没SS集 (ウルトラ長男)
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ヴォルデモートと賢者の石 ①

没作品第一弾。
話数・全3話(エター)


 その日は嵐であった。

 風は吹き荒れ、雨は弾丸のように降り注ぐ。

 そんな日に海の近くを、ましてや崖の上にちょこんと乗ったこの上なくみずぼらしい小屋を訪れる物好きなど普通はいない。

 しかし普通はいないという事は、普通でなければ居るという事だ。

 そして今、小屋の前を訪れているその男は明らかに普通とは言い難い。

 身長は優に2mを越え、もじゃもじゃとした髭はまるで針金のように硬質だ。

 毛むくじゃらの中をよく見れば、黄金虫のような真っ黒な瞳がキラキラ輝いているのが見えるだろう。

 名をルビウス・ハグリッド。魔法界からやってきた魔法使いである。

 

 彼はその日、不慣れなマグルの世界を訪れていた。

 普段ならばマグルの世界など積極的に訪れようとは思わない。

 しかし今日の彼は自ら望んで魔法界を出発し、そして子供のように胸を弾ませていた。

 今、自分はこの上なく栄誉な役割を果たそうとしている。

 きっと今から自分がやろうとしている事を知れば、魔法界の誰もがその羨み、そして大金を積んででも代わりたがるだろう。その確信があった。

 

「おお、ここにいるんだな小さなハリー。

お前がまだ赤ん坊の時、一度だけ会っただけだがちゃんと元気にしちょるだろうか。

いや、元気なはずだ……何たってジェームズとリリーの子で、それにあいつはハリー・ポッターだ」

 

 ハグリッドの役目は一人の少年を出迎える事だった。

 勿論ただの少年ではない。

 魔法界にとってこの上なく重要で、誰もが知っている小さな英雄だ。

 ハリー・ポッターの名を知らぬ魔法使いなど一人だっていない。

 遡る事10年前、『例のあの人』の恐怖に包まれていた魔法界を救ったのは、事もあろうに当時1歳の赤子であった。

 人々は心から歓喜し、死喰い人(例のあの人の部下だ。誰もが彼等を恐れていた)に怯える事なく外を歩ける事に感謝した。

 今の魔法界の平和があるのも全てハリー・ポッターのおかげなのだ。

 そして今、ハリーは11歳。ホグワーツ魔法魔術学校へ入学出来る年齢になった。

 だからこうしてハグリッドが彼を迎えに来たのである。

 

「ああ、いかんいかん。なんだか緊張してきちまった」

 

 ハグリッドはそのでかい図体に似合わぬ繊細さで、何度か深呼吸を繰り返す。

 ハリーはどんな少年に成長しているだろうか。

 少なくともこんな小屋に連れ込まれている辺り、ハリーを預けたダーズリー一家は彼をまともに扱っているとは考え難い。

 何せダンブルドアが出した手紙すら無視するような連中だ。

 

「安心しろよハリー、もう大丈夫だ。今俺が行くからな」

 

 そう呟き、ハグリッドはドアノブに手をかける。

 しかし鍵がかかっているらしく、開ける事は出来ない。

 ならば、とドアをノックするも返事すらなし。

 中に居ないわけではない。事実ハグリッドのノックの音で慌てふためく気配が伝わってくる。

 中でバタバタと走る足音だって聞こえる。

 ハグリッドは再びドアをノックし、中の反応を待った。

 

「誰だそこにいるのは! 言っておくがこちらには銃があるぞ!」

 

 銃……確かマグルが使う棒きれのような武器だったか。

 そんなのはどうでもいいが、どうも不審者か何かと勘違いされているらしい。

 仕方の無い事だ、と思いハグリッドはとうとう強行手段に出る事を決めた。

 すなわち……ドアを、無理矢理吹き飛ばしたのである。

 そうして障害物を無くしたハグリッドはゆっくりと小屋の中へと足を踏み入れ、中の人間を見渡す。

 

 まるで豚のように太ったダーズリーに、鶴のように首が長い彼の妻ペチュニア。

 後ろに隠れている、父よりも尚太っているのは息子のダドリーに違いないだろう。

 しかしハグリッドは彼等からすぐに視線を逸らした。元より眼中にない。

 そんな事よりハリーだ。ハリーはどこだ。

 そう思い、ハグリッドは小屋を見渡し…………その場で石のように固まった。

 

 

「何だ貴様! 俺様を見て黙るとは無礼な男め! お辞儀をするのだ!」

 

 

 ――その少年は、顔がヴォルデモートであった。

 

 

 

 分霊箱という闇の魔法をご存知だろうか。

 詳しい説明は省くが、簡単に言えば己の魂を分割して何かしらの物体、あるいは生物に保管する事で不死身となる禁忌の術だ。

 闇の帝王と恐れられた男、ヴォルデモートはかつてこの術を用いて己を不死へと変え、恐怖を不動のものと変えた事がある。

 だが決してデメリットがないわけではない。

 不死身になるという事は人の道を外れるという事だ。

 魂を分割すればするほどに彼の姿は怪物染みた醜いものへと変貌していき、最後には青白い皮膚と鼻孔だけの鼻という、蛇のような顔へと成ってしまった。

 

 そんな彼が最後に意図せず作ってしまった分霊箱がある。

 10年前、帝王は一人の赤ん坊に対して死の呪文を発動し、跳ね返された事で肉体を失ってしまった。

 そして赤ん坊に魂の一部を与え、彼を分霊箱にしてしまったのだ。

 だが――両者にとって不幸な事に、少しばかりその魂の量が多すぎた。

 与えられた帝王の魂は未熟な赤ん坊の魂を塗りつぶし侵食し、ほとんど乗っ取ったも同然に融合してしまったのだ。

 ここで幸いだったのは帝王の記憶まで継承されなかった事だろう。

 あくまで主人格は赤ん坊のままに、されどその侵食は深刻であった。

 赤ん坊の頃はまだ普通だった容姿も成長するにつれて帝王へと近付き、子供離れを通り越して人間離れし、気付けば顔が帝王の選ばれし少年が誕生してしまっていたのである。

 

 

 

「アイエエエエエ!? 例のあの人!? 例のあの人何で!?」

「ドーモ、ハグリッド=サン。ハリー・ポッターです」

 

 お辞儀終了から0、02秒、ハリー・ポッターは跳んだ。

 後悔は死んでからすればよい。今は目の前の敵を倒さねばならない!

 一方ハグリッドは半狂乱であった。

 それはそうだろう。何せ英雄を迎えにいったら、そこに闇の帝王がいたのだから恐れるなという方が無理な相談だ。

 しかも何か襲いかかってくる。意味がわからない。

 

「ひいいい! お助け、お助けを、ダンブルドア先生!」

「ええい貴様、逃げるとは臆病な! 決闘前のお辞儀を忘れたか!」

 

 ハグリッドは逃げた。カール・ルイスよりも速く逃げた。

 ハリーは駆けた。烈海王よりも速く駆けた。

 強者と出会ったからにはお辞儀せねばならない。

 お辞儀したからには決闘せねばならない。

 そんな意味不明な、本人も実はよく分かって居ない理論に従いハリーはハグリッドを追った。

 ハグリッドは涙と鼻水を流しながら傘を出し、小船に飛び乗って魔法を使った。

 すると小船は風に乗り、素晴らしい速度で海を駆けた。

 ハリーは特に何も考えず海を走った。

 右の足が沈むより速く左の足を! 左の足が沈むよりも速く右の足を!

 問題ないッ! 20キロまでならッッ!!

 するとハグリッドはますます半狂乱になり、泣きながら海を渡った。

 ハリーはそれに追いつくべくますます速度を上げて叫びながら海を渡った。

 

 こうして魔法界の英雄ハリー・ポッターはよく分からないままに、マグルの世界を旅立ったのである。

 

 

 

「……あーあ、だからわざわざこんな小屋に隠れてたのに……可哀想な男だ」

「ねえ貴方、あのでかい男の人大丈夫かしら?」

「……さあ?」

 

 そうして海の彼方へ消えたハグリッドを、ダーズリー一家は同情の眼差しで見送った。

 

 

*

 

 

「俺様こそは偉大なる闇の帝王ハリー・ポッター!

漏れ鍋の魔法使いども、俺様の帰還を歓迎せよ!」

 

 その日、魔法使いのパブ『漏れ鍋』はかつてない大混乱に飲み込まれた。

 そうはそうだ。昼時のティータイムを楽しんでいたらいきなり闇の帝王が入ってきたのだから怯えるなというのが無理な相談である。

 あっという間に漏れ鍋は阿鼻叫喚の坩堝となり、人々は我先にと逃げ出した。

 ハリーを見るべくそこでスタンバってたクィレル先生は思わず茶を吹き出して慌ててハリーの前に膝をつく。

 

「ご、ご主人様! い、いつ元の身体へ戻られたので!?」

「む? 何だ貴様、俺様がご主人様だと!?」

 

 ハリーは不可思議なものを見るように足元のクィレルを見る。

 ぶっちゃけ見知らぬ男だ。

 しかし自ら跪き、ご主人様と呼ばれたのは悪い気がしない。

 後はこれが美少女だったなら最高だったのだが、まあ贅沢は言えないだろう。

 

「いい心がけだ! 特別にお前を俺様の部下にしてやろう!」

「え? いや、もうとっくに部下なんですが……」

「なにィ!?」

「ひ、ひい! 申し訳ありません、光栄でございますうう!」

 

 この時、クィレルは混乱し切っていたが、彼以上に混乱している男がこの場には存在していた。

 それはクィレルの後頭部に寄生しているヴォルデモート(本物)である。

 あれ? 何で俺様があそこにいるの?

 俺様ここにいるのに、何であそこに俺様が立ってるの?

 まるで意味がわからんぞ!

 

 そんな大混乱の二人を置き、ハリーはその後も魔法界を大混乱に陥れた。

 グリンゴッツに乗り込んではゴブリン達を恐怖に戦慄かせ、洋服店に行けばマダム・マルキンが泡を吹いて卒倒し、金髪の少年がフォイフォイ泣きながら逃げた。

 オリバンダーの店に行けばオリバンダーが逃げてしまったので、仕方なく自分で杖を選ぶしかなかった。

 とりあえずレイジングハートとかいう白くて固くて強そうな杖があったのでそれにし、ハリーは次の店へ向かった。

 尚、ハリーが手にして以降レイジングハートはひたすら「Fuck」、「Fuck」繰り返しており、どうやらあまりハリーは御気に召さなかったようだ。

 まあ、可愛い魔法少女と蛇顔の男なら誰だって前者がいい。至極当たり前の事である。

 

「準備を終えたぞハグリッド。さあ次に俺様は何をすればいい?」

「あ、あの、もう何もせず大人しくしてて下せえ……皆大混乱です」

 

 ハリーが近付くとハグリッドはひっ、と小さな悲鳴をあげるが、これでも大分慣れてきたのだろう。

 少なくとも最初のように泣きながら逃げる事はなくなったのだから大した物だ。

 しかしやはりハリーと一緒に歩くのは耐えられないのか、結局全ての買い物をハリーが行う事になってしまった。

 一番いいのはハグリッドが買い物をしてハリーが大人しくする事だったのだが、本人が好奇心旺盛であった為それは叶わなかった。

 とにかく、魔法界に余計な混乱を齎してしまった気がしないでもないが、これで買い物は終了だ。

 ならば後はこれ以上騒ぎを起こす前に速やかに帰るべきだろう。

 そう考えたハグリッドの考えは、しかし、遅すぎた。

 

「貴様等動くな! 私は闇払いのキングスリーだ、ヴォルデモート、貴様を逮捕する!」

 

 

 

 その声と同時に一斉に転移し、自分達を囲む闇払いを見てハグリッドは頭を抱える。

 そうか……そりゃこうなるよな。

 あまりにも当たり前すぎる出来事に、ただハグリッドは項垂れるしかなかった。

 

 

 




 _人人 人人 人人 人人_
 > お辞儀をするのだ!<
  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^^Y ̄


没理由:流石にこんな一発ネタでハリポタみたいな長いSSを書くのは無理があった。


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ヴォルデモートと賢者の石 ②

整合性と辻褄合わせは死んだ。もういない。


「しまった! やられた! 目を離した隙に……」

 

 その日、アズカバンは大騒ぎであった。

 つい数日前に逮捕された闇の帝王が、いとも呆気なく脱走を果たしてしまったのだ。

 帝王……正確に言うならば帝王フェイスのハリー・ポッターは囚人服を見事に着こなし、カモシカのような素晴らしいフォームで逃げた。

 数多の看守を潜りぬけ、ダンボールを被り、ゴキブリのような機敏さで逃げた。

 

「アロホモーラ!」

 

 捨て台詞を残し、ハリーは駆ける。

 学校行きの汽車が出るのは今日。これに乗り遅れれば素晴らしい魔法界での生活が遠のいてしまう。

 乗らねばならない! 何としても!

 故にハリーは駆ける。

 風よりも速く、音よりも速く! 帝王フェイスを風圧でちょっと人に見せられない形相に歪めつつ走る。

 まるでガラス窓に顔を押し付けたかのように顔が潰れ、歯茎を剥き出しにし、遂にハリーは野山を走るホグワーツ特急を視界に収めた。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びをあげ、汽車へと迫る。

 すると何と理不尽な事だろう。まるでハリーから逃げるように汽車が速度を上げたではないか。

 負けじとハリーも速度をあげ、人間の限界を越えて汽車を追う。

 自分は風だ、風になっている。

 たとえ汽車相手であろうと逃がすものか!

 だが更なる試練がハリーを襲った。

 汽車の窓が一斉に開き、そこから何人もの魔法使いが杖を出してハリーへ魔法を発射しはじめたのだ。

 彼へ迫る幾百もの失神呪文! しかしハリーはそれを避けた。

 右に左に華麗なステップを踏み、残像すら残して呪文を掻い潜り、汽車へと近付いて行く。

 

 優雅にターン!

 華麗にステップ!

 美麗にスピン!

 

 まるで氷上で踊る妖精のように舞う帝王フェイス。

 その美しさに恐怖したのか、ますます呪文の密度が高まる。

 何たる熱烈極まる歓迎! ハリーの心は感動で満たされ、自然と笑顔が浮かぶ。

 間違いない、己は今決闘を挑まれている。

 それはつまり、お辞儀を挑まれている事と同義。

 こんなにも魔法使い達がお辞儀に飢えているとは思わなかった。

 今こそ、俺様の愛を全ての魔法使いに!

 

「すごいおじぎを感じる! 今までにない何か無理矢理なおじぎを!

ステューピファイ……なんだろうおじぎしてる確実に、俺様のほうに!

ダンブルドアは礼儀を重んじるやつだった、とにかくおじぎをするのだ!

俺様の周りには沢山の死喰い人がいる。決して一人じゃない!

信じよう。そしてともにおじぎしよう!

不死鳥の騎士団の邪魔は入るだろうけど、絶対におじぎするのだ!!」

 

 乱発される魔法を避け、本人も理解していない意味不明の言葉を吐きながらハリーは跳んだ。

 本当ならばここでアバダケダブラの一つも撃ちたいところだが、生憎と杖が全然言う事を聞いてくれないのでそれは出来ない。

 だが杖がなくても己にはお辞儀がある! お辞儀への愛がある!

 ならば出来ない事などあんまりない!

 

「ロコモーター・俺様!!」

 

 杖が言う事を聞かないので魔法など当然使えないが、とりあえず気合とお辞儀さえあれば何となる。

 そんな謎理論で回転しつつ、ベアークローを両手に嵌めてハリーは汽車へと突貫した。

 窓を突き破ってコンパートメントへ飛び込み、勢いあまって床に突き刺さってしまったが遂に汽車に乗り込む事に成功だ。

 不運なのは偶々そのコンパートメントにいた赤毛の少年だろう。

 彼は突然の乱入者に怯え、壁へと後ずさりしてしまった。

 

「ひっ、ひいいい!? 闇の帝王!?」

「いかにもその通り、俺様こそ闇の帝王ハリー・ポッターだ!

わかったならばさっさと俺様を床から抜くのだ!」

 

 上半身が埋もれたまま足をジタバタとさせるハリーは、それはそれはシュールな事だっただろう。

 しかしそんなシュールな彼をとりあえず助けるあたり、この赤毛の少年はなかなかにお人よしなのかもしれない。

 あるいは単に怯えて言う事を聞いてしまっただけか。

 どちらにせよハリーはようやく自由を取り戻し、一息をつく事が出来た。

 

「ふう、助かったぞ。お礼にお辞儀してやろう」

 

 ハリーは赤毛の少年に完璧なフォームのお辞儀を披露し、それから椅子へと腰かける。

 少年もそれを見て、すぐに危害は加えられないと悟ったのか、とりあえず椅子へと座った。

 

「ええと、君、ハリー・ポッターって名乗ってたけど……」

「うむ、いかにも俺様こそ魔法界の英雄ハリー・ポッターだ。崇め、お辞儀する事を許してやろう」

「あのー、ハリー・ポッターって『例のあの人』を倒したんだよね? なのに何でその本人が帝王を名乗ってるのさ?」

「帝王を倒したのだから俺様が新たな帝王だ。何もおかしい事はない」

 

 ――おかしい事しかねぇよ……。

 少年は咄嗟に心に浮かんだそのツッコミを、何とか口に出さず飲み込んだ。

 そして考える。

 うん、ちょっと待とうか。まず彼がハリー・ポッターだという前提で……正直認めたく無いが1億歩くらい譲ってそうであるとして考えよう。

 帝王を倒したのだから自分が帝王。まあこれはいいだろう。

 いや、全然良く無いのだが要するに勝手に自称しているだけだ。これだけならまだ、ただの自意識過剰野郎で済む。

 しかし問題は顔だ。

 帝王倒したから顔が帝王になりましたとか、どう考えても無理がある。

 ツッコミ所しかない。

 

「うん、その……とりあえず何がどうなってそんな事になっちゃったの?」

「そんな事とは?」

「いや、うん……気を悪くしたら悪いんだけど……顔とか」

「顔?」

 

 ハリーは何を言われているのか分からないといった様子で窓を一瞥し、そこに映った自分の顔を眺める。

 それから少年へ振り返り、本心からの言葉で答えた。

 

「世紀の美男子フェイスにしか見えんぞ。何がおかしいのだ?」

 

 ――おかしい事しかねえよ!

 少年は脳内の叫びを、何とか口に出さず苦虫を噛み潰したような顔をする。

 駄目だこいつ、美的感覚までヴォルデモートになってやがる。

 これではきっと、いくらこちらがおかしいと言った所で気にはしないだろう。

 ロンは天を仰ぎ、そして思う。

 今日は何て日だ。せっかく憧れのホグワーツに入学出来るというのに、初日から変なのと関わってしまった。

 これならまだフレッドやジョージと同じコンパートメントの方がマシだった。

 

「おいロニー坊や、一緒に真ん中の車両まで行かないか? リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ――」

「おっと、ロンは蜘蛛が苦手だったな!」

 

 そんな内心の声を知ってか知らずか、今まさに思考にあがっていた双子がコンパートメントのドアを開けて顔を覗かせる。

 そして、ハリーの顔を見てすぐにドアを閉めた。

 ドアの向こうから慌てて逃げるような足音が響く。

 そりゃないぜ。

 正直気持ちはわからないでもないが、せめて僕を助けようという素振りくらいあってもいいじゃないか。

 そう思い、ロンはさめざめと涙を流した。

 

「ああもう、それにしても、どうしたスキャバーズ、さっきから落ち着きがないぞ」

 

 ロンはポケットに手を入れ、そこから太った鼠を出す。

 ウィーズリー家の6男である彼の持ち物は全てが兄達のお下がりだ。

 この前足の指が欠けた鼠もまた3番目の兄であるパーシーのペットを貰い受けたものである。

 普段は寝てばかりで全く役に立たない彼であるが、今日に限ってはやけに落ち着かずしきりに逃げようとしているのがロンには不思議だった。

 それから時間が経ち、12時頃になるとえくぼのおばさんが笑顔でコンパートメントの戸を開けた。

 

「車内販売よ。何もいりませんね」

 

 そしてハリーの顔を見て戸を閉めた。

 見事な逃げっぷりである。感心するしかない。

 だが不運な事に、ハリーは腹を空かせていたらしい。

 音を超える速度で戸を開け、おばさんを捕まえてしまった。

 

「よく来た、歓迎するぞ! とりあえず売り物全部もらおうか!」

「ひいいいっ!?」

「どうした、何故怯える?!」

「お助けを、お助けを! 売り物は全部さしあげますから、どうかお助けを!」

「何、全部無料でくれるというのか!? 貴様何ていい奴なんだ、俺様は感動したぞ!

お礼に俺様の部下にしてやろう!」

「ひいいい……どうか、どうか、それだけは……」

 

 これはひどい。

 ロンは心から呆れ、天を仰いだ。

 とりあえずこのままでは車内販売のおばさんが可愛そうなので何とかするしかない。

 正直この隙に逃げてしまいたい所だが、どうせ逃げてもこの帝王は追ってくるだけだろう。

 ならばせめて被害者を減らす努力くらいはするべきだ。

 

「ストップ、ハリー、そこまでだ。

おばさんをいつまでも捕まえてたら仕事にならないだろう?

欲しい物はもう手に入ったんだから離してやりなよ」

「む? そうだな、もう行っていいぞ」

 

 ハリーが手を離すと同時におばさんは凄まじい速度で逃げていった。

 あまりに慌てていたので販売用のカートを置いて行ってしまったが、恐らくもう取りに来る事はないだろう。

 ハリーはハリーで、何の遠慮もなく載せられた食べ物を物色している。

 

「これは何だ、ロニー坊や」

「ロンだよ。ロナルド・ウィーズリー。

ええと、これはカエルチョコだね。カエルの形をしているチョコレートさ」

「ではこのゲコゲコ鳴いているのは?」

「それは本物のカエルだね。どこから紛れ込んだんだろう?」

「そうか」

 

 ハリーはそう言うと、カエルを口の中に放り込んだ。

 うん、僕はもう突っ込まない。何も突っ込まないぞ。

 出会ってから数分、既にロンの心は諦めの境地に達していた。

 もう何があっても驚かないぞという気分だった。

 

「ねえ君達、僕のヒキガエルを見なかった?」

 

 コンパートメントの戸が開かれ、丸顔の男の子が入ってきた。

 なるほど、どうやら先程のカエルは彼のものだったらしい。

 ロンはすぐにハリーを指差し、彼の口からはみ出ているカエルの足を見せてやった。

 

「トレバァァァァァ!!? ちょっ、何で僕のトレバーを食べようとしているの!?

吐いて! 吐いてよ!」

「む、何だ貴様! 俺様に歯向かう気か!?」

「ぼ、僕は戦うぞ! トレバーを返せ!」

 

 ロンは思わず少年に拍手を送っていた。

 何と勇敢な少年だ。あの帝王フェイスに挑みかかるとは、これぞグリフィンドール生の素質というやつか。

 しかし勇気だけではどうにもならない事がある。

 ハリーは優雅とは言い難い、無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きでネビルの手をスルリスルリと避けてしまう。

 

「ネビル、カエルは見付かった?」

 

 既に大混乱のコンパートメントに、更に新たな来訪者が現れた。

 フサフサとした栗色の髪の、可愛らしい女の子だ。

 ロンは彼女を見て硬直してしまったが、これが一目惚れというやつかもしれない。

 そして決める。

 よし、もし彼女にあの帝王フェイスが襲いかかる事があれば僕が守ってやろう。

 大丈夫、僕だってウィーズリー家だ。それに何と言っても彼の杖は言う事を聞かずひたすら主人への罵倒を繰り返している。

 杖さえなければ闇の帝王といえどそこまで怖くない。

 来いよヴォルデモート、杖なんか捨ててかかってこい。

 

 しかし先に仕掛けたのは意外にも少女の方だった。

 彼女はハリーの顔を見るや真っ青になり、半狂乱を起こしたのだ。

 いや、これはまあ仕方の無い事だろう。

 コンパートメントを開けたらそこに帝王がいたのだ。誰だってまずは怖がる。

 しかし普通で終わらないのはこの後だ。

 彼女は勇敢なのか無謀なのか、たまたま近くにあった白い杖を掴んで悲鳴をあげながらハリーに向けてしまったのだ。

 

Your magic level qualifies you to use me.(あなたの魔法資質を確認しました)

 

 少女が掴んだ途端、先程まで「Fuck」しか言わなかった杖が流暢な英語を話し始める。

 そして少女の身体を淡い輝きが包み、ホグワーツの制服とは全く違う白い衣装を身に纏った。

 

Starlight Breaker!(帝王フェイス死すべし慈悲はない)

 

 よほど前の主人が嫌いだったのか、少女が何も言っていないのに杖が勝手に魔法を発動する。

 杖の先端に桃色の破滅的な輝きが集い、まるで星の煌きのように辺りを照らす。

 OK、ガール、ちょっと待とうか。

 帝王フェイスを撃つのは別にいい、むしろ全然オッケーさ。僕惚れちゃいそうだよ。

 けど今、射線上には僕と丸顔少年もいるんだ。

 ロンは諦めに満ちた顔で少女を止めようとするが、杖が勝手に暴れているだけなのだから止まるはずもない。

 

「スターライトブレイカァァァァァァ!!」

 

 とうとう杖から戦術核にも匹敵する超破壊エネルギーが迸り、ロン、ネビル、トレバー、ハリーを纏めて飲み込んだ。

 大丈夫、非殺傷設定だ。たとえ都市一つ消し飛ばす威力でも死にはしない。

 汽車の壁を消し飛ばし、ハリー達は飛んだ。空高く飛んだ。

 あまりの衝撃にハリーはカエルを吐き出し、根性溢れる丸顔少年は飛びながらカエルを掴んだ。

 そして完全に巻き込まれただけのロンは滝のような涙を流し、偶々最悪のタイミングでコンパートメントを訪れてしまったドラコ・マルフォイは何が起こったかもわからず新惑星ベジータまで飛んだ。

 大丈夫、非殺傷設定だ。

 

 

 

 ――ママ、僕もうホグワーツとかどうでもいいから帰りたいよ。

 ロナルド・ウィーズリーは心から思い、そして重力に任せて落ちて行った。

 

 

 




ブロリー「……何なんだあ? お前はあ……」
マルフォイ「(((;゜д゜)))」


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ヴォルデモートと賢者の石 ③

 ホグワーツに入学してまず最初に行う大イベントは何と言ってもクラス分けだ。

 これからの7年間を過ごす寮を決める大事な選定であり、ここで出た結果がそのままその後の学校生活を運命付けると言っても言い過ぎではないだろう。

 寮は全部で4つ。

 勇気を重んじるグリフィンドール。

 知恵持つ者が集うレイブンクロー。

 優しい者達のハッフルパフ。

 そして狡猾な者達の集い、スリザリン。

 何処に振り分けられるかは生徒の素質と組み分け帽子に託される。

 そんな中にあって、帽子を被る前から既にクラスが8割決まっている生徒も何人か存在していた。

 

 例えばロナルド・ウィーズリー。

 家族が皆グリフィンドールに振り分けられている赤毛の少年は、やはりグリフィンドール行きが決定付けられている。

 それは彼の家系がグリフィンドールの創始者であるゴドリック・グリフィンドールの末裔と噂される事と決して無関係ではないだろう。

 

 例えばドラコ・マルフォイ。

 父親が死喰い人であり、本人もまたその教育を受けた将来の死喰い人候補。

 そして純血主義者であり差別主義者、とくればスリザリン以外に受け皿など存在しない。

 と、いうよりもスリザリン以外に入って上手くやっていけるわけがない、という方が正確か。

 

 そしてハリー・ポッター。

 これに関してはもう説明の必要すらない。

 何せ顔がヴォルデモートだ。

 こいつをスリザリンに入れなくてどこに入れるんだという話である。

 

「ハンナ・アボット!」

「ハッフルパフ!」

「スーザン・ボーンズ!」

「ハッフルパフ!」

「テリー・ブート!」

「レイブンクロー!」

「ブロリー!」

「ハッフルパフ!」

「マンディ・ブルックルハースト!」

「レイブンクロー!」

 

 次々の生徒の名が呼ばれ、クラスが決まって行く。

 その度の各寮生が集まった4つのテーブルの何処かから歓声が上がり、新たな仲間を歓迎した。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー!」

「管理きょ……グリフィンドール!」

 

 汽車の中でハリーを吹き飛ばしたあの栗毛の少女はグリフィンドールのようだ。

 どうでもいいがハリーの杖は未だに彼女が持っている。

 というよりも杖が望んで付いて行ってしまったという方が正しい。

 おかげでハリーはいきなり杖なしだ。どうするんだこれ。

 

「パンジー・パーキンソン!」

 

 続けて前に出てきたのは、まるで壁に激突して顔が潰れたパグ犬のような顔の生徒であった。

 大きな瞳はクリクリと動き、舌を出したその顔は不細工であるが不思議な愛らしさを感じさせる。

 いわゆるブサ可愛いというやつだ。

 短い手足を動かし、尻尾を振りながら椅子に飛び乗る姿はなるほど、よく見れば保護欲をそそられるではないか。

 ――というかこれ、ただのパグ犬だ!

 おい、犬が入学してるぞ。いいのかホグワーツ。

 

「ハウス!」

 

 当然犬にクラスが振り当てられるはずもないが、犬がそんなのを気にするはずもない。

 まるで帽子の声など聞こえていないように椅子から飛び降り、マルフォイ目掛けて走り出した。

 どうやらパンジーはマルフォイがお気に入りのようだ。

 千切れんばかりに尻尾を振り、嫌そうな顔をしているマルフォイの顔をベロベロと舐め回している。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 そしていよいよハリーの名が呼ばれ、ハリーが跳ぶ。

 空中で3回捻り半、華麗にスピンを決めてシャンデリアに激突して墜落し、帽子を手に取った。

 そして被る、己の栄光を決めるその帽子を。

 すると頭の中に帽子の声が響き渡る。

 

「難しい、非常に難しい……。

ふむ、勇気の欠片もない。頭も悪い。才能はない。

おう、なんと、なるほど、とにかくお辞儀させたいという意味の解らない欲望がある。

どこに入れればいいんだこんなの」

 

 普通ならばスリザリン一直線なのだが、ハリーをスリザリンにすると間違いなく闇の帝王まっしぐらだろう。

 正直帽子としてはそれは避けたいところだ。

 しかしハリーは何故かお辞儀の姿勢のまま「グリフィンドールは嫌だ、グリフィンドールは嫌だ」と願い続けている。

 

「ふむ、グリフィンドールは嫌かね。

よろしい、君がそう確信しているなら――グリフィンドォォォォォォォォォル!!」

 

 ――この帽子正気か!?

 

 その時、ホグワーツの心が一つになった。

 生徒教師ゴースト、潜入していたソリッド・スネーク例外なく帽子の判断に耳を疑った。

 いやいや、ねーよ。あれがグリフィンドールはねーよ。

 顔が帝王のグリフィンドール生とかどんなんだよ。

 宣告されたハリーは顔は唖然とした表情で固まり、さしものダンブルドアも帽子の予想外の暴走に白眼を剥いていた。

 

「ダンブルドア」

「おお、ミネルバ。わしは明日一番に組み分け帽子を燃やして新しい帽子に変えようと思うんじゃが、どうじゃろう」

「大賛成ですわ、校長」

「少し長く使いすぎたかのう」

 

 壇上の二人が組み分け帽子の処分を固く決意している間にハリーは意気消沈した様子でグリフィンドールの席へ向かってた。

 その顔はショックのあまり絵柄まで変わり、まるでFXで有り金全部溶かした人の顔のようだ。

 哀しみを背負うあまり、なんだか無想転生のような動きでスライド移動している。

 

 その後も様々な生徒が寮分けされ、時にアズカバンに振り当てられ、ようやく寮分けが終わった時には1時間以上の時間が経過していた。

 当然待っている間は退屈である。

 上級生の何人かも暇つぶしにチェスを嗜む程には退屈な時間だった。

 最初こそ誰が何処に振り当てられるかで盛り上がれるが、それもずっと続けば苦痛でしかない。

 最後の方などほとんど誰も見ておらず、ハリーもロンを相手にマグルの作ったカードでゲームをしていた。

 

「俺様のターン! ホーリー・エルフにドーピングコンソメスープを使用!

攻撃力はこれで4000となる!」

「謝れ! 全国のホーリーエルフのファンに謝れ!」

「更に魔法カード融合を発動! ベビードラゴンと融合し、竜騎士ホーリーエルフ・マッスルを召還する!」

「やめてやれよ! 重すぎてベビードラゴン潰れかけてるじゃないか!?」

 

 もう寮分けなど見てもいない。

 魔法で立体化させたモンスター同士を戦わせるのに夢中になっていた二人は、いつしか周囲が静寂に包まれている事に気付くまでそのままカードを嗜んでいた。

 気付いた時は既に遅い。他の生徒は全員寮へ向かった後であり、二人は完全に取り残されてしまっていた。

 監督生仕事しろ?

 無理である、誰が好き好んで帝王フェイスなどに話しかけるというのだ。

 

「お、おい、大変だハリー! 僕達置いていかれちゃったぜ!」

「何! 俺様を放置するとは何たる不届き者!」

 

 ハリーはカードゲームを中断し、慌てて駆け出した。

 場に放置されたホーリーエルフ・マッスルも一緒に駆けた。

 ベビードラゴン? あいつは死んだよ。

 ハリーは凄まじい速度で駆け、途中悪戯に現れたピーブスが逆に驚いて逃げる形相でグリフィンドール寮へと向かった。

 

「合言葉を言いなさい! 言わなければ通さな――」

 

 グリフィンドール寮の扉を守る肖像画である『太った婦人』がハリーに合言葉を求める。

 しかしそんなものは聞いていないのだから知るはずもない。

 知らないならば強行突破以外ありえない。

 そんな謎理論を引っさげ、ホーリーエルフ・マッスルが扉をゴシカァンして破壊!

 ハリーとホーリーエルフは一糸乱れぬ無想転生のスライド移動でグリフィンドールの談話室へ飛び込んだ。

 

「よし、流石俺様! 無事間に合ったぞ!」

「全然よしじゃねえよ! 何やってるんだよ君は!」

 

 自我自賛するハリーへ、後から追いついてきたロンが怒りとも嘆きとも取れる叫びをあげる。

 もうこいつ嫌だ、本当に嫌だ。

 突っ込み所しかなくて何処から突っ込めばいいのかわからねえよ。

 さめざめと涙を流し、ロンは膝をつく。

 そんな彼の肩に手を置き、ハリーは帝王フェイスの極上笑顔を浮べてサムズアップした。

 

 ムカついたので取りあえず殴っておいた、僕は悪くない。

 

 

 

*

 

 

 

 ホグワーツは本当に生徒に授業を受けさせる気があるのだろうか。

 ロナルド・ウィーズリーは強くそう思い、呆れたように溜息を吐いた。

 階段の数は142。多すぎる、明らかに無駄だ。

 広い壮大な階段、狭いガタガタの階段、金曜日にはナメック星へ繋がる階段、真ん中でいつも消えてしまうので忘れずにジャンプしなければならない階段……。

 扉も多種多様に渡り、正確に一定の場所をくすぐらなければ開かない扉や、丁寧にお辞儀しなければ開かない扉などがあった。

 物という物が動き、これではどこに何があるかを覚える事も出来ない。

 肖像画の人物もしょっちゅう移動するし、きっと鎧だって歩けるに違いない。

 

 ――さまよう鎧が現れた!

 

 ニア  たたかう

     さくせん

     いれかえ

     にげる

 

「いや、本当に出て来るなよ!」

 

 突然、某ドラゴンクエストのように沸いて出てきた鎧を前に咄嗟にロンは逃げ出した。

 鎧が生徒を襲うなんて、全くホグワーツは狂っている。

 だが本当に狂っているのはひのきの棒で鎧に殴りかかるあの帝王フェイスの方かもしれない。

 ひのきの棒から緑の閃光を飛ばすが、残念、鎧は生き物ではない。

 しかし彼はその事に気付いていないのか、まるでザラキ病にかかったクリフトのようにアバダケダブラを連射していた。

 そんな事をしている間にホーリーエルフ・マッスルが会心の一撃を決め、彷徨う鎧を壊してしまう。

 というかまだいたのか、お前。

 

「フゥー、フゥー……クワッ」

「英語でおk」

 

 ホーリーエルフ・マッスルが何かほざいてるが、ロンはそれをあえて気にしない事にした。

 何を言っているのか分からないし、わかりたいとも思わない。

 その後も罠としか思えないホグワーツの仕掛けを抜け、時にお辞儀し、時にフィルチを倒し、ようやくハリーとロンは教室へ行く事が出来た。

 しかし移動が大変ならば授業はもっと大変だ。

 魔法とはただ杖を振るだけではないと生徒達は強く思い知らされた。

 

 変身術ではマクゴナガル先生が机を豚に変え、すぐに元の姿に戻すパフォーマンスを披露して生徒達を感激させた。

 皆すぐに試したくてウズウズし、しかし家具を動物に変えるのは困難であると思い知らされた。

 まず彼等にはマッチ棒が配られ、それを銀の針に変える所から始めなければならなかった。

 これを成功させたのはハーマイオニー一人で、マクゴナガルは滅多に見せない微笑みを彼女へ見せた。

 

 一方ハリーは杖がないので何も出来なかった。

 これはまずい。俺様超まずい。

 このままでは帝王の威厳が崩れ去ってしまう。

 実際には威厳も何もあったものではないのだが、彼自身は威厳があると思いこんでいるらしい。

 しかし杖がなければ魔法が撃てない。

 さっきアバダケダブラしてた気がしないでもないが、ひのきの棒も置いてきてしまった。

 どうしよう……これはすごくまずいぞ。

 

 そうして彼が悩んでいると、突然窓が破壊されて教室に黒い影が飛び込んできた。

 

 現れたそれは黒い髪に、手入れのされていない肌、隈だらけの鋭い瞳に髑髏のような輪郭。

 いかにも『私は悪女です』と言わんばかりの黒い魔女、死喰い人のベラトリックス・レストレンジであった。

 唐突過ぎる死喰い人の登場に唖然とするマクゴナガルの前で彼女は堂々たる名乗りをあげる。

 

「天が呼ぶ地が呼ぶ帝王様が呼ぶ。

ヴォルデモート様が一の忠臣、ベラドリックス・レストレンジ只今推参!

我が君、アズカバンで囚人服を着こなしカモシカのようなフォームで逃げる貴方様を見た時からずっと、お会いしとうございました!

貴方様の苦労は私の苦労! 今こそ我が力を示す時!」

 

 ベラドリックスは奇声をあげ、マッチ棒に魔法をかける。

 するとマッチ棒は素晴らしい銀色の針となり、ベラドリックスは一年生の課題であるそれをドヤ顔でマクゴナガルに提出した。

 

「さあマクゴナガル、これで我が君は課題をクリアされた!

グリフィンドールに10点を加点せよ!」

 

 マクゴナガルは無言でベラドリックスを殴った。

 すると黒い魔女は凄まじい速度で吹き飛んで窓を突き破り、空の彼方へ消えた。

 それを見てハリーは呟く。

 

「……あいつ誰?」

 

 

 吹き飛びながら地獄耳でそれを聞いたベラドリックスはショックのあまり、白眼を剥いて気絶した。

 

 




(*´ω`*) とりあえず帝王フェイスハリーはこの3話で終わりです。
ここまで書いてみたはいいけど、「これで長編は無理あるよなあ」と気付き、パソコンの中に封印していました。
この後は帝王フェイスハリー、ロン、リリカルハー子、ホーリーエルフ・マッスル、困った時のお助け役ベラドリックスの五人をレギュラーキャラとし色々やる脳内プロットもありましたが、途中で破綻を起こしました。
それでは、またお会いしましょう。


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オリ主えもん

没作品第2弾。
全1話(即エター)

備考:秘密道具を駆使して様々な世界でチートするドラえもん系オリ主を書こうとして盛大に爆死したSS。


 白い男が荒野を歩いていた。

 腰まで届く白髪を風になびかせ、首から下を覆う白いローブで身体を隠し、ただ歩いていた。

 生気のない灰色の瞳は空虚に地平を眺め、本来ならば整っていただろう顔は病人のようにやつれ果てていた。

 

 ――男は独りだった。

 現存する既存宇宙の中で、独り放浪していた。

 あらゆる過去現在未来、平行時間軸の中で独りだけ生き残ってしまった。

 

 彼は今や、たった独りの歩く特異点であった。

 

 

 

「――今までこうならなかった方がおかしかった。

むしろ、よくこれまで平和が続いたものだ」

 

 荒廃し、見渡す限りの廃墟と化した己の母星を見ながら彼――ジュゼッペは悲観に暮れた。

 時は西暦2404年。24世紀に差しかかり、人類はまさに科学の絶頂にあった。

 過ぎたる科学は魔法と同じ――いつか誰かが言ったその言葉を人類は完璧に体現した。

 宇宙空間すら隔て、あらゆる場所へ移動出来る『どこでもドア』。

 時空間を超越し歴史すら改変せしめる『タイムマシン』。

 己の望んだ平行世界へ自在に渡る事が出来る『もしもボックス』。

 吐いた言葉全てが虚言と化し未来すら操る『ウソ800』。

 吐いた嘘総てが現実に起こる『ソノウソホント』。

 日記に書き込むだけで未来を掌握する『あらかじめ日記』。

 気に入らない相手を抹消する『独裁スイッチ』。

 そして銀河すら容易く創生する『創世セット』。

 

 この時代、人に不可能はなかった。

 人類はまさに神であり、全知全能であった。

 病気を廃し、寿命を殺し、死した者すらも蘇らせ、一人の個人が複数の宇宙を所有している事すら珍しくはなかった。

 空を飛び、深海へ潜り、あらゆる星々を植民地とし、人間を練成する道具が当然のように市場に出回った。

 

 だがいかに全知だろうと、いかに全能だろうと人は人だ。

 神でも天使でも悪魔でもない。やはり人間はどこまで行っても人間なのだ。

 賢者がいれば愚者がいる。聖人がいれば悪党もいる。

 そんな当たり前の、知恵ある生き物でしかなかったのだ。

 

 故にこの末路は至極当然、予想して然るべき未来でしかなかった。

 ああ、それはそうだ。こうなるに決まっている。

 誰でもお小遣いを払えば『地球破壊爆弾』を買えて、夏休みの自由研究に『神様シート』を求める。

 何の考えもない幼い子供に全能となれる道具が与えられ、それを自在に使う事に何の障害もない。

 今が気に食わないならば過去の先祖の元に自らの息がかかった猫型ロボットを送り込んで過去を改変し、己の望む現在へと変える。

 そんな事が当たり前のように誰でも出来る世界で、どうして破綻が訪れないと思えよう。

 むしろ今まで崩れなかった方がおかしいのだ。

 今まで平和が続いた事こそが奇跡であり異常であったのだ。

 

 終末は唐突だった。

 

 切欠は果たして何であったか――子供が癇癪で爆発させた地球破壊爆弾だったか。

 それとも、ソノウソホントを用いて現実にしてはならない嘘を叶えてしまったか。

 あるいは不注意な誰かがウソ800を使用した状態で『世界がずっと平和でありますように』とでもほざいたか。

 もしかしたら、タイムマシンを用いた過去改変が何かとんでもない過ちを引き起こしたか。

 ――いずれにせよ、どうしようもなく馬鹿げた理由で人類最期の戦争は幕を開けた。

 

 振るう力は互いに全知全能。

 一個人が世界を所有する24世紀の戦争は激化を極め、旧時代の機関銃の弾のような軽さで地球破壊爆弾が飛び交った。

 タイムマシンで過去へ介入し、創世セットで味方を無限に増やし、あらかじめ日記で運命を捻じ曲げた。

 バイバインであらゆる道具が無限に増殖し、展開される地球破壊爆弾の弾幕は那由他すら越えた。

 あらゆる平行世界を巻き込み、あらゆる並列時空を巻き添えにし、過去現在未来の総てを砕き散らし、再生し、まだ砕きながら遂には既存宇宙すらも捻じ曲げた。

 神話に語られる神々の戦争とはきっと、こうしたものであったのだろう。

 人類は発展しすぎた武器を互いに向け合い、もはや止まる事も出来ずに自滅への道を駆け抜けた。

 

 故に、これは当然の結末であった。

 むしろ星の原型が残っているだけ奇跡だ。

 無論100回や200回は砕け散っただろうが、それでも再生に次ぐ再生で地球は何とかその原型を保っている。

 ――もっとも、そこに生き物はなく酸素もなく、普通であれば生きる事など到底出来ない死の星と化してしまっているが……そんなのはテキオー灯でどうとでもなった。

 

「ああ、何たる愚昧。

人類とはかくも愚かで軽挙であったか。

何と滑稽で救いのない――いやはや、最早笑う他ない」

 

 ジュゼッペは渇いた笑い声をあげ、発展の先の末路を眺める。

 ここ数ヶ月、秘密道具を駆使して休まず生存者を探索しているが未だに子犬一匹見付からない。

 秘密道具を使えばあの戦争を乗り切り生存も出来るはずだ。

 きっと誰かが自分と同じように生きているはずだ。

 その希望を胸にもしもボックスで平行世界へ渡り、タイムマシンで過去へ渡り、どこでもドアで宇宙へ渡った。

 だが――ああ何たる無情。そこにあるのは破壊、破壊、破壊のみ。

 過去も現在も未来も、並列するパラレルワールドも、どこかの誰かが創った神様シートの宇宙も、万象総てが壊れてしまった。

 森羅万象あらゆる物を砕いた人類はとうとう自分達の歴史すらも空白へ帰し、今ではもう人類の歴史すら『無かった事』になっている。

 ジュゼッペはかろうじて秘密道具を十全以上に活用し続ける事で歴史改変の波すらも乗り切ったが、それでも自分一人の身を守るのが限度であった。

 その過程で万能の道具たるソノウソホントは失われ、ウソ800はほぼ使い尽くし、後一口飲めば宇宙最後のウソ800も消えてなくなる。

 しかしこの一口で何が出来よう。

 ウソ800は虚言を用いて『これから起こる事象』を自在に操る事が出来る。

 しかし起こってしまった過去は変えられない。

 かといって、再生する余地すらない空白の宇宙を変えうる力もない。

 ウソ800は可能性を自在に操る。だが可能性がゼロでは何も出来ないのだ。

 それでも――。

 

「認めんよ」

 

 それでも――。

 

「認められるわけがあるまい」

 

 それでも尚――。

 

「こんな終末など私は認めん。

ああそうとも、こんなものが人類の終わりであるはずがあるまい」

 

 認めない。

 認めてたまるか。

 こんな末路など望んでいない。

 こんな終末など願っていない。

 故にこそ、ここから総てをやり直す。

 

「これが真実人の末路というならば――よろしい、私が虚言で彩ろう。

これより総てを嘘へと変えよう」

 

 永劫続く時間の牢獄であろうと構わない。

 二度とこの口は真実を語らなくてもいい。

 ジュゼッペ・カリオストロは芝居がかった動作で両手を挙げ、誰一人見ぬ舞台で声高らかに謳う。

 

「これより始まるは私の独り芝居。

私の、私による、私の為の舞台上演。

語る言葉は万事虚言と化し、この口は真実を語る事がない」

 

 瞳には決意。

 口元には笑み。

 超然者然とした雰囲気すら纏い、彼は最後のウソ800を飲み干す。

 そして、己の運命を固定するその言葉を言い放った。

 

「これより吐く私の言葉は総て真実となる」

 

 ――これより吐く私の言葉は総て虚言と化す。

 

「私は嘘を付かない」

 

 ――私は嘘しか口にしない。

 

「私は神ではない」

 

 ――私は神となる。

 

「この身は無力な人間で無知無能。

この矮小な身で何が出来ようか」

 

 ――この身は人である事を捨て全知全能となる。

 ――出来ない事など何もない。

 

「秘密道具の力など私は持たない。

道具もなく力を振るう事など出来やしない」

 

 ――秘密道具の力を私は持っている。

 ――道具もなくそれらの力を振るう事が出来る。

 

「何より私の心は脆弱だ。永劫の時間になどとても耐えられない。

磨耗し、消え去る運命にある」

 

 ――私の心は弱さを捨てる。永劫の時間すら耐えてみせよう。

 ――いかに磨耗しようと、決して消えたりしない。

 

 

 

「故にここで終わる。世界は二度と蘇らない」

 

――故にここより始めよう。もう二度と同じ過ちを繰り返しはしない。

 

 

 

*

 

 

 

 ジュゼッペ・カリオストロは人である事を捨てた。

 そしてこれより真実、神となる。

 虚言しか吐けぬ創生の神へと変わるのだ。

 

 彼が眼下に広げるは、決して大きくはない布だ。

 大きさにして1m程度の小さな布であり、しかしここには宇宙が内包されていた。

 

 『神様シート』。

 

 これを使えば誰でも神になれる。

 これを使えば誰でも望む世界を創生出来る。

 そしてそれを、見渡す限りのあらゆる箇所に敷き詰めていた。

 この廃墟と化した地球のあらゆる大地に隙間なく『神様シート』を並べていた。

 今や彼は歩く秘密道具。歩くスペアポケット。

 その身体の内にはあらゆる道具が内包され、自在に取り出して操る事が出来る。

 その彼にとって神様シートを増やすなど最早造作もない。

 

 まずは世界を創ろう。

 ありとあらゆる世界をここより創生し、そして導こう。

 虚言を操る悪神となり、人々の未来を支えよう。

 数多の愛しき、生まれ立ての宇宙達。

 その総てを騙し、欺き、翻弄し、そして愛そう。

 

 独り荒野を放浪し、そこに敷き詰めた宇宙を一つ余さず管理する。

 どれか一つとて見落としなどしない。

 二度と滅びの運命など辿らせない。

 そこにある歴史、物語、営み、愛……その総てを見届け、導こう。

 この身は虚言の神。

 虚言しか吐けぬなれど、世界の未来を憂う心に偽りなどない。

 

「愚かな人の子らよ」

 

 ジュゼッペは謳う。

 

「無知蒙昧なる子羊達よ」

 

 超越者の面を偽り、遥かな高みより無数の宇宙を愛でる。

 

 

 

「君達に神の祝福などない。

見捨てられた楽園の人形でしかない事を、いずれ君達は知るだろう」

 

 

 

 ――神は汝ら総てを祝福しよう。

 決して見捨てたりしない。

 例え誰一人、それを知る事がないとしても――。

 

 

 




没理由:主人公の目的に終着点がないので終わらない。
つまり主人公を殺すか、世界を放棄させない限り何をどうしようがエタる欠陥SSだと書いてから気付いてしまった。


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ピカチュウ凄いでチュウ

没作品第3弾。
全1話(即エター)

備考:ポケモンSSを書こうとしたものの見事に失敗したSS。


 ――ピカチュウというポケモンを知っているだろうか。

 恐らくはトレーナーでなくともほとんどの人間は知っているであろう、人気の高いポケモンだ。

 図鑑№25に記される鼠ポケモンで、そのサイズは個体差もあるが大体40cm前後。

 決して強いポケモンではなく、加えて人に懐き難いという面倒なポケモンであり、トレーナーとして上を目指すならばお世辞にも適してるとは言い難い。

 同じ電気ポケモンならばサンダースやマルマイン、あるいは進化後のライチュウの方が使い易いだろう。

 しかしそれでもピカチュウは人気がある。何故か?

 

 その理由は単純明快、『可愛い』からだ。

 

 つぶらな瞳とピンク色の頬袋、小柄なサイズというその容姿は特に女性人気が高く、ペットとして需要が途絶える事はない。

 その為弱いままなのを承知した上で進化させないトレーナーが頻発し、酷い場合はそもそもバトルにすら出さないケースがある。

 今日もまた、そんな人気ポケモンをゲットするべくトレーナー達がここ、トキワの森へと足を運んでいた。

 

「見付けた! ねえミニス、あそこの草むらにピカチュウがいるわ!」

「わかってるわカート! 絶対ゲットするわよ!」

 

 きゃいきゃいと黄色い声をあげているのは、少し頭の軽そうなミニスカート二人組だ。

 彼女達が見る先には草が生い茂っている草むらがあり、そこからピカチュウの頭が覗いている。

 それは見間違えるはずもなく、捜し求めていた鼠ポケモンそのもの。ピコピコと耳が動き、興味深そうにつぶらな瞳がこちらを見詰めている。

 

「ほおら、おいでピカチュウ。怖くないわよー」

 

 ミニスカートの一人が笑顔でピカチュウを手招きする。

 するとそれに誘われるようにピカチュウがガサガサと草むらを搔き分けて歩き、近づいてきた。

 よかった、警戒されていない。

 そう喜んだミニスカート二人だが、しかしここで違和感に気が付いた。

 何か……何かおかしい。

 あの草むら、よく見れば人間くらいの高さがある。

 ピカチュウなど、あの草むらの裏にいたら全身が隠れてしまうのではないか?

 では何故、あのピカチュウは頭が見えているのだ。

 彼女達二人はその不可思議さにようやく気付き――そして、考えるまでもなく、答えが自ら姿を現した。

 

 

 鍛え抜かれた腕はまさに丸太。ミニスカートの腰ほどの太さを誇り、浮き出た血管がピクピクと動く。

 大地を踏みしめるその足はまさに鋼。長く、スマートで、それでいて力強い。

 磨きぬかれたその胸はまさに鋼鉄。電気ポケモンでありながら堅牢さでは岩ポケモンすら上回る。

 引き締まったその腹はまさに鎧。無駄な脂肪など存在せず、ただひたすらに戦う為の筋肉がそこにあった。

 そのシルエットはまさに芸術。全長3mを越えるだろう巨体と極限まで鍛え上げられたその身体はさながら一流の彫刻家が造った神の造形美の如く。

 ――それは、簡単に表すならば『首から上がピカチュウの黄色いゴーリキー』であった。

 

「ピッカチュウ♡」

 

 草むらから出てきたピカチュウが、その顔に相応しい愛らしい鳴き声をあげる。

 何と言うことだろう。このポケモンは力強さと美しさだけでなく、可愛らしさすら備えているとでもいうのか。

 嗚呼、なんと完璧なポケモンだろうか。

 かつてこれほど非の打ち所のないモンスターがいただろうか。

 地球上全土を探したとて、これ以上に完成された生物と出会う事があろうか。

 ピカチュウはそんな己の『美』を見せ付けるべくサイドチェストのポージングを披露し、少女達にウインクを送ってみせた。

 そんな気配りすら完璧なピカチュウを前に少女二人は呆然とし、そして――。

 

「い、嫌ああああァァァああああああああァあああァァァァアアアーーーッ!!!?」

「ぎゃあああああああ! 化物ォォォォォォ!!?」

 

 ――全速力で、逃げ出した。

 

「ピカァ~……」

 

 そんな彼女達の後姿を見送り、ピカチュウは気落ちしたように項垂れる。

 ……まあ、あれである。

 どんなに頑張って無理して持ち上げても、やはりキモい物はキモイのである。

 少女達の反応は至極当然の事と言えた。

 

 

 

 事の始まりは数日前。

 『彼』はある日目を覚ますと、何故かピカチュウになっていた。

 いや訂正しよう、これをピカチュウと言っては全世界のピカチュウに失礼だ。

 彼は目を覚ますと、ピカチュウのような何かになっていた。

 

 『彼』はどこにでもいる、ごく普通の土木工事作業員だった。

 年齢は35で独身。そろそろ嫁さん欲しいと切に願う普通の男だ。

 少し違う所を挙げるならば、ちょっとした筋トレマニアで毎日欠かさずジム通いしていた事くらいか。

 そんな彼がある日目を覚ますと、何故か巷で話題の黄色い人気物……のような何かに変貌していたのだから、それはもう混乱した。

 口を開けば出て来るのは可愛らしい『ピカチュウ』の鳴き声。

 あれだ、まるで女性の声優さんが出しているかのような可愛いボイス。あれが自分の口から出るのだ。

 しかし首から下は鍛え抜かれた己の肉体。色こそ黄色になっているものの紛れもなく自分の身体で、しかも何故か3mに巨大化していた。

 湖に映った己の姿を見て彼は悲観に暮れた。

 

 ――どうしよう、俺キモい。俺超キモい。

 

 今まで一度として己の身体を恥じた事はないし、それはこれからも変わらない。

 しかしこの顔はどうした事か。

 磨き抜いた我が筋肉とまるで合っていない。絶望的なまでにミスマッチだ。

 何だこの鳴き声、嫌がらせか。せめてゴーリキーの鳴き声にしろ。

 神の悪戯か悪魔の愉悦か。どちらにせよ、唐突に我が身に降りかかった有り得ない不幸に彼は大いに嘆き、そして途方に暮れた。

 このままポケモンの生に甘んじるつもりなど毛頭ない。必ず戻ってみせる。

 しかしそうしたくとも、自分にはこうなった原因すら分からないのだ。

 そしてそれを突き止めようにも、この身はポケモン。人の世の情報を集めるには向かない。

 だが嘆くには早い。この世界には『ポケモントレーナー』という素晴らしい存在があるのだから。

 

 ポケモントレーナー――ポケモンと共に歩む人々。

 

 彼等はポケモンをゲットし、育て、そして共に歩む。

 野生のポケモンが街に入れば追い出されるか逃げられてしまうが、トレーナーの手持ちならば人間の友だ。

 彼はそれを利用し、まず人間の協力を得ようと考えた。

 しかし悲しきかな今の彼は恐ろしいマッスルモンスター。彼を見れば皆が悲鳴をあげて逃げて行く。

 今のままでは人の町に入る事すら出来ないのだ。

 

 まずは、現状の打破。

 野生ポケモンの立場を脱さなければ前進すら出来やしない。

 故に彼は待つ。己に相応しき……というかぶっちゃけ、逃げずに使ってくれるなら誰でもいいので、とりあえず自分を見ても怖がらないトレーナーを。

 

 

 この物語は、ポケモンマスターを目指す少年の物語ではない。

 悪の組織からポケモン達を守る勇敢な少女の物語でもない。

 何の間違いか、ピカチュウと化してしまった一人の漢の、熱き血潮の物語である。

 

 




没理由:誰もゲットしてくれないので物語が始まらない。


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野望の少女IF ベリーイージーモード(ミラベル味方ルート)

没作品第4弾。

備考:もしもミラベルが最初から最後まで味方だったなら
分岐条件:レティス生存


 ――それは、ほんのわずかな差異だった。

 始まりは本当に些細な、取るに足らぬ『IF』だった。

 ある日の朝、一羽の蝶が羽ばたいた……本来あったはずの運命との差異はこれだけであり、それ以外は何一つ変わりはしない。

 取り立てて騒ぐような事でもない。至極極めてどうでもいい事だ。

 だが、ああ何たる運命の脆さか。

 たった一匹の蝶のせいで歯車は崩れた。たったそれだけの事で世界の運命は180度道を外れてしまった。

 蝶の羽ばたきに驚いた蜂が本来と違うコースを飛び、そしてその道を偶々ヒースコート・ベレスフォードが歩いた。

 そして興奮した蜂に刺され、アナフィラキシーショックを起こして死んだ。

 

 そして、そこから全ての歯車が狂った。

 

 

 

 

 

 11歳を迎えたばかりのハリー・ポッターにとってその日は色々な意味で特別な日であった。

 これまでの彼の生涯において幸福というものは本当にささやかな物でしかなく、凡そ普通の子供が得られるはずの物を何一つとして与えられていなかった。

 そんな彼が今や魔法界の英雄扱いであり、そして魔法使いの学校へ入ったのだからまさにこれぞ転機というものである。

 もしかしたら、少し自惚れがあったのかもしれない。

 皆が皆、己を特別だと言ってくれる。

 会う人全てが自分を知り、『生き残った男の子』と称えてくれる。

 この状況下で、今まで虐げられてきた11歳の少年に舞い上がるなと言えばそれはあまりに酷というもの。

 圧迫され、虐げられ、苦しい環境にあるほど人は現実から逃避してしまう生き物だ。

 だから、少しくらい、自分が特別だと思っても罰は当たらないだろう。

 

 そう思っていた少年の芽生えかけた自惚れは――一人の少女を見た瞬間跡形もなく瓦解した。

 

 ――ミラベル・ベレスフォード。

 

 入学式で名を呼ばれたそれは、一言で言うならば『特別』。

 黄金に輝く有り得ざる美貌。

 人は自身で光など発しない。電球ではないのだから光源などないはずだ。

 しかし彼女はまるで己自身が光を発しているかのように輝いていた。

 無論、眼の錯覚だ。あまりに強大過ぎる存在感がそう思わせているに過ぎない。

 しかしきっと、誰もがハリーと同じ事を感じた事だろう。

 あれは違う。

 あれは自分達とは何もかもが違う。

 あれは異常であり異才であり、そして特別な何者かだ。

 

 どんなに特別でもそこには理由があると思っていた。

 環境がそうさせたから――。

 努力したから――。

 運がよかったから――。

 そんな自分達でも理解出来る理由があると思いたかった。

 ああ、だがあの少女を見よ。

 彼女が特別である事に何の理由があろうか。

 

 “そこに理由などない”。

 

 特別は特別故に特別なのだ。

 そこに何故と問うなかれ。

 彼女は彼女で、ミラベル・ベレスフォードだから。そこで全ては完結している。

 

「スリザ……」

「あ?」

「いや、だからスリ……」

「グリフィンドールの間違いだろう? 我が友が二人ともグリフィンドールでオマケにメイドまでグリフィンドールで私だけ他所という事はあるまい?

中古品か? それとも長年使いすぎてボケたのか?

よし、なら私が破棄の手間を省いてやろう。何、案ずるな、新しい帽子は私が用意してやろう」

「……グリフィン、ドォォォォル!!」

 

 入学早々帽子を脅して強引に寮を決めるという暴挙を為し、その結果友人と思われる銀髪の少女に怒られている黄金を見てハリーは思う。

 きっと選ばれた存在というのは、ああいうのを指すのだろう、と。

 

 そしてその確信に過ちはなく――その日より、ハリーの傍観者としての日々が始まった。

 

 

 

 これは『IF(もしも)』の物語。

 『もしも』、ヒースコート・ベレスフォードが何らかの理由で既に還らぬ人となっていたならば。

 『もしも』、銀髪の少女が彼女の隣で微笑んでいたならば。

 『もしも』、後に黄金に勝利するはずの友人と既に出会った後だったならば。

 

 きっとハリー・ポッターの学園生活は、平凡で平和で、危機とは無縁のものとなっていた事だろう。

 

 

 

 一年目の事件は、ハリーが気付く前に終わっていた。

 入学一日目にしてミラベルがやらかしたのだ。

 彼女は何を血迷ったのか『闇の魔術に対する防衛術』のクィリナス・クィレルに突然襲撃をかけ、ダンブルドアに引き渡してしまったのだ。

 普通ならば勿論こんなのは退学にされて当然の行いだ。

 しかしクィレルの持つ事情がそれを許さない。

 何と彼は後頭部に闇の帝王と呼ばれるヴォルデモートを寄生させており、『賢者の石』とかいう何か凄い道具を得るために学校に来ていたらしい。

 かくしてクィレルは呆気なくアズカバンにブチ込まれ、何の事件も起こらずにこの一件は終了を迎えた。

 この年、ハリーのやった事といえばクィディッチの選手に選ばれてグリフィンドールを優勝させたくらいだが、それよりもミラベルの功績が大きすぎて彼の活躍はあってもなくても変わらなかった。

 

 ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、「これはひどい」と漏らしたそうだ。

 

 

 

 二年目の事件は、ハリーが気付いたら終わっていた。

 『スリザリンの継承者』なる者が操る『スリザリンの怪物』が学校を恐怖に陥れたのはわずか3日間の事。

 4日目の朝にはただの屍となって学校に転がっていた。

 やらかしたのはやはりミラベルとその友人。

 銀髪の少女……レティス・グローステストが怪物の標的になったらしく、それがバジリスクの命運を決定した。

 蛇が彼女の前に現れたその瞬間、まるで時間でも停めたかのように黄金が飛来し、蛇を細切れ死体に変えてしまったというのだ。

 たまたまその現場を目撃した哀れなジャスティンは「催眠術だとか超スピードなんてチャチなものじゃ断じてない」と語る。

 そのままミラベルはジニー・ウィーズリーをひっ捕らえ彼女の持つ日記をダンブルドアに見せた後、焼き尽くしてしまった。

 かくしてスリザリンの継承者と怪物はこれといった事件をほとんど起こせないままに退場させられてしまい、この一件は終了を迎えた。

 この年にハリーの身に起こった特別な出来事といえば精々ロックハートに付き纏われた事くらいだ。

 

 ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『これはひどい』と呟いたそうだ。

 

 

 

 三年目の事件はハリーが何もせずに終わっていた。

 アズカバンから『シリウス・ブラック』なる囚人が脱走し学校を恐怖に陥れたのは果たして一日と続いただろうか。

 「ああ、そいつ無罪だぞ」。

 ミラベルが何の感傷もなく発したその爆弾発言に全校とダンブルドアが揺れた。

 その証拠となったのはロンの飼っていた鼠のスキャバーズだ。

 哀れな彼はミラベルによって無理矢理人間に戻された上、真実薬で散々情報を絞られた末にアズカバンに送られた。

 その後シリウス・ブラックは無罪放免で晴れて自由の身となり、ハリーとの再会を喜んだ。

 この年、ハリーがやった事といえばヒッポグリフの無罪を獲得しようと躍起になっていた事くらいだが、それすら無駄な努力に過ぎなかった。

 ハリー達の窮地を知ったイーディスがミラベルに頼み込み、最初は面倒臭がっていた彼女を姉と一緒に無理矢理味方に加えたのだ。

 その後、ミラベルは法廷でルシウス・マルフォイと激突し、出る作品を間違えているのではないかと言いたくなる熱い論戦を繰り広げ、最後には彼が死喰い人時代に操られていたわけではない証拠と証人を叩き付けて逆転してしまった。

 

 ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『これはひどい』と頭を抱えたそうだ。

 

 

 

 四年目の事件はとうとう起こりすらしなかった。

 夏休みの間にミラベルがヴォルデモートを探し出し、魂だけの無力な彼をやはり無力な赤子のような肉体に定着させてダンブルドアの前に連行してしまったのだ。

 捜索の決め手となったのは昨年のワームテールの証言、と本人は語る。

 その後彼女が取った手段こそまさに非人道。

 分霊箱を持つ故に不死身で殺せない帝王を相手に、アズカバンから借りた吸魂鬼をけしかけたのだ。

 

 ――もしもヒースコートが生きていたならば、きっと吸魂鬼をレティスにけしかけて廃人にしていた事だろう。

 そしてもしも彼女が吸魂鬼に襲われていたならば、決してこの害悪な生き物を利用しようなどとミラベルは考えなかっただろう。

 

 しかし、“そんな事は起こらなかった”。

 それが今目の前にある真実であり、現実。

 故にミラベルは忌まわしき生物だろうと十全に活用する。

 屈服させ、痛めつけ、支配し、己が手足のように使役する。

 ミラベル・ベレスフォードとディメンター。

 これほど悪辣な組み合わせが他にあるだろうか。

 いかに不死身だろうと本体が廃人にされてしまえば、もうどうしようもない。

 確かに生き続ける事は出来るだろう。

 分霊箱を砕かぬ限りヴォルデモートに死は存在しない。

 だが中核となる本体の魂を喰われ、廃人にされたそれは果たして『生きている』と呼べるのか?

 

 きっとそれは、死んでいるよりも辛く惨めな事だ。

 

 かくして帝王は廃人と化し、この一件は幕を閉じた。

 この年にハリーがやった事といえば、ただ対抗試合を見ていただけだ。

 そしてダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『もうこれでいいや』と天を仰いだ。

 

 

 

 五年目の事件は、完全にハリーは蚊帳の外であった。

 ドローレス・アンブリッジは学校に来ず、例年と変わらぬ平和な日々が表面上は続いた。

 しかし裏では不死鳥の騎士団による分霊箱探しが始まっており、死喰い人残党との熾烈極まる闘争が行われていたらしい。

 しかしここでまたもやらかしたのがミラベルだ。

 彼女は自身の弟と屋敷妖精、侍女を連れて闘争に飛び込み、死喰い人を悉く蹴散らしたのだ。

 一騎当千とはまさに彼等の事。

 侍女メアリーは雷速で敵の杖を焼き、屋敷妖精ホルガーは杖を使わない魔法で死喰い人を次々と薙ぎ倒した。

 弟のシドニーは変身魔法の達人で、そこらに転がる小石すらマグルの誇る兵器へと変えた。

 だがその活躍すら霞むのがミラベルだ。

 杖を使わず幾千の雷を呼び起こし、詠唱すらせずに海を割る。

 その力は天変地異すら引き起こし、遂には宇宙を漂う流星すらをも己が武器へと変えた。

 

「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」

 

 ダンブルドアは諦めたようにそう語り、浜辺でバカンスを楽しんだ。

 

 

 

 六年目は――もう、事件になるような事は何もなかった。

 全てはミラベルのミラベルによるミラベルの為の舞台と化し、終始彼女の一人舞台で幕を閉じた。

 そこには盛り上がりも何もなく、戦いの中で生まれるドラマもない。

 ただ恐竜が蟻を踏み潰して回り、そして何の面白味もなく終わった。それだけの事だ。

 勝つべき者が予定調和そのままに何の意外性もなく勝利し、盛り上げ所を解さぬままに脚本にエンドマークを付けた。

 ああ、何たる無情。こんな怪物がいては主人公は主人公足りえず、宿敵は宿敵足りえない。

 どちらも等しく踏み潰され、後には黄金ただ一人が残るのみだ。

 

 

 むかしむかしある所に悪さばかりをする悪い大蟻がいました。

 他の蟻を次々と喰い殺し、このままでは巣が滅びてしまいます。

 このまま奴の好きにはさせない。

 勇敢な働き蟻達は立ち上がり、知恵を絞って彼と戦う決意をしました。

 しかし偶然通りがかった恐竜が悪い蟻を踏み殺してしまいました。

 

 

 この戦いを例えるならば、概ねこんなところだ。

 悪い大蟻の野心も働き蟻の矜持も恐竜にしてみれば至極どうでもいい事。

 ああ、何か足元で小さい連中が何やら蠢いているな、程度にしか感じない。

 踏み潰したところで「ああ、そうですか」とも思わない。

 恐竜はただ、そこを歩いていただけなのだ。

 踏み殺してしまったのも、たまたま自分が歩く道の前にいたから。

 要するに、ミラベルにとってヴォルデモートとはその程度の存在であった。

 既に欲する現在を得て、満たされ、二人の友が隣で微笑んでくれている彼女にとってヴォルデモートは別段憎悪すべき相手でもなければ、何が何でも殺したい相手でもなく、わざわざ復活を待って己の力を誇示したいなどと思わない。

 純血主義だの、それに対抗する者だのはただ彼女の日常にとって邪魔なだけでしかない。

 

 ああ邪魔だぞ貴様等。

 寄り集まっても石くれにすらなれない塵共が何やら必死にどうでもいい事を喚き立てている。

 雑音、雑音、雑音――。

 見えぬ聞こえぬ存ぜぬ。纏めて心底どうでもいい。

 だから潰した。

 放置すれば自分達の邪魔になりそうだから、邪魔になりそうな方を潰した。

 

 かくしてミラベルは彼女が望む日常を維持し、今日もレティスの膝を枕代わりに惰眠を貪る。

 何か周囲の人間は自分の事を『暴帝(笑)』だのと呼んでいるらしいが、別段それも気に留める事ではない。

 彼女にとって死喰い人や闇の帝王との戦いは、道端にいた蟻を踏んだだけに等しく、記憶に留める意味すら見出せないものだ。

 とりあえず後2年、この退屈で平和な学校生活を楽しんだ後は魔法省にでも入ってみるとしよう。

 正直魔法界の統治などに興味はない。

 昔はあったのだが、レティスと出会って牙を抜かれて、すっかりその気も失せてしまった。

 このままでは進化の袋小路に入って荒廃の一途を辿るだろうが、それすらどうでもいい。

 しかし、今のままではレティスとイーディスは少し住み難いだろう。

 未だ魔法界は純血主義が幅を効かせており、混血のこの姉妹には厳しい。

 

 ならば――ならばよし、次は純血主義とかいう下らない物を潰そう。

 

 あまり過激な手段を取るとレティスに怒られてしまうから、緩やかな改革にせざるを得ないが……まあ、自分ならば数年あれば魔法大臣の椅子を取れるだろう。

 手段を選ばなければ数年といわず数ヶ月で事足りるのだが、それは多分イーディスが許してくれないので妥協するしかない。

 だがアンブリッジとかいう女だけは早急にアズカバンに入れて廃人にしなくてはならない。これは決定事項だ。

 他にも数匹、潰しておくべき害悪がいる。

 これを二人に気付かれず潰す事は、なかなかに難しそうだ。

 

「ま、いいだろう。少し難しいくらいでなければやる気も起きん」

 

 そう呟き、黄金の少女は笑った。

 

 

 

「もうどうにでもなーれ」

 

 そしてダンブルドアは、全てを悟ったように匙を投げた。

 月まで届けダンブルドアの匙。

 今日も魔法界は平和である。

 

 

 




没理由:ハリーが行動する前にミラベルが勝手に敵を倒してしまうので何一つ始まらない。


        *'``・* 。
        |     `*。
       ,。∩      *
      + (´・ω・`) *。+゚
      `*。 ヽ、  つ *゚*
       `・+。*・' ゚⊃ +゚
       ☆   ∪~ 。*゚
        `・+。*・ ゚
ラスボスを味方陣営に配置した結果がこれだよ!
盛り上がりも何もあったもんじゃありません。
ミラベルは本編において騎士団全員&死喰い人全員を敵に回して尚圧倒的、というラスボススペックに設定してしまったので味方にしたらこの通りバランスが完全崩壊してしまいます。
ついでに本編では「ヴォルデモートは復活させてから殺さねばならない」という理由でヴォルさんをあえて放置しましたが、こっちではレティスに危害が及ぶ可能性があるので無力なうちに潰してしまっています。復活すら許しません。
ヴォルさんが復活すれば勝負になったのでしょうが、復活前なら蟻でしかありません。
また、本編では賢者の石を奪おうと考えていたり、吸血鬼化の準備で忙しかったり、影武者に任せて本人がいなかったりで後手に回っていましたが、こちらではそれら全てより敵の排除を優先してしまったので事件すら起こさせてくれません。
敵が行動する前に攻撃・粉砕してしまいます。

まあ、あれです。やっぱりミラベルは味方陣営にしちゃいけないキャラという事です。


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ピカチュウ強いでチュウ

没理由:マトモなポケモンをゲット出来ない。


 マサラタウンのサトシは焦っていた。

 恐らくこれほどまでに慌てたのは人生を振り返っても、そうないかもしれない。

 それほどまでに彼は追い詰められていた。

 

「博士! 俺はポケモンなしで旅に出なきゃいけないんですか!?」

 

 今日は11歳を迎え、マサラタウンから旅立つ記念すべき一日目。

 その初日からサトシは躓いた。

 通常、町の外に出るならばポケモンの権威オーキド博士からポケモンを貰い、そして旅に出る。

 だがサトシはその第一歩目にして寝坊するという大失態を演じてしまった。

 あまりに楽しみ過ぎて、昨日寝付けなかったのが原因だ。

 

 寝坊したのは確かに自分が悪い。

 言い訳のしようもなく、完膚なきまでに自分に比がある。

 だが元々マサラタウンから出る子供の数は4人だった。

 ならば3匹しか用意していなかったオーキド博士にだって問題があるはずだ。

 そう思っていたのかどうかはさておき、とにかくサトシはオーキドに縋った。

 ポケモンがなければ旅に出れない。あんなに楽しみにしていたポケモンマスターへの道を歩み出す事すら出来ない。それはあんまりではないか。

 するとオーキドは折れたのか、やがて渋々といった様子で一つのボールを出した。

 

「あるにはあるんじゃがなあ……」

「あるんですか!? ならそれでいいですから!」

 

 サトシの心を安堵が埋め尽くす。

 よかった、あった! まだポケモンはいた!

 この際だ、弱いポケモンでも構うものか。

 仮に弱くてもバトルで他のポケモンをゲットしていけば問題ない。

 でもコイキングだけは勘弁な!

 

「ピカチュウ……なんじゃろうなあ、多分。

正直なところ、わしにも『これ』が何なのかよくわからん」

「それって、博士でも分からないくらい珍しいポケモンって事ですか!?」

「まあ、確かに珍しいがのう……」

「いいじゃないですか! 最高ですよ、それ!」

 

 これは運命だ、とサトシは思った。

 オーキド博士はポケモンの権威だ。彼が知らないポケモンなどほとんどいない。

 ならばこれは、未発見の凄いポケモンという事じゃないか。

 言葉から察するに、ピカチュウというポケモンの進化形か何かだろう。

 まだ発見されていない進化形をいきなり入手出来るなど、まるで夢のようだ。

 

「じゃあ、これを渡すが……返品はせんでくれよ」

 

 そう言い、博士はボールを開ける。

 果たして出てきたそれは、確かにサトシが今まで見た事もないポケモンであった。

 

 

 首から上『だけ』を視界に入れるならば、その愛らしさに頬ずりしたくなるピカチュウフェイス。

 されど、首から下を支えるのは機能美に優れた逞しき漢の肉体。

 黄金色の体毛に覆われたそれは頭部から爪先までを含めれば全長3mに及び、丸太のような腕に盛り上がった血管がピクピクと蠢いている。

 股間を隠すのはチャンピオンベルトを巻いた黒のブリーフ一枚。

 おお、何と素晴らしきポケモンだろう。この漢は旅に出るそれ以前からすでに、王者の座に付いているのだ。

 

「ピッピカチュウ♡」

 

 その顔に恥じぬ愛らしい鳴き声をあげ、ピカチュウ(?)はサイドチェストの美しきポーズを決める。

 同時に背景に咲き乱れる、薔薇の華。

 華麗にして美麗。愛らしさと逞しさを奇跡のバランスで両立させた究極のモンスターがサトシの前でその存在感を主張した。

 

 

「…………!! !?!?!!?」

「あー、うん、気持ちはわかる。わしも初めて見た時は同じリアクションじゃった」

 

 サトシは絶句した。

 何だこれは? 何なのだこれは、どうすればよいのだ!?

 というかあれだ……何、この……何!?

 とにかく、目の前のクリーチャーが何なのか、まるで彼には理解出来なかった。

 何これ? 合体事故?

 まるで、本来ならばもっと別の頭だったのを取り外してWRYYY!と別のポケモンの頭部を無理矢理乗せたかのような、絶妙極まるアンバランス。

 無理がある……明らかに無理がある! サトシは言葉も発せず、白眼を剥きながらオーキドに縋るように視線を向けた。

 

「ある日の事じゃ……わしがいつも通り俳句を作っていると、突然こいつが玄関を開けて無断侵入してきた。

そして棚に置いてあったモンスターボールをこじ開けると、勝手に中に入ってしまったんじゃ。

わしはどうしていいかわからんかった。未知のポケモンじゃったが、未知すぎて調べようとすら思わなんだ。

……正直、扱いに困っておったんじゃ。引取り手が見付かってホッとしておる」

「ふざけんなあああァァァァァ!!?」

 

 サトシは滝のような涙を流しながら叫んだ。心の底から叫んだ。

 よく分からないが、今、何かが切れた気がする。

 本来ならば自分と繋がっていたはずの、きっと本来ならば自分と旅する事になっただろう本物のピカチュウ。

 いるのかどうかもわからないその相棒との絆が今、確かにブツリと切れた。完全に切れた。

 それはもう、修復不可能なくらいにブッた切れたのを頭ではなく心で理解したッ!

 

「ま、まあ、ほれ。案外これも悪くないかもしれんぞ?

ポケモンは強くてナンボじゃし、その点こいつはどう見ても強そうじゃ。

タイプは『でんき/かくとう』かのう。おお、レアではないか!」

「ちくしょう……他人事だと思って……!」

 

 サトシは床に手を付いて項垂れた。

 こんなのってない。あんまりだ。

 これじゃ全国の子供達も応援してくれないし、10年以上続くシリーズになんて絶対なれない。

 劇場版なんて夢のまた夢だ。

 こんなマッスルクリーチャーが主役ポケモンとか、無理がありすぎる。

 そんな、混乱し切ったせいで自分でもよくわからない思考に陥ったサトシの肩をマッスルクリーチャーが優しく叩く。

 いや、本人は優しく叩いたつもりなのだろうが、それだけでサトシのHPは赤バーまで削られた。

 ふざけるなこの怪力馬鹿。超マサラ人だからよかったものの、普通の人間なら今ので肩が砕けてたぞ。

 そんな彼の気持ちも知らず、クリーチャーは親指を立ててサムズアップをした。

 

 サトシは無言でクリーチャーをブン殴った。

 

*

 

 マサラタウンの皆に遠巻きに見送られてサトシは旅に出た。

 皆が皆、このマッスルクリーチャーに絶句して近付いてすらくれなかったのだ。

 あのシゲルですら、心からの同情の視線をサトシに送ってきたのは本当に惨めにさせられ、サトシは涙を流した。

 何でこのクリーチャーはボールに入ろうとしないんだ。

 そんな所だけ原作再現しなくていいんだよ、畜生。

 しかも本物のピカチュウと同じように頭に登ろうとするな。無理なんだよ、それ。

 お前より俺よりでかいだろうが、クソッタレめ。

 俺の頭の上でポージングするな。ぶち殺すぞ。

 

 サトシは歩いた。

 頭の上のクリーチャーを投げ飛ばして地面に叩き付け、トボトボと歩いた。

 とにかくまずはポケモンだ。マトモなポケモンが欲しい。

 この際ポッポでもコイキングでも構わないから。

 種族値や個体値が低くても気にせず愛情を注ぐから。

 だから頼む、何でもいいから出て来てくれ。

 

 果たしてその願いは天に届いた。

 

 

 ――あ! やせいのゴルバットがとびだしてきた!

 

 

 マサラタウンからトキワシティへ続く草原に通常出現しないはずの、蝙蝠ポケモン。

 しかしサトシは疑問に思う前に歓喜に包まれた。

 よし、ちゃんとしたポケモンがきた! こいつのようなマッスルクリーチャーでもない!

 だが、次にサトシは不思議に思う。

 いやまて、何かおかしい……あのゴルバット、何か変だ。

 具体的には顔が、途方もなくおかしい。

 そう思い、サトシは図鑑をゴルバットらしき生き物へと向ける。

 

『顔面崩壊ゴルバット。SAN値直送ポケモン。

青バージョンのみ限定で生息し、凄まじい顔芸を披露する。

その酷い顔は、見ているだけでSAN値をゴリゴリ削られる』

 

(――アカン)

 

 サトシは即座に決断を下した。ゲット中止、捕獲中止!

 あれは駄目だ、捕獲してはいけない。

 何というか、このクリーチャーと同類の匂いがする。

 しかしそんなサトシの心を知らず、何の指示もされていないのにマッスルクリーチャーが勝手に飛び出した。

 その巨躯に似合わず、スピードはまるでギャロップの如し。

 一歩ごとに地面を揺らしながらクリーチャーが走った。

 

「まっ、待て、ピカ――」

 

 ここで『待てピカチュウ』と指示を下せていたならば、あるいはこの後の悲劇も防げたかもしれない。

 しかし彼には抵抗があった。

 あのマッスルクリーチャーをピカチュウと呼ぶ事は、世界のどこかにいる本物のピカチュウへの裏切りのような気がした。

 その戸惑いが致命的なタイムロスとなり、クリーチャーは止まる事無くゴルバットへ飛びかかった。

 

「ピッカアッッ!」

 

 丸太のような豪腕より繰り出される、正拳突き!

 その掌は硬く握るでもなく、かといって開くわけでもない、人が生まれ出でた時に形作る菩薩の形!

 一切の攻撃意識、殺意を排除して放つ至高の拳! 空手の極地!

 

 ――菩薩拳ッッ!!

 

 その一撃がゴルバットを捉え、哀れなポケモンは錐揉みしながら吹き飛ばされる。

 まあ、野生ポケモンは倒すものだし別にいいか……。

 そう気を緩めたのは、しかし間違いだったとサトシは後に語る。

 ゴルバットを倒したクリーチャーは何を思ったのか、サトシへと向けて突進し、彼の腰にあるボールを奪い取った。

 そして投擲! 瀕死を通り越してHP0になっているゴルバットにボールを叩き付け、彼を捕獲してしまったのだ。

 

「何やってんだお前ェェェェ!!?」

 

 サトシは叫んだ。

 いらねえよ、こんなの!

 顔面が崩壊したゴルバットとか、どう使えばいいんだよ!?

 手持ちがマッスルクリーチャーと顔面崩壊ゴルバットとか、どんな罰ゲームだよ!

 

「クソ……っ! ありえない……あってはならない……っ!

どうして……どうして、こんな理不尽……俺だけが……俺だけが……っ!」

 

 サトシは泣いた。

 旅に出る前と出てからを合わせて3度目の男泣きに泣いた。

 

 

 

 ――その後、ゴルバットもボールに入る事を拒否してますますサトシのストレスは加速した。

 

 

 




(*´ω`*)皆様こんばんわ。
最近ハリポタSSが除々に活気付いている気がして嬉しいウルトラ長男です。
それでですね。以前にイラストとか貰ってましたが、一度自分でもミラベルを描いてみるかと絵を描いてみたんですよ。
結果は……まあ、うん。黒歴史確定というか……。
自分でキャラ絵描ける人とか羨ましい限りです。

それでは、また没ネタが出来たらお会いしましょう。


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背中合わせのマキャベリズム(野望の少女)

没作品第5弾。

備考:本編で分り難かったミラベル→ダンブルドアの評価を書きつつ、一人称の練習してみた作品。
没理由:読み返して見たら本当にミラベルがひたすら語っているだけであり、後日談として成立していなかった。
野望本編に入れるかどうか考えた末、結局こっちに。
どうやら私は一人称形式にあまり向いていないようです。


 かつて魔法界を揺るがしたあの戦いより幾年――黄金の暴帝と恐れられた少女は隠れ家の一つでもある日本、マグル界の高層マンションの一室にてワインを喉に流し込んでいた。

 そして向かい側の席に置いてあるグラスにワインを注ぎ、「まあ飲め」と勧める。

 

「で、私から見たアルバス・ダンブルドアの話……だったか?

お前も物好きだな。今更そんな事を知ってどうなるというのだ」

 

 ミラベルが他の人間よりも強くダンブルドアという老人を気に留めていたのは最早疑う余地もない。

 だがそれが好意的なものなのか、それとも否定的なものなのかは、実のところかなり曖昧といっていいだろう。

 時に評価するような事を口にし、時に嘲りの言葉を彼へぶつけた。

 敬意を評しているようでもあり、見下しているようでもある。

 ダンブルドアがミラベルを複雑に評していたのと同じように、きっとそこには様々な感情が渦巻いていたはずだ。

 

「まあ、いいだろう。

私が思うに――そうだな、アルバス・ダンブルドアはとにかく『人間』だったよ。

そう……奴は人間でありすぎたのだ……」

 

 そう言い、ミラベルはまた一口、ワインで喉を湿らせた。

 

 

 

 

 ――あの男を簡単に評すならば、『馬鹿な正義になりたい知恵者』といったところか。

 お前も知っての通り、あの男は基本的には善人だ。

 弱い者を助けようとするし、誰にでもチャンスを与えようと考える。

 だが結局のところそれは、『善人である自分』を演じただけの、意図して行っている善行でしかない。

 無論、それを指して全てが悪いとは言わん。偽善だろうが打算だろうが、善行には違いない。

 だが……少なくとも、ハリー・ポッターやお前のような打算抜きで馬鹿丸出しの善人にはなれないだろう。

 

 ……ああ、怒るな。別にけなしているわけではない。

 しかし過去を見ればわかると思うが、実の所本質的に見れば奴は果たして善人と呼べるのか……。

 いや、呼べまい。何故なら奴は善人になるには少々賢すぎる。

 善人というのはな、そう在れば在るほど馬鹿になるのだ。

 それはそうだ。打算も保身も抜きで、自分を害し得る者に手を差し伸べるなど、馬鹿の所業でしかない。

 ましてや死の呪文を撃ってきた相手を救いたいなどと……ククッ、とても賢い者の取る行動ではないな。

 ああ、だから別にお前をけなしているわけではない。そう頬を膨らませるな。

 

 あいつはな、きっと善人になりたかったんだろう。

 損得抜きで弱い者に手を差し伸べられる、そんな人間になりたかったんだ。

 だが、そうではいられない事を奴は知ってしまっていた。

 綺麗事だけで世界は上手くいかんと、常に頭の片隅で理解出来てしまっていたんだろうよ。

 最善の手はいつだって、最初から視えていた……どうするべきかを知っていた。

 だがそれは悪しき一手だからと、自分で封じてしまう。

 そうして自分から正解を遠くに追いやり、事態の解決を難しくしてしまうんだ。

 

 だからといって善人にも成り切れない。

 なまじ賢いからこそ、利害を無視した迂闊な行動が取れない。

 だからハリー・ポッターのように前だけを見て走る事が出来ず、だからといって冷徹な賢者に徹するには良心が邪魔で後退も出来ない。

 進退極まるというやつだ。自分の高すぎる能力と善性のバランスが取れず、自分で自分の動きを阻害してしまっている。

 正直哀れだと思うよ。結局の所あの男は、終始自らの高すぎる能力に振り回されていたのだ。

 

 能力がある故に間違いも大きくなりがち、か……。

 なるほど、確かにそうだろう。

 成し得る事が大きければ大きいほど、それが過ちだった時の反動もまだ計り知れない。

 だがな、それで怯えて動かぬのでは何も変わらぬし、変えられぬ。

 使わずして、一体何の為の才能だ。

 

 本質的にな、アレは元々私に限りなく近いタイプの人間だ。

 若き日に私と同じ答えを一度は出してしまっている。

 『より大きな善の為に』……進歩の為の犠牲は避けようがない。

 何の犠牲も流血もなく前に進めるほど人類が器用だったならば……なあ? 人類の歴史はこんなに戦争にまみれてなどいなかったはずだ。

 土台無理な話なのだ。

 多種多様な文化と宗教、思想と主義主張が交差し、一人一人が異なる自我を有する以上、何をどうしたって衝突は生じる。であるならば、より利益の大きい方を残して残りを捨てる他ない。

 かといって完全な意志の統一などというものがあれば、それは最早ただの機械だ。人類ですらない。

 奴はその事を痛いほどに理解していたはずなのだ。

 だが罪悪感や善性がその答えを出すのを必死に拒否する。

 違う、そんなはずはない。人はもっと正しい道を導き出せるはずだ、人はこんなに愚かじゃない、と。

 本当は答えなどとうに出ているはずなのに、自分で封じてしまうんだ。

 お前も時々、疑問に思っていたのだろう?

 あんなにも賢いのに、どうして時折誰でも予想出来るような事へ、何の対策も用意しないのかと……。

 それはな、あいつが自分で封じてしまうからだ。

 目を背けて、本来出来るはずの事すら出来なくなってしまう。

 『信じる』という都合のいい夢に縋り、賢者の眼を曇らせてしまう。だから見えない。

 ああ、私はこんなにも他人を信じる事が出来るんだ、と都合のいい夢想に逃げ込む。

 だから、クィレルがヴォルデモートと繋がっていると知った段階で殺してしまえばそれで済んだものを、そうしない。

 ジニー・ウィーズリーが日記を所持している事などそれこそ真っ先に気付いただろうに、取り上げもしない。

 他にも例を挙げればキリがないな。

 

 あん? ポッターの成長を促す為?

 ……いいや違うね。奴はただ怖かっただけだ。

 自分が過ちを犯す可能性を恐れた。間違える事が怖かったんだ。

 そうして打てるはずの手も打てず、だからといって馬鹿にもなり切れず、どっち付かずで勝手に苦悩し続ける……それが奴の本当の姿だ。

 完全無欠の賢者などとは笑わせる。少なくとも私は、ダンブルドアほど矛盾と苦悩に塗れている奴をホグワーツで見た事がないよ。

 そして――奴ほど理解者に恵まれない奴もまた、そういないだろう。

 誰もが奴を賢者と称える。

 偉大な魔法使い、何でも知っていて何でも出来るダンブルドア。

 ああ、何と素晴らしき今世紀最高の魔法使い。――まるで喜劇だ。

 多大な期待と過剰な理想……妄信で作られた実在しないダンブルドアの偶像。

 人々は常に奴をそうして見ていた。苦悩し続ける本当の姿など知ろうともしなかったんだ。

 ミネルバ・マクゴナガルすら例外ではなかったな。

 結局、若き日のグリンデルバルドとの決別以来、常に苦悩し続けるあの男を真に理解してやれる人間は一人として現れなかったわけだ。

 

 ん? 私はどうなのかって?

 ……まあ同調は出来ないが理解していると言えなくもない、か。

 少なくとも、他の連中よりはダンブルドアの本質を見抜いてはいただろう。

 しかし知っての通り、私とダンブルドアは結局最後まで敵対関係にあった。

 敵対する相手にしか理解してもらえんなど、それでは誰にも理解されていないのと同じ事だよ。

 

 ま、なんだ……色々惜しい男だったよ、ダンブルドアは。

 正直見ていてもどかしかった。

 奴はいつか、私にこう言った。『持てる能力を正しい方向へ向ければ世界だって救えたはずだ』と。

 だが奴がそう思うのと同じか、あるいはそれ以上に私は奴に対し、こう考えていたよ。

 『下らない善性を捨ててその能力を全て発揮したならば、世界を正しく導けるだろうに』――とな。

 

 善性を捨てては本末転倒?

 ……お前らしい答えだが、それは少し違う。

 別にな、善人でなくとも善行は出来るし善政は敷ける。

 むしろ善人であるほど目の前の小さな犠牲や罪を見逃せなくなり、より大きな善は出来なくなる。

 そして結果として巨悪の誕生を見逃したりしてしまうのだ。

 

 血生臭い例えでは納得しないだろうから、税にでも例えてみようか。

 勿論何の考えもなく税率を上げすぎるのはただの馬鹿だが、だからといって『国民を苦しめるのは可哀想だ』などとほざいて税率を下げすぎるのは、決して正しいとは言えない。

 つまりは、そういう事だ。目先の善を切り捨てられない奴は大きな善を敷けないんだよ。

 ま、これは私の持論だがね。

 

 ダンブルドアはな……どちらにもなれたはずなんだ。

 善に振り切れて聖人になる事も出来たし、知を優先して賢者になる事も出来た。

 勿論私としては断然後者になって欲しかったがね。

 しかし奴はどちらにもならなかった。

 どっち付かずの半端な状態のまま無駄に年月を過ごし、そうして過ちを重ね続けたんだ。

 表面には出さなかったが、さぞ後悔だらけの人生だっただろう。

 妹を死なせて後悔し、親友を失って後悔し、ヴォルデモートを魔法の世界へ誘った事を後悔し、止められなかった事を悔い、ポッター夫妻を始めとした大勢の犠牲者に心を痛ませ……そうして後悔に後悔を重ね、次こそは、ああ今度こそは、と願い、また間違えて後悔する。

 悪循環だ。

 知も善も取ろうとして、しかしどちらにもなれないから、その手には何一つ掴めやしない。

 

 凡人ならばここまで苦悩などしない。

 仕方が無かった、どうしようもなかった、自分には無理だった。

 そうして逃げ道を用意し、自らに言い訳をする事も出来る。

 だが奴は違う。

 仕方がなくないし、どうにか出来た。奴はいつだって、最悪の結末を回避出来る力があった。

 最善の道はいつだって目の前にあったんだ。

 それを逃し続けての失敗の連続だ……その苦悩たるや、相当なものだったろう。

 

 ……奴は人間だった。

 他の誰かが思うような超越者などではなく、私のように振り切れていたわけでもない。

 ハリー・ポッターのような馬鹿にはなれなかったし、レティスのように誰であろうと慈しめるわけでもない。

 そしてだからこそ、ダンブルドアはハリー・ポッターにあれ程入れ込んだのだ。

 決して自分ではああなれないと分かっているからこそ、何よりも眩しく見えたんだろうな。

 ……ダンブルドアは人間だった……人間でありすぎたんだ。飛び抜けたその能力と不釣合い過ぎるほどに。

 そして不運の男だった。

 あの長い生涯で真に理解し合える相手は一人しかおらず、理解しようとしてくれる相手すらいない。

 大勢の生徒と同僚に囲まれ、慕われてはいたが……ある意味では、私やヴォルデモートよりも孤独だったろうよ。

 

 ……?

 なんだ、その顔は。

 

 ダンブルドアと違うというなら、私は今は孤独じゃないのかって?

 

 …………。

 ……………………。

 

 

 知るか、馬鹿。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとミラベル、まだ肝心な部分聞いてない!」

 

 慌てたような友人の声を背に、ミラベルは早足で寝室へと向かう。

 別に気恥ずかしかったとかそんなのではない。断じてない。

 ただ、単に何か気に入らなかっただけだ。

 うっかり漏らしてしまったあの言葉……あれでは確かに、今は孤独感を感じていないと告白してるも同義。そんな事をあっさり口にするくらい腑抜けた自分が気に入らなくて、こうして話を打ちきったのだ。

 

「……私も随分腑抜けたな」

 

 世界征服を目指していた当時とは酷い違いだ、と自分でも思う。

 野望を諦めたわけではない。

 今はただ、イーディスの頑張りに免じて見守っているだけ。

 自分を否定したハリー・ポッターやダンブルドアが、果たして己を否定するに足る未来を作れるのか。

 あるいは作れないにしても、次世代に希望を残す事が出来るのか。

 まずはそれを見極める。行動を起こすのはそれからでも遅くない。

 再び腐敗の道を進み出したならば今度こそ自分が支配してやればいいし、今度は前のように生き急ぎもしない。

 確実に、それこそ数十年スパンで計画を立てて反発を最小限に抑えて支配する。

 というか、そうしないとレティスとイーディスに文句を言われる。

 これも、かつての自分からは想像出来ない気の長さだ。

 

「ああ、本当に――温くなったものだ」 

 

 

 

 とりあえず今宵は、今も現在進行形で苦悩しているだろうダンブルドアの明るい未来でも適当に祈っておいてやろう。

 もっとも神など信じていないし、祈る対象など存在しないのでただの真似に過ぎないが、たまにはこういう戯れも一興だろう。

 

 

 




5択・祈る神を選んで下さい

A・黄金の獣「ふむ、祈りか。いいだろう。
私は総てを愛している。破壊の祝福を与えよう」

B・水銀の蛇「祈り? ああ、知らんよ。
マルグリット以外の渇望など、至極纏めてどうでもいい」

C・破壊神ビルス「祈りとかいいから美味しいものくれない?」

D・(∴)「カレーでいいなら作るぞ」

E・百鬼空亡「かーごーめ、かーごーめー」


神×5「ガツガツガツガツ……」
セージ「カ↑レーがうまいぃぃ!」
イーディス(……なんか変な人が集まってカレー食べてる……)


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