本能 (晴宮零太)
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本能

つくづく『夜』が似合うと思う。

 

目映い(まばゆい)『光』はガラじゃない。

 

蒼の闇を淡く彩る銀の月灯り。

 

それが俺かな

 

ちょっとキザにも思えたが例えるならそんな所だろう。

 

自分の立ち位置になんら不満はない。

 

黄金の光に焦がれたこともあったが今となっては取って変わろうとは思わない。

 

銀狼

 

そう それが俺

 

 

 

 

「ゼロ 指令よ」

 

「ふぁぁい」

 

軽く伸びをしながら指令書を魔導火で炙る。

 

安息の時間なんてほーんとないよな

 

宙にたゆたう魔導文字。

 

人の母性の陰我に宿りしホラー インスティンクトを封印せよ

 

「母性にも陰我は宿るのか」

 

零がやや意外という風に声を上げた。母親とは無条件に子供を愛するものだと単純に思っていた。

 

「そうね いくら母親だって闇に捕まえられることだってあるわ」

 

シルヴァが物憂げに言う。決して気持ちの良い話ではない。

 

「なんか鬱なヨカン」

 

わざと明るく言ってはみたが、待ち受ける現実は心に確実に影を落とす。

 

「とにかく犠牲者が出る前になんとかしますか」

 

零の表情は瞬時に魔戒騎士のそれとなっていた。

 

 

 

 

「ねぇ お願い」

 

乱雑な部屋。あちこちに物が散乱している。

 

けたたましく響く赤ん坊の泣き声。

 

流しの洗い物はもう何日分もたまっている。

 

「なにが悪いの…?」

 

洗濯物が洗濯カゴから溢れている。

 

「ママが悪いの…?」

 

部屋の真ん中に座り込む女性。髪は乱れ放題、虚ろな視線の先にはベビーベット。

 

赤ん坊の泣き声は止む気配なく、むしろ先程より激しくなっている。

 

女性は自分の頭を掻きむしった。

 

「一体なにがいけないのっ?」

 

 

 

 

「ゼロ ホラーの気配よ」

 

俄(にわか)に緊張が走る。

 

「どこからっ?」

 

「あのマンションからよ」

 

前方に白い建物の群れが見える。

 

この辺りはセレブが集う高級住宅街。

 

その中の一棟。一階入口は最新のオートロック。零は壁を伝い七階のベランダに降り立った。

 

窓が開いて風が白いカーテンを踊らしている。

 

部屋の電気は点いていないが、うっすらベビーベットが月灯りによって確認できた。

 

「!?」

 

ベビーベットのすぐ横に人影。零は双剣を構えた。

 

その人影が何かを呟いている。

 

ねんねん…ころり…よ

 

人影は若い女性だった。うつ向き加減でブツブツと子守唄らしき歌詞を呟く。

 

零が双剣を下ろした瞬間、その女性がかっと顔を上げ、滑るように零の目の前まで移動してきた。

 

不意打ちだった。髪の毛のようなものが首に絡み付き締め上げる。

 

零は剣を使い髪の毛を薙ぎはらった。

 

ケホッ

 

少しむせながら素早く魔導火を女性の瞳に翳す。

 

浮かび上がる魔導文字。

 

「ホラーさん みっけ」

 

零は頭上を切り裂き

鎧を召喚した。

 

蒼い銀の狼。

 

女性の形が砕け散りインスティンクトが本体を現した。全身を長い巻き毛のような物で覆われている。

 

零は二本の銀狼剣で圧倒した。止(とど)めを刺そうと銀狼剣を繋ぎ合わせる時、わずかな隙ができた。すかさずインスティンクトの巻き毛が零の手足を捕らえる。

 

しまったっ

 

巻き毛はがっちりと食い込み全く自由がきかなくなった。

 

更にもう一本太い巻き毛の塊が、そう零の心臓を目掛けまっしぐらに延びた。

 

「ゼロっ」

 

シルヴァの叫び声。

 

と、

 

オギャー オギャー

 

突然の赤ん坊の泣き声。

 

インスティンクトの動きが一瞬止まった。

 

この機会に零はなんとか戒(いまし)めを逃れ、銀河銀狼剣をインスティンクトに…

 

脳裏に赤ん坊を抱く女性の姿がよぎった。

 

「もう彼女は赤ちゃんを抱けないわ」

 

「…わかってる」

 

投じた銀河銀狼剣は弧を描きインスティンクトを真っ二つにした。

 

赤ん坊はまだ泣き止まない。

 

鎧を解除し、ベビーベットに近付く。赤ん坊は零を見ると泣き止みキョトンとした。

 

「ゼロ 新たな才能の発見ね」

 

零は赤ん坊をぎこちなく抱き上げた。小さく、柔らかく、温かかった。

 

インスティンクト…彼女は疲れ果て、もしかしたら赤ん坊を手にかけようと思うぐらいの闇に堕ちてしまったかもしれない。が、やはりこの愛しい存在だけは殺せなかった。

 

だからこそ、もうあるはずのない人間の母性が赤ん坊の泣き声を聞き、わずかに目覚め攻撃の手を緩めた。

 

そこに救いがあった。

 

きゃは

 

赤ん坊が零に愛くるしい笑顔を見せた。

 

 

 

 

「俺さ ぶっちゃけ自分の命ってあんまり考えたことなかったんだよね」

 

月の光を浴びながらの帰り道、零がシルヴァに語りかけた。

 

あれからほどなく人がやってくる気配がして、零は赤ん坊をそっとベビーベットに戻しその場を後にした。

 

赤ん坊の父親だろう。遠くに男性の声がした。母親はもう存在しない。部屋の惨状から育児に疲れた上での家出とでも判断されるであろう。

 

「執着がないってゆうか」

 

「死にたいわけじゃないけど、いつ死んでもいいってゆうか」

 

自分はやはり魂を一度「あの時」手放してしまっていたのだろうか。愛しい人の『死』と共に。

 

「ゼロ…」

 

シルヴァの声は悲しげであった。

 

「でもさ 俺って存在結構イミあるじゃん」

 

先程の赤ん坊の温もりがまだ手の中に留まっていた。温もりを逃がさないように握り締める。

 

「もっと貪欲に生きて生き抜いて とことん守りし者として存在してやるさ」

 

目に浮かぶは赤ん坊の無垢な笑顔。願わくば光の道を歩まんことを…

 

「ホラーにとったらこの上ない迷惑な話ね」

 

シルヴァがくすりと笑った。

 

「でも 嬉しいわ そんな風に思ってくれて ありがとう」

 

シルヴァの言葉は優しい母性にくるまれ穏やかに零の心に染み渡っていった。

 



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