極黒のブリュンヒルデsidestory (apride)
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第1章
第一話 魔を宿す男


統幕から呼ばれる覚えはないのだが…

かなりの緊張状態で、久しぶりの制服姿で向かった先では「黒塗の高級車」が待っていた。



日本国本州某所

 

人里離れた山中を走る黒い高級車。

 

後部座席にはオリーブ色の制服を纏った壮年男性と三十代後半くらいの男性の二人が座っている。

 

「そろそろ教えて頂けますか?」

言葉を発したのは若い方の男性だった。

 

「そうだな、あと数分もすれば目的地が見えてくる。同行して貰ったのは、君に辞令を伝えるためなのだよ。渡瀬三佐」

そう応えた壮年の男性の制服には肩に三つ星の肩章が光り、左側胸には多数の彩りの略綬が付いている。制服の色と階級から、この男性が陸将であることを表していた。

 

「こんな山奥で辞令でありますか?そもそも一介の普通科中隊長の自分が呼ばれた理由すら想像出来ません。統幕渉外部なんて部署も初耳ですよ…小暮部長」

 

「今向かっているのは統幕渉外部とは関係のない施設だ。貴官への辞令はその施設への出向みたいなものだと思ってくれ。」

 

「みたいなもの?正式な出向ではないのですか?」

「そうだ。身分はあくまでも統合幕僚監部特別渉外担当官が貴官の辞令書の内容だ…が、一部追加文がある。」

「…?」

「●●省外局 高次生命機構研究所ヴィンガルフ駐在とする!」

「???…自分との関連性がなさそうな名前ですな、、ハハハ…」

「まあ、じきにわかる。見えてきたぞ」

 

いきなり開けて整備された幹線道路のような場所を進んでいく先には物々しい警備の正面ゲートが見えた。

ゲートに着くと数名の警備員(警察でも自衛隊でもない独自の制服だ)が取り囲む。

一人が運転席へ近づくと、運転手の一尉が許可証らしき書面を提示した(普通は運転手は下士官クラスなのだが…)続いて乗車している全員に身分証の提示を求めてきたので応じる。

漸くゲートが開き、先にはトンネルがあり、車は走りだした。

暫く進んだ先にある地下駐車場に到着した。

そこには黒服を纏った男性が一人だけ立っている。気になったのはゴーグル?サングラスをかけていることだ?

渡瀬(地下でサングラスかよ?)

 

サングラスの男

「お待ちしておりました。人事部の宅間と申します。早速ですが着任の手続きを行いますので、こちらへどうぞ。」

「渡瀬君!我々はこれで失礼するよ。あとは宜しく頼むよ宅間君。」

「お疲れ様でした。」

 

「え、ここへは自分を送り届けるためだけにこられたんですか!?」

「あぁ、辞令書ちゃんと見ておけよ。渡瀬一佐!」

 

「一佐?」

「貴官は今回の辞令によって二階級特進となっておる。2年もここに拘束する見返りとでもとっても構わん。」

「二階級特進!?…それほどの任務というか‼に、2年‼」

 

「…詳しくは、宅間君から説明がある。」

そう言うと車に乗り込み帰って行った。

 

(死んでもいないのに、二階級特進?死亡フラグたってる?…)

 

「では、ご案内します。渡瀬一佐殿…」

 

このあと驚愕の任務を知ることになる

 

 

帰りの車中

「さっぱりわからん…」

「何がです?」

「何もかもだ!今回のことは私も何一つ知らんのだ。」

「渡瀬三佐…あ、いや一佐の人事はかなり特殊みたいですね?」

「ふははは!人事どころか、今のヴィンガルフとかいう機関がなにをしているかもわからん。渡瀬がなにをさせられるかもな!」

「まさか!?統幕の中枢にいる小暮陸将が知らされない程の機密…」

「余計な詮索は無用だ…今日のことは忘れろ」

 

 

 

次回

渡瀬の任務が明らかに‼

 

 



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第二話 V機関

宅間に案内され、通された部屋

 

テーブルの上には新品の制服と制帽。ホルスターに拳銃…拳銃?

 

「制服と制帽は1佐のものだから理解できる。しかし、拳銃は何故だ?」

 

自衛官は平時には銃器を携帯することはない。制服なら尚更で、作業服(戦闘服とは呼ばない)の場合でも訓練で必要な時だけだ。無論、弾装は空である。

 

「ここでは常に戦闘地域にいる前提で行動して下さい」

 

無表情のまま宅間は告げる。

 

 

ホルスターを確認すると、脇に下げるタイプだな…

警務隊じゃあるまいし、制服の上から腰に下げる訳にはいかんからな!

第二次大戦時や軍オタアニメになっちまう(笑)

 

中身は9㎜拳銃かな?

出てきたのは「シグP226」…自衛隊制式採用のP220ベース9㎜拳銃ではないんだな?

銃弾は同様の9㎜パラべラム弾だが、装填数が15+1発と多い。自衛隊モデルは9発だ。

 

「使用条件を考慮し、官給品は避けました。任務の都合上、どこで使用することになるかわかりませんから…」

 

所謂「足のつかない」ということか…

 

所内で必要となるIDカードを受け取り、自室へ案内された。

 

 

広くはないが、自衛隊の官舎に比べると快適な造りだ。

ビジネスホテルの部屋を若干豪華にしたみたいで、デスクにテーブル&ソファーがあり、バスルームとトイレもある。

クローゼットを開けると、スーツなど衣類が揃えてあった。

 

一通り揃えてあり、私物を持ち込む必要はないようだ…

と、いうか…拉致同然に連れて来られたんだがな!

 

 

そうしていると、宅間の横にスーツ姿の女性がやってきていた。

 

「これから所内施設を彼女が案内します。私はこれで失礼します」

 

そう言うと、宅間は退室していった。

 

「本庄です。渡瀬さんの担当をさせて頂きます」

 

歳の頃は20代半ばくらいかな?黒髪を後ろにアップして束ねている…最近は見掛けなくなったスカートタイプの黒スーツ姿はスカーフがあれば、どこかの航空会社のCAみたいだ(笑)

能面の様に表情が固いところを除けばだが…

 

「どうかなさいましたか?」

 

怪訝そうに聞いてきたよ…

 

「あ、いや、ここの職員の方々は皆…あまり表情が固いなと感じてね。渡瀬です。宜しくお願いします」

 

「ここでは…感情を殺してないともちませんから」

 

目線を逸らしながら小さく呟いた。

 

名称からして、生物関係の研究所なんだろうが…

常識的な範囲ではなさそうだな…

 

「では、ご案内致します。IDカードはありますね」

 

「ああ、これだね。認証チップ内蔵だな」

 

「はい、それは自室から出る時に必ず付けて下さいね。無いと警報が鳴ります」

 

「当然、ドアも開かないだろう?」

 

「はい、2回ノブに触れると警告音が鳴り、3回目で警報が鳴りますから気をつけてください。それから、居住区以外では網膜認証が必要なドアもあります」

 

「研究施設なら当然だろう。私は研究員ではないから必要ないのかな?」

そう尋ねると

 

「いえ、渡瀬さんの網膜パターンもこれから登録いたします」

廊下を歩きながら答えると、「生体登録管理室」とプレートが付いた部屋に通された。

 

「では、これからまず渡瀬さんの各生体情報を管理システムに登録いたします。網膜・指紋・手の静脈・声紋・骨格の5種類をスキャナーで取り込みます」

 

「DNAは良いのか?有りそうな話だが♪」

ちょっと軽口叩いてみたら…

 

「そちらは既に入手済みです」

 

選任された理由が微かに予想できて、一瞬ゾクッとした。

 

 

一通りの手続きが終わり、漸く研究所内へと案内される。

どのドアも認証端末機があり、廊下以外には部外者は全く移動できない造りだ。本庄の話によると、各部屋ごとに許可対象が違っており、全てのドアを通ることが出来るのは所長だけだそうだ。

 

そうして歩く間に着いた先には…

 

「渡瀬さんの仕事相手です」

 

壁に横長の大きなガラス窓がある部屋に通されて、彼女はガラスの向こうを指さしている。

 

一見して分厚いガラスとわかる。おそらく防弾、いや防爆?恐る恐る近より、ガラス越しに見下ろすフロアに目を疑った‼

 

「なんだこれは!!!」

 

見下ろした先には…10代半ばくらいだろうか?

30人くらいの少女達が食事中だった。

全員が病院の検査服のような物を着ている。

 

 

「俺に教師をやれとでも言うのか?」

 

沸き起こる怒りの感情を抑えながら、視線はフロアを見つめたままで、横に立つ本庄に質問した。

少女達を見た瞬間に悟った!

(この少女達が研究対象だ)

 

 

「渡瀬さんでなければ出来ない仕事です…彼女達は人の姿をしていますが、人ではありません…」

 

能面の様に表情のなかった本庄の顔に苦悩の色が浮かんでいた。

 

「あなたは現時点で日本国内で唯一人見つかっている雄生体…」

 

雄?…俺のこと

 

「どういうことか説明しろ!!」

 

思わず声を荒げてしまった。

 

 

「所長がお会いになります。詳しい話は所長から説明があるはずです。行きましょう」

 

そう言うと足早に部屋を後にして歩きだした。

 

 

 

 



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第三話 九(いちじく)

この研究所の最高責任者に会う

 

つい先ほど見た少女達の件について説明があるだろう…

そして、俺の役割もわかるだろう。

 

 

 

「本庄です。防衛省の渡瀬1佐をお連れしました」

 

 

一呼吸置いて

部屋の「施錠」表示が「解錠」に変わり、ドアが音もなく開いた。本庄に続いて入室すると…薄暗い

大型モニターの前に立つ人物は色白で細身の「優男」といったところだ。

(これだけの規模の所長にしては随分と若いな)

 

 

「早速だが、あなたには表の仕事を頼みたい」

挨拶などなく、いきなり本題から切り出してきた。

研究者とはこんなものなのかもな…

 

 

「表というからには、当然…裏のほうが本来の仕事なんですね?」

 

元より(特別渉外担当官)などという肩書きが表向きの予感はあったが、いきなり正解だが…嬉しくない

 

 

「察しが良いな。では、裏の仕事を教えましょう。あぁ、申し遅れた…所長の九です」

 

「渡瀬です。で、裏とは?」

回りくどい話や社交辞令には関心がなさそうなので、こちらも単刀直入にいくことにした。

 

「先程見てもらった実験体の躾をしてもらう。普通の人間では直接対峙しての活動は危険であり、非効率的である。毒には毒ということだ。」

矢継ぎ早にそう言うとモニターに裸の少女が映し出された。2画面で後ろ姿で上半身と首筋のアップが表示された。

 

「あの者達の首筋にはハーネストが埋め込んである。右側の画面のリング形状のものだ。」

 

 

成る程…リングの縁にはボタンが3つあり、それぞれの取り扱い説明を受ける。

理解に苦しむ内容だが、マニュアルとして記憶した。

そして、俺の権限で操作できるのは1つだけ(ハングアップボタン)のみだと…他の2つは押す気など起きない代物だから、内心ホッとした。

 

 

「要するに、実験の際に最後に側で拘束を解いて監視する係だな?」

 

 

説明された内容を要約すると、そんな感じだったので確認してみた。

 

 

「暴れた場合には、殺さない程度に痛めつけてでも止めるのが役割だ。殺すかどうかはこちらで判断する。」

 

さらりと殺すなどという…

 

「よくもまぁ…簡単に人殺しを口に出来るものだな…」

 

あまりに人の命を軽く扱う物言いに呆れてしまった。

思わず憎まれ口を叩いた。

 

「人殺しはそちらが本職でしょう?中東では何人殺した?」

 

「くっ!」

 

我ながら墓穴を掘った。経歴は全て把握しているのだろう。

最近は自衛隊の海外派遣も任務の危険度が高まり、施設・補給の部隊に警護目的で戦闘部隊も供に派遣されるようになった。当然、戦闘が起こりうるから…実際に交戦はあった。しかし、政府は徹底的に隠蔽した。謂わばトップシークレットなのだが、そこまでも情報開示されてるとはな…

 

 

「奴らは中東のゲリラとは比較にならん危険生物だ。外見に惑わされないよう、奴ら(魔女)の正体を教えよう」

 

そう言うと、またモニターに映像が映し出された…

 

実験風景が流れる…全裸の少女が手術台の上にうつ伏せで拘束されている。麻酔が効いているのだろう…眠っているようだ。首の付け根辺りに特殊な器具を嵌め込み、レーザーメス?いや…レーザー特有の発光や焼ける際の煙が見えない。ほぼ一瞬で首の肉が真円状に取り除かれた‼

医療に関して素人の俺にもわかる。あまりに断面が綺麗なのと、驚異的なことに頸椎が剥き出しに見えている!

どうやって肉を円柱状に?しかも底部は頸椎…要するに骨が凸凹してるのにだ!出血もしていない!

(オーバーテクノロジー)…脳裏をよぎる

昔にテレビのUFO特集で紹介されていたキャトルミューティレーションを思い出した。

 

「どういう仕組みだ?」

あまりの違和感に口からでた質問だが…

 

「そちらの説明は必要ない」

九はさらりと流す

 

 

映像は次の場面に替わる

 

頸椎に穿孔が成され脊髄が剥き出しに見えて、そこへハーネストが埋め込まれていく。

中心の丸い蓋のような部分が突出状態だ。

すると手術着姿の人物が手に乗せたゼリー状の物質を…!中へ入って行く!?生物なのか‼

 

「なんだ‼あれはなんだ‼」

 

奇怪な光景に狼狽して叫んでいた‼

気持ちが悪い…

 

「あれはドラシル。魔女を形成するコアだと言えば理解可能か?」

 

お前には理解出来ないだろうから、簡単に言えばこんなものだと言わんばかりの言い方。

確かに、あれは人智を超えている光景だ。

 

 

映像は進み、先程の得体の知れない生物が入った瞬間に勢い良く蓋は閉まった。

ここで映像は終わった。

 

映像に出ていた少女がその後どうなったかは説明がなかった。

 

「あのようにして魔女を作りだしている。験体とドラシルの適合性は事前確認済みだが、発現する魔力は融合してみないとわからない」

 

「魔女と言うからには、攻撃性の魔法を使うのか?」

 

俺の頭ではアニメの魔女キャラが踊っており、攻撃とは言ったものの、精々…ピコピコハンマーで叩くとかの可愛いらしいイメージだったのだが、映像を見て変化していた。

(人を殺す程の力なのだろう)由々しき研究だなと…

 

次の九所長の言葉で、自身の考えの浅はかさを思い知った。

 

 

 

 

「戦略兵器レベルの発現もあり得る」

 

 

 

(戦略)って言ったな…

 

(戦術)ではなく…

 

戦略兵器とは、核兵器レベルだぞ‼

 

 

「そんな大それた相手を私がどうにか出来るというのか!?冗談だろう‼」

 

半ば呆れ顔で叫んでいた。

 

 

 

「出来るから呼んだのだ。入手した臨床データが裏付けている。2006年のイラク…撤収直前に起きた交戦で後頭部に小銃弾を受け、意識不明の重体のまま帰国。そして、脳外科の世界的権威である帝都医大の生澤教授の執刀により一命を取り留めた。その後、幾度にも渡り検査・手術を繰り返し、数年間に渡るリハビリを経て回復した…」

 

九は矢継ぎ早に語った。

 

「その通りだ…」

 

「生澤教授はあなたの脳にあることを見つけたのだ。当然、我々の情報網は国内全ての医療機関を網羅している。弾丸は防弾ヘルメットを貫通し、下垂体が収まるトルコ鞍に先端部が微かに触れて刺さっていた」

 

下垂体とかトルコあん?用語が理解出来ないが、88式鉄帽を貫通したカラシニコフの弾は後頭部に突き刺さっていたそうだ。

 

 

【注】88式鉄帽は名称は鉄となっているが、素材は表面は樹脂・内部にはアラミド繊維など防弾性の高い素材で作られている。防弾性能は拳銃弾は防ぐが、小銃弾には無力らしい?基本的に防弾は拳銃弾対応程度が現状。

【注】カラシニコフとは旧ソ連が開発した突撃自動小銃。後にAK-47と型式がつけられた。現在主流の5.56㎜に対し7.62㎜の弾丸を使用し威力も大きい。

 

 

 

 

「生澤教授はそこに見た、本来は単に下垂体の受け皿でしかないはずのトルコ鞍が臓器の如く活動していたのをな!」

 

意味がわからなかった??

 

しかし、次に九が語ったことは別の衝撃を渡瀬に与えた!

 

 

 

 

 

「地球上の全生物は太古に宇宙人によって造られたのだ!」

 

 

 

おまえは矢●純一か!!

 

と、ここへ来る前なら突っ込んだだろう…

 

 

 

 

しかし、あまりに荒唐無稽な話であり…

 

 

「人体にも隠された器官が存在する。覚醒の術は解明されていなかったが、わたしの目の前に宇宙人の封印が解放された験体がいるのは事実!」

 

 

 

 

おい!俺も実験体扱いだったのかよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 駐屯地

拉致同然の扱いで連れてこられた新任地での激動の1日が終わり。
自分の頭の中にはとんでもない代物があることを知ったからか、あまりに理解の範疇を超えた話に疲れたのか…
とにかくベッドに倒れこみ、1日を振り返る間もなく眠りについた。

そして翌朝



午前6時30分食堂

 

着任2日目を迎えた。

 

ここヴィンガルフでも、所員は全員が食堂で三食を食べる。所長や幹部も例外ではないが、隣に別室が用意されており、テーブルや椅子は少し豪華だ。

こういったところは自衛隊とかわらないな…

因みにメニューも同じで、好き嫌いは通用しない。

ま、どうしてとなる場合…実はコンビニもある!

フ⚫ミ⚫ーマートがあるのだ‼防衛省御用達なのかは知らないが?自衛隊基地では珍しくない。

他の店舗との違いは、直営店ではなく…ヴィンガルフ職員が運営する《FC店》なんだよな(笑)

 

今朝のメニューは

白飯・わかめの味噌汁・玉子焼き・味付け海苔・納豆

 

オーソドックスな和食メニューだ…

駐屯地の飯よりは旨い。

 

「はぁ、また納豆か~ 苦手なんですよ…ねばねば」

 

と、目の前でぶつぶつ言ってるのは本庄さんだ。

一夜あけたら、普通のOLに見えるのは気のせいか?

 

「本庄さんは何処の出身?」

 

「茨城…ですけど…納豆は苦手です!」

 

茨城ケンミンが皆納豆好きでないよな…当たり前か。

 

「茨城出身なのに納豆嫌いだと、必ず驚かれるんです。先入観強すぎの偏見ですよ…」

 

「いや、全員が同じ嗜好なわけないのが当然だ。私は驚いてないぞ」

気にしてるみたいからフォロー

 

「渡瀬さんはどちらですか?」

 

「京都だよ」

 

「ええぇ!京都人て納豆食べないって聞きますけど!?」

 

こいつ…けっこう俗物だな(笑)

 

「京都と言っても、舞鶴だ。親父が海自でね、舞鶴地方隊にいた時に生まれたから京都出身てことだよ」

 

「お父様も自衛官ですか!艦長さんですか?なんかカッコいいなぁ~海の男!」

 

おまえも先入観強すぎ…

 

「いや、施設員だ。主に電気設備のメンテナンスを担当してた。陸上勤務一筋だな(笑)すでに定年で退官したよ」

 

そうこうしてる間に時計は7時を回っていた。

 

「おっ、そろそろ時間だ。これから出掛けるが、くるまは借りれるかな?」

 

歩いて行ける距離ではないし、公共交通機関もない。

 

「車でしたら渡瀬さん専用にご用意があります。すぐに手配いたします。」

 

携帯電話で何処かへ手配しているようだ。

 

 

「地下駐車場に連絡いたしました。警備窓口でキーをお渡しするそうです。駐車場までご案内致します」

 

先程とは別人のようだ…

なかなか優秀な秘書かもしれんな。

 

 

 

地下駐車場にて

 

「こちらをお使い下さい。以後、この駐車スペースが渡瀬1佐専用です。お戻りの際にはキーを窓口へ返却願います」

 

2番のスペースには白のレクサスGS350が停めてある。

(アリスト)とうっかり間違えて言いそうになるのは何故だろう?顔が似てるからかな?

何れにせよ、専用車がレクサスとは贅沢だな!

 

「それで、どちらへ?」

 

本庄が聞いてくる。

 

 

「松本駐屯地だ!」

 

言い放ったと同時にシフトをDレンジへ…V6-3500ccのエンジンは静かに加速する。と、横目に珍しい車をチラッと確認して駐車場を後にした。

…70スープラ

 

「物好きな奴がいるみたいだな…」

 

 

───────────────────────

 

松本駐屯地に到着

 

正門の隊員へ身分証を呈示しながら

「V機関駐在の渡瀬だ」

 

「はっ!連絡を受けております」

 

案内された先は、第13普通科連隊ではなく…

 

新設された「災害即応集団東部方面分遣隊」である。

名称だけだと、如何にも災害時のために特別予算で作られたかのようだが、V機関専属部隊というのが実情だ。

300名程の人員と96式装輪装甲車・軽装甲機動車・UH-60JA多用途ヘリなど装備する。

 

隊長に着任の挨拶をしにきたのだ。

駐屯地内でV機関の存在を知るのは、駐屯地司令を兼務する13普通科連隊長を除けば唯一である。

九所長によると、従来は必要に応じて両省次官レベルまで話を持って行く手間がかかったが、今年になって現場レベルで直接要請をだせることになった。両省へは事後承認ということに変わった。即応性を求めた結果だ。

俺が実質的な出動命令を伝える。

 

やはり、ヘリや装甲車を使うとなると自衛隊所属であるほうが都合がよいのだ。民間人の目に触れてでも(訓練名目)でごり押しが可能だからな。

 

 

 

分遣隊長に会って驚いた。

 

「渡瀬じゃないか!久しぶりだな!いつ復帰したんだ!?…つか、1佐って…おいおい?驚きだな、出世には興味ない奴だと思ってたが」

 

防大で同期だった本間2佐だった。

 

「昨日のことだ、復帰と同時にV機関へ駐在になってな」

 

「そうか、貴様がV機関の駐在官だったか。えらくヤバそうなとこに配属されたな…」

 

部隊編成を見れば、災害派遣任務が表向きでしかないことは想像に容易いのだろう。本間は西普連(西部方面普通科連隊)で中隊長だった。所謂、特殊部隊だ…

 

「渡瀬、どうやら俺達はヤバいことに関わるようだな。この部隊の中核を成す普通科中隊は俺が西普連で指揮していた部隊をそっくりそのまま連れてきたんだ」

 

本来は島嶼防衛任務の強襲部隊を長野の山中に配備など…明かに裏の任務が存在する。

 

「詳しいことは話せないが、向こうから要請があれば俺がパイプ役となる。恐らくは非合法な任務の可能性が高い」

 

「承知している…元々、任務の性格上余計な詮索は無しというのが当然だ」

 

幾つかの確認を二人で話し、1時間程で駐屯地を出て帰路についた。

 

 

 

「聞いてた話とは随分かけ離れてる…移送任務に使える装甲車を配備した部隊を要望したとか言ってたが、移送程度じゃねぇな…」

 

渡瀬は車を走らせながら呟いていた。

 

 

 

 




本編は「極黒のブリュンヒルデ」1話から遡り数年前を描いております。


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第五話 発現

原作の第1話から数年前を書いております。
主人公の他オリジナル登場人物に混じり、ちらほらと原作の登場人物を絡めてきてます。



松本駐屯地からヴィンガルフへ直帰する

 

少し早いが、戻って昼食にしようかと考えながら車を走らせている。因みに、今日はスーツ姿で外出している。

何故か?

自衛官が制服姿でレクサスを運転していたら変だろ!

と、それもあるが…研究所の外へは目的に合わせた服装が義務付けられている。そして、俺の身体には特殊な発信器が埋め込んであるそうだ…常に監視されているのだ。2年どころか、死ぬまで拘束されるのかもしれない…

 

などと憂鬱な気分になりながら帰ってきた。

駐車場で車を返却し、オフィスへと向かう。

所内には専用のオフィスが用意されて、さらに専属秘書付き(本庄)の厚待遇…だよな?

 

「お帰りなさいませ」

オフィスに入ると本庄が出迎えてくれた。

「(重役になった気分だ!厚待遇だなぁ)」

 

「どうかなさいましたか?」

本庄が怪訝そうに聞いてくる…顔がにやけたかな?

 

「ん、なんでもない。ただいま!留守中なにかありましたか?」

「特にありません。午前中は予定もありませんし、少し早いですけど昼食になさいますか?」

「そうだね、私もちょうど同じことを考えてた。早めに昼食を食べよう。あ、午後からの予定は?」

確か午後は実験棟で…

 

「午後からは13:00から実験棟で面接試験です。魔力の発現が確認されている験体と会っていただきます」

いよいよ魔法少女と御対面か…

「いきなり攻撃されたりするのかな?」

ちょっと怯えた様子で聞いてみた。

 

「それはありません。今日は防御系の魔法使いですから、攻撃を受ける心配はいりません」

事務的に答えると、パッと表情が変わり!

「では!さっさとランチにしましょう!」

…切り替わりがハッキリしてるなぁ

 

 

 

食堂にて早めのランチタイム

 

「んふぅ、やっぱ幹部用はクッションが良いわぁ」

なにやらご満悦な様子の本庄

「背面と座面はクッションが付いてるが、普通のレストランの椅子と大差ないだろ?」

 

「その普通ってとこが大事なんですよ~あっちは社食の椅子よろしくプラスチック剥き出しでお尻が痛くなるんですよぉ!」

言われて見れば…すらりとしてスタイルは良いが、肉付きは良くない尻と胸…せいぜいBカップ位かな?

 

「ど・・どこを見てんですか!!」

と、胸を腕で隠された…

目線はバレるものだな…

 

「どうせ貧乳ですよ…」

 

「安心しろ!私は村上のような巨乳好きではない!」

 

「フォローになってませんよ…それに、村上って誰ですか?」

 

 

 

一悶着あったが、昼食を済ませ…

予定通りに午後からは実験棟へ入る

 

 

制服に着替え、実験棟へやってきた。

着なれないせいか、肩がこる感じがする…

やはり迷彩服が一番しっくりくるんだが、何故か用意されてなかった。最近は普段から迷彩服で行動することが

普通だからな!昔は(作業服・迷彩)と呼んだくらいなにがなんでも(作業服)と言いはったものだ。ま、現場では当たり前に戦闘服と言ってる。今度、用意してもらおう…

 

 

 

((所内に鳴り響く警報))

 

 

 

「なんだ!?」

 

((緊急警報!Bブロックにて異常発生!))

 

((Bブロックを閉鎖しました!))

 

音声案内が流れたが…何処かで異常が起きて、そのブロックを即時閉鎖したということだな?

 

「本庄さん、Bブロックって何処?」

 

「…ここです」

 

本庄は青ざめていた。

 

 

「ここは魔力の発現兆候があった験体がいます。独房に隔離して経過観察しているのです。ブロックごと閉鎖するのは…」

その時!

((パパパン!パパパン!))

前方から銃声が響いた!

SMG(短機関銃)の3バースト音…警備員の装備だな。

 

「私の後ろから離れるな!」

そう言いながらホルスターから銃を抜き、銃声のする前方へと走り出した!

 

「ま、待って!渡瀬さん!危険です!!」

 

本庄は叫びながらも必死でついてくる。

 

 

 

既に銃声は止んでいた…

 

 

 

少し行った先には……警備員達だったであろう

 

血塗れの肉片が切り刻まれて散らばっていた‼

 

 

「えっ…えっ…えん…」

 

血の海の中に泣いている少女

 

俺は掛けよって声をかける!

 

「大丈夫かい?怪我してるの?」

 

「渡瀬…さん、、、駄目です!!離れて‼」

 

本庄が離れたところから叫ぶ!

 

 

少女が俺を見て少しホッとした表情で口を開いた。

 

「お巡りさん!助けに来てくれたんだ?」

 

制服に制帽姿を見て(警察官)だと思ったのだろう。

 

「いや、おじさんはお巡りさんじゃないが…君をたす」

 

言いかけてる途中で

 

「なんだ、違うのか…じゃ、お前も死ね」

 

少女は落胆した声で呟いた

 

 

 

 

《《次の瞬間》》

 

 

「あれ?あれっ!?…なんで?…」

 

少女が狼狽えている

 

「なんで?…でない!えいっ!…切れない!?」

 

次の瞬間、少女の目には怯えが浮かんできた。

 

 

「おとなしくしろ!サオリ!」

 

振り向くと黒服姿の若い男が立って睨んでいた。

その後ろには大勢の警備員が短機関銃を構えている。

ついでに床にヘタりこんでいる本庄もいる…

 

「見せてもらいましたよ、渡瀬1佐…いや、イニシャライザーと呼んだ方が良いかな?」

 

 

イニシャライザー?どういう意味だ?

 

 

 

 

【イニシャライズ】初期化

 

イニシャライザーは魔力を初期化ならぬ無力化するってことか?

無力化って…軍事用語っぽいな

 

 

 

 

 




イニシャライザーって、原作で登場したのは「男の子」だけですね?いまのところ…


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第六話 黒い服の男

「サオリ」と呼ばれた少女は魔力を発現させていた。
それも極めて攻撃的な魔法だった。
人体どころか、堅牢な造りの合金製ドアを切断して逃亡を図ったらしい。


黒服を着た男は、警備員にサオリを拘束させている。

そして振り返り

「ご同行願えますか?」

 

「構わんが、これはどうする?」

 

俺が目配せた先には…

 

辺り一面《血の海》

床は当然、壁や天井まで血飛沫が張り付いている。

床に転がっているのは…

様々な身体部と流れでた体液や内臓が散らばっている。

(ホラー映画などでは鮮血が使われることがよくあるが、これだけバラバラだとドス黒い血溜まりだな)

 

しかし、よくもまぁ…能力があっても、躊躇いなく人間を殺すとはな。

 

 

「ここの後始末は処理班を呼んである。それより、あなたに同行いただけないと我々もバラバラにされますからな…」

男は首を手で切るジェスチャーをしながら言った。

 

「…うぷっ、、お、おぇぅ、、げぇぇぅ」

振り向くと……本庄が吐いていた。

緊張が解けて、今度は視覚と嗅覚に経験したことのない過大なプレッシャーにやられたのだ。

出来立てのバラバラ死体の山からは蒸せかえるような血の匂いがたちこめている。

(温もりが残ってる血の匂いは半端なくエグいからな…)

 

「彼女を誰かに頼めないか?この場に置いてきぼりは可哀想だ」

 

「一応、医療班も来るから心配ない」

黒服は答えた。若いのに場慣れしてるな?

 

「じゃ、彼らもだな?」

警備員達の半数が釣られたように吐いたり、腰が抜けて動けない…

 

ここの警備員は慣れてないようだな?

 

「彼らは警察関係か?」

 

「あぁ、機動隊を中心に人選されている。一部SAT経験者もいる」

黒服もやや困り顔になる。

 

「血や臓物を生で見る経験はそうないから無理もない。君は大丈夫そうだ。医療関係か?」

 

「何故そう思う?」

黒服は一瞬動揺の顔色で聞き返してくる。

 

「こういう場に慣れてるのは、私のような軍・警察関係か医療関係くらいだ。あとは殺人マニアかな?」

 

「確かに、血や内臓を見て倒れる外科医では笑えない。ご想像に任せますよ…行きましょう」

 

 

 

 

 

サオリを拘束しながら別室へ移動した。

 

 

「ところで、イニシャライザーとはなんだ?」

さっきそう呼んでいたので聞いてみる。

 

「イニシャライザーとは、魔女と対になるもの…詳しくは後で話そう!今は6001番の発現魔力の見極めが最優先だ!」

 

 

「その番号は?」

 

「サオリのことだ。ここでは全員番号で呼んでいる」

 

そうこうしてる間に部屋に着いた。

 

中はかなり広く、天井も高いな?

テニスコート一面くらいで、天井までは10mくらいか?

真ん中には拘束椅子が取り付けてあり、そこへサオリこと6001番を拘束した。

 

「では始めよう。6001番!言われた通りにしろよ!」

かなり高圧的な言い方だ。年端もいかない少女に対する言葉とは思えない…気分が悪い

 

「渡瀬1佐は指示に従って下さい」

離れた場所から、指示に従って徐々に験体に近寄り、その後は離れろとのことだ。

 

「ふむ、イニシャライザーの効力はこの広さなら全てカバーできるな…」

俺の効力はテニスコート一面くらいは難なくカバーするみたいだ。

 

一旦、退室させられた。

隣の部屋から中の様子を窺う…窓ガラスには特殊素材が使用されており、魔力を遮断できるそうだ。

 

 

「測定開始する!」

 

次の瞬間!サオリに向けて球が発射された!

 

《ダン!》

 

《ザシュッ‼》

 

球はサオリに直撃する寸前で切り裂かれバラバラになって床に散らばった‼

 

 

また球が発射される!

切り裂かれ落ちる!

 

 

《ダン!》

 

《ビシッ‼》

 

「ギャッ!」

球はサオリの顔面を直撃して跳ね返った‼

顔には痕がくっきり残り、鼻血を流し唇も切れたようだ。

 

「ふむ、6mか…6001番!もう一度いくぞ!本気をだせ!」

 

《ダン!》

 

《ビシッ‼》

 

「グギャッ‼」

また直撃した。痛々しい…

 

 

俺が退室した後も測定は続いている。

 

 

何度か繰返したが、結果は変わらず。

 

「やはり6mが限界か…イニシャライザーの効力が及ぶと全く魔力は使用不可となるか…よし!ここまでだな」

 

漸く終わったらしい。

 

 

サオリは何度も繰り返し球の直撃を受けており、身体中痣だらけで血塗れだ。実験と言う名の(虐待)を見せられたよ……胸糞悪いぞ‼

 

 

「おい!終わったようだが、あの子はどうするんだ?」

 

傍にいた研究員の女を睨み付けて聞いた!

 

「ヒッ!…あ、たぶん……」

 

色白で茶髪の女は怯えた様子だ…ちょっと怒りを態度に出してしまったな。女の目には薄っすらと光る涙が……

あれ?瞳の色が…顔立ちは日本人っぽいが、ハーフかな?

 

 

「お前なにをしてる?」

黒服が入口から入ってきて、研究員の女に言った。

 

「あっ!し、室長!す、すみません!こちらの方が…」

オドオドしながら何か言いかけて

 

「ノイマイアー‼お前はさっさと自分の仕事をしろ!言っておいた(治癒系)魔女はどうした?」

睨まれながら言われて

 

「す、すぐ連れてきます!」

そう言って部屋から飛び出して言った…

 

「まったく、使えん奴だな…」

黒服は頭を掻きながらボヤいた。

 

「治癒能力を持つ魔女にサオリの手当てをさせるのか?」

 

「ん、あぁそうだ。身体の傷を治す魔法だ。便利なものでね、中には心まで治す能力を持つ個体も存在する」

黒服はさっきとは違い、表情が柔らかいな?

根は優しい男なのかもな…

 

「さっきの彼女…悪いことしたな」

興奮してキツく当たってしまったことを反省する。

 

「なにかあったのか?」

 

「ここから様子を窺っていて、つい興奮してしまった。少々キツい言い方をしてしまった。後で謝りたいのだが…」

 

「気にすることはない。ま、どうしてもと言うなら…夕食の時間に食堂に行けばいるだろう」

 

「彼女の名前は…ノイマイアーさん?」

 

「美樹・ノイマイアーだ。ドイツ人とのハーフだそうだ」

 

なるほどね…ドイツ系か

 

 

夕食は一般所員のフロアで食べるとしよう!

そうだ、本庄は大丈夫かな?

 




単行本13巻に「気まぐれキャラ紹介」が出てたので、これ幸いと美樹・ノイマイアーさん登場させました。
彼女のヴィンガルフ時代の話題は今のところ原作で語られてないのですが、次話で入れてみる予定です。
原作の進行次第では後々手直しも可能性があります。


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第七話 美樹・ノイマイアー

研究所内の医務室

 

「医務室と言うレベルを超えてるな…総合病院だよ」

あまりの規模に驚く俺は独り言を呟いた。

 

総合案内所で本庄の所在を確認した。

精神科病棟でカウンセリングを受けているそうだ。精神的ダメージは大きいだろうな…

 

 

 

カウンセリング室前

 

 

出てきた本庄と鉢合わせた!

 

「あ、渡瀬さん!」

「もういいのか?」

「だいぶ落ち着きました。一応、薬を処方してもらいました」

「そうか、今日は自室で休んだら?まだ精神的にダメージが残ってるだろ」

「そうさせていただきます…食欲もないし」

「あんな光景を見たら食欲なくすよな!」

 

そう言って別れ際

 

「渡瀬さんは、これからどちらへ?」

 

「食堂で夕食食べてくるよ!」

 

「…よく平気ですね。さすがと言うか…」

 

「いってくるよ。本庄さんはお大事にね」

 

 

 

 

食堂内の一般所員フロア

 

美樹・ノイマイアーを探す

 

すぐに見つかった!隅っこで独りだな?

 

 

「ここ空いてますか?」

トレイを持って美樹の前に立って話しかけた。

 

「ええ、空いてるけど?…‼あんた!あ、いえ…あなたはさっきの自衛隊の人ですね」

 

返事をしながら顔をあげた彼女は驚く、その後の言葉遣いが…一瞬だが、地が出てたな。

 

「先程は失礼しました。怒鳴り付けてしまい、済まないと思っている」

夕食を乗せたトレイをテーブルに置き席に腰掛けた。

 

「いえ、気にしないでください。私もあの時は室内の様子に気を取られてしまい、室長に叱られてたの見たでしょ」

 

「怪我の治療をさせる魔女を連れてきてなかったこと?」

確か(治癒系の魔女)と黒服が言ってたよな?

 

「ええ、始まる直前に指示されてた。ところが、あなたの能力を見てて…色々と考えてしまって……魔女のことはすっかり忘れてたのよ!」

そう言って、天を仰ぐ…

 

「ところで、いつも独りで食事を?」

「今日は予定外の実験で遅くなったからですよ!いつも寂しく独りぼっちじゃありませんからね!」

 

なんか…必至に否定したような?

話題をずらして、関心のことについてふれてみる。

 

 

「魔法で怪我を治すなんて便利なものだな。…そうだ、心まで治す魔法もあるんだってね?」

黒服が言ってたが、奴は肝心なとこは教えてくれなそうなので、美樹が知っているか試しに話を振ってみたが……

 

「室長がそんなことを言ったの?…あれは心を治すどころか…」

 

様子が変だな?

 

「心を読み、壊すとも言うべき存在だわ…」

 

「マインドコントロールみたいな?」

 

「そんな生易しいものじゃない!人の心を瞬時に読み取り、消去も出来る。ある意味…合ってるかも?

記憶の消去は《心を治す》か…ウン」

美樹は自身の言葉に納得しながら頷いている。

 

「誰にでも、忘れてしまいたいことの一つや二つあるだろうな…そう考えたら納得だな」

俺も一緒になって頷いている。

 

 

「Sind Sie in Ihrem Weg? Oberst」

声がした方を見ると、ロン毛に丸メガネの白衣を着た男が歩いてくる。

 

「すまないが、ドイツ語はわからないんだ。日本語で頼む」

「これは失礼!お楽しみのところ申し訳ない。美樹が遅いので、ちょっと様子を見にきましてね」

 

少し軽い感じの男だな?

 

「お楽しみってなによ!!今行くわよ!」

 

真面目な表情で俺を見た美樹は

「これから、研究チームのミーティングがあるので失礼します」

「Auf Wiedersehen ist es Oberst Watase」

丸メガネもそう言って立ち去る

 

「あぁ、ごきげんよう。それから、私のことは大佐ではなく1佐で頼む」

にこやかに見送った。

 

 

食堂を出て歩く美樹と丸メガネ

 

「一応は通じてたみてーだな!ハハハ!」

「あんた馬鹿?彼、海外派遣される程のエリートよ。当然、英語といくつかの言語は理解するはずよ?」

「レンジャーって筋肉馬鹿の集団じゃねーの!?」

「…あんたは勉強できる馬鹿」

「うるせーよ!」

 

 

「ずいぶんと遅かったわね?」

 

「茜、遅れてごめん」

 

「探しに行ったら、大佐殿とディナーを楽しんでたよ」

丸メガネがからかう

「楽しんでない!!」

美樹は顔を真っ赤にして否定する!

 

「ま、そう眉間にしわを寄せるな。男にもてないぞ」

 

「うっさい!」

 

 

「とにかく、皆集まってるわね。始めましょう」

 

 

 

 

 

 

なにやら怪しい話の予感がしつつ次回へ!

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 イニシャライザー

早いもので、ヴィンガルフに駐在して1ヶ月が経った。

最初の頃は驚きの連続で息つく暇もない感じだったが、今では…慣れとは恐ろしい。

淡々と日課をこなす毎日が続く……

日課は魔女との接触試験。イニシャライザーとしての効力が全ての魔力に対応可能かを調査しているのだ。

 

正直、退屈だ。

 

相手は危険性の低いタイプばかりで、サオリのような攻撃タイプとの接触は今のところない。

 

接触と言っても、触れあったりはしない。会話すらないのだ!ただ、指示されたとおりに互いが向き合うだけのこともある…ま、相手は子供ばかりだから触りたいとは思わないがな…(ロリ趣味はない!)

 

 

あれから美樹・ノイマイアーとは毎日のように会っている。イニシャライザーに関する研究チームが設立当初から存在していて、そこの主任研究員が彼女なのだ!

不思議なことに、このチームはドイツ人が多く所属しており、使用言語もドイツ語メインだ!

 

 

「う~ん。渡瀬1佐はもう少し独語を理解できると思ったんだけどなぁ…」

目の前にいる美樹ちゃんがボヤいてる。

最近は愛着を込めて「美樹ちゃん」と呼んでいる。本人は表面上お気に召してないが、内心は満更でもないらしい(丸メガネ情報)

 

「いやぁ、独語は必要性が低いからな…。英語は必須科目だから大丈夫!」

「英語が必須科目なのは当たり前!研究・医療の分野では独語も大事なんですよ‼大学で語学は複数選択じゃなかったの?」

「大学というか、防衛大学校は特殊だからな。英語が必須で、第二選択外国語として(露・中・仏・独のほかに朝鮮・ポルトガル・アラビア)があるんだ」

 

「…で、あんたはどれなのよ?」

おい!全く期待しない聞き方だな(苦笑)

 

「仏語…だ」

 

「…はぁ?使えねー!」

こいつ公式の場以外くだけ過ぎて少々下品だ…

 

「はいはい、使えません…1年しか受けてないしな!」

 

 

 

俺は独語が得意ではない。防大での選択も仏語だったからな…

防大の学生が学習する外国語は、まずは必須の英語である。これは日米同盟だけでなく、世界的に第一の公用語だからだ。次に選択外国語を1年時に学習するのだが、俺が学生時代はロシア語と中国語を選択する学生が比較的多く、俺のようなその他を選択するのは少数派だったかな?何れにせよ、独語を選択してたのは陸自でも少数派で、海自や空自ではほぼいない。三自衛隊のどこでもロシア語と中国語を選択するのには理由がある。どちらも事実上の【仮想敵国】なのだ!

 

…ま、最近は国連関連での任務も増えてるので選択はバラけてきてるみたいだ。

 

 

「まぁ、今日のところはこんなものでしょ…」

美樹は軽くため息を吐く。

 

今日は、今後研究開発予定の「イニシャライザー」に関しての打ち合わせ程度なのだ!

どうやら、俺の脳細胞から培養してのクローンを造りだそうって話だ‼

クローン技術自体は今更ながら、人間のクローン製造には倫理的問題が大きいからと【禁忌】と…一般論であるが、実は最大の問題は…本能のみの生物が出来上がるのだそうだ。

早い話、魂が宿らない人間が製造される。

宇宙人のオーバーテクノロジーなら可能なのだろうと思ったが、魂の部分は正に【神の領域】で、ヴィンガルフに於いても解明度合は高くないそうだ。

 

しかしながら、魂の器である(素体)の製造は確立されている。実際に自分自身のクローンを見た時は目眩がする思いだった。

…目の前で、幼い子供の自分が培養カプセル入っていたよ。

 

 

 

 

「仕事は終わったしぃ…約束どおり!行きましょう‼」

 

美樹はご機嫌だな。

無理もない、普段は研究所から外出などありえないのだ。一般の職員は特別な理由がない限り、研究所外へは出る許可が下りることはない。

 

防衛省への随行員として外出許可が下りたのだ!

統幕へ赴き、渉外部トップの小暮陸将へ経過報告を行う。そして、防衛省所属の俺の細胞を使ってのクローン製造に関しての説明を行うために主任研究員の美樹が随行員に指命されたのだ。

 

 

そんな訳もあり、本庄はお留守番する羽目になって…

彼女はご機嫌斜めです。

 

 

 

中央道を東京へ向け走る白いレクサスGS

 

「あんたって、マジで厚待遇よね?こんな高級車与えられて…おまけに助手席には美女ときたら言うことなしよね~ほほほ」

 

「…」

 

「なんか反応しなさいよ!」

言った本人が恥ずかしさに赤くなってる。

 

 

「ん、運転に集中してますから(笑)」

 

 

そして到着した防衛省

新宿区市谷である。…陸自市ヶ谷駐屯地と空自基地がありパトリオットミサイルが配備さたりもする有名な場所である。

行き先の統合幕僚監部はA棟に入っている。どの棟も年代の流行りだったのか、ビル上部はグリーンに塗装されているのが特長だな。個人的には好きでない!国防を担う機関のビルという威厳が感じられん!

 

しかし、旧陸軍時代には参謀本部が置かれていた場所であり、三島由紀夫が総監室で割腹自決した場でもある。

他にも歴史的な事件の舞台となった場であり、怨霊が夜な夜な敷地内をさ迷い歩くと噂が……

 

 

「なんだか、ぞくぞくと寒気が…」

美樹ちゃん?もしかして霊感あるん?

「曰く付きの場所だからな。怨霊のひとつやふたついるかもな?」

「お、脅かさないでよ‼」

マジで霊感あるかもな?

東京なんて心霊スポットだらけだからな!人が集まる場所には霊魂も集まる…

 

 

統幕が入るA棟の片隅にある内局のひとつ【渉外部】とプレートが掛けられた部屋に着いた。

 

「渡瀬1佐入ります!」

姿勢を糺して敬礼する。

後に続いて入室した美樹が横に並び敬礼…おい!(汗)

しかも、何処のかわからない敬礼スタイルだし(笑)

海自っぽい!

因みに敬礼は、陸自と空自は肘を肩の高さまで上げる。海自は肘を上げずにコンパクトな敬礼をする。

海自だけが違うスタイルなのは、艦艇勤務が主体であるためである。客船と違い軍艦は狭いのだ!

 

「久しぶりだな、渡瀬1佐!と…あなたは敬礼しなくて良いですよ(笑)渉外部長の小暮です」

小暮陸将はやや笑いを抑えながら迎えてくれた。

見た目は白髪混じりの整えた髪にスラリと…ちょいとロマンスグレーのおじ様タイプだ!

 

「ご無沙汰しておりました。こちらはV機関のノイマイアー主任研究員です」

「美樹・ノイマイアーです」

緊張からか、赤ら顔ですな…

 

「二人とも掛けたまえ。コーヒーで良いかな?それと、赤坂Neuesのケーキもあるぞ。旨いんだよ、ここのケーキは」

そう言って、奥からいそいそとケーキの箱を持ってきてテーブルに置いた。絶妙なタイミングでコーヒーも運ばれてきた!

「コーヒーをお持ちしました。それとフォークとお皿です」

若い女性3尉が運んでくれた。

 

 

本題に入らぬまま、3人はケーキをパクつく。

 

そして、話はなかなか始まらまま次回へと続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔女がなかなか登場しないです。なにせ数年前の物語ですので、寧子達はまだ幼いことと、ヴィンガルフ自体の研究の進行度合いが違います。
原作のレギュラーキャラが登場するのはかなり後の予定です。(登場しないまま終わる可能性も…)


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第九話 国家機密

原作から遡ること数年…
ヴィンガルフは活動の範囲を広めつつある。
表向きは国家行政組織を装い、一部の関係者は「V機関」と呼んでいた。



「では、そろそろ本題に入ろうか」

一息ついたところで小暮部長が口を開いた。

 

「まず、私がV機関に関する情報を得たのは…一昨日なのだ。内容は君らの方が詳しいから、話す必要はないな?」

こちらを見て確認してくる…探りを入れるような感じもあるか?

 

「部長が得ている情報がどの程度かはわかりませんが…」

とりあえず応える。

 

お互い、内容が内容だけに…口が重くなる。

 

 

「驚くというより、困惑したよ…宇宙人の遺跡から、人体実験やら。その為に幼児誘拐まで行っている…私を含めた全員が動揺を隠せなかった…」

 

「部長以外にも話があったのですか?」

小暮部長が口にした(全員)というところが気になって聞いてみた。

 

「私の他には陸海空の幕僚長がいた。当然だが統幕長もだ。他に警察庁と海上保安庁の長官もいたし、関係省庁から担当者が集まっていたぞ。担当者と言っても次官級だ」

なんと!?小暮部長の話からすると、今回初めて国家行政の表舞台にヴィンガルフの存在が公開されたらしい。最高機密であるため、情報は各省庁のトップ・次席クラス程度までだろう。

 

「以後、V機関とのやり取りは私が担当する。自衛隊は全面的にバックアップせよとの通達があったのだ。自衛隊と警察…日本国内の武装組織が全て関わることが決定した。これが意味することは…解るな?渡瀬1佐」

 

「逆らうことは…出来ない」

 

自衛隊と警察を敵にして、どうにか出来る個人などいるはずもない。そして、あそこに居る少女達が解放される見込みは断たれた…少女?さっき確か(幼児誘拐)と言ってたな?幼児なら男児も含めるが、男児は一人も見ていない!?どういうことだ?

 

「部長!さっき確か(幼児誘拐)と言ってましたよね?」

 

「ん?あぁそうだ。3年程前から頻発していたらしい。警察庁の話だが…そういえば!おかしなことを最後に言ってたな…直後から急に男女の比率が変化して、女児の失踪事件が9割を占めているそうだ。その時は性的目的なら女児を誘拐するのは当然と思ったがな…」

 

 

どういうことだ?

 

 

「その理由についてお応え致します」

それまで無言で話の外にいた美樹が口を開いた。

 

「研究の過程に於いて、男児は適合しないことが判明したからです。以後、女児のみを実験体として確保しております」

 

それでか!研究所には少女ばかりがいた。…まて、では誘拐してきた男児はどうなった?

 

「男児はどこへ消えたんだ?」

嫌な予感が…

 

 

「処分しました…恐らくころ…」

「言うな‼」

美樹が言いかけているところを遮った!

 

「もういい…」

俺は今、どんな顔だろう…

「はい…」

美樹も察したらしい。

 

 

「君たちにはご苦労だが、直前にノイマイアーさんの上司の…名前は聞かなかったな?明朝までは自由行動だから羽根を伸ばしてこいと…だそうだ」

 

「え、用事が済んだら直ぐ帰れ!と…良いんですかね‼」

美樹が俺を見る…目か輝いてますよ。

「いい上司じゃないか!東京の夜を楽しめば良いだろう!」

 

「あ~うほん!…話はまだ続きがあってな。先に言っただろ(君たちにはご苦労だが)と……」

小暮部長が言い難そうにしている。

 

「「なにをやらせるんですか?」」

2人で悲壮感漂わせながら聞いた!

 

 

小暮部長がデスクの引き出しから1枚A4サイズの紙を取り出して読み上げた!

 

 

「命令!渡瀬1佐・ノイマイアー主任研究員の両名は明日0800横須賀基地出港の(DDG174護衛艦きりしま)へ乗艦。硫黄島基地へ向かわれたし!以上!」

 

「硫黄島?しかも護衛艦で?普通は定期便の輸送機ですよね?」

おかしな命令を受け、聞き返した!

硫黄島は火山島で現在でも年間数㎝~20数㎝隆起し続けており、その為に港建設が出来ないので航空機により上陸するのが一般的である。艦船の場合は沖合いに停泊し、内火艇やヘリで上陸する。

 

 

「詳細は私もしらん!しかしだな、君の身柄保護を考慮するなら当然の措置ではないか?」

 

なるほど…

航空機だと、墜落する危険性がある。また、そうなった場合は助かる可能性が低い。艦船なら沈没が最悪の事態だが、救命措置もある程度の効果が期待できる。しかもイージス艦なら攻撃に対しても最強の移動手段だな!

 

大切な素材をまだ失いたくないのだろう…

 

 

「多分…硫黄島じゃなく、南硫黄島に行くことになるわ」

美樹が呟く…何か心当たりがありそうだな?しかさ、南硫黄島なんて初めて聞いたな。

「南硫黄島?」

確か硫黄島は絶海の孤島じゃなかったけ?

 

「まさか…知らないの?硫黄島の北と南の2島を含めて(火山列島)と呼び……マジで知らないんだ!あんた自衛隊員でしょ‼使えないオッサンだわぁ~‼」

言葉が汚ない…

 

「陸自に硫黄島はあまり関係がないのでね!で、その北か南か知らんが、何故その島に行くと?」

 

「南硫黄島にはヴィンガルフの隔離施設があるそうよ。私も室長から聞いた程度にしか知らないけど、島の周囲は100m以上の断崖で常に波が荒くて船の接岸は困難。それに周辺には陸地は無し…最高に隔離性が高いってね!」

隔離施設か…しかし、何を隔離する目的だ?

少女達を隔離するには大袈裟過ぎだ。恐竜とか…まさかな、ハリウッド映画じゃあるまいし…まさかな

 

「うほん!あー、ノイマイアーさん?私の存在を忘れていませんか?」

小暮部長がやや呆れ気味に美樹へ声を掛けた!

「あっ!し、失礼しました……」

本当に部長が居ること忘れてたな…顔が真っ赤だ!

 

「とにかく…突然でご苦労だが話は以上だ!下がって宜しい」

「はっ!失礼します!」

スッと起立し敬礼する。(この場合は挙手敬礼ではなくお辞儀スタイル)

慌てて美樹が起立しお辞儀する。

 

 

 

 

結局、美樹が随行した理由はなんだっんだろ?

ふと…硫黄島行きは最初から予定に入ってたんじゃ?

 

 

 

「なんなのよ!小笠原の果てまで行くのに舟って‼」

部屋から出て、美樹が突然キレてる…

話を聴いてなかったんかい!

 

「まあ、いいわ。それより、渡瀬さんはこのあと予定ありますか?」

「あるわけないだろ…」

 

いきなり太平洋の孤島へ行けとはな…

 

「ちょっと寄り道したいんだけど、付き合ってもらえる?」

「構わないが、何処へ?」

「浅草。暫く振りに実家へ立ち寄りたいの」

 

ヴィンガルフの職員は外出どころか、外部との連絡すら制限されるからな…

 

「そうか、なら急いで向かおう」

時刻は午後4時になろうとしていた。

 

 

 



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第十話 出港前夜

硫黄島基地へ向かうことになったのだが、その前に美樹の実家に立ち寄ることになった。
ドイツ人とのハーフの実家は浅草だそうだ…
東京出身と聞いてはいたが、勝手に目黒とか世田谷あたりを想像していた…先入観というやつだな!前にも似た話があったような?



防衛省を出て左折し、そのまま外堀通りを走る。

秋葉原を過ぎると台東区に入り、浅草界隈…所謂(下町)だな。助手席のナビゲーターの指示に従い、昭和の風情漂う住宅地へと進入する白いアリスト…じゃなくてレクサスGS!…大柄な車だと緊張する。

美樹の指示で駐車場に着いた!

 

「ほう、ここが美樹ちゃん家か!どデカイ駐車場だな‼で、玄関はどっちだい?」

 

「あんた馬鹿?看板見えない!?」

 

「ふっ、視力は両眼2.0だ!月極駐車場と書いて…あります…」

どスッ‼

 

脇腹に肘鉄を頂いた(笑)

 

 

漢字の名前が並ぶ中に〔ノイマイマ〕とカタカナ表記の立て札スペースに車を停めた。…微妙に違ってたのはご愛嬌だろう。

「何ニヤついてんのよ?ほら、チャッチャと行くわよ!」

歩きながら制服の上着を着る。運転中は上着は脱いでるんだ…シワが寄るのも嫌だが、昔程ではないが軍服アレルギーが国内にはあると思う。

 

美樹の後から細い路地を歩いて行くと、初めて来たのに懐かしいような不思議な光景が…日が傾き夕焼けに染まる空が穏やかな日常を感じさせるのだろうか…

 

10分も歩いたか?漸くノイマイアー家に到着!ちゃんと玄関が目の前にある!

古い日本家屋だ。通りに面した板壁に引戸の門…なんだか、料亭みたいな…下町の民家というより屋敷に近いぞ!

スタスタと美樹は玄関の引戸ん(からから~)と軽快に開いて入って行く、暫く振りのわりには何故かそうみえない。

「ただいま~!おばあちゃん!」

 

「美樹ちゃん!?あらまあ、まあ!久しぶりねぇ!休暇貰えたのかい?」

70代くらいの上品な感じの婆さんが廊下の奥からスタスタと足早に玄関へ出てきた。と、目が合ったので会釈する。

「あらあら、そういうことかい。国家の重要な研究をしていると、仕事一辺倒で男っ気ないのかと心配してたんだよ」

 

「えっ、あ~!?おばあちゃん!紹介するわ、こちら渡瀬さん。研究所で一緒に仕事をしていて…」

言い終わる前に婆さんがずいっと進み出て、三つ指ついて深々と…

「美樹の祖母でございます。不束な娘ではありますが、どうか幸せにしてやってくださいませ!」

 

「あ、おばあちゃん!違っ…!」

「しかも、こんなに立派な将校さんだなんて!素敵な旦那様見つけたわね!早く曾孫を見せてもらいたいわね!」

 

走り出したら周りが見えなくなるらしい……

 

「おばあちゃん!勘違いよ!渡瀬さんは、うちの研究所に防衛省から派遣されてきてるの!お仕事で!今日は渡瀬さんのお供で防衛省に出張だったのよ。明日は早いから、ちょっと立ち寄ってみただけなのよ!」

 

婆さんガッカリしたぞ…

 

「なんだ、そうだったの。久しぶりに一緒に夕御飯食べられると…すぐ帰るのかい?」

「うん、明日の早朝出発だからホテルに帰って休まないと…」

「それで、宿はどちら?」

俺に問いかける婆さん。毅然としてて、ちょっと恐いw

 

宿は…あれ?

元々は日帰り予定だから…手配してないぞ?

小暮部長も黒服君からも宿の指定はなかった…自由行動と…そうだ、横浜辺りでビジホでもと考えてた時に浅草行きの話になり忘れたんだ!…ヤバくないか?

 

「まだ決めておりません…けどw」

困ってしまい、つい…はにかんだ笑顔をみせたw

 

「泊まっていってくださいな。…是非!」

婆さん…笑顔だwwww

 

 

「えっ!ホテル手配してないの?防衛省で手配済みなんじゃない?」

美樹ちゃんピクピクする頬っぺたが怖いです…

 

「自由行動と言われたら、当然…自由だ!」

開き直ります!

 

因みに俺と美樹は携帯電話を持ってはきているが、かなりの制約がある代物だ。ネット接続は可能だが、閲覧機能しか使えない。今時はホテルの空室情報や予約など携帯端末から簡単に済ませるものなのだか…俺達は国家機密に携わる人間だから制約は多い。

便利は情報と引き換えなのだ。

 

 

「それじゃ、早速支度しなきゃね!美樹ちゃん、渡瀬さんお連れして散歩でもしてらっしゃい」

 

「ふぅ…しょうがないか、わかったわ!久しぶりにおばあちゃんの手料理食べられるしね。うちは空部屋もあるから泊まれるしね」

ちらちらと俺を睨みつつ…無理矢理納得したようだ。

 

 

まあ…なんだ、結果オーライではないか‼

 

 

 

 

 

美樹に連れてこられたのは近所の居酒屋?

 

 

「いらっしゃい‼あ、美樹ちゃん!?ひっさしぶりねぇ~‼」

「おばちゃん!久しぶり~‼とりあえずビールね!」

散歩がてら飲むのか!

ジョッキが2つと…なにか具が入ってるボールがきたぞ?

テーブルには鉄板…

「夕飯前に食べて大丈夫か?」

お好み焼きは腹が膨れるだろ…

 

「ビールにつまみくらい大丈夫よ」

そう言いながら、慣れた手つきで阿蘇の外輪よろしく土手を盛って行く……土手?

「何を作ってる?」

 

土手盛りの手がピクッと止まる!

「何って?まさか…もんじゃを知らないってこと?」

 

「初めて見た。これが有名なもんじゃ焼き…なのか?」

 

「はぁ、まあ京都府民だものね?府民ね!京都市民じゃなく」

わざわざ(京都府民)と強調すんな!

 

いつの間にか、土手の中には汁が入ってる?

「これを混ぜるのか?」

と言いつつヘラを持って…

 

ビスッ‼

 

「イテッ!」

ヘラの角で刺しやがった!

「触るでない‼」

美樹ちゃん…目が怖い‼

 

「素人が土手に触れるなど10年早いわよ‼」

 

素人とか…セリフが笑えるw

 

「ヒュ~‼ねーちゃんかっこいい‼」

「おじちゃんはねーちゃんの土手に触ってみたい‼」

「「ギャハハ‼」」

奥の席にいるオッサン達が騒いでるよ。…土手にかけて美樹の土手とはw

 

「なによ、私の土手って?イミフなんですがー?」

ん、わかってないの?下ネタは…

女の土手と言えば…あそこのことだろw

「ちょいと、大佐どの!説明してよ!あのオッサン達と目の前にいるオッサンはウケて面白いみたいけど~‼」

 

「いいぞ!にいちゃん教えてやりなよ~‼」

うるさいよ酔っぱらいおやぢども

 

美樹の耳元に小声で教えてやった!

「ボソボソ…部分の盛り具合のことをドテ。盛上がりの大きなのは俗に(もり⚫ん)と呼んだりする。O.K.?」

 

「…***∀がドテ‼」

 

美樹が挙動不審だ…赤面して俯いてしまったよ!?

 

しかし手元のもんじゃはきっちり…て、ぐちゃぐちゃ?

 

「あのー美樹ちゃん?もんじゃ焼き大丈夫か?」

「え?あ、当たり前‼出来てるわよ」

「このぐちゃぐちゃしてるのを食べるの?」

元々、関西人の俺には得体の知れない食べ物だな。

「ヘラを使って、こうやるのよ!」

 

真似して一口……むぅ‼

 

「イケル‼イケルゾ美樹ちゃん!ビールに合うなぁ♪」

見た目はアレだが、味は旨味がぎゅぎゅっとくるね!

 

「見た目はアレでも旨いでしょ!」

「うん、ビールがすすむ!土手崩しがこんなにイケルって‼」

「土手ネタはやめい!!ビールおかわりしたいんだけど、おばちゃんの夕飯が食べられないと困るし、そろそろ帰りましょ」

 

そうだ、美樹の婆さんが待ってるな!

 

 

日も落ちたし、急いで帰る。

 

帰宅すると、既に夕飯の支度ができていた。

「2人ともずいぶんと長い散歩ね~美樹ちゃん、口元にソース付いてるわよ!」

 

「あ、えっ!?」

慌ててハンカチを取り出すが…

「嘘よ!やっぱりね~」

散歩がてら一杯引っかけてきたのはバレてるんだな~

「すみませんね。この子は普段はツンとしてるかもしれませんが、小さい時からおてんばでね。でも、地を見せてるだけ…渡瀬さんには気を許してるんですね。ほほほっ!」

「おばちゃん…その辺で堪忍して‼」

 

肌が白いためか、最近はやたら美樹の赤面を見るな?

赤面性なのかな?

 

「さあさあ、お夕飯にしましょう。美味しいのよ~ここの鰻重」

テーブルには人数分の鰻重が置かれていた。

あれ?手料理じゃないんだ?

 

「あれ?おばちゃんの手料理だと思ってたわ」

美樹はそう言ってたから、普段は婆さんの腕によりをかけた手料理なんだろう。

 

「あなた馬鹿ですか?あんな時間にいきなりきて手料理を作る時間があるわけないでしょ!」

いつも俺が言われてるような光景だな、美樹の言動は婆さん譲りかな?

 

老舗の鰻屋なんだそうだ。老舗のタレは代々受け継がれるそうな…濃厚な旨味が凝縮されて…いかん!どこぞの料理オタク漫画みたいなセリフが出るところであった!

 

食事の後にはお風呂をいただいた。総檜造りの風呂場だ…1人では広すぎなくらいだな?

「美樹ちゃん、お風呂入って良いわよ♪」

「渡瀬さんが入ってるでしょ!その手はくわないわよ!」

やりとりが筒抜けだよ…

 

風呂を上がると浴衣が用意されていた。美樹のお父さんの物だ。…う~ん。ビッタリじゃないか!

ご両親は仕事の都合で、現在はドイツに住んでるそうだ。

寝室用に客間を用意されていた。

何故か布団が並んで敷いてある。ツインですか…

 

後ろでスーっと襖が開いた!

「なんであんたが居るのよ!」

2組の布団を見て…また赤面

「ちょっと!おばあちゃん‼なんで一緒の部屋なのよ!」

叫びながら出ていったが、すぐ戻ってきた。

「明日早いから寝る…」

そう言いながら布団に潜り込んだ。

 

「そうだな、おやすみ」

 

今日は疲れてる。寝るとしよう…zzz

 

 

 

 

「ねえ、横に居るからって…変な気起こさないでね?」

 

「…zzz」

 

「ねえ、渡瀬さん?こら!渡瀬!…寝てるし」

 

「あんたとなら構わないのに…」

 

「馬鹿…」

 

 

「zzz…z」

 

 

下町の夜は深まって行く…

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話 横須賀基地

目が覚めると、まだ薄暗い。

隣の布団では美樹が軽い寝息をたて眠っている。

 

「ふっ、据え膳を喰いそびれたな」

 

 

時計を見ると[午前4時]を過ぎたところだ。

横須賀基地を0800即ち[午前8時]に出港する護衛艦に乗れと言うことは、1時間前の[午前7時]には基地に入るようにしないとな・・・

民間の船舶や航空機だと搭乗手続きがあるが、軍艦や軍用機でも乗組員以外の外部の人間が搭乗する場合はそれ相応の手続きが必要なのは当然だ。

陸自の俺はまだしも、美樹は自衛官ではない。

階級の高い者への命令内容は簡素だが、それは『当然わかっている』との前提に基づいているからなのだ。

民間企業でも、部長クラスへ細かい指示などしないのと同じだ。

ギリギリに行って海自に迷惑もかけられんしな・・・

 

 

 

そろそろ美樹を起こすとしよう。

と考えてたら、隣から

 

「おはよう・・・・」

 

「おはよう・・・起きてた?」

 

「ついさっき起きたところ。見たら、考え事してるみたいから・・・・」

怖い顔してたかな・・?

 

「今日のことを考えてた。早くてすまないが、そろそろ支度しよう。7時までには横須賀基地に入りたい」

 

「わかったわ。時間ギリギリとはいかないしね」

 

「おはようございます。渡瀬さん、開けてよろしいかしら?」

 

襖の向こう側から婆さんの声がした!

 

「あ、おはようございます!大丈夫です」

 

スーと襖が開き

「朝御飯、簡単なものだけど・・・食べる時間はあるかしら?」

 

先に起きて、朝食を用意してくれたみたいだ。

まだ時間に余裕がある。折角だからいただくことにする。

 

「朝早くからすみません!有り難くいただきます」

 

美樹と二人で朝御飯をいただいた。

今朝は婆さんの手料理だった・・・出来立ての卵焼きが美味しかった!

 

婆さんに見送られながら、美樹の実家を後にした。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

早朝で道路は空いているが、ここはやはり・・・湾岸線だろ?試してみたかったんだ(笑)

 

「なんか・・ずいぶん速くない?ちょっ!なんキロ出してんのよっ!!!」

 

助手席からクレームがきた!

現在速度220km/h…まだイケルんだが、やめとこう。

やはりリミッターは無しだった!

 

「いい歳のオッサンが暴走しないでよね‼パトカーに捕まったら遅刻するわよ‼」

 

「すみません!おっしゃっるとおりです・・・」

 

確かに!オービスは揉み消しできるだろう。しかし、パトカーはまずい‼行政処分はくらうことはないだろうが、所轄の警官は職務を実行するからな…

絶対に遅刻する・・・・・

 

 

 

 

 

 

道路が空いているのと、少々スピードが速かったこともあり・・・・6時半には横須賀市内に入っていた。

余裕で7時前に横須賀基地に到着!

 

「誰かさんが飛ばしたから余裕だったわね~‼」

 

横から嫌みが聞こえる・・・

 

さて、向かう先は護衛艦隊司令部だ!

横須賀基地とは、この地域にある海自の施設全体を便宜的に呼んでいる。正式名の[横須賀基地]という施設は存在しない。

 

 

 

 

通された部屋では、護衛艦隊司令と艦長が待っていた。

 

「お待ちしてました。陸自の渡瀬1佐と・・V機関のノイマイアーさんですね?連絡を受けております。細かい段取りは私どもに一任とありましたので、目的地までは指示に従っていただきます。宜しいかな?」

 

「はい。お任せ致します」

 

護衛艦隊司令からの指示に従う。俺たちは〔積み荷〕なのだ。

 

「今回のミッションは秘匿性を考慮して、艦長のみが知っている。他の乗組員にはバレないように頼みますよ?」

 

「承知しました。しかし、私らが乗艦すること自体が不自然ですが・・・・」

 

「貴殿方には海自隊員に変装してもらう。これなら乗艦しても不自然さは無い!!制服と身分を用意したので、まずは着替えからだな!」

 

時間も少ないから、言われたとおりに着替えをする。

 

 

用意されていた制服は夏服だ!真っ白な開襟シャツに真っ白なパンツ、黒地に金糸刺繍の肩章。第三種夏服というタイプで、海軍夏服の定番スタイルだ。

やっぱり海軍が一番かっこいい‼

 

と、美樹も着替えを終えて戻ってきた‼

WAVEの第三種夏服だ!

白の上下だが、膝上10㎝程のミニスカート・・・えっ?!

 

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 

部屋にいるオッサン三人はその姿に一瞬言葉を失う…

 

「あの・・・・なにか変ですか?」

 

「あゎ、その・・・髪は纏めないといけないぞ!ですよね?司令?」

まずい!かなり刺激的なWAVE(女性海上自衛官)が出来上がりかけた!

慌てて対処策を考えたら、ひとつしかなかった!司令に同意を求める!

 

「うむ、惜しいが・・あっ!いや、女性自衛官服務規程で髪は肩に掛からない長さ・または纏めるとなっておるのだ」

 

 

「あ、そうでしたか!?すみません!直ぐに直してきます!」

そう言って更衣室へ戻って行った。

 

美樹が退室した後・・・

 

 

「いや、驚いた!足が長いなぁ!それに加えて!あの髪と瞳は反則だな!!」

司令・・・にやけ面だよ

 

「男所帯の護衛艦にはキツいですな・・・」

艦長は真面目に心配顔だな。

 

今更、スカートを直す時間はない・・・

ミニスカWAVEが誕生しちまった!!

 

しばらくして美樹が髪を纏めアップにして戻ってきた!

これはこれで…さっきとは違う色気があるが、凛々しさが出てるし大丈夫だろ?

 

「では、この後の段取りを説明しよう。まず、制服に付いている氏名・階級を確認!」

 

「長瀬啓介・3等海佐」

 

「野々宮美樹・2等海尉」

 

偽の氏名と階級だ!渡瀬が長瀬くらいは良いが、ノイマイアーが野々宮とは!まぁ、野村や野口ではベタすぎだしな(笑)

 

「私は『野々宮』?なんだか可愛らしい名前だわ~」

 

美樹は野々宮姓には違和感無いようだ。しかし、珍しいような・・どこかで聞いたような名前だな?

 

 

「2人にはその氏名・階級で身分証明書を発行済みだ!もちろん今回限りの期間限定だがね。職務は横須賀海上訓練指導隊の所属とする。腕章を左腕に付けてくれ!」

 

腕章には[FTC]と書いてある。

 

「君たち2人は、出港直前に車で乗り付ける。そして、抜き打ちの乗艦調査を行う!・・・と、いう感じで頼む!宜しいかな?」

 

「了解しました!」

 

なるほど、訓練指導隊が抜き打ち調査に突然乗り込んで行く…これは良いな!こちらは堂々と動きまわれる上に、逆には近寄りがたくて距離を保てるな!こちらは幹部だから、曹・士は問題ない・・・僅か数人の幹部さえ気をつけていれば良いだろう?

 

艦長は一足先に乗艦すべく退室した。

 

 

─────────────────────

 

 

 

時刻は0745

 

 

「では、行きたまえ!」

 

「はっ!長瀬3佐・野々宮2尉両名、行ってまいります!」

 

見送る護衛艦隊司令に敬礼して、73式小型トラック(パジェロ)に乗り込んだ!

 

 

 

イージス護衛艦[きりしま]が目の前に迫る!!

「さすがにでかいな!!」

満載排水量1万トン近い艦だ!駆逐艦というより[巡洋艦]だな!!

 

「す、すごぉい!大きいわぁ!!」

 

お前っ!微妙な台詞だぞっ!

運転手の海曹が一瞬動揺したぞ(笑)

 

 

 

艦に車を横付けする!

すかさず車を降り、タラップをかけ上がる!

 

 

出港直前の来客に驚く乗組員達に軽い笑みを浮かべ話し掛けた。

 

「横須賀海上訓練指導隊です。これより臨時乗艦調査を行う!」

 

全員が一斉に緊張の面持ちで敬礼して、俺たちも答礼する。

 

 

 

 

 

 

 

南硫黄島にあるというV機関隔離施設への航海が始まった!

 

 

 

 

 

 

 




後半での護衛艦隊司令部でのやりとりの最後に出てくる『海上訓練指導隊』= Fleet Training Commandの頭文字『FTC』で良いかと…呼び方などは想像です。「亡国のイージス」のワンシーンを参考にしました。


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第十二話 護衛艦きりしま

こんごう型二番艦『きりしま』

基準排水量7250トン
満載排水量9485トン
【注】諸外国の軍艦は満載排水量を公称にするのだが、海上自衛隊では基準排水量を公称している。要するに、実際より[小さく]見せたいのだ!

全長161m
全幅21m

最大速度30ノット以上
【注】30ノット~

乗員300名


「イージス艦」とテレビなどで映像と共に紹介されたりして、こんごう級護衛艦が自衛艦の中で一番有名かな?米軍が開発した[イージスシステム]を搭載した艦のことだ。ちなみにベースとなった米軍のアーレイバーグ級駆逐艦よりも、巡洋艦のタイコンデロガ級に近いサイズなのだ!
こんごう級護衛艦の艦橋は巨大で、停泊中の姿を間近に見ると驚くだろう。
例えるなら、大阪城天守閣が海に浮かんでいるようなものかな?


《横須賀を出港して太平洋を南下中》

 

 

硫黄島へは明日の正午には到着予定だ。

それまでの間、俺たち二人は横須賀海上訓練指導隊[FTC]として乗り込んでいる。長瀬3佐と野々宮2尉の身分を名乗る。執務室として士官部屋を用意していただいた。偽者なんだから仕事などない・・・艦長は適当に艦内をそれらしく彷徨いてもらえば良いと言っていたが・・・

 

「あの~、長瀬3佐どの?」

「ん、どうしかしたか?」

「この船、男しかいないみたいだけど?」

美樹がなにやら不安そうに尋ねてきた。

 

「確か、護衛艦など[戦闘艦]には女性隊員は配属されないらしいよ?」

 

「そうすると・・トイレやお風呂は?」

 

「あっ、それは・・・まずいなぁ」

 

トイレや風呂は共同だ・・幹部用はあるが、個室にバス・トイレが付いてるのは艦長私室だけだ。

 

『コン、コン』

 

部屋の扉がノックされた。

 

「失礼します!船務科の者ですが、艦長が司令室まで来ていただきたいそうです。ご案内いたします!」

 

「司令室?ま・・いいか。伺います」

 

こんごう型護衛艦は司令部機能を供えているんだな?

だから[司令室]が存在する。

 

 

 

 

《司令室内》

 

「この部屋は普段は使用しない。司令が座乗時のみだ・・ところで、この艦には女性用設備が無いことは気付いてるかな?」

 

「ちょうど今、そのことで・・困ってました」

 

「一泊のみだが、お貸ししょう。・・内緒だぞ!」

 

助かった!・・とにかくは一難去ったよ。

 

「そういうことで、食事は他の幹部と一緒に士官室でとってもらうが、バス・トイレは私室を使用するように!」

 

「はい!有り難う御座います!」

ちゃんと敬礼してる・・だいぶ慣れたな。

 

 

 

その後、艦内を邪魔にならない程度に彷徨いてみた。

皆、興味津々にチラチラと視線を投げてくるが・・・勿論、その視線の先は俺ではない(笑)

 

ひそひそ話が聞こえる・・視力だけでなく聴力も良いのだよ!

「・・ミニスカだ!」

「・・ハーフかな?」

「・・オッサンが邪魔だな」

 

ま、どうでもよい・・・

 

しかし、怪我をする前よりも明かに感覚が鋭くなった。五感は常人のやや上のレベルだろうか?問題は《第六感》というやつだ・・・慣れない為か上々ストレスに感じているんだ。

怪しげな能力の覚醒の影響なのかもな?

オカルトには関心がないのだが、ヴィンガルフに関わってからは《否定的》ではなくなった。

心霊とか霊魂という・・いや、少し違うな。

ヒトが抱く『思い』・・そういった思念を感じるようになった。それが強いとより鮮明に感じる・・・それと、思いを伝えてくるのはヒトだけでない、持ち物や愛着のある場所などもだし、生死も関係ない。既にこの世を去った人が残した思い・・・だと厄介だ!

向かう先の《硫黄島》は近代戦史でも有名な激戦地だ。当然[負の思い]が渦巻いてるだろう・・・

硫黄島基地へ立ち寄ることは避けたいものだ。

 

 

 

「・・・・!」

 

ん?

 

 

「どうしたんですか?ぼぅ~としてますよ!?」

 

「ん、ちょっと考え事をしていた・・それにしても、君の上司はいいとこあるなぁ・・」

 

「はぁ?どこを見て言ってます?最果ての島へ、それも船旅させる人ですけど!!」

 

「その前だよ・・どうやら、この船旅が本命みたいだ。なら、防衛省へ私に同行した意味はなんだ?話は既についていたし、2人とも出向く必要がなかっただろ?」

 

「・・確かに、ケーキを食べて帰ってきただけね?」

 

防衛省ではコーヒーとケーキをいただいただけだ!

では、わざわざ俺に美樹を同行させたのは?

美樹の実家(正確には母親の実家)と防衛省は皇居を挟んだ反対側だったな。

 

「内緒だったんだが、出発前に奴が一言(ノイマイアーの実家は浅草だそうだ)とな!」

 

「まさか!・・室長が?」

 

「血も涙も無い冷血漢だと思ってるのか?」

 

「大義の為には犠牲を厭わない人よ?何人の魔女を始末してきたと・・・」

 

「確かに、奴は大義の為には鬼になる。だが、話してみると・・根は他人を気遣う情を持つ男だよ。私から見たら、奴も九もまだまだ不器用な若者だな」

 

「室長はまだしも、所長のことなんて!あの人こそ感情の欠片すら感じられないわ・・」

 

「私は[部外者]で年長者だからなぁ!?部下の前では出せない本音が出しやすいのだろう・・仕事の後には頻繁に話というか、半分愚痴を聞いてやってる(笑)今聞いたことは、戻ってから口外無用な!」

 

「わかってる!・・・でも、意外だったわ?あなたがあの二人と仕事外の話をしてるなんて・・」

 

「話だけじゃないぞ?格闘術や射撃の手ほどきも合間にやってるよ!」

 

「彼らは研究員よ?・・・なにを教えてるのよ!?」

 

「男の嗜みだ!いざというとき戦わねばならんからな!それに、中々のみ込みが早い!頭の良い若者は教え甲斐があるよ!」

 

「はいはい・・大佐どの」

 

「大佐はよせ・・・赤い軍服を着て仮面を付けたくなる(笑)」

「あっ、そのネタはわかる!ガ⚫ダムですよね?」

 

なぜわかる!1979年の作品だぞ?あ、メジャー過ぎだった!!赤い軍装・・・悪くないかも?

 

銃の腕前は2人ともだいぶ上達したな・・

最初はグリップからダメ出ししたが、優秀な頭脳は覚えも早いが、理解して確実にモノにしてる。

オートマチックの45口径や9㎜を片手撃ちできるだけで大したものだ!素人がいきなり撃って当たるものじゃないんだ。

 

 

 

そうしている間に昼食の時間が近くなっていた。

特にやることもない航海・・・楽しみは飯くらいだ。

食堂へと向かうことにする。

 

「護衛艦って狭いんですね?それに、通路は扉だらけだし・・・歩きにくいわ」

 

「軍艦は[水密扉]があるんだよ。浸水したときに区画ごと閉鎖する。昔に比べたら快適になってるみたいだがな?」

最近の自衛艦は大型化し、外洋で長期の任務を考慮した造りになってる。ベッドも二段が普通になったしな。

 

「中から見たら、客船とは明かに違うなって・・ちょっと怖いな」

「それが普通の人の感覚なのだろう・・実戦を経験しないまま艦命を終えてもらいたいものだ」

 

 

昼食の後も艦内を適当にブラブラしたりしながら、それとなく仕事をしている振りをした。仕事をしている振りというのは疲れる・・美樹は興味深く見学に勤しんでいたな!軍艦は初めてなので、目に映る物全てが珍しいのだろう!

俺は、高校卒業まで舞鶴に住んでいた。親父は海自だったので、護衛艦の見学はよく行ったんだ。「大きくなったら、艦長になる!」といつも言ってたっけ・・・

 

 

 

夕食の『金曜カレー』を食べた後に、艦長に呼ばれた。

因みに、金曜カレーとはメニューでなく、海軍時代からの伝統で、曜日感覚を失わないように週末にカレーを出すのだそうだ。現在は金曜が週末なので、海自では金曜にカレーが出る!陸と空にはこの風習はない。

 

 

 

《艦長室》

 

「明日1000に硫黄島海域に入る。硫黄島基地からヘリが迎えに本艦にやって来る。それに搭乗されたし!との連絡があった」

 

「了解しました」

 

 

こんごう級護衛艦にはヘリは搭載されていない。発着艦スペースは艦後部にあるので、こういった段取りだろうと予想していた。

 

いよいよ硫黄島基地ならぬ、南硫黄島基地?へ到着が近づく!

 

「明日の昼には目的地だな・・・硫黄島か南硫黄島かは知らないが、隔離施設となるとやはりかな?」

そう言って視線を横の美樹に移す。

 

「残念だけど、恐竜はいないわよ・・・相手は間違いなく《魔女》よ!」

 

「ただの魔女ではないよな?隔離するくらいヤバイんだろ?」

 

「そうね、多分・・・」

 

美樹には大方の予想はついているようだ。

 

「以前、研究所内で魔女が《孵卵》して大勢の犠牲者がでたそうよ。ハーネストに潜んでいるドラシルが成長すると孵卵するのよ・・」

 

初耳だ!

孵卵てことは、何かに生まれ変わるのか?

SF映画の『エイリ⚫ン』が頭に浮かんだ!

 

「はぁぁ・・やれやれ、相手は怪獣かよ!」

 

「何を想像したか知らないけど、当たらずも遠からずかしらね・・・」

 

 

 

 

明日は島でバケモノを相手に実験なんだろう・・・

早めに休んでおこう。

 

二人はそれぞれ自室へと戻る。

 

 

 

 

慣れない船旅の疲れもあり、艦の揺れも気にならず熟睡したのだった。

 

明日に備えて身体を休めておかねば・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話 隔離施設

護衛艦での航海により硫黄島海域までやってきた。
間も無く硫黄島基地のヘリが迎えに飛来した!
白い機体に〔海上自衛隊〕の文字が見てとれる。

ふと疑問だが、もし自衛隊が国軍になったら〔海軍〕の二文字は変だな?では〔日本海軍〕はどうだかな?
なぜか『自衛隊』と言う響きが心地良いんだな?



硫黄島基地から飛来した海自ヘリ[SH-60J]が着艦した。

エンジンを停止することなく即座に搭乗すると、そのまま発艦する。別れを惜しむ暇もなく[きりしま]を後にする。

 

向かう先は・・

「硫黄島基地に向かうのか?」

 

左の操縦席に座る機長に質問する。

 

「・・南硫黄島へ向かいます」

 

「南硫黄島にも基地があるのか?」

 

「・・ありませんね?私が受けた命令は、きりしまから貴殿方を南硫黄島まで送り届けろとだけでしてね?」

 

どうやらパイロットも島までの飛行しか命令を受けてないようだな?

 

「あの島にはヘリポートすら無いはずですが、どこへ着陸すれば良いのやら・・よくわからん話ですよ」

機長もやれやれといった顔だ!

 

「ラペリング降下しろとでもいうのかね?私は構わんが、連れは無理だ!スカートだしな(笑)」

 

「最悪、なるべく平坦な場所へ降りますよ。しかし、ラペリング降下とは!陸自の空挺やレンジャーですな(笑)」

いかん!冗談半分に聞いてくれたが、今は海自だった!

 

 

そうこうして軽口叩いてる間に南硫黄島上空にきた!

地上の管制から無線が入り、機長が交信している。

 

「Request landing information」

「All copied!」

「地上の管制から着陸許可がでました。これより着陸します」

管制との会話が終わると、機長がこちらをチラリと見て言った。

 

ヘリが降下して行く先には[仮設?]らしきヘリポートが立木に囲まれた中に見える。

「こりゃ、海上からは全く見えないな・・・」

 

上空からも、接近しないと非常にわかりにくい!

 

地上に降り立つ!後方ではヘリが即座に離陸して飛び去る!

目の前には数人の職員が出迎え・・見慣れた黒服姿も混じってる!!

 

「待ってたよ、お二人さん!」

 

「室長!?いつこちらに?・・当然、飛行機ですよねっ!!」

美樹には・・[やってきた手段]が関心事みたいだ・・・

 

 

「ふん、長旅でお疲れのところすまないが・・すぐに支度してもらう!」

 

「そんなことだろうと思ったよ!やれやれ・・」

 

案内され、施設地下へ入ってゆく。

無機質なコンクリートの廊下を歩く、かなり堅牢な造りだな・・地下防空壕みたいだ。

 

「ここには廃棄処分予定の出来損ない魔女を集めてある。そいつらを使って実験を行う・・が、かなり強引な方法でな・・・命を落とす可能性が高い!覚悟してもらいたい」

 

「嫌だと言っても無駄なんだろ?」

半ば呆れ顔で聞いてみる。

 

「そりゃ、もちろん・・」

ニヤリと口許が動いた

 

「ふん、ならばとっとと始めよう!」

 

「まあ、慌てるな。着いたぞ!」

 

地下にあるわりに広い空間だ!壁や天井・床は分厚いコンクリートで、通用口の扉もかなりゴツイ!

やはり・・怪獣とか化け物の類いが出てくるんだな?

 

「ここで怪獣と対決するんだろ?で、私の得物は?」

 

「怪獣とはちょっと違うが、ま・・良いか。得物?武器か?・・丸腰だよ」

 

「おいっ!化け物相手に[丸腰]はないだろ!宇宙兵器があるだろ?早く出せ!!ビームサーベルとかビームライフルとか!?」

 

「そんな都合の良いものはない!!死にたくなければ戦って勝て!入れろ!」

 

そう言って、黒服野郎は背にしていた扉からサッと退室した!

と、同時に別の扉が開き!室内に小さな生き物が転がり込んできた!!!

 

 

 

咄嗟に身構える!!

 

 

 

 

トットト・・ベチャッ

「痛いっ!・・い、痛い」

 

 

 

 

 

見ると・・・・素っ裸の少女だ!

 

 

 

室内に突き飛ばされて入ってきたようだ?

よろけながら・・派手に顔面から床に倒れた!

 

「おい、大丈夫か?」

 

そう言いながら近づく・・!

 

 

「嫌っ!来ないでぇ!」

 

鼻血を流しながら必死で胸を両腕で隠している。

 

年の頃は12~3歳くらいか?殆ど膨らみが無い胸元を隠してるのが痛々しい・・

 

「痛っ!・・いぃぃ、痛いっ!ひぁ、ぎぃぃ!」

 

頭を抱えて苦しみだしたぞ?

様子がおかしい・・!まっ、まさか!

 

次の瞬間!!

 

《ドクン!》

 

少女の意識が無くなり、首のハーネスト部からどす黒い[何か]が溢れ出て広がる!!

『デロデロッ~ビュルルュュ~ビュルル』

 

『キィィー!』

 

広がった[それ]は形を成して行き、異様に光る目のような部分と異形過ぎる巨大な捕食口に三角の牙が並んでいる・・・・[化け物]

 

「くっ!!」

 

咄嗟に躱す!が、しかし!

 

「は、速いっ!?」

 

奴は身体の一部を腕の如く伸ばし襲い掛かってきた!

想像以上に素早い動きだ!

初撃を躱せたのが奇跡的だった!

 

直ぐに奴との距離を取るべく転がり跳び走る!

しかし、直ぐそこはコンクリートの壁!

奴がこちらへ向き直る!

左脇からSIG-P226を抜き、素早く?スライドを引きチャンバーに弾丸をセットした!

 

『パンッ!パンッ!パンッ!』

目らしき部分へ撃ち込む!

3連射するのは無意識に近い!至近距離で3発撃ち込むのは、確実に[仕止める]つもりだから・・相手がヒトならば・・・

 

『ギィ!・・』

 

手応え有り!

すかさず横へ移動しながら撃ち続ける!

 

『パンッ!パンッ!パンッ!』

『パンッ!パンッ!パンッ!』

 

『ギィ!ギッ!』

 

『パンッ!パンッ!パンッ!』

『パンッ!パンッ!パンッ!ガシャッ!』

 

執拗に奴の目を狙い9ミリパラベラム弾を撃ち込み続ける!咄嗟に判断できた[急所]はそこだけだ!

しかし、無情にも15発全弾撃ちつくして愛銃はただの鉄塊と化す・・・

 

『ブンッ!・・ベチャッ!』

投げつけてやった!

 

豆鉄砲じゃあな・・・いや、機関銃でもどうだかな?

 

『グルルッ!』

 

奴の目が俺を見据える・・・

 

「来るっ!!」

 

『グァアアォォッ!』

 

 

咆哮と同時に突進してきた!!!

 

 

「おおおぉぉっ!!!」

 

 

俺は気が狂ったように雄叫びをあげて拳を奴めがけて振り上げていた!!

 

 

 

 

一瞬・・・数秒?いや、1秒あるか?

 

 

脳裏を様々な[想い]が駆け巡る。

 

幼少期・母に手を取られ歩く夏の砂浜の風景。小学生・テストで満点取って帰ったら、父が随分喜んだ。運動会・障害走はいつも1着だった。中学生・バレンタインデーでチョコがカバンに入り切らなかった。後で知ったが、大半が義理でない[本命チョコ]ってやつだった。高校生・所謂[硬派]だった、剣道部と山岳部を掛け持ちした。三年の夏に登った北アルプス劔岳山頂から遠く富士山が見えた。防衛大に入り初めて詰襟制服を着たら、妙に緊張して気が引き締まる思いした。陸上自衛隊入隊・古参の陸曹にイビられると脅されたが、実際には頼りになる兄貴達だった。初めての海外派遣先はイラクだった。警備のレンジャー小隊を率いて、撤収間際の実戦。挟撃を受け・・後頭部に衝撃!気が付くと帰国して入院していた。リハビリに苦しみ復帰・・今度はヴィンガルフとかいう怪しい組織へ派遣された。本庄・美樹・九・黒服君・・

人には恵まれたよな・・・

 

みんな・・

 

 

ありがとう・・・

 

 

 

 

 

走馬灯?

 

これが死ぬってことか!

 

 

 

 

────────────────

 

─────────

 

────

 

 

 

「おおおぉぉ!!」

『ギッギィィィー』

 

 

 

 

 

《ブシャャャァァー!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────

 

───────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い・・・な?

 

 

 

 

 

 

 

《ポゥッ・・・》

 

 

 

 

 

 

 

ん・・?

 

 

明るい?

 

 

 

 

向こうはなんだ?

 

 

ここはどこだ?

 

 

 

僕は・・・・?

 

 

 

 

思い出せない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話:消せない記憶【前編】

《防衛省駐在官》 と表示された部屋内

 

迷彩服姿の男と黒スーツ姿の女

 

迷彩服の胸には[keisuke watase] 襟には二本の横線の上に桜花模様が三つの[1等陸佐]を示す階級章

腰には拳銃とナイフを装備している。

 

「うん、この格好が一番しっくりくるな!」

 

本人は満足そうだが、スーツ姿の女は眉をひそめる・・

 

「なんだか・・凄く物騒な感じで怖いんですけど!!」

 

「本庄さんが言うこともわかるよ!しかし、あんな事件もあったことだしなぁ?制服だと動きにくいんだよ!」

 

事件とは[サオリ]が発現した魔法を使い暴走し、職員・警備員を多数惨殺したときのことだ。

現場に駆けつけた俺の制服・制帽は血だらけになり、革靴を履いていたために滑って転びそうにもなったのだ!そこで、使いなれた装備を取り寄せた。公式な行事等は制服を着るが、普段は作業服か迷彩服で行動することにしたのだ。無論の事、所長にも承認を得ている。

 

「そうかもしれませんが、私は制服姿の渡瀬さんが良いです。・・研究所内だけにしてくださいよ!?」

 

「わかりました・・外出着は制服かスーツにしますよ!」

 

と、その時!

 

 

《コンコン!》

「ノックするのは良いが・・ドアを開ける前にしろよ」

「あら、これは失礼しました~」

美樹が入り口に立っていた。

 

「あらっ?・・ノイマイアーさん!なにか御用かしら?」

 

本庄?もしかして仲悪いんか?

 

「御用があるから来たのよ?当たり前でしょ!」

 

「用があるなら事前連絡いだだけないと困るわ。スケジュールの都合もあるしね!」

 

「あなたには用はないわよ?私は渡瀬さんに用があ・る・の!」

 

「ま、まあまあ・・二人ともその辺で!」

 

慌てて間に割ってはいる!

 

「で、なんの御用かな?美樹ちゃ・・あ、ノイマイアーさん」

 

 

「この前、私に聞いたでしょ?[記憶を消す魔法]の魔女の件よ。対面できるみたいよ?どういたしましょうか・・渡瀬1佐?」

 

「ふむ、この後の予定は確か・・」

「本日の予定は19時から所長との会食だけですわ」

即座に本庄が答える。

 

「ありがとう本庄さん。問題無いようだから伺おう!」

 

「じゃ、行きましょう。行き先はいつもとは違い、その子の部屋に直接よ!」

 

「部屋に?個室を与えられてるのか?」

 

他の娘たちは数人の相部屋だと聞いている。

やはり特別視される能力なんだな。

 

「記憶を覗いたり、消されたりするのは非常に危険なのよ!あなたなら、魔法を中和してしまうから問題無いと判断して許可が降りたの・・でも、気をつけてね!?」

 

「わかった。しかし、どう気をつければ良い?」

 

「あなたが入室する際に、魔女を先行させる。理屈では、双方ともイニシャライザーの中和によって魔法は使えない状態になるでしょ?で、安全が確認できたら入室するって段取りよ!」

 

要するに[弾除け]役の魔女を使うんだ?

気の毒だが、仕方あるまい・・

 

「で、その気の毒な役回りの魔女は?」

 

「・・もう来てるはずなんだけど?」

 

その時!

 

「またせたな」

 

「えっ、所長!?」

 

九ちゃん自ら連れてきたぞ?

 

「所長が直々にか・・随分な待遇だな?」

 

腰まで届く長い黒髪が印象的な少女だ・・

 

 

「私が出向くのだ、双方の魔女はそれだけのレベルだということだ。丁寧に扱ってくれ・・壊さないようにな」

 

いつもながら、[大切な物]扱いだな。

 

「試しにこの男を撃ち殺せ!」

 

「「えっ!?」」

俺と少女は同時に驚き・ハモった!

 

「何度も言わせるな!7620番!やれ・・」

 

少女は苦悩の表情だ・・ふん、やれやれだな!

 

「構わん!私を撃て!」

 

「えっ!どうして?」

 

「やらないなら、こちらから行くぞっ!!」

 

・・と、適当なポーズで構えてみせた!!

 

「くっ!はぁっ!!」

 

7620番と呼ばれた少女は咄嗟に身構え、即座に[何か]を発した・・・かに見えた!

 

「っ!!・・?え、どうして??」

 

少女は何が起こったのか分からず戸惑う。

魔力が中和されたのは初めてだろう。

 

「よろしい!!では、予定通りに始めてくれ」

九所長が手振りを交えて制止し、美樹へ目で促す

 

「では、これよりイニシャライザー接見を開始します。7620番[黒羽寧子]は入室し、中に居る魔女へ攻撃しなさい!」

間髪入れずに割って入る!

「あぁ、・・その前にいいか?」

 

「・・なんですか?渡瀬1佐」

「作戦を円滑に行うべく、彼女と打合せしたいのだが?」

「渡瀬1佐に任せる!」

九ちゃんナイス!

 

「所長のお許しも出た!さ、おじさんと話そう」

戸惑う少女[黒羽寧子]の手をとり引寄せる。そして耳元で囁く・・

「さっき魔法が使えなかったろ!?私が近くにいると魔法が使えないんだよ!この後、部屋に入ると女の子がいる。言われた通りに攻撃しても私が魔力を打ち消す!君とその子を助けたい!」

 

少女はジッと此方を見つめながら、状況は把握した様子で答える。

「わかりました。・・・女の子なんだ」

「ん、相手は女の子だが?」

「ごめんなさい。私が捕まった時に男の子と一緒だったんです。怪我して入院したって聞いたけど・・」

「ここで男の子は見たことが無いよ。次に会えるかわからんが、調べとくよ!その子の名前は?」

「良太!村上良太です!一緒にダムから落ちたの!!気がついたら私だけ捕まって・・・」

 

「随分と長い打合せだな?!そろそろ始めてもらえないか?」

 

ヤバいな!所長が痺れを切らしそうだ!

 

「ムラカミリョウタだな!任せておけ!じゃ、たのむよ!」

 

「はい!良太のことお願いします!」

 

 

意を決して寧子は部屋へ入る!

 

 

 

 

────────────

 

──────

 

 

今日も長い一日が始まった。

壁と天井と床だけ見て過ごす・・・長い

私は斗光奈波・・・自分の名前を忘れないように呟く

 

 

『ガチャン!』

 

部屋の扉が開いた!?

 

・・・誰か入ってきた

 

「誰?」

 

長い髪の少女が攻撃姿勢で此方を見つめている!

二人の視線が合わさる!

奈波は眼球に力を込める!

 

「なっ?!見えない?」

 

初めての状況に戸惑う。背筋に寒気が走る!

心を読めない人間に出会うのは初めてだった。

 

侵入者の少女が振り返り、後ろにいる人物に話し掛けた。

「大丈夫です!彼女も私も魔力は中和されたようです」

 

「そのようだね?寧子ちゃん、ありがとう!」

入ってきた大人の男は、そう言って少女の頭を優しく撫でた。

頭を撫でられた少女は慣れてないのか、少し恥ずかしそうに頬を紅く染めている。

 

 

「あなた達・・誰?」

 

 

 

 



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閑話:消せない記憶【後編】

突然、部屋に侵入してきた二人。

 

兵士の姿をしたおじさん?

 

私と同じくらいの歳の女の子

 

 

どちらも初めて見る顔だ・・

 

 

それよりも、私の魔法が使えない!

 

 

 

「あなた達・・・誰?」

 

 

 

 

 

 

「私は黒羽寧子。貴女と同じように魔法使いです」

 

「私は防衛省駐在官の渡瀬1等陸佐だ。イニシャライザーとも呼ばれている」

 

 

 

 

「・・・そう、何の用?」

 

どうせ、ろくな用事ではないだろう・・

 

 

 

「私達と一緒に町へ遊びに行こうよ!・・と、誘いにきたんだが?・・嫌なら無理にとは・・」

男が話終える・・

 

「行くっ!!」

 

迷うことなく即答した。

ここから出られるなんて奇跡。

 

「私達って?私も町へ行けるの!?」

寧子が驚き、目を輝かせる。

 

「そうだよ、二人共連れてくよ!」

 

 

 

《隣のモニター室内》

 

「ちょっ!渡瀬さん!何を勝手に・・」

予想外の行動に驚く美樹が焦った。

 

「・・いいだろう。渡瀬1佐に任せたのだからな」

 

一瞬考えて、所長の九は言葉を発した。

 

「よろしいのですか?」

 

「彼と一緒なら魔法は使えないし、念のためビーコンを装着する。お前は監視役として同行しろ」

 

「了解しました」

 

 

 

 

─────────────

 

───────

 

 

「驚いたわよ!!魔法使いを連れて外出するなんて言い出すんだから・・・おまけに人探し?よくもまぁ、瞬間的に一石二鳥な行動を考えつくわね?流石というか・・尊敬するわ」

 

既に外出着に着替えた美樹は言葉とは裏腹な感じだな?何て言うか、お洒落してます感が強い!

 

「指揮官は素早い判断力が要求されるからな。瞬時に浮かんだのが[取り敢えず外に連れ出す]ことだったんだ。ここから出ないことには足枷が多すぎて話が進まんからなぁ・・・ははは」

 

俺はデスクの端末画面を見つめながら応える。

寧子が言っていた[ムラカミリョウタ]の情報を閲覧していた。本来は部外者であるが、情報閲覧に関してはかなり高いレベルの開示が許可されている。ここでは[課長級]で、実は美樹よりも上なのだ。例えでは、大使館へ防衛駐在官として赴任すると〔一等陸佐➡一等書記官〕の扱いみたいな感じだ。

 

「聞いた通りだな。当時、この近くにある水力発電所のダムで児童二名の転落事故の記録がある。対外的には寧子は即死、良太は重傷を負い入院か・・・何の気紛れだ?リスクを犯してまで不要な男児を助けるとは・・・ま、いいか?その後は退院して自宅へ戻り、以降に監視対照にすらなってないな?・・・腑に落ちんな?」

 

 

モニターを凝視しながら独り言を呟いていると・・

 

 

「お待たせ!二人とも可愛くなったわよ」

 

本庄が二人を連れて入ってきた。

髪を整え、外出着にはワンピース・・避暑地のお嬢様っぽい。

 

揃った四人を見て・・本庄が一言!

 

「親子ね!ま、母親は後妻に入った継母ってとこね」

 

「継母って!ちょぉっと!私はどう見ても姉でしょ!」

 

母親と言われた美樹が反論する。年令的にはそうだが、ハーフの姉の存在説明が複雑だな。

 

「ハーフの姉だと、設定が複雑になって面倒だ!本庄さんの案がわかりやすいよ」

 

「はいはい、夫婦と娘二人でO.K.ね!今から渡瀬一家は妻の美樹、長女の寧子、次女の奈波の設定ね!」

 

本庄さんの仕切りで親子設定がされた。

 

 

「留守中は宜しく頼む。行ってきます」

 

「寧子と奈波はお留守番のお婆ちゃんにご挨拶しなさい」

美樹?誰にお婆ちゃん・・あっ!

 

「「お婆ちゃん、行ってきます!」

迷いもなく挨拶する娘役(笑)

 

「ちょっ!あたしはまだアラサーよ!せめて叔母さんでしょ!!」

 

「継母にされた仕返しよ!行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

そう言って、本庄と美樹は互いにコクりと頷いた。

 

・・・どうやら、仲悪いのは表面的のようだ。

 

 

 

 

────────────

 

──────

 

《地下駐車場》

 

愛車のレクサスGS350(白)に乗り込む。

運転席は俺、助手席には妻役の美樹、後席には娘役二人が座る。

今更だが、この車は[防弾仕様]である。外観からは全くわからないが、窓ガラスを下げるとガラスの分厚さに驚く!防弾装備のスペースや重量増に対応するには、せめてこれくらいの高級車でないと余裕がないそうだ。

 

「それでは、出発するよ!」

 

スルスルと静かに地下駐車場から走り出す。長いトンネルを抜けると外界の景色が広がった。

 

「これが外・・・明るい」

 

奈波が呟いた。

 

「奈波ちゃんは外に出るのは初めてかい?」

 

「研究所に来てからは初めて。その前の記憶は無いから・・わからない」

 

「ハーネストを装着すると、以前の記憶は無くなるのよ。稀に記憶がそのまま残る場合もあるみたいね?」

 

そう言って美樹は後席の寧子を見た。

 

 

 

そうしてる間に車は一般道路に入っていた。

 

向かう先は・・松本市

 

ヴィンガルフは松本市から近いのだ。長野県は他に松代大本営の遺構もあるしな。某アニメでは第二新東京市として松本市に遷都とか・・・

 

 

─────────────

 

───────

 

 

松本市内に到着し、街中を歩いている。

 

ちょうど時刻は正午になろうとしている。

 

「そろそろお腹が減っただろ?食べたいモノはあるかな?」

 

「ケーキが食べたい」

「いつものより美味しければ何でも・・」

 

娘たちは施設での[給食]しか食べた覚えがない。

 

「信州なんだから、やっぱり蕎麦かしら・・あ、家族ならファミレス!そうよ、ファミレス入りましょうよ?」

 

そうか、家族連れはファミレスか!

 

「そうだな、ファミレスなら好きなメニューを選べるぞ!」

 

おあつらえ向きに目の前に某大手チェーン店がある!

 

 

では、ドアを開けて入店!

 

『いらっしゃいませ!ようこそ⚫⚫⚫へ!何名様でしょうか?』

ユニホーム姿のお姉さん?・・俺と歳は同じくらいじゃないか?平日のランチタイムだし、パートの兼業主婦か?

 

「あ、よん・・4メイ様です」

 

『4名様ですね!かしこまりました!禁煙席と喫煙席がごさいますが、どちらがよろしいでしょうか?』

 

「禁煙席でお願いします!」

 

『かしこまりました!ご案内いたします』

 

ふぅ、初めてで緊張した!

 

「ねえ、もしかしてファミレス初めて?」

 

美樹が耳元で囁く。

 

「ああ、妻子を連れては初めてだよ!君以外は初ファミレスかな?」

 

「失礼ねっ!あたしは一応[お嬢様]なんだから、下々のことには疎いのよ!」

 

下々って・・・もんじゃをビールのつまみにするお嬢様が笑わせる(笑)

 

テーブルに案内され、メニューを開く。

 

「わぁぁ!なにこれ!いっぱいある~」

「す、すごい・・食べきれない」

娘二人は目を輝かせながらメニューに食い入ってる。

 

「食べてみたいのを一品ずつ注文して、小皿に取り分ければいいよ。遠慮なく注文しなさい」

 

「「いいの?!」」

 

「食べきれない分はパパに任せなさい!」

 

 

ということで・・テーブルの上にはスパゲッティが三品、グラタン・ドリアが三品、ハンバーグが二品、他に唐揚げ・フライドポテト・ソーセージ盛り合わせ・サラダなどが乗り切らないくらいに並んだ!

食後にはデザート類がメニュー全てやってきたよ(笑)

 

レストランを出て街を散策する。監視役と言いながら、美樹も一緒になってショッピングの真似事に忙しそうだ・・・欲しい物があれば買ってあげたいのだが、美樹はともかく娘たちは私物を持ち込めないのだ・・

 

「ねぇ!パパ!これ一緒に撮りましょうよ!」

 

呼ばれて見ると[プリクラ]だな?俺だってプリクラくらいは知ってます!

 

・・・結局はノリノリで何枚も撮った!

 

 

──────────

 

─────

 

夕方になり、帰路につく車内

 

「でも、このプリクラどうする?寧子ちゃんと奈波ちゃんは張り付ける私物ないだろ?」

 

すると奈波がシートの間から前に乗り出してきた。

 

「ここに貼っておく」

 

ダッシュボードとルームミラーにペタペタ貼り並べた。

 

「この車が四人一緒の場所だから」

 

 

「そうだな・・・ファミリーカーだ」

 

そう言って俺は奈波の頭を撫でていた。

 

「今日は楽しかった。一生忘れない・・」

 

「おいおい、大袈裟だな。良い子にしていたら、また上手い理由つけてお出掛けするんだ!約束する!」

 

九所長からは(上手く手懐けてほしい)と頼まれている。だが、俺は本当の娘のように思える・・・

 

 

「本当?じゃ、良い子にしてるからヨシヨシしてね」

 

「ヨシヨシ?あぁ、御安い御用だ!」

 

俺はまた奈波の頭を撫でていた。

 

 

その時!

 

「ねぇ!あの子じゃない?」

 

美樹が誰かを見つけた様子だ!

 

 

学校帰りの学生達が周りに沢山いた。

 

歩道を後方から歩いてくる男子学生が見えた。

 

「寧子ちゃん!後ろから歩いてくる男の子を見てごらん?」

 

言われて気づいたのか、不安な表情で振り返りリアウインドウ越しに見つめる!

 

 

 

「良太?・・!良太だ!りょーたー!!」

 

必死に叫ぶ!

そうしている間に良太は横を通りすぎて行く。

 

「良太!良太!りょーたーっ!!」

 

叫びながらサイドガラスを叩くが、良太は気づかず歩いて行った・・・

 

「嫌っ!!行かないでっ!待って!」

《ガチガチ!ガチャガチャ!》

パワーウインドウのスイッチもドアノブも虚しく反応しない。さらには防弾処理による分厚い車体は叫び声も遮る・・・

 

「寧子ちゃん!すまない!私に出来るのはここまでだ・・・いつかきっと逢える。二人とも生きているんだからな・・」

 

「寧子・・私達は自由じゃない。あの子の元気な姿見れただけでも感謝しなさい・・」

 

奈波が寧子を抱きながら慰めている。

 

 

「いつか、絶対に逢いに行くから・・・良太」

 

「羨ましい・・私には誰もいない」

寧子と違い、奈波には過去の記憶がない。

 

「奈波ちゃんも一緒に行こう!良太なら奈波ちゃんとも友達になってくれるよ!」

 

「わかった。私も一緒に行く」

 

「絶対だよ!約束だからね!」

 

寧子は涙をポロポロ流しながら奈波を見つめる。

 

「うん。約束する!いつか・・・二人で良太に逢いに行こうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・まぁ、なんだ。おれは最初からお前とは友達になれると思ってたからな」

やや照れながら良太が話しかけてくる。

 

(寧子・・・本当だった)

 

「友達が出来たら、もう死んでも構わないと思ってたけど・・・バカね」

「余計、死にたくなくなるに決まってるのに・・・」

 

(死にたくない!もっとみんなといたい!)

 

 

『ああ!!ダメ!!』

 

佳奈が悲痛に叫ぶ!!

 

 

《 ボ ン ッ 》

 

勢いよくビーコンが弾け飛んだ!

 

 

《カラ カラ カラ 》

 

無情にも軽やかに床を転がっていくビーコン・・・

 

《シュウウウ》

 

《ジュワァアァアァアァ》

 

奈波の身体が溶けて行く・・・

 

 

 

(ご褒美・・・もらえた・・・)

 

(みんな・・・友達になってくれてありがとう・・・)

 

(今日は・・・今までで一番・・・)

 

 

 

 

 

(みんなを・・・悲しませたくないから)

 

 

(これでいい・・・良太だけは)

 

 

 

(ヨシヨシしてね・・・パパ)

 

 

 

(・・・ )

 

 

 

 

 

 

 

「うわあぁああああああ!!」

 

叫びながら号泣する良太

 

 

「悲しまなくていい 」

 

( !? )

 

「・・・・・奈波・・・!?」

 

現れた奈波の姿を見て驚く!?

 

 

「ごめんね あなたの記憶に私の人格を書き込んだ。だいぶ あなたの記憶の容量使っちゃったけど」

 

話の内容に引きぎみの良太・・・

 

 

 

「私また・・・忘れちゃいけないことを忘れてしまった気がする・・・涙があふれて止まらないの・・・」

 

寧子は直感的に感じている・・・また忘れてしまったことを・・・

 

 

「奈波・・・おれは いつまでも忘れないから・・・」

 

良太は奈波の墓前で誓った。

 

 

 

 

(・・・・・ありがと)

 

 

 

 

 

 



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【外伝】ヴィンガルフ特殊部隊

長野県松本市

 

陸上自衛隊松本駐屯地

 

[災害即応集団東部方面分遣隊]

 

室内では憂鬱な面持ちで煙草を咥える男がひとり。

 

 

本間 大輔 41歳 既婚 単身赴任中

分遣隊隊長 1等陸佐

 

 

 

『・・・ということは・・・です。では何故[即応]の災害派遣部隊が未だに活動しないのでしょうか?』

『高屋防衛大臣』

『え~、その部隊につきましては・・・あくまでも災害発生の際に迅速な活動を行うための研究を目的としておりまして、実際の派遣を行う人員並びに装備はございません!』

『大臣!横にいる統幕長に渡されたメモを棒読みしてるだけじゃないか!知らないなら、知らないと言いなさいよ?私が調べた資料では、唯一の人員・装備を持つ部隊が松本駐屯地に存在してます。しかも驚きの内容ですよ!レンジャー中隊に装甲車にヘリコプター!説明してください!大臣じゃなく統幕長!』

『菅内閣総理大臣』

『ただ今のご質問ですが、統幕長はあくまで防衛大臣に随行しているだけです。答弁はできません』

『答えになってない!総理!』

『静粛に!!』

 

《プチッ》

 

侃々諤々な国会中継を流すテレビを消した・・・

 

ため息混じりに呟く。

 

「やれやれだな・・・まだ捜索活動も続き、復興の目処もつかないと言うのに・・・そう言えば、高屋防衛大臣の地元選挙区はここだな!?余計に面倒なことになりそうだ・・・」

 

 

半年前の3月11日15:33

 

日本を未曾有の大災害が襲った。

〔東日本大震災〕と名付けられた災害は東北地方の太平洋側に大津波が押し寄せた!死者・行方不明者が数万人・・・未だに捜索は難航している。

 

あの日、地震発生直後には我が部隊にも待機命令が入っていた。翌日には全国の部隊で出動準備が行われた。その為、留守居役に予備自衛官の召集まで行われていたのだ。

 

しかし、我が部隊へは未だに出動命令はない。

 

 

「隠れ蓑の部隊名が・・・皮肉なものだ」

 

 

前任地の長崎県に妻子を残し単身赴任して早3年になる。着任した際には、あまりに特殊な任務に驚きと戸惑いを感じずにはいられなかった。ところが今では当たり前に淡々とこなしている・・・

 

『入ります!』

 

通信隊の士官がやってきた。

 

『本間隊長!Vから出動要請が入りました!』

 

そう言って1枚の紙を差し出した。

 

「・・ご苦労様」

 

そう言って受け取ると、士官は退室していった。

 

 

「(いつもの移送任務だな)」

 

思ったとおり・・・

 

ため息をつく

 

「渡瀬・・・お前がいなくなってから、V機関駐在官は俺が兼務する羽目になっちまった。忙がしいぜ・・」

 

 

 

 

──────────────

 

────────

 

────

 

 

翌日

 

[災害派遣]と書かれた横幕を付けた車列が松本駐屯地を出発した。任務は訓練を装い、V機関から廃棄対象者を装甲車に詰め込み松本空港まで移送する。そこで、これまた災害派遣訓練名目で飛来した空自輸送機へ引き渡す。我々の仕事はそこまでだ・・・

輸送機の行き先は不明だ。知る必要はない・・・

 

 

 

数時間の後

 

『隊長!!移送部隊から緊急連絡です!攻撃を受けたそうです!』

 

「なんだと!!状況知らせ!」

 

『国道にて武装部隊による攻撃を受け、人員に死者・負傷者が出ているようです。尚、横転した装甲車から多数の逃亡者が・・・・』

 

なんてことだ・・・国内で武力攻撃を受けるとはな。

内通者が存在するのは疑い無いな・・

訓練中の部隊、それも災害救援訓練だぞ?内乱の最中の情勢不安定な国ならいざ知らず、ここは日本だ!

 

「逃亡する者は射殺してないのか?射殺許可は出してあるしな?どうなっている?」

 

『そ、それが・・銃火器は全て無力化されたそうです。』

 

「そうか・・・やはりか」

 

本間には心当たりがあった。隊員には詳細は伏せてあるが、移送対象者とは[出来損ないの魔法使い]だということ、そして魔法の前では通常の戦力は無力だと・・・

 

 

「救護活動を優先しろ!直ちに応援部隊を編成し、現場へ急行させろ!逃亡者は・・・放っておけ」

 

 

 

 

────────────

 

───────

 

 

「茜さん!しっかりして!」

 

タイヤの下敷きになった女性を助けようとしている少女が悲痛に叫ぶ!

状況からして、タイヤの下敷きになった女性はたすからない・・・装甲車のタイヤはホイールを含め200kgを超す重量なのだ・・・

茜の腰から下は潰れていた。

 

「寧子・・これだけは忘れるな」

 

茜はそう言うと、やや分厚い封筒を寧子に手渡した。中には小型端末と金属製のシリンダーがメモを添えて入れてあった。

 

寧子は受け取った封筒を持ち闇の森の中へ消えて行った。

 

 

 

────────────

 

──────

 

 

 

翌朝

 

事故現場には横転した装甲車や炎上し黒焦げになった輸送トラックが残されているが、死体は既に回収されている。

 

「横転の原因はこれか・・・」

 

本間が装甲車の底部を見て呟いた。

対戦車ロケット弾が側面からタイヤに命中して、車輌底部と道路の空間で爆発したことにより横転した模様。

 

「不幸中の幸い・・・と言っていいのかどうか、側面装甲に直撃してたら乗員は全て蒸発してたな。隊員は助かったが、積み荷に逃げられたな」

 

陸自の装甲車は諸外国軍のものに比べ、装甲が貧弱なのだ。対戦車兵器など当たれば簡単に貫通し、車輌内部で爆発してしまう・・・

 

「うちの部隊に死者が出なかっただけで良しとするか・・・」

 

ヴィンガルフ側の職員・警備員には多数の死者が出てる。特に警備員は全員死亡したが、彼等は襲撃を受けた時の対応が全く素人だった。

 

 

この事件がきっかけとなり、松本駐屯地を離れてヴィンガルフに常駐することになる。

身分もヴィンガルフ直属の特殊部隊と変わった。

 

 

 




補足:対戦車兵器は特性上、装甲の破壊や装甲を貫通して内部乗員の殺傷が目的です。本文中の本間1佐の台詞の「蒸発してたな」は敢えて大袈裟に描いてみました。
実際に装甲車内部で爆破しても破片や爆風で破壊力はありますが、乗員が蒸発してしまうほどの超高熱にはなりません!多分(笑)


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【番外編】渡瀬教官

「本庄さん・・・」

 

デスクに肩肘つきながら呼び掛ける

 

「はい。どうかなさいましたか?」

 

「暇だな・・・」

 

「・・・よろしいんじゃありませんか?平和でなりよりですね」

 

本庄は素っ気ない

 

「女の子達はどうしてる?」

 

「用の無い個体は『待機』です」

 

「ゲームとか読書とかして過ごすってこと?」

『待機』と言われてもピンとこないが、命令が下り次第出動できるように過ごすとなると・・

 

「何もしてないと思いますよ。大部屋の個体はおしゃべりくらいしてるかも?ゲームはありませんし、読書できる程に教育を受けてないですから・・・」

 

「そういえば、どの子も小学生だな。教育を疎かにしてるのは問題だな」

 

「そうですか?魔女の能力しか必要とされない子達ですからね・・・」

 

「教育を受けてない『お馬鹿な魔女』を造るのが目的か?魔力が強くても馬鹿では使えんだろ!」

 

「あ、言われてみるとそうですね⁉」

本庄も『あらま』という顔になる

 

「では、所長の許可を取りに行ってくる!」

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

《所長室》

 

「・・という訳で、待機中の子達に授業を受けさせたいのだが?」

 

「構わんよ。お互いに良い暇潰しになるだろう」

九所長はすんなりオッケーくれた!

 

どうでも良さそうだったが、許可を取ればこっちのものだ!

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

《食堂》

授業をやるから集まれと言ったら・・・多い。

人数が多いから数部屋ごとに分けて行うことにした。

 

「教官の渡瀬だ!授業を始める!」

 

 

《 ゴソゴソ ゴトッ 》

 

 

少女達の目の前には『黒く猛々しい』物体が鎮座した。

 

 

 

「おほん、君たちは生まれて初めて実物を目にしただろう。これはだな・・・」

 

と、言いかけた俺に!?

 

 

「いつも見てるよ!」

「他のオジさんのもみたことある!」

「毎日見てる・・・」

「それ怖いからヤダ!」

「グロい!」

「見飽きたよ・・・」

 

散々な云われようだ・・・

 

この隔離施設では監禁状態の少女達に日常的に晒されているのだ!その事実に俺は愕然となりかけた。

 

「では、触ったことがある者はいるか?」

 

 

《 し~~ん ・・・》

 

「(ほっ、まだ未経験だ)」

 

「よろしい!それでは君たちに初体験をさせよう・・・」

 

 

「じゃ、先ずは絵で説明するからな。全員ホワイトボードに注目!」

 

 

 

 

 

俺はテーブルの上に『H&K MP5a』を置き、ホワイトボードに絵を書いて実銃と両方を見せながら説明してゆく。

 

「ここがトリガー。指でこう引くと弾丸が発射される」

「これはセレクタレバーだ。赤い弾丸のマークが一つ、3つ、7つと三段階ある。一つの場所に合わせると単発、3つだと三連発、7つだとフルオートで全弾発射する。白い弾丸マークはセーフティで発射しない」

 

「通常作戦では3発モードを良く使う、これは数撃てば当たるということと、無駄弾を抑える。潜入作戦などは単発だな」

 

「じゃあ、フルオートは?」

 

「森で熊さんに出会ったらブッ放せ(笑)」

 

 

「教官、質問ええですか?」

 

「構わんよ。ええと、カズミ・」

 

「カズミ・シュリーレンツァウアーや!」

ちょっと関西訛りの白人とのハーフ少女だ。

 

「長いな・・面倒だから『カズミ』でええやろ?」

 

「お、なんや?おっちゃんも関西系かいな?」

 

「生まれは京都だ。そんなんええから質問しろ」

 

「あ、せやった・・うちらは『か弱い女の子』やから、こんなんよりちっちゃいピストルが使いやすくないか?」

 

「ふっ、なかなか良い質問だ。カズミがいうのはこれだろ?」

そう言って取り出したのは『SIG P226』愛用のハンドガンである。

「それやそれ!あるやないか~」

「構えてみろ」

差し出すと、カズミは興味津々で片手で持つ・・・

「う、重っ!」

両手で持つが・・・手が小さいために上な手く持てない。

「見た目より重いだろ?ほとんど鉄だからな(笑)」

「けったくそ悪いなぁ。か弱い乙女やで?」

悪態つくが可愛いものだ(笑)

 

「次はこれ持ってみろ。右手でグリップを握り、左手はハンドガードを下から支えるように添える」

「あれ!?」

「ハンドガンの3倍程重いが、案外としっくりくるだろ?同じ9㎜弾丸を使用するハンドガンより反動も抑えられ、命中率も良くて扱い易いのだよ」

「へぇー知らんかった!ええなこれ!佳奈も構えてみ?ほれっ!」

「ちょっと!美少女の私に持たせないでよ!」

「美少女とマシンガンの組み合わせは、マニアには人気らしいぞ?なかなか様になってるじゃないか!?」

フォローしたものの、事実・・似合う(笑)

「ま、当然かしら。超絶美少女はなんでも似合うものなのよ」

かなりお気に召したようだ・・・

 

そんな感じで、5丁用意したMP5を皆で廻して構えてみてる。

 

その時、食堂入口の扉が開いた。

 

「あーっ!!あんた何をやってんのよっ!!」

 

入り口には美樹と本庄が立っていた。

 

「軍事教練かな?・・はは」

 

「授業やってると聞いたから、見に来てみれば・・・ゲリラにでも仕立てるつもり!?」

美樹の後ろでは本庄が『やれやれ』といった顔だ。

 

「ゲリラか、なかなかいい線だな。場所が変われば少年・少女が自動小銃持って戦闘してるんだ。彼女らにも出来るさ」

 

「ここで反乱でも起こすおつもりですか?」

本庄が本気で心配な表情で聞いてきた。

 

「いや、そんなつもりはない!・・・(今はな)」

 

 

「・・・渡瀬さん。あまり誤解を招く行動は慎んでください。たとえあなたでも命に関わります」

(今は悟られる訳にいかないのよ)

「ああ、すまない・・・自重する」

 

「ようぉし!それじゃみんな、今日はここまでだ。次回はナイフを使っての野外調理実習をやる予定だ」

「野外調理実習!?やったー!」

「外へ出れるのー!?」

少女達は大喜びだ・・・うっかり『野外』と言ってしまったが、敷地内なら大丈夫かな?

「ええぇぇっ!あんたねー!?外はマズイでしょっ!!」

美樹は相変わらずビビりまくる。

 

「構わんそうだ。所長のお墨付きだから好きにさせとけ」

「し、室長⁉」

美樹の後ろには黒服が立っていた。どうやら最初からモニターされていたみたいだ。当然だろうから驚かん。

 

「敷地内ならOKということかな?」

「そうだな、此処は広大な私有地だ。境界線付近に近付かない限りは構わんよ」

黒服から寛大な返答がある。

 

「ほう・・随分と寛大な計らいだが、近づいたら?」

 

「死にたくなければ止めておくんだな」

 

「了解した」

 

察するに、下手な国境警備以上の仕掛けがあるのだろう。

 

 

 

後日、予定通りに野外調理実習は行うことが出来た。

 

 

だが、次の授業は行われることはなかった。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「セレクタレバーをフルオートに!」

「えっ!?潜入作戦は1コじゃなかったけ?」

「相手はラスボスよ!熊に会ったらフルオートでブッ放せって教官が言ってたじゃん!!」

「あ、そか!」

「行くわよ!初菜!」

飛び込んで行く佳奈に続く初菜!

 

 

「「喰らえ!!」

2人が同時にトリガーを引いた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 ガ ッ 》

『 オ オ オ オ オ オ 』

 

「良太!!」

 

 

 

《 ダ ダ ダ ダ ダ ダ 》

 

《 パス パス パス パス パス パス 》

 

『 お あ ぁ あ ぉ あ あ あ 』

 

ロキは悲鳴を上げながら手にした良太を離した!

 

 

「お前ら・・・なんで・・・」

信じられないと驚く良太。

 

 

「案外効くものね?」

硝煙の立ち込める中、落ち着き払った口調の佳奈。

 

「あんたは魔女というより、女兵士ね・・」

「美少女兵士ってとこかしら?フフ」

 

 

 

 




171話を読んでて絡めそうなネタだったので・・・
即興で書いて見ました。誤字脱字や考証の落度の見落しなどあるかもしれません(汗)


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【番外編2】土竜

土竜(もぐら)
本編では潜入捜査官の意


《岐阜県高山市郊外》

 

〔ドレスデン製薬高山工場〕

「操業はしているようだな?」

 

辺り一帯が暗闇の中で、建物の窓からは明かりが見える。歴とした製薬会社ではあるが、近年は販売実績が全く無い。

 

巷で流通している脱法ドラッグに関わりがありそうだと感じ、この数日は張り込みを行っている。

「今日も動きは無しかぁ・・・ん?」

 

黒の高級車が入ってきた。

 

手にした暗視装置付きの双眼鏡から様子を伺う。

黒っぽいスーツにサングラス姿の男が2人と、レオタードのような奇妙なスーツを着た少女が1人の3人組・・・

「怪しすぎるぜ・・・何者かね?」

「(こりゃ・・ビンゴ!かな?)」

監視しながら心が踊り出している♪

 

 

最近、巷で『脱法ドラッグ』が大量に出回りだした。押収したドラッグはきれいに製造されており、本部では国内に製造拠点があるとみて内偵しているのだ。

その一つとして、ここドレスデン製薬は製品が国内市場に出回っていない。街中のドラッグストアは当然ながら、処方箋薬局にも全く販売された実績が長らくない。

しかし、ここ高山工場は明らかに《操業中》だ!

 

「怪しい!怪しすぎだぜぇ!」

 

片田舎の森に潜んでいた苦労が報われると思うと、不謹慎ながら心は踊る。

 

と、その時!

 

『 ド ン 』

 

「! なんだ!?爆発?」

音がしたのは正面玄関の辺りだ!

双眼鏡を向けて覗いた。

ワンピース姿の長い黒髪が印象的な少女が破壊された建物に入って行くのが見えた。

 

「・・・ふんっ。これまた怪しいのが現れたな」

 

明らかな〔不法侵入〕なだけにむしろやり易い♪

即座に携帯電話を手にする。

 

「夜分遅くにすみません。ドレスデン製薬高山工場に侵入者です。内部へ潜入し、対象の監視を行おうと思います。岐阜県警へ協力要請をお願いします」

 

「・・わかった。県警の到着までは早まった行動は慎め」

「了解です。尚、対象は爆発物を使用しました。銃器所持の可能性が高いため、護身用に銃の使用許可を・・」

 

「許可する」

 

電話を切った俺は、懐から拳銃を取り出し確認した。

〔ニューナンブM60〕リボルバータイプの銃で、警察官が所持しているのと同じ官給品だ。

実のところ、この銃を使うのは初めてだ。俺はつい最近までは〔ヤクの売人〕だ。そんな奴が官給品の銃を所持してたら・・バレちゃうじゃん!

 

ということで、久しぶりの正統派捜査官?に戻った途端にデカイヤマに当たりそうな予感にウズウズだ!

不安と期待を抱きながら工場内へ進入する。

先程停まった車を確認・・(黒色の日産シーマか、ナンバーは品川300や●●●●)

車内は無人のようだ。

駐車場傍に通用口が見える・・・奴等はあそこから入って行った。こっちは鉢合わせるかもしれんから、正面の爆破された入口へ向かう。

 

正面には人影はない、様子がおかしい・・

「事務所と工場の灯りは一部見えたのだが、無人ではないはずだが?」

と、その時!

民間警備会社のパトロールカーがやってきて、完全装備の巡回警備員が降りてきた。(民間だがら、ヘルメットに防刃プロテクター・特殊警棒程度だが)

 

「ここで何をしているのですか?関係者ですか?」

警備員の言葉は丁寧だが、明らかに俺に不信感を抱きながら警戒しているのがわかる。背は190くらいで体重は100キロはある巨漢だ!機動隊崩れかな?

 

(仕方ないな)

「厚労省の者です。近くにいたところ、爆破音がしたので来てみたのです」

そう言いながら、身分証を見せる。

「厚労省の・・え、麻薬取締官⁉」

「侵入者は銃火器を所持している。県警には連絡済だが、あなたはここで待機してください」

「わかりました」

 

俺は内部へと進む。

しかし、民間警備の対応は早いな!発生から15分くらいで駆けつけてきた。郊外でこのスピードには驚いた!因みに、街中の施設ならば機械警備が侵入検知したら5~10分で駆けつけるぞ!コソ泥するなら5分で退去しないと屈強な兄さんがやってくる(笑)

 

さて、中の様子はどうだ?

 

奥からは爆発や切断の騒々しい騒音が響いてくる。

 

「お薬を作ってる音じゃあないな~」

 

いた!

 

さっきの少女達だ!ん、奥の暗がりにもう一人いる?

 

薄明かりの中を双眼鏡で視認すると、高校生くらいのボウヤが隠れて様子を伺ってる。

 

次の瞬間!

 

「ああ?なんだありゃ?」

奇妙な様子に身を乗り出す・・・『ゴリッ!』!?

 

俺の後頭部に銃口が押し付けられた。

 

「声をだすな」

俺は両手を軽く上げた。

首筋にチクリと痛みがしたと思った・・・

 

 

 

 

───────────────

 

 

────────

 

 

「・・う、ううん?ここは?」

目を覚ますと、見慣れない天井がある。

身体を起こす・・・どうやら病室だ。

 

「気が付きましたか?」

扉から入ってきたサングラスを掛けた黒服姿の男が話し掛けてきた。

一緒にフードを頭からスッポリ被った少女が立っている。体つきと白くスラリとした生足が少女と認識させる。

 

「あんたは誰だ?」

「厚労省の者です」

「見ない顔だな?」

「それはお互い様です。それより、彼女を見てください」

そう言って少女の被っていたフードを捲り上げた。

 

「ほう、なかなか可愛らしいお嬢さんだ」

「終わったか?奈波」

黒服の男は横を向きながら少女に話し掛けているようだ。

「ダメ。この人鏡越しに横顔見ただけ」

「何っ⁉」

俺は違和感を感じ、咄嗟に入口にある洗面台の鏡を見た。

「奈波というのか?可愛い君にお似合いの良い名だな」

「・・・」

照れてるみたいだ。

「大方、暗示とか催眠術の類いだろ。俺になにをする気だ?」

 

「参りましたな、詳しくお話ししましょう」

そう言ってサングラスを外した。

「その子のフードを被せないのか?」

「そうだった!なっ!しまった!」

黒服が固まったな?

「もう大丈夫。こっち向いてもいいよ」

「ん、そか?えっ・?」

目が合った・・・(やられた)

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

────────

 

 

 

「よくやった。機転を利かせてくれて助かった」

「私は命令に従っただけ」

 

「そうか、しかし、逃げようと思わなかったのか?」

「逃げても無駄でしょ」

 

「まあな、お前は賢いな。それで、奴の記憶は消せたんだな?」

「命令通りにした(褒めてくれたから今日のことは消してないけど)」

 

「よろしい。帰るぞ」

ライトスイッチを捻ると、リトラクタブルライトが瞬時にポップアップして前方を照らし出す。

黒服の運転するスープラは軽快に高山を後にした。

 

 

───────────────

 

 

─────────

 

 

────

 

 

「どういうことですか?」

 

「どうもこうもない。この件からは手を引くってことだ・・・察しろ!」

 

「・・わかりました。しかし、あんな非常識な・・・・あれ?」

 

「どうした?」

 

「ドレスデン製薬・・(で、なにを見たっけ?)」

 

「DRにはもう関わるな!お前は次の仕事がある」

 

「また潜入(もぐら)ですか?」

 

「そうだ。お前さんは素質があるからな♪それが新しい身分だ」

 

渡された資料を見る。

「おやまぁ、ゴシップ雑誌の記者ですか・・・」

 

「DR絡みでの調査を継続しろ・・」

 

「!・・部長、いいんですか?」

 

「違法ドラッグどころでないモノが釣れるかもしれん!だが、くれぐれも慎重にな・・内山」

 

 

 

───────────────

 

─────────

 

────

 

 

「橘、お前の妹の消息が掴めるかもしれん。俺が追っている〔V機関〕が幼女誘拐事件と繋がりそうなんだ」

 

「内山さん!その話詳しく聞かせて!」

 

「慌てるな、まだ入口に辿り着いたとこだ。調べが進んだら教えてやるよ」

 

「私にも手伝わせて!」

 

「駄目だ・・素人のお前が首を突っ込むにはヤバ過ぎる」

 

「素人って!?私も一端のジャーナリストよ!」

 

「・・・そういう意味の素人じゃない。これは俺の様な〔裏家業〕の仕事なんだよ。わかるな?美奈・・・」

 

 

「わかった・・・」

 

 

 

 

 

 

数日後・・・内山は事故死(・・・)したのだった。

 

 

 



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第2章
第一話 レン


南硫黄島にあるヴィンガルフ隔離施設にて、孵卵したドラシルと対戦することになった渡瀬だった。
イニシャライザーが持つ〔攻撃〕能力の発現を極限状態で強制的に引き出す狙いがあるらしい。
発現して倒すのか、それとも・・・あっさり補食されてしまうのか?

丸腰の渡瀬は雄叫びを上げながら素手で殴りかかっていった!

その瞬間!!!


《ブシャャャァァー!!》

 

眩い極太の閃光が走った!

 

《 ボッ! 》

 

《 ベチャベチャベチャ・・・ 》

 

 

粉々に消し飛び、僅かに残った肉片が床に散らばる。

 

 

 

「ふ、間一髪だったな」

平静を装っているが、黒服の男の頬には冷や汗が流れている。

 

 

高エネルギーの凄まじい威力は後方の分厚い壁に深い穿孔を作り出していた・・・外界の明かりが洩れている。

 

「今のは何!?」

美樹は瞬きも出来ず、光が放たれた先の光景を見つめる。

 

「あれは〔ビームキャノン〕と言う光線兵器だ」

 

「ビーム!?あるんじゃない!!彼には『無い!』と!」

怒りの表情で食いかかる!

 

「嘘はついてない。サーベルやライフルは無いと言ったがな?一文字違えば全く別物だ!それに個人が携帯出来るサイズでもないからな。屋外で使用するには艦砲サイズだ!そもそも保険があることが知れたら意味が無い!」

 

「化学式じゃあるまいし・・・それよりも彼は無事なの?」

 

 

「見たところ肉体的には無傷だな?それにしても、ビーム出力上げ過ぎだろ!?耐ビームシールド壁に大穴あけるとは・・・」

 

「室長、そのことでお話したいことが・・」

ビームキャノンのオペレーターがなにやら険しい面立ちでやってきて話し掛けた。

 

「実は・・で、・・です」

 

「・・外れた?」

 

「詳しくはモニターで記録映像を確認してください」

 

「わかった。モニター室へ行こう。美樹!お前は医務室の渡瀬のところに行け!」

 

 

 

────────────

 

──────

 

 

《医務室》

 

「渡瀬さん!渡瀬さん!」

 

外傷は見当たらないが、意識はない。

 

 

暫くして

 

「う、うぅ・・」

 

「渡瀬さん!気がついたの?」

 

「あれ?ここ・・何処?看護婦さん?」

 

海自の白い制服姿の美樹が[看護婦]に見えたようだ。ふざけている訳ではない。今風になら[看護師]と呼ばねば・・・

 

 

「ちょっと!しっかりしなさいよ!ケイスケっ!!」

 

 

「まあまあ!混乱して一時的な記憶障害でしょう」

傍にいたドクターが間に入った。

 

 

そこへ黒服が入ってきた。

 

「渡瀬1佐お疲れ様でした。おかげで有効なデータが得られました。これからもご協力願います」

 

「渡瀬さんは、今は記憶障害を起こしています。暫く休ませてあげてください・・・」

美樹は本気で渡瀬を心配している様子だ。

 

「そうなのか?・・・仕方あるまい。それにしても驚いた!ビームが直撃する寸前にイニシャライザーの破壊能力が発動して粉砕していた。おかげで減衰することなく通過したビームが壁に大穴を開けたよ」

 

「実験は成功したと?」

 

「ああ、一応は成功だ。やはり極限状態に於ける脳内環境が発現のキーだった!あとは意識的に使いこなせば完璧だな!」

 

「俗に云う『火事場の馬鹿力』・・・そうですか、あとは彼をベースにクローン製造・・」

美樹が言いかけたとき・・

 

「いや、次はクローンでなく、交配による彼の子を製造する予定だ。丁度身近に適合する卵子も見つかったしな!」

 

「えッ!・・そ、それって!まさか?渡瀬さんと?・・・どうしよう」

美樹はブツブツ呟きながら顔を真っ赤に染めてうつ向いた。

 

「誰もお前だとは言ってないぞ?なにを早とちりして赤面してるんだ・・・渡瀬に抱かれたいなら好きにしろ。プライベートなことは口は出さんからなぁ~」

 

「な、な、なにを言ってるんですか!・・・私はただ・・」

 

「卵子適合者は本庄蓮奈だ」

 

「えぇぇぇッ!!それは絶対に嫌!!」

 

「やかましい!自然交配するわけじゃなく、人工受精させて培養する予定だ!馬鹿かお前は・・・研究員だろ?」

 

「・・でも・・・なんか嫌っ!」

 

「やれやれ・・・我々は早急にイニシャライザー製造を確立せねばならん。如何せん彼では歳を取りすぎているし、万が一死亡されてはお仕舞いだ。クローン製造も並行して行う。現状の渡瀬からサンプル採取を行うから手伝え!」

 

「わかりました。しかし、サンプル採取って・・手伝うことありましたっけ?」

 

美樹はクローン製造に必要なサンプル採取など・・何を今更?と感じていた。

 

「人工受精を行うと言っただろ!お前の手伝いが必要なのは渡瀬の[精液]の採取だ!鈍い奴だなぁ?」

 

人工だろうと自然だろうと、受精には精子と卵子が必要な訳です。

 

「えぇぇぇッ!!そんないやらしいことは出来ません!!嫌っ!絶対に嫌ですッ!」

 

自分の知識の範囲で[精液採取]のシーンを想像して狼狽えまくる美樹だった・・・

 

「馬鹿か・・・お前の想像が手に取る様にわかるぞ。人間相手だと全くの素人みたいな奴だな?」

 

美樹のリアクションに呆れ顔の黒服室長

 

「・・あっ! すみません! でも、動物と違って・・・人間の男性のアレを・・・はぁぁ」

 

流石に身体に触れずには採取出来ないので、医療用のゴム手袋を装用の上で男性器に触れることになる。採取方法は指で前立腺を圧迫するのだが、これは専門知識があっても経験上のコツがいる。

美樹が手伝うのは、出てきた精液を採取する方であろう?いずれにせよ・・間近で[イチモツ]を拝見することになる(笑)

 

 

 

「やれやれ・・・次は俺の子種か」

 

「渡瀬さん!」

「気付いたのか・・」

 

「話は聞かせて貰った。俺は構わんよ?本庄も了承してるんだろ?」

 

俺は二度死んだ身だ。今更何も迷いは無い・・・人は臨死体験をすると様々な心情的変化があると聞いたが、まさに吹っ切れた感じだな。好きにしろってな!

 

 

 

 

───────────────

 

─────────

 

────

 

{1年後}

 

「随分と育ったんだな・・・俺の子」

 

「私の子です!」

 

背後から話し掛けてきたのは本庄蓮奈だった。

 

「二人の子でしょ!どっちにしても種と卵の提供しかしてないんだし、剥きになんないでよ」

美樹が割って入ってきた。

 

「私の子よ。もう名前もつけたしね!ねぇ~レンちゃん」

 

「「レン⁉」」

 

「私の名前から一文字とってレン!漢字だと本庄蓮かな」

 

「目鼻立ちは俺に似てると思うな」

「あら、色白な肌は私似よ」

「そうそう、夫婦仲良くしなさい」

「「夫婦じゃない!」」

 

 

「三人でなにを騒いでる」

九所長が入ってきた。やや溜息まじりに・・・

「こいつも駄目かもな。魂が宿る気配がない」

 

見た目には普通の赤子なのだが・・・・

 

 

「クローン体と代わり映えしないな。培養カプセルに移動して観察するが、恐らく失敗だ。ただ、脳にシグナルを送るとイニシャル反応があるから・・・遣いようによっては・・・」

 

九はそう言って渡瀬をチラリと見た。

 

「?・・・・次ぎはなにを企んでる?」

 

「この子供に足りないのは『信号』を発することだ。制御信号を出せる脳に入れ換えれば完成するはずだ」

 

 

「私の脳ミソはやらんぞ・・・流石にそれは御免だ」

 

 

「クックックッ!・・・やはり、其れしかないか?!否、初めからそうすべきだったのだ!やれやれ、とんだ遠廻りをしたものだ」

 

九は自嘲気味に右手で顔面を押えながら笑う。

 

 

「・・・・・九?どういう意味だ?」

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

時は流れて

 

《九が所有する別荘地下》

 

 

『カン カン カン カン』

黒い修道服の集団が走る

 

「急いで!!」

 

振り向きながら美樹が叫ぶ

 

 

「ちょっと待て!!私の身体は子供なんだ・・・!!

少しは加減してくれ・・・!!」

 

「鳴き声言うな!!『啓介』!!」

 

 

「おいっ!!間違えるな!!私は『レン』だ!!」

 

 

 




本庄蓮奈(ほんじょうれな)
作中で渡瀬の専属秘書の事務職員です。
原作には存在しないオリジナルキャラです。

精液採取は人伝に聞いた不妊治療で産婦人科医のやり方を参考にしました。間違ってたらスミマセン!エロいことを期待してる方は残念ながら、逆に痛いらしいです!鮭の人工受精映像を見たことある方は想像してください・・・無理矢理搾り出すんです(想像すると下腹部が痛くなりますね)


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第二話 ヴァルキュリア

随分と遅くなりましたが、第二章再スタートいたします。原作とは内容がかけ離れて行く予定ですのでご了承ください。


別荘地下にて

「もう…限界‥だ…」

レンの鼻からは鮮血が滴り落ちる

 

 

「頑張ったな…後は任せろ」

 

 

男はレンの頭をポンと柔らかく掴むと、黒装束の三人の後を追って行った。

 

 

 

 

「早くっ!! 時間が無いっ!」

 

「死ねっ! ヴァルキュリア! 」

 

サブマシンガンを構えた!

 

『 パ パ パ ン! 』

 

「「なっ! なにいぃ!? 」」

 

銃撃の瞬間、真子を庇い飛び出した九に驚くが構わず…ところが、次の瞬間には抱き合う二人の手前で銃弾は空に停止していた。

 

「くっ、間に合わなかった!? 」

 

美樹は悔しそうに唇を咬む… ヴァルキュリアの魔法が発動した…(殺される)

 

 

「え? なに? どうしたの?? 」

 

九に抱かれながら、真子は状況が掴めていない様子だ。

 

 

「…どういうことだ? 」

 

九も真子の様子に気付き、辺りを見回した…

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな…」

 

 

 

 

 

 

美樹達の背後から現れたのは…

 

 

「渡瀬 !? …生きてた」

 

 

 

「追ってきたか… 高千穂の指示か? 何故、私を助ける? 」

 

九はある程度の事情は把握しており、自身が既に追われる身であると悟っている。高千穂の者が纏う装束姿の渡瀬を見て確信を得た。

 

 

「神祇官から請けて来たのはヴァルキュリアの回収だ。貴様は成り行き上のついでだ… 礼には及ばん」

 

「ねぇ、千怜(ちさと)… こいつ殺していい? ムカつくんだけど! 」

真子は殺意の籠った視線を渡瀬に向けた‥!?

 

《 パシンッ! 》

 

その瞬間、目の前に出現した渡瀬が真子の頬を張り倒した! 手加減無しらしく、吹っ飛びながら鮮血が舞う。

 

「ぐぅっ! い、痛い… 」

真子の頬は赤く腫れ、口元からは鮮血が滴り落ちる。

 

「お前はまだまだ躾が足りないようだ……連れて帰る 」

渡瀬は倒れた真子の細い腰に腕を廻し込みヒョイと持ち上げて小脇に抱えた。

 

「千怜! 助けてっ! 嫌だぁ~離せっ!」

 

《 バシンッ!! 》

 

ジタバタする真子を肩に担ぎ上げ左手で尻を叩いた

 

「痛いっ! やめろぉ~ お尻触んな! 殺すぞぉ! 」

 

「やれやれ… 黙っていれば良家のお嬢様に見えるのにな? 」

そう呟きながら、叩いた尻を撫でまわすとポンポンと鼓を打つ如く…

 

「やっ!? やめてぇ~! 嫌ぁぁ~! 」

 

渡瀬の肩の上で真子は顔を真っ赤にして羞恥の表情で暴れるが、魔法を封じられた彼女は赤子同然だ。

 

 

「九、戻るなよ… 次は無いぞ」

 

渡瀬は九とヘクセンヤクトの面々を一瞥すると闇の中へ紛れるように消えた……

 

 

 

「どうなってるの?? 渡瀬が生きていて? 高千穂? 」

 

美樹は状況が呑み込めていない…

 

 

「渡瀬は神祇官の… 村上長官の下に就いたのだ」

 

「高千穂の者だと? 」

 

「そうだ、最早…人では無い」

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────────

 

 

───────

 

 

 

「お疲れ様でございます… 大副様。あら? それが九所長の…【飼犬(いぬ)】ですか。 随分と汚れておりますね…湯浴みと着替えを用意してございますので… 」

 

巫女姿の少女が渡瀬を出迎えた。連れてきた真子を蔑むように見ると風呂に入れろとばかりに袖で鼻と口元を隠した。

 

「犬ってなによ!! 何様よあんた! 」

 

犬呼ばわりされた真子が憤るが、渡瀬の手が頭を真上から鷲掴み黙らせる。

 

「ぐう、馬鹿にして… 絶対に殺してやる! って、ちょっと!」

 

渡瀬は無言のまま真子をまた小脇に抱えて歩き出すと浴室へ直行した。

 

 

浴室の脱衣場には大勢の巫女が待ち受けていた。

 

「脱げ」

 

「はぁ? 何言ってんの! 」

 

真子は目の前のオッサンに出てけと顎で指図した。年頃の少女が中年オッサンの目の前で脱衣するなど罰ゲームどころでない。当然の対応だ…が

 

「ちょっとぉ!! なんで脱いでんのよ!? 」

 

言っている間にさっさと着物を巫女達に脱がせて貰い全裸になった渡瀬が眼前に仁王立ちして見下ろしていた。

 

真っ赤な顔で抗議する真子の視線は…渡瀬の顔ではなく、下腹部にぶら下がる物体に注がれていた。

 

「脱がせてやれ」

 

渡瀬の言葉に頷き、巫女達が一斉に真子の衣服を慣れた手つきで脱がせて行く。

 

「あっ!? やめてっ! 嫌だぁ~ ああ… 」

 

抵抗する間もなく全裸に剥かれ、巫女達に囲まれながら浴室へ連行される…

 

引戸を開けると大浴場が… でかい!

どこの有名温泉旅館かと思う程の浴室である。巫女達に促され渡瀬の横に座らせられるが…恥ずかしさにモジモジしてしまう。

檜造の椅子に腰掛けて、これまた檜造の桶で掛け湯を巫女達にされている渡瀬が語りかけた。

 

「お前の身体に興味は無いから気にするな」

 

この一言には憤慨する! 我ながらスタイルは抜群に良いと自負しているのだ。ここまでしておきながら、馬鹿にするなと…

 

「なっ? 」

 

真子にとっては意外な一言に思わず渡瀬を見て……

言葉を発するのをやめた………

 

既に当該の人物は前後左右に巫女達を侍らせて泡だらけになって洗われている最中であった。全身である…

真子は渡瀬の前に腰を下ろしている少女の手元が酷く気になった……

 

「…… (何処を洗って… 握ってる? えっ?)」

 

視線を上げて渡瀬の表情を見ると… 然も当然の如く、自然体で巫女少女達の為すがままでいる。

 

「っ!? あっ! 」

 

肩や背中…脚を洗われていたのだが、前に居る巫女の手が上へと移動してきた!

 

「そこはダメッ! 」

 

真子の声は届かない…

 

「嫌ぁぁ~!! 」

 

「うるさい… 」

 

横から渡瀬が呟きながら何かを放った! 瞬間、真子の声は消えた… 身体もピクリともしない…

 

いつの間にか真子の周りにいる少女達の身体が密着していた… 気づけば、持っていた手拭は無く…直接手が真子の全身を蠢いている。いや、手と呼ぶよりも靭やかな指が生き物の如く真子をピンポイントで責め立てている。生まれて此の方経験したことのない奇妙な刺激が全身を駆け巡る!

 

「! ‥!? …(声が出ない! やめて! )」

 

巫女達の執拗な攻撃はほんの数分間なのだが、真子には何時間にも感じられ… 限界が襲ってくる。

巫女達はお互いに目配せした…

 

「…?(も、もう許して‥ え?) …!!!(あっ!!!)」

 

口だけがパクパクする紅潮した顔で全身隈無く洗い尽くされて行く中で微かに痙攣しながら真子の意識は遠のいて行くのだった……

 

「静かになったな… ん? 終わったのか? 」

 

静かになり、最初からこうしとけば良かったと見れば…

真子は白目を剥いて失神していた。

 

「おい! しっかりしろ! どうなってんだこりゃ? 」

 

「大副様… 無理からぬことかと? 洗われる行為は慣れぬひとには刺激が強すぎます故… フフフ」

 

渡瀬は巫女の少女の表情から…

 

「お前ら… 悪戯も程々にしろ。白目剥いてるじゃないか… 」

 

長官にお目通りする前に余計なことを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 藤崎真子

「… ? …!? は、はな‥ 離せっ!! 」

 

《 ガ バ ッ ! 》

 

 

「目が覚めたか‥ 」

 

 

気がつくと‥ ベッドの横から渡瀬が見つめている。

 

「お前っ! こ、殺すっ! 殺してやるっ! 」

 

《 カシャッ! 》

 

「なっ!? 」

 

掴み掛かる真子に動ずることなくスマートフォンを向けてシャッターを切った渡瀬はクルリと画面を向けてきた。

「!! …… 」

 

画面には殺意に満ちた醜い鬼が睨んでいた…

 

渡瀬はスマホを持ち直すと何やら操作して呟く。

 

「寝顔はこんなに可愛いのにな… 」

 

「勝手に撮るなっ!! 」

 

かっとなりながらスマホを奪おうとした真子に画面を向ける。

 

「ぁ… 」

 

さっきとは別人のような真子が天使の如く微かな笑みを浮かべていた。

 

「可愛いお前にあんな顔は似合わないぞ? 」

 

「…… ぐぅ 」

 

可愛いなどと真顔で誉めらたことなどない真子はどうして良いのか判らず赤くなり俯いた。

 

 

「っ! 千怜(ちさと)!? 千怜はどうなったの!? 」

 

「…さぁな? ヘクセンヤクトの連中に捕らえられたかもな? 死んではいないだろう… 」

 

 

真子は俯いたまま…

 

「…… 千怜に逢いたい。 千怜… グスッ 」

 

ポトッ 、ポトッと床に滴が落ちる。

 

「九は始末する予定だったのだがな… 」

 

「!! ‥千怜に手を出したら殺すぞ!!! 」

 

泣き顔が一転して般若の形相に変わる。

 

「九に逢いたいだろ? 」

 

「… 逢いたい 」

 

不貞腐れながら泣いてるような微妙な顔で真子は上目使いで答えた。

 

「ならば、私に協力しろ! 」

 

「協力? ナニを‥ させるつもり? 」

 

「簡単なことだ、良い子にしていろ。お前は黙っていれば清楚なお嬢様だからな」

 

「… 喋んなきゃいいんだ? 」

 

ポケーとした表情で返す真子に渡瀬は眉間に皺を寄せた。

 

「お前の表情…… 微笑むことは出来るか? 」

 

「で、出来るわよ! 失礼ね! 簡単よ‥ こう? 」

 

「! …… 」

 

真子の【微笑み】みたいなものを見た渡瀬は無言で固まった。

 

 

 

「お前は黙って無表情でいれば良いからな… 」

 

長官室へ向かう廊下で渡瀬は真子に念を押した。

 

「むぅ… 」

 

 

長官室の扉には巫女が待ち構えている。

 

「大副様‥お疲れ様です。神祇官様がお待ちです」

 

開かれた扉を抜けると広間の奥に白装束にオールバックの髪型、丸眼鏡を掛けた目付きの悪い男がデスクに鎮座して迎えた。

 

「ヴァルキュリアを回収して参りました」

 

「ご苦労… 九は始末したのだな? 」

 

「いえ‥ 捨て置きました。ヘクセンヤクトが確保したと思います… そのような状況で取り纏めました」

 

「…ノイマイヤーのところの小娘か。まあ、よかろう」

 

「連中は引続き游がせておきます」

 

「それで、そいつは使い物になるのだろうな?」

 

「は、少々躾を必要としますが… 」

 

「任せた… 下がれ」

 

 

──────────────────

 

 

───────────

 

 

──────

 

 

「えっらそーに! ムカついた! 」

 

真子は部屋を出た途端に頬っぺたを膨らませてプリプリとご機嫌ななめだ。渡瀬はそんな真子をまたも脇に抱えて黙って歩いている。

 

「… で、いい加減に下ろしてよ! 私は物じゃないんだから! 」

 

すると、抱えている真子を一瞥すると持ち直して肩に担いだ。またもやお尻が前で顔は後ろである。

 

「なんでよぉ! 離せぇっ! 下ろせぇっ! 」

 

肩の上でじたばたする真子の尻に平手打ちを喰らわす!

 

《 パンッ! パンッ! パンッ! 》

 

「痛いっ! 痛いっ! 痛ぁぁいっ! 」

 

《 ナデナデ ポンポン 》

 

「ひぃっ!! 撫でるなぁっ! エッチ! 変態! エロオヤヂ! 」

 

「着いたぞ」

 

部屋に入った途端にベッドに放り出す。ふかふかのベッドは衝撃をふんわりと吸収して優しく真子の身体を受け止めた。そのベッドは天蓋付きの豪奢で巨大である…然も貴族か富豪が女を侍らすような…

そこで真子は手術着のような服の裾が捲り上がり、白い太腿が露になっていることに気づきはっとなる。

 

「っ!? まさか… 私を… 」

 

魔法を封じられた真子は目の前にいる男に対して無力である… 彼女は貞操の危機を感じて恐怖を覚えた。

そのとき不意に!

 

「えと‥ はじめまして」

 

声がしたベッド脇をみると、黒いスーツ姿の少年が少し緊張気味な笑顔を向けていた。

 

「お前のルームメイトといったとこだ… 後は任せた」

 

いい放つと渡瀬は退室していった。

 

「ちょっ!? 待ちなさいよ! 」

 

《 パタン 》

 

真子の言葉に耳も貸さずドアが閉まった。

 

《 ダダッ! バンッ!? バンバン!! 》

取っ手の無い扉にすがり付き叩くが… 反応は無い… 当然、室内からは開かないようだ。

 

「無駄ですよ。中からは開きません… 破壊しない限りは… 」

 

後ろで少年が声を掛ける… はっ!? となり、真子は扉に魔力を放つ……… つもりが、放てなかった。

 

「まさか… お前、イニシャライザーか? 」

 

真子は振り返り、少年に憎悪の視線を投げつける…

 

「はい。お察しの通りです‥真子さん」

 

「…… 。 どうして名前(・・)で呼ぶ? 」

 

「え? だって、あなたは藤崎真子さんですよね? 」

 

ヴィンガルフでは魔女はナンバーかコードネームで呼ぶ。真子はコードネームである【ヴァルキュリア】と呼ばれる魔女だ。『真子さん』などと呼ばれた覚えはない… 内心、戸惑いを抱いている。

 

「……そうだが、私はヴァルキュリアだぞ? 」

 

「ああ、成る程… 僕は貴女を【藤崎真子】と呼ぶようにと仰せつかっておりますから! そう呼ばせていただきますから… 藤崎 真子さん」

 

少年は真っ直ぐな瞳で真子を見つめて言い放った。

 

「………好きにすればいい」

 

プイッと横を向きながら溢した言葉に少年は満足気に微笑むのだった。

 

 

「それでは、まずはお部屋をご案内しましょう! こちらがパウダールームで右側がトイレで左側がバスルームへの扉です。なかなか広いでしょ? 」

 

如何にも女性用の化粧室である… 10畳間くらいの空間に大きな鏡と化粧品類が並べられたテーブルが鎮座している。奥にはガラス越しに豪華なバスルームが見える。

 

「凄い… でも、化粧なんて… 」

 

「ご心配なく! ちゃんとその道のプロが教えに来てくださいますから! 」

 

「は? どういうことだ? 」

 

「あれ? 聞いて無い…んですか? 真子さんはこれからみっちりと行儀作法から諸々…教育という話ですよ? 」

 

行儀作法? 教育? 真子には全く理解に苦しむ話である。

 

「ナニが目的… なんだ??? 」

 

 

混乱して呆然となる真子にお構いなしで案内は続いた。

 

「クローゼットです。一通りのお洋服と靴、あとアクセサリー類が揃えてございます。サイズは採寸済みです♪ 」

 

ドレスや着物まで… 下着類も清楚なものから、どういう勝負に着用するのか疑問な勝負下着(・・・・)というモノまで… 見るとブラサイズがちゃっかり【D65】

 

「…なんかムカつくわね」

 

 

「こちらがダイニングルームでございます。テーブルマナーを学んで頂く都合上、少々大きいですけどね♪ 」

 

少々… ? 会議が出来そうな長テーブルが鎮座してる。

 

「最後に書斎でございます。蔵書は少ないですが、大概の書物はPCで閲覧可能ですので問題ないと思います」

 

蔵書が少ない…… ちょっとした書店では? 移動式の脚立が棚に付いてる。

 

「以上ですが、何かご質問はありますか? 」

 

「…… 。 無い… 」

 

「そうですか… じゃあ、お茶でもいかがですか? 」

 

「ええ、その前にシャワー浴びたい気分… 」

 

そう言うとフラフラした足取りでバスルームへ向かった。

広い浴室にはゆったりした湯槽があるが、今はシャワーだ!普通のシャワーベッドとは別に壁面にノズルが幾つも取り付けてある… 徐に別のコックを捻ると…全身へボディーシャワーを浴びる!

「うわ、気持ちいい♪ ‥あら? 壁かと思ったら全体が鏡なんだ? ふうん… 」

 

鏡に映る自身を眺めて…(我ながら素晴らしいプロポーションね)と…

 

 

「ふぅ、さっぱりしたわ… あ、いい香り」

 

白いバスローブを纏い、まだ乾ききらない髪を片側に束ねてリビングに戻ってきた。

 

「ベルガモットティーをご用意しました。気持ちの切り替えには良いかと… 」

 

真子はふと思う…少年の物腰は見た目に不相応だ?

 

「まだあんたの名前聞いてなかったわ… それに歳はいくつ? 」

 

少年は少し戸惑いの表情に…

 

「僕は… 名前はありません。呼ばれるのは番号で… 3番とか、サードです。歳は27…ヶ月くらいかな? 」

 

「えっ!? 27?…ヶ月?…ヶ月って、2歳ってこと!? 」

 

一瞬『27』と聞いて(ガキみたいな27歳か!)と思ったら、27ヶ月とは別次元の驚きだ!

 

「はい、僕は人工的に造られたイニシャライザーですから… 」

 

「そ、そういうもんなんだ? 名前が無い…んだ? 3番? 呼びにくいわね…… さん‥ サンタにしよ! 」

 

3番だから3太… サンタ 如何にも思いつきだ。

 

「サンタですか… ありがとうございます!とっても嬉しいです! こ、こんなに嬉しいことはない! です♪」

 

名前を貰った少年は涙を浮かべて喜んだ。

 

「そ、そうか? うん、これからお前をサンタと呼ぶから! 」

 

予想外の反応に面食らってドギマギする真子にサンタがじっと見つめて問いかけた。

 

「話は変わるんですが… さっきから気になってたことがありまして… 真子さんはハーフですか? 」

 

「…… 。生粋の日本人‥だよ。そう見えないよね? 」

 

少し躊躇して真子は口を開いた…

 

「ごめんなさい… 悪気はなかったのです。白い肌と髪が凄く綺麗だったから… 瞳も淡いブルーだし… 」

 

 

「アルビノ… だからね」

 

「アルビノ? 」

 

「先天的に色素が極端に少ないのよ。だから、髪もプラチナブロンドだし… 肌は白いから身体中色が薄いんだ。小さい頃はよくいじめられたわ… 」

 

 

真子の口から語られた事実を耳にしてサンタは合点がいったとばかりに叫んでしまった!

 

 

 

「そうだったんだ! それであんなに綺麗な乳… っ!」

《 バキッ!! 》

言い終える寸前、顔面に真子の拳がめり込んだ!

 

「てめえ!覗いたなっ!? 」

 

 

 

 

「いたた… ごめんなさい。覗くというか… 丸見えなんです。不測の事態に備えてありまして… 」

 

浴室の全面鏡はマジックミラーでした。

真子は部屋から丸見えの浴室を見て呟いた…

 

 

 

「最低…… 」

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 九 千怜

男の名は『九 千怜(いちじく ちさと)

高次生命体研究機構【ヴィンガルフ】所長である。

彼は今、自己所有する別荘の地下に居る。既に天井・壁部は大きく崩れており、眼前には星空を仰ぐ夜景が広がっている。

 

つい今し方、1107番【鷹取小鳥】(妹の怜那を宿すグラーネ)と藤崎真子【ヴァルキュリア】の両方を失い、自身は追手である高千穂の渡瀬【神祇官 大副】に情けをかけられて生き長らえている。

 

 

 

「さて、こいつはどうするよ? 」

 

床に座り込み茫然自失の九にSMG(短機関銃)の銃口を向け見下ろす丸眼鏡神父が美樹に問いかけた。

 

「そうね‥ !? ねぇ、あんた腕ふっ飛んだんじゃ? 」

 

ヴァルキュリアに腕を吹き飛ばされ…てない?

 

「はぁ? 夢でも見てんじゃね?」

 

「うぅ‥? 渡瀬め…生きてたと思ったら、化け物になったか! 」

美樹・ノイマイヤーは曾て伴に行動していた頃の渡瀬啓介を脳裏に浮かべ… 否定するかのように首を振り苦々しい面持ちで吐き捨てる。

 

「なあ、さっきの男は何者なんだ? ヴァルキュリアをあっさり連れ去った手際… あいつも魔法使いなのか? 」

その場で一部始終を目撃した村上良太が美樹達に問い掛けた。最強の魔法使いというヴァルキュリアを子供扱いで小脇に抱え拐った姿に驚きを隠せない村上であったが、不思議と恐怖感はなかったことが疑問なのだろうか… 問い掛けの表情は落ち着いていた。

 

「あんたには‥」

美樹が言いかけると同時に遮るように九千怜が口を開いた。

「奴はイニシャライザーだ。…そこにいる擬物とは違う」

 

「イニシャライザー!? それで魔法を封じ込めていたのか! でも、擬物って? 何処が違うんだ? 」

イニシャライザーと聞いて納得したが、更なる疑問を投げる良太だ…が、相変わらずこの少年は年長者にも何故かタメ口である。

 

「私は擬物じゃない! 」

レンが怒ってる…が、九は構わず話す。

「そこにいるのはイニシャライザーの初号でな‥ 未完成品だ。魔法の中和能力は僅かに数秒間でしかない。しかし、奴は存在するだけで魔法中和が可能なのだよ。オリジナルだからな」

 

「オリジナル? イニシャライザーの… じゃあ、制約無く能力が発動するのか? 」

 

「オリジナルに制約などない。完全に魔法を封じ込めるし、自身の魔法も使い放題だ」

 

「反則みたいな存在だな…… 圧倒的じゃないか! いや‥そもそも、何故魔女に対してイニシャライザーが存在するんだ? 」

 

「ヴァルキュリアの破壊力は見ただろう? あの能力を未熟な個人が持つことが齎す結果があれだ… 制御出来ない力は破滅を招くのだ」

九は自嘲気味に喋り続ける。

「奴の存在無くして、ヴァルキュリアの創造は不可能だったのだ。…グラーネを失った今となってはどうでも良いがな。……殺せ」

 

「お前にはまだまだ聞きたいことがある!! そうでないと…… 死んでいった小鳥達が不憫だ。お前達から逃げ出してやっとこれから幸せになれるかも…しれなかったのに」

 

九の顔色が変わる!?

「逃げ出して‥だと? やはりお前達は偶然に運良く逃げ出せたと思っているのだな? …くっくっく 」

 

呆れたように向ける目線は村上ではなく、ヘクセンヤクトらを捉えている。

 

「えっ?…それ、どういう? あれはイレギュラーで… 」

 

「ノイマイヤー! お前達は廃棄処分の車列を襲撃した目的は何だった? 研究室から持ち出した【胚】の確保ではなかったか? 出来損ないの廃棄物では無かったな? 」

 

「そう… 茜が持ち出したシリンダーを襲撃の混乱に乗じて回収するのが目的だった。ところが、牽制のはずのRPGが装甲車に命中してしまった。茜は死に、予定外の廃棄魔女の逃亡が発生した… と、こんな流れよ? 」

 

美樹は思い起こすように事件当時の概要を語るが…

 

「おかしいと思わないのか? 何故その中に1107番が含まれていたのかと? グラーネを廃棄する筈がない!!」

 

ヴィンガルフ側から見るとグラーネを廃棄するなどあり得ないことである。さらには壊れたとは言え(元ヴァルキュリア)の黒羽寧子まで含まれていたのは偶然にしては都合が良い…

 

「九所長‥いえ、元所長かしら? あなたには協力していただくわ。強制的にね! 」

「そういうことで‥ 来てもらおう! 立て! 」

眼鏡神父が銃口を向け促す。九は大人しく従い立ち上がった…

「ま、待ってくれ! 俺もそいつには聞きたいことが‥ 」

「村上くん! 和美ちゃんが! 」

美樹に詰め寄る良太の背後で寧子が叫ぶ声に… 和美がこちらに向かって走ってきていた!

「村上!! 生きとったぁ!?」

 

「か、和美!? お前っ! 生きて‥ !」

傍にやって来た和美の姿に良太が驚いた! 下着しか着てない…

「和美ちゃん‥ なんで服脱いでるの? 」

その姿に寧子が何事かと心配…

「そんなんええねん! 初菜が溶けてしもたっ!」

見れば和美は背中にナニかを背負っている? 微かに動きがあり… か細い声が!?

「ぁ、ぁ… 一応生きてるよ」

「初菜! 」「初菜ちゃん! 良かった‥」

良太と寧子は二人の無事に安堵する… しかし

 

「なあ、小鳥は? …どうなったん? 」

和美の問い掛けに…良太と寧子は……

「1107番ならそこだ… 」

九が指差した先を見て愕然となる和美だった。

 

「小鳥…… 」

 

 

──────────────────

 

 

─────────────

 

 

─────────

 

 

「…で、これから八王子のアジトへ行くのだな? 」

ヘリに乗せられて目隠しをされた九が美樹に訊ねた。

「そうよ‥!? なっ、なん…で? 」

九に目隠しをした理由はアジトの場所を見せない配慮からだ… った。

「これだけおおっぴらに行動していてバレないと思ってたのか? 」

「… 研究所で他には? 」

「所長の私だけだ。高千穂‥ 神祇官の村上長官とノイマイヤー家との繋りを幹部職員も誰一人知らん」

 

神祇官の村上家とノイマイヤー家の関係は20世紀初めのドイツに遡る。ドレスデンの地下に宇宙人の遺跡を発見した当時、村上は友人であったノイマイヤーに協力を求めたのだ。

 

 

「もういいわ、話の続きは着いてからにしましょう… 」

そう言うと美樹は九の目隠しを外した。

 

 

───────────────────

 

 

────────────

 

 

───────

 

 

「話してもらいましょうか… 先ずは【高千穂】とは? 他の顔ぶれは私は知らないのよ… 」

 

「高千穂はヴィンガルフそのものだ」

 

「は? 」

 

美樹の問いに九が答えた台詞に唖然となる。【高千穂】とはヴィンガルフの上部組織であり、その詳細は謎とされていたのだ。…【そのもの】と云われても?

 

「言葉のとおりだ。高千穂はヴィンガルフであり、お前達が想像しているような【別の場所で別の人員】を備える組織ではない。単にヴィンガルフの幹部会のことだ」

 

「でも、それじゃ… ヴィンガルフの職員のなかに高千穂のメンバーがいると? 」

 

「その通りだ。守衛の竹中さんに、食堂の滝沢さんは会議メンバーだ。他に女子職員の何名かは神祇官の巫女だ」

美樹達ヘクセンヤクトにとって驚愕の事実が語られた。守衛の好々爺や食堂の偏屈料理人が幹部だっただけでなく、只の事務員と思っていた女の子が巫女かもしれない… 巫女?

 

「あの‥ 巫女って具体的に『ナニ』をするんすか?」

巫女と聞いて眼鏡神父が即座に反応して九に質問した。…何故か挙動不審に目が泳いでいる。

 

「… 神祇官の高位職に対しての世話係だ」

「せ、世話っ!世話っていうと… まさか‥ あれもか? 夜の… 」

「…? ふん、夜伽は主な仕事らしい。夜とは限らぬから【伽】だな」

「やっぱ‥ そうくるかよ! 巫女ってのにもしかして結菜ちゃんは…… 」

眼鏡神父はぶつぶつ呟くように女の名前を口にしながら、有り得ないとばかり首を横に振っている。

「結菜ちゃんって売店の?」

名前を聞いた美樹は顔を思い浮かべた。

「そーだよっ! フ⚫ミマヴィンガルフ店の中川結菜ちゃん! 黒髪ツインテールが眩しいロリロリガール!みんなのアイドル! ‥の結菜ちゃん18歳だっ!!」

美樹もレンもこいつが【ロリ趣向】だったことに痛く吐き気を感じた…

 

「あの女も巫女だ」

 

無慈悲に九が答えた。

 

「……神は死んだ 」

 

神父はその場に蹲り嘆きの一言を溢した……

 

 

 

 



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