とある科学の発火能力者 (東川)
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1.逆鑑甲雄

 学園都市。東京西部に位置する、世界で唯一超能力研究の実用化に成功した独立研究教育機関。

 総面積は東京都の三分の一を占め、都市の総人口230万人の内8割を学生が占めるという、学生の街である。

 学生達は須らくカリキュラムに沿った能力開発を受けており、「手から火を生み出す」「手を触れずに物を動かす」「人の心を読み取る」等といった超常能力の行使を可能としている。

 学園都市創立者の目的としては、「人間を超えた体を手にすることで神様の答えに辿り着く」ことだとか。

 だが、精神の未発達な思春期の学生たちには、超能力という力は身に余る。

 そんな崇高な目的の理解よりも先に、目先の力に溺れ、己の欲求を満たすことに終始する者も少なくない。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「あれ?」

 

 ある夏の昼下がり。

 中学生女子4人の集団は姦しく、公園で甘味を嗜んでいた。

 突然頓狂な声を上げたのはその内、頭に花飾りを付けた少女、初春飾利。学園都市の風紀委員に所属する少女だ。

 その声に対し、隣でクレープと格闘していた学友、佐天涙子が反応する。

 

「初春? どうしたの?」

「佐天さん。……いえ、あの銀行なんですけど、なんで昼間から防犯シャッターを下ろしているんでしょう―――」

 

 ―――と、それが言い終わるや否や、突然下ろされていたシャッターが内側から爆発して吹き飛んだ。

 

「きゃっ!?」

「なに、何なの!?」

 

 突然の出来事に唖然とする二人。

 周囲が通行人を含めてパニックに包まれる中、爆発の煙に乗じて銀行の内から逃げ出す3人の男の影を彼女は見逃さなかった。

 

「初春っ」

 

 駆け出しながら、ツインテールの少女、白井黒子は言う。

 

「警備員への連絡と、怪我人の有無の確認を!」

「は、はいっ」

 

 慣れた所作で指示を飛ばし、自身も現場へ駆けつけるため腕章を装着する。

 

「黒子!」

 

 そんな彼女に駆け寄ろうとする少女が一人。

 

「いけませんわ、お姉さま」

 

 だが、白井はその少女を制止する。

 

「学園都市の治安維持はわたくしたち風紀委員(ジャッジメント)の仕事。――今度こそ、大人しくしていてくださいな」

 

 最後は微笑みながら言う白井に苦笑し、少女、御坂美琴はこの場は大人しく見守ることと決めたのであった。

 

 

 

「お待ちなさい」

 

 突如として目の前に現れた少女に対し男たちは思わず足を止める。

 現れた少女、白井黒子は右腕に装着された「風紀委員」の腕章を見せつけるように突き出し告げる。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。器物損壊及び強盗の現行犯で拘束します」

 

 刺すような眼差しと意表を突いた登場、このタイミングで風紀委員が現れるという事実に対し呆気に取られていた男たちであったが、目の前の『風紀委員』とやらがこんな華奢で小柄な少女であることを認識し直し、次第に「こんなものか」と馬鹿にするような嘲笑を浮かべ始める。

 

「こんな小娘がぁ?」

 

「ギャハハ、風紀委員も人手不足か?」

 

 遂に声を上げて笑い始める三人。

 対して白井は、むっと不機嫌そうに眉を顰めながらもコツコツ歩を進め、男たちとの距離を詰める。

 

「ほぉら、“風紀委員”のお嬢ちゃん。早くどこか行かねえと」

 

 それに気づいた男の一人は、未だ笑いの余韻を残しつつもフラフラ動き出し――

 

「ケガしちゃうぜっ!」

 

 ―――猛然と、白井に掴みかかった。

 

 

 が、

 

 

「そういう三下のセリフは」

 

 白井黒子は至って冷静に対処する。

 

「死亡フラグですわよ?」

 

 襲い来る男の足を引っ掛け、ぐるんと一回転。

 男が認識していたのはそれまでで。彼はそのまま地面に背中から叩き付けられて意識を手放した。

 

「なっ!?」

「このガキ……ッ」

 

 残された二人の男の内一人が、見せつけるように虚空に手を掲げる。

 次の瞬間、男の掌には拳大の火球が生み出されていた。

 

「今更後悔しても遅えぞ……!」

 

 男は脅すように、掌の火球を白井に向ける。

 

「……発火能力者(パイロキネシスト)

 

「そうだ。俺はレベル3の強能力だ。悪いが、テメエには消し炭になってもらうぜ」

 

 まったく、と白井は内心毒づきながら90度足の向きを変え、男たちから離れるように駆け出す。

 白井の意図の読めない行動に動揺しかけた男ではあるが、すぐに我に返り火球を放つ。

 

「逃がすかよ!」

 

 だが。

 

「だれが――」

 

 その言葉と同時、白井黒子は掻き消えるようにその場から姿を消した。

 白井に向けて放たれたはずの火球は、その突然の消失とともに行き場を失い地面に炸裂する。

 

「――逃げますの?」

 

 そして白井の消失に狼狽える男の目前に、彼女はいた。

 

「なっ!?」

 

 またしても、弄ぶように掻き消えた白井は男の後方上部に出現し、そのまま後頭部に蹴りを叩き込んで叩き伏せる。

 無様に地面を転がり、男は後頭部の鈍痛に耐えながらも状況を把握しようと顔を上げた。

 

 そこで、カカカッ、と連続した硬質な音が響く。

 自身が地面に縫い付けられたと気付いた頃には、もうすべてが終わっていた。

 

「……!! 空間移動能力者(テレポーター)か!」

 

「これ以上抵抗するなら次はこれを、体内に直接テレポートさせますわよ?」

 

 這い蹲った状態でアスファルトに縫いとめられた男は、既に反抗の気力を失っていた。

 

 

 

 時は少し遡り、白井黒子が一人目の男を投げ飛ばし沈黙させた頃。

 風紀委員へ応援要請を終えた初春飾利はバスガイドらしき女性と口論していた。

 

「ダメですっ。今は広場から出ては!」

「でも、男の子が……!」

 

 ただならぬ様子で口論をする二人に、美琴と佐天は駆け寄る。

 

「どうしたの?」

「男の子が一人足りないんです! バスに忘れ物をしたって言ったきり……ッ」

「そんな……」

「じゃあ、私と初春さんで探します。少し前なら、まだそんなに遠くへは――」

「私も行きます!」

 

 声を上げたのは佐天だった。

 

 本来、風紀委員でもなく、身を守れる程の能力も持たない彼女を巻き込むことに抵抗を感じる美琴であったが、今は時間が惜しい。

 佐天の真剣な眼差しを見て、美琴は決断する。

 

「わかったわ。手分けして探しましょう」

 

 

 

「はぁ、はぁっ、くそっ、いきなりレベル4クラスが出てくるなんて聞いてねえぞっ」

 

 発火能力を持つ仲間があっさりと打ちのめされるのを見て、男は奪った現金入のバッグを抱えて一目散に逃げ出した。

 仲間を見捨てるのは少々酷かも知れないが、この際どうこう言っていられない。

 強能力者が敵わないのに、低能力者の自分なんて論外だ。

 

 “転移能力者”(レベル4)たる少女から確実に逃げ切るための方法はないかと、男は足を緩めず思考する。

 

 ―――と、走り出すその先に、小さな男の子が一人。

 

「ガキか……。へへっ、丁度いいや」

 

 男の顔は、凶悪な笑みで歪んでいた。

 

 

「うーん、一体どこに行っちゃったんだろう」

 

 佐天は美琴と初春から分かれて迷子の男の子を探していた。

 あの時、勢いに任せて咄嗟に捜索を申し出てしまったが、相手は白昼堂々銀行を襲うような凶悪犯。

 そんな奴らが無防備な男の子なんて見つけたらどうなるかなんて、中学生の自分でもわかる。

 ―――そこで、はて、と。無能力者の女子中学生である自分も、見つかってしまえば一緒の扱いではないのかなーと、

 

 思考が行き着くその寸前、彼女は見た。

 

 

「おいガキッ、ちょっと一緒に来い!」

「えっ、なにお兄ちゃん、だれ?」

 

 

 無理やり男の子の手を掴み、逃亡しようとしている男。

 

 佐天は思わず周りを見渡す。

 だが、美琴も初春も近くにおらず、気付いていない。

 

「ッ、……あたしだって」

 

 一瞬生じた迷いを吹り切り、佐天は視線を上げ、男を睨み付けて走り出した。

 

 

 

「やめてええええ!!」

 

 女の子の叫び声。

 

 それが佐天のものと気付き、御坂は血相を変えて声の方へと振り向く。

 見ると、小さな男の子の腕を力づくに引っ張り連れ出そうとしている強盗犯と―――それを阻止すべく、必死にしがみ付く佐天の姿だった。

 

 引き剥がそうとしても未だしつこくしがみ付いてくる佐天に対し、男は遂に痺れを切らし足を振り上げる。

 佐天は数瞬先に来るであろう痛みに対し、思わず目を瞑る。

 

 そして―――

 

 

 

 発火能力者を無力化した白井黒子の耳にもその叫びは届いていた。

 

「佐天さんっ!?」

 

 次の瞬間には足を振り上げる男が見えていたが、転移能力者である自分でももう間に合わない。

 

 

 

 

 ―――パン、という小さな炸裂音とともに、男の鼻先数センチの空間に小さな、小さな爆発が発生する。

 

「ぎゃっ! 熱ッ!?」

 

 男は至近距離の爆発に目をやられ、その熱に痛む鼻を押さえて後ろに仰け反り倒れこんだ。

 

 

 ―――なにが起こったのか。

 佐天は、来るはずの痛みに備えて強張らせていた体を弛緩し、恐る恐ると言った様子で目を開く。

 その目に映るのは自分の手元で震える男の子。

 

 そしてコツコツと、緩慢な動作で歩み寄り、自分たちと強盗犯の男との間に割って入るように立ち塞った黒髪の男子高生然とした少年の背中。

 少年はおもむろに左腕を上げ、「風紀委員」と書かれた腕章を掲げ告げる。

 

風紀委員(ジャッジメント)だ。暴行と誘拐未遂――ああ、他にもやってそうだな」

 

 少年はチラと、強盗犯の抱えるボストンバッグを見やってとりあえず、と呟き、

 

「お前を拘束する」

 

 

 その姿を見て、助かったんだ、と安堵の息を漏らしかけた佐天だったが、「ふざ、けるなよおおおお!!」という怒声とともに拳銃を取り出す強盗犯を見て、思わず息が詰まる。

 

 逃げて、と叫んでしまいそうになるが、情けないことに恐怖のあまり声が出ない。

 しかし目の前の風紀委員らしき男子学生は、

 

「やってみろ」

 

 と、あろうことか態々煽るようなこと言うではないか。

 

「舐めるなあ!!」

 

 そして、パァンという、火薬の炸裂音が響く。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!」

 

 同時に男性の野太い悲鳴が上がるのを聞き―――次に続く凄惨な光景を予想し、佐天は自身の血の気がサーッと一気に引いていくのを感じていた。

 

 しかし、恐る恐る前を見てみると、予想に反して悲鳴を上げていたのは強盗犯の方だった。

 強盗犯は紫煙を上げる拳銃をカランと落とし、同時に右手を押さえて蹲り悶えていた。

 風紀委員を名乗る少年はそれを見て何かを感じた風でもなく、すたすたと近づき、そのまま慣れた手つきで手錠を掛ける。

 

 こうしてあっけなく、事件は幕を引いたのであった―――

 

 

 ―――かに見えた。

 

 

 ギャギャギャギャ、と、乱暴に火を入れたようなエンジン音。

 音源を見ると、強盗犯の一人―――白井に最初に投げ飛ばされた男がいつの間にか目を覚まし、逃走用の車を動かそうとしていた。

 

「チクショウ! 風紀委員の野郎!!」

 

 そのまま逃走するかと思えば、男はあろうことか転回し、フロントを佐天たちの方向に突き付けていた。

 声も出せず茫然としていた佐天であったが、不意に「おい」と声を掛けられ振り向く。

 

「下がってろ」

 

 声をかけてきたのは風紀委員の腕章を提げた少年だった。

 

 だが、

 

「そ、それが、その……」

 

「?」

 

「腰、抜けちゃいました」

 

「…………」

 

 あはは、と頭を掻く佐天。

 

 少年は困ったように瞑目し額に手を当てた。

 

 その反応に、だってしょうがなじゃない拳銃なんて向けられたのも火薬の音聞いたのも初めてなんだものでもやっぱりごめんなさいと、

 脳内が高速で言い訳をしてそのまま謝罪するという忙しさとパニック加減を発揮していると、

 

「……いい、そこにいろ」

 

 そう言い、少年は一歩前に出て、佐天たちを守るように立ち塞がる。

 

 その背中。どこにでもいそうな、平均的な体躯の男子高校生の背中が何故かやけに頼もしく見えて。

 差し迫る暴走車の脅威が目の前にあるにも関わらず、佐天は無意識に、不思議な安心感に身を委ねるのであった。

 

 

 

「はぁ。あの男、予想外にタフでしたのね」

 

 少し離れた場所。銀行前で白井黒子は額に手を当てて自身の落ち度について反省していた。

 やはり一度投げ飛ばしただけでは完全に意識を刈り取るには叶わなかったのだ。

 そんな白井に、足元でアスファルトに縫いとめられた発火能力者の男は声を掛ける。

 

「おい、いいのか。お仲間の兄ちゃんピンチじゃねえか」

 

 しかし白井は、男のそんな的外れな心配に思わずくすりと笑う。

 

「お仲間がピンチ? 状況をもっと良く見て仰りなさいな」

 

「? 何を……って―――!?」

 

 男は驚愕する。

 応援に駆け付けた風紀委員らしき少年がおもむろに手を翳したその先に。

 身の丈を超えるほどの、巨大な青色―――火球が生み出されていた。

 

「な、あれは、……、発火能力(パイロキネシス)!?」

 

 それは、強能力者(レベル3)に分類される自分の生み出したものなどとは比べ物にならない出力の炎だった。

 男は数秒、離れているここまで届く熱量と、圧倒的な存在感を放つ青い火球に呆気に取られて言葉を失うが、ハッと何かを思い出したような顔をして言葉を続ける。

 

「そ、そう言えば聞いたことがあるっ。風紀委員には捕まったが最後、身も心も切り刻まれて再起不能にする、最悪のテレポーターがいると……」

 

「誰の事ですの?」

 

 白井はにっこりとスマイルを決めて問うが、男は目の前の現状から目を逸らさない。

 

「そして……風紀委員のどの支部にも属さず、どんな地区にもふらりと神出鬼没に現れてはあっという間に“敵”を燃やし尽くして制圧する、風紀委員最強の、青い炎のレベル5がいるとも……!!」

 

 

 佐天は見惚れていた。

 駆け付けた風紀委員の少年の背中越しに見える、生み出された巨大な青い火球、その存在に。

 

「綺麗……」

 

 漏れ出るのは、どこか場違いな感想。

 

 

 暴走車を走らせる強盗犯は、もう何も見ていなかった。

 目の前の現実が受け入れられない。

 それを許容してしまうことが、そのまま“死”に直結してしまうことを本能的に理解して。

 男はあくまで盲目的に、半狂乱に、アクセルをべた踏みし目の前の脅威へと突っ込む。

 

「あ、―――ああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 今更気づいても遅い。

 もう引き返すことはできない。

 

 

 迫る距離は十間。

 止まるどころか尚も加速する暴走車を見て、風紀委員の少年は苦笑を漏らす。

 

「これを見て引き下がらないのか」

 

 彼は暴走車の運転手、その度胸ににある種の賞賛を送っていた。

 これだけ死ぬ気になれるのならば、少なくともこんな犯罪を犯すこともなかったのではないか、と余計なお世話を巡らせながら。

 そしてその意気に応えようと、片目を瞑り狙いを定める。

 

 

「―――じゃあな。加減はするから、恨むなよ」

 

 

 “蒼炎推力”(コードブルー)

 

 学園都市230万人のトップ8に数えられる超能力者。

 

 レベル5の一人の、その能力の一端が開放された。

 

 

 

 

「やりすぎですわよ」

 

 遅まきながら駆け付けた警備員たちが損害の確認と犯人の身柄の確保に勤しむ中、切り取られたような静かな空間に彼らはいた。

 

「……威嚇のつもりだった。あれで引き下がると思ったんだが」

「あれはむしろパニックを誘発して捨身を誘ったようにも見えましたが……」

 

 咎めるような口調の白井をさぞ鬱陶しそうにあしらい、彼は報告のためか何なのか、タブレットPCの操作を続ける。

 

 警備員による損害調査には勿論爆破された銀行の件も含まれているが、どちらかと言うと“超能力者”のチカラの余波による公道破壊の被害の方が大きい気がするのはきっと気のせいではない。

 ちなみに件の「引き下がらなかった強盗犯の彼」の命には別状なく、ちょうど引っくり返った車内で泡を吹いて気絶している所を警備員によって引き摺り降ろされているところだった。

 

 “彼”の関わる事件の解決率は驚く程高く、彼が加わった時点で早期の解決が約束されるようなものなのだが、同時に都市の公共器物の破壊率も格段に跳ね上がってしまうというのは有名な話だ。

 毎度口をすっぱくして言ってもこの調子なので、白井は既に達観の域に入っていた。

 それでも同僚の風紀委員として何も言わないわけにはいかないので、嘆息しながらも注意するのだが。

 

 そして、ジャリ、と。アスファルトの破片を踏み鳴らしながら彼らに近づく少女がいた。

 

「あんた、第8位」

「……3位か」

 

 彼と同じく、学園都市最強のレベル5を冠する一人、“超電磁砲”(レールガン)御坂美琴。

 

「相変わらず、派手にやってんのね」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 それきり黙り、またしても目線を落としてしまった彼に、御坂は少しばかりイラッ☆と琴線を刺激されてしまう。

 言外に眼中に無いと言われたような気がして、なんだか気に入らなくなってしまったのだ。

 

「ちょっと、人と話す時くらい目を合わせなさいよ」

「仕事中だ。邪魔すんな一般人」

 

 レベル5を一般人と称すのは如何なものかと御坂は考えるが、社会的な立場としては事実だ。

 

「でも、あたしだってたまに風紀委員の手伝いしてるし」

「頼んでねえし、少なくとも俺は知らねえよ」

「……アンタ、何様よ」

「風紀委員様だ」

 

 にべもない、そんな回答の数々に、御坂の頬が僅かにヒク付くのを見逃さなかった白井黒子は二人の間で困ったようにあわあわと狼狽える。

 学園都市の三指に入るエリート学校、常盤台中学のエースにしてレベル5の彼女に向けてこのような態度を取れる者はそう多くはいない。

 兎に角仲裁に入ろうと口を開きかける白井であったが、そんな彼女よりも御坂の行動は早かった。

 

「―――あ」

 

 そう、声を漏らしたのは少年の方。

 ビリッ、と。小さな異音が鳴ると同時、彼の操作していたタブレットPCが煙を上げて動作を停止したのだ。

 

 沈黙。ややあって向けられる胡乱げな視線。

 

「何しやがる」

 

 それが向けられた御坂美琴は明後日の方向を向きつつしれっと答える。

 

「別に? どうせあんたの愉快な花火の力で熱暴走でも起こしたんじゃないの?」

「お前と違って俺はそんなヘマはしねえ」

「な―――!? あたしだってそんなこと滅多にやらかさないわよ!!」

「お、お二人とも落ち着いて」

 

 徐々にヒートアップする二人の論争。

 白井が必死に仲裁に入るも、二人は既に臨戦態勢に入っていた。

 

 御坂の前髪からは漏れ出る微量な電流が僅かなスパークを起こしており、少年の周囲には何やら青色の揺らめきらしきものが見えている。

 正に一触即発といった空気を察し、周囲の警備員たちは心なしか数十メートルほどの距離を取り、白井は柄にもなく神様に祈りを捧げている。

 

 そして、そんな祈りが通じたのか。

 

 

「あ、あのっ」

 

 どこからどう聞いても無害な少女の声が、剣呑な雰囲気を突き破り通った。

 

 

「さっきは助けてくれてありがとうございました」

 

 礼儀正しくぺこりと頭を下げる少女、佐天涙子。

 その登場に、二人はバツが悪そうに能力の予兆を沈め、白井は涙ながらに内心で最大級の感謝を送った。

 そして、無垢な瞳で礼を言われた彼はというと、なんだかむすっとしたような顔でぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

「別に気にするな、あれくらい」

「でも、私は助かりました。蹴られそうになった時も、銃を向けられた時も、車が突っ込んできた時も結局私は何もできなかったですし」

「……ん」

 

 もじもじっと顔を下に向けながら告げられてしまった彼は、どこか居心地悪そうに「まあ。次は気を付けろよ」と呟き、ポケットをまさぐる。

 ややあって取り出した煙草を咥えると足早に、近くの路肩に止めてあったバイクに跨りエンジンを掛ける。

 

「ちょっと、逃げる気!?」

 

 ハンドルを握り、今にもバイクを発進させてしまいそうな少年の背に慌てて声を掛ける御坂。

 対する少年は、いつの間に火を付けたのやら煙草から紫煙を漂わせつつ、苦々しそうに目線だけを御坂に向けて言い放つ。

 

「お前も少しはそこの娘の礼儀正しさを見習え、ビリビリ娘」

「なっ!?」

 

 御坂は顔を真っ赤にしてなにやら反論を紡ごうとするが、その隙に彼は愛車を発進させ、あっという間に声の届かぬ彼方へと行ってしまった。

 取り残された美琴はというと顔を真っ赤にして俯き、肩をプルプルと震わせている。

 

「あ・の・男~~~!! 私をあんな風に呼んだ男は! これで二人目よ!!」

 

 うがー、と御坂はぶつけどころを失くした怒りを口から火に変えて吐き出す。

 もちろん彼女は“電撃使い”《エレクトロマスター》なのでそんなものは幻視なのだが、妙な迫力を伴ったそれはひょっとすると強盗犯の発火能力者よりも迫力あるものだった。

 

「あの、白井さん」

「? どうかしましたか」

「もしかして私、あの人の気に障るようなこと言っちゃったんでしょうか?」

 

 なんだか不機嫌そうだったし、目もまともに合わせてくれませんでしたし、と先ほどのやりとりからの不安材料を口にしていく。

 しかし、そんな佐天を見て取った白井は事もなげに「ああ、そんなことでしたの」と言う。

 

「彼のアレはいつものことですので、お気になさらずに」

「え?」

「彼、ああ見えて照屋さんなんですの」

「ええっ!?」

「本人は絶対にそんなこと認めないでしょうけれどね」

 

 苦笑しながら言う白井。

 

 何というか、ちょっと衝撃的な事実だった。

 まさかあの無愛想な態度がすべて照れ隠しによるものだったとは。

 

「そっかー、…………難しい人なんですねー」

 

 あ、でもそう考えてさっきのやり取りを思い返してみるとなんだか可愛く見えてくるかも……と佐天が思考を巡らせていると、警備員たちの合間を縫ってひょこひょことこちらに駆けて来る初春の「佐天さ~ん」と呼ぶ声に引き戻される。

 

「あの、大丈夫でしたか?」

「あ、うん。あの人に助けてもらったからね」

「それであの人は……ってあれっ、もう行っちゃったんですか!?」

 

 あの人、普段どこにいるかわからないからなかなか遭遇(エンカウント)できないのに……と残念そうな顔で呻く初春。

 そんなRPGのエネミーみたいな言い方をしなくても……と、そこでふと、そういえば彼の名前を聞いていなかったなあと思いだした佐天は、白井に訊ねてみる。

 

「彼の? ああ、そういえば彼、名乗りもせずに行っちゃいましたわね」

 

 白井は若干呆れたように嘆息する。

 

「彼は風紀委員に所属する、学園都市の“発火能力者”の中の最高位。青色の炎を操るレベル5、“蒼炎推力”(コードブルー)

 

 その名前は―――」

 

 



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2.別に、害のないやつなんだからいいだろ

 学園都市における能力者とは、その能力の強さからレベル0~5の格付けがなされている。

 しかし、能力の強さ=戦闘力の高さとは、必ずしも直結しない。

 

 

 

~~~

 

 

 

「ああ、もうっ、しつこい……」

 

 学園都市の3指に入るエリート学校、常盤台中学の制服に身を包んだ少女、宮羽根千咲(みやばねちさき)は暗い路地裏を駆けていた。

 

 頻繁に後ろを振り返りながら走るその顔は焦燥に駆られており、その息は切れ切れ。

 その後ろから下卑た笑いを上げながら追従するのは、確認できるだけでも6,7人はいる、見ず知らずの年上の男たちであった。

 

「お嬢ちゃ~ん、お兄さんたちそろそろ疲れちゃったよ。どこかイイところに休憩しに行かなぁい?」

 

「ッ、誰が……!」

 

 付いて行ってたまるものか。

 

 せめてその下品な面と性根を叩き直して出直して来い、と宮羽根はお嬢様にあるまじき雑言を頭の中で吐き捨てる。

 

 既に通報は済ませている。

 あとは警備員か風紀委員の到着を待つだけなのだが、彼らがそれを大人しく待っていてくれるはずもなく、こうして逃げ回る破目になってしまった。

 

 常盤台中学に在籍していることから、彼女の能力は大能力者よりの強能力者という高めの水準に達しているのだが、その能力の性質から「追ってくるチンピラ集団の撃退」には適したものではない。

 

「あっ!」

 

 バシュッ、と、足元が弾ける。

 

 不良集団の一人が何やら能力の行使をしたのだろう。

 突然の事態に足がついてこれずもつれ、そのまま転んでしまう。

 

「痛ぁ……」

 

 転倒の拍子に肘と膝を擦り剥いてしまったようだ。

 普段この手の痛みとは無縁の生活を送っていただけに、これが足を止める原因になってしまう。

 そこににやにやと、獲物を追い詰めたことによる喜色を浮かべた男たちが近づいてくる。

 

 そのおぞましさに身を駆られ、宮羽根は咄嗟に自身の能力を展開する。

 

「イテッ!」

 

「ああん? 何だこりゃあ」

 

 男たちは倒れこんだ彼女に近づいた直前、立ち塞がった見えない壁のようなものにぶつかり足を止める。

 

 その能力の名は、“窒素固定”(エアーブロック)

 空気中の窒素を固定化し、障壁を作り出す能力。

 

 その障壁はちょっとやそっとのことで破れることはなく、使い方によっては人ひとりくらいならば固定化した壁の中に閉じ込め身動きを封じることもできるレベル3の強能力。

 

 ただ、その範囲もせいぜいが一人か二人分が限界で、6,7人など以ての外。

 また、能力の発動中は常にその障壁に触れていなければならず、壁を設置して逃走するという芸当を行うには未だ拙い。

 そのため手を中空に翳し、男たちがこれ以上近づいて来れないよう狭い路地裏を塞ぐべく、障壁を作り出したのだった。

 

 男らは障壁の存在に気付くとガンガンと蹴りや体当たりを始める。

 だが幸いなことに障壁は彼らの思っていた以上に強固なようで、破れる気配はない。

 

 これなら時間は稼げるかな……と安堵の息を漏らしかけた宮羽根であったが、男たちの表情には諦めや陰りの気配は見えない。

 それどころか、「これなら試すにはちょうどいいかもな」などと口々に発している。

 

 やがて男たちは距離を取る。

 

 その手元には、電撃や火炎や、恐らく投擲用のものと思われる鉄塊など様々な能力の予兆で。

 その顔に浮かぶのは一様に、まるで手に入れたばかりの力を試すサンドバッグを見つけたかのような、嗜虐に染まった笑み。

 

 障壁を支える宮羽根の右腕が、微かに震える。

 

 侮っていた。所詮“レベル0の集団”(スキルアウト)と高を括り、自身の能力を破ることのできる手立てなど持ち合わせていないと踏んでしまっていた。

 しかし、彼らは皆およそレベル2~3程度の能力を持ち合わせていたようで。

 

―――一人や二人分の能力ならともかく、この人数の能力者の“集中砲火”に耐えられるほど、宮羽根の能力は頑丈ではない。

 

「ひっ……」

 

 破られる。

 そう確信して目を瞑った瞬間だった。

 

 

 

 

「通報のあった女生徒ってのはアンタでいいのか?」

 

 障壁を展開する宮羽根の背後から、一人の少年の声が通った。

 

 

“風紀委員”(ジャッジメント)だ。とりあえず、お前ら全員能力を解け」

 

 

 そんな声に、場に居合わせた者全員の視線が集まる。

 その注目の先には、どこかの高校の制服に身を包み、どこか不機嫌そうな様子を醸した少年が立っていた。

 その左腕には“風紀委員”の腕章が提げられており、その登場こそはこの場で宮羽根の待ち臨んだシーンであった。

 

 ―――しかし。

 

「はぁ? 風紀委員だぁ?」

「つーか、一人かよ」

 

 数瞬、静寂に包まれた路地裏の空気だったが、それも次第に、何の武装も見受けられずたった一人でのこのことやってきた風紀委員の少年に対する嘲笑に変わってゆく。

 

 それを受けて、元より不機嫌そうであった少年の顰め面に更に僅かな苛立ちが上乗せされる。

 少年はコツコツと早足に宮羽根との距離を詰め、追い越し、不良集団の前に立ち塞がろうとする。

 

 宮羽根は僅かに逡巡する。

 いくら風紀委員の訓練を受けた学生とはいえ、平均レベル3相当の力を持つこの数の男たちを相手に、果たして無事でいられるものだろうか、と。

 

 そんな思考に耽っていたからであろうか。

 宮羽根の判断が僅かに遅れた。

 

「あ、ちょっ、待っ―――」

 

 

 時既に遅し。

 

 ―――ゴチィン、と。

 

 少年は、宮羽根の展開した見えない障壁に強かに顔面を打ち付け、まるでお笑い番組のSEで使用されるような気の抜けた衝突音が鳴り響いた。

 

 

 僅かな静寂。

 

 そして。

 

 

「ギャハハハハハハハ!!」

 

「なんだコイツ、まじかコイツひあははっははは!!」

 

 まるでコントのようなその一部始終を見て、不良少年たちは憚ることなく声を上げて笑い出した。

 

 あわわわと、慌てて能力を解除する宮羽根であったが、

 

「うるせえッ」

 

 ガゴッ! という突然響いた鈍い音に体を怯ませる。

 

 見れば、怒りに肩を震わせていた風紀委員の少年が、壁に拳を叩き付けた音らしかった。

 

「な……!?」

 

 拳の通った跡には何か青色の残滓らしきものが漂っており。

 そして信じられないことに、鉄筋コンクリート壁に穿たれたその拳には傷一つついておらず、穿たれた壁にはビキビキと罅が入っていた。

 

「いい度胸だ。テメェら全員、覚悟は出来てるんだろうな」

 

 少年がそう言い放った瞬間、日の光の通らない薄暗い路地裏が、青色の光に包まれた。

 

 

「っ―――!」

 

 突然の事態に、宮羽根は思わず顔を覆って目を瞑る。

 そして、次に目を開いた時、目前の光景に驚愕することになる。

 

「―――!…………!! うそ……!」

 

 額に滲む汗は、数秒前までそこで唸りをあげていた膨大の熱量のせいからだろうか。

 その目に映るのは、プスプスと煙を上げて倒れ伏し呻き声をあげる不良少年の集団と、左腕を虚空に留めた状態で立ち尽くす風紀委員の少年の姿だった。

 

 少年はぼそりと「先に仕掛けてきたのはそっちだからな」などと呟き、掲げていた左腕を下ろす。

 

 その目つきの悪さは、先ほどまでの比ではない。

 

 ……いやぁ、これは口が裂けても「あの見えない障壁を張ったのは私です」とは言えなくなっちゃったなあ。などと思考を巡らせていると、手持無沙汰にジッ、とこちらに目を向けていた少年と目が合う。

 

 僅かな緊張が走る。

 

 何か言わなければと逡巡するも、思ったように言葉が出ず、「あの、えっと…」などという情けない声が出るばかり。

 それを見かねたらしき少年は、困ったように頭をガシガシと掻き口を開く。

 

「そのうち警備員が来ると思うから、事情とかそういうのはそいつらに言ってくれ」

 

それきり言うと少年は「じゃ」と言って踵を返して歩き始めてしまう。

 

 ……え、それだけ?

 もっと他に、なんかないの?

 

 そもそもこちらもお礼すら言えていないことに気付き、宮羽根は慌てて少年を引き留めようとする。

 

「待ってくださ―――っつぅ……!?」

 

 そこで、気が抜けた拍子に思い出したかのようにぶり返してきた擦り傷の痛みに、伸ばしかけた腕を思わず引っ込める。

 

 ……ああ、なんて情けない。

 

 世間から能力開発のエリート校と称される学校に通っていながら、身に着けた能力を行使してもチンピラ集団に追われただけで為すすべもなく弄ばれるばかり。

 挙句、窮地を助けてくれたひとにお礼を言うこともできず、ただ転んで擦り剥いただけの傷を押さえて蹲ってしまっている。

 あまりの情けなさに涙がじわりと滲んでくる。

 

 このまま、あわや嗚咽をもらしてしまおうかという時だった。

 

「―――ケガしてんのか?」

 

その声に顔を上げると、先ほど立ち去ろうとしていたはずの風紀委員の少年が、困ったような表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

「待ってくださ―――っつぅ……!?」

 

 風紀委員の少年、逆鑑甲雄(さかがみこうお)は無愛想な言葉遣いと目つきの悪いその風貌から誤解されがちだが、割と善性な性根の持ち主であった。

 元々人付き合い等は得意な方ではなく、助けた少女にかける言葉も思い当たらないためこのまま立ち去ろうとしていたのだが、何やら痛みを堪えて蹲る少女に気付いて放っておくことはできなかった。

 

「ケガしてんのか?」

 

 声を掛けると、どこか驚いたように顔を上げた少女と目が合う。

 ―――その目には涙が滲んでいた。

 

 ……あー、あー。本当にこういうのは得意じゃない。苦手だ。

 そんなことを考えながら、学生服のポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出す。

 

「……見せてみろ」

 

 言って少女の傍にかがみ、その手を取る。

 途中、「あっ」と小さく声を上げられたが無視する。

 

 ひんやりとした柔らかな感触に若干ドギマギしつつ、それを察されないよう更に顔をしかめて患部を見ると、日焼けを知らないお嬢様然とした白い肌に数センチ大の擦り傷ができており、血が滲んでいる。

 そこに取り出した清潔なハンカチを当て軽く止血し、消毒した後に大き目の絆創膏を貼ってやる。

 膝小僧にも同様の擦り傷ができていたため、同じく処置をする。

 

 その間、両者は無言だった。

 

 逆鑑は治療のためとはいえ女性の肌に触るという事態に穏やかではない心持であったが、決して目を合わせるということはしなかった。

 そのため、女生徒がどんな表情を浮かべているかはわからない。

 

 やがて、長いようで短いような処置が終わり、立ち上がる。

 

「ン。たぶん大丈夫だと思うけど、気になるようなら警備員に言ってもっと丁寧な治療をしてもらえ」

 

 そんなことを言いながら、また先ほどのように立ち去ろうとする。

 

 すると、「あのっ」と声を掛けられる。

 振り返ると、何やらぼうっとした様子で逆鑑を見上げる少女の姿。

 

「あの、ありがとうございました。助けていただいて、絆創膏も……」

 

「……気にしなくていい。それよりこんな所、もう一人で歩いたりすんなよ」

 

 言って、またポケットに手を突っ込みタバコを取り出す。

 口に咥えたそれに自身の能力で火を付け、そのまま少女に背を向けて歩き始めた。

 

 

 

 宮羽根千咲は去ってゆく少年の背中を見つめ続け、そしてその少年により処置を受けた箇所に視線を落とす。

 痛かったはずの傷もいつの間にか熱を沈めている。

 

 その患部に優しく指をなぞらせ、先ほどの光景を思い出し、なんだか顔が熱くなり始めていることに気付いた、

 

―――そんな時だった。

 

 

 ガツゥンッ! と、先ほど少年が障壁に激突した時よりもどこか爽快な快音が路地裏に響き、慌てて音のした方向に目を向ける。

 

逆鑑(さかがみ)ぃ! またお前はタバコなんか吸って! いい加減停学になるじゃん!?」

 

 そこにはゲンコツを握りしめて憤怒の形相を浮かべた、警備員(アンチスキル)らしき制服の成人女性と、その傍らで頭を押さえて肩を震わせる少年の姿があった。

 

「痛ッてぇ……なにしやがる黄泉川!! ……先生」

 

 逆鑑と呼ばれた少年も、怒りをあらわにして叫ぶ。

 だが、黄泉川というらしき警備員を呼び捨てにした瞬間、更に形相が強張りそうになったのを見て取って遅まきながら先生と付け加えたらしく、どうにも締まらなかった。

 

「……別に、学園都市製の害のないやつなんだからいいだろ」

「そういう問題じゃないじゃん! というか、風紀委員のお前が率先して風紀を乱してどうすんだって話じゃん」

「意味わかんねえ。つーか拳骨とかイマドキ古いんだよ!」

 

 被害者(宮羽根)と、現行犯(不良少年達)(負傷者?)を放置してぎゃーぎゃーと叫ぶ二人。

 

 そんな二人を見て、なんだか乙女な雰囲気に毒されかけていた宮羽根は現実に引き戻されてしまい。

 あはは、と乾いた笑いを上げるのであった。

 

 

 

~~~

 

 

 

「―――ということがあったんです」

 

 宮羽根は先日経験した一連の出来事について、彼女の所属する“派閥”の女子たちと話していた。―――もちろん、自分が泣いてしまった(くだり)のあたりは伏せて。

 

「まあ、あの辺りは物騒だから、一人で歩くときには気を付けるようにしなければいけませんわね」

「でも、その殿方についても気になります。聞いた限りでは相当に高位な能力者と存じますが……」

「男なんて皆野蛮なものだと思っていましたけれど、考え物ですわね」

「でも、襲ってきたのはその野蛮なひと達なのでしょう?」

「風紀委員らしいですけれど、どこの支部の方なのでしょう」

 

 この話題は刺激の少ない“学園の園”で過ごすお嬢様たちにしてみればなかなか興味深いものであったらしく、皆楽しく姦しく感想を言い合っていた。

 

 そんな中、それまで静かに話を聞いていて、何かを考えるような仕草をしていた“派閥”の主催者である金髪の少女は口を開く。

 

「ふぅん。彼、相変わらずの解決力をしているのねぇ」

 

 誰に言うでもなく小さく呟かれたその言葉はお喋りを続ける女子たちの声に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 しかし、少女が何か言葉を発したということには皆感づいたらしく、次に発する言葉は聞き逃さないようにと皆口を閉じ、静寂が生まれる。

 

 その雰囲気を見て取った少女もまた、口を開く。

 

「なんだかとっても興味力のある話だけどぉ。宮羽根さん、その人にまた会いたいなんて思ってももうそんな危ないところに一人で行っちゃダメなんだゾ☆」

 

 少女はきゃるんっと片目を瞑り、ウインクを決める。

 

 名指しされた少女は僅かに顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。

 その様子を見て取った金髪の少女もまた、思いを馳せる。

 

(“あの人”ほどではないにしろ、彼の特性もなかなか考え物よねぇ)

 

 少女はふぅ、と物憂げに溜息を付いて足を組み、手にしたティーカップをゆっくりと口に運ぶのであった。




 学園都市製の「害のないタバコ」というのは原作に登場していない独自設定にあたるかもしれません。
 でも、あの都市ならそれくらいならありそうですよね。
 ニコチンもタールも入ってないタバコなんて、どこに需要があるかはわかりませんが。

 また、オリ能力持ちのオリキャラを投入しましたが、たぶん今回限りの出演になります。


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3.電話と乙女

 とある高校の一学年某クラス。

 よく日の当たる窓際4列目の席で、逆鑑甲雄は不機嫌そうな様子を隠すことなく授業を受けていた。

 

 黒板には大きく“自分だけの現実”(パーソナルリアリティ)と書かれており、それに即した講義を行う小柄な教師が背伸びをしながら所々注釈を加えていく。

 

 それは、既に“自分だけの現実”を理解し、自分のものとして実践し、結果としてレベル5に至っている逆鑑にとっては退屈極まりない内容であった。

 もっとも彼は座学では常にこのような態度なため、特段能力開発の授業に限った話ではないのだが。

 

 そもそも、彼の通うこの高校の在籍生徒のレベルは0~2と高いものではなく、もとより高位能力者である彼がこの高校に通っていること自体が、周りからしてみれば既に不思議な話である。

 そこには浅からずも深くはない、子供の我儘のような事情があったりなかったりするのだが、ここでは割愛する。

 

 退屈な授業の終了を告げる鐘が鳴る。

 それは同時に本日の放課を意味する鐘でもあり、いそいそと帰り支度を始める周りの生徒に倣い逆鑑も通学用鞄を取り出す。

 

 同時にHRが終わるまでの間、放課後のクラスメイトのちょっとした喧騒をそれとなく聞き流しゆく。

 普段は騒がしく思える雑音も、心持ち次第では丁度いいBGMになることもあるのだ。

 

 

「うだー……さっぱりわかんねぇ」

「そりゃあきみ、授業の半分近く寝て過ごしてたらわかるもんもわからんわ」

「どうした上やん。今日はいつにも増して眠たそうな面してるぜぃ」

「そこは触れないでくれ。……ビリビリ中学生に目を付けられて、昨日は一晩中追いかけっこになってたんだから」

「ビリビリ中学生……? もしやと思うが貴様、その中学生とやらも女の子だったりするのかにゃー!?」

「うぐっ……いやそれはどうでもいいことだろ」

「どうでもいいわけあらへん! くそぅっ、どうして上やんばっかり……! ここまで来ると今日一日眠そうにしてたのも小萌せんせに涙目のお叱りを受けるためという作為を感じざるを得んわ……!」

「そんなわけねーって言ってんでしょ!? ―――あ、今日は特売だから先に帰るからな」

「させん!! 今日という今日はテッテー的に洗いざらい、事のあらましを吐いてもらうぜよ!!」

 

 

 ……静かに聞き流していたが、ギャーギャーと“ちょっとした”どころではない騒ぎ、というか乱闘が始まり、割と近傍の席に配置されていた逆鑑は嘆息する。

 

 誰だ、心持ち次第でこんなのが丁度いいBGMになるとか言ってたやつは。

 普段から、どちらかというと刺々とした攻撃的な類の不機嫌面を張り付けていた彼であったが、この時ばかりは珍しくどこか物憂げな、―――角の取れた不機嫌面を構えるのであった。

 

 

 中学後期の身体検査(システムスキャン)の段階で既にレベル5に達していた彼には、名門高校からのスカウトが引く手数多であった。

 逆鑑はそれが、とても嫌だった。

 その引く手があまりにも多く、あの手この手で自校に引き入れようと画策する大人たちに辟易し、大人の汚い側面をまざまざと見せつけられ、大いに失望してしまったのだ。

 

 その結果抱いた小さな反抗心から、進学先の高校は適当に選んだ。

 彼のこの意外な選択に、数々の謀略・絡め手を用いて誘いを掛けていた名門校は、あっさりと手を引くこととなる。

 

 ―――そこには自校のライバルとなる強豪校に取られるくらいなら無名な高校に行ってくれた方がいいや、というこれまた大人の事情や水面下の協定があったりなかったりするのだが、それは彼の窺い知ることではない。

 

 むしろ、彼の選択によって一番手を焼かされたのは進学先の無名校だったろう。

 学園都市の財産とも言えるレベル5の進学先である。

 彼の教育に必要な設備等を、学園都市上層部の意向により慌てて更新、導入をすることになった。

 

 おかげで能力開発の弱小校であったこの高校も、発火能力者(パイロキネシスト)用の測定装置や開発設備だけやけに最新で真新しい仕様となっている。

 それを受けた発火能力(パイロキネシス)を専攻する小学生にしか見えないほど幼い容姿の某教諭が歓喜のあまり小躍りしたとかそうでないとか。

 

 閑話休題。

 

 風紀委員の一員として学園都市の治安維持に努める逆鑑甲雄は、その能力の制圧力の高さから前線にて活動することが多い。

 そしてその中で、最近一つ。見過ごすことのできない、決して小さくはない懸念事項に感づき始めていた。

 無能力集団である筈のスキルアウトたちが、何故かここ最近力を付け始め、その活動が活発化してきているのだ。

 

 言うまでもなく、“力”というのは火器や刃物と言った兵器や武装ではなく、超能力の類である。

 

 その振るわれる能力の割合はレベル2~3が殆どで、稀にレベル4クラスの能力者がいる程度。

 と言っても、その能力を完全に使いこなして扱い方に工夫の一つでも混じっていれば厄介なものとなるのだが、直接現場で交戦する限りでは手にしたばかりの力をそのままに振るう、何というか“力に使われている”ような連中ばかりなので、今のところ彼の脅威となりうるような者は現れてはいない。

 

 そもそも、能力開発で落ちぶれてグレたような連中だ。

 彼らが皆一斉に、今から真面目に能力開発を受けたとしてもあれほどもまでに急激に力を伸ばすということも考えにくいし、その前提があるのだとすればそもそも不良活動が活発化するということがありえない。

 

 ―――きっと、何か裏がある。

 

 今は確証も何もないのだが、感じている違和感に間違いはないはずだ。

 決して短くはない年月、学園都市の厄介事を巡って走り回って来た彼は、そんな気配を敏感に感じ取っていた。

 

 

 ところで。

 

 そんなシリアスな思考の海に浸っていた彼の頭からは、現在進行形で身の回りで起きているはずの乱闘騒ぎなどすっかり抜けてしまっていて。

 その騒ぎの渦中から投げ飛ばされてきた黒髪ツンツン頭の少年に気付かず、ゴチィン! と頭を打ち付け合い、涙目になりがら現実に引き戻されてしまうのはしょうがないこと(?)なのであった。

 

 

 

~~~

 

 

 

「何で俺の周りの連中はことごとく頭ばっかり狙ってきやがるんだ」

 

 むすっとした表情でそう独りごちる逆鑑の手には、黒色の無骨なガラパゴス式携帯電話が握られていた。

 ……本当は最近購入したばかりのタブレットも持っているのだが、残念ながら先日とあるレベル5の少女に破壊されてしまったため家に置いてきている。

 

 下校の歩を進めながらアドレス帳を開き、目当ての人物を探し出す。

 

 ―――あった。

 

 何かの拍子で連絡先を手に入れてしまったきり、一度としてこちらから掛けることのなかった相手の名前。

 後は通話ボタンを押してしまえば掛かることだろうその画面を開いて、それでも尚、掛けるべきか思い悩む。

 

 思い立ったのなら早くに動いた方がいい。

 そうとわかっていながらもこんな葛藤を続けてしまうのは単に相手に苦手意識を抱いているからだ。

 

 が、かと言って人見知りの激しい彼に他の伝手があるわけもない。

 結局最後まで悩みつつも通話ボタンをプッシュすることになる。

 

 

 コールが2、3と続く。

 

 

 ……あ、出ない? 出ないならもういいよね……とせっかちにも切ボタンを押そうとした寸前に、まるでそれすらも読まれていたかのように通話が繋がる。

 

 

『もしもしぃ?』

 

「……食蜂か」

 

『あらぁ、逆鑑さん? 貴方の方から掛けて来てくれるなんてぇ珍しいこともあるものねぇ』

 

 どこか間延びした、世の男性を誘惑するような独特な甘い口調の返事が返ってくる。

 

「調べてほしいことがあるんだが」

 

 手短に済ませてしまいたい逆鑑としては挨拶もそこそこに(というかせずに)本題に入ろうとする。

 

『ちょっとぉ、久しぶりのお話なのにイキナリそんな入り方はないんじゃないかしらぁ』

「……苦手なんだよ、お前みたいなやつと話すの」

 

 逆鑑は正直に吐露する。

 

 どうせ見透かされているのだ。下手に取り繕ってもいいように弄ばれるだけということを学習している彼は、ある意味で食蜂操祈という少女の取り扱いを心得ていた。

 

『ひっどぉい。あんまり女の子にそういうことばっかり言ってると、嫌われちゃうんだゾ』

 

「知るか」

 

 そんなもの知ったことではないし、食蜂に心配される筋合いもない。

 とにかく、彼女のペースに巻き込まれてしまう前に用件を済ませるため、最近あった出来事と自身の感じている懸念、そして依頼したい事の内容を手早く説明する。

 

 説明の間、食蜂は黙ってこちらの話を聞いていてくれた。

 

 やがて用件を伝え終えると『……ふぅん』と一拍入れ、口を開く。

 

『つまりぃ、逆鑑さん一人じゃあ、どぉ~~~~しても手に余る案件だから、私の助勢力を頼りたいってワケねぇ』

「そこまでは言ってねえよ」

『でもぉ、ここで私が断っちゃえば他に頼れる人っているのかしら。ほらぁ、逆鑑さんってお友達少なそうだし』

「…………」

 

 その通りである。

 と言うか、そんな都合の良い相手がいるならそもそも“食蜂操祈”(こんなやつ)に頼ることになどならなかっただろう。

 

 食蜂の試すような言い草に顔を顰める。

 やっぱりいい、今の話は忘れろ。と口にしようとする。

 

 だが、学園都市最高位の精神系能力者はそんな彼の心理さえ読み取っていたのか、絶妙なタイミングで口を挟む。

 

『でも、いいわぁ。引き受けてあげる。せっかくの貴方からのお願いだものぉ』

「……あ?」

 

 意表を突いたそんな言葉に、思わずそんなこえが漏れてしまう。

 

「どういうつもりだ。お前がそんなに素直に返事をするなんて考えられねえけど」

「失礼ねぇ。ま、最近私のお友達がお世話になったみたいだし、今回はトクベツよぉ」

 

 

 お世話?

 

 お友達?

 

 

 はて、とまったく心当たりのない逆鑑の頭にはいくつかのクエスチョンマークが浮かぶが、取り敢えず一番気になったことを口にしてみる。

 

「おまえ、友達なんていたのか」

 

 

 

「……………………なにか言ったかしらぁ?」

 

 

 

「……いや」

 

 そんな電話越しからもわかるほどの凄みを引き出してしまうような地雷ワードだったのだろうか今のは、と若干気になりつつも、これ以上機嫌を損ねさせてしまわないよう話題を切り上げる。

 引き受けてくれるのならそれでいい。

 

「頼んだぞ」

「この程度の情報(ことぉ)、私の収集力でかかっちゃえばお安い御用よぉ。大船に乗ったつもりで―――」

 

 

 パチン、と携帯を折りたたむ。

 さて、とそのまま携帯を無造作にポケットに突っ込み歩き出そうとすると、響く無機質な着信音とバイブレーションに引き留められる。

 

 しばらく放っといても相手に諦める様子が見られなかったので渋々通話ボタンを押す。

 

「なんだよ、まだなんか用があんのか」

 

『ちょっとぉ!? 仮にも人にものを頼んでおいてその態度は失礼すぎるんじゃない!?』

 

 常に人を食ったような態度の彼女にしては珍しく、お怒りのようだった。

 もっとも、それすら意図しての演技の可能性があるのだが。

 

 はぁ、と隠そうともせず嘆息し、先を促す。

 

「それで、なんだよ」

 

 怒りに息を荒げていた食蜂は僅かに呼吸を整え――――その数秒後には、それまでと180度印象の違う、穏やかな声で先を紡いだ。

 

 

『―――ねぇ、“あの人”は元気?』

 

 

 ……“あの人”。

 

 食蜂がそう呼ぶのは、自分と同じクラスに所属するあの騒がしい―――どこまでもお人好しな、あの少年のことだろう。

 

 もちろん彼とは毎日学校で顔を合わせているので答えられない質問ではないのだが、素直ではない逆鑑はツンと突き放したような言い方をしてしまう。

 

「そんなの自分で聞けばいいだろ」

 

『今は、ダメ』

 

 彼女にしては珍しく、短く言い切られたその言葉に不意を突かれ僅かにたじろぐ。

 

『わかってないわねぇ。―――恋する乙女にはぁタイミングってものが重要なんだゾ☆』

 

 次の瞬間にはまた、人を小馬鹿にしたような、甘い声音で。

 

 そんな柄じゃねえだろうが、と鋭いツッコミを心の中で放ちつつ、彼はふたたび嘆息する。

 

「わっかんねえよ、そんなもん」

 

 そう呟きながら少年はどこか遠い目で、昼下がりの学園都市の、よく晴れた空を見上げるのであった。

 

 

 

 




既存キャラの口調、難しいです。
似非関西弁ってなんなんだよ。


追記:サブタイトルを変更しました。


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