機動戦士ガンダムSEED moon light trace (kia)
しおりを挟む

『ヤキン・ドゥーエ戦役編』
機体紹介


[中立同盟]

 

形式番号 STA-S1 

 

名称   スルーズ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スカンジナビアが開発した初の量産モビルスーツ。外見は騎士甲冑のような外見であり、同時期に開発されたアストレイとの違いは機動性だけでなく防御力も高くなっている。その分パイロットの生存率が格段に上がっているが、同時にコストが高くなっている。

 

形式番号 STA-S2 

 

名称   フリスト

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

バズーカ×1

ビームガトリング×1

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

スルーズの上位機。スルーズより機動性を向上させており、エースパイロット用の機体として配備されている。各エースパイロット用の装備や改修も行われ、実戦に投入された結果多大な戦果をあげる事になる。

 

形式番号  GAT-X104α

     

名称    アドヴァンス・イレイズガンダム

 

パイロット セリス・ブラッスール

 

武装    

      

イーゲルシュテルン×2   

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

試作型ブルートガング改×2

アンチビームシールド×1    

 

各ストライカーパック

 

[専用装備]

 

アドヴァンスアーマー

試作ビームランチャー×1

ミサイルポッド×2

 

[機体説明]

 

アラスカの戦いで大破したイレイズを改修、欠点を補いつつイノセントに装備された武装やアドヴァンスアーマーの一部を流用して強化した機体。基本的な武装などは変わらないが、背中はストライカーパックを装備可能なように改良されている。

ブルートガングはナーゲルリング同様、試験的にビームコーティングを施し、試作ビームランチャーはバッテリーを内蔵し、量産機でも使用可能なように調整されたものであるが、急造である為に連射は出来ない。

この機体は試作される予定の新型アドヴァンスアーマーのテスト機としても使用される事になっており、今後も改修が予定されている。

 

[ザフト]

 

形式番号   ZGMF-515b

 

名称     シグーディバイド タイプⅠ(アシエル機)

 

パイロット  アシエル・エスクレド

 

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

レーザー重斬刀×1

バルカンシステム内装防盾×1

 

[機体説明]

 

砂漠でのアークエンジェル隊との戦闘で実戦投入されたシグーの改修機。急造の改修を施された機体としては非常に高い性能を持っており、それが上層部でも評価された。それ故にデータ収集を行うため数機が開発され、実戦に投入された。

これら運用データを参考に後に開発される特務隊専用機『シグルド』の基にもなっている為、『プロトシグルド』の名前で呼ばれる事もある。

 

[追加武装]

 

名称  ミーティア・コア

 

武装

 

対艦ミサイル×多数

ビームサーベル×4

ビームソード×2

プリスティスビームリーマー×4 

多連装ビームキャノン×4

 

[装備説明]

 

ザフトが開発した巨大補助兵装ミーティアを対モビルスーツ戦用に改修したもの。武装も格闘戦用の武装を装備し、モビルスーツ戦に対応できるようになった。

ミーティア自体にNジャマーキャンセラーを搭載、核動力で稼働している為、エネルギー切れもない。ただ通常のミーティアよりも小さいが、それでも機体よりも一回りは大きく、扱いも難しい為、量産化には不向きであり、完全にアシエル・エスクレド専用装備となっている。

 

 

形式番号   ZGMF-F100 

 

名称     シグルド   

    

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド内蔵ビームクロウ×1

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

 

[機体説明]

 

ヤキン・ドゥーエ戦役中に開発された特務隊専用機。シグーディバイドのデータを基に強化、再設計したものであり、高い性能を持った機体。

若干の改修を施され、一般パイロット用としても量産された。

 

形式番号  ZGMF-600

 

名称    ゲイツ(エスクレド隊仕様)

 

パイロット リアン・ロフト

      ジェシカ・ビアラス

      ニーナ・カリエール

       

武装

 

基本装備は通常のゲイツと同様。

 

専用装備

 

改良型レーザー重斬刀×2

肩部小型ビームガン×2

高出力スラスター

 

[機体説明]

 

ザフト最新型主力機ゲイツのエスクレド隊仕様。基本武装は変わらないが、小型化され扱いやすくなったレーザー重斬刀を装備し、肩部ビームガンが追加されている。

さらに背中のスラスターの高出力化に機体各部のスラスター増設した事で、機動性も向上している。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャラクター紹介

[主人公]

 

セリス・ブラッスール

 

スカンジナビア王族専属の護衛役であり、同盟軍パイロット。

彼女自身も王家の分家筋で、非常に優秀な能力を持つが、それを鼻にかける事のない面倒見の良い明るい少女。

 

 

[中立同盟]

 

レティシア・ルティエンス

 

元ザフトに所属し、『戦女神』の異名で呼ばれていたエースパイロット。現在はスカンジナビアのモビルスーツ隊の教官も務めている。

 

アイラ・アルムフェルト

 

スカンジナビア第二王女でセリスの上役にして、護衛対象。幼い頃から付き合いのあるセリスの事も大切に思っている。

 

テレサ・アルミラ

 

中立同盟スカンジナビア軍所属の戦艦オーディンの艦長で階級は大佐。軍人らしくないが部下からの信頼も厚い有能な指揮官。

 

ショウ・ミヤマ

 

カガリ専属の補佐官。若いながらも政治に関して精通していおり、同時に護衛も兼ねており、ある程度の軍事訓練も受けている。

 

セーファス・オーデン

 

かつてドミニオンを指揮していた元地球軍所属の軍人。実戦経験も豊富で、優秀な手腕を持っている。現在はオーブ軍に所属しており、階級は准将。

 

[ザフト]

 

アシエル・エスクレド

 

特務隊フェイスの支援部隊として任務を与えられたエスクレド隊の隊長。彼自身も特務隊に任ぜられてもおかしくないほどの腕前を持つ、一流のパイロット。

 

リアン・ロフト

 

エスクレド隊に配属された赤服のパイロット。三人のリーダー格で真面目な性格だが、融通が利かないのが欠点。

 

ジェシカ・ビアラス

 

エスクレド隊に配属された赤服パイロット。妖艶な雰囲気を持ち、自分の腕に絶対の自信を持つ。三人の中ではナチュラルに対する嫌悪が一番強い。

 

ニーナ・カリエール

 

エスクレド隊に配属された赤服のパイロット。ザフトの中でもナチュラルを見下す事をしない少数派で三人のブレーキ役。

 

アルド・レランダー

 

『狂獣』と呼ばれ優秀な実力を持つパイロットであるが、戦闘を好むその性格に問題ありとされ、どの部隊からも嫌煙されている。

 

 

[テタルトス月面連邦]

 

セレネ・ディノ

 

アレックスの義妹であり婚約者でもある少女。現在はテタルトス軍に所属している。

 

ユリウス・ヴァリス

 

かつて『仮面の懐刀』と言われたザフト最強のパイロットであり、階級は大佐。他者を寄せ付けない圧倒的な技量を誇る。

 

エドガー・ブランデル

 

『宇宙の守護者』の異名を持った元ザフトの英雄でテタルトス軍の最高司令官。

 

ゲオルク・ヴェルンシュタイン

 

テタルトス議員の一人。元軍人という異色の経歴を持ちながら、優秀な政治手腕も持ちわせている。

 

ヴァルター・ランゲルト

 

ゲオルクの腹心の一人でテタルトス軍少佐の階級を持つ軍人。アレックスと互角に戦える非常に高い技量を持ち、同時に冷静な判断力も兼ね備えた優秀な人物。

 

リベルト・ミエルス

 

テタルトス軍所属の大尉。元々はザフトの赤服パイロットだったが、終戦後にテタルトスに合流した。

 

[地球連合]

 

ヴァールト・ロズベルク

 

月を訪れた連合からの使者。穏やかな物腰に反し、過激な手段もいとわない人物。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話  運命の始まり

 

 

 

 C.E.71 

 

 地球連合が農業プラントに核ミサイルを撃ち込んだ『血のバレンタイン』

 

 それを切っ掛けにして起こった、地球、プラント間の武力衝突。

 

 戦いが開始されてすでに一年以上の時間が経過していた。

 

 地球連合とザフト。

 

 自然に生まれたナチュラルと遺伝子操作を施され誕生したコーディネイター。

 

 これら対立は深刻さを増し、続く戦いは泥沼の状態。

 

 戦火は拡大の一途をたどっていた。

 

 開戦当初、誰もが数で勝る地球軍の勝利を確信していた。

 

 しかし数で劣るプラントは人型機動兵器モビルスーツを投入。

 

 その性能によって連合を押し込み、戦局は膠着状態へ陥っていく。

 

 そんな中、一つの事件を切っ掛けに状況に変化が訪れる事になる。

 

 それが中立国オーブ所属のコロニー『ヘリオポリス』の崩壊である。

 

 コロニーで開発されていた地球軍新型機動兵器を奪取する為行われたザフトの作戦行動によって『ヘリオポリス』は崩壊。

 

 開発されていた新型機動兵器は免れた2機を除き、4機が奪取されてしまう。

 

 この機体を巡り、各地の戦火はより一層激しさを増し、そしてこの頃からモビルスーツの有用性は各所で着目されるようになった。

 

 地球連合とザフトは勿論、今後の主力兵器となっていく事を見越した者達によってモビルスーツ開発は急速に進められていく事になる。

 

 

 

 それは中立国であるスカンジナビア王国もまた同様。

 

 これから確実に訪れる戦火の波を乗り越える為に、『力』は絶対に必要なものなのだから。

 

 

 

 

 地球からそう遠くない暗い宇宙に浮かぶ金属で出来た円形状の物体。

 

 スカンジナビア宇宙ステーション『ヴァルハラ』。

 

 未完成ながら軍事ステーションとしても機能しているこの場所では連日、兵器開発や兵士達の教練が行われている。

 

 戦いが続く世界の現状は未だ終わる気配も無く、戦火は広がるばかり。

 

 いつ巻き込まれるか知れない。

 

 それに備える為の準備が日夜進められていた。

 

 そんなヴァルハラから少し離れた位置。

 

 そこで、複雑な軌道を取りながら、素早く動く物体がいた。

 

 鎧を纏う人型の巨人―――スカンジナビア初の量産モビルスーツSTA-S1『スルーズ』であった。

 

 この機体はヘリオポリスで建造されていた『GAT-X』シリーズ呼ばれるモビルスーツ群のデータとその時に得た技術をもって開発。

 

 オーブの主力機となるべく配備が進められているM1『アストレイ』と同等の機動性とそれ以上の防御力を有した機体として設計された。

 

 その巨大な騎士が片手にライフルやシールドを掲げ、背中と腰に装備されたスラスターを使って宇宙を高速で移動していく。

 

 それを追うように背後から迫るもう一機のスルーズがスピードを上げた。

 

 噴射されたスラスターの光が軌跡を描き、いつの間にか追っていた筈の機体を追い越した。

 

 「ハァ、ハァ、もう追いつかれた!? でも、まだ!!」

 

 コックピットに座るパイロットは息を切らし、歯噛みしながら前に出たスルーズにライフルを向けた。

 

 標的をロックするとトリガーを引く。

 

 確かな感触が指に伝わり、銃口からは弾が発射された。

 

 発射されたのは訓練用のペイント弾である。

 

 当たれば派手な黄色が機体装甲に広がり、めでたく整備班長から冷たい視線を頂く事になるだろう。

 

 それは出来れば遠慮したい。

 

 もちろん整備班長も訓練である事は理解してくれている。

 

 だからといってペイントを落すのは彼らの仕事なのだから、派手に汚れていれば面白くないのは当たり前だ。

 

 どうにか敵機から発射されたペイント弾を避けて見せると、連続でトリガーを引いた。

 

 しかしこちらの狙いはあっさり外され、最低限の回避運動だけでペイント弾を避けた相手は即座にライフルを向けてきた。

 

 「今のを避けるとか!!」

 

 動きが速すぎて、全く捉えられない。

 

 攻撃をかわしこちらが銃口を向けた時にはすでにそこには居なくなっているのだ。

 

 「だからって!」

 

 防御に回れば追い込まれるのは分かっている。

 

 ならばとフットペダルを踏み、一気に上昇して再びライフルを向けるが敵の動きはこちらの予測を軽く上回ってきた。

 

 上昇している内に位置を変えていた敵機は側面から狙いをつけてくる。

 

 「右!?」

 

 ギリギリのタイミングでシールドを突き出し、発射されやペイント弾を防ぐがその隙に回り込まれ、背後から直撃を受けてしまう。

 

 「甘いです」

 

 「嘘、教官の反応速すぎですよ!?」

 

 「貴方の反応が遅いだけです」

 

 「うっ」

 

 相手の射撃を防御してからの動きが全く見えなかった。

 

 もちろんそれだけの差がある事は承知していた。

 

 しかしこうして目の前に突きつけられると自信を無くしてしまいそうになる。

 

 「演習はここまで。ヴァルハラに戻りましょう」

 

 「了解です、ルティエンス教官」

 

 一矢報いる事もできないままやられてしまった事に意気消沈しながら、ヴァルハラの方へ機体を向かわせた。

 

 格納庫に入りモビルスーツハンガーにスルーズを設置するとコックピットを降りて、自身の機体を見上げる。

 

 「うわ、酷い」

 

 スルーズは見るも無残な姿と成り果てていた。

 

 コックピット周辺のみならず、脚部にも黄色のペイントがべったりと付いている。

 

 アレを落すのはさぞかし大変だろう。

 

 反面、教官の乗った機体は何の色も付いておらず新品同様で実に綺麗である。

 

 「ずいぶんと派手にやられたもんだなぁ」

 

 「あ、あはははは」

 

 案の定整備班長に冷たい視線を頂くが、相手が相手なのだから仕方無いではないか。

 

 誤魔化すように笑い、罪悪感を抱きつつ情けない言い訳を考えながら、訓練の疲れから床に座り込む。

 

 その時、パイロットスーツを着た女性が近づいてくるのが見えた。

 

 「セリス・ブラッスール!」

 

 「あ、教官!」

 

 慌てて声がした方へ振り返ったセリス・ブラッスールは教官であるレティシア・ルティエンスに敬礼する。

 

 彼女は『戦女神』と称されるほどの腕を持った元ザフトのエースパイロットだ。

 

 前プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインと共に訳あってスカンジナビアに亡命してきた人物である。

 

 その際に腕前を買われて軍属となり、スカンジナビアで建造されたモビルスーツのOS開発やパイロットの訓練にも携わっていた。

 

 何故、二人が亡命して来たのかは明らかにされていない。

 

 だがその存在が極秘にされている以上、相応の理由があるのだろう。

 

 目の前に美しい金髪が広がり、穏やかに笑みを浮かべるその姿は、本当に綺麗だ。

 

 十人いれば十人とも美人であると答えるだろう。

 

 同性であるセリスですら憧れを抱くほどだ。

 

 「セリス、動きは悪くは無いけれど、もう少し相手をよく見なさい。それから―――」

 

 レティシアの口から次から次に今回の訓練に関する散々な評価が飛び出してくる。

 

 こんな一見優しそうな顔して教官としての彼女は死ぬほど厳しい。

 

 というか鬼だ。

 

 容赦のないの批評になけなしのプライドも完膚なきまでに破壊されてしまう。

 

 「分かりましたか?」

 

 「……はい」

 

 「そんなに気落ちしないでください。貴方はきっと強くなります」

 

 完膚なきまでに叩きのめされた後で言われても、いまいち説得力がない。

 

 「そうですか? 何か自信が無いです」

 

 気落ちするように俯くセリスにレティシアは苦笑しながら、頭を撫でる。

 

 「訓練ですから、手を抜いても仕方がないでしょう。それに戦場で敵は手加減してくれませんよ」

 

 「うっ」

 

 「もしもという時、自分の力不足を悔みたくなければ、しっかりとね」

 

 戦場では何が起こるか分からない。

 

 だからいかなる状況にも対応できるように訓練を積んでおく―――というのがレティシアの持論だ。

 

 毎回口癖のように言っている。

 

 流石に実戦を経験している者からの言葉だけあって、重みが違う。

 

 しかし初陣もまだのセリスからすれば実感が湧かないというのも事実なのだ。

 

 レティシアのありがたい批評を聞きながら肩を落としていると、整備班の一人が近づいてきた。

 

 「レティシアさん、アイラ様から連絡が入りました」

 

 「アイラ様から?」

 

 アイラとはスカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトの事だ。

 

 王族でありながら軍事最高責任者という立場で、外交もこなす重要人物であり、セリスにとっても故あって馴染み深い女性だった。

 

 最近は地球で拡大している戦争を警戒しての情報収集や軍事関係の視察。

 

 オーブや赤道連合などスカンジナビアと同じく中立の国々との会談などで忙しく動いている。

 

 その彼女から直接連絡が入るという事は余程の事案なのだろう。

 

 「分かりました。セリス、今日の訓練は終了します」

 

 「あ、はい。ありがとうございました!」

 

 敬礼して通信室に向かうレティシアを見送ると、べったりと汗をかいている事を思い出し、シャワーを浴びる為に更衣室の方へ歩き出した。

 

 「あ~気持ちいい」

 

 暖かいシャワーが汗を落としてくれる感触に浸りながら、目を閉じる。

 

 至福の時間だ。

 

 これとおいしいデザートさえあれば、どこでも生きていける。

 

 「……でもさっきの何だったんだろ」

 

 アイラからの直接連絡―――

 

 セリスはシャワーを浴び終え、制服に着替えると通信室に向かう。

 

 特に用事がある訳ではないが、やはり先程の事は気になって仕方がなかった。

 

 「やっぱり、何かあったのかな」

 

 なんとなく嫌な予感を覚えながら通路を歩いていると、丁度部屋から出てきたレティシアと出くわす。

 

 その表情は硬く、予感通りに何かあった事は明白であった。

 

 「セリスですか。丁度良かった」

 

 「教官、何かあったんですか?」

 

 「ええ、詳しく話している時間はありませんが、私はこれから『X09A』と『X10A』でラクスと地球に降ります」

 

 「えっ、新型で地球にですか!?」

 

 『X09A』と『X10A』というのはヴァルハラで開発されたばかりの新型機である。

 

 正式にはZGMF-X09A『ジャスティス』

 

 ZGMF-X10A『フリーダム』

 

 形式番号から分かる通り、元々はザフトで建造される予定だった機体である。

 

 これらの機体がヴァルハラで開発される事になった経緯はレティシア達の件と同じく明らかにされていない。

 

 「それからアイラ様から貴方にもお話があると聞いています」

 

 「あ、はい。分かりました」

 

 直接話をするのは久しぶりだ。

 

 アイラに関しては言わずもがなだが、セリスも訓練をこなすので精一杯だったから、ここしばらくは碌に声も聞いていない。

 

 優秀なだけに無理する事もある為、少し心配でもあるが、久しぶりだから楽しみでもある。

 

 そんな事を考えながら部屋に入ろうとするが、その前に呼び止められてしまった。

 

 「セリス」

 

 「えっ」

 

 振り返るとレティシアが複雑そうな表情でこちらを見ていた。

 

 「あの、教官?」

 

 「……いえ、何でもありません。訓練はさぼらないように」

 

 「分かってますよ」

 

 「それからデザートも食べ過ぎないようにしてください」

 

 「……ぜ、善処します」

 

 クスクスと笑みを浮かべていた顔から一転し、真剣な顔に変わる。

 

 「セリス、先程も言いましたが、貴方は大丈夫です。自分を信じてください」

 

 「え、はい」

 

 そう言うとレティシアは格納庫の方へ向った。

 

 「教官?」

 

 先程の表情が気になりながらもアイラを待たせる訳にはいかない。

 

 すぐに通信室に入り、端末のスイッチを入れるとモニターに女性が映る。

 

 《久しぶりね、セリス》

 

 「はい! アイラ様もお元気そうで良かった!」

 

 アイラとセリスは年は離れているが、仲の良い姉妹のように育った幼馴染である。

 

 元々ブラッスール家はスカンジナビア王家の分家筋。

 

 昔から王家の人間を守るための護衛役として存在してきた家柄である。

 

 その為、代々王家に仕え、王族を守る為の護衛役として存在していた。

 

 無論、役目自体は強制ではない。

 

 しかし幼いころから王家の者と共に過ごす機会も多い事から自分でその道を選択する者が大半だ。

 

 そしてセリスもその一人である。

 

 その護衛対象こそ、今モニターに映っているアイラ・アルムフェルトなのだ。

 

 「……その、アイラ様、私が護衛から外れている間に何かありませんでした?」

 

 《う~ん、そうね。そういえば新しい服を買ったのよ。だから貴方に着せたいわね。それにセリスを思いっきり抱きしめられないから、少し寂しいかしら》

 

 「あの、私子供じゃないんですよ!」

 

 《そうよね。もう子供じゃないのよねぇ。昔のセリスはすごく可愛かったなぁ~》

 

 「もう、変なこと言わないでください! そうじゃなくて、その、危険な事とかなかったんですか?」

 

 思わず顔を赤くしコンソールを手で叩きながら、問い返した。

 

 彼女は時々こんな風にからかってくるのが玉に瑕だ。

 

 そんなセリスを見てアイラは楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 《フフ、冗談よ。こちらは大丈夫。それより訓練は上手くいってる? レティシアからは十分な素養と適正があると報告を受けているけど》

 

 「あはは、教官にはいつも迷惑掛けてます」

 

 護衛役であるセリスが護衛対象であるアイラの元を離れているのはもちろん理由がある。

 

 これから先の戦いは人型兵器であるモビルスーツが普及し戦場の在り様も大きく変わる。

 

 その為、様々なノウハウというのは必要不可欠であった。

 

 パイロットの教育もその一つであり、セリスはその素養を見込まれモデルケースとして訓練を受けているのである。

 

 その成果―――出ているのかどうかは自分では判断がつかない。

 

 だがそれらはきちんと本国の方へ報告が行き、今も兵士達の訓練に生かされている筈だ。

 

 「それで今日は一体どうしたのですか? 世間話をしようという訳でもないのでしょう?」

 

 それはレティシアの様子を見ていれば分かる。

 

 《ええ。もちろん》

 

 するとモニターに新たな画像が表示された。

 

 それを読み取るとセリスは思わず目を見開いた。

 

 「これって―――」

 

 《ザフトの『オペレーション・スピットブレイク』よ。ただそれには不可解な点が幾つかあるの》

 

 『オペレーションスピットブレイク』開始直前での作戦目標変更。

 

 連合最高司令部である『JOCH-A』に対する奇襲であるにも関わらず地球軍パナマ基地の不気味なまでの沈黙。

 

 データを提示され、説明を受けると確かに不自然な気がする。

 

 「では教官達が出撃したのは、この件を調査する為」

 

 《そうよ。後はあの二機の実戦でのテストも兼ねているわ》

 

 一応、不必要な戦闘は避ける様に命令を出したらしい。

 

 しかしアイラ自身戦闘が避けられるとは思っていないようだ。

 

 《それでセリス。貴方にもすぐ地球に戻ってきてもらいます》

 

 「えっ、本国にですか?」

 

 《いいえ、行先はオーブよ。そこで今後起こるであろう戦いに備えてもらいます》

 

 それはセリスの初陣がすぐそこまで迫っている事を意味していた。

 

 

 

 

 

 ザフトにとって戦局を決するとも言える重要な作戦である『オペレーション・スピットブレイク』

 

 これは残された宇宙港パナマ基地を落とす事で、連合軍の戦力を地上に封じ込めるという主旨で実行される予定だった作戦である。

 

 しかし連合最高司令部である『JOCH-A』を強襲するというのが本当の狙いだった。

 

 この作戦が開始されようと準備が進められ、地上、宇宙に着々と各戦力が集結していく。

 

 そんな中、一隻の艦が地球へと近づいていた。

 

 ナスカ級『ダランベール』

 

 エスクレド隊の母艦として運用されている艦である。

 

 そのブリッジで隊長であるアシエル・エスクレドが腕を組み、真剣な表情のままオペレーターに指示を飛ばしていた。

 

 「エスクレド隊長、もうすぐ目標地点です」

 

 「うむ」

 

 ブリッジに居る全員が緊迫感を共有し、真剣な表情で役目に従事している。

 

 だがそれは決して悪い空気ではなく、良い意味の緊張感で満たされていた。

 

 その雰囲気は隊長であるアシエル・エスクレドが作り出しているものだ。

 

 彼はプラントでも指折りのエースパイロットであり、上層部からの信頼の厚い。

 

 冷たい印象はあるが、信頼できる隊長というのが同じ部隊に所属している者たちからの声である。

 

 本人がそれを聞けば的外れな意見に苦笑していただろうが。

 

 「周囲に敵影は?」

 

 「ありません」

 

 地球軍もこちらが動いている事は承知している筈。

 

 だからこのタイミングで何かしら仕掛けてきてもおかしくはないというのが防衛部隊の共通認識。

 

 だからこそ警戒は怠れないのだ。

 

 「……重要な作戦前だ。周辺の警戒を怠るな」

 

 「了解!」

 

 アシエルが一通りの指示を出し終えた丁度その時、ブリッジに赤服を纏った三人の少女が入ってくる。

 

 「エスクレド隊長」

 

 「来たか」

 

 今回の作戦に合わせ、エスクレド隊にもある特別な任務が与えられた。

 

 それに伴い戦闘で消耗してしまった戦力を増強する為、部隊に補充人員が配属される事になっていたのだ。

 

 三人が一斉に敬礼するとそれに合わせこちらも敬礼を返す。

 

 「部隊を率いるアシエル・エスクレドだ。君達を歓迎する」

 

 「リアン・ロフトです!」

 

 「ジェシカ・ビアラスです!」

 

 「ニーナ・カリエールです」

 

 予め知らされていたとはいえ、向かい合うように立つ三人の少女達を見て、複雑な気分になる。

 

 アカデミーの成績やここに配属するまでに小競り合いとはいえ戦闘を経験している事から実力的に疑問はないの

 

 だが正直にいえば少々やりづらい。

 

 年頃の少女達を戦場に向かわせるというのも、非常に強い抵抗感があった。

 

 さりげなく事前に渡されたプロファイルと重ね合わせ目の前に立つ少女達を観察する。

 

 まずこの中でリーダー格らしきリアン―――短めの青みがかった髪にこちらを見つめる真っ直ぐな瞳は使命感に満ちている。

 

 それ故に融通が利かない。

 

 そして中央にいる赤いウェーブのかかった髪のジェシカはどこか妖艶な雰囲気を持ち、挑発的な表情を浮かべていた。

 

 彼女は上昇志向が強く、上官の命令にも従わない傾向にあるようだ。

 

 そして最後に長い黒髪を持つニーナは二人から一歩引いた位置で冷静に物事を観察しているように見える。

 

 非常に冷めた物の見方をしており、同僚とも反りが合わない事があるらしい。

 

 雰囲気から察するに彼女がこの中のブレーキ役ということのようだ。

 

 どうやらプロファイルにあったように全員が癖のある人物だ。

 

 「……面倒な面子がそろったようだな」

 

 これからの事に若干の不安を感じながらも、気持ちを切り替えこれからの任務について説明する事にした。

 

 「さて、ここに来るまでにある程度の説明は受けているだろうが、我々には特別な任務が与えられている。それが特務隊『フェイス』の支援だ」

 

 特務隊『フェイス』とは国防委員会と最高評議会議長に戦績や人格など優れていると認められた者が任命されるトップエリートのような存在だ。

 

 各個人が行動の自由や通常指揮権よりも上位の命令権を有している。

 

 そんな立場である為に普段は隊を組んで行動する事はない。

 

 だが現在は少し事情が違っている。

 

 その為、今後は彼らの支援を効率的に行うため、エスクレド隊が配下として付く事になったのだ。

 

 「特務隊は今回、とある任務を遂行する為、地球に降下する。当然、我々もまたそれに追随し、地球に降りる事になる、準備は入念に行っておけ」

 

 「その任務の詳細を聞いても大丈夫でしょうか?」

 

 ニーナの質問にアシエルは一瞬だけ目を伏せると、すぐに口を開いた。

 

 「……投入される新型機を用いた『足つき』いや、アークエンジェルの撃沈と『白い戦神』及び『消滅の魔神』の撃破だ」

 

 

 

 

 アシエルと挨拶を済ませた三人は『ダランベール』の艦内を見て回りながら、雑談に興じていた。

 

 今までいたナスカ級と内装は変わらないので、各箇所に居る者達に顔見せするというのが主な目的である。

 

 「しかし特務隊の目標が『白い戦神』と『消滅の魔神』とは思ってなかった。てっきり『スピットブレイク』に関する事だとばかり思ってたし」

 

 「不思議な話じゃないわ。あの二機はクルーゼ隊ですら、どうにもならなかったんだから」

 

 『白い戦神』と『消滅の魔神』

 

 それは地球軍の新型モビルスーツGAT-X105『ストライク』とGATーX104『イレイズ』に対して名付けられた異名だ。

 

 最初に接敵した部隊から広まった『ガンダム』という名称でも知られる機体。

 

 エリート部隊と言われたクルーゼ隊を追い込み、バルトフェルド隊、モラシム隊を壊滅させたその戦果はザフト内においても最上位の脅威として認識されている。

 

 「確かオーブ沖で襲撃かけて、返り討ちにあったんだっけ。情けないわね」

 

 「ジェシカ、命懸けで戦った仲間にそう言う言い方は―――」

 

 「私は本当の事を言っただけよ。こちらも同じ性能を持った機体がありながら、ナチュラル相手に後れを取るなんて」

 

 確かに追撃を行ったクルーゼ隊はストライクやイレイズと同性能を持った機体をヘリオポリスから奪取し、使用している。

 

 若干の特性など違いはあるがほぼ同じ条件でありながら戦って負けたという事は、ナチュラルに後れを取ったという事に他ならない。

 

 自然に誕生したナチュラルと遺伝子操作を施され誕生した自分達コーディネイターとでは基本的なスペックが違う。

 

 リアンとしてもコーディネイターとしての自負はあるし、正面から戦って負けるというのが信じ難いというのは理解できる。

 

 しかしそれはその場にいなかった自分達がとやかく言う事ではない。

 

 熱くなって言い返そうとした所に、呆れたような声でニーナが水を差した。

 

 「二人共、喧嘩はやめて。配属されたばかりで恥を掻くつもり?」

 

 白い目を向けるニーナにバツが悪そうにそっぽを向くと二人は矛を収める。

 

 「ハァ~でも特務隊か」

 

 「どうしたの、リアン?」

 

 「うん、特務隊って一部じゃ良い噂聞かないから」

 

 今の特務隊は優秀で多大な戦果を上げていると上層部からの評判は良い。

 

 しかしその反面一部からは良い噂は聞こえてこない。

 

 無論、人格まで評価されて特務隊に選ばれるのだから、荒唐無稽なただの噂話だとは思うのだが。

 

 「関係ないわね。私達は任務を遂行し、自分の実力を示せば良いだけよ」

 

 「ジェシカは相変わらずだよね」

 

 彼女は自分の技量に絶対的な自信をもっている。

 

 無論、それだけの実力がある事はリアンも認めていた。

 

 だがこう自信過剰ともいえる言動には少々不安になるのだ。

 

 この件に関してはニーナも何も言わないので余計にだ。

 

 彼女曰く「私とジェシカは絶対的に合わない」という事で、何も言わないようにしているらしい。

 

 そのようなやり取りをしている内に格納庫に辿り着いた三人は一機のモビルスーツに目を奪われた。

 

 自分達も知っている機体とよく似た特徴を持っているが、細部は別物、武装も見知ったものとは違っていた。

 

 ZGMF-515b 『シグーディバイド タイプⅠ』

 

 砂漠でのアークエンジェル隊との戦闘で実戦投入されたシグーの改修機である。

 

 急造の改修を施された機体としては非常に高い性能を持っており、武装もビーム兵装を搭載されている。

 

 このお陰で実体弾を無効にできるPS装甲を持った『ガンダム』とも互角に戦う事が出来る。

 

 「これがアシエル隊長の機体……」

 

 「凄いわね」

 

 「ええ」

 

 何時かこんな機体に乗ってみたいと三人は目を輝かせ、シグーディバイドに見入っていた。

 

 

 これから先の結末など想像する事も出来ず、彼女達の戦いもここから始まる事となる。

 

 

 ―――運命は此処から動き出す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話  予期せぬ初陣

 

 

 

 

 ザフトの作戦『オペレーション・スピットブレイク』

 

 そして対する地球軍の動向を探る為、新型モビルスーツ『ジャスティス』と『フリーダム』の投入が決定された『ヴァルハラ』では整備班が忙しなく動き続けていた。

 

 それに伴い、オーブへ行くように打診されたセリスもまた地球に向かう為の準備に追われている。

 

 今は自身の搭乗する機体スルーズのコックピットに設置されたキーボードを叩き、調整を加えていた。

 

 「OS、各部センサー、武装も異常なし。機体状態オールグリーン」

 

 「セリス、機体はどうだ?」

 

 「大丈夫です。コックピットの調整も完了しました」

 

 「良し、じゃあ機体を輸送艦に運び込むから、お前もそっちに移動しろ」

 

 「はい」

 

 整備班長から促されスルーズのコックピットから降りると準備を終えた二機のモビルスーツが出撃していく姿が見える。

 

 「教官達、出撃するんだ……」

 

 《ラクス・クライン、ジャスティス》

 

 《レティシア・ルティエンス、フリーダム》

 

 《行きます!!》

 

 二人の声と共にPS装甲が展開されたフリーダムとジャスティスは鮮やかに色付く。

 

 そしてスラスターを噴射させ、特徴的なリフターと蒼い翼を広げ、宇宙に飛び立った。

 

 「流石だな、全く無駄が無い」

 

 出撃していく二機の姿を見届けると今度は自身の搭乗するスルーズが輸送船へと運ばれていく。

 

 その光景が否応なく自分もまた初陣を迎える事になるのだと実感させられる。

 

 「……いよいよ私も戦場に立つんだよね」

 

 もちろん地球に降りたからといってすぐに戦いに参加という訳ではないだろう。

 

 それでも確実に戦場に向かう事になるのは変わらない。

 

 徐々に実感して来たのか、何時に間にか体が震えている事に気が付く。

 

 「……もう、情けないなぁ。しっかりしなきゃ!」

 

 でなければアイラや祖国をどうして守れるだろうか。

 

 震えを止める為に頬を両手で思いっきり叩き、気合いを入れる。

 

 「っ!? 痛ッ~!!!」

 

 しかしちょっと強くやりすぎたようで、思わず涙目になってしまった。

 

 「何やってんだ、お前は?」

 

 痛がるセリスに気がついた整備班長が顎の不精髭を擦りながら呆れたように声を掛けてくる。

 

 「うう、何でも無いですよぉ」

 

 「ハァ、やろうとしてる事は分かるがな、力が入り過ぎだ。それじゃいざという時、本当の実力なんて発揮できねぇぞ」

 

 「うっ」

 

 確かにそうかもしれないが―――

 

 「それに教官殿も言ってたろ。『戦場では何が起こるか分からない。だからいかなる状況にも対応できるように訓練を積んでおく』ってよ。その訓練をお前は死ぬ気でこなしてきたんだ。ちったぁそうやって積み上げたものを信じろ」

 

 「班長」

 

 どうやら励ましてくれているらしい。

 

 いつも厳しい事をばかり言う班長だが、長年軍に関わってきただけにこういった事も慣れているのだろう。

 

 「ありがとうございます、班長!」

 

 「けっ、くだらねぇ事言ってないでさっさと輸送艦に乗りやがれ!」

 

 「は、はい!」

 

 怒鳴り声に押される様に慌てて輸送艦に乗り込み、敬礼すると班長は背中を向けて手を挙げているのが見える。

 

 その様子にセリスは笑みを浮かべると、時間が来たのかハッチが閉じた。

 

 輸送艦はヴァルハラを出て宇宙に向けて発進する。

 

 

 

 目的地は戦火に包まれし地球―――命を懸けの戦場へとセリスは足を踏み入れた。

 

 

 

 

 大気圏に集まるザフトの部隊は『スピットブレイク』開始直前の緊張感に包まれていた。

 

 その空気はもちろん周囲を巡回していた『ダランベール』にも伝染し、戦闘前独特の雰囲気を作り出している。

 

 そんな中、リアン達は自分達が支援する事になっている特務隊の面々から作戦の概要説明を受ける為にブリーフィングルームに集められていた。

 

 「特務隊『フェイス』所属シオン・リーヴスだ」

 

 「マルク・セドワ、よろしくな」

 

 「クリス・ヒルヴァレーです」

 

 「エスクレド隊、隊長アシエル・エスクレドです。今回から特務隊の支援に付かせていただきます」

 

 アシエルに合わせ敬礼しながら、リアン達は目の前にいる特務隊の面々を観察する。

 

 「……なんて言うかさ、全員雰囲気良くないよね」

 

 マルクは嫌らしい視線を隠す事無くこちらを見つめ、シオンやクリスは真面目に見えるが雰囲気は刃のように鋭く非常に近寄りがたい。

 

 正直、第一印象は最悪である。

 

 「そうね、癖の強い連中みたい」

 

 「うん」

 

 リアンとジェシカの声が聞こえたのかニーナは呆れたように呟いた。

 

 「……貴方達がそれ言う?」

 

 こそこそ話す二人を尻目に正面に立つ特務隊を見る。

 

 二人の気持ちは分からなくはない。

 

 彼らは口にこそ出していないが、明らかにこちらを頼る気はないと言わんばかりの態度だったからだ。

 

 「……厄介な事になりそう。隊長もお気の毒ね」

 

 アシエルを見ると、やや距離を置きながら冷めた視線を向けている。

 

 どうやら彼らに関して興味はないらしい。

 

 「さて、事前の説明を受けていると思うが、今回の任務はアークエンジェル、ストライク―――そしてイレイズの撃破だ。彼らがアラスカにいる事は事前に確認が取れている。だから『スピットブレイク』開始と共に目標の姿を確認、その後に降下する」

 

 説明を聞きながらニーナは少し違和感に気がついた。

 

 正面に立ち今まで事務的に淡々と作戦説明を説明していたシオンがイレイズの名前を出した時だけ、声に熱が籠っていたような気がしたのだ。

 

 彼とイレイズには何か因縁でもあるのだろうか。

 

 「そして我々の降下後にエスクレド隊の面々も地球に降り、他の連中がこちらの邪魔をしないように援護をしてもらう。ただしこちらの指示があるまでエスクレド隊には後方にて待機を命じる」

 

 「足つき以外は雑魚ばかりだし、お前らの出番は無いと思うがね」

 

 「マルク、油断は禁物ですよ」

 

 「してないっての」

 

 確かにその通りかもしれないが、言い方というものがあるだろう。

 

 案の定、リアンとジェシカは不満そう顔を顰めている。

 

 後で騒ぎ出すのは確実だ。

 

 宥めるとなると気が重い。

 

 「シオン、時間です」

 

 「ああ、では後は任せる、エスクレド隊長」

 

 「ハッ!」

 

 シオン達がブリーフィングルームからを出て行ったのを見計らい、そこでリアン達もようやく声を上げる。

 

 「何よ、あれは!」

 

 「舐めてくれるじゃない」

 

 確かに彼らよりは劣るかもしれないが、こちらにもザフトのパイロットとしての自負がある。

 

 「ハァ、本当に貴方達は……相手は特務隊よ。彼らが待機を命じたなら、従うしかないわ」

 

 「ニーナの言う通りだ。命令だ」

 

 「分かってますけど」

 

 それでも不満は燻っているのか、リアンとジェシカの表情は全く晴れない。

 

 「それに奴らには深入りしない方がいいかもしれないぞ」

 

 「えっ、それって?」

 

 「厄介事に巻き込まれたくなければな」

 

 戦士としての直感ではあるが、奴らと関わっていると碌な事にならない。

 

 少なくともアシエルはそう感じていた。

 

 元々彼らに興味はない。

 

 いや、そもそもすべての事柄に興味が抱けないのだが。

 

 自身の心情を押し殺し、あくまでも淡々と所見を述べる。

 

 「……支援を任された以上は難しいかもしれないが」

 

 余計な面倒事に巻き込まれないよう願いながら改めて指示を飛ばす。

 

 「ともかく、まずは特務隊が確実にアラスカに降下できるように周囲を警戒する。その後、我々も地球に降りる。いいな?」

 

 「「「了解!」」

 

 燻る不満を押し殺し、敬礼を返すと任務に就く為、格納庫に向かっていった。

 

 

 

 

 ヴァルハラから地球まではさほど距離は離れていない。

 

 これは宇宙で動く為の足がかりとして近場を選択したという事。

 

 それに加えてオーブの宇宙ステーション『アメノミハシラ』との連携を取りやすい位置を選んだという理由がある。

 

 だから出撃した輸送艦はすぐにでも地球に降りられる筈であった。

 

 進路上に『スピットブレイク』を控えたザフトが陣取っていなければであるが―――

 

 「これは困りましたね」

 

 ブリッジに呼び出されたセリスはモニターに映る光景に対して呟くと艦長もそれに首肯する。

 

 「うむ、あれを突破するなど自殺行為でしかないしな」

 

 ザフトが大気圏辺りで作戦行動を取っていた事はもちろん事前に把握していた。

 

 だから極力彼らに見つからない進路をとっていたのだ。

 

 しかし予想以上に大きく展開していたのか、予定していたコースの進路上に立ち塞がっている。

 

 「そうですね。この艦で戦闘は無理でしょうし」

 

 今、自分達が搭乗しているのは輸送艦。

 

 自慢ではないが、戦闘能力などほぼ皆無である。

 

 それどころか地球に降りたら二度と宇宙には上がれない使い捨てのようなものだった。

 

 さらに搭載されている戦力はセリスのスルーズを含めた数機のみ。

 

 そんな戦力であの展開されているザフトの部隊を突破するなど不可能だ。

 

 「到着地点はずれるが、進路を変更した方が良いかもしれんな」

 

 「ええ。でも、教官達は大丈夫なんですか?」

 

 「特にトラブルが起きたという報告は入っていない。戦闘を避ける為に私達同様、別の方向から地球に降りたのかもしれないな」

 

 確かにザフトも警戒はしているようだが、特に戦闘を行ったような痕跡は見当たらない。

 

 ならばレティシア達は上手くやったという事なのだろう。

 

 「とにかくこのままザフトが退くまで待っている訳にはいかん。我々も別方向から地球に向う」

 

 「はい」

 

 艦長の指示を受け、進路を変更した輸送艦は別方向から地球に降下する為に移動を開始する。

 

 

 

 しかしその先では特務隊の降下を支援するエスクレド隊の機体が待ち受けている事を彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 『オペレーション・スピットブレイク』の準備が整い、作戦開始の合図と共に各部隊が次々と地球に降下する。

 

 それに伴い特務隊もまた降下する為の準備に入っていた。

 

 それを支援する立場にあるエクスレド隊もまた殆どの機体を降下ポッドに積み込み、残すはもしもの時に備えて最低限の機体のみという事になっている。

 

 「哨戒は私が最後か」

 

 ニーナとジェシカはすで哨戒任務を終え、機体はすでに降下ポッドに積み込まれている。

 

 パイロットスーツに着替えたリアンはダランベールの格納庫に佇む自身の機体を見上げた。

 

 ZGMF-1017M 『ジンハイマニューバ』

 

 ジンを改修を施しメインスラスターの強化や各部スラスターを増設し、高機動化した機体である。

 

 「これも十分良い機体だよね。流石に特務隊の新型程じゃないけど」

 

 先程特務隊が使用する新型機『シグルド』のスペックを一部だけだが見せてもらった。

 

 アレは通常の機体とは比較にならない程に段違いの性能だ。

 

 あの機体相手では音に聞こえた『白い戦神』や『消滅の魔神』だろうと万に一つの勝ち目もあるまい。

 

 ましてやパイロットはトップガンである特務隊が努めるのだから。

 

 そんな事を考えていた所為か特務隊の面々の嫌な顔が思い浮かんだ。

 

 「うっ、出撃前に嫌な連中を思い出した。ま、それでも任務は任務。きっちりこなさないと」

 

 今まで地球軍の存在は確認されなかった。

 

 もう敵が攻めてくるという事は無いだろう。

 

 しかしもしもという場合もありうる。

 

 コックピットに乗り込みを手早くコンソールを操作して、機体を起動させるとダランベールのハッチが開く。

 

 リアンは心地よい緊張感に包まれ、自然と笑みを浮かべながら操縦桿を握るとフットペダルを踏み込んだ。

 

 「リアン・ロフト、『ジンハイマニューバ』出ます!」

 

 メインスラスターを噴射させ、重力に引かれまいと飛び出した。

 

 

 

 

 ヴァルハラから出撃した輸送艦はザフトの部隊に遭遇しないように迂回し、別ポイントから大気圏突入を開始しようとしていた。

 

 「降下ポイント到着まで後10分!」

 

 「各部チェック! 大気圏突入に備えよ!」

 

 ここまでは順調。

 

 後は余計なアクシデントが起こらない限り、地球に降下できると誰もが思っていたのだが―――

 

 「ッ!? レーダーに反応! モビルスーツです!!」

 

 「何!?」

 

 聞かされたのは最悪の報告である。

 

 艦長がモニターを見ると一機のジンが近づいてきているのが見えた。

 

 スラスターを含め、細部に違いが見受けられる事から通常機とは違う。

 

 「……高機動型か。よりによってこのタイミングで見つかるとはな」

 

 大気圏での戦闘などこの艦にはあまりにリスクが高すぎる。

 

 どう対応するか考えていると、突撃銃を構え近づいてくるザフト機から通信が入ってきた。

 

 《そこの艦船、所属を明らかにし、ただちに停船せよ。これは警告である。こちらの指示に従わない場合は撃沈も辞さない》

 

 「艦長」

 

 「……止まる事はできん」

 

 今、この艦には自国の新型モビルスーツ『スルーズ』が数機だけとはいえ搭載されている。

 

 仮に地球軍に誤認されればただでは済むまい。

 

 それに停船すればザフト側に拘束され、下手をすればスルーズを接収されてしまう可能性すらある。

 

 だからこそ本来の進路よりも大きく迂回し、ザフトに見つからないルートを選んだのだが―――

 

 「裏目に出たか」

 

 《もう一度だけ警告する。ただちに所属を明らかにして停船せよ》

 

 すでにジンハイマニューバはこちらに銃口を向けている。

 

 対応次第で即座に撃ってくるだろう。

 

 どうすべきか艦長が迷っていると格納庫から通信が入った。

 

 「艦長、私が出て、敵を引きつけます!」

 

 「セリス!?」

 

 「このままでは撃沈されるか、拘束されるかです。援軍を呼ばれる前に大気圏に突入すれば、逃げきれます」

 

 確かにそれが一番現実的な手段かもしれない。

 

 スルーズが外部に露見するのは出来るだけ避けたいが、撃沈されれば機密も何もない。

 

 「分かった。時間を稼いでいる間に艦を加速させ、地球に降下する。何があっても大気圏突入前に戻れ」

 

 「了解!」

 

 セリスは淀みなくコンソールを操作し、機体を起動させると大きく息を吐いた。

 

 「まさかこんな形で初陣を迎えるなんて思わなかったな」

 

 緊張も、恐怖もある。

 

 でも今は迷っている暇はなかった。

 

 どうにか艦が逃げ切る時間だけでも稼がないといけない。

 

 「皆を守る為に、私がやらなきゃ!」

 

 そばに置いてあった大きな布のようなものを手にとって機体に纏う。

 

 「気休めだけど、何もないよりはいいか」

 

 姿を隠せるだけでも御の字と思っておこう。

 

 後部ハッチが開き、青い地球の姿が真近で見える。

 

 こんな時でなければ、美しい光景に目を奪われるのだろうが、そんな余裕はない。

 

 「……良し、セリス・ブラッスール、スルーズ出ます!」

 

 意を決してフットペダルを踏み込むと、外に飛び出した。

 

 

 

 

 哨戒に出ていたリアンがその艦を発見したのは殆ど偶然だった。

 

 アシエルから指定されたルートを回り、帰還しようとした時にたまたま視線を向けた先で動く物体を捉えたのだ。

 

 接近し、見つけたのは所属不明の艦。

 

 形状から察するに輸送艦の類だろうと判断した。

 

 一応停船するよう警告はしたのだが応答どころか、止まる気配もない。

 

 「仕方ない。まずは足を止める!」

 

 エンジン部分を狙い突撃銃を向けると、輸送艦から正体不明の物体が飛び出してきた。

 

 「何!? あれは……モビルスーツ?」

 

 布状のものを纏っている為、細部は把握できないがライフルと盾を持つその姿はモビルスーツに違いない。

 

 となればあの艦の正体も絞れてくる。

 

 「ジャンク屋か、それとも傭兵か。……何であれ今は作戦中、放置はできない」

 

 リアンはダランベールに通信を入れ、状況を伝えるとこちらに向かってくる機体に銃口を向けた。

 

 突撃銃から発射された銃弾が容赦なくスルーズに襲いかかる。

 

 「くっ」

 

 セリスは思いっきり操縦桿を引くと突撃銃をかわし、ジンに向けビームライフルを発射した。

 

 「なっ、ビーム兵器!?」

 

 背中のメインスラスターを噴射させてビームを回避したリアンは予想外の攻撃に驚きながら舌打ちする。

 

 ビームの一撃を受ければ、ジンの装甲といえども耐える事などできはしない。

 

 「火力は向うが上か。だけど、それだけでェェ!」

 

 連射されるビームライフルを持前の機動性でかわしていくと突撃銃で牽制しながら重斬刀を引き抜き、一気に肉薄する。

 

 「やれると思うなァァァ!!」

 

 ジンハイマニューバの真骨頂はそのスピードにある。

 

 通常にジンと比べ増設されたスラスターによって得られた速度は明らかにスルーズを上回っていた。

 

 「どんなに強力な攻撃だろうと当たらなければ意味がない!」

 

 ビームを避け懐に飛び込んだリアンは上段から重斬刀を振りかぶる。

 

 「速い!?」

 

 セリスは叩きつけられた一太刀を何とかシールドで受け止める。

 

 だがその隙に殴りつけられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃああ!!」

 

 「どこのモビルスーツか知らないけど、さっさと終わりにさせてもらう!」

 

 体勢を崩したスルーズに突撃銃が再び襲いかかった。

 

 「まだ!」

 

 セリスは機体を横に滑らせ、銃弾の雨を前に回避運動を取るとターゲットをロックし再びビームライフルを発射する。

 

 それを紙一重のタイミングで避けたリアンはスルーズ目掛けて斬撃を繰り出し、肩部装甲を浅く斬り裂いた。

 

 「ぐぅ!」

 

 「そこ!」

 

 バランスを崩した隙に左右から繰り出される速度の乗った斬撃が次々と纏う布と装甲を切り裂いていく。

 

 「この敵、強い!?」

 

 教官であるレティシア程では無い。

 

 だがジンハイマニューバの動きは卓越しており、パイロットの技量が高い事が窺える。

 

 初陣であるセリスには些か厳しい相手だ。

 

 「でも!」

 

 重斬刀を受け止めながら、横目で後ろを見ると輸送艦が離れていくのが見える。

 

 しかしまだ十分な距離を稼いでいるとは言い難い。

 

 「私だって負けられない!!」

 

 これまでの訓練を脳裏に浮かべ、ライフルからビームサーベルに持ち替えるとイーゲルシュテルンを撃ち込みながらジン目掛けて突撃した。

 

 「はあああ!!」

 

 「調子に乗るな!!」

 

 頭部からの射撃を避け、袈裟懸けに振るわれた剣撃を捌いたリアンは逆袈裟から重斬刀を振り上げる。

 

 高速ですれ違い、二機の振るった刃が何度も火花を散らす。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「成程ね」

 

 セリスの横薙ぎの一撃を回避しながらリアンは相手の技量を正確に把握する。

 

 訓練は積んでおり、錬度も悪くない。

 

 しかし決定的に足りていないものがある。

 

 「明らかに実戦経験が足りてない!」

 

 光刃を潜り、ぎこちない挙動の隙を見計らい蹴りを叩き込むと敵機の体勢を崩す。

 

 「ぐぅぅ、ハァ、ハァ、くっ、輸送艦は?」

 

 衝撃に耐えながらレーダーを見れば十分距離は稼いでいる。

 

 これ以上離されたらセリスの方が置いて行かれてしまうだろう。

 

 後退しなければならないが、問題がある。

 

 「……後はこっちがどう引き離すかだよね」

 

 悔しい話だが敵は自分よりも実戦慣れしており、実力も上だ。

 

 さらに大気圏に近づいている所為か地球の重力に引っ張られて動き難くなっている。

 

 「長期戦は不利。となると―――」

 

 虚を突き一気に勝負を決めるしかない。

 

 「意外と粘る! けどこれで終わり!!」

 

 リアンは突撃銃で牽制を行い、止めを刺そうと加速を掛けた。

 

 そしてスルーズのコックピット目掛けて重斬刀の刃を突き出す。

 

 「まだァァァァ!!!!」

 

 だがセリスはそれをあえて避けず、シールドで刃を逸らす。

 

 その隙に敵機に向けて突撃し、体当たりで押し込んだ。

 

 「な、体当たり!?」

 

 「このまま!!」

 

 加速した事でコックピットにいる二人にも凄まじいGが掛かる。

 

 「この、程度!」

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 重斬刀が左肩を大きく抉るが構う事は無い。

 

 スラスターを全力で噴射してジンハイマニューバを突き飛ばすとシールドを投擲する。

 

 「しまっ―――!?」

 

 「いけぇぇ!!」

 

 ビームサーベルをシールドの裏側から突き出すとジンの頭部に突き刺さった。

 

 「ぐっ、メインカメラが!?」

 

 ビームサーベルによって頭部が抉られ、コンソールの一部がショートしてしまう。

 

 「動きが止まった! 今の内に!!」

 

 即座に反転、輸送艦に帰還するため地球に向かおうとした瞬間―――

 

 閃光がスルーズの進路を阻むように撃ち込まれた。

 

 「なっ!?」

 

 セリスが見た方角から向ってきたのは白い一つ目の機体。

 

 「隊長!?」

 

 それはアシエルの駆るシグーディバイドであった。

 

 「リアン、下がれ!」

 

 その推力をもって戦場に駆けつけてきたアシエルは一気にスルーズに肉薄するとレーザー重斬刀を抜き、横薙ぎに斬りつけた。

 

 「新手、速―――!?」

 

 セリスは咄嗟に後退するが、避け切る事が出来ない。

 

 斬撃は右手首を捉えビームライフルを破壊されてしまった。

 

 さらにそこから蹴りを入れられ、吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃあああ!!」

 

 吹き飛ばされたスルーズは地球に向けて落下していった。

 

 それを見たアシエルは損傷を受けたジンハイマニューバに近づいていく。

 

 「リアン、無事だな?」

 

 「は、はい。申し訳ありません、油断しました」

 

 「話は後だ。あの正体不明機に関しては気にはなるが、今は作戦を優先する。ダランベールに戻り、我々も降下準備に入るぞ」

 

 「了解」

 

 アシエルは落ちていく未確認のモビルスーツにもう一度だけ視線を向けると、リアン機の腕を掴み母艦へと帰還した。

 

 

 

 シグーディバイドによって蹴り飛ばされたスルーズは地球の重力に引かれていた。

 

 「くっ、このままじゃ」

 

 《セリス、戻れ!》

 

 「分かってます」

 

 この機体に単独で大気圏を突破する能力は無い。

 

 つまりこのままでは焼け死んでしまう事になる。

 

 「冗談でしょ!」

 

 こんな所で死ぬ気はない。

 

 機体を必死に操作し、体勢を整え必死に輸送艦の姿を探す。

 

 生き残るためには艦に戻る以外に道は無いのだ。

 

 「……どこに……」

 

 《二時方向だ!》

 

 「いた!」

 

 温度の上がるコックピット内で目的の艦を発見したセリスはそちらに機体を向かわせる。

 

 幸いそう距離は離れておらず、ギリギリ届く距離だ。

 

 「スルーズ、もう少しだけ持って!!」

 

 目一杯フットペダルを踏みこみ輸送艦に向けて近づくと格納庫に飛び込んだ。

 

 「ぐううう!」

 

 着艦の事など考えず格納庫に突っ込んだセリスはその衝撃をどうにかやり過ごすと通信機に叫ぶ。

 

 「着艦しました!」

 

 《良し、このまま降下するぞ!》

 

 ハッチを閉じたその直後、輸送艦全体を大きな震動が襲う。

 

 どうやら地球に降下し始めたらしい。

 

 「ハァ、ハァ、どうにか……生きてる、よね」

 

 セリスはスルーズのコックピットの中で改めて襲いかかる死の恐怖と生き延びた事への安心感から目尻に涙が浮かんでくる。

 

 「……あの機体のパイロット、凄い腕前だった」

 

 もう少し早くあの機体が援軍として来ていたら、自分は死んでいただろう。

 

 生き延びられたのは、今までの積んできた訓練のおかげと運である。

 

 何か一つでも欠けていたなら―――

 

 生き延びる事が出来ない無慈悲な場所。

 

 そんな所に自分は居た。

 

 そしてこれからも立ち続けなければならない。

 

 「……これが戦場なんだ」

 

 震えの止まらない体を抱きしめ、セリスはシートに深く寄りかかり目を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話  オーブ戦役(前編)

 

 

 

 

 

 

 戦火に包まれる大地。

 

 そこを駆けるエスクレド隊の面々の前で一つの道が崩れ落ちようとしていた。

 

 「これで!」

 

 「落ちなさい!」

 

 リアンとジェシカのジンハイマニューバが突撃銃で敵砲台を破壊すると、残ったニーナが重斬刀で敵を横薙ぎに斬り裂いた。

 

 「リアン、ジェシカ、左に残存敵部隊がいる」

 

 「了解!」

 

 「すぐに蹴りをつけてやるわ」

 

 現在、ザフトは地球軍に残された最後のマスドライバーが存在するパナマ基地に対して攻撃を仕掛けていた。

 

 本来ならば『オペレーション・スピットブレイク』によってこの戦争はとっくに決着がついている筈だった。

 

 しかし、待ち受けていたのは誰も予想しなかった失敗という結末。

 

 地球軍が地下に仕掛けていたマイクロ波発生装置『サイクロプス』によってザフトの戦力四割を失ってしまうという大失態となってしまった。

 

 これに慌てた現プラント最高評議会議長パトリック・ザラは何としてもパナマを落とせと命令を下したのである。

 

 戦力の立て直しも満足にしていないままパナマを落とせとは無茶な命令であると思われた。

 

 だがアラスカの一件を見た兵士達の士気は高く、投入された地球軍の量産型モビルスーツ『ストライクダガー』部隊とも拮抗している。

 

 「はああ!!」

 

 ストライクダガーのコックピットに重斬刀を叩き込み、パイロットごと押し潰したジェシカはあまりのあっけなさに相手を鼻で笑った。

 

 「弱すぎでしょ。所詮はナチュラルね」

 

 元々プラント生まれであるジェシカにとっては、ナチュラルは気にも止まらない、どうでも良い存在である。

 

 だからこの戦争が始まった時も、自分達の勝利を疑ってすらいなかった。

 

 それは今でも変わらない。

 

 自分の技量と力に絶対の自信を持つ彼女にとって、たとえ地球軍がモビルスーツを投入してこようとも薙ぎ払えると思っている。

 

 「さっさと失せなさい、ナチュラル共!!」

 

 「絶好調ね、ジェシカ」

 

 「アンタもでしょ、リアン」

 

 小気味良く敵を蜂の巣にしていくリアンもジェシカと同様だった。

 

 彼女もまた自分達の敗北など考えてさえいない。

 

 ジェシカ程ではないにしろ、リアンにもコーディネイターとしての矜持があった。

 

 赤服を任された自分達がこんな所でやられる訳にはいかないのだ。

 

 熱くなる二人であったが、それに水を差すようにニーナが声を掛けてくる。

 

 「……二人共、そろそろ時間よ」

 

 その指摘通り、宇宙から何かが降下されてくるのが見えた。

 

 投下されたのはこの戦いにおける重要な兵器、対電子機器用特殊兵器『グングニール』である。

 

 空から着地した『グングニール』にジンが取りつき、順序良く起動させる。

 

 そこから発せられた強力なEMPによってマスドライバーが脆くも崩れ去っていった。

 

 「これでパナマを終わりね」

 

 ジェシカの言う通り、パナマ基地は陥落した。

 

 この攻撃によりマスドライバーを破壊された地球軍は次なる行動に移っていった。

 

 第三者であるオーブの所有するマスドライバー『カグヤ』を巡る戦いへ突入していく事になるのである。

 

 

 

 

 地球軍最高司令部『JOCH-A』とパナマ基地の陥落は世界に大きな衝撃を与えた。

 

 しかしこの時期、もう一つ起こった事象が各地に波紋を投げかける事となる。

 

 それがオーブ、スカンジナビア、赤道連合の三か国による軍事同盟『中立同盟』の締結である。

 

 この軍事同盟は地球連合のみならず、ザフトにも影響を与えていく事になる。

 

 もちろんそれを予期していた同盟三か国は事前の準備を行っていた。

 

 『ヴァルハラ』から地球に降下したセリス達の件もその一環である。

 

 彼らを含めた戦力がこの先起こるであろう事態に対処すべく、着々とオーブへと集められていたのだ。

 

 その煽りを受け、予期せぬ初陣を飾る事になったセリスは休む事もせず、日々訓練に明け暮れていた。

 

 シミュレーターに座り、モニターに表示された敵機から目を離さないようにして操縦桿を素早く操っていく。

 

 「この!」

 

 ビームライフルで敵機の胴体を撃ち抜き、ビームサーベルを袈裟懸けにジンを斬り裂き撃破する。

 

 「まだまだ!!」

 

 表示され続ける敵を気力の続く限り、迎撃していくセリス。

 

 彼女の脳裏に浮かんでいたのは大気圏で交戦したジンハイマニューバとシグーディバイドの姿であった。

 

 仮にあのまま戦闘が継続していたなら自分は間違いなく死んでいた。

 

 今思い返そうとも、あの場で敵を撃退できたとは思えない。

 

 あの時、もし傍に味方がいたら自分はそれを守りきる事ができなかっただろう。

 

 それが怖かった。

 

 すべての敵を撃破したところで、シミュレーターが終了し、スコアが表示される。

 

 実戦を経験したからか、ヴァルハラで訓練を行っていた頃に比べると良く動けた。

 

 それを反映するように格段に進歩した数字だったのだが、それも素直に喜べない。

 

 「ハァ、こんなんじゃ、駄目だよね」

 

 今後、あのような強敵と相対する事もあるだろう。

 

 でも今のままでは自分を守る事すらままならない。

 

 「……もっと強くならないと」

 

 セリスは意を決して再びシミュレーターを起動させると、訓練をこなしていった。

 

 数回の訓練をこなし、時間を見るとシミュレーター使用の交代時間が近づいている事に気がついた。

 

 「ハァ、少し根を詰め過ぎたかな」

 

 できればもう少し続けたかったが、自分だけが占領している訳にもいかない。

 

 シミュレーターから降り、次の人へ交代すると凝った筋肉をほぐす為に腕をぐるりと回す。

 

 「んっ~!!」

 

 背筋を解す為、腕を上に向けて伸ばしていると、胸が強調されるように突き出された。

 

 それを見たセリスはやや不満げに視線を落とす。

 

 「もう少し大きくても良いんだけどな」

 

 同年代と比べても平均的であるとは思う。

 

 だが人間という奴は欲深いもの。

 

 アイラやレティシアといった恵まれた者が傍にいるとやっぱり自分もと思ってしまう訳だ。

 

 「……もっとミルクでも飲んだらいいのかな?」

 

 そんな事を考えていると胸元に入れていた端末から機械音が聞こえてきた。

 

 取り出して見ると予定を知らせるアラームが鳴っているらしい。

 

 「もうすぐアイラ様に呼ばれていた時間か……」

 

 彼女はオーブ本島の官邸に居る。

 

 今までずっと訓練漬けで、オノゴロ島から出ていなかった事に気がついて苦笑した。

 

 「訓練ばっかりだったし、気分転換にもなるよね」

 

 気晴らしにも丁度良いと着替えに戻る為に歩き出した。

 

 その途中でドックに停泊している一隻の戦艦の姿が目に入る。

 

 「あれがアークエンジェル」

 

 セリスの視線の先にあったのは地球軍に所属していたアークエンジェルであった。

 

 彼らは崩壊したアラスカから調査の為に戦線に介入したレティシア達の援護を受けてオーブへと亡命してきていた。

 

 話を聞く限り今後は彼らも同盟所属になると聞いている。

 

 大分修復が進んでいるようだが、散乱した交換部品などを見ると相当な激戦を潜り抜けてきた事が分かる。

 

 「搭載機のパイロットも凄腕らしいし、どんな人なのかな?」

 

 歴戦の勇士達が乗る艦に頼もしさと興味を覚えながらその場を後にした。

 

 

 

 

 部屋に戻り準備を整えたセリスはオノゴロ島からオーブ本島にある首都オロファトに降り立っていた。

 

 目的地はアイラが待っている官邸である。

 

 いつもの癖で周囲を警戒するように街を歩いていると、人の多さが目についた。

 

 流石首都というだけあり、活気に満ちている。

 

 中立同盟締結の発表がなされた時には、それなりの混乱があったらしい。

 

 しかし今はそれも落ち着き、いつも通りの光景に戻っているようだ。

 

 その喧噪の中、セリスはショーケースに映った自分の姿を確認する。

 

 「うん、怪しくはないよね」

 

 できる限り顔を覚えられたくない為、サングラスを掛け、目立たないような服を選び着込んでいる。

 

 これは護衛役をこなしていた頃の癖のようなものだ。

 

 アイラは公の場に出る事も多く、国民からの人気も高い。

 

 必然的に護衛役として傍に控えていたセリスもメディア等に映る機会も多かった。

 

 あまり目立つと任務や護衛役としての仕事にも差し支えてしまう。

 

 そこで目立たないようにするのが習慣になってしまった。

 

 女の子なのだから、オシャレにも気を使いたいところなのだが―――

 

 「ま、しょうがないよね。それにしても今まで歩いた事無かったけど、賑やかだなぁ」

 

 見渡すと様々な店が並び、道には人が多い。

 

 服の店など見て回りたい気になる店もあるのだが、生憎時間がなかった。

 

 「ハァ、久ぶりに買い物とかしたいけど仕方ない」

 

 名残惜しいが何時までも道草を食っている訳にはいかない。

 

 諦めて歩き出すが、そこで誰かとぶつかってしまう。

 

 「きゃあ!」

 

 「うわ!」

 

 周囲を見ながら歩いていたのが悪かったらしい。

 

 セリスは仰向けに倒れ、相手が覆いかぶさるように圧し掛かっている。

 

 「痛っ、すいませ―――あれ?」

 

 「ご、ごめんなさ―――えっ?」

 

 覆いかぶさっている相手は年下と思われる少年で、黒髪の赤い瞳が特徴的だった。

 

 だがそんな事は今どうでもいい。

 

 考えなくてはならないのは別の事だ。

 

 考えるべきは彼の右手がセリスの胸を掴んでいる事であった。

 

 あまりに予想外の状況にお互いに固まってしまう。

 

 この状況で叫び声を上げなかった自分を褒めてやりたい気分である。

 

 さて、どうしようかとそんな現実逃避的な膠着状態に陥っていたセリス達を正気に戻したのは少年の連れと思われる少女の声だった。

 

 「お兄ちゃん、何やってるの?」

 

 その咎めるような声で正気に戻ると顔を真っ赤したセリスが声を上げる前に少年は飛び退くように立ち上がった。

 

 「あ、いや、違うんだ、マユ! これは事故で―――あ、すいません!!」

 

 倒れたセリスを起き上がらせると、必死に謝ってきた。

 

 「本当にすいませんでした!」

 

 必死に謝ってくる少年の姿を見て完全に毒気を抜かれてしまった。

 

 それによそ見をしていたセリスも悪いのだ。

 

 「えっと、うん、今のは私も悪いしね。だから気にしないで」

 

 「はい」

 

 「ただし、今の出来事はすぐに忘れる事! いいね?」

 

 「うっ、わ、分かってます!」

 

 羞恥で顔を赤くしながら人差し指を突き付けると、少年はコクコクと頷く。

 

 「じゃあ、私はもう行くから」

 

 「はい」

 

 その場から離れ、しばらく歩いて後ろを見る。

 

 すると黒髪の少年が妹と思われる少女から何か言われている様子が見えた。

 

 どうやら先程の件で怒られているらしい。

 

 「仲良いんだ」

 

 仲の良さそうなその姿にクスリと笑みを浮かべる。

 

 こちらを見て頭を下げている少女に手を振って、アイラが待っている場所へ急いで向った。

 

 

 

 彼らと此処で出会ったのは偶然。

 

 邂逅し、深く関わる事になるのはまだ先の話。

 

 お互いにそんな事を知る筈もなく、一瞬の出会いは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 指定された場所である官邸に足を踏み入れ、目的の部屋まで辿り着くと扉をノックする。

 

 「失礼します、セリスです」

 

 「どうぞ」

 

 返事がある事を確認して中に入ると資料を眺めながらソファーに座っているアイラと端末に向かっている男性の姿が見えた。

 

 オーブの獅子と呼ばれた前オーブ代表首長ウズミ・ナラ・アスハであった。

 

 普段は和やかな雰囲気で話もする二人なのだが、今の表情はどこか硬い。

 

 「久ぶりだな、セリス」

 

 「ウズミ様も、お変わりないようで安心しました」

 

 「貴方も座りなさい」

 

 アイラに促される形でソファーに腰かけるとさっそく本題を切り出した。

 

 「それで一体何のお話でしょうか?」

 

 ウズミとアイラはお互いに顔を見合わせると互いに頷き、口を開く。

 

 「……後で通達はあると思うけれど地球軍パナマ基地が陥落したそうよ」

 

 「ッ!? パナマが落ちた!?」

 

 「うむ、マスドライバーはザフトによって破壊されたそうだ」

 

 二人が表情を硬くしている理由が分かった。

 

 これで地球軍は最後のマスドライバーを失い、宇宙への道を閉ざされた事になる。

 

 今後、彼らが取るべき選択肢は一つ。

 

 早急にマスドライバーを確保する事だ。

 

 そうしなければ宇宙にいる地球軍は早々に干上がってしまうからだ。

 

 「では地球軍はオーブを―――」

 

 「そうなる可能性もあるという事よ。こちらも外交は継続しているし、地球軍はビクトリア基地の奪還作戦も進めてはいるようだけど」

 

 「今もその件に関して話し合っていた所だ。万一に備えての準備も出来得る限りは完了している」

 

 「セリスも事前に言い含めていた通り、準備は怠らないようにね。あなたの機体の改修作業ももうじき終わる筈だから」

 

 「はい」

 

 大気圏での戦いで損傷を受けたセリスのスルーズが現在改修を受けていた。

 

 といっても関節部やスラスター強化する程度でそう大幅な変更点は無い。

 

 しかしその分性能は上がるだろう。

 

 もうすぐここが戦場になる。

 

 避けられない戦いの気配を感じ取ったセリスの脳裏に先程まで見ていた街並みやあの仲の良かった兄妹や人々の姿が思い浮かんだ。

 

 「……死なせない」

 

 セリスは自分の出来る限り全力を尽くす事を胸に刻み、膝の上に置いた手を強く握り締めた。

 

 そして懸念通り、これから数日後に中立同盟に対し地球軍は最後通告を通達。

 

 後に『オーブ戦役』と呼ばれる戦いが開始される事になる。

 

 

 

 

 オーブで開始されんとする戦い。

 

 情報は情勢を注視していたザフトも掴んでいた。

 

 そしてとある目的の元で彼らもまた動き出そうとしていた。

 

 パナマでの戦闘を終え、潜水母艦で待機していたエスクレド隊はシオン達によってブリーフィングルームに集合させられた。

 

 「一体、何かな?」

 

 「さあ、変なことじゃなければいいけど。というか何時まであの連中の支援に当たればいいのかしら」

 

 「『足つき』と『白い戦神』、『消滅の魔神』を討ち取るまでじゃない?」

 

 結局、特務隊はアラスカで標的を仕留める事ができなかった。

 

 見た事も無いモビルスーツの介入によって邪魔をされてしまったからだ。

 

 その所為か、最近シオンを含めたメンバー全員の機嫌がすこぶる悪い。

 

 「全く、早く任務完了したいものね」

 

 「ホント」

 

 もうリアン達も特務隊メンバーの事を大方理解している。

 

 基本的に彼らは他人を見下し、支援としてついている自分達すら当てにしていない。

 

 こんなもので良く特務隊に選ばれたものだと感心してしまう程だ。

 

 これは選んだ評議会の目が節穴なのか、彼らの演技が上手いのか―――

 

 どちらにせよアシエルが深くかかわらない方が良いと言った勘は当たっていた。

 

 下手に深く関われば、邪魔と判断された瞬間に彼らの都合で簡単に切り捨てられてしまうだろう。

 

 「でも、結構な人数が集めれているわね」

 

 「他の隊まで集められてるって事は―――」

 

 「例の地球軍がオーブに侵攻する件かもしれないわ」

 

 ニーナの言う通りかもしれない。

 

 エスクレド隊だけでなく、別の隊のメンバーも集められたという事はオーブに関する事で何かの作戦行動を取るつもりなのだろうか。

 

 丁度そこに部屋に入ってきたシオン達が全員が集まった事を確認すると説明を始めた。

 

 「さて、もう全員知っているとは思うが、地球軍がオーブに対して艦隊を差し向けた。目的はマスドライバー、確実に戦闘になるだろう。そこで我々もその戦闘に介入する」

 

 「私達もですか?」

 

 「そうだ。目的は地球軍と同じくマスドライバーだ。地球軍と同盟軍が戦闘を行っている隙を突き、奇襲を仕掛け、マスドライバーを破壊する」

 

 それを聞いた全員が息を飲んだ。

 

 オーブ、いや、中立同盟とプラントはヘリオポリスの一件以降、やや険悪な関係になってはいる。

 

 しかし敵対している訳ではない。

 

 それに攻撃を仕掛けると言う事は―――

 

 「同盟とは敵対関係にはありませんが、良いのですか?」

 

 「構わない。これは議長からの勅命でもある。せっかくパナマを落としても、オーブからマスドライバーを奪われたのでは意味がないからな。遠慮する必要はない、邪魔なものはすべて排除せよ」

 

 「しかし、オーブには大勢の民間人や同胞がいますが?」

 

 そこで立ち上がりシオン達に発言したのは意外にもニーナであった。

 

 いつもは関わり合いになりたくは無いと必要以上に発言しようともしないというのに。

 

 一体どうしたのだろうか?

 

 「何を言うかと思えば、くだらんな。地上にいるナチュラルなどどうでもいいだろう。コーディネイターも同様だ。この期に及んで地上に残って連中など、ナチュラルと変わらんだろう。無視して殲滅しろ」

 

 「ッ!?」

 

 思わず前に出ようとするニーナをアシエルが手で制止する。

 

 「ニーナ、座れ」

 

 相変わらず冷めた声でこちらを制止するアシエルをニーナが睨みつける。

 

 しかしすぐに怒りを堪え「……分かりました」と腰を下ろした。

 

 「さてアシエル隊長、貴方達エスクレド隊にはマスドライバー以外の目標を叩いて貰いたい」

 

 「マスドライバー以外の目標?」

 

 シオンはニヤリと笑う。

 

 「ああ、軍司令部及び軍関連施設だ。ここを落としてもらう」

 

 

 

 

 

 作戦説明を終え、シオン達がブリーフィングルームから出ていくとリアンは苛立ちを抑えながらため息をついた。

 

 あの程度の戦力で軍司令部を落とせなど、あまりに無謀である。

 

 ジェシカは乗り気ではあったが、向うも落とせるなどとは思っていない。

 

 要するに特務隊が本命を潰すまで敵を引きつける陽動をしろという事である。

 

 「支援が任務だから仕方ないけど……」

 

 憂鬱になりながらも、席を立ちニーナの傍に近づいた。

 

 気になる事があったからだ。

 

 「ニーナ、どうしたの? その、あんな事を聞くなんて」

 

 「そうよ。癪だけど、あいつらの言う通りでしょ。ナチュラルなんてどうでもいいしね」

 

 ジェシカの言葉にニーナは一度だけこちらを一瞥すると何も言わずに立ち去ろうとする。

 

 正直、ニーナは今誰とも話したくなかった。

 

 戦争である以上は犠牲が出る事は理解しているし、覚悟もある。

 

 だが、戦えない者。

 

 民間人にまで銃を向けるなど断じて認められなかった。

 

 部屋から出ようとするとアシエルが近づいてくる。

 

 「リアン、ジェシカ、ニーナ」

 

 「隊長」

 

 「作戦については端末の方に詳しいデータを落としておくので、確認しておけ。それから、私は別方向から襲撃する部隊に指示を出さねばならない為、少し遅れる事になる。それまではリアン、指揮を頼むぞ」

 

 「「「了解!」」」

 

 様々な思いが絡み合いながらも、エスクレド隊のオーブでの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 そして来るべき時は来た。

 

 

 オーブ近海に現れた地球軍の艦隊。

 

 それに向けて四機の新型モビルスーツが奇襲を仕掛ける。

 

 『アイテル』、『イノセント』、『ジャスティス』、そして『フリーダム』。

 

 四機のガンダムが持ち前の機動性で一気に懐に飛び込み、撃ち込んだ砲撃が浮足立つ艦隊に突き刺ささった。

 

 巻き起こる炎と爆発によって次々と戦艦は沈み、応戦し始める艦隊の砲撃を軽々と避けて順調に攻撃を加えていく。

 

 「凄い」

 

 セリスはスルーズのコックピットからその戦いぶりを見ながら感嘆の声を上げる。

 

 凄いのは機体だけではなく、それを操るパイロットもだ。

 

 明らかに他と隔絶した技量を持っている。

 

 しかしこのまま押し返せる程、甘くはなかった。

 

 地球軍の新型機と思われる機体が戦艦から出撃。

 

 四機と戦闘を開始した事で艦隊から『ストライクダガー』が甲板にせり出され、一斉に飛び上がった。

 

 あらかじめ展開されていたアストレイ隊と接敵すると、セリス達にも出撃命令が下った。

 

 《地球軍の進撃を確認した。全機、出撃! 地球軍を近づけるな!》

 

 「了解!」

 

 モビルスーツハンガーから切り離され、隔壁が開くとそのままフットペダルを踏み込む。

 

 「セリス・ブラッスール、出ます!」

 

 スラスターが点火し、機体と共に戦場へと飛び出した。

 

 その速度は改修されたおかげか、以前よりもかなり速く同時に扱いやすかった。

 

 「機体状態オールグリーン、戦況は―――」

 

 どうやら戦況はこちらが有利。

 

 開発されたOSの差。

 

 モビルスーツ戦の錬度の差。

 

 そして機体の機動性と訓練で培った連携を駆使しストライクダガーを翻弄しながら撃退していた。

 

 『ストライクダガー』はその名の通り、ストライクガンダムのデータを基に開発された地球軍初の主力量産モビルスーツである。

 

 ライフルとシールド、背中にビームサーベルと言った装備を持ち、シンプルな印象だった。

 

 見た限り宇宙で対峙したあの白い一つ目に比べると、動きはあまりに遅く感じる。

 

 これならばいくらでも捌ける。

 

 「良し、私も!」

 

 周囲の状況を確認し、敵機に囲まれたスルーズを発見するとそこ目掛けて飛び込んだ。

 

 「やらせない!!」

 

 ビームライフルでストライクダガーの腕を破壊。

 

 逆手に抜いたビームサーベルで敵機の胴を斬り飛ばした。

 

 さらに振り向き様にサーベルを横薙ぎに振るう。

 

 「はああ!!」

 

 その一振りが容赦なく敵の頭部を吹き飛ばす。

 

 「前よりも、動ける!!」

 

 訓練の成果というのもあるだろうが、やはり初陣を経験したのが大きかったのだろう。

 

 あの時程の戸惑いや緊張を感じる事は無い。

 

 機体を手足のように動かし、次々と敵機を撃破していった。

 

 とはいえ敵の数は未だに多い。

 

 こちらを囲もうとする敵部隊をビームライフルで狙いをつける。

 

 「数は多いけど―――えっ?」

 

 その時、側面から強力なビーム砲の一撃が正面にいた敵部隊を薙ぎ払った。

 

 「あれは……」

 

 そこに駆けつけてきたのは追加装甲アドヴァンスアーマーを纏った機体。

 

 アドヴァンスストライクとアドヴァンスデュエルの二機であった。

 

 「アレもアークエンジェルに搭載されていた機体?」

 

 アドヴァンスストライクがアグニで再び敵を消し飛ばし、背中の対艦刀シュベルトゲーベルを抜き斬り込む。

 

 その後ろからアドヴァンスデュエルが両肩のシヴァを連射しながら援護していく。

 

 二機の息はピッタリで、見事な連携で敵部隊を屠っていった。

 

 「凄い。私も負けてられない!」

 

 セリスも改めて操縦桿を握り締めると、次の敵に向う。

 

 

 戦況はほぼ互角の状態―――いや、同盟軍の方がやや有利な状況であった。

 

 

 地球軍の新型はフリーダムを含めた四機が抑え、後から参戦してきたエース級も改修した機体が相手をしている。

 

 侵攻してきた艦隊も投入された水中モビルスーツによって足止めされていた。

 

 誰しもこのままでいけば、地球軍を押し返す事もできる。

 

 そう考えていた。

 

 しかしここからオーブ戦役はさらに混乱し、予想できなかった結末へと向かっていく。

 

 

 ザフトの介入である。

 

 

 ビームサーベルを振りかざし斬り込んで来たストライクダガーの一撃をクルリと半回転して回避する。

 

 そして側面からライフルを放ったセリスは通信機から聞こえてきた報告に顔を訝しげに聞き返した。

 

 「えっ、ザフトが?」

 

 現在、ザフトは地球軍に接近し、攻撃を仕掛けているとの事。

 

 今のところこちらに被害は無いらしいのだが、一体何を狙ってきたのだろうか。

 

 《はい。戦場に介入してきました。ただし真意がはっきりするまではこちらから手を出すなという命令です》

 

 「……了解!」

 

 ライフルを巧みに回避すると、こちらも負けじと撃ち返し、反撃に転じる。

 

 この状況でザフトまで介入してくるとは。

 

 今は有利な状況であるが、三つ巴といなればどう転ぶかは分からない。

 

 「何かを狙っているみたいだけど、今は地球軍を一機でも多く押し返すしかない!」

 

 撃ちかけられるビームをシールドで防ぎながら敵陣の中に突っ込むとストライクダガー目掛け光刃を振るう。

 

 

 しかし状況は再び切迫したものへと変化してしていく。

 

 

 地球軍艦隊に仕掛けていたザフトの部隊とは別の部隊からの奇襲を受けたのである。

 

 それらが向っている個所は二つ。

 

 マスドライバーと軍関連施設だった。

 

 そちらには軍司令部も存在している。

 

 あそこを落とされたら同盟は頭を潰されるも同然であった。

 

 「別方向からの奇襲!?」

 

 《はい! マスドライバーの方はイノセントが急行しています。貴方達は軍施設の防衛をお願いします》

 

 「了解!」

 

 命令を下された機体が次々と施設防衛へと向かっていく。

 

 「ザフトがここまで強硬姿勢で来るなんて。でも、これ以上は!!」

 

 セリスもそれに続くように飛び上った。

 

 その先で彼女は再びエスクレド隊と対峙する事になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話  オーブ戦役(後編)

 

 

 

 

 

 飛び交う砲弾と銃口から放たれる閃光がを空を駆け抜けていく。

 

 オーブで行われている地球軍と同盟軍、そして介入してきたザフトの戦いは佳境を迎えようとしていた。

 

 オーブを果敢に攻め立てていたがザフトの予想外の襲撃により、奇しくも挟撃される形となってしまった地球軍。

 

 そして相対していた同盟も注意を引きつけられ隙を突かれる形で別方向からの奇襲を受ける。

 

 その知らせを受けたセリスは他の機体と共に防衛の為に軍司令部方面に向かっていた。

 

 「くっ、もっと急がないと!」

 

 先に連絡を受けた部隊がすでに展開している筈だ。

 

 しかし襲撃してきた敵の規模によっては持ちこたえる事もできないかもしれない。

 

 腰と背中のスラスターを吹かし、大地を蹴るとそのまま空へと飛び上がる。

 

 何個目かの丘を超えた先に軍の施設やビルが立ち並び、迎撃砲台がせり上がっている光景が見えた。

 

 そしてすでに展開している防衛部隊が襲撃者であるザフトとすでに交戦している姿が目に飛び込んでくる。

 

 ジンやシグー、ディンといった機体が砲撃を避けつつ、アストレイやスルーズと鎬を削っている。

 

 「援護を―――あれは!?」

 

 セリスは驚きと共に操縦桿を強く握る。

 

 モニターに映っていたのは脳裏に張り付いて消える事の無かった機体の一つ。

 

 ジンハイマニューバだった。

 

 複雑な軌道でアストレイを翻弄しながら突撃銃で撃ち倒し、振るった重斬刀が胴体に食い込んでいく。

 

 「うあああ!!」

 

 「雑魚はさっさと落ちなさい」

 

 容赦ない一撃によってアストレイはパイロット諸共斬り伏せられてしまう。

 

 「ふん、所詮はナチュラル。大した事無いわね」

 

 ジェシカは嫌悪を滲ませ吐き捨てると、ビームライフルを向けてくる敵を睨みつける。

 

 彼女は元々ナチュラルに対して、良い感情は抱いていない。

 

 むしろ嫌っており、そういう意味ではシオン達と通じるものはある。

 

 自分から見ればあそこまで極端ではないつもりだが―――

 

 ただその辺が同僚であるニーナと折り合いが悪い要因の一つでもある。

 

 彼女はジェシカとは全く逆だ。

 

 ナチュラル、コーディネイターという括りにはこだわらない。

 

 パナマの時もそうだ。

 

 決着がついた後のナチュラルに対する攻撃にも加わらず、逆に制止してきた。

 

 先のブリーフィングルームでの態度も、要するにジェシカ達の態度が気に入らなかったのだ。

 

 「フン、言いたい事があるなら、言えばいいのにね」

 

 横目で別方向で戦っているニーナ機の方を見る。

 

 鮮やかな動きで敵モビルスーツを倒していく、その姿は美しさすら感じるほど見事なものだった。

 

 嫉妬と羨望、そして嫌悪が混ぜ合わさった複雑な感情を押し殺す。

 

 相変わらず良い腕をしている。

 

 いずれ彼女ともどちらが上かハッキリさせなくてはなるまい。

 

 「ハッ、どちらにしろ、お前達ごときに後れを取るつもりはないわ!!」

 

 撃ちかけられるビームを軽々避け、銃のトリガーを引いた。

 

 手足のように動く機体の挙動とその際生じるGすら心地よく感じられ、満足げに笑みを浮かべたジェシカは次々と敵を屠っていく。

 

 そこにビルの合間を縫うようにセリスのスルーズが突撃してくる。

 

 「へぇ~今度は騎士モドキか」

 

 「これ以上はやらせない!」

 

 「少しは楽しませてよね!」

 

 接近してきたスルーズに突撃銃を撃ち込む。

 

 必殺を確信するも敵は予想外の動きであっさり横に逃れた。

 

 そして先程までの相手とは比べものにならない正確な射撃で、ジェシカのジンを狙ってくる。

 

 「なっ!?」

 

 ビームがジンハイマニューバのギリギリ掠め、閃光の熱が装甲に僅かに溶かしていく。

 

 「チッ、さっきまでの奴よりはいい動きしてるじゃない。でもね!」

 

 感心しつつも機体に傷をつけられた事にイラつきながら、ビルを上手く使って背後に回り込むと重斬刀を叩きつける。

 

 「調子に乗るな、ナチュラル!!」

 

 死角からの一撃。

 

 前のセリスであればこれを捌く事は難しかった。

 

 しかし、今は―――

 

 「はあああああ!!!」

 

 背後に迫る刃をセリスは振り向き様に、シールドを叩きつける。

 

 刃と盾が火花を散らし、二機のモビルスーツが鍔ぜり合う。

 

 「止めた!?」

 

 「こんなものに!!」

 

 実戦を経験し、積み重ねた訓練の成果。

 

 それが今確実に実を結んでいた。

 

 「このまま押し返す!」

 

 「図に乗るなァァ!!」

 

 力任せにジンハイマニューバを弾き飛ばそうとする。

 

 しかしその前にジェシカが重斬刀を巧みに操り、今度は下から上へ掬い上げるように振り上げる。

 

 シールドが弾かれスルーズを懐ががら空きになった所にすかさず重斬刀を叩き込んだ。

 

 「落ちろ! 騎士モドキ!!」

 

 「まだァァ!!」

 

 セリスは咄嗟に右足でジンの腹に蹴りを入れ、ビームサーベルを下段から振り上げた。

 

 その一振りが敵機の左腕を斬り裂き、同時に頭部から発射されたイーゲルシュテルンが火を噴いた。

 

 「なっ、きゃああああ!!」

 

 傷ついた腕部にイーゲルシュテルンが直撃して起こった爆発。

 

 バランスを崩したジンハイマニューバは地面に叩きつけられてしまう。

 

 「なっ、ジェシカがやられた!? この!!」

 

 ジェシカの機体が損傷した事に気がついたリアンは追随してきた敵機を斬り捨て、スルーズに向かって突っ込んでくる。

 

 「あのジンは、宇宙で戦った……」

 

 「まさかあの動き……あの騎士モドキは―――マント付き!?」

 

 お互いに相手の動きを見て、誰であるかを認識する。

 

 「なるほど、お前だったのか。ならここで宇宙の借りを返させてもらう!」

 

 「私だってそう簡単には!!」

 

 ビームライフルを連射するがリアンはビルの陰に隠れながらやり過ごし、突撃銃で反撃してきた。

 

 「ジェシカ、無事なの?」

 

 スルーズを引き離したリアンは倒れ込んだジェシカ機に向け、声を掛ける。

 

 「ぐ、よくも、私に、傷を!」

 

 モニターに映ったジェシカはバイザーの一部がひび割れ、頬から血が流れ出ていた。

 

 イーゲルシュテルンの一撃で起こった爆発によってコンソールに叩きつけられたのだろう。

 

 傷自体は大した事は無いようだが、出血が酷い。

 

 「ジェシカ、一旦下がって!」

 

 「ふざけるなァァ!! あいつはこの手で殺してやる!!」

 

 リアンの制止を無視し、残った突撃銃で下がるスルーズ鬼気迫る勢いで向っていく。

 

 「こいつまだ来るの?」

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 あの損傷でこの射撃、流石というべきだろう。

 

 しかし動きは先ほどに比べて明らかに鈍っている。

 

 「さっさと逃げないから!!」

 

 飛び上り銃撃を回避するとビームサーベルを振り下ろし、突撃銃ごと残った腕を斬り落とした。

 

 「馬鹿な、私がナチュラルに!?」

 

 「ジェシカ! おのれ、マント付きが!」

 

 ジェシカの機体を飛び越えるようにリアンが重斬刀を握り、スルーズに肉薄してきた。

 

 「前と同じようには!」

 

 振り下ろされた一撃を機体を逸らして回避するが、セリスの放った斬撃も当たる事無く空を切る。

 

 「やっぱりそう簡単にはいかないみたいね!」

 

 「この短期間にここまで腕を上げるなんて!?」

 

 すれ違い弾け合い即座にお互いに銃口を向け合いトリガーを引く。

 

 発射された一射が機体の装甲を掠めていった。

 

 「まともに戦っていても!」

 

 素早く周囲を見渡し、味方の状況を確認する。

 

 上手く連携を取りながら、敵部隊を迎撃している。

 

 だがもう一機のジンハイマニューバによって徐々に被害が拡大していた。

 

 見ればアイツが最も手強い。

 

 卓越した動きに、冷静な判断、どれをとっても一流だ。

 

 ただそれ以外の場所では初めに比べて若干敵の攻勢が鈍っているようにも見える。

 

 「つまりあの三機の高機動型が敵の中核なんだ」

 

 ならば話は早い。

 

 アレをどうにかすれば、状況も好転していくという事なのだから。

 

 視線を流しながら周りを観察し戦法を決めると、一気に勝負に出た。

 

 「もう一機がこっちに来る前に!」

 

 一対一ならまだ戦いようがあるが高い技量を持つ二機を同時に相手にするのは無理がある。

 

 ならば今の内に勝負を決めるべきだと判断した。

 

 「貴方を倒す!!」

 

 「マント付き!!」

 

 横薙ぎに振るわれたサーベルを上昇して回避したジンはスルーズを蹴りつけ、体勢を崩すと突撃銃を向ける。

 

 しかし振り向いたスルーズの頭部から発射されたイーゲルシュテルンがジンの動きを阻害するように発射される。

 

 「鬱陶しい!」

 

 銃弾を捌く為に左へ機体動かし、重斬刀で斬りかかろうと上段から構えた。

 

 しかし―――

 

 「落ち―――ッ!?」

 

 飛び上ったジンに対して側面からの砲撃が襲いかかった。

 

 「迎撃砲台!?」

 

 咄嗟の反応で機体を引くとリアンの目の前を砲撃が通り過ぎていく。

 

 だが、次の瞬間凄まじい衝撃がジンを襲った。

 

 「きゃあああ!!」

 

 何時の間にか体勢を立て直したスルーズのビームライフルがジンのウイングスラスターを吹き飛ばしたのだ。

 

 コックピットの計器が異常を知らせ、警報が鳴り響く。

 

 バランスが取れず、ギリギリ地上に着地する。

 

 「くっ、まさか、砲台の方へ誘導された!?」

 

 その通り。

 

 初めからセリスの狙いはリアンを砲台の射線上へと誘導する事だった。

 

 砲台の一撃で倒せるならそれで良い。

 

 もしも倒せなかったとしてもビームライフルで損傷くらいはさせられるし、体勢を崩す事くらいは出来る。

 

 つまりリアンはセリスによって完全に嵌められてしまったのだ。

 

 リアンとジェシカのジンハイマニューバは大きく損傷し、戦闘可能な状態では無くなった。

 

 「良し、これで残った一機をどうにかすれば!」

 

 動けない二機を無視し、未だに猛威を振るうニーナのジンの方へ銃口を向ける。

 

 相手もそれに気がついたのか、アストレイを突き飛ばし重斬刀を下段に構えてスルーズに向き合った。

 

 「やっぱりこいつが一番厄介みたい」

 

 全く隙が見当たらない。

 

 焦れるセリスにニーナは冷静にスルーズを観察する。

 

 「……ジェシカとリアンを倒すとはね」

 

 手強い相手ではあるが、地力はまだニーナが上。

 

 油断せずにいけば、負ける事はないだろう

 

 この敵を倒し、司令部さえ落とせば、そう被害が被害が広がる事もない。

 

 

 刃を構え睨み合う二機が激突しようとした瞬間―――それが降り立った。

 

 

 上空から放たれたビームの一撃がアストレイを撃ち抜き、撃墜する。

 

 「何!?」

 

 セリスは油断なくビームが撃ち込まれた方向に目を向ける。

 

 そこにはこの戦場における最悪の死神がビルの上に佇んでいた。

 

 「あ、あれは……」

 

 白い四肢と不気味さを際立たせる一つ目。

 

 構えるビームライフルの銃口が下に向いている。

 

 あの機体の姿もまたシンハイマニューバと同じくセリスの脳裏に焼き付いて離れない。

 

 そこにいたのはアシエル・エスクレドの搭乗するシグーディバイドであった。

 

 「リアン、ジェシカ、無事か?」

 

 「エスクレド隊長、私は大丈夫ですけど、ジェシカが負傷を」

 

 「こんなものは負傷の内に入らない!」

 

 怒気の籠ったジェシカの声に致命的な怪我でない事を悟ったアシエルはいつも通りの冷たい声で後退命令を出す。

 

 「ニーナ、損傷した二人と共に一旦後退しろ。ここは私が引き継ぐ」

 

 「待ってください、私はまだ!」

 

 「ジェシカ、お前の機体はとても戦闘可能な状態にはない。外から見れば良く分かる。命令だ、退け」

 

 有無も言わせないとばかりの口調で言われた三人は後退して行く。

 

 「……隊長、一つだけ。私とジェシカを倒した奴は宇宙で交戦したマント付きです」

 

 交戦時は布状の物を全身に纏っていた為、はっきりしたシルエットは捉えられなかったが。

 

 「そうか、奴が」

 

 「かなり腕を上げています。気をつけてください」

 

 「ああ」

 

 下がっていく三機を追わせまいと銃口を向けて牽制しながら、残った敵戦力を確認する。

 

 「角付き五、騎士モドキ四、砲台七か」

 

 鋭い視線でセリスのスルーズを睨む。

 

 「一番厄介なお前の相手は後だ。まずは数を減らさせてもらうぞ」

 

 ビームライフルの射撃を容易く回避し、ビルから跳び下りると途中で壁を蹴ってスラスターを噴射する。

 

 「なっ!?」

 

 加速したシグーディバイドはアストレイとの距離を一気に詰め、レーザー重斬刀を袈裟懸けに振り抜いた。

 

 防御する時間も与えずあっさりとアストレイを斬り倒し、同時に構えたバルカン砲で側面にいたスルーズを蜂の巣にして撃ち倒す。

 

 「これで二つ!」

 

 倒された味方の傍に控えていた僚機のアストレイのパイロットは激昂しながらビームサーベルで背後から斬りかかる。

 

 「この野郎が!」

 

 「……迂闊だな」

 

 アシエルは焦る事無く斬撃を捌き、足もとにバルカン砲を放つとアストレイの足場を崩し、煙幕によって視界を塞ぐ。

 

 引き抜いたビームサーベルでコックピットを突き刺した。

 

 さらに砲台から発射された砲撃を上昇してかわすと、ビームライフルで吹き飛ばす。

 

 その光景を目の当たりにしたセリスは思わず強く操縦桿を握り締める。

 

 「……動けなかった」

 

 あまりの早業。

 

 そして見事なまでの動きに圧倒されてしまった。

 

 「これ以上はやらせない!!」

 

 怯む自分を叱咤するように声を上げ、味方に猛威を振るうシグーディバイドに向っていく。

 

 「流石に黙って見ている訳もないか」

 

 ビームライフルの射撃をシールドで弾きながら突撃し、スルーズを体当たりで吹き飛ばす。

 

 「ぐぅぅ、まだァァ!!」

 

 セリスは体勢を崩されそうになりながらもどうにか持ち堪え、バルカン砲をビルの陰に逃れて側面に回り込む。

 

 「死角を突くか。小賢しい!」

 

 それを見抜いていたアシエルはスルーズを隠れたビルごと重斬刀で斬り倒し、相手の方へと押し出した。

 

 「なっ!?」

 

 倒れ込んできたビルから横っ跳びで逃れるが、待ちかまえていたシグーディバイドは重斬刀を振り下ろす。

 

 直前でシールドによる防御が間に合い、レーザー重斬刀を受け止めるが体勢が悪く、徐々に刃が食い込んでいく。

 

 「受け止めたか。良い反応だ。だが何時まで持つかな!」

 

 「不味い、このままじゃシールドが!」

 

 斬り落とされる直前に相手を力一杯押し返すと、ライフルを至近距離から突き付けた。

 

 しかし、直前に蹴りによって銃口が逸らされてしまう。

 

 「甘い!」

 

 その隙に叩き込まれた一撃がスルーズの右肩装甲を斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、この!」

 

 それでもと照準を戻し、ビームを放つ。

 

 だがあっさりとかわされ、再び重斬刀の刃が迫った。

 

 あの一撃をスルーズの盾で止めるのは無理だ。

 

 先程の一撃で半分が斬り裂かれ、長い間ビーム刃を防ぐ事はできまい。

 

 セリスは使い物にならなくなった盾を敵に向けて投げつけると刃の軌道を変え、その隙に後方へ飛び去った。

 

 「この状況で盾を捨てるとは。思い切りはいいがな、それは致命的だぞ!」

 

 ビームライフルを構え、逃れたスルーズを狙い撃つ。

 

 しかしセリスはビームが当たる前に放置されたアストレイのシールドを拾い、ギリギリで防御に成功した。

 

 これには流石のアシエルも驚嘆の声を上げる。

 

 「ほう、思った以上にやるな。リアン達を損傷させたというのも頷ける」

 

 いつの間にかアシエルは自分が高揚している事に気がつく。

 

 今まで感じた事のない感覚に自然と笑みが零れた。

 

 何をしようとも変化の無かった心にこれほどの熱が宿るとは。

 

 「ハハ、私がな」

 

 「ハァ、ハァ、防戦一方になってる。このままじゃ……」

 

 どうにか攻勢に出たいのだが、相手の猛攻を防ぐので精一杯である。

 

 生き残っている味方機も他のザフト機の迎撃で余裕がない。

 

 とても援護を期待できる状況ではない。

 

 この敵相手では味方の援護も焼け石に水かもしれないが。

 

 「何にせよ、ここで食い止めないと味方は全滅しかねないってことだよね」

 

 しかし、明らかに技量は相手が格上となると―――

 

 「ハァ、これは無茶しなくちゃどうにもならないかぁ……よし、やられっ放しなのも癪だし、行きましょうか」

 

 覚悟を決め、左右から繰り返し振るわれる斬撃をシールドで流しつつ、機会を窺う。

 

 しかし重斬刀が目の前を通り過ぎる度に装甲が傷つき、機体にダメージが蓄積されていく。

 

 「防戦に徹する気か? いや、何か企んでいるようだな。だがその前にやられてしまっては元も子もないぞ!」

 

 アシエルの指摘は正しい。

 

 現にスルーズは傷だらけになり、コックピットでは警報が鳴り響いている。

 

 だが、それでもセリスは相手の動きから目を離さない。

 

 

 ―――そして呆気なく限界は訪れる。

 

 

 上段から振り下ろされた一撃を受け切れず、スルーズの胸部が大きく縦に斬り裂かれてしまう。

 

 それによって体勢を大きく崩し、致命的な隙を晒す。

 

 「ここまでだな。たった一機で良く持ち堪えた。しかし、これで終わりだ!」

 

 素直に相手の実力を認め、重斬刀を突き出した。

 

 だが、この時こそ待っていたのだ。

 

 「今!」

 

 セリスは傷だらけのシールドを突き出す。

 

 しかし、幾度となく死の刃を防いできた盾は重斬刀の突きを防ぎ切れるほどの防御力は残っていない。

 

 刃は貫通、左肩に深々と突き刺さる。

 

 しかしコックピットからは大きく逸れ、撃墜は免れた。

 

 アシエルは重斬刀を抜こうとするが、途中で引っかかったように動かなくなる。

 

 「ッ、抜けない!?」

 

 いや、正確にはセリスが貫通した盾を動かし抜かせないようにしているのだ。

 

 「逃がさない!」

 

 「これが狙いか!」

 

 イーゲルシュテルンを撃ち込みながら、残った右手で逆手に抜いたサーベルをシグーディバイドに突き付けた。

 

 サーベルがシグーディバイドの頭部を貫通し、爆発を引き起こす。

 

 「チッ!」

 

 アシエルは頭部が破壊される前に持ち替えていたビームサーベルを叩きつけ、離れ際にスルーズの右脚部を斬り裂く。

 

 「きゃああ!」

 

 シグーディバイドは損傷しながらも後退、スルーズは爆発で吹き飛ばされながら仰向けに倒れ込んだ。

 

 「やってくれたな」

 

 アシエルはメインカメラが破壊された事で沈黙したモニターを復旧させようと、コンソールを操作する。

 

 どうやら今の爆発で他の部分も何らかの障害が出たらしい。

 

 「さて、どうするか」

 

 メインカメラがやられても、戦闘継続は可能だが―――

 

 半身だけ起き上がり、銃口を向けようとしているスルーズを見ながら思案していると通信機から甲高い音が聞こえてきた。

 

 「どうした?」

 

 《アシエル隊長、マスドライバーの破壊に成功しました。しかし特務隊も損傷が大きく撤退、私達にも後退命令が出ました》

 

 「了解だ」

 

 ニーナからの報告を聞き、各部隊に後退命令を出しながらアシエルも徐々に後退していく。

 

 「今回はお前の粘り勝ちだ、マント付き」

 

 ボロボロの状態でありながら、なお戦意を衰えさせない敵に素直な称賛を送った。

 

 同時に強い興味と安堵を抱いた。

 

 こんな体験は初めてだった。

 

 この一度で終わるのは惜しいと感じていたのだ。

 

 もっと、もっと、もっと―――

 

 「貴様と戦いたい」

 

 アシエルは自身に生まれた歪んだ願いに戸惑いながら戦場に残っている味方と共に撤退を開始した。

 

 

 

 

 セリスはスルーズのコックピットで後退していくザフトの部隊を見届ける。

 

 安堵と共に怒りが湧きあがってくる。

 

 「……負けた」

 

 操縦桿を叩き、悔しさで唇を噛んだ。

 

 結局前回と何も変わっていない。

 

 一矢報いる事は出来たものの、戦闘自体は敵側の勝利。

 

 同盟の被害は甚大である。

 

 「……落ち込むのは後。今はこんな事をしている場合じゃない」

 

 悔しさを押し殺し、気持ちを切り替える。

 

 セリスは状況を確認する為、司令部にコンタクトを取り始めた。

 

 

 

 

 撤退したエスクレド隊は無事母艦に帰還を果たしていた。

 

 スルーズの攻撃によって負傷したジェシカは医務室に運び込まれ、リアンも引っ張られる形で検査を受ける事になった。

 

 「大した事ないって言ったのに」

 

 結局は軽い打ち身程度だった。

 

 とはいえ心配して検査してくれたのだから文句も言えないのだが。

 

 治療を終え制服に袖を通すとそこにジェシカの声が聞こえてくる。

 

 「殺す! 殺してやる!! あの騎士モドキは、私が!!」

 

 戦闘の興奮が未だに冷めやらぬジェシカは叫び声を上げ、医師達に押え込まれていた。

 

 気持ちは分かる。

 

 いや、リアンの屈辱もジェシカに負けていない。

 

 「……あのマント付き、今度は絶対に」

 

 拳を握り締め、ポツリと呟くと邪魔にならないように医務室を出た。

 

 すると丁度こちらに向かって来ていたニーナの姿が見えた。

 

 「あ、ニーナ」

 

 「怪我は大丈夫だった?」

 

 「私はね。ジェシカの怪我も大した事無いみたいだけど……」

 

 あの様子では確実に尾を引くだろう。

 

 リアンでさえ割り切れていないのだから。

 

 「そう。じゃあ、私が入らなくて正解みたいね」

 

 「それは……」

 

 そんな事は無いとは言えなかった。

 

 いや、確実に揉め事になる。

 

 ライバル視しているニーナは無傷で自分は撃墜寸前まで追い込まれたなどジェシカにとっては耐えがたい筈だ。

 

 少し気まずい雰囲気になった所に、さらに嫌なタイミングでシオン達が歩いてくる。

 

 特務隊は確かに任務を達成したらしいが、搭乗していた新型機であるシグルドは見るに堪えない程ボロボロの状態にされていた。

 

 当然プライドの高い彼らも今まで見た中で最悪と言えるくらいに機嫌がすこぶる悪いようだ。

 

 余計な因縁をつけられても面倒だと、ニーナに促され道を開ける。

 

 シオンとクリスの二人は歩み去ろうとしたが、一番後ろにいたマルクは嫌らしい視線を隠さず、声を掛けてきた。

 

 「損傷したんだって、怪我はどうだったんだ?」

 

 「……打ち身程度でしたので大丈夫です」

 

 「そっちは?」

 

 「私は別に」

 

 二人が固い声でマルクに返事を返すと「そりゃ結構」リアンの腕を掴んだ。

 

 「じゃあ、この後、少しストレス解消に付き合ってくれないか? 時間は取らせないからさ」

 

 「なっ」

 

 口調は静かで、表情も先程に比べて穏やかだった。

 

 しかし、腕を掴んだ力は非常に強くとても振りふどけない。

 

 リアンの中に目の前の男に対する恐怖が湧きあがる。

 

 いつもマルクを諌めているシオンはただ不機嫌そうにこちらを見ているだけで止める気配もない。

 

 流石に不味いと思ったニーナは一歩前に出て止めに入ろうとするが、割り込むように横から腕が伸び、マルクの腕を掴んだ。

 

 「私の部下に何か御用ですか?」

 

 「隊長!」

 

 安堵したように笑みを浮かべるリアンとは対照的にマルクは面白くなさそうに鋭い視線を向ける。

 

 アシエルとしばらく睨みあうが、そこでようやくシオンが制止に入った。

 

 「マルク、その辺にしておけ」

 

 「チッ、ハイハイ。単に戦闘での話が聞きたかっただけだって、他意は無いよ、エスクレド隊長」

 

 舌打ちしながらあっさりとリアンから手を離すと肩を竦めた。

 

 「……後ほど報告書を提出しておきますので、目を通しておいてください」

 

 「了解した。行くぞ」

 

 シオンに促されるように、マルクとクリスの二人は後ろについていった。

 

 「大丈夫だったか?」

 

 「はい! 隊長、ありがとうございます!」

 

 感激したように笑みを浮かべるリアン。

 

 アシエルは相変わらず冷静な表情で頷くと今度は医務室の方へ視線を向ける。

 

 どうやらそちらが本来の目的だったようだ。

 

 「それでジェシカの容体は?」

 

 「リアンの話では、怪我自体は大した事は無いと」

 

 「そうか」

 

 ニーナの報告にもアシエルは表情を変えない。

 

 だが、声色からある程度安堵したのは察せられた。

 

 そういえば彼もまたあのマント付きに機体を損傷させられたと聞いた。

 

 正直、信じ難いというのが本音だ。

 

 リアンの心情的にも受け入れ難い。

 

 「隊長は、その、怪我などは?」

 

 「私は問題ない。……それよりまさか奴があそこまでの技量を持っているとはな」

 

 その時、アシエルは今まで見た事がないような表情を浮かべていた。

 

 強い興味を持っているかのような顔である。

 

 驚きであった。

 

 アシエルは部下思いで優秀であるが、あまり素の表情は見せない人物である。

 

 それがあんな顔をするなんて―――

 

 チクリと胸が痛むと同時に言い知れぬ不安感が襲いかかる。

 

 その理由も分からない不安を振り払う事は出来ず、リアンの心に張り付いたように離れなかった。

 

 

 

 

 ザフト特務隊の攻勢によってマスドライバーは破壊された。

 

 これによって目的を達成したザフトは撤退。

 

 同じくマスドライバーを狙っていた地球軍も目的を失い、予想外の被害を受けた事で戦線より離脱。

 

 ここに『オーブ戦役』と呼ばれた戦いは幕を下ろした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話  決戦に向けて

 

 

 

 

 「速い!?」

 

 セリスの眼前に煌く光刃が目にも止まらぬ速さで振り抜かれる。

 

 どうにかシールドで防ぐとセリスも光刃を抜き放ち、蒼い翼を持つ機体フリーダムへと叩きつけた。

 

 「この!」

 

 しかし、光刃が相手を捉える事は無く、空を切る。

 

 上下、左右、繰り出す斬撃はどれもフリーダムにあっさりと捌かれ、逆にこちらが危うい状況になってしまう。

 

 「反応が速すぎてフリーダムを捉えられない!? でも、そう簡単には!!」

 

 相手はザフトから『白い戦神』と呼ばれ、恐れられているパイロットだ。

 

 初めから敵うとは思っていない。

 

 しかし、こちらにもパイロットとしての意地がある。

 

 何より今よりさらに腕を上げる為には強敵との戦いはむしろ望むところである。

 

 そう意気込んだところで実力差は歴然であるのだが。

 

 現にこちらは最初から翻弄されっ放しで、碌に攻撃を掠める事すらできない。

 

 「だからって!」

 

 腰のクスフィアスレール砲の砲撃を素早く上昇することで回避。

 

 即座にビームライフルを撃ち込んでいくが、凄まじい速度で動く相手を捉えられない。

 

 「もっと速く!!」

 

 相手が凄まじい腕前なのは百も承知。

 

 必死に操縦桿を動かしながら連続で攻撃を加えていく。

 

 だが物ともせずにフリーダムは翼をはためかせ、すべてのビームを鮮やかに避け切ってみせるとセリスの視界から消え失せた。

 

 「消えた!?」

 

 いや、そうではない。

 

 瞬時にこちらの死角に入りこんだのだ。

 

 その規格外の反応の速さには驚愕する他ないだろう。

 

 「マズ―――」

 

 どうにか反応しようとするが、気がついたとしても時すでに遅し。

 

 あっという間に自機の脚部が斬り飛ばされ、さらに左腕も破壊されてしまう。

 

 「反則でしょ!」

 

 セリスは毒づきながら、残った右手でサーベルを振るうがフリーダムに届く前にコックピットが斬り裂かれ撃墜されてしまった。

 

 《ブラッスール機、撃墜》

 

 「……やられた」

 

 結局、碌に戦いにもならないままやられてしまった。

 

 流石はフリーダムとでもいうべきだろうか。

 

 これでも以前よりは腕を上げたつもりだったのだがまだまだ未熟だ。

 

 「ハァ、一旦戻ろう」

 

 若干気落ちしながら、帰還の準備に入るとちょうど戦闘終了の知らせがその場にいた全員に通達された。

 

 

 

 

 中立同盟軍は来るべき決戦に向け錬度を上げる為、頻繁に宇宙での模擬戦闘訓練を実施している。

 

 オーブ戦役が終結してから約三か月の時が経過していた。

 

 ザフトの奇襲によって破壊されたマスドライバーは修復され、戦火に見舞われたオーブも順調に復興に向かっている。

 

 戦争の方も主戦場は徐々に宇宙へと移り、それを見越した同盟軍もまた各機、各艦を宇宙へと移動させ、戦力の充実を図っていた。

 

 それが功を奏したのかその後に起きた『L4会戦』、『ヴァルハラ防衛戦』など大きな戦闘もどうにか乗り越える事ができた。

 

 そして今はその時に手に入った情報からザフトのとある兵器の破壊を目的として準備を進めている最中であった。

 

 

 

 

 模擬戦を終えヴァルハラに帰還したセリスは自分の機体をモビルスーツハンガーに設置すると、メットを取って大きく息を吐く。

 

 「ハァ、強すぎだよ、キラ・ヤマト」

 

 何度か顔を見ているが、とてもアレだけの腕を持つ凄腕パイロットには見えない。

 

 正直、人当たりの良さそうな穏やかな人物というのが第一印象だった。

 

 あれが人は見かけによらないという典型的な例だろう。

 

 コックピットから降りて、今まで自身の乗っていた自分の機体を複雑な表情で見上げる。

 

 STA-S2 『フリスト』

 

 スルーズの上位機として開発された機体であり、より機動性を向上させ武装も追加し火力も上がっている。

 

 エースパイロット達に優先配備され、専用装備の開発や改修も行われており、戦線に投入されてからも高い評価を得ている機体である。

 

 「良い機体なんだけど、流石にフリーダムには敵わないか」

 

 オーブ戦役で使っていたスルーズはシグーディバイドの猛攻によって修復不能なほどに大破していた。

 

 その為、後から配備されたこのフリストに搭乗して今まで戦ってきたのだが―――

 

 「おう、こんな所に突っ立ってどうした?」

 

 「あ、班長」

 

 フリストを眺めていたセリスを怪訝そうな表情で整備班長が声を掛けてくる。

 

 「いえ、その、少し気になる事があって」

 

 「何だ?」

 

 「実はフリストの反応が遅く感じる事があって……」

 

 これは先ほどまで訓練を行っていたフリーダムとの戦いでも感じた事。

 

 何度か酷く鈍いように感じる瞬間があったのだ。

 

 それを出来るだけ伝わりやすいように噛み砕いて説明すると納得したように班長が頷いた。

 

 「……なるほどな」

 

 これまでの実戦と訓練によって格段に成長したセリスの反応にフリストがついていけなくなったという事だろう。

 

 普通の戦闘であれば問題ないが、エース級を相手取るにはこの機体では力不足。

 

 前線に出るセリスにとっては命に関わるだけに軽く流してよい事でもない。

 

 むしろ今、分かって良かったくらいだ。

 

 しばらく考え込んでいた班長だったが、考えを纏めたのかポツリと呟いた。

 

 「分かった。とりあえずクレウス博士にでも相談してみよう」

 

 「クレウス博士って……ローザ・クレウス博士ですか!?」

 

 「おう」

 

 ローザ・クレウス博士はオーブに所属する研究者である。

 

 分野を問わず非常に優秀で、現在はアドヴァンスアーマーの開発や機体の強化、改修など兵器開発に携わっているらしい。

 

 これから同盟軍が開発が予定される機体には深く関わる事になるのは確実と言われている。

 

 それだけ有名な人物でもあった。

 

 性格に些か問題があるらしいのだが。

 

 「クレウス博士がヴァルハラに来ているんですか?」

 

 「ああ、『スレイプニル』の最終調整の為にオーブからこっちに来てるんだよ」

 

 セリスはヴァルハラの外に置いてある『スレイプニル』に目を向ける。

 

 ザフトの大型機動兵装ユニットを参考に開発されたスレイプニルはモビルスーツ強化を主とした高機動兵装である。

 

 現在は二機ほど完成し、フリーダムとジャスティスが使用する事になると聞いている。

 

 非常に強力な兵装ではあるが、その分複雑であり調整も難しいらしい。

 

 その証拠に班長を含めた整備班は最近までアレの調整に掛かりきりだったのだ。

 

 「相談って、改修でもするんですか?」

 

 「話を聞いてると時間がないだろうからな」

 

 「……そうですね」

 

 最近は物騒な話ばかりが耳に入ってきていた。

 

 特に多いのがもうじき地球軍がザフト宇宙要塞ボアズに侵攻するのではという話だ。

 

 これは単なる噂ではない。

 

 様々な情報を精査した結果、本当だろうというのが上層部の見解である。

 

 それとは別に同盟もまた近いうちに出撃する事になるのも間違いない。

 

 ザフトの開発した新兵器ガンマ線レーザー砲『ジェネシス』を何としても破壊しなくてはならないからだ。

 

 万が一アレが使用されれば、甚大な被害が出る事になる。

 

 「とにかく機体の事はこっちでなんとかしてやる。お前さんは少し休んでろ」

 

 「あ、はい」

 

 班長がクレウス博士の下に飛び去るのを見届けると、もう一度フリストを見上げた。

 

 「どうするつもりなんだろ」

 

 できれば決戦前にどうにかしてもらいたい。

 

 次の戦いは間違いなく、死力を尽くしたものとなる。

 

 ザフトも激しく抵抗してくる事は想像に難くない。

 

 その時には―――

 

 「……あのシグーや他のパイロット達も来る筈だよね」

 

 初陣から今まで妙に因縁のある者達。

 

 L4会戦でも防衛戦でもセリスを見つけてはしつこく攻撃を仕掛けてくる。

 

 セリス自身も最初に比べれば成長したとは思うのだが、彼らから執念のようなもの感じる度に気圧されてしまうのだ。

 

 「駄目、駄目。負ける訳にはいかないんだから、しっかりしないと」

 

 気分転換の為にデザートでも食べようと食堂に行こうとすると意外なものを目撃した。

 

 「あれってルティエンス教官?」

 

 そこにはレティシアが、一人の少年と話をしている姿が見えた。

 

 普通に話しているだけに見えるが何が意外かといえば、レティシアのその表情だった。

 

 何と言うかとても楽しそうで、穏やかに見えたのだ。

 

 少なくともセリスはあんな表情を見た事がない。

 

 自分の知る彼女は―――いや、確かに優しかったのだが、それ以上に鬼のように厳しい印象が強かったので余計に驚いた。

 

 とにかくこうなるとレティシアと話している相手にも興味が出てくる。

 

 誰なんだろうと覗き込むとその少年には見覚えがあった。

 

 「話してるのって……アスト・サガミだよね?」

 

 キラ・ヤマトと同じくザフトから『消滅の魔神』と呼ばれ、現在はイノセントガンダムに搭乗しているエースパイロットである。

 

 手合わせをした事はないが、その戦いぶりはキラ・ヤマトに劣らない凄腕だった。

 

 その彼とレティシアにどんな接点があったのか―――

 

 「気になるよね」

 

 話が終わったのかアストがイノセントの方へと移動したのを見計らってレティシアの方へ近づいていく。

 

 あんな光景を見てしまったらニヤつくのは仕方ないと思う。

 

 「教官」

 

 「きゃあ、セ、セリス!? な、何です? というか何時からそこに……」

 

 笑顔のセリスを見て嫌な予感でもしているのか、レティシアはやや警戒気味のようだ。

 

 「いや、教官、楽しそうだったなぁと。あんな可愛い表情初めて見ました」

 

 「くっ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くして後ずさるその姿は、実に可愛らしい。

 

 今まで抱いていたイメージとのギャップで益々にやけてしまうのも仕方ないというものだ。

 

 「あら、セリス、どうしたのですか?」

 

 「ラクス!」

 

 そこに丁度ピンクの髪をした少女ラクス・クラインが近づいてくる。

 

 レティシアと共に亡命してきた彼女とは年が近いという事やデザートが好きという事もあり、すぐに仲良くなる事ができた。

 

 「いえ、今教官がアスト・サガミさんと話をしている所を見ていたんですけど」

 

 「あら、あら。セリス、その話は今はやめた方が」

 

 ラクスが忠告してくれていたのだが、珍しいものを見て、油断していたのが良くなかったのだろう。

 

 レティシアの表情は恥ずかしそうな表情から一転、徐々に険しさを増していく。

 

 「なるほど、教官はああいうタイプが好――――」

 

 「セリス」

 

 「え、きょ、教官?」

 

 それに気がついた時には、もう手遅れだった。

 

 セリスの顔が青くなっていく。

 

 彼女は知らなかったのだ。

 

 ここの所アイラ達にからかわれ、レティシアのストレスが溜まっていた事を。

 

 「決戦前だというのに随分余裕があるみたいですね、良い事です。ではこれからどれだけ腕を上げたか見て上げます」

 

 「あ、いや、その、私これから、休憩に」

 

 「さあ、行きますよ」

 

 「いってらっしゃい、二人共」

 

 「ラクス、た、助けてくださいよ~!」

 

 有無も言わせない怖い笑顔を浮かべながら、歩み寄ってくるレティシアにセリスはただ涙目になるしか無かった。

 

 

 

 

 プラントを殲滅せんとする地球軍とジェネシス破壊に動こうとしている同盟軍。

 

 両軍共にプラントに向け進軍してくる事に違いは無い。

 

 無論、ザフトもその動きを掴み、着々と迎撃の用意を整えつつあった。

 

 それは特務隊の支援についていたエクスレド隊も同じである。

 

 今も母艦であるダランベールの傍では新装備の組み立てが行われていた。

 

 ダランベールの傍で格納庫に入りきらない幾つかのパーツが散乱している。

 

 そしてその中心には改修されたアシエルのシグーディバイドが佇み、背中に大きなバックパックのようなものが装着された。

 

 《エスクレド隊長、どうでしょうか?》

 

 装備の調整を担当していた兵士から通信が入る。

 

 「……ああ、今のところエラーは出ていない。機体状態良好だ」

 

 『ミーティア・コア』

 

 ザフトが開発した巨大補助兵装ミーティアを対モビルスーツ戦用に改修したものである。

 

 武装もより格闘戦用の武装を装備。

 

 さらにミーティア自体にNジャマーキャンセラーを搭載、核動力で稼働している為、エネルギー切れもない。

 

 ただ通常のミーティアよりも小さいが通常のモビルスーツよりも一回りは大きく、扱いも難しい。

 

 その為量産化には不向きであり、アシエル専用の装備となっていた。

 

 《機体の改修自体はスラスター増設と関節強化程度ですし、その辺は大丈夫だとは思います。ただミーティア・コアの方は、動かしながら調整を加えていく必要がありますので―――》

 

 「分かっているさ」

 

 コックピットでキーボードを叩きながら、アシエルは高揚した気分を味わっていた。

 

 アカデミーに所属していた頃から優秀であったアシエルはどこか空虚な自分を感じていた。

 

 戦場に出る様になって有名なラウ・ル・クルーゼやユリウス・ヴァリスといったエースパイロット達と同格に扱われた。

 

 しかしどれだけ戦果を上げても満たされる事はなく、ただ淡々と任務をこなしていた。

 

 だがここで思わぬ獲物と出会った。

 

 あの中立同盟のパイロット―――

 

 未熟でありながらも、諦めずに食らい付いてくるその姿。

 

 そして戦う度に向上していく技量。

 

 狙った獲物との戦いを経て得られた充足感。

 

 今まで味わっていた空虚さは消え失せ、自分が満たされた感覚にアシエルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「……今回の戦い、奴も必ず出てくる」

 

 その時は前以上の技量を持って立ちふさがってくるに違いない。

 

 高揚感を抑えながら調整を終え、挙動確認の為に機体を起動させた。

 

 調子を確かめるようにゆっくりとフットペダルを踏み込んでいく。

 

 「行くぞ」

 

 ミーティア・コアのスラスターが火を噴き、凄まじい速度で動き出したシグーディバイドは宇宙を駆けていく。

 

 「お前は―――私の獲物だ。誰にも渡さない」

 

 ある種の執着を抱きながらアシエルは歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 飛び回るミーティア・コア。

 

 その様子をニーナがダランベールの通路にある窓から眺めていた。

 

 「新装備か。隊長はご機嫌でしょうね」

 

 アシエルは普段からあまり感情を表には出さず、淡々と任務をこなしていくタイプだ。

 

 それが最近は一つの敵に対してある種の執着とも言える感情を見せるようになった。

 

 それがマント付きだ。

 

 リアンが初めて接敵し、オーブやL4での戦いでこちらの前に立ちはだかったパイロット。

 

 その相手と存分に戦える機体が用意されようとしているのである。

 

 アシエルの気が高ぶってくるのも当然だと言える。

 

 さらに厄介なのはアシエルだけでなくリアンとジェシカの二人もマント付きに執着しているという事だ。

 

 特にジェシカなどはプライドを傷つけられ激しい憎悪を燃やしている。

 

 「……私が止めても無駄でしょう」

 

 折り合いの悪いジェシカはもちろんアシエルに対して特別な感情を抱いているリアンも、聞く耳持たないに違いない。

 

 ザフト全体に蔓延しているナチュラルに対する過剰なまでの排斥するという雰囲気。

 

 それについて行けず距離を置いているニーナが言える事もない。

 

 納得できない事はまだある。

 

 先日見せられた兵器の詳細―――ガンマ線レーザー砲『ジェネシス』の存在だ。

 

 あの大量破壊兵器が仮に地球に向けて撃ち込まれたら、取り返しのつかない被害をもたらす事になるだろう。

 

 いくら現最高評議会議長であるパトリック・ザラが強硬路線とはいえ、抑止力として以外は使用する事はないと信じたいのだが。

 

 「……考えていても仕方がないか」

 

 余計な考えを頭の隅に追いやり、別の方向に目を向けるとそこでは二機のモビルスーツが訓練を行っている姿が見えた。

 

 ザフトの最新型主力機として開発されたZGMF-600『ゲイツ』のエスクレド隊仕様である。

 

 基本武装は変わらないが、小型化され扱いやすくなったレーザー重斬刀と肩部ビームガンが追加されている。

 

 さらに背中のスラスターの高出力化に機体各部の小型スラスター増設した事で、機動性も格段に上がっている。

 

 コックピットで機体を操っているのはリアンとジェシカの二人だ。

 

 高出力化されたスラスターを思いっきり吹かし、宇宙を思う存分に駆け抜けるその姿からは凄まじいまでの気迫が伝わってくる。

 

 「はあああ!」

 

 「この!」

 

 模擬戦闘用のライフルと重斬刀を構えた二機はすれ違う度に刃が機体を掠め、ライフルのペイント弾が装甲に微かに黄色で染める。

 

 「やるじゃないの、リアン」

 

 「そっちもね、ジェシカ」

 

 高速で動き回りお互いの重斬刀がぶつかり、鍔ぜり合う。

 

 「機体はいい調子。これで今度こそあのマント付きを殺せるわ」

 

 憎悪の滲ませ、ジェシカは凄惨な笑みを浮かべる。

 

 オーブ戦役で受けた耐えがたい屈辱と傷つけられたパイロットとしての矜持。

 

 それを晴らす為にあの機体のパイロットは必ずこの手で殺す。

 

 そう決めて『L4会戦』でも『ヴァルハラ防衛戦』の際も執拗に攻撃を仕掛けた。

 

 だが尽く退けられ、時に邪魔が入って満足に戦えなかった。

 

 だが、次こそは―――

 

 「奴だけは、絶対に!」

 

 「ええ。私もアイツには借りがあるしね」

 

 そもそも初めに接敵したのはリアンなのだ。

 

 あの時、奴を仕留めてさえいたら、あそこまで好きにやられる事もなかっただろう。

 

 アシエルの機体に傷付けさせる事も無かった筈である。

 

 何よりもリアンをやる気にさせていたのはアシエルの態度である。

 

 彼はオーブで交戦して以来あの機体のパイロットに異常に執着している。

 

 モビルスーツ隊の指揮を執るリアンと隊長であるアシエルは接する機会も多い。

 

 その度にアシエルの優秀さに感心させられたものだ。

 

 リアンはそんな彼に認められたいと願うようになり、いつしか想いを寄せるようになっていた。

 

 故に気に入らない。

 

 あのパイロットの事が。

 

 「必ず倒すわ!」

 

 改めて決意すると、操縦桿を強く握り、再び訓練に集中し始めた。

 

 

 

 そして各々が訓練や調整を進める中、ついに事態が動き出した。

 

 

 

 

 ザフトの宇宙要塞ボアズに地球軍が進撃し、これを陥落させたのである。

 

 さらにその際に地球軍が核を使用しボアズを破壊したという話が飛び込んできた事でより事態は深刻となった。

 

 この情報を得た同盟軍は協力者のいるプラントを討たせる訳にはいかないという理由。

 

 そしてプラント側も報復としてジェネシス使用に踏み切る可能性があるとして、作戦開始を決定した。

 

 

 

 

 その情報はレティシアの猛特訓に付き合わされたセリスの耳にも入ってきていた。

 

 アークエンジェルの食堂に集まり、楽しげな雰囲気で食事をしていた全員が気を引き締めるように表情を変える。

 

 伝わってきた話で皆の衝撃が最も大きかったのが、ボアズ攻略に地球軍が核を使用したという事だった。

 

 「くそォォ!!!」

 

 それを聞いた少し離れた位置で食事をしていた銀髪の少年が憤りのあまりテーブルを殴りつけている。

 

 気持ちは分かる。

 

 まさか本当に核を使ってくるなんて―――

 

 そこに端末がブルブルと震え、取り出してみるとそれはアイラからの呼び出しであった。

 

 「アイラ様?」

 

 《セリス、今からヴァルハラの格納庫の方へ来て頂戴。貴方の機体の調整が終わったわ》

 

 「えっ、私の機体!?」

 

 整備班長がクレウス博士に相談するとは言っていたのだが、それ以降何の音沙汰もなく結局フリストを使用していた。

 

 正直、このまま戦闘に出るのは心許無かったのだが、此処に来てようやく何らかの目処が立ったという事だろう。

 

 決戦に間に合って良かった。

 

 セリスはすぐに食堂から格納庫に向かうと、そこにはアイラと共に一人の女性が立っていた。

 

 「セリス、こっちよ」

 

 「待ちくたびれたぞ」

 

 「えっ、まさか、ローザ・クレウス博士!?」

 

 そこに立っていたのはローザ・クレウス本人だった。

 

 まさかローザ本人が待っているとは思わなかった。

 

 「あ、あの、初めまして! 私はセリス―――」

 

 「前置きはいい。名前も知っている。ついて来い」

 

 聞く必要はないとばかりにローザはさっさと歩き出した。

 

 何と言うか変わり者という評判は本当らしい。

 

 美人なのに勿体ない気がする。

 

 呆然としているセリスを見て苦笑していたアイラに促され、格納庫の奥に向かうとそこにメタリックグレーのモビルスーツが佇んでいた。

 

 GAT-X104α 『アドヴァンス・イレイズガンダム』

 

 アラスカの戦いで大破したイレイズの改修機。

 

 欠点を補いつつイノセントに装備された武装やアドヴァンスアーマーの一部を流用して強化した機体である。

 

 基本的な武装は変わらないが背中はストライカーパックを装備できるように改良されている。

 

 ブルートガングはナーゲルリング同様、試験的にビームコーティングを施し、試作ビームランチャーはバッテリーを内蔵し、量産機でも使用可能なようになっている。

 

 「これってガンダム?」

 

 キラ達から広まった『ガンダム』という名も同盟に広がり、すっかり定着していた。

 

 「そう、貴方にはこれに乗ってもらうわ」

 

 まさかアスト・サガミの乗っていた機体に乗る事になるとは。

 

 「オリジナルイレイズは欠陥が多かったがその辺もある程度改修してマシになってる筈だ。本当は全部ストライクのパーツに交換したかったが、時間が無かったんでな。それに今後もこいつは改修を加えて使う事になってるので、無茶はするな」

 

 「わ、分かりました」

 

 思わず返事をしてしまったが待ちうけている激戦を考えると、とても機体が無傷で戻れるとも思えない。

 

 下手をすれば今度こそ死んでしまう可能性も十分にある。

 

 そんなセリスの様子に気がついたのかアイラが手を握ってくる。

 

 「セリス、絶対に生きて帰ってきなさい」

 

 「アイラ様……はい! 大丈夫です!」

 

 弱気になっている場合ではないと自分を叱咤すると力強く頷く。

 

 

 

 ここに『ヤキン・ドゥーエ戦役』最大にして最後の戦いが始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話  終わりは新たな始まり

 

 

 凄まじいまでの眩い閃光が進路上にあるものすべてを薙ぎ払いながら、暗い宇宙を斬り裂くように進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 それは死の光。

 

 飲みこまれたものは塵芥となり、容赦なく薙ぎ払われる。

 

 宇宙を照らしたその光はザフトの切り札『ジェネシス』から発射された閃光だった。

 

 その光景をアドヴァンスイレイズのコックピットから見ていたセリスは思わず、震えた。

 

 「こんなものを再び発射するなんて……」

 

 ジェネシスが発射されたのはこれで二度目。

 

 一射目は地球軍の部隊を一掃。

 

 そして今放たれた二射目が向った先には月―――

 

 地球軍基地へと直撃し、この位置からでも確認できる爆煙が上がっていた。

 

 《これ以上は撃たせる訳にはいかない! 作戦を開始する、同盟軍、出撃!》

 

 「「了解!!」」

 

 全軍を指揮するカガリ・ユラ・アスハの号令に従い、次々とモビルスーツが出撃していく。

 

 目的はジェネシスの破壊と地球軍の核ミサイルである。

 

 セリスのアドヴァンス・イレイズガンダムもカタパルトに運ばれ、選択したエールストライカーが装着される。

 

 アスト・サガミが搭乗していたオリジナルのイレイズガンダムの背中には専用武装が装備されていた。

 

 しかし現在は改修された事でストライカーパックが装備可能になっている。

 

 《エールストライカーでいいんだな?》

 

 「はい、今までのデータから見てもこの装備が一番バランスが良いですから」

 

 《分かった》

 

 モニター越しに班長の質問に答えながら、計器を弄りながら機体の最終チェックを行う。

 

 「各部正常、OS異常なし。機体状態オールグリーン」

 

 すべてのチェックが終了し、ハッチが解放されるとそこから宇宙の暗闇が目の前に広がった。

 

 これがこの戦争、最後の戦い。

 

 身の内から湧きあがる緊張感を吐き出すように大きく息を吐くと、オペレーターが出撃許可を出す。

 

 《アドヴァンスイレイズ、発進どうぞ!》

 

 「セリス・ブラッスール、アドヴァンスイレイズガンダム、行きます!!」

 

 体に掛るGに耐え、宇宙に向けて機体が押し出されると同時にスラスターを噴射、戦場に向けて飛び出した。

 

 すでに視線の先では戦いが始まっており、大きな閃光が生まれては消えていく。

 

 戦場は入り乱れ、混戦状態となっている。

 

 そんな中、先陣を切って戦場に向かっていくのはスレイプニルを装備したフリーダムとジャスティスの二機だ。

 

 持ち得る火力を思う存分発揮し、立ちふさがる敵部隊を物ともせずに薙ぎ払っていく。

 

 その砲火は圧倒的で、正面にいる敵に対して同情したいくらいだ。

 

 「……凄い火力。アレが正面から受けるとか、考えるだけでもゾッとするなぁ」

 

 味方で良かったと安堵しながらさらに別の方向を見る。

 

 そこには白い機体イノセントと飛行形態に変形しているターニングが、並み居る敵を物ともせずに突き進んでいる。

 

 あちらもまた強化された火力や武装を持って、敵を撃破していた。

 

 「あっちも凄い。私も負けていられない!」

 

 せっかく新しい機体を任されたのだ。

 

 きちんと使いこなしてみせる。

 

 セリスもまた他の機体に負けじと敵陣に向けて突撃する。

 

 「あれは……ガンダム!?」

 

 「チッ、何だろうと関係ない! 落とせ!!」

 

 イレイズに気がついたシグーとゲイツが左右から挟み込むようにしてビームライフルを発射してくる。

 

 「そんなものでは!」

 

 撃ち掛けられたビームをタイミングを合わせてフットペダルを踏み込み、回避運動を行った。

 

 機体の横を閃光が通過していく。

 

 その間にセリスはビームサーベルを抜くと懐に飛び込み光刃を叩きつける。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃がシグーを切り裂くと同時に武装を変更し、ビームライフルでゲイツを撃ち落とした。

 

 「やれる。この機体なら!」

 

 事前に伝えられていた通り欠陥部分は改善されており、反応の遅れも全く感じない。

 

 スルーズやフリストは決して悪い機体ではなかったが、自分の思ったように動かせないというのはかなりのストレスを感じるものだ。

 

 「こいつ」

 

 「やっぱりガンダムは……俺達には荷が重いって」

 

 イレイズの動きに恐れをなし、動きを止めたザフトの部隊。

 

 指揮していた隊長機がどうすべきか判断に迷っていると、一機の黒いゲイツが躊躇わずに前へと向かっていく。

 

 「臆病風に吹かれたなら失せろ! こいつの相手は俺だ!」

 

 「待て、アルド・レランダー!!」

 

 隊長機が制止するがそれを無視してアルドと呼ばれたパイロットはガンダムに向かって突撃する。

 

 「無駄ですよ。アイツは強い相手と戦う事が誰より好きなんですから」

 

 「そうそう。腕前はそこらのエースよりも上なのにどの部隊からも嫌煙されてるのって、それが原因ですからね」

 

 同僚のパイロット達の声を聞きながら、隊長は思わず顔を顰める。

 

 「だから『狂獣』か」

 

 アルドにつけられた異名をため息と共に吐き出すと、厄介な奴を押し付けられたと今更ながらに頭を抱えてしまった。

 

 配属された当時から問題のある奴だと聞いてはいた。

 

 だが怯えるどころか、嬉々として向っていくその姿はまさに『狂獣』と呼ばれるのも頷けるというもの。

 

 「やるじゃねぇかよ、ガンダム!! 俺がここで落としてやる!!」

 

 ビームサーベルでジンを貫くイレイズに向け、アルドはビームクロウで斬り掛かる。

 

 「おらァァァァ!!」

 

 「当たらない!」

 

 袈裟懸けに振り抜かれた光爪を宙返りして避けると、ビームライフルを連射する。

 

 しかしそれを容易く防いだゲイツは頭部のピクウス76mm近接防御機関砲を放ちながら、エクステンショナル・アレスターを撃ち込んできた。

 

 「くっ、この動きはエース級!?」

 

 正確な射撃とその鋭い動きは間違いなくエースパイロットの動きだ。

 

 「だからといって怯んでられない!!」

 

 いかに敵の技量が高くても今の自分とこの機体性能があれば―――いつも通りにやれば負けない。

 

 セリスの意表を突く形で腰から伸びたビームスパイクをイーゲルシュテルンで撃ち落とすが、その隙に再びビームクロウが迫る。

 

 「そんな簡単には!」

 

 刃をシールドで弾き、引き抜いたサーベルを叩きつけるが眼前で止められてしまう。

 

 「クハハ、アハハハハ!! やるなぁ! 楽しいぞ、ガンダム!!!」

 

 「こいつ、強い!?」

 

 お互いに斬り込んだ一撃が装甲を掠めて傷を作り、再び光剣と光爪がシールドによって防がれ、火花を散らした。

 

 「ハハハ、お前は強いなァァ!! 倒し甲斐がある!!!」

 

 「このォォ!!」

 

 セリスはゲイツを力任せに弾き飛ばす。

 

 そしてビームライフルを撃ち込んできた敵の攻撃を潜り抜けると銃身を斬り飛ばし、胴体に蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 「ぐっ!!」

 

 「貴方に構ってられない!」

 

 吹き飛ばした黒いゲイツに向けミサイルポッドを撃ち込み、反転すると直進しながら正面の敵部隊を撃ち落していく。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「隊長ォォ!?」

 

 「良し、このまま!!」

 

 思い通りに機体を操り、戦艦に向かおうとする敵を阻止しながら地球軍のモビルアーマー部隊に向かっていった。

 

 モビルアーマーからプラントに撃ち込まれた核ミサイルに先行したフリーダムとジャスティスがその火力で薙ぎ払っていく。

 

 それに続くようにセリスも腰にマウントしていたビームランチャーを構えた。

 

 試作型故に連射はできないが、威力は十分にある。

 

 「いけェェェ!!!」

 

 銃口から発射された強力なビームが核ミサイルを飲みこみ、発生した光が周囲を明るく照らし出した。

 

 その閃光は近くを進んでいた他のミサイルも巻き込み、より大きな光を生み出していく。

 

 「良し、後は!」

 

 連射の出来ないビームランチャーからライフルに持ち替え、今度は味方機の援護に回るとセリスを獲物と定めたのか数機のシグーが向ってきていた。

 

 「同盟め! いつまでも調子に乗るなよ!!」

 

 「で、でも、核ミサイルを狙撃してるみたいだけど……」

 

 「惑わされるな! 奴らも所詮はナチュラル共と同じ、敵だ!!」

 

 狙いを定め突っ込んで来たシグーの攻撃が上方からイレイズに降り注ぐ。

 

 「邪魔!!」

 

 機体を横に滑べらせ、銃弾を避けるとビームライフルの射撃が正確に敵モビルスーツを撃ち抜いていく。

 

 

 だが、その時だった。

 

 

 順調に進んでいたアドヴァンスイレイズの前に三機のゲイツが向ってきたのである。

 

 「あれは……」

 

 一見普通の機体に見えるが、良く観察すると細部や武装にも違いがある。

 

 イレイズの目の前に立ちふさがったのはエスクレド隊仕様に改修されたゲイツであった。

 

 「改修機ってことはエース級か」

 

 警戒しながら操縦桿を強く握り締めるセリス。

 

 そして相対するエスクレド隊の面々は見つけた標的に笑みを浮かべる。

 

 「あの機体のパイロット―――間違いない、マント付き!」

 

 「見つけたわよ! 今日こそこの手で!!」

 

 激昂するリアンとジェシカ。

 

 そんな二人をニーナは今まで以上に冷めた目で見つめていた。

 

 「……ここまでとはね」

 

 呆れと大きな失望を隠すことなく、ため息をつく。

 

 確かに地球軍が核ミサイルを使用してきた事は憤りを覚えはする。

 

 しかしザフトがジェネシスを二度に渡り使用し、さらに発射しようとしている事にはそれ以上の失望を隠せなかった。

 

 綺麗事を言う気はない。

 

 それでもこの有り様で進化した人類などと良く言えたものだ。

 

 やっている事は結局、散々見下していたナチュラルとどこが違うのか。

 

 「ニーナ、何が気に入らないのか知らないけど、しっかりやってもらうわよ」

 

 「……言われなくても、やるべき事はやるわ」

 

 「二人とも、言い争いは後にして。アレを落す方が先よ」

 

 リアンはマウントしていたレーザー重斬刀を握り締め、前に出る。

 

 二人もそれに合わせる様に武器を構えながらポジションを取った。

 

 「来る!」

 

 重斬刀片手に突っ込んでくる三機のゲイツに、セリスは銃口を突き付けビームを撃ち出した。

 

 「散開!」

 

 一直線に進むビームを四方に散って回避した三機は肩のビームガンで牽制しながら、イレイズ目掛けて重斬刀を振り下ろしてくる。

 

 セリスは刃の軌道を見極め、横に逃れて回避する。

 

 だが既に回り込んでいた一機が横薙ぎに斬撃を繰り出してきた。

 

 「今日こそはァァァ!!」

 

 あの日の屈辱、必ず晴らす!

 

 「貴様を落とす!!」

 

 「これってあの部隊の!?」

 

 ジェシカの殺意の籠った一撃を機体を逸らして避け、さらに追撃を掛けてきた三機目のビームライフルを盾で防いだ。

 

 「そこ!!」

 

 しかし動きを止めたその瞬間を狙って、リアンが蹴りを叩き込みイレイズを大きく吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 「お前は……隊長の手を煩わせる必要はない!! 私が落す!!」

 

 凄まじい気迫と殺意が機体の動きに現れ、イレイズを仕留めんと何度も攻撃を繰り出してくる姿にセリスは思わず戦慄した。

 

 「くっ、やっぱり三対一じゃ!?」

 

 連携した三機から繰り出される怒涛の猛連撃。

 

 後退しながらイーゲルシュテルンで牽制を行い、この状況を打開する方法を考える。

 

 敵は元々優れた技量を持っていた。

 

 それが機体性能が向上している為か、前に戦った時よりも動きが良くなっている。

 

 さらにビーム兵器を持っている事で、一撃を受けるだけでも致命傷になりかねない。

 

 「でも、ここで退く訳にはいかない!」

 

 仮に退いたとしてもこいつらはきっとどこまでも追ってくる。

 

 そして味方にも損害をもたらす筈だ。

 

 だから―――

 

 「負けない!!!」

 

 セリスはスラスターを全開にしてビームクロウを振りかぶってきたゲイツに体当たりして体勢を崩すと、ビームライフルで肩のビームガンを吹き飛ばした。

 

 「きゃあああ!」

 

 「リアン!? 貴様ァァァァ!!!」

 

 「くっ、貴方は一旦下がって!」

 

 二機はイレイズを左右から挟みこむようにレーザー重斬刀を振るった。

 

 ゲイツの光刃がすぐそこまで迫る。

 

 しかしその瞬間―――セリスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「今だァァ!!!」

 

 敵の配置と絶妙のタイミング、今が勝機。

 

 繰り出された片方の斬撃をシールドとブルートガングを駆使して弾き飛ばす。

 

 同時にマウントしていたミサイルポットの一つを切り離して、狙撃する。

 

 ビームに貫かれたミサイルポッドが残っていたミサイルと一緒に爆散し、二機のゲイツを大きく吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 「きゃああ!!」

 

 セリスは狙いを定め体勢を立て直す暇を与えず一気に斬りかかる。

 

 このパイロット達は紛れもなく強い。

 

 三対一では分が悪い。

 

 だからこそ無理やりにでも一対一に持ち込む必要があったのだ。

 

 「はああああああ!!!」

 

 「何!?」

 

 ジェシカは咄嗟にレーザー重斬刀を振り抜くが、間に合わずビームサーベルによって腕が叩き斬られてしまった。

 

 「……貴様ァァァァ!!」

 

 怒りの籠ったビームクロウが襲いかかり、シールドの下半分を斬り裂かれてしまうが、セリスはそれでも止まらない。

 

 「このォォォ!!」

 

 懐に踏み込みブルートガングをゲイツの腹に向けて叩きつける。

 

 火花を散らしながら腹部を貫通した刃によってゲイツは外側に反る様にして動きを止め、完全に動かなくなってしまった。

 

 「ジェシカ!? お前ェェェェェ!!!」

 

 「リアン、待ちなさい!?」

 

 ブルートガングとビームクロウが激突し、お互い膠着状態で睨みあう。

 

 「マント付き、良くもジェシカを!! お前は私が落とす!!」

 

 「貴方達は! 今はこんな事してる場合じゃ―――本気でジェネシスを地球に向けて撃つつもりなの!?」

 

 「黙れ! 核を使ってきながら!」

 

 弾け合い二機が再び激突する。

 

 「地球に直撃すれば本当にすべて滅ぶんだよ!?」

 

 ジェネシスが地球に直撃した場合、生命体の80%以上が死滅する。

 

 データを解析した結果そう試算が出ている。

 

 コーディネイターであるならば、そんな事に気がつかない筈はない。

 

 なのに―――

 

 「私達はプラントを守る! その為には邪魔するものは排除するだけよ!」

 

 「分からず屋!」

 

 すれ違い様に横薙ぎに払った一撃が背後から振るわれた重斬刀を叩き折り、逆手に持ち替えたサーベルを頭部に突き刺しにして殴りつけた。

 

 「ぐっ、くそ、くそ! 動け、ゲイツ!! 動きなさい!!」

 

 リアンがどれだけ操縦桿を動かそうと機体は全く反応しない。

 

 ただ虚しく、音だけが響くのみ。

 

 モニターに映る白い機体を憎しみを込めて睨みつけた。

 

 「くそ、くそ、くそォォォ!!」

 

 「……これで後、一機!」

 

 セリスは中破した敵を無視し、残ったニーナ機と激突した。

 

 残った上部分で刃を止め、負けじとサーベルを叩きつける。

 

 「貴方も同じなの? 地球が滅んでもいいって!!」

 

 「くっ、それは……」

 

 「迷ってるなら、此処は退いて!」

 

 ゲイツと入れ替わる様に弾け合う。

 

 このゲイツのパイロットは迷っている。

 

 先程までの戦いも、この機体のパイロットだけは動きに若干の迷いがあった。

 

 でなければこうも簡単に二機を倒す事はできなかった筈だ。

 

 このまま退いてくれれば―――

 

 そんな風に考えていたセリスに下方から放たれた何条ものビームがイレイズに向けて一斉に襲いかかった。

 

 「新手!?」

 

 エールストライカーのスラスターを噴射させ、ビームの嵐をどうにか振り切る。

 

 そこには普通とは明らかに違う機体が佇んでいた。

 

 「何、あれは……」

 

 セリスが視線を向けた先にいたのはミーティア・コアを装着した、シグーディバイドがビーム砲の砲口を向けていた。

 

 その姿はまさに異形とでも言えばいいのか。

 

 背中に装着されている装備から複数のビーム砲と側面にはアームユニットと思われるものがついている。

 

 「……隊長」

 

 「こいつは私がやる。ニーナ、お前は地球軍の相手を頼む」

 

 見ればすぐ近くまで地球軍のストライクダガーが近づいている姿が見える。

 

 「……了解しました」

 

 ニーナは一度だけイレイズの方を見るとすぐさま地球軍の迎撃に向った。

 

 「待っていたぞ、この時を! お前の相手は私だ!」

 

 ミーティア・コアの対艦ミサイルが一斉に発射され、イレイズ目掛けて襲い掛かる。

 

 「この数、嘘でしょ!!」

 

 無数のミサイルをイーゲルシュテルンとビームライフルで迎撃するが、あまりに数が多すぎた。

 

 咄嗟に機体を引きつつ、破損したシールドで防御する。

 

 直撃したミサイルの爆発により凄まじい衝撃がコックピットを揺らした。

 

 「きゃあああ!!」

 

 意識が飛びかけるが、頭を振って正気を取り戻す。

 

 PS装甲で助かった。

 

 もしもこの機体がスルーズやフリストであれば今頃宇宙のゴミに変えられていただろう。

 

 だが安堵する間もなく、すぐ傍まで接近していたシグーディバイドが両側面に装着されているアームユニットからビームソードを振り下ろしてくる。

 

 「この!」

 

 ギリギリのタイミングで壊れかけたシールドを振るい剣閃を逸らす。

 

 同時に振るわれたもう片方の斬撃を回避する。

 

 「もうこれは使い物にならない!」

 

 原型を留めていない盾を捨て、さらに四本のビームサーベルの斬撃をブルートガングで弾き飛ばした。

 

 「そんなものには斬られない!!」

 

 「さらに腕を上げたな、ガンダム!!」

 

 アシエルは繰り出す攻撃を捌いていく歓喜の声を上げる。

 

 「ハハハ、素晴らしい! 私は今満たされている!」

 

 「遊びのつもりですか!」

 

 叩きつけられた斬撃を次々とブルートガングで弾きながらビームライフルを連射し、ビームサーベルの一つ破壊する。

 

 だが、そこから手に持ったビームライフルとビームキャノンの砲撃が再び発射された。

 

 「私は真剣だよ。今まで感じていた空虚な部分、ずっとそれを埋めるものを探していた。そしてそれが見つかった。お前と戦う、この瞬間こそ私の求めたものだ!!」

 

 「貴方のそんな勝手な都合なんかに付き合っていられないですよ!」

 

 「いや、そうはいかない。お前には最後の瞬間まで付き合ってもらうぞ!!」

 

 無数の砲撃を回避しながらビームライフルを撃ち込んでくるイレイズに今度は射出されたプリスティスビームリーマーが迫ってくる。

 

 蛇のような動きで別方向から攻撃を加えてくるプリスティスビームリーマーの攻撃から逃れる為に後退すると、ミサイルの雨が待ち構えていた。

 

 「ぐっ、このままじゃ!」

 

 セリスはビームを防ぎながら計器を確認する。

 

 バッテリーの方にあまり余裕はない。

 

 攻撃を受け続ければ遠からずエネルギー切れを起こすだろう。

 

 「ミサイルの直撃を受けすぎた?」

 

 イレイズは実体弾を無効にできるPS装甲を持った機体である。

 

 しかし実体弾を受け続ければ、それだけバッテリーも減りが早くなる。

 

 残量を考えれば、これ以上の直撃は避けたほうが賢明だろう。

 

 それに作戦も継続中なのだ。

 

 「時間をかけてはいられない!」

 

 狙い澄ました一射が、アームユニットに直撃して破壊する。

 

 だが同時にプリスティスビームリーマーのビームスパイクがイレイズの右足に喰らい付き、斬り飛ばした。

 

 「足がやられても!」

 

 「流石にやるな!」

 

 無数のビームが暗闇を照らしイレイズ、シグーディバイド双方に多数の傷を刻んでいく。

 

 

 だがその時、戦っている二人にとって―――いや、この戦場にいた大半の人間にとって予想外の出来事が起きた。

 

 

 核によって破壊されたボアズの残骸。

 

 ミラージュコロイドによって姿を隠されたそれが、ジェネシスのアンテナ部分と激突し、残骸が周辺に飛び散ったのである。

 

 「何だと!?」

 

 「一体何が!?」

 

 激突した衝撃によって飛び散った破片は戦闘宙域に広がり、当然セリス達が戦っていた宙域にも到達した。

 

 「チッ、邪魔だ!!」

 

 アシエルは苛立ちを込めて周囲の破片にビームキャノンと対艦ミサイルを一斉発射して、薙ぎ払う。

 

 その砲撃を破片の陰でやり過ごしながら、セリスはあの機体を観察する。

 

 火力も速度もある。

 

 しかしこの状況、あの巨体では動きが取れない。

 

 だからこそこうして破片を排除しているのだ。

 

 チラリとバッテリー残量を確認するとやはりこれ以上の長期戦は厳しい。

 

 「なら、これで決着をつける!」

 

 セリスは移動しながらわざとシグーディバイドが発見できるように破片の陰に飛び込む。

 

 「逃さん!」

 

 アシエルがビームで邪魔な破片を砕くと、敵の背中に装備されていたエールストライカーの姿が見えた。

 

 「そこか!!」

 

 そこにプリスティスビームリーマーを一直線に刃を突き立てた。

 

 だが―――

 

 「装備だけだと!?」

 

 プリスティスビームリーマーのビームスパイクが突き刺していたのは、切り離されたエールストライカーのみ。

 

 本体のイレイズはその後ろからビームランチャーを構えていた。

 

 「本命はこっち!!」

 

 銃口から発射されたビームがプリスティスビームリーマーごとエールストライカーを吹き飛ばし、ミーティア・コアの側面部に直撃する。

 

 「ぐあああ!!」

 

 凄まじい爆発と共にアシエルはコンソールに叩きつけられてしまう。

 

 「まだだ! 私はまだやられはしない!!」

 

 「いえ、ここまでです!!」

 

 目一杯速度を上げたイレイズが両手に握ったビームサーベルでミーティア・コアを袈裟懸けに斬り裂き、さらにもう片方のサーベルを下段から斬り上げる。

 

 そこにイーゲルシュテルンを叩き込むと、さらに凄まじい爆発が起こった。

 

 「不味い。ミーティア・コアはここまでか!!」

 

 このままでは核爆発を起こす事になる。

 

 アシエルはシグーディバイドをミーティア・コアを切り離す。

 

 だがその時を狙っていたセリスは展開したブルートガングを叩き込んだ。

 

 「はああああ!!」

 

 「くっ、ガンダムゥゥゥ!!!」

 

 アシエルもまたレーザー重斬刀を構え、正面に突き出した。

 

 

 ―――交差する光刃。

 

 

 それが互いの機体に吸い込まれ―――

 

 ブルートガングがシグーディバイドの胸部に突き刺さり、重斬刀がイレイズの左下腹部を貫通する。

 

 その瞬間に飛び退いた二機を包むように、目も眩むような閃光が生み出された。

 

 

 

 

 戦場は混迷を極め、戦況は刻一刻と変化していく。

 

 地球軍はほぼ壊滅状態となり、いつしか同盟軍対ザフトの戦いへ移行した。

 

 同盟軍オーブ所属の戦艦クサナギがヤキン・ドゥーエに突入。

 

 ジャスティスがターニングと共にドミニオンに積まれていた核ミサイルにてジェネシス破壊に向かう。

 

 戦いはすでに終局へと突き進んでいた。

 

 

 

 

 「う、ううう」

 

 セリスが目を覚ますとそこは破壊された機体の残骸とボアズの破片が散らばっていた。

 

 「戦闘は……皆はどうなった?」

 

 シグーや改修されたゲイツの姿は見えない。

 

 あの損傷で無事とは思えないし、おそらく倒した筈だ。

 

 この辺で戦闘が行われている様子は確認できない。

 

 だが未だヤキン・ドゥーエやジェネシス周辺では戦いの光が見える。

 

 「まだ皆戦ってるんだ、私も、行かないと」

 

 どうにか意識をはっきりさせようと頭を振り、自分と機体状態を確認する。

 

 体は少し痛むが怪我などはない。

 

 だが、機体状態は酷いものだ。

 

 バッテリー残量は殆どなくPS装甲が落ちてメタリックグレーに戻っていた。

 

 片足は欠損、下腹部に大きな損傷がある。

 

 武装も頭部のイーゲルシュテルン、ライフルとサーベル、ブルートガング以外はすべて失ってしまった。

 

 「ハァ、クレウス博士に無茶はするなって言われてたんだけどな」

 

 とにかく生き延びられただけでも、良しとしなければならないだろう。

 

 コンソールを弄りながら、どうにか移動しようとしたその時―――レーダーが敵影の姿を捉えた。

 

 「敵!?」

 

 それは前に退けた敵、アルドの乗る黒いゲイツであった。

 

 「見つけたぞ、ガンダムゥゥ!!」

 

 「あのゲイツは!?」

 

 色違いであり、手強い相手だったから覚えている。

 

 「まだ動けたの?」

 

 ミサイルの直撃を受け、半壊状態ではあるが健在なビームクロウを振りかぶって襲いかかってきた。

 

 セリスはどうにか機体を動かし、ブルートガングで光爪を受け止めた。

 

 「無事で嬉しいぜ、ガンダム!」

 

 「何!?」

 

 弾け飛ぶ二機だが、イレイズの方は限界に近いのか踏ん張りが利かない。

 

 「スラスターの一部が動いていない!?」

 

 「おらあああ!!」

 

 上段からの一撃が容赦なく左腕を斬り飛ばした。

 

 「ぐっ!」

 

 「どうした、もっと楽しませろ!!」

 

 「貴方は―――貴方も遊びのつもりですか!!」

 

 さらに振りかぶられた一撃を受け止めて外側へと弾く。

 

 「貴方は何の為に戦うんです?」

 

 「何言ってんだよ、楽しいからに決まってるだろうがァァ!!」

 

 「なっ!?」

 

 楽しいってこの敵は何を言っている?

 

 「俺は戦うのが好きなんだよ! ナチュラル? コーディネイター? どうでもいいね! ただ強敵と戦えれば後はどうでもいいさ!」

 

 アルドの言葉に歯をくしばり、強く操縦桿を握る。

 

 セリス自身もこれまで多くのパイロットを倒してきたし、戦い自体は否定できない。

 

 でも誰しも戦う理由はあるし、守りたいものをあるだろう。

 

 それをこの敵は一切持っていないのだ。

 

 それこそ、本当に遊び半分で戦っている。

 

 もしかしたら、ここまで怒りを覚えたのは生まれて初めてかもしれない。

 

 「これで終わりだ、ガンダム!!」

 

 光爪が突き出され、眼前に迫る。

 

 

 「貴方になんか絶対に―――負けるかァァァァ!!!」

 

 

 セリスの中で何かが弾けた。

 

 

 視界がクリアになり、ビームクロウの動きが手に取るように分かる。

 

 「このォォォ!!」

 

 機体を沈みこませ、頭部が吹き飛ばされながらも光爪をやり過ごす。

 

 同時にブルートガングを横薙ぎに叩きつけ、ゲイツの左腕を斬り飛ばした。

 

 「何ィ!」

 

 「これでェェェ!!」

 

 持っていたビームライフルを背中にゲイツに叩きつけ、ブルートガングで破壊するとゲイツを巻き込んで爆発を引き起こした。

 

 その衝撃に巻き込まれ、再びイレイズは吹き飛ばされてしまった。

 

 「ハァ、ハァ、もう駄目、機体も限界だよ」

 

 イレイズは完全に動かなくなってしまった。

 

 もはやどうしようもない。

 

 このまま敵が来ない事を祈るしかない。

 

 しかし、何と言うかどうやら自分は運が無いらしい。

 

 モニターにはあの改修されたゲイツが近づいてきているのが映っていた。

 

 「……ここまでか。アイラ様、すいません」

 

 覚悟を決め、セリスは目を閉じる。

 

 だが、何時まで経ってもその時は訪れず、それどころか通信機から声が聞こえてきた。

 

 「ガンダムのパイロット、生きている?」

 

 「貴方は……」

 

 イレイズに近づいてきたのはニーナのゲイツだった。

 

 モニターにザフトのパイロットスーツを着た女性の顔が映る。

 

 「生きてるみたいね、動ける?」

 

 「え、いや、全然動かないけど」

 

 「なら貴方の母艦まで運ぶわ」

 

 ゲイツはイレイズの腕を掴むと引っ張っていく。

 

 「え、あの、なんで?」

 

 「……戦争はもう終わったから」

 

 ニーナから言われ、周りを見る。

 

 戦闘の光は殆どない。

 

 ヤキン・ドゥーエの所々から火を噴いており、通信機から戦闘停止の放送が聞こえてきた。

 

 「ジェネシスは?」

 

 「それも破壊されたわ」

 

 という事は同盟の作戦が上手くいったという事なのだろうか―――

 

 いや、なんであれあの兵器が破壊されたなら良かった。

 

 安堵すると同時にもう一度疑問を口にする。

 

 「……もう一度聞くけど、どうして私を助けるの?」

 

 「……言ったでしょ。戦争は終わり。ならもう撃つ必要はないでしょう?」

 

 ニーナのその言葉と悲しそうな笑みを見て、セリスは何故か涙が込み上げてきた。

 

 戦争は終わったと、その実感が湧いてきたのかもしれない。

 

 様々な感情がグチャグチャに胸中を駆け廻り、セリスの涙は何時までも流れ続ける。

 

 

 

 後に『ヤキン・ドゥーエ戦役』と名付けられるこの戦争はここに終結した。




序章であるヤキン・ドゥーエ戦役編はこれで終わりです。
次回から本編に入りますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『月面紛争編』
機体紹介(ネタバレ注意)


[中立同盟]

 

形式番号  ZGMF-X01Ar

 

名称    アイテルガンダム・リアクト

 

パイロット セリス・ブラッスール

 

頭部機関砲×2

ルプスビームライフル改×1

ラケルタ・ビームサーベル改×2

ブルートガング改×2

腰部ビームガン×2

ラミネートアンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

『ヤキン・ドゥーエ戦役』において投入されたアイテルガンダムを修復、改修した機体。ZGMF-Xシリーズ量産計画『アドヴェント計画』に沿ってデータ収集の為に改修を加えられ、核動力からバッテリーに変更されているが、それでも十分すぎるほど高い性能を誇る。バッテリー換装に伴い、武装なども改良され、活動時間の延長も図られている。(アイテルの名はギリシャ神話の神アイテールから)

 

[専用装備]

 

高機動装備『セイレーン改』

 

高出力ビーム砲×2

機関砲×2

ビームロケットアンカー×2

 

[装備説明]

 

同盟の装備換装システム「タクティカルシステム」の雛型として開発された装備の一つ。オリジナルよりも火力は劣るが機動性は維持されたまま、バッテリーも内蔵している。

 

試作型複合装備『ヴァルキューレ』

 

アサルトブラスターキャノン×2

ビームロケットアンカー×2

大型多連装高出力ビーム発生器『ヴァルファズル』×1

肩部試作ビームフィールド発生装置×2

 

試作型防御マント×1

 

[装備説明]

 

今までに実用化された換装装備を複合させ、さらに高性能化させた装備。この装備を装着した状態を『アイテルガンダム・ヴァルキューレ』という呼称で呼ばれる。

スラスターを核動力機と同等なレベルまで高出力化された為に、誰もが扱えるものではなく、限られたエースパイロット以上の技量を持つ者の為だけに使用可能になっている。胴体にはアドヴァンスアーマーを装着、肩部に試作型のビームフィールド発生装置が搭載されている。これは側面部だけとはいえ攻撃を弾く事が可能。しかし試作段階の装備である為に一度に展開できる時間は非常に短く、装置もやや大きくなっている。

武装はアータルを強化した『アサルトブラスターキャノン』にビームロケットアンカー、さらに大剣状の大型兵装である多連装高出力ビーム発生器『ヴァルファズル』を装備する。これは刀身に幾重にもビームの放出口を設置し、通常の斬艦刀とは比較にならない切れ味を誇る刃を形成できる。ただし、取扱いは難しく、燃費も良くない。

さらに防御力を高める手段としてビームコーティングを施した防御マントも用意されている。これはビームライフル程度のものであれば、完璧にとまではいかずともビームの遮断が可能になっており、さらに若干ではあるがステルス効果もある。

 

 

形式番号  SOA-X01r

 

名称    スウェアガンダム・クリード

 

パイロット ニーナ・カリエール

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部ビームガトリング×2

アンチビームシールド×1

 

[専用装備]

 

砲撃戦用装備『ファーヴニル』

 

対艦ミサイル×2

試作レール砲『タスラム』改×1

試作型高インパルス砲『アータル』改×1

 

[装備説明]

 

同盟の装備換装システム「タクティカルシステム」の雛型として開発された装備の一つ。砲戦仕様の装備で、やや重量はあるが高出力スラスターを搭載している為に高い機動性も確保している。

 

試作万能型装備『アルスヴィズ』

 

高出力ビーム砲×2

試作型斬艦刀『リジル』×2

ワイヤーアンカー×2

アーマーシュナイダー×2

 

[装備説明]

 

同盟の装備換装システム「タクティカルシステム」の雛型として開発された装備の一つ。『セイレーン』の量産化を目的に開発された試作装備を急遽変更し、ローレンツクレーター戦で破壊された『セイレーン改』のパーツを組み込んでスウェア用として強化した万能装備。高機動スラスターと一般のパイロットにも扱いやすいよう改良を加えた量産型の斬艦刀『リジル』、中距離戦用にビーム砲とワイヤーアンカーを備え、予備の武装としてビームコーティングを施したアーマーシュナイダーも搭載されている。

 

[機体説明]

 

前大戦で投入されたスウェアガンダムの改修機。次世代機に搭載予定の技術や武装がデータ収集の為に搭載、稼働時間もより延長され、高い性能を発揮する。

背中は『タクティカルシステム』にも対応しており、装備換装も可能。

 

形式番号  SOA-X02r

 

名称    ターニングガンダム・オービット

 

パイロット フレイ・アルスター

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

高エネルギービームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部グレネードランチャー×2

腰部ビームガン×2

アーマーシュナイダー×2

高インパルス砲『アグニ』改×1

アンチビームシールド(内蔵ビームガトリング砲)×1

 

[追加武装]

 

対艦ミサイルポッド×2

小型機雷×2

 

[機体説明]

 

前大戦で投入されたターニングガンダムの改修機。量産化や後継機を考慮し、より性能を高めながらも可変機構を簡略化し、扱い易くする為にOSなど様々な点に改良が加えられている。武装もほとんど改修前と同じだが、腰部にビームガン、アーマシュナイダー、シールドにガトリング砲が追加されている。追加された砲撃用の武装は飛行形態でも使用可能である。

 

形式番号  STA-S3

 

名称    ヘルヴォル

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部『ブルートガング』改×2

アンチビームシールド×1

 

追加武装

 

ミサイルポッド×2

腰部グレネード・ランチャー×2

バズーカ砲×1

ビームランチャー×1

 

機体説明

 

スカンジナビアで開発された新型機。前大戦において多大な戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された機体で背中に標準装備されている高出力スラスターにより高い機動性を持ち、空中戦も可能。

現在は性能確認の為に先行試作機が数機ほどロールアウトしており、データを参考に指揮官機の開発も進められている。

 

形式番号  MBF-M1α

 

名称    アドヴァンスアストレイ

 

武装 

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部ブルートガング改×2

グレネード・ランチャー×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

オーブの量産型モビルスーツM1アストレイに改良強化したアドヴァンスアーマーを装備させた機体。

各勢力の次世代の量産機が次々開発される中、オーブ軍もまた主力量産機を開発していたのだが全軍に配備させるには時間が掛かる為、繋ぎとして開発された。

元々性能自体は高かったアストレイに大戦のデータを基に改良したアドヴァンスアーマーを装着し、機動性を強化した事で次世代機とも互角に戦える性能を得ている。

腕部に装備されたブルートガング改はイノセントのナーゲルリングのデータを基に強化されたものであり、ビームコーティングが標準で施されている。ちなみに軍では略称でAA(ダブルエー)と呼ばれている。

 

[戦艦]

 

スカンジナビア強襲戦艦『オーディン』

 

艦長  テレサ・アルミラ

 

武装

 

対空バルカンシステム

ミサイル発射管

主砲エネルギー砲

陽電子砲ローエングリン

 

[戦艦説明]

 

スカンジナビア所属の戦艦。特徴的な白亜の艦で左右に長いカタパルトがせり出しており、その中央には陽電子砲を装備している。開発にはモルゲンレーテも参加していた為かアークエンジェルと共通している部分もある。

 

オーブ軍イズモ級戦艦『イザナギ』

 

艦長  セーファス・オーデン

 

武装

 

他イズモ級と同様

 

[戦艦説明]

 

第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の際に沈んだクサナギに代わる旗艦として開発された戦艦。外見などには変化は見られないが、内部構造やモビルスーツ搭載数など改修されている面も存在している。

クサナギなど他のイズモ級と変更点が少ないが、オーブの旗艦として後に改修、強化する計画も立ちあがっている。

 

[テタルトス月面連邦]

 

形式番号  ZGMF-FX004b

 

名称    イージスリバイバル

 

パイロット アレックス・ディノ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×4

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

前大戦時に投入されたイージスリバイバルの予備パーツで組み上げられた機体。本機はイノセントガンダムとの戦闘で相討ちになって大破してしまったものとは違いディザスターのパーツは使用されていない為、従来通り可変機構を備えている。

代わりに動力はバッテリーとなり、武装は基本装備と腹部のヒュドラのみで背中のドラグーンは装備されていない。

 

形式番号  LFA-01

 

名称    ジンⅡ

 

武装

 

ビームライフル×1

突撃銃×1

ビームクロウ×1

ミサイル×4  

小型アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

テタルトス主力量産型モビルスーツの一機でエース用の機体。

名の通りジンの設計を基にした後継機(この機体にジンの名をつけた事がプラントとの関係をさらに悪くした一因となっている)。先行試作型が何機か稼働し、他勢力との戦いにおいても高い戦闘能力を発揮している。

フローレスダガーと同じくコンバットシステムに対応している。

 

形式番号  LFA-02

 

名称    フローレスダガー

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

テタルトス主力量産型モビルスーツの一機で一般パイロット用の機体。

地球連合のストライクダガーを独自に発展させたもので性能は高く、さらにストライカーパックを参考に開発したコンバットシステムを搭載している。 

先行試作機の数機がすでに戦線に投入されている。

 

[コンバットシステム]

 

連合のストライカーパックシステムを参考にした装備換装システム。

コンバットシステムはナチュラルでもコントロール可能なように装備自体に制御AIが搭載されている事が特徴であり、ストライカーシステムより扱いやすくなっている。

現在、実用化されているのは高機動型であるウイングコンバットのみだが、他の装備も順次ロールアウトする予定。

 

[ウイングコンバット]

 

武装

 

機関砲×2

対艦ミサイル×2

 

エールストライカーを改良した装備。一番標準的な装備で大気圏内でも使用可能。

 

[ソードコンバット]

 

武装

 

対艦刀『クラレント』×2

ビーム砲×2

 

ソードストライカーを改良した装備。近接戦だけでなく、ビーム砲も備えているため射撃戦もこなせる。

 

[バーストコンバット]

 

武装

 

ビームランチャー×1

グレネード・ランチャー×2

ミサイルポット×1

 

ランチャーストライカーを改良した装備。

火力だけでなく、ある程度の機動性も考慮されている。

 

形式番号  LFSA-X001

 

名称    ガーネット

 

パイロット アレックス・ディノ

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×4

アンチビームシールド(三連ビーム砲)×1

 

各コンバットシステム

 

 

機体説明

 

テタルトス試作モビルスーツでエースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体。

前大戦の最終決戦に投入されたイージスリバイバルを基にしており、非常に高い性能を誇る。武装は基本的なビーム兵装に加え、シールドの先端には三連ビーム砲が装着されている。コンバットシステムにも対応はしているが、装備しなくとも十分な火力と機動性を確保している。

 

[エクィテスコンバット]

 

武装

 

三連ビーム砲×2

高出力ビームウイング×2

ビームブーメラン×2

ビームサーベル×2

試作実体剣『オートクレール』×2

 

[装備説明]

 

アレックス専用の装備として開発された試作コンバット。高出力のスラスターを装備し破格の機動性を持つ事ができるが、試作で一基のみしか開発されていない。その為に予備パーツなども僅かしか存在していない。

武装はアレックスの特性に合わせ近接戦用の武器を多く装備している。実体剣である『オートクレール』には同盟のイノセントガンダムが装備していたナーゲルリングと同じく、ビームコーティングが施されており、ビーム兵器に対する防御としても使用できる。

 

形式番号  LFSA-X002b

 

名称    セイリオス

 

パイロット ヴァルター・ランゲルト

 

武装

 

機関砲×2

ロングビームライフル×1

ビームサーベル×2

肩部ビーム砲×2

腹部複列位相砲『ヒュドラ』×1

アンチビームシールド×1

高出力スラスター

 

機体説明

 

テタルトス試作モビルスーツ。エースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体『シリウス』の再調整機である。

『シリウス』はデータ収集の為に元々二機が試作され、ユリウス・ヴァリス専用の一番機とは別に制作されロールアウトした二番機がこの機体の原型であり、パイロットであるヴァルター専用に調整され、コンバットシステムに対応していない代わりに高出力スラスターと射程の延びた専用のロングビームライフルを装備、そしてビーム砲が追加されている。

 

[戦艦]

 

プレイアデス級

 

名称 クレオストラトス

 

武装

 

CIWS×多数

主砲ビーム砲×4

ミサイル発射管×多数

上部レールガン×2

下部レールガン×2

陽電子砲×1

 

[戦艦説明]

テタルトスで開発された最新型の戦艦であり、ナスカ級をベースにしているが前大戦において多大な戦果をあげたアークエンジェル級のデータを参考にされている。

ナスカ級よりも火力を向上させ、さらにモビルスーツ搭載数を大幅に増加させている。しかしその反面コストが高くなっている為に量産化に支障が出てしまっている。

 

ヒアデス級

 

名称 エウクレイデス

 

CIWS×多数

主砲ビーム砲×2

ミサイル発射管×多数

両側面レールガン×2

 

[戦艦説明]

テタルトスで開発された戦艦でエターナルを参考にした高速艦である。エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている為に火力はさほどでもない。

最近になってロールアウトした最新型であり、一隻だけが試験運用中である。

 

[その他]

 

形式番号   ZGMF-FX001b 

 

名称     コンビクト・エリミナル   

 

パイロット  リアン・ロフト

 

武装

 

機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

大口径収束ビームランチャー×1

脚部ビームサーベル×2

連装ビーム砲×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

前大戦で投入されたコンビクトの二号機。各部調整とスラスター増設、OSの改良により、扱い易くなっており、武装も脚部にビームサーベルや連装ビーム砲など火力も強化されている。

 

形式番号   ZGMF-FX002b

 

名称     ジュラメント・ラディーレン

 

パイロット  ジェシカ・ビアラス

 

武装

 

機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームソード×4

高出力ビームキャノン×1

プラズマ収束ビーム砲×2

連装ビーム砲×2

ミサイルポッド×2

アンチビームシールド×1

 

[機体説明]

 

前大戦で投入されたジュラメントの二号機。高機動スラスターの装着と各部調整より、パイロットの負担が軽減されている。武装もビームウイングは排除されたものの、その分遠距離武装が強化されている。

 

形式番号  ZGMF-FX090

 

機体名   ヅダ・レムレース

 

パイロット アルド・レランダー 

 

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腰部グレネード・ランチャー×2

アンチビームシールド×1

 

追加装備

 

強襲用外部装甲

多連装ビーム砲×2

肩部シールド兼用大型ビームクロウ×2

ミサイルポッド×2

高機動ブースター

 

[機体説明]

パトリック・ザラが主導で進めていたFシリーズ(フューチャーシリーズ)の次期主力機として企画されていた機体。

元々優秀なFシリーズ系譜の機体だけあって、高い性能を持ち、汎用性にも優れている。しかしパトリック・ザラが失脚した事でFシリーズ自体が破棄された為、この機体もプラントで開発される事は無かった。

 

形式番号   ZGMF-FX200 

 

名称     シグリード

 

パイロット  カース 

 

武装

 

高出力ビームライフル×1

腕部高出力ビームソード×2

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

肩部アンチビームシールド×2

ビームチャクラム×2

 

[機体説明]

前大戦で投入されたシグルドの正統発展機。シグルドの戦闘データと共に基礎設計には同じく前大戦に投入されたディザスターを参考にしており、肩部から伸びた装甲内と背中に搭載されたスラスターによって高機動戦闘を可能にし、その性能は非常に高い。さらに肩部はシールドと兼用となっており、高い防御力も誇る。

武装も高出力化されたビーム兵装と腹部にヒュドラを搭載。さらに背中の部分に特殊武装ビームチャクラムを装備している。これは扱いは難しいが高い威力を誇り、シールドすら簡単に斬り裂く事も可能。さらに腕部に装着も可能なだけでなく、ドラグーンシステムを応用した中距離戦にも対応できる。

シグルド同様に各種追加武装も装備可能となっている。名前のシグリードはシグルド・リードの略。

 

形式番号  LFSA-X000

 

名称    ベテルギウス

 

パイロット アルド・レランダー

 

武装

 

近接防御機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームソード×2

アンチビームシールド×1

 

各コンバットシステム

 

[追加武装]

 

高機動ウイングスラスター×2

腕部装着中型多連装ビーム砲×2(内蔵ビームカッター)

高出力ビームランチャー×1

試作型レール砲×1

ビームサーベル内蔵伸縮式マニュピレータ―ユニット×6

 

[機体説明]

 

テタルトスで開発が進められているエース用モビルスーツ群『LFSAーX』シリーズのプロトタイプに当たる機体。

コンバットシステムのデータ収集も兼ねていた為、特殊な武装は一切装備されていないが、機体性能は非常に高い。

元ザフト最強と呼ばれたユリウス・ヴァリスがテストパイロットを務め、そのまま彼がこの機体に搭乗する予定になっていたが、強襲してきたザラ派によって奪取される。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話  戦いの気配

 

 

 

 

 広大な宇宙に散乱する残骸。

 

 それは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の跡であった。

 

 通信機からは停戦の呼びかけが聞こえ、宇宙を照らす戦闘の光も少なくなり戦いは終息し始めている。

 

 そんな中、残骸が散らばる戦場跡を一機のモビルアーマーらしきものが、ゆっくりと移動していた。

 

 武装の大半を失い機体にもいくつか傷が刻まれていながら動きはどこか余裕を感じさせる。

 

 進路を邪魔する瓦礫を避けつつ進んでいたその機体の前に一際、酷い状態の残骸が飛び込んできた。

 

 「……核爆発でも起こしたか」

 

 その辺一帯の酷さにも気を止めず、その機体はさらに先へと進む。

 

 そこにはこの戦場跡にしては珍しく原型を留めたモビルスーツが浮かんでいた。

 

 「ん、あれは……」

 

 大きく損傷しているようだが、それでも何の機体かはすぐに分かる。

 

 「フフ、これはまた」

 

 パイロットはコックピットでニヤリと口元を歪めるとその残骸へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 失った者はただ奪った者へ憎しみを募らせ、また砕かれた者は報いを与えんと同じく憎悪を糧とする。

 

 そしてそれに相対する者達はただ大切なものを守るため、自分の道を突き進む。

 

 ここから運命への道は加速する。

 

 

 

 

 

 

 『機動戦士ガンダムSEED moon light trace』

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球とプラントの間で起こった武力衝突『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれた大きな戦いが終結し、一年以上の時が流れていた。

 

 戦争によって大きな被害を被り疲弊した各陣営も復興し始め、この先起こる戦いに備え力を蓄えている。

 

 何故、再び戦いが起こると予期できるのか。

 

 別に未来が見えるという訳ではなく、理由は至極単純なものだ。

 

 要するに誰の目から見ても戦いの火種が燻っているというだけの事である。

 

 例えば月だ。

 

 ここは次なる大きな戦いが起きるには絶好の場所と言える。

 

 そこには『テタルトス月面連邦国』が存在しているからである。

 

 前大戦末期、両陣営のトップは相手の勢力を完全に滅ぼそうとより過激な手法へと舵を切った。

 

 戦争はより一層激しさを増していったのだが、すべての者がそれに賛同した訳ではなない。

 

 プラントのクライン派と呼ばれた一派がその一つである。

 

 死亡したシーゲル・クライン、ラクス・クラインの平和の意思を継ぎ、ナチュラルとの融和を掲げたのが彼らだった。

 

 そしてもう一つ。

 

 『宇宙の守護者』と呼ばれたザフトの英雄エドガー・ブランデル。

 

 彼を中心とした『ブランデル派』と呼ばれた者達こそ『テタルトス』を誕生させた中核であった。

 

 エドガー・ブランデルは戦争中に誰にも知られる事無く、すべてを周到に計画、準備を推し進めていた。

 

 志を同じくする同士を集め、廃棄コロニーを転用した兵器工廠の建設。

 

 巨大戦艦『アポカリプス』を建造。

 

 廃棄される予定だった戦闘用コーディネイターや差別を受けるハーフコーディネイター達を積極的に保護。

 

 着々と戦力を整え、下地を造り上げていった。

 

 そして停戦直後の混乱を狙って同士全員を各勢力から離脱させ、月で『テタルトス月面連邦国』建国を宣言したのである。

 

 無論、それを認める連合でもプラントでもない。

 

 テタルトスを潰す為、何度も戦力を送り込む。

 

 しかし凄腕のパイロット達と性能の高いモビルスーツに阻まれ、すべて失敗。

 

 現在では小規模な小競り合い程度に落ち着いてはいたが、それでも戦闘は頻繁に行われている。

 

 

 

 そして戦いが起きるは月だけではなく地球も同様。

 

 ―――世界は変わらず、今もなお戦いの火種が燻り続けていた。

 

 

 

 

 各陣営にとって戦力の充実は急務。

 

 それがより切実な問題として圧し掛かっていたのはオーブ、スカンジナビア、赤道連合の三か国から成る中立同盟であった。

 

 精強な戦力によって世界にその力を見せつけた中立同盟であったが、大戦で受けた損害は決して少なくはない。

 

 元々同盟は連合はおろか、ザフトと比べても物量で大きな差が存在している。

 

 三つ巴となりその影響が顕著に出た第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では予想以上に戦力を失ってしまった。

 

 その為、現在は新型機の開発やアドヴァンスアーマーによる既存機の強化など、戦力強化に追われていた。

 

 

 

 

 スカンジナビア王国の空を二機のモビルスーツが高速で飛行していた。

 

 そのフォルムは同国が開発したモビルスーツ『スルーズ』や『フリスト』といった機体と共通する点もある。

 

 しかし良く見れば違いがわかる。

 

 STA-S3 『ヘルヴォル』

 

 スカンジナビアで開発された次期主力機として予定されている新型機である。

 

 この機体は前大戦において多大な戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された。

 

 背中に標準装備されている高出力スラスターにより高い機動性を持ち、空中戦も可能。

 

 現在は性能確認の為に先行試作機が数機ほどロールアウトしており、データを参考に指揮官機の開発も進められている。

 

 騎士を印象付けるデザインなのは変わっていないが、以前の機体群と比べても明らかに洗練され、挙動も安定している。

 

 その機体のコックピットに座っていたのは同盟軍のエースパイロットであるセリス・ブラッスールであった。

 

 「流石新型! いい反応!!」

 

 ご機嫌な様子で口元を緩めながら、セリスは機体を旋回させると満足そうに頷く。

 

 今、行っているのはヘルヴォルのテスト飛行だ。

 

 宇宙でも運用試験が始まっているらしいが、地上と宇宙では機体に掛かる負担や調整も違う。

 

 「良し、良し」

 

 計器で状態や反応を確認していると、通信機から呆れたような声が聞こえてきた。

 

 「セリス、あまりこの辺りで無茶な軌道は取らない方が良いわ」

 

 モニターに映ったのは綺麗な黒髪の女性ニーナ・カリエールだった。

 

 前大戦時はザフトに所属していた彼女だったが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でセリスを助けてくれた後にザフトを除隊。

 

 現在は同盟に所属していた。

 

 彼女曰く「ザフトのやり方には付いていけなかった」らしい。

 

 直接刃を交え、彼女の技量を嫌というほど知っているセリスにとって同年代と言う事もあり非常にありがたい存在だった。

 

 「このくらいなら平気だよ。それにある程度負荷掛けないとテストにならないし」

 

 「言いたい事は解るけれど、そうではなくて、この辺は標高の高い山もあるからぶつからない様に注意しろって事よ」

 

 「大丈夫、そこは私もきちんと見てる」

 

 高低差のある山を避け、スラスターの角度を調整。

 

 地面スレスレに飛行すると同じ様にニーナも追随してきた。

 

 全くバランスを崩す事無くついてくる彼女の技量が高い事が良く分かる。

 

 「こちらの状態に問題はないわ。セリス、そちらは?」

 

 「うん、こっちも問題なし。このまま予定通りのコースを辿って、帰還しよう」

 

 「了解」

 

 二人は挙動を見極めながら、順調に機体のテスト飛行を行っていった。

 

 特にトラブルも無く予定通りの行程をこなしたセリス達は基地へと帰還し、機体を慎重にモビルスーツハンガーへと設置する。

 

 ここで下手に傷でもつけた日には整備班から何を言われるか分かったものではない。

 

 「お~い、セリスどうだった?」

 

 仲のいい同年代の整備士が端末を片手に声を掛けてきた。

 

 「うん、悪くないよ。気になる点はきちんと報告書上げておくから」

 

 「分かった。あ、それから少佐がセリスとニーナを呼んでたよ」

 

 「えっ」

 

 「また何かしたのか?」

 

 「そんなんじゃないよ……多分」

 

 整備士の呆れたような視線をあえて無視する。

 

 同じく整備班の人と話をしているニーナに声を掛けて、シャワー室に飛び込んだ。

 

 「ああ、気持ちいい」

 

 汗でべたべたした気持ち悪さが、シャワーの水と共に流れていく。

 

 「そうね」

 

 並んでシャワーを浴びながらチラっとニーナの方を見るとそこには長い黒髪と実に羨ましいプロポーションを持った女性が立っている。

 

 今まで周りで最も良い体型といえばレティシアだったのだが、ニーナはそれを上回っていた。

 

 「……むう、何を食べたらそんな見事な体になるのか」

 

 「貴方だって別に貧相って訳では無いでしょう?」

 

 「それでも、もう少し胸とか―――」

 

 ぶつぶつと不満を言い続けるセリスにニーナはくすくすと楽しそうに笑う。

 

 「それより、デザートを控えた方がいいんじゃない? 胸よりも別の場所に肉がつくわよ」

 

 「はう!? それは言わないでよ!」

 

 「ふふふ」

 

 ニーナが同盟に所属してからはずっと二人の関係はこのような感じだった。

 

 最初は元ザフトという事でニーナを疑っていた人も僅かにいたようだ。

 

 しかし彼女の人柄と前例もあった事からすぐ周りとも馴染んでいた。

 

 セリスも同年代の友人と言えばラクスやレティシアくらいしかいなかったから、気さくなやり取りが出来る相手がいる事は嬉しいものだ。

 

 雑談を行いながらシャワーを浴び終え、制服に着替えるとブリーフィングルームの前に立った。

 

 「失礼します。セリス・ブラッスール中尉、ニーナ・カリエール少尉です!」

 

 「入りなさい」

 

 返事が聞こえると同時に扉を潜るとセリスのかつての教官であり、現在は上官でもあるレティシア・ルティエンス少佐が待っていた。

 

 「来ましたね、二人共」

 

 「少佐、お呼びでしょうか?」

 

 「ええ。呼び出したのは他でもありません。貴方達に新たな任務についてもらいます」

 

 セリスとニーナが席に座ると部屋に設置されたモニターに詳細が表示される。

 

 「二人にはテタルトス月面連邦に向かうカガリ・ユラ・アスハ氏の護衛を務めて貰いたいのです」

 

 「テタルトスに?」

 

 「私達がですか?」

 

 月は以前よりはマシになったものの、今でも地球軍やザフトと小競り合いが度々起きている。

 

 護衛をつけるのはごく自然な事だとは思うが、カガリ・ユラ・アスハはオーブ首長国代表を務めている少女である。

 

 普通ならオーブ側から護衛役が出る筈なのだが。

 

 「ええ。私は今、同盟軍の各部隊との合同訓練で動けませんし、同じ女性で腕の立つ護衛役と言えば限られてくるので」

 

 「それに本国の方を手薄にはできないという事ですね」

 

 「そうです」

 

 なるほど。

 

 地球軍と同盟軍は未だに戦争状態である。

 

 休戦の申し入れは行っているのだが交渉も難航しているのが現状であった。

 

 それに人選も間違ってはいない。

 

 セリスはアイラの護衛役を何度もこなしているし、ニーナの腕も保証付きだ。

 

 さらに言えば男性よりも女性の方が色々な面でカガリをフォローしやすいだろう。

 

 「詳細は端末に落としておくから、二人はすぐにオーブに向かってください」

 

 「「了解」」

 

 セリスとニーナはレティシアに敬礼すると準備の為に動き出す。

 

 目的地は戦火の発端になりかねない世界で最も緊張感漂う場所、テタルトス月面連邦国。

 

 今にも爆発しかねない火薬庫にセリス達は向う事となった。

 

 

 

 

 

 暗闇に広がる残骸の海。

 

 宇宙に漂う破壊されたモビルスーツや戦艦の破片が散乱する場所を数機のモビルスーツが動いていた。

 

 それは地球軍が使用しているダガー系モビルスーツの特徴を持った機体だが、明らかに違いがある。

 

 LFA-02 『フローレスダガー』

 

 テタルトスが開発した主力量産型モビルスーツの一機である。

 

 地球連合のストライクダガーを独自に発展させたもので、背中にはストライカーパックシステムを参考に開発されたコンバットシステムを搭載している。

 

 フローレスダガーは背中の高機動コンバットである『ウイングコンバット』のスラスターを吹かし、周囲を警戒しながら何かを探すように周囲を見渡す。

 

 「何にもないな」

 

 「ゴミだらけで視界が悪い。注意しろ」

 

 「了解、了解。こんな所でやられてたまるかよ」

 

 パイロット達は軽口を叩きつつも警戒を怠る事無く、レーダーで周囲を確認しながら先へ進んでいく。

 

 だが大きな残骸が道を塞いでいた。

 

 「チッ、破壊するか?」

 

 「目立つ事は極力するな。回り込むぞ」

 

 それを避ける為に外側から回り込むと、彼らの目的のものを発見する。

 

 「こ、これは……」

 

 「遅かったか……」

 

 「生存者は無し……くそ! 母艦に戻って報告する」

 

 「「了解」」

 

 重苦しい空気に包まれたコックピットの中でパイロット達がため息をつくと踵を返した。

 

 そこには一隻の見慣れない戦艦が彼らの帰りを待ちわびていた。

 

 テタルトス軍プレイアデス級戦艦 『クレオストラトス』である。

 

 この戦艦はナスカ級をベースに前大戦において多大な戦果をあげたアークエンジェル級のデータを参考に開発されたもの。

 

 火力は従来のナスカ級を上回り、さらにモビルスーツ搭載数を大幅に増加させている。

 

 クレオストラトスの艦長席に座るアデスは最新型戦艦の出来に満足そうに頷くと隣に座る人物に声を掛けた。

 

 「最新型、良い出来ですね、アレックス・ディノ少佐」

 

 するとアレックスと呼ばれた人物はくすぐったそうに、やや苦笑しながら肩を竦める。

 

 「ええ。でも、アデス艦長からそう呼ばれるのは慣れませんよ」

 

 それはその名で呼ばれる事に対してか、それとも階級で呼ばれる事になのか―――

 

 元々ザフトに所属していた者にとって馴染みの無かった階級制というのは中々慣れず戸惑う者も多い。

 

 しかしだからと言って、ザフトに所属していた頃のままでは良い訳はない。

 

 だからアデスはあえて敬語を崩さずに釘を差した。

 

 「アレックス少佐、どちらにも慣れていただかなくては困ります。貴方はこの部隊を率いる指揮官なのですから」

 

 この戦艦にはかつてクルーゼ隊の母艦として使用されていたナスカ級『ヴェサリウス』のクルーが移乗している為、アレックスの事は大体知っている。

 

 しかしだからといってそれに甘えてしまえば、隊の規律や士気にも影響してくる。

 

 常に張り詰めている必要はないがきちんとすべき所はしてもらわなければ。

 

 「それは分かっています。しかし大佐のように上手くはやれませんよ」

 

 「慣れてください」

 

 アデスの指摘に肩をすくめると、そこにオペレーターからの報告が入る。

 

 「偵察機、帰還しました」

 

 「よし、繋げ」

 

 指示に従い、偵察機と通信を繋ぐとモニターにパイロットに顔が映る。

 

 その表情からも芳しい結果では無かった事が窺えた。

 

 《少佐、前方に自軍のモビルスーツと戦艦の残骸を発見しました。おそらくは行方を断った部隊のものかと》

 

 破壊された戦艦や機体のパイロットの生存者もいないらしい。

 

 「……何か状況を掴む為の手掛かりになるものは?」

 

 嘆くのは後でも出来る。

 

 何か手掛かりでも見つけなければ、彼らは本当に無駄死になってしまうのだ。

 

 《戦艦は完全に撃沈され、機体も完膚なきまでに破壊されていた為、データの回収も難しく……ただ、戦艦の側面装甲部分に鉤爪で付けられたような大きな傷が残されていました》

 

 転送されてきた画像データを閲覧すると確かに特徴的な傷が残されている。

 

 「やはり『奴』ですか」

 

 「そのようですね」

 

 アレックスは憤りを押し殺すように拳を強く握り締める。

 

 今回彼らがこの宙域に派遣されてきたのは行方不明になった部隊の捜索とその原因の調査の為だった。

 

 結果は見ての通り、手遅れ。

 

 味方を助けられなかった件についても憤りを感じるが、それだけではない。

 

 アレックス達には今回の事に関して心当たりがあったのだ。

 

 半年前―――とある調査に赴いていたヴェサリウスは正体不明の黒いモビルスーツの襲撃を受け、撃沈されてしまったのである。

 

 同乗していたアレックスも乗機で迎撃に出た。

 

 しかし護衛対象がいた為に本領を発揮できないまま、地球軍の部隊とまで交戦し結構な損傷を負わされてしまった。

 

 それ以降も姿を現しては度々襲撃を受け、損害を被っている。

 

 データも収集してはいる。

 

 だが隠密性の高い機体なのか、把握しているのは大まかなシルエットくらい。

 

 他に分かっているのはこのモビルスーツがザフト機の特色を色濃く持っている事。

 

 そしてテタルトスだけでなく、地球軍などにも襲撃を仕掛けているという事くらいであろう。

 

 「単なる海賊行為ではない。どこかに拠点及び母艦が存在すると推察されるが、それを探ろうにも地球軍やザフトに対する警戒も怠れない為、調査に進展もない」

 

 テタルトスもまた戦力の充実を図っている最中である。

 

 軍の再編成は終わったものの、新型モビルスーツや戦艦のテストや慣熟訓練などやる事は山ほどあり人手も足りない。

 

 「頭が痛いですね。近日、中立同盟のアスハ代表や連合の使者も訪れるというのに」

 

 もうじき中立同盟からテタルトスに視察という形でカガリ・ユラ・アスハと連合の使者が来る事になっている。

 

 その迎えとしてアレックス達の部隊に任務が通達されている訳なのだが―――

 

 「こうなると、やはり襲撃があると想定しておいた方がいいでしょうね」

 

 「はい。できればその前に蹴りをつけたかったですが」

 

 「仕方ありません。もう一度周辺を調査し、その後月へ帰還する。警戒は怠らないように」

 

 「「「了解!!」」」

 

 アレックスはモニターの先を見つめ、この先起こるだろう戦いに思いを巡らせながら鋭い視線を宇宙の先へ向けた。

 

 

 

 

 そこは誰も知らない場所。

 

 近くに幾つも岩が散乱し、侵入者の行く手を阻む。

 

 その中で一際大きな小惑星の内部にそれは存在していた。

 

 無骨な岩の中には明らかに人工的な施設が造られている。

 

 その数ある施設の司令室で一人、男が不機嫌さを隠そうともせずに座っていた。

 

 男からすれば当然の事であった。

 

 本来自分はこんな所に逃げ隠れするような立場の人間ではない。

 

 しかし同時に現状が把握できないほど、男は無能ではなかった。

 

 不満はあるが時期が訪れるまで耐えるしか選択肢は残されていないのだから。

 

 「おのれ!」

 

 憤りを抑えきれず、思わず椅子の手摺りを殴りつけてしまう。

 

 そこに一人の男が入ってきた。

 

 普通であれば不機嫌を隠さない男の癇癪を避ける為に部屋には近づかないものだが、そいつは全く気にした様子もない。

 

 「貴様、何の用だ―――カース」

 

 部屋に入ってきたのは不気味な仮面をつけた男。

 

 カースと名乗るその男は部屋に充満する怒気を無視するかのように、口元に笑みを浮かべて膝をつき、頭を下げた。

 

 「いえ、一応お耳に入れておいた方が良いかと思いまして。先程テタルトスの部隊を殲滅したと報告が入ってまいりました」

 

 「ふん、そんな事はすでに聞いている! 当然の事だ!! 奴らは必ず殲滅する!!」

 

 今すぐにでも叩き潰してやりたいほど男は誰よりもテタルトスという存在を憎悪していた。

 

 「失礼しました。ただ、それによってテタルトスも、今まで以上に周辺を警戒してきています」

 

 「だろうな。しかしそれはむしろ予定通りだろう! こちらの計画には何ら支障はない!」

 

 「いえ、それだけではなく、近々連合の使者と中立同盟からの代表者カガリ・ユラ・アスハが月に来訪するという情報が入ってまいりました。これによってさらに警戒が厳重になるかと」

 

 カースの提示した情報は細部に渡り、事細かに記されていた。

 

 連合と中立同盟―――テタルトスと同じく忌々しい連中である。

 

 いずれ叩き潰すつもりではあるが、これは好都合ともいえるだろう。

 

 「どうなさいますか?」

 

 「決まっている。ここで仕掛けるぞ。指示を出せ!」

 

 「ハッ!」

 

 カースは踵を返して部屋を出ていこうとするが、扉を開ける前に呼びとめる。

 

 「ところで貴様、その情報をどうやって得た?」

 

 「……フフ、労力さえ惜しまなければたいていの情報は得られますよ」

 

 よく言う。

 

 カースの持ってきた情報は極秘事項に該当する。

 

 そう簡単には手に入らない類のものだ。

 

 「まあいい、精々役に立ってもらうぞ、カース」

 

 「承知しております―――パトリック・ザラ閣下」

 

 閣下と呼ばれ、一層不機嫌さを増した男―――パトリック・ザラは鼻を鳴らしカースを睨みつけた。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦終結後、拘束されたパトリックは軍事裁判へ掛けられる事になった。

 

 無論、そんなものを承服する気など無かったが拘束されているパトリックに為す術はない。

 

 しかしそこに自分と志を同じくする者達によって救出され、此処まで逃げ延びてきたのだ。

 

 「ふん」

 

 こちらの視線など気にした様子もなく、カースは部屋を出ていった。

 

 それと入れ替わりに二人の少女が部屋へと入ってくる。

 

 「失礼します。閣下、機体の進捗状況の報告が上がってきています」

 

 「報告しろ」

 

 「ハッ! 『FX090』は予定通りの性能を発揮。特に問題があるという報告も上がってきておりません。残りの機体も調整が終わり次第、順次戦線へ投入可能となります」

 

 「うむ」

 

 報告を聞いたパトリックが満足そうに頷くと、少女が扉の方へ視線を向ける。

 

 「閣下、あの者、信用できるのですか?」

 

 「必要にならば私達が―――」

 

 「今は良い」

 

 パトリックはカースの事を一切信用していない。

 

 初めてこの場所に現れた時に自分達に協力したい等と言ってはいた。

 

 だが不気味な仮面をつけ素顔を晒す事もしない。

 

 さらに初めは名すら無いなどとふざけた事を言っていた。

 

 『カース』という名も呼びたいように呼べという事で、パトリックが名付けたコードネーム。

 

 本名は誰も分からない。

 

 そんな男をどうして信用できるというのか。

 

 だが今のところは利用できる事も事実。

 

 ならばとことんまで使わせてもらい、用が無くなれば消えてもらえば良いだけのこと。

 

 「消す事は何時でも出来る。しかし監視は怠るな。私はお前達に期待している、リアン、ジェシカ」

 

 「「ハッ!!」」

 

 リアン・ロフトとジェシカ・ビアラスは彼の意志に賛同するように何の迷いもなく敬礼を取る。

 

 それを見て笑みを浮かべたパトリックは憎悪を籠めて呟いた。

 

 「見ているがいい、ナチュラル共、そしてブランデル! 我々が此処にいる限り、貴様らの好きにはさせはしない!!」

 

 此処から世界に憎しみを振り撒かんとする者達が動き出そうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話  『ガンダム』起動

 

 

 

 

 

 テタルトス月面連邦国と中立同盟。

 

 この二つの陣営は一応の協力関係にあった。

 

 別段強固な信頼関係を構築している訳でも、軍事同盟が成立しているという事でもない。

 

 あくまでも利害関係―――お互いに物資の提供や方針を支援、交流を持っている程度にすぎない。

 

 この二つの勢力がこうした協力関係を維持できる背景には思想や立場が近いという事。

 

 それに加え地球連合という共通の敵がいるからに他ならない。

 

 前大戦でその力を見せつけた中立同盟と連合、ザフトの攻勢から自陣営を守り抜く精強な軍事力を保持するテタルトス。

 

 彼らがどんな形であれ手を組んでいるという事実は連合やプラントにとっては脅威であると同時に手を出し難くする要因にもなっていた。

 

 今回行われるカガリ・ユラ・アスハのテタルトス視察も連合やプラント側に対する牽制という意味合いも含まれており、月周辺は今までにない緊張感に包まれていた。

 

 

 

 

 

 当然の事ではあるが中立同盟の代表者の一人であるカガリ・ユラ・アスハが月へ向かうという事で同盟軍は慌ただしさを増している。

 

 これが普通に交流がある国へ向かうというだけならば、皆が警戒する必要はない。

 

 だが今回ばかりは話が別。

 

 向かう場所が場所なのだ。

 

 月は最近特に不穏な気配が濃くなっているという話も伝わっており、出来得る限りの手は打つ必要があった。

 

 延期するという選択肢も無くはない。

 

 しかし両国の関係、立場を考えれば尚の事行かねばならない。

 

 そんな不測の事態に対する備えの一つ。

 

 『ヴァルハラ』に接舷していた一隻の戦艦が出迎えの為に出港しようと準備が行われていた。

 

 スカンジナビア強襲戦艦『オーディン』

 

 前大戦に投入され、活躍したスカンジナビアを代表する戦艦である。

 

 モルゲンレーテが開発に関わっていただけあって、『不沈艦』と呼ばれたアークエンジェルと似た印象を持ち戦闘力も折り紙つきである。

 

 装甲の最終チェックの為に張りついていたスタッフが離れると、人員と共に二機のモビルスーツが運び込まれていく。

 

 「問題はないようだな」

 

 その様子をオーディンの艦長を任されているテレサ・アルミラ大佐は端末を持って確認していると一人の青年が近づいてきた。

 

 「アルミラ大佐」

 

 「ん、ジュールか」

 

 声を掛けて来たのはイザーク・ジュール。

 

 元ザフトのクルーゼ隊に所属していた経歴を持つ前大戦から同盟に参加しているエースパイロットの一人である。

 

 その優秀さを買われ、新型のテストパイロットを務めながら彼がヴァルハラのモビルスーツ部隊を指揮する立場となっていた。

 

 「今回はこの程度の戦力で良いのですか?」

 

 「戦争に行く訳ではないさ。それにテタルトスにも面子もあるからな」

 

 もしも訪れる代表者に何かあろうものなら、テタルトスの責任問題にも成りかねない。

 

 彼らも現状、同盟との関係を悪化させるような事態は避けたいだろう。

 

 ならお粗末な防衛はしない。

 

 そこに同盟が過剰な戦力を持ち出せば、向こうも良い顔はすまい。

 

 「一応保険も掛けてある」

 

 「保険?」

 

 「ああ、使わないに越した事は無いがな」

 

 「俺も行った方がいいのでは?」

 

 「そう言うな。戦績やデータを見る限り、あの二人なら実力的にも問題は無い。お前はヴァルハラ防衛の方に意識を向けておけ」

 

 そこで準備が整ったと端末に連絡が入ってくるとテレサはオーディンに乗り込む為、床を蹴って飛び上がる。

 

 「それから、近々アスカがヴァルハラに上がってくる筈だ」

 

 「マユが?」

 

 アスカとは前大戦でターニングガンダムのパイロットを務めた同盟軍のエースである、マユ・アスカの事だ。

 

 普段はオーブ本国で任務についているのだが、以前から準備が進められていた合同訓練の為に上がってくるのだろう。

 

 イザーク自身彼女とは前大戦から親交があり、会うのも久しぶりである。

 

 「そちらは頼むぞ」

 

 「了解!」

 

 敬礼を返すイザークに見送られながらテレサはオーディンへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 オーブのマスドライバー施設『カグヤ』

 

 宇宙への架け橋であるこの場所ではいつもの喧騒に満ちている。

 

 そんな人々の中でセリスとニーナは護衛対象であるカガリ・ユラ・アスハの到着を待っていた。

 

 「スカンジナビアのマスドライバー施設『ユグドラシル』も凄かったけど、やっぱり宇宙に行く場所だけあってここも人が多いわね」

 

 ここは宇宙に行く為の玄関口。

 

 アメノミハシラやヴァルハラに向かうためにはここを使う必要があるのだから人が多いのは当然だろう。

 

 「まさか自分がここを使う事になるとは思わなかったわ」

 

 「ああ、ニーナもオーブ戦役に参加してたんだっけ」

 

 「ええ、まあ私は別の場所で誰かさんと戦ってたんだけどね」

 

 「あはは」

 

 かつてこの国を戦火に包んだオーブ戦役。

 

 それはこの場所を巡って起こった戦いだ。

 

 その戦いに参加していたセリスやニーナは複雑な気分でその光景を眺めている。

 

 あの時は必死で生き延びるだけで精一杯だった。

 

 あれだけの強敵が揃う中、よくも生き延びられたものだと感心してしまうほどだ。

 

 無事に乗り越える事ができたのは搭乗していた機体の性能とレティシアがつけてくれた厳しい特訓のおかげであろう。

 

 あれからセリスは日頃の訓練の大切さを身に染みて知り、今では特別な事情がない限りは欠かさす訓練を行うようにしている。

 

 やはりいざという時に物を言うのは日頃の積み重ねであるとこれまでの戦いで痛感していた。

 

 そんな風に二人でとりとめもない雑談に興じていると一人の男性が近づいてきた。

 

 「君達がセリス・ブラッスールとニーナ・カリエールか?」

 

 スーツを着込み、きちんとした佇まいだが、どこにも隙がない。

 

 ある程度の訓練を積んでいる事が見て取れる。

 

 「貴方は?」

 

 「失礼、私はショウ・ミヤマ。カガリ様の補佐官を務めさせてもらっている。君達を案内するように仰せつかった」

 

 どうやらカガリは別室にて待機しているらしい。

 

 確かにこの場所に彼女が来れば大騒ぎになってしまうから当然の配慮だろうと納得するとショウに案内される形でカガリがいる部屋へと向かった。

 

 「カガリ様、護衛役の二人をお連れしました」

 

 「入ってくれ」

 

 「失礼します」

 

 案内されるまま部屋に入るとソファーに腰掛け、何かの資料に目を通している金髪の少女の姿があった。

 

 「よく来てくれた。初めまして、私がカガリ・ユラ・アスハだ。よろしく頼む」

 

 「ハッ! ニーナ・カリエールです。今回セリス・ブラッスールと共に護衛役につかせていただきます」

 

 敬礼する二人にカガリは苦笑しながら手を振った。

 

 「そう固くならないでくれ。私はまだまだ未熟な若輩者だ。少なくとも公の場以外ではそんなに気を使う必要はない。いつも通りにしてくれればいいんだ」

 

 「……えっと、いいのかな」

 

 「緊張しすぎるよりはいいんじゃない」

 

 「ああ、それで頼む」

 

 簡単に挨拶と自己紹介を終えるとショウが端末を手に今回の詳細を説明し始める。

 

 「では早速今回のテタルトス訪問について再度確認させてもらいます。詳細はすでに通達されているとは思いますが、そちらも気になる事があれば質問してください」

 

 「了解しました」

 

 これから此処にいる四人でシャトルに乗り込み、宇宙で『オーディン』と合流。

 

 テタルトスへからの出迎えの部隊と接触し、月へと向かう。

 

 向うに到着した後は提示されたスケジュールに従って動く事になる。

 

 その辺も頭に入れておかねばならない。

 

 「以上です。何か質問は?」

 

 「あの、月へはオーディンだけで行くんですか?」

 

 「過剰な戦力はテタルトスを変に刺激する事になるだけだからな。あの辺りは物騒だから、不安に思うのも分かるが―――それから二人には新しい機体を使って貰う事になる。後でデータを確認しておいてくれ」

 

 他にも出迎えの部隊の規模など質問をしていると時間がきたらしく、職員が部屋まで呼びに来た。

 

 「そろそろ時間になります。行きましょう」

 

 「分かった、行こう」

 

 「はい」

 

 ショウが先頭に立ち、カガリを守るようにセリスとニーナが横につくと、シャトルに向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 宇宙に浮かぶ岩礁地帯。

 

 そこに数機のモビルスーツらしき機影が隠れていた。

 

 一回り大きな装甲のようなものを纏い、機体全体を把握する事はできない。

 

 少なくともこれまでに見た事もないモビルスーツであったのは間違いない。

 

 コックピットに座る男はこれから始まる最高の時間に思いを馳せて口元を歪めていた。

 

 「……今度は同盟が相手か。強い奴だといいけどねぇ」

 

 最近はテタルトスの―――しかも雑魚ばかりを相手に戦ってきた。

 

 半年前に戦ったあの紅い奴のような強敵ならモチベーションも上がるというものだが。

 

 「同盟には個人的に借りもあるし、期待させてもらおうか」

 

 チラリと時間を確かめるとそろそろ目標が来る頃になっていた。

 

 《時間だぞ》

 

 「言われなくても分かってるさ。行くぞ」

 

 《熱くなって引き際を誤るなよ。お前の巻き添えなんて、ごめんだからな、『狂獣』殿》

 

 傍にいる機体に乗っていたパイロットはそう吐き捨てると、こちらの返事も待たずに先に出ていく。

 

 「そっちこそ、俺の足を引っ張るなよ」

 

 アルド・レランダーは先行する機体に向けて呟くと、スラスターを噴射させて岩礁地帯から飛び出していった。

 

 

 

 

 セリス達を乗せオーブから飛び立ったシャトルは大気圏を抜けて宇宙へ出た。

 

 すぐに特徴的な白亜の艦オーディンが待っている姿が視界に入ってくる。

 

 シャトルの窓から白い戦艦の姿を見たニーナは既知の戦艦と重ね合わせ思わず呟いた。

 

 「あれがオーディン? やっぱりアークエンジェルに良く似てるわね」

 

 「アークエンジェルを作ったモルゲンレーテが開発に関わってるみたいだし」

 

 これはオーブ艦にも言える事で、外見に違いはあるが内部は良く似ていたりする。

 

 作っている場所が同じだから当然であるとも言えるが。

 

 「でもあの艦を見るのも前大戦以来か」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役が終結してからは主に地上で動いていた為、あの艦の姿を見るのも久しぶりである。

 

 シャトルはゆっくりとオーディンに接近し、着艦しようとしたその時―――

 

 突如数多の閃光が降り注いだ。

 

 ビームがオーディンを掠めた衝撃でシャトルもまた大きく揺れる。

 

 「きゃあああ!」

 

 「何だ!?」

 

 体勢を崩しながらも戦艦にどうにか着艦したシャトルは格納庫に突っ込んでいった。

 

 撃ち込まれたビームに続いて、着弾するミサイルの振動に耐えながら艦長席に座るテレサはモニターに視線を向けた。

 

 「どこの機体だ?」

 

 通り過ぎていった機体は黒い塗装と装甲の所為か、正確なシルエットを確認できない。

 

 「今、照合中で……照合データ無し!? 機種不明!!」

 

 「不明機だと!?」

 

 テタルトスで暴れている噂の正体不明機という奴だろうか。

 

 いや、どこの機体であろうと今は―――

 

 「仕方無い、迎撃開始! オーブからのシャトルは?」

 

 「カガリ様も怪我はないようで、無事に着艦できたようです」

 

 「良し、なら一緒に来たパイロットに機体の発進準備をさせろ!」

 

 「了解!」

 

 オーディンの砲門が開かれ、一斉に攻撃を開始する。

 

 そしてオペレーターから格納庫に降り立ったセリス達にテレサからの指示が伝えられた。

 

 「えっ、私が出撃を?」

 

 「そうだ。セリス・ブラッスールは準備をして機体の所へ。ニーナ・カリエールの機体は装備の調整がまだ完璧に出来てないが、コックピットで待機を」

 

 「「了解!」

 

 指示を伝えてくれた整備士に敬礼して、カガリの方を見るとこちらに対して頷き返してくる。

 

 「私が大丈夫だ。二人はすぐに機体の方へ行ってくれ」

 

 「はい!」

 

 「分かりました」

 

 パイロットスーツを着込み、格納庫に立つメタリックグレーの巨体を見上げる。

 

 その外見には見覚えがあった。

 

 「この機体は少佐が乗ってた―――」

 

 ZGMF-X01Ar 『アイテルガンダム・リアクト』

 

 前大戦でレティシア・ルティエンスが搭乗したアイテルガンダムを修復、改修した機体である。

 

 ZGMF-Xシリーズ量産計画のデータ収集の為に改修され、核動力からバッテリーに変更された。

 

 さらにバッテリー換装に伴い、武装なども改良され活動時間の延長も図られている。

 

 そして見上げたアイテルの隣には別の機体が佇んでいた。

 

 SOA-X01r 『スウェアガンダム・クリード』

 

 前大戦で投入されたスウェアガンダムの改修機。

 

 次世代機に搭載予定の技術や武装がデータ収集の為に搭載され稼働時間もより延長。

 

 背中は同盟の装備換装システム『タクティカルシステム』にも対応している。

 

 かつてはこの機体達の後ろ姿を見ながら戦ってきた。

 

 そう考えると今から自分が乗り込む事になるとは、何とも言えない気分になってくる。

 

 「何、突っ立ってる! さっさと機体に乗れ!」

 

 「あ、はい、すいません!」

 

 急いでコックピットの中に乗り込み、コンソールを操作して機体を立ち上げる。

 

 「そういえば初陣の時も大気圏近くだったけ」

 

 あの時は初めての出撃で輸送艦を逃がしながら、高度に注意して戦わなくてはならなかった。

 

 しかも後から来た機体には蹴り落とされてしまうし。

 

 もしも輸送艦と合流出来ずに落下したままだったら、機体ごと焼け死んでいた。

 

 そう考えると大気圏には碌な思い出がない。

 

 「それで今回は正体不明機からの奇襲って……」

 

 嫌な考えがセリスの脳裏を過る。

 

 その呟きをコックピットの中で聞いていたのかニーナがポツリと呟いた。

 

 「……貴方、もしかして良くないものでも憑いてるんじゃ」

 

 「変なこと言わないでよ!!」

 

 自分でも少し考えなかった訳じゃないが、出撃前に不吉な事は考えたくない。

 

 リズム良くキーボードを叩き、機体状態のチェックを済ませる。

 

 「良し、問題なし。後はぶっつけ本番でどうにかする」

 

 「私の方はもう少しかかるみたい」

 

 「了解。敵の数も多くないみたいだし、ニーナの準備が整うまではこっちで何とかしてみる」

 

 アイテルをカタパルトに設置すると背中に高機動装備『セイレーン改』を装着した。

 

 これは前大戦で使われたセイレーンの改良型であり、同盟の装備換装システム「タクティカルシステム」の雛型として開発されたものだ。

 

 オリジナルよりも火力は劣るが機動性は維持されたまま、バッテリーも内蔵している。

 

 《進路クリア、アイテルどうぞ!》

 

 「セリス・ブラッスール、ガンダム、行きます!」

 

 押し出されると同時にPS装甲を展開。

 

 フットペダルを踏み込むと、機体は一気に加速し宇宙に向けて飛び出した。

 

 「敵はどこに―――上!?」

 

 オーディンから出撃したアイテルに向けて、無数のビームが降り注ぐ。

 

 その閃光をシールドで防ぎながらビームライフルを上方へ向けて発射した。

 

 それをすり抜けるように、黒い弾丸が突っ込んでくる。

 

 「あれって、モビルアーマー!?」

 

 少なくとも初見のセリスにはそう見えた。

 

 全身を覆う黒い装甲に、大型のブースターユニット。

 

 どう見てもモビルスーツのようには見えない。

 

 敵はこちらが放ったライフルの射撃を避け、速度を上げて肉薄してきた。

 

 「速い! このまま突撃してくるつもり!?」

 

 残弾が無くなったのか、敵はミサイルポッドを切り離してくる。

 

 「目くらましのつもり!」

 

 セリスはミサイルポッドをライフルで撃ち落とし、横に飛び退いた。

 

 すれ違い様に背中に設置されている多連装ビーム砲が火を噴く。

 

 追撃してきた敵機の幾重の砲撃を正面に加速して回避。

 

 ライフルで狙撃すると背中のビーム砲を吹き飛ばした。

 

 「凄い、この機体、反応が全く違う」

 

 思い通りに機体が動く。

 

 前大戦で乗ったアドヴァンスイレイズガンダムも良い機体だった。

 

 だがこのアイテルガンダムはそれ以上である。

 

 「これなら!」

 

 機関砲で相手の動きを誘導しながら、セイレーンのビーム砲を叩きこむ。

 

 ビームが敵機を掠めバランスを崩した所で追撃をかけようと前に出るが背後からミサイルが撃ち込まれた。

 

 「新手!?」

 

 腰のビームガンでミサイルを撃ち落とすと、別方向から同じ機体が急速に接近していた。

 

 「ククク、アハハハハ、当たりだな! まさか相手がガンダムとはなァァ!!」

 

 最高の敵。

 

 それに巡り合えた興奮に包まれながら、黒い機体を操るアルドはターゲットをロックしトリガーを引いた。

 

 発射された数多のビームとミサイルがアイテルに向けて一斉に襲いかかる。

 

 「この!!」

 

 セリスはシールドを掲げて攻撃をやり過ごし、ビームサーベルを抜いて斬りかかる。

 

 あの機体は砲撃戦に特化しており、接近戦は不向きだろうと判断したのだ。

 

 だが、その選択は悪手であった。

 

 横薙ぎに振り抜かれた光刃は、側面部から展開された物によって受け止められていたからである。

 

 さらにそこから二本の大きなビーム刃が発生し、サーベルを弾くと斬りかかってきた。

 

 「そんなんでやれると思ってんのかよ、ガンダム!!」

 

 「ビームクロウ!?」

 

 ザフトのゲイツよりも大きめの強力な光爪だ。

 

 あれを受ければただでは済むまい。

 

 咄嗟に飛び退き距離を取ると眼下に位置するオーディンの様子が見えた。

 

 搭載されていたスルーズやフリストが残りの黒い機体と交戦しているが、防戦一方になっている。

 

 「援護に行かないと!」

 

 オーディンが不味い。

 

 敵機を引き離そうとするが、逃がさないとばかりに懐に飛び込んでくる。

 

 「くそ!」

 

 黒い機体がオーディンにさらに攻撃を加えようとしたその時、準備が整ったスウェアが格納庫から飛び出してきた。

 

 「ニーナ!」

 

 「待たせたわね」

 

 スウェアの背中に装着されているのは砲撃戦用装備『ファーヴニル』

 

 「タクティカルシステム」の雛型として開発された装備であり砲戦仕様の装備。

 

 やや重量はあるが高出力スラスターを搭載している為に高い機動性も確保している武装である。

 

 ニーナは敵機に向けて、試作型高インパルス砲『アータル』改を跳ね上げ発射する。

 

 「これ以上はやらせないわ」

 

 撃ち込まれたミサイルを吹き飛ばし、諸共に敵機の装甲も掠めて損傷させる。

 

 そして逃がさないとばかりにビームサーベルで斬りかかった。

 

 「あっちはニーナに任せておけば大丈夫みたい」

 

 「どこ見てんだよォォ!!」

 

 「邪魔!!」

 

 再び突撃してきた敵に蹴りを入れ、ビームライフルを叩き込むと装甲の一部を吹き飛ばした。

 

 「ぐっ、ハハハ、そうこなくっちゃなァァ!!」

 

 アルドは歓喜の笑みを浮かべると、コンソールを素早く操作した。

 

 「このままじゃ、上手く戦えないんでね! だから、使わせてもらうぜ!!」

 

 敵が纏っていた装甲がパージされ、セリスの目の前にモビルスーツの姿が飛び込んでくる。

 

 「なっ、モビルスーツが隠れていた?」

 

 見た事のない機体である事は間違いない。

 

 両手にビームライフルとシールド。

 

 肩から伸びるアームに接続された盾と一体になっている大型ビームクロウをマウント。

 

 モノアイの頭部やその造形は明らかにザフト機とよく似た特徴を持っている。

 

 「これで自由に動ける!」

 

 アルドはビームライフルを連射しながら、両側に構えたビームクロウをアイテル目掛けて左右から叩きつける。

 

 「この!!」

 

 迫る光爪をセリスはシールドを上手く使って流し、さらには盾で殴りつけ突き飛ばした。

 

 「これも捌くかよ!! けどなァァ!!」

 

 多連装ビーム砲からの砲撃がアイテル目掛けて撃ち込まれ、再び光爪を振るってくる。

 

 「これ以上は構っていられない!!」

 

 加速して光爪を避け、至近距離からビームライフルを発射し相手の動きを止める。

 

 「貴様!!」

 

 敵機の猛攻を潜り抜けたセリスはビームサーベルを斬り上げ、ビームクロウの軌道を変えると反転してオーディンに向う。

 

 「ニーナ!!」

 

 セイレーンのビーム砲で敵をオーディンから引き離すと、それに合わせてスウェアも前に出る。

 

 「セリス、合わせなさい!」

 

 「了解!」

 

 ニーナの放ったタスラムの散弾がオーディンの砲撃を回避した敵に突き刺さり、大きく体勢を崩す。

 

 そこを狙ったアイテルが放ったビームライフルの一撃が敵の背中に直撃した。

 

 「ぐあああ!、なんだと!!」

 

 「大丈夫か!?」

 

 「ああ、この程度なら問題ない」

 

 「無理はするな。俺達の目的は―――ッ!?」

 

 「そこ!」

 

 味方を気遣った隙を突き、ニーナの撃ちこんだアータルの砲撃で外部装甲が吹き飛ばされてしまった。

 

 「戦闘中に迂闊よ! セリス!!」

 

 「これで!!」

 

 装甲を破損し、バランスを崩した敵機に止めを刺そうとセリスはトリガーに指を掛けた。

 

 しかし―――

 

 「お前の相手は俺だろうがァァァァ!!」

 

 「しつこい!!」

 

 敵の仕掛けてきた体当たりをシールドで受けるが勢いは止められず、オーディンから引き離されてしまう。

 

 「今度こそ落ちろよ、ガンダム!!」

 

 「このォォ!!」

 

 盾で殴りつけ、弾け飛ぶように距離を取る。

 

 そして再び激突しようとしたその時―――全く別方向から黒い機体目掛けて強力なビーム砲が撃ち込まれた。

 

 「何だと!?」

 

 アルドは持前の反応速度で咄嗟に機体を引いてビーム砲をやり過ごす。

 

 そして攻撃が発射された方向に目を向けると一機のモビルアーマーが急速に接近してきた。

 

 「あれって……」

 

 「紅いガンダム、イージスリバイバルか!」

 

 接近してきた機体はアレックスの搭乗するイージスリバイバルである。

 

 その後ろからは母艦であるクレオストラトスの姿が見えた。

 

 月に向かうオーディンを出迎えに来た彼らは戦闘の光を確認し、急ぎ駆けつけてきたのである。

 

 イージスリバイバルはモビルアーマーからモビルスーツに変形すると、構えたビームライフルで黒い機体を正確な射撃で狙っていく。

 

 「ようやく見つけたぞ、今日こそ逃がさない!!」

 

 「わざわざやられにきたのかよ!!」

 

 ライフルの攻撃をシールドで弾きながら、突撃しようとするアルドだったが水を差すように他の機体から通信が入った。

 

 「アルド、ここが退き際だ! 撤退するぞ!!」

 

 「何だと!?」 

 

 アルドはイージスリバイバルを睨みつける。

 

 「チッ、くそが!!」

 

 腰部のグレネードランチャーを撃ちこむと同時に起爆させ、爆煙に紛れ味方機と合流する。

 

 「掴まれ!」

 

 最も損傷の少ない機体に他に機体が掴ると、一斉にブースターユニットを点火して、戦闘宙域からの離脱を図る。

 

 「行かせるか!!」

 

 「紅いガンダム、お前とも必ず決着をつけてやる!」

 

 逃がさないとばかりに肉薄するアレックスだったが、アルドが切り離したミサイルポッドの自爆によって吹き飛ばされてしまった。

 

 その隙を狙い、敵は戦闘宙域から離脱していった。

 

 「クレオストラトス、追跡は!?」

 

 《反応をロスト、追跡は途中までしか!》

 

 「くそ!」

 

 思わず操縦桿を殴りつける。

 

 あそこまで追い詰めながらみすみす逃がすとは。

 

 「……同盟の戦艦を落とされなかっただけ、まだマシか」

 

 それにしても奴らが同盟の戦艦を襲ったのは偶然なのだろうか。

 

 いや、あの退き際の良さといい予めこちらの動きを知っていたと考える方が自然だ。

 

 となると―――

 

 「……厄介な事になりそうだ」

 

 アレックスは頭を切り替え、近くにいるアイテルガンダムに向き直る。

 

 あの機体を見ると色々思いだしてしまうが、今はそれは極力考えないようにしながら、通信機のスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 その報告を聞いたリアンはため息をついた。

 

 アルドを含めた数名の同盟軍への奇襲。

 

 その成果は概ね問題ないものであったが一点だけ気に入らないところがあった。

 

 「所詮は『狂獣』か。機体の姿を晒すとは」

 

 今まで秘匿し続けてきた機体の姿を敵に晒してしまったのである。

 

 それでも任務をこなしただけ、十分といえるだろうが。

 

 リアンはそこに立つ機体を見上げる。

 

 そこにはオーディンを襲撃した黒い機体が並んでいた。

 

 ZGMF-FX090 『ヅダ・レムレース』

 

 Fシリーズ(フューチャーシリーズ)の次期主力量産機として企画されていた機体である。

 

 元々優秀なFシリーズ系譜の機体だけあって、高い性能を持ち、汎用性にも優れている。

 

 同盟の戦艦を襲撃した際に装着されていた黒い装甲は強襲用に開発された外部装甲である。

 

 「でも作戦には支障ないでしょう。なら問題はないわよ」

 

 ジェシカの言う通りだ。

 

 すでに準備は整いつつある。

 

 「そうね。こっちもようやく使えるようになった訳だし」

 

 見上げた先にはヅダとは違う、二機のモビルスーツが立っている。

 

 二人の戦意に応え、その機体もまた出撃の時を待ちわびているかのように佇んでいた。

 




ヅダは前作で頂いたアイディアを参考にさせてもらいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話  月の出迎え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通は誰も訪れない、デブリの中に存在する一際大きな小惑星。

 

 そこに傷ついたモビルスーツ達が、岩の合間を抜けて近づいていた。

 

 オーディンに対して奇襲を仕掛けたヅダである。

 

 外装が大きく損傷し、所々に損傷を負っているが、機体本体は無事。

 

 機体性能が高い為か、もしくはパイロットの腕前か。

 

 どちらにせよ今の状態で無事に帰還できたのは僥倖と言えるだろう。

 

 しかし、機体に搭乗していたアルド・レランダーは喜ぶ気にさえならない。

 

 それどころか苛立ちを示すように思わずコンソールを殴りつけた。

 

 「くそが、あの紅いガンダム!」

 

 良い所で邪魔をされてしまった。

 

 あのまま続けていれば、あの白い機体を仕留める事もできたかもしれないというのに。

 

 戦う事に何よりの楽しみを見出しているアルドにとって、途中で邪魔をされるというのは何よりも許せない行為であった。

 

 そしてもう一つ。

 

 許せない事は自分の不甲斐無さだ。

 

 新型であるヅダならテタルトスの紅い機体や同盟の白い機体とも五分に張り合う事も出来た筈。

 

 「それがこの様とは!」

 

 腸煮えくり返るとはまさにこの事だろう。

 

 怒りを堪えこちらから暗号化された信号を送る。

 

 すると小惑星の外壁が開き通路を進むと巨大な格納庫が顔を出した。

 

 アルドは機体を着地させ、コックピットから降りる。

 

 待っていたのは聞きたくもない皮肉だった。

 

 「見事な戦果ですね、『狂獣』殿」

 

 そこには目をつり上げ、睨みつけてくる青い髪の少女が近づいてくる。

 

 「……リアン・ロフト」

 

 アルドはこの女がすこぶる苦手であった。

 

 根が真面目なのか、口煩い上に最近では皮肉まで言ってくる。

 

 さらに面倒なのがとあるパイロットに対して異常な執着を持っている事だろう。

 

 どうやら前大戦にて敬愛していた隊長を『マント付き』なる愛称で呼ばれていた奴に殺されたとの事。

 

 仇討の為にずっと探しているらしい。

 

 その件になるとやたらと感情的になるのだ。

 

 無論アルドも借りがある。

 

 それがヤキンドゥーエの戦いとそして先の戦闘だ。

 

 「ふん、奴が見つかったと知ればさぞかし喜ぶんだろうがな」

 

 あの白い機体に乗っていたのは動きから見て間違いなく奴だろう。

 

 折角見つけた獲物の情報を教えてやる気などさらさらない。

 

 アレを討つのは自分だ。

 

 何であれリアンに比べればまだジェシカ・ビアラスの方がマシだ。

 

 あの女も一癖ある。

 

 しかし実力主義である分リアンよりは接しやすいし、何より他人に興味が薄い分、口煩くない。

 

 アルドはさっさと会話を切り上げようと、ため息をつきながら視線を向けた。

 

 「何の用だよ」

 

 「いえ、任務御苦労さまでした。私達もこれから出撃しますので、貴方も準備が出来次第お願いします。くれぐれも今回のような結果にならないよう努めてもらいたいものです」

 

 「チッ、貴様」

 

 本当に嫌みな女だ。

 

 リアンはこちらを侮蔑するような視線を向けながら自分の機体へ乗り込んでいった。

 

 「タイミングが悪かったわね。今出撃前でピリピリしてるのよ、あの子は」

 

 苦笑しながらジェシカが近づいてくる。

 

 「ふん、それで一々嫌味言われたんじゃ堪らないな」

 

 「アンタがズタボロに負けてきたのも悪いんじゃないの?」

 

 そういってジェシカも自分の乗る機体へ飛び立った。

 

 反射的に負けてないと言い掛けるが、あの無様な姿の機体をみれば、反論など虚しい言い訳にしか聞こえまい。

 

 「くそ!」

 

 手に持ったヘルメットを床に叩きつけながら、出撃していく機体の後ろ姿を睨みつける。

 

 今のアルドにはそんな事しかできる事がなかった。

 

 

 

 

 

 カガリ・ユラ・アスハの護衛として派遣された戦艦オーディンに仕掛けられた正体不明機による奇襲攻撃。

 

 それを退け月から出迎えに訪れた部隊との合流を果たしたオーディンはテタルトスの戦艦クレオストラトスの援助を受け、損傷個所の修復作業が行われていた。

 

 損傷自体は大した事が無かったために時間がかかる事無く終わるだろうと報告が上がってきている。

 

 その間にセリス達は少しでも情報を得る為、テタルトスの指揮官と面会を果たしていた。

 

 部屋の一室にはカガリと艦長であるテレサ。

 

 その後ろに護衛役であるセリス達が立ち、反対側には部下に付き添われた同年代の青年が座っている。

 

 アレックス・ディノの名乗った同年代の青年が出迎えの部隊を指揮していたとは、正直驚きを隠せなかった。

 

 こうして向かい合っていてもそうだが、隙が全く見当たらない。

 

 ずっと護衛役をこなしてきたが、生身では勝てる気がしないと感じるのは初めてだ。

 

 さらにあの戦いぶりを見る限り、パイロットとしても非常に優秀な事も間違いない。

 

 「……敵でなくて良かった」

 

 内心ホッと胸を撫でおろし、横に立つニーナを見るとアレックスを見て険しい表情を浮かべている。

 

 「どうしたの?」

 

 「……いえ、貴方の言う通りだと思ってね」

 

 どこか様子がおかしい。

 

 何か気になる事でもあったのだろうか?

 

 部屋に緊張感が漂う中、先に口を開いたのはカガリであった。

 

 「先の戦闘では救援に来てくれた事に感謝する。でなければ更に被害が拡大していただろう」

 

 「いえ、むしろ来るのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げるアレックスにカガリは苦笑しながら、首を振った。

 

 「それに関しては貴方達に責任がある訳ではない」

 

 「そう言っていただけると助かります」とアレックスもまた肩の力を抜き、口元を緩ませる。

 

 セリスはそんな二人の姿に少し違和感を覚えた。

 

 何と言うか、初めて会話した者同士には見えなかったのだ。

 

 先程「初めまして」と挨拶を交わしていたから、気のせいだとは思うのだが。

 

 「それよりも単刀直入に聞くが、あの所属不明のモビルスーツに関して何か情報は無いのか?」

 

 「提示したいのは山々なのですが、私達もあの機体群の正体は掴めていません。機体の全容ですら先程の戦闘でようやく判明したくらいですから」

 

 最初に正体不明機が確認されたのは半年以上前の事。

 

 月周辺を巡回していた部隊が突如、何者かによって襲撃を受けて壊滅してしまったのである。

 

 無論、調査の為の部隊が派遣されたが発見はできず。

 

 アレックス達も手痛い被害を被ってしまった。

 

 「なるほど。つまりテタルトスでもあの機体の正体は掴めないままか」

 

 「ええ。ただ今回得られたデータで少しは何か分かるでしょう」

 

 ある程度の情報交換を済ませたところで、ブリッジから修復作業が終了したと連絡が入る。

 

 「念の為、他の部隊にも連絡を入れておきました。もうすぐ到着する筈ですので彼らと合流してから、月へ向かいましょう」

 

 「よろしく頼む。アルミラ大佐、全員に通達を頼む」

 

 「了解です」

 

 再び握手を交わし、皆が部屋から退室するのを追う形でセリス達も付いていく。

 

 その途中、声を殺してニーナに問いかけた。

 

 「……ニーナ、何かあったの? 様子が変だけど」

 

 「えっ」

 

 ニーナは思わずセリスの顔を見つめると、酷く心配そうにこちらを覗きこんでいた。

 

 その姿に思わず笑みが零れる。

 

 セリスは護衛を長く務めていた所為か、良く人の事を見ている。

 

 さらに情が深く、面倒見もいい。

 

 今も本気で自分の事を心配してくれている。

 

 ニーナは彼女のそういう部分を好ましく思っていた。

 

 ザフトでは仲間に恵まれなかったが、同盟に来てセリスに出会えた事は本当に幸運だった。

 

 「ふふ、ありがとう。でも、大した事じゃないわ」

 

 「む、でも―――」

 

 ニーナの返答が不満だったようで、セリスは不服そうに頬を膨らませる。

 

 それに苦笑しながら先程まで考えていた事を口にした。

 

 「あの人、アレックス・ディノ少佐が私の知っている人だったから驚いただけよ」

 

 「えっ、あの人を知ってるの?」

 

 「ええ、貴方の言う通り彼が敵だったら、私達はここに立ってはいなかったでしょう。彼―――アスラン・ザラなら私達を余裕で殲滅できたでしょうから」

 

 アスラン・ザラ―――前大戦における有名なエースパイロットの一人だ。

 

 ヘリオポリスから奪取したイージスガンダムを駆り、アークエンジェル隊と激闘を繰り広げたザフトのエース。

 

 乗機を失った後は新たな機体ジュラメントに乗り込み、多大な戦果を上げたパイロットである。

 

 「ニーナはあの人とは?」

 

 「話した事も無いわ。でも、むこうはプラントでは有名人だもの」

 

 プラントの歌姫ラクス・クラインの婚約者であり、元プラント最高評議会議長パトリック・ザラの息子でもあるのだ。

 

 知らない筈はない。

 

 彼が名を変えているのも、父親の件があるからだろう。

 

 「でも、油断はできないわよ。確実にまた何か起こるわ」

 

 あの見た事のない機体は確かな性能と攻撃力を持っていた。

 

 ただの海賊などが保持するにはあまりに強力な性能を。

 

 以前からテタルトスに対して周到に行われていた妨害工作と今回の件を考えれば、彼らが何か企んでいる事は明白であった。

 

 「うん、分かってる」

 

 セリスはニーナの言葉に気を引き締めるように頷いた。

 

 

 

 

 テタルトスの防衛圏内である月付近には巨大戦艦『アポカリプス』以外にも複数のコロニーや軍事ステーションが存在している。

 

 これはエドガー・ブランデルが前大戦中に用意した兵器工廠やコロニーだ。

 

 それを守るように浮かぶ軍事ステーションは月周辺の防衛網をカバーする為、戦後に建造されたものである。

 

 アポカリプスもその大きさ故に拠点としても機能し得る。

 

 だがあくまでも戦艦である。

 

 戦闘時には場所を移動するし、戦闘によって疲弊した部隊の補給等にも向いていない。

 

 その欠点を補う為、本格的な防衛拠点の構築を進め、建造されたのが軍事ステーションの一つ『イクシオン』である。

 

 現在イクシオンの司令室では同盟の客人を迎えに向かったアレックスから奇襲を受けたという一報によって喧騒に包まれている。

 

 その様子をアンドリュー・バルトフェルド中佐はため息をつきながら眺めていた。

 

 「全く、予想通りというか」

 

 「隊長、眺めてないで、きちんと指示を出してくださいよ。今、大佐は月にはいないんですから」

 

 各方面から入ってくる情報や問い合わせを捌いていた副官のダコスタがいつものように釘を差してくる。

 

 「分かってるよ。……ハァ、僕もアイシャと司令のお供をすれば良かった」

 

 「隊長!」

 

 「ハイ、ハイ」

 

 軍の総司令であるエドガーは客人を迎え入れる準備で本国に降り、ユリウスは月からかなり離れた場所にいる。

 

 その為、今彼らの指揮を任されているのはバルトフェルドであった。

 

 「で、現状は?」

 

 「はい。各部隊には警戒を促し、同時に敵が潜んでいないか周辺の探査を開始しています」

 

 この程度の事で尻尾を出すほど向こうを甘くはないだろう。

 

 だがこれで少なくからず動きづらくはなる筈だ。

 

 「アレックスの方は?」

 

 「増援として、リベルト大尉の部隊が合流している筈です」

 

 「あ~リベルトね」

 

 バルトフェルドは手を顎に当てると、苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。

 

 リベルト・ミエルス大尉。

 

 元ザフトの赤服パイロットで一緒に任務をこなした事もあり、バルトフェルドやダコスタも良く知っている人物である。

 

 信頼のおける生真面目な男で部下や同僚からも慕われているが、その真面目さ故かバルトフェルドとは非常に相性が悪い。

 

 「ま、リベルトなら大丈夫か」

 

 パイロットとしての腕も確かだ。

 

 アレックスもついているなら心配しなくとも問題はあるまい。

 

 そこに軍の制服を纏った一人の少女が入ってきた。

 

 紛れもなく美人と言える容姿を持ち穏やかな雰囲気でありながら着ている軍服はミスマッチな印象を与える。

 

 バルトフェルドはその少女の方へ振り替えるとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「やあ、調子はどうだい、セレネ・ディノ少尉」

 

 自分よりも上の階級にも関わらず、その気安さに苦笑しながらセレネは敬礼を返す。

 

 「はい、訓練は無事終了しました。それよりも状況はどうなんですか?」

 

 「うん、まあ今のところ、そう大きな問題は起きてないかな。それよりアレックスの事が心配なんだろう?」

 

 しかし意外にもセレネは首を横に振る。

 

 心から信頼していると言わんばかりに。

 

 「あの人なら心配する必要はありません。大丈夫です」

 

 「そうか。まあ、その通りだろうがね。ならその調子で『例の事』もきちんと説明しておいてくれよ。でないと僕がアレックスに何を言われるか分からないからね」

 

 「はい」

 

 例の事というのはセレネがパイロットとして訓練を受けている事だ。

 

 彼女はアレックスの義妹であり、同時に婚約者である。

 

 その為、彼はセレネが軍に関わる事には元々難色を示していた。

 

 そこからさらに危険なパイロットとしての道を歩もうとしているなど反対する事は目に見えている。

 

 無論、バルトフェルドも反対した。

 

 しかしセレネの強い希望を汲み取ったユリウスが訓練をつけるという事で結局は押し切られてしまった。

 

 その結果、素養があったのか彼女はメキメキと実力を挙げている。

 

 「おっと噂をすればだな」

 

 モニターにはモビルスーツや新鋭艦であるクレオストラトスに連れられるように、一隻の戦艦が近づいてきていた。

 

 

 

 

 緊張感漂うブリッジで、テレサはようやく見えてきた港に内心安堵する。

 

 敵からの襲撃を警戒しながら、月からの増援部隊と合流したオーディンは特にトラブルもなく目的地に辿りついた。

 

 もう一度くらいの襲撃は覚悟していたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 

 「ようやく到着か」

 

 ある程度の揉め事が起きる事は予測していたものの、ここまで大事になるとは。

 

 しかも到着して終わりではなく、ここから始まるのだ。

 

 ため息の一つも吐きたくなる。

 

 「ハァ、だが問題はここからだな。ここまで面倒事になるなら、無理やりでも奴を連れてきた方が良かったか」

 

 テレサの脳裏に浮かぶ、少年の姿を思い浮かべながら再びため息をついた。

 

 気を抜かぬよう報告に耳を傾けながら、今度はフローレスダガ―と共にモニターに映る機体を観察する。

 

 LFA-01 『ジンⅡ』

 

 名の通りジンの設計を基にした後継機でテタルトス主力量産型モビルスーツのエース用の機体である。

 

 「見事なものだな。流石テタルトスと言ったところか」

 

 周囲を警戒しながら飛ぶ、ジンⅡの姿にテレサは素直な称賛を口にする。

 

 前大戦から今日まで色々な機体を見てきたが、ジンⅡもかなりの性能を持っている。

 

 同盟の方でもヘルヴォルやムラサメといった新型機の開発が行われているがあの機体には及ばないかもしれない。

 

 現状を考える限り同盟とテタルトスが敵対関係になる事は今のところ無い。

 

 すぐにジンⅡと真っ向から戦う可能性は低いだろうが。

 

 「とはいえ、何があるかは分からんからな。逐一データは取っておけ」

 

 「よろしいのですか?」

 

 「かまわんさ。向うもそれを承知で私達にお披露目してくれているんだろうからな」

 

 クレオストラトスに誘導され、月へと降下すると港へ入港する。

 

 オーディンが接舷すると同時にアームで固定され、僅かな震動が艦を揺らすとテレサは安堵の息を吐いた。

 

 《御苦労様でした、アルミラ大佐》

 

 「いや、此処まで護衛してくれて助かったよ、ディノ少佐」

 

 《いえ。また後ほど》

 

 アレックスとの通信を終えたテレサは手元の内線を取り、カガリ達が待機している部屋へ連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 準備を整えたカガリはセリス達を連れ、港へと足を踏み入れる。

 

 アレックスと数人が出迎えた。

 

 中には見覚えのある人物も何人かいる。

 

 まず目に止まったのは軍最高司令官であるエドガー・ブランデルだ。

 

 彼とは戦争中に一度会ったきりだったが、変わらず壮健だったようだ。

 

 後ろには砂漠で出会った女性。

 

 アンドリュー・バルトフェルドと一緒にいた確かアイシャと言った彼女が小さく手を振っている。

 

 何と言うかこんな形で彼らと再会する事になるとは。

 

 だが、そんな気持ちも一歩前に踏み出してきた男を見た瞬間に消し飛んでしまった。

 

 「ようこそ、テタルトスへ、カガリ・ユラ・アスハ様。私はテタルトス月面連邦議員ゲオルク・ヴェルンシュタインと申します、以後お見知り置きを」

 

 「……カガリ・ユラ・アスハだ。よろしく頼む」

 

 差し出された手を握りながら、カガリは目の前にいる男に呑まれまいと気を張り詰める。

 

 一言でいうならば、屈強な男とでもいうべきか。

 

 政治家というよりは軍人という方がしっくりくる。

 

 だが、カガリを凍りつかせたのは見た目の印象ではなく向かい合っているだけで感じ取れる凄まじいまでの威圧感であった。

 

 これまでもアイラに連れられ上層部の人間と面会した事や、公の場で会談を行ったこともある。

 

 だが、このゲオルクという男は別格だった。

 

 今まで出会った為政者の中でも一際異彩を放っている。

 

 「そしてこちらが軍の最高司令官である―――」

 

 「エドガー・ブランデルです。よろしく」

 

 「ああ」

 

 エドガー達と挨拶しながら握手を交わしていると、軍服を着こんだ人物が歩いてきた。

 

 その顔立ちは実に整っており、かつ放たれる鋭い気配はその場にいるすべての人間の気を引き締める。

 

 「失礼いたします。車の準備が整いました」

 

 その容姿から違わぬ声でそう言うと優雅に頭を下げる。

 

 「御苦労。そうだ、君の事も紹介しておこう。カガリ様、こちらはヴァルター・ランゲルト少佐。貴方達を護衛してきたアレックス・ディノ少佐共々、月に居る間は案内役を務める事になっています」

 

 「ヴァルター・ランゲルトです。よろしくお願いいたします」

 

 名前を聞き、男性だった事に驚きながら―――いや、名前だけでそう判断するのは早計だろう。

 

 しかし驚いたのはカガリの知るとある女性と良く似た容姿を持っている事だった。

 

 カガリは出来るだけ動揺を悟らせないよう差し出された手を握り返した。

 

 「そうか。世話を掛けると思うがよろしく頼む」

 

 「何かあれば遠慮なさらず、お申し付けください。港の外に車に乗られ、ホテルについた後はささやかではありますが懇親会を開く事になっておりますので」

 

 「ではこちらへ」

 

 アイシャの誘導に従い、カガリ達が出入り口に向かう。

 

 その少し後から歩き出したエドガーがヴァルターの方へ向き直ると表情を引き締める。

 

 「ヴァルター、地球からの客人はどうなっている?」

 

 ヴァルター・ランゲルト少佐率いる部隊は少し前にアレックス達と同様に地球から訪れる者を迎えに行く事になっていた。

 

 しかし、そちらからはオーディンに仕掛けられたような奇襲攻撃を受けたと言う報告は上がっていなかった。

 

 「そちらは何の問題もなく、すでにホテルでお休みになられています。此処に来るまでも特に襲撃される気配もありませんでした」

 

 「そうか」

 

 エドガーは少し気になるのか、考え込むような仕草をしながら歩き出した。

 

 それに追随するようにすれ違う形でアレックスとヴァルターは視線を交わす。

 

 「流石アレックス少佐ですね。正体不明機の奇襲から損害も出さずに同盟の戦艦を守り切るとは」

 

 「……いえ、我々が駆けつけた時には既に敵も損害を受けていましたから。称賛されるべきはあの戦力で戦艦を守り切った同盟のパイロット達でしょう」

 

 「相変わらず謙虚ですね」

 

 アレックスは笑みを浮かべるヴァルターから視線を逸らす。

 

 何と言うか目の前の人物をアレックスは非常に苦手に思っていた。

 

 別にかつての同僚のように何か突っかかってくる訳でも、皮肉を言われる訳でもないのだが。

 

 ヴァルター自体は非常に優秀な軍人で、パイロットとしても高い技量を持っている。

 

 何度か手合わせを行ったが、勝率は五分五分くらいである。

 

 そんな人物でありながら、苦手意識を持っているのはヴァルターの持つ独特の雰囲気や性別が明らかにされていないからかもしれない。

 

 それ以上に彼女を思い起こさせる容姿を持っている事が最大の要因だろう。

 

 性別については一度それとなく聞いてみようと思ったのだが目の前にするとやはり聞きづらいのだ。

 

 あまり此処で足止めを食っている訳にもいかないとカガリ達の後を追おうとするが、そこでさらに驚愕する事実が告げられる。

 

 「そういえば、貴方の義妹ですけど、パイロットになられたのですね」

 

 「は?」

 

 驚き振り返るアレックスにヴァルターはただ冷笑だけを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 セリスは今、護衛役として最も辛い時間を過ごしていた。

 

 壁を背にして立っているこの場所は自分達には明らかに場違い。

 

 部屋には煌びやかな装飾品や絵画などが飾られ、テーブルには豪華な食事が並べられている。

 

 視線の先には護衛対象であるカガリ・ユラ・アスハが、テタルトスの議員と思われる男と談笑していた。

 

 「これのどこがささやかなの?」

 

 「う~ん、そうだね」

 

 今、行われているのはヴァルターの言っていたホテルでの懇親会。

 

 なのだが考えていたよりも明らかに規模が違う。

 

 「私達は行かなくてもいいの?」

 

 「ショウさんがついてるからね。私達は周辺の警戒」

 

 セリスはこの手の事には慣れてはいるが、ニーナは流石に面食らっているようだ。

 

 護衛役である以上は警戒は怠れないし一人がついているとはいえ長時間カガリから目を離す事もできない。

 

 「それにしても結構来てるわね」

 

 テタルトスの重要なポストに就いている者は皆、顔を出しているのではないだろうか。

 

 しかしやはりその中で一番存在感を放っているのは―――

 

 「……やっぱりあの人、ゲオルク・ヴェルンシュタインかな」

 

 「そうね。彼だけやっぱり別格って感じがするわ」

 

 カガリから目を離さないように周りを観察していると、二人に近づいてくる人物がいた。

 

 茶髪に碧眼。

 

 スーツを着込み、身だしなみも整っているその姿から招かれた客であろうか。

 

 穏やかな笑みを浮かべたその男はセリス達の傍まで来ると声を掛けてくる。

 

 「少し話でもいかがですか、お嬢さん達?」

 

 「……申し訳ありませんが私達は護衛役ですので」

 

 「それともテタルトスの議員さんでしょうか? カガリ様であればあちらにいらっしゃいますが?」

 

 そこで失念していた事に気がついたように男は頭を下げると、セリス達を驚愕させる発言が彼の口から飛び出した。

 

 「これは大変失礼しました。私は連合の使者として参りました―――ヴァールト・ロズベルクと申します」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話  動き出す者達

 

 

 

 『テタルトス』

 

 ギリシャ語で第四を意味するその言葉を新たな国家の名前として付けたのには当然理由がある。

 

 地球連合、プラント、中立同盟。

 

 この三陣営に次ぐ勢力という意味もあるのだが、本来の意味は違う。

 

 ナチュラルでもコーディネイターでもなく、二つの種の融和を願うのでもない。

 

 第四の道。

 

 ナチュラルやコーディネイターといった生まれではなく精神の改革。

 

 人類の可能性の先を―――未来に至る道を求めていくという意味が込められている。

 

 そういう意味では思想家マルキオ導師の掲げる『SEED思想』は彼らの方針とっては都合のよいものだった。

 

 元々テタルトスと連合やザフトなどのやり方についていく事が出来ず、様々な事情から離反した者がエドガー達の考えに賛同して作り上げた国である。

 

 しかしその中には各陣営に属していた頃に積み上げられた敵対する者への憤りや蟠りを捨てきれない者達も少なからず存在していた。

 

 だから、皆の意思統一が早急に必要だったエドガー達にとって精神の改革を謳う『SEED思想』は渡りに船だったのだ。

 

 しかも都合のよい事に眉唾ものと考えられていた『SEED』の存在に、現実味を持たせるデータも流出してくれた。

 

 その結果、テタルトスにおいて『SEED思想』は急速に受け入れられ、それは地球にも拡大している。

 

 しかし地球連合とプラントがそんな考えを認める訳はない。

 

 連合上層部は荒唐無稽であると鼻で笑い、優れた能力を持つコーディネイター達の住むプラントでは『SEED思想』自体をタブーとして、テタルトスを嫌悪する理由の一つとなっていた。

 

 だからこそセリス達は連合の使者と名乗った男がこの場にいる事に驚かざる得なかった。

 

 目の前の男ヴァールト・ロズベルクは張り詰める空気にも意を返さず、ただ穏やかな笑みを浮かべている。

 

 ―――この男は絶対に信用してはならない。

 

 これまで護衛役として様々な人間を見てきた経験則からセリスの出した結論だった。

 

 付け入る隙を作ればこちらがやられる。

 

 ニーナに目配せしながら、何時でも動ける様に構えを取った。

 

 「そう緊張しないでもらいたいですね。別にこの場で貴方達に何かしようという気はありませんよ。どうもここでは話し相手がいないのでね。ヴァルンシュタイン議員もお忙しそうですし、他に話せそうな方がいないのですよ」

 

 それは当たり前だ。

 

 使者とはいえ、敵対している陣営の人間と好んで話したがる物好きなどそうはいまい。

 

 かと言って目の前の男から情報を引き出せるとも思えなかった。

 

 逆のこちらの情報を吐かされそうだ。

 

 セリスは余計な事はしゃべらないように慎重に問いを投げた。

 

 「一体何の話があるんですか?」

 

 「ただの雑談ですよ」

 

 警戒心を緩めない二人にヴァールトは肩を竦めながら苦笑した。

 

 「やれやれ。仕方無いとはいえ、ここまで警戒されるとは。ではそうですね、貴方達にとって興味深い話―――例の正体不明機についてというのはどうです?」

 

 「なッ!?」

 

 思わぬ発言に思わず動揺してしまった。

 

 まさか連合はあの機体の正体を掴んでいるとでもいうのだろうか?

 

 訝しむように視線を向けるセリスだったが、ヴァールトはにこやかな笑みを浮かべながらワイングラスを弄っている。

 

 「……連合ではあの機体の事を?」

 

 「いえ、知っていたらちゃんとテタルトスの方へ報告していますよ」

 

 それは絶対に嘘だ。

 

 知っていても教える筈がない。

 

 「フフ、私の話というのは、あくまで噂です。そうですね、貴方達もパトリック・ザラの事はご存じでしょう?」

 

 「ええ」

 

 パトリック・ザラは元プラント最高評議会議長を務めた人物である。

 

 その思想はナチュラル排斥で染まっており、戦争終盤では核動力モビルスーツを開発。

 

 さらに大量破壊兵器であるガンマ線レーザー砲『ジェネシス』などを用い、大きな被害をもたらした。

 

 停戦後に拘束され軍事裁判にかけられた。

 

 しかし獄中で自殺したと報じられて結構な騒ぎになっていた。

 

 「実は宇宙には彼が前大戦中、秘密裏に作った兵器工廠が幾つか存在しているという噂がありましてね。その兵器工廠の中には研究施設や公表されていないモビルスーツがあるという話なのです」

 

 「公表されていない機体……」

 

 「つまり『それが正体不明機ではないか』という噂があるのですよ。パトリック・ザラは『Fシリーズ』と呼ばれるモビルスーツ群の開発も主導で行っていたという話もありますからね」

 

 Fシリーズ(フューチャーシリーズ)とは大戦後期にザフトで開発されたモビルスーツ群の事だ。

 

 これは当初開発が予定されていたが諸事情により破棄された『ZGMF-Xシリーズ』に変わり企画されたもの。

 

 開発された機体は非常に高い性能を示し、同時に多大な戦果を叩きだした。

 

 しかし、終戦後はパトリック・ザラが主導で開発を行っていた事。

 

 過激派の象徴としても扱われかねないなどが考慮され、『Fシリーズ』はすべて破棄されたと聞いている。

 

 もしもあの不明機がFシリーズに連なる機体なら今回動いている相手は―――

 

 「……どうしてそんな話を私達に?」

 

 「言ったでしょう、私はただ噂話をしただけですよ。それを信じるか、信じないかは貴方達の自由ですから」

 

 重ねて質問しようとしたその時ゲオルクと話をしていた者達が捌け、人が幾分少なくなった。

 

 「おっと、では私はこれで。お話に付き合っていただきありがとうごさいました」

 

 優雅に一礼するとヴァールトはゲオルクの方へと歩いて行く。

 

 しかしその途中で振り返りセリスの方を見ながら呟いた。

 

 「そうそう、話に付き合ってくれたお礼に一つ助言しておきますね。……敵は正面にいるだけとは限りません。万全の備えをしておく事です」

 

 ヴァールトは今度こそ歩き去ってしまった。

 

 「……あの男、一体何だったのかしら」

 

 「分からない。月にいる理由も結局分からなかったし」

 

 それは聞いたところで喋るとも思えなかった。

 

 だが一つだけ言える。

 

 「何であれ、油断はできないと言ったところかしら」

 

 「うん」

 

 表向き平和な懇親会が続いていく。

 

 その中で這いよってくる荒事の気配にセリスとニーナは嫌な予感を覚えながら、職務に集中し始めた。

 

 

 

 

 開始された懇親会は半ばを過ぎ、もうじき終わりを迎えようとしていた。

 

 途切れぬ談笑の音を聞きながらゲオルク・ヴェルンシュタインは部屋から去っていく男の背中をジッと見つめる。

 

 「どうかなさいましたか、ヴェルンシュタイン様」

 

 「……ヴァルターか」

 

 傍に立つヴァルターがゲオルクの視線を追うように出口の方へ目を向けるとヴァールトが去っていく姿が見える。

 

 「今回もいつも通りの件でしたか」

 

 「ああ」

 

 ヴァールト・ロズベルクが月を訪れるのは別に珍しい事ではない。

 

 彼は連合上層部や各国家ともパイプを持っている。

 

 故に秘密裏に月と繋がりを持ちたい国から連絡役や、他の交渉役としてもここを訪れているのである。

 

 今回も極秘でコンタクトを取りたい国からの使者としてここに来ていた。

 

 無論、彼の言い分を鵜呑みにするつもりはない。

 

 おそらくここ最近頻発する正体不明機からの襲撃におけるテタルトスの対応と同盟代表者の訪問による影響を確認しに来たのだろう。

 

 それ以外の目的ももちろんあるのだろうが―――

 

 「今は放っておけば良い。それよりもヴァルター、明日からの視察、同盟のお客人の事は任せたぞ」

 

 「了解」

 

 相手に対する信頼を感じさせる様にヴァルターは何の迷いも無く頷いた。

 

 ゲオルクとヴァルターは元々旧知の間柄である。

 

 政治家の道を歩む前は軍人として戦場を渡り歩き、ヴァルターとはその頃からの付き合いだ。

 

 だからお互いの事は良く理解し、信頼していた。

 

 「そう言えば、アレックスと何を話していた?」

 

 「いえ、義妹の件を教えて差し上げただけです。どうやら知らなかったようですので」

 

 全く悪びれる事無く言ってのけるヴァルターに思わず苦笑する。

 

 ゲオルクもアレックスの義妹であり、婚約者であるセレネ・ディノがパイロットとして訓練を積んでいる事は小耳に挟んでいた。

 

 そしてそれをアレックスに黙っている事もだ。

 

 別にセレネも悪意を持って黙っていた訳ではない事は容易に想像がつく。

 

 「全く、そこまでアレックスが嫌いなのか?」

 

 冗談混じりに軽口を叩くゲオルクにヴァルターも口元に笑みを浮かべる。

 

 「まさか。むしろ私は彼に対して好感すら抱いていますよ。よく言うではありませんか、好きな子には意地悪をしたくなるものだとね」

 

 「アレックスも災難だな」

 

 笑みを浮かべワインを口に含みながら、ゲオルクは愉快げに会場の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 懇親会の行われているホテルのロビーを抜け、ヴァールト・ロズベルクは端末片手に外に出る。

 

 淀みない動きでボタンを操作し、相手を呼び出すと端末を耳に当てた。

 

 「そちらの様子は?」

 

 《問題はない。すべて滞りなく進んでいる》

 

 通話の相手から聞こえてくる声は小声で非常に聞き取りにくいものだった。

 

 だがヴァールトは大して気にする様子もなく、淡々と話を続けていく。

 

 「なら良い。データも送っておいた、後で確認しておいて欲しい。ああ、それから『例のモノ』の運用データも取ってくれると助かる」

 

 《了解》

 

 要件をすべて伝え終え端末のスイッチを切ると懐に仕舞う。

 

 そしてもう一度ホテルの方を振り返ると一転して冷たい視線で懇親会会場の方を見据えた。

 

 「さて、君達、いや、君の奮戦に期待させてもらおうかな―――セリス・ブラッスール君」

 

 

 

 

 その部屋は非常に重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 空気の読める人間であればすぐにでも退室したくなるほどに空気が重い。

 

 ここはイクシオンに設置された士官用の個室である。

 

 士官用だけにそれなりの広さとシンプルなようで一通りの機能を持ったこの部屋は結構快適に過ごす事ができる。

 

 しかし今、この瞬間だけは別だ。

 

 中央にて向い合う二人の男女。

 

 アレックス・ディノとセレネ・ディノが発する重い雰囲気に包まれ、部屋は快適とは程遠い。

 

 それに巻き込まれた哀れな人物であるアンドリュー・バルトフェルドは何度目かのため息をついた。

 

 「……アレックス、気持ちは分かるが、セレネも色々考えた上でだな―――」

 

 「俺は中佐にも怒っているんですが」

 

 こんな事になっている原因は予期せぬ形でセレネがパイロットとして訓練を受けていたのが露見してしまった事である。

 

 どうやらヴァルター・ランゲルトが余計な事を言ったらしく聞きつけたアレックスにこうして部屋へと引っ張り込まれてしまったのだ。

 

 とはいえこちらにも非がある事だ。

 

 ここは素直に謝るべきだろう。

 

 「悪かった、口止めされていたんだよ」

 

 アレックスはため息をつき視線をバルトフェルドからセレネに向ける。

 

 できるだけ感情的にならないように慎重に口を開く。

 

 「セレネ、どうして俺に何も言わずにパイロットになった?」

 

 「言えば貴方は反対したでしょう?」

 

 「当たり前だ!」

 

 アレックスは元々セレネが軍関係の仕事に就いている事すら、反対だった。

 

 彼女には血生臭い事からは距離を置いて、穏やかに過ごして欲しいというのがアレックスの願いであった。

 

 にも関わらずパイロットなど。

 

 何時命を落とす事になるか分からない危険な役目をセレネには断固としてさせる訳にはいかない。

 

 「今すぐモビルスーツから降りるんだ」

 

 「嫌です」

 

 「セレネ!!」

 

 プイと首を横に振り、目を合わせようとしない。

 

 普段であれば可愛い仕草なのかもしれないが、今日は別だ。

 

 「何でそこまでパイロットにこだわる?」

 

 「それは……」

 

 「俺には言えない事なのか?」

 

 しばらく逡巡していたセレネだったが、観念したように息を吐くとアレックスの方を見た。

 

 「……貴方を守りたいからです」

 

 「ッ!?」

 

 「貴方が私を心配してくれるのは本当に嬉しい。でも私達を守る為に貴方が命を懸けている時は私だって心配だし、だからこそ力になりたいと思うのはおかしいですか?」

 

 真っ直ぐに見詰めてくる瞳にアレックスの方がいたたまれない気分になり視線を逸らしてしまう。

 

 アレックスがセレネを心配しているように戦場に出る以上は逆に彼女が自分の身を案じるのは当たり前である。

 

 それは分かっていた事だ。

 

 だがこうして面と向って言われると罪悪感が湧きあがってくる。

 

 それでも。

 

 自分勝手なエゴだと分かっていても―――

 

 「セレネ、俺は―――」

 

 「あ~待て待て、アレックス。言いたい事は分かってるが、セレネの気持ちも汲んでやれ。立場が逆なら、お前だって同じ様に動いただろ?」

 

 確かにそうかもしれない。

 

 大切な人が戦場に居て自分は後ろで指をくわえているなんて絶対に出来ないだろう。

 

 「それにだ、彼女が危なくなったらお前が助けてやればいいじゃないか」

 

 いつものように軽い口調で告げるバルトフェルドにため息をつきながらアレックスは目を伏せる。

 

 「納得はできないし、今でも反対だが、どうせ言っても利かないんだろ?」

 

 「大佐のお墨付きだしな」

 

 「ハァ、ただし絶対無茶な事はしないと約束してくれ」

 

 「はい!」

 

 笑顔を浮かべたセレネが勢いよく抱きついてきた。

 

 「ちょ、セレネ!?」

 

 「おやおや、こりゃ僕はお邪魔みたいだねぇ」

 

 「中佐!!」

 

 バルトフェルルドは立ち上がり部屋から出ていこうとするが、途中でニヤニヤ笑いながら振り返ると余計な爆弾を落としていった。

 

 「あ、そうだ。ちゃんと避妊はしないと駄目だぞ」

 

 「何を言ってるんですか!!」

 

 「ハハハ、じゃあ明日も頼むぞ!」

 

 部屋から出ていくバルトフェルドを見送ると自分の胸元に抱きついているセレネを見つめる。

 

 「……さっきも言ったが無茶だけは絶対にしないでくれ」

 

 パイロットである以上、危険な事は避けられない。

 

 だが自分から命を捨てるような事だけはして欲しくない。

 

 「君は俺が守ってみせる。たとえ誰が相手でも」

 

 「ありがとう、私も貴方を守ります」

 

 アレックスはセレネに顔を寄せ、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 『イクシオン』にカガリを伴ったオーディンがフローレスダガーの警護を受けながら近づいていく。

 

 今回カガリが月を訪れた理由の一つが視察だ。

 

 そこでテタルトスの軍事施設の一つであるイクシオンをアレックスに案内してもらう事になっていた。

 

 「月に来た時も思ったが、『アレ』は本当に大きいな」

 

 艦長席に横に座ったカガリがモニターに映る巨大な物体を見て思わず、呟いた。

 

 巨大戦艦『アポカリプス』

 

 テタルトスを守護する盾であると同時に外敵を薙ぎ払う、強力な矛でもある。

 

 その大きさは普通の戦艦とは比較にもならない程だ。

 

 艦全体に装備されたビーム砲や対艦ミサイル、レール砲などに加え、中央部分に搭載されている主砲など、どれも強力な武装である事は間違いない。

 

 特に主砲の一撃は非常に強力で、そこらの戦艦など障害にすらならない。

 

 テタルトスにおける武の象徴であり、敵からすれば畏怖の対象という評価も頷ける。

 

 カガリ達が様々な感情を込めて巨大戦艦を見つめている内にオーディンがイクシオン内部に入った。

 

 「では行こうか。アルミラ大佐はもしもの場合に備えて艦を頼む」

 

  「了解です」

 

 わざわざオーディンを使って移動しているのは、もしもの場合に備えての事だ。

 

 セリス達が聞いた噂話や今までに得た情報から考えても何が起こっても不思議ではない。

 

 艦から降りるカガリ、ショウの後を追うようにセリス達も続く。

 

 「ニーナ、一応銃のセーフティーは外しておいて」

 

 「ええ」

 

 「それからこれ予備の端末ね」

 

 セリスは懐から取り出した小型端末をニーナに手渡す。

 

 「もしも持っている端末が壊れたり、紛失したりした時はこっちを使って」

 

 「ありがとう」

 

 これまでの護衛経験から不測の事態というものは起きる時には、起きてしまうものだ。

 

 だからこそどんな場合だろうと対処できるように備えておかなくてはならない。

 

 入念に装備の確認を行い、オーディンから降りていくとアレックスと他に二人の男女が立っていた。

 

 「ようこそ、イクシオンへ。ここで指揮を執っています、アンドリュー・バルトフェルド中佐です」

 

 どこか軽さを感じさせる言葉にショウはピクリと眉を動かす。

 

 しかしカガリは気にした様子もなくバルトフェルドの手を取った。

 

 そして後ろに控えた少女が敬礼しながら名を名乗る。

 

 「セレネ・ディノ少尉です! 本日よりカガリ様の護衛とお世話役を任じられました、よろしくお願いします!!」

 

 「よろしく頼む。久しぶりだな、セレネ。元気そうでなによりだ」

 

 「はい! お久しぶりです、カガリ様!」

 

 嬉しそうに二人は握手をかわす。

 

 元々セレネは地球に合ったマルキオの伝道所にいた孤児の一人であり、カガリとも以前から面識があった。

 

 「ではこちらへ、案内いたします。ただし軍事機密により、視察できない場所もありますので」

 

 「それは承知いたしております。では参りましょう、カガリ様」

 

 「ああ」

 

 セレネに案内され、カガリ達も後ろから付いていく。

 

 通路に設置されている移動用のベルトに手を当て、流れるように移動するとまずは格納庫らしき場所に辿り着いた。

 

 「こちらがイクシオンの格納庫になります」

 

 ジンⅡやフローレスダガーがメンテナンスベッドに設置され、すぐ傍には高機動用の換装装備と思われる武装が鎮座して整備が行われている。

 

 その光景を興味深く眺めているとさらに奥にも砲撃用の装備と思われる武装とメタリックグレーの数機のモビルスーツが確認できた。

 

 一番手前に寝かされている機体など何時でも運び出せるようにトレーラーに乗せられている。

 

 この位置からでは全体像は分からないが、見た事もない機体である事は間違いない。

 

 「奥のアレは?」

 

 「ああ、詳細は申し上げられませんが、あそこではもうすぐロールアウトする予定の武装や新型機の調整が行われています」

 

 「なるほど」

 

 やはりテタルトスでも戦力増強は急務と考えているらしい。

 

 各場所の視察を行いながら、セレネやアレックスから説明を受けていく。

 

 視察は特に問題も起こらず順調に進んでいた。

 

 「この調子なら問題もなく終わりそうね」

 

 「油断は禁物だけど、確かに」

 

 何のトラブルもなく終わるかとセリス達もそう思い掛けた時だった。

 

 突如、爆発による衝撃と思われる震動がイクシオン全体を大きく揺らしたのである。

 

 「ぐっ、カガリ様!」

 

 ショウと共にカガリを庇うようにセリス達が周囲を囲む。

 

 そして状況を確認しようとバルトフェルドが端末を取り出し、司令室に連絡を取った。

 

 「何があった!?」

 

 《敵襲です!! 所属不明のモビルスーツが数機、イクシオンに攻撃を仕掛けています!!》

 

 オペレーターの報告通り、イクシオンの外側ではオーディンを襲撃した機体ヅダ・レムレースが奇襲を仕掛けていた。

 

 奇襲により浮足立つテタルトス軍。

 

 それを尻目にヅダは追加武装である連装ビーム砲を叩き込んで機体を破壊。

 

 そのまま懐に飛び込みフローレスダガーをビームクロウで斬り捨てる。

 

 「くそ!」

 

 「迎撃しろ!!」

 

 撃ちかけられる攻撃を前に数機のヅダはその推力に物を言わせ圧倒的な加速で敵を翻弄、引き離していく。

 

 テタルトスとて油断していた訳ではない。

 

 むしろ襲撃に備え、警戒を怠る事もなかった。

 

 だがそれはあくまでも防衛圏の外側からの攻撃に備えてである。

 

 今までの襲撃はすべて防衛圏内に入ってはいても、すぐに離脱できるギリギリの位置からの襲撃が主であった。

 

 それがどうやってか、こちらの懐であるイクシオンに直接攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったのである。

 

 「良し、このまま時間一杯までナチュラル共のおもちゃを血祭りにあげろ!」

 

 ヅダを駆るパイロットであるサトーの叫びに僚機のパイロット達も呼応する。

 

 「了解!!」

 

 彼らは『ヤキン・ドゥーエ戦役』で最前線に立ち戦ってきた凄腕のパイロット達である。

 

 今まで戦場で磨き上げてきたすべての技術を持ってヅダの性能を引き出し、テタルトスの応戦を許さない。

 

 サトーはフローレスダガーのビームライフルをかわし、ビームサーベルを抜くと胴体に向けて叩き込んだ。

 

 「雑魚は失せろ!!」

 

 パイロットを蒸発させ、ただのスクラップになった機体を他の機体に叩きつけると諸共に消し飛ばす。

 

 無論、テタルトス軍も黙ってはいない。

 

 準備の整った機体から次々と出撃してくる。

 

 「チッ、やはり数が多い」

 

 絶対的に数の少ないこちらにとっては長期戦は不利だ。

 

 となると―――

 

 「先ずは港を潰す!」

 

 港に攻撃を仕掛けようとしたサトーだったが、出撃してきたジンⅡによって阻まれてしまう。

 

 「好きにはやらせない!」

 

 リベルト・ミエルスのジンⅡがヅダを行かせまいとビームライフルを撃ち込んでくる。

 

 自分の前に立ちふさがる機体の姿にサトーは激しい怒りを覚えた。

 

 ジンはザフトで初めて実用量産化モビルスーツだ。

 

 世界で一番有名な機体と言っても過言ではない。

 

 いわばザフトを象徴する機体と言ってよいだろう。

 

 それをナチュラルに与した裏切り者共が後継機を生み出し、ジンの名を冠するなど侮辱以外の何者でもない。

 

 「その姿を我らの前に晒すなァァァ!!」

 

 怒りと共にジンⅡを消し去らんとすべての砲撃を叩き込む。

 

 「やらせんと言ったはずだ!」

 

 リベルトは機体のスラスターを巧みにコンロルールし、ビームを回避しながら斬りかかる。

 

 その間にもイクシオンや巡回していた戦艦からモビルスーツが出撃し、襲撃してきた機体を包囲していく。

 

 このまま殲滅出来ると誰もが考えたその時、上方から撃ち込まれた強力な閃光が戦艦を貫き、撃ち込まれた一撃が港の入口を吹き飛ばす。

 

 「何だ!?」

 

 敵機を警戒し、上方にビームライフルを構えるフローレスダガー。

 

 しかし凄まじい速度で突撃してきた機体を捉える事が出来ず、逆にビーム砲の一撃で撃破されてしまった。

 

 その機体は背中に特徴的な二基の大型バーニアを備え、肩にはビームランチャーを装備している。

 

 ZGMF-FX001b 『コンビクト・エリミナル』

 

 前大戦で投入されたコンビクトの二号機である。

 

 各部調整とスラスター増設、OSの改良により、扱い易くなっており武装も脚部にビームサーベルや連装ビーム砲など火力も強化されている。

 

 コックピットに座るリアンはモニターに映る敵機を容赦なく撃ち抜きながら攻撃を仕掛ける。

 

 「この程度の攻勢で!!」

 

 バーニア出力を上げ、ビームライフルの追撃を振り切る。

 

 そしてすれ違い様に敵機を斬り裂いた。

 

 その速度にウイングコンバットを装備したフローレスダガーも追いつけない。

 

 「はああああ!!」

 

 背後から追撃してくる敵機を吹き飛ばし、脚部に装備されたサーベルで突き刺した。

 

 「大した事ない連中ね」

 

 獅子奮迅の猛攻で敵機を蹂躙していくリアン。

 

 その時、目立つ機体がイクシオンから飛び出してきた。

 

 「アレはガンダムか」

 

 出撃したアイテルとスウェアの二機が攻撃を仕掛けるヅダを迎撃していく。

 

 その姿に思わずギリッと歯を噛みしめる。

 

 アレとは違う機体だがガンダムによって屈辱と喪失を味わったリアンにとってその姿だけで忌々しいもの。

 

 だがパイロットの腕は流石としか言いようがないようだ。

 

 その動きを見るだけで、パイロットの技量が分かる。

 

 アルドが仕留められなかったのも頷けた。

 

 「ん、何だ?」

 

 敵の動きを確認していたリアンはそこで違和感を感じた。

 

 あの白い機体からだ。

 

 機体自体には見覚えはないのだが、どうも違和感が拭えない。

 

 だが、徐々に気が付く。

 

 白い機体の動きは―――

 

 「あ、ああ、ま、まさか、まさか!」

 

 忘れたくても、忘れられない、憎むべき敵。

 

 記憶にこびり付いた姿がアイテルの動きと歯車が噛み合うようにガチリと嵌った。

 

 「……見つけた。見つけた、見つけた、見つけたァァァァァ!!!

 

 湧き上がる感情に任せ、バーニアを全開にして突撃する。

 

 「マント付きィィィィィ!!!!」

 

 怨嗟の叫びが響き渡り、構えた砲口から憎悪の光が吐き出された。




機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話  奪われた力

 

 

 

 

 

 ある意味予測していた不測の事態。

 

 外で起こった爆発による振動がイクシオンを大きく揺らす中、状況を把握したアレックスは即座に動き出した。

 

 「俺が外へ迎撃に出る! 君達はカガリを連れてオーディンに戻れ! 此処からならシェルターに行くよりはその方が近い! セレネは中佐と司令室へ!」

 

 「はい!」

 

 「了解です!」

 

 セリス達はアレックスの言葉に従う形でカガリを庇いつつ素早くオーディンのいる港の方へと走り出した。

 

 「……どこの誰かは知らないがここまで直接的な行動に出るとは」

 

 大気圏付近で遭遇した正体不明機による再びの奇襲攻撃。

 

 だが近々行動を起こす事自体は予想の範囲内である。

 

 しかし、気になる事があった。

 

 収集したデータを解析しても、確かに彼らの扱う機体性能は高い。

 

 だが、ここはテタルトスの軍事ステーション。

 

 襲撃者とは基本的な物量が違いすぎる。

 

 優勢なのは最初だけで、それ以降は囲まれて殲滅されてしまうだけだ。

 

 大気圏での鮮やかな退き際から見てもそんな事が分からないとも思えないのだが。

 

 「それとも他に目的があるのか?」

 

 「カガリ様、考えるのは後で。今はオーディンへ行く方が優先です。セリス、ニーナ、オーディンに戻り次第、君達も出撃して欲しい。港が潰されたら、オーディンでも持たないだろう」

 

 「「了解!」」

 

 ショウの言う通り、港に停泊したままの戦艦など潰されるのを待つだけの棺桶だ。

 

 進路を確保する為にも、モビルスーツによる退路の確保は必須事項である。

 

 入口が潰される前にオーディンへ急がなければ―――

 

 しかし一歩遅かった。

 

 通路を走っていたセリス達に凄まじいまでの衝撃と震動が襲いかかる。

 

 「くっ」

 

 セリスは咄嗟にカガリに飛び付き、覆い被さると頭を抱える。

 

 運が良かったのか。

 

 震動ほど損傷が大した事は無かったのか。

 

 幸い天井が崩れ落ちてくる様子はない。

 

 「大丈夫ですか、カガリ様?」

 

 「ああ、この手の事は二度目でな。慣れてるよ」

 

 皮肉げに笑みを浮かべるカガリ。

 

 こんな事に慣れているというのも、可笑しな話だが今はそれでころではない。

 

 「ニーナ、ショウさん、大丈夫ですか?」

 

 「ああ、こちらは問題ない」

 

 「私も大丈夫よ」

 

 近くで伏せていた二人も怪我は見当たらない。

 

 安堵しながら、立ち上がると四人はそのままオーディンの停泊していた港へ駆け込む。

 

 だが、そこは先の攻撃で入口が破壊されたらしく無残な惨状が広がっていた。

 

 「くっ、遅かったか」

 

 港の残骸が散乱している中、オーディンには損傷は見られない。

 

 おそらく出撃しようとしていたテタルトス所属のナスカ級が盾代りになったのだろう。

 

 急いで艦の中へ飛び込みセリスとニーナは格納庫へ、カガリとショウはブリッジへ走る。

 

 「アルミラ大佐、状況は!?」

 

 「カガリ様、ご無事で!」

 

 「ああ、幸い皆、怪我もない。それよりも―――」

 

 「ええ、オーディンは若干、損傷を受けてはいますが、航行や戦闘には大きな支障はありません。ただ出口を塞がれてしまう動けない状態です。外ではテタルトス軍と例の機体が交戦中です。中には敵の新型機も混じっているとか」

 

 先程の大きな衝撃はどうやらその新型機の一撃によるもの。

 

 状況は刻一刻と変化しているようだが、とにかく動けなければ意味がない。

 

 そこに良いタイミングでセリス達から通信が入ってくる。

 

 「アイテル、スウェア、発進準備完了です」

 

 「分かった。イクシオンの司令室へ繋げ!」

 

 「了解!」

 

 司令室はどうやらかなり慌てているらしく、モニターからでもその様子が見て取れた。

 

 「司令室、港口が損傷し、艦が動かせない。港の残骸を処理する許可を!」

 

 《申し訳ないが、しばらくそのまま待機していてもらいたい。外も戦闘で混乱し、さらに現在内部にも数名の侵入者がいるという報告も上がっている》

 

 「ッ!? ならばせめてモビルスーツだけでも出撃させて欲しい。防衛の戦力は多い方が良い筈だ」

 

 《しかし―――ッ、少し待て》

 

 上の指示を聞いているらしく、耳に当てた通信機で会話をしているとすぐにこちらに視線を向けた。

 

 《モビルスーツの出撃許可が出た。ただし、戦艦はこちらの状況が落ち着くまでは動くなとの事だ》

 

 「……了解だ」

 

 VIPの乗る艦を戦闘に出したくないという事なのだろうが―――いざという時は向うの指示を受けずに動く準備はしておくべきか。

 

 テレサがショウの方を見るとこくりと頷いた。

 

 「アイテル、スウェア、出撃! テタルトス軍と協力して敵勢力を排除せよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 オーディンのハッチが開き、二機のガンダムがカタパルトデッキを歩いて格納庫の外へと出る。

 

 出口は残骸によって塞がれてはいる。

 

 しかしモビルスーツが通れる程度の隙間を発見した。

 

 「ニーナ、あそこから外へ出れる」

 

 「ええ」

 

 本当は吹き飛ばすのが一番効率が良いのだろうが、他国の軍事ステーション内で勝手な真似はできない。

 

 邪魔な残骸をシールドで取り除き、戦場となった宇宙へと飛び出す。

 

 そこでは大気圏近くで戦った正体不明機がテタルトスのモビルスーツと交戦しているのが見えた。

 

 「やっぱりあの時の機体!」

 

 戦ったばかりで、見間違う筈はない。

 

 あの黒い機体だ。

 

 特徴的な外部装甲を纏い、背中にはいくつかの武装が装着されている。

 

 「行くわよ、セリス、港から引き離すわ!」

 

 「了解!!」

 

 スラスターを噴射させ、動き回る機体へ追いつくとスウェアのビームライフルが火を噴いた。

 

 発射されたビームが正確に敵の武装を弾き飛ばすと、アイテルがセイレーン改に搭載されたロケットアンカーを射出する。

 

 この武装はザフトのゲイツに搭載されていたエクステンショナル・アレスターと同様の武装だ。

 

 最大の違いは先端部分に小型のスラスターが搭載されている為、ある程度ならコントロールが可能な点であろう。

 

 そういう意味ではドレッドノートのプリスティスビームリーマーに近いかもしれない。

 

 ただこれは無線式ではない為、有線が断ち切られるとコントロールは不可能になってしまう。

 

 セリスは素早くコンソールを操作し、動くヅダに向けてロケットアンカーをコントロール。

 

 ジグザグな起動を描きながら逃げる機体に追随し外装部分に直撃させる。

 

 「ここ!」

 

 有線を横に振り抜きアンカーを突き刺したヅダを他の敵機にぶつけて吹き飛ばすと、ビーム砲を発射する。

 

 体勢を崩し避ける事もままならない敵にビームが直撃。

 

 半壊状態へと追い込むとその隙を見逃す事無くビームサーベルで斬り捨てた。

 

 「これで一つ!」

 

 「流石ね、セリス。私も負けてられない!」

 

 ニーナの放ったアータルがアイテルによって吹き飛ばされたもう一機のヅダの腕を消す。

 

 さらに撃ち出したタスラムの砲弾がパイロットごとコックピットを押しつぶした。

 

 「やはりあの機体にはPS装甲は搭載されていない」

 

 元々前回の戦闘からも予測はされていた事だった。

 

 外部装甲や肩部に接続されたビームクロウ内蔵のシールドはかなりの堅牢さを持っていた。

 

 だが機体本体はタスラムの散弾の直撃で損傷を受けていた。

 

 つまりあの厄介な外部装甲を破壊し、丸裸にしてやれば防御力はさほど高くは無いという事だ。

 

 「ならいくらでもやりようはある。セリス、まずは外着けの装甲とスラスターを狙うわ」

 

 「了解!」

 

 最初こそあの速度に面食らったが、もう慣れてしまった。

 

 こうなればもう二人には通用しない。

 

 ニーナが上手く砲撃でヅダを誘導し、待ち構えていたセリスが装甲を破壊。

 

 露出した機体にライフルを突き付けて撃ち落とした。

 

 二機のガンダムが連携を取り、テタルトス軍を援護した事で徐々に状況は変わり、敵の攻勢を押し返していく。

 

 しかし、そんな二人目掛けて怨嗟の閃光が上方から迫る。

 

 「上から!?」

 

 「新手!?」

 

 アイテルを狙った一撃をシールドを上に向けて防ぐと砲撃が来た方向へ視線を向ける。

 

 背中に特徴的な大型バーニアと肩に装着された長い砲身。

 

 「マント付きィィィィィィ!!!!」

 

 リアンのコンビクト・エリミナルがビームサーベルを構え、凄まじい速度で突撃してきた。

 

 「速い!?」

 

 敵からの斬撃を避け切れないと判断したセリスは腕部に装着されているブルートガング改で受け止める。

 

 「はああああああああああ!!!!」

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 思わず吐きそうになるくらいの衝撃。

 

 そしてブルートガングとビームサーベルが鍔迫り合い、目も眩むほどの閃光が弾け飛ぶ。

 

 速度が乗っていた分、刃が叩き折られてしまうのでは懸念する程の一撃にセリスは思わず歯噛みした。

 

 「落ちろォォォォ!!!」

 

 「こ、こいつ!!」

 

 バーニアを吹かし、力任せに押し込んでくるコンビクト。

 

 力勝負は不利になると判断すると一度体勢を立て直す為、腰部に装備されたビームガンを至近距離から撃ち込んだ。

 

 「チィ!」

 

 ビームガンの一射が腕部を掠め、怯んだところで突き離し二機が弾け合う。

 

 そこにニーナの放った砲撃がコンビクトを狙い撃った。

 

 「邪魔するな、雑魚がァァァ!!」

 

 怒りに任せタスラムの砲弾を機関砲で叩き落とし、腰にマウントしていた連装ビーム砲でスウェアに撃ちこんだ。

 

 「セリス!」

 

 「了解!」

 

 ビーム砲を下に回り込む事で避けたニーナは、腕を突き出すと装甲が解放されガトリング砲がせり出された。

 

 両腕から連射された銃弾をコンビクトに浴びせ、アイテルが回り込んでサーベルを横薙ぎに振るう。

 

 「この程度で!!! 舐めるなァァァ!!」

 

 無数の銃弾をシールドで防ぎ、さらにサーベルをやり過ごすとアイテルに対し執拗なまでに攻撃を加えていく。

 

 「この敵は!?」

 

 身震いするほどの殺気を放ち、襲いかかる敵機にセリスは冷や汗を流す。

 

 「強い、それに―――いや、怯んでる暇なんてない!」

 

 自分を叱咤しながら、反撃の機を窺う。

 

 だがどれだけ攻撃を捌こうとコンビクトは攻撃の手をを緩めない。

 

 「お前は絶対に私の手でェェ!!」

 

 互いに振るった光刃が煌き、弾け合う。

 

 何度も繰り出される一撃が暗い宇宙に鮮やかな軌跡を作り出した。

 

 

 

 

 突如襲った敵モビルスーツからの奇襲。

 

 その混乱からようやく立ち直り、迎撃に集中し始めたイクシオンだったが現在さらに面倒な事態になりつつあった。

 

 ヅダの攻撃に紛れ、数人がイクシオン内部に潜入してきたのである。

 

 バルトフェルド達と別れ、無重力で揺れる通路を飛ぶように移動していたアレックスは端末から現在の状況を聞きながら、格納庫に向かっていた。

 

 「侵入者ですか?」

 

 《ああ、正確な数は分からないが、格納庫付近でこちらの警備隊と交戦中だ。お前さんなら大丈夫だと思うが一応気をつけてな》

 

 「了解!」

 

 端末を切り、移動を再開するとこの先で行われている銃撃戦の音が聞こえてくる。

 

 「敵か」

 

 警戒しながら懐に忍ばせていた拳銃を取り出し、銃弾飛び交う戦場へと飛び込んだ。

 

 アレックスは一瞬だけ、格納庫の様子を見る為に視線を左右に流しす。

 

 物資やモビルスーツの陰に隠れ、侵入者と警備隊がお互いに銃を撃ち合っている。

 

 即座に状況を把握したアレックスは躊躇う事無く、銃撃戦が行われている箇所へ身を躍らせる。

 

 「少佐!?」

 

 「構うな! 銃撃を続けろ!!」

 

 壁を蹴り、上方からパイロットスーツを着込んだ男を狙撃した。

 

 「ぐぅ!」

 

 アレックスの銃弾がヘルメットのバイザーを貫き、敵は血を撒き散らして絶命する。

 

 動かなくなった体を残った敵の方へ蹴りつけ、動揺したところにさらに銃撃を叩きこんだ。

 

 「があ!」

 

 一人は胸部を撃たれ、もう一人は脇腹を抜かれて蹲った所にナイフで喉を裂かれ死亡する。

 

 アレックスは味方の援護を受けながら、次々と侵入者を仕留めていった。

 

 「このまま殲滅―――ッ!?」

 

 こちらの動きを阻害するように放たれた銃撃を物陰に隠れてやり過ごした。

 

 「やるじゃねーかよ。大したもんだぜ!」

 

 「まだ残っていたのか」

 

 物陰から相手の姿を窺う。

 

 他と同じくパイロットスーツを着込んでいるが、佇まいには隙がない。

 

 どうやらかなり場慣れしているようだ。

 

 バイザー越しからでも分かる不敵な笑みがこちらの神経を逆なでする。

 

 「何時まで隠れてんだ! さっさと来いよ!!」

 

 「チッ」

 

 銃撃が鳴りやんだ隙を見て飛び出すとナイフを振り抜く。

 

 しかし手に持った銃身で止められ、同時に蹴りを放ってくる。

 

 アレックスは咄嗟にしゃがみ込み、お返しとばかりに左足で相手の足元を払う。

 

 「おっと」

 

 倒れかかった敵は手を床に手をつき、体勢を立て直そうとする。

 

 それを待ってやるほどアレックスはお人好しではない。

 

 すかさずナイフを叩き込む。

 

 だが敵は床についた手に力を込め、倒立。

 

 ナイフを避けつつ逆さの状態から銃撃を撃ち込んできた。

 

 飛び退いて銃弾を避けたアレックスは敵に関してとある確信を抱いた。

 

 「この動きは……」

 

 今まで倒した敵もそうだ。

 

 この動きはナチュラルに出来るものではない。

 

 さらに言えば相当訓練も受けている。

 

 「ヒュー! 危ない、危ない。マジでやるなぁ。ん? お前、まさか……アスラン・ザラか?」

 

 「ッ!?」

 

 こちらの素性を知っている?

 

 アレックスはバイザーの奥にある顔を確認しようと目を凝らすとその顔にはどこかで見覚えがあった。

 

 「……確か―――『狂獣』アルド・レランダーだったか」

 

 直接の面識はないがザフトで異名で呼ばれたパイロットの名前と顔くらいは知っている。

 

 この男はその一人。

 

 『狂獣』と呼ばれたエースパイロットだったはずだ。

 

 「へぇ、俺の事もご存知とはね」

 

 「色々有名だったからな。お前のような奴がここにいるという事はやはり敵は―――」

 

 「おっとおしゃべりはここまでだ。もっとお前との戦いを楽しみたかったんだがな。どうやら準備が整ったみたいだ」

 

 「何?」

 

 アルドがニヤリと笑った瞬間、突如大きな爆音が格納庫に響き渡った。

 

 「爆弾か!?」

 

 アレックスは滑り込むようにモビルスーツの脚部に隠れ、爆風をやり過ごすと敵がいた方向へと銃を向ける。

 

 しかしそこには誰も居らず、アルドはすでに別の方向へ走り出していた。

 

 彼の目指す先には―――トレーラーの上に横たわる機体がある。

 

 「不味い!?」

 

 敵の目的に気がつき、隔壁を閉じる様に命令を出そうとするが、時すでに遅し。

 

 アルドは機体のハッチを開けると、コックピットへ乗り込んだ。

 

 「さて、どれほどのもんか、見せてもらうか」

 

 慣れた手つきでコンソールを操作し、OSを起動させると機体スペックを確認する。

 

 「ほう、流石というべきか。結構な機体じゃないか。名前は『ベテルギウス』か」

 

 LFSA-X000 『ベテルギウス』

 

 テタルトスで開発が進められているエース用モビルスーツ群『LFSAーX』シリーズのプロトタイプに当たる機体。

 

 コンバットシステムのデータ収集も兼ねていた為、特殊な武装は一切装備されていないが、機体性能は非常に高い。

 

 「武装は基本装備だけだが、それは後でどうとでもなる」

 

 操縦桿を握り、傍に置いてあったビームライフルとアンチビームシールドを手に持って機体を立ち上がらせる。

 

 そしてPS装甲が展開すると機体が青紫に染まった。

 

 「へぇ、大したもんじゃないか」

 

 アルドは感心しながら格納庫のハッチに向けてビームライフルを構えた。

 

 「ッ!? 全員退避しろ!!」

 

 自身の機体に乗り込もうとしていたアレックスの声に反応し、警備隊が格納庫から避難しようと駆けだした。

 

 しかしそれを待つ必要などアルドには欠片も無い。

 

 トリガーを引くとビームが発射されハッチを貫通して破壊する。

 

 そして機体に乗り込んだアレックスに向けて言い放った。

 

 「お前が紅いガンダムの―――こりゃいい! 追ってこれるもんなら追ってこいよ、アスラン! できればだけどな!!」

 

 「逃がすと思うか!」

 

 起動したイージスリバイバルが宇宙へ出たベテルギウスを追って外へ向かう。

 

 そこではリベルトのジンⅡとサトーのヅダが鎬を削っていた。

 

 「我らの邪魔をするな、裏切り者共め!!」

 

 「そうはいかん!!」

 

 高速で激突を繰り返しながら、お互いにビームクロウをぶつけ合う。

 

 応戦するリベルトにその場を任せ、ベテルギウスの進路を阻むためビームライフルを連射するがすべて紙一重でかわされてしまう。

 

 嫌煙されていたとはいえ、エースパイロットだ。

 

 この程度の牽制は通用しないらしい。

 

 「仕方ない。奪われるよりは、このまま撃墜する!!」

 

 ターゲットを落そうと、今度は本気で狙いにいく。

 

 しかしトリガーを引こうとした瞬間、そこに乱入してくる機体があった。

 

 青い戦闘機のようなシルエットで背中には複数の砲身とミサイルポッドと思われるものを装着している。

 

 その姿にアレックスは見覚えがあった。

 

 いや、見覚えがあるどころではない。

 

 あの機体はまさに前大戦時、自身が搭乗していた機体であったからだ。

 

 「まさか……ジュラメントか!?」

 

 ZGMF-FX002b 『ジュラメント・ラディーレン』

 

 前大戦で投入されたジュラメントの二号機である。

 

 高機動スラスターの装着と各部調整より、パイロットの負担が軽減され、武装もビームウイングは排除されたものの、その分遠距離武装が強化されている。

 

 コックピットに座るジェシカは背中に装着されたプラズマ収束ビーム砲を発射。

 

 イージスリバイバルを引き離し、不敵な笑みを浮かべた。

 

 「上手く行ったみたいね。こいつは私がやるから、アンタはさっさと行きなさいよ」

 

 「ふん、本当はけりをつけたいところだが、今のこの機体じゃな。ここは任せたぜ」

 

 ベテルギウスは反転し、宙域からの離脱を図る。

 

 「行かせるか!」

 

 「アンタの相手は私だっての!!」

 

 持ち前の機動性でイージスリバイバル正面へ回り込み、ビームキャノンを叩き込んでくる。

 

 アレックスは紙一重で回避しながら、ライフルを放った。

 

 「邪魔だ!」

 

 正確な射撃がジュラメントの行先を読んでいるかの様に撃ち込まれる。

 

 「やるじゃない!」

 

 アレックスにとっては昔、手足のように扱った機体だ。

 

 性能は良く知っている。

 

 多少武装が変わっているようだが、特性まで大きく変化する事は無い。

 

 敵機を機動性を考慮しながらライフルで誘い込むとサーベルで斬りつける。

 

 戦闘機から人型へ変形したジュラメントもまたそれを見越していたかのように、ビームソードを振り上げた。

 

 「お前達は何をしようとしている!!」

 

 「答えると思うのかしら」

 

 「そうか、ならばこのまま全員落すだけだ!」

 

 アルドに接触した事やジュラメントの改修機を目にした事でアレックスにはすでに彼らの正体についてある程度予測を立てていた。

 

 その目的も聞くに堪えない碌でもないものに違いない。

 

 「何を企んでいようと俺がそれを阻止する!!」

 

 それこそが自分の責任であり、けじめである。

 

 盾に阻まれ光を散らすサーベルを引き、もう一方の腕から放出したサーベルを斬り上げる。

 

 「チッ!」

 

 振り上げられた斬撃がジュラメントの装甲を掠める様に流れ、繰り出されたヒュドラの一撃が盾によって弾かれる。

 

 イージスリバイバルの息も吐かせない激しい猛攻。

 

 それを捌きながら、ジェシカは余裕の笑みを崩さない。

 

 「威勢が良いわね。けど、私に構っていていいのかしら?」

 

 「何?」

 

 「アレ、放っておいていいの?」

 

 ジェシカが示した先では、奇妙な光景が広がっていた。

 

 そこでは棒立ちになったり、あらぬ方向へ攻撃しているフローレスダガーがヅダによって撃墜されている。

 

 明らかに様子がおかしい。

 

 「一体何が―――ッ!?」

 

 一瞬気を逸らした瞬間にジュラメントはイージスリバイバルを突き離して距離を取る。

 

 そこに妙なボックスを背負った一機のヅダが割り込んできた。

 

 ボックスが左右横方向にスライドすると中身が解放され、無数の何かが飛び出してきた。

 

 最初はミサイルポッドかと思ったが、よく見れば違う。

 

 ミサイルではなくアンカーのようなものだった。

 

 先端から短いビーム刃を展開しながら、こちらに向かってきた。

 

 「くっ!」

 

 どんな効果があるのか分からない以上、まともに受けるのは危険だ。

 

 機関砲を駆使し、アンカーを破壊する。

 

 残りは上昇して回避すると少数のアンカーは近くにいたフローレスダガーに突き刺さった。

 

 しかしあの程度の刃では撃墜する事などできはしない。

 

 無防備にコックピットに当たらない限りは、致命傷も望めないだろう。

 

 だがあの攻撃の真骨頂が何なのかアレックスはすぐに知る事になる。

 

 「な、何だ!? 敵が消えた? いや、後ろに!?」

 

 「どうした!?」

 

 フローレスダガーのパイロットは恐慌を起こしたように周囲にビームライフルを連射し始めた。

 

 「い、いつの間に! うわああ!!」

 

 「やめろ!!」

 

 アレックスの声など聞こえていないようにライフルを連射するフローレスダガー。

 

 その背後から悠々と接近したジュラメントのビームソードによって両断されてしまった。

 

 幾らなんでも背後から接近されて何の反応も示さずに撃墜されてしまったのは明らかにおかしい。

 

 原因があるとすれば―――

 

 「やはりあのアンカーには何か仕掛けが」

 

 「フフフ」

 

 ジェシカは密かにほくそ笑む。

 

 「くそ! イクシオン、聞こえるか? 妙なボックスを背負った敵の攻撃は絶対に受けないようにしろと全軍に通達を―――」

 

 だがいくら叫んでも通信機から返答はない。

 

 ただ耳障りな機械音が聞こえてくるだけだ。

 

 「イクシオンでも何かあったのか?」

 

 ジュラメントが繰り出す砲撃を避けつつ、アレックスを視線を滑らせ、ボックスを背負っている敵機の姿を探す。

 

 「箱持ちはそう多くない。奴らの思惑に乗るのは癪だが、あいつらから片付けるしかない!!」

 

 これ以上被害を拡大させる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 リアン・ロフトにとってあの敵と出会った事自体が運命としか言いようがない。

 

 最初に現れた時、姿を隠すように布状のものを纏っていた故に『マント付き』の愛称で呼び、幾度となく刃を交えた。

 

 最初はそれこそ訓練は積んでいても実戦経験の乏しく、大した奴ではないと思っていた。

 

 しかし、戦いを重ねるごとに実力を上げ、前大戦の最終決戦においては自分の達を一蹴。

 

 敬愛していた隊長アシエル・エスクレドすら打倒した。

 

 許せない。

 

 その時に胸に刻まれた憎悪を糧にリアンはここまで歩んできた。

 

 そしてついにそれを晴らす機会が訪れたのだ。

 

 もう逃がすものか!

 

 「ここでお前だけは!!」

 

 コンビクト最大の特徴と言えるバーニアユニットを最大に吹かし、その速度を持ってアイテルを翻弄しながら光刃を振りかぶる。

 

 両手、両足から放出されたサーベルがガンダムの装甲に傷を刻んでいく。

 

 「くっ!」

 

 「セリス、後退しなさい!」

 

 タスラムの散弾砲でコンビクトをアイテルから引き離す。

 

 「お前はァァァ!!」

 

 肩の大口径ビームランチャーをせり出し、スウェアの方へ撃ち込むと同時に連装ビーム砲を放った。

 

 機体を掠めながらも縫うようにして回避したニーナは相手の動きや射撃を見てソレに気が付く。

 

 「これは……まさか」

 

 そしてそれはリアンも同様である。

 

 様々な戦場を一緒に駆け抜けてきたのだ。

 

 お互いに戦い方も、動きの癖も知り尽くしている。

 

 「まさか……ニーナ」

 

 「……リアン」

 

 接近したコンビクトがビームサーベルを抜くと同時にスウェアも光刃を振り抜いた。

 

 「やっぱり、ニーナ!」

 

 「生きていたのね」

 

 聞こえてきたニーナの声にリアンは知らず知らずの内に操縦桿を強く握りしめていた。

 

 かつての仲間が生きていた事による喜びをかき消すほどの激しい怒り。

 

 「ニーナ、何でガンダムに乗って『マント付き』と一緒に戦ってるの?」

 

 「貴方達の方こそ一体何を……何故こんな事を!」」

 

 「私達はナチュラル共を排斥し、コーディネイターが手にする筈だった未来の為に戦ってるだけよ!」

 

 「まだ、まだそんな事を言ってるの、貴方は!? そんな事をしても待っているのは破滅だけだ!」

 

 お互いの主張が食い違い、それで悟る。

 

 ニーナは元々リアン達とは考え方に違いがあった。

 

 ナチュラルを嫌悪する事無く、無用な戦いは避けようとしていた。

 

 最終的に彼女と隊のメンバーはほぼ瓦解状態にまで悪化はしたのだが、それでも仲間であると思っていた。

 

 でも仇敵と共に戦う今の彼女は絶対に容認できない。

 

 ニーナはもう仲間でもなんでもない。

 

 ただの敵になったのだ。

 

 「……もういい。私の仲間だったニーナ・カリエールはヤキン・ドゥーエで死んだんだね」

 

 「リアン!」

 

 「黙れ、この裏切り者が!! よりにもよって奴と―――『マント付き』と、隊長の仇と慣れ合っているなんて!!」

 

 バーニアを噴射しサーベルを受け止める盾ごと押し込み敵機を弾き飛ばす。

 

 「絶対に許せない!!」

 

 持ちえるすべての火器をスウェアに向け、ビームランチャー、連装ビーム砲、ビームライフルから何条もの閃光が一斉に発射された。

 

 フリーダムのフルバーストにも劣らない、凄まじいまでの火力が襲いかかる。

 

 「この!」

 

 ニーナは機体を巧みに動かし、最小限の損傷で事なきを得る。

 

 この程度で済んだのは彼女の技量の高さもあるがリアンの癖を知っていたからこそでもある。

 

 しかしリアンもただ迂闊に攻撃を加えた訳ではない。

 

 「かわされる事は想定済みなのよ!!」

 

 接近していたコンビクトの蹴りにより、シールドの下半分が斬り落とされてしまった。

 

 「仲間だったよしみで、私の手で殺してあげる!!」

 

 「くっ!」

 

 「ニーナ!!」

 

 セリスがコンビクトの猛攻に晒されるスウェアの援護に向おうとする。

 

 だがそれを阻むようにヅダが前に立ちはだかった。

 

 「このままじゃ」

 

 発射されたミサイルを撃ち落としながら、目の前の敵を睨みつけた。

 

 早く突破しなければ、ニーナが危ない。

 

 彼女の技量がいくら卓越していてもあの敵は別だ。

 

 実力や機体性能も含めて危険すぎる。

 

 何よりも、仲間を、友達を、絶対に死なせたくない。

 

 だから―――

 

 「そこを退けェェ!!」

 

 その時、セリスの中で何かが弾けた。

 

 視界が開け、感覚が研ぎ澄まされる。

 

 ヅダから放たれる無数の砲撃。

 

 その軌道を容易く見切り、ビームを回避。

 

 一息で距離を詰めると同時にビームサーベルを振るう。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃が外部装甲を斬り裂き、出来た隙間にセイレーンのビーム砲を叩きこんで撃ち落とす。

 

 「邪魔!!」

 

 もう一機から放たれたグレネード・ランチャーをビームガンで破壊。

 

 振りかぶられたビームクロウを機体を逸らすのみで避けてサーベルを逆袈裟から振り上げる。

 

 敵機は抵抗もできないまま斬り捨てられ、宇宙のゴミへと変えられた。

 

 さらに道を阻む敵をビームライフルで撃ち落とすとコンビクトに向かって一気に加速を掛けた。

 

 「撃たせない!!」

 

 「マント付き!? すべてはお前がァァァァ!!!」

 

 リアンは目標をスウェアからアイテルに変え、剣を振り上げる。

 

 「はああああああ!!!」

 

 「おおおおおおお!!!」

 

 スラスターの光が尾を引き、二つの光刃が軌跡を描く。

 

 そして次の瞬間、コンビクトの右腕が飛んでいた。

 

 「なっ!?」

 

 リアンは驚きで目を見開いた。

 

 何だ、今のは?

 

 全く感知できなかった。

 

 敵に対する憎悪が胸中を駆け廻り、歯を食いしばる。

 

 「貴様ァァァァ!!!」

 

 振り向き様に連装ビーム砲を叩き込むが、アイテルに掠める事すらできない。

 

 射線をすべて見切っているように避け続け、回り込んだセリスのビームライフルがコンビクトの背中に直撃する。

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 気を失うのではと思われるほどの衝撃がリアンを襲う。

 

 見れば背中のバーニアユニットの一つが見事に破壊されてしまっていた。

 

 これではこれ以上ガンダムと戦う事はできない。

 

 「くそ、くそ、くそ、くそ!!」

 

 ようやく討つべき敵を見つけ出したというのに!

 

 ここでやられては意味がない。

 

 だが目的は達成し、時間も稼いだ。

 

 敵もこの混乱では追ってこれまい。

 

 感情を無理やりに押し殺し、通信機のスイッチを入れた。

 

 「ジェシカ、目的は達成された。撤退する」

 

 「了解!」

 

 イージスリバイバルを砲撃で引き離し、モビルアーマーに変形したジュラメントが損傷したコンビクトを回収しに向かった。

 

 「リアン!!」

 

 ニーナの叫びに答える事無くリアンは殺意の籠った視線で二機のガンダムを睨みつける。

 

 「……次は必ずこの手で―――殺す!」

 

 「離脱するわ」

 

 「逃がさない!」

 

 ジュラメントはミサイルポッドを発射し追撃を撹乱、仲間の機体と合流するとテタルトスの防衛圏外へと離脱していった。

 

 アレックスとセリスは行く手を阻むミサイルを機関砲で撃ち抜く。

 

 だが次の瞬間、視界を塞ぐほどの煙が周囲を覆った。

 

 「スモーク!?」

 

 煙幕から逃れる為に、急上昇したイージスが視界を確保した時にはすでに敵の姿は影も形も存在していなかった。

 

 「防衛網をどうやって抜けた?」

 

 イクシオンにも未だ連絡が取れない状況だ。

 

 「くそ!」

 

 アレックスは憤りに任せ、思わず吐き捨てる。

 

 防衛網の隙を突かれたとはいえ、こうも手玉に取られるとは。

 

 今回は敵の方が一枚上手だったという事だ。

 

 「追撃したいのは山々だが、一度戻らざる得ないだろうな」

 

 事態の収拾を図る為にも、今は状況把握が最優先。

 

 アレックスは複雑な想いを抱えながら敵が退いた方を一瞥する。

 

 彼らが生み出す火種は必ず消さねばならない。

 

 それこそが自分の役目である。

 

 改めて決意すると、アレックスはイクシオンへの進路を取った。




機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話  思惑

 

 

 

 

 

 襲撃を受けたイクシオン周辺では破壊されたモビルスーツや戦艦が虚しく漂っていた。

 

その光景を設置されているモニターで眺めながら、バルトフェルドは内心ため息をつく。

 

 現在、イクシオンでは突如起こったシステム異常の回復や被害状況の把握。

 

 敵に関する情報の収集などの対応に追われている。

 

 そして会議室で今後の対応を協議する為にエドガーを始めとした軍の主要メンバーと議会を代表してゲオルクが席を囲んでいた。

 

 「派手にやられたものだな、バルトフェルド中佐」

 

 威圧感と共に鋭い視線を向けてくるゲオルクに弁明する事無くバルトフェルドは頭を下げた。

 

 「返す言葉もありませんね、申し訳ない」

 

 今回に限ってはそう言うしか無い。

 

 敵の奇襲を受け、イクシオンの港口を破壊され、部隊も甚大な被害を受けた。

 

 さらに悪い事に新型機を強奪されてしまった。

 

 もはや弁明のしようもない。

 

 「いかなる処分も受けます」

 

 「そうするつもりだ―――と言いたいところだが、事態は切迫している。今、貴様を外す余裕はない。今まで以上に働いてもらう。その方が貴様には堪えるだろう?」

 

 「おっしゃる通りですよ」

 

 軽く調子で肩を竦めるバルトフェルドを一瞥するとゲオルクは手元の端末に目を落とした。

 

 「エドガー司令、現状分かっている事だけで良い。報告を頼む」

 

 「はい。モビルスーツ隊は現在、動ける部隊で防衛線を立て直しながら、損害を調査、破損した機体の修復と部隊の再編成を急がせています」

 

 襲撃を受けたのはイクシオンだけではない。

 

 周辺を警戒、哨戒を行っていた部隊も攻撃を受けていた。

 

 「イクシオンのシステム復旧は約80%で現在も進行中。南港口は半壊状態、この修復にはしばらく時間を要するかと。さらに内部でも一部が破損し、空気漏れも起こっており、ここは最優先で修復を急がせています」

 

 エドガーの報告を聞きながら、淡々と頷くゲオルクを除いた全員が顔を顰めた。

 

 正直、聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。

 

 「敵については?」

 

 「それに関してはアレックスの方から」

 

 エドガーが対面に座るアレックスを促すように視線を送ると頷きながらモニターの前に立つ。

 

 「まずはこちらをご覧ください」

 

 モニターにニ機のモビルスーツの映像を映し出した。

 

 イージスと対峙している可変機構を備えた機体ジュラメントとアイテルと戦う二基のバーニアユニットを背負ったコンビクト。

 

 「皆、この二機のモビルスーツに見覚えがあるかと思います。これらは前大戦において……パトリック・ザラが主導で開発していたモビルスーツ群『Fシリーズ』の象徴的な機体であります。さらに侵入してきたパイロットはかつてザフトに所属していた者でした。つまり―――」

 

 「つまり敵はパトリック・ザラを信奉している者達、『ザラ派』の残党ということか」

 

 かつてプラントの勢力は大まかに三つに分かれていた。

 

 『宇宙の守護者』と呼ばれた英雄エドガー・ブランデルに従う『ブランデル派』

 

 反ナチュラルを掲げ、排斥しようとしていたパトリック・ザラ率いる『ザラ派』

 

 そして亡きシーゲル・クラインの意志を継ぎナチュラル、コーディネイター双方の融和を求めた『クライン派』の三つである。

 

 かつては『ザラ派』が大勢を占めていた。

 

 だが戦争が終盤に向かうにつれてその勢いは衰え、『ブランデル派』がプラントから離れたのを契機に最後は『クライン派』に実権を握った。

 

 その後『クライン派』のやり方に反発した『ザラ派』はプラントから離脱し、行方をくらませていたのだが―――

 

 「ではあの正体不明機は……」

 

 「はい、公表されていなかったFシリーズの一機でしょう。それからこれを見てください」

 

 次に背中にボックスらしきものを設置したヅダが映し出される。

 

 「この機体に設置されているボックス内にはアンカーが内蔵されています。そしてこのアンカーにはコンピュータウイルスが仕込まれているようです」

 

 「ウイルス!?」

 

 「はい、フローレスダガーやイクシオンがシステム異常を引き起こしたのも、このウイルスによるものです」

 

 ミラージュ・コロイドと共にこれを使えばテタルトスの防衛網を抜け、奇襲を仕掛けると同時に離脱する事も不可能ではない。

 

 「奪われたベテルギウスと離脱した敵の行方は?」

 

 「追跡させています。最後に捕捉された位置と進路から現在予測されている敵の位置はここです」

 

 画面に月周辺の宙域図が映り、逃げた敵の進路が示される。

 

 そこには一つの基地が存在していた。

 

 「ローレンツクレーターですか」

 

 ここには前大戦で建設された基地が存在している。

 

 今集まった情報から総合して敵はここに逃げ込んだという可能性が一番高いという事になるのだが。

 

 「確実に罠ですな」

 

 「でしょうね」

 

 こうも簡単に位置を悟らせるというのは、あからさま過ぎた。

 

 確実にテタルトス側を誘っている。

 

 「……地球軍やザフトの動きは?」

 

 今の現状、最も憂慮すべき事は地球軍やザフトがこの隙をついてくる事だった。

 

 「地球軍側の動きは確認されていませんが、ザフトは何隻かのナスカ級がこちらに向かっているのを確認しています」

 

 「この機会に攻め込んでくるつもりか」

 

 「今回は様子見かもしれませんが、我々が混乱していると分かれば一気に押しつぶそうとしてくる筈です」

 

 ここまで話を黙って聞いていたゲオルクが口を開くとエドガーに問いかける。

 

 「テタルトス軍最高司令官はブランデル司令だ。君の意見を聞かせてもらおう」

 

 「……ローレンツクレーターに部隊を派遣すべきでしょうね。罠だと分かっていても奴らを放置はできない。敵の本拠地やベテルギウスに関する情報を得る為にも向う必要があるでしょう。アレックス、君に任せたい」

 

 「ハッ!」

 

 「ですが今は大佐もいませんし、アレックスの部隊だけでは戦力的には厳しいのでは?」

 

 待ちうけているのはFシリーズを代表する機体群。

 

 さらにそれを操っているのは卓越した技量を持つパイロット達だ。

 

 いかにアレックスが優れた技量を持っていようと、単機ですべてを排除するというのは難しい。

 

 さらにザフトやザラ派からの襲撃を警戒しなければならないとなると、他の部隊を回す余裕も無くなる。

 

 「いや、戦力ならあるだろう。彼女らにも協力してもらえば良い」

 

 ゲオルクの発言にヴァルターを除いた全員が驚きながら振り向いた。

 

 「まさか、同盟に協力を仰ぐと?」

 

 「嫌とは言うまいよ。ウイルスの件を教えてやれば、向うから協力すると言い出す。後はアレックスの采配次第だ。分かっているな?」

 

 確かに視察を急遽取りやめ、帰還させようにもまだ敵がどこにいるのかも判明していない。

 

 さらには連中が厄介なウイルスまで持っているとなれば、同盟側としても対処したいと考えるのが自然。

 

 つまりゲオルクは同盟の戦力を利用し、最悪盾にしろと言っているのだ。

 

 アレックスは拳を強く握り、一瞬目を伏せると敬礼する。

 

 「……了解いたしました」

 

 思う所はにある。

 

 しかしやるべき事を履き違える気はない。

 

 大切なものを守る為の手段としてそれが必要であるならば、迷うつもりはなかった。

 

 「では、ブランデル司令、ザフトの件は私が行きましょう」

 

 「分かった、そちらはランゲルト少佐に任せよう。バルトフェルド、引き続きイクシオンの方を頼む。私はアポカリプスで指揮を執る」

 

 「「「了解!」」」

 

 細かい打ち合わせを含め、会議が終了するとヴァルターはアレックスに声を掛けた。

 

 「ディノ少佐」

 

 「……何か?」

 

 僅かに警戒心を滲ませるアレックスにクスリと笑みを浮かべる。

 

 やっぱりどう見ても男には見えない。

 

 それに笑顔がどうしても被るのだ。

 

 「今回の作戦、よろしくお願いしますね。私も全力を尽くします」

 

 「え、あ、はい。ランゲルト少佐もお気をつけて」

 

 「フフ、今回は義妹君も出撃になる筈ですから、声を掛けてあげた方が良いですよ。何と言っても初陣ですからね」

 

 「……分かっています」

 

 渋い表情のアレックスを見て笑みを浮かべたヴァルターは先に出たゲオルクの後を追い部屋を後にする。

 

 「今回の件、例の『ロゴス』でしょうか?」

 

 『ロゴス』

 

 世界の裏に存在する組織。

 

 確かに今回の件も彼らの仕向けた可能性は否定できないが―――

 

 「あの連中がこんな中途半端な介入などしたりはしない。やるなら、もっと派手に、強引にやるさ」

 

 「なるほど」

 

 「何にせよ、『奴』がどう動くかを見極めるには良い機会ではある」

 

 ゲオルクは笑みを浮かべながら移動用のベルトに手を添えて、カガリ達の待つ部屋へと向かった。

 

 

 

 

 「つまり、オーディンにも作戦へ参加して欲しいと?」

 

 「実に心苦しいのですが、そういう事になります」

 

 現状説明の為に待機していたカガリ達の元へ訪れたゲオルクは表情をまるで変えずに頷いた。

 

 事情は聞かされたが、その要請には顔を顰めてしまう。

 

 確かに話を聞く限り、例の機体群は放置できない。

 

 特にウイルスを持った敵に関してはすぐに対応を取らねばなるまい。

 

 しかし今回の件は事情が事情だけにカガリの一存だけでは決められない。

 

 それに気になる事もある。

 

 「話は分かった。だが一度本国と連絡が取りたい。オーディンはスカンジナビア管轄の艦だからな」

 

 「ええ、それは構いません」

 

 話を終えたゲオルクが部屋を出ていくとカガリは盛大に息を吐いた。

 

 「ハァ~、全く次から次へと。ミヤマ、率直に聞くが今回の件はどう思う? 私は受けざる得ないと思っているが……」

 

 「でしょうね。本国も、いえ、アイラ様も同じ判断をする筈です。連中を放置しておく事はできない」

 

 単純に連中の危険性だけの問題ではない。

 

 この件を放置しておけば、再び世界を巻き込む大戦の引き金になりかねないのだ。

 

 「テタルトスも連合やザフトが動く前に片をつけたい筈です」

 

 「そうだな。セリス達には申し訳ないが。とにかくミヤマ、すぐに本国と連絡をとれ」

 

 「はい」

 

 これ以上面倒な事になる前に決着をつけたいというのはこちらも同じ。

 

 それでも消えない嫌な予感を覚えながらカガリは席を立った。

 

 

 

 

 オーディンの待機室から修復中の機体を見つめていたニーナは先の戦闘の事を思い出していた。

 

 対峙したコンビクト・エリミナル。

 

 そしてジュラメント・ラディレーン。

 

 あの機体群に乗っていたのは―――

 

 「……リアンにジェシカ」

 

 かつて共に戦った者達。

 

 はっきり言えば仲間と言えるほど信頼もしていなかった。

 

 それに面倒事ばかりだったが、情が無いかといえば嘘になる。

 

 しかし昔からの経験上、彼女達にやめろと言ったところで無駄だ。

 

 むしろ裏切り者としてニーナを付け狙ってくる事すら考えられる。

 

 「……セリスには言わない方が良いわね」

 

 言えば必ずセリスは気にするだろう。

 

 それが戦いで致命的な隙になりかねない。

 

 「決着は私の手でつける」

 

 それがニーナの役目だろう。

 

 今度戦場で会う事になれば、容赦はしない。

 

 「あ、ニーナ、此処に居たんだ」

 

 「セリス、どうかしたの?」

 

 「うん、出撃するかもしれないから、ブリッジまで来てくれって」

 

 「出撃? 敵の居場所が分かったの?」

 

 「さあ、ブリッジに上がれば分かるでしょ、多分ね。いこ」

 

 ニーナはセリスと共にブリッジへ歩き出すと隣で何か悩むように俯いているのに気がついた。

 

 「どうしたの、セリス?」

 

 「うん、ちょっと気になる事があるんだよね」

 

 「何?」

 

 「えっと」

 

 セリスは少し迷うように、言葉を詰まらせる。

 

 そして整理するようにポツポツと話始めた。

 

 「ちょっと前からなんだけど、時々戦闘中に妙な感覚になる事があって。なんて言うか弾けたような感覚の後、突然視界がクリアになって、感覚が研ぎ澄まされるというか」

 

 「……もしかして『SEED』?」

 

 「えっ、『SEED』ってもしかしてキラ・ヤマトやアスト・サガミの?」

 

 世間では『SEED』といえばテタルトスの考え方という印象が強い。

 

 だが同盟内部においてはキラ・ヤマトやアスト・サガミの用いた力というのが共通認識のようになっている。

 

 ローザ・クレウス博士の研究対象としても有名だ。

 

 「まさか」

 

 「でも、他に心辺りはないのでしょう?」

 

 「うん」

 

 確かにそうだ。

 

 アレがもしも『SEED』の力であるならば危険な敵が来ても互角以上に戦う事が出来る筈―――

 

 しかしそこで気がついた。

 

 「……あれ、でも、どうやったら使いこなせるのかな」

 

 それを聞こうにも、聞ける相手もいない。

 

 そもそも使い方も分からない。

 

 「う~ん」

 

 「そんな簡単に使えないでしょうから、あまり当てにしない方がいいと思うわよ」

 

 「そうだね」

 

 これで仲間を守る事が出来ると思ったのだが。

 

 そんな上手い話はないかと、セリスは若干肩を落としながらブリッジへ入っていった。

 

 

 

 

 暗闇の中で無数の岩礁と共に浮かぶ小惑星。

 

 内部には人の手が加えられ、幾つのも施設が存在している。

 

 その施設の中枢である司令室でパトリック・ザラはいつものように不機嫌そうな表情で端末に目を落としていた。

 

 ここは元々『ゲーティア』という名で呼ばれている前大戦時に極秘に建造した兵器工廠である。

 

 前大戦終盤、主戦場が地上から宇宙へと移行した事で地球軍のプラント侵攻はより現実味を増した。

 

 『ボアズ』、『ヤキン・ドゥーエ』といった宇宙要塞も存在していたが、あれはあくまでもプラントを守る防衛ラインに位置するもの。

 

 地球軍に対して積極的に攻勢に出るには些か不便だった。

 

 そこで宇宙各所に秘密裏に拠点を建造し、地球軍迎撃の為の足がかりにしようとした。

 

 そうすれば作戦の幅も広がり、仮にボアズやヤキン・ドゥーエが攻め込まれたとしても、背後からの奇襲や挟撃も可能となる。

 

 そうして幾つかの兵器工廠を含めた拠点が数か所極秘裏に建造される事になった。

 

 だがジェネシスの建造を優先した事や建造の為の時間不足など様々な要因によって結局完成には至らないまま放棄されてしまった。

 

 日の目を見る事がなかったこれらの施設を知っているのはパトリックを含め親しい僅かな者達だけ。

 

 パトリック達が身を隠すにも、力を蓄える拠点としても打って付けの場所だった。

 

 素早くキーボードを操作し、データを閲覧していると甲高い音と共に端末に見たくもない男の顔が映る。

 

 「……カースか」

 

 《失礼いたします、閣下。今、作戦は無事成功したという報告が入ってまいりました。例の仕込みが上手く作用したようです」

 

 「ふん、当然だ」

 

 彼らが今回作戦の成功率を上げる為にとある仕掛けを用意していた。

 

 それがZGMF-Xシリーズの一機X12A『テスタメント』に搭載される予定だった特殊兵装『量子コンピュータウイルス送信システム』を使用する事だった。

 

 ただ今回使用されたものはX12Aの物とは少し違う。

 

 量産化する為、大型ボックスに設置されたアンカーから直接ウイルスを送り込む必要があるという欠点があった。

 

 とはいえそれでも十分なほどの成果を出し、心配も杞憂に終わったようだが。

 

 先の戦闘でアンカーの攻撃を受けたフローレスダガーのパイロットがジュラメントの姿を捉えられなかったのはこのウイルスによって偽装情報が送られていたからである。

 

 《予定通り、戦闘可能な部隊は『ローレンツクレーター』へ向かうとの事。奪取したテタルトスの新型はこのまま『ゲーティア』の方へ運び―――》

 

 「いや『レメゲトン』の方へ運べ。アレももうすぐ組み上がる。そこで最終調整を行う」

 

 納得したようにカースもまた口元を歪める。

 

 《なるほど。了解いたしました》

 

 「ザフトの方はどうなっているか?」

 

 《滞りなく》

 

 「良し、私も『レメゲトン』へ移動する。貴様も奪った機体を受け取ったらこちらと合流しろ」

 

 「ハッ」という声とともに端末に映っていた映像がかき消えるとパトリックは立ちあがる。

 

 「見ていろ、ナチュラル共、そしてブランデル! もうすぐ貴様ら纏めて薙ぎ払ってやる!」

 

 その果てに、今度こそ自分達コーディネイターのあるべき未来が訪れるのだ。

 

 拳を固く握りしめ、司令室を後にするパトリック。

 

 虚空を睨む彼の眼には深く、暗い憎悪の光が宿っていた。

 

 

 

 

 緊張高まる宇宙をゆっくり数隻のローラシア級がミラージュ・コロイドを使いながら、航行していた。

 

 ミラージュ・コロイドは外付けの簡易装置故に長続きはしないが、数時間程度ならば余裕で姿を隠す事が出来た。

 

 目的を達成するだけであるならば十分すぎる時間だ。

 

 端末の通信を切れ、映っていた映像が消えるとカースはただ皮肉げに口元を歪める。

 

 「精々踊るがいいさ、パトリック・ザラ。私の為にな」

 

 パトリックがカースを信用していないように、カースもまた彼の事を信用していなかった。

 

 あくまでも自分の目的を達成する為に、お互いを利用し合っているにすぎない。

 

 すべてはあの女と戦う為に―――

 

 カースは部屋を出て、歩き出すとすれ違う者達全員が怪訝な表情でこちらを見てきた。

 

 不気味な仮面で顔を隠した素性も知らぬ者が歩いているのだ。

 

 無理ない反応だろう。

 

 しかしそれを全く意に反さないまま、ブリッジの扉を潜ると正面にあるモニターに奇襲部隊の姿が映っている。

 

 ジュラメントなどエース機の姿も見えるのだが、目についたのがコンビクトだ。

 

 見事に腕と背中のバーニアユニットが破損していた。

 

 あの様子から見て派手に負けたらしい。

 

 「……丁度いい」

 

 アレを利用させてもらおう。

 

 誰にも聞こえないように呟くと破損機回収の命を出し、自分もまた格納庫へ歩き出した。

 

 格納庫では整備士達が急ピッチで傷ついた個所の補修や補給を行うために、機体へ張り付いている。

 

 その様子を尻目にカースは見慣れない機体ヘと近づき、傍にいるアルドへと声を掛けた。

 

 「これがテタルトスの新型か」

 

 ツインアイのどこかガンダムの面影がある。

 

 背中などに特殊な装備は見当たらないシンプルな印象を持った機体であった。

 

 「何だ仮面かよ。そうだ、これが『ベテルギウス』だ。性能は結構なものだぜ」

 

 「そうか。この機体は『レメゲトン』の方へ送る。君も私と一緒に―――」

 

 「断る。俺はこのまま作戦に参加させてもらうぜ。せっかく俺のヅダも強化されたんだからな」

 

 アルドが振り向いた先では強化された専用のヅダが立っていた。

 

 外見は変わっていないが、性能は格段に増している。

 

 この機体で今度こそ全力で戦い、そして勝つのだ。

 

 「ふう、仕方がないな。引き際を見誤らない事だ」

 

 「わかってるっての!」

 

 『狂獣』とまで呼ばれた彼だ。

 

 何を言っても聞きはすまい。

 

 なら無理に連れ帰って機嫌を損ねた挙げ句に好き勝手されるよりは、作戦に参加させ、暴れさせた方がリスクも少なくて済む。

 

 アルドの肩を軽く叩き、その場を後にすると目的の人物を探す為に歩を進めた。

 

 その人物―――リアンはジェシカに宥められながらも、視線だけで人を殺せるのではないかと思えるほどの凄惨な視線でコンビクトを睨みつけている。

 

 コンビクトは確かに損傷を受けているが、バーニアユニットの交換をすれば修復もそう時間はかかるまい。

 

 次こそは必ず奴を倒す。

 

 そう、心に刻みつけ、拳を強く握る。

 

 「まさかニーナが同盟に居たなんてね」

 

 「うん」

 

 それもリアンの神経をささくれ立たせている原因であった。

 

 ニーナとはアカデミー時代からの付き合いであり、反りが合わない事もあった。

 

 だがそれでも仲間だと思っていた。

 

 それは決して仲が良いとは言えなかったジェシカですらそうだ。

 

 ライバル視し、実力も認めていた。

 

 だからこそヤキン・ドゥーエの決戦で行方が分からなくなった際には二人共涙を流して悲しんだ。

 

 そして仇を討とうと決めていたというのに―――

 

 「……丁度いいわよ。長年の決着は私の手でつける。マント付きと一緒にね!」

 

 ジェシカはそう吐き捨てると、次の作戦に備える為にジュラメントの方へ飛び移った。

 

 「……マント付き」

 

 その名を思い出すだけでも、身を焦がすほど激しい憎悪が満ちていく。

 

 今すぐにでもこの手で引き裂き、殺してやりたい。

 

 しかし同時に今のままでは勝てない事も先の戦闘で分かっている。

 

 これまで『マント付き』を倒す為の訓練を怠っていたつもりは全くない。

 

 それどころかザフトにいた頃よりも激しい訓練を課してきたつもりだ。

 

 だが奴はそれをあざ笑うかのように、リアンを圧倒してきた。

 

 「このままじゃ勝てない。力が……力がいる」

 

 奴にも負けない力が必要だった。

 

 「フフ、そうか。リアン・ロフト、君はそんなに力が欲しいのか」

 

 リアンが振り向くと、不気味な仮面をつけながら口元を歪めている男が立っていた。

 

 「ッ!? カース、何の用だ?」

 

 「いや、苦しんでいる君の姿が痛ましくてね、力になれたらと思って声を掛けさせてもらった。……私なら君に力を与えてやれるが、どうする?」

 

 「何?」

 

 カースは口元の笑みを深くしながら、こちらに手を差し伸べてくる。

 

 「欲しいのだろう? 『マント付き』を……ガンダムを倒せる圧倒的な力が。ならば私が君にその力を与えよう」

 

 「……」

 

 ハッキリと言ってしまえばパトリック同様リアンもまたカースの事を信用していない。

 

 しかし、このままでは奴に勝てないのも事実。

 

 迷うリアンに囁くようにカースの声が耳へと届く。

 

 「……仇を討つたくないか? かつての隊長の仇を」

 

 「ッ!? 貴様にそんな事ができるのか? いや、そもそも貴様は何者だ?」

 

 素性もそうだが、何故こいつは自分達に協力する?

 

 確かに今現在リアン達がこうして動くことが出来ているのはカースがいたからこそ。

 

 どこから持って来ているかは絶対に語らないが、物資や補給などはこの男がすべて手配しているのだ。

 

 疑惑をもたれながらもカースを排斥しようとしないのはそれが理由の一つである。

 

 「そんな事はどうでも良いだろう。重要なのは君の望みだ。ガンダムを倒したいのだろう? 仇を討ちたいのだろう? その為に力が欲しくはないのかな?」

 

 「それは……」

 

 欲しい。

 

 奴を倒す為の力が。

 

 その為にザフトを抜け、自分はパトリック・ザラについたのだから。

 

 「本当に勝てるのか?」

 

 「ああ、もちろんだ」

 

 数瞬の迷い。

 

 それを振り切ってリアンは手を伸ばした。

 

 それが悪魔の誘いであると知りながら。

 

 

 

 

 オーブ軍事ステーション『アメノミハシラ』

 

 ここに接舷していた一隻の戦艦が今、出撃しようとしていた。

 

 イズモ級戦艦『イザナギ』

 

 オーブに配備されている宇宙戦艦の一隻である。

 

 イザナギは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の際に沈んだクサナギに代わる艦として開発されたものだ。

 

 外見などには変化は見られないが、内部構造やモビルスーツ搭載数など改修されている面もある。

 

 アメノミハシラから離れた戦艦の姿をトール・ケーニッヒは恋人であるミリアリアや友人のサイ・アーガイルと共に見送っていた。

 

 「ホントに大丈夫かなぁ、アイツ」

 

 「うん、少し心配だね」

 

 「訓練は一応終えてたんだし、大丈夫だと思うけど」

 

 「まあな」

 

 訓練では問題なかったし、機体も高い性能を持っているからトールも大丈夫だとは思うのだが。

 

 そこにハッチが開くと一機のモビルスーツが姿を見せた。

 

 アメノミハシラから出撃したその機体はイザナギに合流するとステーションから離れていく。

 

 「うん、大丈夫みたい」

 

 「訓練の成果、出てるみたいだな」

 

 「ああ」

 

 これから向かう場所は現在非常に危険な場所である。

 

 無傷とはいかないまでも無事に戻ってくる事を願いながら、トール達はイザナギの後ろ姿を見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話  出撃前の戦い

 

 

 

 

 その宙域は非常に緊迫した空気が漂っていた。

 

 月から出撃したテタルトス軍が進撃してくるザフトを迎え撃つ為に今か今かと待ち構えていたのだ。

 

 その中心で指揮を執るヴァルターはいつも通り涼やかな表情でコンソールを弄っている。

 

 LFSA-X002b 『セイリオス』

 

 テタルトス試作モビルスーツ。

 

 エースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体『シリウス』の再調整機である。

 

 ヴァルター専用に調整され、コンバットシステムに対応していない代わりに高出力スラスターと射程の延びた専用のロングビームライフルを装備。

 

 肩部にはビーム砲が追加されている。

 

 「さて、大佐のようにはいかないだろうが、任されたからには全力でこなす」

 

 遥か高みにいる男の存在を意識しながら、操縦桿を握り直した。

 

 ユリウス・ヴァリス大佐はザフト最強と言われ『仮面の懐刀』と呼ばれたパイロットだ。

 

 テタルトスに所属するパイロットならば誰しもが憧れる人物である。

 

 もちろんヴァルターもその一人だ。

 

 何度か手合わせした事はある。

 

 しかし軽くあしらわれてしまった。

 

 「何時かは一矢報いたいが」

 

 そんな事を考えていると、正面から待ち人の姿が見えてきた。

 

 《少佐、ナスカ級三隻が近づいてきます》

 

 「たったあれだけの部隊で攻めてくるとは、目的はやはり様子見か」

 

 ナスカ級から出撃したモビルスーツが前面に展開される。

 

 ジン、シグー、ゲイツといったザフトの顔というべき機体が勢揃いしている。

 

 だが数自体はそう多くは無い。

 

 これならばいくらでも対応可能だ。

 

 ヴァルターは戦闘に赴く者とは思えない端麗な顔に朗らかな笑みを浮かべると、号令を下した。

 

 「全機、油断するな、近づいてくるザフトのモビルスーツを殲滅せよ!! テタルトスの力をここに示せ!!」

 

 「「「了解!!!!」」」

 

 飛ばされた檄に応えるように、フローレスダガーに乗り込んだパイロット達が一斉に吠えた。

 

 背中に装備したウイングコンバットの推力を使い、ザフトの部隊へ攻撃を開始する。

 

 ビームライフルから発射される閃光が飛び交い、振り抜かれたサーベルが敵の胴体を斬り捨てる。

 

 「良し、訓練通りに動けている」

 

 全員が連携を取りつつ、状況に応じたフォーメーションを組みながら小気味良く敵を屠っていく。

 

 モビルスーツ戦闘において、テタルトスが何よりも重要視しているのが、味方との連携である。

 

 テタルトスは地球軍、ザフトと比べても基本的に物量が違う。

 

 アポカリプスの火力が強力でもすぐに撃てる訳ではないし、当たらなければ意味がない。

 

 効率よく攻撃と防御を行い、敵をアポカリプスの攻撃範囲に誘導しながら戦果を上げる為には様々な戦法や戦術が必要だった。

 

 その為、テタルトス軍の連携フォーメーションは他国の軍隊よりも複雑かつ洗練されたものになっている。

 

 「では私も行かせてもらう」

 

 コックピットに設置されたスコープを覗き込み、ロングビームライフルを構えた。

 

 このビームライフルは射程距離を飛躍的の伸ばし、貫通力も強化されたものだ。

 

 たとえシールドで防ごうとしても―――

 

 「無駄」

 

 ターゲットをロックしてトリガーを引くと、ロングビームライフルが火を噴いた。

 

 発射されたビームがシールドを構えたゲイツを盾諸共胴体を撃ち抜き、宇宙の藻屑へと変えた。

 

 さらに連続してビームライフルを発射する。

 

 「くっ」

 

 「遠距離からの狙撃!?」

 

 撃ち込まれたビームから逃れようとザフトのパイロット達は無理に捉えにくい軌道を取っていく。

 

 しかし―――

 

 「無駄だ、それでは逃げられない」

 

 「なっ!?」

 

 動きを先読みしたかのような正確無比な射撃によって次々と射抜かれたモビルスーツが閃光に変わる。

 

 その隙にテタルトスの機体が攻撃を仕掛けた。

 

 「このくらいで十分だろう」

 

 ある程度数を減らした所でライフルを腰にマウントするとビームサーベルに持ち替え、戦場の光の中へと突撃する。

 

 ヴァルターはどちらかと言えば射撃の方が得意だ。

 

 だが別に近接戦が苦手という訳ではない。

 

 少なくともアレックスと拮抗し合える程度には、スキルを持ち合わせていた。

 

 振り抜いたビームサーベルが重斬刀諸共ジンを斬り捨て、ヒュドラの砲撃で後方に控えていたナスカ級の艦首を吹き飛ばす。

 

 「まだまだ!」

 

 目にも止まらぬ動きで敵を翻弄しながら、攻撃を加えていくセイリオス。

 

 しかし残ったナスカ級やジンやシグーも諦める事無く砲撃を繰り返す。

 

 「諦めない姿勢は素晴らしい。しかし退き際を見誤ったようですね」

 

 出鼻を挫かれたザフトがここから立て直す事は難しい。

 

 砲撃の嵐を潜り抜け、ナスカ級のブリッジに狙いを定めると何の容赦もなくロングビームライフルで吹き飛ばした。

 

 大勢は徐々にテタルトス側へと傾き、ザフトが撤退を選択するまで長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 『グルマルディ戦線』

 

 軍に携わる者であれば、耳にした事のある名前だろう。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役においてザフトは地球軍の月面基地であるプトレマイオス基地を陥落させる為、月の裏側にあるローレンツ・クレーターに基地を建設した。

 

 それによって地球軍とザフトはグルマルディクレーターを境界線として戦闘が行われるようになった。

 

 この事により月の戦いは『グルマルディ戦線』と呼ばれ、戦闘を繰り返すようになったのだ。

 

 しかしエンデュミオンクレーターで行われた戦いで大きな被害をもたらしたザフトは月より撤退。

 

 以降テタルトスが台頭するまでは月は地球軍の勢力下におかれる事になる。

 

 その際、ローレンツクレーターも地球軍が管理していたのだが重要な場所ではなかった為に放置に近い状態であった。

 

 それはテタルトスでも同じ事。

 

 月の裏側を警戒監視する為の軍事ステーション『オルクス』の建設も進められてはいる。

 

 だが現在は都市部重要拠点の防衛網構築が優先した為、後回しとなっていた。

 

 そして今、テタルトスから要請を受けたオーディン、クレオストラトス、そしてナスカ級を含めた三隻がローレンツクレーターに向かっていた。

 

 目的は二つ。

 

 奪われた新型機LFSA-X000『ベテルギウス』の奪還、もしくは破壊。

 

 そして敵であるザラ派の本拠地に関する情報を手に入れる事である。

 

 作戦に参加する事になったセリスとニーナはテタルトスのパイロット達に囲まれブリーフィングに参加していた。

 

 二人の前ではアレックスがモニターにデータを表示しながら、作戦に参加するパイロット達に説明を行っている。

 

 「以上の事が現状で判明している。確認された敵の中で特に気をつけるべきは『箱持ち』だ」

 

 画像が切り替わる。

 

 大気圏で襲撃してきた黒いモビルスーツが背中にボックス状のものを装着している映像が映し出された。

 

 「このボックス状の物体にはウイルス入りのアンカーが仕込まれている。これの直撃を受ければ、ウイルスによってシステム異常を引き起こす。だから戦場で見つけたら、真っ先に排除するんだ。仮に直撃を受けたら、機体を捨てろ」

 

 ウイルスに関しては対策を講じてはいるものの、今回は時間が無さすぎた。

 

 対処方法としてはアンカー受けないようにして、『箱持ち』を見つけ次第、撃墜するしかない。

 

 「厄介ね」

 

 「うん。とにかくアンカーだけは受けないようにしないと」

 

 画面が切り替わり、今度はローレンツクレーターに建設された基地の画像が映しだされる。

 

 「ローレンツクレーターに建設された基地に関しては、警戒網構築の時と『オルクス』建設計画が立ちあがった際に調査済みだが、それはあくまでも半年以上前になる。どんな罠が仕掛けられているかは不明だ、先行部隊は十分に注意してほしい」

 

 先行する部隊はリベルト大尉率いる部隊。

 

 その後にセリス達とアレックス達が降下するという手順になる。

 

 「作戦の概要は以上となる。何か質問は?」

 

 周囲を見渡し、質問がない事を確認したアレックスはブリーフィングを締めるように頷いた。

 

 「では各自作戦準備に取り掛かれ。全員の奮戦を期待する!」

 

 「「「ハッ!!」」」

 

 全員が席から立ち上がり敬礼を取ると皆が一斉に戦闘準備の為に動き出す。

 

 喧噪に混じる形でセリス達も部屋を後にしようとすると見覚えのある少女が熱心に端末を手に座っている姿が見えた。

 

 「あれは、カガリ様と知り合いだった―――」

 

 「うん。確かセレネ・ディノ」

 

 イクシオンを案内された時にそう名乗っていた筈だ。

 

 「ディノって事はアレックス少佐の親類かな?」

 

 「顔とかあまり似てないけどね」

 

 色々話をしてみるのもいいかもしれないと思い近づく。

 

 セレネはガチガチに固くなっており、かなり緊張しているように見える。

 

 知り合いでもない自分達が声を掛けてもいいのか若干迷うが意を決して話しかけた。

 

 「ディノ少尉?」

 

 「ひぁい!?」

 

 「え!?」

 

 驚いたセレネは妙な声を上げて、勢いよく椅子から立ち上がった。

 

 「あ、え、えと、貴方達はカガリ様の護衛役の……」

 

 「あ、あはは。セリス・ブラッスール中尉です。こっちはニーナ・カリエール少尉」

 

 「よろしく、ディノ少尉」

 

 「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 ぎこちなく敬礼を返してくるセレネに、セリスは思わず苦笑してしまう。

 

 昔の自分もこのような感じだったのかと面映ゆい気持ちになった。

 

 「少尉、もしかして今回が初陣ですか?」

 

 「え、あ、はい。実はそうなんです。訓練はしっかり積んできたつもりなんですが、いざ実戦を迎えるかと思うと……」

 

 気持ちはよく分かる。

 

 セリスも初陣に赴くと分かった時にはガチガチに緊張したものだ。

 

 それはパイロットの誰もが経験するものだろう。

 

 セリスの時は整備班長が励ましてくれたのだが―――

 

 もしかするとあの時の班長もこんな気分だったのだろう。

 

 「少尉、大丈夫です。私も初陣の時はすごく緊張しちゃったけど、何とかなった」

 

 初陣で大気圏から蹴り落とされたが何とか生き残ったし、問題はない筈だ。

 

 ニーナが何か言いたそうにしているがあえて無視して話を続ける。

 

 「それに無理して気合いれようとするのも良くないというか。私なんて頬を力いっぱい叩いちゃって、整備班長から呆れられたし」

 

 「それは自慢できることじゃないでしょう?」

 

 「う、だって緊張してたし。ていうか今はいいの! えっとその時に『自分が積み上げてきたものを信じろ』って言われて、緊張してても仕方無い、全力でやろうって思えたの」

 

 「積み上げてきたものを……」

 

 「うん!」

 

 セリスは笑顔で自分の胸元にぐっと握り拳を作る。

 

 何の根拠もない言葉。

 

 それでもセレネの緊張も解れ、肩の力が抜けていた。

 

 積み上げてきたものは当然ある。

 

 訓練でも手を抜いた事は無いし、必死にやってきた。

 

 何よりもセレネの訓練をつけてくれたのはあのユリウス・ヴァリスなのだ。

 

 この先でどんな敵が待ち受けていたとしても、彼以上の実力を持った敵など存在する筈はない。

 

 「ありがとうございます、ブラッスール中尉!」

 

 「セリスでいいですよ。年も近いしね」

 

 「はい、セリス中尉!」

 

 本当は呼び捨てで良いのだが、お互いの立場がある。

 

 セリスの方が階級が上である以上、公の場では仕方がない。

 

 敬礼しながらブリーフィングルームを出るセレネの背中を見送るセリスを見ながらニーナは肩を叩いた。

 

 「貴方って本当に面倒見がいいのね」

 

 「そう? 普通でしょ」

 

 当然のように言うセリスにニーナは穏やかな笑みを浮かべ部屋を出ようとするが、後ろから呼び止められた。

 

 「ブラッスール中尉、カリエール少尉」

 

 振り向いた先にいたのは、アレックスだった。

 

 「ディノ少佐!?」

 

 慌てて敬礼する二人を制するように手を上げると、アレックスは穏やかな声で礼を口にする。

 

 「セレネの事を気遣ってもらってありがとう」

 

 「いえ。やっぱり初陣っていうのは誰でも緊張しますから」

 

 「そうだな。だが俺が声を掛けるよりは効果的だったようだ」

 

 昔からこういう事には疎いとため息をつくアレックス。

 

 階級も上であり彼の本名を聞いていたからか、雲の上の人間のような感覚を覚えていた。

 

 しかし考えすぎだったようだ。

 

 セレネを心配するその姿は普通の優しい男性の姿でありホッとしてしまう。

 

 「そうだ、君達に聞いておきたい事があった。……奴は―――いや、レティシア・ルティエンスさんは壮健か?」

 

 珍しく歯切れの悪いアレックスに違和感を覚える。

 

 何か今誤魔化したような気がしたのは、気の所為なのだろうか?

 

 「えっと、ルティエンス教、いえ、少佐とは知り合いなんですか?」

 

 「……ああ、昔世話になった事があって」

 

 「そうですか。少佐は変わらずお元気ですよ。今は地球にいます」

 

 何かを懐かしむように一瞬だけ、目を伏せるとすぐに表情を引き締める。

 

 「そうか、ありがとう。君達には迷惑を掛けてしまうが、作戦の方はよろしく頼む」

 

 「「ハッ!」」

 

 アレックスに敬礼を返した丁度その時、一人の青年が近づいてきた。

 

 「少佐、少しよろしいですか?」

 

 「リベルト大尉。丁度良い、二人にも紹介しておく。彼は先行部隊の指揮を執るリベルト・ミエルス大尉だ」

 

 「よろしくお願いします」と敬礼するリベルトにセリスとニーナも敬礼を返す。

 

 リベルトは月に来るまでオーディンを護衛をしてくれた為、名前は知っているがこうして顔を合わせるのは初めてだ。

 

 その佇まいや固く結ぶ口元、表情からも生真面目そうな印象を受ける。

 

 「今回の作戦私が先鋒を務めさせていただきます。作戦中はお二人にも協力を仰ぐ事もあるかと思いますがよろしくお願いします」

 

 どうやら見た目通りの真面目な性格のようだ。

 

 「はい、こちらこそ!」

 

 「全力を尽くします」

 

 三人が握手を交わした所を見計らい、アレックスが口を挟んだ。

 

 「それで?」

 

 「はい、実は―――」

 

 「少佐、大尉、私達はオーディンへ戻ります」

 

 「ああ、作戦よろしく頼む」

 

 打ち合わせを始めた二人に一声かけるとセリスとニーナはブリーフィングルームを後にした。

 

 

 

 

 「話の腰を折ってすまない」

 

 セリス達が退室したのを見計らい、アレックスはリベルトへ話の続きを促した。

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 アレックスにとってリベルト・ミエルス大尉は話易い部類の人間になる。

 

 だが、同時に何故か嫌な感じを覚える事があった。

 

 何と言うか観察されているかのような、冷たさを感じる事があるのだ。

 

 「少佐?」

 

 「……いや、済まない。それで?」

 

 「これを見てください」

 

 端末に映し出されたのは基地の映像。

 

 どうやら先程撮った最新の画像のようだ。

 

 その端にモビルスーツのような機影が映っている。

 

 「……やはり敵が潜んでいる」

 

 「いえ、それだけではなく。こっちを」

 

 静止された画像には基地に設置されている建物が僅かに光を発していた。

 

 「これは……」

 

 「詳しい事は分りません。もっと接近すれば、分かると思いますが……どうしますか?」

 

 「……作戦は予定通りに行う」

 

 罠である事は百も承知。

 

 こんなものを迂闊に映す事自体、敵の誘いに違いない。

 

 それでも―――

 

 「退く訳にはいかない。無理をさせてしまうが、大尉、頼みます」

 

 「了解!」

 

 たとえ何が待ち受けようともすべて踏み越える。

 

 そんな覚悟を胸に、アレックスは歩き出した。

 

 

 

 

 月の近くに存在する岩礁に隠れたローラシア級。

 

 数機のモビルスーツが出撃していく姿を窓から眺めていたカースは端末に目を落とした。

 

 「さあ、その憎悪を存分にぶつけるがいい。その果てに何が待とうとも、お前に引き返すべき道はないのだから」

 

 画面に映し出されていたのは修復されたコンビクト・エリミナル。

 

 今この場で行われた改修作業―――スラスター出力の向上と背中のバーニアユニット交換の際に行ったリミッターの解放。

 

 操作性は若干低下しているが、機動性と加速性は格段に向上している。

 

 そしてもう一つの仕込み。

 

 これで準備はすべて整った。

 

 「どうなるか、見せてもらうぞ」

 

 カースは口元を歪めながら、成り行きを見守る為にブリッジへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 準備を整えた三隻の艦は特に邪魔も入る事無く順調に航行。

 

 月の裏側へと到着しようとしていた。

 

 そこである建造物が視界に入ってくる。

 

 「アレが『オルクス』か」

 

 テレサはブリッジのモニターに映っている物体を観察する。

 

 月の裏側を警戒監視する為の軍事ステーション『オルクス』

 

 形状は月の表側の守りであるステーション『イクシオン』に良く似ている。

 

 だが半分近くは建設途中らしく、内部が露出している部分がある。

 

 あそこにもいくつかの部隊が派遣されてはいるようだ。

 

 しかしあくまでも『オルクス』建設に従事する作業員を守る為のもので、今回の作戦には参加できないらしい。

 

 「結局、ジュールの言った通りになったか」

 

 月を訪れる前に言われたイザークの懸念が見事に当たってしまった。

 

 カガリ達からの連絡を受け、本国は援軍を送る事にしたらしい。

 

 こんな事になるのなら初めからイザーク達を連れてくるべきだったかもしれない。

 

 「今更言っても始まらんな」

 

 過ぎ去った時間は戻らない。

 

 もしもなんて事を考えるくらいなら、目の前の事に集中すべきだ。

 

 益体も無い考えを振り払い、指示を飛ばした。

 

 「対モビルスーツ戦闘用意! 予定通り、作戦開始と共に各機発進!」

 

 「了解!」

 

 オーディン艦内が慌ただしく動き出し、セリス達も乗機に乗り込む。

 

 「各部正常、武装、『セイレーン改』共に問題なし」

 

 セリスはリズム良く叩いていたキーボードを横に収納すると、緊張を出すように息を吐く。

 

 セレネに偉そうな事を言ったところで、何時になってもこの瞬間は緊張してしまう。

 

 だからといって緊張感がまるで無いというのも問題だろうが。

 

 こんな緊張感の中でもいつも通りに力が発揮できるのは、日頃の訓練のおかげだ。

 

 「教官の言った通りだよね」

 

 『戦場では何が起こるか分からない。だからいかなる状況にも対応できるように訓練を積んでおく』

 

 そう言われ積み上げてきたもののおかげで自分はここまで生き延びてこられた。

 

 教えてくれたレティシアに感謝しながら、これから先に待ちうける敵を想像する。

 

 「……あそこには多分アイツもいる」

 

 いや、多分ではなく確実に待ち受けている筈だ。

 

 イクシオンで対峙した敵コンビクト。

 

 紛れもない強敵であり、そして異常な執念を感じる相手。

 

 またアイツが来るとなると、相応の覚悟が必要になるだろう。

 

 《セリス、リベルト大尉の部隊がローレンツクレーターへ降下を開始したわ》

 

 気合を入れるように操縦桿を強く握り直す。

 

 「了解! 私達も行こう、ニーナ!」

 

 《ええ!》

 

 機体がカタパルトへ運ばれ、前方のハッチが開く。

 

 《進路クリア、アイテルどうぞ!》

 

 「セリス・ブラッスール、アイテルガンダム・リアクト行きます!」

 

 機体が滑るように押し出され、同時にスラスターを噴射させると、前方へと飛び出した。

 

 眼下に広がるのは、無数のクレーターと灰色の大地。

 

 そこに向かってセリスは慎重に機体を向わせて行った。

 

 

 

 

 母艦から出撃したテタルトスの先行部隊がローレンツ・クレーターへ降下していく。

 

 その姿を離れた場所から見つめていた者達がいた。

 

 展開されたミラージュ・コロイドに覆われたその艦。

 

 地球連合軍第81独立機動軍『ファントムペイン』所属の特殊戦闘艦『ガーティ・ルー』である。

 

 そのブリッジで仮面をつけた人物ネオ・ロアノーク大佐が降下していく部隊の様子を観察していた。

 

 「どういたしますか、大佐?」

 

 傍に控えた副官イアン・リーの問いかけに、ネオは感情を込めずに淡々と中性的な声で呟いた。

 

 「……現在与えられた我々の任務はあくまでも情報収集だ。今は手を出す必要はない」

 

 それは正しい判断だった。

 

 彼らが普通の部隊よりも先進的な武装や機体が配備されているとはいえ、あの数相手に正面切って戦うには少々数が足りない。

 

 「……ただ、あの連中の動向はこちらも気になっていた。そう考えれば丁度いい機会だな」

 

 「ええ」

 

 地球軍もまた度々黒い機体ヅダからの襲撃を受けていた。

 

 最初は正体がつかめず、ザフトやテタルトスを疑っていた。

 

 しかし未確認ではあるが上がってきた情報によれば『ザラ派』の残党という事らしい。

 

 もしもそれが本当であるのならば、さぞかし上の連中は喜ぶだろう。

 

 再び戦いを始める為の口実が手に入る事になるのだから。

 

 「……一応、エグザスの出撃準備だけはさせておけ」

 

 「了解しました」

 

 ネオはそれ以上は何も語らず、今から始まる戦いから目を離さないようにモニターを注視していた。




機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話  悪魔の力

 

 

 

 『イクシオン』に奇襲を仕掛けた『ザラ派』残党が逃げ込んだと思われるローレンツクレーター。

 

 そこへ降下していくモビルスーツ隊を率いるリベルトのジンⅡは慎重に周囲を見渡した。

 

 クレーターの外側には灰色の大地が広がり、眼下には建設された無骨な基地の姿が見える。

 

 「全機、何があるかわからない。油断するな」

 

 「「了解!」」

 

 徐々に月面へと近づいていく、ジンⅡ。

 

 何の妨害もなく降下できるかと思ったその時、コックピットへ甲高い警戒音が鳴り響いた。

 

 「回避!!」

 

 リベルトは即座に機体を後退させる。

 

 同時にフローレスダガーも左右へ散開し回避運動を取った。

 

 すると目の前を焼き尽くす強力な閃光が通過していく。

 

 さらに撃ちかけられるビームの砲撃をスラスターを噴射させて回避すると砲撃の正体を見極めるためモニターに画像を映し出した。

 

 「ビーム砲か」

 

 無骨な銃身を伸ばし狙いをつけているのは基地に設置してあったビーム砲台だった。

 

 元々防衛用として機能していたものだが、テタルトスが調査に入った際に使えない様にした筈だった。

 

 それが使用されているという事は『ザラ派』が修復したのだろう。

 

 事前に確認できた光は砲台にエネルギーを供給していたのかもしれない。

 

 だが―――

 

 「砲台の配置は事前に把握している。予定通り、このまま降下する!」

 

 基本的な基地の武装や地形はすべて把握済み、ビーム砲の事も想定内である。

 

 矢継ぎ早に放たれるビーム砲を潜り抜け、射程圏内にまで近づくと腰にマウントしていた突撃銃のトリガーを引く。

 

 放たれた銃弾が砲台を容赦なく打ち倒し、爆発を引き起こした。

 

 「砲台を排除して―――ッ!?」

 

 ジンⅡを援護しよう背後に控えていたフローレスダガーが何条もの閃光に撃ち抜かれ、撃墜されてしまった。

 

 「来たか!」

 

 降下していくモビルスーツ部隊の側面から厳つい装甲を纏った黒い機体が数機、編隊を組んで急速に接近してくる姿が見える。

 

 『ザラ派』の主力モビルスーツであるヅダに間違いない。

 

 「あの機体は!!」

 

 そしてヅダを操るサトーにもイクシオンで交戦したジンⅡの姿に再び怒りが込み上げてくる。

 

 「汚らわしい裏切り者めが!!」

 

 サトーの怒りを表すようにビーム砲とミサイルポッドが火を噴いた。

 

 突撃銃でミサイルを落としながら、ビームを回避するジンⅡ。

 

 だがその動きを読んでいたサトーは一気に距離を詰めると、ビームクロウを振りかぶった。

 

 「落ちろ!」

 

 しかし動きを読んでいたのはリベルトもまた同じ。

 

 「同じ手は食わない」

 

 ビームクロウの斬撃を機体を逸してやり過ごし、すれ違い様に今度はジンⅡの光爪を叩き込んだ。

 

 「くっ!」

 

 サトーは咄嗟に回避しようとするが間に合わない。

 

 光爪が容赦なく外部装甲を抉り、ミサイルポッドを斬り飛ばすと大きな爆発を引き起こした。

 

 「があああ!」

 

 「そこだ!」

 

 凄まじい衝撃に後押しされるようにしてバランスを崩したヅダにすかさず突撃銃を撃ち込む。

 

 「舐めるな!」

 

 持前の技量を持って体勢を立て直すと銃弾を防御、即座に反撃に移った。

 

 連装ビーム砲から放たれた無数の光が一斉にジンⅡに迫る。

 

 「流石に戦い慣れているらしいな」

 

 動き回って地上からのビーム砲やヅダの攻撃をかわしつつ、敵機に向けて攻撃を仕掛けていく。

 

 味方機のフォローを行いながらリベルトは徐々に地表へと降下していった。

 

 

 

 

 予想通り、待ちかまえていたように攻撃を仕掛けてくるザラ派。

 

 先行したリベルトの部隊に続くように出撃したセリス達にもビーム砲の洗礼が待ち受けていた。

 

 「あ~もう、数が多い!」

 

 「セリス、油断しないようにね。アレの直撃を食らえば幾ら『ガンダム』でも持たないわよ」

 

 「うん!」

 

 下から放たれるビーム砲を潜り、アイテルとスウェアは順調に降下していく。

 

 そこに下方付近での戦闘と思しき光が目に飛び込んでくる。

 

 モニターに映し出されたのはヅダと交戦している先行部隊の姿だった。

 

 「敵に接触した?」

 

 「そうみたいね。やっぱり待ち伏せしてたみたい」

 

 しかし流石というべきなのか、こんな状況でもテタルトスの部隊の動きは鈍らない。

 

 その錬度の高さで敵からの攻撃にも対応出来ているのは素晴らしいの一言だろう。

 

 ならばまず自分達がすべきことは決まっている。

 

 「ニーナ、まずは厄介な砲台から潰すよ」

 

 「了解!」

 

 上手く攻勢に出れていない要因はあのビーム砲台からの砲撃があるからだと言える。

 

 ならばそれを先に潰せば動きやすくなるのは道理。

 

 速度を上げビーム砲の回避しながら降下していくと進路を阻むようにヅダが立ち塞がった。

 

 「邪魔よ!!」

 

 「そこをどきなさい!!」

 

 スウェアの放ったガトリング砲がヅダのスラスターを奪い、距離を詰めたアイテルのサーベルが容赦なく振り抜かれる。

 

 袈裟懸けに振るわれた斬撃がヅダを斬り裂き、撃破した。

 

 立ち塞がる敵を落し、降下を進めると砲台を射程距離に捉える。

 

 「ターゲットロック!」

 

 「いけ!」

 

 アータルを跳ね上げ、ニーナがトリガーを引くと発射されたビームが呆気なく砲台を吹き飛ばす。

 

 スウェアに続くようにアイテルもセイレーンのビーム砲とライフルを使い、次々と砲台を破壊していく。

 

 続けて攻撃を仕掛けようとしていくセリスとニーナ。

 

 だがその時、コックピットに敵機接近の警戒音が鳴り響く。

 

 「敵!?」

 

 「あれは!?」

 

 二人が振り向いた先には接近してくる敵機の姿が見えた。

 

 戦闘機のようなモビルアーマーに変形した機体―――ジュラメント・ラディレーンが凄まじい速度で突っ込んでくる。

 

 「見つけたわよ、ニーナ!!」

 

 プラズマ収束ビーム砲を連射してアイテルを引き離すとモビルスーツ形態に変形。

 

 スウェアを体当たりで吹き飛ばした。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「ニーナ!?」

 

 ジェシカはアイテルの方を一瞥する。

 

 正直にいえばリアンに負けないくらいにジェシカも『マント付き』を八つ裂きにしてやりたいと思っている。

 

 前大戦であれだけやられたのだ。

 

 当然であろう。

 

 しかし因縁という意味においては『マント付き』よりもニーナの方がより優先される。

 

 ザフト時代から彼女の事をずっとライバル視していたのだ。

 

 だからここで倒す。

 

 「奴の相手が出来ないのは、業腹だけど……まずはニーナ、アンタから殺す!」

 

 「ジェシカ!?」

 

 体当たりしてきたジュラメントから聞こえてきた声にニーナは歯噛みする。

 

 リアンがコンビクトに搭乗していた時点で予測はしていたが、やはりジュラメントのパイロットはジェシカだった。

 

 「貴方達は!!」

 

 「これまでの因縁、すべてを清算する!!」

 

 絡み合うように二機のモビルスーツは基地から離れ月面へと落ちていく。

 

 「ニーナ!!」

 

 引き離されていくスウェアを追おうするセリスだったが、こちらを狙ってくる敵機がいた。

 

 凄まじい速度共に突貫してきたのは背中に二基のバーニアユニットを備えたコンビクト・エリミナル。

 

 「見つけたァァァ!!!」

 

 「またこいつ!」

 

 セリスは後退し連装ビーム砲の砲撃を避けるが肉薄してきたリアンはビームサーベルで斬りかかってくる。

 

 普段なら苦も無く捌ける斬撃だが今は連装ビーム砲の攻撃を回避せんと、体勢を崩していたのが不味かった。

 

 斬撃をシールドで止めたまでは良かったが、勢いまでは止められない。

 

 サーベルが力任せに押し込まれ、さらに弾き飛ばされてしまった。

 

 「ぐっ!」

 

 バランスを崩したままクレーター内、すなわち基地内部へと落とされていく。

 

 ギリギリスラスターを逆噴射させる事で地面との激突は避けたが、敵も黙っている筈は無く一気に降下。

 

 同時にビームサーベルを振り下ろしてくる。

 

 「死ねェェェェ!!!!」

 

 強烈なまでの殺意の籠った一撃をまたもや紙一重のタイミングで展開したブルートガングで受け止める事に成功する。

 

 凄まじい衝撃が襲いかかるが歯を食いしばって堪えると、敵の姿を睨みつけた。

 

 「このォォ!!」

 

 殺気に当てられ冷や汗を掻きながらも、弾き飛ばさん勢いで声を上げる。

 

 この殺意に呑まれてはいけない。

 

 自分に言い聞かせながらサーベルを受け流し、距離を取る為にシールドを叩きつけた。

 

 だがコンビクトは逃がさないとばかりに、肩に装備された大口径収束ビームランチャーを発射してきた。

 

 「こいつ無茶苦茶!?」

 

 ビームランチャーの一撃が容赦なく建物を薙ぎ払い、崩れた建造物が爆発を引き起こす。

 

 立ち並ぶ施設の間を滑るように移動しながら、アイテルは敵機の攻撃をかわしていく。

 

 しかし相手はそれすら見透かしているように次の一手を打ってくる。

 

 「逃さない!!」

 

 ビームランチャーをわざと上方へ向け、クレーターの岩盤目掛けて発射。

 

 直撃した岩場が崩されアイテルの進路上に落下してきたのだ。

 

 「ちょッ!?」

 

 セリスは機関砲やビーム砲で岩を砕きながら、影響範囲外に離脱を試みる。

 

 しかし普通にそれだけでは間に合わない。

 

 「なら!」

 

 ロケットアンカーを後方へ射出、岩壁に突き刺すとスラスター噴射のタイミングに合わせて巻き上げる。

 

 その勢いに任せて離脱したセリスだったが、その先にはライフルを構えたコンビクトが待ち構えていた。

 

 「ここを待っていたぞ、『マント付き』!!」

 

 リアンにとって脳裏に描いた、展開通りの結末。

 

 これで討たれてくれるなら、カースの仕込みに頼る必要もない。

 

 ビームライフルから発射された一射がアイテルに襲いかかる。

 

 だが―――

 

 「舐めないでよね!!」

 

 機体を引っ張っているアンカーを切り離し、横っ跳びでビームを避ける。

 

 そしてアイテルもビームライフルを発射するとコンビクトのビームランチャーを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ! く、おのれェェ!!」

 

 衝撃に呻き、体勢を立て直しながら憎悪をこめてアイテルを睨みつける。

 

 もはや是非も無い。

 

 確実に殺す為にはどんなものでも使わなければならないのだと確信した。

 

 それがたとえ悪魔の力であろうとも。

 

 

 

 「貴様は―――貴様だけはァァァ!!!!!」

 

 

 その時、リアンの望みに応えるように、悪魔の力が起動する。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 

 状況は悪くはないが良くもない。

 

 それが出撃したアレックスの偽らざる本音であった。

 

 一緒に出撃したセレネのフローレスダガーを伴いながら眼下に広がる戦闘の様子を観察する。

 

 先行したリベルトの部隊はヅダと基地に設置されたビーム砲台によって大部分が基地までの進路を阻まれている。

 

 同じく出撃した同盟の機体はといえば姿が見えない。

 

 撃墜された訳ではないだろうが。

 

 すでに基地内へ降下したのかもしれない。

 

 どちらにしろ目に見えないものを当てにするつもりはアレックスには全くなかった。

 

 「セレネ、俺も基地まで降下する。君は後方で援護を」

 

 「えっ、でも」

 

 「この乱戦では実戦経験の無い君が前に出ても足手まといにしかならない。君は実戦の空気を感じ取るだけでいいんだ」

 

 「……はい」

 

 正直に言えば、セレネとて前に出たいという思いはある。

 

 彼を守りたいと思ったが故にここに居るのだから。

 

 だが同時にアレックスの言い分が分からないほど愚かではなかった。

 

 訓練は受けたがあくまで実戦経験のない素人同然。

 

 迂闊に前に出れば、待ち受けているのは無残な死に違いない。

 

 セレネは何とも言えない気分を押し殺すように、先へと進んでいくイージスリバイバルの後をついていった。

 

 戦場へと突き進んでいくイージスリバイバルとフローレスダガー。

 

 そこにニ機を見つけたヅダが攻撃を仕掛けてきた。

 

 「避けろ!」

 

 「はい!」

 

 左右の飛ぶように別れビーム砲の連撃を回避。

 

 即座に敵へと肉薄したアレックスはビームサーベルを一閃すると側面部の外部装甲を斬り捨てた。

 

 「セレネには近づけさせない!」

 

 さらに左脚部のサーベルを蹴り上げ、脚部を断ち切った。

 

 その隙に回り込んでいたセレネが破損した装甲部分を狙い、ビームライフルを撃ち込む。

 

 「そこ!」

 

 ブレもない正確な射撃により、急所を撃ち抜かれた敵機は爆散した。

 

 その姿に一瞬だけ、アレックスは呆気に取られた。

 

 セレネの動きには経験の少なさからも感じられる一種のぎこちなさのようなものはある。

 

 しかし何の迷いも感じられない。

 

 慣れてしまえば、いつも通りに動けるようになるだろう。

 

 しかし、アレックスは胸が締め付けられるような息苦しさを感じていた。

 

 彼女の意思を受け入れた時からこうなると分かっていた筈。

 

 覚悟もしたし、自分が認めた事だ。

 

 でも、それでもこう考えてしまうのだ。

 

 

 ―――彼女もまた引き返せない一線を越えてしまったと。

 

 

 一瞬だけ、悲しみのような感情が湧きあがってくる。

 

 だがそれらをすべて押し殺しアレックスはセレネに指示を飛ばした。

 

 「その調子だ。今は援護に徹していれば良い」

 

 「は、はい」

 

 アレックスはセレネに戦闘に集中させる為に、あえて指示以外の事を話さない。

 

 彼女は今初めて人を殺したという事実を考えさせない為に。

 

 此処は戦場。

 

 迷いは死に直結するのだから。

 

 セレネに実戦を経験させながら先へと進んでいたアレックス。

 

 そこに別方向から現れたヅダがこちらを猛追し接近してくる。

 

 「アスラン!!」

 

 「アルド・レランダーか!?」

 

 「ハアアアア!!」

 

 外部装甲に設置された高機動ブースターを全開で噴射。

 

 装甲を切り離したヅダが肩から伸びる大型ビームクロウを展開しながら斬り込んできた。

 

 「嘘!?」

 

 その選択にセレネは思わず驚愕してしまった。

 

 思い切りがいいという問題ではない。

 

 今あのパイロットは鎧を脱ぎ捨てたというだけに止まらず、未使用だった武装すらも投棄したという事である。

 

 見る限り大型の光爪以外は特殊な武装は見当たらない。

 

 残るは基本的な装備のみだ。

 

 それだけ自分の腕に自信があるという事なのか。

 

 「オラァァァ!!」

 

 左右から振りかぶられる凶爪。

 

 当たれば確実にイージスを屠るだろう一撃をアレックスはシールドを使って軽く流す。

 

 そしてもう一方の爪撃をサーベルの剣撃を叩きつけて弾いてみせた。

 

 「やっぱりやるなァァ! 流石元クルーゼ隊だぜ!!」

 

 「チッ、くだらない事を言っていないで答えろ! お前達の目的は何だ? ベテルギウスは―――拠点はどこにある?」

 

 「俺が答えると思ったのかよ!!」

 

 「だろうな!」

 

 光刃と光爪がぶつかり合い、阻まれては光が弾けて消えていく。

 

 激突と共に徐々に降下、戦線から離れる二機のモビルスーツ。

 

 構えたビームライフルが火を噴き、互いのシールドが閃光を防ぐ。

 

 「思った以上にやる!」 

 

 繰り返される攻防。

 

 アレックスは相手の技量に素直な称賛を贈った。

 

 アルドには一度辛酸を舐めさせられており、実力の高さも分かっている。

 

 イージスの斬撃を捌き、扱い難いだろう大型ビームクロウを苦もなく操っている事からもそれは疑いの余地はない。

 

 「狂獣の名は伊達ではないらしい!」

 

 「アハハハハハハ!! やっぱり他の雑魚とは手応えが違うな!! ガンダムにも劣らねぇ!!」

 

 アルドは紛れもない歓喜に包まれていた。

 

 目の前の敵はあの白いガンダムと同格。

 

 いや、間違いなくそれ以上だろう。

 

 そんな強敵との命を掛けた殺し合い。

 

 「ああ、そうだ。強敵と戦えるこの瞬間こそが俺の求めるもの! そしてすべてを掛けて勝利する!!」

 

 それがアルドにとっては何にも勝る喜びなのだから。

 

 しかし、それをくだらないとアレックスの怒声が響き渡る。

 

 「貴様の悪趣味に付きあっている暇などない!!」

 

 その声と共に振るわれた一撃がヅダの肩を深く抉った。

 

 「ぐっ!?」

 

 確かにアルドの一撃は鋭く速い。

 

 異名で呼ばれ忌み嫌われながらも前線で鍛え上げられた実力は本物だ。

 

 だが、それでも。

 

 それでも奴には―――

 

 「貴様はアスト・サガミには遠く及ばない!」

 

 その時、アレックスのSEEDが発動する。

 

 感覚が刃の様に研ぎ澄まされ、視界も先程までとは比べものにならない程に鮮明になる。

 

 感覚を身に宿しアレックスは勝負を決める為に一足飛びに前に出た。

 

 「はああ!!」

 

 裂帛の気合と共に蹴り上げた一撃が今度は下腹部に傷を刻む。

 

 「動きが変わった!?」

 

 コックピットに警戒音が鳴り響き、耳障りな音がアルドの神経を逆なでする。

 

 先程までとは動きがまるで違う。

 

 それが意味する事はたった一つだった。

 

 「……手加減されていた?」

 

 あまりの屈辱と怒りに歯軋りする。

 

 「テメェェェ―――ふざけるなァァァ!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 それは奇しくも同時刻リアンのコンビクトに起こった現象と全く同じものだった。

 

 アルドの視界が広がり、鋭い感覚がその身に宿る。

 

 「これは……」

 

 一瞬何が起こったのか、分からずに目を見開く。

 

 だがそれもほんの僅かの時間だけ。

 

 理解する必要などない。

 

 ただ、この感覚に身を任せれば良いのだと本能的に悟ったアルドは即座に動き出す。

 

 「はあああああああ!!」

 

 歓喜の声を上げ、イージスのサーベルを弾いた一瞬の間。

 

 その一瞬でアルドは両手でサーベルを抜き、ビームクロウと同時に繰り出した。

 

 「落ちやがれェェェ!!」

 

 「ッ!?」

 

 大型の光爪に加え、両手から振るわれる斬撃。

 

 合計4つの刃がイージスリバイバルに襲いかかる。

 

 上下左右。

 

 肩に設置されたアームで接続されたビームクロウが位置を問わず振るわれ、合わせてサーベルの剣閃が振るわれる。

 

 その苛烈さと凶悪さは脅威という他なくアレックスは防戦一方に追い込まれてしまっていた。

 

 破壊されないように流した筈のシールドも何合かの斬撃を受け、もはや役にも立たない程にボロボロになっている。

 

 「どうした、もう終わりかよ!!」

 

 アルドの挑発にも似た罵声が飛ぶが、反面アレックスは意外にも苦笑していた。

 

 あの時とは丁度逆の立場。

 

 今はアレックスが複数の光刃に晒されている。

 

 「……全く、どこかで見たような光景だな」

 

 脳裏に浮かぶのは今までの戦いの中で最も思い出したくない類のもの。

 

 オーブ沖で戦った時の事。

 

 宿敵アスト・サガミの駆るイレイズガンダムにアレックスはすべてを振り棄て向っていった。

 

 「……あの時は、手も足も出なかった。ヤキン・ドゥーエでも同じ―――だが、俺は!!」

 

 何時までも同じ様に負ける気はない。

 

 アレックスは使い物にならなくなったシールドを捨て、イージスの両手、両足からビームサーベルを放出する。

 

 振り抜かれたビームクロウにサーベルを叩きつけ、光爪の軌跡を変え蹴りを叩き込む。

 

 光刃を放出した蹴撃。

 

 絶妙の間合いからの一撃がヅダの腹部を抉り飛ばす。

 

 だが、アルドもやられっ放しではない。

 

 バランスを崩し仰け反りながらも下から掬い上げる様に振り抜いたビームクロウが容赦なくイージスリバイバルの胸部を斬り裂いた。

 

 「うおおおお!!」

 

 「はああああ!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、相手の命を奪わんと刃を振るう。

 

 その光景を見て、ようやく追いついてきたセレネは息を飲む。

 

 「……凄い」

 

 思わず口にしてしまう程二機の動きは凄まじい。

 

 自分などとは比べる事もおこがましい程にレベルが違った。

 

 まさに刃の嵐。

 

 二機共に非常に接近している為に援護も難しく、近づけば切り刻まれかねないほどの苛烈さ。

 

 だから今セレネにできるのは、邪魔が入らないようにする事と何があっても即座に動けるようにしておく事ぐらいだった。

 

 激しいまでに続く攻防。

 

 その中でアルドは今まで感じた事のない程、激しい不快感に襲われていた。

 

 「ぐっ、くそ、何だこれは!?」

 

 目の前がクリアになったり、唐突に元の状態に戻ったりと泥酔したかのような気持ち悪さが纏わりついて離れない。

 

 当然、それは戦闘にも多大な影響を及ぼしてくる。

 

 「はああ!」

 

 アルドの陥った隙を突き、飛び込んできたイージスの一閃がヅダの右脚部を斬り落とす。

 

 何の抵抗もなく分断させられた脚部は地表へと落ちていく。

 

 「くそがァァァ!!」

 

 歯軋りしながら意識を出来るだけ鮮明に保ち、視界が開けた瞬間だけを狙って光刃を振るう。

 

 それは確かにイージスの装甲を削っていく。

 

 だが明らかに先程までと比べても傷が浅く、致命傷までには程遠い。

 

 そんな敵の不調をアレックスは見逃さない。

 

 「決着をつけるぞ!」

 

 左足を振り上げビームクロウを弾くとイージスはモビルアーマー形態へと姿を変える。

 

 今までヅダの防御を崩せなかった最大の要因は盾と兼用されているビームクロウの存在故だった。

 

 大型であるこの盾は防御力も高く肩から伸びるアームによって稼働領域が広い。

 

 だからどこからの攻撃でも防ぐ事が可能。

 

 故にこれを突破するにはそれ相応の一撃が必要になる。

 

 それは―――

 

 「ヒュドラか!?」

 

 イージスリバイバルの最大武装。

 

 イージスガンダムに装備されたスキュラを強化し、Fシリーズの大半に搭載された兵器。

 

 しかしこの武装は核動力機用に開発されたものであり、バッテリー消費が激しい為に通常の機体とは相性が良くない。

 

 調子に乗って乱発すればすぐさまエネルギー切れを起こしてしまう。

 

 アレックスが使用を控えていた理由がそれだ。

 

 それでも威力は折り紙つき。

 

 至近距離で食らえば、モビルスーツなどあっさりと塵芥に成り果てるだろう。

 

 「俺が迂闊に食らうとでも―――」

 

 機体に回避運動を取らせようとしたアルドの言葉は最後まで続かない。

 

 何故ならイージスは砲口を見せる事なく突撃してきたからだ。

 

 「何!?」

 

 虚をつかれた事に加え、予期せぬ不調による反応遅延。

 

 それでもアルドは避けようとするが、もう間に合わない。

 

 先端部から放出されたビームサーベルが前面に向けられたシールドと激突し、凄まじいまでの衝撃と閃光が飛び散った。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 ビーム刃と突撃の衝撃。

 

 二重の攻撃によってシールドは罅割れる。

 

 だがそれでもどうにか耐えきった。

 

 しかしこの状態こそアレックスの狙い。

 

 先端部分をシールドに突き刺したまま力任せに展開していくと盾もまた外側へと弾かれた。

 

 その場に残ったのは無慈悲なまでのヒュドラの砲口と無防備なヅダの本体のみ。

 

 「これで!」

 

 トリガーを引くと同時に砲口に光が集まり、強力な一撃が放たれる。

 

 アレックスは勝利を確信する。

 

 だがアルドは不調ではあれ、普通ではなかった。

 

 「おおおおおおお!!!」

 

 I.S.システムに後押しされた神懸かり的な反応。

 

 負けるかという執念。

 

 それによって機体を逸らせたアルドは此処に奇跡ともいえる回避を実現させた。

 

 「避けた!?」

 

 無論、無傷などではない。

 

 左側の腕や脚はけし飛び、戦闘はもう無理だと素人でも分かる程の損傷。

 

 それでも致命傷ともいえる一撃を避けてみせたのだ。

 

 「うおおおお!!!」

 

 残った右手に握られたビームサーベルを逆袈裟に振り上げ、イージスリバイバルの片手、片足を斬り捨てた。

 

 「ぐっ、まだ!!」

 

 敵の執念に驚きながらもアレックスは動く部分を総動員し、モビルスーツ形態へと戻すと残ったサーベルとヅダへ叩きつける。

 

 それを防がんと前へ突き出したシールドごとサーベルが貫通すると、ヅダの首部分へ突き刺さった。

 

 「ぐあああ!」

 

 コックピットに伝わる衝撃と警戒音に呻きながら、イージスリバイバルを睨みつける。

 

 「……俺は……俺はァァァァァ!!」

 

 勝利への渇望。

 

 負けたくないという思い。

 

 すべてを込めアルドは咆哮する。

 

 サーベルを逆手に持ち替え、イージスの頭部へと振り下ろした。

 

 アレックスにもそれを避けるだけの余力は残っていない。

 

 躊躇無く振り下ろされた、光刃が頭部に刺さり、跡形もないほどに破壊する。

 

 「まさかここまでやるとは。セレネ!」

 

 機体の状態を素早く把握したアレックスは迷わず脱出を決める。

 

 相手にも致命傷は与えたがイージスも限界に近い。

 

 機体ごと脱出しようにも完全に組みついている所為で引き離すのは難しい状態だった。

 

 躊躇わずに自爆装置のスイッチを入れ、コックピットを開けると近くに待機していたフローレスダガーの掌に乗り移った。

 

 「離脱だ!」

 

 「はい!」

 

 セレネはアレックスの声に従い、背を向けて一気にその場からの離脱を図る。

 

 幾分かの距離を稼いだその瞬間、イージスリバイバルが爆発。

 

 襲いかかってくる衝撃波がフローレスダガーの背中を押し上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話  光に染まる

 

 

 

 

 

 

 ローレンツ・クレーターで激戦が繰り広げられている頃、一隻の戦艦が戦闘宙域付近にまで近づいていた。

 

 中立同盟オーブ軍所属の戦艦『イザナギ』である。

 

 アメノミハシラから月へと辿り着いたイザナギはカガリからの要請で最低限の護衛戦力を残し、オーディン援護の為に駆けつけてきたのだ。

 

 航行している姿は他のイズモ級と変わらない。

 

 内部部分など幾つか変更されている部分はあるが、武装も含め基本的にイズモやクサナギなどと全く同じである。

 

 この艦は元々オーブの旗艦として考案されたもの。

 

 本来はもっと違う形になる予定であったのだが、とある事情により急遽他のイズモ級と同じ様に組み上げられる事になった。

 

 その事情―――すなわちそれは同盟軍の戦力低下が挙げられる。

 

 オーブ戦役、L4会戦、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。

 

 すべて辛くも勝利を収めてきた同盟であったが、全くの無傷だったかと言われれば否だ。

 

 主力のモビルスーツを含め、運用する戦艦もまた相応の損害を被った。

 

 その為に戦力の充実は必須事項となり、その過程でイザナギも当初の予定を変更せざるえなかったのである。

 

 一応後に改修、強化する計画も立ちあがってはいるが、それも先になるだろう。

 

 そんな事情を抱える艦を預かる男もまた複雑な事情を抱えていた。

 

 艦長席に座っているのはセーファス・オーデン准将。

 

 かつては地球軍に所属し、アークエンジェル級二番艦ドミニオンを率いていた人物である。

 

 経歴が経歴だけに何かしら嫌煙されてもおかしくないが前例が良かった事に加え、人手不足。

 

 さらには戦闘経験の豊富さを買われ准将の階級を与えられていた。

 

 イザナギを任され、オーディンの援護という厄介な任務を任じられたのも実力を認められているからである。

 

 そのセーファスは眼前から目を離す事無く、険しい表情を崩さない。

 

 「艦長、ローレンツ・クレーター付近でテタルトス軍プレイアデス級とナスカ級、そしてオーディンを確認しました。どうやら戦闘を行っているようです」

 

 「……ローレンツ・クレータ―以外に敵影は?」

 

 「いえ、確認できません」

 

 その報告にセーファスはさらに表情を険しくした。

 

 ローレンツ・クレーターで敵が待ち受けている事は予想するまでも無く誰しもが分かっていた事だ。

 

 テタルトスもそれを分かった上で出撃し、だからこそカガリに助力を願い出た。

 

 それ故に今の状況は予定通りとも言える展開である。

 

 しかし、それが余計にセーファスに強い違和感を抱かせた。

 

 「……このモビルスーツの数は」

 

 物量的な意味合いで言えば、ザラ派の機体はテタルトスと比べるまでもなく圧倒的に劣っている。

 

 それこそ正面から戦えば叩き潰されてしまう程には数には差があった筈。

 

 しかし報告として聞いていた数よりは明らかに敵の機体数が多かった。

 

 「となると近くに母艦がいるな」

 

 その結論に至るのは至極当然の成り行きだった。

 

 そもそも奇襲を仕掛けた時ですら、彼らがモビルいスーツだけで動いていた筈はないのだ。

 

 推進剤や弾薬の補給、機体整備などの事を考えると近くに母艦があったと考える方が自然だ。

 

 ましてやウイルス内蔵のアンカーボックスのような特殊装備を使用していたなら尚の事である。

 

 それでも見つかっていないのは、ミラージュ・コロイドを使用しているからだろう。

 

 「良し、各機発進準備。戦闘宙域に到達次第、第一部隊はテタルトス、及びオーディンの援護を。第二部隊はミラージュ・コロイドで姿を隠していると思われる敵母艦の探索にあたれ」

 

 とはいえテタルトスもこの事にはとうに気がついているようで、一部のモビルスーツが周辺に散っているのが見てとれる。

 

 ならばそれをフォローするように未だ探索してない宙域で動けば、より敵艦の位置も特定しやすくなるだろう。

 

 「それからアルスター二尉を戦闘宙域へ先行させろ。彼女の機体が一番速い」

 

 「了解!」

 

 ブリッジからの連絡が艦全体へと通達されクルー達が動き出す中、セーファスは未だに見えぬ敵の思惑を看破せんと思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 リベルトの駆るジンⅡはサトーのヅダからの攻撃を捌き、他の機体を寄せ付けないまま基地内への侵入を果たしていた。

 

 味方の降下を邪魔する砲台に突撃銃による銃撃を浴びせ、破壊する。

 

 冷静かつ慎重に。

 

 こういった限定空間での戦闘は障害物があり、敵の攻撃を防御しやすくなる分、動きにくくなる。

 

 さらに死角が増え敵からの攻撃を感知し難いというリスクもあり、慎重に進むに越した事は無い。

 

 それが功を奏したのか、上方からの砲撃を即座に回避する。

 

 「見つけたぞ!!」

 

 「しつこい奴だ」

 

 傷つきながらも向ってくるサトーのヅダと二機の僚機。

 

 その姿を冷めた目で見ながらリベルトは低い声で呟いた。

 

 「……丁度良い。お前達に来てもらう」

 

 選択したのは接近戦。

 

 アンチビームシールドを前に出し、ビームクロウを展開する。

 

 ジンⅡに装備されたビームクロウはゲイツやヅダといった機体群のものとは違いシールドと兼用されておらず、手甲のようなものに二つの光爪が装着されている。

 

 防御には使えないが、シールド兼用のものと違い小回りは利く。

 

 手持ちの武装の中でこの場での戦いに使用するにはうってつけの武器である。

 

 「行くぞ」

 

 「裏切り者、ここで沈め!」

 

 「裏切り者はお互い様だろう」

 

 僚機からのビームライフルを盾で防ぎながら、肉薄した二機は同時に光爪を振り抜いた。

 

 激突したビームクロウは弾け合い、衝撃と共に二機を否応なく下がらせる。

 

 見ればヅダは傷つき、ジンⅡに損傷はない。

 

 単純な機体性能を差し引いても、反応においてリベルトはサトーの上だという事に他ならない。

 

 「おのれ!!」

 

 動きにくい余計な装甲を排除。

 

 ビームライフルを構えてジンⅡの動きを誘導せんと連射する。

 

 怒りで頭が沸騰しそうになりながらも、冷静に対処できたのはサトーが豊富な戦闘経験持つが故。

 

 たとえ反応で敵が上回っているとしても、それは積み重ねてきた技量で補えば良いだけの事なのだ。

 

 降り注ぐビームの雨。

 

 リベルトはあえて前に出ると、あらぬ方向へ突撃銃を向けて発砲。

 

 近くの建造物を破壊した。

 

 倒れ込む瓦礫が煙を巻き上げ、ジンⅡの姿を覆い隠す。

 

 「姿を隠す? 退く気か?」

 

 いや、そうではない。

 

 これは―――

 

 煙の中から飛び出してきたのは、ビームの閃光。

 

 一条の光が僚機のヅダを捉えると、右腕を吹き飛ばす。

 

 さらにもう一射、二射目が次々とヅダの四肢を削っていく。

 

 「チッ!」

 

 一旦回避に徹し、煙が晴れたところを仕留める。

 

 そう決めたサトー達は、両手にサーベルを構え煙が薄れた瞬間を狙って動き出した。

 

 「連携だ! 挟み込め!!」

 

 「おう!」

 

 後退するジンⅡの前後から挟撃する。

 

 そこは丁度、狭い通路に位置する場所、逃げ場はない。

 

 だが、追い込まれている筈のリベルトの表情は変わらず、間合いを見極めるようにモニターを注視する。

 

 そして軌跡を描く振り抜かれるサーベルと同時に突撃銃を下に向け、トリガーを引いた。

 

 銃弾が地面に突き刺さるとヅダの足もとが爆発し、機体を大きく揺らした。

 

 「何だと!?」

 

 斬撃を鈍らせたツダの隙を突き、光刃を潜ると同士討ちを避けようと慌てて機体を引くが遅すぎた。

 

 振るった光刃は容易には止まらず、お互いの機体を傷つけてしまう。

 

 「ぐっ」

 

 「しまった」

 

 動きを止めたヅダに微かな笑みを浮かべたリベルトはビームクロウで二機の脚部と頭部を斬り裂き、回し蹴りを叩き込んだ。

 

 背後からの蹴りを受け、前のめりになったヅダは限界を迎えたのか、重なり合うように崩れ落ちた。

 

 「上手くいったな」

 

 彼らを襲った爆発。

 

 あれは先程の粉塵の中でジンⅡに装備されているミサイルを地面に設置したもので、要するに即席の地雷だった。

 

 つまり誘い込まれたのはサトー達であり、リベルトは数の不利を逆手に取って同士討ちを狙ったのだ。

 

 「後はお前だけだ」

 

 「貴様ァァ!!」

 

 《待て、時間だ。予定通り徐々に後退する。サトー援護に来い》

 

 「くっ、了解した」

 

 味方からの通信にライフルを降ろすとサトーは忌々しげにジンⅡを睨みつけると離脱していった。

 

 「退いたか」

 

 若干、退き際が良すぎる気がするが、今はそれよりも重要な事がある。

 

 「聞こえているか? 敵モビルスーツを鹵獲した。回収に来てくれ」

 

 《了解!》

 

 これで少しは情報も手に入る。

 

 猛威を振るった砲台も随分排除が進み、味方の部隊も基地内へ降下できているようだ。

 

 制圧までそう時間はかかるまい。

 

 その場を駆けつけた味方に任せ、周囲を警戒しながら建物の隙間を抜けて目標地点に直進する。

 

 だが順調に進んでいる筈のリベルトは表情を固くしていく。

 

 「……静かすぎる」

 

 ここに来るまで殆ど妨害がなく、先程のサトー達の退き際の良さもやはり気にかかる。

 

 近くで同盟のガンダムが戦っているらしく、震動が伝わってくるが援護は後だ。

 

 目的地である指令部の前に機体を止めたリベルトは淀みない動きで外へと出ると建物の中へと入り込んだ。

 

 念のため、銃を構えて施設の中を慎重に進む。

 

 「……人の気配はないか」

 

 さらに荒らされた形跡も発見できなかった。

 

 一応目に入る部屋をのぞき込んでも、特に目立った異変は無く小奇麗なもの。

 

 どの部屋も閑散としているだけだった。

 

 最奥にある端末を起動させ、素早く必要なデータを閲覧していく。

 

 といっても元々大したデータなど入っていないだろうし、敵も余計な情報を落すとも思えない。

 

 だからリベルトが見ていたのは基地全体のデータだった。

 

 もしも連中が仕掛けでもしていたとすれば、痕跡くらいは発見できると踏んでいたのだが―――

 

 「……チッ、何時かの意趣返しのつもりか」

 

 そのデータを見てリベルトは舌打ちしながら、苛立たしげに吐き捨てた。

 

 それは基地内に設置されているエネルギープラントが暴走するように仕掛けが施してあったのだ。

 

 エネルギープラント自体は大した規模のものではない。

 

 だが暴走すれば相応の爆発が起きる事は明白。

 

 連中が退いたのも、これに巻き込まれない為だったのだろう。

 

 全く、アラスカの再現でもしようというのか。

 

 「何時までも付き合ってやる必要はないな」

 

 ベテルギウスの事は分からず仕舞いだが、一応最低限の目的は達成したのだから、長居は無用である。

 

 すぐに待機している味方に連絡を入れると、リベルトも急いで外へと走り出した。

 

 

 

 

 ジェシカ・ビアラスにとってニーナ・カリエールという存在は常に自分よりも上にいる鬱陶しい存在だった。

 

 例えばアカデミーの成績。

 

 赤服を与えられている以上、ジェシカも優秀だった事は間違いない。

 

 しかし上には上がいる様に、彼女の上にいたのがニーナという少女だった。

 

 考え方の違いや鬱憤から何度も衝突し、勝ちたいと願い、何度も勝負を挑んだ。

 

 しかし、結局満足できる勝利は得られないままだ。

 

 これが全く手が届かないほどに隔絶した差が存在していたならまだ諦めるという事もできたかもしれない。

 

 しかしニーナは手を伸ばせば届くそんな場所に立っていた。

 

 ああ、鬱陶しい。

 

 私の前に立つんじゃないと何度思った事だろう。

 

 だが、それも今日まで。

 

 ここで邪魔な奴には消えてもらう。

 

 「ニーナァァ!!」

 

 体当たりによってスウェアを引き離す事に成功したジュラメントはライフルを捨て、ビームソードを展開して斬りかかる。

 

 袈裟懸けに煌く一撃がニーナの首を討ち取らんと閃を描く。

 

 「くっ!?」

 

 しかし体勢を崩しながらもニーナはシールドを斜めに構え、斬撃を外へと弾いてみせた。

 

 虚を衝かれた筈の一撃。

 

 それをこうも鮮やかにいなして見せた。

 

 その対応力は流石というべきだろう。

 

 「でもね! そんな事はとうに知ってるのよ!!」

 

 持ちうるすべての火力。

 

 高出力ビームキャノン、プラズマ収束ビーム砲、連装ビーム砲、すべての砲口をスウェアに向けて叩き込む。

 

 ジェシカもまた業腹ながら自分の障壁はこの程度で倒せるほど甘くはないと分かっている。

 

 何度戦ったと思っている。

 

 時に挑み、時には共に戦って来たが故に相手の動きも癖も良く理解しているのだ。

 

 だからジェシカは一切手を緩めない。

 

 連続で叩き込まれた砲撃を複雑な軌道を取る事でやり過ごしたスウェアに向けて再び刃を構えて突撃する。

 

 「はあああ!!」

 

 上下、左右。

 

 両手の光刃を用い、幾度となく斬撃を振るうジュラメント。

 

 それをニーナはタイミングを見極め、剣閃を捌きながらサーベルを抜く。

 

 「ジェシカ、今更止めろなんて言わないわ。でも、これだけは聞いておく。貴方達は何をしようとしているの?」

 

 「リアンから聞いた筈でしょう。私達はコーディネイターの正しい未来を掴むために戦っているだけよ!」

 

 袈裟懸けと横薙ぎ。

 

 お互い同時に振るった一撃が、敵を捉える事無く空を斬る。

 

 「そんな事で―――」

 

 「くだらない問答はやめないさいよ! アンタの魂胆に私が気がつかないとでも?」

 

 ニーナは優秀な人間だ。

 

 それは軍人としても同じ事。

 

 だから彼女はかつての仲間であるリアンやジェシカの事を知っても尚、戦う事に何ら躊躇いは持たない。

 

 感情が無いと言っている訳ではない。

 

 悩みもしただろうし、苦しみもする。

 

 だが、それを踏まえた上で割り切る事ができるのがニーナ・カリエールという女なのだ。

 

 故に軍人としてのニーナ・カリエールがすべき事は何か?

 

 答えは簡単だ。

 

 敵に関する情報収集。

 

 これしか無い。

 

 先程の問答も感情を煽り、出来る限りの情報を吐かせる。

 

 それを目的にしていたのだろう。

 

 それが叶わずともジェシカの集中を乱す事は出来る。

 

 全くどこまでもイラつかせてくれる。

 

 「今更そんな手に引っ掛かると思うなァァ!!」

 

 ジェシカの咆哮と共に上段から振り下ろされる、一撃。

 

 それを紙一重で捌きながら、ニーナは思わず歯噛みした。

 

 戦況は一見すると五分。

 

 密着した状態で互いに刃を振るっている。

 

 だが実際に不利なのはニーナの方だった。

 

 「ぐっ!?」

 

 「落ちろ!!」

 

 叩きつけられた斬撃の衝撃を歯を食いしばって堪え、同時に繰り出された死閃を伴う蹴撃を損傷覚悟で逸らした。

 

 しかし代償として右腕の装甲が抉られ、ビームガトリング砲がむき出しにされてしまった。

 

 「この程度で!!」

 

 剥き出しにされたなら、装甲から解放するまでもタイムラグもない。

 

 右手に設置されたガトリング砲が火を噴き、ジュラメントの装甲を削っていく。

 

 「この、調子に乗るなァァァ!」

 

 だがそれでも尚ジェシカは退かぬとばかりに迸る剣撃を叩きつけ、逆袈裟から振り抜かれた一閃が装甲を掠めて傷を生み出す。

 

 ニーナが不利であるというのは、実力的に劣っているという訳ではない。

 

 単純に装備の特性によるものであった。

 

 スウェアの背中に装備されているのは『ファーヴニル』

 

 即ち砲戦仕様の武装である。

 

 高出力スラスターにより機動性は確保されているものの、接近戦に際しては不利となるのは否めない。

 

 距離を取り火力を持って敵を薙ぎ払う時にこそ、『ファーヴニル』はその真価を発揮するのだから。

 

 「流石ね、本当に!」

 

 「貴方が褒めてくれるなんて、どういう風の吹き回しかしら?」

 

 「この状況で、減らず口が叩けるとはね!」

 

 これまでも経験から相手の動きを先読みし、渾身の一太刀を叩きつけた。

 

 「でも、そんな装備でジュラメントの斬撃を何時まで凌げると思うな!!」

 

 盾を使って斬撃を受け止めるが無数の傷跡が付けられ、その度に徐々に衝撃が大きくなっていく。

 

 それはシールドが限界に近づいている証。

 

 これ以上強力な火力を受けてしまえば、盾ごと破壊されてしまうだろう。

 

 「チッ」

 

 こちらの弱点などお見通しとばかりに、繰り出される猛連撃。

 

 しかし、こちらも負けるつもりは毛頭ない。

 

 ニーナは冷静に周囲を、敵の動きを観察する。

 

 そこでとあるものに気がついた。

 

 「……仕方がないか」

 

 このままではジリ貧である事は自明の理。

 

 打開するにはそれ相応の手段が必要になってくる。

 

 ニーナは光刃を弾き返すと同時に『ファーヴニル』に装備された対艦ミサイルを至近距離から発射した。

 

 「なっ、この距離から!?」

 

 殆ど密着した状態からの一撃。

 

 対処などする間もなくジュラメントとスウェアは対艦ミサイルの爆発と衝撃で吹き飛ばされた。

 

 衝撃に呻きながらジェシカはニーナの目的を看破する。

 

 「こんな手で距離を取ってくるなんて!?」

 

 二機は爆煙に包まれながらも、互いのビームサーベルの攻撃範囲から大きく離されていた。

 

 つまりニーナの狙いは強制的に距離を取る事だったのだ。

 

 吹き飛ばされ一瞬だけ、スウェアの姿を見失うジェシカ。

 

 そこを狙い放たれるのは野太い強力な閃光。

 

 背中から跳ね上げられたアータルから放たれた光だった。

 

 退くように後退を選択するが一歩遅い。

 

 ビームがジュラメントの傍を通り過ぎ、ビームランチャーを吹き飛ばす。

 

 「ぐっ、ニーナァァァァ!!!」

 

 怒りと共に絶叫しながら、残ったプラズマ収束ビーム砲と連装ビーム砲を同時に前へと構える。

 

 確かに武装は消耗したが、戦闘は十分に可能。

 

 今度こそ消してやるとトリガーに指を掛けた。

 

 しかし―――

 

 「ハァ、ジェシカ、貴方の欠点を教えて上げましょうか?」

 

 「何?」

 

 「普段は冷静な癖に、追い込まれるとすぐに熱くなって、周りが見えなくなる事よ」

 

 反論を口に乗せる間もなく次の瞬間、敵機の接近を知らせる警報がコックピットに鳴り響く。

 

 同時にジュラメントの背後から敵の機体が近づいてきた。

 

 駆けつけてきたのは戦闘機のシルエットを持ったオーブ特有の可変機構の雛型になった機体だった。

 

 「速い!?」

 

 ジェシカが驚くのも無理はない。

 

 ほんの一息の内に肉薄してきたその機体の加速力は、目を見張るものがある。

 

 だが同時にいい様も無い憤怒が湧きあがってきた。

 

 今はニーナとの決着をつける為の、殺し合いの最中だ。

 

 それを―――

 

 「邪魔だァァァァ!!」

 

 確かに敵の機体の速度は大したものだがジュラメントの十八番でもある。

 

 敵機から発射されたミサイル群を変形して振り切ると、収束ビーム砲ですべて薙ぎ払った。

 

 「ふん、甘いのよ!」

 

 邪魔な奴ごとニーナを消し去ろうと銃口を向ける。

 

 その時、予想もしえなかった衝撃がジュラメントに襲いかかった。

 

 細かい爆発が連続して発生し、PS装甲に衝撃を加えていく。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!! ま、まさか機雷か!?」

 

 戦闘機型の機体が最初にミサイルを発射してきたのは、巻いた機雷の所まで誘導する為だったのだ。

 

 「この―――ッ!?」

 

 「忠告は素直に聞くものよ、ジェシカ!!」

 

 距離を詰めていたスウェアの一撃がジュラメントのウイングを斬り裂く。

 

 そしてバランスを崩した所に背中の『ファーヴニル』を分離、激突させた

 

 「きゃああああああ!!」

 

 「そのまま底まで落ちなさい」

 

 無事だった左手の装甲が解放され、顔を出したガトリング砲が火を噴く。

 

 『ファーヴニル』は蜂の巣になり、爆散すると巻き込んだジュラメント諸共灰色の大地へ落下していった。

 

 「……ハァ」

 

 PS装甲である以上、確実にあれで倒せたとは思えない。

 

 だが追撃する余力も残っていなかった。

 

 様々な感情を吐き出すようにため息をつきながら機体状態を確認する。

 

 案の定破損した部分が赤く点滅している。

 

 至近距離からミサイルを直撃させたのだ。

 

 いかにPS装甲で機体自体は無事でも、流石にスラスターまで無傷とはいかなかった。

 

 さらにバッテリー残量も余裕があるとは言えない。

 

 「……これ以上の戦闘は無理か」

 

 ニーナは離れたセリスの事を気にしながら、近づいてくる友軍機に通信回線を開いた。

 

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 それが発動した瞬間、リアンの眼前に広がる光景がまるで違って見えた。

 

 今まで曇っていた視界がクリアになり、駆け廻る感覚はどこまでも鋭い。

 

 思考もまた澄み渡り、そして胸の内に燻る憎悪の炎はさらに激しく燃えている。

 

 これなら勝てる。

 

 漲る力を感じ取り、確信したリアンは狂気の笑みを浮かべながら、絶叫する。

 

 「死ねェェェェェ!!!」

 

 正に命知らずの突撃。

 

 敵からの攻撃を全く考慮に入れていないその姿は見ているだけでも狂気を感じさせるには十分すぎた。

 

 背筋に走る寒気を押し殺し、セリスはビームライフルを発射する。

 

 「この!」

 

 狂いのない正確な一射。

 

 しかしコンビクトは防ぐ素振りすら見せず、機体を僅かに逸らすだけで回避してみせた。

 

 「なっ!?」

 

 今のを避けた!?

 

 完璧なタイミングの攻撃をかわされた事でセリスは一瞬とはいえ、反応が遅れた。

 

 リアンはそこを見逃さない。

 

 「ハァァァァ!!!」

 

 アイテルの眼前にビームサーベルが振り下ろされる。

 

 「まだァァ!!」

 

 斬撃を飛び退く事で回避するが、コンビクトは逃がさないとばかりにアイテルを追随してくる。

 

 そこを狙いセイレーンのビーム砲を叩き込むが―――通用しない。

 

 すべてを驚くべき反応を持って紙一重の回避を成功させている。

 

 「射線が見切られている!?」

 

 連続で撃ち込んでいくビームはすべてコンビクトを捉える事無く、虚空へ消えていくのみ。

 

 確かに敵はこちらの動きをある程度読んでいるのかもしれない。

 

 だが、それだけであの動きは説明できない。

 

 つまりは反応速度の急激な向上。

 

 それしかない。

 

 心当たりがあるとすれば一つだけだ。

 

 「まさか……」

 

 セリスにも覚えがある力。

 

 未だに曖昧な認識ではあるが、もしも思った通りだとすれば―――

 

 あの敵がそれに準ずる力を発揮しているのだとしたら―――

 

 「だとしても!!」

 

 今までの認識を改め、ライフルからサーベルへと持ち替えると、セリスも即座に斬りかかる。

 

 激突した二機が振るった剣が盾で防ぎ、位置を入れ替えるように弾け飛ぶ。

 

 「死ねェェ!」

 

 最初とは比べものにならない鋭い斬撃がアイテルに再び振るわれ、装甲に傷を刻んだ。

 

 「くっ、こいつ!?」

 

 ライフルから吐き出されるビームの一射が肩を掠め、次の一射がセイレーンの左側を削り落とす。

 

 バランスを崩しながらもセリスはシールドで斬撃を止めると、ライフルを構える。

 

 だが、それすらも意を返さないとばかりにコンビクトは発射される寸前のビームライフルを掴み上げた。

 

 発射されたビームはコンビクトの腕部を掠めながらも上方へと向っていく。

 

 「逃がさない……貴様だけはァァァァ!!!」

 

 憎悪の叫びと共にライフルを握り潰しアイテルに叩きつけた。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 ライフルの爆発によって吹き飛ばされたアイテルに連装ビーム砲によるさらなる追撃。

 

 セリスは歯を食いしばり、機体を一気に上昇させた。

 

 「そう来ると思っていたァァ!!」

 

 それこそリアンの狙い通り。

 

 予測された通りに動くアイテルの蔑むように叫び声を上げながら、ビームライフルのトリガーを引く。

 

 発射された閃光は容易くアイテルを捉え、その右足を吹き飛ばした

 

 「アハ、ハハハ、アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 コックピットに響き渡る哄笑。

 

 やれる。

 

 『マント付き』を倒せる。

 

 討たれた仲間達の―――アシエル隊長の仇を討つ事ができるのだ。

 

 深まる狂気と憎悪。

 

 そんな彼女の感情に呼応するように、駆け巡る鋭い感覚はさらに深度を増していく。

 

 まるで暗闇に引きずり込まれるかのように。

 

 だがそれがどうした。

 

 こいつをこの手で殺す為に、自分は悪魔の手を取ったのだ。

 

 その結果が手に入るならば躊躇う理由も、怯える理由にも成り得ない。

 

 コンビクトはサーベルを握ると同時に両足のビームサーベルを放出する。

 

 「お前はもう終わりだ、『マント付き』!!」

 

 「負けない!」

 

 再びぶつかり合う二機。

 

 横薙ぎの一撃がアイテルのシールドを斬り裂き、袈裟懸けの斬撃がコンビクトの胸部を浅く抉る。

 

 「ここ!」

 

 セリスは使えなくなったシールドを捨て、バランスを崩したコンビクトにさらなる一撃を振りかぶる。

 

 だが、捉えたと思ったその一閃はただ空を切った。

 

 「なっ!?」

 

 見失った。

 

 かつて訓練でフリーダムにやられたのと全く同じである。

 

 リアンはセリスを上回る動きで死角へと入り込んだのだ。

 

 セリスの知覚以上の動きで側面へと回り込んだリアンはニヤリと憎悪の笑みを浮かべながら右足を振り上げた。

 

 剣閃を伴う蹴撃が容赦なくセイレーンを斬り捨てる。

 

 「きゃあああ!!」

 

 スラスターの一部が破損。

 

 爆発によって体勢を崩すアイテルへさらにビームライフルを叩き込んだ。

 

 「落ちろ!!」

 

 「くぅ!」

 

 セリスは残ったスラスターを使って機体を回転させ、ブルートガングで斬り払う。

 

 しかし流石にすべては捌ききれず、右肩を吹き飛ばされてしまう。

 

 リアンは背中越しに地面へと落下したアイテルを殺意の籠った視線で睨みつける。

 

 「しぶとい!」

 

 先の攻防で仕留めたつもりだったのだが。

 

 これ以上ちょろちょろと逃げ回られても目障りだ。

 

 一気に蹴りをつけてやる!

 

 「幕を引かせてもらうぞ、マント付き―――ッ!? こ、これは……ぐぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 決着をつけようとしたリアンを突如、激しい頭痛が襲った。

 

 今まで味わった事のないレベルでの痛みに思わず片手をヘルメット越しに手を当てる。

 

 「くそ、くそ、くそォォォ!!」

 

 もう少しなのだ。

 

 後、少しで奴を倒せる。

 

 リアンは裂けるほどに唇を噛み、怒りで痛みを無理やり捩じ伏せ、アイテルに向かって突撃する。

 

 袈裟懸けに振り抜いた一撃。

 

 そして矢継ぎ早に右足を蹴り上げて、ブルートガングに叩きつけていく。

 

 「ハァ、ハァ、強い」

 

 セリスは怒涛の刃を前に必死にブルートガングを当てる。

 

 まさに鬼神の如し。

 

 振るわれる剣撃のどれもが必殺のもの。

 

 振るわれる度に精度を増す、剣閃は驚異という他ない。

 

 しかもアイテルは防御の要とも言えるシールドを破壊されている。

 

 つまり防戦は圧倒的に不利だ。

 

 それでもこちらを仕留めきれていないのは、どこか動きに鈍っている点が存在しているからだ。

 

 それがパイロットの不調か、機体の不備か。

 

 何にせよそれがこちらにとっての唯一ともいえる突破口である。

 

 だが―――

 

 「無茶しようにも、機体が……」

 

 機体の消耗を考え、セリスが一時撤退を考え始めた時、友軍からの通信が入る。

 

 「……撤退命令」

 

 先のリベルトからの連絡を受けたアレックスが全軍に撤退命令を下したのである。

 

 「エネルギープラントの暴走って、冗談でしょ!」

 

 暴走による爆発に巻き込まれたら、それで終わりだ。

 

 通信を受けたテタルトス機も次々と基地から離れていくのが見える。

 

 「リベルト隊も退いていく、私も!」

 

 即座に撤退を決めたセリスは残った力を振りしぼり、ビームサーベルを押し返すと一気に離脱を図る。

 

 「逃げるかァァァ!!」

 

 当然、それを許すリアンではない。

 

 離脱しようとするアイテルの近くの岩盤をライフルで崩すと進行速度を限りなく遅くした。

 

 元々アイテルの損傷は甚大。

 

 特に損傷したセイレーンのスラスターはもはや役に立たない状態である。

 

 二基の大型バーニアユニットを持つ、コンビクトであるならば追いつく事はなんら難しくない。

 

 「くっ、貴方は死にたいの!」

 

 振りかえり、機関砲による牽制を行いながら、声を上げる。

 

 目の前にいる敵もエネルギープラントの件を知らない筈はないのだ。

 

 しかしリアンは全く意を返さない。

 

 「それがどうしたァァァァ!!!」

 

 そう、だからなんだという。

 

 二度と訪れないかもしれない、この好機を逃がせというのか。

 

 ふざけるな!

 

 「貴様を殺す為ならばァァァ!!」

 

 逃げるアイテルに対して距離を詰める為、バーニアが焼き切れても構わないとばかりに加速を掛ける。

 

 「死ねェェェェェ!!!!」

 

 両手で抜いたサーベルを広げ、左右からアイテルへと振り払う。

 

 「私はまだァァァァァ!!」

 

 セリスもまたブルートガングと共に構えたビームサーベルを振り抜く。

 

 

 

 当たれば命を容易く消し去る光の刃が二人の目の前で軌跡を描き、交錯した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 戦いの裏

 

 

 

 

 

 

 

 月に広がる灰色の大地。

 

 無数に存在している内の一つ、ローレンツ・クレーターで今まさにすべてを呑み込むのではと思われるほどの眩い閃光が放たれ様としていた。

 

 それは終わりの閃光。

 

 巻き込まれれば、確実な死が待っている。

 

 そこから何としても逃れようとテタルトスの機体が次々と宇宙へと駆け上がっていく。

 

 オーディンと合流したイザナギも傷ついた味方機の回収を行いながら、アレックスから全軍に伝えられた報告―――

 

 ローレンツ・クレーターに建造されているエネルギープラントが暴走、爆発するという報告をセーファスは拳を握り締めて、聞いていた。

 

 「……アラスカの再現か」

 

 話を聞いて思い浮かんだのは、それだ。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役時、地球軍の本部であったアラスカ『JOCH-A』で起こったザフト侵攻作戦『オペレーション・スピットブレイク』

 

 地球軍本部を落とし、戦争を早期に決着させるという目的で行われたこの作戦は終始ザフト優勢で進められた。

 

 しかしその結末はザフトを道連れとするサイクロプスによる自爆という想像もしていなかったものとなった。

 

 今でこそいえる事だがパトリック・ザラの失墜はここから始まっていたと言ってもいいだろう。

 

 もしもという仮定に意味は無いが仮にパトリックの思惑通り、『オペレーション・スピットブレイク』が成功していたなら前大戦の状況も結末も変わっていたかもしれない。

 

 そんな益体の無い想像をため息と共に振り切ると、セーファスは基地へと降下を果たしているだろう味方の状況に思考を巡らせた。

 

 「味方の現状は?」

 

 「はい。テタルトス機、同盟機共に大半はエネルギープラント爆発の影響範囲外へと退避完了しています。それからアルスター機、カリエール機、帰還。カリエール機は少破している模様」

 

 「ブラッスール機は?」

 

 「帰還の報告は上がっていません」

 

 オペレーターからの報告に思わず眉を顰めた。

 

 未だに敵機と交戦中なのかもしれない。

 

 だが、不味い事にもう殆ど時間は残されていない。

 

 しかし今から味方機を支援の為に降下させるなど自殺行為だ。

 

 そうなると自力で戻ってきてもらう以外はないのだが。

 

 セーファスがどうすべきか顎に手を当て、思案していた。

 

 その時エネルギープラントの爆発によって起こった眩い閃光と共に衝撃波がイザナギを襲った。

 

 「姿勢制御、艦首上げ!! 周辺警戒!!」

 

 「了解!」

 

 振動が収まり、艦の状態を確認する為に指示を飛ばす。

 

 「船体チェック!」

 

 「異常ありません」

 

 結構な衝撃ではあったが、設置されていたエネルギープラントは大きな規模では無かった。

 

 その為、月軌道に展開していた戦艦に大きな影響を及ぼすほどでは無かったようだ。

 

 とはいえ爆発の威力は相応なもので、モビルスーツが巻き込まれればただでは済むまい。

 

 各所から上がってくる報告に耳を傾けながら、モニターを見る。

 

 クレーターから爆発による煙が立ち上がり、基地全体を覆っている姿が飛び込んでくる。

 

 もしもアレにアイテルが巻き込まれているとすれば―――

 

 最悪の想像がセーファス脳裏をよぎるが、それを覆すようにオペレーターが勢いよく振りかえる。

 

 それは想像していたものとは真逆の報告だった。

 

 「ブラッスール機、ミエルス大尉のジンⅡと共にローレンツ・クレーターから離脱したのを確認しました! しかし、アイテルはかなりの損傷を受けているようです」

 

 ジンⅡに抱えられるようにしてアイテルが帰還してくる姿が映し出されると、ブリッジクルーの誰かが息をのむ音が聞こえた。

 

 無理はない。

 

 見えたアイテルの姿は大破寸前と思えるほどにボロボロの状態だったからだ。

 

 片足、片腕の欠損に、肩部を含めた装甲の破損。

 

 さらに背中の装備であるセイレーンは殆ど原形を留めていない。

 

 よほどの相手と戦ったのだろう。

 

 ジンⅡがいなければ帰還する事もままならなかったかもしれない。

 

 「パイロットは?」

 

 「一応無事の様ですが、詳しい状態までは……」

 

 「念の為、医療班を待機させておけ」

 

 「了解」

 

 ブリッジに安堵したような空気が流れるが戒めるようにセーファスの声が飛ぶ。

 

 「気を緩めるな。敵母艦の探索はどうなっているか?」

 

 「は、はい、第二部隊がテタルトス機と共に現在も探索していますが、報告は上がってきません」

 

 すでにこの近辺の探索は終了し、残りはデブリが浮いている場所のみ。

 

 姿を隠すには絶好の所ではあるが、同時にあからさますぎる。

 

 つまり罠を張るには絶好の位置でもあるという事だ。

 

 セーファスの懸念とは裏腹にフローレスダガーとアドヴァンスアストレイの部隊が着実にデブリの元へと近づき、ビームライフルを構えた。

 

 アドヴァンスアストレイは軍でAA(ダブルエー)の愛称で呼ばれる機体である。

 

 元々性能自体は高かったアストレイに大戦のデータを基に改良したアドヴァンスアーマーを装着、機動性を強化した事で次世代機とも互角に戦える性能を得ている。

 

 誰もミラージュ・コロイドを展開している敵に対して、目視やレーダーで発見できるなどとは思っていない。

 

 少々乱暴ではあるが戦艦が待機しているだろう場所に向けて攻撃を加えるのが現状最も効果的な手だった。

 

 「ッ!? デブリの陰からローラシア級出現!!」

 

 拡大された映像には側面に見覚えのない装置を取りつけた二隻のローラシア級がデブリから飛び出していくのが映し出された。

 

 「ミラージュ・コロイドを解除したのか?」

 

 確かにあのまま隠れていてもモビルスーツからの攻撃をまともに受ける事になる。

 

 だが、セーファスから言わせればその対応事態が遅すぎると言わざる得ない。

 

 発見される前に何らかの対応を取る事は出来た筈。

 

 ミラージュ・コロイドの性能を過信していたのか、それとも―――

 

 エンジンを吹かしミサイルやビーム砲を発射しながら逃げようとするローラシア級。

 

 逃れる敵艦に各機が攻撃を開始しようとしたその時、何の前触れも無く突如二隻の艦は爆散した。

 

 「なっ、自爆だと!?」

 

 凄まじい閃光と衝撃。

 

 それと共に格納されていたウイルスアンカーが周囲に飛び散る形で拡散していく。

 

 不味い。

 

 アレに当たれば、モビルスーツはおろか戦艦も制御を失う事になる。

 

 下手をすれば月面に叩きつけられて終わりだ。

 

 そんな事はさせてたまるかと、セーファスは咄嗟に声を上げた。

 

 「くっ、モビルスーツ隊はウイルスアンカーを近づけるな! 各砲座は近づく残骸すべてを撃ち落とせ!!」

 

 イザナギ、オーディン、クレオストラトスが飛び散る残骸を迎撃していく中、固く拳を握り締める。

 

 「……やってくれるな」

 

 あの二隻のローラシア級。

 

 おそらく搭乗していたクルーは最低限の人数のみで初めから自爆するつもりであそこに待機していたに違いない。

 

 彼らの主力はエネルギープラントの爆発に紛れて撤退し、わざとデブリに隠れていたローラシア級が注意を引きつけて自爆。

 

 そうして撹乱及び足止めを行い本隊を逃がすという方法をとったのであろう。

 

 「となればテタルトスの新型もすでに本隊と共に離脱しているか」

 

 セーファスは現状これ以上の追撃は不可能と判断する。

 

 敵を完全に見失ってしまった上にこちらの損害も軽くは無い。

 

 「結局、後手に回るしかないという事か」

 

 憂鬱な気分をため息と共に吐き出しながら、残骸の対処に取りかかった。

 

 

 

 

 セリスは夢を見ていた。

 

 目の前に浮かぶのは月での戦い、コンビクトとの死闘だった。

 

 あらゆる手を尽くし、自分の持ちうるすべてをぶつけた。

 

 『SEED』を使っていた訳ではない。

 

 しかし未だに使い方も分からず、理解も及ばないものを自分の力とするほどセリスは迂闊なつもりはない。

 

 紛れも無くあれこそがあの時のセリスの全力であった。

 

 だがそれもあの敵には通用せず、一蹴されてしまった。

 

 敵を侮った訳でもなければ、訓練を怠ったつもりもない。

 

 それだけ敵が強かったという事。

 

 セリスの完全な敗北だった。

 

 

 最後の攻防もそうだ。

 

 

 「死ねェェェェェ!!!!」

 

 

 両手で握られたコンビクトのビームサーベルがアイテルに振り切られる。

 

 あれほどの速度で接近してくる敵機、放たれる左右から挟み込む刃。

 

 これから逃れる術はない。

 

 無理に回避しようとすれば、あっさりと真っ二つにされてしまう。

 

 ましてやあれほどの精度で攻撃を加えてくるのだから、アイテルを捉えてくるのは当然と言える。

 

 だからセリスが選択したのは攻勢に出る事だった。

 

 「私はまだァァァァァ!!」

 

 アイテルは後退から一転し、前へと出る。

 

 それを見たリアンは自身の勝利を確信した。

 

 機体状態や自身に作用しているI.S.システムの恩恵。

 

 負ける要素は無いとするリアンの判断は間違っていない。

 

 だが、彼女は一つ失念していた事があった。

 

 こうして追い詰められてなお予想を裏切ってくるのが彼女の宿敵であるのだと。

 

 「私の勝ちだァァァァァ!!!」

 

 離れていた距離が零となり、振るわれた光刃が交錯する。

 

 相手を捉えたと確信したリアンだが、そこで一直線に走るものを眼の端で捉えた。

 

 それはアイテルの腰部に搭載されていたビームガンの光だ。

 

 「なっ!?」

 

 リアンはこちらを狙う一撃を神懸かり的な反応で回避しようと試みる。

 

 だがそれはこの場に限って、悪手と言わざる得ない選択となった。

 

 機体を逸らした事で致命傷こそ避けられたが脇腹部分が抉られてしまった。

 

 それは僅かではあるものの剣閃をズラされた事を意味する。

 

 ビームガンはビームライフルなどに比べても低出力であり敵機に対する牽制用として使用される事が主である。

 

 しかしその真価は至近距離でこそ発揮する。

 

 距離を詰めた状態から直撃させればコックピットを貫通させる事も隠し武器としても使う事が可能。

 

 現にここまでセリスはビームガンを極力使用してこなかった事で、結果的にではあるがリアンの意表を突く事に成功したのだ。

 

 「ここだ!!」

 

 ブルートガングでサーベルを叩き落とし、突き出した一撃がコンビクトの頭部を吹き飛ばした。

 

 リアンは自分の迂闊さに歯噛みしながら、メインカメラが破壊された事で乱れたモニターの映像を睨みつけた。

 

 「貴様ァァァァァァァ!!!」

 

 ここまで追い詰めていながら。

 

 ここまでの力を得ていながら。

 

 負けるなどあり得ない。

 

 「そうだ、負けて堪るものか!!!」

 

 自らを苛む激しい痛みも、自分から勝利を奪おうとする脅威も、すべてを捩じ伏せる。

 

 リアンは未だに動く右足を振り上げ、渾身の蹴りを叩きこむとアイテルの左腕を斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、こいつまだ!?」

 

 リアンは手を緩めず、畳みかける。

 

 回し蹴りでアイテルの下腹部を抉り、さらに地面へと蹴り落とす。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「ハァ、ハァ、ハァ、このまま、ぐぅうう、あ、頭がァァァァ!!」

 

 激しくなる頭の痛みを堪えながら、落ちるアイテルに止めを刺そうとするが、そこで機体の警告音が大きくなる。

 

 流石に酷使し過ぎたようで受けたダメージの蓄積に加え機体状態は最悪に近い。

 

 「それでも……止めを―――ッ!?」

 

 アイテルに迫ろうとしたコンビクトだったが進路を塞ぐように、ビームが撃ちかけられ、別方向からジンⅡが迫ってきた。

 

 「ぐっ、おのれェェ!!」

 

 この期に及んで邪魔が入るとは。

 

 「悪いが中尉をやらせる訳にはいかない」

 

 リベルトは素早くビームライフルを叩き込み、コンビクトを引き離すとアイテルを掴み上げ、離脱を図る。

 

 「逃がす……ぐっ、くそ!」

 

 メインカメラの破損に加え、I.S.システムの負荷が限界に達した事もあり、視界が霞む。

 

 その為にビームライフルを射線も取れず、回避運動を取るのが精一杯だ。

 

 それも無理はない。

 

 機体もパイロットも限界だったのだから。

 

 結局、離脱していく敵を追う事も出来ず、リアンもまた失いかける意識の中、撤退せざる得なかった。

 

 

 

 

 激しい戦いの光景から一転。

 

 セリスが目を開いた先に見えたのは、白い天井と心配そうにこちらを見つめるニーナの顔だった。

 

 「う、ニーナ?」

 

 「目が覚めた?」

 

 差しだされた水の入ったコップに口をつけると、乾いていた喉が潤っていく。

 

 自分でも気がつかないほど喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。

 

 「ありがと、ここは?」

 

 「イザナギの医務室よ」

 

 イザナギ?

 

 確か、アメノミハシラで建造された宇宙戦艦だった筈。それが何故ここにいる?

 

 いや、そもそも自分達は戦闘中だった―――

 

 意識をはっきりさせようと頭を軽く振ると徐々に記憶が蘇ってくる。

 

 コンビクトとの激闘の末に敗れ、落とされ掛かった所をリベルト大尉に救われたのだ。

 

 「思い出した?」

 

 「うん。あれからどのくらい経ったの? 作戦は?」

 

 「貴方が回収されてからまだ一時間くらいしか経っていないわ。作戦についてはまだ詳しい情報が入ってきた訳じゃないのだけど……」

 

 ニーナの話によるとローレンツ・クレーターでの戦いはほぼ終息、

 

 潜んでいた敵艦も自爆という形で撃沈した事で敵も完全に退いたと判断された。

 

 今は敵艦自爆の衝撃を受けた艦の補修や傷ついたモビルスーツの修復を行いながら、万が一に備え周辺の探索を行っているらしい。

 

 エネルギープラント自爆によって基地は大部分が見る影も無く破壊され、データの回収は不可能となった。

 

 元々重要データの類は残されていなかったらしいが。

 

 ただ、敵機の何機かを鹵獲した事で何かしらの情報が得られる可能性もあるとの事。

 

 それが収穫と言えば収穫なのだろう。

 

 状況を把握し、頷いたセリスはもう一つ気になる事を口にする。

 

 「アイテルは?」

 

 「……大破に近い状態よ」

 

 それを聞いたセリスはショックを受けると共にやはりという思いを抱く。

 

 自らが操っていた愛機の状態は正直言ってかなり酷いものだった。

 

 それこそ生き延びる事ができたのが不思議なほどにだ。

 

 自分を指導し導いてくれたレティシアが搭乗していた機体だけにアイテルには強い思い入れがあった。

 

 託された機体。

 

 そんな思いを抱いていただけに自分の力不足故に大破寸前にまで追いやられたのは本当に悔やまれる。

 

 「今、整備班が修復できるか調べているらしいわ」

 

 突き付けられた現実に気落ちするセリスをニーナは少し躊躇うように言葉を紡ぐ。

 

 「セリス、大丈夫よ。貴方の強さはよく知っている。貴方は……彼らなんかには決して負けない」

 

 「ニーナ?」

 

 ニーナの表情がどこか暗い気がする。

 

 前にもこんな表情をしていた事はあったが―――

 

 気になって声を掛けようとしたセリスだったが、普段通りの優しい表情に戻っていたニーナは想像もしていなかった事を告げた。

 

 「それに安心しなさい。『持ってきた新装備を無駄にして堪るかって』アイテルは必ず直すって整備班長も言ってたからね」

 

 「そっか……って、え? 新装備!?」

 

 「ええ、ヴァルハラから運ばれてきて、今はアイテル修復と同時に調整も行っているらしいわ。もう大丈夫なら格納庫に見に行ってみる?」

 

 驚きも冷めやらぬまま、セリスは頷いた。

 

 ニーナと共にイザナギの格納庫に降りたセリスが見たのはあまりにも無残に破壊された愛機の姿だった。

 

 全身が傷だらけのその姿は、自身の無力の証明。

 

 何とも言えぬ感覚に身を震わせるセリスだったが、それを吹き飛ばすように怒号が響き渡った。

 

 「馬鹿野郎!! そこのパーツは交換しろって言っただろうが!! そっちの装甲はすべて破棄しろ、使い物にならないからな!! アドヴァンスアーマーを装着させるんだから、慎重にな!!」

 

 声を荒げ、指示を出し続けているのはセリスも良く知っている整備班長だった。

 

 絶えず指示を飛ばし続けている光景は懐かしさすら覚える。

 

 「班長、相変わらずみたい」

 

 「また怒られるかもしれないなぁ」なんて内心考え苦笑しながら、班長の方へ近づいていく。

 

 そこで修復されているスウェアの隣に見覚えのある機体が佇んでいるのに気がついた。

 

 「あの機体は……」

 

 「ああ、『ターニング』ね。ローレンツクレーターで私はあの機体に助けられたの」

 

 SOA-X02r 『ターニングガンダム・オービット』

 

 前大戦で投入されたターニングガンダムの改修機である。

 

 量産化や後継機を考慮し、より性能を高めながらも可変機構を簡略化。

 

 扱い易くする為にOSなど様々な点に改良が加えられている。

 

 セリスもその後ろで『ターニング』の戦いぶりを見ていたからよく知っている。

 

 細部に改修を受け武装も変更されているようだが、基本的な姿は変わっていない。

 

 という事はパイロットも同じなのだろうか?

 

 その事をニーナに訪ねようとしたセリスの下に目を引く美しさを持った一人の少女が近づいてきた。

 

 「少尉、彼女の目が覚めたのね」

 

 「アルスター二尉」

 

 「フレイでいいわよ」

 

 敬礼を取るニーナに続きセリスも敬礼を返す。

 

 何というか一言でいうなら、綺麗な人だった。

 

 軍人など似つかわしくないほどに。

 

 それに彼女にも見覚えがある。

 

 確かアークエンジェルの―――

 

 「ターニングガンダムのパイロット、フレイ・アルスター二尉です。よろしく、ブラッスール中尉」

 

 「よろしくお願いします、アルスター二尉」

 

 「貴方もフレイでいいわ。年も近いし」

 

 「はい、私もセリスでお願いします」

 

 穏やかな笑みを交わし合い、フレイと雑談を交わしながらで班長の所へ歩き出した。

 

 「じゃあ、フレイさんは増援とデータ収集の為に月へと来たんですか?」

 

 「ええ。AAのアドヴァンスアーマーと試作されたムラサメの宇宙での運用テストも兼ねてね」

 

 AA―――すなわちアドヴァンスアストレイの横にはオーブ軍で配備が進められている新型機であるムラサメが立っていた。

 

 ムラサメはターニングガンダムのデータを参考に開発された可変機構を備えた機体である。

 

 その機動性は折り紙つきで飛行形態へ変形すれば特殊な装備を装着せずとも空戦も可能。

 

 四方を海に囲まれたオーブを防衛するには最適な機体と言える。

 

 「ただ最近はさらに新型を開発するべきだって言う声も上がっているの」

 

 「え!? ムラサメが配備され始めたばかりなのにですか?」

 

 「ええ」

 

 ムラサメは紛れも無く同盟にとって最新型のモビルスーツである。

 

 配備されている数は未だ少ないものの、性能は他勢力の次世代機と互角に戦える性能を持っている。

 

 にも関わらずすぐに別の新型を求める理由―――

 

 それは単純に同盟の上層部が他勢力の新型に脅威を覚えたから。

 

 つまりテタルトスの新型ジンⅡの性能にである。

 

 テタルトスと同盟は敵対関係にはなく、むしろ友好的な関係だ。

 

 しかしそれはあくまでも現状での話。

 

 この先にどうなるのかは誰にも分からない。

 

 さらには休戦したプラントや現状未だに戦争状態である地球連合がさらに強力な新型を開発してくる可能性も否めない。

 

 ジンⅡというムラサメを上回る機体が存在している以上、同盟上層部が危機感を強めるのも当然と言えた。

 

 「まあ、その辺の話は後でね。班長、セリス中尉が来ましたよ」

 

 「ん、おう! 久しぶりに会ったと思ったら、随分派手にやられたみたいじゃねぇか」

 

 相変わらずの職人気質というか、歯に着せない物言いにセリスは思わず苦笑してしまった。

 

 「すいません、班長。アイテルをこんな風にしてしまって……」

 

 気落ちしたように謝るセリスに班長は呆れたようにため息をつくとこちらの心情を見透かしたようにぶっきらぼうに告げる。

 

 「ハァ、何言ってんだ。無事に戻ってきただろうが、それで充分だろ」

 

 「えっ」

 

 「モビルスーツは直せばいい。だがパイロットはそうはいかねぇ。死んじまったらそれで終わりだからな。お前は何であれ生き延びた、それで良いんだよ」

 

 驚いたように見つめてくるセリスに班長は舌打ちすると鼻を鳴らして背を向ける。

 

 「ふん、分かったら、さっさと格納庫から出ろ! 仕事の邪魔だ!!」

 

 何と言うか彼は本当に変わっていないようだ。

 

 「もう、本当に不器用なんだから」

 

 「ええ。でも班長の言う通りですよね」

 

 苦笑するフレイやニーナと共にセリスは班長の気遣いに感謝しながら、修復中のアイテルを見上げる。

 

 今度は負けない。

 

 必ず貴方を乗りこなして、仲間を守って見せる。

 

 そう決意しながらセリスは拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 未だ月へと留まる同盟とテタルトス。

 

 両軍を尻目にザラ派所属のローラシア級が数隻、この宙域から距離を取って行く。

 

 戦線から離脱したザラ派の面々はすでに母艦が回収し、殆ど人員の乗っていないローラシア級を囮にして予定通りの進路を進んでいた。

 

 ここまで離れればもはや彼らに自分達を捕捉する事は叶うまい。

 

 敵を警戒しながらこちらを探す彼らの姿をブリッジでほくそ笑みながら眺めていたカースは手元の端末へと目を向ける。

 

 そこには先の戦闘データ―――ヅダとコンビクトものが映し出されていた。

 

 「……所詮は未完成品か」

 

 彼らの機体に搭載された仕掛け―――I.S.システム。

 

 『Imitation Seed system』は特殊な催眠処置と投薬を用いてSEED発現状態を擬似的に再現する事が出来るシステムである。

 

 このシステムは適正を持つものしか発現できないSEEDの力を誰でも使用可能という絶大な効果を持つが、反面パイロット負荷が大きすぎるという欠点があった。

 

 さらに未だシステムそのものが未完成であり、SEEDの力も安定しない。

 

 しかも今回分かったのが、システムの効力に個人差が存在するという事だった。

 

 今回の被験者であるアルド・レランダーとリアン・ロフト。

 

 この二人のシステムの効果はまさに正反対と言える。

 

 アルドの方はシステム発動には成功したが通常状態と発現状態が安定せず、非常に不安定で酩酊状態にも似た症状を引き起こした。

 

 リアンについてはその反対。

 

 彼女の適正の高さ故か、システム発動は問題なく行え、効果も問題なかった。

 

 だが、彼女の場合は度を過ぎた効果を発揮した為にパイロットへと負荷が大きくなりすぎた。

 

 そのダメージは戦闘中にも関わらず安定した力を発揮できなくした。

 

 結果、最後の最後までガンダムを追い詰めながら、取り逃がした。

 

 しかもパイロットであるリアンの精神に深刻な傷を与えてしまった。

 

 これではどれだけ力を引き出そうとしても無意味。

 

 誰が用いても安定した効果が見込めなければ、兵器としては役に立たない。

 

 「……要望通りデータは取得した。それにこのシステムが完成すれば色々と使い様があるだろう」

 

 カースが端末のスイッチを切り、思案するように目を閉じる。

 

 ローラシア級はそのまま帰還の道を辿っていく。

 

 順調に進んでいくものだと誰もが思っていたその時―――大きな振動と爆発が艦を襲った。

 

 「な、なんだ!?」

 

 「きゃあああ!!」

 

 浮足立つブリッジ。

 

 そこにカースの声が響き渡った。

 

 「艦停止! 浮足立つな! 状況を知らせろ!」

 

 普段から仮面をつけ不気味な雰囲気を漂わせている男からの一喝に皆が一瞬動きを止めるが、すぐに正気に返ると次々に報告を挙げていく。

 

 「機雷源です! 小型ではありますが、艦前方に散布してあります!」

 

 「二番エンジンの出力、低下! 一部外壁破損、隔壁閉鎖します!」

 

 「ミラージュ・コロイド発生装置の一部が機能停止!」

 

 どうやらこちらの動きを読んでいた奴がいたらしい。

 

 そこにあらかじめ罠を張っていたようだ。

 

 さらにブリッジに警戒音が鳴り響く。

 

 「熱源、急速接近!!」

 

 「数は?」

 

 「一機ですが、これは―――モビルアーマーです!!」




すいません、仕事と息抜きでやってるFate/Grand Orderの為に遅くなってしまいました。

機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 黒い一つ目

 

 

 

 

 

 地球から遠く離れた位置で一つの物体が光を噴射しながら移動している。

 

 設置されたエンジンから放出される光を発するそれは明らかに人工物だった。

 

 移動型軍事ステーション『ヴァルナ』

 

 テタルトスが地球圏外に進出する為の足がかりとして作り上げた軍事ステーションである。

 

 その姿は今までに建造された『イクシオン』、『オルクス』といったステーションとは趣が異なり、大きさも一回り以上違う。

 

 さらに防衛の為に設置されている数多くの砲塔や内部に存在する兵器工廠。

 

 格納庫など様々な施設が点在している様は一種の要塞といっても過言ではない。

 

 此処に配備された兵力の多さがテタルトスが『ヴァルナ』を重要視しているという証拠でもある。

 

 その『ヴァルナ』は現在、試験運用を兼ねて地球と火星の中間へ向っていた。

 

 地球圏外への足がかりと口で言うのは容易い。

 

 だが地球連合やプラントといった他勢力の存在に加え、何かしらのトラブルが起こる事も必定。

 

 それを含めて問題点を洗い出し、試験運用をクリアすれば最終的に木星付近に運ばれる事になっているのだが―――

 

 現在、『ヴァルナ』はソレとは別件で喧噪に包まれていた。

 

 司令室にいる全員が浮足立つように右往左往する中、一人の男が扉を開けて中へと入る。

 

 「どうした?」

 

 部屋の中へと入ってきたのはテタルトスにおいて知らぬ者はいないというほど有名な人物。

 

 ユリウス・ヴァリス大佐だった。

 

 ザフトにおいて『仮面の懐刀』と呼ばれたエースパイロットである。

 

 他者を寄せ付けない隔絶した技量は最強と呼ぶに相応しく、軍に所属するパイロットで彼に憧れを抱かないものなどいない。

 

 現に司令室の喧騒もユリウスが入ってくると同時に冷静さを取り戻したように静まり返る。

 

 それに一切意を返さずユリウスは一番中央にある席に座っている司令官へと近づいた。

 

 「何があった?」

 

 「大佐、これを……」

 

 手渡された一枚のメモ。

 

 そこには現在月で起こっている出来事が書き連ねてあった。

 

 中立同盟の視察中に起こったザラ派残党と思われる者達の『イクシオン』への奇襲。

 

 新型モビルスーツ『ベテルギウス』の強奪。

 

 ローレンツクレーターでの戦闘。

 

 読み終えたユリウスは舌打ちし、苛立ちながらメモを握り潰した。

 

 「……チッ、パトリック・ザラの亡霊か」

 

 「どうしますか?」

 

 司令官の質問に決まっている事であるとばかりに即答する。

 

 「戻るしかあるまい。これ以上余計な面倒事が起こってもつまらんだろう? さっさと処理するに限る」

 

 「確かに」

 

 ユリウスの言葉に追随するように司令官も頷いた。

 

 現状において警戒すべき事は連合、プラントの武力介入の切っ掛けになる事。

 

 仮に最悪の事態になったとしてもアレックスやバルトフェルド達もいるし、本国の鍛えられた戦力は精強である。

 

 簡単に負けはしない。

 

 だが、今は国の安定と戦力増強が最優先。

 

 出来得る限り、不測の事態は避けたいというのが本音だった。

 

 「エウクレイデスの発進準備をしろ。『ヴァルナ』は予定通りのコースを進め。指揮は任せる」

 

 「了解」

 

 司令室を後にしたユリウスはすぐに港へと向かう。

 

 そこには一隻の戦艦が鎮座していた。

 

 テタルトス軍ヒアデス級戦艦 『エウクレイデス』

 

 前大戦で投入されたザフト艦『エターナル』を参考に開発されたテタルトス軍の高速艦である。

 

 エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている。

 

 その為、火力はさほどでもないが速度はエターナルに勝るとも劣らない。

 

 今の位置であれば、さほど時間も掛からずに地球圏に戻る事が可能だ。

 

 肝心な時に間に合うかどうかは微妙なところではあるが。

 

 「昔から厄介事ばかり引き起こす男だ、パトリック・ザラ。だが、これ以上亡霊共の好き勝手を許す気はない」

 

 ユリウスは吐き捨てるように呟くと艦の中へと入っていく。

 

 最強の男が地球圏へと帰還する為、動き始めた。

 

 

 

 

 ザラ派によるイクシオンからローレンツクレーターで起こった一連の戦闘。

 

 これらはすべて周到に計画されたものだった。

 

 作戦行動から撤退に至るまで予定通りだったと言って差し支えない。

 

 襲撃された側であるテタルトスや中立同盟がすべての出来事を予測し、事前に対処する事は非常に難しかっただろう。

 

 何故ならばあまりに情報が不足していたからだ。

 

 故に後手に回ってしまうのも仕方がないと言える。

 

 だが仮にだが敵の動きを読み一矢報いる事が出来るとしたら、それは当事者では無く外側から考察していた者に限られる。

 

 

 そう―――すべてを外から見ていたからこそネオ・ロアノーク大佐はザラ派のローラシア級の動きをある程度予測できたのである。

 

 

 乗機であるモビルアーマー『エグザス』を駆り、眼下に存在するローラシア級を見つめるネオは感慨を抱く事無く呟いた。

 

 「予想通りの位置だな」

 

 ここに来る事は予想できていた。

 

 優秀な指揮官なら、同じ進路を取る事は当然と言える選択だからだ。

 

 飛び散るデブリと岩場に阻まれた視界の悪い逃げるには不利と思われる進路。

 

 しかし逆を言えばここほど追撃し難い場所はない。

 

 ネオでもこのルートを考えただろう。

 

 だからこそ網を張っていたという訳だ。

 

 機体を加速させ、射程距離にまで接近。

 

 機雷によって足止めされている敵艦に何の容赦も無く、攻撃を開始する。

 

 エグザスの側面部に装着されている砲台を分離させ、ビーム砲を発射した。

 

 これはメビウスゼロと呼ばれた機体に装備されていた有線式オールレンジ兵装ガンバレルと同じものだ。

 

 メビウスゼロとの違いは実弾ではなく、ビーム兵装となっている事だろう。

 

 砲台から発射された光線がローラシア級の側面を撃ち抜き、大きな爆発を引き起こした。

 

 もちろん敵も呆然としている訳ではない。

 

 すれ違い様に通り過ぎるエグザスに対し、ミサイルやビーム砲による迎撃が行われる。

 

 「甘い」

 

 振りかかる砲撃を物ともせず、エグザスは空を自由に飛び回る鳥のようにすり抜ける。

 

 ネオは非常に高い空間認識力を備えており、この程度の砲撃で捉えられる程やわではない。

 

 「……良し、ダガーL部隊、攻撃開始しろ。データ収集と敵機鹵獲も忘れるな」

 

 「「了解!!」」

 

 岩陰に隠れいた漆黒に塗装されたダークダガーLが低反動砲を構えて攻撃を開始した。

 

 エグザスを含めた数機のモビルスーツからの攻撃による。

 

 強烈な振動がローラシア級を襲う中、カースは即座に決断を下した。

 

 「あまり時間を掛けてはいられないな。私が出る。敵を引き離した隙に離脱しろ」

 

 派手な戦闘を行えば追ってきたテタルトスや同盟も気が付くだろう。

 

 「……それはまだ不味いからな」

 

 ブリッジから出たカースは格納庫に向かい、自らの搭乗機に飛び移る。

 

 頭部は一つ目のモノアイ。

 

 ザフト特有の造形が良く表れている機体だった。

 

 ZGMF-FX200 『シグリード』

 

 前大戦で投入されたシグルドの正統発展機。

 

 シグルドの戦闘データと共に基礎設計には同じく前大戦に投入されたディザスターを参考にしている。

 

 肩部から伸びた装甲内と背中に搭載されたスラスターによって高機動戦闘を可能にし、その性能は非常に高い。

 

 さらに肩部はシールドと兼用となっており、高い防御力も誇る。

 

 機体状態を確認したカースは確かな愉悦を感じながら、操縦桿を握ると笑みを浮かべた。

 

 「さて、久々の強敵だ。存分にやらせてもらおう」

 

 機体の調子を確かめると同時に本命と戦う為のデモンストレーションとしては丁度良い相手だ。

 

 湧きあがる高揚感に身を浸し、格納庫の隔壁が解放されると同時に宇宙へと飛び出した。

 

 「何だ、あの機体は!?」

 

 ダークダガーLのパイロットは目の前に迫る見た事も無い敵機の姿に瞠目した。

 

 自分達の機体と同じ黒く塗装された装甲。

 

 不気味に光るモノアイがパイロットに心理的な強い恐怖を駆り立てる。

 

 「この!!」

 

 正確な狙いで放たれた低反動砲の砲弾。

 

 しかしカースは肩と背中のスラスターを使用した見事な動きで回避する。

 

 そして腕部から放出したビームソードを横薙ぎに叩きつけた。

 

 高出力の光刃にダガーLの胴体が耐えられる筈も無く、パイロット諸共に両断されてしまった。

 

 さらに背後から振るわれたビームサーベルを機体を逸らして避けたカースは振り向き様にソードを斬り払った。

 

 「……速い、新型か」

 

 飛び出してきたシグリードの動きを見たネオは機体を敵機の方へと向ける。

 

 敵の技量は明らかにエース級。

 

 今出撃している者達では相手をするには荷が重いだろう。

 

 「全機、あの黒い奴は私がやる。ローラシア級の方を狙え」

 

 「了解」

 

 二連装リニアガンでシグリードを狙撃。

 

 再びガンバレルを放出し四方からビームを撃ち込む。

 

 だがカースは宙返りしながら回避運動を取るとビームライフルで逆にエグザスを狙撃してきた。

 

 「やるな」

 

 その射線を見切っていたように避けるエグザスの動きにカースは感嘆の声を上げた。

 

 「見事だ。それにあの武器のコントロール……確かガンバレルとか言う武装だったな」

 

 モビルアーマーから切り離された砲台を捌きながら、観察する。

 

 あの手の遠隔操作する武装はカースも良く知っていた。

 

 ザフトではドラグーンという名で呼ばれているものだ。

 

 無線と有線という違いはあれど、その操作には高い空間認識力を必要とされ、一部の適正を持った者しか操れない特殊兵装である。

 

 それだけに威力は破格。

 

 並のパイロットでは四方、すなわち360度からの攻撃には対応できないからだ。

 

 「正面から戦うというのも悪くは無いが、生憎この後も予定がある」

 

 できれば違う戦場で会いたいものだと惜しみない称賛を贈りながら、カースは徐々に後退する。

 

 「ガンバレルが使えない場所へと誘導するつもりか」

 

 死角に回らせないようライフルで牽制しながら、岩礁地帯へと入っていく。

 

 岩が犇めくあの場所は視界も悪く、ガンバレルを展開しづらい。

 

 無理に展開すれば岩に衝突し、コントロールを失いかねない上に身動きが取れなくなってしまう。

 

 だが、ネオは躊躇う事無く瓦礫の中へと飛び込む選択をした。

 

 「ほう、わざわざ向ってくるのか」

 

 カースは大胆にもこちらに向かってくる敵の胆力に感心したような声を上げた。

 

 通常であれば一旦距離を取り、体勢を立て直すなどの選択を取るだろう。

 

 だが、この敵は不利な状況に少しも怯むまない。

 

 事実、エグザスは岩が散乱するこの場所で速度を落とさず、リニアガンを発射してくる。

 

 「このまま相手をしてやりたいが、あまり時間を掛けてはいられないのでね」

 

 リニアガンを避け複列位相砲『ヒュドラ』でローラシア級に近づくダークダガーLごとエグザスを薙ぎ払おうとトリガーを引いた。

 

 「ッ!?」

 

 ネオは直感的に危機を感じ取ると即座に回避運動を取った。

 

 その瞬間、シグリードから発射された閃光がエグザスの下方を通過し、ダークダガーLを吹き飛ばした。

 

 「各艦、今の内に戦闘宙域から離脱しろ」

 

 《了解!》

 

 カースの指示に従い今まで動きを止めていたローラシア級が動き出す。

 

 「さっきの一撃の本当の狙いは機雷を排除する事か」

 

 今までローラシア級が動きを止めていたのはネオが事前に仕掛けていた機雷に足止めされていたからだ。

 

 先の複列位相砲はダークダガーLを狙撃するのが目的だったのではなく、艦の進路上に存在する機雷を薙ぎ払う事こそ本当の狙いだったのだ。

 

 「行かせる訳には―――ッ!?」

 

 逃げるローラシア級を追おうとしたネオに再び危険を察知する。

 

 フットペダルを踏み込みスラスターを噴射。

 

 機体を回転させると同時に光を発する円形の刃が僅かに掠めていく。

 

 「ブーメラン!? いや、違う!」

 

 シグリードが投擲したのは背中に装備されていたビームチャクラムだった。

 

 これは普及しているビームブーメランよりもやや大型で刃を形成しているビームも強力なものになっている。

 

 そして最大の違い。

 

 それはドラグーンシステムの応用である程度のコントロールが可能になっている点だった。

 

 ブーメランではありえない軌道を通り、エグザスに襲いかかる。

 

 「動きをコントロール出来る……ガンバレルと似たような武装」

 

 下方から迫るチャクラムを前方に加速する事で回避する。

 

 それでも円刃はすぐに方向を変え、エグザスの追随をやめない。

 

 処刑の為のギロチンが追いかけてくるかのように。

 

 随分と強力なビーム刃が形成されているらしく、周辺に浮遊する岩を難なく真っ二つに斬り裂いた。

 

 当たれば堅牢な装甲を持つモビルスーツであろうとも、容易く撃破されてしまうだろう。

 

 それでもネオは冷静さを失わない。

 

 複雑な動きでチャクラムを避けながら正確にシグリードを狙って反撃する。

 

 「どれほど強力な刃だろうと届けなければ意味がない」

 

 すでに動きを見切ったとばかりに難なくチャクラムをやり過ごす。

 

 そして胴体上部に内蔵されたアーチャー四連装ミサイルランチャーを発射した。

 

 ミサイルが岩場に着弾する事で周囲は爆煙に包まれてしまった。

 

 「チッ」

 

 こうなってはカースもチャクラムを戻さざる得ない。

 

 そもそもこういった遠隔兵装を用いた戦いは高い空間認識力を持つネオの最も得意とするもの。

 

 故に弱点もまた熟知している。

 

 さらにあのチャクラムは強力なビーム刃を放出し、ドラグーンシステムと同じく無線でのコントロールを行っていた。

 

 それはつまり長時間、投擲した状態での操作はできない事を意味している。

 

 「思った以上にやるな。しかし今回は私の勝ちだ」

 

 カースの目的はすでに達成されている。

 

 ローラシア級は全艦戦闘宙域から離脱し、距離を稼いでいた。

 

 「では次の機会があれば、その時は全力で相手をさせてもらおう」

 

 ヒュドラが火を噴き、瓦礫を薙ぎ払うと同時にシグリードも後退する。

 

 ネオはそれを追う事無く黒い機体を見送った。

 

 そこに一機のモビルスーツが近づいてくる。

 

 部下の一人であるスウェン・カル・バヤン中尉の機体だった。

 

 「大佐、大丈夫ですか?」

 

 「スウェンか。私は問題ない。それよりも敵艦のトレースはしているな?」

 

 「はい」

 

 「良し、データの収集も完了した。ガーティ・ルーに戻り、戦域より離脱する」

 

 頷き返すスウェンの機体と共にエグザスも部隊を纏め姿を見せた母艦へと帰還する。

 

 その最中、ネオは退いていったシグリードの方向へ目を向けた。

 

 あの敵は全く本気で戦っていなかった。

 

 本気でなかったのはネオも同じではある。

 

 だが機体の損傷も無かったのは敵が足止めに終始していたからだ。

 

 もしも互いに本気で戦っていたら、無傷では済まなかった筈である。

 

 「……次があるなら、本気で」

 

 最後にエグザスが着艦すると再び展開したミラージュコロイドによって初めから何もなかったかのように姿が消えた。

 

 

 

 

 ローレンツクレーターでの戦闘が終息して、数日が経過していた。

 

 関係者が集められた『イクシオン』の会議室は静かな沈黙に包まれている。

 

 部屋の中央に設置されたモニターに映し出された映像とアレックスの説明に全員が聞き入っていたからである。

 

 映しだされていたのはクレーターでの戦闘映像と鹵獲したヅダのデータだった。

 

 「以上が先の戦闘で得られたものです」

 

 補足説明を終えたアレックスは周りを見渡しながら、締めの言葉を口にする。

 

 ローレンツクレーターでの戦闘を終え帰還していたアレックスは先の戦闘の報告の為、呼び出されていた。

 

 今回の件。

 

 得られた成果は敵が使用していたモビルスーツを数機鹵獲したのみ。

 

 現在、解析してはいるが敵の本拠地に関するデータは当てに出来まい。

 

 つまるところ敵の本拠地の場所も特定できず、奪取されたベテルギウスの捕捉する事も叶わなかった。

 

 「申し訳ありませんでした。結局、有力な情報を得る事も出来ず」

 

 「元々簡単に尻尾を掴めるとは思っていなかった。敵を数機鹵獲しただけでも十分すぎる。御苦労だったな、アレックス少佐」

 

 自他ともに厳しいゲオルクが珍しく気遣う言葉を口したのに面食らいながらも、アレックスが頭を下げる。

 

 すると今度は別の席に座っていた議員が口を開いた。

 

 「しかし彼らの本拠地が掴めないとなると、どうにもなりませんね。今はプラントや連合の動きを注視すべきでは?」

 

 「ですが、奪われたベテルギウスを放置はできますまい。アレはわが軍の最新鋭の機体です。それをよりによってザラ派に奪取されたとなれば、どのように悪用されるか」

 

 集まっていた議員達が論争を始めた。

 

 彼らが危機感を募らせるのも無理はない。

 

 エドガーを含む上層部が危惧しているのは連合、プラントの本格的な侵攻である。

 

 虎視眈眈とこちらを狙い牙を研いでいる彼らに弱みを見せる事は、即月面侵攻に繋がりなねないのだ。

 

 しばらく協議を行っていた議員達が落ち着いたのを見計らい、目を閉じて腕組していたゲオルクが静かに立ちあがる。

 

 「落ちついていただきたい。皆さんの危惧する事は私も重々承知しています。そこで、改めて皆さんにお伝えしたい事があるのです」

 

 皆の視線が集まるのを確認したゲオルクは手元の端末を操作し、モニターに新たな情報が映し出される。

 

 それはこの場にいる誰もが喉から手が出るほど欲した敵艦の移動コースと推定位置座標の情報だった。

 

 「これは……」

 

 「ヴェルンシュタイン議員、こんな情報をどこから?」

 

 「これは先程、ヴァールト・ロズベルクから提供された情報です」

 

 その名を聞いた議員、エドガー、アレックスを含めた全員が身を固くする。

 

 ヴァールト・ロズベルク。

 

 使者として頻繁に月へと顔を出すこの男は連合内部においても黒い噂の絶えない人物である。

 

 曰くこの男に目をつけられた人物は消されてしまう。

 

 上層部と強いパイプを持ちそこらの軍人よりも高い権限をもっている。

 

 気に入らない者は前線へ送られる。

 

 眉唾物の噂話ではあるが、こんな事ばかりが聞こえてくるのである。

 

 そんな男が何故こんな情報を送ってくるのか。

 

 全員が罠の可能性を考えるのは自然な事だった。

 

 「皆さんが困惑するのも無理のない話です。私自身もそうですから。しかしこのまま手をこまねいていても事態は何も変わりません。そこで真偽を確認する為にも部隊を派遣したい。どうです、エドガー司令?」

 

 名指しされたエドガーはしばらく考え込むように目を閉じる。

 

 確かに真偽はどうあれ黙っていても事態は変わらない。

 

 仮に罠であるとしても連合の思惑くらいは推し量れるだろう。

 

 「……わかりました、部隊を編成し、情報にあった宙域を調査しましょう」

 

 リスクはある。

 

 だが鹵獲した機体のデータ解析をただ黙って待っているよりは建設的な対応である。

 

 エドガーの決定に誰も反論する事は無かった。

 

 

 

 

 オーディンの格納庫。

 

 その一画に設置された機械からビーという音が鳴り響く。

 

 同時にモニターに終了の文字が表示され、セリスはハァと息を吐いた。

 

 月の戦闘から無事に帰還したセリスはニーナと共に連日シミュレーターに籠っていた。

 

 ニーナも月での戦いで色々あったらしく黙って付き合ってくれている。

 

 映し出されたスコアに目を向けると、初めに比べても数値は格段に伸びているが―――

 

 「ずいぶんスコアが伸びたわね、セリス」

 

 「ニーナの方こそ、どんどん腕を上げているし。私はまだまだだよ。上には上がいるしね」

 

 確かにセリスの数値は伸びたがその上には手を伸ばしても届かないスコアが表示されている。

 

 キラ・ヤマトとアスト・サガミ。

 

 この二人の数値である。

 

 正直、比べるのもおこがましいほどにレベルが違う。

 

 自分の数値など足もとにも及ぶまい。

 

 気を引き締めて、もう一度シミュレーターを開始する為にシートに座ろうとするとフレイが近づいてきた。

 

 「二人共、少し来てくれる? 敵の本拠地が見つかったかもしれないらしいわ」

 

 「本当ですか?」

 

 「ええ。ただ私達がすぐに出撃する事は無いでしょうけど」

 

 ここ数日、同盟は機体の修復と部隊の再編成に追われていた。

 

 特に損傷の酷かったアイテルは依然として修復作業中である。

 

 整備班の尽力により作業自体は順調だ。

 

 思った以上に早い時間で修復は完了すると聞いている。

 

 だが今、出撃命令が下ったとしてもセリス達は動けない。

 

 「今から情報を確認する為にブリッジに上がるけど―――」

 

 「私達も行きます」

 

 セリスとニーナは互いに頷く。

 

 それを見たフレイは笑みを浮かべると二人と共にブリッジへと歩き出した。

 

 

 

 

 薄暗い部屋に一人の男が忙しなくキーボードを叩き、作業を行っている。

 

 プラント最高評議会議長が使う執務室。

 

 椅子に座り作業を行っていたのは、現最高評議会議長ギルバート・デュランダルであった。

 

 執務室にはしばらくキーボードを叩く音だけが響いていたが、端末に入室許可を求める通信が入ってきた。

 

 それに許可を出すと一人の女性が部屋へと入室してくる。

 

 「どうかしたかな、ヘレン?」

 

 キッチリとスーツを着込んだその女性は秘書官ヘレン・ラウニスだった。

 

 いつものように表情を変える事無く、淡々と報告を口にする。

 

 やや過激な点はあるが目的の為に邁進するその姿勢は出会った当初から変わらない。

 

 そういう所をデュランダルは高く評価すると同時に信頼していた。

 

 「例のシステムと彼らの動向について報告が上がってきました」

 

 映しだされた宙域図と報告に目を通したデュランダルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 おおよそこちらの予定通りの展開だった。

 

 ならば次のステージに移行させてもらうとしよう。

 

 「特務隊と月周辺を警戒している部隊に指示を」

 

 「目標は?」

 

 「月周辺の部隊は指示されたポイントへ。特務隊には―――『ゲーティア』へ向ってもらう」




機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 悪夢の兵器

 

 

 

 

 

 

 岩場を潜り、徐々に進んでいくモビルスーツ部隊。

 

 その機体群は非常に特徴的。

 

 全機がモノアイの頭部を持った機体ばかりだ。

 

 それはいわずと知れたザフトに所属する部隊であり秘密裏に任務を受けた特務隊であった。

 

 慎重に進んでいく、彼らの視線の先には大型の小惑星が見える。

 

 「デュルク隊長、目標発見いたしました」

 

 僚機からの報告に特務隊の隊長であるデュルク・レアードはモニター越しに頷く。

 

 デュルクはあのユリウス・ヴァリスとまともに戦える優秀なパイロットとして名を馳せている。

 

 元々特務隊入りも確実視されていたのだが、前大戦時はクライン派の隊長が率いる部隊に配属されて居た為にパトリック・ザラからは冷遇されていた。

 

 それがデュランダル議長就任と共に特務隊に任命され、その優秀さを示すよう実績を残してきた。

 

 デュルクにとってそんな事はどうでも良い事。

 

 軍人であると強く規定している彼はどんな立場であろうとも、職務をこなすだけなのだから。

 

 「あれが議長の言っていた『ゲーティア』か」

 

 前大戦時パトリック・ザラが建設した極秘拠点。

 

 一見すると単なる小惑星にしか見えないが、良く観察すれば人工的に手が加えられているのが見てとれる。

 

 アレを制圧せよというのが、今回デュルクに下された任務であった。

 

 「……施設は極力破壊せず、制圧しろか。何に使うつもりなのか? いや、関係ないな」

 

 自分は命じられた任務をこなすのが仕事だ。

 

 余計な思考は捨て、任務に集中する事にしたデュルクは通信機に向けて命令を下した。

 

 「全機、これから目標の制圧に移る。敵のいる可能性は高い、十分に注意せよ」

 

 「「「了解!」」」

 

 案の定、防衛の為に数機のモビルスーツが飛び出してくる。

 

 それはこの場にいる誰しも知っているジンやシグー、ゲイツといった馴染み深い機体群だった。

 

 議長から聞かされた情報通り、ここにはザラ派の残党が潜伏していたらしい。

 

 「姿形に惑わされるな。識別コードを常に確認しろ。味方に当てるなよ」

 

 「「了解」」

 

 この場で一番注意が必要なのは同士討ち。

 

 同じ機体が多数存在している以上、的確な味方と敵の判別が明暗を分ける事になる。

 

 デュルクの的確に指示に従いながら、ザフトの部隊は『ゲーティア』制圧に向けて攻撃を開始した。

 

 

 

 

 月から離れ、テタルトスの防衛圏外ギリギリの宙域。

 

 そこもまた見通しの悪い多くのデブリ散乱する場所。

 

 其処こそヴァールト・ロズベルクが送ってきたデータに記されていた個所であり、その場所に向けてテタルトス軍が慎重に進軍していた。

 

 ここに派遣されたのは情報の真偽を確かめる為の調査隊という事ではあったが、その数は明らかに多い。

 

 これはもしもの場合に備えての事。

 

 すなわち先の戦闘で得た教訓と、鹵獲した敵機の予想以上の性能の高さから敵の手強さを認識したからこその采配であった。

 

 先陣を切るように進むプレイアデス級のブリッジでは部隊を指揮しているヴァルター・ランゲルトが宙域図を眺めている。

 

 「ランゲルト少佐、もうすぐ目標ポイントへ到着します」

 

 「そうか。敵からの攻撃に注意しろ。特に奇襲は連中の十八番だ。周囲への警戒は厳に」

 

 「了解!」

 

 何度も奇襲を成功させるほど迂闊なつもりはない。

 

 訓練通りにフォーメーションを組む味方機にヴァルターは穏やかな笑みを浮かべる。

 

 重要なのはここに本命がいるか否かだ。

 

 「それにしても、我々に出撃命令が下るとは思っていませんでしたね」

 

 隣に立つ副官が意外だったように呟いた。

 

 そう思う気持ちも分からなくは無い。

 

 調査隊の中核を成しているのは、ヴァルター率いる部隊。

 

 彼らは先日もザフトと一戦交え、警邏任務もこなしたばかり。

 

 本来ならば彼らではなく、別の部隊が担当するのが自然なのだが―――

 

 「それだけエドガー司令が私達を信頼してくれている証拠でしょう。今回の任務は非常に重要なものですからね。胸を張っていれば良い」

 

 「はい」

 

 とはいえこの任務が厳しいという事は変わらない。

 

 もしも仮にここに敵の本拠地があるとすれば、それ相応の戦力が防衛についているはず。

 

 さらにいえばここ月の防衛圏外。

 

 他勢力―――連合やザフトが何らかの形で介入してくる事も予想される。

 

 「油断はできない」

 

 しかしどんな状況に陥ろうとも対処できるだけの自信があった。

 

 実際、彼、いや彼女だろうか。

 

 とにかくヴァルターにはそれだけの実力があるのも事実。

 

 だからこそエドガーはこの部隊を重要な調査に向かわせたのだから。

 

 「良し、探索開始。ミラージュ・コロイドで姿を隠している可能性は高い。怪しい所を発見次第逐一報告せよ。それからセイリオスの発進準備を」

 

 「少佐、自ら出撃されるのですか?」

 

 副官としては、艦で指揮に集中してもらいたいのだろう。

 

 だが―――

 

 「どうも嫌な予感がするんですよ」

 

 それは別に何か特殊な力という訳ではない。

 

 数多の戦場で培ってきた直感である。

 

 これが意外と馬鹿に出来ないものだ。

 

 「外れてくれるに越した事はないですけどね」

 

 魅力的な笑顔に副官は思わず、顔を背け、内心の動揺を悟られまいと咳払いする。

 

 どう見ても美人の女性が微笑んでいるようにしか見えない。

 

 これで男かもしれないなんて、どうしても信じられないのだが。

 

 「ゴホン、と、とにかく、こちらの方は私にお任せを」

 

 「ええ、よろしく」

 

 ヴァルターはこの場を任せると愛機であるセイリオスの待つ格納庫へ向かう為、ブリッジを後にした。

 

 

 

 

 当然ではあるが警戒しながら近づいてくるテタルトス軍の姿をザラ派、すなわちパトリック・ザラは既に随分前から捕捉していた。

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、パトリックは司令室のモニターを睨みつけている。

 

 「ふん、裏切り者どもが嗅ぎつけてきたか。カース、貴様の失態ではないのか?」

 

 「申し訳ありません」

 

 モニターから背後に立つ仮面の男へ視線を移す。

 

 パトリックの怒気など全く意を返さないとばかりに口元に笑みを浮かべていた。

 

 テタルトスに潜伏先が発見されてしまったのも、先の撤退時にローラシア級の動きを読まれてしまったからに違いない。

 

 「まあいい。それよりもザフトは上手くやったのであろうな?」

 

 「ええ、そろそろこちらの方へ来る筈です」

 

 カースの言う通り、司令室のレーダーでは別方向からテタルトスとは違う部隊が近づいてくるのが確認できた。

 

 間違いなくザフトの部隊であろう。

 

 これでこの場所は二軍によって挟まれた事になる。

 

 しかし誰も焦った様子はない。

 

 「どうやら役者が揃ったようです」

 

 「そうのようだな。だが、アレを動かすにはもう少し時間がかかる」

 

 「では、私が時間稼ぎに出ましょう。それに奪取してきたあの機体のテストにもなるでしょうから。閣下は準備が整い次第『ダランベール』の方へ」

 

 「いいだろう」

 

 パトリックの返事にカースは何も言わず一瞥するのみで指令室から出ていく。

 

 そこには頭に包帯を巻いた目つきの鋭い男が腕を組み、壁に寄り寄り掛かっていた。

 

 「気分はどうかな、アルド」

 

 「最悪の気分だ」

 

 イージスリバイバルと相討ちとなった筈のアルド・レランダーである。

 

 何故、彼が無事でいられたのか?

 

 それはアルドが搭乗していたヅダの特性にある。

 

 あの時、イージスのサーベルが貫通していたヅダのシールドはあくまでも後付けの装備だった。

 

 その為、アルドはイージスリバイバルが自爆する寸前に肩部に装着されていたシールドを切り離すと同時に殴りつけ、一気に離脱を図ったのである。

 

 結果、無傷とまではいかなかったが五体満足のままで脱出できたのはI.S.システムの恩恵とアルドの実力の高さ故だろう。

 

 普通の者であればあの時点で死んでいたか、良くて動けない程の重傷を負っていたに違いない。

 

 「ベテルギウスの方も終わっている。君にはそれで出撃してもらいたい」

 

 「時間稼ぎって訳か。慣らし運転には丁度良いか、それよりもベテルギウスにもあの妙な仕掛けが施してあるのか?」

 

 月面での戦闘で起こった不可思議な現象。

 

 非常に不快になった反面、力も得たあの感覚。

 

 その仕込みをしたのが目の前にいる男の仕業であるとアルドはすでに察していた。

 

 カースは何も答えず、口元を歪めるのみ。

 

 だが、それこそが答えだった。

 

 「チッ、まあいいさ。力は力だ。有効に使わせてもらう、借りを返す為にな」

 

 吐き捨てたアルドは格納庫へと歩いていった。

 

 「……安心するといい。君はシステムとの相性が悪いみたいだから、そう簡単に潰される事もないだろう」

 

 「彼女とは違ってね」と誰にも聞こえないように呟くと、とある場所へと足を向ける。

 

 普段は誰も近づかない奥にある部屋。

 

 ノックもせず扉を開けて部屋に入ると、そこには一人の女性が頭を抱えて蹲っていた。

 

 「気分はどうかな、リアン」

 

 「ああ、あああ、頭がァァァ、くああああ!!」

 

 息も荒く、蹲り、痛みを訴えるリアンはカースが入ってきたことすら気がつかない。

 

 I.S.システムの弊害。

 

 アルドとは違いリアンはシステムと相性が良すぎた。

 

 だから彼以上に力は引き出す事はできても、反動はアルドの比ではない。

 

 「ああああ、わた、しは、マン、ト付きを、アシ、エル隊長のォォ!!」

 

 この様子ではまともに戦えるかも怪しいもの。

 

 いや、問いかけに対する返答すら期待するだけ無駄であろう。

 

 この状態では彼女がシステムを使用して戦えるのはあと一回が限度。

 

 つまり次にI.S.システムを使えばその時点で廃人が確定するという事である。

 

 それでも全く戦意が衰えない所を見ると、よほどセリス・ブラッスールを憎んでいるらしい。

 

 「……ここまでとは。女の情念というのも恐ろしいものがあるな」

 

 カースは狂気すら感じさせるリアンに全く怯む事無く、近づくと腕を掴んで無理やりこちらへ振り向かせた。

 

 「ぐぅ、私に、さわるなァァ!」

 

 「悪いがこのまま潰れてもらっては困るのでね。私の言う事を聞いてもらう」

 

 「ふざけるなァ!!」

 

 掴まれた腕を力任せに振りほどこうとするが、ビクともしない。

 

 殺意を込めて睨みつけたリアンだったが、その瞬間、驚きですべてを忘却してしまった。

 

 カースが仮面を外し、素顔を曝け出していたのである。

 

 「あ、あああ」

 

 それは朦朧とする意識が見せた夢か、消えない痛みの中の幻か。

 

 「もう一度言う。私に従ってもらうぞ、リアン」

 

 リアンは反発しようとした事実すら忘れ、ただカースの言う通りに頷くしか無かった。

 

 

 

 

 ザフトとテタルトス。

 

 彼らは自他ともに認める犬猿の仲である。

 

 祖国に残った者と見限った者。

 

 理由はあれど互いに敵意を向けるのは当然であり、戦場であるならなおさら砲火を交える事になるのは必定。

 

 「全く、嫌な勘ほど良く当たる」

 

 ヴァルターは襲いかかる無数の閃光を潜り抜けながら、思わずため息をつく。

 

 愛機であるセイリオスの眼前にいるのは当初の目的であるザラ派ではなく、鉢合わせになってしまったザフトの部隊であった。

 

 この前痛い目に遭わせたばかりで、再びこうして相対するとはご苦労な事である。

 

 それとも―――

 

 「これも奴の思惑通りという事か……」

 

 脳裏に笑みを浮かべる黒髪の男の姿が思い起こされる。

 

 いや、奴が何を考えていようとも自分がすべき事は変わらない。

 

 スコープを前にせり出し、ロングビームライフルを構えると即座に発射する。

 

 無造作に放った筈の一撃は無数に群がってくる敵機を容易く穿ち、死を示す光へと変えていく。

 

 「何!?」

 

 「か、回避を―――うわああああ!!」

 

 回避しようとしたゲイツの動きを先読みするかのよう胴体に突き刺さり、ビームが貫通する。

 

 それは後方で編隊を組んでいたジンやシグーも例外ではない。

 

 避けようとする獲物を逃さないとばかりに、鋭い射撃が飛ぶ。

 

 その一撃はまさに必中。並の者に逃れる術は無い。

 

 ヴァルターの攻勢に乗り、他の機体もフォーメーションを組みザフト機へ攻撃を仕掛けていく。

 

 「悪いけど、私の射程圏内に入った以上逃がすつもりはない。目的はあくまでザラ派の拠点を見つける事。邪魔する者は排除する―――ッ!?」

 

 その時、ヴァルターの表情が一瞬だけ驚きを露わにした。

 

 確実に仕留めたと確信するこちらが繰り出した一射を盾を持って防いだ敵がいたのである。

 

 モノアイが光を発し、頭部から突き出す角が特徴的で両肩には盾を装備していた。

 

 「ザフトの新型機。しかし目立つ色をしている」

 

 機体全体を覆う塗装は戦場で目を引くオレンジ色。

 

 よほど自分の腕に自信が無ければ、あんな色で塗装できないだろう。

 

 先程の一射を受け止めた事といい、アレはザフトのエースに相違ない。

 

 別に強い相手と戦いたいなどという戦闘狂染みた趣味はない。

 

 だが格下の者と戦って悦に浸るような趣向も持ち合わせていない。

 

 少しは手応えのある相手が現れたと口元を吊上げるヴァルター。

 

 それに相対していたオレンジ色の機体に搭乗しているハイネ・ヴェステンフルスは背中に冷や汗を掻いていた。

 

 先の一射。

 

 最新鋭機ZGMF-1001『ザクファントム』でなければ避け切れなかった。

 

 先行試作機で未だ調整不足な点もあるとはいえ機体の性能は十分に高いのだ。

 

 「そもそもこんな所にテタルトスの部隊がいるなんて聞いてないぞ」

 

 今回はこの宙域で目撃されたらしい正体不明の物体。

 

 その調査というのが上からの命令であり、月が動いているという情報は全く入っていなかったのである。

 

 それともその物体に月の連中が関わっているという事なのだろうか?

 

 「どちらにせよ放ってはおけないよな。それにしても、なんて射撃精度だよ!」

 

 針に糸を通すような一撃を寸分の狂いなく繰り出してくる敵の技量に舌を巻く。

 

 まさに獲物を狙う猛禽類。

 

 ザフトにもこれほどの腕を持ったスナイパーは何人もいまい。

 

 「実力のほど見せて貰う!!」

 

 「チッ!」

 

 再びターゲットをロックするとトリガーを引き、オレンジ色の機体を狙ってビームの一射を叩き込んだ。

 

 動きを止めたらその時点で終わってしまう。

 

 ハイネはシールドでビームを弾くと速度を落とさず突撃する。

 

 相手の土俵。

 

 すなわち距離を取っての戦闘では全く勝ち目がない。

 

 ハイネに勝機の目があるとするならば、スナイパーと戦う際のセオリー通り、接近戦に持ち込む以外に道は無い。

 

 「そう簡単にやれると思うなよ!」

 

 ハイネは腰に装着されているハンドグレネードを掴むとザクの正面で炸裂させ、機体全体を煙幕に覆われ姿を隠す。

 

 その瞬間にスラスターを吹かすと、初めてビームの射撃を回避した。

 

 「ッ!?」

 

 「これでどうだ!!」

 

 次の射撃までのインターバル。

 

 その隙に肉薄するとシールド内に搭載されたビームトマホークを抜き、上段から振り下ろした。

 

 普通であればこの時点でハイネの勝利。

 

 懐に飛び込まれたスナイパーの末路は決まっている。

 

 だが誤算があったとすれば、それは認識の違いだ。

 

 肉薄すればどうにかなると判断したハイネと懐に飛び込まれたとて余裕で対処可能なヴァルター。

 

 この違いこそ、この攻防の明暗を分けた。

 

 「な!?」

 

 必殺の一撃はセイリオスによって容易く弾かれ、下段に構えていたビームサーベルによる逆襲がハイネを襲う。

 

 「ぐっ!」

 

 咄嗟の機転で右肩のシールドを切り離し、敵機の腕に当てると剣の軌跡を逸らした。

 

 だが、完全な回避とまではいかず、胸部に傷が刻まれる。

 

 受ければ撃墜は必至だった今の一撃。

 

 致命傷を避けただけでも、十分に僥倖と言える。

 

 それでもハイネは悔しそうに吐き捨てる。

 

 「くそ、新型に傷つけちまった!」

 

 「新型を任されるだけはあるらしい」

 

 悔しがるハイネの反面ヴァルターは素直に相手の技量を称賛した。

 

 この技量、ザフトのエースパイロットに相違ない。

 

 手強い相手であると胸に刻みこみ、自身に慢心を抱かぬよう改めて戒める。

 

 「油断はしない。お前はこの先も厄介な敵になるだろう。ここで仕留めさせてもらう!」

 

 「簡単にはやられないさ!」

 

 二機はつかず、離れず、サーベルとトマホークが鎬を削る。

 

 その戦いに呼応するように周りの戦いもまた激しさを増してゆく。

 

 

 

 だがここで両勢力の激突をあざ笑うように、横腹を突く形で乱入者が現れる。

 

 

 

 フローレスダガーとゲイツ。

 

 光爪と光刃がぶつかり合い火花を散らす中、パイロット二人は突如接近してきたモビルスーツに目を見開いた。

 

 「な、何!?」

 

 「なんだ、あの機体は?」

 

 一機は漆黒の装甲を持ち、不気味さを垣間見せる機体『シグリード』

 

 そしてもう一機は―――

 

 「……フリーダム?」

 

 背中に見える一対の翼と砲身、さらに白く色付く四肢。

 

 その姿は中立同盟最強の一機と謳われたZGMF-X10A『フリーダムガンダム』を彷彿させる。

 

 だが、フローレスダガーのパイロットはすぐにその機体の正体に気がついた。

 

 「まさか……ベテルギウスか!?」

 

 それは『イクシオン』から強奪されたテタルトスの新型機LFSA-X000 『ベテルギウス』であった。

 

 基本的な武装のみを装備していた機体は当初のシンプルな印象を打ち消すかのように、背中や腕に見覚えのない武器を装着していた。

 

 思わず見入る2機。

 

 それを甘いとばかりに二機のパイロット達が予測していた以上に加速したベテルギウスが抜いたビームサーベルでバラバラにされてしまった。

 

 叫び声を上げる間もなく撃破された機体を尻目にベテルギウスが猛威を振るう。

 

 背中のビームランチャーとレール砲を跳ね上げ、同時に発射する。

 

 砲弾の直撃を受けたジンは腕を破壊され、為す術無くビームによって胴体を消し飛ばされた。

 

 その後ろから現れたシグリードがビームソードで邪魔する敵機を斬り刻みながらベテルギウスを援護してゆく。

 

 「機体の方は問題ないようだな、アルド」

 

 「ああ」

 

 ベテルギウスのコックピットに座るアルドは努めて冷静に返事する。

 

 しかしその口元は大きく歪み、思わず零れそうになる笑い声を必死に堪えていた。

 

 奪った時から分かっていたが、この機体の性能は高い。

 

 追加装着した武装やスラスターによってそれはさらに向上している。

 

 「月での借り、この機体で返すぞ、アスラン!」

 

 あの時の勝負はまだ終わっていない。

 

 今度こそ勝つのは自分であると改めて誓いを胸に刻む。

 

 敵の砲撃を舞うようにかわし、次々と敵モビルスーツを容赦なく屠っていった。

 

 「邪魔だァァ!!」

 

 下方から発射されたナスカ級のビーム砲を回避。

 

 ベテルギウスが構えたビームランチャーで右側面部を吹き飛ばすと回り込んで来たシグリードの背中からビームチャクラムが射出された。

 

 「今回は相手が悪かったな」

 

 コントロール可能な円刃は誤差なくナスカ級のブリッジを押しつぶし、さらにエンジン部分まで到達、深々と斬り裂いた。

 

 「おのれ!」

 

 「落とせ!」

 

 ナスカ級の僚機と思われる機体が向ってくるがそれは無謀という他ない。

 

 アルドは接近してきたゲイツが振り下ろしたビームクロウの腕を掴むと同時に残酷なまでの歪んだ笑みを浮かべる。

 

 「甘いんだよ!! 俺に近づくって事がどういう事か教えてやる!!」

 

 瞬間、背中の翼が開かれ同時に伸びるのはこれからパイロットに死をもたらす刃。

 

 「ビームサーベル!? 翼にマニュピレータ―が!?」

 

 その数合計六本。

 

 両腕を合わせると計八本のビームサーベルがゲイツに襲いかかる。

 

 「うわあああああ!!」

 

 その姿は悪魔。

 

 全身を支配する恐怖に叫び声を上げ、後退しようとするが逃げられる筈も無く―――

 

 「今更遅いんだよ!!」

 

 無慈悲な刃の前にゲイツは為す術無くバラバラとなり宇宙のゴミへと姿を変えた。

 

 『狂獣』の名に恥じない獣のごとき猛攻。

 

 そこにカースも加わり、戦場は捕食者による一方的な蹂躙劇の様相を呈していく。

 

 「あれは!?」

 

 「ベテルギウス!?」

 

 ハイネと攻防を繰り広げていたヴァルターは戦場で暴れまわるモビルスーツの姿に目を見開いた。

 

 「やはりここにいたのか」

 

 あれがいるという事はヴァールト・ロズベルクからもたらされた情報に誤りはなかったという事。

 

 増設されたと思われるベテルギウスの武装からも、この近辺に奴らの本拠地があるとみていい。

 

 ヴァルターは素早く状況を把握すると母艦に向けて指示を飛ばす。

 

 「本拠地は近くにある筈、ベテルギウス出現のポイントを割り出せ!」

 

 「了解!」

 

 「本命が出た以上、構ってられないのでね!」

 

 「ぐっ!」

 

 ザクを蹴り飛ばし、二機のモビルスーツが暴れている方へと機体を向けた。

 

 ここでベテルギウスが出てきた事は渡りに船だ。

 

 しかし同時に疑問も残る。

 

 「何故、今姿を見せる必要がある?」

 

 ザフトとテタルトスによって包囲された状態。

 

 脱出するならば、タイミングを見計らい両軍が消耗したところを狙えば良い。

 

 「他に目的が……いや、何を企んでいようとも!!」

 

 セイリオスはベテルギウスとシグリードへとロングビームライフルで攻撃を仕掛けてゆく。

 

 左右に飛び退き、ビームの狙撃を回避したカースはセイリオスの姿に特に感情を込める事無く淡々と告げた。

 

 「いい判断だ―――と言いたいところだが、些か遅すぎたな。準備は整った」

 

 カースがそう告げると空間が揺らぎ、それは姿を見せた。

 

 ボアズのような巨大な小惑星。

 

 パトリック・ザラ擁するザラ派の拠点『レメゲトン』

 

 前大戦期に建造された極秘拠点の一つである。

 

 だが、この場にいる全員が『レメゲトン』以外のものに目を奪われていた。

 

 

 

 問題だったのは、少し離れた位置に存在する物体。

 

 

 

 そこにあったのは知る者ぞ知る『悪夢の兵器』だったのだから。

 

 

 

 誰もが目を奪われ動きを止めたその瞬間―――暗い宇宙を照らすように眩い光が発生した。

 

 

 

 

 

 調査隊が出撃してからも『イクシオン』を含めたテタルトスの防衛拠点はもしもの場合に備えた準備に追われていた。

 

 それはローレンツ・クレーターでの戦いを終えたアレックスも同様だった。

 

 「もう大丈夫なのか、セレネ?」

 

 呼び出された格納庫に向かいながら隣を歩くセレネの事を気遣うように声を掛ける。

 

 「ええ」

 

 初陣を終えたセレネはやはり精神的に参ってしまったのか、しばらく調子が悪かった。

 

 セレネの過去を考えれば無理もない事だろう。

 

 戦争で家族を失った彼女が、戦場に立ったのだ。

 

 覚悟を決めていたからといって簡単に割り切れる筈もない。

 

 ましてや彼女は元々争いごとに向いている気質ではないのだ。

 

 「私はもう大丈夫。自分で決めた事だから」

 

 個人的には今すぐにでも戦場から離れてほしいというのが本音である。

 

 だが言って聞く筈もない事はもう承知していた。

 

 ならば言うべき事は一つだけだ。

 

 「セレネ、君は俺が守る。君と俺が目指した未来を守る為に俺は戦う。相手が誰であろうと」

 

 「……ありがとう。でも無理はしないで、私も頑張るから」

 

 「君こそな」

 

 お互いを気遣うように笑みを交わすと、格納庫で待っていた整備士の青年が声を掛けてきた。

 

 「お待ちしてました、少佐」

 

 「解析は?」

 

 「ええ、八割は終わっていますよ」

 

 後ろを見るとそこには鹵獲されたヅダが無造作に横たわっている。

 

 コックピット周り以外は激しい損傷を受けているようで、あの有様では修復も難しいだろう。

 

 何人もの人間が取りつき、端末を持って今も解析作業を行っているようだ。

 

 「しかしやっぱり『Fシリーズ』は良い出来ですよね。スペック見て驚きました。後付けの外部装甲も今研究中の『タキオンアーマー』や開発中の『コンバット』の参考になると報告が上がってきてます」

 

 やや興奮気味に話す整備士に苦笑しながらこれ以上脱線する前に本題に入る。

 

 「そうか。敵拠点の情報については?」

 

 そこが一番重要な事なのだが、整備士は頭を掻きながら首を横に振る。

 

 「事前にデータ消去が行われていたみたいで。今、復元作業を行っています」

 

 「そうか」

 

 連中もそこまで迂闊ではなかったという事だ。

 

 この辺は調査隊の方に期待していた方がいいだろう。

 

 「俺の機体は?」

 

 これが呼び出されたもう一つの要件だった。

 

 今まで搭乗していたイージスリバイバルはヅダと相討ちになってしまった為、アレックスには現在乗機が存在しない。

 

 それがヴァルターが調査隊に抜擢された要因の一つにもなっていた。

 

 それで前から開発されていた機体の調整を急ピッチで進めていた。

 

 それがようやく終わったという事で呼び出されたという訳だ。

 

 「こちらです」

 

 格納庫の奥まで案内されるとメタリックグレーの機体が自らを操る主を待つように佇んでいた。

 

 LFSA-X001 『ガーネット』

 

 テタルトス試作モビルスーツでエースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体。

 

 ベースとなったのは今までアレックスが搭乗していたイージスリバイバルである。

 

 「ん、あの装備は?」

 

 ガーネットの背中には見慣れない装備が装着されていた。

 

 「ああ、アレは試作コンバット『エクィテスコンバット』です」

 

 『エクィテスコンバット』はアレックス専用として開発された試作コンバット。

 

 高出力のスラスターを装備し破格の機動性を持つ事ができる装備である。

 

 「ただこの装備は時間がなかった所為で一基のみしか開発されていない為、予備パーツなども僅かしか存在していません。使用には十分注意してください」

 

 「ああ、分かった」

 

 早速、機体に乗り込もうとしたアレックスの元へ一人の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。

 

 「少佐、緊急連絡です!」

 

 「どうした?」

 

 「調査隊が向った宙域で戦闘が発生し、敵の存在が確認されました」

 

 という事は提供された情報に誤りは無かったということだろう。

 

 ならば連中を掃討する為、近く自分達にも出撃命令が下る筈だ。

 

 決意を固めるアレックスだったが、兵士の言葉には続きがった。

 

 「ただそれだけでは無く、そのある物体も確認されたらしく……」

 

 「ある物体?」

 

 誰も想像すらしていなかったもの。

 

 その場にいた全員が思わず絶句し、アレックスもまた驚きを隠せなかった。

 

 「はい。それが―――『ジェネシス』であると」




機体紹介更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 迫りくる嵐

 

 

 

 

 

 目が眩むほどの眩い閃光。

 

 それは宇宙に悪夢の光を放った兵器『ジェネシス』から発せられるものではなかった。

 

 光が発する場所―――

 

 それはテタルトスから派遣された調査隊であるヴァルター達が攻め落とすべき拠点『レメゲトン』からのものだった。

 

 「まさか!?」

 

 ヴァルターは瞬時に敵の目的を看破すると通信機に向け、思いっきり声を張り上げた。

 

 「全機、緊急離脱!!」

 

 自分の声に一体何人が反応できるか。

 

 それでもこれが一瞬の間にできる最善の方法だった。

 

 歯を食いしばりスラスター全開で後退したヴァルターに続くように、先ほどの声に反応できた味方機が飛び退く。

 

 

 

 その瞬間―――『レメゲトン』より凄まじい衝撃と爆風が発生する。

 

 

 

 敵拠点の自爆。

 

 『レメゲトン』の爆発と共に破裂した岩の破片が周囲に飛び散る。

 

 敵味方関係なく、襲いかかる死の雨。

 

 破片が直撃すればモビルスーツや戦艦であろうともただでは済むまい。

 

 「ぐっ!」

 

 「うあああ!!」

 

 回避運動を取る間もなく、岩を避け切れなかった味方機が次々に押しつぶされ、爆散してゆく。

 

 「これ以上はやらせる訳にはいかない!」

 

 ヴァルターは体勢を立て直し、味方を襲う岩の破片を破壊しようとロングビームライフルを叩き込んだ。

 

 狙うは戦艦に降り注ごうとしている破片。

 

 モビルスーツは小回りも利く分、この状況下においても対処しやすい。

 

 だが機敏な動きの出来ない戦艦は別だ。

 

 仮に破片を避け切る事が出来ず、船体に大きく傷でも受ければ、致命傷になる。

 

 そしてプレイアデス級はテタルトス最新型の戦艦。

 

 ここで沈める訳にはいかない。

 

 「各機、各艦は安全確保を最優先!」

 

 ロングビームライフルの銃口から発射されるビームが戦艦に振りかかる無数の破片を打ち砕く。

 

 その間にも自分の安全確保も全く怠らず、危うさの欠片も感じられない。

 

 それはヴァルターだからこそできる芸当であった。

 

 「後の問題は……」

 

 この状況でザフトは動かない。

 

 いや、動けないだろう。

 

 となれば警戒すべき相手はただ一つ。

 

 ヴァルターの視線の先に浮かぶ悪夢の兵器と――――

 

 「おらァァァ!!!!」

 

 「ベテルギウス!」

 

 予想通りこんな状況にも関わらず、ベテルギウスは破片の雨を掻い潜り、セイリオスに光刃を振りかぶってくる。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃をかわし、肩のビーム砲で牽制を行いながら距離を取った。

 

 「逃がすかよ!」

 

 ベテルギウスはトンファーのように両腕に装着していた中型多連装ビーム砲を発射。

 

 何条もの光がセイリオスを追うように暗闇の宇宙を駆け巡った。

 

 ヴァルターは背後を一瞬だけ振り返ると迫りくる幾重ものビームをあえて避けず、すべてシールドで受け止めた。

 

 「ぐっ、今避ける訳には!」

 

 普通であれば苦も無く捌ける攻撃だ。

 

 だが戦場はそこら中を岩片が散乱し、敵味方入り乱れている状態である。

 

 その為に回避を選択するというのは様々な意味でリスクが高いと判断したのだ。

 

 「味方の為にか、ご苦労なこった!」

 

 距離を詰めたアルドはさらに連装ビーム砲に内蔵されているビームカッターを展開して横薙ぎに叩きつけた。

 

 岩片を利用し上手く死角を突いた一撃。

 

 だがヴァルターは凄まじい反応で斬撃を捌くと至近距離から腹部のヒュドラを叩き込む。

 

 それは明らかに異常な反応だった。

 

 散乱した岩の中で敵の動きを正確に把握しているなど尋常な空間認識力ではない。

 

 「ッ!? こいつ……やるじゃないか、テタルトスのエースさんよォォ!!」

 

 発射された野太い閃光を紙一重で避けた、ベテルギウスはそれでも全く怯む事無く左右から一撃を叩き込む。

 

 防御をまるで考えない。

 

 野獣を相手にしているかのような猛攻を前にヴァルターは思わず吐き捨てた。

 

 「まさに血に飢えた獣、いや、ハイエナだな」

 

 「パイロットは女か!?」

 

 アルドの脳裏に自分に煮え湯を呑ませたガンダムの姿が蘇る。

 

 あのパイロットも女だった。

 

 どうやら自分は腕の立つ女パイロットに縁があるらしい。

 

 上段から振り下ろされたビームカッターを弾き、セイリオスもまたサーベルで斬りつける。

 

 「フン、ハイエナで結構! ここは戦場だぜ! 油断した奴から死んでいくんだよ!! そして次に無様な姿晒して死ぬのはお前だ、女ァァ!!」

 

 「下品な奴」

 

 繰り返される刃の応酬。

 

 その度に弾ける火花。

 

 同じ『LFSA-X』シリーズの機体だけあってか、大きな性能差は無い。

 

 即ち己の技量こそが、戦いの結末を決定づける最大の要因となりえるという事。

 

 それはアルドにとっては願っても無い事だった。

 

 モビルスーツの性能差で勝っても何の意味もない。

 

 己の持つ技量で戦い、そして勝利してこそ意味があるのだから。

 

 「さっさと落ちろォォ!」

 

 「思い上がるな!!」

 

 スラスターを全開にして激突するベテルギウスとセイリオス。

 

 そんな二機に割り込むようにビームチャクラムを構えたシグリードが乱入してくる。

 

 「私も参加させてもらおうか」

 

 「もう一機!?」

 

 「カース、テメェ、邪魔すんな!」

 

 ベテルギウスから離れたセイリオスは円刃をギリギリのタイミングで回避、直後に振りかぶられたビームソードを防御する。

 

 だが、高出力で発生しているビーム刃はそう容易くは止められない。

 

 力任せに押し込まれる刃が徐々にシールドを食い破っていく。

 

 「チッ」

 

 「素晴らしい反応だな。どうやら空間認識力に優れているらしい」

 

 カースの軽口を無視したセイリオスはシールドを上方へと跳ね上げ、ソードを弾く。

 

 同時に膝蹴りでシグリードを突き飛ばした。

 

 「やるな」

 

 一旦距離を取り、黒い装甲を持ったその機体を見たヴァルターは思わず息を呑む。

 

 「この機体、シグルドの発展型?」

 

 「そういう君の機体も同じだろう?」

 

 セイリオスとシグリード。

 

 奇しくも同じ機体より発展させた兄弟機同士。

 

 睨みあう二機のモビルスーツが同時に動き出す。

 

 「その機体がどれほどのものか見せてもらおうか」

 

 ヴァルターは袈裟懸けに振るわれるビームソードの軌跡を見極め、決して受けに回らないよう回避する。

 

 一旦受けに回れば防御諸共押し切られてしまう。

 

 「あのビームの出力、迂闊に防御もできない」

 

 シールドすら斬り裂いたビームソードの出力は明らかにセイリオスよりも上だった。

 

 つまりは近接戦闘ではシグリードの方に軍配が上がる。

 

 ある程度の汎用性を持たせたセイリオスと、単純に性能向上だけを追求したシグリード。

 

 その差が出ているのである。

 

 しかしヴァルターの表情は冷静なまま、操縦にも何ら乱れは生じない。

 

 「確かに強力な一撃。でも、それならそれで!」

 

 セイリオスの機動性を生かしながら攻撃を見極め、横薙ぎの一太刀を潜り抜けるとこちらも負けじとサーベルを斬り上げた。

 

 盾によって阻まれ、火花を散らす剣撃。

 

 そんな一進一退の攻防を繰り返す二機の間に翼を広げたベテルギウスも参戦してくる。

 

 「お前の相手は俺だろうがァァ!!」

 

 「左!?」

 

 左側面から撃ち込まれたビームを持前の反射神経で回避する。

 

 だが、回り込んだシグリードが放ったビームチャクラムが背後から迫ってきた。

 

 「カース!!」

 

 「アルド、君には悪いが閣下の見ている手前、私も黙って見ている訳にはいかないのでね」

 

 セイリオスを左右からベテルギウスとシグリードの二機が襲いかかる。

 

 「くっ、これは……」

 

 一対一であるならば負けはしないと豪語できる。

 

 しかしヴァルターが如何に優れた技量をもっていたとしても現在この二機を同時に相手にする事は流石に分が悪いと言わざる得ない。

 

 今の戦場は岩が散乱する限定空間。

 

 通常の戦場であるなら負けはしないのだが。

 

 「もっと動きやすい場所に」

 

 「逃がすかよ!」

 

 シグリードから発射されたヒュドラを受け止め、離脱しようとしたセイリオスにベテルギウスのレール砲が直撃する。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 「残念だが、ここまでだ!」

 

 吹き飛ばされ体勢を崩したセイリオスにカースはビームライフルの銃口を向けた。

 

 「この前のモビルアーマーといい、君といい、本命前の良い肩慣らしになったよ。せめてもの礼だ、苦しまずに逝くといい」

 

 発射されたビームはセイリオスのコックピットに直進する。

 

 「舐めるな!」

 

 ギリギリのタイミングでビームを盾で防御。 

 

 ヴァルターは状況不利な事を覚悟し攻勢に出ようと試みる。

 

 そこにオレンジ色の装甲を持ったモビルスーツが割り込んで来た。

 

 「ザフトの新型!?」

 

 ハイネのザクがビーム突撃銃で近くの岩を砕き、シグリードを引き離した。

 

 「どういうつもり?」

 

 近づいてくるザクに対して警戒を全く怠らないヴァルター。

 

 それが当然の反応だと特に気にした様子も無くハイネはお互いに優先すべき事を告げる。

 

 「敵の敵は味方ってね。それに今はあっちの方を先にどうにかしないといけないだろ。てわけで一時休戦って事で」

 

 ハイネの示した先には倒すべき二機のモビルスーツとそして絶対に排除しなければならない悪夢の兵器の姿あった。

 

 確かにその通りだ。

 

 まずはアレをどうにかするという事に関して反論はない。

 

 「成程、解りました。ただ慣れ合う気はありません。おかしな素振りを見せたら即座に撃ちますので」

 

 「ハイ、ハイ、どうぞ、ご自由に。……怖い姉ちゃんだな」

 

 ハイネは先行するセイリオスの背中を見ながらそう呟くと自分もまたやるべき事をやろうと前に出た。

 

 

 

 

 混沌とした戦場に月から調査隊の増援として駆け付けた同盟軍の戦艦『イザナギ』が近づきつつあった。

 

 ブリッジのモニターに映る物体を見たセーファスは肌が粟立つの感じていた。

 

 モニターに見入っていたのはセーファスだけではない。

 

 あの物体の正体を知るものは誰もが動きを止めている。

 

 「まさか―――ジェネシスだと」

 

 ジェネシスといえばヤキン・ドゥーエ戦役を戦った者であれば知らぬ者などいない大量破壊兵器である。

 

 アレが発射された事でプトレマイオスクレーターに存在していた地球軍基地は壊滅。

 

 戦場においても大きな被害をもたらした事は記憶に新しい。

 

 ただ、かつて戦場で見た者より、かなり小型になっている。

 

 前大戦時と完全な同型という訳ではないようだ。

 

 「ジェネシス付近にザラ派のモビルスーツ部隊を多数確認!」

 

 ジェネシスを守る様にモビルスーツとナスカ級、ローラシア級などの艦が展開していた。

 

 その数は想定していた以上のもので、今の戦力では近づく事も難しい。

 

 「……やるべき事はかわらんか。各モビルスーツは出撃、テタルトス軍撤退を援護せよ。それから万が一にもアレの射線上には入らないように全機に通達しろ。データは逐一とっておけ」

 

 「艦長、アレに対しては……」

 

 「どうにかしたいのは山々だが、どの道イザナギ一隻だけではどうにもならんさ」

 

 だが、やるべき事だけははっきりしている。

 

 アレは確実に破壊しなくてはならない。

 

 セーファスは改めてモニターに映る忌むべき兵器の姿を目に焼きつけると、指揮に集中しよう気を引き締めた時だった。

 

 「艦長、ジェネシスに動きが!」

 

 「何!?」

 

 ジェネシス周辺にいた部隊は射線上から離脱し、各部に光が灯っている。

 

 「不味い! イザナギ後退! テタルトスも離脱させろ!!」

 

 「了解!」

 

 射線上に位置していないとはいえ、衝撃波かなりのものの筈だ。

 

 余計な被害をこうむる前に先に出撃していた部隊と共にイザナギは影響範囲外から離脱を図る。

 

 だが無慈悲にもジェネシスからの発光は止まらず、再び宇宙に悪夢が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 その部屋はかつて無いほどの緊迫感、圧迫感に包まれていた。

 

 会議室に集めらていたのはテタルトスの議員達と軍の主要メンバー。

 

 そして中立同盟の使者であるカガリやセリスやニーナといったオーディンのクルー達である。

 

 皆、話の内容におおよその見当がついているのか表情は固い。

 

 特に議員達の表情は深刻で、同時に疲れ切った様子を隠せていない。

 

 中には寝不足の為か、眼の下に隈が出来ている者すらいる。

 

 それも無理はない。

 

 ここ連日続く会議や交渉、情報収集によって疲労困憊なのである。

 

 だが、誰一人目を逸らす事無く真剣な眼差しで、前を見据えていた。

 

 「時間だな。司令、始めてくれ」

 

 ゲオルクに促されたエドガーが頷いて立ち上がると、モニターを起動させた。

 

 「皆さん、連日の対応や会議等でお疲れのところ申し訳ありませんが、緊急にお知らせしなければならない事案が発生したしましたので、ここに場を設けさせていただきました。時間が惜しい為、さっそく本題に入らせていただきます。最近わが陣営に大きな被害をもたらした勢力の本拠地探索の為に派遣した調査隊から先程報告が入ってきました」

 

 エドガーが素早く端末を操作するとモニターに映ったのは、無残な残骸に成り果てた敵本拠地の姿であった。

 

 爆発でもしたのか、残骸は周囲に多くの岩片を撒き散らしている。

 

 「まずは簡単に概要だけ説明させていただきます。調査隊は目標地点でターゲットである敵基地を発見、しかし何らかの目的で同じ宙域に現れたザフトの部隊と遭遇戦に突入。さらに遭遇戦の最中に敵本拠地が自爆、そして、これが出現した」

 

 映しだされた映像を見た全員が息を呑んだ。

 

 「……ジェネシス」

 

 これを再び見る事になるとは思っても見なかった。

 

 セリスもまたあの戦場を経験した一人。

 

 ジェネシスによる惨状は良く知っているだけに、再びこれを建造した連中に怒りを覚える。

 

 「この兵器『ジェネシス』についてはすでに説明する必要はないでしょう。問題はこれをどう対処するか」

 

 その言葉に一人の議員が口を開いた。

 

 「破壊するしかないでしょう。アレは驚異以外の何物でもない」

 

 「ええ。私も排除すべきだと考えます。ですが敵の詳細な戦力も未だ不明ですし、他勢力の介入も警戒しなければなりません。司令、他に現在判明している事は?」

 

 「調査隊から送られてきたデータのある程度の分析は済ませています。まずあのジェネシスについてですが、アレはかつて建造された『ジェネシスα』ではないかと思われます」

 

 「『ジェネシスα』?」

 

 『ジェネシスα』とはジェネシスの小型プロトタイプの事だ。

 

 宇宙船を加速させる高出力レーザー発信装置としての機能も持っていた兵器である。

 

 「しかし、それはエドガー司令達が解体した筈では?」

 

 『ジェネシスα』はすでに存在しない筈のものであった。

 

 前大戦終盤、完成したジェネシスと共に実戦配備される予定になっていた。

 

 しかしエドガー達ブランデル派が地球軍侵攻のどさくさに紛れ、使用不可能にした後に隙を見て解体したのである。

 

 おそらくパトリック・ザラはプラントから逃れ、潜伏していた際に『ジェネシスα』の残骸を回収し、改めて組み上げたのだろう。

 

 時間が無かったとはいえ、これに関しては迂闊だったとしか言えない。

 

 解体した際に残骸も含めてすべてを破壊してしまうべきだった。

 

 「ただそれらの事実から推察できるのは、威力、射程共にジェネシスには遠く及ばず、さらに映像解析によって急造の作りである事が判明。ジェネシスほどの堅牢さは無いのではと報告が上がってきています」

 

 「ふむ、連中が今の位置から月を狙い撃ちには出来ないという事か。となるとこちらが付け入る隙もあるな」

 

 「はい。ただ、『ジェネシスα』周辺には防衛の為か、敵部隊が集結しており、正確な数までは分かりませんがその戦力を伴い、月に向けて徐々に移動している事が確認されています。調査隊は部隊の立て直しを迫られ、すぐに追撃出来る状況ではありません」

 

 エドガーの報告にセリスを含めた同盟の面々は顔を顰める。

 

 調査隊の援護の為に出撃したイザナギもその宙域に向かった筈だ。

 

 「フレイさん、無事だといいけど……それにしても数が多いね」

 

 「ええ。一体どうやってこれだけの数を?」

 

 現在確認された敵の数は全員が想定していた以上だ。

 

 『イクシオン』や『ローレンツクレーター基地』で交戦した敵の数とは比較にならない。

 

 「これらの戦力はパトリック・ザラに賛同した連中が合流しているのでしょうが、中には傭兵なども含まれていると思われます。何にしろ我々はこの数を相手にしながら、『ジェネシスα』に対処しなければならないと言う事です」

 

 敵の主力が判明した事は収穫ではあるが、状況は決して良くなってはいない。

 

 『ジェネシスα』の存在が明らかになった以上、ザフトが強硬介入してくる可能性は極めて高くなったと言えるのだから。

 

 「アレがこちらを射程に捉えるまでの時間は?」

 

 「推定ですが、約六時間と言ったところです」

 

 『ジェネシスα』の進路上には幾つかのデブリに加え、追撃をしにくいように迂回して移動している。

 

 さらにかなり小型化しているとはいえ、そこらの戦艦以上の大きさだ。

 

 機敏には動けない為に月を射程に捉えるまでは時間が掛かるいう訳だ。

 

 約六時間。

 

 出撃準備などを考えれば、もっと短くなる。

 

 この僅かな時がテタルトスや同盟に残された時間となる。

 

 「やはり破壊するしかないな」

 

 そこで話を聞いていたカガリが手を上げた。

 

 「エドガー司令、状況は理解できました。それで具体的な作戦についてはどうなっていますか?」

 

 ザラ派の排除に関して同盟は全面的に協力する事になっている。

 

 あれが地球に対しての脅威であるのは前大戦で証明済みだからだ。

 

 「正確な情報が入ってきた訳ではないので、現在も立案中ではありますが……確実な事は一つ。アポカリプスの主砲が使えない今、我々は『ジェネシスα』に近づく以外にないという事です」

 

 テタルトス武の象徴である巨大戦艦『アポカリプス』

 

 通常の戦艦とは比較にならない大きさを誇るこの戦艦は普段から防衛線を警戒する為、月を周回している。

 

 現在は『ジェネシスα』が向っている個所から反対方向に位置していた。

 

 その巨体故に機敏な動きができず、簡単に軌道修正もできない。

 

 おそらく今回の戦いには間に合わないだろうと言われていた。

 

 「分かりました。ただ時間がないのは事実。逐一最新情報と作戦が決定次第、こちらに通達して欲しい」

 

 「了解しました」

 

 テタルトスと合同で動くからには足並みは揃えなくてはならない。

 

 その為に情報は不可欠。

 

 後は不測の事態に備えて準備を怠らないようにする事だ。

 

 カガリはそれ以上は何も言わず、エドガーの話に耳を傾ける。

 

 だが、この後ゲオルクの要請でさらに神経をすり減らす事になるとは、この時のカガリには想像もできなかった。

 

 

 

 

 会議が終わり、ある程度の情報が集まった所で、テタルトス軍総司令エドガー・ブランデルは出撃可能な部隊すべてに出撃命令を下した。

 

 

 作戦目標は『ジェネシスα』の破壊とザラ派の掃討。

 

 

 この命令が全軍に行き渡るとすぐにテタルトスの部隊は慌ただしく出撃準備を開始した。

 

 準備の整った部隊から急ぎ出撃し、編隊を組みながら戦場に向って進んでいく。

 

 そして『イクシオン』にて修復作業を行っていたオーディンもまた再び戦いへ赴く為に、動き出そうとしていた。

 

 パイロットスーツに身を包み、準備を整えたセリスとニーナも自身の機体の様子を確認する為に格納庫へ入る。

 

 「よう、こっちの準備は終わったぞ! 後はお前達の合わせてコックピット周りを調整するだけだ」

 

 そこには整備班長が一仕事終えた満足感を伴った笑みを浮かべて待っていた。

 

 「班長!? こっちにいたんですか?」

 

 「おう、イザナギの方は別の奴に任せた。それにこっちの方が大仕事だったしな。で、お前はもう体は大丈夫なのか?」

 

 「はい、もうバッチリです!」

 

 両手を胸元で握り、元気であるとアピールするセリス。

 

 だがそれをやや呆れながら見ていたニーナがすかさず突っ込んできた。

 

 「ええ、もう全然心配いりませんよ。さっきもデザート二皿も平らげてましたからね……体重は悲惨な事になってるかもしれないけど」

 

 「ちょ、ニーナ!? あれくらいなら全然大した事ないよ!……多分」

 

 騒ぎ出す二人に整備班長は苦笑しながら頭を掻く。

 

 女が三人寄れば姦しいとよく言うが、二人でも十分にうるさいものだ。

 

 これでフレイがいたらもっとうるさくなっただろうと思うと、げんなりしてくる。

 

 だがセリスに親しい友人が出来たのは良い事だろう

 

 父親になったかのような心境で二人の騒ぎを見ていた班長だったが、うるさくなってきたので持っていたファイルをセリスとニーナに押し付けた。

 

 「新装備のマニュアルだ。出撃前に頭にたたき込んでおけ! おら、時間も無い! 調整を済ませるからさっさとコックピットに入れ!!」

 

 「「り、了解!!」

 

 班長の声に押される形で走り出した二人は自らの機体を見上げる。

 

 二機のガンダムには外部装甲であるアドヴァンスアーマーと背中にはそれぞれ違う、見た事も無い装備が装着されていた。

 

 アイテルの背中に装着されていたのが試作型複合装備『ヴァルキューレ』

 

 今までに実用化された換装装備を複合させ、さらに高性能化させた装備である。

 

 スラスターを核動力機と同等なレベルまで高出力化された為に、誰もが扱えるものではない。

 

 限られたエースパイロット以上の技量を持つ者の為だけに使用可能になっている。

 

 そしてスウェアに装備されていたのが試作万能型装備『アルスヴィズ』

 

 これは『セイレーン』の量産化を目的に開発された試作装備を急遽変更。

 

 ローレンツクレーター戦で破壊された『セイレーン改』のパーツを組み込んでスウェア用として強化した万能装備である。

 

 「凄いスペック。これ私に扱い切れるかな」

 

 コックピットに乗り込んでマニュアルに目を通したセリスは『ヴァルキューレ』の性能にやや引き気味に呟いた。

 

 性能が上がる事に越した事はない。

 

 扱いきれるかどうかは別物。

 

 だがこれを使いこなせば月で相対したコンビクトにも対抗できる。

 

 「セリス、大丈夫?」

 

 通信してきたニーナが心配そうな表情でこちらを窺ってくる。

 

 彼女にはいつも気遣ってもらってばかりだ。

 

 先程の馬鹿騒ぎも緊張を解す事が目的だったのだろう。

 

 もっとしっかりしなければいけない。

 

 「うん、私は大丈夫。ニーナ、ありがとう」

 

 笑みを浮かべるセリスに安心したのかニーナもまた笑みを浮かべる。

 

 そこに作業を終えた整備班長の声が聞こえてきた。

 

 「よし、調整が終わったぞ!」

 

 「ありがとうございます、班長!」

 

 セリスはハッチを締め、操縦桿をしっかりと握ると機体の試運転を行うため、カタパルトへ運ばれていく。

 

 「計器、武装、異常なし、機体状態オールグリーン!」

 

 運ばれたアイテルの眼前にあるハッチが開くとセリスは大きく息を吐きだした。

 

 「よし、行こう! セリス・ブラッスール、『アイテルガンダム・ヴァルキューレ』出ます!」

 

 

 

 後に『月面紛争』と呼ばれる事になるこの戦いは最終局面へと突入した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 降り注ぐ砲火の中へ

 

 

 

 

 視界に入ってくるのは破壊されたモビルスーツや戦艦の残骸。

 

それに当たらぬよう機体を巧みに動かしながら、フレイ・アルスターは敵機を迎撃する。

 

 「そこ!」

 

 右手に握ったビームライフルがジンの胴体を貫き、その隙に回り込んだAAがビームサーベルでシグーを横薙ぎに叩き斬る。

 

 「良し、そのまま左側の援護に回って!」

 

 「了解!」

 

 フレイの指示によって同盟は少数ながらも、敵機の連携を分断。

 

 互角の戦闘を繰り広げていた。

 

 その指示は実に的確で、味方の危機を救ったのも一度や二度ではない。

 

 アークエンジェル時代から積み上げられた訓練と蓄積された戦闘経験が、彼女を優秀な指揮官へと育て上げていた。

 

 「ムラサメ二番機、僚機のフォローを!」

 

 アグニ改の一撃で味方の動きを援護しながら、自身もまた持ち前の機動性で敵の撹乱に徹する。

 

 ターニングのシールドに内蔵されたガトリング砲の砲撃が敵を誘導すると接近したムラサメの斬撃で撃破した。

 

 フレイは素早く視線を滑らせ、敵の位置を把握すると声を張り上げた。

 

 「良し、このタイミングなら! イザナギ!!」

 

 「ローエングリン、撃てぇ―――!!!

 

 待ち構えていたイザナギから放たれる陽電子砲の一撃が残っていた敵を薙ぎ払い、母艦であったナスカ級を破壊した。

 

 「ハァ、周囲に敵影無し。これでこちらを追撃してきた部隊はすべて潰した。問題はアレね」

 

 すでに随分距離が離されたにも関わらず、肉眼でも確認できる『ジェネシスα』の姿が見える。

 

 テタルトス調査隊やイザナギは発射された『ジェネシスα』の砲撃から逃れる事に成功した。

 

 しかしその衝撃波と敵機の追い打ちによって編隊を崩され、その隙を突きザラ派は集めた戦力と共に移動を開始。

 

 完全に引き離されてしまった。

 

 だが不幸中の幸いか、テタルトス軍と交戦していたザフトはこの騒ぎに紛れてすでに後退している。

 

 しばらく戻ってくる事は無いだろう。

 

 「一旦、イザナギと合流しよう」

 

 フレイがイザナギと合流すると、そこにセイリオスが近づいてきた。

 

 所々傷付いているが、あの激戦と衝撃の真っ只中でかすり傷程度で済んでいるのは驚愕に値する。

 

 「イザナギ、聞こえていますか? 私は調査隊の指揮を任されているヴァルター・ランゲルト少佐です」

 

 「イザナギ艦長、セーファス・オーデンです。申し訳ない、支援に来たと言いたいところなのですが、どうやら遅すぎたようです」

 

 申し訳なさそうに拳を握るセーファスにヴァルターは場に似合わぬ程、穏やかに微笑むと首を振った。

 

 「いえ、むしろ来て下さって助かりました。同盟軍の援護がなければ、もっと被害は拡大したでしょうから」

 

 それはあのハイエナ―――ベテルギウスのパイロットを見れば分かる事だ。

 

 奴ならば傷ついた者から片っ端から破壊していったに違いない。

 

 あの黒いシグルドの発展型を相手にしていてはヴァルターでもベテルギウスから味方を守り切れなかっただろう。

 

 それだけ二機とも危険な相手だった。

 

 だからこそこの場で仕留めきれなかったのは口惜しい。

 

 「それよりもイザナギはすぐに動けますか?」

 

 「ええ、準備が整えばすぐにでも」

 

 「では、この場は私に任せて、彼らを追ってください。今からでは間に合うかは分かりませんが、戦力は少しでも多い方が良い」

 

 確かに今からイザナギが全速力でザラ派を追ったとしても、間に合うかどうか。

 

 しかし速度を持った機体なら―――ターニングやムラサメであれば、あるいは追いつける可能性もある。

 

 「我々も残存兵力をまとめ、準備が整い次第、追撃しますので」

 

 「分かりました」

 

 モビルスーツ部隊を収容したイザナギは月に向かって行った『ジェネシスα』を追って反転する。

 

 追いつけるかどうかは、五分と五分。

 

 それでも最善を尽くす為、強行軍が始まった。

 

 

 

 

 カガリ・ユラ・アスハは重苦しい雰囲気に包まれた部屋のモニターの前に座っていた。

 

 彼女が表情を強張らせ待機している部屋には補佐役であるショウ以外誰もいない。

 

 今彼女がいるのは『イクシオン』に設置された通信室。

 

 皆が戦いに赴こうとしている傍らでカガリ達がここで何をしているかと言えば、ある人物との交渉を行おうとしているのだ。

 

 その相手はプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダル。

 

 カガリは今からプラントをまとめ、率いている男と対峙せねばならないのだ。

 

 正直、カガリは政治家の卵というのすらおこがましい駆けだしの若輩者。

 

 はっきり言って経験も実力にも差があり過ぎる。

 

 本来ならアイラのような場慣れした交渉役が担当するのが筋なのだろうが、生憎今動けるのは自分だけ。

 

 「……やれるだけやるしかないな」

 

 カガリが頭の中で交渉内容などの整理を行っていると、コンソールから高い音が響き渡った。

 

 「時間の様です。カガリ様、よろしいですね?」

 

 「ああ」

 

 ショウがスイッチを入れるとモニターが点灯し、別の場所を映し出す。

 

 モニターには場違いなほど穏やかな笑みを浮かべた黒髪の男が映っていた。

 

 《お待たせして申し訳ありません。こちらも今は慌ただしいもので》

 

 彼がギルバート・デュランダル。

 

 面識のあるメンバーからの話を聞いていたからというのもあるが。

 

 なるほど。

 

 一見穏やかそうだが、油断ならない人物である事は感じ取れる。

 

 ゲオルクが死線を駆け抜けた屈強な戦士を連想させるなら、彼はあるゆる状況を想定し策を用いる軍師を彷彿させる。

 

 カガリは決して雰囲気に呑まれまいと密かに気合いを入れ直すとモニターに映った男を見据えた。

 

 「いや、むしろ忙しい中で時間を割いていただいた事に感謝する」

 

 《では始めましょうか。そちらの補佐官からの話を聞く限り、かなり難しい案件のようですが?》

 

 難しい案件というのは確かにその通りだろう。

 

 カガリは掌が汗ばむのを感じながら、特にその件について言及する事無く要件を伝える為に話し始めた。

 

 《なるほど、つまり月へ部隊派遣するなということですか?》

 

 「いえ、そこまでは言いません。こちらが言いたいのは、今から開始される作戦が終了するまでは戦域に介入するのを待っていただきたいという事です」

 

 簡潔に言ってしまえば「部隊の出撃させても、戦場には入るな」というのがカガリからの要求だった。

 

 と言ってもどれだけ無茶な要求かというのも重々承知している。

 

 カガリに対しテタルトスから要請されたのは、今回の戦闘においてザフトの軍事介入を阻止してほしいという一点だった。

 

 『ジェネシスα』の存在が発覚した以上、プラント側は確実に軍事介入を行ってくる。

 

 表立った敵対ではなく仮初であろうとも地球側と融和を掲げているプラントは今波風立つような存在を許す事はしない。

 

 前大戦の悪夢の象徴でもあるジェネシスなど現在の彼らにとって邪魔な存在でしかない筈だ。

 

 となれば排除に動くのは当然。

 

 もしもあの存在を放置すれば、地球側から関与を疑われ余計な火種になるだろう。

 

 しかしそうされて困るのはテタルトスや同盟である。

 

 ザフトが動けば地球軍も動く。

 

 そうなれば作戦はさらに困難を極める事になる上、月全土を巻き込む戦争が起きかねない。

 

 本来であればテタルトスが動くというのが道理なのだろう。

 

 しかしプラントの仲は非常に険悪であり、碌な交流も外交ルートもない。

 

 引き換え中立同盟はそこまで親密でないにしろクライン派を支援していた縁から、独自のルートを持っている。

 

 そこでカガリにこうして交渉役を要請してきたという訳だ。

 

 《ですが我々とて動かない訳にはいかないのは御承知のことだと思いますが? 流石にアレを見て黙って見過ごす事はできない》

 

 デュランダルの言い分は正しい。

 

 カガリが同じ立場であったなら、同様の判断を下す。

 

 だが、その答えもすでに予想していた。

 

 「プラントの立場は分かっています。ですから我々の作戦の成否がハッキリするまではテタルトスの防衛線ギリギリの位置で待ってほしい」

 

 《しかし貴方達の作戦が確実に成功するという保証はありません。プラントに害する可能性のあるものを放置はできない》

 

 「ええ、ですがこれはそちらにもメリットがない訳ではない。仮に作戦が失敗しようとも、戦闘時に敵に関する情報収集や戦力の消耗を待つ事も出来る」

 

 ジェネシスαの射程が短い事はデュランダルも把握している筈。

 

 なら少なくともプラントが狙い撃ちされる心配はない事も知っている。

 

 その間に敵戦力の把握に努めればよい。

 

 さらに敵を削るという意味では、プラント側に都合がいいのも確か。

 

 邪魔なテタルトスの戦力も削れて一石二鳥という訳だ。

 

 つまりザフトにとって作戦が成功しようが、失敗しようが、どちらにしても損にはならないのである。

 

 《良いのですか? それはつまり自分達、ひいてはテタルトスを利用しろと言っているようなものですが》

 

 「ああ、その通りだ」

 

 面と向って言う必要はないが同盟がテタルトスを利用しているというのは事実だ。

 

 それはテタルトスの方も同様に利用している節があるのだから、お互い様である。

 

 《ふむ、なるほど……確かにおっしゃる通りですね。わかりました、同盟からの要請をお受けしましょう》

 

 「えっ」

 

 《同盟には前大戦からの借りもありますからね》

 

 あっさりと了承するデュランダルに呆気に取られて、間抜けな声が出てしまう。

 

 もっと揉めると思っていたのだが―――

 

 内心安堵していたカガリの油断を突くかのように、デュランダルはこちらの心臓をわし掴みにするような冷たい声が発せられた。

 

 《―――ただその代わりと言ってはなんですが、我々からの要請も聞いていただきたい》

 

 「……要請?」

 

 《はい、貴方達同盟からのものと違って別に難しいものではありませんから、ご安心を》

 

 彼の言葉を全く信用できないのは、自分が疑り深くなっているからだろうか。

 

 「内容は?」

 

 《プラントと同盟の間に貿易を再開したい》

 

 中立同盟とプラントは前大戦時では敵対し戦争状態に陥っていたが、戦争終結後は休戦協定を結んだ。

 

 しかしすべてが元通りになった訳ではない。

 

 テタルトスに関する事では対立して大きな溝があるし、国民は未だにプラントに対して否定的な意見が多い。

 

 故に様々な要因からごく一部分を除き、貿易や国同士の渡航など制限が設けられている。

 

 彼はそれを解除しろと言っているのだ。

 

 「……それは私の一存ではどうにもならない」

 

 《では交渉は決裂という事ですかな?》

 

 お互いの立場や主張がある以上を全面的に通すというのは無理な事だ。

 

 ならばどうにか納得できる妥協案を提示しなくては話い合いは平行線のまま。

 

 だからこそ妥協してなお、相応のメリットを出す必要がある。

 

 「それは同盟全体という意味だ。オーブに関してだけならば、一考の余地がある。即答はできないが、近いうちに結果が出せるだろう」

 

 《なるほど、分かりました。では、それでお願いします。近いうちにまた、連絡いたします、アスハ代表》

 

 モニターから映像が消えると同時に緊張から解放されたカガリは椅子の背もたれに身を任せる。

 

 正直、モビルスーツに乗るよりも疲れた。

 

 「お疲れ様でした、カガリ様、概ね予想通りの展開になりました」

 

 「ああ、どうにかな」

 

 会談に臨むにあたり、カガリはショウと事前の打ち合わせを行い、ある程度会談内容を予測し、対策を立てていたのだ。

 

 「それはデュランダル議長も同じでしょうが」

 

 「どういう事だ?」

 

 「議長はこちらの要求も切れるカードもすべて予想済みだったという事ですよ」

 

 カガリは交渉の事で精一杯だったらしく相手の様子を探る余裕も無かったようだが、デュランダルは違う。

 

 終始、彼は表情を崩さず、声色に冷たさはあったが笑みを絶やさなかった。

 

 さらに受け答えにも淀みがなく、常に余裕を保っていた事からも会談自体が議長の予想範囲内であった事を如実に示している。

 

 つまりすべて議長側の予定調和だったという事だ。

 

 「そうか。ここに居たのがお姉さまであれば……」

 

 悔しそうに唇を噛むカガリだが、別に彼女が悪かった訳ではない。

 

 確かに未熟で経験不足であった事は確かだが、今回の件に関しては相手が悪かったのだ。

 

 「そう落ち込む事はありません。我々の目的は十分に果たせました。後は彼らに任せましょう」

 

 「そうだな。ミヤマ、すぐに本国に連絡をとるぞ。それから会議の資料を用意してくれ」

 

 「ハッ」

 

 今、できる事はやった。

 

 なら、後は信じて待つだけだ。

 

 「皆、無事で戻れよ」

 

 カガリは祈りを込めてそう呟くと、通信室の機械を止めショウと共に光の消えた部屋を後にした。

 

 

 

 

 モニターに映る少女の顔が消えると同時にギルバート・デュランダルは笑みを深めた。

 

 背後に控えていた秘書官であるヘレン・ラウニスが不思議そうに聞いてくる。

 

 「議長、あれでよろしかったのですか?」

 

 彼女からすれば、わざわざこんな交渉に応じる意味がないと思っているのだろう。

 

 だが同盟、オーブとの間に限定的であっても貿易や渡航が再開される意味は大きい。

 

 それに―――

 

 「問題ないさ。これで連合や同盟の目は月に釘付けになり、動きやすくなる。月周辺を警戒している部隊とデュルク達に指示を出してくれ、ヘレン」

 

 「了解しました」

 

 デュランダルは再び端末のモニターに目を向ける。

 

 そこには月を中心とした宙域図が映し出され、複数のポイントに印がついていた。

 

 「さて、後は『彼女』に関してか。そちらはクロードの采配に期待させてもらおうかな」

 

 その時、執務室から出ようとしていたヘレンが振り返る。

 

 「申し訳ありません議長、もう一つ報告がありました。『彼』が先程、地球から帰還したそうです」

 

 「そうか。では、戻ってきた早々悪いが、彼にも月へ向ってもらう」

 

 ヘレンは黙って頷くと今度こそ部屋から退出していく。

 

 デュランダル一人になった部屋には静かにキーボードが叩かれる音だけが響き渡る。

 

 彼の表情は変わる事無く、満足気な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 『ジェネシスα』は迂回しながらではあるが、確実に月を目指して移動している。

 

 狙いは月の主要都市か。

 

 軍事ステーションか。

 

 それとも他の目標があるのか―――

 

 ただはっきりしている事が一つ。

 

 何処に発射されようとも、直撃を受ければ甚大な被害が出るという事である。

 

 だからこそ撃たれる前に何としても破壊しなくてはならないのだ。

 

 一つの目標に向けた、意識の統一。

 

 テタルトスの部隊の士気はかつて無い程ほど高まっている。

 

 そんな月側を迎え撃つべく、ザラ派や傭兵達の機体もジェネシスを守る為に立ちふさがっていた。

 

 一触即発。

 

 睨みあうモビルスーツが、徐々に近づき―――

 

 そして火蓋は切って落とされた。

 

 片方がビームを発射すると同時に敵によって撃ち返され、数多の閃光が宇宙を駆ける。

 

 「此処を抜かせるな、狙いは背後に設置されている大型推進機だ! 間違ってもジェネシスの射線上に入るなよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 部隊が左右に分かれると、先陣を切る形でリベルトのジンⅡが突出する。

 

 速度を上げて誰よりも早く接敵すると新型コンバット『ソードコンバット』の武装、対艦刀『クラレント』を一気に振りかぶった。

 

 「どけ!」

 

 クラレントの刃が敵の駆るゲイツを胴体を容易く両断。

 

 『ソードコンバット』に搭載されたビーム砲を駆使して敵陣形を崩しにかかる。

 

 その隙にもう一本の対艦刀を抜き、二刀を持って乱れた敵陣に斬り込んでゆく。

 

 『ソードコンバット』は地球軍のストライカーパック『ソードストライカー』と違い、ある程度の砲撃戦もこなせるように設計されている。

 

 無論、本格的な砲撃戦となれば、話が違ってくるだろう。

 

 だが通常戦闘において支障はなく、接近戦においては無類の威力を発揮する。

 

 それを証明するように、二つの刃は次々敵に損傷を与えてゆく。

 

 「調子に乗るな!!」

 

 「囲め!」

 

 敵もまた戦い慣れた手練れ揃いであり、簡単に突破は出来ない。

 

 崩れた陣形も即座に立て直され、逆襲される形で囲まれてしまう。

 

 「流石に簡単に突破できるほど甘くはないか」

 

 今回の作戦でのネックは正面からは攻めにくいという点だった。

 

 理由は簡単、正面に立つという事はジェネシスの射線範囲に飛び込む事と同義だからだ。

 

 いかに大部隊で攻め立てようとも、敵部隊を突破したとしても、ジェネシスの直撃を受けてしまえばすべてが水泡に帰してしまう。

 

 だからこそテタルトスは慎重な攻めを求められていた。

 

 そんな一進一退の攻防が続く中、準備を終え『イクシオン』から出撃した白亜の戦艦オーディンが戦場に到着する。

 

 「やはり守りは厚いようだな」

 

 テレサの眼前ではテタルトスは事前の予定通り二手に分かれ、ジェネシスに取りつこうと奮戦しているようだ。

 

 それも敵の守りによって食い止められている。

 

 「想定の範囲内か。良し、各機は作戦通りに。オーディンは後方で支援を行う。対艦、対モビルスーツ戦闘用意!!」

 

 「「了解」」

 

 オーディンのハッチが解放され、新装備を装着したアイテルとスウェアがカタパルトへ設置される。

 

 「じゃあセリス、先に行くわ」

 

 「うん、気をつけて、ニーナ」

 

 「貴方もね、ニーナ・カリエール、スウェアガンダム、出ます!!」

 

 新装備である『アルスヴィズ』のスラスターの噴射と共にカタパルトから押し出されたスウェアや他の機体が戦場へと飛び出す。

 

 それを見届けたセリスは最後のチェックを素早く行う。

 

 少し前に機体を動かした時も、異常は見られなかったから大丈夫とは思う。

 

 これも念の為だ。

 

 「各部正常、『ヴァルキューレ』異常なし! 後はこのマントがどこまで当てになるかだよね」

 

 アイテルは新装備以外にも機体全体を覆い隠す、布状の物を纏っていた。

 

 これはビームコーティングを施した試作の防御マント。

 

 ビームライフル程度のものであればビームの遮断が可能で若干ではあるがステルス効果もあるという代物である。

 

 「気休め程度だと思っておけば良いかな。良し、準備完了! セリス・ブラッスール、アイテルガンダムヴァルキューレ、行きます!!」

 

 オーディンから出撃したセリスは一気に加速し、ニーナ達とは反対方向へと機体を向かわせた。

 

 「あれは!?」

 

 「敵!?」

 

 「反応が遅い!」

 

 ステルスの効果があったのか、乱戦の為か。

 

 碌に防御の姿勢も取らず接近を許した敵機に向けてセリスはマントの下から伸びている柄を握ると一気に振り抜いた。

 

 取り出されたのは大剣。

 

 刀身に設置された放出口からビーム刃が発生し、呆気なくゲイツを構えた盾ごと食い破る。

 

 「うあああああ!!」

 

 斬撃を前に抵抗も出来ないまま盾ごと両断されたパイロットは蒸発し、死体も残さず消え失せた。

 

 「何だ、あの武装は!?」

 

 アイテルが握るのは『ヴァルキューレ』に付属する武装。

 

 大型多連装高出力ビーム発生器『ヴァルファズル』。

 

 これは刀身に幾重にもビームの放出口を設置し、通常の斬艦刀とは比較にならない切れ味を誇る刃を形成できる武装である。

 

 「やっぱり使い勝手が悪い」

 

 セリスはチラリと横目でバッテリーを気にしながら、ヴァルファズルを腰に戻す。

 

 この武器はアンチビームシールド諸共斬り裂ける強力な刃を生み出せる反面、非常に燃費が悪い。

 

 「その分、慎重にいかないと!」

 

 ライフルに持ち替え、敵からのビームをマントで弾くと次々と狙撃していく。

 

 「ぐあああ!」

 

 「くそ、ビームが弾かれる!?」

 

 「チッ、接近戦で仕留めろ!」

 

 距離を置いての射撃戦では埒が明かないと判断したジンやシグーが重斬刀を抜き、上下からアイテル目掛けて斬り込んできた。

 

 だがセリスは焦る事無く上段からの一撃を捌き、至近距離からライフルでジンのコックピットを撃ち抜く。

 

 そして下方から斬り込んできたシグーの重斬刀に蹴りを入れて剣閃を逸らした。

 

 「なっ!?」

 

 「甘い!」

 

 PS装甲である以上、実剣である重斬刀で傷はつかない。

 

 それでも体勢くらいは崩せるだろうと、敵パイロットも踏んでいたのであろう。

 

 当てが外れ一瞬だけ動きを止めてしまった。

 

 その隙を見逃すほど、セリスも甘くは無い。

 

 「迂闊な!」

 

 左手で抜いたビームサーベルを下段から斬り上げ、シグーの上半身を真っ二つに切り裂いた。

 

 獅子奮迅の働きで敵モビルスーツを駆逐していくアイテル。

 

 そこに見覚えのある黒い機体ヅダが接近してくるのが見える。

 

 しかもその背中にはボックス状のものを背負っていた。

 

 「箱持ち!? アレの直撃だけは避けないと!」

 

 発射されたウイルス入りのアンカーを機関砲で確実に迎撃しながらビームライフルでヅダを狙う。

 

 その一撃は加速した敵機に振り切られ掠める事無く空を切る。

 

 しかしそれはセリスの狙い通りであった。

 

 「そうくると思ってた!」

 

 先回りしていたアイテルのサーベルがヅダのスラスターを斬り払うと、破壊された箇所から火を噴きバランスを崩す。

 

 その隙に背中の『アサルトブラスターキャノン』を前面に構えトリガーを引く。

 

 砲口から放出された閃光が動きを鈍らせたヅダを撃破した。

 

 「良し、このまま!!」

 

 セリスは『ヴァルキューレ』の機動性をもって攻撃を避けながら、敵陣深くまで斬り込んでいった。

 

 

 

 

 クラレントでジンを串刺しにしたリベルトは圧倒的な機動性と攻撃力を持って敵部隊を駆逐していく一機のモビルスーツに目を向けた。

 

 「同盟軍のガンダムか」

 

 どこか底冷えするような冷たい視線でアイテルの姿を見つめ、一挙手一投足見逃さないよう観察する。

 

 月で受けた損傷も修復され、新装備を身に纏うアイテルは水を得た魚のように縦横無尽に動き回っている。

 

 機体性能もそうだが、パイロットの技量も素晴らしい。

 

 初めて戦闘を見た時から高い実力を有していたが、ここにきてさらに腕を上げている。

 

 どうやらローレンツクレーターでの戦いが彼女をさらに成長させたようだ。

 

 「……なるほど、見事な腕前だ。高い素養を秘めているという事か」

 

 リベルトは短期間でここまで腕を上げたセリスを素直に称賛する。

 

 他方向に視線を滑らせ状況を把握すると少しずつアイテルのいる宙域へと近づいていく。

 

 その視線が緩む事は無く、見つめる瞳はただ冷たさだけが増していった。




機体紹介、更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 幻影に手を伸ばす

 

 

 

 

 

 月に侵攻する『ジェネシスα』

 

それを阻止すべく、徹底抗戦の構えを取るテタルトス。

 

 激突する両軍の姿をジェネシスαに追随する形で並走していた『ダランベール』のブリッジでパトリック・ザラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 「ふん、裏切り者共が足掻くか」

 

 どこまでも忌々しい限りだと血がにじむほど強く拳を握る。

 

 これまでの経緯や裏切った者達の事を思い起こすだけで激しい怒りが湧きあがってくる。

 

 その怒りは世界を滅ぼしても飽き足らない程に激しいものだ。

 

 特に許せないのはエドガー・ブランデルである。

 

 コーディネイターが辿るべき未来を歪めた元凶とも言える男。

 

 奴さえいなければと、何度思った事か。

 

 「だが、それも今日までだ、ブランデル! ここで貴様の野望のすべてが潰えるのだからな!!」

 

 その為にこれまで慎重に準備を重ねてきた。

 

 カースなどという胡散臭い男を傍に置いたのもそのためだ。

 

 パトリックの目的。

 

 月で紛争を起こし、再び戦争を誘発するきっかけとする事。

 

 その中でナチュラル共の本意が露呈し、その上で奴らを殲滅すればプラントにいる馬鹿共も気がつくだろう。

 

 自分が示した道こそが、正しかったのだと。

 

 故に狙いはただ一つ―――巨大戦艦『アポカリプス』である。

 

 アレが主砲でジェネシスαを狙えない位置にある事は調べてある。

 

 そしてどういう行動に出るかさえも、予測済みだ。

 

 後は狙い通りに予定ポイントまでたどり着けば、パトリックの勝ちだ。

 

 武の象徴でありシンボルでもあるあの巨大戦艦が沈めばテタルトスの士気はガタ落ち。

 

 防備は丸裸同然となる。

 

 そこを見逃す連合でも、ザフトでもあるまい。

 

 引き寄せる為の餌は各勢力に仕掛けた散発的な奇襲によってすでに撒いてある。

 

 つまりテタルトスは戦火を引き起こす為にくべる生贄だ。

 

 裏切り者共にはふさわしい末路だろう。

 

 「ジェネシスαのチャージ状況は?」

 

 「現在50%です」

 

 もう僅かで撃つ事が可能になる。

 

 残るは射程までの時間―――

 

 「目標ポイントまでは?」

 

 「順調にいけば残り3時間程ですが、敵の妨害が激しく、さらに時間が掛かってしまう可能性も」

 

 その報告に苛立ちを募らせながら、頭の中で考えを纏める。

 

 最も簡単なのはチャージ完了次第、ジェネシスαを発射し邪魔な連中を排除してしまう事だ。

 

 しかしそうなると次のチャージまで時間を稼がなくてはならない。

 

 それは下策だ。

 

 時間が過ぎればその分こちらが不利となる。

 

 「ジュラメントとコンビクトを『ミーティア』装備で出せ! ジェネシスαの進路を開かせろ!」

 

 「了解!」

 

 「閣下、シグリード、ベテルギウス帰還いたしました」

 

 此処に来てパトリックは初めて笑みを浮かべた。

 

 「補給が完了次第、すぐに出撃させろ! 奴らをジェネシスαに近づけさせるな!!」

 

 「了解!」

 

 指示を飛ばしモニターを見上げる。

 

 そこにはミーティアを装着したコンビクトとジュラメントが出撃しようとしていた。

 

 

 

 

 戦場は『ジェネシスα』を挟み込む形で左右に分かれ、敵味方入り乱れる乱戦状態に陥っていた。

 

 バラバラになったヅダの残骸を避け、テタルトスの機体が徐々に目標である『ジェネシスα』に迫っていた。

 

 「良し、このまま突破するぞ!」

 

 「了解!」

 

 確かに敵の数は想像以上であり、実力者も多くいる。

 

 しかし敵とテタルトスの間には決定的な差があった。

 

 要はモビルスーツの性能の差である。

 

 ザラ派はFシリーズの機体を使用してはいるものの、それはごく一部。

 

 他はジンやシグーといった前大戦で使用されていた機体ばかり。

 

 良くてゲイツである。

 

 戦場において物を言うのは鍛え上げた己の技量。

 

 それは誰しもが納得する一つの答えであるだろう。

 

 しかし機体の性能が戦闘において重要な要素である事実は変わらない。

 

 少なくともこの場において、勝敗を分けているのはソレだ。

 

 ジンやシグーは前大戦から使用されてきた確かな実績があり、強化や改修を施し未だに使用している兵士も多い。

 

 それでも現在実戦に投入されている最新機に比べれば、やはり旧式と言わざる得ないのが現実である。

 

 隊長機のジンⅡがその機動性を持って敵を圧倒しながら、率いる部隊と共に突き進んでいく。

 

 「ジンは良い機体だが、このジンⅡに比べればすでに旧型の機体! 時代は変わっているのだ!!」

 

 ジンを圧倒する速度で回り込むとビームクロウで一刀の下に斬り伏せ、その勢いに乗ったまま目標に突撃する。

 

 「このままジェネシスに取りつい―――」

 

 順調に進んでいたはずのジンⅡは次の瞬間、突如として放たれた砲撃により、あっさりと撃破されてしまった。

 

 「な、なんだ!?」

 

 「あれは……」

 

 距離を取り、被弾を免れた他の機体の前には白い特殊な形状の兵装を装着した機体が立ち塞がっていた。

 

 「ミーティアだと!?」

 

 ボアズやヤキン・ドゥーエでの戦いを経験した者であれば、ミーティアの威力は誰もが知っている。

 

 群がる地球軍の部隊を瞬時に薙ぎ払ったその光景は頼もしいものだったが、敵に回ればこれほど恐ろしいものはない。

 

 アレの火力はそこらの戦艦よりも上、砲撃に巻き込まれれば確実に撃破される。

 

 「あんなものまで……全機、急速離脱!!」

 

 残った機体はスラスターを全開にしてその場からの離脱を図るが遅い。

 

 解放された砲口から一斉に火を噴き、フローレスダガーやジンⅡに容赦なく突き刺さる。

 

 「ふん、雑魚共が。邪魔なのよ!」

 

 ミーティアを装着したジュラメントのコックピットでジェシカは苛立たしげに吐き捨てる。

 

 ローレンツクレーターでの戦闘から無事生還したジェシカだったが、喜ぶ気には全くならなかった。

 

 途中で横槍が入ったとはいえ、無様な形で敗北を喫したのである。

 

 これほどの屈辱があるだろうか。

 

 すでに仲間に対する僅かに残っていた感傷も完全に消え去り、彼女の胸中はニーナに対する憎悪で満ちていた。

 

 「私の目的はニーナ・カリエール、ただ一人だけ! 邪魔する奴は誰であろうと殲滅する!!」

 

 その後でマント付きと乱入してきた戦闘機モドキを落とす。

 

 ジュラメントは装着したミーティアの推進力で一気に加速し、獲物を求めて動き出した。

 

 「どこだ!! ニーナァァァァァァァ!!!!」

 

 ジェシカの怨嗟の声に応ええるように吐きだされる砲撃。

 

 圧倒的な火力を前にシールドも意味を為さず、テタルトスのモビルスーツは蹂躙されていく。

 

 「邪魔!!」

 

 立ち塞がる敵をミサイルで撃ち落とすと今度は母艦のブリッジをビームソードで叩き潰す。

 

 払っても、払っても寄ってくる蠅のように鬱陶しい。

 

 「お前らなどに用は無い!! どこだ、どこにいる!!」

 

 自分の倒すべき相手はこんな雑魚ではなくニーナである。

 

 今度こそ屈辱を晴らしあの澄まし顔を切り刻んでやるのだ。

 

 ジェシカはジュラメントの火器も含めた持ちうる火力をすべてを解放。

 

 邪魔する者達を消し去る為に砲撃を迸らせる。

 

 しかしそれを遮るように一条の閃光が割り込んで来た。

 

 「何!?」

 

 再び彼女の行く手を阻む新手が現れる。

 

 だが今度は今までのような蠅共ではない。

 

 正確な射撃でジュラメントの進路を阻み、確実に急所を狙ってくる。

 

 これほどの腕前、敵のエースパイロットに違いない。

 

 ジェシカは機体を錐揉みさせ、ビームを避け続ける。

 

 そして敵の姿を確認しようとその姿を見つけた瞬間、ジェシカは自然と笑みを浮かべている事に気がついた。

 

 「ま、まさか―――アハ、アハハハハハハ!! そうか先に貴様が現れたか、マント付き!!!」

 

 彼女が憎むもう一つの存在。

 

 アイテルガンダムヴァルキューレがビームを掻い潜り、ビームライフルを連射しながら近づいてくるのが見えた。

 

 憎悪と一緒に別の感情が湧きあがってくるのが分かる。

 

 これは歓喜だ。

 

 求めた獲物とは違うが、望んでいた相手ではある。

 

 「御丁寧にマントを羽織って来てくれるとはね。丁度良い、ニーナの前に貴様を殺す!」

 

 恨みを持っているという意味ではニーナと同じ。

 

 アイテルもまた葬り去るべき存在なのだ。

 

 速度を上げ撃ち込まれたビームをすべて振り切り、ミサイルを近づいてくるアイテルに叩き込んだ。

 

 

 

 

 「あれは確か……」

 

 アイテルに向けて放たれたミサイルをビームガンで迎撃しながら、向き直るジュラメントを注視する。

 

 セリスはテタルトス軍に続く形で進んでいたのだが途中で部隊の足が止まった事に気がついた。

 

 何かしらの障害が発生したのだろうと思い、急いで現場に駆け付けた訳なのだが―――

 

 「よりによってミーティアなんて……」

 

 あの兵装の性能は知っている。

 

 火力も速度もモビルスーツのソレとは比較にならない。

 

 降り注ぐミサイルにそれに続くようにジュラメントが握るウェポンアームから放たれる大口径ビーム砲。

 

 掠めただけでも致命傷になりかねない一撃を上手く捌きながら紙一重でかわしてゆく。

 

 「相変わらず、この手の兵装は厄介だけど!」

 

 セリスもまた『ミーティア・コア』と呼ばれる武装を使った相手と戦った経験がある。

 

 あの時も敵の持つ馬鹿みたいな火力には手こずらされたものだ。

 

 しかしその経験があるからこそ、敵に対して過剰に警戒する事も無い。

 

 ミーティアのデータを頭の中で整理し、正面から撃ち合うのは不利と判断したセリスはスラスターを吹かして回り込む。

 

 「確かに速いし、火力も凄いけど、付け入る隙はある!!」

 

 敵の射撃から逃れるために複雑な軌道を取りながら、下側からビームライフルで誘導するとサーベルを抜き放つ。

 

 「はああああ!!」

 

 「ッ!?」

 

 ジェシカは機体を捻り避けようとするが、間に合わない。

 

 アイテルの斬撃はミーティアに食い込み、振り抜くと側面部を斬り落とした。

 

 宙を舞う部位に内蔵されていたミサイルが爆発し、凄まじい衝撃と共にジュラメントを大きく揺らす。

 

 「ぐぅぅぅ!! 貴様ァァ!!」

 

 「火力や速度は凄いけど、小回りが利かないのがその兵装の欠点だよ!!」

 

 「この程度の損傷でいい気になるなァァァ!!」

 

 ウェポンアームから放出されるビームソードがアイテル目掛けて振り下ろされる。

 

 「当たらない!」

 

 セリスは咄嗟にブルートガングをせり出し、斬撃の軌道を変えるべく横薙ぎに叩きつけた。

 

 交錯した剣撃が火花を散らし、ビームソードを弾く。

 

 そして至近距離からビームライフルを連射する。

 

 「砲撃戦はこちらが不利。だから距離を取らせはしない! このまま仕留める!!!」

 

 「くっ、離れないつもりか! だが、思惑通りにいくと思うな!!」

 

 ジェシカはミーティアを掠めるビームライフルに構わず左のウェポンアームを投げ捨て、ビーム砲で撃ち抜く。

 

 破壊されたアームユニットの爆発に紛れてアイテルから距離を取った。

 

 「ぐぅぅぅ!?」

 

 「落ちろ!!」

 

 爆発の衝撃で体勢を崩したアイテル目掛けて残った大口径ビーム砲が火を噴いた。

 

 「勝った!」

 

 勝利を確信するかのようにジェシカは口元を歪める。

 

 あのマントにも多少ビームを弾く作用があるようだが、この出力のビーム砲が防げない事は明らかだ。

 

 シールドによる防御も間に合わない。

 

 しかし次の瞬間、ジェシカは驚愕に目を見開いた。

 

 アイテルを確実に仕留めたはずの一射は直撃する寸前に突如発生した光の膜によって弾かれてしまったからだ。

 

 「何!?」

 

 一体何が起こった!?

 

 混乱しできた一瞬の間。

 

 セリスはその間を逃さず、ビームライフルの一射で側面のビーム砲を吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!」

 

 「何とか間に合った」

 

 先ほどアイテルが展開した光の膜。

 

 肩部に装備されている試作型ビームフィールド発生装置による防御フィールドである。

 

 これは側面部だけとはいえビーム砲の一撃すら防ぐ事が可能な防御装置だ。

 

 しかしその特性からバッテリー消費も尋常ではなく、長時間使用は出来ない。

 

 その上装置が設置されている肩部がやや巨大化しているという欠点が存在する。

 

 だからここぞという場面以外では使用したくなかったのだが。

 

 「相手もそれだけ油断できないって事か。それにしても大した防御力」

 

 多用は出来ずとも、この防御力は破格のもの。

 

 これがあれば多少の無茶もできる。

 

 セリスは再び接近する為にスラスターを吹かす。

 

 「まずはミーティアを破壊する!!」

 

 アレさえ破壊できれば、圧倒的な火力による他の部隊の迎撃もできなくなる筈だ。

 

 ライフルを腰にマウントし、大剣『ヴァルファズル』を抜くと速度を上げてミーティア目掛けて突きを放った。

 

 刀身から発生した無数のビーム刃が機体へ深々と突き刺さり火花を散らす。

 

 「マント付き、貴様!!!」

 

 「はあああああああ!!!」

 

 ミーティアのほぼ中央に突き刺さった大剣を力任せに振り抜くと、抵抗も無く斬り裂かれていく。

 

 「くそ!!」

 

 ジェシカは屈辱に顔を歪め、大剣の刃がジュラメントに到達する前に離脱を図る。

 

 ジュラメントがパージした数瞬後。

 

 ミーティアは『ヴァルファズル』によって真っ二つに両断され、爆散した。

 

 「貴様はいつも、いつも、いつもォォォォォォォ!!!!」

 

 脳裏に蘇る前大戦からの屈辱の記憶。

 

 チラつくニーナの影も手伝って胸中に渦巻く激しい憎悪をさらに燃え上がらせる。

 

 「オオオオオオ!!」

 

 獣のような叫びを上げる。

 

 ジェシカの叫びに応えるように凄まじい閃光が構えたビームランチャーから発射された。

 

 同時に連装ビーム砲、プラズマ収束ビーム砲も撃ち出され、アイテルに牙をむく。

 

 それはフリーダムのフルバーストにも勝るとも劣らないビームの嵐だ。

 

 自身の命を奪い去る死の閃光。

 

 それを前にしながらセリスは防御の姿勢も作らず、あえて光の中に飛び込んだ。

 

 「そんなものに!」

 

 『ヴァルキューレ』の機動性を存分に発揮した動きでビームの奔流を回避すると距離を詰め、ロケットアンカーを射出する。

 

 『ヴァルキューレ』から飛び出した二つの牙が寸分違わずジュラメントに直撃し、右腕と左肩をもぎ取った。

 

 「それで勝ったつもりかァァァ!!!」

 

 右腕を失い、左肩を抉られながらジェシカは全く戦意を衰えさせない。

 

 腕が使えないなら足を使うまで。

 

 両足の爪先からビームソードを放出すると、右足でアイテルに蹴りを叩き込む。

 

 「そんなの読み切ってる!」

 

 ジュラメントの動きを予測していたセリスはすでに次の行動に移っていた。

 

 迫るビームソードを宙返りで避け、腰のビームガンで頭部を狙撃して視界を奪う。

 

 「なっ、メインカメラが!?」

 

 「そこ!!」

 

 メインカメラが損傷し、一時的に視界を奪われ動きを止めた敵にサーベルを横薙ぎに一閃する。

 

 ジュラメントの脚部が斬り裂かれた。

 

 「ば、馬鹿な」

 

 怒りで我を忘れようとも、この状況が意味するところは理解できた。

 

 ―――致命的な損傷。

 

 もはや勝敗は決したのだと。

 

 だが、理解出来た筈の事実と彼女の心情は全く逆の答えを導き出す。

 

 「ふざけるな、私は―――」

 

 認めるものか!

 

 負けるものか!

 

 まだ戦えるのだとジェシカは軋む体に鞭打ち、どうにか機体だけでも動かそう試みる。

 

 しかし此処は戦場。

 

 どのような要因であれ、負けた者から容赦なく呑み込み食らっていく無慈悲な場所だ。

 

 すでに逃れられない死神に捕らえられているのだとジェシカは気がついていなかった。

 

 「貴様を倒してェェェ!!!」

 

 「こいつ、まだ!?」

 

 あの状態でまだ戦う意思を萎えさせないとは。

 

 セリスはプラズマ収束ビーム砲を放つジュラメントを見据えると、操縦桿を握り締めフットペダルを踏み込んだ。

 

 「いつまでも構っていられない。決着をつける!」

 

 メインカメラ損傷の影響があるのか、収束ビーム砲の狙いは全く定まっていない。

 

 「落ちろ!」

 

 「そんなもの!」

 

 ビーム砲を紙一重で回避したセリスはシールドで突き飛ばし、背中の砲身を跳ね上げた。

 

 「アサルト!!」

 

 アイテルの『アサルトブラスターキャノン』から発射された閃光がジュラメントを呑みこんでいく。

 

 「わ、私は、私は―――」

 

 閃光に包まれたジェシカの視界が白く染まる。

 

 そこで見えたのは、長い黒髪を靡かせるあの女の後ろ姿。

 

 届きそうで届かない、その背中に必死になって手を伸ばす。

 

 妬ましい、忌々しい。

 

 しかしどんなに手を伸ばそうと、それがお前の限界だと言わんばかりに背は遠ざかるのみで捉える事ができない。

 

 「どう、して、届かない、どうし―――」

 

 結局、その背中に手が届く事はない。

 

 ジェシカの体はジュラメント諸共光の中に呑みこまれ、跡形も残さず消滅した。

 

 「ハァ、これで一機」

 

 セリスは敵の撃破を見届けると、息を吐き出す。

 

 今、倒した機体はザラ派の主力の内の一機で間違いない。

 

 これで少しは『ジェネシスα』攻略もスムーズに進行できる筈だ。

 

 「テタルトス軍の動きも予定通りみたいだし、後はアレックス少佐の作戦まで時間を稼げば―――ッ!?」

 

 周囲の状況を見てジェネシスα方面へ動こうとしたセリスだったが、突如別方向から何かが飛んでくるのが見える。

 

 機体を引き、飛び退くと回転する刃がアイテルのいた空間を高速で薙いでいった。

 

 「ブーメラン!?」

 

 咄嗟に口についたのは投擲武器であるビームブーメラン。

 

 しかしブーメランにしてはあまりに精密な動きでアイテルを狙ったようにも見えた。

 

 湧きあがる疑問の答えを出す暇も無く、コックピットに警戒音が鳴り響く。

 

 「おらァァァ!!」

 

 「今度は後!?」

 

 中型多連装ビーム砲から放出されたビームカッターがアイテルに襲いかかる。

 

 咄嗟にブルートガングをせり出し振り向き様に叩きつけビームカッターを受け止めると、攻撃してきた敵の姿に目を見開いた。

 

 「ベテルギウス!? でもこの姿は―――」

 

 ベテルギウスの姿は以前に提示されたデータとは明らかに違っていた。

 

 特に背中―――そこには特徴的な翼がある。

 

 その姿は同盟に所属しているセリスにとって既視感すら覚えるものだった。

 

 『白い戦神』と謳われたエースパイロット、キラ・ヤマト。

 

 彼が搭乗し多大な戦果を叩きだした最強の機体の一機『フリーダム』の姿に非常に良く似ていた。

 

 「よう、ガンダム!! お前にも会いたかったぜ!!」

 

 「貴方は!?」

 

 この声には覚えがある。

 

 確かヤキン・ドゥーエで最後に戦ったパイロットの声だ。

 

 「今度こそ、俺が落としてやるよ!」

 

 「貴方なんかに!」

 

 セリスは怒りを込めてベテルギウスを突き飛ばし、サーベルで斬りかかろうとする。

 

 だが割り込むように黒い一つ目の機体が斬りかかってきた。

 

 「なっ!?」

 

 「悪いが彼女を渡す訳にはいかないな、アルド」

 

 上段から振り抜かれたビームソードをどうにかシールドで受け止めるが光刃は徐々に盾を浸食していく。

 

 「受け切れない!?」

 

 盾が使い物にならなくなると判断したセリスは斬撃を横へと流し、シールドが破壊されるのを防いだ。

 

 「カース、てめぇ、また邪魔する気か?」

 

 「先程も言ったが、彼女については別だよ」

 

 カースにとってこの時こそが、待ち望んでいた瞬間なのだ。

 

 誰であろうとも渡すつもりは毛頭ない。

 

 「チッ、じゃあ早いもの勝ちって事でやらせてもらうぜ!」

 

 アイテルに向かって突撃するアルド。

 

 同時にカースもまた動きだす。

 

 セリスは強敵二人を鋭い視線で見据えると、負けじとビームサーベルを抜き応戦の構えを取った。

 

 

 

 

 

 激闘を繰り広げるセリス達とは反対側に位置する戦場。

 

 ここもまた激戦区となっていた。

 

 戦場に降り注ぐは強力無比の砲撃。

 

 撃ち放っているのはミーティアを装着したリアン・ロフトの駆るコンビクト。

 

 「落ちろ!!」

 

 ビームとミサイルの暴風が容赦なくテタルトス部隊に襲いかかる。

 

 そんな危険な嵐の中を駆け抜けている機体があった。

 

 新装備『アルスヴィズ』を背負ったスウェアである。

 

 「リアン、貴方は!」

 

 「黙れ、裏切り者がァァァァ!!」

 

 逃げ回るスウェアに対し、大口径ビーム砲が襲いかかる。

 

 射撃は実に正確で避けようとするニーナの動きを先読みしてくる。

 

 強力な砲撃が機体を掠め、装甲を溶かしてゆく。

 

 「くっ!」

 

 それでもニーナが避け続けられたのは戦闘経験とリアンの技量や戦いの癖を知っていたからに他ならない。

 

 「何時までもちょろちょろと逃げ回れると思うな! サトー、さっさと押えろ!!」

 

 何度目かの砲撃を回避したスウェアの背後から完全武装のヅダが襲いかかる。

 

 「小娘が! 誰に命令している!!」

 

 背負うポッドから発射されるミサイル、同時に雨の様に降り注ぐ多連砲撃。

 

 ミーティアからの攻撃と合わせて逃げ場がない。

 

 それでもニーナは冷静な表情を崩さない。

 

 「撃ち落とす!」

 

 スウェアはあえてミサイルの中へと突撃すると腕部のビームガトリング砲で進路を確保するように連射した。

 

 逃げ場がないなら作ればよい。

 

 ビーム砲は直撃すればそれで終わりだが、ミサイルは実体弾である。

 

 受けても多少の衝撃はあるが、ダメージはPS装甲で防ぐ事が可能。

 

 ならばビーム砲だけに注意しておけば、退路を作るのはさほど難しい事ではない。

 

 「そろそろ時間ね」

 

 すでにジェネシスαは月から視認できる位置に達している。

 

 時間的に予定ではそろそろの筈―――

 

 「来た!」

 

 二機を牽制しながら、ニーナが視線を向けた先―――そこには急速で戦域まで接近してくる物体が見える。

 

 ピンク色の船体を持つ高速艦『エターナル』

 

 ブリッジで急加速に耐えながら、艦長席に座るバルトフェルド中佐が声を張り上げた。

 

 「良し、作戦開始! 連中に前の借りを返すぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 速度を緩める事無く、エターナルは『ジェネシスα』に向けて加速していった。




機体紹介、更新しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 狂気を砕く一撃

 

 

 

 

 

 

 戦場を突っ切るピンク色の閃光。

 

 凄まじい加速を持って戦場に乱入してきたエターナルの姿に全員が一瞬とはいえ虚を突かれる形となった。

 

 「何をやっている!! 全機迎撃せよ!!」

 

 「「り、了解!」」

 

 一足早く正気を取り戻した指揮官機からの怒声によって他の機体もエターナル迎撃に動き出した。

 

 しかし些か遅すぎる。

 

 エターナルは前大戦時に開発された戦艦の中でも上位に位置する高速艦だ。

 

 一度、タイミングを逃したザラ派のモビルスーツに為す術は無い。

 

 「簡単に抜かれやがって! これ以上進ませるな!!」

 

 前に出ていた連中の不甲斐無さに歯噛みしながらジンに乗ったパイロットがミサイルを発射する。

 

 続くように撃ち込まれる砲弾。

 

 進路を塞ぐように繰り返される攻撃をCIWSで迎撃しながら、バルトフェルドは思わず舌打ちする。

 

 「チッ、このまま通してくれるほど甘くはないか。迎撃部隊の奮戦のおかげで、想定していた数よりずっと少ないのは助かるけどね。ダコスタ、目標ポイントまで持たせろ!!」

 

 「はい!」

 

 絶え間なく降り注ぐミサイルを突破しながら、エターナルは追撃してくる敵を置き去りにして突き進む。

 

 そこでスウェアを引き離し、回り込んだコンビクトが立ちふさがった。

 

 「行かせない!」

 

 砲撃の発射口が解放され、ビーム砲の砲口が光を帯びる。

 

 「……ミーティア装備の機体まであるとはね」

 

 バルトフェルドは顔を顰めながら、拳を握った。

 

 ミーティアは火力もそうだが、スピードも速い。

 

 仮に上手くやり過ごして突破できたとしても、追撃される可能性が高い。

 

 「これも想定済みではあるがな。アレックス!!」

 

 バルトフェルドの声に合わせエターナルのハッチが解放されると真紅の機体が飛び出す。

 

 「邪魔はさせない!」

 

 アレックスは一息の内に距離を詰めるとミーティア装備のコンビクトに蹴りを入れた。

 

 「ぐああ! くっ、テタルトスの新型か!?」

 

 呻くリアンの眼前にいたのはアレックスの機体『ガーネット』である。

 

 専用装備『エクィテスコンバット』を背負い、ビームライフルをコンビクトへ向け睨みをきかせる。

 

 「ミーティアは落とさせてもらう!」

 

 「おのれ!」

 

 立ち塞がるガーネットを退けようとビーム砲を発射するが、ガーネットは予想以上の機動性で回避して見せた。

 

 そしてミーティアの推進器を狙ってビームライフルを撃ち込む。

 

 「ッ!?」

 

 どうにか回避運動を取るリアンだが、連射されるビームによってミーティアの装甲は削られ、推進器も傷つけられてしまう。

 

 「調子に乗るな!」

 

 機体を沈めるようにライフルの射線から逃れると、勢いよくウェポンアームのビームソードを横薙ぎに振り払う。

 

 「甘い!」

 

 アレックスは慌てる事なく剣を引き抜くとビームソードに向けて叩きつけた。

 

 実剣と光刃が激突し、凄まじい火花が散る。

 

 「受け止めた!? くっ、マント付きが使用していた実体剣と同様の装備か!」

 

 リアンは敵がミーティアの強力なビームソードを受け止めた事に驚愕すると同時に相手の武装の特性を理解する。

 

 ガーネットが握る実体剣『オートクレール』

 

 アスト・サガミが搭乗していたイノセントガンダムが使用していた武装『ナーゲルリング』と同じくビームコーティングを施した実剣である。

 

 「試作型とはいえ、十分な性能だな」

 

 鍔競り合う剣撃の光。

 

 アレックスは実体剣の性能に満足しながら力任せにコンビクトを弾き飛ばし前方に加速する。

 

 そして同時に放出したビームウイングで左のウェポンアームを斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、調子に乗るなァァ!!」

 

 「そんなものが通用するものか!」

 

 一斉発射されたミサイルをイーゲルシュテルンで叩き落とし、逆にビームブーメランでミーティアの装甲を削り取る。

 

 だが、それでもリアンは全く怯む事は無く、道を塞いだままだ。

 

 「行かせはしない! 私は『あの人』の為に貴様ら全員を殲滅する!!」

 

 ウェポンアームを失った左手で連装ビーム砲を握り、咆哮しながら発射する。

 

 「どけと言っても聞きはしないか。なら俺も全力でやらせてもらうぞ!」

 

 「落ちろ!!」

 

 アレックスは敵を睨みつけ、ビームの光線を避けながら速度を上げて激突する。

 

 「くっ、接近戦では不利か!」

 

 激昂しながらもミーティアの特性を正しく把握しているリアンは状況の不利を悟ると、戦法を切り替えた。

 

 機体のスラスターで逆噴射させ、ガーネットを引き離しながら砲撃を叩き込んだ。

 

 「流石の火力だな! だが、その特性は良く知っている!!」

 

 前大戦時ミーティアを使っていたアレックスはその驚異を正確に把握していた。

 

 だからこそ接近戦以外に取るべき選択はなかった。

 

 視界を覆い尽くすほどの砲閃を複雑な軌道で潜り抜け三連ビーム砲でミサイルを吹き飛ばしながら、距離を詰める。

 

 「はあああ!!」

 

 ビームサーベルを裂帛の気合と共に相手の懐に飛び込み、袈裟懸けに剣撃を打ち込んだ。

 

 鋭い斬撃を前にリアンは連装ビーム砲を捨て、シールドでサーベルを防ぎ閃光が飛び散った。

 

 「ぐぅぅ、貴様!」

 

 「……エターナルは」

 

 光を迸らせながら、アレックスは横目でピンクの戦艦を確認する。

 

 ミサイルと主砲を持って、邪魔するモビルスーツを迎撃している。

 

 いくら敵の数が少ないとはいえ、ジェネシスに近づけば近づくほど守りが厚くなっていた。

 

 その為に火力に劣るエターナルは防衛網を突破できないでいるらしい。

 

 「簡単にはいかないか」

 

 力任せにサーベルを振り抜き、敵を弾き飛ばす。

 

 コンビクトをエターナルから引き離すために再び攻勢に出ようとした時、敵の動きを阻害する一条のビームが駆け抜けた。

 

 「何!?」

 

 振り向くと戦闘機のシルエットを持つ機体が急速に近づいてくる。

 

 「アレは同盟の―――ターニングガンダムか!」

 

 飛行形態に変形したターニングガンダムがブースターユニットを装着し、戦域に侵入してきたのだ。

 

 突っ込んできたのはターニングだけはない。

 

 同じくブースターを装備したムラサメも後方から追随している。

 

 戦場に駆けつけてきたのは調査隊の増援に向ったイザナギ所属のモビルスーツ部隊である。

 

 離脱する『ジェネシスα』をイザナギは全速で追撃に入った。

 

 だが普通に追撃していては間に合わないと判断したセーファスはモビルスーツ部隊だけでもとブースターユニットを装備させ、先行させたのだ。

 

 「間に合った!」

 

 フレイは急加速によるGに耐えながら、タイミングを見計らってブースターを切り離す。

 

 そしてビームライフルで分離させたブースターを破壊して正面にいるモビルスーツを吹き飛ばすとコンビクトに対艦ミサイルを撃ち込んだ。

 

 「また増援!? だが、そんなものでやられると思うな!」

 

 リアンは降り注ぐミサイルをビーム砲で薙ぎ払う。

 

 しかし、それはフレイの狙い通りだった。

 

 破壊されたミサイルから発生したスモークがリアンの視界を遮る。

 

 「スモークだと!?」

 

 「ここ!」

 

 相手がターニングを見失った隙にグレネードランチャーを発射するとミーティアの側面部を吹き飛ばした。

 

 「ぐっ、お前も邪魔するかァァ!」

 

 連射されるビーム砲を飛行形態に変形して回避するとフレイは通信機に向けて叫んだ。

 

 「こちらはイザナギ所属ターニングです! ここは私達に任せて行ってください!」

 

 「君達は―――いや、分かった、ここを頼む!!」

 

 一瞬躊躇うが最優先すべきはエターナルを目標ポイントまで辿り着かせることだ。

 

 アレックスはせめてもの援護として盾と背中の三連ビーム砲を同時に発射し、ターニング目掛けて降り注ぐミサイルを破壊する。

 

 そして反転するとエターナルの方へ急行した。

 

 「ムラサメ隊、エターナルを援護しなさい!」

 

 「「了解!!」」

 

 ターニングと共に戦場へ駆けつけたムラサメもガーネットに続く形でエターナルの援護に向かう。

 

 「逃がすと思うか!」

 

 「リアン、貴方を行かせる訳にはいかない!」

 

 「何!?」

 

 ガーネットを追おうとしたコンビクトに銃弾の雨が降り注ぐ。

 

 そこにはヅダを振り切ったスウェアがガトリング砲を構えていた。

 

 「裏切り者め!! サトーは何をやっている!!」

 

 攻撃を仕掛けてくるスウェアの背後から幾つか武装や装甲を剥がされたヅダが追いついてきた。

 

 「情けない。それでも歴戦の勇士か!」

 

 全く何と言う体たらくだろう。

 

 普段から偉そうに語っている癖に肝心な時に役に立たない。

 

 普段のナチュラルに対する憎しみはどこにいったのだ。

 

 そんな呆れたリアンの言葉が聞こえたのか、サトーの怒鳴り声が響いてくる。

 

 「黙れ、小娘が! 貴様こそさっさと奴らを仕留めてみせろ! その為のミーティアだろう!!」

 

 ヅダはミーティアの本領が発揮できるように二機のガンダムを引き離そうと多連装ビーム砲を発射する。

 

 数多のビームを回避する為、二方向へ別れたスウェアとターニング。

 

 だがそこはミーティアの最も得意とする距離。

 

 ミサイルで二機を釘付けにしながら、お膳立ては整ったとばかりにサトーは鼻を鳴らした。

 

 「ふん、さっさとやれ!」

 

 「言われるまでもない!」

 

 自分の相手はマント付きであって、ニーナなどは所詮ついでである。

 

 何時までも時間を掛けるつもりはなかった。

 

 ターゲットをロックし、トリガーを引くと残った武装から火を噴き、スウェアとターニング目掛けて襲いかかる。

 

 「フレイさん!」

 

 「了解!」

 

 前に出たニーナが両腕のガトリング砲でミサイルを迎撃すると爆煙に紛れ、ターニングがビームライフルで狙撃する。

 

 「チッ!」

 

 敵が左右に分かれた瞬間、ニーナとフレイが動く。

 

 「ニーナ!!」

 

 「はい!」

 

 二人が狙うのはサトーのヅダだ。

 

 武装を幾つか破壊されているとはいえ、未だ高い機動性を保持しているヅダの方を先に潰した方が邪魔が入らなくて良いと判断したのだ。

 

 「まずは貴方から潰させてもらう!!」

 

 「舐めるなァァァ!!」

 

 スウェアのビームサーベルとヅダのビームクロウがぶつかり合う。

 

 「先ほどの借りを返させてもらうぞ!」

 

 「悪いけれど、貴方と長々戦う気は毛頭ないのよ!!」

 

 ニーナはタイミングを見計らって即座に刃を引くと背中の斬艦刀リジルをヅダの装甲に突き刺した。

 

 「ぐっ!」

 

 「押し込む!」

 

 深く突き刺さった斬艦刀から手を離し、蹴りを入れてビーム砲とガトリング砲を同時に叩き込む。

 

 砲撃を肩部のシールドで防御しながら、サトーは思わず歯噛みした。

 

 「こうも簡単に追い込まれるとは!」

 

 「畳みかける!」

 

 絶え間なく撃ち込まれる銃弾をシールドで防ぐヅダに対し、回り込んだターニングのグレネードランチャーが炸裂した。

 

 「ぐああああ!!」

 

 ガトリング砲を防御していたサトーにグレネードランチャーを避ける術は無く、至近距離からの爆発によって撃墜されてしまった。

 

 胴体が無事だったのは直前で機体を後ろへ退かせた彼の技量とシールドの堅牢さ故だ。

 

 「サトー!? 役立たずめ!!」

 

 爆煙から飛び出したリアンは落とされたサトーを見て歯噛みすると、二機に攻撃を仕掛けるべく突撃する。

 

 しかし、そこにもすでに罠が張られていた。

 

 ターニングにウェポンアームを構えた瞬間、機体側面部が突如として爆発する。

 

 「ぐっ、これは、機雷群!? 誘われた!?」

 

 「今さら遅い!」

 

 フレイの構えたアグニ改からビームが発射され機雷を巻き込んで誘爆、ミーティア諸共巻き込んでいった。

 

 二機のモニターを焼けつくかのような眩い閃光が占める。

 

 「これで倒せていれば」そんな考えが二人の脳裏に過る。

 

 しかし―――

 

 「そう上手くはいかないか」

 

 閃光が消え、おびただしい残骸が散乱する中でコンビクトが不気味なほど静かに佇んでいる。

 

 リアンは爆発の衝撃によって体中から感じる痛みを歯を食いしばってやり過ごしながら、怒りで震えていた。

 

 「……貴様らァァァァ!」

 

 尽く邪魔した上に、ミーティアまで破壊するとは。

 

 渦巻く怒りが膨れ上がり、制御できない奔流のように溢れだす。

 

 「よくも、よくもやってくれたなァァァ!!」

 

 凄惨な目で敵を睨みつけ、怒号と共に再び悪魔の力が顕現する。

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 全身を駆け廻り、漲る力。

 

 それを味わい歓喜しながらリアンは敵に向かって加速する。

 

 だが、それは後戻りできない破滅の道であるという事など―――彼女は想像すらしていなかった。

 

 「はあああああ!!」

 

 「な!?」

 

 ニーナはどんな状況であろうとも冷静である事を心掛けている。

 

 特に戦闘中に冷静さを失う事は死に直結しかねない。

 

 生き延びる為の重要な要素の一つであるとニーナは考えている。

 

 しかし目の前の光景には絶句せざる得なかった。

 

 ターニングとスウェア。

 

 二機が繰り出した攻撃をコンビクトは今までに無かった反応で避けて見せさらに反撃してきたのである。

 

 ビームランチャーがスウェアの足を消し飛ばし、ライフルの一射がターニングの肩部を貫通する。

 

 「なっ!?」

 

 「この反応は!?」

 

 鮮やかさすら感じ取れる動きに、ニーナはある可能性に思い至った。

 

 「まさか……セリスと同じ?」

 

 それは限りなく正解に近い答え。

 

 リアンがセリスと同じ様に目覚めたのか、何か仕掛けがあるのかは分からない。

 

 一つだけ分かっているのは目の前にいる敵は先程までとは脅威度が違う。

 

 死を振りまく悪魔そのものだという事だ。

 

 「だとしても……いや、だからこそ貴方はここで倒す! セリスの元へは行かせない!」

 

 「死ねェェェェ!!」

 

 バーニアを噴射しながら、殺意の籠ったビームサーベルを袈裟懸けに振り抜く。

 

 「くっ」

 

 鋭い一撃にスウェアの装甲に傷がつくが構わず至近距離からビームライフルを発射する。

 

 しかし閃光は掠める事すらできず、逆に蹴りを入れられてしまう。

 

 「ぐぅぅぅ、速い!」

 

 事前にシールドを掲げていたからこそ、致命的な隙にはならなかったが予想以上に反応が速い。

 

 詰めを誤ればそこで決着がついてしまう。

 

 「ニーナ!」

 

 すかさずフレイの援護が入り、コンビクトを狙い撃ちにする。

 

 同時にニーナも右腕のガトリング砲を構えて撃ち出した。

 

 左右から挟み込む形での挟撃。

 

 「無駄ァァ!」

 

 それすらも通用する事無くコンビクトは容易く捌き、無傷で切り抜けて見せた。

 

 同時に投げつけられた刃がターニングのライフルを捉え、蹴り上げた脚閃が煌く。

 

 スウェアのガトリング砲の砲口が右手首ごと斬り裂かれ宙を舞っていた。

 

 「この力の前にはお前得意の小細工も無意味!! 私の目の前から消えろ、ニーナ・カリエール!!」

 

 リアンは追い込まれたスウェアに止めを刺すべく、光刃を振り上げる。

 

 だが、それもニーナの予測の範疇内だった。

 

 「悪いけど、そう簡単にやられる訳にはいかないわ」

 

 刃が届く前にトリガーを引くと、イーゲルシュテルンが発射される。

 

 狙いは自分の切り裂かれた手。

 

 ただの残骸となった掌部に弾丸が撃ち込まれ、小規模ながらも爆発を引き起こす。

 

 その爆発がコンビクトの振るう刃の軌跡を僅かに逸らした。

 

 「な!?」

 

 それは次の手を打つには十分すぎる間だった。

 

 ニーナはシールドにわざと刃を突き刺させて押し込み、突き飛ばす。

 

 その隙に残った左手でアーマーシュナイダーを引き抜くと、コンビクトに叩きつけた。

 

 「ニーナ、貴様ァァァ!!」

 

 コンビクトの右肩に突き刺さるナイフから激しい火花が散り、モニター越しに二人の顔を照らす。

 

 「リアン、貴方の反応は確かに速い。でも、それだけなのよ!」

 

 I.S.システムを起動させた事でリアンの反応速度は通常時とは比べものにならない程に向上した。

 

 しかし、それでも戦っている相手が変わった訳ではない。

 

 これが初見の相手―――

 

 いや、戦い方や性格など全く知らない人物が相手の戦いであれば、こうも容易くはいかなかった。

 

 だが戦い方や癖、動き、すべてがニーナの知るリアンと同じ。

 

 だから―――

 

 「フレイ!」

 

 「はあああ!!」

 

 決着をつけるべく背後から迫ったターニングは損傷によって動きに鈍い腕にサーベルを握り、躊躇う事無く上段からコンビクトへと振り抜いた。

 

 

 

 

 敵味方が入り乱れ鎬を削る中、並の者では知覚できない速度で三機のモビルスーツが戦場を駆け抜けていた。

 

 アイテルガンダムヴァルキューレとシグリード、ベテルギウスの三機である。

 

 「ちょろちょろ逃げんなよ!」

 

 セリスはフットペダルを踏む込みビームランチャーの一撃を正面に加速する事で回避する。

 

 あの武装は非常に強力だ。

 

 幾らビームを遮断できる防御マントだろうと直撃すれば致命傷になってしまう。

 

 肩のフィールド発生装置を多用出来ない以上、回避は必須。

 

 だが―――

 

 「悪いがそちらは通行止めだ」

 

 「くっ!」

 

 セリスの動きを先読みしていたシグリードの高出力ビームライフルによって阻まれてしまう。

 

 「また私の動きを読まれた!?」

 

 セリスは機体を必死に動かしながら、湧きあがる疑問と共にシグリードの方へ視線を向ける。

 

 まるでセリスの動きや挙動の癖を知っているかのように的確に狙ってくるのだ。

 

 「貴方は一体?」

 

 「何処見てるんだよ!!」

 

 「ッ!?」

 

 上方から迫るベテルギウス。

 

 ビームカッターによる連撃をシールドで捌き、セリスは防御マントを投げ捨てるとベテルギウスの視界を塞いだ。

 

 「目くらましのつもりか!」

 

 背中から伸びるマニュピレーターから伸びるビームサーベルで邪魔なマントを斬り捨てる。

 

 相手を斬り裂かんとサーベルを振り抜こうとしたアルドであったが、視界を塞がれた一瞬の隙に懐に飛び込まれてしまった。

 

 「何!?」

 

 「そのマニュピレータ―は邪魔!」

 

 セリスはベテルギウスを体当たりで突き飛ばしビームライフルを発射する。

 

 その一射が二本のマニュピレーターを破壊、背中の片翼を吹き飛ばした。

 

 「チッ、調子に乗るな!」

 

 レール砲を至近距離で炸裂させ、アイテルを引き離し中型多連装ビーム砲を発射する。

 

 「不味い!?」

 

 無数に群がるビームの閃光。

 

 体勢を崩された今の状態ではかわしきれない。

 

 セリスは即座に肩のビームフィールドを展開を決断する。

 

 展開された防御フィールドが立て続けに放たれたビームの脅威を弾き飛ばす。

 

 「厄介だな、その装備は。今の内に破壊させてもらう」

 

 いつの間にか回り込んだシグリードからチャクラムが放たれる。

 

 「後ろ!? そう何度も!」

 

 振り向き様に機関砲で迎撃するが、複雑な軌道故に捉えられない。

 

 シールドを掲げ防御態勢を作り、上方へと受け流した。

 

 「そう来ると思っていた!」

 

 完全に注意を逸らしたアイテルの向けカースは残っていたもう一方のチャクラムを投げつける。

 

 「もう一つ!?」

 

 避け切れない!?

 

 高速で迫りくる円刃を前にセリスのSEEDが弾けた。

 

 神懸かり的な反応で機体を寝かせ、再びシールドで弾き飛ばす。

 

 だが、刃を完全に避け切る事が出来ず肩部を抉り、左のフィールド発生装置を傷つけられてしまった。

 

 「これでその厄介な防御フィールドは張れまい!」

 

 確かにその通りだった。

 

 アイテルの肩に装備されたフィールド発生装置は強力な防御力を持った装備だ。

 

 しかし装置はその大きさ故に狙われやすく、試作型だからこそ僅かな傷であろうともシステムダウンする危険性を併せ持つ脆さ持っていた。

 

 セリスはコックピットに響くアラートに舌打ちしながら、ビームライフルの銃口をチャクラムに向けた。

 

 「そこ!!」

 

 研ぎ澄まされた感覚は正確にチャクラムの位置を捉え、放たれたビームが円刃を撃墜する。

 

 「流石にやる! ん?」

 

 カースはコンソールに設置してあった端末が反応し、次々に映し出されるデータを見るとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「そうか。リアン、最後のカードを切ったか」

 

 彼女が追い込まれたのか、自分の意思で発動させたのかは知らない。

 

 だが、これだけは確定している。

 

 彼女はもう二度と這いあがれない場所へと足を踏み入れたのだ。

 

 「ならば存分に踊ると良い。君のラストステージだ。思い残すことのないようにな」

 

 その言葉には悲しみもまければ、憐れみも、憤りも、何もない。

 

 カースは淡々とそのデータを指定の場所へ送信すると、再び戦闘に集中し始める。

 

 自ら死に向かう選択をした哀れな少女の事など忘却したと言わんばかりに。

 

 

 

 

 『ジェネシスα』を挟む左右の戦場での激闘を尻目に戦いは最終局面を迎える。

 

 ピンク色の閃光『エターナル』がついに戦線を突破し、『ジェネシスα』の横っ面に躍り出たのである。

 

 「何をしているか! 撃ち落とせ!」

 

 パトリックの怒声も虚しくつき従うムラサメ隊やガーネットによって防衛隊は撃破されてゆく。

 

 「良し! 準備は良いな、セレネ!」

 

 「はい!」

 

 射程距離へと接近したエターナルのハッチが解放されるとセレネのフローレスダガーが顔を出す。

 

 「接続部分問題なし、『バーストコンバット』正常稼働、全システムオールグリーン!」

 

 フローレスダガーの背中に設置された新型装備『バーストコンバット』の主武装であるビームランチャーが前にせり出された。

 

 この『バーストコンバット』はランチャーストライカーを改良した砲撃戦用の兵装である。

 

 ビームランチャーの他にもグレネード・ランチャーやミサイルポットも搭載している火力の高い装備だ。

 

 しかし現在セレネの装備しているバーストコンバットにはもう一つ砲身がついていた。

 

 これこそが今回の作戦の要とも言えるものだった。

 

 「さてと、僕らも散々やられたからね。ここらで今までの事を清算させてもらう!」

 

 「了解!!」

 

 セレネは他の敵はすべて無視し、ターゲットだけを注視する。

 

 思った以上に緊張する事無くできている自分に驚きながら深呼吸。

 

 そしてスコープの中のターゲットをロックするとトリガーを引いた。

 

 ビームランチャーから発射された閃光とミサイルが邪魔な障害物を破壊しジェネシスαに突き刺さる。

 

 だが、それは大したダメージを与える事無く装甲表面にて無効化されてしまう。

 

 それでも懲りずに攻撃を加えるフローレスダガーの姿を見ていたパトリックは侮蔑の言葉を吐き捨てた。

 

 「ふん、愚か者どもが! 何かと思えばくだらん! そんなものが通用する筈がないだろうが!!」

 

 『ジェネシスα』が如何に急造で組み立てたものだとはいえ、モビルスーツの砲撃如きで落とされるほど柔ではない。

 

 では奴らは何故あんな攻撃を繰り返すのか?

 

 湧き上がってきた疑問に眉を顰める中、突如オペレーターから悲鳴の様な声が上がる。

 

 「閣下、『ジェネシスα』が展開していた相転移装甲がダウンしました!」

 

 「何だと!?」

 

 「それだけではありません! こちらからのアクセスを一切受け付けません!!」

 

 そこでパトリックはようやくエターナルの目的に気がついた。

 

 「まさか、ヅダのウイルスか!? 最初の攻撃は囮、奴らの本当の目的は『ジェネシスα』にウイルスを撃ち込む事か!」

 

 フローレスダガーが行った最初の砲撃はウイルスを仕込ませた本命を打ち込む為の布石だった。

 

 迎撃されないように、敵の油断を煽る為にわざと最初の砲撃を装甲によって無効化させたのである。

 

 「おのれェェ!!」

 

 「閣下、正面に熱源多数! 戦艦クラスと思われます!」

 

 正面にて待機するのは多数の戦艦。

 

 中央に陣取るプレイアデス級は陽電子砲を構え獲物が来るのを今か今かと待ち構えていた。

 

 射線上に位置するそこは、敵も味方も発射される事を考え誰も近寄らない個所になっていた。

 

 だが発射される事がないと確約されたならば致命的な急所となる。

 

 「くっ!」

 

 パトリックが声を上げる間も無くプレイアデス級の砲口に光が集まり、一斉に宇宙を駆ける閃光となって発射された。




多分、後2話か、3話くらいで終わると思います。多分ですけどね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 刃と刃

 

 

 

 

 

 エターナルによる奇襲攻撃が成功する数分前。

 

 コンビクトと激突していたスウェア、ターニングの戦いは最後の瞬間を迎えようとしていた。

 

 コンビクトの右肩部にはスウェアの繰り出したアーマーシュナイダーが突き刺さり、左腕はシールドによって弾かれている。

 

 それでも今のリアンは何を仕出かすか分かったものではない。

 

 だからこそ念には念を入れ反撃してくる可能性を封じる為にニーナはさらなる一手を打った。

 

 「ここ!!」

 

 背中のワイヤーアンカーを弾き飛ばされた左腕を狙って射出すると先端のビーム刃がコンビクトの腕を突き破り完全に破壊した。

 

 これでコンビクトはシールドを構えることすらできない、丸裸同然である。

 

 「フレイ!!」

 

 この状態ではもはや背後から迫るターニングの斬撃を防ぐ事など不可能。

 

 「はああああ!!」

 

 故にターニングの振るった一撃には微塵の迷いも、躊躇いもなかった。

 

 だからこそ次の瞬間、二人は驚愕したのだ。

 

 「「なっ!?」」

 

 両腕を奪われ追い詰められた筈のコンビクトはスラスターを使って宙返りすると刃が届く寸前で回避して見せたのである。

 

 「調子に乗るなァァァァァ!!」

 

 リアンは頭が割れるのではと錯覚しそうになるほどの鈍痛に顔を歪めながら、怒声を響かせる。

 

 まただ。

 

 またこの激しい頭痛が邪魔をする。

 

 だが、こんな所で膝を折る訳にはいかない。

 

 本当に殺したい相手は別の場所にいるのだから。

 

 「はああああ!!」

 

 I.S.システムの力をフルに発揮し、通常ではあり得ない動きで両足のビームサーベルを振るう。

 

 放たれた斬撃は完全に二機の虚を突き、避ける暇を与えない。

 

 閃光が走ると同時にスウェアのワイヤーごとアーマーが抉られ、ターニングの腕が飛ぶ。

 

 「ぐっ!」

 

 「お前たちはここでェェェ!!」

 

 「これだけ損傷していながら!」

 

 損傷個所に至近距離からイーゲルシュテルンを叩き込むが、コンビクトは一向に動きを止める様子はない。

 

 それどころか驚く事に残ったスラスターを存分に使い、最低限の動きで致命傷だけは避けている。

 

 一体どこにこんな力が残っているというのか。

 

 「死ねェェェ!!」

 

 損傷にも全く意を返さない相手の異様とも言える執念を感じ取り、二人は戦慄しながらも前に出る。

 

 「まだよ、ニーナ!」

 

 「了解!」

 

 残った左腕のグレネードランチャーが発射され、ニーナがイーゲルシュテルンで即座に撃ち落とす。

 

 発生した爆煙が三機を包み込んだ。

 

 「また目くらまし!? そう何度も同じ手が通じるものか!!」

 

 どんな損傷を受けていたとしても関係ない。

 

 今の自分であれば僅かな敵の動きであろうとも掴む事が出来る筈。

 

 リアンは激しい激痛すら無理やり抑え込み、操縦桿を強く握りしめた。

 

 感覚を刃のように研ぎ澄ませ、周囲に意識を向けると視線を鋭く左右に滑らせる。

 

 そして―――予想通りにソレはきた。

 

 視界を塞ぐ爆煙が散り、何かがこちらに突っ込んでくる。

 

 「懲りもせずに接近戦か!」

 

 コンビクトの損傷も大したものであるが、敵もまた同じ様に限界に近い状態。

 

 であるならば射撃武装の大半を失っている以上、確実に仕留める為には直接攻撃しかない。

 

 「いつでも来い!」

 

 すべてを叩きつぶす。

 

 そんな意気込みで身構えたリアンだったが、予想に反し視界に飛び込んできたのは、スウェアのワイヤーアンカーだった。

 

 「チッ、撹乱する気か! 小細工を!!」

 

 アンカーを回避する為、飛び退くリアン。

 

 そこからさらに追い打ちをかけるようにコンビクトを狙うイ―ゲルシュテルンの雨が降り注いだ。

 

 「そんなもの!」

 

 受ける気はないとリアンはそのすべてを避け切って見せる。

 

 しかしその瞬間こそがニーナ達の狙いだった。

 

 「ここ!」

 

 「何!?」

 

 煙から投げつけられたターニングのシールドが肩部を掠め、バランスを崩した所に背後から現れたアーマーシュナイダーが首元に突き刺さる。

 

 「今はその反応の良さが貴女最大の弱点なのよ!!」

 

 「ニーナァァァァ!!」

 

 正面から飛び出したニーナは最後の斬艦刀リジルをコンビクトの腹部に叩き込んだ。

 

 両腕を失ったコンビクトは本来戦える状態ではなく、撤退する以外に選択肢がない状態にまで追い詰められていた。

 

 それでもこれだけの戦闘を行った事は驚嘆に値するのだが―――

 

 ともかくニーナはそれを利用した。

 

 射撃兵装を持たず、防御も出来ないならば回避しかない。

 

 コンビクトの驚異的な反応による回避行動を利用し、攻撃を確実に当てられるようにギリギリまで追い詰め、近接射程までを誘導したのである。

 

 斬艦刀が腹部に深く突き刺さり、各所に食い込んだアーマーシュナイダーが火花を散らす。

 

 今度こそ勝敗は決した。

 

 確信した二人だったが―――コンビクトはそれでもまだ止まらない。

 

 「まだ動く!?」

 

 「リアン!?」

 

 「はああああああ!!!」

 

 バーニアユニットを吹かし、速度を上げるとスウェアに体当たりし破壊された戦艦の残骸に叩きつけた。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「私、がァァ、貴様ら、などにィィィ! まけ、るものかァァァ! マント付、き、を、殺すまで―――」

 

 「リ、リアン」

 

 その言動にはかつての面影すらも無い。

 

 セリスへの憎しみが彼女をここまで壊してしまったのだろうか。

 

 「……たとえそうだとしても、これ以上は」

 

 反目していたしてもリアンはかつての仲間。

 

 これ以上、壊れる様が見たくはないと最後のアーマーシュナイダーを抜き胸部へと叩きつけた。

 

 「ニィィナァァァ!!!」

 

 「さようなら、リアン!」

 

 刺さったナイフが致命傷となったのか、コンビクトは色を失い今度こそ動きを止めた。

 

 「……もうし、わけ、ありませ……た、いちょう」

 

 「えっ?」

 

 聞こえたリアンの最後の声。

 

 今、確かに―――

 

 「まさか……」

 

 「ニーナ、無事!?」

 

 「……ええ、大丈夫です」

 

 フレイはボロボロになったスウェアから聞こえるニーナの声にホッと息を吐くと今度は全身に刃が突き刺さったコンビクトの方へ視線を向ける。

 

 恐ろしい敵だった。

 

 正直、ここまでの恐怖を感じた敵は今までいなかった。

 

 この敵から感じ取れたもの。

 

 それは途方も無い憎しみ。

 

 「一歩間違っていれば、私もこうなっていた……ニーナ、急いで離脱しましょう。このままじゃ月の重力に捕まってしまう」

 

 「ええ」

 

 かつての自分と照らし合わせ、一瞬だけ身震いするとフレイは帰還する為スウェアに手を伸ばす。

 

 その時だった。

 

 ビームの一射によってターニングの頭部が吹き飛ばされ、展開された煙幕によって視界が塞がれてしまう。

 

 「メインカメラが!?」

 

 「新手!?」

 

 殆どの武装を失い、満足な戦闘も出来ない状態のニーナは必死にコンソールを操作し機体を動かそうと試みる。

 

 だが―――

 

 「……足掻くか。見苦しい」

 

 突貫して来た新手の敵は即座にスウェアに接近すると横薙ぎに光爪を振るい、装甲を大きく抉る。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「お前には餌になってもらう」

 

 装甲が落ちて動かなくなった敵を掴むとパイロットは未だ煙幕の中にいるだろうターニング方へ一瞬だけ視線を向けた。

 

 「……あの女の機体か」

 

 瞬間、自分の内で凄まじい憎悪が膨れ上がる。

 

 しかしすぐにそれを戒めると、目的の場所へと機体を進ませる。

 

 「ニーナ!」

 

 フレイが煙幕を抜けた時には新手の姿も、傷ついたスウェアの姿もかき消えるように居なくなっていた。

 

 

 

 

 戦場の中心とも言える『ジェネシスα』に撃ち込まれた陽電子砲の砲撃によって生じた衝撃波が周囲に降り注いだ。

 

 待ち構えていたテタルトスの戦艦群から発射された陽電子砲の閃光。

 

 『ジェネシスα』射線上から発射された砲撃を遮る物は無い。

 

 陽電子砲は苦も無く『ジェネシスα』本体を貫通。

 

 爆発の衝撃と共に破片が周囲に飛び散った。

 

 「陽電子砲、『ジェネシスα』に直撃!」

 

 「エターナル、急速離脱! 作戦は成功、各艦は『ジェネシスα』に対する砲撃を継続、各部隊は残存勢力の殲滅に移行、全軍に通達しろ!」

 

 「了解!」

 

 エターナルはエンジンを吹かし、速度を持って戦域から急速に離脱していく。

 

 その姿をダランベールのブリッジで睨みつけるパトリックは怒りに任せて手摺を殴りつけた。

 

 「くっ、姿勢制御! 破片に当たるな!」

 

 「「了解」」

 

 爆発に巻き込まれないよう距離を取りつつ、ジェネシスの様子を観察する。

 

 陽電子砲の直撃を受けた部分は無残に穴が空いており、そこから火の手が上がっていた。

 

 「おのれ、ブランデル!!」

 

 おそらくエドガー達は初めからこれを狙っていたのだろう。

 

 射線上に入らないように左右から挟み込む形で戦線を構築したのも、エターナルが奇襲を行いやすいようにこちらの戦力を分散させる為。

 

 そして本命である艦隊からの陽電子砲を遮らせないようにするのが目的だったのだ。

 

 こうなってしまえばパトリック達に残された手は一つしか無い。

 

 「……『ジェネシスα』本体に取り付けられている推進器を自爆させろ。アクセスを受け付けないなら、攻撃して破壊しろ。そうすれば爆発によって本体が押し出される筈だ」

 

 「それはつまり……」

 

 「そうだ。『ジェネシスα』をこのまま『イクシオン』にぶつけろ」

 

 如何にジェネシスよりも小型な『ジェネシスα』とはいえその質量はかなりのものだ。

 

 ぶつければ間違いなく『イクシオン』は崩壊し、破壊された残骸は月へと落下する事になる。

 

 そうなれば思い描いたものとは違えど、紛争の引き金になる事は間違いない。

 

 これが残された最後の一手。

 

 急げと号令を出す為に声を張り上げようとするが、その判断を下すには些か遅かった。

 

 「ッ!? 敵艦から第二射!!」

 

 「何!?」

 

 パトリックの狙いを見透かしたように正面に艦隊から再び砲撃が迸り、『ジェネシスα』に直撃する。

 

 先程の砲撃とは違い側面部を狙ったその一撃によって『ジェネシスα』は横に弾かれた。

 

 爆発によってパトリックの意図とは明らかに違う方角へと流され始める。

 

 「この流れは―――何処に向かう? 予測を出せ!」

 

 「待って下さい……出ました。このままでは『エンデュミオンクレーター』付近に落下するものと思われます」

 

 「流れを変える事は?」

 

 「無理です。先程の砲撃で幾つかの推進機を破壊されてしまいましたから」

 

 オペレーターの返答にパトリックは苛立ちに任せ、二度目の殴打を手摺に繰り出した。

 

 手立てはなく、どうにもならない。

 

 『ジェネシスα』は月へと落下し、残骸の一つとなって朽ちてゆくだけ。

 

 エドガー・ブランデルに前大戦の雪辱をするどころか、一矢報いる事すらできないとは。

 

 屈辱で掌から血が滲むほど拳を強く握り締めるとそこに通信が入ってきた。

 

 《閣下、ご無事で》

 

 「カースか。これで無事なものか! ここまで連中のいいようにやられておいて!!」

 

 カースは相変わらずパトリックの怒気に怯む様子も見せず、淡々と要件だけを口にする。

 

 《心中お察しいたします。しかし、だからと言ってこの場に留まっても全滅するだけ。閣下は残存兵力を率いて撤退してください》

 

 「くっ」

 

 確かにもはや決着はついたも同然。

 

 留まってもテタルトスの連中の餌食になるのみだ。

 

 ならばこの場は退き、再起の時を待つべきだろう。

 

 「いいだろう。ここは貴様に任せる」

 

 《了解したしました》

 

 通信が切れるとすべての感情を押し殺し、撤退命令を下す。

 

 そして睥睨するかのようにある灰色の大地を睨みつけた。

 

 「……これで勝ったと思うなよ、貴様ら。忌々しいナチュラル共々必ず葬ってやるからな!!」

 

 ダランベールは激戦の混乱に紛れ、味方機の援護を受けながら、徐々に戦域から離れていった。

 

 

 

 

 

 艦隊の砲撃による『ジェネシスα』の破壊はシグリードとベテルギウスを同時に相手にしていたセリスにとっても好機であった。

 

 周囲を襲った衝撃波に気を取られた隙にベテルギウスを蹴りを入れる。

 

 そして残骸となったモビルスーツにアサルトブラスターキャノンを撃ち込んで破壊すると爆風でベテルギウスを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ、くそ、ガンダムゥゥ!!」

 

 「そのまま退場して! 後は貴方さえ倒せば!!」

 

 吹き飛ばされたベテルギウスを見送り、残ったシグリードに向けビームサーベルを袈裟懸けに振り抜く。

 

 だがカースは難なく肩のシールドで受け止めた。

 

 「流石だな。しかし私もこの時の為に準備してきたんでね!!」

 

 サーベルを容易く捌き、至近距離からビームライフルで狙撃してきた。

 

 「強い。それにこいつはやっぱり……」

 

 『SEED』の力で反応が格段に上がっているにも関わらず、最後まで詰めきれない。

 

 やはり黒い機体のパイロットはセリスの戦い方をよく知っている。

 

 「……貴方は一体誰?」

 

 「知ってどうすると言いたい所だが最後だからな。……君にはヤキンで戦ったシグーディバイドのパイロットだと言えば分かるかな?」

 

 「なっ!?」

 

 ヤキン・ドゥーエで戦ったシグーディバイドといえばミーティア・コアを装着した異形のモビルスーツの事に違いない。

 

 あの最後の瞬間、確かにブルートガングで機体を貫いたと思っていた。

 

 しかしどうやら詰めが甘かったようだ。

 

 「自己紹介でもしようか。アシエル・エスクレド、それが私の名さ」

 

 「アシエル……ニーナの元上官」

 

 「かつての部下が世話になっているようだな。それはどうでもいいがね。私の目的はあくまでも君と戦う事だからな」

 

 銃口から発射されるライフルの一撃をかわしながら、こちらも負けじと撃ち返す。

 

 「……復讐ですか?」

 

 今まで戦場で何人もの敵を討ってきた。

 

 その中にはアシエルの部下も大勢いた事だろう。

 

 恨まれていたとしてもおかしくない。

 

 「違うな。あの時も言っただろう、君と戦うこの瞬間こそが私が求めてやまないものだと!!」

 

 その為にカースは与えられた役目の間にすべてを準備してきた。

 

 ヤキン戦の経験やリアンが手に入れたデータから対セリスの訓練を積み続け、舞台を整えた。

 

 すべてはこの瞬間の為にだ。

 

 機体を回転させたカースは一気に懐に飛び込みビームソードで斬り払ってきた。

 

 「貴方はまだそんな事を!」

 

 「これも言った筈だろう、君には最後まで付き合ってもらうとな!!」

 

 「……ならそんな妄執はここで断ち切る!」

 

 「やれるものならばな!!」

 

 ビームソードを受け流し、『ヴァルファズル』を抜き放とうと柄に手を掛ける。

 

 「その武装は厄介だからな、使わせる訳にはいかないな!」

 

 腹部から放たれたヒュドラが大剣を掠め、アイテルの手から弾き飛ばす。

 

 そして再びビームソードで斬り込んできた。

 

 まともにシールドで受けたのでは切り裂かれると判断したセリスは残った右肩のビームフィールドで防御に回る。

 

 阻まれたビームソードがフィールドと干渉しあい、激しい光を迸らせた。

 

 そんな中でカースはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「確かにその装置の防御力は大したものだが、長時間展開できないという致命的な欠点があるようだな」

 

 「ッ!?」

 

 「ここで防御に回ったのは失策だ!!」

 

 展開されたフィールドの限界時間。

 

 出力が弱まるにつれ、力任せに押し込まれる刃を留めきれない。

 

 「はあ!!」

 

 振り抜かれた一撃がフィールドを消し去り、肩部を大きく斬り裂くと刻まれた斬痕と共に爆発が起き、煙が舞い上がる。

 

 「ぐぅ!」

 

 「これで終わりかな!」

 

 「そうはいかない、アサルト!!」

 

 前面にせり出した砲塔から強力なビームが飛び出し、近距離にいたシグリードの肩を捉えて吹き飛ばした。

 

 「ぐああ!!」

 

 奇しくも同じ部位を損傷した二機は睨みあうようにして月面へと落ちてゆく。

 

 そこは今まさに『ジェネシスα』が落下しようとしていた『エンデュミオンクレーター』付近だった。

 

 

 

 

 「くそが! ガンダムめ!!」

 

 引き離されたアルドは落下していくアイテルヴァルキューレとシグリードの姿を睨みながら吐き捨てる。

 

 一瞬、憤りに任せ追おうかとも思ったが周りの状況がブレーキを掛けた。

 

 『ジェネシスα』が落ちた以上、もはや勝敗は決したと見て良いだろう。

 

 残れば『レメゲトン』にいた連中からも挟撃され、テタルトスに囲まれる。

 

 つまりここが離脱できる最後の機会という事になる。

 

 「……チッ、ザラ閣下はとうにお逃げになられているようだし、次の機会を待つ方が無難か」

 

 少なくともここが命を捨てるべき場所とは思えない。

 

 《アルド・レランダー、何をやっているさっさと退くぞ!》

 

 「ああ、言われるまでもないさ」

 

 近くにいたジンからの通信にぶっきらぼうに返すとベテルギウスは離脱しようとしているナスカ級へと方向を変えた。

 

 だが、そこでコックピットに敵機接近の警報が鳴り響く。

 

 「これは」

 

 近くにいたジンは投げつけられたブーメランによって両断され、続けて放たれるライフルの射撃が容赦なくベテルギウスに襲いかかる。

 

 正確無比。

 

 これほどの腕、自分が知っている中でも数人しかいない。

 

 モニターに映し出されたデータを読み取るまでも無くアルドは向ってくる相手。

 

 紅い機体に搭乗しているパイロットを看破した。

 

 「わざわざ来てくれるとはな―――アスラン!!」

 

 「逃がさない、アルド・レランダー!!」

 

 背中のマニュピレータ―から放出したビームサーベルを構えると突撃してくるガーネットを迎え撃った。

 

 オートクレールとビームサーベルが交錯し鍔ぜり合う。

 

 眩い光に照らされながらアルドは狂獣と呼ばれるにふさわしい笑みを浮かべた。

 

 「よう! 俺に落とされにきたのか、アスラン!」

 

 「軽口に付き合う気はない。今日こそお前と決着をつけてやる!!」

 

 「そりゃ結構! 望む所だと言いたいがな、生憎今日はこれ以上、戦う気はないんだよ!!」

 

 こんなお互いに消耗した状態では拍子抜けもいいところ。

 

 殺り合うならば、お互いが存分に戦えるようなもっと別のステージで戦いたいというのはアルドの本音だった。

 

 そんなアルドの本音を見抜いているのか、アレックスは怒りを込めて力任せにベテルギウスを弾き飛ばすと、三連ビーム砲を叩き込んだ。

 

 「そんな貴様の都合など!」

 

 「こっちには関係ないか。でもな、悪いが押し通させてもらうぜ!!」

 

 残弾の無いレール砲を切り離し囮にすると両手の多連装ビーム砲を一斉に連射する。

 

 逃げ場のない網の目の様に張り巡らされたビームによって足止めされたガーネットを尻目にアルドは離脱を図った。

 

 「逃がすか!!」

 

 アレックスはオートクレールを両手に構え、ビームの網を次々と斬り裂いてゆく。

 

 そして離脱を図るベテルギウスを追ってエクィテスコンバットのスラスターを全力で噴射した。

 

 

 

 

 

 月の重力に引かれ、落下してゆく『ジェネシスα』

 

 場所を同じくして刃を交えるアイテルとシグリード。

 

 月面に落ちてゆくのを感じながらセリスは最後の力を振り絞る。

 

 「バッテリー残量も少ない。決着をつけないと!」

 

 表示された残り僅かなバッテリーのメーターを確認すると傷ついてなお、斬りかかってきた敵機を睨みつける。

 

 「ガンダム!!」

 

 袈裟懸けに払われたビームソードがシールドを捉えて斬り裂いた。

 

 「アンカー!!」

 

 使えなくなった盾を投げ捨て、ロケットアンカーを射出する。

 

 背中から飛び出したビーム刃が容赦なくシグリードの右脚部を噛み千切った。

 

 「ぐぁぁ!! まだまだァァァ!!」

 

 カースはあえて機体を前面に押し出しアイテルに向けて体当たりしてビームソードを突き立てる。

 

 それは容易くアイテルの左腕を斬り落とし、アサルトブラスターキャノンまでも破壊した。

 

 「終わりだ、ガンダム!!」

 

 「このォォォォ!!」

 

 セリスは残った右手でサーベルを逆手に抜くとシグリードの右腕を叩き斬り、背中へと突き立てた。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 敵機に膝蹴りを入れて突き放しブルートガングを引き出し、シグリードに向けて叩きつける。

 

 「はああああ!!」

 

 「やられるか!!」

 

 カースもまた左手の刃を勢いよく突き出す。

 

 ―――刃と刃。

 

 ヤキン・ドゥーエの戦いと全く同じ。

 

 そして今回、軍配が上がったのはカースの方だった。

 

 ビームソードの刃はブルートガングの刃を逸らし、アイテルの装甲を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 「今度は私の勝ちだな、ガンダム!!」

 

 勝利を確信するカース。

 

 しかし―――

 

 「いえ、まだ!」

 

 彼女の瞳は未だ光を失わず、力強さに満ちている。

 

 それはこの劣勢にあってなお諦めていないという証明。

 

 セリスは操縦桿のスイッチを押すと、再びヴァルキューレから二つのアンカーが発射された。

 

 「そんなもの、二度も当たらん!」

 

 軌道を読み切っていたのか、シグリードは機体を逸らすのみで回避する。

 

 しかしセリスの狙いはそこではなかった。

 

 アンカーの狙いはシグリードではなく弾き飛ばされた大剣『ヴァルファズル』だった。

 

 「何!?」

 

 引き戻された大剣を手にしたセリスは今度こそ最後の勝負に出る。

 

 「はああああああああ!!!」

 

 「くっ」

 

 虚を突かれたカースは僅かに反応が遅れてしまった。

 

 それでも突き出したビームソードはアイテルの頭部を捉え突き潰す。

 

 だが一瞬だけ速く振るわれた『ヴァルファズル』の刃がシグリードのヒュドラの発射口に深く突き刺さった。

 

 「……相討ちと言いたいところだが、私の負けか」

 

 「……貴方は」

 

 『ヴァルファズル』が抜け、崩れ落ちるようにシグリードは月面へと落下していく。

 

 そして地面に落ちると同時に爆発した。

 

 静かに見届けたセリスは時を同じくしてクレーターへと落ちた『ジェネシスα』の姿を確認する。

 

 どうやらアレックス達の作戦は上手く行ったようだ。

 

 「撤退した敵も気になるけど残った連中は殆ど撃墜したようだし、これで戦いも終わる。一応オーディンに連絡を入れよう」

 

 後方で支援を行っているオーディンに無事である事とこれから帰還する旨を伝え、離脱しようとするとレーダーに反応があった。

 

 「……友軍の反応」

 

 反応があった地点をモニターで拡大するとスウェアが月面に横たわっている姿が飛び込んできた。

 

 「ニーナ!?」

 

 遠目ではあるが目を凝らすまでも無くスウェアであると確信できる。

 

 全身傷だらけになっており、殆ど大破した状態になっていた。

 

 「助けにいかないと!」

 

 何故こんな場所に居るのかは分からない。

 

 しかしアレではパイロットであるニーナも危険だ。

 

 セリスは月面に降り、スウェアが横たわる場所へと急行する。

 

 だが―――そこには思わぬ敵が待ち受けていた。

 

 けたたましく鳴り響く警報。

 

 それに伴い姿を現したのは白い一つ目のモビルスーツ。

 

 細部に違いはあれど、セリスも良く知っている機体だった。

 

 ZGMF-F100 『シグルド』

 

 前大戦で投入されたFシリーズ最初の機体であり、破格の性能を誇る特務隊専用のモビルスーツ。

 

 「……どうしてこんな場所にシグルドが」

 

 ザラ派の残党だろうか。

 

 スウェアの元へ行かせまいと立ちふさがるシグルドを警戒しながら睨みつけ、『ヴァルファズル』を構える。

 

 バッテリー残量は殆どなく、今も警戒音が鳴り響いている状態である。

 

 機体状態を考えても、長期戦は出来ない。

 

 覚悟を決め、前に出ようとしたセリスの耳に敵機から声が聞こえてきた。

 

 「……セリス・ブラッスールだな?」

 

 「ッ!?」

 

 すべてを憎む亡者を連想させる怨嗟の声にセリスに本能的な恐怖と嫌悪。

 

 そして直感的な警告が駆け抜ける。

 

 この敵は危険だ。

 

 速やかに倒してしまうべきであると。

 

 「貴方は誰?」

 

 「……答える気はない。まずは大人しくして貰おうか」

 

 シグルドは左腕のシールドに付属しているビームクロウを展開すると、躊躇い無く振り抜いてきた。

 

 「くっ」

 

 容赦の欠片も無い攻撃にセリスは冷や汗を掻きながら、ブルートガングで光爪を捌き反撃の機会を窺う。

 

 しかしアイテルはシグリードとの決戦で受けたダメージが大きすぎる所為か、上手く動かせない。

 

 そんな事情などお構いなしで、攻撃を仕掛けてくるシグルドの攻勢は激しくなる一方だった。

 

 そしてついにアイテルの足が振り抜かれたビームクロウに捉えられ、いとも簡単に噛み砕かれてしまった。

 

 「ぐっ、強い!?」

 

 敵の技量はエース級よりも上。

 

 まともな状態であったとしても苦戦は免れない強敵だった。

 

 攻めきる事が出来ず、防戦一方のセリスは賭けに出た。

 

 ジリ貧のまま削り殺されるくらいならば、状況打開の可能性がある方を選ぶのみ。

 

 損傷覚悟で『ヴァルファズル』を叩きつけようと構え取る。

 

 間合いを詰めようとしたセリスだったが、予想外の機体が駆けつけてきた。

 

 「下がれ、ブラッスール中尉!」

 

 「まさか、リベルト大尉ですか!?」

 

 上方からシグルドに向けビームライフルによる撃ちこんできたのはリベルトのジンⅡだった。

 

 的確な射撃で敵を誘導すると接近戦を仕掛ける。

 

 抜き放った対艦刀クラレントがビームクロウと鍔迫り合い、何度も火花を散らす。

 

 弾けては互いにビームを撃ち合い、刃を振るう。

 

 だが此処でジンⅡと鎬を削っていた筈のシグルドは、何度目かの激突をもって急に背を向け反転した。

 

 「えっ、逃げた?」

 

 正直、拍子ぬけだった。

 

 もっと執拗にこちらを攻めてくるかと思ったのだが―――

 

 「中尉、大丈夫か?」

 

 「あ、はい。私は大丈夫です。でも、ニーナが……」

 

 ボロボロのスウェアからはニーナの安否は確認できない。

 

 通信機も壊れているのか、呼びかけにも全く返事がない状態だった。

 

 急いでコックピットを確認したいところなのだが、もしもメットに傷でも入っていたらより危険な状態にさせてしまう可能性もある。

 

 「ならば近くに破棄されたテタルトスの監視施設がある。そこに一旦機体を運んでカリエール少尉の安否を確認した方が良い」

 

 「監視施設?」

 

 「ああ。月の裏側を警戒する軍事ステーション『オルクス』の建設が開始されるまでは、巡回の部隊と月の所々に建造された監視施設で月周辺の防衛網を構築、警戒を行っていた。『オルクス』の建造が始まって以降は、破棄された施設も多いのだが、此処よりは安全だろう」

 

 確かにここに留まるよりもオーディンの迎えが来るまではその施設で待機していた方が安全だろう。

 

 敵も完全に退いたとも思えないし、体勢を立て直す意味でも丁度良い。

 

 「分かりました。そこまで案内をお願いします、リベルト大尉」

 

 「了解した」

 

 ジンⅡと共にスウェアを掴み抱えあげると、破棄された監視施設に向けて移動を開始した。

 

 敵を警戒しながら進んでいくと岩場の陰に作られた建造物が見えてくる。

 

 どうやら大した武装も配置されていない小規模な施設のようだ。

 

 「アレだ」

 

 基地内に入り込むとリベルトの指示通りに格納庫らしき建物の中にスウェアを運び入れ機体を着地させる。

 

 格納庫の扉が閉まり、酸素がある事を確認するとセリスは機体から飛び出してスウェアに飛び付いた。

 

 「ニーナ!」

 

 焦りながらコックピットハッチの開閉スイッチを押すと「ギギギ」と引っかかる音を立てながら中途半端に開かれる。

 

 どうやら損傷した所為で、上手くハッチが開かないらしい。

 

 「この!」

 

 無理やり人が入れる隙間までハッチをこじ開けるとパイロットスーツを着たニーナの姿が見えた。

 

 コックピットの中へ入り、無事を確かめる為に耳を寄せるときちんと呼吸している音が聞こえてくる。

 

 「ハァ、生きてる。でも……」

 

 無事だった事に安堵しながら、セリスは体の方に視線を移した。

 

 大きな外傷は見当たらないが、呼吸は浅く顔色も悪い。

 

 意識も戻らないし、見えない部分を負傷している可能性がある。

 

 急いで治療を受けさせないと危険かもしれない。

 

 「ただ待っているよりはもう一度オーディンへ連絡を入れて、迎えを寄こしてもらった方がいいかも」

 

 アイテルの通信機が使えない場合にはリベルトのジンⅡから連絡を入れて貰おうと決めると機体へ戻る為にスウェアから飛び降りる。

 

 

 そして床に足をつけたその瞬間―――

 

 

 乾いた銃声が鳴り響き、背後からセリスを撃ち貫いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 決着、そして

 

 

 

 

 終局へ向かう月の戦場。

 

 勝敗は決し、もはや終局へ向う流れは誰にも止められない。

 

 そんな戦いを尻目に一隻の戦艦が人知れず戦場に足を踏み入れた。

 

 ファントムペインが運用する戦艦『ガーティ・ルー』である。

 

 ガーティ・ルーはミラージュコロイドを展開し、姿を覆い隠しながら誰にも気付かれぬよう月面の岩場の陰に隠れ着陸した。

 

 「大佐、目標ポイントへ到着いたしました」

 

 「……ああ」

 

 ネオは自身の隣に立つ男ヴァールト・ロズベルクに視線を送る。

 

 「到着したようですが?」

 

 「ああ、ご苦労だったね、大佐。後は私の方でやらせてもらう。君達は私が戻るまで、ここでデータ収集を行ってくれ」

 

 「……了解しました」

 

 ヴァールトはいつも通りにこやかな笑みを浮かべたまま、部下数名を連れブリッジを後にする。

 

 「こんな場所に何があるんでしょうか?」

 

 イアンが訝しむのも無理はない。

 

 見る限りこの辺りには無骨な岩場と何もない灰色の大地が広がっている。

 

 あるとすれば破棄されたテタルトスの監視施設らしきものだけだ。

 

 「さあ。だがどうせ碌な事じゃない。一応何があっても良いようにスウェン達を待機させておけ」

 

 「了解」

 

 今回彼らに下された任務は二つ。

 

 一つは今までと変わらず月周辺で起きている大規模戦闘の監視とデータ収集。

 

 これだけならばさほど気にすべき事ではないのだが、問題は二つ目の命令だ。

 

 それがヴァールト・ロズベルクを所定のポイントまで護衛する事だった。

 

 しかも途中は彼の指示に従うようにというオマケ付きで。

 

 そして辿り着いた場所が戦場のど真ん中、しかも周囲には何もないときている。

 

 これでは誰であろうと疑問に思うのは当然だった。

 

 しかしヴァールト・ロズベルクに付きまとう黒い噂を知っているネオは深入りする事無く、淡々と任務をこなす事に集中する。

 

 少なくとも今はまだ疑われる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 格納庫に響く銃声共にセリスの体が崩れ落ち、地面へ倒れ込むと真っ赤な血が泉のように広がった。

 

 コツコツと靴音を響かせながら、倒れ込んだセリスの元へ一人の男が歩み寄った。

 

 「一応聞いておくが殺していないだろうな?」

 

 「……誰に向かって言っている、リベルト・ミエルス」

 

 「貴様ならあり得るから言っているんだ―――シオン・リーヴス」

 

 ジンⅡから降り立ったリベルトはセリスの傍に佇む銃を握る男。

 

 元ザフト特務隊シオン・リーヴスに何の躊躇も無く吐き捨てた。

 

 この男は特務隊に任じられるだけあって優秀ではある。

 

 だが前大戦から過激な手段を用いる事も躊躇わず、部下すら容易く切り捨てるような人物だった。

 

 故に憎むべき同盟に所属しているというだけでターゲットを殺したとしてもおかしくはない。

 

 「……急所は外してある。それよりもこの女をどう運ぶつもりだ?」

 

 「すぐに迎えが来る」

 

 そんな2人のやり取りを見計らっていたかのように、一人の男がこの場に現れた。

 

 殺気だったこの場に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて歩いてくるのは黒髪のサングラスをかけた人物。

 

 「御苦労だったね、二人共」

 

 シオンは訝しげに黒髪の男に視線を向ける。

 

 今、この男はこの姿をしていない筈なのだ。

 

 「……その姿はなんだ?」

 

 「久しぶりに兄弟と顔合わせるから、いつもの格好では失礼かと思ってね。御苦労だった、リベルト。いや、流石だよ」

 

 笑みを浮かべる男の言葉に特に反応する事無く、リベルトはただ嘆息する。

 

 「そんな感傷などない癖にくだらないことをするな」

 

 この男はそんな感傷を口にするような人物ではない。

 

 どうせいけ好かない何らかの思惑でもあるのだろう。

 

 深く突っ込む事無く、セリスの方へ目を向けた。

 

 「それよりもさっさとターゲットを回収したらどうだ? 呑気にしていると同盟がここまで駆けつけてくるぞ」

 

 「フ、そうか。では―――」

 

 男が指を鳴らすと配下と思われる者達が姿を見せ、血を流すセリスを手早く回収し医療カプセルへ押し込んだ。

 

 「……準備のいい事だな」

 

 「あらゆる事態を想定していたと言う事だよ。彼女はこのままガーティ・ルーで予定ポイントまで運び、後は手筈通りだ」

 

 「フン、それで?」

 

 「アシエルの件は仕方がない。地球から戻ったばかりの君には悪いがアシエルに代わって『カース』として任を引き継いでもらいたい」

 

 シオンは男が取り出した不気味な黒い仮面を不機嫌そうに手に取る。

 

 「……今頃になって部下の尻拭いか。しかもそれが元議長殿のお守りとはな。まあいいだろう、だがはっきり言っておく。俺―――いや、私は貴様らの狗になった覚えはない」

 

 「もちろんだシオン、いや、カース。君の目的も分かっている。協力してくれるのと引き換えに君の標的であるマユ・アスカと存分に戦えるよう出来得る限り、配慮する事を約束しよう。リベルト、君は今まで通りテタルトスの情報の提供、主要人物の監視を頼む」

 

 リベルトはただ黙って頷くと倒れ込むスウェアの方を指差した。

 

 「アレはどうする?」

 

 男は黙ってスウェアに近づくとコックピットを覗き込む。

 

 半開きとなったコックピットにはパイロットスーツを着たニーナが気を失ったまま、座り込んでいた。

 

 その姿を観察するようにしばらく佇んでいた男は徐に振り返る。

 

 「……コレはこのままでいい。放置しておいても問題ない。ともかくすべてはこちらの予定通り、サンプルも集まっている。後は準備が整い次第と言ったところか。それまでは互いの役目を果たしてもらう」

 

 男は用は終わったとばかりに皆を率いて、すぐ様その場を後にする。

 

 彼の表情は何を思ってか、静かな笑みを浮かべていた。

 

 誰も居なくなったその場所には傷つき倒れたアイテルとスウェアだけが残される。

 

 

 その後、セリスから最後に通信を受けたポイントまで辿り着いたオーディンの前に広がっていたのは崩れ落ちた監視施設の姿であった。

 

 

 多くの命が最後の時を迎える光は消えさり、徐々に静寂が周囲を支配する。

 

 

 後に『月面紛争』と呼ばれる大規模紛争は数多の犠牲を生みながらも『ジェネシスα』の撃破をもって幕を下した。

 

 

 

 

 『月面紛争』が終結して約二週間。

 

 月における戦いは終結したものの、戦いそのものが無くなった訳ではない。

 

 相変わらず各陣営による散発的な戦闘は続いているし、今回の紛争を教訓とし防衛体制もより強化された。

 

 だが現在最優先事項として行われているのは『月面紛争』を引き起こしたザラ派残党の探索であった。

 

 月に攻め込んできた戦力は殆どを撃破した。

 

 だが殲滅できた訳ではなく、あの混乱の中で戦域より離脱した者がいた事は確認されている。

 

 故にこれ以上余計な騒動を引きこされる前にザラ派すべてを殲滅し事態を収拾させ、国力の安定を図りたいというのがテタルトスの考えだった。

 

 無論、そこには地球、プラント、両陣営が月に介入してくる要因を潰したいという理由もあったが。

 

 何にせよ主要な部隊は交替でここ連日、補給と出撃を繰り返し、ザラ派残党の追跡と探索に追われる日々を送っていた。

 

 それはアレックス率いるクレオストラトスも例外ではない。

 

 彼らもまた今日も今日とて残党狩りに精を出していた。

 

 「レーダーに反応! 情報通りナスカ級と多数モビルスーツを確認しました!」

 

 クレオストラトスと共に移動していた数隻のプレイアデス級も敵を捕捉したのか、警戒態勢に移行し慌ただしく動き始める。

 

 「偵察隊からの連絡は?」

 

 「通信途絶、敵との交戦に入っているようです!」

 

 「機体照合終了。ジン、シグー、それからベテルギウスです!」

 

 クレオストラトスのブリッジに飛び交う報告を聞いたアレックスはようやく見つけた標的に拳を握り締める。

 

 「俺が出ます。他の機体も出撃準備を。クレオストラトスはこのままの進路を維持、ナスカ級を射程圏内に捉え次第、攻撃を開始してください。それからランゲルト少佐達に連絡を」

 

 「了解! 対艦、対モビルスーツ戦闘用意!!」

 

 この場を艦長に任せ、アレックスはブリッジを後にする。

 

 最終決戦の際にアルドのベテルギウスと相対したアレックスだったが、予想外にも他のモビルスーツの妨害に遭った為に離脱を許してしまった。

 

 アルドの性格から考えて、仲間が身を呈して助けられる程の人望があったとは思えない。

 

 これ以上の戦力低下を避けたかったのか、他に理由があったのか。

 

 何であれ―――

 

 「もう逃がしはしない、アルド・レランダー」

 

 格納庫から外に飛び出したガーネットは途中攻撃してくる敵機をライフルで容易く一蹴すると一直線に目標の方へ加速する。

 

 見えてきた敵機の姿はお世辞にもまともとは言えないボロボロの状態だ。

 

 修復する余裕もないのかベテルギウスの片翼は損傷し、武装も消耗したままである。

 

 つまりはここが好機だった。

 

 「ここで仕留める!」

 

 「たく、しつこいんだよ、アスラン!!」

 

 ベテルギウスは串刺しにしていたフローレスダガーを投げ捨て、光刃を振りかぶってきた。

 

 斬撃を見切ったアレックスはオートクレールで捌くとすかさず背中の三連ビーム砲を叩き込む。

 

 「チッ」

 

 アルドは舌打ちしながら左右から叩き込まれた合計6本のビームをやり過ごした。

 

 「鬱陶しいんだよ!!」

 

 だが次の瞬間、振り抜かれたビームサーベルが眼前に出現した。

 

 「ッ!?」

 

 ギリギリのタイミングでアルドは機体を左に流し事なきを得る。

 

 だがその姿にアレックスは出撃前から考えが間違っていない事を確信した。

 

 「やはりな。お前にしては反応が遅すぎる。どうやら機体状態が相当悪いようだな!」

 

 アルドの性格はこれまでの戦いから良く分かっている。

 

 非常に好戦的で戦いの際、敵を仕留める為に前に出る傾向が強い。

 

 『狂獣』の名の通り、攻撃を好むのである。

 

 にも関わらず現在は攻勢に出ず、防戦に徹していた。

 

 その答えは明白。

 

 度重なる激戦による多大な機体負荷。

 

 補給物資の不足による損傷部分の未修復。

 

 もはやベテルギウスは戦いに耐えうる状態ではないのだ。

 

 「どれだけお前が高い技量を持っていようとも、機体が動かなければどうにもならないだろう!」

 

 「舐めるなァァ!」

 

 ビームカッターとオートクレールが激突し、剣舞が交わる度に火花が飛ぶ。

 

 しかしやはり本調子で無いのかアルドの動きは鈍く、捌ききれなかったオートクレールの切っ先が装甲を抉り斬った。

 

 「くそ、反応が鈍すぎる! これじゃ戦いにならないな」

 

 機体反応の鈍さにイラつきながらも、アルドは状況を冷静に分析する。

 

 真っ向からの激突ではガーネットを倒す事は難しい。

 

 搭載されたI.S.システムを使うという手も無くはない。

 

 しかしアレはアルドとの相性が悪過ぎる。

 

 さらに援護を期待する事もできない。

 

 他の機体もテタルトスの追撃部隊との交戦で手一杯な上、ベテルギウスと大差ないほどにボロボロなのだ。

 

 「このままじゃジリ貧だな」

 

 こんな形で目の前の男と決着をつけるなんて冗談ではない。

 

 あくまでも全力で叩き潰してこそ意味がある。

 

 しかし今の状態ではそれすらままならない。

 

 ならば―――

 

 「また撤退ってのは癪に障るが、仕方無いか」

 

 ここで死ぬ気は毛頭ない。

 

 力任せにオートクレールを弾き飛ばし、残った火力すべてをつぎ込んで距離を取る。

 

 「アルド・レランダー! 無駄だ、何処にも逃げられはしない!!」

 

 「舐めるなよ! この程度で!」

 

 「……俺が此処に来るのに何の仕掛けもしてこなかったと思っているのか?」

 

 「何―――ッ!?」

 

 ガーネットを引き離し離脱を図ろうとしたベテルギウスの進路を塞ぐように何条ものビームが駆け抜ける。

 

 その正確無比な射撃がベテルギウスの動きを阻害し、確実に装甲を削ってゆく。

 

 「この射撃は、あの機体か!」

 

 ビームの放たれた方向へ視線を向けるとそこにはアルドが一度刃を交えたセイリオスがロングビームライフルで狙いをつけていた。

 

 それだけではない。

 

 いつの間にかヴァルター率いる部隊も戦闘に参加し、ザラ派のモビルスーツが次々と駆逐されていった。

 

 「さてディノ少佐の言った通り、もはや逃げ場はない。忠告しますが此処で倒されていた方が貴方の為だと思いますよ。『あの人』は私達と違って甘くはありませんから」

 

 「知るかよ!!」

 

 涼やかな声で終わりを告げるヴァルターに対し、アルドは一切取り合わない。

 

 敵が何を企んでいようとも、離脱するしか選択肢がないからだ。

 

 できるだけ包囲網の緩い個所を探し、そこに向けて機体を走らせる。

 

 「邪魔だ、女ァァァァ!!!」

 

 「……ハァ、人の忠告は素直に聞くものですよ」

 

 「残った奴らには悪いがこのまま行かせてもらう!!」

 

 この場を切り抜ければ後はどうにでもなる。

 

 アルドは戦域から離れようとセイリオスの射撃を抜け、離脱を試みる。

 

 しかしそれを許さないと一機のモビルスーツが立ちふさがった。

 

 「あれは……あの女の!? 同系統の機体か!!」

 

 青紫の装甲に包まれたそのモビルスーツは違う点が存在するものの、ヴァルターのセイリオスと良く似た形状を持った機体だった。

 

 「新手かよ!!」

 

 この状況から抜け出すためには目の前にいる敵を突破する事は必須。

 

 残ったビームランチャーを跳ね上げ、同時に残ったマニュピレーターを解放する。

 

 背中から四つのビームサーベルを抜き、ビームランチャーを発射して斬りかかった。

 

 「そこをどけェェェ!!」

 

 持ちうる最強の火力を放ち、四本のビームサーベルによる多角攻撃。

 

 これだけの火力であれば仮に捌けたとしても突破する隙くらいは作れるはずであると判断したアルドは間違っていないだろう。

 

 現に彼にはそれだけの力はある。

 

 だがアルドは『この場からの離脱』という目的に気を取られ、致命的なミスを犯していた。

 

 この青紫の機体に搭乗しているパイロットが何者であるか。

 

 そしてアレックス、ヴァルターが一か所だけ離脱しやすいよう包囲を緩くしていた。

 

 そんな罠の存在に思い至らなかった事が彼の明暗を分けた。

 

 「落ちろォォ!!」

 

 迫る砲撃を前に青紫の機体の姿は一瞬だけかき消えた。

 

 そしてビームの本流をあっさり避けるとビームサーベルの軌跡が横薙ぎに振るわれた。

 

 「何!?」

 

 目にも止まらぬ一撃が背中のマニュピレーターを斬り落とし、蹴りがベテルギウスを吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!! くそがァァ!!」

 

 逆さの状態で両腕の多連装ビーム砲を一斉に発射する。

 

 隙間のない程に連続で発射される多量のビーム。

 

 だが青紫の機体は最小限度の動きだけでビームを避け、無造作に放ったライフルの一射がベテルギウスの脚部を吹き飛ばした。

 

 「ぐっ、何だこいつは!? 一体誰、が……」

 

 そこで気がついた。

 

 機体を覆うパーソナルカラーと思われる青紫。

 

 通常ではありえない神懸かり的な回避運動。

 

 正確無比な射撃。

 

 それに伴う他者と隔絶した技量。

 

 これほどのパイロットには一人しか心当たりがない。

 

 「……ユリウス・ヴァリスか!?」

 

 ザフト最強と謳われた男、ユリウス・ヴァリス。

 

 彼らが『ヴァルナ』からヒアデス級戦艦『エウクレイデス』で地球圏に帰還したのは『月面紛争』が終結して二日ほど経過した頃であった。

 

 紛争時には間に合わなかったものの、月に到着する前に残党を追っていた部隊と接触。

 

 詳しい情報を得ると彼らも追撃部隊に参加し、逃げ回っていた部隊の大半を殲滅してしまった。

 

 そして今もこうして残党殲滅に自ら赴き、指揮を執っていたのである。

 

 「よりによってかよ!」

 

 アルドもまたザフトに所属していたからこそユリウスの事はよく知っている。

 

 アレは次元の違う化け物だ。

 

 戦ったとしても勝ち目はゼロ。

 

 まともな状態で離脱に全力を費やせばあるいは逃げる事も可能だったかもしれない。

 

 しかし今の状態ではとても無理だ。

 

 「くそ!」

 

 自身の迂闊さに歯噛みしながら逃れる術を探すため、思考を巡らせる。

 

 しかし敵はそんな暇を与えない。

 

 振るわれた一撃がベテルギウスの左腕を落し、返す刀でもう片方の腕も斬り飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 その衝撃でコンソールに叩きつけられるアルド。

 

 さらにガーネットによって残った片翼も撃ち抜かれベテルギウスは完全に動きを止め、アルドも意識を失った。

 

 ベテルギウスに警戒しながらアレックスは青紫の機体に近づくと通信を入れる。

 

 「申し訳ありません、ユリウス大佐。こちらの不手際の後始末に付き合わせてしまって」

 

 相変わらず生真面目なアレックスに苦笑する。

 

 「気にするな。『シリウス』の慣らし運転には丁度良かった」

 

 LFSA-X002 『シリウス』

 

 テタルトス試作モビルスーツでありエースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体の一つ。

 

 ヴァルターのセイリオスと変わらない点も多々あるが、ユリウスの機体はセイリオスとは違いコンバットシステムに対応しているのが特徴である。

 

 「それよりもお前の戦いに水を差してしまったな。お前なら遅れを取る事もなかっただろうが」

 

 「いえ、こいつも油断ならない相手でしたよ」

 

 「謙遜はよせ。ただの獣に過ぎないこいつに守るべきものを持った戦士であるお前が負ける筈はない」

 

 断言するユリウスに若干面映い気持ちになる。

 

 切り替えるように頭を振ると動かなくなった敵機を見つめた。

 

 「ベテルギウスは持ち帰るのですか?」

 

 「ああ、機体も回収できるならその方がいいだろう。それにこのパイロットは貴重な情報源だからな。この場の残存戦力もそう残ってはいない筈だ。後は他の部隊に任せて私達はベテルギウスごと捕虜を『イクシオン』に移送する。ヴァルター、この場の人選はお前に任せる」

 

 「了解しました、大佐」

 

 シリウスとガーネットが左右からベテルギウスを掴むとクレオストラトスの方へ進路を取った。

 

 

 

 

 暗礁宙域に隠れるように数隻の艦とモビルスーツが息を潜めていた。

 

 どの機体、どの艦も傷つき、損傷を受けていないものを見つけるのが難しい。

 

 ここに集っているのはテタルトスの追撃から逃げ延びたザラ派の残党である。

 

 その数は作戦前に比べればあまりに少ない。

 

 コンビクト、ジュラメント、そしてヅダといった象徴となるべき機体も含め主力の大半は撃破されてしまった。

 

 さらに悪い事にザラ派が今まで拠点としていた複数の兵器工廠。

 

 そのすべてがザフトによって攻略、占拠されていた。

 

 つまり彼らは戦力だけでなく、活動拠点すら失ってしまった事になる。

 

 ここまで追い詰められた以上、彼らの再起はあり得まい。

 

 これからどうする?

 

 兵士達に絶望の言葉が渦巻く中、旗艦として動いていたダランベールのブリッジではただ一人未だ憎悪を燃やす男がいた。

 

 一連の事件を画策したパトリック・ザラである。

 

 自分の席に座り込み、憤怒を抑え込むように腕を組み、怨嗟を堪える為に歯噛みする。

 

 「くっ!」

 

 こんな事で終わってなるものかと思考を巡らせる。

 

 しかし彼に残された方策など存在しなかった。

 

 絶望を抱えて朽ちるだけかと思われたその時、席に座っていたオペレーターの一人がコンソールを声を張り上げる。

 

 「レーダーに反応、モビルスーツが一機接近してきます!」

 

 追撃してきたテタルトスの偵察機かとブリッジが重く苦しい緊張感に包まれる。

 

 「敵か!?」

 

 「いえ、この機体は……接近してきたのは『シグルド』です!!」

 

 「シグルドだと!?」

 

 全く予想していなかった答えに思わずその場に全員から驚愕の声が漏れる。

 

 一体何者なのか?

 

 何故この場所を知っている?

 

 「……繋げ」

 

 様々な疑問が渦巻く中、パトリックの言葉に従い通信回線が開く。

 

 モニターには予想外にも仮面を付けた人物が映し出された。

 

 《ご無事だったようですね、閣下》

 

 「カース、貴様、生きていたのか!? シグリードは……いや、それよりも今まで何をしていた?」

 

 疑惑の籠った目をカースに向ける。

 

 パトリックが拠点としていた場所は一部を除いては誰も知らない施設だった筈。

 

 にも関わらずザフトはその正確な位置を特定し、占拠した。

 

 もしも誰かが情報を漏らしていたとしたら―――

 

 最も疑わしいのは目の前にいるこの男という事になる。

 

 そんな疑いの視線も無視し、カースはいつも通り淡々と質問に対する答だけを口にする。

 

 《申し訳ありません。次の準備を進めており、時間がかかってしまいました》

 

 「なっ、次だと?」

 

 《はい。閣下の目的―――忌まわしきナチュラル共を葬り去る為の準備です》

 

 何の躊躇いも無く『次』を口にする仮面の男に対して、困惑から憤怒へ感情がすり替わる。

 

 「貴様、何を言っている!! もはや我々には―――」

 

 《「何の戦力も残っていない」ですか? 大丈夫です、すべて私にお任せください。閣下の理想を現実にするまでは、私が力添えいたします。……それともここですべてを諦めますか? こんな場所で朽ち果てる選択をしますか?》

 

 嘲りを含んだカースの問いに体の血液が沸騰しそうなほどに熱くなる。

 

 諦める?

 

 こんな場所で?

 

 そんな選択はありえる筈はない。

 

 ナチュラル共に。

 

 そしてエドガー・ブランデルに。

 

 自分の邪魔をしたすべての者達に。

 

 この恨みと屈辱に対する報復と報いを与えるまで諦めるなど絶対にあり得ない。

 

 「……ふん、いいだろう。乗ってやる」

 

 たとえそれが悪魔の手であろうとも必要ならば取る。

 

 疑わしいとしても使える内は利用し、最後には切り捨てれば良いだけなのだ。

 

 《それでこそです、閣下。では詳しい話はそちらに戻ってからという事で》

 

 通信が切れるとシグルドがダランベールに着艦する為に近づいてくる。

 

 その姿を見つめ、パトリックは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 「……利用していたのはどちらか、存分に思い知らせてやる」

 

 パトリックは怒りと高揚を抑え込むため拳を強く握り締め、決意と共に笑みを浮かべた。

 

 しかし彼は知らない。

 

 カースもまたシグルドのコックピットの中で同じ様に笑みを浮かべていた事を。

 

 この日からしばらくの後―――

 

 パトリック・ザラを含めたザラ派はカースの用意した戦力と共に『悲劇の地』に向かって行く。

 

 

 それが再び巻き起こる大戦『ユニウス戦役』の切っ掛け。

 

 

 俗に言う『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれる事件に繋がっていくとは知る由も無く、最後の時を迎える事となる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話  運命の環の中へ

 

 

 

 

 その日は雲一つない、月明かりに照らされた静かな夜だった。

 

 場所も関係しているのだろうが微かに虫の声が聞こえるのみ。

 

 普段聞こえる街の喧噪とはかけ離れている。

 

 こんな日は音楽を聞きながら星を眺めてもいいし、コーヒー片手に本を読んでも良い。

 

 どちらにしろ心休まる時間になるだろう。

 

 そんな考えが浮かんでくるほど今日は本当に良い夜だった。

 

 頭上を飛び交う銃弾さえ無いならの話ではあるが―――

 

 「こんな夜は星でも眺めてのんびりとしたいんだけどね」

 

 キラ・ヤマトは益体の無い考えをため息を吐きながら振り払い、身を潜めている物陰から周囲の様子を窺う。

 

 そこには男達が顔面や胸に穴を開け血を流しながら床に転がっていた。

 

 先程キラが撃ち倒した者達だ。

 

 完全に絶命し倒れ伏している彼らから視線を外すと、銃弾を撃ち込んでくる襲撃者の方へ目を向けた。

 

 今キラがいる場所はスカンジナビアにある街から離れた郊外にある廃墟の一画だ。

 

 任務でスカンジナビアを訪れたまでは良かった。

 

 空港からストックホルムの軍事基地に車で移動している最中に妙な連中の襲撃に遭い郊外にまで追い詰められてしまった。

 

 一緒に来た『戦友』には連絡済みなので、援護が来るまで時間を稼ぐだけでいい。

 

 「……人数はそう多くは無いみたいだけど」

 

 一体何者なのだろうか?

 

 戦場に身を置いていた以上、自分を恨んでいる者達も大勢いるだろうが。

 

 疑問もあるが、まずはこの場を切り抜ける方が先だ。

 

 襲撃者は入口を抑え、無造作に置かれている物陰からキラを狙っている。

 

 キラは敵の銃撃が途切れたその瞬間を狙って一直線に駆けだした。

 

 狙いは最も近くにいる人物。

 

 敵が銃を突き出した所に握った石を投げつけ、相手の射線を逸らすと懐に飛び込み躊躇わずにトリガーを引いた。

 

 「ぐッ!?」

 

 一発、二発と銃弾を叩き込み、サングラスを掛けた男を撃ち倒す。

 

 そして即座に振り返り、もう一人を排除する。

 

 同時に物陰の近くに飛び込むと今まで居た場所を銃弾が抉った。

 

 「ハァ、ハァ、上手く行った」

 

 これで残る襲撃者は後五、六人と言った所か。

 

 しかしここからが問題である。

 

 数は減った。

 

 だがこの先は簡単にはいかない。

 

 これまで訓練は受けてきたものの、キラは生身での白兵戦の経験は乏しい。

 

 引き換え相手は錬度も高く、場慣れしている。

 

 今の敵を含め、撃ち倒せてきたのは相手の意表を突く奇策を用いたから。

 

 だがそれももう通用しないだろう。

 

 「……無傷って訳にはいかないかな」

 

 多少の負傷を覚悟して物陰から相手の出方を窺おうとしたその時、今度は別方向から銃声が響いてきた。

 

 一瞬、敵の増援かとも思ったが、「うわ!」、「チッ、反撃を」などの声が聞こえてくる。

 

 銃声の方角からして乱入してきた者は襲撃者の背後、つまり入口から奇襲を仕掛けているらしい。

 

 キラはこの好機を逃さないとばかりに物陰から飛び出すと左側から回り込む。

 

 「くっ」

 

 「遅い!」

 

 丁度、乱入者と挟み込む形となり襲撃者が銃を向ける前に銃弾を撃ち込んだ。

 

 最後の一人を倒し、後は乱入者と二人。

 

 僅かでも敵である可能性がある以上警戒を怠る事は出来ず、銃を構えたまま徐々に距離を詰めていく。

 

 そして物陰から出ると同時に銃を突きだした。

 

 奇しくも同じタイミングで飛び出してきた乱入者と銃を突きつけ合う。

 

 その人物の顔を見たキラは頬を緩め笑みを浮かべる。

 

 「やあ、アスト」

 

 「無事なようだな、キラ」

 

 そこにいた乱入者は幾重の戦場を共に潜り抜けてきた戦友アスト・サガミだった。

 

 銃を下ろし安堵したように息を吐き出すと警戒しながら慎重に周囲を見渡す。

 

 そこで二人は気がついた。

 

 近くに止めてあった連中の車や建物から微妙に光が発せられている事に。

 

 「キラ!!」

 

 すぐに廃墟から駆けだすと少しでも離れようと必死に走る。

 

 距離を稼ぎ、頭を抱え込みながらその場に伏せると大きな爆発音と共に衝撃波が二人に襲いかかった。

 

 「ぐっ!?」

 

 「ッ!?」

 

 建物が崩れ落ちる音を聞きながら二人はゆっくりと立ち上がった。

 

 「……大丈夫か、キラ」

 

 「う、うん。なんかヘリオポリスを思い出すね」

 

 「そんな呑気な事を言ってる場合か」

 

 確かにあの時もこんな感じでジンの攻撃に晒された建物から必死に逃げて埃に塗れていたが。

 

 あれからまだ二年くらいしか経っていないかと思うと不思議な気分になる。

 

 少し昔を思い出して感傷的になりかけていたのを切り替えると、改めて崩れ落ちた廃墟を見つめる。

 

 「で、あいつらはなんなんだ?」

 

 「さあね、空港から基地に向かっていたらいきなり襲撃を受けただけだしね。でも個別の高い身体能力にあの動き、コーディネイター……それもかなり訓練も積んでいるみたいだったし、ただのテロリストじゃないと思う」

 

 「ああ。それに用心深く、用意周到みたいだからな」

 

 キラが狙いだったのかは不明だ。

 

 しかし車、廃墟に仕掛けられていた爆弾は連中が失敗した時の保険であり、証拠隠滅の為のもの。

 

 初めからここにキラを誘導する手筈になっていたのだ。

 

 「……それはともかく僕達どうやって帰ろうか?」

 

 「え」

 

 見ればキラやアストの乗りつけた車は爆発に巻き込まれ無残な事になっている。

 

 端末を含めた荷物とかはすべて車の中だ。

 

 「……近くの町まで歩くしかないな」

 

 アストは周りに光一つ見えないこの場所に軽く絶望しながらため息をついた。

 

 

 

 

 「なるほど。詳細は分かりました」

 

 「はい」

 

 キラとアストは軍服を着こみ、指令室の椅子に座るアイラ・アルムフェルトの前に立っていた。

 

 昨夜に突然襲撃を受けた事はすでにアイラには報告済みだ。

 

 それに伴い調査隊も編成された。

 

 しかしあれだけ用意周到な連中が簡単に尻尾を掴ませるとは思えず、大した情報は得られないだろう。

 

 そんな二人の報告を聞き終えたアイラは一層険しい表情で考え込んでいると徐に口を開いた。

 

 「……最初に言っておきますがこの話は他言無用、極秘事項に該当しますので、そのつもりで」

 

 「「了解」」

 

 「二人も知っているとは思うけど、数週間前に月で大規模な戦闘が行われました。その戦いに同盟も僅かではありますが、戦力を派遣し戦闘に加わっています」

 

 机の上に差し出された資料を手にとって目を通す。

 

 オーディン、イザナギといった戦艦と次期主力機開発計画のSOA-Xシリーズも投入されている。

 

 かなり激しい戦いだったようだ。

 

 「その戦いに私の……妹のような子も参加していたの。でも……」

 

 歯切れの悪いアイラの様子にすべてを察する。

 

 手元の資料にも『セリス・ブラッスール』という名と顔写真にMIAという印が押されていた。

 

 「……アイラ様、その」

 

 「ごめんなさい、大丈夫よ。その資料にも書かれていると思うけど、セリスにMIAには少し不可解な点があるのよ」

 

 アイラに促されるようにさらにページを捲る。

 

 ≪セリス・ブラッスールは一度母艦への帰還の報告を上げたものの、途中で味方機を保護、後にテタルトスが建造した監視施設に退避するがそのまま行方不明となる(母艦が駆けつけた際には施設は崩れ落ちており、敵からの襲撃を受けたものと思われる)≫

 

 「この施設を破壊したと思われる敵については?」

 

 「不明よ。今も解析させているけれどオーディンやテタルトスから提供されたデータからは何も」

 

 崩れ落ちた施設は戦域からは随分離れている上にセリス・ブラッスールが施設に向かったのは戦闘終盤。

 

 データではその時に生き残っていたザラ派の連中はすでに撤退を始めていたと記されている。

 

 つまりあの時点で敵がテタルトスの懐である月面の、しかも戦略的に何の意味も無い箇所に対して攻撃を仕掛けるとは考えづらい。

 

 「なるほど、確かに少し気になりますね」

 

 「ええ。それに関する手がかりもあるの。これを聞いてもらえるかしら」

 

 アイラは机の上に端末を取り出しスイッチを入れると録音されたらしい音声が聞こえてくる。

 

 《……ともかく……こちらの予定通りサンプル集まって……後は準備が整い次第……それまでは互いの役目を果たし……》

 

 所々掠れているが、何かしらの会話らしきものが記録されている。

 

 「これは?」

 

 「……スウェアのパイロット、ニーナ・カリエールが持っていたサブ端末の音声記録よ」

 

 「そのパイロットは?」

 

 「……命は取り留めたわ。ただ今後生きていると分かれば狙われる可能性もあるから、現在はヴァルハラで匿っているの」

 

 オーディンが駆けつけた時、セリス達が退避した施設は無残に崩れ落ちていた。

 

 しかし格納庫に運び込まれていたモビルスーツは無事に掘り起こされ回収に成功。

 

 半壊したスウェアのコックピットから重傷を負ったニーナを救出したのである。

 

 ハッチに異常があったのか、非常用のシャッターが作動していたのも幸いだった。

 

 あれが作動していなかったら、ニーナの命は無かっただろう。

 

 「それでこの声だけど、聞き覚えはないかしら」

 

 そう言われて気がついた。

 

 端末から聞こえてくる声は最近メディア等によく顔を出している人物の声にまったく同じだったのだ。

 

 「この声はプラントで会った……確かギルバート・デュランダル」

 

 「その通り。プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルと瓜二つなの。流石に本人ということは考えられないでしょうけど、無関係とも思えない」

 

 「……つまりアイラ様はこのセリス・ブラッスールは戦死したのではなく、何者かによって拉致された可能性があると?」

 

 キラの問いかけにアイラはただ黙って頷いた。

 

 「もちろんセリスに関する事だけで話をしている訳ではないわ。これも極秘事項だけど最近同盟国内、いえテタルトスも含めて、失踪者の数が多い。突発的な戦闘による行方不明者という線もあるけど、それにしては少し気になる数字よ」

 

 戦争は終わったが小競り合いのような小規模戦闘は各地で起こっている。

 

 それでも同盟は降りかかる火の粉を払う程度に武力行使を留め、極力自衛に徹している。

 

 その為被害はほとんど出ていない筈だ。

 

 その中でこの失踪者の数は確かに疑問が残る。

 

 それに昨夜のコーディネイターと思われる者達からの襲撃。

 

 すべてが繋がっているとは思わないが、何かが起こり始めているのかもしれない。

 

 「そこで私は極秘裏に隊を設立し、この件も含めた調査に当たろうと思っています。もちろん貴方達にもその部隊に参加して欲しい。特にキラ君は狙われている可能性もあるのだから、身を隠すには丁度いいでしょう」

 

 「そうですね。このままだと他の皆にも迷惑が掛かってしまうし」

 

 「後、他にも狙いがあるかもしれないから念のため、私の方からカガリやレティシア達にそれとなく警戒を促しておくわ」

 

 「よろしくお願いします」

 

 キラとアイラの話を聞いたアストはこれまでの情報を纏めながらしばらく考え込むように俯いた。

 

 頭に浮かんできたのはヤキン・ドゥーエにおける最終決戦時にユリウス・ヴァリスに言われた事だった。

 

 奴はアストに向かって確かにこう言い放った。

 

 ≪これで終わりではない。むしろこれを切っ掛けに始まると言っていい≫

 

 ≪知りたければプラントを―――ギルバート・デュランダルを調べてみるんだな。奴はこの戦争を切っ掛けに何かをするつもりらしいからな≫

 

 ≪プラントには私達と同じ存在がいる≫

 

 ギルバート・デュランダルの事も気になるが、それ以上に自分達と同じ存在の方が気に掛かった。

 

 同じ存在。

 

 それはアストやユリウスと同じ『カウンターコーディネイター』がプラントにはいるという事になる。

 

 そう考えればこれは良い機会なのかもしれない。

 

 「アイラ様、俺をプラントへ行かせて貰えないでしょうか?」

 

 「アスト!?」

 

 「今回の件、現状得られている情報を照らし合わせるとプラントに疑惑が向かざる得ません。特にデュランダル議長周辺の調査は必須事項です。俺に行かせてください」

 

 確かにアストの言うとおり。

 

 この声の件が無くてもデュランダルに関していつかは探りを入れる必要はある。

 

 「言っておくけど非常に危険よ。貴方は顔を見られているし」

 

 「リスクは承知の上です」

 

 「……分かったわ。プラントに関しては貴方に任せます。丁度、オーブとプラント間の交流が再開されるからそれを利用させてもらいましょう。キラ君、貴方にはヴァルハラに上がって調査隊の母艦であるドミニオンに合流してもらうわ。新型のアドヴァンスアーマーを装備した機体も用意しているから、調整をお願いね」

 

 「「分かりました」」

 

 アイラとの詳しい話を詰め、準備に追われている内に数日が経った。

 

 二人は宇宙に上がり、ヴァルハラの港に降り立っていた。

 

 人に見られないように荷物運搬用の通路を使い進んでいくと途中で分岐路に突き当たった。

 

 ここからは別行動。

 

 キラはドミニオンへ行きすぐに作戦行動に。

 

 アストはプラントへ向かう為のシャトルに乗り換え、デュランダル議長周辺の調査を開始する事になる。

 

 「でも皆には何も言えなかったし、心配かける事になって申し訳ないな」

 

 「そうだな。でも仕方ないさ。極秘任務だしな」

 

 「あはは、後ですごく怒られそうだけど……」

 

 キラの乾いた笑いにアストは思わず顔を引きつらせた。

 

 十分にありそうな怖い話だ。

 

 特にアネット辺りは確実に何かを言ってきそうな気がする。

 

 二人は嫌な予感を振り払うように首を振ると、いつもと同じように軽く手を上げた。

 

 「さて、じゃあ俺は行く。後は頼むぞ、キラ」

 

 「うん。アストも気をつけてね。何かあったらドミニオンへの暗号コードに連絡を入れて」

 

 「ああ」

 

 二人は拳を軽く突き合わせると、特にそれ以上かたることもなくあっさりと別れた。

 

 彼らの間にあったものは信頼。

 

 互いに心配する必要はなく大丈夫であるという確信をもっていたからこそ余計な言葉を持たなかった。

 

 キラが大して物の入っていない荷物を片手に通路を進むと港に接舷する一隻の艦が見えてきた。

 

 黒い船体とキラにとっては馴染み深い造詣。

 

 アークエンジェル級二番艦『ドミニオン』である。

 

 前大戦の最終決戦において同盟に投降してきたこの艦は一番艦であるアークエンジェル同様、改修を施され極秘任務に就くべく出航しようとしていた。

 

 「キラ・ヤマト!」

 

 「あ、ナタルさん!」

 

 ドミニオンの格納庫から乗り込んだキラを待っていたのはこの艦を任された艦長であるナタル・バジルールであった。

 

 「今回の任務よろしくお願いします、ナタルさん」

 

 「ああ、こちらも君が乗り込んでくれるなら心強い」

 

 前大戦から共に戦ってきただけあって互いのことは良く知っている。

 

 極秘任務を行う上でも非常にやりやすい。

 

 これもアイラの采配なのだろう。

 

 握手を交わしながらキラは背後に立つ漆黒の鎧を纏う機体を見上げた。

 

 「あれが……」

 

 「ああ、君の搭乗機だ。後で確認しておいてくれ。それからもう一人紹介したい人物がいる」

 

 キラの前に長い黒髪の少女が歩いてくる。

 

 「君は……」

 

 「初めまして、ニーナ・カリエールです」

 

 「すでに知っていると思うが、彼女は狙われている可能性があるという事でヴァルハラで保護されていた。だが今回からドミニオンに乗り込む事になった」

 

 ヴァルハラならば問題ないだろうが外部からの出入りがある以上は万が一がないとは言い切れない。

 

 その点、隠密で動くドミニオンならば敵に発見されるリスクも減らせるという事だ。

 

 「よろしく、キラ・ヤマトです。怪我はもう大丈夫なの?」

 

 「ええ、戦闘はまだ無理ですが、でも傷が治り次第、戦線に復帰できるようにするつもりです」

 

 その顔からはどこか張り詰めたような危うさが見て取れた。

 

 資料によれば彼女とセリス・ブラッスールは仲の良い友人同士だったらしい。

 

 「カリエールさん、君は……」

 

 こちらの言わんとする事を察したのか、ニーナは唇を噛んで俯くと涙を堪えて口を開いた。

 

 「……ッ、私の所為です。私の所為でセリスは……私が迂闊だったばかりに……」

 

 キラにはニーナが今抱えている気持ちが良く分かった。

 

 かつて自分も同じ気持ちに捕らわれた事があるからだ。

 

 「カリエールさん、君の気持ちはよく分かるよ。僕も昔、同じようなことを考えたことがある。守りたいものが守りきれなくて、仲間を救うことができなくて、自分の無力を呪った」

 

 今でも夢に見る事がある。

 

 救えなかった幼い命と共に戦った仲間の姿。

 

 その光景はきっと一生忘れることなんてできないだろう。

 

 「でもそれを一人で気負っていたって駄目なんだ。僕と共に戦ってくれた、同じく背負ってくれた人達がいたからこそ、ここにいる事ができる。その事を忘れてはいけない。だから、君の背負うべきものを僕にも背負わせて欲しい」

 

 「えっ」

 

 「僕達は仲間だ。君の痛みを僕も背負う。だから一緒に戦おう」

 

 キラが手を差し出すとニーナは涙を拭きその手を握る。

 

 彼女の顔には先ほどまでとは違い危うさは無く、強い決意が宿っていた。

 

 それを見て取ったキラはそのまま彼女を伴って、ブリッジへ歩き出す。

 

 準備の整ったドミニオンは世界に蠢く陰を追って、ヴァルハラから旅立った。

 

 その後、彼らが表舞台に立つ事になるのはそれから一年以上後の事になる。

 

 

 

 

 テタルトスによるザラ派残党の掃討は着実に成果を上げ、彼らを弱体化させていった。

 

 しかしそれでもいくつか解決していない事象がある。

 

 それが『月面紛争』を引き起こした首謀者の存在の割り出しとモビルスーツや弾薬等の補給路の特定である。

 

 そもそも彼らが操っていた『Fシリーズ』自体どこで手に入れたものなのかさえも不明瞭。

 

 捕虜としたアルド・レランダーの尋問も行っているが、彼自身からまともな返答が返って来ることが無く進展しない。

 

 そうした経緯と月周辺に存在した敵勢力のほぼ殲滅を確認した事で一部の部隊を残した形でザラ派に対する軍事行動は終了する事となった。

 

 

 テタルトス月面連邦国にとって初めてともいえる大規模紛争。

 

 『月面紛争』はこの時をもってようやく終息をみたのである。

 

 

 月面紛争が終結した事で月周辺にも平穏が戻り、軍も平常通りの配置に戻りつつあった。

 

 ただしある程度という言葉が頭につくのだが。

 

 紛争が終結したことで確かにザラ派による襲撃は無くなった。

 

 だが連合、プラントとの関係が修復された訳ではない。

 

 むしろ混乱している今こそが好機であるとばかりに他勢力による介入行動は以前よりも確実に回数を増している。

 

 それに比例する形でテタルトス軍の出撃も増えていた。

 

 そして今日も攻撃を仕掛けてきた地球軍を追い払ったアレックスはため息をつきながらガーネットのコックピットから降りた。

 

 「紛争が終わったばかりでこれとは」

 

 自分は軍人。

 

 役目もやるべきことも分かっている。

 

 しかしこうも戦いが続くというのは流石に少し気が滅入ってくる。

 

 重力のない格納庫を浮遊しながら器用に移動し、床に足をつけると若い整備兵が寄ってきた。

 

 「お疲れ様です、少佐。流石ですね、ガーネットは損傷一つありませんよ」

 

 「そう大したことではないよ」

 

 「ご謙遜を」

 

 「向こうの数もそう多くなかっただけさ。それに……奴ならこのくらい簡単に捌いて見せただろうからな」

 

 「えっ? あのどうかしましたか?」

 

 呟きが聞こえたのか、整備兵が戸惑ったように声を上げる。

 

 よほど怖い顔でもしていたのか、若干の怯えが混じっている。

 

 それに気がついたアレックスは「何でもない」と笑みを浮かべた。

 

 よりによって奴のことを思い出すとは、最悪の気分だった。

 

 「それでどうした?」

 

 「え、あ、はい。実は機体の方は大丈夫だったのですが、エクィテスコンバットの方が問題でして。一度オーバーホールしないと」

 

 元々エクィテスコンバット自体が試験的に開発されたものだ。

 

 交換できる予備パーツなども僅かしか存在しない貴重な装備である。

 

 それが連続した戦闘で酷使し続けた為に一度オーバーホールが必要ということらしい。

 

 「オーバーホールにどのくらい時間がかかる?」

 

 「えっとパーツ交換等も必要かもしれませんから、かなりの時間がかかると思います」

 

 「そうか。しばらくは装備なしで問題ないだろう」

 

 幸いガーネットの性能は非常に高い。

 

 そこらの連中に遅れをとることはあるまい。

 

 整備兵と今後のガーネットに関する詰めを行っていると別の整備兵が近づいてきた。

 

 「少佐、ブリッジから連絡が入りました。軍司令部から帰還命令です」

 

 「分かった、すぐに行く」

 

 受け取ったメモには帰還命令以外の書かれておらず、緊急事態という訳ではないらしい。

 

 どの道装備のオーバーホールが必要なのだし、部下達の休養という意味でも丁度良かったかもしれない。

 

 帰還命令に従い母艦であるクレオストラトスは敵の残骸が広がる宙域を離れ、一路月へと向かって移動を始めた。

 

 幸い敵からの襲撃も無く穏やかな航路が続く中、クレオストラトスの進む先に巨大な物体が見えてくる。

 

 敵にとっての畏怖の対象であり、テタルトスの武の象徴。

 

 巨大戦艦『アポカリプス』

 

 「進路そのまま、アポカリプスに識別信号を送れ」

 

 「了解!」

 

 管制官の指示を待ち、巨大な戦艦の一画に存在する隔壁が開放されたのを確認するとクレオストラトスは内部へと進んで接舷する。

 

 本来、補給等を受けるならば月の防衛拠点の一つである『イクシオン』に行くべきだ。

 

 だが現在あそこには他の艦を受け入れる余裕など無い状態だった。

 

 ザラ派によるイクシオン襲撃の際に使用されたウイルスの影響が未だに残っているからだ。

 

 「艦は任せます。俺はエドガー司令の所へ行くので」

 

 「了解」

 

 艦長にその場を任せ、司令室に向かうため艦を降りると予想以上の喧騒に若干の違和感を持つ。

 

 近くで戦闘が起こっているという話は聞いていなかったので、少し気になったアレックスは荷物の点検をしていた兵士に声を掛けた。

 

 「ずいぶん騒がしいようだが、これは出撃か?」

 

 「ディノ少佐!? いえ、これは『ヴァルナ』に向かう艦隊の準備です」

 

 「『ヴァルナ』に?」

 

 話によれば現在出撃準備中の部隊は地球圏に帰還してきたユリウス達の代わりに『ヴァルナ』に行く者達らしい。

 

 紛争が終結した事で軍部も『ヴァルナ』の試験運用を予定通りに進めたいという事のようだ。

 

 外宇宙への進出。

 

 分からない話ではないし、他勢力においても企画、検討されている事だろう。

 

 いずれはすべての勢力が外宇宙への進出を目指して行くことは想像に難くない。

 

 だが同時に未だ世界は不安定な情勢のまま戦いが続いている。

 

 そんな中で外宇宙を目指す事にアレックスはある種の不安を抱かずにはいられなかった。

 

 「ありがとう」

 

 話を聞かせてくれた兵士に礼を言って格納庫を後にすると途中で見知った者達が通路の先から歩いてくるのが見えた。

 

 「リベルト大尉、ランゲルト少佐、ヴェルンシュタイン議員」

 

 リベルトとヴァルターと打ち合わせを行いながら歩いてきていたゲオルクはアレックスの姿を認めると二人を手で制止させて立ち止まる。

 

 「戻ったようだな、ディノ少佐。その様子では特にトラブルもなかったようで何よりだ」

 

 「……はい。ありがとうごさいます」

 

 「その優秀さを私の子供達にも見習わせたいものだ」といいながら笑みを浮かべてこちらに視線を向けてくる。

 

 相変わらずの威圧感、正面に立つだけで手に汗が滲む。

 

 「だが丁度良かったかもしれんな。ディノ少佐、もう聞いているかも知れないが、『ヴァルナ』運用試験の護衛の為に増援部隊を送る事に決まった」

 

 「ええ、先ほど耳にしました」

 

 「そこに私も同行し、その護衛としてこの二人もヴァルナに向かう」

 

 「ヴェルンシュタイン議員だけでなく、少佐達もですか?」

 

 確かに『月面紛争』は終結した。

 

 だが情勢は不安定だ。

 

 そんな中でテタルトスでも屈指のパイロット達が月から離れてしまうのは不測の事態が発生した場合に痛手になるのではと思うのだが。

 

 「君の懸念も分からなくは無いが、だからと言って『ヴァルナ』を何時までも放置する事はできまい。それにエドガー総司令の采配と君もいて、さらにはユリウスが帰還した以上、多少の荒事であれば十分に対応できる筈だ。何にせよ、これはすでに決定事項だ。後は任せるぞ、アレックス・ディノ少佐」

 

 「ハッ!」

 

 敬礼を返すアレックスに頷き返すとゲオルクは格納庫へと歩いてゆく。

 

 リベルトが敬礼の後にゲオルクに続くとその場に残ったのはヴァルターのみだ。

 

 何時も通り何を考えているのか分からない穏やかな笑みを浮かべている。

 

 また妙な事でも言ってくるつもりなのだろうか。

 

 余計な事を言われる前にこの場を離れた方が良いと判断したアレックスはさっさと挨拶を済ませる事にした。

 

 「……ランゲルト少佐、その」

 

 「何かありましたか? いつも以上に顔が強張っていますが。嫌な事でも思い出したとか」

 

 「えっ」

 

 自分では普通にしていたつもりなのだが。

 

 思い当たる事があるとすれば一つ。

 

 直前に奴の事を思い出した所為か。

 

 何であれ奴に関することを口にする気は起こらなかった。

 

 「……いえ、別に大した事ではありません」

 

 「そうですか。何か悩み事があるなら、何時でも相談してください。出来うる限り力になりますから」

 

 予想外の言葉に思わずあっけに取られてしまった。

 

 それを見たヴァルターはクスクスと笑いながら、意地悪い視線を向けてくる。

 

 「私が貴方を気遣う事がそんなにおかしいですか?」

 

 「い、いえ、そんな事はありませんが……」

 

 少なくとも好感を持たれているとは思っていなかった為に正直以外だったと言うだけである。

 

 もちろん本人には言えたことではないが。

 

 「フフフ」

 

 「と、とにかくありがとうございます、ランゲルト少佐。今回の任務、気をつけてください」

 

 「ええ、貴方も」

 

 お互いに笑みを浮かべそのまま別れると思っていた。

 

 だがそこに突然アレックスにとっての爆弾が投げつけられる。

 

 「そうそう。この先何が起こるかは分かりませんが、今度こそ決着がつけられるといいですね。貴方の憎むべき宿敵、アスト・サガミと」

 

 その名を聞いた途端にアレックスの胸中に強い感情がわき上がり、思わず目の前にいる人物を睨み付けた。

 

 「……どこでその名前を」

 

 質問に答えることなくヴァルターは笑みを浮かべたまま背を向けた。

 

 「ようやく貴方の本当の顔が見られました。また会える日を楽しみにしています、『アスラン』」

 

 こちらの疑問には一切答えず、言いたい事だけ言ってヴァルターはゲオルクを追って格納庫へ歩いていった。

 

 残されたアレックスは渦巻く感情を吐き出すようにため息をつくしかない。

 

 「……やっぱり俺はあの人が苦手だな」

 

 まるでこちらのすべてを見透かされているような、そんな気分にさせられる。

 

 そしてもう一つ。

 

 あの朗らかな笑みはどうしても彼女とダブって見えることがあるから。

 

 吹っ切れたはずの事が脳裏に思い浮かび、僅かに顔を顰めるとアレックスもまた指令室の方へ足を向けた。

 

 

 

 

 先ほどヴァルターの言葉の中には一つだけこの先の未来に関する確定事項が混じっていた。

 

 宿敵との決着。

 

 何時になるかは分からないが、それでも何時かは必ず来る。

 

 その時、アレックス―――いや、アスラン・ザラは必ず引き金を引くだろう。

 

 たとえかつての友が、心を寄せた女性が立ちふさがるとしても。

 

 

 

 

 暗がりの執務室、そこはプラント最高評議会議長の為に用意された部屋である。

 

 その部屋に現在議長の任についているギルバート・デュランダルが一人、机に置いてあるチェス盤を眺めていた。

 

 彼の脳裏に浮かんでいたのは常に先のこと。

 

 自身が願う未来にたどり着くまでの過程。

 

 そんな彼の思案を遮るように、秘書官であるヘレン・ラウニスが入室してきた。

 

 「失礼します、議長」

 

 「ヘレンか。どうした?」

 

 「押さえた施設の改修が完了いたしました。準備が整い次第、稼働させます。それからテタルトスで動きがありました。ゲオルク・ヴェルンシュタインが移動型軍事ステーションである『ヴァルナ』に向かうという報告が上がってきました」

 

 「ふむ」

 

 デュランダルは最終的な障害となるのはテタルトスであると考えていた。

 

 その中でも要注意人物として考えていたのがユリウスとエドガー、そしてゲオルクであった。

 

 特にゲオルク・ヴェルンシュタインはこちらの動きに気が付いていた節ある。

 

 それがすでに地球圏から離れたとなれば、ある意味で朗報かもしれない。

 

 しかし―――

 

 「ふむ、少し引っかかる。リベルトは?」

 

 「彼の役目はゲオルク・ヴェルンシュタインの監視でしたから、共に『ヴァルナ』へと向かう予定にしていますが、変更しますか?」

 

 「いや、それでいい」

 

 テタルトス方面の駒が減ってしまうが、妙な疑いを持たれるよりはいい。

 

 「それからもう一つ、オーブからの移住希望者の中に気になる者がおりました。これをご覧ください」

 

 手渡された端末に映し出された顔を見た瞬間、デュランダルは僅かに驚いたような表情を見せた。

 

 「なるほど、そう来たか」

 

 端末に映っている人物の名は『アレン・セイファート』となっているが、間違いなくアスト・サガミであろう。

 

 「キラ・ヤマト襲撃も失敗したと報告が上がっていますし、そこから嗅ぎ付けられた可能性があります。どういたしますか?」

 

 「このままでいい。泳がせておけ」

 

 「良いのですか?」

 

 「重要な駒が一つ手元に来てくれたんだ。喜ぶべき事だろう。ティアにとっても良い話さ。ただし『彼女ら』には接触させないように配慮してくれ」

 

 「了解いたしました」

 

 『カウンターコーディネイター』

 

 最強の敵を倒す可能性を最も秘めた駒がわざわざ来てくれた。

 

 せいぜい役に立ってもらうとしよう。

 

 デュランダルは思わぬ収穫に笑みを浮かべ、より確実に事を運ぶために思案を始めた。

 

 

 

 

 暗い闇がどこまでも広がる宇宙の海を複数の人型が駆け抜けてゆく。

 

 スラスターを噴射させ、手に持った突撃銃を構えるその機体は世界で最も知られるモビルスーツ『ジン』だった。

 

 ただその機体は通常のジンとは背中のウイングバインダー等に違いがあり、色合いもまるで違うもの。

 

 所謂プロトジンと呼ばれる機体であり、今ではジントレーナーの名で呼ばれ訓練機として活用されている機体である。

 

 つまり今この場で行われているのは、命を掛けた戦闘ではなく訓練機を用いた模擬演習であった。

 

 「今日こそ負けないからね!」

 

 ジントレーナーを駆る少女ルナマリア・ホークは不敵な笑みを浮かべながら視界の先にいる機体に向けて宣戦布告する。

 

 相手の実力は分かっているし、凄いとも思うが何時までも負けっぱなしというのはやっぱり悔しい。

 

 たまには土でもつけて、成長しているという事を分かってもらうとしよう。

 

 「そこよ!」

 

 突撃銃を構え、先行するジントレーナーを狙撃する。

 

 当然の事ながら銃には実弾ではなく練習用の模擬弾が装填されており、直撃したとしても機体には影響が無い。

 

 遠慮なく発射された模擬弾が狙い通りに相手の機体に迫る。

 

 しかしそれも見透かしていたかのように、スラスターを使い機体を逸らす形で回避する。

 

 「流石ね、今のを避けるとか!」

 

 嫌になるくらいの反応速度だ。

 

 まともに狙っていたのでは絶対に当てられない。

 

 鳥のように自由自在に飛び回るジントレーナーを誘導するように突撃銃を連射する。

 

 それすらもひらりとありえない軌道で回避して見せた。

 

 「もう、埒が明かないわね! なら!!」

 

 ルナマリアは機体の速度を上げ、相手の機体に接近戦を仕掛ける。

 

 元々ルナマリアは射撃戦が苦手であり、どちらかと言えば接近戦の方が得意だった。

 

 最近は毎日のように行われる『彼女の訓練』のおかげかさほど苦手では無くなりつつあるのだが。

 

 「これでどう!!」

 

 懐に飛び込みトリガーを引く。

 

 しかしジントレーナーは弾が発射される瞬間に上昇、宙返りすると逆さまのまま突撃銃を発射。

 

 ルナマリア機の背中に銃弾が直撃した。

 

 「きゃあ!」

 

 《撃墜、二機とも交代だ。帰還しろ》

 

 「「了解!!」」

 

 教官の指示に従い、ルナマリアは反転して相手の機体と共に帰還の進路を取った。

 

 「まったくアレをかわすとか、アンタはどんな反応してんのよ」

 

 感心しつつも、やや呆れ気味に隣に並ぶ機体へと話しかける。

 

 すると通信機から明るい声が聞こえてきた。

 

 「違う、ルナが遅すぎるだけだよ。でも訓練の成果出てたよね、射撃もずいぶん良くなってたし。この調子で今日も頑張ろ」

 

 「……この実機訓練の後でまだやらせるつもりなわけ。セリス、アンタは鬼か」

 

 「明日は休日だし大丈夫だよ」

 

 「……アンタだけだからそれは」

 

 やや顔を引きつらせながら、無駄であるとは分かっているが友人であるセリス・シャリエに苦言を呈した。

 

 ルナマリアとセリスはアカデミー入学してからの出会った気の合う友人ではある。

 

 だが、一つだけルナマリアが辟易しているのがこの居残り訓練だった。

 

 セリスは元々面倒見の良い性格でレポートや訓練にも付き合ってくれる。

 

 しかしその訓練は苛烈を極めるというか、相当きついのである。

 

 無論、セリスに悪意が無いことは理解しているし苦手分野の克服も必要なことだと分かっている。

 

 でもこれに付き合うと次の日が厳しい。

 

 彼女曰く「苦手分野は今のうちに克服しておかないと戦場ですぐに撃墜されるよ」との事。

 

 実戦にでた事も無いはずなのだが、やたら説得力のある声に拒否する事も出来ない。

 

 「明日は買い物行きたかった」と呟きながらルナマリアは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 その騒ぎを聞きつけたルナマリアは思わず呆れた表情を浮かべた。

 

 無事に訓練を終え、パイロットスーツから着替えたセリスとルナマリアは休憩室に向かっていた途中で取っ組み合いの喧嘩に遭遇した。

 

 とはいえこれも日常茶飯事というか、どうせ『アイツ』なのだろう。

 

 隣に立つセリスにも騒ぎの中心にいる人物を確信しているようで「しょうがないなぁ」なんて苦笑している。

 

 「ふざけるな!」

 

 「そっちこそ!」

 

 騒ぎの中心にいた人物はやはり二人の思ったとおり、黒髪の少年シン・アスカだった。

 

 同期の少年とお互いに服の襟元を掴み上げにらみ合っている。

 

 「やっぱりね。レイ、なにがあったの?」

 

 ルナマリアは近くに立つ金髪の少年レイ・ザ・バレルに話しかけた。

 

 「……大したことじゃない。ただの口論だ」

 

 詳しい事を話す気にもならないらしくレイは行ってしまった。

 

 「あ、ちょっと、レイ! ハァ、まったくもう」

 

 口論という事はきっかけ自体は大したものではないのかもしれない。

 

 シンは本人が意識しているのかどうかは知らないが、普段から挑発的な言動や態度が目立っており教官達に対しても反抗的だ。

 

 その所為か、こうした喧嘩染みた騒ぎの中心には大体シンの姿がある。

 

 「どうする、セリスって、いない!?」

 

 隣に立っていた筈のセリスはいつの間にか二人の間に立ち、喧嘩の仲裁に入っていた。

 

 「はい、そこまで。二人とも喧嘩はやめなさい」

 

 「「セリス!?」」

 

 喧嘩をしていた二人はいつの間にか間に入ってきていたセリスの存在に驚きつつも、気まずそうに視線を逸らした。

 

 「まったく、こんなところで喧嘩なんて皆の迷惑だから。それからシン、ちょっと付き合ってね」

 

 「お、おい」

 

 セリスはシンの腕を掴むと有無を言わせず、歩き出す。

 

 「ルナ、先に行ってて」

 

 「え、あ、うん」

 

 呆然とする皆を尻目に、セリスはシンと共に行ってしまった。

 

 「おい、ちょっといい加減離してくれって」

 

 「駄目、シンはすぐ逃げるから」

 

 シンの思惑は見透かされているらしくセリスは誰もいない場所まで引っ張ってくるとようやく手を離した。

 

 「で、何があったの?」

 

 「いや、別に」

 

 「シン?」

 

 「うっ」

 

 セリスは怖い笑みを浮かべて、顔を覗き込んでくる。

 

 黙っていても無駄だと思ったシンはバツが悪そうに話し始めた。

 

 「……ホントに大したことじゃなくて、訓練の事で少し揉めただけだよ」

 

 セリスの顔を直視することができず、視線を逸らす。

 

 「……そっか。また見たんだね、昔の夢」

 

 その言葉にビクッとシンの肩が僅かに跳ねる。

 

 やはり彼女にはバレバレだったようだ。

 

 シンとセリスはアカデミーに入る前からの知り合いだ。

 

 お互いの事情を知っているので当然といえば当然である。

 

 彼女と初めて会ったのは病院だった。

 

 オーブ戦役で負傷したシンは気がつくとプラントの病院のベットの上にいた。

 

 最初こそ混乱したものの、主治医の先生や看護士、そして自分を保護してくれた人の使いなる人物の話からすべてを知った。

 

 オーブ戦役の顛末。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役と呼ばれた大戦の終結。

 

 そして自分の家族は―――

 

 自分はすべてを無くしてしまったのだと、現実感もないまま突きつけられてしまった。

 

 茫然自失。

 

 そんな状態で日々を過ごし、眠れば嫌が応にも見せられる悪夢。

 

 その度に奪った者達。

 

 そして守りきれなかった者達への怒りと失った悲しみが増してゆく。

 

 彼女と出会ったのはそんな時だ。

 

 自分を苛む悪夢に目覚めたシンは眠る気にもならないと部屋を抜け出した。

 

 密かに病院内を散策し、何となく今まで行った事のない屋上に上った。

 

 気分を変えようと外の空気でも吸いたかったのかもしれない。

 

 そしてそこにいたのがセリスだった。

 

 その場に呆然と立ち尽くし、正直に言えば見惚れてしまっていたのがいけなかったのだろう。

 

 シンを見つけたセリスに手招きされ、雑談する事になってしまった。

 

 話をする内にセリスの穏やかな雰囲気に警戒心も何時しか薄れ、話題はお互いの身の上にまで及んだ。

 

 自分の事情を話すのは失った事を認める作業のようでつらかったが、彼女の事情はシンの想像以上に厳しいものだった。

 

 彼女は笑顔で家族を亡くし、そして過去の記憶をも無くした。

 

 それが彼女セリス・シャリエであると。

 

 彼女は殺した誰かを憎む事も、家族の死を悲しむ事もできないのだ。

 

 それに比べてシンはまだマシな方だとその時は思えた。

 

 病院にいる間は何度も彼女と話をした。

 

 気分転換にも良かったし、互いの事情を知っているから気を使う必要も無い。

 

 何よりもその時間だけがシンを癒し、心から安らぐ時間になっていた。

 

 間違いなく彼女の存在が救いだった。

 

 その中で燻っていた思いがシンをザフト入隊を決意させた。

 

 もう失いたくなかったし、彼女や自分のような人間を出したくなかったから。

 

 流石にセリスもザフトに入隊するとは思っていなかったのだが。

 

 とにかくセリスはこのプラントにおいて自分の状態を誰より知っている人物。

 

 悪夢を見た日は、すこぶる機嫌が悪くなる事も知っている。

 

 だから何を話してもよいように、誰も居ないこんな人気のない場所にシンをつれてきたのだ。

 

 「……セリスは何とも思わないのか?」

 

 気が付けばシンはそんなことを口にしていた。

 

 彼女もまた自分と同じくすべてを無くしている。

 

 記憶が無いという意味ではある意味自分よりも辛い筈だ。

 

 分かっている、そんな事は。

 

 それでも―――

 

 いつも笑っているセリスの姿が眩しくもあり、腹立たしいという気持ちも確かにある。

 

 「ん~そうだなぁ。確かにたまに昔はどうだったのかなぁって思う事もあるけど、でも私は一人じゃないからね」

 

 「えっ」

 

 「ルナやメイリン、レイだってそうだし―――シンも居るじゃない。だから大丈夫かな。それはシンも同じ、貴方は一人じゃない。私達がいるよ」

 

 思わぬ返答にシンは思わずセリスの顔を見つめる。

 

 美人というか可愛いという印象の方が強いセリスであるが、今は自分よりも大人の顔をしているような気がする。

 

 何と無くバツが悪くなり、顔を逸らそうとするがその前に伸びてきた手がシンの体を包み込む。

 

 「セ、セリス!?」

 

 「大丈夫だよ、誰も居なくなったりしないから」

 

 セリスに抱きしめられ、シンを包み込む暖かさはどこか懐かしい気がした。

 

 本当に彼女は自分を照らす光そのもの。

 

 まるで陽だまりの中にいるかの様な暖かさに何時しかシンの心に巣食っていた冷たく暗い炎を鎮めていく。

 

 「うん、顔色も良くなったね」

 

 セリスが抱擁を解くとなんとなく寂しいような妙な気分になってしまう。

 

 それが抱きしめられていたという事実と相まって余計に照れくさくなり、シンは今度こそ顔を逸らした。

 

 そんなシンを見てセリスは楽しそうに笑みを浮かべるとこちらに向けて手を差し伸べてくる。

 

 「さ、そろそろ行こうか、皆のところに」

 

 差し伸べられる手。

 

 それを取ろうとして一瞬躊躇する。

 

 また無くすかもしれない、そんなこの先で十分にあり得る未来を想像して。

 

 そんなシンの手をセリスは躊躇わず握り締めた。

 

 「大丈夫、行こう」

 

 穏やかな笑みと暖かな手。

 

 シンはその顔を見つめ、手を握りながら決意を固める。

 

 もう二度と失わない。

 

 その為に―――

 

 「セリス」

 

 「うん?」

 

 「君は俺が守る。何があっても」

 

 その為なら誰とでも戦おう。

 

 その為に強くなろう。

 

 赤い瞳でまっすぐにセリスを見つめると、嬉しそうに笑顔を浮かべ彼女は頷いた。

 

 「うん。私もだよ、シン……でも告白みたい」

 

 「えっ、ち、ちが―――」

 

 「違うの?」

 

 「うっ」

 

 顔を赤くしながらそっぽを向くシンを愛しそうに見つめるセリス。

 

 二人は手を握ったまま、歩き出す。

 

 その先が暗闇だとしても今日の決意が思い出せるなら、この光があるのなら大丈夫だと。

 

 そんな確信を抱きながら。

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダムSEED moon light traces END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.75

 

 そこは地球と火星の狭間。

 

 地球から運ばれたテタルトス移動型軍事ステーション『ヴァルナ』がこの位置にたどり着いて二年以上の時が流れていた。

 

 ここには地球圏にあった騒がしさはなく、静かに時間が流れてゆく。

 

 そんな場所に身を置きながら、ゲオルク・ヴェルンシュタインはかつての覇気を全く衰えさせることなく、地球圏の様子を眺めていた。

 

 自身に宛がわれた部屋の中で、報告書に目を通すとやはりという確信を持って端末のスイッチを切る。

 

 「デュランダルは敗れたか」

 

 これは予想通りとも言える結末だった。

 

 自分の所属する国が奴の掲げる未来に賛同する筈はなく、そして負ける筈もない。

 

 特にユリウス・ヴァリスがいる限りは。

 

 「そのようですね」

 

 ゲオルクの正面に立つのは彼の腹心の一人ヴァルター・ランゲルト少佐である。

 

 短くそろえていた髪は腰まで伸び、もはやヴァルターの性別を女と言われ疑うものは誰もおるまい。

 

 「それでお前はどうするのだ、リベルト?」

 

 ゲオルクは正面に立つもう一人の人物に声を掛けた。

 

 そこにいたのは何時も通り特に表情を変えることの無く佇む男リベルト・ミエルス大尉だった。

 

  彼がデュランダルの命を受け、テタルトス内を監視していた事をゲオルクは最初から承知済みであった。

 

 むしろ好都合。

 

 向こうから情報を得る事ができる手がかりを提供してくれたのである。

 

 利用しない手はない。

 

 情報を得る為にリスクを犯して彼に接触し、デュランダル達からの解放を約定として情報の提供と同時にこちら側に引きこんだ。

 

 すべてはいざという時に供える為に。

 

 それも徒労に終わったようだが、それはそれで構わない。

 

 「別にどうもしません。すでに私は彼らから解放されているのですから」

 

 ゲオルクらの研究によって解放されたリベルトには彼自身を縛っていた枷はすでにない。

 

 元々好きでデュランダル達の言いなりになっていた訳ではないし、彼らに対する感傷など持ち合わせてはいないのだ。

 

 「そうか、ではこの先も期待させてもらうぞ」

 

 黙って頷くリベルトに満足すると今度はヴァルターが報告書を手渡してきた。

 

 「一つ報告がありました。ザフトが使用していたらしいモビルスーツを回収したと連絡が入っています」

 

 報告書には頭部など幾つか損傷はあるが、ほぼ原形を留めたままの機体が写し出されている。

 

 「なるほど。これに関しては工廠の方に任せよう。……では我々も帰還しようではないか。懐かしい我らが地球へ」

 

 「「了解」」

 

 そして争いを招く一つの星が地球圏に向けて動き出した。




本編はこれで終了となります、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あとがき

 機動戦士ガンダムSEED moon light traceをお読みくださりありがとうございました。

 

 いつまでも成長しない私の作品を読んでくださった方、すべてに感謝します。

 

 この作品は実は前作であるeffectを書いている時から考えていたのですが、正直な話、今までで一番難しかったかもしれません。

 

 その所為か思った通り書く事ができず、さらにキャラクターの掘り下げも上手く出来ませんでした。そこが反省点です。

 

 1)ストーリー

 

 前作主人公シンのヒロインであるセリスの過去に焦点を当てたストーリーとして考えていたものだったのですが、これが本当に大変でした。

 

 前々作、前作であまり書く事が出来なかったテタルトスを少しでも絡ませ、決まっていた結末に持ってゆく。そこまでは決まっていたのですが、辿りつくまでが非常に難しかったです。

 

 大きな矛盾点を出す訳にもいかず、かといって前作以上に派手な事もできないと、本当に頭を抱えてしまいました。

 

 スピンオフ作品とか外伝作品を書いてる人は本当に凄いなぁと改めて思いましたね。

 

 2)キャラクター

 

 セリス

 

 この作品の主人公ですが前々作から登場していたキャラクターでしたので、詳しい顛末は皆さんの知っている通りです。

 

 ニーナ

 

 所謂相棒的な立ち位置のキャラクターです。

 

 この作品を書く時、前作までのメインキャラクターは絡ませられないし、けど流石にセリスだけというのも不味いと思って考えたキャラクターですね。

 

 前作に載っていないのは、彼女はヴァルハラ及びドミニオンで保護されていたから。一応『ユニウス戦役』終盤に戦いに参加し、カゲロウに乗って戦っているという事になっています。

 

 セリスとの再会も考えてはいたんですが、尺の問題で入りきらなかったんです。一応言っておきますけどユニウス戦役後、無事に彼女達は再会しました。

 

 アシエル

 

 今まで書いてきた敵とは少し毛色の違うキャラクターです。彼は他の敵とは違い、どのキャラクターにも恨みも無ければ、信念や目的がある訳でもない、才能がある故に満たされない空虚な人間です。

 

 その空虚さを埋めるべく行動していたのがアシエルです。最初はもっと部下思いの人間にしようと思ったのですが、他のキャラクターと被る可能性があったのでこうしました。

 

 実は最初にカースになったのはアシエルであるというのは、effectから決めてました。

 

 ただ当時はまだ設定上の存在でしたし、パトリックさんはすぐに退場してしまったのでeffectでは存在を匂わす事もできなかったんですよね。

 

 リアン、ジェシカ

 

 セリスのライバル的な存在、そして同時にI.S.システムのデータ収集の為に利用される被験者として考えました。

 

 リアンは前作に登場したリースみたいにアシエルに好意を抱かせドロドロにしようと思っていましたが、空虚なアシエルに対してそこまで好感を持てるか疑問に思ってしまい半端になってしまいました。この辺が上手く描けませんでしたね。

 

 まあI.S.システムの被験者という点は書けたのでまだ良かったですが。

 

 ジェシカもI.S.システム被験者にしようと思っていましたが、アルドもいたし、こちらは単純にニーナを敵視し、ナチュラルを見下すプライドの高い典型的なコーディネイターにしました。

 

 彼女らももう少し掘り下げて活躍させたかったですね。

 

 アルド

 

 アレックスの相手であり、I.S.システムの不安定さを示す被検者として登場させました。

 

 本来であれば彼も戦死する予定だったんですが、何故か生き残ってしまった。

 

 リベルト

 

 テタルトスに送り込まれたデュランダルの諜報員ですね。彼に関してももう少し掘り下げたかったんですけど、それは機会があればという事で。

 

 ヴァルター、ゲオルク

 

 この二人も書き切る事ができませんでしたね。

 

 ヴァルターは元々前作でアレックスのヒロイン候補として考えていたキャラクターを変更したものです。前作で登場予定だったんですが、登場人物が多過ぎて扱いきれないとしてボツにしたんですよね。

 

 ゲオルクも前作でテタルトスの政治面を纏める人物として登場させる予定だった人物で、軍を纏めるエドガーの対比にするつもりでしたが、ヴァルターと同じ理由でボツにしたキャラクターです。

 

 二人とも仮に続編を書くなら活躍させたいキャラ達ですね。

 

 3)機体

 

 普段はこれが一番苦労するんですが、今回は一番スムーズに決まりました。

 

 まあ、前々作に出て来た機体の改修機ばかりですから、当たり前ですけどね。

 

 アイテルやスウェア、ターニングが前作で登場しなかったのも、moon light traceで破壊されていたからでした。

 

 後、機体ではありませんが一応補足を。

 

 前作で登場したマユ達が捕らわれた研究施設、あれはこの作品で登場したパトリック・ザラが建造した兵器工廠『ゲーティア』です。

 

 デュランダルはパトリックが建造した兵器工廠すべてを押さえ、自分の研究施設に改修して、利用していました。前作に登場したシグーディバイドタイプⅢなどはこれらの施設で建造されたものです。

 

 4)最後に

 

 今回はあまり書く事がないのでここまでにして、次回作について。

 

 前作であるeffect続編を書いて欲しいという声も幾つかありましたので、一応内容は考えてはいます。

 

 結末や主人公機もすでに決まっていますが、物語の道筋が半分くらいしか出来ていません。ですのでどうしようか迷っているというのが本音です。それに皆さんが望む結末ではないかもしれませんし。相変わらず他のモビルスーツの名前や設定(特にザフトやテタルトスの機体)も思いつきませんから。

 

 続編を書くか、他の作品を書くか、オリジナル作品を書くか、今は考え中です。 

 

 とにかく私の拙い作品をここまでお読みいただいた皆さんありがとうございました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。