せるあたしです」

「何が悪いのか分からないが、とりあえず機嫌を直してくれただろうか」

「空気の読めない性格、よーく知ってるから出来る芸当よ。普通の女の子ならとっくにブチ切れて裁判沙汰だと思う。懐の広い後輩に感謝してよね」

「了解した。見捨てられないよう努力する」

 

 やっぱりこの人には、あたしが必要らしい。

 それが分かっただけで自然と笑顔が零れちゃう安い女ですよ、ええ。

 

「……見捨てるもんですか。先輩が望む限り、ずっと隣で支えてあげますよ」

 

 ぎゅっと先輩の腕に抱きつき、そっと呟くあたしでしたとさ。

 

 

 

 

 TURN10 「罪と罰」

 

 

 

 

 

「君がテファルの選んだパートナーか。これから先、無理難題を命じる事も多々あるとは思うが、宜しく頼む」

「いえいえいえ、殿下に頭を下げられては立つ瀬が無いというか何というか。と、とにかくマイロードの為に粉骨砕身働かせて頂きます!」

「ははは、公の場を除き敬語は不要。そうだろう、我が騎士」

「はっ、その通りで御座います」

「えーと、容赦なく敬語ですけど……」

「僕の騎士はこれで平常運転さ。私生活でもパートナーと聞いているけど、二人きりの時は違うのかい?」

「あーと、大体こんな感じかもです」

「ま、無理強いはしないよ。但し、僕は気安い方が好ましいとだけ覚えていて欲しい」

「わっかりました。僭越ながら、フランクな応対を心掛けますね」

「その調子で宜しく」

「あの、それはそれとして聞きたいことが」

「何だね?」

「マイロードの隣で死んだ魚みたいな目をしているのが、噂の妹さんですか?」

「その通り。アレの名はファンナ。法的にも道義的にも妹に分類される女の子かな」

「ええと、今にも首を吊りそうな感じの女の子に対するフォローは?」

「不要」

「……殿下はそう仰ってるけど、兄としてはそれでいいの?」

「殿下の判断は常に正しい。何よりこれは自業自得の末路、これくらい凹んで妥当だ」

「なんだかなー」

 

 黒の騎士団の横槍で完全勝利こそ逃したにしろ、結果的にナリタは落ちた。

 政庁で勝利の一報を聞いたアンヌは腕によりをかけて料理を仕込み、翌日戻ったセリエル一同をもてなす祝勝会の場を設けたのだが、何とも空気が悪い。

 正確に言えばファンナだけが捨てられた子犬の様な雰囲気で、兄と想い人は至って明るく平常運転。しかも二人揃って少女の事を、意識的に無視している節すら見受けられる。

 

「えーと、ファンナちゃん?」

「……何でしょう」

「何をやらかしたの?」

「……命令違反です」

「そ、それは何と言うか救えない感じね」

「……転属前は相棒と一緒に命令を無視してハシャいだこともありましたけど、必ず結果を出して何も言わせませんでした。でも、今回はダメです。殿下の指示を聞かなかった挙句、KMFはスクラップ。兄さんが来なければ多分死んでいたと思います」

「ヘ、ヘビーだなぁ」

「はい、極刑をかせられました……ぐすん」

 

 言いながらぽろぽろと涙を零す少女の姿は、可憐なだけに見る者へ罪悪感を抱かせる。

 それはアンヌも例外ではなく、義妹になるかもしれない少女の惨状に胸が痛む。

 そして同時に感じたのは、肉親へ気遣いを見せる素振りの無い主への怒りだ。

 

「ちょっとテファル、妹の減刑に尽力とかしなさいよ」

「皇族の命に背いた罪人に温情? 本来ならば、軍法会議無しで即刻死刑だぞ」

「そりゃそうだけど……」

「そもそも愚妹に課された刑を知らないから、そんな温い事を言う」

「そうなの?」

「砂糖に蜂蜜を加える程度には甘い処遇だろう」

「……ねえ、ファンナちゃん。どんな罰を受けたの? 減給? それとも懲罰房送り?」

「殿下が口をきいてくれません」

 

 テファルからエル家の人間は身内に甘いと聞いていたが、予想の範疇を大きく超える勢いである。これでは騒いだ自分こそがピエロではないか。

 

「子供の喧嘩か!」

「年齢だけ見れば子供だがな」

「なんて言うかさ、あんた達って兄妹だわ。揃ってメンタル弱すぎ」

「言うな」

 

 お家芸の自覚はあったらしい。

 

「よーし、気にせず食べるぞぅ! 殿下、これなんて自信作。うちの馬鹿上司が大好物な、エリア11の郷土料理です」

「芋と肉の煮込み……確かテファルの母親の得意料理だったか。この独特の風味、本当に懐かしい。テファルも良い嫁を持ったものだ」

「いえ、嫁じゃないです」

「まだ恋人かね」

「いえ、唯の副官です」

「……大変だな、君も」

「いえいえ、身分差の激しい殿下ほどでは」

「ならば僕が先か、それとも君が先か。一つ勝負といこう」

「望むところ」

 

 この人の下でなら働ける、そんな感想を抱いたアンヌに気づいたのだろう。

 テーブルを挟んでほっと胸を撫で下ろしたパートナーは、珍しく笑顔を浮かべている。

 それから一人を除いて談笑は続き、セリエルが時計を気にし始めた時だった。

 

「時にアンヌ、明日の予定はどうなっている?」

「ええと、昼からマイロードの政庁訪問に同行します。その後は例の鹵獲機の件で特派とウチの開発陣で打合せをして……夕方以降ならフリーですね」

「なら、この後一晩付き合って貰おうか」

「ひゃいっ!?」

 

 飛び出したのは、まさかの爆弾発言だった。

 これには泣く子も飛び上がり、あうあうと所在なさげである。

 

「いやそのあの所望されて大変光栄ではありますがあたしみたいな下々の女と関係を持たれては後々に御自分の為にならないというかなんというかその……せ、先輩?」

「私の物は殿下の物、殿下の物は殿下の物との格言がだな」

「せ、せめて初めては好きな人に捧げたかった……」

「すまん」

 

 今度はアンヌが半泣きだ。

 まさか結婚を考えている相手から、他の男に抱かれて来いと言われるとは。

 数分前までの、話が分かる良い上司像は偽りだったのだろうか。

 かと言ってNOの言える相手でもなく、逃げ道が何処にもない。

 

「楽しい時間は過ぎるのも早い。少々時間が押しているので、先に失礼する。テファルよ、彼女を借りていくぞ」

「ご存分にお楽しみを」

 

 テファルは放心状態の娘に付いて来るよう促すと、ファンナを一瞥。

 しかし決して言葉は交わさない。

 腕を引かれ、無理やり連れて行かれるアンヌの無理やり作った笑顔が痛々しさ。

 二人が去り、兄妹だけが残された部屋は静寂に満ちていた。

 

「兄さん……殿下はわたしが嫌いになっちゃったのかな」

「さあな」

「アンヌさん、わたしなんかよりずっと綺麗だもんね」

「あれは中身もいい女だぞ」

「わたしと比べたら?」

「殿下がどちらを選ぶのかは分からないが、私はアンヌ一択だろうな」

「駄目なわたしじゃ……捨てられて当然です」

 

 ぺたんと座り込んで泣きじゃくるファンナは、兄の目から見て年相応の小さな子供だ。

 セリエルにはキッチリ苛めておけと言い含められているが、さすがに妹の泣き顔を見て喜べるほど人が出来ていない。

 義母の手料理を母の味と認識するように、血の繋がりは無くとも、兄として義妹を愛していることに変わりは無いのだ。

 

「ナリタでの一件。私が合流してから動いていれば、全てが上手くいっていた。はっきり言うが、コーネリア殿下のお命など無価値。お前の働きは全て無意味だ。」

「……」

「そもそも大切な人を失う事の怖さは、今のお前が感じている絶望を遥かに超えると理解して居るか?」

「……お父さんの時に痛いほど」

「私たちは騎士であり軍人だ。必要なら捨て駒も役割だが、不必要に命を危険に晒す意味は無い。人の手はいくつある? たった二つだ。自然と救える命にも限界がある」

「……うん」

「お前はセリエル殿下の騎士。他人への義理も人情も些事であり、優先されるべきはあの方の意思のみ。私はラウンズとして表向きは陛下に忠誠を誓っているが、仮に殿下が皇帝を討てと命じたならば、喜んで命を果たすだろう。果たしてお前に私と同等の覚悟が本当に在るのか?」

 

 兄の問いかけは最後通牒。

 答え次第では妹だろうと切り捨てる、と暗に言っている。

 

「世界が敵になっても、わたしはでんかさまのお側から離れません。例え兄さんが敵に回ろうと躊躇わずに殺す覚悟は、このリボンを賜った瞬間に出来ています」

「なら、お優しい殿下に心配を掛ける真似はやめろ」

「二度と間違えません。絶対にです」

「分かったなら良い。殿下へのとりなしは私に任せ、今晩は大人しくしていなさい」

「イエス、マイ・ロード」

 

 問題を片付けたファンナだったが、もやもやがもう一つ。

 

「ところで兄さんは、アンヌさんが殿下の寵愛を受けてもいいの? 妾の一人や二人、皇族なら当たり前かもしれないけど、わたしは義姉が好きな人のお手つきとか……本音では嫌です」

 

 理性では理解していても、少女の潔癖が許せない。

 出来ることなら、妾なんて一人も持って欲しくないのである。

 そんな複雑な心境を顔に出していたファンナは、優しく頭を撫でてくる兄の笑顔に困惑気味だった。

 

「やれやれ、本気で殿下が部下の女を寝取る鬼畜だと思うのか?」

「実際にこれから……その、えっちな事を」

「確かにアンヌは、これから暫く夜のお相手を務めるだろう。しかし、果たしてソレは誰のためかな?」

「?」

「この意味は遠からず分かる。お前は無駄な自己嫌悪を止め、己の魅力を磨く努力に専念しなさい。ファンナはちっぱいで童顔の軽ロリ枠なのだから、それを生かす格好をだな」

「死にますか? ねえ兄さん、喧嘩なら買いますよ?」

 

 思わず拳銃に手が伸びるファンナだった。

 

「そういうところが子供なんだ。大人になれ大人に」

「ぐぬぬ」

「先ずは、女らしさをアンヌから学べ」

「何やら誤魔化されている気が……」

「いいから、駄目な自分を今日中に捨てろ。明日からは出来るνファンナだぞ?」

「NEWじゃない辺りが、兄さんらしい……」

「はっはっは。殿下に負けないくらい愛しているよ、我が妹」

「わたしもアンヌさんと同じくらい愛しています、兄さん」

 

 こうしてファンナの心に小さな棘を残しつつ、反省会は終わりを告げるのだった。



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TURN11「嵐の前に」

「これに着替えてくれる?」

「……仰せのままに」

 

 世界は絶望で色を失っていた。

 遠くない未来、あの人に捧げるはずだった純血をこんな形で失う悪夢。

 逃げたい。だけどそれはダメ。不敬罪は一族郎党にまで責が及んでしまう。

 自分と大切な人たちを天秤に掛けた結果、傾いたのは後者の側。葛藤を受け入れたあたしに許されたのは、人形の従順さで頷くことだけだった。

 

「僕はこの先の部屋で待つ。女性にこんなことを言いたくは無いが、手早く頼むよ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 ポジティブに受け入れたとしても、初めてがコスチュームプレイ……かぁ。

 どんなプレイを強要され―――って、あれ? これって作業服?

 ちょっと意味が分らない。性癖なのかしら。

 だけど、悩むより先に動けが軍人の本分。

 案内された更衣室で手早く着替えを済ませ、覚悟を決めて外へ。

 殿下が姿を消した先へと進み、ゴクリと唾を飲み込みえいっと開けた先。

 そこは寝所なんて場所じゃなかった。

 想像していたのは、退廃的な甘い香料の漂う退廃的な感じ。けど、実際に匂い立つのは、熱い討論を続ける男女の発する汗の香り。

 見覚えのある図面の映し出された大型モニターを前に、少なくない数の人間が議論を交わす光景が飛び込んでくる。

 しかも居並ぶ面子の大半は、気心の知れた貴下のご同輩たち。

 ひょっとして部屋を間違えたのかしらと、あたしは困惑を隠せない。

 

「これで全員揃ったね」

「ですな」

「ならばこれより、極秘プロジェクト ”僕の考えた最強のKMF建造計画” の始動を宣言する。が、その前にアグレスティアの件を先に片付けてしまおう」

 

 は? 何でウチの開発主任が殿下の音頭に乗っかってるの!?

 

「ではマンチェスタを代表して、主任たる私がお答えします。ロイド伯爵もお気づきだとは思いますが、そもそもアグレスティアの欠陥は脚部基礎フレームの強度不足が原因です。シュミレーション上は問題なかったのですが、ランスロット比にして二割の軽量化は無理だったのでしょうな」

「対応策は確立済みと聞いてるけど?」

「はい。研究中のシュロッター鋼をベースマテリアルとして採用したパーツを、本国より持ち込んでおります。これにより従来比1.8倍の強度を確保。今後ファンナ嬢が今後どれだけブン回そうと、同様の破損が発生しないことを保障致しましょう」

「ご苦労。時に例の玩具は完成を?」

「滞りなく。改修と平行して、ブツの取り付けもお任せあれ」

「頼んだ」

 

 んー?

 

「……よし、ならば皆もお待ちかねの本題に入ろうか」

 

 あの。

 

「知ってのとおり、KMFの最先端は特派謹製のランスロット系列。やっと配備の始まったグロースターすら赤子扱いする第七世代は世界最強……の筈だった」

 

 え、違うの?

 

「ナリタで鹵獲したKMFを調査したところ、驚くことにランスロットに比肩する性能を持つことが判明している。つまり、既に我々は頂点じゃない。少しでも足を止めれば、追い抜かれるところまで来ている同率一位。これは技術屋として由々しき事態だろ?」

 

「「「YES! YES! YES!」」」

 

「同意を得られて嬉しく思う。そんな僕と同じで天辺が大好きな諸君に要求したいのは、後続がちょっとやそっと頑張ろうと容易に追いつけない絶対的アドバンテージを持つKMFだ。他が次なる第八世代を目指す中、我々だけがその先を目指そう。無駄な過剰スペックを追求し、誰よりも先に第九世代へと至る道を切り開いて欲しい」

 

 なにそれ恐い。

 ラモラックの時点でインチキ性能なのに、その先を目指すってどんだけ……。

 

「資金は僕が責任を持って確保する。とりあえず手土産として、アッシュフォードを強請りガニメデのパテントと実機を毟り取ってきた。煮るなり焼くなり、好きにしたまえ」

 

「「「ランスロットの母体にして、新発見の宝庫のガニメデっ!」」」

 

「先ずはコレを徹底的に研究し、技術を盗―――インスパイアしようか。ついでに偶然にも転がり込んできた、日本製の紅蓮とやらも丸裸にひん剥け!」

 

「「「ヒャッハー!」」」

 

 あたしが金魚のように口をパクパクさせている間に、話はトントン拍子に進む。

 口々に皆が叫ぶのは殿下を崇める肯定の声。

 揃って目をギラギラと輝かせ、正気を疑うプランを次々と提示する狂気!

 

「だけど、注意して欲しいことが一つだけ。幾ら僕と君たちが昔からズブズブな関係でも、ラウンズの開発チームを僕の都合で拘束するのはマズイ。陛下にバレぬよう、外部への秘匿は絶対条件だからね?」

 

「「「イエス、ユア・ハイネス!」」」

 

「まぁ、仮にバレてもシュナイゼル兄上の黙認は取り付けてあるし、国益にも反しない悪戯だから無問題。なので、全てのケツは僕が持つ。安心してハシャいでくれたまえ」

 

「「「イエス、ユア・ハイネス!」」」

 

 い、今起こった、ありのままを話すわよ?

 処女を散らすと思っていたら、いつの間にか謎の暗躍に巻き込まれた。

 って、誰のスタンド能力なのよコレ!?

 

「ハーケンブースター流用で、腕をズガァっと飛ばしたい」

「いやいや、複数のKMFを変形合体させてこそ王道」

「それはシュタイナー家の試作機で実装が確定しているらしい。二番煎じは寒いぞ」

「マジかよ……」

 

 ふと我に戻ったあたしの耳に飛び込んできたのは、今まで見たこともないほど晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら討論を続ける部下たちの話し声。

 あたしは技術畑じゃないけど、皆にフラストレーションが溜まっていることは何となく察していた。

 そりゃそうよ。だってマイロードの好みは革新より堅実。

 けん玉フレイル、ホーミングブーメラン、etc。

 幾らスタッフが知恵を絞って新機軸を提案しようと、先輩は全て却下して来た。

 これでは面白いはずが無い。

 ある意味、彼らの本気はラモラックでは発揮出来なかったのだと思う。

 

「あの、殿下」

「何だね」

「夜のお付き合いって、ひょっとしなくても連中の手綱を握れって話ですか?」

「大正解。君には一晩と言わず、PMとして今後の進捗管理やら何やらを全て任せたい。本来なら専任を雇うところなんだろうけど、如何せん外部に漏れると痛くも無い腹を探られてしまう。口の堅い有能なデスクが必要なのさ」

「はぁ」

「ちなみに ”白の騎士団” 計画に使う汎用機の設計も同時並行ね。かなり大変だろうけど、特別ボーナスをたらふく出すので頑張って欲しい」

「めちゃくちゃ嫌な予感しかしません。てか、何ですかその露骨に不穏な名称は」

「一人で棋譜を並べる、虚しい王様の遊び相手を引き受けてやろうかなーと。詳細は後ほど話すよ」

「……殿下、一つだけ質問を」

「何か」

「企みに参加した場合、マイロードはどうなります? 何か罪に問われますか?」

 

 いくら先輩が盲信しても、あたしの主はこの少年じゃない。

 優先すべきは愛する男の将来。必要なら陛下への直訴だって躊躇わないあたしです。

 

「特務総監に、立場を弁えろとネチネチ言われて終わりかな」

「それはウザイと言うか、何と言うか……」

「逆を言えば、お説教以上の処罰は無いってこと」

「本当に?」

「君も少し熱くなっているようだね。そもそもにして、ナイトオブファイブの指揮権は正式に僕が賜っている。つまり、僕の言葉は陛下のお言葉。勅命を受けて動く君たちが、罪に問われることは在り得ない」

 

 クールダウンして発言を振り返ってみると、シュナイゼル殿下のOK出てるんだっけ。

 ブリタニアの諸葛亮が問題無しと結論付けてるのに、あたしは何を言っているのやら。

 

「ですよねー、独断専行じゃありませんもんねー」

「時期皇帝の席を狙うエル家の人間が、自分の足を引っ張る真似をするわけ無いじゃないか。影でこそこそ動くのは、それが愉快なだけ。せっかく謎の第三勢力をでっち上げるなら、真相を知る人間は少なければ少ないほど面白い」

「……今、聞き捨てなら無いことをさらっと」

「はっはっは」

「こんちくしょーっ、マイロードも殿下も手のかかる子供なんだからっ! ええ、やってやりますよ。どうせウチの連中が絡むなら、飼い主として看過できませんし! で・す・が、隠し事は無し。いいですね?」

「契約成立だ」

 

 今のあたしには知る由も無かった。

 これから始まる殿下の戯れが、どれだけの火遊びなのかと言うことを。

 この日を境に、ストレスで酒量が増える日々が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 TURN11 「嵐の前に」

 

 

 

 

 

「黒の騎士団も、たまには人の為に働くものだねぇ」

「褒めるとは意外だな。お前の立場を考えると、忌々しい限りだと思っていたが……」

「僕は麻薬が嫌いだ。治安を悪化させ、生産効率を落とす忌々しいアレを撲滅してくれるなら、例え悪魔だろうと賞賛するとも」

「清濁併せ呑むと言うことか」

「泥水と下水程度の水質の差だけどね」

「濁しかないぞ!」

 

 話題は正義の味方を騙る黒の騎士団について。

 概ね水戸のご老公的立場で汚職や不正を断罪していく彼らは、ついに麻薬撲滅にまで手を出したのである。

 最近、イレブンの間で蔓延しつつある中毒性の高いリフレイン。

 大本は大陸なので根絶は不可能ではあるが、受け皿を潰し続けるだけでも効果は大きい。

 武人らしく麻薬嫌いのコーネリアが主要流入ルートである九州を叩くまで、この調子で働き続けて欲しいとさえセリエルは思う。

 

「と言うか、黒の騎士団は義賊気取りのテロ屋。為政者サイドから見て、彼らの何処を賞賛すればいいのか分らない」

 

 どれだけ自浄作用が働こうと、統治者から見た黒の騎士団は害悪そのもの。

 麻薬組織を潰そうが、法では裁けない悪を断罪しようが、それはそれ。

 地域の安定を招く役割を果たしても、所詮ヤクザはヤクザ。

 反社会組織の本質は何も変わらないのである。

 

「大体、イレブンは虐げられていると不満を垂れ流すけどさ、彼らの多くは帝国の管理と技術力の恩恵を受けて、それなりに裕福な暮らしを感受しているじゃないか。甘い汁を吸っておきながら、どの面下げてゼロの正義とやらに追従するのか理解できないね」

「……お前はゲットーの廃墟を見たことが無いのか? あそこに暮らす人の不遇を考えたことは無いのか?」

 

 何故かファンナは遠巻きに距離を置いて護衛に立ち、スザクも生徒会で不在。

 昼休みの屋上でパンを齧る皇子たちは、珍しく二人きりで舌戦を続ける。

 

「その発想は、この生クリームワッサンをイチゴオレで流し込む以上に甘い」

「……あえて言わなかったが、その組み合わせはおかしい」

「はっはっは、甘党を舐めるなよ」

 

 指についたクリームを舐め取り、セリエルは続ける。

 

「ルルーシュは途上国の惨状を知らないから、そんなことが言えるんだ。僕が視察した南アフリカの方なんて食うに困った餓死者が蔓延し、ちょっとした病気でバタバタと死人が出続ける地獄だったよ。あの辺と比べれば、ゲットーは天国だと思う」

「……比較対象が悪すぎる」

「治安を維持し、人道的見地から無駄と知りながらもゲットーを含む全ての地域に水や電気のインフラを保障しているのは誰だ? 安定した仕事を与え、適切な対価を与えているのは誰だ?」

「だがっ!」

「そもそもイレブンの地位が不満なら、市民権を得て租界に来れば良い。簡単な申請で名誉ブリタニア人への道を用意してやっているのに、権利の保障されない日本人で居ることを選択しているのは彼ら自身さ」

 

 これこそ、セリエルの理解できない日本人の精神性だった。

 文句を垂れ流して日々をだらだら生きるのは、緩慢な死を待つのと同じこと。

 それならば一発逆転の夢を抱いて新大陸に移住を決めたブリタニアの祖と同じく、征服者の側で伸し上がる努力をすべきではないのだろうか?

 さすがにファンナは特例にしても、過去に名誉ブリタニア人から出世を果たした例は皆無ではない。

 現にイレブンのスザクとて、己の技量を頼りに栄達を掴みつつあるではないか。

 輝かしい未来が欲しいなら、それは自分の力で掴み取れ。

 それが嫌だと言うのなら、一生底辺を彷徨い続けるべきである。

 

「宰相補佐官として言わせて貰うなら、救いの蜘蛛糸は常に垂らしていると断言するよ。にも関わらず、これ以上馬鹿の側に擦り寄れと? 実にナンセンスだ」

「……ブリタニア人からは軽視され、日本人からも裏切り者扱いされる地位を甘んじて受け入れろと言うのか!?」

「全ては我らが祖国に敗れた日本が悪い。どうせ逆の立場なら、彼らが僕たちを踏みつけていた」

「……その点は否定できん」

 

 勝者が敗者から全てを奪って何が悪い。

 嫌なら負けるな、勝ち続けろ。

 ブリタニアの繁栄が羨ましいなら、勝利を積み重ねて強者の側に回れ。

 有史以前より、弱肉強食こそ世の常だ。

 

「今やエリア11はブリタニアの土地だ。僕は恭順する人間には寛大だが、差し伸べた手を振り払う漂泊の民に容赦はしないし、する必要性も感じない」

「……あの男の言いそうな台詞を」

「と言うかルルーシュ、お前は誰の味方なんだい?」

「なん、だと」

「要介護な妹と表舞台に出られない兄を匿っているのは、お前の大嫌いなブリタニア貴族。つまり、臣民の血税で生かされていることを理解しているんだろ?」

「……ああ」

「口ではブリタニア憎しを公言する癖に、不自由の無い生活を送る為の糧はブリタニア頼み。この矛盾は何だ? 答えてくれよ、ルルーシュ・ランペルージ君」

「それ……は」

「即答出来ないのであれば、この場で無意味な復讐心を捨てるべきだと僕は思う」

 

 真顔で言い切られたルルーシュは口を噤んだ。

 アッシュフォードの庇護下で日々を暮らし、それでいて父への憎しみを捨てられない己。

 腹の底では理解しているのだ。人は平等ではなく、勝者が敗者を虐げることで世界が回ることに。

 才覚一つで作り上げた黒の騎士団とて資材を奪い、人を駒として使い潰す事で成り立っている。

 そもそも強者が罪ならば、全ての市場原理は成り立たない。

 必死に働いて、財を築いた金持ちは悪なのか?

 努力を怠り、その結果として発生した弱者に救済は必要なのか?

 

「……お前は手厳しいな」

「僕の信奉する宗教は、現実主義教だからねぇ」

 

 黒の騎士団が掲げる弱者救済の御旗、あれとて所詮偽善の塊でしかない。

 判官贔屓を是とする民衆に媚を売り、手駒を強くする為の方便をセリエルはしっかり見抜いている。

 正直、こうも見て見ぬフリをしてきた急所を連打されるとキツイ。

 思わず修羅の道を歩む覚悟が揺らぎそうなルルーシュだった。

 

「で、質問の回答はまだかい?」

「……即断は無理だ。考える時間が欲しい」

「なら暫く学校を休むから、次に僕が登校した時ってことで」

「本国にでも帰るのか?」

「趣味と実益を兼ねたエリア内小旅行。行き先は土産のネタバレになるからヒミツ」

「常習犯の俺が言えた義理ではないが、サボリは程ほどにな」

「その辺は土産と言う名の賄賂でカバーするさ。ナナリーの分も買ってくるから、これを機に約束した面会もセッティングしてくれよ?」

「心得た」

 

 区切りを得たところで時計を見やれば、間もなく予鈴が鳴る頃合だ。

 ルルーシュ的に本日の勝負は完全敗北だが、次戦も負けるつもりは毛頭無い。

 先ずは、気持ちの整理から始めよう。

 迷いを抱えていては、今後の活動にも支障をきたしてしまう。

 

「それはそれとして、友人として忠告を一つ送っておくよ」

「忠告? サボリの件でシャーリーに何か言われたか?」

「あえて何とは言わないが、火遊びは程ほどに」

「!?」

 

 まさか、とは思う。

 バレる筈がない。失策は何一つ打っていない。

 

「リヴァルの誘いで打った賭けチェスだけどさ、いきなり暴力沙汰に発展してびっくりしたよ。アレが日常的に起きるなら、護衛が居ないルルーシュには危ないって」

「……お前が煽ったからじゃないのか? 俺は一度も荒事に巻き込まれたことは無いぞ」

「ふむ」

 

 一瞬ゼロの正体が発覚したのかと焦ったが、幸いにも違ったらしい。

 握り締めた掌は汗で濡れ、未だ鼓動は落ち着きを取り戻せずに居る。

 これ程に肝が冷えたのは何時以来だろうか。

 

「俺と違って金に困るお前でもあるまい。ファンナが泣くから、馬鹿の口車に乗せられるのは止めろ」

「既に泣かせたし、これからも泣かせる」

「……最悪な男だな」

「じゃあ、チェスで決めようか。僕が勝てば今後も続行。怒るファンナの懐柔にも手を貸して貰う」

「受けてやる。おっと、ハンデは必要か?」

「お言葉に甘えて先手は僕な。白が黒を討つ、王道展開と洒落込もう」

 

 嫌な例えだった。

 本当は全て知った上での言葉遊び。そんな懸念がどうにも拭えない。

 

「ぼけっとしてると、置いて行くよ」

「あ、ああ」

 

 直接対決の時は近い。



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TURN12「キョウトへの使者」

 トーキョーを出発して二時間と少し。かつての鉄道大国から引き継いだ新幹線に揺られ、ついにあたしは夢にまで見た土地にやってきた。

 どうせなら秋に来て紅葉を見たかったけど、今回は所詮お仕事。土を踏めただけでも良しとしよう。さもないと罰が当たってしまう。

 

「あ、暑い」

 

 それが例え立っているだけで汗が噴出し、温度計の表示がおかしなことになっている真夏日、カンカン照りの灼熱地獄だろうと、トーキョーの政庁で書類に埋もれるより余程マシ。

 服装だってキャミソールに、日焼け対策のカーディガン。蒸し暑さを想定したショートパンツと、普段着ている軍服に比べれば天国の涼しさ。

 どうせ神に祈ろうが、皇帝陛下に賛辞を送ろうが、状況が好転しないことは天気予報が太鼓判を押している。

 なら、後は気合で乗り切るしかないじゃない。

 仕事も遊びも全力全開。与えられたチャンスは徹底的に活かさないとね!

 

「さーて、手始めに清水寺から回りますか!」

 

 日本文化大好きのあたしは、悪条件でもテンション高め。

 太陽に負けじと声を上げ、自分を奮い立たせたけれど―――

 

「予定を変更し、このまま部屋で待っていても構わないかな?」

 

 宿へのチェックインを済ませ、冷房の効いたロビーから外に一歩踏み出した瞬間だった。

 駅舎からここまで、外気に触れていなかった殿下の心はあっさり折れる。

 

「では、護衛の私も失礼して」

「待ちなさい。殿下はともかく、ファンナちゃんの赴任先は中東だった筈。この程度の気温で辛そうな顔を浮かべているのは何故かしら?」

「湿度が全然違うからです」

「あ、そっか」

「向こうのカラッとした空気と比べ、この低温サウナの様な蒸し暑さは完全に別物。正式な軍務ならともかく、半分私用でこの炎天下を練り歩くのはちょっと……」

「神社仏閣に興味が無いと厳しいかー」

 

 うーん、この同行人達とのモチベーション差。

 実は楽しみにしてたのって、あたしと先輩だけ?

 

「体調を崩されても一大事ですし、殿下は無理を為さらない方が宜しいかと」

「夜はもう少し涼しいと聞く。日が落ちて気温が下がったら散策に付き合うさ」

「久方ぶりの供回り、楽しみにしております」

「そして、護衛は私にお任せです。兄さん達は予定通り観光地を巡って、交渉の為の布石作りを頑張って下さい」

「……過去に陛下が利用されたこともある宿の警備体制に不備は無いと思うが、仮にもこの地はテロリストの総本山。如何なる時も気を抜かず、護衛の任を全うしろ。これはナイトオブラウンズとしての命令だ。出来るな、愚妹」

「くっ、まだ愚妹扱いが終りませんか」

「この旅で汚名をすすぎ、騎士としての価値を見せるんだな。さもなくば殿下が許そうと、私は断固として認めない。断固として許さん」

「イエス、マイ・ロード」

 

 とか何とか言いつつ、結局この兄は妹に甘いと思う。

 どうせ荒事の発生確率が極めて低いお忍び旅行なんだし、活躍のチャンスなんて最初から無い。

 にも関わらず何事も無く終えるだけで許す、と暗に示すとか在り得なくない?。

 

「それでは不肖このアンヌ・レスキュール。殿下の命に従い、全力で羽を伸ばしてまいります。何かお望みの戦利品とか御座いましたら、是非一報を!」

「心遣いご苦労。僕のことは気にせず、たまのデートを楽しんでおいで」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 こうやって粋な心遣いを見せてくれる殿下は凄い。

 どうせ観光に出ないのも、ファンナちゃんへの気遣い。

 アウェーの地で裏切り者とバッシングされる前に、遠回しの予防線を張ったんですよね?

 夜なら人気も抑えられるし、昼間よりは外も出歩ける。気温を口実にする紳士っぷりが堪りません。

 割と高慢―――じゃなかった、上から目線―――でもなく、唯我独尊に下々を使い捨てることの多い皇族とは、どー考えても毛並みが違う。

 似たようなジャンルに超フランクなオデュッセウス殿下が居るけど、あの人は毒にも薬にもならない中庸な御方。本気で皇帝の椅子を狙うべく、被った羊の皮の下で虎視眈々と牙を磨くセリエル殿下と同列に扱うのは可哀想よね。

 

「さーて、行きますよマイロード……じゃなかった先輩っ!」

「そうだな。作戦終了予定時刻迄に予定されたプランを網羅する為には、可及的速やかに行動する必要がある。第一目標到達後、次は境内の地主神社だ。遅れるな」

 

 そう、あたしの日本かぶれのルーツは先輩にある。

 産みの母に負けず劣らず義理の母を敬愛する先輩は、ブリタニア文化を根底に置きつつも、育ての親の文化も自然と吸収して育ったらしい。

 お陰で生粋のブリタニア人の癖に、舌のベースは鰹出汁と醤油。好物は肉じゃがで、パン以上に米を愛する不思議な人間に育ってしまったとのこと。

 ぶっちゃけブリタニア生まれ、ブリタニア育ちのあたしは、日本のことをサクラダイトの宝庫くらい程度しか知らず、興味を抱いたことさえ無かった。

 そんなあたしがこうなった理由は、とっても不純。

 最初は憧れの人の好みを探っただけ。

 共通の話題が欲しくて、好きでもない分野に手を出しただけのこと。

 

「アンヌ?」

「ごめん、暑さでちょっと脳が熱暴走を。もう大丈夫だから、レッツゴー!」

 

 だけど、不思議と和の心は肌にあった。特に神社仏閣のオリエンタルなデザインには心を引かれ、先輩の信奉する醤油教にも入信する染まりっぷり。大豆神を崇めよー。

 我ながら、どうしてこうなったのか良く分からないわ。

 

「何時も通りナビはあたしにお任せ。運転の方をお願い」

「妥当な判断だ。ラウンズの作戦に失敗は無い。最速の走りを見せてやろう」

 

 始まりがなんであれ、共通の趣味を持てて本当に良かったと思う。

 レンタカーに颯爽と乗り込んだ愛しい人に遅れまいと助手席に飛び乗ったあたしは、偶然が幾つも重なって生まれた幸せに感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 第十二話「キョウトへの使者」

 

 

 

 

 

 セリエルが宿泊するのは、一見様お断りな純和風の最高級ホテルである。

 敷地の中には様式の違う庭園が散りばめられている他、茶室を始めとする様々な施設を網羅。

 保津川沿いに設けられた茶寮で涼を取り、嵐山の絶景ポイントで足を止める等、存分に楽しみながら回ったにしろ、一通りを見終える頃にはすっかり日も暮れる広さ。

 和の空気を存分に堪能したセリエルとファンナは、木刀やら饅頭を抱えて戻ってきた騎士コンビに負けず劣らず避暑地での逢引を楽しんだのだった。

 

「さて、行こうか」

「御意」

 

 合流し、ほっと一息ついたのも束の間。白の騎士服に身を包んだ従者だけを伴い、セリエルは本来の目的を果たすべく出発する。

 幾ら第一の騎士でも、ファンナでは駄目。

 供はテファルでなければ意味を為さない。

 何故ならこれから向かう場所は、肩書きと口先だけが意味を持つ政治の世界だ。

 必要となるものはラウンズの名。こればかりは如何に二つ名持ちだろうと、一介の騎士では果たせない役割なのである。

 隣に少女が居ない手持ち無沙汰を流れる景色で誤魔化し、セリエルは舌戦と言うか恫喝の流れを頭の中で再チェック。

 特に不備が無いことを確認して時間を潰していると、気づけば目的地も目の前だ。

 厳重なセキュリティに守られた京屋敷と呼ばれる歴史的建造物の門を顔パスで潜り、アポを取った正式なゲストとして堂々と先へ。

 案内役に導かれるまま奥へ奥へと誘われた先、そこに目的の人物が居る。

 

「遠いところから、良くぞおいでなされました。この桐原、高貴なる御方を我が家に招くことが出来て光栄の至り。ささ、上座へどうぞお座り下さいませ」

「下座で結構」

「そ、そうですか」

「お互い、外では出来ない話をする為に時間を設けたんだ。面従腹背の世辞は結構。早速本題に入ろうじゃないか」

 

 セリエルが対峙する老人の名は桐原泰三。かつては旧日本を裏から牛耳っていたフィクサーだったが、敗戦と同時にブリタニアへ鞍替えを果たした勝ち組だ。

 植民地人の管理は植民地人に。そんなブリタニアの政策を上手く利用し、サクラダイト利権を一手に牛耳るのは序の口。汚職の蔓延していたクロヴィス統治下においては豊富な資金力を武器に、軍部の深いところまで触手を張り巡らせたと噂の妖怪である。

 しかしこの手の人間は表向き従順で、結果を残しながらも悪事の証拠を残さない。お陰で裏で暗躍していることを確信しているコーネリアすら安易に手が出せず、事実上の野放しが今も続く有様だ。

 

「はてさて……この爺には、何を仰りたいのか検討も付きませんな」

 

 そう、桐原は侮っていた。

 エリアの最高権力者すら裁けない自分を、ぽっと出がどうこう出来る訳が無いと。

 

「基礎設計を、インドのラクシャータ・チャウラー博士」

「な、何のお話でしょうか」

「OS担当はNAC系列の五菱システム。製造は富士工場と言ったところかな?」

 

 セリエルが桐原に放ったのは一冊の本だった。

 表紙のタイトルは ”紅蓮弐式取扱説明書” 。ナリタで鹵獲した紅蓮のコクピットに残されていた、操作及び整備マニュアルである。

 

「それに付いていた指紋の照合は終えている。そして最高峰のスタッフが実機も分析済み。既にアレの出自は丸裸だ。素直に認めないなら、君たちの根城である富士鉱山に捜査のメスを入れようか? 罪状は確定済みだから、言い逃れも出来ないよ?」

 

 開いた口が塞がらなかった。ナリタで紅蓮が失われた件については黒の騎士団の扇より報告を受けていたが、鹵獲されている話は初耳だった。

 アレには多くの人間が関与し、至るところに日本独自技術が多く用いられている。

 マニュアルに至っては、誰が触れたのかも分からないレベル。

 下手をすれば、幹部クラスの指紋が残っていてもおかしくない悪魔の書だ。

 

「鼻薬の効かない査察団を、率先して迎え入れたいと言うなら止めはしない。果たして無頼とか言うコピーグラスゴー製造ラインが見つかるのか。それとも軍の横流し品が見つかるのか。何か一つでも見つけ次第、連座制でNAC及び関連グループ全てを処罰だねえ」

「……何処まで掴んでおられる」

「さーて?」

 

 日本が反ブリタニアの旗機として生み出した紅蓮弐式。今やその存在そのものが自らの喉元に迫る刃に成り果てるとは、如何なる皮肉だろうか。

 桐原は思う。やはり皇の小娘はお飾りで十分だったと。

 エリア11における最大の反ブリタニア結社であるNACは、旧財閥を中心とした六家による合議制で意思決定を行う組織である。

 しかし合議と言いつつ、家格や資本力で力の大小が発生するのは世の常。

 最大の発言力を持つのはサクラダイト利権を手中に収める自分だが、最も家格の高い家柄は皇家。例え年端も行かな小娘が当主だろうと組織の長は皇家が勤めると決められている以上、多少の我侭は全て承認されてしまう体制が全て悪い。

 桐原は反対したのだ。正体も分からぬ怪人が采配を振るう新興勢力に、代えの効かないワンオフの最新鋭機を与えるなど言語道断。

 日ノ本最強の武人である藤堂に与えてこそ、紅蓮の炎は日輪となって昇るのだと。

 にも関わらず、軽い気持ちでゼロを押した皇神楽耶の一存が通ってしまった。

 だからこうなる。こうなってしまう。

 どうせ小娘は、何時もと同じく責任を取らない。

 結局、尻を拭うのはいつも他の誰かなのだ。

 

「……殿下のお望みは?」

「腹を割って話そうじゃないか」

「どうせわしは、まな板の鯉。何でもお答えいたしましょう」

「なら、単刀直入に要求を伝えようか」

「何なりと」

 

 可能であれば口を封じたいところではあるが、対人戦においても最強無比であることが義務付けられているラウンズだけでなく、敷地の傍にはKMF輸送車が控えている報告も受けている。

 つまり、武力制圧は不可能。そもそも掠り傷一つで一族郎党死刑になる相手を害す程、桐原は短絡的な男ではない。

 それに、焦る必要もおそらく無いだろう。

 あえて非公式の会談を打診してきたのは、セリエルの側だ。

 この件を表沙汰にする可能性は低いと踏んでいる。

 

「他の幹部に気づかれないように僕に協力しろ。具体的には日本製KMFの設計データと、NACが掴んでいる黒の騎士団関連の情報を全て寄越せ」

「わしに祖国を裏切れと!?」

「どうせ売国奴の桐原だろ? 今更罪状が一つ増えたところで何が変わる」

「しかしっ!」

「僕に与すれば、過去の罪状も未来の所業も全て黙認する。NACは従来通りテロへの支援を続けても構わないし、各々が持つ利権についてもメスを入れないことを約束しよう。この条件に不満があるのなら交渉は決裂だ。ブリタニアの流儀に従い、欲しい物は力ずくで奪わせて貰う」

 

 最強の手札をオープンした上で、逃げられない勝負に挑めとセリエルは告げる。

 

「ブリタニアの皇子が、テロを容認すると仰るか?」

「余計な詮索は無用。ついでに少しだけ背中を押してやろう。もしもエル家から皇帝を輩出した場合、僕の権限でエリア11に対する段階的な優遇政策の施行を考えている。口約束で確約は出来ないが、君たちの頑張り次第で日本の名を再び名乗ることさえ許そうじゃないか」

「甘言は止めぃ!」

「本気さ。だって僕らはこの国が大好き。そうだろ、我が騎士よ」

「はい、殿下。全力で観光に明け暮れた私の姿は、尾行していた者達が理解しているかと。監視の報告は如何でしたかな? 」

「むぅ」

 

 テファル・レストレス。日本人の義母と妹を持ち、第十位皇子セリエル・エル・ブリタニアを全面的に支持するナイトオブラウンズ第五席の騎士。

 ブリタニア人には珍しい否差別主義者であり、質実剛健な人柄には定評がある。

 と言うのが、桐原の持つテファルのプロファイルだ。

 確かに日本を憎からず思う下地はある。報告でも日本人顔負けで箸を使いこなしていたとも聞いているし、好意的である可能性は高い。

 百歩譲ってテファルは認めよう。

 しかし、思想を含めて不明点の多いセリエルは違う。

 

「殿下が、我らの祖国を復活させようとする理由を伺っても?」

「半分は打算。対中華連邦の橋頭堡として自立できる属国を作り上げられれば、膨らみ続ける我が国の軍事費削減に大きく貢献出来る。つまりこれは、遠くない未来に訪れる軍縮のモデルケースってところかな」

「残り半分とは」

「妻の故郷を厚遇するのは当然だろ?」

「は?」

「僕の非公式婚約者はナイトオブファイブの妹で、純潔の日本人 ”不破・杏奈・レストレス” こと、ファンナ・レストレス。感情論を抜きにしても、僕がどれだけこの国に期待しているのか一目瞭然だと思わないか?」

「……正気とは思えませんな」

 

 皇族がナンバーズを妻に迎える? 在り得ない、一考の余地すら無い選択だ。

 それが例えラウンズの血縁だろうと、周囲の反発は必死。

 そんな真似が適うとすれば、それは絶対の権力を握った場合だけ。

 果たしてセリエルの言が真実なのか、桐原には判断が難しい。

 しかし傍らに控える騎士が

 

 ”殿下には不相応な愚妹ではありますが、相思相愛ですな”

 

 と相槌を打つ辺り、おそらく本気なのだろうとは思う。

 

「富裕層が料理を捨てる行為を貧困層が狂気と称するなら、貧困層がゴミ箱を漁って食材を拾うことも富裕層にとっての狂気。正気の定義は、人それぞれじゃないかと僕は思う」

「……面白いお方だ」

「そう思うなら我が軍門に下れ。日本に有益な僕が天下を取る手助けに奔走し、粉骨砕身の働きを見せてみろ。これこそが君達が目指す未来に続く最短ルートだ」

「姉を蹴落とし、兄を見殺し、修羅の道を行くと仰いますか」

「当然さ。それこそが弱肉強食のブリタニア皇族に生まれた義務だとも」

 

 これは分の悪い賭けだ。

 しかも張る金額は全財産。如何に国益の為とは言え身内を謀る以上、小さなミスが我が身の破滅に即繋がる一世一代の博打である。

 担いだ……と言うか担ぐことを強要されている神輿に乗るのは、状況次第で担ぎ手の首を何時でも挿げ替える冷徹な神様だ。

 しかしリスクに見合うリターンが期待出来るなら、冒険する価値は十分。

 どうせ日本解放戦線が壊滅した以上、最後の頼みは黒の騎士団だけ。

 組織を窮地に追い込んだ集団に注力するくらいなら、総督に情報を隠すリスクを負ってまで直接交渉を持ちかけてきたブリタニアの皇子の方がまだマシとさえ感じる。

 

「一つだけ条件が御座います」

「聞こう」

「殿下が実権を握った暁には、是非ともキョウト六家から側室を娶って頂きたい。さすれば桐原家は当然として、他の家門も揃って恭順を果たしましょうぞ」

「妥当な落とし所かな。但し、全ては口約束。まさかとは思うけど、この会話を録音するような真似はしていないだろうね」

「この奥の間は、互いに記録を残さぬ為の部屋。ご安心を」

「テファル、真実か?」

「マンチェスタ謹製の探知機に、電子機器の反応はありません」

「ならば結構。一先ずはこれにて商談成立。ここからは細部に踏み込んで、詳細を詰めようじゃないか」

「勿論で御座います、殿下。コーネリアの名を貶める悪巧みを致しましょうぞ」

「さすが妖怪、僕の言わんとしている事を理解してくれていて何よりだ。最初の議題は、対黒の騎士団のカウンターとなる白の騎士団設立について―――」

 

 かくして、他の四家が与り知らぬ所で離反者が一人生まれることとなる。

 ユダの名は桐原泰三。信奉する神の名はセリエル・エル・ブリタニア。

 彼らが抱く当座の願いは二つ。

 

 一つ、黒の騎士団を活用し、コーネリアを失脚させること。

 二つ、役目を終えた際に、黒の騎士団を後腐れなく滅ぼすこと。

 

 新しい日本を牛耳るのは六家。決して黒の騎士団ではないと考える桐原。

 反乱分子である黒の騎士団を、最終的には野放しに出来ないセリエル。

 利害の一致を見た二人の居る東屋の光は、夜通し消えることが無かった。



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TURN13「平和の過ごし方」

 私の名はジュレミア・ゴットバルト。

 ブリタニア建国以前より連綿と続く由緒正しきゴットバルト辺境伯家の当主にして、エリート揃いの純潔派内でも一目置かれる優秀な軍人である。

 今は亡きクロヴィス殿下の信任も厚く、一時的な暫定処置にせよ、総督を失ったエリア11の統治をも任せられる器の持ち主。それが私と言う人間だった。

 しかし、それも遠い昔の話。

 何故こうなってしまったのかは分からないが、枢木を全力で見逃した罪と身に覚えの無いオレンジ疑惑の合わせ技により、これまで地道に積み上げてきた名声を全て失ってしまったのだから。

 

「私は……ここで朽ち果てるのか」

 

 そんな罪人が落ちた先は政庁の地下。私を飼い殺す為だけに新設された資料保管室と言う部署に隔離され ”何もするな” と言う命令に従い、無為な日々を粛々と送っている。

 これでも過去の功績を踏まえ、軍法会議を免除された温情措置なことは分かる。分かるが、あまりにも辛い。

 せめて汚名返上の機会を与えられるのなら希望も持てるのだろうが、一大決戦のナリタにすら出撃を許されなかった時点で、上にその気が無いことも示されてしまった。

 

「……暗に示された退役の道を視野に入れるべきか?」

 

 私の人生はいつもこうだ。

 警備を任されながら、敬愛するマリアンヌ様は守れなかった。

 代理執政官の重責など、気付いた時には自ら台無しにしてしまった。

 その他諸々を含め、人生の節目で不測の事態に必ず巻き込まれる我が身が恨めしい。

 

「その前に一花咲かせる気はないかな?」

 

 無限に繰り返してきた後悔に浸る中、久しく聞いていない他人の声が響く。

 どんな物好きが来たのかと振り返ると、そこに居たのは天上人だった。

 

「これはセリエル殿下、謀反者に如何なるご用件でありましょうか」

「僕が主導する作戦には君が必要だ。力を貸して欲しい」

「……私はオレンジで御座いますよ?」

「逆だよ、オレンジだからこそ適任なのさ」

「?」

「詳細は引き受けてくれないと話せない。現段階で言えるとすれば、作戦の成功は過去の失態を補って余りある栄光を得られるということだけ」

「身に余る光栄です。この誰からも見捨てられた死人をお求めでしたら、喜んで殿下に全てを差し出しましょう。どうか、擦り切れるまで使い潰して下さいませ」

 

 即断した私を見た殿下は、さすがに驚きを隠せないご様子。

 

「……即決でいいのかい? 失敗は今度こそリカバリー不可能な破滅を招くんだよ?」

「このまま徐々に朽ち果てるのを待つくらいなら、細かろうと天国に繋がる蜘蛛の糸に縋りたく思います。それに私の夢は、昔から皇族に奉公することでした。悩む余地は御座いません」

「ふむ、それでこそ忠義随一と名高いジュエミア卿だ」

「光栄であります」

「僕は過去の経歴に傷一つ無い君が、何故あんな真似をしたのか不思議でならない。調書は読んだけど、あえてもう一度だけ問わせて欲しい。あの事件の動機は?」

 

 殿下は事件の現場に居合わせていない。

 これは当然問われる質問であると、最初から覚悟はしていた。

 

「……不思議なことに、私には事件当時の記憶が抜け落ちているのです。我を取り戻したのは全てが終わった後。サザーランドから引きずり出され、投獄された後でした」

「代理執政官の重責から来る、心神喪失状態では無いと?」

「結果を見ればそうかもしれませんが、自分では正常だったと思っております。そもそも皇帝陛下こそ神。ブリタニア至上主義を掲げるジュレミア・ゴットバルトが、仮に弱みを握られようとイレブンのテロに屈する謂れが御座いませぬ」

「だろうね。純潔派の長がゼロに加担するくらいなら、催眠術か何かで操られたオカルト路線の方が余程信憑性がある」

「し、信じて頂けると!?」

「僕の見立てだと、ジュレミア卿はシロ。そうでなければ、機密性の高い任務に招聘なんて出来ないよ」

「で、殿下ぁぁぁぁあぁっ!」

 

 殿下の懐の広さに、滂沱の涙が止まらなかった。

 全幅の信頼を置いていた副官のヴィレッタにすら見切られ、かつての仲間からも見捨てられた私を、この御方は潔白を信じた上で引き上げると仰られる。

 このご恩に報いる為なら、例え歴史に名を刻む悪行を命じられようと喜んで成そう。

 そう覚悟するだけの救いを得た私は、晴れ晴れとした気分で膝を着く。

 

「同意は得られた。なればこの瞬間より、僕がジュレミア卿の主となろう」

「イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 捨てる神が居れば、拾う神も居る。

 袋小路に迷い込んだ私は、こうして再び太陽の下に舞い戻ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 第十三話「平和の過ごし方」

 

 

 

 

 

 ルルーシュは、チェス盤の自軍に兵士だけが並ぶ光景を見て頭を抱えていた。

 対面は全ての駒が揃った完全武装の陣。しかも白と真珠の騎士に至っては、こちらの兵士全てをぶつけても平然と返り討ちにしかねない強さの双璧。他の駒も概ね全てが黒を質で上回ると来れば、そりゃ稀代の打ち手でもゲームを投げたくなってくる。

 

「せめて紅蓮が使えれば……」

 

 ナリタで失われた女王は、騎士に対抗可能な唯一の駒だった。

 自陣にぽっかり空いた隙間は兵士では埋められず、かと言って並の腕しか持たない黒の王にも代わりは勤まらない。

 やはり急務は手駒の充実だ。一刻も早く騎士と戦車に相当する藤堂及び四聖剣を黒の騎士団に加入させなければ、ワンサイドゲームで全滅の未来が現実になってしまう。

 

「浮かない顔だな。また扇辺りに愚痴でも言われたか?」

「……それもある」

 

 相変わらずピザをコーラで流し込みながら現れた共犯者に辟易しつつ、ルルーシュは幸せが逃げるのを実感しながらため息を吐いた。

 黒の騎士団の前身を作ったのは、カレンの兄ことナオトだ。

 既に故人ではあるが未だに扇達の拠り所であり、結果を出し続けるゼロと比較してさえ上に置く人間も少なくない面倒な偶像である。

 別にルルーシュとしては信教を規制するつもりも無く、仕事さえ果たすなら誰が何を言おうと知ったことではない。むしろ、好きにすればいいとさえ思っている。

 問題なのは、ナリタで捕縛されたカレンがナオトの妹だと言うことだった。

 

「あの馬鹿ども、紅蓮が機密扱いで鹵獲されたと言うのに、生死も不明なカレンを助け出せとオウムの様に繰り返すばかり! それほど騒ぐのであれば、自分で収容先を見つけて来い! 末端どころか上級将校にすら秘匿されている情報を、俺が知り得るわけないだろ!」

「お前も大変だな」

「俺とて白兜や羽根付きと唯一互角に渡り合えるカレンの重要性は理解している。方々に手を回し、ギアスを使った工作も進めたさ! それでも情報を得られない女の行方を、俺に丸投げするのは大きな間違いだ!」

「……ピザでも食べるか? チーズに含まれるカルシウムはストレスに効くぞ?」

「いらん!」

 

 正直、黒の騎士団の中核に扇グループを据えたことは大きな過ちだった。

 ことなかれ主義で、常に蝙蝠の扇。

 口だけの役立たずを体現する玉城。

 影が薄く、何をやらせても平凡に一歩劣る吉田、杉山、南の空気トリオ。

 オペレーターとして優秀な井上と忠犬カレン以外、この有様である。

 幹部がこれでは、ルルーシュの頭痛の種はすくすくと育つばかり。

 上層部を刷新する為にも、藤堂一行の確保は最優先事項と言えよう。

 

「まぁ、この件に関しては犠牲の無い戦争なぞ有り得ないと一蹴済みだ。目下の問題は、海外へ逃亡を図る老害の始末。当初のプランでは連中を囮にコーネリアへ奇襲を仕掛ける筈だったが―――」

「指揮系統が違う羽根付きはともかく、確実に出てくる白兜を抑えられる人員が居ない」

「そうだ、下手をすれば奴一機に蹂躙されかねん」

「エース不足は、貧しい台所事情の表れだな」

 

 C.C.の他人事を聞いて、ルルーシュの脳裏に浮かんだのはライバルの顔だった。

 仮に自分とセリエルの立場が入れ替わった場合、向こうは絶対に裏切らない最強クラスの騎士兄妹が無条件で付いてくる。

 KMFが主力の現代において、質は量を上回る重要なファクターだ。

 一人で趨勢を決定することも当たり前なラウンズに限らず、優れたエースの力は戦場を支配する力を秘めているもの。

 旧態依然とした火力戦の時代ならともかく、騎士の時代に逆戻りした現在において卓越した個を持たない指揮官は選択の幅が狭い。これは疑いようの無い事実である。

 対してこちらはどうか。

 腹を割って話せるのは、非戦闘員の魔女だけ。

 他は状況次第で裏切り上等な風見鶏ばかり。

 嫌悪する男の言葉を借りたくはないが、やはり世の中は不平等の塊だ。

 

「しかし、それでも作戦は決行する。しなければならん」

「そりゃそうだ。ここで旧日本軍の頭たる片瀬を仕留めておかないと、忠義に厚い藤堂がお前の軍門に降るはずも無い。まして主の身柄がブリタニアに拘束されたとなれば、一命を賭してでも奪還するべく動いてしまう。そうなれば確実に死ぬからな」

「……日本人とは、本当に面倒くさい人種だよ」

 

 基本的にブリタニアのドライな価値観を持つルルーシュには、あえて負け戦に挑んで散ることを好しとする思考パターンが理解出来ない。

 兵士は駒。

 兵器は消耗品。

 人あっての組織ではなく、組織あっての人なのだ。

 無能を一人助ける為に、優秀な人材を失うなど愚の骨頂。

 感情論で収支の計算も出来ない人種は、戦場に来るなとさえ思う。

 

「が、幾ら嘆こうと与えられた手札で戦うしかあるまい。無いものねだりをせず、現実に即したプランを練り直すとするさ」

「コーネリアの首を先送りにするなとは言わないが、時の流れはブリタニアに利することを忘れるな。お前が自分で言っていた通り、地盤を固められた後では遅いぞ?」

「分かっている」

 

 清廉潔白を好み内部の腐敗と戦うコーネリアの働きにより、軍需品、情報の横流しを始めとする不正に手を染めるような人間は次々と断罪が進んでいる。

 お陰でレジスタンスから甘い汁を吸う公人の数は激減し、間接的にせよ反ブリタニアを掲げる勢力の力は徐々に削がれ続けて居ることは確かだ。

 所詮パルチザンやゲリラは、政情の不安定な世界でしか生きられないもの。

 平和で固められた地盤を築かれる前に諸悪の根源を排除しなくては、支援者はおろか帰る場所さえ失ってしまうのである。

 

「時にラクシャータが調整している、紅蓮壱式の進捗状況は?」

「私に頼るなと何度言えば分かる」

「この国の故事曰く ”働かざるもの食うべからず ”。共犯者なら俺と同程度には働け。地味に財布を圧迫するピザハットを今後も食べ続けたいのであれば、ここは譲れん」

「……秘書以上の仕事は絶対にしないぞ?」

「十分だ」

「ならば報告してやろう。博士曰く、私がこの部屋に来る少し前の時点で80%の仕上がり。残り20%はパイロットに合わせた調整らしく、乗りこなせる適格者が居ない現時点ではほぼ完成していると言っていた」

「分かった。引き続き各部署の進捗管理し、何かあれば俺に報告しろ」

「人使いの荒い男め」

 

 あの手この手を使い口説き落としたのが医療サイバネティクスの権威、ラクシャータ・チャウラー博士。KMF分野においても遺憾なく才能を発揮する彼女は、ハイエンド機の紅蓮を始めとして、ロールアウト間近な純日本製KMFの設計を一手に引き受ける才女である。

 ちなみに彼女が黒の騎士団のオファーを受けた実際の理由は、猛威を振るうランスロットの無双っぷりを目にしてしまったことが最大の要因だった。

 曰くランスロットの設計者はラクシャータが学生時代に鎬を削ったライバルらしく、作品の出来で劣ることは屈辱以外の何者でもない。

 ならばと母国インドで産み出した紅蓮を引っさげて、代理戦争の舞台であるエリア11に殴りこんで来る気性は女傑のそれだ。

 ちなみに紅蓮がラモラックとランスロットのタッグに敗北した件については無理ゲーと受け入れ済みで、特にゼロに対する遺恨は残っていないとのこと。

 へそを曲げられては一大事と嫌な汗を流したルルーシュにとって、これだけが嬉しい誤算だったことは言うまでも無いだろう。

 

「持て余したじゃじゃ馬を、どう活用するべきか……」

 

 紅蓮壱式は、名が示す通り紅蓮弐式の試作機である。

 本来はテスト用の予備機として持ち込まれた機体だったが、弐式を失ったことで予定変更。

 急遽実戦に投入するべく、弐式の予備パーツを組み込んで改良中なのだった。

 しかし、試作と侮る無かれ。基礎スペックについては弐式とほぼ同等。違いは建造時に未完成だった輻射波動を備えていない点だけだ。

 ルルーシュとしては熟成の進んでいない試作兵器をオミットした分、機体の信頼性が高い壱式の方が好ましいのだが、性能厨なラクシャータの考えは違う。

 独自技術である輻射波動を再び載せるべく、インドから部品を取り寄せて代替椀部を大絶賛製造中。いずれは弐式を超えた三式として再構築する気満々だ。

 

「デチューンは……確実にラクシャータがブチ切れる」

 

 目的がランスロットの首である以上、性能を落とすことは許されない。

 

「遠距離仕様も……無いな」

 

 固定砲台としての運用は、高機動近接型の持ち味を殺す悪手だろう。

 

「つまりカレンの乗れない紅蓮は粗大ゴミ。しかし、その紅蓮が無ければ攻勢もままならない……か。悪いジョークだよ」

 

 果たして卵が先か、鶏が先か。

 悩みに悩んだ末、誰もが持て余す紅蓮の投入を見送ることをルルーシュは決意する。

 今は矛盾の解消よりも、目の前の作戦に集中することこそ肝要。

 ガラスのロープを目隠しで渡るかの如き無理難題を達成すべく、さっさとC.C.が姿を消した室内で黒の王は資料に没頭するのだった。



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TURN14「女神の寵愛」

 これから始めるのは国外へ逃亡を図る日本開放戦線の救出と見せかけた合法的排除だが、良い機会なので後回しにして来た別件も纏めて片付けてしまおうと思う。

 それはナリタで失った、大切な忘れ物の回収。

 この際、妥協はしよう。

 理想ではクロヴィスと同様にギアスを用いた尋問をコーネリアに試みたいが、目の前の小火を甘く見て大火事に発展させては目も当てられない。

 多少の損切りは、自分で巻いた種の刈り取りと諦めるしかあるまい。

 今は最善を追わずに金星を挙げ、明日の安定に投資すべきだ。

 

「不確定要素の排除は出来なかったが……やらねばならん」

 

 三日三晩徹夜をして計画の問題点を洗い出し、打てるだけの布石は打った。

 メインスポンサーのキョウトに日本開放戦線の必要性を説いて支援を引き出し、失った戦力の拡充も速やかに済ませた。

 頭脳担当の俺が海に潜り、機雷敷設までやった。

 後は状況が予測した最悪を上回らない限り勝てる。勝てる筈である。

 

『ゼロ、このままでは手遅れになる! まだ動かないのか!?』

 

 落ち着け扇。そもそも国外への敵前逃亡を選んだ旧体制の化石を、危険を犯してまで助ける意義を本当に感じているのか?

 確かに纏まった数の職業軍人は欲しいことは認めよう。

 だが、既に存在しない軍の階級制度を笠に場をかき乱す邪魔者など要らん。

 仮に黒の騎士団に迎え入れたとして、連中は百害あって一利なし。

 どうせ対ブリタニアよりも組織の実権を奪い取ろうと注力し、やっと確立したトップダウン体制へに亀裂を入れてくる未来が易々と想像出来る。

 さらに言えば仏心を出して逃がしてやっても、明日のビジョンさえ持たない老害は同じことを繰り返すだけ。

 つまり助けるだけ金と時間の無駄。それくらいは自分の頭で理解してくれ。

 

『ナイトメアが船に取り付いた!早くしないと―――』

 

 先を見据えず目の前の出来事に一喜一憂する扇の報告に苛々を募らせつつ、雑音を無視しながらタイミングを図る。

 どうせ使い捨ての囮。せめて撤退時に障害となる海兵隊を道ずれにして、水中戦力を排除しておかねば割に合わん。

 ……いいぞ、その調子だ。もう少し……よし、ここだっ!。

 害悪一行を乗せたタンカーに群がったポートマンがデッキへの上陸を果たし、制圧の為に動きを止めた瞬間を見計らって握り締めていたスイッチを押す。

 すると、即座に起きたのは大爆発だ。

 予想通りのルートを進んだ船の真下。そこに設置されていた機雷の一つが引き金となり、逃亡先への手土産として満載されていた流体サクラダイトに引火。衝撃波だけでなく大地震が齎す大津波にも匹敵する大波が生まれたのを見計らうと、俺は舞台の幕を開ける。

 

「さすがは日本最後の侍、虜囚の辱めを受けるより自決を選んだか。彼らの死を無駄にしない為にも、この好機を逃すな!」

『じ、自決? そんな馬鹿なことが―――』

「目の前の事実を受け入れろ。我々はこの好機を逃さず、混乱に乗じてコーネリアの本陣強襲を行う。雑魚には構うな、一撃必殺の奇襲を仕掛けるぞ!」

『そ、そうだな』

「黒の騎士団、全軍出撃! 上陸後はP1、P2、P3で格納庫を狙い、パイロットが乗り込む前のKMFを全て破壊しろ。Z1、Z2は予定のポイントで私の指示あるまで待機。E1は私に続け!」

 

 ここまでは計画通り。むしろ最大の障害として考えていた白兜はタンカー制圧の陸戦部隊として遠方に配置され、予想通りファンナと羽付きの姿も見当たらない。

 かつては無神論者だった俺も、ギアスと言う超常の力を得て以来方針が変わった。

 敵対するならば神魔だろうと捻じ伏せるつもりだが、俺の積み上げた血の滲む様な努力を幸運の女神が認めて微笑んでくれるなら話は別だ。

 それこそ優先的に加護を与えてくれると言うのであれば、毎日の礼拝さえ捧げてやる。

 

「結果は全てに優先する。各員、奮起せよ。ナリタの借りを今こそ返すぞ!」

 

 人事を尽くして天命を待つ俺は、荒れた海を進む高速KMF輸送艇に揺られながら小さなガッツポーズを取るのだった。

 

 

 

 

 

 TURN14「女神の寵愛」

 

 

 

 

 

 コーネリアと親衛隊の駆るグロースターは、対KMF戦にウエイトを置いた近接格闘機だ。

 しかし、今回の舞台は洋上。いかに皇族最強のコーネリアでも水の中では主兵装の電磁ランスも振るえず、水密性を保障されていない陸戦兵器でまともな槍働きは不可能である。

 一応は岸壁に並べた後詰の狙撃仕様サザーランド部隊に混じり、遠距離からタンカーを狙い打つ程度の働きは可能だが、それは総督の仕事ではない。

 あくまでも今回の主役は、水中専用KMFを専門運用する海兵騎士団だ。

 現場に華を持たせ、手柄を得るチャンスを与えることも上の義務。

 大した戦力も持たない敗残兵の処理など、部下に任せずどうする。

 たまには普通の指揮官と同じく、KMFを降りて采配を振るのも悪くない。

 そう決めた女帝は、仮設の後方陣地に構えて朗報を待っていた。

 

「情報通り、獲物が網にかかりました。しかし、黒の騎士団の姿はありません」

「うむ、そうだろうよ。奴は己の利を最優先に行動する男だからな」

 

 懸念は神出鬼没が持ち味の黒の騎士団だったが、金も人も潤沢なブリタニア軍すらナリタの致命的な痛手から立ち直っていない以上、同等以上の被害を負ったテロリストが行軍可能なレベルにまで実働部隊を回復済みの可能性は極めて低いと結論付けられていた。

 それに加え、ゼロにはナリタで日本解放戦線を生餌にした実績がある。

 つまりその程度の価値しか認めていない敗残兵の為にリスクを負う義理もなければ、手札に加えた後の利も特に見当たらないとコーネリアは確信済み。

 余計な手出しさえなければ、後は消化試合だ。

 これでやっと仕事が一つ片付く。そう思い、笑みを浮かべた瞬間だった。

 夜の空が赤く染まり、続いて衝撃波が埠頭全体を襲う。

 一瞬で木っ端微塵にされた陣地の天幕から抜け出したコーネリアの目に飛び込んできたのは、混乱の坩堝と化した港と、一直線に本陣目指して向かってくるKMFの群れが上げる土煙。自らの判断ミスに舌打ちしつつ、同じく這い出てきたギルフォードに指示を与え、即座に目指すは愛機の眠る格納庫である。

 

「ギルはこのまま防衛線形成の指揮を執り、部隊を立て直せ。敵の数すら把握できない現状は、どうにもならんぞ」

「しかし姫様から離れる訳にはっ!」

「お前の主はそれほど柔ではない。私も騎乗次第、直ぐに後を追う。早く行け!」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 これで通算三度目となる戦略の敗北に、戦乙女の怒りは限界を突破していた。

 こうも毎度毎度、第一ラウンドを取られ続けては矜持が傷つくというもの。

 それほど直接対決がお望みであれば、今日こそ雌雄をつけてやろうではないか。

 

「日本解放戦線共々、誰一人として生かして返すな! 塵一つ残さず殲滅せよ!」

 

 奇しくも同様の決意を抱いた姉と弟の戦いの火蓋が、切って落とされるのだった。

 

 

 

 

 

 一方コーネリアが怒りに打ち震えて檄を飛ばす中、ルルーシュも忙しさで首が回らない。

 元々、数で劣る長期戦は死亡フラグ。戦場が混迷している僅かな隙間を縫い、一撃離脱の奇襲を成功させなければ全滅は必死である。

 特別に選抜した虎の子のP小隊を全て混乱増長の為に暴れさせ、敵戦力の組織的運用を阻害。幸いにして各小隊は訓練以上の結果を出しているらしく、現れる敵KMFの数は想定よりも余程少ない。

 厳しい状況下ではあるが、ルルーシュは笑いが止まらなかった。

 甘く見積もって、今回の作戦の成功率は五分五分。コーネリア本人は無理でも、屋台骨を支えるダールトン、ギルフォードと言う両翼の片割れを排除出来れば御の字程度だった筈が、知らぬ内に本命へ手が届く大穴の目さえ見えてきたではないか。

 そして格納庫へ飛び込んだコーネリアをファクトスフィアに捕らえた瞬間、勝利を確信したルルーシュは反射的に叫んだ。

 

「条件は全てクリアした。死ね、コーネリアァァッツ!」

 

 壁を突き破り格納庫へ突入すると、狙うは起動が間に合わず立ち往生しているコーネリア専用機だ。

 ここに至って躊躇や躊躇いは捨てた。

 ルルーシュは随伴させた味方と共に隙を与えず、アサルトライフルによる一斉射撃を敢行。MBTだろうと簡単にスクラップへと変える銃弾がツインホーンの悪魔を爆発に追い込んだ末路を見て、異母弟が感じたのは万感の思いである。

 富、権力、兵、あらゆる面で己を上回る女帝を、ついに何も持たない貧者が正攻法で超えたのだ。

 次のターゲットは、最大の障害となるシュナイゼル。コーネリア亡き日本を手中に収め、遠くない未来には必ずペンドラゴンにまで攻め上る日も遠くあるまい。

 そんな満足感に浸っていると―――

 

『だから貴様は甘いのだっ!』

 

 突如動き出したのは、ハンガーに固定されていた通常型のグロースターだった。

 爆発の影響で弾き飛ばされていたランスを拾い上げ、ゼロ機を守るように布陣していた無頼を一撃で粉砕すると、咄嗟にバックしたルルーシュには目もくれず随伴機をスラッシュハーケンで粉砕。

 続いて押っ取り刀で銃を構えた最後の護衛を返す刀で葬り、読みの抜けていた対戦相手を追い詰めるべくランドスピナーを起動させて爆走を開始する。

 

「謀ったな、コーネリア!」

『わざわざ棺桶に飛び込む訳がなかろう。しかし注意深く観察されれば見破られる以上、私としても賭けだった。見え透いた身代わり人形に引っかかてくれて感謝するぞ、ゼロよ』

「おのれぇっ」

 

 完全に盲点を突かれた格好だった。

 ナイトメアとは、名が示すとおり騎士にとって唯一無二の愛馬である。

 まして専用機の名を冠するカスタム機は一心同体の半身。そんな己自身とも言える愛機をあえて囮として利用し、繋がれた他の駄馬に騎乗する騎士などルルーシュは聞いたこともない。

 しかし、それ故に効果的だった。

 緊急時だからこそ、単純な罠が効果的と言う実例を見せられた気分である。

 

『……思い返せば貴様との戦いは、常に狐と狸の化かし合いだったな。だがゼロよ、お前も騎士団の長を名乗るのであれば、一度くらいは正々堂々と戦え!』

「望むところと言いたい所だが、私は騎士などと言う前時代的な称号には興味が無い。ゼロの流儀は結果こそ全て。相手の得意分野で競う愚考は犯さん!」

 

 チェックメイト寸前ではあるが、まだルルーシュには余裕があった。

 最初から失敗も視野に入れていた以上、これは最悪の一歩手前に過ぎない。

 予定通り会話で時間を稼ぎ、即応部隊として温存していたZ小隊を呼び寄せて撤退を―――

 

「……どうした、何故誰も反応しない? Z1? Z2? 扇? 玉城っ!?」

 

 通信機が返す砂嵐の音は、一体何の冗談なのか。

 ルルーシュは天国から地獄に叩き落された現実を悟り、掌を返して嘲笑しているであろう女神への呪詛を零す。

 技量に天と地ほどの差がある時点で、尋常なKMF戦では絶対に勝てない。

 このままでは撃破された後、確実に無頼から引きずり出され仮面を剥ぎ取られてしまう。

 そうなれば、いよいよ詰みだ。

 

「投降する素振りを見せて、ジュレミアと同じくギアスで起死回生……は無理だ。怪しい素振りを見せた瞬間、あの女は迷わず射殺を選ぶ」

 

 辛くも電磁ランスを回避したが、追撃のハーケンに右腕を持っていかれる。

 果たして、後どれだけ持ちこたえられるやら。

 破滅へのカウントダウンは、刻一刻と時計の針を進めるばかりである。

 

『しかし、基地全体への通信妨害とは手の込んだことをする。まさか共を連れていなければ、この私を倒せるとでも思ったか?』

「なん、だと?」

『私も甘く見られたものだ。敵の力量も正しく読めないとは、失望したぞ』

 

 ルルーシュの頭に浮かぶのは?マークだった。

 虚言を吐く必要の無いコーネリアの口から零れた情報である以上、それは疑いようの無い真実なのだろう。

 そして、ルルーシュにとってもこの話は寝耳に水。

 つまりこれは、両軍も把握していない第三勢力がこの場に存在している明確な証だ。

 ならば、とルルーシュは回避行動に専念しながら思考を加速させる。

 装備も、人材も、旧式揃いの日本解放戦線に為せることでは無い。

 仮に最新の機材を持っていたとして、キョウトが直接動く可能性は極めて低い。

 欧州は対ユーロブリタニアで手が回らず、直接対決を望まない中華連邦も麻薬や諜報員を送り込む間接的な攻撃で精一杯。第三国の介入も、選択肢から外すべきだ。

 そもそも目的が読めない。

 何の為に、どうして、このタイミングでジャミングを仕掛けたのかさっぱりである。

 

『まぁ、良い。短い付き合いだったが、そろそろお別れだな』

「逸るな。まだサイコロは回っているぞ?」

『ならばその数字、この手で選んでくれようぞ!』

 

 コーネリアの度重なる猛攻により、慢心創痍の無頼の中でルルーシュは考える。

 軍事技術で最先端をひた走るブリタニアの軍回線に対する干渉を、遠距離から行うことは物理的に不可能だ。

 つまり誰の仕業かは知らないが、強力なECMをこの港に持ち込んでいることも必然。

 

「ゼロの命が目的なら、致命的なチャンスは何度もあった」

 

 電子戦さえ可能な組織が、狙撃用装備を持ち込んでいない訳が無い。

 つまり積極的に攻撃を受けていない時点で、潜在的な味方であることも確定。

 ルルーシュが思うに、仮称Xはゼロの力を見定める為にこの状況を作り出したのではなかろうか? 

 

「どうせ見ているのだろう? 利害が一致するのであれば、早く手を貸せ!」

 

 ルルーシュの目が扇とディートハルト率いる偵察隊なら、Xも自前の目でモニタリングを行っている.

 大方この瞬間も、安全地帯から高みの見物を決めている筈だ。

 日本解放戦線が滅びた今、反抗の旗頭はキョウトの承認も取り付けた黒の騎士団である。

 飾りとして担ぐにせよ、ポジションを奪い取るにせよ、世論操作の為にはゼロと言う偶像に貸しを作って損は無い。

 だから必ず動く。動かなければならない。

 顔も知らない誰かの才覚に賭けたルルーシュはあえて動きを止め、命を担保にしたチキンレースに身を投じる覚悟を決める。

 

『そろそろ ”手を貸せ” とでも叫んでいる頃合かな?』

 

 こちらの周波数に通信が割り込んできた瞬間だった。

 アラート音と共に背後から伸びてきた銀の爪が迫り来るコーネリア渾身の一撃を力強く掴み取ると、そのまま勢いを殺さずに一本背負い。

 格納庫の残骸にグロースターを投げ捨て、ルルーシュを守るように前に立つ。

 その後姿は、かつて絶対の信頼を置いた炎の化身。カラーリングと全体的なシルエットに手を加えられているが、決して忘れることの出来ない機体が何故かそこに居る。

 しかし、感慨に耽っている暇は無かった。

 博打に勝ったルルーシュは、状況確認よりも先に操舵スティックを操作して逃げの一手を選択。紫の悪魔から距離を置き、そこで始めて通信に応じる構えを見せた。

 

「存外に遅かったじゃないか」

『主人公は遅れて現れるものさ。ここぞと言うタイミングで現れ、最小の労力で最大の旨みを得るのが余の主義でね』

「その考え方には全面的に頷こう。但し、使われる側でなければ……の話だが」

『言いたいこと、聞きたいことは山積みだと思う。だけどそれらは、無事に撤退を完了させてからにしよう。異論は?』

「猶予がないことは理解している。しかし、一つだけ聞かせて欲しい」

『どうぞ』

「私を窮地に追い込み、しかし救いの手を差し伸べる君の名は?」

『余の名はペリノア。君のセンスを借りるなら、リスティス白騎士団を束ねる白の王と言った所かな』

「ほう」

『さしあたってはそちらと似たような立場な、反ブリタニアを掲げる義勇の徒と思って欲しい」

「……黒の騎士団に触発され産まれた、後進組織の人間か」

『概ね正解。但しウチは大手の黒の騎士団と違って、人も金も不足する新進気鋭の零細下請け騎士団。今回も資金援助の見返りに、君達の支援をキョウトから受注した身でね。ま、組織力はどうであれ、与えられた仕事はキッチリ果たすよ。後のことは大船に乗った気分で任せて貰いたい』

 

 Xの紡いだ単語は、聖杯伝説を尊ぶブリタニア人なら誰もが知る著名人の名だった。

 何せペリノアは万全のアーサー王と戦い、聖剣を折った上で正々堂々と勝利した唯一無二の騎士だ。

 しかも彼は円卓の中でたった一人だけしか居ない、騎士王と同じ身分を持つ絶対者と三拍子揃い踏み。

 他国ではランスロット、ガウェイン、パーシヴァル等の有名な騎士の影に隠れて目立たない存在かもしれないが、ブリタニアにおいてはメジャーな存在なのである。

 が、そんな事情を知る故に偽名であることも承知済み。

 今この胸に渦巻く最大の疑問は、目の前でコーネリアを圧倒する真紅のKMFにある。

 

『ちなみに君を助けた機体は ”TYPE-02RA インフェルノ” 。コネで入手したKMFを独自改修して産み出した、白騎士団最強の旗機さ。元の持ち主ならベース機のスペックは知ってるだろ? 後は安心して彼に任せ、撤退を急ぐんだ。展開済みの歩兵についても回収はこちらで請け負うので、指定したルートを使いポイントA8まで来て欲しい』

「……よかろう」

『それではご対面を楽しみにしているよ、せ・ん・ぱ・い』

 

 ランドスピナーをフル回転させて退却を始めて背後。そこでは撃墜寸前のコーネリアの元にギリギリ間に合った白兜が、インフェルノと壮絶な一騎打ちを始めている。

 ルルーシュは思う。

 何故、ブリタニアに奪われた紅蓮が白騎士団の手中に収まっているのか。

 ペリノアとの会談は、如何なる化学反応を引き起こすのか。

 そして、何処でボタンを掛け間違えたのかと言うことを。

 しかし考えてみれば、これは絶対遵守のギアスを持つ者にとってまたとないチャンスだ。

 黒の王すら手玉に取る洞察力を備えた白の王。

 白兜と五分の戦いを演じられる最強クラスの騎士と、ナリタで無くした宝物。

 喉から手が出るほど求め続けて来た有能な人材が獲り放題のボーナスステージに突入したと思えば、最終的に全体の失態を補ってお釣りが来る計算になる。

 

「俺を先輩と呼ぶのであれば、後輩としての自覚をその身に刻んでやる。先ずはお手並み拝見。果たしてこちらの用意した撤退プランを、貴様は上回ることが出来るかな?」

 

 奪われたものは、手柄を含めて全て取り戻す。

 そう、利息をつけて元本以上の払いを要求してやる。

 コクピットの中で不敵に嗤うルルーシュは、無頼を操りコンソールに示されたルートをひた走るのだった。



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TURN15「完熟のオレンジ」

紅蓮聖天八極未満式と書いてインフェルノ。

そして割と各所で出番のあるマリーカと違い、アニメ瞬殺組のリーライナは完全捏造。
白騎士団の内情は、次回前半パートにて。


『えーこちらアンヌ……じゃなかった、赤騎士02。ECMの稼動状態良好。港全域とG1ベース及び本部間のデータリンク遮断は完璧と言うか、出来て当然と言いますか……』

「仕事なんて楽なくらいが丁度良いものさ。とりあえず、そのまま現状維持を宜しく」

『であれば報告は以上。引き続き黒の騎士団の撤退を補助します』

「頼んだよ」

 

 アンヌがクラッキングを行っているのは、何を隠そうコーネリア軍のネットワーク。

 通常なら難易度はSSSランク。控えめに言って不可能に近い無謀な挑戦なんだけど、如何せん今回のチャレンジャーは秘匿コードやプロトコルを熟知する特派だからね。

 帝国でも指折りの技術集団が、丸裸の身内に対して手加減抜きの攻撃を仕掛けているんだよ?

 アンヌが拍子抜けするにも当たり前。苦もなく掌握するのも必然さ。

 

『白騎士01より騎士王へ。ゲシュター隊の撃滅完了』

「予想より仕事が速いねぇ。であれば次の現場を紹介するよ」

『何なりとお申し付けを』

「左翼の建て直しが想定よりも早い。ジェレミア卿はグラストンナイツに梃子摺る白騎士03、04に助勢し、速やかにこれを排除せよ」

『イエス、ユア・マジェスティ。我が忠義、とくとご覧あれっ!』

 

 僕が独断と偏見で作り上げた私設武装組織 ”リスティス白騎士団” は、対ブリタニアを想定した私兵集団だ。

 特別顧問に桐原爺。騎士団長にはジェレミアを置き、実働としてテファルが厳選した若手騎士を配置。

 本音を言えば熟練の古参兵が欲しかったけど、各地のエース級を引き抜くと足が付いてしまう。

 ほら、僕の騎士団の性質を考えれば、存在の秘匿はデフォルトだろ?

 目立たずこっそりと有能な人材が欲しいなら、青田買いをするしかないのさ。

 お陰で即戦力は揃わず。

 大きな伸びしろを感じる彼女たちも、まだまだ経験不足が否めないのが現実だった。

 

『白騎士04、前に出すぎですっ!』

 

 コールサイン03を与えたマリーカ・ソレイシィは士官学校を今年卒業の秀才。

 生真面目な石橋を叩く性格が災いして大胆さに欠けるところはあれど、堅実で手堅い仕事ぶりは僕的に高評価。

 視野も広く、順当に育てば有能な指揮官になるだろう。

 

『03は敵を過大評価しすぎ。サザーランドなら無謀でも ”バーランド” の足ならいけると思うけどにゃー』

 

 ちなみに04のリーライナ・ヴェルガモンとマリーカは士官学校で先輩後輩の間柄。テファルとアンヌの関係に近いと言えば、二人セットで拾った理由もお察し。

 性格は大雑把ながら、意外と計算高い曲者かな?

 あまり地位に畏まらず誰にでも話しかける明朗快活な性格であり、内向的な性格揃いの特派の中ではムードメーカーのポジションを確立している。

 腕前の方も中々の物を持っていて、彼女もまた将来が楽しみな逸材だ。

 

「03、04、想定よりも時間が押している。増援に送った01到着まで、ポイントA3の地形を利用して現状を維持。敵をそれ以上進ませるな」

『『イエス、ユア・マジェスティ』』

 

 とまぁ、こんな風にバックアップが必要な辺りが雛鳥の証だねぇ。

 既に一流の騎士として完成しているダールトン子飼いのグラストンナイツには一歩及ばず、力不足を露呈するのも規定路線。今は失敗を恐れず、とにかく場数を踏んでもらうしかない。

 だって騎士の技量は、試合や手合いだけでは決して身につかないもの。

 命を賭けた実戦を幾度と無く潜り抜け、一つ一つ階段を上ってくれればそれで良い。

 ジェレミアと同等の働きは、数年後に見せてくれれば十分さ。

 

『赤騎士01より騎士王へ。やはり、ランスロットの無力化は困難』

「持ち堪えるだけで結構。赤騎士02、撤退状況は?」

『一寸お待ち―――よっし、黒の騎士団KMFの処分も完了。オールクリアっ!』

「聞いての通りだ。赤騎士01はプランB3に従い、後退を開始」

『イエス、ユア・マジェスティ』

 

 赤騎士01は手持ち最強のテファルだが、帝国最強の騎士の全力を持ってしてもランスロットに枢木と言う組み合わせは片手に余るから笑えない。

 例えば普段のシミュレーションでは、慣熟したラモラックを用いてさえ薄氷の勝率七割。常に紙一重の勝負を強いられる化け物へ立ち向かうというのに、乗り慣れないインフェルノで互角の戦いを演じられたなら御の字だと思う。

 と言うか、最近の枢木は色々とおかしい。

 ファンナ、テファルと言う卓越した騎士との模擬戦から様々な物を吸収し、ついには主な練習相手を務める妹姫に勝ち越す越すこともしばしば。

 対抗意識に燃えるレストレス兄妹も負けじと腕を上げてはいるが、果たして何時まで前を走っていられるのやら。

 僕の読みだと死力を尽くして後半年。近い未来には現時点で頂点に居るビスマルクをも越え、当代最強の座を掴み取るのも規定路線だとさえ睨んでいる。

 

「以降は指揮権を赤騎士02に委譲。少し席を外すけど、構わないよね?」

『赤騎士02、了解』

「無理だけは避けるように」

『当然ですと―――白騎士01はステイ、スーテーイ!。暴れすぎ絶対ダメっ! もう少し自重っ!』

『済まない。私を散々愚弄した元同僚を見つけて、頭に血が上ってしまった……』

『あーもう、私怨を晴らしたら即撤退してくださいよ?』

『柔軟な指揮で助かる。許可が出たぞ、03、04、私に続けぇぇぇっ!』

『『イエス、マイ・ロード』』

 

 地下暮らしの鬱憤が発散する勢いのジェレミアに一抹の不安を覚えるも、手綱を握るのは敗北の許されないラウンズの戦場を全て勝利の花で彩り続けてきたアンヌだ。

 そんな彼女が、たかが小競り合いでミスを犯すだろうか?

 机上の空論でしか物事を語れない僕が、心配する方がおこがましいとさえ思う。

 目下の仕事は片付いたと判断した僕はヘッドセットを外し、肩と首を回して背中を一伸び。

 椅子をくるりと反転させ、背後の共犯者たちの様子を伺うことにする。

 

「ぐぬぬぬ……僕の、僕のランスロットが60%稼働の実験機と互角って」

「改善余地の多いOSさえ除けば、基礎スペックは紅蓮が上回っていましたからね」

「しかも弱点は僕たちが解決済み。稼動範囲に難のあった内装ランドスピナーも外装式に換装しちゃったし、暴発の可能性を孕んでいた左腕のグレネードも取っ払って、代わりにブレイズルミナスを搭載する大盤振る舞い」

「ついでに非効率な短刀とウェポンラックを廃してMVSを一振り追加。腰部の飾りをオミットして確保したスペースに、スラッシュハーケンも二基増設しています」

「……重量バランス崩壊後のパニングバランスは、セシル君が楽しそうに再計算してたねぇ」

「ええ、ランスロットより安定させられた自負さえありますとも!」

 

 どんよりと重い空気の中、苦虫を潰したような表情を浮かべるロイドは、ハイライトを失ったセシルと共に何度も何度もランスロットとインフェルノの一騎打ちの映像をリピートしては絶望の色を深くする負のスパイラルに陥っている。

 しかし、僕は眺めるだけで介入はしない。

 だって二人の会話の半分以上は自画自賛。喜劇に通じる面白さがあるし。

 

「ロイドさん、不本意ながら認めるべきではないでしょうか」

「何を?」

「研究室時代もそうでしたけど、ラクシャータさんのフォーマットをロイドさんが手を加えた作品は、総じて平均スペックを大きく上回る傑作ばかりでした。違いますか?」

「逆もまた然りだったけど?」

「ええ、つまり今回も同じ。私たちには無い発想で産み出された紅蓮に、ラクシャータさんが持たない技術を自重せず注入したんですよ? 凶悪なKMFに仕上がらない方がおかしいと思いません?」

「……悔しいけど、ぐぅの音も出ない正論だねぇ」

「ランスロットの母親として断腸の思いで口にしますが、ランスロットは総合性能でインフェルノに劣ります。遺憾ながらこの事実を認めざるを得ません」

「せ、設計中のアルビオンは負けてないし!」

「それでこそロイドさん。次世代機のアルビオンで抜き返し、溜飲を下げましょうね!」

 

 あーうん、分捕った紅蓮をベースにして開発したインフェルノの戦闘力は想像以上だと思うよ?

 僕も技術屋の端くれとして、最高傑作にして地上最強と疑わなかったランスロット、アグレスティアをあっさり超えてしまった ”他人の機体”に対する複雑な心境は分からないでもない 。

 だけどさ、サイバネの権威と名高いラクシャータ博士珠玉の傑作を、勝るとも劣らない才覚を持った君たちが一切の自重を投げ捨てて魔改造を施したんだ。

 そりゃ天才同士の化学反応が起きるのも当たり前。

 究極にして無敵。単機の力で戦略さえ覆すモンスターの誕生も、必然だったんじゃないかなぁ。

 

「よーし、頑張―――何ですか殿下? 僕の顔に何か付いてます?」

 

 矜持やら何やらが色々と。

 

「特には何も。新型ランスロットも良いけど、究極KMFプロジェクトの方も忘れないように」

「釘を刺されずとも、そっちは別腹ですからねぇ~。ランスロットは僕とセシル君だけで作ることに意味がありますが、共同プロジェクトは大勢で、あーでもない、こーでもないと自論をぶつけ合うお祭り。研究中のフロートシステムを含め、技術の出し惜しみをせず頑張ります。心配せずともご安心を~」

「だ、そうだ。アンヌと同じく、飼い犬のリードは任せたよ?」

「はい、しっかりと躾けておきます」

「セ、セシル君? い、いえ、何でもありません……はい」

 

 欲を言えばもう少し内輪話に花を咲かせたいところだけど、時計針の刻みが早い。

 KMF談義はまたの機会。今は王としての勤めを果たすことが最優先。

 

「さて、臣下に負けず僕も働こうかな」

「白の騎士団計画は、高純度の生きた戦闘データを得られる貴重な機会。技術面以外は協力できませんが、長期的に継続できるよう頑張って下さいね~」

「僕もそう願っているさ」

 

 手をひらひらと振って、同意を示す僕だった。

 

 

 

 

 

 第十五話「完熟のオレンジ」

 

 

 

 

 

「なぁ、ゼロ。彼らは何者なんだ?」

『名はリスティス白騎士団。キョウトからの援軍で、我々と志を同じくする同志と聞いている』

「キョウトも粋なことをするじゃねぇか。こんな隠し玉があるなら、出し惜しみしねぇで最初から寄越せっつーの」

「玉城の単純さが羨ましい……」

「うるせぇよ扇!」

『……言い争いはそこまでだ。彼らが敵にせよ味方にせよ、品性を疑われる行為は慎んでくれ。交渉の席で言質を取られた場合、私とて撤回は難しいぞ?』

「……あいよ」

「黒の騎士団のリーダーは君だ。余計な真似をせず、大人しくしているよ」

 

 団員の多くはルルーシュのプランに酷似した手段で撤収させられたが、一部のメンバー……黒の騎士団の中枢を担う扇、玉城、ゼロと少数の護衛だけはペリノアに誘われ別ルートで埠頭を脱出。

 偽装トラックを乗り継ぎ最終的に辿り着いたのは、千葉の港に程近い倉庫街の一角だった。

 案内を務めた白騎士団の使者は必要な情報以外を黙して語らず、しかも黒の騎士団で採用された物より表面積の大きいバイザーで顔を隠していることでギアスも使えない。

 別にギアス対策と言うわけでも無いのだろうが、ルルーシュとしてはやり難いの一言。

 最大の武器が偶然封じられ、少しばかり焦ったのは内緒である。

 

『では、行くぞ』

 

 果たして、自分たちを招きいれた敵の真意は何処にあるのか。

 単純な顔合わせでは済まない確信を持つルルーシュは、タフな交渉を覚悟する。

 そして一念発起、案内された部屋の扉を開け―――顔を引きつらせた。

 

「待ちかねたぞ、ゼロ。この時が来る日をどれだけ待ち侘びたことか」

 

 待ち構えていたのは、忘れもしない顔だ。

 具体的には、かつてルルーシュが冤罪を擦り付けて地獄に突き落としたジェレミア・ゴットバルトが何故かしれっと立っている。

 

『……随分と手の込んだ罠じゃないか、オレンジ君」

 

 当然、ここに来るまでの間に武器は没収済み。

 しかもジェレミアは既にギアスを使用済みと言う最悪、最凶の天敵だ。

 まさかの遭遇に硬直した玉城と扇は役に立たない。

 これでは逃げようとした瞬間、全員射殺されてゲームセットだろう。

 そんな人生二度目のチェックメイトを覚悟したルルーシュだったが、不思議なことに復讐鬼は銃を抜くどころか顎に手を当てて小首を傾げている。

 

「落ち着きたまえ。貴様は何か大きな勘違いをしている」

『?』

「私が話すよりも、我が王に言葉を賜ったほうが早いだろう。陛下、ここから先を引き継いで頂いても構いませんか?」

『控えていろ、ジェレミア』

「御意」

 

 壁際に下がり、直立不動の姿勢を取るジェレミアに代わって現れたのは白の王だった。

 身に纏うのは体をすっぽり覆い隠すマントと、フルフェイスの仮面。

 但し何の皮肉なのか、全てゼロと同じデザインと言う有様。

 違うのは色だけ。黒のゼロのがネガならば、ポジに反転させて白く塗り潰したのがペリノアか。

 これだけでも驚きだが、極めつけは白王が姿を現した場所だろう。

 彼が居るのは、テーブルに置かれたノートパソコンのディスプレイ内。

 俗に言うビデオチャットを用いて来るとは、予想もしていなかったルルーシュである。

 

『遠路はるばる呼び立てして申し訳ないが、余は多忙でこれが限界。これぞ貧乏暇なし。零細騎士団の泣き所と諦めて貰いたい』

『……度の過ぎた用心だと思うがね』

『石橋を叩いて壊して一安心が余の流儀。誰かさんのように我が身を直接晒すなんて、小心者にはとてもとても』

『私は王が率先して前に出てこそ部下は付いて来る、と考えているのでね』

『見解の違いかな』

『こればかりは仕方が無いさ。それはさておき、先ずは壁の花について聞かせて頂こうか』

 

 さしあたっては、身の安全の確保が最優先。

 

『彼の名はジェレミア・ゴットバルト。オレンジ事件で犯罪者の烙印を押され、ついには軍を左遷された不遇の騎士って辺は今更語る必要も無い部分だよね?』

『そうだな』

『そこに至る過程で紆余曲折あったんだけど、一言で纏めれば ”組織に尽くしてきたのに、冤罪で見捨てられて愛想が尽きた。可愛さ余って憎さ百倍。無実の自分を信じず、虐げた祖国に復讐してやる” って結論に行き着いたらしい』

『その気持ち、分からないでもない』

 

 同じブリタニア人でも、面白い画が見たいと身を寄せてきたディートハルトよりは信憑性の高い話である。

 と言うより親に ”捨てられた” 憎しみを行動原理とするルルーシュにとって、疑うことの許されない理由だった。

 何せ ”そんなことで” と口にしてしまった瞬間、それはそのまま自己の掲げる正当性の否定に直結。復讐心を支える屋台骨が、ぐらりと揺らいでしまう。

 

『で、そんな彼を余がスカウト。心機一転、反ブリタニアを掲げる騎士団の団長として実績を積み上げつつある、と言えば納得を?』

『……ジェレミア氏に一点だけ尋ねても?』

 

 白仮面が頷いたのを見て、ルルーシュは言う。

 

『何故、平然としていられる? 私に対する憎しみは何処に消えた?』

「正直に言えば、遺恨はこの胸に今も残っている』

『……だろうな』

「しかし貴様に味わわされた艱難辛苦の全ては、剣を捧げるに相応しい主人へ巡り会う為に神が降された試練だったことを私は知った」

『えっ?』

「地の底に落ちなければ陛下に出会うことも無く、漠然と顔の見えない国家に尽くす不完全燃焼の日々を蔓延と送っていたことだろう」

『うん?』

「しかし今、我が心は翼の癒えた鳥の如く大空を舞い上がり、無限の充実感で満たされている』

『はぁ』

「つまり感謝が全力で恨みを上回ったのだ、ゼロッ! 今後は貴様が王と道を共にする限り、恩人として背中を守ってやろうではないか!」

 

 もう、何がなにやら。

 マイナスが一週回ってプラスに転じるとか、理不尽にも程がある。

 一番怖いのは、ジェレミアの目が本気なこと。

 もしも演技だとすれば、アカデミー賞を総なめにすること請け合いなしだ。

 

『控えめに言って、リフレイン的な薬をキメているとしか思えないのだが』

「延いては、礼を物で返すべく土産を持参した。帰りに回収していくが良い」

『本当に話を聞かない男だな、君は』

「質問の答えは以上だ。あまり陛下を待たせても失礼。早く謁見を再開したまえ」

『……だ、そうだ』

『じゃあ今後の為にも、コンセンサスを得られるように少し話そうか』

『そう言う話を待っていた』

『なら、首脳会談と行こう。ジェレミア、お二方の歓待を頼む』

「イエス、マイ・キング。イレブンども、温かい飲み物をくれてやるから大人しく着いて来い」

「喧嘩を売ってんのかぁコラァ!」

「騒ぐな野蛮人。こっちだ」

「ゼロじゃねぇけど、マジで人の話を聞かない奴だな!」

「……オレンジに敵意が無いことは分かった。こっちは俺が何とかする。そっちは頼んだぞ、ゼロ!」

 

 当たり前といえば当たり前だが、ナンバーズ嫌いの本質は何も変わらないオレンジだった。

 閑話休題、扇の仲裁で一応の人払いを終えた部屋でルルーシュは思案する。

 どの道、メインスポンサーのキョウトが絡んでいる時点で係わり合いは避けられない。

 日本解放戦線の如き粗大ゴミは要らないが、有能で使い道があるなら話は違う。

 そもそも敵は強大で、自力の差も歴然。

 利用出来る物は、片っ端から活用しなければ勝機さえ生まれて来ないのである。

 

『さて、持ち寄った手札でポーカーと行こうじゃないか、後輩君』

『受けて立ちますよ、先輩』

 

 表裏一体の王たちは、鞘から言葉の刃を抜いて対峙するのだった。



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TURN16「黒狐と白狸」

え、奴隷幹部量産不可設定は本編でシュナイゼルが万全だから矛盾している?
何のことだかさっぱりでry


「先輩、これは現実ですよね?」

「実は隣に座るお姉さんは、マリーが脳内で産み出した仮想人格かもよ? だってほら、常識的に考えて、こんなにも美人で聡明な女騎士が現実にいるわけがっ」

「その面白くない冗談のお陰で、幻覚の類ではないことを確信出来ました。だから頬を引っ張るのは止めて下さいっ!」

「ノリ悪いわねぇ」

 

 初仕事を終えた私とリーライナ先輩がじゃれあうのは、命令とは言え同胞に銃口を向けた日陰者に相応しい、暗く深い海の底。

 殿下が謎のルートで調達して来た、ブリタニア軍主流の葉巻型とは似ても似つかないイルカを思わせる流線型潜水艦の格納庫の一角だったりします。

 今後の拠点として運用予定のこの船には、VTOLや少なくない数のKMFに加え、ミサイルを含めた通常兵器が満載。おそらく個人が所有する戦力として、世界でも五指の指に入る規模だと思う私です。

 ちなみに艦名はアーサー王の逸話にあやかり ”ペレスヴォー” ですって。

 唸りを上げて水中を進む怪物には、ぴったりではないでしょうか。

 

「しっかしバーランドと比べちゃうと、サザーランドも過去のKMFだよねー」

 

 私たちの視線の先、そこには共に初陣を飾った愛馬が整備を受けていた。

 白騎士団暫定採用KMF ”バーランド” はベースこそサザーランドですが、何と言っても全面改修を受け持ったのが特派&マンチェスタと言うドリームチーム。

 機体の各所に第七世代KMFで培ってきた基幹技術がフィードバックされ、原型機とは比べ物にならないハイスペック機へと変貌を遂げたカスタム機だったりします。

 外観から素性を推測されてはマズイと、外装をエリア11伝統の鎧武者風にデザインした点は個人的にNGですが、偽装の副次効果で得た重装甲はパイロット心理として頼もしい限り。

 ほんとマシンガン一発で沈むことも多い現行機と比べれば、騎乗時の安心感が違います。

 私個人の主観でバーランドを総評しますと、打たれ強く、それでいて足回りは良好。しかも癖も無くて扱い易い傑作ですね。

 これぞ王道を行く次世代機。例え博士たちが―――

 

 ”見た目以外は面白くない、素人発想の駄作だよねぇ~”

 

 やら

 

 ”完全新規フレームの新型が完成するまでの手慰み”

 

 などと酷評しようと、私は気にしません。

 革新よりも保守。現場の大多数は、安定性こそ最優先なのですから。

 

「それでもカタログ上のキルレシオは3:1。単機で戦略を引っくり返す活躍を可能とするランスロット系列と比べれば、可愛いものじゃないですか」

「だけどアレって私たち凡人が乗った瞬間、ころっと落馬して踏み殺される暴れ馬よ? ブリタニア無双出演者限定の決戦兵器と、普通の騎士が安心して乗れる通常兵器を同列に扱うのはどうなのさ」

「冗談です」

「少し前の宣言は何処に消えた」

「……実は初出撃の勝利に気分が高揚しています。少しくらいテンションがおかしくても、見逃してください」

「そっか、初陣だったかー。そりゃ仕方ないわね」

 

 敵は最強の誉れも高い、ブリタニアの女騎士が総じて憧れるコーネリア殿下が率いる近衛軍。

 幾ら居るだけで勝利フラグの立つラウンズが随伴し、KMFの性能で圧倒していても、士官学校を出たての新兵が初手で相対するには難易度が高すぎです。

 今回の作戦、白騎士団の全力を投入したといえば聞こえは良いかもですが、そもそも所属する騎士の数は私を含めてたったの六人しかいません。

 しかも主力のファンナちゃんは、殿下の護衛を優先して不在。実際に参加した人数は五人ですよ?

 ブリーフィングの時に楽観的な先輩は鼻歌交じりで余裕の表情でしたけど、基本的に悲観的な私がどれ程のプレッシャーを感じていたのか分かりますか?

 多分、先輩が思っている以上のストレスと戦っていた私です。

 全ての重圧から解放されたなら、そりゃ軽く軽くナチュラルハイにもなりますよ。

 

「マリーは、恵まれた環境で戦争処女を捨てられたことに感謝しないとね」

「……捕まれば終わり。イリーガルな潜入捜査官ポジなのにですか?」

「だってさ、ファンナちゃんなんてぽんこつグラスゴーでいきなり最前線送り。分からず屋の上司に適当な命令を下された挙句、捕まれば慰み者コース確定な無法者の勢力圏に一人で置き去りの初出撃らしいわよ?」

「うわぁ」

「まぁ、聞きかじりがとやかく言えた義理じゃないけど、テロとして捕まろうが所詮相手は言葉の通じる同胞じゃない。身柄は殿下が保証してくれる約束だし、ヌルゲーもいいところだと思う」

「ちなみに先輩の初陣は?」

「実は負けず劣らずのぬるま湯育ち。学校を出てから速攻でテファル様の親衛隊入りだから、キツイ、辛いと感じたことはあっても、勝算の無い無謀な戦場は未経験。そういった意味だと、苦労らしい苦労って知らないにゃー」

「普通はそうですよね」

「ま、機材は最新で人も物もカネも豊富。直属も暑苦しさに目を瞑れば頼れる上司と環境は最高。今の立場こそ微妙でも、最終的には勝ち組派閥に拾われたのがわたしたち。このまま活躍を続けて、目指せ安定の大出世! ここまで来ちゃったら覚悟を決めるわよ!」

「お、おーっ!」

 

 ですがお忘れなく。

 スタート地点が公式にセリエル殿下シンパのナイトオブファイブ派閥だった先輩と違って、私は何処の色にも染まっていない真っ白な状態からの直接雇用です。

 しかも後に聞いたスカウト理由の大半は、私が内定済みの先輩と相性の良い間柄だったからとか。

 どう考えても、完全なるとばっちりです。本当に有難う御座います。

 今更とやかくは言いませんが、望んで殿下に忠誠を誓った訳じゃありませんからね?

 本当は普通の騎士として、普通の軍務に携わたかったんですからね?

 

「さーて、後輩のメンタルケアも終った終った。次は面倒くさいレポートに取り掛かるけど、一緒にやる?」

「是非、お願いします」

 

 ああ、そうでした。出撃前にセシルさんから、百を超えるチェック項目を持つバーランドの評価報告書の作成と提出を義務付けられていましたね……。

 中にはフィーリングを文字で表現する欄もありますし、どうせなら同じ経験を積んだ先輩と相談しつつ書き上げる方が効率も良いでしょう。

 

「うわ、この ”冒険心が足りないと思いますか? 思いますよね?”って、絶対にロイドさんが混入させた設問だよね……」

「先輩、こっちには ”量産するならランスロットと、ランスロット、どちらが相応しいと感じましたか?”なんてのも」

 

 ロッカーから書類を回収し、腰を据えた場所は食堂の隅っこ。

 たまに見つかるネタ項目を肴に会話を弾ませ、悪くないペースで仕事を片付けていく。

 騎士として命を奪う行為への負い目はありませんが、やはり心の何処かで罪悪感を抱いていたのかも。

 体は疲れているはずなのに、候補生時代の試験シーズンを彷彿させるこの状況が懐かしくて、心地よくて、強張っていた心が解けて行くのを実感します。

 雑談に始まる一連の流れがアフターケアだとすれば、私はあの人に頭が上がりません。

 

「向こうは、どんな塩梅だと思う?」

「そろそろゼロと直接対決を始めた頃合ですね。成り行きに任せると殿下は仰ってましたが、果たして共闘の道なのか、それとも第三勢力の道を進むことになるのか……」

 

 私たち下っ端が知るリスティス白騎士団の設立目的は、軍部が抱くコーネリア殿下の信用を失墜させる為べく一時的にゼロへ助力すると言うことだけ。

 他にも政治的な理由が色々とあるとは思いますが、騎士は王の言葉を疑わず従うことがお仕事。長期戦略は上層部に任せ、余計な詮索は控える方が無難です。

 

「案外、同席するオレンジ卿が発作的にゼロを殺してゲームセットかもにゃー」

「完全にネタですけど、十分に考えられる結末なのがまた」

 

 狐と狸の化かし合いを、空気の読めない猟師が鉄砲でズドン。

 軍略家の積み上げた策を台無しにするのは、何時の時代も計算不能な人の感情なのです。

 

「こりゃ考えても無駄だねぇ」

「同感です」

 

 どうせ白騎士団を ”ブリタニア軍を外部から評価し、中からでは見えない諸々の弱点を洗い出す為のアグレッサー部隊”として宰相閣下の公的認証を得ている殿下のことです。

 過程はどうであれ、負けない試合運びは得意分野でしょう。

 

「私たちは私たちで頑張りましょうか、先輩」

 

 剣をペンに持ち替えて、私は騎士の務めに全力を尽くすのだった。

 

 

 

 

 

 第十六話「黒狐と白狸」

 

 

 

 

 

『先に宣言しておくけど、インフェルのべース機はジェレミアが手土産代わりに奪い取ってきた献上品。返却するつもりは無いのであしからず』

『……事情はともかく、紅蓮はナリタに投棄した廃品だ。今更、所有権を主張するつもりは無いさ』

 

 当たり障りの無い問答を繰り返した後に切り出されたのは、必ず切らなければならないカードの一枚である紅蓮の処遇についてだった。

 インドの鬼才が苦心の末に産み出した紅蓮は、なまじの技術者では手を入れることも出来ないピーキーで完璧な芸術品だ。

 しかし聞きなれない稼動音から察するに、インフェルは外観に留まらず内部のモーターの果てまで手が入れられていることは確定。

 どの程度の改造を行ったのかは不明だが、問題なく稼動している時点で世界的な天才に匹敵するスタッフを囲い込んでいることは疑いようの無い事実である。

 そして紅蓮に搭載された輻射波動機構からラクシャータの関与が露見するように、おそらく同等のオンリーワン技術を満載したインフェルノも機密の塊なのだろう。

 例えるなら実戦データ収集を目的として、海賊にF97をXナンバーとして提供したサナリィ。

 黒幕の身元バレに繋がる物証を、第三者に手放すとはルルーシュも思っていない。

 

『次は私の手番だな。率直に聞くが、お前たちは何を最終目標に設定している?』

『当然、打倒ブリタニア。その第一歩としての日本独立さ』

『それはつまり、最大勢力を誇る我が麾下に加わりたいと言うことかね?』

『少し違う』

『その心は?』

『余は王。つまり、誰かに膝を着くことは許されないのだよ』

『重要な点はそこなのか!?』

『キャラ付けは大切だろ?』

『……私も人のことを笑えない立場。それを言われると弱い』

 

 互いに仮面の下へ素顔を隠し、王を気取る者同士。

 あまり追求すれば、鏡の前の自分にブーメランなのである。

 

『そんな訳で力は貸すけど、それは連合軍のような対等の寄り合い所帯でのこと。黒と白の騎士団は互いに独立独歩。目的を共有出来る場合にのみ行動を共にする、十字軍スタイルを目指したいのさ』

『前提条件を踏まえれば、妥当な条件ではある』

『君が余を軽んじないと約束してくれるなら、対外的にはウチを黒騎士団の一部門として喧伝してくれて結構。これが余の出来る最大限の譲歩かな』

『……それを見越した上での反転カラーだったとはな』

『視覚的にも分かりやすいだろ?』

 

 確かに色だけの差異であれば、ゼロの関係者と誰もが一目で分かる。

 しかしそれは、手柄を全て放棄すると宣言するに等しい暴挙だ。

 この発言を受けてルルーシュが推測した白騎士団の正体は、パンツァーフンメルが主力の後進国でありながら、独自思想を用いた第七世代級KMFを投入間近と聞くEUの試験部隊と言うものだった。

 何せランスロットやグロースターと言った最新鋭機を保有するコーネリア軍と、世界で唯一ブリタニアと同等の自国製KMFを開発するに至った日本が争いを繰り返すエリア11は、さしずめ古今東西のKMFが揃う見本市。

 実戦データの収集が目的だとすれば、これ以上に適した土地をルルーシュは他に知らない。

 そう考えれば名声を必要としない意味と、正規軍真っ青の装備についても一応の説明は付く。

 

『スポンサーの意向かね?』

『ご想像にお任せします』

 

 しかし素性が怪しいならば、ギアスを用いて従順な奴隷に変えてやれば良いと考えるのも早計だ。

 どうも脳に干渉するプロセスがマズイのか、短期的な

 

 ”~をしろ”

 

 なら都合のよい記憶障害だけで済むのに対し

 

 ”我に仕えよ”

 

 のような恒常的に自己判断が必要となる命令を与えた場合は対象の精神に負荷がかかるのか、全般的な能力の低下が発生してしまう弊害が確認されている。

 時に当たり前の判断が出来ず、しかも本人はその異常に気づけないこともザラ。

 これでは仕事を任せることが出来ない。

 つまり永続的なギアスは、使い捨てを覚悟した最終手段。

 共同戦線を張らなければならない白王の様な人間に対し、安易な気持ちで使ってはならないのである。

 

『……分かった、その条件を飲もう』

『それでこそ救世主。予想に違わぬ器の大きさで安心したよ』

『投げ込まれた巨石を受け止める水深があるのか、少々不安だがね』

『だけど残念ながら、今の器には水が足りない』

『その通り。悪いが水汲みに同伴して貰おうか』

『お勧めは名水と名高いチョウフだね』

『私の目的地も最初からそこだ。日取りは追って知らせるが、今後の連絡手段は?』

『このPCに登録されているアドレスに宜しく』

『了解した』

『じゃあ、名残惜しいけど今日はこの辺で。そろそろ動き出さないと、夜が明ける前に君たちをシンジュクゲットーに戻せなくなってしまう』

『次は生身の君と会いたいものだ』

『前向きに善処するとも。あ、ジェレミアの土産は車に積んである。道中の暇つぶしにでも役立ててやって欲しい』

『彼の感性に期待だな』

 

 精神論を重視して情報戦を軽んじる体質は、日本解放戦線、蒼天党、扇グループ、その他諸々の日本を母体とする組織に根強く残る悪習だろう。

 その点で言えばペリノアは合格。キョウトから情報を得ているにしても、切るべきタイミングで札を出す準備を整えていることが確認できた。

 何故ならやり取りの中で出て来た ”水” の正体は直近でブリタニアに身柄を押さえられた藤堂の暗喩であり、チョウフとは収監された収容所の所在地だ。

 全て理解した上で言葉遊びに興じる姿勢は、自軍の幹部にも見習って欲しいとさえ思うルルーシュだった。

 

『これは倉庫の肥やしにしている玩具があるなら、さっさと出してデータを取らせろと言われているに等しい。いよいよ私の読みに信憑性が帯びて来たか……?』

 

 ペリノアの言に従い黒の騎士団を率いて千葉を発ったルルーシュだったが、心を休める時間は一秒たりとも与えられなかった。

 新たな悩みの種は、積み込まれていた想定外の贈り物。

 ”アッシュフォード” の制服でラッピングされた自称体の弱い深層の令嬢にして、実際はレジスタンスとして大活躍中の紅月カレンの身柄にある。

 まさかの再会に古参メンバーは喜んでいたが、ルルーシュはそうも行かない。

 カレンの話では逮捕後も調書はおろか身柄の確認さえされずに留置され、外部から隔離された部屋に監禁される日々を送ること数週間。もう無理かと諦めた矢先、何故か突然ジェレミアにより救出されたとのこと。

 カレンの処遇も怪しさ満点だが、それ以上に白王が不気味だ。

 オレンジを操ったペリノアの手腕は、余りにも手際が良すぎる。

 

「ゼロ、申し訳ありませんでした」

『ナリタの件はこちらのミスだ。謝罪するべきは私だよ』

「いえ、ナイトオブラウンズの加勢は誰にも読めないイレギュラーです。それに敗北はゼロの親衛隊隊長としての力が足りなかっただけのこと。悪いのは全てあたしにあります」

『……そうか、ならば次に期待している』

「はいっ!」

 

 忠犬を思わせる級友の姿を見て、ルルーシュは苦笑を浮かべた。

 他者より優れた操縦技術を持つ故にワンオフ機を与えられ、ゼロへと絶対の忠義を尽くすからこそ重用されるカレン。

 より強く、より高みへ。成果を上げなければ意味が無いと宣言する彼女は、果たして気づいているのだろうか?

 結果を重視するカレンの姿勢は、彼女が忌み嫌うブリタニアが掲げる思想そのもの。

 間接的にせよ、敵の主義主張の正しさを証明していることを……。

 

『秋に向けての組織再編で、対白騎士団対策も含めた情報機関の強化が必要だな。上にはディートハルトを据えるにしても、諜報員をどう調達するかが悩ましい』

 

 ペリノアは灰色の蝙蝠。しかし、黒ではないことも事実。

 情報不足により今はこの判断で精一杯だが、敵対と言う選択肢だけは無い。

 エリア全体が混迷する状況下、自称でもキョウトの紐付きがいきなり裏切るということもあるまい。

 

『中核メンバーにギアスを仕込む機会を待つとしよう』

 

 彼らは味方なのか、それとも羊の皮を被った狼なのか。

 その答えは、次の作戦の働き次第で嫌でも分かる。

 先を見据えて苦悩するルルーシュは、ずぶずぶと思考の海に沈んでいくのだった。



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TURN17「モノクロームの幻想」

藤堂の説得は、変えようが無いので割愛。


「今回の一件、残念ながら完全に姉上の失態です。客分のウチは巻き込まれただけの被害者。あえて言わせて貰いますが、この不始末をどう処理なさるのでしょう?」

「証拠不十分で野放しにしていたジェレミアが私不在の政庁で特派を襲い、研究中の鹵獲機と捕虜を奪取して逃走……か」

「しかも狙ったのか、偶然なのか、紅蓮と共にランスロットの予備部品まで盗み出されました。もうこれは内々で処理するには不可能な案件です。遠からずシュナイゼル兄上のお耳に入ることもお覚悟を」

「おまけに私はその足で黒の騎士団へ合流し、即座に牙を剥いた裏切り者に危うく首を取られる始末。ふっ、ナリタから続く失態記録更新か。いよいよ笑えん」

 

 時系列的には、正にその通り。

 姉上が出撃した隙を突き反旗を翻したジェレミアが、特派を武力制圧して紅蓮他諸々を纏めて強奪。身柄を拘束され閉じ込められていた僕らが異常に気づいた騎士に発見されるまでの間に悠々と逃げていった姿は、ばっちりカメラに収められている。

 但し、その映像は僕らが少し前に撮ったもの。

 アリバイ作りの為に監視カメラの映像を差し替えた、自作自演の三流寸劇だけどね。

 ちなみにカレンは最初から死亡扱いで、姉上は存在そのものを知らない。

 だって彼女は、名門のシュタッフフェルト家の令嬢で顔見知りのクラスメートだよ?

 アッシュフォードがルルーシュを匿っていたことを黙殺する代わりにガニメデをプレゼントしてくれたなら、あちらの家は娘がテロの主犯格と言う御取潰し級のスキャンダルの代価として何をしてくれるのやら。

 本来はルルーシュのエースを守る手段の筈が、思わぬ儲け物だと思うよホント。 

 

「部下の管理不行き届きに伴う秘匿技術の流出。自業自得とは言え、さすがにやるせないな。所詮私は武人であり、政治には向いていない証拠なのかもしれん」

「確かに姉上は、戦場を駆け巡る方が本業に思えます」

「……どうだセリエル。試しに総督を代行してみないか?」

「残念ながら、僕の居場所は帝都です。中途半端にエリアの運営に携わり、ズブズブと戻れなくなることだけは避けたい。それに副総督はユフィですよ? こちらも兄弟仲良く仕事に励みますので、そちらも姉妹水入らずで頑張っては?」

「冗談だ」

「その割に真顔だったような」

「冗・談・だ」

「異論は御座いません、姉上」

「ふん、弟は弟らしく姉をからかうな。罰……もとい迷惑を掛けた侘びとして、久方ぶりに稽古をつけてやる。よく回るようになった口と比べて、騎士としての腕前がどの程度成長したのか見せてみよ」

 

 あ、うっかりトラの尾を踏んだ。

 

「姉上、僕は作る側でし―――」

「明朝0400に第五練兵場で待っている。なーに、朝食前の軽い運動だ。まさか嫌とは言わぬよなぁ?」

「わーい、姉上のご指導楽しみ……」

 

 度重なる不運(必然)に見舞われた被害者の様子を探るべく、帰還した姉上と接触を持ってみればこれだよ。どうしてこうなった。

 稀に性能試験の一貫としてKMFに跨る程度の素人が、暇を見つけては愛機を乗り回す戦闘のプロ相手に何を見せろと言うのやら。

 まさか僕が加害者だと知った上での意趣返しではないと思うけど、腹いせを的確に首謀者へとぶつけてくるあたりが因果応報。神様の策謀を感じてしまう。

 

「それでこそ我が弟。ちなみに本国への報告は状況の精査と書類が纏まり次第、私が直接行う。仮にも学生として余暇を過ごすお前は、余計なことに気を回さず勉学に励んで居るがよい」

「お気遣い、痛み入ります。ですが、必要な場合は何時でもお声を掛けてください。河口湖のように危険な公務でなければ喜んで受け持ちますので」

「あれは例外だ。忘れろ」

「では、今宵はこれにて失礼。明日を万全に迎える為にも、早く眠らせてもらいます」

「うむ、我が槍から何か一つでも吸収することを期待しているぞ」

「御意に」

「……一つ忘れていた」

「はい?」

「河口湖ではユフィとお前を。ナリタと今回の一件では、私自身も枢木に危ういところを助けられている。立場上表立っては言えんが、奴の忠義は認めてやりたい。私の代理として、何か褒美を授けてやってくれぬか?」

「分かりました。僕も他人事ではありませんし、こちらで手を回しておきましょう」

「任せる」

 

 さすが体育会系の面目躍如。体を張って結果を出した人間には寛大ですね。

 しかし褒美ですか。

 皇族三人を救った活躍に見合う代価となれば、これは金銭に換えられない働き。

 僕としても不本意ですが、彼には出世と言う形で支払いたいと思います。

 具体的には枢木の皇族選任騎士任命とか如何でしょうか?

 姉上は遺憾でしょうけど、実はユフィって枢木に恋する乙女でしてね。

 出来れば彼を自分の騎士に取り立てたいと、相談を受けていた僕です。

 

「念の為の確認ですが、僕の判断で妥当なラインを設定しますからね?」

「折衝はお前の本分。後で文句は言わぬ」

 

 はい、言質を頂きました。これで何を言われても怖くない。

 僕とファンナのテストケースとして、身分違いの恋が引き起こす化学反応をこれ幸いとこの目で確かめさせて貰いますよ。

 

「それはさておき、問題は目の前のKMF戦だ……」

 

 本当にどうしたものか。

 もう逃げられない以上、せめて一矢報いる手段を検討してみよう。

 ハード面で圧倒する?

 駄目だ。第七世代を持ち出しても、どうせ僕が扱いきれない。

 ソフト面で優位を作るのは?

 一晩でOSを僕に最適化するチューニングは不可能だ。

 替え玉を用いて大勝利?

 うん、一歩動いた瞬間にバレる。そもそもそれは、僕の力じゃない。

 つまり結論は、姑息な手段を用いず正面から当たって砕けろ……か。

 

「……よし、一夜漬けで足掻こう」

 

 せっかく僕の側には最強の騎士が控えている。

 インフェルノの性能評価報告を受けるついでに、教導経験もあると言っていたテファルへインストラクターを頼むのが吉とみた。

 

「殿下、独り言なんて珍しいですよ? 何か問題でも起きましたか?」

「ちょっとね」

「何でも仰ってください。力の限りお役に立ちます!」

「今回は気持ちだけ受け取っておくさ」

 

 普段から守られる立場の僕が今更何を、とは自分でも思う。

 しかし、好きな女の子の前で良い格好を見せたいのは男子の意地だ。

 その為の手段に、ファンナを頼るなど本末転倒。

 絶対に選べる選択肢ではない。

 

「残念です」

「それはそれとして、僕は急用を思い出した。これから先の警護はテファルに引き継いで貰うから、ファンナは予定通りロイドのところでアグレスティアの再調整に参加を」

「本当はお供させて頂きたいところですが、確かにユグドラシルドライブ神経接続テストだけはわたしが居ないと始まりません。えっと、このままラボに直行で宜しいのでしょうか?」

「良い子だ。今月中には出番が来る見込みだから、スケジュール通りに機体を仕上げないと間に合わない。これは重要な案件だ。僕に代わり、ロイドの尻を叩く仕事を任せたよ?」

「はいっ!」

 

 かくして覚悟を決めた僕は剣と別れ、盾の元へと向かう。

 しかし、さすがはラウンズ。一戦交えた直後だと言うのに疲れた様子も無く、僕の頼みを快諾してくれて大助かり。

 もっとも ”そこはズガァっと” だの ”ランドスピナーはキュットしてカッ” などと分かりにくい教導しか出来ない感覚派はあまり役に立たず、見かねて教鞭を奪い取ったアンヌの理路騒然とした授業の方が余程役に立ったのはご愛嬌か。

 

「付け焼刃で倒せるほど、コーネリア殿下は甘くはありません。狙いは敵の気が緩む中盤以降のカウンター一本勝負だけ。チャンスが来るまでひたすら耐え忍ぶ亀作戦ですよ、殿下」

「なら武器はランスより小回りの利く、ソードをチョイスするのはどうだろう?」

「大正解かと。どうせなら軍標準タイプより、設計者の殿下が隅々まで知るランスロット型MVSの方が扱い易いですよね? あたしの方で模擬戦仕様のを準備しましょうか?」

「助かるよ。重量バランス、刃渡り、諸々を完全に理解する獲物を用いられるなら、僅かなりとも勝率は上がるだろう。君が居てくれて本当に助かるなぁ」

「そう言って頂けると、あたしとしても光栄です。後は反復練習あるのみ。ここからはシミュレーションの数をこなすことに集中です、集中っ!」

「努力するよ」

「マイロードも、仮想コーネリア殿下役くらいは出来るわよね?」

「私の役割が…奪われた……」

「その反応を見る限り、話だけは聞いていると判断するわ。対戦相手の確保も出来たところで、早速亀作戦の実地研修からスタート。最後までカリキュラムをこなせれば、ワンチャンが訪れることをあたしが保障します。だから―――」

「泣き言を言わず、君たちの王として担がれるに相応しい気概は見せるとも」

「それが分かっているなら、あたしから言うことはもうありません。ですが、あえて一言だけ。頑張れ、男の子! ファンナちゃんに、殿下ってステキと言わせてやりましょうね!」

 

 二人のサポートを受ける僕は、彼らの助力を無駄にしない為にも必死に頑張ったさ。

 朝日が昇る寸前。約束の時間ギリギリまで粘って、いざ決戦の地へ。

 だけど、やはり現実は甘くは無くて

 

 ”小細工に頼るな! 鍛え方が足りん!”

 

 と、心配そうに見守るファンナの前で鎧袖一触。

 アンヌの保障した一度の好機を物に出来なかった僕は、為す術も無くボッコボコの目に。

 普通ならこの結果を受け、訓練に励もうとでも思うのだろう。

 しかし、僕の考えは違う。

 自分で言うのもアレだが、僕には騎士としての才能が無い。

 仮にこれから生涯を一心不乱に修練へ打ち込もうと、おそらく一流半が限界。無意味に時間を費やすだけとの自負がある。

 どうせ磨くのであれば、得意分野が効率的だ。

 姉上に技量で及ばないなら、勝てる機体を用意しよう。僕の、僕による、僕の為だけの、三流が一流に比肩し得るKMFをこの手で産み出してやる。

 

「となれば、ランスシリーズはピーキー過ぎて僕に向かない。ジヴォン家が売り出し中の大型KMFのフレームを素体に防御力と火力に特化した……あれ、確かそんな設計思想の機体を本国でロイドが発注を受けていたような?」

 

 IFX-V301 ”ガウェイン”。

 僕が彼の実験機の存在を知るのは、もう少し先の話だった。

 

 

 

 

 

 第十七話「モノクロームの幻想」

 

 

 

 

 

 天気は晴れ。この日の為に用意した弁当を片手に、本来の意味とは間逆の意味で気の置けない友人を大勢引き連れてチョウフへとピクニックへ来たルルーシュ。

 藤堂の身柄がチョウフ基地にあることを、簡単に掴めた時点で罠であることは確実。

 処刑の期日迄に嫌でも救出に来ざるを得ないテロリストを配備済みの警備隊で足止めし、稼いだ時間を使って近くの第十九駐屯地から軍を広域に展界。周辺の幹線道路を封鎖して逃げ道を塞ぎながら、内と外からの挟撃を仕掛けると言う戦略は、読めていても手堅過ぎて対策が難しい。

 

『白騎士小隊、退路の制圧を完了したぞ。さあゼロよ、ペリノア陛下に成り代わり次のオーダーをっ!』

「念の為、増援対策に駐屯地の航空輸送―――」

『赤騎士01より報告。想定よりもエナジーに余裕が産まれた為、輻射波動による滑走路及びKMF用VTOL機の排除も完遂した。以降は予定通り混乱に乗じて撤退を開始したい。構わないな?』

「……基地を単機で潰したか。宜しい、ルートA3を使いたまえ」

『赤騎士01、了解』

『ゼロ、早く指示を!』

「オレンジ卿は、ルート2上の敵を陽動の為に掃除して頂きたい」

『心得た。行くぞ、リーライナ、マリーカ!』

『『実名は止めてっ!』』

『失敬。白騎士03、04、我に続けぇぇぇっ!』

 

 但しそれも、攻略に挑むのが黒の騎士団のみだったならの話だ。ルルーシュの手札に白騎士団の早期合流と言うジョーカーが配られた時点で、戦力を見誤ったコーネリアの策は破綻していたりする。

 そもそも黒の騎士団の泣き所は、動かせる実働戦力が一つしかない点にある。

 指揮官としては有能だが、決定力の足りないゼロ。

 最強を誇りながら、将としての器を持たないワンマンアーミーのカレン。

 どちらも替えが効かず、片方が欠けた部隊は酷く脆い。

 お陰で多面作戦など夢のまた夢。今回も基地と駐屯地へ同時多面攻勢を仕掛けられれば裏をかけると分かっていたのに、単独では行動に移せなかった理由はここにあった。

 

「一から十までこと細かく命令して、始めて及第点を満たすウチの連中とはさすがに違う。やはり民兵上がりは錬度が浅い。全体的な質はまだまだ足りないな……」

 

 たった一機で拠点を無力化するインフェルノに始まり、ペリノアの正体に繋がりそうな糸口をポロっと零すジェレミアでさえ、戦場を見渡し能動的に命令を果たす目や、部下を手足のように扱える器を持つ一流の騎士だ。

 随伴する少女たちも力量は十分。陣形を組むことさえ覚束ない黒騎士達とは、そもそものモノが違う。

 しかも埠頭で取得した音紋を解析したラクシャータ曰く、白騎士が駆るKMFは黒の騎士団のエース用新型機 ”月下” にも勝る高性能機とのこと。

 人材、装備、錬度。下手をすれば組織の規模でさえ劣る支配の及ばない私兵集団は、頼り過ぎれば我が身を滅ぼす猛毒だとルルーシュは理解している。

 だが、今回だけは存分に活用しなければ損だ。

 何せ元々この共闘には、将来的に袂を分かつ敵の陣容を図る意味合いも込めている。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 しかし、その発想は白も黒も同じらしい。

 ルルーシュが騎士の駒の性能を確かめるなら、当人は不参加で戦力だけを送りつけてきたペリノアもまた、ゼロが優秀な駒を所有した際の打ち筋を見定めたいのだろう。

 果たして、最終的にどちらの損得が上回るのか。

 こればかりは、知略に絶対の自信を持つルルーシュでさえ断言は出来ない。

 

『卜部、朝比奈、これはお前たちの上官を救う作戦だ。側面の守備隊を抑えて、我々の突入をサポートしろ。やれるな?』

『『承知』』

 

 目標ポイントの守りは堅いが、白騎士団により後顧の憂いを取り除かれ、しかも藤堂の危機に馳せ参じた四聖剣を加えた全戦力を基地側に投入出来たお陰で突破は可能だ。

 そして予め道を切り開くように指示していた紅蓮により、ルルーシュはさしたる抵抗も無く無頼を独房の外周へ取り付かせることに成功。ここからが本当の勝負と、コクピットを解放して最後の指示を赤鬼へと告げる。

 

『カレン、壁面を破壊しろ。私が直接藤堂を救出する!』

『はいっ』

 

 紅蓮一式の拳で砕かれたコンクリート壁の中に見えたのは、拘束具を着てじっと動かぬ男の姿。

 鷹のような眼を見開き、見下ろすルルーシュに注がれる眼光の何と鋭いことか。

 これぞ奇跡の藤堂。精神論が蔓延する日本軍の中で唯一人、綿密な情報収集と下準備を以ってブリタニアの侵攻を退けた現実主義者の軍人と、ようやくのご対面である。

 この男を口説けるか否かで、黒の騎士団の明日は大きく変わる。

 ギアスを用いずこの男の心を掌握しない限り、日本解放は夢のまた夢だ。

 

『藤堂鏡志郎だな?』

 

 口説き落とすための急所は分かっている。

 本土への侵攻が各地で始まった本土決戦でさえ劣勢な最中、厳島でブリタニア相手に圧倒的大勝利を果たした藤堂は、軍神のレッテルを得てしまった。

 本人が望もうと望ままいと、神風、奇跡、幾多の虚飾に辛め取られた英雄は、敗戦を迎えた今だからこそ理想を求める人々に縋り付かれてしまう。

 生きていれば夢の続きを迫られ、死ねば神格化されて抵抗の旗頭へ。

 奇跡の常態化を求められるゼロのを演手としては、これがどれだけの重圧か嫌と言うほど分かるのだ。

 まして藤堂は超常の力を持たない一般人。

 よくぞ最後まで重荷を投げ出さず、必然の奇跡を求め続けたと賞賛を送りたいルルーシュである。

 

「……そうだ」

『お前には死を受けれるよりも先に、日本人へ見せた夢の始末をつけて貰う』

 

 クロヴィスを討ち、コーネリアを苦しめ、厳島の奇跡に勝るとも劣らぬ成果を出し続けるゼロ以外に、この男のバトンを受け取る資格を持つ者は居ない。

 過去の英雄が蔓延させてしまった幻想を新たな救世主が引継ぎ、夢想しか許されない未来を現実に変える覚悟を持っていることを理解させれば、藤堂鏡志郎と言う志は必ず着いて来る。

 

「私に責任を取れと言うのか……?」

『全ては民衆の為。覚めれば誇りを失う夢を―――』

 

 短い時間でも思いの丈をぶつけ、見せるべきものは見せ、描くものは描いた。

 全てを聞き終えた藤堂は黙考。

 僅かな逡巡の後に出した結論は、ゼロの旗の下で新たな夢に挑むと言う忠誠の言葉である。

 こうして念願の将兵の心を手に入れたルルーシュは、即座に撤退を開始。

 別の駐屯地から空挺部隊が訪れるよりも早く、一兵も損なうことなく脱出を成功させるのだった。



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TURN18「土の力」

原作においても、足元を疎かにしたルルさんは健在。
某騎士王と同じく、人の心が分からない王様ルートの結末は果たして?


『……日々の処理を上回るペースで書類が増えるているのは、果たして気のせいだろうか?』

「現実を直視しろ愚か者。そら、早く零番隊の編成表を寄越せ」

『……妖怪食っちゃ寝の癖に、こんな時だけ仕事が早いとか』

「ゼロ、ディートハルトが申請してきた広報予算のチェックを頼みます」

『……井上、三分だけ待て』

 

 俺とC.C.のやり取りを無言、無表情でバッサリ切り捨てたのは一人の女だった。

 彼女の名は井上直美。確か年齢は二十歳。さすがは同じ民族と言うべきか、何処か幼少期のファンナを連想させる黒髪のセミロングが印象的な和風の美人だ。

 井上は旧扇グループから付き従う古参のメンバーであり、騎士団の黎明期から台所事情を一手に引き受ける組織の大黒柱。当初は仮面で素顔を隠す俺への不信感を隠そうともしなかったが、先の見えていた扇グループでは永久に為し得なかった ”結果” を出し続けるゼロに何かを感じたらしく、今ではビジネスライクながらも俺を認めてくれているから有難い。

 黒の騎士団において藤堂が武の象徴なら、井上はさしずめ文の頭領。

 絶対に失うことの出来ない、女王の駒とさえ言えよう。

 

「分かりました。ですがラクシャータ博士が上げて来た無頼及び月下の改善草案に、吉田の新規団員訓練消化状況報告。果ては藤堂司令官からの騎士団再編計画会議の要請と、至急を要する ”ゼロにしか出来ない” 裁可が山積みです。それをお忘れなく」

『……この調子では、ブリタニアと戦う前に過労で倒れるかもしれんな』

「安心しろ童貞。この通りエナジーフィラードリンク、クリムゾンブル、オロナミンC2、各種元気の出る飲料を冷蔵庫に突っ込んである。私は定時なのでボチボチ帰るが、これらを燃料に死ぬまで働け」

『地獄に落ちろ』

「職場に愛人を連れ込むことを黙認しているのですから、イチャつかずに一秒を惜しんで仕事を」

『井上も言うようになったな……ああ、やるさ、やってやるとも!』

 

 半ばヤケになりつつある俺には、愛人発言を否定する気力も沸かなかった。

 それもそのはず。お世辞にも自力とは言い難いが、結果だけ見れば宿願の藤堂及び付随する旧日本軍の遺産の全てを手中に収めた俺は、一時的に軍事行動を自粛。温存したリソースの全てを投入し、本格的な黒の騎士団再編成に取り組んでいる真っ最中。

 終わりの見えないデスマーチの責任者には、冗談を言う気力さえ残されていないのだ。

 

『それにしても、法定労働を放棄したブラックな騎士団……か」

「口を動かす前に手を動かせと何度言えば」

『すみません』

 

 こうなった原因はシンプルで、文官の絶対数不足に尽きる。

 元々がキリギリス生活の扇グループは論外として、藤堂一派とて唯の職業軍人であり書類仕事は不可能。藁にも縋ろうとインテリ枠のディートハルトにも打診したが、当然と言うべきか所詮はマスコミ。メディア戦略ならともかく、この分野では役立たずだった。

 自己保身の言い訳をさせてもらうなら、これでも事前にマンパワーの不足を予測してキョウトから少なくない数の人員を借り受けてはいたんだぞ?

 しかし、結論から言えばまだまだ足りない。焼け石に水でもと地味に何でも出来るC.C.を説得し井上班に放り込んだが、やはり海の水を一掬いする程度の効果だった。

 その点、フィクションだろうと物語の悪は本当に凄い。

 たかが一軍にも満たない戦力を整えるだけでこの有様だと言うのに、本気で世界征服を狙えるトップダウンの組織を自力で作り上げる努力と根性は賞賛に値すると思う。

 その癖まかり間違って覇権を握れたとして、待っているのは緩慢な滅びだ。

 ブリタニアに限らず戦い続けなければ死を迎えるマグロ属は、決して平和を謳歌出来ない生き物。外に敵が居ないなら矛先は内部を向き、壮絶な権力闘争を開始する。

 そしてふと気づけば版図もモザイク柄に変わり、統一帝国は崩壊を迎えることは歴史が証明している。

 つまり、栄華は一瞬。苦労は半無限。

 これでは余りにも割に合わない。

 

『……今更ながら、俺が手を下さずともブリタニアは自滅するんじゃ?』

 

 世界に残る二強のユーロピアも中華も、チェックメイトまで十年を切っている。

 黒の騎士団に固執するよりも現段階でギアスを用いた政治的工作に注力し、世界がブリタニアに染まった後の世界で勝負を挑む方が効率的だと理性では重々承知しているさ。

 しかし、それでは遅い。

 ナナリーが平穏に暮らせる世界の次に渇望する母さんの事件の真相は刻一刻と風化を続け、今なら手に入る情報も明日には当事者の記憶から消えてしまうかもしれない。

 確かにギアスを入手する前のスケジュールではある程度の地盤を固めた五年後、十年後に立ち上がる予定ではあったが、前倒しは大いに結構。

 人は感情の生き物だ。

 例え愚かな道だと分かっていても、この茨の道を俺は進む他無いのだ。

 

「C.C.さんは、もうお帰りになりました。独り言は気が散るので止めて下さい」

『セ、セメント過ぎではないかね?』

「それはそれとして」

『分かっている。広報予算には目を通した。これで進ませてくれ』

「かしこまりました」

 

 部下は冷たいが、頑張れルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 もう少し、後ほんの少し辛抱すれば屋台骨が出来上がる。

 この鬱憤の全ては、ブリタニアに叩きつけろ。

 目指せトーキョー決戦。年内には政庁を陥落させてやる!

 

『今晩で遅れを取り戻す。悪いが付き合ってくれるな?』

「……特別ボーナスを貰いますからね」

『善処する』

 

 月月火水木金金。

 分かっていても、そろそろ土日が恋しい今日この頃だった。

 

 

 

 

 

 第十八話「土の力」

 

 

 

 

 

 一方でルルーシュの活動自粛の煽りを受け開店休業状態となった白騎士団の王は、これ幸いと空路にて一路ブリタニアへと帰還を果たしていた。

 

「久しぶりの祖国を楽しむ前に、さくっと仕事を片付けよう」

「来訪予定のシュタイナー、ジヴォンの両家には予定通り到着の旨を既に連絡済です。車の手配も……はい、完了致しました。何時でも出立可能です、殿下」

「中々の手腕で一安心だ。その調子で秘書役を頼むよ、マリーカ・ソレイシィ」

「イエス、ユア・ハイネス!」

「あ、あの、わたしにも何かお仕事を頂けませんか……?」

「焦らなくても餅は餅屋。下手をすればエリア11よりも敵の多い本国で、僕の身を守る最後の壁は君だ。ファンナは僕の騎士としての役割を果たしてくれれば助かるなぁ」

「はいっ!」

 

 先導のSPが安全を確保した後に皇族専用機から伸びるタラップを降りたセリエルは、やる気を出した傍らのファンナを伴いながらドアtoドアで空港を経由せずリムジンへ。

 護衛と打ち合わせを済ませたマリーカが一歩遅れて乗り込んでくるのを待ち、加速の加圧を感じさせない丁寧な運転で動き出した車内にて、片付けるべき案件を振り返ることにする。

 

「一応確認だけど、今日のスケジュールは?」

「先ずはシュタイナー・コンツェルンの工廠にて、航空兵器部門のミルビル博士と対談。次にジヴォン家の私設研究所に向かい、新型KMFの開発進捗状況を視察と言うのが日中の大まかな全工程です」

「ナイトオブスリー及びテンのラウンズ襲名式と、祝宴会は何時から?」

「1800開始となります」

「戻りを1700に設定すると、あまり技術交流に割ける時間は無さそうだね」

「申し訳ありません」

 

 悪いのは無茶な日程を立てた僕だけど、とセリエルは苦笑する。

 全ては間近に迫った学生最大の関門、中間試験の日程が悪い。

 そもそもの目的はジヴォン家に発注した大型KMFプラットフォームの進捗確認と、アグレスティアの電磁推進器に関する改良プランを、シュタイナーの専門家に相談すると言うものである。

 元々が急を要する物ではない為、別に試験を終えてから来てもよかったのだが、不幸にも皇帝の気紛れでナイトオブラウンズの二席が同時に埋まるという異例の事態が発生してしまった。

 せめてセリエルの立場が、コーネリアのような最前線勤務ならば話は別だっただろう。

 しかし、少年は唯の休暇中。国家的行事を欠席するわけには行かない。

 ノブレス・オブリージュを気取る訳ではないが、優先すべきは公事。何度もエリア間を往復するのが面倒だから纏めて片付けたいと言うだけの私事に皺寄せをするのは、皇族、そして宰相補佐官としての義務なのである。

 

「ま、休憩中の黒騎士的な意味でも時間は有限だ。兎にも角にも効率的に使い、足を止めない兎として今の内にリードを広げよう。いいね、僕の白騎士たち」

「「イエス、ユア・ハイネス」」

 

 左手にファンナ、右手にマリーカを抱き寄せ両手に花を地でいくセリエルは、窓の外を流れる景色を眺めつつ、エリア11を経つ寸前に交わした表には決して出せないもう一人の家臣との会話をふと思い出していた。

 

『さすがは海軍力で世界最強と謳われた日本軍の血脈。貰った玩具は中々の性能だよ』

『お気に召して頂けたなら、幸いで御座います』

『まさかとは思うけど、アレの同型艦は他にも?』

『いえ、あの船は我らキョウトの総力を上げて産み出した最初で最後の夢の城。同型どころか、他に一隻たりとも潜水艦は保有しておりませぬ』

『その言葉は信じるけど、高いステルス性能、KMF運用ドクトリンに基づく設計。もしもアレが大海の何処かに敵として潜んでいたなら、沈めるにはどれ程の手間が必要だったやら。しかも予定では、ゼロの手に渡る予定だったんだろ?』

『紅蓮を奪われた不手際を理由に、わしが計画を握りつぶしました。ご安心を』

『ご苦労』

『そして殿下が感嘆なさる品を納めたわしの本気、ご理解頂けましたでしょうか』

 

 桐原が懐柔した黒の騎士団の掃除大臣(?)からリークされてくる実情と、キョウトが把握する物資の流れからゼロの手札は概ね丸裸。

 そして情報戦以外にも白騎士団の母船となったNAC謹製最新鋭潜水艦を格納する旧日本軍横須賀基地を改良した地下秘密ドックの解放に、熟練した整備工の提供と至れり尽くせり。

 担いだ神輿の栄達が ”日本” の国益に沿うと判断した老人の献身は、互いの利益が一致している限り途絶えることは無いとセリエルは確信している。

 

『覚悟と誠意は十分に見せて貰った。僕のモットーは信賞必罰。既にエル家派閥の末端に名を連ねた翁と一族郎党は、例え背信がNACに発覚しようと必ず守る。だから、これからも迷わず従順に働け。自らの栄華の為にも仲間を売り渡し、友人を見捨て、セリエル・エル・ブリタニアに忠義を捧げよ』

『身命に賭けて』

 

 細胞の一かけら、魂の一片に至るまでを共にするレストレス兄妹。

 騎士として、軍務としての忠誠を誓う白騎士団の団員。

 亡国再興の為、自らの栄達を叶える為に心を売り渡した桐原。

 これから先、どのような人間が配下に加わるのやら。

 先の見えない未来は、かくも面白い。

 

「あの、私は婚約者が居る身でして……」

「左手のハグは友愛だけさ。立場的に将来的には妾を持つ可能性は否定しないが、僕の愛情は右手の娘に注ぐ分しか持ち合わせていない。確かに清楚で可愛いマリーカや、お姉さん系美人なリーライナに食指が動かないといえば嘘だろうけど、残念ながら僕にとっての部下は等しく道具だ。大切にするし、愛着も持とう。しかし、恋慕の思いだけは抱かない。抱いてはいけないと決めている」

 

 将帥は、駒一つ一つのエモーションに斟酌していては勤まらないもの。

 かつて兄に教わったこの言葉を、鬼才の弟は何よりも重視していた。

 既に特別枠にはレストレス兄妹が収まっている以上、例外は原則増やせない。

 愛は必ず人を狂わせる。過去の偉人に勝るとも劣らない天才でさえ母への愛に歪むのだから、その他大勢の凡人は言わずとも知れているだろう。

 故にセリエルは、他人との間に線を引く。

 使い捨てられない駒を増やさない為に。

 公平で客観的な判断を続ける為に。

 これ以上の爆弾を抱え込まない為に。

 

「……お世辞抜きに素晴らしい考えです。私も愛玩動物として扱われるよりは、道具として使い潰して頂ける方が好ましいと感じます」

「本当に?」

「今更ですが、私はリーライナ先輩やレストレス卿、ファンナちゃんとは違い殿下の属するエル家派閥とは、実家も含めて無関係の新参です。特に殿下に対し特別な感情も無く、当初は皇族のお一人程度の認識。命令系統で上に居られるから従う、程度の忠誠しか持ち合わせていませんでした」

「だろうね、それが普通の反応だと思う」

「しかも配属されてみれば、任務はいつもグレーゾーン。上層部の認可は受けているからとテロに力を貸し、身内に銃口を向けろと命令される毎日には疑問ばかり。何を考えているか分からない殿下には忠誠を誓えない……そう思っていた事も否定しません」

「気持ちは分かる」

 

 どう考えても、新兵の配属先にあるまじき所業である。

 もしも精神安定剤としてリーライナを配置していなければ、暴発していても何ら不思議では無い。

 

「でも、ずっとお側に居て人と形を知り、他では侮られる年端も行かない女の子を一人前の騎士として扱って頂ける日々を過ごして、気持ちは徐々に変わっていきました」

「ほう」

「情に流されず、常に大局を見据える殿下の判断は最終的に正しい。例え今は争いの種を蒔こうと最終的な収支はプラスに持っていく采配を理解した現在、迷いは霧散しています。他の方々と比べると遅くはありますが、私も覚悟が決まりました」

「……ならばマリーカ・ソレイシィ、今一度だけ問おう。その血の全てを我に捧げ、剣としての忠誠を誓うか?」

「イエス、ユア・マジェスティ」

「僕は裏切り者を絶対に許さない。その事だけは肝に銘じておけ」

「御意に御座います」

 

 皇族批判とも取れるマリーカの言を受け、腰の拳銃に手をかけていた少女をそっと制する。

 悩み、迷い、それでも自分で結論を見出す人間こそ価値がある。

 臣下が一皮剥ける為なら、一度や二度の泥は喜んで被ろう。

 人は石垣、人は城。安心して眠れる場所を確保するコストとして考えれば、多少の無礼や失策は安い出費だと少年は思う。

 

「ちなみに薄々君の変化には気づいていたけど、自主的に溜め込んだものを吐き出すのを待っていた僕だ。お陰で白騎士団もやっと一枚岩。姉上に密告する素振りを見せたら処分しろ、とリーライナに命じていた保険が無駄になって本当によかった」

「ど、道理で妙に先輩が献身的だった訳です!」

「彼女も可愛い後輩を撃ちたくなかったって話さ。まぁ、踏み絵もクリアした君は晴れてシロ。エリア11に戻ったら、この件について礼を言ってあげなさい」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 なんとも言えない表情を一転させ、晴れやかな笑顔を浮かべた少女を見てセリエルは思う。

 昔から効率主義で、他者にも同じ価値観を押し付けるきらいのあったルルーシュ。

 周囲との軋轢を考慮せず、理に叶った行動でさえあれば暗黙の了解を得られると信じる性根は、ゼロとなった今も何一つ変わっていないことをペリノアとして確認済み。

 果たして彼は、自分が思うほどに地盤が固まっていないことを理解しているのだろうか?

 土の中で芽吹く疑惑の花の危うに、本当に気づいているのだろうか?

 

「せめて姉上を討つまでは、背中から刺されないことを祈るよ兄弟」

 

 桐原の報告書により、頼りの綱の藤堂さえゼロに不信感を抱いていることもセリエルは知っている。

 土壌改良を疎かにしたツケは、大飢饉か、はたまた土そのものが死ぬのか。

 黒の王の前途多難っぷりに、他人事ながら合掌する白の王だった。



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TURN19「イカロスの翼」

『レストレス卿、念の為の確認を宜しいでしょうか?』

「どうぞ」

『これは、あくまでも技術交流。特派のZナンバーと、当家が開発を進めるIFX系の交戦データを収集する為だけの実機テストですよね?』

「えっと、オブラートに包んだ回答を要求されていると判断しても?」

『ほ、本音でお願いします』

「……出力リミッター及び実弾使用&武器制限無しの時点で、最初から手加減無用の真剣勝負です。少なくともわたしへのオーダーは主音声が ”胸を借りて来なさい” でも、副音声は ”全力で紙飛行機を叩き潰せ” でした。シュタイナー卿も同様と思っていましたが、その様子では違うみたいですね」

『いやまぁ博士も口では ”勉強させて貰おうか” と言いつつ、親指を力強く下に向けるジェスチャーを強調してましたけど……』

 

 アグレスティアのコクピットに座るファンナは、ディスプレイの向こうで幸薄そうな溜息を見せる線の細い美形に ”お互い大変ですね” と苦笑を返す。

 彼の名はレオンハルト・シュタイナー。

 実家が経営するシュタイナー・コンツェルン専属のテストパイロットであり、同僚で仲の良いマリーカがベタ惚れの婚約者と言う微妙に他人とも言い切れないな間柄の少年だ。

 しかし、それはそれ。これはこれ。

 倒さねばならない相手は、世界にも稀な第七世代同士の戦闘経験を持つファンナでさえ初見となる空戦特化型KMFを自在に操る騎士だ。

 僅かでも手心を加えれば勝てない。喰われるのはこちら。

 そう思わせるだけの威容を ”ブラッドフォード” は備えているのである。

 その証拠に―――

 

「それは兎も角、変形による空力変化を利用した急制動。そして従来の戦闘機をも上回る機動性能を兼ね備えたKMFが、ここまで厄介だとは知りませんでした。スザクや兄さんにさえバシバシ当てる私の射撃が、まさか延々と空を切るなんて……くっ、沽券に関わる問題です」

『いやまぁ、飛行能力の代償に装甲薄めのブラッドフォードですよ? 通常の滑空砲ならまだしも、重装KMFすら一撃必殺で葬るヴァリスは絶対に耐えられません。それが分かっているからこその超回避。普段やらないマニューバー全開で、僕は吐きそうです』

「でも、そろそろ慣れてきました。よーく狙って……ていっ!」

 

 悠々と空を舞う敵機にロックオンさえ振り切られることに業を煮やしたファンナは、精度を落とす覚悟でファクトスフィアを広域検索モードに変更。

元よりセンサー系の弱いアグレスティアでは、高高度の敵を捉えきれないのだ。照準システムの予測に多少の誤差が生じても、追えないよりは余程マシである。

 早くもターゲットマーカーが不規則に揺れているが、そこは長年の経験と磨き抜いた勘を信じるだけのこと。

 マニュアル補正による偏差射撃なら影くらいは踏める、そう信じて少女は引き金を引く。

 

「惜しい」

『い、今のは掠りましたよ!? レストレス卿は、何だかんだで僕を殺す気満々ですよね!?』

「一方的にレールガンを命中させている人が言う台詞じゃないです」

『と言うかレストレス卿、そもそも避けるつもりが無いと思うのですが』

「そちらの射撃が凄いだけですよ、多分」

『照準のブレを嫌っただけでしょうに……』

 

 ブレイズルミナスで弾ける豆鉄砲は、歯牙にも掛けないファンナさん。

 安定した射撃を重視し、あえて足を止める作戦は見え見えだったらしい。

 

「主兵装のMVSは届かず、当然ながらハーケンも射程不足。頼みの綱のヴァリスさえ、対空性能はいまいち。しかも―――」

 

 スティックを操り、空弾倉を落として最後のカートリッジを装填する。

 

「これを撃ち切れば弾切れ。ふふ、砂の世界で戦って以来の困窮です」

 

 お互い決め手に欠ける現状、引き分けに持ち込むことだけなら簡単だ。

 しかし全力を出し切り、主に栄光の二文字を捧げずして何が騎士か。

 思わぬ苦戦を強いられ安全策に徹してきたが、見るべきものは見終えた。

 さぁ、そろそろ反撃と行こう。

 

「思い返せば、あの頃の苦労は積み上げた箪笥の高さ。今回も使えそうな玩具が、引き出しの中から見つかりましたよ」

 

 勝ち筋を見出した少女の、レバーを握る手に力が入る。

 

「先ずは状況作りから始めますか。MEブーストっ!」

 

 地に伏せる虎は、空を泳ぐ龍に貯めたバネを解放するのだった。

 

 

 

 

 

 第十九話「イカロスの翼」

 

 

 

 

 

 話はファンナが戦いを始める少し前。

 セリエル一行がシュタイナー・コンツェルン本社を訪れた頃に遡る。

 

「空戦能力を達成する代償に、必要最低限の陸戦能力さえ維持出来なかった本末転倒の試作可変 KMF ”プロト・サマセット” 。アレは浪漫を愛する僕にさえ ”制空権確保は飛行機に任せればいいのでは?” と思わせた駄作だった」

「新機軸の処女作はその様な物です。聞けばZ-01の試作一号機も、起動試験でユグドラシルドライブの暴走にサクラダイトが連動して盛大な自爆を遂げたと伺っておりますが?」

 

 まさかのブーメランに、思わず言葉の詰まる少年だった。

 しかし、当時のセリエルはMVSの基礎構築に掛かり切り。ランスロット建造はロイドとセシルに丸投げ状態であり、自分は無関係だと訴えたいのが本音である。

 が、現場が誰だろうと責任者は他ならぬセリエル・エル・ブリタニアだ。

 この事実がある限り、幾ら取り繕うと無駄。恥の上塗りにしかならないのが辛い。

 

「……ナイトオブシックスの開発チームも砲撃戦特化KMF ”ゼットランド” 用試作ハドロンランチャーの収束に失敗して試験場を更地に変えたらしい」

「大火力を愛するアールストレイム卿の派閥は、帝国最先端を走るハドロン粒子研究の第一人者と聞いております。そんな彼らでさえ完全制御に至っていないとなると、ハドロン砲の実用は今暫く先になりそうですな」

「だと思うよ」

 

 本国の特派本体は技術検証用実験機 ”ガウェイン” へ独自仕様の内蔵式ハドロン砲の搭載こそ成功したらしいが、やはり粒子収束の問題をクリア出来ていないと聞いている。

 現時点では、前に散弾として放つのがやっと。

 何処に飛ぶのか分からないノーコン仕様なので、外に漏らせる話題ではない。

 

「こんな風に探せば同様の大失敗は多い。統計的に我らが偉大な帝国の科学者は、皇室や臣民の為にウィットなジョークを提供する習慣を心がけているもの。つまり僕や君がやらかした事例は、ブリタニアの技術者である証さ」

「無理やり纏めましたが、妥当な落とし所かと」

「そもそも、これ以上の古傷の抉りあいはナンセンスだろ?」

「イエス、ユア・ハイネス。本題に戻ると致しましょう」

 

 これぞ上流階級特有のブリタニアンジョーク。

 セリエルが投げたボールを涼しい顔で打ち返してきたのは、一見してアスリートさえ見間違う程に絞られた体躯を持つシュタイナー・コンツェルン開発主任のウィルバー・ミルビル博士だ。

 彼は貴族でありながらKMF開発に従事する変り種だが、セリエルとて皇族でありながら自らの手を油で汚すことを良しとする異端児である。

 直接会うのは今回が初めてでも、やはりそこは似た者同士。

 どうせ言葉を交わすなら互いの得意分野だと、無言の了承は得ているのだった。

 

「……これ程の容積を確保出来るなら、アレへの換装も可能か?」

 

 軽いジャブを打ち合った後は、当初の予定通り技術交流を開始。

 渡したウイングバインダーの設計図を見た博士が顎に手をやりブツブツと呟き始める姿をちらりと覗き見て、直ぐにセリエルも借り受けたタブレットに映し出された図面へと視線を戻す。

 一機目は陸戦と空戦の両方でバランス良く性能を発揮する折り畳み型可変KMF ”サマセット” 。武装が椀部コイルガンのみと火力面に不安はあれど、省スペースに収納可能&滑走路無しで制空権を奪える使い勝手の良さが素晴らしい。

 最強だけを追求してきた特派では、絶対に産まれなかったKMFだろう。

 そして、二機目こそ本命。

 開発コードIFX-3F7、可変式空戦特化型試験機 ”ブラッドフォード” 。

 サクラダイトをベースマテリアルに採用した基礎フレーム。

 新式のコアルミナスを内蔵する第二世代型ユグドラシルドライブ。

 ハーケンブースターの亜種と思しき、大型メギドハーケン。

 映し出された新型機のデータを見たセリエルは、頬が緩むのを止められなかった。

 

「ロイドとセシルは大喜びだろうなぁ」

 

 この三点セットこそ、特派がランスロットで培った第七世代KMFの標準パッケージだ。

 既に各ラウンズの専属チームもこの規格を用いて各々の主に即した専用機の開発を進めていることは、政治の中枢に携わるセリエルとて知っている。

 しかし、それは予算無制限のワンオフ製作に特化しているからこそ出来ること。

 そもそもパッケージを用いたKMFはオーバースペックで、一般人には乗りこなせないモンスターを産み出す土壌だ。

 当然ながら建造コストは鰻上り。テストパイロットの確保すら難しく、量産どころか完成させることさえ難しい採算の取れない事業なのである。

 はっきり言って、儲かる要素が無い。

 せめて軍工廠で進められている量産前提のデチューン型汎用規格が制定されるまでは、間違っても民間企業が着手するとは想像さえしていなかった。

 これぞ嬉しい誤算。

 追い抜かれる可能性のある競争相手の増加は喜ばしい限り。

 敵はラウンズ開発チームや、黒の騎士団には限らない。

 この事実を知れば、ロイドを筆頭に負けず嫌いの部下達は一層奮起することだろう。

 若干の行き詰まりを見せつつある第九世代KMF開発へのカンフル剤として、良い影響を与えてくれれば幸いである。

 

「一つ提案が」

「聞こう」

「設計書と稼動データを見る限り、弊社がブラッドフォードで確立したプラズマ推進モーターを組み込めば、真珠の天使は本当の意味で空を飛べると思われます」

「ほう」

「宜しければ、私に天翔ける翼を提供させては頂けないでしょうか?」

 

 助言に留まらず、部品そのものを提供したいとの申し出にセリエルは一考する。

 特派が開発を進める飛行モジュールは、ヒッグス場の制御と電気熱ジェット推進を組み合わせたフロートシステムと呼ばれる別系統。空中停止やゼロ距離旋回さえ可能な画期的発明ではあるが、エネルギー消費が激し過ぎる問題点を未解決と言う不完全な代物である。

 対して電磁推進システムは従来型航空技術の発展系で、熟成の大幅に進んだ安定の技術だ。

 高い導入コスト以外にコレと言った問題点も無く、エネルギー消費も穏やか。

 もし現時点でコンペを行えば、間違いなくフロートシステムの負け。

 空を目指すのであれば渡りに船の提案だが、果たしてどう応じたものか。

 

「開発期間は?」

「完成まで一ヶ月程度かと。幸いにも推進制御システムの基盤は元々当社の物ですし、ハードも既存の翼に若干の手を加えるだけで再利用可能。外付けエナジーフィラー格納庫としての機能を損なうことのない品をご用意致しましょう」

「毒食らわば皿までの精神で、サマセットも二機貰おうか」

「御意、交換部品もお任せを」

 

 差し出された手に透けて見えるのは、先を見越した打算だ。

 セリエルが見抜いているウィルバーの狙いは二つ。

 一つは実戦データの収集。

 世界でも類を見ない武装勢力が蔓延するエリア11で経験地を稼ぎ、可変機の有効性を軍に示しつつ次世代機へ続く礎を築くこと。

 二つ目は中央とのパイプ作り。

 エル家に貢物を差し出すことで恭順を示し、周囲に対して立場を明確にすること。

 技術屋にしては政治が出来ると感心した少年は、新しい玩具が貰えるなら多少の面倒も致し方なしと判断。

 契約成立の証に握手を交わし、上機嫌なビジネスパートナーに不安要素を問うことにする。

 

「ちなみに僕はカタログスペックを信じない性格でね。博士を疑う訳じゃないが、可愛い愛娘に搭載されるパーツの実働を直接拝見しても?」

「でしたら実際の性能を発揮し易い、KMF同士の模擬戦で証明致しましょう。しかし、仮にもブラッドフォードは第七世代準拠。並の相手では勝負にさえなりませんので、ここは殿下の持ち込まれたアグレスティアにお相手を願いたく存じます」

「構わないが、僕の騎士は手加減が苦手なんだ。貴重なテストベッドを大破に追い込む羽目になろうと、恨まないで欲しいね」

「ははは、ご安心下さい殿下。当方の騎士はスマートさが身上。レディへ怪我をさせないよう、タングステンブレードで急所を一突きするよう厳命させましょう」

 

 和やかな雰囲気が、一瞬で変容した瞬間だった。

 互いに負けず嫌いで、己の作品こそ最強と思い込んでいる二人である。

 流れとはいえ、いざ優劣を競うとなればもう止まらない。

 

「勝負はセットアップの時間も含めて三十分後。模擬戦ではありますが、実戦に近い形式をお望みの殿下に合わせて武器制限無し。実弾を用いた一本勝負は如何ですか?」

「OK。敗北条件は単純に戦闘不能で行こう」

「場所は屋外の荒野フィールドを準備させます。では、また後ほど」

 

 互いに手袋は投げつけた。

 謎の急展開を見守っていたファンナは、嫌な汗を拭いながら考える。

 身内揃いのエリア11とは違い、本国における自分の立場は唯の護衛。

 隣に寄り添っていても許可が無ければ発言さえ出来ず、状況を見守ることしか出来なかったのが辛い。

 

「と言うことで、紅蓮以外で初となる特派が関わらない第七世代KMFとの勝負が決まった。これも良い経験になるだろうから、胸を借りる気持ちでエスコートしてあげなさい」

「は、はいっ!」

 

 目の奥の光は本気の証。

 何を求められているのかを察した少女は、心の中で合掌しながら思った。

 喧嘩を売るなら相手を選ぼうよ、と。

 

「さあ、トレーラーで待機中のマリーカと合流してブリーフィングだ。身の程を弁えないドンキホーテを精神科に追い返す準備を始めようじゃないか」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 かくして大人げない代理戦争は、火蓋を切ったのであった。



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TURN20「雛鳥の囀り」

「やはりレオンは危険な近道より、安全な回り道を選びましたか。それでこそ我が夫。このままファンナちゃんの魔手に捕まらず、無事に帰って来て下さい……」

 

 ぎゅっと手を握り、騎士の誇りを賭けた勝負を見守るのはマリーカだ。

 形勢はレールガンとメギドハーケンを用いたヒットアンドアウェイを徹底するブラッドフォード有利。手堅い安全策を前面に押し出すレオンハルトの策に、さしものファンナと言えど苦戦は免れない様子である。

 

「君は誰の味方なんだい?」

「私は殿下の忠実なる騎士ですが、同時にレオンハルト・シュタイナーの婚約者でもあります。腕の差は歴然で、最初から勝負の決まっている決闘に挑む夫の身を案じることくらい、寛大な殿下ならお許し頂けると思った上での発言です」

「君も言うようになって来たね。順調にウチに染まりつつある証拠かな?」

「そ、そうでしょうか? 実は気安過ぎたと、自己嫌悪気味なのですが……」

「残念、まだ硬い。リーライナなら ”絵の具を撒いた張本人が何を言いますか”って返してくるところさ。君はもう少し砕けても良いと思うよ?」

「善処致します」

 

 お堅い少女の歯に衣着せぬ物言いは、心の距離がまた一歩近づいた証拠。

 しかし、まだ安心は出来なかった。

 マリーカはセリエルも認めた幹部候補だが、絶対の忠義を誓うはずの円卓の騎士でさえ皇帝に反旗を翻すことも皮肉な現実だ。

 現実の名は ”血の紋章事件” 。

 シャルル・ジ・ブリタニアの皇位継承を認めない皇族・貴族が企てたクーデターに対し、ナイトオブラウンズ総勢12人中10人までもが反皇帝派へと加担。

 そんな近代ブリタニア史有数の死者を出した大事件の生々しい実情を、たった一人で当時のナイトオブワンを含む主だった反逆者を駆逐した英雄から聞かされて育ったセリエルだ。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

 自らの円卓には、ユダの候補生すら座らせないと幼少期に誓った少年である。

 故に警戒心を解いた段階のマリーカはまだ弱い。

 目指すべきは、少し意味合いの違う水魚の交わりだ。

 あらゆる手段を用いて品種改良を進め、特定の水でしか生きられない魚に変貌させる迄がスタート地点。水は魚を入れ替えられても魚は水から離れられない関係を構築しない限り、決して少年は油断しない。と言うよりも出来ないと言った方が適切か。

 

「……あ、状況が動きました」

 

 それは兎も角、とセリエルは頭を切り替えた。

 どうせ真の主従関係は、一朝一夕で構築出来る物ではない。

 人工の促成培養より、天然の熟成こそ肝要。

 焦らずゆっくり信頼を積み重ねる為、先ずは目の前の案件を片付けよう。

 

「いよいよ決着だ。果たしてレオンハルト卿は生き残れるかな?」

「フ、ファンナちゃんは空気を読んでくれると信じていますっ!」

「はて?」

 

 送られてくるデータを精査しつつ、セリエルは首を傾げた。

 ラウンズの妹にして皇族子飼いのファンナをミルビル側が害せない様に、今後の付き合いを考えるセリエルもシュタイナーの御曹司へ迂闊に手は出せない。

 つまり遺恨を残さない為、互いに人的被害は厳禁。

 パイロットには危害を与えず、KMFだけを無力化するのが勝負の大原則だ。

 これは実家の看板を背負うレオンハルトは勿論、倒せとだけ命じられたファンナでさえ察している暗黙のルールである。

 にも関わらず、マリーカだけが本気の決闘と誤認している不思議。

 普段の彼女からは考えられない鬼の霍乱は、年相応の未成熟さを秘めた証か。

 恋心による視野狭窄は微笑ましいが、飼主からすればマイナス点だ。

 しかし恋は盲目、愛は現実と古人は言う。

 聡明な少女は、一時の甘い夢を見ているだけ。

 目覚まし時計が鳴れば、飛び起きると信じて待つのも器量だろう。

 

「君の眠りは浅いのかな? それとも深いのかな?」

 

 問いを投げかける先は、主に仇なす凶鳥を滅ぼさんと翼を広げた天使だ。

 マリーカと対を為す鏡越しの少女の完成度を、少年は未だ把握しきれていない。

 

 

 

 

 

 第二十話「雛鳥の囀り」

 

 

 

 

 

 ブラッドフォードの武器は大きく分けて二つ。

 一つは大型化したハーケン内部にブースターを仕込むことで射程と破壊力を増大させ、同時に従来型では不可能とされていた半自立行動をも可能とさせた ”メギドハーケン” 。

 二つ目はKMFモードではタングステンブレード。飛行形態のフォートレスモードではリニアレールガンとして運用される可変武器 ”デュアルアームズ” 。

 但し武器としてのメイン機能は前者。射撃はあくまでも補助であり、基本はフォートレスモードで距離を詰めた後の斬撃こそ正しい運用方法である。

 

「卓上の相克ルールなら、シュタイナー卿の選択は大正解なんですけどね」

 

 愛機を縦横無尽に走らせることに集中していたファンナは、幾度か故意に受けたレールガンのダメージをチェックする。

 計器上の問題は無し。装甲を一部失っただけのオールグリーン。

 さすがはサクラダイトフレーム、場所さえ選べば豆鉄砲程度でビクともしない。

 もしもペイント弾を使用するポイント制の試合なら致命傷だったが、これは物理的に破壊されない無問題な実戦想定ルールだ。

 布石の代償と思えば、十分お釣りがくる手間賃である。

 

「よしよし、その調子。攻撃に夢中になって下さいよ」

 

 時折機体をふらつかせつつ、気づかれない程度にランドスピナーの回転を下げる。

 演出するのは追い詰められた姿。ばら撒いた幾つもの餌に誘われ堪らず鳥が止めを刺しに来るのを誘った少女は、釣り針に獲物が掛かるのをじっと待った。

 ファンナの見立てが正しければ、レオンハルトは良くも悪くもセオリー通りの騎士だ。

 弱みを見せれば必ず付け込んでくれると確信している。

 そしてついに無防備に晒した背中へ一直線に降下してきた鳥の姿を見て、ファンナはガッツポーズを取った。

 計算上、そろそろレールガンは打ち止め。

 ならば次に選ぶ手は―――。

 

「バインダー展開、リミッター解除っ!」

 

 メギドハーケンが発射される兆候を読み取ったファンナは、待ってましたと気合を込めてブーストレバーを力強く引く。

 一瞬で最高速に乗った相機を制御して目指すは空。河口湖以来延々と改良を重ねられたウイングバインダーを全開に広げ、急速反転と同時に大跳躍。

 急激なGに肺が潰れるが、呼吸が出来ない程度で泣き言は言えない。

 外面の余裕は騎士のマナー。諭すような声色で平然とファンナは口を開いた。

 

「さぁ、お勉強の時間ですよ優等生さん」

『謀られた!? だけど、それでも僕の方が早いっ!』

 

 通常型のハーケン以外に飛び道具を持たない天使にとって、飛来する猛禽の爪は逃れられない脅威であることはファンナとて認めよう。

 相対速度を加算して迫る点の攻撃は、例え運よく切り払えても推進器による追尾が働く必殺にして必中の一撃。足場の無い空では、ラウンズでさえ対応の成否は運任せだとさえ思う。

 そう、単純な防御を考えるのであれば。

 

「講義そのいーち。現場では、本来の用途以外にも道具を活用すること!」

 

 ファンナが選んだ対抗策は、スラッシュハーケンによる迎撃だ。

 但し目標は間もなく到達するメギドハーケンでもなければ、射程外のブラッドフォード本体でもない。狙ったのは、両者を繋ぐワイヤーケーブルだった。

 

『ハーケンの威力はこちらが上っ! 相殺は無理なのに何故?」

 

 スピーカーから漏れ出す困惑の色を尻目に、ファンナは指先に全神経を集中する。

 ここから先は機械に頼れぬマニュアル操作。言葉に出来ない感覚の世界から得た情報を元に、繊細且つ大胆なコントロールを徹底せねば。

 先ずはステップ一。

 メギドハーケンの先端部を避け、気流を利用しつつ後方へ半回転。

 成功。

 次にステップ二。

 敵のケーブルを軸に、こちらのハーケンを巻き込みながらぐるぐる巻きつける。

 成功。

 最後のステップ三。

 テンションを確認しつつ巻き上げ開始。

 連結成功、メギドハーケンも逸らせて万々歳。

 

『ハーケンでハーケンを絡め取る? あれ、夢でも見てるのかな……?』

「理論上は可能ですよ、理論上は」

『実際出来てるけど、嘘だぁぁぁあっ!』

 

 これは世界でも少女だけが有する技術。老朽化したグラスゴーで生き残る為、必死にKMFの可能性を模索し続けた少女の努力の結晶だ。

 ランスは一発限りのミサイル代わり。

 スタントンファは盾の代用品を務められる。

 なら、スラッシュハーケンにも別の使い道があるのでは?

 そう考え試行錯誤を繰り返した結果、ワイヤーそのものを武器として活用する術を見出すあたりが魔女の魔女たる由縁だろう。

 時に敵を縛るロープに。

 時に切り離してワイヤートラップへ。

 KMF数機を支えられる強度を持った糸は、構造が単純なだけに応用力ばつぐん。

 特に何かに結びつけ、動きを封じるのがファンナの得意分野。

 揺れる針に糸を通す無茶も、少女にとっては可能の範疇なのである。

 

「講義そのにっ。思考停止は絶対駄目、危険を感じたらとりあえず逃げること」

『に、逃げられない時は? 具体的に言うと、拘束された今の僕がそうなんですけど!』

「残念、魔王……もとい魔女からは逃げられません」

『そんな答えが帰ってくると、薄々気づいていましたけどね!』

「一名様地獄にごあんなーい!」

 

 KMF形態では分散している推進器を集約し、進行方向に対して推力を集中させる変形機構は、圧倒的な足回りを騎士に保障する優れたシステムである。

 しかし言い換えればフォートレスモードは、小回りが利かない状態とも言えるはず。

 この点こそ付け入る隙。そう分析していたファンナはワイヤーの巻上げに強弱を付けることでバランスを崩し、あっさり墜落体制に陥ったブラッドフォードへとMVSを抜刀。

 制御を失って落下する空騎士が立て直そうと必死になるも、ラウンズの候補生に名を連ねた魔女の前に抵抗は無駄。動きを逆手に取られ、機体のコントロールをさらに乱す始末だった。

 

『ま、まだっ!』

「スザクならまだしも、意外性ゼロのシュタイナー卿に大逆転は無理です」

『え』

 

 ブラッドフォードが戦闘機なら、ハーケンに拘束された時点でゲームセット。

 しかし、若き騎士が駆るのは可変KMFだ。

 遠距離武器を失おうと、人型に戻れば二本の腕と剣が残されている。

 高みへ位置する地の利を生かし、交差の瞬間にタングステンブレードを用いた全身全霊の一撃を叩き込めば或いは。

 そんなレオンの甘い夢は、圧倒的な経験地を持つ少女の掌の上の出来事。

 レオンが覚悟を決めて変形を解除した瞬間、まるで動くのを待っていたかのように二発目のスラッシュハーケンが左足を穿つ。

 え、と少年が思うのも束の間だった。

 新たに生まれたベクトルに蹂躙されたオートバランサーは即座に停止。魔女の魔法に操られたカラスは、自由を失い無様に落下する他無かった。

 

「赤点ギリギリですが、戦場を知らない実家育ちなら及第点。最後まで諦めない姿勢は見事です」

 

 引き寄せた獲物が間合いに入るやいなや、天使の手から放たれたのは銀閃だ。

 腕が、足が、頭が。無数の金属片へと刻まれ、落ちていく。

 陽炎を纏った翼が羽ばたく度、地上へ降り注ぐのは夢の欠片たち。

 コクピットを避け、破壊の限りを尽くした残骸をキャッチした少女は思う。

 テファルに鍛えられたリーライナはまだしも、マリーカやレオンハルトのような真面目一辺倒はイレギュラーに弱過ぎる。

 自分の常識が覆される出来事は、戦場において日常茶飯事。

 何事にも揺れない心と、不測の事態に対応できる技術を是非とも磨いて欲しい。

 

『喜んでいいやら、悲しむべきやら』

「そう思うのなら、教科書を盲信しないこと」

『はい』

「この世はわたしに比肩するナンバーズや、訓練無しで第七世代KMFを乗りこなす化け物が闊歩する魔境です。エリア11では彼ら特有のインチキに惑わされ、大勢の行動を読まれやすい正統派騎士が命を落としていることをお忘れなく」

『魔境の住人にインチキを披露されると、嫌が応にも説得力が凄いですね。何と言うか、負けて当然とさえ思える力の差でした……』

「分かって頂けたなら何よりです。とにかく、もう少し視野を広くして下さい。ころっと死んで、可愛いお嫁さんを泣かせちゃ駄目ですよ?」

『むしろ、大喜びだと思いますけど』

「え」

 

 幾度と無く惚気話を聞かされていたファンナは、思わず耳を疑った。

 

『僕は剣より本を読む方が好きな性質でして、マリーカさんには子供のころから軟弱者と敬遠されて来ました』

「あう?」

『僕の感情は兎も角、彼女は夫となる人間を好ましく思っていない。所詮は貴族同士の政略結婚。本人同士の意向を無視した良くある話でしょう?』

「いやその、一度きちんと腹を割って話し合ったほうが……」

『歩み寄る余地があれば、僕ももう少し希望がありました……』

 

 何処で足場を踏み外せば、こうも見事なすれ違いが起きるのか。

 親友の恋路に立ち込める暗雲の存在を知ってしまったファンナは、命がけの戦場でさえ感じなかった緊張に心拍数が急上昇。

 いつの間にか、からからに乾いた口を無理やり開いて続けた。

 

「ふ、二人きりの時のソレイシィ卿はどのような態度を?」

『いつもツンケンしてますね。僕は彼女の笑顔を見たことがありません』

 

 婚約者に会える日は、嬉しくて眠れなかったと聞いていた。

 

「照れ隠しの可能性は?」

『殺人的に辛いミートパイを、山盛りで押し付けられた時の表情は真顔でした』

 

 始めて振舞う手料理に舞い上がり、うっかり多量のペッパーを撒いてしまったが、何度も作った得意料理のため味見を怠り気づかなかった。

 あれは人生最大の汚点。是非とも挽回したいと言っていた様な。

 

「ちなみに、シュタイナー卿のタイプはどのような女性でしょう」

『お淑やかで包容力のある、メイド系で巨乳の女の子が好みです』

 

 ホバリングにより徐々に落ちていくのは高度。

 しかしファンナの心境は、助かる見込みの無い自由落下に等しい追い込まれっぷり。

 何がマズイって、この通信はオープンチャンネルだ。

 少年はトレーラーで待機している婚約者の存在を知らないらしく好き放題言っているが、快活で、小心者で、ささやかな胸のマリーカも確実に会話を聞いている。

 反射的に回線を切り替えた少女は、一縷の望みに賭けて思い人へと問う。

 

「……で、殿下。彼女の様子は?」

『……頭を壁に打ち付けた挙句、部屋の隅で泣きながら膝を抱えているよ』

「……わたしも殿下が陰で全否定していると知れば、世界の終わりみたいなことになります。どどどど、どうしましょう? とりあえず戻っても大丈夫ですか?」

『流れ的にツンデレを拗らせた自業自得っぽいし、下手に同情する方が傷口に塩を塗りこむと思う。僕達は淡々とスケジュールを消化することを重視しよう』

「イエス、ユア・マジェスティ」

 

 主のお膝元に広がる地獄を想像すると、身震いが止まらない。

 回線を切り戻す前に、吸って吐いて大きく深呼吸。

 額に浮かんだ汗を拭い、平静さを装うファンナに余裕は無かった。

 

「思いのほか長引いた模擬戦の影響で、時間が押しているとの連絡が入りました。申し訳ありませんが、わたしはこの足でトレーラーに戻ります。回収はそちらのスタッフに頼んで下さい」

『それが宜しいかと。感想戦は今夜の肴ということで』

「あ、その手が」

『はい、シュタイナー家はヴァインベルグに代々仕える重臣。僕も祝典には列席しますので、時間があれば講義その三以降についてもご教授願います』

「承りました。では、これにて失礼」

 

 パーティーでは身の振り方さえ危ういと言うのに、また一つ憂鬱の種が増えてしまった。

 貴族なら公式の場に婚約者を伴うのが作法。

 虚ろな目を浮かべるであろう友人の前で、悩みの種と何を話せというのか。

 

「……た、他人事じゃないですね。私も頑張って牛乳を飲まないと」

 

 ファンナを分類するなら、概ねマリーカと同じ属性である。

 かつてルキアーノも、ジノも、子供には興味が無いと言い切った。

 そして三例目となるレオンハルトまでもが同様の反応を見せた以上、統計的にセリエルも同じ穴の狢である確立は高いとファンナは邪推してしまう。

 視線を落としても、アンヌやリーライナと違って視界の遮られないこの体。

 目指せユーフェミアは無理……だが、せめて並盛り。否、大盛くらいなら。

 現実に背を向けて夢想する少女は、地に足が付くと同時に逃げるようにして機体を滑らせるのだった。



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TURN21「孤立無援のシンデレラ(上)」

「駆け足でもジヴォン家で見るべき物を見て、得るべき物も得られましたが、自業自得のタイムアップにより不完全燃焼。実戦テストも絶好調と聞くβ版のギャラハッド、稼動している姿が見られず無念でした……」

「それは残念だったね」

「ですが、時間を大きく割いたシュタイナーの研究所は大満足。ウチの工廠でのガウェイン試乗も控えていますし、明日も慌しくなりそうです」

「喜んで貰えたなら、私も骨を折った甲斐があった。ちなみに ”例の件” についての根回しも完了しているから、好きなタイミングで仕掛けると良いんじゃないかな?」

「助かります」

「ははは、二人きりの兄弟に他人行儀は不要だよ」

 

 話に花を咲かせていた兄弟の現在地は、皇帝が座するペンドラゴン宮殿にほど近いエル家の本拠地ジェミニ宮。

 久方ぶりに再会した弟の近況を聞いたシュナイゼルはセリエルの肩に手を乗せ、貴公子の微笑を浮かべながら続ける。

 

「君の望みは私の望み。昔も、今も、これからも、それだけは変わらない。だから遠慮などせず、無制限に頼ってくれる方が私は嬉しい」

「今に始まったことじゃありませんが、兄上は控えめに言って僕の願望機ですよね」

「万能の聖杯に及ばない欠陥品でよければ、好きに使って構わないよ?」

「残念ながら僕は結果に至る過程を楽しむ主義。貴重な聖遺物は大切に棚へ仕舞い込み、要所要所で程度に使わせて貰います」

「君の意思は尊重するけど、エル家から次期皇帝を輩出したいと言う願いについては受理済みでキャンセルも出来ない。それは理解しているね?」

「はい」

「先を見据え実績を積み重ねてきた私達は、確かに有力候補として先頭集団を形成しているのかもしれない。しかし築いたリードが、一度の転倒で詰められるのも世の常だよ」

 

 機械仕掛けのシュナイゼルの辞書に慢心の二文字は無い。

 むしろ敗北、失敗を意味する単語一式も記載されていないと確信しているセリエルである。

 

「例えば帝国の重鎮が列席する式典への遅参は、後方集団が付け入る絶好の口実になる。小石に躓かない為にも、余裕を持ってそろそろ会場へ向かおうか」

「はい、兄上」

「カノン、車の準備は出来ているね?」

「カボチャの馬車は、暖機運転も万全で御座います」

「その例えは問題だね。何故なら私達はガラスの靴と言う物証を残す愚を犯さない。これでは物語が破綻し、王子と平民の娘が不幸になってしまう」

 

 式典用の正装と馬車を用意したカノンが魔女なら、シュナイゼルはさしずめ王様か。

 しかし、不遇の灰かぶりを娶る予定の王子も舌戦は得意分野だ。

 

「大丈夫です。何故なら我らが祖国は王国にあらず。王子ならぬ皇子の僕は、過去の判例を踏襲する必要性ゼロですし、未来の皇妃も正式な客として入城済み。そんな原作崩壊の二次創作世界に居る以上、エンディングは主役の匙加減一つだと思いませんか?」

「これは一本取られた。今回の言葉遊びは君の勝ちだね。その調子で他の有象無象にも土をつけ、白星を稼ぐことを期待しているよ」

「頑張ります」

 

 いざ、魑魅魍魎蠢く政争の場へ。

 顔を技術屋から政治家に切り替えたセリエルは己の覇道の橋頭堡を築くべく、一歩も二歩も先を行く偉大な兄の背を追うのだった。

 

 

 

 

 

 第二十一話「孤立無援のシンデレラ」

 

 

 

 

 

「最近は十代でラウンズ入りも当たり前かぁ。マイロードも若手の筈なのに、年齢層的には中間世代ってのが不思議よね」

「確か最年少のアールストレイム卿がわたしと同い年。最年長のヴァルトシュタイン卿が四十前である事を踏まえると、確かに二十台の兄さんは平均値っぽいですね」

「それはつまり上からは若手の面倒を見ろと丸投げされ、下からは面倒ごとの責任を取らされると言う最悪の中間管理職ポジってやつじゃ……」

「ラ、ラウンズは横連携の薄い独立独歩じゃないですか。大丈夫ですよ……多分」

「ちなみに同期で顔馴染みらしいファンナちゃん的に、新規ラウンズの人柄ってどんな感じかしら? マイロードと上手くやれそう?」

 

 傍らに立つアンヌの視線の先には、眩いライトを浴びて壇上に立つ青年が二人居た。

 彼らこそ今宵の宴の主役にして、栄光の円卓入りを許された当代最高の騎士。

 一人はモデル顔負けの容姿を持つ金髪の青年で、名をジノ・ヴァインベルグ。

 一人は髪を逆立て獣の気配を漂わせる青年で、名をルキアーノ・ブラッドリー。

 容姿端麗で品格を兼ね備えたジノの立ち姿に対し、シニカルな笑みを浮かべて斜に構えるルキアーノは悪い意味で人の目を集めている感が否めない。

 

「えっと、ヴァインベルグ卿は大丈夫かと。彼は自由人でルールを無視する性質ですが、最低限の節度は守れる貴族の子弟。最大の特徴は、好きか嫌いでしか人を見ないリベラルなところ。性格も人懐っこく、兄さんとも上手くやれる筈です」

「ふむふむ。で、含みを持たせた片割れは?」

「オブラートに包んで評した方が?」

「どうせ嫌でも顔を合わせる相手だし、包み隠さず直球で宜しく」

 

 未来の義姉が言うとおり、同じ職場、同じ部署に属する以上、中途半端に隠していてもすぐにボロが出る案件だ。

 例え目を逸らしたくなる情報だろうと、ここは真実を告げる方が相手のため。

 そう判断したファンナは、躊躇いを捨ててアンヌへと告げることにした。

 

「ヴラッドリー卿……もといあの変態吸血鬼はですね、協調性無し、馴れ合い大嫌い、人殺しが三度の食事より大好き、と三拍子揃った完全無欠の狂人です。軍に入った理由も合法的に人を蹂躙出来て、しかも賞賛されるという安直さ。簡潔に纏めるなら、控えめに言って人間の屑が妥当な表現だと思います」

「う、噂より酷くて嫌な汗が!」

「と言うことで、交流するならジノをお勧めします!」

「生の情報ありがと。人間関係もあたしが対処する案件だし、参考にさせてもらうわ……」

 

 急激に声のトーンを落とすアンヌを見てファンナが感じたのは、意外にも同情や哀れみの感情ではなかった。

 将来的にセリエル親衛隊の団長席に座るファンナは、テファルと同じく戦闘に特化したATK全振りの騎士である。

 政治やら根回しや書類仕事も苦手で、物理的な暴力で解決できない業務は概ねぽんこつと言う体たらく。

 遠くない未来の昇格で倍増する雑務対策として ”全幅の信頼が置ける” 且つ ”無茶振りも対応可能” な右腕が欲しいと常々願っているファンナさん。

 故に胸中に浮かぶのは、アンヌと言う理想形を囲うテファルへの羨望だった。

 何が美人で、聡明で、気立ても良い副官だ。

 これが実の兄の話でなければ、爆発しろと怨嗟のエールを送っていただろう。

 

「っと、そろそろマイロードに同伴して挨拶回りの時間ね。ゴメン、もう行かないと」

「十分助かりました。気にせず、兄のお守りをお願いします」

「じゃあ、最後にもう一度だけ念を押すわよ?」

「はい」

「今日のファンナちゃんはセリエル殿下とは無関係。あくまでもナイトオブファイブの縁者として祝賀会に参加してるってことを、ぜーったい忘れちゃダメ。おーけー?」

「おーけー、です」

 

 そう、少女の隣に愛する少年の姿は無い。

 何故別行動を取らざるを得なかったかと言うと、結局のところファンナ最大のネックである地位の低さが諸悪の根源だった。

 何せ兄がラウンズだろうと皇族の選任騎士が内定止まりのファンナの肩書きは、特派所属の最底辺騎士公。お偉方が集まる催しへの参加は不可能な身分であり、皇子と共に登城するなど許されるはずも無いのである。

 

「常識的に考えればマイロード同席の場で妹を挑発する馬鹿は居ないけど、意外と世の中って不合理に満ち溢れているから侮れないわ。万が一の場合、申し訳ないけど我慢して。必ず後日に日を改めて合法的にやり返すからね?」

「サンドバックどんと来いです。苛めもぼっちも慣れてます」

「それはそれでキツイなぁ……ま、どうせ殿下も目を光らせているだろうし、気楽にいこ」

「はいっ!」

 

 手を振って未来の義姉を送り出したファンナは、人目を避けるように壁際へ。

 どうせ黄色人種丸出しの自分へ、好んで寄って来る貴族は居ない。

 侮蔑の目で避けられるくらいならば、最初から壁の花として気配を消していたほうが幾らかマシである。

 

「さすがと言うべきか、シュナイゼル殿下の警備体制は完璧ですね……」

 

 瞳に写すのは、連れ立って大名行列を続けるエル家兄弟の姿。

 今は見守ることしか出来ないが、せめて凶兆のサインを見逃すまいと周囲を俯瞰するように注視する。

 最初から洋の東西を問わずに集められた美食にも、魂を蕩かすような美酒にも興味は無い。

 何故なら少女は最初から客ではなく、護衛の騎士として参加しているつもりなのだ。

 主を思う心だけは他の選任騎士に絶対負けない。負けたくない。

 そんな思いを乗せて拳をギュっと握り締ていると、視界の端に知った顔が現れた。

 

「……ああ、ついに来るべき時が」

 

 出来れば面倒事はもう少し心の準備が出来てから、と思わず目を逸らすも時遅し。

 何と言うか露骨に目があってしまった。

 こうなった以上はもう逃げられない。

 ファンナはぐんぐん近づいてくるから憂鬱の種と向き合う覚悟を決め、むしろこちらから歩み寄ることにした。

 

「お約束どおり、レオンハルト・シュタイナー参上致しました。こちらは僕の婚約者のマリーカ・ソレイシィ嬢ですが、説明は必要ですか?」

「いいえ、友人なので結構です」

「だそうですよ、マリーカさん」

 

 にこやかな笑顔で握手を交わした相手は、ファンナにとって鬼門のつがいだ。

 エスコート役は巨乳淑やか原理主義者であることを、貧乳活発系婚約者に知られているとは夢にも思わないレオンハルト。

 

「お疲れ様です、レストレス卿……だとナイトオブファイブと被っちゃいますか」

「何時も通りファンナで結構ですよ?」

「では失礼ながらファンナさん、と呼ばせて貰いますね」

「それでお願いします、ソレイシィ卿」

 

 手を引かれる淑女は、愛する夫に全否定された事実を知らない様に振舞うマリーカ。

 しかし短いながらも密度の濃い時間を共にしてきたファンナには、友人が浮かべる笑顔が作り物であることが本能的に分かってしまった。

 もしも自分が恋する男性に見た目も中身も全否定され、それでも義務として寄り添わなければならない状況に置かれたなら発狂しかねない。

 さすがは生まれ付いての名門貴族。外面を取り繕える分、平民上がりとは有様が違う。

 

「さて、ご挨拶が済んだところでお時間を頂いても?」

「約束ですからね。時間の許す限り、反省会でも何でもお付き合いします」

 

 本来であれば護衛対象から目を離すことはご法度だが、所詮今日のファンナは警備にカウントされていない自称護衛である。

 故に自己満足の騎士ごっこはこれでお仕舞い。

 主の身はシュナイゼルの手の者に任せ、先立ってセリエルに命じられていた人脈作りに注力することにする。

 何せ目の前の少年は軍需産業に一定のシェアを持ち、名門貴族ヴァインベルグ家の重鎮として知られるシュタイナー家の御曹司。

 せっかく向こうから好意的に接近してくれた好機を逃しては、主に合わせる顔がない。

 

「それは有難い。実は勝負の中で次世代機に生かせそうな新発見がありまして―――」

 

 それにしても、と話を合わせながらファンナは思った。

 剣を合わせる中で薄々感づいてはいたが、やはりレオンハルトはジノと同じ人種だ。

 人を見る際には、血筋よりも能力と人格。

 歳も性別も無関係に畏敬の念を持てるか否かだけ。

 つまり彼の見せる友好性の正体は、ファンナの力量を知ったが故の行動なのだろう。

 

「そろそろ口に湿り気が欲しいですね。何か飲み物を取ってきますが、お二方は何かリクエストがあります?」

「では、オレンジジュースをお願いします」

「私も同じものを」

「了解です、お嬢様。僕ばかりが話をしていましたし、しばし女の子同士のご歓談を」

 

 そして話し過ぎて喉が渇いてきた、と思った矢先にこの反応である。

 なるほど、この出来る感じは少女趣味のマリーカが好みそうな王子様だ。

 ファンナ的には土壇場で心が折れそうな線の細さが気になるが、人の趣味はそれぞれ違うもの。

 半端な指摘はヤボだろうと口を噤んでおく。

 

「……ねぇ、ファンナちゃん」

「な、何でしょうか」

「……頑張って平静を保ってきたけど、そろそろ限界かも」

「一段落ついたら一緒に何らかの抜本的対策を考えるから、せめてお祭りが終るまで我慢して! ここで関係を悪化させると取り返しがつきませんよ!?」

「……結婚前から愛のない仮面夫婦ルートまっしぐらな未来が頭の中でずーっとループする絶望の淵に居るけど、ファンナちゃんがそう言うならもう少しだけ耐えてみます」

 

 レオンハルトが姿を消した瞬間に変化した何の色も浮かばない深遠を思わせる虚瞳に見つめられ、思わず半歩下がってしまった。

 これは対処をミスった瞬間、取り返しの付かなくなる爆発寸前の病ンデレ核地雷だ。

 しかし、ファンナは報われる初恋だけを追いかけてきた箱入り娘である。

 幼少期から両思いで、さりとて恋愛面で苦労知らず。

 果たして縺れた糸を華麗に解けるかと問われると、匙を投げる未通女なのもまた現実だった。

 

「事情を知る殿下にも相談して、とにかく手を打ちましょう」

「……うん、人心掌握とか得意分野っぽいもんね」

 

 逃げは騎士として褒められた行為ではないが、報告、連絡、相談は大人の義務だ。

 正直に言えば、セリエルに何が出来るのかはファンナも分からない。

 しかし、マリーカは王にとって使い潰すには惜しい大駒。

 一度懐に入れた小鳥へ甘い性格も踏まえれば、何とかしてくれる筈だ、多分。

 

「大丈夫、きっと何とかな―――」

 

 思わず言葉に力の入ったファンナだが、気休めの言葉を最後まで言い終えることが出来なかった。

 始めに感じたのは浮遊感。

 次に強かに打った尻餅による痛み。

 最後に頭から水気が降りかかり、やっと状況を理解する。

 迂闊にも注意力散漫だった自分は、明確な攻撃を許してしまったと言うことを。



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TURN22「孤立無援のシンデレラ(下)」

実はファンナが孤立無援じゃない罠。


「失礼。目障りな物を見つけて、ついつい足が出てしまいました。ですが、わたくしは寛容な女です。何か言いたいことがありましたら、聞く耳は持ち合わせていますよ?」

 

 髪から浴びせられた水を滴らせ、膝を付くファンナは困惑していた。

 ファンナも、マリーカも、そして、この場の全員が名を知る天上人こそ襲撃者。

 朱色の髪を小さなサイドテールに括った愛らしく物腰柔らかな雰囲気の少女の正体は、おさげの騎士を従える皇位継承権第八十八位、マリーベル・メル・ブリタニアその人である。

 

「何も御座いません、皇女殿下」

「結構。立場を弁える人間は好きよ」

 

 しかし、だからこそ解せない。

 諸々の事情で後援貴族を持たないマリーベルの地位は低く、次期皇帝の座を賭けたレースでも空気のような扱いを受けている弱小皇族だ。

 そんな皇女様が属する派閥は公式にもエル家。その証拠として彼女が主導して進めている対テロリスト特化型遊撃騎士団の設立において、全面的な支援を約束しているのはシュナイゼルである。

 常識的に考えてスポンサーの顔色を伺ななければマズイ子会社の人間が、親会社の幹部候補に喧嘩を売るだろうか?

 意図が理解出来ない、解明の糸口さえ見つけられない。

 混乱するファンナは傍らで真っ青な親友に助けを求めるが、彼女もまた現状を脳が処理しきれずフリーズの真っ最中。手助けは無理だった。

 

「恐れながら皇女殿下、下賎の騎士にどのようなご用件でしょうか」

「綺麗に剪定された花畑に雑草を一房見つけたの」

「……え?」

「わたくしは庭を管理する一族の端くれとして、目障りな黄色と黒の外来種を取り除く義務があるのです。これ以上の説明は必要かしら?」

 

 何とも単純な物言いに、疑問が氷解した。

 ファンナはマリーベルの名前と簡単なプロフィール以外を把握していないが、過去に激昂して皇帝へと剣を向けたと言う有名な逸話だけは知っている。

 やはり噂どおり、皇女殿下は感情の人。

 損得勘定を考えない目先の利益優先型だったのか、と納得する少女だった。

 

「御座いません」

「ならば結構。今後は身の丈に合わない暴挙を控え、ナイトオブファイブの顔に泥を塗らないよう慎ましく生きなさい」

「イエス、ユア・ハイネス」

「それでは御機嫌よう、イレブンの成り上がりさん。お帰りはあちらよ」

「温情措置に感謝致します」

 

 どうせ感情論相手に何を言っても時間の無駄だと分かっているし、周囲に人が集まりつつある状況でこれ以上の悪目立ちもマズイ。

 昔から似た手合いに絡まれることの多かった移民の子にとって、テンプレートの嫌がらせは慣れたものだ。

 ここは何時もと同じく、スマートに解決してしまおう。

 そう決めたファンナは皇女殿下の自尊心を満たすため、粛々と命令に従うことにする。

 

「……ごめん」

 

 友人達に祝辞を後れず心残りだが、これもまた運命と踵を返した瞬間だった。

 耳に入ったのは、小さくか細い罪悪感に満ちた声である。

 懺悔の主はマリーベルの筆頭騎士を勤めるオルドリン・ジヴォン。

 姫の背後で彫像の様に固まっていた少女が突然零した一言の真意は分からないが、彼女もまたファンナと同世代の若手騎士だ。

 心情的に同情する部分があったのだろうとファンナは心の中で合掌。

 いつか互いに主の看板を掲げずに話が出来れば、と夢想しながら一歩を踏み出したところで、形成されていた人の壁に動揺の色が広がっていることに気付く。

 

「誰が騒いでいるかと思えば、やはり洗濯板か」

「おいおい。久しぶりの仲間にそれは無いんじゃないか?」

「ふん、顔も出さずに逃げ帰る奴は知らん」

「薄情ってのは同感だな」

 

 揉め事を察して集まっていた人込みを掻き分け、しれっと姿を現したのは純白の騎士達だ。

 え、と思うのも束の間。

 片割れのジノは戸惑うファンナの肩を抱き、親密さをアピールしながら言った。

 

「マリーベル殿下、申し訳ありませんが彼女は俺達の友人でしてね。身柄はこちらで引き取らせて貰っても宜しいですか?」

「陛下ならぬわたくしには、止める権利がありません」

「寛大な処置に感謝致します」

「……やれやら、無駄な時間を浪費しました。行きますよ、オズ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 さすがの赤の皇姫も、無為にラウンズとことを構えては唯ではすまない。

 そのことを弁えるマリーベルの損切りは速かった。

 向かい風には逆らわずに乗るもの。傍目には逃げ出した少女の姿は不思議と敗者に見えず、予定調和の流れに従ったかのような余裕さえ見え隠れするから不思議だ。

 やはりこれは何か裏がある。

 騒ぎを起こして株を下げただけの筈なのに、何故かそんな確信がファンナにはあった。

 果たして最終的には誰に、どんな益がもたらされるのやら。

 降って沸いた難題に難しい顔をしていると、落ちてきたのは物理的な拳骨だった。

 

「貴様のせいで余計な手間を取らされた。この代償は高く付くぞ」

「頼んでませんし、暴力もノーサンキュー。そして勝手な口出しはプライスレス」

「ケチくさい奴め」

「まぁまぁ、せっかく懐かしい顔ぶれが揃ったんだ。面倒なお偉方へのご挨拶も終らせたし、場所を変えて呑もうぜ? 何で居るのか知らんけど、ファンナも祝ってくれるよな?」

「イエス、マイ・ロード」

「おいおい、友人として祝ってくれよ」

「では、昔と同じくフランクな感じで行きます」

「ジノと私で露骨に態度違うなぁ!? 私も敬え! ナイトオブテン様だぞ!?」

「あーあー聞こえない聞こえない」

「貴様ぁっ!」

 

 耳に手を当てるポーズでルキアーノを挑発しながらファンナは考える。

 どうせマリーベルは分離主義者。如何なる手を尽くそうが純潔の日本人と手を取り合うことが不可能である以上、虎の威を借りた力技は最善と言っても良い解決策だ。

 当初の予定とは違うが、これもまた穏便な決着。

 出世しても関係を変えようとしない友人達には、本当に頭が上がらないと思う。

 しかし、ファンナは一つ失念していた。

 それはジノとルキアーノに、公式の場で友人と公言させたことの意味。

 様子を伺っていた上流階級の認識が

 

 ”実質的にナンバーズだが、ナイトオブファイブの義妹なので手が出せない腫れ物”

 

 から

 

 ”複数のラウンズに太いパイプを持つ、忌々しいが利用価値の高い騎士”

 

 へと変わった事実を。

 

「おーい、そこで見つけた弟分とその許婚を混ぜてもいいよな?」

「私はクソ女弄りで忙しい。好きにしろ」

「って、シュタイナー卿とソレイシィ卿?」

「ど、どうもファンナさん。戻ったところを捕まりました……」

「ご迷惑かとは思いますが、断れない立場の私達です……」

「大歓迎で―――いつもいつも頬を引っ張って乙女の柔肌をなんだとっ!」

「男女が吠え―――下ろしたてのマントが穢れる! 踏むな蹴るな!」

「お前達の騒がしさは本当に変わらないねぇ」

「「うるさい!」」

「ま、こんな感じが俺達だ。ようこそ、問題児の巣窟へ」

 

 低レベルのいがみ合いを続ける二人を腕力で引き離し、茶目っ気たっぷりのウインクを夫に送りつけてくる天上人に開いた口が塞がらない嫁だった。

 しかし悩み事を忘却せざるを得ない状況は、マリーカにとって不幸中の幸いだ。

 仮面を纏う余裕を持たない少女が浮かべるのは、本来の快活で明るい素顔。

 取り繕った淑女の顔より余程魅力的な、歳相応の可愛らしい表情である。

 

「ヴァインベルグ卿に、きちんと紹介してくれますか?」

「確かに良い機会ですね。あ、それと」

「はい?」

「僕は大人しいマリーカさんより、何時も通りの少し怒りっぽい元気なマリーカさんの方が好きです」

「へぅ!?」

「誰に何を吹き込まれたのかは知りませんが、無理な背伸びをせず普段通り……よりは少し険の無い態度でいて欲しい。って言ったら怒ります?」

「お、夫の要求には最大限応えるのが妻の務め。少しだけカチンと来る箇所には目を瞑り、円満な家庭を守るためにも精一杯努力しますっ!」

「やっぱり僕には勿体無い女性だなぁ」

「そんなことはっ!」

 

 レオンハルトの胸をポコポコと叩くマリーカの姿は、微笑ましい青春の一ページ。

 当人達は楽しいのかもしれないが、見守る側は違う感想である。

 

「……そろそろ血糖値が上がり過ぎて、糖尿病のカウントダウンが聞こえる」

「……甘いものは大好きですが、糖分のオーバードーズはNGです」

「……生ハムやサラミの塩分が恋しいなぁ」

「……わたしはナッツ類を所望します」

「……一通り運ばせるか」

 

 隣で銃撃戦が起きようが、足元に不発弾が転がっていようが平気で居眠り出来る叩き上げの騎士も、胸焼けしそうな砂糖吐きには耐えられなかった。

 シュタイナー夫妻がイチャイチャのレベルを上げるのに比例して、もう一組の男女のテンションは下降線を描いてマイナスへと突入。

 スイーツ(笑)焼けを起こしたファンナとルキアーノの間に、速やかな停戦が成立するのも必然の流れと言えよう。

 

「どっちも大団円を向かえたな? 引率の背中にちゃんと付いて来いよー?」

 

 一人だけ冷静なジノの言葉に反論の声は上がらない。

 色々と見世物を披露してしまった少年少女たちは、俯いたまま会場を後にするのだった。



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TURN23「西洋の太公望」

「で、成果は?」

「概ね予定通りかと。正直言えば釣り針が見え見え過ぎる計画を危うんでいましたので、蓋を開ければ釣堀真っ青の入れ食いに困惑気味ですわ」

「でも、その程度の連中だからこそ切り捨てられる」

「ですわね。どうせ淘汰されるのであれば、わたくしが彼らを金蔓として使い潰しましょう。それで宜しいのですよね?」

「釘を刺さなくても君の騎士……オルドリンだったかな? 彼女の専用機の開発は特派が責任を持って請け負うし、ラウンズの試作型は最低でも一機以上をグリンダ騎士団へ回すさ」

「助かります」

 

 セリエルとマリーベルが会談を行っていたのはジェミニ宮の一室だった。

 しかし、これは常識的に有得ない出来事と言えよう。

 何せ他家の宮殿は別の血脈を持つ兄弟にとって、敵地に等しい危険地帯だ。

 過去を紐解けば事故を装った謀殺やら、致死性の毒物の投与やら、無事に帰還できぬ者の何と多いことか。

 しかもメル家の皇女は、最後の盾となる騎士すら外で待たせる無防備っぷり。

 はっきり言って空腹の猛獣の前に餌を置く所業だが、今回ばかりはこれで正しい。

 何故なら呼びつけられた理由は、おつかいの駄賃を渡す為とマリーベルは最初から知っている。

 

「但し、これは投資であることを忘れないで欲しい。それなりの手間を賭ける以上、コストに見合うリターンはデフォルト。結果を示せなかった場合は覚悟するんだよ?」

「お任せを。マリーベル・メル・ブリタニアの名に賭けて、テロの撲滅をお約束致しましょう」

「なら、話は以上。君の愛剣の切れ味は、次の機会に確かめさせて貰おうか」

「兄様に失望させぬよう、早速行動に移ります」

 

 婉曲なお開き宣言だったが、兄の意図を読んだ妹は一礼して回れ右。

 けちの付けようのない優雅な所作で、颯爽とセリエルの視界から消えてしまった。

 

「……消すには惜しい逸材だ。レースに不参加で本当に良かったよ」

 

 マリーベルは賢く、機転も利き、しかも強い。

 その証拠に彼女は自ら起こした不祥事により皇籍を剥奪され、平民として放り込まれた軍学校を落第することなくクリアした叩き上げだ。

 常識的に考えれば蝶よ花よと育てられてきた姫君が軍隊生活を耐えられる筈がないのだが、この皇女様に限っては話が違う。

 厳しい訓練を泥を啜りながらも乗り越え続け、気付けば主席で卒業。

 その努力を皇帝に認められ、再び皇位継承権まで取り戻した化け物である。

 しかもこの妹は何だかんだと美意識に順ずるコーネリアやルルーシュと違い、目的の為なら汚れ仕事を好んで選ぶタイプ。

 もしも反逆罪という致命的なミスを犯していなければ、政敵としてどれほどの脅威だったやら。正直、考えたくも無いセリエルだった。

 

「幸いにも彼女の理想は国益に適う。猫には鼠を自由に狩らせるのが吉」

 

 それだけの能力を持ちながら権力に執着しない少女だが、彼女にも野心……と言うか絶対に譲れない目標があった。

 それはかつてルルーシュと同じくテロにより母と妹を殺され、しかし父に些事と切り捨てられたことに起因する。

 マリアンヌ事件と同様に背後関係の調査さえ放棄した父に対し、激昂のあまり剣を向けた彼女はその時誓ったのだ。

 自らと同じ、理不尽に涙する遺族を二度と産んではならない。

 国が、皇帝がテロの存在を許容するならば、自分だけはそれを許さない、と。

 故に望んだ。あまねく害悪を撲滅し、理想を実現する剣の所有を。

 それこそがマリーベルが推進する対テロ特化型遊撃部隊 ”グリンダ騎士団” 。

 シュナイゼルと言う魔法使いが二心を持たないと認めた姫騎士に与えた、理不尽な暴力をそれ以上の暴力で踏み潰す血塗られた魔剣である。

 

「さて、こうしては居られない。虎の次は吸血鬼退治だ」

「血を吸われ、返り討ちにあうかもしれませんよ?」

「その時は器量不足と諦めるさ」

「さすがは小娘の飼主。肝が据わっていらっしゃる」

 

 マリーベルと入れ替わりに別室から音も無く滑り込んできた白騎士に対し、セリエルは机に肘を付きながら手を組み鷹揚に応じた。

 彼に比べれば、肉食獣でも絶対に歯向かわない妹などオードブルに過ぎない。

 この純白の騎士服を纏うナイトオブテンこそメインディッシュ。

 ファンナをだしにして呼び出した狂犬を口説き落とさない限り、セリエルの描いた絵は画竜点睛を欠いてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 第二十三話「西洋の太公望」

 

 

 

 

 

「ま、寸劇は式典で満腹ですからねぇ。茶番は止めて本題に入りましょうか」

「あれ、気付いてた?」

「半信半疑でしたが、会話を聞かせて貰って確信に変わりましたよ。つまり馬鹿と皇女殿下の諍いは出来レース」

「続けて」

「資金繰りの難しい最底辺皇族の姫殿下はエル家に楯突くことで愚かで無能な存在であることをアピールし、担ぎやすい神輿として差別主義者の取り巻きを確保。噂の親衛隊に必要な経費を、接近してきた貴族からこれ幸いと毟り取るつもりでしょう?」

「正解」

 

 今回の即興劇でマリーベルが周囲に示したのは、大きく分けて二つ。

 一つはエル家の人事に口を挟める発言力。

 もう一つは、ブリタニア人至上主義者と言う立ち位置だった。

 これで状況が変わった。今までは何を考えているか分からない凶状持ちへ誰も近づこうともしなかったが、共感できる思想を持ち、政治的な力も兼ね備えているなら話は違う。

 皇帝の座は無理としてもシュナイゼルのお気に入りと言う勝ち組に属し、しかも手垢の付いていない宝石が転がり出たのだ。

 確かにヴィ家の筆頭だったアッシュフォードのように神輿の事故に巻き込まれて没落する可能性はあるかもしれないが、やはり皇族の右腕は家名を上げるチャンスである。

 博打と分かっていながらも擦り寄る貴族は少なくなく、しかも最安値の今だからこそ恩を売りつけようと援助を惜しまない。

 結論から言えば道化を演じた姫君に対し、観客は拍手とおひねりを投げた。

 無一文の彼女にとって、これ以上のメリットは無いだろう。

 

「そして殿下はあのガキが、三人ものラウンズと縁を持つ特別な存在であることを上の連中に知らしめた。如何にクソ女の外面がイレブンだろうと、これで小娘を軽く扱える奴はそう居ない。つまり今回の一件の主題は、ファンナ・レストレスの地位向上を計ったお遊戯会。違いますか?」

「満点回答だよ。やはり兄妹仲が周知されていないのか、テファルの名前だけじゃ弱くて」

 

 ファンナの問題点は、道端に咲く所有者不明の花であること。

 セリエルの愛でる花は害虫や病気に負けない強い生命力を持っているが、引っこ抜かれれば散ってしまうし、何かの拍子で手折られてしまうかもしれない。

 故に無事な内に対策を打つ必要があった。

 しかし、一番簡単な選任騎士の地位はまだ使えない。

 ならばと考えたのが、襲名直後で衆目の集まるラウンズを利用する変化球だった。

 そこでルキアーノはともかくジノならば確実に引っ掛かる脚本を用意し、悪役令嬢として雇ったマリーベルを配置。人の目を集めた上で一芝居打ったのである。

 結果は大成功。ルキアーノの言うとおり、ファンナは今やシンデレラだ。

 虎の威を借りる狐? 大いに結構。

 所詮は皇妃の座に辿りつくまでの繋ぎ。周囲が黙ればそれで十分なのである。

 

「で、私を呼びつけた本当の理由は? まさか本気で飼い犬を助けた礼などとは言いますまい?」

「お互い時間の無い立場だから率直に言うけど、僕の派閥に入る気は無い?」

「これ以上の出世は面倒だと考える私に、何かメリットが?」

「一つ目は、君が喉から手が出るほど渇望する最強最高のKMFの提供」

「私は自分の開発チームを持てるラウンズですがねぇ」

「でも、完成するのは何時になるのかな?」

「ぬ」

「僕の経験上、天才が不眠不休で頑張っても設計に半年。試作機開発に一年。その他諸々のテストを続け、ざっくり三年は必要だ。しかも完成する頃には世代が変わっているかもしれない」

「まぁ、確かに」

「そしてその間は、ずーっとサザーランド級のカスタム機に乗り続けるわけだ」

「他のラウンズが専用機の中、私だけ量産機……いや、ジノも同じ筈っ!」

「残念ながらナイトオブスリーのKMFは、ほぼ完成済み。遠からずロールアウト予定だけど?」

「……」

「そして平騎士のファンナに至っては、既に第七世代でストレスフリーな毎日」

「格差社会!?」

「そんなブラッドリー卿に朗報です。今なら現行機最強と名高いランスロットタイプを、もれなく丸ごと一機プレゼント。自由にカスタマイズして、お好みのKMFを手軽に手に入る最大のチャンス!」

「ほ、他の特典も聞かせろっ!」

 

 葛藤の色を見せるルキアーノに対し、セリエルは今が好機と次の矢を放つ。

 

「二つ目のメリットは、エル家が実権を握る限り戦争が終らないこと。あの穏健なオデュッセウス兄上でさえ世界をブリタニア一色に染める覚悟だし、コーネリア姉上系の肉食は武力で他国を全て滅ぼしたがっている。しかも実際問題として、残る敵はEUと中華連邦だけ。彼らが実権を握ってしまえば、長く見積もっても半世紀掛からずに表面上の戦争はこの世から消えるねぇ」

「いやいや、誰が舵を取ろうと同じ結末では?」

「ウチだけは違うんだ。何せ僕らは世界征服なんてナンセンスな真似を望んでいない」

「は?」

「だって内ゲバ怖いし、不良債権を押し付ける他国は必要だろ?」

「いやまぁ、最後の敵は身内でしょうが……」

「国内の余剰生産力の受け皿となる不平等な関税を押し付けた大陸のマーケットも欲しいし、公害だの人権だのを気にせず資源も安く買い叩きたいね。ついでに国内の不穏分子……例えば裏切る気満々のユーロブリタニアの対抗馬として、何時でも踏み潰せるEUは残さないとマズイ。ちなみに民度も怪しい中華の併合は、金の無駄だから有得ない。これはシュナイゼル兄上も同じ考え」

「ふむ」

「なので戦争は各地で緩やかに継続される。君にとっても、その方が望ましいと思うんだ」

「ええ、一方的な虐殺が許される戦場が維持されるのであれば」

 

 事前にルキアーノのプロファイリングを終えているセリエルは、理を持って吸血鬼の懐柔を推し進める。

 口先の契約は足元を掬われるだけ。

 腹を割っての交渉こそ最短ルートと信じて。

 

「……一つ伺っても?」

「どうぞ」

「この話、ジノには?」

「残念ながら彼を誘うつもりは無い。ブラッドリー卿だけへのオファーさ」

「理由は?」

「だって彼は陛下に忠誠を誓う、綺麗ごと大好きなラウンズだ。誘うだけ無駄だし、目を付けられても困る。とても交渉の余地があるとは思えない」

「でしょうなぁ」

「その点で君は合格だ。当代の平和が大嫌いなナイトオブテンには、戦争を長期的に持続させるつもりの僕と組む以外の選択肢が無い。そう、他ならぬ自分の為にね」

「くくく、自由に人も殺せない世の中なんて、想像するだけでうんざりですなぁ」

 

 左手で顔を覆い、嬉しそうに笑う化け物は何を思うのか。

 何となく腹の底が読めるセリエルは、自身も同属なのかもしれないと苦笑する。

 

「オファーを蹴ってもペナルティーは与えない。どうせ答えは君の中で出てるんだろ? そろそろYESかNOで答えてもらおうか」

「当然、YES。ルキアーノ・ブラッドリーは、セリエル・エル・ブリタニアが私の望む主である限り剣を捧げることを誓いましょう」

「君らしい宣誓だ。僕を見限ったなら、何時でも寝首を掻いて結構」

「……まな板魔女の発狂が怖いので、先にアレを始末してからにしますがね」

「違いない」

 

 吊り上げた大魚には、一匹でマリーベルの釣果を超える価値がある。

 契約成立の証として握手を交わしながら、ふとセリエルは思った。

 本国で着実に力をつけている自分と同じく、エリア11で大攻勢に備えた組織作りを進めている筈のルルーシュは今頃どうしているのだろうか。

 身元バレ対策として念には念を入れて連絡は取っていないが、内情を探らせる為に出向中のジェレミアとリーライナの報告が微妙に楽しみになってくる。

 果たして、良い意味で予想を裏切るサプライズはあるのか。

 ライバルへの期待に、思わず口角の上がるセリエルだった。



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TURN24「オレンジ畑で捕まえて」

新キャラの妹は、名前だけ存在する公式設定です。
他は全てオリジナルですが、何らかの資料があってもご愛嬌ということで一つ。


「不安定なハドロン砲は分かる。フロートシステム前提で空が主戦場と割り切れば、十歩譲ってサザーランドにも劣るランドスピナーも諦めよう」

 

 古巣の特派研究所を訪れたセリエルはハンガーに固定されたKMFを見上げ、盛大なため息を一つ。

 

「そして百歩譲れば十連装指型スラッシュハーケンも隠し武器と賞賛し、極めて遺憾ながら強度不足で武器も持てないマニピュレーターとして受け入れる」

 

 踵を起点に半回転して振り向き、主任を務める男へと半眼で呆れ気味に言った。

 

「しかし、一人では手が回らないレベルにまで複雑化したOSはナンセンス。そもそも古代文字解析やら遺伝子調査にまで用いることの出来る超演算システムを、何故軍用に転用してKMFへ積もうと思った?」

「ど、どうせなら最高の物をと思いまして……」

「発想は理解できるけど、電子戦は機能を絞った特化型で十分。何でも出来る代わりに万人に一人とも言われるレアな適性がないと扱えない ”ドルイドシステム” は役不足過ぎる。これ、フルスペック運用不可能だろ? 持て余したんじゃないの?」

「……ぐぅの音も出ません。実はテストパイロットも誰一人として満足に使いこなせず、正に殿下が仰られた機能限定型 ”ウァテスシステム” の開発が始まっております」

「なら良し。問題を洗い出すことも試作機の役目だし、次の新型でこの迷走を活かして欲しいね。但しネタと挑戦は紙一重と言うことだけは覚えておいて」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 セリエルが酷評したのは、新技術検証用の第六世代KMF ”ガウェイン” 。

 ランスロット系列を担当するロイドとは別に、本国で最先端の技術を開発・検証するチームが生み出した実験機である。

 特徴は本体一体型のフロートシステムと、両肩に内蔵されたハドロン砲。それにスパコンをも凌駕する圧倒的な情報処理能力を備えたドルイドシステムだろう。

 完成の暁には空を自在に飛び、後方から粒子砲で敵をなぎ払いつつ電子戦で戦場を支配する悪夢のようなKMFになる筈だが、残念ながら現時点では全てが未完成だ。

 フロートシステムは燃費の問題を解決できず、ハドロン砲は狙った場所に飛ばない。目玉のドルイドシステムなど高性能過ぎて天才にしか扱えない情けなさ。

 これでは幾ら先端技術のテストベットいえど、さすがのセリエルも匙を投げる出来栄えである。

 

「ま、それでもドルイドシステムが正常稼動するなら最低限は合格。兄上に頼まれたエリア11の遺跡調査で僕が頑張って使うから、今日中にロンゴミアドファクトリーに運んでおいて」

「畏まりました」

「それと主任、僕は君の才能を買っている。だからロイドがZナンバーで華々しい活躍をしているからと言って、そんなに焦るな」

「……」

「そもそもランスロット系列はピーキー過ぎる。仮に正式採用されてもエース専用機としての少数生産に留まるだろうけど、君の推し進めるガウェインは違うだろ?」

「はい、最初から量産前提です」

「所詮世の中を回すのは芸術品のようなF1マシンではなく、高性能で安定した大衆車さ。誰でも扱えるハドロン砲を標準装備した中・遠距離対応の砲撃型KMFを目指す主任こそ王道であると、このセリエル・エル・ブリタニアが保障しよう。だから胸を張りたまえ。堅実でありながらも、しかし冒険心を忘れない何時もの君に戻って欲しい」

「……殿下」

「先ずは頭を冷やして冷静になろう。早く調子を取り戻してくれないと ”エナジーソード” に続く僕の思い付きを任せられなくて困る。いいね?」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 特別派遣嚮導技術部KMF開発二課主任、ストラ・ラッドは目が覚めた想いだった。

 同僚が最強の頂に手をかける中でフロートシステムの開発に行き詰まり、ハドロン砲の収束率も上がなかったことで追い詰められていた自分は霧の中に居た。

 ついつい目新しさ重視で奇天烈さに走り、素面では直視できない機能だらけ。

 実はアンテナでさえないガウェインの猫耳などその典型だ。

 中でも飛行時の両手を広げて足を締めるTのポーズをデフォルトで設定した理由が、何度考えても分からない。空力的にも無意味なのに、アレは本当に何がしたかったのだろうか?

 もう二度とこんな作品は作らない。作ってたまるか。

 信頼には対価を。次世代機のコンセプトがセリエルとの会話で固まりつつあったストラは目に光を宿し、首が折れんばかりの全力敬礼で忠誠心を示すのだった。

 

「おっと、言い忘れていた。悪いけど、至急で頼みたい仕事があるんだった」

「はて?」

「ラウンズに就任したブラッドリー卿を知ってるよね?」

「当然ですとも」

「彼の専用機、ウチで作ることになったから」

「え」

「工期短縮の為、ベースはZ-01の予備機を流用。詳しくはナイトオブテンと相談し、ラウンズに相応しい最強クラスのKMFを突貫工事で建造して欲しい」

「わ、私がラウンズの専用機を!?」

「技術屋として光栄だろ?」

「そりゃもう。正直、手の震えが止まりませんね!」

 

 ラウンズとは帝国臣民にとって、国民的アイドルにも近しい天上人である。

 そんな彼らの専用機をデザインすることは、自分の作った曲が世界中の戦場で響き渡り、大よそ考えうる全ての媒体に未来永劫名が残る偉業に等しい。

 しかも本来その栄誉を受けられるのは、個々のラウンズが抱える専属チームのみ。

 如何に帝国最先端の研究所に在籍していようと、こんな機会は人生を百回やり直しても二度と訪れない奇跡だ。名誉欲のないロイドならともかく、この仕事を喜ばない技術屋が居るわけがない。

 

「これは僕の右腕としてアグレスティアの図面を引き、扱いの難しいガウェインを仕上げた君へのご褒美兼、口だけでなく君を評価している証拠かな」

「この御恩、生涯忘れません。必ずやラモラック、アグレスティアを超える最強にして無敵のKMFを生み出して見せましょう!」

「その調子だ。遠く異国から成功を祈っているよ」

 

 がっちり握手を交わしたセリエルは、部下のメンタルケアはこれで十分と判断。

 冷めかけていた珈琲を口に運び、次は何をすべきかと思案を始めたときだった。

 

「歓談中に申し訳ありません。宜しいでしょうか?」

「アグレスティアの再調整で何か不備でも?」

「特には。政庁より設備が充実している分、むしろスムーズに終りました。これなら帰還時にエリア11で有事が起きていても、兄さんのように颯爽登場可能です」

「操縦に違和感は?」

「システム周りをアップデートしたと聞きましたが、さすがはわたしのパーソナルデータを用いた専用機。感覚的にも違和感はなく、強いていえば気持ちレスポンスが良くなった気がします」

 

 駆け寄ってきたのは、愛しい少女だ。

 ブラッドフォードとの戦いで傷ついたアグレスティアの調整を行うべく席を外していたファンナだが、身振り手振りを加えて愛機の全快を伝えようとする姿は実に可愛らしい。

 思えば本国に戻ってからは人の目と忙しさで、すれ違いの毎日だった。

 ここは予定よりも早く仕上がった隙間時間を使い、タンデムシートのガウェインを彼女と二人で試乗しよう。

 さすがにKMFのコクピットなら邪魔は入らない筈。たまには恋人と二人だけの時間を送っても罰は当たるまい。

 しかし、ふと気付く。普段は天真爛漫な笑顔を向けてくるファンナの表情が、報告を終えるにつれ曇りだしていることに。

 

「アグレスティアが万全なら、まさか別件?」

「はい、殿下にお客様です。アポイントメントは無く、しかし諸事情から無碍にも出来ない方でして、わたしには判断が付きません」

「相手の素性は?」

「名前はリリーシャ。ゴットバルト辺境伯家長女にして、ジェレミア卿の妹だそうです」

 

 

 

 

 

 TURN24「オレンジ畑で捕まえて」

 

 

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニアァァァァ!」

 

 汚れ仕事を受け持つジェレミアへの義理もあり、とりあえず会おうと決断。

 貴賓室へ移動し来客を待ち受けるセリエルの前に現れたのは、年端もいかない可憐な少女だった。

 彼女は開口一番で元気いっぱいの万歳斉唱。祖国への忠誠をアピールすると、きちんと教育を受けた貴族の姫らしい完璧な所作ではきはきと喋りだした。

 

「この度はセリエル・エル・ブリタニア殿下のご尊顔を拝す名誉をお許しいただき、このリリーシャ・ゴットバルト歓喜の極みっ!」

「御託は結構、先ずは僕の質問に答えてもらうよ」

「何なりと」

「どうやって僕がここに居ることを知った? スケジュールは非公開のはずだけど?」

「宰相閣下から、こちらへ向かうよう指示されました」

「兄上の差し金か。で、目的は?」

「リリーシャの望みはクロヴィス殿下への不義理に始まり、愚かしくもセリエル殿下、コーネリア殿下にまで弓引いた一族の恥の討伐なのです」

 

 生真面目さの象徴として引き結ばれた唇に、忠義の炎が燃える瞳は兄譲りなのだろう。

 ジェレミアと同じカデットブルーの長い髪をハーフアップで飾る清潔感溢れたワンピースのお嬢様には、見ていて飽きない凛とした一本気がある。

 これは面白い、先ずは話を聞いてみよう。

 そう判断したセリエルは、口を挟まず聞き手に徹することにした。

 

「聞けばエリア11で辣腕を振るうセリエル殿下は、手足となる親衛隊の騎士を集めているとのこと。リリーシャは若輩者でありますが、全盛期の兄に負けず劣らずの忠誠心と実力を兼ね備えた騎士と自負しております。どうか親衛隊の末席として、槍働きにて家名の泥を雪ぐ機会をいただけないでしょうか」

「ふむ」

「無礼は承知。不快であれば、この場で腹を切ることも辞さない覚悟ですっ!」

「そのジェレミアを髣髴とさせる暑苦しさ、僕は嫌いじゃない。ここは君の熱意に免じてチャンスを与えよう。試験を受けてみる気はあるかな?」

「是非にっ!」

「良い返事だ。ならば騎士の本分から見せて貰うよ。僕が最も信頼するファンナとKMFシミュレーターで勝負し、勝てれば即合格。負けても内容次第で考えようじゃないか」

「でしたら内定を得たようなもの。イレブン如きに負けるリリーシャではありません!」

 

 少し頭が回るなら、試験官が心を許していると宣言した騎士に別称は使わない。

 しかし、この裏表のなさがゴットバルト家の持ち味。

 かつてのジェレミアがスザクを危険視したのと同様に、リリーシャもまたイレブンにしか見えないファンナの裏切りを警戒していると思えば可愛く思えてしまうから不思議だ。

 

「……殿下、本気を出しても?」

「実力を見たいから、瞬殺は許可しない。適当に遊んでやりなさい」

「……全力で嬲り殺します」

 

 もっとも自分をブリタニア人と定義している少女の感想は間逆で、謙る必要の無い格下に主の前で馬鹿にされたファンナの目は笑っていない。

 スイッチの入った少女を止められるのは、最強クラスのエースだけ。

 善戦で及第点。万に一つの奇跡が起きれば、満場一致で合格だ。

 

「……こっちです。早く来なさい小娘」

「同年代っぽいナンバーズに小娘余話張りされても、何も響きませんね」

「……わたしは14歳」

「ほら、やっぱり同い年。むしろリリーシャは来月で15になるので、小娘はそっちじゃないですか!」

「……くっ」

「ラウンズの妹だろうと、友人だろうと、リリーシャには関係ありません。実力社会のブリタニアらしく、あなたを倒して席を奪い取ってやるのです!」

「……吐いた唾は飲ませませんよ」

 

 何の因果か揃って容姿の整ったローティーンで、低レベルの言い争いは子供の喧嘩。

 傍から眺めるセリエルからすれば二人の諍いはじゃれあいにしか見えず、癒しでさえあった。

 

「兄上がわざわざ送り込んできた以上、彼女は僕のお眼鏡に叶うことは確定。配属はジェレミア小隊が妥当なんだろうけど、熟成の進んだリーライナとマリーカのコンビを崩すのも勿体無い。やはり二人の為に新規小隊を作り、新たに数人採用することで複数小隊体制を検討すべきか?」

 

 珍しく歳相応の素顔を見せて猛るファンナに驚きつつも、決して勝利は疑わない。

 故に思案すべきは今後の白騎士団の運営だ。

 動かせる駒不足は明白なので、これを機にルルーシュを見習い再編を進めるべきだろう。

 

「ここはマリーカの将来の為にも、手始めとして彼に声をかけてみよう」

 

 脳裏に浮かんだのは、シュタイナーの御曹司の顔。

 彼ならばリーダーとしての素質も十分。派閥的にも裏切られる可能性が極めて低く、しかも引き取ったサマセットの運用要因として最適な人材だ。

 先方としても政治的なメリットは大きいだろうし、先ず断られまい。

 

「わ、わたしの方が髪の毛サラサラで背が高いもん!」

「でも、リリーシャの方が胸は圧倒的に大きいですけどねっ!」

「「ぐぬぬぬ」」

 

 実はこの二人、馬が合うのではないだろうか。

 離れていく少女たちの声に耳を傾けるセリエルは、いっそ同じ隊にするべきか真剣に悩み始めるのだった。



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TURN25「蜜柑の大器」

「大口を叩いてこの程度ですか」

『まだ負けてないもん!』

「やれやれ、力量の差をまだ理解できないとは驚きです。これだから家柄しか取り得のない猿の相手は嫌なんですよ」

 

 ファンナとリリーシャが操るのは、特別なセッティングを施していないシミュレーション用のサザーランド。互いに機体性能は五分で、セッティングもフラットという均一さ。

 にも関わらず、二人の差は歴然だった。

 リリーシャの実力を見たいという主の意向に従い前哨戦に選んだ射撃戦では、それなりの才覚を見せるも全般的な照準の甘さを露呈。細かなフットワークで狙いをつけさせまいとする足捌きには光る物があったが、やはり物足りないと言わざるを得ない。

 

「はい、本当は今のヘッドショットで終わりでした。あえてブレードアンテナを狙ったのは温情なので、運よく外れたとか思わないように」

『ぐ、偶然で―――』

「何か?」

『射撃はリリーシャの苦手分野だから、悔しくなんてないのです!』

 

 梃子摺っていると勘違いされても癪なファンナは一発目で左の角を打ち抜き、直後に実力であることを示すべく反対側もピンポイントショット。

 本来なら勝負が決していることを示しつつ、しかしライフルを放り捨てて決着を拒否する。

 

「何でもありだと勝負になりませんね。得意分野は何ですか?」

『先祖代々ゴットバルト家に伝わるは馬上槍っ! KMF用ランスなら、撃ち合いのような遅れは取りません!』

「では、ここからは電磁ランス一本でお相手しましょう。そこで武器データのロードと、機体のバランスチューニングに一分の猶予を与えます。何か異論は?」

『くっくっく、その余裕が命取りなのですよ。30秒で支度するので、首を洗って待っているのです!』

「……わたしも槍は得意分野ですけどね」

 

 ファンナ個人の採点では、既にリリーシャへ不合格の烙印が確定事項だ。

 その理由は挙動のあちこちから透けて見える経験不足の色。ファンナが仲間として認めているリーライナ、マリーカ、そしてジェレミアと比べ、いまいち安定感に欠けている。

 これでは怖くて背中を任せられない。実地で仲間に足を引っ張られる怖さを痛感している実戦経験者には、誤射の可能性を抱えた少女など不発弾にしか見えないのである。

 

『好みの調整も万全っ。伝家の宝刀で大逆転……って、腰に予備弾倉が残ったままですけど、装備変更に伴うパラメーター修正は大丈夫なのですか?』

「そもそも何一つ弄っていませんけど?」

『えっ』

「戦場で急場の装備変更は日常茶飯事です。この程度の重量変化は慣れていますし、田舎貴族程度が相手ならこれで十分だと判断しました」

『イレブンの癖に余裕ぶるとか許せませんっ!』

「囀るのは、無傷のわたしに土をつけてからにしてください。ほら、先手も譲ってあげますよ? 早く打ち込んでみては如何?」

『うにゃーっ!』

 

 本来は装備さえ出来ない電磁ランスを無理やりグラスゴーで振り回していたファンナにとって、癖のないサザーランドは自由な絵を書けるキャンバスである。

 背伸びをしなければ手が届かない程度の不備はなんのその。

 いちいちイーゼルの調整をせずとも、筆と絵の具さえまともなら支障はないのだ。

 最近は自分専用に整えられたアトリエに篭っていたので汎用機が返してくる反応の遅さには辟易するが、そこに文句は言えない。

 かつてスザクに語ったとおり、どんな道具でも使い方次第で玉にも石にも変わる。

 与えられた装備を活かすも殺すも自分次第。それを忘れてはいけない。

 

『少し様子を見たい。猶予を二分与え、それを過ぎれば倒して構わないよ』

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 主の命を受け、騎士は時計の針が二周するまで亀となることを決める。

 こちらからの攻撃は牽制のみ。教え子に施した教導を思い出し、積極的な受身でリリーシャを気持ちよく攻めさせなければ。

 さて、調子を上げて貰うためにも初手は重要だ。

 回避などもっての他。腕の装甲を捨て、手応えを演出するとしよう。

 そんな風に決断したファンナは、片手ランスチャージの姿勢で突貫してくる敵に対し意図的に一挙同遅らせる。

 

『遅い、隙ありっ!』

 

 見せたかったのは、構えの崩れた左の隙。

 大切なのは惜しい、これなら次はいけると誤認させること。

 匙加減の難しい操作だが、この程度のことが出来ずして筆頭騎士は名乗れない。

 

「餌を与えていない釣堀並の入れ食いは有り難いです」

 

 皮一枚の見切りを狙うファンナは、敵の動き出しを見て反応を開始する。

 操縦桿を操りランドスピナーを用いた超信地旋回を行い、リリーシャに対する機体の角度を僅かに修正。後は攻撃をマタドールのようにやり過ごせばミッションコンプリート。

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 TURN25「蜜柑の大器」

 

 

 

 

 

『左腕いっただきーっ!』

「え、わたしがランスの射程を見誤った? そんな馬鹿な!?」

『ふふふ、これだから植民地人の浅知恵は困るのです。このリリーシャの実戦で磨かれた魂の技。リリーシャ永遠の憧れなマリアンヌ様ならともかく、お前のような七光りが初見で対応できるほど安くないのですよ!』

 

 コクピットに響くアラート音は、闘牛士の目算が甘かった証拠だ。

 肘から先を失いデットウェイトに成り下がった左腕をパージし、同時並行でセリエルに対する通信機をオン。

 速度を殺さず駆け抜けていったリリーシャが弧を描いて再アタックに迫る姿を注意深く観察しながら、ファンナは静かに口を開いた。

 

「殿下、加減しても侮らなかった結果がこれです。彼女は何者ですか?」

『僕も今さっきプロフィールを見て知ったんだけど、分かり易い肩書きで言うならチャンピオンかな。KMFジョスト・インターミドル個人部門で二連覇中、プロからも熱い視線を注がれている将来有望な騎士といえば納得できる?』

「それはつまり軍属ではない……?」

『正解。リリーシャ・ゴットバルトはアスリートであり、本来は君のような本職の騎士に守られる民間人だ。但し武器を限定した純粋な一騎打ちに特化している分、挟撃やら味方の火砲を意識してしまう軍人と比べて迷いがない。その辺を注意するように』

「イエス、ユア・ハイネス」

『さすが兄上の推薦してきた人材、格闘戦に限れば粒揃いの若手が揃うグラストンナイツでも通用しそうな槍捌きだよ』

「……殿下はわたしが負けると?」

 

 さすがに勝利を疑われては心外である。

 思わず眉を潜めてしまったファンナに対し、セリエルは苦笑しながら言う。

 

『僕が言いたいのは採用予定である以上ここで伸びた鼻っ柱をへし折り、自分の立場を教育することが後々の為になるという話さ』

「し、失礼致しました」

『皇妃になれば、失言が致命傷に成り得る言葉遊びが目白押しだ。今の内に対人関係の洞察力をもう少し身につけようか』

「はい。勉強の時間を作る為にも、目の前の雑事を片付けてきます!」

 

 ドレス姿で愛しい人の隣に立つ姿を想像して俄然やる気を出した少女は、時計の針を見ながら思案する。

 時間的にも次の交錯が最後の猶予。三度目の接触において一撃で処理する為、先ずは手品の種を暴くところから始めよう。

 頭を本気モードに切り替えたファンナは片腕で槍を構えファクトスフィアの解析に神経を尖らせつつ、乗り手の性格を現すかのように真っ直ぐ突っ込んでくる敵を待ち受ける。

 

『これでお仕舞いです。ひっさつっ!』

 

 引き絞られた上半身による加速と、肩を入れることで射程を延長する術はファンナ自身も稀に使う技。この程度の小手先で目算が狂うはずがない。

 つまり仕掛けはこの先。接触する寸前に行われる何かこそが仕掛けの正体だ。

 

『ゴットバルト流、コロネルチャージ!』

「見えた」

 

 今度も異様な伸びを見せるランスを自分の獲物に巻き込むようにいなし、リリーシャの脇を擦り抜けて無防備な背後を取る。

 あまりの決定的チャンスに無意識は攻撃を命じるが、時計の針が頂点に達するまで後八秒。こちらからの手出しはまだ出来ないと、ぐっと我慢するファンナである。

 

「手品の種は見破りました。まさか握り手を瞬間的に緩めることでグリップ部分をスライドさせ、戦術コンピューターの予測を狂わせているなんてビックリです」

『そ、その通りですけど、初見殺しの魔法を二度で見抜いたのですか?』

「何が来るのか分かっていたからですけどね。もしもオールウェポンフリーの戦場ルールなら、もう少し梃子摺っていたでしょう」

『でででですが、まだ完全には見切れて居ないと見ました! しょせんこの勝負は後腐れのない一本勝負、全容を把握される前に倒しきればよいのです!』

 

 ミスの許されない現場で叩き上げてきた効率最優先のファンナにとって、すっぽ抜けのリスクがあっても盲点を突いたリリーシャの技は目新しく、そして新しい可能性を見せ付けられた気分だった。

 突き出しに併せて握力を落とし柄を手の中で滑らせ、握り返しが間に合うタイミングを見計らい強過ぎず弱過ぎずの力加減で槍を制御するこの奥義。

 電磁ランスが軍の正式装備である以上、射程や威力と言ったデータは敵も味方も戦術システムにインプット済み。

 そこを逆手に取り機械の予測と人の経験を上回る新手を生み出す発想力と、凡才には不可能な繊細且つ大胆なKMFコントロールは紛れもなく天賦の才を秘めている証拠だ。

 

「しかし、残念ながらあなたの敵は筆頭騎士。主が望めばラウンズにさえ勝利を収める義務を持つわたしに対し、同じ技が何度も通じると考えるのは思い上がりです」

『止められるというなら、止めてみるのです!』

「論より証拠を見せましょう」

 

 既に時計は12時の鐘を鳴らし終えた。

 馬車はカボチャへ。ドレスはボロ布へ。

 魔法が解けた少女には、そろそろ現実にお戻り願わねば。

 時間の鎖から解き放たれたファンナは再加速を終えて肉薄するリリーシャに対し、始めて能動的な攻撃を開始した。

 構えはリリーシャの鏡写し。見えない部分で自分なりのアレンジを加えてはいるが、見た目だけなら同じモーションだ。

 

「ええと、必殺……コルネルチャージ!」

『コロネルです! 海賊版はNGっ!』

 

 刺突タイミングは同時。互いの槍の側面が擦りながらすれ違い、ノーガードの胴体へと吸い込まれいく。

 但し似ているのは見た目だけ。ファンナの刃が駆け抜けたのは、リリーシャが放った突きの内側だ。

 

「踏み込みのタイミングまで同じ攻撃を繰り返すと―――」

 

 今度も電磁ランスが驚異的な伸びを見せた瞬間、ファンナはフットペダルを蹴ってギア比を変更。低速域のトルクに物言わせ、握り手が解かれた無防備な槍目掛けて真横からの力を一気に加えた。

 結果、固定されていないリリーシャの愛槍はいとも簡単に空を舞う。

 もしも教導であればここで手を止めていたが、残念ながらこれは決闘である。

 衝撃に姿勢を崩した敵機を見逃さず、手首をコントロールすることで電磁ランスの軌道を即座に修正。スポーツ少女が驚きの声を上げる暇を与えず、きっちりとコクピットまで食い破る一撃をお見舞いするのを忘れない。

 

「返し技でこの通り」

『うううううううう』

「実機であればパイロットが即死の損傷を負ったわけですが、勝敗に何かケチでも付けますか? 文句くらいは聞きますよ?」

『や、痩せても枯れてもこのリリーシャは誇り高いゴットバルト家の娘。負けは負けと認め、例え相手がイレブンだろうと素直に頭を下げてやります!』

「面倒臭い性格は誰に似たのやら……」

『このリリーシャを下したレストレス卿は、疑う余地のない立派な騎士なのです。本当のこととはいえ、蔑称を使って申し訳ありませんでした』

「わたしはブリタニア国籍ですからね?」

『それはそれとして』

「この人、実は悪いと思ってませんよ!?」

『ごほん。おそらく無様な戦いを見せたリリーシャは不合格ですが、レストレス卿の腕前は本物でした。もしも奇跡が起きた暁にはお前を団長として認め、素直に剣を預けてやるのです』

 

 声色は照れを含んだ友好的なもの。

 素直に参りましたと言えない辺りはプライドの高さか。

 

『リリーシャ・ゴットバルト、中々の戦いぶりだった』

『光栄であります』

『しかし、僕は奇跡と言う言葉が嫌いだ。人事を尽くして天に祈らず、成功すべくして成功する必然こそ最善の道だと信じているのでね』

『正しいお考えかと』

『その点で君は合格さ。ラウンズに順ずる力を持つファンナに一矢報いた技量、それはしっかりと積み上げられた努力の証に他ならない。まだまだ未熟ではあるが、秘めた大器は十分に見せてもらった。五年後の成長に期待し、我が騎士団への入団を許そう』

『イエス、ユア・ハイネス! リリーシャ・ゴットバルト、身命を賭してお使えさせていただきます!』

 

 

 シミュレーターの中で主と新しい仲間の会話を黙って聞いていたファンナは、根は素直で真面目そうな少女を意外と嫌っていない自分に驚いていた。

 彼女はイレブン、ナンバーズと蔑むが、それは外見だけを見ていただけのこと。

 かつて純血派に粛清されそうになったジェレミアが間一髪スザクに命を救われ態度を豹変させたように、リリーシャも実力を示したファンナの見方を変えてくれている。

 

「喜びを表すにはこれ! オールハイルブリタニァァアァァッツ!」

「騒がしい」

「申し訳ありませんっ!」

 

 テファル子飼いで最初から友好的だったリーライナ、マリーカ。

 貴族の癖に人種差別を抱かない変り種のレオンハルト。

 彼らとスタートの友好度こそ違うリリーシャだが、きっと上手くやれるだろう。

 

「敵になるなら容赦なく潰しますが、味方になるなら歓迎しますよ」

 

 筐体から飛び出しさっそくセリエルに怒られている新人を眺めるファンナは、微笑を浮かべながらそう呟くのだった。



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TURN26「遥か遠き理想郷」

以降のオリジナルキャラの名前は飲み物で統一。
次はコーラかメロンソーダか。

ちなみに次回か次々回は、ついにルルさんのターン。
負けっぱなしの王様の逆襲に乞うご期待です。


「ラモラック、アグレスティアの搭載完了。続いてガウェインの移送を開始します」

「サマセットとブラッドフォードは?」

「シュタイナー卿とゴットバルト卿が、アヴァロンからの発艦及び着艦テスト中です」

「了解、作業を続けて」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 オペレーター席に座る黒髪の少女の報告を受け、セリエルは時計を確認する。

 ここまでは全て順調、予定通りのスケジュールだ。

 さすがは帝国最高頭脳が集めた人員。今日が初顔合わせの面々に一抹の不安は抱いていたが、示された実力を目にしてそれも払拭された。

 これならば、一から十まで指示しなくとも大丈夫。

 指揮官研修の一環として、部下に仕事を投げても問題あるまい。

 

「エリスは忙しそうだから、ええと……君は?」

「エリシア・マルコーア戦略オペレータですぅ」

「ではエリシア、僕は少し席を外す。以降の指揮権はマリーカに委譲するので、何かあれば彼女の判断に従うように」

「イエス、ユア・ハイネス」

「ファンナは僕のお供を」

「はいっ」

 

 セリエルが陣頭指揮を取り、発艦準備を進める船の名は ”アヴァロン” 。

 伝説に残る楽園の名を冠したこの船は、全てが規格外の化け物である。

 全長200mの巨体に詰め込まれた力は、都市の一つや二つを灰燼に帰すことの出来る多様な最新鋭KMF群と、それを運用可能な指揮・管制能力だけに留まらない。

 目玉の一つは大型化することで、諸々の問題を解決したフロートユニット。

 KMFサイズでは実用できなかった飛行モジュールを搭載した結果、このサイズにも関わらずテスラドライブ真っ青の機動力で空を舞うことを可能としているのである。

 そしてもう一つは、艦船で初となるブレイズルミナス。

 ベースとなったランスロットの物でさえヴァリスを弾くというのに、アヴァロンに搭載された新型は出力比で約三倍。障壁を抜けという方が無理な代物だ。

 攻撃面にも抜かりはなく、KMF射出ランチャー、76mm単装砲、各種ミサイル、と隙のない武装が目白押し。

 次のアップデートで検討されている大型ハドロン砲を積めば、いよいよ攻防揃った単艦で戦況を左右する動く城となることだろう。

 

「まさか帰りの便として、こんな物が用意されているとは……」

 

 そう、アヴァロンの存在はセリエルにとっても寝耳に水だった。

 いよいよ試験日が迫りエリア11への帰還を決めた直前、突然シュナイゼルにプレゼントがあるとキャリフォルニアにある機甲軍需工廠に連れてこられてみればコレが待っていた。

 確かに航空戦艦は次世代の主力なので機密性が高く、技術畑の皇族といえど本国に居ない人間に情報を回せないのも分かる。

 しかしこれほどの超高性能艦をいきなり座乗艦として使えと渡されても、さすがに準備不足で困惑せざるを得ない。

 幸いにして乗組員は訓練を繰り返した熟練揃いらしいが、肝心の頭脳が体のことを何一つ知らないのでは宝の持ち腐れ。

 アヴァロンのポテンシャルを活かすには、今しばらくの時間が欲しいところである。

 

「ここで愚痴っても仕方がない。用事もあるし、船の中を視察しながら兄上の元へ行こうか」

「はい、殿下っ!」

「ご機嫌だね」

「恥ずかしながら、三人でジェミニ宮を探検して遊んだことを思い出していました。兄さんは不在ですが、知らない場所を一緒に歩けるだけで楽しい……と言うのは子供っぽいですよね」

「いやいや、好奇心は決して悪いことじゃないよ。無関心より余程好感が持てる」

「えへへ、褒められちゃいました」

「それに僕だって新居の間取りには興味があるし、わくわくもしている。さすがに何事も起きないとは思うけど、冒険の護衛を宜しく頼むよ騎士様」

「イエス、ユア・マジェスティ」

 

 かくして王と騎士の長い旅が始まる。

 先ず訪れた居住ブロックで宮殿と見紛う豪勢な貴人用プライベートルームに驚き、再生治療さえ可能な医療体制を見て感嘆したのは序の口。

 研究室、リラクゼーションルーム、食堂と順繰りに視察を続け、ついに辿りついたのは本命の格納庫だ。

 セリエルの来訪に気付いた部下達が一斉に作業を止めようとするのを手で制し、ハンガーに収められたKMFの数々を眺めながら歩いていく。

 一芸特化の実験機がこれだけ並ぶと壮観のひとこと。

 これだけの最新鋭機を揃えている騎士団は他に類を見ず、アヴァロン込みで戦えば世界中のどんな軍にも負ける気がしない。しないのだが―――

 

「幾らなんでも趣味に走り過ぎた。アグレスティアとラモラックは共通部品が多いからまだしも、ブラッドフォード、サマセット、そしてガウェインと、各KMFのパーツに互換性が皆無なのは如何な物か」

「ひょっとして俺……じゃない、自分に仰ってますか?」

「そう、君に言っている。あと慣れない敬語は使わずとも結構。普通に喋って構わない」

「は、はぁ」

 

 セリエルが声をかけたのは、周囲に檄を飛ばしていたリーダー各の男だ。

 年季の入ったツナギは熟練の証。いかにも現場主義と言った雰囲気にも好感が持てる。

 話すならば彼しか居ない。そう判断したセリエルは、気軽な口調で続けた。

 

「これは質問なんだけど、運用側から見てこの艦のKMFはどう思う?」

「性能は凄いでしょうよ。但し殿下も呟かれていた通り各KMF毎にマニュアルは違うわ、予備部品は各機毎に管理しないとマズイわで、整備面の非効率は否めません」

「やはり単発任務なら兎も角、連戦に継ぐ連戦となれば100%稼動は保障できないか……」

「はい。整備班一同死に物狂いで最善を尽くす覚悟はありますが、削り合いの持久戦に持ち込まれると物理的に難しいと思われます」

「必然的にそうなるよね」

 

 何でもかんでも十把一絡げに対応出来ない以上、その点は致し方ないところ。

 世の中には製作側さえ良く分かっていない謎の塊なゲッターだろうと、勇気とかいう根性論を主動力に据えているガオガイガーだろうと、はたまた文明をサクっと滅ぼすイデオンを含む多種多様な戦闘兵器の群れを、涼しい顔で何とかしてしまうアストナージとかいう人外が居るが、アレを標準に考えるのは人類に対する冒涜だ。

 

「ま、どうせウチの騎士団は一撃必殺の短期決戦が得意分野。だらだらと消耗戦に付き合うつもりはないから大丈夫さ」

「であれば、助かります」

「なので僕が君達に求めるのは、多少時間が掛かってもクオリティー優先の仕事だということを忘れないで欲しい」

「お任せを。嬢ちゃんの機体が面倒なのは、今に始まったことじゃねぇ。こうして再び巡り会ったのも何かの縁、他の騎士様のKMFも含めて完璧に仕上げると保障してやりますよ」

「良い感じに砕けてきたじゃないか。ところでファンナ、彼とは知り合いなのかな?」

「顔見知りです。実はメッツさんとはエリア8で同じ部隊でした」

「嬢ちゃんはグラスゴーに電磁ランスを持たせる無茶なセッティングを試させられたり、制御プログラムの部分修正を頼まれたりで手間のかかる騎士だったなぁ」

「ラ、ランスを勧めてきたのは整備の皆さんでしたよね!?」

「それはそれとして、だ」

「最近その言葉を立て続けに聞かされている気が!?」

「落ち着け落ち着け。とにかく何の因果か整備の多くは、あの基地で嬢ちゃんをエースとして認めていた面子だ。あの頃の活躍がまぐれじゃないことを証明してくれないと、俺たちは愛想をつくかもしれん」

「はい」

「ここには足を引っ張る馬鹿も居ねぇんだろ? 伸び伸びやって、結果を出せよレストレス卿」

「頑張ります」

 

 仲良きことは美しきかな。

 嫌いな上司の為に仕事と割り切って働く部下と、上司の手助けをしたいと思いながら働く部下なら、常識的に考えても後者の関係が望ましい。

 結局、戦争の行方を左右するのは何時の時代も人間の質なのだ。

 誰の差し金かは知れているが、この一体感は武器になる。

 

「正式に名前を聞いておこうか」

「自分はメッツ・リトンサ。拝領した役職は整備士長で、騎士の皆様を万全の状態で送り出すことが使命であります」

「ファンナが君達に見限られないよう努力するなら、君達もまた僕にマイナス査定を付けられないよう頑張ってくれたまえ」

「イエス、ユア・ハイネス」

「さて、これ以上は仕事の邪魔だよ。そろそろ最終目的地へ向かうとしよう」

「は、はい。ではメッツさん、出航後にでもまた」

「その時は他の騎士様方も連れてきてくれ。各々の癖や好みを把握させて欲しいんでな」

「了解です」

 

 かくして格納庫を後にしたセリエルが向かったのは、アヴァロンを係留している工廠側の建物だ。

 館内地図を見ながら歩くことやや暫く。貴賓室の一角にある執務室を守る騎士へ対し取次ぎを命じ、中に居るシュナイゼルの許可が下りたところでくるりと反転。

 追従していたファンナに向き合い、ここで待つよう告げておく。

 何故なら、ここから先の話を絶対に聞かせてはならないから。

 これから兄に対して投げかける問いは、色々な意味で今後に影響する重大事項なのである。

 願わくば杞憂であって欲しい。そう思いながら意を決して扉の先へと進むのだった。

 

 

 

 

 

 TURN26「遥か遠き理想郷」

 

 

 

 

 

「兄上、お聞きしたいことがあります」

「何かな?」

 

 問いかけに応じた兄は、何時もどおりの悠然とした態度で仕事中。

 邪魔をするのは不本意だが、疑問を疑問のまま残すのは性に会わない。

 答えを求めるセリエルは、覚悟を決めて口を開いた。

 

「アヴァロンの人員が原則としてエル家派閥、もしくは好意的な中立派から厳選されていることは視察して理解しました」

「その通り。補足するなら人種や性別よりも能力を尊ぶタイプを集めているからファンナへの風当たりも弱いし、例え君が他国の人間を騎士団に迎え入れることがあっても問題視しない人間で固めているね」

 

 ここまでは予想通り。

 

「その上で聞きます。乗組員に女性の姿が多いのは何故ですか?」

 

 そう、セリエルが抱いていた疑念はまさにこれ。

 ここまで艦の中を歩き回って気付いたのは、異様なほどの女の子の多さ。

 おかしいと思って調べてみると、アヴァロン乗組員の約三割程度が見目麗しい乙女達で占められていて愕然としてしまった。

 女が長を勤めるコーネリアの親衛隊でさえ従騎士を含めても女性はほんの一握り。何か裏があると勘ぐらない限り、とても納得できる数字ではない。

 

「彼女たちは優秀で、しかも将来性のある背後関係も真っ白な人材だよ?」

「そこを疑うつもりはありませんが……」

 

 何か、とてつもなく嫌な予感がした。

 

「ははは、いまさら外聞を取り繕わなくても大丈夫。ちゃんと女好きな君の為に方々手を尽くしたから、平均値としてかなりの水準を達成出来ている。特に顔を合わせることの多いオペレーターには気を配らせてもらったとも」

「え?」

「私の一押しは現役アイドルだったエリシア・マルコーア君。職業病なのか敬語は怪しいけど、裏表のない明るく気さくな性格は二重丸。過去に歌手や役者が皇族の目に留まり、愛妾として召し上げられた事例があることもお勧めの理由だね」

 

 脳裏に浮かんだのは、別れ際に気安く突き出されたVサイン。

 言われてみれば万人受けする溌剌とした金髪ツインテール美少女だったが、基本的に部下を駒としてしか見ないセリエルには寝耳に水の話である。

 誤解だ。そう口を開こうとするも、シュナイゼルのターンはまだ終っていない。

 

「次点は黒髪が美しいエリス・クシェシスカヤ君かな。容姿はファンナと似ていても、性格は冷静沈着で間逆という面白さ。ロジックを重視する君とウマが合うと思うよ」

 

 落ち着け。

 

「待って、ちょっと待って兄上」

「ちゃんと君の性癖を考慮して、二人ともティーンエイジだよ?」

「何時の間に僕の女癖が陛下並の大食漢で、しかも年下属性持ちになったんですか!?」

「ちゃんと統計データを分析した結果さ」

「えっ」

「君が自主的に選んだ女性は、揃って低年齢層の綺麗と言うよりは可愛い子ばかりだ。ファンナ然り、マリーカ然り。特に後者はリーライナという選択肢があったにも関わらず、あえて彼女を本国に同行させる騎士として選ぶ徹底っぷり」

「黒の騎士団に対する潜入任務には、社交的なリーライナが適任だっただけです。色仕掛けの一つも出来ないマリーカを獣の巣窟に放り込む訳にはいきません」

「本当に?」

「我が祖国に誓って」

 

 身近なところでは美人のお姉さんなアンヌや、若干年上で豊満な体つきのリーライナも魅力的だと感じるし、KMFのつっこんだ話の出来るセシルなども違う意味で大変好ましく思っている。

 ほら、やっぱり僕はノーマルだ。

 たまたま好きな女の子が年下で、今はまだ手を出すのが憚られる年齢なだけ。

 

 ”俺はロリコンじゃない。たまたま好きだった女がロリだっただけだ!”

 

 の名言を残した変態とは違う。

 誤解されるだけでも極めて遺憾の意を表明させて頂きたい。

 

「じゃあ、直近で配下に加えたゴットバルト家の令嬢は? 彼女もまた条件に該当する少女だったと記憶しているけど?」

「彼女は兄上が推薦した人員で、僕が手ずから拾ってきたわけではありません。採用したのも本人の力であり、決して見た目が好みとかそういう理由では……」

 

 例え必然と偶然からハーレム気味になっていても、結果的には仰るとおり。

 統計と言うには判例が足りないと反証したいが、どうせ傍に置くなら美少女の方が好ましいと考えてしまう男の性を否定しろと言う方が無理なのだ。

 まして相手は感情などと言う不確定要素を信じないシュナイゼル。

 自分の推論を疑っていない鬼才に対し明確な物証を示せない以上、説得は不可能といえよう。

 

「照れ臭いのは分かるけど、愛妾を持つのは血を残す義務を持つ皇族の嗜みだ。アヴァロンの女の子は政争の火種にならない人選を済ませてあるから、遠慮せず陛下に負けじと励んで構わないよ」

「……もういいです、僕なりに頑張ります」

「ちなみに私は独り身で天寿を全うする。つまり、エル家の血筋は君が本流となる。故に私は君に告げる。直系男子の製造だけは、何が何でも必ず成し遂げるようにと」

「……分かりました。僕は発艦準備がありますので、これにて」

 

 肩を落とし、逃げるように部屋を出る。

 薄々感づいてはいたが、現実を突きつけられると辛いものがあった。

 世界最高の頭脳を持つ天才が、ここまで盛大に読み違えると誰が予測できるのか。

 この世に完璧は存在せず、聖人も神の権化たる皇帝さえも必ず過ちを犯す。

 鬼の霍乱、河童の川流れ、格言の正しさを身に染みて実感したセリエルである。

 

「そのご様子、さぞ重要な案件だったと察します。お時間があれば、少し休むわけにはいきませんか? 暖かいお茶を飲むと元気が出ますよ?」

「……そうしようか。場所はアヴァロンの僕の部屋。準備は任せるよ」

「はいっ!」

 

 二人でお茶会、お茶会と嬉しそうに口ずさむ少女を眺めて思う。

 やはり自分にはこの娘一人で十分。将来的には立場的にどうなるかは分からないが、心を許せる正室はファンナ以外にありえない。

 

「どうせ公認なんだし、口付けの先を考える頃合が来たと捕らえるべきか……」

 

 曰く、世の学生と言うものは試験明けに遊びに繰り出すもの

 わざわざ高校に通っているのだから、お約束事を見過ごしては勿体無い。

 どうせ出かけるならデートだ、デートをしてみよう。

 

「時にファンナ、クロヴィスランドって施設を知っているかい?」

 

 首を傾げた愛しい少女に対し、人差し指を立てるセリエルだった。



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TURN27「暗躍の黒王」

『お前が知る白騎士団の全容を端的に話せ』

「……分かりました」

 

 ギアス発動時特有の瞳に赤いリングを浮かべたリーライナを見て、俺はこの状況を作るために費やした手間暇がついに報われたことを実感する。

 思えば長い道のりだった。

 練度で劣る黒の騎士団を見かねたペリノアの計らいで派遣されてきたインストラクター役の騎士……ジェレミアと、うっかり名前バレしたリーライナから、これ幸いと情報を引き出そうとしたのが全ての発端。

 当初は手馴れた感もあるギアスで口を割らせるだけと高を括っていたところ、普段相手にしている連中と違って存外隙がない。

 最大のネックは、ギアス使用済みのジェレミアと常に行動を共にしていること。

 おまけに連中の制服はバイザーが標準装備だ。これでは難癖をつけて短期的に分断しても無意味。仮に力に訴た場合、モヤシっ子の俺では返り討ちが関の山だからな……。

 そんな難攻不落の騎士に対し、俺が選んだのは北風と太陽作戦。無理に脱がせようとせず、自主的に脱いでもらう穏便な手段である。

 あえて詳細は省くが、大切なことは一時的にせよオレンジを玉城に押し付け、素顔のリーライナと二人きりの状況を作り出すことに成功した一点のみ。

 ゼロの流儀は過程より結果主義。たとえC.C.に虫けらを見る目で見られたとしても、俺は俺の主義を貫き通しただけ。何ら恥じる行為はしていないっ!

 苦肉の策で薄めたリフレインを酒に混ぜて飲ませる程度、後遺症も残らないだろうが!

 

「……リスティス白騎士団の設立目的は、コーネリア殿下の失脚です」

『は?』

 

 いきなりの爆弾発言に、思わず声が上ずった俺である。

 

「黒の騎士団に加担する理由も同じ。テロリズムを増長させることでエリア11総督としての責任を問われるように仕向け、ついでに軍部が持つ常勝無敗の戦女神像を失墜させます」

『何故にコーネリアを貶める?』

「……主観の混じる推測は可能ですが、知っている情報にはなりません。直接聞いていない事柄に関しては回答不能」

『融通が利かないギアスの弊害か。次は主要構成員について答えろ』

「……総帥はペリノア王で、本名をセリエル・エル・ブリタニア」

「何っ!?」

 

 正直に言えば独立の気運が高まりつつあるユーロ・ブリタニアが、本国の力を削ぐべく亜細亜方面の混乱を増長させる火付け役として送り込んだ戦力との結論を出していただけに、まさかのカミングアウトを聞いて開いた口が塞がらなかった。

 いや……そのなんだ。使っているKMFがサザーランドのカスタム機だったことからEUの実験部隊でないことは薄々感づいてはいたが、さすがにこれは予想の斜め上過ぎやしないか?

 確かにセリエルが本気で皇帝の椅子を狙っているなら、本国で女神扱いのコーネリアは目の上のたんこぶ。黒の騎士団と言う第三者の刺客を育て上げ、自分の手を汚さずに排除させようと考えていても何ら不思議ではない。

 どうせ抜け目のない奴のことだ。

 ゼロに加担するのも目的を果たすまで。最終的には掌を返して黒の騎士団に牙を向き、皇族殺しの大罪人を討ち果たした英雄として名声を得るまでがワンセットの計画と考えて間違いないだろう。

 

「……団長はジェレミア・ゴットバルトが勤め、実働のメインとなる小隊にはわたしことリーライナ・ヴェルガモン。マリーカ・ソレイシィ。ファンナ・レストレスが所属」

『待て、インフェルノの騎士はジェレミア以外の男だったが?』

「……あの方は正規パイロットであるファンナ・レストレスが事情により不在だったため、一時的に代理を務めたリザーバーです。名はテファル・レストレス。わたしとマリーカの上司にして、状況が許される場合に限り力を貸して頂ける助っ人赤騎士小隊のリーダーとなります」

 

 あ、うん。セリエルが黒幕なら、忠犬兄妹が加担しているのも当然か。

 そりゃラウンズなら紅蓮だろうと乗りこなせるし、地方の基地の一つや二つを単機で落とせて当たり前。チョウフで見せた獅子奮迅の活躍にも納得できる。

 ついでに偽名だと決め付け容姿と性別だけを条件に進めてきたリーライナ、マリーカに対する内偵が不発に終った理由も氷解したぞ。

 ラウンズの親衛隊とは、軍とは別の指揮系統に属する私兵。俺が情報源として活用している政庁に潜り込ませたスパイが手を出せる相手ではない。

 となれば、同じく幾ら探りを入れても正体の掴めない白兜の騎士も同系統と見た。

 あの腕前からして匿名希望のラウンズだったと暴露されても驚かないが、遠からず貴様の尻尾も掴んでやるから覚悟しておけ。

 

「……主なメンバーは以上」

『本拠地は?』

「……政庁ですが、装備関係の保管先は東京湾秘密ドックの潜水艦です」

『分かった。質問は以上とする』

 

 まだまだ聞き出したい情報は山積みだが、そろそろ時間切れだ。

 前にカレンに対して ”質問に答えろ” とギアスを使用した際に会話の途中で効力が失われてしまった失敗から、安全マージンは多めに取ると決めている。

 株式の世界の格言を借りるなら、頭と尻尾は他の誰かにくれてやれ。欲張ってリスクを犯さず、油の乗った腹の身だけで満足するほうが効率的だと俺は思う。

 

「あ、あれ? わたしは何を? ここは?」

『私の執務室だ。君は酔った勢いで足でも滑らせて頭を打ったのか、廊下で意識を失って倒れていたのだよ。覚えていないのかね?』

「それは失礼を。時にミラーシェードを取った意図をお聞かせ願えますか?」

『これは推測になってしまうが、不幸な事故が起きてしまったが故に発生した事例だろう。決して私が何らかの悪意をもって仕組んだ事象ではない』

「疑わしいですね」

『やれやれ、これでも私とて仮面で素顔を隠している男。無粋な真似は不本意であり、その証拠は君の目の前にある。見たまえ、倒れた際に止め具が壊れてしまったことが原因だ。君の素顔に興味がなかったと言えば嘘になるが、そこは察して欲しく思う』

「……うーん?」

 

 偶然バイザーが壊れた風に細工したのは俺だがな。

 

『口の軽い一般団員に素顔を見られるよりは、まだ口の堅い私の方がマシだったはず。急ぎ部屋に運び込んだことも含め、全ては善意なのだよ』

「……お手数をおかけしました」

『君はペリノアから預かった大切な客将だ。私には彼との共闘が続く限り、白騎士卿に不利益が生じないよう尽力する義務がある。気になさらず結構』

「感謝致します」

『しかしながら、私とて若い男。そちらも外様がゼロにハニートラップを仕掛けたと思われても不本意でしょうし、口うるさい部下が怒り出す頃合でしてね。麗しの白騎士卿との逢瀬もここまでとして、お先に失礼させてもらおう』

 

 仮面の下でほくそ笑みつつ、俺は紳士的な礼を返して踵を返す。

 例え歩き去る背中から

 

 ”おっかしーな。確か井上ちゃんの愚痴を聞きながら飲んでた気が。そもそも前後不覚になるほどの摂取量じゃなかったし、中座したとして何もない廊下で転ぶわたしかなぁ?”

 

 と、首を傾げるリーライナの呟きが聞こえようとギアスの力は絶対だ。

 過去に繰り返した検証実験でも、直近の記憶を取り戻せた者は一人も居ない。

 空白の時間が永遠に闇の中である以上、条件は全てクリアされている。

 

『ふははは、ついに尻尾を捕まえたぞペリノア……いや、セリエル。お前はゼロを掌の上で転がす腹だろうが、最後に笑うのは裏の裏を見通すこの俺だ。お前の企みを逆に利用し、我が覇道の礎として使い潰してやるから首を洗って待っていろ』

 

 先ずは後ろ盾として名前を使った、キョウトとセリエルの接点の洗い出しからだ。

 常識的に考えて不倶戴天のブリタニアの皇子と、日本再興を目指すお偉方が手を組む可能性は皆無だが、現場レベルでの癒着はクロヴィス統治時代からのお家芸でもある。

 果たしてセリエルが白騎士団の為に作り出したアンダーカバーが優秀なのか、それとも背後関係を見抜けなかった老人共が無能なのか。

 優先すべきはキョウトが白騎士団を手駒にした経緯と思惑についての情報。誰と誰がどう繋がり、どんなビジョンを抱いているのか至急調査しなければ命取りになりかねん。

 

「こんなところに居たのか、探したぞゼロ。諜報員からの緊急連絡だ」

『報告を聞こう』

 

 せわしない様子で駆けて来たのは、年功序列で副指令に納まった扇だった。

 何事かは分からんが、独断専行大好きな玉城と違って何事も自分で判断しない……決められない優柔不断は実に日本人。

 正直に言って駒としては使いやすいが、騎士団の№3を任せるには物足りない。

 一皮向けてくれれば権限の委譲も考えるのだが……まぁ、性格的に無理か。

 

「あのシュナイゼルが数日中に式根島を訪れるらしい。これはチャンスじゃないか?」

『裏は取れているのかね?』

「ディートハルトが別ルートで確認済みだ。あいつのことは嫌いだが、悔しいことに能力は俺も認めている。客観的に見て信憑性の高い情報だと思う」

 

 複数のルートから同じ情報を得られたのであれば一考の余地はある。

 さすがに唐突なシュナイゼル来訪からは罠の匂いが濃厚に漂うが、普段は本国の最奥から出てこない最上位の大物をみすみす見逃すわけにもいかん。

 幸いにも既に組織の再編成はほぼ終わり、有事に備えた即応部隊についても編成済み。

 真実であれば襲撃はデフォルトとして、直ぐにでも作戦の立案を急がなければ。

 

『直ぐに対応する。藤堂、杉山、オレンジを30分後に作戦会議室へ寄越してくれ』

「分かった……って、オレンジも呼ぶのか!?」

『何だ扇、今更ジェレミアが裏切るとでも?』

「これは……理性では抑えきれない感情の問題だ」

『今後は他国の人間、例えばブリタニア人と見た目の変わらないユーロピア人を仲間に加えることもあるだろう。仲間意識は美徳かもしれないが、過度の感情論はナショナリズムへ直結する危険思想だぞ?』

「……すまない」

『黒の騎士団は人種、性別を問わない正義の味方であることを忘れるな。日本を取り戻す戦いも、手段であり目的ではない。目の前の虐げられる弱者が日本人だからこそ、私は全力で手を差し伸べているだけなのだから』

 

 そう、俺は日本人がどうなろうが知ったことではない。

 お前達がゼロを祖国を救う救世主と思い込むのは勝手だが、俺にとっての貴様らはあくまでも駒。いずれ他国を騎士団に取り込んだ暁には、古参なだけで幹部顔をしている玉城や南のような無能どもを放逐することは規定路線だからな。

 大事なことなので何度でも言うが、ゼロが求めるものは能力と忠誠心のみ。

 感情に引きずられるのであれば、扇……お前もここで終わりだぞ?

 

『この続きはまた後日。それまでに胸の内を整理し、今一度己に問うておけ』

「……俺も君のようなリアリストになりたいよ」

 

 ここまで言っても、何処か他人事のように語る扇の未来は暗い。

 

『話は後だと言っている。扇、くだを撒く前にC.C.を私の部屋に至急連れて来い』

「す、すまない。直ぐに探してくる!」

 

 規模こそ黒の騎士団が圧倒しているが、質で白の騎士団の足元に及ばない空しさ。

 やはりもう一人、藤堂クラスが是が非にも必要だ。

 遠からず空く副指令のポストに相応しく大局を見通せて、自分で最善を見出せる頭脳の持ち主。三顧の礼で迎え入れるから、在野に転がっていないものか……。

 

『本人は嫌がるかもしれないが、いっそ仙波あたりを昇格させるのもアリかもしれない』

 

 おっと、急を要するのに取らぬ狸の皮算用をしていてどうする。

 この場で考えるべきはオレンジの使い方。

 奴にどの情報をリークさせ、シュナイゼルに繋がるセリエルを欺くべきか。

 ジェレミアに宰相襲撃を踏み絵と錯覚させ、しかし最大の山場の為にも奴が越えられない一線をギリギリのところで守らせるプランが必要だろう。

 

『白騎士団を切り捨てるタイミングは、最大の山場となる政庁奪還作戦発動の直前。後ろで糸を引くセリエルに致命的な情報齟齬を与えてからだ。今はまだ切り札は温存し、表向きの協調関係を維持するのがベターか』

 

 さあ……巻き返しの始まりだ。



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TURN28「甘く、苦く」

「―――と言うことで素顔を見られた可能性が高い訳ですが、同様の不思議体験をご経験のジェレミア卿はどのように思われます?」

「前後の記憶がなく、しかも身に覚えのない行動か」

「です」

「いよいよ催眠術の存在が現実味を帯びてきたが、今回に限れば問題あるまい。元よりリーライナ、マリーカの両名は、意図的に名前を流布した撒き餌。素顔の露出も織り込み済みである以上、計画通りではないか」

 

 白騎士団の初陣で名を叫んだのは、ミスでもうっかりでもなく予定調和の演技だ。

 目的は不自然なほどの情報通が、何処まで軍の機密にアクセス可能かを図る試金石。

 具体的にはゼロが食指を伸ばすであろう両名の登録をデータベースから抹消した後、ゴットバルト家へ代々仕える譜代の家臣という改竄データを配置。

 果たしてどんな反応を示すのか、確かめるというものである。

 私的に回りくどいとは思うが、そこはそれ。

 情報を重視なされるセリエル殿下らしい作戦なので、異を唱えるつもりはない。

 そして日を置いて得られた結果は、白か黒かの判別が難しい灰色だった。

 何せ人懐っこい性格と、仮面では隠し切れない容姿を兼ね備えたリーライナが真摯に黒の騎士団に尽くして一定の信頼を得られた後、何でもペラペラ喋ってくれる玉城を筆頭とする幹部の反応を確かめたところ、未だ誰も彼女たちの素性を詳しく知らない不思議さ。

 司令官として全てを把握している筈の藤堂でさえ、私と卿らの関係を聞き

 

 ”出奔した主に変わらぬ忠誠を捧げるとは天晴れ。これぞ武士の鑑”

 

 と賞賛する謎っぷり。

 まぁ、策士として名高いゼロのこと。

 こちらの意図を読みきった上で意図的な情報統制を行っている可能性は否定できないが、最終的な判断は盤を挟んで睨みあう棋士のお仕事だ。

 ナイトの駒は主の指に従うだけ。今は余計なことに頭を使わず、前の前の難題を片付けることにエネルギーを割きたい。

 

「むしろ問題はシュナイゼル殿下襲撃への協力要請であるな」

「ほんとですよ。わたしたちの仕込みと比較するのも馬鹿らしいくらい宰相閣下のスケジュールは機密なのに、何処から漏れたのやら」

「まったくだ」

「しかも打倒ブリタニアを詐称している以上、ゼロの支援要求を拒否れないわたしたち。これって白騎士団最大の窮地じゃないですかねぇ……」

 

 コーヒーカップを両手で包みこむように覆い、テーブルに項垂れるリーライナの気持も痛いほどわかる。

 同じ皇族に挑むにしても勝利を約束されていた埠頭の時とは違い、今回はゼロの旗の下で不確定要素を孕んだ戦いを強いられるのだ。

 せめて王の指示を仰ぎたかったが、本国に戻られた殿下への連絡はリスクヘッジの観点から許されていない。

 現場の判断で動くしかない以上、無い知恵を絞りだす他ないのである。

 

「……で、ゼロへの返答をどうしましょ。さすがに一兵卒には政治が絡む決断は無理。騎士団の長を務める隊長がご決断を」

 

 マリーカの言うとおり、決めるのは白騎士団団長を務めるこの私。

 しかし、難しく考えても無意味ではなかろうか。

 

「宜しい、ならば戦争だ」

「ですよねー。ここで躊躇する姿勢を見せれば、苦労して築いた信頼関係が水の泡。拒否る選択肢なんてあるわけナッシングっ!」

「分かっているではないか。殿下の兄君へ剣を向けるのは断腸の思いだが、ここは主命を果たすために胸を借りて全力で挑ませて頂くぞ!」

「はっはっは、そんなに深刻な顔をしなくても大丈夫ですよ。確かにわたちたちは機体スペックで正規軍を凌ぎますが、所謂マイロードのような対処不能の化け物では在りません。囲まれれば墜ちる程度の騎士が数人加勢したからといって、素人民兵集団が天才率いる部隊を突破出来るなら職業軍人が不要になります。どうせ作戦を逆手に取られて返討ちですよ」

「そういう問題ではないっ! 帝国騎士が全身全霊をもってお守りせねばならぬ至高なる皇族の方々に対し、偽りだろうと直接剣を向ける行為そのものが許されんのだっ!」

「あっ、はい」

 

 まったく、最近の若い世代は実に嘆かわしい。

 マリーカ卿もファンナ卿も実力と忠誠心は十分だが、騎士の根幹を成す精神面があまりにも未熟。ここは人生の先達としてこの案件が片付き次第、不肖このジェレミア・ゴットバルトが純血派と同レベルを目指して徹底的に教育せねば!

 

「天に唾吐く大罪を犯す以上、この一戦をもって黒の騎士団内部に蔓延る白騎士団への不信を確実に取り除かねばならぬ。分かるな?」

「イエス、マイ・ロード。必要なものは圧倒的な戦果。どれだけジェレミア卿が己を捨てた祖国に恨みを抱いているかを行動で示しましょう。目指せ完璧なモグラ! 究極なる同化政策! 仕事と割り切ってイレブンと仲良くしますか!」

「その意気である。全ては我らが主の為、決意を新たに唱和せよ!」

「はいっ!」

「「オールハイルブリタニァァァァッツ!」」

 

 うむ、発声だけは及第点。何故か恥ずかしがるマリーカ卿にも見習わせたいものであるな。

 

「聞いての通りだ。進路変更、ゼロとの合流地点へ舵を切れ!」

 

 完熟訓練を兼ねて海の底を悠々と進むペレスヴォーの中で決意も新たに叫んだ私は、おそらく最初で最後となる帝国最高頭脳への挑戦に胸の炎を盛大に燃やすのであった。

 

 

 

 

 

 第二十八話「甘く、苦く」

 

 

 

 

 

「この状況をどう判断すべきか……ええい、情報が足りなさ過ぎる!」

 

 東京湾を一路西南へ。打倒シュナイゼルを胸に大海原にぽつんと浮かぶ式根島に精鋭部隊を率いて乗り込んだルルーシュは、土壇場での想定外に頭を抱えていた。

 悩みの種は三つ。

 第一に最大の目標、シュナイゼルの座乗艦たるレクレールが未だ寄航していないこと。

 もっとも無線を傍受した限り、これは基地側にとってもイレギュラー。曰く機関不調による遅れらしいが、鵜呑みにしてよいものやら。

 何せ敵は帝国の要、シュナイゼルだ。未来を容易に見通す鬼才ならば、黒の騎士団の到来を読んだ上で意図的に時間をずらした可能性も否定できない。

 そして第二に敵の数が想定内に納まっている点。

 念には念を入れ白騎士団と自軍の潜水艦に近海を隈なく調査させているが、陸、海、空、あらゆる即応可能な距離に伏兵の姿を確認できない怪しさ。

 何と言うか余りにも都合が良過ぎる。良過ぎるのだが、重箱の隅をつついてもデメリット皆無のお膳立てだ。客観的に見て黒の騎士団の行動領域を見誤ったのだろうとルルーシュとて思うが、実はこの思考さえも誘導されている不安が拭えなかった。

 

「迷うくらいなら撤退しろ。どうせ藤堂もこの作戦には乗り気ではなかったのだし、喜んで従う筈だ」

「妖怪食っちゃ寝が正論を吐くなんて世も末だ……」

「これが年の功だよ坊や。確証のない冒険の末路は、甘い目算で仕掛けたゲットーで身に染みたとばかり思っていたぞ」

「その通りと首を縦に振りたいところだが、残念なことにゼロとは奇跡を常態化する存在。つまり、有利な状況で尻尾を巻いて逃げられん」

「確かに一寸先が闇の道に腹の底では怯えつつ、しかし余裕の涼しい顔を見せてこそ一流のペテン師の証。リスクを理解した上での行動なら口を噤もう。精々頑張って結果を出せよ、大嘘つき様」

「元より不安要素の塊のような作戦だ。当初の予定通り無理はせず、いよいよなれば棚からぼた餅で遭遇した副総督の首を狙うのみ。最低でも周囲を納得させるだけの材料は確保して帰るさ」

 

 そして最後のネックは、ユーフェミアというイレギュラーの存在だった。

 何の気まぐれか宰相の出迎えとして基地を訪れた彼女は、身を守ってくれる騎士を持たず、姉のように協力無比な親衛隊を引き連れてもいない無防備な雛鳥である。

 例えるなら護衛も付けずにスラムへ迷い込んできたお忍びの姫。苦もなく討ったクロヴィスと比較してさえ容易に手折れる花は、美しいだけで酷く脆い。

 

「……しかしだ。出来レースのコンクールで空気を読まずにイレブンを表彰し、ナンバーズからの嘆願を普通に受理する副総督様を、あえてこのタイミングで処分するメリットが無い。長期的な利益を考えれば、黒の騎士団にとってマイナスにさえなり得るだろう」

 

 副総督として赴任して以来、時にスポーツで名誉ブリタニア人を称え、時に絵画や演奏を始めとする芸術分野でイレブンに賞を授与してしまう支配者に対する日本人の感情は好意的だ。

 この暴挙ともいえる行動、普通のブリタニア人ならともかくルルーシュには得心がいく。

 何故なら彼女は差別を嫌う博愛主義者だった。

 もしも優しい世界を愛する少女が本質を変えずに成長したならば、格差というには余りに厳しい現状に一石を投じようと動くのも当然の流れである。

 

「いきなり日和るなこの童貞!」

「そう言わずに先ずは最後まで聞け。そんな偽善者の蛮行は、差別主義たる姉との間に致命的な亀裂を生じさせつつある。やはりここは上手く煽れば大火に育ちそうな火種を消さず、安全地帯から油を注ぐべきだ」

「いやまぁ、それだけ聞けばローリスク、ハイリターンの案件か?」

「俺好みのな」

 

 止めとばかりにそんな妹の奇行の煽りを受けた姉も多方面から突き上げを食らい、せっかく高めた名声という株価が現在進行形で右肩下がりのおまけ付き。

 もう、排除する方が勿体ない。どこの世界に放っておくだけで敵の中枢に継続ダメージを与えてくれる姫を、好き好んで倒す馬鹿がいるのやら。

 

「ああもう、好きにしろ。但し、例外処理をこれ以上増やすな。お前の歩む覇道は、地獄を定員オーバーにしてやっとスタートライン。半端な甘さは捨ててしまえ」

 

 と、幾ら理論武装をしても所詮は言い訳探し。

 不機嫌そうに口を尖らせるC.C.に見抜かれた通り、冷徹なゼロの判断を甘ちゃんルルーシュの私情が無理やり抑え込んでいることは自分でも分かっている。

 魔女の提唱する効率だけを追求する生き様は、目的達成への最短ルートであることはルルーシュとて認めよう。

 しかし、腹を括った復讐鬼とて感情を持つ人間であることを忘れないで欲しい。

 

「……自己欺瞞は彼女で最後にするさ」

 

 ルルーシュが躊躇う理由は簡単だ。

 幼少期を共に過ごした彼女こそ、初めて異性を意識した初恋の相手である。

 今も目を閉じれば鮮明に思い出せるユーフェミアの無垢な微笑みは、太陽のような眩しさと暖かさ。

 穏やかで甘く、明日の幸福を疑わなかった頃の象徴をどうして害せよう。

 もし、そんな少女を切り捨てる行為に抵抗を感じなくなれば、おそらく人として終わり。

 越えてはいけない一線を越えた瞬間から歯止めが利かなくなり、一切の手段を選ばず効率だけを追求するモンスターへと変容してしまうだろう。

 しかし、だ。

 それで復讐を遂げられたとして、振り返った先に何が残るのか。

 初恋の相手の次は生徒会の友人、そして最後は生きる意味と等しい大切な妹。

 気付けば足を引っ張る可能性を全て排除して最短ルートを疾走する、目的と手段が入れ替わった本末転倒の悪夢を招かないと誰が保障してくれるのか?

 

『ゼロ、この島に近付く艦影を補足した。しかし……レクレールじゃない。ブリタニアのエンブレムが刻まれているが、データベース登録なし、未知の新型艦に対する以後の指示を頼む』

「こちらに気付いた様子は?」

『ラクシャータ博士謹製のステルス装置のお陰か、今のところ大丈夫だ。不鮮明だが最大望遠で撮った映像を送るので、手早く見極めて貰いたい』

「至急対応する。偵察班はリスクを犯さない範囲で監視を続行。何らかの動きがあれば即時の報告を入れてくれ」

『了解した』

 

 思考の袋小路に迷い込んでいたルルーシュだったが、斥候として放っていた団員からの一報を受けてはたと現実に引き戻されてしまう。

 しかし、どうせ仮定に仮定を積み重ねた予測に正しい答えが出る筈などないのだ。

 ならば悩む暇があるなら前進し、この瞬間の自分が正しいと思うことを積み重ね、自分が納得できる過程を経てゴールを目指す方が建設的だろう。

 後に振り返って

 

“あの時、こうすればよかった”

 

 と後悔することがあっても、それはそれ。

 妥協の産物が招いた最低の未来より、余程諦めも付く。

 

「時にC.C.、ゼロの代名詞は何だ?」

「実情に目を瞑り最大公約の評価を述べれば、不可能を可能にする奇跡の采配」

「逐一嫌みを混ぜ込むのはやめろっ!」

「断る」

「地獄に堕ちろ腐れ悪魔め。とにかく世間一般が万能の英雄と崇める俺が、たかが女の一人や二人を見逃した程度で躓くと思うか? 俺は思わない。結果として多少の難題が発生しようと、苦もなく解決するのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの真骨頂。守るべきものは守り、倒すべきものは倒す。が、その基準は俺が決める」

「ほう、突然目から迷いが消えたじゃないか。最近の女々しい姿とは見違えたぞ」

「お前は褒めたいのか、それとも貶したいのか……」

「それはさておき、その傲慢さを忘れるな。お前は王の力を授かった選ばれた存在だ。唯我独尊? むしろ一緒にするなと嘲けってやれ。そして息を吸うような自然さで私を含めた他者を平然と巻き込み、支配者として思うがままに振る舞う姿こそ正しい」

 

 真顔のC.C.から飛び出した言葉は一般人が聞けば正気を疑う内容だが、不思議と妙な説得力に満ち溢れていた。

 何故なら語られた内容は、全てルルーシュが歩んできた道程の縮図。ギアスという超常の力で敵味方の心を操り、大衆を扇動し、偽りの夢を信じる被害者たちを何の感慨も抱かず使い潰す “ゼロ” の在り方そのものである。

 そして “ルルーシュ” の甘さを補填するのは、黒の騎士団団員の命。

それを分かっていながらセリエルを、そしてユーフェミアを見逃した時点で反論の余地は無い。

 

「下の顔色を窺う卑屈な王など私は要らないし、打倒ブリタニアなど夢のまた夢。自分を信じる強さの一点に絞れば……ええと、セリエルだったか? あの失敗を嘆くことはあっても、選択を後悔しなそうな小僧を見習うべきだと私は思う」

「確かに奴の本質は “黙って僕についてこい” 。人の意見は聞いても参考程度で、決して自分のルールを曲げない独裁者気質なところがあった気が……」

「対するお前の根っこは、非常になりきれない善人だからな。情に厚く義理堅い、覇道よりも王道がお似合いの男が修羅を装うから迷う」

「ふん、舐めるなよ魔女。発破をかけられずとも、俺に流れる血は悪名轟くブリタニア皇族のもの。忌わしいあの男を気取るつもりはないが、世界最高の独裁者を凌ぐ程度は簡単だ」

 

 そう言いつつ妹を、友人を、身内を捨てられないのがルルーシュである。

 しかし仮面で素顔と本心を隠し、ゼロという名の配役を演じるなら話は別だ。

 

「期待しているよ坊や。さあ、世界でただ一人、お前と同格の共犯者が最後まで見届けてやる。口だけじゃないところを行動で見せてみろ。具体的には今すぐ!」

「と、言われても新型艦の素性が判明しない限り手の出しようがない」

「それもそうか。どれ、口を動かしすぎて少々疲れたので昼寝、昼寝。何か動きがあれば、適当なタイミングで起こせ」

「……見届けるとは何だったのか」

 

 何だかんだと役に立つ相棒を乗せる為に複座型に変更した無頼のコクピットは狭く、少し振り返るだけで早くもスヤァと寝息を立て始めた魔女が。

 軽くイラっと来たが、どうせ説教は馬耳東風。時間の浪費を嫌う少年は舌打ち一つして別回線を開いた。

 

「カレン、準備状況は?」

『 ”徹甲砲撃右腕部” 及び延伸バレルのアイドリング良好。何時でもいけます……が、正直なところ試射も済ませていないぶっつけ本番に、不安がないと言えば嘘になりますね』

「初陣のナリタといい、何時もすまない。しかし、君ならば出来ると信じている」

『はい、お任せをゼロっ!』

 

 対シュナイゼルを想定し、準備した切り札は三枚。

 一枚目にして最強の手札なカレンと紅蓮の組み合わせには、鬼気迫る勢いで開発を進めたラクシャータ謹製の新装備を山盛り増量済み。

 例え白兜が出ようが、ラウンズが湧こうが、今度こそ彼女は負けない。

 終始互角以上に渡り合い、鬼の爪で勝利をもぎ取ってくれる筈だ。

 

「さて、ショーダウンの前に不確定要素を排除するとしよう」

 

 およそ十年越しの対局が今始まる。



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