ストロング・ザ・Fate "完結" (マッキンリー颪)
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1話

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師~」

 

 第五次聖杯戦争勃発!

 と、言うことで遠坂の凛ちゃんはサーヴァントを召喚した。

 聖杯戦争といえばサーヴァント、サーヴァントがいなければ始まらないのだから当然である。

 

 このサーヴァント召喚の儀式。

 大昔の魔術師たちの努力と工夫の結晶なだけあって、矮小な身に過ぎぬ下衆人間たる魔術師でも、身に余る大魔術を可能としてくれるわけだが、その上でさらなる利益を求めたいと思うのが人間という種の下衆なところであろう。

 聖杯戦争に参加する魔術師、彼ら彼女らは皆、ただただ過去の英雄、勇者を召喚し供に戦うというだけでは物足りなくなったらしい。

 英霊だったら何でもいい、と言っておけば良いものを、よりよい英雄を、より強い勇者を、より確実に勝利を得るための手駒を、と人の欲望はとどまることを知らない。

 

 ゆえに、ただ儀式の手順に則ってサーヴァントを召喚するような魔術師は希である。

 どいつもこいつも、自分好みの英雄を召喚したいがために、その英雄由来のアイテムを使い、ある程度やってくるサーヴァントを選ぼうということを考えている。

 

 だったら、今ここでサーヴァントを召喚しようという凛ちゃんもそうか? といえば、少し違う。

 彼女は特に英雄を呼ぶための目印となるアイテムを用意しなかった。

 

 これは、人間ごとき矮小な存在が英雄様を選り好みしようだなんてわがままを言えません、という殊勝な態度ではなく、単に期限までに用意できなかっただけなのだが。

 しかしまぁアイテムがなければ誰がやってくるかわからないが、凛ちゃんはアイテム一つ用意できないくらいのスットコドッコイだけど、自分だったら最強のサーヴァントを召喚できるという謎の自信を持って召喚の儀式に挑んでいる。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 そして、召喚した。

 その瞬間、ズドーンとすごい爆音が響いた。

 まるで何か、超重量の物質が落下したかのような音だ。

 近所迷惑にも程がある、遠坂ハウスはやたら大きいのと、魔術的な結界を張っているおかげで音漏れしにくいようになっているのだけど。

 

「!?」

 

 音の発生源は凛ちゃんの真後ろ!

 驚いて振り向くとそこには……

 

「呼んだか?」

 

 身長3メートルに達しそうな巨人がいた。

 

 縦にも横にもでかく、分厚い肉厚を持つ剣道着に似た防具に身を包んだ大男である。

 剣道の防具に似たような鎧を身にまといながらも、タイツなのか地肌なのかわからない腕はパンパンに筋肉が詰まっていて、腕一本で凛ちゃんより質量があるんじゃないかと思えるほど。

 そんな男が、剣道の面越しでもわかるほどに血走りぎらついた目で、凛ちゃんを睨んでいる。

 

 もし凛ちゃんが犬にビビり強敵を前にしたら仮病で誤魔化そうとする、ギャグマンガの主人公のような性格だったなら盛大に漏らしているほどの威圧感ではあるが、凛ちゃんは尊大で傲慢な魔術師である。

 キリリと気を引き締めて対応する。

 

「あ、あ、あああ、あ、あなたが、わ、わわわ、わっわっわ、私の……サーヴァント……ですよね?」

 

 とはいえ怖いので態度は低めだった。

 

「グロロロー」

 

 これが歴代の聖杯戦争参加者中、最強のタッグが誕生した瞬間であった。

 

 

「え、ええと……サーヴァントとマスターの連携を確かなものにするために、私たちはお互い情報交換が必要なのだけど」

「グロロー、お前たち下等人間どもであればタッグを組む際に入念な打ち合わせも必要であろうが、完璧な実力を持つ我ら完璧超人ならばどのような条件であっても十全な力を発揮できるのでそんな打ち合わせなど必要ないのだ~」

「いや、あの、それでもちゃんとクラス名と真名、それにあなたの聖杯に託す願いを聞いておくのがマスターとしてのマナーなので」

「グロロー、ならば仕方あるまい。たまにはきさまら下等以下の下衆人間に合わせてやるのも一興というものよ」

 

 正直凛ちゃん、かなりイラッと来てるけど、我慢の子である。

 だって怖いもん。

 

(サーヴァントって全部こんなに怖いのかしら……こんな威圧感を持った英霊が7人も戦うのなら、確かに魔術師が戦いの主役になれないのも当然だわ)

 

 そしてサーヴァントという存在全てに対しちょっと勘違いしてしまう凛ちゃんであった。

 

 

「私はストロング・ザ・武道のサーヴァント……超人閻魔だ。まぁ、真の名前は他にもあるのだがお前には言う必要もあるまい」

「ストロング……え? なにそれ、イレギュラークラス? ていうか閻魔? ……え? 騙りじゃなくて? それって英霊を飛び越えて神の領域なのでは……」

「私のことは武道と呼べばいい」

「ア、ハイ」

 

 凛ちゃんは混乱している!

 

「そして聖杯に託す願い……それはな」

「ごくり」

「ない! そんなものはないのだ~! そもそも願いなどというものは自分の実力で掴み取るものよ。それを他人任せに頼ろうなどと……きさまらまさに下衆の行いと知れ~!」

「す、すみません!」

 

 武道のさらなる威圧! 凛ちゃんの混乱はさらに深まった!

 

「ま、正確に言うと私とて叶えたい望みはある……が、それを叶えるのは自力でやってこそよ! ゆえにこの聖杯戦争は一種の前哨戦、ここで下等サーヴァントどもを粛清し容易く他人の願いを叶えるなどというおごり高ぶった聖杯とやらも完全に破壊してくれるわ!」

 

 それが武道の望みであった。

 とんでもないことを言っているのだが、幸運なことに凛ちゃんは既に恐怖で気絶していたので聞いていなかった。

 

 

 

 

 そして翌日。

 前日の召喚の疲れと恐怖による気絶から正直コンディションは良くないが、実家の家訓、いついかなる時でも優雅であれという教えに従って凛ちゃんは学校に登校する。

 なかばやせ我慢に近いその行動だが、武道にとっては高評価に値した。

 

 自分の定めた掟に従う、それは己を律する完璧超人と似た所があるからだ。

 

(グロロー、もしお前が優雅さを忘れたのならば自害するのだろう、そのときはお前の最期を見取ってやろうではないか~)

 

 かなり物騒な勘違いもセットでの武道の評価だが。

 代々の遠坂家の人たちも、常に優雅さを保つようにと律することはしても、優雅さを忘れたら自害するなんてルールは持っていないというのに。



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2話

「……?」

 

 朝である。

 登校である。

 

 遠坂の家訓、いついかなる時でも優雅であれ。

 サーヴァント召喚、そして呼んだサーヴァントがかなりの曲者であったことによる精神的ストレスなどから、体調は良くない凛ちゃんだが、そんな不調を表面には出さずに普段通り、優雅な登校をしているのだが……

 

(なにかしら? 妙に視線を感じるわ)

 

 周りの態度に不審を感じる。

 しかし、その不信感を無遠慮に出すのは優雅とは言えない。

 だから凛ちゃん、なるべく普段通りの登校をする。

 

 ズシンズシンと、背後に続く足音が聞こえないままに。

 

 

 

 そして学校に到着した。

 

 ざわっ!

 

 凛ちゃんの登校に合わせたように、校舎の雰囲気が一変するが、凛ちゃんは周りの生徒たちにことさらなにを見ているのか、などと聞かない。

 いついかなる時でも優雅なのだ。

 

 それに、凛ちゃんにとって気にすべき点はほかにあるのだし。

 

「グロロー。凛よ、気づいたか?」

「ええ、この学校……結界が張られてるわ!」

 

 凛ちゃんは学生でもあるが、その本質は魔術師であり、今は聖杯戦争に参加するマスターなのだ。

 だから凛ちゃんにとっての優先順位は、魔術関連、聖杯戦争関連のものが上に立つ。

 その凛ちゃんは学校に何らかの魔術的な細工がされてるのを感じ取っていたのだ。

 

(それにしても武道も感じたなんて……この結界、かなりわかりにくい感じなのに、大したものだわ)

 

 凛ちゃんにとっては普段から通う学園であり、今日はなんだか生徒の態度が変だな~? と思ったから深く観察し、ようやく気付けたような結界。

 それを一発で看破する武道に対し、付き合うのに精神力がゴッソリ持って行かれそうだけどすごいサーヴァントでもあるのだと、評価を上げた。

 

 とはいえ、今すぐに魔術師として動くわけでもない凛ちゃんは、そういった内面の感情は表に出さずに、教室へ向かう。

 後ろにズシンズシンと響く足音が聞こえないままに。

 

 

 

(おかしいわ……やっぱりおかしい!)

 

 凛ちゃんは学校の人気者。

 だからいつでも、ニコリと笑えば相手も笑顔になるのが定番。

 だというのに、偶然目があった生徒に笑顔を向けても

 

「ひっ!」

 

 と、目を逸らされる。

 意味がわからない。

 これは一体?

 

「武道、これって私に何らかの暗示をかけられた、とかいうことかしら?」

「グロロロー、私の見た限りお前自身に何かをした訳ではないはずだ」

「そう……よね」

「ウム。そして周りの下衆人間どもも特別なにかをされてるわけではないようだぞ」

 

 ならば一体、何で生徒たちの視線が変なのだろうか?

 ついでに言えば、教室に入った担任の教師も凛ちゃんを見るなり

 

「ゲェー!?」

 

 なんて大声を上げながらも、凛ちゃんが

 

「どうかしました?」

 

 と聞けば

 

「ななな、なんでもありません!」

 

 と返事する。

 全く意味がわからなかった。

 

 

(この学校にかけられた結界で、魔術の素養のない一般人が魔力を持つ魔術師を見たら恐怖を感じるような暗示でもかけたというの? そんな魔術があるのなら、魔術師を見つけるという一点に関しては優れた結界だけど……)

 

 

 しかしそんな結界をこの学園に張る意味がわからない。

 よほどのモグリ魔術師でもなければ、凛ちゃんが遠坂の現当主でありこの冬木の街を管理する魔術師であるということは、知っていて当然の情報なのだ。

 凛ちゃんが聖杯戦争の参加者であるか、魔術師であるか、そんな事はわざわざ探ろうとしなくても知っていて当然の情報、のはず。

 ましてやこの学園に凛ちゃんが通っていることまで調べがついているのなら、凛ちゃんを察知するための小細工など必要ないはず。

 

(それとも、この学校に私以外のマスターが? ……ないわね。慎二にマスターの資格があるわけないし、桜が参加するとも思えない。じゃあ私と桜以外の魔術師がこの学園にいる? ……ないわ)

 

 ならば生徒たちの態度と結界は無関係?

 だったら一体なんで周りのみんなはこんな態度なのだろう。

 

 凛ちゃんはそんな事を考えながら、学業をこなしていったのだが……

 

「あれー? 遠坂さん後ろの人は誰? 保護者の方かしら。ダメじゃないの学校に保護者の方を同伴するなんてー」

 

 と、ほかの生徒や教師と違い、態度がいつもと変わらない藤村先生が言った。

 

「え? 後ろ?」

「呼んだか?」

 

 凛ちゃんが後ろを振り向くと、でかく、ごつく、ぶあつい体躯のストロング・ザ・武道がそこにいた。

 バッチリ実体化したままで。

 

「うわお」

 

 これには凛ちゃんも絶句するしかなかったという。



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3話

「くっ、屈辱だわ……この私が……教師にあそこまで怒られるなんて」

「グロロー、なんとも情けない話ではないか~」

「……あんたのせいよ」

 

 学校に部外者を連れてきたことを怒られた凛ちゃん。

 かなりグッタリきてしまい、原因である武道に怒鳴ることさえできなくなってしまっている。

 とはいえ突然消えさせるわけにも行かないのが辛いところである。

 魔術師は魔術の秘匿に神経を使わなければならないのだから。

 

 

 凛ちゃんは無意識に武道が霊体化してると思っていたのだが、実はずっと実体化したままだったのだ。

 私は霊体化などしなーい! とでも言わんがばかりの勢いで実体化したままついて来ていたのだ。

 そりゃ登校中も、学校でも、皆が視線を向けるわけだ。

 自分だって3メートル近い剣道着を着た巨人が町や学校を歩いていたら凝視するだろう。

 

 

 そんなこんなでかなり精神的なダメージを負った学校も終わり、放課後である。

 放課後……日も沈み生徒や教師もいなくなったであろう暗い学校に凛ちゃんはやってきた。

 武道が霊体化を嫌がるので目立たない時間帯に動くしかないのだ。

 正直、日中に叱られた精神ダメージを思えば学校の結界なんてどうでもいいかなー、と思わなくもないのだが、仮にも魔術師として冬木のオーナーである凛ちゃんにとって、目に付いた人に害なす結界を放置、などという選択肢はなかった。

 根が善人だからである。

 ここで魔術師的な思考をしていれば、あえて発動させて相手の手の内を観察するのも良いか、なんて考えそうなものだが、凛ちゃんはそれをよしとしない。

 本人は否定するかもしれないが、魔術師になりきれていない魔術師なのだ。

 

 武道からは

 

「自分の縄張りにおいて他人の痕跡を消したいと思う……それも完璧を標榜する我ら完璧超人とどこか重なる部分があるようだな。だからこそ私を召喚できたのであろう」

 

 というお褒めの言葉を頂けているが。

 

 

「ちっ、この結界……どうやら範囲内の生物の生気を吸収するタイプだけど、ひとつふたつ潰したところでほとんど意味がない、すぐに修復されてしまうわ」

「グロロー、なんとも姑息な手段ではないか~。で、凛よ。破壊しても無駄だからと見逃すのか?」

「まさかでしょ。やってもほぼ無意味、であろうとまるきり無意味じゃないんだから、壊すわよ」

「グロロー」

 

 そして、学校に張られた結界についてだが、凛ちゃんの技量を持ってしても完全な除去は難しいということがわかった。

 それでも、結界をかけた相手に対する嫌がらせも込めて、学校に張られた結界、それを維持するための起点を潰してまわろうと決意する凛ちゃん。

 そこに声がかかる。

 

「なんだ壊しちまうのか? もったいねぇ」

「!?」

「グロロー」

 

 後ろからかかった声。

 振り返るとそこに奴がいた。

 青いタイツに身を包み赤い槍を持つ英雄、ランサーだ!

 

「サーヴァント!」

「グロロー」

「その通り。で、嬢ちゃんがマスターでそっちのデカイのがサーヴァント……だな?」

 

 ランサーは好戦的な笑みを浮かべ凛ちゃん、および武道を見る。

 その視線に一般人なら腰を抜かしてしまうほどの殺気を込めて。

 

 しかし武道は当然として凛ちゃんとて一般人ではない。

 ランサーの殺気を受け流し不敵に笑う。

 

「そう、私がマスターでこっちが私のサーヴァントよ。ところであなたがこの結界を張った張本人かしら?」

「いいや? 無関係だぜ。だから俺を倒したからってその結界はビクともしねえわけだが……だったら意味がないって逃げるかい?」

 

 戦う意思を隠しもせずにランサーは凛ちゃんを、武道を挑発する。

 とはいえ、これはただの挑発ではなく相手が何に怒り何を感じるのか、などを探るための小手調べの一種なのだが。

 

「夜の学校にサーヴァントが2人……勝負でしょう」

 

 しかし凛ちゃんはそんな小手調べを一刀両断。

 はっきり言ってしまえば、生前に偉業をなした英雄を相手に舌戦をしても勝てる保証などどこにもない。

 ならば真正面からバッサリ切り結ぶほうが勝率が高いと踏んだのだ。

 ましてや凛ちゃんの持つ刃はストロング・ザ・武道。

 相手がどのようない英雄であろうと負けることはない、という信頼を持っている。

 

「へっ、いきなり小細工なしで真正面からやりあえるとはな。クソみたいな戦争かと思ったがそれなりに楽しめるか?」

「グロロー、前置きなどどうでもいいわ。さっさとかかってくるが良い、下等サーヴァントよ」

 

 

 そうして始まったバトル。

 

「こ、これが聖杯戦争……!」

 

 ランサーの朱槍が走り目にも止まらぬ速さで突きこまれるが、対する武道は一歩も動かず両の手でランサーの槍を捌く。

 上半身に通らぬとなればランサーは武道の足元に突きを放つがどこからともなく取り出した竹刀で武道はそれを弾き返す。

 どれほどの力のぶつかり合いか?

 凄まじい音を立てる竹刀と朱槍だが、その激突でランサーも武道も体勢を崩すことはなく、それどころかさらに激しい戦いが繰り広げられる。

 竹刀と槍の激突のたびに大気が震えるかのような衝撃、その衝撃は並の人間なら余波だけで竦み上がりそうになるようなものだが、それを生み出した二人にとってはなんという事もないかのように。

 まったく構わずに戦いを続ける。

 

 時間にしてはほんの一瞬のはずなのに恐ろしい程の密度のぶつかり合い。

 生身の人間では入り込む余地すらない、まさに英雄の戦いである。

 

 凛ちゃんはその戦いに圧倒され、呼吸するのも忘れたかのよう。

 

 しかし

 

「ちぃっ! てめぇ……」

「グロロー。下等サーヴァントにしては中々やるではないか~。しかしそれだけに実力の差を感じ取ることはできたようだな」

 

 そう。

 ランサーと武道の言葉の通り。

 

 二人共、人間の限界をはるかに上回る戦いを見せていたのだが、その上でなお、圧倒的なのが武道であった。

 何しろ武道は戦いが始まってから一歩も動いていないのだから。

 

 武道が強いのは知っていた。

 聖杯戦争のマスターはサーヴァントを見ればステータスを知ることができる能力が付与される。

 その能力で凛ちゃんが見た武道のステータスは圧倒的だった。

 ほかと比べるまでもなく、強いのだとわかるほどのステータス。

 それは、比較対象である他のサーヴァント……ランサーの登場でより浮き彫りになった。

 

 

 武道は強い!

 

 この戦いで凛ちゃんは確かな手応えを掴んだ。

 私の武道は最強なんだ、などと、10年前のどこかのおじさんみたいな事を言いたくなる気分である。

 

 

「下等……だと」

 

 しかし、そこで空気が変わる。

 元々張り詰めていた空気がより研ぎ澄まされる。

 ランサーの表情も最初の戦いを楽しむかのような顔から、今や追い詰められた獣のような本気を感じ取れるほどだ。

 

 確かにステータスにおいて武道はランサーを圧倒している。

 それでも、凛ちゃんがこの戦いは容易なものではないと気を引き締めるに十分すぎる殺気をランサーが放っている。

 

 これは、フンドシを締め直さないといけないわね。

 

 どこか緩くなりかけていた自分の心を持ち直す凛ちゃん。

 

 しかし、それを台無しにするのが凛ちゃんのサーヴァント、ストロング・ザ・武道なのだ。

 

「グロロー、下等を下等と言って何が悪い。いや、貴様など下等ですらない、たとえいかなる理由があろうと己の立てた誓いすら次々と破った貴様は下等以下の下衆人間、いや、人間以下の犬畜生ではないか~!」

 

 グロロロー!

 武道はそんなことを言ってランサーを嘲り笑い侮辱する。

 

 いや、あんたがランサーの何を知ってるって言うのよ。

 

 凛ちゃんは激しく突っ込みたくなった。

 しかし、当のランサーはツッコミどころではない。

 

「犬といったか」

「犬は犬でも、貴様など道端の痩せ犬よ。首輪に繋がれた飼い犬にすらはるかに劣る存在ではないか~」

 

 武道は天才的だった。

 煽りの天才だ。

 

「殺す」

 

 ランサーは底冷えする殺気とともに、一言殺意を言葉に乗せ、構えた。

 次の瞬間、凄まじい魔力の奔流が始まる。

 

(宝具!)

 

 事ここにいたり、凛ちゃんは己の失策を悟る。

 前日はサーヴァント召喚の疲労と、武道の威圧感に対する恐怖からうっかり気絶してしまったが、凛ちゃんは大事なことを聞き忘れていたのだ。

 それが宝具の存在。

 

 英霊を英霊たらしめる、存在証明とも言える最強の武器。

 サーヴァントのステータスを行使した戦いが肉弾戦だとすれば、宝具は鉄砲や大砲とも言える存在である。

 素手で銃を持った相手に勝てる人間は……ひょっとしたらいるのかも知れない。

 しかし、それでも不利であることに変わりはないだろう。

 宝具というのは、それほどに戦況をひっくり返すに足る切り札なのだ。

 

 その宝具の存在を凛ちゃんは今の今まで失念していた。

 武道の宝具は何か? それを聞いてすらいなかったのだ。

 

 武道が強いのは知っている。見ればわかる。

 

 それでも、果たして宝具に勝てるのだろうか……?

 もし宝具を聞いていたのならもっと安心できたかもしれないし、もしくは自分で有効な使いどころを考えることだって出来たかもしれないのに。

 

 まさに後悔あと先に立たず。

 ここに至れば、もはや凛ちゃんがあがいても仕方ない。

 ランサーの宝具は今にも発動するだろう。

 

 こうなれば、武道に勝負を託す以外のことはできなくなってしまった。

 

(頼んだわよ! 武道!)

 

 はたして武道はランサーの宝具に太刀打ちできるのか!?

 

刺し穿つ(ゲイ)

 

 ついにランサーの宝具が発動……

 

「グロロー」

 

 ぐしゃり。

 

「ぐぶっ」

 

 しなかった。

 発動前に、なんと武道のパンチがランサーの顔面を打ち抜いてしまったのだ。

 

「グロロー。たしかにゲイボルグはまともに食らってはたまらん。だが宝具なんぞというものは発動させなければよいのだ」

 

 との事である。

 

「こ、こいつ……強い」

 

 必殺技を放つ、まさにその瞬間に入った絶妙なカウンター。

 その威力は凄まじくランサーも一瞬で崩れ落ちそうになったが……そうはならなかった。

 

 英雄としての矜持か、サーヴァントとしての使命か、あるいはそれ以外の力の働きによるものか……ランサーは倒れずに踏ん張り、凄まじい速さでバックステップ、そして反転しこの場を脱しようとした。

 

「なっ!?」

 

 これには凛ちゃんも驚いた。

 ランサーがまだあんなに動けるなんて……と、言う意味ではない。

 確かにそれも驚くことだがもっと驚くべきことはある。

 それは。

 

「タトゥー! トゥーター!」

 

 撤退しだしたランサーを遥か上回る速度で追撃する武道に対しての驚きであった。

 速い疾い。

 

 逃げるランサーに後ろから追いつき、その後頭部を掴むと武道は大きく振りかぶりながら飛び上がった。

 何をするのか?

 砕くのだ。

 

「完武・兜砕き!」

 

 武道はランサーの頭を掴み振りかぶった腕を、その勢いのまま己の膝に叩きつけてしまった。

 これは強烈!

 痛そうな技ですよ~!

 

「ゴ……ゴバァ」

 

 凄まじい威力の完武・兜砕き。

 こんな技を受けてはさしものサーヴァントもひとたまりもなかったのだろう。

 ランサーは糸の切れた人形のように力なく倒れるのであった。

 

「終わった」

 

 武道はそう言い、倒れたランサーを仰向けに寝かせその両手を体の前で組ませてやるのであった。

 

 カンカンカァーン!

 

 凛ちゃんはどこかでゴングが鳴る音を聞いた気がした。




作中に反映されるのか不明だけど武道のステータス


クラス:ストロング・ザ・武道
真名:ザ・マン(またの名を超人閻魔)
マスター:遠坂凛
身長:290センチ
体重:320キロ
超人強度:9999万パワー
属性:完璧・完武
パラメーター
筋力:EX
耐久:EX
敏捷:A+
魔力:EX
幸運:C
宝具:EX

クラス別能力
巨大化:C
 巨大怪獣と戦う時には巨大化する
飛行:C
 超人なら誰でも飛べる
自決:A++
 完璧超人の掟。下等との戦いに敗れるようなら自決せよ。ただしそれは存在が極まった始祖には適用されない掟という噂も……?

保有スキル
零の悲劇:A
 相手を生身の人間にしてしまう。気合でレジスト可能。レジストできるかどうかの判定は対魔力などではなく、あくまで気合。
完武・兜砕き:A
 敵の頭を抱え込み自分の膝で砕く恐ろしい技。レンジ1。対象人数1。
武道・岩砕クロー:A
 凄まじい握力で握りこんだ箇所を砕き割る。レンジ1。対象人数1。
ワンハンド・ブレーンバスター:A
 1トンを誇るザ・魔雲天を片手で持ち上げ保持する凄まじいパワー。片手で行われるそのブレーンバスターの威力はかつてテリーマンが魔雲天に放ったブレーンバスターを上回る。レンジ1。対象人数1。
神性:A++
 元は神であったが超人を導くために神を辞め超人となったザ・マン。しかしその高潔さ、慈悲深さは他のどの神よりも、神である。しかし本人が神々に対し強い憤りを持っているために、神性のランクは大きくダウンしている。でもダウンしてなおA++である。

宝具
完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)
ランク:EX
 ザ・マンが直々に見出し育て上げた完璧の中の完璧、超人の理想、世界を導く10人の同士。その絆は誰にも断ち切ることはできない。
凛ちゃん「8人しかいないわよ?」
武道「惑わされるな」
凛ちゃん「え、でも……6,7,8……8人よね?」
武道「惑わされるな」
凛ちゃん「武道を入れても9に」
武道「惑わされるなと言っておるーーー!!!」
凛ちゃん「は、はいぃぃぃ!」


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4話

 がたん!

 

「む?」

「え?」

 

 武道とランサーの戦いが終わり、まさに今ランサーの肉体が消滅したところであるが、そこで物音がした。

 その方向を見ると……ひとりの少年がいた。

 

「目撃者!?」

「うわあ!」

「グロロー! 魔術師とやらのルールは人知れずの戦いよ~!」

 

 少年は、明らかにまともでない武道とランサーの戦いを盗み見ていること、それが当事者たちにバレてしまった恐怖から逃走を選んだ。

 しかし武道から逃げられるわけも無く、アッサリと捕まってしまうのだった。

 

「ぐえっ!」

 

 少年の首根っこを引っつかんだ武道は素早く凛ちゃんの元に戻り、少年を地べたに投げ捨てる。

 少年は受身も取れずに倒れるのだが……凛ちゃんはどうしたものか、と思ってしまう。

 

 

「はぁ……衛宮くん、なんだってこんな時間に学校に」

「そ、それはストーブが壊れたのを直したり弓道部の掃除とか色々あって……いや、でも、と、遠坂の方が……なんなんだよ」

 

 凛ちゃんの基本方針として人目につかないように心がけて夜に動いていたのに、その夜に活動しているとはなんと運の悪い男だろうか、と思わざるを得なかった。

 

「さ、さっきの男……死んだのか? なんでこんな学校で殺し合いをしてんだよ! そもそもそいつは何だよ! 確か今日遠坂が学校に連れてきてたって噂の保護者の大男だろ? お、お前一体何をやってるんだよ」

 

 困ったなぁ、と頭を抱えたくなる案件にどんな言葉を出せばいいのかと凛ちゃんが思案していると、少年は調子に乗ったのかまくし立ててきた。

 人間は自分の周りで必要以上に慌ててる人がいると逆に落ち着くということもあるそうだが、この場合はその逆、自分の周りで落ち着いた人がいるとなんだか気にならなくなってしまう、という状況なのだろう。きっと。

 

 だから少年は、明らかに自分の命が他人に握られている状態で喚くことができるのだ。

 

「黙れ」

「はっ、はいっ!」

 

 しかし、恐怖というのはいつでも人間を縛る万能の鎖。

 武道がひと睨みしたら少年は姿勢を正して口を閉じた。

 3メートル近い筋肉パンパンの巨人が目を血走らせて睨みかければ、誰だってそうなる。

 

「グロロー。で……凛よ。どうするのだ?」

「そうよね……聖杯戦争に関係なく、魔術師たるもの神秘は秘匿しなきゃならないのよ」

「グロロー、実にくだらんルールよ。己の持つ力をひけらかして何が悪い。他者に見せぬ力に何の価値がある。そんなだからキサマら魔術師という存在はいつまでたっても下等なのだ~」

「うっさいわね、魔術は一般公開して使い手が増えると出力が減るのよ、空の境界でも読んで魔術師のルールを予習してきなさい」

「グロロー」

 

 静かになった少年……衛宮くんの前で、凛ちゃんは考える。

 考えるといっても、結果はひとつしかないのだけど。

 

「さて……魔術師の掟に従って、一般人が神秘に触れたときは……殺すか、記憶を消すか、しないといけないわけだけど」

「殺すのだな」

 

 凛ちゃんの中での決断が出たのを確認した武道はボボボと炎を纏う竹刀をどこからか取り出す。

 どうやら武道の竹刀には火属性付与の能力があったようだが……なぜランサーとの戦いでその能力を使わなかったのか?

 まぁ使わずに勝てたからいいのだけど。

 いまの問題はそんなことではない。

 

「殺さないわよ。あんたどんだけ凶暴なのよ」

「グロロー」

 

 慈悲深いあやつは、かつてその慈悲深さから、下衆な下等超人どもの成長を願い命を見逃したこともあったのだが、長い年月の末その慈悲こそが間違いであったと悟ったこともあり、決断すれば迷いは捨てるようになったのだが、凛ちゃんはそんなことを知らない。

 だからこそ凛ちゃんは武道を凶暴の一言で切って捨てたのだが……はたして、そんな事情を知らない小娘の言葉は武道の心にどう届いたのか……それは武道しか知らない事である。

 

「さて、と……衛宮くん。殺す殺さないとか言われて恐怖を感じたかもしれないけど大丈夫。私は正義魔術師だからね。ちょっと衛宮くんの記憶を消すだけよ。魔術師じゃない一般人に対して必要な処置だから我慢してね」

 

 どうせ今ここで言ったことも忘れるだろうけど、魔術師のくせに妙なところで義理堅い凛ちゃんは無用な説明をする。

 しかし、この説明がひとりの少年の運命を変えることになるのだから、人生何があるかわからないものだ。

 

「ま、魔術? 魔術師? と……遠坂も魔術師、なのか?」

 

 魔術を知らない一般人であれば、殺すか記憶を改ざんして神秘の秘匿を守る必要がある。

 しかし相手が一般人でなかったのなら?

 

「へー、まさか衛宮くんが魔術師だったなんてね~。へー」

 

 凛ちゃんは不機嫌である。

 すごく不機嫌だ。

 

 冷たい視線を衛宮くんに向ける。

 その視線を向けられる衛宮くんは放課後の学校の校庭に、正座である。

 

「いや~、まさかねぇ。この冬木の地の魔術師としての管理者である遠坂になんの断りもなく、野良魔術師が潜り込んでたなんて……舐めてるのかしら?」

 

 だんっ! と足を鳴らす凛ちゃん。

 そうとう怒っているらしい。

 

 それに対し衛宮くん。

 

「い、いや、魔術師って言っても……俺の父親、義理の父親なんだけど、その人から教えてもらった程度だし、その人はそういう魔術師のルールを教えてくれなかったから」

 

 と、言い訳をする。

 

「はっ、親が悪い自分は悪くねぇ、って言いたいわけ? でも衛宮くんは自分の意思で魔術を習いたいって言って、我流のへっぽこなりに魔術の鍛錬は続けてたんでしょ? だったら知らなかった、では済まされないのよ。知ろうとしなかった、知るまでに至らなかった。これは魔術師としては致命的な罪よ」

 

 しかし凛ちゃん一刀両断。

 普段はここまでトゲのある性格でもないのだが、初めての実戦、知り合いを処理しなければならない覚悟、その覚悟が無駄となった拍子抜け、野良魔術師が自分の庭をいいように徘徊してた屈辱、さらに武道の存在感に対するストレスなどが合わさり、ちょっと性格が悪くなってしまっているのだ。

 ひと晩休めば「ちょっと言いすぎたかも」と思い到れるはずなのだが、そのひと晩休む前の怒りで凛ちゃんは動いているのだから止まらない。

 

 しかし武道は飽きてきたようだ。

 聖杯戦争のサーヴァントとして呼ばれた時にその時代の常識や聖杯戦争のルールはインストールされるが魔術師のルールは世界の常識や聖杯戦争のルールとやや外れていて知識がなく、あまり興味を持てる内容でもないのだから飽きても仕方ない。

 

「グロロロー。凛よ、いい加減話が長いが結論はどうするというのだ」

 

 武道の投げやりな態度にはイラつきを覚える凛ちゃんだが、これ以上文句を言ってもただ結論を先延ばしにしているだけだ、と気づくくらいの冷静さはあった。

 だから結論を出す。

 

「そうね……衛宮くんは、魔術師としてもへっぽこもいいところだから今日のことは記憶から消して、後日自宅訪問して魔術師として搾り取ってやらないとね」

 

 この結論。

 口ではきついことを言うようだが、魔術師であろうとも今までちょっと気になる同級生、としか見ていなかった衛宮くんを聖杯戦争という恐ろしい戦いの舞台に引っ張り出さないための、凛ちゃんなりの優しさであった。

 なんとも慈悲深いこと。

 

「グロロー、ならば私に任せてもらおう!」

 

 さて、と凛ちゃんが暗示の魔術を衛宮くんにかけようとしたのだが、それを遮るストロング・ザ・武道。

 指からビババと光線を放出する。

 衛宮くんに向けて。

 

「ちょっ、あんた何やってんのよ!」

「グロロー、人の記憶の操作は私もまた得意とするところ。マスターの代わりにやってやったのだ、感謝して欲しいくらいなのだがな~」

 

 凛ちゃんは怒るが武道はどこ吹く風。

 

 ステータス、戦闘能力という一点においては武道以上に信頼できる存在を知らない凛ちゃんだが、短い付き合いで確信できていることもある。

 こいつは性格がハチャメチャなやつだ、という事を凛ちゃんは確信しているのだ。

 

「あんたやる事がいきなり過ぎるのよ……え、えーと、衛宮くん。大丈夫?」

 

 とりあえず正座したまま武道の謎の光線を受けガクリと項垂れている衛宮くんに話しかける凛ちゃん。

 変なことになってなければ良いのだが。

 

「う、うう」

「衛宮くん、わかる? どうして自分がここにいたのか、とか……」

「ばぶー」

 

 バッチリ、変なことになっていた。

 衛宮くん、記憶がリセットされて赤ちゃんになってしまったのだ。



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5話

「あ、頭が痛い」

 

 聖杯戦争、敵サーヴァントを撃破したところを一般人に見られ神秘の秘匿のために暗示で記憶を改ざんしようとしたら、実は相手が一般人ではなく野良の三流ではあっても魔術師の端くれだったので、ちょっと締めつけが必要かな、と思っていたら。

 

「ばぶー」

「グロロー。凛よ、赤子を育てるにはガラガラを購入せねばなるまい。さっそく買いに行こうではないか~」

 

 その対象は赤子になってしまいました。

 なんだそのアクロバティックな状況は。

 

 凛ちゃんはもう頭が痛すぎてその場に卒倒したくなるくらいのダメージだ。

 遠坂家の家訓、いついかなる時でも優雅であれ、に従いそんな楽な道は選べないのだが。

 

「あー、もう……どうしよう」

「グロロー」

「びえー! びえー!」

 

 凛ちゃんが途方にくれ武道がいつも通りグロローと言っていると、突然衛宮くんが泣き出した。

 赤ちゃんだからである。

 

「グロロー。凛よ、はやくガラガラを買いにゆくのだ~」

 

 

 

 

「え、ええと……お買い上げ……ありがとうございます」

「グロロー、よかったなピーク・ア・ブーよ」

「きゃっきゃっ」

「あー、もう。めっちゃ目立ってるし」

 

 結局、衛宮くんが泣いてうるさかったのでガラガラを買う羽目になった凛ちゃん。

 衛宮くんは武道におんぶ紐で背負われているが、ガラガラを買ってもらってご満喫だ。

 しかし、3メートル近い剣道着姿の筋肉パンパンの巨人が高校生くらいの少年を背負っている姿は……目立つ。

 非常に目立つのだ。

 神秘の秘匿もなにもあったものではない。

 

 

 衛宮くんがこんな事になってしまっては衛宮くんを帰宅させることはできないなぁ、という問題だけでも大きいというのに。

 

 それでも凛ちゃんは一旦衛宮くんを自分の家に連れ帰ることにした。

 

 衛宮くんを実家に送って、ご家族さんになんと言えばいいのか……と、悩んだのが原因ではない。

 武道が言うには、こんな状態の衛宮くんだけど、ガラガラがあれば割とすぐに成長することもできる、という話を聞いたからだ。

 

 どこまで信用していいのかは不明だけど、凛ちゃんは半ば投げやりな気分で信じることにした。

 

 

 

 そして帰宅。

 

「さて、武道。衛宮くんはどうやったら元に戻るのかしら?」

「グロロー、本人は赤子のままでも構わんと言ってるように思うのだがな~」

「ばぶー、ばぶー」

「うっさいわね、明日以降学校でどうするのか、ってなるでしょ。早くしてよ」

「ふむ、仕方のないやつだ……ならば戦え!」

「はぁ?」

 

 さっそく衛宮くんを治そう、そう思った凛ちゃんに武道はわけのわからぬことを言う。

 いや、むしろ武道にとっては平常運転のような気はするのだが。

 

「グロロー、いまのこやつは赤子となりまっさらな状態よ。しかし戦いを重ね相手の技術を学ぶことで完璧に身に付ける事ができるのだ」

「んなアホな……」

 

 しかし凛ちゃんは度重なるストレスのせいで混乱していた。

 正直、ストレスを発散したくて仕方がなかったのだ。

 だから。

 

「やってやろうじゃないの!」

 

 試合開始である。

 

 カァーン!

 凛ちゃんはどこかでゴングが鳴ったように感じた。

 

「くらいなさい! ガント!」

 

 凛ちゃんの先制攻撃。

 このガント。本来なら相手に若干の不調を与える程度のしょぼい攻撃魔術のはずだが、凛ちゃんほどの魔術師が撃てば、すさまじい攻撃力を発揮する技になる。

 

 どかんどかん、凛ちゃんは撃ちまくる。

 その結果家具が壊れまくる。

 凛ちゃんの家の家具が。

 

「あー! な、なんてことを!」

「ぶぶー、ナンテコトヲ、ナンテコトヲ」

 

 それなりに格式のある家具なのに……と頭を抱えていると、衛宮くんも同じようなポーズをとる。

 

「きー! あんた舐めてるの!? 悪いのはあんたでしょうが!」

 

 それにイラッとする凛ちゃん。

 するとキャッキャと笑いながら衛宮くんは次に凛ちゃんに人差し指を向ける。

 

「は? なに? 私のガントの真似でもしてるつもり? ガントなんて簡単な魔術だけどぶっちゃけ衛宮くんにできることでは」

「狙え、一斉射撃」

 

 ガントの真似でもするつもりか、と鼻で笑う凛ちゃんだけど、衛宮くんは本当に凛ちゃんの真似をした。

 しかも。

 

 どかんどかん!

 

「なっ!」

 

 なんと、凛ちゃんに追随する威力、連射性のガントである。

 咄嗟に避けた凛ちゃんだけど絶句する。

 だって家の家具がさらに壊れたから。

 

「アー! ナ、ナンテコトヲ!」

 

 そして家具を壊したことで頭を抱える真似をする衛宮くん。

 

「ほ、本気で私を怒らせたいみたいね? もう、許せん! これでもくらえ!」

 

 そして凛ちゃんはうっかり、自分の虎の子の宝石を使った魔術を発動する。

 その威力たるや、人間の魔術でありながら並のサーヴァントに大打撃を与えうる恐ろしい魔術である。

 くらうのが人間だったら死ぬし、魔術師でもよっぽどの備えがないと死ぬ。

 そんな魔術だ。

 

「あー! うっかり手加減せずにやっちゃった!」

 

 正直やりすぎたかも、と後悔あと先に立たず。

 しかし衛宮くんはなんとか凛ちゃんの魔術をやり過ごしていたらしい。

 そして、凛ちゃんと全く同じ詠唱をして魔術を発動する。

 何故かその手には、凛ちゃんが使って消費したはずの宝石があった。

 

「うわっ!」

 

 間一髪避けることができた……いや、わざと避けさせられた?

 どちらにしろ凛ちゃんは九死に一生を得たのだが……そんなことよりも困惑する。

 

「え、衛宮くんが……私と同じ魔術を?」

「グロロー、試合前に言ったではないか~。そやつはいかなる攻撃も学習することができると」

 

 確かに言ってたけど……と、思う凛ちゃんだけど、正直信じていなかった。

 当たり前だ。

 凛ちゃんは天舞の才を持ちその上で努力を怠らずに上を目指し続けてたどり着いた今日なのだ。

 その凛ちゃんに、ヘボ魔術師の衛宮くんが一日で……いや、一試合で自分に追いつくなんて? と思ってしまう。

 さらにそれだけではない。

 自分に追いついたところで、凛ちゃんの魔術は宝石というツールがあってこその魔術なので、宝石を持っていない貧乏学生の衛宮くんに向いてる魔術とは言えないのだ。

 それなのに、衛宮くんは宝石魔術を使った。

 

 これは一体どういうからくりが?

 

「くくく、驚いてるようだな遠坂」

「え、衛宮くん! 正気に戻ったの!?」

「ああ、戦いを通じて成長することで本来の自分を取り戻すことに成長したぜ」

 

 どうやら、本当に赤ちゃんの状態からアッサリ元に戻れるらしい。

 驚くことばかりだね。

 

「そ、そうなんだ……ところで、なんで衛宮くんは私の宝石魔術を……いや、技術を学習したのを100歩譲って認めたとして、宝石はどこから出したの?」

「そりゃあ簡単よ。俺は遠坂の魔術を学習する傍らで、俺本来の魔術の性質が混ざり合ってより完璧なものに昇華した姿で完成したのだ」

「グロロー、ただ学習し模倣するだけでなく、相手と自分の個性を取り入れ上回る。これぞ恐怖の完璧超人ピーク・ア・ブーの真の姿よ~。もっとも貴様は超人ではないので、完偽の魔術師とでも名乗るべきか~」

「もう、滅茶苦茶すぎるわ。でも衛宮くんが正気に戻ったならこの茶番は終わりよね」

 

 頭が痛くて早退したい気分、と思う凛ちゃん。

 早退もなにもここは凛ちゃんの実家である。

 

 とりあえず今は何も考えたくないし、衛宮くんを家に帰してひと晩休んで、何か考えるのは明日からにしたい気分だった。

 しかしそれに待ったがかかる。

 

「おおっと、ここで終わられると困るな」

「はぁ? 何言ってるの衛宮くん」

「このまま終わると、俺は魔術師のルールとしてお前にショバ代を払ったりしなきゃならなくなってしまうんだろう?」

「そりゃそうでしょ。それに衛宮くんは何か知らないけど、私の宝石を量産する魔術を持ってそうじゃない? だからそっちから徴収させてもらう予定だけど」

「それが困るんだよ!」

 

 衛宮くんは言う。

 

「魔術社会のルールでこの街を支配してるのは遠坂だってのはわかった」

「ええ。で、その私の決定に、モグリの三流衛宮くんがどんな意見を言うつもり?」

「だが、魔術社会においては偉さは魔術の腕で決まる……そうだろう?」

「何が言いたいのよ」

「わからないか! 遠坂の魔術を学習した俺は、既に遠坂の魔術師を名乗っても問題ない……いや! むしろ俺こそが遠坂の後継者! つまり俺がこの町の魔術師としての支配者だってことだー!」

 

 衛宮くんは、権力欲に取り付かれてしまったらしい。

 なんということだろうか。

 

「グロロー。何を言うピークよ。お前の能力は相手を学習してなんぼのもの。戦いが終われば再びリセットしなければならないということを忘れたのか~」

「何がリセットだ! そんなのもう懲り懲りなんだよ!」

 

 衛宮くんの野望に文句を言う武道。

 しかし衛宮くんは武道にこそ怒りを持っているのか、ガラガラを投げつけてしまった。

 武道の面に当たったガラガラは割れて壊れる。

 

「グロロー。壊れてしまってはまた買わねばならないではないか~」

「もう買わなければいいだろ! 俺は遠坂の魔術を身につけたんだ! これ以上魔術師として学ぶものなんてないな!」

 

 衛宮くんはものすごく怒っている。

 しかし、もっと怒っているのは凛ちゃんだ。

 

「ふっ……ふふふっ……人様の土地に無断で魔術師が入り込んでたと思ったら……私の魔術を学んで……遠坂に成り代わろうですって? な、舐めたまねを!」

 

 凛ちゃんの攻撃!

 

「へっ! 舐めるもなにも、強いものが弱いものを支配する! これが順当なルールだろうが! 俺はこの力で正義の味方になるんだ!」

 

 しかし衛宮くんはそれを模倣しカウンターを仕掛けた!

 

「わけのわからないことを! あなたごときコピー魔術師が私に勝てるとでも!?」

 

 凛ちゃんはダメージを受けても諦めない!

 

「ふっ、強がりはよすんだな。もはや俺は遠坂の魔術の全てを手に入れたんだ。お前の魔術は俺には効かないぜ。宝石剣でも使ってみるかい?」

 

 しかし現実は非情である!

 

 怒りの凛ちゃんは衛宮くんに襲いかかるも、繰り出す魔術すべてを模倣され跳ね返され窮地に立たされてしまう。

 

 なんという強さか。

 凛ちゃんに勝ち目はないのか。

 

「グロロー。凛よ。お前はこのまま負けてしまうのか?」

「ぐぬぬ……元凶のくせに人事みたいに……! あんた後で覚えてなさいよ! 衛宮くんをやっつけたらあんたもぶん殴ってやる!」

「はっはっは、倒す? お前が? 俺を? 出来もしないことは言うもんじゃないぜ遠坂。お前の魔術はもう俺には通用しないのさ」

「……そうね、魔術は通用しないかもしれない」

 

 しかし、凛ちゃんはダメージを受けたことで逆に冷静になったのか。

 落ち着きを取り戻す。

 

「魔術師の魔術が通用しない……これはもう勝負ありだろ? 降参して俺に遠坂家の権利を全部明け渡すべきだと思うが?」

「ふん、衛宮くん。あなたの弱点を教えてあげるわ!」

 

 ひと呼吸吐き出し、凛ちゃんは鋭く踏み込む。

 衛宮くんはどんな魔術を使われようと対応してみせる、と凛ちゃんを観察するが、その身に魔術発動の兆候は見られない。

 見られないまま間合いを詰めたりんちゃんは、鋭い掌打を放つ。

 

「ごぶぇー!?」

 

 その一撃、五臓六腑に染み渡る。

 あまりのダメージに衛宮くんは口から大量の胃液を吐き出してしまう。

 

「がっ! がはっ!」

「知ってる? 衛宮くん。最近の魔術師はね……体を鍛えてナンボなのよ!」

 

 凛ちゃんの逆襲が始まる!

 中国拳法の雨あられ。

 魔術は使えても中国拳法は使えない衛宮くんにはなすすべもなかった。

 

 そしてついに決着の時。

 

「うりゃー! 連環腿!」

 

 凛ちゃんの飛び二段蹴りが炸裂!

 衛宮くんはダウンし、もはや立ち上がることはできなかった。

 

 カンカンカァーン!

 

 どこかで試合終了のゴングが鳴った気がする凛ちゃん。

 見事な逆転勝利であった。

 

 

 

 

「その、遠坂……さん。す、すみません、ちょっと調子に乗ってました」

「ちょっとどころじゃないわよ」

「グロロー」

 

 試合が終われば後始末である。

 頑張って魔術で家具を修復したりんちゃん。

 衛宮くんも大怪我してたが無理やり手伝わされた。

 決め手は

 

「手伝わなくてもいいけど、衛宮くんが壊した家具……弁償代は日本円で7桁から8桁よ?」

 

 との慈悲深いお言葉である。

 衛宮くんは手伝う、手伝わないの選択肢を与えられた上で、手伝うことができたのだから、どんなに疲労しても文句を言える立場ではなかった。

 

「さて、衛宮くんの処分をどうしたものかしら?」

「え、ええと……俺は魔術師としての落とし前は卒業してからまた考えるんで……今日はもう帰っていいかなぁ、って思うんだ。大丈夫、聖杯戦争のことは周りに言わないし神秘の秘匿はバッチリするから」

 

 衛宮くんはもう凛ちゃんに関わるのが嫌だという態度を隠しもしない。

 さんざんボコボコにされて苦手意識がついたみたいである。

 当たり前か。

 

 しかし凛ちゃんはそれを許さない。

 

「衛宮くんがヘボ魔術師だったらそれで良かったんだけど……うふふ、衛宮くんってば、もはや私なんて足元にも及ばない魔術師なんだっけ~?」

「い、いや、そんなことは言ってな」

「遠坂の家を乗っ取れるくらいの実力者だったっけ~?」

「す、すみません……急に成長したもんでさっきまでなんか、精神のテンションが変だったんです。ほんとに許して」

 

 凛ちゃんにプレッシャーをかけられて小さくなる衛宮くん。

 床に正座しててかわいそう。

 

「グロロー。凛よ。ところで気づいているとは思うのだが、こやつは聖杯戦争のマスターのようだぞ」

 

 そこで武道のお声がかかる。

 主人公のくせして今回は存在感が空気だったが、こうして要所要所で核心を突いたセリフを言うことで最低限の存在感をアピールするのだ。

 

「なんですって!? 衛宮くん! あんた屈服したふりして私の寝首を掻くつもりだったの!?」

「な、何を言ってるんだ! ……ですか! お、俺は聖杯戦争とかわからないって……」

「グロロー、お前の手の甲に令呪に成りかけの痣があるではないか~」

 

 武道の鋭い推察力。

 それを元に分かったのは、衛宮くんが聖杯戦争の最後のマスター候補らしい、ということだった。

 

 

 その後の話し合いの結果……衛宮くんの処分が決まった。

 

「じゃ、これから衛宮くんの工房でサーヴァント召喚。直後に命呪全部を消費してサーヴァントを自害させて、聖杯戦争から脱落しなさい」

「は、はい……」

「その上で衛宮くんはこれからの人生、定期的に投影魔術で作った宝石を寄越す事で今回の罪を不問とするわ。私って慈悲深いわね」

「ちぇっ、どこが慈悲深いんだよ」

「普通の魔術師ならあなたをホルマリン漬けしてると思うし、十分以上に慈悲深いと思うんだけど?」

 

 衛宮くんは納得しないし、凛ちゃん自身ちょっとやりすぎかな? と思っていたりする処分である。

 しかし凛ちゃんの言うように、普通の魔術師に比べれば十分に優しい結末だったといえよう。

 凛ちゃんだけならば。

 

「さて、ピーク。いや、完偽・衛宮士郎よ」

「な、なんだよ」

「きさま完璧魔術師となりながらも下等魔術師の凛に負けおったな~。本来なら完璧超人のルールに照合し今すぐ自決させるところだが」

 

 武道はやたら血走った目で衛宮くんを睨みつける。

 正直失禁してもおかしくない恐怖である。

 しかし凛ちゃんに死ぬ間際までボコボコにされたおかげでトラウマを抱えた反面、今は若干精神が麻痺していて恐怖による精神ダメージを多少少なくなっているのでなんとか耐えることができた。

 

「今回は特別に恩赦を与える。しかし次以降はいかなる戦いであろうと敗れた時には自決してもらうということを忘れるでないぞ」

 

 武道はそう言い、燃える竹刀を取り出し軽く手放した。

 どういう力が働いているのか、その竹刀はピタリと空中に固定される。

 

 ぼぼぼぼ。

 勢いよく炎を放つその竹刀を見ていると、衛宮くんはなんだか無性にジャンプして背中からその竹刀に突き刺されたい衝動に駆られる。

 

「グロロー。貴様はこれからの人生、敗北を覚えることがあればこの竹刀に飛び込んで自決してしまうということを忘れるな~」

「え? マジで? ……え?」

「ねえ武道。その敗北って……テストの点で負けた時とかにも作用されるの?」

「グロロー。当然だ」

「え、衛宮くん……がんばって?」

「……なんでさ」

 

 ただでさえこれからの人生、凛ちゃんに宝石提供ということで時間を拘束されるというのに、さらにあらゆる勝負に負けることが許されなくなった衛宮くんの人生は大変なものとなった。

 

 

 

 しかし、テストで常に最高の成績を叩き出し、教師の覚えも良くなった衛宮くん。この後いい大学を紹介され、その受験戦争にも合格という形で勝利。さらに人生という勝負でも勝利を重ねるうちになぜか政治家となる。幾度の選挙を超え不敗、さらに政策も民衆からの支持率が常に高く、敗北らしい敗北を知らない完璧政治家となった。

 後の世の歴史で、日本を不況から救い、世界中の環境問題にも正面から取り組み解決への道を示した彼は英雄と評され、やがて英霊の座へたどり着いてしまうのだから、世の中何が起こるかわからないものである。

 衛宮くん、期せずして「正義の味方になる」という夢が最高の形で叶うことになるのだが……それはまだまだ遠い話。

 今はただ。

 

「今は2月頭なんで次のテストまでそんなに時間がないんだけど……」

「えーと、衛宮くん。私は聖杯戦争で忙しいしテスト勉強とかやってる暇ないわー、あはは。だからあなたの勉強は見てあげれないの。一人で頑張ってね?」

 

 孤独な戦いのはじまりに対して、ただただ恐怖を覚えるだけの毎日となるのであった。



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6話

「サーヴァント、セイバー。聖杯からの招き、マスターの召喚に応じて参りました」

「そうか、セイバー。……俺が君のマスターの衛宮士郎だ」

「衛宮? それにここは……いえ、ところでマスター。そこにいるのは?」

 

 衛宮くんの家にやって来た凛ちゃん一行。

 さっそく衛宮くんの工房……モドキ。魔術の練習場所、程度の土蔵でサーヴァントの召喚と相成った。

 いろいろお粗末な点は数あれど、この土蔵の地面に描かれた魔法陣は古いのに未だそれなりの効力を持つほどにしっかりとした作りで、凛ちゃんもちょっとだけ感心するレベル。

 

 聖杯戦争を勝ち抜くサーヴァントを呼ぶのなら、もっとしっかり準備して魔法陣も強化してこの家も魔術的に強化し魔力が貯まりやすいようにしたり、とすべきなのだろうが、今日の召喚はそれが目的ではないので、衛宮くんの工房にはほぼ手を加えずに召喚することになった。

 これからやる事を考えるとちょっとだけ心が痛む凛ちゃんだ。

 

「セイバー……衛宮くんが、ねぇ」

 

 さらに言えば呼び出されたサーヴァントを見て、内心複雑な感情が渦巻く凛ちゃん。

 

 聖杯戦争必勝マニュアルなんてものはないのだが、それでも聖杯戦争の参加者の共通認識として、聖杯戦争を優位に進めるのならば戦いの主役となるサーヴァントのクラスは重要な関心事となる。

 その中でも、セイバーは聖杯戦争のルール内においてかなり優遇されたクラスであり、そのマスターになればそれだけで勝利が近くなるとも言われるほどだ。

 

 だから、凛ちゃん自身はセイバーが欲しいと思っていた頃もあった。武道を知った今となれば、武道より強いサーヴァントを想像できないのでセイバーに対する未練はない。

 それでも目の前で他人がセイバーを召喚するのを見たらなんとなくカチンと来るのは仕方がないのだ。

 

 あと、礼儀正しそうだというのもポイントは高い。

 私の武道にも半分くらいその礼儀を分けてよ、と思うくらい。

 

「で、衛宮くん。わかってると思うけど」

「ああ、そうだな」

 

 

 

 一方の呼び出されたセイバー。

 彼女は召喚されたばかりだというのに、油断を見せずに気を引き締めている。

 見た目は小柄な女の子が鎧を纏っているコスプレ金髪美少女だが、当然ただの女の子ではない。

 実は10年前の聖杯戦争に呼ばれていたとか、その時のマスターは衛宮性の人物だとか、そしてこの場所に対する記憶もあるとか、色々と曰くつきの少女だったりする。

 

 そのセイバーの直感が、何らかの危険を察知する。

 自分の記憶のある場所、以前のマスターと同じ性の少年、何よりもマスター以外の魔術師とサーヴァントまでいるという状況に混乱しつつも、彼女の直感が「命の危険」を訴えている以上、彼女に油断はない。

 マスターはそばにいる魔術師とサーヴァントのペアと何らかの友好関係に有り、お互いで協力し合い聖杯戦争を勝ち抜く予定なのだろうか?

 そうだとしたら、ここでなぜ危機を感じるのか。

 

 マスターのとなりの魔術師はマスターを殺害し自分の支配権を手に入れる予定なのか、この場で同盟を捨てて自分のサーヴァントに私を殺させる気なのか?

 油断をしないセイバーは、いろいろな疑問を抱えつつも、まずは自分とマスターの安全確保を第一とせねば、と決意する。

 何らかの危機が訪れるなら、まずは問答無用でマスターを抱え離脱。その後詳しい話を聞くべきかと思案している。

 

 するとマスター……衛宮士郎と名乗った少年が一歩踏み出し左手、令呪を掲げながら、言った。

 

「セイバーよ、令呪を持って命ずる……自害しろ」

「は?」

「重ねて命ずる、自決せよ」

「な」

「もういっちょ命ずる。死ね」

「なにを……!」

 

 マスターの言ったことを頭で理解できないセイバー。

 しかしサーヴァントの体は令呪の命令を完璧に実行する。

 

 こうして、セイバーの聖杯戦争は終わった。

 まったくもって意味不明でわけのわからない、セイバーにとっては悪夢のような第五次聖杯戦争だった。

 

 

 

 

 

「いやー、あの子……かわいかったのに、かわいそうだなぁ」

「よく言えるわねそういうこと」

「グロロー。作戦を立てたのは凛ではないか~」

「そうだよ、遠坂の指示に従っただけだぜ」

「くっ、確かにそうなんだけど何か私が責められてる空気は釈然としないわ」

 

 セイバーのサーヴァントの死後、凛ちゃん一行は次に教会に向かう。

 必要ないかとも思うのだが、凛ちゃんが念の為に聖杯戦争の監視役の言峰綺礼に挨拶の一つでもしていこう、と思い立ったのだ。

 本当なら武道を召喚したその日に行くべきだったかもしれないが、あいにくその日は凛ちゃんは気絶していたので。

 で、有耶無耶になっていたが別にいいかな、とも思っていた。

 

 しかし今日、衛宮くんという新米マスターが生まれ脱落したのだし、せっかくだからいい機会だと思って教会に赴く。

 一応負けマスターは教会で保護を受ける権利を持っているし、衛宮くんが教会に保護されたいのなら面通しだけでもしておいたほうがいいという、凛ちゃんなりの気遣いだ。

 

 

 

 そして到着である。

 

「綺礼ー、いるー?」

 

 凛ちゃん、他人の家……どころか神の家たる教会でも遠慮なし。

 精神的に無敵である。

 

 もっともこれは、武道が閻魔大王だから神に対する畏敬の念が完璧になくなってしまったのも原因の一部であるが。

 

 その結果、行儀の悪さを神父に窘められながらも聖杯戦争の説明が始まった。

 凛ちゃんは既に知ってる内容だったので途中で鼾をかいていたりする。

 まぁ設定説明はやたらと長いので仕方がない。

 

「で、説明を聞いたものの、衛宮くんは教会に保護されずに普段通り生活する、と」

「そりゃそうだろ。テストで1位取らなきゃ死ぬんだから」

 

 教会に来たのは衛宮くんの挨拶が目的の大部分だったので、衛宮くんが教会に保護されようがされまいがどちらでもいいと思ってた凛ちゃん。

 それが終われば用はないのだし帰ろうとするのだが。

 

「待て。衛宮士郎よ」

 

 ここで待ったがかかる。

 珍しいこともあるものだ、と凛ちゃんは思った。

 言峰綺礼という男は基本的に長時間顔を突き合わせていたい相手ではないのだが、妙なところで他人の意思を尊重する男でもある。

 だから一度衛宮くんが教会の保護を不要だといえばそれで話は終わると思っていたのだ。

 そんな綺礼が待ったをかけるとは、一体何ごとだろうか?

 

「お前はこの聖杯戦争をなんとも思わないのか? これから、サーヴァントの戦いで冬木の町の人々が危険に晒されるのかも知れないのだぞ?」

「そりゃまぁ気の毒とは思うけど……だから俺にどうしろってんだか。俺はもうサーヴァントのマスターでもない部外者だしさ」

「力がないからと言い訳をするのか? お前はそれを良しとするのか?」

「良くはないけど悪くもないだろ。誰だって自分の身が大事、俺も自分の身が大事、だ。そりゃ事態の真相を知ってるんだからこれから知らずに被害が合う人がいたら気の毒だとは思うけどさ」

「お前はそれを本気で言っているのか? 10年前の災害、その被害者であるお前が」

「うん。昨日までの俺なら皆の安全を守らなければ! なんて思ってたかも知れないけど、その「みんな」の中に俺が入ってないのはなんか違うだろ」

「馬鹿な。一体、どういうことだ……?」

 

 この会話、まるで衛宮くんが聖杯戦争に参加しないのはおかしい事だ、というのを前提で綺礼が喋っているように感じる。

 

「ねえ綺礼。あなた衛宮くんと知り合いなの? 衛宮くんが聖杯戦争に参加しないのがおかしい事みたいに言ってるけど」

「む……いや。直接の面識はない。というか私は、衛宮士郎という存在を知ったのは今日が初めてのことだが?」

 

 不思議なことだ。

 言峰綺礼という男は嘘をつかない、と、凛ちゃんは思っている。

 信頼に近い形で、だ。

 ただ嘘は言わなくても本当のことを言わなかったり誤魔化したりすることはあるかも、という総合的な理由から人間的に信頼できるかといえばNoだけど。

 

 そんな綺礼が衛宮くんの事を知らない、と言い切っているのに衛宮くんが聖杯戦争に参加しない事を不思議がるとは一体?

 

「私はな。衛宮士郎のことは知らないが衛宮切嗣の事は知っているのだ」

「誰よそれ」

「あ、俺の養父だ。そうなんですか、生前は養父がお世話になりました?」

「いや、別に仲良しこよしというわけではない。敵対関係だったのだからな」

 

 そして始まる綺礼の自分語り。

 今度は知らない内容もあったので凛ちゃんは寝ないで聞いた。えらい。

 

「へー、綺礼って前の聖杯戦争で最初の脱落者だったんだ……ヘボっ」

「そんなのとライバルって事はオヤジもあんまり勝ち抜けなかったのかな」

「いや、衛宮切嗣は最終的に聖杯に最も近づいていたはずだ。だがそんな事はどうでもよくて、だ。そんな衛宮切嗣に育てられたお前だ。ましてや最後の大災害に巻き込まれながらも奇跡的に助けられたお前だ。何か思うところはないのか?」

「え? ……まぁそりゃ、すごい縁だとは思うけど。でもまぁ、せっかく助けてもらった命だから「いのちだいじに」で行くべきだろ?」

「むう……」

 

 言峰綺礼はただでさえ愛想のない仏頂面を、さらに険しくする。

 衛宮くんが聖杯戦争に参加しないのがよほど面白くないらしい。

 

「グロロー」

 

 そこで、今まで黙っていた武道が口を挟む。

 今までも時々グロローグロロローという声は聞こえていたが、凛ちゃんはいびきなんじゃないの? と思っていたので起きていた事にちょっとびっくりだ。

 

「ピーク……いや、完偽・衛宮士郎は一度私の技で精神をリセットしてしまったからな。凛との戦いで再び知識、記憶が戻ったとは言えそれは体験を伴わない記憶。だから「素のままの衛宮士郎」が成長したような形になったと言えよう。神父の疑問に答えるのなら、だ。衛宮士郎は10年前に一度生死の境を彷徨いそこでそれまで培っていた価値観、人格が破壊され、その上で衛宮切嗣とやらに育てられ、言い方は悪いが歪んでいたのだろう。しかし、一度赤子までリセットされた事で、正しい衛宮士郎としての人格を持ったまま成長し、それまでの体験はただの記憶となったのではないか、と私は思うのだ。グロロー」

「つまり……どういう事?」

 

 武道の発言を砕いて言うと、こうだ。

 言峰綺礼の期待していた衛宮士郎。それは10年前の災害をトラウマとして抱えながらも衛宮切嗣の子供として人格を受け継ぎ立ち上がる少年だった。

 実際に昨日までの衛宮士郎はそういう人間だった。

 

 しかし、武道が衛宮くんを赤ん坊にしたことで、その人格はリセットされた。

 人間の人格の形成とは、人から話を聞いたり、色々なものを見たりしてモノを覚えて行くよりも、実際に体験したことのほうが大きく影響される。

 その人格に影響を及ぼす「体験」がリセットで「ただの記憶」に成り下がったことで、衛宮士郎の人格に影響が出たのだろう。

 

 言うなれば、いまの衛宮くんは「10年前の災害でトラウマを受けなかった衛宮士郎」なのだ。

 

 そんな不思議なことがあるのだろうかといえば、疑問を持ちたくもなるのだが現に今こうやって形になっているのだ。

 納得するしかない。

 

「グロロー。昨日までの衛宮士郎が下等魔術師だとすれば、今日の衛宮士郎は下等を脱却した完璧魔術師、完偽・衛宮士郎と言えよう。もはや別人なのだ~」

「別人って事はないだろう。そりゃ確かに昨日までのことを思い出して……なんで俺は他人の言いなりだったんだ? もっと自分の時間を優先しろよ、って客観的に思うけどさ。それでもオヤジに助けられて育ててもらったことは感謝してるんだぜ? 親に対する愛情までリセットされちゃいない」

「グロロー。そこまで細かいことは知らん! 私の管轄外だ」

 

 武道の言い方にちょっと腹を立てる衛宮くん。

 父親との記憶が無かったことのように言われてちょっと不機嫌だが、武道は全く気にしちゃいない。

 何言っても効きそうにない相手なのでもう諦めることにするのだった。

 

「つまり……お前は衛宮士郎であって、衛宮切嗣の息子ではない。そういうことか」

「なんでさ。だからオヤジの記憶がなくなった訳じゃないって言ってんだろ。それはそれとして、俺は俺だっていうだけの話だ」

「いや……もう、いい。違うのだということがわかったので、もう構わん。気をつけて帰るといい。というか帰れ。シッシ」

 

 こうして教会での説明も終わり、あとは帰るだけである。

 

 一応サーヴァントがいない衛宮くんを安全のために先に家に送ることになった。

 凛ちゃんとしては疲れているのでもうここで解散にしたかったのだけど、衛宮くんが念の為に送ってくれよ、と言ったのだ。

 昨日までの衛宮くんならむしろ「女の子のほうが危険だろ、俺が送っていってそのあと一人で帰るよ」くらい言ってくれたはずなのだが、現実は非情である。

 衛宮くんはすっかり一般人の小市民に成り果てていた。

 

 ま、どうせ今日は危険なんてないんでしょうけど。

 と凛ちゃんは気が抜けていたのだけど。

 

「あーあ。お兄ちゃん、まだ召喚してなかったの?」

 

 教会から衛宮くんの家に帰るまでの道すがらで、現れるもの有り。

 どこか人間離れした整った容姿の、肌も髪も白い少女と……その後ろに鋼のような質感の肌の、上半身裸の巨人が現れた!

 

「大きい……と思ったけどそうでもないかしら?」

 

 とはいえ、その巨人より体の大きさも存在感もある武道が凛ちゃんにはついていたりするので、威圧感はそれほど感じなかったりするのだが。



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7話

「ふふふ、私のバーサーカーの迫力の前にぐうの音も出ないのかしら?」

 

 どや顔。

 銀の髪の少女の表情はまさにそれである。

 自分が優位であることを疑っていない者の表情でもある。

 

 その自信の源とは何か?

 答えは簡単。

 少女の背後に立つ鋼のような体を持った巨人である。

 少女の言葉を信じるのなら、その巨人はサーヴァント、バーサーカー。

 

 バーサーカーとは狂戦士の名の通り、戦闘において一切の正気を廃し暴れ狂う制御不能の暴力装置。

 生前で英雄視されたはずの英霊でありながら、正気を一切宿さぬ目を見ればその巨人がバーサーカーであることはわかる。

 

 わかるのだが、そのバーサーカーが静かに立っている。

 そのことがより大きい脅威となる。

 

 バーサーカーは、その凶化のランクにもよるが、戦闘時に限らず常に理性をなくした存在だ。

 そのバーサーカーが、まだ戦闘が始まっていないとは言え敵を前にして静かに立っている。

 それは銀の髪を持つ少女がバーサーカーを完全に制御しているからにほかならない。

 

 バーサーカーは戦闘力において圧倒的でありながら、抑えが効かずサーヴァントを維持する際の消耗も大きいために「最強」であれど「優良」なサーバントとはとても言えない存在。

 だが「最強」を完全に制御できるマスターが存在するのなら?

 

 それは対敵にとって、悪夢の具現と言えるであろう。

 

 

 そんな恐ろしい存在を前にした凛ちゃん一行は……別に緊張してなかった。

 

「はぁ、ランサーにセイバー、次はバーサーカー? 聖杯戦争の参加サーヴァントは7人だってのに一日の内に半分とエンカウントするなんて思いもしなかったわ」

 

 と、凛ちゃん。

 自分のサーヴァントを抜けば戦う敵は6人。そのうちの半分と一日で出会うのだから驚きである。

 

 しかし、一日に立て続けに敵と出会ったことに対する驚きこそあれど、絶望やプレッシャーを感じているようには見えない。

 

 その凛ちゃんの姿を見て銀の少女は訝しむ。

 

「あら? 遠坂のマスターは危機管理能力がないのかしら。私のバーサーカーを前にしてそんな脱力するなんて……それとも諦めて自殺したい気分かしら?」

 

 凛ちゃんの態度を不審に思いこそすれ、せいぜい恐怖でおかしくなったくらいかと見切りをつけるが。

 そして視線は凛ちゃんから衛宮くんへと移る。

 

「お兄ちゃん、サーヴァントの召喚は出来てないみたい? それとも今日はサーヴァント2体が死んだ気配もあったし……ひょっとしてとっくに敗退したあとかしら?」

 

 少女が衛宮くんに向ける表情には嘲りと、憎しみが込められている。

 一体どんな因縁があることやら。

 

「えーと、俺のサーヴァントは……、まぁあれを「俺のサーヴァント」と呼んだら向こうに怒られそうだけど、自決したからもういないよ。聖杯戦争のルールで言えば敗退だ。だから俺はもう無関係な」

 

 だから戦うなら遠坂と戦ってくれよ。

 そんな態度が見え見えの衛宮くん。

 

 少女が自分に対し何らかの感情を持ってるらしいことくらいはわかるが、面倒事はゴメンなのだ。

 ただでさえテスト勉強で忙しいのだから。

 

 

「ふーん、お兄ちゃんよっぽどダメなサーヴァントしか呼べなかったんだねー。残念。でも身を守るものがないからって私がそれに遠慮するとは限らないよー?」

 

 衛宮くんの「面倒事は遠坂へ」という要求は銀の少女に無視される。

 しかし衛宮くんは別に焦りもしないのだけど。

 

「はぁ。頭ごなしに話を進めようとするのもいいけどね……あなたも聖杯戦争の参加者でしょ? だったらまずは私のサーヴァントとあなたのサーヴァントの戦いでしょうが」

「グロロー」

 

 銀の少女はそこでようやく、凛ちゃんを「敵」として見なした。

 

「へえ、やるんだ? いつかは殺すつもりだったけど……遠坂のマスターは自殺願望でもあるのかしら? 今日はお兄ちゃんにしか用はなかったんだけど?」

「あなたがどこのマスターかしらないけど、夜の道端にサーヴァントが二人……勝負でしょう」

 

 凛ちゃんの()る気を銀の少女は鼻で笑う。

 自分が負けるわけがない、と確信しているのだ。

 

「あーあ、どこの三流英雄を呼んだからそんな自信満々なのかは知らないけどねぇ? 私のバーサーカーはギリシャ神話の大英雄、あのヘラクレスなのよ? 見えない? この巨体が。でかさに見合わぬハイパワー。スピードも速いし耐久力もすごい。その豪快な剣術は狂化してても驚異の一言。誰にも負けないんだから」

 

 誰にも負けないと確信してるからこそ、普通は聖杯戦争で隠すべきサーヴァントの真名だって言っちゃう。

 

「グロロー、ヘラクレスか。きさまら下衆人間の中では人から神の末席になったなどの偽りの歴史で崇められる下衆人間ではないか~」

 

 しかしそんな大英雄を前にして余裕綽々、鼻で笑うのが我らがストロング・ザ・武道である。

 この世界はゆで世界と歴史が違うのだが、どうやら彼は彼なりにヘラクレスのことを知っているらしい。

 

「は、なによそれ……ていうかデカッ! え? わ、私のバーサーカーよりでかいなんて……」

「今まで視界に入ってなかったの? こんなデカいのに」

 

 武道が発言することでようやく武道を認識した少女。

 さすがに驚いている。

 

「さすが閻魔大王。古い英雄のことだってバッチリ知ってるのね」

「え、閻魔大王? ななななな、何を言ってるのかしら! あ、ありえないわ! 聖杯戦争でそんなものが召喚……」

「黙って聞け」

「はいっ!」

 

 少女を黙らせた武道は語る。

 

「私はな~。神々の中でも奢り高ぶり下衆人間などに力を与え栄誉を与える奴が一番許せんのだ~。その神の加護を受けたヘラクレスマンとて同罪と知れ~」

「は、ハッタリよ! 嘘っぱちだわ! 聖杯戦争で神々の召喚なんて絶対無理なんだもん! バーサーカー! そのうすらでかい嘘つきをやっつけなさい!」

 

 がおー!

 少女の命令に答え、バーサーカーが吠える。

 その咆哮はもはや人の喉から出た音と思えないほどの、轟音。

 普通なら身の毛もよだつほどの狂気を感じる咆哮なのだが……

 

「グロロー。やかましいわ~」

 

 武道に威圧は通用しない。

 狂気に支配されたヘラクレスが正面から咆哮を上げながら突進してきたのに対し、武道が迎え撃つ。

 

 カァーン!

 

 ゴングの音を凛ちゃんは聞いた気がした。

 

 

 教会からの帰り道・街中バトル!

 ストロング・ザ・武道VSバーサーカー!

 さぁー、世紀の一線の始まりです!

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 おーっと! バーサーカーが取り出したのは凄まじく大きく、分厚く、重く、大雑把な、岩塊だぁー!

 岩で作られた剣! いや、剣というよりも、もはや切れ味を持った鈍器!

 こんなもので殴られてはたまったものじゃないでしょう!

 

「グロロー!」

 

 対してストロング・ザ・武道!

 取り出したのはいつもの竹刀だぁー!

 そしてその竹刀でバーサーカーの岩塊を迎え撃つ!

 

 ガキィーン!

 

 す、凄まじい轟音!

 音の圧力だけで人間が吹き飛びそうな圧力を感じます!

 まさに超重量級同士のド迫力バトル!

 

「■■■■■■■■!」

「グロロー!」

 

 ガキンガキン!

 

 バーサーカーとストロング・ザ・武道、打ち合います!

 お互い一歩も引きません!

 

「グロロー」

 

 おおっとぉー?

 互角の打ち合いの中、突如武道が竹刀を投げ捨てます!

 これは危なぁーい!

 バーサーカーは構わず武器を振りかぶって打ち込んだー!

 

「グロロロー!」

「■■■■■■■■!?」

 

 ゲゲェー!

 これは驚きです!

 

 ストロング・ザ・武道、素手で一歩踏み込みバーサーカーに組み付きました!

 

「なんで武道は竹刀を捨てたんだ?」

「さあ?」

 

 凛ちゃんと衛宮くんは知らない。

 武道には組み付くことで相手の能力を把握する審判のロックアップという能力があることを。

 

「ふ、ふん! 素手で組み付いたからってバーサーカーは剛力無双なんだから! そんな嘘つきひねり潰しちゃいなさい!」

 

 しかし、凛ちゃんや衛宮くんと同じく、銀の少女もまた武道のその能力を知らないのだから、がっぷり組み合えばただの力比べと思ってしまう。

 そして。

 

「グロロー!」

「■■■■■■■■!」

「嘘っ!?」

「やっぱねー」

「まぁ見た感じ、そうなるわな」

 

 ただの力比べ、となれば筋力スキルがモノを言う。

 ステータスが見れなかったとしても、武道はバーサーカーより一回り以上大きいのでパワー勝負では武道に分があるよなぁ、と純粋に納得する凛ちゃんと衛宮くん。

 

 一方の銀の少女はヘラクレスの筋力のステータスがただでさえ最高峰なのに、狂化によってさらに強くなってるのだから、パワー勝負で負けるわけがないと思っていたので驚いている。

 

「グロロー。下衆人間のなかでも屈指のパワーファイターと聞いて多少は期待したのだが……とんだ期待はずれだな!」

 

 ぐぃー!

 武道はさらに上から圧力をかける。もともとの体格差以上にバーサーカーは押しつぶされてしまう。

 あと少しで膝が地面についてしまいそうなほど。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 しかしそこでバーサーカーが吼える!

 気合一発、武道に頭突きをお見舞いした!

 

「グロロー」

 

 カウンターになったこともあり、バーサーカーは見事に武道を吹き飛ばしロックアップからの脱出を果たす。

 

 

 おーっと! バーサーカー、ロックアップからの脱出を成功したと同時に、再び岩塊を振り回す!

 その豪快な風きり音!

 一発当たれば並のサーヴァントでは致命傷は避けられないでしょう!

 

「グロロロー」

 

 しかし武道、避ける、避ける、避けるぅー!

 その巨体に見合わぬフットワークです!

 パワー・スピード・テクニック! それらが極まった完璧超人たる武道に隙はないのかぁー!?

 

「バーサーカー!」

 

 そこで銀の少女のサポートが入る!

 超人パワーが補充されるぅー!

 銀の少女の魔術回路が光を放ち人間の限界を超えた魔力が生み出されます!

 彼女の正体こそイリヤスフィール・フォン・アインツベルン! アインツベルンの最高傑作!

 サーヴァントを制御し操り強化することに特化した魔術回路は、もはや全心令呪と言っても過言ではありません!

 その彼女だからこそ、本来制御できないバーサーカーを制御させることができる!

 

 そのイリヤがついに、バーサーカーを完全に狂化させました!

 これはぁー!?

 

「■■■■■■■■!」

 

 バーサーカーの姿!

 禍々しい黒いオーラを放つバーサーカー!

 これはもはや今までのバーサーカーとは違う存在!

 スーパーバーサーカーと言っても過言ではありません!

 

 今までの姿が理性的に見えるほどです!

 わかりやすく言うと桜ルートの黒化したバーサーカーになった感じと言いましょうか!

 

 こんなバーサーカーを相手に正面から戦って勝てるサーヴァントが居るのでしょうか!?

 

「グロロロー」

 

 いました!

 そう、その超人こそストロング・ザ・武道!

 完璧超人、ストロング・ザ・武道だぁー!

 

 

 イリヤからの援護でさらに狂化されたバーサーカー。

 その威圧感は先程までの比にあらず。

 振るう剣の速度もまた、大きく上昇している。

 

 それでもなお、武道は強い。

 完全に避けきる事こそできなくなったようだが、素手でバーサーカーの岩塊をパリィしている。

 普通のサーヴァントであれば、素手どころか武器で防御しても体ごとぶっ飛ぶパワーなのだが、当然武道はぶっ飛ばない。

 

「グロロー、多少はマシになったようだが所詮はド下等。ド下等が準ド下等に繰り上がったところで私の敵ではないわ~」

 

 言うと同時に武道は一歩踏み込む。

 竜巻の如きバーサーカーの斬撃に対しためらいを見せずに踏み込んだ武道のローキック。

 

「■■■■■■■■!」

 

 その一撃で、バーサーカーは足の骨が折れた。

 だが狂化されたバーサーカーにとって痛みはブレーキにならない。

 

「ば、バーサーカー!」

 

 しかもイリヤのサポートでバーサーカーは多少のダメージなら回復する。

 だからその程度のダメージは問題とならない。

 

 とはいえ、だ。

 

「グロロー!」

 

 一発が入る、ということは二発目、三発目と、打撃の入る余地があるということだ。

 

「愚か者め! 多少速度が上がったところで狂えば狂うほど貴様の動きはワンパターンとなるのだ!」

 

 ましてやバーサーカーは狂化されている。

 その動きに工夫などというものはなく、殴られたのなら殴られないように……などという技術の向上が見られない。

 となれば武道に勝てるわけがないのだ。

 

 殴られ蹴られ投げられる。

 まさに滅多打ち。

 もはやバーサーカーは動くサンドバックと化したも当然!

 

「う、嘘よ……ありえない!」

 

 その光景、イリヤにとっては到底信じられるものではない。

 バーサーカーには十二の試練(ゴッドハンド)なる宝具がある。

 常時発動型の宝具で、十二回死なないと本当の死にならない能力である。

 しかも一度相手の攻撃を受ければ、その攻撃は通じなくなるというおまけ付き。

 そんなバーサーカーになぜ同じように見える攻撃が何度も通じているのか……まるで理解ができなかった。

 

 

「フンー!」

 

 武道のパンチがバーサーカーの胸板を陥没させる。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「ハー!」

 

 武道のハイキックがバーサーカーの首をへし折る。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「ゴッバァー!!」

 

 武道の唐竹割りチョップでバーサーカーの頭がえぐれる。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「モガッ!」

 

 武道の肘打ちがバーサーカーの喉に突き刺さる。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「テハー!」

 

 武道のジャイアントバックブリーカーでバーサーカーの背骨がへし折られる。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「ヌーン!」

 

 武道がネックブリーカードロップでバーサーカーの首を刈り取り地面に叩きつける。。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「シャババ!」

 

 武道がバーサーカーをファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げエアプレーン・スピンで回し、そのまま頭から地面へ叩きつける。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「ギラー!」

 

 武道のロケット砲の如くドロップキックがバーサーカーに炸裂。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

 

「カラララ!」

 

 武道がバーサーカーの頭を脇に抱えたまま走り込みブルドッキング・ヘッドロックで頭から地面に叩きつける。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「武道・岩砕クロー!」

 

 武道はバーサーカーの喉をグシャっと音を立て喉を引きちぎる。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

「ワンハンドブレーンバスター!」

 

 武道が片手でバーサーカーの頭を掴み逆さに持ち上げ地面に叩きつける。。

 バーサーカーは死んだ。

 ゴッドハンド発動。

 バーサーカーは生き返った。

 

 

「ば、バーサーカー……」

 

 余りにも信じられない光景にイリヤの目には、本人も気づいていない涙が溢れている。

 イリヤにとって無敵の守り手、最強の存在がこうまで一方的にやられるなどということは到底信じられることではなかった。

 バーサーカーの狂化、および宝具発動による大量の魔力消費によるフィードバックがイリヤの体を痛めつけているが、そんな痛みはイリヤには大した苦痛ではない。

 ただただ、目の前の光景が信じられないのだ。

 信じたくないのだ。

 

「■■■■■■■■……!」

 

 バーサーカーの口から出る咆哮もすっかり小さく、弱々しいものとなっている。

 たとえ蘇生するとは言え、瞬間的に全回復するというわけではないのか、あるいは人間の魔術師としては非凡なイリヤの魔力ですら、底を尽きつつあるというのか。

 それでもバーサーカーが引かないのは、はたして狂化だけが理由であろうか?

 

「グロロー。ここまでやられて尚引かぬとは、貴様は下等サーヴァントにしては中々見所のある男ではないか~。貴様のその頑張りに免じて恩赦を与えよう」

 

 圧倒的な実力差で叩きのめされながらも尚、立ち上がり闘うバーサーカーに思うところがあったのか、武道はそんなことを言う。

 

「グロロー!」

 

 そして正面からバーサーカーに組み付く。

 再び審判のロックアップか?

 いや、違う。

 

 ビババ!

 武道の体から光が溢れその光がバーサーカーに伝播する。

 するとバーサーカーの体に変化が現れた。

 

「バーサーカーの姿が!」

「何だあれは!?」

 

 凛ちゃんと衛宮くんが驚きの声を上げる。

 それもその筈、バーサーカーの今日気に彩られた瞳に理性の光が見え始め、黒く濁ったオーラも消え肌の色も鋼を思わせる鈍色から人間色になり始めたのだから。

 

「グロロー、下等サーヴァントなんぞ辞めて人間として生きるがいい~。貴様、人間のほうがいい男ではないか~」

 

 これぞ武道の能力の一つ。

 零の悲劇!

 この技にかかれば超人だろうと人間になるのだ。

 

 だが……!

 

「な、舐めるなぁ……!」

「む?」

 

 人間になりつつあるヘラクレス。

 しかし歯を食いしばり足を踏ん張り、力を入れる。

 その剛力、先程までの狂化していた時に劣るものではない。

 

「俺はバーサーカーとして呼ばれたから狂っていたのではない。周りに味方がなく、意思あるもの全てを信じられず憎しみを糧にせねば立つことすら出来ぬ少女を守るため、己の意思なく荒れ狂い、ただ少女にとって裏切らぬ味方であり続ける為に狂っていたのだ! 例え狂化され形相が醜かろうと、彼女が自分の味方に選んだのが狂戦士(バーサーカー)であるのなら、俺はヘラクレスである必要などないのだ……!」

 

 そう宣言したヘラクレス。

 すると彼の肌は再び鋼のごとく鈍色となり、その顔は凶相に歪む。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 そして、咆哮。

 その力はまさに最強のサーヴァント。

 上から圧し掛かる武道の圧力に対し一歩も引かず、ついに押し返した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 武道を押しのけることで出来た僅かなスペースに、バーサーカーの鋭い斬撃が捻りこまれる。

 まさに魂の一撃。

 その一撃はついに武道に届いた。

 ストロング・ザ・武道の胸が陥没し、あの武道が後ろに吹っ飛んだのだ!

 

「バーサーカー!」

「武道!」

 

 イリヤは歓喜の声を、凛ちゃんは驚愕の声をあげ、お互いのサーヴァントの名を呼ぶ。

 しかし当のサーヴァント達にその声は届いているのか……

 

「グロロー! 恩赦がいらぬというのならそのまま死ぬがいいわ!」

「■■■■■■■■!」

 

 吹っ飛ぶ武道に追撃しようと真正面から突進するバーサーカー。

 武道は吹っ飛ばされながらも足で着地しバーサーカーを迎え撃つ。

 胸が陥没しているというのにそのダメージを感じさせない動きだ。

 

「グロロー!」

 

 そして激突。

 迎撃でありながら武道は一手早く、バーサーカーにパンチを叩き込む。

 そして!

 

「完武・兜砕き!」

 

 後ろにのけぞったバーサーカーの頭を掴み走り込んだ武道の、必殺の技がついに発動した。

 

「バーサーカー!」

「終わった」

 

 カンカンカァーン!

 

 ここについに、ストロング・ザ・武道VSバーサーカーのド迫力超重量対決が決した。

 

 

「バー……サーカー」

 

 信じられない……そんな顔でイリヤはバーサーカーへ立ち寄る。

 すると、倒れていたはずのバーサーカーが立ち上がった!

 

「バーサーカー!」

 

 既に十二の試練の限界を超える死を迎えたバーサーカー。

 そのバーサーカーを立たせる力は一体何なのか?

 

「ぶ、武道……大丈夫なの?」

「グロロー。凛よ。言ったはずだ……終わった、とな」

 

 敵が立ち上がったというのに武道は後ろを振り向かない。

 それがこの場での礼儀であると言わんがばかりに。

 

 同時に、バーサーカーの存在感が薄くなる。

 もはや現界を留める事すらできなくなったバーサーカーの体が消滅しつつあるのだ。

 

「バーサーカー……!」

 

 イリヤはバーサーカーにかける言葉がない。

 バーサーカーの本音は先ほどの試合で聞いた。

 だからと言って、イリヤが今更何を言えるというのか。

 どんな境遇で生まれ育ち、どんな理由があろうと、バーサーカーの人格を廃し徹底的に道具として扱っていたのは自分自身なのだから。

 そんな自分が一体どんな言葉をバーサーカーにかけられるというのか?

 

 完全に消える間際、バーサーカーの手がイリヤの頭を撫でたような気がするが、その感触が本物だったのかどうかすら、イリヤにはわからなかった。

 だけど、バーサーカーが優しい笑顔を浮かべていたように感じたのは、イリヤだけの錯覚ではないだろう。

 

 

 

「負け……ちゃった」

 

 バーサーカーが完全に消滅してから数分。

 誰も声を出せなかったのだが、最初に声を出したのはイリヤだった。

 ペタンと力なく座り込み、消え入りそうな小さな声で。

 

「グロロー。当然の結果だ。まぁ下等にしては中々の執念だったと褒めてやるがな」

 

 対して武道の言葉には遠慮というものが一切ない。

 

「さて……どうするんだ? 遠坂」

「うーん……聖杯戦争のルール的に、倒したマスターの殺害は別に悪手じゃないんだけど……そこまでするのもねぇ。それにこの子さっきアナウンサーが地の文で言ってたけどアインツベルンらしいのよ。だから色々と情報を知ってるかもしれないし……」

「ふーん。でも尋問とか拷問するのか? 俺はそういうの趣味じゃないけど」

「私だって趣味じゃないわよ! とはいえ、自陣営以外のサーヴァント六騎を倒して、はい聖杯ゲットー、てわけじゃないから終盤を見据えて目のつく所には居てほしいのよね」

「幼女監禁か……警察に逮捕されそうだな」

「嫌な言い方しないでよ」

 

 一方で、凛ちゃんと衛宮くんはボソボソと会話する。

 まぁ小声で会話してるつもりでも丸聞こえだったりするのだが。

 

「そうね、バーサーカーが負けちゃったし私の聖杯戦争が終わったから……聖杯戦争が終わるまではお兄ちゃんの所でやっかいになっててあげるわ」

 

 そして、イリヤは凛ちゃんと衛宮くんの会話に割り込んできた。

 表情からは何を考えているのかを察しづらいが、どうも目に見える敵意はなさそうだが。

 

「えー……俺は勉強とかで忙しいから子供の面倒なんて見てられないよ。それに外国人の幼女を家に招いたら藤ねえが警察に電話しかねねぇ」

「暗示かければいいじゃない」

「そうそう。今回の聖杯戦争はそっちの遠坂のマスターが優勝しちゃいそうだから、私は聖杯として遠坂のマスターの目の届かない所に行くのはあんまり良くないと思うけど、遠坂の家なんて入りたくないしお兄ちゃんの家に泊めてもらうのが一番なのよ」

「え? 聖杯?」

「いやなー、でもなー。暗示で藤ねえや桜をどうにか誤魔化せても、飯の用意とか……桜にやらせるのも申し訳ないしさぁ」

「あ、ご飯とか生活のお世話なら問題ないよ? メイドを呼ぶから」

「いや、そんな事より聖杯って」

「メイド!? 巨乳か!?」

「二人いて片方は巨乳だよ。でもメイドの仕事がうまい方はおっぱい小さいの。まぁ人が増えすぎるとお兄ちゃんも大変だろうし、セラ……おっぱいの小さい方だけ家に呼べばいいかな」

「聖杯っ」

「おっぱいの大きい方を連れてきてくれ」

「えー、リズは家事あんまりうまくないと思うよ? 一日十二時間しか起きられないし……」

「聖」

「寝てる間に揉んでも怒られないかな?」

 

 衛宮くん、一度リセットされてからというものちょっと自分に正直になったかもしれない。

 あくまで高校生らしいレベルで、ではあるが。

 

 しかしいい加減無視されまくった凛ちゃんは怒る。

 

「衛宮くんは黙れ! そんなことより、あんた! イリヤ! 聖杯ってどういうことよ!」

「えーと、私の心臓が聖杯なの。細かい話を飛ばしちゃうけど、私の体に貯められたサーヴァントの魂がスパークして世界の理に穴を開けて「向こう側」への道を作ったり出来ちゃうのね。私の実家はそのパワーで魂の物質化がしたいみたいだけど、出力だけはすごいから魔術的なお願いはたいがいは力技で叶えられるくらいのパワーがあるから、聖杯の使い方は遠坂の好きなようにすればいいよ」

「ええー……なんか……知りたくなかった聖杯戦争の真実?」

「何言ってるんだか」

 

 知ればいたたまれない空気になってしまう、なんとも嫌な聖杯戦争の真実。

 

 それをどう受け止めればいいのか悩む凛ちゃん。

 巨乳メイドが家に来るぞー、とちょっと喜びたかったけど重い真実を知らされてなんだかこいつらに関わるの嫌になってきたなぁ、と思う衛宮くん。

 聖杯を使えば自分が死ぬのは生まれた時から知っていたため、それをためらう凛ちゃんや衛宮くんに対し呆れ気味なイリヤ。

 そして。

 

「フン、聖杯の使い道をどうするか、だと? 己の財に勝手に群がり、持ち主不在の場でその使い道を決めようとは傲岸不遜なやからよな」

 

 この世の全てを見下すような、傲岸不遜な声が降ってくる。

 

「!?」

「グロロー」

 

 声の方に振り返ってみれば、街中の電柱の上に、金の鎧に身を包んだ男が立っていた。



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8話

「随分偉そうなサーヴァントねぇ」

「グロロー。サーヴァントなぞ所詮は生前に英雄だなんだと持ち上げられ自意識が肥大化した存在にすぎん。奴らは他人から特別視されることで本当に自分が特別な存在になったと勘違いしたいだけの人間に過ぎぬわ~」

 

 金ピカの鎧に身をまとい高いところに立つ新たなサーヴァント。

 この世の全てを見下すような態度を隠すこともなく偉そうな態度をとっているのだけど、もっと偉そうなサーヴァントが存在する。

 その名も、ストロング・ザ・武道!

 金ピカの鎧など不要。

 やたらとでかい体と態度が揃えば金色の鎧などという装飾品はなくとも偉そうに見えるのだ。

 あとわざわざ高いところに立つまでもなく自然と他人を見下すことになるのだから。

 

 そんな武道の相手がすっかり慣れた凛ちゃんは、もはやサーヴァントの一人や二人とエンカウントしたくらいではビクともしない精神の持ち主となってしまっている。

 

「また戦うのか。俺は早く帰りたいんだけどなぁ」

「そうね。私も初めて泊まる家になるから早めに行っておきたいんだけど」

「わかってるわよ。私だって疲れてるからとっとと帰って寝たいのよ。わかったわね武道。ささっと手早くたたんじゃいなさい」

「グロロー。そういう事だ。下等サーヴァントよ、御託はいいのでかかってこい」

 

 凛ちゃんだけでなく、衛宮くんたちもだいぶ図太くなっているようだが。

 

 さて、一方そんなぞんざいな対応をされたサーヴァントの方は自分の扱いをどう思うか?

 

「この……雑種どもがぁ……!」

 

 すごく怒っていた。

 果てしなく怒っている。

 引きつった顔面のシワはもはやヒビに見えるほど固く刻まれている。

 

「うわっ、あいつすごく怒ってないか?」

「うんうん、狂化したバーサーカーみたーい。遠坂のサーヴァントの態度悪いのが原因だよね」

 

 衛宮くんとイリヤはすっかり部外者気分である。

 自分を前にしていながらそんな態度をとる部外者がいることすら、黄金のサーヴァントには許しがたいこと。

 さらに怒りのボルテージが上がる。

 

 が、次の瞬間には大気を震わすほどの怒りの気配が消え去る。

 完全に凪いだ湖面のごとく、一切のブレがなくなったかのような。

 そんな静けさ。

 

 黄金のサーヴァントの怒りが消え去ったのか?。

 答えは否。

 

 度を越えた怒りは静かな殺意を生んだ。

 

「死ね」

 

 その言葉は命令。

 違えることなど許さんという、確固たる意をもっての命令は、相手の都合など一切を無視する。

 

 その命令に従い、金色のサーヴァントの背後でいくつもの光が生まれ、放たれた。

 自分の出した命令を形にさせるために。

 

「グロロー!」

 

 瞬間、武道は凛ちゃんたち3人の前に立ち素早く竹刀を振るう。

 がきんがきん、ばきんばきん!

 

 何枚ものガラスが割れ散らかったような、Fateのゲームをやってたらお馴染みのあの音が鳴り響く。

 ボリュームを下げていないとびっくりするほどの音でもある。

 

 何が起こったのかというと、黄金のサーヴァントの背後の空間から生まれたたくさんの光が、凄まじい数の武具となり飛来し、それを武道がグロローと竹刀で弾き返したのだ。

 いや、竹刀だけではなく足元で踏み潰された刀剣類を見るに、四肢の全てを使って抑えたようである。

 

「誰の許しを得て存命している? (オレ)はすでに貴様等に命令した。であれば、貴様等愚物は疾く、死ぬのが礼儀であろう」

 

 そんな武道に対し、金のサーヴァント。

 怒りも憤りも見せず、再び背後の空間を光らせたかと思うと、先程と同じ……いや、比較にならないほど大量の武器を飛ばしてきたではないか。

 

「グロロロー!」

 

 それを再び捌く武道。

 武器の数が増えたところで凛ちゃん達を守るのにいささかの不都合はない、とでも言うかのような防御はまさに完武。

 だがしかし、攻めきれない。

 武道がいかに強いといえど、その戦闘スタイルは圧倒的なフィジカルによる近接格闘だ。

 飛び道具を使う相手には相性が悪かったというところか。

 

「ま、まさか武道が押されているというの!?」

「いやー……押されてはないだろ? 互角かなぁ」

「私たちを守りながらでなければもっと楽に戦えてるかも知れないけどね」

「グロロー。その通り。お前たちを守りながらでなければ今頃やつの頭はスイカ割りのスイカのごとくよ」

 

 しかし、なんだかんだで余裕があるのが武道である。

 凛ちゃんたちを守るためにせわしなく動いているが、その動きに陰りは見られない。

 

「にしても相手は一体何ものかしら? こんなにたくさんの武器を放出する英雄の逸話なんて聞いたことがないわ」

「ああ、それにこの武器の数々はナマクラじゃないぜ。宝具じゃないか?」

「グロロー。やつは古代のどこぞの田舎の王、ギルガメッシュとか言うやつだろう」

「あ、そういえば閻魔大王がどうとか言ってたっけ。ギルガメッシュと言えば人類最古の王なのにそんな王の名前を知ってるなんて、本当に閻魔大王なのかしら」

 

 そんな感じだから、一撃当たれば死にかねない武器の放出の射程内にいながらも凛ちゃんたちはすっかり態度が余裕になってしまった。

 

「人類最古の英雄王ギルガメッシュ……! で、なんでギルガメッシュがこんな武器を放出するのよ。むしろ牛と綱引きしたり山をパンチで吹っ飛ばしたりする人じゃなかったかしら?」

「現実と物語は違うってことじゃないのかしら」

「多分ギルガメッシュは最古の王様でこの世の全てを手に入れたとか言うから、後の世で有名になってる英雄の宝具とかは「ギルガメッシュの持ち物でしたー」とか言いたい感じじゃないか?」

「グロロー。何が最古の英雄王だ、バカバカしい。たかが田舎のお山の大将ではないか~。下衆人間どもの歴史に古さなど存在しない。奴ら人間の歴史など所詮は我ら超人の歴史の模倣でしかないのだ~」

 

 戦いながら相手の真名看破、さらになんでああいうファイトスタイルになったのか? などの考察をする余裕っぷり。

 確かに武道の守りはすごいのだが、別に戦いが有利になったわけでもないというのに。

 人間、下手に状況になれると危機察知能力が落ちてしまうのかもしれない。

 

 と、その時。

 

「あれ? なんか音が……」

「攻撃が弱くなった?」

「飛んできてる武器がなんだかショボくなってるよね?」

「グロロー」

 

 がきんがきんぱりーん。

 武道は相変わらず飛来する武器の数々を弾きまくるのだが、凛ちゃんたちの言うとり飛んできた武器が明らかに粗悪品になってきている。

 一応人間の身で当たれば痛いどころどの話ではない武器だけど。

 

「弾切れかしら?」

 

 しばらくして、刀剣の嵐が止んだ。

 最初の方と違い、後半の刀剣類はえらい見栄えも悪く、魔術師的な目で見ても魔力が少ない粗悪品となっていたので、凛ちゃんの弾切れかという発言は間違ってないものに思える。

 

 そうしてようやく敵の姿が見えそうだ……と、武道の影からひょっこり顔を乗り出して敵サーヴァントを覗き見る三人。

 その目に映ったのは、先程までと同じサーヴァントと思えない存在である。

 

 自己主張の大きい金ピカアーマーが、なんとも鈍い鉄色の鎧になっている。

 頑張って磨いてみた青銅といった感じの鎧だ。

 

「き、貴様……っ」

 

 魔力切れなどで色が落ちたのか? とも思いかけたが……相手の表情が「ありえない」と言っているように見えるので、別に疲れたら色落ちするような機能を持っていたとは思えない。

 一体彼の身に何が起こったのか?

 

「グロロロー。なるほどなるほど。そういう事か」

 

 凛ちゃんたちは当然として、当事者である敵本人ですら理解していない現象を武道は理解しているみたい。

 一体何であろうか?

 

「武道、一体全体、なにがそういう事なの?」

「グロロー。簡単なことよ。やつはギルガメッシュ……人類最古の英雄王だとお前たちが言っていたではないか~」

 

 それが一体なんだというのか?

 答えは簡単。

 

「グロロー。奴の能力は所詮はその「人類最古の王」であるというネームバリューあってこそ。だが、その歴史が嘘っぱちであるという事が私によって判明してしまったのだ~。それにより、やつの身に纏う神秘が無価値のものとなり、戦闘力が大幅にダウンしたのだ~」

「馬鹿な……ありえん! この、(オレ)が……偽りだと! ふざけたことを抜かすなぁ!」

「グロロー。本当のことだ。何億年も前からこの星の歴史の全てを知る私が言うのだ。間違いない。そして……貴様は公式な試合をするつもりがないようだったので、私もその流儀に合わせてやらせてもらおう!」

 

 そして武道。

 突然のパワーダウンにうろたえる敵に武道は一切の遠慮なく、竹刀を投げつけた。

 その竹刀は敵の胴体のど真ん中を貫く。

 サーヴァントといえど所詮は人間、胴体に穴が開けば致命傷だ。

 ましてや奴を支える力の大部分が失われてからの致命傷となればダメージはひと押し。

 結果、敵サーヴァントは大して間を置かずに消滅する。

 

 完全決着。

 

「グロロー。実にくだらん戦いであった」

「ゴングも鳴ってなかったしね」

 

 なんとも虚しさを感じる決着だった。

 

 

 

「やっと帰ってこれた」

「へー、ここがシロウの家なんだー」

「はぁ、一日でサーヴァント四人も倒す羽目になるとは思わなくて私も疲れたわ。衛宮くん、ちょっとお茶くらい出しなさいよ」

「グロロー」

 

 その後は特に問題なく衛宮くんの家まで付いた凛ちゃん一行。

 しかし、扉を開けると……

 

「なんでさ」

 

 衛宮邸の中にぎっしりと、謎の骸骨人間が詰まっていた。

 

「自立式の兵隊? シロウって初めて見たときは三流以下のゴミ魔術師と思ってたけどこんなのを作れるなんてすごいじゃない」

「ほんとね。セイバーを召喚したときはいなかったのにいつの間にこんなの作ったの?」

「いや……どう考えても俺と無関係だろこいつら」

「グロロー!」

 

 衛宮邸にすし詰めになっていた骸骨軍団が凛ちゃん一向に襲いかかる。

 これは一体!?

 

「どう考えても敵サーヴァントでしょこれ!」

「新手の敵サーヴァントか!」

「凛かシロウってよっぽど日頃の行いが悪いのね。一日の間でこんなに何度も襲われるなんて」



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9話

「グロロー!」

 

 武道が吠える!

 そして竹刀を振ればその竹刀の間合いの内側にいるキン骨兵はガラガラと崩れ落ちる。

 

「グロロー!」

 

 廻し蹴りをすればその範囲内のキン骨兵はガラガラと崩れ落ちる。

 

「グロロロー!」

 

 突進すればその通った後にはキン骨兵の残骸が散らばるのみ。

 

 衛宮くんの家にギッシリすし詰めになっていたキン骨兵だが、武道の敵ではない。

 いや、実際のところ武道どころか普通のサーヴァントは当然として、ある程度の魔術師ですら余裕で倒せるレベルである。

 1対1ならば。

 

「か、数が多すぎる!」

 

 なかば悲鳴のような凛ちゃんの声。

 なにせあたり一面敵だらけだからだ。

 

 倒して減るのならいいのだが、倒された敵の破片が集まり再び復活して襲いかかってくるので一向に数が減らない。

 凛ちゃんや衛宮くん、あとイリヤも武道の撃ち漏らしを時々駆除しなければならないほど。

 

 ギルガメッシュの宝具の群れからすらマスターを守りきった武道の守護からはみ出てマスターに攻撃を届かせようとするとは……と、脅威を感じる凛ちゃん。

 敵の性能自体は弱く、武道なら寝てても問題なさそうなレベルかもしれないが、生身の人間はそうも行くまい。

 このままではジリ貧である。

 

 1対1では無敵に思える実力を持った武道に、初めて見えた戦闘面での欠点。

 その一点を付いてくる敵は……強いのかどうかは不明、だけど、上手い手だ。

 凛ちゃんは思わずそう唸る。

 

「グロロー。己は姿も見せず雑魚兵の無限湧きとはなんとも姑息な手段ではないか~」

 

 武道は事も無げにそう言うが、凛ちゃんからすればピンチに変わりはない。

 

「くっ、こうなれば何とかして撤退するわよ! いくらなんでも衛宮くんの家と違って私の家ならこんな敵だらけってこともないはずだし!」

「そうね、遠坂の家に入るなんて本当は嫌だけどこのままじゃこの家に泊まれそうにないわ」

「女の子の家にお泊りかぁ……じゃなくて、俺の家これ大丈夫なんだろうな? 明日までこのままだと藤ねえとかが来た時に大惨事なんだけど」

 

 凛ちゃんは撤退を提案。

 イリヤも衛宮くんも撤退は仕方がないと受け入れるのだが……武道は違う。

 

「グロロー。誰が撤退などするか。前進し制圧し勝利すればよいだけではないか~」

 

 簡単に無茶を言う。

 

「それが出来れば苦労しないわよ! 戦ってアンタが負けるとは思わないけど、この敵はアンタと戦うつもりがないのよ、自分だけ安全地点で今も見てるに違いないわ!」

「でしょうねぇ。多分相手はキャスター……魔術師のクラスのサーヴァントなら、自分が近くにいなくても嫌がらせの魔術を使う事なんてお手の物でしょうね」

 

 武道の無茶に対して現実的な否定をするのは凛ちゃんとイリヤ。

 魔術の方向性こそ違えど、二人共魔術師としての知識を持っているために、この状況では敵に手出しできそうにない、という結論は出来上がってしまっているのだ。

 

 だが、二人ともまだまだ甘かった。

 余りにも知らない。

 ストロング・ザ・武道という超人の事を。

 

「グロロー! 私を舐めるでないわ! 遠くの敵と戦う手段くらい私とて持っているのだ~」

 

 なんと、武道にはまだまだこの状況で取れる手段があるという。

 どうするというのか。

 

「どんな手段があるってのよ!?」

「グロロー。まずはお前たち、何か身につけているものを一つ手に取れ」

 

 そう言われたので、凛ちゃんは髪を縛ってる紐の片方を、イリヤは帽子を、衛宮くんは特に持ち物がなかったので靴を片方手にとった。

 準備が整ったのを確認した武道は、気合をひと押しし周囲を囲むキン骨兵をまとめて一瞬にして打ち払い、かなり大きい空白空間を作り出す。

 そして自分の手に持つ竹刀を空に浮かべた。

 

「さあ、お前たちも投げるのだ~」

 

 何がなんだかわからないが、武道の指示に従って凛ちゃんたちが持ち物を投げると……武道の竹刀を中心にして、みんなの持ち物が融合しグニャグニャと形を変える。

 

「な、なにこれ!?」

「機関銃か?」

 

 言葉の通り、武道の竹刀を中心として皆の持ち物が合体し出来上がったのは機関銃だった。

 ただし……

 

「んん? 目の錯覚かな……なんかデカくないかあれ?」

「衛宮くんもそう見える? 私もなんかすごく大きく見えるわ」

「見えるんじゃなくて実際に大きいと思うんだけど」

 

 でかかった。

 その機関銃はとても大きい。

 どのくらい大きいかといえば、武道を弾丸にして発射できそうなくらいのサイズだったのだ。

 

「グロロー! ではゆくぞ!」

 

 三人の困惑も何のその。

 武道は機関銃が完成したのでササッと飛び込んだ。

 機関銃に向かって。

 そして機関銃の弾帯に入り込んでしまう。

 

「うわー、本当に武道が発射できそうなサイズなんだー……って、あれぇ!?」

 

 武道が機関銃の弾帯に入り込んだのを見ていたはずの凛ちゃん。

 気付けば自分も武道の隣、弾帯の中に入っていた。

 武道の逆側を見たら、衛宮くんとイリヤも居る。

 

「え? な、なんだこれ?」

「なに? なんなの?」

「発射ー!」

「ちょっ、武道……!」

 

 自分以外を精神的に置いてけぼりのまま、武道は勝手に飛び出す。

 機関銃のは連射銃なので、当然次弾として凛ちゃん、衛宮くん、イリヤも発射されることになった。

 

「うわー!?」

 

 一体どこに向かって飛ばされるのか……?

 

 

 

 一方ここは柳洞寺。

 冬木の街に古くからあるお寺であり、この町の霊地としての力もピカイチのポイントである。

 しかし自然霊以外の侵入を拒絶する結界によって守られているためにサーヴァントにとっては本来鬼門……なのだが、中に入ってしまえばサーヴァントのような幽霊や魔術的な存在にとっては快適な地点でもある。

 

 そこを根城としているのが、紫色の怪しいフード付きローブをまとった女性、キャスターのサーヴァント。

 そのキャスターが、先程までは遠視の魔術で衛宮くんの家の様子を見ながらほくそ笑んでいた。

 

「フフフ……ヘラクレスだけでも厄介だったのに、まさか人類最古の英雄王までこの聖杯戦争に参加していたなんてね。そしてそれを打倒する閻魔大王……まともに戦ったら勝ち目なんてないけれど……マスターを狙えば話は別よねぇ?」

 

 どうやらキャスターは、冬木の街を魔術的に監視して大きな魔力のぶつかり合いなどからサーヴァントの戦いを察知していたらしい。

 そして、どでかい魔力反応が立て続けに起こった場所を偵察すれば、顔見知りのヘラクレスが倒されている場面であった。

 ヘラクレスを正面から圧倒して倒す、そんな怪物の存在にキャスターは戦慄した。

 どうやって倒すべきか……と。

 さらに立て続けにギルガメッシュなどという大物まで現れ、それが打倒されるというのだから焦る。

 

 焦りながらもしかし、と、キャスターは持ち直した。

 ヘラクレスは倒される前にそのサーヴァントに一撃を与えていた。

 そして立て続けにギルガメッシュ戦だ。

 今なら疲労しているかもしれない。

 

 いやいや、他にも今日感じた大きな魔力の波動があのサーヴァントのものなら、今日だけであと1~2戦、やってる可能性があるのだ。

 どんな規格外なサーヴァントでもそれだけ連戦すれば疲労は貯まるはず。

 ならば今日攻めなければ、と。

 

 そして偵察用の使い魔を通して拾った会話から、衛宮くんの家に帰るらしいと察したキャスターは大急ぎで竜牙兵の無制限湧きのトラップを仕掛けた。

 これで倒すのが目的ではない。

 嫌がらせのためだ。

 

 キャスターは最初、今ならあのサーヴァントも疲労してるはず、と考えたが、同時に疲労していない可能性もあるかも知れないと心配していた。

 なにせヘラクレスを圧倒しギルガメッシュまで打ち倒す規格外の存在だ。

 体力回復系のインチキな能力を持っていないと、なぜ言えるのか。

 そうなると、サーヴァント狙いは捨てるべきか。

 しかし、じゃあどうやって倒せばいいのか……と、考え、マスターを狙えば良いと気付く。

 

 使い魔の拾った会話から、あからさまにあのサーヴァントのマスターが疲れているのは見て取れる。

 そもそも人間はそこまでタフにできていない。

 

 ならば、今から休みなくあのサーヴァントに遠くからちょっかいを出し続ければいい。

 キャスターにとって都合のいいことに、あのサーヴァントはいかに強いとは言え徒手空拳の格闘が本懐のようで、飛び道具も竹刀の投擲など、あくまで二次的な攻撃であるのなら、柳洞寺に隠れる自分まで届くまい。

 

 あとは、何百、何千、何万と続く攻撃の内、一度だけでもマスターに届けばいいのだ。

 一度で殺せなくとも何度も何度も繰り返せばいずれ死ぬ。

 

 その筈だ……と、思ってキャスターは笑っていた。

 監視使い魔の目に映る光景を見るまで。

 

 突然相手が大暴れし、かなりの数の兵隊を蹴散らすくらいなら何という事もないのだが、その敵の武器がグニャグニャと変形し、この時代の武器である銃になり、その銃の弾として敵が飛んでいったのだから。

 キャスターにとっても意味不明な出来事すぎて、空いた口がふさがらなかった。

 

 逃げられた! と思うのに少し時間がかかったほどだ。

 

 そして、逃げられた、と思った次の瞬間にとんでもない爆音が響く。

 自分の真後ろで四連続。

 

「なっ!?」

 

 そして後ろを振り向けば……

 

「呼んだか?」

 

 ストロング・ザ・武道がいた。

 その足元には目を回しているイリヤ、頭に出来たたんこぶを抑える凛ちゃん、犬神家のアレみたいになってる衛宮くんの姿もあった。

 

「そんな!? この寺の結界を破ってきたというの!? 生身の人間ならまだしも……サーヴァントのあなたまで!」

「グロロー。直接結界を抜けたのではなく、ワープゲートを開いて通ってきただけに過ぎぬ」

「いや、そっちの方が有り得ないでしょ! これほどの霊地に魔術的な干渉なんて……!」

「黙って聞け」

「は、はいっ」

 

 そして武道は言う。

 魔術師であるキャスターにとっては衝撃の一言を。

 

「私と戦おうという敵が存在するのならその場まで飛んでいく、これが出来なくてなんの超人か~」

「り、理由になってないわ!?」

「知ったことか~! 散々雑魚を使い私を挑発しおって~!」

 

 キャスターにとっては理不尽なクレームで怒る武道。

 普段から目を血走らせてて怒っているようなので違いは分からないが、怒っている……筈だ。

 

 キャスターのフードのてっぺんを掴んで振り回しているのだから。

 

「ひえ~!」

 

 振り回されたキャスターはたまったものではない。

 なにせ元々キャスターというクラスは肉弾戦がヘッポコにできているのだ。

 だというのに、肉弾戦でヘラクレスを圧倒するような怪物に掴まれて振り回されるというのは、もはや恐怖以外の何者でもない。

 

 すぱんっ。

 

 と、音を立ててフードの摘まれていた部分が切断されるまで、キャスターは良いように振り回されていた。

 もっとも、振り回されるのが終わっても

 

「どへあっ」

 

 突然引っ張っていた力がなくなることで尻餅をついて変な悲鳴がが漏れ出てしまうのだが。

 それでも助かったことは助かった……の、だろうか。

 幸いにも、凛ちゃんとイリヤは犬神家のアレ状態の衛宮くんを掘り起こすのに忙しくてキャスターの悲鳴は聞こえていなかったようだし。

 

 ただし、この場にいたサーヴァントにはバッチリ聞かれていたのだけど。

 

「いかに邪悪な妖物と言えど、仮にも女を相手に甚振るような真似は感心せぬな」

「ほう? そういう貴様は?」

 

 立っているだけで全方位に威圧感を発する武道を前にして涼しげな態度の男。

 侍ちっくな出で立ちのその男は

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」



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10話

「なにをクラスだけじゃなく真名まで正直に名乗ってるのよっ、このバカ!」

 

 戦場に立つ双方が超常の域に立つ英霊同士の戦いとなれば、ひと当てすれば大まかな判断がつくクラス名ではあるが、その「ひと当て」をするまでだけでも情報を秘匿するのが重要であろう聖杯戦争。

 そんな聖杯戦争に、独断でクラス名および真名すら教えてしまうようなサーヴァントが果たしているだろうか?

 

「名乗られたのなら私も名乗らぬわけには行くまい。私はストロング・ザ・武道のサーヴァント、超人閻魔……かつてザ・マンと呼ばれていた男よ」

 

 いた。

 アサシンの佐々木小次郎……そして武道にとって、己の情報の秘匿というのは大した重要ごとではないようだ。

 

「む、見事な名乗り。婦女子に狼藉を働いていた男ではあるが野卑にあらず、か」

「グロロー。この争いが聖杯戦争を名乗りサーヴァント同士の戦いであるという名目がある以上、相手がサーヴァントであるならば女だからとて手心を加えるのは逆に侮辱というものよ~」

「ふむ、成る程。いや、これに関しては非は私にあるというべきか。多少なりともその女の人となりを知ってしまっているがゆえに、女として扱ってしまったが……敵として現れたのなら例え怯える女が相手でも斬るが礼儀であった」

「ほう、貴様キャスターと知己であったか……いや、だからこそ助けたのであろうがな」

「ちょっと!」

 

 尻餅付いてたキャスターが立ち上がってお尻をパタパタ叩いて埃を落としながらアサシンに詰め寄る。

 余計なことを言うな、黙っていろ、と言いたげだ。

 その頃には衛宮くんのサルベージも終えていた凛ちゃんとイリヤ。

 キャスターが声を荒らげたこともあって3人のサーヴァントに注目している。

 

 一方その注目されているアサシンたちはどうかというと。

 

「ん? どうしたマスターよ」

「ばっ! 何を言ってるのよ!」

「グロロー。マスターだと?」

「うむ、こやつが私を召喚した魔術師、マスターよ。サーヴァントがマスターになってはならぬというルールの有無は不明だが……不正の一種であろう。それがゆえに私のようなサーヴァントのまがい物が召喚された上に、私にはこの寺の山門から一定の距離を離れられぬというペナルティが付いてしまったのだからな」

「だから! それを! ばらすなって言ってるのよー!」

「今初めて言われたのだが?」

「こっ……このっ……!」

 

 注目していたら明かされる驚愕の真実。

 今この場に、敵サーヴァントが二名。

 キャスターとアサシン。

 

 そのうち真名が明らかになったのがアサシン、佐々木小次郎。

 しかしその実態は、キャスターがサーヴァントの身でありながら呼び出した不正サーヴァントであったという……驚きである。

 まさか戦う前からここまで相手の情報が手に入るだなんて思わなかったのが、凛ちゃんだ。

 

「聖杯戦争って情報の秘匿も重要な要素と思ってたけど違ったのね」

 

 若干呆れ気味につぶやくのだった。

 

 

 

「じゃ、夜の寺にサーヴァントが三人……勝負でしょう」

「くっ!」

 

 グダグダになりかけてた空気。

 しかし勝負を予想させる凛ちゃんの言葉で緊張が走る!

 キャスターにのみ。

 アサシンは涼しげな態度の中に、愉しみを見出しているようにすら見える。

 

「召喚されたはいいが門番をやっていろ、などと言われた時は拍子抜けであったが……ふむ、心躍る死合を得る機会に恵まれるとは、私も中々の幸運に恵まれたようだ」

「これでキャスターとアサシンをやっつけたらサーヴァント六人分の魂が私の中に入るのよね……なによ、聖杯戦争っておじい様に聞いてたのと違って全然簡単に終わるんじゃない」

「あれがキャスターかぁ……結構美人だなぁ。いくら聖杯戦争だからって殺しちゃうのひどくないか?」

「セイバーを自殺させた人が何言ってるのよ」

 

 ほかの連中はこんな感じで、のんびりムードだ。

 今から死闘が始まるというのに当の本人であるアサシンが一番涼しい顔をしているのが、キャスターにとっては気に入らないことでもある。

 言わなくても問題なかった情報をペラペラと喋ってくれちゃって……と、ちょっと憤る。

 

「さて、では早速マスターを守るために、サーヴァントの私が前に出て戦おうと思うのだが……それで良いのかな? マスターよ」

 

 などと言って殊勝な態度だが、まったくもってありがたくないと思っているのがキャスターだ。

 

「グロロー。私は二人同時でも一向に構わんのだぞ?」

「そのような事を言ってくれるな。お主ほどの相手を前にして、己の技量の限りを尽くし戦いたいと思わぬ武人はおるまいよ」

「グロロー! その意気やよし! 凛よ、ゴングを鳴らすのだ!」

「は、はい!」

 

 カァーン!

 

 こうして、キャスターそっちのけでストロング・ザ・武道VSアサシン、柳洞寺の境内バトルが今、始まる。

 

 

 

 ゴングは高らかに鳴ったが、その戦いの立ち上がりは静かなものとなった。

 武道とアサシン。

 二人のサーヴァントに動きは見られず、睨み合っているのだ。

 

 武道はいつもの、偉そうに腕を組んでの仁王立ち。

 一方のアサシンは長い刀を両手に持ちながらも、だらりと力を抜き切っ先が地面に触れそうなほど。

 

「むむむ、両者動きがないわ。きっとこれがジャパニーズサムライの、静の戦いと言うやつなのね。ワビサビ!」

「あんたいつの時代の外人よ。でも意外ね、お互い好戦的な性格っぽいからガンガン打ち合う、さぞ派手な戦いになるかと思ったのに」

「キャスターってよく見たら耳が尖ってるな。エルフか。エルフなのか」

 

 対して凛ちゃんたちはすっかり余裕の観戦モード。

 武道が負けるとは全然思っていないみたい。

 

 二人のサーヴァントは動きがないように見えるが、実はジリジリと近づきつつあるのだが、果たしてそれに気づいているのか。

 そして、一定のラインを超えた時ついに。

 

 きぃぃぃん。

 

 硬い、金属音が聞こえた。

 

 見れば、アサシンの構えが変わっている。

 刀を肩の高さまであげて水平に構える不思議な構えを取っているのだ。

 一方の武道。

 こちらも腕組みを外し、左手を顔の横に折りたたんでいる。

 よくよく見れば、その左腕の一部が削り取られているのが見える。

 

「ふむ、見事。一太刀で首を飛ばすつもりだったのだがな」

「グロロー。貴様も下等サーヴァントに似合わず中々のやり手のようだな」

 

 二人のサーヴァントの会話から、アサシンが仕掛け、武道がガードしたのだと読み取れた。

 しかし凛ちゃんたちには言われても見えなかったほどの戦いである。

 

 アサシンの動きが見えなかったのは、かつて見たランサーをアサシンが素早さにおいて上回っている……それだけが原因ではないだろう。

 静から動。一瞬の攻防。虚と間合いの取り合い。

 そういう駆け引きが合わさることで、本来の速度を何倍にも感じるように戦っているようなのだ。

 だからこそ、攻防が見えない。

 そして結果だけが見えるのだ。

 

 その一合目の結果が、相手はノーダメージで武道は腕に刀傷を受けるという結果なのだが。

 

「ちょっと凛。これ結構やばくない?」

「そ、そうね……相手は刀を使ってるのに武道はなんでか素手で戦うみたいだし」

「竹刀で戦えー、って言わなくていいのか? 遠坂」

「言っても聞く武道じゃないわよ」

 

 ギルガメッシュやキン骨兵など、武道とのファイトスタイルと噛み合わないために若干、苦戦しているように「見えていた」戦いはあった。

 しかし、この戦いは初めて武道が「苦戦する」戦いなのかもしれない。

 

 それにちょっと焦った凛ちゃんは治癒の魔術を武道に使おうとする。

 珍しくマスターらしいサポートをする機会に恵まれてちょっと張り切って。

 だがしかし。

 

「グロロー。凛よ。試合中にそのような無粋な事はやめてもらおうか」

「な、何言ってんのよ! 卑怯とか言うんじゃないでしょうね、聖杯戦争でマスターがサーヴァントのサポートをして何が悪いのよ!」

「グロロロー。戦いの性質上、卑怯がどうこう言うつもりはない。しかし、今に限って言えばそれは余計なことなのだ」

 

 武道は凛ちゃんのサポートを不要と断じる。

 その理由とは一体何か。

 

「グロロー。今受けた傷を無かったことにしてしまえば余計な油断が生まれる。それはこやつとの戦いには不純物となろう。一瞬の判断に狂いが生じれば完璧な戦いにも狂いが生じようぞ~」

 

 そういう事らしい。

 何を言ってるんだか……と、思う反面、ランナーズハイのように疲労した状態で初めて見える境地もあるというので、武道の発言をすべていつものゆで理論だと呆れた目でツッコミすることも凛ちゃんには出来ない。

 つまり……この戦いに自分に入り込む余地はないのか? と凛ちゃんは臍を噛む。

 

 一方、凛ちゃんと違いニヤリと笑うキャスター。

 何か悪いことを考えたようだ。

 せっかくの美人が悪者っぽく見える。

 

「でもドS美人に踏まれてなじられるってのも男として憧れるよな」

 

 衛宮くんにとってはマイナスにならないようだけど。

 そんな悪者顔キャスターのとった手段とは……

 

「アサシンよ、残り全ての令呪を持って命じる」

「令呪!」

 

 そう、令呪だ。

 マスターに3回だけ許可された、サーヴァントに対する絶対命令権。

 困惑してるセイバーに自害させるなど嫌がることを強要することもでき、その他にも短時間のパワーアップや、火事場のクソ力のようにすごいパワーを任意で引き出すこともできるすごい能力。

 それが令呪。

 キャスターもまた、アサシンのマスター。

 ゆえに令呪を持っているのだが、その令呪を使ってなんと命じるのか?

 

「目の前のサーヴァントに勝ちなさい!」

 

 キャスターの令呪が一瞬強い輝きを放ち、消える。

 

 キャスターの令呪発動だが、特に物理的に何かが動くことはなかった。

 しかし、戦っているサーヴァント……アサシンと、そして武道は確かな変化を感じ取っていた。

 次いで、変化を読み取ったのはマスターの凛ちゃんだ。

 聖杯戦争のマスターはサーヴァントをその目で見たら、なんとなく能力がわかる、という能力が与えられるので、アサシンの目に見えない変化が見えたのだ。

 

「あ、アサシンの全ステータスのランクが……2つ上がっている!?」

 

 という変化が見えた。

 さすがに令呪を使用しただけあって、すごい能力の上昇率である。

 

 いや、一瞬、もっと短い時間に範囲も限定して令呪を使えば、2ランクと言わず、3ランク、4ランクステータスを上げることも可能かも知れない。

 しかし、その使い方の場合はタイミングがシビアになる。

 一方、この使い方であれば、今の武道との戦いが終われば令呪も無意味と消えるのだが、逆に言えばこの戦いの最中は常に2ランクアップした状態で戦えるのだ。

 

 その結果、平均値においては武道に及ぶべくもなかったはずのアサシンのステータス。未だに()()()では武道に軍配があがるものの……敏捷と幸運においては、アサシンが武道を大きく上回ってしまった。

 

「ほう、力がみなぎる……絶好調にさらに上乗せをしたような感じか。まさかキャスターがこのようなことをするとはな」

「ふん、何とでも言いなさい。本当は飼い犬の制御を失うような事はやりたくなかったけど……ここでの勝機を逃すわけには行かないのよ!」

 

 一対一の試合が始まった以上、なぜか直接手出しをするのはダメな気分になってしまったキャスターにとって、これがギリギリの範囲で手が出せるサポートでもあったのだ。

 

「ふむ……期せずして能力が上がってしまったが……卑怯とは言うまいな?」

「グロロー。能力を上げたければいくらでも上げるが良い。だがな、貴様の目の前にいるのは、完璧に極まった完璧超人であると言うことを忘れるでないぞ」

 

 外的要因で能力が上がったわけではあるが、それはお互いのサーヴァントであるという事情を考えれば卑怯な行いでもない。

 殊更に騒ぎ立てずに戦いを続けるのが、武道とアサシンである。

 

「ま、まさかあんな手を使うなんて……こうなればこっちも、令呪で武道の能力の底上げを……!」

「グロロー。無駄だ」

 

 キャスターのまさかの手段に驚いた凛ちゃん。

 しかし、だったら自分も同じことをすれば同じだけ能力が上がってハンデは無くなるはず……と、思って令呪を使おうとするのだが、武道はそれを無駄と言う。

 なぜか?

 

「なんでよ!」

「グロロー。凛よ。お前はもうすでに令呪を三回使っているではないか~」

 

 え? いつ? と驚く凛ちゃん。

 

「グロロー。もう忘れたのか」

 

 覚えのないことに困惑する凛ちゃんに武道は言った。

 

 

 第一話での

 

「いや、あの、それでもちゃんとクラス名と真名、それにあなたの聖杯に託す願いを聞いておくのがマスターとしてのマナーなので」

 

 これで一度目。

 

 第五話での

 

「うっさいわね、明日以降学校でどうするのか、ってなるでしょ。早くしてよ」

 

 これで二度目。

 

 第八話での

 

「わかってるわよ。私だって疲れてるからとっとと帰って寝たいのよ。わかったわね武道。ささっと手早くたたんじゃいなさい」

 

 これで三度目。

 

 

 で、ある。

 

「……ちょっと!? あれ令呪を使ったことになってたの!? ていうか、衛宮くんの時なんてあんた実質何もやってないじゃない!」

 

 これには凛ちゃん、ちょっと切れかけた。

 

「黙れ」

「アッ、ハイ」

 

 でもやっぱり武道は怖いので納得するしかないのであった。

 理不尽である。

 

 しかしその理不尽はキャスターにとっては追い風。

 予定外の幸運にニヤリと笑う。

 

「ふふふ、どれだけ強力なサーヴァントを持っていても、まさに宝の持ち腐れ……だったようね」

「ぐぬぬムカつく」

 

 まだまだ勝利を得たわけではないが、凛ちゃんに対する嫌がらせも兼ねて余裕の表情を見せるキャスターであった。

 

 

 して、試合の方は?

 

 がきん、と硬質な、そして鈍い音が響く。

 鈍く感じた理由は、まるで複数の音が同時に鳴ったように聞こえたから。

 

 アサシンは凛ちゃんたちの目には見えないものの、何らかの攻撃を放ち、後ろに飛び退いたようだ。

 一方の武道は、両手で頭をガードした構え。

 その両腕……さらに首筋には薄く切り傷が見える。

 

 今の音は、その3つの切り傷を作った音だろうか。

 

「な、なんじゃーあれはー!?」

「音は一回しか鳴っていないのに武道には三つの傷がついておるぞー!?」

 

 これに驚くのは衛宮くんとイリヤ。

 ノリが男塾だ。

 

 そんな外野の驚きに答えるのは

 

「秘剣・燕返し」

 

 アサシンである。

 佐々木小次郎である。

 こやつ、クラス名と真名をバラしただけでは飽き足らず、聞かれたらスキル名まで答えてしまうのか。

 

「む、む~! あれがツバメガエシ! ガンリューの佐々木小次郎が使ったと言われる必殺技ね! バトル・オブ・ガンリュー!」

「佐々木小次郎は存在すらフィクションじゃないかと言われて記録があやふやな侍で、その使っていた技も書物によって諸説いろいろだけど……あれが本物なのかぁ」

「あんたら他人事だからって余裕ね……でもああいう今の時代で見れないものを再現して戦う姿が見れる、っていうのも聖杯戦争の醍醐味なんでしょうね。ちょっと感動する気持ちはわかるわ」

 

 打てば響くように答えてくれるアサシンは客にとっては中々のエンターティナー。

 凛ちゃんたちもプチ興奮である。

 

 キャスターは余計なことを言うのはやめて、と胃を痛めているけど。

 

「グロロロー。佐々木小次郎……か」

「ふっ、流石は閻魔。全て知っている……か。では私は舌を引き抜かれるのかな?」

 

 一方の武道とアサシンの様子はおかしいが……?

 

「むむっ、どういう事かしら今の会話。わかる?」

「私に分かるわけないでしょ」

「ここは解説のキャスターに聞こうぜ。キャスターさーん、今の会話の真相、何か知りませんかー?」

「言う訳無いでしょうが、敵同士なのに」

 

 戦ってない人たちは一人を除いてお気楽ムードでもある。

 

「私は佐々木小次郎ではない。名など知らぬ。佐々木小次郎という侍の人生も知らぬ。私が佐々木小次郎を名乗る理由はただ一つ。聖杯が呼び出したかったサーヴァントの条件が「燕返しの使える人間」だったからだ」

 

 そんな彼らに答えるのは、アサシン。

 アサシンのサーヴァント……佐々木小次郎。

 彼は佐々木小次郎として生きて名を残した英霊だから召喚されたのではない。

 聖杯が燕返しの使い手に佐々木小次郎と名をつけたから、彼はアサシンのサーヴァント・佐々木小次郎として召喚されているだけなのだ。

 

「グロロー。その通り。巌流島で宮本武蔵と決闘した佐々木小次郎とこやつは別人よ~」

「なんだってー!?」

「イリヤ、聖杯ってそんな事もするの!?」

「知らないわよ!」

 

 衝撃の事実。

 それに驚くのは凛ちゃんたち3バカのみ。

 

 アサシンのマスターであるキャスターは驚いてはいないようだ。

 それもそのはず。

 キャスターはすでに聖杯が歪んでいる事を知ってしまっている。

 だから呼び出された英霊もまた、歪みを生じてしまったのだろうと当たりがついているのだ。

 それを言わないだけで。

 

 

「グロロー!」

 

 にわかに騒がしくなる放送席……もとい、凛ちゃんたちだったが、武道が一喝して黙らせる。

 

「さて、アサシンよ。先ほどのお前の問いに答えておこうか……舌を引き抜く、などと言うのは私の仕事ではないためにどうでも良いことよ。そしてなぁ……私にとっては貴様が偽であろうが何であろうが関係はない! 全て等しく下等サーヴァントよ! 違うというのならば、その剣を持ってして私を超えて見せるのだな~!」

 

 そして、閻魔の逸話の一つ……嘘つきは閻魔大王に舌を抜かれる、というのが嘘っぱちらしい事も暴露してしまった。

 こういった伝説の真偽の確認ができるのもまた、英霊を現代に再現する聖杯戦争ならではの醍醐味であろう。

 

「くっく。下等……か。人ならぬ神仏の類であればその物言いも納得のもの……だが私も人としての矜持、己の技にたいする意地というものはあったらしいな。その言いよう、些か不愉快だ」

 

 いちいち偉そうで相手を煽るかのような武道の物言い。

 アサシンはそれに対し憚る事なく不愉快というが、その表情はどちらかというと楽しげにすら見える。

 

「グロロー。不愉快か。ならばどうするというのだ?」

「斬って捨てるのみよ。いかな神仏、閻魔と言えども斬られた首が地に落ちてなお、人を下等とは言えまい」

 

 どうやら武道の物言いはアサシンのやる気に火を付けたようだ。

 いっそ涼しげな態度でありながら、その内に秘める心は熱を持っているようである。

 

「グロロー! よくぞ言った! ならばかかってくるが良いわ!」

「言われるまでもなく……斬る!」

 

 

 そして再開される戦い。

 再びアサシンの燕返しが放たれ、武道が受ける。

 

「グロロー! 私の体は岩よりも硬く、鎧のように全身を鍛えている! その程度で斬れると思わんことだな!」

「なるほど。私も生前は怠惰であったか。燕を斬るための工夫こそすれど、岩を、鉄を斬ろうとは考えたこともなかった」

 

 アサシンの攻撃では武道の耐久力を突破することはできないのか、武道は余裕である。

 しかしまた、アサシンも焦りを見せることはなかった。

 

「なれば、この場で岩を、鉄を、鎧を、全てを斬る技を練り上げるのみ。死後もこうして剣の工夫を考えるしかないとは、私はとことん度し難い人間のようだ」

「グロロロー。人間の研鑽とやらが完璧に届くなどという思い上がり、それを叩き潰してこその完璧超人よ~」

 

 武道、そしてアサシン。

 態度も違えば戦い方も違う二人だが、共通している点があるとすればただ一点。

 戦いにおいて、お互い相手に譲ることを知らないという事であろうか。

 

「アサシン!」

「む?」

 

 そんな時、セコンド……ではなく戦いの外のキャスターからの魔力がアサシンに……アサシンの刀に降りかかる。

 

「あなたの刀に自動再生の魔術をかけたわ! 折れない限り刀の劣化を気にせず戦えるから……勝ちなさいよ!」

「ふっ、そうか。聖杯戦争とはマスターと協力して戦うもの、でもあったか。さて武道よ。卑怯とは言うまいな?」

「グロロー。当然だ。下等サーヴァントごとき何をしようと叩き潰すのみ。それができずして何が完璧超人か!」

 

 アサシンの持つ刀……()()物干し竿は、業物である。

 だがいかな名刀と言えど人の手によって作られた剣に過ぎない。

 ましてや、日本刀は表面と内部で硬さに差が有り、へし折れにくい代わりに硬いものを斬り損ねたときは刃が逆に反る……腰が伸びた状態になる事も珍しくない。

 己の刀に不満を言うことなどないが、頑丈な武道との戦いにおいて何度万全の技を振るえるか? そういう不安がないとは言えなかった。

 しかし、キャスターの援護でその心配もなくなった。

 

 手に持つ武器、剣の構成材質が鋼であろうとサーヴァントの体は所詮は魔力の塊、それゆえ再生機能の付与はキャスターにとってそれほど難しい魔術ではなかったのだろう。

 いや、ひょっとしたら真の鉄であろうとキャスターなら魔術で再生する機能を付与することは容易いのかもしれない。

 しかし、ここまで刀の持ち手に違和感を与えずに能力を付与できるのは、やはりキャスターが凡百の魔術師ではない優れた魔術師である証拠か。

 

 いや。

 

(キャスターめ、よほど勝ちたいのであろうな)

 

 アサシンは刀を技を振るいながらそう思う。

 

(到底いいマスターとは言えぬ。いい関係を築けた覚えもない相手ではあるが……勝ちに拘るその姿勢だけは本物)

 

 冷静に考えながら、アサシンは剣を振るい続ける。

 本来は首を囲むように、三方向から同時に斬る事で回避も防御も許さぬ必殺の剣となる燕返しだが、それが必殺とならぬ対戦相手に。

 

(そして、意図したものでも望んだものでもないのだろうが……これほどの相手との戦いを用意してくれた女でもある。ならばせめて勝利くらいは与えてやりたかったが)

 

 首を斬る。

 ただ首を斬る。

 アサシンの剣はそのための剣だ。

 人が相手であれば防ぎきれるものではあるまい。

 仮に二刀による防御をしようと、その防御を掻い潜った三つ目の太刀が相手の首を刎ねる。

 空を舞う燕を斬るための工夫を重ねているうちに、気付けばそういう技が完成していた。

 人が相手であれば何者であろうが斬れる自信があった。

 そして相手が人ならざる超常の力を振るう英霊であろうと、己の剣なら互角以上に戦えるであろうと思っていた。

 しかし。

 

「勝てぬ……か」

「グロロー!」

 

 武道の攻撃がアサシンに掠った。

 ただのパンチに見えるが、規格外のパワーを持つ武道の拳はもはや普通に振るうだけで一撃必殺の奥義となる。

 例え令呪による強化で全ステータスが強化され、耐久力が上がったとは言え、元の耐久力が低いアサシンにとってその攻撃は掠るだけでも致命の一撃となりかねない。

 

 現に今掠ったのは肩の先、少しが触れた程度なのだが、アサシンの体は引っ張られるようにぶっ飛ぶ。

 

「ふんっ!」

「グロロー!」

 

 だが、崩れた体制からでも、アサシンは武道の首を取るために剣を振る。

 

 このアサシン。

 例え正規の英霊でないとは言え、此度の聖杯戦争において……いや、歴代の聖杯戦争においてすら、純粋な剣技で彼に勝るサーヴァントは存在しなかったであろう。

 それほどの腕だ。

 その上で、令呪とキャスターからのサポートによる強化をされたアサシンは、今や白兵戦に限って言えば歴代の聖杯戦争の全サーヴァントの中でも2番目に強い存在と言えるだろう。

 

 しかし、そのアサシンをもってしても勝てぬ相手がいる。

 それは不運なのか……それとも、強者を求める武芸者にとっては幸運と言えるのか。

 

「燕返し」

 

 その技は、既に武道に通じない。

 しかしアサシンには燕返ししかなかった。

 なんど首に斬りつけようとも止まらない武道。

 

 その事実にアサシンは落胆する。

 

 徒手空拳対剣術。

 生前の常識であれば剣術の方が圧倒的有利であろうに、戦う相手が人でないというだけで、こうまでその常識が覆されるとは。

 

「所詮は暇つぶしから始めたこと……とはいえ、こうまで通じぬとは。私の剣は所詮は人の限界を超えぬもの。人外を相手とすれば途端に地金を晒す児戯に過ぎなかったとはなぁ」

 

 卓越した技量の持ち主であるアサシンは己の限界を知っている。

 だからこそ、この勝負の行く末が既に見えてしまっていた。

 優れた将棋打ちが50手先の詰みを悟ってしまうかのように、この戦いの終局が見える。

 

 令呪によって強化された現在の自分の戦闘力、何度斬り損ねようと劣化する心配のない刀、ここまでの攻防で見た武道の動き。

 それらから算出されるこの戦闘の終局は自分の死、以外にない。

 

 どうやらキャスターのために勝利を、というのは無理のようだ。

 もっとも、最初から良い主従関係というものでもなかったので、キャスターのための戦いなどという意識は大して持っていなかったが。

 それでも生前……いや、有史以来、人間の敵としてこれ以上の存在はいない、とさえ思えるような強者との戦いを与えてくれた恩にくらいは報いたいという思いもなくはなかったのだが。

 

 

 秘剣・燕返し。

 佐々木小次郎として召喚されるに足る技の使い手として召喚された自身の象徴となる技。

 この死合の中だけでも何度振るったか数え切れない。

 それほどに振るってなお、敵が健在ということは単純に自分の技が劣っていたのだと思うよりほかにない。

 悔いは残るが……仕方あるまい。

 

 

 たんっ、と音を立て大きく後ろに下がるアサシン。

 その直前にも燕返しで武道の首を取り囲むように3つの斬撃を同時に飛ばしたのだが、やはり武道は揺るがなかった。

 それはもうわかりきっていることでもあるのだが。

 

「マスターよ」

「アサシン?」

 

 そうして、武道との間合いを大きく開けてからアサシンはキャスターに声をかける。

 

「すまんな、私ではやつに及ばぬ」

 

 言葉の内容ほどに、申し訳ないという気持ちの見えない謝罪の言葉。

 言ったアサシンはあっさりしたものだが、言われたキャスターの方は絶句する。

 

「な、何を言ってるのよ! まだ一発かすった程度だし、回復させたわよ!?」

「うむ、この攻防がこのまま続けよというのであれば、朝まで戦えるのだろうが……そうはならんのでな」

 

 サーヴァントと言え、元が戦う人でなかったキャスターにはわからない事であろう。

 それでも小次郎は説明をしないと言うのも不義理が過ぎると思い、あえて説明をする。

 

「私はやつの首を落とそうと、ありとあらゆる工夫を凝らしている最中だ。ただ同じように刀を振るっているだけに見えるかもしれんが、間合い、距離、角度、その他様々な要素を変えて一太刀一太刀を振るっていたのだがな。ずいぶん前に私にできる全ては出し切ってしまっているのだ。その上で、さらなる工夫を……と、やっていたのだが」

「グロロー。貴様が慣れるのなら私もまた慣れる、という事だ」

「うむ。こやつ、な。相手の動きに合わせて技を修正する精度が私とは桁違いなのだ。まるで数千年、数万年の経験から当てはめて動いてるかのように」

 

 アサシン、佐々木小次郎には「宗和の心得」なるスキルがあり、何度同じ技を使おうとも見切らせずに戦うことができる……はずなのだが、スキルではなく純粋な能力によるゴリ押しで武道はアサシンの剣を見切りつつあったのだ。

 その結果が、先ほどのかすった攻撃に現れている。

 あれはマグレ当たりなどではない。

 当たるべくして当たった攻撃、という事だ。

 

「今の一手では掠っただけだが、次はより深く、その次はさらに深く打ち込まれるだろう。もはやそれは止められん……この勝負、詰みだ」

「くぅっ」

 

 自分の敗北を語るアサシンだが、その表情には焦燥感というものはない涼しげなもの。

 キャスターの方が苦しそうである。

 

「こっ、このっ……役立たず! 勝てないからどうするって言うのよ! 今から負けた時の言い訳かしら?」

「うむ、その通り」

 

 そんなアサシンの態度に腹を立てたキャスターの罵り声に対する返事もそっけないもの。

 このアサシン、もはや勝負を完全に諦めたのか。

 

「グロロー。下等サーヴァントに相応しくつまらん幕引きであったな。実につまらん! アサシンよ、もはや戦う気がないというのであれば、とっとと自決するがよいわ~」

「黙れ」

 

 そこで。

 涼しげな態度とは裏腹、弱気とも取れるアサシンの発言に呆れ混じりに武道が茶々をいれるのだが、アサシンはそれを一刀両断。

 今までの、涼しげな態度や負けを認めたような発言とは裏腹に、かつてないほどにその目には力が宿っている。

 

「ほう」

 

 一方の武道はそんな態度を面白がるような態度である。

 相変わらず目は釣り上がって血走りまくって怖いのだけど。

 

「確かに勝ち目はないのかもしれん……人は所詮、人にしかなれず、神仏の手のひらの上から零れ出ること叶わぬ矮小な存在かもしれん……だが、それでも下等下等と言われて気に入らんと憤る事をやめてしまってはならんのだ」

「ふん。それで憤った貴様はなんとするのだ? 下等は下等。所詮なにもなす力などなく、我らに管理、粛清されるだけの存在ではないか~」

 

 武道の煽りスキル健在なり。

 しかしアサシンどこ吹く風と、瞑目し受け流す。

 そして目を閉じたまま剣を構える。

 先程までの、燕返しを放つ際の独特の構え……ではなく、刀を肩に担ぐかのような蜻蛉の構えで。

 

「その首すっ飛ばす事ができればさぞ爽快であったろうが……首はもはや諦めた。これより修羅道に入りただ貴様を……斬る」

 

 言葉と同時に目を見開き、アサシンは消えた。

 いや、消えたように見えるほどの速度で動いた。

 

 次の瞬間には、アサシンの剣の切っ先が武道の脛に深く食い込んでいた。

 

「ヌゥッ!?」

 

 これにはさしもの武道も驚きの声を上げる。

 体勢もぐらりと崩れた。

 

「あ、ああー!? 体勢が崩れたら燕返しがくるー!?」

「ぶ、武道ー!」

 

 武道の体勢が崩れたことに驚くイリヤと凛ちゃん。

 二人とも、アサシンの次の一手は燕返しかと思ったのだが?

 

「シッ!」

「グロォ~!」

 

 アサシンの次の一手は燕返しにあらず、武道の脇に切り込んでいた。

 さらに武道は仰け反るが、ここでもアサシンは燕返しではない。

 武道の股下から脳天めがけた斬撃を放っていた。

 流石に察した武道が掌で受け止めようとするが、その掌にも深々と切り込みが入り武道が出血する。

 

「こ、これは~!? 一体どう言うことだ!?」

「さっきまでは斬られても多少の切り傷こそあれど、出血するほどのダメージには届かなかったのに!」

 

 衛宮くんと凛ちゃんは突然の武道の劣勢が理解できなかった。

 解説のキャスターに聞いてみたいところだが、キャスターも驚いている。

 

 そこで解説するのはミート君イリヤだ。

 

「アサシンは燕返しを捨てたんだわ!」

「どういう事なの、イリヤ!」

「教えてくれ、雷電!」

「うむ!」

 

 雷電(イリヤ)は語る。

 

「さっきまでのアサシン……佐々木小次郎は、その象徴たる燕返しに拘っていたわ! それも当然ね、だってあれは魔法の域の剣技。佐々木小次郎にしか使えない奥義だもの!」

「でも通じなかったよな?」

「そうよ! 通じなかったの! 確かに燕返しは魔法の域にある超絶的な剣技、人外の技かもしれないわ! でも所詮は人の世界の技でしかなかったの!」

「それの何が悪いのよ」

「悪くはないわ! 本来ならね。でも小次郎は出会ってしまった……人ならざるものと! 燕返しといえど所詮は人を斬る技。神には届かなかったんだわ! あのまま続けてもきっと……いずれは燕返しの3つの斬撃、全てを躱され小次郎は敗れ去っていたでしょうね!」

「まぁ……本人はそう言ってたなぁ」

「だから小次郎は燕返しを捨てたの! 生前の人生で練り上げた剣をより高みに持っていくことを諦めたのよ!」

「諦めたって割には強くなってるように見えるんだけど?」

「小次郎が諦めたのは燕返しを持って神仏を斬ること! 剣で神仏を斬ることを諦めたわけじゃないわ! そして剣とは燕返しを使うための道具にあらず……剣とは、ありとあらゆる技に応えるための武の器……すなわち『武器』なのよ!」

「つまり……どういうことだってばよ?」

「小次郎は一度極めの域に達した剣を捨て去り、再び新しい剣術を作ろうとしているの! 今の小次郎の剣は剣聖の弟子モドキの剣じゃないわ! 神を斬る修羅になるための剣なのよ! もはやフタイテン!」

「うん、さっぱりわからん」

「私も」

 

 イリヤが言いたいのは、アサシンは洗練された燕返しをさらに進化させ神仏を斬る技へと昇華することを諦め、再び剣と向き合い、剣とはどのように人を斬るものなのか……いや、修羅の剣はどのように神を倒すのか、と問いかけ、その答えを模索しようとしているのではないか? と言いたかったらしい。

 しかし凛ちゃんも衛宮くんも、ついでにキャスターもサムライの考えなんてわかるわけがないので、何がどう違うのかさっぱりである。

 

 まぁそれでも、燕返しという完成度の高い技を捨て、一から新しい技を作る工夫をしてるのかなぁ? という事くらいは察することができたようだが。

 

 

「なによアサシン! できるんなら最初からやりなさいよ!」

「あわわ……遠坂、危ないんじゃないか?」

「そうよね……でも回復魔術は武道が拒絶してるし……絶体絶命じゃない!」

「心配しなくてもいいわよ、すぐ終わるから」

 

 アサシンの猛攻、傷つく武道。

 その戦いを見てキャスターは喜び、衛宮くんは驚き、凛ちゃんは焦る。

 だというのにイリヤはもはや勝敗は見えたと言わんばかりの態度である。

 それも武道の勝利を疑っていない態度。

 

 そして。

 

「いけー! アサシンー!」

「グロロー」

 

 キャスターの声援をバックにアサシンの鋭い斬撃が再び武道を斬るかと思えば、そうはならなかった。

 武道の前蹴りでアサシンがぶっ飛んだのだ。

 

「アサシーン!?」

「や、やったぁ!?」

「いきなり武道の攻撃が当たったぜ!? どういうことだよ!」

「うむ!」

 

 イリヤの解説が、再び始まる。

 

「アサシンの斬撃は、新しい剣は、ひょっとしたら神に届きかけたかもしれない……でもね。新しく生まれた未熟な剣じゃ勝てないのよ。積み上げたものが無さ過ぎる」

「どういうことだってばよ!?」

「攻撃も防御も回避も、アサシンは全てを構築しながら戦わなければならなくなった……でも、それだとどんなに頑張っても足りないのよ。時間が。だって武道はすでに心技体、全てが完璧の域にある完璧超人なんですもの。小次郎の新しい剣に対しても……武道にとっては経験したものよ。全く同じものを経験したわけじゃないにしても、武道の10万年以上に及ぶ鍛錬と戦いの引き出しの中には、似たような相手との戦いの対処法もあったんでしょうね。あとはそれを引き出せばおしまい。小次郎はこう来たらこう返す、それらの経験が一切ないような状態だから……対応しきれるわけがなかったのよ」

 

 と、いう事だそうだ。

 実際のところ、その解説が正しいのかどうかは……戦っていた二人にしかわからないことだが。

 武道の蹴りでぶっ飛んだ小次郎は、地面に一度目のバウンドすらすることなく中空で消滅してしまった。

 完全決着、である。

 

「グロロー。凛よ、試合は終わった。ゴングだ」

「は、はいっ!」

 

 カンカンカァーン!

 

 戦いの真相などわからなくとも、結果は出た。

 そしてそれが全てであろうが……ここにストロング・ザ・武道VSアサシンの戦いに幕は降りたのだ。

 

「それにしても……武道がここまで出血するなんて」

「グロロー。下等なりに多少は頑張ったようだが……ふん。所詮は下等よ!」

 

 いかな対戦相手をも下等と断じる武道。

 彼の胸中は誰にもわからない……

 

 

 

「きぃー! アサシンのウスノロ野郎! せめて武道を倒してから死ねばよかったのに!」

 

 そしてここに残る敵サーヴァントはキャスター一人。

 そのキャスター、アサシンの死を、戦いを、まったくの無意味と罵るのであった。

 

 これには日本かぶれなイリヤはちょっぴりムカっと来たが、きっと武道がいつものようにやっつけるだろうと思うことにする。

 

「グロロー。さて、次は貴様だな」

「連戦だけど大丈夫なの? まぁ流石に今度は治癒魔術を拒否しないと思うけど」

「グロロー。不要ではあるがなぁ」

 

 凛ちゃんを伴い武道は歩く。

 キャスターに向かって。

 

「くっ」

 

 対するキャスター、どうすればいいのかと悩む。

 武道がいかに強いとは言えその戦法は素手の格闘と竹刀での殴打がメイン。

 ならば空に浮かび上がり魔術の連射で渡り合えるか?

 

 そうとも思うが、キャスターはなんだか武道相手に空を飛ぶのは危険な気がしてならなかった。

 超人は空を飛べるのだからそれは正解である。

 

 だが、空を飛ばなければ勝てるわけでもない。

 キャスターはどうあっても、勝ち目が見えない相手との戦いを前に、歯を食い縛り、睨みつける。

 

「グロロー。もはや戦力差は明らかであろうに戦いを諦めていないようだな」

 

 その通り。

 キャスターには勝ち目がないからと勝利を諦めるような潔さの持ち合わせはなかった。

 頭の中で自分の持ちうるあらゆる魔術を武道に使った際の戦闘状況のシミュレート。

 撤退も視野に入れたあらゆる考察を走らせ、その全てが武道に通じると思えない絶望に膝を折りそうになるが、キャスターは勝負を諦めない。

 

「グロロー。もはや勝敗は見えているであろうに諦めぬその意志の強さは中々のもの。よって恩赦を与えよう」

「恩赦?」

 

 聞き返したのは、言われたキャスターではなく凛ちゃん。

 そういやどこかで聞いたこともあるような? とも思う。

 

「そうら、くらうが良い~」

 

 武道の指先から放たれるビババ光線。

 この技を我々は知っている!

 

「あ、あれはー! 私のバーサーカーを一度は人間にした!」

「俺を赤子に幼児退行させた!」

「零の悲劇!」

 

 そう、武道の必殺スキルのひとつである!

 

「あ、あ、あぁぁぁ……」

 

 零の悲劇をうけたキャスター。

 だがその見た目には大きな変化はない。

 別に衛宮くんみたいに見た目そのまま、中身赤ちゃんになったわけではないのだが……

 

「あぁぁぁ……あれ? こ、これは?」

 

 そして武道の光線が止まった時。

 キャスターは自分の手をまじまじと見やり、その手で自分の顔を触る。

 

「え? え? これって……」

「ステータスが見えなくなってる……サーヴァントじゃなくなってるの?」

「グロロー。サーヴァントでなくなってはもはや私と戦う必要もあるまい」

 

 なんと、キャスター本物の人間になってしまったのだった!

 

「ひゃっほう! やったー!」

 

 その喜びの声が誰であるかは、Fate原作を知る読者には言うまでもないことだろう。



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11話

「武道以外のサーヴァント六騎、全部倒しちゃったわね」

「ふーん、じゃあ聖杯戦争終わったんだ。で、聖杯ってのは?」

「遠坂に勝ちを拾われるのは業腹だけど、ここまで圧倒されたんじゃアインツベルンも認めない方が逆に家格を疑われるわね。仕方ない、凛を此度の聖杯戦争の勝者と認め」

「まだだ! グロロー!」

 

 七人の英霊が相争い合う聖杯戦争。

 勝者は一人、逆を言えば六人の敗者が出ればそこで終了の争いである。

 そして、凛ちゃんのサーヴァントである、ストロング・ザ・武道は見事に勝利した。

 ゆえに凛ちゃん達はもう打ち上げムードだったのだがそこで待ったがかかる。

 待ったをかけるのは、お馴染みのストロング・ザ・武道。

 ヘラクレスの一撃で陥没した胸や、アサシンとの戦いで切り込まれた手足の傷が痛々しいが、本人至って元気でまだまだあと1~2試合できるぞ、と言わんがばかりの態度。

 

 だけどもう戦いは終わったじゃない?

 凛ちゃんはそう思っているのだが。

 

「グロロー。まだ此度の聖杯戦争は終わっておらぬ~」

「なぁに言ってんのよ。もう六騎サーヴァントは倒したじゃない」

「そうね、私はそれがよくわかるわ」

 

 武道は聖杯戦争が終わっていないという。

 しかし凛ちゃんは倒れたサーヴァントを6人見たのだ。

 イリヤに至っては、自分の体の中にサーヴァントの魂が溜まっている。

 ちなみにキャスターは死なずに人間になっていたものの、どうやら「サーヴァントのキャスター」は死んだらしくその魂はイリヤの中に補充されているらしい。

 零の悲劇で生身の人間になったキャスターはスキップしながらお寺の方に行ったがもはや聖杯戦争とは無関係のはずだ。

 キャスターを今から追いかけて殺すというわけでもないのなら、一体何がどう終わっていないのか?

 

「グロロロー。ランサーのサーヴァント、クー・フーリン。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン。バーサーカーのサーヴァント、ヘラクレス。アーチャーのサーヴァントギルガメッシュ。アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。キャスターのサーヴァント、メディア。確かに今日これだけのサーヴァントが敗北し聖杯戦争からリタイアした」

「あ、ランサーってクー・フーリンだったんだ」

「へえ、ギルガメッシュはアーチャーか。確かに飛び道具すごかったしな」

 

 改めて聞くだけですごいメンバーである。

 凛ちゃんも、よく一晩でこれだけの面子に勝てたものだ、と思う。

 しかし武道の言いたいことはそうではない。

 

「えーと、武道はライダーの代わりのエクストラクラスのサーヴァントだったのね。本来は強力な宝具が強みと言われるライダーの代わりに、宝具より肉弾戦が強い武道が呼ばれるなんてなかなかヒニクじゃない」

「グロロー! それが違うと言っておるのだ~!」

「ヒッ、す、すみません!」

 

 イリヤは武道がライダーの代わりのサーヴァントと思ってそのことを口に出したら怒って否定する武道。

 怖い。

 しかし武道の真意とは一体……?

 

「グロロー。見るがいい」

 

 言って武道が指をさすのは、衛宮くんの家からここまで飛んでくるのに使った超巨大機関銃……その銃口の先だ。

 

「あ、あの機関銃ついて来てたんだ」

「でかい機関銃が空を飛んでる絵ヅラはシュールね」

「そ、そんな事よりあれを見て!」

 

 機関銃の銃口の先にはゲートが6つ、存在していた。

 そのゲートの上部にはそれぞれ「剣」「槍」「騎」「狂」「魔」「暗」の文字が貼られていた。

 6つのゲートのうちの「騎」のゲートを除いた5つのゲートは木を×字に打ち立てられてしまっているのはどういうことか?

 

「グロロー。あのゲートは戦う超人のもとへと向かうための道しるべだが……倒した超人へのゲートは閉ざされるもの。逆を言えばゲートが閉ざされていないということはその先に倒すべき超人がいるということよ~」

 

 武道の言うことには、まだ「騎」の門に該当するサーヴァントを倒していないという事である。

 

「え? どういうこと? じゃあ今回の聖杯戦争は武道を含めて8人いたの?」

「うーん「弓」の門がないって事はアーチャーが何か怪しい気がするわ」

「どうでも良いけど俺もう完全に部外者だし帰っていいか?」

 

 本来は7人の英霊の争いである聖杯戦争になぜ8人目のサーヴァントが存在するのか?

 その謎は解き明かされるのだろうか?

 

「グロロー! 御託はいい! 敵が残っているのなら我々がやることはひとつしかあるまい! トタァー!」

 

 謎解きなんぞどうでもいい、武道はそう言って超巨大機関銃に飛び乗った。

 

「あ? あれ!?」

「またこれなの!?」

「いつになったら帰れるんだろう」

「グロロー! 発射ー!」

 

 ドン! ドン! ドン! ドン!

 超巨大機関銃から発射された4発の弾丸は全てが「騎」の門の中へと飛び込み消え、ついでに機関銃もそのあとを追うように飛んでいくのであった。

 凛ちゃんたちがこの光景を見ればこう思うだろう。

 

「私たちを発射せずに乗せたまま目的地まで飛んでいけばいいじゃない」

 

 と。

 

 

 

 一方ここは夜中の公園。

 いくら日本の治安が良くても、冬であることとやその他の要因から、あまり一般人の夜間外出は推奨されていないのだけど……夜中に出歩く人が0になることはない。

 彼も夜間外出をしている人間のひとりである。

 

「へへっ、こんな夜中に出歩くなんて危機感ってものがないね」

 

 公園の街路樹の元、学生服の少年がワカメみたいな髪型を揺らしながらヘラヘラと笑う。

 その足元には倒れた成人女性の姿が。

 よく見れば首筋に血が滲んでいるのが見えるだろう。

 彼女が倒れた理由は血を抜かれたからである。

 小さな傷跡の割にかなりの量を出血しているのだが、それはどういう傷によるものかというと。

 

「おいライダー。魔力の補充はどうなんだ」

 

 少年のそばに控える背の高い女性。

 黒いボンテージ風の衣装に目隠し、長い髪、額には何らかの文字か記号に見える赤いラインという、この上なく目立つファッションのサーヴァント、ライダー。

 彼女が血をチューチュー吸ったので、成人女性は倒れているらしいのだ。

 

 彼女こそが冬木の町に残る最後のサーヴァントである。

 そして彼女に命令しているワカメはマスター……ではないのだけど、命令する権利を借りているワカメである。

 

「シンジ。血液からの魔力の補充は効率が悪いとは言いませんが、やはり大っぴらにやるような事ではないと思います」

 

 とはいえ彼女も一応聖杯戦争に参加するサーヴァント。

 神秘の秘匿、騒ぎをおこさないようにと気を遣うくらいの事はするのだが。

 

「うるさいな! 学校の結界を完成させるまでの間、ちょっとでも魔力を補充しておいてやろうって言ってんだよ! お前は感謝してればいいんだ!」

「……魔力の消耗を考えれば現界せずに私の召喚された場所の魔法陣で待機するのが一番効率がいいのではないでしょうか」

「はっ、バカかお前。僕らは聖杯戦争やってんだよ! 勝つためにはアクティブに動いてこそだろ!」

「でしたらもう少し索敵範囲を広めたほうが良いのでは?」

「な、何言ってんだよ。今は……おっ、お前が魔力がなくて弱いって言うんだろ? だから戦うべきじゃないんだよ! 学校の結界で大きく魔力を補充してから戦うんだよ! お前みたいなバカは僕に口答えせず従ってればいいんだよ!」

 

 どうもワカメの方は神秘の秘跡、などについて無頓着なようである。

 それもそのはず、ワカメ少年は魔術師ではないのだから。

 

 ただほんのちょっぴり、魔術と聖杯戦争に関する知識を持っていて、ついでにやや高めの自己顕示欲と劣等感など、様々な要素が合わさって、今の彼が出来上がってしまった。

 

 彼は、超常の力に憧れながらもそれを使う才能がない。しかし、その超常の力を奮う存在に命令する権利が転がり込んできたことで、その力を自分のものだと勘違いし気が大きくなりながらも、所詮は自分が無力であると本能で知っている。

 だからこそ「行動は起こしたいが危険は犯したくない」という考えのもと、夜の街を歩いている無力な一般人を襲いはするがサーヴァントとの接触はしないよう、彼にとっての安全地点である実家からそれほど離れていない場所でサーヴァントを連れ、人目につかないようにその力を奮わせているのだ。

 

「……」

 

 ライダーはそんなワカメみたいな少年を呆れたものだと思いながらも、なるべく表情に出さずに従っている。

 

「はっ、わかったら口答えするなっての。ま、聖杯戦争ってやつも始まってほかのサーヴァントがもうこの街に揃ってるはずなのに全然噂にもならないあたり、みんなビビって隠れてるのかな。情けない話だよ。僕だって目の前にサーヴァントが出てくればひと捻りにしてやろうとは思ってるん」

 

 スドーン!

 

「だぜ……?」

 

 ワカメ少年はライダーが口をつぐんだ事で調子に乗ったのか、随分と気のいいことを言っていたりするが、その直後に背後で何かが落下した音を聞いてしまう。

 

「……へ?」

 

 驚きのあまり声も出ないが、そろーりと後ろを振り向くワカメ。

 彼の背後には。

 

 身長290センチ、体重320キロ、超人強度は9999万パワーの完璧超人、ストロング・ザ・武道が……

 

「呼んだか?」

 

 いた。



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12話

 突然現れた謎の超人。

 その姿揺るぎなし。

 

 ライダーを使役する立場になった彼から見ても、圧倒的な迫力を感じずにはいられないのが、ストロング・ザ・武道なのだ。

 

 そんな武道を前にしてワカメ少年は頭が真っ白になり口をパクパクさせるしかなくなる。

 

 尋常じゃない存在を前にしても動けるものがいるとすれば、それはその者もまた、尋常の存在ではないということだろう。

 だから咄嗟に動けるサーヴァント・ライダーはやはり彼女も、尋常ではないということ。

 

 ぐいっとワカメ少年の襟首を引っ張り自分の後ろに投げ捨てながら、腰を落とし油断なく構える。

 分厚い目かくしに隠されて彼女の表情はわかりにくいが……やはりプレッシャーを感じているのだろう。

 口元は固く歯を食いしばっているように見える。

 

「シンジ、撤退を。あなたの聖杯戦争は終わりました」

 

 ワカメ少年の方を振り返ることもせず、ライダーは武道と対峙する。

 ずいぶんと殊勝な態度ではないか~、グロロー。

 

 などと言うわけがない。

 

「グロロー。それで主に忠誠を誓っているサーヴァントを演じているつもりか~」

「……」

 

 武道はライダーを嘲る。

 だがライダーは答えずに、しかし普通の人間では気づかない程度に後ろに下がる。

 

「へぇ、間桐くんじゃない。まさかあなたがマスターやってたなんてね……ところでそこに倒れてる人は何?」

 

 一方、今回は衛宮くんが埋まる事もなく着地できたので、凛ちゃんたちも周りの状況の把握ができる。

 どうもここは公園らしいのだが……そこに、サーヴァント、マスター、そして無関係と思しき人間の姿があることに気づく。

 無関係の一般人は倒れているようだが?

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「ダメよシロウ。素人が下手に頭を動かすのは危険だから、救急車を呼ばなくちゃ」

「あ、あぁそうか……救急車って119だったっけ?」

「というか監督役の聖堂教会に電話したらいいわ。そこのスタッフの回す救急隊員なら私たちにも多くを聞かないと思うし」

「なるほど」

 

 と、衛宮くんとイリヤは迅速に行動をしているが、どうやら二人の見立て的に倒れてる女性は死んではいないようだ。

 凛ちゃんはそれを確認すると、より一層冷たい表情をしてワカメ少年に目を向ける。

 

 ワカメ少年はその視線に「ひぃっ」なんて悲鳴を上げかけるのだが、アタフタしながらもせわしなく目を動かして周りの状況を把握しようと必死である。

 

 それでわかるのは、凛ちゃんが目の前にいること、衛宮くんと見ず知らずの銀髪少女イリヤが一般人を救助しようとしていること、そして、ライダーの前に立つ巨人。

 

 恐ろしく巨大で目も歪んだ菱形でつり上がってて血走ってて怖いが……傷だらけだ。

 両手、両足は痛々しい切れ込みが走り血が滲んでいる。

 胸だって大きく陥没しているじゃないか。

 

 ……ひょっとして死にかけなんじゃないのか?

 

 このワカメ少年、基本的に器が小さい。

 だから他人の悪い点を指摘する能力は結構秀でていたりするのだ。

 この場合、相手はダメージを受けているのが悪い点、といえよう。

 そんな弱った相手と思えばちょっと気も大きくなってこようというもの。

 

 本能は逃げろと言ってるのだが、人間はいつでも思考より本能を優先できるようには出来ていない。いないのだ。

 

「あ、あぁ……はは、遠坂。遠坂も聖杯戦争のマスターなんだ?」

 

 思い立ったら行動に移す。

 この選択は彼に何をもたらすのだろうか?

 

 ワカメ少年は立ち上がりながら土を落とすためにパンパンとお尻を叩く。

 余裕ぶった表情を作ろうとしてはいるが、無意識にビビっているので腰は引けていて足も震えている。

 気づかないのは本人ばかり。

 

「ええ、私は聖杯戦争の参加者よ。……で、そこの倒れてる女性は、なに?」

 

 一方の凛ちゃんは、相変わらず冷たい表情で見下している。

 立ち上がれば若干腰が引けていても男子であるワカメ少年の方が目線は高いはずなのだが、凛ちゃんは身長ではなく態度で相手を見下すのだ。ドSの片鱗ここにあり。

 

 そして、ワカメ少年に聞くのは倒れている女性はなんなのかという質問である。

 

「あ、あぁ……はは、僕も聖杯戦争に参加するマスターだからね。サーヴァントを強くするために、ちょっと……遠坂も魔術師だから、わかるよな?」

 

 はははっ、と乾いた笑い声とともにワカメ少年は言った。

 

 このワカメ少年、凛ちゃんに片思いしてたのだが、まぁ彼なりに複雑な思いがある。

 凛ちゃんは自分にない魔術の才能を持ってる人間である、とか。

 だけど自分と同じ古い魔術師の家系の人間である、とか。

 自分に釣り合う才能の持ち主だ、とか。

 そういったコンプレックス的な感情が複雑に絡み合っていてなんとも面倒な少年なのだ。

 

 で、この場においてだが。

 彼は自分たちが同じ「聖杯戦争の参加者」として並んでるわけで、完璧に釣り合った存在となっていると思っているフシがある。

 だからだろうか。

 

 こんなことを言うのは。

 

「そうだ。遠坂のサーヴァントも弱ってるみたいだしさ、適当に近場で狩るか? ははっ。僕のライダーは吸血で殺さずに一般人から搾り取れるけど遠坂のサーヴァントってそんな感じじゃなさそうだな」

 

 完全に舐めきった態度であろう。

 武道の実力を、ではない。

 

 冬木の街を管理するセカンドオーナーである、遠坂の魔術師である、凛ちゃんを舐めきった態度、だ。

 

「へぇ。つまり、あの倒れてる女性は間桐くんがやったのね」

「え? ……あ、あぁそうさ。ま、言ってみれば魔術師としての嗜みってやつ? ははっ、魔術と関わりのない一般人でも魔術の役に立てるんだから感謝してくれてもいいくらいだろうさ」

 

 彼は気づいていない。

 今、自分が地雷を踏みまくっているということを。

 

「でさ。聖杯戦争って参加者は全部で七人いるんだろ? だったらさ、僕と共闘しないかい? 遠坂のサーヴァントもずいぶん痛んでるみたいで、一人じゃ心もとないだろうしさ」

「必要ないわ、そういうの」

 

 凛ちゃんは意図してかしないでか、抑揚を抑えた声を出すのだが、それはワカメ少年には弱気の中の強がり、に映ってしまう。

 

「ははっ、強がるなって。遠坂にとっても悪い話じゃないだろ? 聖杯戦争の決着は御三家で付けたいってのは遠坂の先祖だって願ってるさ。僕と共闘しない理由がないじゃないか」

「必要ないって言ってるでしょ。……でも、そうね。必要というか、聞かなきゃならないことはあるかな」

 

 ワカメ少年はなかなか自分の思い通りにいかない凛ちゃんに焦れる気持ちはあるが、逆に簡単に手に入ったらそれはそれでつまらないよね、などとズレた感想を抱いているのだが、そんな中で凛ちゃんから「聞きたいことがある」と言われてちょっと興味津々である。

 おやおや、あの遠坂が僕の何を必要としているのかな? などと軽々しく思っている。

 

「私たちの通ってる学校、今へんな結界が張られてるじゃない? 知ってる?」

「お、さすが遠坂だね。気づいてたんだ。ああ、ライダーに作らせた結界で、あれが作動すりゃライダーの魔力も大きく補充ウボァー!?」

 

 凛ちゃんの質問とは、学校の結界について。

 学校の結界……凛ちゃんの調査でわかるのは、時間が経てば完成し、内側の人間を生贄にし魔力を吸収しようとする非人道的な装置の事だ。

 破壊したいのだが、結界に使われている魔術が(いにしえ)の高度な術で且つ再生能力もあるために、現代の魔術師である凛ちゃんが無力化するのは手に余る代物。

 そんなものを仕掛けたマスターに対して、凛ちゃんは当然、良い感情を持つわけがなかった。

 元々、魔術師としては甘いところのある凛ちゃんだ。

 神秘の秘匿のために一般人を殺す事にさえ良い感情を思っていないのに、秘匿のためではなく、利用のために一般人を、それも大量に殺そうなどという行為を行おうとした、件の結界の責任者には一発ぶちかましてやりたいと思っていたのだ。

 

 それが今叶った。

 まさか当日に叶うとは思ってもいなかった凛ちゃんであるが、気分はちっともスッキリしない。

 

「うぐぐ……な、なにを」

「間桐くん……私はね。遠坂なのよ。この、冬木の土地を管理する魔術師の、遠坂なのよ。この街の人間は言ってみれば私の所有物なわけ……わかる? 別に全部を管理運用してるわけじゃないんだけど……それでも目に見える範囲でああも街の人間を犠牲にすることを前提とした結界なんて張られて、怒ってないとでも思ってた?」

 

 ボキボキと指を鳴らしながら口元を歪める凛ちゃん、気分は世紀末救世主だ。

 衛宮くんとイリヤの脳内ではテーレッテーとBGMが流れていることだろう。

 

 そのくらいに怒っている。

 

「なんでだよ! う、うちの爺さんだってしょっちゅうやってるんだ……べ、別に非難されるようなことじゃないだろ!? 魔術師なんだぞ! 有象無象の愚民に何をやったって許されるのが魔術師なんだ!」

「間桐くん、もう黙ってなさい」

 

 凛ちゃん、呼吸とともに強化の魔術を静かに、しかし強固に全身に回す。

 このパワーで殴られたら並の人間は死ぬかも知れない。

 

 もし仮に、ここで衛宮くんがまだ武道の零の悲劇でリセットされる前の「無差別な正義の味方」だったら一方的な加害者であろうワカメ少年であろうと、もはや無力化に成功してるんだから殺さんでもええやんねん……などと言っていたかもしれない。

 しかし、ここに居るのは完偽・衛宮士郎である。

 だから。

 

「アチャー……慎二のやつ……死ぬかもな」

 

 くわばらくわばら、といった態度で巻き込まれたらたまらん、と距離をとっている。

 

 イリヤはアインツベルンの魔術師であり、自分と無関係の魔術師がどこでどう死のうとそれ程深く考えることはない。

 せいぜい思うことがあるとすれば

 

「あれがマキリの末裔……ねぇ。かつては聖杯戦争のシステム作りにアインツベルンから協力を要請されるほどの家が……惨めな末路だわ」

 

 というもの。

 魔術師の家系として哀れにこそ思えど、ワカメ少年の進退には興味なしである。

 

 これに困るのはワカメ少年。

 そりゃそうだ。

 

 彼は魔術という「一般人とは違う特別な力」に強い憧れを持っている。

 そして、凛ちゃんもまた魔術師なんだから自分と同じように、超越者であると思っていたのだ。

 自分が彼女と同じ力を持てば、彼女も自分と同じ価値観を持つはず。

 ワカメ少年はそう考えていたのに、なぜだろう。

 自分は魔術師として魔術のために一般人を犠牲にしているのに、なぜ彼女はそう言わないのか?

 そんな疑問が頭をよぎる。

 

 もっとも、それ以上に今は自分の命の危険のほうが大きいのだが。

 

「ら、ららら、らっ、らっ……ライダー! ぼ、僕を助けろ!」

 

 だからワカメ少年、ここは今の自分の手札で最強の一手を切る。

 なぜかはわからないが、凛ちゃんが自分に殺意に近い感情を向けているのを悟った彼は自分の身の安全を守るために、最善と思える手を取るのだけど。

 

「不可能です、シンジ。私ではこのサーヴァントに勝てません」

 

 ライダーと武道は動かずに見合っているだけだが、実は今この瞬間にも数十、数百に及ぶ攻防を繰り広げているらしい。

 視線や呼吸、小さな身じろぎなどをフェイントとした複雑で高レベルな攻防である。

 イリヤに解説させればまた小うるさい解説が聞けそうなほどの。

 

 しかし、ワカメ少年にそんなものわかるはずがない。

 

「ななななな何言ってんだよバカァ! お、お前っ! これでも言うこと聞かないのか!」

 

 ライダーの攻防をわからないワカメ少年にはライダーがただ突っ立ってるだけに見えたので、彼は懐から取り出した赤い本を手に持ち、思いを念じる。

 すると。

 

「ぐっ!」

 

 ライダーの体に青白い稲妻が走り、苦しみを生んだ。

 大きな隙だ。これは殺されるか!?

 ライダーは自分の死を覚悟する。

 しかし、目の前の対敵はライダーに攻撃をしない。

 

「グロロー。なるほど。あれが貴様を縛る首輪か」

「なるほど。偽臣の書、ね」

「偽臣の書? なんだそれ?」

「うむ!」

 

 分かっていない衛宮くんの質問にイリヤは答える。

 

「偽臣の書、それは令呪を消費して作り出す、サーヴァントの所有権を他人に渡すアイテムよ。本来はサーヴァントの貸し借りなんてしないんだけど、聖杯戦争でマスターが再起不能の大怪我を負ったりして動けなくなったりしたら、そのマスターが信頼できる人間にサーヴァントの所有権を委託して戦ってもらうため……に、使うのかしら。でもまぁ、ある程度の魔術師なら令呪をそのまま譲渡したほうが良いと思うんだけどね」

「ふーん。そういや令呪に逆らったら今のライダーみたいに苦しんだりするものなの?」

「その質問の、答えはNoよ。令呪は逆らえないのだから。偽臣の書は所詮はその名のとおり、偽物でしかないのよ。効果も弱いしサーヴァントをパワーアップさせられるわけでもない。そもそも、多少苦しんでいても英霊が人間の魔術師を殺せない道理はないんだから、本当の意味では偽臣の書にサーヴァントを縛る力はないのよ」

「なるほどなぁ。てことは、そんな物を持ってる慎二は本当のマスターじゃないのか?」

「偽マスターね。見たところ魔力も何もない一般人みたいだし」

 

 偽臣の書はどういうものなのかを説明し終われば、そこに残るのは敵マスターではなく、偽の敵マスターである。

 

 そんな偽物、偽物、一般人と言われてワカメ少年は怒りを感じるのだけど、今は怒るよりも怯える時である。

 凛ちゃんマジ怖いし。

 説明を聞きながらも一歩一歩、ゆっくりとだけど確実に歩を進めているし。

 

「グロロロー。ただでさえ下等サーヴァントが偽の下衆マスターに従っていては力の発揮もクソもあるまい。そこの下衆人間はとっととマスターの権限を本人に返上してこやつを本来のスペックに戻すのだ~」

 

 一方、凛ちゃんのサーヴァントである武道が動かないのは、そういう理由があったそうだ。

 敵が強くなるのならいいが、弱くなられては戦う意味がないという態度である。

 

「ふ、ふ、ふざけるな! 僕は聖杯戦争のマスターなんだ! ぼ、僕が! 間桐の長男なんだぞ! その僕を見下す権利なんて誰にもないんだ! ら、ライダーだってこれがあれば僕に従うしかないんだよぉ!」

 

 そしてボロカスに言われてキレたワカメ少年は、より強く偽臣の書を握り締め、その命令を強く実行させようとする。

 だがしかし。

 

「グロロー!」

 

 武道の竹刀が偽臣の書を貫く。

 

「あ、あぁーっ! 熱っ!」

 

 そして竹刀が勢いよく燃え、偽臣の書も一瞬にして燃え尽き残りカスすら残さず消滅してしまう。

 

「……」

 

 偽臣の書の消滅により、ライダーを痛めつけていた稲妻は消え、ステータスも本来のものになる。

 ライダーはそんな自分の体を確認するかのように手の指を開閉し体を軽くゆする。

 

「ら、ライダー?」

 

 一方のワカメ少年は、偽臣の書の消滅で今まで支配下においていたライダーがどうなったのか気になる様子。

 

「……どうやら、もう私はあなたに従う義理はなさそうですね」

 

 ライダーはワカメ少年の視線に気付いたので、本当は言う必要すらないと思いながらも、最低限の義理人情でもって、もはや自分とお前は無関係だと言ってやる。

 

「そ、そんな……僕は、僕は……」

「グロロー……消え失せい!」

 

 せっかく手に入れた魔導の力、それが完全に失くなって絶望がワカメ少年の心を満たすところに、武道の一括。

 

「ひゃいいいいいいいいい!」

 

 それにより、ワカメ少年はすごい勢いで走って逃げ去ってしまった。

 凛ちゃんは何やってんの、と武道を睨むが、当然武道は気にしない。

 

「グロロー、凛よ。私のマスターはあのような小虫などにかかずらう小者などではないはずだ。違うか?」

「はんっ。いくら小虫、羽虫でも目の前にいたら潰すのが人情ってもんでしょうが」

 

 ワカメ少年を殺りそこねて、凛ちゃん相当不機嫌なのが見て取れる。

 

「グロロロー。だがなぁ、凛よ。やつの言葉を忘れたわけでもあるまい」

「なに?」

「やつは自分の祖父もやっている、という内容を口にしていたではないか~」

「……ああ、なるほど」

 

 不機嫌そうだった凛ちゃんだけど、武道の言葉を聞いて納得したのか、多少なりとも不機嫌度が下がったように見える。

 

 ふたりの会話の内容はどういう事かというと、ワカメ少年は自分の爺さんも同じことをやっている、と言っていた。

 つまり、遠坂の土地で魔術のためという言い訳を盾に、一般人を害する下等魔術師が存在するということだ。

 完璧魔術師を目指す凛ちゃんは当然、そんな輩を粛清せねばならないのだが、どうせやるのなら一度にまとめたほうがいい。

 ワカメ少年は雑魚の末端だが、彼の帰還する場所には下等魔術師の親玉がいるはずなので、そこでまとめてガツンだ! と、武道は言っているのだ。

 

 となれば。

 

「イラつくのは止められないけど……間桐くんの家にお邪魔する前に、やる事をやっておきましょうか」

「グロロー」

 

 言って、凛ちゃんはライダーに向き直る。

 ライダーも今の会話は聞いていたので、すでに構えている。

 

 不意打ちをしなかったのは、英霊としての矜持か、あるいはしても勝てないという諦めか……

 

「夜の公園にサーヴァントが二人……勝負でしょう」

 

 カァーン!

 

 ここに、第五次聖杯戦争、サーヴァント同士の最後の戦いが始まる。



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13話

 夜の冬木の町を走る少年。

 彼の名は間桐慎二。

 ワカメヘアーを揺らしながら走って走って走りまくる。

 

 何が彼をそこまで走らせるのか?

 答えは恐怖。

 

 遠坂の凛ちゃんに向けられた殺意も大きいが、そのサーヴァントである武道の一喝が特に怖かったのだ。

 だから走って逃げまくる。

 

 目的地は実家。

 そう遠くないのでもうすぐ付くだろう。

 元々、彼はあまり家から離れた場所で行動する気がなかったのだが、それが幸いしたようだ。

 

「ひぃー、ひぃー」

 

 とはいえ、ずっと全速力で走っていたので息も切れる。

 だけど安全地帯と思える場所まで到達する前に立ち止まることなんてできるわけもない。

 そんな彼に、声がかかった。

 

「慎二……慎二よ」

 

 聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれ、ワカメ少年はようやくそこで走る足を緩めはじめた。

 

「はっ、はっ、じっ……爺さん?」

 

 走る足を緩めながらも止まることはなく、口から出た声も返事ではなく自分の中での確認のため、程度のものだったのだが、その声に返事がかかる。

 

「うむ、ワシじゃ。まぁお主もそのまま聞くがよい」

 

 周りに人気(ひとけ)なんてなく、ましてやワカメ少年は多少速度が落ちたとは言えそれでも早歩きくらいの速度は出ているのに、まるで声がぶれずに聞こえるのはどういうことか?

 普通なら不思議な現象に驚くのだろうが、その相手は魔術師である間桐臓硯だ。

 ならばそのくらいの不思議は起こって当然と言えるかもしれない。

 だからワカメ少年は声を不思議に思うことをせずにそのまま家へと足を進める。

 

「お主が死なずに済んだのも重畳と言うべきかのう。よくぞ生きていられたものよ」

 

 カカカと笑い混じりにワカメ少年を心配するような祖父の声に、しかし当のワカメ少年は内心で毒づく。

 

 よく言うよ、僕のことなんてどうなってもいいくせに。

 

 何しろ魔術回路の無い彼は、魔術師の家としての観点で見れば真性の「いらない子」なのだから。

 彼の家においては魔術の才能がないというのは、むしろ幸運でもあるのだが、幸か不幸かそれを彼は知らない。

 

 ちなみに彼の祖父である間桐臓硯は基本的に人でなしの下衆なのだけど、それでも臓硯なりに無能な孫のワカメ少年のことを可愛がっていないわけではないのだ。

 まぁ一般的な祖父から孫へ向ける愛情かというと怪しいものだが。

 

 そんな臓硯はさらに続ける。

 

「桜が言うには、もうライダーとのリンクが完全に切れてしもうたとの事……ライダーめ、完全に敗れたようじゃのう」

 

 ライダーが敗北した、という情報を。

 

 さて、ワカメ少年がさっきまでサーヴァントとして使役していたライダー。

 彼女の本来のマスターは、ワカメ少年の妹である桜ちゃんである。

 

 養子でありワカメ少年と違って魔術の素質を持っていた彼女は聖杯戦争のマスターとして、サーヴァントの召喚を強いられたのだが、それでも性格上戦いを渋った。

 そこで、特別な存在である魔術師に憧れるワカメ少年が出しゃばったということだ。

 

 その真のマスターである桜ちゃんはサーヴァントであるライダーとの間に魔術的な繋がりが有ったので、詳細こそ分からないがダメージを受けた、何らかの異常を受けた、などの変化を感じることはできる。

 で、感じ取った変化がリンクの断絶……つまり、サーヴァント・ライダーの消滅を意味する所である。

 

 時間から逆算すると、武道との対戦時間はごく短いうちに殺されたということらしい。

 

「ちきしょう! なんだよあの女! クソの役にも立ちやしないじゃないか!」

 

 いくらなんでも自分を逃がそうとしてくれた相手にかける言葉では無いだろうに、彼は悪態をつきまくる。

 ワカメ少年にとって、自分は何も悪いこともしてないし失敗もしてない、それで負けるのなら他人が原因で有るしかない、という考えなのだろう。

 

「ふむ、ライダーの戦闘力か……まぁたしかに、真の意味での英霊でないメドゥーサではサーヴァントとして召喚されても、力を発揮しきれん部分はあったのかもしれんが……今回は相手が悪かったと言っておいてやるべきじゃろう」

 

 ライダーに対する悪口を並べるワカメ少年をたしなめるような臓硯の声。

 続けて彼は言う。

 

「まぁ良いわい。慎二よ、お主も家に帰ってきたら真っ直ぐに地下に来るのじゃ。お主もワシのかわいい孫じゃ、命を狙ってくるであろう悪漢どもからは匿ってやらんとのう」

「な、なんだよ命を狙ってくるって……」

 

 まさか、逃げたワカメ少年を追いかけてまで殺しに来るというのか。

 ワカメ少年は本気でビビる。

 なんでそこまでされなきゃならないのか、と。

 

 走って逃げてはいたが、若干は「自分が殺されるわけがない」という楽観視もあったというのに。

 

「ククク、何故とはまた不思議なことを言いよるのう。慎二よ、おぬしが遠坂の娘を煽ったのではないか」

「あ、煽る? なんだよそれ」

「魔術と関係のない一般人を襲い、あまつさえそれを遠坂の娘にまで勧めたではないか。昔からあの家系は優雅だなんだとくだらん世間体とやらを気にする家じゃからのう。お主の言いようには、さぞ腹を立てたことであろうよ」

 

 カカカ、と笑いながらいう臓硯の声。

 彼の言うことには。

 

「あの娘の父である時臣であれば、魔術のために一般人が死ぬのを黙認もしよう。神秘の秘匿をするという絶対的な条件の元にな。しかし……どうやらあやつ、娘に我が家の術がどのようなものか伝える前に逝きおったらしい。遠坂の娘、どうやらワシが人食いなのを知らなかったから今まで見過ごしていたようじゃ。カカカカカ! ワシの悪事がバレてしまえばそれを見過ごすようなことはせんであろうのう!」

 

 とのこと。

 ワカメ少年は遠坂の凛ちゃんが魔術師、という話は知っていた。

 しかし、相手が「どういう魔術師か」ということなど知らなかったのだ。

 魔術師というのはみな、祖父ほどじゃないにしても、一般人の愚民を殺すことをなんとも思わない人種と思っていた。

 だけどそうじゃない魔術師もいる?

 遠坂は特にそうだって?

 

 そんな事は予定外だ!

 

 ワカメ少年は思った。

 思ったが、今更失敗がどうにかなるわけでもない。

 自分は言わなくてもいいことを言って、凛ちゃんに怒らせている。

 そして凛ちゃんはあの恐ろしいサーヴァントを従えて自分を殺しに来るかも……そう思うと、さらに恐怖は大きくなる。

 

「ようやくわかったようじゃのう。自分がいかに危険な状態かを。だからこそ……守ってやるから早う帰ってくるがよい」

 

 ワカメ少年は間桐臓硯が嫌いである。

 嫌いであるが……ほかにすがるものがなく、もはやその言葉に従う以外の選択肢がなくなってしまった。

 

 

 

「来たようじゃな」

 

 それから暫くして。

 ワカメ少年もなんとか実家に戻り一息ついた時に、臓硯が言う。

 敵の気配を察知した、と。

 

 魔術師の工房とは本来絶対の砦。

 同格の魔術師同士なら、まず相手の工房に出向いて戦うということはするまい。

 さらに言えば、相手の実力もわからないのに本拠地に突っ込んでくる敵は愚かというのもおこがましい、ただの自殺志願者である。

 

 しかし、今この家に迫る凛ちゃんは、最強の戦力であるサーヴァントを従えている。

 サーヴァントといえども絶対無敵の存在ではない。

 だけどそれでも、現代の魔術師がどうにかできる存在でもない。

 その圧倒的戦力を軸に攻めて来るのであれば、未知の魔術師の工房にカチコミをかけてくるという行い、けして愚かとは言えまい。

 

 むしろ、聖杯戦争中という「戦っているんだから」という大義名分を背負っている今こそ、まさに他家への攻撃をするチャンスと言える。

 もし、そこまで考えてのカチコミであれば……時臣の娘は中々に抜け目のないやつかもしれんのう。

 臓硯はそう考える。

 

 しかし、ワカメ少年のワカメに潜ませていた盗聴専用蟲から聞いた会話、桜ちゃんやワカメ少年から得た日常の性格等を含めて考えれば「他家を滅ぼすチャンスだから」来たのではなく、ただの正義感、あるいは義務感などからの勢い任せによる感情論のカチコミであろう、とも思える。

 

 果たしてどっちになるのか?

 ……どっちの理由で来るのであろうと、ワシのやることに変わりはないがのう。

 

 臓硯はその顔のシワをより深くし、邪悪な笑みを浮かべる。

 その顔には、サーヴァントにカチコミをかけられて命の危険、を感じているような焦燥は見られないのが不思議なことである。

 彼は一体何を考えているのか?

 答えはすぐにわかる。

 

 

 そして。

 どかん! と音を立てて壁に穴があいた。

 かなりの魔術による攻撃のようだ。

 壊れた壁の破片がワカメ少年の頭に直撃して悶絶するほどの破壊力。

 扉があるというのに、あえて壁を壊すというのはもはや言葉にするまでもないほどの宣戦布告の意が見て取れる。

 

「あがががが」

 

 ジタバタと悶絶するワカメ少年には目もくれず、間桐臓硯は壁に空いた穴、その先を見据える。

 そこにいるのは、手を前にかざしている凛ちゃん。そしてその背後に3メートル級の巨人。さらに銀髪の少女はアインツベルンのホムンクルス、小聖杯。あとは赤髪の少年は衛宮切嗣の息子か。

 結界で感知した気配は、サーヴァントが1騎、そして人間が4人のはずだったが……ホムンクルスを含めても3人なのを疑問に思うが、そういえば慎二の奴が町の人間を襲い気絶させていたのが慎二と遠坂の娘との諍いの切欠であったか、と思えば、おそらく公園に放置していられないと思い、気絶させたまま連れてきたのだろうと納得する。

 

「これはこれは……随分と無作法な。遠坂の家では扉の開け方すら教えておらんのかのう?」

「外道にかける作法なんて遠坂に存在しないのよ」

 

 静かな、だが確かにある怒りの感情を隠そうともせずに言う凛ちゃん。

 身長が150センチにも届かない上に、猫背気味で杖をつく和服ハゲのしなびた老人である臓硯に対し、物理的に見下すのは仕方ないものの、それ以上に心で見下し侮蔑しきっているのは一目瞭然。

 凛ちゃんから見て後方にいるイリヤの脳内では北斗の拳の例のBGMが鳴りっぱなしなほどだ。凛が指の関節をボキボキ鳴らしてたら面白かったのに、と考えている。

 衛宮くんも凛ちゃんの威圧感にちょっと引き気味だ。武道のほうが怖いので多少は慣れたものだが。

 

 臓硯はそんな彼らを一人一人見やり、最後に再び凛ちゃんに視線を向けくつくつと笑う。

 

「外道ときたか……我ら御三家、たとえ家は違えども「聖杯を求める」という同じ目的を持った同士であるというのに……時が経てば人の情というのはやすやすと崩れ去るものよのう」

 

 言葉は嘆き、しかし態度は愉悦を隠さない。

 臓硯は凛ちゃんを煽っているのだ。

 

「人の情……? 人食いをやってる……そのような事を間桐くんが言っていたのだけど、私の聞き間違いだったかしら? それとも間桐くんがあなたを勘違いしていたと?」

「いいや? お主の推察は実に正しい。慎二めの奴の発言からよくぞ真実にたどり着いた。優秀だと褒めておこうではないか。……で、ワシが人食いをやっていたからと言って、それがどうかしたのかのう?」

 

 さすが、数百年を生きた老獪な怪物というべきか。

 臓硯は出会ってほんの数秒で凛ちゃんの性格を見切っていた。

 

 見切ったというのは、別に深い部分を完全に見切っているわけではない。

 表層の印象、何を良く思い何を不快に思うか、それを大雑把に理解した程度ではある。

 だがこの場においては大いに意味のある情報でもある。

 

「どうかしたのか……ですって?」

「うむ。魔術師にとって殺人は禁忌ではあるまい? もっとも、だからと言って慎二のやつのように、降って沸いた力に奢り己の悦楽のために振り回すのであれば、それは魔術の技ではなくただの暴力よ。確かにそういうものは全ての魔術師にとって忌むべきものであろう」

 

 ククク。

 含み笑いをしながら、臓硯は床で尻餅ついてるワカメ少年を見る。

 壁の破片が当たって悶絶していたがある程度持ち直したようだが、臓硯と凛ちゃんの会話を聞いて愕然としているのは、彼なりになにかショックを受けているのだろう。

 

「が、のう。ワシに関しては違うんじゃ……ワシは定期的に人食いをせねばもはや命を永らえることもできんのじゃ」

 

 そして一転。

 臓硯は先程まで愉悦の笑に歪めていた表情を反転させ、今にも泣き出しそうな顔と声音で語る。

 言葉の意味を知らず、臓硯を知らず、場所がここでなければ、見る人誰もが臓硯を気の毒に思いそうな顔で。

 

「ワシとて人を食いたくなどないのじゃよ……しかし間桐の魔術を……そして間桐の家を守るためには仕方がないことなんじゃ……なんとか見逃してもらえんかのう?」

 

 震えながら臓硯が語るのは間桐家の没落の歴史。

 聖杯のためにと乞われ日本にやってきたはいいが家の力が衰え、家族を、家を守るには強い柱がいなければならない。

 しかし衰えつつある間桐の子達にその力はない。

 臓硯が死んだ後には、獣欲を隠そうともしない魔術師どもが挙って手を伸ばし間桐家にある財産、魔術の技術、歴史、それらを奪いに来るのは目に見えている。

 遠坂に助けを求められるか? 出来るわけがない。

 御三家などと呼ばれ表向きは同盟関係であろうと、しょせんは聖杯戦争という逃走相手のライバル。

 間桐家が弱ったとなればいの一番に間桐からすべてを奪いに来る獣、それこそが遠坂なのだ。

 他所からの助けは借りられぬ……なれば、強い間桐の魔術師が必要。

 そして、それが可能なのは間桐臓硯ただ一人。

 

 間桐家は臓硯が死すれば全てが終わる。

 臓硯は自分の命が惜しいから延命したいのではない。

 これから無限に続く間桐家の未来、子々孫々を守るために、目の前のごく少数の命を糧としているだけなのだ。

 

 臓硯は語った。

 涙を流し肩を震わせる臓硯を見て、同情せずにいられる人は果たしているだろうか?

 

「のう、時臣の娘。いいや、遠坂家現当主、遠坂凛よ。間桐の盟友、遠坂家の娘よ。ワシを哀れに思わんか?

 

 臓硯の懇願とも取れる言葉に対する返事やいかに?

 

「思わないわね。死んで滅びなさい」

 

 凛ちゃん容赦せん!

 いや、それも当然の話であろうけど。

 

 凛ちゃんは遠坂の魔術師として、記憶に残る父親をものすごくリスペクトしている。

 すごい理想像を描いている。

 そんな凛ちゃんの脳内の中の時臣は、魔術師としての覚悟を持ちながらも高潔。時に情よりも理を取る事があっても非道に落ちず。

 という正義魔術師と思い込んでいる。

 

 だから、きっと父が臓硯の所業を知っていれば誅殺していたと思い込む。

 ゆえに凛ちゃんの行動に躊躇いはない!

 

 凛ちゃんは手に握った宝石に魔力を込める。

 目の前の害虫を処分するために。

 

「おお怖い怖い。時臣めが見たら今の娘の姿をなんと思うであろうか」

「誇りに思うでしょう」

 

 そのためにも、殺す。

 凛ちゃん必殺の殺意を込めた宝石が今、放たれ……

 

「そうかのう? 時臣めの奴はワシが人食いの魔術師だということなど知っておったのだが?」

 

 瞬間、臓硯の凛ちゃんを揺さぶる言葉が発動する!

 これで根が単純な凛ちゃんは行動が止まること請け合い!

 

 そして大きな隙ができるはずだ。

 臓硯の狙いはそこにある。

 

 

 今の発言を聞けば遠坂の娘は確実に発動しかけた魔術を止めようとするだろう。

 その瞬間、やつの意識はわしから離れ「魔術の停止」に向けられる。

 その隙に、攻撃する。

 

 何も致命の一撃でなくともいい。

 

 臓硯の狙いはサーヴァントなのだから。

 とはいえ直接サーヴァントを倒すのではない。

 ただほんの少し……マスターとサーヴァントの繋がりを断つのが目的だ。

 

 聖杯戦争とはどこまでいってもサーヴァントを中心として行われるものだ。

 サーヴァントさえ押さえればマスターごときは何とでもなるのだ。

 

 普通の魔術師では無理だろう。

 令呪を開発した間桐であっても無理だ。

 だが、ここは間桐の土地であり、全てが間桐臓硯に有利に働く場所である。

 かすり傷というほんの少しのきっかけを起点とし、サーヴァントとマスターを切り離す小細工をするのは間桐臓硯ならば不可能ではない。

 そして、聖杯戦争システムを誤魔化しほんの一瞬、敵サーヴァントのマスターを自分であるとご認識させ、桜がまだ残している令呪を使い敵サーヴァントを自害させる。

 そうすれば……後に残るのは無力な人間のみ。

 

 遠坂の娘、およびアインツベルンのホムンクルスには自分が女として生まれた運命を呪うような目にあわせながら食うのが良いだろうか?

 いやいや、これほどの魔術回路の持ち主。

 ただ一時の食欲の糧としてはもったいないか。

 特にアインツベルンのホムンクルスの心臓は小聖杯でもあるのだ。

 いくらでも利用のしがいがあるだろう……と、短い時間で考えていたのだ……が。

 

 

「消えなさい」

 

 凛ちゃんは止まらなかった。

 凛ちゃん躊躇せず!

 

 そんな確固たる殺意を感じさせる一撃を放っていた。

 

 放たれた強力な魔術は臓硯の肉体を一片残さず吹き飛ばしていた。

 

「ひぃー!?」

 

 これにはワカメ少年も悲鳴を上げる。

 それはそうだ。

 いくら嫌っていても子供の頃からずっと一緒に暮らしていた爺さんが目の前で死ねば……腰を抜かす。

 

 どうあっても死なないと思っていた間桐の支配者、無敵の間桐臓硯がこんなあっさり死ぬなんて……と。

 しかし、殺した凛ちゃんは警戒を一切解いていない。

 鋭い眼光を保ったまま。

 

「仮にも何百年生きてる魔術師……しかも本人の工房。この程度で死ぬ訳ないわよね」

 

 凛ちゃんは確信している。

 殺すつもりに一撃であり、想定通りの破壊力を発揮した一撃だが、殺せてはいないだろう、と。

 

 そしてその予想は正しい。

 

「くく」

「ひどいひどい」

「痛い痛い」

「なんと恐ろしい」

「しかし躊躇せずに撃ったのは評価すべきか」

「だがワシの命には届かぬ」

 

 ぞわり、ぞわりと部屋中……いや、間桐家の何かが蠢く気配を感じる。

 屋敷の中を満たす空気の淀みもより色濃くなったのではないか。

 そしてザワザワと小さな囁きが波のように引いては押し、引いては押し寄せる。

 

 その中で臓硯の声が、あらゆる所から聞こえて来るではないか。

 

「容赦のないことじゃ」

「父親の事で揺さぶれば動揺を誘えると思うたがのう」

「ちなみに云うておくが時臣めがワシの人食いを知っていて放置していた、というのは真実ぞ?」

「きゃつは人間としての善性よりも魔術師としての探求を前に置く男ゆえにな」

「だからこそ遠坂の収める冬木の街でもワシが生きていられたのじゃ」

「つまりワシが今まで食ろうてきた者共は歴代の遠坂からワシへの供物のようなものよ」

 

 ヒソヒソと囁くような声でありながらしっかり聞こえる臓硯の声。

 その内容はまたもや凛ちゃんを煽るものになってゆく。

 

「10年前もそうであった」

「10年前のキャスターは狂っておってのう」

「此度の慎二の行いなどあれに比べればまさに児戯」

「何の非もない幼子を意図的に拐い魔術で延命しいたずらに苦痛を長引かせ拷問し殺す」

「そんな事をしておったが……時臣めはキャスターのその行いそのものは非難しておらなんだよ」

「どころか、キャスターを倒すためにほかの陣営が立ち上がり能力を観察するチャンスとばかりに消極的な干渉をしておった」

「時臣とはそんな男だったのよ」

 

 クツクツ笑う臓硯の声たち。

 発生源は多すぎて特定できない。

 だから凛ちゃんは照準もつけずに魔術をぶっぱなす。

 この状態ならどこに撃ってもまず当たるからだ。

 

 どかどかと派手な爆発音と共に、その音に見劣りしない破壊が巻き起こる。

 

 その度にグチャグチャと潰れる虫けらの姿が見えるのだが……間桐臓硯になんの痛痒も与えられないのか。

 彼の言葉は止まらない。

 

「一事が万事、そんな男であった」

「自分が有利に立ち回る事を優先して街の被害は二の次以下」

「時臣にとって重要なのは……行為の善悪ではなく魔術の秘匿」

「もしキャスターが魔術を隠しているのであれば、時臣はキャスターを倒そうとする流れを作らず、ひたすら他陣営が消耗するのを待っておったであろうな」

「その間の冬木の街の住人の被害は一切考慮せずに」

「……で、そんな男の娘であるお主がワシに正義を語るのかな?」

 

 これだけ言えばこいつも揺らぐ!

 臓硯はそう思ったものだ。

 しかし。

 

「外道が何を言っても聞こえないわ」

 

 凛ちゃんはまったく気にせず魔力のこもった宝石を投げる。

 凛ちゃんの手から放たれる魔術は、それぞれ五つの属性を発動させ様々な行為で、しかし目的は同じ「敵を倒す」という術を発揮する。

 

 年齢を考えれば凄まじい才能っぷりに、多くの魔術師は嫉妬か羨望を覚えそうなその能力。

 しかし臓硯にとってはその程度は驚異とは思わない。

 確かに瞬発力な殺傷力という点では臓硯の及ぶレベルではないかもしれない。

 だがその程度の魔術師は探せばいるのだ。

 

 臓硯が今、ここで驚異に思うのは……凛ちゃんの揺るがない精神力。

 容赦と躊躇のなさである。

 

 対敵の言葉に精神を揺さぶられない精神力……言うは易し行うは難し。

 真っ当な魔術師は特にこれに弱い、というのは臓硯の経験上知っていることである。

 魔術師は家を尊ぶ習性があるのだから、家を貶されれば普通は反応する。

 家でなくてもいい。相手の執着するものを話題に出せば、普通の魔術師は行動にためらいが生まれるものだ。

 だというのに、凛ちゃん全然ためらわないのは恐るべしと言うしかない。

 

 とはいえ、臓硯の手段はそれだけに終わるものではないのだが。

 

「なるほどのう」

「言葉による揺さぶりは無意味か」

「なれば……これでどうかな?」

 

 言葉でだめなら視覚に訴えるまで。

 臓硯の言葉とともにゾワゾワと、臓硯のいる部屋の一部が波打つ。

 ぱっと見壁だと思えたそれは、壁風に擬態した蟲の塊だったのか。

 絡んだ紐が解けるように崩れてゆく。

 そしてその壁の中の物をさらけ出す。

 

「っ!!」

「グロロー」

「……誰かしら?」

 

 壁の中身、それを見て凛ちゃんは瞬間呼吸が止まる。

 武道は平常運転。

 イリヤはわずかばかりの不快感、そして困惑。

 

 そして、衛宮くんは……?

 

「さ、桜?」

 

 驚愕に目を見開き、搾り出すように掠れた声を吐き出した。

 

 そう、蟲の擬態の解けた先、そこにいたのは衛宮くんの後輩であり、凛ちゃんの妹でもあり、間桐家に養子に貰われた……桜ちゃんであった。

 そりゃ居るだろう。

 桜ちゃんは間桐家の人間なのだから。

 衛宮くんの知らないことだが、彼女は養子であって実子ではない、が、この場に居ないわけがないのだ。

 だから、桜ちゃんがここにいることは対して驚くことではない。

 

 じゃあ一体なにゆえ驚いているのか?

 それは桜ちゃんの姿にある。

 

 まず彼女、今は服を着ていない。

 そして、この作品がRー18作品でないために詳しく描写されないのだが、彼女の体には蟲がたくさん引っ付いている。

 どのように、引っ付いているのかはお察しである。18歳以下の子供は知らなくていい事である。

 

 詳しく描写するわけにはいかないのだが、今の桜ちゃんは口に虫をつまらせ言葉を発することができず、その上で全身を拘束され首を振ることもできないような状態、である。

 

 そんな姿を見られることの羞恥心はどれほどか?

 その目からはいく筋も涙がこぼれ落ちているが、その涙を自分の手で拭うことどころか、首を振って振り払うことすらできないのが、今の桜ちゃんなのだ。

 

「貴っ様ぁ……間桐臓硯っ!」

 

 凛ちゃん、この光景にブチ切れる。

 

 仲のよかった姉妹が引き離されはしたが、それでも行った先の家で息災であれば、と願いっていた。

 魔術師としての腕を鍛えられていないのは、魔術師としての目で見れば一目瞭然なので、一般人として危険から遠ざけられていると信じていた。

 たとえ外道の家でも、家族に対する最低限の愛情くらいは持ち合わせていると思っていた。

 

 その他、様々な複雑だが強い感情が全て裏切られたのだから、キレないわけがないのだ。

 

 そしてそれこそが臓硯の狙い!

 今、凛ちゃんは怒りにより魔力が非常に高ぶっている。

 手に取りだした宝石も今までのものよりも強い力を感じる物だ。

 

 おそらく、感情に駆られて強力な一撃を発揮しようというのだろう。

 

 

 その一撃、破壊力はどれほどのものになるか……考えるだに恐ろしい。直撃ならばサーヴァントでさえ退ける威力を発揮するやも知れぬ。

 が、それでいい。

 遠坂の娘の攻撃でワシが死ぬことは()()()()()

 そしてそれ程の一撃を放てば、どれほどの熟練の魔術師であろうと隙はできる。

 もはや熟練度などというものではないのだ。

 人間は全力の一撃を放てば、絶対に隙ができてしまう。

 そういうものなのだ。

 その隙に滑り込ませるようにかすり傷を与え、そこを起点にして……もはや勝利は見えた!

 

 

 と、臓硯は確信した。

 だがそうはならなかった。

 

 凛ちゃんの放つ魔術より早くに、ゴツン、と硬い音が響く。

 

「いだっ!」

「グロロー、落ち着け」

 

 武道が凛ちゃんの頭を殴ったのだ。

 かなり痛そうな音がしたが実際痛いのだろう、凛ちゃん涙目である。

 

 

 これには臓硯、声には出さず心で舌打ちをする。

 ちぃーっ! 余計なことを! と。

 

 今の一瞬、まさに遠坂の娘は隙を見せていたのだ、致命的な隙だったのだ。

 ならばそこを突いて何が悪い。突かれたくなければ家族肉親誰が目の前で陵辱され殺されようと笑っていられる精神力を持つべきだ。

 衛宮の小倅のように呆然とする者などはまさに、殺してくださいといっているのと同じ。

 ならば殺さねば失礼ではないか。

 衛宮の小倅、遠坂の娘、そしてアインツベルンのホムンクルス。

 こやつらはみな、ワシの糧となってワシの玩具になりたいと願い出ているのと同義なのだから、そうなるように仕向けてやっているというのに!

 

 

 凛ちゃんは自覚していないが、武道のお陰で再び精神に隙はなくなった。

 一瞬取り乱していたものの、今は冷静となっている。

 だが怒りがなくなったわけではない。

 冷静に怒り狂っている状態だ。

 

「グロロロー。して凛よ。これからどうするのだ?」

「は。どうするもこうするも……間桐臓硯を殺す。そこに変わりはないわ」

「そうか、ではあの娘はどうするのだ?」

「……保護するわ。少なくとも、間桐家に属していても敵対してはいないのだから」

 

 凛ちゃんは間桐臓硯を殺す、そう決意した。

 過程や方法にこだわりはない。

 ただ滅ぼす。

 

 その上で、遠坂の魔術師として……魔術による被害を受けたものは助ける事ができるのなら助ける。神秘の秘匿の重要性はわかっていても、凛ちゃんにとっては魔術はやはり「手段」であるために「魔術で人を殺す」と「魔術のために人を殺す」は全くの別物だということ。

 魔術師として甘いと言わざるを得ないことかもしれないが、凛ちゃんはその道を選ぶことに躊躇いはない。

 

 臓硯はその会話を聞いていても、恐れはない。

 逆に安心すら覚える。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 数百年を生きる妖怪、間桐臓硯にとって自分の身の保身は何よりも重要な事である。

 ゆえに、魔術師社会においてですら自分の身を守るという技術において、間桐臓硯と並び立つものは限りなく少ないと言えるほど。

 だから臓硯は油断していた。

 たとえ強力なサーヴァントであっても自分を完全に滅ぼせるものはそうはいまい、と。

 逆に滅ぼすことができる存在であっても、遠坂の娘の命令に従う限りわしは殺せない、と。

 

 それが彼の致命的な失敗であることに気付かずに。

 

「グロロー。凛よ。方針が決まったのなら戦いは私に任せてもらおうか」

「へ? 武道がやんの? 人間……じゃないけど、サーヴァントでもない魔術師相手に?」

「グロロロー。下等な下衆魔術師など本来は相手にせぬと言いたいところだが……このままでは夜が開けてしまいそうなのでなぁ。私はこの聖杯戦争などというくだらぬ戦いに3日もかけるほどノンビリはしておらんということだ」

「くだらん戦いって……まぁいいわ。どうするつもり?」

「宝具を使ってやろうではないか~」

 

 そういって武道は宝具を使う構えに入る。

 瞬間、凛ちゃんの魔術回路が悲鳴を上げるほど、魔力を武道に吸い取られる。

 それも当然か。実は武道の宝具についても聞いていた凛ちゃんだが、そんな宝具はまともな魔力では実現できそうにない、と思っていたのだから。

 

「くっ!」

「遠坂!?」

 

 膝をつく凛ちゃん。

 しかし武道に手加減躊躇いの感情は見られない。

 凛ちゃん以上に躊躇しない超人だからだ。

 

 宝具を使いたいならせめてマスターに許可を仰ぎなさいよ! と、言ってやりたいが言っても聞くまい。

 

 そんな事はとっくに承知の凛ちゃんは無駄な問答を省き、衛宮くんにただ、命じる。

 

「士郎! 宝石を投影して! それも沢山!」

 

 疑問の余地を挟ませないほど切羽詰まった声。

 聞きたいことは山ほどあれど、今は言うことを聞く時か、と衛宮くんは確信し投影しまくった宝石を凛ちゃんに手渡す。

 彼は原作では武器、特に刀剣の類を投影することに特化した魔術師だったが、それは衛宮切嗣との出会いからセイバーの鞘を渡された事などのたくさんの要素から作られた体である。

 しかし武道の零の悲劇により人生経験の大半がリセットされ、遠坂の魔術師を模倣することに特化した魔術師として成長してしまったがゆえに、魔力のたまった宝石を投影することができるようになってしまったのだ。

 魔術師協会が知ったら何としてでも身柄の確保に走りそうなレア能力である。

 

 その能力を、今の凛ちゃんはこの上なく有効活用する。

 凛ちゃんは宝石のなかに貯められた魔力を使って色々する魔術が得意だが、魔力のこもった宝石を食い自分の魔力に足すことも得意としている。

 だから、衛宮くんの投影した宝石を食べて魔力を次から次へと作り、武道の宝具発動で消耗される魔力の足しとするつもりだ。

 普通の投影魔術で作られた物質は曖昧でふわふわしたものでしかなく、術者の手を離れれば曖昧に解けてしまい消え去るのみなのだが、衛宮くんの投影魔術で作られたものはしっかりとした物質として存在する上に、魔力まで内包しているという理不尽さ。

 だからこそ凛ちゃんの魔力のバックアップにバッチリなのだ。

 そうやって作られた宝石を、ガツガツ食べまくる凛ちゃん。

 

 そしてついに事は成った。

 

「グロロロー……グロゥラァ~……グロアー!」

 

 呪文の詠唱ではなくただの武道の奇声だが、その声に合わせるように凄まじい魔力が展開され、ついに武道の宝具が姿を見せる。

 

 その瞬間、その場にいる誰もが時が止まったかのような錯覚を覚える。

 それ程、圧倒的な光景が目の前に広がっているから。

 

 10条の光の束が走り、その中から神のごとく神聖な超人たちが現れる。

 その数は8。

 

 背の高い低いはあるが、皆が皆、盛り上がった筋肉に包まれた立派な体躯をしている。

 並のサーヴァントだったら悪い事もしてないのに思わず「鍛えてなくてすいません」と謝ってしまいそうな筋肉。

 彼らこそが武道の宝。究極宝具。

 その名も完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)

 かつてザ・マンが見出し育てた10人の同士である。

 今は8人だけど。

 

 

「さ、サーヴァントの連続召喚……か。く、くくく……何のことはない、その程度の能力は10年前の聖杯戦争のサーヴァントにもおったわ」

 

 絞り出すような臓硯のセリフ。

 しかし強がりな言葉と裏腹に、その語調には一切の力がない。

 自分を鼓舞しようとして失敗したのが目に見える。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……一度発動したら私の方は楽になるのね。まぁ武道が召喚してるんだから当然なのかしら?」

「遠坂、もう宝石はいいのか?」

「ちょっと頂戴。消化できるギリギリまで補充しておきたいし」

「遠坂の魔術師も大変ね」

 

 凄まじい、それこそ武道に引けを取らぬ存在に囲まれたことで凛ちゃんたちはかなり余裕ムードが生まれる。

 この連中の守りを突破して凛ちゃんたちを害せる魔術師はおそらく未来永劫現れまい。

 つまり、今この瞬間において凛ちゃんの周りはこの宇宙において最も安全なポイントの一つと言える。

 しかし。

 

「でも、それでどうやってゾウケンを殺すのかしら? 一匹一匹しらみつぶし?」

 

 と、イリヤ。

 その疑問も当然のもの。

 臓硯との戦いに武道が介入するのは良いとして、小さくて沢山いる臓硯の蟲たちは武道にとって驚異でこそないが、逆に向こうを滅ぼすのはそれはそれで難しそうなのだから。

 

 だがその心配は完璧始祖という存在を知らないからこそ、である。

 彼らに不可能はない。

 

「グロロロー。その心配はない……ガンマン!」

「シャババ! 私ほどの超人を呼び出す場としてこんな場所は相応しくないが……やる事はやってやろう! 真眼(サイクロプス)!」

 

 武道に引けを取らぬ程に巨大な単眼の巨人。

 まるで岩の如きゴツゴツした肌と二本の巨大な角が特徴的な彼が前に出て目を光らせると……間桐臓硯にとって、あってはならぬ事が起こる。

 

「うぎゃー!」

「っ!」

 

 なんとも聞き汚い悲鳴。

 それは先程までの臓硯の声のように「周囲のどこか」から聞こえたのではなく、はっきりと場所が特定できる所から聞こえた。

 そう、桜のいる場所から、だ。

 いや、もっと性格に言うと桜の体内から。

 

 蟲により口を塞がれた桜は声も出せないが、口の端から血が垂れ落ちる。

 そしてその胸からは肉をかき分け、一匹の醜い虫が這いずり出てきたではないか。

 

「ぎ、ぎ、ぎ……い、一体何が……!?」

「ジャババ! 私の真眼はあらゆる嘘を否定する! 偽りの姿で身をまとおうと、たとえどこに隠れようと見つけ出され真実の姿をさらけ出すことになるのだ~!」

「グロロー。そういう事だ」

 

 なるほど、と思う凛ちゃん。

 それと同時に「一人だけ呼べば魔力の消費も少なかったんじゃないの?」と思ってちょっと頭にきたが、それより重要なことがあるので今はそっちが大事だ。

 

「さ、桜が!」

「おい遠坂! ……と、武道! 桜はどうなってるんだよ!?」

「どうやらあの娘……サクラ? の心臓に間桐臓硯の本体が潜んでいたみたいね。間桐臓硯が今まで余裕だったのも頷ける話だわ。凛がサクラを助けたい、と思ってる限りその心臓に住んでる臓硯の安全は保証されたも当然だもの。だけど武道の前には無力だったみたいね。ガンマンの能力があるから。……とはいえ、いくら異物とは言え心臓の一部が外に漏れ出したら……あの子、死ぬんじゃない?」

 

 凛ちゃんと衛宮くんは焦るが、他人のイリヤは冷静に事態の推移を見守れる。

 しかしこれでは凛ちゃん怒りそうだが武道は一体どうするつもりか?

 勝利のために犠牲を生むのが完璧と言えるのか?

 

「グロロー。慌てるでない……まぁ人間のお前たちでは慌てるのも無理はないか。ではまずそちらから処置しようではないか~」

 

 武道は臓硯を殺すつもりだったが、今や力を失い床でビチビチ跳ねながら苦悶の声を絞り出すだけの臓硯など誰でも殺せるので後回しでも問題はない。

 だから武道は桜ちゃんに向けて指をさし、ビババと光線を放つ。

 毎度おなじみ、零の悲劇だ。

 

「武道!?」

「な、なにを!?」

 

 これに驚く凛ちゃんと衛宮くん。

 なっ! 何をするだァーッ! 許さんッ! と。

 

「グロロー。焦るでない。あの娘は元は人間でありながら別のものへと変質されていたのは一目見た時から分かっていたことよ。きさまら魔術師とも違う方向性……あの娘は魔術師ではなく魔術回路として体を作られていたらしい。その上で、心臓を聖杯とされていたようなので、もはや生物的に見て人間と別種になりつつあった。ゆえに私が人間に戻してやろうと言うのではないか~」

 

 意外と見る目のある武道。

 彼はガンマンの真眼を使うまでもなく、桜ちゃんが魔術師ですらないいびつな存在であることに気付いていたのだ。

 

 桜ちゃんの心臓が聖杯? その情報にはさすがのイリヤも驚くが、当然人の驚きの感情なんて気にしないのが超人クオリティ。

 

「ニャガニャガ」

 

 そして、武道の呼び出したオリジン(まだ居た)の一人、白い法衣のようなものに身を包みながらもパンパンに筋肉が詰まった腕や胸板を見れば凄まじく強そうな男が腕をかざすと蟲に囲まれていた桜ちゃんを引き寄せるではないか。

 

「マグネットパワーですよニャガニャガ。閻魔サンはあれで大雑把な所がありますからねぇ。人間に戻してあげるのはいいとしても蟲に囲まれた状態ではかわいそうなので引き寄せてあげたのです。後の介抱はあなた方人間にお任せしますよニャガニャガ」

 

 そうして凛ちゃんたちの手元にやってきた桜ちゃん。

 触ったらバチッと静電気が発生したが時間が経てば収まるらしいと言われればそれを信じるしかあるまい。

 あとはただ、桜ちゃんが人間へと戻るのを待つだけ……なのだが、ここで再び問題発生である。

 

 たしかに武道の零の悲劇により桜ちゃんは人間へと戻った……が、またしても武道はやってしまった。

 

「さ、桜? 桜なの……か?」

「ていうか」

「縮んだわねー」

 

 桜ちゃん、子供になってしまった。

 

「グロロー。またもや力加減を間違えてしまったではないか~」

 

 そしてまったく悪びれない武道であった。



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14話

 武道の零の悲劇で子供になってしまった桜ちゃん。

 その事に対して武道は一体どう言い訳するのか?

 

「グロロー。子供の頃から人生をやり直せるのであればむしろ良い事ではないか~。こんな家で過ごした記憶など百害あって一利なしよ」

 

 全く悪いと思っていなかったようだ。

 むしろ良い事したぜ、とでも思っていそうである。

 

「しかし、彼の言うことも尤もかと。サクラには……この家での記憶などない方がきっといい」

「グロロー。こやつもこう言っているではないか~」

「ぐぬぬ」

 

 正直、文句の一つも言ってやりたい。

 しかし、しかし。

 武道の言うことは確かなのだ。

 

 凛ちゃんとて、妹が送られた家がこんな腐臭に満ちたゴミ溜めに劣る下劣な環境だったなんて、という思いがある。

 そんな事も知らずに生きてきたことを申し訳なくさえ思う。

 たしかに桜が「間桐桜」として積み上げてきた人生、出会いは……全くの無価値ではないのかもしれない。

 しかしそれは間桐家という呪われた家での生活の上に積み重ねられたもの。

 受けなくていい苦痛を理不尽に受け続けてきた記憶に拘泥してまで、これからの桜ちゃんの人生を否定していいものか? と思う。

 今までの経験がなくなってしまったのなら、これからより良い経験を積ませて桜ちゃんに新しい人生を歩ませてあげるべきではないのだろうか。

 

 凛ちゃんは無理やりそう思って納得することにした。

 

「桜はまだ意識はないみたいだけど……無事、なんだよな?」

「ええ、そうみたいね。ところで衛宮くん、いくら子供だからっていつまで桜を裸にしてるつもり?」

 

 責任とってあげるのかしら? と軽口混じりの凛ちゃん。

 

「いや、責任っておま……っ」

 

 言われた衛宮くんは顔を真っ赤にして大慌てで自分の上着を脱いで桜ちゃんに被せる。

 ちなみに彼の顔が赤いのはロリコンだからではない。武道の零の悲劇を受ける前なら衛宮くんはロボット状態で、自分に向けられた好意もよくわかってない部分もあったが、今の彼は完偽……むしろ完玉の魔術師としての技術こそ身につけたが、性格は「普通の高校生」になってしまっている。

 だから、ふと思い返せば「あいつってひょっとして俺に気があるんじゃないか?」という思春期の男の子なら誰しも思う勘違いも身に付けてしまったのだ。

 だから「桜って俺のこと好きだったんじゃね?」と思う感情が有り、桜だったら悪くないかなー、なんて思いから「俺が守ってやらねば!」という悪魔の方程式が発動してしまっていたのだ。男にとってこれは回避不能な一種の呪いである。

 そんなわけで、桜ちゃんを意識してしまっているのだ。今は子供になっているのでちょっと残念、な部分もあるけれど。でも成長すれば巨乳になるわけだしツバ付けておくのも悪くないかも……と思ってないといえば嘘になる。

 

「ところで士郎はいつまでその貧相な体を晒しているのかしら?」

 

 何ともかんとも、などとキモい葛藤をしている衛宮くんに冷たいイリヤのツッコミ。

 別に衛宮くんは同年代男子と比べて貧相な体はしていないのだけど……

 

「ぐぬっ」

 

 この場では正直、深く強く突き刺さる言葉だ。

 なにしろ武道を筆頭に、武道の呼び出した完璧始祖の連中がいるこの場では、衛宮くんの体はマッチ棒のように頼りなく見える。

 みんな筋肉パンパンだもの。

 

「だからって桜を裸にしてたら問題だろ」

「そうね、でもここは間桐家なんだから、間桐くんの服もあるでしょ。体格にそれほど差はないから着れないこともないと思うんだけど」

 

 衛宮くんが上半身裸であることの言い訳をすれば、凛ちゃんの正論。

 臓硯相手に頭にキてた事はあったが、桜ちゃんの問題もひとまず解決したとあって心は軽くなっているのか、表情は柔らかい。

 

「慎二の服……って言っても今となってはイメージが悪く感じるなぁ。ま、いいか。適当に漁ってくるよ」

「シロウ。でしたらサクラも連れて行ってください。今は意識がないとは言え、サクラをこの場に置いておくのは好ましく思えません。これから行われることを考えても」

「ん……わかった。あんたは、良いのか?」

「私もすぐ向かいます。用事が終われば」

 

 いつまでも上半身裸で女の前をうろちょろするな、と言われた衛宮くんはとりあえず地下室を去るのであった。意識の戻っていない桜ちゃんを伴って。

 

 

 そうして、桜ちゃんと衛宮くんが去ったのを確認して、再び向き直る。

 彼女たちの視線が向けられるのは、力なくビチビチはねる間桐臓硯と、その隣で尻餅ついて震えているワカメ少年こと間桐慎二。

 

「おっ、おっ、おまっ……おまえっ!」

 

 そのワカメ少年、ついに口を開いた。

 彼の糾弾する相手は凛ちゃんではない。

 イリヤでもない。

 当然、武道ではない、怖いから無理だ。

 完璧始祖たちも同じ理由で怒鳴りつけるのは不可能。

 

 ワカメ少年が怒鳴る相手、それは。

 

「なんですか? シンジ」

「おまえ! ライダー! 死んだんじゃないのかよ!」

 

 背の高い、紫っぽいストレートロングヘアの女性、ライダーである。

 しかし、その姿はワカメ少年の知るものとは違う。

 

 たしかにライダーは美人ではあったのだけど、常に分厚いアイマスクで目を隠していたし、来ている服も黒いレザーのボンテージ風の服であった。

 今は白い清楚な感じのする服である。スカートも長い。

 そして、魔術の素質が一切ないワカメ少年でも本能で気付くほどの差異がある。

 サーヴァント、ライダーとしてその場にいた頃には、確かに人間離れした気配を放つ美人だが、その気配の正体はどちらかというと負の印象をまとうものだった。

 しかし、今の彼女からは負の気配はせず、逆にいるだけで空気が正常になるかのような、そんな神聖な気配を放っているではないか。

 

 死んだはずのライダーが生きていて、こんな印象が変わるなんて……何があったのか? 裏切って属性が裏返ったりしたというのか?

 

「シンジ、私はライダーではありません」

「はぁ!?」

 

 ライダーは説明する義理などないと思いながらも、一応訂正はしておきたいと思って、真実を口にする。

 

「私はすでにサーヴァントではなくなったのです」

「な、なにを言って……」

「はい、イリヤ解説」

「なんで私が……まぁ良いわ。ゴホン! では解説するわね。ライダーは偽臣の書を使ってたワカメの支配が切れてサーヴァントの力を取り戻したあと、武道に挑みかかったけど手も足も出ずにやられたのよ。でもマスターのためという理由で根性で立ち上がるライダーに対し、武道は恩赦を与えた。ご存知、零の悲劇よ。バーサーカーは人間になったけど再びサーヴァントへと戻った。キャスターは人間になった、そしてライダーは……真名がメドゥーサ、という事からもわかる通り、一時は怪物になったのだけど、怪獣と戦うのは超人の役目と武道が巨大化して一発殴ってそれでKOされたわ。その後ふたたび零の悲劇をかけると、メドゥーサの本来の姿……そう、神々に呪いをかけられる前の、美しい女神の状態になったのね。でも武道がまたまたウッカリ、力を入れすぎたみたいで女神になったというより女神の性質も持った人間、になったわけよ。だから今の彼女は人間。まぁ神代の時代の存在だけに、現代の魔術師とは存在の桁が違うんだけど……それでも人間なのね。だから前回、間桐臓硯は私たちの気配をサーヴァント1、人間4とカウントしちゃってたのよ。彼女……あえてライダーと言わせてもらうけど、ライダーが消滅したものとしてまさか一緒にやって来たとは考えなかったみたいね。ちなみに前回にライダーが出てこなかったのは、武道が負ける事こそないけど、臓硯が何らかの悪あがきをした時に伏兵として不意打ちするためだったのよ。杞憂に終わっちゃったけど。解説終わり」

 

 と言う訳です。と、イリヤの解説に言葉を添えるメドゥーサ。

 

 しかし残念、ワカメ少年にそんな説明を理解することはできなかった。

 

「訳わかんないことを言ってんじゃない! お前っ! 生きてたんならそいつらを倒せよ! 僕を守れよ!」

 

 と、怒鳴りつける。

 それに対し、彼女はまってましたと言わんがばかりの心境でニヤリと頬を歪めサディスティックに嗤う。

 

「守れ? おかしいですね。私がサーヴァントでああったとしても……私が守るべきはマスターですが?」

「ぼ、僕だってマスター」

「いいえ? シンジ、あなたは偽臣の書を持っていましたが、マスターではありませんよ? 私もあなたをマスターと呼んだことは一度もなかったのに気付きませんでしたか?」

 

 メドゥーサはこの一言をすごく言いたかったのかもしれない。

 すごく良い笑顔でワカメ少年に残酷な事実を叩きつける。

 

 もし彼女がサーヴァントのままであれば、反英霊という立場に対する後ろめたさや劣等感などからも、事実であろうとあまり他人を傷つける言葉は吐かなかっただろうけど、今や彼女はまっとうな人間である。神の呪いすら無くなった彼女を縛るものはもはやない。

 超ノリノリのイケイケである。ちょっとセンスが古いが古代の人だから古くてもいいのだ。

 

「とてもスッキリしました」

 

 ふー、と一息し爽やかな顔でかいてもいない額の汗を拭う仕草をするメドゥーサ。

 その姿にサーヴァント・ライダーであった頃のどこか夜を思わせるイメージはなく、真昼のお日様を思わせるほどの爽やかな姿だった。

 

 正直、凛ちゃんはちょっと引いているが、もっとひどいサーヴァントのマスターをやってるので今更だと気を引き締める。

 

「さて……私は冬木の街を管理する遠坂の魔術師として……私のシマを荒らす悪徳魔術師にヤキを入れないとだめなんだけど……間桐くんは、なんだったかしら?」

「うう……僕は……僕は……」

「聖杯戦争のマスター? 間桐の魔術師? それとも事件に巻き込まれた無力な一般人? あなたは一体なにものかしら?」

 

 ニヤニヤ笑いながらワカメ少年を追い詰める凛ちゃん。

 実は前回と今回の間、幕間において、恐怖で気絶したワカメ少年に暗示をかけ彼の生い立ちや何を思って今まで生きてきたのかの尋問を済ませていた。

 最初は問答無用で殺すつもりだった凛ちゃんだが、衛宮くんが一応理由だけでも……と待ったをかけたのだ。

 聞いてやる必要は感じなかったが、衛宮くんの投影魔術は想像したより便利なので、これからの人生で言うことを聞かせるための貸しとして、ちょっとくらい衛宮くんの言うことを聞いてやってもいいか、と考えた。

 

 その結果わかったのが、ワカメ少年の魔術に対する劣等感など、である。

 そしてワカメ少年が魔術師として見れば果てしなく無力なこともわかったので、凛ちゃんなりの恩情をかけ……ワカメ少年には圧力をかけ、自分の口で「僕は魔術師じゃないでちゅ」と言わせてやる事で決着、としてあげようと思った。

 彼に自分の口でそのことを認めさせるのは、それなりの精神的苦痛にはなるだろう。

 桜ちゃんが受けた痛み苦しみの何億分の1にもならないけれど、それでも人の苦しみを知ればいいのだ、と凛ちゃんは思ったのである。

 

 

 そして間桐臓硯の方はといえば。

 

「ギラギラ」

 

 武道が呼び出した完璧始祖が一人、シングマンがドバドバと部屋中に謎の液体をぶっかけている。

 この液体は速乾性のコンクリート、コンプリートコンクリート。

 これで間桐臓硯の使い魔の蟲たちを固めて圧死させるのだ。

 面倒な一手間であるが、細かく小さくたくさんいる間桐臓硯の蟲どもを、わざわざバカ正直に戦ってやる必要などないのだから、こんな処理の仕方で十分であろう。

 いや、本来なら間桐臓硯の本体が死んでしまえばやがて力を失い死滅するのだが。

 せいぜいが汚く臭いものに蓋をする精神、といったところか。

 

「次は私だな。ゴバッゴバッ。石に囲まれた部屋というのは殺風景すぎていかん」

 

 ダメ押しとばかりに完璧始祖が一人、ミラージュマンが間桐家地下の蟲倉に幻術をかけ、幻想的な風景を作り上げてしまう。

 

「この幻影は私が死んでも消えることはない。破壊されない限りはな」

 

 ちなみに破壊しようと思えば1500万パワーくらいの超人が氷のダンベルによる一撃を打ち付けるくらいしないとダメだろう。

 ミラージュマンが生きて張り続ければガンマンの真眼でさえ破ることのできない幻影は人間の魔術師では幻影であると気づくことすらできまい。

 

「や、やめて……やめてくれぇ……助けて……くれぇ」

 

 部屋をコンクリートで圧迫されるわ謎の幻影で上書きされるわと、今までの人生を否定された臓硯は悲鳴を上げる。

 一寸の蟲にも五分の魂斗でも言うつもりか。

 

 そんな間桐臓硯の前に立つのは、完璧始祖が一人ジャスティスマン。

 彼はその手に持った天秤の秤に臓硯が人間の姿の時に手に持っていた木の杖の残骸を乗せる。凛ちゃんの魔術でぶっ飛ばされたが欠片くらいは残っていたのだ。

 そして秤の反対に自分のコスチュームの腹の部分の菱形を乗せる。

 

「この天秤が貴様の罪を計る……ギルティ? オア、ノットギルティ?」

 

 ギルティだった。

 

「ひぃー!?」

 

 何がなんだかわからないが、自分が確実に殺される運命を悟ってしまった臓硯の悲鳴が上がる。

 しかし誰も彼を助けようとはしない。

 そして。

 

「モガッモガッ! たかが虫けら一匹にまどろっこしいんだよ!」

 

 そう言って、完璧始祖の一人、アビスマンがなんの情緒もなく臓硯を踏み潰してしまった。

 

「テハハ、せっかくジャスティスが罪を暴こうとしたのに無駄な労力になってしまったな!」

「モガッモガッ! 違いねぇ!」

 

 何百年も生き、彼なりに生にしがみつく理由もあったはずの間桐臓硯だが、彼は誰にも顧みられることなく、あっけなく踏み潰されるという形で人生に幕を下ろしてしまった。

 

 彼の死で何が起こったかといえば、せいぜいがペインマンが一回笑うネタを提供した程度である。

 

「カラカラ、なんとも無情なものよ。まぁあんな虫けらでは私のペット、ネバーとモアの餌にもならんのでアレが妥当な落としどころであろうなぁ」

 

 完璧始祖が一人、カラスマンにとっては臓硯の生死なんてどうでも良いらしい。そりゃそうだ。

 

 

 

「グロロー。終わったようだな」

「ええ、これで聖杯戦争、全ての敵を倒したわ」

 

 激しい戦いだった。

 凛ちゃんは闘いの日々を思い出す……武道を呼んで次の日、学校に実体化したまま付いてきてたせいで先生に怒られたのはきつかった。

 そしてランサーとの戦い。武道が勝った。

 武道のせいで完偽の魔術師になった衛宮くんとの戦い。凛ちゃんが勝った。

 衛宮くんに召喚させたセイバー。自害させて労せず倒した。

 イリヤとともに襲ってきたバーサーカー。武道が倒した。

 その後に襲ってきたギルガメッシュ……おそらくアーチャーのサーヴァント。武道が倒した。

 柳洞寺で戦うことになったアサシン。武道が倒した。

 アサシンのマスターでもあるキャスター。武道が倒した。

 6人倒して終わったと思ったらまだ居た謎のサーヴァントライダー。武道が倒した。

 

「……思い返せば楽勝だったわね」

 

 武道が圧倒的すぎるのが悪いのだけど、まさか一夜でサーヴァントと7戦して全勝するとは思いもしなかった。

 聖杯戦争なんていうくらいだからもっと激しく互角の戦いと思っていたのだが、終始圧倒していたなぁというのが凛ちゃんの感想である。

 

「ともあれ、これで聖杯戦争は終わったのね」

「そうね、遠坂凛。御三家のひとつ、アインツベルンの魔術師であり、聖杯でもある私が認めます。あなたは此度の聖杯戦争において完璧なる勝利者。これからは完勝の魔術師とでも名乗りなさい」

「いや、私は完璧超人じゃないのだけど」

 

 色々あったが戦いは終わった。

 この時、凛ちゃんもイリヤもそう思っていた。

 

 確かに、此度の聖杯戦争におけるサーヴァント同士の戦いは終わった。

 

 だが……本当の戦いはこれからだという事を、凛ちゃんとイリヤはまだ、知らない。



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15話

「で、凛は聖杯に何を願うのかしら?」

 

 ワカメ少年をいびり倒し間桐臓硯も死んで、桜ちゃんの身柄はこれからどうしたものか……と、思いながらも戦いは終わったし撤収しようというムードが漂っていたその時、イリヤは凛ちゃんに問いかける。

 

「なによ薮から棒に……ていうかあんた大丈夫? 顔色悪いわよ」

 

 イリヤなりに気丈に振舞っているつもりだろうけど、どうにも顔色が悪く見えた凛ちゃんはそっちの方を気にしてしまう。

 

「顔色が悪いのは仕方ないことなの……私は聖杯だからね」

「はぁ? そういや何度かそんな事言ってたっけ。心臓が聖杯とか。意味わかんね」

「……遠坂はそんなことも伝えてないんだ……ふっ、無知なものが完全無欠の勝者になる、っていうのはなんとも皮肉な話だわ。アインツベルンもマキリも……それにきっと先代の遠坂も、外様の魔術師の知らない情報を知り、自分たちに有利なルールを組み立てる事で勝利を目指していたというのに……ね」

 

 あまりにモノを知らない凛ちゃんに対し、イリヤはどこか遠いものを見るような目になってしまう。

 

 冬木の聖杯戦争。その表向きのルールは「七騎のサーヴァントで戦いあい、最後に残った勝者が聖杯を使い願いを叶える」であるが、これは真実ではない。

 

 サーヴァント六騎分の魂、魔力が貯められた聖杯でも「この世界の内側」で叶えたい願いというものなら叶えることは不可能ではない。外様のマスターやサーヴァントが聖杯戦争に勝利した場合は、その六騎分の魂がくべられた聖杯で自分の願いを叶える事ができる。基本的に彼らの欲する聖杯とは、それのことを言う。

 

 対して御三家の最初の望みは根源への到達。この世界からの脱却、と言い換えてもいい。

 しかし世界の「内側」ではなく「外側」への干渉を望むのであれば、サーヴァント六騎でも足りない。

 サーヴァント七騎分の魂を使い、聖杯の力をフルに使いようやく世界に孔を穿つ事ができるようになる。そして世界の外側へ、根源へと至る道が開かれるのだが……そのことを、外様のマスターやサーヴァント自身は知らない。

 ゆえに本来「サーヴァント七騎の魂が入った聖杯」を欲するのなら、他の六騎を倒した後に、マスターが己の令呪を使いサーヴァントを自害させる必要がある。

 

 だけど此度の聖杯戦争において……なぜか参加サーヴァントが八騎いたがゆえ、今、聖杯にはサーヴァント七騎分の魂が充填されている。

 そう、サーヴァントが一騎残った今の時点ですら御三家……アインツベルンの悲願は叶えられそうなのだ。

 もっとも、正当な手段で勝者となった凛を相手に、横から宝を盗むような恥知らずな真似をイリヤはしないけれど。

 が、凛ちゃんが聖杯戦争の真の勝者となり、聖杯の真の使い方をするというのであれば……ひょっとしたら、アインツベルンの1000年とやらも多少は報われた形になるかもしれない。

 そうしんみりと思う情緒もあった。

 

「そんな感じで聖杯を使えば全魔術師の夢、根源へと到れるって寸法なのよ。それを知った凛はどうするの?」

 

 そんなイリヤに対する凛ちゃんの答えやいかに!?

 

「別に聖杯に望む願いなんてないわよ? 自分の力で叶えてこそでしょ、願いなんて」

 

 シンプルだった。

 

「お父さんが遠坂の悲願だから~、って言ってたから聖杯は手に入れたかったのよ。だから聖杯はもらうけど、聖杯の使い道には興味ないわ」

「ええ~……」

 

 これにはイリヤもドン引きである。

 

「そ、そう来たか~……じゃあ、武道は? 武道の願いは何?」

「グロロー。凛にも言ったことだが……私に聖杯に託す望みなどない! ないのだ~! 完璧超人たる我々は望みがあるなら己の力で手に入れるべきなのだ~! だというのに他人の願いを叶えるなどという驕る聖杯があるというのが私には気に食わん! だからこそ、聖杯なんぞというものは完膚なきまでに破壊し二度とこの地で聖杯戦争などできぬようにしてくれるわ~!」

「ア、ハイ」

 

 武道の答えはもっと酷いものだった。

 きっとアハト翁が聞いたら卒倒して死ぬんじゃないだろうか。

 

 とはいえ。

 

「聖杯を壊すって事は……私を殺すって事かしら」

「グロロー。たかが人間一人など相手にするか。そもそも貴様を殺したとて次の聖杯戦争が始まるだけではないか~」

 

 そうである。

 冬木の聖杯戦争とは、5~60年にわたって霊地に貯められた魔力によって行われるのだから、ここでイリヤを殺したところでなんともならないのだ。

 ではどうするというのか?

 

「いくぞ!」

「どこに?」

「大聖杯の元へだ! グロロー!」

 

 言うが早いか、武道はシュバッと飛び立ちガトリングガンの弾丸となる。

 そしていつも通り。

 

「あっ! また!」

「ちょっ、俺もう帰りたいんだけど?」

「シロウ。サクラを手放して落としたら許しませんよ?」

「今回は人口密度高いわね」

「ゴバッゴバッ!」

「モガッモガッ!」

「テハハハ!」

「ハワー」

「ジャババ!」

「ギラギラ!」

「カラカラ!」

「ニャガニャガ」

「グロロー! 発射ー!」

 

 その場にいた全員まとめて発射するのだった。

 

 その先に一体何が待ち受けることになるというのか……?




イリヤはたぶんサーヴァント七騎が入っても、ZEROのアイリスフィールほど不調になることはないかと思いますが
今回の聖杯戦争ではヘラクレスとかギルガメッシュという規格外のサーヴァント込みの七騎だったので、ちょっときつかった……と、いう事にしてます

武道が入ってたら一騎でパンパンになってたのかどうかはわかりませんが


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16話

「うわー!」

 

 武道の超人発射ガトリングガンからの射出。

 毎度毎度突然すぎて困るのだが……今回の衛宮くんは子供になってしまった桜ちゃんを抱き抱えている。

 いつもみたいに犬神家になるわけには行かない。

 

 だから何とか着地前に宝石を投影し爆発させ、墜落前にふわりと浮いてガッチリ着地に成功! した。

 魔術師なら流体操作とかで優雅に着地しなよ……と言うかもしれないが衛宮くんなんだからこれでも褒めてあげていいくらいだろう。

 

「やるじゃない士郎。さすがにひとりの時みたいに変な落下はできないものね」

「まあな」

 

 ちゃっかりと着地してたイリヤも、一応は衛宮くんの着地を褒める。

 まいど犬神家になった衛宮くんを掘り起こすの面倒だったのだから、その手間が省けてご機嫌である。

 

 とはいえ、と辺りを見渡す衛宮くんとイリヤ。

 地面は剥き出しの岩がゴツゴツ、空気はなんだか淀んでいるような気がしてギスギス、漂う魔力は人の不快感を逆撫でするような悪意に満ちたものがブリブリ。

 そんな空間だった。

 

「ここはどこだ?」

「うーん……多分だけど……」

「円蔵山内部の洞窟、龍洞と呼ばれている場所だ。もっとも、聖杯戦争参加者にはこう言ったほうが確実だろうがな。ここが、冬木の聖杯戦争の根幹を成す場所。大聖杯だ」

 

 ここはどこだ? と思っている衛宮くんにイリヤが答えるより早く、低く渋い声からの返答が。

 一体何もの、と振り向く衛宮くん及びイリヤ。

 その視線の先には聖杯戦争の監督役、言峰綺礼が立っていた。

 

 

「あんた……たしか言峰さん? だったよな。なんであんたがここにいるんだ? あんたの言ってることが確かとすると……教会から随分離れた場所だと思うんだけど」

 

 どこか不穏な気配を発する言峰だが、それだけで無視するのもあんまりだし……何か知っているのなら聞いておくのも手か、と思った衛宮くんは言峰に尋ねた。

 一方のイリヤはかなり真面目な顔をして警戒しているようだ。

 

「ふっ。大した理由ではない。聖杯戦争の監督役として、教会には霊器盤なるものが預けられる事になっている。冬木の聖杯戦争において聖杯の招いた英霊の数と属性を表示する機能のある道具だが……これにより、監督役はサーヴァント七騎が揃った事を知り、聖杯戦争の開始を宣言できるわけだ」

 

 聞かれたことに答えるのが義務である、とでも言うかのように答える言峰。

 その態度、声音から彼の言葉に嘘は感じられないため、そうなのか、とも思うが今の返事は衛宮くんの質問の答えとしては正解ではない。

 

「え、と……サーヴァントの数や属性がわかるのは良いとして、なんであんたがここに居るのかってのがわからないんだけど?」

「答えを急ぐものではない。だがまぁ難しいことでもないのだ。その霊器盤なるものは、残存するサーヴァントの数を表してくれるのだがね。此度の聖杯戦争はおそらくかつてない速度でサーヴァントが消費されたのだろう。私が教会で確認した時点で残り4騎にまでなっていたのだからな」

 

 相変わらず質問に答えているようで、大事な部分をはぐらかすような態度の言峰。

 若干イラッとする衛宮くんだが、本能的な勘、とでも言うべきか。

 あまりここで早急に答えを求めてはいけないのでは? と思う気持ちも浮かんできた。

 それほどに、この空間の空気は異様であり、言峰の気配は何らかの負のイメージを湧き立ててくるのだ。

 

「お前に聖杯戦争の基本的なルールを語ったのはつい先ほどのことだ。知っているだろう? サーヴァントが最後の一騎となるまで聖杯戦争が終わらないことを」

「ああ……まあ、な」

「だが考えてもみろ。サーヴァントの魂が捧げられた聖杯、その聖杯は「どこで」使うのか? という事を」

「場所? そんなの関係あるのか?」

「ある。魔術の儀式といものは大掛かりになればなるほど、場所……土地の力もその成果に作用されるのだからな。そして、この冬木の地でもっとも土地の持つ霊力が強い場所が、ここなのだ」

 

 言峰はそう言って、視線を衛宮くんからイリヤへと動かす。

 

「ところでお前はアインツベルンの……マスターか? それとも聖杯、と言うべきかな?」

「元はマスターの一人よ。今はバーサーカーが敗退したから、聖杯の役目を全うするつもりでいるけれど」

 

 イリヤの返事になるほど、と一人頷き、再び言峰は衛宮くんの方を向き口を開く。

 

「衛宮士郎。お前はこの娘が聖杯、という事は知っているかね?」

「言葉の意味はよくわからないけどそういう話は何度も聞いたな。心臓に魔力を溜め込むとかなんとか」

「うむ、それだけわかっていれば重畳。そしてお前や凛の知る表向きの聖杯戦争ではその聖杯を求めて行われるものだが、聖杯戦争の求める真の聖杯はそれではない、ということは知っているか?」

 

 ニヤリと笑いながら言う言峰。

 言葉に感情を乗せているように思えない抑揚のない声でありながら、どことなく喜悦を孕んでいるかのようだ。

 

「本来の……遠坂、アインツベルン、間桐の御三家が求めた聖杯の役割は、根源への到達。この世界からの逸脱……そのためには、世界に根源への出入り口となる孔を開き、その孔を安定させるわけだが……概要だけを言うならば、七騎のサーヴァントの魂が詰まった小聖杯は鍵であり、その鍵を持って大聖杯という扉の向こうにに何十年と蓄積された魔力を使うための入口を開けるわけだな」

 

 何が楽しいのか、説明しながら言峰の笑はさらに深くなる。

 

「しかしだ。それは大聖杯が「無色の力」であった時にこそ可能となる。だがこの空間を埋め尽くす魔力はどうだ?」

 

 この空間……彼の言葉を借りるなら大聖杯を誇示するように、両手を開く言峰。

 その姿は、言葉を聞かずさらに場所がここでなければ、まるで徳のある祝言を説く聖者のように見えたかもしれない。

 

 だけど、この場所が、彼の示すものが、さらにそれらすべての背景を飲み込んでいる言峰綺礼の姿は、まさに不吉の象徴の様を成している。

 

「衛宮士郎。そしてアインツベルンの娘よ。お前たちも感じるだろう? この大聖杯の奥にある意識を」

 

 言われなくとも、イリヤは気付いていた。

 衛宮くんの方もイリヤほどではないが、嫌でも気付く。

 魔術の素養のない一般人でもここに来れば不吉な気配を感じるであろうほどの、凝縮された負の意識に。

 

「聖杯が本来の機能のなままであれば、根源への到達を目的としない場合でも、聖杯の使われ方というのは「有り余る無色の力」を願いに沿った形で再現させる装置となる。だが……この聖杯はもはや無色ではない。「目的と方向性を持った力」として存在している。さて、そんな悪に凝り固まった意識。そんなものを相手に願いを求めればどうなると思う?」

 

 ニヤリ。

 そんな音がしそうなくらいのいい笑顔で言峰は言う。

 

「ありとあらゆる願いは悪意を持って叶えられる。仮に世界一足が速くなりたい、と願うものが聖杯を使えばどうなるか? 世界中の人間を一掃しその者以外が死に絶えるであろうよ。そうすればその者は世界一の俊足だ。世界一頭が良くなりたい、そう願えば同じようにその者以外が死に絶え、最後に残ったそいつが世界一の知能の持ち主となろう」

 

 そこで一度言葉を切った言峰は、意味深な目線を衛宮くんに向け、さらに続ける。

 

「そして……世界平和、などというくだらないものを願えばどうなるか? 人類の争いを止めたいと願えば? くくく、かつて聖杯はその願いに対しこう答えていたよ「衛宮切嗣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの三人を残して人類が死滅すれば争いは起こりえない」とな」

「え? 親父?」

「キリツグ?」

 

 突然、自分たちにとって因縁浅からぬ名前が言峰の口から出たことに驚く衛宮くんとイリヤ。

 すぐに衛宮くんは「言峰は親父のライバルとかそんなことを言っていたか?」と思い出し、その関係なのかと一応の答えにたどり着くが、言峰の言葉はまだまだ止まらない。

 

「本来は無色のはずの聖杯がなぜこうなったのか? 原因は第三次聖杯戦争まで遡ることになるが、そこでとある陣営がこの世全ての悪の名を冠する最悪のサーヴァントを召喚してしまったようでね。イレギュラーな手段で召喚されたそのサーヴァントはその異質さがゆえに、聖杯を汚染してしまったらしい。結果、以降の聖杯戦争において聖杯の望みの叶え方は「無色」ではなく「悪意」に染まった方向性に固定されることとなった。言うなれば、もはや聖杯への願いの届け出は済んだ状態、とも言えるな。もっとも、そんな事はその時点では誰も知らないことだ。だから第四次聖杯戦争では第三次にてこの世全ての悪を召喚した陣営も、過去のことなど忘れて聖杯戦争に普通に参加していたよ。その陣営は」

 

 言峰はイリヤに視線を向けた。

 イリヤは言峰の言葉、そしてその視線である事を悟ってしまう。

 

「アインツベルン。第四次聖杯戦争においては衛宮切嗣をマスターとして聖杯戦争での必勝を狙っていた者達だ」

 

 

 イリヤは過去の歴史を聞いたことがある。

 それはアインツベルン側から見た一方的で自分勝手な屈辱と失敗の歴史ではあるが、主観の混じらない記録というものも存在していた。

 第三次聖杯戦争で「この世全ての悪」という名を背負うアヴェンジャーというサーヴァントを召喚したが、役立たずのゴミであったがために初戦で敗退したこと。

 第四次聖杯戦争で、必勝を願い、誇りを捨ててまで外部の血を招き入れ勝負に臨んだというのに、勝利寸前で裏切り聖杯を破壊した衛宮切嗣のこと。

 

 今までは、第三次聖杯戦争の記録はただの老人の過去の恥であり、第四次聖杯戦争の記録は切嗣の裏切りに対する恨み言であったのだが……今、言峰の語った言葉を踏まえて考えればどうか?

 

 

 切嗣は最初から聖杯をアインツベルンの望む使い方で発動する意志は無かった。

 これはひどい裏切りである。契約を最初から履行する気がなかったということなのだから。

 

 だけどイリヤは「アインツベルンに対する裏切り」が許せなかったのではない。

 イリヤが切嗣を許せなかったのは……自分の「父親」でありながら自分を捨てた、その事に対する恨みなのだから。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女は衛宮切嗣の実の娘である。

 魔術師としての契約だとか、そういう難しい話を知る前の子供の頃のイリヤにとっては、父親の切嗣と母親のアイリスフィールが世界の全てだった。

 だけど、その世界は自分を捨てて逃げ出した、そう聞かされた。

 嘘だと否定したくとも、それを真実だと信じる要素しかイリヤの前に提示されなかったがために、いつしかイリヤは切嗣とアイリスフィールが自分を裏切り捨てたのだと信じるようになる。

 そしてその切嗣の息子だという男の事を知り、裏切りが本当だと確信するに至ったのだ。

 切嗣がいなくなったのなら、切嗣の残した息子に復讐を、という半ば八つ当たりの気持ちで衛宮くんに突っかかり、破れた。

 それでも正直、表に出さないだけで復讐の念は燻っていたのだけど……今の話が問題だ。

 

 子供の頃、切嗣はすぐに帰ってくると言っていた。

 でも帰ってこなかった。

 今までその事実を裏切りと決めつけていたけれど、もし違うとすれば?

 

 切嗣の望みは世界平和だという。

 遠い過去の記憶、父親はすぐに帰ってくると約束していた。思えば母親は自分の帰還の約束をしていなかった。

 それは、聖杯で母を犠牲に世界平和の望みを叶え、争いのなくなった世界で父とイリヤが生きる事を考えていたから。

 しかしこの聖杯戦争の聖杯で叶えられる世界平和に、その先の未来はない。

 子供の頃の何も分かっていない自分なら、自分たち三人以外が死んだ世界でも父と母と自分がいれば、などと思ったかもしれないが、ある程度育って分別が付けばイリヤでもわかる。

 人は、たった三人でいつまでも生きていけるような生き物ではない。

 言峰の語った世界平和が成し遂げられれば、きっと数年、長くて十数年で世界に残った最後の三人の生活は終わっていただろう。

 そうならないようにするためには切嗣はどうしなければならなかったのか?

 

 その答えは……聖杯の破壊。

 アインツベルンに対する裏切り。

 切嗣は……アインツベルンという家は裏切ったけれど、イリヤの生きる世界を守った?

 

 切嗣が帰ってきてくれなかった事を裏切りだと持ったが、帰ってこれなくて当然だ。

 もし切嗣がイリヤに会いたいと願っていたとしても、きっとおじい様……ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは切嗣を拒絶しただろう。 

 切嗣の魔術師としての腕がどの程度かをイリヤは知らないけど、たとえ優れた魔術師だったとしても本気で防御に徹したアインツベルンの結界を抜ける事はできなかったはずだ。

 そして城の中で育てられたイリヤは、切嗣が家の結界の外、すぐそばに接近したとしてもそれに気付くことすらできずにいたということ。

 

 ぐらり、と目眩に似た症状に襲われるイリヤ。

 

 もとより、体内の器、その限界までサーヴァントの魂が溜め込まれた状況だったのだ。

 その上で、突然の真実の暴露。

 感情が大きく揺さぶられ自分で自分を制御することすら覚束無い。

 

「イリヤ!?」

 

 桜ちゃんを抱き抱えたままだが、倒れそうなイリヤの体も放っておけずに支えるのは衛宮くん。

 なんだかんだで気配りの達人である。

 

「おや? その聖杯の娘……随分と体調が悪そうだな。診てやろうか?」

 

 面白がっている感情を隠さずに言う言峰。

 いい加減、衛宮くんのイライラも限界に近くなってくる。

 

「いやどう考えてもお前のせいだろ! 親父の願いがどうとか、イリヤの実家がなにか悪さしたとか言いたい放題で! そりゃショックもうけるわ!」

「ふむ。私は何一つ嘘は付いていないのだがな? 聞かれたことを真実を持って答えているに過ぎぬ」

「何言ってやがる、お前……俺が最初に聞いたのは……なんでここにいるんだって質問じゃねーか! よく考えたら全然答えてなかっただろ! ふざけやがって!」

 

 言峰のペースに乗せられそうになる衛宮くんだったが、彼は原作の衛宮くんと違い、武道のせいで完璧魔術師となったほどなのだ、冷静で的確な判断力を持っている。

 

「ふむ。私がなぜここにいるのか、という質問か。ああ良いだろう、答えるとも。簡単だ」

 

 カンカンに怒る衛宮くんに対しなおも余裕の言峰は、ついになぜ自分がここにいるのか、という理由を答える。

 

「やがて生まれるであろうこの世全ての悪(アンリ・マユ)、その誕生のサポートと祝福のためだよ」

 

 第三次聖杯戦争においてアインツベルン陣営により召喚されたサーヴァント・アヴェンジャー。

 その真名をこの世全ての悪(アンリ・マユ)という。

 その者は大仰な名前と裏腹に、弱かった。第三次聖杯戦争において一番早く脱落した。

 だがその際、聖杯にサーヴァントの魂が入り込むのだが、彼にかけられた願いである「この世全ての悪であれ」というものが、どういうわけか聖杯に受け入れられてしまう。

 以降の聖杯戦争において、聖杯は第三次聖杯戦争でかけられた願いである「この世全ての悪」を叶える装置になってしまったわけだ。

 だから、今の聖杯に願いを求めれば、その願いを叶えるのは本当の意味では聖杯ではなく「この世全ての悪」という存在が叶える、という形になるのだろう。

 

 どのような形でも聖杯が使われることとなれば、そこにアンリ・マユの影響が現れるだろう。しかし言峰としては可能な限り正しい形での聖杯の使用にこだわりたかった。

 

 10年前。第四次聖杯戦争においては聖杯の発動が中途半端なまま、衛宮切嗣のせいで破壊されてしまったために「ちょろっと漏れた」程度の発動しかできなかった。

 それでも万単位の人間が死傷したのだが、言峰はできることならより正しい発動を望む。

 

 今の聖杯が正しい形で発動するのなら、この世全ての悪(アンリ・マユ)は自身にかけられた人々の望みに相応しい能力を持ったサーヴァントとして誕生し、人々の願い通りの存在として振舞うことになるだろう。

 

 そんな奴が現れたらお前だってただじゃすまないだろ! と思いそうだが、言峰はそこら辺は承知の上である。

 生まれる前から、誕生と同時に禍しか呼ばないとわかっている存在であっても、それでも生まれる前の命に罪はないのだから、とかなんとか。

 

 だけど、その願いはある意味でアインツベルンの願いとも一致するものであるのが皮肉と言えるかもしれない。

 魔術師の家系としてのアインツベルンの聖杯戦争の目的は「魂の物質化」という魔法の再現。

 根源に到達して魔法を再現しようと、聖杯の効果でアヴェンジャーの魂が物質化してこの世に誕生しようとも、どっちでも彼らにとっての悲願は達成してると言えるのだから。

 

 

「私は此度の聖杯戦争で、サーヴァントが凄まじい勢いで死んでいくのを霊器盤で確認していた。そう遠くない日のうちにこの大聖杯を通してアヴェンジャーが誕生することを察知したから、私はその誕生を祝福したかったのだ。それが私のここにいる理由だよ。わかったかね? 衛宮士郎」

 

 わかってたまるか、と言いたい衛宮くんだった。

 一応は言峰の説明から、言峰がアヴェンジャーとやらの誕生を望み、生まれるであろう場所に先回りしているというのはわかった。

 だけど生まれた時点で自分を含んだ人類の敵になる存在の誕生を望むってのはなんだよ、と、思わざるを得ない。

 

 それに、だ。

 

「ま、まぁお前がここにいる理由はわかったよ。でも残念だったな。遠坂は聖杯は欲しがっても使う気はないって言ってたし、武道に至っては二度と聖杯戦争ができなくなるくらい大聖杯の法を壊すって言ってた。お前の望みは叶わないんじゃないか?」

 

 どうせ参加者じゃないお前が商品の使い道の差配に関与することできないだろ? と嫌味混じりに言ってやる。

 言いながらも、子供になって未だに意識が戻っていない桜ちゃんを抱え、かなり体調の悪そうなイリヤも支えながらジリジリと言峰からは間合いを取るのも忘れない。

 

 それに対し、言峰は特別、にじり寄るような動きは見せることがない余裕の構え。

 

「ほお、凛はまだ勝ち残っているか。だがそれも当然と言えるものだな。ギルガメッシュを倒したのもおそらく凛なのだろう?」

 

 さらに衛宮くんの煽り台詞にも余裕の態度での応答をする始末。

 しかし、その返答が引っかかる。

 

「ギルガメッシュ? な、なんでお前がアーチャーの真名を……」

「それは当然だろう。ギルガメッシュ、アーチャーは私のサーヴァントだからだ。かれこれ10年の付き合いになる、な」

 

 ギルガメッシュ。

 アーチャー。

 霊器盤とやらでサーヴァントの種類や数がわかったとしても、真名までわかるなんてことがあり得るのか?

 そう思っていたら、これだ。

 

「はぁ? お前の……いや、いやいや……待てよ。お前、10年前の戦いは一番最初に敗退したって」

「うむ、最初に私が使役したサーヴァントは使い潰す結果となった。そして次にギルガメッシュと契約したのだよ。ついでに言えば、ギルガメッシュの元の持ち主は私の魔術の師であり、凛の父親である遠坂時臣だ」

「なに!?」

 

 ああ言えばこう言う、というのはこの状況を指すのだろう。

 

 衛宮くんが疑問を投げつければ言峰は時にはぐらかし時に疑問に答え、そのついでに次の疑問を提示してくる。

 

「遠坂の父親? 遠坂の父親が負けたあとに、お前が契約して跡を継いだっていうのか?」

「いいや? 私が時臣師を殺したのだよ。サーヴァントとしての契約、という点で言えば確かにその時に交わしたが、お互いが「そうあるべく行動しよう」と示し合わせたのはもう少し前だ。くくく、父の仇をそうと知らず兄弟子として接し、更には父親の葬儀の席で当の父親を殺した凶器を贈られ涙を流す凛の姿は実に私を愉しませてくれるものだったよ」

 

 絶句。

 次から次へと言峰の口から出る言葉に対し、衛宮くんからは言葉もない。

 狂っているとしか思えない。

 なんでこんな奴がいるのか? そう思うしかなかった。

 

「お前、どうかしてるんじゃないのか?」

「どうかしているか、だと? 私もかつては自分のその性癖に苦しんだものだが……なんのことはない。私はただ他人の不幸が己の愉悦に感じるだけの、いたって普通の人間だったということだよ」

 

 特別、マイノリティを気取っているようには見えない。

 ましてや突っ込み待ちのボケを言ってるわけでもない。

 言峰は、本心から自分は人と望むところが若干違うけど、それだけの人間だと思っていると言っている。

 少なくとも、衛宮くんにはそう見えてしまった。

 気持ち悪くて言葉も出ない状態だ。

 

「あなたの性癖とかそういうのは関係ないわ。今回の聖杯戦争、その勝者は凛で決定なんだもの。あなたが裏でコソコソ動いてたり、なにか考えがあろうと、もう聖杯戦争の決着は付いてるんだから!」

 

 言峰のイカレっぷりに気圧される衛宮くんに変わり、今度はイリヤが啖呵を切る。

 自分も体調不良だろうに気丈なことである。

 

「何を言うかと思えば」

 

 しかし、そんな気丈に振る舞うイリヤの言葉も言峰にとっては失笑の対象だったらしい。

 

「たしかに一局面の勝敗の行方は戦いに委ねられるかもしれんが、聖杯戦争においてはそうもならんよ。最後にサーヴァントを残した陣営の勝利? それすらも違う。サーヴァント七騎の魂全てを聖杯に注ぎ込んだ後の儀式に携わった者こそが勝者なのだからな。まぁ、今回に関しては七騎も必要なさそうではあるが。お前の中でそろそろ聖杯は形を持ち始めているのだろう? あとはそれを使うだけだよ。いいや、正確には使うまでもないな。もはや聖杯への願いは捧げられているのだから。あとは聖杯を大聖杯の元へ置いておけば勝手に事がなる」

 

 そう言って、言峰は素早く両手で懐から何かを取り出し、腕を広げた。

 その手には、ズラリと長い刃が握られている。

 片手で三本ずつ、計六本。

 

「さて、語らいはもう終わりにして戦うとしようか」

 

 言うと同時に、言峰が両腕を振り回す。

 やばい!

 衛宮くんがそう思ったときには遅すぎたかもしれない。

 

「いっでぇぇええ!?」

 

 危険を察知し、咄嗟に避けようとしたのだが避けきれなかったか。

 足に一本、言峰の刃が突き刺さり貫通してしまった。

 

「のろい動きだな、衛宮士郎。危機管理能力も足りない……それでも切嗣の息子か?」

 

 足を刺され尻餅をついてしまった衛宮くんを見下しながら言う言峰の表情には、わずかばかりの失望の色。

 

「いっ、いきなりっ! 刺されて……ぐっ、つうっ!」

 

 そんなことを言われても衛宮くんはたまったものではない。

 ぶっちゃけ彼は聖杯戦争とやらの部外者。

 つい余計なことを聞いてしまったが、この戦いの主役はあくまで凛ちゃんであるはずなのだから、自分の出る幕はないのに。

 

 しかし言峰にそんな事情は関係ない。

 

「私はな、衛宮士郎よ。今日、教会でお前と会って会話をして落胆していたのだよ。衛宮切嗣の息子でありながら、その精神性を一切受け継いでいないお前にな」

 

 そんな事を言ってくる。

 その両手には再び補充された六本の刃。

 

「しかし、お前はここに現れた。聖杯戦争の極点とも言えるこの大空洞に。それもアインツベルンの小聖杯を伴って」

 

 さらなる投擲。

 しかし今度は当てるのを狙ったものではなかったらしい。

 足を刺されろくに身動き出来なかった衛宮くんに直撃はしなかったのだから。

 ただ囲むように、逃げ道を塞ぐように衛宮くんの周りに刃が突き刺さっている。

 

「この時、私の心は小さくない歓喜で満たされたよ。やってくれたものだ! まさか教会での態度が擬態であったとは! そしてどうやったか知らないがお前はあの凛を出し抜き、サーヴァントの魂が大量に詰まった聖杯と共にここに現れた!」

 

 次なる投擲。

 今度は一本の刃が衛宮くんの頬を掠めるように飛来。

 衛宮くんはそれを避けることすらできないでいる。

 

「まったくもって、素晴らしい。正直な。衛宮切嗣に対してはその名を知ってから多大な期待をさせられ、出会う前にその期待は裏切られる事となった。やつとの戦いこそ望んだ死闘となったが、その戦いは私の内にある空虚を埋めるものとはならなかった」

 

 再び刃を握る言峰。

 今度は片手で三本だけだ。

 

「対してお前はどうだ? 教会で会ったときは私を失望させながら、その実、実に巧妙に己の野心を隠し周りの者たちの隙を伺いっていたのだからな。サーヴァントを既に失って戦闘を放棄、と聞いて失望した私こそが浅はかだったのだ。そうだ、かつての衛宮切嗣にとってもサーヴァントなど手段の一つに過ぎず、おそらく必要とあればサーヴァントを使い潰し自分が徒手空拳となったことをアピールし敵の油断を誘う、そのくらいの戦術も取りえたであろうよ。今のお前のようにな!」

 

 さらなる投擲。

 今度は今までと違う、衛宮くんの胴体を狙う致死の刃だ。

 

「くそっ!」

 

 死ぬ!

 そう思った衛宮くんは咄嗟、宝石の投影、そして宝石の中の魔力を爆発させるという遠坂家お得意の技を使った。

 とはいえ、飛来してくる飛び道具に対し、タイミングが良くなければ防ぎきれるものではないだろうが……偶然か、火事場のクソ力か、衛宮くんは防御判定に成功した。

 ダイスロール! クリティカル! 防御判定成功! ダメージなし!

 と、言ったところだ。

 なにせ子供になった桜ちゃんを未だに抱き抱えているのだ。

 簡単に死んでいいわけがない。

 

 なんとか死なずに済んでホッとするところだが、これに対する喜びが大きいのは、衛宮くんではなく言峰である。

 

「それがお前の隠し持った刃か、衛宮士郎。なるほど、衛宮切嗣とは魔術のスタイルが違うが……養子であったのなら、魔術の適性も変わってくるのが当然。だが安心したよ。お前の武器が演技力だけでなくてな。これでどうにか戦いの体裁は取り繕えるだろう」

 

 何をトチ狂って勘違いしてやがる、このクソ野郎!

 衛宮くんはそう罵りたくて仕方がないのだが……きっと言っても通じまい。

 

 今、この言峰綺礼と言う男には、どういうわけか衛宮くんが言峰や凛ちゃんを出し抜いて聖杯を手にしようとした人間に見えているらしい。

 それも、戦い方こそ違うけど、手段は選ばないくせに理想は選ぶ衛宮切嗣の、精神性をコピーした存在だと決めつけてかかっている。

 彼にとって、この戦いは10年前の聖杯戦争の時の続きなのかもしれない。

 迷惑な話だ。

 自分を通してまったくの別人を見ている……だけなら実害はないが、その上で衛宮切嗣Ⅱ世をどう殺すか、を考えることに生きがいを感じているのだから。

 

「イッ、イリヤ! すまない……桜を連れて逃げてくれ! やつはまず俺を殺すつもりだ! このままじゃ桜がやばい!」

 

 だから、衛宮くんは生存率の高い手段を選択する。

 桜ちゃんを抱えずに、一人で言峰と戦う!

 これしかないだろう。

 

「士郎、あなた」

「たのむ!」

 

 一対一よりイリヤと組んで二対一の方が良いのではないか?

 抗戦より撤退戦、凛ちゃんと武道が現れるのを待つべきではないのか?

 

 そういった考えは浮かぶが……今はそれを言い合う余裕がない。

 そう思ったから、イリヤは年齢の割に幼い自分の体よりなお小さい桜を預かり、衛宮くんから離れた。

 だけど。

 

「士郎……私にどれだけ時間があるのかもわからないけど……言いたいこと、が、あっても言えるのかどうかもわからないけど……死んじゃ、ダメなんだからね!」

「なんとかするさ」

 

 イリヤにとって衛宮くんは少し前まで殺したいほど憎んでいた相手だった。

 だけど、その憎しみが間違っていたのなら?

 言峰の言葉だけしか聞いてない状態で決めつけていいものではない。

 それも含めて、イリヤは衛宮くんが生き延びることを願う。

 

 真実を知るためにも。

 

 衛宮くんもイリヤになんらかの深い事情があるのだろうと察するくらいの事はできた。

 そうでなくとも、目の前で小さい子供の桜ちゃんやイリヤが殺される光景はできるだけ見たくない、と思うのが人情。

 原作の正義マシン、救われる人間の勘定に自分が入らないロボ、自分の命を顧みないマンの衛宮士郎ではなくとも、そのくらいは思うものだ。

 

 

 見れば言峰は、再び両手に六本の刃を握っているが攻撃をしてこない。

 まるで、イリヤと桜ちゃんが離れお互いに戦う体制が整うのを待っているかのように。

 余裕……ではない。ただ、戦いを目的としているから、こその態度なのだろうか?

 知ったことではないが……それが不都合になるわけでもない。

 

 衛宮くんは自分にそう言い聞かせ、足に刺さった刃を抜いた。

 相当痛くなるのを覚悟していたのだが、柄の部分を握ると刃が空気のように溶けて消えたお陰で、引き抜く痛さに耐える必要はなかった。

 痛いのは痛い、激痛だけど。

 

「ぐ、くう!」

 

 そうしてなんとか立ち上がる。

 自由自在に飛び跳ねたりはできないが座っているよりは動ける範囲も大きいだろうから。

 そして言峰を睨む。

 

 くるか!?

 

 と、身構える衛宮くんだが、予想と違い言峰は攻勢に出なかった。

 衛宮くんと対峙しながらも、意識を若干イリヤの方に向けている?

 否、違う。

 言峰の視線は桜ちゃんに向いていた。

 

「むう……あの娘……桜と言ったのか? まさか……間桐桜? いや、ありえん。年齢が合わん」

 

 そしてそんなことを言っている。

 正直、戦うぞ! という気持ちにこそなっていても、元々好戦的でない衛宮くんだ。

 時間稼ぎにでもなればと、言峰の疑問に答えてやる。

 

「あぁ、あの子は間桐桜だよ。遠坂が間桐の家に行った時に……ただ……ちょっと子供になっちまったんだ。色々あってな」

 

 でも、間桐家で見たものの内容、特に桜ちゃんに関することはあんまり他人に話していいものではない、そう思えば、詳しく言えるわけでもなく大雑把に言うしかないのだが。

 

 それでも「子供になった」なんて摩訶不思議な出来事があれば、そっちに興味を持たせ会話を長引かせることができるかも? と衛宮くんは期待していた。

 しかし言峰の食いつくポイントはズレていた。

 

「なんと……間桐桜! 本当に間桐桜とはな! ふっ! ふはははは! それに凛! 凛が間桐の家に赴いたか! そうかそうか! 聖杯戦争であり間桐が敵であればそうなるのも必定! ふはははははは!」

 

 凛ちゃんが間桐家にいった、その事実に食らいつく言峰。

 さらに謎の大爆笑である。

 今の会話のどこに笑いどころがあったのかわからない衛宮くん。

 ただただ、こいつは異常者だから、ということで納得すべきなのかとも思うのだが……

 

「くっくっく、これはこれは。時臣師の慧眼を褒めるべきか? まさか本当に姉妹同士が相争い合うことになるとは! はっはっは! なんという運命か! 間桐雁夜め、奴は死ぬのが10年早かったな。是非とも凛と間桐桜が争う現場を奴の目に焼き付けてやりたかったものだ」

 

 言峰は無意味に笑っていたわけでもなく、彼の知る情報の統合された結果が笑いに繋がっているらしかった。

 

「な、なんだよこいつ」

 

 それはまさしく、この状況であれば誰でも出そうな疑問。

 刃物持ったキチガイが会話の途中で笑い出す、そのくらいなら有り得ることだが、信じられないことに言峰はただのキチガイではなく冷静に狂った理性ある狂人なのだ。

 彼の行いには、他人には納得できなくとも彼なりの理屈があるのだろう。

 

 そして、まともに動く頭と心があるということは、自分の愉しみを他者と共有したいという欲求があるのも当然と言えるのかもしれない。

 言峰は衛宮くんが思わず出した疑問に答える。

 

「ふっふ。私が何を笑うか不思議か、衛宮士郎よ。なぁに、そう複雑怪奇な理由があるのではない。ただ人に宿命というものがあるというのなら、これは中々よくできたものだと感心したのだよ」

「宿命?」

「そう、宿命という言葉が相応しかろう。運命という外的な状況を巻き込んだものではなく、その者が生まれた時から決定づけられた道筋だよ」

 

 笑いの渦は去ったようだが、今もまだ腹の内側に愉悦を抱えているかのように肩を揺らしながら、言峰は語る。

 

「かつて凛の父である時臣師には二人の娘がいた。だが魔術師の家計は一子相伝が基本。家によっては違うのだろうが遠坂はそうだった。出来うることなら素質のある方に家を継がせたいと思うのだろうが、時臣師の子供は二人が二人、ともに稀有な才能の持ち主でな。それでもどちらかに絞ればいいだけだ、後継者という点では困らないが、後継者とならない方の子の扱いに困る。魔術師は本来無駄を省く生き物だ。だから、後継者とならない子にまで魔術の教育を与える、などということは滅多にない。だが、時臣師の子は後継者でなかった方も、魔術社会と切り離してしまうのは勿体無く思える程の才能の持ち主だったそうだ。それを惜しんでいた頃に、間桐の家から養子を求める声がかかったらしくてね。時臣師にとっては渡りに船だ。快諾して、間桐の家に子を養子に出した。その子供の名が……」

 

 桜。

 遠坂桜。後に間桐桜となる娘だ。

 言峰はそう言った。

 これには衛宮くんも驚く。

 そして驚くと同時に納得もする。

 

 そういえば間桐の家での桜ちゃんを見たとき、凛ちゃんの感情の揺れ幅がおかしい事になっていた気がする。

 でも妹があんな目にあっているのを知れば、そりゃあ誰でも怒りに狂うだろう、と。

 

「間桐の魔術を知っているかね? あれは魔術ではなくむしろ間桐臓硯の娯楽というべきか。時臣師がどこまで知っていたのか不明だが、間桐臓硯は間桐桜を魔術師になどするつもりはなく、己の子を産むための都合のいい胎盤に作り変える作業をしていたそうだ。その作業も機械的に行うのではなく、肉体的に犯し精神的に汚し人格を徹底的に歪めて楽しむ間桐臓硯の娯楽も兼ねている。そんな間桐の家には、家を出奔していた息子がいてね。年代で言えば時臣師と同年代の男だ。その彼は実家の魔術をよく知っていたからこそ、他所の人間を巻き込む事に憤りを感じていた……。いや、これはすこし綺麗に言いすぎたな。その人物、間桐雁夜は時臣師の妻であり、凛と桜の母である遠坂葵に懸想していてな。遠坂葵本人が自分の手に入らなくとも彼女の目が多少でも自分に向けば、などという下心も含めて、遠坂……いや、間桐桜を救うために自分を投げ打ったのだ」

 

 そこまで言って、言峰は言葉を一旦切った。

 衛宮くんのコメントでも求めているのかもしれないが……衛宮くんに言うことなどない。

 ただ、間桐臓硯がとんだクソ野郎だったんだな、と再認識できたくらいか。

 ついでに言えば、そんな事を楽しそうに語る言峰もまた、とんだクソ野郎だ。

 

 衛宮くんからのコメントがない事を確認し、何を思うのか知らないが言峰は続けて語る。

 

「さて、私が知る間桐雁夜の無様で滑稽な人生を是非とも語ってやりたいが、まぁ良かろう。私が何を笑っていたのか、だがね。間桐雁夜は間桐桜を救うために、第四次聖杯戦争に参戦し、聖杯を手に入れようと画策していた。聖杯さえ得てしまえば間桐臓硯は間桐桜を虐待する理由がなくなるのだからな。で、聖杯戦争の流れの中で、ついに彼は時臣師と相対する事となる。お互いが顔見知りであり、それなりに相手の事情を知る彼らは戦いの前に語っていたのだよ」

 

雁夜:お前はなぜ自分の娘を間桐の家などに明け渡すことができた!

時臣:魔術師でない君にはわからないことだがそれこそが桜の幸せのためなのだよ。

雁夜:間桐の家に幸せなどない、そもそも間桐と遠坂は聖杯戦争で争い合うことになるのだぞ!

時臣:それこそ素晴らしいではないか。姉妹同士で相争いどちらかが死ぬことになろうと、残った方は聖杯に近づく。ならば争い合うべきだ。より優れた血を後世に残すためにも! それこそが桜と凛の幸せなのだよ!

 

「大体このような会話だったか。お互いなりに譲れぬものがあったのかも知れんが……時臣師はどこまで行っても魔術師であり、間桐雁夜は魔術を憎む人間だ。相容れることはない。そして行われた戦いの結果は……戦いというより一方的な蹂躙か。元より能力的に見て間桐雁夜に勝機はなかったのだから当然の結果だ。しかしこの時の二人の意見のぶつかり合い、それが10年後に正しく形になったのだろう? 実に愉快な話ではないか。間桐雁夜がその命を投げ捨ててまで阻止したかった光景が繰り広げられたのかと思うと……彼の決意、覚悟、人生、それら全てが無駄であったという証明ではないか。是非ともその光景を彼の目に見せつけてやりたいと思っていたというわけだ」

 

 そこまで語った言峰を見て、延命や自己保身のための時間稼ぎであっても、言峰の話を聞いたことを後悔した。

 聞いていてまったくもって気分の良くなる話ではなかったからだ。

 

「はっ、そりゃ残念だったな。見れなくて。でもお前の望んだ光景なんてありはしなかったぞ」

「ほう? どのような手段か知らんが人体を子供に変異させるほどの術が使われる戦いであっても、か?」

「ああ。そもそも遠坂が戦った相手は桜じゃない、間桐臓硯とかいう奴だ。死んだところは目にしてないが、あんな虫けら一匹だと踏みつぶせば子供でも殺せそうだったし、死んでるだろうな」

「なに!? 間桐臓硯が死んだだと!」

「そう、死んだ。多分だけどな。それに遠坂は桜を憎くてあんな姿にしたんじゃない。間桐の家で得た経験なんて無くした方がいい、そう言って武道が子供にしてくれたんだよ!」

 

 正確に言うと子供になったのは偶然の産物なのだが、衛宮くんは言峰が嫌がるだろう、と思った事を言ってやった。

 すると効果が覿面だったのか? 言峰がうろたえている。

 

「馬鹿な……間桐臓硯が……? いや、奴の事などもはや……しかし、しかし……」

 

 あの虫の老人と何やら浅からぬ関係だったのか?

 言峰は時臣の死にだいぶ動揺しているようだった。

 

 大きな隙だ。

 これは……攻撃チャンスか?

 

 衛宮くんはそう考え手のひらの中に宝石を投影しようとするのだがその前に、言峰が動いた。

 

「ぐわあ!?」

 

 衛宮くんの右腕、前腕部に三本。

 言峰の刃が突き刺さって貫通した。

 あまりの激痛に投影していた宝石は消耗されたが、その時の余波で腕に刺さった刃も消えてくれたのは不幸中の幸いか。

 

「私の望む光景でなかったことは残念だが……まぁいい。所詮は些事だ。そうだろう? 衛宮士郎よ。私とお前の求めるものは聖杯であるのだからな。もっとも今や聖杯がアヴェンジャーに汚染されていると知ったお前は聖杯による世界救済より、聖杯の破壊を望むのだろうがな。まさに10年前の焼き写しだ。あの時はくだらん幕引きだったが……衛宮切嗣の代から続く因縁、お前で精算してくれよう」

 

 しかし言峰からはもはや遊びがなくなった。

 それは衛宮くんにとっては不幸中の不幸とも言える。

 

「しっ!」

「ぐうっ!」

 

 言峰は衛宮くんに向かってまっすぐ走り刃の投擲。

 衛宮くんは倒れこむように横方向に飛び退きながらも同時に宝石を投影し、爆発させる。

 度重なるダメージからか、今までの地味な魔力の消耗からか、その威力は凛ちゃんとの戦いの時に比べて小規模なものになっている。

 それでも生身の人間が相手ならば警戒すべき凶器……そのはずだが、言峰は只者ではなかった。

 

 爆発の直撃こそ避けるが、完全に避けることよりも衛宮くんへの接近を優先し、爆発の影響を受けながらも前進しているのだから。

 着ている服は魔術的な強化措置が施されているのだろうが、それもボロボロ。

 むしろ服の体裁を保てているだけでもすごいと見るべきか、そしてその下の言峰の肉体はそれ以上に頑強。

 見事衛宮くんの攻撃を耐え切り、ついに肉薄する。

 

「! やばっ」

「ふんっ!」

 

 限りなく濃い死の気配を察知した衛宮くんは、痛む体に喝を入れ立ち上がり、少しでも言峰から逃げようと動く。

 それに追いついた言峰は一撃を放ち

 

「ぐぶっ!」

 

 衛宮くんをぶっ飛ばした。

 

「むう?」

 

 しかし、それで言峰は止まらない。

 衛宮くんに一撃を食らわしたとき、彼の体の感触におかしなものを感じたのだ。

 疑問を感じたのならその疑問を解き明かすまでは不用意に近づくべきではない。未知に対する警戒心から本能はそう訴える。

 敵は討てるときに討て。仮に相手が人間でなかったとしても、理由もなく一撃を受ける者はいない。ならば相手の体の感触に疑問があろうと、ここは攻撃の手を緩めるべきではない。長年戦い続けそして自身を生かしてきた経験はそう訴える。

 

 言峰はここで本能より経験を優先し、衛宮くんにさらなる一撃を、可能ならば止めを、と迫る。

 

 衛宮くんは腹の内容物を吐瀉物として吐き出すのか、あるいは内蔵を痛め血でも吐き出しそうになっているのか、口を手で押さえている。

 つまり防御に使うべき腕が塞がっているということ。

 

 だから今度は頭部への一撃を食らわせてやった。

 その一撃、常人ならば頭蓋骨が砕け中身が飛び出てスプラッタな事になるであろうほどのもの。

 しかし。

 

「ぐああ!」

 

 衛宮くん、吹っ飛び頭を押さえながらのたうつものの……無事。

 対して言峰。

 

「これは」

 

 攻撃に使った拳の骨が砕けていた。

 

 これは一体どういうことか?

 答えはすぐにわかる。

 衛宮くんは投影した宝石を食い、傷の治癒、肉体強度の強化、などさまざまな事に使っていたのだ。

 

 遠坂の魔術師がいざとなれば宝石を食い自分のバックアップに使うということを、間桐臓硯との戦いで学んでいたからこそ出来た技である。

 

「大したものだ。期待した以上にお前は私を愉しませてくれる」

 

 しかし言峰はひるまない。

 むしろ喜悦を感じている。

 

 衛宮切嗣との戦いは、語らう暇すらない緊張感のある、お互いがお互いを殺すための戦いだった。

 やつの強さは薄く鋭利で、かつ視認性の悪くどこにあるかわからない致死の刃に囲まれた中での戦いのようなものだ。

 それに比べ衛宮士郎。動きは未熟、精神にも隙がうかがえる。だが、殺しきれない。

 この強さ、隙を見せればその瞬間に言峰の命を奪う刃の鋭さこそないが、いくら叩いても壊れない分厚い壁を相手にしているような強さ。

 

 なるほど、これか。

 衛宮切嗣め、己の強さで私を殺しそこねた事をなんとも思わない腑抜けかと思ったが……己に変わる強さでもって、私を殺す手段を構築していたか! そしてその結晶こそがこの小僧だ!

 今は未熟だがもしあと数年経験を積んでいた状態で戦っていれば、私もこうまで攻勢に出れなかったかもしれんな。

 そのことを若干惜しく思いつつも、戦いとはその時のその状況が全てだと知る言峰に油断も手加減もありはしない。

 

 ここでこの小僧を完璧にすり潰して殺す。

 肉体だけでなく精神もまとめて全てを殺し尽くす。

 

 

 言峰はそう決意した。

 

 そのためにはどうするのが良いか?

 答えはすぐに出た。

 

「げほっ! げほっ! おぇぇえっ」

 

 いかに体を強化しようと衝撃は内側に残るのか。

 衛宮士郎は死んでこそいないが今も苦しみ悶えている。

 だが不用意に近づけば何らかの攻撃の術を使うだろうし、拳の間合いに詰め込み一撃を与えてもこちらの肉体を痛める結果に終わるかもしれん。

 だが。

 

「衛宮士郎。お前は子供になってしまった間桐桜を抱き抱え大層に守っていたほどだ。そしてアインツベルンの聖杯の娘とも何やら、自分は死なないなどと約束をしていたな?」

 

 挑発気味に吐きつける。

 砕けていない方の手に三本の刃を握り締めながら。

 

「……っ!? お、お前まさか!?」

「こうすればどうなる?」

 

 言峰の狙い。

 それを察した、察してしまった衛宮くんは言峰を止めようとしたが、間に合わない。

 言峰はスナップを効かせて手を振るだけでいいのだから当然だ。

 

「え?」

 

 そして言峰の振った手から放たれた刃は……イリヤの、そしてそのイリヤが抱えた桜ちゃんの体を貫いていた。

 

「桜っ! イリヤっ!」

 

 予想できていても、あまりの突然の光景。

 衛宮くんは自分の体の傷も無視して、体に三本の刃を生やしたイリヤがゆっくりと倒れいくその場まで走ろうとするが

 

「決定的な隙を見せたな」

 

 それはこの場で見せるべき隙ではなかった。

 衛宮くんの動きを予測して衛宮くんより先に動き出していた言峰は、イリヤと桜ちゃんの元へ衛宮くんが到達するより早く、衛宮くんを間合いに捉えていた。

 そして、一撃。

 

「あっ」

 

 言峰、会心の一撃は素手の一撃でありながらも、隙を見せた衛宮くんの首から上を叩き割るに足る威力であった。

 

 

 

「終わったか」

 

 円蔵山内部の大洞窟、龍洞に静寂が訪れる。

 相変わらず、大聖杯からの負の気配と魔力の奔流こそ滾っているが、生身の耳に音として聞こえるのは、せいぜい言峰の発する呼吸音と、体が動いた時に出る音くらいだろう。

 言峰は親子二代にわたって己の前に現れた敵を倒したことに、少なくない達成感を得た。

 

「いいや、違うな」

 

 だが、すぐに思い直す。

 所詮、今の戦いは過程に過ぎないのだと。

 

 そうだ、これから行うアヴェンジャーの召喚こそが、己の成し遂げるべき目標。

 今の戦いはその障害物の排除でしかない。

 

 アインツベルンの娘は殺してしまったが、元々この娘の生死は問題ではない。

 今頃やつの体内で聖杯が形作られていることだろうから、それを大聖杯の根幹となる場所へ設置しておけばいいはずだ。

 

 間桐桜については……ついでで殺してしまったが、彼女の状況こそを元から知らないのだ。

 10年前にしても、もとより間桐桜に対する興味は薄かった。建前としては時臣師の娘だから、という理由で近況を探ったが、真の理由は間桐雁夜の苦しみを生むための舞台装置としての認識だ。間桐雁夜が死んだあとはそれほど興味をそそられるものでもなかった。

 だからまぁ……どうでもいいか、と考える。

 

 今は、聖杯が大事だ。

 

「此度の聖杯は……」

「ゴバッ! ゴバッ! お前にそんなものに触れる資格はないな!」

 

 イリヤの死体から聖杯をえぐり出す、そう思っていた言峰に、突如として声がかかる。

 

「なにっ!? ッ!?」

 

 振り向くと同時に、腹が爆発したような衝撃を受け吹っ飛ぶ言峰。

 

「戦いになんの関係もないサクラを巻き込もうとしたこと……この程度で報いになるとも思えませんが、私からはこの程度で我慢しておいてあげましょう」

 

 突然の衝撃に吹き飛ばされながらも、ゴロゴロと回転しながら体勢を整えた言峰の目に映ったもの。

 それは二つの人影。

 片方は2メートルをはるかに超える巨人。左肩から生えた突起物や、泣いてるようにも笑っているようにも見える仮面に目が行くが、それ以上に肉体の質感が、生身の人間のそれでないように見える、そんな大男。

 もう片方は、髪の長い絶世の美女。大聖杯の放つ負の魔力に満ちたこの大空洞内部にあって、その女性の周りだけ空気が清浄されるような神聖な気配をまとった女性である。そんな女性が、蹴りを放ったあとの姿勢のポーズをとっていた。

 

「なんだと!?」

 

 驚きに声を上げる言峰。

 それは、突然見知らぬものが現れたことに対する驚きではない。

 それ以上に、突如現れた人物の二人、それがそれぞれ一人ずつ子供を抱えているからだ。

 女性が抱える子供は間桐桜。目を開けていないが、それは死んでいるからではなく、ただ意識がないだけに見える。規則的な呼吸をしているかのように小さく動くからだからそう察することができる。

 そしてもうひとりの巨人。彼が抱えているのはアインツベルンの聖杯。それも、顔色こそ優れないが死んでいないどころか意識を失っていない状態だ。

 

「馬鹿な、確かにその二人は」

「テハハ。ミラージュマンの見せる幻は並の幻ではない。人間程度であれば感触でさえも騙されるほどであろうよ」

 

 驚愕の声を漏らす言峰に、再び後ろから声がかかる。

 どこか陽気な、それでいて鋭さも感じさせる声の主は……なんとも不思議な姿。

 全身が気泡緩衝材……プチプチくんのようなものに包まれた男で、イリヤを抱えている巨人に比べれば小柄に見えるが、それでも190センチある言峰より若干大きく体もたくましい男である。

 

「なん……だと?」

 

 さらなる衝撃。

 その不思議な姿の男の存在以上に、その男に肩を貸されているようにしてなんとか立っているのは、先ほど殺したはずの……

 

「衛宮……士郎、だと?」

 

 ありえない。

 確かに頭を砕いたはずの男が何故生きているのか?

 

 そして言峰は、衛宮くんを殺したはずの、死体があるはずの場所を見たがそこには何もなかった。

 

「ジャババ。ミラージュマンのやつの幻影は私でも解けん! 下等人間ごときが見破れないのは当然のことだ!」

「ギラギラ! 我々の地上粛清を数億年に渡り妨げ続けてきた幻影だからな! それさえなければ下等超人どもの台頭など起こさせなかったものを~」

 

 さらに新しく聞こえた声。

 そちらを向けばそこには岩のようにゴツゴツした体と、巨大な二本の角、そして一つしか目のない巨人と、スマートな全身鎧……に、見える体を持った巨人の姿が。

 

 

 さらに。

 

「罪人よ……差し出すのだ。己の象徴となるきさまの印を」

 

 上方からの声。

 言峰は咄嗟に声の方向に刃を投げつけるが、その刃は難なく掴まれてしまう。

 

「この天秤がお前の罪をさらけ出す」

 

 そして、言峰の上方に浮かぶ男は掴んだ黒鍵の柄を己の手に持っていた天秤の片方の皿にのせ、さらに自分のコスチュームの菱形の部分をもうひとつの皿にのせた。

 

「ギルティ? オア、ノットギルティ?」

 

 ギルティだった。

 

「ニャガニャガ。珍しいこともあるものですね。ジャスティスマンさんの天秤が連続して即結果を出すとは」

「モガッ! モガッ! 違いねぇ!」

「カラカラ……人間が相手だ、当然過ぎる結果とも言えるな」

 

 さらに新たに現れる男たち。

 白い法衣のようなものを纏った男。

 デトロイトか世紀末が似合いそうな髪型とファッションをした筋肉の塊のような男。

 そして漆黒の羽が生えた、どこか鳥類のような佇まいをした男。

 

 それぞれが言峰を囲むように陣取っている。

 

「ぬ、う……! これは一体!?」

 

 いつの間にこれほどの包囲を?

 という意味でもあり、こいつらは一体何ものか?

 という質問の意味も込めた疑問が言峰の口から吐き出される。

 

 それに答えるのは少女の声。

 言峰のよく知っている声だ。

 

「パーフェクトオリジン。私のサーヴァントの……宝具よ」

「凛!?」

 

 そう、この作品の主人公(?)凛ちゃんだっ!

 

「まさか……あんたが私のお父さんを殺した、なんてね。聞かせてもらったわよ、さっきの話は!」

 

 その凛ちゃん、間桐臓硯と対峙した時と同じくらいに怒りを持って言峰を睨む。

 

「なんだと……まさか、衛宮士郎が囮だったというのか!? まさかお前がこのような搦手を使えるとは……いいや、違うな。お前を動かしたものがいるはずだ! そいつは一体!?」

 

 言峰は……これでも凛ちゃんと長い付き合いだ。

 凛ちゃんの性格、行動パターン、望む在り方、概ね理解している。

 しかし言峰の知る凛ちゃんはこのような手段を取れるわけがなかった。

 

 ならば居るはずだ。

 凛を動かした何者かが!

 

 言峰はそう思った。

 

 その疑問に答える男。

 それは。

 

 

 ズシーン!

 

 

 凄まじい落下音が言峰の背後から上がる。

 

「!?」

 

 咄嗟に後ろを向く言峰。

 その視線の先には。

 

「呼んだか?」

 

 ストロング・ザ・武道がいたのだった。




シリアス展開と思った? 残念ギャグ作品でした!

色々と設定おかしくね? という部分もあると思いますが
「都合の悪いことは忘れよ」
と、サンシャインヘッドコーチも仰ってましたので惑わされることなく進めていこうかと思います。
明日は明日の風が吹くのです。


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17話

 身長2メートル90センチ。

 体重320キロ。

 超人強度9999万パワー。

 剣道の防具のような物に身を纏いながらも、はち切れんばかりの筋肉の分厚さが見るものに威圧感を与える巨人。

 

 それこそが凛ちゃんの召喚したサーヴァント。

 その名も

 

「ストロング・ザ・武道」

 

 である。

 

 

「グロロロー。教会で見た時から貴様には不穏な気配を感じていたが……場所がここだからか、より貴様の気配がはっきり見えるぞ~」

 

 言峰は人間にしてはでかいし、筋肉量もかなりのものなのだが……武道の前に立てばなんとも小さく細く見えるもの。

 その威圧感は人間を超えた存在のサーヴァントとして発せられているというよりは、ストロング・ザ・武道という男のそのままの威圧感にさえ思える。

 

 その武道が言峰を問い詰めんとする。

 

「くっ」

 

 この時、言峰は高速で頭を回転させる。

 狂人だがアホではない、むしろ賢い部類に入る言峰だ。

 今までの人生でも絶体絶命の機会なんていうものはいくらでもあった。

 しかし常にその危機を乗り越えたからこそ今生きている。

 

 その彼が、必死に考えを巡らせるものの……やはり、絶体絶命である。

 

 目の前にサーヴァント。

 周囲を囲むのも謎の軍団。

 

 一人一人がサーヴァントに近い存在とすれば、一人いるだけで言峰の手に余る存在。

 それが、武道を入れて10人。

 ぐるりと周囲を囲み上すらもカバーしているというのだから。

 

「綺礼、あなた」

 

 そんな中で凛ちゃんが一歩前に出る。

 だが言峰に凛ちゃんを害することは出来そうにない。

 誰かが余裕でインターセプトするだろうから。

 

 ある意味安全地帯の凛ちゃんだが、その目は険しい。

 当然であろう。誰が父の仇であるかがついに判明してしまったのだから。

 

 いいや、それだけではない。

 それ以外にも凛の人生では色々と愉しませてもらったものだ。

 ……ならば、最後はこいつでいいか。

 

 言峰はそう考えた。

 この場を出し抜く方法が思い浮かばないのなら、凛ちゃんに多少なりとも言葉の毒を浸透させてしまえと。

 それを持って人生最後の愉悦とするか、と。

 

 死を感じ、極限の状態に至ってなお、他人に迷惑をかけることしか頭にない男である。言峰綺礼。

 

 

「ふっ。凛よ。ついに知ってしまったようだな」

「あんた……!」

 

 凛ちゃんは、この10年間の付き合いもあり、言峰の裏切りによってさまざまな感情に支配されてしまっている。

 怒りという感情一つをとっても、さまざまなものに対する怒りがうずまき、処理しきれないほどだ。

 そのために何を言おうか、何から言おうかと自分の中で整理がついていない状況で、先に口火を切ったのは言峰であり、出足をくじかれた気分になる。

 

「どうした? 私に何か言いたいことがあるのだろう? 考えがまとまらないのなら先に私から」

「黙れこのド下等が!」

「ド……ド下等!?」

 

 言峰は凛ちゃんより先に言葉を紡ぐことで場の流れの空気を持っていき、なんだかみんなが話を聞いてしまう譲治ワールドを展開しようとしていたのだが……その流れはぶった切られた。

 ぶった切ったのは単眼の巨漢超人、ガンマンだ。

 

「私はな~、貴様のような嘘つきが大嫌いなのだ~! だから貴様の語る嘘なんぞ聞きたくもないわ!」

「ふっ、嘘だと? お前が一体私の何を知っているというのか知らんが、私は今まで嘘なぞ」

「黙れこのド下等が!」

「ド……ド下等!?」

 

 ループかよ。

 

「グロロー。ガンマンよ、下がれ」

「シャババ」

 

 このままでは言峰の口答え、そしてガンマンの黙れド下等! の無限ループコンボが発動するかに思われたが……それを武道が止めた。

 

「グロロロー。言峰綺礼よ。貴様は嘘など付いていないというが……聖杯戦争のマスターであることを隠し監督役などをやっていたではないか~」

「何を言うかと思えば。聞かれなかったから答えなかっただけだ」

「それが嘘だと言っておるのだー!」

 

 クワッ!

 武道の血走った目が開かれる。

 

「聞かれなかったから言わなかった? 相手が勝手にそう思っていた? 愚か者め~、それは騙しているのと何ら変わらんわ! 相手が勘違いしているのを知っていて訂正しない時点で貴様は大法螺吹きなのだ~!」

「ぐわ~」

 

 武道は言峰の頭を掴んでブンブン振り回す。

 キャスターもやられてたアレだがキャスターと違ってフードを被っていないので頭を直掴みである。

 

 これはさすがの言峰もたまらない。

 本気でないといえど武道の超握力で頭を鷲掴みされながらシェイクされているようなものなのだから。

 

 数秒間振り回して満足したのか武道は言峰を放り捨てる。

 

 これで自由になったとは言え、ダメージは大きいのか言峰はふらついているが、逆に凛ちゃんは何を言うべきか決まったのか、一歩前に出る。

 

「綺礼……」

「ぐ、り、凛……?」

「無様ね」

「ぐぬっ!」

 

 ぷーっ、と笑いを吹き出しながら言う凛ちゃん。

 確かに無様である。未だに頭がふらついてる言峰の姿は。

 それでも言葉のやりとりは出来るのは確認したので続ける。

 

「ま、それは置いといて……あんた。私のお父さんを殺したのがあんたってのは」

「ふ、ふ、ふ……それは……本当の事だ。くくく、お前の父を刺殺した凶器を抱いて涙するお前の姿、実に私の心に潤いを与えてくれたぞ」

「そんな変態性癖は知らないわよ」

 

 吐き捨てた言葉と同時に顔面パンチ。

 普段の言峰なら避ける……あるいは額で受けて逆に凛ちゃんの拳を砕いてニヤニヤしていただろうが、今は出来なかった。

 だから鼻血ブー。

 むしろ倒れなかったことを褒めてあげて。

 

「で……あんたが衛宮くんに言ってたこと。お父さんと間桐雁夜とやらとの会話について聞きたいんだけど」

「ぬ、う。あぁ、あれも本当のことだよ。君は……いや、遠坂葵も含めた君たちは、時臣師の美しい面しか見ていなかったのだから信じられないだろうがね」

「じゃあ父さんは蟲ハウスで桜に何をされるか知っていて?」

「いいや? それはあるまい。魔術の修行……もっとも間桐家の術を修行というべきか知らんが、その奥義は他者に知らしめるものではないからね。だが、知っていても時臣師が娘の桜を間桐の養子に出していたのは確定だろうよ」

 

 凛ちゃんのパンチが気付になったのか、言峰はだいぶ足元が安定したらしく、言葉もしっかりしだしたようだ。

 だから続けて言う。

 

「彼は魔術師としては何一つ落ち度のない、完璧な魔術師だった」

「完璧~?」

「その通りだ。魔術師として、完璧な人物であった。ただそれは人の親としてどうか? となると」

「黙りなさいこのド下等が!」

「ド……ド下等!?」

 

 ループではない。

 今度の発言者は凛ちゃんだから。

 

「魔術師として完璧だけど人間としては違う? その時点で、もうそれは完璧じゃないわよ。ガッカリだわ。お父さんがそんな中途半端な魔術師だったなんてね。あ~あ、そのガッカリ感で思い出したわ。さっきの臓なんたらとかいう蟲男。確かにお父さんのことをディスってたわね、そういえば」

 

 などと、若干の投げやりさを感じる言いようである。

 

「凛……?」

「ま、ド下等の事なんてこの際いいわ。私が完璧であればいいのだから。……ただ間桐家にも「人間」が居たってのを知れただけでも良かったかしら? 既に故人らしいけど」

 

 凛ちゃんの精神ダメージを受けているように見えない態度。

 これに言峰は若干以上に気圧されてしまう。

 

 言峰と凛ちゃんの付き合いは10年以上になる。

 毎日のように顔を突き合わせての家族のような付き合いでこそないものの、けして顔見知りの他人程度の浅い付き合いではない。

 ましてや言峰は自身の性癖に従って、凛ちゃんの困難苦痛に歪む顔を肴に美味しい酒を飲む、という趣味の兼ね合わせで深く観察し続けてきたのだ。

 それだけに凛ちゃんの性格などは大部分を掌握し、何を汚いと感じ何を美しいと感じるか、というものは知っている。

 仮に「尊敬する自分の父親が魔術師としては完璧でも、人間としては歪みを持ち、それでいながらも自分の歪みに気付くことも出来ない人間だった」という事実を知らしめた時に、どんな表情をするかは見てみるまで分からないが、それでも小さくないショックを与える事はできるだろうと思っていた。

 だというのに……これはどういうことだ?

 凛ちゃんはなぜ、父親の歪みという本人にとっての大事をこのように受け流すことができるのか?

 

 こんな……わずか数日でここまで人が変わることが出来るというのか!?

 

 言峰はこの事実に戦慄する。

 今まで、凛ちゃんのサーヴァントに対しては「ギルガメッシュを倒すほどだから戦闘力は強いのだろう」とは思っていても、サーヴァント1騎程度の人格をさほど重要視していなかった。

 所詮は道具、戦闘の駒に過ぎないのだと。

 

 改めて武道を見る言峰。

 こいつは一体凛ちゃんになにをしたのか!?

 

 

 このように勝手に戦慄している言峰には気の毒な話だが、これまでの連載を読んでいる読者なら既に知っていることだろう。

 武道が凛ちゃんに何をもたらしたか?

 

 答えは「何もしていない」だ。

 ただ単に強引かつ自分勝手、及び理不尽に振り回し好き放題やっていただけである。

 

 別に凛ちゃん、成長したとかいうわけではない。

 衛宮くんのように零の悲劇で人格リセットからの再構成コンボを受けたわけでもない。

 

 ただほんのちょっぴり……寝不足と疲労とストレスでやさぐれているだけなのだ。

 しかし遠坂の家訓は「いかなる時も優雅であれ」だ。

 疲れていてもそんな顔は見せやしないので、凛ちゃんの精神状況がフラットなのにこの性格である……と、言うように言峰には見えてしまっているだけなのだ。

 

 偶然の奇跡が生んだ勘違いである。

 

 

「グロロロー。さて凛よ。こいつをどうするのだ?」

 

 言峰の視線なぞなにするものか、そよ風ほどにも意識せずに武道は凛ちゃんに問う。

 そもそも超人である武道からすれば人間同士の諍いは割とどうでもいいのだ。

 間桐臓硯のようないるだけで世の中の害になる存在でもなければ下衆人間の争いは下衆人間が決着をつけるべし。

 はたして凛ちゃんの望む決着とは?

 

 ただ怒りのままに誅殺するのか。

 全てを受け入れ許しでもするのか。

 

「綺礼。あんたはこの件が終わったら自首しなさい」

「なんだと?」

「グロロー」

 

 ただ殺すのでもなく、許すなどでもなく……裁きを他者に委ねること。

 これが凛ちゃんの答えだと言うのか?

 

「どうせ父さん殺害の件については……アリバイは兎も角として、証拠はないでしょう。魔術師としての抗争だから。でも、どうせあんたは叩けば埃の出る体でしょ? いくらでも自首する材料なんてありそうだもの。残りの人生を刑務所ですごして、話はそれからよ。生きて出所できたなら私のところに来なさい。その時に決着をつけてあげるわ」

「正気か? 凛よ。お前は自分の手で父の仇を取らないというのか? それとも今更臆したか? だとすれば私はお前を買いかぶっていたと言わざるを得ないが?」

「はっ。あんたからの評価に価値があると思わないけど……何か勘違いしてるんじゃない? 私はお優しいから、あんたを殺さないと言ってるんじゃない。あんたはさっき言ってたわね、他人の不幸が楽しいと。でも残念。刑務所に入ってしまえば不幸なんて観察できないわよ。いるのはみんな罪人ばかり。そこにあるのは不幸ではなく、当然の帰結よ。そして新たな苦痛とやらを探したくとも……日本の刑務所でそんな事が許される訳もない、てのは日本で暮らしていればわかるわよね? つまり、あんたは残りの人生、聖職者でも異常者でもなく、ただの人間として、個性を潰されて番号として箱の中に入ってなきゃいけないのよ。ま、あんたが自分の全能力を持って力技で脱獄すればその限りではないけど……あんたはその時点で今までの人生の全ての意味を失い、それ以降残るのはただの木偶の坊よ。それで良いのなら好きにすればいいわ。その程度の存在、ド下等以下の、もはや決着をつける価値もない塵芥なんだから」

 

 それが、凛ちゃんなりの答え、なのだろう。

 別に寝不足と疲労でもう面倒だしさっさと済ませたいと思ってるわけじゃない……はずだ。

 

「仮にだが……ここで約束をしたとしても、お前は今「この件が終わったら」と言っていた。つまり聖杯戦争の後だが……その時に私が逃げた場合に私を従わせる強制力でもあるというのかね?」

 

 実に愚かなことだ、と蔑みの笑いを凛ちゃんに向ける言峰。

 だがしかし。

 

「ギアススクロールでの契約をするわよ。その約束の内容に従う限り、私はあなたの出所後まであなたに手を出さない。あなたは刑務所で刑期を終えるまで脱獄もせずに大人しく捕まっていること。これを破れば破ったほうが死ぬ。このくらいの条件でいいでしょう」

「な!? 凛よ、正気か?」

 

 ギアススクロール……それは、Fate/Zeroを見た人なら知ってる通り……破ったら死ぬ、アレである。

 小説の方でもそれなりに書かれていたが、今時の魔術師がそう軽々しくホイホイと書くようなものではない奴だ。

 しかし言峰、一瞬は狼狽えこそしたがここで不敵にニヤリと笑う。

 

「いいや、違うか。なるほど、衛宮切嗣から全てを受け継いだ衛宮士郎の受け売りか。中々にえげつないことをする」

「はぁ?」

 

 言峰の言葉に凛ちゃんは「何言ってんだこいつ?」という顔を見せるが、言峰の言うことには10年前の聖杯戦争でも、似たようなことをした者がいた。

 お前たちにこれ以上の危害を及ばさない代わりに、自分の全部の令呪を消費しサーヴァントを自死させろ、と命令した。

 そして相手がその取引に応じギアススクロールに名前を記入。これにより、もう安全は保証されたか……に見せかけて「第三者」を使い、契約相手を殺害。

 そんな手段を持って聖杯戦争の競争相手の一人を完全に脱落させたマスターがいたという。

 名前を衛宮切嗣。

 衛宮くんの父親である。

 

「うわー、親父そんな事やってたんだ……引くわ」

「テハハ、実にセコい父親を持ったではないかキサマ」

 

 父親の所業にドン引きの衛宮くん、そしてその耳に痛いセリフをためらわずに吐くペインマン。

 そんなギャラリーは置いといて。

 

「はぁ、そんなセコい事はしないわよ。じゃあ文面に衛宮くんとイリヤの名前も入れておくわ。当然、破ったら二人共死ぬようにね」

「ゲー!? 遠坂! ちょっ、おまっ、人の生死に関わることを勝手に……!」

「黙れ」

「はい」

 

 凛ちゃんは契約に衛宮くんとイリヤも巻き込むのであった。

 衛宮くんは快く承諾してくれたが果たしてイリヤは?

 

「別にいいわよ? 聖杯戦争の後、の約束なんて……ね」

「モガッモガッ! ガキが随分と厭世気分じゃねぇか! ……でもまぁそれも仕方ねえわな」

 

 どこか寂しげな表情で承諾する。

 イリヤを肩に乗せるアビスマンはそのイリヤの事情に何やら思い当たりがあるようだが……特にそれを口にしないようだ。

 

「まぁこんな所よ。これでまだ文句ある? まさか……あんたともあろう人が、これだけお膳立てされてもなお怖くて信じらんな~い、なんて言わないわよね? まぁ言っても良いけど」

「正気とは思えんな。もしお前たちがその契約を破れば」

「破らないわよ、そのつもりもない。遠坂の人間はいついかなる時でも優雅であれ、よ。セコいルール破りに一喜一憂するド下等のあなたには一生理解できなくて構わないわ」

 

 トントン拍子に自分の死の可能性を含めた契約を良しとする衛宮くんやイリヤ、そして凛ちゃんを相手に、如何に人格破綻者の異常性癖持ちである言峰も、驚きを隠せない。

 隠せないのだが……それは凛ちゃんにとって大した問題ではないようだ。

 話は決まったということでその場でスクロールを作成してしまう。

 

 ちなみにスクロール用の羊皮紙は何故かジャスティスマンが持っていた。

 裁きの超人だけにそういうルール的なものの持ち込みに縁があるのだろうか? 割とどうでもいい事である。

 

 そうして素早く書き込んだ凛ちゃん。

 流し見で見た限り問題なさそう、という判断でササッと自分の名を記入するイリヤ。

 仮にも自分の人生がかかってるんだから……と、契約書のすみずみまで見渡し縦書き横書き、言葉の解釈の仕方などで思わぬ不利益がないかを探ろうとするが、特に見いだせず、それでもビビる衛宮くん。

 そんな衛宮くんの後頭部を叩きとっとと書き込めと急かすメドゥーサ。

 

 それらを見届け、自分に回ってきた契約書を見、特に問題ないだろうし……そもそも、()()()()()()()()()()、とニヤリと笑い記入する言峰。

 

「はい、これであんたとの決着は付いたわね」

 

 言峰の記入を持って契約がなされたこと、確認した凛ちゃんはスクロールを受け取り確認し、そう言った。

 その発言を待ってましたと言峰が言う。

 

「さて凛よ。お前がせっかく頭をひねって考えたのであろうこの決着だがな……これには不備がある」

「へえ?」

「嘘ぉ!? ひょっとして俺が契約違反で死ぬ感じのか!? それは嫌だぞ!」

「あんまりちゃんと見なかったけど……別に契約に不備はないと思ったんだけどどんな抜け道があったのかしら?」

 

 言峰の不穏な発言に焦る衛宮くん、凛ちゃんとイリヤは訝しみながらも深刻に捉えずに言峰を見る。

 そして当の言峰はというと……上着を脱いで上半身裸になった。

 別に露出狂でもなければ、腹にダイナマイトを巻いてて自爆するというわけでもない。

 当然だが、武装解除して無害アピールでもない。

 

 その言峰の上半身……というか、胸の中央やや左、心臓があるはずの場所がの色が違うのだ。

 色がどうこうというより……人間の肌ではない、ように見える。

 

「グロロー。やはり、か」

「気付いていたというのか? まぁそれが本当かどうかはこの際関係ないな。凛よ。これがどういう事かわかるかね?」

「わかんないわよバカ。説明しなさい。はい、イリヤ」

「説明って……えーと、よくわかんないけど生身じゃないみたいね。魔力の塊にも見えるし違うようにも見える……そう、聖杯の私から見た感じで言うと……サーヴァント? なんなのかしら、その胸のやつ。わからないわ」

 

 言峰の胸の黒い部分。

 これの解説はイリヤにすらできないようだ。

 一体何だというのだろうか?

 

「これはな、10年前の聖杯戦争の時。衛宮切嗣との最後の戦いに起因するものだ」

 

 ここで言峰は語ろうとする。

 スーパー譲治タイムの始まりか!?

 

「シャババ! 私の目は誤魔化せん! それは大聖杯の中身……この世全ての悪の一部の漏れ出したものだ! キサマ、既に生身の心臓を失っているな! そしてその心臓の代用品が聖杯の中身の一部というわけだ!」

 

 始まらなかった。

 ガンマンが答えを言ってしまうのだった。

 

「つまり貴様はこう言いたかったわけだ! たとえ次の聖杯戦争がどのような形で終わろうと、自分が生き残ることはありえないのだと! だからその後のことを取り決める契約書に一切の効力などないと! シャバババ!」

「え? な、なに? そういうものなの?」

「グロロー。そういうものなのだ。此度の聖杯戦争、決着は聖杯の中身の魔力が何らかの形で使われ昇華して終える事になるのだが……そうなると、その聖杯の中身の一部と連動した言峰綺礼の心臓の代用品。それの動力が切れ、言峰綺礼も死に絶える、と言いたいわけだ」

「……全てお見通しとはな」

 

 普段通り、持って回った言い方でネットリと回り道した説明をしたかった言峰だが、空気を読まないガンマンと武道によってバッサリと切断されてしまうのであった。

 超人相手に回りくどい説明など、させてもらえるわけがないのだ。

 

「グロロロー。私とて全能ではあっても全知ではない。この場に至るまで怪しいと思えど確定はしなかった。が、ガンマンは全てを見通す目を持っているのでな。さらに言うと私の召喚した彼らは「宝具」であって本物とは違う存在。私の内面から呼び出されたもの……ゆえに此度の聖杯戦争で私が見聴き知ったものの知識を蓄えた状態であったのだ。ならば分かって当然ではないか~」

 

 当然……なのだろうか?

 納得いくようで納得の行かない武道の説明。

 しかしここで解説役(イリヤ)の出番である。

 

「な、なるほどー。完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)の宝具の初披露はマキリの地下室だったけど……どんな英雄豪傑でも呼び出された場所があんなキモい場所だと普通は嫌な顔をしそうなものなのに、彼らにそんな空気がなかったのは、自分たちがそのために呼び出されたと知っていたのね! そしてそれは武道にとっては悲しいこと……どんなに似た姿で同じような態度をとっていても、きっと彼らは本物ではないのだから。サーヴァントという「写し身」に過ぎないのだから。でもそのおかげで武道の経験を知った状態の彼らの一人なら、一部において自分をも超える力を発揮し、全てを見通すわけね。武道にとって、呼び出された彼らはサーヴァント(ニセモノ)だったとしても、彼らとの絆は本物! それが武道の宝具の本質なんだわ! ユウジョウインプット完了!」

 

 ま、そんな所だろう。

 

「こ、言葉の意味はよくわからんが……とにかくすごい自信だな、アインツベルンの娘よ。くくっ、だがまあいい。ここで重要なのは、だ。凛よ、お前の決意が全くの無駄に終わったということだ。さあ、今の気分はどうかね?」

 

 しかし気を取り直した言峰は凛ちゃんを煽る。

 隙あらば他人を煽り嫌な気分にさせる男。それが言峰綺礼なのだ。

 

「武道、やって」

「グロロー」

 

 ビババ。

 

 しかしゆで世界(げんじつ)は無情である。

 もはやお馴染みとなった武道の零の悲劇。

 これにて一件落着なのだから。

 

「な!? わ、私の心臓が!?」

 

 元の形、人間そのものとして巻き戻されてしまったのである。

 武道も衛宮くんや桜ちゃんと失敗を重ねて絶妙な力加減を手に入れたと言うわけである。

 完璧超人の行いに失敗はないのだ。

 

「グロロロー。これで聖杯戦争が終わろうと死ぬこともできん。凛の裁きに従い人の寿命と人の定め、そして人の法の元に晒され罪を償うのだな~」

「残念ね? 綺礼。ねえどんな気持ち? 自分が死ぬことで相手を嫌な気持ちにさせることができると思ってドヤ顔で勝ち逃げを宣言したけど全くの無意味で、どんな気持ち?」

 

 どんな気持ち?

 どんな気持ち?

 わ~。

 と、凛ちゃん、衛宮くん、イリヤの三人は言峰の周りを踊りながら回って煽り倒す。

 

「ふんっ!」

「ぐえっ!」

 

 ちょっとムカついた言峰は前方を通りかかった衛宮くんの顔面にパンチを打ち込む。

 

「きゃ~、なんか怒った~」

「逃げろ~、きゃははっ!」

 

 そんなサマを見て凛ちゃんとイリヤはバカにしながらキャッキャと逃げる事で、余計に言峰をムカつかせるのであった。

 言峰にかける容赦など必要なしと言うかのように。



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18話

「グロロー。ではそろそろ本題と行くか」

「え? なんだっけ本題って」

「聖杯よ、聖杯」

 

 気を取り直して武道は聖杯戦争集結のための一歩を踏み出す。……の、だけど凛ちゃんすっかり目的を忘れていたらしい。

 イリヤは呆れた目で凛ちゃんを見る。

 

「あはは、うっかりしてたわ」

「ウッカリじゃすまないでしょ……聖杯戦争は御三家の悲願でしょうに」

「つってもお父さんが半端もののド下等魔術師だと割れちゃったら、そんな人の目指した聖杯ってのも期待できないしねぇ……むしろ武道の言うようにそんなもの壊した方がいいって思うわ。願いは自分で叶えてこそよ」

 

 原作からして聖杯を魅力的に感じていなかった凛ちゃん。

 そんな彼女にとって今や聖杯は父親との約束でもなんでもなく、どうでもいいものに成り下がっていたりするらしい。

 今回を含め5回続いた聖杯戦争。

 その参加者の全てが聖杯を真剣に求めていたわけではないのだが……それにしても、ここまで聖杯に無頓着な凛ちゃんが聖杯戦争の勝者であるという事実に、イリヤはなんとなく皮肉な運命を感じる。

 きっとおじい様が今ここにいたらすごい形相で殴りかかって聖杯をよこせぇ、とか言ってくるんだろうな、などと思ってしまう。

 

 まぁそんな事はいいとして。

 

「ところで武道。聖杯戦争を終わらせるってどうやるの?」

「グロロロー」

「なに? 聖杯戦争を終わらせるだと? 凛よどういうこ」

「黙ってなさい」

 

 聖杯戦争を終わらせる。

 その単語に言峰は反応しようとするが、凛ちゃんピシャリとシャットアウト。

 

「グロロロ。大聖杯とやらの完全破壊による聖杯戦争の集結が一番てっとり早いだろうな」

「大聖杯……この洞窟を壊すの?」

「グロロー。そうではない。ガンマンよ、見せてやれ」

「シャババ! 真眼(サイクロプス)!」

 

 カッ!

 ガンマンの目が光り、全ての真実をさらけ出す。

 

 そして凛は知った。

 この聖杯戦争の根幹を。

 

 この冬木の地の莉脈の集結地点。

 ここを起点にひとりの女がその身を使い顕現させた、数十年に渡りこの土地、及びそこに住まう人々の魔力を集め貯めおくための巨大な魔術回路。

 それこそが大聖杯の正体である。

 今までの数々の失敗を経て、その聖杯には既に数々のモノが放り込まれている。

 

 最たるものがアヴェンジャー。

 第三次聖杯戦争で最初に脱落し、聖杯の中身を汚染、方向性の一極化を成し遂げてしまったサーヴァント。

 そのせいで今の聖杯の中身はこの世の全てを呪うためのエネルギーとなってしまっている。

 

 聖杯戦争という大儀式を作り上げるシステムなだけあって、使われている技術こそ圧倒的ではあるが、その破壊自体はそう複雑な手順を必要とはしない。

 起点となる中心点であるこの大洞窟……そして、おそらく冬木の土地、その要所要所のレイラインに施されているであろう「霊力を一箇所に集めるためのギミック」を破壊してしまえば、聖杯戦争を起こすための力を貯める事は出来なくなるだろう。

 

 そうすれば、ある意味で今までピンハネされていた土地の魔力も正しく循環されるようになるはずだ。

 もっとも、最初から土地への影響を出さないために長い時間をかけ影響が出ないように少しずつ大聖杯へと力を集積していたのだろうから、別に大聖杯を破壊したとて土地に住まう人間は愚か、魔術師にとっても実感できるほどの変化はないのであろうが。

 

「なるほどねー、聖杯戦争のなりたち、および大聖杯の破壊方法はなんとなくわかっちゃったわ」

「さっき出てた映像に出てた人がユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン……私から見て遠いご先祖サマみたいな感じの人なのね」

「どこがとは言わないがイリヤと違って結構でかかったな。どこがとは言わないが」

 

 思わぬところで聖杯戦争についての歴史を視覚的に入れて感心する凛ちゃん達一行。

 衛宮くんは余計な一言のせいでイリヤにローキックの嵐を食らう事となったが。

 

「いたっ! いたっ! そこはさっき言峰に刺されたばっかでまだちゃんと治ってないから蹴らないで!」

「うるさいうるさい! 悪い子だ! 悪い子だ!」

「なんだよ、イリヤだってさっきの人の子孫なら同じくらい成長すりゃ似たような体型になるだろ、まだ成長前なんだから怒らなくてもいいやんねん!」

「バカ! 私は成長できないのよ!」

「なんでさ」

「ホムンクルスだからよ! 人間じゃないの!」

「へー、そうなんだ。じゃあ武道にいっちょ頼んだら?」

「はぁ?」

「グロロロ。元よりそのつもりよ」

 

 衛宮くんにローキックを食らわせながらの会話、その流れでイリヤは

 

「零の悲劇~」

 

 ビババと光線に撃たれ

 

「あわわ~」

「ニャガニャガ。その前に聖杯の回収もしておきませんとね。ホイ五体背骨手」

 

 ついでに体の中の聖杯を体に傷一つつけずに回収されて

 

「に、人間になっちゃった」

 

 人間になっちゃった。

 しかも体内の聖杯も回収されて安全性バッチリである。

 

「え? え? えー!? わ、私……人間!? うそっ、ちょっ……えー!?」

「黙れ」

「ア、ハイ」

 

 自分の体がホムンクルスから人間へと変質、その事実に驚きの声を上げるイリヤだが、武道の一括で静かになる。

 

「グロロー。この小聖杯を使い、今現在大聖杯の中に溜まっているモノを呼び出し、倒してから大聖杯を消してしまえば此度の乱痴気騒ぎも一件落着よ~」

「え? 呼び出すの? 大聖杯の中身を」

「うむ」

 

 凛ちゃんは思った。

 そうか、仮に大聖杯を完全に破壊しても「中に溜まった良くないエネルギー」は行き場と方向性を失い、冬木の土地に何らかの禍を及ぼすかも知れない。

 だから、そうならないようにしようとしているのだな、と。

 

 実際には当然違う。

 そこにいる存在と戦わずに決着をつけてしまっては完璧超人としての名折れ、まるで逃げているように見えるではないか~、という武道の我侭である。

 

「ふっ、ふはははは!」

 

 本心は置いといて、行動の指針を確認し合った凛ちゃんと武道だったが、そこで誰かの大爆笑。

 誰かというか、言峰だけど。

 

「なんと愚かな事か! 確かにここまで魔力が貯まりきった大聖杯だ、下手な方法での破壊を成せば、聖杯の中に溜まったこの世全ての悪が漏れ出て数万から数十万の人間が死ぬだろうが……それで終わりではないか! だというのに、お前たちは僅かな犠牲を厭い、より大きな禍を呼び出そうとは……なんと愚かっ」

「黙れ」

 

 爆笑の後、言峰が何か言ってたが特に聞くべき内容でもないので喉を殴って黙らせる武道。

 人間相手でも気絶させない絶妙な力加減でありながら、下顎を砕いてろくに喋ることもできなくする見事な一撃だ。

 さすが完璧超人である。

 

 

 そんなこんなもあり、いよいよ聖杯戦争もクライマックスだ。

 

 小聖杯の魔力を鍵とし世界に孔を開け、その孔の向こうの力を振るうのが真の聖杯の使い道だが、今や聖杯の中身は真っ黒な状態。

 武道が掲げた小聖杯により上空に開けられた「孔」から、ドバドバと粘着質な質感を想像させる黒い泥が溢れでた。

 見ただけで不吉なものを思わせるそれこそが「この世全ての悪」そのものなのだろう。

 

 溢れでた泥は重力に従い下に落ちる。

 そして武道の体を飲み込んだ。

 

「あ、あれはー!」

 

 ここでイリヤの解説である。

 

「孔の無効に蓄えられた魔力はこの世全ての悪と言われるモノ! それは言ってしまえば魔力の塊でもあるけどサーヴァントの属性を塗りつぶしてしまう存在! あの泥の中にある無限の悪意はどんなサーヴァントでも属性を反転させられ反英雄にされてしまいかねないわ! それどころか、この世全ての悪……サーヴァント・アヴェンジャーのアンリ・マユの顕現のための寄り代にされてしまうかも! あの泥の中ではサーヴァントは輪郭さえ失い無防備な霊体となってしまうのよー!」

 

 との事である。

 武道からだいぶ離れたところで見守っていた凛ちゃん達も、その解説を聞いてちょっとやばくね? とは思った。

 思ったがしかし。

 

「あの孔? から出てる泥。際限なく出てるように見えるけど全然周りに広がらないな」

「そうね、武道の居た地点にまるで大きいバケツでもあるみたいに外に溢れないわ」

「だからこそ私たちも呑気に解説してられると思うんだけどね? こぼれ出る勢いに任せてたら私たちの足元もとっくにあの泥まみれよ? サーヴァントに特効とはいえ生身の人間にだってあれは触れただけで死にかねない毒なんだから気をつけなさいよね」

 

 解説の内容だけだと危ないように思いつつ、それを見守る凛ちゃん、衛宮くん、イリヤの態度は緩い。

 なぜなら彼らは確信しているのだ。

 

 なんだかよくわからないけど武道なら大丈夫だろう、と。

 信頼というより思考の放棄に近い心境だが、結果は同じなのだから構うまい。

 

 現に、その通りの光景が目の前で広がっているのだから。

 

 

 どぼどぼどぼ!

 と、滝のように勢いよく穴から零れおちていた泥だが、一点に集中し一向に広まらない。

 まるでその事に泥が苛立ちを感じたのか、より強い勢いでドババ! と放出されだしたのだがそれでもなお状況が変わらない。

 そして、徐々に泥の落ちる速度が徐々に緩やかになったかと思うと一瞬停止し、次の瞬間。

 

 どっぱぁー!

 

 と、高速逆再生でもするかのように、泥が孔の方に吸い込まれていくではないか。

 

馬鹿な(ふぁはふぁ)!」

 

 その光景に驚きの声を上げるのは言峰。

 下顎を砕かれているので今はまともな声が出ないが。

 

 それも当然、目の前で何が起こっているのか全くわからないのだから。

 

 逆上して穴に還っていく黒い泥だが……その動きはすぐに止まる。

 理由は簡単である。

 

 泥が落ちる前と何一つ姿の変わっていない武道が、そのままの立ち位置の場所で、ただしポーズは違い、一滴でも早く孔の中に逃げ帰ろうとしている泥……この世全ての悪、を、掴んで離さないからである。

 

「グロロロー。誰が逃げていいと言った!」

 

 そう言った武道は、聖杯から漏れた黒い泥をスープレックスで地面に叩きつける。

 圧倒的な質量の割に重量はそれ程でもないのか? かなりの勢いで巨大物を叩きつけたのに地響きはしなかった。

 

 そして武道は孔から引っこ抜いた大量の泥に対し、素早く周りを固めながら殴る蹴る押し込むなどをしている。

 数秒もすると聖杯から出た泥は直径2メートルかそこらの球体になってしまったではないか。

 

「武道、それはなんなの?」

 

 孔から泥が漏れ出ていた時は危なくて離れていた凛ちゃんも、もう安心だろうと思い武道にかけより声をかける。

 衛宮くん達も一緒にやってきた。言峰も呆然とした表情で近づいている。

 

「グロロ。こいつこそがアヴェンジャーであろう。私を飲み込み私の中を「悪」で塗りつぶそうとしていたみたいだが……実にくだらん相手であった。何か言いたいことがあったようだがまるで要領を得ん」

 

 いついかなる時も平常運転の武道。

 彼は軽々しく言っているが、それはとんでもないことである。

 

 イリヤの解説にもあっように、あの泥はサーヴァント特効の効果があり、ありとあらゆる精神防御を抜いて汚染してくるのだから。

 Fate/Zeroを読んだ読者なら覚えもあるだろうが、ギルガメッシュはあらゆる精神防御を貫通し剥き出しの魂を汚染しようとするこの世全ての悪に対し、剥き出しであろうが変わらぬ強さの「自我」を持って己を確立し、聖杯の中身の泥を軍門に下したわけだが、武道も似たようなことである。

 違いがあるとすれば……ギルガメッシュは「聖杯から漏れ出た一部」を呑み込み、武道は「聖杯の中身の全て」を呑み込もうとしたら逆に逃げられたというところか。

 

 なぜそんな事が可能だったのか?

 ギルガメッシュの場合は聖杯の中身、この世全ての悪の持つ悪意、呪いを全て受け入れ肯定し、その上で自分が「王」として立つことで「この世全ての悪」の内部で異物となったのだが、武道は違う。

 

 この世全ての悪にそまった聖杯がサーヴァントの属性を反転させるときは、サーヴァントの魂の輪郭を溶かし内部に入り込み、防御も抵抗もできない剥き出しの部分において相手の全てにネチネチとネガキャン活動を行いノイローゼにさせるようなものだのだが……武道は人ではない。

 何億年もの時を超え遥か過去から生きる超人。

 その歴史の深さゆえ、聖杯はどこまで入り込もうとしても武道という器のそこが見当たらずに、武道を悪意に晒すどころか、逆に自分が武道の意識に観察され晒し者になっているような恐怖を覚えてしまった。

 

 人を嫌う、呪うなどのネガティブな感情に染まりきった聖杯にとって、他者に対する恐怖はあってはならない。

 劣等感からくる恐怖、というのであれば悪感情、呪いへの転嫁も可能だが、ただ純粋な「未知に対する恐怖」は悪感情よりも前、本能の恐怖、弱い心に直結してしまうのだから。

 

 そうして聖杯の中身「この世全ての悪」は、これ以上武道の中に入り込もうとすれば自分は「悪意」意外の何かを伴った不純物になりかねないという恐怖から、逃げようとした。

 自分にとって慣れ親しんだ聖杯の、孔の向こう側へと。

 

 しかしそれを武道に遮られ、逆に引っこ抜かれてしまい、どうすればいいのかパニックになり、殻を作り閉じこもってしまった。

 その状態こそが。

 

「この状態なのね」

 

 武道のゆで的説明から、イリヤは現在の聖杯……あるいはこの世全ての悪(アンリ・マユ)、もしくはアヴェンジャーというべき存在の現状を推察し、凛ちゃんたちに語ってみた。

 

「グロロロ。なんと軟弱な。……これでは戦いにならんではないか」

 

 球体になったとは言え、聖杯の中身そのもの、悪意に染まった魔力の塊、サーヴァントの体で触れれば忽ち飲み込まれその一部とされてしまうであろう、そんなアヴェンジャーボールを武道はゴンゴンと殴る。

 

 その度にビクビクと怯えてるかのような反応で震えるのだがそれ以上リアクションがないのだからどうすればいいのやら。

 

「グロロー。まあいい。順番は前倒しになるが大聖杯の解体作業を先にしておくか」

 

 この世全ての悪のことはサラッと誤魔化し、武道は大地に手をかける。

 

「何するの?」

「こうするのだ! グロロー!」

 

 地に手を付いた武道、その体がビババと光る。

 毎度おなじみ、零の悲劇である。

 

「でも……なんで地面に?」

「こ、これはー!? まさか、そんな事が可能だというの!?」

「知ってるのか! イリヤ!」

「うむ!」

 

 バッバッバ! と光を放つ武道をバックにイリヤの解説が始まる。

 

「この冬木の地の龍脈の集中するポイント、その中心点であるここに私のご先祖様……ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが魔術回路となって存在している……はずなのよ、理屈の上では」

「理屈のうえっていうか、さっきガンマンの見せた映像でそんな感じだったよな」

「ええ! すなわちこの大聖杯、元は人間だったとも言えるのよ! 私の場合は小聖杯を内蔵したホムンクルス、人間型聖杯といえる存在だけど、ご先祖様はその逆! 大聖杯型人間、と言える存在だったの! それに非人間を人間にしてしまう零の悲劇をかければどうなるか……!」

「どうなるんだ?」

「人間になるんじゃないの?」

 

 なった。

 

 

 

 それから。

 

 人間になった瞬間は全裸だったが、カラスマンが素早く凛ちゃんまでの家まで飛んで服を調達してくれたので、元ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンも服を着て人心地がついた。

 ここで衛宮くんが

 

「一部服がキツキツだな、どこがとは言わないが」

 

 などと余計な発言をして凛ちゃんに一発くらったのは言うまでもないことだろう。

 その話題の元となるユスティーツァは人間の姿となったのだが、ひどく混乱している。

 

 これを武道は

 

「グロロロー。おそらく前回の聖杯戦争でも聖杯となり混ざってしまった女の人格も合わさって自我の確立が難しいのであろう」

 

 などと言っているが、もちろん違う。

 いや、それもあるがそれ以上に、彼女が混乱している原因はある。

 その原因とは?

 

「なんで!? 私は聖杯になったはずなのに!」

 

 どうやら人間になってしまったことに驚いているらしい。

 

「だいたい私が聖杯になったのは昨日今日じゃないでしょ! いや、昨日今日だったとしても」

「黙れ」

 

 混乱のせいか若干ヒステリックに叫んでいたユスティーツァだが、武道が脅せばピタリと黙る。

 人間の本能とは凄まじいものである。

 

「ぶ、武道が滅茶苦茶なのはいい加減わかってたけど改めて驚いたわ。ご先祖様が聖杯になったのなんて200年以上も昔の話よ?」

「グロロー。太古の昔から存在する私にとっては200年程度など最近ということよ」

 

 そもそも武道の零の悲劇は2000歳の便器の超人、ベンキマンだって人間にするのだ。

 ならばたかが200年と少し前に人間をやめた程度の存在を人間にすることなど、出来ないわけがない。

 出来て当然である。

 

「な、何が太古の昔よ。私はちょっと前まで聖杯だったんですからね! 聖杯の事はよく知ってるわ! そんなだいそれた存在を呼び出せるわけ」

「黙って聞け」

「は、はいっ!」

 

 そして武道は語る。

 

「グロロー。私の零の悲劇。本来は超人を人間にする技よ。しかしな、サーヴァントの枠に嵌められたことで私は弱体化してしまった」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「黙って聞け」

「はいっ!」

「その結果スキルの大半もまた、変質してしまったのよ。そして零の悲劇は超人以下の存在を人間へ変える技となってしまったらしい。グロロロ、まぁ大した事ではないだろうがな」

 

 と、いう事らしい。

 

 しかしそれでもユスティーツァは納得がいかないのか、愚痴っている。

 

「おかしいわよ、そもそもなんで聖杯であんな純和風の存在が呼び出せるの!」

 

 などと。

 

「グロロー、貴様のことなどどうでもよいわ! 私が貴様を人間にしたのはなぁ~、貴様が二度とくだらん聖杯戦争などというものを再開させないようにするためよ!」

「は、はぁ!? たっ、たかがサーヴァント風情が! 我がアインツベルンの悲願、第三魔法の再現を邪魔するというの!?」

「何が悲願か、バカバカしい。きさまら魔術師は過去に向かっているだけのくだらぬ存在ではないか~。理想を過去ではなく未来に見ることができぬきさまらに偉そうな口をきく権利などないと知れ!」

「ひぃっ!? お、脅したって無駄よ! 私は何度だってやってやるわ! それがアインツベルンの使命ですもの! ひいてはこれこそが世界人類にとっての」

「グロロー。言ってもわからんとは実にくだらん女よ。もっとも貴様には二度と聖杯戦争など起こせぬがな」

 

 武道にビビりながらも、流石に大昔の人間だというだけあって、ユスティーツァは武道に反論する。

 第三魔法という妄執に憑かれた狂人ゆえの狂気か、あるいは世界の行く末を真剣に憂う一人の人間の覚悟か。

 だが、武道は鼻で笑うように言うのだ。

 

「言ったはずだ。私は貴様を人間にした、と。貴様はもはや魔術回路のないただの人間よ!」

「なんですってぇー!?」

 

 武道の指摘に焦るユスティーツァ。

 そして必死に自分の魔力回路を呼び起こそうとするが……無理だった。

 魔術ってどう使うの? というくらいに魔術回路が無くなっているのだ。

 

 ご先祖のそんな姿を見て、イリヤはまさか自分も? と思って自分の魔力回路を探ってみるが、確かに感じることができなくなっていた。

 

「あ、私も魔術回路がなくなってる」

「グロロー。当然、そこの小娘……桜といったか? そやつも魔力のない人間にしておいてやったぞ。感謝するがいい」

「えーと……ありがと?」

 

 感謝しろと言われて素直に礼を言うイリヤ。

 元より死が運命づけられていた彼女は、この聖杯戦争をやり過ごしても総寿命は長くなかった。

 それなのに人並みの人間にしてもらえたので、文句を言うのもわがままだろうと納得したのだ。

 

 今はメドゥーサに抱かれ意識のない桜ちゃんだけど、彼女にとってもそれは良い事だろう。

 高い魔術適性は魔道を志さないものには悪影響しかないのだが、今の桜ちゃんならその影響を感じずまっとうに生きていけるだろうから。

 これにはメドゥーサもホッとしている。

 もし魔を引き付けるとしても自分がいれば何とでも……と、思う部分はあれど、わざわざ守られずとも自分で幸せになれるのならそっちの方がずっと良いのだ。

 

 こういうわけで、魔術師ではなく人間にされてしまった3人のうち2人はそれを前向きに受け入れそうなところで、残った一人は文句を言う。

 

「ば、馬鹿なことを! 返しなさい! 私の魔術回路を……返せぇ!」

「グロロー。黙れ」

「うるさい! 私はアインツベルンの魔術師よ!? 新参の魔術師もどきと違って、古い歴史を持つ本物! 魔術師の大家の最高傑作なのよ!」

「黙れ」

「私の魔術回路がどれほどの宝か……ましてや聖杯! これこそ人類の夢! たとえいかなる犠牲を払っても聖杯こそが」

「黙れと言っておるー!」

 

 クワッ!

 

 聞き分けのないユスティーツァに、ついに武道が切れた。

 ユスティーツァはビビって失神して倒れてしまう。

 

「なんたるうるさい下衆人間。このような奴、無力にしたはいいが放っておけば、知識を他人に売ることで自分以外を犠牲に小規模な聖杯戦争を再開しかねんな。ならばこうしてくれるわ」

 

 話の通じない人種に頭にきた武道。

 彼は寝てるユスティーツァに再び零の悲劇をかける。

 ビババ!

 

「これでそやつの記憶も無くなるであろうよ。下手に修復されても面倒なので戦闘をしても急成長魔術師にならんようにもしておいたしこれで聖杯の件は一件落着よ」

 

 これにて、聖杯戦争は完全に終わった。

 アインツベルンに残った資料があろうと、それは完全な形ではない上に大昔の魔術師が使うための資料。

 今の魔術師が使うには根幹部分から作り直さねばならず、その根幹こそが肝心要であり弄りまわす事も出来ない以上、聖杯戦争の再現は不可能となってしまったのだ。

 たぶん。

 聖杯そのものの魔術回路でもあればできたのだろうけど、それも今や無力なひとりの女になってしまったのだからどうしようもあるまい。

 

 余談ではあるが、このユスティーツァ、零の悲劇で記憶がリセットされたことで、その人格の底に沈んでいたアイリスフィール・フォン・アインツベルンの記憶、人格が前面に出ることとなる。

 アイリスフィールの夫でありイリヤの父である切嗣こそ欠けてしまったものの、本人たちが二度と会えないだろうと諦めていた家族と再会し、ましてや再び、これから長い時間を人として生きていけるのだから、彼女たちにとっては間違いなく良い事であろう。

 魔術師じゃなくなってしまった事など、人としての幸せの前には大した問題でもないのだ。

 

 

 

「で、アヴェンジャーってどうするんだ? 放っておいていいのか?」

 

 思いもよらずイリヤ周りがハッピーエンドで幕引きになりそうな中、衛宮くんは武道がカタにハメたアヴェンジャーを指差す。

 放って置かれても困る存在であるがゆえに。

 

「グロロー。それもそうだな。とっとと形を成し襲いかかってくるのを期待しておったがなんだ、殻の中に閉じこもりおって。この臆病者が!」

 

 武道はそう言ってアヴェンジャーの詰まった球体を蹴る。

 表情なんてない、黒い球体なのだが、なんだか「ひいー!」と言う悲鳴や怯えの表情が感じられる不思議。

 

「このままでは埒があかんな。ガンマンよ、やれ」

「シャババ! 真眼(サイクロプス)!」

 

 こういう困ったときは、ガンマンの出番だ。

 ピカーと光るガンマンの真眼はいかなる擬態も許さない。

 敵の真の姿を炙り出すのである。

 

 ガタガタと震える球体の中に浮かぶシルエット、詳細こそ分からないがそれこそがこの世全ての悪、アンリ・マユの真名を持つアヴェンジャーのサーヴァントの実態であろうか。

 第三次聖杯戦争でアインツベルンが召喚し、弱いので速攻で負けてしまった失敗の象徴。

 なんとも矮小な姿ではないか~、と思う凛ちゃんたち。

 

 だがしかし、ここで変化が起こった。

 球体の中のアヴェンジャーが何かに気づいたようなジェスチャーをする。

 いや、黒球体の中のシルエットなんでわかりにくいのだが、なんとなくそう感じていそうだと思わせる動きをしたのだ。

 そして、小さくうずくまる。

 だがそれは、先ほどの恐怖に怯える姿ではなかった。

 

 球体のサイズが徐々に小さくなっている。

 これは……中のアヴェンジャーが、球体及びその中身を一点に凝縮しているのだろうか?

 その証拠と言っていいのか、小さくうずくまっていたアヴェンジャーは徐々に体が大きくなる。

 ムクリ、ムクリと。

 そのシルエットの形も微妙な変化を見せている。

 

 そして、内側から大きくなるアヴェンジャー、外郭が小さくなる黒い球体の二つのサイズが重なったとき、一気に形を成し現れるものがあった。

 

 身長は2メートル以上あるだろう。

 その体はまるで西洋鎧のよう。

 両肩部が膨らんだ同鎧、その中央に刻まれたマークは太陽か悪魔か。

 額の中央、両側頭部から生えた角のあるマスクは感情を見せないデスマスク。

 

 全身真っ黒であるという、色の差異さえ除けばこの姿を見て誰もがその名を知るであろう。

 その名は!

 

「ゴールドマン……か」

 

 ボディの強靭さはスニゲーター!

 スピードはプラネットマン!

 残虐性はジャンクマン!

 テクニックはザ・ニンジャ!

 そしてパワーはサンシャイン!

 悪魔騎士たちの能力を兼ね揃えた最強の悪魔超人!

 キング・オブ・デビル……悪魔将軍だぁー!

 

「な、なにあの姿は?」

「わからない……わからないわ!」

 

 凛ちゃんやイリヤそっちのけの存在の誕生である。

 

「ゴバッゴバッ。あれこそかつてあやつに救われ我らと志を同じくした伝説の古代超人。完璧(パーフェクト)壱式(ファースト)と呼ばれた偉大なるゴールドマン」

「モガッモガッ! それが我らと袂を分かち完璧を捨て下等な悪魔となった奴の姿よ!」

 

 ミラージュマンとアビスマンの説明で、あの姿が何であるかはわかった凛ちゃんたち。

 だが、わからない事もある。

 

「な、なんでアヴェンジャーがそんな姿になったんだ?」

 

 衛宮くんの疑問もごもっとも。

 

「ニャガニャガ。簡単な話ですよ。あの黒い泥……アンリ・マユさんとやらは閻魔サンの内側に入り込み悪で満たそうとしたくらいですからね。おそらくその時に記憶の一部を除いていたのでしょう」

「そして……あやつの記憶の中の「一番の悪」であるゴールドマン、それに縋ったのであろう」

 

 疑問を出した衛宮くんに答えるはサイコマンとジャスティスマン。

 

「カラカラ。なるほど、悪が縋り付く最後の果となればああなるのか。だが……」

 

 ゴールドマンを見つめるカラスマン、いや、彼に限らず全始祖(オリジン)たちの表情が険しい。

 その理由も当然であろう。

 

「バ……バゴア……バゴア~ッ」

 

 擬態とは言え手に入れた力を持て余しているのか? 悪魔将軍の姿となったアヴェンジャーは謎の奇声を放ちみ悶えているではないか。

 

「ギララ……かつて我らの筆頭であったゴールドマン、その姿をまとっただけのまがい物とは言え……なんとも無様な姿ではないか」

 

 力に振り回されるように身をよじるアヴェンジャー、その姿は確かに滑稽であったかもしれない。

 いいや、彼ら完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)達からすれば、見ていられない姿である。

 始祖の中でも特に人情派のシングマンにとっては特にそうであろうか。

 

「テハハ……例えガワだけとは言えゴールドマンの奴のこのような姿は見るに耐えぬ。ここは私が引導を渡してやるべきだろう」

 

 いい加減、アヴェンジャーの醜態を見かねたペインマンも自分の手でトドメを誘うと名乗り出てしまう。

 

「モガッモガッ! 待ってもらおうか、あんた! ゴールドマンの奴とやるのはこのアビスマン様のほうが先だぜー!」

「ゴバッゴバッ! いいや、ここは超人墓場の番人たる私の出番だ」

「ニャガニャガ。何を言いますか。裏切り者のゴールドマンさんを裁くのは私こそが相応しいでしょう」

「いいや、裁くのはこの私、ジャスティスマンだ。数万年前、ゴールドマンとシルバーマンに裁きを下したこの私こそが」

「ギラギラ。いいや、あやつの元を去り崩壊の原因を作ったゴールドマン、例え偽りといえどもその存在を倒すべきは私の役目のはずだ」

「シャバババ! 何を言うか! 私がやるべきなのだ~!」

「カラカラカラ! いいや、奴との因縁のある、私こそがその役目にふさわしい!」

「テハハ、キサマら出しゃばるではないか~」

 

 するとペインマンを始め、ほかの始祖達も皆が皆名乗りを上げ、ちょっとした大騒ぎである。

 

「グロロロー!」

 

 いつまでも続くのではないか? と思われた始祖たちの諍い。

 それを一括で止めれる存在は……ストロング・ザ・武道。

 彼を置いて存在しないだろう。

 

「グロロー。この戦いはあくまで聖杯戦争の一貫。サーヴァント同士の戦いこそ終わったが……こやつを倒すのはこの私、ストロング・ザ・武道以外におらぬわ~!」

 

 武道もやる気である。

 

「グロロー! アヴェンジャーとやらよ! その姿をまとった以上貴様にはもはや逃げることは許さん! さあ、リングに上がるのだ!」

 

 そして、ガゴッと足場の岩を足で踏み沈めると、地面の下からゴゴゴと生えてきたリングに武道は飛び立つ。

 あとはアヴェンジャーがリングに上がれば試合開始であろう。

 

「バ、バゴア~」

 

 当のアヴェンジャーは未だに悶えているのだが。

 

「ギラギラ! あやつが戦うと言っておるのだからとっととリングに上がらんかー!」

 

 そんなアヴェンジャーのケツを、あやつを最も敬愛するシングマンが蹴り上げ無理やりリングに上げてしまうのだった。

 

「バゴッバゴッ……バゴア~」

「やかましい!」

 

 リングに上げられてなお、無様に悶える偽ゴールドマンこと、アヴェンジャー。

 それに業を煮やした武道は竹刀で……ぶん殴る!

 

「グロッ! グロッ! グロアッ!」

 

 バシバシバシィ! と痛そうな音を立ててアヴェンジャーを叩きまくる武道だが一向にアヴェンジャーに戦いの姿勢が整わない。

 ゴールドマンの姿を取っておきながらなぜか?

 

「だってオラ人間だもの」

「貴様ー!」

 

 アヴェンジャーの言い分に切れた武道。

 もはや慈悲はない。ただ誅殺するのみ!

 

 と、思った瞬間。

 黒いゴールドマンは武道の踏みつける足を素早く飛んで回避した。

 その身のこなし(ムーブ)、先程までの無様な動きとは違う。

 

「む?」

 

 ずしーん! とストンピングを外しておきながらも体制が崩れない武道は後ろに回ったアヴェンジャーの姿を見る。

 先程までと形は同じ……だが、違っていた。

 そこにいる存在……先程までのアヴェンジャーではない!

 

「ギレラレラレ~。よもや魔界ではなく人間の世界でこれほどの寄り代を再び身にまとえる日が来るとは思えなかったわ~」

 

 姿は変わらない。

 だが明らかに違う存在がそこにいた。

 

 アヴェンジャーの足元の影を見ればわかるだろう。

 ゴールドマンの姿を模倣したアヴェンジャー。

 しかしゴールドマンの力は人間には身に余る物、支えきれずに押しつぶされそうになっていた彼に乗り移った存在有り。

 

 自身の影の形さえ歪める圧倒的な悪のオーラを持つ真の悪。

 

 その名を、大魔王サタンと呼ぶ。




アヴェンジャー、戦う前に死ぬの巻


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最終話

「グロロロ……きさま……何者だ?」

 

 武道の誰何の声。

 普段と同じ、もはや聴き慣れた武道の声であり、激している訳でもなければ自分に向けられた声ですらないのに、凛ちゃんの背筋に氷の冷たさが走る。

 いいや、凛ちゃんだけではない。

 衛宮くんやイリヤ、さらにメドゥーサまでもが、言いようの無い寒気に見舞われてしまった。

 それ程の怒気を武道が放っているのか。

 

 アヴェンジャー……それ程の存在なのか!?

 凛ちゃんたちは最初そう思った。

 

 しかし違う。

 違うのだ。

 

「ゲギョゲギャ~。ストロング・ザ・武道、いいや超人閻魔……いやいや、完璧(パーフェクト)零式(ゼロ)ザ・マンよ。お前なら既に気づいておるはずだがな~」

 

 黒いサーヴァント。

 悪魔将軍の姿のアヴェンジャー……のはずの存在は武道に対し笑いを含んだ、余裕を持って応える。

 もっともその返答の言葉に、答えの言葉はないのだが。

 

 しかし、武道は知っている。

 答えを聞くまでもなく、そいつの正体を知っているのだ。

 

「グロロ。その影、その気配……貴様がそうか」

「ギレラレラレ~! その通り、オレこそが悪魔の領袖、あのサタンさまよ~!」

 

 そう、その存在こそ、すべての悪魔超人の頂点とも黒幕とも言われるもの。

 

 名をサタンという。

 

「さ、さ、さ……サタンですってぇ~!?」

「ちょ、イリヤ!? アンリ・マユみたいな日本じゃ知名度低いやつどころかとんでもないの出てきたんだけど!?」

「そんなの言われても私だってわからないわよ! さっきまでのアヴェンジャーとなんか気配からして違うし……もうこんなの解説できないわ!」

 

 サタンの名を聞いて凛ちゃんとイリヤ、焦る。

 それもその筈、キリスト教圏においてはサタンといえば存在の大きさ、ネームバリュー、ともに凄まじいものがあるのだから。

 

 サタンなんて大物が聖杯戦争に関わってきていいのか?

 もうアインツベルンの聖杯戦争という範疇をとっくに超えてるんじゃないか?

 凛ちゃんもイリヤも混乱してしまうが、意外や意外、それに答えてくれる律儀さがあるサタンである

 

「キュギュゲ~! 本来ならこのサタン様がこんな辺鄙な田舎の人間によるセコい儀式で呼ばれるわけがない! だがアヴェンジャーとやらが作り出したこの悪魔将軍の肉体という供物は中々の出来だ! ゴールドマンを知る武道の記憶を元に作り上げられただけのことはある……このオレさまの寄り代としての資格十分なのだ!」

 

 要約すると、だいたいアヴェンジャーが悪い、だ。

 もっと遡ればアインツベルンのせい、になるのだが。

 

「グロロ。よもやこのような場で貴様と相対することになろうとはな」

「ギレラレ~ッ! 相対だと? 生身の状態であればまだしも、サーヴァントなどという劣化した体でこのサタンさまと戦うつもりだというのか?」

 

 サーヴァントの身体能力……これが、本来のものと劣化しているのか? 強化されているのか? というのは難しいところがある。

 が、型月世界の基本は「神秘は古いもの勝ち」であり、聖杯戦争のルールにおいては「知名度補正と、聖杯の器しだい」である。

 例えるなら、バーサーカーとして呼び出されたヘラクレス。

 神話の時代の英雄であり、あれは本来「聖杯戦争のサーヴァント」などという小さな枠に当てはめて呼び出せる存在ではないのだが、本来の能力より劣化された上にバーサーカーという縛りを入れることで召喚に成功している。

 アーチャーとして呼び出された、聖杯より古い歴史を持つギルガメッシュも然り。

 本来は山をパンチでぶっ飛ばし神牛と引っ張り合いっこしたりするパワーファイターだが、そのままでは呼び出せないので劣化させ、その上であらゆる宝具を使えるというキャラ付けをなす事で、どうにか召喚に成功されている状態だ。

 

 と、なれば武道が、あんな理不尽な強さだけど弱体化している……というのも、あながち嘘ではないのだろう。

 だがサタンはどうか?

 彼は確か「武道の記憶の中のゴールドマンの再現」として体を作ったアヴェンジャーに乗り移ったとか。

 という事は、かなり本来の能力に近い体でこの世に顕現しているのではないだろうか?

 そんなやつを相手に、武道と言えど勝てるのだろうか?

 

「黙れ、この宿無しのグウタラ悪魔が。きさまなど所詮他人を介してしかこの世に顕現すらできぬ影に過ぎぬわ」

「グムムギギ~ッ! きさまー!」

 

 口喧嘩では圧勝しているように見えるのだが……果たして?

 

「グロロー。きさまも超人としてリングに立つのならここでやる事は一つであろうが」

「ギレラレ~ッ! よかろう、まずは貴様を殺し、そして世界を闇に包み込み、再び地球を悪魔超人の支配下に置いてくれるわ~!」

 

 バチバチ!

 二人の視線、闘気は目に見える空間を歪ませスパークが走っているかのよう。

 

 これから行われる戦い、もはや聖杯戦争という枠内に収まるものではないだろう。

 一体どうなってしまうというのか……

 

「グロロロー。凛よ」

「は、はい!」

 

 武道から声がかかり、ゴングを鳴らさねばと凛ちゃんが構えるが……

 

「もはや我らの戦いにゴングは不要!」

 

 とのこと。

 では一体何なのか?

 

「凛よ、これから行われる私とこやつの戦い。それはもはや聖杯戦争ではない。それゆえに……去れい!」

「えー!?」

 

 これには凛ちゃん大びっくり。

 武道は一体なに言ってんの?

 

「ギレラレラレ~! 何だかんだと上手いことを言っているが敗北するのを人に見られるのが怖いだけではないのか~?」

「グロロロ。敗北? 私が? きさま如きにか。グロロロー! ありえん話よ」

 

 サタンの挑発などどこ吹く風。

 武道は語る。

 

「グロロ。私が聖杯戦争などという下衆な戦いに参加してやった理由は大聖杯の破壊。他者の願いを叶えるなどという思い上がりを完膚なきまでに打ち砕くためよ。そしてそれは成った。ならばもはやこれ以降の戦いに魔術師などの介在する必要はないのだと言うことがわからぬか」

 

 と。

 

「ちょっと武道! あんた何言って」

「グロロロ。凛よ、きさまも言っていたではないか。きさま自身、聖杯に望む願いなど無く、戦いの場があるならば完璧魔術師として勝利するのみだと」

「完璧魔術師なんてのは言ってないわよ!」

「黙って聞け。今重要なのはきさまの目的はとうに果たされたという事だ。そして私の目的も果たされた。ならば我々の関係は終わりで、その後に何をしようと文句を言われる筋合いはないということだ~」

 

 それが武道の主張である。

 言うが早いか、超人発射ガトリングガンに凛ちゃんたちを装填する手際の良さ。

 凛ちゃん、衛宮くん、イリヤ、メドゥーサ+桜ちゃん、言峰を装填したガトリングはその銃口を「遠坂邸」と書かれたゲートに向けている。

 あとは発射するのみ。

 

「グロロー! 発」

「させるかー!」

 

 しかし、発射寸前に凛ちゃんはガトリングガンに自分のニーソを片方突っ込んで詰まらせてしまう。

 精密機械なので何かひとつ詰まっただけで大問題だ。

 そのせいで発射しそこねた機関銃の弾からヒラリと舞い降り凛ちゃんは叫ぶ。

 

「武道! この私を舐めんじゃないわよ!」

「グロロー」

「たしかに私とアンタの聖杯戦争は終わったかも知れないけどね! あんたはまだ私のサーヴァントなのよ! サーヴァントの戦いを見届けないマスターなんているもんですか!」

「グロロロ」

「それにねぇ! この冬木は遠坂の管轄! つまり私の土地よ! その土地の中で人類の未来に関わるかも知れない戦いがあるっていうのに、見届けずにいて、なんの管理者よ!」

 

 聖杯戦争なんて関係ねえ! 武道のマスターであり、冬木の管理者だからこそこの戦いを見届ける義務がある! というのが凛ちゃんの主張のようである。

 

 バチバチと火花を散らせ睨み合う両雄。

 折れそうにない武道は一息つき、仕方がない、と認めるのであった。

 

「グロロロ。どのみち聖杯の消滅から私の現界時間は短い。戦う前に終わってしまっては目も当てられん……仕方あるまい。凛よ、貴様にはこの戦いの目撃者となることを許そう」

「だからなんであんたはそんな偉そうなのよ!」

 

 戦いのギャラリーとなることを認めつつも偉そうな武道。

 そして悪態を付く凛ちゃん。

 

 この二人の態度は聖杯戦争を通して何も変わっていないと言える。

 

「え? 俺らも結局残らなきゃダメなの?」

「みたいね」

「サクラを安全な布団で寝かせたいので私は帰りたいです」

 

 結局、凛ちゃんが残るために衛宮くん達も残って観戦する事になったのは語るまでもないことである。

 

「グロロロ。ならば試合開始……の前に。始祖(オリジン)たちよ!」

 

 そしていよいよ試合開始か、という所で武道は始祖たちに呼びかけをする。

 しかしこれはリングに上がれ、という意味ではない。

 超人の試合は基本的に1対1。大勢で一人をボコるべきではない。

 ならば武道はなぜ彼らを呼びかけたのか?

 その理由は簡単である。

 

 武道の呼びかけに応じ始祖たちは体が解け魔力の塊となり、武道の元へと還っていく。

 彼らは武道が召喚した存在であるがゆえ。

 

「グロロロ。いくら三下ゴミの下等が相手といえどその体がゴールドマンの模倣である以上は私とて万全の態勢で挑まねばならんからな~」

「ギレラレラレ~。万全であろうとなかろうと勝敗は見えておるわ~。いいや、むしろ言い訳がなくなったのではないか~」

 

 そしてついに、怪物二人がリング上で向き合った。

 

「ゴングを鳴らせい!」

「ギレラレ~!」

「は、はい!」

 

 かぁーん!

 

 武道の呼びかけに応じ凛ちゃんがゴングを鳴らし、ついに最後の戦いが始まる。

 次にゴングが鳴るのはこの戦いが終わったとき……つまり聖杯戦争の完全な終幕の時である。

 果たして決着のゴングをリング上で聞くのは武道かサタンか……?

 

「グロロロー!」

「ギレラー!」

 

 ゴングと同時に両雄、リング中央でがっぷり手四つ!

 

「グロロー! 武道・岩砕クロー!」

「ゲムムギー! 魔の将軍クロー!」

 

 ギチギチミシィ!

 二人の組んだ手の握力、その威力はどれほどのものか。

 武道とサタン、二人の組み合った手の周囲の空間まで歪み引き寄せられるほどの引力が発生しているではないか。

 

「ギレラ~!」

 

 組合では埒があかぬと思ったか、サタンはお互いの手を組みあったまま、両腕を頭上に振り上げ仰け反る。

 これにより接触点は組み合った手のみ、という状態でありながらも強烈なスープレックスが完成する。

 描く曲線の半径が大きいために威力も抜群だ。

 

「グロッ!」

 

 凄まじい勢いでマットに叩きつけられる武道だが、見た目に反した身のこなしで受身をとり直ぐに体勢を立て直すべく立ち上がろうとする。

 だが、攻撃を仕掛けた側の有利というべきか、サタンの方が一手速い。

 

「ゲギョギャー!」

 

 立ち上がる直前に武道の顔面にサタンのローキックが直撃。

 巨漢の武道が仰け反り後ろにぶっ飛ぶほどの威力だ。

 

「グロア!」

「まだまだいくぜ~!」

 

 ロープまでぶっ飛び片腕がロープに引っかかってしまい、倒れることも前に進むこともできない武道にサタンが迫る!

 

「グギョゲラ~!!」

 

 奇声とともに、両の手で素早く交互に張り手の連打!

 バシバシと凄まじい音を立てての連打は確実に武道の体力を削るか。

 しかし、その威力が故に武道の腕に絡まったロープが解けフリーになる。

 

「グロロー!」

 

 そしてフリーになった腕を使ってのパンチ!

 体制の伴わぬ手打ちのパンチだがカウンターであったのが功を成したか、これにはサタンもよろける程。

 よろけた隙を見逃さずに武道のショルダータックルが炸裂し、リングの逆サイドのロープまでサタンは吹っ飛んだ。

 しかしサタンは体の一部がロープに絡まることはなく、バウンドする。

 ただし地面と平行に、だ。

 これは超人プロレスにおいて珍しい現象ではない。

 となればその際の対処法も確立されているものだ。

 

「武道爆裂キック!」

 

 ロープの反射から突っ込んでくるサタンの胸板に武道の強烈なドロップキックが叩き込まれた。

 これは効いたか!?

 

「やったぁ!」

「さすが武道だぜ!」

「でも正直普通に超人プロレスやり出されたらこれはこれでコメントに困るわね」

 

 武道の優勢に沸く凛ちゃんや衛宮くんたち。

 しかし?

 

「グロロ」

 

 ガクリ、と武道が膝をついた。

 一体何ごとか?

 

「グギョゲラ~。忘れたわけではあるまい。このゴールドマン……いや、悪魔将軍の肉体の硬度調節機能の存在を! 私の体は超人界最強の硬度10・ダイヤモンドパワーなのだ~!」

「グロロー」

 

 ギレラレ~! と高笑いするサタン。

 その体は本人の主張を象徴するかのように、複雑な光の反射を生んでいるではないか。

 

「だ、ダイヤモンドだってー!?」

「宝石なら遠坂でしょ、凛、なにか解説しなさいよ」

「えぇ!? 私に振るの!? いや、でも……えーっと、ダイヤモンドは硬いけど衝撃に弱いはずよー!」

 

 しかしサタンの肉体のダイヤモンドパワーは常識ダイヤではなく、あくまで漫画ダイヤモンド。

 衝撃に弱いというデメリットを排した都合のいい最強の盾なのだ。

 

「だから打撃は効かんのだ~!」

 

 言うやいなや、サタンの両腕から一本ずつ、諸刃の剣が生えだした。

 

「そしてこのダイヤモンドパワーは防御だけのものにあらず! 最強の攻撃力を再現する剣となるのだ~! ギレラレラレ~!」

 

 両腕から生えた剣で武道を切りつけるサタン!

 その剣の威力、今までのどのサーヴァントよりも強力だったのか、あの武道の体から夥しい出血が!

 

「ちょ、ちょっと! 剣とか卑怯じゃないの!? プロレスしなさいよ!」

「そうよ! 凶器攻撃は3秒以内じゃなかったのかしら!」

「グムムギギー! 何を言うか! これは私の腕から生えた体の一部! コスチュームの一部! 武器ではないのだ~!」

 

 凶器攻撃に対しブーイングの凛ちゃんとイリヤだが、サタンには通じない。

 そして余計に武道への攻撃が激しくなる。

 

「ぶ、武道ー! こうなったらあなたも竹刀を使うのよー!」

「グロロー! 舐めるでないわ! 超人レスリングは一度リングに上がればお互いの肉体と肉体のみを使って戦うのだ! ましてや完璧超人たる私が凶器を使う事などないのだ~!」

 

 相手は使ってんだからいいじゃない! と思う凛ちゃんだが思った所でどうしようもなかった。

 完璧超人だって時と場合によっては凶器を使うことくらいあるわい! とでも言えばいいのに……と、思わざるを得ない。

 

「ゲギョゲギャ~! 実に愚かな矜持よ! 悪魔の戦いにルールなんてないんだぜ~!」

 

 相手が正々堂々だろうとサタンがそれで変わることはない。

 むしろ好都合だとばかりに攻撃が激しくなる。

 

「くらえ! 地獄のメリーゴーランドー!」

 

 そしてサタンは飛び上がり丸まりながら激しく回転し武道を斬りつけようとする。

 この攻撃、今までの斬撃の比ではない威力を感じる!

 

「ぶ、武道ー!」

 

 どう~~~ん!

 

 凛ちゃんの悲鳴もなんの静止力にならず、サタンは武道を斬りつけた。

 斬り付けたのだが……?

 

「グ、グムムギギ~……なんだ今の感触は?」

「グロロ……気になるのならもう一度やってみてはどうだ?」

「のぞむところー!」

 

 武道の体に新しい傷が刻まれることはなく、平然と立っていた。

 さらに武道はサタンを挑発する始末。

 

 一度はやり過ごせたといえどこれは危険なのでは? 誰もがそう思ったが……ばい~~ん! と、音を立て再びサタンが弾かれてしまうではないか。

 

「グ、グギョ~……これは一体?」

「グロロロ。この世で最強の物質はダイヤモンドではない、そう言った超人が居たのを知っているか?」

「なに抜かす~! ダイヤモンドより硬い物質などあるものか~!」

 

 余裕の武道に対し更なるサタンの追撃、しかし三度、吹っ飛んだのはサタンである。

 何が起きたのか?

 

「グロロ。たしかに硬さにおいてダイヤモンドは最硬の一角かもしれん。しかし、柔軟な強さも世の中にはあるということよ……そう、この空気緩衝材(クッショニング・マテリアル)のようにな~!」

 

 見ると、武道の体が膨らんでいるではないか。

 いつも以上に。

 その膨らみの正体とは……空気!

 

「そ、それは~!?」

「グロロロ。これぞ完璧(パーフェクト)伍式(フィフス)ペインマンの特性! いかなる衝撃をも通さない最強の防御だ!」

 

 膨らんだ空気はどんな強力な衝撃をも柔らかく包み込み跳ね返してしまう!

 その力を武道は身にまとったのだー!

 

「ゲ、ゲギョゲ~! 調子に乗りおって~……ならば背中から攻撃してくれるわ! 貴様も背中は膨らんでいないから無防備であろうが~!」

 

 サタンは武道に気圧されながらも、武道の空気緩衝材防御は前面に配置されており、後ろへの防御は無いと思った。

 だが、背後から近づいたサタンは逆に跳ね返されてしまう。

 武道の背中から現れたバリアによって。

 

「グロロ。いついかなる時も全方位に集中し背後からの攻撃を完全にシャットアウトする。これぞ完璧(パーフェクト)肆式(フォース)アビスマンの奥義、アビスガーディアン。この技を持ってアビスマンはこう呼ばれている……パーフェクト・ザ・ルールとな!」

 

 バリアに跳ね返されたたらを踏むサタンに対しゆっくり振り向いた武道。

 その佇まいはまさに王者のそれ。

 完全にサタンを圧倒している。

 

「ば、馬鹿な~、きさまにそんな能力があるわけが~」

「うむ、無い」

 

 あやつにそんな能力があるなんて聞いてねぇ、そんな態度のサタンだが、その言葉を武道は肯定する。

 

「ふざけんじゃねぇ~! 使ってるじゃねえか~!」

 

 しかしそれが逆にサタンの逆鱗に触れたらしい。

 当然だ。

 そんな能力は無いと言っている張本人は現在進行形で能力を使っているのだから。

 到底、納得のいく理屈が見つからないではないか~。

 

「グロロロ。忘れたか、私の身はサーヴァントであるという事を!」

「なに抜かしよる~!」

 

 わけのわからぬ事を言う武道にキレたサタンが襲いかかるが。

 

「タービンストーム!」

 

 体を捻り勢いをつけて両腕を振り回す武道の腕から発せられた竜巻に巻き上げられて宙を舞う。

 浮いたサタンに追いついた武道はサタンの喉元に両の拳を押し当てて逆さまになって落下。

 この技こそ、あのアビスマンの必殺技。

 

「肆式奥義! 奈落斬首刑!」

 

 ズギャ~~~ン!

 

 凄まじい音を立ててリングを揺らす大技の炸裂。

 

「ぐ、グムムギギ~」

 

 しかしフラつきながらもさすがはダイヤモンドパワー。

 なんとKOされずに立ち上がってきた。

 

「グロロー。やはり厄介よのう、ダイヤモンドパワー」

「ギレラレラレ~。そ、そうよ、その通り。このダイヤモンドパワーこそ攻守ともに最強の」

「だからその硬度調節機能を破壊させてもらった」

「なに!?」

 

 武道が言うと、サタンの体からボロボロと黒く輝くダイヤモンドが剥がれ落ちた。

 硬度調節機能の破壊のお知らせだ。

 

「馬鹿な~、なぜこんな~! 貴様に何故そんな能力があるのだ~!」

「グロロ……愚か者め! 私の身が今はサーヴァントであるという事を忘れたか!」

 

 クワッ!

 武道が血走って怖い目を見開いての一括。

 

 この言葉でイリヤは悟った。

 

「そ、そういう事だったのねー!」

「知っているのかー! イリヤ!」

「教えてイリヤ! どういうことなの!?」

「ウム!」

 

 聖杯戦争におけるイリヤ最後の解説が始まる。

 

「サーヴァントとは人の意思、夢、理想が形を持った存在! 本物じゃないのよ! 武道や私のバーサーカーみたいに本物の時よりも戦闘力が落ちる者もいるけど……本当は生身での戦闘力が弱い、だけど人々が最強であると願った存在は強化されるの!」

「うん知ってる」

「そして、人々が「この英雄はこんな逸話があるからこれができる」と思ったことはサーヴァントの能力として付与されるわ! 仮に、人生にたった一度のまぐれで成功した行いも、サーヴァントとして呼ばれたのならスキルとして任意で使用可能な技術となるのよ!」

「へー、それで?」

「そこで武道の宝具よ! 武道の宝具は10人の同士、完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)だったわ! かつての仲間との絆! そして武道は常にその同士たちと共にある……つまり、武道の中には彼ら始祖たちが今も生きているということになるのよー!」

「そ、そうなの?」

「そうなの! そして自分の中にあるものなら武道が使えても何の不思議もない……これが武道の数々の能力の秘密だったのね! 通りで強すぎると思ったのよ!」

 

 へのつっぱりはいらないイリヤの解説であった。

 

「グロロ。まぁ大体合っているが……私が自分以外の能力を使ったのはこの試合が初めてのことだぞ?」

「え~」

 

 そして武道はイリヤの解説について、最後の一言にだけダメ出しをした。

 最後の最後で格好のつかないイリヤであった。

 

「ま、そういうわけだ。サタンよ、サーヴァントという貧弱な身ではあるが、私の体に10人の同士が宿る以上、貴様に勝ち目はないぞ?」

「ギ、ギレラレ~ッ!」

 

 ズシリと一歩を踏み出す武道。

 その姿に不利を感じたかサタンは撤退を選ぶ。

 悪魔に正々堂々なんてないのだ! という態度で。

 

 しかしその撤退、叶わなかった。

 

「マグネットパワー!」

 

 サイコマンの能力でサタンを引き寄せられ、さらに。

 

「カレイドスコープドリラー!」

 

 武道の左腕にドリルの幻影を纏い、そのドリルでもってサタンの胸板を貫いた。

 

「グ、グ、グ~! き、貴様~」

 

 貫かれた胸板から大量の魔力が漏れるサタン。

 所詮彼の体も魔力で構成されているのだ、大きなダメージを受ければ魔力を消費し、その存在は希薄となる。

 

「グロロロ。サタンよ。どうせ貴様自身は死ぬことはないのだろうが……それでもかつての我らが同士、ゴールドマンの写し身を使ったその罪は重い! この技で完膚なきまでに粛清してくれるわ!」

 

 そんな存在感が薄くなりつつあるサタンに、武道はとどめの一撃を放たんとする。

 サタンをロープに振って、反射。

 

「タトゥ~! トゥーター!」

 

 そしてそのサタンに後ろから走って追いつき、ひっ掴み。

 

「完武・兜砕き!」

 

 サタンの頭を己の膝に叩きつけ、砕きわる武道の、武道自身の必殺技(フェイバリット・ホールド)が発動!

 

「ギ、ギレラレ~ッ!」

 

 これにより、さすがのサタンも完璧に砕け散った。

 

「やったぁ! 武道の勝利よ!」

「遠坂、ゴングだ!」

「ええ!」

 

 カンカンカァーン!

 

 地下大洞窟に勝利のゴングが響き渡る。

 ここに、聖杯戦争すべての戦いが決着したのであった。

 

 

「ぎ、ギレラレラレ~」

 

 しかし、肉体が滅んだもののサタンの魂は不滅!

 コウモリを思わせる黒い影に恐ろしい形相の顔が浮かんだサタンの魂が睨みをきかせ全てを睥睨する。 

 

「おのれキサマら~、よ、よくもこのサタンさまを~ こうなったら」

「黙って消えろ!」

 

 そしてサタン、何やら不穏な言葉を発しようとしたが、武道は聞き入れずに竹刀でサタンの魂を一刀両断。

 滅びる事こそないが、現世での顕現する体を失ったこともあり、この場からは完全に消え去るのであった。

 

 凛ちゃんはそんな武道を見て思った。

 

 試合でも竹刀使えや、と。

 

 

 

 「ふー、朝日が眩しいわ」

 

 戦いを終えて。

 凛ちゃんたちが大洞窟から出た頃には、時間はすっかり明け方であった。

 

 あれだけ濃かった武道だが、戦いが終われば「これで私の戦いも終わりよ、グロローさらばだ」と何の感慨も残さず消えてしまった。

 元々大聖杯が消滅したあとにすら残っていたこと自体がハチャメチャなので、消えるのは当然だったと言えるのだが、せめてその前にガトリングガンで家まで飛ばして欲しいと思ってもバチは当たらないだろう。

 

 言峰の奴はギアスに従ってこれから警察に自主しなければならなくなり、今までやってた後暗いことの資料集めに忙しいらしい。

 だからさっさと教会に引き上げてしまった。

 

 

 まぁ言峰の事などどうでもいい。

 

「あー、しんどー。でもこれからも大変なのよねー」

 

 凛ちゃんは思わずそうボヤく。

 なにしろ、聖杯戦争とは極東のショボい一儀式に過ぎないのだが、魔術師的な視点で見れば1000年続いた魔術の大家、アインツベルンも一枚噛んだ大儀式でもある。

 そんな儀式が1夜で完全決着、そして未来永劫おじゃんになってしまったというのだから……魔術協会、聖堂教会、その他関係各所から痛くもない腹をつつかれるのは目に見えている。

 一応は凛ちゃんとしても「取るに足らないくだらない儀式だと思った、だからぶっ壊した、反省してない」と言うつもりであるが、どこまで聞いてもらえるか。

 この土地は先祖代々、正当な手段で継いできた土地である以上、自分の家で起きたことを赤の他人がつつくんじゃねえ! というのが正論だが、得てして、声だけ大きい凡愚とやらはそういう正論を無視して声高に自身の正当性を叫ぶものだ。

 非常にウザい。

 

 しかし、今はそれより何より、疲れて眠いのでとっとと家に帰ってひと眠りして、それから考えたいと思うのも仕方がないことである。

 

 そして。

 

「そういや俺んちってキャスターのキン骨兵がウジャウジャいたっけ……あれどうなってるんだ?」

 

 凛ちゃんも面倒な状況だが、そういえば衛宮くんもいろいろ大変だったっけ、他人事のように思いながら聞く凛ちゃん。

 実際に他人事だけど。

 

「キャスターが消滅したから消えてるんじゃ……って消滅はしてなかったわね」

「あ、それもそうか。だったらキャスター本人に聞きに行くか。流石に徹夜でしんどいから今日は寺に泊めてもらうのも良いかもな」

「おおー、テラ! ジャパニーズ、テンプル! 士郎の家もそれなりだったけど和風っぽさでは寺には負けるものね。床に敷いただけの布団で寝るのも楽しみだわ」

「あ、イリヤも泊まるの?」

「そりゃそうでしょ、士郎の家に厄介になるつもりだって言ってたじゃない」

「では私も暫くそうさせてもらいましょう。サクラをあの蟲ハウスと関わらせるのは絶対ダメですから」

「はいはい。遠坂ー、俺らは柳洞寺で一休みしていくけどお前はどうすんの?」

 

 しかし、その会話を聞いて凛ちゃんに電流走る。

 

 これだ!

 

「私も行くわ! キャスターに会いにね!」

「キャスターじゃなくて今はメディアじゃなかったかしら? 武道が真名言ってたでしょ」

「良いのよ細かいことは!」

 

 凛ちゃんは考えた。

 これから魔術協会を始め色々なやっかみが襲いかかってくるだろう。

 いくら地元の理があっても自分ひとりで耐えれるかというと、正直なところ自信はない。

 だからどこかで相手の要求を譲渡して、本来はその義務もないのに自分の土地を調査という名目で荒らされることも覚悟していたが……こっちには大きな戦力がいる。

 神城の時代の魔術師であるメディアがいる。そして元女神で今は人間になってはいるが、それでも神代の時代の存在であり今の時代の魔術師よりも深く濃い魔術を知るメドゥーサがいる。

 

 この二人はこれからこの時代、この街で生きていくのなら色々と入用になってくるだろうから、それらの負担をこちらから提供することで自分の戦力として使えるのでは?

 別に他人の物を欲しがるような下品なことはしない、優雅じゃないから。

 ただ、自分を守るために力をちょっぴり借りたいだけだ。

 きっと受け入れてもらえるだろう。

 

 そうと決まれば交渉あるのみ!

 

「ボサっとしてんじゃないわよ、衛宮くん! 柳洞寺、いくわよ!」

「ま、まぁ良いけどさ。そんなテンション高くなくてもいいんじゃないか?」

「うっさいわね! 寝てないとテンション高くなるでしょうが!」

「俺はテンション落ちるタイプなんだよ」

「私も~」

「私はどちらとも言えませんが……サクラが目を覚ますので静かにして欲しいです」

 

 凛ちゃん以外テンションは低いが、そんなことは対して気にもならない。

 これからの苦難、試練を考えれば小さいことだろうから。

 

 しかし凛ちゃんはその全てを乗り越えるだろう。

 自分に自信を持ち、言葉として自分に言い聞かせる。

 

「へのつっぱりはいらんですよ!」

「おお~、言葉の意味はよくわからないけどすごい自信ね」

 

 聖杯戦争は終わったが、凛ちゃんの本当の戦いは始まったばかりである。




あとはちょっぴりエピローグ的なのを書いて、おまけを少し書いたら完結です。


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エピローグ

 遠坂凛。

 

 200年以上続いた大儀式「聖杯戦争」において、戦闘開始したその一夜で決着を付けた「完勝」の魔術師として名を知られることになる。

 と、同時に1000年続いた大家、アインツベルンの儀式を完全に破壊した当事者として魔術社会から一時期、指名手配を受けることになるが、突如として現れた超常の力を持つ魔術師二人を従え反発。

 なんと「魔術協会」という大組織を相手に一歩も引かず、むしろ相手に一定の譲渡を引き出させるほどの戦いを見せた。

 それが故に彼女は「完勝の魔術師」という二つ名が確固たるものとして語られることになるのだが本人はたいそう嫌がっていたという。

 

「だから私は完璧魔術師とかじゃないんだってば」

 

 

 

 衛宮士郎。

 

 完璧魔術師として「敗北=自決」の運命に従い生きた結果、気づいたら政治家になり政治家としても勝利し続けて将来において日本の英雄になる。

 30~40の頃は、それでも外国人から見たら「鬱陶しいやつ」という認識を持たれ嫌われてもいたのだが、さらに未来に起きた国際的な問題を解決しきったことで、国際社会からも無二の英雄として祭り上げられてしまう。

 本人はいつ失策して「自決の掟」が発動するのかわからないので、さっさと引退したいのになかなか後任を見つけられなくて困る。

 色々と女性関係でスキャンダルが多そうなのだが、衛宮士郎を探るブン屋さんはなぜか気づいたら自分の持つ全データを破棄して大通りで裸踊りをしていたりして、いつからかマスコミも衛宮士郎を狙ってはいけない、という暗黙の了解が出来てしまうことになるのだが、その真相は表沙汰になっていない。

 もし未来において聖杯戦争のようなシステムで英霊として呼び出されることになれば「古の神秘」を纏わない英雄でありながらも、最大級の英霊として降臨しそうな勢いである。

 クラスは「セイヴァー」で確定だろう。

 

「なんでさ」

 

 

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 ホムンクルスから人間になった存在、という事で実家から緊急収集の令が下るがガン無視。

 追っ手もやってきたが全部を同居人が返り討ちにしてくれたので安泰である。

 仲のいいメイドも実家より自分を選んでくれたこともあり悠々自適な毎日を過ごす。

 復活した母親と失った時間を取り戻すように幸せな人生を歩んだという。

 なお、隣に住む藤村大河とはそれなりに仲がよく、よく衛宮邸の道場でイリヤは体操服(ブルマ)を、大河は剣道着を着て遊んでいたりするのだが、その様子を見た衛宮士郎は何だか知らないが不思議な記憶が刺激される気分になったとか。

 きっと気のせいである。

 それなりに運動を頑張ってスポーツ万能になって、学生の大会などでも優勝、入賞を果たして人生をエンジョイすることとなる。

 

「これからは解説役じゃなく、私が選手になるわ!」

 

 

 

 桜。

 

 間桐の家には置いていられない。

 それは彼女の周りの人間全員による一致した意見となった。

 魔術師としての才能もなくなり暗示をかけやすくなったことも手伝い、とりあえず暗示をかけた。

 その暗示は「桜はアインツベルンの家に預けられることになった。そしてそこのイリヤが父親の実家、ということもあり衛宮家で世話になるために、イリヤと一緒に衛宮の家で世話になる事とする。他所の家の養子になった、とはいえ10歳年上の姉とは会いたいときに会えるくらい緩い関係である」と言うもの。

 姉の遠坂凛との姉妹仲も良好、時々年齢差に違和感を感じることもあるらしいが上手いフォローを繰り返すうちに、次第に違和感を感じなくなった。

 ちなみに本人にかけた暗示より、その周りの人間関係にかけて回る暗示の方が大変だった事は言うまでもない。

 将来の夢は士郎のお嫁さんらしいが、士郎がどちらかというと巨乳派であり、自分が10歳も年下なので中々焦れているが、将来は高確率で巨乳になるので焦らずに頑張るといい。

 

「食べ物の好き嫌いはダメってわかるけど……どうしてかワカメは好きになれません」

 

 

 

 間桐慎二。

 

 間桐の家の魔術的なとしての資料、その他を売り払いひと財産を得たあとは故郷の冬木を逃げるように離れ、魔術と関係のない普通の、だけど人並み以上には成功した人生を送ったと思われる。

 

「もう魔術なんてこりごりだよ」

 

 

 

 言峰綺礼。

 

 自主して法の裁きを受ける。

 とは言え、そもそも自分の命にそれ程の価値を感じていない自分である。仮に死刑の判決をくだされたとてなんとも思うまいよ。

 そう思っていた。

 そして、実際に死刑になることはなく、それどころか終身刑ですらなく40年程、ひょっとしたらそれより短くなる程度の刑期だと言われ、この程度の裁きは私になんの苦痛ももたらすことはできない、と、最初は哂っていた。

 しかしその余裕は数ヶ月しないうちに崩れ去る。

 美しいものを美しいと感じれない異常性、他人の不幸を己の幸福とする邪悪さ、それは己一人のものではなく、当たり前に常人が持つ感情の一つでしかないということを刑務所の暮らしの中で知ってしまう。

 さらに、自分以外の囚人の邪悪さ、邪悪でありながらもそれを誇ることもなく、諦めることもなく、特別視することすらない者の「己は普通である」「捕まるのは理不尽だ」などという身勝手な主張がまかり通るという現実は、自分の若かりし頃から積み重ねた苦行の全否定。

 衛宮切嗣以上に許容しがたいものであるのに、自分たちを取り締まる看守たちから、そんな自分をも肯定し向き合い、更正させようという精神性を見せられ、自分の小ささをより浮き彫りにされることとなり苦痛の余生を送ることとなる。

 ただの苦行であればいくらでも受け入れることはできても、許され肯定され続けるという「ぬるま湯」は言峰綺礼にとって想像を絶する地獄になったらしい。

 さらに言えば仮にもキリスト教徒の言峰綺礼に自害は許されず、ただただ苦痛を耐えるしかできない事実はより神経をすり減らす結果となったようだ。

 今は自分の刑期が終わり、この地獄から抜け出せる日々をひたすら祈っている。

 

「私は……なぜだ……罪とは……悪とは……私は一体なんなんだ……」

 

 

 

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの記憶と人格がリセットされたことで、アイリスフィールの人格、記憶が現れたことで、諦めていたイリヤとの親子生活が再開したことを喜んでいる。

 魔術師の家の娘であった事がアイデンティティの一つでもあるので、魔術回路が完全になくなったことはそれなりにショックだが、娘との暮らしの前には些細なことらしい。

 実家からの帰宅命令は完全無視。イリヤから聞いたアインツベルン家での暮らしや教えられていたことを聞いて、もう実家に対する思いは完全になくなってるらしい。

 夫である切嗣の息子である衛宮士郎も息子として受け入れてはいるけど、若干距離感を掴みづらいのが目下の悩み。

 隣の家の藤村大河に対しては、どうもソリが合わないのか会うたびに必要のない挑発をしたりしている。

 ついでに現在の自分の肉体年齢を「18歳」と言い切っているので、イリヤの年齢から逆算して「切嗣ってそういう人なのよ」などと言って藤村大河をからかって遊んでいる。嫌っているわけではないらしいのだが。

 遠坂の用意した戸籍の年齢も本当にそうなっているので、書類上切嗣はとんだロリコン野郎として記録に残ってしまうが……些細な犠牲であろう。

 

 

「いや、まぁ……実年齢を考えると切嗣って0歳児とヤッてた訳だし……まるっきり風評被害じゃないわよね?」

 

 

 

 

 

 

 ランサー「クー・フーリン」

 

 聖杯に望んだ願い、ある意味叶ったと言えるのだがなんとも釈然としない。

 しかし敗北は自分が相手より弱かっただけ、と受け入れる度量はあるので納得はしてる……はず。

 

「今一気に食わんがまぁまぁだったな。できれば次は勝てなくていいから互角くらいの相手と戦いたいもんだ」

 

 

 

 セイバー「アルトリア・ペンドラゴン」

 

 カムランの丘で一言呟いた。

 

「なんでさ」

 

 

 

 バーサーカー「ヘラクレス」 

 

 一時期人間になりかけたが拒否したので英霊のままである。

 英霊であるより生きた人間としてイリヤの守護者をした方が良かったのかもしれないが、それでもきっと自分の選択に後悔はない。

 

「あの子も救われたみたいで本当に良かった」

 

 

 

 アーチャー「ギルガメッシュ」

 

 誰かがふと思った。

 あれ? ギルガメッシュって別に人類最古の英雄でもなければ伝説の原点でも何でもないような気がするぞ?

 と。

 特にそれを証明する歴史的発見はなされていないのに、何故かその考えが世界中に浸透してしまう。

 

「馬鹿な……この(オレ)がなぜこんな……」

 

 

 

 キャスター「葛木メディア」

 

 武道の零の悲劇で英霊でなくなり人間となったメディア。

 実は英霊の座からもその身分が剥奪されたのだが、本人にとってはむしろラッキー。

 望むところ。

 愛する夫とイチャイチャしながら時々、遠坂からの頼まれごともこなして雑魚魔術師相手に無双し、陰険な姑のような小僧に溜め込まされたストレスを発散して人生をエンジョイしている。

 

「ひゃっほう! やったー!」

 

 

 

 アサシン「佐々木小次郎」

 

 本当は佐々木小次郎じゃない、ただの浮遊霊だったので浮遊霊に戻った。

 閻魔大王に負けたのがそれなりに悔しく、死んでも地獄には落ちてやらないと今日も成仏せずに浮遊霊生活をエンジョイしている。

 時々メディアからの命令で柳洞寺でラップ現象を起こしてメディアにとって陰険な姑の如き小僧をビビらせる仕事をする事に。

 

「きゃつめ、まさか聖杯戦争が終わってまで幽霊使いが荒いとは思いもせなんだわ」

 

 

 

 ライダー「メドゥーサ」

 

 メディアと同じく、英霊の座から名前が削除されてしまい、姉たちとの繋がりが絶たれた気分でショックを受けたが、大事なのは記録などではなく真実の記憶、と思うことで落ち着いた。

 桜を守り続けるために、ということで戸籍の上ではアインツベルンの人間、として世間的には「イリヤと桜の姉」として衛宮家に住む事に。

 サーヴァントでもないので吸血の必要もなく、普通の暮らしをしているけど街で可愛い女の子を見たらなんだか疼くので、ひょっとして自分は性癖が変なのでは? と、少し悩んでいる。

 基本的に桜が大事、一応はイリヤも守ってあげる、というスタンス。

 

「桜の通う児童学校の生徒にも中々かわいい()が……いやいや、私はノーマル、ノーマルのはず……うぅ」

 

 

 

 

 

 

 そして……超人墓場。

 その深奥、超人閻魔の間にて、男が一人。

 石造りの重厚な椅子に気だるげに座るが、その眼光の鋭さに気だるげな空気は一切ない。

 彼は既に決意している。

 己のなすべきことを。

 先程まで、自分の一欠片を飛ばして行っていた戦いは所詮は前哨戦に過ぎない。

 

 だが、やる事は同じである。

 正さねばならぬ。

 そのためには粛清が必要だ。

 

 だからこそ、立つのだ。

 

 重々しい動きで椅子から立ち上がり、向かう。

 次代のために。

 

「グロロロー。さあ行くぞ!」

 

 ストロング・ザ・武道は動く。

 これから始まる戦いのために。




これにて本編部分は完結です。
「”完結”ストロング・ザ・Fateー! グロロー!」


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おまけ
並行世界の聖杯戦争


以前の感想に書かれていた「この話の後のエミヤが召喚された場合」という話です。
エミヤはエミヤでも、赤アーチャーじゃない英雄になってしまった衛宮士郎のお話です。


 どれほど手を伸ばしても決して届かない程遠い、だけどすぐ隣にあるはずの世界。

 いわゆる「数多ある並行世界」の一つ。

 

 そこでも遠坂凛はサーヴァントの召喚準備に取り掛かった。

 

 彼女の狙うサーヴァントはセイバー。

 最良のサーヴァントである。

 

 此度の聖杯戦争において未だにセイバーが召喚されていないのは、自分がセイバーを呼ぶための前振りに違いない、などという自信を持って。

 

 そうして召喚したのだが……なんの間違いか、呼び出されたサーヴァントはセイバーではなかった。

 

「セイヴァーのサーヴァントとして呼び出された衛宮士郎だ、よろしくな。……って、遠坂か?」

「はあああああああ!?」

 

 呼び出されたサーヴァントはセイヴァーであった。

 

 

 

「えーと、衛宮くん……未来で英雄に?」

「うん。しかし俺の記憶にある遠坂からすれば若い遠坂は違和感バリバリだなぁ、無理すんな、って言いたくなる」

「ぶっ飛ばすわよアンタ」

 

 呼び出したサーヴァントが同じ学校のちょっと気になる生徒の面影がある……というか、そのものズバリであった事に驚いた凛だが、今は落ち着いたもの。

 

 そこで情報交換というわけだが……正直さらに驚くことになる。

 未来からも英雄を呼べるなんて、ということ。

 衛宮士郎がその英雄だなんて、ということ。

 そしてセイヴァーという特殊なクラスである、ということなど。

 

「色々言いたいことはあるけど……未来からのサーヴァントってことはこの聖杯戦争についての知識もあるのかしら?」

「ああ、聖杯から召喚された時にサーヴァントに付与される知識だけでなく、俺の生前の記憶がな。……まぁ、あんまり参考に出来る気がしないけどさ」

「? どういうこと?」

 

 凛から聞かれたのでセイヴァーは答える。

 

「俺の記憶では遠坂が召喚してたサーヴァントはストロング・ザ・武道というクラスで真名が閻魔大王だったか」

「はぁ!?」

「そんな規格外な存在だけあって、圧倒して圧勝してたよ。はっきり言って、知識があるからあの行動をトレースしろって言われても無理だ」

 

 自分から聞いた情報でさらに驚く凛。

 しかしこれは仕方のないことである。

 

 聖杯戦争で閻魔大王なんて大物が召喚されるなんて? と。

 

「他のサーヴァントについては……なんだかったかな。ランサーとセイバーは覚えてないけどライダーがメドゥーサ、キャスターがメディア、バーサーカーがヘラクレス、それとアーチャーがギルガメッシュ、だったかな」

「……さすが聖杯戦争ね。どれもこれも有名どころを……あれ? アサシンは? あぁ、ハサン・サッバーハだったかしら」

「いいや? そういえばアサシンは佐々木小次郎だな、マスターはメディアだ」

「なっ!?」

 

 そしてほかのサーヴァントについて聞けば、これだ。

 凛の驚きはひとつやふたつではない。

 

 ほかの呼び出された英霊たちのネームバリュー、さらにアサシンは本来ハサン専用なのに佐々木小次郎であり、さらにそのマスターがキャスター?

 

「俺の方の記憶じゃメドゥーサやメディアとはそれなりに仲良くやれたけど……武道なしだと無理だろうなぁ」

「ん? どういう事よ」

「いや、俺の世界で遠坂が召喚した武道はサーヴァントを人間にする能力があってさ。それでメドゥーサ、メディアのふたりは人間になって末永く幸せに暮らしてたよ」

「ごめん、ちょっと私急に耳が悪くなったみたい。もう一回言ってくれない?」

 

 セイヴァー、衛宮士郎から教えられる情報の数々は凛の常識を木っ端微塵に吹き飛ばすのに十分すぎるものであったという。

 

「あと、お前に言えば今すぐ飛んで行きかねない情報があるんだけど、こっちは明日言う。だからお前明日は学校を休め」

「なんでよ。ていうかどんな情報があるのか知らないけど隠さずに今、言いなさいよ」

「絶対にダメだ。お前とは生前長い付き合いだったからな。遠坂がこの情報を聞いて、どう動くのかは予想がつく。俺を召喚した直後はあんまり調子よくないんだから、最低でも一晩は休め」

 

 その後、未来から来たのなら聖杯戦争の流れを予習しておきたい凛に対し、セイヴァーは今は止めておけ、と言う。

 納得はできないのだが、未来から来た者の言うことである。無下にもできずに凛も一応は引き下がった。

 

「ま、何はともあれ行動は一晩休んでからのほうがいい」

「何であんたが仕切ってんのよ! 私がマスターであなたはサーヴァント、それをわかってんの?」

「わかってるって、遠坂の願いと命は優先するさ……と、もう一つ」

 

 翌日以降、明日から始まるであろう聖杯戦争に備え、まずは休もうと思った凛へのセイヴァーからの質問。

 

「お前の聖杯に託す望みはなんだ?」

 

 これは聖杯戦争において、サーヴァントとマスター、それぞれが絶対に確認しておかなければならない事。

 むしろ自分から聞かねばならないことを相手に先を越された、と凛はすこし敗北感を覚えるが、そんなものは表情に出さずに答える。

 

「そんなもの無いわよ。望みは自分で叶えるものなんだから」

「ん、了解。並行世界でもやっぱ遠坂は遠坂だ」

「私は置いといて、あんたの望みはなによ」

「俺か? 俺はセイヴァーだからな。俺が望んだ、というより俺は望まれた側だ。救済を」

「何言ってるのかサッパリなんだけど?」

「そのへんは別の機会……って言いたいが、それはフェアじゃないな。俺の目的である救済。今回の召喚に関して言えば、聖杯戦争の終結、大聖杯の破壊が俺に望まれた願いだ」

 

 セイヴァーの質問に答えた凛。

 次はお返しとばかりにセイヴァーの目的を聞いたが……これまた驚くしかない内容である。

 

「大聖杯の破壊ですって!?」

「そう。ちなみに俺の記憶の聖杯戦争の時も遠坂は納得してたぞ。そこら辺の説明も明日教えるさ」

 

 文句の一つを言ってやりたいところで霊体化するセイヴァーを相手に、凛は結局何も言えなかった。

 言葉をかければ聞こえるだろう、というのは分かっていても。

 

 気に入らないこと、気になること。

 様々な思いはあるが、何はなくとも凛の聖杯戦争は今始まった。

 

 10年前、父が参加し帰ってくることなく終わったという大儀式。

 きっとこれから自分も死ぬか生きるかの戦いに身を投じることになるのだろう、そういう高揚感を抱えて凛は眠る。

 

 明日から始まる戦いがどれほど凛の想像の斜め上かを、この時の凛は、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 ~翌日~

 

「よし、間桐……なんだっけ? 忘れたけど蟲ジジイを殺しに行こうぜ」

「ちょ、なんで急に? それに御三家として、敵同士と言えども最低限の礼儀ってものが」

「その家では桜が10年間、性的および肉体、精神の全てにおいて虐待されていてもか?」

「!?」

 

 そういう事もあって、間桐臓硯は倒された。

 午前7時頃に。

 

「まぁ完全に殺すには桜の心臓の中の蟲をなんとかしなきゃならないらしいんで……柳洞寺に行こうぜ。今はキャスターだけどメディアとは交渉の余地がある」

「本当なんでしょうね……いや、間桐家や桜の扱い、それにライダーの正体は正解だったからもう疑う余地はないけど」

「サクラの助けになる、と言うのならば一応は信じましょう。もし裏切れば、許しませんが」

 

 そしてライダーを仲間に加え柳洞寺へ。

 

「こいつは佐々木小次郎じゃないんだぜ。対魔力は低いはずだからメドゥーサ、一発やっちゃって」

「はいはい、ゴルゴンゴルゴン」

「これはなんとも……無体な」

 

 そのライダーの能力を使いアサシンを圧倒しキャスターの元へ。

 

「聖杯戦争後、あんたが受肉して人間になったあとは遠坂が戸籍の問題とかクリアして葛木先生と結婚できるようにするからさ、桜を助けてやってくれ」

「信じられる話じゃないけど……昨日今日召喚されたサーヴァントがそこまで知ってる、ってことは本当に未来から来たんでしょうね。まぁ手は組んであげるわ。でも裏切ったら……」

 

 キャスターの協力を得て、桜の救済に成功。

 この時点で昼前だったこともあり柳洞寺で昼をご馳走になり、セイヴァー、ライダー、キャスターを伴って凛は学校へ。

 セイヴァーからの情報が確かなら「衛宮士郎」もマスターの一人だから。

 

「え? と、遠坂? 何をするんだ!」

「うるさい! さっさとアンタの家に行くわよ!」

 

 学校のみんなに暗示をかけまくり放課後にもなっていないのに学校を出て、衛宮士郎の家へ。

 そこでサーヴァントを強制的に召喚させ。

 

「セイバー、自害しろ」

「なっ!?」

 

 またもや、これである。

 セイヴァーの記憶でもセイバーの正体は不明であり、信用できるかどうかもわからないという警戒心から。

 衛宮士郎に対してはキャスターの暗示で命令に従うしかない状態だったので何一つ困ることはなかった。

 

「あとはランサー、バーサーカー、アーチャーだな」

「アーチャーはマスターが綺礼で、真名がギルガメッシュなんだっけ?」

「そう、俺の方の世界だと武道のせいで弱体化してたなぁ。まぁ俺も同じようにギルガメッシュの「古の神秘」が嘘だとわかってるから弱体化してんじゃないか? してなくても3対1だ、勝てるだろう」

 

 そうと決まれば聖堂教会へ。

 言峰が本当に不正をしているのなら許すまじ、と凛は思っていた。

 

 行ってみれば本当にそうだと判明。

 戦闘になるのだが……

 

「ギルガメッシュの歴史って超人の歴史のパクリであって、最古の英雄でもないし全英雄の元ネタってのも嘘なんだぜ」

「ば、馬鹿な!? この(オレ)の宝物庫が収縮されただと?」

「あ、弱そうになった」

 

 本当に弱そうになったギルガメッシュを3対1でリンチ。

 言峰の心臓は聖杯と繋がってるということを覚えていたセイヴァーはキャスターに頼み言峰の心臓手術、そして自首するようにと言い渡す。

 

「俺の知ってる記憶だと遠坂が言い渡してた決着だけどな」

「……まぁ、それ以外にないわね。そもそも綺礼をただ殺すってのも後味よくないし」

 

 言峰についてはこれで決着か? と思ったところでキャスターが気付く。

 

「あれ? この男……もう一体、サーヴァントと繋がってるわ。それに見なさいよこれ。令呪がたくさん」

「なんだよ、俺は知らなかったけどそんな不正までしてたのか。メディア、ヤッちまえ」

「そうね。あと聖杯戦争が終わるまではクラス名で呼びなさいよね」

 

 言峰が10年前から持っていた令呪の数々、普通はそう奪えるものではないがキャスターの腕ならそう難しいことでもなく奪取に成功。

 そして異変を察知してランサーが接近してきたのを察知したキャスターは令呪を一つ使い、命令する。

 

「ランサー、自害」

 

 これにてランサーとの戦いも決着。

 夕方の出来事である。

 

「あとはバーサーカーとイリヤだ。イリヤはホムンクルスで本来は寿命が短かったって話なんだよなぁ。キャスター、どうにかできるか?」

「見てみないとわからないけど、流石に難しいわね。体の一部くらいなら作れても人間の体そのものを作るっていうのは。まぁその子の寿命をのばすくらいの面倒は見てあげてもいいわよ。本当に聖杯で私があの人と結婚して幸せな夫婦生活を送れるのなら、ね」

 

 そういうこともあって深夜、イリヤ&バーサーカーとの戦い。

 まともに話をしても言うことを聞きそうにないイリヤを相手に、初めてまともに戦うことになったが……

 

「せ、セイヴァーって本当に強かったんだ。衛宮くんって将来こんな強くなるの?」

「違う、英雄補正だこれは。未来のこととは言え俺は英雄なんかになっちまったから人々から「このくらいはできるだろ」っていう信頼が大きすぎてステータスがとんでもなく強化されてるんだよ」

 

 思ったより強いセイヴァーを軸に、ライダーとキャスターのサポートも加わりなんとか勝利に成功。

 

「つ、疲れた……武道は楽に勝ってたように見えたが自分で戦うととんでもない強さだったな」

「まぁ生前のヘラクレスを知ってる私から見れば弱体化してたけどね」

 

 バーサーカーの撃破に成功後、ついに大聖杯へ。

 

「うわ、本当にひどい泥だわ」

「メディ……じゃなくてキャスター、なんとかなりそうか?」

「公式でも私が勝者になった場合は聖杯を有効に使えるって言われてるからね。それに言峰から奪った令呪もある事だし、上手くやるわ」

 

 こうして、聖杯戦争は完全に終わりを迎えた。

 セイヴァーから聞いていた、大聖杯を形成する魔術回路を人間に戻す、なんていう理不尽技はさすがのメディアもできないが、聖杯戦争が二度と起こせないように大聖杯の解体をするのはお手の物だったこともあり、聖杯戦争終了後の数年後には全部解決するだろう。

 

 朝焼けの中、霊体となり英霊の座へと還っていくセイヴァーを見て、凛は思う。

 

「セイヴァー……あなたもライダーやキャスターみたいに、肉体を持ってこの世界に残りたい、とか思わないの?」

「どうかな。流石にサーヴァント3体同時に残そうと思えばどこかで無茶が必要になると思うし、俺はいいよ。それに俺の召喚された目的も果たされたしな」

「目的?」

 

 セイヴァー召喚による救済の目的。

 しょせんは冬木の聖杯であり、人類全体の救済などではなく、小さな願いである。

 

「桜を間桐家から救った、10年前の犠牲者、ずっと教会の地下で言峰に養分にされてた子供たちの尊厳も……。それに、衛宮士郎の救済もな」

「衛宮君の救済?」

「そう。俺としては生前から、英雄なんてなりたくなかったのに……って思う部分はあったしな。あと、英霊になってわかったが、本来俺はもうちょっと下のランクの守護者になってたらしい。そうならないように、と思えば、今の時代の衛宮士郎を聖杯戦争にろくに関わらせないことが重要だったんだ」

 

 魔術が使えるけど腕はへっぽこ、そんな学生の衛宮士郎。

 彼は聖杯戦争に関わらなければ、大した力も持たず、せいぜいが自分の周りの人の生活の中での便利屋程度で終わっていたであろう。

 そうすることをこそ、望まれていた。

 エミヤという存在から、そしてセイヴァーとなる衛宮士郎本人も。

 

「そういうわけだから、俺はこれでいいのさ」

 

 セイヴァーはその言葉を残して去っていった。

 これにて聖杯戦争、完全決着である。

 

 

 

 

 この結末に対し、凛は思った。

 

「セイヴァーの話だと戦い始めて一晩、そしてセイヴァー自身の場合はほぼ1日かけて戦い続けて聖杯戦争を終わりに導いたわけだけど……今までこの程度の勝利もできなかった先達の魔術師たちってどれだけヘボいのかしら」

 

 と。

 

 

 この事でアインツベルンが怒って刺客を差し向けてきたり、魔術協会がせっかくの儀式を潰すなんてとんでもない! と言いがかりをかけてくるが、こちらの世界でもことごとく撃退に成功する遠坂凛。

 

 どこの世界においても、聖杯戦争は遠坂凛自身の戦いとしては、序章に過ぎないものであった。




セイヴァーのステータスは全体的に、人々の信頼補正のせいでものすごく高いです。
もし呼び出されたのが未来の聖杯戦争的なものであったら、もうできない事なんて何もないだろう、というくらいになってます。
本人にとってはその信頼も辛かったようですが。

これにてこのお話は完全に終わりです。
完読、ありがとうございました。


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前日譚・ウルルではなくグロロ

 聖杯戦争。

 超常の力を持つ英霊、そしてそれを召喚し使役する魔術師のペア7組による14人で行われる争いである。

 

 その勝利によって得られる報酬は万能の願望機とも呼ばれる聖杯。

 7人の英霊も7人の魔術師もその聖杯を求めて戦うことになる。

 

 

 しかし、人間の魔術師程度ではそもそもの前提条件となる「英霊召喚」などという奇跡は本来起こせない。

 それを可能とするのは聖杯戦争の儀式の舞台となる冬木の土地の龍脈を使い長い年月をかけて溜め込まれた大量の魔力、そして儀式の根幹を成す術式によるサポートが大きい。

 

 聖杯戦争の儀式に選ばれた魔術師にはその証となる令呪という外付けの魔術回路とも言うべきものが目印として刻みつけられる。

 その令呪が目印となり、魔術師たちは「英霊召喚」という奇跡をなすことができる。

 

 すなわち「英霊を呼ぶ」という行いに関しては参加者の魔術師個人は、それほどの労力を果たさずに成功させることができる。

 

 しかし、彼らにとっては英霊召喚は前提条件であり、召喚さえできればなんでもいい、などという事はない。

 召喚した英霊と共に他の参加者である英霊や魔術師を倒す必要があるのだ。

 と、なれば。

 誰もが思うだろう。

 

「強力な英霊がほしい」

 

 と。

 

 

 望んだだけで強力な英霊の召喚ができれば苦労はしない、と思いたくもなるが冬木の土地において行われる聖杯戦争ではそれを可能とする方法がある。

 英霊召喚の際に英霊に縁のある聖遺物を用意するのだ。

 そうすればその聖遺物に由来のある英霊が高い確率で召喚されることとなる。

 

 

 

 2004年、冬木の土地で行われる聖杯戦争の参加者たる凛ちゃん。

 彼女ままた、強力な英霊を呼ぶために何らかの聖遺物を用意することを怠らない。

 

 

「くふふ、よもや「エアの欠片」なんて神代の聖遺物が格安で手に入るなんてね……こりゃ勝ち確定でしょ」

 

 顔がにやけるのを止められない凛ちゃんだが、それもその筈。

 彼女は学校のクラスメイトが持っていた雑誌の通販ページに目を通していたら、偶然ではあるが「エアの欠片(本物)」というものがカタログに載っているのを発見してしまった。

 

 エアといえば、古代バビロニアの神の一柱として有名である。

 そんなものの欠片が雑誌広告の通販で? と思わなくもないが(本物)と書いてるのなら本物に違いない。

 

 エア。

 神である。

 

 いくら英霊を召喚する聖杯戦争でも、神の召喚は不可能だが、神の欠片なんてものを触媒とすれば、その神に関係のある英霊の召喚ができるはずだ。

 

 型月世界においては「古い=すごい」は誰もが知っていること。

 古代バビロニアの神話に登場するエアに関係のある英霊であれば、それはもう凄まじく古い存在であろう。

 古いはすごい、すごいは強い、強いは偉い。

 

 そんな英霊を召喚するチャンスが得られる事に凛ちゃんはこの上ない幸運を感じていた。

 

 

 今日はまさしく、その聖遺物であるエアの欠片が郵便で届いた日なのだ。

 凛ちゃんの顔がだらしなくニヤけるのもこの日ばかりは見逃してあげようではないか。

 

 

「さ~てエアの欠片ちゃん、ごたいめーん」

 

 ニヤけ凛ちゃん、満を持して郵便物の箱を開けた。

 

「……石、よね。まぁ、欠片ってくらいだし……にしても全然魔力らしい魔力を感じないわね」

 

 その箱の中に入っていたのは赤茶けた石である。

 サイズは手のひらに握って少し余るくらいか?

 

 つんつんと触ってみても、とくに何も感じない。

 

「うーん、神といっても欠片になればこんなものなのかしら? しかし……あれ? なんでエアーズロックの写真が……あ、裏に字が書いてるわね」

 

 エアの欠片ってこんなものなの? と訝しみながら弄る凛ちゃんは、箱の中にエアの欠片と一緒に入っていた写真に気づく。

 エアーズロックの写真である。

 その裏にはこう書いてあった。

 

「この度はエアーズロックの欠片をご購入いただき有難うございました。エアーズロックは現地住民であるアポリジニからはウルルとも呼ばれています。まぁこんなの買うくらいエアーズロックが好きなあなたには言うまでもないことでしたね」

 

 と。

 

 その手紙を読み切り数秒間、意識が遠くなった凛ちゃんだけど、気を取り直したその時、言った。

 

「エアじゃなくてウルルじゃない!」

 

 

 しかし凛ちゃんは知らない。

 それはウルルではなく、グロロであったということを。

 そして思いっきり床に叩きつけてそのまま存在を忘れて放置していたグロロの欠片が、凛ちゃんを聖杯戦争の勝者へと導く最上の聖遺物であるということを!




 ストロング・ザ・Fateに続く。


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