魔法少女リリカルなのは 未来への系譜 (ロシアよ永遠に)
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設定等

ここで閑話休題、というかオリジナル共の解説とか行います。
べ、別に小説が進まないからって訳じゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!


…この言い回しもマンネリだな…。


ヒカリ・如月

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

アメリカ人と日本人のハーフ。

父が日本人で母がアメリカ人。

金の髪と青の瞳は母譲りで、肌は日系らしく白くも黒くも無い。

日本の学級で小学4年に進級するにあたり、本人たっての希望で海鳴に引っ越してきたところから物語は始まる。

 

 

 

 

 

ヴァルキリー

 

・概要

使用者の身体を包み込む、装甲タイプのデバイス。展開するとバリアジャケットの要領で、身体にフィットするタイプのスーツへと衣服は替わり、四肢と胴体、背中に白銀の装甲が装着される。

頭部に装着されるバイザーには、各種解析結果の投写や、射撃時の照準補正も行う。バイザーと一体化したインカムには、送られてきた念話をダイレクトに音へと変換受信し、またその逆に変換送信も可能。

装甲の大きさ自体は肘から先、膝から下を覆う物となっているが、その大きさ自体はヒカリの身体よりも一回り大きく、端から見れば肘、膝、それぞれそこから先が肥大化したようにも見える不釣り合いな外見。脚部装甲のふくらはぎに当たる部位には、スラスターと軌道調整のフィンが備えられており、意志によって調整が可能。

背部装甲は大型のブースターが一対、正面から見れば肩から掛けている様に見える。このブースターは軌道調整の類いよりも直線的な加速に特化しており、突進力は侮れないものとなっている。制御系統に関しては脚部のスラスター制御が要となっている。

さらにこの機体の特徴としては内蔵魔力と、装甲の展開解放にある。

まず前者としては、最大魔力の低い魔導師に対する措置として備え付けられたもので、予めヴァルキリーに魔力を備蓄しておくことにより、魔導師とデバイスの両方の魔力を使用でき、戦闘継続時間が大幅に伸びる。しかし、問題点も幾つかあり、それは小説の中で説明することになります。

後者は、ヴァルキリーの内蔵魔力、その循環と放出を高めて、運動性能を大幅に向上させると言うもの。その際、ヴァルキリーの白銀の装甲がスライドして、内部の赤いフレームが外部に露出する。この時、背部のブースターも装甲内部に収納されたスラスターが複数開放され、加速性能の増強と、さらには姿勢制御用スラスターにより、超高機動に重きを置いた形態へと変わる。ただし、循環と放出を向上させると言うことは、内蔵魔力の消費を早めると言うことになるため、戦闘可能時間が短くなるという欠点もある。その上、バリアジャケットの保護があるとは言えそのあらゆる速度は、身体にかなりの負担が掛かるためにリミッターを設けてある。

なお、ヴァルキリー自体に攻撃手段はほぼ無く、戦えるとすれば徒手空拳であり、攻撃魔法自体はヴァルキリーのメモリーに量子化した武装によって行う。

 

・武装

M16改『シルバリオ』

名前の通り、アメリカ軍正式採用のアサルトライフル『M16』を魔法専用に改造した物。ではあるが、模しているのは外見のみであり、内部構造は独自の技術。何より大きさが従来のそれと比べると1.5倍であり、到底生身の人間では扱いきれない大きさとなっている。

基本的には従来のカートリッジを一回り小さくした物を装填し、内包された魔力を撃鉄が放出、射出するだけのシンプルな構造で、魔力が無くとも撃つだけならば可能である。しかし、魔力の塊にすらならないものを垂れ流しているだけに過ぎず、防ごうと思えば簡単に防げてしまう。

しかし魔導師の制御云々によっては、複数のカートリッジをロード及びその魔力を蓄積させて威力を高める、弾丸に誘導力を持たせる、等という多方面に戦法を展開できる。

 

 

 

 

 

 

 

『ブリュンヒルデ』

 

レオンのデバイス。四肢と胴体を纏うタイプのデバイス。ヒカリの扱うヴァルキリーとどこか通ずるような外観であり、対照的に黒金の装甲。デバイスのコアは胸のプレートアーマーにはめられた碧の球体。システム上は近代ベルカに対応しており、カートリッジシステムはバルディッシュと同じくCVK792-Rを搭載している。カートリッジは両手の手甲、足のレガースのヒール部に設定されている。しかし、腕のコッキングレバーの設定は基本的に手動で行う。これはレオンの戦闘スタイルに合わせて調整されたもの。魔力の出力と量に秀でる反面、制御が不得手な彼に代わって行うのと同時に、発動魔法の術式にリソースをほぼ回している為、デバイスとしては余り類を見ないタイプとなっている。

加えてヴァルキリーと違い、空戦よりも陸戦に重きを置いた設計である為、出来ないことはないが、地上ほど自由には動き回ることは出来ない。

 

使用魔法

『コメットハンマー』

『リボルビングインパクト』

 

腕のカートリッジを使用して発動する拳による魔法。どちらもカートリッジに内包された魔力をダイレクトに纏わせる一撃には変わりないが、リボルビングインパクトは、拳を打ち付け、零距離でカートリッジを爆発させ、内部に魔力ダメージを与える、中々えげつないもの。

元ネタはビッ○・オーのサドンインパクト。

 

『ショットガン・レイド』

 

レガースから蹴りと同時に繰り出す散弾。接敵して撃ち出すため、その威力は防御の上からもかなり響く上に、普通に食らえば吹き飛ばされる。発動は爪先、踵、膝等、レガースに当たる部位であればどこでも問題なく撃てる。

元ネタはア○ェン・ブレイデルのグラスヒール。

 

 

 

スパロボ風ステータスにすると…

 

なのは&レイジングハート

 

MP 300

運動性 100

装甲 1800

適正 陸 A

   空 A

 

フェイト&バルディッシュ()はソニック時

 

MP 280

運動性 120(145)

装甲 1100(800)

適正 陸 A

   空 A

 

ヒカリ&ヴァルキリー()はマキシマム

 

 

MP 260

運動性 110(140)

装甲 1400

適正 陸 A

   空 A

 

レオン&ブリュンヒルデ

 

MP 280

運動性 105

装甲 1600

適正 空 B

   陸 S

 

 

若干作者の独断と偏見が入っています。大体の脳内ステータスです。




順次、小説の展開状況で更新予定です。

しかしレオンのデバイスですが文章として起こしてみたら、無理矢理感が否めないものに…


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番外編
お気に入り100件記念小説『親と娘』


永らくお待たせしました。何とか形と様になったので。思いの外、長文となってしまい申し訳ない。

やりたい放題にしてますが、楽しんで頂ければ光栄です。


突然であるが、読者諸兄の方々にとって心に残る学校行事はなんだろうか?

修学旅行?

課外学習?

文化祭?

それとも体育祭や運動会と言った行事だろうか?

勿論どれも感慨深いものなのだろうし、これから経験する人もいるだろう。

これらの行事は大抵何処の学校でも基本的に執り行われているもので、それはここ聖祥大附属小学校においても同じである。

五月の連休明け。

未だ連休の熱が冷めやらぬ者と、逆に連休が終わり意気消沈する者と二分されている。

しかし今日に限っては、どの生徒もそわそわして落ち着かない。皆表情が硬く、何処かしら強ばっているようにも見える。

そんな中で四年生の教室も例外ではなく、登校し終えて朝のSHRが始まるまでの僅かな時間。いつもは朝に友人と出会って雑談に興じるものだろうが…。

教室の一角に集まる件の七人娘も例に漏れずであった。

 

「…なぁ?」

 

そんな中口を開いたのは銀髪の少女ハルだ。未だ聖祥大附属の制服になれないのか、少々動きにくそうだが、転校当初に比べればまだマシになっている。

 

「今日の行事だが、そこまで緊張する物なのか?」

 

士官学校以外に行ったことがない彼女にとっては、どうして皆がそこまでそわそわするのかが理解できていない。

 

「…まぁするものよね。あたしはそこまでじゃないんだけど。」

 

「そうだね。でもいつもに比べたらちょっとドキドキする、かな。」

 

ハルの問いに、アリサとすずかが顔を見合わせて答える。

 

「まぁ、がちがちに緊張しすぎてるのもいるけどね?ね?なのは。」

 

「アイエェ!?なななななにかなアリサちゃん!?私今予習で忙しいんだけど!?」

 

「…悲鳴にしても『アイエ』は無いでしょ…アンタそのうちスレイされるわよ。」

 

文字通りガチガチだ。もはや心に余裕がないのがありありと解るし、額からジワリジワリと滲み出る汗がそれを顕著に現している。このまま行けば授業中にパタリと倒れないか不安になるが、この行事の日のなのははと言うと毎回こんな感じなので、一年からの付き合いであるアリサとすずかは特に気に留めなかった。

 

「ま、なのははいつも通りとして…フェイトやはやては大丈夫なの?」

 

「うん、でもやっぱり緊張する、かな。その…問題で当てられたりして、間違えたらって思うと、ね。」

 

「私はどっちかって言うたら楽しみやね。何せ復学して初めてのことやし、正直こう言うの憧れてた、言うのもあるんよ。」

 

フェイトは少々後ろ向きで恥ずかしがりな性格からか、その表情は苦笑い。対しはやては、今まで休学していた分、学校行事の一つ一つが本で読んだだけの知識でしかないらしく、実際に体験するとなるとその目を輝かせている。なんせ、全校集会なんかまでも楽しみでワクワクしているほどだ。

 

「…で?ヒカリは平常通りって言うのが意外なんだけど?」

 

次のアリサの矛先は、自分の席で予習している男子制服を着たヒカリだった。

 

「平常通り…国語だよ?当てられないか緊張してるし、当てないでよ先生って願掛けもついでにしてる。」

 

「やっぱり平常運転なのか緊張しているのか解んないわね。」

 

「あ、でも多分ボクのパパは来ないと思うよ。…仕事だろうし。…一応メールはしておいたけど、来れるかどうかは…。」

 

「その点は私も同じだな。父はどこにいるか解らん。かといって兄もいない。故にこう言った行事では無関係の域だよ。」

 

「その…何かゴメン。」

 

「…いや、構わんさ。…と、そろそろ教諭が来られるだろう、席に着くとしよう。わ」

 

そう言ったときに、始業のチャイムが教室にこだました。

先程の二人の台詞から察することが出来ただろうか。

そう。

今日は父兄参観日。

兄や父、さらには祖父などの男性親族が、子供の授業風景を生で見る行事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なぁ?」

 

「…なんだ?」

 

黒いスーツ姿で並び歩く褐色肌の男性と、なのは達よりも少し身長が高い少年。ネクタイを窮屈気に締め直しながら、少年―クロノ―は隣り合って歩く男性―ザフィーラ―に声をかける。昇降口で鉢合わせた二人はそのままの流れで、共に目的地へと歩を進める運びとなった。因みにザフィーラは、蒼い獣耳を隠すために、スーツとお揃いのハットを被っており、若干おしゃれにも見える。

 

「正直、僕はこう言うのは見るのも初めてなんだが…」

 

「その点については俺も初めてだ。」

 

クロノはハルと同じくする理由として。ザフィーラは今まで守護騎士(ヴォルケンリッター)としての責務を果たしていただけだっただけに、こう言ったイベントに参加するなどとあの時には微塵とも思わなかっただろう。月並みだろうが、夜天の書の主がはやてとなってからは、本当に毎日が初体験のようである。

 

「まぁなんにせよ、僕は士官学校だったからこう言ったことに縁はないが、君の場合は座学自体見学は初めてのはずだ。…編入時の案内の時も留守番を買って出たのだろう?」

 

「…何故解る?」

 

「君の性格を鑑みれば自ずと。」

 

「…そんなに俺は表に出やすい性格なのか?」

 

半年にも満たない間柄だが、それでも彼、彼女等の性格というものをある程度理解はしているつもりだ。このザフィーラという男は、どちらかと言えば率先して前に出ることはなく、皆より一歩後ろ…いや外の目線から物事を見たり、もしくは見守ったりと…。寡黙で多くは語らず、しかし気遣いを怠らない、そんな男である、とクロノは思っているし、そう考えた上で接している。そんな二人は何処かウマが合うのか、訓練もそうだが、皆と集まる際にはこのツーショットがよく見られる。

 

「努めて冷静でいるつもりだがな。」

 

「感情が表に出るのは決して悪いことではないさ。はやてや他の騎士達と暮らす上で喜怒哀楽を共にするなら、『騎士』としてではなく『家族』として、喜んで、怒って、哀しんで、楽しむことがはやての望みだと僕は思う。…あくまでも思う、だけどね。」

 

「…そう言うものか。」

 

「そう言うものさ。」

などと、彼の性格のあれこれを話す内、目的地に辿り着いた。未だ、少年少女の喧騒が聞こえるのは、まだ休み時間だからか。

ガラッと、教室の後部にあたる引き戸を開く。開けた間からクロノとザフィーラは顔を覗かせた。

多数の目と目が合った。

 

『………。』

 

沈黙。

生徒と二人の間に、得も知れぬ微妙な空気が流れる。

 

「…部屋を間違えたか?」

 

「いや…間違いではないはずだが。」

 

見渡せば、目的の人物が驚きと歓喜が感じられる視線を向けてこちらを見ている。どうやら間違えてはないようだ。

 

「どうやら父兄の方々もちらほら来られているようだ。入り口ではなく、中に入られては如何でしょう?」

 

教卓に立つ黒髪の女性が、少々ざわめき立つ教室を見やり声を発する。今日はとばかりにピッチリと決まった黒のタイトスカートタイプのスーツが不思議と眩しい。

ピリッとした空気に包まれる教室につられて、入り口から覗き込んでいた二人も、誘われるように教室に入る。なるべく静かに、且つ素早く、既に数人到着している奥の父兄の隣へと歩を進める。

 

「では授業を始めよう。バニングス、号令を。」

 

「はい。起立!礼!着席!」

 

思わず、クロノとザフィーラは、『ほぅ…』と感嘆の言葉が出た。一糸乱れることのない行動。まるで軍隊か何かを思わせるかのようである。そしてアリサの号令が響いたことによって授業の開始を告げられ、さらに教室の空気が引き締まったのが解った。

 

「さて、父兄の方々に改めて自己紹介を…。私は担任の織斑。今日は一日、御子息、御息女の授業をごゆっくりご覧頂きたく思います。」

 

ペコリと、上品にお辞儀する様は、非常に絵になる。思わず二人も含め、父兄から拍手が飛び出た。それに気をよくしたのか、少し機嫌良さげに織斑教諭―織斑千冬―は教科書を開くように声を発し、授業が始まった。

 

「ところでザフィーラは、はやてとはどう言った関係と記してきたんだ?」

 

昇降口で行われていた、父兄の出欠名簿の記載を思い出し、クロノが尋ねた。

ここ、聖祥大附属小学校は私立だけあり、やはり通わせるのに公立よりも金が掛かる。それだけに授業も高度ではあるが、何よりセキュリティにも念を入れている。金が掛かるだけに、不審者などが入らぬように教師もかなり目を光らせている。監視カメラも設置しているし、更にこう言った行事においても名簿記載を義務付けして、その際に身分証明書を提示して貰っている。そうすることで、関係者以外の校内侵入を防ぐようにしていた。

 

「無論、主従関係だが。」

 

「…そうか。…まぁ中々そんなに無い関係だろうけど、それで通ったなら良いか。」

 

「おや、ハラオウン様。私めとお嬢様との関係に何かご不満でも?」

 

ぼそりと耳に入ったのは、少々年期が入ったような男性の声だった。

見やれば三脚を立て、一心不乱にビデオカメラを回す、執事服を着た老年の男性。

 

「えと…鮫島さん…でしたか?」

 

「お見知り置き頂き光栄ですな。」

 

カメラのレンズの映す先は、最早説明するよりも容易いだろう。先程の号令に内心歓喜していたに違いない。

授業が始まってくると、ぽつりぽつりと戸を開いてやってくる父兄が増えてくる。中には…

 

「ほら、恭也。初めてだからと言ってそう強ばるな。」

 

「べ、別に強ばってなどいない。…ってそう引っ張るなよ父さん。」

 

高町父兄の姿もあった。

 

「こんにちは、士郎さん恭也さん。」

 

「あぁ、こんにちはクロノ君、ザフィーラ君、それに鮫島さん。」

 

「どうも…。」

 

愛想良く言葉を交わす士郎と対照的に、少しぎこちなくぶっきらぼうともとれる挨拶の恭也。性格こそ違えど、こうしてみれば親子、というよりは兄弟に見えなくもない。

 

「クロノ君はフェイトちゃんの?」

 

「えぇそうです。士郎さんはなのは…として、恭也さんは?」

 

「…俺は、なのはの兄として、そして一応将来のすずかの義兄も兼ねて、だ。」

 

「…ほう。」

 

恭也の言葉に、意味を理解できたクロノもだが、まさかのザフィーラが口元を吊り上げて感嘆の声を挙げるとは思いもしなかった。

高町家の長兄の恭也と、月村家の長姉である忍は恋人同士であることは、周辺知人には知れた仲であるだけに、『義兄』という言葉の意味は祝うべき物がある。

 

「そうか、身を固めることにしたか。」

 

「あぁ。まぁ大学を卒業してから、という流れになるけどね。いやはや…若い者が羨ましいね。青春しているというか。」

 

「…その言葉、そっくりそのまま返すよ父さん。」

 

結婚十数年経つにも関わらず、未だに新婚ホヤホヤか、バカップルよろしく、TPOを弁えずイチャコラする高町夫妻には、これまた周辺知人においては有名な話しである。特に、家においてはそれは顕著に見せつけられ、息子娘には甘ったるい桃色空間を、目の前で繰り広げられてウンザリしているのは日常茶飯事だ。

 

「ま、僕の場合、もう一人の家族の父親として、と言うのもある。」

 

士郎の見据える先。背中からしか見えないが、恐らく教諭の話を聞く表情は真剣その物なのだろう。クラスの仲でも目立つ銀髪が、窓から吹き込む春風に揺られる。

 

「んっん!父兄の方々、娘の話について盛り上がるのも構いません。しかし、授業中と言うことをお忘れ無きよう。」

 

予想以上に声が響いていたのか、織斑教諭の咳払いが飛び出した。生徒は静かに授業を受けているというのに、これでは本末転倒ではないか。

 

『す、すいません。』

 

異口同音。

 

「もう…お父さんもお兄ちゃんも、恥ずかしいったら無いんだから…。」

 

「く、クロノ…少し静かにしててよ…授業中だよ…?」

 

「ザフィーラ…後でちょぉっとお話しや…」

 

各々の肉親の醜態に、ある者は羞恥心に苛まれ、ある者は頭を抱え、ある者は憤慨する。因みに鮫島さんはと言うと、主従関係についての指摘以降、穴が空くかと言わんばかりにビデオカメラ越しでアリサを撮影している。無論、会社経営で多忙なアリサの父からの指示である。

 

「…ではこの問題、『身から出た○○』を…、そうだな、織斑。」

 

「うぇいっ!?」

 

ガタッと大きく椅子を暴れさせ、黒髪の男子が起立した。苗字でも解るとおり、織斑教諭の弟である織斑一夏だ。まさか当てられるとは思いもしなかったらしく、教科書と黒板を難度も視線が往復している。

 

「馬鹿者、当てられたのならば、返事は『はい』だろう?」

 

「は、はい…」

 

「それに返事に覇気が無いな?それでは自信が無いのを露呈しているような物だ。ハッタリでも構わん。まずは大きな声で応じることを心がけろ。」

 

「はいっ…!」

 

父兄から見れば、随分と体育会系な教諭だと思うだろう。事実、軍人気質な教育方針と言わんばかりの彼女の教え方だが、結果として協調性や礼儀を重んじる生徒を排出しているのは事実であるため、異議を唱える者もいない。まして、その凛々しさから生徒、特に女子生徒からは絶大な人気を誇り、中には信仰とも言えるほどの領域に達している者もいるほどだ。

 

「では、解答を。」

 

「わかりません!」

 

ガタタッ!と皆がずっこけて机に頭をぶつけた。後ろでみている父兄の面々も、ひいては教壇で教鞭を振るう織斑教諭も、ガクリと膝を落とす。

 

「…織斑、ハッタリでも構わんとは言ったが、堂々とわからないというのもどうかと思うぞ?」

 

教壇に寄り掛かりながら、我が弟の天然ぶりに頭を抱える。

 

「で、でもさ千冬姉…」

 

「学校では『織斑先生』、だ。…全く。座って良し。」

 

結局、姉の無茶振りに振り回されて、怖ず怖ずと席に着く一夏。この二人のやりとりは、参観日だろうが何だろうが平常運転だな、とクラスメイトほぼ全員が机に打ち付けた額を摩りながら、その思いは一致した。素晴らしき団結力。もはや阿吽の呼吸の域である。

 

「では代わりに…如月。」

 

「へ?ぼ、ボクですか?」

 

「このクラスにお前以外、『如月』という苗字は居ないぞ。熱を入れて予習していたのだから、その成果を見せてみろ。」

 

な、なんで予習していたのを知っているの!?

織斑先生が入ってくる前に予習は止めていたはずなのに!

織斑教諭の底知れない力に半泣きである。

もはやこのままでは一夏の二番煎じだ。何かしらの打開策を練らなければ!ダラダラと額を流れる嫌な汗を不快に感じながら、ヒカリは思考を巡り巡らせる。

 

(えっと…確か…意味はジゴージトク、と同じだったはず…だよね。つまり、自爆。つまり、漢のロマン。ドリルや大艦巨砲、ガチタンと並ぶ至高にして究極。()られる前に()れをコンセプトにした正面突破の超耐久仕様。有澤社長はネ申と思うんだ。物量による火力に物を言わせる漢っぷりはリスペクトを通り越して信仰対象だよね。逆に近接武器一辺倒で戦うのもロマンだと思うんだ。取っ付きとか、刀一本敵中突破、みたいな?あ、でも刀一本で多数の敵と対峙すると、メンテナンスが大変だよね。刃こぼれとか…)

 

「如月、解答はどうした?」

 

「えっと、サビ、とか?…あれ?思ってたことが口に…」

 

思考の渦に飲み込まれて、その間約10秒。緊張の余り、黙り込んでしまったのだろうか、と案じて声をかけた結果がこれである。

 

「えっと…。」

 

「ふむ、正解だ。時間は掛かりこそすれ、よく自力で答えを導き出したな。着席しろ。」

 

国語を苦手としていた彼女(名簿上は『彼』だが)が、諺の一つを覚えたとなれば、教師として此程嬉しいことはないものだ。口には出さないが、彼女の努力に思わず織斑教諭は口元を緩めてしまう。

 

(い、言えない…全く別のことを考えてて、偶然偶々一致しただけだなんて…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業も半ばに差し掛かった頃

聖祥大附属小学校の校門に、市営タクシーが停車する。

 

「料金は、2,090円になります。」

 

「ありがとうよ。」

 

後部座席シート越しに、駅からの利用料金を運転手に支払い、下車。自分で閉めずとも、運転手の操作でドアが閉まるので手間が要らない。降りてきたのは、短い白髪と、彫りの深い、30代後半から40代前半の男性だった。落ち着いた色合いのスーツの上着を腕に掛け、白いカッターシャツに赤いネクタイが映える。遠目に見れば、やり手のサラリマンにも見えるだろう。

 

「さ…って、受付で教室の場所を聞こうかね。…アイツも中々良い学校に通ってるじゃねぇか。」

 

感慨深く校舎を見上げ、口許が自ずと吊り上がる。校門を抜けると、昇降口はすぐ目に入った。その前で折り畳み式の机を立て、教員がパイプ椅子に座って受付をしているのも一目瞭然。思いの外、目的の物が見付かって良かった。

 

「すいません、えっと…4年…」

 

何組だったか。ど忘れしてしまった。携帯端末を開いて、放り込まれたメール。そのフォルダを開く。

仕事関係。

家族関係。

吞み仲間。

その中で家族関係をタップして、最近のメールを開いた。

差出人は、役職的に自分よりも遥か上に位置する女性から。その内容も意外な物で、送られてきたときには目を丸くしたもの。

 

「2組で、名前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、あるからして、『憂鬱』という漢字は…」

 

恙無(つつが)く進んでいた授業。その内容がとんでもなくハイレベルになっている。

何を血迷ったか、織斑教諭は参観日と言うことで躍起になっているようだ。少しいつもと比べて口早になっているし、左手を握って開いてしている。やはり姉弟か。弟の調子に乗っているときの癖まで似なくても良いのに。

そして目の前の黒板に描かれる、『魑魅魍魎』とか『豪華絢爛』、『絢爛舞踏』に『澪落白夜』…。

もはやその画数の多い文字は記号にすら見え、その羅列に皆、特にフェイトとヒカリは、苦手な漢字の授業ともあって視界がぼやけつつある。

 

「教官。」

 

すっ…と手を真っ直ぐ、そして肘も指もピンと張って天井に向ける生徒が一人。

 

「…教官ではない、と言っているが。…何だ?エルトリア。」

 

普段、当てられもしない限り、自分から言葉を発する事が余りないハルが、自分から意見を出そうとする珍しい光景に、織斑教諭や生徒もさることながら、後ろでみていた士郎や恭也すら驚きを隠せない。家においても、口数もなのはに比べれば少ない方であるし、無愛想…とは言わないが、そこまで感情を顕著に表に出さない。しかし、それは引っ越してきて数日間のことであり、ここ最近…ではあるが、徐々に性格に明るみが射しているようにも感じた。物静かなのは変わらないが、それでも僅かながら微笑みを見せるようにもなってきている。

…曰く、

『愛想良くしなければ、学校生活が難しい』

と言う。

つまり、学校に馴染むために彼女が変わろうとしている、と言うことの現れなのだろう。それだけに士郎にとって、彼女をなのはと同じ学校に編入させて正解だった、と得心するに至る。

閑話休題。

意見を述べる許可が下りたのを確認すると、これまた素晴らしいまでに背筋と足をしっかり伸ばして起立する。

 

「僭越ながらその漢字は、高校や大学クラスの物です。今の我々には理解は困難であると進言いたします。」

 

「ほう……?」

 

空気が張り詰めた気がした。

織斑教諭から放たれる威圧感(プレッシャー)が教室に充満する。ある者は滝のように冷や汗を流し、ある者は喉を鳴らして固唾を飲み込み、とあるポニーテールの金髪なんかは目が据わって歯を打ち鳴らしてガタガタ震えている。父兄には、変な悪寒を感じる程度ではあるが、歴戦の猛者たる高町父兄にクロノ、ザフィーラ、そして何故か鮫島さんも、織斑教諭の覇気に『ほぅ…』と感心していた。

そして生徒の意見は、口に出さずとも一致した。

 

オワタ\(^o^)/

 

…と。

 

 

 

 

 

 

「…あの教諭、ただの小学校の先生にしては常軌を逸してないか?」

 

「うむ、あの身に纏う覇気、それに一挙手一投足における身のこなし。余程の修練を積んだものと見受けられるな。」

 

「……一度手合わせ願いたいね。」

 

口許をつり上げた恭也の言葉に、父と、そして少年と褐色の男性の視線が集まる。確かに強者との手合わせは、武を嗜む者としては本望だろう。しかし、そこまで恭也が血気盛んな性格であったとは、士郎ですら盲点だった。そもそも恭也の練習相手は、自分か美由希であったため、実戦経験と言う物がほぼ無い。それだけに、未知の相手という者に飢えているのか。

 

ちなみに…

 

暫く後に行われた家庭訪問、その際に高町家の道場にてとある男女の試合が執り行われたのは、また別のお話だ。

 

「…なんだか、穏やかな雰囲気じゃねぇな。ハラオウン執務官。」

 

「えぇ、全くで……、…?」

 

何の気無しに返事をし掛けて、はたと言葉が止まる。

いつの間にやら隣に立つ男性。つい今し方到着したのだろう、一つ大きな息をつく。馴染みやすい口調ながら、年相応の威厳と貫禄が溢れる声は忘れることは出来ない。

 

「さしもの我々は、齢もようやく二桁に差し掛かった頃合いの若輩者。それ故に、段階を踏んで御鞭撻を賜りたく思います。」

 

「つまりエルトリア。お前が言いたいのは授業内容を改めろ。…そう言いたいのだな?」

 

「端的に言えば、そう受け取られても相違ありません。」

 

このハルという少女の胆力もさることながら、小学校中学年とは大凡思えないほどの口調に、父兄の表情は驚愕に包まれている。今時の小学生はこんな口調の子供もいるのか、と。

 

「ふ……」

 

「…?」

 

「ふははっ!あっははは!いやエルトリア、まさかお前がそこまで言うとは思いもしなかったぞ。」

 

何が笑いの琴線に触れたのか、腹を抱えて笑う織斑教諭。その様子に、弟の一夏のみならず、教室中にいる人間全員の目が丸くなる。

 

「いや、私も参観日と言うことで、柄にもなく舞い上がっていたのだろうな。すまん、皆。」

 

常に我が道の後に続けと言わんばかりの織斑教諭の謝罪。

【明日、日本を射程圏内に治めている2,000発以上のミサイルがハッキングされて降り注いでくるんじゃないだろうか?】

そうクラスメイトが万場一致の思考を駆り立てられる程に、彼女の謝罪は有り得ないと思う物だった。

 

「時にエルトリア。お前が私の授業に指摘するまでに意志を駆り立てた物があるのだろう?それは何だ?」

 

純粋で、素朴な疑問だった。織斑教諭としても興味があるのだろうか、今この場で聞き出してきている。クラスメイトも、身体や頭をハルの方に向けることも無いにせよ、耳や意識は彼女の答えを知りたいが為に向けていた。

 

「…?そのようなもの、単純(シンプル)な答えです。自分が正しいと、そう思ったことのため。」

 

未だ、先程の織斑教諭の覇気と、難解な漢字の羅列のダメージか抜けきらない、ここ数週間で妙な絆を結んだ少女を、視線の端に。

 

「そして、それにより頭を抱えている友人のため、です。」

 

そう答えた彼女の表情は。

 

今まで見た彼女のどんな微笑みより。

 

そして何者にも勝る。

 

日溜まりのような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほんと、いろんな意味でハルちゃんスゴかったね!」

 

波乱の巻き起こった授業参観を終え、各々の学生鞄を背や手に携えて昇降口まで連れ立って歩く中。

声を発したのはなのはだった。

見応えのある授業を目の当たりにした父兄も、その話題を口にしながら廊下で駄弁っているのを横目に流して廊下を進む。

 

「いや…私は正しいと思ったことをしただけだ。私自身、教官があのような授業をされると言うのには、少々疑問に思ったのでな。逸脱した行為だったかも知れない。」

 

「そんなことないよ。正直、私も頭がこんがらがっていたし。流石にあれ以上はパンクしていたかも…。」

 

自責の気持ちが後になってこみ上げてくるハルを、フェイトはフォローする。それに対しては皆同意であり、早くも彼女を『織斑教諭に立ち向かい、説き伏せた勇者』と崇める者もちらほら。

 

「今日は私達塾もないけど、()()()方面の仕事は?」

 

「私はないよ?」

 

「私もない、かな。」

 

「私もあらへんなぁ。…まぁ、しいて言うたら家事って言う仕事があるくらいな物や。」

 

「それじゃあ、久しぶりに遊びに行かない?…ね?ハルちゃん。」

 

「わ、私も行けというのか?」

 

「当然よ。今まで都合も合わなくて遊びに行けなかったけど、友達と遊びに行くのも学生生活の一環なんだから。」

 

こう言うときのアリサのリーダーシップと言う物はとても頼もしいものだ。

即決即断で遊びに行こう。

目的地なんて、その時行きたい場所で。

計画性がなく、行き当たりばったりにも見えるかも知れないが、それはそれで楽しいものだ。

 

「そう、か。そう…だな。…よし、じゃあアリサ。…私は旨い甘味が食べたいぞ。」

 

「ふぇっ…?あ、う、うん!モチのロンよ!とびっきりお勧めのとこに連れてってあげるんだから、覚悟しなさい!」

 

今までバニングス、と呼ばれていた中で、いきなり名前呼びの不意打ち。それに驚きもあり、嬉しくもあり。上擦った返事をしながらも、その嬉しさからか自然と笑顔になっていた。

 

「アリサお勧めの甘味かぁ。」

 

「ふふん。私のお勧めだけあって味は保証するわ。結構隠れ家的なお店なのよ。」

 

「なんだかアリサちゃんのイメージだと、高級ホテルにあるレストランとか、おしゃれなビュッフェって感じだよね。」

 

「そやな。そんで、支払いは『カードで良いかしら?』って感じで。」

 

最早容易にイメージできた。

 

「い、違和感ないね。」

 

「アンタ達が私に抱いてたイメージが、ようやく今に なって理解できたわ。」

 

最早怒るのを通り越して、呆れと諦めの溜息が漏れてきた。

他愛ない話をしている中で、昇降口を抜けた先で、幾人の男性が待っていた。ネクタイを緩めてスーツは少し着崩しており、少しばかりワイルドに見えなくもない。

言わずもがな、各々の家族関係の人間である。駆け出す友人を横目に、迎えてくれる人の居ない今日のMVPたるハルと、ヒカリはそれを眺めるだけだ。

 

「…エルトリアさんは…士郎さんのトコに行かなくていいの?」

 

「…そこまで羨む気は無いさ。もう慣れたよ。」

 

「…そんな顔して言っても、説得力無いよ?」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」

 

血の繫がる家族が存命であるヒカリはまだ良い。来れないだけなのだから。しかし、生きているのか否かすら解らないハルにとって、親の温もりと言う物が抜け落ちているだけに、その寂しさは拭いきれないだろう。いくら気丈に振る舞っては居ても、その実、年齢は10に変わりは無い。

 

「お~い!ヒカリ!」

 

背後から男子の呼び止める声に振り返る二人。昇降口から全速力で駆けてくるのは、参観日にも関わらず、盛大なボケをかました少年、一夏であった。

 

「一夏?どうかしたの?そんなに急いで。」

 

「そんなに急くと危ないぞ。」

 

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。」

 

ぜぇぜぇと肩で息をしながら、一夏は膝に手を当てて呼吸を整える。

 

「ヒカリ、今日昼から暇か?だったら遊びに行こうぜ!面白いゲームが入荷したゲーセン見付けたんだ!」

 

「えっ!?ぼ、ボクは…」

 

「いいだろ?男同士なんだからさ!」

 

肩を組んでくる彼に、男子に対しての耐性…というかスキンシップに未だ慣れていないヒカリは頬を染めてしまう。というか、この一夏という少年は、普通に男子に対してのスキンシップが、普通とは逸しており、一部の者からは…同性愛者ではないかという声も上がっている。その中で更に一部の人間からは、鼻息を荒くして、ヒカリと一夏との掛け算を妄想している輩も居るという。

 

「…スマンが一夏。ヒカリは我々と甘味処を巡る予定だ。即ち先約が入っている。」

 

「そ、そうなのか?…なんかお前、男子よりも女子とよく話したり遊んだりしてるよなぁ…。」

 

「ウェィッ!?そ、そ、ソンナコトナイヨ!?…って言うか、だったら一夏も行こうよ!それで良いでしょ!?」

 

「確かに甘味は好きだけどさ…。ん~、千冬姉に買って帰るのもアリか…。」

 

未だ肩を組んだまま思案する彼に、ヒカリの顔の赤みは増していくばかりだ。無論、これは一夏が彼女のことを男子と認識している分でのスキンシップ。ここで変に対応すれば勘繰られてしまうだろう。

 

「…では後ほどアリサに確認を取ろう。」

 

「おう!そうしてくれ。」

 

「…心配して来てみれば、問題なく生活しているみてぇだな。安心したぜ。」

 

突如、背後より話しかけられたハル。

この声は知っている。

忘れようがない。

 

「まさか、貴方が来られているとは思いませんでした。三佐。」

 

ゆっくりと、噛み締めるように振り返れば、変わらぬ上司…ゲンヤ・ナカジマの顔がそこにあった。陸士制服と同じ色合いながら、肩の突起などは無い、シンプルなフォーマルスーツ。

茶色。シックな大人のムード漂う大人の旋風だ。

 

「へっ…今はプライベートなんだから三佐はいらねぇよ。お前さんも有給消化中のプライベートだろう?硬くなるなよ。」

 

「了解…いえ、わかりました。」

 

思わず敬礼しそうになるが、それを制止されたことにより踏み止まる。

 

「しかし…なぜ貴方がこちらに?」

 

「そんなもん、部下の有給消化ぶりを視察にだよ。」

 

「…そう見張られなくとも、無茶をする気はありませんよ。」

 

「そうかぁ?提督に聞いたところ、執務官と一緒に大立ち回りしたそうだが?」

 

…どうやらもう情報は出回っているらしい。詳しいことは何故か自身も関わったメンバー全員も覚えていないが、『砕け得ぬ闇事件』として名付けられた先の騒動は、ある程度報告書を仕立てて上に提出されている。その中で、有給消化中のデバイス封印を解いて、事件解決に奔走したことも記載されているため、直接の上司である彼に話しが通るのは至極当然か。

 

「無茶をすんなって言った矢先にコレとは…お前さんも懲りねぇな。」

 

「…面目次第もないですね。」

 

「ま、事件を通して何か変わったようにも見えるがな。」

 

「そう、でしょうか?」

 

「おうよ。…なんつうか…壁がなくなった、って言ゃぁ良いか。…高町やテスタロッサの嬢ちゃんと仲良くやってるみてぇだし。」

 

「…変で…しょうか?」

 

「いや…

 

 

 

むしろ、無理矢理有給消化させて正解だったと思ったよ。…ようやく、10歳のガキらしくなってきたじゃねぇか。」

 

そう言う彼の表情はとても晴れやかで。まるで娘の成長を喜ぶ父親のようだ。

不意にハルの頭にその大人の男性特有のゴツゴツとした手を置き、髪が乱れるのも厭わずにわしゃわしゃと撫でる。

 

「…お前さんが、あぁやって笑っていた所をみれただけでも、ここに来た収穫があったさ。…ま、長い間お前さんの上司やってんだ。やらかす無茶に手を焼かされてきたが、それも含めてもう一人の娘みてぇなもんさ。」

 

「…三佐……。」

 

「ま、せいぜい残りの有給を楽しめや。それが終わったら、108で土産話でも聞かせてくれりゃ、俺も皆も満足だからよ。」

 

「…はい。」

 

ハルの頭から手を離し、踵を返して校門を抜けていく彼の背中に、在りし日の父のそれと重なって見えた。

未だ撫でられた感触が残る頭に手を置き、それが消え行くことに名残惜しさをも覚える。

 

「父、か…。」

 

胸に手を当てれば、先程まで何処か冷えかけていたが、今はどこか温もりを感じる暖かな感触。本当の父親の記憶と、そしてゲンヤとの記憶。見た目も性格も違えど、自分を見る目は同じだった。

暖かくも、心配してくれる目。

 

「エルトリアさん…さっきの人って?」

 

未だ肩に組み付いている一夏を引き摺りながら、ヒカリは尋ねた。

 

「ん?あの人か?

 

 

 

 

…私の父、のような人だよ。」

 

その笑顔は、同性のヒカリすら見惚れるようなまぶしい物だった。

 

 

 

 

 

職員室に置かれた、4ー2の参観日出席名簿。そのページが、開け放たれた窓から吹き込む春風に煽られてパラパラと捲られていく。

風が止み、その一節にこう記されていた。

 

『出席番号4 ハル・エルトリア

 出席父兄 高町 士郎 

 関係性 居候

 出席父兄 ゲンヤ・ナカジマ

 関係性 娘』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

時は遡り、聖祥大附属小学校の参観日授業中。

青々とした空に、小さな揺らぎが生じる。しかし、注視しなければ気付かず、まるでカメレオンのように空の色に同化している。

その揺らぎは、風に少しブレながらも浮かんでおり、最寄りの窓からは4ー2の教室の授業風景が見えていた。

 

「フッフッフ…感度良好…視界良好、そして操作良好。此程までに適した条件はない!」

 

画面に映し出されたその風景を見て、男は口許をつり上げた。手元のコントローラーの2つのスティックを駆使して、左スティックを右に倒せば映像が右に映像が、左に倒せば左に映像がスライドする。

 

「私の生み出した『ステルス迷彩搭載のドローン』の調子は絶好調だな。」

 

まるでラジコンのように操作しながら、彼は授業風景がさをカメラに収めていく。送られてくる映像を、端末に差し込んだUSBメモリに記録しながら、標的となる人物(ターゲット)を探し当てる。

 

「ふっ…見付けたぞ。」

 

再び吊り上がる口元に、何処か狂喜的な物を感じる。その神経はだたひたすらに手元のコントローラーと映像に全てを注いでいると言っても過言ではない。

そしてターゲットは、丁度教師に当てられ、起立しているところだ。

 

「サビだ!サビ!この問題なら容易いだろう!緊張して頭が真っ白なのか!?」

 

気が気でないのか、彼の表情に焦燥が走る。声が聞こえるわけでもないが、向こうの音声は高感度の集音マイクによって拾うことが出来るために、授業の内容がまるでその場に居るかのように聞こえる物だ。

ターゲットは恙無く、といって正しいのか、時間は掛けた物の正解に辿り着いたようで、本人もさることながら、彼自身も安堵の表情を浮かべた。

そして…超難解漢字の授業が執り行われる。

 

「…今の小学生の授業ではこんなのも覚えるのか…たまげたなぁ…。」

 

頭を抱えているターゲットを尻目に、今の授業のレベルの高さに関心を禁じ得ない。自分の居た頃とは随分違う。ゆとり教育だのなんだのと言われているが、これを見れば早々バカに出来たものではないだろう、と勝手に納得していた。

おっと、コーヒーでも淹れるとしよう。

そう立ち上がり、彼は給湯室へと姿を消した。

 

 

 

コーヒー片手に戻ってきたときには、下校時刻となっていた。

 

「ガッデム!目を離しすぎたか!」

 

しかし、録画しているので後で見直すことも可能だ。今は生の映像を見ることが肝要。そう言い聞かせ、コントローラーを手にとって、下校する生徒の中からターゲットを探し当てていく。

昇降口が映されたとき、ようやく見付けた。

どうやら友人と一緒なのか、二人連れ立って目の前の父娘の触れ合いを見ている。その表情は何処か浮かないもので、愛情に飢えているように感じた。

 

「…私も本来なら、直接見に行きたい!しかし!長らくここを離れられないのだよ!我が娘!」

 

頭を抱え、自責の念からか頭を机に叩き付けている。そもそも彼―如月雄造―が研究室に籠もりきりで、父兄参観に参加できないのは、のめり込みすぎだからである。計画性も余りなく、気付けば参観日当日。休暇届を出すのも忘れていた。

 

「しかし…アメリカからの引っ越し。しっかりと生活が出来ているか心配だったが…杞憂だったかな。」

 

文化も何もかもが違う国での一人暮らしとなって、親心から来る心配もあったが、友達もいるようで一安心だ。この分ならば恙無く学校生活を過ごせるだろう。

 

 

そう、安心したとき。

 

愛する娘に馴れ馴れしく肩を組む男子生徒が目に入った。

 

「なん…だと…!?」

 

目を疑った。登録上、男子生徒となっている娘にあのように馴れ馴れしく肩を組むなど…!男同士とはいえ、少々過剰なスキンシップではないか!?いや、しかし書類上では男同士だから問題ではない、問題ではないのだ!だがしかし、親からすればこの事態は看過できないわけで…!!

如何とも知れないジレンマに囚われる一人の父親が、管理局研究室で頭を抱えて悶えたいたのが、彼の妻によって目撃されたのは言うまでもない。




ほのぼのって難しい。

…ほのぼの、だよね?

ほのぼの、なのか…?


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GEARS OF DESTINY編
Mission1『ニッポン WASSHOI!!!!』


主人公プロフィールです



ヒカリ・如月

日本人とアメリカ人のハーフ。ブロンドの髪にサファイアのような瞳が大きな特徴。背中辺りまでの髪を、大抵ポニーテールにしている。少し中性的な顔立ち。
性格は前向きで明るい。ただ、一度芯が折れると、中々立ち直れないところもある。やや天然な所もあるが、それを踏まえて好印象持つ人が多い。
父親から軽く教わった程度と、後は独学の日本語だったので、英語混じりの怪しい喋りとなっている。基本的に戦闘時とかは翻訳魔法で補っている。この度、小学四年に進級するにあたり、日本での生活を始める運びとなる。物語は、アメリカを発って、日本に到着したところから始まる。

戦闘面
魔力量はCランク。
割と平均的で、他の分野においても特に目立って秀でてる部分はない。特筆するとすれば、加速度耐性が普通の人と比べてかなり高い所。


大きなボストンバッグを肩に掛け、新しく住む自宅の扉を開けた。日本という国に憧れ、生まれたときから彼女はアメリカで暮らしていた。日本人の父とアメリカ人の母を持ち、肌は父譲りだが、ブロンドの髪と、サファイアのような瞳は母から受け継いでいる。

我が儘を言うつもりだった。

「一度日本で暮らしてみたい」

そういったヒカリの言葉を両親は受け入れてくれた。幸いにして二人の収入には余裕があったので、海鳴市のマンションを購入し、今日引っ越してきた。ただし、両親は独り暮らしについての条件があると言っていたのが気になったが、それは向こうを出るときに教えてはくれなかった。なんでも、

『向こうに着いてのお楽しみ』

だそうだが。

出稼ぎに近くて、一週間に一度帰ってくる以外は職場で寝泊まりしている両親だから、家事その他はアメリカに居たときから何ら問題ない。一足先に荷物は運び込まれ、ある程度のセッティングは完了している。

広々とした2LDKは、一人暮らしをするのに些か勿体なく感じるものの、アメリカとの時差と、長旅の疲れからか、荷物も片づけないままにベッドでまどろみに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東の空がぼんやりと白みかかってきた時間。時間にして六時過ぎか。ヒカリはゆっくりと目を覚ました。見慣れない天井を見上げ、引っ越してきた実感を噛みしめるまで軽く十秒ほど。大きなあくびを一つ。仕分けされた段ボールから、歯磨きセットを取り出して洗面台へ。ツンとくるミントの香りが、寝ぼけた頭を目覚めさせてくれる。

シャワーを浴びた後はドライヤーで髪を整え、動きやすいジャージに着替えた。髪型も、お気に入りのポニーテールに縛り、朝の日差しが差し込むベランダに出た。丁度日が昇る時間だったようで、太陽の光に照らされて海がキラキラ輝いている。昨日はみる余裕がなかったが、ここからみる町並みは、アメリカのそれとはまた違った良さを感じる。4月上旬。桜もちらほらと咲き始める暦上は春ではある物の、肌寒い空気が織り成す霧がかった風景もまた美しくかんじられた。

食材云々はないので、多少の空腹感を感じながら、荷物の片づけを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度の荷物を片づけ終えた頃には、時計の針は九時半を指していた。さすがに空腹の限界を迎え始めたヒカリはジャージを脱いで、白いワンピースに着替え、財布を持って町へ繰り出す。

日曜日だけあって、人通りも少なくない。 迷わないように道順や、目印をある程度メモしつつ、朝食を済ませようとコンビニか何かを探していた。…すると、

 

「…コーヒーの匂いがする」

 

ひくひくと、まるで犬の様に鼻をヒクつかせる。丁度、緑色で

『翠屋』

と、かかれた看板の店の前に立っていた。

 

「ここは、カフェテリアか何か、でいいのかな?」

 

…難しい漢字が読めない彼女は、コーヒーの香りに導かれるように店に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中に入ると、落ち着きのある雰囲気に、先ほどから鼻腔を刺激していたコーヒーの香りが一層強く感じられた。

 

「いらっしゃいませ~、お好きな席へどうぞ」

 

カウンターの奥から、栗毛色の女性が迎える。休日のモーニングタイムだけあって、人もそこそこに座席を埋めていたが、その大半は家族連れなので比較的空いていたカウンター席に腰を下ろした。

ヒカリの容姿に白いワンピース加わって、モーニングの時間帯の店内で客の目には目立って見える。

目の前にあるメニューを広げると、そこはやはり日本語の羅列。ある程度父から読み聞かせを受けてはいたが、日常的に慣れ親しんだ言葉や文字ではないので軽く目眩を覚えた。

 

軽く五分くらいだろうか?メニューと睨めっこしているのがさすがに気になったのか、先ほどの店員『高町 桃子』は声をかけた。

 

「ねぇ貴女、もしかして…外国からきたの?」

 

メニューから目を離し、カウンター越しに話し掛ける桃子の方を見た。話しかけられた内容を、脳内の辞書で検索をかける。

 

「あ……イ、YES…です」

 

「そう。メニューの文字がわからないのね?それなら、飲みたい物はあるかしら?好きな物を言って?」

 

ほんのりと、優しく包容力が感じられる桃子の笑顔が、若干緊張気味だったヒカリに安心を与えた。

 

「エット……ココア…は、OKですか?」

 

「えぇ、いいわよ。少し待っててね。」

 

そういうと、桃子は厨房の方へと消えていった。少し首を伸ばしてみれば、黒い髪の男性にオーダーしている。…夫だろうか?

注文が来るまでの暇つぶしに、と改めて店内を見回すと、エプロンをした店員の中に桃子と同じ髪の色をした、ヒカリと同い年くらいの少女がいた。歩く度に少しハネたツインテールがひょこひょこと揺れる。オーダーを取る際に屈託のない笑顔で客を和ませていた。

 

「あの子はね、私の娘で、『なのは』って言うの。」

 

自身の前にカップに入った温かいココアと、モーニングのトーストとサラダを置きながら桃子は教える。

 

「丁度、貴女と同い年くらいかな?よかったら仲良くしてあげてね?」

 

「い、YES。頑張る、です。」

 

…と、意気込んだはいいが、いざ話しかけるきっかけを見つける、というのも難しいもので。あれやこれやと悩むうちにココアも空になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会計を終え、翠屋から出てくるヒカリ。ぐっ…と背伸びしつつ、結局なのはという少女に話しかけることができなかった残念さと、これからどうするかとの悩みが頭に染み着いていた。

 

「フム……食べ物がないから…マーケットを探さないと…」

 

しかし、街の地図もなければ土地勘もない。端から見ても困惑顔だった。

 

「あのっ…」

 

不意に後ろから声をかけられる。振り返るとそこには、翠屋で話しかけることのできなかった少女がいた。

 

「お、お母さんが道案内してあげなさいって。良かったら一緒に行ってもいいかな?」

 

渡りにボートと言う諺が日本にあると聞いたことはあるが、まさにこの事か、とヒカリは内心歓喜した。願ったり叶ったりだが…、

 

「デ、デモ…お手伝い…ダイジョブ…なの?」

 

「ん、丁度モーニングタイムは終わったから、行ってきなさいって。大丈夫だよ。」

 

この母娘は女神と天使だろうかと、ヒカリの脳内は自動変換仕掛けていた。二人の好意を不意に出来ない。ヒカリは有り難く、道案内を受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、貴女のこと、なんて呼べばいいかな?まだ、名前を聞いてなかったけど…」

 

大通りを隣に並んで歩くなのはは、不意に訪ねた。

 

「ボクは…ヒカリ…如月。USAカラ来たんだ。ヨロシク。」

 

「私は、高町なのは。みんなは、なのはって呼ぶよ。よろしく、ヒカリちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近場のマーケットに寄った二人は、順調に親交を深めていた。いざ話してみると、気さくに話しかけてくるなのはに、口下手ながらも何とかその話に答えようとするヒカリ。買い物を楽しみながら掛け替えのないひとときを過ごす。

納豆やワサビを面白半分で買ったことをヒカリが後々後悔したのは、また別のお話。

 

「結構買い込んだね~。」

 

ヒカリのマンションに向かいながら、なのはは手にぶら下げた買い物袋を眺めてつぶやいた。そこそこに膨らみを持ったビニール袋を二人で一つずつ運ぶ。

 

「ゴメン…なのは、荷物を運ぶの、helpしてもらって…」

 

「ん~ん、全然苦じゃないよ。これぐらいならお店の買い出しでよく運んでるから。」

 

そんな雑談をしていると、不意に背後から声がかかる。

 

「あれ?…なのは?」

 

振り向くと、手には買い物袋を下げた、なのはと同い年くらいの少女が語りかけていた。見ればヒカリと同じく、煌びやかなブロンドヘアをツーサイドアップにしている。瞳の色こそ違えど、端から見ても同い年にしては大人びた雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、フェイトちゃん。買い物帰り?」

 

「うん、そうだけど…隣の人は?」

 

「あ、うん。えっと、うちのお客さんで、外国から引っ越してきたらしくて道案内をしていたの。」

 

「ヒ、ヒカリ・如月です。よろしく。」

 

「私はフェイト、フェイト・テスタロッサ。よろしく、ヒカリ。」

 

ペコリとお辞儀しながら、互いに自己紹介する。横で見ていたなのはには、二人の長い髪が眩しすぎた。

 

「…ところで二人とも、その荷物はどうしたの?」

 

「ヒカリちゃんのマンションに運ぶんだ。引っ越してきたばかりだから、地理とか慣れてないと思うし。」

 

「よ、よかったらだけど、フェイトも来ない?この町のこと、フェイトからも聞きたいな。」

 

フェイトとしては特にこの後の予定もない。買い物を済ませて、ちょっと自主トレーニングを積む予定だったし、二つ返事でついて行くことにした。

 

「でも、私も海鳴市に来てから半年もないから、余り詳しくないよ?それでも構わないなら…」

 

「OK、それでも数ヶ月は先輩だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やかんやで、二人はヒカリ宅のリビングのソファに座っている。当のヒカリはキッチンでお茶の準備をしていた。

 

「す、スゴいね…広々としてる…」

 

二階分はある高々とした天井のリビングにはくるくるとレストランであるようなプロペラ?が回っており、窓からベランダに出れば、海鳴の広々とした景色が見えた。ヒカリの自室の他にも、お風呂やトイレのスペースの二階部分には、おそらくヒカリが勉強スペースにするつもりなのか、軽く書斎のようだった。

 

「一人暮らしなんで、ざっと見ても使い切れないスペースもあるんだ。勿体無い位。」

 

そういうと、買ってきたばかりのコーヒーを二人の前に置く。湯気と共に、独特の苦みを感じる香りが鼻腔を刺激した。

 

「そう言えばヒカリちゃんの苗字の如月って、日本の物…だよね。」

 

「YES、ボクの父はJAPANの生まれなんだ。USAに仕事で渡って、母に出逢ったって聞いてる。ボクは生まれてから今まで日本には来たこと無かったから、一度日本に住んでみたかったんだ。」

 

ヒカリの話を聞きながら、二人はコーヒーに添えられた砂糖とミルクを黒い液体に混ぜ合わせていく。ヒカリも話の区切りという意味も込めて、アメリカにいたころからの愛用マグカップにいれたコーヒーを啜る。

 

「でも、今思えば、ニホンゴ、もっと勉強しておけばよかった。結構HARDだね。」

 

「あ、わかるな、ソレ。私も同じ悩みが引っ越してきたばかりの頃あったよ。…学校とか、国語の授業中が当てられないかヒヤヒヤしてたなぁ…」

 

感慨深いのか、フェイトは過去に少しトリップしている。そんな彼女に苦笑しつつ、なのはは気になっていたことを尋ねる。

 

「学校の授業といえば、ヒカリちゃんはどこの学校に?」

 

今現在4月も上旬。なのは達も明日から新学年度が始まる。手続きなどを考えると、すでに決めてあるのだろう。

 

「elementary school?……えっと…確か……………………。」

 

「…もしかしたら、漢字が読めない?」

 

「…い、YES……漢字は…easyな物くらいしか……。」

 

「そっかぁ…、もし別の学校でも、友達でいてほしいな。」

 

「と、友達……friend?」

 

翻訳するヒカリに頷くなのは。正直、引っ越して二日目で友達と言ってくれる人がいるとは思っても見なかった。戸惑いと嬉しさとこそばゆさとが、ヒカリの中で入り混じる。

 

「もちろん私もヒカリと友達で居れたら…って思ってるよ」

 

すかさずフェイトも乗ってきた。嬉しさでヒカリの脳内は埋め尽くされていく。顔を赤らめる彼女は何ともいじらしいもので。

 

「えっと…ダメ、かな?」

 

「そ、そんなことないよ…そんなこと!」

 

すかさずヒカリは正座し、三つ指を立てて深々とお辞儀する。

 

「ふ、不束者ですが…!」

 

…フェイトはこれの意味を理解できていなかったが、なのははというと、ヒカリには日本語以外にも、文化とかその他諸々を教えないといけないなぁ、と改めて感じたのだった。




初めましておはよう御座いますこんにちはこんばんは。初投稿+小説初心者の『ロシアよ永遠に』です。初めての小説執筆と投稿と言うことで、遅筆かつ駄文かもしれません。というかそうなります。加えて豆腐、しかも絹ごし豆腐みたいなメンタルなので、合わないと思った方、回れ右でお願いします。
小説投稿する以上、読んでくださる方々に楽しんで貰えるよう、日々精進します。ですので、ご指導、ご鞭撻のほどお願いします。

ま、堅苦しい挨拶はこの辺で。

この度投稿させて頂きますのは、PSPソフト『魔法少女リリカルなのは GEARS OF DESTINY』を元にオリキャラを交えた二次創作となっています。元いたキャラとかは出て来ますが、なのは達主要人物は劇場版という設定なので、リーゼ姉妹の登場予定はありません。ご了承ください。


あ、あと、サブタイトルに深い意味はありませんww


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Mission2『引っ越し一日目は二度の外食』

なのはとフェイトの申し出で、引っ越しの後片づけをし始めた三人。細々としたモノはまだ片付けていなかったのだが、三人は要領よく、ものの一時間もしないうちに終わってしまった。

 

「Thanks。正直、こんなに早く片付くとは、思わなかったよ。」

 

「お役に立てたなら何よりだよ~。それはそうと、ちょうどお昼だね。」

 

部屋の入り口付近に飾られた掛け時計は、十二時三十分を指していた。ちょうどお昼時でもあるし、買い物に片付けと、そこそこに動いたので三人ともお腹が空いてきたようで。

なのはは携帯電話を取り出すと、翠屋に電話を入れた。

 

「あ、お母さん?………うん、買い物の後フェイトちゃんと、ヒカリちゃんの…うん、さっきの女の子のお手伝いしてて……うん、今終わったの。だから……うん、お願いしま~す。…うん、今から出るから、…20分くらいかかるかな。うん…それじゃ。」

 

ピッ…と電源ボタンを押してパタンと携帯を閉じた。フェイトとヒカリは、目をぱちぱちしながら顔を見合わせた。

 

「お母さんが、お昼ごはん用意しておくから来なさいって。」

 

「えっ?そんな…悪いよ、なのは…」

 

「そ、そーだよ。ボクなんか今日会ったばかりだし…。launchなら、ボクが作って……」

 

遠慮がちなブロンド二人。フェイトはともかく、付き合いが一日にも満たないヒカリにとって、お昼ごはんをご馳走すると言われても、両手を挙げて喜んで、お言葉に甘えると言うには至らなかった。もちろんこういった好意自体は、ヒカリにとって嬉しいことには変わりは無いのだが。

 

「もう、二人とも遠慮しなくていいのに…。フェイトちゃんはもうちょっと甘えてもいいと思います。私はヒカリちゃんと仲良くなりたいんだから、もっとお話しする機会が欲しいんだ。」

 

「え?わ、私、そうなの、かな?」

 

「ぼ、ボクに聞かれても…。」

 

困惑するフェイトがヒカリに尋ね、そして次は彼女が困惑していく。

そんな連鎖反応は、如月宅に響いたインターホンによって止められた。

 

「こんちは~、如月さん、宅配便で~す。」

 

「宅配…?あぁ、elementary schoolのuniformが来るって言ってたカラ、たぶんそれカナ。」

 

パタパタとスリッパが床を鳴らす軽快な音と共に、ヒカリは玄関に駆けていく。宅配業者のおじさんの説明を受けて、受取用紙に如月、とサインを記す。

 

「小学校の制服?」

 

「Yes、やっぱり明日から通う、elementary schoolからみたいだよ。」

 

そっと自室の机の上に置くと、クローゼットを開いて上着を探す。無難なモノをチョイスするために、吟味したところ、シンプルな青いジャケットを選んだ。ソレを羽織って自室より出てくる。

 

「なのは、今回ボクは君と君のお母サンの言葉に甘えるよ。ヨロシク。」

 

 

 

 

 

 

 

 

今日二回目の翠屋を訪れたヒカリ。フェイトも高町母子の好意に甘えることにした。店内は朝に来た時よりも更に賑わい、アルバイトの店員もシフトに入ったのか、引っ切り無しに店内を駆け回っていた。外のテラス席も大方埋まっており、多忙なのが一目瞭然だった。

 

「あ、なのは、お帰り~。」

 

忙しく注文の品を運んでいたなのはの姉、高町美由希が出迎えてくれた。長い三つ編みを揺らしながら、こちらに視線を送りつつも的確に料理を運んでいく。

 

「た、ただいまお姉ちゃん。手伝おうか?」

 

「あぁ、大丈~夫。もう少ししたら恭ちゃんも入ってくるし。それに、お客さんがお待ちだよ、なのは。」

 

「お客さん…?」

 

キョロキョロと店内を見回すなのは。見つかるように促す美由希は窓際の最奥にあたるテーブル席を背面越しに親指で差した。これまたブロンドの少女と、紫の髪の少女が相席で並んで座って、こちらに手をひらひらと振っていた。そして、その対面の席には、バッテンの髪留めを付けたショートヘアの少女が座ってこちらを見ている。そして座席には松葉杖が立て掛けられていた。

 

「ようやく帰ってきたわね~、お邪魔してるわよ。」

 

「こんにちは、なのはちゃん、フェイトちゃん。それと…ヒカリちゃん…かな?」

 

「アリサちゃん、すずかちゃん、はやてちゃんも。来てたんだね。いらっしゃい。」

 

足早に三人の席に駆けつけるなのは。それに続くフェイトと、その影に少し隠れるようにヒカリも足を運ぶ。さすがに、なのはとフェイトと打ち解けたとはいえ、三人も彼女らの友達に出くわすとは思わなかったから、若干ビビっているのかもしれない。

 

「そんなに怯えんでも、取って食べたりせぇへんよ?」

 

「ほら、ヒカリ。…大丈夫。みんな優しくていい人だから、君も仲良くなれるよ、きっと。」

 

「お、OK…。」

 

ようやくおずおずとフェイトの影から出てきたヒカリ。ワンピースのスカートをつまんで少々赤面している彼女は、中々にいじらしくも感じられる。

すずかが名前を知っていたのは、桃子があらかじめ新しい友達を連れてくるであろうと言う情報を、電話の後にやってきた三人に伝えていたからだと、ここで説明しておく。ちなみにこの三人も、どうせなら、と言う桃子の好意で昼食をご馳走して貰うことになっていた。

 

「ヒカリ・如月…です。よ、ヨロシク…」

 

照れているのか、若干崩れかけた表情で自己紹介する彼女は、やはり遠目に見ても微笑ましいもので。カウンターの向こうから桃子の生暖かい視線が送られていた。

 

「私はアリサ・バニングス。こちらこそよろしくね。」

 

「月村すずかです。よろしくね、ヒカリちゃん。」

 

「八神はやて言います。よろしゅうな~。」

 

各々の自己紹介が終わったところで、桃子と士郎が人数分のオムライスを配膳してきた。フンワリと黄色い卵がホクホクのチキンライスを包み込み、その上にはキノコをふんだんに使ったデミグラスソースがたっぷり掛けられていた。彩りのパセリも添えられ、形も見事の楕円形で、作り手の腕前とプロ意識がうかがえる逸品だ。

 

「ほぇ~…相変わらず桃子さんの料理には舌を巻くわぁ~。めっちゃめちゃ綺麗やし、美味しそうや~。」

 

「私もはやてちゃんの和食の腕前にあやかりたいと思ってるわよ~。はやてちゃんの料理は…何というか、優しい味だもの。」

 

片やプロ級のパティシエで、料理、特に洋食もそつなくこなす主婦、高町桃子。

片や八神家の大黒柱にして、ご近所の奥様方も絶賛する家庭料理を生み出す、料理、洗濯、家事は何でも御座れな小学生、八神はやて。

二人の間に奇妙な絆が生まれたのは、ある意味必然といえる。

 

「と、とりあえず食べよっか?」

 

「そ、そうだね、冷めちゃったら勿体ないし…。」

 

「「「「「「頂きます!」」」」」」

 

卵にスプーンを入れると、中から半熟の卵があふれ出してくる。やはり桃子ほどの腕があれば、こういった技術はお手の物なのか、見るモノを楽しませる作りとなっているあたりがすごいと思う6人。

 

「ん~、美味しい~!」

 

「くっ…相変わらずの味や…、やっぱり小学生と主婦の差やな…」

 

何やら対抗意識を燃やす人物がいるが、この際気にしないでも問題は無いようで。各々顔をほころばせながら、桃子特製のオムライスを堪能する。

そうして箸を…いやスプーンを勧めながらも、ヒカリに対する質問が飛び交っていた。

 

「へぇ、じゃあ、ヒカリちゃんは一人で日本にやってきたんだ?」

 

「Yes、モチロン、パパやママの許可はあるよ。」

 

パクパクと皆が絶賛するオムライスを口に入れながら、しっかりと質問に対しては怪しい日本語で応対する。間違ってはいないけど、日本語を聞き慣れた一部の人にとっては変に聞こえるし、アメリカ人がこうであるのと同じくして、大抵の中国の人が「~アル。」とか言ってるとか、そんな間違った先入観も焼き付いていた。

 

「あ、そういえばヒカリちゃんは小学校はどこなん?もしかしたら、私らと同じトコかもしれへんなぁ~。」

 

「はやて、四年生から復学だけど、もう足は大丈夫なの?」

 

「まぁご覧の通り、絶賛リハビリ中や。車イスばっかりにも頼ってられんから、背伸びして松葉杖にしてみたんよ。疲れるけど、ある程度立って歩くのに近いモノがあるから、楽しいわ。」

 

ある程度の足の回復はあるものの、未だ一人歩きは難しいのが現状で。少しでも早い回復が出来ればと、はやては頑張っていた。

 

「…??はやて、ケガしてたの?」

 

首をかしげるヒカリ。はやての足のことに関して知らないのは彼女だけ。

普通にリハビリと聞けば、骨折とかそういったモノを想像する。だが、はやての事情は少し特殊で。そういった意味合いでは少し当事者として回答に困惑していた。

 

「ケガ…というか、神経の麻痺?になるんかな?生まれつきやったけど、年末辺りに治ったんよ。」

 

「シンケイ…マヒ…?」

 

また難しい日本語だ。

そんな思いがヒカリの脳裏をよぎる。懐から手帳を取り出して、見開く。達筆?な英語と、その隣にはミミズが走ったようなカタカナ?のような文字が羅列していた。察するに、ヒカリなりの英和辞典なのだろう。シンケイ、マヒ、と言う字が最新のページに追加される。

 

「神経はnerves。麻痺はparalysisね。nervesは、神経質って言う意味で、日本でも使われているわよ。」

 

「オォ…ナルホド…アリサ、Thanks!助かったよ。」

 

流石、と言う表情で他の四人はアリサに頬笑んでいた。学年でもトップクラスの才女は違った。加えて理数系においては、なのはやフェイトも肩を並べており、以前の彼女は納得いかない、と疑問に思ったものだ。

 

「と言うことは…はやては生まれて初めて歩く、ということ?」

 

「そうなんよ。治ったからには自分で歩かな。せっかくの足なんやからね。」

 

オムライスを平らげたはやては、お冷やを口に運んだ。続いて他のメンバーも食べ終えていく。皆のその表情は、満たされた様に笑顔が溢れていた。

そして、手を合わせて、食材となった動植物、そして食べるまでの過程に携わった人々に感謝の意を込めて、

 

「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高町家の方々にお礼を言った六人組は、店の外へと出てきた。時刻は14時。外は小春日和、と言うのが相応しい暖かさになっていた。

食べ終わった後、しばらく話し込んでいたので少し体が鈍ったのか、ヒカリはぐっ…と背伸びする。腕の筋肉は程よく解され、心地良い感覚が体を巡っていく。

 

「さて、これからどうしよっか?」

 

皆と少しだけ遅れて出てきたはやてがこれからの予定を尋ねた。彼女自身としては特に予定も無いし、夕飯の準備はまだ早い。買い物も昨日に行ったばかりだ。他の家族はと言うと仕事で、夕方まで帰ってこないので、一人だけ家にいる、と言うのも退屈なのだ。

もうすぐ春休みも終わる。そうしたら、学校も再開される。慌ただしくも楽しい日々がまた始まるのだろう。習い事もある。こうやってみんなで遊べる機会は大事にしたいモノだ。

 

「そういうわけで、今日は夕方まで遊び倒しましょ!」

 

「「「「おーっ!」」」」

 

「お、おー…?」

 

一行は繁華街へと繰り出した。洋服屋とか、ファンシーな縫いぐるみの店でウィンドウショッピング。本屋でヒカリは日本語の羅列に目眩を覚え、すずかとはやては目の色を変えていた。

そして…、

「友達と出かけるって言ったら、これをやんなきゃ始まらないわね!」

 

ゲームセンターに足を踏み入れ、とある筐体の前にやってきていた。形は人が数人すっぽり入れそうな箱型のもの。入り口はカーテンで隠れており、中が見えないようになっている。筐体には、今時のアイドルだかモデルだかが描かれており、結構目につくデザインとなっている。

 

「そうだねぇ、ヒカリちゃんとの友達記念で撮ろうよ。」

 

「そうと決まれば善は急げ、っていうし、早速入ろか。」

 

「そういえば、フェイトちゃんともまだ撮ってなかったよね、みんなで撮っておこうよ。」

 

「「へ?へ??」」

 

困惑するヒカリとフェイトを引っ張って、6人は筐体『プリクラ』へと入った。中は薄暗かったが、中に入ったみんなの顔が見えるくらいには明るかった。

実を言うとはやても足の都合でプリクラは初めての経験だったりもする。雑誌とかでも情報としては知っていたが、憧れだけで、治るまでは諦観していた。しかし、治った今の彼女はノリノリである。流石に松葉杖を持って入るのはかさばるので、筐体に立て掛けておくことを忘れない。

他の経験者3人は慣れた手つきで端末を操作していく。

フレームを合わせ、人数に合わせて枚数を設定。

 

「ほら、今日はアンタ達3人がメインなんだから、センターに入りなさい。」

 

アリサの采配で前面左からフェイト、ヒカリ、はやて。それを囲うように、なのは、アリサ、すずかが配置する。

 

『はーい、撮るよ~!笑ってね~!』

 

案内の電子音が撮影のタイミングを告知する。

ヒカリ、フェイト、スマイルよ、スマイル、とアリサが表情の硬い2人に促す。

2人は出来る限りの笑顔で、カメラと思しき場所に顔を向ける。

 

『はい、チーズッ!』

 

パシャッ!




もう少しグダグダと日常編が続きます。
戦闘描写、難しいネ


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Mission3『ポルポル現象発現と転機』

「フェイトは照れてるし、ヒカリはちょっと引きつってるわね…。」

 

出来上がったプリクラを見て発したアリサの第一声がこれである。

彼女の言ったとおり、件の2人はというと、フェイトは顔を赤らめて目を細めているし、片やヒカリはというと、如何したものかと出した、作り笑いがありありと現れた笑顔だった。

 

「まぁまぁアリサちゃん。これはこれでえぇやん。初めて、って言うんが感じられて、味があると思うんよ。」

 

はやてはと言うと、前情報もあったからか屈託のない笑顔が映し出されていた。そんな自分の写り具合に満足して、皆に少し支えられつつ筐体から出た彼女は、松葉杖に手を伸ばし掴む。

…つもりだった。しかし、目的のソレは床へ乾いた音と共に倒れ伏した。何もなく倒れたなら、立て掛け方が悪かったのか?と思ったが、明確な理由があった。

白いシューズを履いている足。おそらく運動靴か何か。そこから順に見上げていくと黒いズボン。合わせて同じ色の学生服。…地元の中学生だろうか?4~5人くらいでつるんでいる。春休み中だろうけど、もしかしたら部活帰りなのかも知れない。

そんな彼らが、『はやての松葉杖を蹴り倒していた。ぶつかったとかではなく、明らかに故意で』。

 

「松葉杖なんか置いてんじゃねぇよ。通行のジャマだっての!」

 

「あ…、えらいすんまへん…」

 

はやてが倒れた松葉杖を拾おうと屈んだ。歩くのは無理でも、筐体に手を添えながら何とか手を伸ばす。しかし、彼女の手が届く寸前に、彼らは松葉杖を蹴り飛ばしたのだ。カラカラと音を立て、ワックスのかかった床を滑り、ゲームセンター入り口付近へ。

あまりの行動に6人は、終始唖然としていた。

 

「ナイスシュート~!ヒャハッ!」

 

「ホレホレ!取って来いよ!歩く練習だぜ!練習!」

 

「ギャハハ、お前鬼畜だな~!そこにシビれる!憧れるゥ!」

 

「あ、アンタ達…!!」

 

流石のアリサもさることながら、すずか、フェイト、なのはも憤慨の意を示していた。ここまでされて怒らない、と言う方がおかしいだろう。友達に対してやられたのだから尚更だ。

ギュッと握り締められた拳は鬱血しかけ、怒り度合いを示すように。拳を振るわせていた。

 

「あ?文句でもあるぶふぁッ!?」

 

再び難癖付けようとした中学生の頬に、膝が食い込んだ。結果的に不意を突かれた彼は、その衝撃に踏ん張りきれずに倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

後に中学生は語る。

 

『あ、ありのままにあの時起こったことを話すぜ…。

「オレ達がガキにいちゃもん付けて相手をビビらせるつもりが、逆にビビらされた。」

な…何を言ってるかわからねーと思うが、オレ達も何をされたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった…。ガキの家族が出てきたとか、警察がいたとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…』

 

と…。

本当に何を言ってるかわからねー、と関係者は語る。

 

 

 

 

 

 

キレる。

この言葉を聞いたら大抵は、

プッツンした。

とか、

怒髪衝天。

を想像する。なのは達は生まれて9年。フェイトはソレより少ないが、それでも記憶の中では本気でキレた人間というのは見たことはない。そりゃ、親や兄弟とか家族が怒ったり怒られたりする場面もある。しかしそれでも怒りの度合いはその時々だ。

しかし目の前にはその人間がいた。ポニーテールの金髪を靡かせて。まるで自身の気持ちを表すかのようにゆらゆらと揺れていた。風もないのにワンピースも靡く。こちらが怒るより先に、膝蹴りで相手を床に沈めた。自分よりも体の大きな中学生を、だ。

 

「てめえ…!Dさんに何しやがる!」

 

「…はやてに謝れ…」

 

「あ?ジャマなモン蹴っ飛ばして何が悪いってんだ!?お前は今までに蹴った石の数を覚えているのか?」

 

「面倒くせぇ!帝緒君、ヤッちまおうぜ!」

 

まるで軍隊式のように整った動きで4人はヒカリを取り囲む。小学生相手に大人げないものだ、と端から見れば感じる。各々が構える中、ヒカリはニュートラルのまま構えない。腕を降ろし、肩幅に足を開いているだけだ。

…ただ、眼だけは違う。それは猛禽類を思わせる。…そう、まるで中学生を、フェレットなど小型のほ乳類の獲物として見据えるように…。その眼はどこまでも冷たく。

 

「キミ達はボクを怒らせた。」

 

ゲームセンターは戦場…いや、修羅場と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言うと凄絶なものだった。

数分後には中学生はぼろぼろ。ヒカリは肩で息をしているだけ、と言う普通では考えられないような差の光景が広がっていた。

そして誰が呼んだか3人の警官が到着。中学生と6人は、ゲームセンターの事務所で事情聴取を受けることになった。

正直言うと、中学生は厳重注意を受けた。ヒカリも無罪放免とはいかず、彼らほどではないが軽い説教を受け、他の5人や野次馬の証言から、負は中学生側にあるとして解放された。

 

「もぅ!ヒカリちゃん、無茶しすぎや!心配したんやで!!」

 

帰り道。警官の次は友人からの説教だった。

がみがみ。

擬音で発するならこうなるだろう。

怒号を発するはやての表情は厳しい。それに反してヒカリは借りてきた猫のように大人しかった。さっき、あれほどまでに大立ち回りを演じていたのと同一人物とは思えないくらいに、だ。

 

「せやけど、ありがとうや。ヒカリちゃん、私のために怒ってくれた。嬉しいんよ。嬉しいんやけど…やっぱり喧嘩はアカンで。」

 

「ハイ…、レバーに命じます…。」

 

「でもま、ヒカリが吹っ飛ばした瞬間、胸がスッとしたわよ。あのままだと、鬱憤が晴れなかったわ。」

 

「そうだね。私も正直言うと…。」

 

アリサとすずかもヒカリのフォローをする。正しい行動をしていたか、といえば、YESと言い切れないのもある。しかし、少なからず、彼女の行動が心を救ったと思う2人。

 

「でも、ヒカリちゃん。話し合うのも大事だよ?力だけじゃわかり合えないから。」

 

「うん。冷静に、平和的に対処するのも必要だからね。」

 

こちらはなのはとフェイト。話し合って穏便に済ませたいというのも、解決策として大切な一つの方法だと2人は言う。この2人が言うと妙に説得力があるな、とはやては語る。

 

「でも凄いよね、あれだけの人数相手に無傷なんだもん。」

 

「そうやね、なんや後ろに眼が付いとるんかと思う位の動きやったし…。」

 

すずかとはやてはヒカリの動きを思い出す。一撃も攻撃を受けることなく立ち回った彼女は、確かに凄いものだった。格闘技をしていたかのように躱し、的確に打ち込んでいく。…さすがに9歳さながらの筋力では決定打を与えられていなかったが…。

 

「もしかしたらヒカリは空間認識能力が高いのかもしれないね。」

 

「クウカン…ニシキ?」

 

「空間認識、space perceptionね。空間知覚とも言うわ。」

 

フェイトが言うには、視覚や触覚、聴覚を通して空間を認知する力だという。距離を目測するのもこの力を使うんだとか…。その恩恵で、死角の状況もある程度把握して躱していたのではないか?と言うのがフェイトの見解だった。

実際なのはも空間認識においては類い稀に見る認識力を持つが、ソレはまた別のお話。

 

「へぇ……ボクは勘で避けてたケド、そんな理由があったのか…。」

 

意外な自分の才能を見付けてしまったことに喜んでいいのやらなんなのやら。ちょっぴり複雑な気分のヒカリ。使いどころ、と言うのも少々分からないし、発見の理由が喧嘩というのも喜んでいいのか解らずにいた。

 

 

 

 

 

 

皆と別れた帰り道。自宅のマンションに向かう中で、ヒカリは今日のことを振り返った。

引っ越してきた翌日にここまでたくさんの出会いがあって、たくさんの友達が出来て…。これからの日々への不安を感じていたアメリカを発った日。向こうにいた沢山の友人が見送ってくれた。月並みだけど泣いたし、日本への思いが少し揺らいだ。正直憧れと言うだけでこちらに来たので、両親や友達もわがままに付き合わせてしまった結果だ。

でも自分で決め、進んだ道だからこそ、しっかりと歩む。不安と共に日本にやってきた矢先、こんな良い出会いがあったことを喜ばしく感じた。不安が消えたわけではない。けれど今日という日を、大きなプラスになるであろうと考えて、ヒカリは明日からの学校に備えて帰路を急いだ。

 

と、コツンと靴の爪先に当たる部分に何かが当たる。小石かと思って下を見れば、その想像は儚くも?崩れ去った。

紫の石だった。

しゃがんで拾い上げてみる。

 

「ハテ…?宝石…?もしかして、願いを叶えてくれる…とか?」

 

何かしらの装飾がされていそうなほどに綺麗な光沢を放っているが、割れているのか断面のように見える部位がちらほらあった。しかし、一方で宝石の外面らしくしっかりと形が整えられている面もある。恐らくは一つの大きな宝石だったのだろう。ソレが何らかの原因で破損した欠片が転がっていた、とも考えられる。

 

「アメジスト?にしては…濃い…?」

 

沈み駆けた夕日にかざすと、オレンジの光と合わさって息を呑むような美しさに。

これは良いものを拾ったな、と思いつつも、落とし物は警察へ届けないとならないことを思い出してポケットにしまう。

 

「明日、ガッコー帰りに届けよう…ウン」

 

そのまま帰路に着いた。…しかしこの行動が、ヒカリの将来を左右するものとは、誰も知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから特に変わったこともなく、マンションに帰って夕食を済ませてシャワーを浴びて。翌日の学校の準備を済ませた。床についたのは22:30。本当に特に変わりなかった。寝付きが悪かったわけでもないし、頭の中にヘルプの呼びかけもなかった。

…そう、明け方までは。

 

 

 

 

 

 

 

『ぁ…の………』

 

ヒカリは呼びかけられていた。熟睡している中に声を掛けられているし、呼びかけの声も小さいので気付かないで寝続ける。もぞもぞと布団の中で体位を変えて微睡みに沈んでいく。まだ夜中は肌寒い。いくら桜が咲いている季節の真っ直中でも、寒い日は寒い。自らの体温によって暖められた布団の中がたまらなく心地良かった。

あぁ…幸せ…。

 

『あのぅ…すいませ~ん……』

 

そんな幸せを遮ろうというのか。すこし眉を顰めながらも、夢の世界へ旅立とうとするヒカリ。こんな朝早くから新聞の勧誘か?それとも訪問販売か?何にせよ、このままスルーするに限る。

 

『うぅ~…どうしよう…起きてくれません…』

 

めそめそ。

なにやら涙声になっていた。流石に『GODのFACEもTHIRDまで』という、諺?が日本にもあるように、そろそろヒカリも目を覚まさざるを得なかったようで。もっそりと体を起こした。

眠たげな目をこすりながらカーテンの方を見れば、ほんの少し明るい程度。時計を見れば、まだ日が出るかどうかの時間帯だった。目覚ましをセットした時間までは数時間ある。

 

「ムム…二度寝のチャンス…」

 

『あのっ…!』

 

半開きの眼で声のする方を見る。か細い声だけど、近くから発せられているのは分かる。何度も何度も安眠から覚まさせようとした声だ。こんな未明に何の用なのか?

見開いた先にいたのは…

 

『お、おはよう…ございます…』

 

金の髪をした少女の幽霊だった。おあつらえ向きに半透明というオプション付きで。

 

「ボクは疲れているんだ…だから女の子の幽霊なんて…」

 

現実逃避。ぽふっと枕に頭を置いて寝ようとする。

 

よし、ボクは何も見ない聞かない覚えてない。

そう自分に言い聞かせて、必死に二度寝に浸ろうとした。

 

『そ、そんなぁ~…起きてください~…幽霊じゃないですよぉ…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとまず体を起こし、現状を自分の中で整理してみる。

確かこの部屋の契約をしたとき、ワケありとかそう言うことの説明はなかった。事故があったとか、ゴニョゴニョがあったとか…。

となると、目の前にいる少女の霊?はなんだろう。取り憑かれたとか地縛霊とか、そんな感じだろうか?となると、御祓いの類いを…。

 

『だから、私は幽霊じゃないですよぉ……』

 

「え?ボク、口に出してしゃべって…?」

 

再三涙目になる幽r…もとい、半透明の少女。見た感じではヒカリと同い年、もしくは1~2歳下だろうか?背も少し自分より低く感じるし、幼い感じも拭えない。白を基調とした紫のラインが入った服。下半身はニホンのミコ、というエクソシストが履くというハカマ、というズボン。これには燃え上がる炎のような模様が施されている。そして何より寒くないのか、ヘソまで出していた。

 

「とりあえず、君は誰なの?」

 

『私は…ユーリ…ユーリ・エーベルヴァイン…といいます…』

 

「ユーリ?へぇ…可愛い名前だぁ」

 

『そ、そんな…可愛いなんて…』

 

目の前のユーリと名乗る少女は頬に手を当て、照れくさそうに首を振る。

 

「ユーリは…どうしてこんな所に?」

 

『えっと…貴方が昨日拾った宝石の欠片…ソレが原因だと思います。』

 

ユーリとヒカリが目をやると、机の上に置いておいた紫の宝石。それが真っ暗にもかかわらず、淡い光を放っていた。光るだけではなく、欠片から紫の光の粒子が漏れ出しているのが分かる。

 

「えっと……今一つ理解が…」

 

『んと…そうですね、あの宝石…エグザミアと言うんですが…、元々一つの宝石で、私は有り体に言えばそれに宿る精神体…みたいなモノと考えて貰ったら…』

 

なるほど、とヒカリは頷く。昔読んだ本とかでも、長い年月を経て万物には魂が宿ると書いてあった気がする。御伽噺の類いと思っていたが、いざ目の前にそれを証明するかのようなモノが存在しているとなると、信じざるを得なくなる。

ユーリと名乗る少女曰く。このエグザミアの欠片を集めて欲しいそうだ。そうすれば記憶を取り戻せるし、自分の忘れた大切なことも思い出せるらしい。

 

「ソレは構わないケド…どこにあるかも分からないんだよ?」

 

『大丈夫です。何となく…ですけど、近くに欠片があったら、私が感じます。ですので、欠片を持ち歩いて頂けると、大体の位置を教えますので…』

 

「なるほど、カケラ同士、引かれ合うのかな?…OK、出来るだけ、ユーリを助けるよ。」

 

トンと自身の胸をたたくヒカリ。端から見れば微笑ましい行為だが、心細いユーリにとっては頼もしく見えるわけで。

 

『よろしくお願いします…、その…』

 

「ヒカリ、ヒカリ・如月。ヒカリって呼んでくれたら…」

 

『よ、よろしくお願いします……ひ、ヒカリ……………さん…』

 

…親しみを込めて呼び捨てて欲しかったヒカリだったが、見た限り少し人見知りがある宝石の少女には、時間を掛けないと難しそうだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず今まず、する事があるッ!」

 

『はい…でもソレは一体…?』

 

首をかしげるユーリに、声高らかにこう叫んだ。

 

「起きる時間まで、二 度 寝ッ!」

 

ガバッと布団を頭までかぶって、次の瞬間には寝息を立て始めたヒカリ。素晴らしくも呆れそうな、いい寝付きっぷりだ。すこし唖然としつつも、ユーリも力の温存のためにエグザミアの中にて眠りについた。




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Mission4『マザコンでもシスコンでも良いじゃない』

聖祥大付属小学校

生徒は男女ともに白を基調とする黒いラインの入った制服に身を包み、小綺麗な学舎が特徴の地元では名の知れた学校だ。校風もよく、この辺りに住む子供にとっては憧れもあるし、親からしても余裕があれば通わせたい学校として名が上がる。

そんな学校の門前に一台のバスが停車した。人の眼に触れる前後左右には、『聖祥大付属小学校送迎バス』と明記されており、一種の宣伝カーも兼ねているようだ。近場の生徒なら徒歩でも問題ないだろうが、何せ海鳴市内全体から通う生徒もいるので、こうしてバスが回っている。

バスのスライドドアが開くと、ぞろぞろと白い制服を着込んだ生徒が、それぞれの鞄やランドセルを背負って降りてくる。徒歩の生徒と交わるスペースからは、朝のおはようという挨拶が飛び交っていた。

そうして登校してきた生徒は、下駄箱への入り口の横に設営された掲示板に、誰一人として欠けることなく集まっていく。手には自身の上履きを持ってがやがやと掲示板に張り出された大きな用紙に視線が集中する。ある者は喜び、ある者はちょっぴりネガティブになりながら、その一連の動作を終えた生徒は下駄箱へと消えていく。

 

「あら、やっぱり4人とも同じクラスだわ。」

 

そう声を挙げたのはアリサ。つま先立ちをして、人混み越しに振り分けを確認した。少し爪先が痛くなっていたのは内緒。

 

「流石に全員同じクラスとは思わなかったね~。」

 

「うん、嬉しいけど、なんか余りにも出来過ぎてる気がして仕方ないな…」

 

すずかとフェイトはこの奇妙な偶然というモノが気になるようだ。

 

「ま、まあまあ、前向きに考えようよ。ね?また一緒で、私は嬉しいな。」

 

そうポジティブに捉えたなのは。まぁ一緒になれた、というのは嬉しいことなのは確かだ。そんな中、アリサがふとつぶやく。

 

「このままだと、はやても同じクラスかもね。そんで、ヒカリも聖祥に転入して…」

 

流石にそこまでは、ないない、と3人はシンクロしたリアクションを取った。

 

「そうそう、そういえば今朝のニュースでさぁ…アメリカの最新鋭のステルスヘリが…」

 

アリサが口にした何気ない朝のニュースの話題を口にしながら、4人は下駄箱へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって職員室。

新しい学年度が開始するとあって、新しく赴任した先生もそうだが、各々の先生も慌ただしくしている。その中で、2人の転校生が隅の椅子に座って担任の先生が来るのを待っていた。一人はなのは達が着ていたワンピースタイプの白い制服。もう一人は男子生徒用の制服。上半身は女子と基本的に同じだが、下半身は膝くらいまでの半ズボンだ。女子と違って赤いリボンでは無く、黒いネクタイを締めている。

 

「なあ?」

 

「ん…?なに…?」

 

茶髪の少女、はやてがもう一人に尋ねる。『彼』は今にも消え入りそうな声で返す。

 

「どうしてこうなってもうたんやろな?」

 

「…ボクには分からないよ。…世界はいつだって…こんなはずじゃなかったことばかりなんだ…。」

 

ぎゅっと男子生徒は制服のズボンを握る。昨日届いたばかりの2人の制服は、しわ一つ無く、まるで汚れを知らないかの如く、2人を象徴しているかのようだった。

 

「あ、ごめんねえ。準備できたから行きましょうか。八神はやてさん。」

 

「あ、はい~。」

 

傍らに立て掛けておいた松葉杖を手に、はやては立ち上がる。

 

「そして…ヒカリ・如月『君』。」

 

「……………はい。」

 

どよどよと負のオーラを滲み出させる彼?の後ろ姿は、哀愁と絶望が感じられた。金髪ポニーテールを揺らしながら肩を落として、3人は廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直言うと、事情を知るはやて以外の4人は唖然とした。アリサの予想通りに2人が転入してきただけで無く…

 

「ヒ、ヒカリ・如月…です。よろしくお願い…します…。」

 

男子生徒としてヒカリは入ってきたのだから。金髪のポニーテールに、独特のサファイアのように透き通るような瞳は見るモノを惹き付ける。しかも、少し緊張しているのか、モジモジしている。ソレがどうにもツボだった連中もいるらしく、主に…

 

「金髪!?金髪の王子様!?」

 

「遂に美少年転校生(・∀・)キター!」

 

…とまぁ、以前のフェイトや今のはやての転校により、男子生徒の受けはよかった。女子も受けはよかったモノの、しかし男子ほどでは無かった。…実際ヒカリは、女の子であるはずが男の子として転入させられた境遇からか、居心地悪そうにしているだけなのだが。

しかし、ようやく訪れた男子生徒はその見た目もあってか、女子に大反響を呼んだ。

 

「チョッ…え?…えぇえぇっ!?」

 

「バニングスさん、自己紹介中ですよ?」

 

『彼女』を知る4人の中で真っ先に立ち上がると共に、素っ頓狂な悲鳴を挙げたのはアリサだった。先生に窘められて、すいません、と着席する。

 

「八神さんは足の病気で休学していましたが、完治に向かっているため、四年生から復学する事になりました。治るまでもう少し時間がかかりますが、その間、皆さんはやてさんの力になってあげてくださいね。」

 

『ハァーイ!!』

 

この年頃の生徒特有の間延びした返事が重なり、元気よく教室に響き渡る。はやても、よろしゅうお願いします~、とにっこりと便乗した。

さて…問題は…

 

「如月君は、お父さんが日本人、お母さんがアメリカ人のハーフです。アメリカで育った『彼』は、日本の言葉を始め、まだまだ分からないことが沢山あります。日本の良いところを、皆さん教えてあげてくださいね~!」

 

『ハァーイ!!!!』

 

こちらは主に女子の返事が主だった。

どうしてこうなってしまったのか?

ボクが知るか、そんなこと!

そんな自問自答を繰り返しながら、先生からの紹介がどこか遠い世界の言葉に聞こえつつも、自分のことを『彼』と呼ばれたときにグサリと自分の心に何かが突き刺さる感覚に見舞われるヒカリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとパパ!!どういうことなの!?」

 

遡ること三十分前。

廊下で困惑と怒りとが入り混じった叫びを上げたのはヒカリ。大声にかかわらず朝の喧噪に掻き消されて注目はされないが、通り過ぎる生徒や先生はちらっと横目で見る程度に収まっていた。

さて、携帯電話越しに話していたのは、言わずもがなヒカリの父『如月雄造』だった。

 

『ハッハッハッ!驚いただろう?』

 

「笑い事じゃないよ!間違いだよね!?記入ミスだよね!?」

 

笑い飛ばす父に捲し立てる娘。当然だ。女子生徒で転校したつもりだったのに、先生に『如月君』と呼ばれたのだから。すかさず『へ?君…?』と聞き返した始末。その時自分はさぞや抜けた顔をしていただろう。鏡があったらなお驚いたに違いない。

何かの間違いだと思い、転入届を頼んで見せて貰ったら、性別欄の『男』で○が入っていたのだ。

すかさず先生に許可を貰って廊下で電話して今に至るわけだ。

 

『いやいや、私としたことがついうっかり。テヘペロ』

 

「いやそれ、パパがしたのを想像したら気分悪くなる。というか、うっかりで済まないでしょ、これ!」

 

『昔、こんな話が都市伝説であったのだよ。女子高に入学した女装男子が、全校生徒からの羨望の的になり、卒業したことがある、と。』

 

「それに憧れて、男子校じゃないけど、性別を偽って転入させた、と?」

 

『察しがよくて助かる。流石は私たちの娘、いや、愛娘だ。』

 

………。

泣きたくなった。

流石にこんなどんでん返しが来るとは思わなかった。これから学校卒業まで何とかバレないように過ごさないといけないらしい。…思えば出立の際に条件を提示されたのが気にかかった。

 

「ねえパパ。」

 

『なんだい、愛娘よ。』

 

「独り暮らしの条件って、『男装をバレないように過ごすこと』じゃないよね?」

 

『ふっ……。まさかそんな厳しい条件を愛娘に出すわけ…』

 

「そうだよね。そんな訳の分からない条件って…」

 

『出すわけあるだろぉぉぉぉぉぉッ!!』

 

「えぇぇぇぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と言うわけで、男子として転校することになりました。」

 

無茶苦茶だった。

支離滅裂だった。

破天荒にもほどがあった。

よもやあんな条件を提示してくるとは思わなかった。

そんな思考が脳内で混濁する中で、ほぼ心ここにあらずで済ませた質問攻め(主に女子によるもの)。その後流れるように始業式を済ませ、そのまま放課後へ。

ヒカリに説明を求めるため、5人は彼女の席に集まった。

 

「私達にはバレてるけどね。まぁ学校始まる前に条件が提示されてないし、ノーカウントでしょ。」

 

流石のアリサも自己紹介の時のように最初は動揺していたが、何とか受け入れるに至った。

他の四人もアリサほど取り乱さなかったが、各々最初は目を疑ったのは共通している。

一応昨晩に制服を確認した時に、女子なのにズボンなのかと疑ったが、そう言う学校なのかと受け入れてしまった。

しかし、状況が変わったのが登校中。途中見かける生徒は男子がズボン。女子がワンピースタイプのスカート。…まさか発注ミスか?と思い、先生に尋ねてみようと心に決めた矢先、男子生徒として登録されていたのである。

 

「と、とにかく、私達でヒカリちゃ…、ヒカリ君の生活を守るよ!うん!」

 

「そ、そうだね。頑張ってヒカリが男の子として過ごせるようにね。」

 

グサグサッ!

ヒカリはジョー(顎)にアッパーカットを受けたかの如くのけ反る。フォローしてくれるのはありがたいが、いざ面と向かって言われると予想以上に響くもので、ヒカリは軽くふらついた。

そんな彼女の肩に手を置いて、とある人物は言う。

 

「なんや、面白うなりそうやな~♪」

 

「人事だと思って…」

 

少し毒づきながらヒカリは、満面の笑みで語りかけるはやてを横目でにらんだ。

ヒカリはこの先の学校生活に大きな不安を抱えつつ、五人と共に帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

各々の家路につく分岐を終えて、ヒカリは一人になった。始業式の日なのもあって午前中で大抵の各学校は終わるので、早く帰った子供達が遊びに行く姿がちらほら覗える。なのは、アリサ、すずかは塾。フェイトと、はやては家庭の用事。誰かと午後を過ごそうにも相手がいなかった。

 

「…でも、ボクも用事が無いわけじゃ無いんだ…」

 

近くの公園のベンチに座り、ごそごそとポケットから取り出したエグザミアの欠片。少し目を閉じて念じると、頭の中に声が響いてきた。

 

(ふぁ……?ヒカリさん…おはよーございまふ……)

 

少し眠たげなユーリの声が聞こえた。眠たそうなのは、エグザミアの力が弱いからで、欠片が集まるたびに力も戻り、活動時間も延びるし、明朝のように半透明では無く、実体化できるのだとか。そのため、休眠というエコモードを取ることにより、いざというときに動けるようにしているらしい。更に言うと、なぜか明朝が力の使用効率が良いんだとか何とか…。

とまぁ、呼び出されたユーリはというと、声が眠そうなのか少し舌っ足らずな感もある。むにゃむにゃと口元をゆがませながら、目をこすっているのがありありと想像できた。

 

(とりあえず今からフリーなんだけど、早速欠片の捜索、しようかなって)

 

(ほ、本当ですか?ありがとうございます!…って、まだお昼前なのに良いんですか?)

 

(うん、No problem。今日から数日は午前中で学校が終わるからね。午後は捜し物に充てられるよ。)

 

明日は入学式だから、今日と変わらない時間に帰れるし問題はなかった。ユーリの力を早く戻してあげたいのもある。そしてなによりも暇だからだ。

 

(それじゃ、ボクは探索がてら町を歩いて回るから、反応があったら教えてね~)

 

(はい、わかりました~。ではでは、いきましょう~)

 

目が覚めてきて元気な声が出るようになったユーリのかけ声で、エグザミア捜索と、ヒカリの街探索が始まった。まずは昨日回れなかった住宅街からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第67管理外世界『アルフォード』

科学を中心にして発展した世界で、大気内に魔力はあるし魔力資質持ちの住民もいる中で、魔導師と言う概念は無く、魔法自体と無縁の世界から管理外世界となった。科学が発展している分、魔力に頼らない動力で世界を支えている手前、大気汚染や自然破壊など、地球の抱える環境問題と酷似した世界でもあった。

そして、管理外世界であるが故に、この世界における支部も無ければ管理世界内ほど管理局の監視もあまりなく、緩い。そういった意味合いで、管理世界からバイヤーや運び屋などが管理局の目を逃れて売買する、裏取引の場所に選ばれることが多かった。

場所はアルフォードの指折りの都市に店を構えるバーだった。

床と地面に接しない観音開きのドアは、地球でいう西部の酒場を思わせる雰囲気が感じられ、周囲の高層ビルなどが立ち並ぶ首都圏において独特だった。それだけに週末はカップルや飲み会に来る人々には隠れた穴場と化している。

その店のカウンターに面した席で、長いコートを羽織った中年の男が座っていた。サングラスで素顔が見えないが、髪の後退具合から五十歳前後か。

カラン…と、グラスに入ったロックの氷が、注がれたウイスキーの波に踊るように音を立てた。独特の匂いと色。流し込むと喉を焼き、全身に張り巡らされた血管を流れていくような感覚を味合わせる。

既に他の客が飲んだグラスを、マスターは静かに、かつ客のジャマにならないよう片付けていく。店内を支配するのは、アルフォードで人気のクラッシック。ラッパにも似た音の楽器をメインにしたモノのようだ。

 

「まぁったく…予定の時間過ぎてるじゃないの。待ち合わせ時間と財布とケツの穴はしっかり守らなきゃ駄目よって、ママに教わらなかったのか?」

 

氷だけが取り残されたグラスに、ボトルから再び注がれるウイスキー。まるで砂時計のように時間が経つにつれて、その中身も減少していく。満タンで注文したボトルも、三分の一を残すばかりになっていた。

グラスを口に付けた瞬間、入り口のドアが開く音が耳に入る。ドアに取り付けられたカウベルがカランカランと店内に響き渡る。

いらっしゃいませ、とマスターが月並みの挨拶。入ってきた人物は迷うこと無く男の席の隣に座った。

注文を聞かれ、「ミルクで。」という注文を済ませる。

男は横目で座った人物を見やる。

ずいぶんと背丈が低かった。先程注文した声からするに、女性。フードをかぶっていて顔は分からないが、おそらく若い。しかもこの場で呑まないとなると下戸か、はたまた未成年なのか…。どちらにせよ予想外の人物だった。

ゴトン…と重厚そうなアタッシュケースが床に降ろされる。アルミ合金で作られているのか、はたまた何なのかは分からない。しかし重要なものが入っている、というのはありありと伝わってきている。

 

「これが例のブツってことで?」

 

「…そう聞いている」

 

男がアタッシュケースを持ち上げて、他人に見えないように小さく開いて中身を確認する。隙間からだが、機械の装甲板のような、金属にも似たものが入っていたようにも見えた。男はにやりと笑みを浮かべると、アタッシュケースを元の閉じられた形に戻す。

 

「…なるほど、間違いないねぇ…。…ところで。」

 

「…まだ何か?」

 

フードの人物はただ淡々と受け答えを行う。男にとってはその態度が若干不快にも感じられたが、取引相手と言うこともあってか、不快を吐露するように出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「いやぁ、取引相手としてこんな幼女をよこす連中の気が知れないなぁ。上の局員は何を考えているのやら…。いや、私としては全然問題ないんだけどね、むしろバッチ来い!ビバ幼女!」

 

声高らかに、しかも真っ昼間に店の中とはいえ、こうも堂々と叫べるのは到底真似できないだろう。道行く人がいたなら奇怪な眼で見ているし、ヘタすれば警備組織のお世話になり得るかも知れない。ソレが幸いなのか。

しかしそんな彼よりも、この訳の分からない宣言を間近で聞きつつも、動じずに淡々と自分の仕事をこなすマスターの方が凄いと思うが…。

 

「…で?元の取引相手はどこだ?」

 

一変。先程までのおちゃらけた声から、低く、ドスの利いた声だ。

殺気。

ビリビリとした空気がマスターとフードの女性を襲う。が、やはりマスターは動じない。何者だろうか?

 

「いえ、ただのしがないバーのマスターですよ。」

 

さいでっか。

 

「ンッンー…。さてはお嬢ちゃん、局の回し者だな?成る程、荷物を確認させて、確証を得たら捕縛と。そう言う筋書きな訳だ?」

 

「…そこまで分かっているのなら話が早い。」

 

バッと女性が手を挙げると、周囲の色彩が消えていく。空や雲、草木や建築物の色がどよどよとした雰囲気の色合いへと変わっていった。

 

「成る程…封鎖結界か。ということは武装隊や結界魔導師も包囲済み、と。」

 

「…月並みだが、既に包囲されている。危険機器の密輸の現行犯で拘束させて貰う。」

 

フードの裾より左手にあたる位置から、黒のフレームの塊が伸び出る。塊、と言っても無骨なモノでは無く、生身の拳を挟み込むように左右対称の機械が取り付けられている。

 

「実力行使かい!?いいねいいねェ!!そうこなくっちゃあな!おじさんハッスルしちゃうよォッ!」

 

彼が展開したのは、巨大、ともとれるガトリング砲二門だった。砲身はそれぞれ六連装。男の体を挟むように左右で取り付けられた1メートルを超える砲身に、ずっしりと見るからに重量感溢れる本体、背中から弾薬がジャラジャラと音を立てて供給されていた。恐らく弾倉が納められているのだろう。

質量兵器。

管理世界では禁止されている、殺傷に重きを置いた兵器。

 

「…罪状が更に増えたな。質量兵器保持と使用、だ。」

 

「男の子はなァ…罪を重ねて大人になるもんなんだよォォォォッ!」

 

訳の分からないことをくっちゃべりながら、 ガトリング砲の砲身が回転し始める。すかさず少女は飛び退き、店に備え付けてあったテーブルを、まるで畳返しのように垂直に立ててバリケードにする。

 

「ハチの巣になりなァ!!」

 

直後、耳の奥に響く音が店内を支配した。51mmNATO弾が毎秒100発という間隔で嵐の如く吹き荒ぶ。

飛び散る壁や机の破片。細かい埃が煙のように漂う。薄暗い店内は、砲身の先から発せられるマズルフラッシュによってチカチカと点滅している。

 

「おっといけない、ハチの巣を通り越してミンチになっちゃったのかな~?…んな訳ないか。」

 

発熱により、ほのかに銃身が赤くなって自然冷却する中、埃の中に一人の影…いや、一人増えていた。

一人は背中辺りまでのプラチナの髪に赤い瞳。左手の装甲からして、フードの少女だろう。

同じくらいの背丈で黒い髪に黒いジャケットの少年。そして黒く、薄い青の装飾が施された杖が携えられていた。そして、左掌をかざし、ミッドチルダ式を表す、円形の魔法陣が銃弾を尽く防いでいた。

 

「まったく…確信がとれたら念話をする手はずだったろう?」

 

「…流石にあの兵器がここまでとは思わなかったからな。…正直、礼は言おう。」

 

いきなりの第三者介入に対して、男は少年に一瞥を投げる。

 

「なんだ、この身長にコンプレックスをもっていて、インテリジェントデバイスよりもストレージデバイスを選んで、さらにその機械音声にママの声を使っている隠れマザコンで、さらにさらに最近出来たかわゆい義妹のことでシスコンになってしまったのかと自分自身に疑いの目を向けていそうな小僧は~!?」

 

「ちょっ…何でそんなに僕の情報を…!?…てか、コンプレックスに関しては否定を申し出る!」

 

「…ほう、執務官殿はマザコンでシスコンで低身長を気にしていたと。…確かに14にしては…。」

 

「ち、違う!断じて違う!…と言うか君も信じ切らない!」

 

時空管理局次元執行隊アースラ所属執務官クロノ・ハラオウン。

時空管理局地上第108隊武装隊員兼特別捜査官ハル・エルトリア。

とある理由により、共同任務に当たっていた。



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Mission5『生え際は引き際』

遡ること10時間前 時空管理局本局

数多の次元世界を管理、統括する管理局の大本であり、時空間に浮かぶその風貌は巨大な要塞。停泊する次元執行隊の艦艇は数多に及び、その組織としての巨大さが覗える。

内部は広大。それ自体が一つのコロニーともいえ、生産から消費までをある程度賄えている。その大きさ故に、内部の移動に時間を掛けすぎないよう、ネットワークのように転送ポートが設けられている位だ。一説によれば、内部を把握しきるのに早くて10年掛かるとか何とか。

その第4会議室。

青い制服に身を包んだアースラ所属の局員。中には黒い服を着た人物がいるが、それは執務官という役職と分かるように制服が区切られていた。

ここまでは良い。この中にクロノ・ハラオウンという執務官がいることは、アースラ所属のクルーにとっては見慣れた光景である。そしてその仏頂面も、だ。

しかしその中には、この場で見かけることはない制服が混じっていた。

茶色。

ソレが表す意味は『地上部隊』。つまり、陸の人物にあたる。しかも、年端もいかない少女だ。

 

ざわ…ざわ…。

 

その少女の素性がわからない局員の間で、大なり小なりのざわめきが会議室の中を木霊する。

 

ゴホン…

 

クロノがざわめきだった雰囲気を静めるべく、わざとらしい咳払いをする。その意を察してか、室内はスッと静まり返った。

 

「では、今回の任務のブリーフィングを行う。」

 

クロノはモニターに映し出された映像に対し、順を追って説明し始めた。

向かう次元世界。

ターゲット。

その特徴。

罪状。

確保の道筋など。

この辺りは普段と変わらず、特に意義も無くブリーフィングを進めることが出来た。

粗方任務の説明を終わったことで、クロノはもう一つの作戦内容を示した。

 

「みんなも気づいているとは思うが、今日の任務にはもう一人参加者がいるんだ。…ハル・エルトリア。地上108部隊所属の武装隊員でもあり、特別捜査官。階級は准尉だ。」

 

再び場がざわめき出す。流石におかしいと思うだろう。あんな小さい成りで特別捜査官。しかも准尉ときた。この場にいるクルーの半数以上が階級を超されている。

 

「…ただいま執務官殿に紹介頂いたハル・エルトリア准尉だ。今回は陸と海との合同任務である、と108部隊長ゲンヤ・ナカジマ三佐より、特別捜査官の研修をかねて参加を命じられた。…この任務に際し、貴官らと共にハラオウン執務官の指揮下にて作戦行動に入る。…宜しく頼む。」

 

事務的で硬派な印象を受ける挨拶に違いは無かった。さすがに動揺を隠しきれない者もいるが、個人の感情は仕舞い込み、ビシッと敬礼する。そんな彼らに、ハルも108部隊仕込みの敬礼で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あんな感じでよかったのか?」

 

会議室からアースラの停泊するドックへと続く通路を歩きつつ、ハルは前を歩くクロノに尋ねた。他のクルーも各々準備をしつつ向かっている最中であり、彼女はクロノの臨時の指揮下と言うことで、コミュニケーションをとりつつの移動となっている。

 

「そうだな、少なくとも悪い印象は持たれなかったと思うよ。真面目な感じもひしひしと伝わってきた、と言うのが僕の感想だ。…ただ、愛想をよくしろ、とは言わないが、表情に硬さが目立っていたから、もう少し肩の力を抜いても悪くはない、とも思ったけどね。」

 

苦笑するクロノに、眉を動かすこと無くその感想を受け止める。じっと前を歩く彼を見失わないように睨んでいるのかも知れないと思うかのような視線を送っていた。

ややあって、ハルは口を開いた。

 

「しかし、愛想をよくしたとてどうなるものでも無いだろう?そもそも、ああいう場所でニコニコしろ、と言うのも無理がある。」

 

「それは確かにそうだが、物事を円滑に進めるにはあって損は無いさ。好感の持てる人物なら、意思疎通や連携もしやすい。…まぁもっとも、好き嫌いで任務の成否が分かれるのも考えようだけどね。」

 

「だが私達は仕事として戦場や事件に絡んでいる。あまり感情を持ち込む、というのは納得がいかない。…次元犯罪者を捕らえ、事件を未然に防ぐ。それだけでいいのでは?」

 

「確かに君の言うことも一理ある。…しかし、どんなに任務にあたっても、どれだけ事件に関わろうと、必ず絡むのは『人』だ。その中には何かしらの感情があるのには変わりない。」

 

ピタリと足を止めてハルへ振り返る。その眼には鋭さすら感じられた。

 

「感情に左右されろとは言わない。ただ、任務にしろ事件にしろ、感情から何かしらの糸口が見つかることもあることを覚えておいて欲しい。」

 

それだけ言うと、クロノは再び踵を返して歩き出した。行き交う局員の喧噪の中、足を止めたハル。彼女の耳には、その喧噪がどこか遠く感じる。

 

「…しかし私は…兵士だ…」

 

一人取り残されたハルは、誰に聞かせるとも、聞こえるようにとも無く呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これよりアースラは第67管理外世界『アルフォード』に赴き、違法取引の実行犯、及び現物の確保に向かいます。…クロノ、改めて作戦の説明を。」

 

アースラ ブリッジ

オペレーターが座するフロアから一段と高い位置にある艦長席から、クロノの母親たるリンディ・ハラオウンが出航前の確認をとる。下のフロアには武装隊とオペレーター、そしてハルもいる。

そんな一団から前に出てクロノは作戦の再確認を行う。

 

「犯人は主に違法取引を生業とする、次元犯罪者として手配されている男『ゲイン・マッカラン』。これまで携わった取り引きは、確認できる中でも三桁に達している。」

 

クロノが指示を出すと、彼の補佐でありオペレーターの『エイミィ・リミエッタ』がコンソールを操作して、『ホシ』の映像を映し出す。

…一言で言おう。禿げである。もう頭頂部くらいまで生え際がムーンウォークな勢いで後退していた。

 

「性格はつかみ所が無く、おちゃらけた感じにも思えるが、その実冷酷で抜け目が無い。と、情報が入っている。…そして仕入れた情報によれば、今日取引がおこなわれるとされるのがアルフォードの酒場。品物を運ぶのは恐らく運び屋。…この取引の為に雇ったのだろう。…そしてまずはこの運び屋を確保する。」

 

そして、取引の物を持って運び屋としてゲインに近付き、確保する、と言うのがクロノが挙げる作戦のようだ。

武装隊各員もその案に反対は無かったが、問題は誰を運び屋として送り出すか、だ。加えて下手に運び屋を確保するのに結界等の魔法を使ったり、必要以上に騒ぎになれば、ゲインに感付かれてしまう可能性もある。

 

「…ならば私が運び屋を確保しよう。…一応近代ベルカの適性でランクをとっている。魔法という魔法を展開せずとも、ある程度戦闘は出来るからな。」

 

展開したのは漆黒の鉄塊を思わせるようなデバイス『ガルム』。ナックルガードやガントレットとか、そういった類の物にしては物々しさも感じられた。ソレを差し引いても近接では力を発することが出来そうだ。

 

「…そのままの流れで取引相手へ向かう。…そうすれば手間も省けるし、何よりも室内での近接戦なら、ある程度ベルカ式の方が戦いやすい。」

 

「…しかし、相手は手練れの次元犯罪者だ。何らかの不具合が生じれば、姿をくらませるか、最悪君の命にも関わるぞ?」

 

「…命を張っているのは重々承知だ。…こう言う仕事をしていればそう言った命のやりとりの現場も有り得るからな。」

 

この娘、見た目は義妹と余り変わらない年なのに、どうも物事を達観している感がある。特別捜査官という肩書きもそうだが、どうにも見た目とは裏腹に幾多の修羅場を潜ってきたかのような、そんな貫禄さえクロノには感じられた。

そしてそれは彼女の案に二つ返事で返すに繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8時間後 アルフォード裏路地

 

「こちらハル・エルトリア。運び屋確保だ。」

 

耳に取り付けたインカムでアースラに通信を送る。思念通話で通信をとらないのは、あくまでも傍受される可能性が低い方を選んだ為である。

 

『了解だよ~、流石に早いねぇ。魔力反応もごく僅かだし、これなら気づかれにくいんじゃ無いかな?』

 

通信の向こう側にいるエイミィが賞賛した。アルフォードの衛星軌道上に停滞するアースラ。そこから地上に彼女が送られて、物の十分も経たなかった。

 

『よし、これから市街に紛れ込ませた武装隊と共に例の酒場に向かう。エルトリア准尉もゆっくりで構わないからこちらに向かってくれ。』

 

「了解した。…リミエッタ官制。運び屋の転送を頼む。」

 

『了解っ。』

 

『今のところ、順調そうね。さすが特別捜査官。こう言った手合いの確保はお手の物ね。』

 

嬉々とした感情が分かるような、リンディの声がインカムから聞こえた。彼女自身、こう言った少女との任務にあたるのが中々に楽しみなようだ。

 

『ナカジマ三佐が推すわけだわ。ここまで手際が良いと引き抜……もとい、スカウトしたくなっちゃうものね。』

 

『かあさ…提督!?今引き抜くとか言いかけましたよね!?』

 

『オホホ…空耳じゃないかしら?クロノってば働き過ぎじゃない?疲れてるのよ。』

 

『そうだねぇ。クロノ君、有給がどんどん溜まってきてるもんね。人事統括官がぼやいてたよ?【お前の執務官に有給取るように言いくるめてくれないものか?】ってね。』

 

『ぐ…ッ!善処は…する。しかし、引き抜く件は駄目です!これだけの捜査官、引き抜いたりしたら、レジアス中将に睨まれますよ!?』

 

レジアス・ゲイズ。管理局ミッドチルダ地上本部の首都防衛隊代表。実質陸のトップ。ミッドチルダにおいて強硬ともとれる防衛強化を画策する人物であり、本局との釣り合いも悪い。実際、ハルが今回の合同任務においても、次元執行部隊との組み合わせもあって難色を示していたが、娘であり補佐のオーリスの『海の連中に彼女の力、ひいては陸の力を誇示する好機』との進言により、実施する形となった。

 

『それもそうね、今回の任務はあくまでも合同なんだし、仲良くやりましょ。終わったらハルさんにお茶をご馳走するわ。』

 

「…了解した。」

 

(か、母さん…アレをこの子に飲ませると…!?)

 

(あ~ぁ…ハルちゃん、ご愁傷様~)

 

リンディの言う『お茶』の実態を知る執務官とその補佐は、ハルに対して心底合掌するしか無かった。

 

 

 

 

 

時間は戻って今。

いつにと無く再開した戦闘。噴き出す弾丸の嵐をラウンドシールドで防ぐクロノ。先程ハルを庇った際もそうだが、手に伝わる振動は半端じゃなかった。骨まで響くその衝撃。しかも、連射速度が連射速度なので、シールドを維持するのにもかなり魔力を削られているのが手に取るように分かった。

突破口があるとすれば。

自分の後ろにいるハルだろう。

何らかの隙が奴に生じれば、それに便乗して制圧できる可能性がある。その隙を作るには自分自身にもリスクが生じるもの。しかし、ゲインの弾丸か、クロノの魔力か、そのどちらが先に尽きるかなどという賭けに動くつもりはない。彼女の言葉じゃ無いが、確実かつ迅速に制圧する。

クロノはハルに目配せする。最初何を思わんとするのか分からないようだったが、ややあって理解したのかコクリと頷いた。

隠した右手で、人差し指、中指、薬屋を差し出す。…カウントダウンだ。

三。

二。

一。

 

「スティンガー!!」

 

予めラウンドシールドを維持しつつ展開した誘導弾を飛ばした。ゲイルの左に大きく逸れるように飛翔していく。平行しての展開だったのか、ラウンドシールドが手薄になってしまったようで。

ピキッ…!

ガラスにひびが入る音が木霊した。見ればクロノの青いラウンドシールドに穴が空き、そこからヒビが広がっていく。魔法の障壁を突破し、その先にあるクロノの肉体に弾丸が迫る。肩や膨ら脛に掠め、肉が抉られ、鮮血が飛び散る。

元来ガトリング砲の火力というのは即死級であり、命中したことを悟らせないまま敵を葬り去るという。ソレを鑑みると掠めたクロノがその程度で済むのは、ひとえにバリアジャケットの恩恵なのだろう。

…しかしクロノの眼は、ただスティンガースナイプの弾に集中していた。その視線、そしてクロノの口元が不敵に釣り上がって歪む。それに違和感を覚えたゲインは誘導弾を探した。しかし、その瞬間に弾丸は左のガトリング砲を貫く。

 

「No!やってくれるじゃ……」

 

「余所見をしている暇は…ないぞ!」

 

貫いた瞬間、怯んだ彼を見逃すはずも無いまま息つく暇も無く、次はハルが右手側からガルムを振りかぶって跳躍していた。装甲上に魔力による強固なコーティングを施し、白銀に輝く。

バチィッ!っと電気がショートしたかのような音と閃光が周囲を包んだ。ガルムとガトリング砲の砲身がぶつかり合う。

ハルの中ではガルムの、コーティングを施した際の破壊力は自負している。何の魔力の処置をしていない鋼鉄程度ならば、ひしゃげさせるなど造作もないことだ。

しかし、目の前のガトリング砲はそう言った現象は無く、むしろガルムと競り合っているくらいだ。

 

「くはっ!お前ら管理局が嗅ぎ付けることを見越さず、何の対策もしていないと思ったかぁ~?甘い甘い!リンディ茶よりも甘ぁぁぁいッ!」

 

「…魔導師か?」

 

「そのとぉりッ!もっとも、デバイスは防御超特化型のストレージだがねぇ…ッ!」

 

男の懐に見えたのはカード型に展開しているのだろう、モスグリーンのデバイスらしい機械だった。

なるほど、とハルは納得した。攻撃面は質量兵器が担い、防御は魔力が特化させたデバイスでカバーする。…まるで固定砲台だ。

しかしここで、クロノのようにハルもまた不敵な笑みを浮かべる。

 

「理にはかなっているが…私とて何も対策が無いわけでは無い。…ガルム!」

 

『OK、チーフ。バイツフォーム』

 

無機質な機械音声と共に広がる、白銀の剣十字三角形、ベルカ式を象徴する魔法陣。それに伴いガルムの装甲が展開していく。装甲が上下二つに割れ内部からハルの魔力と合わせたかのような白銀に輝くフレームが露出し、まるで獰猛な獣の牙を思わせるかのような形状へと変化した。

 

「おぉうっ!?」

 

「噛み砕け…銀狼!」

 

更に強まるスパーク。剥き出しのフレームからの魔力伝導が見て取れるかのように、徐々にその顎門がゲインのシールドに食い込んでいく。

まるでオオカミが獲物の首を噛むように。

敵の骨肉を、その鋭い牙で噛み砕くように。

バチン!と、歯と歯が噛み合った音が聞こえたとき、ガトリング砲の砲身は錐揉みしながら宙を舞っていた。

 

「これで…チェック…!」

 

装甲を戻し、鉄塊のようなソレをゲインの鳩尾に叩き込む。メシャ…と鈍い音と共に、彼の体は一瞬宙に浮く。彼の目から見える世界が歪んだ。胃が、肝臓が、膵臓が衝撃により変形するのが分かる。押し込められた拳により、肺が圧迫され、強制的に息が吐き出された。

 

「ごほっ…!」

 

ガクリと膝を落とした。取った!と誰もが確信した瞬間。もちろん、クロノもそれに含まれる。が、それはゲインでは無くハルの方だった。クロノも、崩れたハルも、一体何が起こったのか分からなかった。

ピチャッ…と水滴のしたたる音。赤い液体。それは交錯する二人の足下。そしてその源流は、ハルの腹部から流れ落ちていた。

 

「だぁから言っただろう。リンディ茶よりも甘いってねぇ!」

 

引き抜かれる鮮血に染まった鋭利なナイフ。ガルムに殴られた瞬間に突き刺したのだろう。そしてゲインが健在なのは、殴られた瞬間に踏ん張らず、敢えてされるがままになることにより、衝撃をある程度殺していたと言うことになる。

 

「エルトリア准尉…ッ!」

 

「…エルトリア准尉?…ほほぅ?なるほど、この娘っ子が例の特別捜査官か、なるほど…。」

 

おもむろにハルの胸倉を掴み挙げ、まじまじと見る。まるで、品定めをする主婦のように。

 

「こいつの摘発でどれだけ裏の流通に支障が出ているか…、どんな敏腕かと思えば、詰めの甘い、そんでもって乳臭くて青臭い餓鬼だとはねぇ…!」

 

そのままの流れでクロノに向かって投げつける。ハルはというと、意識が朦朧としているのか、受け身をとれそうも無い。避ければ大惨事は免れないだろう。

咄嗟にクロノはハルを受け止めた。すぐさま傷口を確認する。ナイフの刃渡りからして10センチ。内臓に届いている可能性は十分ある。息も荒く、出血量からして速やかに治療が必要だ。

 

「しかしこの状況は…!」

 

『ハラオウン執務官!敵の増援です!』

 

「何っ!?数は!?」

 

『規模は不明!ですが、結界維持を担当している魔導師を集中的に…!』

 

状況は最悪だった。目の前の取引相手のみならず、外にまで敵の手が回っていたとは…!

 

「安心しな、ボク。俺は取引さえ終わればソレで良いんだよ。」

 

パチンと指を鳴らすと、天井が轟音と共に崩れ去る。バラバラと降り注ぐ木やコンクリートの瓦礫は、その威力と範囲を示すように止めどなく降り注いでくる。

そして穴が空いたのを確認したかのように、そこからバラリとはしごが伸びてきた。

クロノからも結界によって色の変わった空が見えるほどに穴は広がっており、そこから独特のローターの音と共に浮遊する大型のマシンが目に入る。

 

「なっ…ヘリ!?しかも大型!?こんな近くまで接近に気づかなかったなんて…!?」

 

「ま、技術って言うのは日々進化するものでね。たしか地球?だったか、あそこの兵器も中々悪くなくてね~、ちょちょいっとちょろまかして、魔法技術を組み込んだらあら不思議!高性能ステルス輸送ヘリの完成って訳よ。三分クッキングも驚きだ。」

 

トランクを回収し、ヘリから降下された梯子を掴んで上昇していく。ヘリのローターから発せられる風圧で、崩れた瓦礫から砂埃が止めどなく巻き上げられ、クロノの視界を遮っていく。

 

「あばよ執務官。わざわざ運んで貰ってご苦労なこってよ!」

 

ゲインの高笑いと共に、ヘリのローター音が遠ざかっていく。それに続くように数人の男達が飛行魔法で飛翔していくのが見えた。恐らく結界魔導師を奇襲した奴らだろう。

…作戦は失敗だった。唯一の収穫は運び屋を確保したことくらいだが、こちらが被った損害に比べれば微々たるものだ。…加えて結界魔導師、そしてハルが負傷したこともある。陸の…ひいては、レジアス中将の癇癪が飛んでくるのは目に見えていた。

 

『…ご苦労様クロノ。状況は?』

 

「申し訳ありません艦長。取り逃がしてしまいました。…加えて結界魔導師、エルトリア特査官が負傷しています。」

 

『わかりました。医務官を待機させておきます。…勿論、貴方も治療を受けること。…ポーターを展開してエイミィ。』

 

そんな上司、ひいては母の言葉も、遠く聞こえる。抱える特査官の状態を改めて確認するが、出血は多いものの、軽い治癒魔法を掛けると安定した。どうやら内蔵機器にダメージはないようだ。

 

「…執務官の面目丸つぶれだな。」

 

皮肉もぼちぼちに、足下に現れた転移魔法陣から溢れる光が目の前に広がり、クロノの視界はシャットアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか。奴を取り逃がしてしまったか。」

 

アースラの医務室。あれから一時間ほどしてハルは意識を取り戻した。白い患者用の服に隠れて見えないが、その腹部には包帯が巻かれ、痛々しい。

そして付き添っていたクロノは自分の治療は終えていた。と言うのも、全身にX線をかけ、弾丸が残っていないのを確認して、治療魔法と自然治癒に任せることで完了と相成った。腕や脹ら脛にはその証として包帯が巻かれており、圧迫しないように半袖と半ズボンで過ごしていた。

目を覚ましたハルに今回の末端を説明し終えていたところだ。

 

「…済まないハラオウン執務官。私の軽率な行動が…」

 

「…いや、君がいなければ、防戦一方になっていたか、最悪僕が蜂の巣になっていたかも知れない。」

 

想像したくはないけどね、と付け加えた。

 

「…全く二人とも無茶しすぎですよ?治療中に初めて気づきましたけど、クロノさんは生傷が多いです。普段の無茶が祟ってます。フェイトちゃんが心配しますよ?」

 

たまたまアースラに医務官として乗艦していたシャマルが、負傷した最後の結界魔導師の治療をしながらぷりぷりと怒っていた。

 

「い、いやだがしかし…」

 

「しかしも案山子もお菓子も駄菓子もないです。死んじゃったら元も子もないんですから、もう少し自分を労って下さい!エルトリア特査官もです!」

 

「め、面目ない…!」

 

二人そろってシュンとしている光景はシュール。しかもハルに至っては、ベッドの上で正座をしているくらいだ。

 

「…と、いうことで、お二人とも溜まりに溜まった、それも溜池のように溜められた有休消化をかねて、療養して貰うことになりました。期間中は一切の魔法使用、鍛錬を禁止します!」

 

「なっ!?シャマル、それは!?」

 

「さすがに横暴と…!」

 

「ちなみに既に、ナカジマ三佐とハラオウン提督には許可は貰ってますし、申請はもう済んでます。」

 

八方塞がりだった。これ好機といわんばかりに連携を取ってきた上司達は、今頃いい笑みを浮かべているに違いない。

 

「…一応理由としては、任務での負傷、ではなくて、激務に対しての心身の療養としてます。…まぁ所謂リフレッシュ休暇ですね。」

 

シャマルもシャマルなりに気を利かせたのだろう。もしも負傷を理由にしたことがレジアス中将の耳に入れば、海と陸の確執は深まるばかりだろう。

ともすれば、厳しいかも知れないが有休消化を理由に療養すれば、ある程度の誤魔化しも利くかも知れない。

 

「…やむを得ない、のか」

 

「二人とも有給が天元突破しかけてたからねぇ…今回の治療期間と有給を照らし合わせるた日数と、消化に許可が下りた日数で…。」

 

認可したのをこれ好機と言わんばかりにエイミィがタイミング良く現れ、コンソールで具体的な申請をしていく。クロノはというと、苦虫を噛みつぶしたような、苦悶の表情を禁じ得ない。

 

「まぁまぁ、そんな顔しないの。エルトリア准尉にはナカジマ三佐から通信が来てるよ~。」

 

コンソールのボタンを押すと、銀髪なのか白髪なのか、そんな頭髪をした中年の男性がウインドウに表示された。その顔は苦笑を隠せないようだ。

 

『おう、エルトリア准尉。まぁた無茶やらかしたみたいだな?』

 

「う……面目ない…。」

 

任務失敗を窘められると思ったのか、シュンとベッドの上で正座したまま小さくなる。耳とか尻尾があったなら間違いなく垂れているだろう。

 

『任務失敗よりも怪我ァしたことの方に俺は怒ってんだよ?日頃から口酸っぱく言ってんだろ?』

 

「…しかし私は」

 

『兵士だから、己の身よりも犯人確保が優先、か?お前さんも俺の言い分に対しても口酸っぱく言ってるよなァ…。まぁ確かにお役所仕事してるからよ、そう思う気概は悪いとは言わねぇ。だがそれと自己犠牲は別もんだ。お前が怪我したことで、ウチのカミさんがオロオロしてて見てらんなかったからな。』

 

通信の向こう側で否定的な声が聞こえたが、あえてスルー。

 

『………まぁ、お前さんが無茶して心配する奴が俺を含めて、いることを理解しといてくれや。』

 

「三佐…。」

 

『あぁ~!ちきしょう、柄にもねぇこと言うもんじゃねぇな。』

 

ガシガシとバツの悪そうに頭を掻く。どうやら照れ隠しのようで。

 

『ハラオウン執務官、ウチの若えのを有休消化中に宜しく頼むわ。』

 

「…はい!今回の件、申し訳ありませんでした!」

 

頭を深々と下げるクロノに、どうにも居心地悪そうに視線をそらすナカジマ三佐。

 

『いや、謝んのはこっちさ。…ま、エルトリア准尉、今回の療養でゆっくりと考えな。』

 

ハルの返事を待つこと無く、通信は切れた。

彼女を中心に、やり場の無い沈黙と居心地の悪さが、医務室を支配している。

 

「と、ところで、療養先なんだけど、二人とも共通の次元世界に指定されているから、そこんとこよろしくねぇ。あと、怪我は治るまでは病院にこっそり入院して貰うことになるけど。」

 

そんな雰囲気の中を打破しようと、話題を切り出したエイミィ。でかした、と言わんばかりにシャマルが心中親指を立てる。

 

「…しかも、その行き先が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そういうわけで、しばらく厄介になることになった、ハル・エルトリア准尉だ。なにぶん急なことと不躾で大変申し訳ないが、宜しくお願いする。」

 

「…あぁ。リンディさんから連絡は来てるからね。宜しく頼むよ。」

 

場所と時は変わって、二週間後の第97管理外世界地球。海鳴市にある一戸建て。広い庭面積と、その一角に建てられた道場が特徴の高町さ家。その敷居を跨いだハルは、家長たる高町士郎と挨拶を交わしていた。

リンディとゲンヤが出したハルの療養先。それは地球でのホームステイ。中でもリンディと親交があり、尚且つあまり魔法において関連が低い家庭として高町家が候補に挙がった。加えて尋ねてみれば、二つ返事でOKが出たという。怪我の退院を経て、その足で転送ポートへ足を運んだ。

 

「部屋はなのはの部屋で布団を敷いて寝て貰って良いかな?」

 

「…成る程、高町家と聞いてもしかしてと思ったが…、そうか、あの高町なのはの自宅だったのか。」

 

「なのはについて何か知っているのか?」

 

横から聞いていた士郎を若くしたような、長男の恭也が口を挟んだ。彼ら自身は地球においてのなのはしか余り情報が無い。そう言う理由からハルの話に興味が湧いていた。

 

「局内ではかなり名が知られている。近頃聞く噂では教導隊入りを目指していると聞くな。」

 

「教導隊…つまり教官か?」

 

「有り体に言えばそうだな。」

 

一言で教導隊と言えどその活動は多岐にわたる。 各部隊の技術向上を目的とした戦技教導班や、新たに開発した兵器を使用してデータを取ることを目的とした戦技技術班など、ただ『局員を鍛える局員』の一括りには出来ない。そんな中で、現場での叩き上げで名を知らしめたなのはが向かう先は、戦技教導にあたった。

 

「…そうか、なのはも将来への道を歩き始めたか…。全く、嬉しいやら悲しいやら…。」

 

「…父さん、感慨にふけるにはまだ早いよ。なのははまだ9歳の子供だ。夢を見付けたとはいえ、何も無いように見守らなきゃならない。」

 

「…そうだな。全く、僕より恭也の方がお父さんしてるな。忍ちゃんのおかげかい?」

 

「よしてくれ。俺はただ兄としてだな……」

 

と、そこまで言って、恭也ははたと会話を止めてしまった。その目には異様な光景がありありと見えたからだ。

 

「な、なにをしてるんだ?ハル…」

 

どこから取り出したのか、彼女はよくジムとかで見かける1mほどの鉄棒の両端に、錘となるホイールを付けた筋力トレーニング用具。名をバーベル。それを持って屈伸運動をしていたのだ。

 

「なにって…トレーニングだが」

 

来て最初にやることがそれか!と、二人の男は思った。そう会話している最中にも、1回、2回と膝を曲げ伸ばす。よほど負荷が掛かっているのか屈伸するたびにギシギシと床がきしんでいる。

 

「あ~、ハル。リンディさんから伝達なんだが、『療養中はトレーニング、及び魔法の使用は緊急時以外禁止』と言われてるんだ。だから、それは没収させて貰うよ?」

 

「な…!トレーニング出来ないなど死活問題では…!?もし急な任務の時に動けなくなってしまうではないか!?」

 

いきり立つハル。どうにも暇さえあれば体を鍛えていたようで。休日があればジムなどトレーニング施設に足を運んでいたのが容易に想像できた。どうでも良いが感情の隆起に合わせて屈伸が若干早くなっていた。

が、恭也にとってしてみれば、それは許容できないことで…

 

「過ぎた精錬は刀を折ってしまうぞ。時には体を休めることも大事な訓練だ。いくら体を鍛えようと疲労は溜まる。疲労のある状態で任務に挑めば…わかるな?」

 

とまぁ説教に走るわけで。士郎もそれに賛同するように追い打ちを掛ける。

 

「任務も大事かも知れないが、キミの同僚達はどう思うかな?確かに鍛えるのは悪いこととは言わない。ただ、体に合わせたトレーニングが必要になってくるからね。…間違って鍛えて、身体をガタガタにしてまで任務を成功させて欲しいとは誰も思わないよ。長く任務を続けたければなおのこと、だ。」

 

妙に説得力を感じる二人の言葉に、ハルはバーベルを床に降ろした。彼らの言うことは、上司であるゲンヤが言っていたことと重なった。

無茶をするな。

ゲンヤもそうだが、その家内であるクイントにまで心配を掛けていた、と言うのを彼は言っていた。加えて今から世話になる高町家、その中でゲンヤと同じ思いをさせるのも本意ではない。

 

「…了解した。ならばトレーニング用として持ってきた器具を預かって欲しい。…持っていると使ってしまいそうだ。」

 

端から見れば禁煙を掲げたニコ中の人が、誘惑に負けて吸うのを危惧するかのように見えた。もちろん、と鞄を持ち上げようとした、が。

 

「お、重い…!?」

 

持ち上がらなかった。この高町家の男陣、御神流、正式名称『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』を使用するにあたり、日頃より鍛錬を欠かさずにこなしており、並の人間からすれば筋力や反射神経はかなり高い。

しかしその彼らが、重いと感じるほどに彼女の荷物は重量があった。…というのも、末っ子と同い年くらいの女の子が持つ荷物なのだから、たかが知れていると思ってしまった結果、力を入れずに持ち上げようとしたら、意外にも重量があったのだ。

 

「すまないが少し失礼する。」

 

バッグを開けて恭也と士郎が覗き込む。

 

 

唖然とした。開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろうか。中に入っていたのはダンベルやら、バーベルの重り、砂鉄の入ったバンドetc.etc.…。とにかくトレーニング用の用具がありありと詰め込まれていた。

 

「…まさかキミはトレーニングで療養期間を費やすつもりだったのか?」

 

呆れた目線を送る男二人を避けるように明後日の方向を向く彼女のその行為は、肯定の意を示していた。

 

 

ガチャリと高町家の敷地内に設置されている倉庫の鍵が閉まる。その中に先ほどの鉄の塊どもを閉じ込めた。それを名残惜しそうに見るハル。若干涙目になっていた。

 

「そう気を落とすな。療養期間を終えたら返すから。」

 

ポンポンと恭也はなだめるように彼女の頭を軽くたたく。ハルの表情はと言うと、頬を膨らませ、まるでオモチャを取り上げられたかのような、年相応の少女になっている。

重たい物を運んだ士郎は、肩と首を軽く回して軽いコリをほぐすと、

 

「なに、療養期間中、退屈しないようにリンディさんと計画は練っているんでね。まぁ楽しみにしているといいさ。」

 

そう言い残して屋内へ入っていった。取り残された二人は、彼の思惑が分からないまま、続いて中に入るのだった。



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Mission6『私のお義兄ちゃんがこんなにシスコンな訳が無い!』

ハルが高町家に到着した時刻。

聖祥大附属小学校。

ヒカリは机に突っ伏していた。

その背中には哀愁が漂い、どよどよと言う効果音が一番似合うだろう。下手をすれば人魂が辺りを飛んでいるかも知れない。

クラスのメンバーも話し掛けるのをためらってしまう、そこまでの負のオーラが彼女を包んでいた。

と、春風が彼女の机に置いてあった二枚の紙を舞あげた。それはふわりと宙を舞い、落ち葉がはらりと落ちるかのように教室の床に舞い降りた。

白い紙に黒と赤の字で書かれていたのは彼女の消沈の理由。

 

『ヒカリ・如月  国語のテスト 0点 社会のテスト 0点』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうダメだ、おしまいだぁ…。」

 

「そ、そんなに落ち込むことはないよヒカリ。私だって最初は良くなかったもん。だから、ね?元気出して。」

 

フェイトが傍らに立ち、彼女を慰める。目の前でここまで落ち込んでいる人物をどう元気づけたらいいのかわからず、四苦八苦していた。

事の発端は、新学年になって、二週間ほど経ったと言うことで行われた学力テスト。三年生までの効果測定に近く、復習として問題が選ばれている。

さて、当のヒカリはというと、算数はまぁ共通なので問題ない。理科も先生が英語で構わないとのことで、お言葉に甘えた。…先生が英和辞典を引っ張ってきて、ほぼ徹夜で採点したのは別のお話。証拠に朝の先生の目の下には隈が出来ていて、皆ギョッとしたものだ。

閑話休題。

しかし、問題は社会と国語。言わずもがな、ヒカリは日本の文法や社会等の知識は皆無に等しく、知っている大まかなことと言えば、アメリカの車は右側通行だが、日本の車は左側通行、ということくらいだ。

 

「ヒカリ、アンタの文法。決定的な欠点があるわ。」

 

ズバァッ!と、アリサの一言がトドメを刺した。はうっ!と一度仰け反った後、ヒカリはそのままだらりと動かなくなってしまう。

 

「あかんわアリサちゃん。息の根止めてるで。しかも駄洒落を仕込んでたら、もう…」

 

「う、うっさいわね!わ、わざとじゃないんだからね!勘違いしないでよね!」

 

「アリサちゃん、勘違いしないでよね、はツンデレの典型的な台詞や。しかも、前の台詞が実は逆の意味を持たせるという効果がもれなく付く。更にアリサちゃんの声が加わると…」

 

うがーっとはやてをアリサが追い回す。はやても松葉杖をついて逃げていく。ここ最近、彼女の松葉杖を扱う技術は格段に向上しており、普通に歩くスピードよりも速く、さらには走っていてもそれに併走できるくらいまでになっていた。

 

「と、とにかく、ヒカリち…君。良かったら一緒に勉強しようよ。」

 

「そうだね。それがいいよ。お茶も交えてやればもっといいかもね」

 

なのはとすずかが案を出す。追いかけっこをしている二人も、その言葉にピタリと足と松葉杖を止めて首をこちらに向けた。

 

「わ、私もまだ分からない部分が結構あるから、一緒に頑張ろうヒカリ。」

 

ぐっと握り拳を作って意気込むフェイト。件の二人も、

 

「し、しょうが無いわね。私も手伝ってあげるわよ。か…」

 

「勘違いしないでよね!ク、クラスの平均点が下がるのが嫌なだけなんだからね!べ、別に教えたいとかそう言うんじゃ…」

 

「は、はやてーッ!!」

 

再び始まった二人の鬼ごっこは、その範囲を廊下に広げていた。どうにも最近はアリサがはやてのからかい相手に定着し始めている。

苦笑しながら二人の光景を見ていた残りのメンバー。するとそこに、携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

「なのはちゃんの携帯じゃない?」

 

「あ、ホントだ。…お父さんから?」

 

携帯の背に表示される発信元が、『お父さん』と表示しているとおり、士郎からのメール着信だった。パカッとディスプレイを開くと、手慣れた操作でメールボックスを開く。

大抵メールは母の桃子や姉の美由紀から、と言うことが多く、士郎や恭也はメールよりも通話を好む。つまるところの士郎からのメールというのは珍しい、というよりは覚えている限りでは初めてなのかも知れない。

メールを確認していたなのは。が、その表情は見る見る困惑し始めて行く。どうしたのか?と言う表情で顔を覗く3人について、無言のまま携帯画面を見せた。

 

『かえてきたらさふらいす』

 

奇しくも四人は同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

元気よく家の玄関を開けて帰宅する。時刻は三時。いつもなのはが学校を終えて帰宅する時間だ。靴からスリッパに履き替え、リビングに入る。

 

「お父さ~ん?…て、今は翠屋にいるかぁ。」

 

鞄を背中から外しつつ、結局士郎から送られてきたなぞのメールの解読は出来ずじまいで、あれからモヤモヤとした気分が抜けずにいた。ともあれ、あのメールについて尋ねるために翠屋に足を運ぼうと思い、私服に更衣しに私室に足を運ぶ。

別に電話しても構わないのだが、軽食だけではなく、ケーキやシュークリームも扱う翠屋の15時、と言うのは地獄である。この時間は桃子の作るスイーツをお茶請けにティータイムに洒落込もうと、近所の奥様方や老夫婦、果てには学校帰りの学生…特に女子が押しかけてくる。結果として、電話をしても手が離せないだろう。それならば自ら赴き、店を手伝えば家族も助かるし、あのメールについても聞き出せる。うん、一石二鳥とはまさにこのことだ。

ガチャリと部屋のドアを開いた。…いつもなら変わらずに制服を脱いで、タンスに入った私服を取り出して着替えるだろう。もしくは、勉強机に向かい宿題を打破するか、だ。

しかし、目の前には違った光景が広がっていた。

窓から差し込む傾きかけた日差しに反射して、煌めいているのはプラチナの頭髪。背を向けているから分かるが、長さとしては髪を下ろしたなのは位の長さだろう。そしてその髪の持ち主は、なのはを背に部屋の中央で座り込んでいる。…いや、あの座り方は座戦を組んでいるように見えた。よく父や兄たちが道場で精神統一を図るために行っているアレだ。しん…とした部屋に、座禅するその人物と、部屋の主たるなのは。ピンと張られたピアノ線のように、どこかしら緊迫した空気だ。

 

「…どうやら、部屋の主がお帰りのようだな」

 

なのはの方も向かずに、そう紡いだ。ビクッとお下げごと跳ね上がるなのは。ゆっくりと立ち上がりながら後ろにいるなのはの方を向く。

…やはり、というか綺麗なプラチナの頭髪に相応しく、整った顔立ち。その瞳はよく知る親友と同じく、真っ赤に燃えるかのように見受けられるルビー色。別の意味で見とれるような容姿だった。

 

「…ふむ、私の顔に何か付いているか?高町なのは。」

 

「ほぇっ!?あ、いや、その…綺麗だなって…」

 

「…ふむ、確かに…、この部屋から見える夕日、と言う物は中々に風情があるな。」

 

…どうにも二人の会話が食い違ってしまう。ただただ目の前の少女の風貌に見とれつつも、そんなやりとりに苦笑してしまうなのは。と、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

 

「あれ?…私、自己紹介した?貴女とは初対面だったような…」

 

まずこれだ。先程はっきりと、自分のフルネームを呼ばれたことに疑問を感じたのだ。他にも、なんで自分の部屋にいるのかー、とか、そう言った根本的な事も尋ねたかったが、いの一番に名前について浮かんだものだから仕方が無い。

 

「ふむ、何だ。案外とお前は自分の武勇伝の広まり具合を知らんのだな。結構有名だぞ?史上最強の九歳児の一角、とな。」

 

「し、史上最強って……、って武勇伝ってどういう…」

 

「あぁ、なのは、帰ってたのか。」

 

背後から声を掛けられ振り返ってみれば、士郎がいつものさわやかな笑顔を浮かべて立っていた。

…たまになのはは思う。気配を消して背後に立たないで欲しい、と。

 

「お、お父さん!あのっ、私の部屋に知らない女の子が…」

 

「それについては本人から聞くのが一番だよ。ハル、なのはとはもう挨拶は済ませたのかい?」

 

「いや、今からするところだ。」

 

そういうとハルは、足を肩幅に開き、両手は腰の位置で後ろに組む。ビシッと胸を張ったその姿勢は、規律の取れた軍隊のそれを彷彿させた。

 

「時空管理局陸士108部隊武装隊員ハル・エルトリア准尉。本日より、第97管理外世界地球における療養として、108部隊長ゲンヤ・ナカジマ三佐、及び次元執行部隊リンディ・ハラオウン提督の善!意!ある計らいにより、高町家に滞在する運びとなった。短い間だが、宜しく頼む。」

 

…なにやら途中でえらく怒気と皮肉が混じったように強調した部分があった。未だにこの案に納得いかない部分があるのだろう。しかしポーカーフェイスというか、仏頂面というか、無表情というか。淡々と自己紹介をする彼女は背伸びしている女子に見えなくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…退屈だな。」

 

広いマンションの一角に割り当てられた自室で、クロノはベッドで横になりながら一人小散る。仕事が出来ない。訓練も出来ない。やってもいいこととすれば、読書とかそういった身体に負担を掛けないことばかり。デバイスの調整も先程既に済ませてしまったし、かなり手持ちぶさたになっていた。

先程帰ってきた義妹はというと、自分がいることに驚いていた。怪我のことは伝えていたし、入院の見舞いにも来てくれた。ただ、今日退院して戻ってくることは知らなかったらしい。

 

「いつも無茶しすぎなんだよクロノ。いい機会なんだから、しっかりと骨休めしたらいいんじゃない?」

 

…取り付く島もなかった。入院時にも言われたが、帰ってきてからも一言一句違わない言葉を投げかけられた。そういうとフェイトは、友達が来るからと、台所にてお菓子作りに勤しんでいる。

…はて?妙に上機嫌だ。…友達というのはなのはの事だろうか?…いや違う。なのはとはフェイトと自分にとって、まぁ共通の友人、とも言える間柄だ。だからわざわざ別に友達、という代名詞を普段から使わなくても問題ないはず。もちろん、はやてやアリサ、すずかと言ったクラスメイトも同じくだ。

…新しい友人でも出来たのだろうか?そういえばクラス替えがあったとか何とか言ってたが…。

 

「…まさか!男かっ!?」

 

ガバッと勢いよく起き上がる。いやいや、フェイトはまだ小学四年生。男なぞまだまだ早過ぎる。

訳の分からない思考の沼にズブズブとはまりつつ、考えはどんどんネガティブに沈んでいく。俯いてブツブツか細い声で呟く彼は、第三者から見れば十分に薄気味悪く、近寄りがたい存在へと変貌していた。ただ、部屋には彼一人しかいないのが幸いか。

…気付けば部屋に…ひいてはハラオウン家の住まう区画に香ばしくも甘い匂いが漂い始めた。…クッキーでも焼いているのだろうか?

出来上がりを待っていたかのように、来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。

 

『はぁい。ちょっと待ってて。』

 

ドア越しに聞こえる来賓者との会話音声。無意識にドアに耳を充てている自分がいることにクロノは気付かずにいた。…端から見れば変態である。

 

(ぬっふっふ~、時空管理局の執行部隊。しかも若手の低身長執務官はやっぱりシスコンでしたぁ!)

 

…思い出したくもない、自分をこんな状況に追いやった奴のニヤケ顔が脳内に思い浮かんだ。

 

「っ!…バカバカしい…!」

 

ボフッとベッドに背中から沈み込んだ。機能性を重視したベッドは、程よい弾力で彼の身体を受け止める。

再び自分の腕を枕にして、天井を見つめていた。

そしてドアの開かれる音と、聞こえてくる話し声。

 

『いらっしゃい。ごめんね、開けるのが遅くなって。』

 

『あぁ、いいわよそんなの。なのははなんか急な来客で行けないってさ。……って、そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。』

 

『まぁまぁええんちゃう?お二人はラブラブなんやから、やっぱり来られへんだら寂しいもんやと思うよ~。』

 

『…あれ?そういえば甘い匂いがするけど、フェイトちゃん、クッキーか何か作ってた?』

 

『うん、最近やっと作れるようになって…。勉強しながら食べようかなって。』

 

クロノは安堵した。よかったいつものメンバーじゃないか心配して損をしたいや別に気になるとかじゃなくてだな僕は単に妹の友好関係が変な方向に走るんじゃないかと気が気じゃなくてだだからといってなのはとみたいにイチャイチャしろと言うわけではないけど取り敢えず男が来なくてよかっ…

 

『へぇ~、フェイトってお菓子が作れるんだ?ボクは普通の御飯以外はあまり作れないなぁ…。パンケーキくらいなら作れるけど…』

 

ガバッと、再びクロノは飛び起きた。

『ボク』!?男子か!?

剰え『フェイト』と呼び捨て!?

再びクロノの額に脂汗。背中には冷や汗が流れていく。嫌な予感が的中した…!

 

『へぇ…ここがフェイトの部屋かぁ。』

 

『相変わらず几帳面に片付けてるわねぇ。感心するわ。』

 

『そ、そうかな?お茶とお菓子を持ってくるから、座って少し待っててね』

 

どうやらフェイトの部屋に案内されたようで。ひそかに、というか無意識のうちに発動した聴覚の強化魔法によって現状を知ることが出来た。

……どうにも落ち着かない。アリサ、はやて、すずかは顔が知れているし、向こうもこちらを知っている。だが知らない人間が義妹と仲良くなると少し警戒してしまうのは自分の悪い癖なのだろうか?

 

『お待ち遠様。美味しいかどうか分からないけど…良かったら食べて。』

 

『わぁ~、美味しそうだよ~。フェイトちゃん、上手に焼けてるよ』

 

『ん~、この焼きたての香ばしい香りが何とも…。お腹の虫が我慢大会させられてまうで。』

 

どうやら先程のクッキーが卓上に出されたようだ。余程上手く焼けたのか、周囲に絶賛されているようだ。そして少し照れ屋のフェイトがそれにより、顔を赤らめて照れているのがありありと想像できた。

 

『むっ!さっくりした食感もさることながら、程よい甘さが何とも…!』

 

『スゴく美味しいよフェイト。ボク、これほどのクッキーは食べたことないなぁ。』

 

アリサも件の同級生も絶賛しているようだ。ハラオウン家の養子になってから、彼女はめきめきと料理を覚え始めた。と言うのも、母親たるリンディの料理というのは、一般的な料理は普通に美味しいものだった。だがしかし、お菓子を作るとなると、極甘党の彼女が作る物は、お察しのものを天元突破して、二、三日食べれば軽く糖尿病患者の仲間入りが出来る程のものだった。家族の健康状態を憂いてフェイトはそれはもう健気にお菓子を中心とした料理を覚え、時には桃子を師事していた。その結果があのクッキーだ。

 

『フェイト、この数式の解き方って…』

 

『…うん。公式はこれだから、それに代入したら解けるよ。』

 

『なるほど…、O.K.』

 

どうやらある程度クッキーに舌鼓を打った後に勉強に入ったみたいだ。件の同級生に勉強を教えてるのがわかる。…どうやら、彼の為の勉強会と捉えても良いようだが…。

 

『そういえば、男物の靴があったけど、クロノさんが戻ってきてるの?』

 

『うん、仕事中の怪我で療養として有給消化してるんだって』

 

『あ~、なるほど。確かにクロノ君、無茶してまうところがあるからなぁ…、体を休めるにはええ機会ちゃう?』

 

…やはり自分は周りから見れば無茶しているように見えるのか?そりゃ確かに自分にしか出来ない仕事もあるし、譲るつもりもない。執務官は基本的に多忙な職務だから仕方ないし、自分がやらないと他の執務官の負担が増える。無茶が効く若いウチから頑張る、と言うのも悪くはないはずなんだが…。

 

『フェイトのお兄さん?どんな人なの?』

 

不意に件の男子が口にした質問。

これは気になる。彼女達が普段から自分をどう思っているかがわかる。

心拍数が上がる。

なぜか汗も出てきて頬を伝う。

気付けばクロノは、自室とフェイトの部屋を隔てる壁に耳を充てていた。

 

『えっと…一言で言えば…生真面目、かな?』

 

『あ、あと堅いわね。堅物。』

 

『頑固なところもあるもんねぇ…。』

 

『考えてるようで、無鉄砲なとこもあるなぁ…。』

 

上からフェイト、アリサ、すずか、はやての供述。

…八割。下手をすれば全てが褒められていないように感じた。

 

『あ、でも不器用ながらの気遣いもしてくれるけど。』

 

『そうだね。基本的に優しいし。』

 

『私もよく将来の相談に乗って貰って、嫌な顔一つしないで相談に乗ってくれるし。』

 

『そやね、私も家族のことで世話になったこともあるから感謝しとるんよ。』

 

…何でだろう。目から汗が出てきた。コレが落として持ち上げると言う奴か。ガクリと膝を落として、クロノは普段から自分はどう思われているのかを噛み締めた。

そうか、普段から僕は堅物キャラとして通っていたのか。

しかし、良く思われているのは悪い気分ではない。

 

「…やはり、気にしない方が良いのか。」

 

べったりと張り付いていた壁から離れると、再びベッドに身を預けた。そうだ、義妹の交友関係を信じてやらなくて何が義兄か。うん、そうだ。大丈夫に違いない。

そう言い聞かせたクロノは、ふっ…と目を閉じた。

程なくして、心地よい微睡みに意識を預けていく…。

 

 

 

 

 

 

 

どれほど寝ていたのか。目をゆっくり開けたときには、未だ明るい、と言うよりも夕方だった。西日が窓から差し込み、夕暮れ時を証明している。

時計を見れば17時前。かれこれ一時間ほど寝ていたらしい。

寝て硬くなった身体をほぐすために、ぐっと背伸びしたところで、少し催してきていたのに気付く。

ガチャリと部屋からでて、リビングの大きなステンドガラスから差し込む夕陽に目がくらむ。

…なるほど、中々日が長くなったものだ。

冬場、事件の関係で頻繁にこの家で寝泊まりしていた頃は、今の時間、太陽は沈んでいくくらいだったな。

半年も経っていないのに長い時間が過ぎたように感じるのは、やはり仕事に打ち込みすぎていた、と言うことなのだろうか?そんな自問自答を繰り返しながら、トイレのドアを開けて中に入った。

 

 

青い目が目の前にある。

そして、義妹と同じくブロンドの髪。

整った顔立ち。

白いワンピースに青のカーディガン。

ちょうど立ち上がって下着をあげようとしていたのか、ワンピースのスカート部がたくし上がっている。

…沈黙。

そして時間が止まったかのように、二人の身体は静止していた。

 

「に…!!」

 

に?

 

「にゃぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

クロノは鳩尾の痛みと共に、トイレからと彼の意識とが同時にフェードアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クロノ。』

 

『父さん?』

 

『決して諦めるな、自分の感覚を信じろ』

 

ビシッとサムズアップして、訳の分からない、しかも名言と思っているかのようにどや顔をする、死んだはずの父親に懐疑的な目を向けつつ、クロノは現世に意識を取り戻した。

 

「あれ…?僕は一体…。」

 

『クロノ(君)((さん))。』

 

意識を取り戻した先には、地獄の閻魔とも思しき形相の四人がいた。…成る程、父に出会ったのは、これから地獄への旅路に向かう自分を迎えに来ていたのだろう、と納得する。

 

「クロノ、ノックもせずにトイレに入るのは、そんなのおかしいよ。」

 

「マナーがなってないわよ。」

 

「流石に私も…フォローできない、かな。」

 

「…助平や、クロノ君。」

 

…あぁ。これでさっきの僕の評価の中に、

『ムッツリスケベ』

というジャンルが加わるのだろうか。

危惧するクロノを余所に、がみがみと4人からの少し罵倒が入り混じった説教が続く。無意識なのか意図してなのか、クロノはソファの上に正座していた。

最近は説教と正座が多いな。

という思考も追加される。

 

「あの…さ。」

 

怖ず怖ずと手を上げるのは、渦中の人物その2。…ちなみに1は説教を受けている、クロノその人である。

 

「あぁ、構わへんよ、女子のトイレに潜入どころか堂々と立ち入るクロノ君に弁護士は要らんからな。」

 

「ぐっ…!執務官として、弁護が付かない裁判を受けさせられるのか…!」

 

「そや。それほどまでにクロノ君の罪は重罪や。半ケts…もとい、判決を言い渡すで!」

 

「まてまて!今何が聞き捨てならない単語が…!」

 

「被告人は口を慎むように!」

 

取り付く島もなかった。異議を唱えようにも、裁判長が許しちゃくれない。

このままでは八神裁判の名の下に、理不尽な半ケt…もとい、判決を下される。

 

「い、異議あり!」

 

必死の叫びはリビングの中に響き渡った。着々と進められる裁判に歯止めが付く。

びしぃっと指は裁判長たるはやてを指し、微動だにせず、その腕は見事なまでに直線美を描いていた。

 

が、それから二の句が出てこない。そのまま固まった皆の間には気まずい雰囲気が流れる。

 

「え、えと…。何…?」

 

ようやくその雰囲気を飲み込んで口を開いたのはアリサだった。

 

「あ、え、えっと。ボクにも悪かった部分もあるんだよ。そもそも、ボクが鍵をしてなかったのが悪いんであって…。」

 

「しかし、そうなるとノックをしなかったクロノさんにも非があることになるよ?」

 

ぐっ!…と反論できないクロノはうなりを上げた。

 

「…ほなら、お互いに悪い点があった、と言うことで痛み分けでえぇか。」

 

我ながら名審判、と言わんばかりに、腕を組んで頷くはやて。まぁ覗いた代償に、強烈な一撃を鳩尾にうけた、と言うことで恙無く他のメンバーの『異議なし』の決断で、八神裁判は閉廷と判決を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒカリ・如月です。ヨロシク。」

 

「クロノ・ハラオウンだ。こちらこそ。」

 

なんやかんやあって、それでも何とか握手までこぎ着けた2人。夕日が差し込むリビングで行われるそれは、一昔前の少年漫画に出て来る主人公とライバル2人が、激闘の果てに砂浜辺りでやってそうなものだった。

 

「美しい友情やなぁ…」

 

「…なんだか知らないけど、結果オーライってやつなのかしら?」

 

少し離れた場所で、なぜか涙ぐむはやてと、イマイチ納得しきれないアリサ。

 

「…ところで。」

 

「ん?なに?」

 

握手をしている最中、ふとクロノは疑問を投げかけた。見るからに神妙で、尚且つ真剣な面持ちだから、ヒカリも先程の件の申し訳ない気持ちも相まって真摯に質問を受ける。

 

「…どこかで会ったことはないか?初対面とは思えないのだが」

 

「…へ?…それって日本で言うナンパの決まり文句じゃ…」

 

「いや、違うんだ。何年か前に…どこかで…」

 

ふと顎に手を当てて考え込むクロノの表情はやはり真面目そのもので、喉の辺りまで思いだしてはいるが、出てこない。そんなもどかしいような感覚がクロノには感じられた。

 

「…いや、気にしないでくれ。もしかしたら思い違いかも知れないし。」

 

苦笑しながら手を離す。どうにも気になるヒカリだったが、彼がそう言うのならば気にしないでおこう。彼女自身にはそう言った記憶がない。が、それでもクロノの言葉が気になるヒカリだった。

 

「…しかし。」

 

「ん?まだ何か気になることがあったの?クロノ」

 

「一人称がボク、だと聞こえたから、男の友達が来ていたのかと思った。」

 

「ま、アメリカじゃ一人称は千差万別じゃなくて、ほぼ統一されているから、こういうこともたまにはあるんじゃないの?」

 

ふと思った疑問を口にしてみたら、アリサがある程度解説をしてくれた。が、これをはやては見逃さなかった。

 

「ん?もし男の子が来とったらんやったらどうやったん?その辺詳しくきかせてもらいたいなぁ…?」

 

こうなっては後の祭。にやりと微笑むはやてのソレは、将来『ちび狸』と呼ばれる片鱗を垣間見るに相応しく素晴らしい笑顔だったという。




こんな感じでクロノとの邂逅です。
これから稀に本編の裏話的なサイドストーリーをちらほら交えていこうと思います。
本編のあのシーンがここなのか、と少し思えるような感じに仕上げていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。


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Mission7『それぞれの夕餉』

高町家リビング

家族がくつろぐためのソファ。それに座りつつコーヒーが飲めるようにテーブルも備え付けられ、それとは別に食事用の食卓テーブルに家族の人数分の椅子。普通の家のそれと何ら変わらないこの場所の食卓の上に、豪勢と表現して違和感がないような食事が並べられていた。綺麗に彩られたサラダに、トマトソースが決め手のラザニア。香辛料を振りかけて香ばしく焼き上げ、その香りが食欲をそそる手羽先。他、細々とした一品が並べられている。

 

「す、凄い料理だね、お母さん…」

 

「当然よ。短い間とはいえ、新しい家族が増えるんだもの。歓迎は盛大にしないとね。」

 

嬉々として取り皿やフォークなどの食器を並べつつ、なのはの驚きの声に桃子は答える。

そして歓迎の中心人物たるハルは、手伝いを見ている最中、どうすれば良いのか困惑していた所、道場にいる他の三人を呼んでくるように頼んだところ、素晴らしい敬礼と共に向かっていった。

トウモロコシのポタージュを盛り付けて並べていると、丁度4人が戻ってきた。

 

「おぉ~!すっごいご馳走~!」

 

「ま、祝い事みたいなものだからな。そう聞いて腕を振るわない母さんじゃないさ。」

 

「うむ、流石桃子さんだ。こんな料理上手な奥さんがいる僕は幸せ者だな。」

 

「まぁ、士郎さんったら♪」

 

最終的には桃色空間を広げる親に苦笑いを浮かべる三人の子供。遅れて入ってきたハルも、目の前に浮かぶ甘い空間に目眩がするほどに。

 

「…なんだこれは。入る部屋を間違えたのか?」

 

「いやいや、ハルちゃん。間違えてないから。」

 

現実逃避しながら部屋を出ようとするハルを必死に止めるなのは。

ひとしきりいちゃついた士郎は、皆が何故立ったままなのかを疑問に思い、座るように促す。目の前の空間がアレ過ぎて座ろうと踏み出せなかったことは誰も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…これで欠片も三つ目かぁ…。」

 

ハラオウン家を後にしたヒカリは、皆と別れた後にエグザミアの欠片を探してしばらく歩き回った。海鳴市の自然公園を探していたら、林の中から反応がある、とユーリの知らせを受けてなんとか見付けた欠片。文字通り草の根かき分けて探し、欠片を見付けてホクホクしていたところで、公園から出て行く見知った顔を見かけた。

 

「あれは…確か…」

 

こっそり木の陰に隠れて見ていると、学校のクラスメイトの姿が見えた。なるほど、犬の散歩の帰り道だろうか。シベリアンハスキーを連れて歩いていた。

…声を掛けようか、と思った矢先、今の自分の格好を見て思いとどまった。

白のワンピース。

青のカーディガン。

自慢するわけではないが、見るからに女子の服装だった。これを彼に見られれば、たちまち女子とバレてしまう。

 

「が、我慢我慢…。」

 

そう視線を逸らそうとしたとき、気になるものが見えた。

 

金髪。

 

誰かを背負っているのだろうか。コートを羽織らせているので詳しいことは分からない。彼の知り合いかも知れないし、プライベートの事もあるから、あまり気にしないようにして彼に気付かれないようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

『ふぅ~…』

 

目の前には、夢見心地で、まるで寒い日に温泉に入ったかのような、そんな表情を浮かべるユーリがいた。

最初は半透明だった彼女だが、今回拾った欠片が他の二つに比べて少々大きかったからか、その分取り戻した力も大きかったようで、その力がユーリ自身に浸透していくことで、半透明だった身体が、段々と透き通りがなくなっていった。

ちなみに二つ目の欠片を見付けたときは、起きていられる時間が多少延びたくらいだった。

 

「すごいです…。この欠片で大分力が取り戻せました~。」

 

「お~!本当だ。幽霊じゃなくなってるよ」

 

感心するヒカリに、幽霊じゃないですよ~、と抗議するユーリ。ペタペタと髪や手を触っても、人間のソレと変わらない触感だったし、暖かみもある。

ふよふよと半透明で浮いていた頃に比べて、これなら人前に出ても何ら違和感なく過ごせるだろう。

 

「あ、でもなんだか一つ気になることが…」

 

「???」

 

「今回の欠片。何だか大きさに比べて力を消費していました。…誰かが吸い取った後だったのかな…。」

 

ユーリが言うには知識とか機能とかの基本的な構造は問題なかったものの、蓄えられたエネルギー。所謂『魔力』が減っていた、と言うことらしい。これ自体は、自然と周囲の空気から吸収補充出来るので何ら問題は無いが、何となくその消費されていたことが気になる。

 

(あの場に居たかも知れない人…、あの背負われていた金髪の人?…いやでも、確証はないから…)

 

ユーリは今のところ可能性の高いものをあげていくが、決め手に欠けるとして、 思考を止めた。実際、時間さえあれば元に戻るし、エグザミアの本体自体は残っていたので、単純魔力だけが引き出されていた事だけしか問題ではなかった。魔力があっても、それを利用するための術式、そして魔力を変換し、魔法を発動する詠唱が要る。

つまり起承転結。

起を魔力とし、

承を術式、

転を変換、

結を発動。

これらが揃うことで初めて『魔法』という科学式が完成するのだ。

つまるところ、それほど高くない魔力だけでは人畜無害であり、術式を知らない人間であれば何の役にも立たない。

 

「ユーリ、ユーリは幽霊じゃなくなったらご飯食べれるの?」

 

ひょっこりと台所から仰け反るような体勢で首を出すヒカリ。どうやら夕食を作っているようで、道理でさっきから姿が見えなかったわけだ、とユーリは納得する。

 

「あ、はい。食べれます…って、だから幽霊じゃありませんよ~…」

 

1人寂しく、その言霊は相手に届かないようで、空しく室内に響いていた。

ユーリはひょっこりと台所に顔を出して覗いてみた。トントンとリズミカルにまな板の上で刻まれる野菜。フライパンで焼かれるこねられた挽き肉の塊。そしてそれによって漂う、香ばしくなんとも食欲をそそる香り。ぐうぅ、とユーリの腹の虫が可愛く鳴いた。

 

「あぅ…」

 

「もう少しまってねユーリ。」

 

恥ずかしがるユーリに苦笑しながら、ボウルにサラダを盛り付ける。両面しっかり焼き上がった肉の塊を皿に移し、同じフライパンで焼き上げた星形に切った人参と、湯がいたブロッコリーを添える。特製ソースを掛ければヒカリ特製のハンバーグの完成だ。

ヒカリは台所に引き返すと、それぞれの用途に分けて皿を二枚ずつ、食器棚から持ってくる。ちなみに常備してある枚数は、なのは達と知り合ってから少なかった物を買い足しておいた。既に彼女らはヒカリと2~3回ほど、この家で食事をしている。その際、予定日の前に皿をそれぞれ10枚程。そのおかげで食事会は恙無くすんだ次第である。…ちなみに、はやての持ってきた自作の料理に舌を巻いたのはまた別のお話だ。

 

「さ、ユーリ。冷めないうちに食べよう?ボクもお腹空いちゃったよ。」

 

「あ、は、はい。そうですね。」

 

ヒカリの対面に、擬音で表すならチョコンと座る。…少し椅子が高いのか、足が宙ぶらりんになっていた。

皿にハンバーグ、サラダをそれぞれをよそい、ユーリの前に並べられた。主食はロールパン。ちなみに桃子が勧めてくれた市販の物。ヒカリも気に入っており、定期的に近くのスーパーで購入している。

匂いに負けて、ナイフとフォークを手に取るユーリをヒカリは制止した。

 

「ヒ、ヒカリ、ここに来てお預けは生殺しですよ~!」

 

「あ~、違う、違うよユーリ。この国では食べる前にこうするんだよ。」

 

そういうとヒカリは自身の前で小気味よい、パチン、という掌を合わせる音を鳴らし、静かに目を閉じた。

 

「頂きます!」

 

目を見開いた先には、不思議そうな顔をしてヒカリの顔を見るユーリ。どうにも意味が分かっていないようで、首をかしげている。

 

「えっとね?これは食事前の挨拶みたいな物なんだ。料理は鳥とか野菜。そう言った動植物の命によって成り立っている。だから、食事の前に祈って、『命を頂きます』という感謝を込めて食べるようにしているんだよ。」

 

「ふぇ~、この世界の文化、と言うか、風習は深い物があるんですね~。でも考えてみたら納得ですよ~。」

 

ユーリも習って、手を合わせて感謝の念を祈り、呟いた。小さく、頂きます、と。

少し置いて、片眼をちらっの開けてヒカリの様子をうかがう。笑顔で頷くと、ユーリもつられて頬笑み、二人の、初めての食事がようやく始まった。

そして、ユーリの舌に革命が起こったとか。

 

 

 

 

 

 

 

第一管理世界『ミッドチルダ』

魔法技術が著しく発達したこの世界は、管理局が地上における本部を設けているとあって、その周囲に首都たるクラナガンが大都市として栄えている。人口もさることながら、交通機関はもとより、各種店舗や各分野における企業、公共機関がある。それを中心として囲むように居住区画や学校が軒を連ねる。

しかしその中には繁栄の名残、いや、代償と言わんばかりに、郊外には廃墟区画が存在し、かつて発展の中心を担っていた面影を残している。

その一角。そこは、管理局地上本部が管轄するエリアで、主に魔導師ランクアップ試験などを行うフィールドとして、古い建築物をそのままにして使用している。

かつてはマーケットがあったのであろう大型駐車場に、管理局所属の大型車両が停車している。重厚そうな装甲の中では、白衣を着用した科学者、と思しき風貌の男女が目の前にあるディスプレイの数値を目に焼き付けていた。

 

「こちらホーク1、スワロー1聞こえるか?」

 

そう口にする男はざんばらに切られた黒髪に黒い瞳と、二十代くらいの若い印象を受ける。体型は痩せ形で、逞しいとはいえない。

彼の前には半透明で緑色をした仮想ディスプレイが展開されていた。車両後部の乗降口を開いて身を乗り出し、空を仰ぎ見る。

悪くない空だ。青々とした、雲がほとんど無い、いわば快晴だ。こんな日は休暇を取って、妻子とピクニックに行きたい物だ、と一瞬思ったが、すぐにその雑念を頭の隅に追いやる。

 

『こちらスワロー1。感度良好。問題ない。』

 

返ってきたのは中年と思しき渋い男の声。SOUND ONLYと表示されているディスプレイだからか、声だけの返信で姿は見えない。だが通信でよくあるくぐもった声ではなく、すぐ隣に居て喋っているかのように非常に感度が良い。

 

「ふむ、音声通話の感度は基準値を満たしているな。機体の動作はどうだ?不備などはないか?」

 

『問題ない。マニュアルにあった通りに動かせる。しかし…。』

 

「ん?どうした?何か問題でもあったら遠慮無く言うんだ。その為のテストなんだ。」

 

『ふむ、問題と言えるかどうかは微妙なんだがな。如何せん、反応が敏感すぎる。どれだけ反射神経の高い奴に使わせるんだ?』

 

「そのへんは問題ない。人選は出来ているが、魔法戦は経験はゼロだからな。テストをさせるわけにはいかん。…そこでキミに白羽の矢を立てたんだ。」

 

『…成る程。右も左もわからん奴に、大切なテスト機を任せられんからな。それなら経験が豊富な奴にさせれば、いざという時の対応も出来る、と。』

 

「察しがよくて助かる。ま、キミなら問題は無いと思うがな。バルガス二等空尉。…さて、そろそろ次のテスト項目に移ろう。次は加速性能だ。」

 

 

バルガス・ライナー二等空尉。

時空管理局教導隊戦技技術班第三分隊隊長。数々の新兵器のテスターをつとめ、採用されたものは数が多い。緊急事態への対応もそつなくこなし、評価も的確に下す。欠点も的確に指摘し、挙げる改善点も本職が舌を巻くような物ばかり。お陰で彼が通した物はこれと言ったトラブルもなく、現場で活躍をするほどの信頼度がある。お陰で研究部の局員からは、ある人は疎み、ある人は我先にと彼にテスターを!という、両極端な評価が下っている。45歳というベテランで、近年は年齢から来る衰えからか、ランクも全盛期のAAAからA+まで落ちてはいるものの、培った経験と技術で一線を張っている。

 

「いやはや、主任も無茶するねぇ。仕事とは別に作った私物のデバイスのテストをしてくれとは。」

 

 

独りごちるバルガスの呟きは誰にとも聞こえない。先ほどの研究者へは通信を切っているので届くことは無い。

 

「…まぁ、無茶を通すのは俺達戦技技術班と研究部だ。さて、そろそろ始めるとしようか。頼むぞ、プロトタイプ。」

 

『了解。』

 

マニュアルの通りに、まずは飛行実験に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後。

地上本部の教導隊に宛がわれたオフィスで、バルガスは今回のテストタイプの試験運用における報告書を纏めていた。

取れたデータを傍らに、それに自分が実際に使用して感じてみたことを合わせて評価を下していく。

実際、使用してみて問題は無い。動作も難なくこなしていたし、これと言った誤作動も見当たらなかった。

 

「しかし、な。」

 

あまりにも敏感すぎる反応は今までのデバイスを使ってみている者にとってはマズいだろう。

自身の自慢では無いが、普通の魔導師が扱えば、その性能に振り回され、最悪墜落という危険性もある。バルガス自信も今回のテストで幾らかヒヤリとする場面もあった。

 

「さて、どう評価したものか。特定の人物用に調整されたワンオフ仕様の機体ならともかく、量産に関してはゴーサインは出せないな。するならもっとデチューンしてマイルドな反応にしないと、魔導師が振り回されちまう。」

 

書類には『要検討』の赤い印字を施し、ファイルに挟んで部下へ研究部に運ぶよう頼み付ける。

書類と部下を見送り、肩を掴んで首を軽くひねる。少しこっていたのか、ゴキゴキと音が耳に入る。

 

「やれやれ、俺も年かな。」

 

あまり使いたくない、それでもこってしまった理由として最もらしいものを呟いて、彼はオフィスを抜けた。

 

「お、バルガス二尉じゃないですかい。」

 

吹き抜けのあるエントランスまで出て来たところで、後ろから知った声に呼び止められた。気さくそうに片手を挙げ、挨拶代わりとしている。

 

「ナカジマ三佐、お疲れ様です。」

 

敬礼するバルガスに、呼び止めた人物―ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐―は照れ臭そうに、また気まずそうに頭を掻く。

 

「バルガス二尉、よしてくだせぇ。貴方さんに敬語なんてされちゃ、むず痒くて仕方ねぇや。」

 

「…一応、公的な場所ですので。」

 

「…やっぱ慣れねぇ。…まぁ一応なんですがね。今夜どうかと思って声を掛けた次第で。」

 

ゲンヤは、所謂『一杯どうだ?』を意味する、御猪口を傾ける仕草。それに納得したのか、あぁ、と察したバルガスは、お供します、と快諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、娘っ子は順調かい。」

 

「えぇ、上が七、下が五になるんですかね。ホントに良く喰うし、よく寝ますよ。最初はどうなるかと思いましたがね。何とかなるもんです。」

 

クラナガンにある居酒屋。カウンター席に座り、世間話に花を咲かせる2人。徳利も数本空いており、2人の顔にも赤みが帯びてきている。肴に頼んだ焼き鳥も、串だけが10本はくだらない本数が皿の上に鎮座していた。

バルガスが敬語を使わないのは、仕事上ではゲンヤが上階級ではあるものの、局員と人生でのキャリアは彼の方が長いもので、プライベートになるとこうなるのだ。その辺りはゲンヤも承知しているし、仕事の無いときくらいは、バルガスに肩肘を張らずに話をしたいとも思っている。

 

「まぁ、お前のカミさんが2人を拾ったときは俺もビックリしたもんだ。野良犬や野良猫じゃねぇんだから…。」

 

「まぁ…その。カミさんが中々授かりにくい体質だったからですかねぇ。だから余計に喜んだんだろうし、俺も反対はしなかったんですけどね。…ま、娘みてぇなのも、も1人居るっちゃ居るんですが…。」

 

「も1人?なんだい、とうとうクイントもおめでたかい?」

 

ニヤニヤとゲンヤに絡むバルガス。

 

「いや違うんですよ。…ウチの部隊のじゃじゃ馬が、ね。また無茶をやらかしまして。」

 

「あぁ、エルトリア准尉か。一度戦い方を見せて貰ったことがあるが、悪かない。無茶な動きも多いが。」

 

そういうと、徳利を傾け御猪口に酒を注ぐ。

が、空になったのか雫が数滴落ちてくるだけ。バルガスは大将にお代わりを頼む。

 

「…まぁそいつがですね、ハラオウン執務官と任務にあたったんですがね。」

 

「おぉ、陸海合同任務かい?結構話に上がってたな。両方のホープがコラボするっつう…。」

 

「えぇ。その任務なんですがねぇ。無茶やらかしまして。有休消化って意味でリフレッシュ休暇を強制的に取らせたんです。」

 

大将がカウンター越しに渡してくれた徳利を受け取り、ゲンヤの御猪口に注いでいく。ゲンヤは一礼し、ぐいっと一気に喉へ流し込んだ。

一息、ぶはっと酒臭い息を吐き出す。酔いが回ってきたのか、ため込んでいた物がすこしずつ彼の口から吐き出してくる。

 

「あいつぁ、もう少し周りを頼ることが出来ないんすかねぇ。ウチの任務でも突出が多いし、任務は達成できても生傷が絶えねぇ。…あんな若ぇ内から身体を虐めて、ガタがこねぇか心配で…。」

 

語る彼の顔には、年頃の娘への接し方に困る父親のそれが浮かんでいた。

あと十年前後すれば再び同じ顔をするのだろうか。

 

「…ホントに准尉の親父みたいだな。ま、年端もいかねぇ子供を登用して、戦場に送り出す準備をしている俺らもそう言う気持ちもあるっちゃある。」

 

バルガスも自分の器に酒を注ぐと、一口。

 

「だがよ、子供っつうのは構ってやるだけじゃ無くて、時には見守ることも必要なんだと思うんだ。…無責任な言い方かもしれんが、自分で成長するのを見て、道を外れそうになりゃ手をさしのべる。あとは…まぁ、無茶できねぇ理由でも作るか、だな。」

 

「無茶できねぇ理由?」

 

「あぁ。自分にもしもの事がありゃ、アイツはどうなるんだ~?みたいな存在だよ。お前もカミさんも、子供が居るから昔ほど我武者羅に仕事に打ち込んでねぇだろ?それと同じだよ。そうすりゃある程度は自制が効くと思うんだがね。」

 

御猪口に残った残りの酒を飲み干す。

 

「バルガスさんにゃ…そう言う人は居るんですかぃ?」

 

「俺ぁ、お前さんみたいに結婚もしてねぇし、子供も居ねぇ。…だがよ、空を羽ばたこうとするひな鳥の翼がもがれねぇように、落ちねぇように見守るのが俺達の役目だ。偉そうに言う義理は無いが、俺は今の仕事が現役で居られるように続けてぇ、いや、続けなくちゃならねぇ…。1人でも多く、自由に空を飛べるように。…まぁ俺は専ら新製品のテストだがよ。…ただ、そいつらがひよっこ達をしっかり飛ばせるようにしてやるのが俺の役目だからな。そう言った意味合いじゃ同じかもしれん。」

 

「…それが、バルガスさんが昇進の推薦を蹴った理由ですかい?」

 

「…まぁな。皮肉なことに階級っつうのは、高くなりゃ権限が増えて、逆に前線や教導に出る機会が減る。そうなると窮屈でよ。俺はどっちかと言えば教鞭奮って、テストをして、体を動かしてぇ質なのよ。」

 

かかかっと苦笑する彼は、何処か楽しげで…。本当に教導隊が好きなのだと感じられた。

局員としてのキャリアは30年。その中で武装隊のエースとして前線を張り、のちに教導隊へ志願して数多のデバイス等をテストしてきた彼は、管理局指折りの大ベテラン。実力を知る人は数多おり、ゲンヤも自らが入局した当初から知る相手だ。良く助言も貰ったし、こうやって一緒に飲みに行く仲。面倒見も良く、尊敬に値する人物だ。ただ、彼に関する謎は二つほどある。

一つは結婚しないこと。勿論見合いとかそう言った話題はある程度上がっていたが、本人にその気は無いのか、全て蹴ったという。

二つは二尉という階級。30年もキャリアを積んで、更にエリートである教導隊に所属し、未だ二尉止まりという謎。一説によれば上記の見合いに、管理局上層部からの勧めがあったが、それを蹴ったが為に睨まれて昇進が遅れているのではないか?と言うものだ。

一部では同性愛者ではないか?という妙なゴシップもあったが、そんなことは無いと、ばっさりと切り捨てていた。

だが、彼の心中はただただ、前線に立って、技術を後輩達に伝えたいという切なる思いがあった。

 

「…バルガスさん、すいやせん、相談に乗って頂いた上に、いい話まで…。」

 

「ったく…、言うなよ?絶対、言うなよ?こんなこと話したの、他にいねぇんだから。」

 

自分の心中を話したのはゲンヤがはじめてだったりするわけで。辛気くさい話を一旦止めて、2人は大いに呑み、大いに喰らった。

 

 

 

 

そして、ゲンヤはベロンベロンで家に帰り、クイントに大目玉を食らう。




こんな感じで7話です。
あとゲンヤさんとメタボ角刈り中将の階級については、現時点で解らないので元のままにしてます。知ってる人がおられたら一報願います!それでは!


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Mission8『中毒者―ジャンキー―』

「はぁ~、美味しかったぁっ」

 

ぽふっと自分のベッドに背中から身を預けるなのは。あの後6人で、お互いの話をしながら料理に舌鼓を打ち、その後出て来た桃子特製のケーキを平らげた。切り分けられたフワフワのホイップクリームとスポンジ。その間の層には、色とりどりのフルーツ。そして極めつけは黒の板チョコにホワイトチョコで記された文字。桃子が必死に学んで描いたそれは、ミッド文字で『Welcome Halu』と。その桃子の歓迎の姿勢にハルは少し頬を赤く染めてしまった。それをなのはが、可愛いと抱き付くものだから、更に今度は顔が沸騰したようになっていた。

 

「…栄養補給の観点から言えば、ある程度の栄養素の偏りは否めないな。」

 

床に敷かれた布団にあぐらをかいて座りながら、先程の料理の分析をしているハル。その眉間にはシワが寄り、険しささえ伺える。

 

「えっと…美味しく…なかった?」

 

ハの字に眉を傾けて、なのはは尋ねる。大好きな母が作る料理がこれまた大好きな彼女は、やはりそれを食べて機嫌を悪くされるのは悲しいもの。恐る恐る、と言った様子。

 

「ま、マズいとは言っていない!…むしろその………美味だった。とくに…あの甘い奴が……。」

 

いくら生粋の軍人気質の局員とは言え、やはりその本質は女の子。母のケーキが美味しいと言われて、先程のハの字はどこへやら。鰻登りに表情がぱぁっと明るくなる。

 

「でしょでしょ?お母さんのお菓子の腕は一流なんだよ!喫茶店を開いてるんだから。」

 

「…た、確かに店を開いていてもおかしくない味だ…。あのケーキ、とやら以外にもメニューがあるのか?」

 

「うんっ。シュークリームって言うお菓子が特におすすめだよ。」

 

「…ほう……!」

 

先程の眉間にしわを寄せていたのはどこへやら。なのはと同じように機嫌は右肩上がり。余程桃子のケーキが気に入ったのか目をきらきらと輝かせて、なのはの言う『シュークリーム』の話に食い入って聞いている。そうなるとなのはもそれに助長されて、母が作るスイーツの数々を話すのが止まらない。プリン…パフェ…ワッフル…、最近はブームに沿って、パンケーキの新作研究をしているようで、時々試作品が帰宅したときのおやつに置いてあることもたまにある。

 

「地球、という世界は中々興味深いな。風習…文化…甘味。侮れん。」

 

「お父さんから聞いたよ。今回の療養の目的。もしかしたら上司の人、見聞を広める意味でも地球を選んだんじゃない?なんだかハルちゃん、任務一筋で遊んだりしなさそうだし。」

 

「それは当然だろう?休む暇があれば体を鍛え、有事に備えるのが前線で戦う者の義務であると私は思っている。……いかん、筋トレをしなければ…」

 

「だめー!!」

 

「は、離せ!筋トレが私を呼んでいる!」

 

今にも腕立て伏せではなく、指立て伏せを始めようとするハルを羽交い締めにするなのは。発言からすれば、筋トレ中毒者じみている。

 

「なのは~、ハルちゃんとお風呂に入っちゃいなよ…って何やってんの?」

 

「お、お姉ちゃ~ん!ハルちゃんを止めて~!」

 

入浴を勧める美由希に助けを求めつつ、ハルを鎮めるのに10分ほど時間を要した。

 

 

 

 

「はふぅ…。」

 

白い湯気。肩口まで張られた人肌よりも温かい湯。そしてそれに入れたのはお気に入りの桃色入浴剤。

幸せだ。

眼を細め、ほぅっと意識を預けたくなる衝動に駆られる。肩までしっかりと浸かり、身体全体を温める。

 

「………。」

 

向かいには仏頂面をしながらも、温かな湯を満喫しているのか、頬を少し赤らめるハル。口元は湯につけており、時折ブクブクと泡を発している。

 

「えっと、ハルちゃん、お風呂は初めてなの?」

 

「…うむ。基本的にミッドチルダの文化で、湯に浸かる、と言う風習はあるのはある。浸透はそれほど高くはないがな。…基本的に私は…。」

 

「任務の効率や、時間の節制でシャワーばかり手過ごしていた?」

 

「…む。何故わかった?」

 

「だいたいは、ね。」

 

自分の行動が型にハマっている、そしてそれを安易に予測されるのは若干癪ではある。いや、このなのはと言う少女の勘が鋭いだけ、なのだろうか?

 

「でもね、お風呂に入って、しっかりと体を温めることで疲労回復にもなるんだよ?特に冬場は気持ちよくって癒やされちゃうから。」

 

「…そういうもの、なのか?」

 

「うん、だって疲れた体だと、訓練しても身に付かないし、注意力散漫の原因にもなるよ。だから、適度な回復も必要だと思う。」

 

…そう言えば、以前教導を賜ったバルガス、という教官もいっていた。

先走りすぎで危なっかしい、と。

その時は首を傾げるしかしなかったが、なるほど、ナカジマ三佐が口を酸っぱくして言うのはこういうことなのか。

 

「息抜き…か。」

 

手を組んで、ぐっと前に伸ばし、体をほぐす。

いいだろう。…ならばとことんまでに息抜きして、任務に臨めば良い。それでどう転ぶかで息抜きの意味合いを捉えれば、この休暇の意味はある、と言うものだ。

 

「…高町。」

 

「ん?なぁに?」

 

「明日は学業の日か?」

 

「学業…?あぁ、学校のことか。明日は平日だから、昼間は学校だよ?」

 

「そうか…。」

 

そうやりとりをしたあと、ふと何かを考えるように目を閉じるハル。首を傾げるなのは。

ややあって、目を開いた。

 

「今度の休みの日に、高町の休暇の過ごし方、と言う物を見せて貰いたい。…どうにもそう言った物に疎くてな…。その…滞在中に学ぶべき物を学んでおきたい。」

 

目をそらし、頬を染め、照れ臭そうに思いを口にするハルはいじらしいもので、なのはは快諾した。

 

(しかし、そうなると明日の日中は手持ち無沙汰か。何かすることはないか、桃子さんに聞いてみるか。)

 

 

「それには及ばないわよ。」

 

パジャマを着て、リビングに出て、ハルの髪をドライヤーで乾かしていたところに、桃子が妙にドヤ顔で口にした。

 

「えと、お母さん。それってどういう…?」

 

「………?」

 

青と赤のひとみが桃子の方へ向く。ソファに座ってテレビを見ている士郎も、何か事情を知っているのか、ちょっと含み笑いをしている。

 

「ハル、昼間も僕が言ったのを覚えているかい?退屈しないようにリンディさんと計画を立てているって。」

 

「…あぁ。確かにそんな話もあったな…。」

 

「だから、明日の昼間の予定はしっかりと立っているの。楽しみにしててね~。」

 

にこやかにホットココアを2人に。コーヒーを士郎に入れてくれる桃子。なのはとハルは顔を見合わせ、目をぱちくりと瞬くしか出来ない。

 

「ほら。そろそろ寝ないと。なのは、明日も朝の日課、やるんでしょ?」

 

「あ、そうだった。お休みなさい。」

 

飲み終えたココアのマグカップを流し台に置くと、両親に挨拶を交わす。

 

「朝の日課?何かしているのか?」

 

やはりこの家の世話になる、となっては地球に対して多少なりとも興味はあるもので、ひいてはなのはへの興味も湧いてきていた。

 

「ん?うん、まぁちょっとした練習、かな?魔法の。」

 

「ほう…。」

 

しまった、となのはは少し後悔した。ハルは現在訓練等を禁止されている身だ。それが魔法だろうと何だろうと。その手前で、魔法の練習、と言う単語が出て来れば、それが煽りとなって触発されかねない。

 

「…それなら少し同行しても構わんか?……なんだその目は?」

 

「え?あ、んと。自分も練習する、とか言わない?」

 

無意識の内に懐疑的な目をしていたのだろうか。ハルに突っ込まれてしまう。まぁそれも仕方ないものもある。何せ先の筋トレ中毒症状があるほどなのだから。

 

「…体が鈍らんようにウォーキング位はさせて貰いたいがな。…まぁ同行を申し出たのは、高町の練習を見せて貰いたいだけだ。士郎さん、それくらいは構わんのだろう?」

 

「まぁ、訓練さえしなければ良いよ。散歩は精神的な意味で休まるからね。」

 

士郎の許可も下りたところで、明日の早朝の予定は定まっていく。なのはとしても訓練しないという彼女の言葉を信じ、同行に反対することはなかった。いざとなればシャマルさんにリンカーコア引き抜きと言う保険を掛けて貰おう、と頭の隅に留めておくことを忘れない。

 

 

 

 

 

「それじゃ、軽くリフティングを100回ね。」

 

『了解ですマスター。』

 

胸から下げられたペンダント状の紅い宝石。なのはのインテリジェントデバイス『レイジングハート』が、マスターたるなのはの命を受ける。

なのはが左手の人差し指を前に突き出す。

目を閉じて、胸の奥にあるリンカーコアから魔力を流し込む。左肩、左腕を通し、指先に温かな感覚。

足下にはミッドチルダ式を表す魔方陣。

慣れた感覚。約1年前からほぼ毎日続けてきたから、流れるようにやっていける。

指先の中空に桃色の、直径10センチほどの球体が生成。作り出してしまえば、後は維持と操作に集中すればいい。

右手に掴んでいるのは、そこらの自販機に売られているジュース缶の空容器。赤いパッケージが目印の炭酸飲料。それを振りかぶって、真上に放り投げた。

舞い上がる空き缶。それが投げられた力で、最高の高さへと達した瞬間だった。

 

「スタート!」

 

左の指先に浮かんでいた球体…魔力弾が離れ、爆発的な速さで空き缶へと飛翔する。

瞬間、乾いた金属音。空き缶に魔力弾が命中したのがわかった。それに伴い、衝撃で空き缶が更なる高さで舞い上がる。

 

『1…』

 

1発空き缶を舞い上げる毎にレイジングハートからのカウント。高速で動く魔力弾を操作・維持するのに集中し、瞬きすら惜しみながら目で追い続ける。

10…20…

30を過ぎた辺りでなのはは再び指を立てる。するともう1発の魔力弾を生成。1発でリフティングを続ける空き缶へと飛ばす。2発に増えた魔力弾の恩恵でカウント速度は格段に上昇するのは分かるが、それに伴い、なのはの集中力も高く必要とされるもの。額に僅かな汗を滲ませつつ空き缶が落ちてこないように、魔力弾が霧散しないように神経をとがらせる。

 

『98…99…。』

 

「100!!」

 

仕上げ、と言わんばかりに盛大に空き缶を打ち上げる。それを皮切りにして2発の魔力弾は霧散。魔力の粒子となって空気に溶け込んでいった。

一方の空き缶は、というと、打ち上げられ、錐揉み状に回転しながら落下してくる。それは放物線を描きながら、広場の隅に置かれたゴミ入れへと吸い込まれていった。

 

 

早朝の6時過ぎ。なのはとハルは街の一角にある展望台へと来ていた。

展望台、とは言っても、ほとんど人の手は加えられておらず、自然に出来た小高い丘に、昇りやすいように丸太による木造の階段や、転落防止用の柵が備えられているくらい。あとはベンチに、先ほどのゴミ入れがあるだけだ。

なのはとしては、見晴らしも良いし、広さも十分。更にこの時間帯は人の出入りも稀なので、日課の練習のお気に入りの場所となっている。

 

「これが私の日課だよ、ハルちゃん。」

 

「ふむ…なるほど。誘導弾の制御訓練か。悪くない。ベルカ式の私としては、余り縁がないものだが、高町の制御精度と速度は目を見張る物があるな。」

 

素直にハルは賞賛した。彼女の周りには、近代ベルカのクイントが印象深く、彼女もデバイスによる殴打、自身のスタイルたるシューティングアーツ、そして彼女の稀少資質『ウイングロード』を駆使した近接戦を重視した戦闘スタイル。防御と機動力を武器に近接して叩き伏せる。

ハル自身も近代ベルカの例に漏れず、近接戦に重きを置いた戦闘スタイル、そしてデバイスにリソースを回している。

誘導弾の術式自体は、使用したことはあるが、なのはのように縦横無尽且つ高速に撃ち出すことは出来なかった。やるくらいなら、直射弾を前方に多数、もしくは断続的に撃ち出し、近接するまでの弾幕にする方がよっぽど実用性がある、と実感したほどに。

 

「ハルちゃんはベルカ式?」

 

「あぁ。誘導弾の制御とか言う物に適正がないのかな。その辺は戦闘からほとんど外しているよ。」

 

やはり術式の適正、と言う物は大きいのか、自身の戦闘スタイルには遠距離は合わないと思ったし、ここまでの誘導の制御をデバイスの補助無しでやってのけるなのはを賞賛に値する、とも思った。

 

「聞くところによれば、高町は突撃戦法も編み出しているそうだな?たしか…ACS…だったか。」

 

「うん。AccelerationChargeStrike、レイジングハートのストライクフレームを使った突撃、かな。」

 

実際の所このACS、ストライクフレームを相手の防御に突き刺し、防御内からの零距離砲撃を行うのに使用している。最初に使用したのがエクセリオンバスター。炸裂砲撃の此を零距離で撃ち放つ。無論、なのは自身も巻き込まれ、ダメージを負うという諸刃の刃である。

 

「ミッド式では珍しいな。まぁ魔力刃自体は元々存在はするが、それなりに高度な技術だ。…まぁベルカ式の集束砲撃を撃つ並に難しい。」

 

「あ、そっか。ミッドは射撃と補助。ベルカは格闘と強化が主体だもんね。」

 

「うむ、だから高町は中々に器用だな。」

 

「え、えへへ…そうかなぁ…。」

 

一緒に寝て、大分打ち解けてきたのか、昨日に比べて互いの口数も増えている。最初に受けた印象は、堅物で、取っつきにくいかと思っていたが、それは真面目で真剣なだけだった。まだ共同生活が始まったばかりだが、少なくとも今のところは訓練自体は自重している様子。

 

「…高町。そろそろ桃子さんが朝食を用意してくれる時間だ。学校とやらの支度もせねばならんのだろう?」

 

「そうだね。じゃあそろそろ帰ろっか、ハルちゃん。」

 

こくりと頷くハルと連れだって、展望台の階段を下りていく。これからしばらく一緒に暮らす隣の少女との生活に思いを馳せつつ、『高町』ではなく、『なのは』と呼んで欲しいと思うなのはだった。

 

 

 

「で?なのは。昨日の用事って何だったの?」

 

スクールバスの中で朝の挨拶を済ませてアリサに開口一番これである。あの士郎からの謎の暗号メールが気になり、帰ってからはなのはも用事と言う理由で勉強会(主にヒカリの)を休んでいた。夜もハルとの会話に夢中になって報告メールをしていなかったから、こうしてアリサに詰め寄られていた。

 

「ちょっとウチにホームステイする子が来てね。それで自己紹介とか歓迎とかでメールを忘れてたんだ。」

 

「へぇ…ホームステイ?」

 

なのはを挟んでアリサの反対に座るすずかも、『ホームステイ』という魅力的な響きに興味を持つ。

 

「うん。今度皆が揃う日に紹介するね。」

 

「じゃあ今度の土日にでも翠屋に集まりましょっか。」

 

「そうだね。はやてちゃんやフェイトちゃん、ヒカリちゃ…君も都合が合えばいいな。」

 

「今更思うけど、ヒカリの呼び方、私やフェイトはともかく、アンタ達とはやては苦労するわね。」

 

「「あ、あはは…」」

 

苦笑する2人。そして窓の外を見れば、男子制服を着て金髪ポニーテールを揺らしながら、件の少女が通学路の坂を全力疾走して駆け上がっている。

その横には松葉杖を突いて、併走している茶髪の少女もいる。

端から見れば、シュールとも不気味とも言える光景。気が付けば3人とも窓に張り付いてその行方を見送っていた。

 

 

 

3人がバスを降りたくらいに、先程の2人も追いついてきた。ぜぇぜぇと肩で息をして、片や膝に手を当てて前かがみに、片や松葉杖に体重を預けて休んでいる。

 

「や、やるやんヒカリちゃ…君。松葉杖装備の私に対抗するやなんて。」

 

「い、いや、松葉杖でその速さのはやてが恐ろしいよボクは。」

 

「朝から精の出ることで。何やってんのよ?」

 

「あ、アリサちゃん、おはよう。すずかちゃんになのはちゃんも。」

 

「Good morning!」

 

先程の疲れた表情も落ち着き、軽く挨拶を交わす。なのはとすずかは苦笑しながらも、それに返す。

 

「朝の挨拶も良いけど、登校で疲れてどうすんのよ?眠くなっても知らないわよ?」

 

「その点はNoproblem!昨日はぐっすりsleeping!元気にWake upだよ!」

 

「わたしも問題あらへんで~。というか、これぐらい全力でやらな、歩けたときに皆と同じ速度で歩けへんからなぁ。」

 

あからさまに常人からすれば松葉杖使用の速度を逸脱しているのだが、誰もツッコミはしない。というか怖くて出来ないし、突っ込んだら負けのような気がしてならない。

 

「ところでフェイトちゃんは?」

 

「あれ?私てっきりバスに乗ってないから、はやてちゃん達と来てるのかなって…。」

 

心配そうに校門を見ると、これまた全力疾走して入ってくるフェイト。どうやら寝過ごしでもしてバスに乗り遅れたのだろうか?皆に追いつくと、はぁはぁと息を整える。

 

「ご、ごめんみんな。遅れちゃった。」

 

「ん~ん。私達も今着いたところだよ。それにしても珍しいね。フェイトちゃんがバスとかに遅れるなんて。」

 

「大方、魔法関連か何かで…」

 

「あ、アリサちゃん…!」

 

なのはに言われ、ハッと口を塞ぐアリサ。視線を感じた先にヒカリは不思議そうな表情でアリサとフェイトを見ていた。

 

「まほー?」

 

「あ、えーとヒカリ…君。魔法っていうんは…」

 

「スゴいよフェイト!マジックができるんだ!?」

 

「…へ?」

 

どうにも魔法→マジック→手品と思い込んだらしく、目を輝かせてフェイトを見つめる。さすがにその解釈と勘違いは想像できなかったが、コレはコレで上手くはぐらかせたのだろうか?

 

「そ、そうなの!フェイトちゃん、最近マジックに凝ってて、寝る間も惜しんで練習してるの!」

 

(えぇっ!?)

 

「だ、だから今度、新しい手品を披露して貰おうね!」

 

(えぇぇぇぇぇぇっ!?)

 

なのはとすずかの無茶ぶりにフェイトは困惑。だが期待して目を輝かせながら見つめるヒカリに対して、違うとも否定できる物でも無く…、

 

「わ、分かったよ。こ、今度見せてあげる。だ、だから、ま、待っててね。」

 

「うんっ!」

 

あぁ…。言葉の綾、と言う物はなんと恐ろしいものなのだろうか…。これで逃げ道は無くなった。目の前の屈託ない笑顔を浮かべる友達に作り笑いを浮かべつつ、これから不安になるフェイトだった。




身体が勝手に~
動き出~す~んだ~

ハルの症状からこの歌詞が思い浮かぶ。
解る人、
やるねェ…


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Side Mission1『金髪幼女、再誕』

今回はちょっとした裏話になります。
だいたいサイドストーリーは本編を読んでいれば理解できるタイミングで入れていきますので、読みやすければ幸いです。


4月も中ば。転校してきた二人も徐々にクラスを含めて学校に慣れ始めてきていた。

基本的に仲が悪いメンバーもおらず、端から見れば和気藹々とした平和なクラス。

しかしその中には、仲の悪い相手はいないが、仲のよい相手もいない、そんな人物が一人いた。

クラスの端の、窓際の席で、休み時間に何をするでも無くボーッと外を眺め、昼食も一人で購買で購入したパンをかじり、下校も誰と連れ立つわけでもなく一人で帰る。

彼、『緋村 悠』はそんな毎日を送っていた。単にいじめられているわけでは無い。クラスのメンバーも、無視しているわけでは無く、有用なら話し掛けるし、悠もそれに受け答えもする。しかしその会話も必要最小限なのだ。

取っつきにくい、というのもあるのか。意図せずして彼は見えない壁、と言う物を周囲に築いてしまったらしい。

この年頃の子供というのは大抵仲のよいグループが複数成立するもので、何某かのイベントではそのグループが活かされることが多いものだ。そう言った中で彼は大抵余ることになる。そうなると少ない人数の中に自動的に入る。そのグループのメンバーは嫌な顔はしない物の、やはり少し孤立しがちなのは否めない。

 

「……Zzz…」

 

今日の昼休み、彼は机に伏して眠っていた。勿論誰も気にもとめないが、珍しいものだ。

四月の心地良い風が窓から吹き抜け、まばらに切られた悠の髪を靡く。成る程確かに、昼寝にはもってこいなシチュエーションだ。

 

「緋村君、次、体育だよ?」

 

なのはが心配して肩を揺する。既に彼女は体操着に着替え、準備していた。クラスの大半は校庭でたむろしている姿が窓から覗える。

教室には彼女と仲の良いグループが待っている状態だ。

 

「……わかった。」

 

ボソリとなのはに聞こえるかぐらいの声で呟くと、おもむろに服を脱ぎだした。脱いだ制服を綺麗にたたんで机に置く。いきなりの行動になのはを含めた女子は唖然としていた。言い表すなら、目が点。体操着のシャツを着用したタイミングで、正気を取り戻したなのはは急いで教室から走り出す。

 

「ひ、緋村君!?先に行ってるねっ!!」

 

飛び出した彼女を追うように、グループの女子も、ある者はなのはと悠に対して苦笑し、ある者は慌てて教室から出て行った。そんな彼女らを見ながら、彼は首をかしげるしかなかった。

 

「……行くか」

 

誰に聞こえるようにとも無く呟き、下も着替えた彼は下駄箱を目指して教室を後にした。

…その道中、始業式に転校してきた一人の人物と出会った。どうやら用を足してきたようで、トイレから出てきた。しかし、入っていたであろう場所が悠に疑問を抱かせた。

 

「あ、緋村。急がないとチコクするよ!かく言うボクも、だけどね。」

 

苦笑しながら手を洗うヒカリ。

…悠にとって、二週間という期間で彼に疑問を抱くことがあった。

一つ、男子のグループよりも、先程のなのはのグループとの仲が良いこと。

二つ、今日は見なかったが、以前の体育の授業の更衣時、やたらと恥ずかしがっていた。

三つ。

 

「…如月、今女子トイレから出てきた?」

 

「はうっ!?」

 

ビクッと体をこわばらせた。緊張感が髪に伝わっているのか何なのか分からないが、ポニーテールが天を衝くように逆立っていてとても面白い状態になっている。

ダラダラと滲み出る気持ちの悪い汗がヒカリの背を伝う。

 

「あぅ、えっと…。」

 

「……そう言うのが許されるのは、今だけだ。」

 

…なにやら妙ちくりんな勘違いをされたようで。ちょっとやばい趣味を持っている、と思われたようだ。

さぁ…っとヒカリの顔が青ざめる。そんな噂が口外されては、これからの学校生活に『変態』のレッテルが貼られるのは目に見えている。冗談じゃ無い!なんとか、何とか彼を納得出来る言い訳を考えなければ!

 

「ち、ちがうよ!だ、男子トイレが一杯で仕方なく、仕方なく女子トイレに入ったんだよぅ!」

 

そこに丁度良く何人かの上級生がトイレから出てきた。わらわらと雑談をしながら、彼らの教室である上の階へ昇っていく。それをじっと見ながら、二人は無言の時間を過ごしていた。

 

「…成る程。なら仕方ない。」

 

言うだけ言うと、悠はすたすたと下駄箱へと歩いて行った。一人残されたヒカリは、我を取り戻してわたわたと追い掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後四時。

住宅街の一角に家を構える緋村家。広くは無いが狭くも無い、そんな閑静な場所に建つ一戸建て。

鉄製の門をくぐり、郵便受けを確認したら家屋の中へ。…一通の絵葉書が届いていた。

悠の住所に宛てられたそれの裏面には、私服姿ながらもテレビで見かける外人の隣で写されている男女の写真があった。

 

「……次は政治家の護衛か。」

 

何を隠そう、彼の両親は要人警護という死と隣り合わせの仕事。年内のほとんど家を空けることなどザラで、参観日は勿論、運動会とかそう言った父兄参加型のイベントに出ることなど稀。いや、小学校に入学してからは無かった気がする。さすがにそれまでは母の方は長期の育児休暇、と言うことで面倒を見てくれていたが。

そんな父母がいない家庭の中で彼が性格が歪まずに無口なだけの少年に育ったのは、一重に一つの存在だった。

 

「…ただいま、エル」

 

家の玄関で、悠が帰ってくるのを寝そべって待っていた黒と白が特徴の大型犬。オオカミと見間違うような風貌をもつシベリアンハスキーだ。悠が帰宅したのを確認し、ぱたぱたと尻尾を振るわせる。抱きしめるように首に手を添え、背中を優しく撫でてやる。少し固めで、でも悠がお気に入りの毛並みの感触が、掌を通して伝わる。

小学校入学の際、寂しくないようにと両親が飼ってきたのがエルだ。まだ子犬の段階でも、小型の成犬に匹敵する体躯を持つが、その頃からの付き合いの悠は物怖じする事無く、無口ながらもエルと共に大きくなった。それはまるで兄弟とも言えるように。

荷物を降ろして、玄関に設けたフックに引っかけている長くて太いリードを手に取る。望んだ展開になったのか、先程よりも更に速く尻尾を、まるで錘を一番下にしたメトロノームみたいに高速で振る。

 

「…行くか。」

 

首輪とリードの金具をつなぎ合わせ、ビニール袋とスコップを片手に、悠は夕暮れの街を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…緋村君や。」

 

丁度海鳴臨海公園に差し掛かったときだった。後ろから自分の名前を呼ばれたので、条件反射で振り向いた。

そこにいたのは、青の大型犬を引き連れ、赤毛の三つ編みの少女と共にいた、同じクラスの八神はやてだった。恐らく愛犬の散歩だろう。松葉杖をついているところから見ると、リハビリも兼ねた運動にも見える。

 

「へぇ~、緋村君、犬飼うてたんや~。シベリアンハスキー?」

 

はやての問いにコクリと頷く悠。そんな彼を見て、「相変わらずの黙りさんやなぁ~」と苦笑する。

対し彼女の愛犬と思しき犬はというと、青い毛並みに、額の宝石?のようなものと、初めて見るような犬種だった。

 

「な~な~はやて~、こいつ誰?」

 

赤毛の少女は微かながらも敵対心を感じるようにしながら、連れ添っていたはやてに尋ねた。その様子はまるで、自分からすれば初見の男がはやてと親しく話をしているのが気にくわない、と言ったように感じられた。

 

「こら、ヴィータ。初めて会う人にこいつ呼ばわりはアカンやろ?…おんなじクラスの、緋村悠君や。この子は私の家族のヴィータ。」

 

「ん……よろしく。」

 

ボソッと、シンプルながらも握手の手を差し出す悠。こいつ呼ばわりしたのにもかかわらず、好意的にも感じられる。そんな彼にヴィータは戸惑いながらも握手に答えた。

 

「よ、よろしく…。」

 

小休止握手を済ませると、どちらからとも無く公園を海沿いに歩き出す。基本的にはやてから、珍しい散歩の付添人が出来たことで話しかける。時折ヴィータも悠に話し掛け、対して彼はそれに最低限の返事をする。無駄な装飾は無い。飾りっ気の無い会話だが、普段話さない悠との会話は、はやてにとって中々に新鮮な物だった。

 

「…でな、アリサちゃんの家には大きい犬が沢山おってな。もふもふやねん。もう病み付きになりそうや!」

 

「…そうか、一度お目に掛かりたくもあるな。」

 

そんな悠の言葉に、エルは顔を向け、キュンキュンと鳴き始めた。…催してきたのだろうか?

 

「…大丈夫だ。別に新しい犬を飼おうってわけじゃ無い。…だからそんな声出すな。」

 

しゃがんで、優しくエルの頭を撫でてやる。心地良さそうに眼を細め、されるがままとなった。

 

「…へぇ、その子の言うてること、わかるん?」

 

「…ある程度は。…なんだかんだで3年、ずっと一緒だ。」

 

ひとしきり撫で終えると、立ち上がって再び歩を進める。そんな彼の背中を見ながら、ヴィータは一言、連れている犬『ザフィーラ』に尋ねた。

 

「…なぁ、ホントにそう言ってたのか?」

 

「…うむ、ニュアンスは間違ってはいない。…どうやらあの少年、エルとやらによほど好かれているようだな。先程のは嫉妬していたようだ。」

 

「嫉妬?アリサちゃんの犬にか?」

 

「はい、そのように感じられました。少年が他の犬にあまり興味を持って欲しくない、と。」

 

「…なかなかに深い愛やな…」

 

エルの少しドロついたように感じなくも無い感情に苦笑しながら、悠の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はやてとは各々の散歩道に分かれた後。…今日はつくづくと変なことご起きるものだと思った。

森林公園。その林道を歩いていた最中。傍らに見えるボート乗り場付近には、未だ残る桜かはらはらと花弁を舞わせるそんな風景。

その中で、突如エルが凄い勢いで林の方へと歩を進める。さすが大型犬。いくら悠が男子とはいえ、まだまだかなわないもので、そのまま為すがままに連行されていった。

 

「ウォン!」

 

一声吠えた。…その先にあったのは…、人だった。うつぶせに倒れてぴくりともしない。しかも背丈は悠より低く、6歳くらいだろうか?長い金髪がとあるクラスメイトに酷似しているのが印象的だった。…そして極めつけは全裸、と言うところだ。

ひすひすと臭いを嗅ぐエル。何を思ったかペロリと人なめする。…微動だにしない。…行き倒れだろうか?近くには人一人がすっぽり入るカプセルの様な物が割れて転がっているのと、何か関係があるのだろうか?

安否を確認するため、そっと手を握ってみた。……氷のように冷たかった。…まるで血が循環していないかのようにも感じられるほどに。

…そう思ったとき。悠は自分の体に違和感を覚えた。触れた掌を通して倒れている少女に、暖かい何かが流れ込んでいるように、そんな今までに無かった感触を味わう。

…ドクン。

…何かの躍動を感じた。…何某かの違和感は未だ拭いきれないが、兎にも角にもこの少女をこのままにしておくのはマズい。こんな年端のいかない、しかも全裸の女子がいたら、警察に通報されるか、極めて特殊な変態に…。いや、想像しただけでも虫酸が走るし、なにより悠自身にとって後味が悪い。

この時、彼は夕暮れ時でも未だ肌寒いだろうと、羽織ってきた聖祥のコートに感謝した。おもむろにそのコートで少女を包む。

 

「……エル、悪いが散歩はここまでみたいだ。」

 

「ウォン!」

 

問題ない、と言うように悠の顔を見て家への順路を先導する。金髪の少女を背負い、少し重いかもと失礼なことを考えつつ家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋村悠の家は広くも無く狭くも無い、と前述したが、そのままに不自由することは無かった。一階はダイニングキッチンとリビングが一間となっており、他にも浴室、トイレ、和室に仏間まである。二階に至っては、悠の部屋に、両親の共有する部屋、客室まである。

基本的に悠の部屋で、彼とエルは眠っており、結果として他の部屋が手持ちぶさたになっている状態だ。

閑話休題。

帰宅した悠は、エルを玄関で待たせて(足を拭いて上がら無いといけない)女子を二階の客室に運ぶ。内装としては必要最低限のものは揃っているので、物置から取り出した布団をベッドに敷いて、その上に寝かせた。…如何せん、コート1着で寝かせるのもアレなので、自室に引っ込んでパジャマを1着持ってくる。…デザインや大きさが合わないのはご愛敬だ。

…流石に全裸の女子、と言うのには耐性がない悠で、しどろもどろになりつつも何とか更衣を済ませることが出来た。

…ここで少し悠は違和感を感じた。先程触ったときの彼女の手はとても冷たく感じた。冷え性だとか、水遊びをしていたとか、そんなチャチなもんじゃ断じてないくらいに。…そう、まるて死んでいるかと見間違うかもしれない。

しかし、先程更衣する際に触れた肌は、普通の人肌のように暖かみを帯びていたのだ。

…世の中不思議な体質があるのだろうか?とまた一つ世界の不思議をかみしめつつ、エルの足を拭くために部屋を後にした。

 

エルを部屋に上げてから、すぐに眠っている少女の部屋に直行した。じぃっと彼女の方を伏せて見守る。看病してくれているようなので、悠は夕食の準備に取りかかった。

昨日は豚肉のロースが安く買えたので、生姜焼きにするとしよう。そう意気込んでキッチンに向かう。…エルと二人で暮らし始め、三年の間に中々の腕前になったと自負している。レパートリーもだいぶ増えたし、料理の本も軽く20冊は読破していた。ともすれば、独自のアレンジも加えてオリジナル性を出すことも出来た。味も悪くない、と思う。

と、自分の料理に対しての思い出に浸っていたら、大方完成していた。

味噌汁にご飯、生姜焼きにキャベツ千切り、トマトのサラダと漬け物と、中々に豪勢な物だ。

 

「エル…ご飯だぞ…。」

 

階段下から客室にいる犬に呼びかける。普段ならもの凄い速度で走ってきて、自分の餌を皿まで食らわんばかりに平らげるものだ。

…しかし、呼びかけに答えて下りてこない…。

おかしい…。明日は季節はずれの大雪だろうか?

不審に思い、階段を上っていく。客室の前まで来ると、エルが出られるように開けておいた扉の隙間から、聞こえるはずの無い人の声が聞こえる。

 

(きゃはは…くすぐったいよ~!)

 

………。

意を決して扉を全開にする。そこには、さっき寝かせた少女とエルが、ベッドの上で戯れている、何とも微笑ましく感じる光景だった。

 

 

 

 

 

「えっと、じゃあお兄さんが公園に倒れていた私を介抱してくれたんだ?」

 

「…まぁ見付けたのはエルだがな。俺は流れでやったに過ぎない。」

 

「ウォン!」

 

そうだ、と言わんばかりに自己主張と取れるように吼える。

ちょうど彼女が目覚めたのは夕飯が出来る直前のようで。目覚めたのに気づいたエルが喜びの余り、嘗め回したという。かく言う少女も目覚めていきなりでかい犬が嘗め回してくるものだから仰天しただろう。

…しかし改めて彼女を見ていると、益々クラスメイトの少女に似ていた。髪色といい、ルビーのような瞳といい…。

 

「えと…ありがとう。」

 

「…気にするな。……緋村悠。こっちはエルだ。」

 

パタパタと尻尾を振る。よろしく、と表現しているように感じた。

 

「悠お兄さんに、エルだね。私は…」

 

その名前は…

 

「アリシア…アリシア・テスタロッサだよ。」

 

悠の中で何となくと思っていたことが、もしかしたら、という疑惑に変化しつつあった。




こんな感じで。


因みに悠に魔力はほぼありません。ただ、特殊技能はあります。唯それだけです。一般ピーポーです。

名前 緋村悠
家族構成 父 母 犬

なのは達のクラスメイト。
自分から話し掛けることは無く、必要以上に馴れ合おうとしない。



のは表向き。本当は口下手で寂しがり屋。友達を望んではいるものの、その自分の本心に気付かないで居る。今回、アリシアと出会ったことで、彼のあり方というものが大きく変わってくることになる。


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Side Mission2『金髪幼女テスタロッサW』

自己紹介を終えた二人と一匹だったが、アリシアの可愛らしいお腹の虫が餌を求めたことにより、揃っての夕飯と相成った。先程作っておいた特製のディナーをお盆にのせて運び、ベッドサイドに移動させた簡易テーブルの上に置く。ほかほかとしたご飯と味噌汁。なによりも生姜焼きの香りが食欲を一層かき立てた。

 

「これ…悠が作ったの…?」

 

「まぁ…な。両親が仕事で中々帰ってこないから、これくらいは一丁前に出来る。」

 

いつの間にか『悠』と呼ばれるようになったことにさほど違和感は感じない。彼も彼で自室から持ってきた小型のテーブルに自分の夕食を広げる。少し多めに作っておいて正解だった、と悠はどことなく満足感に浸っていた。

 

「…とりあえず、冷めないうちに食べよう。」

 

「そ、そうだね。」

 

「頂きます…」

 

手を合わせて、念をするかのように目を閉じる悠。アリシアもそれに習って同じく。既にエルは部屋の隅でドッグフードをカリカリと貪っている。

彼女が箸に不慣れと考慮してスプーンとフォークも用意したところ、フォークで生姜焼きの処理に掛かった。手頃な大きさに切られた豚肉に、すり下ろされた生姜を混ぜた甘辛いタレが絡み付く。そして一口、口に運ぶと…。

 

「お…美味しい…、美味しいよコレ!」

 

「…そうか。外人さんの口に合って何よりだ。」

 

無表情の様に見えて、纏うオーラが少し喜びを表しているような…そんな気がする。こうやって味を占めたアリシアは、小柄な体躯に似合わず下品では無い程度に物凄いスピードで平らげていった。

 

「はぁ~、美味しかった~。」

 

満腹感に満たされたアリシアは、ぐてっとベッドに実を預けた。見事なまでに綺麗に完食。よほど空腹だったのだろう。皿まで舐めたのかと言わんばかりになにも残っていない。

皿を重ねてお盆にうつし、片付けの準備をする前にすべきことがあった。

 

「…アリシア。」

 

「なぁに?」

 

「どうしてあそこに倒れてたんだ?」

 

やはり気になってしまう。あんな公園の林の中で、しかも一糸まとわず、だ。普通に考えたら有り得ないし不審に思うだろう。事件性のあるものだと、警察に通報しなければならない。

 

「えっと…ね?…わかんない。」

 

「は?」

 

「覚えてるのは…ママが働いてるトコが、ピカーって光って…危ないなぁって家の中に入ったことくらい…?」

 

推察しようにも端的すぎた。しかし、先程の状況と繋げようにも接点がなさ過ぎる。現状を理解しようにも情報が少なすぎるし、何よりもアリシア・テスタロッサに関して何も分からない。あるとすれば、クラスメイトへの事実確認くらいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…テスタロッサ・ハラオウンさんのお宅でしょうか?」

 

アリシアは再び眠ってしまって、時刻は夜八時。湯張りを始めた風呂の合間に気になるクラスメイトの自宅に電話を掛けていた。…電話番号自体はクラスの連絡網があるので問題なく分かる。

 

『はい、ハラオウンですが…』

 

応えたのは少年の声だった。…兄がいたのか。と、ほんの少しクラスメイトの血縁を理解した。

 

「…クラスメイトの緋村悠と言います。…フェイトさんは御在宅ですか?」

 

「あぁ、少々お待ちください。」

 

実を言うとこの緋村悠、電話の応対に関しては同年代に比べて少々大人びている。と、いうのも、勧誘の電話とか対応するのに憮然と、なおかつ大人らしく話さないと、子供と思って舐めてかかられ、挙げ句あれやこれやと勧められて断りにくい状況を作り出しかねない。年内のほとんど両親がいない家庭で、身に付いてしまった一種の彼なりの処世術なのだ。

 

『もしもし?悠?』

 

次に出てきたのは時々だが、クラスでたまに聞く声だ。…成る程、改めて聞くと確信がある程度湧いてくる。

 

「…夜分遅くに済まないな。」

 

『大丈夫だよ、丁度ご飯も食べ終わったところだし。』

 

「…少し尋ねたいことがある。」

 

フェイトにしてみれば、悠の方から用事で電話してくるなんて初めてだ。しかも質問ときたから、首をかしげる。もとより学校でも余り話さない仲なので余計に。アルフやリンディに至っては、男子からの電話と聞いて、フェイトに春が来たのでは!?と訳の分からない妄想をしていた。その内容を知りたいがために、ハンズフリーボタンを押している。ちなみにこのボタン、受話器を持たずとも会話できるボタン。周囲にいる人にも聞いて欲しい用なので、受信音声がスピーカーを通して聞こえるようになる。

しかし、その雰囲気は発せられた名前で辛くも崩れ去った。

 

「アリシア・テスタロッサを知っているか?」

 

フェイトは自分の血の気が引くのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物の10分後。

緋村家のインターフォンが押された。…電話を切ってそれほど時間が経っていないにもかかわらず、玄関を開けると、そこにはライトグリーン、ブロンド、オレンジ、ブラックとカラフルな頭が目に飛び込んできた。そのうちブロンドは知った顔なので、ハラオウン一家なのかと分かったが、その表情は少し怯えているようにも感じられる。他のメンバーはと言うと、表には出していないように見えるが、険しさを内包しているようにも感じられた。

 

「夜分遅くにすいませんね、私はフェイトさんの母親のリンディ・ハラオウン。こちらは兄のクロノ、姉のアルフ。」

 

紹介された兄と姉、それぞれブラックとオレンジの頭が会釈した。

 

「早速で悪いがアリシア・テスタロッサの所に案内してくれないか?」

 

「…構わないが…、ハラオ…いや、フェイトの方は大丈夫なのか?…随分と恐れているようにも…」

 

「…私は大丈夫だよ、ありがとう悠。」

 

そうして浮かべた笑顔は、どことなく悲しげで…。作り笑いをしているのがありありと伝わってくる。アルフはそっと後ろから彼女の肩に手を添える。

 

「大丈夫だよ、何がどうあっても、フェイトはフェイトなんだ。それは誰にも否定できないし、アタシがさせないからさ。」

 

「ん、…ありがと。」

 

…どうにも複雑な家庭環境なのかとどことなく察しながら、四つのスリッパを並べる悠。そのままごく自然にアリシアの眠る客室へぞろぞろと足を運んだ。ガチャリとドアノブを回す音に、ピクリと反応して起き上がるエル。開け放たれたドアの向こうには知らない顔が四つもあった。

 

「…俺の知り合いだ。そういきり立つな、エル。」

 

鼻の頭にシワが寄って、牙を剥き出しにして威嚇するエルだったが、主人の一言で大人しくなった。そしてジャマにならないように部屋の隅によって再び伏せる。

 

「…よく躾けられてる。」

 

クロノが感嘆の声を挙げる横で、フェイトがベッドで横になる少女に駆け寄った。

その表情は、歓喜にも驚愕にも、そして少しの恐怖にも感じられた。

 

「アリシア…本当にアリシアだ…!」

 

「…ホントだ!でも何でだい?…確か彼女はプレシアと虚数空か…」

 

「アルフ!」

 

口を滑らせたアルフに制止の声を挙げるクロノ。しかし、キーワードを聞いてしまった悠は、眉をひそめて奇怪なものを見るように見ていた。

 

「…プレシア?虚数空…?」

 

しまった、と口を塞ぐアルフ。少し気まずい空気が客室を包んだ。

長くも短くも感じる沈黙を経て、一家の柱たるリンディが口を開いた。

 

「…少し場所を変えましょうか。アルフさんはフェイトさんに付いててあげて。…クロノ、一緒にお願い。」

 

「…わかりました。…緋村君、キミも…」

 

「……いや、無理に説明しなくても構いません。…どういった事情があろうと無かろうと、俺はフェイトに対しての付き合いを変えるつもりは無いし、アリシアに対しても同じです。…もちろん、貴方方ハラオウン家も含めて、ね。」

 

いつの間にか持ってきていた緑茶を四つの湯呑みに注ぎ、テーブルに並べる。ほんのり苦み感じる香りが、部屋の空気を物理的に中和していくのが分かった。

 

「…だから知ったところで何でも無い、と言うことです。どうしても話したい、というなら腰を据えて聞く用意はあります。…何か辛い事情なら、そんな思いをしてまでも話せとは言いません。」

 

エルの側に座ると、その体毛をゆっくり優しく撫でていく。それに眼を細め、心地よさそうな表情を見せた。

しばらく沈黙が流れていた室内だが、クロノが口を開いた。

 

「…本来アリシア・テスタロッサは事故で亡くなっていて、遺体だけが現状保存されていたんだ。…しかしこうやって彼女は生きている。一度確認された結果と現状が食い違えば、それに至った経緯を調べるために、言い方は悪いが実験の被検体にされかねない。…何しろ死者蘇生等という物は僕らの知識では有り得ないからね。」

 

「…でもどうするんだい?あたしゃ嫌だよ?生きてたとは言ってもアリシアが実験台にされるなんてさ」

 

「…その辺に関しては何か対策を考えましょう。…クロノもそれで良いかしら?」

 

「母さんがそう判断したなら僕もそれに従いますよ。…両手を挙げては喜べないが、もしもプレシアが生きていたなら、…少なからず報われるはずだ。」

 

話がいまいち飲み込みきれない悠だったが、深く踏みいらないと公言したことは偽りなく、他の家庭問題と割り切って聞き流していた。

 

「…ところで緋村さん…」

 

「悠で構いません。そちらが良ろしければ、だが。」

 

「じゃあ悠さん、ご両親はどちらに…?」

 

「俺の両親は海外へ出稼ぎしています。帰ってくるのは年に数日程度です。」

 

つまり、この家は犬と、10にも満たない少年少女だけ。どう転んでもおかしいとしか言えない。児童相談所あたりにご近所さんが連絡しそうなものだ。

 

「…エルもいるし、寂しくはありません。仕送りも貰っているし、毎日過ごす分には余裕があるくらいですが。」

 

…確かに先程から見てみれば、家の中はかなり整理が行き届いている。子供一人にしては上出来なぐらいに、だ。加えて悠の栄養状態も、見る限りでは問題なく、健康的とも言えるだろう。念のためにクロノは軽くサーチャーでバイタルチェックするも、これまた問題ないという結果がはじき出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイトも悠とはそれほど話をした間柄ではないから、どんな人なのかを詳しくは知らない。だが、こうやって家にお邪魔して、アリシアのことや、エル、それに悠自身のことを少し分かった気がした。彼女自身、自分から話すことはなかったが、それでもリンディやクロノが話す内容を頭に入れて、学校でも話せるように話題を考えようとした。

悠がアリシアとの経緯を話している最中…かくして話に入らないアルフはというと、エルとじぃっとアイコンタクトを取っていた。睨むわけでもなく、ただただ瞬きを忘れたのではないかと言うくらいに微動だにしない。

やがて、どちらかが動いたと言うわけでもないくらい同時に、右前脚と右手が握手していた。…犬と狼、極めて近い種族であるこの一人と一匹の間に奇妙な友情が生まれた。

 

「な、何をやってるの?アルフ…」

 

「え?いやぁ、なんか見てたら直感で気が合うなぁって…ね?」

 

アルフの言葉に一吠えして応えるエル。その鳴き声で、眠っていたアリシアが目をこすりながらムクッと起き上がった。寝始めてから1時間ほどなので、それほど深い眠りではなかったようだ。

 

「なぁに…悠…。もう朝…?」

 

ふわふわとした彼女の雰囲気に、どこかアリシアに不安を抱いていたフェイトは少しドギマギしている。

ぼぉっとした目に映るのは、カラフルな色、もとい頭髪。だんだんと目が覚めてくるにつれ、知らない顔ばかりというのを認知するのに軽く10秒。しかしその中で、自らの顔とよく似た少女が目にとまった。

 

「あれ…?もう1人私が居る…?」

 

首をかしげる彼女に対して、フェイトはどう言い出したものかと困惑の表情を浮かべる。そんな彼女を察してか、クロノが助け船を出した。

 

「アリシア・テスタロッサ、で間違いないか?」

 

「へ?う、うん。そうだけど…」

 

「僕はクロノ・ハラオウン。管理局執務官だ。早速で悪いが、君の現状について説明させて貰うが、構わないか?」

 

「か、かんりきょく?しつむかん?え…えっと…。」

 

さすがのアリシアも困惑していた。いきなり目が覚めたら、目の前には管理局。日本で言うなれば警察と言うことになる。そんな現状に困惑するな、と言う方が無理なものだった。

 

「君と彼の経緯に関しては、悠本人からある程度聞かせて貰った。君の今の現状に至るまでの経緯だが…」

 

そういうと、クロノは話し始めた。

母親、プレシア・テスタロッサの研究する魔導炉の事故でアリシアが仮死状態に陥っていたこと。

その間に生まれたのが、妹のフェイトであり、姉妹揃って事故で次元断層に巻き込まれ、フェイトは三年前、アリシアがこの時代に流れ着いたこと。プレシアは未だに見つかっていないことを伝えた。

…事実とはかなりかけ離れているが、アリシアの年齢から考えたら重すぎる事実を突きつけるのは忍びないものだ。嘘をつく、と言うことに後ろめたさを感じつつも、必要な嘘、と言い聞かせて悟られないように努める。

 

「そっか、ママ…無事だと良いけど」

 

「そう…だね。」

 

暗い表情をするフェイト。事実を知っているだけに、この嘘は辛いものがあるが、それでもアリシアの為を思って頑張っているものの、素直な笑顔は出せずにいた。

眉毛がハの字になっているフェイトの頬が、急にむにっと引っ張られた。

 

「ひゃう?」

 

「ダメだよフェイト。」

 

頬を摘まんでいたのは他でもない、アリシアだった。その眉毛はフェイトとは逆に、ハの字を逆さまに、まさしく『ちょっと怒ってる』と言うに相応しいものだった。

 

「ママはちゃんと生きてるんだから、落ち込んでたらダメだよ。しょんぼりしてたら、良いことが逃げちゃうんだからね?」

 

「で、でもアリシア…」

 

「アリシアじゃないよ!お姉ちゃんだよ!ワンモアタイム!」

 

「お、お姉……ちゃん…」

 

「お姉ちゃん…!良い響き…!」

 

1人恍惚とした表情を浮かべて悶絶した。フェイトとしては、アリシア自身が自分を妹として認めてくれるのか?と言うことに不安と疑問が入り混じっている。…しかし先の事件で、自分の転写された記憶から再現されたアリシアの幻と、それと言うほど違和感がない。まぁ、事実アリシアが亡くなるまでの記憶を移されたのだから、違和感がなくて当たり前なのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいのかしら?悠さん。フェイトさんを泊めて貰っても。」

 

「…アリシアたっての希望です。部屋は空いてるし、こちらとしても何ら問題はありません。」

 

どうしてこうなったのか、というと、いざハラオウン家がお暇しようかと言うときにアリシアが、フェイトともっとお話ししたい!と、駄々をこね始めた。…まぁ、彼女が言うには、ずっと欲しくて、プレシアに誕生日プレゼントとして強請るくらいだった妹なのだそうで。

フェイトも困惑しているし、どうしたものかと皆が悩んでいたところ、悠が『何なら泊まると良い。2人で寝るくらいには問題ないだろう』と言い出したのを皮切りに、アリシアが大賛成。フェイトも遠慮しつつも構わないのか怖ず怖ずと尋ね、ハラオウン家大黒柱のリンディが先の質問をしたところでOKが出た。

 

「…まぁ、フェイト自身、アリシアと話すことで不安とか、そう言ったものを拭えるんなら僕は何も言わないよ。」

 

「アタシはフェイトが笑顔になるんならそれでいいさ。」

 

兄と姉の了承を得たことで、フェイトの緋村家外泊が決定。

3人はフェイトの着替えを取りに行く、と一旦自宅へ戻った。その際、悠がアリシアへの女物の下着を頼んだ。少し言い辛そうにしている彼は、普段の物静かさとは裏腹に、顔を少し赤らめているのがフェイトにとって新鮮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれだな。」

 

風呂場から聞こえるのは女子2人の笑い声。悠はというと、リビングでゆったりとテレビのバラエティを見ていた。エルは悠の足元で身体を丸めている。画面の中では男のアイドルグループ『ストーム』に助っ人にゲストを加え、相手のチームとゲームで激戦を繰り広げている。ちょうど目玉種目であるロッククライミングをしていた。壁の至る所にある得点が描かれたボタンをゲストが押しながら登り、一度登頂してストームのメンバーに交代。最大の難所とされる『顎』に取りかかる。

ちなみにこの顎。しゃくれた顎のように迫りでており、その先端部分にある高得点ボタンを押そうとすれば相当な握力と体力が要る、鬼畜な仕様なのだ。

 

『さぁ、この顎をどう攻略するのか!』

 

攻略率が芳しくない、しかし高得点を得るために通る道。これを成功させるか否かで今後の運びが左右されかねないだけに実況にも熱が入る。

 

『悠~!ちょっと来てよ~!』

 

…やれやれ、盛り上がる場面で呼び出しとは。

ぼやいても耳に入るのはエルで、あとはテレビの音量に揉み消される。どうにもこうにもままならないものだ。

 

「なんだ?シャンプーでも切れたか?」

 

脱衣場と浴室を隔てるドア越しに尋ねた。…姉妹だからか声質が似ているので、どちらが呼んだか分からないが、口調からすればアリシアの方だろうか?

しかし帰ってきた返事は予想を上回るものだった。

 

「私とフェイトの髪を洗って欲しいんだけどなぁ~」

 

「は?」

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

間の抜けた返事と、素っ頓狂な声が見事に調和して家に響き渡った。

 

「フェイトと私って、自分で洗ったことないんだ~、だから悠に洗って欲しいんだけど…。」

 

………。

どうにもアリシア、という女の子は羞恥心とかそう言った感情が乏しいようだ。今日出会ったばかりの男子に、風呂場に入って髪を洗えという、そんな女子がどこに居るというのだ。この場合、フェイトの親や姉たる2人が戻ってくるまで待とうか。丁度その時、

ピンポーン

と来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。

 

「来客だ。どっちにしろ少し待て」

 

そう言い残して脱衣場を後にする。その際背中になにやらブー垂れる声が聞こえたが無視した。

どちらにしても問題を先延ばししたにすぎない。願わくば、リンディかアルフが来てくれることを願いつつ、ドアを開けた。

 

「…すまないな、悠。これが2人分の服と下着だ。彼女たちを頼んだ。」

 

黒い髪の少年から手渡された紙袋を手にし、来る来客によって再び閉められたドアをただただ見つめながら、この世に神は居ないのか、と心で嘆く一人の少年の姿がそこにはあった。



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Side Mission3『金髪幼女Wと川の字』

さて、この世に神は居ないことを認識した悠は、どうしたものかと頭を抱えていた。

目の前には浴室のドア。

その向こう側には、ブロンドの少女2人が居る。

一人は同い年。一人は自分よりも少し下の年。

整った顔立ちをした姉妹である。その中での妹に見えて姉であるアリシアに言われたこと。

『髪を洗って欲しい』

成る程、了解。だが問題ありだ。

 

「悠~、早くしてよ~、のぼせちゃうよ~」

 

打開策を見つける時間はなさそうだ。

しかし、アリシアはともかく、フェイトはどうしたものだろう?ほぼ毎日のように合わせる顔だけあって、このままホイホイと入ってしまっては顔を合わせづらくなる。察しの良い、はやて辺りは嗅ぎつけるかも知れないし、そうなったらなったでややこしいことになる。

 

「…フェイトはどうする?何だったら先に上がるか?」

 

希望しているのはアリシアだ。百歩譲っても、希望しないフェイトを洗わない。だったら先に上がらせる。それがせめてもの…

 

「わ、私も…洗って欲しい、かな。」

 

…唯一にして最後の妥協案は、同級生の要望によって儚くも砕け散った。

それからのことは悠は覚えていない。

 

 

 

 

 

 

気がつけばリビングで二人の頭をドライヤーで乾かしていた。無意識、と言うのは時に恐ろしいもので、2人が話しているのを聞くに、手際が良かった、だの、癖になりそう、だの誤解を招きかねない言動が飛び交っていた。

何とも無しに乾かし終えると、ブラッシングも忘れない。変な型が付かないように、優しく、絡まないように梳いていく。…成る程確かに、髪質が似通っているのもさることながら、手触りも申し分なく、誰もが羨む流れるようなブロンドが出来上がった。

 

「…こんなものか。」

 

「えへへ、ありがとう、悠。」

 

「本当に手際良いね、ありがとう。」

 

こうやって礼を言ってくれるのは有り難いが、二人には早く自分で洗えるようになって欲しいものだった。

二人のパジャマは、アリシアは水色、フェイトはピンクの物を着用している。二着ともフェイトの物で、アリシアは体格差からか、若干だぼだぼで腕と足の裾をまくっている状態だ。

湯冷めしないようにと、悠はミルクココアをマグカップに入れて二人に出した。悠も自分の愛用のカップに注ぎ入れて、椅子に座って飲み始める。因みにエルは自分の餌容器にペット用ミルクを入れて貰ってペロペロと舐めている。

 

「悠って、学校じゃあまり喋らないけど、こうしてみたら面倒見良いね。気が利く、と言うか…。ちょっと意外だったかも。」

 

「学校じゃ、お前には高町とか八神とかがいるだろう?…俺の家じゃ居ないからな。」

 

「悠って、友達居ないの?」

 

意外にもそう発言したのはアリシアだった。フェイトは口に含んだココアを噴き出しそうになるのを必死に我慢するし、悠は表情から分かりづらいが、若干ぐさりと来ているようにも感じられた。

 

「ちょっ…アリシ…お姉ちゃん…!」

 

噎せ返りそうになりながらも、歯に衣着せぬ言動に必死に抗議と、名前で呼びそうになったがお姉ちゃんと訂正するフェイト。

 

「…いや別に…友達が欲しいとかそう思ったことはないな。居なくても退屈はしなかったし、不自由と思ったこともない。」

 

「でも、学校休みの日とか、遊んだりしないの?」

 

「休みの日でもやることは沢山あるぞ。掃除に洗濯。布団干しに買い出し。家計簿の記帳に…、あぁ、あとエルの散歩も行かないとな。…まぁ暇があれば本屋にでも行って本を買って読んでいるくらいか。」

 

なんだろう、この所帯じみた同級生は…?と、フェイトはしみじみ思った。はやても一年前は同じような生活だったが、あちらは休学していたし、ヘルパーの人も居たから若干手間は省けていたはず。しかし、学校に通う生徒がここまでやっていると、もう将来は主夫になっても大丈夫なんだろう、と悟ってしまう。

だが、このままじゃダメだ。

 

「じ、じゃあ、私が家事を手伝いに来る。そして、時間を作って遊びに行こう、悠。」

 

「「へ?」」

 

握り拳を作って豪語するフェイトの提案に悠どころかアリシアも素っ頓狂な声を挙げた。

 

………。

 

妙な間が緋村家のリビングを支配する。間、というよりも、時が止まったのかと言わんばかりに皆が静止してフェイトを見ていた。犬であるエルですらフェイトの方を見ている。実際に音があるとすれば、時が止まっていない証拠と言わんばかりに、アナログ時計の秒針が動く音ぐらいな物だ。

 

「…言っている意味が分からないぞ、フェイト。」

 

「だ、だから、私が悠を手伝えば時間が余って、遊びに行く時間が出来るってことだよ。」

 

「いや、だからどうしてそう言う結論に至るのかを…。大体、俺はこの生活を苦には思ってない。」

 

悠も悠で自分の生活を謳歌しているし、趣味の読書に興じる時間もある。別に遊びに行かないといけない、と言う状況もなければ、そう言う気持ちも起きない。

端から見れば、所謂ぼっちに見える彼だが、そこはそれ、興味が無い方で何とも感じないという、多感な時期においてなんとも冷めた物になっていた。

 

「あ~、成る程ねぇ。」

 

口元に手を当て、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、アリシアは何かを確信したかのよう。

 

「フェイトって、悠と一緒に居る時間の口実が欲しいんじゃない?つまるところ、フェイトは悠のこと…『わ、わーっ!!!』」

 

何か都合の悪いことをアリシアが口にしかけたからか、大声でごまかしつつフェイトは彼女の口を塞ぐ。もごもごと何かを言いたそうに藻掻くアリシアを余所に、フェイトは若干顔が紅い。

 

「…どうしたんだ?いきなり大声を出して…。御近所の迷惑だぞ。」

 

「そ、そうだね…。アハハ…。」

 

今の会話の流れから、行き着く返答はそっちなのか、とフェイトは別は意味で彼の鈍さに残念な感じも若干感じられた。

「こほん、わ、私が言いたいのは…、そ、その……」

 

アリシアの口を塞いでいた手を離し、もじもじとしながら言葉を選ぶフェイト。そのいじらしさは、隣のアリシアを含め、普通の男なら悶えかねないほどであり、現に隣の小さな姉は軽く目眩を覚えたくらいである。

しかしそこはこの緋村悠。ラノベとかの主人公の如く、鈍感スルー能力が彼にも備わっており、真剣にフェイトの紡ぐ言葉を聞き入っている。

 

…ちなみにこの小説の主人公は金髪ボクっ娘男装転校生…だと思われる。

 

「と…」

 

「と…?」

 

「友達に…なりたいんだ…。」

 

ようやく吐き出された言葉。

それは、自分を救ってくれた大切な親友の言葉。

今の自分を始めることが出来た原点。

おそらく、自分から友達になろう、と言い出したのは、もしかしたら初めてかも知れない。

目の前に一人が良い。そう言って接触をなるべく控えていたクラスメイト。エルという家族が居て寂しくはないという。

でも、どこか遠く、悲しいような目をするのは、両親の愛に飢えている、そう思えたから。

だから、一緒に過ごして、その気持ちを自分が和らげられるなら。

勿論それだけじゃない。今日一日だけ、しかも未だ数時間の間で彼の知らない面が沢山見れた。

もっと彼を知りたい。

もっと楽しい気持ち。寂しい気持ちを共有したい。そう思ったから。

恋慕とかそう言う気持ちではない。なのはやはやて、アリサやすずか。そしてヒカリと同じように、遊んだり、出かけたり。そう言ったことをして過ごしたいと思う気持ち。辛いのなら助けたいと感じる思いがフェイトの先の言葉を口にするのを後押しした。

 

「…ふむ。」

 

一旦言葉を挟む。表面上、平常通りを装って入るものの、悠の内心はいささか焦りを感じていた。

友達になりたい。

そう言われたことは今までなかった。学校で今まで過ごしてきた中でもなかったし、興味は無い。加えて、努めて目立たない、と言うより自然と空気化するような、そんな忍者と思えるようなスキルをアクティブで発動していた。

つまるところ、慣れないことを言われて、ポーカーフェイスでありながらも挙動不審になっているのが現状である。

 

「だめ…かな…?」

 

予想以上に間が空いてしまったことに、フェイトは不安そうな声を漏らす。

 

「…いや、ダメじゃない…、が、実際に友達、といわれても、そう言った付き合いはしたことがないからな…。どうすれば友達として成立するか分からない…。」

 

困惑顔の彼の表情と言葉に、フェイトは苦笑した。

 

「…そこは笑う…所なのか?」

 

あまり表情に変化はないが少しむっとしたようで、ほんの少し口調が重く感じられた。

 

「あ、違うの。さっき悠が以前の私と同じようなこと言うから…」

 

「以前の…フェイト?」

 

うん、と頷くと、胸に手を当て、まるで遥か以前のようにも、ついさっきのようにも感じながら、懐かしむように目を閉じて思いを馳せた。

母であり、自分にとって全てだったプレシア・テスタロッサからの拒絶。

自分の全てを否定された『大嫌い』という言葉。

全てに絶望し、考えることを止めた中で、心に響いた今の親友からの声。

再び立ち上がり、母への思いを伝えて、本当の自分を始めて…。

その一歩がなのはとの『友達になる』ことであり、原点となった。

 

「あ~、なんかフェイトが自分の世界にトリップしちゃった…」

 

目を閉じたまま動こうとしないフェイトは、座ったまま寝ているんじゃないか?と思わんばかりに微動だにしない。

そんな妹にアリシアは呆れた声を挙げたのに反応して、ようやくこちらの世界に精神が帰還を果たした。

 

「あっ!そ、その、ごめん。とても印象深い出来事だったから、つい物思いに耽っちゃって…。」

 

「いや、誰だってそういう出来事はある。…まぁつまりはそっちは友達、と言う存在がつい最近初めて出来た、と言う意訳で問題ないか?」

 

「そ、そう。そうなんだ。…悠って、聞き上手なんだね。」

 

感心しながら、温くなったミルクココアを飲み干す。

 

「…どうだろうな。」

 

「とにかく、フェイトは悠と友達になって、遊びに行けるようにしたいんだよね?私も悠の家事を手伝えば、もっとはかどるよ!」

 

 

…なぜか居候する方向でアリシアの脳内で固まりつつあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…どうしてこうなった。」

 

悠のベッドは所謂シングルベッドで、元々一人が寝るように設計されており、その範疇なら寝る分に手狭になることはない。クッションもそこそこに良いものだし、機能性も枕元には数個の棚があって小物も入る。小学校に入ったときから使っているお気に入りだ。

だがしかし、悠は床に布団を敷いて寝ていた。ベッドが壊れたわけではない。問題は両側に寝ている居候とその妹だ。

時間は23時。普段なら既に寝入っている。

スヤスヤと規則的な寝息を立てる二人。まぁ、川の字になって寝る、と言うのも久しくしていないものだ。両親が揃って帰ってきたらよくしていたもので、少し懐かしむと言う余裕もあったし、何より誰かと寝る、と言うことが少し嬉しくも感じられた。。

 

「…寂しいのか、俺は…」

 

頭だけを動かし、月明かりが差し込む窓を見やる。

雲一つ無い夜空。星もよく見える。

今、両親は何をしているんだろう?次に帰ってくるのは何時になるんだろう?

普段は意識しないようにしていた、両親の帰宅へのちょっとした渇望。いきなり増えたような家族?のような存在に戸惑いと嬉しさもありながら、どこか両親の温もり、と言う物が恋しくなったのかも知れない。

 

「…いや、考えても仕方が無いな。仕事、なんだから。」

 

「悠…?」

 

不意に声を掛けられた。見やれば、右手側に寝ていたアリシアだった。

 

「眠れないの?」

 

「ん…、考え事をしてた。そろそろ寝る。」

 

「お父さんとお母さんがいないのが寂しい?」

 

…聞かれていたのだろうか?そうでないのなら、的確に核心を突いてこられた悠は一瞬だが戸惑う。

 

「…まぁ、そう言った気持ちは無いわけではない。」

 

諦めたのか素直に吐露し、視線を天井に戻した。

 

「それもあるし、危険と隣り合わせの仕事だ。心配しないわけ無いからな。」

 

「私もね、パパはママと別々に暮らして、ママは普段は仕事。私は家でママが帰ってくるのを猫のリニスと待ってた。…でも、リニスと一緒だからって寂しさが無くなるわけじゃなくて、やっぱりママと一緒に居たいって思う気持ちはあったんだ。」

 

彼女は語る。夜遅くまで仕事を頑張ってくれて、それは自分と暮らすために頑張らないと行けないからで…。だから我が儘も言わなかったし、言えなかった。言ってしまえば楽だっただろうけど、プレシアへの心労を掛けたくなかったから、と。

 

「だからね、悠も自分のお父さん達に無意識に気を遣ってるんじゃ無い?寂しいのを誰にも言えなくて、その気持ちを自分の中に押し込めて…。」

 

「……そう、なのか?今まで何とも思ってなかったが。」

 

「だからフェイトは、そう言った寂しいのを我慢しているところを察して、友達になりたいって言ったんだよ、きっと。」

 

左側を見れば、こちらに背を向けて寝ているフェイト。よく寝ているのか微動だにしない。

 

「…友達、か。…まだ、どうやって付き合えば良いか分からないが…、何とはなしにやってみるか…。」

 

憑き物が落ちたのか、ゆっくり目を閉じた悠は、しばらくして寝息を立て始めた。

それを見たアリシアは、にっこりと頬笑んで、自分も目を閉じて眠りにつく。

 

 

 

「適わないなぁ…お姉ちゃんには…」

 

誰に聞こえるとも無く、フェイトは背を向けて呟いた。

 

 

 

 

ちなみにエルはというと、悠の状況に嫉妬したのか、彼の腹の上で寝そべっていたことを追記しておく。



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Side Mission4『後日、腰痛』

小鳥のさえずりが目覚まし時計となり、悠は目を覚ました。布団から出ようとした彼は、いつもと違う寝心地なのに気付く。

背中の感触は硬く、いつものベッドではなく、床で寝ていたこと。

なぜか腹の上で丸くなっているエル。正直、成犬のシベリアンだけに重たい。

そして…

両脇で寝ているブロンドの少女2人だった。

昨日の出来事を思い返し、寝ぼけた頭でようやく現状を理解した。

とりあえず、起きて朝食を作らないといけないので、まずは腹の上にいるエルを突っついた。

もっそりと顔を起こし、大きな口に見合う、大きなあくびを一つ。次は立ち上がって前足をグッと伸ばす。そうしてようやく布団から退いてくれたので、両脇の2人を起こさないように、ゆっくりと這い出る。

 

「エル、静かに…な?」

 

しー、っと静かにするよう、人差し指で唇の前を塞ぐジェスチャー。それをエルは理解したのか、何も言わない。

そっと上着を羽織ると、1人と一匹は部屋を後にする。

余り足音を立てないように、ゆっくりと階段を下り、冷蔵庫の中身を物色。

ベーコン、卵、トマト、ソーセージ、レタス、ウィンナー、タマネギ、フルーツetc…。あと、棚には食パンがある。なるほど、これなら大丈夫そうだ。

時間は5時30分。二人が起きてくるまでに出来るだけ作ってしまおう。

 

 

 

「んにゅ…?」

 

アリシアは目を覚ました。日の光が差し込み、彼女の目を刺激したのが目覚まし時計になったらしい。

むくっと起き上がり、ぐっと背伸びを一つ。筋肉が程よくほぐれ、何とも言えない心地よさが支配する。

ぼーっとした眼で周りを見ると、アリシアが寝ていた隣には少しスペースがあり、その更に奥にはアリシアと同じ髪の色で、同じ顔つきの少女が、すやすやと寝息を立てている。

しばし考えること5秒ほど。

昨日できた…というか、居たことを知った妹のフェイト。

ずっと欲しかった妹。

自分よりも大きい妹、というのもちょっぴり複雑ではあるものの、それでもその存在だけで自然と顔がほころんでしまう。

その視線を感じてか、フェイトの方もムクリと起き上がって背伸びする。さすが姉妹、こう言った仕草も鑑あわせのようにも見えるものだ。

目元をこすりながら、フェイトもアリシアを見て小休止。現状を整理する。

 

「おはよ、フェイト。」

 

「おはよう、お姉ちゃん。」

 

 

 

部屋のドアを開ければ、ベーコンが香ばしく焼ける匂いが漂ってきていた。スリッパを履いて、寝ぼけた脳を活性させつつ階段を下りていく。

台所の床で寝そべっていたエルが、ピクリとその大きな耳を動かして、ムクリと立ちあがる。客人2人を迎えに大きな肉球を床に付けて階段下まで。

 

「おはよ~、エル~」

 

「おはよう…ムニャ…」

 

半分寝惚けているのはフェイト。アリシアはというと、そそくさと階段を下りてエルの体毛に顔を埋める。少し固めだが、それでも埋めるというのは堪らないものだ。

フェイトが階段を下りきったタイミングで、2人と一匹は連れ立って台所の敷居をまたぐ。

 

「起きたか、2人とも…おはよう。」

 

「「おはよう、悠。」」

 

目の前に飛び込んできたのは、聖祥大附の制服の上から、淡い水色のエプロンを着用した悠。胸元にローマ字で『YOU』と書かれているのがポイントだ。

 

「朝ご飯までまだ時間がある。…顔を先に洗ってくると良い。…あと髪も整えておけよ。」

 

それだけ言って、スープの味付けに視線を戻す。コンソメを二欠けほど取り出して、鍋に投入する。

テスタロッサ姉妹は、そんな慣れた手際の彼に感心しつつ、洗面所に足を運ぶ。

子供2人ならんでも十分同時に使用できるくらいの洗面台で、二人仲良くパシャパシャと顔に水を掛ける。

 

「ぷはぁっ…!冷た~い。」

 

四月中旬、いや、もう下旬に掛かりとはいえ、冷水はやはり冷たいもの。一気に眼と脳が目覚める。

水を浴びて、目覚めたまではいいが、ハンドタオルの場所を聞くのを忘れていた。と、2人は後悔していたら、頭にフワリと何かが舞い降りた。それを思わず掴み、感触を確かめる。

こ、これは…!

どんな柔軟剤を使っているんだろう?

ちょっとこのタオルを触ってみてくれ、こいつをどう思う?

すごく…フワフワです…

そんな思いが巡りつつ、2人はごしごしと顔の水気を取っていく。

 

次に感じたのは、何かのスプレーの噴出音。

シュッ…!と一瞬だけだが、爽快とも思える音がフェイトの頭の側で断続的に聞こえてくる。少し頭…いや、髪が冷たい。

しばし置いて、後頭部に何かが当たる。それは髪の先端に向かって、ゆっくり且つ優しく。それが櫛を通されてることだと気付くのに、そこまで時間は掛からなかった。

片目を開けると、後ろでは悠が霧吹きを使い、髪の乱れを溶いてくれている。

 

「あ、ありがとう。悠。」

 

「頭が洗えないんだから、もしかしたら、と思ってな…。」

 

気取られた。いつもはアルフやリンディ、たまにクロノにして貰っているだけに、同じ歳の男子にこうされるのは、新鮮で、それでいて小っ恥ずかしい。

 

「フェイトはコレで良い。次はアリシア、だな。」

 

「よろしくね~。」

 

姉は順応性が高いのか、はたまた鈍いだけなのか。恥ずかしげも無く、隣で気持ちよさそうに髪を梳かれるアリシア。そんな2人を横目で見ながら、髪を大切なピンクのリボンで、いつものツインテールに整える。

…うん。いつも通り。

 

「…終わったことだし、2人とも、朝食にしよう。」

 

 

 

 

 

『では、次のニュースです。昨日正午、海鳴市の住宅地一部で一時的な停電がありました………』

 

派手では無く、だが決して地味でも無いスーツを着たニュースキャスターが、テレビの画面内で記事を読み上げる。顔も特に特徴があるわけでは無く、敷いて言うなら黒縁眼鏡くらいか。海鳴市の記事が出ているだけに、一瞬だけ反応したが、停電した、と言うことだけで、他愛の無い内容だった。

悠はバターを塗ったトーストをかじりつつ、三人でそんなニュースを見ていた。

 

「停電だって~、雷でもあったのかな?」

 

クルトンが数個浮いた野菜入りコンソメスープをスプーンで掬いつつ、アリシアは口を開く。パクッと口に運ぶと、ニンジンやキャベツ、それにタマネギの甘味、そしてスープに溶け込んだコンソメの風味がたまらない。アクセントに、ピリッとするように粗挽き胡椒が入っているようだ。

ニュースキャスターが言うには、原因は目下調査中とのことだが、

 

「でも昨日は基本的に晴れてたよ?…それらしい雲も無かったし…」

 

そう言ってフェイトは香ばしく焼けたウインナーを口に含む。パリッとした皮を噛み破ると、ジュワッとスパイスの利いた肉汁が口いっぱいに広がった。同じ市販の物とは言え、焼き加減一つで皮が破けて、肉汁が外に流れ出してしまうこともままあるのだが、このウインナーはしっかりと火を通しながらも、皮が破けること無く旨味を閉じ込めている。

 

「…まぁ、すぐに復旧したみたいなんだから良いんじゃ無いのか?その辺はその筋の人が調べているだろう。」

 

そう言いながら悠はバターを塗り広げたトーストをかじりつく。かりっと焼けた表面にモッチリとした生地。そこにバターが染み込んでほどよいしっとり感が醸し出される。

 

ニュースもぼちぼちに、朝食を食べ終えた三人。

フェイトはそろそろ一旦家に戻り、制服に着替えないといけない。

下膳を手伝い、洗い物を申し出るフェイトだが、客人はくつろぐように言って座らせた。

ものの10分ほどで食器を乾燥機にかけると、鞄を鳥に自室へ。フェイトも昨日着てきた服に再び袖を通し、いざ出発!

 

 

 

 

 

と思っていた矢先。

電話のコール音によって足を止められる。

時間の方は余裕があるから問題は無いので、悠は動じることも無く受話器をとる。

 

「はい、緋村ですが…?」

 

『あ、悠君?私よ、リンディ・ハラオウン。』

 

「リンディさん?…どうかされましたか?朝から…」

 

提と…義母さんから?

フェイトも悠と同じく、電話の相手に疑問符を浮かべる。

 

『えぇ、アリシアさんの事なのだけれど…、今日二人学校でしょう?一人で彼女にお留守番させるのは…その、心許ないというか、まだここの環境に慣れていないのにつらいと思ってね。良かったらだけど、学校に行く間はこちらにアリシアさんが来たらどうかなって電話したのよ。』

 

なるほど、確かに家でエルと一緒とは言え、寂しい物もあるだろう。年齢で言えば小学生なのに、学校編入もしていない。となれば、知り合いの、それも事情を知る人間の元にいた方が良いだろう。

 

「それは有り難いですけど…お仕事の方は?」

 

『大丈夫よ。一応勤務先は目と鼻の先だし、人事の方から有休使えって前々から催促が来てたのよ。だから学校から帰るまでの時間、休みを取ってるわ。…あ、あとウチのマンションはペットOKだから、大きなワンちゃんも連れていらっしゃいな。』

 

あぁ、なんと都合の良い…。顔を合わせたのは昨日の今日なのに、ここまでしてくれる、と言うのは若干気が引けるが、それでもありがたい物だ。

確かにエルだけならともかく、アリシアを一人にする、と言うのは気が引ける。年の割にしっかりしているとは言え、それでも一人で留守番は寂しいだろう。…そう昨晩も言っていたな。

 

「わかりました。御好意に甘えさせて頂きます。」

 

『はい、それじゃ待ってるわね。』

 

そう言って電話が切れる。同じく受話器を本体に戻すと、不思議そうな顔をするフェイトとアリシアの顔が目に入る。

この提案がアリシアの為になるんだろうか。そうふと思いつつ説明すると、彼女はすんなりと受け入れて出かける用意を始めた。と、言っても、私物が殆ど無い状態だから、着の身着のままなのだが。

しかし、ここで重要なことに気付く。

 

「靴が無いんだった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

とまぁ結果として出された案は、悠が背負って行くことに決まる。いかにも高級マンション、と言わんばかりのその高い建築物。首が痛くなりそうな程に見上げる程に近くで見ると巨大だった。

 

「おっきぃねぇ~…」

 

「…そうだな。圧巻だ。」

 

二人はあんぐり口を開けて惚けた表情をする。

 

「悠、急がないと…。」

 

「そうだな。このまま遅刻するわけにはいかない。」

 

となれば行動あるのみ、エルのリードとパジャマなどが入った紙袋を持ってくれているフェイトに続きエントランスを抜ける。その際、各部屋毎に割り当てられた郵便受け。それをチェックすることを忘れない彼女。

…なかなか几帳面だ。

 

「でしょ?さっすが私の愛妹だね。」

 

「心を読むな、あと愛妹という熟語は日本には無い。」

 

ドヤ顔でニヤニヤと背に負われる、自称フェイトのお姉ちゃん。

思ったことが顔に出ていたのか?はたまた…。

考えて足を止めても時間が惜しいので、歩を進めてエレベーターに乗り込む。

 

「………。」

 

「………。」

 

エレベーターが静かに上昇する音だけが空間を支配する。後はエルの少し荒い息遣いくらいな物。

片や物静か。

片や無口。

しかし静まり返ったこの密室の空気が、アリシアにとっては重苦しくも感じられた。

 

「あ、あのさ…」

 

「何?お姉ちゃん。」

 

「二人が通う…セイショーダイフゾクって…どんなとこ?」

 

単なる好奇心から来る質問だった。基本的にプレシアが仕事に行く間、猫のリニスとともに留守番をしていた。この世界、少なくとも日本にいたならば、幼稚園などの託児施設に勤務中は預けることも出来ていた。しかし、そう言った集団生活への養成に重きを置いた施設へ行ったことの無いアリシアは、聞いたことはあるだけの『学校』と言う物に興味が湧くのは、もしかしたら自然なことなのかもしれない。

 

「えっと、私達の通う学校って言うのは…」

 

フェイトが掻い摘まんで説明していく。

海鳴の私立小学校であること、制服があること以外は、ほとんど普通の小学校とは変わらない、ありふれた説明。いつの間にか、目的の階層に着いたエレベーターを降りて、目的の部屋へと歩く。先程の説明は、アリシアの興味を膨らませるには充分すぎるほどだった。

 

「いいなぁ…。」

 

羨望にも似た声だった。

プレシアが困るから、と言わなかった言葉。しかし、目の前にこうやって通う、妹とその友達がいるだけで、その望みは大きくなる一方だ。

 

「…しかし、行くとなると…戸籍が、だな。」

 

そう、元々死んでいるはずのアリシアは、ミッドチルダにも、そして勿論この日本にも戸籍は存在しない。そればかりはどうしようも無いので困り果てる三人。フェイトとしても、アリシアと一緒に通えたら、と言う思いは確かにある。それだけにこの事実は辛いものだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それには及ばないわよ?」

 

ハラオウン家の扉を開けた瞬間、待っていたと言わんばかりにリンディが玄関口で立っていた。

 

「た、ただいま、義母さん。」

 

「えぇ、お帰りなさいフェイトさん。それといらっしゃい、悠君にアリシアさん。」

 

「…お邪魔します。」

 

「しまーす!」

 

スリッパを並べられる玄関にアリシアを降ろす。アリシアがしがみついていた為に、少し崩れた制服を正しつつ、踵を返して玄関を出ようとする悠。

 

「悠?どこ行くの?」

 

「何処って…学校だ。…フェイト、遅刻するなよ?」

 

「あ、…うん。また後でね、悠。」

 

背中越しに片手をあげた姿を最後に、玄関のドアは閉められた。

そんな光景を、フェイトとアリシアは少し名残惜しそうにしつつ、玄関のドアを見つめる。

 

「さて!フェイトさんは登校の準備ね!本当に遅刻したら、悠君に呆れられるわよ?」

 

「そ、そうします。…所でお義兄ちゃんとアルフは?」

 

「二人は散歩よ。アルフの散歩で余りからだが鈍らないようにするんですって。」

 

…なるほど、クロノらしいな。と苦笑しつつ、自室への扉をくぐる。

 

「アリシアさんは…そうね。今日は私と買い物に行きましょうか?」

 

「お買い物?」

 

「そう、流石にフェイトの服ばかりじゃ身体に合ってないでしょう?だから、アリシアさんに合った服とか靴とか、揃えないとね?」

 

「で、でも私、オカネ、持ってない…」

 

アリシアの言い分ももっともだ。昨日出会ったばかりの人に『服を買ってあげよう』と言われて、何も思わない人間は居ない。同年代よりも少し大人びている彼女にとっては、余計に、だ。

 

「大丈夫。貴女のような事情を抱えた人のために管理局があるのよ?私、こう見えても偉いんだから。」

 

えっへんと胸を張るリンディはどことなく頼もしくもあり、それでいてちょっぴり幼くも感じる。

時空管理局提督ともなれば、かなりの給与が支給される。こういった高級マンションを購入できるのだ。それはもう目が飛び出るくらいにスゴいのだろう。

 

「それに、お金と言っても、フェイトさんのお姉さんに服を買う、と言うのはいけないことかしら?これからそこそこに付き合いがあるのだろうから、別にお近づきの印に、って意味で受け取って貰えたら嬉しいのだけど…。」

 

プレシアが居ない以上、保護者不在と言うことになる。彼女の蘇生を隠蔽するとはいえ、どう転んだにしてもアリシアは年端もいかない少女に変わりは無い。 何をしようにもバックアップは必要不可欠なものだ。

 

「あとね、貴女を不自由させてたら、プレシアが帰ってきたときに怒られるもの。彼女の雷が文字通り落ちないように、ここはプレゼントさせてくれないかしら?」

 

「う、う~…わ、分かったぁ…。」

 

幼い頃、いや、今も幼いが、家の壁に落書きをしてしまったとき。それがバレたときのプレシアの盤若もかくやと言わんばかりの形相は、恐怖を通り越して、トラウマとなりかねないような思い出となっている。それを再び見たいとも思わないアリシアにとって、他に選択肢は無いもの。リンディは意図せずして彼女の拒否権を無くしていたことを知る由も無かった。




これで一旦SideMissionを切ります。
一応、勉強会の日とその翌日が舞台となっています。
そして一部の方に一言

よ ろ こ べ!
ア リ シ ア だ!



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Mission9『リアル鬼ごっこ』

なのはは頭を抱えて困惑した。

いや、この状況はある程度予測は出来ていた。昨晩の父と母の言葉。その節々にある程度、思考の片隅に可能性の芽が出るには問題ないくらいに。

だがどこかで『まさか』『そんなはずは』という言葉で掻き消していたのかもしれない。しかし…

 

「本日より暫く、貴官らと勉学を共にする事になった、ハル・エルトリア准尉だ。よろしくお願いする。」

 

転入は大歓迎だが、誤解と招きかねないのと、異世界からの居候かもしれないことがバレるかもしれないような発言は頭を抱えるしかなかった。そんななのはを露知らず、彼女は昨日見せてくれた見事な姿勢で自己紹介している。

 

(ハルちゃん!)

 

耐えかねずなのはは、件の少女に思念通話を飛ばす。いきなりの魔法技術の行使に一瞬ピクリとしてなのはの方を見やる。

 

(どうした?高町。)

 

(どうした?じゃないよ。ここは士官学校とかとは違うの!いきなり貴官、とか准尉、とか言われても皆困惑しちゃうよ!)

 

言われてみれば、ハルに集まる視線はというと、奇怪そうな視線。困惑した視線。あと、若干一名、興味津々といった視線が1人いたが…誰とは言わない。

 

(確かに、インパクトが強すぎたな。さすがに尉官という階級を暴露するのはマズかったか…。)

 

(そう言う問題じゃなくて!!)

 

念話で大きな声を出した瞬間、隣の席の男子生徒に引きつった目で見られてしまった。どうやら顔に出ていたみたいで、マルチタスクで鍛えた以上に感情が表に出てしまったらしい。余程険しい顔をしていたのだろうか?その後、愛想笑いをしておくと、更に引きつられてしまった。

 

(コホン、ここでは管理局とかは全く関係ないの。だからそういった単語全て禁句!)

 

(し、しかし、私のアイデンティティはそれくらいしかないぞ。)

 

(だ、大丈夫。私の言うとおりにして。)

 

先生がおおまかなハルの紹介をしている間に一通りの段取りを済ませてしまう。続いて質問タイム。アドリブ一切無し、なのはによるカンペでの討議だ。

 

「失礼した。准尉、というのは忘れてくれ。質疑に応えよう。」

 

「はいはーい!」

 

「はい、佐藤さん」

 

「ハルちゃんの休日の過ごし方は?」

 

「散歩と…そうだな。それを兼ねた甘味巡りだ。」

 

おぉ~、と感嘆の声が教室に響いた。

 

「はいっ!」

 

「じゃあ、田中さん。」

 

「好きなスイーツはなんですか?」

 

「そうだな。私は基本的に甘い物は好きだが、以前はザッハトルテなどが気に入っていた。季節の物で秋にはモンブランをよく食べる。最近では翠屋のケーキに感銘を受けたな。最近は和菓子という物も捨てがたい。」

 

再び感心の声が漏れた。特に女子。男子も一部共感しているようだが。

そして自分で言っているのに、よだれが出て来そうな表情なのは、未知の甘味を想像しているからだろう。

 

「はいっ!!」

 

「じゃあ…如月君。」

 

勢いよく手を上げたヒカリは、未だ慣れないのか一瞬ダメージを喰らうが、何とか立て直して立ち上がる。

瞬間、ハルは少し目を鋭くした。

魔力反応。集中しないと分からないが、僅かながらに常に気を張っているからこそ感じる力がある。この如月という男子のポケットから感じる異質な感じが気になってしまう。どうにもしがたい、妙にざらついた感触がハルの脳裏にこびりついて仕方がない。それは雰囲気にも出ていたのか、クラスメイト全員がハルのプレッシャーに吞まれ掛けていた。

 

(は、ハルちゃん!どうしたの?)

 

ハッと我を取り戻したなのはの声が脳内に木霊した。それに釣られてハルも雰囲気を戻し、教室の空気も治まる。先生と不安そうにしていたし、なによりも質問を掛けていたヒカリも戸惑っていた。

 

「済まない、何でもないんだ。続けてくれ。」

 

「う、うん。それじゃ…」

 

当たり障りのない質問をして、HRは何とか終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「しっかし不思議な子ね。准尉とか…」

 

「もしかしたら隠れた趣味にミリタリーな所があるのかもしれないね~。」

 

休み時間。アリサの席周辺に集まってきているいつものメンバー。自席の周辺で質問攻めにあっている件の転校生について話し合っていた。

ただ気になるのは、教室に入ってきたとき、なのはが驚きと喜びの表情が皆よりも大きく感じたのが見えた。何か知ってるんじゃないか?とアリサは勘ぐる。

なのははと言うと、質問攻めしている生徒に詫びを入れつつ、メンバーの所にハルを引っ張ってきていた。

 

「ごめんみんな。ちゃんと紹介するね。この子はハルちゃん。暫く私の家に居候することになったんだ。」

 

「…なるほど。君達がなのはが昨日話していた学友か。…アリサ・バニングスに月村すずか。八神はやてにフェイト・テスタロッサ…。加えて、ヒカリ・如月。」

 

「へぇ…。スゴいじゃない。一日でアタシ達の名前丸覚え?」

 

「記憶力には些か自信がある。…まぁあそこまでに学友を自慢されれば、自然と脳に焼き付くものだ。」

 

どれだけの自慢をされたのか?彼女がそこまで言うからには、嫌と言うほどなのだろう。遅くまで話したのか、若干彼女の目元に隈が…。

比べてなのはの目元は全く問題なく、見ていると、何のことか分からずに首を傾げるくらいだ。

 

(ねぇなのは。このハルって子…。)

 

(ん、管理局の人だよ。療養と有休消化だって。)

 

(そ、そうなんだ。実は義兄ちゃんも昨日から療養と有休消化で帰ってきてるんだけど…。)

 

(ハルちゃんも昨日からだよ…もしかして、関係性あるのかな?あうっ!?)

 

念話の中でなのはが妙な悲鳴を挙げた。アリサがなのはの脇腹に肘打ちしていたのだ。ジト目で2人を無言で睨む彼女の後ろには、ヒカリが首を傾げて見ていた。どうやら横目で無言に見つめ合っているのが気になったらしい。

 

「えっとな、なのはちゃんとフェイトちゃんはアイコンタクトで分かり合える位に深い繋がりがあるんよ。言うなれば、長年付き添った夫婦、みたいな?」

 

「違うよはやてちゃん。2人は時間の長さよりも、短くても濃厚濃密な愛を育んでるんだから。」

 

「ふむふむ、確かに仲良いのはここ最近でわかったけど、そこまでLOVEな関係とは…。」

 

「は、はやて、すずか!間違ってないけど間違ってる…のかな?でもヒカリに変なこと言わないで~!」

 

何やらはやてとすずかが当たらずも遠からずな説明をヒカリにしているのを、フェイトは必死に弁解する。しかし端から見れば、2人のスキンシップはそう勘違いされてもおかしくないような、そこまで親密と思わせる物ばかりなのだが。

 

「高町。この中で我々の力について知るものは?」

 

「えっとね。ヒカリち…君以外は説明してる。ヒカリ君はこの月の始めに転入してきたばかりだから。」

 

「…そうか。」

 

しかし、魔法技術を知らない人間が、あの妙な反応を持っているのはどうなのだろうか?何かしら事件性のあるものか、はたまた別の物なのか。

だがここでなのはらフェイトらに相談、調査をしてしまえば、ヒカリとの関係に支障を来すかもしれない。…となれば、

 

「どうかしたの?ハルちゃん。」

 

「いや、気にするな。単に事情を知る人間がどれだけ周囲にいるか、知りたかっただけでな。」

 

(…独自に調べるか。)

 

新参者の自分なら、バレてもその傷は少ない。なのは以外初対面なのに、彼女たちの交友関係を気懸けている自分に意外性を感じながらも、有休消化中にやるべき事を決めたハルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし…、これで何とか完成、だな。」

 

管理局本局の第5研究室。新機軸のデバイスの研究を成されるただっ広い空間。白を基調とした床や壁にはコンピュータのサーバーや機材で埋め尽くされ、そこから伸びる様々な色のコードが、部屋に固定されている机の上にある機器に伸びており、悪く言えば乱雑、よく言えば熱心さが伝わる部屋の奥。中空に展開されたコントロールパネルを叩いていた男性は、額の汗を拭った。昨日、バルガスのテストで得られたデータを、手早く試作機にフィードバックしようと躍起になって、結局徹夜してしまった。

ドカッと自分に宛がわれた椅子に身を預ける。

目の前の作業台には、一つのブレスレットが鎮座していた。ここ数年掛かりで仕上げた研究の結晶。白銀に輝く光沢が、今までの努力も相まって神々しい美しさすら感じられる。

…長かった。コレを完成させるために子供には寂しい思いもさせた。妻にも付き合わせてしまった。ただ、コレが完成したことで大きな節目を迎えることが出来た。

 

「お疲れ様でした、主任。」

 

苦みすら感じる香ばしい香りと共に、お気に入りの青いマグカップへと注がれたコーヒーが机に置かれた。見上げれば、腰まで伸びた金髪の女性が、盆を左手に、そして彼女のマグカップ、たぶんコーヒーが入っているのであろうそれを持ってにこやかに頬笑んでいた。真鍮の眼鏡が知的で大人な雰囲気を表している。

 

「いやはや、本当に達成感にうちひしがれているよ。コレだから開発は止められないから恐ろしい。…ま、のめり込んだら周りが見えなくなるのは私の悪い癖だが。」

 

一服、と言う意味で、コーヒーを口に含む。苦々しい味が口に広がる。だがそれがいい。濃さもバッチリである。よく自分の好みを理解してくれている証拠だ。

 

「本当にそうですよ。昨日から飲まず食わずでよくここまでやりますね。」

 

「いや、昨日のアレで大分良いデータが取れたし、バルガス二尉からは『特定人物用に調整されているなら』って言う評価も下りた。だから一気に仕上げたいって…な。」

 

「だからって、根を詰めすぎるのは良くありませんからね。…全く。貴方1人の身ではないんですから。」

 

怒っているのか困っているのか…。眉を顰めながらもへの字口にしながら、女性は腰に手を当ててため息を一つ。長年彼の下で研究、開発をしてきてはいたが、慣れないものだ。

 

「いや、すまないな。しかし、どうしても仕上げねばならんかったのだ。…なにせ」

 

「私物だから…でしょう?しかも材料費まで私財で…。」

 

「…あぁ、バルガス二尉にも私事で付き合わせたのだ。蔑ろに出来ないからな。だからデータを無駄にしないためにも少しでも早く完成させたかったのだ。」

 

自分の好奇心と趣味で作り上げたこのブレスレット。いや、厳密に言えば、ブレスレットに入れられている物。今まで培った技術と知識を詰め込んだ逸品。集大成。これを渡す日が来た。

 

「パーソナルデータは?」

 

「もう問題はない。完全にワンオフのデバイスだ。あの子以外に御しきれる自信はないよ。」

 

「余程の自信作なのか、じゃじゃ馬なのか…わかりませんね。」

 

「じゃじゃ馬も御しきれたなら名馬となるさ。……これが、私達の仕事をあの子が知る第一歩。」

 

「そうですね…。もう少し先になると思ってましたが…。」

 

感慨深げにブレスレットを見る2人。その向こうに見えるのは、1人の少女。

 

「私の故郷で暮らしたいと言ったときから、完成と同時に渡すと決めた。…それに、我々の仕事で寂しい思いもさせたが、…しっかりした子になってくれた。だから、信じよう。ティナ。」

 

「…そうですね。私達の娘を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、ヒカリ。欠片を発見しました~。』

 

海鳴市に面した山と住宅地の境にある道路脇。その草むらに光る紫の結晶の欠片を拾い上げる。そこら辺にある、犬の排泄物(注:飼い犬の糞は持ち帰りましょう)を踏まないように回避しつつ、何とか回収までこぎ着けた。

 

「ユーリ、これで全体の何割くらい?」

 

『そうですね~…大体3割くらいかと。』

 

2~3週間で3割。このペースは早いのだろうか?このまま行けば、大体6月に入るかどうかくらいに終わりそうだが、

 

「出来ればツユ、っていうのに入る前に終わらせたいなぁ。」

 

『ツユ…ですか?』

 

「うん。6月に入ったらね、良く雨が降るようになるんだって。理由はよく分からないけど、そう言った時期のことをニホンゴでツユって言うらしいよ。」

 

『へぇ~…』

 

本当は昔、父から日本について教わっていたことだ。

季節の節目の風物詩。

日本では米を育てるのに、昔は雨がありがたいものであったから、実りの雨ともいうらしいが。

 

「ただ、髪のお手入れが大変なんだよね、ジメジメすると。」

 

『あ、それ分かりますよ~。ぐちゃぐちゃになっちゃって、セットに時間が…。』

 

やはり精神体といえど、髪は女の命なのだろう。こう言った話題でも共感できるのはお互い嬉しいようで、心なしか声も弾んでいた。

 

「…独り言を大声で言うとは、変わった趣味だな如月。」

 

突然背後からの声に、ハッとなって振り向いた。誰かは分からないが、それでも聞いたことのある声だ。

家宅の陰から出て来たのは、今日であったばかりのプラチナの髪の少女だった。

 

「キミは確か…エルトリアさん…?」

 

「そうだ。単刀直入に聞こう。…お前は誰と話していた?」

 

「え?ど、どういうこと?」

 

「質問を質問で返すな。誰と話していたのか聞いているのだ。」

 

二度目は言葉の節々に威圧を感じるように発してきた。

…どうにも彼女は、ユーリと話していたことを感付いている?いやしかし、どうやって感付くのか?自分の話し声が聞こえたのはわかる。だがそれは独り言で終わらせて判断するくらいなものだ。それを、『誰か』と話していた、と言う質疑に結びつくのは…彼女が特殊な力でも持っているのか。

 

「…べ、別に誰とも…。」

 

「…そうか。ならばポケットの中にあるものは何なのだ?見せて貰おうか?」

 

やはり感付いていると確信が持てた。ポケットに忍ばせていたエグザミアの欠片。それが放つ微弱な魔力を、ハルは嗅ぎ付けていたようだ。

しかし、素直に見せてしまってどうなる?

エグザミアを元に戻すとユーリと約束した。ここで仮にもハルに渡してそれでオシマイだとしても、ヒカリ自身は納得がいかない。約束した以上は…。

 

「ニホンにはこう言うコトワザがある!」

 

「ほう?」

 

「三十六計、逃げるが勝ち!」

 

踵を返し、全速力で走り出した。

 

「意味としては間違ってはいないが、それをいうなら、三十六計逃げるに如かず、だ。」

 

ヒカリの間違った諺に対して、律儀にツッコミと訂正を入れるが、その間にも彼女は離れていく。

ハッとなって駆け出す。魔法を使って身体強化しても良かったが、一応高町家の面々と魔法は使わない約束はしている。それを破るわけにもいかず、全速力で追いかける。

…よくよく考えれば、激しい運動もダメなのではなかったか?いや、訓練が禁止されているだけで、問題はないはずだ。

 

速度は歴然だった。

 

幼少より前線で戦い、特査官としてのキャリアもあり、更には中毒症状と言わんばかりに休日はトレーニングをこなしてきているハルの脚力は、同年代の身体能力を遙かに上回っていた。見る見る内に縮まる2人の距離。彼女が走り出したときには十数メートル離れていた距離が、時間を追う毎に狭まってきていた。

一方、ヒカリにとって感じていたのは、恐怖。迫り来るハルに対して恐れを抱いていた。突如として現れ、エグザミアを見せろと迫り、追い掛けてくる。恐怖により、心拍数が上がる。息も荒くなる。足元も全速で走ってはいるものの、震えが来ているのかいつもよりも遅い。

 

追いつかれる。

 

そうなればここまで強引に迫られるのだからどうされるかも分からない恐怖。

 

それでも市街地に逃げ込んでコーナーを巧みに使い、辛うじて追い付かれないように努力。少しではあるが、切迫されつつも追い付かれないでいた。道行く人々は何事かと見やるが、小学生同士とあって余り気にもとめないでいた。これがもし追い掛けているのが大の大人ならば、誘拐か何かと思い引き留めるであろう。しかし、ヒカリの心境はそれとは謙遜無いほどなのに誰も気付かない。

 

 

 

 

「…チェックメイト、だな。」

 

逃げ回っていたが、とうとう袋小路に追い詰められてしまった。市街地の路地の突き当たり。周囲にはくたびれたビルの壁や、それに備え付けられた室外機があるだけ。苔掛けた壁が人での付かない場所であることを示唆し、階段やそう言った抜け道は無く、文字通り八方ふさがり、と表現できる。

 

「大人しくソレを渡すならば害は与えない。調べて危険性が無いのなら返却すると約束しよう。…しかし、渡さないのであれば…。」

 

「…わ、渡さない。ボクは約束したんだ。…約束を守るのが…友達の役目なんだ…!」

 

ハルの忠告にも、震える声ながらも意志を貫くヒカリ。その意気込みは眼差しからも感じられるように、鋭く、硬いものであると察することが出来る。一歩、また一歩と迫るハルに、恐れを抱きつつも、視線を逸らしはしなかった。

 

「ならば…拘束を…」

 

後数歩と言った距離になった瞬間。ものの1秒とも無かったはずだ。

 

「あ、危ない!!」

 

気付けばヒカリに抱き留められ、横っ飛びしていた。次の瞬間、2人が先程まで立っていた場所へ青い閃光が走り、爆発が巻き起こった。

巻き起こる爆風。

巻き上がる瓦礫。

赤々と穿つ、叩き付けられたエネルギーの密度を表す炎の柱。

ヒカリが庇わなければ、怪我では済まなかったのがありありと想像できる。

 

「か…っ…!」

 

爆風により2人は吹き飛ばされ、ハルを庇ったヒカリはしたたかに背を打ち付け、肺の空気が無理矢理吐き出される。

そのままゴロゴロと路地を数メートル転がっていた。

 

「コホッコホッ…!」

 

吐き出された空気を体内に戻し、咳き込む。パラパラと降りかかる小さな瓦礫が、容赦なく2人の身体を打つ。

 

「あ、あら?照準がズレちゃってたのかしら?」

 

2人の前方5メートルほどの上空から、間の抜けた声がする。桃色の少しウェーブが掛かった腰までの髪を揺らし、その髪の色に合わせて服装もピンクを基調とした白い服装。目は垂れ目で、少し気怠さすら感じられる。手に持って構えているのは、俗に言う拳銃で、これまた桃色。バレルの下部にはブレードのような物が装着されている。恐らく、先程の爆発の大本はこれだろう。

 

「…何者だ。魔導師か?ここは管轄外世界だ。魔法行使の許可は得ているのか?」

 

「あらん?気を失っているのかと思えば、案外タフなのね。」

 

「質問に答えろ。違法魔導師ならば…」

 

「いやいや、そっちの金髪の男の子を追っかけ回して追い詰めてたから、助けようとしただけなんですけどぉ?」

 

男の子、と言われた瞬間に、ヒカリの体がまるで内部からダメージを受けたかのようにビクリと一度だけ跳ねたが2人は気付かない。

しかし人目から見れば、自分は悪人に見えていたようだ。確かに追い回していたのは認める。しかしそれは捜査の為であって、決して害を加えようとしたわけでは無い。拘束しようとしたくらいな物だ。

 

「でも、助けようとした子が貴女を庇うとは思ってもみなかったケドね。でもま、その子の持ってるものを欲しがってるのは、貴女だけじゃなくてよ?」

 

「…どういうことだ?」

 

「私もってことよ~?ここは大人しく手を引いてくれたら、キリエ、助かるんだけどなぁ?」

 

猫口のように口元をつり上げつつ、ハルに譲歩するキリエと名乗った少女。だがしかし、その手に持っている銃の口は、ハルを射貫かんと構えられていた。

明らかなる脅迫とも言える。しかし、ハルが件の物を求めたのは、危険がないのか調べるためであり、危害を加えることを第一とはしていない。しかも一個人でそれを保有しようなどとは思ってもいない。あくまでも一局員としての判断を下しただけだ。

 

「そうか。ならば仕方ない。」

 

「お、分かってくれたかしら?聞き分けの良い子は、お姉さん大好きよん。」

 

「何を勘違いしている?」

 

ガシャコン!と言う金属のスライド音。ハルの左手からは無機質な漆黒のデバイス。その黒いボディはただただ砕くことを意識し、加えて無骨さをも表したもの。

 

アームドデバイス

 

近代ベルカを主流とした、デバイスそのものを武具と出来る部類。その剛性は、ミッド式のインテリジェントデバイスとは比類にならないものだ。

 

「結果として管轄外世界の一般市民を巻き込んだ魔法行使。管理局員として見逃すわけにはいかんな。」

 

「え~と、つまり拘束されちゃう的な?」

 

「察しが良くて助かる。…ならば投降しろ。」

 

『戦闘モード、展開不可。リミッター施錠アリ』

 

無機質な機械音が、ハルの警告を遮った。声の大本はハルのデバイス『ガルム』のコアだ。チカチカとモールス信号のように打診している。

 

「り、リミッターだと!?なぜだ!?だれに!?いつだ!?」

 

『14日と3時間と52分前。施錠主リンディ・ハラオウン提督。リミッター施錠期間は…』

 

「有給休暇が終わるまで、ということか!」

 

『肯定。』

 

なんということだ。魔法行使しないように釘を刺されてはいたが、万が一のために保険を掛けられていた。デバイスの使用権限に制限を掛けていたとは…。これでは出来ることといえば整備くらいな物だ。

 

「何だかよく分かんないけど、これっていわゆる貴女がピンチじゃないの?」

 

「………。」

 

ぎりっと歯軋りをした。否定できない事実に。このままではアレを奪われてしまう。せめて安全な物かどうかを確認しなければ、取り返しの付かない事態を招きかねない。

 

「ま、大人しくしてて頂戴ね~。私だって戦わないに越したことないって思ってるんだから。」

 

銃口を向けてきたと思えば、ピンクの魔力の帯がハルを拘束した。ガッチリと腕を背中で固定し、動けるといえば足くらいである。

 

「なっ!?」

 

「はいは~い、それじゃ、お宝さんとご対面~。」

 

気を失っているヒカリに近づき、ポケットに手を入れようとした瞬間。キリエの手は、掴まれた。まるでプロレスラー同士が手を組み合って力比べをしている形で。ただし、それが『人の手』ならば驚きはしなかっただろう。掴んでいたのは『赤黒い魔法陣から生えた、赤黒い人成らざる巨大な手』だった。

 

「な、なんなのよコレ…」

 

振り解こうにもガッチリとホールドされている。ギチギチと締め上げられているのを感じ、それがこの手の強大さを表すには十分なほどだ。

 

「魄翼…、問題なく動いてる…」

 

ずるり…と、ヒカリのポケットあたりに展開された魔法陣から這い出してきたのは、ユーリその人である。初めて出会ったときのように、袴姿を思わせるような服装で、金の髪を揺らしながらコツンと靴音を鳴らして着地する。

 

「あ、あら?砕け得ぬ闇の主ってこんな女の子なの?」

 

砕け得ぬ闇…?

ただならぬキーワードが、ピクリとハルの眉を跳ねさせる。

 

「ヒカリなら人目にさらすのを止められてたけど…、ヒカリを守るためなら仕方ないです。」

 

右の魄翼が身体1個分後ろに下がる。ユーリもそれに合わせて左半身を前にさらす。獣が歯を噛み合わせるかのような、軋む音が響いた。

 

「魄翼必殺…右ストレート!…です!」

 

「え″っ!?ちょっ!」

 

咄嗟に発動させた防御魔法。放たれた赤黒い右の拳が唸ってキリエの防御に打ち込まれる。

ビキッとひび割れる音と共にキリエの踏ん張りは利かずに押されていく。

 

(ちょっ…何なのコレ…!?)

 

予想以上の力に驚愕しながらも、今この状況を打破せねばと策を練る。…ふと思った。今展開されているこれだけの力なら、

 

「その分、防御も薄いはず…!」

 

左手で防御魔法を維持しつつ、左手に持っていた拳銃『ヴァリアント・ザッパー』のトリガーに指を添えた。狙うは…

 

「一点!ファイネスト…カノン!!」

 

引き金を引いた。防御と拮抗する一点。ソレを目掛けて圧縮された魔力が解き放たれる。

 

「くっ!!」

 

衝撃で魄翼が弾かれると、ユーリの身体も弾かれた。どうやら身体の一部のように繋がっているとも見える。

 

「もしかして…やれちゃったりするのかしら?」

 

殴られた衝撃はかなりの物だったが、先程防御魔法を展開した様子は見られなかった。ただ不得手なのか、それとも展開できない何かしらの理由があるのか…。なんにせよ、キリエにはチャンスと思えた。

 

一方、ユーリにとっては計算外だった。

今日見付けた欠片のインプットを完了し、戻った魄翼のデータをひっさげて、ヒカリのピンチに颯爽現れたまでは良かった。

だが、魄翼を出せても、それを使用した魔法のための術式が未だ思い出せない。そのデータが入った欠片は未だないようで、ただただ魄翼を振り回しての肉弾戦しか出来なかった。

まるでボクシングスタイルのように魄翼を前面に出して防御する。打ち込まれる魔力の弾丸を防ぎながら、何とかこの状況を打破しなければと思案する。しかし、どうにも術式を思い出せないこの状況は、対空砲火を持たない戦艦に等しい。このままではガリガリと削られて終わってしまう。

 

 

 

 

「ユー…リ……。」

 

意識を取り戻したヒカリは、目の前で文字通りサンドバッグのように防戦一方を強いられている少女の名を呟く。

どうにかしないと。

でも、あんな銃を持つ人にどう立ち向かう?

引っ越してきたときの立ち回りは、あくまで相手が丸腰だったからに過ぎない。しかし、銃を持つ相手となれば話は別。射程の差はどうにも埋められないし、さっきみたいに空中に逃げられては打つ手もない。

ぎりっと歯軋りをした口の中に鉄の味が広がった。先程の攻撃で吹き飛んだときにでも口の中を切ったのか。見れば、所々擦り傷もあるし、制服も路地裏わ転がっただけあって、苔がこびり付き、ドロで黒くも成っている。

でも怪我自体はたいしたことはない。身体を打ったことで、一時的に痛みがある程度。

手を着き、膝を立て、ゆっくりと立ち上がる。足に体重が掛かった瞬間、鈍い痛みもあったが、力が入らないわけではない。

 

「お、おい。」

 

見やれば、バインドによって動きを封じられたハル。その目は敵意よりも驚愕。額には汗が滲んでおり、バインドの解析に集中しているのが見て取れる。

 

「武器も持たずにどうするんだ!?」

 

「ボクは…ユーリを助ける…!」

 

「無謀だ!今の状況を見ろ!どうこうできる物では…」

 

「それでも!何もしないままでいるよりは…!」

 

刹那。

ヒカリの右腕が輝きだした。いや、右の手首が、だ。見ていたハルも、戦っていた2人も、そして何よりもヒカリ本人が一番驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方…時空管理局本局

けたたましいまでの警報が、主任の個人研究端末から鳴り響いていた。ディスプレイには赤くミッド文字で『ALERT』と表示されている。飲んでいたコーヒーをぶちまけかねない勢いで机に置くと、すぐさま状況把握するために、コンピュータにかじりついた。

一応、研究室、ひいては本局に警報が鳴らないのは、あくまで私物の研究なので、非常時に本局を揺るがさないように回線を私物のパソコンにのみ接続している。

 

「何だ!?何が起こっている!?」

 

「わかりません!機体が…独りでに起動しています!!」

 

「なんだと!?まだ火は入れていないはずだ!」

 

何とか外部からの切断を試みるが、操作を受け付けず、コンピュータのみがその異常事態を告げているだけ。もしAIに異常があるならば、何かしらの対応を起こすはずなのだが、その気配が全くない。

 

「…まさか!」

 

「今度は何だ!?」

 

「機体が…転移を…!術式!顕現します!!」

 

台座に固定されたブレスレットを中心として、ミッド式のテンプレートが、半径1メートルの大きさで展開される。その所々で白銀の魔力光が漏れ出し、ブレスレットは転移のために量子化し始める。

 

「転移先を割り出せ!」

 

「現在解析しています!」

 

カタカタとコンソールを打つ手も焦りがあるのか、若干震えもある。…なんせ私事に作り上げた物だ。最新鋭の技術もあるし、下手をすれば一兵器として扱われかねない。

 

「解析!出ました!転移先…97管轄外世界…地球!それもニホン!」

 

「なん…だと……!?」

 

そう言い終わるのと、ブレスレットの転移が終わるのとが同時だった。




アニメVividもインターミドル編スタートですね(何を今更)
先日放送された内容で死にかけました。
悶えて。




ティオが…可愛すぎる件について。
ゲームのCGでも可愛かったけど、動きが付くとこうまで変わるものなのか!?
もうVividのヒロインはティオでいいy…(アクセルスマッシュ


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Mission10『白き騎士は闇夜に舞う』

はい、と言うわけで、今回は戦闘メインになります。描写って難しい。



「っ!ヒカリ…!?」

 

ユーリの声と目映いまでの光が、人目のない路地裏を支配した。ストロボカメラのフラッシュのように点滅していて、目を覆うか閉じていなければ眩んでしまうくらいだ。

キリエもハルも、各々に目を閉じ、腕でカバーし、その光から目を守る。

 

『パーソナルデータ、照合。…一致。登録者と認識。おはようございました、サージェント。』

 

「え?え、あ、うん、お、おはよう…、ございました?」

 

『これより初回起動シークエンスに入ります。』

 

光が治まり、いきなり響いたのは男性の声を模したような機械音。

初回起動シーケンス?

何かコンピュータでも起動するのか?

混乱する頭を稼働しながら、その右手に白銀のブレスレットがいつの間にやら装着されていた。

 

「今のは…転移…魔法だと…!?しかもデバイス…その単体で…!?」

 

『肯定。データベース照合…合致。陸士108部隊所属ハル・エルトリア准尉と確認。後退を推奨します。』

 

「…なるほど。中々に口の回るデバイスだな…。だが。」

 

ようやく解析し終えたバインドを解除し、しかしデバイスの忠告には従おうとはしない。

 

「民間人を危険に曝すわけにはいかんだろう?そちらこそ後退すればいい。」

 

『当機の起動を以て、敵対者の撃退をします。』

 

「え、えと?なんか話が進んでるけど…。」

 

『サージェント、当機と共に戦う、と言うことです。』

 

「は…?戦…」

 

『戦闘モード、起動。アンダースーツ、展開。』

 

話が付いていけないヒカリを尻目に、ブレスレットからの機械音声は着々と話を進めていく。『展開』の言葉を皮切りに、着用していた聖祥大附属の制服が光り輝く。白銀に輝いたと思えば、ガラスが割れたかと思うような音と共に、霧散していく。

 

「えっ!?えぇぇっ!?」

 

顔を赤らめて身体を隠す。下着を付けているような感覚もなく、素肌を曝しているようにスースーしている。だが、そこには肌色ではなく、白銀の光が身体を纏っていた。かろうじて裸ではないが、水着以上に未成熟なボディラインを表している。

更にその光が霧散すると、黒いフィットスーツが纏われていた。レオタードのような、ワンピースタイプの水着のような、しかしハイネックで二の腕の半ばまでは覆われている。足はと言うと、膝と腰の間辺りまでにニーソックスを思わせるようなものが展開され、靴は白銀の装甲が付いているようなメカメカしいデザインの物に変化している。

 

「な!なんなのこれ!?ボクの服はどこ!?」

 

『当機を起動するに辺り最も動きやすく、耐衝撃性、及び加速耐性向上のボディスーツです。先程の服は、量子化し、当機内部に保存しています。それではこれより、戦闘外部骨格を…』

 

「と、とりあえず先手必勝!」

 

デバイスの説明の最中、キリエがヴァリアントザッパーをフェンサーに変形させて突っ込んでくる。ユーリはそれを引き留めようと魄翼を伸ばす…、が、キリエの後ろの空気を掴むに終わった。

 

「ヒ、ヒカリ!!」

 

「くっ!!」

 

ユーリは叫び、ハルは駆け出す。しかし、ハルの一歩はキリエに比べると遅れ、このままでは到底間に合わない。

ヒカリも咄嗟に手をクロスして防御態勢に移行する。振り上げられた片刃の剣を受けることを悟り、ヒカリだけではなく、ユーリもギュッと目を閉じた。

 

『腕部装甲、展開』

 

響いたのは、肉が切れる音でも、血が飛び散る水音でもなかった。

金属音。

剣と、何かしらの金属製の物質がぶつかった音だ。ギチギチと互いが軋む音が木霊する。

さすがのキリエも驚いていた。咄嗟に刃を背にして峰打ちを狙っていたものの、こうも防がれるとは思わなかった。腕で防いだとしても、骨折くらいは起こりうると考えてもいた。

だが防いでいたのは…

 

『腕部装甲、問題なく展開。魔力回路良好。補強魔術展開中。』

 

ヒカリの腕に覆われていたのは、これまた白銀の、西洋の騎士が装着しているようなガントレットを彷彿させるような装甲だった。ガントレットにしては人の腕を覆うだけの金属以上に巨大で、ヒカリの体格上、肘から先に大人の体格に合わせたガントレットを装着しているかのような大きさだった。装甲の切れ目所々に青い光を放っており、美しさすら感じる。

 

『脚部装甲展開。』

 

続いて展開されたのは脚部。これも白銀を基調とした色で統一されており、形も重装甲化したグリーブのようで、しかも爪先までしっかりと覆われている。膨ら脛にあたる部位には、魚のヒレを思わせるような薄い装甲が横並びになっており、それをカバーする装甲が上下に稼働している。

 

『稼働領域確保。ブースト、開始します。』

 

動いていた装甲が位置を定めた直後、ヒレのような装甲の間から、白い魔力の粒子が漏れ出してくる。

震える空気。

舞い上がる塵。

 

「えっ!?ちょっ…」

 

『飛翔…開始。』

 

瞬間。宇宙へ向かい飛び立つロケットのごとく、一気に粒子を噴射した。

ゴミを入れておくポリバケツ。

誰が、いつ停めたかもわからないような埃をかぶった自転車。

壁に貼り付けてはあるが、それは形ばかりといわんばかりにぼろぼろに風化しているようなポスター。

それらが噴出された魔力の粒子により空に舞い上げられる。視界が塵や埃で遮られるユーリとハル。目に入らないように腕と瞼で防ぐのに精一杯だ。

 

「う、うわわわぁっ!?」

 

渦中のヒカリも驚愕しきりである。噴出された魔力でキリエを押し出して、共に空へ飛翔していく。暗くなりかけた海鳴の市街地を眼下に、どんどん上昇していく。

 

「ちょっと!?これ、どこまで上がるの!?」

 

『市街地での戦闘は管轄外世界とはいえ危険。上空3㎞まで上昇します。』

 

「お、落ちたらどうするの!?」

 

『………』

 

「ちょっとオォォォォっ!?」

 

軽く10秒程上昇したところで、機体が噴射を止めた。それと同時に、キリエも後ろに宙返りして距離を置く。さすがの予想だにしない展開に、キリエも、さらにはヒカリもげっそりしていた。

 

「な、なんなのかしらね、この展開…!」

 

「ボ、ボクにも分からないですよ…!」

 

奇しくも敵対していた2人の意見が初めて合致した。どうにもヒカリ自身、付いていけない状況。いきなり現れた異能の力を持つ2人。魔法関連はユーリと出会ったときにある程度は知識を得ていた。が、それを攻撃転用してドタバタするなどとは露とも思わなかった。

 

「と、とりあえず、あの砕け得ぬ闇の女の子…。あたしに譲ってくんないかしら?」

 

「この期に及んでまだ言いますか…!というか、砕け得ぬ闇ってなんですか!?それに、ユーリは物じゃないです!」

 

「そう…!だったら力尽くで奪っちゃうわよ?…こっちにも…譲れない思いってのが……あるんだから!」

 

ザッパーを拳銃に戻し、魔力の弾を連射してくる。かなりの早撃ちに、一瞬気後れしてしまうが、

 

『回避行動に移ります。』

 

「おわっ!?」

 

再びブーストを噴かして強制回避。勿論キリエもそれを見越していたのか、銃口の先はヒカリを追い、次々に弾を撃ち込んでいく。が、機体のマニューバが優秀なのか、そのまま彼女の周りを旋回しながら回避し、一定の距離を保つ。

 

「ちょっ!ど、どうするの!?」

 

『戦ってください。さもなくばやられるだけです。』

 

「で、でもボク、空を飛んだこともないし、そもそも…」

 

「余所見してる余裕、あるのぉ?」

 

いつの間にやら止んだ弾幕。それを意図してであることを証明するように、取り出していた2丁目のヴァリアント・ザッパー。二丁のそれを両方ザッパーへと形を変え、並列にして構えていた。

 

「ちょっち消耗が激しいから、使うのははばかられるけど…。確実に勝たないとね!」

 

並列にしたことで、二つの銃口の先に集まる魔力が相乗効果によって大きく、そして強力になっているのが一見して分かる。青と桃が混ざり合った魔力。それが風船のようにどんどん膨らんでいく。

風船、と言うのもあながち遠くないたとえだ。魔力による膜。その中に魔力をどんどん注ぎ込み、膨張して膜が弾ける寸前まで溜め込む。それを相手にぶつける事で生まれる破壊力は侮れない。

 

「ファイネスト…カノン!!」

 

トリガーヴォイスと、引き金を引くというトリガーアクションにより、射出される魔力の『大砲の弾』。直径を目測するに、ヒカリの身長とそう変わらない位の巨大さ。おおよそ120~130センチ。そのサイズはヒカリにとっては気圧されるほどに。

 

「おおおお大きくない!?当たる!当たっちゃうって!?」

 

『武装を顕現します。』

 

あせるヒカリとは裏腹に、機械特有の淡々とマイペースな音声で、自分のリソースに割り当てられた武装を呼び出す。

 

 

 

何やらやらかそうとしていたみたいだが、巻き起こる爆発は、ファイネストカノンが直撃かは分からないが、少なくとも命中したであろうと推察するには十分な要素である。距離にして数十メートル離れていたのにも関わらず、爆風による余波が髪を殴りつけるかのように吹き荒ぶ。これが威力を十分に示しているし、なによりもキリエが使う単発での射撃魔法では最大の威力を持っている。それだけに威力には自信を持っていた。

 

「さ、流石にこれは効果ありでしょ…」

 

撃墜の確信を持ち、口元をつり上げる。目の前に目標の物があるのだから、出し惜しみする理由もない。少し過剰に魔力を注いでしまったものだから、肩で上がった呼吸を整える。

モクモクと立ち上る煙。空を吹き荒ぶ四月下旬の風が、それを吹き流す。

そこには漆黒のボディスーツ。

それを覆うのは白銀の鎧。

右手に持つのは漆黒の銃。

先程と大きく打って変わっているのが、胸部に装甲。そこから肩の装甲を通して、背中に大型の一対の大型のユニット。そして…

 

『当機のイニシャライズ、コンプリート。同調、正常。』

 

頭に響いていた声は、いつの間にか左耳から聞こえてくる。目の前には緑色で半透明のバイザー。それを固定するのは頭部に着用された、これまた白銀のヘッドギア。そして左耳から頬に掛けてインカムのように機部が伸びている。

その姿は、白い騎士のように、神々しくもあった。

 

「嘘…!?あの一撃を受けて無傷って…!?」

 

「あ~、その…受けたわけじゃないけど…。」

 

『僭越ながら、撃ち落としました。』

 

どうやら右手に持つ銃。あれが攻撃手段のようであると、キリエは推測する。

見るに、キリエの持つヴァリアントザッパーのような、拳銃サイズの物とは違い、長さ1メートルほどのサイズ。カートリッジシステムを装着しているかのように、グリップトリガー前に無骨で、約20㎝のマガジン。バレルは重々しく感じるようなヘビーバレル。後部には肩越しにに撃ちやすいようにストックが備え付けられている。

所々仕様は変わってはいるもののM16A1。アメリカで使用されている小口径自動小銃。それの陸軍正式採用モデルだ。

…しかし、それはあくまでも『人間が軍隊で使う質量兵器』のサイズだ。

ヒカリの持つそれは、原型となったであろう銃を、ソックリそのまま1.5倍サイズに膨れあがらせた物。つまり、普通に生身のヒカリと並び立てば、銃のほうが大きくなってしまうほどの長さになっている。

 

「な、な、なんなのそのゴツゴツとした銃!?物騒にも程があるんじゃない!?」

 

「いやぁ…いきなり襲ってくるそちらも負けないくらい物騒かと…。」

 

仰るとおり…キリエはぐぅの音も出ない。

 

「で、でもコレ、アメリカ軍のアサルトライフルって奴でしょ!?あの人を撃てないよ!?撃ったら…」

 

『問題ありません。実弾射出型ではなく、魔力弾射出仕様にカスタマイズされています。質量兵器への法には抵触しておりません。』

 

「そ、そうなの?」

 

『加えて、非殺傷設定に切り替えておきました。死に至らしめることはほぼありません。撃退、もしくは捕縛することを推奨します。』

 

バイザー越しにキリエを見ると、円グラフになったメーターで、残存する戦闘力を表示し、相対距離に自機の状態など、細かな情報が記される。

そして円グラフは、先程のファイネストカノンの射出、ラピッドトリガーによる弾幕の使用で、10%程減少している。

 

「しかも、なんかさっきよりメカメカしてなぁい?」

 

『肯定、これは当機の完全展開である。無意味な消耗は望まない。大人しく投降を推奨する。』

 

「か、完全に立て篭もりとか、悪役に対する台詞回しだね…」

 

「…悪役でも何でもいいわよ?」

 

キリエの顔から、先程までの穏やかさは消え、ビリビリとした気迫すら感じるほどに目つきは鋭くなる。

 

「それでも…私にはすべきことがあるから…そのためなら悪役だって何だって…やってやろうじゃない!」

 

円形の、ミッド式とは違うピンクの魔方陣『フォーミュラプレート』を展開。両方のザッパーをフェンサーへと形を変える。腰を落とし、まるで陸上選手がスタートラインに立つように右足を引き、上体を低く。

 

「せ~…のっ!!」

 

踏み出す一歩。それは一回だけの跳躍。ヒカリの目の前に瞬時に移動したキリエ。フェンサーをクロスして切り裂く。

 

「ぐっ…!!」

 

辛うじて手甲で防いだ。速さを上乗せした斬撃。防いだとは言え、そのインパクトはヒカリを吹き飛ばすには十分すぎる。

 

「た…探知!姿勢制御!」

 

「その隙は…ないわよ?」

 

スラスターを噴かして体勢を戻そうとするが、キリエは既に背後に。旋回しようとするが、鈍い痛みが既に肩へ響く。

 

「スラッシュ…!」

 

切り抜けと斬り返し。高速で切り抜け、高速で斬り返す。探知する頃には次の一撃がヒカリの体に痛みを与える。

 

「レイヴ…!」

 

フェンサーの背を互いに繋げる。グリップが鍔となり、白くも鈍く光る大剣『ヘヴィエッジ』へと変わる。両手でその重心を利用し、振り回す。金属がぶつかる鈍い音。重みが集約されたことにより、一瞬攻撃のタイミングが遅れたようだ。魔力で強化されたガントレットが防ぐが、速さを犠牲にした分、その衝撃は片手剣との比ではない。

弾かれた手と、その手に引かれて吹き飛ぶ。

無防備。

そのチャンスをキリエが見逃すはずもなかった。

 

「インパクト!」

 

追撃と一閃。胸部装甲に直撃。

 

「ぐぅっ!?」

 

胸への圧迫感がヒカリの視界を朧気にする。

勝った…!

そうキリエは確信した。力なく吹き飛ぶヒカリの姿を見送り、少し大人げなかったか?と後悔の念を感じる。

…悪役でもいい。

そう思っていたが、やはり自分は甘いなぁ、と思いつつ、このまま落下はマズいので受け止めに行こうと移動し始めた瞬間だった。

赤い光。

眼下を照らす、赤い光。

時間として、所々灯り始めた街の電光ではない。

ヒカリのデバイス。その装甲の隙間から洩れる光。各バーニアをふかし、姿勢制御。体制を整える。

 

「ま、まだやるっての?」

 

三度、フェンサーとザッパー、一挺一本に持ち帰る。キリエにとってはこの世界のデバイス一機一機が未知のもの。何があっても構わないよう、臨戦態勢で待ち受ける。

 

「うぅ…痛い…。」

 

『各部、戦闘行動に支障はありません。しかし、経験の差による彼我の戦闘能力の違いがあります。』

 

「か…勝てない…かな?」

 

『…Maximumで行けば…あるいは。』

 

Maximum…詰まるところ、最大出力だろう。その意味が示唆する物…それの行き着く先が何たるかをこの時知る由も無く…

 

「…それなら、それで…行こう。」

 

『…ならば、当機に命名を。』

 

「名前?」

 

『肯定。それを以て、サージェントの当機への登録が終わります。』

 

「……そうか…だったら…」

 

目を閉じ、小休止。正直、ヒカリは名前を名付けたことは、この10年弱の人生の中では経験がない。でも、この機械は自分に名前を求めている。名前は大切なもの。でも、それを熟考する猶予はない。目の前にいる襲撃者。それが許すはずもない。

すっ…と。静かに目を見開く。

 

「機体名……『ヴァルキリー』」

 

『ヴァルキリー…登録完了。なるほど、北欧神話の勝敗を決する女神のワルキューレ、その英語読み。サージェントらしいチョイスと思います。』

 

「そ、そうかな?ってあれ?どうしてのボクの出身を…」

 

『Mode…Maximum…start-up』

 

言い終わらないうちに、ヴァルキリーと命名したデバイスから赤と白銀、混じり合った魔力の光がヒカリの視界を支配した。合わさってピンクというわけではなく、混じり合うこともなく、それぞれが独立して放出されていた。

足下に展開するのはミッド式。ヒカリの魔力光なのか、目映いばかりに銀色の光を放つ。

 

「ちょっ…なんなのよコレ…!?」

 

『各種装甲、スライド開始。内部フレーム露出確認。』

 

赤い光が漏れ出す部分を起点に、身体の各部にある装甲がその形を変えていく。それはインテリジェントデバイス等のモードチェンジ。俗に言う変形にも見える。

だが違う。

変形ではない。

変貌しているように見えた。

赤い内部フレームから漏れ出す赤い光。淡いネオンのようにも見えるが、それは強い光と弱い光、それぞれが一定のペースで心臓の鼓動のようにゆっくり代わる代わるで輝いている。

 

『サージェント。このモードは一定時間、魔力の最大放出と循環を行う、いわばフルパワーです。戦闘能力が格段に向上します…ですが。』

 

「戦闘継続時間が狭まる。つまり、短期決戦。そういうわけだね?」

 

肯定、とヴァルキリー。

 

『マニューバーの軌道はこちらが請け負います。サージェントは…』

 

「OK!照準とトリガー…だね!」

 

背部の大型のユニット。その装甲内部から大量の魔力粒子を噴す。

 

だが、まだ跳ばない。

 

まだ…踏ん張る。

 

力を溜める。

 

『スタンバイ…レディ?』

 

足の装甲による身体機能をブーストのお陰で、何とか踏ん張りが利く。今の格好はまさに、思いっきり飛ぶから力を溜める、足を肩幅に開き、膝と腰を少し落とした状態。

 

「ロケットォ…!」

 

ガシャリとM16を構え直す。右手人差し指をトリガーに添え、左手はパワーバレルを保持。いつでも照準を付けて撃てるようにする。

 

「ブーストォッ!!!」

 

溜め込んだ力場を解放する。

 

先程とは比較にならないほどの加速性能。

 

キリエとの距離は瞬時に埋められる。

 

トリガーを引く。マガジン内部に装填されたカートリッジ。いや…それにしては小さい。恐らくは本来の弾丸であるNATO弾に合わせて、カートリッジのサイズを合わせているのだろう。薬莢が、引き金の作動により、備え付けられた仕事を果たさんとし、内部に込められたそれを炸裂させる。それと同時に、銃口から高速で白銀の軌跡を描き射出。オートマチックの機能で、立て続けに撃ち込む。

発射するとマズルフラッシュで暗がりの空を、まるで流星群が連続して流れるようにみえる。

排莢口から魔力を使い果たした薬莢が排出され、下方を流れる雲に消えていく。

キリエはといえば辛うじて円形のシールドを張り、その振動にこらえながらも、魔力弾を防ぐ。

 

F1カーか何かが空を裂き、通り過ぎるような鋭い音が彼女の横で鳴り響く。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

背後を取ったと同時に急旋回。ブーストの加速度に比例し、かかるGも半端ではない。ある程度の緩衝はヴァルキリーとスーツが行っていても、完全に防げるものではなく、多少なりとも身体に負担が掛かってくる。歯を食いしばり、身体が持って行かれそうになるのを必死にこらえる。

肺が

胃が

心臓が

骨が

筋肉が

悲鳴を挙げる。だが、せっかく不意打ちにも近い、背後が取れたのだ。この気を逃すわけには行かない。

痛みにこらえ、M16の銃口を再びキリエに向ける。幸い未だ相手はこちらを捉えていない。

 

「いっ………けぇぇぇぇぇっ!!」

 

先程の回避と同じように、標的を中央に固定。その周囲を旋回しつつ魔力の弾丸が撃ち込まれていく。

魔力の弾による着弾で、キリエを中心として魔力爆発が発生し、グレーの煙が周囲を支配していく。

 

…やったか?

 

トリガーを引いても、何も出て来ないところを見るに、マガジン内部のカートリッジが切れたのだろう。

朦々と上がる灰煙に視界を遮られながらも、目をこらし、不測の事態に備える。

 

『予備の弾倉を射出します。』

 

サイドアーマーの上部がスライド。中から黒い、なめらかに湾曲したマガジンが射出される。危なげなくそれを受け取ったヒカリは、ライフルのマガジン・キャッチ・ボタンを押し込んで空弾倉のロックを外し、新たな弾倉を差し込む。ボルトキャッチボタンを操作して、初弾を装填。カートリッジが本体にセットされ、臨戦態勢は万全。

 

「…落とせたと思う?」

 

『攻撃のタイミング、角度共に現時点ではベストに近い物でした。加えて彼女の張ったシールドはラウンドシールドと同じタイプと推測。背後からの防御は恐らくは不可能。…撃墜は行かなくとも、多少なりともダメージはあるかと…』

 

バイザー越しに見るにも、魔力による爆煙でサーチが頼りにならない状態。相手がどう出て来るか。待ちの一手でしかないのだ。

 

「アクセラ…」

 

「っ!?」

 

聞こえた。

聞こえてしまった。

余り聞きたくなかったあの声が。

トリガーにしっかり手を掛け、どこから来ても良いように。

 

「レータ-!!」

 

目の前にピンクの閃光。

次の瞬間には、桃色の髪が眼前に靡き、不敵の笑みを浮かべた彼女がヘヴィエッジを振りかぶっていた。服は、銃撃のダメージなのか、所々黒く煤こけ、肌が露出している部分も見受けられる。

しかしその刃はヒカリを切り裂かんと唸りを上げ、ギラリと鈍く光る。背を三日月のように逸らせ、全身のバネを使い、振り下ろすそれは、当たれば必殺の一撃になるだろう。

ごぅっ!と空気ごと断ち切る。キリエも取ったと確信する。

 

 

 

 

 

しかし、響くの鈍い、金属がぶつかり合う音。

その黒いボディが、目標との間に遮り抗う。

M16のストックとパワーバレルを手で支え、押し負けないようにするつもりだったが、その一撃の重みはそれ以上。まさに叩き落とすように、ヒカリは下方に吹き飛ばされる。

さすがにあのタイミングで反応されるとは思わなかったキリエだったが、それでも、と空を蹴り急降下。

ヒカリもそれに感付き、左方向にブースト。キリエのヘヴィエッジがポニーテールの先端を少し切り、はらりとブロンドの髪が宙を舞う。

ヒカリはそのまま脚部と背部のスラスターを噴かして逆加速。M16を撃ちつつ、上昇をかねて距離を空けていく。

ヘヴィエッジの腹で防ぐ。

一発一発の威力は大したことはない。しかし、その連射性は中々厄介だ。

 

残りエネルギーは?

アクセラレータを使用したし、多少減ったが継続戦闘自体は未だ出来る。…自動回復にしても問題はない。それに、ここで決着をつければ、目的の物を手に入れることが出来る。

そうすればきっと…!

 

それがキリエの引き金となり、そして奮い立たせる意思。

蹴り出すように宙を跳び、バックブーストをかけながら弾幕を張るヒカリを追撃する。

迫るのは白銀の弾幕。その軌道を予測しつつ、シエルの持つM16についての見識に思考を巡らせる。

マガジン一つにつき、さっきの突撃と射撃。その中で撃たれた弾数は60発ほど。ある程度の誤差はあれども、撃ちきればマガジンを再装填するだろう。そうすればその隙を突くことで流れを一気に引き寄せられる。

 

「でも…!この速度は中々…!」

 

追撃しようにも、速度差がかなりある。アクセラレータならば追いつけなくもないが、あくまでもそれは直線でのみ。相手は軌道をある程度の調整できる分、有利だ。

弾幕の軌道は直射のみなのが不幸中の幸いか。キリエにとっては予想はしやすい。

 

…そしてその時が来た。

サイドアーマーの装甲が展開した瞬間を、キリエは見逃すはずもなく。

 

迷うことなく、

 

「アクセラレータ!!」

 

発動した。

常人から見れば、この速度は瞬間移動と見紛うほどの物だ。恐らく、これで彼女の虚を突くならば、一気にひっくり返せるはず。

アクセラレータの始動と同時に、銃口にエネルギーを集めるのも忘れない。

 

零距離から撃ち込む。

 

そうすれば、流石に防御の魔力を撃ち抜く事が出来るだろう。そこまでは無理でも、魔力を多量に削ることが出来るはず。

設定した座標に抜け出た。

眼前には白銀の装甲。

計算通り!

 

ヴァリアントザッパーの銃口が、火を噴き、唸りを上げる!

 

「ラピッド・トリガー!!フル…ファイヤー!!」

 

連射…

連射連射。

連射連射連射!!

倒れろ…

倒れろ倒れろ。

倒れろ倒れろ倒れろ!!

トリガーを引く指が、自ずと速度を上げる。

眼前にはマズルフラッシュが視界を遮る。

しかし、当たっているのは分かる。

確かな手応えが、確信がある。

爆発が、爆煙が、閃光が、爆音が、

視覚を、聴覚を、嗅覚を、支配している。

 

 

どれくらい撃ち込んだか。

気付けばトリガーを引いても、銃弾が出なくなっていた。恐らくはその銃その物が、短時間での連射によるオーバーヒートでセーフティーが掛かったのだろう。

銃に流し込んだ力は膨大だ。掌を伝い、銃を媒介にして、撃ち込めるだけ撃ち込んだ。引き金の引きすぎで指が少しシビれてる。

コレで落ちないなら、正直お手上げになるかもしれない。

 

2人は朦々とした煙に包まれていた。キリエ自身も、センサーの類いが効かない状況で、目の前にいる相手の状況はそれ程把握できていない。撃ち込めば当たった。それしか分からないから。

 

上空に吹き荒ぶ、夜を告げる風が煙を流していく。

段々視界も晴れ、白銀の装甲が目の前にある。…一点黒く煤けているが、装甲自体は割れもしなければ砕けてもいない。

つぅっと嫌な汗がキリエの頬をなぞる。

 

抜けていない。

 

その無二の事実を突きつけられた。

 

なんなのよ、この装甲…。

ガン○リウム合金なの?

超○金ニューZαなの?

 

戦慄。憤慨。

そんな感情がキリエの思考を支配する。

しかし、それを自覚した瞬間、心中鼻で笑ってしまった。

自分が?

戦慄?

憤慨?

ちゃんちゃらおかしいわね…!

なんせ、私は…

私達『姉妹』は…!

 

次は自嘲していた。

しかして、その彼女の思いと、努力の結果は、今の想像とは外れた。

キリエにとっては、良い意味となり得るものとして。

 

白の流星と黒の閃光が、宙域に浸入していた。




そんなわけで、ヒカリのデバイス登場です。基本的に追々物語に沿いながら、機能解説をしていきます。
出来るだけチートはしません。まぁ欠点もかなりある機体なので、その事を踏まえての戦術を組み立てるのもヒカリの仕事になっていきます。その辺を加味して楽しんで頂けたら、と。
では次回!


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Mission11『異邦人』

段々とサブタイトルがアレになってきてます。

べ、別にネタが尽きたとか、そう言うんじゃ無いんだからねっ!勘違いしないでよねっ!


遡り1時間

なのはとはやてはハラオウン宅に来ていた。…というのも、クロノとエイミィから伝えたいことがある、と招集を掛けられたからだ。

はやての方は、夕飯の下ごしらえ、なのはは宿題を丁度終えたところにクロノからメールが届き、それに従って現在に至る。

 

「そう言えば珍しいね。私達2人が揃ってクロノ君に招集を掛けられるなんて。」

 

上階に上るエレベーターの中で、マンション入り口で丁度一緒になったはやてに、なのはは話題を繰り出す。

 

「ん~、確かにそやなぁ。遊びに行く、って言うんやったらフェイトちゃんとやけど、クロノ君に呼び出しは……出会ってからは無かったんちゃうかな。」

 

「魔法関係かな?」

 

「…どうやろ?もしかしたら…そうかもしれへんな。まさかクロノ君が呼び出して、『ポケ○ンの通信バトルで駆け引きの特訓だ!』という訳ないし…」

 

なのはは想像した。西部の保安官が縄を回すみたいに通信ケーブルを振り回し、ゲームボーイ片手に迫るクロノ。

いやしかし、今の時期ゲームボーイに通信ケーブルか?

バージョンは赤?

それとも緑?

そんな想像が出来てしまうのは、クロノのイメージだろうか?

それとも、なのはの脳内が古臭いだけなのか?

 

考えながらも、目的の場所にやってきた2人は、当然の如く呼び鈴を鳴らす。

チープな『ピンポーン』というコールに反応して、中から慌ただしくスリッパが床を鳴らす音が聞こえる。

開け放たれたドアからは、フェイトが顔を出した。

 

「あ、いらっしゃい。はやて、なのは。お義兄ちゃんが待ってるよ。」

 

「待たせてもたか。それは堪忍や。」

 

「と、とりあえずお邪魔しま~す。」

 

宛がわれた来客用スリッパに足を通し、はやては松葉杖の足にあたる先端のゴムの汚れを、手持ちのウエットティッシュで拭き取る。さすがに、こうしておかないと汚してしまうので、はやてが外出、お邪魔するときはいつも持ち歩いている。

 

「あぁ、来たか2人とも。」

 

「いらっしゃ~い、なのはちゃん、はやてちゃん。」

 

「待ってたよ2人とも。」

 

広々としたリビングに設けられたL字型のソファに座り、端末を操作していた茶髪の女性『エイミィ』と、その隣で、そのデータを横目で見ていたクロノは視線を客人2人に移す。ソファの横には、子犬フォームになったアルフが、尻尾を振ってお出迎え。

 

「「お邪魔します。」」

 

「2人とも座ってて、今飲み物を入れるから。」

 

「ありがとう、フェイトちゃん。」

 

誘われるままに、ソファに2人は腰掛ける。

丁度夕日が沈む頃合いなのだが、余り気にもならない物の、窓から見えるオレンジの光は中々に目を見張る物があった。

眼を細めていると、目的の話の準備が整ったのか、クロノが口を開いた。

 

「今日は呼び出してしまって済まない。予定とかは問題ないか?」

 

「私は宿題終わったところだったから。あとはお店を手伝おうかなって思っていたくらい、かな」

 

「私も夕飯の準備をしてきたくらいやから。他の皆は任務や勤務やし、遅くなりそうなら連絡しとくから問題あらへんよ。」

 

「そうか、それを聞いて安心した。無理に呼び出したのでは無いかと心配してね。」

 

フェイトは手際よく、カチャリとコーヒーを入れられたカップがソーサーに乗せて、人数分テーブルに置いていく。

それぞれの好みによって、シュガーやミルクを入れられるよう、市販のスティックタイプの砂糖、カップタイプのミルクをテーブル中央に、これまた小洒落た朱塗りで木製の容器にそれぞれ入れて置いておく。

クロノとエイミィは、というと、来客用カップではなく、各々が日常から使用しているマイカップだ。2人の好みは把握しているのか、クロノは見た目通りにブラック、エイミィはミルクを混ぜてある。

アルフには犬用の餌入れに、ペット用ミルクを注いだ。なみなみと注がれた白い液体を、尻尾を振りながら舐めていく。

空いているクロノの隣に座ったフェイトを確認すると、それを機に話の口火を切った。

 

「では、今回集まって貰った理由を説明する。エイミィ。」

 

「了解~っと。」

 

エイミィが投影型モニターを操作すると、皆が見える前方にテーブルと同じくらいの大きさで、半透明のスクリーンが出現する。

が、

 

「ふむ、西日が差して見えにくいな。コレは配慮不足だった。」

 

クロノは立ち上がると、カーテンを閉める。季節に合わせた色合いなのか、青い布地のそれが窓を覆い尽くすように広げられた。

 

「すまない、話を戻そう。」

 

「この映し出されているのって…海鳴市?」

 

「そうだ。そしてこれが…」

 

次にエイミィが端末を操作すると、赤い点があらゆる場所に点在して表示される。

 

「…これは?」

 

「ここ数週間で微弱ながらも反応した魔力反応だ。…念の為、闇の書事件以来、この海鳴市を中心として半径百キロ圏内を探知できるサーチャーを以前から設置して置いたんだ。」

 

「まぁ闇の書ほどのロストロギアの余波被害って言うのも想定しててね。何らかの兆候があるなら先手を打てればって意味で。」

 

エイミィによれば、僅かながら。それも機械で継続的に探知していないと感知できないような微々たる反応だそうだが、さらにそれが不定期に反応を示す物なので中々その尻尾がつかめないでいるそうだ。魔導師ですら集中してようやくわかるほどの微弱さ。それが不定期にともなれば、仕方が無いのかもしれない。

 

「平均的な魔力反応は本当に少ない、が、1カ所だけ他とは違う。それも一瞬だけ大きな物があった所が…ここだ。」

 

示された点がクローズアップされ、とある場所を示す。その場所は、彼女にとっては思い出深い場所であった。

 

「ここって…海鳴森林公園?」

 

「確かなのはちゃんとユーノ君が出会ったって言うてたとこか?」

 

「そう、そして今日、僕はこの森林公園に何らかの痕跡が無いのか調べに行ってみた。すると、だ。」

 

クロノがカードの待機状態になっていたS2Uからデータリストを投射する。映し出された映像の中には、今までの事件に関する映像データや、自身の訓練や、模擬戦の戦果、提出する書類データ等々。仕事関係の物ばかりの色気のカケラも無い内容だった。

その中で、クロノは今日撮影した写真データを取り出し、地図のモニターの上に映し出す。

 

「こんな物が見つかった。」

 

「こ、これって…!」

 

二つに割られたガラス状の容器。そしてそれは元々一つであったことを示唆するかのように同じデザイン。その下の形は、丸みを帯びた円柱のような、…例えるならそう、カプセルと言えるだろう。その残骸が、周囲の森林や茶色の土で覆われた地面の中で一層浮いた存在である。

自然物と人工物。その中での違和感はどうしても拭いきれない。

 

「…試験管ポッド、とも言えるか。何かの研究対象がここに漂着した可能性がある。まだ魔法関係とは断言しきれない部分もある、が、関係ないとも言い切れない。」

 

「一応、回収して、本局の方で調べて貰ってるんだ。もしかしたら何か…」

 

「クロノ…。」

 

カプセルが映し出されてから、じっとその映像に釘付けになっていたフェイトが口を開いた。その眼は何処か、鋭くも少し遠くを見ているかのような印象。

 

「どうしたんだ?」

 

「このカプセル…私…見覚えがある…」

 

「そーなのかい?…思えばアタシもどっかで見たような…。…あっ!?」

 

どうやら2人揃って答えに行き着いたようだ。顔を見合わせ、精神リンクを通さずとも確信に至る。

 

「ど、どないなん?もし良かったら2人だけやなくって、私らにも教えてくれへんかな?」

 

少し表情を曇らせながらも、フェイトは意を決して、口を開いた。その様子を、アルフは少し不安げな、そんな表情で見つめる。

 

「あれは…時の庭園…、それが崩壊したときに、母さん…プレシア・テスタロッサと一緒に、虚数空間に落ちた…私のお姉ちゃん、アリシア・テスタロッサの入っていたものと似てるんだ。」

 

「言われてみれば…確かにそうだったかも。」

 

なのはもモニター越しとはいえ、アリシアの遺体が入っていたカプセルを見ていた。娘を愛するが故に狂気的なまでに蘇生の秘術を求めてしまったプレシア。彼女が唯一のよりどころと言わんばかりに縋り付いていた一人の悲しい母親の姿は未だ記憶に新しい。

 

「で、でももしそうだったとして、アリシアちゃんの体はどこに行ったんだろう?カプセルがこの世界に何かの理由で流れ着いたのなら、アリシアちゃんも…」

 

「あぁ…その件に関してだが…」

 

クロノはフェイトにアイコンタクトを送る。フェイトはその意図に気付いたのか、しばし考えた後、コクリと頷いた。

 

「…わかった…、とりあえず今から言うことは、基本的に箝口令を出す。…エイミィも、いいな?」

 

「…何やら神妙な話みたいだね。…話してくれるって事は、私を含めて、なのはちゃんとはやてちゃんを信頼してくれてる、ってとっても良いのかな?」

 

「ゴシップ関係以外の重要機密に関しての君の口の堅さを信用しているだけだけどね。」

 

「あ、それひどいなー、士官学校以来の仲でしょ~?」

 

「さて、話題が逸れてしまったな、戻そう。」

 

無視するな~、とエイミィの抗議が隣であるが、気にせずに話を続ける。そんな二人を見て三人と一匹は、見慣れた光景にも関わらず苦笑いを隠せない。

 

「件のカプセルに入っていたアリシア・テスタロッサ……彼女の生存がつい先日確認されたんだ。」

 

 

……

 

………

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?」」」

 

しばし沈黙の後、耳をつんざき、壁を振るわせるかのような三人の驚愕の声がリビングを支配した。クロノとアルフはある程度予想していたからか、耳を塞いで防御している。

彼女らが驚くのもそのはず。クロノの口から飛び出したのは、

『死者が生き返った。』

と言うことを意味しているのだから。

魔法がいかに優れた技術であるとは言え、死者蘇生などという、自然の摂理にも背くような力は確認されてはいない。使い魔という存在はあれこそすれ、あれは主人の魂の一部を分け与えられて生を受ける、と言うものであって、生物学上では明確に生前と同じように

『生き返った』

という意味は成さない。

使い魔として

『生まれ変わった』

と解釈するべきか。

 

「そそそそそそれって、一体どういう…」

 

「文字通りだ。アリシアは生きていた。バイタルチェックをしても、使い魔と同じような反応は見受けられなかったし、ちゃんとした検査自体はまだ受けてはいないが、今の見解では普通に生きている。」

 

「私も昨日、出会ってきた。…ホントに生きてたし、笑いあって、一緒にお風呂に入って、寝ても来たんだ。私の記憶の中でのお姉ちゃん、そのものだった。」

 

「なるほどや、それでも今朝はフェイトちゃん、遅れそうになってたんやな。」

 

「そ、そういうことになる、かな…」

 

一応は運動神経が良い方のフェイトだから問題は無かった。でも真面目な彼女としては、ギリギリの登校、と言うのは好まないから、気にしてしまう過去となった。その上で魔法に関してのあの誤魔化しは、やっぱり苦しかった事も、フェイトとしては忘れたい物だ。

 

「こほん、話を戻そう。カプセルが落ちていた位置。そこにあった反応、他にあった反応。それぞれの魔力波長が酷似している。しかし、それは同時では無く、数日毎に反応している。小さい反応だけに、躍起になるのも空回りしそうな物だが、それでも先の事件のこともある。やはり、情報共有しておく必要性が大切だと思ってね。…何か知ってることはないか?何かしら感じた、とか…」

 

なのは、フェイト、はやて、三人は互いに顔を見合わせ、各々が顎に指を添えたり、腕を組んだり、目を閉じたりして、自分の記憶に語りかける。

ややあって、なのはがおずおずと左手を挙げる。

 

「あの…もしかしたら関係ないことなのかもしれないんだけど…」

 

「どうした?何か思い当たることが?」

 

「うん、今日の帰りにね、ハルちゃんが『寄るところがある』って途中で別れたの。その時は気にならなかったんだけど、今思ったら変だなぁって。」

 

「変って…どういうことだい?別段寄り道なんて…」

 

「いや、そのハルという人物が僕の知る人物と同一人物ならば、ある程度合点がいく。」

 

クロノは新たなウィンドウを開くと、プラチナセミロングの髪と赤い瞳。陸の管理局制服に身を包み、仏頂面で映った少女の写真が現れる。

 

「ハル・エルトリア准尉。とある事情により、昨日から有休消化で高町家に居候している。」

 

「それがなんか変なとこでも…あ!」

 

「そう。昨日、初めて地球に来た人物が、学校帰りに『寄り道』。普通ならおかしい。土地勘や店の配置がわからず、そんなことをする人間はまずいない。」

 

「つまり、ハルちゃん自身が何かしら感じ取った、ってことに?」

 

エイミィがそう結論付けたときだ。

開いていたウィンドウに赤い点滅。

あらゆる画面を遮るように『ALERT』と赤いミッド文字でデカデカと表示される。

けたたましいまでに警報が鳴り響き、非常事態を告げるそれに、リビングにいた全員はハッと顔を上げ、立ち上がる。

 

「なんだ!?」

 

「ちょっと待って…!…これは!?市街地で魔力反応!?」

 

端末を打ち込み、探査魔法が導き出した非常事態を把握。

先程表示した海鳴市のマップに座標を表示する。

赤い点をサークルで囲んでいたのは、周囲が古いビルに囲まれた、旧中心街。旧、と明記はするが人の住まいはまだ十分すぎるほどあり、戦闘を行うなどあるまじき場所だ。

 

「数は!?」

 

「今のところ二つ!二つとも結構大きい!あ…!微弱だけどもう一つ増えた!」

 

「映像データを!」

 

「ちょっと待ってね!いま割り出すから!」

 

突然の緊急事態に驚きつつも、頭の中で冷静な判断を下す。

サーチャーから得られる情報、それらを整理し、映像を映し出すことに何とか成功する。

 

「ちょっ!!何なのコレ!?」

 

「どうしたんだ!?」

 

「民間人と思しき人がデバイス起動!えっと…そのまま…海鳴上空に戦闘領域を移してる!?」

 

魔導師が少なくとも3人だったはずが、ここに来て新たな魔導師の登場である。

だが、結界すら張られていない市街地で、戦闘行為など許されるはずもない。上空へ逃げたのも苦渋且つベターな判断とも言えた。

 

「そのまま上空3㎞で戦闘開始!」

 

「なのは!フェイト!君達は現場に向かえるか?結界魔導師がいない今、直接行って戦闘を止めるしかない!」

 

「わかった!」

 

「はやてとアルフはここで待機!…もしかしたら、増援が出て来るかもしれない。そのために余剰戦力として待ってて欲しい。」

 

「了解や。」

 

「いこう!フェイトちゃん!」

 

「フェイト…気をつけてね!」

 

「うん、ありがとうアルフ。いこう…なのは。」

 

コクリと頷く親友と共に、片や首から掛けられた赤い相棒を握りしめ、片や金の鋭利な感覚のアクセサリーを掴み、ベランダへと駆け出る。

それぞれの相棒に力を流し込むように…

意識を共有するように…

 

「レイジングハート!セットアップ!」

 

『オーライ、マイマスター!ドライブイグニッション!』

 

女性型の機械音声と共に、それは顕現する。紅い宝石をコアとし、金、白、青の装飾が施された、ミッドチルダ式インテリジェントデバイスにして、高町なのはの唯一無二の相棒が。

それと同時になのはの服も、戦闘用の魔導衣であるバリアジャケットへの変更される。レイジングハートの色に合わせて、白と青を基調とし、所々にレイジングハートのコアと同じような水晶を施し、金のブレストプレートに加え、所々に金のラインが施されていた。

 

「バルディッシュ!セットアップ!」

 

『イエスサー!ゲットセット!』

 

レイジングハートに対して男性型の機械音声。黄色のコアを中心として、戦斧を思わせるような漆黒のボディ。フェイトの母の使い魔にして、魔法の師であるリニスの遺作。そしてアルフと共に、常に側で支えてくれる相棒だ。

フェイトもバリアジャケットを展開する。黒いマントを羽織り、白と赤のラインと金の装飾が施された黒いボディスーツ。左手には銀のガントレットが装着され、なのはのような防御力に重きを置いたものとは逆に、速さを突き詰めたものだ。

2人はデバイスを握りしめ、暗くなった海鳴上空を未だ寒さ抜けきらない風を切って飛翔する。

 

「…どこの誰なんだろう…町中で戦いなんて…」

 

「何者でもとりあえずは止めないと…!上空に戦場を移したとは言え、流れ弾が地上に落ちたら騒ぎどころじゃ済まない…!」

 

「うん。お話…聞いてくれたら良いけど…。」

 

『マスター、スコープ使用で目視できる距離になりました。』

 

距離にして2㎞ほど。レイジングハートがこう言うと言うことは、予め敵を知っておけ、と言うことなのだろう。

なのはは一旦飛行を止めて眼をとじて、眼に魔力を浸透させる。再び見開くと、レイジングハートを介して狙撃用のスコープを展開。若干ぼやけながらも、倍率スコープのように相手の距離に合わせていく。数秒間調整に充てると、視界に白銀と赤の魔力を噴出させる白い何かと、それを追う桃色の髪の人物。遠巻きに見てもかなりの高速戦を展開しているのが分かる。白い何かは、白銀の魔力弾のような物を射出しながら、追撃を避けているように見える。

 

「どう?なのは。」

 

左隣1メートルに浮くフェイトが問いかける。どうにも未だに現状が把握し切れていないなのはだった。と、そこに通信が入ってくる。クロノかエイミィか?と思い、受信すると、そこには思いがけない人物からの物だった。

 

『聞こえるか?高町なのは。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえるか?高町なのは。」

 

感じた魔力が知った人物の反応だったので、通信を入れてみるとドンピシャ。バリアジャケット画面越しでも分かる点からして、やはり反応はなのはだと確信する。

 

『は、ハルちゃん?どーしたの?』

 

「上空の戦闘空域に向かうのだろう?…如月を頼む…!」

 

『ヒカリ?…どうしてそこでヒカリが?』

 

なのはの隣で通信を聞いていたフェイトがひょっこり顔を出す。

 

「戦闘している2人の内、一人はキリエとか名乗っていた。…もう一人は…ヒカリ・如月。クラスメイトの彼だ。」

 

……

………

 

『『えぇぇぇぇぇっ!?』』

 

なのは、本日二度目の絶叫。三度目の驚愕だ。

 

「何故かは知らん。しかし、彼はデバイスを所持していたことは確かだ。…いや、送られてきたようにも見えたな。…ともかく、詳しいことは落ち着いてから話そう。」

 

『そ、そうだね。ヒカリからも話を聞かなきゃだし、とりあえずは現場に向かおう。』

 

『それじゃ、ハルちゃん。また後で!』

 

あぁ、と短い返事の後、通信ウィンドウは閉じられた。一旦、目を閉じて大きな息を一つ。さて、その時になったら何から説明したものか。思案しながら、隅に隠れる金髪の少女を横目で見やる。こっそりと顔半分を角から覗かせ、チラチラとこちらを見ているところを見るに、人見知りが激しいのだろうか。

砕け得ぬ闇と呼ばれる物。

それが何たるかをこのユーリという少女は知っていると思われる。

そして『闇』と言う単語…。

この第97管理外世界の、この街においてこの言葉は少々引っかかりを感じる。

4ヶ月に終結した『闇の書事件』

それとこの少女は何らかの繋がりがあるのかも知らない。そんな憶測がハルの脳内を駆け巡り、僅かながら警笛を鳴らしている。

 

「…如月の件は信頼置ける仲間に任せて置いた。…彼女らならばそうそう遅れを取ることはないし、何より如月の友人だ。」

 

「………。」

 

先の鬼ごっこの件もあるのか、いまだ物陰に隠れ、若干睨み付けるように見るユーリ。

どうしたものかな、と悩ませる。まぁ、出会ったばかりの人物のことを警戒するな、と言う方が難しいものだ。

 

「一応、如月とは違い、魔法関係の知識はあるようだから説明はしよう。私は時空管理局の特務捜査官。…如月を追い回したことには、ちゃんとした理由がある。」

 

「………。」

 

ユーリの睨み付ける視線が痛い。いまだに懐疑的な視線は変わりなく、目の前で特務捜査官と名乗る人物を見る目は、まるで『私は異世界の一国の王女』と名乗るように信じるには難易度の高い物だろう。

 

それからハルはできうる限り説明した。

正当化、と言うわけではないが、それでもちゃんとした理由ががあったことには変わりない。

魔力反応。

管轄外世界。

その二つは混ざり合う可能性は低いが、あったにしても時として脅威となり得る物もある。

それならば、早い内に調査しておくに越したことはない。

 

「つまり、ヒカリを襲撃したのは、仕事柄、私の事が気になってしまった、と?」

 

「襲撃…。まぁあながち間違いではないか。そうだな。ここは管理外世界。魔法とは本来無縁の地だ。そこに魔力を持つ物があれば、調べておかないと何かあってからでは遅いからな。それに、もしかしたら力になれるかもしれない。」

 

力になる、とは言ったが、デバイスも封じられている今、出来ることは極力限られてくる。しかし、オペレート位なら、本職には劣っても力になることも出来るはずだ。

 

「…それに、上空の方も終わったようだ。」

 

「え…?」

 

見上げるハルに吊られ、視線を遥か上空に移したユーリの目に、白銀の光は途絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらは時空管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサです。次元渡航者の方でしょうか?」

 

戦闘空域に入った2人は、キリエとヒカリへ接触した。距離にして5メートル。相手の2人は戦闘行為を中断し、キリエはなのは達を見やる。

 

「まぁそんなとこかしら?もしかしておねーさん、イケないことをしちゃったかしらん?」

 

「ここは管理外世界です。飛行を含め、魔法使用、及びその世界への渡航自体、管理局の渡航許可が必要になります。お持ちですか?」

 

「いや~、おねーさん、ちょっちドタバタしてて、その時に落としちゃったのよね~。だ・か・ら…。見逃してくれたら、キリエ嬉しいなぁって…。」

 

もちろん渡航許可もなければ、落としたなどと大嘘だ。目的としては時間稼ぎ。手の届く場所に目標の物があるのに、手に入らないもどかしさは誤魔化しきれない。

しかし、ここで捕まるようなことがあってはならない。これが生き恥をさらしてでも、という奴かしらん?

 

「では、管理局のデータベースに履歴を照合してみます。失礼ですがお名前を…。」

 

「あっ……!」

 

今まで背を向けて浮遊していた白銀の機を纏った人物がふらりとよろめく。まるで、糸が切れた操り人形のように力なく項垂れたかと思うと、真っ逆さまに降下、否、落下していく。

この高さから地上に激突すれば…、いや、想像するのにも悪寒がする。

 

『フラッシュムーヴ』

 

レイジングハートの機械音声と共に、なのはは降下した。魔法の併用で、落下速度に更に速度を加える。バリアジャケットを纏っているとは言え、寒さの緩和はあまり設定していないので、加速すると肌寒さが身にしみる。

 

雲を抜けて、市街地が眼下に捉えられた。雲に突入したことで、一瞬目標を見失うが、レイジングハートのアシストで再び捕捉する。

 

「いた…!」

 

アクセルフィンの軌道を修正。うまく下に潜り込んで抱え上げないと、腕や足を掴もうものなら脱臼、いや最悪それ以上の自体もありうる。

こういう速度を必要とする事態はフェイトが向いているのに、無意識に身体が動いてしまった。

なのはの性格もあるが、さっきハルから言われた言葉が引っかかっていた。

 

『如月を…頼む』

 

恐らく白銀のアレはヒカリなのだという確信めいた思いがあるからだ。

迷うことはない。

友達を、目の前に危ない目に遭うと分かっている相手を、助けるのに理由は要らない。

 

「ヒカリちゃん!!」

 

どうにか落下する彼女を抜きレイジングハートを脇に抱えて、両手で抱き止める。フェイトのバリアジャケットにも似たような服を纏い、ゴテゴテとした機械を身に付けはしていたが、きめの細かく、美しい金のポニーテールは、大切な友人のそれであった。

 

「って重っ!!重ぉぉい!!!??」

 

それはそうだろう。こんな金属という金属を身に付けていて、その年相応の重量で済むはずもない。ある程度の身体強化はしていたが、これを上回る合計重量だ。

何とかフルパワーで高度を維持できた。ふぅ、と一息つくと、抱き抱えた少女の顔を見やる。

よかった、どうやら気絶してるだけみたいだ。

しかしホッとしたのもつかの間。念話がなのはの思考をノックする。

 

『な、なのは…。』

 

『フェイトちゃん?』

 

『さっきの女の人に…逃げられちゃった…。』

 

『ええぇぇぇぇっ!?』

 

今日は良く驚く日だ、となのはは後に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!こ、ここって…うわぁぁぁっ!?」

 

金の髪の少年の目の前が光に包まれた矢先、飛ばされたのは市街地上空。もちろん、無重力などと言う生ぬるい物は無く、ニュートンとやらの万有引力に従い、地表に向けて真っ逆さまに落ちていく。

 

「ブ!ブリュンヒルデ!セットアップ!」

 

『O.K.ドライブスタート。』

 

手持ちのデバイスを操作して姿勢制御を図る。腕と、足に黒金の装甲を纏い、胸部にも碧のコアを埋め込んだプロテクターを纏う。

デバイスの恩恵で、何とか魔力制御を行い、長時間の戦闘を可能になったが、それでもまだまだ覚束無い。

 

「…えっと、確か俺は…三日目の修行が終わって、それで確か…少し息抜きに公園に向かったまでは覚えてるけど…。」

 

『相違ありません。』

 

「…むむむ…。いきなりこんなところに転移するなんて、何かの事故かな?いや、でもそんな兆候はなかったと思うけど…。」

 

考えていても仕方ない。とりあえず近場のビルの屋上に着陸。地に足を付けることで、気持ちを落ち着けた。

まず現状を整理する。確か自分は修行のために管轄世界へ来て、泊まり込みだったはず。しかしあの息苦しさや重苦しさが無いことを見るに、違う惑星なのは確かだ。やはり別の世界に転移させられたのは間違いは無いようだし、どこの世界に飛ばされたのかを知る必要がある。

 

「ブリュンヒルデ。現在地を調べられるか?」

 

『既に検索中…検索……照合完了。第97管理外世界、地球と判明。』

 

「チキュウ…って確か!」

 

『姉君や御両親の出身世界でもある。』

 

これは朗報だ。姉の話では、事情を知る人が幾何かいる。アリサやすずか、運が良ければハラオウン家の人も居るかも知れない。そうと決まれば行動あるのみだ。しかし、

 

『新暦は66年と確認。』

 

「は?今、新暦79年だろ?それも5月のはずだ。」

 

『管理局サーバーにアクセスを掛けたところ、メニュー画面の表示がそうなっていました。加えて4月です。』

 

つまり…

 

「え?え?」

 

『魔力反応接近。数は2。念のために体制を整えてください。』

 

「落ち着く暇も無いっ!て言うか状況が読めない上にごちゃごちゃしすぎだっての!」

 

そう言いながらもブリュンヒルデと呼ばれたデバイスのブースターを操作し、移動する少年。物陰に隠れつつ、視力強化でその魔力反応を警戒し、何が飛び出ても問題ないようにする。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖王閣下が出ました。加えて覇王様も。

 

「あれ?おっかしいなぁ…今この辺で魔力反応が…」

 

なれない空中の慣性制御をクリスの補助を受けつつこなしながらヴィヴィオは目標の宙域で停止する。周囲は真っ暗闇で目もあまり利かないので、探知魔法による索敵で探しているのが現状だ。

 

「ティオ、私達も索敵を厳に。念のために臨戦態勢を。」

 

『にゃあ。』

 

周囲の空気の流れを感じ取れるまでに感覚が研ぎ澄まされた。そこまで探知魔法は得意ではないものの、それは反応速度でカバーするしかない。

 

 

 

 

それは少年の方も同じだった。遠目に見てもわかる魔力光。それが彼が行動させるに至る決定的な物となっていた。

虹色の魔力光カイゼル・ファルベ

聖王の血統にのみ確認されている、世界に二つと無いほどの超が付くレアカラーだ。そんな魔力光を発している人物というのは、少年にとって1人しか思い当たらない。

 

気付いたときには飛び出していた。

 

おそらくは自分の知る人物と同じ人間であるという確信がある。そうして2人が展開する索敵圏内に入ることになった。

 

「レオン君!?」

 

「よう、ヴィヴィオもなんか飛ばされたっぽいな。」

 

レオンと呼ばれた少年は、ヴィヴィオとハイタッチを小気味よい音と共に交わす。

2人とも見知った顔に出会えて、安堵感を隠そうともしない。

 

「レオンさんも…ここに飛ばされたんですか?」

 

「まぁな。2人もカルナージにいたのに飛ばされたクチか?」

 

「へ?私達は公園をジョギングしてたのが最後の記憶なんだけど…」

 

「え?それ…いつだよ?」

 

「確か…7月位、でしょうか?」

 

食い違う情報。

レオンが言うには5月。

ヴィヴィオとアインハルトは7月。

2ヶ月間の時差がある。

 

『お三方。話にのめり込んでおられるのは解りますが…新たな魔力反応接近。』

 

「…どうやら落ち着いて話すのは後回しっぽいな。」

 

「まずは魔力反応の対処、話はそれからですね。」

 

再三身構え、不慮の事態に対処すべく気を張る。しかして現れた相手は、3人とも見知った顔…のはずであった。

 

「え~こちらは時空管理局の八神はやてです。この辺で不審な転移反応があったので、もしよろしければ事情聴取諸々を…」

 

「「「はやて(ちゃん)(姉)(さん)!?」」」

 

「あ~はい、まぁ確かにはやてですが…。」

 

「…にしてはやっぱり小さいな…。」

 

「レ、レオンさん、失礼ですよ…」

 

「えーっと、13年遡るから…10歳くらいかぁ…確かに同い年にしては小さいかな…」

 

「ヴィヴィオさんまで…!確かにそうかもしれませんが、言って良いことと悪いことが…」

 

「あんたら…丸聞こえなんやけどな?」

 

こめかみにピクピクと青筋を立てて、剣十字を先端に取り付けた魔導杖『シュベルトクロイツ』を展開する。

10年後を知る3人のうち2人には、低身長にあえぐ一課の部隊長の姿を知るだけに、そしてその地位に相応の威圧感を持つ二等陸佐の姿がありありと目に浮かぶ。

 

「私かて気にしとるんやー!わざわざ聞こえるように言うなやー!」

 

かくして、後に『歩くロストロギア』『奇跡の部隊長』とまで呼ばれる広域殲滅型の少女と、後にインターミドルチャンピオンシップに名を連ねる近接型3人による阿鼻叫喚の鬼ごっこが始まった。




…ぼちぼちストックが無くなってきた。
Vivid編の方も執筆しています。未来の三人組の関係性レオンと名乗る少年の正体についても…ね。


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Mission12『未来より』

地球衛星軌道上

時空管理局所属艦『アースラ』

闇の書の事後処理、及び経過観察の為に滞在するこの艦のブリッジ。闇の書事件にて挙げた功績はまだ記憶に新しいこの艦は、現在第97管理外世界『地球』にて任務に就いている。モニター越しに見える青い星。衛星軌道上より多数のモニター、センサーを用いて闇の書破壊の影響が出ていないか監視しているのだ。

…そんなブリッジに似合わぬ異様な雰囲気が一角に漂っていた。

 

容器に注がれた深緑の液体へ落とされていく純白の固形物質。それは波紋を広げたのを最後に、その存在は深緑に溶け込み認識が出来なくなる。一つだけではない。

2つ…。

3つ……。

………5つ投げ入れられたのを皮切りに、次は白濁とした液体がそそぎ込まれる。二つの液体は混ざり合い、緑と白の中間色へと変わり果てた。

…そして、その容器を純白の、まるで清潔を体現するかのような手袋に包まれた右手が掴む。

それは慈しむかのように。

それは脆く、今にも崩れそうな砂糖菓子を持つように。

そして慎重に左手を添え、すぅ…っと口に運ばれる。

 

「…艦長」

 

「あら?なにかしら、エイミィ」

 

重い空気の中で口を開いたのが、ハラオウン家からオペレーターの席に移り、モニターとにらめっこしていたエイミィ・リミエッタだった。

 

「…毎回思っていたんですが…、おいしいんですか?それ…」

 

それ、と言うのもアースラ艦長のリンディ・ハラオウンの手に持たれた湯呑み。その中に入れられた、緑茶、角砂糖5コ、ミルクの混合物。通称『リンディ茶』である。

 

「えぇ、おいしいわよ?勤務のちょっとした小休止に丁度いい塩梅だわ。」

 

塩梅も何も、

甘みしか無いじゃないか!

というツッコミをしたくなるが、それはスルーしておくとして…

 

「貴方も飲んでみる?」

 

「え、遠慮しときます。…将来と健康のためにも…」

 

ゆっくりの湯呑みを艦長席に設けられたサイドテーブルに置く。その後コンソールを操作して、とあるファイルを開いた。眼前に複数のウィンドウが展開し、目的のデータを探してタップしていく。

見つけたのだろうか、人差し指と親指をあてがい、間隔を開くように動かして画面を拡大させる。

 

「ヒカリ・如月さん、ねぇ…。」

 

収容された1人の現地魔導師。検査をしたところ、ただの気絶だろうと診断され、運んだ2人がホッとしていたのは記憶に新しい。今も側で見守っているようだし。

ざっと魔力量を調査したところ、魔力ランクはC。決して高くはない数値だ。しかし、あれほどの高速戦も、撃ち込まれても耐えうる強固な防御も、それだけの戦闘を当人だけの魔力では不可能に等しいはず。

 

「ん~、問題はデバイスの方、かしら?」

 

「そうですね…、確かに見たことないタイプの物ですし…、新型でしょうか?でもそんなデータベースはないし…。デバイスにアクセスを試みてもアクセス拒否させられて…。」

 

問題はデバイスの解除だった。リリースさせようにも、外部アクセスを受け付けない。詰まるところ、おそらくは声紋認証か何かの類いでロックでも掛けられているのではないか?というもの。事実、気絶しているにも関わらずデバイスの解除がされないので、ベッドで休ませることも出来ず、床に座らせているだけというシュールな状況が医務室で行われている。急を要するような外傷がないのがせめてもの救いか。

 

「とりあえず後ほど目が覚めたら事情聴取を行わないといけないわね。その辺はクロノ執務官に任せて問題ないとして…。」

 

ヒカリの問題自体は保留としても大丈夫だろう。しかし、リンディにとって考えさせられる事態は多々ある。

一つ、海鳴市周辺で探知される魔力反応。

二つ、ヒカリを撃退して逃亡した桃色の渡航者。

三つ、これが今現在抱える内で、もっとも関連性が高い。いや、全ての根源とも言える物なのかもしれない。

 

「ユーリ・エーベルヴァイン。」

 

映し出された緩くフワッと、それでいておっとりとした雰囲気を出す少女。保護したエルトリア准尉の話では、ヒカリを護るかのように現れ、桃色の渡航者『キリエ』と戦ったという。しかし戦闘能力自体は、力のみで魔力の運用自体も特筆すべき所もなく、術式展開もなかった点から不可解な点も多々ある。

 

「…ようやく闇の書の件が落ち着いたかなと思った矢先にこれとは…ね。」

 

誰に聞こえるともなく呟いたリンディの言霊は、誰に聞こえるともなくブリッジの静寂へ変わりゆく。

しかし、

 

けたたましいまでの非常警報がブリッジを瞬く間に支配する。

モニターは赤く染まり、激しく点滅を繰り返す。

 

「艦長!大変です!海鳴市上空に転移反応!」

 

あぁもう!どうしてこう非常事態というのは重なって起きうるのかしら!!

リンディの内情は穏やかではなかった。闇の書の経過観察が終わったら、アースラのメンテもかねて少し休暇を皆で取ろうかという矢先にこれだ。

どうやら…、もう少し休むのは先になりそうだ。

 

「数と座標は!」

 

「数は4つ!内2つの座標は近接していますが、残る内1つはやや近く、残る1つは市の外れ辺りです!」

 

「データ解析、急いで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、アラートに応じて、待機していた最後の夜天の王こと八神はやてが調査に向かい、四つの反応の内三つと接触したまでは良かった。だがしかし、彼らは触れてはいけない逆鱗に触れ、文字通り命を賭けての疾走を繰り広げている。

 

「ちくせう!何が悲しくて不慣れな空戦で弾幕の回避マニューバーをしなきゃなんないんだ!って危なっ!?」

 

レオンは必死に後ろから撃ち込まれる白い弾幕を必死に避けつつ、追ってくるはやてを撒こうとする。文句を言った矢先、軸をずらした所に高速の直射弾が目の前を通過。嫌な汗が頬を伝う。

誘導弾ではないにしろ、その分膨大な魔力から乱射されるブリューナクの弾幕の嵐は驚異そのものだ。

 

「すいません、はやてさん…!」

 

アインハルトが振り返り、ブリューナクの弾丸を一発引っ掴む。掌に薄い魔力の膜を張り、捉えた弾の術式を変換。そのまま自身の魔力と掛け合わせ、一つの衝破と成す。

 

「覇王…旋衝破!!!」

 

「おわっ!…ととっ。」

 

突き返した両手の平からまさかのの撃ち返し。流石のはやてもこれを予想しておらず、直進だった軌道を急変更。背の黒い羽スレイプニールを羽ばたかせ、上昇して回避する。

 

「ま、まさかの魔力弾撃ち返しやなんて…」

 

「お二人は先に離脱を。この場は私が引き受けました。」

 

追いすがるはやてを塞ぐように仁王立ち。右手の拳は腰だめに構え、左手は軽く前に突き出し手刀。覇王流の基本の構え。彼女が臨戦態勢に入ったことを意味する。

 

「あ、アインハルトさん!」

 

「…やれやれ、世話の焼ける覇王さんだ。」

 

二人はアインハルトの両サイドに立つと、それぞれ構える。驚愕しきりのアインハルトは、型を崩さすとも表情はうろたえている、と言うところはさすがと言うべきなのか?

 

「お、お二人共…っ!?」

 

「何でもかんでも一人で抱えんなよ、『覇王先輩』!」

 

「私だって…アインハルトさんと闘いますよ!一人で抱え込むなんてダメです!状況が見えないからこそ、協力しないと!」

 

「あ~…えっと…なんや私悪もんになってるみたいや…」

 

目の前の互いをかばい合う姿に、はやては少々気圧されてしまう。

さっきの飛行魔法からして、三人は空戦になれていないのが解る。しかし、魔力量に関してはかなりの高ランク揃い。最低でもAA以上はあるだろう。それに、見るからに三人とも近接タイプ。広域型のはやてにとっては懐に飛び込まれたらひとたまりも無い。

 

「ど、どないしよ…、普通に形勢は不利なんやけど…。勢いに任せて撃ちまくるんやなかった…」

 

「見逃してくれたら、覇王先輩のおっぱい揉んでOK!」

 

「よっしゃ!商談成立!!」

 

「「えぇぇぇぇっ!?!?」」

 

即答。

お互いに戦わないに越したことは無い。

そう、平和的解決が一番なのだ。そしてこれはその貴い犠牲…。

 

「それじゃま!失礼して…頂きまぁぁぁぁす!!」

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁ…!」

 

海鳴の空に、卑猥な悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、つまりは何らかの原因不明な事象でタイムスリップして、ここに飛ばされた、と。」

 

「掻い摘まんで言えばそう言うことになる、かな。未来に影響が出るかもだから、余計なことは言えないわけで御座る。」

 

ひとしきり満足し、艶々の肌をしたはやて。それに向かい合うようにレオンが必要最低限の情報交換を行う。アースラのリンディとも通信のモニターを繋ぎ、同時に説明を行う。

 

『それにしても、タイムスリップね…、そう言った事例が過去に無いから何とも言えないけど…。』

 

「その辺に関しては…まぁ今起こっていることが起因している可能性も否定できひんし…、今は目の前の問題を一つずつこなしていくしか無いかなぁ。」

 

「と、とりあえず…目の前の問題として、アインハルトさんの心傷を癒やしてください~!」

 

「もう汚れてしまったお嫁に行けないクラウス私は駄目な子孫ですすいません覇王を名乗る資格はありませんよねハハハこんなのってないですよあんまりですよ訳が分かりませんよ夢も希望もありませんよ…。」

 

負のスパイラルへはまったアインハルト。ぶつぶつと膝を抱え、呪詛を唱えるかのようにブツブツ言う彼女は、近寄りがたい雰囲気を周囲に展開しており、周りに草木があるならば、その怨嗟で瞬く間に生命力を搾り取られているだろう。

 

「勢いで揉んでもたけど、覇王さん…やったっけ?ええ乳しとるよ!」

 

「慰めになってませんよ!?」

 

「将来有望な乳房ってことだ!」

 

「駄洒落を入れてもダメっ!!」

 

はやてとレオンの鮮烈なボケに、キレの良いツッコミ。

心がしずむ覇王は未だ帰還せず。

 

「とりあえず、だ、俺達未来組は、過去の皆々様に未来の情報が知られてしまったら、未来の改変、所謂タイムパラドックスが起きる可能性も十二分にある。必要以上の発言は控えないと、もしかしたら俺達自身の存在に影響が出る可能性があるしな。」

 

「ど、どういうこと、なの?」

 

「ヴィヴィオさん。ヴィヴィオさんは、なのはさんに助けられ、今の関係になった、と以前仰られていました。もし、運命の歯車一つ狂えば、その未来自体が起こらない可能性もあるんです。未来からの来訪者。つまり私達が過去に干渉すること自体イレギュラー。未来を改変してしまう特異点となってしまうかもしれません。」

 

「先輩、復活して的確な説明をありがとう。つまりそう言うこと。未来というのは些細な出来事で分岐してしまうものなんだよ。一番の優良策は干渉しない、これに限るけど、俺達は未来への切符すら無い。矛盾しているけど行動しなきゃならないのが現状だな。」

 

『方針は固まった、と言うことで良いのかしら?』

 

タイミングを読んでリンディが答えを聞いてくる。

 

「はい、未来組、アースラへの協力をさせて貰います。…しかし一つ条件が。」

 

「私達の素性は聞かないでください。…その、未来とか変わっちゃったら嫌なので。」

 

『そうねぇ…貴方たちのような将来有望そうなこの未来を壊すのはこちらとしても嫌よ?…わかったわ。変な詮索はしない、と言うことで。』

 

「御配慮、痛み入ります。」

 

どうにか互いに協力体制を取れた。

アインハルトの犠牲は無駄にはならず。

しかし今現在、アースラ側においては気になる点が一つあって…。

 

『そういえば…もう一つの転移反応はどうなったのかしら…?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだって俺がこんな目に…?」

 

「ったく…手こずらされたねぇ…、でっかい剣をぶんぶん振り回しちゃってさ。」

 

オレンジのバインドでぐるぐる巻きにされた銀髪の少年は、海鳴の山中で人間体のアルフに捕縛されていた。よほど手間が掛かったのか、パンパンと手に付いた汚れを払う。周囲はというと、そこらかしこに結界内とは言えクレーターが出来、木々は薙ぎ倒され、川は新たな分岐を作っていた。

 

「しっかし、威力はえげつないけど、戦い方は素人だね。はやてとの模擬戦を思い出すよ。」

 

「いぃっ!?やややややややややややや八神司令!?!?!?」

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』

 

「…なんだいアンタら…、はやてになんかトラウマでもあんのかい?それに司令?」

 

はやての名を挙げたとたん、挙動不審に陥り、ダラダラと冷や汗を流し、目が据わり始めた。

加えて念話のようなそうでないような、少しエコーの掛かった少女の声も聞こえることを思うと、融合でもしているのか?

そもそもリボルバー付きの、禍々しさすら感じられる大剣がひときわ目を惹く。さらに全身に入れられたタトゥーのような赤い模様。今まで見たこともないような装備がアルフの鼻をひくつかせる。

 

「まぁ、なんにせよ、だ。そっちの素性を聞かせて…っと、通信か。」

 

質疑を始めようか、と言うタイミングで、アースラからの通信呼び出しが掛かる。少年への警戒を続けつつ、その応答のためのウィンドウを展開。

 

『アルフ、そちらはどう?』

 

「あ~、若干手こずったけど、捕縛成功だよ。どうする?これからここで質問の嵐を吹っ掛けるかい?それともアースラの取調室でカツ丼を交えて…」

 

『刑事ドラマの見過ぎよ?それとカツ丼を思い浮かべて涎を垂らさないの。確認したい事もあるからアースラの方に連れてきて貰えないかしら?』

 

「あ~、OK。んじゃま、転移するからヨロシク。」

 

結界を解除すると、立て続けに転移用の魔方陣を展開。ふん縛っていた少年の首の襟をつかんで転移魔方陣に連れ込む。

 

「ほら、ジタバタすんじゃないよ!別にとって食いやしないよ!」

 

「嫌だぁ…!俺の第六感がヒシヒシと訴えてるんだぁ!嫌な予感しかしないぃぃっ!!」

 

泣きわめく少年。厳つい服装とかとは裏腹に、メンタルは豆腐だ。ばたつく度にでっかい剣が暴れてとっても危険である。

そうして少年『トーマ・アヴェニール』と、リアクトである『リリィ・シュトロゼック』はアースラへの転送の光の中に消えていった。




久々の更新になります~。
あっちこっちをバランス良く書いてたら中々…。
し、精進します。


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Mission13『協力体制 1』

闇。

それが周囲に広がる景色。

見渡す限り続く暗黒。音も無く、そして光すらも無い。

それはきっと自分の、彼女自身の心をも写しているのかもしれない。

愛する者のため、でもそれはきっと余りに盲目的すぎて。身も心も粉にして、ただ一人のために進んできた、純粋で、それでいて悲しい思い。その向こうに笑顔があると信じて。

 

(それでも…どうにも出来ずにいた。私のしたことは…徒労だった。)

 

願いを叶える宝石。地球と呼ばれる惑星に散ったロストロギア『ジュエルシード』。それを…集めさせて…。

 

(…バカな子…、こんなひどい女を…母だなんて…。私なんかのために…。)

 

どんなに突き放しても。どんなに罵倒しても。それでも私を母と、手を伸ばしてきた。

…愛した娘の代わり。

代替品。

慰み物。

でも…

 

(アリシアが欲しかった…妹になったかもしれなかったのに…)

 

誕生日に妹がほしい!そうすればお留守番も寂しくないもん!

 

純粋な…ワガママ。でも叶えたくても叶えられない願い。

だが結果として生まれた、アリシアと似ている、でも違う。そんな活発なアリシアとは違い、大人しくて、でも頑固で一途。

本当は解っていた。記憶転写したクローンを生み出すFATE計画。いかなアルハザードの知識を持つかの男の力を持ってして、生まれたクローンが見目形が瓜二つではあっても、同一人物は生み出せないことを。それでも一縷の望みにすがって、悪魔に魂を売ったとしても、それでも取り戻したい過去と、精算したい後悔の念があった。

そして、アリシアとは違うことが受け入れられず、計画の名から取って付けたクローンの『フェイト』。

 

『そう…やっぱり私は…いつも気付くのが遅すぎた…。アリシアのこと……そして、あの子のこと…。』

 

『まだ…間に合いますよ。プレシア。』

 

懐かしい声が頭に響いた。もう消えたはずの自分の半身…。山猫の使い魔…。

 

『…何で…貴女が…?』

 

『貴女のこと、見ていられないからですよ!ほんっっっっっっっっっっっっとに手間の掛かるご主人です!』

 

腰に手を当て、尻尾と耳を立ててぷりぷり怒る彼女が容易に思い浮かぶ。

 

『今更出て来てどうだというの?…ここは虚数空間の奥底…。離すまいとしていたアリシアも居ないし…感じない…。もう何も…』

 

『貴女はそれで良いのですか?…何も、後悔はありませんか?』

 

『あるわよ!アリシアにもあの子にも!…でも気付いたときには…もう叶わない願いになっていたの。…ほんっと…母親失格、ね。』

 

今まで狂気めいた笑いはあったが、自嘲染みた笑みは久しく感じた。もう戻るすべは無い。諦観にも似た思いを募らせる一人の母。

 

『なら…願ってください。貴女の望む、幸せな未来を…。願う思いも無ければ、掴む幸せも無いですよ。』

 

『望む、幸せな未来…。』

 

望むなら…願うなら…叶うなら、彼女の思いに答えるかの如く、ともに落ちてきた『宝石の種』は胎動を始める。

青い光。

ドクン…ドクン…

その願いを叶える宝石は、歪んだ願いでは無く…ただ純粋なる願いを受け入れるかのように、神々しく、それでいて引き込まれるような輝きに満ちるが、誰もソレを知ることは無く、そしていつしかその結晶体に亀裂が走る。

強すぎる願い、それはロストロギアの力をも越えていく…。

 

『私の望む…それは…!』

 

魔力結合の一切を断ち切る虚数空間、その最深とも言うべき奥底で。しかして魔を拒絶するそれに、一縷の稲光が走ったのを、誰も知ることは無く。

目の前に光が現れたのを最後に、プレシア・テスタロッサの意識も光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿威し

 

 

唐傘

 

戦艦、と言う巨大且つハイテクな人工建造物の一室に相応しくない空間。

和風のワビサビというのか、その癒やし空間はやはり無機質にも感じる戦艦内では不釣り合いな物で。

しかして、その畳の設けてある部屋の中央。

向かい合うようにして二人の管理局員と四人の時間渡航者と思われる人物が、やはり畳の上だけあって正座して座っている。しかし、件の四人はバリアジャケットを解かずなので、物々しいことこの上ない。曰く、最小限の干渉に抑えるため、素の姿は控えよう、というものだった。特にヴィヴィオとアインハルト、若干トーマも姿が変わるので、何らかの影響が出ないように努めているのである。

 

「やはり、にわかには信じがたいですね。…時間渡航、ですか。」

 

重々しく口を開いたのはクロノだった。話を聞くと言うことで、実質的にアースラのNO.2の権限を持つ彼の意見も聞いてみよう、という事で家でなのは達との交信・指示をしていたところを、こういった事情でここにいるわけである。

 

「それはまぁ…未来の、なんて事を話してもそりゃまあ信じられないでしょうね。…予言者とか、占い師とか、そう言った類いの物と変わりないですから。」

 

「でも本当なんです!私達、確かに未来から来ました!それはまぁ…信じろと言えば…レオン君の言うように未来を伝えたら良いんだけど…。でもそれを信じちゃったら未来も変わっちゃうかもしれないし…」

 

「ですが、話し合った結果、私達は未来に帰る方法を探して戻ります。この時間で荒波を立てる前に。」

 

「俺はまぁ…帰っても厳しい訓練しか無いだろうけど…、でもあの時代にしか帰る場所はありません。だから…。」

 

「クロノ執務官?未来から云々は今のところ問題では無いのよ?まずは時空を歪めてトラベラーを生み出してしまった原因、それが海鳴市に有るかもしれないのよ。もしそんな物を放置しておいても問題ないのかしら?いやあるわ。」

 

「しかし、その観点から言えば、彼女達の未来にその根源が無いとも言い切れないのでは?」

 

「それは低いでしょうね。各々元居た時間軸が違うんだもの。レオンさんは今から13年後の5月。ヴィヴィオさんとアインハルトさんは同年7月。トーマさんは更に二年後、と…。それぞれが違う時間から飛ばされているのに、一つ一つにそのファクターとなる物があるとは考えにくいわ。それに、私の憶測だけれど…、闇の書の闇…ナハトヴァールの破壊からくる影響の残滓。それが原因かもしれないと思うのよ。」

 

ナハトヴァール

夜天の書を闇の書たらしめる根源にして、その驚異的な転生と再生の源。凶悪且つ強力な力を有し、闇の書事件においての最大級の脅威となったシステム。

度重なる偶然が功を奏し、破壊に至ったものの、その強大な力の残滓の影響が出るであろう、と言う見解は恐らく誰もが思ったことだろう。

しかし、事件から既に4か月。そろそろ経過観察に見切りを付けよう、と思った瞬間にこれだ。

 

「でも、なんでこのメンバーなんだろう?魔力…で言えば俺達より高いランクの人はそこらかしこに居る。選ばれた理由が分からない。」

 

「その辺は…まぁ元凶たる物に改めて聞くしか無いだろう。案外と単純な理由かもしれないしな。」

 

(ねぇねぇ、レオン君。)

 

(…なんだ?)

 

トーマとクロノが意見交換し合う中、ヴィヴィオが念話で話し掛けてくる。

 

(…こんな事件、ママやヒカリさんから聞いたことある?話の欠片すら無かったような。)

 

(いや…全くと言って良いほど…。)

 

(だよね。闇の書やフェイトママとの出会いとかは聞くけど、…もし私達がママ達と出会っていたら、大人モードを見た瞬間に思い出したりするはずだよ。)

 

こうなってしまっては鳥が先か卵が先かになってくる。

未来から飛んできたなら、過去のなのは達が自分のことを知っている。

となれば、未来で出会うなのはは自分について知っている。

どちらが先に起きた事象なのか。こればっかりは押し問答になりそうなので割愛しておこう。

 

「なんにせよ、何らかのロストロギアやその他未知の技術、それらの可能性の影響とも考えられます。その原因の究明と魔力反応の解析、それを当初の目的としてアースラチームは動くことにします。クロノ執務官も、それで?」

 

「僕は艦長の指示に従いますよ。それに、異常事態には変わりないし、闇の書事件の後始末と考えればいいだけです。…もっとも、僕はリハビリ中ですし戦闘では無く、艦長とともに指揮へ回りますが。」

 

「結構。それでは皆さん、よろしくお願いしますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わりアースラ医務室。

未来の四人の説明が終わった同時刻。

その一角にゴテゴテと、そしてメカメカとした白銀のソレは意識を取り戻す。

見開かれた蒼眼。寝ていた、と言わんばかりに半開きで虚を見つめるようにボーッとしている。

未だ現状把握が出来ない寝惚けた頭で、目だけを動かして周囲を見渡す。

白を基調とした、清潔感溢れる壁や天井。鼻につくアルコールにも似た匂い。ベッドと、ソレを囲うように天井からレールが吊されているカーテン。

 

「Hospital?」

 

普通に考えて出て来るのはこういう結論だろう。

ここに運び込まれるまでの記憶を遡ってみる。

 

たしかユーリの欠片を集めてて…

 

転校生さんと鬼ごっこして…

 

それでピンクのお姉さんと……

 

 

 

戦った。

 

「はっ!?そうだ!ユーリは…!?」

 

思考が覚醒し、立ち上がろうとすると、身体にとてつもなく重い錘を乗せられたかの如く動かない。まるで拘束されているかのようにも感じる重量感が四肢を支配する。

 

「…と、そうだ。ヴァルキリー?」

 

『お目覚めですかサージェント。ご気分の程は?』

 

帰ってきた機械音声。インカムから発せられているのか、先程のようなオープン回線では無く、ほぼヒカリにのみ聞こえるようなものだ。身体が重く感じるのは、ヴァルキリーの各種パーツが駆動状態では無く、スリープモードであったことに気付く。

 

「少し身体がだるいけど…他は特にない、かな。」

 

『ソレは何よりです。』

 

「ところでここはどこなの?…確かボクは海鳴市の上空にいたはず…。ハッ!?もしかしてあの女の人に負けて落下して、表現するのもはばかられるような無残なタンパク質の塊に…!?」

 

『落ち着いてください。ここは次元航空艦の医務室です。先の戦闘で気を失ったまでは間違いありません。しかし、落下の前に魔導師によって救出されたのです。』

 

「マド…ウシ?」

 

理解に苦しむ単語が飛び出してきたところで、医務室の入り口である自動ドアが、スライド音とともに開放される。咄嗟に身構えてる…つもりだったが、身体が思うように動かないために、視線だけが警戒して入り口を見つめている。

 

「ふむ、ようやく気付いたな。」

 

そこに立っていたのは、先の鬼ごっこの鬼役にして転校生であるハルであった。服装は制服から着替えたのか、しかしその先の服装も見慣れない物だった。

上下茶色の制服で、中には白のブラウスに青のネクタイ。下はスリットの入ったタイトスカートに、膝下までの黒いミリタリーブーツ、である。

 

「アイエエエ!!エルトリアさん!?コスプレ!?コスプレナンデ!?」

 

「コスプレだと!?これは我らが陸士隊の勤務における制服だ!断じてコスプレなどでは無いぞ!」

 

「そーいう設定なの!?そう言うのはまだ早いよ!?四年くらい!」

 

「そう言う貴様はどうなのだ!?自分の身体をよく見て見ろ!!」

 

「こ、これはボクの意思じゃ無いもん!」

 

顔を合わせた瞬間これである。ヒカリにとっては管理局陸士隊の制服など見たこともないし、ましてや自分と同い年の少女がそんな服を着込むこと、というのは、コスプレと捉える以外何もないのも無理は無い。

 

「…そもそも、早いところその物騒なデバイスを解除したらどうなんだ?身動きがとれないのだろう?…もっとも、縛られるのが好きなのなら構わんが?」

 

「ぐぬぬ…!ヴァルキリー、解除お願い!」

 

『了解しましたサージェント。モードリリース。』

 

起動したときと同じように白銀の粒子に包まれたヒカリの身体は、瞬く間に元の聖祥大附小学校男子制服に更衣していた。

ハルを庇って倒れた際に付着した泥などの染みが、純白の制服には目立つ。

 

「うぇ……まだ二週間なのに…」

 

やはり編入なだけあって新品の制服が支給されたので、早くも泥にまみれたことに若干ショックを受ける。

 

「あー…その、だ。その件に関しては済まないと思ってはいる。私もこういう生活には慣れてなくてな。…その、同年代を説き伏せる、ということのやり方が解らんのだ。相手取ってきたのは上司か部下、それに犯罪者だったからな。だからその…許して欲しい。」

 

深々と頭を下げ謝罪する。ヒカリもここでようやく理解した。

追い掛けられたときはどうなるかと思ったけど…。

 

「ぷっ…あっはははは!」

 

「なっ!人が真面目に謝罪しているのに笑い飛ばすなど…!?」

 

弾けたような笑い声が医務室を支配する。カラカラと笑い続けるヒカリに対し、ムッとむくれるハル。

ハルの言うことも最もだ。謝罪を笑い飛ばされて良い思いをする人間なぞ、余程特殊な性癖を持たない限りは居ないだろう。

 

「あ、あ~、ゴメンゴメン!いや…追い掛けられたときは恐かったし、今日出会ったばかりだからエルトリアさんの事はよく知らないけどね?…でも誠実で、真面目なんだって事が分かったよ。そして、なんとなく…信用できる人って事も、ね。」

 

大笑いして、目から溢れた涙を拭いながら。

 

「でもね?」

 

「…なんだ?」

 

未だに笑われたことを根に持ちつつ、少々不機嫌な返事を返す。

 

「やっぱりコスプr…」

 

「だからこれはコスプレではない!」

 

「あ!ヒカリちゃん!」

 

ハルの否定が響いた後に、二人もよく知る明るい声が耳に入ってくる。

なのはである。

普段着の赤く袖の長いシャツの上に、薄く淡いピンクの袖の短いシャツ、紫のプリーツスカートと言った出で立ちで、彼女の魅力を引き出す組み合わせだ。

てててっとヒカリに駆け寄ると、ひしっと抱き付く。

 

「目が覚めたんだね!よかったぁ…!しかも軽い!」

 

抱き付くまでは良かったが、身体を持ち上げられてヒカリは目を見開いた。

 

「な、なのは!?か、軽いってどういうことなの!?ボク、急激に痩せた!?前はそんなに太ってたかな!?というか、服が汚れてるから、なのはの服も汚れちゃうよ!?」

 

「高町、一応ここは医務室だ。騒ぐのは感心しないな。」

 

「ご、ごめんなさい…。」

 

ゆっくりと困惑するヒカリを降ろす。片やぷりぷりと怒り、片やずばりと嗜めてくるので、なのはも流石に謝り倒すしか無い。

遅れてフェイトがひょっこりと顔を出す。

 

「あ、目を覚ましたんだ?」

 

「フェイト~、なのはが、なのはがぁ~!」

 

「ダメだよなのは、ヒカリを虐めたら…」

 

「えぇっ!?私何もしてないよ、ホントだよ!?」

 

フェイトに泣きつくヒカリ。なのはも窘められる程では無いと反論する。段々収拾が付かなくなってきていることにハルは頭を抱え、

 

「…医務室で騒ぐなと言ったばかりなのだがな…。」

 

誰に聞こえるとも無く溜息とともに口を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を食堂に移し、食事を交えての事情説明をする事にした。魔法と関わってしまい、さらには見たことも無い型とは言え、デバイスを所持してしまったからには話さないわけにはいかない。

四人は軍用食にも似た保存性のあるレトルトパウチから戻されたものを盛り付けたプレートを並べていると、食堂入り口の陰から、ウェーブの掛かった特徴的な髪が、揺れて顔を覗かせる。怖ず怖ずと顔を出そうか、出すまいか、迷っていると…、

 

「ほら、ユーリ。ヒカリちゃんもおるんやから、遠慮せんと!」

 

「あぅっ!」

 

ぽん、と背中を押されて顔どころか全体が見えた少女があたふたしていた。一瞬何事か、と思ったら、心配していた件の少女。気になっていたからか、少し浮かない表情だったヒカリの顔に、喜色が浮かび上がる。

 

「ユ、ユーリ!」

 

「ヒカリィッ!」

 

まるで数年ぶりの再会を果たした恋人か親友のようだった。ひしっとどちらかともなく駆け寄って抱き合う。カメラアングルがあるなら、周囲を程よい速度で回っているだろう。

 

「よかったぁ…無事だったんだね!ボク、何処に行ったんだろうって…心配で…!」

 

「私もヒカリが落とされたって聞いて、心配してたんですよぉ…!ホントに…無事で良かった…!」

 

なんだか食堂の中で、二人の居る場所だけが別空間に見える。ユーリを知らないなのはとフェイトは顔を見合わせ、ハルはやれやれ、と少し呆れ、はやては普通に再会を祝っていた。

 

 

……

 

………

 

「いつまで抱き合ってんねん。」

 

「あいたー!!」

 

すぱーん!と、ヒカリの頭を目掛けて振り下ろされたハリセンが快音を響かせた。

いつまでも百合百合しているのが悪い。ギャグみたいに腫れ上がったタンコブを摩りつつ、ユーリの食事の用意に取りかかることにした。

 

「所でユーリ、どうしてはやてと一緒だったの?」

 

ヒカリがふと気になって尋ねてみる。ユーリの食事を机に置いて、各々の席に着いたのと同時だった。

 

「あ~…そやね。順番に説明していこか。まずはここは次元航空艦アースラ。時空管理局執行隊の…」

 

はやてに始まり、フェイト、なのは、そしてハル。それぞれが魔法に関することをヒカリとユーリに説明していく。去年に起こったPT事件、半年前の闇の書事件も掻い摘まんでだが説明を済ませる。

 

「まあ、そんな感じで私達は管理局に民間協力者として事件に関わってきていた訳なんだ。」

 

「私やアルフは嘱託。ヴォルケンの皆は過去の贖罪という形で任務に従事してるの。」

 

魔力に関しての知識はある程度ユーリから聞いては居たが、数多ある次元世界の存在なんてSF映画もかくやと言わんばかりでは無いか。

 

「つ、つまり…なのは達は魔法…使いで、沢山の世界を護るために…戦ってる…?」

 

「うん、まぁそれが一番わかりやすい、かな?それでこれが…」

 

なのはは自分の首にかけている赤いビー玉が付いたネックレスを掌で包むと一念。桃色の光が発したかと思うと、それは長細く形を固定していく。

白と金、そして青を基調とした杖の先端に、10㎝ほどの赤い球体がはめ込まれている。

魔導杖レイジングハート・エクセリオン

なのはの一年来の相棒である。

 

「デバイス…って言う…?」

 

「そうだよ。…多分だけど、ヒカリちゃんが纏っていた…あの白い鎧みたいなの。あれもたぶんデバイスだと思うの。私達の使うのとは少しタイプが違うみたいだけどね。」

 

基本的にデバイス、と言うのはその名の通り端末。それだけに携行性がある者が多く、手持ち式のものが多い。

長杖然り、戦斧然り、長剣然り、鉄槌然り…

身に着けるもののと言っても、全身を覆うものは無く、あるとすれば右腕だけや、脚にのみ装着等々、身体の一部になる物がある。

しかし、ヒカリのヴァルキリー。これは全身を纏う、それ自体がバリアジャケットと呼んでも問題ないくらいに重厚かつ堅牢さが備えられているのが印象的だろう。

 

「その辺りに対しては、一旦本局に向かうのが手っ取り早いだろう。…無論、今この現場の監督であるハラオウン提督の意向にもよるがな。」

 

「あとな、面白い人らがおるんよ。なんでも未来から来たって言う人らなんやけど…。」

 

「けど…?」

 

なにやら言葉を濁すはやてに、皆は首を傾げる。

 

「なんや15歳くらいの男の人に、えらい怖がられとるんよ。…もし未来から来た言うんが本当やったら、何をやらかしとるんやろな、未来の私…。」

 

どこか遠くを見るはやては未来への自分の不安を拭いきれない、それでいて末恐ろしく感じているようだった。



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Mission14『協力体制 2』

管理局の本局第5研究室

非常事態の警報は止んだものの、一縷の不安な空気が研究室を支配していた。

デバイス単体の転移。その先を割り出して、偶々取り外してなかったセンサーで、ヴァルキリーの戦闘状況をモニターしていた。

結果として、予想通り、いやそれ以上の動きを見せていた。ウェイト自体は予定より数キロ軽くはなった。…と言うのも、駆動や慣性制御のシステムを向上させるという新素材を知り合いの研究者が回してくれたお陰で、それを組み込む周辺機器の要領に余裕が出来ていた。しかも加工がしやすいので、いっそのこと基礎フレームに組み込んでみたところ、恐ろしいまでの敏感な反応を持つまでに至ったときは驚喜したものだ。

加えてAI自体も、起動時間がいまだ短いとは言え、初心者たる術者のフォローと出力などの管制を的確にこなしていたのも良かった。

しかし、調整は済ませていたとは言え、マスター登録を行っていないデバイスが独りでに転移した、と言う事実が何とも納得がいかない。結果としてたいした怪我も無く、無事に管理局の艦艇に収容された、と言うのも悪くはない。下手な解析が出来ないようにメインシステムに高度なブロックをかけているので、余程のことが無い限りはそのデータが流出することはないので、心配する必要性は無いはずなのだが…。

 

「しかし…起動と同時に事件に巻き込まれるとは、予想だにしなかったな。」

 

デバイスとそれを使役する魔導師のバイタルチェックを行いつつ、先の戦闘データを纏めていく。まさかのマキシマムまで発動させるなどとは良い意味で予想外だった。これは次に細かな調整を行う議題が出来たと言うもの。

 

「本当に、デバイスと魔導師の融和、というか、調整がお上手ですね。挙げ句にはユニゾンデバイスまで開発しそうで怖いですよ。」

 

「それも中々興味深いところだが、生憎とそのタイプのデバイスのデータが不足、と言うよりも存在自体がロストロギアに近いものさ。それだけに夜天の書官制人格が持つデータは喉から手が出るくらい欲しい物がある。しかし、聞くところによれば、ナハトヴァール切り離しの際、力の殆どを持って行かれたそうじゃ無いか。しかも、構成データも再生せず劣化の一途。…時の流れで遠からず朽ちると聞く。…そんな彼女をようやく手に入れた『家族と過ごす貴重な時間』を、たかだかデータ採取に裂かせることが出来ようか?…いや、出来んな。…だったら一から作り出してやろうという気概を持つくらいが、私としてはやりがいがあるよ。」

 

研究者、と言う物は、未知の技術や能力に興味をそそられる。性と言うべきか、知的探究心というものを刺激され、満たされることはほぼ無い。

彼の次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ

彼も同じ穴のムジナなのだろう。彼と同じになるつもりは無いが、根元は同じなのだろうとどこかで納得してしまう。

 

「さて、遠からず彼女とデバイスをここに招待する事になるんだ。出来るだけ、更なる機能向上の調整が出来るよう、データを解析しておくとしようか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。本来の質問に戻ろか。私とユーリが一緒やった理由。それは、彼女が闇の書の防衛システム、ナハトヴァールに関係ある人物かもしれへんからや。」

 

「ナハトヴァールって…あのリインフォースさんの腕に付いてた…取っ付きみたいな武器?」

 

「そそっ。流石なのはちゃん、よう覚えてるな。」

 

「そりゃあ…あんな闘い二度と御免だし…。」

 

二つの意味で、である。

悲しく、泣きそうな表情で向かってくるリインフォースと。

そしてあんな圧倒的な相手と戦う。

その二つの意味合いで、だ。

 

「詳しいことはわからへんけど、エグザミアの中に断片的にナハトヴァール関連のデータが見つかったんや。」

 

「「エグザミア?」」

 

なのはとフェイトが異口同音に首を傾げる。

 

「エグザミアっていうんは…そやね。ここは当事者のユーリから…。」

 

「ふえぇっ!?わ、私…ですか…?」

 

まさかまさか話が飛んでくるとは思いもしなかったユーリは、あたふたと顔を赤らめている。その光景は微笑ましく、見るものを和ませる。

 

「わ、わかり…ました。…まだ欠片も集まりきっていないので…その、断片的なことしか説明出来ないですけど…。」

 

ユーリは説明を始めた。

永遠結晶『エグザミア』。それはかつて夜天の書から闇の書へと変貌する過程で組み込まれ、夜天の書を制御下に置くためにその奥底で眠っていたが、ナハトヴァールによってプログラムを上書きされ、隠蔽されていた。

そして前日の『闇の書事件』の終息。それによりナハトヴァールと夜天の書官制人格との切り離しの際、ナハトヴァール側へと取り込まれ、そのままアルカンシェルで破壊された…。

しかし、エグザミアは砕けはしたものの完全破壊はされておらず、欠片となり地球に降り注いだ、と言うわけである。

 

「その官制人格が私で、欠片と一緒に本来の力や術式、記憶も全部分かれちゃったんです。」

 

「で、ボクはたまたまユーリの欠片を拾って、事情を聞いて欠片を集めてた…って言うのが理由、かな?」

 

これでおおよその事情説明は終わったのか、ヒカリの言葉を皮切りに食堂に静寂が訪れる。

当の二人は情報共有の安堵感からか表情の硬さは抜けているに対し、ハルはというと仏頂面にくわえて眉間にシワを寄せている状態である。

 

「事情はわかった。…しかし、だ。闇の書の残滓に近いエグザミアを、魔法の知識を持たない民間人が回収している、というのはやはり得心がいないな。」

 

「ちょっ…ハル!?」

 

「まぁハルちゃんの言うことにも一理ある。言い方を変えたら、見付けた爆発物と思しき不審物を私らが開封しようとしとるのに近いからな。」

 

「はやてちゃんまで!?」

 

自分達の側と思っていたはやてがハルの意見に賛同したことに、なのはとフェイトは驚きを禁じ得ない。

 

「私って…爆発するんですか?」

 

「ぼ、ボクに聞かれても…。」

 

だが当の爆弾認定されたユーリはと言うと、まるで他人事と言わんばかりにヒカリに尋ねる。

 

「んっん!まぁとにかく、だ。如月がエグザミアを一人で管理する、というのは些か言い方が悪いかもしれんが…だが、だからといって一個人でロストロギアとなり得る可能性のあるものを持たせるのは心許ない。」

 

「…あ、成る程ねぇ…。」

 

隣って座るなのはが、察したと言わんばかりにニコリと、それこそ友人に向ける満面のような笑みで頷く。

 

「…ど、どうしたの?なのは…。」

 

「ハルちゃんの言い方が回りくどいんだよ~。素直に『ヒカリち…君が心配だから、自分達も手伝う』って言えば良いのに~。」

 

「なっ!?わ、私はだな…!」

 

「まぁリンディさん達の指示も無いと決定は出来ないけど、私はそれに賛成だよ?…それに何だか一年前のこと、思い出しちゃって…。」

 

「一年前って言うと…あっ…!」

 

フェイトも思い出したのか、なのはと視線が合う。当事者とか、最大の功労者と言っても過言では無い二人には、感慨深い出来事であるPT事件。出会いの切っ掛けとなった件の事件の過程で、なのはとフェイトはジュエルシード収集という同じ目的がありながらも対立してしまっていた。あの時は殆ど話し合う機会もない状況で、本当に協力できたのは終盤も終盤だった。そんな経緯を知る二人だからこそ、こうやって互いの内情を知ること、そしてそのうえで協力できることは大切な機会なのだと自然に思ってしまう。

 

「ヒカリちゃんもハルちゃんも、勿論私達も。皆で協力し合えば早く解決すると思う。ユーリだって、記憶や力が無いままじゃ不安だと思うし。」

 

「だから、一緒にユーリの…エグザミアの欠片を探そうよ。何か問題があっても、一人じゃ難しくたって、皆で協力したら乗り越えれるよ。」

 

「やれやれ、私が言わんとすることを全部言われてもたな~。ま、そゆことや、お二人さん。二人で抱え込むことも無い。友達のためやったら、私らも友達の為に一肌脱ぐんが流れって言う物やで?…まぁハルちゃんもそやけど。」

 

「なっ…私も、だと…?」

 

まさか話を振られるとは思いもしなかったので、仏頂面を崩して目を丸くしてしまう。

 

「そそ、特別捜査官?らしいけど、土地勘とかそう言った諸々については現地の私らが詳しいんや。せやから、一人でどうこうしよう、なんて思うとるかも知らんけど、これも一つの合同捜査やと思て協力せん?」

 

「くっ…!そこまで私は顔に出やすいのか…!?お前達といい、あの二人といい…どうしてこうも私の考えを看破する…!?」

 

「あの二人…?」

 

ハルの人間関係と言う物に若干興味を湧かせている現在の同居人であるなのはは首をかしげる。108陸士隊所属の特別捜査官で准尉階級であることくらいしか昨日の今日では情報は無い。こういう食いつきやすい話題が出て来た以上、積極性が前面に出て来ていた。

 

「…いや、特筆すべき事では無い、な。忘れてくれ。」

 

「う、うん…わかったよ…。」

 

あっさりと切られた話題。本人にとって知られたくないことなのかどうかはわからないが、それでも先程一瞬だけだが…表情に陰りが見えたことをなのはは見逃さなかった。

 

「話を戻そう。つまり如月。お前の意見はどうなんだ?…私自身は独自に捜査を続けるつもりではあったが、手数は多い方がいいし、何より彼女…ユーリが欠片を探知できるのであれば、その力が大いに早期解決に役立つことは請け合いだ。…なんにせよ、力が不完全で、それでいてエグザミアの欠片が街に何らかの影響を及ぼすならば、回収を急ぐに越したことは無いのが私の意見だがな。」

 

「ボクは…。」

 

言葉を詰まらせる。正直、別世界の警察組織が関わってくるなどとは思いもしなかった。どういった組織なのかは端的にさっきの話で理解は出来たが、それ自体を自分が信じるかはまた理解することとは別の話。

…でも目の前にいる四人。彼女達は、ハルもそうだが、一人でユーリの為に頑張っているヒカリをひたすらに心配しているのだろう。若干一名回りくどいが。

 

「…わかった。ボクは皆を信じる。協力して集めよう。…その、魔法に関しては…イマイチなんだけど、さ。」

 

「その辺に関しては、クロノ君やヴォルケンの皆が教えてくれるんやない?…あ、でも見とったら、ヒカリちゃんはミッド式っぽいし、クロノ君が適任かな?なのはちゃんやフェイトちゃんも教えれることあるやろし…。」

 

「そうだね。デバイスを持っている以上、戦わなければならないわけじゃ無いけど、…それでも飛び方とか基本的なことは学んでいった方が損は無いと思うよ。」

 

「お、押忍、頑張ります。」

 

「にゃはっ!頑張ろうね、ヒカリちゃん!」

 

盛り上がるミッド式組と相対し、ベルカ組であるハルとはやて、そしてユーリはその光景を微笑ましく見ていた。

 

「やれやれ、緊張感のない。正式な辞令が下れば、これもれっきとした任務になるのだがな。」

 

「まあまあ、…でもこれでしっかりと協力してあたれるんや。戦いは無いやろうけど、その時はユーリとヒカリ…ちゃんは後ろで待機やな。…ユーリはともかく、ヒカリちゃんは今日に魔法を知ったんやから…。」

 

「あう…すいません…。」

 

しょぼくれるユーリを見るに今日のキリエとの戦い振りを気にしているようだ。意気込んで飛び出したのに、結局はナニも出来ず仕舞いだったのだ。それは気にするなという方が無理な話である。

 

「まぁなんや…、欠片が集まれば戦い方思い出すんやろ?もう少しの辛抱や。その時に名誉挽回する。それで充分やと思うよ。…かく言う私も、未だに力を持て余しとる感がある。実際、魔導師4ヶ月生やから、飛び方とか、制御とか、そう言ったことはまだまだ先輩諸氏に及ばへんし。」

 

「だから…シュベルトクロイツと夜天の書、それに夜天の書官制人格によるユニゾンでの制御が…。」

 

「そうや。…って、ユーリ。シュベルトクロイツのことは知ってるん?」

 

「えっと…はい。闇の書となる前に、夜天の主が使用していた騎士杖だったような…。」

 

ベルカ式金十字の先端をした、はやてのデバイスの一つであるシュベルトクロイツ。その名を先の事件の説明の際に出してはいない。となるとユーリ自身の記憶にその名が刻まれており、その記憶の欠片を内包していることになる。

 

「となれば、欠片を集めれば夜天の書のデータ諸々も、もしかすれば手には入るかもしれんな。」

 

「そか!せやったら…リインフォースのことも…!」

 

夜天の書官制人格、現在の名を『リインフォース』。かつて夜天の書を闇の書たらしめたナハトヴァールにより、望まぬ破壊と主の死を体験してきた女性。はやてと、様々な偶然の重なりによりナハトヴァールから切り離され、ようやく自由を手に入れた。

しかし、切り離しの際、自身のデータの大半も持って行かれたため、その身体を構築するデータも劣化の一途を辿り、余命幾ばくも無い状態だ。

 

「集めてみないとわからないけど…私も夜天の官制人格を助けられたら…良いな。」

 

「まぁ…無理なら…仕方ないと思うぞ八神。デバイスも人も、朽ちるときは朽ちる。その事を…」

 

「うん、分かってる。…あの子は…長いこと悲しい思いしてきたんや。…せやったらいつまでか分からんけど…、その日まで、精一杯幸せにしてあげなあかんな。」

 

はにかむはやてはどこか物悲しそうで、でも気丈で。とてももうすぐ10歳と思えないほどに。

 

「さっ!そうと決まれば、リンディさんやクロノ君に相談や!って何してんねん!?」

 

「へ?」

 

ようやく話が纏まったところでミッド式組を見れば、目がチカチカしそうな位大量に浮かんだ白銀の魔力のスフィアが食堂の一部分を支配していた。その数20を超えるほどで、目を疑うほどに暴走することも霧散することも無く、その場を浮いているほどに制御が行き届いている。

 

「えっと…なのはに魔力弾の作り方を教わって、実際にやってみたら一杯出来て…。」

 

「スゴいんだよ!デバイス無しの制御でこんなに展開できるんだ!」

 

確かにスフィアの座標固定にも多少なりとも制御が必要となる。実際にこれを戦闘に、それも複雑な機動制御を行うともなれば話は別なのだろうが、それでも教えて間もなくでここまで展開できるとなれば、一種のセンスなのだろうと思ってしまう。

 

「アカンて!艦内での無許可の魔法使用なんてアカンに決まってるやん!」

 

「そ、そうなの?」

 

「外が宇宙空間、暴発して壁に穴が開いてもたら…どうなるかわかるやろ?」

 

…つまり、空気が漏れて大惨事、である。いかな魔法技術が発展していようとも、大宇宙の神秘には抗えない。見る見るうちにヒカリとなのはの表情が青ざめる。

 

「早いとこ、クロノ君らが来る前に消しといた方が…。」

 

「そ、そうする。」

 

「…残念だけど、手遅れだ。」

 

ヒカリがスフィアを消したのと、クロノが腰に手を当てて食堂の入り口で仁王立ちして、静かながらも怒気を含んだ一声を放ったのが奇しくも当時。その後、なのはとヒカリは、目の前で見ていて止めなかったフェイト共々、クロノからのお小言を喰らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言おう。」

 

たっぷり20の目盛りほど時計の長針が進むくらいにくどくどとお説教タイムが終わった先。クロノは話を切り返した。というのも端から見ていたベルカ式組が、食堂入り口で申し訳なさそうにしている四人への居たたまれない気持ちが大きくなってしまったから、と言うのが理由である。一応、自分もいい加減目の前の説教に終止符を打ちたかったのもあるが。

 

「ヒカリ、君に対して協力を仰ぎたい…と言うのは山々だ。しかし、今日魔法に関しての情報を知り得、デバイスを起動させた。そんな君に、もしかしたら先程のキリエと名乗る女性からの襲撃があるかもしれない危険な任務に、協力をさせるのは僕としては些か抵抗があるのが現状だ。」

 

「う……。で、でも…!」

 

「話は最後まで聞け。…もちろん、その危険を冒してまでやるというなら反対はしない。…そうなれば僕達としても協力は惜しまない算段だ。…それに、協力者はまだいる。入ってきてくれ。」

 

クロノの合図を皮切りに、四人の男女が足並みを揃えて食堂に踏み入ってきた。

左から順に、長い金髪をサイドポニーテールに、そして翠と紅のオッドアイが目を惹く少女。

次いで2人目は碧銀の長髪をツインテールにし、これまた青と紫の虹彩異色。

そして、3人目は銀髪に赤い目。頬や露出した腕に同じく赤い色の入れ墨のような模様に黒い装束が特徴。

最後は…他の3人に比べて特徴という特徴は無く、肩口辺りでざんばらに切られた金髪と、サファイアを思わせる蒼の瞳くらい。服装もジャージ姿で、他の3人がいかにもバリアジャケットと思える服装なのに対して、普段着かトレーニングウェアと思わせる服装だ。

若干物々しいメンバーに見えるが、その内2人は表情に驚きと歓喜を浮かべ、1人は無表情。そしてもう1人は畏怖の表情に支配されていた。

 

(レオン君レオン君!なのはママとフェイトママ!それにヒカリさんとハルさんだよっ!ちっちゃいよ!可愛いよ!!)

 

(…みたいだな。…でも嬉しいのは分かるけど抑えとけよ?)

 

(…レオンさん、顔、少しニヤついてます。)

 

(あわわわわわ!やややや八神司令!?)

 

(八神司令、ちっちゃいよ!可愛いよ!!)

 

見ていてコミカルで、そして退屈しない各々に、現代組は首を傾げる者もいれば、奇怪そうに見る者もいた。

 

「既に情報は行き渡っているとは思うが、彼、彼女達は十数年後の未来から来たと言う協力者だ。その上で仲良くするのは構わないが、…念の為深入りはしないようにしてくれ。未来改変が起こりうるかもしれないからな。…以上!」

 

クロノの簡潔でザックリした説明。未来云々、そしてその影響を考え、できるだけ接さない方が良い。そう危惧するクロノだったが…

 

「私、高町なのはっていいます!よろしくお願いします!」

 

「フ、フェイト・T・ハラオウンです。」

 

「あ、え~っと、ヴィヴィオっていいます。」

 

「アインハルト…と申します。」

 

「なぁなぁ、なんで君は私のこと避けるん?八神はやて、言うんやけど…」

 

「ぞぞぞぞぞぞ存じております!えぇ!嫌と言うほどに…じゃなくって、お噂はかねがね!ハイ!」

 

言った矢先にこれだ。まぁなのはからしてみれば、

『無視したり、そうやって蔑ろには出来ないよ!』

とか言うのだろうな、と自分に言い聞かせてクロノは納得させる。

しかして残る3人は…

 

「…私はハル・エルトリア。…まぁ程ほどに宜しく頼む。」

 

「ボクはヒカリ・如月って言います!君の名前は?」

 

「…俺はレオン。一応歳は11だが、暦の上ではそっちが年上なんだから、畏まらないで欲しい。…むしろ畏まられるとむず痒い。」

 

自分と同じく金髪と蒼の瞳。共通の特徴を持つレオンと名乗る少年に少なくない興味を持ったヒカリは、真っ先に彼の方へと駆けていたのだ。一方でハルは、クロノが言うように、過度の接触は控えておくべきと考えているのか、少し素っ気ない挨拶になっていた。

 

「…やれやれ、挨拶も済んだところで今回の事件、宜しく頼むぞ。」

 

「了解した。」

 

そのクロノの一声は、ハル以外の耳には届くことなく、彼女の敬礼の掛け声だけが喧騒に消えていった。



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Mission15『夢と運命の守護者』

今回はハルの過去編?です。短いですけど、少しずつ思い出をくわえて行けたらと思います


あかずきん、という童話をご存じだろうか?

赤い頭巾を被った本名不明、母親からも狼からも、果ては祖母からも名前を呼ばれずに愛称で呼ばれるという、なぞの少女である。

そんな謎と神秘に包まれた彼女の物語は、床に伏せた祖母に何か諸々のお見舞いを持っていく所から始まる。

しかし、狼の話術により道草を食ってしまった通称あかずきんは、狼に丸呑みにされた祖母、そしてその祖母に扮した狼と目的の家で出会う。

あかずきんは問う。

どうしておばあちゃんの目は大きいの?

祖母は答える。

それはお前の顔がよく見るためにだよ。

あかずきんは問う。

どうしておばあちゃんの耳は大きいの?

祖母は答える。

それはお前の声を良く聞くためだよ。

あかずきんは問う。

どうしておばあちゃんの手は大きいの?

祖母は答える。

それはお前を抱きしめて離さないためだよ。

そしてあかずきんは問う。

どうしておばあちゃんの口は大きいの?

そして祖母は答える。

それは…お前を食べる為さ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って言う具合に、ヴィヴィオとアインハルトは変身魔法であぁ言う容姿にはなっているけど、実際の姿を見たり、真実を知ろうとした者は…」

 

「ちょっとレオン君!?」

 

「それは聞き捨てなりませんね。」

 

「アッー!!!」

 

少年の悲鳴が、アースラの一室を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正式にエグザミアの欠片収集を実行に移したアースラ。計器や各種レーダーにユーリからもたらされたデータを元にした改良を加えたことで、恐らくは今まで以上に反応を感知できるようになったようで、早速反応があった場所へと出動した。

ヒカリとはやて、2人の飛行とかの基礎知識を改めて教えると言うことで、なのはとフェイトが同行、クロノがエイミィと共に管制指示を行っている。

そんな中、ハルへと急激に襲ってきた眠気。ミッドチルダから地球までの移動による疲労もあるし、なのはと夜遅くまで談笑し、学校へ行って、そして今回のエグザミアの件だ。今までならこう言った生活に慣れていたものだが、如何せん怪我による入院生活で生活リズムが緩やかになっていたのだろう。体がまったりとした生活に慣れかけた矢先に負担が掛かったのが原因なのかもしれない。

周囲の勧めもあり、今現在アースラにある一室のベッドで横になっている。

キシリと、やはり横になればOKと言わんばかりに寝心地は最高とは言えないが、それでも横になると言うことを身体が求めていた事もあってすぐに微睡みの中に意識が沈んでいった…。

 

 

 

 

 

「ねぇハル?」

 

目を覚ますと、眼前に赤い髪の少女がいた。見た目から…4、5歳くらいか。室内は子供用のオモチャが散乱し、ここを遊び場にしているがよく分かる。

 

「何?―――。」

 

名前が出て来ない。そこだけ何故かノイズが入ったかのように雑音が音声を掻き消してしまう。

 

「ハルは…他の人みたいに…引っ越しちゃうんですか?」

 

引っ越す、と言う言葉。普通なら他地方の邸宅に住み移る事を意味するが、この場合はそうではない。住んでいる星、その物から移り住むことを意味する。

 

「…わかんない。出来れば…この星で―――や―――、博士と一緒に皆で暮らしたいけど…。パパやママが決めちゃったら…。」

 

「そう…ですよね。やっぱり…瘴気は人体によろしくないですし…。」

 

今この星に迫る危機。星そのものが死にかけていること。その影響で惑星各所から人体に有害な毒素が吹き出しはじめ、この星の人間は次々に他の惑星へと移住し始めている。

 

「でもお姉ちゃん。私達が頑張ったら、ハルや皆も戻ってこれるんでしょ?」

 

「そうでした!また星が元気になれば、一緒に遊んだり出来ます!俄然やる気が出て来ましたよ~!」

 

「お姉ちゃん、熱い、熱いから。」

 

闘志を燃やす赤い髪の少女、それに一緒にいるのは彼女の双子の妹、だったか。のんびり屋で、でもしっかり者の妹。熱血で、少年漫画の主人公と見紛うかのような暑苦しい姉。この二人とハルは物心ついた頃からの幼馴染みだった。

 

 

 

 

 

そして、聞いてしまった。父と母が夜に話し合っていた会話を。

 

「もう…仕方ないのか…。」

 

「…でもこの星を…博士だけに任せてしまって私達が脱出するなんて…!あんなに良くして下さった方なのに…!」

 

母は顔を両手で覆い、声からわかるように泣いていた。それを慰めるように肩を抱く父も、表情が曇り、それでいて物悲しさがよく分かる。

 

「脱出することを勧めて下さったのは…他でもない、博士だ。」

 

「え?ど、どういうこと…?」

 

「博士は…遊びに来ていたあの子の健康チェックを小まめにしてくれていた…。それでここ最近、目に見えない中で毒素があの子を蝕み始めていると…。」

 

再び母は泣き出してしまう。声を押し殺してはいるものの、それでも泣き啜る声は扉越しに聞き耳を立てるハルの耳には充分届いていた。

 

「…博士に恩返し出来ないまま、星を去るのは心苦しい。しかしあの子のためと思うならば…。」

 

「うっ…うぅ…!」

 

そこまで聞いて、ハルは自分の部屋に戻ってベッドで横になった。そして目を閉じて微睡みに身を預けながら先程の言葉から導き出される答えを弾き出す。

…近々、星を去ることになる。

それを裏付けるかのように翌朝目を覚ますと両親は荷物を纏め始めていた。

手伝おうか?

と申し出るが、

双子ちゃんの所で遊んでおいで。

と突っぱねられた。恐らくは幼い身のハルでは辛い作業であるし、危険がないように見守るのでは効率も落ちる。

仕方ないと納得して家の敷居から外へ出た。

空を見上げれば、ジリジリと照り付ける日光。しかしそれが浮かぶ空は青くなく、むしろ紫に変色しているようだった。

瘴気

待機に浮かぶ目に見えないその毒素が、遠方に連れてその色素を見えるまでに濃くしている結果であった。その影響は環境にも影響を与えており、草木は枯れ、水は干上がり、結果として星の大半は砂漠と成り代わっていった。

荒れ果てた世紀末を思わせるような街は、人影はほぼなく、この星から出て行った人達の多さを解らせるには充分すぎるほどで、店もほぼ閉店。よく訪れた店も今は空っぽで、物悲しさすら感じられる。

 

「けほっけほっ!」

 

埃っぽいのか、思わず咳き込んでしまった。

 

「はやく…行こ…。」

 

そう言って足早に博士の家を目指すハル。この星で過ごせる日は…あと何日なのか。そして、引っ越しの件、二人にどう説明しようか悩みながら、その歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夢、か。」

 

目を開けば夢と自覚できるほど鮮明に現実に意識が戻る。ベッドで横になったまま、先程の夢を思い返す。

正直、ハル自身に管理局…いや、ミッドチルダに住んで以前の記憶がない。…というよりも両親が居たのかどうかすら解らない。

曰く、次元漂流者だそうだ。

記憶があるのは6歳辺り。管理局の養護施設に入った彼女は、魔力資質があることから局員になり、あれよあれよという間に特査官という資格を持った准尉まで上り詰めた。その異様な出世は、陸の人々から、ある者は期待し、ある者は嫉妬した。そんな中で108陸士隊への配属。隊長であるゲンヤの人柄を信用し、バルガスとゼストの計らいで配属された。すっぽりと抜け落ちた記憶。右も左も解らない世界に辿り着いて、その穴を埋めるかのように、そしてただひたむきに任務に打ち込んだ。傷付くのもいとわず、ただひたすらに突き進む。その度に隊長のゲンヤからお小言を喰らう。それが日常と化していた。

 

「…もしかして…抜け落ちた記憶が…戻っているのか?」

 

5歳までの思い出…と言うのか、そう言った過去を今まで思い出すことが出来ず、結果として3年経過していた。半ば諦め駆けていた事だが、ここに来て蘇ってきているとなると、逆にもどかしさすら感じられる。

 

「…いかんな。寝汗をかいたか…。」

 

思い出す行為自体が身体に負担をかけたのか。それともうなされていたのか。アンダーシャツは汗による湿りでピッチリと身体に張り付いて気持ちが良いものでは無かった。

ひとまずシャワーを浴びて、それから状況を確認しよう。そう言うとハルは、支給で置いてあるアンダーシャツを引っ掴んでシャワールームへと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時の狭間を抜けた先。突っ走った妹を追ってやって来たのは、かつて自分の世界、本や映像、写真で見た程度の物だったが、恐らくは文明が未だ盛っていた時にも似た、高層ビルが立ち並ぶ世界だった。

空気は澄んで、空も夜でありながら故郷の世界とは違い、月が鮮明で、それでいてもやが掛かっていない綺麗な物だった。

 

「大気成分は……、スゴい。人体に影響がないレベルなんて…。」

 

むしろこれが当たり前なのだろう。だが、彼女にとって当たり前なのは死触により蝕まれた惑星の大気だ。正直、このギャップに驚くのは仕方がないのかもしれない。

 

「この空気と景色。博士や…あの子にも感じて欲しかったですね。」

 

しんみりと、吹き抜ける夜風に長く赤い三つ編みを委ねながら、会えない二人に思いを馳せる。

 

「っと!こうしちゃ居られません!手の掛かる妹を早いところ連れ戻さないと!」

 

そう言うと、彼女は飛翔した。海鳴の夜風は、これから巻き起こる波乱に無頓着なほど、今は穏やかだった。



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Mission16『欠片』

一ヶ月以上放置で申し訳ない!なんとか一話分仕上がりました!戦闘込み込みで仕上げてたら、予想以上にかかって…!描写はやはり難しい…


広く、そして青々とした大空。それを我が物顔に飛び回る鳥たち。人は陸を走ることは出来ても、海を泳ぐことは出来ても、空を自らの力で飛ぶことは出来ない。

それだけに人は憧れを抱く。自分に出来ないことを出来る者に対し、憧れとともに妬みも心に宿らせる。

だから人は知恵を使う。

 

人が飛べないなら、飛べる道具を作れば良いじゃない。

 

その知識を用い編み出した技術である科学。その地球の技術結晶、その尤もたる例が飛行機だ。旅客機として、海外各地を飛び回る勇姿は兵器としても転用され、数多の高速戦闘機を生み出すまでに至った。

憧れはいつしか日常としての風景に溶け込んでいく。夜空を見やれば、飛行機が信号灯を光らせていく様はもはや見慣れた風景だ。

 

ミッドチルダにおいても空を飛ぶ技術は、『魔法』として科学に定着している。

 

「そう!前に進むイメージをすれば前進!飛行制御はイメージで変わるから忘れないで。」

 

ほんの少し前までは、飛行機の窓から眺める景色が関の山だったにも関わらず、今はこうして自分の力で、未だ自由とは言い切れないが、それでも飛ぶことが出来る。

背中のスラスターから噴かす魔力による推進。ヴァルキリーの制御を緊急時以外切断し、ヒカリによる空中での慣性制御の練習が肝となっている。なんにせよ空戦をこなせるようにならないと、いざという時にただの的になるようではいけない。しかも実際の魔導師は自分の飛行の大半は自分自身で行い、デバイスはあくまでも補助でしかない。それだけに自分で制御を行えないと言うことは、AIの補助範囲を削減させることにも繋がり、戦闘効率にも大きな支障が出て来る。

最初こそふらふらと覚束無い足取り…もとい、魔力取りともいうのか、そんな感じではあったが、ここ一時間ほどで見違えるほどに上達している。勿論、数ヶ月飛び続けたはやてに及ぶまでもないが、それでも自力の制御で飛ぶことにおいては、その成長ぶりにはなのはもフェイトも舌を巻いた。

 

『よし、練習はその辺にして、一旦休憩をかねて戻るか?時間としても遅くなっているし、なのはもヒカリもそろそろ帰っても良いかもしれない。』

 

「あ、そっか。もうこんな時間か。はやてちゃんもそろそろヴィータちゃん達が帰ってくるって言ってた時間じゃない?」

 

「そう言えばそうやな。…ほならそろそろ切り上げ…。」

 

…る事が出来ればどれ程良かったか。はやての言葉が途切れるのと、周辺に封鎖結界が張られたことに気付いたのが同時だった。周囲の色は暗く澱んだ物と変わり、異様な光景となっている。その景色たるや、初見ではこの世の物と思えないように感じるであろう。

 

「これは…封鎖結界…!?」

 

「フェイトちゃん、ヒカリちゃんとはやてちゃんのフォローを!」

 

「わかった!」

 

飛び慣れた2人が飛び慣れない2人の側に付くことで、不測の事態に備える。4人で四方を警戒し、どこから何があっても対処できるように互いに背中を預ける。

 

「…ダメだ。アースラと繋がらない!」

 

「通信遮断か…!海鳴市に結界魔導師がおるんか…?」

 

「…来た!!」

 

ヒカリのバイザーに備え付けられたセンサーが魔力反応を探知。チカチカとレーダーの中心に位置する自分達の反応に高速で近付いてくる。

 

「速い!」

 

「なのははヒカリのフォローを!私ははやてと!」

 

「うん!気を付けて!」

 

「こちらこそ、や!」

 

接近する反応を中心として、左右に2対2に分断。目視できる近付いてくるその反応が、高速で二つのペアの間を赤い軌跡を残して通過していった。

 

「あれは…?」

 

「鉄球…?」

 

「…まさか!!」

 

振り向いたときに、その黒金に輝く鉄槌は、彼女…ヒカリの意識を刈り取らんと、三つのブースターを噴かして振り下ろされていた。撃鉄の先端に備え付けられた黄色い鋭利な刺突部が、まるで猛禽類の嘴のように獲物を刺し貫かんと迫って来ていた。

 

「だぁぁぁぁりゃぁぁぁぁっ!!!」

 

「くぅっ!?」

 

思わず右手の装甲で防ぐ。装甲と、刺突が、火花を散らしてぶつかり合う。金属の削り合う音。しかし、ヴァルキリーの装甲が堅牢なれど、加速を付けた一撃には抗いきれない。

 

「ヒカリちゃん!!」

 

気付けば吹き飛ばされていた友人の名を呼ぶなのは。しかし、その心配は杞憂であることが、襲撃してきた赤毛で三つ編みの少女の言葉で気付く。

 

「ちっ!わざと吹っ飛ばされてダメージを抑えやがったか。」

 

「なんで…どうしてこんなことするの…?」

 

なのはは信じられなかった。4ヶ月、最終的に協力しあって、今では家族ぐるみの付き合いのある彼女が…友人を吹き飛ばした事に。そしてその鋭い目が、次は自分に向けられていたことに。

 

「ヴィータちゃん!!」

 

「…気安く呼ぶんじゃねーよタコ!…と、おめーはなかなか魔力がありそうだな。」

 

鉄の伯爵こと『グラーフアイゼン』を構えるヴィータ。その目は殺気に満ちあふれ、とてもではないが、なのはのよく知る口は悪いけど思いやりのある彼女とはまるで別人のようだった。

 

「てめーの魔力、闇の書の糧にしてやる!大分埋まりそうだしな!…さっきの奴も…まぁないよりはマシか。ついでに奪う。」

 

「ヴィータ…ちゃん…?闇の…書って…!?」

 

「うるっせー!てめーは魔力を奪われてりゃ良いんだよ!」

 

唸りを上げるブースター。そして刺突部から生みだされる破壊力。それらを身を以て経験しているなのはは、直感から失意に近い状態からも本能がかわした。上昇した直後、胴体の位置していた場所を横凪にラケーテンフォルムのグラーフアイゼンが引き裂く。避けた後になのはも意を決し、距離を取りに行く。アクセルフィンを羽ばたかせ、自分の得意とする距離。すなわち中~遠距離に持ち込まないと。

 

「逃がすかよ!」

 

魔力で生み出した四つの鉄球を指の間に挟み、なのはを追撃する。ハンマーフォルムに戻したヴィータは、中に放り投げた鉄球をフルスイングで打ち付ける。

 

「シュワルベ…フリーゲン!!」

 

打ち出された鉄球は、各種方向から緩い放物線を描きつつ、なのはへ肉薄する。

 

「くっ!!」

 

容赦ない追撃に顔をしかめつつも、周囲にスフィアを四つ展開。離脱しながらも、後方に目があるのかと言わんばかりに的確に、シュワルベフリーゲンを撃ち落とす。ぶつかり合う弾が爆発する最中、ヴィータの動向を警戒して飛びつつも、吹き飛ばされたヒカリを、そして分断されたはやてとフェイトを気に掛ける。

 

『なのは!』

 

そう思う矢先、心配していたフェイトからの思念通話が入る。

 

『フェイトちゃん!そっちは!?』

 

『今、こっちにはシグナムとシャマルが…くっ!!私はシグナムの相手をしてるけど…!シャマルははやてと交戦してる!』

 

『えぇっ!?』

 

自分達もそうだが、はやてにまで攻撃を仕掛けるというのは流石におかしい。主である彼女に対する愛情と忠義はなのはもよく知っているし、その深さには尊敬も抱いている。しかし、フェイトの言葉がそうであるならば、違和感すら感じられるのが現状だ。

 

『何かがおかしいよなのは。シグナムもそうだけど、シャマルも、はやてや私のことを知らない風な口振りなんだ。』

 

『確かに…!ヴィータちゃんもなんだか初めて会ったとき以上に攻撃的って言うか…、闇の書の糧にするって…!』

 

『とにかく、現状を凌ぎきろう。何かしらの理由か原因があるにせよ、せめて戦闘不能に…!くっ!』

 

あちらも苦戦しているのだろう。そこまで言ってフェイトとの思念通話が途切れた。シグナム相手で、あそこまで念話を飛ばせる余裕があったことの方がスゴいとも言える。

 

『とにかく…念のためにヒカリちゃんのフォローにまわろう…!考えるのはそれからでも…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅん!!」

 

鍛え抜かれた褐色の肉体。魔力付与もあるが、この重圧により白銀の腕部装甲に凄まじい衝撃が走り、ヒカリは顔をしかめた。いくら堅牢な装甲であっても、その受けた衝撃をある程度緩和は出来ても、防ぎきることはできず、腕に痺れを感じながらも迫り来る丸太を思わせるような脚部からの蹴りを上昇してかわす。

一旦距離を置くと、褐色の獣人『ザフィーラ』は大きな狼と思わせる耳をひくつかせ、相対する少女を一瞥する。

 

「どうした?何故武器を取らん。」

 

「何故って…!いきなり仕掛けられても、誰かも判らない人と戦えないよ!それに、戦う理由も無い!」

 

「…戦場でその様な甘い言動は通用せんぞ…!」

 

狼の爪に魔力が迸る。空気を、敵を引き裂かんとその鋭い爪が振り抜かれる。

 

「ふんっ!」

 

爪の軌跡そのままに、魔力による斬撃がヴァルキリーの装甲を、ヒカリの身体を揺らす。

 

『サージェント、このままでは当機とサージェントの撃墜は確実です。反撃を。』

 

「で、でも…!」

 

「…そのデバイスの方が現状をよく分かっているようだな。」

 

指の関節を、まるで今のは小手調べと言わんばかりにゴキゴキと鳴らす。そう、今からが全力と、無言ながらも伝わる。

 

「戦場に身を置くならば…腹をくくれ。さもなくば死ぬ。」

 

『武装顕現。』

 

ヒカリの、ヴァルキリーの右腕にM16アサルトライフルが意思と反して具現化される。ヴァルキリーから発せられるシグナルでセーフティーが解除され、いつでも発射可能という状態に移行する。

 

『戦わなければ死にます。それは何処の戦場でも同じこと。私は、サージェントに死んで欲しくはない。』

 

「うっ…。」

 

『先程の戦いのように非殺傷設定ならば、傷つけること無く制することも可能です。だから…引き金を引く。それもまた一つの勇気と思って下さい。』

 

「勇気…。」

 

「ふん…いい目にはなったか、それでこそ戦い甲斐のあると言うものだ。」

 

ザフィーラは少し口元をつり上げる。

戦う相手に発破を掛けるなど、自分もつくづく甘い男だと自嘲する。しかし不抜けた戦意のない相手と戦うのは躊躇うのもまた事実。

 

「では行こう…!我はザフィーラ…盾の守護獣!主の御身を護る盾となり、阻む敵を引き裂く爪牙だ!」

 

「えっと…聖祥大附属小学校4年生!魔導師歴は…数時間!ヒカリ・如月!」

 

「行きます!」「参る!」

 

踏み出したのはザフィーラだった。彼の得意とするのは主として防御。しかし、その鍛え上げられた肉体とて飾りではない。銀の手甲と共に剛腕が相手を喰らわんと迫る。

しかしヒカリもわざわざ喰らわれるつもりは毛頭ない。ブースターの推力を落とし下降。ザフィーラの下に回り込む。

下降しながらアサルトライフルを数発撃ち込む。その速度はクロノの扱うスティンガースナイプ程の速さ。誘導こそ、それと違い付加されていないが、それでも速射性においては秀でている。単純な直射魔法の変換をカートリッジから行っているので、タイムラグがほぼ無く、悟られにくいのも利点だ。しかし、そんな武器にも欠点という物は勿論ある。

 

「ぬぅっ!!」

 

ザフィーラの突き出した左手に展開されたベルカ式の防御壁。それに当たると同時にさも簡単に防がれてしまった。

 

「軽いな。」

 

彼の言葉は、ヒカリの速射弾の欠点を露呈するには充分だった。カートリッジから直接変換されている分、ただの魔力の塊に速度を付けて撃っているだけに過ぎない、いわばほぼ垂れ流し。それだけに防御の薄い相手ならばまだしも、防御特化とも言えるザフィーラに対して効果は希薄であった。

 

「…速度だけでは、我が防御は貫けん!」

 

赤い瞳が射貫かんとヒカリを睨む。

 

威圧感。

 

頬を冷や汗が伝う。

下降しながらもなお、弾幕を張り続ける。しかしその弾幕をザフィーラは敢えて受ける。鉄壁とは言え、強化無しの受けは危険ではある。しかし、ザフィーラの防御という物は、単に防ぐだけが能では無い。

 

「相手の力をも利用して、防御と言うものだ。」

 

弾丸が当たる寸での所で、ザフィーラは身体に膜を張る。プロテクトやパンツァーヒンダネス等の防御に形は似ている。しかし彼の使うそれは、攻防一体の魔法だ。

 

「裂鋼…!」

 

当てられた魔力を瞬時に集束、振りかぶり、突き出した拳に乗せて速射する。

白銀の閃光が、よもやこのような形で来るとは思わなかった。即座に射撃を止めて軌道変更。足元を、太い魔力の、まるで銀狼の顎のような攻撃が過ぎ去る。

 

「襲牙!!」

 

ホッと一息つく間もなく、聞きたくない声が響いた。見やれば、二本目の裂鋼襲牙が迫り来る。おそらくは、一本目と入れ替わりで撃っていた物を返したのだろう。

軌道の先に向かい、高速で迫る二発目。軌道変更不可と判断して、両手をクロスさせて防御に移る。

 

「ぐうっ!?」

 

予想以上の威力。弾丸にザフィーラの魔力が上乗せされたのだから、当然と言えば当然かもしれない。

しかし、撃ち込む弾丸その物がこうも通らないのであれば打つ手は無いのか?徒手空拳で…あの筋肉もりもりの相手に勝つ自信は無い。かといって武装はM16だけ。何か…決定打が無い。

裂鋼襲牙の爆煙をカーテンに、何か打つ手を考える。このままでは、どっちにしても敗北へ一直線。魔法自体基礎の基礎しか知らない自分にとっては無い知恵を絞れといっても不可能。だからと言って諦めるか、と言えばそういう訳にもいかない。

 

『サージェント!』

 

「へっ!?」

 

爆煙の先に影が映る。

まさか…

まさか…!

 

「牙獣…!」

 

再び腕で防御にする。しかし、彼の攻撃はそれを許さない。飛び蹴りの勢いで、足先に硬い防御の膜を張り突破してくるその攻撃。それはヒカリの腕の防御を一撃目に『捲る』ことを目的としていた。

蹴り上げられた手は、意思と反して中を仰ぐように防御を解かされ、一瞬だが胴体を無防備に晒す。

捲ると同時に蹴り上がる。

 

「走破!!」

 

仰け反り、無防備な身体に強烈な踵落としが叩き込まれた。

ボディスーツが耐衝撃性に優れているとは言え、レガースの踵部からの一撃に苦悶の表情を浮かべる。

 

「ぐっ!」

 

錐揉みながら落下するものの、その速度そのままに一旦距離を取る。封鎖結界によって誰も居ない市街地へと降下していく。勿論ザフィーラもそれを逃がすことを許すはずも無く、追撃する。

しかし、ヒカリがザフィーラの堅さと一撃の重み以外で勝てること、それは速度だった。ブースターを噴かして市街地のビル間を縫うように跳ぶ。そうすればある程度の攪乱は出来るはずだ。

 

「…どうしよう…。打つ手は…!」

 

唯一の攻撃手段であるM16の弾丸も容易く防がれ、となれば残された手段は不意打ちしかない。防御展開する時間を与えず、気付かれないうちに決着を付けるのがベターな選択。

 

「弾の威力を…高めれたらどうにかなるかも知れないのに……………あっ!」

 

『サージェント?』

 

「そうだよ!この手があった!…上手くいくかは判らないけど…!」

 

背後から追尾してくるザフィーラを横目にしながら急旋回。正面にザフィーラを捉えつつ逆加速の噴かせ方により、加速をあまり衰退させること無く迎え撃つ。

 

「このっ!」

 

再びM16から穿つ白銀の魔力弾。相も変わらぬ射撃方にザフィーラも慣れてきて、難なく対処できるようになった。つまり、防御のタイミングを合わせ始めている。

 

「我は盾の守護獣。その様な豆鉄砲では我が盾を貫くことは叶わぬ。」

 

再びジャストタイミングで裂鋼襲牙が穿たれる。しかし、慣れてきているのは何もザフィーラだけでは無い。

脚部のスラスターを吹かせ、サマーソルトの様な動きで上昇して一発目を回避する。しかし、問題は二発目。上昇した先に再び撃ち込まれる。

しかし、二回目を見ると、ヒカリとしても予測は立てられる。逆さまを向いたタイミングで、スラスターを噴かせると、急降下で回避する。

 

「ほう…!悪くないな。」

 

せめて回避は行わないと、ヴァルキリーの内蔵魔力で防御を行っている以上は、戦闘不能に陥るのを早めてしまう。

 

「たしか…こうだったはず…!」

 

念じると同時に、体勢を立て直してM16を撃ち込んでくる。しかし、今回は弾幕が目的なのか、ただ我武者羅なのか、狙いが定まらずに、撃ち出した大半がザフィーラの周囲を通過していく。

 

「ヤケクソにでもなったか?」

 

「いいや…狙っているんだ!」

 

ヒカリが人差し指をクイッと糸引くように動かす。その妙な動きを、ザフィーラが嫌な予感と同時に意味を理解するのに時間はかからなかった。しかし、その僅かな瞬間が、彼にとってはミスだったと言っても良いかもしれない。

背に受ける強烈な衝撃。騎士甲冑で、そしてその防備はヴォルケンリッター内で群を抜いているとは言え、ダメージは全くないわけではない。

肩越しに見れば白銀の弾丸が、軒を連ねて迫り来る光景。振り返ってシールドで防御するが、数発すり抜けて背後を取ると、再びターン。背後を襲い来る。しかしそれらは払われた獣の爪により消失する。

 

「…まさか誘導を付加するとはな…。ただの弾幕かと思えば…。」

 

「上手く…いったのかな…?」

 

「うむ…流石に直射ばかりという先入観があったからな。これは流石に驚いたぞ。久しぶりに面白い。我が防御を抜けて背後より撃ち込むとは…!」

 

口元を吊り上げ、その刺々しい犬歯を剥き出しにする。その眼光はギラリと光り、まさに猛獣かと思わせるように雄々しくも野性的に思えた。

 

「ならば全力を賭そう…。推して…参る!」

 

その踏み込みは速かった。初めての誘導を行ったヒカリは、その集中力の消費からか反応が遅れた。体を動かさなければならないと頭で理解したときには、もう彼は眼前にいた。剛拳が唸り、撃ち込まれる。しかし、間一髪。顔を横に逸らせて躱す。耳のすぐ横を、まるで鉄塊と思うかのような豪質な拳が空を切る。躱して安堵する暇も無く、顔目掛けて蹴り上げられる左脚。避けたその勢いのままに喰らえば、ダメージは跳ね上がると言うもの。

しかしヒカリの体を纏うそれは、生身の動きを更に向上させる。

ザフィーラのレガース

ヒカリのヴァルキリー、その左脚部

それらが見事なまでに交錯した。金属と金属がぶつかり合い、甲高い音が木霊する。

 

(悪くはない反応だ…、いや、防衛本能がそのデバイスを無意識に稼働させたか)

 

筋力や格闘技術の差は雲泥ではある。しかし、ソレを補うデバイスのブースト。動体視力も悪くないのか、脳が送る危険信号がデバイスを介して反応するのだろう。

 

「誘導弾の…恐らくはいきなりの実戦使用。数時間の魔法経験から鑑みるに、この成長速度は厄介だな…。ならば…!」

 

RPGに例えるなら、LV1の勇者が何らかの幸運ではぐれメタルを倒したとしよう。そうなれば膨大な経験値が勇者に流れ込み、一気に数レベル、いや十数レベル、はたまたそれ以上の成長を施すだろう。それは決してヒカリとザフィーラとの戦いも例外ではない。ザフィーラは過去に死線を幾度となくくぐり抜けた猛者だ。対しヒカリは魔法戦初心者。ザフィーラ自身、比肩する者は無いと自惚れは無い物の、それでもくぐり抜けた戦場の数だけ自信は持っている。つまりヒカリからしてみれば、戦闘経験がダンチに上のザフィーラと戦えば戦うほど成長は著しく促され、下手をすれば並大抵の騎士に勝るほどになるかも知れない。これも一つの火事場の底力なのかも知れないが、デバイスの性能のお陰で拮抗した戦局を作り出し、その経験がヒカリの力となっていた。無論、何もせずにさせずに完封される、と言う結末も有り得るのだが。

交錯していた左脚を引き、ザフィーラはその勢いで右での回し蹴り。

先ほどの蹴りに対しての反応はマグレか、はたまた今回の蹴りには反応できなかったのか、吹き飛ばされる。

 

「…一気に片を付けるとしよう!」

 

眼前で腕を交錯したかと思えば、胸を開くように腰だめまで持っていく。同時に現れるは白銀の古代ベルカ式魔方陣。

距離を取っての魔法発動。

今までは格闘主体、防御に重きを置いた魔法運用だっただけに警戒の色を隠せない。しかし、一気に片を付ける、と言う台詞から、奥の手であり必殺の一撃なのだろう。

 

「我が楔、何人たりとも打ち破れぬと思え…!」

 

眼下に目をやれば、夜の明かりに照らされる町並みでは無く、様々な、しかも黒に近い色をマーブルにしたかのような、例えるなら『澱んだ海』とも言える光景が広がっている。恐らく攻撃は下から来る。足下に警戒しながらも、ザフィーラの動きには細心の注意を払う。

 

「縛れ…!鋼の軛っ!!」

 

『海』から飛び出してくるのは、白銀で無数の刺突と思わせるような柱。太い針、と言えばおわかり頂けるだろうか。

打ち込まれる軛は、逃げ場を奪い、そして一度引っ掛かれば、まるで我先にと言わんばかりに貫かんと殺到するだろう。

持ち前の機動力で回避する物の、その物量から徐々に追い詰められていく。

 

「回避が…追いつかない…!くっ!」

 

回避した眼前、白銀の軛が鼻先数㎝を貫く。顔を辛うじて逸らしたものの、逆に逸らさなければやられていたかも知れない。

 

「やるものだな…!しかし!」

 

一陣の風が吹き荒ぶ。飛び出た軛を、そしてヒカリを包み込むように。否、ヒカリを中心とし、まるで竜巻の如く渦巻いていく。最初はそよ風だったと思えば、数秒後には目を開けるのも困難なほどに荒れ始めた。

 

「わっ!わわっ!」

 

その凄まじい風力から、重装であるヴァルキリーを纏っているとはいえど、風流に巻き込まれ、渦巻く風に飲み込まれていく。

 

「終わりだ…!」

 

それが引き金になったのか。竜巻が巻き込んだ軛はその形を砕き、吹き荒ぶ風に乗り、鋭利な刃と化して風の流れに乗っていく。

 

「っ…がぁ……!」

 

声にならない悲鳴を挙げながら、まるで拡散弾の如く狙いを定めぬ刃が、ヴァルキリーを、そしてヒカリの身体が露出した部位に傷を付けていく。顔をしかめても、逃れるためにバーニアを噴かせても、その圧倒的な風には抗いきれない。身体を動かすこともままならず、ただただ無防備な彼女を容赦なく、冷酷に、無慈悲なまでに切り裂いていく。

 

 

…やがて、風が止んだ。

あれだけの手数の、そしてザフィーラが持ちうる中で、最も捕縛性と威力に優れた魔法だ。素人である彼女がアレを凌ぎきるすべは無いはず。

そう確信し、肺にたまった一息を入れた。

 

 

 

そして、その彼の身体を

 

 

一本の、そして太い閃光が貫いた。

 

 

 

「なっ…!?」

 

予想だにしなかったダメージに、目を丸くする。

有り得ない。

なぜだ?

他の仲間が駆けつけたのか…!?

それとも奴が…!?

 

震える身体に鞭打ち、見上げた先には、M16を構えるヒカリの姿。その身体は満身創痍。ヴァルキリーの装甲は傷に塗れ、ボディスーツは擦り切れ、露出している生身の身体は切り傷だらけ。おおよそ年頃の少女らしからぬ、ボロボロの姿だ。手に持つM16の薬莢排出口から排熱の蒸気を上げ、熱を帯びた銃身を冷却している。

 

「今の…は…、ただの豆鉄砲では…ない…?」

 

「そ、それは…その。…そう!溜め撃ちです!!」

 

どーん!

と、背後で効果音が鳴ったような気がした。

…と言うのも、1発1発の威力が低いショット。それをヒカリの干渉によって集束させ、おおよそ小型カートリッジ10発分。小さいながらも砲撃を放った。

 

「全く……、初心者、と言うのは侮れんな…、突拍子もない手を…使ってくる…。」

 

「そ、それはえっと…褒められてる…のかな?」

 

「ふっ……、そう思うのなら、思うと良い…。むっ…?」

 

戦い終えた2人には穏やかな空気に包まれていた。しかし、突如としてザフィーラの身体が、まるで点滅しているかのように点滅し始める。

 

「えっと、ど、どうなってるの!?」

 

『魔力ダメージによる、保有魔力の枯渇。それによる消滅現象。』

 

消滅

それは詰まり、殆ど死を意味する。

屍が残ることも無く

毛髪、血液、皮膚なども残ることはない

完全なる無となること。

 

「そ、そんな…!ボク…そんなつもりじゃ…!」

 

「…我々は元々闇の書のプログラム…、今まで主の死を以て幾星霜、消滅を繰り返してきた。…だが…。」

 

ザフィーラはふわりと、緩やかに、目に溜め、頬に涙を流すヒカリの傍に飛び、その目を真っ直ぐ見据える。

 

「殺戮ばかりの記憶だが、此度のような強いものとの仕合。拙いところはあれど、心躍る物だった。それで、満足だとも。」

 

「ザフィーラ…さん…。」

 

「胸を張れ、如月。お前は…まだまだ伸びる…。きっと、な。」

 

つま先から小さな粒子となり、消えゆく褐色の守護獣。消滅の時は近い。しかし、その表情は戸惑いや恐怖よりも、どこか満ち足りていた。

 

「まだ見ぬ我が主よ…。先に消えゆく我が身にお許しを…。」

 

その言葉を最後に彼の居た『痕跡』は、一つのカケラとなり、ヒカリの掌に収まる。それは自分が探し求めていた、大切な友人のカケラ。

だが、カケラを見付けたことよりも、ヒカリの心に深い何かが消えること無く刻み込まれる。

 

(ボクは…命を……奪った…?この…魔法で…?)

 

エグザミアの欠片を握る手が、自分の意思か、否か。知らず知らずに震え始める。

流れる涙は止まること無く、焦点は合わず、歯が震えからガチガチと音を鳴らしている。

命を奪う恐怖

それが今のヒカリを支配していた。

 

なのは、フェイト、はやても各々の相手を撃ち倒したことで解けた結界により、アースラからの救助、そして3人が駆けつけるまで、ヒカリは震えながらエグザミアの欠片を握り締め、遠くを見つめていた。




こんな感じで16話です。戦闘描写が難しくてわかりにくいかも知れないですが、なんとか形にはなっている…かな?と思います。次話も頑張って執筆しますので、感想等お待ちしております。ではノシ


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Mission17『貫く想い、その力』

魔法という技術に出会って未だ数時間。

教わったのは魔力の基礎の基礎。それだけに『魔法生命体』という概念について、未だ彼女には知識は無かった。もちろん、フェイトの出自やヴォルケンリッターの件に関しても知ることもない。ただ魔法を便利な力と思っていただけなのかも知れない。

魔法の力。ヒカリにとって、以前フェイトに対して勘違いしたようなマジックの類いや、ファンシーな呪文を唱えてお菓子を出す。そう言った物と思っていた。しかし、『技術』として発展したその力は、兵器として扱われる。相手を傷つけてしまう、手にしてしまったのは、そんな力だった。

 

「ねぇ…ヴァルキリー…。」

 

ブレスレットへと戻った相棒。アースラの医務室にて治療を終えたヒカリは休むように言い渡され、ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。涙はいつぞと無く止み、あの時、五月蠅いくらいに高鳴っていた心臓の鼓動も今は落ち着いていた。

 

「ボクの魔法って…何なのかな…。」

 

『質問の意味が分かりかねます。』

 

やはりAIなのか、淡々と無感情に返す。ただ、ヒカリにとっては誰かに聞いて欲しくて堪らない、そんな感情にうちひしがれていた。

 

「ボクは結局…ザフィーラさんを…。魔法って…こんなにまで危険な物だったの…?」

 

『肯定。魔法は地球で言う兵器、もしくはそれに用いられるエネルギー源。使い方次第で良くも悪くも変わるのは、何に付けても同じことです。魔法に関しては、魔力核、リンカーコアを持つ人間が術式を学んでさえ用いることが可能なものになります。』

 

全人類が使えるわけでは無いが、リンカーコアさえあれば、魔法を行使するに至ることが出来る。それを持ってしまったが為に…

 

「ボクは…あんなつもりじゃ無かった…。ただ戦いを終わらせたかっただけなのに。」

 

『サージェント。先の盾の守護獣についてですが…』

 

「…なに?」

 

『エグザミアのカケラが消滅後に出現したことを鑑みるに、カケラの持つ魔力。それが何らかの作用をもたらして彼を具現化した。そう推察できます。』

 

「そんなこと…あるの?」

 

『肯定。以前ジュエルシード…高町殿とテスタロッサ殿。2人の関わった事件において、ロストロギアであるジュエルシード、それを媒介にして魔法生命体のような物が精製された、と言うデータが存在しましたので。』

 

強い魔力による影響は計り知れない。エグザミアの総合魔力はどれ程かは解らないが、それでもあのような物を生み出すに至るだけの魔力があるのだから、恐らくはジュエルシードと同等…いや、欠片であそこまでの影響があるのだから、修復された後にはどれ程の物になるか…。

 

『それだけに、恐らくは内蔵魔力の枯渇により、遠からず戦い続ければ消えていたのでしょう。…しかし、それまでに人的被害がもたらされれば取り返しは付きません。欠片による現象。それを発見次第、可及的速やかに無力化するのが、ベストとならずともベターな選択と進言します。』

 

「でも…意思が相手にもある…。」

 

『だからと言って、目の前で彼らに襲われる人を放っておけますか?おそらく、彼らは一人では飽き足らず、具現化したそれが悪質な物であれば、その命尽きるまでその行為を止めることはありません。』

 

ヴァルキリーの言うことも尤もだと、ヒカリ自身も理解している。きっと自分の言っていることはただの戦いを恐れた兵士のそれである。しかし、相手を倒すことが解決になるとも思っていない。相手がどんなことをしていようとも、

『今を生きている』

『彼らにも思いがある』

その事実は変わりない。となれば、彼女の言わんとすることは良く言えば優しく、悪く言うなら甘ちゃん。

 

『甘いですね。』

 

「…確かにそうかも知れない。でも、この捉え方を間違っているとは、ボクは思わないよ。」

 

『ならばその甘さ。貫き通せますか?今の貴女で。』

 

「う……、確かに…。」

 

あれ程までにボコボコにされ、攻撃はことごとく防がれ、実際には不意打ちによる、マグレとも言うような勝利。相手は歴戦の猛者と言うことを加味することも勿論だが、あのような結果で自分の意志を通すというのは到底無理と言うもの。力ない者がいくら自分の思いを訴えようと、それはただの『理想論』とでしか聞いて貰えないもの。

『自分を通す力』

それを得ることでおそらくは先に進むことが出来る。

前へ進める。

 

『不殺は結構ですが、言い換えればそれは手加減。相手を上回る技量を持ちうることで初めて成り立つものです。』

 

「…それはまぁ…確かにボクの技量不足だけど…。」

 

『それならば、一つの新しい武装のロックを解除しましょう。…誘導と集束。拙いとは言え為し得たサージェントへの御褒美です。』

 

3Dホログラフが待機状態のヴァルキリーから映し出される。

それはそれとして御褒美。いつの間にかヒカリにとってヴァルキリーは、教師か何かへと変わっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だから言ったろ?あの人は大丈夫だって。」

 

医務室入り口から覗くのは、二人の人影。

レオンとユーリだ。

ヒカリが心配でやって来たユーリを、レオンが首根っこを掴んで引き留めていたのである。

じたばたと藻掻くなか、目に意志を取り戻したのを見たユーリはようやく大人しくなった。

 

「ま、こんなんじゃへこたれないのがあの人だ。じゃなきゃ…。」

 

「随分ヒカリを信頼してるんですね。」

 

「そりゃまぁ。あの人が居なきゃ、未来の人間である俺は居ないわけだし。」

 

言葉の節々に含みがあるレオンの言い回し。思えば引っかかる点はいくつかある。

同じ髪色に瞳。

ユーリが考え、その思考の行き着く先は…

 

「もしかして、レオンさんてヒカリの子供?」

 

「………。」

 

痛々しいまでに鋭い視線がユーリを貫く。加えて妙な威圧感が場を支配し、ユーリの表情は引きつっていく。

 

「歳を考えたら分かるだろ。俺は今年11。あの人は今10。そんで俺は13年後から来た。俺の居た時間軸であの人は23。逆算したら俺が生まれた時の彼女の年齢は?」

 

「え、え~っと。…12?」

 

「そう。…つまり、ユーリの言う説がそうだとしたら…わかるな?」

 

ここまで来て納得した。12で出産なぞ、相手が社会的にアレな奴である。

 

「ま、何にしてもこれで一安心だ。ユーリも欠片が馴染むまで無理はするなよ。」

 

そう言い残して、レオンは医務室前を後にする。

彼の後ろ姿を見送りつつ、ユーリは思案した。

未来については尋ねるわけにはいかないのだが、彼の件に関してはどうにも気になる。

ヴィヴィオとアインハルト。二人に関しては、先程戻った欠片からの記憶で、ある程度推測はついている。恐らくはベルカに名を連ねた王であるオリヴィエとクラウス。その血縁者なのだろう。しかし、オリヴィエは子孫を残さなかったと記憶しているので腑に落ちない点もあるが、その特徴を引き継いでいる彼女らの素性は一部知ることは出来ている。

トーマという少年。彼も謎の刺青のようなものを入れており、あれを見ていると何だか不安になるのは何故だろうか?素性に関してはいまいち分からないが、はやてを司令と呼んでいたことから上司と部下の関係になるのだろう。…あれだけの畏怖の視線を向けているのが謎だが。

しかし、レオンについては分からない。なにせ、名前以外のプロフィールを喋らないからだ。外見的特徴にしても、虹彩異色もない。レアスキルは…まぁ持っているか分からないが、それでも推測を立てることが出来るとしたら、ヒカリを気に掛ける彼の仕草だ。先程の推測は外れたが、それでも彼女とレオンは近しい間柄なのだろうか。

 

「…もしかして、お付き合いしてる、とか?」

 

ユーリの想像は、頓珍漢な方向へとシフトしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、こっちは粗方片付いたな。」

 

愛機である鉄の伯爵を肩に掛け、真紅のゴスロリ騎士甲冑を身に纏った少女―ヴィータ―は一息つく。本来なら今の時間、家で家族とともに夕飯を摂っている時間帯なのだが、呼び出しに応じてこうして出払っている。勿論、他の騎士達も同様で、分散して海鳴で発生した異常事態に対応していた。

 

「しかしまぁ…気持ちが良いもんじゃねぇな。見知った顔とやり合うっていうのも。」

 

眼前で消えていくのは、金髪をツインテールに結ったヴィータもよく知る少女だ。

 

『ごめんなさい…母さん…アルフ…』

 

儚げで、悲しげなその瞳で俯き、贖罪の念を口にしながら粒子となって消えて行く。見ていると、少なからずの罪悪感に見舞われるのは仕方の無いことなのかも知れない。残るのはエグザミアの欠片のみ。

 

『ヴィータ、そちらはどうだ?』

 

脳に直接、凜とした女性の声が響き渡る。別方面に対応していた烈火の将シグナムだ。

 

「こっちも終わった。…そっちは誰と当たったんだ?」

 

『こちらは高町とだ。…まぁ幾分当の本人に比べれば歯ごたえは無かったな。』

 

「だな。こっちもそれほど苦戦はしなかった。速さだけは厄介だったけど、それ以外は問題ねぇ。…フェイトの奴、母さんがどーのこーの言ってたからさ。もしかして、だけど…。」

 

『恐らくはお前の考えとこちらの考えは一致しているな。こちらの高町も、スクライアに謝罪していた。加えてデバイス…レイジングハートだが、カートリッジを搭載していなかった。』

 

それに対してもヴィータは同意見だ。自分の知るフェイトに比べて実力が低い点、そしてカートリッジの有無。それらの点から、導き出される点は…

 

『恐らくは、闇の書の残滓の影響か…。書の記憶から様々な現象を具現化した結果が彼女達だろう。』

 

「…だろうな。なのはとフェイト、あの二人は蒐集した時に記憶もコピーしたんだろうよ。そこから部分的に実体化してるから、過去の実力として反映されてるんだ。…まぁ他にも諸々理由はあるだろうけど。」

 

『…となると、シャマルとザフィーラだが…。』

 

『ごめんなさい皆、ちょっと手こずっちゃった。』

 

『俺も今片付いた。』

 

残る二人からも完了の思念通話だ。各々担当区画に現れたコピーを片付け終えたので、合流して情報交換を行う運びとなった。

 

「アタシはフェイトで…。」

 

「私は高町だ。」

 

「私は…えっと…何でかユーノ君。多分だけど…一人でジュエルシードを探していたときの状態だと思う。」

 

「俺はハラオウン執務官だった。やはり、というべきか、闇の書への憎しみにとらわれていた。恐らくはそうなる可能性を揶揄できるな。」

 

見事なまでに知る人間ばかりだ。過去の人物を一時的に模る物だけに、今の実力でないだけまだマシなところか。それ程苦戦はせずに無力化できたし、これなら…

 

「ん?それだと何かおかしくねぇか?」

 

不意に疑問点が思い浮かんだのか、ヴィータが声を挙げる。

 

「アタシとシグナムが戦った2人はともかく、執務官とユーノの奴は蒐集した訳でも無いのに、どうして模倣されるんだよ?」

 

「言われてみれば…そうかもしれないわね。」

 

先の事件で、自分達は彼らを蒐集した覚えは無い。少なくとも、今回関わった主たる人間ではなのはとフェイト、その2人は蒐集した。しかし、彼らのコピーまでも出てきたら、その経緯という物が気になってくる。

 

「今は考えても仕方なかろう。我々は現れる脅威となり得るものを叩く。それだけで良いだろう。手に入れたこの欠片。これが恐らくはハラオウン執務官が仰っていた重要な品に違いない。」

 

「だな。…しっかしまぁ…何なんだろうな。ただの宝石片にしか見えねぇのに。」

 

「我々の世界ではその宝石片ですらロストロギア認定される物もある。警戒しないに越したことは無い。」

 

コピーを倒した際に手に入れた欠片。詳しいことはこれからはやてと合流してから調べるにしても、興味が無いと言えば嘘になる。なんにせよ、アースラへと転移し、件の欠片を渡さねばならない。この欠片について参考人たり得る書の官制人格も、向こうにいる手はずだ。

 

「それじゃ、アースラへ転移するわよ?」

 

シャマルの言葉を引き金に、四人を翠の古代ベルカ式魔法陣が包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「うん、ごめんなさい。えっと…取り乱しちゃって…。」

 

アースラの艦橋に、ユーリと共に姿を現したヒカリは、案じて声を掛けてきたクロノに謝罪した。勿論、誰も彼女を嗜めることはしない。リンディもエイミィも、まともな初出撃であそこまでの立ち回りなら舌を巻くだろう。

 

「まぁ気持ちは分からなくも無いが、無茶をするのも考え様だな。」

 

しかしクロノは違っていた。他の局員が飴とするならば、彼は鞭の役。甘さばかりではいけない。厳しさも時としては必要となる。組織としてはどうなのかと思うが、それでもクロノなりに相手を思っての言動だ。

 

「うん…だから…クロノさん!」

 

「な、なんだ…?」

 

「無茶じゃない戦いが出来るように…訓練室を使わせて下さい!」

 

収容されて間無しなのに訓練がしたいと申すか。治療もそこそこに、傷付いた身体は未だ完治しきってはいない。それなのにこの娘は…!

 

「無茶の意味、履き違えてないか?」

 

「うっ…!」

 

「怪我も治りきっていないのに訓練は頂けないな。何も戦闘だけの無茶を僕は言っていない。普段の生活ならともかく、こと魔法において目の前で無茶をされるのは…」

 

「もう慣れっこでしょ?クロノ。」

 

「そそ、無茶をする妹分が居るもんねぇ…、もう一年になるんだっけ?早いもんだなぁ…」

 

まさかのリンディとエイミィの発言が飛んできた。片や何やら思い出にトリップしている。

勿論、クロノは2人が言ってる意味は分かる。だが、慣れたからと言って看過できることでは無いことは事実。しかしここで容認しなければ、後ろの女性陣からどんな非難を受けるか分かったものじゃ無い。

 

「…わかった。訓練室の使用を容認する。」

 

「あ、ありがと…」

 

「ただし!」

 

世の中そんなに甘くは無い。ぱぁっと明るくなった表情と共に感謝するヒカリの表情は固まる。

 

「僕が見ている前で訓練して貰う。訓練自体を見る意味もこめてな。それで構わないのならだ。」

 

それに関してヒカリには願ってもないチャンスだ。エリート直々に訓練を見て貰えるのだから。勿論二つ返事で返したヒカリは、ユーリと、そしてクロノと共に、意気揚々と訓練室へと歩を進めていった。

 

「あらあら、若いって良いわね。」

 

「いや…艦長もお若いでしょうに…。」

 

「ふふっ、クロノってば、ああ言いながらもヒカリさんを買ってるのでしょうね。」

 

「そうですね。ヒカリちゃんの魔力量からすれば、クロノ君の様な技巧派の戦闘スタイルが適正でしょうし。なのはちゃん達みたいな、魔力量でゴリ押し戦法と違って教え甲斐があるんでしょ。」

 

「まだ魔法に触れたばかりの雛鳥。それがどう形を変えるか…楽しみね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後…

 

シミュレーターによって様々な戦闘フィールドと化す訓練室。その一角。

吹き飛ばされたクロノが尻餅をついていた。

目を丸くし、まるで何が起こったか分からない表情で、眼前十メートル先に立つ白銀の鎧を纏った彼女を見つめていた。

事の発端は、戦闘訓練と題した模擬戦闘。まず攻撃と回避マニューバーの訓練を行おうとしてスティンガースナイプを数発、そこそこの速度で撃ち出した。彼女の速度ならばギリギリかいくぐれるほどの。予想通り、多少ぎこちないながらも見事に回避し、次は攻撃に転じるのか、銃を顕現させた。そして何故か。至近距離まで突っ込んできたのである。

アサルトライフルと称される彼女の持つ銃は、魔導師で言うなら中距離がメインとなる獲物だ。それを近距離で使用するなど、見当違いも甚だしい、そう思い、ラウンドシールドを展開したまでは覚えている。

気付けば、防御した積もりが吹き飛ばされ、訓練室の隅へと追いやられていた。

 

「なっ…!なな…!」

 

アサルトライフルよりも短い銃身。しかし薬莢排出口から一発の威力の大きさを物語るかのように排熱される。足下に転がるのは、アサルトライフルの薬莢とは比にならないほどの巨大なそれが廃莢されて、ゴロリと転がっている。

 

「ご、ごめんなさい!ここまでの威力とは思いもしなくて…!」

 

その銃を量子化してヴァルキリーのスロットに収納すると、意図せずして吹き飛ばしてしまったクロノに駆け寄る。未だに自身に起こったことが理解できない彼は、まるで金魚が空気を求めるかの如く口をぱくぱくさせていた。

 

「な、なんなんだ…そのゲテモノな威力の武器は…!」

 

ようやく、そして必死の思いで飛び出した言葉は、彼女の呼び出した武器の批評であった。

 

「え~っと…。」

 

小休止。考える仕草をしたのち、口にした言葉はこれだった。

 

Lethal…weapon(秘密…兵器)?」




ヒカリの立ち直りが意外と早くて盛り上がりに欠ける気がする…。
ちなみに新しい銃の詳細は後ほど。

にわかミリタリーマニアなので、稚拙なところもあるかもですが…

あとお試しでルビを振ってみた!


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Mission18『そして僕に出来ること      …withおっぱい』

題名の後半?気にしなくても問題ないかと(マテ)

物語が中々進まないgdgd感が…


クロノを結果として吹っ飛ばした後、ヒカリは彼に防御魔法やバインド、射撃誘導など、基本となる運びを教わる最中。

その光景を、訓練室と外部を隔て、超硬度を誇るガラス越しに見つめるユーリがいた。ぺたりと掌をガラスに密着させ、その様子はさながら玩具屋のガラス越しにオモチャを物欲しげに視線で追う子供のようにも見える。

あながちその例えも外れでは無いのか、ヒカリがぐんぐんと力を付けていく一方で、自らの力ではどうすることも出来ずに、皆が集める欠片を取り込むことでしか本来の力を取り戻せない。そんな歯痒い想いが彼女を支配していた。自分の欠片だけに本来なら迷惑を掛けたくなかった。しかし、散り散りになった自らの力では、欠片を集めることもままならず、結果として偶然、それの一部を拾ったヒカリに助力を求めざるを得なかった。

 

「結局私は…頼ってばかりです…。」

 

虫にでも聞かせるかのような、そんなか細い声で漏らしてしまった本音。消え入りそうな表情。ガラス越しに飛び回る2人の動きを目で追っているのか、はたまた遠くを見つめているだけなのか。

 

「あ、やってるな、クロノの奴。…へぇ、相手の子、見たこと無いタイプのデバイスだけど、良い動きだ。」

 

いつの間に居たのか、隣に立っている亜麻色の髪の少年が居た。ユーリより少し背が高く、頭頂部には2本の短いアホ毛?が揺らめいている。

 

「あの…。」

 

「ん?あぁ、君はあっちの白い子の友達かな?」

 

コクリ、と無言ながらうなずくユーリ。

 

「僕はまぁ…クロノに頼まれた資料のデータを持ってきたんだ。名前はユーノ。ユーノ・スクライア。」

 

「ユーリ…エーベルヴァインです。」

 

「うん、よろしくねユーリ。」

 

今思えば、初対面の人間に対してここまでスムーズに挨拶と自己紹介が出来るようになるとは、ユーリ自身も驚いている。最初こそまともに顔を見れず、オドオドしたり、人や物の陰に隠れたりと、人見知りが激しかった。しかし、いつからだろう…確かヒカリの友達であるなのは達に紹介されてからだろうか。そこからとんとん拍子に顔見知りが増えていき、その過程で自己紹介を繰り返していた為か、それにより幾何か改善されてきたのだろう。

気の弱い自分。切っ掛けは些細な一つの出会いから、ここまで変化した周囲の状況。そして自身の欠片の捜索。

 

「どうかした?」

 

隣ではユーノが不思議な物を見るかのように見ている。相談して良いものか。いや、これも一つの甘えだろう。首を振り、何でもない、と言う意をジェスチャーで示す。ただでさえ周囲に頼ってばかりなのに、こんなことまで頼るのは…。

 

「…それにしても。」

 

ユーノはユーリから視線を訓練室に戻すと、ポツリと言葉を漏らした。

 

「あの子、ずいぶん楽しそうに飛ぶんだね。」

 

「ヒカリが…ですか?」

 

ユーリも視線を戻すと、確かに。訓練中ながら、マニューバーを教わる最中でも表情に笑みをを浮かべながら飛んでいる。

 

「ヒカリって言うのか。…あの子が楽しそうに飛んでいるのを見ると、なのはを思い出すよ。」

 

「なのはを…ですか?」

 

「うん。…思えば初めて飛んだときは実戦の最中だったからかな…、あの時は本当に彼女が来てくれて助かったんだけど。」

 

もう一年になるのか、とポツリと漏らす。ユーリにとっては恐らくは知らない。一年前と言えば、闇の書自体は起動しておらず、外の出来事に関しては分からない。

高町なのはと魔法の邂逅。

その出来事に、少なからずユーリは興味を抱くに至った。

 

「えっと…それってどんな出会いだったんですか?」

 

「気になる?…よね、その目は。」

 

言わずもがな、ユーリの目は興味津々と言わんばかりに光り輝いていた。

これは…

この状況は…

 

「…一応…事件のことだから、あんまり詳細には言えないんだけどさ。」

 

ユーノは語りだす。

ジュエルシードを切っ掛けに出会ったなのは、彼女と共に過ごした日々を。

ジュエルシードを集める中でフェイトに出会い、管理局との協力体制。そして二人の決闘から事件の終息…。

 

「事件当初、僕は怪我を負った上に、魔力をほぼ使い果たしちゃったんだ。だから調子を取り戻すまでは、なのはに封印を任せっきりだった。…その時僕は、自分の無力感に打ち拉がれたよ。」

 

同じだ。

力を失っているばかりに、大切な人を危険に曝してしまうという無力感。そして歯痒い想い。

 

「やっぱり…。」

 

「ん?」

 

「その…つらいですか?…自分が巻き込んだ人に委ねて…委ねるしかないということに。」

 

吐露してしまった。

共感を求めていたわけでは無い。しかし彼女の心の中で、誰かに聞いて欲しいという願望がそうさせたのかも知れない。

 

「そりゃまぁ…つらいよ。自分は戦うことが出来ない。…その時は下手したら足手まといになっていたかも知れないし。…でもね。」

 

そう言葉を区切ったユーノの顔は、どこか晴れやかだった。

 

「だからこそ力が戻ったら、戦えなかったぶん沢山助けようとも思ったよ。…ただの自己満足だったかも知れない。もしかしたら迷惑だったかも知れない。それでも、自分に出来ることをしようって決めたからさ。だから今もこうして、戦うことはしなくても、資料を集めたりして、僕の出来る範囲で頑張ってるわけだよ。後悔しないように、ね。」

 

(自分に出来ることを…後悔しないように…。)

 

「そうか、それなら資料はバッチリだな?…ご苦労フェレットもどき。」

 

「まぁ、こうやって悪態付いてくる、性の悪い執務官も居るから苦労もあるんだけどね。」

 

挨拶もほぼ無く、いつの間にかヒカリを引き連れ、訓練室から出てきたクロノは、ユーノの持っていたデータを掻っ攫うと、中身をチェックしていく。お互いに皮肉を言い合うのが挨拶なのかと疑わしくもある。

余程激しい訓練だったのか、互いにバリアジャケットとボディースーツ共にボロボロで、頬もそこはかとなく上気しているようにも見えた。

 

「それはそうと、なんだって闇の書の改変記録の既存資料を探せって?」

 

「それに関しては…まぁ追々として。ヒカリ、ご苦労だった。最初に比べたら、飛び方も大分落ち着いて来ている。」

 

「そ、そうなのかな?…最後の方はヘトヘトだったんだけど…。」

 

「逆に余分な力が抜けて良かったんだろう。力を入れすぎるのも考え様だ。そのデバイス。ヴァルキリーの機動性を活かすには、ナチュラルな思考が必要不可欠なんだろう。」

 

クロノ自身も、彼女の飛行能力の向上には驚いていた。角々しさの目立った飛び方も、訓練を重ねるにつれてなめらかに。コツを掴んで一段落と言ったところだ。

 

「汗をかいただろう。シャワーを浴びてくるといい。汚れ塗れだし、髪も乱れているぞ?」

 

「へ?……うわぁっ!?ホントだ!」

 

手鏡を取り出し、自分の顔を見たヒカリは、物の怪でも見たのかと言わんばかりに悲痛な叫びを上げる。

 

「ヒカリ…私もシャワー浴びたいです…、一緒に行きませんか…?」

 

「OK!それじゃクロノ…と、…誰?」

 

「今気付いたのか…、僕はユーノ。君のことは、なのはから聞いてるよ。」

 

「おぉっ、と言うことは、なのはのオシショーさん!」

 

「オシショーって…そんな柄じゃないんだけどなぁ。…まぁとりあえずシャワーを浴びて来なよ。話はそれからってことで。」

 

「あ、そうだね!それじゃまた後で!」

 

ユーリを伴って訓練室を後にするヒカリを見送る二人。ややあって、示し合わせたともなく、ユーノが口を開いた。

 

「それで?その資料の検索理由は?」

 

「やっぱり気になるか?」

 

「そりゃね。物が物だし、ナハトヴァールみたいなとんでもないのの資料を探してこいって言うような物だ。気にならないって方がおかしいでしょ。」

 

やはり検索していて、その資料内容に目が行くのは仕方のないのかも知れない。数冊同時に本を検索、脳にその内容を流し込み、そして必要な物を振り分けていく。

 

「…検索中に、エグザミア、と言う単語は見当たらなかったか?」

 

「エグザミア…?…ん~、ない…かな~…。」

 

「そうか…もしかしたら、と思ったが。」

 

「もしかして、今回の事件に関わる案件だったりするの?」

 

「そうだな。闇の書の後始末、と言ったところか。」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お。」

 

「「あ。」」

 

シャワールーム入り口で、見知った顔と鉢合わせた。タオルで濡れた髪を拭きながら出てきた銀髪の少女、ハルである。シャワーを終えたばかりなのか、髪もさることながら、頬は少々上気し、着込む簡素な肌着も多少の湿気を吸って、肌に張り付いている。

 

「エルトリアさんもシャワー?」

 

「うむ。今終わったところだ。仮眠を取ったら少々寝汗をかいてしまってな。流していたところだ。…ところでエーベルヴァイン。別に取って喰いやしない。いい加減隠れるのは止めないか?」

 

「………。」

 

さすがに第一印象が悪いのか、数回顔を合わせた物の未だに面と向かうことが出来ないハルとユーリ。ハル自身も反省はしているのだが、ユーリ自身も警戒よりも恐怖心の方が勝っているのが現状で、ヒカリが警戒を解いても、それでも気を張ってしまっている。そんな二人に、ヒカリは苦笑いを禁じ得なかった。

 

「これは…時間が掛かりそうだね。」

 

「…まぁ仕方のないことなのだが、な。…ところで。」

 

少々困惑気味の表情から一変。怪訝な表情、そして鋭いその視線をヒカリに向けながら彼女は言う。

 

「ここは女性用シャワールームだ。男性用ではない。」

 

 

……

 

………

 

「何言ってんですか、その目は節穴ですか、盲目ですか、老眼ですか、要瓶底眼鏡ですか。このヒカリを見てどの口がそう言うんですか。ヒカリはれっきとしたおんモゴゴ…!」

 

「そ、そうだねぇ!ボク、ユーリをシャワールームに送って来るだけだったから失念してたよ~。どうせだったらリンディさんに許可を貰って、家に帰ってから浴びるよ、うん。それじゃあね、エルトリアさん!」

 

何か言いたげなユーリの口を塞ぎつつ、ずるずるとそのまま引きずっていく。半ば窒息しかけているように見えたのは見間違えではない。

 

「やれやれ、変態的な趣味など持つべきではないと言うに…。」

 

「変態的な趣味言うんは具体的に?」

 

「男でありながら、女性用区画に浸入しようという、その巫山戯た性癖だ。いくら中性的な外見とはいえど、こう言うのは幼い頃に矯正しておかねば、あとあと極めて特殊な性癖を持って法的機関にお世話になりかねない。」

 

「因みにその男って言うんは?」

 

「もちろん、如月のこと…む?」

 

振り返れば先程から誘導の尋問の如く、さも自然と情報を聞き出している人物がいた。松葉杖を両脇で抱えている八神はやてである。仮眠中に合流したのか、ヴォルケンリッターも揃い踏みと来た。

 

「ふむ。ヴォルケンリッター…。ベルカの伝えられている騎士と面と向かって立つというのも中々感慨深いな。」

 

「あ~、そう言うもんなん?」

 

「今まで敵対していた、というからな。それだけに武器を取り合わずに、こうして接するのも想像していなかった。」

 

「それは我等が好意的に受けて貰っている、と捉えても構わないのか?」

 

将シグナムが、ハルの物言いに少々困惑と怪訝な思いも交えつつも、騎士達の総意とも取れる言葉を紡ぐ。

ヴォルケンリッターと、主であるはやての宣った贖罪の務め。その件に関しては管理局全体に波及、ある者は書の引き起こす悲劇の終演に歓喜し、ある者は家族を殺されたことに対する刑を処すことを訴えかけた。しかし、ハラオウン親子が前者の側に付いたことにより、後者の面々も多少は鳴りを潜めた物の、それでも心中では怨み辛みが募っているのが現状である。勿論無関係な局員においても両派に別れはしているが、こうしてハルのように初対面受け入れる局員と言うのは中々に珍しかったりする。

 

「そう捉えて貰っても問題ない。これからは同じ目的のために腕を振るい、時には背を預けるんだ。私としては強い騎士が居るというのは心強いと思う。勿論、事件時の魔力蒐集の際は私も憤りは覚えたが、主の為に命までは奪わないと言う忠信は、信じるに値するとも感じている。」

 

はやての将来。闇の…否、夜天の書の主と言うだけで罪に問われることはあれど、騎士達が魔導師の命まで奪っていたとなれば、その罪は更に重いものとなっていた。はやての命の為に蒐集の必要性は不可欠で、仕方がなかったものであること。それは情状酌量の余地もあり、幾年の無償奉仕というもので留まっているのは、そう言った部分が大きく関わっていた。

 

「そうか。…聞けばお前は主はやての同級に当たるそうだな。…主をよろしく頼む。」

 

「…まぁ私自身、クラスメイトとやらへの接し方も分からんが…努力はしよう。…有給が終わるまでで良ければ、だが。」

 

「え~?そのあとも仲良うしてくれるんやないの?私としてはハルちゃんと友達でいたいと思うとるんやけど~。」

 

「あぁ。クラスメイトとしては接することはないだろう。しかし、将来お前が管理局に入るのなら、同僚として…その、まぁなんだ。仲良くしてやらんでも…ない…」

 

語尾に近付くにつれ、照れ隠しからか視線を逸らし、頬を掻いてボソボソと紡ぐ。

何このツンデレ。

友人という物もどのような物か分からないと言うのもあるが、それでもここにこうしている以上、平穏を守るのも局員としての役目。どうにもドギマギしているそんな彼女を見て、はやての後ろではシャマルが口許を押さえ、クスクスと頬笑んでいる。

 

「それじゃはやてちゃん。ハルちゃんの有給が終わるまではなのはちゃん達と協力して、友達のなんたるかをしっかりみっちり教えちゃいましょ?」

 

「そやなぁ。せやったら、お近付きの印に御馳走せなあかんね。腕、振るうよぉ?」

 

「そうと決まったら、私もよりを掛けて…」

 

「や、シャマルは台所立ち入り禁止な。…アレな料理が歓迎の御馳走と思われちゃ、はやての面目が丸潰れだし。」

 

「この前の…肉じゃが(?)…醤油とソースを間違えたなど言語道断だ。流石にあれは…。」

 

「ヴィータちゃんどころかザフィーラまでっ!?」

 

ヴィータはともかく、普段多くは喋らず、皆から一歩引いて存在している彼にここまで言わしめるシャマルCOOK…。その威力は御近所でも中々有名で、当たり外れの激しいものとなっている。と言うのも、普通に当たりなら、これまた普通に美味しい物が仕上がるのではあるが、外れの場合、調味料の量を間違えた等という生易しいものではなく、調味料そのものを間違えたという、漫画とかで良くありがちである砂糖と塩を間違えて入れるような料理が仕上がってしまうのだ。まるで半か丁か、2回に1回の確率で引き起こる食材の悲劇が、八神家でのちょっとした事件簿となりつつある。

 

「…なにやら、とんとん拍子に話が進んでいるな…。」

 

自分を余所に、イベントに自分を巻き込むことを前提で盛り上がる彼女達。歓迎してくれる、と言うのは正直喜びたいところだが…。

 

「賑やかだろう?」

 

「…そうだな。喧しい、という感じも無くはないのだが。」

 

「でも悪くは無いんじゃないのか?」

 

「…勿論、嫌というわけではない。が、正直やはりこう言う経験がないから、どう答えれば良いか…む?」

 

いつの間にやら隣に並び立ち、八神家の面々のやりとりを見守る一人の女性。腰まで伸びた銀髪に、真紅の瞳。正直、少女であるハルにすら、息を呑んで美しいと思えるようなその容姿。そして…たわわな二つの…、いや、言うまい。

 

「八神といい、今日は誘導の多い日だな。これでは特査官として、自分でもどうかと思ってしまうぞ…。」

 

「そ、それは済まなかった。…自信をなくさせるつもりはなかったのだが…。」

 

「あ、リインフォースや!こっちに来てたんやね!」

 

ぱたぱたと松葉杖を駆使して、はやてはリインフォースと呼ばれた女性の豊満なソレに飛び込んだ。軽いはやての身体を難なく受け止め、見上げる彼女を微笑みながらも少々困惑気味に見つめる。

 

「おっと…我が主、そのように勢いよく飛び込んでは危のう御座います。」

 

「リインフォースが受け止めてくれるって信じてたから大丈夫やよ?」

 

「し、しかし…。」

 

「ん~!それにしても相変わらずのわがままボディや~。」

 

「わ、我が主!?何処を触って……ひゃあっ!?」

 

目の前で繰り広げられる形容しがたい色の空間に、ハルは少々後退ってしまった。

…これはアレか。

同性愛者という奴か。

しかしこれは…、

この光景は…。

次元航空艦でこの様な…。

ぐるぐると渦潮のように思考の海へと沈む。

アースラの廊下に女性の卑猥な悲鳴が暫く響き渡っていた。



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Side Mission5『母親』

遅くなっちゃいました。実はこの話、ほぼ9割方仕上がっていたのに、なぜか消えてしまっていました。下がるテンションと、襲い来る風邪の鬱陶しさに活を入れながら、何とか完成です。


明朝6時。

4月も半ばを過ぎ、しかし未だ朝は寒い時間帯。日は昇りながらも薄い霧が立ち篭める海鳴臨海公園。

その海岸沿いのアスファルトを大型の愛犬と走るジャージ姿の少年。グレーの上下お揃いのものと、白のランニングシューズ。多少上がった呼吸も、そして軽い疲労感も心地良く、軽い足取りで散歩を続ける。

 

「ゆ、悠~…!待ってよぉ~…!」

 

十数メートル後方から、アリシアが遅れて呼び止める。既に彼女の息は上がっており、ぐるぐるとその目は回っている、様な気がする。

一旦呼び止められた悠は足を止める。それに伴って愛犬であるエルも歩みを止めた。

一考して悠は気付いた。一昨日クロノの言っていたように、アリシアは仮死状態となっていたと言うことなら、その筋力や体力は衰弱していると言うことになる。家の中では問題なく歩き回ってはいたものの、こうして長距離を歩いたり走ったりと言うのは、やはりまだ難しいはずだ。まだリハビリを要するはずの身体なのだから、いきなりのジョギングは厳しかったか、と後悔する。

そもそもの発端は、休みの日課である早朝の散歩。昨晩もアリシアの要望で一緒に寝ざるを得なかったわけだが、明朝に起床して更衣していたときにアリシアを起こしてしまったのだ。

『何処かに行くの?』と質問され、ジャージに着替える姿を見られてどう答えるか。嘘をつく理由もないので正直に『エルの散歩だ。』と答えたならば、案の定『私も行く!』と昨日の昼間にリンディが購入してくれた黄緑のジャージに着替え始めたのだ。恥じらいを持ってくれと思いつつも、こめかみを押さえて軽い頭痛に耐え、今に至る。

 

「やっぱり疲れたか?」

 

「ぜ、全…然……」

 

足を止めて待つこと10秒弱。ようやく追い付いたアリシアは、膝に手を着いて上がった息を整えつつ、説得力皆無の強がりを口にする。

 

「一旦休憩にするか。適度な運動も必要だが、それに応じた休息も必要だからな。」

 

その言葉にアリシアの表情はぱぁっと明るくなる。どうやら先の言葉は強がりだったことは揺るぎないものだったようで、聞くや否や海に向かい設けられたベンチへと軽い足取りで向かう。

 

「ウォンッ!」

 

と、ここでエルが一声吼えた。必要以上に吠えないこの子が何も無いところでこうした以上、飼い主である悠は不思議そうにエルを見やる。鼻を鳴らして、先程の進行方向その先をジッと見つめている。

 

「どうした…ん…だ…ぁ…ぁ…ぁ…」

 

言い終わるまでもなく。悠は突如として走り出したエルに引き摺られて遠ざかっていく。悠も踏ん張ろうとしたが、やはりそこは大型犬。小学生が耐えられるような力ではなく、そして為す術も無く、妙な声を残してリードを手放さないように巻いた手首がネックとなったのか、そのまま連れ去られていく。

 

「ゆ、悠ぅっ!?」

 

アリシアも何が起こったのか理解できぬまま、未だ回復しない身体を推して追い掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠が引き摺られてやって来たのは、海岸線沿いの林。ここも臨海公園の一部であり、観賞用として整備された木々が立ち並んでいる。緑豊かな情景を出しながらも、鬱蒼とした雑草も生えておらず、その整備が良く行き届いているのがよく分かった。

 

「はぁっ!はぁっ!ま、待ってよ二人とも~!」

 

犬と、引き摺られてきた主人を追い掛けてきたアリシア。もう走るのはこりごりと言わんばかりにバテており、苦悶の表情が見て取れた。

 

「…良い運動になったんじゃないか?」

 

「限度って物があるよっ!!」

 

この男はどうしてこう…!

 

と、アリシアの憤慨を余所にエルはというと、茂みに鼻を突っ込んでフガフガと鳴らしていた。

目を見開いて、アリシアと悠は目を見合わせる。先程から謎の行動が目立つエルだが、今日は輪を掛けて変だ。そういえば一昨日も似たようなことがあったような…、とデジャヴを悠は感じた。もっとも、前回は引っ張られこそすれ、引き摺られるようなことはなかったが。

背中などにこびり付いた砂を払い、エルが気にする先へと歩みを進める。アリシアも気にはなるが、それでも怖いというのもあるらしく、ギュッと悠のジャージを掴んで陰に隠れている。

 

「………!」

 

照らし合わせたわけでもなく、二人が揃ってゴクリと固唾を飲み込む。ジリジリと一歩、また一歩と茂みに近付いていく。いくら男とはいえ、やはりそこは小学四年生。年相応のメンタルでしか持ち合わせていない。

 

「ゆ、悠~…。」

 

「だ、大丈夫だ、問題ない…。」

 

いつの間にか握った拳を伝う冷や汗。

そして上昇する心拍数。

五月蠅いぐらいに心臓が高鳴っている。

 

近付くにつれ、茂みの死角が少し狭まる。

茶色い土の上に黒い…あれは布地だろうか。それが無造作ともとれるほどに広げられていた。

 

更に近付く。

 

次は同じく黒く、しかし若干紫が掛かった…あれは髪だろうか。見るからに長く、そして黒い布の一部を覆うほどだった。

 

と、そこまで進んだところで、悠のランニングシューズ、その爪先から固いものを蹴った感触が伝わってきた。

杖。

それも長杖と言うほどの長さ。

紫の柄。コウモリの翼を模したような形の金の先端部と紫の水晶体。持ち上げてみると、悠の身長では若干長く、そして少しズシリと確かな重量があった。しかし、不思議と重たいとも感じない不思議な物である。

 

あと一歩で…恐らくは全体像が明らかとなる。

相変わらずフガフガとしているエルは置いといて、杖を持ち、そして長い髪とするならば、黒い布地は…服か何かなのだろう。ここまで来て中途半端にするつもりもない。

 

そして…

 

踏み入れた。

 

予想通り…人が倒れていた。青白さすら感じるような不健康気味の肌。そして痩せこけた身体。気を失っているからか、微動だにしない。長い前髪で目元は確認は出来ないが、唇に塗られた紫のリップが妖艶さすら感じられる。

 

「…行き倒れ?」

 

近付いて口元に手を近付けて呼吸を確認する。

弱々しいながらも息はある。先日のようなドッキリにも似た物は無かったが、それでも呼吸の弱さは看過できない。

 

「アリシア。念のために病院に運ぼう。俺は救急車を呼ぶから、アリシアは…」

 

「ママッ!?」

 

ジッと倒れている女性を見つめていたアリシアだったが、突如として駆け寄る。母と呼ぶ女性を揺するが、力なく項垂れる彼女に涙を浮かべ始める。

 

「ママッ…ママァッ!!」

 

「落ち着けアリシア。」

 

腕で遮り、母親を揺らし起こすのを制止する。こう言う場合は下手な刺激を与えず、救急車を手配して、必要があるならば救急隊員の指示による応急処置を施すのがセオリーと言うもの。

 

「とにかく、こういったことはプロの指示を仰ぐ。まずはそれからだ。今から救急車を呼ぶから、アリシアは海岸線沿いの道路で車を誘導してくれ。俺は救急隊員に応急処置がないか聞いてみる。」

 

「う、うん…わかった…」

 

こう言う時は慌てず、それでいて冷静を保たなければならない。焦り、パニックを起こしてしまっては、助かる命も助からない。しかし正直、表面上は平静を装っては居ても、悠とて未だ小学生。焦っていないと言えば嘘になる。証拠にスマートフォンを持つ手、タップする手が震えている。

 

なんだ…

これじゃあアリシアに偉そうに言えないじゃないか。

 

自嘲染みた笑みを浮かべ、内頬を奥歯で噛む。口に広がる僅かな鉄の味。そして、びりっと走る痛みが震えを幾何か拭い去ってくれた。

 

『119番、消防署です。火事ですか、救急ですか?』

 

その声がスマートフォン越しに耳に届き、心拍数は少しずつだか落ち着いてきたのが実感できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、白く、そして知らない天井だった。

開かれた窓から、涼しげな春風が舞い込んで前髪を撫でる。窓を見たときに左手に繋がれたチューブ。そこから体内に流れ込む点滴。清楚や清潔を表す白を基調とした室内に点滴。以上のことから鑑みるに、ここは恐らくは病院だ。

ここに運ばれた経緯は覚えていない。忌々しくも感じつつ、しかし懐かしいとも思える声と共に、闇から一時目を覚ました所は記憶にはある。しかし、その後については朧気で、思い出したくともその片鱗すら姿がない。

頭を抑えて深い溜息。

そうしたときにふと違和感を感じた。

 

「…息苦しさが…ない?」

 

そう、確か自分は実験の薬品、その影響で気管支を侵されていたはず。身体の感覚が覚えている。脳裏に焼き付いたあの不快感が全くない。不治の病とも考えていたはず。しかしそれが、まるで元々無かったかのように綺麗さっぱりと。

 

「どういうこと…なの…!?」

 

こうなると現状に対する喜びよりも、逆に末恐ろしさすら感じてしまう。

 

「…とにかく、ここが何処で、どうしてこうなったのかを整理しないと…!」

 

布団をはねのけて、腕に繋がれたチューブを引き抜かんと起き上がった時だった。

何ら変哲も無く、恐らくは患者が自分で身だしなみを整えるために設けられた鏡。洗面台とセットになっているのは見たことはあるだろう。

それを見るまではよかった。

しかし、そこに映し出された顔は…

 

「これが…、私?」

 

何処かの紙袋を被った医者が準備運動を始めた…気がする。

そう、鏡に映されたのは、娘のために狂気の研究を続け、見るからに痩せこけた悲劇の母親ではない。何もかもを喪う前…娘のために身を粉にして働いていた普通の母親だった頃の『プレシア・テスタロッサ』だった。

いつからか身だしなみを気にすることもなく、それでいて鏡を見ることも無くなったが、それでもあの時の自分とはかけ離れた姿になっているのは分かる。

 

「どういうことなの…?…っ!?」

 

話し声がドア越しに聞こえた。病院であるならば、恐らくは医者か何かの回診だろう。目を覚ましていたなら聴取にも似たやりとりをしなければならない。そして…管理局を知る者ならば、局員を呼ぶだろう。

開け放たれた引き戸の入口。そこから話し声は更に鮮明となる。

 

「全く…着替えとか持ってくるのは中々難儀な物だな。」

 

「当然だよ。身の回りの物とか、そう言った物はある程度こっち持ちなんだから。」

 

大きな紙袋を両手に持った少年。そしてそれに随伴する幼い少女の声。

 

…あぁ!

永遠とも取れる永い時間、聞きたかったあの声だ。

悪魔に魂を売ってでも聞きたかった、そして抱き締めたい愛しい娘。

聞き忘れようものか!

 

「お…。」

 

「あっ…!」

 

声と、そしてその姿を見た瞬間、自ずと今までに溜め込んでいたモノが崩れ落ち、眼から止め処なく溢れ出した。

金糸のような髪と、そして赤く愛らしい眼。

 

「アリシア…ッ!」

 

「ママ!目が覚めたんだねっ!…わぷっ!?」

 

アリシアが近付いた瞬間、抱き寄せられてこれでもかと言わんばかりに頬擦りされる。

 

「アリシア…アリシア…ッ!」

 

「むぎ…!ま、ママ…苦しいぃ…!」

 

もはや周りが見えていないのか、一心不乱に抱き締め続けるプレシア。豊満な胸に沈められ、藻掻き続けるアリシアに全く気付いていない。

 

「そ、その…そろそろアリシアを離して…」

 

「あ″?」

 

睨まれたでござる(´・ω・`)

そしてちょっとちびったでござる(´;ω;`)

 

「そ、その…アリシアが…危険な状態で……」

 

プレシアも渋々彼の言うことに耳を傾けると、藻掻く力も無く、だらりと項垂れるアリシアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…貴方がアリシアを保護してくれたのね。」

 

「…まぁそんな所です。」

 

アリシアが倒れていた所を助けたことを説明すると、睨んでいたプレシアもようやく落ち着きを取り戻した。

 

(どうやってアリシアが生き返ったのかしら…。その鍵はこの男の子が…?)

 

そこまで考えてプレシアは思案を止めた。

経緯などどうだって良い。こうしてアリシアが生きて居ること。それが自分にとっては大切なことなのだ。

 

「悠はね~、料理が上手なんだよ~!あのショーガヤキって言うの、また食べたい!」

 

「そうだな。また作るか。…すぐに、と言うわけにもいかないがな。」

 

「あとねあとね!悠はね!髪を洗うのも上手なんだよ!スッゴく気持ちいいんだ~!」

 

あれ…?

何か今…消えかけていた火に、油どころかハイオク辺りを着火剤とかスピリタスとかと一緒にぶち込まれたビジョンが…。

 

「そう…それは良かったわね…?」

 

アリシアにとっては、ただ嬉しいことを母親に報告しているだけなのだろう。しかしそんな悠の前には長い黒髪をゆらりゆらめかせ、眼が赤一色に発光している鬼のような母親が居た。

 

「エ…EX○M…!?」

 

「悠君…だったかしら?あとでゆっくりお話ししましょう?」

 

「え…?いや…その…!」

 

「いいわよね?」

 

何やらスパークを纏い、髪が逆立って金色に染まっている。

これはあれか…

 

「超野菜人2…だと…!?」

 

いわゆるプッツンした時に発動するとか言う。足が震えて冷や汗が止まらず。プレシアの『OHANASHI』の『OSASOI』にコクコクと頷くしかなかった。

 

「あと…フェイトと悠と…カワの字になって寝て…何か嬉しかった、かな。」

 

プレシアにとって聞きたくなかった名前。それがアリシアの口から出てきた。

自分がアリシアの代わりとして生み出した記憶転写型クローン。自分を『ママ』と呼ばず『母さん』と呼んで、利き腕も『左』ではなく『右』、アリシアの積もりが、『アリシアと似て非なる者』となっていたこと。アリシアとして受け入れられず、ただアリシアを蘇生させる準備を整えさせる人形として扱ってきた少女。今まではただそう思い、ただそう思い込んでいた。

しかし、

こうして今アリシアが結果として生きていることを実感して、今までフェイトに行ってきたことへの罪の意識が芽生えた、と言えばそうなるのか。ただただ一途に、自分を母として慕ってくれる彼女に、鞭を打つことしかしなかった自分。

そして気付くのはいつも遅く、アリシアの『模造品』なのではなく、アリシアの『妹』なのだと認識したのは、虚数空間に身を落とす最中であった。

 

「そう…出会ったのね。あの子と。」

 

「うんっ!」

 

屈託ない笑顔で返すアリシア、そしてその眩しい笑みを直視できず、思わず視線を逸らしてしまった。

やはりフェイトを未だ娘と認めきることに後ろめたさと罪悪感があるのか、この件に関してアリシアにどう説明したものかと困惑する。

 

(やっぱり…正直に言うしか…)

 

「ありがとうママ!」

 

「え…?」

 

「誕生日じゃなかったけど、可愛い妹をくれて!」

 

そう。

ようやく取れた休みに野原へピクニックに行ったときの約束。

『妹が欲しい。』

 

あぁ…そうだ。結果論でしかない。しかし、妹を…非合法ではあるが作ったのだ。

どうしてこんなに簡単なことに気付けなかったのか。記憶転写をしたとしても、同じ身体の構成であっても、それでも全く同じ寸分違わぬ人間など作れはしないのだ。

アリシアとフェイト。

入れ物は同じであれ、入る『魂』や『心』という内容物は全く同じではないのだから。

 

(どうやってあの子と向き合わなければならないか…まだ分からないけど…。)

 

目の前にはフェイトの事について、嬉々と話す愛娘。

そうだ、あの子はこんなに屈託なくは笑わなかった。いつも静かに、少し控えめに笑っていた。

 

(今さら…母親などと名乗るにはおこがましいかも知れないけど…。)

 

それでも一人の親として、フェイトにしてきた仕打ちに向き合い、ケジメを付けなければならない。そして…引き起こした事件の贖罪も。

 

(…私は、ちゃんと向き合ってみせるわ。過去と…そして…もう一人の娘と。)



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Mission19『新たな居候』

中々投稿できなくてすいません。ちまちまながらも進めていきますのでお付き合い下さいまし。


スマホの画面割れって、テンション下がるね…


青と桃の弾丸…否、魔力による射撃が飛び交う海鳴市上空。互いを牽制し、撃ち落とさんと撃ち込む弾は、互いを掠めることはない。それは互いの手の内を知るからか、はたまた本気で撃ち落とそうとしないからか…。どちらにせよ二人の真意を知る者は居ない。

 

「キリエ!いい加減…諦めて戻りましょう!」

 

「やーよ!アミタこそ、早いとこ戻っちゃえば?あたしはまだやることがあるのよ!」

 

「全く!どうして私の妹はこんな頑固になっちゃったんですかねぇっ!」

 

「どっちがよ!?」

 

アミタと呼ばれた赤く長い三つ編みと、キリエの桃を基調とした服を、鮮明な青にした物を着用した少女が、これまた青いヴァリアントザッパーを駆使して妹を止めに掛かる。フェンサーにした銃が、互いの刃に噛み合い火花を散らす。

 

「博士が待っています!首に縄を引っ掛けてでも連れて帰りますよ!」

 

「あらん?アミタってば、そう言うプレイが良いのかしら?見かけによらずドSなのね。見たところMッぽいのに。」

 

「話を逸らさないで下さい!」

 

撃ち出された弾丸が、キリエの髪を掠めた。咄嗟に躱さなければ額にヒットして、ノックアウトで勝負が決まっていたであろうコース。

 

「どんなことがあっても…過去へ飛ぶなんて、そんなことは許されません!」

 

「許す、許されるの問題じゃないの!私のことは放っといて!」

 

「この…駄々っ子ぉっ!ここはおねーちゃんパワーで…!」

 

「あ!あんなとこに熱血魔法バトルアクションアニメのキャラクターが!」

 

「えっ!?どこ!?何処ですか!?」

 

キリエの指差した明後日の方向。そちらに向いて目的の物を探すアミタ。

 

「まさかあんなのに引っ掛かるなんてね~。じゃーね!おバカで単純なおねーちゃんっ。」

 

「なっ!?キリエェェェエエエっ!!」

 

あんな古典的なのを繰り出す方も繰り出す方だが、引っ掛かる方も引っ掛かる方である。振り向いたときには遥か遠方。とどのつまり、追いつけない距離である。

 

「こ、こうなれば……熱血ぅぅぅうううっ!!…か~ら~の!!アクセラレータ……ぁぁぁ……」

 

アミタの得意とする超加速魔法。その速度はテレポートを思わせるほど…のハズが、へにゃへにゃと不抜けた声と共にアミタは高度を落としていく。

 

「あらあらん?アミタってば気張り過ぎちゃったのかしら?それとも、拾い食いしちゃった?はたまた戦いの最中にウイルスでも?」

 

「き、キリエ…貴女はぁ……!」

 

「…悪いわねお姉ちゃん。説教なら…エルトリアを蘇らせてから纏めて聞くから…。だから…今はゴメンね。」

 

ボソリと呟いた謝罪。それは自分にのみ聞こえるかどうかの大きさ。表情を見られないよう、背を向けて言ったからか、余計に届かないだろう。

しかし、届かせるつもりもない。

もしかしたら言葉にすることで、無意識に罪悪感を自分で頭の中から掻き消そうとしたのかも知れない。

落ちゆく姉を心配そうに見届けながら、振り切った想いで飛び去るキリエ。攻撃に仕込んだウイルスの効力は、最低限魔力を使える程度には問題ないはずだ。

 

「さて…アミタがダウンしている間にチャキチャキ砕け得ぬ闇ちゃんを探しに行きましょうか。…それに…」

 

空の彼方へと飛び立つキリエにとって、気になるところはもう一つ。

頭の隅に引っ掛かって仕方ないあの声、そして名前。

 

「ハル…エルトリアねぇ…。」

 

まさか、という懸念が脳裏をよぎるが、それはあくまでも砕け得ぬ闇確保とは別の問題。

 

「ま、誰であっても邪魔をするなら…どいて貰うけども、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………」」

 

朝起きてベランダに出てみたら、赤毛の三つ編みが引っ掛かっていた。服は決して派手ではないが、かといって地味ではない…何処かの民族衣装のようなもの。

まず一応家主である自分が絶句して棒立ちしていたところを、同居人が不思議に思って同じく覗き込んで唖然。

こう言うのをシュールと言うのか。

ラノベとか、小説とか、どこかの学園都市で物語が始まりそうな光景。

 

「な、何なのコレ…」

 

「………(ガタガタ)」

 

必死に絞り出した言葉がこれだ。流石にこんなのに慣れていたら人間としてどうかと思う心胆だろうが。ここ最近、珍妙な出来事が起こるものだと若干引きつるヒカリ、そしてその陰でガタガタ震えるユーリ。一時的に帰宅して朝起きたと思えばこれである。

 

「お……」

 

「「お?」」

 

「お腹空きました…。」

 

もはやお決まりであろうかという言葉を吐き出して、赤毛の三つ編みさんはぱたりと動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、申し訳ございません。御馳走になってしまって。」

 

「あ~、お気になさらず。」

 

喧しいくらいにお腹の虫が鳴り響く空腹三つ編みに朝食を出したところ、それはもう面白いまでに凄い食べっぷりで、あっという間に完食してしまった。余程お腹が空いていたのだろう。若干目が血走っていたのは見間違いではない。

 

「ところで、どうしてベランダなんかに引っ掛かってたんです?ここ、10階なんですけど…。」

 

「え?あ、えっと…それはですね?う~…」

 

もっともらしい理由を模索しているらしく、うんうん唸っている。口調もそうだが、見るからに生真面目で一直線な性格なのだろう。嘘は得意ではない様子だ。…それだけに悪い人には見えない。

 

「ヒカリ…こー言うことは余り踏み込まない方が良いと思いますよ?」

 

「へ?そ、そー言う物なのですか?」

 

「えっと………ハイ、説明しにくいと言いますか…、説明しようとしても出来ないと言いますか。スミマセン。」

 

ヒカリとしてはとりあえずそれは置いておくことにした。

 

「それはそうと、アミティエさん…でしたか?その…どこに住んで…?」

 

「アミタで良いですよ?皆そう呼びますので。…そうですね。ここから凄く遠い国、とでも。」

 

なるほど、地球の裏側、南米かどこかだろうか。

 

「でもどうしてこの国に?」

 

「それはですね~、妹がこの国へ『捜し物がある』って無理にやって来たんです。無茶な捜し物だったので連れ戻しに来て、ようやく見つけたと思ったら逃げられちゃって…。」

 

その話の流れでどうやってベランダなんかに引っ掛かっていたのか謎は尽きないが、

 

「それじゃ、見付かるまでウチに居ますか?」

 

こう言う結論に辿り着くわけだ。

 

「えっと…?」

 

「寝泊まりするにも、ホテルじゃお金が掛かります。ここなら別にお金も要りませんし、寝るところも…まぁ何とかなるはず。その…アミタさんさえよければ、ですが。今なら三食おやつ付きですよ?」

 

「それは…願ったり叶ったりですが…。」

 

正直言うと、アミタ自身この国…いや、この世界の貨幣など持ってなどいない。管理局からすれば違法渡航なのだ。正式な手続きを持ってすれば換金できていただろうが。

 

「ユーリも、それで良いかな?」

 

「はい、私としてもアミタが良いなら何も反対は無いですよ?」

 

「あは…こんなに優しい人といきなり巡り会えたなんて、私は幸せ者ですね。」

 

これは僥倖と言うのか、こんな(外見的に)幼い二人に優しくして貰って、年上として嬉しいやら情けないやら。でも、ここで二人の厚意を不意にしてしまっては失礼に当たると言うもの。

 

「わかりました。妹を連れ帰るまでお世話になります。」

 

こうして如月家に一人、同居人が増えたのだった。

 

 

 

 

 

「とまぁここで次の話に持ち越しても問題はないんだけど。」

 

「次の話…ってなんですか?」

 

「No problemだよユーリ。アミタさんも一緒に暮らすと言うことなんだし、ここは一つ、ユーリの物も兼ねて、服を買いに行こうっ!」

 

「服を買いにって…私のもですか?」

 

「Exactly!…と言うか二人とも、家の中とかならともかく、その格好では流石に街中を歩けないでしょ?」

 

片やヘソ出しの袴スタイル。片や民族衣装にも似た衣服。

流石に街中を闊歩するには人の目を引きすぎる格好だ。

 

「ユーリの服は、若干大きいけどボクのを着て貰うとして…アミタさんは…流石に…。」

 

「…この格好…変でしょうかね?」

 

ポツリと呟くアミタ。自分の故郷の服だから愛着もある。

しかし、ヒカリの言っている意味は身体的な物の意味合いもある。外見年齢が十代半ばかと言うくらいのアミタにヒカリの服を着せようものなら、そりゃもうぱっつんぱっつんで、ヘソ出しもさることながら、そのバストもエラいことになりかねない。

 

「そ、そんなに長い間居座るつもりもないですよ?だからそんな気遣いは…」

 

「ん~、やっぱりズボンの裾が擦っちゃうかな~…。」

 

「って聞いてますかヒカリさん。」

 

「へ?あぁ、うん聞いてます。採寸は店の人がしてくれますので大丈夫ですよ?」

 

「聞いてないじゃないですか…。」

 

ユーリに履かせたズボンの裾に気が向いていたのか、全く話が噛み合わない。これは諦めるしかないな、と自分に言い聞かせるしかないアミタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々すっ飛ばしてやって来たるは、海鳴で最大とも言える大型ショッピングモール。ここでは衣服に日用品、電化製品にゲームなど、ここだけで大抵の物は揃うという膨大な品揃えだ。流石に休日とあって、道行く人々は多く、下手をすればはぐれて迷子になりかねない。

 

「す、すごいですね…、こんなに大きなお店があるなんて…。」

 

「首が痛くなりそうです。」

 

「あ、あれ?高さ的にボクの住んでるマンションの方が高いのに?」

 

近くでショッピングモールを見上げる二人は頭を上に向けて、口をあんぐりと開いている。まるで田舎から出て来て初めてビルを見るような子供に見えなくもない。

 

「と、とりあえず、早いところ服を買って、後は見て回ろう!まずはそれからだよ!」

 

「そ、そうですね。失念してました。」

 

「服を買うの…少しドキドキします。」

 

やはり客の中に時々ではあるが、すれ違い様にアミタの服を物珍しそうに見る者もいる。見世物ではないのだが、チラチラ向けられる視線にアミタは少し頬を赤らめる。

 

「や、やっぱりここでは私の服って変なんでしょうかね?さっきから結構見られているんですが…。」

 

「服って言うのはそこの文化の一つでもあるから、変じゃなくて珍しいファッションとして見られているのかも…。その…国一つ違っても服装というのは違ってくるし…。」

 

「そ、そうですよ!この国には昔、サムライやニンジャと言う独特のファッションを持つ人達が居たんです!女の人はキモノっていう服で、オダイカンサマゴッコっていう遊びをしてたらしいですよ。」

 

「ちょっと待ってユーリ、そんな情報一体何処で!?」

 

「え?はやてが教えてくれました。この国の由緒正しい文化についてって…。」

 

「…流石にボクはその知識は変だと思うよ。」

 

「なんとっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずはやてには後ほど、純真無垢なユーリに変な知識を吹き込んだ仕返しを行うとして、ショッピングモール内のブースに構えた服屋に到着。

店内に色とりどりの服がマネキンに着せられ、白面の顔ながらも中々様になったポーズをとって立ち尽くしている。

 

「「おぉぉ…!」」

 

彼女らはやはり初めて見る物なのか、目を輝かせる。

 

「あ~、その…とりあえず色々見繕ってみようよ?ね?」

 

どうにも二人は見る物全てが真新しく、特立ち止まってしまうようだが、本懐を果たしてからゆっくりすれば良いのだからと、ヒカリは手を引いて先導していく。普通はアミタがそう言う立場でなければならないのだが、浮き足立っているというのか、どうにも上京した人間にしか見えないし、ユーリ自身も御同様。消去法でこうなったわけだ。

 

「いらっしゃいませ。」

 

「この二人に合うコーディネートをお願いしますっ!」

 

とまぁ、早いところ目的を果たしていかなければ、フラフラとどちらかが迷子になりかねない。手近な店員を取っ捕まえて二人の服の選定を任せる。

わかりました

と出迎えた店員が指をパチンと鳴らす。すると、羅列する服のカーテンの奥から、まるで精錬された兵士のごとく、恐らくは彼女の部下であろう店員が姿を現す。押し出された二人は困惑顔だったが、数人の大人に、まるで神輿を担ぐようにえっほえっほと誘拐…もとい拉致されていった。

正直、ヒカリは自分にセンスがあるなどと考えては居ない、というか大抵服は母が選んでくれていたので、こう言うことは経験皆無なのだ。

 

「うん、店員さんに任せていたら間違いは…」

 

「折角ですので、お客様のお召し物も見繕いましょうそうしましょう。」

 

主人公(笑)、店員に拉致られる。



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Mission20『それぞれの休暇』

一話だけの休暇編。
ゲストキャラがほんの少し出ています(笑)



エグザミアの欠片から生み出される模造品(イミテーション)の出現も、昨晩で一時的に出現しただけで、今は落ち着きを取り戻している。最低でも、なのは、フェイト、はやて、ヒカリが対峙したヴォルケンリッター、そしてそのヴォルケンリッターの本物が対峙したのはなのは、フェイト、クロノ、ユーノの計8人のイミテーション。そしてそれぞれを撃退したことで現れたエグザミアの欠片。

 

「なにをしてるんだエイミィ。」

 

「あ~、クロノ君。」

 

ハラオウン宅の一室、そこに設けられた管制室に籠もって文字を打ち込むエイミィに、クロノは話しかけた。相変わらずの凄まじいまでのタイピングスピードで、書類仕事に慣れているはずのクロノでさえ舌を巻いて、さらには超えることの出来ない彼女の技能だ。

 

「ちょっとね~。ユーリちゃんの…エグザミアの欠片かの出現に合わせてデータを打ち込んどこうって思って。」

 

「何か分かったか?」

 

「ぜぇんぜん。流石に一晩で得られたデータじゃ、出現の法則とかも分かるわけないし。何回かエンカウントすれば分かるかもだけどさ。」

 

「そうならないに越したことは無い。いつ公の人に危害が加わるか分からないからね。」

 

「そりゃごもっとも。」

 

事実として分かったことと言えば、闇の書事件に関わった誰かしらの過去、それを引き抜いて再現しているようだ。それだけに力量は今の本人には劣るが厄介には変わりない。加えてエグザミアの欠片。それらが元々どれ程の大きさ、そして力を有していたかも分からず、ユーリ本人もその辺りの記憶はまだ戻っていないも言う。

もし集まってきているそれぞれの欠片が、エグザミアの数百分の一だとしたら?

もしそうだとしたらエグザミア本来の力、それは計り知れないものとなるだろう。

 

「エグザミアの完成…か。それほどまでに強大な力なら、無限書庫の検索に掛からないほど秘密裏にする物なのか…はたまたただ単に出現例がないだけなのか…?」

 

「どちらにせよ、欠片をほっといても良いことはないね。欠片に戻るまで大人しくしてくれるなら話は別なのにさ。」

 

「…それもそうだな。出現例は少ないから確証はないが…、どうにも攻撃衝動や怒りや後悔…そんな負の感情めいたものが顕現しているような…。」

 

「ま、なんにせよ、敵が動いてからの対処になりそうだよねぇ。探知機等は強化されているって言っても、動かなきゃ網には掛からないんだもん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服の買い物を終えたヒカリ、ユーリ、アミタの三人は、丁度昼食時のショッピングモールのフードコートへと足を運んでいた。10を超える食事を取り扱う店がずらりと軒を連ねるだけに、それに応じたテーブルが立ち並び、さらには休日とあってそれに座する客の数も相応である。

数ある店舗の中で、各々食べたいものを取り扱う店を選び、予め確保した座席にて座して出来上がりを待つ。

 

「いやぁ~…この世か……いえ、国では店員の方に着せ替えをさせられる物なのですね!勉強になります!」

 

「その…ちょっと疲れました、さすがにもうフリフリの服は…。」

 

アミタはと言うと、そのプロポーションからもそうだが、活発そうな印象からかモデル染みた扱いを受けて、最先端のファッションをあれやこれやと試されていた。かくいう彼女自身も新鮮な体験だったのかノリノリ。

ユーリはその華奢な容姿から、ファッション諸々よりも、ぶっちゃけメイド服や着物、巫女服など、コスプレにも似た物ばかりを着せられ、特に担当した店員からは、メイド服などゴスロリ系がツボだったようで、その類いの物を中心に着せ替えられていた。彼女がアミタと違って戸惑っていたからか、お陰で最終的に眼を回してしまい、写真撮影も後半につれて目の焦点が合わなくなると言う、若干恐ろしげな様相に仕上がってしまっていた。

 

「二人は良いよね…、女の子らしい服を着ててさ…。」

 

「「はっ!?」」

 

机に突っ伏して沈むのはヒカリ。

彼女が沈んでいるのはそれもそのはず、

 

『こ、これは…何という中性的な外観…しかも中々な逸材…!』

 

まぁスカートとかそういった女物を着用していなかったのは確かではある。ズボンだってハーフパンツだったし、上着もジャケットにも似た物を着てはいた。顔立ちも可愛い系よりも、若干麗人ぽさもある。それをなまじ店員のコーディネート力(?)が高いだけに、女性でも着れる『格好いい系』の物ばかりをチョイスされ、女性店員をキャーキャー言わせていた。

ちなみに、

臨時のモデル料として服をワンセットサービスして貰えたので、買った服の他に、今来ている服を余分に手に入れることが出来た事を追記しておく。

 

「…やっぱりボクって、こう言う役回りなのかな…。」

 

「だ、大丈夫ですよヒカリ!似合ってました!」

 

たぶん、ユーリなりのフォローなのだろう。心優しい彼女の気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

しかし、

しかしだ。

時に優しさとは残酷であり、そしてその柔らかな包容力は時として首を絞める荒縄となり、時として心臓を刺し貫くという刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)よりも強力な凶器とも化すのである。

 

「ユーリ…今はその優しさが…とても……ぐふっ…!」

 

「ヒカリさぁぁぁんっ!?!?」

 

とまぁ、心の傷口に味噌やら塩やらを無意識に塗り込まれていた中でも、料理の完成を知らせる無線端末が振動するわけで、

 

「私の料理、完成みたいなので取りに行ってきますね~。」

 

一応叫んではおいて、サクサクと自分の昼食を取りに行くアミタ。

 

「あ、私のも出来上がったみたいです。」

 

続いてユーリも席を立つ。

 

「ボクも…取りに行こう…。」

 

ゆらりと幽鬼のように立ち上がって、ヒカリも料理を取りに向かった。

 

 

 

 

「…で?」

 

「で?、といいますと?」

 

「アミタさんのそれは一体…?」

 

「ラーメン…と言う物らしいですが?」

 

「どこが!?」

 

各々が注文した品をテーブルに並べる。お腹が空いていただけあって、早く箸を付けたい衝動に駆られるが、目の前の『ソレ』について疑問を投げ掛けない、と言う選択肢はヒカリの中に存在し得なかった。

ヒカリはタコ焼き。

ユーリはハンバーグ定食。

ここまで見れば何ら変哲のない物だろう。

しかしアミタが注文し、彼女がラーメンだと宣うそれは…

 

 

赤い

 

否。

 

紅いのだ。

ラーメンなどという生温さは何処にもなく、ただただ紅くてツンと来る香辛料が離れていても鼻腔を刺激する。

これは食べなくても解る。

 

辛い食べ物ではない。

 

痛い食べ物(凶器)』だと。

所々浮かんでいる白いもの…これは豆腐…!?

まさか…紅い汁に浮かぶ豆腐…ということは!

 

「そ、それってラーメンじゃなくて、麻婆…」

 

「さぁっ!冷めないうちに頂きましょう!」

 

言うや否やレンゲと箸を駆使して、凄い勢いでがっつき始めた。その早さたるや、周囲の視線を釘付けにするほどである。

呆気摂られていると、どこからか鋭く、射貫くような視線をヒカリは感じた。

周囲を見渡すが、アミタの食べっぷりに視線が集まっているだけ。…しかし、チクチクするような視線は変わることはない。

 

そして見てしまった。

 

フードコートの店舗。その一つから黒髪の男性がものっそい視線を、アミタの…いや、こちらの3人に向けていたのだ。頭にはバンダナ代わりに白いタオルを巻き、ざんばらに切った長い髪を後ろで束ね、ワイルドさが滲み出ている。腕を組み、視線がぶれることなく、ただただこちらを見ていた。

見上げて看板を見れば、紅く大きな『麻』と言う文字をサークルで囲んでいる。しかも申し訳程度に看板の右下に小さくラーメンと書かれている。

成る程理解した。

アミタの注文した店はこれだ。

 

【残そうものならば、連れの貴様らも連帯責任!そうなればその貧相な身体で無駄になったスープ分を返して貰おう!精々大鍋で出汁を取られないことを祈るが良い!】

 

思念通話ではない、眼がそう言っているのだ。若干瞳孔が開き気味で、おぞましいまでの麻婆オーラ(殺気)を放つ店主に、誰も注文に並ぼうとはしない。

あんな危険人物の店を、平和なフードコートに陳列させるオーナーの気が知れないものだ。

 

「ぷはぁっ!ごちそうさまでしたぁ!」

 

そんなヒカリの危惧を余所に、アミタはあれよあれよという間にそのラーメン(?)をスープまで飲み干した。あの赤々と、そして見るからに痛々しい凶器を、である。

 

「た、食べちゃったんですか?」

 

「…?はい。普通に美味しかったですよ?」

 

さも当然と言わんばかりにケロッとしている。

あれだけの物を食べて汗一つかいていないのなら…そこまで辛くない、のか?

 

「アミタさん、ちょっとすいません。」

 

丼鉢の縁に付着した紅いスープの残り。それを少し指に掬って舐めてみる。

 

後悔した。

 

やはり辛いものじゃない、痛いものだ!

舌が刺激を感じ取り、脳が痛いまでの辛さと認識すると、身体のあらゆる汗腺から汗がジワリ。顔もかぁっと熱くなり、恐らくは顔面が紅くなっているのだろう。もしかしたら辛さの余り髪の毛も逆立っているかも知れない。

 

「ごほっごほっ!」

 

予め入れておいた紙コップの水を飲み干した。冷たい水が舌を、口腔を、喉を冷やしていく。

ぷはぁっと口内の熱い息を吐き出す。

 

「ヒ、ヒカリ、大丈夫ですか?」

 

「ら、らいひょふ…」

 

水で流したは良いが、未だに口の中が燃えるように熱い。痛さは何とかなったが、これだけはどうにも…。

 

「こ、こんなの食べて…平気なんですか?」

 

「ん~…結構ピリピリしたけど、美味しかったですよ?これがラーメンと言う奴なのですね!」

 

ラーメン初体験の人に勘違いさせてしまった!件の店長に振り向けば、眼がこう言っていた。

 

【麺は底の方に申し訳程度に沈んでいた。麺なぞ飾りだ。ただの人間にはそれが解らんのだ。】

 

しかして、この麻婆ラーメン、とでも仮称しようか。

いまや日本の食文化の一つとして根付き、外国人観光客に『日本のラーメンを食べに来た』と言わしめるほどの物となっている。しかし、このような独創的なラーメンを生み出してしまう日本人、恐るべし。ヒカリの中で戦慄が走った。

 

「ヒカリさん、食べないのですか?冷めてしまいますよ?」

 

「へ?あ、そ、そうですね。頂きます。」

 

ようやく刺さった楊枝を使い口に運ぶ。程よく冷めているタコ焼きの味は、殆どしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…うずうず。

 

「まだ踏み込みが甘いぞ美由希!もっと重心に気を付けるんだ!」

 

うずうず。

 

「ん…にゃろ!」

 

うずうずうず…。

 

「そこまで!恭也の勝ち、だな。」

 

うずうずうずうず。

 

「段々と良くなってきてはいるが…まだ研鑚が必要だな。」

 

うずうずうずうずうずうず。

 

「うぅ……情けないよぅ…。」

 

うずうずうずうずうずうずうず。

 

「…ハル、その…燻っているのはわかるが…、凝視するのは止してくれないか…?」

 

「ハッ!?す、すまない!」

 

高町家の道場

毎日の日課となっている御神流の稽古の時間。

今日は恭也と美由希の行う木刀による模擬戦が、士郎の審判で行われていた。

昨日シャワーを浴びた後、同年代メンバーはリンディから何かあるまでは自宅にいるように指示されたため、こうして高町家に戻って来ているのである。

家族で昼食を摂った後、腹ごなしもかねて、と席を立つ際に士郎が口にしたのが気になり、こうして許可を貰って道場で見物するに至る。

しかし、

慣れていない正座をしながら見る試合の時間が経つにつれて、以前のジャンキーソウル(?)のような物が再燃し始める。それが冒頭のうずきと言うわけだ。

 

「流石に療養休暇なんだから、しっかり休むんだ。まだこっちに来て2~3日だろう?」

 

「そ、それはそうなのだが…やはりどうにもジッとしている、と言うのは性に合わん。…いや、慣れていないだけかも知れないが。」

 

「ん~、何かクロノ君と似て固いね。…いや、それ以上かも。」

 

「…むぅ。執務官殿と同列以上…。光栄なのか、怒るべきか。」

 

なんにせよ、ハル自身手持ち無沙汰なのは確かだ。なのはは翠屋の手伝いだし、かといって同じようにあのような接客など自分に出来るはずもない。実際、自分は研鑽する事の方が性に合っているのだろう。

しかし、なのはに以前休日の過ごし方を学ぼうとしても、今日は翠屋の手伝いだから、と先延ばしになっている。…まぁなのは自身も昨日の今日だから、と休むように言っては来たが、それはお互い様である。

 

「…さて、そろそろ切り上げよう。ハルも、いいかい?」

 

「…うむ。仕方ない。」

 

「そうしょぼくれるな。見る分には構わないんだろう?見ることで得るものもあるはずだ。」

 

成る程、言われてみれば確かに。

一歩離れて見ることによって、試合う中での全体的な動き、引いて言えば足運びや間合いの取り方、その他諸々を把握しやすい。無論、御神流を知ることもなく、ほぼ我流の格闘戦術を身に付けているハルには余り意味をなさないかも知れない。

 

「見ることもまた鍛錬、か。」

 

「そう言うことだ。まぁ、頭の隅に留めておくだけでも構わないけどね。」

 

格闘の基本は足運びが物を言うことが多いだけに、御神流のそれを参考にするのも悪くはない。

汗をタオルで拭きながら退室する恭也と美由希。

もし許可が下りたなら、一度だけ。勝てなくても良い、それでも面と向かって戦ってみたい気持ちがハルの心の底で灯っていた。



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Mission21『マテリアル娘まる』

「時に…」

 

暗い空間に所々差し込む光が空間を照らす。

しかし音も無い静寂の世界。

その中に一人の少女の低い声が木霊した。

灰色の髪に、毛先は黒のメッシュ。翠の、そして吊り上げた眼が、腕を組んでいることもあり厳格さを与える。

 

「我等が盟主の行方は?」

 

「…その件につきましては。」

 

応じるのは同じ歳ほどで、濃い茶髪の少女。蒼い眼と、そして表情からは何も感じない。いや、ただポーカーフェイスなだけなのかも知れない。

 

「既にあの子(レヴィ)が探しに行っています。あの子の方が力の節制と回復の早さが私達よりも早いですので。」

 

「うむ。」

 

「ただ、力ばかりで少々オツムが悲惨ではありますが。」

 

「言うな。あえて我も言わずにおったのだ。忘れようと、認識せんようにと…。」

 

灰の髪の少女―ロード・ディアーチェ―は頭を抱えた。哨戒に出ているレヴィ・ザ・スラッシャーの行動力…ひいてはそのあらゆる『力強さ』においては、抜きん出ているのは認めている。しかし、それに関して懸念している点。それは『アホの子』であること。それが一番心配なのだ。

 

「…しかしまぁいざという時には頼れる存在よ。故に吉報を待って…」

 

「王様-!!」

 

ばっと光が差し込み、青い髪の少女が入ってくる。アメジストのような紫の勝ち気そうな眼が、朗報だと言わんばかりに輝いていた。

 

「おぉ、もどったか。して、首尾は?」

 

「うん!バッチリ手に入れてきたよ!パンの耳!」

 

「たわけ!!我が言ったのは砕け得ぬ闇よ!」

 

「王、腹が減っては戦は出来ぬ、と言う言葉がこの世界にはあります。腹拵えも一つの策。ここは…」

 

「ぐぬぬ…。まぁよい!先ずは腹を満たすとする!その上で我とシュテルは回復よ!」

 

「御意。」

 

「わーい!御飯御飯!」

 

海鳴を流れる川。

その橋の下の河川敷。

橋桁の傍らにある段ボールハウス。

その中で3人の少女の食事が始まった。

 

 

 

 

 

「レヴィ!うぬは食い過ぎよ!少しは残しておくとか、その様なことは考えんのか!」

 

「だっておいしいんだもん!」

 

「これは確かに…パンの耳ですらこの味とは…。」

 

香ばしく焼けた耳。僅かに付いた白く焼かれていない部分も、モッチリと柔らかく、それでいて甘味がある。それだけに飽きることなく、ディアーチェも口ではあぁ言いつつも手が止まることもない。

 

「これは確かに…。一体何処のだ?」

 

「え~っと、なんて名前だったかなぁ…。んん~?」

 

うんうん唸って必死に脳に入った情報をひり出そうとする。しかし、

 

「難しい漢字だからわかんない…。」

 

「だろうな。しかし道は解るのであろう?」

 

「え~っと。忘れた。」

 

「なん…だと…?」

 

「えっとね?砕け得ぬ闇を探してたらたまたま辿り着いたの。そんで、お金無いけどあげれるものをくれてさ。それがパンの耳なわけ。」

 

「帰りは…まぁ探知すれば帰れますからね。」

 

あれよあれよという間に貰ったパン耳、それを全て平らげてしまった。気付いたときには後の祭り、どうしようもなくディアーチェは頭を抱えた。

 

「ぐぬぬ…ここまでの味とは…恐るべし…!」

 

「しかし王、その効果もあってか、我々の力の回復も早まりました。日が落ちるまではレヴィだけではなく、我々も調査に出てはいかがでしょうか?」

 

「…うむ、それもアリ、かも知れぬな。」

 

「そうと決まれば早速参りましょう。善は急げ、と言いますので。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして日は傾き、西日が市街地を照らす夕方。

並び歩く3人の長い影が道路を照らす。

 

「いやぁ…改めてありがとうございましたヒカリさん!こんなに服を買って貰って申し訳ないやら何やら…。」

 

「や、1セットはサービスですし。流石に1着を舌切り…じゃなくて、着た切り雀にするわけにもいきません。女の子は女の子らしく、ファッションに気を遣わなきゃ!」

 

「ファッション…ですか?」

 

端で聞いていたユーリは首を傾げる。今までその様なことを気にしていたわけでもないので、聞き慣れない、使い慣れない言葉。

 

「そ、ファッション。二人とも元が良いんだから、それに見合う服を見繕って置かないと勿体ないよ。」

 

「そー言うものですかね?」

 

「そー言うものです。まぁ、かく言うボクも、とある事情で男の子向きの服を調達しなければならない理由があったわけでして…。」

 

今更ではあるが、学校への男子としての編入に際して、私服を少年向けの物を用意しなければならないわけであり、そのレパートリーを徐々に増やさなければならない。春物もそうだが、これから四季が巡る中でその季節に合う物を買わなければならないし、これから成長していく上でサイズも大きくしなければならないだろう。加えて女子であることも忘れてはならないのも現状であり、今は過去にアメリカで買ったもので代用できるが、これから男物と平行してサイズを改めなければならない。衣服に関して前途多難である。

 

「な、何というか…複雑な事情があるんですね。」

 

「親の(はかりごと)の恐ろしさを身を以て知った所ですよ。…一体何の目的でこんなことを思い付いたのやら。」

 

ガックリと肩を落とし、項垂れてとぼとぼ歩く彼女の背からは哀愁が滲む。夕日が照らすことも加味して、相乗効果をもたらしている。

 

「ヒカリさん!ちゃんと前を向いて歩かないと…」

 

「ぬわっ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

案の定である。塀の影から現れた通行人とごつんと額を打ち付け、双方強かに尻を道路へ打ち付けた。

 

「いたた…す、すいません…」

 

「い、いやこちらこそ…申し訳ない。」

 

「あら~、王様ってば余所見してるから~。」

 

「ヒカリも、ちゃんと前を見て歩かなきゃ駄目ですよ?」

 

条件反射で閉じた目を開く。ユーリも、そしてアミタも、ぶつかった人物を一瞥する。

 

「は、はやて…?」

 

「ヒカリさん、お知り合いですか?」

 

「同い年の女の子…なんだけど…」

 

「何だか…違うような…?」

 

昨日顔を合わせたユーリですら違和感を覚える。髪型はそっくりではある。しかし、その目つきははやてとは違って少々鋭い。そして何より…

 

「しかも…なんで甲冑姿?」

 

「ふむ、誰と間違えておるかは解らぬが…我はハヤテ…と言う名ではないぞ?我はディアーチェ。いずれ世を破壊し尽くす王になる者よ!」

 

「破壊王に、我はなる!と?」

 

「簡潔に言えばそうなるな。…しかし、我を見違えるほどのハヤテと言う者…、察するに余程聡明で威厳があって、更には凜凜しいのであろうな。ウム…!」

 

「王、王。」

 

深い紫のバリアジャケットを纏った少女が、ドヤ顔で名乗りをあげ、遠回しに自己評価を美化して下すディアーチェの服の裾を引っ張る。

 

「何だシュテル。」

 

「もうすぐ日が暮れます。そろそろ捜索を一旦中断しなければなりません。」

 

「む、それもそうか。すまなかったな。」

 

「あ、うん、こっちこそゴメンね。」

 

互いに一礼し、すれ違う瞬間。

ユーリとディアーチェの脳裏に何かが走る。

どちらからともなく振り返り、視線を合わせる二人。睨み合うわけでもなく、ただ見つめ合う。

彼女達の体の、頭の奥で、何かが訴えているようだったが、それが何なのか解らず、

 

「ユーリ~!帰るよ~!」

 

「王様~!帰ろうよ~!」

 

「あ、はい!今行きます!」

 

「う、うむ!」

 

互いの同居人達の元へと走って行く。

この二人の邂逅。これは運命の悪戯か。のちに思わぬ形で引き合うことになろうとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリ?」

 

「………。」

 

「ユーリってば!」

 

「はっ!?な、なんですか?」

 

「もうっ!御飯の途中でボーッとして、どうかしたの?」

 

ヒカリのマンションに戻り、購入した品を整理して夕食に移る。そこまでは何ら問題は無かっただろう。

しかし、帰ってきてからユーリの様子が何処かおかしい。心ここにあらずというか、何かボーッととしているのである。

 

「何か考え事?」

 

「い、いえ!何でも無いんです!何でも!」

 

そういうと慌てて手に持った茶碗から、スプーンを使って御飯を口に入れる。

そんなユーリに、アミタと顔を見合わせるヒカリ。

何でも無い

…たんにボーッとしていただけなのかも知れないが、それでも心配な物は心配。

 

「…もし相談したいこととかあったら言ってね?力になるから。」

 

「はい、ありがとうございます。大丈夫ですよぉ。」

 

「僭越ながら、新参者の私も熱血協力しますよ!」

 

「あはは…ありがとうございますアミタ。」

 

火災警報器が作動しないかとヒカリが危惧するほどに熱血な炎をたぎらせるアミタ。

ユーリにとってその心配が途方もなく嬉しくて…そして後ろめたかった。

 

闇統べる王(ロード・ディアーチェ)…)

 

擦れ違い、視線を合わせた、恐らくはあの3人のリーダー格の少女であり、『王』。

 

星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)…)

 

ディアーチェを嗜めていた少女。3人の内で最も思慮深い参謀で、『理』。

 

雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)…)

 

王をはやし立てていた少女。3人の中で戦闘力が特に高く、逆におつむがアレな『力』。

 

(3人が受肉と顕現した…。エグザミアの完成は近いのかも知れない。けれど…)

 

得も知れぬ不安がユーリを包む。

エグザミアの完成。これは望んだことであり、恐らくは模造品達の出現もそれと同時に止まる。

だが、この胸の奥に灯る不安は、恐れは何だ?

完成させてはならないのか?それとも…?

 

夜も更け…そして闇から暁へ変わりゆく紫色の天を織り成す時…再び戦いの幕は開ける…。

 




今回は切りの良いところで止めたので、いつも以上に短めです。申し訳ない。


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Mission22『雷の化身』

A.M.4:20

海鳴市の東の空が若干白み掛かるこの時間。

未だ抜け切らぬ寒さが肌に染みるが、防護服(バリアジャケット)の恩恵かさほど気にはならない。

 

「アクセル…スマァッシュ!!」

 

素早い踏み込みと、その力をチャージして放たれるアッパーカットは、的確に相手の(ジョー)を捉えて昏倒させた。

 

『クラウス…私、は……』

 

魔力の粒子として消え行く先輩(アインハルト)、その模造品(イミテーション)。恐らくは…自分達とで会う前の彼女だったのだろうと予想は出来る。出会う前のアインハルトが今より多少実力が劣るとは言え、それでも今のヴィヴィオには僅差での勝利だった。

 

「はぁっ!はぁっ!か、勝てた…!」

 

膝に手を当て息を整える内に相手は露と消え、残ったのは紫の欠片。

掌に乗るくらいの小さな欠片ではある。しかし、これこそがニセモノを作り出すほどの力を秘めている、恐らくはロストロギアに値する物なのだと思うと背筋が凍る。

 

『ヴィヴィオさん。首尾は?』

 

「こっちはなんとか…。まさかアインハルトさんとこんな形で戦うことになるなんて思いもしませんでしたよ。」

 

『そうですか…こちらもヴィヴィオさんとやり合いましたが…恐らくはゆりかご時代のお姿なので、やはり今に比べると、ですね。』

 

「わ、私は結構ギリギリでしたよ…。」

 

それでも少しは強くなってきているという自覚があるのか。若干ではあるが憧れの先輩に少し近付けたのかと顔を綻ばせてしまう。

うん、強くなれる。強くなるんだ。何処までだって!

 

「一旦合流しませんか?念のために固まっていた方が得策だと思いますので。」

 

『それもそうですね。いつ増援が現れるとも解りませんし。』

 

「それじゃ、また後で。」

 

思念通話による回線を切断。アインハルトの位置は、クリスが把握しているので迷うことなく向かうことが出来る。向こうもティオがナビゲートしてくれているから問題ないだろう。

 

(レオン君とトーマは…大丈夫かなぁ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡り20分 A.M.4:00

 

アースラで仮眠をとりつつ待機していた未来からの来訪者四名。緊急でのアラートにより叩き起こされ、結界の張り巡らされた海鳴市上空に出撃と相成ったわけだが。

 

「…やっぱり慣れないなぁ…空戦制御。」

 

飛行しながらも、まだやはり飛び方にぎこちなさを感じるヴィヴィオはふとぼやく。元々はストライクアーツなど陸での格闘戦を意識した魔法運用の練習ばかりしてきただけに、空に浮かぶ、と言う事象自体を体験するのが新鮮でもあり、そして違和感があった。

 

「それは私とて同じです。しかしこれも良い経験かと。」

 

「でもなんとなく、今のところ上手く戦えないかも…。」

 

「…となると、空戦の経験があるのは俺だけになる、のか?」

 

『みたいだね。…と、レーダーに反応だよトーマ!』

 

『よし、寝覚めの所申し訳ないが、速やかに迎撃して欲しい。反応は4。各員散開して当たってくれ。』

 

「「「「『了解!』」」」」

 

 

 

 

「…とまぁ…一人に一人、っていう分担は妥当なんだろうけどさ~…。」

 

「私には…行くべき所があるのよ…だから…退きなさい…!」

 

「いきなりとんでもねぇ人と当たっちまうかな普通!」

 

自分のくじ運のなさを呪うべきか、レオンが相対するは条件付きSSランクの大魔導師プレシア・テスタロッサの模造品(イミテーション)。今現在必死に彼女の放つ紫電と言うべき紫の雷を必死に躱していた。

 

「恐らく当たったら…」

 

『例外なく黒焦げ、ギャグ補正込みでもアフロですね。』

 

「その際、お前も巻き込まれるけどな!」

 

『さーて、頑張りましょうか主!私が壊れないために!』

 

「無駄口とは…随分舐められたわね…!」

 

どうやら癪に障ったようで、怒気を含んだプレシアが杖を振るえば、魔力光を具現化したような紫のスフィアが展開される。その巨大さたるや、1メートルはあろうかといわんほどで、魔力変換でバチバチと帯電している。

 

「いや…その…話し合いましょう!?人間皆仲間!というか、こんな人相手に一人でやれるかよぉ!?」

 

「サンダー…スフィア!」

 

射出された弾は、容赦なく、そして無慈悲に的確にレオンに迫る。

 

「アバーッ!!」

 

命中、そして爆発。

その規模は大きく爆風を呼び、離れたプレシアのローブを靡かせる。

 

「…まさかこの程度ではないでしょう?下手な芝居は止めなさい。」

 

「……まぁ避けられなかったのは事実なんだけど…。」

 

爆煙が晴れる。威力をこれでもかと高めて撃ったわけでもないし、かといってそこまで手加減したわけでもない。彼の魔力の高さ自体は相対したときから解ってはいたので、倒れるはずもないと確信めいた物もある。

 

「俺は平和的に行こうと思ったけど…降り掛かる火の粉は払わにゃやられる。ここは正当防衛として迎撃しますか!」

 

「来なさい…そのうえで行かせて貰うわ!」

 

「上等!」

 

そう区切り、足裏に魔力の足場を精製。それを蹴り出すように踏み出す。

飛行魔法自体は苦手だ。しかしそれならば、出来るだけ陸で戦うのと同じように工夫すれば良い。その結果が足場だ。足を付けてなんぼの格闘戦。生成と魔力の制御はデバイスであるブリュンヒルデに任せ、とにかく懐に飛び込む。

 

「いきなり正面から?…猪なの?あなた。」

 

口許をつり上げて、自身を囲うように先ほどのサンダースフィアを生成。その数三つ。まるでルーレットのようにプレシアの周囲を回っている。

 

「落ちなさい!」

 

「落ちるか!」

 

緩やかな速度ながらも強力なホーミングを掛けて、スフィアが迫る。

 

しかし、レオンとて猪突猛進で行くつもりはさらさら無い。スフィアをギリギリまで引きつけて後方下に足場を形成し、跳躍。スフィアの誘導は強力とはいえど、急な旋回は出来ない。プレシアはスフィアの制御で身動きが取れない、そこを狙う。

腕に嵌められた巨大なガントレット。それに内蔵されたリボルバータイプのカートリッジ。そのロードを担うコッキングレバーを手動で引き込んで固定。

すかさずロード。

右拳に黄金の魔力が集束し始める。

 

「コメット…ハンマー!!」

 

左手で付けた狙い、その腕を引きながらの右ストレート。レオンが扱う単純明快な魔法の一つであり、ロードしたカートリッジ、その魔力を右手に集束。それを相手に叩き付けると言うものだ。これは魔力制御をデバイスであるブリュンヒルデが担っているからこそ出来るもので、レオン一人では到底出来ない。と、言うのも、彼の魔力運用の資質の問題だ。魔力こそ高けれど、制御系がてんで駄目なレオンがこうしてカートリッジの魔力をチャージ可能なのは、ブリュンヒルデの補助による恩恵だ。

その威力は、フェイトのバルディッシュと同口径のカートリッジを1発分の塊を打ち込むだけに、侮れないものがある。

しかし

 

「甘いわ…!」

 

紫のミッドチルダ式魔法陣の障壁によって拳は阻まれる。

そう、相手は大魔導師と謳われるほどの実力者。魔力量もさることながら、その運用と威力においても桁が違う。

 

「瞬間出力だけなら特筆すべきでしょうけど…カートリッジの魔力その物をぶつけるだけ。それでは…」

 

「脅威にすらならないわ、ってか?」

 

バチバチと魔力闘志が拮抗する火花の中でレオンは口許を吊り上げる。

その意図を読み取れないプレシアは眼を丸くするのみ。

 

「こう…すんだよ!」

 

打ち付けていた拳を開き、プレシアのラウンドシールドを()()()

黒金のガントレット、その爪に当たる部分がラウンドシールドにめり込み、まるで握り潰さんとその手を閉じていく。

 

そして、

 

ガラスがたたき割られるような音と共に、紫の魔力は四散する。

 

「なんて…非常識…!」

 

「もういっちょ!」

 

『ショットガン・レイド』

 

左足のレガース。その踵部に備えられたこれまたリボルバータイプのカートリッジをロード。身体を捻り、そのねじれから引っ張られた左足から打ち付ける左回し蹴り。

 

「吹っ飛べぇっ!」

 

「障壁っ!」

 

紫の壁とも取れるような、そんな巨大な防御魔法が至近距離で展開される。

ヒール部から放たれる散弾をぶつける。張った障壁越しにその衝撃を感じながらも、プレシアはデバイスの形状を変化させた。。

 

「この…っ!!」

 

防ぎきったことを確かめると、障壁を解除すると同時に振り下ろされるは、紫の魔力で錬られた鞭であった。蛇の如く撓るそれは、遠心力を身につけて迫る。反射的に顔面に当たるのを防ぐために左腕でガードしたのが仇となったか、鞭が巻き付いて固定されてしまう。

 

「ちっ…やばっ…!」

 

「消えなさい…!」

 

バチバチと電流が迸るスフィアが再び錬り出される。しかし、先程の物とは違うのがその密度だ。大きさこそ先程と変わらないが、その魔力は濃縮され、色ももはや紫を通り越して真っ黒である。

避けようにも腕をがっちりホールドされてるものだから、回避は不可能に近い。…なるほど、近接でのバインド代わりの鞭というわけなのか。腕にしっかりと巻き付いて離れようともしない。

しかし、

相手と直線で繋がっていると言うことは逆も然りだ。

 

「逆に考えるんだ…!推しても駄目なら引いてみろと考えるんだ…!」

 

それすなわち、逆転の発想である。

レオンが昔やっていた裁判物のゲームの主人公が口にしていた言葉だが、こんなところで役立つとは思いもしなかった。

 

「どっこいせぇ!!」

 

腕に絡み付いた鞭を右手で掴む。そして綱引きのように、地引き網を揚げるように引き寄せる。

するとどうだろう?

離すまいとしっかり鞭の柄を掴んでいたのが仇となったのか、まるで魚が釣れたかのようにプレシアは宙に引き上げられたではないか。

 

「フィーッシュ!!」

 

なぜか有りもしないリードを巻く動作。

こうなれば体勢が崩れているものだから、願ってもない好機だ。

プレシアが引き寄せられてくることによって出来た鞭の弛みを利用し、右腕のカートリッジ、それを『特殊作動』させる一手のために、再度右手ガントレットのコッキングレバーを手動で引いて固定する。

 

「俺の切り札その壱…!」

 

「くっ…!サンダー…」

 

プレシアとて何もせずに食らうつもりなど毛頭無い。空間攻撃も彼女の得意とする戦法だ。術式を発動させると、レオンの数メートル上空に紫のミッド式魔法陣が展開される。彼女の変換資質をフル活用した物なのか、魔法陣自体がバチバチと帯電している。

 

「リボルビング…!」

 

「レイジ!!」

 

「インパクト!!」

 

凄まじいまでの紫電と、拳圧による衝撃。互いの魔力による拮抗が大規模な爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだですね。…まったく、未知な力を使うものだからと思っていたら、その力に振り回されています!そんな生徒を家庭教師として見逃すわけにはいきません!まずは魔力の伝達と基本運用、それから…」

 

「どうしてこうなった。」

 

所変わって。

トーマ(inリリィ)が遭遇した人物。それはプレシアの山猫を素体とした使い魔で、フェイトとアルフの家庭教師リニスである。

成り行きで戦うことになったまでは良い。しかしその圧倒的なまでの技量差によって巧みに無力化。トーマの戦い方を喧々とダメ出しされている現状である。

 

「高い魔力を振り回せば良いと言うものではありません!どれだけ魔力量とその出力が高かろうと、上手く運用しなければガス欠によって良いようにやられてしまいますよ!そもそも、魔法戦における基本は…」

 

(この話…いつまで続くんだろうな…)

 

(が、我慢だよトーマ!)

 

「聞いていますか!?」

 

『「は、はいぃっ!」』

 

余談だが、

後々の戦闘でトーマは少なからず戦闘技術向上が認められた。

しかし、この後回収されたとき、その顔はやつれていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剛拳が紫電の弾幕を貫いていく。

先の爆発で互いにダメージは少なくは無い物の、それでもヒートアップする戦い。

互いのデバイスとローブは煤こけており、その魔力ダメージの大きさを物語っている。

膨大な魔力から錬り出される魔力弾を、時には避け、時には弾き飛ばしながらも、何とか自分の距離(クロスレンジ)に持ち込もうとする。

しかしそこは大魔導師。力もさることながら、戦技においても高い能力があるのだろう。近接でしか真価を発揮できないレオンを看破し、中距離から遠距離を維持している。

 

『主、魔力量30%を下回りました。このままではジリ貧です。』

 

「ち…!やっぱ伊達に年は食ってねぇのか…!」

 

「サンダーレイジサンダーレイジサンダーレイジサンダーレイジ!」

 

「ちょっ!?この距離で聞き取るとか…何という地獄耳!しかも詠唱時間とかガン無視かよ!?」

 

『焚き付けちゃいましたね。女性に対して年齢の話は禁句ですよ。』

 

ズバズバと落ち行く雷は、さながらプレシアの心境を物語っているのか。まるで雷神の如く稲光を放っている。

 

「いい加減…!」

 

大魔導師

その称号に違わぬ力量。

それは魔力、出力、資質、技量。

それらにおいて高い能力を持つ物に第三者から与えられる、羨望と尊敬、そして畏怖を込めたもの。

 

「終わらせるわ…!」

 

そしてそれは魔法の並列処理(マルチタスク)においても例外ではない。

サンダーレイジに対して防御に重きを置いて動きを鈍らせたことが仇となったか。否、防御に専念せざるを得ないように、あえて弾幕のように落としていたのだ。

そう

全てはこの一手のために。

 

「バ、バインド!?」

 

動きを鈍らせたことによってライトニングバインドを容易に仕掛けることが出来たのだ。両手をつるし上げ、まるでキリストの(はりつけ)のように固定される。

 

「…消えなさい…!」

 

遥か上空。

ゴロゴロと鳴り響く雷雲。

それは自然に生成されたものではない。

プレシアの電気魔力変換資質。それによる()()()に過ぎないのだ。術式により膨大な雷を生成する為に、雷雲を生成。それを自信の形成した魔法陣を介して膨大な電力へと変換する。プレシアが誇る、恐らくは最大で最強の儀式魔法。

 

「サンダー…フォール!!!」

 

瞬間、

目映いまでの閃光。神の剣と思しきまでに猛々しい爆音が鳴り響いた。




トーマが自分の中ではネタキャラになっている件について


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Mission23『涙の数だけ』

クリスマス?なにそれ美味しいの?
これは名曲だと思うんだ。ヒャダインさんリスペクト。


放たれた雷が海鳴の空を貫いた。

その余波からか周囲は帯電し、時折その火花を散らしている。

超弩級の儀式魔法。

プレシアが持ちうる最大にして最高峰の威力を誇るものだ。この一撃で倒れないのであれば、相手は飛んだ規格外だろう。

 

そう

 

直撃していたのなら…だ

 

「…全く。」

 

忌々しげに、そして深々と息を吐き出す。

 

「いつになっても…金の魔力の光は好きになれないわ。」

 

二つに結わえた長い金の髪が朝の風に揺れる。白いマントと黒いリボンもそれに伴い、そして赤い瞳はプレシアをしっかり、真っ直ぐ見つめる。

右手には、相棒であるバルディッシュ。左手にはレオンが抱えられている。

 

「母…さん…。」

 

真っ直ぐと、ではあるが、その瞳には悲哀。そして恐れ。

未だフラッシュバックする記憶の数々が、バルディッシュを持つ手に震えを生み出す。

しかし、そんな恐れを持つ相手と戦うレオンを助けた。

出撃要請からの一番手近で、そして…忘れることの出来ない魔力反応に引かれるように、自然と飛翔していた。

そして目に飛び込んできたのは、今執り行われんとする磔刑(たっけい)。かつて自分が彼女から受けていた()()。バインドで固定され、許しを請う自分に鞭打つ、母と慕う女性。その記憶がフェイトの脳裏に焼き付いて離れない。

しかし、目の前でそれが執り行われる。その恐ろしさに思わず飛び出し、バインドを破壊して彼を救い出した。

こう言うときに速さがウリであったことがありがたいものだ。

 

「…何処へなりとも消えなさいと言ったはずよ…?」

 

「それは…!」

 

「そして…私は貴女が大嫌い、だとも。」

 

「っ!!」

 

もう二度と聞きたくなかった言葉。

一度壊れかける引き金となった言葉。

 

「それでも…!」

 

「…?」

 

「それでも私は…貴女の娘だから…!」

 

これだけは言える。例え嫌われようと、突き放されようと、これだけは変わらない。娘であり、そして…母を親として愛している。

 

「だから…この悲しい夢を終わらせます…!」

 

「…夢じゃないわ…!私はアルハザードへ行く…!あの時を…アリシアと過ごすはずだった時を取り戻す為に…!」

 

欠片から生み出された模造品であっても、この想い…いや、執念は鬼気迫る物がある。身をなげうってでも叶えたい願い。深い愛があったそれだけに、だ。

 

「レオン…下がってて。」

 

「お、おい。でも…!」

 

「お願い。これは…娘である私が、終わらせないといけないことだ。…うぅん、ただのわがままなのかも知れない。でも、きっとアリシアはこんなこと望んでいない…。だから…」

 

「人形が……」

 

怒り、悲しみ、後悔…そんな負の感情を込めたかのように、膨大な魔力がプレシアから発せられる。

アリシアが望まない…?そうではない。一緒にいてあげたかった娘。自分の注いであげたかった幾年もの愛情と、したくなかった後悔の塊。ただせめて一言、謝って、そして共に時を過ごすだけの普通の母娘(おやこ)でありたかった。どんな犠牲を払ってでももう一度娘を抱き締めたい…!

…だから吼える。

 

「アリシアを…語るなぁぁぁぁっ!!!」

 

紫電が二人に向かって迸る。感情のままに発せられた雷電は、フェイトがレオンを突き飛ばしたその二人の間を通過する。

 

「バルディッシュ、母さんを止めよう…!」

 

『イエスサー!』

 

無機質に見えて、どこか熱の籠もったような機械音声で返す相棒。クレッセントフォームに形状を変えたバルディッシュ。金色の刃を形成し、プレシアへと肉薄する。

 

「はぁあっ!!」

 

横凪に一閃。無論非殺傷だが、一撃まともに入ればその魔力をごっそりと削ることが出来る。

 

しかし空を切る。

 

瞬発的な加速による、数メートルの後退。それによって鎌による一閃を躱す。

 

「フォトン…!」

 

「プラズマ…!」

 

「「ランサー!!!」」

 

片や後退しながらの詠唱と発射、そして横凪に払った流れからの詠唱と発射。互いが射出した雷の槍は、バチバチと互いの変換資質により拮抗、そして行き場を失った金と紫のそれは、稲光のように空を照らす。

 

「この…!!」

 

後退飛行しながらのサンダースフィア。アリシアと言う単語と、目の前にいる愛娘と同じ容姿の少女。狂気的なまでに魔力を凝縮した魔力の水晶は、ホーミング云々よりも速度に重きを置いて撃ち出される。距離にして5メートルほど。誘導性能よりも、相手が反応するよりも先に命中させてしまえば良い。

 

「くっ!」

 

内心一撃が入らなかった口惜しさがフェイトの表情に滲み出る。返す刃と言わんばかりに、金の刃がプレシアのスフィアを切り払う。

程なくして爆発。

風船が割れて中の空気が逃げるように、行き場をなくした魔力が爆発を通して周囲に霧散。

 

「サンダー…レイ…っ!?」

 

咄嗟にプレシアはラウンドシールドを展開する。ミッドチルダの魔方陣が、爆煙の中から飛び出した金色の三日月…いや、まさしくブーメランと呼ぶべきそれを押し留めた。

バルディッシュの魔力による鎌、それをブーメランのように射出するクレッセントセイバー。

噛み合う盾と飛刃。

しかし、この魔法の特製は防御『させる』事で真価を発揮する。

プレシアは忘れていた。フェイトを教育したのは『彼女』であること。精神リンクをほぼ切っていたとは言え、大魔導師の使い魔であることに変わりは無い。恐らくはフェイトの戦闘スタイルの為に、『硬い防御を抜ける事が出来る魔法』を用意させていたであろう。つまり…

平面の壁を作り出すラウンドシールドは攻撃魔法を『弾くこと』を大抵の目的とすることがままある。射出された魔法に角度を付けて弾くことで軌道を逸らし、接触を最低限に抑え、消耗しないように努めるのだ。

しかし、フェイトのセイバー系の射出魔法。速度はそこまで速くはないが、緩やかなで変則的な誘導性能を持っているため躱しにくい。加えて、防御魔法に『噛む』性能を持っているため、先程の『逸らす』ということが難しいものとなっている。

そしてもう一つ、

 

Crescent(クレッセント) Explode(エクスプロード)

 

トリガーヴォイスによる炸裂。

密着した状態でこの追い打ちは、魔力ダメージは勿論、至近距離に爆煙を発生することも可能なので、近接戦に持ち込む際にも、その変則的な軌道も相まって有効な戦術。これも使い魔であるリニスの入れ知恵なのだろう。

 

「…一人前の魔導師…ね。」

 

自然と口を吊り上げる。リニスとの使い魔の契約、それがしっかり果たされていた事に、無意識なのだろうか、笑ってしまった。これは自分を押すまでに育った喜び?それとも、一人前の魔導師に育てるように指示した自分が、そのフェイトに押されるという皮肉の笑み?

どちらにしても、押されていることに変わりは無い。…しかし、どこかその状況を悦ぶ自分がいることが不思議だった。

 

(ホントに…見た目以外は違うのに…。)

 

利き手も、自分への呼び方も、魔法適性も、性格までも違う。しかし、やはりアリシアと同じく…母である自分を想ってくれる。そして、頭の自分と同じく、こうと決めた道をひたすら突き進む頑固さ。どれだけ突き放しても、嫌いだと言っても、それでも自分のためとこうして身を挺している。

 

「母さん…!」

 

爆煙に紛れ、再び発生させた鎌の刃、バルディッシュを振りかぶり、横凪に薙ぎ払わんと腰を捻る。その表情には悲痛。恐らくは、母と戦わねばならぬと言う現実からの物だろう。悪い夢であると、それを覚まさせるために迫る刃。

 

(まだ…!)

 

プレシアの杖から鞭がしなり、バルディッシュの柄に絡む。強く引き絞り、バルディッシュは彼女を裂くことはなかった。

 

「くっ…!!」

 

「まだ…まだよ…!ここで終わらせない…!!」

 

「プラズマ…!」

 

「サンダー…!」

 

「「スマッシャー!!」」

 

同時に撃たれたかち合う魔法が再び爆ぜる。

 

フェイトの、自分で止めたい、という意思を尊重しつつも、目の前で繰り広げられる応酬に、レオンは目を奪われていた。

 

「これが…空戦魔導師の戦いかよ…!」

 

紫電が飛び交い、雷光が空を切り裂く。その戦いは母子でありながらも互角とも感じた。

 

「プレシア・テスタロッサ…条件付きSSランク…。」

 

しかし戦い振りを見るに、個人で戦うよりも、後方からの砲撃が主となりそうなものだ。鞭による攻撃も、術式を用いていないことを加味しても、恐らくは緊急用の措置に過ぎないのかも知れない。一番似通った戦闘スタイルなのは、はやてであろう。

対してフェイトは全てのレンジにおいてバランス良く纏まっている。近接戦から、中距離の誘導弾、遠距離の砲撃。それにあそこまで拮抗した戦いが出来るプレシアの戦闘能力。

 

「マジで…鬼気迫る、って奴だな。」

 

その決着は…

 

 

 

母子互いにボロボロで、その戦闘の激しさを物語るに難くない。互いのバリアジャケットは崩壊しかけ、魔力ダメージも蓄積していった。

そして、プレシアの手から放たれる一筋の雷光。距離を詰めんとグレイヴフォームからクレッセントフォームに切り替えたフェイト。戦闘での疲れからか、反応しきれずにあえなくクリーンヒット。爆発が巻き起こる。

恐らくは…あのダメージにこの一撃。これで決着だろう、と確信に至った。

 

 

 

しかし、

 

黄金の雷光がそれを許さない。

 

「ハァァァァァァッ!!!」

 

バルディッシュの刃。それを二分し、鍔として、そこから発せられる巨大な魔力刃。

そして、フェイトのバリアジャケット。マントを取り払い、必要最低限の防御で最大限の速度を得た装備。

ザンバーフォームとソニックフォーム。双方、フェイト自身とバルディッシュの切り札とも呼ぶべきもの。

雷光の直撃する寸前にバリアジャケットをパージ。それに伴い雷光と、解き放たれたマントが干渉して爆発。それを目眩ましにフェイトはプレシアに肉薄する。

 

 

 

黄金の刃が

 

プレシアを貫いた。

 

腹部に深々と突き刺さった刃。

非殺傷である故に、出血などは発生せず、その身体を循環し、蓄積されている魔力を霧散させる。

 

「ハァッ…ハァッ……!」

 

「全く……!諦めの悪い…ところは……誰に似たのかしら…ねっ…」

 

「…母さんの、娘ですから。」

 

「フ…フッ……!そう、ね……」

 

模造とはいえ、母を撃たねばならないという気持ちは如何ほどか。気が沈むフェイト。しかし、それでもプレシアの娘であると、頑なに。

そしてそう言う彼女を、狂気的では無く、…ただ静かに笑うプレシア。どこか得心したように目を閉じた。

 

「全く…私の使い魔も…とんでもない子を育てたものだわ。」

 

「…母さん…。」

 

「…ホンモノの私は…こんな気持ちになるのかしらね。」

 

多大な魔力ダメージにより、その力を失ったのか、プレシアの体が光となり、明光が差す空に輝き霧散する。

 

「偽者だと…貴女に散々言っていた私が…本物を模して作られたコピーなんて皮肉なものだわ…。」

 

「母さん…気付いて…?」

 

「私を…誰だと思ってるの?仮にも…大魔導師とよばれているのよ?」

 

うっすらと…消えゆく身体。いよいよその存在の消滅が近付いてきた。

 

「本物では無い私が言っても…意味は無いのかも知れない…。…でも、私の娘なら…そんな顔をしないで…前を向きなさい。」

 

「え……?」

 

「私の娘というのなら、それを通しなさい。どこまでも真っ直ぐに、ね。」

 

「母…さん……」

 

強くあろうとした、もう泣くまいとした。

しかし、聞きたかった母からの言葉。それがコピーでも、自分を見て、あの壊れた母の笑みでは無く、あの時ひたすら望んだただ一人の母としての笑顔を向けてくれた。それが何処までも嬉しくて…そして悲しかった。それは…見せてくれた笑顔も、すぐに消え行くものだと知っているから。

 

「フェイト…気を付けなさい…。…人の思い出を現実化させるほどのこの現象…それの行き着く先は…」

 

「母さんっ…!?」

 

限界だった。光の粒子は天へと還り…残ったのは紫の水晶、その欠片。抱き締めたその欠片に落ちる涙。

 

「…何処までも…真っ直ぐに…!」

 

流す涙は弱さではない。きっと泣いただけ強くなれる。だから…今だけは…

 

「母さん……ありがとう…!」

 

一人の少女は…今だけは泣き続けた。次は…泣かないように、と。




感動も何も無いね。
ただフェイトとプレシアの愛情の葛藤を書きたかったんだ。




でも本物のママンは入院してるけど


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Mission24『メイドさん』

読者の皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年の抱負と致しまして、この小説、いわゆる『運命の歯車編』を完結出来たら良いなぁと思ったりしてます。


「では…出現したイミテーションは全て鎮圧された、と言うことなのか?」

 

『うん、未来の子達が対応に当たってくれたんだ。私は駄目だったけど、フェイトちゃんは間に合って援護してくれたみたいだよ。…少し辛いことがあったみたいだけど。』

 

「…そうか、私も助けにいければ良かったのだが…。」

 

『いいよいいよ。ハルちゃんは休養中なんだから、ゆっくりしてて。』

 

結界が解除された事を確認したハルは、リビングのソファでなのはから経過報告を受けていた。時にして朝日が差し込む時間。台所では桃子が朝食の準備をしている。恭也と美由希も朝のロードワークだし、士郎も朝食に出すコーヒー豆を煎っていた。

 

「ゆっくり、と言うのも考えようだが…、ふむ、高町、桃子さんが朝食は用意しておいて良いのか?と。」

 

『あ、うん。報告が終わったらすぐ帰るし、皆と食べれたら良いな。』

 

「わかった、そう伝えておこう。…気を付けてな。」

 

ありがとう、とその言葉を皮切りに通信は切れる。時刻は七時。日曜日だけに、少しゆったりとした時間が流れているようにも感じた。

 

「なのは、帰って食べるって?」

 

「そのようだ。…本来本職である私が、嘱託である彼女に任せるというのも申し訳ないのだが…。」

 

「間が悪い、と割り切るしか無いだろう。怪我はほぼ治っていても、療養させられるほどだ。しっかり休んでおいてくれないと、僕がリンディさんに叱られてしまうからね。」

 

やはり力添えできないことに関しては申し訳ない気で一杯なのだろう。割り切れ、と言われてもそうはできないのがハルという人間である。

良くも悪くも、諦めの悪いと言ったところか。

 

「ハルちゃん、通信終わったら、料理を並べるの、手伝ってくれないかしら?」

 

「う、うむ、了解した。」

 

桃子が用意するプレーンオムレツが盛り付けられた皿を危なげなくテーブルに運び、その造形に感銘を受けた。

見事なまでの楕円形に整えられた卵は焼きムラなど無く、一種の芸術ともとれるほどのものだ。傍に添えられたレタスの緑が、卵の黄色と、そしてそれにかけられたケチャップの赤を引き立てている。

そして真っ白な皿。…なる程、こう言った食材や食器の配色により、料理をより際立たせるのか。

 

「あらあら、ハルちゃんてば、そんなにお腹が空いているのかしら?オムレツに穴が空いちゃうわよ?」

 

「穴が空く…?私の視線はそこまで恐ろしいものでは無いぞ?」

 

…どうやら慣用句と言う物を知らないらしい。日本で用いられる言語の一つで、物をじっと見つめている状況のことをそう言うのだ、と士郎は苦笑しながら説明する。

 

「…なるほど、この国の言葉…と言うのは中々深い意味があるのだな…、これも一つの勉強か。」

 

「今度図書館に行ってみるのも一つの勉強だと思うよ。言葉一つとっても、その語源や意味を調べることでも退屈はしないと思うし。」

 

「…ふむ、ならば今日はその図書館に…」

 

こうして、彼女の予定はとんとん拍子に整っていく

 

 

 

 

 

 

 

ハズだった。

 

「悪いなハル。今日のキミの予定は、桃子さんと相談して決めているんだ。」

 

「それは…どういうことだ?」

 

「そ れ は…なのはが帰ってきてからのお楽しみよ?フフフ…♪」

 

桃子の含み笑いに、薄ら寒いものを感じるハルの背中には、つぅっと嫌な汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二時間後

海鳴市のメインストリート、その沿いにある高町夫妻が経営する翠屋。

その店内は一つのざわめきに包まれていた。モチロンそれは客同士の雑談などによる喧騒も含まれるだろう。それは喫茶店である以上、そういった事に使って貰えると言うことは喜ばしいことであるし、それに伴ってコーヒーなどのお代わりが貰えればなお良い。

しかし、

コーヒー等の飲食物以外に、話題を集める物があったのだ。

高町家の女性陣?

いや、そうでは無い。そうでは無い、と10割言えるかと言えば厳密には違う。

高町家の人間か?

と問われればNO。

しかし、高町家にいる人間か?

と問われればYES。

 

「い、いらっしゃいませ…翠屋へ…ようこそ…。」

 

ぎこちない接客スマイル。目元は笑っているが、口元は若干引きつっており、作り笑いだというのがありありとわかる。

普通の客なら、

『なんだ、新入りさんか。』

等というコメントに落ち着くだろう。

しかし、彼らの向ける物は他にあったのである。そう、それは…

 

「…桃子さん。」

 

「あら?何かしら?あ、これ四番さんのモーニングセットね。」

 

「う、うむ。……やはりこのヒラヒラフリフリの服というのは…。」

 

膝上までの黒いワンピースと、それを引き締めるように着用されたフリル付きのエプロンドレスが踵を返す際にふわりと舞う。

四番テーブルに座る男性に、士郎特選豆のコーヒーと、アーモンドトーストとゆで卵にサラダ、更にデザートとしてイチゴが付いている、翠屋特製モーニングセットをぎこちない表情とは裏腹に、問題なく配膳する。

 

「お、お待たせしました…、特製コーヒーのモーニングセットです…。」

 

若干の堅さはあるものの、礼儀作法…いや接客における作法は抜かりなく、先ほど読み通したマニュアル通りにこなしており、桃子と士郎はその適応力の高さに舌を巻く。

 

「あらあら…表情以外はもうベテランの域ね。最初はどうなるかと思ったけど。」

 

頬に手を当て、桃子はうっとりして彼女の仕事ぶりを見つめていた。

ハル・エルトリア

メイド服兼ウェイトレスを初体験、である。

セミロングの銀髪を後頭部で結い上げ、メイドのシンボルたるホワイトブリムとして、フリル付きのカチューシャ。少し色白な気があるのもあってか、桃子によって頬に薄くチークが入れられている。恥ずかしがって頬を赤らめている、と言うのも加味してその効果は如何ほどか。

 

「………むぅ。」

 

しかしやはり慣れないからか、客や桃子達に見えない部分では若干窮屈そうにしている。

そもそも、普段はこう言ったフワリとしたスカートでは無く、陸士隊制服のような…管理局全体でもそうだが、タイトスカートのようなピッチリ目の物を履くことが多い。そのため、この手の薄手のスカートと言うのは履き慣れず、落ち着かずに居た。スカートに開放感はあれど、心としてはあまり気の休まるものでは無い。…というか、聖祥大附の制服もロングスカートではあるが、似たような節もある。

 

「や、やはり高町!そちらが着用すべきだろう!私にはこのような…!」

 

「駄ぁ目だよ?ハルちゃん、とっても似合ってるもん!ねぇ、お母さん?」

 

「そうね。なのはも良いけど、やっぱり初のお披露目のハルちゃんだもの。やっぱりデビューはインパクトがないとね?」

 

「そうそう!」

 

高町家の中で、特に発言力の高い二人の相乗効果。これにはさすがの士郎も適わないらしく、先程厨房に向かって視線で助け船を求めたものの、清々しいを通り越して、むしろ忌々しさすら感じられるほどの素晴らしい笑顔とサムズアップで返してきた。

 

「諦めろハル。あの二人があぁなった以上は俺にも父さんにも、ましてや美由希も止められない。」

 

「な、なんか恭ちゃん、さり気な~く私をディスってない?」

 

「気のせいだ。…ほら、来客だぞ。」

 

「「「いらっしゃいませ~!」」」

 

この切り替えの速さはさすがと言ったところか。ハルも相変わらずぎこちないが、高町家の娘2人に合わさって非常に絵になる。

 

「「………。」」

 

2人の来客だった。しかして店に入った瞬間に唖然とし、入り口で立ち往生している。

 

「お二人とも、どーしたんですか?」

 

ひょっこりと顔を覗かせる頭一つ長身で赤毛の少女。入り口がふさがれて入れないでいるのだろうが、先に来た二人はというと開いた口がふさがらない状況である。

 

「なっ…なななな…何故お前達が…!?」

 

「エ、エルトリアさん…その格好は……?」

 

「め、メイドさん…?」

 

まさかのクラスメイトとその同居人…如月一行である。ボーイッシュな服装かつ動きやすそうなパンツルックで身を固めた彼女達に相対し、フリフリのメイド。対照的な絵図。

 

「…はっ!?…い、いらっしゃいませ。三名様でしょうか?」

 

「ファッ!?…あっ、そ、そうです。」

 

「そ、それでは席にご案内します。」

 

ものの10秒前後なやりとりの間、我を忘れては居たが、すぐに店員としての自分に戻って仕事に戻るとは流石だ、と高町夫妻は感心する。

 

「ご、ご注文は…」

 

「えっ…と…、ボクはモカ、で。」

 

「わ、私はメロンソーダ…」

 

「…む、むむ…ヒカリさん、これは何と読むのですか?」

 

「えっと…、ご、ゴーヤジュース?」

 

「じゃあそれで!」

 

即決である。ゴーヤと言うものは、調理の仕方にもよるが、その苦々しさから好まない人も多い、沖縄地方でポピュラーなウリの一種であり、別名ツルレイシ、ニガウリとも呼ぶ。それをジュースにしたという物ならば、その苦みは推して知るべし。

 

「あ、アミタさん…ゴーヤジュースって…」

 

「ん?なんですか?」

 

「い、いえ…何でも無いです。」

 

見たことも聞いたことも無い、そんな野菜のジュースともあって、キラキラと目を輝かせ、そして効果音があるならばワクワクと表する事が出来るだろう、そんな顔を向けられてはこれ以上何も言えない。

 

「復唱します。モカ、メロンソーダ、ゴーヤジュース…注文は以上で?」

 

「ア、ハイ、お願いします。」

 

「モーニングセットもお願いしますね、エルトリアさん。」

 

「…畏まりました。少々お待ちを。」

 

ペコリとお辞儀をして、カウンター向こうにてオーダーを待つ桃子の元へ足早に急ぐ。

しばらく折を見て、なのははこそっと3人の元に。

 

「ヒカリちゃん、ユーリ。ハルちゃんのメイド姿、どう?」

 

「いいねΣd(・∀・)」

 

「か、可愛い、と思います。」

 

「でしょでしょ?眼福だよねぇ…。」

 

「お持ち帰りは?」

 

「ダメだよ。」

 

鼻息を荒くして、何やら変な方向にシフトしかけるヒカリを一刀両断。…と、ここでようやくなのはは一人多いことに気付いた。

 

「あれ?この人は…?」

 

「あ!アミティエ・フローリアンと言います!ヒカリさんの御友人ですね!アミタとよんでください!よろしくお願いします!」

 

無駄にデカい声だった。もうこれだけで思い立ったら一直線、熱血と情熱溢れるキャラなのだろうと理解が深まってしまう。しかも、立ち上がって名乗るものだから、周囲のお客様の視線まで集めてしまった。

 

「アミタさんアミタさんっ…!目立ってる!目立ってるって…!!」

 

「はっ!?す、すいません!お食事中に!」

 

ヒカリに諭され、ようやく自分のやらかしたことを理解して悄々(しおしお)と席に座り直す。

 

「あは…は…。私は高町なのはと言います。よろしくお願いしますね、アミタさん。」

 

「はいっ、こちらこそ。」

 

互いに自己紹介を終えたところで、桃子から配膳を頼まれていそいそと仕事に戻るなのは。彼女と入れ替わりに、各々の品を円形のトレンチに載せたハルがやってくる。

 

「お、お待たせしました、ゴーヤジュース、モカ、メロンソーダ、それぞれモーニングセットです。」

 

「あ、ありがとう、エルトリアさん。」

 

「い、いや…その…ごゆっくりどうぞ。」

 

再びお辞儀をし、次のオーダーを受けに去っていくハルを見送る中、アミタが思うところがあるのか、身を乗り出してヒカリに話し掛けてきた。

 

「あの…さっきの人は…?」

 

「え?あぁ、ハル・エルトリアさん。この間学校に転校してきた人だよ?その…ちょっと硬い感じもあるけど…すごく真面目なんだ。だからその…メイドさんの格好をして必死に頑張ってるんだと思う。」

 

「そう…ですか。」

 

「メイドさん…メイドさん…!ハァ…ハァ…!」

 

「ヒ、ヒカリ!?落ち着いて下さ~い!ダメですよ!襲っちゃダメてすっ!」

 

ユーリと共に、何やら再びスイッチが入って荒ぶりかけるヒカリを(なだ)めながら、アミタの脳裏に引っ掛かるハルという存在。翠屋での時間は、ゆっくりと慌ただしく、そして一つの歯車(ギア)となっていった…。



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Mission25『約束、そして決意の出立』

意外や意外、ヒカリのヘンテコな性癖?が露わとなりつつも、ユーリの必死の説得によって自制心を保つことが何とか出来た。時折、ハルの配膳する姿を見て視線では追うものの、先程のように鼻息を荒くしたりすることは無くなってはいる。

 

「はぁ…、一体何なのだアイツは…。」

 

深い深い溜息を、穢れを吐き出すかのようについた。もしかしたら魂までも吐き出しているのかも知れない。108にいた頃はこんなことは無かったはずなのに。

問題の3人組が会計を終えて退店するのを見送って、赤髪の少女―アミタ―が物憂げに振り返ったとき、チクリと頭の奥底で痛みが走る。

赤と緑の瞳が交錯する。しかしハルにもアミタにも、どこかもどかしげな表情しか浮かべることが出来ずに、どちらからとも無く背を向けて、互いの進路へと戻っていった。

 

「ハルちゃん?」

 

「ん…?なんだ高町。」

 

「大丈夫?…なんか、顔色悪いよ?」

 

「…身体的に問題は無いはずだが…、そう見えるのか?」

 

「うん…少し、ね。…うぅん。むしろ何か心配事でもあるのかなって顔だったかも。」

 

自覚が無いだけで、他者から見れば心配かけるほどに顔に出ていたのだろうか?

まだであって数日ではあるが、この高町なのはと言う少女は、どうにも聡い…と言うよりも鋭いとハルは考察していた。自分自身も思わぬ核心を突いてくる。それも弾丸のように真っ直ぐに、だ。それは先ほども感じた頭痛に通ずる物を、どこかしら感じる物もあり、

 

「いや…何でも無い…、慣れない作業で疲れただけだ。…だから高町が気にかけるほどでは無いさ。」

 

言葉を濁すことしか出来ない。

 

高町なのはは真っ直ぐな少女だ。

高町家に居候することになって、同じ釜の飯を喰らい、同じ風呂に入り、さらには同室で寝起きする。その中においても慣れないであろうハルを気にかけ、溶け込みやすいようにと話しを盛り上げようとしているなのは。その積極的でストレートな所に彼女自身、何処かしらデジャヴという物を感じていた。

しかしチクチクとしていた頭が、次第にズキンズキンと増していくその痛みに顔をしかめていく。じわりと額に浮かぶ汗。鳴り止まない頭痛が徐々にハルの視界を曇らせ、そして焦点を合わなくしていく。翠屋に響くなのはの悲鳴にも似た呼びかけを最後に、ハルの視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、お別れなのですか?」

 

また目の前に現れた赤毛の少女。恐らくは以前見た記憶の続きなのだろうか?寂しそうに、名残惜しそうに、ハルの目を覗き込んでいる。

背後には星を脱出するためのロケットなのだろう。星間巡航用のシャトルを固定していることを見るに、生活できる他の星を求めて今飛び立たんとしているのがありありと分かる。

 

「お別れじゃ無いわよ。…いつかこの星が綺麗になって、ハルが戻ってきたら会えるんだから…。」

 

赤毛の少女の後ろで、若干ふて腐れながらも、その瞳は寂しげな桃毛の妹。必死に別れが辛いことを隠そうとしてはいるが、しかし隠し切れていない。やはり幼馴染みが引っ越す、と言うのは幼い彼女達には辛い物なのだろう。

 

「…私も、2人や博士を手伝いたいし…もっと一緒にいたい…。」

 

「ハル、これは僕の我が儘なんだ。それにこの子達を巻き込んでしまうのは心苦しいけど、それがこの子達の役目でもあるし。それに、この星を何とかするのも僕の役目だ。」

 

双子の肩を抱くように現れたのは、アッシュグレーの髪をした白衣の男性。その顔にはにこやかな笑顔を浮かべてはいるが、肉付きは良くは無く、健康体に比べれば痩せているのが見て取れる。

幼い頃から遊ぶ双子の父親でもあり、この星の異変を調査、そして研究する第一人者でもある。同じく異変を調査していたハルの両親や他の研究員は既に(さじ)を投げて他惑星へと脱出したが、彼と両親だけは根強く残って解決策を模索していた。

 

「博士…すみません。…最後までお供できずに…。」

 

「いや、2人とも良く僕の我が儘に付いてくれてありがとう。…でもこれからは、僕じゃなくて、愛する娘のために人生を使って欲しいんだ。」

 

「博士…。ほんとうに…。」

 

「ハルを…元気に育ててあげてくれ。同じ父親として、それが望みなんだ。」

 

「…はい。博士も…御元気で。」

 

出立の時は迫ってきていた。その時が近付くに連れて、膨れ上がる言いようのない寂しさ。

両親に肩を抱かれてシャトルに乗り込もうとするその時であった。

 

「「ハルっ!」」

 

どちらからとも無く呼びかけられ、両親と共に立ち止まって振り返れば、双子が博士の手を離れて駆け寄ってくる。

 

「2人とも…どうしたの…?」

 

「その…!また会えるようにって…何か願掛けできる物があったらって思って…!」

 

「…だから、これ。私とお姉ちゃんから。」

 

手渡されたのは、恐らくどこかで見付けてきてくれたのだろう、ハルの目と同じく紅に煌めく宝石。それをあしらったペンダントだった。形も整えられ、結わえ付けられたチェーンも一つ一つが細かく、女の子が身に着けるには問題ない出来の物だった。

 

「いっぱいいっぱい、また再会できるようにって、願いを込めました!ですから、また会いましょう!約束…です…よ…っ!」

 

「約束…破ったら……許さないんだから…っ!」

 

くぐもる声。ぽろぽろと流す涙と、ペンダントを差し出しながらも震える手。

本当は離れたくない。しかし、決まったことは変えられない。

まだ三人はあまりに幼く、出来ることはない。それならば、再び会えるようにと願いを込めること。それが今できる唯一の、そして最大限の努力。

 

「うん…また、二人に会う。絶対に。約束…する…!」

 

気付けばこちらも頬を伝う涙。これからは暫く会えないのだと、会えないであろう時間の分も、強く、そしてしっかりと抱き合う3人。

時間にすれば一瞬だったのかも知れない。だが、それがコンマ1秒であっても、交わした抱擁は変わらない。

どちらから誰からとも無く解いた腕と見つめ合う目に、もはや迷いは無かった。

 

「じゃ…またね。」

 

「はい!また会いましょうハル!」

 

「元気にしてなきゃ駄目だからね!」

 

「うん、そっちこそ…!」

 

もう泣き顔は無い。涙の流れた跡が残る満面の笑顔で別れることが出来た。もらったペンダントを首にかけ、守るべき約束と、両親と一緒に乗り込むシャトル。窓際の席に座らせてくれた両親のおかげで、最後まで遠くで手を振る三人と別れの時を共有できる。

 

「もう良いのかハル。」

 

「うん。皆とは…また会えるって約束したから。」

 

「そう…じゃあハルもこれからは元気に過ごさないとね?」

 

『発射カウントダウンを開始します。10…』

 

右隣には母親が、その隣には父親が。これから星の海を渡る旅に出るのだ。不安が無いわけではない。それは親とて同じ事。まだ見ぬ新たな星に向かい、生きていかねばならないという不安。幼く、小さいハルの手を優しくもしっかりと握る母親。

点火されたロケットエンジンの振動と、それに伴うカウントダウンが、その時が近付いているのを実感させる。

もはや見送る人達の姿は、ロケットによる噴射によって巻き上げられた粉塵と煙によって見ることは出来ない。しかし、その姿は今だそこにいるのだと分かる。

 

(行ってきます…)

 

そう心の中でハルが告げたとき、

 

ロケットは宇宙(そら)へと旅だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん…っ……」

 

ゆっくりと、うっすらとハルは目を開いた。

知っている天井だ。とは言っても、ここ数日での間で知ることとなったものだが。

ここが居候している高町家、その末娘たるなのはの部屋であることを理解した後、ハルはゆっくりと身体を起こす。少し寝汗をかいたのか、黒のインナーが少し湿っている。身体を起こした拍子に、額からポロリと白い何かが布団に落ちてきた。…余程うなされていたのか、汗をかいたのか…すっかりと温くなった濡れタオルだ。

 

「…そうか、私は…倒れて…。」

 

窓を見やれば西日が差して、部屋を茜色に染め上げている。あれから…4~5時間程だろう、経過している。あの頭痛と戻りつつある記憶。ここ2~3日で劇的と言わんばかりに、だ。何らかの外的要因だろうか?記憶をなくしたとされる歳から数年、戻る兆しすらなかったのに…。

 

「…考えてても詮無きことか。…む?」

 

いざ膝元を見てみれば、なのはが伏して寝ていた。すやすやと規則正しい寝息を立てて、人の膝を枕代わりに抱き付くように。側に置いてある水を張った洗面器を見るに、タオルの水を濡らして看病してくれていたのだろうか?

 

「…全く、献身的なのは有り難いが、それで自分の身体を壊していては本末転倒だぞ。」

 

動かせる上半身を駆使して、何か羽織らせる物が無いか探せば、勉強机の椅子に掛けられた小学校のコードが目に入る。うん、これなら暖を取るには充分か。無難にそれを引っ掴むと、遠心力を利用してバサリと広げる。膝辺りまで十分覆える程のものだ。羽織るにも文句は無い。そっと…なのはにコートを掛けてやるハルの表情は、メイド服を着ていたときとは違い、若干柔らかく見える。

 

「私に妹がいたなら…こんな感じなのか…?」

 

夢が事実とするならば、自分に妹は存在し得ない。両親と自分の3人暮らし。確たる知り合いである人物と言えば、自分と同い年の双子と、その父たる博士だ。

…自分はミッドチルダ出身では無いことは、既知たることだ。しかし、自分の出身世界については、漂流者と位置付けられており、不明瞭なところではある。自分自身にも記憶がなく、出身世界について調べようが無い状況であった。情報の欠片も無く調査も出来ず、結果として出身世界は不明、と登録されたままである。

しかし、だ。もし、戻った記憶が…事実ならば。幾らか調べようがあるのもまた事実。管理外世界を調べ、現在その星が瘴気に侵されているものを限定して検索できるならば、自分の生まれを知ることが出来るかも知れない。

自分のバッグに納められた一つの紅いペンダント。年月が少々経って、そのチェーンの光沢は少し落ち着いてはいるものの、メインである宝石は色あせること無く、夕暮れの日差しを反射している。漂流して発見された際に身に着けていたもので、何故持っていたかも分からず仕舞いだったが、こうして大切な幼馴染みからの贈り物だったとなると意味合いも変わってくる。

 

「いつか…故郷に戻る日が…来るのだろうか…?」

 

誰も答えることは無く、掌に乗せられたペンダントは、日が沈むまでその光を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アミタとキリエ、二人の故郷は死蝕という星の病に冒されている。2人の父、グランツ・フローリアンは、彼女らを育てながらも星を救う方法を模索していた。しかし地より溢れ出る瘴気は、その土を腐らせ、水を濁し、大気を侵す。地は植物が育たぬ不毛の地として、水は飲むことが適わない死の水として、そして大気は生物の身体を毒す霧として変化させる。

それだけにこの惑星『エルトリア』の住民は、新天地を求めて宇宙へと、後を追うように脱出していった。

しかし、グランツは諦めたくなかった。

自分の生まれ育った星を、易々と手放して良いのか?星の恵みを受けたのならば、その病を治すのも住民の役目なのではないのか?と。しかし、それを彼は大々的に人々へ解くことはなく、自分に自ずと賛同してくれる友人や同僚と共にその手立てを探していた。

だが瘴気によって仲間の体調は日に日に悪くなっていく。ガスマスクを付けていても、瘴気による毒素は完全にシャットアウトは出来ない。

倒れ行く仲間の中には、子を持つ夫婦もいた。大の大人ならまだしも、小さな子供が毒素への抗体がなく、その症状の進行が早いのは明らか。それだけにその2人には子を連れて脱出を促した。最初は渋られたが、やはり子を護るのは親の性か。症状を伝えると泣く泣く了承してくれた。貴重な人手が少なくなるのは痛かったが、それでも子供の命を秤に掛けることは出来ない。

3人を乗せたシャトルを見送った後、グランツの娘達が躍起になって研究を手伝い始めた。

理由は…この星に帰ってくる人のために、だそうだ。本当は星のことや研究などと言うものとは無縁の生活を送らせたかった彼だが、2人の熱意に根負けし、家族3人で星の救済方法を探し続けた。

 

そして…気付けば10年の月日が流れていた。

 

 

 

「ゴホッ…ゴホッ…!!」

 

「博士?」

 

「いや済まないアミタ。少し埃っぽくてね。」

 

「そういえば暫く掃除してませんね。明日辺りに少し掃除しましょうか?」

 

「あぁ、そうだね。頼むよ。僕も微力ながら手伝おう。」

 

アミタに見えぬよう、咳を受け止めた掌を握り締める。じわり、と受け止めた紅い液体が指先や爪を染め上げた。

…グランツは焦っていた。

 

(僕に残されている時間は…もう余り永くない…)

 

と…。

 

隠していたように見えたその手。それを積み上げられた資料の影より見つめる眼は見逃さずにいた。

 

 

変えなきゃならない。この星を。

長年の研究で、星の浄化に必要なものは分かっていた。解ってはいながらも為し得なかった理由。それはエルトリア存在し得ないものだったからだ。

まず水を浄化するための超大型のポンプ。そして大気の浄化装置。それを制作するのは材料さえあれば問題はない。幸いなことに、この世界の資源自体は未だかなり残ってはいる。

それならば足りないものは何なのか?

動力だ。

いくら優秀な機械を造ろうと、それを動かす動力(ジェネレーター)がなければ、ただの鉄の塊に過ぎない。しかし、それだけの大がかりな機械を動かすともなれば、必要とされる出力は途轍もないものとなるだろう。その打案を見出せず、グランツも口にはしないものの研究は行き詰まっていたのだ。

しかしキリエには一つの希望があった。

 

「永遠結晶…『エグザミア』…。」

 

グランツが保管していた資料を漁る内に、偶然見付けた文献に記載されていた奇跡の宝石。記述によるならば、別名『砕け得ぬ闇』とも呼ばれ、その宝石の出力は無限に近く、星の生態に影響を与えるほどの力を持つという。

そう、それだけの物ならきっと、この世界を救う手立てになるはずだ。

そしてそれが組み込まれたるは、闇の書防衛プログラム『ナハトヴァール』の深淵。

闇の書という書物ならば、ある程度の検索を掛けて場所の特定を行うことも可能だ。そしてそれを元に、以前エルトリアの遺跡にて発掘したオーパーツ。これは恐らく時空転移装置だと睨んだキリエは、それを使うことによって闇の書、ひいてはナハトヴァールの存在しうる時空に跳び、それを確保する。それが出来たならば、エルトリアを…ひいては博士を救える。

 

「でも発掘したものだから…上手くいくかは一八かの賭け…。」

 

しかし誰かがやらなければ、全てが終わってしまう。それだけはあってはならない。そう思い立ってからの行動は早かった。

 

「待ってて…博士…。この私が、この星を救う手掛かりを持って帰ってくるから…!」

 

遺跡に備えられた未知の魔法陣。その中に立って強く念ずる。目指すはナハトヴァールのいる世界。遺跡の空間に浮かぶ紅の巨大水晶が突如として強烈な閃光を放つ。

 

「キリエっ!そんな得体の知れない装置で過去に飛ぶなんて!そんな常識外れな事…っ!!」

 

妹の異変に気付き追い掛けてきたアミタは、目の前で妹の転移を目撃することとなる。目映いまでの光が収まったときには、キリエの姿は忽然と掻き消えていた。

 

「キリエっ!!」

 

迷うことなく直情でド真っ直ぐに、アミタも魔法陣へと飛び込んで念じる。しかし彼女が思うのはナハトヴァールではない。今目の前で跳んでしまった妹だ。ただ妹を連れ戻すために、アミタは時を超え…奇しくもキリエの目論見通りに海鳴へと跳ぶことに相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……と、あぁ…いつの間にか寝ちゃってたのか。」

 

海鳴を見下ろすことの出来る高台。その一つ飛び出た高さの木の太い枝。そこに寄り掛かって羽を休めていたキリエは、ゆっくりと目を開いた。減っていたエネルギーをチャージしていたはずなのに、いつの間にか仮眠となってしまったのか。

 

「…時間にして…午後5時20分…。大体1時間暗いかしら。」

 

何かにつけて動くのにはエネルギーが必要になる。早いチャージのために自発的に仮眠という手段になってしまったのだろう。

 

「…にしてもつい最近なのに、随分と懐かしく感じる夢を見ちゃったわね。」

 

この地球という星に旅立つときのことだ。必死に制止する姉を振り切ってこうやって右も左も分からない所へ、砕け得ぬ闇という希望にすがってきた。件の物について分かったことは、本体は欠片として散り散りになっていること。それだけにエルトリア製センサーを駆使して手に入れた数個の欠片。

 

「こんなエネルギーじゃ足りない…もっともっとないと、どうにもならないわ。」

 

砕け散ってしまっただけに、その個々の力はそれ程強くはない。しかし元に戻って本来の力を手に入れるのであれば、その力は計り知れないだろう。それだけにエグザミアの力を欲してしまう。

 

「ちまちまやっている時間はないわ。集まっている闇ちゃんも、それに残りの欠片も手早く集める方法を考えなきゃなんない。」

 

こうしている間にも、他の欠片は管理局に回収されて、エルトリアは滅びに近付いてきている。もはや猶予は余りない。

 

「…よし。」

 

一つの妙案がキリエに浮かんだ。それは苦肉の策だろう。愚策とも言うだろう。だがそれでも救いたい、護りたい物があるならと。立ち上がる彼女を夕暮れが真っ赤に照らし、波乱の夜を予感させるかのように揺らいでいた。




黒のインナーって、何か良いと思う。え?聞いてないって?


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Mission26『マテリアル娘と雲の騎士』

「王。」

 

蝋燭が小屋をうっすらと照らす中で、シュテルが普段余り開かぬ口を開く。それを予期できていたのか。ディアーチェは目を閉じたままではあるが、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「一朝一夕…ではありますが、魔力も昨日に比べて戻りました。そろそろ、夜においても探索を仕掛けても良いのでは?」

 

「うむ、我もそう思うておった所よ。」

 

「え?何何?夜更かししてもいいの?」

 

2人の会話に最初は余り耳を傾けていなかったレヴィだが、夜の探索という単語に反応して話しに入ってくる。夜更かししたい年頃なのか?

 

「夜更かしではありませんよレヴィ。…いえ、夜に起きている、と言う意味合いでならばあながち間違ってはいませんか。」

 

「ともあれ、我らが力を戻すためには、砕け得ぬ闇が必要よ。」

 

「じゃあじゃあ!ぱぱっと探知魔法をかけて、ぱぱっと終わらせちゃおうよ!見つかったら、ちょー速いボクが…」

 

「たわけ。…確かに大規模な探知魔法を使うことが出来るのであれば手間が省けるのではあるが、頭上に浮いておるハエ(管理局)が五月蠅い故な。小規模なサーチで地道に探すしかないのだ。」

 

「それに…恐らくここ数日で砕け得ぬ闇の反応は確かにありましたが、やはり分散されているようですね。その断片を局が回収している可能性も十二分にありますので、奪回も場合によっては一考しないといけません。」

 

「何事も当たり方が肝要よ。我等がいかな強者とて、管理局という組織に正面立って立ち向かうには無理がある。ともすれば無意味に藪をつついて蛇を出す必要はあるまいて。…もっとも」

 

夜風に揺れる蝋燭の火が、ディアーチェの顔をうっすらと映す。見開かれた碧い瞳、そして吊り上がる口許は恐ろしさすら感じ得るほどに。

 

「向こうが鼻からその気ならば話は別だがな?」

 

「そう来なくっちゃ!俄然やる気が出て来たぞぉ!」

 

「では、参りましょうか。」

 

「うむ。来よ。我が剣杖エルシニアクロイツ。そして魔道書(グリモア)紫天の書。」

 

「爆現雷光!バルニフィカス!」

 

「いきましょう。ルシフェリオン。」

 

それぞれの力を振るうその得物を手に、そしてそれぞれの紫、茜、蒼の光を帯びて、彼女らは夜天を舞う。全ては…己が悲願の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……。テスタロッサ、か…?いや、違うな。」

 

「お……!」

 

散開した矢先、一人の騎士がレヴィの前に立ちはだかる。片刃の騎士剣を携え、既に騎士甲冑は展開済み。哨戒でもしていたのか、レヴィにとっては間が悪い。

 

「お前は…ブシドー!」

 

「いや…武士、と言うよりも騎士なのだが。」

 

「じゃあ…キシドー?」

 

「…聞かれても解答に困るのだが。…一先ず聞こう。お前も、模造品(イミテーション)か?」

 

騎士―シグナムは問う。眼前に居る少女は、自分の知る好敵手と、色は違えどそれ以外の見目形は瓜二つ。髪形もさることながら、身に纏うバリアジャケット。そして手に持つその戦斧。流石にこの数日で引き起こされている瓜二つの人物が現れるという現象と無関係ではないだろう。そして、大抵その相手とは相見えることは免れない。

何時でも抜刀できるように、左手に携えるレヴァンティン。その柄に右手がかかる。

 

「いみてーしょん?ナニソレ?ボクには、凄くて!強くて!カッコいい!レヴィ・ザ・スラッシャーと言う名前があるんだ!そこんとこ間違えないでよね!」

 

「凄くて強くてカッコいいかどうかはわからんが…一先ず…レヴィ、と呼べば良いか?」

 

「うん、いいぞっ!敬意と親しみと慈しみを込めて呼ぶが良いさ!」

 

見た目は…色違いなれど、その中身―正確はまるで正反対だ。自己主張の乏しいフェイトと違い、まるで自分を誇示して、それでいて『どうだ!?』と言わんばかりに胸を張る。そして、自分の名を―名乗った。つまり、今までのエグザミアの欠片から生みだされた者達とは違うと言うことになる。

 

(騎士各位。そちらの方で何か遭遇は?)

 

騎士間での念話を飛ばす。このタイミングでレヴィと名乗る少女が出て来た以上、他にも何らかの変化があるのかも知れない。

そう予感して念を飛ばして数瞬。真っ先に返してきたのはヴィータだった。

 

(シグナムゥ…)

 

そしてその声は余りにも気弱だった。強気がウリの彼女にしては珍しいこともあるものだ、と思いながらも、その異常性にはシグナムも眉をひそめる。

 

(どうした?何かあったのか?)

 

(なのはが…にゃのはが…!)

 

ようやく克服したはずのなのはの読み、それが崩れていることに対しての突っ込みはさておき、

 

(どうしたヴィータ?高町がなんだ?)

 

(なんか目つき悪いし髪を切ってるし…しかも悪堕ちしたみたいなバリアジャケットになってんだよぉ…!しかもアタシを見付けるや否や、『鉄槌の騎士とお見受けします。捜し物の途中ですが、強者と相見えたのも一興…一槍お願いいたしたいのですが…』とかいって、ギラギラ目ぇ輝かせてんだけどぉ…!)

 

(………ふむ、少し待て。)

 

どうやら混乱しているように見えて、どこか自分の今の状況と重なる点もある。そもそも、なのは自身は自分から勝負を挑むなどと余りないし、ヴィータに対しては敬語も使わない。これまた模造品(イミテーション)とは違うとも言えるだろう。

 

「時にレヴィ。」

 

「ん?何だよキシドー。」

 

「…結局その呼び方は確定なのか…?」

 

「じゃブシドー?」

 

「はぁ……、どっちでも構わん。お前の仲間に好戦的で敬語が主流の人物はいるか?」

 

「うん、居るよ!シュテルんって言うんだ!強くて賢いんだ!」

 

「ふむ…成る程。」(ヴィータ。)

 

(な、なんだよぉ…!)

 

流石に純真爛漫であるなのはが物騒に『戦いましょう!』と目の前で言ってたら、自分でも若干引いてしまうだろうが…それにしてもビビりすぎである。

 

(その目の前に居るのは高町の模造品(イミテーション)ではない。…おそらく、私が現在目の前に対峙しているテスタロッサと瓜二つの少女と同じ存在なのだろう。性格は…ほぼ真逆だがな。名は…シュテルんと言うらしい。)

 

(シュテルん…?)

 

(そうだ。もしかしたら今回の怪異について、何らかの進展があるかも知れん。故にこちらからの手出しはするな。)

 

そう伝え、念のために警戒は怠らないように、且つ慎重に。普通とは違う存在。もしかしたら、何らかの情報を得られるかも知れない。それだけに、高町なのはではないが、話し合いと言うものをしなければならない。

それだけに皆が、穏便に済ませられることを切に願うシグナム。

 

 

 

 

 

 

 

「え、え~と…。」

 

「どうしましたか?鉄槌の騎士。刃を交える気に?」

 

「いや、刃も何もこっちにんなモン付いてねーって…。そっちも…杖、なんだろ?」

 

「…成る程、これは盲点でした。」

 

どうにも調子が狂うな、とヴィータは心中で語散る。知り合いの少女に、髪形こそ違えど、声質にバリアジャケットも似通うだけに。

しかし本物のなのはとは違い、ピリピリと感じる闘気と魔力は歴戦の騎士のそれであり、どこかのほほんとしている彼女とはかけ離れている。

戦闘中毒者(バトルジャンキー)とも感じられるかのように、まるで目の前にあるオモチャでどう遊ぼうかとウキウキする子供のように目をぎらぎらさせ、ヴィータにとっては若干薄ら寒い物も感じた。

 

(ど、どーしよ。シグナムには穏便に事を済ませるようにって…。そ、そうだ!平和の使者は槍をもたねぇんだ!うん、アタシとしたことがこれは盲点だ。)

 

間違った格言を推しながらも、ヴィータは愛機であるグラーフアイゼンを量子化して待機させる。その行動に怪訝な表情を浮かべるシュテルん。

 

「………?なぜ鉄の伯爵を収めるのですか?」

 

「え、え~と……シュテルん…だっけ?べ、別にこっちは戦うためにこうして出て来たわけじゃないんだ。」

 

「……失礼ですが、私の名はシュテル・ザ・デストラクター。シュテルん、というのはあの娘(レヴィ)が自分を呼ぶ呼び名であって、決して正式な個体名称ではありませんので、その辺をお間違えなきよう…。」

 

「あ、そ、そーなの?あははは……。」(シグナムゥゥゥゥゥッ!!間違ってんぢゃねぇかぁぁぁっ!!)

 

表面上、苦しい笑顔を浮かべながらも、間違った情報を与えてきた自分の将に内心憤慨する。

対すシュテルん改めシュテルも、流石に存在は知っていたとは言え、初対面の相手に愛称で呼ばれたことに若干眉を顰める。が、そこまで心の狭くはない彼女は、すぐにいつもの無表情へと戻った。

 

「…どうやら、雲の騎士たる貴女方の一人がレヴィと対面しているようですね。丁度今し方、彼女より連絡が入りました。」

 

「そ、そーか。一応言っとくけど…アタシらはやり合う気は無いわけで…。」

 

「えぇ、貴女が武器を収めたことには疑念が湧きましたが…戦わずにこうして向き合うと言うことは、その意志がないと信ずるに値すると確信できました。」

 

「そ、そうか。」

 

「それに。」

 

そう付け加えて、シュテルは若干表情を崩した。無表情キャラかと思えば、こう言った顔も出来るのか。そうヴィータが認識を改め―

 

「平和の使者は槍を持たない、がそちらの認識なのでしょう?」

 

前言撤回だ。

 

「なっ!?なんでそれを…!?」

 

「いえ…私のオリジナル、その記憶の末端に貴女がそう言っていたのを思い出しましたので。」

 

オリジナル…やはり彼女はなのはを元にした複製では無い何かなのだろうか。ということはレヴィという少女もその理屈で行くならフェイトの…。

そこで、ヴィータに一つの嫌な予感が脳裏を走る。

 

「なぁ?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「シグナムと話してるヤツと、レヴィの他にも…同じようなヤツがいるの?」

 

「えぇ。我等が王。元となったのは…貴女方の主でしたか。」

 

嫌な予感的中ッッッ!!!!

つまり、つまりだ!目の前に居るシュテルやレヴィのように、オリジナルとほぼ正反対の性格になる。そういうパターンなのかなんなのかは分からないが、もしこのままの流れで行くと―

普段穏やかで謙虚で、良い意味で夜天の主らしからぬ気質を持つ彼女の正反対―

 

(オレ)こそが夜天の主よ!雑種!(オレ)にひれ伏せ!慢心せずして何が王か!ふははは!!』

 

「うっぎゃあああ!!なんだこれ!?なんだこれ!?」

 

「…いきなり叫び出すとは…、思考ルーチンのプログラムにバグでも?」

 

以前見た王様キャラと被ってしまい、自身の八神はやて像がガラガラと音を立てて崩れていく気がした。ブンブンと展開したグラーフアイゼンを自分の頭上で振り回して、想像した変な物を振り払おうと努める。

しかし…

彼女の想像は当たらずもほぼ遠からず、努力は空しく終わることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ックシッ!!…む。風邪でも引いたか。我としたことが。」

 

やはり夜はまだ冷えるか、と王こと、闇統べる王『ロード・ディアーチェ』は身震いする。いくら騎士服…否、暗黒甲冑(デアボリカ)の恩恵はあれど、着衣部はともかくとして肌をさらす部位には効果がないのだろうか。

 

「これも、我等が完璧な存在たり得ぬ故か。一刻も早く砕け得ぬ闇を手にせねば…!」

 

砕け得ぬ闇を入手したら、防寒対策が出来るのだろうか。シュテル辺りに炎熱変換して貰えれば手っ取り早いと気付かないのは寒さのせいか。

 

「お…。」

 

「あ…。」

 

寒さに気をやって周囲への警戒を怠ったからか。目の前に目視できる距離まで気付かずに居た。

どこかで見たような顔だった。服は…帽子こそ被ってはいるが、纏う服は暗黒甲冑と色が違うだけで形は瓜二つ。手に持つ杖も、手に持つ魔道書も、だ。

しかし、

 

「む?むむむむ?」

 

「ぬあっ!?何だ貴様!?えぇい!寄るな纏わり付くな!」

 

一考する間に相手は至近距離に近付き、まるで嘗め回すようにまじまじと見つめてくる。さしものディアーチェもこう寄られては仰け反らざるを得ない。

 

「……私とそっくりさんや。色違いやけど。」

 

「人は自分を見ると嫌悪感を抱くものだと聞くが、事実のようだ。」

 

「そぉ?私は別に大丈夫やで姉やん。」

 

「誰が姉か!?誰が!?」

 

「じゃあ、私が姉やん?」

 

「貴様のような抜けた姉は要らぬわ子鴉!」

 

「あ、あの…我が主?姉か妹か、という以前に、彼女は何者なのでしょうか?ここまで瓜二つのなのも流石に…。」

 

目の前で繰り広げられる双子とも思しき二人の漫才。それを止めに入ったのは夜天の融合騎たるリインフォースだ。このままでは収拾が付かないと判断した為のものだが…。

 

「アカンでリインフォース。姉妹の感動的再会に水差したら。馬に蹴られるで。」 

 

「は、はぁ…。」

 

「それは恋路の話であろうが!?貴様はオツムも残念なのか!?」

 

「アカンで姉やん。家族の愛は、恋の愛しさも超越するんや。」

 

「いらんわそんな愛!?しかも我は姉ではないと言っておろうが!?」

 

これはもう…気が済むまでやれば良い。

リインフォースは諦観を決め込み、遠い目をして主とそのそっくりさんを見つめるのだった。




え?題名の割に二人足りない?
気のせい、か…な?


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Mission27『収束への予兆』

正直駆け足気味かも知れません。描写不足は筆者の技術不足。改善点に気付いたら推敲してみますので御容赦を。


とあるビルの屋上にて、翠の騎士服に身を包んだシャマルが目を閉じ佇む。周囲には愛機のクラールヴィントの宝石に当たる部位が舞い、彼女はそれを媒介にして周囲に探知を掛けている。

 

「どうだシャマル。」

 

「うん。市内には今の所反応は3つ。それぞれ応対してくれている3人以外検出されないわ。」

 

彼女の数メートル後方には褐色の肌をした筋肉質の男―ザフィーラが腕を組み、背中越しに語り掛ける。対しシャマルはゆっくりと、そしてうっすらと目を開き応対する。

 

「御免なさいザフィーラ。はやてちゃんの直衛に回るはずなのに。」

 

「構わん。主には彼女が付いている。力は落ちたとは言え、並大抵の輩には遅れは取るまい。」

 

「…そうね。」

 

「探知中はお前は無防備だろう?それに、直接戦闘には不向きだ。誰かが盾になる者がいるなら専念できよう。」

 

「ふふっ、頼りにしてるわザフィーラ。」

 

盾の守護獣の二つ名のまま、彼の守護においては騎士の中で右に出る者はいない。それだけに、シャマルにとってはこの上なく嬉しい護衛だった。

 

「会話を傍受したけど…はやてちゃんの所を除いて穏便に済むかも知れないわ。」

 

「…主以外…?」

 

「どうにも揉めてるのよね。…聞いてみる?」

 

「う、うむ。」

 

穏やかなはやてが他者と揉める?にわかには信じがたい報告ながらも、不躾ながらその内容と相手が気になり、傍受をしてみることにしたザフィーラ。クラールヴィントの1機がフワリと彼の傍に浮遊すると、オープン回線にてその音声を拾うことにした。

青と、そして白の獣毛で被われたその犬にも似た耳がピクリと動き、耳を澄ませる。

 

『なぁ姉やん。』

 

『だから姉と呼ぶな!話しがループしておるぞ!』

 

『まぁえぇやん?ヴィータに聞いた話やと、姉やんは私を元にして姿をとったんやろ?』

 

『…ふん、不本意だがな。』

 

『……ん?せやったら姉やんは、私の妹…』

 

『だからループしておる!』

 

『まぁえぇわ。って言うことは、私の知識とか、そー言ったものも受け継がれてたりするん?例えば…料理とか。』

 

『…調理の知識等は問題なくあるな。…貴様が元というのはやはり気に喰わんがな。』

 

『お、えぇなぁ。いっぺんでえぇから、料理勝負してみん?』

 

『ふん!誰が貴様などと…!』

 

『あれぇ?姉やん、負けるのが怖いん?なぁ怖いん?』

 

『…良かろう!そのにやけ面を泣き顔に変えてくれる!首を洗って待つが良いわ!!』

 

『……以上、我が主と、曰くディアーチェと名乗る者の料理対決勃発だ。』

 

〆にリインフォースが、まるでニュースの中継のように纏めると、シャマルは傍受を止める。

 

「…平和だな。」

 

「…そうね。」

 

血で血を洗うような戦いが始まるのかと、期待はしていたわけではないが、危惧はしていた二人にとっては肩の力が抜けることとなった。争いは争いではあるものの、武器を用いない、平和で、血を見ぬ戦いというのは良いものだ。

 

そう…肩の力を抜いた瞬間だった。

 

「ちょっ……何なのコレ!?」

 

「むっ!…どうした?」

 

広域に展開していた探索魔法に一つ引っかかりが生じたことを、クラールヴィントがシャマルに伝達する。落ち着いた矢先にこれなので、さしもの彼女も驚愕しきりで仮想キーボードを叩く。

 

「大規模な魔力反応探知…海上方面!?」

 

『こっちでも探知したよシャマル!凄い反応…!衛星軌道からでも充分直接伝わってくるくらい!』

 

遥か上空のアースラでオペレートするエイミィからも同様の反応を拾ったとの通信だ。ふと見れば、海上方面上空にまるで電流でも流れているかのような光が走る。そしてその膨大なまでの魔力の奔流が風となり、まるで唸り声のごとく吹き抜けていく。小さな粉塵を巻き上げ、シャマルも、ザフィーラも、条件反射に腕で顔を保護する。

 

『これは…!』

 

「どうかしたの!?エイミィさん!」

 

『各員警戒っ!!!周囲に(おびただ)しいまでの魔力反応探知!!臨戦態勢を取って!!クロノ君!!』

 

『聞こえている!ヴォルケンリッター各位!念のために援軍を手配する!無茶はしないでくれ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何なんだよコレ…!」

 

「これは…。」

 

自身の周囲に現れた、紫色の、『ヒト』の形を模した『ナニカ』が、まるで極楽浄土から黄泉返ったかのように古代ベルカの魔法陣から顕現する。それも一体や二体所ではない。

 

「うじゃうじゃと…何が起こってんだ…!?」

 

「…随分と…、粗悪な人形ですね。」

 

数十体はあろうかというソレに周囲を取り囲まれ、無意識ではあるがヴィータとシュテルは死角を補い合う為に背あわせになる。

 

「これもエグザミアの影響なのかよ…!」

 

「エグザミア…?」

 

「砕け得ぬ闇とかいうやつもいるらしーけど、アタシらはそう呼んでる。」

 

砕け得ぬ闇、その言葉に少々シュテルが反応する。本懐であるそれがこの現象の原因ならば、ここで力を振るわないわけには行かない。

クスリと口元を緩めた瞬間、シュテルは足元に茜色の円形魔法陣を形成する。同時に、構えたルシフェリオンの先端からは、同じ色のスフィアが数個展開。彼女の周囲に浮遊し始めた。

 

「お、おい!?」

 

「彼らを倒したならば、事態は収束する。それならば早いに越したことはありません。」

 

「だ、だからってよぉ!」

 

「と言うわけです、よろしいですね?王。レヴィ。」

 

(無論だ。この塵芥共を片付け、砕け得ぬ闇、その断片を手に収めてくれようぞ!)

 

(待ってました!よぉっし!暴れるぞぉ!)

 

今の会話を念話の回線をオープンにして2人に届けていたのだろう。彼女らの思念通話がシュテルの脳内に響いた。

 

「時に鉄槌の騎士…」

 

「ヴィータだ。今はそっちの方が馴染んでる名前なんでな。」

 

「失礼。ヴィータ、ぼやぼやしていてはいけませんよ?向こうは…問答無用のようです。」

 

剣を携えた『ヤツ』が一体、シュテルとの話を進める中でヴィータに斬り掛かる。

しかし、茜色の弾丸はそれを許さない。巧みなまでのスフィアコントロールでカウンター気味に撃ち込まれたヤツは霧散、今まで見付けた欠片よりも小さな紫の結晶と化す。

 

「さ、サンキュ…。」

 

「いえ、礼には…。しかし脆いですね。…このような物なのでしょうか?」

 

「いや…今までのはもう少し手強かった。…それにこんなシルエットだけじゃなくて、もう少し造形を真似て、端から見たら本物と見分けが付かねぇ程だった。」

 

それに、と付け加え、形成していた欠片も今までより小さいものだ、とも。

 

「なるほど。」

 

全てを理解したのか、シュテルは得心した表情でスフィアを操作、向かい来る奴らのを一撃で撃ち落としていく。

やはり脆い。スフィアの一撃で砕けるソレは、ただ形を模しただけのハリボテに過ぎず、逆に言えばそれを補うための数の暴力である。

 

「おそらく、先ほどの強大な魔力反応。それによって小さな欠片の力を強制発動させたのでしょう。おそらく、砕け得ぬ闇。それらは今まで近くの欠片と引き合い、そして合わさり、ある程度の大きさと力を取り戻して模造品(イミテーション)を作り上げるのがパターンである、と私は推測します。」

 

「じゃあ…小さな欠片を強制発動させたから、未熟なコピーばっかりになった…ってことなのか?」

 

肯定、と静かにシュテルは頷いた。

なるほど…それなら話しは噛み合う。彼女の分析力にヴィータは素直に感心して舌を巻きつつも、生みだした鉄球を撃ち放って、共に迎撃していく。

 

「…となると、あの反応は…誰だってことになるんだよ…なっ!!」

 

迎撃を擦り抜けてきたヤツよ横っ腹を、愛用の鉄槌でぶん殴る。頭をかち割る。物足りないと感じつつも、数の厄介さにヴィータは少々苛立ちを覚えていく。

 

「恐らくは…砕け得ぬ闇を狙う者、かと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だろうな!」

 

レヴィの話を聞きながらも、レヴァンティンによる斬撃が敵を両断する。1対多数ならば、過去の主の元で幾度となく経験した。人相手ならばともかく、意志もなく、ましてやハリボテなどに遅れを取るほど、ヴォルケンリッターの将は容易い相手ではない。

 

「ボクらの王様が砕け得ぬ闇を一番上手く使えるんだ!だからボクらが砕け得ぬ闇を手に入れて、そして飛ぶ!」

 

レヴィも負けじとバルフィニカスから発せられた鎌を投擲。誘導にて数多の敵を切り裂いていく。

 

「お前達はそれを手に入れたとして、何とするんだ?」

 

「決まっている!ボクら構築体(マテリアル)の3人が完全な身体になる為さ!その為には砕け得ぬ闇がいる!だから手に入れる!それだけ!」

 

「砕け得ぬ闇、もしそれがロストロギアならば管理局が管理せねばならん!物と場合によっては世界が滅ぶ!」

 

「そのための王様なんだ!…何でか分からないんだけどさ。」

 

最後の最後にこれだ。しかし、確たる証拠はないが、レヴィの眼には疑う余地もないほどに自信に溢れていた。彼女の性格故のものか、はたまた別の根拠があるのかは分からない。将としておかしなものかも知れない。しかし、シグナム個人としては彼女を信じるに値するとも思える。

 

「…なんにせよ、だ!この場を切り抜けなければ元も子もない!」

 

「同感!」

 

互いに広域殲滅用に片や蛇腹剣(シュランゲフォルム)。そして片やジャケットをパージ(スプライトフォーム)。どちらかともなくスタートし、攻撃を開始する。蛇の、否、龍のうねりのごとく、空を舞う剣の流れ。そして放電現象(スプライト)のように超高速の切り抜けにおいて敵を両断し。

バトルマニアの二人による殲滅はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「ん~…キリがあれへんな~。」

 

「はっ!もう息切れか子鴉。」

 

「主、ここはお下がりを。」

 

「いやぁ…四方八方囲まれて、下がっても敵や。戦うよ。」

 

さしもの広域殲滅型の二人も、際限なく現れる敵にはうんざり仕掛けている。リインフォースも善戦している物の、やはり闇の書事件の後遺症で継続戦闘力が低下しているのか、はやてやディアーチェに比べて魔力の残りも少なくなってきていた。

 

「ふん、下がっておれ。朽ちかけの躯で前に出るな!」

 

「いや、まだまだ。朽ちかけなればこそだ。我が身に変えても護らんとする方がおられる。ならば私は躯を推して前に出よう。主の騎士であるために。」

 

「ふん、なれば今一度突破口を我が開く。その間に突破せよ。子鴉を連れてな。」

 

「王様?何言うてるん?私らも戦うよ?」

 

「やかましい。我でこそ戦いの知識は脳に入っておる。しかし貴様はその融合騎と一体となって完全な力を引き出せるのだ。魔力制御もろくに出来んのならば足手纏いよ!」

 

「…我が主を愚弄するのか…!?」

 

普段余り感情を高ぶらせないリインフォースも、さしもの敬愛するはやてを罵られたのであればその怒りは如何ほどか。思わず固めた握り拳が、ぎりっと絞られる。

 

「ちゃうて、リインフォース。王様はな?まだまだ不慣れな私と、調子悪いリインフォースを心配してくれてるんよ。自分がここは引き受けた~、2人は先に行き~、って。」

 

「そ、そうなのですか。…というか主、それは映画などでよくある、所謂死亡フラグでは…?」

 

「最近は逆らしいよ?あからさまにフラグ立てたら、それが生存フラグや言うてな。」

 

「えぇい貴様ら…早いところ用意せよ!こちらはチャージを始める故、その間奴らを足止めせい!」

 

「はいは~い。」

 

やはり緊張感の少ないはやてに翻弄されるディアーチェではあるが、他人とは思えないはやてに何とはなく世話を焼いてしまう。どこかしら、そのマイペースはレヴィと似たり寄ったり…。

 

「世話が焼ける子ほど可愛い言うやろ~?」

 

「くっ!人の内心を読むでないわ!」

 

パラパラとページを送っていた紫天の書。それが特定の頁で止まる。そこに記された術式の文字が光ると、ディアーチェの足元にミッド式、前方に古代ベルカの術式が描かれる。

 

「紫天に吼えよ!我が鼓動!」

 

座標指定の広域殲滅魔法。はやても得意とする殲滅戦。その空間製圧力は他の追従は許さない。

撃ち出される5つの閃光。

 

「出でよ…巨重…!!」

 

目指すは敵の密集する地帯。最も密があり、逆に言えばそこを撃ち抜くことで敵の包囲に大きな穴を開けることも可能だ。ディアーチェにはそれが出来る。彼女が暫くはやての魔法の扱いを見たところ、制御はてんでよろしくない。恐らく座標指定もユニゾン、もしくは誰かのオペレートがなければままならないだろう。逆に言えば、条件さえ整えば、ディアーチェ以上の殲滅力を発揮できるに違いない。

 

「癪だが、子鴉に比べるならば我は出力が不足していよう…!しかし単体での殲滅戦ならば劣ってはおらん!」

 

複雑な軌道を描き、5つの閃光は敵密度の高い場所へと寸分違わず座標固定する。あとは…合図を待つのみだ。

 

「潰れよ!ジャガーノート!!!」

 

刹那

打ち出した閃光は固定座標を中心とし、巨大な紫の魔力の爆発。徐々に膨れあがるそれは、敵を瞬く間に巻き込み、消し炭と化していく。

 

「行け!子鴉!クロハネ!」

 

「了解や!リインフォース!分かってるね?」

 

「はい、仰せのままに我が主。」

 

2人は黒翼―スレイプニール―を羽ばたかせると、飛び立つ。ディアーチェが開けた敵陣の大穴。それを抜け出すために。

しかし

 

「ぬあっ!?何をする!?離せ!離さんか!!」

 

「そんなん言うたかて、王様も魔力が切れかけや。そんな所に1人置いてなんか行かれへんよ。」

 

がっしりと両脇を抱えられ、ディアーチェは強制的に自分の開けた突破口を連行されていく。無論、抱えているのははやてとリインフォースだ。

 

「貴様は自分の心配をしておれ!我はまだ戦えるぞ!」

 

「元々王様、魔力も完全や無かったんやろ?無理したらあかんて。」

 

「…我が主の言うとおりだ。あの数…1人でどうにか出来るものでもない。」

 

「一旦退却や。」

 

2人に説かれながら、納得がいかない表情を浮かべつつも、ディアーチェは暴れることはなく敵の包囲を共に突破する形となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…せ、成功…かしら?」

 

海鳴の海上。

件の敵が大量発生した原因を造ったキリエは、肩で息をしながらその成果を確認する。ざっと探索魔法を掛けてみると、案の定、砕け得ぬ闇―エグザミア―の反応が大量に引っ掛かる。しかし、それは魔力の波という1つの起爆剤を得て、エグザミアの欠片が無理矢理人の形を取ったに過ぎない。奇しくも一年前、フェイトが海中に眠るジュエルシードを発動させたのと同じ策、そして同じ場所であった。

 

「でもま…これで視認できるわけだし…ね。」

 

発動させた自身も、大量に散った欠片、その一つ一つが(かたど)った人の姿。それに包囲されるのも致し方ない。正直今現在、戦う力は先程放出した魔力でほぼ尽き掛けている。しかし彼女の事情など奴らは知ったものではない。

 

「自業自得なんだろうけど…、でも…!」

 

やるべきことが自分にはある。その結果の責めは、それを果たしてからでもいくらでも受けよう。

ヴァリアントザッパーを構え、キリエは敵の一体に斬り掛かっていったのを皮切りに、彼女の孤独な戦いは始まった。

 



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Mission28『失踪』

えー。
結界の解釈って合ってるのかどうかって不安…。
封鎖結界ってこう言うものなのかな。


時は少々遡る。

夕飯を終え、入浴を3人で済ませ、幼い2人は床に就き、そして寝息を立て始めたとき。

アミタは1人、ベランダへと歩みを進めた。カラカラと窓がスライドすると同時に、未だ肌寒い4月下旬の風が肌を刺す。しかしこの刺激すらも、アミタにとっては心地の良いもの。聞けば一部の地域を除いて四季のある世界の国々。しかし、アミタの故郷であるエルトリアにはそのような物があったのは、自分が生みだされる前。…文献や映像記録などでしか知らない情報ではあるものの、死蝕が始まってからはその様な季節の変化というものはなくなったらしい。まぁそもそも、死蝕がなければ自分自身が生みだされることもなかったんだろう。そして…こうやって生活することも、()()()と会うことも。

だからこそ、滅びに向かうエルトリアを何とかしようとする妹を否定はしない。しかし肯定もしない。その過程において時間跳躍し、本来交わることのないものが混じり合うのはあってはならないこと。結果、エルトリアが救われて、この世界に何ら影響がないにしても、だ。

 

「せめて2人には、心配掛けたくはないですけれど…!」

 

それでも彼女を止めなければならない。なぜなら…家族で…たった1人の世話の焼ける妹なのだから。

意を決したアミタは、2人に気付かれないよう、ベランダから跳躍した。フワリと飛び出したその後は、重力に従って急速降下し始める。ばたばたと暴れるシャツが捲れそうになるが気にしない。そして、迫り来るコンクリートの地面。高層マンションから飛び降りて、この勢いのまま着地すれば、その衝撃は人体の耐えうるものを遥かに凌駕する。それだけに、アミタは着地の瞬間、必要最小限、飛行魔法の応用で着地の衝撃を和らげた。…よし、問題なく魔法が使える。キリエに打ち込まれたウイルスによって魔法の運用阻害を受けてはいたが、この二日でどうにか力も戻り始めたようだ。

 

「さて…世話のかかる妹を探しに行きましょうか!キリエ風に言えば、SKIを探しに!」

 

青のスーツを身に纏い、夜の闇に消えていくアミタ。路地裏から覗く一匹の猫だけが、その姿を見送った。

 

 

 

そして…

 

寝静まり、本来物音が立つはずのない如月家のベッドで起き上がる影が1つ。

ゆらりと、何か操り人形か何かのように覚束ない足取りで。その琥珀色の瞳は虚ろ。少し寝癖の付いたウェーブの髪を靡かせ、また1人、この部屋から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り…

 

「緊急事態だ。」

 

険しい顔付きでアースラのブリーフィングルームに立つクロノは、集まった面々を一瞥する。

アースラで待機していた未来組にユーノがその場に集まっており、各家に帰宅している面々は通信が繋がっている。顔ぶれにして、なのは、ハル、そしてフェイトにアルフ。ヒカリはというと、呼びかけてはみたが、応答がないために保留という形となっている。魔法を使い始めて未だ数日、疲れが祟っているのだろうか。

 

「海鳴海上にて異常な魔力波が感知されたのが数分前。その時を同じくして海鳴市上空にエグザミアの反応が感知された。現在、ヴォルケンリッターとはやて、さらに現地で今の所協力関係にある人物達とがあたってくれているわけだが。」

 

『それが…何か問題あるの?』

 

少々言葉を濁すクロノに、フェイトは疑問を投げ掛ける。現地の協力者はまだしも、ヴォルケンリッターの実力はよく知っている彼女において、その疑問はある意味至極当然なものだった。余程のことがない限りは大抵あのメンバーで事足りる。もちろん、それについては、この場の声を聞く全ての人物は万場一致で肯定できるだろう。

 

「単体での相手ならばベルカの騎士たる彼女らが遅れを取ることはない。問題はその数。」

 

クロノが目配せすると、隣でアシストしていたエイミィがコンソールを操作して、アースラから撮影した海鳴市の衛星写真を表示する。

普通なら何の変哲もない、未来組はともかくとして見慣れた市街に誰も不思議に思わないだろう。

しかし誰もがそれを目にした瞬間に息を呑む。

何故なら赤々と、まるでペンキをぶちまけたかのように染まったものだったのだから。

 

『な、なんだいこりゃ!?真っ赤っかじゃないか!?』

 

アルフが驚くのも無理はない。通常空間でこの地図を見ている彼女らにとって、裏側、つまり結界内で有り得ない事態が引き起こっていると言うことを知らしめられているのだから。

 

「く、クロノさん、この赤いのって…」

 

「元々は赤く塗りつぶしているわけではない。一つ一つは元々点で、その反応全てに赤い点を付けたらここまでの反応を示したんだ。…つまり、敵はそこらかしこを埋め尽くして、ヴォルケンリッターの面々はその中で戦い続けている。」

 

皆が唖然とする。いくら一騎当千の騎士でも、これだけの数の暴力には…。

 

「ただ、報告された話しでは、一体一体の力は大したことないらしい。これは構成しているエグザミアの欠片が小さいものだから、と言う憶測が立っている。」

 

「どちらにしても、このまま指をくわえているわけには行かないはずです。出撃許可をお願いします。」

 

「…状況説明が終わった。各々出撃し、ヴォルケンリッターを援護、事態の収束にあたってくれ。」

 

『…提督。』

 

先程まで口をつぐんでいたハルが、重々しく口を開いた。

そしてクロノも、その意図は自分と同じくするものと感じ取り、ブリーフィングルームの隅で見守っていたリンディに視線を向ける。

 

「貴方達二人の言いたいことはわかっています。…デバイスのロック解除を希望している。そうでしょう?」

 

「『…はい。』」

 

わざとらしく、リンディは1つ溜息をつく。全く、無茶をするのみならず、こう言う時の意見まで同じなんて、何処まで似たもの同士なのだろう、と。

 

「わかりました。限定的に一日、2人のデバイスのロックを解除します。ことがことだけに、1人でも優秀な魔導師が必要な状況だもの。」

 

「ありがとうございます、提督!」

 

「ただし!」

 

今までの心配そうな声色から一転。彼女の口調は物々しく、そして厳かなものへと変わった。

 

「その分有休を長く取って貰います。無茶を通す代償だもの。それくらいはして貰っても構いませんね?」

 

『無論です。今ここで何もしないでいるなど、局員としての意義がありません。』

 

「同じく。ここで何もしないで最悪の結果など見たくもありませんので。」

 

「よろしい!他の皆さんにも言えることですが…。」

 

モニターと、ブリーフィングルームに集まった面々を一瞥し、そしてリンディは口を開いた。

 

「無理だけはしないように!互いを気に掛け合って、全員無事で戻ること!これは艦長としての命令で、そして私個人としてのお願いです。」

 

『『『「「「了解!!」」」』』』

 

こうして…圧倒的な数を誇るエグザミアの欠片の軍勢との一大戦争とも取れるべき大規模な戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリが目を覚ましたのは、アースラからの通信が入る少し前だった。両隣に妙な空白感を感じ、もそりと身を起こしてみる。ぼんやりと寝入り掛けた頭を起こして、見回してみた。

誰も、居ない。

 

「ゆーり…あみたさん…?」

 

2人とも揃いも揃ってお花を摘みにでも行っているのか?

フラフラとトイレをノックするも反応がない。

…これはおかしい。

それに何だか少し肌寒い。

少し靡く髪。

ここで…一気に頭が回転を始めた。

戸締まりをして寝ていた。なのに髪が靡くということは風が入ってきている。考えるや否や確認に向かうと、案の定、半開きの窓から入ってくる夜風が、レースのカーテンを靡かせていた。

2人は夜風に当たっているのか?

うん、そうだ!そうであってくれ!

一縷の希望を願いながらベランダへと飛び出した。

しかしそこには…

 

「ユーリ?アミタさん?」

 

誰も居ない。こんな夜中に…誰も居なくなった…。

ふとこみ上げてくる不安と、そして嫌な予感。急ぎ自室へと駆け戻り、ベッドサイドテーブルに鎮座しているヴァルキリーを引っ掴む。

 

「ヴァルキリー!スリープモード解除を!」

 

『了解、おはようございましたサージェント。』

 

「そんなネタはいい!それよりも、アミタさんとユーリは!?」

 

もはや怒鳴り声だ。夜中の日付が変わって間もない時間帯にこんな大声を出そうものなら、御近所からの苦情が来かねないほどに。しかし、このマンションの防音が良い子とがこの時ばかりは幸いした。

 

『映像記録、再生。』

 

ホロウィンドウに映し出された録画記録。

そこには…ベランダから出て行くアミタ。

そして何かに操られたか、もしくは引き寄せられたかのように転移してしまったユーリが映し出されていた。

 

『サージェント。海鳴市に結界を探知。』

 

「結界…?まさか…!」

 

『おそらくはイミテーションかと…。そして、サージェントが予想しているもの。もしかしたら有り得るかも知れません。』

 

最悪かも知れない。

結界の発生。

イミテーションの出現。

アミタとユーリの失踪。

そして…ここ数日、ユーリが浮かべる上の空の症状。

何かが、何かが動き始めている。根拠と言ったものはないが、それでも確信めいた物は感じている。ヒカリはゆっくりと…ベランダへと足を運んだ。

 

「ヴァルキリー…セットアップ!」

 

『了解。アーマー展開。』

 

答えはきっと結界の中にある。そしてユーリも…もしかしたらアミタも。

目指す場所は決まった。ならば行くのみ。

ヴァルキリーのバーニアを噴かし、少女は飛び立つ。

 

「ヴァルキリー、結界の突破はできる?」

 

『肯定、破壊は現時点での火力では困難ではあるが部分的に一時破損をさせ、その間に侵入が可能な策と考えられます。』

 

「充分だ!」

 

だとすれば、M16シルバリオでは火力不足だろう。それなら新たな武装を使えばいけるかも知れない。シンプルだが、ヒカリ単体で行う分にはこれ以上の物はない。

結界の隔絶範囲外へと突破して、反転。位置的に海鳴市半分近くを囲う山岳地帯へと差し掛かろうと言うところだ。そのドーム状の結界は、途轍もなく大きく、街の9割近くを覆っているのだろうという目測が容易に立てられるほどだった。

 

「ヴァルキリー!MPS AA-12『ヴォルケーノ』!」

 

『了解、顕現します。』

 

ヒカリの右手に粒子が集まり、深い緑の短身の銃が現れる。短身、とは言っても、シルバリオに比べてこのヴォルケーノと呼ばれた銃は少し短い程度であり、少々ゴテゴテした前者に比べれば見た目はシンプルだ。これだけ見れば、取り回しのしやすいだけの物かと思うだろうが、この銃は装填されている弾からして違った。

巧みにバーニアを噴かし、結界の境界へと接敵すると、銃口をそれに押し当てる。数日間でヴァルキリーの操作技術は格段に向上したのか、ある程度の細かな飛行もできるようになってきたのは、ヒカリにとっても喜ばしいことに違いはなかったが、今は目の前の結界に集中している。

 

「…ファイア!!」

 

トリガーを引き込んだ。

シルバリオの発射時とは比べものにならないほどの発射音。隠密性とか、近所迷惑だとか、そう言った物を一切合切切り捨てたかのような、壮大且つ豪快な音。かなり上空での発射なので、深い眠りに就いている一般市民の方々の安眠を妨げては居ないはずだ。

それはともかくとして、このヴォルケーノに装填されている弾。それは12ケージ。シンプルに分類するならショットガンシェル。つまり、散弾を撃ち放つ銃なのである。これも製作者が魔法戦用に改良してあるため、本来966mmの長さである物が、ヴァルキリー装着時の使用を想定しているために、1400mm近い長さにまでなっている。

そして散弾という特性故に、至近距離で受けるその威力は、シルバリオとは比べものにならない。

その威力は功を奏し、見事なまでに結界の一部分に、ヴァルキリーが突破できるほどの穴が空いた。

 

「よし、突破するよ!」

 

『了解、索敵モード起動。警戒態勢を、サージェント。』

 

その言葉は彼女の耳に届いたのかは分からない。しかし、地獄と化しつつある結界の中に足を踏み入れた。彼女にとってそれは、一つの終わりであり、始まりの切っ掛けに過ぎない…。




ふっ……(文字数見たら)ちょっと…短かったかな…?(モミアゲを弄りつつ)


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Mission29『堕ちる時、そして突入』

どんどん物語を進めていきます。今年の抱負、何とか達成できる…かな。


ユーリの意識は、微睡みの中に沈もうとしていた。

どこか頭が、まるで雲が掛かったかのようにぼやけハッキリせず、項垂れてしまう。

 

眠たくなる。

 

確かにさっき一緒に住む2人と共に寝床に就いたのも覚えていた。

夢かとも思えば、朧気ながらベッドから抜け出したのも記憶にはある。

何を思い、ベッドから出たのか?

トイレ…ではない。

喉が渇いたわけでもない。

 

「…なんで…でしたっけ…。」

 

『もうすぐ完成するから。』

 

耳に入ったのは、少女の声。その声はとてもよく知っている。

重い瞼を持ち上げ、顔を上げて声の主を探した。

 

「君は…私?」

 

『そう。君は私、そして私は君。』

 

目の前に居たのは自分と同じ、ウェーブの掛かった長い髪と、幼い身体。そして袴を履いた自分そっくりの姿。

しかし決定的に違うところ。それは…眼の虹彩か緑。服は赤を基調とした、まるで業火のように燃える色。そして…頬や、大気に晒す腹部に走る、禍々しささえ覚える刺青にも似た紋章だ。

 

『完成すれば、もうもどかしい自分はサヨナラだ。エグザミアからもたらされる圧倒的なまでの魔力を振るうことが出来る。』

 

「圧倒的な…魔力…。」

 

『だから、眠れば良い…。後は私がやる…。

 

エグザミアに組まれたプログラム…その思いのままに…。』

 

それは、微睡みを深い眠りへと誘う甘い言葉だった。そしてユーリは頬に手を添えられ、程良いくすぐったさと、その甘言、もう一人の自分の言葉に身を委ね、そして…意識が遠のくにつれて、周囲が彼女を現すかのように赤く…赤く染まり行く。

 

『そう…全ての破壊を。』

 

視界が完全に閉じる前、赤いユーリはこう言ったのを皮切りに、意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

結界内部に突入したアースラチーム。

転移の閃光から明けたその光景に、殆どのメンバーが呆気取られる。先程見たマップはあくまで見下ろした上での物。言わば2Dだった。

しかし、実際目にしてみれば、全周囲に紫の人型が軒を連ねたかのように浮遊している。その数は、空が覆われているのかと思うほどに。

 

「な、なんなのこれ…。」

 

「まさか…ここまでとは思いませんでした。」

 

古代ベルカの王の血を引く二人も、この圧倒的なまでの数には驚愕を隠し得ない。未だ仕掛けては来ないが、それでもこの数に一気に攻められればひとたまりもない。

 

「流石の僕もこれだけの数は予想以上だが…。」

 

現場指揮としてクロノが、ロックの解除されたS2Uを携えて、空を見やる。その内心は驚きがあるものの、それを押さえ込み、面には出さないように努めて敵を睨む。

 

「一体一体は驚異ではない。各々索敵範囲を広げつつ互いの距離を保ち、現地に取り残された仲間を発見、救出して欲しい。」

 

大出力砲撃(スターライトブレイカー)、で一気に殲滅は…得策じゃないよね?」

 

「…それは流石に…というか、スターライトブレイカーに付いてる特性知ってる?」

 

「えっと…結界破壊…だっけ?」

 

そう、ユーノの指摘する部分。それは『貫通』ではなく『()()』。PT事件の後、自己鍛錬を続けていたなのはだったが、その過程にて、スターライトブレイカーのチャージ時間を延ばす代わりに、破壊力を向上させた結果に偶然付与されたもの、それが結界破壊だ。貫通を通り越して破壊に行き着く彼女の末恐ろしさに、事情を余り知らない未来組は戦慄する。

 

(…なのはママって…小さい頃は脳筋だったのかな?それとも私の知らない時系列?)

 

特になのはを知る未来の愛娘たるヴィヴィオも、さすがにスターライトブレイカーの詳しい部分は知らない。しかし、過去にブラスタービットを加えたソレを受けた経験があるだけにその威力と恐ろしさは身を以て知っている。それだけに、本来の自分と変わらない年齢から、こんなあり得ない威力の砲撃や、それに付与する特性に改めて震撼せざるを得ない。

 

「結界破壊したら、中にいる奴ら全員が現実世界に溢れかえる。そうなったら海鳴市は混乱につつまれてしまうし、そのまま魔法技術の露呈になるかも知れない。それだけは駄目なんだ。」

 

「だ、だよね。じょ、冗談だよユーノ君。というか皆そんな目で見ないでよぉ!特にヴィヴィオ!まるで鬼か悪魔を見るような目で見ないでぇ!なんか知らないけど、すごく突き刺さるんだけど!?」

 

今に始まったことでは無い物の、改めてなのはの砲撃癖が白日の下にさらされたことで、周囲からの視線が突き刺さってくる。

 

「よし、肩の力を抜いたところでそろそろ始めよう。」

 

「く、クロノ君!?もうちょっとフォローとかあっても良いんじゃ…!?」

 

「君のバカ魔力には期待しているよ。」

 

「さわやかに言っても全然嬉しくないんだけど!?」

 

「各員、散開して殲滅開始!」

 

『了解っ!!』

 

「スルーされたっ!?」

 

クロノを先陣に各員が飛び出す中、なのはは一人遅れて飛び出す。色々スルーしてきた皆には言いたいことはあるが、それは全てが終わったときに『お話』するとしよう。

 

「アクセル…!」

 

『シューター!!』

 

展開された10発以上のスフィア。それを驚異的な集中力を用い、群がる敵を討ち貫く。桃色の軌跡を残し、それぞれ一体貫いては、次の敵へと殺到する。一発で倒せるのなら、何とかなるかも知れない。だがそう楽観視できないのはその数だろう。

やはり目を開けば、視界を遮らんばかりに敵影が埋め尽くす。それだけに…

 

(…無双って言うのも、正直ゲームの中でのシステムなんだよね。)

 

画面を埋め尽くさんばかりの敵を、武器や拳一つで爽快に薙ぎ払うゲームと現実とはかけ離れていた。

ショートバスターで、ディバインシューターで、あまねく敵を討ち貫きながらも、やられたらそれまで。

 

『マスター!後方!』

 

「はっ!?」

 

シューターの弾幕を抜けたのか、自分が見落としていたのか。長剣を振りかぶった敵が背後に肉薄していた。バリアジャケットがあれど、直撃すればただでは済まない。咄嗟に目を瞑り、来たるべき衝撃に、間に合えとばかりにシールドの展開を始める。

 

「アクセル…スマァッシュ!!!」

 

しかし、その衝撃は、虹色の軌跡と共に免れるに至った。髪を撫でる疾風のような衝撃と共に、白と黒のジャケットを羽織った少女が、なのはを護るように立ち塞がる。

 

「だ、大丈夫!?なのはマ…なのはさん!」

 

「あ、ありがとうヴィヴィオ!助かったよ!」

 

「よかった…なのはさんに何かあったら…大変ですから。」

 

未だ迫り来る敵を、ヴィヴィオは高速弾頭を撃ちだし撃墜していく。鋭くホーミングするそれは、緩慢な動きである敵を容易に捉えることが出来た。

 

「凄いね、格闘戦もだけど、何より変身魔法を組み上げられるのもだし、本当は私達と変わらない歳だって言うのが信じられない。」

 

「…護りたい人が居るんです。そのためなら、何処まででも強くなって見せます。」

 

「…あはは、本当に年が近いのかわかんないや。」

 

(護りたい人…それはなのはママ。貴女のことなんだよ?)

 

声に出すこともなく、ただ自分の思いを打ち明ける。苦笑するなのはは、自分の知る大人びた母である彼女とは違い、年相応に笑う、もしかしたら同じクラスにいるんじゃないかと言うほどの少女だった。

それだけに、未来の自分の、輝ける母へと成長するなのはを護らなければならない。変な物かも知れないが、この場を切り抜けて、一度は堕ちるが再び舞い上がり、教導隊として活躍し、機動六課へと出向して、そして…過去の自分と出会い、戦って、そして養子として親子となるハズの未来。

 

(今の私があるのは…皆が…レオン君が…フェイトママが、そして何よりもなのはママが居てくれるからなんだ。)

 

だから、だからこそ護りたい。自分を優しく見守ってくれる母を。

だからこの拳に乗せる。自分の全てを…。

 

「行きますよなのはさん!絶対切り抜けましょう!」

 

「うんっ!」

 

「「全力、全開ッ!!ディバイン…バスターっ!!!」」

 

桜と、虹の閃光が夜空を切り裂く。本来、背を合わせるはずのない歳の親子が、敵を蹂躙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

全く、空中という物は慣れないな。

と、ハルは宙に展開したベルカの魔法陣の上で独りごちる。元々空戦適性のない彼女に空中戦はほぼ経験することがない。しかし敵の大半が空中に展開している以上、思考を凝らして魔法陣を足場にすることによって浮くことが出来る。

 

『チーフ、心拍数と血圧の上昇が見られますが?』

 

「も、問題ない。な、慣れないことをしてるから、それでだろう。」

 

『…もしや高所恐怖症ですか?』

 

「そ、そんなわけあるか!バカなことを言ってないで、早いところ殲滅開始するぞ!」

 

左手に展開されたガルム。フォームチェンジし、獣の顎と呼ばれるに相応しい、二対上下の牙が姿を現す。本来、敵の障壁を打ち砕くことを目的とした形態ではある。

 

「今の私が何処までやれるかは解らん。しかし、やれることはやろう…ガルム!」

 

『ブレードビット、展開。』

 

牙の一つが、根元より分離する。反り返らんばかりに爪は伸び、白銀に輝く内部フレームの機部。そこから半透明の刃が展開される。

 

「よし…展開は問題ない。残りも射出しろ。」

 

ハルの左手に残ったのは腕甲のみ。しかし周囲には白銀の刃を展開した遠隔操作兵器が浮遊している。

息を整える。テストしたとき以来余り得意で無いなのもあり使うことがなく、例えるなら埃を被っていた状態だ。元々試作の技術が使われていることもあり、扱いづらい物もあったのだが、ハルはそのまま使用することもなく今日まで過ごしてきた。

一対一ならば問題ないだろう。しかしこの状況、1対多数という状況において、これを使わざるを得ない。

 

「操作はガルム、お前に任せる。」

 

『OK。索敵力の低下が弊害として現れます。警戒を。』

 

「解っているさ。行くぞ。」

 

手甲より、白銀の魔力によるブレードを展開。魔法陣を蹴って、手近な敵を刺突する。飛び出したのを口火に、ブレードビットも周辺の敵を蹂躙に入る。ガルムの処理能力はそれ程高くはないため、なのはのアクセルシューターのように精密な動きは出来ない。しかし相手が烏合の衆ならば話は別だ。狙いを定めて突撃、ただそれだけだ。

 

「やはり、お前に任せた方が上手く出来るな。」

 

『しかし繊細な動きは不可能です。』

 

「こう言った場面ならば問題ないだろう?敵の動きがわかりやすいからな。」

 

『グゥレイトォ!数だけは多いぜっ!って奴です。』

 

「何処でその様な台詞を…!?」

 

炒飯よろしく砲撃ではないにしろ、ビットと共に切り裂き魔の如く敵陣に文字通り切り込みを入れていく。まずは騎士達やはやてと合流しなければならない。そのためには自分が切り込み隊長として前に出る。そうすれば他の面々も戦いやすくなるだろう。

こと近接戦に置いては、シグナムほどではないにせよ、近代ベルカを選ぶ上では避けて通れない、必須とも言えるスキル。左手のブレードと、周囲を飛び交うビットによる殲滅力。そして敵陣中央に向かい、斬り込む。

 

『エルトリア准尉!前に出すぎだ!』

 

流石に現場指揮を任されるだけあって、すかさず通信を入れてくる。

 

「問題ない。このまま殲滅前進する。それに、このまま攻め倦ねていては、八神の面々が間に合わなくなる可能性もある。」

 

『しかしここで戦線を崩して僕たちまでやられては元も子もないんだ!』

 

クロノの言うことも最もだ。しかし、時間との勝負、と言う物もある。いくら騎士達の力が秀でていようと、限界というものもいずれ来る。そうなってからでは遅い。

 

「…突撃戦法なら慣れている。まぁ出来るだけ引き付けてやるさ。そちらが戦線を進めるためにな。以上!」

 

『お、おぃ…』

 

プツンと言う音と、もの言いたげなクロノの残響を残し、通信をシャットアウトする。

 

『…いつものパターンですね。』

 

「問題ない。良くて折檻、下手をすれば降格だろうな。」

 

『…肯定。』

 

「…それなら同じ処罰を受ける以上、出来る限り敵を殲滅するとしようか。」

 

『OK。……観測可能距離に味方の識別反応感知。』

 

「…どうやら、突っ込んできた甲斐があったな。」

 

敵の密度が濃いために索敵が掛けられなかったために、手探りでヴォルケンリッターを探していた。索敵範囲を狭めて、その密度を高めることで、敵陣のど真ん中でも味方の識別を可能とするようにしておいたわけだが…

 

「数は?」

 

『それが…1つだけなのです。可能な限りの拡大映像、出力します。』

 

ホロウインドウに映し出されたのは、白銀の軌跡を残し、敵を薙ぎ払う者。これ以上の拡大は不可能ではあるが、撃ち出される白銀で直射状の魔力弾。それに同色の魔力光。

 

「あれは…如月か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界内部に突入し、程なくして、周囲に立ち塞がる敵の数に唖然とした。見渡す限りの敵、敵、敵、敵の反応。レーダーを表示したとて、周辺は敵対勢力を示す赤一色だ。

しかし、迷うことはない。右手にヴォルケーノ、左手シルバリオ。今あるだけの武器2丁だ。これだけの敵の数に遠慮は要らない。ユーリが、もしかしたらアミタが、この中に居るかも知れない。危険に曝されているかも知れない。それが彼女の原動力だ。

 

「ヴァルキリー。索敵お願い。ユーリとアミタさんを探して。」

 

『ラージャ。』

 

「本当は殲滅させなきゃならないけど…、でも二人が怪我してからじゃ遅い。だから、先ずは突破だ。」

 

こう言う突撃を目的とした時に、ヴァルキリーの装甲と速度が頼れる。正面に立つ敵ならば撃ち払えば問題ない。

一点突破において、ヴァルキリー程の適任は居ないかも知れない。

 

「でも出来るだけ被弾しないようにしないとね。飛行と防御の両方に魔力を使ってたらすぐ無くなるし。」

 

『周辺100メートルを半径とし、高密度の索敵開始。サージェント。』

 

「了解っ!」

 

ヴァルキリーの準備も整ったところで、背部のブースターを稼働させ、直進する。無論、正面一帯には敵が雁首揃えているわけだが…

 

「ファイヤ!」

 

ドウン!と言う、重い発射音と共に、ヴォルケーノから散弾型の魔力弾が飛び散る。集束率はそこまで高くないものの、距離さえ間違わなければこう言ったハリボテにも似た敵を殲滅するにはかなり適任だ。文字通り、目の前に立ち塞がる敵を三体を一撃で蜂の巣へと変える。射程こそそこまで長くはなく、遠距離戦には不向きではある。しかし中~近距離の間でならば、離れれば弾幕を、近付けば散らばる弾丸全てを叩き込む必殺の一撃ともなり得る。

正面の敵が消滅したのを確認するが、敵密度の高い場合の恐ろしさは死角。それは勿論自分の背後もだが、敵の影と言う物も死角にあたる。それだけに、敵を倒したからと言って、うかうかはしていられない。

鉄槌を構えた敵が、蜂の巣になった奴の影から飛び出す。その速度こそ緩慢であるものの、こちらは正面突破を目的としているために、相対的に近付く速度も速くなるもの。

振りかぶった鉄槌が振り下ろされる。

瞬間的にヒカリは選択した。防ぐか、それとも噴かせての急速軌道変更からの回避か。

 

どちらでもない。

 

ほんの少し、それこそ右へ半身ほど軌道をずらすと、振り下ろされる鉄槌の横っ腹、そこにシルバリオの銃身で薙ぎ払って受け流す。不意を突かれ、予想だにしなかった力の掛かりに、敵は体勢を崩した。

すかさず重厚な脚部からの蹴りに続いて、シルバリオのバレットを数発撃ち込んで沈黙させる。

 

「…ちょっと…危なかった。」

 

『悪くない動きです。しかし努々油断ないように。あらゆる可能性を想定し、それに対する対応策を考えておいて下さい。』

 

「ん、そうする。」

 

ヴァルキリーに悪くない、といわれ、戦闘中ながら若干頬を綻ばせてしまう。しかし、すぐに元に戻り、目を動かして視界内の敵、その動きを出来るだけ捉えようと努める。

 

「以前戦ったザフィーラさんの模造品(イミテーション)に比べると脆いね。」

 

『力その物の差が歴然としてます。その分構築魔力も少ないものかと。』

 

「…余り頑丈じゃなくて、シンプルな模造で、紫一色かぁ…。」

 

ちょっとだけ、物思いに耽ってしまう。

 

『サージェント?』

 

「あ、うぅん。昔やったことある大乱闘ゲームで、そんな敵が居たなぁって…。」

 

あれは、百人の組み手で、パンチ一発で吹き飛ぶような相手。自分キャラとあわせて四体なので、そこまで囲まれる危険性はなかった。が、現状はそうはいってられない。百人が一斉にどころか、それを優に超える数が視界に捉えられている。

 

『しかしサージェント、これは…』

 

「うん、わかってる。これはゲームじゃない。だから急ぐ必要があるのも。…でもユーリはともかく、アミタさんまで居なくなるのは変だと思う。」

 

『同意。妹を探している、と言うには、こんな夜更けに出歩くのも可笑しな話しです。』

 

「……でもなんか引っ掛かる。…何かが…。」

 

丁度結界の中心部にあたる場所。先日、3人でやってきたショッピングモール。高々とそびえるそれの上空でホバリングをしながら、索敵をレーダーだけではなく、有視界での捜索。バイザーを一旦額にスライドさせ、自らの視力も駆使。

そこでようやく…普通ではない物が見えた。

流石にヒカリも、浮かぶその『異型』ともとれる物体は、現地点から目視距離で数キロ離れて遠くから見ても呆気取られるほどだ。

 

「ヴァルキリー、見える?」

 

『肯定。サーチをかけますか?』

 

「ん…それは近付きながらにしよう。戦闘は…何とかしてみる。」

 

『ラージャ。解析に映ります。索敵機能が一時ダウンします。サージェント、御武運を。』

 

その言葉を皮切りに、ヴァルキリーの反応が希薄になる。機能のリソースの大半をそちらに回したのだろう、会話も最低限にするようだ。

 

「よし…!ボクも進もう…!もしかしたら…この異常な現象について何か分かるかも。」

 

再度ブースターを噴かして向かう。

その先にあるもの。

それは水平線がある海。

普通ならそれで何も思わない物だが、その上空に浮かぶ物。それが明らかに現実離れしていた。

 

紫の球体。

 

黒や赤とも混ざり合うかのように、淀み、そして蠢く。それが与える周囲への影響なのかは解らない。だが眼前に、その球体の真下の水面が抉れ、海底が露わとなっているともなれば、その異常性は嫌でも感じられる。

 

直感で感じた。

 

あそこに元凶がいる、その確信めいたもの。

そして…ユーリがいる、と。

 



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Mission30『交わる者達、そして…』

祝!メインストーリー30話!
遅いのか早いのか解らない…

紫天の書についての解釈が難しい。
独自解釈に近いかな…。


いくら斬っただろう。

どれだけ撃ち抜いただろう。

自身の力は枯渇寸前ながら、気力のみでの戦いで息も絶え絶え、少々視界もぼやけ始める。

しかし目の前には未だ耐えることのない敵の集団。

 

「ち、ちょっち、甘く見すぎたかな…?」

 

キリエは自分の認識の甘さに嫌気がさす。昔からこうだ。何かしら詰めが甘いことが多くて、その度にアミタ達がフォローしてくれることが多々あった。それだけに成長と共に、後詰めを怠らないように気を付けては居たのだが、目の前の現実はそれを否定する。よもやここまで数が多くなろうなどと予想できなかった。

 

「ホント…嫌になるわね。」

 

こうなっては自嘲すら出来てしまう。未だ襲い来る敵を切り捨て、目の前の小さな欠片を手中に収める。

でもここで止めるわけにはいかない。

自分で蒔いた種だからこそ、最後までケジメを付けないといけない。

 

「キリエーッ!!」

 

「…あら?おかしいわ。こんな時にお姉ちゃんの幻聴が聞こえるなんて…、ふふ…、お迎えが近いのかしら?」

 

「人を、サンズ・リバーの向こうで呼んでるみたいに言わないで下さい!!…全く、こんなにボロボロになって!」

 

目の前には自分に背を向け、敵から仁王立ちして立ち塞がる姉。その背からは『私、怒ってます』と言うのがひしひしと伝わってくる。

 

「な、何しに来たのよ…」

 

「勿論、妹を助けに、ですよ。」

 

迷うことなく言い切った。2丁の青いヴァリアントザッパーで弾幕を張り、巧みに迫り来る敵を撃ち抜いていく。

 

「だ、誰も頼んでない!」

 

「頼まれなくても、妹が困っているだけで、お姉ちゃんが助けるのに理由は要りませんよ。」

 

「バカアミタ!お節介よ!大きなお世話!」

 

「はい、お節介と言われようと、大きなお世話だろうと、鬱陶しいと言われようと助けます。それが…

 

 

 

家族なんです。」

 

振り返った姉の顔は、自分がよく知る、幼い頃からとても頼もしく。そして優しい姉の笑顔。

 

「博士に生み出して貰って、家族として育って。私は及ばずながらも貴女の姉として接してきました。頼りないかも知れません。でも私はお姉ちゃんです。どう思われていようと、妹が困っていれば助けます!」

 

構えたザッパーの先端にエネルギーが集束し始める。ウイルスで空っぽになったエネルギーも、二日も経てば大分戻ってきた。栄養のある食事を食べさせ、寝床を与えてくれたあの少女のお陰もある。だから、この事態を収束して街の危険を排除する。それこそが恩返しになるはずだ。

エネルギーチャージもはち切れんばかりに膨れ上がり、文字通り絶好調!

 

「新技!行きますよ!」

 

放たれた一対の砲撃。見たところ何ら変哲のない直射砲だ。

しかしそれは、木の幹のように枝分かれし、幾つも分離していく。

 

「マルチショット…レイド!!」

 

幾度となく分かれた砲撃は、目の前に群がる敵を何十体と撃ち貫いていく。まるで流星の如く、夜空と敵を引き裂き、数多の欠片と化していく。

ギラギラと血走る眼光はまるで…

 

「お姉ちゃんパワー!全開です!!さぁ!魑魅魍魎ののっぺらぼう!このエルトリアのGEARS、アミティエ・フローリアンが、相手になって見せます!暴れるどころか暴れまくりますよ!!」

 

今朝見た戦隊もののヒーローのそれであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く…切りが無いな。」

 

「ボクは、まだまだ行けるよ!目指せ千人斬り!三国一の強者!さぁ!次から次へと、かかってこぉい!」

 

「強がりなのか何なのか解らんが…この状況でそれだけの強気は、頼もしいとさえ思えるぞ。」

 

もはや斬り伏せた敵の数すら数えるのも面倒だ。カートリッジも残りわずか。レヴィのバルニフィカスもカートリッジ使用を控えているようにも感じる。

 

(攻撃こそ直線的だ…、しかし被弾すれば致命的なソニックフォームに似たコンセプトの…スプライト、だったか。一撃も当てられずにあそこまで戦えるとは…、戦闘能力はテスタロッサにも劣らんな。)

 

戦い方こそ近接戦に重視したものだが、速さに物を言わせた切り抜けは舌を巻く。

水色の魔力を噴かせ、一体、また一体と、大剣へと変えたバルニフィカスで斬り捨てていく。

 

「強靭!無敵!ボク最強!」

 

「お、おい、余り突出は…」

 

「シグナム!」

 

どんどん前に出るレヴィを引き留めようとする矢先、よく知る声で待ったが掛かった。周囲を取り巻く敵を金と茜の槍が貫き霧散させる。

 

「テスタロッサか?」

 

「はい!」

 

白のマントをはためかせ、シグナムの傍らへと飛行する、自身の友人にして好敵手(ライバル)であるフェイト。

 

「待ち兼ねたぞ。…流石に私もうんざりしていたところだ。」

 

「珍しいねぇ、アンタがそんな風に言うなんてさ。」

 

「私とて並の感性は持ち合わせている。目の前の状況にはウンザリもするさ。」

 

烈火の将として気弱な台詞は吐けないのが事実だが、ここまでの数を目の前にしてはそうなるのも無理はない。フェイトに随伴したアルフも、流石のこの状況には同意せざるを得ず、苦笑しか飛び出ない。

 

「それで、さっきの子は?」

 

「あぁ…確かレヴィとか言う、成り行きで協力することになった奴だ。彼女ら…3人居るわけだが、エグザミアを手に入れんとしているらしい。が、どうにも猪突猛進でな。先程一人で斬り込んでいった。」

 

「…この状況でそんなことが出来るのかい?ハルって奴もそうだけど、あの子は…まぁ引き付けるって考えあって突っ込んでいったみたいだし。」

 

「…そうだな。レヴィにはそんな考え無しで単に敵が居るからってだけなのだろう。」

 

「私、追ってみる。アルフ、シグナムのことお願い。」

 

「任されたよ!」

 

恐らくレヴィが開けたであろう敵の穴が塞がらない内に、フェイトは飛んだ。

周囲に敵はいる物の、多少距離もあるのでフェイトの飛行速度を持ってすれば振り切ることは容易い。敵のトンネルとも言うべき道を通っていけば、水色の魔力と同色の髪を靡かせ敵を切り刻む彼女の姿は容易に見付けられた。その表情は苦悶よりもむしろ愉しんで居るように見える。

 

「吹っ飛べぇ!!」

 

バルディッシュのザンバーフォームに似た形態で、群がる敵を斬る。そして時々その剣の横っ腹をバットに見立て、フルスイング。快音が響くかのような幻聴が聞こえそうなほどに見事な当たりで、吹き飛んだ相手は見事な軌道を描き、道中の仲間を巻き込んでビルに突っ込む。

 

「ザンバーにもあぁ言う使い方もあるんだね。斬る以外にも吹っ飛ばすって言う。」

 

『魔力刃の無駄遣いにも見えます。余りお勧めできません。』

 

「…それもそうだね。」

 

だったらバルディッシュの柄で殴打すれば良いはずだ。合理的な判断をする相棒に、フェイトは考えを改める。しかし彼女もバルディッシュも知らない…。10年後にあんな使い方をされようものなどと…。

 

「よっし!二人巻き込んでスリーラン!!虎の四番はこのボクだ!」

 

『サー、トラというのは?』

 

「ん~、多分だけど、日本のプロ野球チームの一つのことだと思うよ。最近リーグが開幕して、私もちょっと興味沸いてきてるけど。」

 

なぜレヴィが日本の野球に対しての知識があるのかはさておき、フェイトはどこまでも冷静だった。しかも目の前を派手に大立ち回りする光景に、敵は引き付けられてどんどん集まってきている。

 

「…と、あの子を追い掛けてきたんだった。バルディッシュ!」

 

『イエス、サー。』

 

バルディッシュをゆらりと振りかざすと、周囲に帯電したスフィアを展開。その周りを術式を刻んだリングが渦巻く。

 

「プラズマランサー!!」

 

『ファイア。』

 

その声を引き金に、レヴィを取り巻く敵に吸い込まれていき、そして貫く。それぞれ相手が霧散したのを確認し、再度敵をロック。

 

「ターン!!」

 

再び放たれたのは、プラズマランサーの軌道変更のトリガーヴォイス。一旦、ランサーが停止し、その矛先を新たな敵に向け、再びその鋭利な魔力の弾丸で貫いていく。

 

「おぉっ!?いきなりビックリするじゃんか!」

 

「えっ!?あ、ご、ごめんね?」

 

振り返ったのは自身にそっくりの少女、レヴィ。バリアジャケットから髪型、さらにはデバイスまで瓜二つである。違うのは色と、目つきが若干勝ち気そうなところ位だ。

 

「ふんふん。」

 

「な、何かな?」

 

フェイトの周りを、まるで品定めするかのように嗅ぎ回るレヴィ。スプライトフォームの速さも相まって、正直不気味である。だって残像が…。

 

「うんうん、やっぱりボクのオリジナルだけあって、なかなか強そう。まぁボク程じゃないけど!」

 

「そ、そうかな?…ってオリジナルって、その姿からやっぱり…。」

 

「お?なんだか…美味しそうな匂いがする!」

 

聞いちゃ居ない。鼻をスンスン鳴らして、まるでアルフみたいに臭いを嗅ぎ回る。

 

「あ、…そういえば…。」

 

バルディッシュの格納領域に入っていたものを思い出す。量子化して収納されていたもの。それを見て、レヴィは目を輝かせてそれを見つめる。

 

「な、何それ!?そのまん丸なの、何なの!?」

 

細い棒の先に、平べったい水色の渦巻き。ほのかに香る甘酸っぱい香りが、レヴィの興味を更に誘う。

 

「えっと…アメ…なんだけど、食べる?」

 

「アメ…?た、食べる!」

 

「じゃあ…はい。」

 

アメを受け取るや否や、

 

ガリッ!

 

「か、噛んだ…!?」

 

ボリボリと物凄い音を立てて咀嚼する。普通は舐めるものなのだが、レヴィは喜んでいるのか、次々に噛み砕いていく。

 

「むむっ!悪くない…決して悪くないぞ!?」

 

口に広がるソーダの甘酸っぱく、そしてほのかな炭酸の風味がツボにはまったのか一心不乱にアメを小さくしていく。

アメを貰って屈託なく喜んでいる彼女は、フェイトにとって愛らしさを感じられる物だった。

 

「…ふふっ、何だかアリシア…お姉ちゃんに似ている。」

 

「むぉ?あひひはっへ、はへは?」

 

口いっぱいにアメの欠片を頬張るレヴィはまともに言葉を発せられない。リスか何かのように頬を膨らませている。

 

「アリシアっていうのは…私のお姉ちゃん。」

 

「んぐっ!…ん~?オリジナルのお姉ちゃん?」

 

「オリジナル、じゃないよ。私はフェイトって言う名前があるんだ。レヴィって呼んだら良いかな?」

 

「いいぞ!じゃあボクもへいとって呼んでやってもいいからな!」

 

「へいとって……私はフェイトだよ?」

 

「ん~?へいと?」

 

「フェイト!フ ェ イ ト!」

 

「へ い と?」

 

「…もう、へいとでもオリジナルでも良いよ…。」

 

舌っ足らずなのか、自分の名前を上手く呼んでくれないレヴィに、少なからずのショックを受ける。そんなフェイトを見て彼女は、不思議そうに首をかしげるだけだった。

 

「うん、中々美味しかったぞ!」

 

「じゃあレヴィ、少し話を聞きたいんだけど…砕け得ぬ闇…について何か知ってることある?」

 

「ん?砕け得ぬ闇?そんなこと聞いてどうすんの?」

 

「今、辺りに居るこの沢山の敵…、その原因かも知れないんだ。もし、情報があるのなら、解決の糸口になるかも知れないんだ。」

 

「ん~ボクの知ってることなら構わないぞ?…そもそも砕け得ぬ闇って言うのは、それ単体のことを指すんじゃないんだよね。」

 

「複数を指すってこと、なの?」

 

「そうでもない。ボクは力の、シュテルんは理の、王様は王の構築体(マテリアル)。それに紫天の盟主。四人合わさって紫天の書であり、自律稼働プログラム。ぶっちゃけた話し、紫天の盟主が小鴉ちん、クロハネが王様、ボクとシュテルんが騎士みたいなものなのかな。」

 

「紫天の盟主って…?」

 

「それはボクも誰かは解らない。…ん~、解らないって言うのか、思い出そうとしても、もやもやして…変な感じなんだ。でもボクらは長年、会おうとして探していた、そんな感じがする。」

 

ここに来て現れた、新たなキーワード『紫天の盟主』。ただ、レヴィ達3人も砕け得ぬ闇を求めていたにも関わらず、今のこの周囲の状況には把握できていないようだ。

 

「…レヴィ達が紫天の盟主と呼んでいる人…砕け得ぬ闇……それにこのエグザミアの欠片とユーリ…、まさか…とは思うけど…。」

 

フェイトの脳裏にある一つの推測。そして予感。

外れているのならそれで良い。しかし、繫がりつつある欠片(ピース)が、それを否定しようとしている。

遥か遠方、海上に浮かぶ球体。それが何なのか。その答えが…見えてしまった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

破壊の始まりは、刻一刻とその鼓動を刻み始める。

 

それは皮肉にも、彼女等の戦いによる物であると、

 

今はまだ誰も気付かない。

 




オリジナルの魔法?説明

『マルチショットレイド』
アミタが編み出した、バルカンレイドやファイネストカノンのように、弾幕、威力に重きを置いたものではなく、一斉掃討を目的とした射撃。射出時は一本のレーザーだが、ロックした敵数に応じて枝分かれして、複数の敵を撃ち抜く。


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Mission31『突貫』

アースラのオペレーターとして現在の状況、データ解析を行うエイミィ、アレックス、ランディは、結界内部で奮起奮戦する精鋭達の実力に舌を巻く。それは艦長席で総合指揮を執るリンディも例外ではなく、前面のモニターに表示される海鳴市の上空マップに記された赤い反応も、最初に比べてではあるがかなり減少していた。

 

「フェイトちゃんとアルフ、シグナムとその協力者との合流を確認。」

 

「なのはちゃんとユーノ君、それにヴィヴィオさんも、…この反応はヴィータちゃん達でしょうか?近付きつつあります。二人にシャマルさんとザフィーラさんも合流。」

 

「ハラオウン執務官とレオン君、エルトリア准尉の後を追っています。」

 

「移動中のはやてちゃんとリインフォース、その協力者は、間もなくアインハルトさん、それにトーマさんと合流!」

 

「順調、のようね。」

 

本来の目的の1つである、結界内部に取り残されたメンバーとの合流は達成できた。後は協力して事に当たれたならば殲滅も可能だろう。

 

「後、ヒカリさんは?」

 

「ヴァルキリーの反応は真っ直ぐ、あの球体へと直進中!エルトリア准尉はそれを追っている模様!」

 

「球体周囲に反応2!敵との交戦状態!」

 

モニターに追加で映し出される、海上に浮かぶ禍々しい球体。モニター越しでも巨大さがありありと伝わるそれは、見るからに危険な物であることを伝えてくる。

四ヶ月前に見た、暴走前のナハトヴァールにも似たような予感。

あの球体からどれ程のものが、いつ飛びだしてくるかも解らない。

 

「エイミィ、あの球体の解析を!それから向かっているメンバーに通信!アレックス、ランディは引き続き各チームの状況オペレートを!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

忙しなくキーボードを叩く音だけが、ブリッジに響き渡る。事態は快方に向かっているのか、それともさらなる混乱か?リンディの胸に渦巻く予感は、後者へと傾きつつある。

 

「艦長!最も先行しているヒカリちゃんとコンタクトが取れました!!」

 

「モニターに繋いで!」

 

『リンディさん!?』

 

いきなりの通信だったのか、驚愕の声が聞こえてきた。モニターには目元に半透明のバイザーを付けたヒカリが映し出される。やはり移動中なのか、受ける風に伴い、髪がパタパタと靡いていた。

 

「さっき通信したけど、応答がなかったから心配してたのよ?その格好を見るに、やっぱり結界内ね?」

 

『はい、すいませんでした…。』

 

召集の通信だったが、あくまでも民間協力者。それも駆け出し魔導師であるだけに強くは責められない。彼女は声のトーンを下げてしまう。

 

「無事ならそれで良いわ。でもさっきの通信…召集のものだったのだけれど、それを受けずに結界内に居る、と言うことは、何かしら思うことがあってそこにいるのかしら?」

 

『そ、それは……』

 

ワケを聞かれて、視線を逸らして口籠もってしまう彼女を見、リンディは首をかしげる。

やはり何かを隠しているのか。

表情に出るのは嘘が苦手なのだろう。フェイトの言っていた『彼女』が抱える『学校』での嘘もいずれバレるかも知れない。

 

「正直に話して欲しいの。この混乱した状況で、少しでも情報が必要になる。もしかしたら、解決の糸口になるのかもしれないわ。」

 

『………。』

 

ヒカリの中で、話しても良いものか否かの葛藤が生まれていた。

関係のあることなのか?それとも、ただのガセになるのか?

逆に現場を混乱させてしまうのではないのか、と言う迷い。

しかし、自分の『勘』が必死に訴えるもの。それを信じて見ることにした。

何となく、何となくだが。

正しいと思うなら相談すれば良い。その上でリンディは判断してくれるだろう。

 

『実は…、』

 

ヒカリは話し始めた。

夜中にユーリが居なくなったこと。

次いでもう一人の同居人も。

それと同時に現れた結界と、今までと違う模造品(イミテーション)の出現。

そして海上の球体。

その上で、直感的に球体の場所へ行けばユーリが居る。そう感じた、と。

 

『と、これがボクの行動理由です。』

 

「なるほど…このタイミングでのユーリさんの失踪、と言うのは偶然とは言いがたいわね。…何か前兆…のようなものはなかったのかしら?」

 

『…そういえば、数日前の夕方から…何だか上の空になっていたときがありました。その…そこまで重要視はしてなかったんですが。』

 

どこかふわふわとした感があるユーリなのだが、同居している彼女が言うのだから、いつも以上にボーッとしていたのか。しかしこれは判断材料たり得るかどうかは解らないために、リンディは頭の隅に置いておく。

 

「わかりました、情報をありがとうヒカリさん。…それで、探査の方だけど…」

 

『…行かせて下さい。もし本当にユーリがあそこに居るのなら、連れて帰りたいんです。アミタさんも迷い込んでいるのなら、助けたいのも事実ですし…。』

 

どうにも、この世界の子達は友人のために身を擲つことを厭わない子ばかりね、とリンディは脳内で呟く。

 

(友達想いなのは素晴らしいけど、それで危険を冒すのは別問題なのにね…。)

 

ぼやいても仕方ない。こうなれば子供達が無茶をやらかさないように見守るのも大人の義務だ。…だからといって前線に彼女達を送り出して、自分達大人が腰を据えているのも、余りよろしくないようにも感じるが…

 

「わかりました。ヒカリさん、貴女の判断に委ねます。各員に通達。もしかしたら民間人が結界内部に迷い込んでいる可能性があります!戦闘中に発見次第報告を!殲滅と索敵を並行しつつ、海上の球体へ向かって下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーリ…ですか?」

 

「そう!ぽやーっとした、小さい子!」

 

合流したなのはは、各チームで共有した情報を基に、もしかしたら知っているかも知れないシュテルに尋ねてみた。

出会った当初はヴィータの前情報から、どれだけヤバい人なのかと危惧していたが、話してみると、物静かながらも内に熱いものを秘める…と言うような、『分の悪い賭は嫌いじゃない』みたいなことを言いそうな人物だった。

 

「ユーリ……、ふむ、何となく…ですが、引っかかる名前です。知っているような…知らないような、何処かもどかしい感じが…。」

 

「思い当たるところがあるのかい?」

 

「思い当たる、と言うのは間違いではありません、シッショー。しかしかと言って思い出す、と言うのは、私を構築するデータの引き出しから引き出すことが出来ない状態なのかも知れません。」

 

「シッショーって…、僕はユーノだって…」

 

「ナノハの魔法の先生ならば、ナノハを基に身体を構築した私が貴方をシッショーと呼ぶのに間違いは無いはずですが?」

 

冷静な性格なのは良いが、こう天然で間違った解釈をされるのも考えようだ。レヴィと言いシュテルと言い、どうにも一癖二癖ある人物ばかりである。

 

「時間が経てば思い出す、と言うこともあるかも知れませんが…その時間は無いのでしょう?」

 

「うん…何となく、だけど、あの球体へ急いで行った方が良い気がするんだ。」

 

未だ物々しく佇む遥か遠くに浮かぶソレを見やる。敵の数も減ってきたからか、その姿は明確にハッキリと見えるようになってきた。

 

「…なんか、嫌な予感しかしないんだけど…?」

 

「ヴィヴィオもそう思うか?アタシもだ。…何となく、なんだが、ナハトヴァールよりもヤバい気がすんだよなァ。」

 

「じょ、冗談キツいよヴィータちゃん。あれ以上とか、ホントに勘弁して欲しいよ…。」

 

当時のアースラのメンバーフル動員、そしてとどめにアルカンシェルによるコアの破壊によってようやく仕留めることが出来たナハトヴァール。それ以上の脅威とか冗談にしても笑えないものだ。

 

「ここで討議していても仕方ない。移動しないか?あの球体にしても、ここにいては何も分からん。」

 

ずっと少し離れて周囲を警戒しつつ黙っていたザフィーラが口を開く。警戒とはいえ、敵自体の密度が下がりつつあるため、襲いかかる者もおらず、それは徒労であったかも知れない。

 

「そうですね。王やレヴィもあそこに向かっている可能性もあります。ナノハ達はどうしますか?」

 

「私達もアレがなんなのか気になるし、一緒に行くよ。皆も良いかな?」

 

「そうね。治療も終わったし、そこで合流するんだったら私も異存は無いわ。」

 

浅い負傷を負っていたザフィーラとヴィータ、それにシュテルの治療を終えたシャマルも同意する。

 

「すまんな、シャマル。」

 

「良いのよザフィーラ。合流するまでの間、私の前で頑張ってくれていたんだもの。」

 

「流石、この程度の負傷はお手の物ですか。流石は湖の騎士…いえ、ここはヴィータと同じくシャマルと呼んだ方が良いでしょうか?」

 

「えぇ、その方が親しみがあって良い気がするわ。私もシュテルちゃんと呼ばせて貰うわ。」

 

「わかりました、では盾の守護獣も…ザフィーラと。」

 

「…うむ。」

 

「では、移動と参りましょうか。」

 

「ちょっと待って!?皆名前で呼ぶのに、なんで僕だけシッショーなのさ!?」

 

「今はそんなことどうでも良いのです。重要なことではありません。」

 

ユーノの抗議も余所に、飛び立つメンバー。彼女の、ある意味自由奔放なマイペースを垣間見た気がする。

そして、そんな彼の方を優しく、両側から肩に手を置く二人の人物。

 

「もう諦めようよユーノ君、私も出発の時に散々やられたから。」

 

片や、強い絆で結ばれた少女と、

 

「耐えろ。…男とはそう言うものだ。」

 

同性、そして八神家唯一の男だった。

硬い強固な防御を誇る二人だからこそ、説得力のある言葉。だからこそ、ユーノの胸には強く響き、目には熱く伝う物があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンディとの通信を切って間もなく。

ヒカリは球体との目視距離が1km程の地点に居た。やはり道中、敵との交戦によってかなりのマガジンと魔力を消費してしまったが、それでも無傷と言うのは中々輝かしいものだ。

 

「…やっぱり大きいなぁ…。この中に…もしかしたら…」

 

『サージェント。』

 

ユーリが居るかも知れない。そう言葉を紡ぐ前に、しばらく口をつぐんでいたヴァルキリーからの発生が遮った。

 

「解析、終わった?」

 

『肯定。…と言いたいところですが。』

 

言葉を濁す相棒。その意味がある程度理解と予測は出来ていた。

 

「はぁ…やっぱり解析出来ないほどに重厚な障壁が張られているんでしょ?」

 

『肯定。…移動中に引っ切り無しに介入コードを変更したのですが、ほぼ全滅。表立って障壁を構築しているのが、高密度の魔力であることくらいしか…。』

 

まぁ確かに、目の前でこれだけの物を見せつけるのもそうだが、肌にベタつくような感触をもたらすまでに魔力が放出されている。それだけで見る者を圧倒するほどに。

肌に纏わり付くような嫌な感触を拭いながら、目視で球体を見つめる内に、その周囲に光る物が目に入った。軍隊で行うライトでの信号のように、チカチカと光っては消え、そして…青い光線のような物までも走っている。

 

「ん?あれは…」

 

『…戦闘…でしょうか?もしかしたら、アースラチームの人が誰か既に辿り着いた、とか?』

 

「解らない。それでも行かないと!」

 

『ラージャ。』

 

白銀の軌跡を残し、未だ敵が蔓延る海上へと飛び出した。

後方の市街地では、アースラチームが掃討してくれているし、少なからずヒカリ自身も倒しては来た。それだけに未だ殆ど手つかずの海上は、敵の反応が多量に検知されている。

その中で孤軍奮闘しているであろう人物を見捨てるわけにはいかない。

先程から、敵の中には緩慢な動きのみならず、素早い動きをする奴や、緩いながらも誘導弾を撃ち込んでくる奴も出始めている。敵が強化されてきているのか、それとも海上に分布されているだけなのか。どちらにせよ、戦い方や動きを変えないと苦戦は必至だろう。

 

「くっ…!なんかパターンが変わってきてる…」

 

すぐ真横を、撃ち込まれた誘導弾が通過する。通り過ぎたのも束の間、通り過ぎたそれは緩やかな軌道を描いて再びこちらに迫り来る。ソレが何発も、だ。数が数だけに、文字通り弾幕の如く。

 

『周囲、完全包囲されつつあります。突破できる可能性低下を危惧。』

 

「…モード…Maximum!」

 

『使用の推奨は出来ません。内蔵魔力の低下が加速します。この戦況下で行動不能に陥るのは相手の良い的。自殺行為です。』

 

残りの内蔵魔力は60%を切っている。その状況で、魔力消費の高まるMaximumの使用は賭けに近いもの。

しかし、ヒカリの心のどこかで焦燥に駆られていたのもあるのか。

 

「…いいから…お願い!」

 

『…ラージャ。モード…Maximum!』

 

もはや叫びに近かった。赤と白銀の光が開放され、爆発的なまでの魔力を身に纏う。

展開された装甲により、変貌を遂げたヴァルキリー。

そしてその速度に、弾幕は無意味と化すほどに。

目視こそその魔力光の軌跡によって出来るものの、捉えられるかどうかはまた別の話だ。

風切り音と共に響いた発砲音。

消えゆく敵。

もはや一方的に駆逐するだけだった。

貫く白銀の弾丸は的確に命中させ。

敵の誘導弾は確実に回避し。

閃光の走るその軌道には、敵は残らず、紫色の小さな光が残るのみ。

 

『周辺1km範囲の敵反応、三割低下。』

 

「んっ!そろそろ…進もう!」

 

背後からの攻撃を減らすために、そして後続部隊のために出来るだけ殲滅したが、それでもその場しのぎにしかならないだろう。

 

「如月!!」

 

前に踏み出そうとした時だ。

背後からの知った声に、呼び止められる。

 

「エルトリアさん?」

 

「全く…ようやく追い付いたぞ。」

 

余程飛ばしてきたのか、若干息が上がっている。自身と同じく、白銀の魔法陣を足場にして空中を飛んでいる。

 

「高町達が後方からあの球体に接触しようと進撃してきている。一人での突貫は危険だ。皆と合流しろ。」

 

「…エルトリアさんも一人で突っ込んできてるよね?」

 

「それは…まぁ癖、と言う奴だ。」

 

『癖は癖でも、悪癖と言う奴です。』

 

「だ、黙れガルム!」

 

『…そもそも、チーフの頭の何処かに、【突っ切る…止めてみろ!どんな防御だろうと、ぶち抜くのみ!】みたいなことを考えている節がありますので。』

 

「おまえ、何かに毒されてきてないか?」

 

『気のせいです。ジャパニメーションの影響など、受けていませんですとも。』

 

「あ~、あの~エルトリアさん?」

 

「ん?あぁすまんな如月。こいつは後ほどメンテに出すとして、だ。とにかく、一旦後方へ…」

 

「一人での突貫は危険、そう言ったよね?」

 

「ん…?あぁ言ったな。だから…」

 

ふとそこで、目の前のクラスメイト、その顔にこれ以上にないほどにまぶしい笑顔がこぼれていた。そう、それはいっそ、清々しさを通り越して嫌な予感すら感じさせるほどに…。

 

「じゃあエルトリアさんも一緒に行こう!」

 

「は?ど、どうしてそうなる!?」

 

「一人より二人の方がお互いカバーできるんだし、エルトリアさんはベテラン。これ以上にないくらいだと思うよ?」

 

「い、いや…。だから…!」

 

「二人なら、良いんだよね?」

 

…言いくるめられた、と言えばそこまでなのかも知れない。しかし、彼女を一人で行かせるのも看過できないのも事実。

 

「…わかった。ただし危険と判断したら退くぞ。」

 

「うん!」

 

何の因果か。

しかしハルにとっても、あの球体が気にならないわけでもない。

 

(なぜか…行かなければならない気がするしな。)

 

記憶の片隅に出て来た、幼馴染みからのプレゼント。首から下げたその紅い宝石のついたペンダントを揺らしながら、二人は前進していった。




用語解説

・『シッショー』
どこかのギルティでギアな世界に出て来る紙ニンジャの台詞とは違う、と思う。

・『今はそんなことどうでも良いのです。重要なことではありません。』
「大事な人がいれば、私だって強くなれますよ、シッショー!」

・『突っ切る…止めてみろ!どんな防御だろうと、ぶち抜くのみ!』
赤カブト虫


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Mission32『産み落とされる破壊』

ついに…
評価のバーに色がつきました!ありがとうございます!
これを励みに執筆頑張りますよ~!


「ねぇ?」

 

背後で共に敵を落としていた妹たるキリエが呟いた。その体躯は既にボロボロ。見るからに満身創痍と言った感じだ。

 

「なんですか?辛いなら下がっていても…」

 

対すアミタもキリエと変わらず、行った戦闘の激しさを物語るには容易なほどだ。ほぼ突撃思考であるだけに被弾もキリエに比べて多い傾向なので仕方ないのかも知れない。

 

「そーじゃないわよ。なんか…後ろの球…なんだけど。」

 

自分達の後ろに堂々と、そして異様なインパクトを持って佇む紫の球体。先程と変わらず、澱んだ紫が色を成して、言いようのない禍々しさすら感じる。

 

「…大きくなってない?」

 

「………。」

 

攻撃を一旦緩め、ちらりと横目でソレを見る。

 

 

……

 

………

 

「キ、キノセイジャナイデスカ?」

 

「何で片言なのよ。」

 

若干引きつって答えるのを見るに、アミタも認めたくないながらも、動揺を隠し得ない。

これだけの巨大な魔力の障壁は、大きく膨れあがった影響からか、天候にすら影響を与えている様子で、空には暗雲が立ち篭め、ゴロゴロと稲光が走り始めていた。

 

「…嫌な予感しかしないわね。」

 

「前面も数は減ってきましたが、それに比例して後ろの球が大きくなってないですか?」

 

言われてみれば、とキリエは周囲を目を凝らして見渡してみる。そこでようやく気付いた。注意に注意を凝らしてその目に飛び込んだもの。淡く小さな輝きを放ちながら、まるで後ろの球体が重力を持って引き寄せているように吸い込まれていく光。それはとても小さい。だが数が普通じゃないほどに多いのだ。まるで、流星群とも思えるほど、普通なら幻想的とも思えるだろうが…。

 

「…これって…敵を倒した欠片?」

 

これほどまでの数を、市街の方で戦うメンバーは倒しているとするなら…。そしてその欠片が集まるのなら…この球体の正体、その答えは見えてくる。

 

「じゃあこれが…私の求めた物…なわけ?」

 

見上げねばならぬほどに肥大化した球体。

今まで手に入れた僅かばかりの欠片を、ヴァリアントザッパーのメモリーから取り出す。しかしそれも、待っていたと言わんばかりに、光となって件の球体に吸い込まれた。

 

「じ、じゃあこの中に…あのユーリって子が…?」

 

「ユーリ?…キリエ、今ユーリって言いましたか?」

 

「言ったけど…アミタ、何か知ってるの?」

 

「知ってるも何も…ヒカリさんと一緒に住んでる女の子の名前ですが?」

 

「はぁっ!?」

 

思わず素っ頓狂な声で叫んでしまった。

 

(え?なに?なんなの?必死こいて探していた女の子と、それを手に入れるのを邪魔した子とアミタが知り合い!?どんな偶然よ!?)

 

もはや混乱しかない。

 

「あぁ…ヒカリさんの御飯、美味しかったですねぇ…ここ数日のことなのに、懐かしさすら感じますよ。」

 

(は!?御飯を食べさせて貰ってた!?つまり…何!?私の与り知らぬ所で、お姉ちゃんは私の探してた子達と、一つ屋根の下の同棲結婚前的な百合百合生活を送っていたと!?)

 

既にキリエは錯乱していた。頭を抱え、ごちゃごちゃになっている情報の整理を続ける。

 

「キリエにも、ヒカリさんの料理を食べさせてあげたいですね。お陰で力もバッチリ戻って…」

 

(しかも既に料理でアミタを陥落済み!?しかもエネルギーが回復する料理ってなんなの!?)

 

「所でキリエ?」

 

「ひ、ひゃいっ!?け、結婚はやっぱり男の子とすべきじゃない!?それに、相手を見付けたら博士に…」

 

「はぁ、結婚、ですか?考えたことはないですね。」

 

何処がどうなって結婚に話題が飛ぶのかは解らないが、取りあえず真面目に答えておく。そもそも結婚などと考えてもいないアミタにとっては、首を傾げるしかない題目だ。

 

「って!話を逸らさないで下さい!…ユーリやヒカリさんについて…何を知っているのですか?」

 

「…アミタってば、同棲してて、そんなことも気付かなかったの?あのユーリって子は…」

 

「到着っ!!」

 

「…ま、全く、飛ばしすぎだ如月!こちとら空中での動きなど不慣れだと言うに…!」

 

キリエの言葉は、二人の少女の声に遮られた。

後から来た方はまたしても息を切らしながらぜえぜえと、若干目が死にかけてる。

 

「ペース配分という物を考えろ!…何が起こるか解らない状況だけに常に余力を残しておけ。」

 

「え?…一応、通常モードで飛行してたから、これで普通なんだけど。」

 

「なん…だと…?」

 

「…あれ?」

 

ようやく姉妹に気付いたのか、視線をそちらに向ける。

 

「ん…?」

 

釣られてハルも、若干据わった目を向けた。もはや亡霊か何かを思わせるほどに、生気が抜けている、ような気がする。

 

「「「「あ…」」」」

 

随分と間の抜けた声が辺りに響いた。

 

 

……

 

「よ、ようやく会えたわね!」

 

「…ボクはあんまり会いたくなかったですけど。」

 

それはそうだろう。初見が最悪だっただけに、嫌悪感…とまでは行かないまでも、苦手意識を持たれていても相違ない。いつでも武装顕現出来るように警戒心を怠らず、そして視線を外さないでおく。

 

「…あれ?なんでアミタさん…ここにいるんですか!?て言うかいきなりいなくなって探したんですよ!?」

 

「うぇっ!?す、すいません!いや、大事で可愛い妹を探して、例え火の中水の中草の中森の中!って勢いで夜中に探しに出たんですよ!…で、まぁ結果的にこうなったんですが。」

 

「……それで、妹というのが後ろの桃色…キリエ・フローリアンか。」

 

「…御名答。」

 

まぁこうなってはもう流れでバレるのはわかりきっている。それだけにキリエは文字通り、お手上げ、とばかりに両手を挙げた。

 

「ん~…となると、アミタさんがウチに来たのは、ユーリを狙って…」

 

「そ、それは違います!というか、ユーリに何があるのかは解りませんが、あれはキリエに堕とされたんですよ!それが偶々ヒカリさんの家で…」

 

「…ですよね。…でなかったら、いつでも狙う機会はあったはずですし。でも…」

 

二人の服装を見て、ヒカリは首を傾げる。

 

「…遠い国から来た、とアミタさんは言ってましたが、結果として遠い世界から、ということになるんですね?」

 

「…ならば、渡航証は…ないのだろうな。」

 

「…はい。」

 

つまり、キリエと同じ渡航者となる。しかし件の彼女を追ってきた、と言うからに、彼女もそう答えるのもまた当然なのかも知れない。

正直、居心地を悪そうにするキリエ。その行き場のない思いからか、視線を逸らしたとき。

 

「ね、ねぇ?」

 

「なんだ?二人とも後ほどアースラで事情聴取を…」

 

「あれ…」

 

キリエの指差す先。

件の紫の球体だ。

先程と変わらず、圧倒的なまでの質量による巨大さを誇っているのには変わりない。

大きさには変わりないのだが…

 

 

丁度…球体を二つに割るように…

 

白い亀裂が走る。

 

「なん…っ!?」

 

さしものハルも、この光景には言葉を失う。よもや本当に…あの中から何かが生まれ出るのだろうか?

しかし生命の誕生などと生温いものではないのは事実。

なにせ…ひび割れた中から吹き荒ぶ、嵐のような魔力の奔流がそれを物語っていたのだから…。

もはや…この世のものではないと思うほどに。

 

「なんなの……この纏わり付くような感じ…!?」

 

「純粋な魔力…なのか!?あの球体は…よもや(さなぎ)の意味を持っていたとでも!?」

 

あの球体を模った障壁により、成虫へと変わり行く()()を守る役割なら…その成虫の役割は…エグザミアの完成形…!

そしてその魔力の嵐を押し退け、ハルを追っていた二人の少年もようやく追い付いた。

 

「…なんだ…?何が起こっている!?」

 

「クロノ…!?それにレオン…!?」

 

「まるで…台風か竜巻だな…!」

 

眼下の海は件の奔流により荒れ狂い、上空の暗雲は渦巻くかのようにうねりを生んでいる。もはや…四ヶ月前のナハトヴァールを彷彿させる…いや、それ以上の物であるとクロノは確信する。S2Uを構え、この状況下で何が飛びだそうとも対応できるように魔力を循環させる。

 

『ク……君!?い…た……おこ……る…!?』

 

耳障りなノイズと共に、アースラからの通信が脳内に響いた。直接通信にも関わらず、ここまでの雑音が走る等と言うことは、身で感じる以上に魔力が吹き荒れているのだろう。

 

「エイミィか?…どうやら、例の球体が孵化するようだ。…通信状態が悪いのも、そこから流れ出す魔力の影響と考えて問題ないかも知れない。そちらでは何か感じ取ったか?」

 

『少…ノイズが強…けど、何…か聞き取…るよ!…っぱりそちらと同…で、とん…もなく大規模な魔力のを感じる!計器が悲鳴をあげるく…いね!』

 

魔力による繋がりを強くし、アースラとの通信を若干強化すると、何とかノイズも治まり掛けてくる。完全になくなる、と言うこともないが、それでも先程に比べれば雲泥の差だ。

アースラの魔力測定の計器は、次元執行隊の任務に置いて、標準的に測定できる魔力限界を高くしてある。それはロストロギア確保を視野に入れた結果の措置なのだが、以前の闇の書事件において、アルカンシェル装備の際に、その計器周辺もバージョンアップしていたのだが、それでも悲鳴をあげるほどとなると、いよいよを以て危険な相手の可能性は確実となりつつある。

 

「…本当に…この中に…ユーリが…?」

 

「ヒカリ!構えろ!」

 

クロノの叫びが早いか否かの瞬間だった。

球体に閃光が走った。

目映いまでの光が放たれ、球体に刻まれていた亀裂は広がり、全体に走る。

そして…

 

球体は砕け散った。

 

 

 

音が切れたと思った瞬間、

溢れ出たのは先程と比較にならないほどの魔力の波。

いや、爆発と思えるほどの衝撃。

もはや目を開けていることも…できない。

それを物語るかのように、直下の海の水は吹き飛び、海底が露出。暗雲においては、まるで取り払われたかのように結界の上面を露出させてしまうほどだ。

 

「く…ぅぉっ!?」

 

「立って…らんねぇ!?」

 

もともと空戦適性のないハルとレオンの二人は、足場にしていた魔法陣から投げ出され、吹き飛ばされていく。

 

「二人とも!?」

 

この場で最も加速と馬力があるヒカリがいち早く動いた。白銀の閃光のように魔力の暴風を突っ切って、流されるかのように吹き飛ぶ二人を抱えて回収。かなり精密かつ繊細な飛行であり、横目で見ていたクロノは思わず口元を緩めた。

 

「す、すまない。」

 

「助かった…。」

 

「ん、無事なら何よりだよ。」

 

脇に二人を抱えながら無事を確認。ホバリングしながらも、うっすらと笑顔を浮かべる。

 

「…嵐が…止んだ?」

 

ぽつりと、クロノのが呟く。先程まで吹き荒んでいた魔力がまるで嘘のように静まり返っていた。

 

(クロノ君!)

 

(なのはか?)

 

(今の一体何!?海の方から押し寄せてきたんだけど!)

 

どうやら今のは市街地の方にまで影響したようだ。当然か、アレだけの物なら影響が無いわけがない。

 

(それに…さっきのが止んで、敵が皆消えちゃったんだけど…)

 

耳を疑った。

数が減ってきていたとは言え、未だかなりの数が残る敵が()()()()ともなれば。

 

「…私の憶測だけど。」

 

ふと静寂を破ったのはキリエだった。

 

「…あの球体の中にはエグザミア本体があって、倒してきた敵全ての欠片があの中に吸収されてたのが見えたの。…そして今の魔力の嵐で、結果として残った欠片を全て回収したとするなら…?」

 

「…つまり…あの球体には、やっぱりユーリが…!」

 

跡形もなく消え去った球体。その中心にあたるであろう座標に、一つの反応が検知された。

 

「永遠結晶エグザミア…稼働率87%。出力コンマ7%まで上昇。」

 

金のウェーブが掛かった長髪。

袴を模したようなヘソ出しの服。

小柄で華奢なその体躯。

そして…赤と紫の入り混じった、一対の翼。

 

「魄翼…問題なく稼働。貯蔵されうる術式の解析、問題なく進行。」

 

違うのは、見開かれた目が緑。

纏う服の基調が燃ゆる業火のような紅。

そして肌に記された赤い文様。

 

「システム…アンブレイカブル・ダーク、稼働する。」

 

静かに告げられたのは、まるで宣告にも似たものだった。



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Mission33『砕け得ぬ闇』

眼前に、自分のよく知る少女がいた。

障壁の繭を破り、その姿を現し、ただただ平然とそこにいる。

しかし、

肌に感じる彼女の感覚、雰囲気が違和感を示す。

見た目だけではない。言うなれば姿は似通えど、その纏う空気その物が違う。何処か緩やかなものだった自分の知るそれとは違い、無機質で…そして何処か攻撃的にも見える。

 

「…ユー…リ…?」

 

ようやく捻り出した言葉。

威圧とも取れるほどに感じる、彼女から感じる魔力。身体を動かそうにも、思うように行かない中で、何とかヒカリは発することが出来た。

 

「…エターナル…」

 

紡がれた言葉。振りあげた彼女の右掌に赤黒い魔力が集束する。それはまるで炎のように揺らめく剣。否、柱とも感じるほどに長く、そして巨大。

 

「躱せ如月!!」

 

「セイバー…!」

 

振り下ろされた剣は、空を、大気を、そして海をも穿つ。まるで空間が切れたのかと言わんばかりに。抱えていたハルの叫びで、ハッとしてブースターを噴かせる。身体を1つ分ずらさなければ、文字通り二枚に卸されていたかもしれない。その切断力とその証拠に、眼下に広がる海鳴の湾が、まるで十戒のごとく、真っ二つに割れていたのだから。

 

「なん…て威力なのよ…!」

 

「ユーリ!?なんで!?なんでこんな…!!」

 

「敵対者数…6。殲滅対象。これよりプログラムに従い、破壊する。」

 

唖然とするヒカリと、先程の破壊力に驚愕するキリエを余所に、ユーリの背後で揺らめく一対の魄翼が揺らめく。油を注がれたかのようにその大きさを広げると、まるで吸い込まれそうなほどに黒が広がっていく。

 

「フェニックス…フェザー!」

 

「全員散開!回避!!」

 

次はクロノだった。蜘蛛の子を散らすように散開、ヒカリも一瞬ながら遅れ、距離を取りつつ回避行動に移る。

瞬間、

 

魄翼から無数の同色の魔力弾が、雨霰と、散弾をまるでガトリングガンのように撃ち放つ。その狙いは定まらず、まるで弾幕。乱射にも似たもの。しかし、その数が数だけに、逃げ道を探そうにも迫り来る球弾がそれを拒む。

 

「執務官!後方の援護を向かわせた方が…!」

 

「この弾幕が落ち着いたらね!」

 

もはや回避に専念しなければ、被弾が免れないほどに次々に降り注ぐ。フローリアン姉妹やクロノはともかく、一際そのボディの巨大さもさることながら、両脇に飛行が不慣れな二人を抱えて回避するヒカリは、徐々に回避が追い付かないように見えてくる。

 

「ぐ…ユーリ!!」

 

「如月!せめて私を離せ!このままでは3人やられる!」

 

「…防御の出力なら俺にも自信がある!離して貰っても…!」

 

「…大丈夫っ!」

 

それでも粘る。全てを紙一重で、しかし確実に躱す。しっかりと目で撃ち荒ぶ弾丸を見据え、弾道を予測。全方位に撃ちまくる弾を避け続ける。

 

「すご……二人抱えてアレだけ躱せて…まだ数日の経験なんて…!」

 

「でも…それでもこのままでは埒が明きません。何か打開策を講じないと、こちらも何時までも回避しきれませんよ!…それに、ユーリがあぁなってしまった理由もわかりません!」

 

「…いや、何となく、であるけど予想できるかも知れない。」

 

アミタの言葉を遮ったのはクロノだった。

 

「さっき彼女は、プログラムに従い…。そう言っていた。もともとそう言うプログラミングがどうかはわからないが、プログラムに従って今の彼女は行動していると予想が出来る。それはつまり…」

 

「ナハトヴァールの時と同じかも知れへんのやねクロノ君!」

 

よく知る少女の関西弁が聞こえてきた。

 

「その通りだよ…はやて!」

 

「どちらにせよ、彼女を抑えないことには難しい話しです我が主。」

 

「ほなら…まずは魔力による飽和攻撃や!」

 

駆け付けてくれた援軍は遠方に。白銀のベルカの魔法陣が展開され、5つの閃光が迸る。

 

「バルムンク!」

 

穿たれた白銀の魔力の剣閃。放射状に広がったそれは、緩やかな軌道ながらも誘導をかけながら、無慈悲な弾幕を落とすユーリに迫る。

それを彼女も察知したのか、ゆらりとそれを見やる。その目は余り興味の対象でも無い物を見るかのように、薄らと見開かれたもの。

しかし意に介すまでもない。そう判断したのか、視線を元に戻す。防御を取る素振りすらない。

 

「なっ…!正面から受ける気か!?」

 

リインフォースも驚愕するしかない。はやては制御こそ苦手なれど、その出力は抜きん出ている。それだけに魔法をぶっ放すことならば、単純威力においてなのはを上回る。

そんな彼女の魔法を無防備に受けきると言わんばかりの行動は、流石に目を疑ってしまう。

 

程なくして

 

ユーリは魔力による爆炎に包まれた。

それと同時にフェニックスフェザーによる弾幕も途切れる形となる。

 

「やったか?」

 

「八神司令…それ、駄目なフラグ…。」

 

追い付いてきたトーマは古来より伝わる、言動による確定事項をやらかすはやてに突っ込みを入れる。ほかにも連続エネルギー弾然り、爆炎に包まれた相手をあざけるのも然り…etc.…

 

「ほほう、私に突っ込みを入れるとは…」

 

「い!?す、すいません!差し出がましい真似を!」

 

「ふふん…突っ込みを受ける、言うのも関西人冥利に尽きる言うもんや。せやろ?姉やん?」

 

「姉ではないというておる!我に同意を求めるでない!」

 

居合わせたディアーチェに飛び火する。

仲むつまじい会話を広げる二人を余所に、リインフォースとアインハルトはクロノと合流する。

 

「済まない、助かった。」

 

「執務官、あれは…本当にユーリなのか?」

 

「解らないが…その予想は恐らくは外れていないだろう。」

 

「あれが…我等が求めていた砕け得ぬ闇、とでも言うのか!?」

 

言葉を発するのはディアーチェだ。

その目にはようやく捜し物を見つけた歓喜の表情はない。

 

畏怖

 

驚愕

 

キリエと同じく、自分の探していたものの強大さ。

魄翼から、そして彼女自身から感じる圧倒的な魔力が、それを物語るに容易い。

そしてそれを未だ感じると言うことは…

 

「夜天の主…そして書の融合騎と認識…。」

 

立ち篭めていた煙が晴れた先に、未だ平然と、そして無傷で佇むユーリだった。

 

「…?敵対反応、多数接近を確認。」

 

「なのはさん達が駆けつけて…?」

 

「しかし…何でだろうな。」

 

クロノがポツリと呟く。

 

「なのは達が駆けつけて、総ての戦力が揃ったとしても…止められそうに無いと感じるのは…」

 

「それでも!」

 

クロノの隣に並び立つのは、ヒカリだった。その両脇に抱えていた二人は、彼女の複雑な回避軌道によってか、後方で何やらキラキラと輝く液体を海に散らしている。その背をさするのは、アミタとキリエだ。肉体的よりも精神的ダメージが大きかったように見える。

 

「クロノの言ってたプログラムによる攻撃で戻るのなら…可能性は零じゃないよね?」

 

「…それはそうだが…」

 

「それなら…!」

 

両の手に再びシルバリオ、ヴォルケーノを顕現する。そのグリップを、ギチリと軋むほどに握り締め、そしてその蒼い瞳はしっかりとユーリを見据えていた。

 

「ボクは…やるよ!」

 

「待て!今の彼女は…!」

 

リインフォースは

 

「見境無く…って感じだと思う。それはわかるよ。」

 

「なら一旦下がって立て直すんだ!戦力も揃わないうちで戦いを挑んでは…!」

 

「逆に…時間が無いと思う。さっきユーリは出力の上昇。そう言ってた。…つまり。」

 

「まだ更に…力が上がるかも知れない、と言うことか?」

 

先程の弾幕が、更に恐ろしいものになるであろう予測。遥か下方を見やれば、撃ち込まれたフェニックスフェザーによって、海面がまるで嵐の最中にあるかの如くうねりうねって荒れ狂っていた。

…海面があれでは海底は月面のようにクレーターまみれになっているのだろう、と安易に想像できた。

つまり、いまの完全ではない出力であれ程までの手数と威力を発せられる。それだけに全開の恐ろしさが計り知れない。結界内でなければ大惨事は避けられない。

 

「つまり、君が言いたいのは、完全ではない今の彼女を助けなければ、余計に手出しが出来なくなる。そう言うことか?」

 

コクリと頷くヒカリ。その目は真剣そのもの。友人であるユーリを救いたいという気持ちは、そこから十二分にクロノへと伝わる。

 

「…そうだな。私も如月の提案には同意見だ。」

 

口許を拭いながら、ハルも会議に参加する。未だ顔色には青みが残り、目も若干据わってはいるものの、当初に比べれば幾分か良くなっていた。

ヒカリにしてみれば、よもや彼女から同意が貰えるなど思いもしていなかったので、驚きを隠せない。

 

「…なんだ?その顔は。」

 

「や、同意を得られるなんて予想してなかったから…。」

 

「私だって良い意見があるのならば同意もする。それが同じ歳だろうと。…お前は一体、私を何だと思っているのだ?」

 

「目と髪で紅白でめでたいな、と。」

 

「貴様、八神ィ!世のアルビノ持ちに謝れぃ!」

 

「我が主。…私は、めでたいのでしょうか?破壊と悲しみを振りまいていた私が…?」

 

片や憤慨、片や歓喜する。後者であるリインフォースに至っては、嬉しさ余って目尻に涙をうかべるほど。

 

「なぁ。」

 

同じく口を開いたレオン。その目の焦点は話し合う彼女等ではなく、その遥か後方。

 

「なんか奴さん、ヤバいもん振りかざしてんだけど?」

 

奴さんという単語で、皆油の切れたブリキ人形のように、ギギギ…とそちらを見やる。

 

目に飛び込んだのは柱…いや、塔のようだった。

雲を突き抜け、高々と聳えるそれは、そう例えても違和感がないほどに。

その入り口あたるであろう根元に、まるでそれを持ち上げているかのようにも見える華奢で幼い少女。

物凄い違和感しかない絵図だった。

 

「貫け、ジャベリン。」

 

あろう事か

 

そのジャベリン()と呼ぶには不釣り合いなほどに巨大なソレを、

 

ものの見事な投擲フォームの後に、

 

「とりゃー」

 

ぶん投げてきた。

 

もはや声に出さずともユーリを見据えていた皆は、誰からとも無しに散開、回避する。太さが太さだけに、早めの回避を要する。

蜘蛛の子を散らすように散開した中、そのうち3人は前へと踏み込む。

 

「これだけの大振りだ。一気に踏み込むぞ。」

 

迫り来る槍を足場に、それを蹴って前へと踏み込むハル。

 

「…これだけ太い槍だ。踏み台には申し分ないな!」

 

後を追うようにレオン。

 

そして…

 

「威力は高くないけど…弾幕は任せて!」

 

槍と擦れ違いながら、二人と平行してブーストするヒカリだ。シルバリオから銀弾が撃ち出され、ユーリへの道しるべの如く、一直線に空を切り裂く。

魔力を凝固させているのか、ジャベリンには問題なく足を付けることが出来た。それどころか力強く踏み抜いても、欠けることもないほどの強度。半透明ではない魔力の形成。どれほど魔力をこの槍に凝縮しているのだろう。跳躍した眼下を流れゆく巨大な槍を見送りながら、ユーリの魔力運用に寒気を覚える。

 

「遅れるなよ?」

 

「合点!」

 

ハルも散開したブレードビットをユーリへ突貫させる。3人に先行して飛翔する4つのそれは、真っ直ぐユーリに迫る。

まるで造作も無い物だと言わんばかりに、炎のように揺らめく魄翼から形成した一対の巨大な腕。かつてハルは裏路地で見たことのあるもの。あの時見せた腕力はかなりの物だというのは未だ記憶に新しい。

そしてそれは横凪に振るわれる。

目の前に飛翔し迫り来るソードビットを、ハエか何かを払うように。

その巨大な剛腕。まるで突風を起こさんばかりに振るわれ、ユーリにとってそのハエであるビットはことも無く弾き飛ばされる。

正面の視界は、一瞬ながら魄翼による剛腕で死角になった。

 

「コメット…ハンマー!!」

 

黒金の拳より振るわれた黄金の一撃。一瞬ながらも覆われた死角を突き、一気に肉薄したのである。

 

「障壁…。」

 

だが無造作に張られた障壁により、振るわれた拳をにべもなく受け止められるに至った。

 

「ナパーム…」

 

レオンを囲うように、魄翼の手が象る。そして彼を覆うように、赤黒い魔力の膜が張り…

 

「プレス!」

 

封爆。膜の中で、魔力による爆発を圧縮し、内部を爆発させた。

 

「君は電子レンジに入れられたダイナマイトだ。魔粒子の閉鎖空間の中で分解されるといい。」

 

「この…!マイナーなネタを仕込んできてからに…!」

 

咄嗟にブリュンヒルデを介して、身体に防御特化の強化を行ったことで、ミンチになることは避けられた。しかし、黒のバリアジャケットは所々煤こけ、決してダメージが少なくないことを物語る。

 

「シュヴァルツェ…!」

 

黒翼を羽ばたかせ、拳に魔力と術式を込める。

 

「ヴィルグング!!」

 

放つのは剛拳。打撃強化と効果破壊の術式を組み込んだ、強化魔法。リインフォース、その女性の身体で細い腕からは想像できないほどの速度と重さの拳が振るわれる。

 

左手のジャブで、レオンを捕らえる膜を破壊、解放。その腕を退く勢い、そして腰の捻りを加えた右ストレートで、ユーリの障壁を殴り飛ばす。ボクシングで言う、ワン・ツーである。

 

「障壁損傷…再展開施行…」

 

「その前に…一撃加える!」

 

殴り飛ばされたユーリの周囲。黒と紫の翼をはためかせ、夜天と紫天の王、そして未来から来たる、自称はやての部下が囲い立つ。バラバラとめくられるそれぞれの書の頁が止まり、二つの剣十字と、そして漆黒の銃剣の先に魔力が集束していく。

 

「一気に行くよぉ!」

 

「ふんっ!遅れるなよ子鴉!小童!」

 

「りょ、了解!」(リリィ!!)

 

(了解だよトーマ!!)

 

障壁が消えた直後に、3人による砲撃。それで決着が付くならば僥倖だ。その為の波状攻撃であり、バリア破壊効果を生み出せるリインフォースのシュヴァルツェヴィルグングを叩き込むための皆の布石。

 

「これが本命や!クラウ…!」

 

「アロン…!」

 

「『シルバー!』」

 

「ソラス!」

「タイト!」

「『ハンマー!』」

 

放たれた直射型の砲撃。

未だ本調子ではないユーリは障壁を再構築するために動きが鈍っている。それと連動してか、魄翼も動きが少ない。それだけに撃ち込むチャンスに変わりない!

 

着弾、直後。

 

魔力による爆発。

それぞれの砲撃に爆発の発生効果を付与した結果である。着弾すれば多段でのダメージを与えることが出来る、広域殲滅型の得意分野だ。

 

「ダメ押しと行こうか。」

 

そして上空。

無数の白銀が、まるで夜空に鏤められた星の如く展開されていた。

それは銀の剣。

数にして100はあるであろう。

彼が持ちうる、最高ランクの魔法にして切り札の一つ。

 

「スティンガーブレイド…!」

 

さしもの此程までの展開ともあれば、クロノも魔力の大半を注ぎ込むこととなった。

息は上がっているが、最後の仕上げだ。まだ一息付けない。

剣一つ一つを囲うように、帯状の術式が展開され、その射出の準備か整ったことの証となる。

 

「エクセキューションシフトォ!!」

 

それは見る物は隕石と、いや、流星とも例える者もいるだろう。未だ爆発さめやらぬ下方へと降り注ぐ白銀の剣勢。爆発すれど、爆煙が立ち込めども、数ある限り降り注ぎ続ける。まるで夜空を切り裂く流星群のように。

 




用語解説

・『君は電子レンジに入れられたダイナマイトだ。魔粒子の閉鎖空間の中で分解されるといい。』
このネタを知る人はいるのだろうか

・キラキラと輝く液体
この液体は編集により、実物とは異なる物に見えるようになっております



リクエストアンケート、明日まで受付中!詳しくは活動報告にて


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Mission34『打開策…そして抗えぬ記憶』

降り注ぐ魔力で形成された白銀の剣。

先程のフェニックスフェザーに比べれば範囲や密度は少ないのは致し方ない。

しかし一人に向けての攻撃ならば、威力はともかく、数は引けを取らない。

次々に撃ち出され、舞い上がる黒々と煙が標的の一帯を遮る。

もう撃ち尽くした。やり遂げたのを察したかのように、演算処理を重視した人工知能の持たないストレージデバイスたるS2Uも、一息つくと言わんばかりに排熱ダクトから熱を吐き出す。正直、演算なども発動までの短縮に無理をさせたので、かなり熱を帯びていたのがグローブ越しに伝わってくる。合わせてクロノも、汗を拭うと共に一息吐き出した。

 

「…まだ、油断できないな。」

 

正直、大技を発しただけに消費魔力も少なくは無い。しかし、そうでもしなければならないと思うまでに、あのユーリは強大だと思えるほどだった。

それでもアレだけで倒せるというイメージが湧かないのが恐ろしい。

朦々と立ち篭めていた煙が掻き消えた時、それを見た自分の顔はどうだったのか?

 

「損傷率…極軽微。戦闘行動に支障、無し。」

 

若干…それも申し訳程度に煤転けた程度の彼女を見た自分の表情はどうだったろうか?

納得?

畏怖?

それとも…

唖然としても居るのかも知れない自分を余所に、ヒカリは未だライフルからのバレットを撃ち込んでいる。威力からすれば、ユーリにとっては豆鉄砲に等しいほどに低いものだが、ヒカリのその目には諦めはなく、むしろ炎のように滾っている。

 

「流石にこれは…相手がヤバいんじゃ…」

 

「まだ…ボクは諦めない!まだまだやれる!」

 

諦めの色が見え始めたトーマに、彼女は啖呵を切った。まるで攪乱戦法だ。一見無茶苦茶なマニューバーではあるが、それだけに読めない軌道。受けているユーリもキョロキョロとしており、その速さには目が追いつけていないようにも見える。

しかし、それだけだ。

有り余る魔力から形成される彼女の紫天装束は、先程のダメージを何事もなかったかのように修復されている。自己回復力が、シルバリオから撃ち込まれる魔力ダメージを上回っているのだ。

 

「キリエ!私達も援護を!」

 

「おっけぃ!」

 

フローリアン姉妹も、ハンドガンタイプのデバイスと思しきそれから、青と桃の弾丸を撃ち込んではくれる。

しかしそれだけ撃ち込もうとも、効いているのかどうかわからないほどに微動だにしないユーリ。

 

「ユーリィ!!」

 

名を呼ばれ、その声にピクリと反応する。未だ強く自分を見つめる彼女の声は、何処かしら反応している。

 

「…おい!雀!そこな飛び回っておる貴様よ!」

 

「え…?ボク?」

 

突如としてディアーチェに呼び止められ、まるでブレーキ痕でも残さんばかりに脚部のスラスターを逆噴射して停止する。それはともかくとして、雀というのはどういう名付け方なのか。白いんだし、白鳥とか、鶴とか、そう言ったものでも…

 

「身の程を知れ雀。貴様がその様なたとえを賜るなど、自意識過剰も甚だしい。」

 

「ひどっ!?しかも心を読まれてるし!…って、今更ながら、君ってあの時角でぶつかった人…だよね?」

 

「…本当に今更よな。覚えておっただけマシな方か。…それよりも、だ!」

 

ずいっと迫ってくる彼女の目は、正気の沙汰とは思えないほどに鬼気迫るもので、ヒカリも若干仰け反っていたりする。

 

「うぬの言っておった我そっくりの奴が…こんな子鴉だったとは…!貴様の目は節穴か!?」

 

「え?ボクはそっくりだと思うけど…ねぇ?」

 

周囲の人間に同意を求める。すると、万場一致で首を縦に振られた。

 

「ぐぬぬ…本来ならば貴様らをジャガーノートの餌食にしておるところだが…状況が状況よ。今回は不問に処す。」

 

「わーい(棒)」

 

「…やはり雀、貴様だけは後ほど我が魔法の総てを叩き込んでくれる。」

 

「…それで?彼女を呼び止めた理由はそれだけじゃないだろう?」

 

話が脱線しかけていたため、リインフォースが修正する。威厳を振りまいているように見えるディアーチェも、ノリ、と言うよりも弄られ体質が高いように見える。

 

「…うむ、以前見掛けたときも、そして今も貴様は…砕け得ぬ闇をユーリと…そう呼んでおったな?」

 

「うん。で、王様は闇統べる王に、我はなる!って。」

 

「もうなっておる。奴の本来の名を知るならば、我々の知らぬデータを有しておるやも知れぬ。…そこで貴様のデバイス。その内部には恐らく、エグザミアの中枢にして官制人格たる奴のデータがあると見た。…どうだ?」

 

確かに、ロストロギアであろうユーリを、監視の意味も含めてデータ取りしているものだろう。それも、同居していたヒカリのデバイスたるヴァルキリーなら、ほぼ四六時中共に過ごしていただけに、その密度も高いだろうというのがディアーチェの見解。

 

『…確かに、エグザミアのデータは数日とはいえ取ってはあります。管理局のアースラもデータ取りはしてはいますが、そのサーバーに比べれば、ある程度こちらのデータ量が上回っている、と言うのも否定はしません。』

 

「…だ、そうだぞシュテル。」

 

ディアーチェがウインドウを開けば、シュテルがその無表情な顔と共に映し出された。

 

『お初にお目に掛かります。ナノハやシッショーの友人であるヒカリ…でよろしいでしょうか?』

 

…何やら後ろでユーノが抗議の声を挙げていたが、上手く聞き取れなかった。ヴァルキリーのお陰で高感度の集音能力があるにも関わらず聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

シュテルは高揚の余りない、淡々とした喋りではあるが、理知的な感じがヒカリにとっては第一印象である。

 

「うん…その、シュテルさん?」

 

『ナノハの友人ならば、シュテルで構いません。私の方もヒカリと呼ばせてもらいますので。』

 

堅苦しそうな話し方ではあるが、こう言ったところはフランクなものだ。ほんの僅かながら、彼女の表情が柔らかく見えた、気がする。

ともあれ、シュテルとのコンタクトをとったディアーチェ、そしてそれに伴うヒカリは、彼女の立案した砕け得ぬ闇(ユーリ)に対する事案を説明された。

 

『我々は恐らく、砕け得ぬ闇…いえ、彼女がユーリと名乗ったのならそう呼ぶべきでしょうか。とにかく、ユーリと元々は一つの構築体だったと予想しています。』

 

「うむ…それが闇の…いや、夜天の書の防衛プログラム。奴の中に取り込まれた際に、我らを構築するデータが破損しておった。無論、ユーリに関する物もな。…今の奴のプログラムによる暴走を望んでの意図的な物かは判らぬ。しかしそのデータも今はある程度修復しておる。そこで、貴様のデバイスからエグザミアのデータ。それを理の構築体(マテリアル)シュテルが自分の中にあるエグザミアのデータと照らし合わせ、何が原因であのような事になっておるのかを突き止める。」

 

『その上で、修復用のデータワクチンを魔力と共に撃ち込み、不具合を修正する、と言うのが我々の考えた案なのですが…。』

 

「…確かに、話の筋は通っている。しかし、今の彼女にアレだけの物を撃ち込んでダメージを与えられていないように感じる。今なお攻撃を仲間とあの姉妹がしてくれてはいるが…。」

 

背後には、白銀のビットや、桃色と青色の弾丸が飛び交い、必死にユーリにダメージを与えようとしてはいる。しかし件の彼女はまるで意に介さず、ただただ浮いているだけ。まるで、嵐の前の静けさかと思うほどに…

 

「しかし他に良い案はなかろう?…先ずは奴を止めねば、何をしでかすかわからん程に奴の出力の上限が読めんのだ。…手は早い内に打っておきたい。」

 

最大火力を誇るであろう、はやての攻撃までがすこし焦げる程度にされてしまっては、もはや頼る物は他に無いのか。データワクチンとやらの完成にどれ程掛かるかわからないし、そもそも原因が見付かるのかどうかさえも不明瞭だ。しかし、

 

「…執務官さん、俺は…賭けてみても良いかなって思う。」

 

「私も賛成や。…正直、私らの攻撃が通らんかったのもショックやけど。せやけどここで何とかしたげな…。」

 

「ふん、子猫と子鴉もこう言うておる。…どうするのだ?」

 

「…わかった。君達の案を吞む。艦長には僕の方から話しを通しておく。」

 

クロノにとっても、これを打開する策という物が浮かばない。ナハトヴァールのようにやれば良いとも思っていたが、攻撃が通らない以上どうすることも出来ない。ともすれば、ディアーチェやシュテルの言うことを信じて、自分は何らかの不祥事に備えることが肝要だろう。

 

「そうと決まれば、シュテルが到着するまで撃墜されないように下がっておいた方が良いだろう。」

 

「え?」

 

「ま、もうすぐだろうし、それくらいはやれるっしょ。」

 

まるでゴングが鳴ってボックスに下がるボクサーのように、今まで戦っていたメンバーと交代で前に出る。両拳を打ち鳴らすレオン、リインフォースを筆頭に、後衛にクロノとはやてが就く。

 

「ぼ、ボクだってまだ戦えるよ!」

 

「阿呆か。貴様のデバイスのデータが必要というておる。それを放り出して、しかもむざむざと落とされでもしてみろ。それこそ本末転倒よ。」

 

「姉やんの言う通りや。まぁ、時間稼ぎ位はできると思うよ。幸い、ユーリは攻撃に対して消極的や。何とかなると思うんよ。」

 

「う……わかった…。」

 

『だから我は貴様の姉ではない!』というディアーチェの抗議を余所に、何も出来ないことに不満を抱えつつも、渋々と言った表情で承諾する。

そもそもヴァルキリーの内蔵魔力も二割を切っており、長期の戦闘は出来ない。

歯痒い想いはどうしようもないが、かと言って足手纏いになるのも遠慮したい気持ちもある。

 

「それじゃ…第二陣!前進!!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

クロノの声を号令として、第二戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

「くっ…、情けないな。まともなダメージを入れられなかった…。」

 

「…正直、アレだけの数の敵と戦った後です。仕方ない、と言えばそれまでですが。」

 

ハルにとって慣れない空中戦と、切り札のソードビットに加え、入院生活によるブランクがここに来て少なからず祟ってしまった。落ちてしまった体力もだが、何よりも戦いの勘が衰えていた。

魄翼から展開された巨大な爪により、近接戦闘においてのアドバンテージはユーリにあった。その威力もさることながら、リーチも上回っており、もはやビットを囮にしながらも手甲のブレードによる接近戦が主たるものとなってきていた。

しかし、周囲の弾幕も意に介さず、ただ接近戦を仕掛けていくと反撃。近付かない限り無害となっているのは何故だろうか?そこに疑問が残る。

 

「…悩んでも致し方ない。今は魔力を少しでも回復させ…」

 

「…ちょっと良いかしら?」

 

交代に備えようとするハルを、キリエが呼びかける。その声色は低く、姉妹たるアミタにとっては余り聞くことのない…いつものおちゃらけたものではなく、真面目な彼女の心象が現れているのがよく分かった。

 

「…何だ?…まさか初対面の時のことを根に持っているのか?」

 

「まさか。それよりももっと、大切なことよ。…それに、私達はあの時が恐らく初対面じゃないわ。」

 

初対面で何がどういう状況に陥ったのかはわからない。そういえばアミタにとってハルとの出会いはメイド服だったなぁ…そう想いにふけるのも一瞬。

()()()()()()()という彼女の言葉に、自身も引っかかりを感じていた点が臆面に出て来る。

 

「貴女…ハル…ハル・アストレア…違うかしら?」

 

「ハル…アストレア…?」

 

瞬間、

頭を鈍器か何かで殴られたような、そんな痛みがハルを襲った。瞬く間に嫌な汗が噴き出し、心臓は早く鼓動を刻む。そして脳の奥底から何かが訴えかける。

『思い出すな。』

と。

 

「ハルさん!?」

 

「ぐっ…!がぁぁっ!?!?!?」

 

もはや悲鳴。

散開しているメンバーが、その声に反応してその動きを止めてしまうほどに。

頭を抱え、背を反らせ、耐えようのない痛みが襲い来る。

 

「っ!?あかん!?」

 

皆がハルに気を取られた時だ。その時を縫うように…不動を貫いていたユーリが魄翼をはためかせ飛翔した。

その機動性はそこまで高くはない。しかし不意を突いたと言う点を踏まえれば、充分に優位を取れるほどだ。

まるで…何かに引き寄せられるかのように直線的に進むその先は…。

 

「避けろ!准尉!!」

 

悲痛なまでにクロノはいち早く叫んだ。

今からこちらが向かっても間に合わない。ならば本人に覚醒を促し、対処させるしかない。

だが、今の彼女の状態を見れば、耳に届いたところでまともに動くことなどできようか。

 

そして…

 

ずぷり…

 

まるで泥沼にのめり込んでいくかのような音と共に

 

ハルの腹部へ

 

ユーリの右手が

 

突き刺さった。

 

 

 

「がっ…!?」

 

突如として襲われた感覚に、頭の痛みを忘れ、これ以上に無いほどハルは目を見開く。

まるで…心臓を…鷲掴みされているかのような、そんなこれ以上に無いほどの不快感が身体を伝う。

ユーリの手がハルの身体を貫いていた。しかし出血などはまるで無く、彼女らの手と身体の接触点には、ユーリの魔力色であろう、赤黒い円が形成されているのだ。

まるで時が止まったかのように…皆は動けずにいた。

目の前の光景が…余りにも衝撃だったのだろうか。

 

しかして、

 

ユーリはそれとは関係ない、と言わんばかりに、突き刺した腕を引き抜く。

 

それに伴って、

 

「あ″がぁ″ぁ″ぁ″ぁ″っ!?」

 

ハルは悲痛なまでに悲鳴を挙げる。

掴まれていた心臓が、五臓六腑が、引きずり出されたかのような、おぞましいまでの感覚と身体に走る痛み。それに堪らず、だ。

 

そして、

 

彼女から離れると共に、ユーリによって引きずり出されたのは、

 

魔力で出来た巨大な槍。

 

赤黒く、そして銀線が走る槍。

 

「エンシェント…」

 

もはや、処刑宣告とも取れるかのように、ユーリはその言の葉を紡ぐ。

 

「マトリクス。」

 

身体の回転によって遠心力をつけて投げ放たれた巨大な槍は、

 

皆の叫びを掻き消すかのように、

 

一人の少女のその細々とした体躯を、

 

 

 

 

 

 

貫いた。



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Mission35『白の騎士、墜つ』

タイトルが思い浮かばねぇ…。


ぱりん…

 

静かな家のリビングに、乾いた音が響いた。

娘達が魔法関連で家を空けていることを心配し、起きておくために何杯目かわからないコーヒーを飲んだ父母である士郎と桃子。突如として響いたその音。カップを洗っていた桃子はその正体が何なのか理解するのに、さほど時間は要さなかった。

 

「あら…」

 

「桃子さん?なにか割れてしまったのかい?」

 

手持ち無沙汰なので深夜番組を見ていた士郎が、心配気にソファに座しながら、肩越しながらも視線をキッチンに移す。

 

「お茶碗が…」

 

既に洗い終わり、食器棚に伏せてあった一つの茶碗を取り出して眺める。見事なまでに二つに割れた、真新しく、最近になって使い始めた青と白の茶碗。

 

「それは確か…」

 

「えぇ、ハルちゃんの…。」

 

「…何かあったのかな。」

 

茶碗やコップが割れる、と言うのは、使っている人の身に何らかの良くないことが起きているジンクス。窓から見える、星空の向こうで戦う末娘と、新しい家族。心配そうに見上げる二人の心境とは裏腹に、黒くも蒼く澄んだ夜空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び散る赤。

夜空を染める白銀の金属片。

コードが、装甲が。

その身を散らして海へと落ち行く。

 

「ぐ……っ!間に合った…かな…?」

 

痛みに顔をしかめ、蒼の瞳は薄らと見開かれる。痛みを覚悟で割って入ったのは良い。もっと鋭い痛みが全身に走るかと思えば、左肩だけが焼き付くような痛みなのはラッキーなのか。

 

「如……月…?」

 

背後では真紅の目を見開く。目の前には自身を庇うように割って入った彼女の行動が信じられない。

しかし、彼女が入ってくれなければ、自分の腹は貫かれ、見るも無惨な物になっていただろう。

 

「…やっぱボクって、不可能を可能に……痛っ…!」

 

庇った際に、ヴァルキリーの左肩部の装甲、そしてその下にあるヒカリの肩を掠め、左バーニアに突き刺さって中破させていた。普通なら庇うどころか、割って入った所で二人仲良く団子宜しく串刺しになっているのが関の山だろう。それでも何とか肩を掠める程度の負傷で済んだのは、すんでの所でヴァルキリーの手甲とそれを纏わせた防御魔法によって、何とか逸らした結果である。しかし防御魔法を張った際に、展開効率を上昇させる意味で両手を突き出したのが災いしたか、左腕部の装甲を抉り取られてしまった。

 

『サージェント…左バーニア損傷。推力32%に低下。戦闘行動に支障。レフトアーム使用不能。』

 

「こ、これくらいなら、安いものだよ。…入らなかったら、多分もっと悲惨なことになってたし…。」

 

「す、まん……私としたことが…」

 

「んーん、無事だったならそれで良いよ。」

 

未だ痛むのか、頭を押さえつつ謝罪の意を示す彼女に、ヒカリはただ、微笑むだけ。

 

「…それにしても…」

 

見やるはこの槍を生成した少女だ。

今も、その無機質にも見える眼を、ただこちらに向ける。それだけ。

しかし、視線はヒカリに向ける傾向があるのか、他にはそこまで興味を示していない。にもかかわらず、ハルの異変に感付き、あまつさえ強大な一撃を加えようとしていたのもまた事実。もはや行動原理が解らなくなってきていた。

 

「こんな物騒な物…投げちゃダメだと思うよ…?」

 

未だ損傷の無いライトアームで、バーニアに突き刺さっている巨大な槍を引き抜いた。深く突き刺さっていたのか、引き抜く際にバーニアから悲鳴が聞こえる。飛び散る火花が生々しい。さらに宜しくないのが、バイザーに表示される警告。

 

(残り魔力…一桁…。)

 

全力で槍を逸らさんとして防御魔法を張った結果である。更には左肩の怪我も、深くはない、しかし決して浅くはないものだ。滴り落ちる血が、それを物語る。正直…戦うのは無理かも知れない。

 

「お、おい。」

 

「ヴァルキリー…少し…うぅん、かなり無茶するよ?」

 

『…仕方ありません。お付き合いしましょう。』

 

もはや諦めにも似た同意だ。呆れ声ながらも従順。しかしそんな相棒に心中感謝しながら。

 

「出し尽くす!ヴァルキリー!」

 

『Maximum…スタート!』

 

損傷した腕部が、バーニアが。白銀の装甲をスライドさせ、赤いフレームを露出させる。残り魔力の少ない現状でのこれは、もはや戦術などない。

そう、これは…

 

『特攻…!?』

 

その場に居た誰もが意見を同じくする。巨大な槍を右手に、バランスもクソもない推進。ただただ今ある最大の加速を以てして、ただ一撃を加えんとする。

握った槍の手に自然と力が入る。みしり、とレフトアームの指がめり込んだ。

正直、こうでもしないと、左肩の痛みに耐えられないかも知れない。

 

「………」

 

それを察してか否か、ユーリは右手に赤黒い魔力を纏わせる。

 

「バイパー…!」

 

先程と同じく、赤黒い円の中に手を突き込んだ。

加速しながらも、何を仕掛けてくるのか警戒も怠らない。

 

瞬間、

 

目の前に円が広がるのを捉えた。

 

急上昇した刹那、

 

眼下に槍が飛びだした。

 

(座標指定して…槍を繰り出した…!?)

 

一瞬なので混乱しながらではあるが、しかし予想を立ててみる。ユーリのデタラメな力はこの数十分で嫌と言うほど目の当たりにしている。何を仕掛けてきてもおかしくないが…。

 

(だとしたら次は…!)

 

不安定なバランスを補助しながらも、横にバーニアを噴かせると、先程までの進路に槍が突き通った。

予想通り…だった。

次々に撃ち出される槍を避ける。

横から来れば縦に、逆もまた然り。確実に、的確に避ける。バランスを心許ないが、粗くも、しかし最小限の動きで、ギリギリで躱す。

そして…徐々に距離を詰めていく。このままならいずれ取り付くことも出来るだろう。だが、ヒカリの中では冷静であろうとする理性とは別に、感情には焦りがあった。

やはり視界の縁に鬱陶しげに点滅する残存魔力。ブースターの推進剤代わりに、魔力を噴出させて飛行しているヴァルキリーにとって、枯渇は致命的だ。もちろん、普通の魔導師にもそれは言えるのだが、ヴァルキリーの場合、待機状態でなければ空気中の魔力の補給が出来ないと言う欠点がある。人体ならば、リンカーコアを介して魔力補充が可能だ。しかし、ヴァルキリーはデバイスである。元々規格外な部類に入るこれは、駆動時はこちらにリソースを回すことが出来ず、逆に待機状態で余裕が出来て初めてそれを可能とするのだ。それだけに、魔力を溜めようとするならば、ヴァルキリーを待機状態へ移行せねばならず、戦場でそれを行うことそれ即ち無防備な状態を晒すことになる。それだけに、魔力が切れる前に、一太刀…いや、一槍入れなければならない。

 

「こん…にゃろぉおっ!」

 

10メートルを切ったか、と言う距離に入ったとき、まるで槍投げのように振りかぶると、残る魔力を出し尽くさんばかりにバーニアを噴かせ、大凡年頃の少女に不釣り合いな絶叫と共に突貫。ヴァルキリーの装甲をも貫いたその鋭利な紫色の槍。彼女生成した物だけに、その一撃はお墨付きだ。

 

刹那、

 

紫の結晶が砕け散り、周囲を蹂躙する。そして、魔力同士が干渉し合い、幾度目か解らない爆発が引き起こされた。

 

「な、何が…起こった?」

 

「我に聞いても解らぬ。しかし…あの雀。」

 

「え?」

 

「中々考えおったな?」

 

ディアーチェが、ヒカリの意図に気付いたのか、顎に手を当てて頷く。それに関してはクロノも意見を同じくした。

 

「確かに、あれならば多少のダメージは通るかも知れない。」

 

「ど、どういうことなんですか?」

 

トーマの意見に、はやても、フローリアン姉妹、そしてリインフォースすらも、2人の納得に疑問符を浮かべる。

 

「奴が繰り出したあの槍は、奴の術式で出来ておる。我らの魔力を以てしても通らぬあの護り。奴の術式でならば突破も有り得るやも知れん。」

 

「しかし…ヒカリさんがユーリを攻撃など…そもそも、あの槍は殺傷設定を解いていないのでは?」

 

アミタの意見も尤もだ。未だ、ヒカリの肩を貫いたあの光景は記憶に新しい。

 

「狙ったのが…ユーリ本人ではない、とすれば?」

 

クロノの目の先。黒煙が晴れ行く中、ユーリの象徴ともとれる魄翼が、その姿を現していく。そこで…皆が眼を丸くする。

右の魄翼、巨大な腕の、掌。そのど真ん中を深々と、槍はものの見事に貫いていた。

 

「と、通ってる!」

 

「ふむ、あの雀の策は存外上手くいったようだ。」

 

歓喜する面々。しかし、晴れ行く煙と共に、皆に一つの疑惑と、そして嫌な予感が脳裏に過ぎる。

 

ヒカリが、いない。

 

「ぐ……ぁ……!エグザミア…稼働効率…低下…!」

 

よもや自らが作り出したエンシェントマトリクスを利用しての攻撃など、考えもしなかった。自らの魔法がなまじ強力なだけに、自らの防御を貫いてしまったのは何とした皮肉か。

ユーリの苦悶の表情が、そのダメージは決して少なくないことを物語る。

 

そして…

 

完全に晴れた黒煙。

左の魄翼の掌。そこの五指から伸びた刺。

それにまるで(はりつけ)のように貫かれていたのは…

 

 

ヒカリであった。

四肢は貫かれ、もはやヴァルキリーのバーニアも、背部を含め、脚部の物も、白銀の美しい装甲はひしゃげ、もがれ、もはや内部のパーツも露出するほどにまで破壊されていた。

 

「如…月…?」

 

未だ鳴り止まぬ頭痛。枯渇寸前の魔力。

もはや戦闘など不可能なのは火を見るより明らかだ。他者からすれば、その健康状態が芳しくないのも見て取れる。

しかし、焦点定まらぬその目には、

目を背けたくなるほどの現実が、

ハッキリと映し出されている。

 

「……ぁ……!」

 

自分が不甲斐ないばかりに。未だ民間協力者であることに変わらない彼女を、守らなければならない市民を、そして同じ学舎に通うクラスメイトを危険に曝して、自分を護り、怪我をさせてしまった…!

もはや後退など無い。今全てを以てしてユーリを止めなければ、現状も打破できず、ヒカリを助けることすらも出来ない。

足元に魔力を集中。若干膝を折って、跳躍の体勢へ。

 

「行くぞ…ガル…」

 

いざ、と言うタイミングで、真横を通り過ぎたのは黒金の閃光だった。まるで弾丸と思しきまでに宙を蹴り、ユーリへと迫る、迫る。

そしてユーリはというと、先程のダメージが抜けきらないのか、未だ動こうとしない。思えばチャンスだ。

 

「離しやがれ…!!」

 

その形相、鬼と思しきまでに歪んでいた。怒りが身体を突き動かしていると言っても過言ではないだろう。ジャケットであるスーツはリカバリーを施したのか、ある程度修復されてはいる物の、黒金のデバイスたるブリュンヒルデも大きくはないが、しかし決して小さくもない損傷が見受けられる。魔力も体力も連戦に次ぐ連戦で減少している状態にも関わらず、その突き動かす原動力になり得るほどの怒りとは、一体何なのか。

 

「タイラント…ナックル…!!」

 

手甲に金色の魔力が神々しく宿る。唯々、砕くことを追い求めた術式で、ステ振りで言うなればSTRに殆どのポイントを注ぎ込んで、他は申し訳程度にしか振っていない状態である。

 

「シッ!」

 

勢いを利用しての、清々しいまでに右ストレートを放つ。如何な見た目が幼い少女といえど、その容姿に反して途轍もなく、途方もなく強大な力を持つだけに加減は効かない。でなくとも、目の前の光景を目の当たりにしているだけで、彼の怒りの沸点のメーターはオーバーリミットを示している。

が、いくら強化すれど、目の前のユーリという少女の魔力は、彼のそれを大きく上回っており…

 

ぱしん…

 

という乾いた音と共に、掌で受け止められた。

魄翼の巨大な手ではない。片や槍に貫かれ、片やヒカリを磔にしている。

ともすれば残る手は、

ユーリ自身のその小さな掌である。

 

「んな…っ!」

 

これは流石に予想だにしていなかった。破壊力を重視した術式を乗せ、思いっきり勢いの加わった拳を、まるで赤子の手のように、悠々とその小さな掌に受け止めて見せた。

 

「ざっ…けんな!」

 

激昂しているのか、もはや猪がなにかの獣の如く、両の手の拳を唯々ひたすらに打ち付けていく。右フックに左ストレート、左アッパーに右のジャブ。ラッシュと言えば聞こえが良いが、端から見ればそれはただ我武者羅なだけだ。

 

「この…っ!!いい加減…!」

 

「………」

 

しかしそれを意にも介さず、まるでハエを払うかのように振るわれたのは魄翼。左の物はヒカリを磔ているために振るっては来ない。

槍で貫かれている方が、空を切る音共に振るわれ。

 

「ぐぁっ!?」

 

もろにソレを受けたレオンは、不意を突かれた意味もあってか為す術も無く吹き飛ばされる。

錐揉みながら、海へ向かって落ち行く彼を、トーマは身を挺して受け止める。

 

「わ、悪い…」

 

「いや、いいんだ。けど…一体行き成り突っ込んだのさ。…って、尋ねるのも野暮か。」

 

レオンという人物を見て、彼の行動に納得がいくのか、トーマは自らの疑問に自己完結している。彼は、レオンやヴィヴィオ達よりも更に未来から来ているだけに、各々の人間の関係性についてもある程度は認識と知識があるらしい。はやてを極端に恐れるのもその影響だろうか。

 

「…頭に血が上ってたか…、…そっちは俺より未来から来てるなら…あの人との関係性も知ってるんだろ?」

 

「うん、まぁね。そんでそのコンプレックスぶりもね。」

 

「…コンプレックスかどうかは納得しかねるけど、…まぁあの人にはここで退場して貰うわけにはいかないんで、な。」

 

「俺も同じく、ここでどうのこうのされちゃったら、俺自身の存在もヤバいかもしれないし。」

 

拳と剣とが、ユーリを見据えるように構えられる。

このまま彼女が破壊を振りまき、取り返しのつかない事態ともなれば、それこそ未来が無くなって…タイムパラドックスが起きかねない。

今ある境遇。

それは全てが幸せでないにしても、自分の居るべき場所も消え、もしかしたら全く違う自分になってしまうかも知れない。

 

「ここはタイムパラドックスとか置いといて…死力を尽くして…」

 

「未来を切り開きますか!」

 

さぁ、第何ラウンドかはわからないが、開始といこう。判定勝ちはない。勝って切り開くか…負けて未来を失うか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体から力が抜けていくのを感じた。

頭がボーッとして、瞼が重く。

貫かれた左肩以外にも身体の各所が痛む。

流れ出る液体は…暗い視界の中でも血であることを認識できる。

 

(ボク…ここで、終わっちゃうのかな…?)

 

頭で思っただけで、口に出すことは出来ない。口を動かす気力も絞り出せない。手放しかけている意識は深い闇へと沈んでいく。

身体の痛みはある。

しかし心地良くもある浮遊感。

このまま沈み行く意識に身を委ねたらどんなに心地良いだろう。どれ程楽なのだろう。

 

(あぁ…もう…眠たいや…。)

 

襲い来る睡魔のように…意識を引きずり込もうとするその衝動に、まるで身体を預けていく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タスケテ…』

 

自分の深層意識に少女の声が、まるで木霊のように響いた。意識は沈んだのか、痛みも消えて、むしろ沈みきって逆に頭が何処か透き通ったように感じる。

 

『タスケテ…。』

 

まただ。

声とともに、真っ暗な中で視界と意識クリアになる。

明晰夢、とも思えるかのような感覚の中、目の前に広がりつつある光景に思わず息を呑んだ。

 

 

まるで宇宙空間のような浮遊感ながら、周囲には虹のようなカラフルな帯が、まるで絵画にある一点透視図法のように、前方へと集約されていっているのだ。

齢10年の生の中、未だ見たこともない光景。

そして五感全てが研ぎ澄まされる中…

 

『助けて…』

 

山彦のように、空間内で響いていた声も、段々と容易に聞き取れるようになってきた。

 

助けを求められている。

 

この空間の中で。

 

そしてその声は、虹の帯が流れる先から届いている。

 

ここが何処なのかは解らない。しかし直感で今すべきことを理解は出来る。

 

(ボクは…この声の主を知っている…)

 

そう思ったときには既に身体は動いていた。

水中は違い、身体に纏わり付くものも、

地上のように、地面に引き寄せられる感もない。

だが行きたいと思った方に進んでくれた。

虹の指し示す先。

黒と共に支配するその空間を進むその行方に、一つの光が射す。

眩しくて、しかし冷たいと感じた。紅く、ただひたすら紅く。まるで業火の如く燃えるような色が支配する空間が広がった。にもかかわらず、肌に感じる空気は冷たい。凍え、凍り付きそうなほどに肌を刺す。これが現実(リアル)ではないことは解っているのに、この寒さは間違いなく肌で感じる。

 

『…だれ…?』

 

「…やっぱり…君の声だったんだね。」

 

紅々(あかあか)と照らす空間に、一人の少女が膝を抱え、その無重力に従って浮遊していた。

うっすらと開かれた目はあの緑色ではなく、自分のよく知る琥珀色だった。

 

『…ヒカリ?』

 

「うん。そうだよユーリ。」

 

『どうして…ここに…?』

 

「ん~、わかんない。」

 

『ここは…私の…エグザミアの深層の中ですよ?入ってくることなんて…。』

 

「理由はわからないけど…事実こうしてボクが入って来れているんだし、入れるんじゃない?」

 

無茶苦茶なこじつけだ。だが、目の前に浮かぶ彼女はこうして入ってきていることを思えば認めざるを得ないのだろう。

 

『…なんだか、別れて一日も経っていないのに、随分と懐かしく感じます。』

 

「あはは…確かにね。さっきまで戦いあってたのに…」

 

『むぅ…それはエグザミアにあるプログラムのせいで…私の意志では…』

 

「…ユーリ、外の君について…何か知ってること、あるの?その…止める方法、とか。」

 

そう尋ねると…ユーリの顔は、影を落として口をつぐんでしまう。

 

『…エグザミアのプログラムの上書き。以前、はやて達が闇の書を止めるために行った方法が一番なんですが…』

 

それについては皆も言っていた。しかし、ユーリがそこで言葉を濁すと言うことは、これを成すまでに障害があるのだろうと予想できる。

 

『その為には専用のアンチプログラムを用いた魔法による飽和攻撃によって、エグザミアを機能停止に…その上で今起動している暴走プログラムを上書きしなければなりません。』

 

前半についてはシュテルが言っていた内容と酷似している。…となれば、ここでこうしてユーリと対面している以上、

 

「…今恐らく、ボクは身体から意識を離してユーリと話してる。その…こうしてユーリの意識がある、と言うことは、ボクと同じように一時的に意識と身体を分離させることが出来ないかな?」

 

『それって…幽体離脱…っていう?』

 

「うん。…そのアンチプログラムのこととか、口頭ではボクが皆に伝えることは出来ない。だから…何らかの方法での離脱が出来たら、現状の打開が出来るんじゃないかなって。」

 

無茶苦茶な案だ。だが、今この場で手をこまねいている内にも、外でどれ程の戦闘が引き起こされているかも判らない。

 

「だから…ユーリ。」

 

『ダメ…行けません。』

 

しかし、差し出した手に対して、彼女の口が紡いだのは拒否。

 

『今…外の暴走プログラムが、()()()()の破壊で済んでいるのも、ここで私が存在して…抑止力になっているから…。その抑えがなくなったら…きっと今まで以上の破壊を始めてしまうと思います…。』

 

「あれで…まだ抑制されているの?」

 

コクリ、と肯定され、どうしたものかと思案する。

苦し紛れの一撃も、先の言葉からすれば程なくして修復されてしまうだろう。他のメンバー総動員でも、今の状態ならまだしも本格的な暴走を始められては、抑える以前に地球がマズい状況になりかねない。現場指揮を執るクロノが居たら頭を抱えるだろう。外のユーリの出力も、目の前のユーリが『抑えている』のであって、『下げている』訳ではない。少しずつながら上昇しているのもまた事実であるし、いずれはその抑えを振り切って全力で戦ってくるだろう。

 

『だからその前に…』

 

「アンチプログラムを撃ち込む必要がある、ってことか。」

 

『時間がない…だから…。』

 

とん…と、ヒカリの身体を…いや精神体と言うべきか、ユーリは突き飛ばした。

瞬間、

漆黒の顎が閉じるかのように眼前の空間がシャットアウトされる。

 

「なっ!ユーリ!ユーリ!!」

 

必死に呼びかけれど、その叫びは空しく空間に木霊するだけ。それに伴ってなのか、自らの身体も、徐々に透けてきている。どうやら…エグザミアから弾き出されるらしい。

 

『ヴァルキリーに、アンチプログラムの作成データを送ります…だから…それで私を…』

 

そこまで聞いて、ヒカリの意識は意識世界から弾き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

『銀十字!』

 

「撃ち抜けェ!!」

 

夜天の書にも似たソレから断章が八枚飛び散る。

魔術のリングを構成し、その中央から白銀の弾丸が射出された。

無論、ユーリも易々と当たるつもりもない。最初こそ飛翔の動きは緩慢ではあったが、今ではその動きに明らかな違いが出始めていた。

 

(段々、動きが良くなってきている!)

 

『銀十字!誘導プログラム更新!制御にリソースを回して!囚われているヒカリさんには当てないように!』

 

【了解。】

 

途端、撃ち出された弾丸はその動きを変えた。

直線的にユーリを追っていただけのそれは、まるで包囲するように、鋭く、速く動きを変えていく。

今はあの無数の弾丸を撃ち出すフェニックスフェザーは使えないはずだ。片やエンシェントマトリクスが、片やヒカリが。その状態を好機と捉えるなら、今をおいて他にない。

 

「誘導弾確認。リング、形成。」

 

後退しながら正眼にて両手の平を突き出す。再三、赤黒い魔力が形成され、それは輪っかを象る。

眼前に迫り来る誘導弾に、その輪の虚空を捉えた。

 

「ヴェスパーリング!」

 

魄翼の炎を纏うかのように禍々しく撃ち出されたリングは、迫る誘導弾を容易く撃ち落とし、まるで余波の威力をも誇示せんとばかりに、多少の軌道のズレがあろうが、銀十字の弾丸の光は次々と朱に飲み込まれていく。

しかしそちらに気を取られてくれたお陰で、隙が生まれた。

半数を撃ち落とされてしまったが、その残り半分、死角を突くことが出来た。

 

「くっ!」

 

魄翼に槍が突き刺さってから、初めて苦悶を浮かべたように見える。そしてその苦悶は報われてか、右の魄翼を振り回して弾丸を打ち消すに至った。まるで、その太さに偽り無しと言わんばかりに豪風が吹き荒れたとも錯覚するほどに鋭いスイング。しかし、数の上ではこちらが優位に変わりはない。

 

「響け!」

 

漆黒の砲撃が三方向からユーリを包んだ。周囲に設置されていたハウリングスフィアからの一斉砲だ。

彼らが前線で戦う中、援護射撃としてリインフォースが展開しておいたもの。しかし難点としては、ハウリングスフィアが設置後はその座標に留まるが故に、相手の位置によっては包囲攻撃に成り得ないこと。スフィア同士と敵とが直線的に並べば、その結果は自明の理。躱すのも容易いものとなる。それだけに、スフィアの位置取りと、相手の誘導が肝要となる。この場合、上手くユーリ本体にぶつけることが出来たのも、トーマが巧みに誘導してくれた結果だ。

爆ぜる空気と煙。しかしそこへ追い打ちを掛けるように蒼い砲撃が撃ち込まれる。

その軌跡を逆行すれば、S2Uから穿たれたブレイズカノンであることを判断するのは容易だった。

そして…爆煙の中心を取り囲むかの如く、同色のリングが輪を織り成す。しばし後、孫悟空の頭の輪のように、その直径を一瞬にして縮めた。

ストラグルバインド

対象に掛けられた強化魔法の一切を打ち消すものだ。犯人捕縛において重用するバインド魔法だが、高ランクの犯罪魔導師相手に対抗するためにクロノが編み出したもの。それだけに効果の程は折り紙付きである。

 

「強化解除付与の捕縛…?」

 

大の字の如く、磔にされた状態で。

しかし、特段焦る様子もない。唯々淡々と、自分に掛けられた魔法を分析する。

 

「解析…」

 

「その前に叩く!」

 

三度、白銀の閃光が煌めく。ブレードビットがその鋭利な刃を左の魄翼に突き立てる。

否、

突き立てようとした。

しかしそれは適わず。

記憶の噴出によって未だ鳴り止まぬ頭痛から、魔力の伝達が芳しくないのだろう。そのビットの動きも、ガルムのAI制御ではあるが鋭敏なものとは言い切れない。それだけに突き立てる刃の勢いが弱ければ、その結果は火を見るよりも明らかだ。

ぎりっと、自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

何が特務捜査官か。何がホープか。此ではただの足手纏いではないか。

そう…自分の無力さに打ち拉がれていたとき。

 

ビットの内、2機が動きを止めた。

…いや、ハルの方からは制御を()()()()()()()。動きを遮られているのだ。

 

それを掴むは白銀の腕。

人のそれよりも大きく、そして機械的な物。

磔となり、装甲がもげかけているその腕に鞭を振るうかのように、関節を、装甲を軋ませて。

 

だれも口を呆気取られてあんぐりと開いていたのだろう。動かない。動けない。

其程までに異常で、あり得るはずの無い物を見ていたようだったから。

 

「…ヴァル…キリー……状況、は…?」

 

負傷から来る鋭い痛みに耐えながら、さながら絞り出すようなか細い声。先程から滴り落ちる紅い鮮血が、それを第三者にその傷の深さを物語らせるには充分なものだ。

 

『装甲面に著しい損傷。パワーアシストにも支障があります。しかしレフトアーム以外のメインフレームは辛うじて損傷なし。』

 

四肢を、脇腹をも串刺しにされて、メインフレームに破損がないのは最早奇跡の類かも知れない。なるほど確かに、思った以上に腕に力が入らないのは、負傷によるものだけではないのも納得できる。

 

『サージェント、刺突部を介してユーリよりデータの流入を確認。これは…』

 

ヴァルキリーの言葉で、先程ユーリの言っていた事を思い出す。

アンチプログラムのデータを送る、と。

だとしたら、この接触部位を通じてそのデータ送信を行っていることにも理解が出来る。

 

『…ユーリよりデータ送信が停止。』

 

「それは…。」

 

『不明。データ送信が完了。もしくは目の前のプログラム体が停止させたか…。』

 

前者ならば重畳だ。だが後者ならば中途半端なデータではプログラムを完成させるには至らない可能性が十二分にある。しかし、ユーリが必要不可欠なデータを篩い分けてくれたのならば、未だ光明はあるかも知れない。

どちらにせよ、動かなければ始まらない。

手にあるビットを握る手に、ありったけの力をこめる。しかし、破損から来る魔力伝達不足もさることながら、内蔵魔力が枯渇寸前なだけに、その力は弱々しい。

 

「…ヴァルキリー、魔力って…内蔵したものしか…使えないの?」

 

否定(ネガティブ)。』

 

「あるんだ…。どうやるの…?出来るだけで良い…、今を切り抜けられる…その時間があれば…」

 

その問いにヴァルキリーは答えない。なんらかの後ろめたい答えがあるのか。

 

『…今の状態で此を行う。それはサージェントの肉体とリンカーコア、双方に小さくはない負担を掛けることになります。重症の身体に、体内器官の一つとも取れるリンカーコアの活性化は、これから成長過程となるサージェントの肉体に弊害が…』

 

「それでも、今やらないで後悔するより、やった後で後悔したい。…目の前にいる友達を助けられたなら、ね。」

 

最早決意は強固な物だった。…一度決めたら、突き進むのは誰に似たのやら、と、ヴァルキリーはつくことの出来ない溜息を漏らしそうになる。だが相棒として、デバイスとして、彼女の気持ちを汲むこともまたやるべき事なのだ。

 

了解(ラージャ)。リンカーコア接続(コネクト)。』

 

ヴァルキリーのキーワードが紡がれたとき。

ドクン!と、自身の身体が大きく揺れ動いたのを確かに感じた。

身体の中からこみ上げる吐き気にも似た嫌悪感。内臓が混ざり合うかのような感覚に、一瞬ではあるが意識を飛ばしそうになる。

 

「あ…あぁぁぁああぁぁぁっっ!!!」

 

雄叫びにも悲鳴にも似たそれは、腹部を貫かれた痛みも、身体の嫌悪感を打ち消さんとする無意識から来るものか。ビリビリと皆の耳と肌に響く。

右手に握られたブレードビットへ込められる力が高まった直後。

 

超硬物質が砕けるような、甲高い破砕音が響いた。

 

「っ!?」

 

一番驚いたであろうはユーリだ。砕け墜ちる破片は、自身の一部とも取れる赤黒い鉱石にも似た魄翼の欠片。魔力を注いでいたそれが、今まで難無く弾いていたブレードビットにより、貫くどころか、砕かれていたのである。

それに伴い、ヒカリを磔ていた突起も魄翼が砕けると共に霧散していく。

ブシュッ!という音が聞こえそうなまでに、腹部から鮮血が噴き出した。今まで栓をしていた魄翼の突起が霧散したことで、文字通り風穴が開いたのだろう、流れ出るその血は止め処なく溢れていく。

 

「大丈夫…耐えられる…!うん…!」

 

自身に活を入れて、駆け巡る痛みに耐える。この10年弱の人生で、恐らくは腹に風穴が開くなどと言う経験はない。それだけに今まで感じたことのない大きな痛みに意識が飛びそうだ。歯医者で虫歯を抜かれた時の比ではないほどに。

 

「ヒカリちゃん!?血が!!」

 

「いけない!アースラ!エイミィ!今すぐ彼女の転送を!」

 

悲痛なまでに叫ぶ二人。人間という物は、矢張り血を見ると言うことに抵抗があるのだろう。加えて目の前の出血量を目の当たりにすればなおのことだ。

 

『サージェント。』

 

「…なに、かな」

 

『バイタルサインが危険域です。』

 

「そう、みたいだね。」

 

まるで他人事だ。いくら気丈に振る舞えど、その実はただの人間の身体に過ぎない。血を流しすぎて死にもすれば、心臓を射貫かれても然り。精神で保たせては居ても、身体の限界を引き上げることなどは出来ないものだ。

 

「でも…少しでもダメージを与えないと…止まらなくなる。」

 

「そんな身体で何を言うんですか!?今止血しますから、じっとしてて下さい!」

 

未だ無茶をしでかしかねない彼女をアミタは嗜める。ビリッと長く破った上着の一部を、まずは左肩の傷に若干圧迫するようにキツく巻き付ける。古風な処置ではあるが、少しでも出血を抑えるにはある程度の効果がある。

腹部に関しては、如何ともし難い。ここまでの出血量ともなれば、傷を塞ぐのみならず、血の補給…つまり輸血の必要性もでてくるだろう。

しかし、それでも前に行こうとする彼女の精神の強靱さ、いや、ここまで来ると最早頑固と言っても過言ではないそれは、異常とも取れる。此も一重に、ユーリという人物の存在故か。

 

そして…それを見る件の少女(ユーリ)は、傷を推す彼女をやはり無機質な瞳で見るだけ。先程と変わるのは、表情が少々曇っている、と言う点だ。

 

さて、どう動く?

 

牽制にしか成り得ない自分達の攻撃で、思わず出方をうかがってしまう皆を、やはり無機質なその目で一瞥すると、古代ベルカの魔法陣を敷き、自身の身体を霧散させていく。

 

「いけない!転移するつもりか!?」

 

クロノの叫びは否定されることはなかった。逆に肯定するかのように身体が徐々に薄れていくではないか。これでは後々厄介になる。多重転移でもされれば、それこそ何某かの行動…それも大規模な破壊でもしない限り探知に時間が掛かってしまう。しかしそれでは遅い。

ちっ!と舌打ちと共にクロノは横凪に手を振るう。極小の、それもよく目を凝らさねば見えない何かがユーリの紫天装束に付着する。しかし、彼以外のメンバーはもとより、付けられた本人すらも気付かぬままに転移が完了してしまった。

残るのは…ただの静寂。

吹き抜ける夜風と、文字通り嵐が去ったかのように、未だ荒れる眼下の海だけが空しさを物語る。

 

「逃げられた…!?」

 

「…リミエッタ、念のために聞くが…」

 

『…ダメ。1回の転移にしては、その距離が大きすぎるよ。サーチできない。』

 

アースラのレーダーを以てしても1回の転移で逃げ切れるほどの転移能力に舌を巻きながらも、舌打ちを隠す事が出来ない。それを行使するだけの処理能力と出力、そして魔力を有している相手。それを相手取って無事なのは奇跡とでも言うべきなのか。

 

「…一旦、皆アースラに戻ろう。…ディアーチェ。君と、その臣下の二人もそれで構わないか?」

 

「ふん。我らからすれば貴様ら塵芥の助力はなくとも、奴は手中に収まる。…その予想であったがな。…癪だが、この上なく、非常に遺憾ではあるが、奴の力は我らの想定を大きく上回っておる故に、仕方なく、貴様らと手を組んでやっても良い。我の寛大な心に敬服するが良い。」

 

「つまり姉やんが言いたいんは、『私らでは無理やから、お互いに協力するのが得策!』って言うことやね?」

 

「さて、黒いの。我が臣下が合流次第、今後の対策を練ろうではないか。」

 

「あぁ、了解だ。」

 

「むむむ…姉やん…放置プレイとは…成長したなぁ…。」

 

自分に取り合ってくれないディアーチェに対して、ちょっぴりの寂しさと成長への感心をはやては噛み締める。

ともあれ、砕け得ぬ闇を知るメンバーが協力してくれるともなれば、此程心強い味方もそうは居ないだろう。

 

「とにかく…!早いところ治療を!出血が止まりません!」

 

アミタの手は、貫かれた腹部と左肩を押さえて必死に出血を抑えており、その純白のグローブは鮮血に染まっている。ヒカリも、そしてヴァルキリーも、残り魔力もそうだが、損傷は深刻であり、だらりと力なく項垂れている。もはや自力での飛行もままならない。

 

「だ、だいじょぶ……へーきだから…」

 

もはや意識もなくなりかけているのか、目の焦点が合わず、その瞳は虚ろにも見える。戦闘状態という緊張の糸が切れた今、痩せ我慢していたツケが一気に押し寄せてきてのだろう。

 

「エイミィ!医療班と転送を急げ!」

 

クロノの悲鳴にも似た叫びを最後に、ヒカリの視界と意識は闇に墜ちた。




キリの良いとこまで書いてたら予想を上回る長文と、時間の掛かりよう…。中々難しい。


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Mission36『蘇る記憶、そして慟哭』

少々こじつけ感があります。
少しずつハルがヒロイン化してきている…ような。


規則正しい電子音が、ピッ、ピッ、と、まるで時計の秒針が時を刻むかのように室内に響く。

その中で医療班が慌ただしく駆けずり回る。

アースラの簡易手術室

現場で重傷を負った局員に施術する場所。本格的な医療のものには劣る物の、余程のものでない限りは処置できるほどの設備は揃っている。

しかし、運ばれてきた少女は見るからに重傷も重傷。特に腹部の刺し傷は大きく、文字通り風穴が空いているような物だった。

ミッドチルダには、優れた魔法技術によって、通常の外科手術の術式に加え、治癒魔法による再生治療も普及している。基本的に日にち薬による自然治癒を求めてはいる物の、救急においてはその限りではない。一刻も早い止血を求めるのならば、治癒魔法によるそれを敢行するしかない。命あっての物種、と言う言葉通りである。

執刀医のメスや縫合に合わせ、衛生魔導師(ヒーラー)による治癒促進を施し、術式は急けながらも一糸乱れぬ連携により完了と相成った。

 

 

 

 

 

 

 

「…容体は?」

 

ブリーフィングルームで、出撃していたメンバーが揃い踏み、その中でクロノが医療班の一人として同行したシャマルと艦内通信を交わす。

帰艦すると共に、待機していた医療班がストレッチャーにヒカリを乗せ、先の手術室へと移動となっていた。今回ばかりはヴァルキリーもその朽ちかけの装甲を解除し、ボディスーツのみを残して待機状態へとその姿を変える。その待機状態のブレスレットも本体の損傷に比例しているのか、ひび割れたその姿が痛々しい物だったのは皆の記憶に新しい。

 

「何とか山は越えた、って所かしら。重要器官とか大きな血管に傷が入っていなかったのが幸いした、って感じね。もう奇跡の領域だわ。」

 

「…そうか。」

 

収容されてから数時間後の今、ヒカリの怪我を知らされたもう一つのチームのメンバー。特に友人であるなのはやフェイトは当初若干取り乱しては居たが、時間という鎮静剤が落ち着きを取り戻してくれている。文字通り心身共に療養した各々は、今後の対策を練るためにブリーフィングルームへと集まったわけだ。

 

「姉やん、アンチプログラムの制作状況は?」

 

「今、シュテルがこの艦の技術者共と解析と構築に取りかかっておる。…如何せん、あの雀のデバイスからのデータが膨大且つ、しかしそれでも無駄のないもの故に、必要最低限の時間で出来上がるであろう。」

 

「プログラム…と言ってもどうやって撃ち込むの?注射みたいなのでプスリ、と言うわけでもないでしょ?」

 

「プログラム、と言うだけに、物理的には不可能だ。

 

ヴィヴィオの問いに、ディアーチェは応じる。

 

「では、非物理的であれば可能、と?」

 

「うむ、そしてそれは我らが持ちうる武器に上乗せするのならばそれも出来る。」

 

「持ちうる武器…?」

 

「それ即ち、魔法よ。」

 

彼女の言う魔法というのは、漫画やアニメのようにファンシーなものではなく、術式を用いた科学の延長線上でありプログラム。ディアーチェが言うには、その術式にアンチプログラムを組み込み、砕け得ぬ闇の弱体化、ひいては無力化を図ると言う。

 

「我ら…つまり、我と子鴉それに小童は書にプログラムを入力。それによって魔法に付与を図る、のであるが…。」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

一応件の人物であるトーマは、言葉を濁すディアーチェに質疑を投げかける。無論、疑いをかけるものではないが、不安要素と言う物は拭い去りたいというのは皆の共通の思いだ。

 

「日常から使用する魔法に更なるプログラムを上乗せする。その意味は判ろう?」

 

「…つまり、どういうことや?」

 

「…阿呆、貴様が問題であることを説明しておるのだ。魔法に効果を付与する事即ち、制御や演算の難度が増す。それ故、制御を不得手とする子鴉、貴様に懸念があるのだ。」

 

「な、なんやってーっ!?」

 

芝居の掛かった驚き方に、ディアーチェはともかくとして、皆からも呆れ気味の目を向けられる。

スベった

居たたまれない空気がはやてを包んでいく。

 

「うぅ……スベったからってそんな目で見んでやぁ…」

 

これも関西人の性故か。

否、

少々重苦しくなり始めた空気を何とかしようと考えての行動なのか。

 

(流石我が主、皆の緊張を解そうと思うが故に成せるのだろうな。)

 

などと一人後者であると思い込むは、彼女を守る騎士の将であるシグナム。

 

(…ぜってー空気和ませるとか意図したことじゃなくて素だろ。)

 

前者寄りの意見を思うはヴィータ。

 

「はやてのスベり芸はおいといて、だ。」

 

「スベってへんもん、皆がウケへんだけやもん。」

 

「人はそれをスベったと言うんだ。…とにかく、プログラムを使用にあたっては、制御難度が向上する、と言うことで構わないな?」

 

「うむ。…全く、子鴉の脱線ぶりには頭が痛い。…それで、融合騎よ。子鴉との融合(ユニゾン)については…」

 

ディアーチェの振りに、はやてより一歩下がって話を聞いていたリインフォースに、皆の視線が集まる。しかし件の彼女の表情は暗雲が立ち篭めているかの如く優れない物だった。

 

「…今の私には、融合能力はない。」

 

その答えに、ディアーチェと、隅で空腹と魔力を満たすために甘口カレーを食べているレヴィは目を点にする。

 

「…どういうことだ?」

 

「そのままの意味や。…年末の事件…話は闇の書事件まで遡るんやけど…。解決するためにナハトヴァールと夜天の書の切り離しをして、それで防衛プログラムを消滅させたんは姉やんも知ってるやろ?」

 

「…無論だ。」

 

「その時にリインフォースの能力の殆どがナハトヴァール側に引き込まれてな。その中に融合能力の機能も含まれてたんよ。」

 

あの時は一瞬一瞬が噛み合っていなければどうなっていたのかも解らない。其程までに緊迫していた状況だった。もしかしたら、闇の書による悲劇の輪廻は終幕していなかったのかも知れないし、もしそうならばここにいる皆がこうして会することもなかったかも知れない。様々な偶然と奇跡が重なって、こうした結果を生み出したに過ぎず、リインフォースの融合能力がない、と言うのを悔やむのも、欲を張りすぎなのかも知れない。

 

「ふむ…ならば致し方ない。…子鴉のオツムでも分かるように簡易な物にするよう、シュテルに言い伝えておくか。」

 

「姉やん、私をディスりすぎやで。」

 

「やかましい。…して、カートリッジシステム持ちには、プログラムを内包した特製の物にすれば問題はなかろう。」

 

ユーリを確保するための下拵えが着々と進んでいく中で、誰かを探していたなのはが声を挙げた。

 

「ねぇ?ハルちゃんは…?」

 

「アイツなら、医務室でCTをとってるらしいぞ?」

 

「CT?」

 

「記憶が蘇ってきた、とか何とかで、頭痛が酷かったらしいからな。それで脳に影響がないものか念のための検査だそうだ。」

 

「そう…なんだ。」

 

ヴィータとシグナムの答えに、なのはは少々煮え切らない返事を返す。

先日、気を失った彼女を目の前で見ているだけに、その件に関しては思うところがある。以前、翠屋にヒカリやユーリと来ていたアミタという女性。もしかしたら彼女が記憶の鍵になるのかも知れない。今回の件に関しても、やりとりのログを見る限りでは、あのキリエという女性も関係している可能性も出て来ている。その二人も、現在はリンディによる尋問を受けており、それに関しては問題ないだろうとクロノも言っている。

曰く、5歳以前の記憶がないというハル。その話が事実ならば、彼女はアミタやキリエと同郷と言うことになる可能性が高い。

しかし本人の記憶が戻っているかどうかが未だ分からない。先の戦闘での異常な頭痛は、戻りかけているからだろうと考えるのもまた事実。だが未だ検査が終わらないのであれば、憶測の域は出ない。

 

「医療班に掛かっている2人はシャマル達に任せておいて、ユーリ…いや、砕け得ぬ闇への対処についてだが、ディアーチェの立てた案で行こうと思う。各員、カートリッジシステム内蔵デバイスを持っている者は、プログラム内包の物を後で受け取るように。その他のデバイス所持者は、プログラムの書き込みを済ませて…。デバイスを持たないザフィーラ、アルフ、フェレットは結界の支援…だな。」

 

皆を一瞥しながらのクロノの説明に対し、一同頷く。一名ほど、抗議の声が上がったが、クロノは意に介する事なく続ける。

 

「正直、エグザミアの出力がどれ程まで上昇しているかは分からない。今なお臨界に向かっている可能性が極めて高いだろう。恐らくは時間勝負になる。各員、シュテルのプログラム完成とインストール次第出撃し、鎮圧に掛かって貰う。」

 

「でもクロノ君。ユーリの居場所って分かってるの?」

 

「確か…長距離転移して、行方が分からないって。」

 

なのはとフェイトがクロノの案について疑問符を浮かべる。彼女が転移したとき、アースラの索敵範囲から離脱されてしまったという報告は、現場に居た皆が聞いたものだ。

 

「それについては…」

 

『クロノ君!』

 

「エイミィか。…どうやら拾えたみたいだな。」

 

まるで図ったかのようにエイミィからの内線が入る。通信をしながらもユーリの索敵を続けているのか、その手は目にも留まらぬほどにパネルを叩いている。

 

『こう言うのって灯台下暗しって言うのかな?』

 

「何が言いたいんだ?」

 

『砕け得ぬ闇、長距離転移はフェイク。地球から離脱したと見せかけて、最終的な潜伏先は凄く間近だったの!私も思わず驚いちゃったよ!』

 

「…要点を言え、要点を。」

 

興奮気味かつ遠回しに言う自身の補佐官に、若干苛立ちを覚えたのか、クロノは少々語気を強めてエイミィに報告を促す。

 

『レーダーに引っ掛からないようにステルスを張っていたから、少し時間が掛かったけど…彼女の居場所は、海鳴市洋上20㎞。』

 

間近も間近。下手をすれば哨戒して目視できるかも知れない程の距離だった。

 

「…本当に灯台下暗しだな。」

 

マップデータが表示され、居場所を示すシグナルが点滅するのを見て、ザフィーラがボソリと呟く。

 

「でも何でステルスを掛けていたのに居場所が分かったの?レーダーにも引っ掛からないって…」

 

「それについては…まぁ古風で極々シンプルな理由なんだ。つまるところの発信機を付けていたんだ。」

 

前回の邂逅で逃げられたときのために付着させた発信機。ステルスを掛けている中でも、わずかな発信機のシグナルに周波数を合わせ、それを拾うことが出来れば、発見はその信号が全くないよりもかなり早まる。念のために仕掛けておいた物が本当に役立つと思わなかったが、これはこれで結果オーライだ。

 

「様子はどうだ?」

 

『今の所動きはない、かな。居場所は掴めても、どんな様子かまでの詳細は今一つ…。ステルスを展開しているのだから、魔力反応が引っ掛からないように放出しないのはセオリーだしね。』

 

「…確かに。動きを見せないのは不気味だが、逆に言えば今の所害はないとも言えるか。」

 

これは好都合か。動きがないのならば、プログラム完成までの時間を稼げる。逆に言えばその分相手に猶予を与えてしまうことになるが、プログラムという大きな武器が得られるならば、差し引きゼロ、寧ろプラスになるだろう。

そう一考したクロノは、口を開く。

 

「プログラム完成まで時間がある。完成次第、砕け得ぬ闇停止の作戦を開始する。それまでは体を休めておいてくれ。…ディアーチェもそれで構わないか?」

 

「ふん。我に聞かずとも答えは分かっておろう。癪ではあるが、貴様らの力を借りねば、我等だけでは奴を止めてやることは適わぬ故な。その案を吞むとしよう。」

 

流石に(キング)だけあり、あのユーリの力を見たからと言うのも加味しても状況が読めている。力を手に入れるにしても、エグザミアの力を抑えないことには不可能。

癪だが、と悪態をつきながら、そっぽを向く。しかしその視線は機嫌を伺うかのようにチラチラッとこちらへ向けてくる。有り難いという気持ちも見え隠れしているのが丸わかりで、はやてでなくとも皆が苦笑したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝台に横になって、ドーナツ状の機械の中央へとスライドされてから暫く。簡易な病院服から茶色の陸士服へとハルは着替える。CT検査を終えて、後は結果待ち。帰還して一息ついたにも関わらず、その表情には未だ陰りがあった。

記憶が戻りかけている。

医師に言われずとも、その兆候であろうあの頭痛の正体には察しはついていた。

確かに今までに無かった記憶がある。まるでピントが合わなかったそのビジョンに、それにオーダーメイドされたレンズを通したかの如く、鮮明にそれが見えている。

記憶がもどるなど、半ば諦観していたものだ。しかも今まではそんな兆候すら見えていなかった。にもかかわらず、ここ数日間で立て続けに記憶の復旧と言わんばかりに頭痛に苛む事態が起こっている。

それも地球に来てから、…いや、厳密に言えば、フローリアン姉妹にあってからだ。

半ば諦めかけていた記憶の蘇り。記憶喪失、と言うのは、ふとした拍子にもどることもあるし、何らかのスイッチによる事もある。前者は時間経過によるが、後者は記憶の中にある経験や光景、そして人物との邂逅がある。それは、外的要因によって閉じられた記憶が刺激され、それが切っ掛けになって蘇ると言う物だ。ハルが今回、記憶が蘇ってきている要因でもあり、これが一番手っ取り早い方法なのだが、一気に記憶が蘇ると同時に患者の脳に負担がかかるのも事実である。失った記憶が多ければ多いほど、それが一気に脳に駆け巡ることになる。その結果として、激しい頭痛や嘔吐など、不快感を伴った症状が出る。それが先程彼女を襲った頭痛の要因だ。検査をしている数十分の間に、その不快感はなくなった。が、いつ何時に再び頭痛が起こるかも分からない。一度、記憶というダムの水が漏れ始めた状態だ。何時決壊して先程以上の物が起こるかも分からない。これから砕け得ぬ闇(ユーリ)との決戦に向かおうかと言うときに。

 

「くそっ…陸士隊員ともあろう者が、何と情けない!」

 

ごん!と、CT撮影室から出たところの廊下の壁を、八つ当たり気味に拳で殴る。鈍い音共に、ぎりっと不甲斐ない自分に苛立って、ハルは歯軋りする。

何のために鍛えた?

何のために任務に臨んだ?

答えは…護りたいから。力無き人々を…民間人を護るためだ。…そんな彼女を偽善と言う輩も少なくはない。だが、それでもただひたすらに任務と鍛錬に打ち込み、管理局で類い希なるほどに、入局3年で准尉という異例の出世スピードで登ってきた。ソレもコレも…民間人を護るためであり、階級や出世など二の次三の次。それだけに、任務に撃ち込む熱意も周囲から見れば異常とも取れる物だったのだろう。しかし…

 

「なにが准尉だ…なにが陸のホープだ…!肩書きに不相応で無様を晒して…私は…!」

 

歩を進め、そして一面ガラス張りの部屋の前に辿り着く。

集中治療室(ICU)

その中央に設けられたベッドで、一人の少女が呼吸器に繋がれてその身を横たえていた。

護るべきだった…民間人。

にもかかわらず、自身を庇わせ、剰え重症をも負わせてしまった失態。

医師が言うには命がどうこうはないらしいが、それでも自身を庇った彼女に対して、胸を締め付けられる。

 

「如月…私は…。」

 

「どうしたんですか?ハル。」

 

如何ともし難いもどかしさと苦悩に俯いていた所に、ハルがよく知っている…ハズだと思える声が耳に入る。

 

「…アミティエ・フローリアンに…キリエ・フローリアンか」

 

「…昔みたいにアミタって呼んでくれないんですか?」

 

「あいにくと、まだそこまで記憶ももどっては居ないのでな。…どう呼んでいたのかも思いだしてはいない。」

 

突っ慳貪(つっけんどん)ではあるが、事実である。アミタとしては、自身の幼馴染みと確信している。それは、先の戦闘時に話を切り出したキリエも同じだ。

 

「しかし、私自身分からないことがあるのだが?」

 

「なんでしょうか?」

 

「どう考えても私とお前達二人の年齢が合わんぞ…?私の記憶が確かなら、同じ歳であったはずだ。」

 

ハルの思い出した中では、2人は自身と同い年だったと記憶している。だが、見るからに2人は10代半ばから後半。自分の年齢とは明らかに数年間の誤差がある。

 

「それに関しては…多分だけど、ハル自身がタイムトラベルしたんだと思うの。」

 

タイムトラベル

読んで字の如く、時間の壁を越えることだ。

彼女達の事情聴取の内容については、リンディから通知を受けているために大体把握している。

曰く、ハルの苗字とおなじ名を持つエルトリアという世界。その各所に点在する遺跡から見つけたオーパーツによる時間跳躍でこの世界に来たのだという。曰く、滅びの道を行くエルトリアを救うために、膨大なエネルギーを持つという『砕け得ぬ闇』。それを求めて、存在する時間軸に跳んだのだという。最も、求めていたのはキリエであり、それを制止するためにアミタは追い掛けてきたらしい。

 

「…私がタイムトラベルをした、という記憶がないのだが…。それにシャトルに乗ったのを最後に、記憶がないぞ?」

 

「そう、ですか。その記憶も失っているのですね…。」

 

悲痛な表情をするのはアミタだけで無く、キリエもやはり同じくとする。

 

「…どういうことだ?」

 

「あの時、成層圏付近まで上昇したシャトルは…」

 

「エルトリアの魔獣の襲撃を受けて…爆発しました。」

 

爆発?

 

「…それは…つまり…。」

 

「いえ…、シャトルの残骸は落下しては来ましたが、乗客…つまり、ハル、貴女自身やその御両親の遺体は発見できませんでした。」

 

シャトルの爆発といえども、人間の遺体を完全に焼き尽くすことは出来ない。余程強力な爆発物を積んでいるかでもしなければ、正直想像はしたくはないだろうが、焼死体が残る。しかし、それがなかった。

 

「…つまり、私を含め、皆はタイムトラベルに巻き込まれ、爆発には巻き込まれなかった、と?」

 

「えぇ。そしてその鍵となったのが、あの時渡した赤いペンダントです。」

 

「…これか?」

 

昔から持っていた紅い宝石をあしらえたペンダント。なんで持っているのかはわからないが、何となく、何となくだがとても大切な物だと思って所持していたわけだが…。

 

「幼い頃の私達は、遺跡で拾ったそれが何なのか分からず、ただ綺麗だからと言う理由でペンダントにして貴女に渡しました。しかしそれが後ほど、オーパーツの一部だったと言うことがわかりました。」

 

「…オーパーツ…?…つまりロストロギア、古代遺失物みたいな物か。」

 

「その解釈でも問題ないと思うわ。あのあと、欠片を見つけた遺跡の奥から、それと同じ物質の巨大な結晶が見付かったのよ。」

 

曰く、解析した結果、それが一種の転移装置でタイムマシンの様な物だと分かった。一方通行ではあるが、人や物を指定した時間軸と世界へと送り出すことが出来ることが分かった。それを父、グランツに話したところ大変驚いたものだが、それを使用することは許可しなかったという。

 

「つまり、ハル。貴女に渡した欠片は、いわば携帯用タイムマシンなのよ。あのシャトルの爆発の際に、その欠片が力を解放させて、恐らく乗客を転移させた。そう考えているの。」

 

「つまり…私はそれに巻き込まれてミッドチルダに飛ばされた。しかも時間の壁をも越えて。」

 

「そ。…まぁ見たところ、その転移でそのペンダントの欠片に残った力は出し尽くしたみたいね。それはもうただの宝石になってるみたいだし。」

 

ペンダントに出来るほどに小さな欠片だけに、その内包された力は1回切りの物だったようだ。しかし、このように小さな欠片であれど、時の壁を越えさせるなど、その力は計り知れない。

 

「…その話が事実としたら…本当に私はお前達と同郷…と言うことになるのだな。…信じられない話しだが。」

 

「でも貴女が生きていた、と言うことは、私やキリエ、それに博士にとっても喜ばしいと思えることです。あの爆発が起きたときは、流石に貴女が死んだものと思っていましたし。」

 

「そうね。記憶が戻りかけてるみたいだから、これから…」

 

昔のような関係に戻れたら。そう言葉にしようとしたキリエの言葉は紡がれなかった。

 

「記憶が戻りかけている。それはいい…。しかし何故あの時、あのタイミングで切り出した…?」

 

「は、ハル…!?」

 

アミタが眼を丸め、幼馴染みの行動に驚愕する。それもそのはず、キリエの胸倉を掴み、身長差があるにも関わらず、その身体を持ち上げていたのだから。実年齢に似つかわしくない鍛え抜かれたその握力で、ギリギリと彼女の身に纏うスーツは悲鳴をあげる。

 

「確かにお前の言葉による記憶のフラッシュバックで動きを止めたのは、紛れもなく私さ、相違ない。しかし、私はそれで…如月に重傷を負わせてしまったんだ!それは覆す事が出来ないんだ…!」

 

「ぐっ…!」

 

躯体の呼吸器が圧迫されているのか、苦悶の表情を浮かべるキリエだが、ハルの言うことに否定が出来ないだけに、文句を言えない。

 

「私が…奴に庇われて…護るべきアイツが管を繋がれて横たえられて!アイツが起きたとして、私はどうすれば良い!?傷を負わせまいと!危険から遠ざけようと!そうしたかった私は出来なかった!…教えてくれ…教えてよ…キリエ…アミタ…!私は…!」

 

持ち上げられていたキリエの身体は、ゆっくりとその足を地へとつける。程なくして、胸倉を掴んでいた手は離れ、ハルは力無くしゃがみ込む。俯いた彼女の肩と頭は小さく震え、白い前髪と身長差によってその表情は窺い知ることは出来ない。しかし、その死角から、ぽたりぽたりと…茶のタイトスカートを流れ落ちて濡らす物を鑑みるに、想像は容易であった。

 

「…ごめんなさい。正直…幼馴染みの貴女と確信が持てて…舞い上がっていたみたい。でもそれがまさか…あんな結果になるなんて、想像出来なかった…。」

 

自身の知るハルは、例え数年の付き合いの中で、静かに怒る少女だったのを覚えている。それだけに、あそこまで大声を張り上げることはなかったハルが、怒りを露わにしている。そこまでに思うところがあった、と言うほかない。

 

「…正直私も、ハルが少しずつでも私達の事を思い出すのが嬉しい反面、お世話になっていたヒカリさんがあぁなってしまったのには、何も出来なかったことにもどかしさすら感じます。」

 

でも、と言葉を繋ぐアミタ。

 

「ここでこうして怒りをぶつけ、後悔を嘆き合って…それで事態が好転すると思えません。現にユーリ…砕け得ぬ闇は…その力を蓄えているのですから。」

 

「………そう、ね。」

 

「………。」

 

キリエは視線を逸らしながらアミタに応じ、ハルは無言で…俯きながらも立ち上がる。それを見て2人が未だ折れていないことを確信したアミタは、強化ガラスの向こう側で横たわるヒカリに視線を移し、その表情を一瞬、ほんの一瞬ではあるが、その表情を曇らせる。しかし、すぐにその眼を鋭く、力強い物へと変え、踵を返し、ブリーフィングルームへと歩を進める。しかし、数歩の所で歩みを止めた。

 

「それに…ハル。ヒカリさんが目覚めたときの言葉は、どうして庇ったのか?っていう疑問とか、すまない。とかの謝罪ではありません。」

 

「…では、どうすれば良いのだ…?」

 

「簡単ですよ。」

 

振り返った彼女は、口許をつり上げながら言う。

 

ありがとう、と言えば良い。と。




ハルが身に着けていたペンダントの宝石の欠片についてはおおまかに言えばナデシコのチューリップクリスタルに似ています。
空間と時空を跳ぶ的な意味で。


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Mission37『火ぶたは切って落とされる』

おぉう…前回更新から一ヶ月以上…
今年の抱負であるGOD編クリア…出来るのか…?いや!してみせる。

あ、活動報告に記した武器募集、皆さんの要望を募ってます!浪漫武器でも何でも!私めが解るものならば!


「皆、集まったわね。」

 

ブリーフィングルームの中央奥にて、リンディが部屋に集まった皆を一瞥する。普段穏やかな彼女も、今回はとばかりに神妙な面持ちだ。

 

「ではこれより、砕け得ぬ闇、及びユーリ・エーベルヴァインさんの救出についてのブリーフィングを行います。エイミィ。」

 

「了解です。艦長。」

 

リンディの後方で待機していたエイミィが端末を操作する。すると、衛星軌道…つまりアースラから捉えたユーリの映像が映し出される。

 

「目標である砕け得ぬ闇。つまりユーリだけど、海鳴海上にて浮遊・待機中。何もしていない、と言うわけでもなく、恐らくエグザミアの出力を上げるのに集中していると考えられるの。」

 

「…つまり、仕掛けるには早いほうが良いというわけだな。」

 

「その通りだ。じゃないと護りも強固になり、こちらも攻め手にあぐねてしまう。」

 

シグナムの案は正しい。現に先の戦闘では、高出力の攻撃を受けたにしても、たいしたダメージを与えられずに居たのだ。時間をおけば、エグザミアの出力を上昇させ、その護りはより強固な物になりかねない。つまり先手必勝。

 

「ついさっきシュテルからアンチプログラムが仕上がったと報告があった。今、各々のデバイスならびに、カートリッジシステムの口径毎に入力しておるとのことだ。それが終了次第、各員出撃。各々アンチプログラムを用いた魔法による飽和攻撃を行い、エグザミアの機能を停止。その上で我が紫天の書を用いてプログラムを上書き。エグザミアを制御下に置く。」

 

「つまり、ナハトヴァールの時と同じやり方やね?」

 

「…ふん、癪だがな。」

 

はやての合いの手にそっぽを向いて、遺憾という意をありありと示す。が、彼女達が行った事が打開策のヒントとなったのも事実。どうにもはやてに対して苦手意識を持つディアーチェは、彼女に対して素直になれないでいた。

 

「とにかく、もう少しで出撃準備が整う。各員、心の準備を…」

 

「クロノ。」

 

クロノが纏めようとした言葉を、フェイトが悲痛な面持ちで遮る。

 

「その…ヒカリについては…」

 

「…絶対安静だ、としか言えない。」

 

「彼女自身も、そして彼女の持つデバイスも、とてもじゃないけど戦闘できる状態じゃないわ。デバイスのオートリカバリーじゃ到底間に合わないし、彼女の怪我はともかく、意識もまだ戻らない。これも同じく、ね。」

 

「そう…ですか。」

 

フェイトと同じくして、隅で聞いていたハル、アミタ、キリエの三人は顔をしかめる。だが、後悔よりも先にやるべき事を見据えており、その目に闘志が宿っている。

加えて、ヴィヴィオやアインハルトにトーマ、そしてレオンも。未来の彼女と知らない間柄ではないだけに、その表情に影を落とす。しかし、彼ら、彼女らもその手を握る力は強い。

 

「気に病むな、とは言わないよ。でも、彼女が目を覚ましたとき、全て解決していたならそれで良いと思う。」

 

「そっか…、そう、だよね。ヒカリは…頑張ったんだ。だから…休んでてもいいよね。」

 

本人に協力し、戦う意志があったとはいえど、あくまでも彼女は戦闘経験の浅い民間協力者だ。戦闘能力、そしてその成長性には目を惹く物はあれども、である。クロノにとっては、これ以上危険な戦闘に巻き込むのは気が引けるのだろう。

 

『王。』

 

フェイトの納得を待ってか否か。シュテルからの通信が投影される。

 

「おぉ、シュテルか。…して、首尾は?」

 

「抜かりなく。各々のデバイスとカートリッジにアンチプログラムのインストールが完了しました。これからそちらに…」

 

「いや、よい。それならば転送ポータルに運べ。そちらで我等が受け取る方が多少なりとも時の短縮になろう。」

 

『わかりました。ではその様に。』

 

流石王と名乗るだけあり、効率を判っているようである。くるりと振り返ったディアーチェは、集まった皆に視線を一瞥。

いよいよだ。

アンチプログラムが完成した。

それが意味すること即ち、決戦の火ぶたが切って落とされる様な物だ。

誰かが、固唾を飲み込む。

誰かが、ぶるりと身体を武者震いさせる。

しかし臆する物は誰も居ない。誰もがその眼を滾らせ、射貫かんばかりにディアーチェを見据えていた。

 

「聞いての通りだ塵芥共!これより転送ポータルでシュテルと合流し、デバイスとカートリッジの取得!そのまま出撃!よいな黒助!」

 

「黒助って…まぁいい!君の言うようにしよう。」

 

ディアーチェの自身への呼び名に対して若干思うところがあるのか一瞬引き攣るが持ち直す。

 

「では…全員、行動開始!」

 

『了解!!』

 

プログラムに操られた一人の少女を救うため、誰からともなく一斉に歩を進める。

もし、普通の高官からの指示があったのならば、アルカンシェルでの一掃を命ずるだろう。相手の力は未知数。ナハトヴァールよりも強大な力をその身に宿し、着一着とその秘めた力を解放せんとしている。存在その物がロストロギアとも言える存在が暴走して、引き起こされるかも知れない大惨事。地球だけではない。数多の次元世界が危機にさらされるかもしれないのだ。大局的に見れば、アルカンシェルの使用は正しいのかも知れない。大を救うために小を切り捨てるこのもある。

しかし誰もがそれを良しとはせず、また進言もしなかった。

件の一人の少女(ユーリ)を救い、更には世界をも救う。

理想論なのかも知れない。

青臭いかもしれない。

だが誰もがそれを成し遂げようと、ただ直向(ひたむ)きであった。

誰もが笑って終われるハッピーエンド。

それは成し遂げられない物なのかも知れない。

しかし目指すことは出来る。

そしてここにいる皆は、やり遂げられることを信じていた。

 

さぁ、始めよう。

最高()クラスのロストロギアとされる少女と、管理局でも屈指の戦力を持つアースラチーム。

彼女たちによるとんでもない戦争(救出作戦)って奴を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち篭める暗雲が天空を支配し、海は荒れに荒れていた。

下を見れば、唸る海面が水飛沫を飛ばし、高々と上空へと打ち上げる。

上を見れば、漆黒の雲がその内に秘める稲光を蓄え、その存在を示すかのようにゴロゴロと地を響かせるような音を発する。

こんな天候であれど、豪雨が降り注がないのが不思議なほどであった。

 

「確認する。」

 

誰もがこの天候に不安を感じるだろうそんな中、転移してきた部隊へと視線を移し、クロノが声を発した。その手には、愛用するS2Uではなく、対ロストロギア用のストレージデバイスである聖剣の名を宿した『デュランダル』が握られていた。普段は汎用性の高い前者を多用する彼だが、今回ばかりは火力を…否、その強力無比な凍結魔法を求めた結果、切り札たるデュランダルを持ち出すに至った。

 

「今回の砕け得ぬ闇攻略は、三つの班に分かれて行う。まず結界班は、ユーノ、シャマル、アルフ、そしてザフィーラだ。」

 

「了解。」

 

「正直、私は前線に向かないしね。ここはユーリちゃんを閉じ込めるのに専念するわ。」

 

「アタシとしては、フェイトの護衛が出来ないのが残念なんだけどねぇ。」

 

「大丈夫だよアルフ。皆が居るから。だから、アルフは自分の仕事に集中して?」

 

少々、この配置に納得がいかないアルフだったが、フェイトにやんわりと窘められて、仕方ないなぁ、と納得する。

しかしその心中では、ほんの少し、陰る物があった。

自分が居なくとも、背を預けられる親友が、好敵手が、仲間がフェイトには沢山出来た。

そんな中で、自分は使い魔として必要なのか、と。

 

(もうフェイトはスゴク強くなっている…、そろそろ引き際なのかも知れないなぁ…)

 

契約したずっと一緒に居る、と言う内容。だが自分が彼女の魔力を元に生きながらえている分、足枷になっているのではないかと思うこともままあるのも事実。

 

「顔を上げろ。」

 

「え?」

 

いつの間にやら隣に立っていた褐色の守護獣ザフィーラが肩に手を乗せる。その目はアルフを見ては居ないが、クロノに説明を受ける者達の方へとしっかり注がれていた。

 

「戦うことだけが、守護獣…いや、お前は使い魔か。」

 

「どっちも一緒だろ?」

 

「否定する。我は守護獣、これからもそれは変わりは無い。陰に日向に、我が主を支える雲の騎士の一角だ。」

 

「相変わらず、そーゆーとこに拘るねぇ。」

 

そういえば先の闇の書事件でも同じようなやりとりをしたものだ、とアルフは少しばかり感慨に耽る。

あの時は拳と拳をぶつけ合って、己の誇りと意志をもぶつけ合い、どうでも良いかわからないが、使い魔と守護獣を一括りにするなやら何やらで…。気付けばナハトヴァールの時には肩を並べて戦った奇妙な縁だ。

 

「こだわり、と言うのは一言で片付けるならばプライドとも取れる。自身が決意したことを成し遂げようと進む意志と原動力にもなるだろう。」

 

しかし、と彼は区切りを入れる。

 

「時としてそのこだわりは視野を狭める事もある。自分はこうだ、こうあるべきだという固定概念が、自身の有り様の柔軟性を欠落させてしまう。」

 

「…何が言いたいんだい?」

 

回りくどい言い回しに、少々語気と目元を吊り上げて結論を求める。正直、ややこしいのは苦手で、どちらかと言えば直球を求めるアルフにとって、そう言った言い回しには少々イライラするものだ。

 

「…ならば言おう。…戦いばかりが我等の責務と思わぬ事だ。」

 

「………は?」

 

耳を疑った。正直、彼の口からこんな言葉が飛びだそうなどと、露とも予想できなかっただけに、気の抜けた返事が口から飛びだす。

 

「我々は主を護る。そう言ったな?」

 

「言ったねぇ。」

 

「それは、戦いだけの中のものか?戦う中で、主を護れたらそれでオシマイか?」

 

「それは…」

 

「違うだろう?『護る』と言う言葉を、先のように柔らかく捉えるならば、『支える』とも受け止められるだろう。」

 

護る、ともなれば、主従関係のように堅苦しくも感じられるだろう。しかし、支えると聞けば、それは気の知れた間柄であるようにも思えてくる。

 

「戦いの中で護る、それは確かに必要なことだろう。否定はせん。だが我等は主と言う愛しき方のためにするべき事を模索するのも肝要だとも考えている。それは守護獣に限った話しではない。シグナムも、ヴィータも、シャマルも、アインスも。皆が自身の出来る中で、主はやてを護り、そして支えられることを探しているのだ。俺が言うのもおかしいかも知れないし、烏滸(おこ)がましいやもしれんが、…それが家族、と言うものではないか?」

 

家族、と言う言葉は、アルフは電流が流れたかの如く衝撃を与えた。

 

(そう、だね。フェイトは今までアタシを(しもべ)のように扱わず…何て言うか、姉妹のように接してくれていたんだ。)

 

使い魔としての契約は、『ずっと一緒に居ること』。それは使役を目的とするものではなく、互いに寄り添って、支え合うものなのだろうと。

 

「ははっ…なんだい…案外答えは随分シンプルじゃないかい。」

 

そうだ。回りに頼れる親友達が居るのならば、他に助けられることをすれば良い。それが何なのかはまだ判らない。しかし、我武者羅で、暗中模索で、手探りになっても、戦い以外でフェイトを支えられるものをきっと探し出す。

 

「そうだね。アンタの言う戦い以外でフェイトを、家族を支えられる事を探し出す。それもアリなのかもね。」

 

「…少しは吹っ切れたか?」

 

「あぁ!この戦いが終わったら、それを探すことにするさ!」

 

「その言い回しは不吉極まりないぞ?…まぁなんにせよ、互いに乗り切るとしよう。己のために、そして家族のためにもな。」

 

「ん!」

 

がちっと、2人の腕は交錯する。不敵な笑みを浮かべながらも、これからの大仕事を家族が成し遂げられるよう、結界を張る、と言うことでまずは支えるところから始めるとしよう。

 

 

 

 

 

守護獣と使い魔の2人が思いを改める中、その光景を横目で見ながらクロノは班分けを済ませていく。

おおまかに作戦を言えば、先発隊と後発隊での波状攻撃を仕掛ける、と言う物だ。先発隊が仕掛けてアンチプログラムを打ち込み、後発隊の高い火力によるエグザミアの停止。シンプルではあるが、これがベストとも言える。それには二つの理由があった。

一つは、未だ上昇し続けるエグザミアの出力への危惧。おそらくは前回の交戦と比較して、その攻撃の激しさは増しているだろうとの予想は容易だった。そのため、攪乱の意味と、相手の狙いを絞らせないための一計だ。

 

「では…先発隊はシグナム、ヴィータ、キリエ、アインハルト、シュテル、レヴィ、リインフォース、そして僕の8人で勤めよう。異論は無いか?」

 

「いや、ありません。私たちは執務官の指示に従いましょう。」

 

「それが決定ならば、私はそれに従います。構いませんね?レヴィ。」

 

「よゆーOK!でっかい船に乗ったつもりで任せても良いぞ!」

 

「アタシも文句ねーです。ま、なのはの奴も執務官の指示ならぐうの音も出ないだろ。」

 

「…何かあったのですか?」

 

どうやらなのはとヴィータの間で一悶着あったようで、それを含む彼女の物言いにアインハルトは首をかしげる。

 

「何かあったも何も、あいつ自分から先発隊に志願してたんだよ。で、アタシがアイツの火力は後発隊向きだって言っても聞かないんだよ。で、最終手段をとったんだ。」

 

「最終…手段?」

 

物々しい言葉に、アインハルトはゴクリと固唾を飲み込む。

 

「古来より物事の優劣を決め、且つ不満不平不公平のない決闘法…それ即ち

 

 

 

 

 

ジャンケンだ」

 

「ジャンケ……は?」

 

「いや~、あいつってば、火力は馬鹿みてぇに高いのに、ジャンケンはてんで弱いんだもんなぁ。一発勝負のハズが諦め悪く縋ってくるんで、三タテかましてやったよ。」

 

「は、はぁ…」

 

してやったり、と言わんばかりに笑みを浮かべるヴィータ。決闘法、などと言い出すから、どんな血生臭く殺伐とした方法かと思えば、何のことはない、普通の決め方で、アインハルト含め、クロノ以外の皆がホッとする。白いバリアジャケットを纏った茶髪の少女が、若干頬を膨らませていたのには誰も触れないが。

 

「後発隊は、なのは、フェイト、はやて、ヴィヴィオ、レオン、トーマ、アミティエ、エルトリア准尉。」

 

「うん!任せて!」

 

「絶対ユーリを助けるよ。」

 

「リインフォース、先発隊やけど…むりはしたらあかんで?」

 

「勿体ない御言葉です。我が主も御武運を。」

 

「頑張ろうね!レオン君!」

 

「そうだな。さっさと終わらせて、元の時間に戻らないとだし。それに…」

 

「それに?」

 

「あの人が救おうとしたユーリを、ほっとけないし。そのまま帰ったら、それはそれで後味悪いだろ?」

 

「ん、そだね。」

 

後味悪い。

救えるはずの、その可能性があるにも関わらず、それを行使しようともせず、その結果に後悔するは嫌なだけ。

ただそれだけ。

ヒカリが、我が身を省みず、ただユーリを止めて、救いだしたいという想いは、レオンにも良く伝わってきた。だからと言って、風穴を開けられたり、呼吸器に繋がれなければならないほどの重症を負うというのは褒められたものではない。が、来る未来に、ユーリを友と呼び、笑って過ごす彼女でなければならない。そんなヒカリを身近で見るレオンだからこそ、彼女に代わって尽くしたいと想った。それだけに、握る拳に自然と力が入る。

 

「レオンさん、気合いを入れるのは結構です。しかし、ある程度肩の力を抜かなければ、動きが硬くなりますよ。」

 

「分かってる、ケドさ。こんな大一番の勝負…気合いでも何でも入れないと、どうにかなりそうだから。」

 

「正直俺も、怖くないって言えば嘘になるけど。でも未来に戻る以外にもあの子を止めないと、ほんとにとんでもないことになりそうだ。」

 

遥か遠方。

恐らくその視線の先にいるのだろう件の少女を、トーマは見つめる。彼自身、詳しくは未だに話しては居ないが、エクリプスウイルスに感染して、黒騎士の力を得た彼の目は、肉眼では捉えられない、それこそかなりの魔力強化を施してようやく得られる程までの視力を得ている。しかも、敵対するものか否かを色で識別する。ズーム機能も付いている等、正直エクリプスウイルスの力の壮絶さを物語る機能と成り代わっていた。もっともこれは、彼の中に居るリリィとのリアクトによって機能するものなのだが、その眼の力により、僅かながらもユーリを捉えることが出来た。

黒々と立ち篭める暗雲の中に、赤の装束と亜麻色の髪がとても栄えて見えた。

識別する色は黄色。

赤が敵対者。青が味方。

となれば、敵意は持たないが、友好的でもない、と想像するには容易いものだろう。

 

「今の所…こちらから近付いたり攻撃さえしなければ、何もしてこないみたいだけど…。」

 

「けど、だからと言って、ほっとけばエグザミアの力は強大化して、その力を振りまく。そうすればナハトヴァールと比にならない程の破壊行動となって、地球は愚か、各次元世界にまで影響を及ぼしかねない。仕掛けるなら今だ。」

 

「あぁそうでした。仕掛ける、という話で一つ留意点が。」

 

ふと思いだしたかのようにシュテルが、普段と変わらぬ高揚のない口調で話す。

 

「なんだシュテル、何か思うところでもあるのか?」

 

「えぇ、これを伝えておかなければ、我々構築体(マテリアル)はともかく、ナノハ達には宜しくない事が起こりますので。」

 

「良くない事って?」

 

重々しさを感じられるシュテルの物言いに、なのはは冷や汗を垂らしながら、恐る恐るといった様子で尋ねる。それに関しては、他のメンバーも同じくするところで、全ての視線がシュテルへと集められる。

 

「端的に言えば、プログラムカートリッジは一発、インストールプログラムも使用するのは一度のみに留めておいて下さい。」

 

彼女が言うには、アンチプログラムを使用した際、ユーリの強固な防御を貫く必要性がある。それに加え、高出力の攻撃によって出来る限りの魔力ダメージを与え、ディアーチェによるプログラム書き換えの助けをしなければならない。膨大なプログラムへの抗体のみならず、極めて強固な防御を持つ彼女には、それに応じた術式を組み込んで、本体にダメージを与えられるようにしなくてはならない。それを全てひっくるめたアンチプログラム。そのプログラム容量は、普段使用する術式の容量を有に上回る物になるのは明らかだった。

 

「それ故にデバイス本体に掛かる処理能力と出力による不可はかなりの物となります。つまり…」

 

「文字通り一撃必中、そして一撃離脱、と言うわけだな。」

 

「はい、アームドデバイスの強度を以てしても、やはり一撃が限度かと…」

 

強硬な守りと、強力な攻め。対極である二つがぶつかり合えば、互いに砕け散る。しかしそれは互いに対等であった場合のみ。デバイスその物を武器とするアームドデバイスは、その用法からミッド式のインテリジェントデバイスやストレージデバイスと比べて、堅牢な作りとなっている。それを以てしても耐えられないと評するならば、ミッド式の面々もゴクリと固唾を飲み込む。

つまり、これが二班に分かれるもう一つの理由、と言うことだ。

 

「一撃に全てを込めてぶつける、か。」

 

「どうした?怖じ気づいたか?」

 

「はっ!寝言は寝てからだ!」

 

ディアーチェの挑発にも鼻で一笑し、ゴキゴキと手の関節を鳴らす。

 

「後先考えずにぶち込むのは、俺の十八番でね。オラ、ワクワクすっぞ!」

 

その眼はまるで、餌を取り上げられ、空腹に空腹を重ねられ、その上で檻から開放された獅子の如く血走っていた。戦闘が始まっていないにも関わらず、魔力を滲ませる彼に、皆は若干戦慄する。

 

(レオン君…よっぽどフラストレーションが溜まってたんだねぇ…)

 

(はい…ブリュンヒルデと言うデバイス。その枷が出来てからと言う物、魔法の出力にデバイスがある程度制御を掛けているそうですので…。)

 

(…昔のなのはママみたく、砲撃じゃなくても、全力厨にならないでよレオン君…)

 

同年代の2人は事情を知るだけに、ヒソヒソと。下手な悪役よりも悪役している彼の今後を心配する。

 

「ま、まぁ、やる気があるのは良いことぞ。うむ。どちらにしても、こやつのみならず、他の塵芥共も精々我の露払いをするが良い!フゥハハハハ!」

 

腰に手を当てて仰け反りながら、厨二臭い笑いを暗雲立ち込める夜空に響かせた。

 

「…なんか、コイツの露払いとか気が進まねーです。」

 

「まぁ、これでも今回の重要なポジションなんです。大目に見て頂ければ幸いかと…。」

 

王たるディアーチェの態度にゲンナリするヴィータに、シュテルがフォローを入れる。

 

「…どちらにしてもディアーチェは最後発だ。僕達は僕達のやるべき事をやる。皆、それだけだ。」

 

クロノの一声で、皆の顔が引き締まる。どことなく緩んでいた空気も、元に戻る。しかしながら、皆の肩に余計な力はない。ほんの僅かな時ながらも、和やかになったその雰囲気が、張り詰めた緊張を解したのかも知れない。張り詰めすぎていない皆の表情に一安心し、クロノは口を開いた。

 

「さぁ!作戦開始だ!」

 

最終決戦…それがこの一言で幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで手酷くやられたとはな…」

 

研究室にて男が本体のみ転移してきたヴァルキリー。その大破した機体を一瞥してつぶやく。

 

「しかも…これだけの血液の付着…あの娘は無事でしょうか?」

 

「向こうには、湖の騎士もいる。それにアースラの医療チームも素人ではない。ハラオウン提督が配属させた腕利き達だ。…心配なのは私も変わりないけどね。」

 

原形を留めないほどに変形した装甲、それに付着した紅い鮮血に、2人は操縦者たる彼女に思いを馳せる。だが彼女を信じ、こちらにはこちらがやるべき領分があるのを再確認しながら、男は端末を操作し、壁から突き出た整備用のアームにヴァルキリーを固定させる。

 

「ヴァルキリー。戦闘データと、相対した人物のデータを出力してくれ。」

 

『了解ですマイスター。』

 

繋げられたケーブルを介して、コアユニットから膨大な文字の羅列が高速で自持ちのPCに送られてくる。それを目で追いながら、大まかにその内容を理解して、脳に刻み込んでゆく。使用者たるヒカリの能力、戦闘パターン、銃火器の使用結果とその成果、ブースターの出力データに、内蔵魔力の使用状況。そして、相対したユーリのデータ。攻撃性、防御性、機動性。

…そして、彼女達が共に過ごした時間のことを。

 

「そう…一緒に住んでいた子が…」

 

金髪の女性がしみじみと、しかし悲しげにそのデータに男性とともに目を通す。仲が良い人物と刃を交えなければならない想いとそのジレンマは如何ほどか。

 

「…よし。ティナ。メインフレームは問題ないようだ。以前製作していた、装甲の予備や別形状の物があっただろう?それをリストアップするから、それを用意してくれ。大至急だ。」

 

「なっ…!それは…!」

 

「念のため、だ。それに、あのデータからしてもし私の予測が当たるならば、ヴァルキリーの力が助けになるやも知れない。…無論、あの娘は目を覚ます前に全てが終わるかも知れないがね。」

 

「…わかりました。」

 

金髪の女性―ティナ―はそう言うと、保管区画へとその姿を消した。

残された男性は、腕まくりをし、ヴァルキリーに接続された端末のキーボードへと手を伸ばす。

 

「私達のことを知れば、鬼と思うかも知れない。悪魔と思うかも知れない。」

 

ヒカリに思いを馳せながら、彼はキーを撃ち込んでいく。

 

「だが、友人を助けたいと言うお前の思いを、私は尊重したい。ただそれだけだ。」

 

スラスターの出力を、新規の装甲の重量バランスを想定、計算しながら調整。

 

「だから、…目を覚まし、それでもなおお前が戦場に向かう気持ちがあったときのために、親として全力を尽くそう。」

 

彼―如月雄造―の眼には、親としての気持ちがジレンマを生み、複雑な心情を出していた。

それでもなお、手を止めない。そして…ポッドに液体の中で浮遊していた()()が量子化され、ヴァルキリーへとインストールされた。




メンバーが本編に比べて変更されています。しかも、アンチプログラムにオリジナル設定。ゲームみたく、一撃以外なら、うだうだ展開になりそうなので、わかりやすくプログラム使用したら一撃必中!にしてみました。


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Mission38『最終決戦(烈火の将)』

今回、ゲームからの台詞を一部引用しています。が、小説の内容に応じて少々アレンジを加えていますので、若干変かもしれませんが、お付き合い下さいませ。

タイトルが安直なのにはご愛嬌です…


暴風吹き荒れる海上で、ユーリは膝を丸め、まるで母親の胎内に居る胎児のように浮遊していた。自身を纏う一対の魄翼は、その大きさが対比しておらず、先の戦闘のダメージを未だ引き摺っている証拠だ。なまじ自身の出力が高いだけに、その修復に掛かる時間もそれに比例する。自信が防御と攻撃に特化しているだけに、こう言った補助が不得手なのがネックだ。それだけに、少しでも癒やそうと最低限度の機能を残して修復に専念していたのだ。そう、それはまるで冬眠する動物のように。

しかし、完治という越冬は、最低限度の機能として残しておいた探知能力に引っ掛かったことで、妨げられることとなった。

 

「敵対者…接近。」

 

自身の身体を起こし、その機能を十全に戻していく。身体能力、障壁、各魔力循環、エグザミア。最後のそれに関しては、出力が徐々に安定してきていた。

少しずつ…少しずつ完全稼働に近付いてきている。そしてそれは…無差別による破壊の始まりを意味する。自身の中にある、官制人格(ユーリ)という存在を完全に取り込み、プログラムに従って力を振るう破壊の使徒と化す。

 

「…先の敵対者を確認…。……?」

 

と、そこで一つ、ユーリの…否、砕け得ぬ闇の思考に、一つの疑問点が浮かび上がる。

一つ、反応が足りない。

反応一つ一つを識別していく。魔力の質や色、外見など様々な情報を元にして。

そして、居ない人物を認識した。

 

「あの白い鎧の人が…居ない?」

 

先の戦闘で、魄翼に少なくないダメージを与え、いくら打ちのめされてもなお食い下がってきた彼女は、官制人格たるユーリは勿論だが、砕け得ぬ闇にとっても印象に残っていた。

 

「…やはり、あれだけの負傷では戦線離脱もやむを得ない…。」

 

出力が上昇してきた今、敵対するあらゆる脅威も、それは意味をなさなくなってきている。それはちかづいてくる彼、彼女達においても同じである。しかし、数は少ないに越したことは無い。リスクは少なければ少ない程良いのは、何処も何時も同じである。

なのに…

 

「…何だろう…この胸部をちくちくと…刺すような痛みは…」

 

無表情だったその顔に、若干の陰りが浮かぶ。あれだけの重傷を負わせたのだ。今頃は治療を受けているに違いない。敵の頭数は少なくなる。

だが…それを喜ばしくないと思う自身がいるのか、そんな謎の葛藤が、砕け得ぬ闇の胸中を蠢いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「目標コード、システム(アンブレイカブル)(ダーク)位置確認!結界魔導師による封鎖完了!」

 

「あぁ。こちらでも目視した。…今のところ…特に敵対行動らしき物は無い…が。」

 

『うん!周辺魔力の蒐集と共に、魔力反応の増大!どんどんパワーアップしてきている!』

 

肌で感じるまでに周辺の魔力が吸い寄せられているのが解る。それと共に、少しずつであるが、砕け得ぬ闇…コード『UーD』としてのユーリの覚醒が進んできていることを意味する。

 

「了解。第一チーム、これよりシステムUーDの確保に入る!」

 

「ぅおーい!ユーリィ!!レヴィだぞー!!起きてるかぁ-!?」

 

「………。」

 

大手を振って大声でレヴィが自己アピール。何とも脳天気な物だが、これで奇襲は不可能。しかし、システムを治癒と復旧、そして索敵に回していたのなら、こちらの反応などとっくに察知されているだろう。

 

「反応は無し、ですね。」

 

「…無し、というよりも呆れているというのも有るのでは無いか?」

 

「…それは一理あります。レヴィの突拍子な行動には、私も変な意味で驚かされることもありますので。」

 

「しかし、借りに前者だとすれば、警戒をこちらに向けながらも未だ覚醒を続けていると言うことになるかも知れん。」

 

「ここで仕留めねーとマズいな。」

 

シグナムとヴィータの危惧も最もだろう。直接対峙したわけでもないが、対策のために映像を見せては貰ったものの、その圧倒的な戦闘力には、百戦錬磨のヴォルケンリッターと言えど目を見開くほどの物だった。それだけに、今回の重要性には重々理解はあるつもりだ。

 

「しかし…ユーリさん…何だか悲しそうにも見えますが…」

 

「見た目に油断は禁物よ。…気を抜いたら…一瞬であぼんなんだから。」

 

実際に目の当たりにしたキリエは、危惧を隠すことは出来ない。目の前で蹂躙され、ヒカリとヴァルキリーの決死の突貫がなければ、あの場に居た全員が一網打尽にされていた可能性も十二分あるからこそ、同情の念を抱きかけたアインハルトにキリエは釘を刺す。

 

「第二チームの到着まで時間がある。全員、警戒しながらプログラムを撃ち込んで…」

 

「なぁなぁ、黒助。ちょっと良いか?」

 

「だから黒助言うな…何だ?」

 

どうにもこのレヴィ、話の腰を折るのが好きなのだろうか?無邪気とも取れる顔を黒助…もといクロノに向けて言う。

 

「プログラムを撃ち込んで第二チームの到着を待つのも良いけど…別にアレをボク達で倒してしまっても構わないのだろう?」

 

言ってはならないことを、しかも『ボク達で』と第一チームを一括りにして言ってしまったレヴィ。ここにいる全員の死亡フラグが立ってしまった…様な気がした。

 

『システムUーD!行動開始!そちらに移動していきます!』

 

「各員散開!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まずは私の所に来てくれたか。」

 

「夜天の守護騎士…烈火の将シグナム…」

 

「あぁ。私の名前はともかく、二つ名までは名乗っては居なかったが…それもエグザミアの中にあるデータによるものか?」

 

長きにわたり、夜天の書の中に秘蔵されていたエグザミアとユーリ。その中で自身の中に夜天の書のデータ、夜天の守護騎士であるヴォルケンリッターや、書の官制人格たるリインフォースのことを知るのは当然なのだろう。

 

「なにをしに…来たんですか?私に近付いたら…プログラムに従って、皆壊してしまうのに。」

 

(…なんだ?…映像にあった無機質な喋りではない…?)

 

以前のように淡々とではなく、明らかに僅かながら感情を含めたかのような言葉遣いに、シグナムは一瞬戸惑う。が、そこは二つ名の烈火の将。すぐに取り直してユーリに向き合う。

 

「お前を救いに来た。その先陣のチームの先鋒さ。」

 

「救う事なんて、できませんよ。…私はもうすぐ完成します。もっと強い私に変わるんです。もう誰も、私に触れられないほどにまで。」

 

語るその目にはやはり哀しみの色が浮かぶ。

これも元の人格だろうユーリと同化しつつある兆しなのか。

 

「強くなるのは構わんがな。だが…お前を必要としている…そして救おうとしている者のことも見てやってくれないか?」

 

彼女は言う。呪われた強い力を手に入れてしまい、それを奮って数多の哀しみを広げた女性が、出会いによって救われたことを。そして…

 

「お前と共に暮らした如月は…少なくとも私から見ても、お前と居れば楽しそうに見えたがな?」

 

「でも私は…彼女を墜とした。私が一緒に居ることは…」

 

「その事に関して、如月が何を思うかは解らん。だが…。」

 

愛剣レヴァンティンを鞘より抜刀し、正眼に構え…

 

「お前が奴の友で居たいならば…2人で語らえ。少なくともお前にそのつもりがあるのならば…!」

 

そして…その言霊を口にした。

 

「プログラムカートリッジ、ヴィルベルヴィント、ロード!」

 

ガシャリ!とスライド音が鳴り響く。

瞬間、

レヴァンティンの刀身が紅蓮の炎に包まれる。

しかしそれは、通常のそれではない。

ヴィルベルヴィント(つむじ風)と銘打っているが、しかしそれはまるで暴風の如く、刀身を中心として渦巻いていた。

 

「―なるほどっ…!これは確かに…二発目の使用は難しいだろうな…!」

 

予想以上の出力上昇に、身体への負担は普段のカートリッジ使用に比べるべくもなく高いものだろう。しかし彼女は顔をしかめるどころか、むしろ不敵に笑みを浮かべていた。

 

「それは…そのプログラムは…!」

 

「さぁ…行くぞユーリ…いや、システムUーD!お前を連れて帰るためにもな!」

 

瞬間、シグナムは踏み込んだ。紅い炎、その残影を残して一気にユーリの懐に飛び込むと同時に切り上げる。普通ならば、意に介することもなく受けるだろう。其程までにユーリの持つ障壁は強固な物だ。

しかし、ユーリは身を引いてかわした。その顔には冷や汗が流れる。

それは、ユーリが先程驚愕したプログラムカートリッジによるものだ。自身の障壁を中和、突破し、さらには自身にダメージを与えるための物。つまり自身に対し特化したもの。それ故に受け止めるという選択肢は選べなかった。だが、ユーリには驚きに浸る暇は無い。何故なら目の前に居るのが、ヴォルケンリッターの将たるシグナム。数多の戦を経て立つ、文字通り武将とも言える存在だ。隙あらば自身を止めるべく畳みかけてくるハズだ。

 

「むっ…!」

 

身を逸らして交わしたと同時に、小柄なユーリ自身の身体、その死角から、巨大な手となった魄翼の振りあげが迫る。しかし、シグナムもヴォルケンリッター。この程度で終わるほどの存在でもない。寸での所で左手に展開した純白のレヴァンティンの鞘。それを剣で言うならば、切っ先を下にした逆手持ちでいなす。鞘とは言えど、アームドデバイスの一部だ。その頑強さには特筆する物がある。

二つが赤と白が鬩ぎ合い、夜空に火花が走る。

やはり浮遊物とあってその軌道は、手持ちであるレヴァンティンの上を行く柔軟さを持つものだ。だが…

 

「はぁっ!!」

 

いなした魄翼に、渦巻く炎の剣が振り下ろされる。

バキン!と甲高い音と共に、左の魄翼にレヴァンティンが防がれた。

しかし、シグナムにとって、防がれることは予想済み。いや、避けられるよりもこちらを狙えたならば好都合だ。

あらゆるUーDの術式に対して抜群の効力を持つプログラムカートリッジ。その一撃は、途方もない魔力の恩恵で頑強さを誇る魄翼の手に、僅かながらも綻びを入れるには充分だ。

 

「この一撃…畳み掛ける!」

 

若干、魄翼にめり込んだレヴァンティンの刀身。それに亀裂が入り、等分にはじけ飛ぶ。魄翼の硬度に押し負けて砕けてしまったわけではない。

 

『シュランゲ・フォルム』

 

男性の声を模した機械音。レヴァンティンの疑似人格プログラムの声がそれを告げた。

それは鞭の如く。

それは蛇の如く。

蛇腹剣という武器にも似たそれは、まるで刃の付いた鎖の如く動きで、

(しな)り、

走り、

そして唸りを上げる。

鎖で繋がれた刃達が、魄翼とユーリを駆け巡る。

 

「こちらには余り時間が無いのでな。一気にケリをつけさせて貰うさ。」

 

鎖によって絡められたユーリは、シグナムが振り上げたレヴァンティンの柄の軌道によって舞い上げられる。それと同時に巻き取られるレヴァンティンの刃だが、その衝撃によって錐揉みながら打ち上げられた。自身の思惑とは裏腹の空中浮遊に、ユーリは体勢を立て直すのに一時気をとられる。

しかし、シグナムにとっては、その一時の隙で充分だった。

若干回った目を見開いた時には、シグナムは眼前に迫ってきていた。

 

『紫電…!』

 

鞘に収められたレヴァンティン。それを自身の頭上で、弓を撓らせるかのように引き絞る。鞘に込める力を限に。そして引き抜く力はそれを僅かに上回るように。

鞘から刃を抜き放つ、その一瞬に総てを込める。

 

「一閃!!!」

 

抜き離れた炎の顎。特殊カートリッジ使用によるものか、本来振るう炎を上回り、わずかながら驚愕の表情を浮かべる。魄翼の防御を諸共ユーリを飲み込んだそれは、まるで壁の如く巨大な物だった。

本来、座して行う抜刀術。「座」を意味する「居」から取られた剣術。名を居合。断って行うこれを立居合いとも呼ぶらしいが、この場合のシグナムは飛翔しているだけに、どう呼称すべきかはわからない。しかし、古来の日本より存在する抜刀術を、異世界の騎士が振るうというのは偶然か否か。それはわからないが、シグナムが自身が常在戦場であったときから、主の敵を数多屠ってきた一撃にして剣術であることに変わりない。

だが、その信頼置ける一撃を以てしても、未だ拭えぬ不安が、シグナムにはあった。

それだけに、

 

切り札(ジョーカー)を切るか。」

 

もはや増大した魔力の出力はかなり減ってきている。大技とも言うべき一撃を打っただけでも、数割持って行かれた。だがそれに見合う一撃となっていたのには変わりない。だから、残る魔力総てを以てぶつける。

未だ炎渦巻くレヴァンティン。その柄の先に、左手に持った鞘を繋いだ。

 

『ボーゲン・フォルム』

 

剣による近接、蛇腹剣による中距離、そして最後の遠距離を担う、シグナムの最高単発火力にして切り札。

それは弓。

繋いだ鞘は、レヴァンティン本体と同じく刀身を持つ。しかしそれは互いに、緩く弧を描くように刃を変形させ、まさしく弓と呼ぶに相応しい形となる。

 

そして…引き絞られる弦に、鋭利な矢が添えられる。

 

しかし、何時もと違う点。それは矢に纏う炎。

刀身であった弓の炎は消え去り、矢に総てが集束してきていたのだ。

だが、それを引き絞る手も、不思議と熱さを感じない。逆に、火傷による痛みどころか、弓引く手に力が増すかのように。

 

「ユーリ、これが私の最後の一撃だ。」

 

鏃の先に、目標を見据える。

あれだけの炎に飲み込まれながらも、その紫天装束には若干の焦げ程度しかない。しかし、ダメージが無いわけではないはずだ。

 

「この一撃が、お前を救う一歩となると願うぞ。」

 

燃え盛る矢は、今か今かとその時を待つ。

疾風の如く空裂き、隼の如く敵を射るそれは、『シュツルムファルケン』と銘打った。

しかし、この炎を纏った矢を、改めて名付ける。

そう…

射るべきユーリが、元の大人しくも、そして優しい少女として…息を吹き返す。

蘇ると信じて…

 

幻影(ファントム)()不死鳥(フェニックス)!!」

 

解き放たれた矢。

それは燃えたぎる、燃え盛る炎を纏い。

風によってその形を変える炎。その後惹く炎は翼の如く。

不死鳥と銘打つに相応しいそれは、

 

 

 

 

ユーリを射貫かなかった。

 

「っぐ…!!」

 

辛うじて…魄翼によりその(やじり)は、身に当たるすんでの所で握って止められていた。

超高速で迫る矢を、腕とも言うべき魄翼で掴むなどと、彼女の運…そして土壇場の力には、さすがのシグナムも眼を丸めた。

 

「破損箇所…修復プログラムの異常によって修復遅延…?くっ…!」

 

握りしめた矢は、魔力の効果を失ったのかその硬度を失い、いとも容易く2つに折れ、投げ捨てられて漆黒の海へと消えていく。

最後の切り札は意味を成さなかったが、それでもプログラムの幾つかは撃ち込めたはず…!

その証拠に…彼女はゆっくりと、シグナムから離れて身を引いていったのだから。

 

「退いた…か。…正直…それは有り難いな。」

 

もはやこちらの魔力は無い。仮にあったとしても、相方の方が限界なのか、その排熱ダクトから、絶えず高熱の蒸気を吐き出している上に、その頑強であるはずの刀身には亀裂が入っていた。

 

「やれやれ…これでは整備班に文句を言われるのは避けられんな。」

 

ほぼ確実にオーバーホールは免れないだろう。しかし其程にまで全力で撃ち込んで、自己修復プログラムの遅延を引き起こすのがやっとだった。最後の一撃が当たっていれば、もう少し好転していたかも知れないが…。悔やんでいても仕方ない。

 

「烈火の将としてどうかは解らんが……あとは任せるしかないか。」

 

未だ、暗雲は立ち込める。しかし、それを晴らすために皆が奮闘している。残るメンバーの行く末を案じるしかないことに、若干の自身を不甲斐なく思いながらも、シグナムは後方へと下がることにした。




かなり安直なネタを放り込んで申し訳ないです。
次は誰になるか…大体予想は付くかもですけど。


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Mission39『最終決戦(祝福の風1)』

今回短めです。切りの良いところで終わらせようと思ったら…ね。
リインフォースのアレが、文字通りに飛び出します


9月21日 ユーリの技名を修正
フェニックスダイブ→クリムゾンダイブでした


「次は私か。」

 

銀の髪が、荒れ狂う潮風に靡き、宙を舞う。

真紅の眼はしっかりと彼女(ユーリ)を捉え、そして離さない。

 

「夜天の書…官制人格…リインフォース…さん。」

 

「その名で呼んでくれるか、喜ばしい限りだよ。」

 

「貴女も…私を…?」

 

「あぁ。救うために、な。」

 

「そんな…朽ちかけの躰で…?」

 

「この躰は、私の罪だ。我が躰を差し引いても有り余るほどの罪と哀しみを広げてきた。こうして…破壊を振りまくことなく主と空を飛べるなどと、夢にも思いはしなかったさ。」

 

有り余る魔力の為に、あらゆる魔導師から魔力を奪い去り、時にはその命をも奪う。そして完成の暁には主の肉体を喰らい、その防衛プログラムであるナハトヴァールの暴走のまま、破壊と殺戮を行い、そして繰り返す転生…。

どれ程絶望したか。

どれ程望まぬ破壊を行ったか。

そしてその果てに、己が力と寿命を代償としてリインフォースは自由を手に入れた。心優しき主や守護騎士、そして小さな勇者達によって。

 

「…それに、朽ちかけだからこそだよ。」

 

「え…?」

 

「朽ちかけなればこそ、望まぬ破壊と悲しみを振りまこうとしているお前を助けたいんだ。私が…助けられたように。」

 

「でも…、本来の貴女ならともかく…今の力で私を止めることは…出来ない。」

 

「あぁ…。確かに私の力は、殆どナハトヴァールと、そして我が主に溶け込んで要る。今の私は、本来の力の半分もないさ。否定はしない。だからこそ…使うべき物もある。」

 

ぎりっと、拳に力を込めた。融合機能もない。内部はボロボロで、何時朽ちるとも解らぬ躰。だからこそ、今できること、やるべき事をしっかりと。今のリインフォースには、迷いも、そして気弱さもない。

 

そして…

 

「はぁっ!!」

 

魔力を込めた拳を穿つ。力を失ったとは言え、戦技は未だ残るだけに、その動きは俊敏だ。

本来、彼女の戦闘スタイルは、どちらかと言えばはやてと同じく後方広域殲滅型であり、近接格闘戦はフェイルセーフ的な意味合いが強い。それは、ヴォルケンリッター達が前線で戦闘、補助を行う中での戦闘スタイルだ。だが、今回のように単独で戦闘を行うことも少なくはない。それだけに本来最も主の傍らで戦うであろう彼女には、主への最後の盾としての役割もある為に、近接格闘戦の技術も高めていた。

だが、負けじとユーリも魄翼を振るう。魔力を込めた拳同士がぶつかり合う。その威力を示すかの如く、周囲に衝撃が走る。

 

「さすがに…硬いな。」

 

以前はなのはに拳で戦ってはいたが、魔力が落ちたとは言えど並の格闘能力を上回る威力はある。にもかかわらず、ヒビ1つ入らないその魄翼。そして鈍い痛みが走る自身の拳に少し身を退く。シグナムとの戦いで、アンチプログラムの効力がでているとは言え、その力は未だ健在だ。この強固な守りを突破するには、文字通り骨を折ることになるだろう。

 

「てゃぁっ!!」

 

拳から炎へと姿を変える魄翼。この揺らぎ方は、リインフォースも見たことがあった。

まずい…!

あの弾幕が来る…!

 

中途半端に距離を開けてしまったが為に、この攻撃に最も有利な中距離に身を置いてしまった。

 

赤と黒の弾幕が、その閃光を放つ。

 

まるで、豪雨の如く。先の戦闘でその恐ろしさを知るだけに、全力で距離をとる。

拡散型の射撃魔法だけに、その狙いはそこまで正確ではない。それだけに距離をとればとるほど、集弾率は低下すると共に、弾丸の見切りも出来る。そしてそれは狙いの質よりも数で押し込むスタイル。文字通りに数を撃てば当たるを体現したものだ。勿論、一対一のみならず、一対多でも十分な弾幕と牽制と、そして命中すれば殲滅に繫がるであろうものだが。

撃墜されてしまったヒカリのように、この弾幕をかいくぐれるほどの機動力と反射神経もないが、それでも距離を置いて見切る分には問題は無い。

だが以前のように一対多ではないだけに、全方位である必要も無い。それだけにその弾幕をリインフォースに集中して向けるだけに、濃度はかなり跳ね上がっていた。

しかし、リインフォースは何処までも冷静でいた。

自身にインストールプログラムを搭載できないほどにまで朽ちた躰。アンチプログラムを撃ち込めない自身に何が出来るかと葛藤し、自身の中にあるあらゆるデータと向きあった。

あらゆる魔法に目を通し、

あらゆる戦闘記録を確認して、

その中で自身がユーリの防御を突破できる、唯一無二の()()を発見した。

そして、それを使用するチャンス、それを見計らう。

恐らくは一度きりのチャンスになるだろう。

悲しいかな、図らずもアンチプログラムを使用したときのように、一発勝負となってしまったシチュエーションに、リインフォースは当時苦笑してしまった。

だから…

 

弾幕を目眩ましにして、魄翼を瞬時に羽のように形を変え、突撃してくるユーリを見据え、リインフォースは決意する。

 

(タイミングが命だ…!)

 

彼女が、まるで隼の如く空を切って滑空してくる。

 

(まだだ。)

 

しかし、絶好のタイミングと位置になる段階。そのポジションに迫る、フェニックスフェザーの弾丸。

ここで避ければ、絶妙なカウンターとならない。

ならば、選択肢は決まっていた。

 

「うけ…切る…!!」

 

敢えてその弾丸。身で受け止めた。

散弾とは思えないほどの一撃に、リインフォースは顔をしかめる。だが、やるべき事は一つだけ。

文字通りに、

 

「肉を切らせて…骨を断つ…!!」

 

右手の甲に、淡い紫の魔力が集う。

突撃魔法(クリムゾンダイブ)にて距離を詰めるユーリの目にそれは映るが、直線高速機動の中での急停止が間に合わないほどに速度を高めてしまった彼女には、自身をウカツと後悔する暇も無い。

 

そして…紫の魔力はその形を成す。

それは黒。

まるで蠍の如く、多脚のそれは、リインフォースの腕に巻き付き固定する。腕その物を包み込む巨大な手甲(ガントレット)に、白銀の鋭利な刃が収納されている。同色の装飾が、基調とする黒の装甲にも施され、禍々しさながらも、装飾品を思わせるような美しさも感じられる。

そして…一際目を惹くのが、装甲を串刺しにするかのように収納された真紅の槍だ。

これは、リインフォースが忌むべき記憶の物。だが、この武装はリインフォース自身同様に、ほぼ()()()であり、本来の能力の殆どは破壊されている。ここにあるのは、ただ一つの武装であり、強固な守りを貫き通す《盾殺し(シールド・ピアース)

 

「ナハトヴァール!!」

 

白銀の手甲が、迫り来るユーリの腹部に吸い込まれていった。



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Mission40『最終決戦(祝福の風2)』

手甲に、しっかりと、しかし決して重くはない重みがかかる。刺青のような模様が奔る、その華奢とも思える身体。その腹部。ナハトヴァールの先端、その両側に展開された、鋏のような機部が、ユーリの細いウエストをがっちりホールドした。

 

「捉えたぞ…!」

 

フェニックスフェザーの弾丸を受けて、騎士甲冑が所々焼け焦げたリインフォース。

その口元は吊り上がる。

文字通り、ダメージを犠牲にしてまでナハトヴァールによる捕縛を選び、そしてそれが功を成したなら殊更だろう。

 

「ぐっ…!!」

 

「この至近距離では…その強固な障壁も張れまい…!」

 

あれだけの強固な障壁を張るために、それ相応の魔力を要するだろう。仮に張れたとしても、このナハトヴァールの最大の武器がそれを許さない。

こうして身動きを取れないならば、優位性(アドバンテージ)はこちらにある。

藻掻き抜け出そうとするユーリの、魄翼の爪が振り下ろされる。

しかし、リインフォースはそれをさせる前に、それを実行に移した。

 

「貫け!」

 

ズドン!

 

まるで、大砲が発射されたかのような爆音とも取れる重厚な音。

 

ズドン!

 

ズドン!

 

それは三度響き渡った。

重厚なそれが発せられる度に、ユーリの背から赤く、そして長い刺突槍が貫き、そして飛び出す。かと思えば、すぐに引っ込み、再び爆音と共に飛び出す。しかし、貫かれたとは言え、その腹部から背部には出血はなく、その部位は紫の魔力の円が纏う事で撃ち貫かれている。

まるで外傷はなく、ただの脅し道具に見えなくもないが、その貫かれているユーリの表情は苦悶に満ちている。

魔力ダメージと言う物は、身体を循環し、魔力器官たるリンカーコアに満ちる魔力その物を削り取る攻撃法だ。それにより、相手を無傷で捕縛することが出来る。

ユーリは、リンカーコアのかわりにエグザミアをその代替として魔力循環を行っていることが、保護された際の検査で判明している。

そしてシャマルの旅の鏡、その術式を応用して、エグザミアに直接魔力のダメージを与えていた。

自身の核で、そして心臓にも等しいエグザミアに直接ダメージを与えられては、如何にエグザミアを包するユーリとて苦悶の表情を浮かべるのは必然的なものだろう。

 

「ぐぅ…!」

 

エグザミアの魔力切れは無きに等しいとは言えど、何発も喰らっては拷問に近い。生き物は攻撃その物に耐えられはしても、痛みには耐えることは難しいものだ。

それ故に、ユーリは打開を模索する。自分の胴は、ナハトヴァールによってホールドされている。これを解くには至ってシンプル。リインフォースを攻撃し、意識を断つ。もしくは離れざるを得ないようにすれば良い。

だが撃ち貫かれる槍射砲の衝撃が、魄翼を振るうための集中力を削いでくる。

 

「全弾…持っていけ!」

 

無論、カートリッジの炸裂による撃ちこみではないので、むしろ弾数と言うよりも魔力の続く限りな訳だが。それでも、撃ち混み続ける。

 

ズドン!

 

ズドン!

 

更に一発。それに伴い、再びユーリの身体を跳ね上がらせる。

見るからにグロテスクだが、出血はない、クリーンな攻撃。

 

「はぁぁっ!!」

 

六発目を撃ち込むと同時に、ホールドしたクローを解き放ち、ユーリを吹き飛ばす。よもや、向こう側から開放してくるなど、微塵とも思っていなかったユーリは、体勢を立て直すのに若干手間取った。

 

「まだだユーリ!まだ終わってないぞ!」

 

黒翼をはためかせ、上昇、そして加速度。ユーリの直上をキープしながら、左手を振るう。直後、数多の真紅の刃が、リインフォースの前方に扇状に展開される。

 

「少々痛いぞ?ブラッディ・ダガー!!」

 

広域にわたって射出された実体刃。しかしそれはただ拡散させただけではない。直線飛行を伴いながらも、緩やかな誘導弾とは違い、一定間隔で角度調整を孕み、ユーリにあらゆる角度、方向から押し迫る。

 

防御形態(インペリアル・ガード)…!」

 

魄翼の形状が変化し、自身を繭のように包んで防護膜する。直後、差し迫るブラッディ・ダガーによる爆発。

普通ならば、ユーリのもつ防護に加わり、魄翼の護りも加わることにより、余程の攻撃や、バリアへの高度な干渉魔法を喰らわなければ破れることはない。しかし、先程のシグナムによるアンチプログラムの攻撃に加え、パイルバンカーのダメージが尾を引いて、インペリアル・ガードの出力が安定しない状態に陥っていた。

ダガーが命中する度に巻き上がる爆炎、そして軋む防御。プログラムに支配されながらも、ユーリのその顔には焦燥感が生まれていた。

覚醒した時の戦闘では、1対多数にも関わらず、アレだけの大立ち回りを可能としていたはずが、一対一にも関わらず押し込められている。これはやはりアンチプログラムの影響と、それに対するプログラムから来る危機感による焦り、そして一体化しつつあるユーリの意識が起因しているのか。

アンチプログラムによって機能を鈍らされ、

プログラムへの危機感から冷静な判断を鈍らせ、

ユーリの意識の抵抗から動きをぎこちなくさせる。

一つだけならばフォローも効くが、それら総てが同時にともなれば、致命的な不利要因だ。

思案しているうちに、爆炎と衝撃が止んだ。

どうやらブラッディ・ダガーの威力に、インペリアルガードの硬力が勝ったようだ。出力が不安定ながらも、良く持ったものだ。そう安堵する。

が…

 

 

爆炎による朦々と立ち込める煙が晴れた矢先、ユーリは信じられない光景を目にした。

 

視界を埋め尽くさんばかりの、

 

 

 

 

アカ

 

しかもそれが、自身の周囲。ありとあらゆる包囲から自身を取り囲み、静止しているのだ。

 

これはまるで…

 

まるで…!

 

上空に浮かぶリインフォース。この攻撃法から金髪の吸血鬼と一瞬重なって見えた。

 

ぱちん、とリインフォースの指が弾かれる。同時に全ての紅が、ユーリに殺到。爆ぜる。

朦々と再び発せられる爆煙。

ユーリの姿はその中へと姿を消すが、リインフォースにとってそれは油断ならない状況に変わりはない。何故ならば相手の姿が見えない=出方が見えないこと。ある程度のダメージを与えたとは言えど、エグザミアの出力には油断は禁物だ。

黒々と上がる爆煙の中で、一瞬の光。

それを目にしたときには既に、リインフォースはその黒翼をはためかせて上昇していた。

その直後に、紅の閃光が眼下を走る。

 

「あれだけの手数でも止まるはずはないか。」

 

改めて彼女の末恐ろしさに冷ややかな汗が出る。

黒い煙を爆ぜて、魄翼を滾らせ。その鋭利な爪を振りかぶりながら突っ込んでくる。

リーチは大きいが、その動きは大振りだ。上昇するリインフォースを下から薙ぎ上げる。

 

「ちっ…!!」

 

速度は辛うじてこちらが上だが、瞬間的な加速は向こうが上回っている。それだけに追い付かれ、回避が一瞬遅れてしまい、ジャケットの肩口が引き裂かれ、リインフォースの白い肌が露わとなった。

しかし、これは逆にチャンスだ。目の前には振りあげた魄翼によって、無防備な脇腹が晒されているのだ。相手の攻撃能力と防御能力の高さ故に、このチャンスは見逃せない。

 

「貰う…!」

 

左手に紫色の魔力を集め、一つの球状とする。

ハウリングスフィア。

本来ならば空間に設置して、自身とは違う位置からの砲撃を行う、文字通りに浮遊砲台としての役割を持つ。しかしもう一つ、これの使い道があった。

 

このスフィアその物をぶつける。

 

砲撃を行うための魔力その物を内包したスフィア。それを相手の懐で爆ぜさせるとどうなるか?砲撃の魔力を余すところなくエネルギーに変える、いわば爆弾と化す。

 

三度爆ぜる空

 

爆風に飛ばされながらも、二度三度宙を舞ってリインフォースは体勢を立て直す。

しかし、立て直した矢先に、爆煙から飛び出したユーリの魄翼の剛爪がリインフォースを横凪に払う。

鈍い音と共に、吹っ飛ばされただけで済んだのは、咄嗟にパンツァーシルトで防壁を張ったからに過ぎない。ベルカ式だけに、その強固さはかなりの物ではあるが、それでもここまで吹き飛ばされるとは…

 

「本当に…強いな…。」

 

「………。」

 

素直に賞賛した。だが、対する彼女は、悲しげにリインフォースを見つめるだけ。

 

「だが…お前は強いが…今にも折れてしまいそうな剣にも見えるよ。」

 

「…そちらも…、」

 

「ん?」

 

ようやく口を開いた。消え入りそうだが、それでもリインフォースは息を整えながらも耳を傾ける。

 

「魔力も…力もなくなっている。でももう…戦うべき身体ではないはず…なのにどうして…?」

 

「言っただろう?…お前を救う、と。」

 

「でも…今の戦いで…」

 

「あぁ。私がお前に勝てる見込みはほぼ無いだろう。」

 

だがそれでも、と言葉を繋げる。

 

「…だがそれでも、私は闘うよ。我が優しき主がお前を救いたい。そう願うならば。そして…その為の布石になろう。」

 

かざした左手。紫色の古代ベルカの魔法陣が出現すると共に、ユーリを赤い帯が捕縛する。それと同時に、ユーリに携わり、赤々と燃えるように揺らいでいた魄翼の炎、そして形を成していた爪が、その姿を小さくし、まるで…小さなたき火ほどにまでその大きさを変えてしまう。

 

「封縛…!」

 

一時的に、拘束と共に相手の特殊な強化を封じ込める、クロノの扱うストラグルバインドにも似た性質を持つ捕縛魔法だ。

ユーリが捕縛されると同時に、彼女を中心として、紫の球体が周囲の空間を支配する。それは半径として100m程にまでなり、二人を容易く呑み込んだ。

雷鳴が響くその中で、ユーリは封縛の術式に介入して解除を試みる。通常ならば、魄翼の力を持ってすれば容易く力尽くで破壊できるのだが、如何せんそれが封じられているからこそ、地道な解除をせざるを得ない。

それ故、リインフォースにとっては、足を止めて最大限の一撃を穿つにはこれが最善であった。

 

「このダメージが…皆の…主の勝利…そしてお前を救う盤面の一手となることを願うよ。」

 

空間内を迸る雷が、その轟きを増す。…否、集束していく。

稲光が走り、そしてまたその姿を大きく。

まるで雷神のように…

 

「響け…」

 

告げる。

今この空間において、その雷を操る主は彼女だ。

集束した雷は、それを破裂させる寸前のように暴れ、今か今かと解き放たれるその時を待つ。

そして…それは来たる。

 

「夜天の雷!!!」

 

瞬間

 

リインフォースの背後で、まるで絡まるかのように蠢いていた雷が、一筋の神鳴となって一閃。

 

「解除…完了…。…!?」

 

それは、封縛を解いたユーリへと奔る。だが気付いたときには遅い。先ほどのインペリアル・ガードを張ろうにも、魄翼の展開が間に合わない。自身の障壁のみで受けきるしかないが、先程ナハトヴァールによって撃ち貫かれた際のダメージで、少々手間取っている。

 

「…防御魔法…!」

 

リインフォースと同じく、古代ベルカの魔法陣が、突き出したユーリの両の手から幾重にもなって展開される。だが、そのごく僅かな時間で展開したところで、その術式は不安定なもの。轟く雷鳴が悉く、そして容易くそれを噛み砕いていく。

 

「……!!」

 

ユーリの目が見開かれ、そして…

 

紫色の空間が破れるほどに、大規模な魔力による爆発が引き起こされた。

 

爆ぜた空間から、二人の人影が姿を見せる。

片や、頬も、纏う騎士甲冑も煤こけ、そして破損している。

片や、肌や装束が少々黒ずんだだけ。

あの雷鳴から離れていたはずのリインフォースでさえ、此程の余波によるダメージがでているにも関わらず、直撃したはずのユーリが彼女に比べてダメージが少ない。

 

「全く…あれだけ意気込んでおいてこの体たらくとは…情けない限りだね…。」

 

「やはり、以前の貴女には遠く及ばない…。」

 

「そうだな。…今の一撃で恐らくは限界だ。」

 

全力で大技の連発によって魔力の残りは僅か。ただでさえ継続戦闘力も低下しているので、その疲労に拍車を掛けている。

 

「…だから…後は退くとしよう。…おっと、諦めるわけではないことを先に言っておくよ。…なにせ……後に控える仲間は『とても諦めの悪い』、それも私など足下に及ばないほどの人間だ。覚悟した方が良いぞ?…後は頼んだぞ。…『覇王』」

 

「承りました、『祝福の風』」

 

瞬間、背後に迫った影。ユーリに戦慄が走り、急ぎ振り向くが、

 

「昇月!」

 

無防備なその腹部に、突き抜けんばかりの掌底。思わぬ衝撃に、ユーリは顔をしかめながらもフワリと跳躍し、距離をとる。

風に舞う碧銀。

自身を捉えて放さない、紫と青の虹彩異色。

胴着をモチーフにしたかのようなバリアジャケット。

 

「…覇王…イングヴァルト…!」

 

その姿は、記憶の片隅にある、一人の王にして、哀しき青年を思い浮かばせた。



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Mission41『最終決戦(覇王)』

「…そう簡単にはいきませんね。アンブッシュ一発で倒せたならば、シグナムさん達が終わらせていますし。」

 

眼前に浮かぶユーリの身体は、それと言うほどダメージはない。自己再生が微弱ながらも働いているのだろうか、ただでさえ強固な護りでダメージが通らないというのに、珠玉の負傷も、微弱な再生で充分補えるほどと言うことらしい。

 

「…皆…どうして…私に関わるんですか?」

 

ボソリと、ユーリは呟く。

 

「私は壊す、壊してしまう…!なのに…どうして皆…放っておいてくれないんですか…?私は…誰も壊したくないのに…!」

 

「そう、ですね。」

 

アインハルトは一考する。しかし、すぐにその目をユーリに向け、紡いだ。

 

「それは…貴女がユーリさんだから、ですよ。」

 

「私…だから…?」

 

「そんなに哀しそうに…抑えきれない力に振り回されて、でも貴女の心がそれに必死に抗っている。…私と貴女は出会って数日かも知れません。なのはさんやヒカリさんと比べれば、浅い付き合いには変わりないでしょう。」

 

「…だったら…逃げれば良い…」

 

「いいえ、逃げません。…逃げてもそれは…ただの先送りに過ぎません。」

 

「先送り…?」

 

「かつて私は…覇王であるクラウス、先祖である彼の記憶を引き継いで…それを成そうと無我夢中でした。」

 

ストリートファイトに明け暮れ、ただひたすらに覇王流カイザーアーツが最強である証を立てるために戦い続け、挙げ句、古き王の子孫をも屠って、その名を不動の物にせんとしていた。

だが、ヴィヴィオ達と出会って、インターミドルに出場し、因縁の相手に叩きのめされ…、そしてヴィヴィオとの二度目の決闘。そこで気付かされた。

 

「過去の記憶に囚われて、今いる仲間と距離を置いていた。そんな私にヴィヴィオさんは、ぶれないで、真っ直ぐに向き合って。そして一緒に歩んで欲しいと、手をさしのべてくれました。」

 

「…それが…私と何の関係が…」

 

「あります!」

 

少々恥ずかしがり屋かアインハルトにしては、自身も驚くほどの声が出ていた。

 

「皆が…貴女を助けたい。プログラムの呪縛から貴女を解放したいと、ユーリさんに手をさしのべています。…だから!逃げないで下さい!皆が貴女を助けたい!だからその手に貴女の手を伸ばし、握りしめる勇気を持って下さい!かつて私が…ヴィヴィオさん達に助けられたように…私も貴女に手をさしのべます!」

 

「手を伸ばして…握りしめる…勇気……。でも…私は…私は!!」

 

「覇王流…アインハルト・ストラトス…、今はただ、貴女を助ける、そのためにこの技と拳を…震わせて頂きます!」

 

瞬間!

再び懐へと踏み込んだアインハルトの掌底が、眼前を走る。一歩身を引いていなければ、顎を的確に捉えられていた。返しとばかりに、魄翼の爪が縦にアインハルトを引き裂かんと振り下ろされるも、彼女は身を捻り、それをかわす。

 

「手を伸ばして…掴んでも…また破壊を振りまくに決まってます……!」

 

「くっ…!」

 

やはり同じ拳であろうと、その大きさから来るリーチの差は埋められないもので、少し距離をとられて、アインハルトの拳よりも外、魄翼の射程圏内からの猛襲へと戦いは変えられる。魄翼のインパクトもそうだが、大きいだけに大きな回避を取らざるを得ない攻撃範囲も驚異的だ。

 

「それなのに…!」

 

「諦めては…」

 

「っ!?」

 

魄翼の射程に合わせて引き撃ちの如く距離をとっていたにも関わらず、自身の生身の腕に、拳ほどの衝撃が走る。激痛、と言うほどでもないが、それでも意識外の衝撃に驚く。見れば、アインハルトとの距離は先程とは変わってはいない。それなのに…

 

「諦めては、そこでお終いです…!」

 

一瞬目を離したのも、アインハルトにとっては好都合だ。その分、魄翼へ注ぐ意識も削がれる。イコール、攻撃の手が緩むと言うことだ。場数を踏んだアインハルトにとって、それは充分つけ込む隙となる。

 

「ハァッ!!」

 

肘打ち。魄翼の動きが鈍った事で、アインハルトは一気に踏み込んだ。次いで、裏拳へと繋げ、仕上げに肩からの体当たりで、フィニッシュ。背折靠(はいせつこう)と呼ばれる太極拳の技の一つに酷似したそれは、魔力を上乗せした威力により、怯んだユーリを吹き飛ばすには充分だった。

 

「大切なのは…貴女の心です…!どうしたいのか…どうなりたいのか…!プログラムなんかに飲み込まれないで、UーDではなく、ユーリ・エーベルヴァイン、貴女自身の意志を…!」

 

「ぐ……!ぅ…!」

 

ユーリの表情は苦悶に満ちている。と言うことは、攻撃が通っているか、はたまた言葉が響いているのか。

 

「あぁぁぁっ!」

 

もはや本能なのか、それとも破壊衝動が抑えきれないのか、叫びながら炎の翼と共に突貫してくる。

だが、さっきの表情からするに、心の中では必死にプログラムと戦っているのだろう。

だったら、と、アインハルトは拳により一層の力を込める。

彼女の苦しみを解放したい。泣いている彼女の心を…拳で!

祖先である覇王から受け継いだこの力を以て救う。

相手の出方を伺うために構える。

対し、ユーリは炎の翼を肥大させる。これはアインハルトにとっては予想範囲だ。

しかし、その翼は広がりを止めない。業火の如く大きく、そして威圧的な物を感じさせるほどにその炎は巨大な姿へと変貌する。

 

「これは…!」

 

文字通り不死鳥を彷彿させるかの如く広げられたそれは、目を見開くアインハルトを、まるで慈しむかのように包み込む。我を取り戻した時には既に遅く、まるで皮膜の様に包み込まれ…否、閉じ込められた。

 

「しまっ…」

 

「ナパーム・プレス!!」

 

映像で見た、相手を結界内部に封じ込め、魔力による爆発を内部で起こすと言うものだ。

 

『ティオ!!』

 

『にゃあ!』

 

自身の中にいるアスティオンに念話で合図を送る。自身の中で、攻撃や機動、防御など、あらゆるサポートを行う彼?に一つの指示を飛ばした。

直後、アインハルトは、魔力による爆発に飲み込まれ、魄翼による膜も解かれる。

だが、ユーリは追撃の手を緩めない。

両手の平を爆発のど真ん中に翳し、念じる。

真紅のリングが、爆発を束ねるかのように収束。

弾けるような音と共に、晴れた爆発、爆煙の中から四肢を拘束されたアインハルトが姿を現す。

 

「……これは…!」

 

「これで……!」

 

次いで天に翳した手の平から、魔力の奔流が渦を巻き、赤と紫の入り混じった槍が生成される。あの槍に似たような物に、ヒカリは貫かれ、その果てに墜とされたのを、アインハルトは見ている。その貫通性は…言うまでもない。

 

「終わり…。」

 

告げると共に、振り投げた長々としたそれは一直線に、このまま行けばアインハルトの胴が貫かれる。破壊衝動というプログラムに駆られる彼女に、非殺傷などと言う生温い設定はない。貫かれれば、魔力などではなく、命その物を墜としかねない。

避けようにも、四肢はバインドで拘束され、抜け出すことなど不可能。

万事休す

誰もがそう思うだろう。

 

しかし、

 

「ティオ…繋がれぬ拳を!」

 

『にゃあ!』

 

力強い相棒の答えに、アインハルトは口許をつり上げる。

瞬間、両手首に淡い光が走ったかと思えば、ガラスの割れるような音と共に、真紅のバインドが砕け散る。

これで両手は自由。しかし、まだ両足は拘束されている。迫り来る槍は、上半身を反らせば避けられるほど、生易しい大きさと太さではないのだ。

 

「はぁぁッ!!」

 

一息の掛け声と共に、なんとアインハルトは、両手で迫る槍の先端を挟み、受け止めに掛かった。下半身が固定され、速度は余りないが、巨大な質量を受け止めにかかる。正直正気とは思えない行為だが、足の拘束が解けない以上はこれ以外にないのもまた事実だ。

 

下半身が軋む。

 

掌が摩擦で熱い。

 

ジリジリとだが、自身の腹に向かって押されていく先端に冷や汗を流しながら、食い縛る。

()()()まで。

 

『にゃあ!!』

 

再びガラスの爆ぜる音と共に、足の拘束が解放される。瞬間、下半身の力を一旦抜き、左脚を一歩下げると、再び足場を踏みしめて力を込める。

 

「ハァッ!!」

 

はき出した一息と共に、槍は遙か彼方へと放り投げられる。

槍投げ大会ならば、間違いなくワールドレコードを刻めるほどの飛距離だ。

 

「今度は…こちらから行きます!」

 

右手に纏わせた旋風と共に、踏み込む。

正直、先程の槍の受け流しで、かなりの体力を消耗したが、まだやられるわけには行かない。

だが、魔力もそこまで残っていないのもまた事実。

ならば、自身が持つ最大威力の覇王流奥義を仕掛ける。

 

「ヴェスパーリング!」

 

迎撃のために撃ち出した、あらゆる射砲撃を打ち消し、相手に打ち込む、攻防一体の魔法であるヴェスパーリング。出力の上昇も相まって、当たればかなりの損傷を受けるだろう。

 

だが、

 

アインハルトは止まらない。

むしろ、迎撃行動に出てくれたのは有難いものだ。その分、一直線に迫ることが出来、クリーンヒットさせられる可能性も上昇する。

 

繋がれぬ拳

これは何も、バインド破壊のみに作用する、と言う物ではない。ある程度まで射砲撃の反動を軽減…つまりノックバックを極力減らす、と言う効果もある。砲撃によるダメージや、バインドによる拘束。それらを含めて、繋がれず、そして縛られることなく拳を振るうと言うのが名の由来だ。

ヴェスパーリングの命中による爆発。

しかしそれに怯むこともなく、アインハルトは間合いを詰め続ける。

 

「怯まない…!?」

 

「覇王…!!」

 

間合いに入った。迎撃行動の成功に頼っていたのか、ユーリは回避行動に若干の遅れが生じた。アインハルトにはこれ以上の好機はない。

 

「断・空・拳!!!」

 

晒されている鳩尾に、文字通り空を断つ連拳がめり込まれる。加え、練り上げた魔力が、拳を通してユーリの身体を駆け巡っていく。

 

「かっ…は……!!」

 

内臓が圧迫され、吸い込んでいた空気が無理矢理吐き出され、ユーリの体躯はくの字に折れ曲がる。

これでかなりのダメージを負った。

見る者がいればそう確信するだろう。

しかし今宵の覇王は、何処までも容赦なく、慈悲なく、目の前で屈むユーリに対し、左手の手刀を振り上げる。

 

「断空拳…(つらね)!!!」

 

振り下ろされた二連発目の断空拳。それは容赦なく、ユーリの背に打ち込まれた。

 

「っ…か……!!!」

 

最早、上からも下からも、続けて撃ち込まれた奥義は、ユーリの意識をコンマ数秒消し飛ばした。

ふらり、と魄翼の猛りが失われて墜落するも、ある程度の距離で持ち直す。

 

「…ふぅ…ふぅ…!」

 

『にゃぁ…』

 

迎撃と、二連発の断空拳の消耗…いや、それだけではない。アインハルトとティオにはそれを加味しても大きな消耗が見て取れる。

繋がれぬ拳のデメリット

反動が軽減される、と言うが、何も展開すればそれで軽減されるわけではない。便利な物にはその反作用とも言える物もある。

この魔法の場合、その反動を魔力が肩代わりする、と言うことだ。つまり、繋がれぬ拳で反動軽減を発動する間、ダメージを与えられれば、それに応じて魔力を相乗して削り取られると言うことになる。加えてただでさえその出力がダンチであるユーリの物ならば殊更だ。

 

「覇王…」

 

自身の上空にて整息するアインハルトに攻撃を加えることもなく、ユーリは呟いた。

 

「あの白い騎士…ヒカリは…」

 

「…大丈夫です。意識は失ってはいますが命に別状ないそうです。」

 

「そう、ですか…。」

 

よかった、とアインハルトに聞こえるか否か、そんな声でつぶやくと、ユーリは魄翼をはためかせ、離脱していく。

そんな彼女を、アインハルトは見送ることしか出来ない。

 

「…ふぅ…。逃して、しまいましたか。」

 

『にゃあ…』

 

ティオ自身も、実際、面と向かったり話したりしたわけでもないのだが、ユーリを助けたい気持ちがあったのか、その声に気落ちが感じられる。

 

「私の言葉は…少しは、届いたのでしょうか?」

 

『にゃ?』

 

「正直、生意気なことを言っていたと自覚しています。以前、記憶に振り回されて戦い続けた私が言うというのは、やはり…」

 

『にゃっ!にゃあっ!!』

 

弱気な自身を叱責するかのように声を荒げるティオ。まるで、

気にするな!

自信を持て!

と言わんばかりに…。

そんな勇敢な相棒に、柔い笑みを浮かべながら、飛び去った彼女の方へと視線を向ける。

きっと…自身の言葉が届いたと、そう信じて…。

 

「後はお願いします…皆さん。」




※没ネタ

「ドーモ、お久しぶりです、ユーリ=サン。」

まずはアイサツ。如何な格闘家とは言えど、アイサツは大事。昔のスゴクエライ人曰く、

『礼を失すると書いて、シツレイ』

らしい。アンブッシュは置いておいて、慎ましくオジギする。

「…ドーモ…アインハルト=サン。ユーリ・エーベルヴァインです。」

相手もそれに答えてかオジギとアイサツを返してくれたので、心なしかアインハルトにとっては嬉しく感じた。

「ユーリさん、元に戻って貰います。慈悲はありません。」

「へ?」

気の抜けた声と共に、アインハルトが踏み込んだ。10メートル前後だった距離は、瞬時にそれを無くし、目と鼻の先に整ったアインハルトの顔がある。

「イヤー!」

「イヤー!」

「イヤー!!」

「グワー!!」

「ハオウ・ダンクウ・ナックル・ケェェン!!!」

「サヨナラッ!!!」







少々駆け足気味なのが否めない…。


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