閃乱カグラ ー少女達の想いー (影山ザウルス)
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雪泉の想い

閃乱カグラ ESTIVAL VERSUS の非公式前日談。
学炎祭を終えた雪泉は、ある覚悟を胸に秘め、伝説の忍、半蔵の元へ向かう。


「娘さんをください。」この台詞は男性の誰もが永遠の伴侶として選んだ女性の父親に言い放ち、一発もらう覚悟が必要な一世一代の決め台詞だ。ひょっとしたら世の女性が恋人に言ってもらいたい台詞ライキングの上位に食い込むだろう。

それ故に"イレギュラー"は発生しにくい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、人類史上おそらく最初で最後の"イレギュラー"が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥さんを私にください!!」

 

この台詞のどこがイレギュラーなのか。いや、台詞そのものは平凡過ぎる程真っ直ぐで、一瞬の迷いもない刀のような口調で、聞いている人も呆気に取られるそんな台詞だった。

だが、状況を一つ一つ確認していこう。まず台詞を聞かされているのは父親ではなく、立派な口髭をはやした老人だ。だが、その老人の年齢に反して、その肉体からは老いを感じさせない。この老人こそ、かつて伝説の忍と呼ばれていた忍、半蔵だ。今は商店街の片隅で寿司屋を経営している。

そして、その目の前にいる台詞を言った者は深々と土下座をしている。半蔵にとっては見慣れた灰色のブレザー。土下座したことで微かに覗かせるうなじは雪のように白い。後頭部の髪を白いリボンを結んでいる。端的に言うなら、台詞を言ったのは女性だ。

 

「ゆ、雪泉よ……お主、何を言っておるか……わかっているのか?」

 

雪泉。死塾月閃女学館に通う忍学生の三年生。つい先日まで国立半蔵学院を初めとする忍養成学校との学炎祭が行われたばかりだ。

かつての盟友黒影に頼まれ、月閃の少女達を導いたのは他でもない半蔵だった。言葉巧みに少女達を学炎祭へと導き、新しい正義を見出だすきっかけを与えた。半蔵自身正体を偽り、雪泉達の師として過ごした時間が少なからずある。しかし、その半蔵でさえ雪泉の台詞と現状について行けない。

 

「い、いや、それ以前にどういう意味なんじゃ?」

 

「言葉の通りです、半蔵様!!飛鳥さんを私にください!!」

 

雪泉の瞳は真っ直ぐ半蔵を見つめる。

 

「その理由は何じゃ?」

 

雪泉の瞳に躊躇いは無かった。

 

「初めはなんて甘い考えの人だと思いました。しかも、悪忍とまで付き合いがあるなんて許せませんでした。しかし、学炎祭を通じて、飛鳥さんとの戦いを通じて、本当に甘かったのは自分だったと気付きました。自分達とは異なる悪い考えを排除なんていうのは、単に自分達の考えを押し付けるのと同じです!!しかし、飛鳥さんはその違いを受け入れつつ、決して自分の正義を曲げない。…………私はそんな飛鳥さんと共に歩み、共に新しい正義の道を進みたい!!そのために半蔵様!!お孫さんを!!飛鳥さんを私にください!!お願いします!!」

 

雪泉は再び額を床にめり込むくらい深々と土下座をした。半蔵にはその姿に見覚えがあった。飛鳥の母、つまり自分の娘が結婚相手として恋人を連れてきた時のことだ。彼も真っ直ぐな言葉で、真っ直ぐな瞳で半蔵に「娘さんをください」と言っていた。その状況と同じだ。しかし、相手は忍学生とはいえ、卒業を目前に控えた女子高生。女の子同士なんて半蔵にはイマイチ理解できない。

 

〔じゃが…………女の子同士もありかもの!!〕

 

一瞬、変な妄想が脳裏を過った瞬間、半蔵の意識は遠のいた。

 

 

 

突然、半蔵の背後に若い女性が現れた。サングラスをかけ、煙管を加えた女性だ。彼女は突然現れ、半蔵の後頭部に強烈な蹴りを入れて、気絶させた。

 

「あ、貴女は一体……!?」

 

「私かい?そうさね……飛鳥の縁者ジャスミンと名乗っておこうかね」

 

「ジャスミン……さん?」

 

半蔵はもちろん、自分にも気付かれずに突然現れ、半蔵を一撃で沈めるだけあって、ただ者ではないことは容易に理解できた。

 

「まったくこのエロジジイめ……孫で一体どんな妄想を膨らませてたんだか……」

 

ジャスミンは爪先で半蔵小突いた。やがて雪泉に視線を向けた。

 

「話は全部聴かせてもらったよ。つまりお嬢ちゃんは飛鳥のことが好きなんだね」

 

動揺しない訓練は受けているが、雪泉の顔は一気に紅くなってしまった。

 

「アッハハハハ!!!!照れることはないよ!!そうさね……飛鳥がほしいか……うんうん…………」

 

ジャスミンは煙管を蒸かし、大きく煙を吐き出した。

 

「そんなに欲しければ、"力"で証明してみせな。場所を変えるからついて来な」

 

ジャスミンは部屋から姿を消すが、それと同時に雪泉の姿も消え、部屋には気絶した半蔵だけが残されていた。



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交わる想い

やって来たのは町から少し離れた森の奥。この場所ならば確かに忍結界が無くても存分に力を発揮できる。

 

「一つお聞かせください」

 

「何さ?」

 

「おそらく半蔵様は、きっと飛鳥さんに代わって断っていたと思います。私も女の子同士がおかしいと思わないわけじゃありません。でも、どうしてジャスミンさんはチャンスを?」

 

雪泉の問いかけに退屈そうに煙を吐き出すジャスミン。

 

「可愛いまg……いや、可愛い飛鳥の幸せのためさね……………もう二度と娘みたいな結婚をさせないためにもね」

 

雪泉にはジャスミンの言葉の後半の部分はよく聞き取れなかった。

 

「さあ、そろそろ始めようかね。飛鳥を賭けた戦いを!!」

 

ジャスミンは雪泉の目の前で仁王立ちしているだけだが、全く隙が無い。半蔵を一撃で沈める実力者だから、それなりに警戒していたはずなのに、その圧倒的な実力の差を今更ながら実感した。

 

「その戦い、ちょっと待ったぁ!!!!」

 

突然茂みから腰まではあろう長いポニーテールを乱した褐色の少女が現れた。

 

「あ、貴女は!?」

 

自給自足と書かれたTシャツとジーンズ姿で、背中には六本の刀と一本の紅い太刀を背負ったアンバランスな格好の少女に雪泉は見覚えがあった。

 

「焔紅蓮隊の焔さん!!どうしてここに!?」

 

「それはこっちの台詞だ。……いや、今はそんなことはどうでもいい!!おい、そこの女!!"飛鳥を賭けた戦い"とはどういうことだ!?アイツはこの私のエモノだ。横取りするなら容赦はしないぞ!!」

 

ジャスミンは煙管を蒸かし、大きく煙を吐き出した。何やら考え事をしている様子だった。

 

「答えるつもりが無いなら……力ずくで聞かせてもらうぞ!?」

 

焔は背中の六本の刀を抜刀した。しかし、ジャスミンの姿は消え、焔の背後に回っていた。

 

「ほほぅ……お嬢ちゃんも飛鳥が好きなんだね?飛鳥も隅に置けないね~」

 

焔は振り向き様にジャスミンを切りつけるが、ジャスミンは軽々とその攻撃を避けてみせた。

 

「す、すすす、好きとかそういうんじゃない!!わ、わわ、私達は女同士だぞ!?」

 

「私は好きです……」

 

照れ隠ししきれない焔に対して、雪泉は落ち着いていた。

 

「なっ……!?」

 

「ですから、私は飛鳥さんをもらいに、半蔵様に会いに行きました。そして、その機会をこのジャスミンさんから頂きました。邪魔するなら焔さん……貴女を倒します!!そして、飛鳥さんは私が頂きます!!」

 

凍てつく氷のように鋭い闘志。言っていることは焔には理解できない。しかし、みすみす飛鳥を奪われる訳にはいかない。

 

「ジャスミンと言ったな」

 

「そうさね」

 

「もし私がお前を倒したら飛鳥は私がもらってもいいのか?」

 

ジャスミンは一瞬考えるが、すぐに返事をした。

 

「いいさね。それで?どっちが先に相手をするんだい?それとも二人いっぺんに掛かってきてもいいさね」

 

「いや、一人だ。ただし……勝ったほうだけが、ジャスミンと戦う!!異論は無いな!?」

 

焔は刀の切っ先を雪泉に向けた。

 

「望むところです!!」

 

雪泉も扇子の先端を焔に向けた。

 

「焔……」

「雪泉……」

 

「悪の定めに舞い殉じよう!!」

「鎮魂の夢に沈みましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

飛鳥が自宅に帰ると違和感を感じた。普段なら夜の営業時間に向けての仕込みが行われている時間帯だが、半蔵の姿が無い。

飛鳥は慌てて奥へと進み、半蔵を探した。半蔵はすぐに見つかり、和室で横たわっていた。

 

「じ、じっちゃん!?」

 

慌てて駆け寄り、呼吸や心音を確認して、生きていることは確認できた。

 

「ん……んん……飛鳥か?」

 

「じっちゃん!!よかった!!死んだかと思ったんだよ!?」

 

「儂がそう簡単に死なんよ。アダダダダ……まったく手加減が無いんじゃから……」

 

半蔵は後頭部に手を当てながら起き上がった。

 

「一体何があったの?」

 

隠居しているとはいえ、半蔵は伝説の忍とまで言われた忍である。祖父の実力を飛鳥は誰よりも知っており、そんな祖父が気絶させられるなんてただ事ではない。大きな瞳は真剣な眼差しだった。

 

「うぅむ……どこから話せばいいのやら……いや、それどころじゃないの……飛鳥よ、急いで森に向かうのじゃ。早く行かねば雪泉が危ない。それと……ジャスミンという忍もおるはずじゃ。じゃが、決して戦ってはいかんぞ?今の飛鳥では勝ち目は無い相手じゃ」

 

「う、うん、わかったよ、じっちゃん!!」

 

飛鳥はそのジャスミンという忍が半蔵を気絶させたことを理解しつつ、すぐにその場から消え、町の近くの森に向かった。



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招かれざる客

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

森の中では雪泉と焔の飛鳥を賭けた戦いが続いていた。互いに服がボロボロになり、戦闘の激しさを伺わせる。その様子をジャスミンが高みの見物を決め込んでいた。

 

「どうした?雪泉、お前の力はそんな物か?」

 

学炎祭から日が浅いにも関わらず雪泉の実力は学炎祭の時のそれとは比べ物にならない。

 

「焔さんこそ……まだ余裕があるようですが?」

 

「当然だ。このあと、ジャスミンとの決着もあるからな」

 

雪泉も焔の実力に驚いている。飛鳥が最強の友達と評するだけはある。

 

「その余裕が命取りになっても知りませんよ!!」

 

「なら、ここからは全力だ!!」

 

両者は同時に胸から巻物を取りだし、空に掲げた。

 

「「忍転身!!!!」」

 

雪泉は雪のように白い着物姿になり、焔もまたマントを翻した忍装束へと転身した。

両者は再び激しくぶつかり合った。雪泉が扇を震えば冷気で空気中の水分が凍り、美しく煌めき、次の瞬間には氷塊となって焔に襲い掛かった。しかし、焔の三本の刀が氷塊を粉砕し、残る三本の刀が雪泉に襲いかかる。雪泉は紙一重の所で焔の攻撃を避けるが、わずかに刃が着物を掠めた。雪泉はそのまま氷塊を飛ばしながら後方へと下がり、焔と間合いを取った。

 

「雪泉……お前は本気なのか?」

 

六本の刀を構え、いつでも攻撃し、いつでも反撃出来る体制の焔が静かに問い掛けた。

 

「もちろんです。私は相手が誰であろうと、私自身がどんな状態であろうと常に全力で戦います!!」

 

「違う……飛鳥のことだ」

 

言葉を交わしていようと二人は互いに隙を見せなかった。

 

「……本気です」

 

雪泉の決意は固い。確かに世間からは冷たい視線で見られるかも知れない。法律という壁にも、性別という壁にもぶつかるだろう。雪泉が飛鳥から得る幸せは多いかも知れない。しかし、逆に飛鳥が雪泉から得られる幸せは限られる。与えられない幸せだってきっとある。

 

「それでも、あの真っ直ぐな眼差し。自分が見出だした忍の道を真っ直ぐ進む姿。私はそんな飛鳥さんが大好きです」

 

気持ちに一切の揺らぎの無い姿。その姿に焔は歯を食い縛った。

 

「500円だ……」

 

「え?」

 

「飛鳥に出会った時、アイツは財布を盗まれた。その財布の中身だ」

 

雪泉は衝撃を受けた。実力は自分と互角だった飛鳥が財布を盗まれたことがあるなんて正直信じられない。

 

「信じられないって顔だな。私もそうだった。これが伝説の忍半蔵の孫かって。実力も今よりずっと弱かった。……だが、アイツはそれから強くなった。出会って短期間で私と互角以上に飛鳥は強くなった。超秘伝忍法書の力を使って無理矢理能力の底上げをするんじゃなく、心も体も強くなって、私は飛鳥に負けた」

 

今もその借りは返せていない。思えばいろんなことがあった。焔が超秘伝忍法書を奪った後に半蔵の店で寿司を一緒に食べた。天守閣で待つ焔の所にちゃんと現れた。超秘伝忍法書の暴走と吸収された恐楼血からも助けてくれた。京都旅行では共に肩を並べて、強敵と戦った。そして、学炎祭終了後、焔はあの時の決着を付けるために飛鳥と剣を交えた。

 

「結局また決着は付かなかった。だが、だからこそ、私達の決着が付くまで飛鳥を渡す訳にはいかない!!飛鳥は私のものだ!!!!」

 

焔は地面を蹴り、体を回転させながら雪泉に突進してきた。雪泉は高々と跳躍し、氷塊を焔目掛けて飛ばした。クナイのように鋭い氷塊が焔を掠め、焔は一瞬体制を崩すが、すかさず体制を立て直し、雪泉の着地点目掛けて突進する。雪泉は巨大な氷柱を自分の足下に作り出し、突進してくる焔を迎え撃った。

 

「ナメるなぁぁぁ!!!!」

 

焔は六本の刀を十字に交差させ、氷柱を砕いた。しかし、砕いた氷柱の向こうに雪泉の姿は無い。氷柱を目眩ましにして雪泉は焔の背後を取っていた。

氷柱を砕くために体制を崩していた焔は体制を整えようとするが、その隙を雪泉は見逃さなかった。先程よりも更に巨大な氷柱を作り出した。

 

「秘伝忍法・黒氷!!!!」

 

巨大な氷柱が無防備な焔に襲い掛かる。強烈な冷気を帯びた一撃は焔の装束を破り、焔に対して大きなダメージを与えた。

焔はそのまま地面に力なく倒れた。確かに強烈な雪泉の秘伝忍法ではあるが、焔の命までは奪っていない。しかし、しばらくは気絶して動くことも出来ないだろう。当然、ジャスミンとも戦えない。

 

「私の……勝ちです」

 

雪泉は扇子を折り畳み、その場を立ち去ろうとした。

 

「秘伝……忍法……」

 

その声は弱々しく、文字通りの虫の息。雪泉は気づくべきだった。渾身の秘伝忍法を受けて尚、焔は六本の刀を手放していなかった。雪泉が振り向いた瞬間、既に焔は雪泉の目の前、自分が最も力を発揮出来る間合いに詰めていた。

 

「魁ぇぇぇぇ!!!!!!」

 

焔は雪泉の周囲を縦横無尽に走り抜け、雪泉を切り裂いた。着物が破れ、白い柔肌が露になった。

斬撃の嵐が収まると辛うじて立つ雪泉と同じく辛うじて立つ焔がいた。互いに体力の限界を突破し、辛うじて立っているのも日々研鑽した精神力のお陰だろう。いや、それとも飛鳥への愛か。

 

 

 

その様子を高みの見物しているジャスミンは遠くから近付く気配を感じた。一人は気配を消すことも忘れて、一心不乱にこちらに向かってくる。

 

「飛鳥か……それと、こっちは……厄介だね、全く……」

 

森の奥からは全身にまとわりつく嫌な気配を感じ取った。おそらく雪泉達は気付いていない。それだけの距離がある。ジャスミンは持っていた煙管を巨大化させると森の奥へと走り去った。



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走る乙女

強い冷気と熱気を帯びた気配を辿り、飛鳥は雪泉と焔の場所へ急いだ。やがて、木々の隙間から二人の姿が見えた。一瞬ではあったが、二人が既に満身創痍であること、それにも関わらず、二人はまだ戦おうとしていることがわかった。

飛鳥は腰に帯びた二本の脇差しを抜き、二人の間に割って入った。

 

「もうやめてぇぇぇぇ!!!!」

 

飛鳥の二本の刀が焔の刀と雪泉の扇子を受け止めた。

 

「あ、飛鳥!?」

「飛鳥さん!?」

 

突然の乱入者に二人の武器から力が抜けた。

 

「二人とも、もうやめて!!これ以上戦ったら、本当に死んじゃうよ!!」

 

忍の道を極めんとする忍学生としては、道半ばでその命が尽きてしまうのも定めとして受け入れる必要がある。その点で言えば、飛鳥の言葉は忍らしからぬ言葉かも知れない。

しかし、彼女らは忍学生とはいえ、まだうら若き乙女。

雪泉と焔は互いに視線を合わせて、互いに武器を納めた。それと同時に二人は飛鳥にもたれ掛かるように崩れた。

 

「すまない、飛鳥……」

 

「飛鳥さん……しばらくこのままで……」

 

激しく脈打つ鼓動。

熱気を帯びた体。

飛鳥の体に押し付けられる温かく柔らかい二人の胸。

飛鳥はまだ二人に何が起きたのかは知らない。しかし、少なくとも二人がこれ以上戦うことはないだろう。

 

「ねえ……二人とも、なんで……っ!?」

 

飛鳥は自分に寄り掛かる焔と雪泉を振り払い、刀を構えた。何が起きたのかわからない焔と雪泉だが、視界にドス黒い液体と両断された不気味な生物の死骸が地面に転がった。

雪泉には見慣れない生物だったが、焔には見覚えがある。京都で道元が呼び寄せた妖魔だ。形は蜘蛛に似ているが、大きさは小型犬ぐらいあるだろう。

 

「「飛鳥!?」さん!?」

 

飛鳥は真っ直ぐに茂みを見つめている。その先には無数の影が蠢いている。妖魔の群れだ。一体一体は大したことはないものの、その数は厄介だ。何故これほど集まったかはわからないが、間違いなく自分達が狙われているのはわかった。

 

「大丈夫!!ここは私に任せて、二人は逃げて!!」

 

「し、しかし!!」

 

雪泉は自分も戦おうと脚に力を入れたが、思うように立てず、地面に倒れた。焔との戦闘でそれだけ消耗したのだ。同様に焔も動ける様子ではない。二人は飛鳥が現れたことで、緊張の糸が切れてしまったようだ。体が言うことを聞かない。

それに気付いた飛鳥は、自分の周囲に群がる妖魔を凪ぎ払い、忍結界を展開して自分と妖魔を結界内に閉じ込めた。

 

「これで少しは時間が稼げるよ」

 

飛鳥は二人に笑顔を見せて、再び群がる妖魔に立ち向かって行った。一体一体は一太刀浴びせれば倒すには十分過ぎるぐらい弱いが、圧倒的な物量の前に飛鳥の優勢が揺らいでいる。

 

「あ、飛鳥!!」

 

「飛鳥さん!!無茶です!!」

 

「無茶でも、ここで食い止めないと!!」

 

飛鳥が妖魔を次々と撃破して行くにも関わらず、妖魔の数は一向に減らない。それどころか何故か増えてさえいる。おそらく、妖魔を無尽蔵に産み出す何かがいるのだろう。

 

「秘伝忍法・二刀両斬!!」

 

飛鳥は妖魔の群れの中央を突破して、群れの奥へと消えていった。

忍結界の縁で飛鳥の後ろ姿を見送る二人はやり場の無い悔しさを露にした。

 

「クソッ!!動け、私の体!!私はこんなもんじゃないだろ!?」

 

「飛鳥さん!!飛鳥さん!!」

 

雪泉は忍結界を叩いた。しかし、忍結界は窓ガラスを叩いたような鈍い音が響くばかりで、二人の行く手を阻んだ。そもそも忍結界は外部からの干渉を防ぎ、忍務に臨むための忍術。そう簡単に壊れるはずがない。

 

「……焔さん!!秘伝忍法です!!絶秘伝忍法なら忍結界を壊せるかも知れません!!」

 

忍結界は確かに頑強で外部からの浸入は困難ではあるが、決して不可侵領域ではないのだ。強力な衝撃であれば外部から壊すことも可能である。

 

「試す価値は十分だな……」

 

「動けますか?」

 

「ふん!!誰に物を言っているんだ?」

 

「では、行きますよ!!」

 

二人はふらつきながらも立ち上がり、武器に手を取った。雪泉は両手に扇を持ち、周囲に冷気を帯びた。焔は七本目の太刀、炎月花に手を伸ばし、熱気を帯びた。

 

「「絶秘伝忍法!!!!」」

 

冷気と熱気の竜巻が起きた。雪泉の髪は月のように白くなり、氷の太刀を構えた。

 

「氷王!!」

 

焔は炎月花を抜き、髪は燃える炎のような紅に染まった。

 

「紅蓮!!」

 

飛鳥の忍結界に亀裂が走った。

 

「私が忍結界を壊す!!雪泉!!お前はもう一度忍結界を張れ。せっかく飛鳥が閉じ込めた獲物だ!!逃がすなよ!!」

 

「はい!!」

 

焔が炎月花を構えると背中の六本の刀が宙に浮き、炎を纏って、忍結界に突進した。忍結界の亀裂が大きくなり、音を立てて砕け散った。その瞬間、雪泉は忍結界を張り、自分達を含む妖魔を忍結界内に閉じ込めた。

雪泉と焔の出現に気付いた妖魔達が一斉に二人に迫った。

 

「邪魔だぁぁぁぁぁ!!!!」

「推し通る!!!!」

 

炎を帯びた炎月花が妖魔を焼き付くし、氷の太刀氷王が妖魔を凍らせた。



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いつか伝わる想い。そして、千年祭へ……

飛鳥の推測通り、森の奥にはムカデのような妖魔が口から次々と妖魔を産み出している。ムカデの妖魔を倒せれば現状は打破出来る。しかし、その前には産まれたばかりの妖魔達が壁を成して、飛鳥の行く手を阻んだ。いくら攻撃しても、その攻撃が壁を貫くことはできない。逆に濁流のように押し寄せる妖魔達に服を破かれ、全身を傷つけられていた。

 

「秘伝忍法!!半蔵流乱れ咲き!!」

 

二本の刀の連撃に妖魔の壁が薄くなる。そこへすかさず飛び込むが、飛び込みが甘く飛鳥は妖魔に捕まってしまった。

 

「し、しまった!?」

 

握った刀は幸い放していない。しかし、振り払おうにも四肢を妖魔に拘束されて身動きが取れない。

生まれたての妖魔が飛鳥の柔肌を這ってきた。ムカデの妖魔の唾液と悪臭を帯びた妖魔は乳を求める赤子のようだ。しかし、人間の赤ん坊のような愛らしさも母性をくすぐる仕草も無い。

 

「いや………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

その瞬間、飛鳥の周囲を炎が包んだ。瞬く間に飛鳥を拘束する妖魔達が灰塵と化すが、飛鳥には熱さは感じず、どこか慣れた感覚だった。この感覚には覚えがある。

後ろを振り返ると灰塵の中の紅蓮の長髪の少女が歩いていた。

 

「どうした、飛鳥?」

 

「ほ、焔ちゃん!?」

 

逃げた獲物を再び捕らえようと妖魔達が飛鳥と焔に一斉に迫った。しかし、その頭上を飛び越えて、雪泉が現れると氷の太刀を地面に突き刺した。その直後、氷の刃が地面を貫き、迫り来る妖魔達を串刺しにした。

 

「飛鳥さん、無事ですか?」

 

「雪泉ちゃん……ふ、二人とも……」

 

二人の姿を見た飛鳥の目に大粒の涙が込み上げてきた。

 

「うわぁぁぁぁん!!恐かったよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

飛鳥は二人を抱き締めた。その体は震えていた。妖魔と戦っていたことが恐かったのではなく、妖魔から辱しめを受けそうになったことがうら若き乙女にとって、どれ程の恐怖だったか計り知れない。

 

「あ、あああ、後は私達にお任せください、飛鳥さん!!」

 

雪泉は体温が上がって、顔が赤くなるのを感じた。鼓動も高鳴り、不謹慎だが、飛鳥の愛らしさに興奮した。

 

「ほ、ほら、飛鳥は下がっていろ」

 

焔も照れくさそうに飛鳥をあしらった。

その後ろでムカデ妖魔が奇声を発している。自分が産み出した妖魔を殺されて激怒する母性を持ち合わせているとは思えない。おそらく自分の存在を無視されているのに腹を立てたのだろう。

 

「安心しろ。今、お前の相手をしてやる」

 

「行きます!!」

 

炎月花と氷の太刀を重ねると二人は妖魔に飛び掛かった。小型の妖魔達が再び集まり壁を作るが、焔の宙に浮く六本の刀が炎を纏って妖魔の壁を焼き払った。瞬間、雪泉が氷の太刀を振るい、氷柱をムカデの妖魔に飛ばした。氷柱はムカデの妖魔に突き刺さり、毒々しい血液を噴き出しながら奇声を挙げた。

焔が炎月花を振るえば妖魔達は火達磨になり、雪泉が氷の太刀を振るうと妖魔達は凍り付いた。

妖魔達は雪泉と焔だけ狙っているわけではない。無防備な飛鳥にも妖魔達が襲い掛かった。

しかし、二人が助けに来てくれたことが飛鳥にどれ程の力を与えただろう。

 

「絶秘伝忍法・真影!!」

 

飛鳥の周囲に竜巻が起き、群がる妖魔達を吹き飛ばした。竜巻が晴れるとオーラを帯びた脇差しを持ち、髪を下ろした飛鳥が立っていた。

 

「私も行くよ!!焔ちゃん!!雪泉ちゃん!!」

 

三人は次々と妖魔を撃退した。

焔の六本の刀と炎月花が妖魔を焼き払い、雪泉の氷の太刀が妖魔を氷結させ、飛鳥の刀が妖魔を凪ぎ払う。そして、最後に残った瀕死のムカデの妖魔を三人の一斉攻撃で葬った。

 

 

 

 

焔の紅蓮の髪が元の色に戻り、雪泉の髪も元の色に戻った。撃破した妖魔達は煙のように消え、三人は背中を合わせて、その場に崩れ落ちた。妖魔との戦闘の前に既に戦っていた焔と雪泉はもちろん、飛鳥も満身創痍だった。

 

「なんとか……全部……倒せたね……」

 

「そ、そうだな……」

 

「二人とも……ケガはありませんか?」

 

ケガが無い訳が無かった。だが、少なくとも致命的なケガは無く、動けるようになるまで時間がかかる程度だ。

 

「ねえ、二人とも何で戦っていたの?」

 

妖魔との戦闘で聞きそびれていたが、飛鳥はまだ二人が戦っていた理由を知らない。

焔は急激に顔が赤くなって、黙った。互いに背を向けているおかげで表情は見えない。その一方で雪泉は大胆だった。静かに飛鳥の手に自分の手を伸ばした。

 

「ゆ、雪泉ちゃん?」

 

「飛鳥さん……私は飛鳥さんのことが……」

 

「ゆ、ゆゆゆ、雪泉!?お前、何を言うつもりだ!!」

 

「焔さんには関係ないことです。飛鳥さんとはずっと友達でいればいいではないですか?」

 

「なっ!!わ、私だって飛鳥のこと……!!」

 

そこまで言わされてしまい、焔は口ごもった。その様子を面白そうに雪泉は見つめ、飛鳥は話が見えていないようだ。

 

「二人とも何を言ってるの?」

 

「飛鳥には関係ない!!」

 

「いいえ、飛鳥さんに関係あります」

 

「うるさいぞ、雪泉!!」

 

「ならば、先ほどの続きをいたしますか?」

 

「望むところだ!!」

 

焔はふらつきながら立ち上がろうとした。しかし、やはり体が言うことを聞かない。それは雪泉も飛鳥も同様だ。

 

「また今度にしましょうか」

 

「そうだな……」

 

「ねえねえ、本当に二人とも何があったの?」

 

「秘密だ」

「秘密です」

 

焔と雪泉は笑い合い、飛鳥だけが納得いかない様子だった。

雪泉はそう遠くなく月閃を卒業してしまう。それでも今はこの思いを閉まっておくことにした。いつか自分の道が飛鳥の道と再び繋がると信じていたからだ。

焔は自分の気持ちを簡単には言えないと思った。進むべき道が善忍と悪忍では違いすぎる。でも、繋がる先がある。それはカグラになること。だから、今は言わないでおこう。

 

「もう二人とも、何なの~?教えてよ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら向こうも片付いたようだね…………でも、まだまだ甘いね」

 

煙管をふかしながらジャスミンは呆れた様子だった。その後ろにはまるで象に踏み潰されたような妖魔の残骸が転がっていた。

 

「カグラ千年祭の準備を急がないとね……」

 

 

 

 

 

 

これは忍を目指す少女達の忘れられない"夏"が始まる少し前の物語。



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