Fate / Hybrid Stories (さんくてるるるく)
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第一幕
0話 プロローグ


初の小説投稿となります。
誤字脱字はなるばく少ないよう努力します。
今回はプロローグとなります。


「令呪をもって命ずる。自害しろ、セイバー」

「!?」

 鉄の大剣がセイバーの腹部を貫き、床に血が溢れ滴る。

「切...嗣...テメエ」

「重ねて令呪をもって命ずる。自害しろ、セイバー」

「うがぁあぁぁあぁあああッ!!!」

 さらに押し込まれる大剣。セイバーの内蔵は破壊しつくされ、今もなお気を保っていられるのは英霊ゆえの精神力によるものであった。

「頼めるな?ライダーとそのマスター。聖杯が破壊できるのは今となっては君たちだけだ」

「当たり前だろ。やってやる!いくぞ、ライダー!」

「よし、準備はよいか、四不象(スープーシャン)

 ライダーは自分の従える幻獣に声をかけ、それに幻獣が呼応する。

「俺はいつでもOKだぜ」

 ライダー達は黒いものを吐き出し続ける聖杯に飛び込んでいく。

 ライダーが乗るは幻獣、四不象(スープーシャン)。彼は聖杯から溢れるソレを飲み込むことができた。

「マジぃけど、そうも言ってられねーか」

 そしてライダーの宝具である太極図は、本来多彩な能力を秘めていたのだが、呼び出された土地や知名度、さらにはウェイバーの魔術師としての実力によって、たった一つのみとなっていた。その能力とは、『無数の英霊を呼び出し、その魂を喰うことで一時的に全ステータスを大幅に引き上げる』というもので、その力をもってすれば例え狂化された半神が相手であろうと、肉弾戦で10秒とかからずに勝利することが可能だ。しかしその発動時間は良くて1分、さらに無数の英霊を召喚するという無茶苦茶な過程を踏むゆえに、マスターは少なくとも一週間は寝込むことになるだろう。

 しかしそれでも構わない。なぜならこの戦闘が聖杯戦争最後の戦闘となるからだ。

「のう、ウェイバーよ」

「なんだよ」

「主との日々はそれなりに楽しかったぞ」

「ぼ、僕だって、楽しかったさ」

 ふっとライダーが微笑み、そして聖杯に目を向ける。

「太極図...展開!!」

 

 

 かくして聖杯は破壊された。しかし冬木の街を守ることはかなわなかった。街は焦土と化し、人はおろか虫すらその命を保つことは出来なかった。

「よかった、よかった」

 しかし例外はいるもので

「ありがとう!ありがとう!」

 切嗣は瓦礫のなかに一人の少年を見つけた。

 彼は名を士郎といった。

 

 

 病院の一室。士郎はベッドから窓の外を眺めていた。

 いつのまに来たのか。黒いスーツを着たおじさんが、ベッドの横に座っていた。優しい笑顔だった。退院後しばらくして彼の家にすむこととなり、名を衛宮士郎と改めた。

 

 

 その後しばらくして切嗣は他界。士郎は正義の味方を目指すこととなる。

 

 

 ある夜。縁側に座っているのは士郎とその姉的存在である藤村大河だ。綺麗に夜を照らす満月を眺めながら、二人は静かに談話していた。

「切嗣さんが死んじゃって、もう一年になるのね」

 寂しそうな表情でぽつりと呟く。

「...」

 返事はないがきっと聞こえているだろう。士郎はただ真っ直ぐに月を見上げている。

「ねえ士郎。その首飾りって切嗣さんにもらったんだよね?いつもらったの?」

「これは、爺さんが死ぬ前の日にもらったんだ。『正義の味方になるなら御守りをあげよう』って言ってた」

 そう言って士郎は首からさげた綺麗な十字架を掌に置いた。月明かりに照らされたそれは青く光っていた。

「そうだったんだ。どんなご利益があるものなの?」

「わからない。爺さんは何もいってなかったから...」

 そうして二人の夜は過ぎていく。過去の記憶に思いを馳せて。

 

 

 それから数年後、大聖杯は復活を遂げる。

 一度幕を下ろしたはずの戦いが再び幕を開ける。

 

 

 銀髪の剣士。

 

 イレギュラーの弓使い。

 

 赤い少女の槍使い。

 

 半獣の如き槍使い。

 

 悪魔と化した外科医。

 

 海をさ迷う賞金稼ぎ。

 

 救世の英雄と称えられた戦士。

 

 

 それぞれがそれぞれの思いを胸に、己が武力をもって戦争に身を投じる。

 

 

「おやすみ、士郎」

「おやすみ、藤ねえ」

 

 平和な夜が更けていった。




はい、プロローグでした。
一応Zeroのラストをさらっと書きました。
よくわからん部分については後々補完する予定です。

今日中に1,2話は投下します。


クラス:ライダー
マスター:ウェイバー・ベルベット
真名:太公望
宝具:太極図、四不象
補足:中国の仙人。本名は呂尚という。紀元前11世紀ごろの人物である。周の軍師として活躍し、後に斉を建国する。
出典:ジャンプコミックス『封神演義』より一部改変して引用


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1話 銀の剣士

1話です。二人ほどクロスのサーヴァントだします。
内容的にはUBWの1話あたりです。


「先輩、朝ですよ、起きてください」

 まだぼやけた視界にうつる少女の姿。少し愁いを帯びたその瞳が少年を見下ろしていた。

「ああ」

 短く言葉を返し、土蔵の石造りの戸の間から漏れる陽に視線を移す。

「おはようございます、先輩」

「おはよう、桜」

 桜と呼ばれた少女は満足したように微笑み、出ていった。

「結局、そのまま寝ちゃったみたいだな」

 そばに転がっている鉄パイプに視線を落とし、呟いた。

 昨日の夜、少年はこの土蔵で魔術の鍛錬をしていた。鉄パイプを強化する、というものだったのだがなかなかどうして上手くいかなかった。そして没頭してしまっているうちに寝てしまい、今に至るというわけだ。

「桜も待ってるし、早いとこシャワー浴びて行くか」

 そして少年は立ち上がり、土蔵を後にした。

 

 顔良し、スタイル良し、器量良し、世の男性の理想を体現したかのような少女は、よく少年の家に食事を作りに来ていた。今日の朝食はそういうわけで桜によるものであった。

「うまい、また上手になったんじゃないか?桜」

「本当ですか?うれしいです」

 まるで夫婦のような雰囲気に包まれる食卓。そんな平和極まりない理想郷に例の猛獣が飛び込んできた。

「おっはよーう!私にもちょーだい!」

「おはようございます、藤村先生」

「お、おいしそうじゃない!士郎のもーらい!」

「あ、こら、藤ねえ」

 目にもとまらぬ速さ、風を切る音が聞こえたと思った時には少年の皿から卵焼きは姿を消していた。慈悲など無い、無情にも卵焼きは猛獣、藤村大河によってその生涯に幕を閉じたのだ。

「先生の分もありますから」

 桜が少し慌てたような調子で大河の分の食事を運ぶ。

「あ!俺の卵焼きが...」

「隙だらけよ、士郎。あ、桜ちゃんありがとー」

 このようにして衛宮家の一日は始まるのだ。

 

 通学路、士郎は左手のあざについて思案していた。

(痣、にしては形が整ってるというか。いつこんなものができたんだ?)

 朝食が終わり、桜とともに皿洗いをしていた時に気付いたものだ。刺すような痛みが士郎の左手の甲に走ったかと思えば、そこには赤い痣のようなものができていた。

(記憶にないんだよな...)

 いくら考えても答えは出ない。そうこうしているうちに学校についたようだ。

「よ、衛宮、悩み事?」

「うわ!なんだ美綴か」

 突然話しかけた少女は名を美綴といった。弓道部の部長であり、士郎の気心知れた友人の一人だ。

「なんだ、とはご挨拶だね」

「悪い、ちょっと考え事しててさ」

「ふーん、なにかあるなら相談ぐらい乗るけど」

「大丈夫だ、ありがとな美綴」

 やさしい友人に手を振り後にする。

(そんな深刻そうな顔してたかな)

 痣のことは少し忘れることにした。

 

 何事もなく流れる時間、平和であり少し退屈な、いつも通りの時間。一成と昼食をし、備品の修理を任され、放課後に慎二に道場の清掃を押し付けられた。細部は異なるだろうが普段通りのシナリオを進めていく。

「ふー、こんなもんでいいかな」

 道場の清掃を終え時計を確認すると既に7時をまわっていた。外は暗くなっており、生徒の気配もない。

「近頃物騒らしいし、そろそろ帰ったほうがいいな」

 そうして荷物を整え道場を出ようとしたとき、大きな爆発音が空に響いた。

「なんだ今の」

 慌てて飛び出し周囲に目を向ける。その異常な光景を目の当たりにするのに5秒とかからなかった。深くえぐられた無数の穴、激しくぶつかり合う二つの人影、しかし人にしては動きが異常に早すぎる。なんども響き渡る鉄の音にいやでも認識させられる「戦い」、それも生半可なものではなく命の取り合い。

 そのうち動きが止まり、片方が強烈なオーラを放ち始めた。素人に見てもわかる。ここにいてはいけない、危険だ。

 逃げようとするが体がうまく動かない。

「あ」

 軽い段差につまづいたことで足音がたつ。士郎の存在が静寂とした空気に響く。

「誰だ」

 気付かれた。すぐに逃げなくては。どこへ?校舎へ。士郎は震える足に鞭をうち駆け出した。

 

 誰もいない校舎の中に響きわたる足音と息遣い、後ろを振り返る余裕もない、奴はすでに来ているのか、もうすぐそこまで、逃げなくては、逃げるんだ、速く、逃げろ、逃げろ、まだ、まだ、行け、まだ。

 誰もいない校舎の中に響きわたる足音と息遣い、後ろを振り返ってみる、奴の気配を感じない、逃げ切ったのか。

「悪いね、にーさん」

 はっとして振り返ると目の前には赤い少女が立っていた。その目にはただ憐れみだけが写っていた。ふと目を落とすと自分の胸に何かが刺さっている。これは槍だろうか。思考が追いつくより先に床に流れ伝う血。状態を確認するより先に崩れ落ちる身体。意識が遠くなり、この世から離れていく。たった一つ、死のみを感じながら。

 薄れていく意識の中で、誰かを見た気がした。

 

 

 

 -----生きている。

 士郎は自分の体が動いているのを認めた。

(俺は、死んだはずじゃ)

 血だまりも何もない、傷跡もない。ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す、特に変わった様子もない。

 しばらく茫然とした後、立ち上がりとりあえず家に帰ることにした。

 

 行きと同じ、考え事をしながら通る通学路。なにも答えの出ぬまま家についてしまった。

 電気もつけずに座敷に倒れこむ。

(なんだったんだ...いったい)

 カチコチと時計の音だけが暗い部屋のなかで存在を示す。

(やっぱり、助けられたんだよな)

 少しずつ眠りに落ちていく士郎。しかし、それは唐突に覚まされた。全身に怖気が走る。静かな部屋を切り裂く槍。それは天井を突き破って士郎のいた場所を貫いた。

「今のを躱すかよ、やるじゃん」

 反射的に躱した士郎にケラケラと笑って見せたのは、先刻士郎を殺した赤い少女であった。

 学校では咄嗟のことであまり見ることはできなかったが、少女は赤い髪をポニーテールにし、同じく赤くシンプルなデザインのドレスに身を包み、胸元にはやはり赤く輝く宝石がつけられていた。

(やっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだッ)

 全身に入る力。しっかりと相手を見据え転がっていた筒状のポスターを手に取った。

「一夜で二度も同じ奴を殺すなんて後味が悪いよな、ホント」

 精神を統一し、手に取った獲物に強化の魔術を施す。

「というわけでさ、悪いけど死んでもらうよ、にーさん」

 突き出された槍、それは正確に士郎の心臓に向かってきた。

「あぁ?」

 成功だ、魔術で強化されたそれは槍をいなすことを可能にした。

「面白いことするじゃん」

 しかし、こんなものは序の口だろう。

「もっと楽しませてよ」

 次は相手も容赦はしない。

「にーさん」

 振り下ろされた槍、間一髪でかわし、硝子戸のほうへ士郎は駆け出した。

「そらそらそら、もっと躱せよ!!」

 迫り来る連撃を躱しつつ、ガラスを突き破り中庭に出る。(とりあえずは逃げるんだ。奴と距離を取らなくては)

「うぐっ!?」

 いつの間に迫っていたのか。槍使いは士郎の腹部に蹴りをめり込ませた。揺れる視界、内臓と脳がシェイクされる感覚。前後不覚の状態で庭先の土蔵の石壁にたたきつけられる。

「ぅごぇえッ」

 うなだれる士郎に槍使いが近づく。

「もうおしまいかよ?つまんねーの」

「まだだ」

「あ?」

「助けられたんだ、だから、死ぬわけにはいかない!」

「ハッそうかよ!」

 もう一撃蹴りが打ち込まれた。士郎は体を丸めるようにしてひしゃげ、今度は土蔵の中に叩き込まれた。

「はー、もういいや。元々いたぶんのは趣味じゃねー」

「殺されて...やるもんか...」

「頑張ったご褒美に楽に殺してやるからさ」

「人の命を...簡単に奪うお前らなんかに...」

「じゃーな、にーさん」

「殺されてやるわけにはいかないんだ!!!」

 土蔵の中を吹き荒れる風、嵐のようであり、それでいてどこか温かい春のような風に士郎は包まれた。

「なに!?」

 荒れ狂う風の間に見えたその姿は銀色に輝いており、士郎はその姿に安堵した。そこに理由などなかった。

「ちいっ」

 身の危険を感じ土蔵から槍使いが飛び出す。

「テメェ...セイバーのサーヴァントか」

 悪態をついてにらみつける槍使いを無視して、銀の剣士は士郎に向き直る。

「俺はセイバーのサーヴァント」

 セイバーと名乗った彼は、茫然とへたり込む士郎に声をかけた。

「アンタが俺のマスターか?」

 マスターとは何のことか。士郎は何も答えられず、ただ呆然とセイバーを見上げるだけだった。

「...」

「いや、まずはコイツやっつけてからにするか」

 そう言ってセイバーは士郎にニカッと笑いかけ、ランサーに向き直った。

「今やらなきゃならないことをしなさいって」

 背中に背負っていた大剣を軽々と右手のみで振り上げ、ランサーに切っ先をむけた。

「姉ちゃんが言ってたからな!」

 ランサーが舌打ちをし、よりいっそう殺気のこもった目でセイバーを睨み付ける。

「チッ、んだよシスコンが相手かよ、やる気でねーよなー」

 そして一瞬時が止まった。いや、正確には止まっていない。しかし士郎にはまるでそのように感じられたのだ。

 初手の踏み込み。セイバーが相手の懐に刃を入れるその瞬間のため、ランサーが必殺の間合いに全神経を走らせるその瞬間のため。両者ともに呼吸を止め、髪の毛の先から足の爪まで力を込める。そして静寂が訪れ、風船が割れるように闘気の風が吹き荒れる。

 ランサーから二歩の位置、セイバーの右足は踏み込む。脳天から風を切り両断。ランサーは左足を軸に回避、体を回しながらセイバーの眉間を貫く。まるで小枝でも振るように大剣で槍をはたき逸らす。

 この間、わずか一秒にも満たない。

「なにが、どうなってるんだ」

 剣道などの心得があるとはいえ、一般人に近い士郎ではこの打ち合いを見定めることはまず不可能であろう。いや、一流の魔術師や武術家であっても少し厳しいかも知れない。英霊の闘いとはそのような次元のものなのだ。

 セイバーがランサーの左死角に入り込む。しかし、死角に入ろうと関係ない。ランサーの必殺の間合いは360°全方位。セイバーの躍動を空気で感じ、そこに槍を振り下ろす。

「とった!」

 セイバーは防ぎきれずにその手の剣を落とした。

 カラン、と音をたてて転がると同時にランサーの槍はセイバーの左胸へと突き出された。

 そして地面に垂れる赤黒い血。

「テメェ」

 ランサーがセイバーを見据える。

「どこにそんなもん隠してやがった」

 セイバーの左手には剣が握られていた。地面にはもちろんもう一本、セイバーが落とした剣が転がっている。

 どういうわけか、セイバーはもうひと振りの剣でランサーの攻撃をいなし、反撃を加えていたのだ。想定外の出来事に躱しきれなかったランサーは、緊急回避しつつも右腕に深手を負ってしまっていた。

「最速の英霊、ランサーがそんなもんか?来ないってんならこっちから行くぜ!!」

 セイバーが地面に落ちた剣を拾い上げ、ランサーに容赦なく切りつける。

 さすがと言うべきか、負傷してなお槍を離さないランサーは、そのまま身をかばいながら躱し続ける。

「覚悟しろランサー、この勝負俺の勝ちだ!!」

 セイバーが二本を右肩に担ぐようにして振り上げる。このままならランサーは左肩口から右脇腹にかけて三つに分断されることになるだろう。しかし、ランサーは慌てず、むしろ落ち着いた様子で呼吸を整え、セイバーを見据えた。

「舐めるんじゃねー」

「うおおおおおおお」

 飛び散る鮮血。セイバーの剣の能力であろう、三つに引き裂かれたランサーの体はそれぞれが炎に包まれ凍結し砕け散った。

 残ったのは上半身の一部と頭部のみ。ランサーは朦朧とした表情をしながらもセイバーに話かけた。

「なあ... 教えて...くれよ。おまえ...の...その剣...宝具...だよ...な」

「ああ、双竜の剣(ブルー=クリムゾン)。熱気と冷気をそれぞれ纏った剣だ」

「最初は...でっけえ...剣だっただろ...どう...いうこと...だ」

「俺の剣は変幻自在なんだ 。第1の剣、鋼鉄の剣(アイゼンメテオール)から変換した」

「なる... ほど...な...。て...ことは...」

 ランサーがフッと微笑む。そして光の粒になって消えていった。

「そいつがあの十戒(テン・コマンドメンツ)か」

「ぅぐっ」

 突然セイバーが血を吹き出した。なにが起こったのか、セイバーは混乱しつつも胸から突き出た槍を確認する。

「セイバー!!」

 士郎にもなにが起こったのか訳がわからなかった。というのも、さっきまでセイバーと話をしていたランサーのほかにもう一人ランサーがいて、セイバーに槍を突き刺しているのだ。同じ赤い髪と装束、宝石を身に付けている。

 一気にランサーが槍を引き抜く。辺りに血が飛び散り、セイバーは膝から崩れ落ちた。

「バカなやつだよな、ホント。最後まで確認しろっての」

「ちく...しょう」

「お人好しが過ぎるっての。ま、それだから英雄になれたのかも知れないけどさー」

 再びひと振りの剣へと戻ったそれを支えにして、セイバーはなんとか体を立たせる。

「わりぃな、とどめだ、セイバー」

「...!」

「!、チッこの状態じゃ部が悪いか」

 ランサーは塀のほうに目を向け、苦々しげに呟いた。

「今日のとこは見逃してやるよ、セイバー。次会うときまでに死なねーようにな」

 そう言ってランサーは見ていた方とは逆の塀を飛び越え、夜の闇に消えていった。

「セイバー!」

 士郎がセイバーに駆け寄る。すでにセイバーは半死半生の状態で、今にも倒れそうになっていた。

「悪い、油断した」

「血まみれじゃないか、今、救急車を...」

 電話をかけようと屋敷に走りだす士郎を手で制し引き寄せる。

「大丈夫だ、それに、時間がない」

「大丈夫って...そんなわけないじゃないか!」

「ヤツが、もうそこに来てる」

「ヤツってなんだよ」

「敵だ」

 ハッとして顔をあげる士郎。すでにその男は庭に立っていた。赤い外套に身を包み、白い髪を靡かせる大男。屈強なその体躯から溢れる威圧感はまさしく人ならざるもののソレであった。さっきのランサーと同じもの。

「なるほど、これは少し面白いことになってきたようだな。マスター」

 すると暗闇から同じく赤い服に身を纏った少女が現れた。しかし、その少女の綺麗な青い瞳は困惑に揺れる。

「嘘でしょ、なんで衛宮くんが」

 その少女は士郎のよく知る人物であり、また憧れの人であった。

「遠坂...凛」

 この日、少年の聖杯戦争が幕を開けた。




赤髪の少女
マスター:不明
クラス:ランサー
真名:不明
宝具:不明


銀髪の剣士
マスター:衛宮士郎
クラス:セイバー
真名:不明
宝具:不明



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2話 槍使いの少年

2話です。一夜で3話連続投稿しましたが、これからゆっくりになります、多分

場面はかわり、間桐家の屋敷でスタート。


 暗闇の中を駆け抜ける。すでに2時間以上は駆け回っているだろうか。しかしそれでも息を乱さずにいられるのは、さすが英雄といったところか。

 背中に、紫の美しく長い髪をした少女を背負い闇を駆けるその少年は英霊、ライダーであった。

 獣のごとき俊敏さをもって風を切っていく。さて、なぜ彼がこのような行動に至ったかというと、それは数日前に遡る...

 

 

 薄暗い部屋、桜は一人立っていた。いや、正確には二人と言うべきだろうか。間桐臓硯もその場にいたのだ。しかし人として数えるべきか、まあ定義についてはまたの機会にしよう。

「素に銀と鉄...」

 桜が詠唱を開始する。

  「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 徐々に辺りが鈍く光を帯始める。

「―――――Anfang」

 触媒となるは一筋の槍。

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 間桐臓硯の口のはしが醜く歪む。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 部屋全体が魔力に包まれる。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 暗い部屋が光で満たされ、強烈な風が吹き抜ける。

 桜が光の隙間から目にした英霊。ソレは短い黒髪に白い装束、触媒であった槍携えた少年であった。

 特に感情も揺れ動かない。桜がただ立ち尽くしていると、臓硯が笑みを浮かべ彼に話かけた。

「よくぞこのような小汚ない屋敷に来てくださった。早速ではあるが、クラスと真名を何ですかな?」

「俺はライダーのサーヴァント」

 ライダーが臓硯に目を向ける。

「名は...蒼月(ツァンユエ)

 それを聞いて臓硯は満足したように笑いだす。

「カッカッカ、桜よ、よくやったのう」

 臓硯はぼうっと光る目を桜に向けた。

 

 

 ライダーは気づいていた。この間桐家、とりわけ臓硯がとんでもない悪だということを。

 ライダーの持つ槍は言わば破魔の槍で、魔なるものと悪意を持つものに敏感に反応する。臓硯に対面したその瞬間から、槍は反応し小さく身を震わせていた。

(でも、桜ねえちゃんは...)

 しかし桜が何か不満がっている様子もなかったので、ひとまず臓硯のことは様子見しておくことにしたのだ。

「おはよう、マスター」

「...おはよう」

 いつも通りの挨拶。少し暗いように見えるがそういう性格なのだろう。これから魔術の鍛練らしい。今日は桜の鍛練についていってみることにした。辛い鍛練だとは臓硯から聞いているが、如何程のものか。魔術の知識など無いに等しかったランサーは、ラインを通じて辛さがなんとなく分かっていたが、見てもしょうがないと思ってこれまでついていくことはなかった。しかし一度は見ておくべきかも知れないという考えに至ったのだ。

(随分暗いとこ降りてくんだな)

 蟲蔵へと続く石階段、下っていくライダーは徐々に嫌悪感にまみれていった。

(なんだよ、これ)

 そしてその光景を目の当たりにしたとき、なんとも言えない怖気がライダーの全身を駆け巡った。

 蟲、蟲、蟲。地下いっぱいに埋め尽くされた蟲達。そしてそれぞれが男性器などの形をしており、醜悪なことこの上ない。

 そしてそのなかに彼の主が沈んでいく。

「桜ねえちゃん!...ッ!!」

 ラインを通じて伝わってくる辛さ。当の本人はすでに慣れてしまっているのか、平然とした表情をしている。

(これが、魔術の世界では普通なのか...?これが...)

 しかし魔術を知らないライダーには判別が出来なかった。彼に出来るのはただ、己がマスターを見守ることのみであった。

 

 

 ある日の朝、感情などないと思われたマスターの顔に暖かさが見えた。今までになかったことだ。その天真爛漫な姿に思わずライダーは見惚れた。そして、無意識のうちに彼女に尋ねていた。

「マスター、今日何か良いことでもあるのか?」

 また少し明るさが増したようだ。軽く微笑んだように桜は答えた。

「ええ、今日は先輩の家に行くの」

「それは、学校の先輩ってこと?」

「そう、すごく...一生懸命な人」

「そっか、マスター、いってらっしゃい!」

 桜は意気揚々と家をでた。その背中を見送りながらランサーは一つ悩み始めていた。

 

 

 ある時ライダーは、この屋敷や臓硯だけでなく桜も悪に侵されていることに気づいた。それも生半可なものではなく、壊され方で言えば臓硯よりもひどいかもしれない。

「ただいま戻りました」

 桜が帰ってきたようだ。しかし少し浮かない声色をしていた。何かあったのだろうか。

「あの、お爺様。私」

 居間に行くと臓硯と桜が机を挟んで座っていた。

「聖杯戦争に出たくないんです」

「なに?」

 衝撃の一言。ライダーは自分の耳を疑った。

「先輩が...先輩と戦いたく...ないんです」

「...あの衛宮の小僧か、ふむ」

 しばらくライダーの思考が混乱し、そして先日からの悩みに一つの答えが出た。

「マスターの権限を慎二に譲る、というのは構わん。がしかし桜よ、この聖杯戦争から身を引くというのは認められんのう」

 断られると思っていたのだろう、少し驚きつつも安堵する桜。

「ありがとうございます...おじいさ...ッ!!!!」

 なにが起こったのか、全身の神経に刺すような痛みが走り意識が飛びそうになる。朦朧とする意識のなかで、自分を貫くライダーが見えた。

「ライ...ダー...?」

「貴様、何のつもりだ」

 次の瞬間、臓硯の体が細切れに砕け散り蒸発した。

 ライダーの持つ破魔の槍は突いた対象が魔のものであらば、それを即座に消滅させる。

「この屋敷も、もういらないよな!」

 そうして家中を駆け回り、槍であらゆるものを破壊した。大方終わり桜のもとへ戻ってくる頃には屋敷はほぼ廃墟のような様子であった。

 そしてライダーの姿は短い黒髪から腰まで伸びる長髪へと変わっていた。 槍の副作用というべきか、使用時には使い手はその身を獣へと近づけてしまうのだ。それが彼の場合は髪の毛に表れるのである。

「さて、ここから逃げないとな」

 

 

 冬木の街を駆け抜けること3時間。ようやく落ち着ける場所を見つけた。

 大きな川沿いに隠れるのにうってつけの大穴を見つけたのだ。下水道だろうか?よくはライダーにもわからないが、ここなら聖杯戦争中桜を守り抜くことができそうだ。

「...」

 目を覚まさない桜。破魔の槍は特性上、人を傷つけることはなく体をすり抜ける。故に桜の体の蟲共を一掃することができたのだが、それしか方法がなかったとはいえ、桜の身に巣くい一体化していた蟲を一度に消滅させたのは少々手荒であったか。しかしいつ令呪をもって枷をはめられるかわかったものではなかったのだ。仕方ないだろう。

「...でも、どうしたものかな」

 桜の心臓と一体化している巨大な悪は、この槍をもってしても破壊することは出来ない。宝具なら恐らく出来るだろうが、今度は桜の体を破壊することになるだろう。

 寝息をたてる彼女を横目に見て、あまりの綺麗さにまたしても見惚れてしまう。そんな自分に気づき赤面する。彼は年で言えば中学生程度。複雑な年頃ゆえ仕方ないことであった。

「き、今日は星がキレーだなー、あはは、あは」

 シンと静まった空気がよりいっそうライダーの気まずさに追い討ちを駆ける。そしてチラッと桜のほうを見てまた赤面する。

「あー!何してんだ俺は!集中しろ!戦争に!そうだ、俺は聖杯戦争の参加者だ!敵をさがしにいかなくちゃ!」

 ライダーは言い訳ぎみに街に飛び出していった。

 

 

「ちくしょー、ついてねえぜ」

 赤毛の少女は悪態をつきながら夜の街を歩いていた。

「あともう少しだってーのに」

 怒りの腹いせに電柱を殴りつけヒビを入れた。つまり彼女も英霊なのだ。

 セイバーと一戦交えた帰りであった。

「ついてねーよなー、そもそもあんな変態神父にあたっちまう時点でついてねーんだよな、ッくそ」

 収まる様子もない怒り。しかし彼女の怒りの矛先を向けるにふさわしい者が彼女に近づきつつあった。

「!この道の先か」

 彼女は槍を構えた。

 

 

 飛び出してきてしまったライダーは何気なしに街を散歩していた。元々あまり戦うことが好きではない彼は、あんなことを言い訳にして出てきたがそんな気はあまりなかった。しかし、彼がいかに非好戦的であろうと歩いていれば敵に遭遇してしまうだろうに。とどのつまり彼は間抜けなのである。

「っくしゅん!誰か俺の悪口でも言ってるのかな」

 英霊もくしゃみぐらいするようだ。

(桜ねえちゃん大丈夫かな...)

 桜を心配するライダー。しかしやはりそれは思春期らしく妙な方向へ変換されていく。

「あー!もうなんだってんだ俺は!集中だ集中!ふんぬぬぬぬぬ」

 赤面と合わせて、顔を真っ赤にして眉間に意識を集中させるライダー。

 そんな一部始終を端から見ている者がいた。

「なにやってんだ、アイツ」

 気が抜けたのか、両手に込めた力を抜き、その者はライダーに近づく。

「おい!テメェ、サーヴァントだろ。こんなとこでなにやってんだ?」

 ライダーもやっと存在に気づいて振り向く。そこに立っていたのは赤毛の少女、ランサーだった。

「サーヴァント...てことはお前も!」

 今にも槍を振り回しそうなライダーにランサーが両手を挙げて制する

「待てよ、別にやりあおうってわけじゃないさ。アンタの様子見てたらそんな気も削がれちまったよ」

 ランサーが苦笑する。

「アタシはランサーのサーヴァント。槍を持ってるってことは、セイバーもアーチャーもすでに会ってるしな、アサシン?いやライダーか」

「う、うん。俺はライダーだけど、ねえちゃん、戦わないのか?」

「ハッその気が起きねーだけさ。どーしてもってんなら殺ってもいいけどさ...」

 そう言ってランサーは槍を持つ手に力を込める。

「いや、いいよ!戦わない!」

(変なやつだな...)

 ふっと息を吐き、ライダーに微笑みかけた。そこにはサーヴァント同士の争い事などなかったかのような暖かさがあった。そしてランサーは懐をあさり、何かを取り出した。

「この時代の菓子はホントにウマイよな。ポッキー?とか言うんだってさ」

 少し困惑した表情のライダーにランサーがそのお菓子を差し出す。

「食うかい?」

「も、もらうよ」

 ライダーはそれをポリポリとかじりだし、ランサーにお礼を言った。

「ありふぁとな」

「ああ。それじゃまた会おうぜ」

 赤い服を翻し、もとの道を歩きだす。

「次は容赦しねーぞ」

 そうしてランサーは夜の街にまた姿を消した。

 

 

 ライダーが帰ったとき、桜はすでに目を覚ましていた。しかしまだ体は痺れが抜けないようでライダーに支えられて座った姿勢のまま動けずにいた。

「あな...たは...わた...し...を...どうす...る...つも...り?」

 少しバツが悪そうな顔でライダーは説明する。

「俺はあの爺さんがマスターを苦しめてるって思ったんだ。それで、助けるにはこうするしかないと思って...」

「...」

 桜は何も答えない。

(余計なお世話)

 もちろん臓硯からの責苦は嫌だったがそれでも士郎には会えた。むしろこうなることで士郎と会いにくくなってしまったことでライダーを恨んだ。

 しかしどうしても恨みきれないのは、ライダーと士郎が少し重なって見えるからだろうか。彼のひた向きさ、純真さ、優しさは士郎のソレと同じではないまでも近いものがあった。

 だからだろうか。

「...そう」

 桜は少し彼に頼ってみようかと思ってしまった。




槍使いの少年
クラス:ライダー
マスター:間桐桜
真名:蒼月(ツァンユエ)
宝具:不明


はい、夏にはアニメもやりますね。
個人的にすごく楽しみです。ランサーだろ、て人もいるとは思いますが、2匹で1匹と遠野の長も仰られていたのでライダーになりました。

お気づきかも知れませんが、少しマイナーな路線で色々な引用をするつもりです。
ていうか私の年齢がバレそうな人選かも(^^;

次は一週間以内には投稿する予定です。


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3話 初めまして、お兄ちゃん

ロリ姉の登場です、ついでにバサカさんも登場します。
余談ですが私は彼らの陣営が一番好きです。
もっと余談ですが私はランサーの兄貴が一番好きです、、、かっこよすぎ。


今回は戦闘シーンはありません。話も大きくは動きません。
前回や前々回と比べて文字数が少なくなっております。


「いい?衛宮くん」

 そう言って話し始めたのは一流の魔術師であり遠坂家の現当主である遠坂凛だ。

 今士郎は彼女から聖杯戦争についての説明をうけている。

 なぜこのようなことになったかというと、重症の状態のセイバーを見た彼女が殺気立つアーチャーを抑え、座敷までセイバーを運んでくれたうえに士郎が聖杯戦争の知識を持たないことを知ると『教えてあげるわ』と言ってそのままアーチャーと座敷に腰を下ろしてしまったことからである。

 幸いなことにセイバーの傷は半刻もすればふさがってしまった。セイバーの持つ「死地より復活した」という逸話の影響でよみがえるまではいかないまでも致命傷でなければ完治できるそうだ。というわけで今セイバーは士郎の横に座している。

「ちょ、ちょっと待ってくれ遠坂。俺は...」

「質問は後にしてくれるかしら、衛宮くん」

 逆らえない。彼女の一直線で鋭い態度に士郎は気圧されてしまった。

「今から貴方に『聖杯戦争』の大まかな流れを説明するわ」

 聖杯戦争の目的やサーヴァントの意味などなど、凛は聖杯戦争の基本的な内容を短く、されどわかりやすく士郎に伝えた。

「と、いうわけよ。何か質問あるかしら?衛宮くん」

「...特には」

「そう、なら私から質問いいかしら?」

 士郎は軽く頷く。

「そうね、単刀直入に言うわ。私と手を組まない?」

 士郎は驚いた顔で凛の顔を見た。そしてセイバーもこれには驚いた様子であった。

「凛...ていったよな、どういうことだ?」

「私は衛宮くんを個人的に信頼してるわ。そしてセイバーという最優のカードは戦闘において強力なアドバンテージになる。これが理由よ」

 それを聞いて士郎は少し嬉しそうな顔をした。しかしその横でセイバーが複雑な表情を浮かべる。

「どうかした?セイバー。聞きたいことがありそうな感じだけど」

「ああ、俺の実力を知らない、むしろランサーにやられてこあそこまでボロボロになってたのを見て、何で凛がそう言うのか気になったんだ」

 凛は少し申し訳なさそうな顔をし、セイバーと士郎を交互に見て、ため息とともに口を開いた。

「盗み聞きする気はなかったんだけど...セイバー、貴方の真名を聞いてしまったのよ」

 正確にはそのヒントよ、と補足を加えて話を続ける。

十戒(テン・コマンドメンツ)の使用者なんて二人しかいない。一人は黒髪、もう一人は銀髪だもの。すぐわかったわ」

 今度はセイバーがため息をつく。

「真名は知られちゃいけないんだけどな...」

「ごめんなさい、本当に盗み聞きなんてする気はなかったのよ」

「だから俺と組みたいのか」

「ええ、十戒(テン・コマンドメンツ)といえば10の剣に変化する変幻自在の剣と聞くわ。そんなの宝具を10個持つようなものだもの。敵サーヴァントと戦うときにこれほどやりやすいこともないわ」

「...なるほどな」

 少し悩んだ表情をした後、セイバーは士郎に向き直った。

「士郎はどうしたい?」

「俺は...遠坂を信じようと思う」

「わかった」

 セイバーもすでに気持ちは決まっていたのだろう。

「凛も俺も凛と組むことに賛成だ。よろしくな」

「よかったわ、あなたたちとはあまり戦いたくなかったから」

 そう言って凛は微笑んだ。

「よろしくね、衛宮くん。セイバー」

 セイバー、アーチャー陣営の同盟が成立した。

 少し思案したあと、セイバーはアーチャー含む全員に目を向けた。

「もうみんなわかってるようだし、はっきりと言っておくよ。俺の名は...」

「それには及ばんよ、セイバー」

 小一時間凛の横で沈黙を貫いていたアーチャーが口を開いた。いかにも面倒という顔をしている。

「すでに分かっている情報をいう必要はない。誰が聞き耳を立てているわからんからな」

 それに、と言って士郎に視線を向ける。

「小僧が洗脳でもされれば君の真名は敵マスターたちの知るところとなるだろう。もっとも、彼らよりも優れた魔術師であるというのであれば別だがな」

 士郎にはわかっていた。つまり自分が弱いのだと言いたいのだと。もちろんアーチャーへのいらだちも感じたが、自分の無力さも感じていた。ボロボロになり倒れるセイバーを前にただ立っていることしかできなかった自分を思い出す。

(何も...できなかったからな)

 少しの静寂のあと、口を開いたのはセイバーだった。

「大丈夫だって!俺は士郎を信じる」

「本気か?コイツには何の力もない。素人同然だ」

「かまわない」

 しばしセイバーとランサーがにらみ合う。折れたのはアーチャーのほうだった。

「...これ以上私から君たちに口出しするわけにもいかないな。セイバー、君の意思を尊重しよう。しかし」

 アーチャーがため息交じりに肩を落とす。

「後悔することになるかもしれないぞ」

「...」

 セイバーは答えない。しかし彼のその揺らぎない表情が石を曲げないことを示していた。

「...私は外の警備をしてくるとしよう」

 そう言って霊体化し夜の闇にまぎれていった。

 そしてセイバーは自らの真名を告げた。凛はやはり、と納得した表情をしていたが、士郎はいまいちピンと来ていないようだった。

 

 

 凛からレクチャーを受けた後、士郎たちは聖杯戦争の監督役がいるという教会を訪ねることにした。士郎が未熟なゆえにセイバーは霊体化できないため、ローブをまとっていくことにした。

 しばらく歩いてたどりついたのは墓地に隣接した教会だった。真夜中の、月に照らされたその姿はなんとも言えない不気味さがあった。

「君が七人目のマスターか...」

 監督役とは教会の神父であった。荘厳としたたたずまいであったが、凛曰く「似非神父」とのことであった。

 一応説明を聞きに来たのだが結局は凛の言っていたことと同じことだった。

 

 

 教会を出てからも悪態をつく凛の様子に、士郎の中の完璧美少女のイメージにひびが入る。「容姿端麗頭脳明晰の完璧美少女」から「いろいろできるお転婆」にクラスチェンジだ。

「あー...もうイライラするわね!」

「落ち着けよ凛、そんなイライラしてると小じわが増えるって姉ちゃんが...!!」

「なんですってセイバー。ちょっと、なんか言いなさいよ」

「...どうやら来たようだな」

「アーチャー?来たって...」

「敵だ、マスター」

「なんだって!?」

 ともに一方向を凝視するセイバーとアーチャー。それにつられて凛と士郎もそちらを見る。

 夜の闇、霧になにかが揺らぐ、二つの人影だろうか。

「こんばんは、お兄ちゃん」

 その影からから声が聞こえる。透き通った少女の声。

「君は...?」

「初めましてだね、お兄ちゃん。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 霧からはっきりと姿を現す。その髪や肌は雪のように白く透き通っており、その目はルビーのように紅い。10才ほどの少女であった。

「アインツベルンですって!?」

「大声で騒いでみっともないわよ?凛」

 そして同じく霧より姿を現したのは剣と盾を携え鎧を身にまとった剣士であった。

「うそ...だろ」

「まさかこれほどのサーヴァントを呼ぶとはな、さすがはアインツベルンといったところか」

「冗談でしょ...?」

 士郎を除く三人が反応は違うまでも驚愕して鎧の剣士を見る。

「紹介するわね。私のサーヴァント、バーサーカーよ」

 狂気に堕ちながら漂うそのオーラは彼がかつて光の者であったことを示す。

「遠坂、そんなにすごいのか?」

「衛宮くん、サーヴァントはかつての英雄が呼ばれるって話はしたわね?」

 バーサーカーから目を離さずに士郎に説明を始める。

「あのサーヴァントはね、英雄の中の英雄よ。英雄の代名詞といっても過言じゃないわ」

 それでもまだ理解しない士郎に、なおも焦りの消えない表情で続ける。

「勇者と呼ばれる者、世界を救済し光をもたらした者」

 凛は唾をのみ、その名を呼ぶ。

「勇者ロトよ」

 その名を聞き、士郎も事態の深刻さを理解する。知名度や活躍などあらゆる理由で力を持つ生前英雄であった者たち、サーヴァント。その座において彼は破格の力を持つだろう。

 勇者ロト、それがイリヤのサーヴァントであった。

「そろそろいいかな?」

 撫でるように4人に言葉をかけるイリヤ。

「やっちゃえ」

 その声は歌うようで。

「バーサーカー」

 冷たく死にいざなった。




クラス:バーサーカー
マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
真名:ロト
宝具:王者の剣「一振りでかまいたちのような風の斬撃を起こす」
   光の鎧「罠等の設置型の攻撃を完全無効化する」
補足:紀元前の英雄である。「ロト」という称号を持つ者達の最初の一人。救世の剣士としてヘラクレスばりに有名。
出典:スクエアエニックス「ドラゴンクエスト3」



はい、真名も出ました。勇者様です。VSバーサーカーはこの次の次に投稿します。
ちなみに私はドラクエ6派の人間です。


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4話 VSバーサーカー

ギリギリ投稿です。確認してませんすみません。
後書きは投稿後に書きます。


 赤い外套をまとった弓兵の英霊、アーチャーは凛の隣に立っていた。普段の彼はクールだがまわりを小ばかにしたような性格をしていて、それが時折凛をいらだたせたりしていた。しかし二人の間には確固とした信頼があり、いざというときには背中を任せることのできる間柄であった。

 距離にして35メートル。それがイリヤたちと凛たちの間に横たわる街道の長さだ。

 凛はバーサーカーを見ていた。目を離すはずなど無い、その瞬間死が確定するようなものだ。しかし凛はバーサーカーを見失ってしまった。イリヤの横にいたはずのバーサーカーは一瞬にして消え失せた。訳が分からない、危険を察知した凛は助けを求めるべくアーチャーに振り返った。

「アー...チャー...?」

 おかしい、私の隣にいるはずなのは...。

 凛の真横でバーサーカーが剣を振り上げる。混乱した凛は状況の把握がまったく追いつかない。

 赤く燃え上がるその瞳に凛は本能で恐怖する。

「あ...」

「オ”オ”オ”オ”!!!!!!」

 バーサーカーが雄たけびをあげ剣を振り下ろす。凛の目前まで迫る刃。しかし彼女は何もわからない。情報が脳で処理されるより先に脳天から砕かれることになるだろう。

重力の剣(グラビティ・コア)!!!」

 まるで爆発でもおきたような轟音と同時に吹き荒れる風。凛と、同じく立ち尽くしていた士郎はバーサーカーから20メートルほど吹き飛ばされた。

「それが...オマエの宝具か、バーサーカー」

「グルルルルルル」

 凛を間一髪で救ったのはセイバーであった。凛とバーサーカーの間に入り、バーサーカーの剣を受け止めたのだ。

 第7の剣、重力の剣(グラビティ・コア)。驚異的な強度、攻撃力を持つがその弊害として凄まじい重量がある。

 彼はその剣を盾代わりに使用したのだ。

「そうよ、バーサーカーの宝具『王者の剣』は一振りごとに嵐を起こすの」

「イリヤって言ったか、簡単に宝具おしえちまうなんて余裕だな」

「ええ、だって私のバーサーカーは世界一強いもの。こんなこと大した問題じゃないわ」

「なるほど...な!!」

 全身に力を込めバーサーカーの剣を弾き返す。

 さすがのバーサーカーもこの剣を押しとどめられるほどの力はない。

「アーチャー!後は頼む!」

「了解した」

 アーチャーが吹き飛ばされ転がっていた士郎と凛をわきに抱え即座に場を離れる。

「ちょ、アーチャー!?どこに行ってたのよ!」

「すまないなマスター、一瞬で目の前に踏み込んできたバーサーカーに気おされてしまってな。とっさに防御はしたのだが風までは受け止め切れなかった」

 そして吹き飛ばされたアーチャーは急いで場に戻ってきたというわけだ。

「まったく、セイバーがいたからいいようなものの」

 アーチャーが顔を逸らす。やはり申し訳ないという気持ちはあるのだろうか。より一層足を速めた。

「セイバー一人残すわけにいかない!おろしてくれアーチャー」

「キサマがいったところで足手まといになるだけだぞ、衛宮士郎」

 さっきまでのしおれた表情はどこへ行ったやら、士郎を見下した表情で言い放つ。

「それにセイバーもわかっているはずだ。バーサーカーには勝てん。しばらくしたら離脱するだろう」

「くそっ」

 先ほどと同じ、何もできない自分に士郎はうなだれることしかできなかった。

 

 

「逃がさないわ。追いなさい、バーサーカー」

「グオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!!!」

「いかせるわけ...ねえだろ!!」

 セイバーが黒く重々しい大剣から姿を変化させ、いびつでまがまがしい長剣へと持ち替える。

 セイバーを飛び越えアーチャーを追いかけるバーサーカーは全ステータスにおいて、全サーヴァント中最高の性能をもつ。アーチャーもおそらく追いつかれるであろう。バーサーカーの視線はその先を走るアーチャーたちのみに向けられていた。

 しかし三歩も走らないうちにバーサーカーに異変が起こる。狙っていたはずの獲物が視界から消える。地面が見える。バーサーカーは盛大に街道に倒れこんだ。

「毒を以て毒を制す...てことかしら」

 セイバーの剣はバーサーカーの足をとらえていた。通常であれば間に合わないはずの距離、彼はしっかりと切り込んでいた。

 第9の剣、羅刹の剣(サクリファー) 。剣の使用者を狂気に堕とし、その対価として異常なステータス向上を可能にする。

 復活し立ち上がったバーサーカーと向き合うセイバー。血で血を洗う死闘が始まった。

「でもそれじゃ私のバーサーカーには勝てないよ?殺して、バーサーカー!」

「オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!!!!!!!!!!」

 バーサーカーの振り切った剣の切っ先がセイバーの右耳から入る。それを体を逸らすことでかわし、セイバーが心臓部に剣を突き出す。振り切った剣はすぐには戻せない、バーサーカーは盾でセイバーの突きをはじき、剣を振り上げて一刀両断の動作をとる。セイバーははじかれた剣にかまわず左手で殴り掛かる、バーサーカーの顔面にめり込ませ、体勢のもどった剣で追い打ちをかける。

 一筋、また一筋と両者ともに傷が増えていく。 しかしバーサーカーの武器の特性上セイバーは不利であった。バーサーカーは攻撃を躱されようが躱されまいが風刃によりセイバーを切りつけていく。このままではセイバーが敗れるのも時間の問題であろう。

 イリヤが余裕の表情を見せ、勝利を確信する。

 とそのとき、夜の空に無数の星が上がった。それは流星が如く輝き、一直線にバーサーカーに降り注いだ。バーサーカーの全身に突き刺さったそれは計7本、アーチャーによる矢の投射であった。魔力のこもったそれは爆発し、あたりに黒煙をまき散らした。

音速の剣(シルファリオン)

 黒い煙が消えるころにはセイバーの姿は跡形もなく消えていた。

「...いいわ。今日のところは帰りましょ、バーサーカー」

 イリヤはバーサーカーに囁きかけ、バーサーカーはそれに応じて全身から放たれる殺気を和らげた。

「あんなのいつでも勝てるもの。楽しみは後にとっておかなくちゃ」

 そうして二人も暗い夜のなかに消えていった。

 

 

 なんとか衛宮邸に生還できた四人は、座敷で少し休息をとることにした。

「はぁ...はあ...」

「大丈夫か!セイバー」

「なんとかな」

 そう言ったセイバーは全身に傷を負っていた。いくらそれらが浅いものだといっても、こう数が多いと痛々しい。

「それよりアーチャー、ありがとな。オマエのおかげで助かったぜ」

「礼を言うのは私のほうだセイバー。君がいなかったなら凛は今頃バーサーカーに粉々にされていたことだろう」

 それを聞いてニカッと笑顔をみせるセイバー。このお人好しさが英雄たるゆえんなのだろう。

 すでに傷のほとんどがふさがったようだ。これもセイバーの特性によるものだった。

「やっぱりすごいわね、その特性」

「ああ、まぁ英霊になってからのオプションなんだけどな」

 英霊は過去の逸話から生前に持っていなかった特性を得ることもある。セイバーのはその一例だ。

 凛も少し安心した表情になった。

「セイバー、私からもお礼を言わせてもらうわ。正直アーチャーの言う通りアナタがいなかったら私は死んでた。本当にありがとう」

「礼なんていいって!仲間だもんな!」

 それを聞いて凛が複雑な表情をみせる。アーチャーに目配せをし、アーチャーが口を開く。

「勘違いをするな、セイバー。我々はあくまで同盟であって仲間などではない。あまりにお人好しすぎるのも考えものだな、いずれ身を滅ぼすことになるぞ」

 冷たくいい放つアーチャーにセイバーは笑顔を崩さず返答する。

「そうだな...でも俺は凛を信じてる。だから俺は凛を仲間だと思ってるし絶対に守り抜く」

「セイバー...」

「俺も、魔術のこととかまだいまいちわかってないけど遠坂を信じたい。セイバーと同じだ」

「衛宮くん...」

 しかしそんな甘いことが認められるわけがない。アーチャーはもちろんのこと、凛もそこは割りきっていたつもりだった。

「それはそうと遠坂、バーサーカーの真名はロトって言ってたけど他にわかってるサーヴァントっているのか?」

 少し思案したあと、凛が応える。

「そうね、隠してるのはフェアじゃないわね。一人いるわ、衛宮くんも会ったことがあるはずよ」

 それも鮮烈にね、と言ってクスッと笑う。

「ランサーよ。彼女は西洋の魔女なんだけど、世界各地で逸話を残してるから日本名のほうがしっくりくるかもね」

 ランサーが魔女、少し混乱している士郎を無視して話を続ける。

「佐倉杏子。勝手に日本人がつけた名前なんだけどね。どうも名前がわからないのは伝承として残す上で具合が悪かったみたい。ちゃんと本当の名前もあるんだけどね」

「なあ、なんで魔女なのにランサーなんだ?たしかキャスターってクラスがあったはずじゃないか」

「それはね、衛宮くん。彼女の戦い方に由来してるの。赤い髪を束ねて、赤い衣装に身を包んだ彼女は一振りの槍と一緒に描かれいることが多いわ。彼女は槍を主な武器として、それに魔法の力を合わせた戦闘スタイルだったの。だからキャスターはもちろんのこと、ランサーとしての適性もあったわけよ」

「てことは魔術も使えるってことか?」

「その通りよ衛宮くん、もちろんランサーで召喚された時点で彼女の魔力は相当減退してると思うけど」

 セイバーと士郎がうんうんと頷きながら話を聞いていると、今度は凛が質問をした。

「逆に衛宮くんたちは敵サーヴァントの情報なにか持ってないの?」

「わるい、凛。まだ俺も今日召喚されたばかりなんだ」

「そうよね、わかったわ。これからわかったことがあったときにまた情報交換しましょ」

「わるいな、遠坂」

「気にしないで。ふぁ~あ、眠くなってきたわね。衛宮くん、今日は泊めてもらうわね」

「え、えぇ!?ちょ、遠坂!?」

「奥の部屋が空いてたわよね。先に寝させてもらうわ、おやすみ衛宮くん、セイバー」

 突然すぎて混乱している士郎をスルーして遠坂が奥の部屋に歩き出す。

「なんていうか...よかったじゃねーか(?)士郎」

「...藤ねえに殺される」

 少年が期待と不安に揺れながら、今日も夜は更けていく。

 

 

「ああ?ライダーだと?」

「そうだ、間桐家当主たってのたのみとあっては断れまい。もちろん今すぐにではない。セイバーとの一戦で負った傷もまだ癒えてはいないだろう。二三日休むといい」

「けっ、どうだかな。テメェなんか下心でもあるんだろ」

 不敵に顔を歪ませるのみで返答する様子はない。

「わーったよ、やればいいんだろ」

 そう言って屋敷の奥に姿を消した。

「カカカ、あやつにライダーが討てるのか?」

「問題はないだろう」

 

 




クラス:ランサー
マスター:不明
真名:佐倉杏子(日本名)
宝具:不明
補足:世の中に蔓延る使い魔を狩ってまわっていた魔女。ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテットという5人組の魔女集団の一人である。世界各地で活動していたため、彼女たちの逸話や名前は諸説あるが安定しない。日本名はありえないだろうというわけで凛は真名が別にあると言っている。教会の出身で、神に仕える身でもある。


セイバーまとめ
第1の剣「アイゼンメテオール」:ただの鉄の大剣。
第2の剣「シルファリオン」:敏捷性が大幅上昇。しかし威力は大幅ダウン。
第5の剣「ブルー=クリムゾン」:炎と氷の双剣。セイバーは使いこなせていないようす。
第7の剣「グラビティ・コア」:驚異的な威力と強度をもつ。しかし敏捷性が大幅ダウン。
第9の剣「サクリファー」:狂気に落ちるかわりに全ステータスの大幅上昇。3分くらいまでなら正気に戻れる(ほかの剣に変換できる)。


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5話 休日

はい、ちょっと早めの投稿です。
よろしくお願いします。


 美しい女性。笑顔が印象的で、彼女が笑っているだけで心が暖かくなる。

 その笑顔を守るために剣を抜く。

 一緒に行った海。

 一緒に行った山。

 そして二人で過ごした夜...。

 いろんな場所に行った。

 彼女と一緒にいるだけで世界はよりいっそう美しく、輝いて見えた。

 どこまでも旅を続けていたい。新しい世界を君と見たい。

 俺の胸で涙を流す君。抑えきれない思いを涙に変えて...。

 俺はそれを受け止める。この身を持って君の不安や恐怖を受けとめるんだ。

 不安だったらまた旅に出よう。君が嫌がっても連れていくよ。また君の笑顔が見たいから。

 少しずつ砕けて消える俺の体。それを見る君はとても辛そうで。泣かないでくれ。君は幸せになってほしいんだ。

 愛してるよ、エリー...。

 

 

「おはよう、衛宮くん」

 黒髪の美少女が自分を見下ろしている。そうだ、遠坂凛を家に泊めたのだった。

「エリー...」

「エリー...?エリーってたしか、セイバーが生涯愛し続けたって言われる女性のことよね?」

「わ、悪い、遠坂。何でもないんだ」

「!衛宮くん、どうしたの?」

「え?」

 頬を涙が伝っている。あの夢を見たからだろうか。

 サーヴァントの過去を夢として見ることはよくあることなのだそうだ。とすると、やはりあれはセイバーの過去なのだろう。

『愛してるよ、エリー』、彼女はセイバーにとってどれほど大切な存在だったのか。

(あんなに暖かい気持ちは初めて感じたな...ん?)

 体を起こすと布団から筋肉質な上半身が生々しく露になった。どうやら感触的に下は履いているようだが、布団で下半身が隠れたこの姿は端から見れば全裸にしか見えない。朝日に当てられきらびやかに輝く体。士郎は一瞬頭が混乱した。

「とお...さか...?」

「ああ、バーサーカーに吹き飛ばされたときに背中を打ってたでしょ?ちょっと心配になって診てみたのよ」

 顔が熱くなるのを感じる。

「か、看病してくれたのか。あ、あり、ありがとな!とお...さか」

 笑顔がひきつっている。

 そんな士郎にニコッと凛は微笑みかけ、立ち上がった。

「じゃあ先に行ってるから、早く来なさいよ」

 はて?と士郎が何のことかわからない顔をしていると、凛がクスッと笑った。

「お腹すいてないの?しばらく何も食べてないでしょ、衛宮くん」

 そういえばランサーに襲われたり、そのまま協会に行ったり、またバーサーカーに襲われたりとご飯を食べてる暇がなかった。結局寝たのは深夜の2時過ぎであった。

(昨日が金曜日でよかった...)

 時計の針はぴったり12時を指していた。

 

 

「おはよう、士郎」

 居間に入ると、ワンサイズ大きめのジーンズを緩めに履き、右胸にワンポイントはいったデザインの白シャツを肘あたりまで捲り上げ、シルバーネックレスを身につけた、いわゆるルード系ファッションのようないでだちでセイバーが現れた。

「お、おはようセイバー」

 士郎の力不足のためにセイバーは霊体化できない。それゆえに一般人の服装をして目立たないように...とまではわかるのだが。

(いったいどこでこんな服を...)

「ああ、昨日凛が届けてくれたんだ」

「心を読まないでくれセイバー」

 ため息と共に訴える。

「それにしても、この服を遠坂が...」

 背筋に悪寒が走る。マイナスの波動の発信源に目を向けると、凛が『なにか?』と静かに微笑みかけてきた。

「ありがとな、遠坂」

「気にしないで衛宮くん」

 笑顔を崩さない凛。またすこし凛という理想像にヒビが入った。

「ん?ちょっと待ってくれ」

 何かがおかしい。

「昨日の遠坂からもらったって言ったよな。あのあと遠坂は家に帰ったのか?」

 泊まる、と言った凛には服を取りに行く暇なんてなかったはずだ。まさか所持していたわけでもあるまい。

「ああ、衛宮くんずっと寝てたものね」

「どういうことだ?」

「今日は日曜よ、衛宮くん」

「士郎は一日まるまる寝てたからな」

 ぽかん、と口が開いたままふさがらない。なるほど、凛も心配になって看病するわけだ。

「なんだって!?」

「まあ、そんなことはいいわ。それよりご飯食べましょ、冷めちゃうわ」

 そうだ、ここは少し気持ちを落ち着けよう。士郎たちは食卓についた。

「いただきます!」

 まず味噌汁。乾いた喉と空っぽの胃に同時に幸福感を満たしていく。出汁は鰹、粉末でも使ったのだろうか。濃いめにつくられたそれは目が覚める美味しさであった。

「うまい!これうまいぞ遠坂、こんなに料理上手だったんだな!!」

 きょとん、とした表情の凛。

「私じゃないわよ?この料理を作ったのは...」

「私だ」

 そう言って台所からエプロン姿のアーチャーが姿を現した。

 そのゴリラとレスリングでもしそうなムッキムキのアームからこんな繊細な料理が生み出されたというのか。士郎はその組み合わせが信じられずただ呆然とアーチャーの上腕二頭筋を見た。

「な...なんでさ」

 美少女が鼻唄を歌いながらピンクのエプロンで料理をしている姿がすべて上腕二頭筋男に脳内変換された。おぞましい。

 

 

『それじゃあ私たちは帰るから』

 凛はご飯を食べた後、すぐに帰宅してしまった。

 藤村大河もいない居間にはセイバーと士郎の二人だけ。特に共通の話題もない二人は必然的に聖杯戦争の話をすることになった。

「始めに確認しておくべきだったな。士郎、聖杯にかける望みはなんだ?」

 少し考えたあと、士郎は揺るぎない表情で答えた。

「一つのものを取り合って殺し会うなんて間違ってる。俺は聖杯戦争を終わらせたい」

「そっか。士郎がそう言うなら、俺はついていくよ」

「セイバーの望みはなんだ?できることなら俺も協力したい」

「俺は特に望みなんてないよ」

 嘘だ。士郎にはわかっていたがなにも言わなかった。それはセイバーが自分から語るべきことだから。

「それよりセイバー、一つ頼みがあるんだ」

「なんだ?」

「俺も一緒にたたかわ...」

「無理だ。士郎、それは無理なんだ」

「なんでさ、セイバーが傷つくのを黙ってみてるなんてできない!俺も戦う」

「はっきり言うよ。士郎は足手まといになる。だからそれを許すわけにはいかない」

「そ、そんなこと」

「士郎が凛ぐらい強いなら、もしくは自分の身を守れるぐらい強かったならそれもできた。けど士郎は弱い」

 わかってる。グッと拳を握りしめる。

(けど)

「セイバーが傷つく分を少し俺がかわりに受けることならできるかもしれない」

 その眼差しはまっすぐとしていた。

 セイバーが諦めたようにそれに答える。

「強情だな、士郎。わかった、少しだけ助けてもらうよ」

 ただし、と続ける。

「俺が退いてくれって言ったときは素直に退いてくれ。士郎がやられたらそれこそ終わりだ」

「ああ、わかった」

 セイバーが剣を顕現させる。そしてそれを胸のかまえ、士郎に目を合わせる。

「士郎の剣となり盾となることをここに誓う」

「セイバーの剣となり盾となることを...ここに誓う!」

 フッと剣を消し、セイバーが微笑む。

「よろしくな、相棒」

「こちらこそよろしくな、セイバー」

 それから好みのタイプや好きな食べ物等、男子らしい話などで盛り上がった。日曜の夜は更け、また明日に備えて寝床につく。

「おやすみ、セイバー」

「おう、おやすみ」

(夢のことは...聞けなかったな)

 屋敷の電灯の最後のひとつが消え、一日が幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、ライダーのやつめが屋敷を破壊したせいでこんなところでやらなくてはならなくなってしもうたわ」

 暗闇のなか、しわがれた声が響く。

「まあ成功してよかったわい」

 夜の森のなか。妖怪のような老人と黒ずくめの男が向かい合って立っていた。

「さて、おぬし、名はなんという?」

「...ブラックジャック」

 轟轟と風が木々を揺らすなか、人知れず夜の会合は行われた。




出ました。新キャラ
彼のプロフィールは今度まとめます。

次の話も今日中に投稿しますのでよろしく


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6話 間桐桜の喪失

はい、7話目です。
休みを挟んでリフレッシュ!かと思いきやなにやら不穏なくうきが漂い始めます。


 月曜の朝、けたたましい目覚ましの音とともに士郎は目を覚ました。

「5時半...か」

 

 

 お弁当の用意。唐揚げに卵焼き、その下にレタスをしいて、あとは適当にすき間を埋めれば完成だ。やはり疲れが残っているのだろう。こった料理をする気は起こらない。

(まあたまにはいいだろ)

 それから朝御飯の支度をする。今日は魚の干物に味噌汁にほうれん草のゴマ和えその他。やはりこちらも簡単なものになってしまった。

(藤ねえ怒るかな)

 少し心配であったがそれは杞憂だったようだ。

『んん~~まぃ!!』と騒がしく料理をほおばり、嵐のように出勤していった。

「行ってくるわね、士郎」

「行ってらっしゃい、藤村先生」

 藤村を送り出すとセイバーが起きてきた。

「ふぁ~あ、おはよう士郎」

「ああ、おはよう」

 銀髪なのを除けば、上下スウェットで欠伸をしているその姿は現代人そのものだ。

「もう行くのか?」

「ああ、そろそろ行かないと遅刻するからな」

「そっか」

 セイバーが真剣な表情になる。

「何かあったときは令呪で呼んでくれよ」

「ああ、わかってる」

 令呪を使えばマスターは三回サーヴァントに強制的に命令できる。『助けに来い』と命じればサーヴァントが何処にいようと一瞬で駆けつけることもできる便利アイテムなのだ。

「じゃあ行ってくるよ」

「ああ、気をつけてな」

 士郎は屋敷をあとにした。

 

 

「おはよう、衛宮」

「おはよう、一成」

 教室の席につくと一成が朝の挨拶をしてきた。

 一成は士郎の心のおける友人の一人だ。しっかりした性格をしていて、それはおそらく彼の家に関係しているのだろう。彼の家は柳洞寺といって、それなりに大きな寺なのだ。

「ふむ、衛宮。放課後は暇か?少し頼みたいことがあるのだが」

 この話し方もおそらくその影響なのだろう...。

「わるい、今日は予定がある」

「なんと、それは仕方ないな。了解した、衛宮。また後日頼むことにしよう」

「悪いな」

「気にするな」

 いつ聖杯戦争で忙しくなるかわからない。しばらくは一成の頼みには応えられそうになかった。

 二人で朝礼前の談笑をしていると、唐突に二人の上にかげがふりかかった。

 なんだろうか、と顔をあげてみるとそこには笑顔のツインテール少女が立っていた。

「なっ遠坂!?キサマ何のようだ!?」

「二人ともおはよう。突然で悪いけど衛宮くん借りてくわね」

 有無を言わさず引きずられる士郎に一成が困惑の目を向ける。

「衛宮...?その女狐といったい...?衛宮まってくれ、衛宮、衛宮ぁぁぁああああ!!」

 かなしきかな、彼の声はツインテールの耳には届かない。無常にも士郎は廊下の向こうへと消えていってしまった。

 

 

「突然ごめんなさいね、衛宮くん。ちょっと言っておかなきゃいけないことがあるの」

「聖杯戦争のことだろ、むしろ感謝してるよ」

「ランサーとバーサーカーには会ってる上に真名までわかってるわ」

 けどね、と少し不安げな表情になる。

「まだほかのサーヴァントの情報がまったくないのよ」

「でも聖杯戦争は始まったばかりなんだろ?」

「ええ、だから普通だったら問題はないわ」

「普通...じゃないって言うのか?」

 もちろん聖杯戦争自体が異常なことだ。しかし凛のいう異常とはそういうことではない。それは士郎にもなんとなくわかった。

「士郎くん、今日桜...間桐桜にあったかしら?」

 そういえば今日は会っていない。桜にも忙しいときがあるのだろう、と特に気にしていなかったが。

「桜が...どうかしたのか?」

「いなくなってるのよ、サークルにも来てなかったらしいし」

「えっ...」

「あの子だけじゃないわ。ほかにも何人かいなくなってる」

 その話は士郎も少し聞いていた。学校の生徒が何人か行方不明になっているとか。気にしてはいたが、やはり自分の知っている人物がそうなるとショックを隠せない。

「そん...な。まさか、聖杯戦争の...」

「ほぼ確定的だと思うわ。街のところどころに魔力の痕跡が残ってる」

 心臓が高鳴る。

「他のサーヴァントのことがわからない以上できることは少ないわ。学校内にいるとは思えないけど...でも少し敵のことを意識しておいてほしいの。それが伝えたかったことよ」

「わ、わかった」

「放課後、屋上に来てくれる?」

「...」

 授業が始まるから、と言って去っていく凛のことはすでに士郎の意識になかった。

 桜が聖杯戦争に巻き込まれているかもしれない。それも最悪の形で。

「じっと...してられるわけないじゃないか!」

 士郎は学校を飛び出した。

 

 

 あてもなく走り回ってみるが痕跡すらつかめない。

 最後にあったのは金曜日だったか。それから今日をいれて三日、いついなくなったのかもわからない。途中で立ち止まったりしながら、士郎の捜索は夜まで続いた。

「くそっこれじゃらちが明かない」

 道行く人にも聞いてみたがまったく手がかりはつかめなかった。

 夜の7時ごろ、セイバーも心配しているかもしれない。疲れとともに少し落ち着いてきた頭でそんなことを考えながら、休息をとるために公園に入る。

(夜の公園て不気味だよな)

 ベンチに腰掛けようと思い、公園を見渡す。するとベンチに誰か座っているように見えた。

(こんな時間に何してるんだ?)

 小さな街灯に照らされたベンチに座っていたのは中学生ぐらいの少年であった。

「こんな時間に出歩いてると危ないぞ?」

 少年も士郎に気付いたようだ。

「兄ちゃん、誰だ?」

 いぶかしげに士郎を見つめる少年。その瞳はどこか苦しげで、余裕のないように見えた。

「俺は衛宮士郎だ。このあたりの高校に通ってる」

「衛宮...」

 士郎の名を復唱しつつ少し悩んだような表情をした後、少年は目を見開いて身を乗り出した。

「衛宮士郎!?兄ちゃん衛宮士郎っていうのか!?」

「あ、ああ。どこかで会ったことあったかな...?」

「兄ちゃんが...桜姉ちゃんの...」

 こんどは士郎が驚いた。少年は間桐桜の名を口にしたのだ。

「桜を、桜を知ってるのか!!」

「...やっぱり兄ちゃんがあの衛宮士郎なんだな」

「頼む、教えてくれ。桜はどこにいるんだ」

「それは...」

「頼む!!」

 少年は困った顔をした。

「うん、兄ちゃんになら話してもいいかな」

 それを聞いて全身の力が抜ける。さっきまで気を張りっぱなしだったのだ。やっと手がかりをつかんだ。いや、もしかするともうゴールは目の前にあるのかもしれない。

「けど今は教えられないから、また明日の夜ここにきてくれ。安心してよ、桜姉ちゃんは安全なところにいるから」

「教えられないって、どうしてさ!」

「それは...」

 唐突に地面が爆発した。土が巻き上がり、士郎は対応できずにしりもちをつく。

「こういうことだ」

 爆発したのではない。何本もの魔力の込められた矢が少年の立っていた場所に着弾したのだ。

「お、おい!大丈夫か!」

 あんな子供があれほどの衝撃に耐えられるはずがない。士郎は土煙の中を手探りで少年を探した。

 しかし突然の衝撃に吹き飛ばされる。腹部に鋭い痛みが走る。そして地面にたたきつけられ、士郎はひどくせき込んだ。

「下がっていろ、衛宮士郎」

 そこに立っていたのはアーチャーであった。赤い外套を身に纏い、両手には白と黒の短剣を携えている。

「貴様ランサーではないな、キャスターというわけでもあるまい。ライダーか」

 土煙がはれて、少年の姿が見える。

「ああ、俺はライダーのサーヴァントだ」

 どこから槍なんて出したのか。右手にそれを携えて、何事もなかったように少年は立っていた。さっきまで話していた少年はサーヴァントだったのだ。

「ふん、ならばやることは一つだ。君はここで退場しろ、ライダー」

「そういうわけにもいかねえよ」

 アーチャーとライダーがそれぞれ武器を構える。

 アーチャーが姿を消したと同時にライダーの背後に迫り短剣で切りかかる。それをライダーが躱し槍で弾く。粉々になる短剣、しかしアーチャーが再び切りかかるころには復元している。何度も復元する剣。しばらくそのような戦闘が続いたあと、ライダーが間合いを取るために離れた。

「25本、それだけ壊してもまだ復元するのか」

「...」

 静かなにらみ合い、この場にいるだけで失神してしまいそうなほどに張りつめている。

 そんな一瞬の勝負に士郎が割って入った。

「まってくれアーチャー!桜の手がかりをコイツが持ってるみたいなんだ」

「ふん、そんことは知ったことではない」

 アーチャーがライダーから視線を外さず、冷たく言い放つ。

「誰が死のうと関係ない。私は凛に聖杯を届けるそのために剣を持つ。よって今重要なのは」

 全身から溢れる殺気がその濃度を増す。

「コイツを倒せるか否かだ」

 それを聞いて落胆した表情を見せたのはライダーだ。

「もともと話す気なんかなかったけど、やっぱりお前には言えねえや」

「聞く気もないさ」

 そしてまた攻防が始まる。

 士郎にはどうしてもライダーが悪いサーヴァントには見えなかった。何とか止めなくては、それだけが士郎を突き動かした。

「セイバーーーーーーー!!!!!!」

「なにっ!?」

 光とともにセイバーは士郎のもとに現れた。そしてそのまま剣を抜き、アーチャーに構える。

真空の剣(メルフォース)

「くっ」

 突風が巻き起こりアーチャーを公園のそとにまで吹き飛ばす。

 第四の剣『真空の剣(メルフォース)』風圧で敵を飛ばしたり、動きを抑えたりする。直接的な攻撃能力はない。

「ありがとな、兄ちゃん」

 すぐにはアーチャーが戻ってこれないであろうことがわかったライダーは、士郎に礼を言い夜の闇に姿を消した。

「やはりここで消しておくべきか」

 士郎のすぐ背後に迫る声。アーチャーの刃が士郎を貫かんとしていた。

 一瞬士郎の息が止まる。そして凍り付いたようにアーチャーが静止した。

「俺がそんなこと許すわけないだろ」

「...」

 セイバーが剣をもってアーチャーの動きを止めていた。

 しばらく動かない三人。その止まった空気を動かしたのは。

「ちょっとあなたたち何やってるのよ。衛宮くん見つけたなら早いところ帰りましょ」

 凛であった。

 

 

 そのあと、ライダーとの戦闘についてのみ凛には説明したがそのほかのことには触れなかった。

『いいかしら?これから私との約束すっぽかしでもしたら衛宮くん許さないんだからね』とは彼女の談だ。

 なにはともあれ、桜の手がかりが得られたわけだ。これは十分な収穫と言っていいのではないだろうか。

(明日の夜か...)

 セイバーに一人で行きたいということを伝えると『危ないときは呼んでくれ』というのみだった。少々拍子抜けした感があるが、やはりセイバーの許しが得られたのは都合がよかった。

 しばらく凛からお説教をくらったあと、解散した。アーチャーはすでに殺気を放ってはいなかったが警戒していたほうがいいだろう。それはセイバーも同意見なようで、終始アーチャーから目を離すことはなかった。

 その日の夜、また士郎はセイバーの夢を見た。今度はエリーとの出会いの夢だった。

 

 

 

 

「ただいま、マスター」

 どこかに行こうという気はあまりないのだろうか。空虚な目をした桜がライダーを迎えた。

「今日はマスターの先輩?に会ったよ」

 それを聞いて桜の目が少し揺らぐ。

「まさか」

「衛宮士郎に...会ったんだ」

 桜がライダーに這いより、質問をまくし立てる。

「先輩は、先輩は元気にしてた?怪我はなかった?先輩は...」

「大丈夫だよ、元気そうだった。それと、すごくマスターを心配してた」

「先輩、うれしい」

 桜が幸せそうな顔をしてへたり込む。

「会いたい、先輩に会いたい」

 まだ会わせるわけにはいかない。さっきのアーチャーもそうだが、どこに危険があるかわからない。本当に任せられる人が見つかったなら、その時はライダーは自害して桜を一般人として預けるつもりであった。

「もう少しで会えるよ、マスター」

「本当に?」

「ああ、蟲爺さんも聖杯戦争もない。幸せになれるんだ。だからもう少し待ってて、マスター」

 かつての桜なら希望を持つこともなかっただろうが、間桐家が破壊されて臓硯がいない今、桜は少々楽観的になっていた。

 桜は来るべき未来に思いをはせながら、ゆっくりと眠りについた。




さてさて、それなりに物語も動き始めてきたと言っていいのではないでしょうか?
相変わらず低空飛行なこの作品ですが、なんとか面白いと思えるよう盛り上げたいと思います。(>□<)


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7話 槍兵と槍兵

時間設定間違えた。ランサーとライダーの再会は少なくとも二日後にしようと思ってたのに...。だいたい三時間ほどでまた会うとか、「見逃してやんよ☆」のランサーさん赤面ものですよ!ええ、私のせいです!!

↑というのを先週やりまして、報告にも書きましたが5話のラスト改編しましたヽ(;´ω`)ノ。そして今に至ります。


ちょっと整理もかねてこれからはちょくちょく日にちの表をあとがきにいれていくことにします。・゚・(ノ∀`)・゚・。


 その日、士郎は少し浮足立った様子で一日を過ごした。

 桜を取り戻せるかもしれない。そう考えると落ち着いてはいられなかった。

『各自で、手分けして街を探りましょ。こんな真似してる奴等、今すぐにでもとっちめてやらなきゃ』と凛が言っていたのは好都合だった。これで大手をふってライダーに会いに行ける。

 どうやらアーチャーは何も言わなかったようだがそれはなぜだろうか。

 

 

 

 浮足立っていたのはライダーとて同じであった。

 もし士郎が任せるに値するなら、今すぐにでも桜を開放してやりたい。考えるのはそのことのみであった。

 しかしそうことは簡単にはいかないものだ。士郎との会合の時刻まであと少しというところでそれは起こった。

 敵の殺意や悪意に反応して身を震わせる破魔の槍。その索敵能力になにかがかかったようだ。

「敵が...来る!!」

 ライダーは寝ている桜を隠れ家に待機させ、川にかかる大きな橋の方へと駆け出した。

 

 

 その日の夜は風もなく静かだった。穏やかに揺れる川の上に横たわる赤い橋は、月を眺め星を観るのにこれ以上ないロケーションだったことだろう。

 その橋のうえに槍を携えた少年と少女が向き合って立っていた。

「まさか姉ちゃんが相手なんてな。見逃してもらうことは、できないのかな」

 少年はライダーのサーヴァント。

「こないだ会ったばっかりなのに、こんなすぐ殺りあうことになるなんてね。ま、マスターの命令さ、諦めなよ。あたしたちは戦わなきゃいけない決まりなんだからさ。それに...容赦はしないって言ったじゃん」

 対するは赤髪の少女、ランサーであった。

「...うん」

 その言葉に俯くライダー。苦しそうな顔をして身を震わせるが、槍を握るその手はしっかりしたものであった。

「いくよ、ぼうや」

「わかったよ、姉ちゃん」

 そして両者が槍を構える。ライダーは髪の毛が伸び、その目付きは獣の如く変化した。

「本気でいく」

 ライダーが飛び出した。低姿勢で駆け抜けるその姿はやはり獣のそれであった。ランサーに全力で槍を突きだす。この突きを躱し槍を振るうランサー。ライダーは本能でそれを躱す。一撃一撃が地面をえぐり、コンクリートを巻き上げる。

「!」

 危険を察し後方に飛び退くライダーに、ランサーが感心した表情をみせる。

「よくわかったな、ぼうや」

 蛇のようにうねる槍。

「これがあたしの武器さ」

 その槍は、三節棍と似たような作りになっており、蛇のように曲がるようになっているのだ。そしてもうひとつの特徴としてこの槍は。

「長さも変えられる」

 ニッと笑い槍を振るうランサー。縦横無尽に切りつけていく槍。ランサーは受けることしかできない。

「そらそらそらそらそらそらそらぁ!!!!!!!!!!!」

「俺も...負けるわけにはいかないんだ!!」

 連撃の隙間をすり抜けていくライダー。手に持った槍ではじきつつランサーに狙いを定める。

「舐めんじゃ、ねぇ!!」

 より加速する槍にライダーが吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、もうもうと立ち込める粉塵。

「獣の槍よ!!!」

「なに!?」

 粉塵の中から槍が投擲され、ランサーの心臓にせまる。

「チイッ」

 間一髪で躱すも、右肩をえぐった。

 投げられた槍はライダーの手に戻り、そのなかで落ち着いた。

「テメェ、獣の槍伝承者か」

 どくどくと血の流れる肩を抑えつつランサーがライダーに睨み付ける。

「たしか14才だかそこらで中国を救った英雄がいたな」

「...」

 ライダーは何も答えない。

「ハッ面白え。いいよ、見してやるよ、あたしの宝具を」

 そう言ってランサーが全身から殺気を放つ。

「ロッソ・ファンタズマ」

 橋が光に包まれる。ライダーが目を凝らすとそこには一人、二人と人の姿が見える。そして光が収まる頃には目の前に30人ほど立っていた。

「全員あたしと同じ力をもってる。いつまで耐えられるかな」

『ロッソ・ファンタズマ』、30体の分身をつくり戦わせる対軍宝具。

「わかったよ、姉ちゃん」

 ライダーが全身の力を抜き、静かに前を見据える。

「来い、『とら』」

 ライダーが呼び掛けると同時に空一面に雷がはしる。轟音と共に橋に巨大な雷の柱がたち、ランサーたちを吹き飛ばした。

「よお、久しぶりじゃねえかツァンユエ」

「ああ、久しぶりだな、とら」

『とら』、雷獣字伏(あざふせ)を召喚する。名の通り雷を操る獣で、ツァンユエはとらと呼んでいる。

「ツァンユエととらか」

 ランサーが体制を整えて再び槍を構える。

「使い魔狩りは得意だよ、かかってきな」

「乗れ、ツァンユエ。一気に蹴りをつけてやるぜ」

「おう、いくぞ!とら!!」

 それは雄叫びか雷鳴か。全身から雷を放ちランサーたちに駆け出していく。そしてツァンユエは槍に雷を纏わせそれを振るう。

 一人、また一人とランサーをなぎ倒していくライダー。

 両サーヴァント共に満身創痍で槍を振るう。

 

 

 どれくらい時間がたったか、すでに空が白みはじめていた。

 雷により砕け、焦げ付いたコンクリート。槍による斬撃の跡が生々しい。

「くらえ!!」

 ドスッという鈍い音ともにとらが崩れ落ちる。

 ランサーの槍は正確にとらの脳天をとらえていた。

「とら!!」

「くくっ、わしは...ここまでだツァンユエ」

 またな、と言い残し光に消えていく。

「あとはぼうや一人...」

 ライダーがランサーの背後にまわり、背中から胸を槍で貫く。

「な...」

 すぐに体を回転させ、凪ぎ払うように槍を引き抜く。そして頭からまっぷたつにもう一人ランサーを引き裂いた。

「姉ちゃんも...あと一人だな」

「...」

 最初にもどった。槍をもって向き合う二人。しかし最初と違うのは、両者ともにもう止まる気はないということだ。

 二人同時に駆け出し、橋の中心で刃を交える。すでにランサーは槍を変化させる魔力がない。純粋に槍の技巧による戦いだ。

 何撃かした後、ランサーが柄でライダーの顎を殴りあげる。そしてそのままこんどは刃でライダーの首を狙う。殴られたライダーはそのまま体を後方に一回転させ、斬撃を躱し、カウンターで突きを入れる。ランサーが槍を弾き落とし、足で踏みつけ、もう片方の足でライダーの腹部に蹴りをめり込ませる。ライダーは槍を手放し、そのまま倒れこんだ。そしてランサーが地面から抉るように槍でライダーを吹き飛ばす。数十メートル先で地面に叩きつけられるライダー。勝負があったようだ。

「とどめだよ、ぼうや」

 ライダーのもとに立ちランサーが槍を構える。

「獣の...槍よ!!」

 呼び声に呼応し、ライダーの手元に飛んでくる槍。しかしそれをランサーが掴みとり動きを封じた。

「今度こそとどめだ、ライダー」

「待って...姉ちゃん」

「こういうときはさ、男らしく覚悟決めなよ」

「話を聞いてくれ」

「いい加減にしろって、恥さらすな...よ」

 ライダーは生にすがっていたのではない。本当に伝えなければならないことがあるのだ。

「...わかったよ、聞いてあげるよ」

 そしてライダーが語りだした。

 しばらくして話が終わると、ランサーはもの悲しい表情になっていた。

「頼むよ、姉ちゃん」

「アンタ...」

「つまらん茶番はよせ」

 ランサーが言葉を続ける前に冷たく遮られる。声のほうに振り向くと、そこには金髪の男が立っていた。

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 無数の剣、槍、斧が宙に浮いている。そのすべてが宝具であった。

「な...」

「疾くに失せよ」

 それらが風を切ってせまり、ランサーはとっさに回避した。

 辺りに飛び散る赤い液体。それはライダーのものであった。

「テメェ...」

「ふん、たまには女遊びに興じるのも良いか」

 宙に先程の倍以上の武具が出現する。

「我を楽しませろ、女」

(逃げられるか!?)

 

 

 ある教会の中、暗い部屋の中に一人の神父が立っている。

「今ここに、彼の者との契約は断たれた」

 乾いた笑い声が教会内にこだました。

 

 

 ランサーの全身から力が抜ける。それは魔力供給が断たれたことを意味していた。

「己がマスターに見捨てられたか、女。せめてもの慈悲だ。痛みを感じるまもなく死なせてやろう」

「ッッッ綺礼ぇぇ!!!」

 体を貫く剣。刺さったと同時にランサーの全身を焼き、消し炭にしてしまった。

 飽きたのだろうか。金髪の男はなんの言葉もなくその場をあとにした。

 

 

 川辺のライダーの隠れ家で桜が目を覚ました。

「ライダー...?」

 なにかが足りない。なにかが、そうだ、ライダーとの繋がりが断たれている。

「ライ... ダー ...」

 なぜだろう、なぜこんなに悲しいんだろう。

 まだ会って間もない。そんなに会話もしたことない。余計なことをして私をここに閉じ込めて、でも...。

(あの子の笑顔が、困った顔が、頭から離れない)

 直接的な繋がりはないが、ツァンユエの家系は士郎の遠縁の先祖にあたった。切嗣の影響はもちろんのことだが、あの正義感は血的なものもあったのかもしれない。しかしそれを知るものは誰もいない。しかし桜の感じる悲しみこそがその唯一の証であった。




クラス:ライダー
マスター:間桐桜
真名:蒼月(ツァンユエ)
宝具:『獣の槍』とても攻撃力の高い槍。呼んだら手元に戻ってくるいい子ちゃん
『とら』雷獣。金色の体毛に覆われた体から雷を発生させる。背中に蒼月を乗せて縦横無尽に駆け回る。
補足:中国の英霊。蒼月と書いてツァンユエと読む。獣の槍は使い手がたくさんいて、蒼月はその一人であり最も有名。主に世代毎に使い手が一人いて、彼等は『伝承者』と呼ばれる。白面の者を討ち取って中国の英雄になった。
出典:サンデーコミックス『うしおととら』より。蒼月潮(あおつきうしお)が原作での彼の名前であるが、今回は中国の英霊として蒼月(ツァンユエ)と改変しました。



ここまでの流れ
一日目
・アーチャーvsランサー
・セイバーvsランサー
・セイバー&アーチャーvsバーサーカー
二日目
・特になし
三日目
・新サーヴァント召喚
四日目
・アーチャーvsライダー
五日目
・ランサーvsライダー
・我様登場


はい、どうもです。
あと一つ投下します。小分けにしたほうがいいとは思いますが、できると投下したくなっちゃうのでしていきます。明日とかにすればいいとは思うんですけどね。。。


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8話 愛の片鱗

タイトルは本編とあまり関係ありません。彼のためのタイトルです。
アニメであんな扱いなんだから、もういいよね!


 結局、その夜士郎はライダーには会えなかった。

 もちろんライダーはすでに金髪のサーヴァントによって消されているのだから会えるはずもない。

 桜の唯一の手がかりを失った士郎はうなだれて帰路についた。

 その様子を見てセイバーも気付いたのだろう。士郎に何か尋ねることはなかった。

(桜...)

 期待していたゆえにショックが大きい。やるせない思いのまま、士郎は寝床に入った。

 

 

 朝5時半、士郎は目を覚ました。昨日と同じで料理にもやる気が起きない。

 結局同じように簡単なものとなってしまい、冬樹の虎を不機嫌にさせることになってしまった。

 彼女を送り出し、起床してきたセイバーに顔を合わせる。やはりそのスウェット姿は慣れない。

「今日はどうするんだ?士郎」

 学校に行くのか、それとも桜を探してまた街に出るのか、ということだろう。

「学校に行くよ」

 遠坂も昨日の報告したいだろうし、と付け加えてセイバーに返答する。

「そっか、じゃあ俺は家にいるから」

「ああ」

「気をつけてな」

「...行ってくる」

 呼び出してくれ、とはセイバーは言わなかった。もう確認する必要はないと思ったのだろう。

 セイバーに手を振り、士郎は屋敷を後にした。

(しばらく桜のご飯を食べてないな...)

 学校まで、桜のことが頭から離れることはなかった。

 

 

「おはようございます、先輩」

 士郎は自分の目を疑った。

「どうしたんですか?先輩」

 ずっと探していた少女。

「?」

 彼女が眼の前に立っているのだから。

「さく...ら」

「はい、しばらくぶりです、先輩」

 その優しい笑顔はまさしく桜のものだ。士郎は震える両手で桜の肩をつかんだ。

「桜!どこに行ってたんだ!無事だったのか!!」

「い、痛いです先輩」

「わ、わるい」

 士郎が慌てて手を放す。

 どういうことだ、ライダーはあのとき桜を知っていると言っていた。つまり聖杯戦争に巻き込まれたのは確実だ。それがこんな平然といられるわけがない。

「心配かけてすいませんでした。しばらく家の用事で出かけていたものですから」

「そう、か」

 ライダーの言ったことは嘘だったのか?士郎をおびき出すために、マスターを一人で始末するための演技だったと考えられなくもない。ライダーの必死の表情が思い出されるが、あれも演技だったんだろうか。

(きっと、そうだったんだろうな)

 ではなぜ指定の場所に現れなかったのか、それだけが疑問であるが。

「そろそろ授業が始まりますから、失礼しますね」

「あ、ああ、またな桜」

 ニコッと笑顔を浮かべて教室へ歩き出す桜を、士郎は複雑表情で見送った。

 そういえばここ数日慎二にもあっていない気がする。

(まさかあいつ...)

 ふと不安がよぎるが、士郎はそれを振り払う。桜の件で心配性になってしまっているのだろう、と。

(あいつも桜と同じで出かけてただけだよな)

 

 

 その日の放課後、士郎は凛と屋上に集まった。昨日の報告と一般人の失踪について話すためだ。

 桜の件は桜本人の言っていた通りであろうと片が付いた。

「本当によかったわ...」

 凛がまるで家族のことのように安心した顔を見せたのが士郎には印象的だった。

「ところで衛宮くん、今朝似非神父から連絡があったのだけれど、ライダーとランサーが脱落したらしいわ」

 桜ほどではないが、この事実もそれなりに士郎を驚かせた。

 自分をたばかっていたかもしれないとはいえ、あの幼い少年が殺されてしまった。そのことが士郎には少しこたえた。

 ランサーにしても同じだ。自分を殺そうとした彼女だったが、その死にも士郎は憤りを感じた。

「...それで、ふたりを倒したサーヴァントは誰なんだ?」

「それがわからないのよ。セイバーとアーチャーはないとしたらキャスターかアサシンということになるんだけど、まだまったく情報がないから」

「その、神父さんから何か聞いてないのか?」

「『それは私の知るところではないな、凛よ』なんて言って何も答えないのよ、全く使えないんだから!!」

 綺礼の声真似をした後、頭を抱えて地団太を踏みだした。

「そ、それで遠坂。昨日は何か収穫はあったのか?」

「はぁ...はぁ...昨日?ああ、ないこともないわ」

 昨日というより今朝だけど、と付け加える。

「学校に来る途中魔力の痕跡を見つけたのよ。弱弱しいけどたしかにあれは魔術師のものだったわ」

「もしかしてキャスターの...?」

「ここからは推測だけど、昨日の夜にキャスター、ランサー、ライダーで戦闘が行われて、その末にキャスターが勝利した。でもキャスターも無事ではなくて、痕跡を残したまま逃げ帰った」

 ここで凛の顔は自信に満ちたものとなる。

「柳洞寺に」

「柳洞寺だって!?そこがキャスターの隠れ家なのか!!」

「おそらく、だけどね。でもキャスターがそこに向かったのはは間違いないわ。痕跡が残っていたもの」

 ヘンゼルとグレーテルのように、魔力は足跡を残していたのだ。

「今日はもう少し街を調査してみて、明日の夜にでも乗り込みましょう」

「大丈夫なのか?キャスターは自分の陣地で最強なんだろ?」

「問題ないわ、だってこっちはセイバーとアーチャーの騎士二人がついてるのよ?」

「ランサーとライダーがやられたんだろ?」

「三つ巴の戦いだったと思うし、キャスターも傷を負ってるわ。それに柳洞寺が陣地として優れてるっていうならわざわざ街中で戦ったりなんてしないわよ」

 ごもっともである。

 

 

 というわけどで士郎たちは街に繰り出すことにした。

 夕日の浮かぶ街道を凛と並んで歩く。

 そこで士郎はあることに気付く...。

(これは...まるで....)

「どうしたの?衛宮くん」

(デート!?)

「?」

 凛が士郎の顔を覗き込む。青い瞳が士郎の顔を映しこむ。

「いや、遠坂、なんでもないんだ!ははっははは」

 笑顔がひきつる。

「衛宮くん?...!」

 凛も気付いたのだろう。ニヤッと笑い士郎に身を寄せる。

「あ!これじゃあまるでデートね~衛宮くんっ」

 そして両腕を士郎の右腕に絡ませた。

「と、と、と、とおさか!?」

 顔を真っ赤にしてうろたえる士郎を見て凛が噴き出す。

「ぷっアハハハハハ!衛宮くん本当にからかいがいがあるわ」

「やめてくれよ遠坂...」

 腹をかかえて笑う凛をみてどんよりと項垂れる士郎。

「はぁ、誰かに見られたらどうするんだよ」

「ん~?衛宮くんいやなの?」

「いやって、言うか、遠坂が困るだろ?」

「私は別に?」

 なおもからかい続ける凛に士郎がおろおろしながら対応する。

 T字路を右折しする。柳洞寺あたりを歩いていたのだから当然と言えば当然だろうか。仲睦まじくデートをする二人の前に一成が現れた。一成が現れてしまった...。

「えみ...や?」

「一成じゃないか、どうしたんだこんなとこ...」

「衛宮ああああああああ」

「な、なんだいっせ...」

「なぜこの女とそんなに仲睦まじく歩いているのだああああああああああああ」

「い、一成、落ち着いてくれ。これには深いわけが...」

「女狐めぇ、衛宮をぉ、衛宮に取り入って...いったい何を企ん...」

「柳洞くん、あなたの家に突然来た人とかいないかしら?」

 さすが凛、嫉妬に燃える柳洞一成ですらものともしていないようだ。

「妙な質問ではあるが、そうだな、ふむ」

 何事もなかったかのようにふるまう一成もさすがである。

「そういえば...葛木先生が来られたのはいつだったか」

「葛木って柳洞寺に住んでるのか!?」

「そうだ、少し前から居候しておられる」

「それね、決まったわ衛宮くん。今日のところは帰りましょ」

「遠坂?」

 凛が士郎の手を引く。

「ありがとう柳洞くん。助かったわ」

「ふむ、礼を言われるのは悪い気はせんが...」

 一成の眼光が鋭く光る。

「衛宮をどこに連れていく気だ」

「さあ?」

 二人の間で視線が火花を散らす。しかし状況的に凛が有利だ。士郎を促し、その場を後にする。

「またね、柳洞くん」

「キッサマッッッ!!!!」

 何もできない。衛宮は『すまん』と小さく謝罪をし、凛に引きずられるようについていった。

 

 

 士郎が屋敷に帰ると、そこには大河と桜と...セイバーが談笑しながらお茶と煎餅をつまんでいた。

「おう!おかえり士郎!」

 異様な光景だ。

「士郎、シバくんて面白いわね~」

「いろんな冒険の話をしてくださるんですよ」

 その団らんに士郎も腰を下ろす。

「そうだ!まだ聞いてなかったけど、士郎とはどういう関係なの?」

「聞きたいです!」

「あ、え~っと」

「切嗣さんの親せきっす」

(え?)

「え!?切嗣さんの!?」

「はい」

 しばらくしてこの会はお開きになった。桜と大河が『もう遅いから』と言って帰ったのが幕引きだ。

 そして士郎はセイバーと二人で反省会を始めた。

「さてと、セイバー、『シバ』ってなんなのさ」

「偽名だよ。セイバーって言うわけにもいかないだろ?かといって真名言うわけにもいかないし」

「はぁ、まあそれはいいや」

 それより、と士郎が真剣な顔つきになる。

「なんで爺さん、切嗣のこと知ってるんだ?」

「...」

 少しの沈黙の後セイバーが語りだす。

「俺は...前回の聖杯戦争で切嗣のサーヴァントだったんだ」

 今日一日で何回驚けばいいのだろうか。士郎は言葉が出なかった。

「戦いの末に聖杯の目の前までたどり着いた。でも切嗣はほかの陣営と裏で手を組んでいて、俺を令呪で自害させたんだ」

「そんな...」

「世界を救いたいっていう切嗣の夢に、俺は協力しているつもりだった。でも、あいつは俺を裏切ったんだ」

 セイバーがぎゅっとこぶしを握り締める。

「まあ、もともとそりは合わなかったからな!仕方なかったのかもしれない」

 少し余裕がなさそうではあったが、セイバーは表情を和らげて言った。

「士郎はあいつの息子だけど、そんなの関係ない。俺は士郎を信じてるから」

「セイバー...」

 そのあと、凛と話したことをセイバーに伝え、そこで話は終わった。

 そして二人はそれぞれ風呂に入るなどして就寝の支度を整えた。

「おやすみ、セイバー」

「おやすみ、士郎」

 キャスターとの戦いは明日である。

 

 

 PM18:00柳洞寺

 すでに人払いは済ませてある。

「行くわよ!」

 柳洞寺は山の上のある寺だ。四人は本殿へと通じる石階段を駆け上がっていく。

 そして門にたどり着くというところで一行は妨害にあった。

 駆け抜ける一刃の風。

「むっ」

 それをアーチャーが二本の短剣で切り裂く。

「てめぇ、俺の斬撃を切ったな」

 階段の一番上に男が立っていた。

 男は白いと黒の服に、頭には黒いバンダナのようなものをまいている。そして右手には一本の白い刀。

 アーチャーが無表情のまま男をにらみつける。

「なるほど、凛。君の予想は少し甘かったようだな」

「アナタ、何者よ!」

「名を訪ねるときは自分から名乗るもんだぜ?」

 男が嘲るように笑う。

「私は遠坂凛、こっちはアーチャーよ」

「おれは衛宮士郎」

「俺はセイバーだ」

 アーチャーとセイバーが各々剣を構える。

「俺はアサシンだ」

 アサシンも刀を構える。

「アサシン、ロロノア・ゾロ」

 ざわざわと揺れる木々。三人の剣士による命の取り合いが始まろうとしていた。

 




最後の部分は予告編的なノリです。次話は柳洞寺に行く前の朝から書きますよ。


海賊狩りです。アサシンゆえに出番は少ないと思いますが、頑張って動かします。
もちょっと情報が出そろってからにしようと思います。


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9話 柳洞寺

やっと投稿できました。嘘つきまくってごめんなさい。
前回の予告辺りまでなので物語的にはそこまで動きません。


 士郎が体を起こすと、窓から陽が差し込んできていた。まだ醒めきらない目はそれを瞼で遮ろうとする。しかし士郎はそれをぐっとこらえ、陽の存在をしっかりと認識した。

「...」

 今日はまだ見ぬキャスターとの決戦の日。士郎は無意識に拳を握りしめた。

 

 

 その朝の食卓は衛宮史に残る出来映えであった。冬木の虎でさえも黙らせることのできたそれを伝説と呼ばず何と呼ぼう。『なんと...』発したのはその一言のみで、虎は嵐のごとく料理を頬張り、その勢いの緩まる間もなく愛馬に跨がりエンジン音とともに学舎へ駆け抜けていった。

 

 

「士郎」

「ああ」

 起きてきたセイバーはすでに戦いの装束であった。肩から背負った十戒(テン・コマンドメンツ)が朝日に照らされて輝いている。

「まだちょっと早いんじゃないか?セイバー。戦いは夜だぞ?」

「こっちが有利とはいえ油断は出来ないからな。朝から精神統一しとくんだ」

 やはり彼も一級の剣士なのだ。いざ戦いに赴くとなるとこうも凛としてしまう。その眼差しは真っ直ぐに透き通り、今夜の決戦に向けられていた。

「士郎」

「なんだ?」

「また後でな」

「ああ」

 セイバーに手を振り、家を出た。セイバーの影響か、士郎も心の高ぶりを感じながら学校へと歩き出した。

 

 

 校門前につくと、大勢の生徒が登校してくるところだった。登校時間の30分前、やはりみんなこのあたりに集中してくるのだ。

 人の波の一部となり教室に歩いていると、流れに逆らってくる者がいた。彼女が歩いている周囲だけ波も遠慮するように揺らぎ、彼女がただ者でないことを示す。

「おはよう、衛宮くん」

「遠坂、今日は早いんだな」

「ええ、だから衛宮くんを待ってたのよ」

 その一言でよりいっそう波がざわめく。彼女は遠坂凛、秀才かつ容姿端麗の、いわゆる学校のアイドル的存在であった。その彼女が『待っていた』などと言ったのだから周りが驚くのも無理はない。

「それは悪かったな」

「気にしないでいいのよ」

 そして二人は教室に仲睦まじく歩みだした。

 

 

 階段下を歩いていると、凛が口を開いた。

「お昼に屋上に来てくれる?確認しておきたいこともあるし」

「ああ、わかった」

 もちろん朝からその事を意識してはいたが、いざ言葉として聞かされると少しこわばるようだ。

 今までは戦いに巻き込まれていただけであったが、今回はこちらが巻き込む側だ。突然驚かされるのとわかっていて驚かされるのだと後者のほうがその衝撃が大きいことがある。それと同じようなことだ。

 

 

 その日の授業をこなし、昼休みに屋上に向かうとすでに遠坂凜はそこにいた。

「やっと来たのね」

 昼休みのチャイムが鳴ってから5分と経っていないのだが。

「待たせちまったか、遠坂」

 二人はフェンスによりかかるようにして座ると今夜の確認を始めた。

「いい?衛宮君、柳洞寺はサーヴァントは山門からしか入れないようになっているから、衛宮君とセイバー、それから私とアーチャーの四人で一斉に乗り込むわ。セイバーの宝具に封印の剣と呼ばれるものがあったわよね。対魔術のあの剣を使ってキャスターを討伐してほしいの。マスターは私たちで対処するわ」

「ああ、わかってる」

 昨日話した通りだ。

「何か質問はあるかしら?」

「大丈夫だ」

「それじゃあ」

 遠坂は立ち上がり、士郎を見下ろした。

「また放課後にね、衛宮君」

「ああ」

 そこで遠坂と士郎は別れた。

 

 

 士郎が午後の授業もこなして帰路に着こうとしていると、部活に向かうのだろうか、桜が目の前を通りかかった。

「桜」

 呼び掛けて振り向いたその少女はやはり桜であった。優しい微笑みをこちらに向けている。

「あ、先輩。今帰りですか?」

「ああ、桜はこれから部活か?」

「はい」

 彼女と話すとやっぱり落ち着く。自分が日常にいるように思えるからだ。彼女が戦争に巻き込まれたかもしれないと思ったこともあったが、それも杞憂であったわけで、士郎は穏やかな気持ちになった。

「ところで桜、慎二はどうしてるんだ?最近見ない気がするんだけど」

「ッ...兄さんですか?最近体調が悪いみたいで休んでるんです」

「慎二が?明日にでもお見舞いにいこうかな」

「だ、大丈夫です!大丈夫ですから!兄さんも少し大袈裟にしてるだけなんですよ、本当に大丈夫です」

「そう、かな。大袈裟にね、まあ慎二らしいか」

「はい...」

 そう言って桜が軽くうつむく。二人の間に流れる沈黙。それを破ったのは桜であった。

「それじゃあ先輩。私部活に行きますので」

「ん、ああ。頑張れよ桜」

「はいっ」

 部室まで駆けていく桜を見送り、士郎も歩き出した。

 約束の時間は7時、家に帰って着替えたら頃合いだろう。

 

 

「準備はいいかしら?」

 そう言って他の三人に目を向けるのは遠坂凛だ。

「いつでもいけるぞ」

「俺も大丈夫だ」

 時刻は7時を3分ほど過ぎた頃、四人は柳洞寺の境内の階段を下りたところで立っていた。

「行くわよ!」

 一斉に駆け出し、境内を登っていく。目指すはキャスターだ。

 あと少しというところでアーチャーが足を止めた。

「どうしたのアーチャー」

「...」

 無言で両手に短剣を顕現させる。

 険しい目付きの先に広がるのは闇、明るければ寺の入り口が見えるであろう方向だ。

三十六煩悩鳳(36ポンドほう)

 アーチャーが剣を前に構えたと同時に爆風が吹き荒れた。

 士郎と凛が必死に階段に踏みとどまる。

 立ちこめる煙の中から、声のしたほうにアーチャーが矢を放つ。同じく爆風が巻き起こったが、あまり手応えはない。

 やがて煙が晴れると、アーチャーの凝視していた闇から、低い男の声が漏れてきた。

「ほう、テメェ弓使いか」

「そういう君は...わからないな。何者だ?」

「そいつはテメェで確かめな、弓使い」

 闇と会話をするアーチャーを傍らに、凛が士郎とセイバーに話しかける。

「さっきの一撃、魔力を感じなかったわ」

「どういうことだ?遠坂」

「つまり、奴は魔術師じゃないってことか」

「そうよ、セイバー。確定した訳じゃないけど、まぁまずキャスターじゃないと思うわ」

「新手の敵ってことか」

「そういうことね、恐らくアサシン。キャスターと手を組んだってところかしら」

 今だ姿の見えない敵に士郎が目を向ける。暗闇に紛れるその者はやはりアサシンなのだろうか。

「仕方ない、ここは私達が受け持つわ。衛宮くんたちはこのまま柳洞寺に入ってキャスターを倒してくれるかしら」

「わかった」

「そうと決まったら...」

 3人が立ち上がりアーチャーの脇に立った。

「四人か...さすがに分が悪いか?」

「安心しなさいアサシン。あなたの相手をするのは...」

 そう言って凛が投擲の態勢をとる。

「私とアーチャーよ!!」

 凛の手から放たれた無数の宝石は的確にアサシンの頭上まで飛んでいった。

「くらえぇ!!」

 ピカッと光ったと思えば、それは甲高い音を放ちつつ爆発した。あたりには砂煙がたちこみ、強烈な音が鳴り響く。つまり視覚と聴覚を潰す目眩ましのようなものだ。

音速の剣(シルファリオン)!」

 風のようにセイバーと士郎が駆け抜けた。

 二人は山門を抜け、キャスターのいる場所をめざす。

「山門を守るのが俺の仕事だったんだけどな」

「君は今二人を見逃したのか?」

「どうだかな」

 アサシンがクククッと笑う。

 素人が見れば二人の間に流れる空気に気づかないだろう。しかし凛は感じ取っていた。今にも獲って喰わんとするその静かな殺気を全身をもって感じていた。

 まさに瞬きの瞬間、凛のすぐ目の前までアサシンが迫っていた。

 アサシンが持つのは一振の柄の白い刀。それを左腰の鞘から引き抜き、アーチャーに斬りかかる。

 しかしいつの間に顕現させたのか、アーチャーも両手の短剣でそれに応じる。

 一瞬の間もなく響く鉄の音、数秒の間で数十にも及ぶ剣撃を前に、凛は策を練っていた。




こんな具合です。日曜には12話も投稿します。


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10話 決戦

遅れました。

デスノートがっかりしましたけど、割と面白いですね笑


 山門をくぐり、セイバーは十戒(テン・コマンドメンツ)を構えた。

封印の剣(ルーンセイブ)

 第四の剣『封印の剣(ルーンセイブ)』魔術や心など形のないものを一時的に封印する。

「セイバー、キャスターの気配は?」

「ああ、キャスターなら...」

「ここさ!!」

 突如空の闇から現れ、士郎に長いものを振り下ろす。

「士郎!!」

 咄嗟にセイバーが剣でそれをふせぐ。

「なんだそら」

 しかしそれはあえなく弾かれ。

「アタシのことなめてんのか?」

 士郎は右肩から斜めに斬られた。

「ぐぁぁああああッ!!!」

 そしてその剣に圧され、士郎は後方に倒れこんだ。

「そんな剣でアタシに勝てると思ってんの?」

 封印の剣(ルーンセイブ)はあくまで実態のないものに対する剣。物理戦闘に関しては銅の剣にすら劣るのだ。

「なんで...」

 

 そしてセイバーには思い違いをしていることが二つあった。

 一つは彼女の攻撃が魔術ではなく物理によるものであったこと。

「そんな甘くないっての。なんたってアタシは...」

 

 

 まるで嵐のような剣撃。両者とも目にもとまらぬ早さで己が刃を振るっている。弓を得意とするアーチャーと暗殺を得意とするアサシン、そのようなセオリーは無視している。しいて言うならアサシンの格好がそれらしいということぐらいであろうか。白と黒の上下に黒い手拭いを巻いたその姿はたしかに暗闇であれば闇討ちもできよう。

 アーチャーが26本目の短剣を破壊されたとき、両者は後方に飛び退き、距離をとった。

「君は本当にアサシンか?ここまで剣術の達者なハサンがいたとはな」

「テメェもな、アーチャー。弓を使わずにひたすら剣を使う弓兵なんて聞いたことがねえ。」

 闘いが愉しいのだろうか、クックッと笑いつつアーチャーを睨み付ける。

「それと俺はハサンじゃねえ」

「なんですって!?」

 驚きの声をあげたのは凛だ。さっきまではサーヴァント同士の戦闘を前に観戦者に身を置いていたが、聞き流せないその発言についに口を挟んだ。

「アサシンはハサン・サッバーハが呼ばれるはず、それがちがう英霊が呼ばれるなんて...」

「事実だ。まぁ俺のマスターがイレギュラーだったせいだとは思うけどな」

「イレギュラー?」

「ああ、俺のマスターはサーヴァント。この柳洞寺の主だ」

「なに?」

「なんですって!?」

 さすがにこれにはアーチャーですら驚きが隠せないようだ。サーヴァントによるサーヴァントの召喚など聞いたことがない。

「でも...キャスターなら出来るのかしら、一応魔術師ではあるわけだし」

「?ああ?なにいってやがる俺のマスターは...」

 

 

「三騎士が一人、ランサーなんだからさ」

 

 

「キャスターじゃなくてランサーだぜ」

 

 

 二つ目は、柳洞寺で待ち構えていたのはキャスターではなくランサーであったことだ。

 

 

「魔術師でもないランサーがサーヴァントを呼び出すだと?ふん、ありえんな」

 アーチャーが苦笑する。

「さあな、俺にも詳しいことわからねえ。けど俺のマスターであることは間違いねえ」

「なら簡単だ。ランサーに直接聞けばいいはなしだ」

「そうだな、けど」

 そう言ってアサシンが抜刀の態勢をとる。辺りがシンと静まりかえり、アサシンがまるで闇に溶けていくかのように思えてくる。

「不可能だ。俺がテメェを斬るからな...」

「ッ!!」

 襲いくる殺気にアーチャーは額に汗が伝うのを感じる。回避?間に合わない。攻撃による防御だ。短剣を両手に携え、アーチャーはアサシンに駆け出した。

「一刀流...居合...」

 アサシンからすれば、アーチャーがなにをしようとも同じことだったのだろう。

獅子...歌歌(ししそんそん)

 ヒュッと音がしたかと思うと、すでに勝敗は決していた。向かい合う形で立っていたはずの両者は、今背を向けあっている。中心で刃を交え駆け抜けたのだ。

 夜の空が赤く彩られる。吹き出した鮮血の雨が降る。そしてアーチャーはその場に倒れ込んだ。

 

 

 ランサーとセイバーは技術においてほぼ拮抗していた。しかし、セイバーのもつ10の剣の能力によって少し勝っているように見える。瞬間瞬間で剣を換え戦うセイバーの剣戟はやはり対処しづらいだろう。三節棍のような得物を必死に振るうランサーであったが、その顔に余裕は見られない。

爆発の剣(エクスプロージョン)!!」

 爆発とともにランサーが吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。

「く...そっ」

 第2の剣『爆発の剣(エクスプロージョン)』切るというより打撃でダメージを与える剣、その名の通り爆発を起こすことができ、高い攻撃力をもつ。しかしその分使用者の負担も大きくなる。

「強い...」

 万全の体制で戦闘に挑むセイバーはこれほどまでに強いのか、士郎はただ驚くのみであった。

「街の人達に手を出したお前を許すわけにはいかない。ランサー、覚悟しろ」

「ハッやってみろよ、レイヴマスター!!」

 ランサーの体から強い魔力が放たれる。

「ロッソ・ファンタズマ!!!」

 辺りに立ち込める霧、そのなかから一人、また一人と姿を現す。総勢30人。そのすべてがランサーであり、オリジナルと同じ戦闘力をもった複製であった。

「アタシも、負けられねえんだ」

 一斉に駆け出し、セイバーに迫る。

「これは、まずいな」

「セイバーの武器でなんとかならないのか?」

「俺の宝具は『対人宝具』、この人数相手にはあまり意味がないんだ」

 セイバーの顔に焦りが見える。

「まぁ、やるしかねーけど」

 剣を構えて迫り来る30本の刃を見据える。刃の海のようだ。前方を埋め尽くす槍兵の軍に士郎はそんなことを思った。

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』七枚の花弁状の障壁を展開する。一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持つ。伝承により7枚目は他の花弁より強固になっている。

 ランサー達の攻撃を全て防いでいる。その盾を召喚したのはアーチャーだ。いつのまに現れたのか、血まみれになりながらアイアスを支えている。

「アーチャー!?」

「なんでここにいるんだ」

「説明してる暇はないわ!今すぐここを離脱するわよ!」

「遠坂!離脱ったってどうやって」

「令呪を使え、衛宮士郎」

「士郎を連れての離脱を命じなさい。そうすればこの場から逃げられるはずよ」

「遠坂たちはどうするんだ!?」

「私たちもあとから行くから、早くなさい!」

「凛、君はセイバーとともに行け、二人までならセイバーもつれていけるだろう」

 セイバーが無言で頷く。

「そんな、アンタはどーするのよ!」

「これ以上令呪を消費するわけにはいかないだろう、私のことは心配ない。フッ昔から悪運だけは強くてな、今回もぼろ切れのようになろうと生還できるだろうさ」

「アーチャー...」

「早くしろ、この盾もいつまでももたん」

「絶対帰ってきなさいよ!約束よ!戻ってこなかったらゆるさないから!!」

「ああ、約束しよう」

「士郎」

「令呪をもって命ずる。俺達を連れて安全な場所へ離脱しろ!」

 セイバーが二人を抱え、山門に駆け出す。それと同時にアイアスの最後の一枚がくだけ散った。

 

 

 山門にはアサシンが座っていたが、こちらを一瞥したのみで戦う気はないようだ。

 階段を下っていく。少しずつ、破壊の音が薄れていく。アーチャーが遠ざかっていく。

「あいつ...」

「やめて、衛宮くん。アーチャーは絶対に帰ってくるわ」

 気丈な言葉とは裏腹に顔は歪んでいるが、涙はその頬を伝わない。

「絶対に...!」

 

 

 屋敷についた。夜の静けさを感じる。耳に残る破壊の音もすでに薄れ、今日の戦いがなかったことのように感じる。しかし足りない一人がその事実を突きつけてくる。

「... 今回の作戦の失敗は...私のせいよ」

 うつむいたままの凛が声をこぼす。

「...共闘するサーヴァントがいないなんて決めつけた私のミス。敵がキャスターだと決めつけた私の...ミス」

「遠坂だけじゃない、そこに気づけなかった全員のミスだ」

「そうだな」

 なおもうつむいたままの凛は縁側に腰かけた。

「私はここでアーチャーを待つわ」

「遠坂...」

「わかった、凛、帰ってきたら言ってくれ。俺たちは部屋いるから」

「けど、セイバー」

「行くぞ」

 セイバーが士郎を連れて部屋に引き上げる。

「ありがとう...」

 

 

 時刻は午前3時。

 セイバーと士郎は部屋で眠りについた。

 凛も縁側で寝落ちしていた。

 まだしばらく夜は明けない。この日、アーチャーが帰ってくることはなかった。




次の投稿は報告にて


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11話 約束

7話 槍兵と槍兵 あたりからの回想ですので『覚えてないや』という人はチラチラっと読んでからのほうがいいと思います。
あと2話と番外編2話も軽く入ってきますが、ここはそんなに気にしないでも大丈夫です。


アーチャーさんは帰ってこれたのか!?というのはまた今度です。


 先の戦闘を思い返す。

(アタシのロッソ・ファンタズマに対抗できる宝具を持っていたなら、アタシにはもう打つ手がなかった)

 単純な打ち合いで負けていた。それがランサーには堪えた。

「マスター、敵は退けたんだ。もっと明るい顔してもいいんじゃねえか?」

 アサシンが山門の防衛を終え戻ってくる。最弱のサーヴァントでありながらアーチャーを討ち取った、生き残れたのも彼のお陰と言えるだろう。

「そう、だな」

 ランサーは俯き気味に応えた。

 生き残るためには前向きに、勝つことを考えなくてはならない。

(ぼうやとの約束のためにも...)

 明け方の空を見上げると、自然とライダーのことが思い出された。

 

 

 

 

 川に架かる大きな赤い橋。裂傷や焦げ跡はそこでただならぬことが起こったことを示していた。

 今はちょうど朝日が昇るころ。橋の上には二つの人影が見えた。彼らはランサーとライダー、両者ともサーヴァントである。二人の勝負は決し、横たわるライダーの首筋にランサーが槍を構えているところであった。

「今度こそとどめだ、ライダー」

 そう言ってランサーが槍を構えた。

「待って...姉ちゃん」

 息も絶え絶えに、ライダーはランサーに訴えかける。

「こういうときはさ、男らしく覚悟決めなよ」

「話を聞いてくれ」

「いい加減にしろって、恥さらすな...よ」

 ライダーはただ命乞いがしたいんじゃない。彼の目は縋っておらず、ただまっすぐランサーに向けられていた。

「...わかったよ、聞いてやるよ」

「ありがとう」

 ライダーは二回ほど深呼吸をし、空を見上げた。

(もう、この空気を吸うのも今日で最後か...)

 白み始めた空には二羽の鳥が飛んでいた。まるで空だけ切り離されたように、このような惨状がなかったように翼を広げている。

「姉ちゃんに、俺のマスターを、桜姉ちゃんを任せたいんだ」

「マスターを?」

 そうしてライダーは桜の現状を話し始めた。蟲に毒された体、極限まで捻じ曲げられた精神。衛宮士郎を除いて、彼女に生きる希望なんてない。蟲の海に沈められ、激痛にさいなまれながら毎日を消費していく。

「桜姉ちゃんは...幸せに...ならなくちゃいけない」

「それはアンタのマスターだから?」

「ちがう、不幸な人なんて...いちゃいけないんだ。だから、だから」

「そのために戦ってたのかよ、自分の願いもあったんだろ?」

「あったさ...けど、俺は...幸せだったんだ。家族がいて、友達もいて、化け物たちも、みんな仲良しだった。俺は...幸せだったんだ」

 生気の薄れていた眼に強く光が宿る。

「だから、俺は...桜姉ちゃんがにこっと笑えるようにするんだ!!!」

 ライダーに迷いはない。本気でそのために戦っていたのだ、その気迫にランサーは軽く気圧されてしまった。

「けど、俺じゃ...助けられない...だから、姉ちゃん、頼むよ」

「泥なんて何だい、か」

「?」

『泥なんてなんだい』蒼月(ツァンユエ)の小さい頃を描いた話に出てくるセリフ。幼馴染の少女の大切な帽子が泥沼に飛ばされたときに、大事な礼服が汚れてしまうのも気にせず取ってきて少女に言った。これは蒼月(ツァンユエ)に関する話の中でも有名で、彼の正義感や思いやりが如実に表れている、と言われている。

「いいよ、坊やのマスターのことはアタシに任せな」

「ありがとう...」

 二人の間に穏やかな空気が流れる。しかし蒼月(ツアンユェ)はまた真剣な表情になった。

「さっきから...ここに何か危険が...迫ってる」

「危険?」

 蒼月(ツアンユェ)が傍に転がる槍を一瞥する。それは激しく震えていた。

「俺の...獣の槍は敵意なんかに...反応するんだ」

 その震えは次第に大きくなっていっているように見える。

「こんな震えは...『白面の者』以来だ」

「アタシに逃げろっての?」

「うん、今の姉ちゃんじゃ勝てない。」

「いつもなら舐めんなって感じだけどさ、まぁ今回は従ってやるよ」

「本物の姉ちゃんは、どこかに隠れてるよな」

「!気づいてたのかよ」

『ロッソ・ファンタズマ』は30体の分身を創る魔術。ライダーが分身と戦っている間に本体は橋の下に隠れ、攻撃の機会を窺っていたのだ。

「わかったよ、アタシ達が死ぬのを見届けたらアタシは逃げる」

「桜姉ちゃんのこと...頼むよ、姉ちゃん」

「アンタ...」

 突然、全身に悪寒が走る。ランサーとライダーは一瞬にして理解した。やはりこの者には勝てない。徐々に迫るその存在にランサーは冷や汗が流れる。

「つまらん茶番はよせ」

 そしてその者は現れた。ランサーが危険と言っていた者。声のほうに振り向くと、そこには金髪の男が立っていた。

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 無数の剣、槍、斧が宙に浮いている。そのすべてが宝具であった。

「な...」

「疾く失せよ」

 それらが風を切ってせまり、ランサーはとっさに回避した。

 辺りに飛び散る赤い液体。それはライダーのものであった。

「テメェ...」

「ふん、たまには女遊びに興じるのも良いか」

 宙に先程の倍以上の武具が出現する。

「我を楽しませろ、女」

 途端、ランサーの全身から力が抜ける。それは魔力供給が断たれたことを意味していた。

「己がマスターに見捨てられたか、女。せめてもの慈悲だ。痛みを感じるまもなく死なせてやろう」

「ッッッ綺礼ぇぇ!!!」

 体を貫く剣。刺さったと同時にランサーの全身を焼き、消し炭にしてしまった。

 飽きたのだろうか。金髪の男はなんの言葉もなくその場をあとにした。

 

 

 橋の下、ランサーは気づかれなかったことに安堵したと同時に、契約が切られたことにより早急に新しいマスターを探さなければならなくなったことに焦りを感じた。

(綺礼の野郎ッ)

 悪態をついたところで意味はない、時間がムダになるだけだ。ランサーは駆け出した。

 ひとまず敵に見つかりづらいところへ行かなければ。この街で魔術師やサーヴァントの手がのびていない場所には心当たりがある。ランサーは柳洞寺を目指した。

 

 

 柳洞寺の山門へ続く階段は想像以上に堪えた。それほどまでに衰弱しているということだろう。

(くそ、これじゃもう...)

 一日ぐらいは走りとおせるぐらいの魔力はあると思っていたが、ライダーとの一戦で予想以上に消耗していたらしい。

 階段の途中で足が縺れ倒れこむ。立ち上がるのにも一苦労だ。このままでは山門に着く前に消えてしまうのではないか。

(約束、守れないよ)

 ランサーはそのまま階段に身を預けた。

 

 

 どれくらい経っただろうか、まだ自分は消えていないようだ。

 ランサーが目を開けると、そこは布団の上であった。

(!?)

 あわてて周囲を見渡すと、すぐ傍に男が正座していた。

「目が覚めたか」

 空虚な目をした男だ。生前、もっと世界が殺伐としていた時代、魔術師と争っていたときはたまにこのような顔をした者に会ったものだが、この時代で会おうとは思わなかった。

(聖杯の知識だと日本という国は平和だってなってるんだけどな)

 なにはともあれこのような男は信用しがたい。

「テメェ...何者だ?アタシに何した?」

「私は葛木宗一郎。山門前で倒れていたお前を、屋敷に運んで手当てをしただけだ」

「...」

 それよりもなぜ自分がまだ現界出来ているのか、ということだ。

 不思議に思い、回りに目を向けると布団の横に畳まれた戦闘の装束の上になにやら魔力の痕跡を感じた。それは赤い布から発せられているもので、この布はライダーの槍についていたものだ。現存する遺物ゆえにライダーの消滅とは関係なく残っている。おそらく死ぬ前に投げ寄越したのだろう。獣の槍は索敵能力を持つらしいから本体の居場所もわかっていたというわけだ。

 どうやら魔力が込められていたようだ。男に運ばれているときに無意識に取り込んだにちがいない。

(助けられちまったな...)

 ライダーの顔を思いだし、少し感傷的になった。

「その赤い布がどうかしたのか」

 ランサーは得たいの知れない男にまた注意を戻す。

 なおも警戒を解かない様子の彼女に葛木は言葉を続けた。

「調子が戻ったら出ていくといい、恩を売ろうなどというつもりはない」

 そう言って葛木は立ち上がり部屋から出ていこうとした。

「...ッ!?」

 突如ランサーの体に異変が起こる。やはり聖骸布にある魔力などたかが知れていたようだ。今の時間はわからないが数時間分の魔力しか補給できなかったのだろう。

(クソッ)

  自分の足の感覚が無くなっていくのを感じる。もうあと少しで自分の体が消えてしまう。

「どうした」

 布団から這い出て葛木に近寄る。

(足が消えている...)

 たしかに運んだときは五体満足だったはずだ、と首をかしげる葛木の足元にランサーがたどり着いた。

「おっさん!手を出せ!!」

(クソッ間に合え)

 訳もわからぬまま差し出された手をランサーが掴みとる。

(イメージしろ、力のイメージ。アタシならできる。アタシなら...)

「...」

 聖骸布から残りの魔力をすべて引き出す。巻き起こる魔力の渦。そしてそれは葛木の右手の甲に収束し、赤い痣のようなものをつくりあげた。

「なんだこれは」

「ははッ成功」

 その痣は『令呪』。ランサーは葛木の手に令呪を宿したのだ。

 想像と現実の境界を曖昧にする彼女の魔術。彼女は令呪を想像し現実に創造したのだ。しかしもちろん本物とは比べ物にならないほどお粗末なもの。一画の魔力はそよ風すら吹かせない。これでできるのはマスターとサーヴァントの契約のみであった。

 魔力供給を感じる。()()()()()()()は微々たるもので、とても満足に戦えるとは思えなかったが、それでもランサーには十分であった。現界さえできるのならこの後やりようはいくらでもある。

 ランサーは畳にへたりこんだ。

 

 

「...というわけさ、わかってくれたかい?おっさん」

 他にどうしようもなかったとはいえ、葛木は自分のマスターである。一時間ほどかけてランサーは聖杯戦争についておおまかな説明をした。

「ああ、つまり私にお前のマスターとして共に戦えと、そういうことか」

「ああー、まあそこはアタシ一人でもいいんだけどさ」

「理解はした」

「そりゃよかった...」

「どうかしたか」

 ランサーが不思議そうな顔をして葛木を見ていた。

「いや、やけに簡単に信じるなぁ、て思ってさ」

「全て事実なのだろう」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 納得のいかなそうな顔をしていたがランサーであったが、まぁいっか、と呟いた。そして立ち上がり葛木に手を差し出した。

「よろしくな、マスター」

「ああ」

 二人は握手をした。おたがいまだ知らないことだらけではあるが、不思議と警戒心はない。

 改めてここにランサー陣営が組まれたのだ。

「さて、と。なぁマスター」

「なんだ」

「アタシの服、赤い衣装だったはずなんだけどさ。これはどう見ても違うよな?」

「ああ、浴衣だ。私が着替えさせた」

「へぇ...アンタが...」

「ああするより他なかった、許せないというなら訴えるでもしてかまわん」

 その反応はどうなんだ、とランサーは苛立つ。

(少しくらい照れたって...)

「別にぃ、介抱してくれてありがとな、おっさん」

「もう少し休むといい」

 そう言って葛木はまた障子を開いた。しかし何かを思い出したようにランサーに振り向く。

「一つ言い忘れていたのだが」

「なんだよ」

「女性ものの下着がここにはなかったため用意できなかった」

「...ああ、わかった」

「あまり必要も無さそうではあったが、困るというなら... 」

「ふざけんな!」

 必要無いとは何事か。

 ランサーは槍を顕現させ葛木の顎を殴りあげた。宙を舞う葛木。その一撃は脳を揺らし、まるで宇宙にでも漂っているかのような感覚を与えた。五秒間の無重力体験、目の前にチカチカと光る星に葛木が手を伸ばしかける。しかしそれを掴むことなく、ドサッという音ともに葛木は畳に倒れた。

「...」

 もちろん葛木に悪気はない。そんなことはランサーにもわかってはいたが、つい手が出てしまった。

「わ、悪い」

 転がる葛木に申し訳なさを感じつつ、いたたまれなくなり出ていこうとする。しかしふいに立ち止まりライダーから渡された聖骸布に振り返った。

(ありがとな)

 障子をそっと閉めてランサーは出ていった。

 

 

 

 

 

 

「...なぜだ」

 和の香りがほのかに触れてくる畳、葛木はいまだ冴えない頭をそこに預けつつぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 




『おいお前、令呪の下り』と怒られたらどうしようとか思いながら書いてました。魔力供給を確保したり、キャスターじゃないのにアサシンのマスターになる都合を考えた結果です。

『魔力さえあれば令呪いくらでもつくれるじゃん』となりそうですがそうです。いくらでもつくれます。ただ形だけの模造品、まさに張りぼての竜です。

もしかしたら今日もう一話投稿します。
それと来週の投稿はありません。再来週もあるかわかりません。定期テストが来週からスタートしてしまうので、、、(;>_<;)


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12話 アインツベルン城へ

久々の更新です。ロリ姉の登場も久々です。
プリヤも始まって、書きたくて仕方なかったので出しました。
急いで書いたせいで変なところがあるかもしれません(オイ。



 昼下がりの、陽も落ちようとしていたころ、士郎が傍らに立っていた。

「そろそろ寒くなってくるぞ。部屋に上がったほうがいいんじゃないか?」

「わかってるわ」

 まだはっきりしない意識のまま返事をし、眼をこすりつつ体を起こす。もう半分しか見えていない太陽は、凛と士郎の座る縁側を赤く染めていた。

「隣、座ってもいいか?」

「...どうぞ」

 お言葉に甘えて、と言って士郎が横に腰を下ろす。

「夕日がきれいだな」

「そうね」

 まだ疲れがたまっているからか、それとも気持ちの問題か、凛は士郎に適当な相槌を返した。

 柳桐寺での戦闘から帰ってのち、こらえきれずに寝てしまいはしたが、凛は縁側でアーチャーを待ち続けていた。そういえば彼も赤い装束を着ていた。陽に赤く染め上げられた世界のなかにアーチャーを探す。もしかしたら見落としているのかもしれない。

「まったく、いくら君が普通より頑丈だからといっても、いつまでもそんなところで寝ていては風邪をひくぞ、凛」

(みたいなこと言ってくるかしら、アイツ)

 もちろんそこにアーチャーはいない。ただ静かに風がそよいでいるのみだ。

「あ、あのさ遠さ...」

「こんなことしてても仕方ないわよね」

 そう言って凛が立ち上がる。

「遠坂?」

「出かけましょ、衛宮くん。アイツなら待ってなくたって『やれやれ』なんて言いながら肩をすくめて見せるくらいよ」

 急に元気になった凛を目を丸くして見上げる士郎。いや、気丈にふるまっているだけか、もしくは割り切ったのだろうか。

「出かけるってどこにさ?」

 士郎が尋ねると凛はニッと笑った。

「アインツベルン城」

「...え?」

 

 

 時刻は11時を過ぎようとしている頃だ。黒く深い森、まだ冬というわけでもないのに冷気が立ち込めている。辺りは霧で覆われており、少し先も見えない。そのなかを士郎、凛、セイバーの三人は枝をかき分け城に向かって歩みを進めていく。

「突然どうしたんだよ、遠坂」

 足元に注意しながら進んでいく。

「...アーチャーとアサシンが戦ったとき、単純な戦闘力ならアサシンのほうが強かった。そのせいでアーチャーは負けたわ。だから私は令呪を使って二人のところに向かったの」

 凛の手の甲の令呪はすでに二画が消え、残りは一画になっていた。

「そしたら衛宮くん達も追いつめられていた」

 霧で凛の顔は見えない。

「ううん違うの、衛宮くん達やアーチャーが悪いって言ってるんじゃない。敵の戦力の把握が足りなかったのが問題だった」

「遠坂...」

 まだ遠いのだろうか。代わり映えのしない森の中を、霧を分けて進んでいく。

「でも、だからってあの子に戦いを挑むなんて無理じゃないか?アーチャーも今いないのに」

「あたりまえじゃない、今の私たちじゃ勝てないわ。もちろんアーチャーがいたとしてもかなり難しいと思うけどね」

「じゃあなんで...」

「同盟を組みに行くわ」

「!!」

「あのアインツベルンは生意気だけど、話すくらいならできそうだったからね」

 驚いた拍子に足を踏み外し、士郎がこけかける。

「は、話すくらいならって...会った瞬間俺たちのこと殺そうとしてこなかったか?」

「大丈夫よ、正面から会いに来た相手を無下に扱うようなことはしないわ。アインツベルンのプライドがそんなこと許さない」

「まぁ、遠坂がそういうなら」

 

 

「ふぅーん、言ってくれるわねぇ、凛も」

 アインツベルン城の一室、凛たちの様子が映し出された水晶を見ながら少女が呟く。

「どう、する?」

「即刻排除いたしましょう、お嬢様」

 少女の背後には二人、女性が立っている。彼女らはリズとセラ、少女専属のメイドである。

「待ちなさい、セラ。凛の言ったこと聞いたでしょう?私たちが見てることに気付いてるうえで言ってるのよ。ここで手を出そうものならアインツベルンの名折れだわ」

「...わかりました」

 はぁ、とため息吐きつつセラが承諾する。

「イリヤお嬢様」

 

 

「キャア!!」

 バチッという音とともに凛が弾き飛ばされ木に激突する。

「ッいったあ...うぅ」

 かすかに焦げたような臭いにおいがする。

「大丈夫か!?遠坂」

 突然だった。先導して歩いていた凛が、何もない壁ぶつかったように跳ね飛ばされたのだ。

「くぅ、アインツベルンのトラップね。まったく、あるならあるって言いなさいよもう!」

「...それは無茶だと思うぞ、遠坂」

 この様子なら大丈夫だろう、苦笑いをしながら士郎が凛を見下ろす。

『クスクスクス、凛ったら無様ね。少しは淑女らしくできないの?』

 どこからともなく声が響く。霧で辺りは見えないがその中に隠れているというわけでもあるまい。おそらくどこかから魔術で音声を転送しているのだろう。

「ふん、こそこそ隠れてトラップでお出迎え?それがアインツベルン流の挨拶なのかしら?」

『勝手に庭に入り込んでくる人を客とは言わないと思うけど?』

「庭も何も入り口がないじゃない!」

『いいわ、屋敷に迎えてあげる』

「!」

 願ってもない。凛はムスッとしているが、士郎とセイバーは少し安堵した。

『ただしお兄ちゃんだけ』

 一瞬空気が張り詰める。身にまとわりつく冷気のせいか、いや、それ以上に、心臓がつかまれたかのような感覚。後ろから背中を貫かれたような感覚。

 ハッとして三人が後ろを振り向くと、そこには全身から黒いオーラを放つ鎧騎士が立っていた。

『つれてきて、バーサーカー』

 バーサーカーが剣を振り上げセイバーに迫る。そう見えたのは一瞬で、凛と士郎が振り向いたときには、振り下ろされた剣によってセイバーははるか霧の奥まで弾き飛ばされていた。

「なっ!?」

「グオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

「逃げて!衛宮くん!!」

 無数のルビーが空に舞い、バーサーカーの頭上を覆う。

「くらぇえ!!」

 それぞれが強い光を放ち割れるような音ともにバーサーカーにまとわりつき、地面に押さえつけた。

「!?ッグゥゥゥウウウウ」

「遠坂!?」

「早くしなさい!狙いはアナタなのよ!!」

「グゥ...ォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 5秒と持たなかった。バーサーカーにはこの程度足止めにもならないのだ。

「え...」

「衛宮くん!!」

 凛が手を伸ばす。しかしそれは空を切り、目を閉じまた目を開くころには見えなくなっていた。

「こんっのぉ...」

(無力だ、アーチャーがいない私は)

 地面にへたり込み、土を握り締める。

「大丈夫か?凛」

 セイバーが凛の肩に手を置く。

「セイバーこそ、大丈夫なの?」

 吹き飛ばされたセイバーが戻ってきた。伝承の力により無傷だ。

「ああ、でも悪い。俺が油断してたから」

「ううん、どちらにしてもセイバー一人じゃバーサーカーは抑えられなかった」

「悔しいけどそうだろうな」

 二人とも黙り込む。しかし考える余地もない。やるべきことは一つだ。

「俺は士郎のサーヴァントだ。助けに行くよ」

「アインツベルンに同盟を申込みに行くのは絶望的だけど、行くしかないわよね。これは私のせいだし」

 バーサーカーの駆け抜けた跡が残る、なぎ倒された木々を抜けて城に歩き出した。

 

 

(ここは...?)

 洋室だろうか、石造りの部屋に絨毯が敷かれている。ほかにはベッドだろうか、カーテンが付いている。そのほかにも姿鏡、シャンデリア、クローゼット等ここに住む者が上流階級であることを示していた。

(あれは...くま?)

 椅子に腰かけている大きなぬいぐるみを見ていると、視界に少女が映り込んできた。

「お兄ちゃん起きた?」

(誰だ...?)

 雪のように白い髪を揺らし、微笑んでいる。

「うーん、まだ意識がはっきりしてないみたいだね。ちょっと強くかけすぎたかしら」

 そう言うと少女は視界から消え、部屋から出ていった。

(頭が...痛い)

 

 

階段を降りつつイリヤがセラとリズに訊ねる。

「セラ、あの二人はどう?」

「あの少年をお迎えしてから六時間ほど、いまだ森の中ですが、着実にこちらに向かっています」

「黒髪、意外と強い、迷いが、ない」

「随分時間がかかってはいるけど、あの森の結界を抜けられるくらいの力はあったのね、ちょっと過小評価してたみたい」

 楽しそうにイリヤが笑う。

「いいわ、凛も客人として迎えてあげる。正面から会いに来た以上、最低限の礼儀として手を出さずに返すつもりだったけどね、これはこれで面白そうだもの」

城の正面の扉に立った。

「危険です!あの魔術師はともかく、最優のサーヴァントであるセイバーもいるのですよ?」

「大丈夫よ、あの程度のサーヴァント、バーサーカーの敵じゃないわ。アーサー王とかみたいな有名な英雄ならともかく、あの程度のマイナーなサーヴァントは障害にならないわ」

 重々しい音とともに扉が開き、森に道が開かれる。そしてそれとともに朝日が入り込んできた。

「まったくお嬢様は...」

 

 

「ん?」

「道が、開いたな」

 霧が晴れ、木々の間に道が見える。凛は少し仮眠をとっていたが、霧が晴れたことより射してきた陽の光に目を覚ました。

「来いってことか?」

「だったら襲ったりしないで最初から案内しなさいよ」

 悪態をつきつつ、その道を進みだした。

 




はい、ありがとうございます。

次話はまたすぐに投稿します。物語も動き始めてくるので、クライマックスではないですが、そろそろいろんな伏線ばらまいたり回収したりしてきます、たぶん笑

お楽しみください~


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13話 交渉

うーん、話の部分が多くて退屈かも...?
それとちょっと無理した部分があったかも(ーー;)
これも私の実力といえばそうなんですがね。


 開け放たれた扉。それをくぐって二、三歩くらいだろうか。凛とセイバーが立っており、扉から正面の階段に向かって伸びるレッドカーペット上で、イリヤ達と向き合っていた。

「ようこそ凛、それとセイバー」

 スカートの裾をつまむようにして軽くあげ、会釈とともに腰を下げるその姿勢は淑女そのものであった。

「それとも『レイヴマスター』って呼んだほうがいいかしら?」

 上目遣いでセイバーに微笑みかける。小学生くらいの少女のその様子は、普通に見れば可愛らしく写るであろう。しかし、イリヤがセイバーに向ける視線は、絵にかいたような笑顔を装っているものの、そこに暖かさはなかった。

 イリヤの背後にはメイドが二人立っており、イリヤと同じく白い肌や髪そして紅い瞳をもっていた。そしてイリヤのすぐ真横、凛達から見て右側には、黒いオーラを纏った騎士、バーサーカーが立っており、兜に隠れてその顔は見えないが、その暗闇の中から二つ、赤黒い眼光を放っている。しかし、ただ立っているのみで危害を加えようという気はないようだ(セイバーには森の中で斬撃を浴びせたが)。こうしてしっかりと見てみると、どうやらセイバーと同じか少し小さいくらいの身長らしい。前回の戦いではずっと大柄に見えたものだったが、それも大英雄の覇気に気圧されたせいであろうか。

「セイバーの真名もお見通しってわけ。まぁ十戒(テン・コマンドメンツ)なんて見たら大体すぐわかるわよね」

 凛が『予想通り』といった顔をしてセイバーのほうをチラリと見る。セイバーは、なにか自分が責められてるような気がして顔を逸らした。

「でも日本じゃまるで有名じゃないわね。こんな弱っちいサーヴァントを使わされるなんて、お兄ちゃんが可哀想だわ」

 やれやれ、と大袈裟にため息をつく。

「...私だったらお兄ちゃんを守ってあげられるわ」

 イリヤの声のトーンが少し下がる。それにあわせ、バーサーカーも一歩前に出る。金属の鎧が、下ろされた足と同時に、まるで威嚇するかのようにその身を奮わせ音を鳴らす。やはりセイバー一人では対処しきれない。凛は、その気迫を浴びて、そのことを再認識させられた。今ここで襲われれば恐らく生き延びる術はない。凛とセイバーの額に一筋の冷や汗が流れる。

「ふふ...そんなに怯えなくてもいいわ。別に今すぐアナタ達をどうにかしようっていうわけじゃないもの」

 ついてきて、と言うとイリヤは凛達に背を向けて歩き始めた。バーサーカーがいるとはいえ完全に無防備だ。

「手は出しちゃダメよ」

「ああ、わかってる」

 士郎が解放されないうちは、と心のなかで付け加えて凛の言葉に応じる。

 

 

 さすがに大豪邸(城という表現が正しいかもしれない)なだけあって、目的の部屋に行くにも時間がかかった。さらに、その、案内された部屋も大広間というに相応しいもので、結婚披露宴でも出来そうなほどの広さがあった。もっともこの状況を考えれば、そんな感想は皮肉以外の何者でもない。

 部屋を分断するように縦長のテーブルがおかれており、その上には白いクロスがかけられている。そして等間隔にイスが数脚備えられていた。部屋の端のほうに円形のテーブルがいくつも積まれているようすを見るに、どうやら立食パーティーでも行われるための部屋であったようだ。しかし魔術師がそんなことをするとは思えない。その証拠に、「もしかしたら使うかも」といった程度で用意された部屋なのだろう、テーブルはすべて埃かぶっていて、永いこと使われていないことを示していた。

「適当に座って」

 イリヤに促されるまま、凛と士郎が長テーブルの真ん中辺りに隣同士で座ろうと椅子の前に立つと、イリヤについていた二人のメイドが椅子を引いてくれた。二人とも笑顔はないが、さっきから無表情だ。その様子を見るに、おそらく彼女らがアインツベルンのホムンクルスなのだろう。

「ありがとな」

「礼などいりません。アナタ達はお嬢様の敵ですから」

「...」

「しかしお嬢様が客人として招いた以上、メイドとしてやるべきことはするつもりです。何か用があるときは遠慮なく申し付けてください」

 再びイリヤのもとへ帰る彼女の言葉に、セイバーは今自分達が敵陣のまっただ中にいることを思い知らされた。もちろん忘れていたわけではないが、少し気が緩んでいたのはたしかだ。

(士郎を助けなきゃ行けないのに...気い抜きすぎだ)

 心のなかで自分を叱咤する。

「さてと、凛。まずはアナタ達の話からきこうかしら?」

「その前に、なんでアンタが士郎に執着するのか教えてもらえるかしら?この前は殺そうとしたり、今度は守るなんて言い出して、いったいなんのつもり?」

 さすが、というべきか。サーヴァントであるセイバーですら気持ち的に一歩引いた状態で相対しているというのに、凛はイリヤの横に立つバーサーカーに臆した様子もなく啖呵を切ってみせた。テーブルの上で右の拳を握りしめ、体をのりだし食って掛かっている。

「うーん、別に話してもいいんだけど」

 と言って、頬に人差し指をあて目を上に流す。ところどころに現れる子供のような仕種は素なのか、それとも凛達を苛立たせるためにあえて(・ ・ ・)行っているのか。後者なら効果覿面だ。この瞬間にも凛のフラストレーションはたまりつつある。

 人差し指を頬にあてたポーズのまま、今度は凛のほうに視線を流し、クスッと笑った。

「いいわ、話してあげる。セラ達以外と話すのも久しぶりだもんね」

 そうしてイリヤは身の上を語り始めた。切嗣という父親に裏切られたこと、文字どおり血ぬれた手術や鍛練のこと、メイド達のこと、唯一の肉親が士郎であること。

「会ったときは殺しちゃおうかと思ったんだけどね、気が変わったわ。私の最期まで一緒に遊んでもらおうと思ったの。ただ、それだけよ」

 本人も気づいていないだろう、話しはじめと比べて随分と殺気がなくなり表情に陰りが見えていた。それだけ切嗣がいなくなってからの日々が彼女にとって辛いものであったのだろう。セイバーは言葉を失くしていた。凛もさすがに黙っていたようだが、俯いた状態でぽつり、ぽつり言葉をこぼしだした。

「...認めない。認めないわよそんなの...認めないわ!私達の同情あおろうっての!?そんな手には乗らないわよ!」

 ていうかあんた何歳よ!?といって食って掛かる。凛は正義感が強い少女だ。それゆえにこの事実を認めたくないのだろう。認めてしまったら、同情してしまったら戦いづらくなる。自分がいずれ殺さなければならないかもしれない相手に同情なんてするわけにいかないのだ。

「何を認めないっていうの?私の言ったことが信じられない?それならそれで構わないわ。別に同情してほしいからいったわけでもないし」

 とはいっても、と言って今度はセイバーに目を向ける。

「アナタは全部わかってるわよね、セイバー」

 その通りだ。セイバーは前聖杯戦争において切嗣のサーヴァントだった。ゆえにイリヤや切嗣、さらにはその結末等、消えた後のことは知らないまでも、大体の事情はわかったし理解できた。もっとも、あんなに娘思いだった切嗣がイリヤを見捨てるとは考えづらかったが。

「そういえばセイバー、前聖杯戦争のとき、切嗣は何か言ってなかった?たしか聖杯戦争を勝ち抜いたはずでしょ?」

「俺は...切嗣の令呪でその前に自害してるからわからない。たしかに切嗣は最期まで生き抜いたけどな」

「...ふーん」

 興味なさそうな顔をして相槌を返してくるが、先程までの話ぶりや、かつての切嗣と遊んでいたときの姿を考えると、やはり言い様のない寂しさを感じているに違いない。裏切ったと聞かされても、心のどこかでは自分を愛してくれた切嗣を忘れられないでいるはずだ。それに応えられないことが、セイバーはなんとも歯がゆかった。

「まぁ、いいわ。今度はアナタ達の番よ、凛。なんのために私のところまで来たのかしら?」

「私と衛宮くんの話、魔術で聞いてたでしょ?」

「もちろん聞いてたけど、そんなの断片的な情報でしかないわ。それになにか頼み事があるときは直接言うべきだと思うけど?」

「...はぁ、わかってるわよ」

 今回は凛が押されている。やはり、縁側で少し寝たとはいえ、一昨日からから半徹夜し、さらにまた半徹夜で夜の森を駆けずり回っていたのだから体力も精神も疲れているのだろう。

「私の用件は一つよ。私達と同盟を組んでランサー、そしてアサシンの討伐に協力してもらいたいの」

「それで?」

「もちろんタダで、とは言わないわ。こちらも報酬を用意する」

「報酬?」

 そう言って凛は小さな木箱と封筒を差し出した。

「これは何?」

 イリヤは一瞥したのみで、また凛に視線を戻し尋ねる。触れようとしないのは、やはりトラップを気にしているからだろう。

「少なくとも危険なものじゃないわ。あとで私達が帰ったあとにでも解析してみなさいな。中身はきっと気に入るはずよ」

「何か言わないつもり?それで私に交渉しようというのかしら?」

「いらないならいいのよ。けどそれから強い魔力を感じない?ただの子供のおもちゃじゃないっていうのはわかってくれたかしら?」

「そうね、凛の言う通り、これがただのおばさんの化粧品やなんかとは違う、かなりの高魔力をもった代物ってことはわかったわ」

 それに、と付け加える。

「バーサーカーにはトラップ系の魔術は一切効かないから、バーサーカーに確かめさせることもできるし。まぁいいわ、もらっといてあげる」

「じゃあ、俺たちと同盟を組んでくれるのか?」

「本当は凛に協力なんてしたくないけど、士郎も困ってるっていうならてを貸すわ」

「お、お嬢さま!」

「大丈夫よセラ、この前だって外で戦ったんだし、何も問題はないわ」

「私が心配なのは彼等と同盟を組むことです!最優のサーヴァント、セイバーに加え、三騎士の一人アーチャーまでいるんですよ?危険すぎます!」

 取り乱した様子でセラと呼ばれたメイドがイリヤに訴える。ああ感情があったのか、とセイバーは暢気なことを思った。

「だから大丈夫よ。セイバーはバーサーカーの相手にならないし、アーチャーはいないわ」

 セラの顔を困惑の色が浮かぶ。

「なんですって...?」

 チッと舌打ちをする凛。バーサーカーに襲撃されたときに助けに来なかった時点でバレるかもしれないとは思っていたが、今は偵察にいかせている等、ある程度の誤魔化しは効くと思っていた。これは大いに立場的に不利になる情報だ。これで、こちらが戦力的にはやや劣ってはいるが対等な状態で関係を保つ、ということが不可能になった。これまではイリヤにも同盟を無視して凛達を攻撃することのリスクがあったが、セイバー一人のこの状況ではリスクなんてない。最悪、イリヤに完全に主導権を握られてしまうことになりかねなかった。

(やっぱりここは食い下がるべきよね)

「たしかに、アーチャーは今いないわ。けど柳洞寺に偵察いかせているだけよ。交渉するのに戦力なんて必要ないでしょ?」

「やけに饒舌になるのね、凛。それにアナタの頭はそこまでお花畑なのかしら?いくら交渉とはいえ敵地、それも格上の相手に対してサーヴァントを連れてこないなんてありえない。それに武力を除いた、誠実な交渉だというならセイバーがいる時点でおかしいわ」

 無理だ。相手が確信を持ってしまった以上、どうあがいてもそれは揺るがない。冷や汗が伝う凛の顔をからかうような笑みで見つめるイリヤ。すでにこの交渉の勝敗は決していた。

「でも安心なさい。私は裏切る気はないわ。さっきも言ったでしょう?お兄ちゃんが困ってるから助けるの」

 彼女の言葉に嘘はなかった。そして家族だもの、と付け加える。

「でも、お兄ちゃんは解放しないわ」

 誤算だ。セイバーの一度は落ち着いた鼓動も、また早打ちを始めた。セイバー自身、自分に話術の才能がないことはわかっている。それゆえに凛に目を向け、助けを求めることしか出来なかった。しかし凛はそれほど驚いてはいないようだ。もちろん胸中穏やかではないのは確かだが、これもあり得た話だ。なぜなら、士郎を解放しようとしまいと、もっと言うなら士郎達の力を借りようが借りまいが、このバーサーカーであればランサー達を打倒するくらい可能だとイリヤが考えているに違いなかったからだ。

「でも敵は両者ともに私たちを圧倒していたわ。いくらバーサーカーが最強のサーヴァントだろうと、一人で戦うのは危険じゃない?」

「バーサーカーだけでも問題なけど...そうね、さっきセイバーのステータスを見たけど、一時的に柳洞寺に行って戦闘を行うぐらいはできるはず。これなら問題ないでしょ?凛」

 ぐうの音もでない。凛達にはもう反論など不可能であった。三人の間に沈黙が流れる。

 

 

「ふん、ここに来るのも何年ぶりであろうなぁ」

 

 

「!」

「!」

「どうしたの、セラ、リズ」

「侵入者」

「ふうん、仕方ないわね、バーサーカー」

 面倒だ、と言わんばかりの顔でバーサーカーを促す。声をかけられた彼は、赤黒い眼光をより強く光らせた。

「お待ちくださいお嬢様。今は大事な話の途中、私たちが相手をして参りますので、そのまま続けていてください」

「...大丈夫なの?」

「大丈夫、イリヤ、待ってて」

「...わかったわ」

 イリヤが応じたのを確認すると、メイド二人は部屋から出ていった。表面上はいつもの無表情であったが、どことなくこわばって見えた。

「大丈夫なのか?」

 黙りを決め込んでいたセイバーが口を開く。

「侵入者ってサーヴァントじゃないのか」

 その言葉にピクッと肩が跳ねる。

「アナタが気にすることじゃないわ、セイバー。それにあの二人だって自分の力に余るとわかったら私に報告に来るはずよ」

 口ではそう言っているがやはり心配なのではないか、セイバーにはそう感じられた。

「さあ、話を続けましょう。もっともさっきの時点でほとんど結末は見えていたけど」

 そう言って交渉は再開された。

 

 

「ほう、ホムンクルスか」

「貴方が侵入者ですね?全身から溢れるその気迫、さぞ高名な英雄だとお見受けしますが」

 中庭に三人、金一色の鎧を身に付けた金髪のサーヴァントと二人のメイドが相対していた。サーヴァントは中庭を囲うようにしてある三メートルほど壁の上に座し、不敵な笑みを浮かべて彼女らを見下ろしている。

「いかにも我はサーヴァントだ」

「しかし血生臭い。貴方のような戦闘狂をイリヤお嬢様に会わせるわけにはいきません」

「ならば、どうする?」

「今すぐ立ち去るというなら見逃しましょう。しかしそうでないなら容赦はしません」

 それを聞いて一瞬サーヴァントが固まる。そして突然風船が弾けるように笑いだし立ち上がった。

「貴様ら人形風情が、この英雄王に刃を向けるというのか?

 」

 高笑いをする金ぴかの男と無表情のメイド。端から見るとなんとも滑稽な絵面ではあったが、当の本人たち、とりわけセラには全く余裕がなかった。

(このサーヴァントは強すぎる。ここはお嬢様に報告をしなくては)

「リズ、ここは私に任せてお嬢様に報告に行きなさい」

「わかった」

 リズは頷くと部屋に戻ろうとした。しかし、英雄王の言葉が彼女を引き留めてしまった。

「なんだ?主を呼びにいくのか?ならば早くいくがよい、それまで待ってやる。貴様らにはなんの興味もわかぬ。我が求めるは聖杯の容れ物のみだ」

 ピタリとリズが立ち止まる。そしてハルバードを掲げ、英雄王に向き直った。

「おまえ」

「ほう、そのような目を向けるとは、我に挑むか?人形」

「おまえ」

「来い」

「おまえ、イリヤの敵だぁあ!!!」

「リズ!!」

 人間とは思えない速度で中庭を駆け抜け、英雄王のいる壁の上に飛び乗った。おそらくハルバードには相当な重量があるのだろう、着地と共に足場に亀裂が入る。

「勝てないとわかっていてなお、その武器を振るうか。見逃してやる、と言っているのだがな。見上げた忠義だ」

 ハルバードを大きく掲げたリズにはそんな言葉は聞こえていない。今やらなければならないのは、目の前の男を粉砕することのみだ。膝を曲げ、力を込めて弾丸のごとく英雄王に飛びかかる。そして全力をもってハルバードを振りおろした。

 

 

 空が見える。青く、ところどころを白い雲に彩られている。なにをしているのだろうか、なにをしなくてはいけないのだったか。とりあえずリズは起き上がろうと地面に手をついた。いや、ついたつもりだった。地面の感触はなく、さらに言うなれば手の感覚もない。ならば左手だ。今度は感覚があった。しかし動かない。それにこれはなんだろうか、水に触れているような感触。

「リズ!リズ!」

(セラの、声?)

 いつもの口調と違う、呼ぶ声でも叱りつける声でもない。

(どうしたの、セラ)

 体と同じ、その口は声を紡いでくれなかった。

 やがて声は止み、赤い液体がリズの目の前をほとばしった。そして宙を舞うセラの...。

(セラ...)

 全身に沸き上がる怒り。そうだ、思い出した。アイツは、あの男は私たちの敵だ。怒りのままに体を起こし、目の前に立っている男を睨み付ける。

「ん?貴様生きていたか」

 ハルバードは...ある。左手にしっかりと握られている。立ち上がって自分の体を見ると、どうやら右肩口から内蔵を半分抉るようにして破壊されているようだ。このままでは永くはもたないだろう。しかしそれでも構わない。イリヤのために、セラのために、アイツに渾身の一撃を浴びせるのだ。

「うああああああああ!!!!!」

 縺れかけながら駆け出し、英雄王に迫る。

 しかし英雄王は眉ひとつ動かさなかった。

「憐れな人形め」

 宙が波立つように揺らぎ、一振りの剣が現れる。

 そしてそれは空を切ってリズに迫り、頭部を穿ち破壊した。

 司令塔をなくした胴体は崩れ落ち、英雄王の足元に血だまりを作った。

「お前たちのように清い心をもった者には、この世界は合わん。安らかに逝くがよい」

 四季折々の花が咲く中庭。毎日セラが手入れをし、怠けつつもリズも世話をしていた。イリヤと3人で花を愛でたこともあっただろう。赤い血の海に沈む二人をよそに、花たちはそよそよと、青い空の下でなびいていた。




はい、どうだったでしょうか?今までで一番長かったかも。
どうしてもセラリズの退場までは書きたかったので(好きな人ごめんなさい)こんなことになりました。

報告にも書いた通り、これからはこんな感じで書いていくつもりです。

そういえば大広間とか勝手に作っちゃいました。


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14話 神々の戦争

最近気づいたんですけど、キャラに魅力がないですよね。なんか薄いっていうかなんていうか、こういうところが技術不足っていうんでしょうかね。精進していきたいです。


「ふーん、士郎って料理上手なんだ。わたしにも今度作ってほしいなぁ」

 頬杖をついてニコニコと笑うイリヤ。身長に合わない椅子に座っているせいで床より少し高い位置で放り出されている足を、テーブルのしたで駈け足するようにパタパタと動かす。つまり彼女はご機嫌なのだ。セラとリズが来客(・ ・)のお相手をしている間、イリヤはセイバーと凛に士郎のことばかり話していた。とはいっても、士郎のことなどまだよく知らないので、基本的に質問をし、その答えを二人からもらうのみだ。

「あいつは優しいからな、きっと頼めばいつでも作ってくれると思うぞ」

「本当!?やったーー!!」

 両手をあげて歓喜するその姿は見た目相応の少女のようで、ある夜の冷酷な殺戮者の顔や、先程までの狡猾な交渉人の顔など何かの間違いだったように思われた。

「そのときはおもいっきり上目遣いで、すり寄って言ってやりなさい。衛宮くんってうぶだからきっと面白い反応するわよ」

 こっちもさっきまでのフラストレーション溜まりまくりの仏頂面を脱ぎ捨てて、Sっ気たっぷりにニヤついている。

(全く、いやらしい顔してるなぁ)

「...何か言ったかしら?」

 凛が笑みを張り付かせたままセイバーに振り向く。

「え!俺は何も言ってないぞ?」

(今、声に出てたか!?)

 凛が放った殺気に、セイバーは思わずたじろぐ。

「そう」

 気のせいかしら、と言ってまたイリヤに向き直り会話を再開しようとした。

「...気のせいじゃないわ、凛」

 両手の拳は固く握られており、小さく震えてカタカタとテーブルを揺らす。しかしそれだけではない。イリヤの全身から放たれる怒気、殺気に呼応してバーサーカーも低く唸り始める。

「どうしたの?」

「イリヤ...?」

「バーサーカー!!!!」

 目の前で迫撃砲でも打ったかのような衝撃と破壊音。イリヤの横に立っていたバーサーカーが、主を抱えて天井をぶち抜いたのだ。砕け散る天井から落下してくる石壁の破片から凛を守りつつ、セイバーが開けられた風穴に目を向けるとそこには青く晴れ晴れとした空が顔を覗かせていた。

 この上は屋上か、それとも屋根の上か、そんなことをセイバーが考えていると、状況の整理がついた凛が立ち上がり部屋の出口に駆け出した。

「セイバー、今がチャンスよ。衛宮くんを助けにいきましょ」

 なるほど、とセイバーも一足遅く立ち上がった。

「早くしなさ...きゃっ!」

「まずはどの部屋だ?」

 凛がセイバーの立ち上がったところを確認した次の瞬間には、セイバーは凛を抱えて屋敷の廊下を走っていた。右手に携えるは十戒(テン・コマンドメンツ)第2の剣『音速の剣(シルファリオン)』。剣には使用者の敏捷性のステータスを格段にあげる効果が備わっている。

「アイツが最初でセイバーで二人め。サーヴァントってお姫様だっこが好きなの?」

 凛がなにやら不満げな視線をセイバーに送る。

「おんぶがよかったのか?カッコ悪いと思うけどな」

「はぁ、いいわよ別にこのままで。でも次やるときはやるっていってよね。足払いされるみたいに不安定でびっくりするんだから」

 ため息とともに凛が訴える。ようはいきなり抱えあげるな、と言いたいのだ。

「わりーな。で?どの部屋だ?」

「全く。そうね、まずはあの部屋よ」

「了解!」

 廊下を駆け抜ける勢いのまま、セイバーは凛の指差した部屋の扉を盛大に蹴破った。

 

 

 凛たちと談話していたあの部屋の上には中庭が広がっていた。バーサーカーに命じて天井を破り上に行ったはいいが、ここは自分の知っている中庭だろうか。突き抜けた勢いで宙に浮いたバーサーカーに抱えられ、空からイリヤが中庭全体を俯瞰したとき彼女はそんな疑問を抱いた。四つに別れた花壇がそれぞれ季節にあった花を咲かせている。そしてそれらの中心に噴水がある。ここまではいい、セラやリズと共に水をやったりした思い出がある。しかし、全体を、石造りの床を点々と彩るこの赤いものには見覚えがない。

(なによ、これ)

 少し表現を間違えたようだ。見覚えはないが何かはわかる。自分の思い出にある中庭ではないが、ここは紛れもなくアインツベルンの城にある中庭だ。そしてもちろん、眼下に広がる花のキャンバスを点々と赤で染め上げているのが何なのかだってイリヤにはわかっていた。わかっていたからこそ、あるものを探して見回した。自分から離れた花壇の中に一つ、そのすぐ近くにもう一つ。そしてそこから少し離れて、噴水の近くには片方からとれてしまったのだろう、血で赤いボールのようになったセラの頭部が転がっていた。

「リズ...セラ...」

 自分の手にあまると思ったらすぐに自分に知らせるようにと言ってあったはず、冷静であればそんなことを思っただろう。しかしイリヤはすでにその心を怒りで支配されていた。セラの近くで噴水の端に腰掛け、こちらに視線を送る男に鉄槌を下すために。

「来たか、聖杯の容れ物よ」

 笑っている。彼女たちを殺すことで愉悦を感じている?違う、彼女らはどうでもいい。ただお目当てのものが届いたことにはしゃいでいるだけなのだ。

(あの男は、セラを、リズを、私を、ただの人形としか思っていないッ)

 勢いよくバーサーカーが着地し、床に大きくヒビをいれる。巻き上がった石煙がおさまるのも待たず、イリヤがあらん限りの声でバーサーカーに命令を下した。

「あの男を殺してッ!!!!」

「グオオオオオオオ!!!!」

「来い、狂気の檻に囚われし猛獣よ。我と神の戦に興じようではないか」

 バーサーカーが膝を曲げ足に力を込める。バーサーカーの圧力に耐えられるはずもなく、着地の衝撃で割れた床はさらにその亀裂を深めていく。そして砲弾のように飛び出した。両足に蹴り上げられて床ついには砕け散り、石煙を巻き起こす。

(早いッ)

 予想を遥かに上回る機動力に英雄王は体を動かす暇もなかった。バーサーカーの敏捷性はランサーを越えて最高。離れていた距離を一瞬で縮め、振り上げた剣を英雄王の頭部めがけて降り下ろすべく駆け抜ける。

「しかし甘いな」

「!」

 バーサーカーが、英雄王を両断するまであと数歩というところで、後方に飛び退き盾を構えた。それと同時に巻き起こる炸裂音。それらはすべて英雄王の王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から射出された宝具がバーサーカーに着弾した音であった。

「ほう」

 バーサーカーは無傷であった。しかし、元々強い力があったわけではない盾はすでに鉄屑となり、バーサーカーはそれを床に放り投げた。

「あともう少し反応が遅かったなら、そうなっていたのは貴様のほうやもしれんなぁ、バーサーカーよ」

 動こうにも動けない。近づこうものなら、距離を詰めきるまえに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の餌食になるだろう。防ぐことを目的とすれば問題はないが、防ぎつつ攻めいろうとするならば、それ相応の危険が伴う。自分が倒れるより先に英雄王を切り捨てられるかと言われればそれは五分と五分だ。よって、それは最後のときに使う諸刃の剣としておくことにしよう。狂化したバーサーカーがここまで考えられているはずはないが、彼の千を越える死闘の経験によって、体が無意識のうちにそう動いているのだ。それに今大きなダメージを負ってしまえば、セイバーや、これから攻めてくるかもしれないサーヴァントに対応しきれなくなる。イリヤもバーサーカーに防戦の指示を出した。

「もう挑まんのか?貴様には挑んで死ぬか、挑まずに死ぬかの選択しかない」

 そう言うと英雄王は手を振り上げ、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から数十の剣を顕現させた。青い空を埋め尽くす金の渦、それらが主の命を待ち、バーサーカーに宝具を向ける。

「その昔、世界の支配者にならんとするものによって世界は恐怖と絶望に陥れられたが、それに抗わんという若者が一人、数人の仲間とともに剣をとり立ち上がった。敵の数は数万。しかし彼らは臆することなく闘いに挑み、最後には仇敵を討ち取り世界にしばしの平穏をもたらすことになる」

 一息おいて、英雄王がバーサーカーに笑みを向ける。

「さぁ救世の英雄よ。今度は一人、さらにこれから相手にするのは、その一つ一つが軍隊に匹敵しうる代物」

 空に光る武具はすべて宝具。事実それらのなかには一国を滅ぼし得る力を秘めたものもある。

「数多の軍勢が駆け抜けた後、果たしてこの場に立っていられるか...。見せてもらおう、貴様の神性をッ!!」

 英雄王が手を振り下ろすと同時に、唸り声をあげて剣や槍が風を切り裂き射出される。金の空からおちる殺戮の雨はただ一ヶ所、バーサーカーの心臓に降り注いだ。

(死ぬがいい、バーサーカー)

 輝きを放つ雨粒がついに心臓その一点に集中し、轟音とともに爆風が吹き荒れ、中庭を蹂躙した。英雄王の宝具がバーサーカーの四肢を引き裂き、それを目にした英雄王が勝利を確信した...はずだった。バーサーカーは無傷だった。傷一つけられることなく、宝具のすべてを破壊し尽くしていた。吹き荒れる破壊の風を引き起こしたのはバーサーカーの宝具、王者の剣であった。

「...王者の剣、よもや我が宝物の全てを凪ぎ払おうとはな」

 砕かれた宝具が光となって消えていく。それを眺める英雄王は苛立ちやそれよりむしろ、遊び道具を見つけた子供のように無邪気な顔をしていた。

「よかろう、貴様は我が全力をもって相手するに相応しい」

 そう言うとまた手を振り上げ、空一面に宝具を顕現させる。その数は先ほどの倍以上で、質も先程とは桁違いのものが金の渦から顔をだし、切っ先をバーサーカーに向けた。

「一片も残らず、塵となって消えよ!!」

 バーサーカーが王者の剣を振り上げると同時に、英雄王の命によって王の宝物が射出された。

 

 

「ここも外れか」

 人の気配もない。小さな寝室から凛とセイバーが顔を出す。この部屋ですでに7部屋目、そろそろ二人とも焦りがきていた。

「やっぱり当てずっぽうだとダメね。かといってなにかヒントになるものがあるわけでもないし」

「何かないかな」

「イリヤが衛宮くんを無下に扱うとは思えなかったから、比較的過ごしやすそうな普通の部屋を探してたんだけど、それが間違いだったのかも」

「つまり...?」

 何を隠そうセイバーはあまり賢くない。イリヤとの対談でもそうであったが、基本的に戦闘以外の面では凛に頼りきりであった。

「いい?イリヤは『最後まで見届けてもらう』って言ったの。つまりなるべく近いところにいたいと思うはずよ。それにさっきまで話してた料理の話なんかを思い出してみて、ずいぶんと衛宮くんにお熱だったでしょ?」

「たしかにそうだったな。そうすると...」

「ええ、衛宮くんはイリヤの部屋にいる可能性が高いわ。もしくはすぐ近くね。城の主の部屋が低いところにあるわけないから...」

 そう言って凛が走り出す。角を曲がり、窓を開いてバルコニーに出る。そしてもっとも高い、窓のある位置を指さし、セイバーに自信に満ちた顔を向けた。

「衛宮くんはきっとあそこよ!」

 

 

 まるで爆撃でも受けているような轟音と揺れ、大きな扉のある城の玄関ホールの上ではバーサーカーと英雄王による戦争が繰り広げられていた。天井からおちる埃がつもり始め、壁や柱に稲妻のようなヒビが入る。指先よりも小さかったはずの埃は石くれとなり、柱や壁にはより深く亀裂が走りこむ。そこから数秒後、目の前で大砲でも撃ったかのような破壊音とともに岩が床に降り注ぎ、サーヴァント達が姿を表した。両者ともに落下しつつ攻撃の隙を狙っている。

 バーサーカーに抱えられるイリヤが顔をあげると、四方八方、まるで金色の球体に包まれたように、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に囲まれていた。しかしそれらは、英雄王が命を下すより早くバーサーカーの風刃によって粉々に砕かれる。

「...この世でもっとも優れた鉱物オリハルコン。それより精製された剣は世界最強の硬度と神性をもつ。なるほど、攻め方を変えねばならんな」

 両者ともに、まるで廃墟のようになったホールに着地する。レッドカーペットはぼろきれのようになり、彫刻や柱はただの石くれと化していた。

「バーサーカー!!」

 どうやら英雄王の武器がつきることはないようだ。すでに千本近く破壊したが、その勢いが緩まることはない。王者の剣にも限界はある。ゲイ・ボルクといったクラスの宝具のみで何十刃も射たれれば、さすがに破壊しきれない。英雄王が王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より引き出す宝具の質が、徐々に上がってきているようで、それにともなってバーサーカーの傷も増えてきている。今のところ大きな障害とはなっていないが、いずれ致命的な打撃を受けることになるだろう。

「グオオオオオオ!!!!!」

 防衛に徹していたバーサーカーが英雄王に向かって駆け出す。腕が千切れようとも脚が砕けようとも、英雄王の心臓に剣を突き立てることは可能だろう。むろん五分と五分の勝負ゆえに失敗することもあり得るだろうし、おそらく英雄王を倒してもバーサーカーはしばらく戦えない状態になるだろう。しかし、イリヤはバーサーカーに諸刃の剣を振らせることを決断した。

 破壊の風を巻き起こし、間髪を与えず迫り来る宝具をはじきつつバーサーカーが走り抜ける。二本の剣が右足を貫く。一本の槍が左肩を穿つ。三本の剣や槍が腹や胸に突き刺さる。しかしバーサーカーは辿り着いた。振り上げた剣を降り下ろせば、英雄王の身体は跡形もなく消し飛ぶであろう。すでに空中から英雄王の武具が顕現しつつあるが、バーサーカーを一撃のもとに屠れる武具以外ではこの一撃を止めることはできない。バーサーカーの身体に刺さった宝具はすべて質の高くないものばかりで、彼は一級のものを重点的に破壊していたのだ、たとえ防ぎもれがあったとしても致命傷とならないように。しかし英雄王の目の前、ここまで来ればそんな考慮いらない。命中し、バーサーカーが剣を降り下ろすより早く彼を破壊できる宝具はなどないからだ。

「やっちゃえ!!バーサーカー!!!!」

「よくここまで辿り着いた、勇者よ。狂気に飲まれてなお、ここまで我を追い詰めることができようとはな」

 王者の剣を前に、英雄王の顔には恐怖や絶望などの負の色はなく、ただバーサーカーに向ける敬意だけがあった。

「だがしかし言ったはずだぞ?貴様には『挑んで死ぬ』か『挑まずに死ぬ』かしかないと、な」

 バーサーカーが剣を降り下ろす直前、英雄王の宝具は彼の身体に届いた。しかしその身を破壊するまでは至らない。当たり前だ、そのための宝具ではない。英雄王の所有する宝具には武具以外のものもあるのだ。その宝具がバーサーカーを捉えた次の瞬間には、バーサーカーはイリヤのもとまで引き戻され、床に叩きつけられていた。

「天の鎖、神であろうと逃れることのできぬ代物だ。いかに貴様の神性が高かろうと、いや神性が高いからこそ貴様はそれから逃れることができん」

 バーサーカーを束縛する黄金の鎖は、どんなに彼がもがこうと逃れることを許さない。英雄王の命で、その鎖は形をかえ、バーサーカーを磔の格好にした。まさに神の子のごときその様相。さらに空中が揺らぎ、バーサーカーの目の前に数本の宝具が姿を表す。一本でも致命傷になりうるものだが、バーサーカーにはどうすることもできない。

「戻りなさい!バーサーカー!!」

 令呪をもちいたイリヤの声も天の鎖前ではかき消される。

「なんで...?戻れって言ってるのに...」

「無駄だ人形、誰であろうとこの鎖から逃れることはできん。この俺が許さん」

 英雄王が手を振り上げると、宙に構えられた宝具が一斉にバーサーカーのほうに向いた。

「お別れだ、勇者よ」

「いやぁ!!バーサーカー!!!!」

 バーサーカーを貫く宝具が、筋肉を引き裂き、臓器を破壊し、一撃のもとに首を削ぎ落とす。全ての宝具が英雄王の宝物庫に戻った後、そこにあったのはただの肉塊であった。

「嘘、嘘、バーサーカーは最強なの。誰よりも強くて、私を...」

「...」

 英雄王が一振りの剣を抜き、イリヤの両目を裂く。

「いッ!!、あぃ、痛い。痛いよ。バーサーカぁ、どこなの、何も、見えないよ」

 血が溢れる目を左手で押さえつつ、闇のなかにバーサーカーを探す。しかし見つけることは不可能だ。イリヤが目を潰されたすぐ後、バーサーカーは光の欠片となってこの世から姿を消してしまったのだから。

「あッ、あぐぅ」

 英雄王がイリヤの首を掴み、空中に吊る。そして心臓を抉るため右手を鋭く構えた。

「バ...サ、ァ...カ...」

 宙を舞う鮮血。それらはべっとり床を赤く濡らした。そして赤い血だまりには左腕が沈んでいる。

「ゲホッゲホッ」

 イリヤは生きていた。咳き込みながら床にへたりこみ、すぐそばにある二つのサーヴァントの息づかいを感じる。

(バーサーカーが助けてくれたんだ)

 そしてイリヤは気を失った。

「貴様はッ」

「久しぶりだな、ギルガメッシュ」

「ハル...グローリー...!!」

 油断しきっていた英雄王は急接近していたセイバーに気づくこともできず、左腕を音速の剣(シルファリオン)によって切り落とされた。セイバーと英雄王の二人のサーヴァントが対峙する。

「お前はここで退場しろ。ギルガメッシュ」

 英雄王が左腕をおさえようとするが、そこには血が流れるのみであるはずのものはすでにない。憎悪に歪む彼の顔を見下ろし、セイバーが十戒(テン・コマンドメンツ)を英雄王の首筋に構えた。

 




ギルが「神の戦」と言ったのは自分と同じく、バーサーカーが神に近い存在であるからです。実際、神様みたいな人の子孫なので半神といっても差し支えないはず。

ついにセイバーの真名が明かされました。「ふーん、知らね」て人が大半だと思うので↓でちょっと説明します。


クラス:セイバー
マスター:衛宮士郎
真名:ハル・グローリー
宝具:『十戒』十に変化する剣。以前の後書きに詳しく書いてます。
補足:出典作品は『RAVE』という漫画です。一時期アニメもやっていました。作者は真島ヒロという方で、今はマガジンで『FAIRY TAIL』を描いてらっしゃいます。


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15話 帰還

はい、15話です。
プリヤが盛り上がって参りましたね。私は王道、イリヤ好きなのですが、皆さんはどうでしょうか?


 広い部屋の中心には、赤をを引き立てるように縫い合わされたカーペットが敷かれている。そしてそれを囲うようにして、名のある装飾者によって施されたのであろう、部屋に似つかわしく美しい家具が並ぶ。窓からカーペットの中心まで手を伸ばす光に包まれて、椅子の上で士郎は眠っていた。

 外傷は見られない。もちろん息もある。もっとも、あの話しぶりなら士郎に危害を加えていることはないだろうと容易に想像はできた。

「士郎!起きろ!ここから出るぞ!」

 しかし、あくまでそれは見た目の話だ。『精神干渉』、心に手を出していないとも限らないのだ。

「セイバー下がって。...やっぱり魔術を受けているわね。半覚醒状態、つまり半分眠っているようなものよ」

「だ、大丈夫なのか?」

「心配いらないわ。そこまで強くない、ほとんど暗示に近い魔術ね。士郎が魔術師として素人なのが功をそうしたわね」

 セイバーがほっと胸をなでおろす。

「じゃあセイバー、頼んだわよ」

「ああ、封印の剣(ルーンセイブ)

 第3の剣『封印の剣(ルーンセイブ)』は人を傷つけずすり抜け、魔術だけを封印する。ガラスを割るような、パリンッとした音がしたあと士郎が顔を上げた。

「セイ...バー...?...遠...坂...」

「おはよう衛宮くん。起きて早々悪いけど、今すぐここから出るわよ。あのサーヴァントのことだからそろそろ帰ってくるはず」

「そういえば凛、イリヤと協力しようって話は...」

「無理でしょうね。あれはあくまで対等の関係でするもの。戦力差があるだけならともかく、協力者である士郎を監禁して解放を拒否するんだから。さっきまでならともかく、衛宮くんを助け出せた今、ここに残るのは得策じゃないわね」

 そう言うと宝石を握り締め、出口に向かって駆け出した。

「まぁそうだよな。よっ...と」

 セイバーがぐったりとした士郎を背負いあげ、凛の後を追うようにして部屋を出た。

 

 

 いったいどれほどの布を使っているのだろうか。屋敷の廊下を彩っている、あの部屋と同じ赤いカーペットはどこまでも広がっている。なぜだろうか、逃げているはずなのに、血塗られたのような道は死に誘っているように感じる。

(まだ...頭がぼけてるせいかな)

 士郎は頭をかすめた不吉な予感を振り払い、ふたたびセイバーの肩に顔をうずめ真っ暗な世界に落ち着いた。上下に揺れる軽い衝撃と、二人の足音や戦いの音が耳に響いてくる。

「そろそろ屋敷の出口につくわ!このまま駆け抜けるわよ!」

 凛の声で、セイバーの足がより早くなる。この角を曲がれば玄関ホール。そうすればゴールは目の前だ。と、思っていた。

 玄関ホールについたと思ったら、そこに広がっていたのはただの廃墟であった。大理石の床は砕け散り、そこかしこに噴煙が立ち込めている。そしてその中心、宙からのびる金色の鎖に縛り付けられているのはバーサーカーであった。

「なによ...まさかバーサーカーが追い詰められてるっていうの?何者よあのサーヴァントは!?」

 バーサーカーに相対し不適に笑っている男。鎖と同じく金色の鎧に身を包み、その周囲には剣や槍が顕現している。

 セイバーに体を預けていた士郎が起き上がり、床に足を下ろした。そして凛たちと同じくあのサーヴァントに目を向けた。

「士郎、大丈夫なのか?」

「ああ、二人のお陰でもう大丈夫だ。ありがとう遠坂、セイバー」

 その様子を見て安心したのか、凛とセイバーは金のサーヴァントへ顔を戻した。凛もセイバーも険しい表情でその惨状を見つめる。バーサーカーを打倒するとなると、より事態は最悪だ。アーチャーとセイバーが協力しても勝つのは難しいかもしれないし、なによりバーサーカーと比べて情報がなさすぎる。

 どうしようかと凛が頭を抱える。出口があの一ヶ所しかない以上あのサーヴァントととの一戦は避けられないだろう。かといって正攻法で倒せる相手とは思えない。ならばバーサーカーを助けて共闘すべきだろうか。

 そうこう悩んでいるうちに戦場は変化する。金色のサーヴァントは一振りの剣を出し、イリヤの目を切り裂いた。聖杯戦争に情けなどない、慈悲などない、勧善懲悪の正義などない。儚い少女が、圧倒的力によって踏みにじられ蹂躙されようと、それを拒絶することは不可能なのだ。わかっていた。そんなことはセイバーにも士郎にもわかっていた。

「ダメよ衛宮くん、セイバー。今出たら...」

「セイバー!!」

 ひゅっという音とともにセイバーが姿を消す。いや消えたのではない。正確には瞬間移動したのだ。バルコニーの上、戦場を傍観する観客席から非情と殺戮のステージへと。士郎の手に刻み込まれていた『令呪』は今の瞬間移動で残り一画となった。

 

 

 足を宙に投げ出し、顔を苦しさに歪めている。目から溢れ出す深紅の涙は頬を伝い体を伝い、足の先からポタポタと少女の影を紅く染め上げていた。首をつかみあげられ、宙で苦悶のうめき声をあげるその姿は、どこか絵画のような不気味な美しさを纏っていた。

 しかしそれも一瞬で終わりを迎える。少女を苦しめていた左手は根元から切り落とされ血のなかに沈んだ。

「な...貴様はッ」

「ひさしぶりだなギルガメッシュ。どうしてお前がここにいるのかはわからないけど、ここで退場してもらうぞ」

 イリヤは床にたおれこみ、咳き込んでいる。どうやら目を除いて目立った傷、今すぐ治療が必要なことはないようだ。それだけ確認すると、セイバーは剣を構えて英雄王に向き直った。

「ハル...グローリー...」

「なんだ、俺の名前覚えててくれたのか」

「俺の手を片方切り落とした程度で調子に乗るなよレイヴマスター。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!」

 そのことばを言い切ると同時にどこからともなく剣や斧が現れる。

「そんなの」

 血しぶきが跳ぶ。それとともに英雄王の右手も宙に舞い上がった。

「この距離で許すわけないだろ」

「ぅぐっ... 貴様ぁあ!!」

 そのまま後方に倒れこむ英雄王を見下ろし、セイバー が剣を振り上げる。第1の剣『鋼鉄の剣(アイゼンメテオール)』、十戒(テン・コマンドメンツ)を代表する大剣であり、特殊効果があるわけではないが、もっとも剣として正しい形であると言える。

 もうどんな武具を出そうと間に合わない。英雄王はセイバーの剣によって両断され葬られるであろう。

「覚悟しろギルガメッシュ」

「レイヴマスターあああああ!!」

 風を切り振り下ろされる剣。それは大きな衝撃と共に大理石の床を砕いた。英雄王の顔のすぐ横、セイバーの一撃は外れたのだ。床には数本の短刀のようなものが転がっている。どうやらそれで軌道を逸らされたらしい。

「すまんが少し待ってくれないか?私もその男は好きじゃないが、こちらも仕事なんでね」

 すでに破壊し尽くされた屋敷の扉の向こう、姿を現したのは黒いローブを身に纏った男であった。白と黒の混じった髪と、つぎはぎのような顔の異様な姿だ。

「...おっさん何者だ?」

「私かい?ただの医者だよ」

「とぼけるなよ、この短刀を投げたのはあんただ。サーヴァントなんだろ」

「むろん私はサーヴァントだ。生きているときは『ブラック・ジャック』なんて呼ばれていた」

「悪魔の天才外科医、だったっけか」

「ほう、よく知っているな」

「あともう少しでギルガメッシュを倒せるんだ。邪魔をしないでくれ」

「そいつを殺すってのかい?」

「...ああ」

「そいつぁ困る。さっきも言ったが仕事を受けていてね、前金はすでにもらっちまってるんだ。今その男を見逃すなら、私も君らに手を出さないことを約束しよう。」

 話しても無駄だと判断したのか、セイバーは剣をブラック・ジャックに構えた。

「こいつはイリヤを殺そうとした。まだ幼い少女をだ。それにこれは聖杯戦争だ。邪魔をするならお前から倒す」

「喧嘩っ早いのは構わんがね、一度お前さんの周りを見回してみることだ。」

「...何が言いたい」

「もし私に負けるようなことになれば、そこにいる子供とバルコニーのお嬢さんたちは危険にさらされることになる」

 たしかにそうだ。相手の手の内がわからない以上、今戦って勝てる保証などどこにもない。負けでもしたら士郎たちも襲われることになるだろう。しかしギルガメッシュを今倒さないのは危険ではないだろうか。相手の油断と令呪の力と運によってうまくいっただけなのだ。次もここまで追い詰めることが出来るとは思えない。

(いったいどうしたら...)

「セイバー!!」

 後方から声がする。

「凛...」

「ここは引くわよ、準備して」

 選択するは撤退。ギルガメッシュを見逃すことを凛は選択したのだ。目的は士郎をつれて逃げること。それさえ出来れば万々歳なのだ。

「一つだけ答えてもらえるかしら。あなたのクラスはキャスター?」

「私が剣や槍を扱えるように見えるかね?」

「はぁ、貴方ならアサシンと言っても違和感ないわよ。でもそうね、わかったわ」

 セイバーがイリヤを背負い、士郎や凛とともに屋敷を出る頃にはキャスターと英雄王の姿はなかった。

 そろそろ夕方だろうか、赤くなりつつある空を眺めながら帰路につく。行きは惑わされた森もすでに魔術が消え、普通の森になっていた。

 

 

 家につく頃にはすっかり日がくれてしまった。闇夜にたたずむ衛宮邸はぬっとその存在を示していた。我が家に着いたのだ。凛とセイバーにとっては一時の仮拠点に過ぎないが、ここ数日で何度も命の取り合いを体験したせいであろうか、士郎と同じように帰宅(・ ・)した。

 

 

 時計の針が真上から少し右に傾く頃、月と星が存在を示す夜の世界、士郎はそれらの弱々しくも巨万の光粒を見上げ、縁側で思索に耽っていた。

 他愛のないことから、もちろん聖杯戦争のことまで、永遠とも感じられる暗闇の時間の中にただ一人沈んでいた。深く深くまで潜り込んだ思考の海は、外界の様と相まって深海のように感じられる。

 突然、士郎は覚醒へと引き上げられた。反射的にその手のほうに振り向くと、そこには少し癖のある黒髪を後ろで束ねた寝間着の少女が立っていた。

「...遠坂か」

「そんなところで寝てると風邪ひくわよ?」

 おだやかな笑みを浮かべると、隣に座っていいかしら、と言って同じく縁側に腰かける。

「昨日と逆ね」

「え?ああ、そうだな」

 しばしの沈黙。

「...」

「...」

 しかし少年と少女、二人にとってそれはまるで違う居心地を感じさせるもののようだ。

「と、遠坂。こんな時間にどうしたんだ?」

「んんー、そうね。部屋に行こうとしたら衛宮くんが見えたから。寝る前の挨拶でもしようかと思ったのよ」

「そう、なのか」

「そう、それと言っておきたいこともあったし」

 士郎は一瞬疑問符を浮かべたが、なんとなく察しがついたのだろう。どこか諦めたような顔をした。

「私は確かに止めたけど、結果的に衛宮くんの行動は正しかったと思うわ。あのバーサーカーを追い詰めたサーヴァントにあと一歩のところまで攻めいれたんだし、最後のサーヴァントと話すこともできた。なにより私たちが無傷で帰ることができたのは衛宮くんのあの行動のお陰なのよ。イリヤっていうおまけ付きでね」

 あのあと、士郎たちは重傷のイリヤを家まで運んだのだ。バーサーカーのいない今、あの屋敷に置いておくことは士郎にはできなかった。見殺しとかわらない、そう判断したのだ。それを提案したとき、凛は反対しなかった。今は両目に包帯をし、セイバーの目の届くところに寝かせている。バーサーカーに死なれ、視覚を潰されたイリヤが、いくら高い魔力を持っているとはいえ、今すぐの戦闘に対応できるとは思えなかった。

「ありがとう、遠坂」

(慰められちゃったな...)

 遠坂が本心からそう思っていないと士郎は感じていた。結果が良かっただけで、危険だったことにかわりはないのだ。もしセイバーが敵に返り討ちにされていたなら、自分達の死は確定していた。

「は~ぁあ」

 凛は、まるで体にたまったものをすべて吐き出すように、長々と仰々しくため息をついた。

「うじうじうじうじ面倒臭いったらないわね!いつまでしょぼくれてるのよ!あのねえ衛宮くん。もちろんアナタの行動は愚かだったわ、自分のことを考えてない。まして敵のマスターを助けるために命を危険にさらすなんてちゃんちゃらおかしい。でもね、少なくとも私は衛宮くんに感謝してるの。きっとイリヤも、それに多分セイバーだってアナタに感謝しているはずよ」

「セイバーが...?」

「アナタ、セイバーのことなにも知らないのね。明日図書館にでも行って調べてきなさい。シンフォニア七世ハル・グローリーの、2代目レイヴマスマーの、アナタのセイバーの物語。なんで私がこう言ったのかわかるはずよ」

 そういえば士郎はセイバーについて何も知らなかった。太陽のように笑う彼に、ただ何も考えずについていっていただけだ。どんな状況でも顔色一つ変えない彼が、なぜあのときあんなに激昂していたのか。自分は知るべきなのかも知れない。

「ふわ~あ、さすがに眠いわね、おやすみなさい」

 そう言うと立ち上がり、凛は寝室へ歩いていった。

 そろそろ寝るべきだろう、気持ちはまだ起きようとしているが、さっきから体は疲れを訴えている。まぶたも重くなってきた。布団までもつだろうか。寝室へと重い足を引きずりながら考えるのは、明日のことであった。

 

 

ーーー

 

ーーーーー

 

ーーーーーーー

 

 

 大事な人を失う。大事な人のために逝く。仲間に裏切られ、新たに仲間を見つける。何も写さないその瞳には、言葉を持たない者の背が焼き付いて離れない。

 

 聖杯戦争が始まってより数日、始まる前から数えてもそう日は経っていないだろう。多くの希望や悲しみや憧れや絶望、ありとあらゆる感情が渦巻く冬木の地。

 

 誰も彼も、先のことはわからない。数時間後には路上で屍を晒すことになるともわからない。

 

 未だ終わりの見えない争いのなかで、今日はどこか穏やかに明日を迎えられる気がした。

 

 

 

 

 第一幕 完




第一幕完です。
前後編構成の予定ですが、もしかしたら"何か"が増えるかもしれないのでこの形をとりました。

ここからしばらくは幕間等が入ります。
詳しくは明日にでも報告でします。

とりあえず全サーヴァントに出番を作れたのでよしとします!


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幕間~英雄達の足跡~
勇者の伝説


バサカさん掘り下げます。といっても文字数は多くないのでさらっと読めてしまうはずです。
今回もFateにあわせてある程度改変しました。
しかし、DQ3を知ってる方は飛ばしていただいても問題ありません。


 昔々、魔術がもっと身近にあった時代。

 キリストが生れるよりずっと昔の話。

 世界はある者によって支配されていました。

 彼の名前は「ゾーマ」。自らを大魔王と呼んでいました。

 ゾーマは世界に恐怖と絶望を振りまき、人々を苦しめていました。

 どうにかしたいけど、でもどうすることもできない人々はみんな恐怖に耐えて生きていました。

 

 

 そんなある時、一人の少年が現れました。

 彼はオルテガの息子だと名乗りました。

 オルテガは世界を救おうとし消息を絶ってしまった戦士です。

 少年は旅に出ました。父と同じで世界を救う旅です。

 

 

 

 

 彼はある武闘家と仲間になりました。

 

 

 

 彼はある僧侶と仲間になりました。

 

 

 

 彼はある剣士と仲間になりました。

 

 

 

 彼は多くの人と仲間になりました。

 

 

 

 

 彼はまずゾーマの使い魔であるバラモスという敵を倒しました。つらく激しい戦いでした。しかしバラモスには逃げられてしまいました。

 王様は彼らを讃えてパーティを開きましたが、出席した兵士たちが殺されてしまいました。その席にゾーマが現れたのです。そしてゾーマは自身の城へと姿を消しました。

 

 

 少年、いえ、もう立派な戦士ですね。

 若き戦士はゾーマを追ってその城に向かいました。

 その城の周りにある村の人たちはみな生きる希望を失くしていました。

 そしてついに彼は城にたどり着きます。王様、お父さん、国の人たち、村の人たち、仲間や死んでいった人たちの思いを胸に秘めて、ゾーマの部屋の扉を開きます。

 

 

「我こそは全てを滅ぼすもの!

  全ての命を我が生けにえとし

 絶望で世界を覆い尽くしてやろう!」

 

 

 バラモスの時より激しい、苦しい戦いです。

 ゾーマは氷を吐き、氷の風を操ります。冷たく暗い力、恐怖と絶望を振りまくにふさわしい力です。

 しかし、若き戦士たちはこれをうち砕きました。もちろん一人の力ではありません。

 

 

 

 

 

 彼の仲間である賢者。

 

 

 

 彼の仲間である盗賊。

 

 

 

 彼の仲間である魔術使い。

 

 

 

 彼の仲間である多くの人々。

 

 

 

 みんなで力を合わせて、ついにゾーマを倒したのです。

 世界に光が戻り、人々に笑顔が戻りました。若き戦士は「絶望と恐怖」を「希望と笑顔」に変えたのです。

 若き戦士は勇者の称号を与えられました。「ロト」という勇者の称号を。

 

 

 

 

 

 ---これは少年が伝説(ロト)になるまでの物語---

 

 

 

 

 彼の物語は『ドラゴンクエスト』と呼ばれ、世界中で親しまれています。ロトの名を知らない人はいないでしょう。剣と魔術の世界の勇者にあこがれた少年も多くいたことでしょう。

 

 彼は色々な名前で伝えられています。ある時は「アレル」、そしてまたあるときは...

 実は誰も彼の名前を知らないのです。彼は「ロト」であってほかの名前は伝えられていません。

 それと同様、伝えられていないことがあります。

 彼の思いです。

 死の間際、ゾーマはこう言っていました。

 

 

「よくぞわしを倒した。

 だが光ある限り闇もまたある……。

 わしには見えるのだ。再び何者かが闇から現れよう……」

 

 

 ロトは死ぬその時までゾーマの言ったことを考えていました。

 そして強く平和を願いました。

 魔王に限りません。世界中はあらゆる争いがあります。

 彼はそのすべてがなくなるように、みんなの幸せを願ってこの世から旅立ちました。

 

 --

 

 

 ----

 

 

 

 ----------

 

 

 

 今、彼は一人の少女のために...




はい、このような過去になっております。バサカさんは勇者様です。

一応これで問題ないとは思いますが質問あったら言ってください。

もしかしたら夜のうちにVSバーサーカーを投稿するかもしれません。




しかし、、、お気に入りが伸びない笑。
文章力を磨かないとなぁ。


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蒼月ととら

『うしおととら』の簡略化&改編です。
流れは勇者のやつと同じです。


 ある村に蒼月(ツァンユエ)という少年がいた。

 彼はとても正義感が強く、いつもいじめっこから村の小さい子達を守っていた。

 

 

 そんなある日、ツァンユエは森に食べ物を採りにいき迷ってしまった。

 どうしよう、どうしよう、と悩んでいると森の奥から声が聞こえてきました。

 

 

「槍を抜け、小僧」

 

 

 なんと金色の化け物が槍で磔にされているのです。

 どうやらその槍を抜いて助けてほしい、とのことでした。

 

 その頃、ツァンユエの所属する国では『白面の者』という化け物が人々を苦しめている、という噂が流れていました。

 

 そしてツァンユエは一緒に戦うことを条件に金色の化け物を助けてしまうのでした。

 彼は『字伏』という化け物で、雷を操ることができました。

 そして槍は『獣の槍』といい、魔のものであれば一瞬で消し去ることができるという破魔の槍でした。

 彼は化け物に『とら』という名前を付けました。

 

 そうして二人は化け物退治に出掛けます。

 

 

 白面の者の手下たちとも戦いました。

 まず婢妖(ひよう)です。とても弱いですが、数が多いのが厄介です。

 

 次にシュムナです。霧の体をしていて、触れたもの全てを溶かしてしまいます。これは地獄と現世を繋ぐ穴に誘い込み、退治しました。

 

 三番目はくらぎです。とても固い体をしていて、とても大変な戦いでした。しかし、ツァンユエは道中出会った仲間たちと共についに倒すことができました。

 

 最後に斗和子です。美しい女性の姿をしており、仲間たちに取り入ることで仲間割れを起こさせました。辛く苦しい戦いの末にやっとの思いで倒しました。

 

 

 ついに白面の者との戦いです。国中から駆けつけた化け物と人間の仲間とともに、ツァンユエととらも死力を尽くして戦いました。

 多くの犠牲者を乗り越えて、ついに白面の者を倒しました。

 

 みんなが喜びにつてまれるなか、とらも死んでしまいます。戦闘で負った傷が大きかったためです。

 

 悲しみにうちひしがれたツァンユエは村に戻ります。

 暖かく迎えてくれる友人たち。また普段の生活が始まりました。

 

『とらにまた会いたい』

 

 ツァンユエはずっと願っていました。

 しばらくして彼は幼馴染みの少女と結婚します。

 そして子供が産まれ、お父さんになってそれからお爺さんになりました。

 そして死ぬそのときまでとらのことを忘れることはありませんでした。

 

 聖杯にかける願いは彼にはありませんでした。

 ただ会いたい、と思っていただけなのですから。

 

 

 

 

 少女のために槍を振るう。少年は守りきれませんでした。不幸な少女は暗い中少年の死に気づきました。

 蟲の魔の手はすぐそこまで来ています。けれど少年はもういません。




この夏にはアニメもやるんですよ!!
ぜひ見てください($ω$)ムフゥー

連投はこれでおしまいです。また一週間後の月曜日に投稿しますのでよろしくです。


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赤い少女の魔術師

今回は杏子ちゃんの紹介です。
例によって改変しています。キューベーとかキューベーとかキューベーとか。


 彼女がまだ『少女』だった頃、教会に住んでいた。

 お父さんとお母さん、それに妹の四人で。

 お父さんは神父さんだったんだけど、教典に自分の考えなんかを合わせて説いたりなんてしちゃったから信者さんたちから信用されなくなっちゃったの。

 信者さんたちの寄付で成り立ってたから、いつしかその日の暮らしのままならないようになっちゃった。

 

「お父さんは間違ってなんかいない」

 

 少女はお父さんを信じてた。悪いのは理解しないみんななんだって。

 

 

 そんなある日彼は現れた。

 白い外套を纏った白髪の男の人。

 

「私の弟子にならないかい?なってくれるなら一つだけ願いを叶えてあげよう」

 

 彼は名のある魔術師だった。でも彼には魔術の継承者がいなかったから少女に目を付けたわけ。

 少女は喜んでその申し出を受けちゃった。

 

 

 それから毎日魔術の特訓。

 彼の魔術は「想像と現実の境界を曖昧にする」というもので、意識の深層に潜り、それを具現することで根源に至ろうとするんだって。

 少女にとって、魔術の鍛錬はとても楽しいものだったの。

 彼も最初は知識のみでも伝えようという消極的なものだったけど、少女があまりにも優秀だから本腰を入れて教え込んだ。

 

 願いはなんだったのかって?

 それはね、信者さんが増えること。

 次の日から毎日毎日行列が絶えなくなった。家族みんなでおいしいもの食べてすごく幸せだったみたい。

 

 

 でもね...。

 

 お父さんに見つかっちゃうの。

 

 

 魔術に頼るなんて、魔の力に頼ることが許せなかったんだね。お父さんの宗教はそういうことがタブーだったの。

 家を追い出されちゃった少女が次の日家に帰ってみると、おうちは火の中にあった。

 ゴオゴオ燃える教会を見て、少女は何もできなかった。

 幸せな家族を魔術で作ろうとするけどみんな幻覚、少女の力じゃ現実にはできなかった。

 泣きながら師匠に助けを求めるんだけど。

 

「それがどうした?」

 

 彼にとっては人間なんて観測対象でしかなくて、死のうが関係なかったの。

 そのとき彼女は魔術というものが嫌いになる。嫌いになって、嫌いになって、嫌いになって、嫌いになって。

 でも少女は魔術師になった。世界中の魔術師と使い魔を狩る魔術師に。

 

 そのうち志を同じくする四人の少女たちに出会うことになるの。

 

『ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット』

 

 彼女たちが名乗ったのか、それとも自然と呼ばれ始めたのか。彼女たちはそんな魔術師集団になった。

 いろんな魔術師を倒して、いろんな使い魔を倒していくうちに、一人、また一人と人数は減っていった。

 彼女もついに死んじゃった。仲間の一人と一緒に死んじゃった。

 

 彼女の願いって何だろう。少女の願いって何だろう。

 彼女は最後、魔術師だったのかな。少女だったのかな。

 それとも違いなんてないのかな。

 

 聖杯を求めて戦う彼女はいったい何を願って戦っているんだろう。




クラス:ランサー
マスター:言峰綺礼
真名:佐倉杏子(日本名)
宝具:『ロッソ・ファンタズマ』30体の分身を作り戦わせる対軍宝具。全員がオリジナルと同じ戦闘力を持っている。令呪でオリジナルの強化を行った場合、30体全員も強化される。
補足:(以前書いたことと同じ)


このまま次話も投下します。
ちなみにまどマギは杏子が一番好きです。時点でほむほむぅ。


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幕間
ランサーの休日


はい、遅れに遅れて投稿です。ごめんなさい。



「暇はあるか?」

 ランサーが三袋目のポッキーに手をつけたとき、唐突に葛木が訪ねて来た。

「アンタから用なんて珍しいじゃねーか。そうだね、別に今すぐ忙しい訳じゃないけどさ。誰がいつ攻めてくるかわかんねーんだ」

 ポッキーを二本ほど一気に噛み砕き、一息入れて続ける。

「だからさ、先に用件を言いなよ」

 見張りはアサシンに任せているとはいえ、完全に安心できるわけではない。まして陣地を離れるとなれば、異常が起こったときに対応することができない。葛木もそのことはわかっているのだろう、言葉を返すのに時間がかかる。

「...なんでもないなら部屋もどんなよ。それとも世間話でもするかい?」

 そう言ってランサーがお菓子を差し出す。

「...街に出る。衣類、お前が必要だと思うものを揃えてこよう」

 女性物はここにはない。そんなことで揉めたこともあったな、とランサーは思い返した。今は戦闘服を常時装備しているが、それも魔力を消費するので出来ることなら衣服はほしい。

「本当にそれが用件か?」

「興味があればお前もついてくるといい」

(やっぱな)

 暇かどうか聞いてくる時点で分かりきっていたことだ。行ってこよう、というのは葛木の譲歩だったのだろう。

「最初ッからそう言いなよ。どーせアンタじゃロクなもん買ってこれないだろ」

「...」

「行ってやるよ」

 そう言うと杏子は残りのお菓子を口に放り込み、立ち上がった。

「... 一つ気になったのだが」

「なんだよ?」

「その格好で行くのか」

「...」

 赤いドレス。どう見ても普通とは思えない格好だ。好奇の目で見られること請け合いだろう。

「れ、霊体化して」

「服を買うのだろう」

「え、選ぶだけなら」

「試着は必要ないのか」

 試着室まで葛木が持っていく、という案を出そうとしたが、いくらなんでも絵面が酷すぎる。

 

『試着を頼む』

『お、お客様。これは女性の』

『構わん』

『ですがサイズも』

『構わん』

『...』

『案内を頼む』

 

(~~ッ!!!!)

 この風体でその言動は逮捕されかねない。笑いをこらえ顔と腹筋を引き攣らせつつ葛木から目をそらす。

「どうした」

 それはそれで見てみたいが、どうやらこの格好で行くしかないようだ。

「はぁ、マジかよ」

 

 

 

 

 大きなショッピングモール。知識にはあったが、もちろん見るのは初めてだ。

「すげえ!!」

 どこを見ても人だらけ。まるで宝石箱のようにそこらが光輝いている。吹き抜けによって光の輪を積み上げたような造りになっているショッピングモールに、ランサーは目を輝かせて感嘆した。

「なんでも買っていいのか!?」

「構わん」

 手を出すよう葛木が促す。

「これを持っておけ」

 クレジットカード。ランサーはそれを受けとると、ポケットに突っ込んだ。

「私はそこで待っている。用がすんだら来い」

 そう言って某ファストフード店を指差す。どうやら葛木は何かを買うつもりはないようだ。

「アンタは来ないのか?」

「邪魔になるだけだろう。それに私は興味がない」

 少し考えたあと、ランサーが葛木の手をつかみ歩き出した。

「...なぜだ」

「せっかく来たんだからさ、ただ座ってるだけなんてもったいないだろ」

「だが」

「つべこべ言うなよ。えーと...まずあそこだ!」

 ランサーが示したのは某国産ファッションブランド。清楚系で有名な女優がCMをする、女の子らしいデザインが人気だ。

「...意外だな」

「う、うるせえ!どーだっていいだろ!」

 少し顔を赤らめながら店内に入っていく。がしかし前述通り、知識はあるが見たことあるわけではないので多種多様な服に目移りしてしまう。

 そうしてランサーがうろうろと迷っていると、それを見かねたのか葛木が手を離し一人店の奥に歩いていき、しばらくして店員と戻って来た。

「葛木?」

「この子に合う服を見繕ってくれ」

「かしこまりました」

「え?え?アタシは」

「可愛いドレスですね。赤が好きなんですか?何かこうしたいってイメージとかありますか?」

 にこやかに店員がランサーに話しかけてくる。

「えっと」

 おろおろして葛木に目で助けを求める。

「なんでも言ってみるといい」

 そうですよ、と言って店員が笑いかける。

「じゃあ、女の子らしい服が、いいな」

 俯き気味に、すこし恥ずかしそうに答えるランサー。

「かしこまりました!」

 そこからはランサーのファッションショー。上を替え下を替え、腰まである髪まで形を変えて現代の女の子を楽しんだ。

「どう、かな」

「ああ、よく似合っている」

 これで何度目であろうか。無反応を店員に怒られて誉めるようになったのはいいが、さっきから同じ言葉しか言っている。

「そうかな」

 それでもランサーは満足しているようで、そのまましばらく取っ替え引っ替えを続けた。

 

「昼食にするか」

 5件目をまわり、そろそろ買い物袋が葛木の両手に収まらなくなってきたあたりで、彼が腹ごしらえを提案した。時刻は12時をすこし回ったくらいで、ちょうど昼飯時である。

「そうだな、たしかに腹も空いてきた気がする」

 ランサーはお腹をさすり、そう返した。

 

『出張開店!紅洲宴歳館・泰山』、ランサーはフードコートに入ると麻婆豆腐を選んだ。

「本当にそれでいいのか」

「生前にマーボドーフ?は一度たべたことあったんだ。それがすげーうまくてさ、また機会がめぐってくるなんてな」

「...そうか」

「なんだよ?」

「私はお前のやることに口を出すきはない。ただそれだけだ」

「?」

 一瞬表情が険しくなったように見えたが、すぐに葛木は手元の天津飯を頬張り始めた。

「へんなやつ」

 遅れてランサーも麻婆豆腐に手をつける。

 見た目で、あるいは葛木の発言で気づくべきだったのかもしれない。こうなる未来を確定せしめたのは何だったのか。魔術師になったこと?魔術師狩りをしたこと?世界を旅したこと?生前に中華料理を食べたこと?いや、生まれたその時点でどうあがいてもこの結末に収束していたのかもしれない...。

 断末魔の叫びと共にランサーは意識を失った。

 

 

 

 

 温かい。ゆりかごに揺られているような浮遊感。でもそれは全然不安じゃない、ううん、むしろ安心できる。

 うっすらと男の顔が見える。自分を抱きかかえるている人。

「おや...じ...?」

 声に応じて男が自分を見下ろす。

「目が覚めたか」

 父親に見えたのは葛木だった。

「葛木...?」

「お前はアレを食べた後、気を失って倒れた」

「あぁ、そうだったな」

 あれはやっぱり幻だったのだ。

 ランサーが葛木に下ろすよう促した。

「もう大丈夫なのか」

「あぁ、悪かったな...」

「...」

 その場に足を止めうつむいている。

「どうした」

 なおもうつむいてるランサー。

 すでに夕日が伸び、見渡せば家へと駆ける子供たちや、買い物かごを抱えた主婦が目に写る。もうすぐ夜になる。明るいうちに帰られねば戦闘の危険も増すだろう。

「あの、さ」

「...」

「手、繋いでいいか」

 

 

 

 周りから見れば親子のようだったかもしれない。

 背の高い無愛想な父と、明るく元気のよい娘。

(親父が死ななかったら、こうやって一緒に歩くことも出来たのかな)

 横を歩く葛木を見上げると、同じく葛木も見下ろしてきた。

「なんだ」

「べっつに、なんでもねーよ」

「...お前の父親と重なったか」

「!?」

 普通のことのようにさらりと問いかける葛木。全く心の準備もしていなかったランサーは、言葉を返すこともできず立ち止まった。

「生前のお前を見た」

 サーヴァントとそのマスターは、契約をもって繋がれている。それは深く強固なもので、お互いの魂にすら触れてしまうようなものなのだ。

 恐らく、葛木は夢でランサーの人生を垣間見たのだろう。

「...ッ」

「今日もお前を見ていて思うところがある。何かあるのなら、人に話すのも一つも手段だろう」

「ハッ、アンタ保護者にでもなったつもりかよ?親父みたいなこと言うんなんてさ」

「...教師という肩書きのせいかもしれんな」

 虚勢を張るが、いまだ動悸はおさまらない。葛木の言ったことは全て図星だった。

 不器用な父親と一緒に買い物をして、ご飯を食べて、そして手を繋いで帰る。

 それは生前に何度も夢見てきたこと。掴み取ろうとしてこぼれ落ちた、記憶に欠片のみを残す幸せな夢。幸せだった夢。

 ランサーは一人の娘として、葛木は一人の父親として、聖杯戦争なんてなかったように接してしまった。それこそ葛木の感じた違和感だろう。

「話したくないのなら構わん。話したくなったらいつでも言うといい」

 夜も近いな、と続け、止めた足を再び動かす。しかし数歩進んだところでまた立ち止まる。ランサーが動かないのだ。肩を震わせ、俯いたままに立ち尽くしている。

「...」

「アタシの...話を聞いてくれ」

「ああ」

 繋がれた手をより強く握りしめた。

 

 

 

 

 柳洞寺への帰り道。話すと言ったものの、ランサーはトボトボと葛木の後をついて歩くだけであった。今は何も言うべきではない、彼女が口を開くのを待つべきだ。そのように葛木も判断し、ただ無言のまま二人は寺に着いた。

「よぉ、遅かったじゃねーか。見てわかるとは思うが一応義務だ。報告しておくぜ」

 アサシンによると、今日一日、敵サーヴァントの襲撃はなかったようだ。山門を背に座り込み、刀の手入れをしている。

「おいマスター」

「なに」

「報告通り、何も問題はねーからよ。今日はゆっくり休んどけ」

 アサシンが、ランサーに振り向くこともなく告げる。

「ありがと」

(らしくねぇな。おおかた葛木が何か言ったんだろうが...まぁ俺には関係ねぇか、ただ山門を守るためだけの存在だ)

「葛木、信用していいんだな」

「それはお前が判断することだ」

「まぁ、そうかもな」

 葛木とランサーは山門をくぐり、砂利に左右を囲まれた石畳を進んでいく。コツコツと鳴る音が遠ざかりそして消えた。

(けど、サーヴァントの立場抜きにして、なんかアイツはほっとけねえな。気が強くて力も強え。女の癖して男や大人にだって負けねえ。けど、一人悩みを抱えて泣いちまうような...)

 手入れを終えた刀を白い鞘におさめ、街へのびる階段の暗闇に神経を張る。何か人ならざるものの気配。

(あの時、俺は何も出来なかったな)

 そして刀を左手に携え立ち上がる。

「どこのどいつか知らねーが、今帰るなら許してやる。けどよ、やり合いたいってんなら受けてたつぜ」

 抜刀の姿勢。アサシンは右手をゆっくりと刀の柄に置き、闇へ鋭く剣閃を放った。

 

 

 

 

 夕食を終えると、ランサーは自分の身の上をぽつりぽつりと語り出した。

 家族四人で幸せだったこと。それが突然終わってしまったこと。自分がみんな死なせてしまったこと。そしてそれからの戦いの日々。

 悲惨なファンタジーの物語、そう言われたほうが納得できる。しかしそれはファンタジーでもないし、まして物語なんかではない。一人の少女がその小さい身体に受け止め背負ってきた負の歴史。どこまでも空虚で、どこまでも真っ暗だ。

「アタシが、アタシがみんなを殺したんだ!アタシが!!」

「お前が何かしたわけではないだろう」

「知ったこと言うなよ!!アタシが魔術なんてやなきゃ良かったんだ!!アタシが、アタシが白い魔術師と契約しなきゃ、モモはッ!!」

「すまん」

「あ、いや、アンタは悪くなかったよ。ごめん」

「お前の願いはそれに関する、あるいはそれそのものか」

「ああ、アタシの願いは『家族の死をなかったことにすること』。もう一度やり直したいんだ」

 過去改変などたしかに聖杯を使わないと無理だろう。ランサーにはこれ以外に方法がない。

「そうか」

 科学者、あるいは考古学者たちはこれを糾弾するだろうか。歴史の改変、ましてランサークラスの人物が行うとすればそれはどれほど大きな影響を残すだろうか。

「止めないのかよ」

「ああ、好きにするといい」

「自分でも馬鹿なことを言ってると思ってる、許されることじゃない。なのにアンタは何も言わないっての?」

「私は今まで生きている意味がなかった。それはこれから先も同じだろう。それゆえに、他人が何をしようと私は何も言う気はない」

 さらに、と言って続ける。

「お前は私のサーヴァントだ」

「そう、かよ。あとで後悔しても遅いぜ!」

 そうぶっきらぼうに言い放つが、もはや笑顔にほころぶ顔はごまかしようがなかった。

 

 

 

 

 サーヴァントに睡眠は必要ないのだが、葛木が殆ど魔力を持たないためこうして休息をとらなければならない。

(今日は楽しかったな)

 部屋の隅に置かれた買い物袋をチラチラと横目で見つつ、今日のことを振り返る。

 ただのデリカシーが欠如したおっさんかと思っていたヤツに慰められるとは思わなかった。ずっと抱えていたものが少し軽くなった気がする。

(人に話すのって、こんなに気分いいことだったんだ)

 もちろん問題は解決したわけではないし、解決に向かうわけでもない。しかし確実にランサーの心は安らいでいた。

 今日はよく眠れるだろう。目を閉じるとすぐに、ランサーは夢の中に落ちていった。




おいてけぼりになったり、なんか気持ちが入り込まなかったり、そういう部分を改善できるよう頑張りたいんですがなかなかどうして難しいです。
小説の書き方をどこかで学ばないとですね。

さて、幕間の1はランサーの話でした。次は未定ですが、詳細は活動報告にて連絡します。

境界の彼方の映画見ましたけど、映像がやっぱり綺麗ですよね!未来編も楽しみです。


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イリヤの新生活

投稿ですー。本編は2016年からです。


 ふと目が覚めると、あたりはまだ夜だった。

 しかしそのような気がしただけで、実はまだ覚めていないのかもしれない。

 誰かを見つけようと開かれた目はどこまでも真っ暗な世界を映し、誰かに触れようと伸ばした手はどこまでも孤独な空間を掻き回す。

 五感が失われたら生きていると言えるだろうか?その人は自分が生きていると自信をもって言えるだろうか?もっとも話すこともできないのだが。

 必死に、バタバタと振り回す腕。おや耳は聞こえるようだ、などと思う。一先ず自分は肯定できた。じゃあ彼はどうなのだろうか。

 なおも振り回し続ける腕。次第に息があがってくる。そうだ、まだ声を出していないではないか。

「...カ...ッ」

 うまく声がでない。カラカラに乾いたのどは形にならない空気を通すのみだ。

「......アッ...!」

 涙が出てきそうだ。なんとも無様な自分の姿に?それとも"誰か"の存在を証明できないことだろうか。

 しばらくして自分の手が何かをとらえた。いや、とらえられた、というほうが正しい。荒れ馬のようにアッチヘコッチヘ暴れまわっていた手は、誰かの逞しい手によってその身を鎮めた。

「バ......」

「おはよう、イリヤ」

 誰かは"誰か"ではなかった。

 

 

 

 

 時刻は昼の12時、らしい。何故『らしい』とつけたのかと言うと、昼とは言ってもあたりが真っ暗でなにも見えないからだ。

「落ち着いたか?」

「...」

 イリヤの手を掴んだのは士郎であった。やはりバーサーカーが消えたのは夢ではなかったのだ。いつも傍にいてくれた彼への繋がりはすでに感じられない。金色のサーヴァントによって討たれたのだ。

(バーサーカー...)

 彼のことを思うと何やら頬を温かいものが伝った。

「3日は寝てたんだ。声がでないのもそのせいかもな。ちょっと待っててくれ、何か持ってくる」

 そう言って士郎は部屋を出ていった。

 目に手を伸ばすと、包帯が巻かれているのがわかる。目を裂かれたのだ。柔らかな包帯を手で撫でながら、少しずつその時のことを思い出す。包帯の隙間からよりいっそう思いが溢れ出てきた。

 

 

「食べられるか?」

 士郎が持ってきたのはお粥だった。もちろん見えないので確認はできないが士郎はそう言っていた。

 暖かい湯気が鼻腔を駆け抜け、腹がぐぅーっと大きな音をたてる。どーやら自分は腹が空いていたらしい。

「スプーンで口に持ってくから、はい、あーん」

「あ...」

 うまく食べられない。口の端から汁が零れ、寝巻きと布団を濡らしてしまう。

「悪い。次はちゃんとやる」

 今度はちゃんと食べられた。体が徐々に満たされていくのを感じる。

「うまいか?」

 

「それはよかった」

 口から入り体の奥に落ちていく。しばらくしてお粥がなくなると、士郎は空の容器を持ってどこかへ行ってしまった。

 もう少し休んだほうがいい、と士郎は言っていたが、すでに目は覚めてしまっている。

 寝ていたのだから3日など一瞬のことだ。けれどなぜか世界が懐かしく感じる。風を浴びたい、ふとそうおもった。

 

 

 雪のように白い足は、膝をたてることも困難なほどに消耗していた。

 それでもタンスや戸を支えに、なんとか縁側にたどり着いた。

「あら、思ったより元気そうじゃない」

 風の流れるほうから女の声が聞こえる。

「よいしょ、と。掴まって」

『ほら掴まってイリヤ』

 しなやかな、それでいてどこか頼もしい手。

『切嗣が向こうで待ってるわ』

「お母様」

「まだ寝ぼけてる?私は凛。遠坂凛よ」

 

 

 縁側に座ると、すうっと風が体を駆け抜けていった。目には見えないが、はるか上のほうから暖かく包み込んでくれるのは太陽だろうか。

「ここ、いいわよね。私は家が西洋風な作りだから縁側なんてないけど、こんなにいいなら一つ和室が欲しくなるわ」

 西洋風な屋敷に和室はどうだろうか。畳の中心に寝転がりら洋菓子を頬張る凛を想像し笑ってしまった。

「まぁ、屋敷のコンセプトには合わないわよね」

 まったくだ。

「...その様子なら大丈夫そうね。これでも貴女のこと心配してたのよ」

「...」

「バーサーカーもいなくなっちゃったし、これからは貴女をあの金ぴかから一人で逃げなくちゃいけない。もしかしたら他にも敵はいるかもしれない。今までよりずっと危険な戦いになるでしょうね」

 協会に行けば保護してくれるかもしれないが、そんなもの英雄王には障害とならないだろう。危険どころの話ではない。

 そんなことはわかっている。

「...なんてね。きっと貴女は一人になんかならない、させてくれないわ。衛宮くんが許さないに決まってるもの。敵とか味方なんて関係ない!なんて言っちゃって」

 しかしそうは言っても生き残ることは諦めている。元々そういう運命だったのだから。

「それとね、私も衛宮くんとは同盟を組んでる。だから衛宮くんがアンタを助けるって言うなら、私もそうしないわけにはいかないわ」

 不本意だけど、と付け加えて凛が微笑む。

「バーサーカーは確かにもういない。けど貴女は一人じゃない」

 どこか体が熱くなるのを感じる。

「それを持ってどこに行くつもりだったの?」

「...」

「たしかにロトの聖遺物であるソレを持ってれば少しの困難は乗り越えられるかもしれないわ」

 気づかれていた。

「でも相手はサーヴァントなのよ。出来て時間稼ぎ、いいえ、もしかしたらそれすら出来ないかもしれない。そうなったら貴女は死ぬのよ」

 行くな、と凛は言いたいのだ。長々と遠回しに、あげくに士郎を言い訳に、凛はイリヤを引き留めるつもりなのだ。

 どこか儚げな少女を、どこかの誰かに重ねてしまっているのかもしれない。

「とりあえず何日かは休んでなさい。体力だって万全じゃないし、まだその目にも慣れてないんでしょう?」

 心を許すつもりはない。いくら優しそうに思えても、彼等は自分の敵であり自分も彼等の敵なのだから。

(でも...今日は、いいよね)

 凛の言うことも一理ある。仕方ない、一応のところは彼等に頼るのもありだろう。

「部屋まで戻れる?手を貸しましょうか?」

 背を向けて歩き出すイリヤに凛が声をかける。

「ええ...おねが...い...する...わ」

 ちょっとしたからかいのつもりだったのだが、凛はイリヤの返答に目を丸くし、そして微笑んだ。

「お安いご用よ」

 まだ疲れが残っていたせいだろうか、なんだか眠く感じる。これなら布団に入ってすぐにでも眠れそうだ。

 

 

 

 

 

「おはようイリヤ」

 前まで側にいてくれた彼は声をかけてくれることなどなかった。その事に関しては今の方がいいかもしれない。

「おはよう、士郎」

 どこからか差し込んでくる日の暖かさを全身で感じ、大きく欠伸とのびをする。

「あら、そんな大きく口を開けるなんて淑女らしくないんじゃなくて?」

 どうやら部屋にはもう一人いたらしい。布団を挟んで士郎の反対側には凛が座っていた。ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべている。

「おいおい、喧嘩するなよ遠坂。まだイリヤは疲れてるかもしれないだろ?」

 やはり士郎は優しい。赤い悪魔とは大違いである。ならばこれは好機であり、それを逃すことはできない。いや逃すべきではない。

「あぅぅ~、しぃろぉ~」

 よろけたふりをして士郎に抱きつく。病み上がりなのだ、仕方ないだろう。目が見えないのだ、偶然もあるだろう。

「うわっと、大丈夫かイリヤ?」

「ごめんね士郎、ちょっとよろけちゃって、目も見えないし、痛くなかった?」

 声のしたほうへ上目使い(っぽい感じ)で顔をあげる。

「大丈夫さ、イリヤは軽いからな」

「えへへ」

 ああ至福の時。これこそ夢に見た遥か遠き理想郷だったのかもしれない。士郎の腕の中は暖かく、いつまでも包まれていたかったが、唐突にそれは引き剥がされた。

「ちょっ、凛!何するのよ!」

「衛宮くんはこれからお昼ご飯の用意したりしなきゃいけないから忙しいの。とっとと離れなさい!」

「...」

 凛に後ろから羽交い絞めにされて、イリヤがジタバタと暴れる。

「離して~!」

「ちょ、暴れないでよ」

「...はぁ」

 少し考え方を変えてみよう。肉体的にも精神的にも、いつ立ち直れるか不安だったところにこれだ。元気になれたのだ。よかったじゃないか。士郎はそう思い、二人に気付かれないうちに立ち上がり部屋から去っていった。

 

 そろそろお昼のころだろう。時計の針が頂点に着くまでにはまだ少しかかるが、静かな空気に乗って流れてくる香りがイリヤにそのことを告げてきた。焼き魚というのも久々だ。

「おーいイリヤ!お昼の用意ができたぞ!」

 廊下の向こう、台所のほうから声が響いてくる。

「わかった~」

 寝転がったまま、聞こえないことはわかっているが、呟くように返事をする。

 しばらく凛と取っ組み合っていたが、士郎の不在に気づくと自然にそれは終息した。そのあとは各々の部屋で落ち着き、イリヤは布団の上で何をするでもなくコロコロと転がり今に至る。

「さて、と」

 ゆっくりと体をおこし、目を擦りながら部屋を出る。これがいわゆるニートなのかもしれない。とろけた頭でそのようなことを考えつつ、食卓に向かう。

「あれ、寝てたのか?イリヤ」

「ええ、よく眠れたわ」

 実際はそうではないが、そういうことにしておこう。特に説明するまでもないことだ。

「それは良かった。そうだ、これ、向こうに運んでくれるか?」

 返事をするかわりに、その焼き魚の乗った皿を持っていく。なんの魚かはわからないが、自分の予想通りの献立だ。

「ふわぁ~あ、おはよう衛宮くん」

「なんだ遠坂も二度寝してたのか」

 まったくしょうがないな、と言って苦笑する士郎にイリヤは少し不満を感じた。本当は違うのに一緒にしないでほしい。

「さて、昼御飯を食べよう」

 美味しかったので二度寝の件は大目に見るやることにした。

 

 

 午後からは士郎の提案で町に出ることにした。危険ではないか?と凛が不安がったが、士郎はキャスターの言ったことを信じるらしい。つまり、しばらくは安全だろうというのが士郎の見解だ。

「ランサー達がわざわざ出てくるとも思わないしな」

 まぁそれはそうだろうが、万が一ということもあるのではないだろうか。

「セイバーもいるから大丈夫さ」

「おう、任せとけ!」

 少しでもイリヤに楽しんでもらおうと、傷を癒してもらおうというのだろう。今はイリヤも元気よく振る舞っているが、本当のところは本人以外わからないのだから。

「お、着いたぞ」

 車の入そうな大きな通りの脇に、それに沿っていくつもの店が立ち並んでいる。それぞれが食べ物や日用品、本やスポーツ用品を掲げ、店主が陽気な声とともに売り捌いていく。こう形容するとまるで市場の競りのようだが、実際は少し元気のある商店街だ。

「商店街なんて久し振りかも」

「遠坂は来たことがあるのか」

「ええ、前に、お母さまがいたころに一度ね」

「そっか...」

 若干シリアスな空気に包まれる二人をよそに、セイバーとイリヤは心を踊らせていた。聖杯戦争が始まってから、セイバーもイリヤもほとんどお出かけなどしていない。店主達の元気な声や漂ってくる料理の香り、なによりここの暖かい空気が彼らを掻き立てた。

「士郎、俺ちょっと見て回ってくる!」

「私も行くー!」

「え?あ、ちょっと待っ」

 士郎が二人を止めるより早く、彼らは未知の世界へ飛び込んでいった。

「あいつら...」

「はぁ、仕方ないわね。私たちも行きましょ、衛宮君」

「そうだな」

 二人にはお金を持たせていないのですぐ戻ってくるだろう。凛に手を引かれ、士郎も商店街に入っていった。

「衛宮君、ちょっとそこ入ってみない?」

『出張開店!紅洲宴歳館・泰山』

「遠坂、腹がすいてるのか?」

「それもあるんだけど、前に似非神父が私に薦めてきたことがあったのよ、このお店。だからせっかくだし食べてみようかなーって」

「別にいいけど。食べるならセイバーとイリヤも一緒のほうがいいんじゃないか?」

「ああ、それなら」

 後ろに振り向く凛につられて士郎が目を向けると、二人がこちらに歩いてくるところだった。

「来たわよ」

 士郎と目が合い、イリヤが大きく手を振って駆け寄ってくる。

「士郎~~!」

「なにかいいものはあったか?」

「欲しいものがたっくさんあったよ!おっきな熊のぬいぐるみがいいなぁ、きっとモフモフしてて暖かいんだろうなぁ。あとね!キモノ?を来てる虎のぬいぐるみも置いてあったの!手に竹の剣を持ってたりしてね、お腹を押すと喋るの!なんだか笑っちゃったぁ」

 クスクスと笑うイリヤ。きっと心から楽しいのだろう、今日誘ったのは間違いではなかったのだ。士郎にはそう思えた気がした。

「ありあっしたーー!」

 威勢のいい挨拶共に、中華料理店から一人の男が出てきた。そしてその男は膝を震わせ数秒ののちに膝をついて倒れた。

「うっ...まったくトンでもないな。私のいた時代にはあんなものはなかったぞ」

 後からもう一人、今度は可憐な少女が出てきた。左手でセミロングの髪を撫でつつ、男に笑いかける。

「サーヴァントも案外弱いんですね。本当に私を守れるんですか?」

「君は食べていないから...そう言えるのだろう。あれは、人の触れてはならないものだ」

「ふーん」

 息も絶え絶えという様子の男とそれを嘲笑する少女。どこか見覚えがある。

「あの、大丈夫ですか?」

 士郎が声をかけ手を差しのべるが、男はそれを手で制し断った。

「心配には...及ばない」

 もう見るからに死にそうな雰囲気を放っているが、本人がそう言うなら仕方ない。放っておいて店に入ろうとするところで、凛が声をあげた。

「ねぇ、今サーヴァントって言わなかった?」

 はっとして全員が男に目を向ける。たしかに連れの少女がそう言っていた。黒のズボンに革靴、そして上は白のシャツにベストとコート。全身黒尽くめの服装だ。そしてなによりその顔、白と黒がきっちり別れた髪色をしており、顔の中央に斜めに縫い後が残っている。つい最近会った男、それも最悪のかたちで。

「おまえ、キャスター!?」

 倒れている宿敵を囲んで見下ろしているという異様な状況、ちなみに一緒にいたはずの少女はいつのまにか姿を消していた。




予告からだいぶ遅れてしまい申し訳ないです。

そういえば先日FGOでヘラクレス引きました。イリヤ礼装つけて戦ってもらってます。いやぁテンションがあがる


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第二幕
1話 襲撃


あけましておめでとうございます。年も明け、これから二幕の投稿を開始します。
時間がやばめなので、また何かをあとがきに書き加えるかもしれせん。


 自分は今どこにいるのか。どこを見ても暗闇が広がるばかりで、わかることと言えば、ひどく寒いことと床が固く冷たいことだ。ごつごつとした石造りのこの部屋は牢獄を思い起こさせる。

 コツコツと靴が地面をける音が響いてくる。その音は徐々に自分に迫り、目の前までくると、余韻を響かせつつ止まった。

「よぉ、気分はどうだい?」

「最高とは言えないが、この環境にもだいぶ慣れてきた。君が言っていたほど悪くないな」

「ハッ、そうかよ」

 この場所に閉じ込められてより一週間。両手足を鎖で繋がれ、暗闇のなか一人放置されていたが、彼はさほど堪えてはいなかった。普通の人間であれば一日ともたないであろうが、人ならざる者ならそれもまた別の話だ。もっとも、彼の精神力の強さも関係がないわけではなかったが。

「それよりこの鎖をどうにかしてくれないか?いつまでもこの状態ではさすがに疲れる。それに、これいじょう鍛錬をさぼるわけにいかない」

 そう言って、彼が手首につながれた鎖をジャラジャラと鳴らしてみせる。

「剣のか?」

「剣も、だ」

「ふぅん」

「無論、弓が最優先ではあるがね」

 しばし沈黙。

 彼は夜目がきいた。相手は何するでもなく自分を見下ろしている。何をどう言うべきか、それを考えあぐねているようだ。

「今日の夜」

 どうやら言うことが決まったらしい。

「と言っても、こんな場所じゃ今の時間もわかんないか。そうだな、今からだいたい3時間くらいかな。アタシ達はアンタのマスターに夜襲をかける」

「...ほう」

 予想していた通りだ。

「相手はセイバーただ一人。それに前回もアタシ一人で追い詰めてる。問題なくあの娘は始末できるだろうさ」

 それも分かりきっていることだ。だがしかし、二つわからないことがある。

「質問しても?」

「なんだよ?『見逃してくれー』なんて言うつもりか?」

「ふっ、私がそんな愚かに見えるかね?もっとも、実際見逃してもらえるというのなら、それ越したことはないが」

「なわけねーだろ。で?なんなんだよ、聞きたいことって」

「そうだな。あの襲撃の日から、体力が戻るのを待ったとしても、今日までチャンスがいくらでもあったはずだ。なぜ今日まで待った?他と同盟を組む恐れもあったはずだ。なんといっても君達の戦い方や、さらに真名まで知られているのだからな。相手、もとい我々に反撃の機会を与えているようなものではないのか」

「まぁたしかにな」

 またしばらく沈黙。相手は頬を人差し指でぽりぽりと掻きつつ、やはり考えあぐねていた。言うか言うまいか、今度はそこで悩んでいるようだ。

「まぁ、隠すほどのことでもねーか」

 その言い方は軽く、確かに大したことではないように思われる。

「マスターの方針だよ」

「マスター、私のマスターの予想では葛木宗一郎であったはずだが」

「ご明察。まぁ魔術師じゃねーんだけどな」

「ほぼ一般人のマスターか。満足に魔力供給が行われているとは思えんな。ゆえに今日まで襲撃は先延ばしにされた、というわけか?」

「たしかに、満足とは言えねーな。ただまぁ宝具を一回使える程度には足りてるよ」

「別に理由が?」

「さすがにもう言わねーよ。と言いたいとこだが、アタシにもそこんとこが分かんねえ。なんでアイツがあんなに襲撃を拒んだのか。『まだその時ではない』それしか言ってなかったしな」

(よくもまぁぺらぺらと喋るものだ。魔力供給が満足に行われておらず、かつマスターの考えをサーヴァントが把握していない。それだけでもそれなりの情報足り得るとは気づかないか。もしくは私がここから逃げられるとは思っていないか)

「では次に、なぜ私を今日まで生かした?私が寝返るとでも思ったのか?」

「それもマスターの方針さ」

「...」

「さて、もういいだろ。アタシはもう行くぜ。じゃあなアーチャー」

「ああ、せいぜいお手柔らかに頼むよ。ランサー」

「ははは」

 笑い声とともに足音が遠ざかっていき、扉の閉まる音を最後に、あたりは静まり返った。再び訪れた静寂。

(さて、どうしたものかな)

 ここから自力で逃げ出すのは不可能だろう。アーチャーにできるのは、ただ策を練ることだけだ。幸い、凛の令呪はまだ残っている。今ある程度対応策を考えておけば、呼ばれたときにその場でそれなりの対処ができるかもしれない。

 思考の海に沈みこみ、あたりに浮かぶ可能性を手繰り寄せる。そして一つの結論を紡いでいく。提案と反論によって束ねられた可能性は少しずつ千切り捨てられ、結論はよりはっきり、シンプルなものになっていく。

 しかし突然、すべてが揺らぎ、崩れ去っていった。根本的に何かが間違っている。

(葛木宗一郎がマスター...?)

 見落としていた。知っていたはずなのに、気づけなかった。

(葛木宗一郎から、微弱ではあるが魔力供給が行われている...?)

 アーチャーの額を冷や汗が伝う。

「なぜ、魔術回路を持たない葛木に魔力供給が行える... ?」

 謎は謎を呼び、アーチャーの中でより大きな黒い塊となっていく。

(もし仮に魔力供給が行えるとするなら、街で起こった一般人の昏睡事件の犯人は誰だ?魔力の足らないキャスター、いやランサーの仕業ではなかったのか?別に犯人がいるというのか?そもそも魔力供給可能なことがランサーの嘘...?それならこの長い期間を置いたことも頷ける。一般人の魔力を回収する時間が必要だったからだ。いや、それは違う。ランサーの気配はずっとすぐ近くにあった。やつは移動していない。この一週間ずっとだ。セイバーとの戦闘では宝具の解放も行っている。それから今日までなにもせず過ごすことが可能か?葛木からの魔力供給がないなら不可能なことだ。そもそも、彼女は人に仇なす魔術師を憎んで死んだ英霊だ。その意思に反して、まして魔力も足りているというのに一般人の襲撃などするわけがない。とすると...)

 アーチャーは一つの結論、新たなる謎へ迫っていく。

(残るサーヴァントはキャスターとアサシン。アサシンはランサーの支配下だ。やはりアサシンが犯人とは考えづらい。とするとキャスターか)

 もう答えが見えてきた。いや、遠ざかったというべきだろうか。

(この聖杯戦争で暗躍するものがいる...?)

「ふっ、さすがにそれは考えすぎか。陰謀論もいいところだな」

 一般人であるはずの葛木宗一郎。さらに昏睡事件の新犯人。すべてが振り出しに戻ってしまった。

 

 

 

 

 午後9時頃。衛宮邸の木からひとひらの葉が落ちる。音なく地面に落ち、夜風に揺れる芝生に重なり同化した。

「時間だ」

 静寂した空気に、少女の声が波紋を浮かべる。

 一瞬の間の後、まるで鋭利な刃物にでも切られたように、庭に面したガラス戸が横一線真っ二つになった。吹き荒れる風が唸り声をあげ、バラバラになったガラス戸を吹き散らす。

三十六煩悩鳳(36ポンドほう)

 確かな手応えを感じ、木の上から男が降り立つ。

「...ああ?」

 しかしそれは間違いであった。放たれた剣閃は目標を切り裂くことなく、セイバーの黒鉄の大剣によって阻まれていた。

「十戒、第七の剣『重力の剣(グラビティ・コア)』」

 異常に重く、異様に固い大剣。振るうこともままならないが、守りとして使えば鉄壁の盾となる。

「気づいてやがったか」

「この家にはちゃんと防犯設備があるのよ。あなたが入った時点でお見通し。未熟ね、アサシン」

 セイバーの後ろから声が響く。

「アーチャーのマスターか。どうやら奇襲は失敗したようだな」

 アサシンが後ろの暗闇へ話しかける。

「別に奇襲するつもりなんか端からねーよ。正々堂々、真っ正面から叩き潰してやるさ」

 声とともに姿を現したのは、赤い衣装に身をつつんだ赤毛の少女、ランサーであった。

 右手に槍を携え、もう片方の手には囓りかけのリンゴが握られている。

「ランサーにアサシン。俺に勝てるって言いたいのか?」

 ランサーは、手に持ったリンゴを口元に運び、歯形のついたほうと反対側を囓りとり、ニヤリと笑った。

「ハッ。ったりめーだろ」

 そしてリンゴを置くと、ランサーは槍を構えた。

「即攻即殺だ。ロッソ・ファンタズマ」

 ランサーの槍から目も眩むような光が放たれ、30人の分身が姿を現した。

 即攻即殺。言葉通り、30人全員が一斉にセイバーに斬りかかる。柳洞寺の時と同じ、無数の刃がセイバーに迫りくる。

「ぅぐあッ!!」

 しかし、セイバーに刃が届くその瞬間、ランサー達は後方へ吹き飛ばされ、各々地面へと叩きつけられた。

 全員がオリジナルと同じ戦闘力を持っている。それにもかかわらず、セイバーは彼女らの攻撃を躱し、反撃を入れ、さらにそのうち5人を引き裂いた。

「二度も同じ手は通じねえか。第九の剣『羅刹の剣(サクリファー)』だったっけか?自分の限界を超えた力を引き出し、そのデメリットとして狂化状態になる。そう来るんじゃないかと思ってた。アタシのロッソ・ファンタズマに対抗できるのなんてそれだけだからなぁ」

「...」

「あら、よくわかってるじゃない。アナタじゃセイバーには勝てないわ」

「かもな」

 無心に、目に映る敵すべてを切り裂いていくセイバー。すでにランサーの分身は半数以下にまで減らされている。

「さぁどうする?このまま返り討ちかしら?」

 バーサーカーとほぼ同等の力今のセイバーを前に、ランサーたちはどうすることもできない。

「はぁ、やっぱアタシじゃ荷が重い。アサシン」

「おう」

 アサシンが迫りくるセイバーとランサーの間に入り、日本刀を鞘に納め、姿勢をかがめ柄に右手を添えた。

「一刀流...居合」

(!あれはアーチャーの時に見せた技。でも、彼の主であるランサーを圧倒しているセイバーをどうにかできるとは思えない)

 ランサーの分身の最後の一人が消え去った。残るはランサー本人とアサシンのみ。

 普通の人はその影すら追うことのできない速さ。一歩一歩が地面を割り、地割れがアサシンも足元へ走る。セイバーとアサシン、両者の顔が息のかかるほどに接近する。

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!!!!!」

獅子歌歌(ししそんそん)

 体が軽い。目の前が暗い。そうか、夜だったっけ、向こうのほうに月が見える。じゃあ自分は何をしているのか、そうだ、ランサーとアサシンが来たのだ。だから自分は『羅刹の剣(サクリファー)』で対抗した。狂化が解けているってということは勝ったのだろうか?

 血だまりが飛沫をあげ、セイバーが背中から落ちる。

「力も速さもお前のほうが上だ。しかも刀一本ときてる。普通なら俺はお前に勝てねえだろうな」

 刀についた血をふり払い、地面にたたきつけられたセイバーを見下ろす。

「だが、ただ闘争心を剥きだしにして戦うてめぇの剣なんざ、目をつむったって躱せるぜ?」

「ぐっ、カハァ」

 セイバーが血を吹き出す。

「セイバー!!」

「コイツをほめんのは癪だけどさ、アサシンは剣士としては一流。技術だけで言ったらサーヴァントでも最強クラスさ」

「刀は足りてねぇけどな」

 セイバーが立ち上がり、剣を構える。すでに狂化は消え、第一の剣『鋼鉄の剣(アイゼンメテオール)』に戻っている。

「はぁ、はぁ」

「たしか『星の加護』で傷の治りが早いらしいが、さすがに今のは堪えたか」

 アーチャーを一撃で半戦闘不能に追い込んだ技。セイバーの剣はアサシンのほうに向いてはいるが、その切っ先は定まらず、今にも体が崩れ落ちそうだ。

「止めだ。覚悟しろ、セイバー」

音速の剣(シルファリオン)!!」

 セイバーが超加速し、再度アサシンに斬りかかる。

「足がおぼつかねえぜ」

 一秒の間に十を超える剣閃を繰り出すセイバー。それをアサシンが最低限の動きでかわしていく。

「てめぇじゃ俺には勝てない。それにな」

「いつから敵がアサシンだけになったんだよ?あたしもいるんだけどな」

 セイバーの腹部から槍が突き出される。

「わりぃな。正々堂々なんて言ってよ」

「仲間には、手ぇ...出す...な」

 セイバーはアサシン一瞬つかみかかり、赤く手の跡を残し、足から崩れ落ちた。

「そういうわけにもいかねぇな」

 立ち尽くす凛にランサーとアサシンが向き直る。

「悪いがマスター、俺はパスだ。女子供斬んのは趣味じゃねぇ」

「わかってるよ。後はアタシ一人で十分だ」

 一歩、また一歩、凛に迫るランサー。

「黙ってやられると思わないでよ!!」

 そう言って凛が無数の宝石投げ上げる。

「ああ?」

「こいつは...」

「くらええ!!」

 宝石が炸裂し、強烈な音と光が放たれる。

「くそっ」

 単純な魔術とはいえ、サーヴァントであるランサーも突然のことに対処できない。

 ようやく収まってきたころには、すでに凛の姿はなかった。

「一本取られたな、マスター」

「ちぃっ、どうせ中に逃げたのはわかってんだ。セイバーのマスターもろとも始末するだけだ」

「じゃあ俺は外で待ってるぜ」

「勝手にしろ」

 

 

 

 

 明かりのついていない、暗く静まり返った屋敷の中で、一人の足音が響き渡る。木のきしむ音、それはいかにも招かれざる来訪者の存在を示すように不気味で、その実、確かに彼女は招かれざる客であった。

 ランサー、彼女の存在は屋敷の最も奥の部屋の押し入れ、士郎とイリヤの隠れている場所まで聞こえてくる。

「シロウ...」

「大丈夫だイリヤ。もしもの時は俺が守ってやる」

 戦えないものは退がれ。アサシンに結界が反応した時、セイバーはイリヤと士郎を屋敷の奥へ遠ざけた。もちろん士郎は抵抗したが、必ず無事で帰ることを条件に、士郎はついにセイバーに従うことにした。

 しかしその約束は守られなかった。セイバーが倒れてより半刻、二人に危機が及ぼうとしている。すでに他の部屋は調べ、破壊しつくされ、残るはこの部屋のみだ。

「全く、手間取らせんなよ」

 そう言ってランサーが部屋に上がった。と、その瞬間、ランサーに閃光が降り注いだ。

「ガンド!!」

 大きな炸裂音とともに噴煙が上がる。

「はぁ」

 しかし、それに大した効果はない。

「最後の最後でそれかよ。諦めな、楽に死なせてやる」

 魔力の銃弾を打ち出す魔術『ガンド』。本来であればそのような能力は持たないが、凛の類まれなる才能によって、ガンドは攻撃魔術として完成されていた。

 だが、そんなことはどうでもいいことだ。ランサーには通じない。それだけのことなのだ。

「トレース・オン!!」

 士郎が押し入れを飛び出し、鉄のように固くなった箒で殴りかかる。

「何回がっかりさせる気だよ。いい加減あきらめろって」

 右手に携えた槍で箒をはじき、士郎の肩に刃を突き出し風穴を空ける。

「ぐああああッ!!」

 士郎はそのまま後方に倒れこんだ。

「シロウ!!」

「出てくるな!!イリヤ!!」

 イリヤが士郎に駆け寄る。

「なんだよ、そのガキは?」

「シロウを傷つけないで!」

 包帯に覆われた両目でランサーをにらみつけ、士郎をかばうように前に出る。

「許さないんだから!」

「そういえば葛木の奴が、子供がいたら殺さず保護しろ、とか言ってたっけか」

 そう言って左手でイリヤを抱え上げる。

「いや、離してッ」

「アイツもまぁ教師だからな。そういうとこまじめだよなぁ」

「イリヤを離せ!」

 なおも箒を離さずランサーをにらみつける士郎を、ランサーが複雑な表情で見下ろす。

「兄さんから見れば、...人殺しの悪人で、子供を攫う最低な奴かもしれねぇな」

「?」

「全く、何してんだろうな」

「ランサー...?」

 沈黙。ランサーはもの寂しい表情で凛達を交互に見据え、最後に肩に抱えるイリヤに目を向けた。

 もしかしたら見逃してもらえるのではないか。凛と士郎の頭にそんなことがよぎった次の瞬間、唐突にその静寂は破られた。

「なッ!?」

 ランサーが目を見開き、取り乱したように周囲を見舞わす。

「ランサーのヤツどうしたんだ?」

「さあね、ただ何かとんでもないことが起こってそうっていうのはわかるけど...」

 そして、自分の来た方向に向き直り、なおも焦った様子で槍を構える。

 次の瞬間、目の前に横たわっていた廊下が砕け散り、木くずと煙により視界がくらむ。そしてその煙から、ランサーの目の前にアサシンが現れた。全身血まみれで、握られた刀は根元から折れている。

「なんで、ここにいるんだよ」

「おお、マスター...わりぃな。俺はここまでだ」

「新たな敵か?クラスは?」

「そんなやつ...現れてねーよ」

「じゃあなんで」

「セイバーだ」

 その言葉にランサーは背筋が凍りつく。信じたくない。もしそれが真実なら、あまりにも規格外すぎる。

「アイツは...化け物だ。撤退しろマスター」

(今度は、守り切れると思ったんだけどな。まだよえーってことか...)

 アサシンがランサーにもたれかかり、そのまま光の粒となって消えていった。

「アサ、シン...」

 感傷に浸っている場合ではない。セイバーがまだ現界していたなど誤算もいいところだ。アーチャーを戦闘不能にした剣技で切り裂き、腹に風穴を開けた。生き返りでもしない限り、現世にとどまれるはずがない。

 しかし、現にセイバーは消えておらず、不意打ちではあろうが、アサシンを撃破した。

「セイバー!!よかった!」

 粉々になった廊下の先、セイバーは立っていた。

 しかし士郎は異変に気付く。いや、士郎だけではない。イリヤを除く、凛やランサーも彼の異様なたたずまいに戦慄した。

「...」

 全身血にまみれ、手に持ったサクリファーも赤黒く光を放っている。

 焦点が合わないのか、きょろきょろと動き回る眼球に合わせ、その体もゆらゆらと揺れる。

 すると突然静止し、顔をはっきりとこっちに向けた。ランサーたち(・ ・)を認識し、ゆっくりと身をかがめる。

「ゥゥゥ...ゥゥウウアアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!!!!!!!!」

 そしてセイバーは剣を振り上げ、一直線にこちらに向かって駆け出した。




今後ともよろしくお願いします


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