Fate/magic bullet (冬沢 紬)
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01

生きてます。生きてました。ごめんなさい。

そんなわけで、新作投稿です。ごめんなさい。

Magic Bullet書いてたのも、ホントはこれがやりたかったからなんです。許して下さい。

そして、原作ファンのみなさん。ごめんなさい。


 

「満ったせ~、満ったせ~、満たして満たせ~。繰り返すつどに4……度? あれ、5度?」

 

 薄暗い……ではなく、真っ暗な部屋の中、陽気な声が流れて来る。

 

「えっと……ただ満たされるときを破却する。だよなぁ?」

 

 戸惑い交じりのその声に、応える者はいない。

 

「満たせ、満たせ、満たして満たして満たせっと。はい、今度こそ5度ね! OK!」

 

 意味のわからない言葉の羅列。本人にも意味などわかっていないだろう。

 

「ん?」

 

 

 ふと、彼の目線が点きっぱなしのテレビに移る。そこには、ここ、冬木市での連続殺人事件のテロップが流れていた。

 

 それをソファに寄りかかりしばらく眺めると、何を思ったかくるりと振り返り、突然演劇の役者のようにしゃべり始める。

 

「悪魔って、本当にいると思うかい? ボウヤ……?」

 

 そこにいたのは、否、芋虫のように転がされていたのは、1人の少年。年のころは、まだ小学校低学年か。

 

 怯えた目で、彼を見る。それもそうだ。この部屋に、生きている人間は2人しかいないのだから……。

 

 彼の独白は続く。

 

「もし本物の悪魔がいるとしたら、新聞や雑誌が俺を悪魔呼ばわりするのは、悪魔に対して失礼なことじゃないかなぁ? そうなると、悪魔であります! なんて名乗っちゃっていいものかどうか……」

 

 困ったように少年に近づく彼だが、少年はか細い声を上げることしかできない。

 

「したら、こんなものが出てきちゃったんだよねぇ、うちの土蔵から」

 

 そう言って彼は少年に古びた書物を見せびらかす。しかし、少年の目は何も見てはいないだろう。

 

「どーもうちのご先祖様ってば、悪魔召喚の研究家だったらしくてねぇ。それじゃさぁ、もう悪魔が存在するのかどうか確かめるしか無いじゃん?」

 

 じゃん? と言われても、少年には答えることもできないし、そんな気すら起こらないだろう。頭にあるのは、この部屋の先住人たちの末路。

 

 ちらりと視線を横にやるも、そこには変えようの無い事実が転がっているのみ。すなわち、ヒトの、クビ。

 

「でもさぁ、本当に悪魔が出てきちゃったとするよ?」

 

 そこで、彼はつかつかと歩んでいたその歩を止める。

 

「何の手土産もなしにお茶会ってのも、アホみたいじゃん? ま、要するにさ。ボウヤ……」

 

 そう言ってどっかと椅子に腰掛ける彼。

 

「ひとつ、殺されてみてくれない?」

 

「……っ! ンー! ンー!」

 

 猿轡をされたその口からは、言葉にならないうめき声が上がるのみ。

 

 唐突に、彼は立ち上がって笑い始める。

 

「あはははははは! 悪魔に殺されるのって、どういう感じなんだろうね! すばらしい経け……痛ッ!」

 

 そう言って彼は顔をしかめ、急にその右手を押さえた。

 

 痛みが引いたのか、ややあってその痛みの原因を注視する。

 

「なんだ……? コレ?」

 

 しかし、彼の口から漏れるのは戸惑い。そこに、何があったのか。

 

 アカい、刺青のような文様。それが徐々に浮かび上がってきたのだ。

 

「んッ!?」

 

 その場から飛び退るように後ろに一歩、そこには光り輝く魔方陣があった。そこからあふれ出す、光に次ぐ光。そして突風。

 

「あ……」

 

 彼の口からは、間抜けな声しか出てこない。

 

 光が徐々に勢いを弱め始めると、そこには1人の女性が立っていた。少女と女性の中間ぐらいだろうか、さらさらのロングヘアーをストレートに腰まで伸ばし、目は緋色、肌は白磁のよう。純白のドレスを自然に着こなし、美と言うものを素直に体現した形がここにあった。

 

 目を見開く彼。

 

「……問いましょう」

 

 その可憐な口から流れ出る、美しい音色。

 

「我と我の力を求めし者、キャスターとして顕現させし者」

 

 彼は、それが言葉だと言うことを理解するのに、数瞬かかった。

 

「汝は何者ですの……?」

 

 それを聞いて、彼は少し困ったように戸惑いながら答えた。

 

「え、えーと……。雨生、龍之介っす……。あー、フリーターやってて、趣味は人殺し全般……」

 

 彼女はその言葉に顔をゆがめることなく言を重ねる。

 

「ふむ……ここに契約は成立したようですわね……。貴方が聖杯に求むは、何なるや? わたくしも求めるものである、それに……。わたくしが現界したからには、もはやそれは手中も同然ですわ。何しろ、わたくしは王女なのですから」

 

 聖杯という文句に一瞬わけがわからない、という表情を漏らした彼だったが、すぐに微笑む。

 

「……とりあえず、お近づきに……御一献、いかがです? コレ、どうぞ?」

 

 そう言って指差すは、足元に転がる先の少年。召喚劇をぼうっと見ていた少年だったが、自分も渦中の人物だと思い出したのか、激しく暴れ始める。

 

 不自由な体を必死に動かし、後ずさりする少年。しかし、彼女は一歩一歩近づいていく。

 

 悲鳴を上げ、来るな来るなと首を振るも、一切無力。少年にとっての死そのものは、近づいてくる。そして彼女の手が、少年の肩に触れた。

 

「ンーッ!」

 

 体を縮こまらせて、目をつぶる少年……。その少年を、彼女は、立たせた。

 

「落ち着いて、目を閉じて……。今から縄を解きますわ。リラックスして、力を抜いて……」

 

 彼女の声には何か不思議な安心感が篭っていた。なぜかはわからないが、先ほどの恐慌状態からは一転、落ち着いて素直に立っている少年。

 

 面白くないのは、彼――龍之介である。

 

「ねぇ、何を……」

 

 せっかくの獲物をわざわざ逃がされようとしているのだ。面白いはずが無い。

 

 それを手で制する彼女。余りにも自然なその行為に、黙らざるを得ないかのようにその口を閉ざす龍之介。

 

 そして、彼女は妖艶に微笑みながら、目を細めてこう言った。

 

「怨みなさい? ボウヤ……」

 

 彼女が足で何かを蹴り上げ、それを一閃、突き出した。

 

「いっ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 響く絶叫。少年の右目にはナイフが突き立っていた。それをぐちゅりと抜き放つと、今度はナイフが光を放ち始めた。彼女はそれをもう一度、心臓の辺りめがけて突き出す。そして、何の躊躇もなく、抜く。

 

「あ……ぎ……。いだい………いだいよぉ……」

 

 彼女はひざを折り、少年と目線をあわせ、言う。

 

「お行きなさい、ボウヤ……? ただ、ここであったことは話してはダメよ。呪いがあなたの心臓に喰らい付いているから……! もし、そうね……それを何とかしたかったら、殺しなさい。わたくしを! さあ、憎むがいい、怨むがいい! その怨嗟こそ、わたくしの求めるもの……!」

 

 そして、彼女はその少年をどことも知れぬ場所に転移させる。つかつかとテレビに近寄ると、それを撫でてモニターへと役割を変えさせる。移るは、件の少年。路地裏でのた打ち回り、もがき、か細い声で助けを求める。時刻は夜。運がよければ助かるだろう。

 

「いかがかしら……。ただ奉げられた供物を殺すことは家畜にも劣りますわ。怨みを一身に受け、猛き感情の者を絶望に変え、殺す……。コレこそが、殺しのエクスタシーですわ! あの子もいい獲物になって帰ってくるでしょう……。帰ってこなければ、それまで……。収穫とは、待ち遠しいもの!」

 

 一方、置いてきぼりになっていた龍之介だが、その一連のマジックショーに歓声を上げる。

 

「すげぇ、すげぇよ! アンタ超COOLだ! 聖杯だかなんだかともかく! 俺はアンタに付いていく!」

 

 そう言って彼女の手に触れようとするが……彼女はそれをひらりとかわす。

 

「私は王女ですわ……下々の者とは簡単には触れ合いませんの」

 

 龍之介はそれを聞いているのかいないのか、さらに続ける。

 

「さぁ、殺そう! もっともっとCOOLな方法で! 俺を魅せてくれ!」

 

「ふ……ククク……龍之介と、言ったましたわね……。あなたのような「正常な」マスターを得られるとは、どこぞにいる神とやらに感謝を奉げたい気分ですわ……!」

 

 上気した頬、少し乱れた髪。未成熟な妖艶さを振りまいて、彼女は告げた。

 

「私の名は、レファントルーシア=デュークロア・レン・フォーヴィリカ。そうね……遠い異国の……お姫様ですわ」



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02

ここから主人公の一人称になります。


 俺の最期の記憶は、蒼穹。そして、レールの上できらめく白刃。動かない体。

 

 

 

 

 

 俺は、いわゆる転生者というやつだった。世界を滅ぼす魔王と戦うための。といっても、勇者様だったわけじゃない。転生したのは、とある北方の国の姫としてだった。そうだ。勇者を召喚する側だったのだ。

 

 俺はいくつかの戦場で、圧倒的不利を戦術で以て切り崩した。得意の、最弱と言われる水魔法で。故に、付いた二つ名は「水の戦乙女」。安直だが、実によく俺を表している。

 

 勇者の召喚も済み、ついに魔王攻略の旅となった。紆余曲折を経て、5人のパーティーの内から脱落したのは1人。全員で魔王に挑み、勇者がその身を犠牲にして勝利を得た……。が、事実は違った。俺が、勇者を囮にして勇者ごと魔王を殺したのだ。正確には、勇者は死に、魔王は俺の中に封印された。

 

 凱旋は華やかだった。しかし、パーティーは沈み切っていた。魔王は、倒せてなどいなかったのだから。たまたま魔王討伐の際に勇者を囮としたことは、メンバーには知られていなかったので、俺も勇者の喪に服したフリをした。

 

 しかし、勇者は生きていた。そして、人魔共存の道を楯に戻ってきたのだ。そう、魔王は世界の破滅など望んでいなかった。人魔の共存を望んでいたのだ。俺は……最初から、それを知っていた。知ったうえで、魔王の力を我が物とすべく封印、そして融合したのだ。勇者率いる魔王の軍勢は瞬く間に王都を制圧。俺は勇者の力を以て捕えられた。そして、一族郎党、皆首を刎ねられた……。

 

 

 その時に誓ったのだ。俺は。わたくしは。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 蒼穹の下、手錠に繋がれ引き出される俺とその家族……つまりは、王族。なんでも、勇者の言によると、共和制を敷くらしい。

 

「ここに、レファントルーシア=デュークロア・レン・フォーヴィリカの罪状を読み上げる。一つ、国民の血税であるその財を……」

 

 くだらない。くだらない。そして、狂おしいほどに憎い。民が。勇者が。魔法封じのこの手錠さえなければ、この場で殺しているくらいに。

 

「まず、国王、ガルドラン=デュークロア・レン・フォーヴィリカ。前へ!」

 

 父が、死ぬ。俺は、それをどこかフィルター越しの出来事のように見ていた。

 

 次いで、母が死んだ。長男は青ざめて動けなくなっているし、長女、次女は泣きわめいて死にたくないと叫んでいる。

 

 それも、みんな死んだ。

 

 俺の番だ。

 

 俺は呼ばれるよりも前に一歩進むと、あらんかぎりの声を張り上げた。

 

「聞け! 愚かなる勇者よ、そしてそれに踊らされし愚民どもよ! わたくしは、この場で確かに死ぬであろう! しかし、永久に呪い続けてやる! 貴様らを、子孫に至るまでな! つまりはこういうことだ。……くたばれ、カスどもが! あばよ!」

 

 言い終わらないうちに、俺は乱暴に引っ立てられ、ギロチンに固定される。

 

 これが、最期の光景か……。軽い振動がして、白刃がレールを滑る音がする。なんて長い一瞬なんだろう。ああ、ここで、俺は終わりか。あっけないものだな。そして、暗転。

 

 気付いたら、俺はどこかよくわからない場所を漂っていた。どこかに導かれているのか。出口はすぐそこだ。地獄とはどんなところか、見てやろう。俺は、俺は――!

 

 その瞬間、いきなり情報が流れ込んできた。冬木市、聖杯、7騎のサーヴァント……。なつかしい、現代日本の記憶。

 

 そして、俺の視界が晴れると、そこには男が1人。彼は、雨生龍之介と名乗った……。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 俺は、龍之介と二人で夜の冬木市を眺めていた。もちろん、服は普通のカジュアルな服に着替えてある。

 

「なあ、レファントルーシア……って、長いからレファでいい?」

 

 俺は余裕を以てそれに答える。

 

「本来なら下々の者がそう軽々しく呼ぶ名ではないのですわよ? まぁ、いいですわ。いちいちフルネームで様付されるのも面倒ですし」

 

「あっりがとぉ~。で、さ。俺たちなんでこんな高層ビルの上にいたりしちゃうわけ?」

 

「ここが見張るに最適だから、ですわ ――デミ・ソメイユ、ここに」

 

 俺がそう言うと、伸ばした手には一本の弓が握られる。全長2メートルの弦の無い剛弓だ。それを構えたまま、まだ矢はつがえずに町を見やる……と、いた。早くもペアを発見する。川にかかる橋の上、大男と小男の二人組。彼我の距離は、約3キロ。充分この弓の射程圏内だ。

 

 殺気などいらない。俺が殺すのは、快楽だから。必要があれば、その憎しみを受けるために殺気も放とう。しかし、これは、愉悦。サーヴァントを開始直後に殺されて、絶望するマスターが見たい。それだけ。故に、殺気など浮かばない。だから、相手は反応が遅れる。殺気を隠しているわけじゃなく、無いのだから。

 

 さて……と思った時、別の方角に大きな魔力の反応を感じる。こちらでは、戦端が開かれたようだ。

 

「……移動しますわ。龍之介はそうですわね、そこのビルの上から双眼鏡で眺めていてくださる? この護符を持って」

 

「OK、OK。でも、何すんの?」

 

「挨拶ですわ……他愛のない、ね……」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 俺が港の倉庫街に辿り着いた時にはもう、戦いは佳境に差し掛かっていた。

 

 今のところ、セイバーが劣勢だ。二か所の傷を受け、一か所はマスターらしき女性により完治したと見えるが、もう一か所は腱……これでは剣も握れまい。それに、治らないと見える。これは……好機。1キロ離れたコンテナの上から剛弓デミ・ソメイユを構え、魔力を少しずつ流し込む。

 

 ニヤリと歪んだ笑みで、愉悦を感じながら魔力で編んだ弦を引く。

 

「では、まずは脱落ですわね、セイバー……。安心しなさい、マスターもすぐにあの世に送ってあげるから……」

 

 そんなときだ、龍之介から念話が届いたのは。

 

「なぁなぁ、今絶好のチャンスじゃない? あの後ろの白い女を殺すのにさぁ……」

 

「あら、あなたはそれで満足なのかしら?」

 

「どゆこと?」

 

「サーヴァントが理不尽に死んで、悲嘆にくれているところを殺す……サーヴァントを失えば戦争離脱……そんな甘いものじゃないと教えてあげるのですわ! その体を以て! まずは足、次は手! ダルマになったところを肺に打ち込む……これが理想形ですわね……」

 

「ひゅー、相変わらずCOOLだぜ!」

 

そして、射ろうとした瞬間だった。邪魔ものが入ったのは。

 

「Ahhhhhhhhlalalalalalalalalalalai!」

 

 激しい稲光と共に、ソレは現れた。

 

「くっ、チャリオット!?」

 

 古代の戦車が、先ほどの大男を乗せて現れたのだ。よく見れば、小男もいる。

 

 そして、大音声で呼ばわった。

 

「双方剣をおさめよ! 王の御前であるぞ! ……我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスで以て現界した」

 

「何を考えてやがりますかぁ、このバカは!」

 

 隣のマスターと思しき青年は、何か叫んでいる。

 

 今、俺は不機嫌だった。

 

 せっかくの狩場を邪魔されたのだ。イラつこうもの。

 

 その間にも、ライダーは何か言っている。しかし、俺の耳には届かない。怒りが俺を支配していたから。だから、意趣返しの意味も込めて、いつでも殺せたんだぞと殺気を送る。弓を構えて。

 

 その姿にはっとなるセイバー。そして、彼女は急いで白い女性への射線を遮る。それを見て満足する俺は、ようやくライダーの声も耳に入ってきた。

 

「おいこら! 他にも居るだろうが! 闇にまぎれて覗き見している連中が!」

 

 その声に、セイバーが俺をにらみつける視線も強くなろうというもの。

 

「セイバー、そしてランサーよ。うぬらの真っ向切っての戦い、実に見事であった!」

 

 そして辺りを見回すと、さらに大きな声を張り上げる。

 

「聖杯に招かれし英霊は、今ここに集うがいい! それでもなお応じずこそこそ隠れる輩は、この征服王イズカンダルの侮蔑を免れえぬものと知るがよい!」

 

 その言葉に、俺は魔術を使い声を響き渡らせる。

 

「王……。王とな? そう言われては出て行くしかありませんわね……!」



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03

「王……。王とな? そう言われては出て行くしかありませんわね……!」

 

 小男――青年は、どこから声がするのかキョロキョロしているが、それ以外は俺の方に注目する。

 

 弓を手にしたまま、優雅にその場に舞い降りる俺。純白の絢爛豪華なドレスをはためかせ、静かに着地する。

 

「お初にお目にかかりますわ……。聖杯戦争ゆえ、名を明かせぬ無礼を先に謝っておきますわ」

 

 俺のことを5者5様に値踏みする。いや、隠れているものも含めれば、もっとか。倉庫の上、クレーンの上、コンテナの上……。そんな俺に、まずは、とばかりにセイバーが問いかけた。

 

「貴女は……アーチャーとお見受けするが、いかに?」

 

「この子がすべてを物語っておりますわ」

 

 弓を撫でるだけで、俺はまともに答えない。この場にアーチャーがいない以上、俺がアーチャーだと錯覚させられる。それは大きなアドバンテージとなる。アーチャーともなれば、容易には手は出せまい……。そんな思惑からだ。

 

 次いで口を開いたのは、ライダー。

 

「ほう……お主も王とな……。重ねて問うが、我が軍門に降る気は?」

 

「ハッ、笑わせてくれますわ……。私が見ているのは世界ではなく、今のみ。今ある自分を認めてこその、王ですわ!」

 

 心にも無いことを言う。俺がしたいのは、ただの人殺し。のんべんだらりと暮らす愚民どもを、怨嗟の渦に落としいれ、苦痛と絶望と憎しみの中殺していく愉悦……。それしか考えていない。

 

 だが、それがばれるのはまずい。この場には義を重んじるサーヴァントが少なくとも3騎。3対1では、さすがにキツイ。

 

 俺の言葉に何かを感じたのか、わずかに表情をゆがめるセイバー。

 

 そして、このままアーチャーとして挨拶が終わるかと思ったのだが、現実は厳しかった。虚空より、突如として声が響き渡る。

 

「俺を差し置き王を僭称するとはなぁ……。しかも、3匹か……」

 

「あら、尊き王の血に連なる私のこの出自。偽る気はさらさらありませんことよ?」

 

 突如として現れた金ぴか鎧の男に、俺はそう返す。しかし、俺の言葉にも耳を貸さない。

 

「真なる王とは、天上天下、この俺ただ1人! 他の有象無象は雑種にすぎんわ……!」

 

 その言葉に反応したのはライダー。拳を振り上げ、しっかりとその金ぴか鎧を見据えて言う。

 

「そこまで言うのであれば……名乗るぐらいの事はしたらどうだ? 貴様も王であるのならば、己の名を知らしめることに何の躊躇いもあるまい」

 

 その瞬間だった。金ぴか鎧のまとう雰囲気が変わった。今までとは違う。俺は、いつでもデリヴランス――純銀製のハンドガンを顕現できるように構える。

 

「問う、だと? この俺に、問を掛けると……? 雑種ごときが……! 拝顔の栄に浴してなお、知らぬと……? ならば、そのような無知蒙昧は生きる価値すらない!」

 

 そう言って腕組みをする金ぴか鎧の背後からは、空間の歪みと共にいくつもの武具の穂先が突き出ている。

 

「ほう……アレでアサシンをやったのか……!」

 

 ライダーのつぶやきを俺は聞き逃さなかった。

 

(なんと……。もうアサシンが脱落していたとはな……)

 

 意外な情報に心を弾ませながらも、俺の心は少しささくれていた。

 

『なんだぁ、あいつ?』

 

 龍之介の念話も耳に入らない。だんだん怒りが増してくる。そうだ、怒れ。もっと、もっとだ。あいつは、あの金ぴか鎧は俺の言葉を無視しやがったのだ。取るに足らない羽虫以下の存在として。

 

 答えは一瞬で出た。あの金ぴか鎧を怒らせる答えは。あとは、実行するだけ。

 

 そして、タイミングを見計らって、俺はそいつを見据えてあっけらかんと言い放った。

 

「知りませんわ。どこのどなたですの? 最も古い由緒正しき血統の前で王を名乗る田舎者は」



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04

「知りませんわ。どこのどなたですの? 最も古い由緒正しき血統の前で王を名乗る田舎者は」

 

 言い終わらないうちに、その金ぴか鎧は雰囲気をまた変えた。チラリと一瞥し、一言。

 

「そうか。死んでおけ」

 

 俺に向かい、黄金の奔流が射出される――

 

 このままだと、俺は間違いなく死ぬ。しかし、俺には、これがある。どのサーヴァントにもない、武器が。俺には筋力も無ければ耐久もない。精々敏捷がそこそこなのと宝具がマシな程度だ。だが、一つぬきんでたものがある。それは、魔力。俺はその魔力を7割放出した。戯れの一撃とはいえ、その力は強大。俺は片腕を突出し、唱えた。

 

「facmnectimsoliyofs」

 

 次の瞬間、俺の張った魔導障壁に次々と金ぴか鎧の宝具が着弾していく。すさまじい光の中、俺の右腕がミシミシと嫌な音を立てる。

 

(セイバーをはるかに上回る俺の魔力を以てしても、これほど……!)

 

 俺は、戦慄した。これがまさか奥の手ではないだろう。しかも、何の気なしに放った一撃である。

 

 ようやく光の奔流が止み、そこには無傷の俺が立っている。俺は何とかしのぎ切った一撃を、さも当然と言う風に優雅に構えてみせる。

 

 セイバーは息をのみ、その後ろの白い女は「うそ……」と小さく漏らし、ランサーは視線を鋭くし、ライダーは「ほう……!」と感心のため息をつく。金ぴか鎧は、まなじりを吊り上げ、烈火の形相である。

 

「そうか……よほど惨たらしく死にたいらしいな、小娘……!」

 

 そう言うと、金ぴか鎧の背後からは、先ほどの倍以上の武具が現出する。

 

(これは……。さすがに、ヤバイかね……)

 

 今度も真正面から受け止めてやろうと金ぴか鎧に相対したところで、異変が起きた。俺と金ぴか鎧の間に、何か黒い渦が発生したのだ。すわ、金ぴか鎧の攻撃か、と構える俺だったが、それは杞憂に終わった。いや。金ぴか鎧の攻撃であれば、どれだけよかったか。

 

 その渦巻く闇は、徐々に人型を為し、唸り声を上げた。

 

「GUAAAAAAAAAAA!」

 

 セイバーが叫んだ。

 

「バーサーカーか!?」

 

 俺はあきれたような目をライダーに向ける。

 

「あの御仁は誘いませんこと?」

 

 それにライダーは首をすくめて答えた。

 

「ありゃあ……交渉の余地があるように見えるか?」

 

「見えませんわね」

 

「なら言うな……」

 

 その間にも、状況は動く。バーサーカーが、金ぴか鎧……こうなっては最早アーチャーだと確定だろう、をねめつけているのだ。

 

「貴様もか。そこの小娘ごと、散れ。狂犬め」

 

 光の奔流が、再度放たれた。堰を切ったように飛び出すそれは、まるですべてを飲み込む大蛇にも似て――。

 

 俺は、本当に紙一重の差で、障壁を張る。しかし、優雅に、さも余裕のある動作で。

 

 一方のバーサーカーはというと、初撃の剣をつかみ取り、その剣で次々と連撃をさばいていく。剣が破損したら次の剣へ。槍が折れれば次の槍へ。

 

 ライダーはふむ、と呟いた。

 

「えらく芸達者なやつよのう……」

 

「まったくだ……」

 

 それに応えるは、ランサー。

 

「バーサーカーも凄いけれど、あの攻撃を純粋な魔力障壁だけでしのぐアーチャーも流石だわ……あのクラスなのに、なんて魔力量なのかしら……!」

 

 そう言った、白い女。その言葉は、妙に戦場に響いた。それに反応したのは本当のアーチャーだった。

 

「アーチャー? アーチャーだと? そこの小娘が……。王を僭称するだけでは飽き足らず、我がクラスまでも騙るとは……。もういい、貴様はこの一撃を以って、塵に還れ……ん?」

 

 そこで一瞬アーチャーの表情がゆがむ。

 

「時臣か……臣たる身で大きく出たな……。おい、雑種! 次に見える時までに、間引いておくんだな……。我と相対す者は真の英雄のみでいい……。フン」

 

 そう言い残し。アーチャーは姿を消した。

 

「貴女は……アーチャーではなかったのか! 嘘をついたという事だな……」

 

 アーチャーの言葉を受けて、セイバーが激昂する。まぁ……致し方あるまい。騙されたも同然なのだから。だが。それはそいつが悪い。

 

「あら、私は一度も自身がアーチャーだ、などと明言したつもりはありませんわ……! この子も、わが宝具……手段の一つ」

 

「ならば貴様……キャスターか」

 

 ランサーが視線も鋭く問いかける。

 

「ご明察……そうですわ、わたくし、キャスターですの。で、ですわ……。そこな狂犬殿はいかが……っ!」

 

 ギリギリ、だった。転移魔法が間に合わなければ、この身は粉微塵だっただろう。その場に落ちていた鉄骨を拾い、バーサーカーが襲い掛かってきたのだ。

 

 俺はデリヴランスを顕現させると、バックステップで距離をとりながら叫んだ。

 

「mocfetaliaeuledeau!」

 

 デリヴランスが一瞬で凍りつき、巨大な杭打ち機が完成する。そう、パイルバンカーだ。重ねて、俺は叫ぶ。

 

「dufionee!」

 

 すると、俺の全身に力がめぐってくるのが解る。身体強化の魔法だ。

 

 セイバーが後ろの白い女に尋ねる。

 

「アイリスフィール……あれは、呪文……ですか?」

 

「いえ、わからない……わからないの! 少なくともあんな意味不明な詠唱はこの世のどこにも存在しないわ。ありうるとしたら、はるか太古に失われた文明語……。でも、だとしたらあの拳銃は一体……!」

 

 バーサーカーの上段からの叩き下ろしをパイルバンカーの一撃を以って受け止める。その威力は半端なものではなく、バーサーカーの得物を半分ほどからねじ切った。

 

「ハッ、他愛が無いですわね……」

 

 俺は縦横無尽に迫り来る鉄骨をあるときはパイルバンカーに付いた楯で、あるときは杭を突き立てて躱す。だがしかし、後退しながら、という事実は覆せない。

 

 バーサーカーの右から迫る一撃を楯ではじくも、すぐさまその軌道は変化して縦からの剛撃の転じる。それをパイルバンカーで吹き飛ばす。

 

(このままではジリ貧……だが! やつの得物は徐々に破損していってい……るッ!?)

 

 あろうことか、やつは投擲したのだ、己の武器を。必死に側転で躱す俺。

 

「ですが! これで貴方の得物は殺ぎましたわ!」

 

 そう言い放つと俺は転移で5メートルほど距離を取り、詠唱を始める。

 

「decheumelantec, goeu, laclawetemts」

 

 求めるは、剛槍。何にも負けぬ、折れぬ、完璧な短槍を!

 

「mec! fatemtoloia!」

 

 周囲のマナを吸収し、ここに、槍が出来上がる。

 

「さぁ、行きますわよ……ハッ!」

 

 武芸指南は王族だけあって一通り受けている。俺は元男というのもあり、それぞれに非常に高い適性を示した。そして、身体強化の魔法……。魔術ではない。魔法だ。つまり、「」へ至りし俺の術式に、バカみたいな魔力を組み合わせれば、何でもできる。下手なランサーなら一騎打ちでも打ち取れるほどの、身体能力。

 

 そこに転移魔法が加わればどうか。一方的な殺戮劇の始まりだ。まずは、とバーサーカーの頭上に転移し魔力の放出による推進力を得て、一気に鷹の如く襲い掛かる。が、これは寸前で躱された。地面に穿たれる、大きなクレーター。そこから槍を引き抜き、構え直す。

 

「今のは……挨拶ですわ!」

 

 純白のドレスをはためかせて、舞い踊る俺。バーサーカーは徐々に徐々に後退していく。先ほどとは形勢が逆転した形だ。

 

 俺の姿を見たランサーがつぶやく。

 

「まさか……キャスターがバーサーカーを圧倒する姿を見る日が来ようとは……!」

 

 さらに転移を重ねる。戦闘中の詠唱と集中は並列思考ができないとまず無理であるが、俺はそれを半ば自動化することによって可能としていた。最低限、最小限の術式で。先に呪文の組み合わせを作って。

 

 今度は体勢を崩したバーサーカーの右脇を取る。そこから必殺の一撃を、繰り出そうとした時だった。

 

 俺は、ソクリとした殺気を顎の下に感じ、次の瞬間には宙を舞っていた。

 

(ヤバイ……デカいのをもらった……! 軽い脳震盪か……!)

 

 地面にどさりと横たわり、必死に立ち上がろうとするも、体が言うことを聞かない……。

 

 バーサーカーは、先ほどの瞬間、地面に落ちていた鉄柱を蹴り上げたのだ。そこまで誘導していたとしたらバーサーカーとは思えない。ヤバイ。このままだと、最初に脱落するのは俺……!

 

 脳をかき乱された俺は、転移することもままならない。このままだと、殺される!




ちなみに。レファのステータス。

筋力:E
耐久:E
敏捷:D
魔力:EX
幸運:E
宝具:デミ・ソメイユ(弓)・デリヴランス(リボルバー)・???

宝具の詳しい解説はまた今度。
ああ、この先の展開がどんどん難しくなっていく……。
龍之介陣営でいいSSってなんかありますかね? 勉強したい……。

励ましの一言を貰えると、更新速度上がるかもよ?(チラッ


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05

 

(落ち着け、こういう時こそ冷静になるんだ俺……)

 

 目の前には迫るバーサーカー。周囲からの援護は期待できそうに無い。そして、動かない体。

 

 まだ頭がグラグラする。こんなんじゃ、まともに思考できようも無い。

 

 なら。考えなくても出来ることをすればいい。そう、それは単純な話。

 

(これでもっ! 喰らえ!)

 

 周囲に突風が吹き荒れる。突如として生じた恐ろしいほどの圧力に、距離をとっていた周囲のギャラリーは顔を覆う。

 

 そしてその収束した衝撃を受けた対象、つまりはバーサーカーはどうなったか。無論、吹き飛ぶ。

 

 残りの魔力を半分ほど使って俺がやったのは、純粋な魔力を放出すること。恐ろしく燃費が悪いが、威力はバーサーカーを吹き飛ばしたことからも折り紙つきだ。

 

 ガシャンガシャンッと鎧の音を響かせ転がるバーサーカー。それを見ながら、何とか俺は立ち上がった。しかし、俺の心中は屈辱でいっぱいだった。自身の油断が招いたと言う事実が、さらに俺を苛立たせる。

 

「こ……の……っ! やって、くれましたわね! このわたくしを、地に這い蹲らせるなどと! 逃がしはしませんわ!」

 

 そう言うも、まだ俺の足はふらついている。その時、誰かの声が響く。ねとつくような、不愉快な、声。

 

「何をしているランサー、バーサーカーと共闘してさっさとキャスターを倒してしまえ!」

 

「!?」

 

 やられた……このままいけば、俺の脱落は確定的だ……。だが、だが、ランサーならば……!

 

「ですが、我が主よ! この二人は決闘の最中です! そこに横槍を入れるなどとは……」

 

 ここまでは予想通りだ。おそらく他のサーヴァントも動くまい。これで……勝機は見えてきた!

 

 しかし、響くは無情な声。

 

「令呪を以って命ずる。バーサーカーを援護し、キャスターを討滅せよ」

 

「ッ!」

 

「主よ!」

 

(やられた……!)

 

 そうだ、サーヴァントがそうでも、マスターもまたそうとは限らないのだ……。

 

「許せ……キャスター……」

 

 その言葉と同時に飛び掛ってくるランサー。鋭い刺突が俺を襲う。が、その槍筋は素直。だが、こちらは他のサーヴァントのように鎧で体を覆っているわけではないので、それで受けるわけには行かない。仕方無しに、短槍で受けた瞬間だった。武器が砕け散ったのは。

 

「なっ!?」

 

 いや、砕け散ったと言うのは語弊があるだろう。正確に言おう。解けたと。強固に二重三重の魔力結合で構成されているはずの氷の槍が、間単にその構成を崩され、ただの水へと還っていく……。

 

「呆っとしている場合ではないぞ!」

 

 ランサーの言葉に、意識が返った。無様な転移で距離をとる。俺は急ぎデリヴランスを握り締め、構える。一瞬で六連射。しかし、それは弾かれかわされ、一発たりともランサーには届かない。

 

「くっ! ……やはり!」

 

 ハンドガンを構えたまま、数瞬にらみ合う。あの槍に触れた瞬間魔力結合が崩壊した……。つまり、あの槍には何らかの仕掛けがあるということ……。それを打破するには。

 

 俺はデリヴランスのシリンダーをスイングアウトさせると、そこに新たに六つの魔法を込めた。

 

 これで……これなら……。

 

 カキン、とシリンダーを戻し、再び構える。律儀にも二人は待っていてくれたようだ。

 

「……これは、わたくしでは制御できませんの。覚悟はよくて?」

 

 切り札を一つ晒す。しかし、これも生き残るためならば致し方なし。緊迫していく空気。極限まで引き絞った弓弦のような空間の中、対峙するは3人。しかし、俺の助けはやはり、というかコイツから発せられた。

 

「あいや、待たれい!」

 

 その弦を引きちぎるような大音声がチャリオットの上から発せられた。

 

「ランサーのマスターよ、どこぞにコソコソ隠れているのかしらんが……これ以上戦いを続けると言うならば余はキャスターに加勢する。下らん根性で一対一の決闘を汚すでない!」

 

 セイバーも一歩前に出る。

 

「私も……これ以上神聖な決闘の場を邪魔立てするというのであれば。キャスターに加担せざるを得ない。……すみません、アイリスフィール」

 

 俺の鋭敏な知覚により、ランサーのマスターが歯ぎしりするのが聞こえた。そして、やむなしと言った声が響く。

 

「……撤退しろ、ランサー。今宵はここまでとする」

 

「……征服王よ、感謝を」

 

 ランサーはその声に従い、消え去る。

 

「それでどうする? バーサーカーよ」

 

 答えとばかりに、バーサーカーはくるりと振り返り、歩き去っていく。そのままそいつ雲散霧消した。黒い霧となり……。

 

 俺は安堵と共に、念話で龍之介に伝える。

 

『撤退ですわ。まずは工房に戻りましょう……』

 

 そして、別れの言葉を告げる。

 

「次に会い見えるときは……必ず潰して見せますわ……。相応の準備をして、ね……」

 

 俺は龍之介の場所まで転移し、彼を連れて根城へと戻った。

 



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06

今回結構グロい表現があります。主に食人とか。やだって人はバックぷりーず。


 俺は根城に戻った途端、龍之介を無視して牢に向かう。そう、牢だ。人を閉じ込めるための。そこには、11人の少年少女たちがうずくまっている。ぐずり、帰りたいと泣くものも少なくない。

 

「あの……下郎どもがッ!」

 

 そう怒鳴り、俺は怒りに任せて牢屋の鉄格子を破壊する。

 

「ヒッ……!」

 

 中にいた、まだ年のころ9ほどだろうか……少女は、怯えて後ずさる。だが、それを逃す俺ではない。首をつかみ、持ち上げる。そして……ワタを裂いた。もちろん、生きたままだ。響く悲鳴。だが、そこに救いのヒーローは現れるはずもなく……。苦しげに声を詰まらせる少女の腹に手を入れると、ブチュブチュとグロい音を響かせて臓器を取り出す。すなわち、子宮。

 

 それをためらわずに、俺は口にする。ぐちゃり、ぐちゃりと噛み砕かれ、嚥下されるたびにそれはマナとなり、俺の体を満たしていく。

 

「れ、レファ!? 何やってるのさ!」

 

「マナの補給ですわ。魔力が無ければこの先何もできない……。ですが、やはりいいものですわね。醸造された絶望を貯め込んだワタというものは。しかもこれから生きていくエネルギーを貯め込んだそれは、極上ですわ……! 量が少ないのが玉に瑕ではあるけれど」

 

「あーあ……。せっかく集めたのに」

 

「……まぁ、そうですわね。今宵はこの1人で満足ですわ。それに、早くお迎えに行かなければいけませんしね……」

 

「お迎え?」

 

「そう、セイバーの……追撃に」

 

 俺はそう言って、用意しておいた水晶球に魔力を送り込む。すると、そこには誰もいないいろは坂を疾走する一台の車が。さらにズームアップすると、そこには先ほどアイリスフィールと呼ばれていたマスターらしき女性の姿が見える。

 

 それを脇から龍之介が覗き込む。そして、喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「いいねいいいね! 今度はこの“素材”を使って何するんだい!?」

 

「残念ながら、サーヴァントはマスターを殺害すると消えてしまいますの……。だから、このマスターを誘拐することにしますわ……! そして……ふふふっ。この“素材”は龍之介へのプレゼントとしますわ。素敵なオブジェを私のために作ってくださる?」

 

「くくく……アハハハハハハッ! いいね、いいよ、どんどん素敵なアイデアが湧いてくる! 任せてくれよ! 素敵な貢物を作ってあげるからさぁ!」

 

「期待してますわ……! さて……じゃぁ、行ってきますわね……」

 

 そして俺は転移の魔法でその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどのいろは坂の中腹にてティーセットを召喚し、優雅にお茶を楽しむ俺。ああ、素晴らしい。充分に温めた容器にコポコポと紅茶を注ぎ、最後に隠し味に血を数滴垂らす……。すると、極上の味に変化するのだ。

 

 しばらくそうやって待つこと数分、一杯目の紅茶が切れようかという時、ようやくエンジンの爆音を響かせ、ヘッドライトが俺を照らし出した。俺の姿を認めたのか、路面に黒い焦げ跡を残し、急ブレーキをかける車。車種は、なんだろうか……。車に明るくない俺には、よくわからないが、おそらく外車なのだろう。高いんじゃないだろうか。

 

 その車から降りてくるは2人。黒いスーツ姿のセイバーと、白い服にコサック帽を被ったアイリスフィールと呼ばれた女性。

 

 俺は二杯目の紅茶を注ぎながら、目線を下げたまま言う。

 

「ごきげんよう、お二人さん……。特に、セイバーは今宵はお世話になりましたわね……」

 

「何のつもりだ、キャスター……。まさかここでお茶会の誘いというわけでもあるまい?」

 

 注ぎ終えた紅茶に数滴血を垂らして、香りを楽しむ。

 

「あら、それもいいですわね……ただ、ちょっとそういうわけにもいきませんの。“マスターから”貴女方の追撃を命じられまして、ね……。それにホラ、令呪というものもあるでしょう?」

 

 俺も本意ではないのだよ、といった言い方をする。まさか。本意も本意、乗り気である。

 

「というわけで、降ってくださいませんこと? 怪我をした貴女を叩きのめすのは本意ではありませんの」

 

 セイバー、即断。

 

「断る。ここで引けば、騎士の沽券に関わる」

 

「そうですの……。それでは、仕方ありませんわね……」

 

 俺は残念そうにくいっと最後の一口を飲み干すと、一瞬でティーセットを消す。

 

「では、こうしましょう」

 

 俺はにこりと笑い両手をポンと打つ。

 

「え?」

 

 アイリスフィールが呆けたのも一瞬、俺はデリヴランスを顕現させつつその背後に転移し、それを突きつける。

 

「一緒に来て……」

 

 頂ますわ、とは最後まで言えなかった。俺がその場に留まっていたら、間違いなく俺の首は落ちていただろう。セイバーは一瞬で俺の横に回り込み、剣を一閃させたのだ。バック転で優雅とは言えない回避を試みる俺。それでも余裕を見せつつ着地するあたり、もう体に染み付いてしまったのだなぁ、などと実感する。

 

「あら。ひどいですわ」

 

「アイリスフィールが誘かされるのを黙って見ていろと……? それこそ、騎士のする事ではない!」

 

「ふぅむ。じゃあ、仕方ありませんわね」

 

 俺はそう言うと、デリヴランスのトリガーをおもむろに1つ引く。すると、銃身から水で出来た剣が形成される。ブン、と軽く一振りすると、水の飛沫がぱしゃりと地面にかかる。

 

 俺は片手で構えなおし、セイバーと相対する。

 

「まさか貴女は私が片手だからといって、手加減するつもりではあるまいな……?」

 

「そういう剣なのですわ。決して侮っているわけではありませんことよ?」

 

「ならばいい……全力でいかせてもらう!」

 

 その言葉を皮切りに、戦闘は始まった。

 

 セイバーが剛の剣でくるのならば。

 

「私は、柔ですわ!」

 

 思い切り叩きおろしたその見えざる剣に合わせるように、俺は勢いよく剣を振り下ろした。セイバーの見えざる剣は、俺には届かない。逸らされ、地に傷跡を穿つのみ。

 

「なっ!?」

 

「ッ!」

 

 息をのむ二人に、俺はニヤリと笑いかける。

 

「今度は身体強化などしていなくてよ?」

 

「そんな!? セイバーの剣が素のキャスターに届かないなんて!」

 

 セイバーは焦ったような表情で、もう一度剣を振るう。今度は逆袈裟斬りに、地面からすくい上がるかのような見事な一太刀。しかし――

 

「それも……届かないッ!」

 

 逸らされた剣は自重であさっての方向へ向かう。そこを見逃す俺ではない。上方に払ったそのまま踏み込み、剣を突き出す。セイバーはそれを鎧で受けようとするが……。

 

「ぐっ……!?」

 

 バシュリと決して浅くはない傷がセイバーの左胴に開く。剣をブンと振るって俺を牽制し、バックステップで距離を取る。

 

「単分子カッターというものをご存じかしら? 知らないのなら、帰って調べてみることをお勧めしますわ。こういうのをググれって言うんでしたわね」

 

 ニコニコと笑いながら、俺はいつもの調子で告げる。

 

「どうして……サーヴァントが単分子カッターなんて代物を知っているの!? あなたはいったい何者なの!?」

 

「それを答えてはサーヴァント失格ですわ!」

 

 その言葉を皮切りに、再び斬りかかっていく。まだ間合いには届かない。しかし、躊躇なく俺は剣を振り切った。飛び散る飛沫。それがセイバーの顔にもかかる。その瞬間、セイバーは顔をしかめてバック転で後退する。

 

「熱湯か……姑息な真似を……!」

 

「戦術と言ってほしいですわね。では、ここから本番と参りましょうか……!」

 

 俺は大きく息を吸い込んで、詠唱を始める。

 

「loctepeautis, foucjuificu!」

 

 もちろんその隙を逃すセイバーではない。当然俺に斬りかかって来る。が。

 

 俺はそれでもニヤリと笑う。セイバーの剣が迫ろうかというその瞬間、俺とセイバーの間に氷の壁が生成された。セイバーの剣はそれに阻まれて届かない。氷の壁は一瞬後に砕け、その破片がセイバーに向かって降り注ぐ。明らかに指向性を持って。マズいと感じたのかセイバーは後退するも、まるでそれは生き物のようにセイバーを追う。

 

「いいんですの? そんなものにかまけていて?」

 

 俺はアイリスフィールに触れると、龍之介の根城へと転移する。

 

「アイリスフィールッ!」

 

 セイバーの声は、誰もいなくなったいろは坂にむなしくにこだました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あーあ、やっちゃったよレファさん。さぁて、この後の展開はどうしようか……。


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07

おひさしぶりです。やっと書きあがったので投稿です。すみません、ISの二次書いてました。


「龍之介。この素材でウーヴル(作品)を作るのは駄目ですわ」

「え? なんで?」

 その場には目隠しと猿轡をされ、縛られて転がったアイリスフィールという名の女性がいる。俺がセイバーとの騙しあいに勝ち、ここに連れてきたのだ。

「それはもちろん、この方が次なる布石となるからですわ」

 そう言って俺はおもむろに目隠しを取る。すると、怯えきった表情で俺を見るアイリスフィール。殺しはしない、殺しはしないさ……。それじゃあ、つまらなくなるからな。アイリスフィールはここに充満する妙な臭いに気付いたのだろう、あたりをきょろきょろと見回す。しかし、暗くて辺りは見えない。俺はアイリスフィールの頭をぐいとつかみ、俺の目に目線を合わせる。そして、一言。

「comodes」

 アイリスフィールの目から光が消え、濁ったような目になる。うつろな目をしたアイリスフィールに、龍之介はどうしたんだと俺に問いかけた。

「あれあれ? 一体何しちゃったわけ?」

「これでこちらの言うことを素直に聞くお人形さんになったのですわ。拘束を解いた途端に魔術でドカン、なんてオチは漫画だけにしてほしいものですし」

「拘束を解くって……何するのさ」

「お茶会ですわ。客人を招いたのにお茶の一つも出さないなんて、お里が知れますわ」

 俺はそう言ってお人形遊びよろしくティーセットを呼び出し、そこの椅子に座らせる。

「ほら、龍之介もお座りなさい?」

 そうして指パッチンでアイリスフィールの目を覚ます。

「あ、あれ? 私は……」

「そんなことより、お茶会ですわ。ほら、いい茶葉がありますわよ? いかがかしら」

 戸惑いつつも、ありがとう、と言って大人しくお茶を注がれるアイリスフィール。辺りを照らすのは物寂しげな燭台が一つのみ。

「ミルクは……残念ながらないのですけれど、極上のモノが最近手に入ったので、いかがかしら?」

「極上の……もの?」

 俺は薄く笑う。

「ええ、飲んでみてのお楽しみ……。舌に合うといいのですけれど」

 俺はそう言いつつ、アイリスフィールに注いだお茶に、銀の容器から滴を垂らす。

「どうぞ、召し上がれ……」

「え、ええ。ありがとう」

 そうして一口、口に含んだ瞬間、アイリスフィールは妙な顔をした。

「ごめんなさい、上等なお茶というのはわかるのだけれど、なんだか変な風味がして……」

「そうかしら……? まぁ、人を選ぶモノだということはわかってはいたつもりだけれど……。次は、普通にストレートかしら?」

 そう言いながら俺は自分の分を一口づつ味わうように飲んでいく。

 お茶会は、始まったばかり。俺は口の端を歪めた。

 

■ ■ ■

 

 暗い礼拝堂の中、男の声が朗々と響き渡る。

「此度の聖杯戦争は、重大な危機に陥っている」

 誰もいないというのに、そこにまるで誰かがいるかのように堂々と弁を振るう一人の男……身なりからして神父だろう。

「戦争に参加する一騎であるキャスターのマスター。そやつは近頃冬木市を恐怖に陥れている連続誘拐、殺人事件の犯人だということがわかった。よって私は聖杯戦争非常時の監督権限を発動することにした。つまりは暫定的なルール変更だ……。あらゆるマスターはすべからく互いの戦闘行為を中止し、キャスター討滅に移行せよ」

 神父はそこで言葉を切ると、おもむろに自身の右袖を捲り上げた。

「見事討ち取った者には……」

 そこに刻まれていたのは……幾重にも重なった大量の令呪。

「追加の令呪を与えよう」

 そしてその右袖もそのままに、「一人もいない」そこにいる来賓たちを見渡しながら、言い放った。

「質問のあるものは? ……まぁ、人語を解するもののみ、とするが」

 そう言い、ニヤリと笑った。

 その言葉と同時に、その場から去る無数の気配。いたのだ、確かにそこには。何かしらが。

 数瞬後。そこには何もいなかった……。

 

■ ■ ■

 

 夜のアインツベルンの城。そこには焦燥を浮かべた黒スーツの少女と、落ち着き払った壮年の男がいた。

「マスター! このままではアイリスフィールがどうなることか分かったものではありません! 早急に救出を……!」

 だが、マスターと呼ばれた男……衛宮切嗣は泰然自若としたものだった。

「要求があるにせよ無いにせよ……何らかのアクションが僕たちにあるのはわかりきったことだ。ならば、わざわざアウェーで相手してやることもあるまい。ホームで、迎え撃つ」

「ですが……」

「待った」

 切嗣はそこでスーツの少女、セイバーの言葉を遮った。

「獲物が二匹、網に引っかかったようだ。セイバー、出撃の準備を。舞弥、例の仕込を。君は直接戦闘に加わらなくていい」

 そうして、モニターを覗き込む切嗣。そこには、森の中を虚ろに歩くアイリスフィールの姿があった。

「誘い……でしょうね」

 セイバーがつぶやく。

「好都合だ。このまま城に入れてしまおう」

「しかし!」

『セイバー?』

 そのときだった。モニターの向こうからキャスターが微笑みかけてきたのは。

『さあさ、いらっしゃいな。お茶会の準備はもう済んでいてよ? ほら、ゲストもこんなに……』

 そう言いつつ手を置いたのは、まだ幼い少女の頭。少女は、自我を取り戻す。その魔女が呪いを解くことによって……。

『ヒッ、あっ、こ、ここ……』

そしてその手はその少女を鷲掴みにし――

『痛……! うぁぁ! あ、ああああああああ!』

『エッセンスに、なぁれ』

 握り、潰した。

 辺りに飛び散る飛沫は朱く、その臭気までも容易に想像させる。未だ手のひらから滴るそれを、魔女は脇に用意してあった容器の中にポタポタと集めていく。そしてそれを、自身の紅茶に一滴二滴、垂らす。

『さぁ、お待ちしていますわ……』

 

 城の一室は静まり返っていた。

「巧妙に隠した数百メートル先の監視カメラを見破ることなど造作も無い……か」

 切嗣が何の感情も込めずに言う。

「私はっ! アイリスフィールの救出に向かいます! どうしてもというのならば、令呪を以って止めるがいい!」

 それだけ言い残すとセイバーはその場から走り去った。

 

 森の中。走る、ひた走る。セイバーはこれ以上の凶行を止めようと、主の伴侶を救おうとひた走る。そして、足を止めた。そこには……。

 首の無い、少女の遺体が無造作に転がっていた。その先に視線を移すと、そこには一組の椅子とテーブル、そしてそこに座る白い女性がセイバーの目に映った。

「アイリスフィール!」

 そして、駆け出そうとするそのセイバーの足を、たった一言の声が止めた。

「お待ちしていましたわ」

 風の流れるような音とともに空いた椅子に姿を現したのは、誰であろう、そう。キャスターだった。

「セイバーさんもいかが? わたくし自慢の紅茶を……」

 そう言ったところで、ああ、とキャスターは手をポンと打つ。

「お茶会には、芸術品鑑賞も欠かせませんわね」

 キャスターが指を鳴らす。すると、暗がりから怯えた表情の少年が現れた。自分の意思かそうでないのか……その歩みは、キャスターの方へ。

「さぁ、お行きなさい? あの御仁が良く見えるように……」

 そうキャスターがその少年にささやくと同時に、彼は悲鳴を上げてセイバーの方へと走り出した。その足取りは先程とは違い、しっかりしている。おそらく自分の意思だろう。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 その少年を、セイバーはやさしく抱きとめる。そして、抱きしめたまま言った。

「なんの……つもりだキャスター!」

「芸術鑑賞会ですわ。まぁ、少々お待ちになればわかりますわ」

 その時、少年がセイバーの腕の内で身震いした。そして、安心しなさいというようにセイバーが目を向けた瞬間。

 

 爆ぜた。

 

 少年が、裏返った。そうとしか形容ができない。内臓があたりに飛び散り、断末魔の悲鳴をあげるまもなく裏返って死んだ。

 そしてそれを、キャスターは微笑みながら見ている。

「うふ。うふふ。我が主も、中々オツなことをするものですわね」

 セイバーは、頭の中が真っ白だった。

 イマ……コノ子ハドウナッタ……?

 人の尊厳を無視するかのような、冒涜的な死。ただの作品と成り下がった、幼い少年。

「きさ……ま……」

 セイバーは、吼えた。

「キャスタァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 



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