とある化学の錬金術師 (ぴかちゅん1号)
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序 八月某日

 その白みがかった髪を持つ男は言った。

 

――俺はただの化け物だ――

 

 私は違うと言った。ならなぜ今自分はこうして生きているのだ。なぜ殺さないのだ。

 彼はそれに何も答えず、私の前から立ち去る。

 

――待って――

 

私は彼の方を向き言った。

 

――名前……まだ聞いてない……――

 

 名前など、今更かと思われるかもしれなかった。でもせめて何か……何か一つでも彼の事が知りたかった。

 

――…………◯◯◯だ……。◯◯ ◯◯◯……。だがこんな名前はもう必要ねェ。今から俺は――

 

―― 一方通行だ ――

 

 彼はそう吐き捨て私の前から消えた。

 立ち上がり追いかける体力も残っておらず、起き上がろうとするも地面に叩きつけられる。

意識が朦朧としていく中、私は彼の歩いて行った方角を見つめていた。もしかしたら戻ってきてくれるのではないかという期待を抱きながら。

 視界が段々と狭まり、気づいたら私の意識は暗黒世界に引きずり込まれていた。

 

 

  *****

 

 

 ハッと私は目を覚ます。

 まだ夜中の三時、起きるにはまだあまりにも早い。

 明日も学校があるというのに、今起きていては睡眠時間も足りなくなる。

 八月の暑さも相まって服が肌にびっちり張りつくほどに汗を掻いていた。

 久しぶりに見たあの夢のせいだ。

 

「一方通行……か。懐かしい名前」

 

 ベッドから腰を上げキッチンへ向かう。

 水道の蛇口をひねり水をコップに注いで一気に飲み干した。

 そのままベッドには向かわず、カーテンを少しだけ開け窓から外を眺める。

 

「…………あの人は今この街にいるのかな?」

 

 彼の名前は忘れてしまった。

 一回しか聞いたこともなかったし、彼の最後のセリフがあまりにも印象強く残っているからだ。

 

「学園都市第一位『一方通行』、たぶん彼で間違いないはず。 自分がもっと……もっと序列を上げれば……彼も気づいてくれる」

 

 そこで、自分のスマホが振動した。

 電話……か?

 こんな時間に。

 着信欄は非通知になっていた。

 おそる、おそる手に取り、着信ボタンを押す。

 

「……はい?」

『ダメデスヨ?こんな時間まで起キテチャ』

「演算さんか。 ていうか、なんで非通知で連絡してくるの」

『ハッハッハ、情報保護のたメデスヨ」

 

 電話番号くらい、いくらでも変えられるでしょと思ったが口には出ずスルーした。

 

「あと、なんで私が起きてること知ってるの。 カメラか何かつけてるんじゃないでしょうね?」

『……何ノコトだかわかリマセン』

「最低だわ……女の子の部屋に監視カメラ取り付けるとか、なんてダイナミックな盗撮してくれてんのよこのおっさんは……!」

『マアマア許してください。あなたの身柄が心配なのですよ。それにあなたの部屋の監視は女性の部下にやらせているのでご安心を。 まあ、そもそもあなたの『ちっぱい』には誰も興味ありまセンノデ』

「うう……私が気にしていることをなんであんたはそう軽々しく口にするのかしらね!? 女の子に対するデリカシーがないっていうのか……」

『ハイハイ、スいませんでした。 と、そういえば随分うなされていたようですがどうかシマシタ?』

「…………何でもないわよ」

『一方通行』

 

 私は胸が跳ね上がるのを感じた。

 あからさまに動揺したのでそうだと肯定しているのとなんら変わらない。

 

『彼ノコトガ気になリマスカ?』

「……否定はしないわ」

『ダカラコソ、一刻も早くレベルアップするために今日は早くお休みなさい。明日も放課後に私の研究室に来るように。 大丈夫ですよ。 この『木原演算』全身全霊を賭けてあなたをバックアップいたしマスノデ』

「わかったわ、お休み演算さん」

『エエ、オ休ミナサイ」

 

 電話はそこで切れた。

 

「そうだ、私は早く、彼に追いつかなきゃいけない」

 

 窓の向こう、学園都市というこの街に向けて私は再び決意する。

 

「第一位、一方通行の高みへ」

 

 




初投稿です。
クソみたいな文章ですが見てやってくれると嬉しいです!
ちなみに"化"学なのはわざとです。


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Present_Day_1  十一月七日

時系列的に言うと新約二巻、三巻の間ですね。


 第七学区に存在するスーパーマーケット。

 実はこのスーパー、学園都市の学生達に人気が高い。

この店の商品一個一個が安い上に量が多く、それ故に自然産でない物が大半を占めている。しかし、質に拘る必要性を感じない人間にはそれでも重宝されている。

 安く、量が多い。

 そんな激安スーパーの精肉店コーナーに打ち止め(ラストオーダー)一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)の三人はいた。

 気乗りしなさそうな一方通行を尻目に打ち止めは、はしゃぎながら買い物を楽しんでいる。

 

「挽肉、挽肉〜♪ あっ、あったあった! ってミサカはミサカはこっそり高そうな方のお肉を手に取ってみたり」

「ちょっと待った、打ち止め! アンタ、ガキのクセに美味そうなモン食おうとしてんじゃないわよ。 こっちの安いやつで良いの。 子供の舌に高級品の良さが分かってたまるかッ!」

「ふふん、番外個体……。 私がただ美味しい方が食べたいからってこっちを選んだと思っているの? ってミサカはミサカは悪い笑みを浮かべながら問いかけてみる」

「な、何を? 高級品にそれ以外の価値があるとでも言うの……? いや、違うもしかしてアンタッ……」

「気づいちゃいまいましたか……。 そう、お金を払うのはミサカじゃない。だからあの人に二倍のお金を嫌がらせで支払わせてやる事が出来るのだぁっ! ってミサカはミサカは悪役張りのケタケタ笑いをしてみる」

「グゥッ! ゲスい、なんてゲスいやつなんだこいつはッ……。 こ、こいつの悪意が流れ込んでくるッ! あぁ、手が……手が勝手に『国産黒豚百パーセント挽肉』の方へと……」

「なンでもいいから早くしろ、バカどもが」

 

 一方通行がそのバカどもの茶番に呆れながら一喝する。

 

「一方通行、アンタも言ってやってよ。 このお子様は高級なお肉を口にされたいそうですけど? 」

「あァ? ンなの知るか。 腹に入っちまえば一緒だろうが。 いいからさっさとカゴに入れろ」

 

 そう言うと、一方通行は打ち止めから『国産黒豚百パーセント挽肉』を引ったくりカゴに突っ込んだ。

 

「イッェーイ! 今日は最高のラグジーなのだぁー! ってミサカはミサカはショッピングカートで爆走してみたり!」

「おい、あんまり走り回るな! はぁ……まったく、本当にアンタってあの子に甘いよね。 やっぱりロリコンの気があるんじゃないの? 」

「叩き潰すぞ」

 

一方通行の今日の気分は最悪である。

なぜなら、黄泉川(よみかわ)たちが本日不在のため、打ち止めの面倒を見させられることになったからである。

それだけならまだ良かった。

彼が気に入らないのは、テーブルの上に置いてあった置き手紙の内容である。

打ち止めが目をキラキラさせながらそのメモを読んでいたのを第一位は覚えている。

 内容はこうだった。

 

『今日も面倒の方をよろしく。 ああ、そうそう打ち止めにジャンクフードばかり食べさせるのは良くないから料理を作ってあげること。レシピも置いておいたからその通りにやれば猿でも出来るわ。 というわけで頼むわね。 PS 証拠の為私達の分も作っておく事』

「あァ、面倒くせェ」

「アンタさっきからそれしか言わないわね」

「生まれてこの方飯なんざ作ったこともねェよ」

「そうなの。 でも面倒って言うわりにはやるんだよね〜? どこまでツンデレなのホント」

 

番外個体がニヤニヤしながら一方通行を見る。

 

「はァ……とっと帰るぞ。 つまんねェ事はサクッと終わらせるに限る」

 

ため息をつきながらそう呟き、番外個体の視線から逃れようとした。

 その時だ。

後ろから聞いたことのある声が聞こえてきたのは。

 

「とうま、聞きたいことがあるんだよ」

「何でしょう、お嬢様」

「とうまと私が出会って今日で何ヶ月になるか覚えてるかな? 」

「三ヶ月くらいでございますね」

「じゃあその中で私のご飯が何回抜かれたのかは覚えているのかな? 」

「記憶にございま……嘘ですからその歯をガチガチして威嚇するのはやめてくれませんかね!? 」

「何回だったのかなぁ? ……とうま? 」

「数えきれません」

「正直で大変よろしい。 というわけで今日はその分、豪勢にして欲しいんだよ」

「………………………………はい? 」

「つまり、今日こそはご飯一杯食べさせて欲しいかな」

「できるわけないだろ!? お前の一食にどれだけかかってんのか分かるか!? ご飯なしになった分含めても釣り合うくらいは食ってるぞ!? 無能力者(レベル0)の上条さんに入ってくる雀の涙ほどの奨学金からどれだけの札がなくなったと思っとるのか君にわかるかね!? 」

「そんなことは知らないんだよ。 お金では量れない誠意というものが私は欲しいんだよ」

「………………………………世界救ってもこれだけは変わらない、不幸だ…………」

 

 そうだ、アイツだ。

 あの英雄(ヒーロー)だ。

 それも一方通行自身が良く知っている。

 約一万人と一人の命を賭け拳を突き合わせたことのあるヤツ。

 そのヤツと目が合う。

 なぜか、食品店の精肉コーナーで。

 

「あれ、おまえこんな所で何やってんだ? 」

「…………面倒が増えちまッたじゃねェか、クソ」

 

 一方通行は頭を片手で掻き毟り、毒づいた。

 ツンツン頭の不幸少年君はそれを聞こえない振りをするだけに留める。

 そして、一方通行の買い物カゴを見て気づく。

 

「もしかしてお買い物? あの一方通行が!? スーパーで!? 」

「……見りゃわかんだろ」

「『あの一方通行』が……プククッ。 ミサカ、生きていて一番面白い場面に出会ったかも」

「テメェ、後で覚えとけ」

 

 ミサカを自称する少女を見て当麻は首を傾げる。

 

「お前は御さ……か? いや、なんか違うような……」

 

 似ている……けど、どこか違う。

 

「合ってはいるわね。 でもアンタは知らなくていいことよ。 どちらにしろあの子たちに危害が加わるようなことは起きないし」

 

 当麻にはあの子たちというのが誰を指すのかニュアンスで理解できた。 かつてロシアの地で打ち止めを助けるために動いていた一方通行とこうして共に行動しているということはこの御坂(?)の言っていることは嘘ではないのだろう。

 

「ンなことはどうだっていい、このバカが何かやらそうがどうとでもできる」

「あら? ミサカとの初戦闘でボッコボコにされてたのどこの誰でしたっけね」

「ほォ……? 言うじャねェかポンコツ野郎。 何なら今すぐ食肉にしてここに並べてやってもいいんだぜ」

「ちょっと待った、ちょっと待った! こんな所で戦闘とかホントにやめろ! 御坂(?)さんももう何も聞かないから、今まで事件に見境なく首突っ込んできたことは自分自身で反省してるからマジでやめろ! 」

 

 昨日、空から落ちてくる巨大要塞から街を守るため走り回った上条は心身ともにボロボロのため、二人のケンカを止める程の体力は残ってない。

 

「……冗談に決まってるでしょ。 ジョークの通じない男はモテないゾ☆」

「…………だったらもっと平和に暮らせたんだろうけどな」

 

 この一年、女の子絡みの件で何回病院送りプラス死にかけたかわからない。

 元はと言えばこのモテ男が自分から火に飛び込んでいくのが悪いのではあるが、もうこれは彼の性のようなもので反省しても治りはしないのかもしれない。 ある種不治の病である。

 

「ところで……」

 

 当麻は一方通行の持っていたカゴを覗き込む。

 

「ず、随分とゴージャスなんですね、お宅は」

「主婦かテメェは。 腹に入れば何食ったって一緒だろうが」

「それは、あれですか!? この私への嫌味ですか!? 少ない金でやりくりしながらこの暴食少女を養っている上条さんへの当て付けですかっっ!? 」

 

 安物モヤシ三パックセットをカゴに入れていた当麻は吠えた。

 金がない理由は、北極海から引き上げてもらった上条はかなりの大怪我だったそうで、魔術による治療のできない彼は現代の医療に頼るしかなく向こうの一般病院に入れられた。その後、バードウェイから治療費をふんだくられていた彼の財布はかなりピンチでここ最近まともな飯を食っていないのだ。

 

「とうま、わたしたちもあれにするんだよ。 ゼロが三つのお肉をカゴにポイっ」

「バカやめなさい! これはサラリーマンがボーナス出たときに年何回かの贅沢で買うようなやつだろ。その辺の貧乏学生に買えるような代物じゃないぞコレ!? そんなことより禁書目録、もうそろそろモヤシが補充されるだろうからとって来い。 しばらくはモヤシで食いつなぐからな」

「え~……あれお腹に溜まった感じしないから好きじゃないんだよ」

 

 禁書目録はそう言いながらもしぶしぶモヤシを取りに生鮮品コーナーヘ向かっていった。

 

「モヤシまだ買うの?」

「ああ、まだ二パックしか手に入れてないからな。かなり人気なのかすぐ売れちまうみたいだ」

「ならもう残ってないんじゃない? そんなに人気ならバックにも在庫があるか微妙だと思うけど」

「いやその辺は大丈夫だ。 ここの店のシステム、かなり変わってるみたいでな在庫切らしたことないんだよ」

 

 そういえば、と番外個体は何かを思い出したように口を開く。

 

「このスーパーの地下に馬鹿でかい装置を作って運搬するとか何とか言ってた気がするわね」

「そう、そのおかげですぐに商品が補充されるから助かる、助かる。 なんて言ったかな……超高真空……」

超高真空量子移動制御装置(エアーコンベア)

 

 出かかっていた言葉を一方通行が補う。

 

「そうそれだ! 機械によるテレポーテーションの実験だったっけ?」

「……学園都市の能力者が使っている空間移動系能力とは違う理論で物体の移動を行うンだとよ」

「ミサカ、思い出した。 確か、三次元から十一次元へ物質を飛ばすんじゃなくて、物体を解析してから分解。それから転送して目的地で再構築する。 『量子テレポーテーション』ってヤツね」

 

 上条は真っ先にあの『ですの』口調の風紀委員を思い出す。

 というか、違う理論を言われてもオツムのない上条当麻くんにはさっぱり理解できないのだ。

 

「そもそも何に使うものだかミサカには分かんない。 武装のためだったら普通に能力者の手を借りて敵の大将のところに飛ばしてもらって首掻っ切れば済む話だし」

「どうでもいい。 こんなただの食料品店の地下でやってること自体オレには理解できねェ」

「……そうかもね。 そもそもコストに見合ってないし、だから実験なんでしょうけど……。 っとそんなことよりお菓子! お菓子コーナーはどこよ!? 」

 

 今物騒な物言いをしていた人間とは思えない物を探し出す御坂(?)。

 

「おい、余計なモン買おうとしてんじゃねェ。 ガキ連れてさっさと戻るぞ」

「いいじゃない別に、せっかく『お友達』と会えたんだから、ゆっくり話でもしてたら」

「お、お友達?」

 

 お友達という単語は、この当麻と一方通行の間には確実に当てはまらないだろう。

 もしコレとお友達だったらホラー映画も真っ青のどんなスリリングな展開が待っているか考えもつかない。

 

「あァ、本当に面倒くせェ……」

「やっぱり思うんだけど、お前と買い物カゴって似合わないよな。 中年のおっさんとメイド服くらい」

「殺す」



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Present_Day_2 大能力者 小夜啼菜優花

 まずは自己紹介から始めたほうがいいだろう。

 私は小夜啼(さよなき)菜優花(なゆか)

 高校生。

 

 なんとなくこう言っておけば日常アニメっぽい紹介に見えない?

 

 まあ、それはともかく。 

 まず自分の性格について一つ特筆しておきたいことがある。

 

 私はお人好しだ。

 

 嘘じゃないわ。 同級生にも同じことしか言われたことがないくらいだ。

 さすがに何度も言われれば自覚ぐらいはするし、思い当たるエピソードの一つや二つある。

 広い学園都市で迷子になってる小学生を風紀委員(ジャッジメント)に届けたり。

 隣の席の子が勉強に困ってればそこを教えたり。

 その他もろもろだ。

 

 こんな感じで。

 そんなお人好しである私の目の前で何かが起こっているわけなんだけど。

 

「オイ! 早くしろ、気づかれるぞ! 」

「分かってる! 俺達にはこれしか残っていないんだ! 慎重にやらないでどうする!? 」

 

 これは確実に、誘拐。

 これは絶対ヤバイやつだって誰にでもわかる。

 手を出すべきか出さないか。

 それだって、バカにでもわかる。でも、私の『お人好し』のDNAはそんなこと許してくれないようで。

 

「やる…………か」

 

 ワンピースの上に白衣を着た小さい女の子が車に乗せられてゆく。

 そのまま発進するかと思いきや、その場で奴らは何かを始めたようだ。

 

「おい、まだか。 そのウイルスコードっていうのは」

「ちょっと待て。 ……ああ、これだ。 これをこいつの中にぶち込むだけで良いらしい」

「なるほどな、それで俺らの復讐は終わるわけだ。 これで安心して……」

「まだ油断するな。 アイツはまだこの近くにいる。 後数十分の辛抱だ」

 

 何をやっているのか私には皆目見当もつかない。

 しかし、これはチャンスじゃないのか?

 奴らは二人とも目の前のパソコンに集中しているようだし、周りへの注意は向けていないように見える。 普通だったら一人だけ作業に回し、もう一人を周囲の監視に当てるものだが、それが見られない。

 ただのド素人なのか、何か考えがあるのか。

 とにかくここで考えても答えなんか出ない。

 行動を起こして敵の動きから推測するしかない。

 

 しかし、大変悪いタイミングでスマホのバイブに気づく。

 着信は……非通知。

 多分、演算さんだ。

 

「もしもし? 何よ演算さん」

『ヤメテオイたほうがいいと思イマスヨ』

「なんで? 明らかに犯罪じゃないの。 見過ごせないわ」

「ダメデス。 アいつらはおそらく野良犬(ジャンクヤード)猟犬部隊(ハウンドドッグ)という部隊の残り者だと思ワレマス』

 

 猟犬部隊……当然聞いたことはない。

 

「何なのそいつらは?」

『アマリ深イことは言えませんが……学園都市の暗部組織ですよ。 彼らは殺しのプロです。 あなたにも時々危ないことはさせてきましたが、こいつらには絶対に関わってはいけません。 表の人間が裏の人間に関わることはあってはならなイノデス!』

「……今更何を言っているの? 私言ったよね? 『一方通行』に近づきたい……って」

『エエ……』

「彼はもう裏の人間なの。 だったら今こんな所で裏だの表だの気にすることはないじゃない。 私には善か悪か……それしか見る気はないわ」

『菜優花サン!?』

 

 そこまで言うと、私は通話を切りスマホをポケットへしまう。

 

 私は、小夜啼菜優花、高校生。

 お人好しの性格を捨てきれず、一人の少女の命を救いに行く。



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Present_Day_3 英雄になれない男と英雄になった男

「ところで一方通行(アクセラレータ)。 お前もハワイ……行くんだろ?」

「……あァ」

 

 ハワイと言っても旅行をしにいくわけではない。

 先日のラジオゾンデ要塞の落下阻止のときに新たに分かった敵――グレムリンがそこにいると分かったからだ。

 

「あの金髪チビの思い通りに動かされているのは気にいらねェが……『ウチのガキ』の住処にケンカを売った以上生かしてはおかねェ」

「……そうか。 そういえば、俺の知り合いから聞いたんだけど、あのラジオゾンデ要塞……メッセージが書かれていたらしい」

「……」

「Welcomehome,hero. だそうだ」

 

 これは、上条の安否を確認しにきたイギリス清教の神裂から聞かされた話だ。

 

英雄(ヒーロー)ッてのはお前のことだろ」

「……まあ、そうなるよな。 なんつーか……英雄とか言われるのはちょっとこそばゆいっていうか、恥ずかしいっていうか……」

 

 今更、何を言っているのだろうかと一方通行は思う。

 ロシアの地で第三次世界大戦を終結させた男が、だ。

 

「悪ィが生憎オレはそんなの柄じゃねェ。 余計なこと言うようだが……てめェならそれを名乗る資格ぐらいはあるんじゃねェのか? オレにはお前のような生き方はできねェ、英雄ってステータスはみンなが持てるもンじゃねェからな。 なり損ねたヤツ、なれないヤツ、そもそも資格すら持ってないヤツ……そういう奴らだっている」

「……一方通行、お前……」

「ハァ……ちょッとおしゃべりが過ぎちまッたか。 ……とにかく、魔術だろうがなんだろうがオレが潰す。 英雄のお前の出番なんざ必要ねぇよ」

「しろい人! 魔術をなめてはいけないんだよ!」

 

 いつの間にか、モヤシを取りに野菜売り場へ行っていた、禁書目録(インデックス)が戻ってきていた。

 上条の持っていたカゴにどっさりと手に持っていたモヤシ三パックセットを入れる。

 

「おお、大量大量! コレならしばらく持ちそうだ! モヤシ丼にモヤシバーグ、モヤシスパゲッテイーにモヤシラーモヤシ……」

「……うへぇ、しばらくモヤシは見たくなくなるかも」

 

 気がつくと、番外個体(ミサカワースト)もお菓子コーナーから真剣な顔で戻ってきた。

 

「一方通行」

 

 どうせ、どちらのお菓子にするかというくだらないことなのだろうと思い一方通行はスルーをしようと決めていた。

 しかし、彼女の口から出たのはそんな可愛いものではなかった。

 

「虫が湧いたみたいよ、あの子の所に」

 

 油断した。

 一方通行は舌打ちをする。

 

「どんな連中だ」

 

 彼女はその問いに肩を竦め、適当な調子で答える。

 

「さぁね。 でも、こんな目立つところでやっているようじゃタダのド素人かなんかじゃない? しかも、私達が近くにいるこの状況でやっている所から考えると自滅覚悟の特攻って感じね」

 

 一方通行はそれを聞き、口の端を歪め、笑う。

 

「ほォ、面白ェ。 誰だか知らねェがアイツの世界に一歩でも足を踏み込んで来たヤツは」

 

 カゴを地面に落とし、首のチョーカーのスイッチを入れる。

 

「皆殺しだ」

 

 彼は打ち止めの世界を守ると決めた。

 それを犯す奴は誰であろうと容赦はしない。

 

「俺も行く」

「あん? 」

 

 当麻が困っている人を見逃すわけがなく。

 ここで、断ってもついて来るのが一方通行には分かっていた。

 妹達の件でも本人には害の一つもないのにも関わらず、たった一つのつながりだけで踏み込んできた。

 彼はそういう人間だ。

 だから

 

「……チッ、好きにしろ」

 

 許した。

 こういう性格の人間は死んでも治らない。だったら、認めてやるしかないだろう。

 正真正銘のバカであると。

 

「アンタ、こいつを頼む」

 

 当麻が修道服の少女を番外個体に預けると、すぐさま走り出した。

 

「えっ? ちょっと、当麻? 」

「すぐ戻るから待ってろ! 」

 

 当麻が振り返り叫ぶ。

 禁書目録はまたかという感じでため息をつく。

 

「はぁ……ぜんっぜん変わらないんだよ当麻は」

「どこの男もああなのねぇ……バカばっかりだよホント」

 

 番外個体も呆れ、肩を竦めた。

 

「でも、私は当麻のああいうとこが好きなんだよ。 ああやって、困った人の世界には迷いもなく踏み込み、救う。そういうとこが」

「へぇ……ウチの旦那とは真逆さね。 でも、守るってことだけは二人に共通してるところか」

 

 三ヶ月前にそのバカに助けてもらった少女は、走っていく彼の背中を見つめていた。



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Present_Day_4 狩られる野良犬

 「インストール三十四パーセント……クソッ! まだか!? 」

「焦るな、じっと待つんだ。 俺らにできる手は全てやりつくした、後俺らがやることは待つことだけだ! 」

 

 自らを野良犬と称した彼らは車の中でパソコンの画面を見つめながら、何かを話している。

 菜優花は相変わらず影に身を潜め、奴らの様子を伺っていた。

 

「……ちょっとやばそうね」

 

 こうして身を潜めていたものの情報が手に入ることはなさそうだ。

 とにかく分かるのは、奴らが何かやばそうなことをやっているということだけ。

 それだけ分かれば十分、そう考えることにし奴らの車へ近づく。

 

「ちょっとあんた達、いいかしら?」

 

 誘拐犯は声に驚きこちらを向くが、菜優花の姿を見て安堵していた。

 犯人の片方が、車から降りて菜優花へ近づいていく。

 

「何だい君は? 」

「その女の子に何してるの?」

 

 菜優花は車を指差し、奴らに問う。

 

「ああ、あの子? 道端で倒れていたから、私達がこうして介抱してあげてるのさ。 未だに目を覚まさないから困った、困った」

「そう、じゃあその辺のただの一般人ってこと。 それにしては、物騒な物持ってるのね? その後ろ手に持ってる銃とか」

「……ッ!」

 

 彼は驚き、こちらにその手に持っていた銃をこちらに向けた。

 

「お前、能力者か?」

「さあ? あっても言わないけど」

 

 菜優花は手を広げ、相手を煽る。

 

「なあ、お前。 一つ教えておいてやる」

「何を?」

「世の中、運の悪い奴から先に死ぬってことをだよ」

 

 パンッ!

 という乾いた音とともに犯人の銃から弾が発射される。

 その弾は彼女の頭部を確実に打ち抜く。

 少しの沈黙の後、菜優花の額から血が流れ。

 彼女はバタッと後ろ向きに倒れた。

 

「場所を変えるぞ、ここはマズイ」

「だな。 しかし……同情するぜそいつには。 本当にツイてないぜ」

 

 さすがに、このままでは騒ぎになる。

 銃声は確実に外の通りにも聞こえただろう。

 場所を移動するために二人は車に乗り込む。

 しかし、それはできなかった。

 

「痛っああああああぁぁぁぁぁいなあぁぁぁぁぁぁもう! あんたら、本当に打つとかありえないんですけど!」

 

 奴は生きていた。

 その事実はこの誘拐犯達を大いに驚かせた。

 それは誰だって驚くに決まっている。

 銃で、鉛玉で、額を打ち抜かれて痛いですむ人間なんていない。

 いいや、違う。

 いた。

 この街には……

 この学園都市という所には……

 

「化け物がッ……!」

 

 化け物、そう正確には『超能力者』という人外が。

 

「化け物じゃないっつの、菜優花よ!」

「なななななな、なんで生きてんだよお前!」

「なんでってそりゃあ、能力者だし。さっきあんた達が聞いてきたじゃない」

 

 菜優花はさも当然のように答える。

 

「ていうかマジで痛い……とっさに、窒素装甲(オフェンスアーマー)の真似事してみたけどあれ無理。私じゃ扱える空気の量が少なすぎて銃弾すら抑えられないみたいね……」

 

 窒素装甲、絹旗最愛(きぬはたさいあい)というレベル4が使っていた空気中の窒素を操る能力だ。

 これを言っても彼らには伝わらないとは思うが、痛みという動揺からつい呟いてしまった。

 

「クソ……相手が第一位だろうが、それ以下だろうが」

「ここで始末するしかねえよなぁ!?」

 

 野良犬の二人はサプレッサー付きのハンドガンを車の中にあらかじめ準備していたアサルトライフルに持ち変える。

 それを見ても、菜優花は眉を顰めるだけで特別怯えるということはなかった。

 それほど彼女には余裕がある。

 

「う~ん……突撃銃はさすがに窒素装甲(仮)じゃ抑えられないよね…… あ、いいこと思いついた」

 

 そう言うと菜優花は地面に膝をつき、手を地面に添えるように乗せる。

 これが何を意図するのか、能力者ではない彼らには理解することができない。

 そもそも彼女はどういう力を持っているのだ……?

 

「アイツが何をしようと関係ない。打て!」

 

 その一言で二丁のアサルトライフルから七.六二ミリ弾が発射される。

 

 直後、彼女の目の前に変化が起きた。

 菜優花の周りの地面が抉れるようになくなっていく。

 地面、というよりはコンクリートが、彼女の手の平の先に集まり分厚い壁を作り出す。

 

 結果、銃弾は壁に阻まれ菜優花の体には届かなかった。

 

「なんだあれは……コンクリートが壁に!?」

「アレは、表層融解(フラックスコート)……? 一度資料で見た事がある。 いや、でもそれじゃ最初の銃弾を防いだ力は一体……!?」

「残念。そんなんじゃないよ、私の能力(コレ)は」

 

 菜優花は逡巡することすらなく、銃を手にしている野良犬の二人の目の前にいた。

 そして、二丁の突撃銃の銃身を掴み取る。

 

「溶けろ」

 

 彼女がその一言だけ発すると二人の銃が徐々に徐々に塵のように消えていく。

 その有様は溶けるというよりも空気と同化していく様に見えた。

 

「ひっ……!?」

 

 犯人の片割れは目の前で起こっている何かに驚き銃から手を離してしまう。

 だが菜優花はそのまま銃を握り締めたまま離さない。

 やがて、彼女の手にあった突撃銃は姿を消し、パラパラと粉状の物が菜優花の周りに落ちていった。

 

「火薬と不純物は残っちゃったか、まあいいや。 ところでさあ……まだやる?」

 

 牙を失った犬たちは腰を抜かしながら震えることしかできなかった。

 




表層融解(フラックスコート) ……超電磁砲一期、アニメ八話で御坂が戦っていた相手が使っていた能力 アスファルトを操れる


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Present_Day_5 蜂の巣

 スーパーを出てとりあえず辺りを見渡す。

 打ち止めはどこにいるのか大方の予想をつける。

 

「ああいう、ゴミのやることなんざ大体予想がつく。 その辺の路地裏だ」

 

 一方通行は、そういうと手近にある路地へ入る。

 

「ところでそいつらの目的は? なんだと思ってる」

「……さァな。 あいつを掻っ攫うってことは学園都市の研究者かオレに何か因縁のあるやつか……、どちらにせよろくなことは考えちゃいねェだろ」

 

 打ち止めはかつて二度連れ去られている。

 一つは天井亜雄によるもの、もう一つは木原数多(きはらあまた)学習装置(テスタメント)を使用するために猟犬部隊(ハウンドドッグ)に拉致させたときだ。

 どちらにも共通して言えることだが確かに一方通行の言うとおり、ろくな使い方はされなかった。

 

「腐ってやがンだ……この街の研究者(やつら)は」

 

 一本目、二本目の路地裏には残念ながら敵の姿はなかった。

 しかし、三本目の少し広めの路地を発見した上条はそこで止まる。

 

「なあ、誘拐したってことはやつらは車を持っている可能性は高いわけだよな? そしたら、こんな広めの路地に車を停めている可能性はないか?」

「……バカにしては考えるじゃねェか」

「この辺りは蜂の巣か……オレ、ここにはいい思い出がないんだよなあ……」

 

 蜂の巣、雑居ビルの密集した商業施設の名前のことだ。

 この雑居ビルは誰でも借りることのできる、賃貸用として機能している。

 しかし、審査基準はゆるく、時にはスキルアウト、時にはその他の暗部組織、時には魔術側の人間などでも簡単に借りることができてしまう。

 ビルの密集地であるため当然、路地裏も名前のとおり蜂の巣のように複雑で、中は暗く、不気味なため人気はほとんどない。そのせいか、軽いものでかつあげ、重いもので強姦、殺人などの犯罪の温床にもなっている。

 

「躊躇してる時間はねェ。 さっさと行くぞ」

 

 そうだな、ととりあえず前のあの事件のことは忘れることにし、この路地に踏み込む上条。

 しばらくは一本道で、右、左、また左と複雑な道を走っていると、不意に銃声が聞こえた。

 

「なんだ!? 今のは、銃声だよな?」

「……アサルトライフル、おそらく二丁だ」

「……ッ! いや、まだ大丈夫なはず。 音は近かったよな?」

 

 上条の頭の中に血だらけの少女の体が浮かぶが首を振って振り切った。

 打ち止めを攫って車まで用意しているとしたら、今すぐに殺す必要はない。

 きっと、まだ生きている。

 

「……おい、あそこじゃないか?」

 

 そこには……

 

 

 




蜂の巣 ……とある魔術と科学の群像活劇をやるとわかりやすいかも
      第七学区にある雑居ビル郡の俗称。


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Present_Day_6 死

「へっ……へへっ」

「やっぱり、まだただのガキだな」

「何よ……? あんたたちバカ二人組はもうすぐ警備員(アンチスキル)送りなの。わかってんの?」

 

 なぜ笑っている。

 私は不気味で仕方ない。

 武器をなくし、攻撃も無意味だとわかった、なのになぜこいつらは笑みを浮かべている。

 

「俺たちが、いつ、『二人組』だと言ったんだ?」

 

 しまった。

 

 と思ったときにはもう遅かった。

 私は後ろを振り返る。

 そこには、もう一匹の、野良犬(ジャンクヤード)

 どこかで拾ったであろう鉄の棒っきれを野球のバットのように構えていた。

 そして、横に振るわれたそれは、私の腹側部へとたたきつけられる。

 

「がは…………っ!?」

「残念、ライト前ヒット……ってとこだな」

 

 あまりの激痛に私はその場で足を崩し、膝をついてしまう。

 

「こいつは?」

「さあな、お人好しの命知らずだろ」

「殺すか?」

 

 殺す、その言葉がでただけで、自分の中に死という文字が浮かびあがってくる。

 

「ていうかお前ら、こんな女の子一人に腰抜かしてんじゃねえよ。 ハンドガンだってそんなすぐ近くにあるってのに」

 

 もう一人の男はそう言い車の中にあった、ハンドガンを手に取る。

 

「いや、そいつはそれじゃあ殺せなかったから……」

「はあ? どうせそれは能力によるものだろ? そんなの、痛みとかで気を集中できない状態に追い込めば発動すらできなくなる。 能力者だって、無敵じゃない。 そういう弱点はあんだよ」

 

 自分の頭に銃が向けられる。

 ああ、私はこんな所で……

 こんな、くだらない結末を迎えるのか。

 こんな、くだらない連中の手で……!

 

「死ぬ前に何か言いたいことはあるか。 言っておくが俺は女には情け深い、それくらいは許してやる」

 

 情け深い……?

 こんな連中に情けをかけられたというのか……私は。

 

「あんた達は……なんでこの子を攫ったの?」

「……何を言うかとと思えば、そんなことか」

「そんなことではないわ。 私がどんな出来事で死ぬのか、その全貌だけでも知っときたいってのよ、文句ある?」

 

 私はもう半ば諦めていた。

 でもせめて、自分は何に巻き込まれに行ったのか。

 それだけでも知っておきたかった。

 もし、これがただのクソロリコン変態野郎の性欲のためとかだったら、おちおち墓場にもつけやしない。

 

「復讐だ。 学園都市第一位へのな」

「……!? まさかそれって……」

「知ってるのか。 そう学園都市第一位、一方通行だよ」

 

 どうして、ここであの人の、一方通行の名前が出てくるのだ。

 

「一方通行……!」

「ああ、そいつへの復讐だ。 オレはアイツのせいで大切なパートナーを失った……! こんなクズにでも持つことできた幸せをあいつに奪われた! だから、あいつにも同じ苦しみを味わってもらう。 あいつの大切なあそこのガキにあるものを埋め込むことでな」

 

 男はそういうと、小さめのチップを見せる。

 

「ウイルスコード。 これがあれば全部壊せる、あいつの大事なものも何もかも……!」

「勝手よ……あんたは……!」

「……何?」

 

 こんなの……間違っている。

 だってあの子は、関係ない。

 

「確かに一方通行にも非はあるかもしれない、でもあの子は関係ない! こんな犯罪に手を染めている時点でいくら話を美化しようたって許されるわけじゃない。 結局、アンタはクズのままよ、何も変わることはない」

「……そうだ、んなコトは初めからわかってる。 こんな暗部に身を下ろした時点でな」

 

 ヤツがトリガーに指をかける。

 

「殺しの連鎖ってのは止まらない。 例えばAがBを事故で殺してしまう。そしたら、Bの恋人のCはAに殺意をもちAを殺しに行く。 その後はAの家族のDがCを殺しに行く。 次はCの友達のEが、EにはFが、FにはGが。 ……人から人への殺しが始まった時点で止められないんだよ。 人間にはな」

「…………」

「じゃあな、天国でオレのパートナー、『ナンシー』に宜しく言っといてくれ」

 

 銃にかけられた指は動き始めた。

 



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Present_Day_7 殺しの連鎖

 上条の目線の先には武装した三人の男、車の上で寝かされている打ち止め。

 そして、なぜか銃を突きつけられた一人の見ず知らずの少女。

 誰が敵か。

 一目瞭然だ。

 

「マズイ……ッ! この距離だと間に合わない! そうだ、一方通行(アクセラレータ)!」

「あん?」

 

 これは一か八かの賭けだ、外せば当麻もただでは済まない。

 

「今からお前にとび蹴りする」

「あァ? テメェ、ふざけたこと言って……はァ、そういうことかよ」

 

 一方通行は彼がやろうとしていることを瞬時に理解した。

 そして思った。 やはりこいつはバカだった、と。

 

「行くぞ! 一方通行、あいつらの方向へ全ベクトルを向けてくれ!」

 

 上条は一歩後ろに下がり、全力のとび蹴りを加える。

 一方通行はそれをバレーボールをレシーブするような体制で受ける。

 当麻の自分に向かってきたベクトルを全て、銃を突きつけている男の方へ照準を合わせ、腕を振り切る。

 

「死んで来い、クソッタレェェェェェェ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 一,七メートルの砲弾と化した上条はそのまま突っ込んでいく。

 そして、数瞬後その弾は、銃を突きつけた男へと

 

「何……がっ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 人間砲弾上条と、激突されたその男はそこから数メートル飛ばされた。

 その塊は雑居ビルの壁へ激突することでようやく止まる。

 

「え……何?」

 

 

 *****

 

 

 私は困惑した。

 生きている、それもあったが、何より助けが来たことに一番驚いている。

 

「な、なんだ今のは!?」

「また能力者か!?」

 

 腰を抜かしている、残り二人も驚きは隠せないようだ。

 

「痛ってえ……、おい!もう少し加減しろっつーの!アメコミヒーローじゃねえんだからあの速度で壁にぶつかったら普通即死だからな!?」

 

 スーパーマンのように飛んできた人は私に銃を向けた男がクッション代わりになっていたおかげで怪我はしていないようだ。

 いや、普通それでも何かしら怪我はするでしょう……、能力者なの?

 

「死なない程度に調整してやったんだから文句言ってンじゃねェ。寧ろ感謝しろ」

 

 そして、あとから気だるそうに歩いてくる白い髪を持った男。

 

「ところでテメェら。死ぬ準備はできてんのかァ?」

「はっ、早く殺せよ!」

「こちとら死ぬのは前提でこのガキを攫ってんだ。覚悟はしてんだよ!」

「ほォ、そうかよ。でもその割りには……」

 

 白い人は足を上に振り上げ、それをたたきつけるように下ろす。

 

「があああああああああああああああああああああああああああっ!」

「痛みに慣れていないようだが。オマエ、本当に暗部の人間(ヤツ)かァ?」

 

 足を踏みつけられた男は失神した。

 それを見ていた男も迫る一方通行にビビリ、こいつもまた失神した。

 あれは……肉体操作系?

 違う、私は見たことがある。

 あの能力を。どこで?

 

「一方通行、それ以上はやめとけ。そいつらはなんか違う、裏の顔って柄じゃない」

 

 え……?

 

「あなた! 一方通行なの!?」

「……あァ?」

「私よ! 菜優花! さよな……!?」

 

 ああ、ヤバイ。

 目の前が霞み、歪む。

 また、また私は話せないのか。

 また、彼が遠い所へ行ってしまう。

 せっかく、こうして会えたのに。

 そして、視界は途切れた。

 

 

 *****

 

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 上条は、倒れた菜優花と名乗る少女を片腕に抱える。

 息はまだある。

 出血はしていないようだが、病院に運んでプロに見てもらったほうが手っ取り速そうだ。

 

「何だァ……こいつは……?」

「お前の知り合いじゃないのか?」

「…………見たこともねェよ」

 

 一方通行は即答する。

 大体彼にはそんなもの数えるほどにしかいない。

 会う人間の八割は殺すか、傷めつけているかしかしていないからだ。

 

「ま、待て……! 一方通行……っ!」

 

 上条の激突を受けた男はフラフラと立ち上がり、弱弱しくなった声も気にせず叫ぶ。

 

「あァン?」

「お前……お前だけは……っ!」

 

 そこで震えている二人と彼は少し違う。

 こいつは闇を知っている目をしている、一方通行にはそう見えた。

 

「もうやめろ! お前、何のためにそこまで……!」

「うるさい! 一方通行、お前。猟犬部隊(ハウンドドッグ)の『ナンシー』を覚えているか?」

「猟犬部隊だァ……!?」

 

 一方通行にとって、忌々しいとも言える名前だった。

 あの、木原数多の指揮する部隊。

 正直、二度と聞きたくはなかった。

 

「殺したやつの名前なんざ一々覚えてねえよ」

「あいつは……あいつはオレの恋人だったんだよ! あの、作戦……最終信号(ラストオーダー)を捕獲する作戦の後……オレたちはあの部隊抜けて遠くで暮らそうって約束してたんだ!」

「……………………」

「オレみたいなクズでも人を好きになって悪いのか! 猟犬部隊はクズの中のクズが集まる場所だ、でもその中にオレみたいなのがいちゃ悪いって言うのかよ! クズが表の世界に憧れちゃいけねえのかよ! クズが結婚しちゃ悪いのかよ! クズが幸せな家庭を持とうとしちゃいけねえのかよ!」

 

 彼の叫びは止まらない。

 今まで一方通行に対して溜め込んでいた憎悪を吐き出すかのように。

 ノブの取れてしまった水道の蛇口のように止められなかった。

 

「違う。 そんなのは逆恨みだ」

「……何?」

 

 声に出したのは上条。

 彼は今まで同じような人間を幾度となく見てきた。

 時にそれは魔術を使う人間。

 時にそれは能力を使う人間。

 時にそれは特別な力を持たない人間。

 彼ら一人一人に悲しい過去がない人間などほとんどいなかった。

 だから、当麻には彼への答えを出してやることができる。

 

「お前達だって人は殺してきた。だからこそ、お前に一方通行がどうだ、という資格なんてないんだよ」

「そんなことは分かってる! でも、殺しは連鎖するんだよ無限に! ナンシーはアイツに殺された! だったらオレがアイツを殺す。 それができないから代わりにあのガキを殺す。 それでアイツがオレを殺せばいい! それで万事解決だろうが!」

「違う! そんなもの、何も解決なんてしていない! 殺しの連鎖? だから何だ! 結果的に何の関係もない子まで巻き込んで何が万事解決だ、ふざけんな! 殺しの連鎖なんてくだらない考えに囚われて自分が楽になろうとしてるだけだ! お前はナンシーのためじゃない、自分のためにやってるんだよ!」

 

 これは上条にとって正しい答えだ。

 でもそれは相手にとって最適解だとは限らない。

 だが、意見の合わない人間が答えを出す簡単な方法がある。

 

「オレには、オレみたいなクズにはよ……そんなきれいな考えはできねえんだ。……代わりにお前でもいい、そいつがオレを殺すんだったら、オレが殺せる相手だったら誰でもいい……! お前から……殺す! オレに、お前の思っていることが……お前の見てきたものが正しいと証明してみせろッ!」

 

 自分をクズと呼ぶ、その男は鉄の棒っ切れを持ち、上条の方へ向かってくる。

 

「わかったよ、俺が助けてやる」

 

 上条はキッと突っ込んでくる男を睨みつけ、言う。

 

「殺しの連鎖に囚われた、お前の幻想を! 全部俺がぶっ壊してやる!」

 

 そして。



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Present_Day_8 いいや、お前は……

「…………」

「はぁ……はぁ……」

 

 二人の激突の後、そこに立っていたのは上条。

 そして、ヤツの持っている鉄の棒っきれを取り上げ、まだ微妙に意識のあるヤツへ言う。

 

「お前はクズじゃない」

 

 男は『は?』と思う。

 仮にも元猟犬部隊(ハウンドドッグ)の自分にそんな言葉をかけるやつは今まで見たこともなかった。

 

「お前にだって恋愛はできた。人を好きになれた。人を大事にすることができた、そんなのはクズじゃない。本当のクズはそれもできないやつのことだ。ナンシーに出会う前のお前は確かにその部類だったのかもしれない。でも、お前は恋ができる『人間』だったんだよ。だったら、自分のことを『クズ』なんていうな。お前は人を愛してやれる一人の『人間』だったんだから」

 

 彼の目が何かで一杯になる。

 上条はそれを見てみぬ振りをし後ろを振り返る。

 男泣きはむやみにのぞくものではない。

 そして、後ろ向きのまま当麻は続ける。

 

「あんたならまだ戻れる、表の世界へ。明るい場所へな。そのほうがナンシーもきっと喜ぶと思うぜ?」

「…………うぅ、彩加(さやか)ッ……」

 

 彩加はまあ多分『ナンシー』のことだろう。

 コードネームか何かだったのか。

 あえて何も聞かず彼の元を離れる。

 そのまま、上条は車の中でパソコンを弄っていた一方通行のところへ向かう。

 

「終わったか?」

「ウイルスコードは解除した。褒めたくはねェが、なンでオマエはそうクサイセリフが滝のように出てくんだァ?」

「褒めてないだろそれ……。まあ、色んなやつに出会ったからな、外の世界で」

「……魔術の側、か? 世界ってのはどこも変わらねェのか、くだらねェ」

「みんな何かしら抱えてる。本当にクズの人間なんてごく少数だ。そいつらのせいでなんでもない人間が巻き込まれる、それは魔術サイドの人間だろうが科学サイドの人間だろうが変わらない」

 

 そういえば、と上条はあの少女を見る。

 何かあってはマズイ。

 今すぐに病院に運んだほうがよさそうだ。

 

「そもそも下手に動かしていいのか?」

 

 医療には疎い上条にはさっぱりだ。

 

「……おい、あの車使え」

 

 後ろから声が聞こえたかと思うと唐突にキーが飛んできた。

 元猟犬部隊だ。

 

「……いいのか?」

「俺たちにはもう必要ない」

「……お前たちはどうするんだ」

「そこで気失ってる連中起こしてさっさと脱出するよ。銃声が外に漏れたから警備員(アンチスキル)もすぐに来ちまうだろうしな」

 

 そう言い体を起こし壁にもたれる。

 

「お前も連れて行く」

「やめろ。裏の人間に表の人間が手を差し伸べるな。コレはオレのプライドの問題だ。オレが……胸張ってお前に助けを求められる人間になってから、そうさせてもらうよ」

「……わかった」

 

 一方通行に車の鍵を渡し、傷を負った少女を車に乗せ、上条は一方通行に聞く。

 

「車の運転できるか?」

「舐めんな」

 

 一方通行は運転席に座り、キーを回してエンジンをかける。

 そして、一方通行、上条、打ち止め、少女を乗せた車は走り出した。




ナンシーについては原作十三巻読むといいですよ

ナンシー ……プレス機で押しつぶされそうになった人


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Present_Day_9 何者?

 

  *****

 

 

 何だろう……。

 揺れている……?

 地震……?

 いや、それにしては揺れが細かい。

 何だろう?

 前がぼんやりしていて見えない。

 怖い。

 助けて。

 だれか。

 木原さん……

 演算さん……

 

 

  *****

 

 

「ちょっと危なかったかもねえ?」

 

 カエル顔は相変わらずゆったりとした口調で言う。

 

「何か、硬いもので思いっきり叩かれたみたいだけど、君がいるってことはまた(あっち)絡みかい?」

「……そんなとこだ」

 

 この名医には隠すことは無意味そうだ。

 一方通行はそう思い、案外素直に認める。

「あの打ち止め(ガキ)は?」

「大丈夫、前みたいに記憶のリセットは行われているけどすぐにミサカネットワークからバックアップを呼び戻すクセが起動するみたいだから、前とは何も変わらないんじゃないかな?」

 

 前に天井亜雄に同じくウイルスコードを埋め込まれそうになったときもそうだったらしい。

 彼女のクセは思いもよらぬところで役に立ったようだ。

 

「ところでアイツは……あの菜優花とかいうのは……今起きてんのか?」

「意識は戻っているけど……なんだい、愛の告白かい?」

「うッせェ、聞きたいことがあるだけだ」

 

 一方通行は、診察室を離れ、外に出ていた上条と目をあわせる。

 

「命に別状はねェ。痛みで気ィ失っただけだとよ」

「そうか……良かった。ところで、お前の連れの御坂(?)とウチの暴食シスターが今こっちに向かってるって連絡あったけど……まだ時間かかるってよ」

「なら、丁度いい。オレはあの女に聞きたことがある」

 

 聞きたいこと?と上条は聞き返す。

 

「オレの何を知っているのか、それを聞く」

 

 あの少女は、一方通行の名前を聞いたとき、驚いた様子だった。

 驚くだけならその辺の学生でも変わらない。

 彼の名前……というか能力名は学園都市(ここ)の中でも有名だ。

 しかし問題なのはその後のセリフ。

 『私を覚えている?』とも取れる言い方だった。

 

「アイツにも何か恨まれるようなことしたのか?」

「してたとしても、覚えてねェし興味ねェ。そこも含めてこれから尋問すンだよ。敵性が見られるようならこの場で殺す」

「だめだ」

「……なんでオマエが止める」

「女の子なんだぞ!? そんなに軽々しく殺すなんて、普通ありえないだろ!?」

「オレは普通じゃねェ。普通とか、変とかそんなもので語るにはオレはあまりにも飛び越えすぎてる。そんな理論は通らねェンだよ」

 

 だったら、と上条は拳を握り一方通行を見る。

 

「俺もアイツの部屋に行く」

「…………好きにしろ。アイツを救ったのは実質オマエだ。オマエがどうしようがそこは勝手だ」

 

 一方通行は踵を返し、杖を使いながらカエル顔の医者に教えてもらった場所へ行く。

 上条は黙ってその後へついて行く。

 エレベーターを使い、上に昇る。

 それは七階で止まり、再び歩き出す。

 やがて、一方通行は部屋の前で止まった。

 

「ここだ」

 

 ネームプレートには紙で小夜啼菜優花の文字。

 上条は横開けのドアをノックする。

 はい、と中から声が聞こえたのを確認し、当麻はドアを開けた。



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Present_Day_10 小夜啼菜優花

 目を覚ますと私はベッドの上にいた。

 どこだ、ここは。

 確か私は、誘拐犯をぶちのめすために、戦いに行って。

 そしたら実は三人目がいたり、横から人間砲弾が飛んできて……

 それで、白い髪の男が加勢に来て

 白い髪……!?

 

一方通行(アクセラレータ)!!」

 

 私は辺りを見回した。

 が、誰もいな……くはなかった。

 でもそれは、一方通行ではなく、大きなカエル。

 でもないだろう、白衣を着ていることから見て医者だ。

 この人が治療に当たってくれたのだろうか。

 

「お、気がついたのかね? ……何が起きたのか、覚えているのかい?」

「……大体は」

「君は一方通行の知り合いなのかい?」

 

 なぜ知っているのだろう。

 ああ、さっき大声で叫んでいたからそう思われたのだろう。

 

「私はそうだと思っています。 彼は今どこにいますか?」

「病院の待合室だよ、ツンツン頭の子も一緒なんじゃないかな?」

 

 それを聞き、立ち上がろうと私はベッドから降りる。

 

「……痛ッ!」

 

 腹部に痛みが走る。

 そういえば、アイツに鉄の棒で殴打されていたの忘れていた。

 

「そりゃ痛いよ? 内臓まで破裂しそうになっていたからね? しばらく、絶対安静だよ?」

「でも……一方通行は……また……どこかへ……」

 

 はぁ……と、このカエルドクターはため息をつく。

 

「心配せずとも彼はここに来るんじゃないかな?」

「…………え?」

「だって、彼は君のこと覚えていないようだしねえ? きっと君の素性を探りに来る、と私は思っているけどね?」

 

 この医者は彼と仲がいいのだろうか?

 まるで、いつも彼と会いどんな人間か熟知しているような言い種だが。

 

「まあ、どのみちこれから私は彼に会うからね? 来る気がないようなら私がそれとなく、そそのかしておくから安心するといいよ?」

 

 それだけ言い、彼は部屋を出た。

 

「…………覚えてない、か」

 

 覚悟はしていた。

 先の再開ときの彼には私が見えていなかった、そんな気はした。

 でも。

 じゃあ、どうして……どうして彼は、私には……

 そこまで、考えていると、自分が頭が回っていないことに気づいた。

 緊張で疲れが出てしまったのだろう。

 

「ちょっと寝よう。演算さんには後で連絡しておかなきゃね……でも、多分怒ってるだろうな……、言われたこと無視して突っ込んじゃったし」

 

 とりあえず今は休もう、このまま一方通行を待っていたら気が持たない。

 枕に頭を預け、目を閉じる。

 気づいたら、眠りが私を包みだし、外界から遮断されていた。

 

 

  *****

 

 

 ドアのコンコンという音で私は目を覚ます。

 

「……来た、かな」

 

 はい、とドアの方へ返事をする。

 それを確認したのか、外にいる誰かはドアを開ける。

 

「具合はどうだ?」

 

 入ってきたのはあの人間砲弾と化したツンツン頭の人。

 心配してきてくれたのは嬉しいけど、同時に少しがっかりでもあった。

 だが、それはすぐに消えた。

 もう一人いたのだ、人には不自然な白い髪を持つ男、一方通行が。

 

「一方通行! 痛ッ……!」

「お、おいしばらく安静なんだろ? じっとしてろって」

 

 スーパーマンさんが心配そうに声を掛ける。

 

「ごめんなさい……それとありがとう、助けてくれて」

「それはお互い様だ。アンタがいなかったら、場所を特定できなかったし何よりあの子を助けようとしてくれた。こいつに代わって礼を言わせてもらうよ」

 

 彼が指したのは、一方通行。

 あの子は彼と何か関係があるのだろうか。

 

「さて、オマエに聞きたいことがある」

 

 一方通行は現代風の杖を突きながら、さらに私に近づいてくる。

 

「オマエは誰だ?」

 

 彼は確かに覚えていないようだ。

 そしたら、おそらく私の過去も……

 

小夜啼菜優花(さよなきなゆか)大能力者(レベル4)よ。……やっぱり覚えてないのね」

「…………なンだ? オマエもその辺のくだらねェ連中と同じ、復讐絡みかァ? それなら今この場で受けてやッてもいいがなァ」

 

 彼は言うと、首に付いている装置のボタンの近くに手を持っていく。

 私を殺す準備はできている、という意思表示だろうか。

 だが生憎、彼に恨みのない私にはそんなことをするつもりは毛頭ない。

 

「違うわ、私のはその逆。あなたに助けてもらったのよ」

「…………………………はァ?」

「…………………………え?」

 

 二人とも驚きの顔で私を見る。

 

「だから! 私は一方通行に! 助けてもらったの!」

「………………ええええええええええ!? お、お前が人助けとか、人違いじゃないのか!?」

「……ややこしくなってきやがッたぜ、クソ」

 

 そんなに驚かれても……。事実を言っただけだし。

 

「まァいい……オマエにはもう一つ聞きたいことがある。オマエが車の中で呟いていた『木原』についてだ」

 

 私自身は呟いた記憶がないのだが、なぜこの人はそんなことを聞くのだろうか。

 とはいえ、ウソをつく理由もないので素直に答えることにした。

 

「……え? 演算さんのこと? それとも、那由他さんの方?」

「……知ッてるんだな?」

 

 彼は首の装置の電源を入れると同時に私の腕を掴みあげる。

 速い、私の目では追えなかった。

 ギリギリと私の腕が音を鳴らす。

 

「痛いッ……な、何を……?」

「質問にのみ答えろ。腕が裂ける前にな」

「お、おい! 一方通行! 病人だぞ!? 手を……」

「黙ってろ。敵かどうかまだ確定できてねェ。雑草なら、早めに抜いておくべきだ」

 

 一方通行の目に、私は怨念のようなものを感じ取った。

 『木原』が何だというのか、私には分からない。

 でも、後ろめたいものだってない。

 だって演算さんも、那由他さんも悪い人じゃないもの。

 

「……ええ、知っているわ」

「演算と那由他ってのは誰だ。どこにいる?」

「演算さんはいろいろな学区に作った隠れ研究施設を転々としているわ。那由他さんは風紀委員の四十九支部にいるはずよ」

「…………あいつらは今度は何を企んでいやがる?」

 

 企む、というの何だろう。

 彼らの研究内容を話せ、ということでいいのか。

 よくわからないが、とりあえずそれだけでも話してみよう。

 

「那由他さんは今は特に研究には興味ないらしいわ。演算さんは、私を超能力者(レベル5)にレベルアップさせる、と言っていた」

「レベルを上げる……方法は?」

「社会奉仕よ」

「…………あァ?」

 

 彼の手がさらに強く握られる。

 そろそろ、腕がマジで痛い。

 千切られるような痛みが走る。

 

「痛! ……ほ、本当よ! あの人は、超能力者はみんなその技術力と社会貢献性で認められていると言っていたわ! 私の能力は希少だから、後は社会への認知とその奉仕力しだいでなんとかなるって……!」

 

 嘘は何一つついていない。

 あの人も、一方通行と同じく私を助けてくれた。

 そして誓った。 あいつらとは違う道で、強くなろうって……!

 

「………………はァ。こいつはシロだ」

 

 彼はそういうと手を離す。

 

「呼吸、脈拍、血圧、脳への血流のベクトル、全部測ったが怪しいところがねェ。こんなアホそうなやつが、ポリグラフ対策なんてモンをやッてるようには見えねェしな」

 

 私への疑いは晴れたらしい。

 もし、挙動がおかしかったら私の腕はどうなっていたのだろうと考えると怖くて仕方ない。

 

「まったく、そういう理由があるなら初めから言ってくれよな」

「いやだがまだ、『木原』の連中の容疑は晴れてねェ。あいつらと何をしていたのかそれを吐け」

「そこまでにしておいたほうがいいよ?」

 

 部屋のドアを開き、入ってきたのはあのカエル顔。

 一方通行の方を向き、手に持っていたファイルを渡す。

 

「君、風紀委員にスカウトされていたようだね?」

「え? ええ……。その、那由他さんが私の能力をみて面白いって言って……」

「そうかい、それはウソではないみたいだよ? 書庫(バンク)のデータを見たけど間違いないみたいだしね?」

 

 一方通行は渡された資料に目を向ける。

 ツンツン頭もそれを横から覗きこむ。

 

 備考欄:上記人物は風紀委員の適正人物であると推測。彼女の了承を得しだい推薦する。

 

 ツンツン頭が私のデータを読み上げる。

 なんだか少し恥ずかしい。

 

「大能力者なのも、間違ってはないみたいだぜ? これは……なんだ? 何をする能力なんだ?」

 

 彼は続けて、私の能力プロフィール欄も読み上げる。

 

 小夜啼菜優花(さよなきなゆか) 能力名 原子変換(アルケミスト)

 

「それは……じゃあ、今から見せるわ」

 

 私は左手を前に出し手のひらを上に向け、集中する。

 そして、少しずつ少しずつ手の上に何か細かいものが積もっていき、一つの塊へと整えられていく。

 やがてそれは三センチ上の丸い球体へと姿を変えた。

 

「できたわ。それ触ってみて」

「ん? 何だコレは? 匂いは……鉄か?」

「そう、鉄よ。空気中の酸素から作ったの」

 

 彼の頭の上には?が乗っかっていた。

 しかたない、口で説明するにも少し難しい能力だし。

 

「おもしろいね? その資料、わざと能力説明だけ省いておいたんだけど、自分から見せてくれるとは思わなかったよ?」

 

 わざとだったのね……。

 入れておいてくれたほうが手間が省けたのに。

 

「コレを目に付けてくれたのは演算さんなのよ。『君の能力には素晴らしい価値がある』って私にそういってくれたの」

 

 彼の持っていた鉄の塊を再び手にとり、手の中で転がしながら私は語った。

 

「やっぱり、一方通行。あなたには聞いて欲しい。演算さんがどんな人なのか、私があの人にどんなことをしてもらったのか、その過去を」

 

 木原演算、私の恩人。

 一方通行は何か、おかしな誤解をしているようだ。

 演算さんがどんな人か知ってもらえば、それは消えると思った。

 だから、話そう。

 彼と私の昔話、二人で第一位(あなた)に近づこうと努力した、その軌跡を。

 

「どのくらい前だったかしらね、あの人と出会ったのは」



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Past_Day_1 八月某日

さあ、過去編です。がんばります。
八月なので旧約一巻より後ですね。



 暑い、暑い、暑い!

 暑いのはホント嫌い!

 何でこんな季節が世界に存在しているのよ。

 ずっと春か秋でいいのに、生きるのに不便すぎるんじゃないかしらこの地球のシステムは……。

 文句を垂れながら、第七学区の道を歩く。

 とはいえ、もう少しで地下街に入れる、そうしたら少しはましにもなるだろう。

 

「そういえば、夏期都市水害防止プログラムとかいうあの神イベントはまだかしら? しばらくこんな暑っ苦しい制服着なくても水着で外歩けるから好きなんだけどなあ……」

 

 泳げない人間には申し訳ないんだけど、私のように心待ちにしている人間だっているのよ。

 もし、その人たちが上層部に苦情でも入れようものなら全力で潰しにいくけどね。

 

「やっと地下街か。……あ~でも日差しがない分、まだいいわ」

 

 地下街への階段を降りる。

 夏休みのせいか、なかなかの賑わいで、空調が効いているのか効いていないのか分からないくらいの熱気があふれていた。

 

「えっと、演算さんの指定場所は……っと」

 

 スマホのメール画面を開き、送られてきた内容を確認する。

 場所はこの第七学区地下街……の……。

 

「何よここ……?」

 

 私は目をこすったが、見間違えているわけではないようだ。

 文字化け、にしては高度な化けかただ。

 

「…………とりあえず、行くしかないわね」

 

 暑さでただでさえ重い足取りはさらに重くなった。

 

 

  *****

 

 

「いらっしゃいませ♪コスプレ希望ですか?それともご飲食のほうでしょうか?」

 

 私の目の前で、アニメでみる様なゴスロリ服の店員さんが丁寧な接客をする。

 そんな格好で……苦労してるんだろうなあ、この人も。

 

「い、いえ、その待ち合わせなんですけど……あっ」

 

 見ているこっちが恥ずかしくなった私は、店内を見渡しようやく彼の姿を発見する。

 そのまま、怒りに任せ演算さんの元へ突っ込む。

 

「ちょっと!? 何なのここは!?」

「オオ、キタキた! 何ってコスプレ喫茶ですよ? 私のお気に入リデス」

「いや、それは見れば分かるわよ! なんでここが集合場所なのかを聞いてるの!」

「ハッハッハ、それはですね。……おっと、コレはまだ言ってはいけないのでした。ミホちゃん、あれを持ってきてクダサイ」

 

 演算さんが隣に座っているメイド服姿のミホと呼んでいる女の子に言った。

 なぜかその子に睨みつけられる私。

 

「その子は……おにいちゃんのなんなの?」

 

 ヤンデレ属性!? しかも、おにいちゃんって……。

 身長は私より小さいからそう見えるけど。

 顔も体格もどことなく那由他ちゃんに似てる気がする。

 

「オオウ、怒ラないでください。私と彼女はなんでもないのですよ。だから、お願いします。あれを持ってきてクダサイ?」

 

 はーい、とやたら甘ったらしい声で、この場を離れるミホさん。

 そして睨まれる私、多分そういうキャラ作りなのね。

 

「演算さん、あなた、ヤンデレ妹好きだったの。ドン引きだわ」

「ナンデスト!? いいではありませんか! 私は性癖を隠したりなどはしませんですよ? ていうか、愛されているなら私は妹に殺されても幸セデース」

「ごめん、多分私、今までとは違う目であなたを見ることになると思うわ」

 

 ジト目で彼を見る。

 演算さんは本当に特に何も気にしていないようで、いつもの調子のまま話を続ける。

 

「ハイハイ、ソれでは本題です。私がここに来た理由ですが……。おおう、丁度持ってきマシタネ」

 

 ミホさんが持ってきたのは服だろうか、しかもやたらヒラヒラとしているような。

 

「アナタニハそれを着てもらって、家政女学校で一日研修をしてもライマス!」

「ちょっと待ちなさい。理由を聞かせるところから始めなさいよ」

 

 家政女学校って……メイド用の学校とかいうエロゲみたいなとこよね?

 私のレベルを上げることと何の関係があるというのか。

 

「アナタノ能力の希少性については前話しマシタネ?」

「ええ……それが何なの」

「後、アナタニ足りていないものは社会への実用性とそして貢献力、この二つです。だからこそ、あなたにはそこで人間への奉仕の心を学び、人への役立ち方を知り、それを実行すれば学園都市上層部もきっとあなたへの態度を改めることデショウ」

「……言っていることはなんとなく理解できたわ。なんかずれている気がするけど」

「オウ? 気ノセいですよ。さあ、そうと決まったら着替えるのです。サア早ク!」

 

 演算さんはメイド服を持ちながら近づいてくる。

 その目はキラキラと少年のような輝きを帯びていた。

 なんだか面倒なことになってきたような気がする。

 

 

  *****

 

 

「オウオウ!コれはこれは……。お似合いですよ、菜優花サン」

「あのねえ、舐めまわすように見ないでくれるかしら」

 

 メイド服の着用は家政女学校の義務だと昔、友人から聞いたことがあった。

 私達が普段着ている制服のようなものなんだろう。

 こんなものを普段から身に着けるとか、自分には絶対無理ね。

 暑いし、動きにくいし……。まあ、かわいいとは思うけど。

 

「身長、体重、スリーサイズ調べておいて正解デシタネ」

「どこで調べたのよそんな物……」

 

 この人には何でもお見通しのようで、この間なんか昨日食べたものから見ていたテレビ番組、パソコンのウェブサイトまで当てられたときはさすがに戦慄した。

 ここまでくると、もうストーカーのレベルはとっくに振り切ってると思うんだけど。

 

「私ニ菜優花さんのことで分からないことはほとんどありません。なぜなら私は」

「菜優花さんの最高最強のマネージャーだカラデース! でしょ?」

「オオウ、その通り! では菜優花さんさっさと行きマショウ」

 

 演算さんが私の手を引っ張り、店を出ようとする。

 と、思いきや演算さんの動きが止まる。

 

「オウ? 菜優花さん? なぜそんなに強く引っ張るのです? やはり行きたくないノデスカ?」

「はあ? 私、そんな……力……入れてな……い……」

 

 ここで気づいた。

 演算さんの白衣に伸びている手。

 私の手は演算さんが握っているから自分のではない。

 チラッ、と手を伸ばしている人間の方を見る。

 そこには先ほどのミホさん。

 確かこの人は……

 

「ちょっとおにいちゃん。この人とどこへいくつもり? ねえ、おねえちゃん? 私のおにいちゃん泥棒しようっていうなら……殺すよ?」

 

 ヤンデレ妹ミホさん(キャラ)が私を睨みつけ、威圧する。

 キャラなのは分かるけど、普通に怖いから! なんでこの店はクレームが来ないのか不思議なくらいなんだけど!?

 

「ひぃっ、ちょ、ちょっと! 演算さん、アンタの妹でしょ!? 何とかしてよ!」

「オオウコレは私の待ちに待ったシチュエーション、ヤンデレっ子による修羅場ですね! さあ、私をナイフでブッ刺しに来るのです!」

「アホ! こんな時にそういう性癖は出なくていいの! 早く手を……」

 

 ミホさんの手を振りほどこうと私が引っ張るがビクともしない。

 ていうか、ホントに怖いからそのハイライトを失った目でこっちを見ないで!

 

「仕方ナイデすねェ……ミホさん属性変化(チェンジ)でお願イシマス」

 

 演算さんが謎の暗号を言うと、ミホさんは白衣から手を離した。

 

「……お客様、次は何がよろしいでしょうか」

 

 先ほどの彼女とはうって変わり、怖いくらいの無機質な声でそう言った。

 本当の彼女はこっちなのだろうか。

 

「私達ハ帰リますので、もう大丈夫ですよ。今日もありがとうございました。楽しかったですよ、また会いに来マスネ」

「いえ、楽しめていただけたのなら何よりです」

 

 ミホさんは丁寧なお辞儀と接客業において満点の笑顔でお礼をいう。

 

「ところで、演算様。私、家政女学校のほうから命を受けていまして」

「ホウ? ソレハまたどウイッタ?」

 

 彼女はポケットから取り出した紙を広げこちらに見せる。

 

「繚乱家政女学校特別一日研修コース、担当のミホ(仮称)です。よろしくお願いします、小夜啼菜優花さん」

 




夏期都市水害防止プログラム……新約十一巻 学園都市で夏に行われる、街全体をつかった防災訓練。街をわざと水没させることで道は流れるプールのようになり、水着を着て泳ぎながら移動することが必要。


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Past_Day_2 繚乱家政女学校

「ミホさん、ところでどうして私達があそこに来ると知っていったんです?」

「超スーパーメイドですから。当然です」

 

 家政女学校に向かう歩を進めながら彼女は答えた。

 

「ヤッパリ、メイドさんは凄いですね! 見習いたいモノデス」

「アンタは見習わなくていい、余計なことまで調べ始めそうだから」

 

 過剰ともいえるほど私の生活を監視している人がこれ以上レベルアップされるのは私の精神衛生上、大変よくない。

 

「ここですよ」

 

 ミホさんが止まり、指をさす。

 案外、普通の学校だ。とんでもない敷地のとんでもないほどの豪華な飾りのかかったところだと思っていたが、質素という言葉がふさわしいくらい何の変哲もないところだった。

 

「『学舎の園』より、目立ってはいけませんからね」

「……ナチュラルに思考を読まないでください、読心能力(サイコメトリー)ですか」

「いえ、ここに来た人は大体そんなふうに思ってますから、さあ中に入りましょう」

 

 ミホさんが校門脇の扉を開け、私達と中をくぐる。

 そのまま、校舎への道を歩く。

 夏休みにも関わらず、生徒はメイド服を着たまま活動していた。

 ミホさん曰く、『真のメイドさんには休息はいらない』という校則が存在しているらしく、夏休みどころか土日の休みすら存在しないのだという。

 到底、自分には向いていないと感じた。

 というか、ここに向いている人というのはどんな人なのだ。休みもなく人のために全てを尽くす、お人好しと言われたことのある私だが考えられないと思った。

 

「ホントニ休みがないんですね。ただの心構えのだと思っていマシタガ」

「当然です。超スーパーメイドになるためには休みなど取っている場合ではないですし、そもそも要らないのですよ」

 

 校舎のガラス戸を開け、中を進む。

 校舎内も学生さんがせっせと学習に励んでいた。

 窓ガラスの拭き方を教わっている者、わざと絵の具を付着させた壁で汚れ落しの仕方を学んでいる者、様々だ。

 そして、ミホさんは第四学習室という部屋へ入り、私達もそれに続けて中に入る。

 

「改めまして、ようこそ繚乱家政女学校(りょうらんかせいじょがっこう)へ。先ほど、お話致しましたようにあなたにはここでメイドの何たるかを学んでいただくことになります。今回は一日だけなのですが、みっちりやりますのでそのつもりでお願いいたします」

「はい、よろしくお願いします」

 

 人への奉仕の心、それを学べば私への評価は変わる……といいなあ。

 でも、せっかく演算さんがこんな貴重な舞台を用意してくれたのだ。変わろうが変わらなかろうが、やるだけだ。

 

「それでは、あなたには今から私と模擬戦をやっていただきます」

 

 …………はい?

 

「え、あの…………何を?」

 

 模擬戦?

 どうして? いやいや、メイドに戦闘力って必要あるの、そもそも!?

 

「演算さんこれはどういう」

「オウ? ソレデは私は外の方で目の保養をしてきますね。ゴユックリー」

 

 あの野郎、逃げやがった!

 

「質問などしても、相手は待ってくれませんよ」

 

 ミホさんが自分の目の前に気づかぬ間に接近していた。

 彼女は正拳突きを放ち、私に当たる寸前で止める。

 

「菜優花さん、コレで一回あなたは気絶しました。この間にあなたの主人は連れ去られてしまうのですよ」

 

 ミホさんは拳を下ろし、バックステップで後ろへ下がる。

 

「演算様から、あなたは能力者だと聞いています。出力など気にせず使ってくださって結構ですよ、この部屋少し頑丈なものですから」

 

 ……仕方ない、ならちょっと暴れるのも良いかもしれないわね。

 あの人はなんだかヤバイ感じがする。

 

「わかりましたよ、やればいいんでしょやれば!」

 

 私はまず駆ける、とりあえずモノ探しから始めなくては。

 自分の能力では空気中から作るには遅すぎる。

 この第四学習室は、多分彼女の言い方から察するに模擬戦用なのだろう。

 要人の秘書室のような場所に設定されている。

 なら、何かしらあるはずだ。

 

「あった!」

 

 秘書室の机の中にしまわれたノートパソコン。

 少し面倒だが、これがあれば武器にはなる。

 

「残念ですが、拳銃やナイフの類はさすがに置いておりません。リアリティには欠けてしまいますが、生徒の安全のためですので」

「そんなもの私には必要ないですよ」

 

 ノートパソコンを地面に叩きつけ基盤を露出させ、それを本体から引き抜く。

 そして、液晶画面も邪魔だと雑に取り外す。

 残ったのはキーボードと画面の枠のプラスチック。

 

「形状を変える……!」

 

 両手で握ったノートパソコンのプラスチックは溶け、形を変えていく。

 それを一本の棒状に整え、やがて長さ三十センチ、太さ三センチほどの大きさになった。

 

「後は、材質!」

 

 棒の端と端を握る。棒の重さが少しずつ増していくのを頭で感じ取った。

 プラスチックの棒を鉄に変えたのが成功したようだ。

 

「よし!」

 

 私は片手で持ちそれを振り上げ、地面に叩き下ろす。

 重さも音も鉄そのものだ――色はそのまま引き継いでいるので黒のままだが。

 

「へえ、これはまたおもしろいものをもっていますね」

 

 どうやら能力持ちだとは聞いていた様だが、中身までは知らないみたいね。

 演算さんの口が軽くなくて良かったわ。

 

「モノの材質と形を変える能力でしょうか……『モノ』というのがどこまでの範囲なのかはまだ分かりませんけどね」

 

 大体、そんなところだけどそれだとまだ八十点ってところかな。

 もちろん教えるつもりはないけど。

 

「超スーパーメイドたるもの、武器の対処くらいは心得ているんでしょう?」

「当然です。私は超スーパーメイドですから」




繚乱家政女学校……土御門舞夏の通っているメイド学校です。
         設定では第七学区にあるとか。


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Past_Day_3 剣と盾

 私は鉄棒を握りしめ、構える。

 ミホさんは得物を持った私を警戒し、そのまま動かない。

 しばらくの硬直の後、動きが起こる。

 先に動いたのは相手。鉄の塊を持った私を気にせず近づいて来た。

 そして、私を目の前に捉え蹴りを加える。

 

「……! 形状を盾に!」

 

 私は鉄の棒の形状を丸く変え、盾のような形へ作り変え、蹴りをガードする。

 蹴りを加え、もう片方の足が留守になっているのを私は見逃さなかった。

 

「一部を棒に!」

 

 盾の端を棒のように伸ばし、傘の手元のような形状に変える。

 それをミホさんの片足に引っ掛け、盾を引っ張る。

 

「……ッ!」

 

 彼女はバランスを崩し、地面に倒れる。

 

「盾を二分割へ! 片方は棒に!」

 

 鉄を二分割し、盾を左手もう一つを右手で持ち、形を先ほどと同じ棒に変化させる。

 それを振り上げ、ミホさん目掛けて振り下ろす。

 しかしミホさんはそれを横に転がりながら避けその勢いで地面に手を付き、アクロバットな動きでそのまま立ち上がる。

 

「……これは面白い。まるで剣と盾を持った騎士(・・・・・・・・・)のようです。戦闘向きには見えなかったので侮っていましたが、そうでもないようですね」

「ありがとうございます。剣……ですか、棒よりはかっこいいかもしれませんね」

 

 自分の持っている棒を見る。

 『剣』か、今度からそう呼ぼう。

 

「ところで一つ聞きたいんですけど、この服は何製なんでしょう?」

 

 私は自分の着ているメイド服に親指を向け尋ねる。

 

「さあ、それはお答えできません。だって、それも使うことができるのでしょう(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「バレましたか。まあ、その通りです」

 

 頭にのせていた、カチューシャを手に取り、頭にひっ掛けるプラスチック部分とヒラヒラの白い布の接合部分を引きちぎる。

 プラスチック部分を鉄に変え、その新しくできた塊を右手の武器へ融合させる。

 

「驚きました。新たに作ったものを加えることもできるとは」

「はい、ですから私に長期戦は不利ですよ」

「服も全部鉄に変化させて武器に加えるつもりですね」

「いやそれは……ちょっと恥ずかしい……かな」

「んん? なぜです、どうせココには自動ロックがかかるので終わるまで誰も入って来ませんし、私は同姓の裸体を見ようがどうも思いませんが」

「と、とにかくダメです! さあ続きです!」

 

 顔を真っ赤にしているのはさすがにバレただろう。というか私だって別に女の子くらいならなんとも思わないけど、演算さんが終わったら入ってくるし結局鍵の意味なんてないのよね。

 

「承知しました。ところで……その剣と盾、少しずつ大きくなっているような気がするのですが気のせいでしょうか? 先ほどのパソコンの部品とカチューシャの部品の大きさとは釣り合っていないように見えますが」

 

 私の手元にある、鉄の塊は本当に少しずつであるが確かに大きくなっている。

 気づいたみたいね、私の能力の恐ろしさの一つに。

 

「そうです。実はあなたと話している最中も戦っている最中も大きくなっていたんですよ。私との模擬戦が終わるまでにこの力は解明できるでしょうかね?」

「……できますよ。超スーパーメイドの私になら、当然です」

 

 小学生女子よりも少し大きいくらいの超スーパーメイドのミホさんは私に余裕の笑顔を見せる。

 私と彼女は再び激突した。




彼女の能力の詳細は次回


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Past_Day_4 原子変換

 あれから三十分が経過した。

 ミホさんの攻撃を私は鉄の盾と鉄の剣と能力を使ったトリッキーな攻撃で全ていなしていた。

 彼女はこれほど動き回っているにも関わらず、息すら上げていない。

 対して、私はミホさんほどの体力もなく、能力を使用しているため疲れが溜まってきていた。

 それでも相手は手を休めず攻撃してくる。

 これはどう見ても私の不利、でもこんなのは想定の範囲内だし、計画通りなのだ。

 そう、私の剣と盾、大きさが先ほどに比べてかなり大きくなり、盾はもう持ち上げるほどの重量ではなく盾というよりはただの塊と呼べるほどになっていて、棒の剣に至ってはもう電柱のような大きさと太さで天井に届きそうなほどだ。

 動かすことができないなら避けられないじゃないか、と思うかも知れないがそうではない。

 そもそも動かす必要がないのだ。

 能力によって、形状を自由に変化させ、攻撃の来たところへ盾を伸ばし、スキができたのならそこへ棒を伸ばし、攻撃を加える。

 だが、それもこれだけ大きくなると話は変わってくる。

 

「そろそろ、ね」

 

 私はつい笑みをこぼす。

 そう、あれだけ続けていたミホさんの攻撃回数は少しずつ減少していた。

 ミホさん自身もそれに気づいているだろうし、理由もわかっているだろう。

 私は棒と盾を伸ばし、攻撃と防御を行っていた。

 まるで触手のような動きをしていたそれは盾と棒が大きくなるにつれ段々と本数を増やしていたのだ。

 

「これは……マズイかもしれませ……くッ!」

 

 ちょっとずつ、ちょっとずつ優勢の針はこちらに向いてくる。

 そして、とうとうミホさんは攻撃を避けることだけしかできなくなってしまった。

 完全にこちらの術中にはまっている。

 ここまでくればやることは決まってくる。

 攻撃のみに専念、能力の使用も鉄の成長は抑えることにする。

 

「本数が多すぎる……! あっ」

 

 ミホさんの足を棒の鉄触手が捉える。

 そして、地面に引き倒し、別の触手を使い拘束する。

 

「詰みですねミホさん」

 

 私は棒に手を触れたまま彼女に言う。

 

「……そのようですね」

 

 彼女を拘束していた棒を解く。

 ミホさんは引き倒されていた地面から立ち上がる。

 彼女の顔はずっと無表情だったのだが、このときばかりはさすがに悔しかったらしく少し顔に出ていた。

 

「お見事です。……これは負け惜しみではないのですが、要人を護衛するときの戦闘には少々使いづらいですね」

「はい。まあ、使おうと思えば床や壁のコンクリートや、ガラスなんかも使うことはできるのですが、それをやると建物にダメージがいってしまうのでさすがにやめました」

 

 とはいえ、実際の戦闘時にはそんなの躊躇はしていられないため、もしそんなことになればおそらく自分ならやっていただろう。

 だが、これを言えば手を抜いていたというようにも聞こえるため私は黙っていた。

 

「そうそう、あなたの能力ですが……」

 

 思い出したようにミホさんが言う。

 

「あなたが弄ることができるのはモノというくくりではない……のでしょうか?」

「そうです。物体と区切ってしまうと分かりづらくなりますね。正確に言えば……原子です」

「原子……ですか」

「はい。細かい話だと難しくなってしまいますので大まかな部分だけで説明しますが、私の能力でできることは三つあります」

 

 細かい理論はあるのだが、それは口で説明するのは難しすぎる。

 

「一つは、固体、液体、気体の原子を別の原子に変えることができます。二つ目は原子と原子を無理やりくっつけ分子を作ることができます。簡単な例えだと、酸素を燃やさなくても二酸化炭素を作ることができるということです。そして三つ目はその逆で、分子を無理やり原子、一つ一つに引き剥がすことができます。こちらも簡単な例えで表しますが、塩酸を水素と塩素に分けることができるんです」

 

 長くなってしまったが、仕方のないことなのだ。

 先ほどの私がやったのは、一つ目と二つ目の能力だ。

 プラスチックという物質の結合している分子を分解する。さらにそこから原子一つ一つに分解し、その全ての原子を鉄に変える。

 これが私の行ったことの全てだ。

 しかし、ミホさんは納得がいかない顔で私に再び質問を投げる。

 

「それでは、鉄を伸ばしたり、動かしたり、というのは何なのでしょう。別の能力……というわけではないのですよね?」

「あれは能力の応用です。弄った原子を自分の触れている物の好きな場所に付け加えることもできるんですよ。それの座標を同じ場所に指定し、伸ばしているように見せているだけなので動いているというのは間違いですね」

 

 粘土遊びで例えよう。

 手元に丸く固めた粘土がある。

 その球体の面のどこかに点Aを設置する。そこに点A以外の部分から粘土を千切り、点Aにくっつける。

 それを繰り返すことで、伸びたように見せているというわけだ(縮ませる場合はその逆を行えばいい)。

 まあ、形も自由で、伸ばし、縮ませも自由という考えで特に問題はないのだが。

 

「これが私の能力。原子変換(アルケミスト)です」

「原子変換ですか……中々難しい能力ですね。扱うのも面倒かと思いますが」

「はい……。演算処理も多くて頭が痛くなるんですよね」

 

 元々、体力が少ないのもあるのだが私の息が早々に切れ始めたのにはこういう理由があった。

 

「とりあえず戦闘に関してはギリギリ合格ですね。おめでとうございます」

「え……あ、ありがとうございます」

 

 まあ、時間掛かり過ぎなのは確かだしね。

 多分、四十分くらいはかかっている。彼女が手ごわいのもあったが、一人の敵の排除のためにこんなにかかっては人は守れない。

 メイドは世話焼きと同時に護衛もできなくては意味がないのだろう。

 でも、これははたして必要あったんでしょうかねミホさん?

 

「さて、そろそろ他の研修に移らなくてはいけませんね。ではまずここの掃除です」

「いやここそれなりに広いですけど……終わるんですか?」

「大丈夫です。超スーパーメイドの私にかかればあっという間ですよ」

 

 掃除は苦手なのだが、仕方ない。

 ミホさんがいつの間にか持っていた箒を手に取る。

 がんばろう、自分の価値を上の連中に教えてやるために。




もっと細かい能力の理論については後々。
かなり複雑なんですよねえ……


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番外編 木原を追う少女

 木原演算は、第四学習室の扉を閉め外を出る。

 後ろでガチャン、というを音を聞き思わずドアを見る。

 

「オオウ、電子ロック式とは驚きました。しかしココ、随分と頑丈にできているように見えましたが、そういうことだったんデスネエ?」

 

 あまりの驚きにおもわず独り言を呟いてしまう。

 その様は傍から見ていて不審者そのものであった――文字入りTシャツの上に白衣という服装からして怪しいのだが。

 だからこそ、その近くを偶然通りかかってしまったこの雲川鞠亜にはそう見えてしまったわけで。

 そして、そのメイド少女はさらに彼は何者だと思ってしまうわけで。

 こんな女子校にあんなに怪しい男がいるということはどういうことだと思うだろうか。

 

「この」

 

 そんなもの決まっている。

 

「変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!」

 

 男が女子に絶対呼ばれたくないであろう(一部の性癖の人は除く)称号、『変態』だ。

 

「オオウ! メイド女の子がこちらにダッシュで近づいてきてますね!? これはあれですね、『一目ぼれ』ですよ。やっぱり私には女の子を引きつけるオーラがあったんで……グギャボアアア!

 

 雲川鞠亜が得意の格闘術プラス暴風車軸(バイオレンスドーナツ)のダブルコンボで木原演算を地面に引きずり倒す。

 能力者開発など受けていない木原演算にはそんな物などよける術は持っておらず、いいようにやられてしまう。

 地面に引き倒された演算は、そのまま絞め技の体制に入られてしまい逃げることもできなくなってしまった。

 

「痛イ痛イ痛い!! ギブですギブ! ギブアアアアアアアアップ!」

「何がギブアップだ変態野朗! メイド学校に忍びこんでエロゲ設定でも満喫しようってのか!?」

 

 やろうとしていたこと――メイドの姉ちゃん覗きを遠まわしに見抜かれてしまった演算はどうしてばれた! という顔を晒してしまう。

 だからこそ、雲川鞠亜の絞め技はさらに威力を増していく。

 

「ア、ヤバイコれ死ぬかもしれません。ああ、でも最後にせめてパソコンに残った妹物のブツくらいは天国に持ち込ませてくだ」

「死ねクソがッ!」

 

 体の何かが外れるような音と、木原演算の絶叫が辺りに響き渡った。

 

 

  *****

 

 

「し、しししししししししししし失礼しました! ま、まさか客人様だとは思わなくて……。しかも、能力の演算ミスって気絶させてしまうとは……本当に申し訳ありませんでした!」

「ハッハッハ、気になさらないでください。それに……なんだか新しい境地にたどり着けた気ガシマス!」

 

 気絶してしまった演算を医務室に運びこもうとしている最中、廊下で学習中だった女生徒にウチに来た客人であると教えてもらった雲川鞠亜は今、全力で彼に土下座中である。

 

「モウ顔ヲ上げてください。特に何も気にしてはいまセンノデ」

「いえ、ですが……」

「イイノデスよ、十代の女の子と体を密着させることができたことに比べればお釣りがくるってなものですよ、はッハッハ」

 

 こういうことを言うから誤解されるのではと思った雲川鞠亜だが、さすがにこの状況でそれを口にするのはためらわれた。

 

「コノ『木原演算』、女の子には全力でやさしくする、それが生きがいなノデスヨ」

「木原……ですって!?」

 

 雲川鞠亜は土下座をしていた頭を振り上げ演算のほうを見る。

 

「アナタ、ソノ苗字が何なのかゴ存知デ?」

「ええ、まあそういう部類(・・)ですので」

 

 裏を知りえる人間、木原はそう考え話をさらに進める。

 

「イケマセンかね、やはり私がこのような場ニキテハ」

「……そう言いたいですね。あの人たちは私の思う限りろくなことをしてきてないですから」

 

 間違ってない。人の命をゴミのように使い潰し、実験に使っている忌々しいあの一族の苗字。

 だが、彼女の中には一つ、例外な人物がいた。

 

「でも、一人、違うのはいたの。……あなたは知ってる? 木原加群というかわいそうな男のことを」

「…………モチロンデスヨ」

「やっぱり、そっちの中じゃ有名というか目立っていたでしょうね」

「……彼ハ素晴ラしい研究者だと思っています。もちろん、教師としテモデス」

 

 雲川鞠亜は驚く。

 それはそうだ。彼女が嫌っていた、一族の人間にまさかこういうことを言う人間が存在しているとは思わない。

 

「彼ガヤッタことは間違いではありません。生徒の元を離れてしまったのも理由があるのデショウ」

「ええ。あれは正当防衛が認められて、教員免許の剥奪にはならないはずだもの」

 

 木原加群という教師はかつて彼女の担任だった。

 しかし、通り魔に襲われた雲川を助けるために花壇にあったスコップで殺害してしまう。

 事の顛末はそんなことだった。

 

「……昔、木原ノ中で異端とされてきた彼のことを私は尊敬の眼差しで見ていました。木原の運命に背き教師を目指した彼をね。ですが彼は、職を辞め、どこかへ姿を消してしまいました……。悔しかったですよ。木原は所詮木原なんだと思い知らされたわけでスカラネ」

 

 演算は苦悶の表情を浮かべ自分の思いを打ち明ける。

 雲川はただそれを聞いていた。

 

「ソシテ調べたのです、彼の居場所を。時間はかかりましたが、それも仕方がなかったようです。彼は今、学園都市(ここ)にはいないのようなノデスヨ」

 

 演算は真剣な顔で続ける。

 

「三ヶ月後ノヨーロッパのバゲージシティ、彼はそこで何かをするようナノデス」

「……バゲージシティ」

「ハイ、彼ノコとですからわざと大きな舞台を作って誘い込むのでしょうネ、誰カヲ」

「誰かって……誰のことよ」

「決マッテいるではないですか。彼を教師から下ろしたクソ野朗のコトデス」

 

 あの事件の真犯人は別にいる。雲川には到底信じられない。だがこの木原、ウソをつくようには見えない。

 彼の表情には、憎しみの色が浮かび上がっていた、これが演技とは思えないのだ。

 

「あなたは誰だと思っているの?」

「犯人ハ分カっています。ですが、それは私の口から言いません。彼から、直接お聞きなさい。そして、見てきなさい彼の木原加群としての……教師としての木原加群としての生キ様ヲ」

「……お礼は」

「不要デス。彼を助けられなかった私のミスでもあります。礼など、アナタの満足気な顔を見られればそれで十分デスヨ」

 

 演算は先ほど彼女にぶっ壊されそうになった首を回しながら立ち上がる。

 

「サテ、ソロソろ菜優花さんのアレも終わっているころでしょうし行かナクテハ」

 

 医務室を出ようと、ドアに手をかける。

 ところがその動作は後ろからかけられた声で止まる。

 

「待って。あなたは……何者なの?」

 

 木原は後ろを振り返る。

 

「木原演算、『木原』とは違う邪の道を行くものです。……ソレデハ」

 

 とだけ言い残しそのまま医務室を出ていく。

 雲川鞠亜はしばらくその場で立ち尽くし彼のことを考えていた。

 彼は木原とは違う。

 じゃあ、彼は一体何なのだ。

 そして、バゲージシティに木原加群は必ず現れると言った。

 そこにいけば会える、彼に、私の教師に。

 

「バゲージシティ……か。先生……」

 

 彼女は拳を握り、誓う。

 彼の元へ絶対たどり着いてやる。

 と。

 

 三ヵ月後、彼女は本当にバゲージシティで木原加群のために奔走することになるのだが、それはまた別の話。



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Present_Day_11 責任

「……………………」

「……………………」

 

 え、何この空気は。

 私はマジな話をしただけなのに、この拍子抜けみたいな顔は。

 

「アホくせェ」

 

 一方通行は杖をつきながら、ドアへ向かい始める。

 

「ちょっと待って! まだ、続きが……」

「表の人間の話なんざ一ミリたりとも興味ねェよ。後、オレと暗部の人間には二度と関わるな。オマエみたいに楽しく表の生活できるうちはこっちに来るべきじゃねェ。表と裏は住み分けするべきだ、一部のヤツを除いてな」

 

 彼は私にそう忠告する。

 裏の人間だからこそできるものなんだろう。

 でも、そんなことで諦めるわけにはいかない。

 私は強くならなくちゃいけないんだ。

 そのためには一方通行という最強を知らなくてはならない。

 そして、それを達成するためだったらどんな事だってしてやる。

 

「お、おい! 待てって一方通行!」

 

 ツンツン頭の男は一方通行を追いかけ、引き止める。

 しかし、彼の足は止まらない。

 

「おい、三下ァ。オマエはオレを引き止める立場じゃアねェはずだ」

「いや、でも……」

「さっきも言ったがよォ、助けたのはオマエだ、オレじゃねェ。関わってすらいない人間だったんなら、どうだっていい。オレの勝手だ」

 

 そのまま、足を止めず歩き出す。

 ドアを開けようと手を伸ばす。

 しかし、彼の手が届く前に扉は勝手に開いた。

 向こう側から誰かが開けたのだ。

 一方通行と外の人間の目が合う。

 私は向こうの人間を見てハッとする。

 そして思わず口に出す。

 

「え、演算さん!?」

 

 演算さんはその場を動かず、私を見る。

 

「菜優花サン、お怪我の方は大丈夫デスカ?」

「……はい。あと、ごめんなさい。勝手に飛び出していって……」

「マッタクデす。方法はともかくですが、あなたの行動は間違ってはいません。それにより一人の命とその他の人間の命も助かったのですから。ですが、今度から私の言うことはキチンと守ってくダサイネ?」

 

 演算さんはそこまでお説教すると、一方通行の方を見る。

 

「ヤア、第一位。どこへ行くノデスカ?」

「……テメェには関係ねェ」

「ソウハイキません。あなたには彼女の話を最後まで聞く義務があります。彼女に暗部への興味を持たせてしまった、その責任を取ってもらうタメニネ」

 

 どこで見ていたのか、彼には私達がここで何をしていたのかもお見通しのようだ。

 一方通行は当然、それに応じることはなかった。

 

「オマエ、木原演算とか言ったなァ?」

「ソレガナニカ?」

「オレはあのクソッタレ一族が大嫌いでなァ。道を塞ぐようならぶっ壊しちまうが……良いんだな?」

「…………ヤメテオキなさい。私には効きませんよ、あなタノ(ちから)ハ」

 

 その一言は一方通行の怒りを買った。

 彼の手が演算さんの腹へ伸びる。

 ツンツンも止めようと、行動を起こすがこの距離では絶対間に合うわけがない。

 一方通行の手が演算さんに触れる。

 演算さんがその直後、壁に吹っ飛びひび割れるほどの威力で叩きつけられる。

 と、なるはずだった。

 しかし現実そうはならず、演算さんはその場に直立し、意識を保っている。

 

「…………は」

「ダカラ効カないと、申し上げたはズデスガ」

 

 演算さんが一方通行を無理やり病室内に押し戻すかのように蹴りを入れる。

 それは、ベクトルの反射を無視し腹に直撃する。

 

「ガハァ………………ッ!」

 

 彼はうずくまり、腹部を押さえる。

 無理もない、今まではベクトルの反射で攻撃はすべて打ち返せたのだから。

 

「……ヤハリ本体はただの少年のよウデスネ」

「テメエ、まさか木原数多(アイツ)の戦闘データを」

「残念デスガ、あんな高等技術は使っていません。攻撃を当たる直前で引き戻すなど数多のような変人でないと無理デスヨ」

 

 ……なんの話だろう、裏の話をしているのはなんとなく雰囲気でわかるのだが。

 

「あれは……オレと同じ…………? 幻想殺し(イマジンブレイカー)……?」

 

 ツンツン頭も呟く。

 イマ……何とかは彼の能力なのかしら。

 

「オウ、君ハ菜優花さんを救っていタダイタ……」

「あ……上条です。上条当麻」

 

 そういえば助けてもらったのに名前すら聞いていなかった。

 ……ちょっと失礼だったかな。

 

「キ、キミは何者だい? 彼のベクトル操作をものともせず近づいてくるなどありえないよ?」

 

 カエルのお医者さんもさすがに驚いたようで、動揺しながら彼に問うた。

 

「……特異ナ体質なもので。ある人は『原石』と呼んでいマシタガ」

「『原石』……ねえ?」

「エエ、私ノ体からは『反AIM拡散力場』というものが出ているようなのです。それが彼の能力の発動を妨げたノデスヨ」

 

 AIM拡散力場、能力者が意識せずとも発せられてしまう微弱な力のフィールドのことだ。

 学園都市にはこれを使う人間もいるらしいが、まあそれは今は関係ない。

 

「AIM拡散力場って、能力者が出してるっていうあれだろ。ってことは、アンタは能力者ってことか?」

「イイエ。能力は持ってはいませんよ。ただ、生まれつき……だったようなのです。『能力』というものが発見され、AIM拡散力場という磁波が見つかって、初めて分かったことナノデス」

 

 ツンツン、じゃなくて上条君の問いに答える演算さん。

 実はこの話、前に一度聞かされたことがある。

 実感が湧かなくて彼の目の前で空気中から鉄を精製してみたのだが本当にできなかった。

 

「なんだねそれは? 私でも……聞いたことがないけどね?」

「反AIM拡散力場とは、AIM拡散力場とは対になるものです。例えるなら、物質と反物質のような関係といったところでしょう。この両方がぶつかり合うと、対消滅を起こし消えてしまうノデスヨ」

「……キミの体から発せられている反AIM拡散力場が、一方通行のAIM拡散力場にぶつかり対消滅を起こし彼の能力もその影響を受け消えてしまった、ということかい?」

「ソウイウ解釈でよろしいかと思いますよ。私の力はまだあまり解明されていない所が多いのです。理論的には間違っていないと信じたいとコロデス」

 

 そして、演算さんは地面にうずくまっている一方通行を見やる。

 

「サテ、一方通行。そのままそこで寝ているのも結構ですが、さっさと起き上がって彼女の話を聞いてやって欲しいのデスガネ」

「テメェは……オレに何がしてェんだ?」

「ダカラ、暗部に興味を持たせてしまった責任をアナタが取るべきだと、私は言っているのですよ。この子が二度とあんなところに触れられないように諭して欲しいというコトデス」

「責任もクソもオレには全く関係のねェことだ。第一、過去にアイツにあったことなんざ一度もねェんだよ」

「……『暗闇の五月計画(くらやみのごがつけいかく)』。忘れたとは言えまセンヨネ?」

「……!?」

「仮ニモ木原を冠していますからね。それなりにあっちの事情には詳しいのですよ。一方通行に感謝を抱き、そして憧れを持ってしまった彼女は自分からあの計画に志願したのです。彼女が実験体になる直前で私が方便を使い、うまいこと救い出さなければどうなっテイタカ……」

 

 暗闇の五月計画のことは私も深く反省しているつもりだ。

 私は彼にいち早く近づきたい、その一心だった。

 他の木原、そしてその他の研究者は私を歓迎した。実験動物のラットのようなことをされようが私は全然構わない、当時はそう思い実験に参加した。

 

「トハイエ、ドちらにしろあの計画は途中で頓挫したようなのですがそんなことは関係ありません。菜優花さんは純粋でとてもいい子なのです。だからこそ、彼女は危ない。目標のための道を進むためなら、表、裏、どちらにだって転んでしまう。私はもう、この子に危険な道を歩ませたくありません! 一方通行、アナタが昔とある実験施設を壊したとき実はそこで彼女に会っているノデスヨ」

「…………知らねェな。ぶっ壊した研究所なんて両手の指じゃ足らねェくらいやってる。あいつらのことだって一々覚えてねェよ」

「デショウネ。たしか、アナタが一方通行の能力を手に入れて間もない頃です。実験施設を壊したあなたは被験者である彼女を見逃した。研究者を憎み、恨んでいるアナタは彼女に同情してしまったンデスヨ」

「……違ェよ」

「違イマセン。彼女がこうして今も生きているのはアナタのおかげなのです。でも、彼女が危ない道に走るのも同時にアナタの責任なのですよ。恩着せがましいかもしれませんが、助けた人間には助けた人間なりの責任が伴ウノデス」

「なんだよ、それ。アンタ、それ本気で言ってるのか!?」

 

 上条君はそれを納得がいかないような顔で反論する。

 

「上条君……デシたね。アナタも大分、裏を知っているようですが……。じゃあ、アナタに聞きましょう。本来いけないことですが自分の家族がご飯に困っている状況で、父親が自分に保険金を掛け自殺すると言い出しています。アナタは止メマスカ?」

「止める。そんなのは間違ってるだろ」

「……ソレデハ、家族全員が飢え死んでしまいますが、いいのでしょうか? 家族のためにと自殺を図ろうとした父親を止めたアナタには父親の家族を守るという責任が乗っかってきます。それを承知で止めるのデスヨネ?」

「……それは……」

「ソウイウコとなのです、彼がやったのは。そして、私に菜優花さんという人間と出会わせてしまった。私は彼女を守ろうと思ってしまった。もし、アナタがその責任を放棄するというなら、私がアナタの首をふっ飛ばしてでも菜優花さんの話を聞カセマス」

「演算さん! あのことは私が悪いんだからもうそれ以上は……!」

「…………ケッ。面倒くせェやつだ……」

 

 一方通行は立ち上がり、近くの丸イスをとりその上に腰掛ける。

 

「……面倒だが、仕方ねェ。オレにも甘い部分があったみてェだしな。話聞くだけだってンならそれで良い。だが、オレに諭してやるだとかそんなことは期待するな。……あくまで話を聞くだけだ」

「……別ニ構イマセンヨ」

 

 演算さんは私の方を見て、続ける。

 

「彼ガソウ言っているので。……お願いシマスネ」

「……ええ」

 

 そして私は彼との物語の続きを語る。



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Past_Day_5 八月某日 第二十三学区

過去編二度目突入です。


 霧ヶ丘女学院、私の通っている高校の名前である。

 十八学区にあるこの学校は、名門のお嬢様学校と言われさらに珍しい能力者の多いところなのだそうだ。

 その一人に私も数えられているらしく、去年の大覇星祭(だいはせいさい)で向こうのチームに『ゲームキャラなら間違いなく玄人向け』と言われたことが記憶にある。

 そんなことは自分が一番理解していることだし、今更誰かに言われたくはなかった。

 

「はあ……、今年も長点上機(ながてんじょうき)が優勝かしらね。ていうか、なんで今から大覇星祭のことで先生に呼び出されなきゃなんないのよ。まだ一ヶ月くらい先じゃないの!」

 

 このクソ暑いなか、ここまで赴くはめになった理由は大覇星祭が原因だ。

 今年は優勝したいと気合を入れているのか、競技の内容を説明された挙句、このポジションでこうして欲しいなど指示を受けてしまった。

 まあ、言われなくともやるけどね。

 

「……っと。メールが来たわね。差出人は……演算さんか。また、あのコスプレ喫茶とかじゃないでしょうね」

 

 思えばなんで私はあの格好のまま、第七学区の外を歩いてしまったのだろう。

 向こうで着替えても良かったんじゃないだろうか。

 今考えるととんでもなく恥ずかしい!

 あのメイド研修の後、秋沙(あいさ)から『私はあなたがどんな趣味しようと気にしないから。うん大丈夫』なんてメールが送られてきた。

 確実に見られたわね、あれは。ていうかフォローになってないんだけど!

 彼女はどうやら転校するらしいが、秋沙なら向こうでもやっていけるだろう。

 ……じゃなくて、演算さんからのメールは。

 

『今回ハ、二十三学区の添付した画像の場所へ来てください。心配せずとも喫茶ではないので、ゴ安心ヲ』

 

 私の考えていることは全部筒抜けなのね、あの人には。

 

「……まあ行きましょうか。二十三学区って、一般学生は入れないんじゃなかったかしら」

 

 彼のことだし、許可くらいは取っているでしょ、向こうについてから考えればいい。

 スマホの地図サービスを開き、二十三学区へのルートを探す。

 どうやら、そこまで電車は出ているようだ。

 演算さんが送ってきたメールの画像も駅のすぐ隣のようだし、丁度いい。

 

「電車代、後で請求してやろうかしら」

 

 

  *****

 

 

 というわけで、二十三学区に到着した私。

 なんだか、場違いな気がするが気にしている場合でもない。

 駅の近くの画像の場所はどこだろう。

 辺りを見るとそれと思しきところを発見した。

 大きめのコインロッカーの前に彼はいた。

 

「オオウ、菜優花さん。お疲レ様デス」

「ああ、うん。お疲れ様」

 

 実は普通じゃない場所を期待していたのだが、別に何もなかったのでちょっと物足りな……あれ、もしかして毒されてる?

 

「サテ、今回ハ大仕事になりますよ。それも学園都市の歴史に関わるようなモノデス!」

「すごいはねそれは。私なんかに務まるの?」

「イエイエ、寧ろアナタにしか頼めないようなことだとおっしゃっていまシタカラ」

 

 今度は掃除やら、雑巾がけやらはしなくて済みそうね。

 

「ソレデハ、行きまショウカ」

 

 胸を張る彼の後を私は追う。

 心配と希望の気持ちを胸に抱きながら。



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Past_Day_6 宇宙エレベーター

 演算さんと私が来たのはまっ平らな土地。

 あるといっても、何かの記念碑のようなものが立っているだけで他は何も見当たらない。

 

「なんですかここは?」

「昔ココデ、事故があったのですよ。『オリオン号事件』と言われるモノデス」

 

 そう言い、私にデータの入ったタブレット端末を渡してくる。

 中身を要約すると、オービット・ポータル社という会社の宇宙用旅客機の記念試験飛行時にトラブルがあり、ここに不時着したということらしい。

 乗員、乗客八十八人が生還していることから、『八十八の奇跡』という名前が付けられているという。

 

「……へえ。だから、そこに記念碑が飾ってあるのね。……かわいいお人形さんも飾ってあるわ」

 

 記念碑の前に置かれていた、かなり大き目の人形を触る。

 随分リアルね。髪の毛もサラッサラだし。

 ……持ち帰っちゃダメかしら。

 

「……ありがとう」

「え……っ!」

 

 何、今の声は。

 近くで聞こえた気がするが……

 

「……演算さん、女声下手ね。びっくりさせるなら、もう少し練習してきたら?」

「違イマスッて! 今のは私デハナク」

 

 なにやら騒ぎ立てる演算さんを無視し、人形を近くで眺める。

 質感もリアルね。

 本物のお肌のようで、スベスベしてそう。

 ん? なんか今瞬きしたような……

 見間違いかな?

 

「飾ってある物をウチに持ち帰るのはダメよ。菜優花さん」

 

 いいいいいいいい、今口が動いてたわよね!?

 それは間違いではなく、その人形だと思っていたものは、すっくとひとりでに立ち上がる。

 

「初めまして、小夜啼菜優花さん。レディリー=タングルロードと申します」

「ななななななななななななななな、何でお人形さんのフリなんてしてるんですか!? 心臓がはじけ散りそうになりましたよ!?」

「趣味よ」

 

 そんな趣味聞いたことないけど!

 人形と間違えてしまうだけあって、かなり背が小さい。

 この身長だからこそゴスロリが似合っている気がする。

 高くても似合う人は似合うけどね、もちろん。

 

「レディリーさん、こんな所で何をやっているんです。日射病になりますよ? こんな、日差しのいいところニイテハ」

「大丈夫よ。私はそんなんじゃ死なないわ」

 

 怪しさがメーターを振り切っているが、この人が今回の依頼人だろうか。

 

「冗談はさておきだけど。今回、オービット・ポータル社の社長として、あなたにとても大きなお仕事を頼みたいの。聞いていただけるかしら?」

「え? ええ。モチロンです。そのために来ましたから」

「そう……なら助かるわ」

 

 レディリーと名乗る社長は電話を取り出し、どこかに掛ける。

 

「私よ。ええ、彼女が来たわ。……宜しく、シャットアウラ」

 

 携帯を閉じ、ポケットにしまう。

 

「……あの、何を?」

「ああ、ごめんなさい。あなたへのお仕事の内容についてまだ話してなかったわね」

 

 彼女は辺りを見ながら、また語りだす。

 

「ここが『オリオン号事件』の場所だっていうのはさっき知ったのよね?」

「はい。宇宙用の旅客機がここに不時着したということも資料で……」

「それはまだ私が社長になる前の話ね。オービット・ポータル社の経営の委託をされたのはその事故の後なのよ」

「彼女ハカナりの敏腕ですよ。事件の後、オービット・ポータル社の株価は大暴落。しかし、レディリーさんが社長になってからまるで事件がなかったかのように業績が回復していったのでスカラネ」

「敏腕だなんて嬉しいこと言ってくれるわね。ここでこれからあなたに頼む仕事も我が社の新たな一歩を踏み出すためのとても大きな計画なの。……こういうことを言うとプレッシャーになってしまうかしらね?」

「正直少し不安です。でも、こんな大きなお仕事いただけたんですから期待に応えられるようがんばります!」

「……ふふ、頼もしいわね。じゃあ、作業の内容ね……あの子が来ないと始められないんだけど、でもそろそろ来る頃かしらね」

 

 社長が、何かを待つようにある一点を見つめている。

 何か来るのかと思い私もその場所を見つめる。

 ブゥゥゥゥゥゥウン、というエンジン音のような低い音が聞こえてくる。

 私はさらに目を凝らす。

 何かがこちらに近づいてくる。

 その点はどんどん大きくなり、輪郭がはっきりとしてきた。

 バイクに乗った人間が何か大きい棒を背中に抱えこちらに向かってきたいるというところまではこの距離でも認識できた。

 

「来たわね。じゃあ、中身の説明だけど私がここで何をするのか。そこから話をしなくてはいけないわ。……『オリオン号事件』の後、宇宙事業から撤退したんだけどあれをもう一度復活させるのよ。今度こそ、宇宙旅行を実現させるためにね。そのために、この二十三学区のこの場所に宇宙エレベーターを作るのよ。菜優花さん、あなたにはその建設を手伝っていただきたいの」

「宇宙エレベーター……!?」

「オウ、コレハまたとんでもない内容で。詳細は機密保持のため教えて貰えなかったですが……菜優花さん、大丈夫デスカ?」

 

 大丈夫も何も……こんな大仕事、私の手には余る気がするけど。

 

「……断ってもらっても構わないわ。こんな大作業、学生のあなたにはかなり重いかもしれないし」

「…………いえ、やらせてもらいます」

 

 もうここまで来たらなんだってやってやる。

 今更引けるか!

 

「そう、ありがとう」

 

 バイクも無事到着し、運転手が降りる。

 背中に預けていた、かなりデカイ柱を地面に下ろしヘルメットを外す。

 男性だと思っていたが、どうやら女性のようで彼女がメットを取ると同時に綺麗な長い黒髪がたなびいていた。

 

「お待たせしました」

「……時間通りよ。彼女が菜優花さん」

「小夜啼菜優花です! よ、よろしくお願いします!」

「木原演算デす。お仕事の仲介人のような立場だと思ってください。ヨロシク」

「シャットアウラ=セクウェンツィアだ。シャットアウラでいい」

 

 彼女はクールというか、今のところ少し怖い印象だ。

 あの大荷物をどうやって持ち上げたのだろう、少し気になる。

 元々筋肉があるのかそれとも能力を使ったことによるものなのだろうか。

 

「自己紹介はもういいわね? それじゃあ、今回のお仕事の簡単なテストをやってもらうわ」

「テスト……ですか?」

 

 また、模擬戦とか言い出さないでしょうね?

 前のメイド研修のせいで疑心暗鬼になってしまうのは仕方ないでしょう。

 戦うんだって言うなら、やってやるけどね。

 

「あなたの能力は事前に彼から聞いているわ。原子変換(アルケミスト)というのよね。その能力が今私達にはとても重要なの」

 

 レディリー社長はシャットアウラさんが持ってきた、柱に触れながら話を続ける。

 

「宇宙エレベーターに使うカーボンナノチューブって素材がとても作りづらくてね。かといって、それ以外で作るのではダメなのよ。カーボンは軽く、丈夫で宇宙エレベーターの材料にはもってこいなの。……そこであなたの出番というわけ」

「その何かを能力でカーボンに変えればいいんですね?」

 

 そうよ、彼女はそう肯定する。

 

「分かりました。それくらいならお安い御用です」

 

 固体の物質なら問題ない。

 今すぐにでも変えられる。

 

「ところでこの柱は何でできてるんですか?」

「ただの鉄骨だ。廃棄処分場から拾ってきた」

 

 ますます楽勝だ。電子と陽子の数が多くなければその分演算量も比例的に少なくなる。

 私は鉄骨に手を触れる。

 

「それでは始めます」




アリサどっかで出したいなぁ……。
ストーリー的に難しいかもしれないですね。


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Past_Day_7 奇跡?

お待たせしました。
続きをどうぞ。


 元原子は鉄。

 不純物は除外、鉄原子のみに的を絞る!

 

「………………」

 

 全員、私の方を見つめ結果を待っている。

 できるとわかっていても緊張は避けられないわね。

 

「鉄を全部、炭素へ変更」

 

 一個、一個鉄を炭素に変える作業をしていては脳に負担がかかってしまう。

 だから私は一つ工夫を加えている。

 鉄原子を炭素原子に変えるという作業を計算式として割り出し、それをコピペすることで脳の演算量を減らしている。

 不純物が多いとエラーが頻発するので、できれば純物質でやりたいのだがそんな物質は自然界にはなかなか存在しないため、基本エラー承知か、不純物は除外でやることの方が多い。

 

「…………よし」

 

 一個の鉄原子を炭素原子へ変えることに成功した。

 後、もう何個かの鉄原子をサンプルとして式を割り出しておかないと実は困ってしまうことがある。

 同位体の存在だ。

 原子としては同じものなのだが、原子の質量が極微小ではあるが違うためこれを何兆、何京と出してしまうと完成形の物質に何らかの影響が出る可能性がある。

 化学的な性質面ではあまり差がでない原子も存在するが、そうでない物も多い。

 その辺の理由があるため、少し時間をかけている。

 ……よし、何個かのサンプル式は割り出せた。

 後はこれをコピーし、他の鉄原子にこの計算式をペーストするだけでいい。

 色が黒く変わっていく。

 カーボン特有の色つきだ。

 

「できました。完成です」

 

 レディリーさんができたてのカーボンの柱に触れる。

 

「すごいわ。でもこれではまだ、ただの炭素の柱なのよね」

「……え? カーボンを作るだけではいけないんですか?」

「カーボンナノチューブは文字通り、ナノサイズなのよ。これではエレベーターの外壁にはなるけど、肝心のエレベーターの吊り下げ用のロープにはできないかもしれないわね……」

 

 できないこともない。

 だが、内部構造が分からない限り、下手に作っても失敗する確立の方が大きい。

 この柱をところてんのように一本一本をナノサイズに切断して作れば良いのか、原子をある一定の法則に基づいて並べ替えてそれをナノサイズの棒状にすれば良いのかのどちらかだ。

 両方この場でやってみるのもありだが、それをはたして彼女が許してくれるかどうかだ。 

 

「とは言っても、私も機密保持のために詳細を話しておかなかったのも悪いのよね……。構造が分かれば作りだすことは可能なのよね?」

「はい、今はそれを証明する方法がないですけど」

「なら合格よ。これだけできれば、私達の思ったとおりに計画が進められそうよ」

「ヤリマシタね、菜優花サン」

「……ふぅ、社長の顔見たときこれはダメかなと思ったけど……。奇跡ね」

「奇跡なんかじゃない。これはキミの実力だ」

 

 シャットアウラさんが口を開く。

 寡黙な人だと思っていたので、少し驚いた。

 

「奇跡なんて天任せ、私は絶対に信じていない。キミは運でその力を手にいれたのか? 違うだろう。そこの白衣と努力をして掴み取った結果だ。だったら、運が良かったなんて思わず、この結果を誇れ」

「は、はい!」

 

 嬉しかった。

 認められて、嬉しくない人間なんていない。

 ……そうだ、彼女の言うとおりこれは運なんかじゃない。

 演算さんと地道な努力をしてここまで上り詰めることができたんだ。

 

「菜優花サン、少し顔が赤いようですが大丈夫デスカ?」

「え?」

 

 そういわれると、先ほどからなんだか体が熱い。

 力が入らなくなってきたような……。

 目がぼやけてきたような気もする。

 

「菜優花サン!?」

「失礼する」

 

 シャットアウラさんの手が私の体に触れる。

 

「……この異常な発汗量と倦怠感から見て熱中症だな。このままここにいるのはマズイだろう」

「涼シイ場所に移動させないといけませんね。このまま放っておけば最悪、臓器に異常をきたす可能性がアリマス」

 

 目の霞は悪化し、もうすでに彼らの声しか聞くことはできなくなった。

 

「救急車モ呼んだ方がいいかもしれませんね。とりあえず、涼しいところに移動させるのが先決カト」

 

 演算さんが私の体を持ち上げる。

 いわゆる、お姫様だっこというやつだが、こういう状況では嬉しくない。

 

「駅まで戻るのが良いだろう。そこなら救急車も見つけやすいし、何より日陰もある」

 

 走っているのだろう、演算さんの息が聞こえる。

 彼はどうして私のためにこんなにも必死になってくれるのか。

 大能力者止まりのこんな私のために。

 でも。

 でも少し嬉しい……かな。

 

 

  *****

 

 

「ほら、飲め」

 

 私の口に何かが当たる。

 そこから水が出て来ると、私はそれを一気に喉に通す。

 

「スポーツドリンクよ。氷を体に当てると良いらしいんだけどこの場では見つからないわね」

「二十三学区の職員用の商店等がこの辺りにあるはずです。私が買ってきマショウ」

「頼むわ。菜優花さん大丈夫?」

 

 演算さんが、氷を買いに行くためこの場を離れる。

 目のぼやけはなくなり、先ほどよりは楽になったが、全身の倦怠感は未だ取れていない。

 

「だ……大丈夫です。心配かけて……すみません」

「あなたが謝ることではないわ。私ももう少し場所を考えておくべきだった……ごめんなさいね」

 

 い、いえと私は否定するが、彼女の態度は変わらなかった。

 

「しばらく、このまま横になっていろ。じきに良くなる」

「ありがとうございます。シャットアウラさん」

 

 駅のベンチで寝かされたまま私はお礼を言った。

 足の下に自分の学生カバンを敷かれた状態で寝かされているため、周りから見ると少し滑稽でもあった。

 

「意識はあるみたいだな……救急車は必要ないだろう」

「あの、シャットアウラさん」

「……なんだ?」

「私は、役に立てるんでしょうか」

「……どうしてそんなことを聞く」

「あなたは私の実力を評価してくれました。でもあんな作業一つで今みたいに倒れてちゃ使えないのと一緒なんじゃないかな……って思ったんです」

 

 実際の現場では、これを何十回、何百回と繰り返さなければいけない。

 それを毎日たったの一回ずつでおしまいでは作業が進まない。

 だったら、やはり私には向いていないのではないか、と思ってしまった。

 

「安心して、あなたが作業しやすくなるように色々考えておくわ。あなたの能力を実際に見て、やっぱり私達が今最も必要としている力だってわかったもの。私もこんなことで諦めるわけにはいかないのよ」

「気持ちはうれしいんですけど……どうしてそこまで私の原子変換(アルケミスト)にこだわるんですか? 学園都市の技術力ならカーボンくらいすぐに調達できそうな気がしますが」

「第十五学区に何があるか知っているか?」

 

 シャットアウラさんが私に問う。

 第十五学区……確か、繁華街があるところだったかしら。

 友人を連れて何回か遊びに行ったことがある。

 

「あそこには、ダイヤノイドという目玉施設があってな。建材が名前の通りダイヤ、というかカーボン系の素材で統一されているんだ。学園都市内で生産されているカーボンは大体あそこへ流れていくようになっている」

「そう。そのせいで一般に流通されているカーボンはかなり少ないのよ。しかも、ウチみたいに持ち直したばかりの企業にはなかなか回してもらえないの。それどころか、倍近い値段を吹っかけられたこともあったわ」

 

 そこで私の出番、と言うわけか。

 その辺の有余った素材でカーボンを作ってもらい、それを宇宙エレベーター用の建材にすることでコストを抑える。

 ということなんだろう。

 

「オ待タセシマシタ」

 

 ビニール袋をぶら下げた演算さんが戻ってきた。

 氷を取り出し、私の首に当てる。

 

「……大丈夫ソうですね。容態が急変することもあるので念のため病院は行っておいたほうが良いデショウ」

「ありがとう演算さん。……いつも助けられてばかりね」

「イインデスよ。私が勝手にやっていることですから。那由他ちゃんを向かえに呼んでおいたのでここから一番近い病院にいってクダサイ」

 

 さすが演算さん仕事が早い。

 

「演算さんはどうするの?」

「私ハ少シオ話があるのでしばらくここにいます。あなたが大変なときに申し訳ないのですが、今回の仕事の関係の相談もありマスシネ」

 

 彼は私の体質についてよく知っている。

 今回私が体調をくずしてしまった理由もおそらく検討がついているんだろう。

 その辺の細かい話は全てこの人がやってくれる。私は言われたとおりに動くだけでいい。

 まだ万全ではないせいか、私はベンチからフラフラと立ち上がる。

 それをシャットアウラさんが支えに入る。

 

「……まだ良くないようだな」

「すみません……」

「那由他チャんが来るまでもう少しここで横になっているといいですよ。ちょっと時間がかかりそうデスカラ」

 

 数十分後、私は風紀委員の仕事の合間を縫って来てくれた那由他ちゃんに支えられながら、第二十三学区を後にした。



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番外編2 奇跡を否定する少女

「菜優花さんは?」

 

 レディリーは喫茶店の長椅子の方に腰掛けながら、演算に問う。

 シャットアウラはその隣に座り、彼を見ている。

 

「無事ニ病院に着いたそうです。あの炎天下の中、能力を使ってしまいましたからね。疲れてしまったのデショウ」

 

 木原は彼女らとは対面の短椅子に座りながらその質問に答える。

 菜優花の能力は演算処理が複雑であり、並の能力者のおよそ二倍の計算を行っているのだ。

 それに加えあの炎天下、そして日差し。

 体調不良を起こしても仕方がないといえる環境だ。

 

「……ごめんなさいね。場所もしっかり考えておくべきだったわ」

「イエ、アナタ達があそこに対して強い思い入れを持っているのは把握していマスカラ」

 

 木原演算はあの事件のことを今でもよく覚えている。

 テレビであれだけ散々騒がれていたのだから、当時の人達には嫌でも頭に残ってしまう。

 その当事者(関係)の人たちがこうして直々に商談の話を持ってきたのだ。

 わざわざ建設現場にあの場所を指定したということは過去の払拭と原点に立ち戻るという意味があったのだろう。

 

「『八十ハの奇跡』ですか……。とんでもない事件でしたね。まさか、全員死なずに戻ってくるとは思いませんでしたよ。私の脳内計算では、百パーセント死ぬという結果だったのですが……。名に恥じない奇跡だったのではないでショウカ」

「本当にそう思うか?」

 

 黒髪の少女は腕を組み、彼を睨む。

 

「シャットアウラ」

「……申し訳ない」

 

 レディリーに一喝され、頭を下げるシャットアウラ。

 木原には何が彼女の気に障ったのかはよくわからなかった。

 

「気を悪くさせてしまったなら謝るわ。…………実はこの子もあの事件の被害者だったのよ」

「…………」

 

 初耳だ。まあ生きていたとはいえ、話したくはないだろう。

 生死の境をさまよった出来事なんて、話題に上げたくない人だっている。

 これを笑い話にできる人間だって世の中にはいるだろうが彼女がたまたまそういう人間でなかっただけのことだ。全員がそうではない。

 

「私はあの事故で二つ失ったものがある。一つは音楽を認識する機能。もう一つは……やはりやめておく。すまない」

「構イマセン。話したくないことなんて誰にでもあります。……音楽を認識する機能というのは具体的にどういうものなンデスカ?」

「音を一定のリズムで刻んだものが私にはノイズがはしっているようにしか聞こえないんだ。人と話すのは何も問題がないんだが……」

「人間ノ脳ハ不思議ですからね。どこがどういう機能を持っていて、どう使われているのか分からない部分もまだまだあるのですから。アナタの脳も検査しても異常が見つからない可能性が高いデショウ」

 

 音楽がダメで、人と話すときの言語は大丈夫、というのは理に適っているようで適っていない。

 音楽と言うのは律動(リズム)があり、旋律(メロディー)があり、和声(ハーモニー)を持ったものである。

 この中のものを全部持っている必要はないので定義としては曖昧なのだが、この中の要素のどれかが絡みあうことで彼女の脳は認識できなくなってしまう。

 逆に人の口から出る言葉も音楽といってもいいのではないだろうか。

 ある程度の律動はあり、言葉のイントネーションは旋律に含んでもいいだろう。

 和声は一人の人間では出せないのでここでは除外するが、この二つの要素を持っている時点で、一種の音楽なのではないだろうか。

 しかし、彼女の脳は言語を普通に認識することができる。

 これが脳の機能の矛盾であり、面白いところだ。

 

「脳ノ機能障害は原因がまだはっきりと分からないものが多いんですよね。過去にも『物の区別はつくが、人の顔の区別がつかない』なんていう例がありますからね。脳の構造が分かりきっていない以上、しっかりとした治療法もまだ確立されてはいないでショウシ」

「科学の発展した学園都市でも脳の中身を全て解析できたわけではないのね」

「エエ、マダマだ分からないことだらけなのですよ人間の脳の中身っていうのは。人間のクローンを作ってもオリジナルの個体と全く同じ能力にはならないようデスシネ」

「……そんな実験をしているのかこの街は」

「タダノ独リ言なので忘れていだけると助カリマス」

 

 うっかりなのか、わざとなのかは分からないが彼の口から上位レベルの機密があっさりと漏れる。

 

「まあいい、私のコレはもう戻らないと思っていいんだな」

「ハイ、(ちから)ニナれず申し訳ないのですが。音楽を楽しめないというのもそれはそれで苦痛デスヨネ」

「いや……あまり……好きではない」

 

 シャットアウラは再び腕を組み、目を伏せる。

 また何か、触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。

 そんな心配をよそにレディリーがまた話し出す。

 

「話を戻してもいいのかしら」

「オオウ、スミません余計な話をベラベラト」

「いいえ。……菜優花さんのことなのだけど、あの炎天下の中能力を使って倒れてしまうのはなぜなのかしら」

「ソレハ彼女の能力の仕様が関係しているのです。彼女は一般の能力者の二倍の演算処理を行っています。加えてあの気温、脳に負担がかかり熱を持ちやすくなってしまったのデショウ」

 

 脳をコンピューターで例えるとわかりやすい。

 パソコンは起動していると熱を持つ。

 コンピューターの使用率を上げれば上げるほど熱を持ちやすくなる。

 実は彼女は脳のレベルが能力と釣り合っていない。

 こちらもパソコンを例に取るが、最新のOSに合わせたプログラムを一、二代前の規格で行っているようなものだ。

 彼女の脳はその分負荷がかかり、周りの環境にも敏感になってしまう。

 そして、今回の熱中症だ。

 ただでさえ熱を持ちやすいのに、今回のあの真夏日の気温では倒れても不思議ではない。

 

「周りの環境にも気を使えばいいのよね? 暑すぎず、寒すぎずの場所があれば問題なさそうね」

「デキレバ少し冷えるくらいの部屋の方が良いかと思います。その方が負担がかかりにクイカト」

「了解した。他には何か気を使わねばならないことは?」

「イエ、モウ特には。……それではよろしくお願イシマス」

「分かったわ。作業場所についてはとりあえず何とかしてみるわね。決まり次第こちらから連絡を入れるわ」

 

 はい、と木原が返事をすると三人は立ち上がり、帰り支度をする。

 会計を済ませ、店の外に出る。

 

「それじゃあ今後ともよろしく」

「ハイ、コチラコソ」

 

 簡単な挨拶をし、レディリーとシャットアウラ、木原演算は別の方向へ歩き出す。

 しかし、その歩みは演算の声によって一時的に止まる。

 

「アソウダ、シャットアウラさんチョット……」

「…………なんだ?」

「イエ、言イ忘れていたことがあったので少しだけ耳を貸していただケマスカ?」

「あ、ああ……」

 

 彼女の耳に口を近づけ、ごにょごにょと何かを話す。

 そして、話終わると同時にシャットアウラの目が丸くなる。

 

「どうして知っている」

「……勘デス。科学でも証明できないので、本当かどうかは分かりマセンガ」

「これはどのくらい信用できるんだ」

「サア。マア、当たったとしたら『奇跡』でしょうね。それくらいのレベルデスヨ」

 

 演算はもう一度帰路につくために踵を返す。

 

「何を吹き込まれたの?」

「大したことではありません。ただの……戯言ですよ」

「…………そう」

 

 彼女達、二人も歩き出す。

 シャットアウラは彼に耳打ちされた言葉を反芻する。

 どう信じていいのか分からない。

 だって……。

 

『オリオン号事件には世間には隠されていることがある。あと、事件の首謀者が存在します。そいつはその事件の関係者である可能性が高いと私は思っテイマス』

 

 にわかには信じがたいことだ。

 あの事件は仕組まれたとでも言いたいのだろうか。

 

(だが、私はそんなもの……『勘』などという奇跡は……)

 

 信じない。

 『奇跡』なんてものが存在しているのならば誰も苦労しない。

 それ以前に彼女の父親は世間に黙殺されている。

 こんなのの何が『奇跡』だというのか。

 彼女には到底受け入れられる言葉ではなかった。

 

 そして、一月後……シャットアウラたちは完成したエンデュミオンにて再び奇跡を見ることになる。

 これもまた別の物語で見てもらいたい。



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