遊戯王デュエルモンスターズAE (yun1)
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第1章
第1話 あの日の記憶といつもの日常


 ふと気が付いた時、自分が捕まっている事を理解するのにそう時間は掛からなかった。そして、何か既視感がある事にも気づいていた。自分を取り囲む黒い人影が四人おり、何か話している様に聞こえる。その内容は聞こえないが、自分をこれからどうするかでも話しているのだろう。

 そこにドアを蹴破って入ってきた人物の顔を見て、自分は思わず息を呑んだ。その人物は自分の父親なのだから。そして、ここから先の展開がどうなるのか、自分は知っている。

 ――駄目だ、父さん。来ちゃ駄目だ!

 そう叫びたいのに、声が出ない。父も何かを言っているが、やはり聞こえない。そして父はデュエルディスクを展開し、黒い影の人物達とデュエルを始めた。やがてそのうちの三人を倒す事はできたが、その時には手札も尽き、ライフも残り僅かしかなかった。

 最後に残った黒い影の人物が笑った様に見え、その人物は自らのモンスターに命令を下す。

 ――やめろおおおおおおおおお!

 自分はあらん限りの力で叫んだはずだった。なのに、やはり声は出なかった。次の瞬間、父の胸を黒影が召喚したモンスターが貫いていた。

 ゆっくりとその場に崩れ落ちる父。自分は暴れながら父の許に行こうとしたが、両手足を縛られた状態では叶うはずもなかった。父は無念そうな表情を浮かべながら、こちらをじっと見つめる。そして、最後の力を振り絞る様にデュエルディスクからデッキを外し、その場に置く。

 ――ごめんな、刹那(せつな)……。

 父の口元がそう動いた様に見えたが、その直後には父は動かなくなっていた。それから少し遅れてサイレンの音が聞こえてくる。それを聞いた黒影の人物は自分を放置してその場から逃走した――。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 あまりの衝撃に、目が覚める。眼前に広がるのは見慣れた自分の部屋の天井。その事にまずは安堵するが、それと同時に今度は腹部に鈍い痛みが走った。そしてその部分だけが重くなっている事にも気づく。ゆっくりと視線を腹部に向けると――。

「えへへ。おはよー、せっちゃんおにーちゃん!」

 太陽の様にまぶしく明るい笑顔を見せる幼い女の子が馬乗りになっていた。こちらが気づいた事を確認すると、ぎゅーっと抱き付いてくる。

「なんでお前がオレの上に乗ってんだよ……優希(ゆうき)

「だってだって、ねーねーがいくら起こしても起きないからね、ねーねーがぼくにやっていいよーって言ったの!」

 にぱー、と擬音が付きそうなくらいの笑顔を見せる少女に悪気という言葉は一切無い。彼女はあくまで傍にいる人物に言われた通りにやっただけなのだから。自分はその元凶に向けて口を開く。

「なんでもいいけど早く優希をどけてくれ、(まい)

「ほら優希、刹那がいつまでも起きれないでしょ。離れなさい」

「はーい!」

 自分、神崎(かんざき)刹那は少女がどいたのを確認すると、気だるい体を起こす。そして二人の女子を見やる。

 先程まで刹那に乗っていた少女の名は観月(みづき)優希。ツインテールに纏めた髪は、彼女が動くたびに小動物の如くピョコピョコと跳ねる。くりくりとした大きな瞳は好奇心旺盛な輝きを放ち、自身が刹那を起こしたのが嬉しかったのか、ニコニコとしている。

 一方の観月舞は背中まで伸ばした水色の髪を靡かせ、髪と同じ色の瞳は気の強さを表す様に強い輝きを放っている。学校指定の制服のスカートからは、なめらかで白く瑞々しい太ももが覗く。

 二人は血を分けた姉妹で、朝はいつも二人でこちらを起こしにくる。いい加減、高校生になるのだからどうかと思うが、朝に弱い刹那からすると母親が止めてくれるのを待つしかないのだが、その気配は無い。なので、現状では諦めざるを得なかった。

(なぎさ)さんが朝ご飯作って待ってるから、早く食べて行くわよ」

「わーったっての……」

 目覚めるまで見ていた夢のせいか、頭がかなり重い。また、あの時の夢を見たのか。刹那はそんな事を考えながら、パジャマを脱ごうとする。

「な、ななな……! いきなり脱ぐな、バカー!」

「おぶっ!?」

 顔を真っ赤にした舞が枕を顔面に投げつけ、優希を隠す様に部屋から出て行った。枕の直撃を受けた刹那はむくりと起き上がり、うだつの上がらない顔でもう一度パジャマを脱ぐ。

 真新しい制服に袖を通し、鞄を手に取ると刹那は部屋から出てリビングに向かう。そこで母、渚の作った朝食を平らげた後、舞と優希を伴ってある場所へ向かう。そこは昔父が使っていた部屋。そこには現在、仏壇が置かれている。刹那と舞は線香をあげると、手を合わせる。優希も二人の真似をして手を合わせる。

(行ってくるぜ、父さん)

 目を開くと、柔らかく笑っている父、功也(こうや)の顔が瞳に焼き付いた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 通学路の途中、刹那達が通っている学校とは別の方向にある小学校に通っている優希と別れ、二人は肩を並べて学校への道を歩いていく。その道中、舞がふと口を開いた。

「そういえば、今朝うなされてたけど大丈夫なの?」

「なら優希を使うなよな……」

「しょうがないじゃない。幾ら起こしても起きないんだから」

 はぁ、とため息を吐くと刹那は重い気持ちになりつつ今朝、自分が見た夢の内容を告げた。舞は複雑そうな表情を見せる。

「そう。また、あの時の夢を見たのね」

「ああ。正直、もう勘弁して欲しいけどな」

 あの夢を見たのは今回が初めてではない。父が亡くなってから、一定の周期であの夢を見る。初めの頃は多かったが、最近は見る事が少なくなってきている。それでもあれから四年が経とうとしているのだから、もういいのではないかと思わされるが。

「まだ、気持ちは変わらない訳?」

「ああ。父さんを殺した奴に復讐する。その気持ちは今も揺らいじゃいねぇよ」

 しかし、自分にはあの人物が何者なのか、そもそも自分がどうして攫われたのかすら分からないままであった。父とあの黒い影の人物達の間で何かあったのか。それとも――。

「ほら、学校着いたわよ。暗い話はこれで終わりね」

 舞に肩を叩かれ、見上げると徐々に見慣れてきた白い校舎が目に飛び込んでくる。

 ここが二人で通っている私立奉花学園。ここ数年で増えたデュエルモンスターズの授業に力を入れている学校で、プロのデュエリストも何人か輩出していると聞いている。

 二人は校門をくぐり、校舎内に向かう。今日もまた、いつもの一日が始まる。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 眠くなる授業をやり過ごしながら、昼休みを迎え、刹那と舞は屋上に行って一緒に弁当を広げる。その事をクラスメートにからかわれるのは未だに慣れないが、幼い頃からずっとそうしてきた言わば習慣に近いものをからかわれても困ってしまう。

 そんな事を考えていると、弁当を食べる手を止めた舞がこちらを見ながら言った。

「そういえば、ミラからメール来てたわ。放課後にいつもの場所に行こうって。チビ二人も連れて」

「あー、そういや新しいパック出たんだっけ。いいぜ、OKって送っといてくれ」

「りょーかい」

 舞はスマートフォンを取り出して返事のメールを打つ。送信を終えると、弁当の中身を再び突き始める。刹那も黙々と弁当を食べ進め、弁当の中身を空にする。

「さて、と。弁当も食った事だし、腹ごなしにデュエルでもするか?」

 あらかじめ持ってきていたデュエルディスクを見せびらかすと、舞も同じ様にデュエルディスクを手に取る。

「そうね……ただ、時間があまりないからライフは4000ね」

「いいぜ、何だってよ」

 二人は立ち上がり、デュエルディスクを装着して電源を入れる。すると、プレートの部分が展開しセットされていたデッキがオートシャッフルされる。そこから五枚の手札を手に取り、舞と距離を取る。彼女も手札を取り、既に準備は万端だ。

 二人は視線を合わせると――。

『デュエル!』

 綺麗に揃ったタイミングで始まりの言葉を口にした。

 

刹那:LP4000

 

舞:LP4000

 

 デュエルディスクのランプが点灯する。つまり先攻になった事を意味する。刹那はそのまま五枚の手札を確認する。

「まずはオレのターンだな。うし、『熟練の黒魔術師』を召喚!」

 現れたのは、漆黒の衣類に身を包んだ魔術師のモンスター。無機質な表情はじっと相手である舞を見据えている。

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 そして伏せられたカードのビジョンが浮かび上がる。舞はそれを確認すると、自らのデッキに手を掛けた。

「私のターン、ドロー」

 舞は六枚となった手札をじっくりと注視している。そしてこちらの顔を見てくるが、刹那はあくまでポーカーフェイスを貫く。

 お互い、幼い頃からずっとデュエルしてきているので手の内は知り尽くしている。少しでもそれを読まれないためにも、ポーカーフェイスは必須事項だ。

「私は『キラー・ラブカ』を召喚」

 現れたのは、体長が二メートル程もある細長い、鮫のモンスター。その攻撃力は700と貧弱だが、墓地に送られてから真価を発揮するモンスターだ。

「『キラー・ラブカ』をリリースして『シャークラーケン』を特殊召喚するわ」

 『キラー・ラブカ』が光の粒子となり、続けて現れたのは、鮫とイカが融合した様な不気味なモンスター。うねうねと触手が動いている。

「『シャークラーケン』で『熟練の黒魔術師』を攻撃よ」

 舞のモンスターがこちらのモンスター目がけてその触手を伸ばす。刹那はすぐにリバースカードを翻した。

「リバースカード発動! 速攻魔法、『ディメンション・マジック』!『熟練の黒魔術師』をリリースして手札から『ブラック・マジシャン』を特殊召喚!」

 『熟練の黒魔術師』は『シャークラーケン』の攻撃が当たる寸前で粒子となって消滅する。すると今度は細い棺が出現し、その中から黒い魔法衣に身を包んだ精悍な顔つきの魔術師が出現する。このモンスターこそ、刹那のデッキを支えるエース。

「『ディメンション・マジック』の効果で『シャークラーケン』を破壊!」

 『シャークラーケン』が突如として飛来した雷に射抜かれ、消滅する。舞は表情を変えずに次の手に移った。

「メインフェイズ2。墓地に送られた『シャークラーケン』を除外して『水の精霊アクエリア』を守備表示で特殊召喚」

 現れたのは、透明感のある衣類に身を纏った女性の精霊。彼女の出現に、刹那は僅かに眉を顰めた。

「『シャークラーケン』が破壊されるのも、最初から織り込み済みって奴かよ」

「そういう事。私はこれでターンエンドよ」

「オレのターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ時に『アクエリア』の効果発動。『ブラック・マジシャン』を守備表示に変更するわ。これで次の私のターンまで、表示形式の変更はできない」

「まあ、そうなるよな。『霊滅術師カイクウ』を召喚!」

 現れたのは、梵字を身体に刻み込んだ不気味な姿の僧侶。

「『カイクウ』で『アクエリア』を攻撃!」

 僧侶が何やら念仏を唱えると、手にしている念誦が鈍い光を放つ。しかし、これは防がれる事を前提とした攻撃だ。何故なら――。

「墓地の『キラー・ラブカ』の効果発動。水族モンスターが攻撃対象になった時墓地のこのカードを除外。攻撃を無効にして攻撃モンスターの攻撃力を500ポイントダウンさせるわ」

 こうなるのが分かっているから。舞は二重の防衛線を張って、このターン『アクエリア』を残す事を目的としている。理由は察しが付いているが。

「ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー。『ツーヘッド・シャーク』を召喚」

 現れたのは、二つの頭を持つ獰猛な鮫。これで舞のフィールドにはレベル4のモンスターが二体揃った。

「来るか……」

「私はレベル4の『アクエリア』と『ツーヘッド・シャーク』でオーバーレイ!」

 二体のモンスターが水色の光となり、舞のフィールドに出現した時空の渦に吸い込まれていく。

「吠えろ未知なる轟き! 深淵の闇より姿を現せ! エクシーズ召喚! 来なさい、『バハムート・シャーク』!」

 現れたのは、巨体を持つ鮫のモンスター。海の獣と呼んで海獣と呼べそうなその風貌は見る者を圧倒する存在感がある。このモンスターこそが、舞のエースモンスター。

「『バハムート・シャーク』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 『バハムート・シャーク』が黒魔術師に向けて音波攻撃を飛ばす。黒魔術師はその攻撃にもがき苦しみながらゆっくりと体を倒し消滅する。

「メインフェイズ2。『バハムート・シャーク』の効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除いてエクストラデッキからランク3以下の水属性エクシーズモンスターを特殊召喚する。私は『ツーヘッド・シャーク』を取り除いてエクストラデッキから『No.47ナイトメア・シャーク』を特殊召喚!」

 現れたのは、今にも獲物を食いちぎろうと荒い動きを見せる興奮状態の鮫。しかし現在はバトルフェイズを終えているので攻撃される心配は無い。

「『ナイトメア・シャーク』を特殊召喚した時、手札からレベル3の水属性モンスターをこのモンスターのオーバーレイ・ユニットにできる。私は『ハリマンボウ』を選ぶわ」

 手札からカードを一枚抜き取り、『ナイトメア・シャーク』のカードの下にセットする。すると、『ナイトメア・シャーク』の周りに光の輪が一つ浮かび上がる。

「カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

「オレのターン、ドロー」

 刹那はドローしたカードを確認しながら、舞の方を見る。先のターンの攻撃で『カイクウ』に攻撃してダメージを与える事ができたにも関わらず、舞は『ブラック・マジシャン』を破壊しに来た。刹那のフィールドに『ブラック・マジシャン』を残すと厄介なのを知っているからだろう。目先の僅かなダメージに囚われず、冷静に状況を見渡せる。それが観月舞というデュエリストだ。

「なら、『カイクウ』をリリースして『ブラック・マジシャン・ガール』をアドバンス召喚!」

 『カイクウ』が光となり、変わりに現れたのは露出度の高い魔法衣に身を纏った愛らしい女の子の魔術師。先程までフィールドにいた『ブラック・マジシャン』の唯一の弟子であり、師の力を受け継ぐ資格を持つ者である。

「墓地に『ブラック・マジシャン』がいるから攻撃力300ポイントアップ! 更に装備魔法、『魔術の呪文書』を発動。これで攻撃力を700ポイントアップさせ、攻撃力3000だ!」

 『ブラック・マジシャン・ガール』が手元に出現した呪文書を読み、新たな魔術を会得する。それによって攻撃力が上昇し、師を超える攻撃力を備える事となる。

「まだ行くぜ。魔法カード『賢者の宝石』発動! 『ブラック・マジシャン・ガール』がいる時、デッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚!」

「っ……」

 舞の表情が苦いものに変わる。刹那のフィールドに揃う、マジシャンの師弟。『ブラック・マジシャン・ガール』は師匠の出現に、嬉しそうな表情を見せる。

「行くぜ。『ブラック・マジシャン』で『ナイトメア・シャーク』を攻撃!」

 『ブラック・マジシャン』が杖を掲げ、呪文を唱える。杖先に魔力が溜まっていくが、突如として巻き起こった津波にその攻撃は中断される。

「罠カード、『ポセイドン・ウェーブ』! 攻撃を無効にして私のフィールドに海竜族モンスターが二体いるから、1600のダメージよ」

 津波の余波が刹那を飲み込み、そのライフを削っていく。それでも刹那は怯むことなく続ける。

「『ブラック・マジシャン・ガール』で『バハムート・シャーク』を攻撃だ!」

 墓地に眠る師の力、そして独学で得た新たな魔力を使役して、魔術師の少女は獰猛な鮫の怪物に自らの力をぶつけていく。鮫の怪物は僅かな抵抗を見せるも、あっさりと破壊される。

「うし、カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

刹那:LP4000→2400

手札:0枚

 

舞:LP4000→3600

手札:1枚

 

「私のターン。……これで決める」

「っ……!」

 その台詞が出た時、それは舞が勝利を確信した時だという事を刹那は良く知っている。

「あんたのフィールドにモンスターが二体以上いる時、『パンサー・シャーク』をリリース無しで召喚。そして『パンサー・シャーク』がフィールドに存在する時、『イーグル・シャーク』を特殊召喚できるわ」

 続けざまに現れたのは、黄色の鮫と頭部に嘴の様な部分を持つ茶色の鮫。この二体のレベルは5。つまり……。

「レベル5の『パンサー・シャーク』と『イーグル・シャーク』でオーバーレイ!」

 二体のモンスターが光となって渦に吸い込まれていく。

「海よ切り裂け! 雄々しき鮫の巣よ! 来なさい、『シャーク・フォートレス』!」

 現れたのは、もはや鮫ではなく巨大な要塞と言った方がいいであろうモンスター。空中に浮遊するその姿は威風堂々としている。

「『シャーク・フォートレス』の効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ使い、私のモンスター一体に二回攻撃を可能にさせる。『パンサー・シャーク』を取り除いて『ナイトメア・シャーク』を選択するわ」

「げっ……」

「更に『ナイトメア・シャーク』の効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除いて、私のモンスター一体を選択。そのモンスター以外の攻撃権を放棄する代わりに選択したモンスターはダイレクトアタックが可能になるわ。私は『ナイトメア・シャーク』自身を選択。更に墓地に送った『ハリマンボウ』の効果で『ブラック・マジシャン』の攻撃力を500ポイントダウンさせる」

 『ハリマンボウ』から放たれた針が『ブラック・マジシャン』に突き刺さり、毒が回ったのか力を失っていく。しかし、今の舞からすればそれは関係無い。

「これで決める! 『ナイトメア・シャーク』でダイレクトアタック!」

 主の命に従い、『ナイトメア・シャーク』が刹那の魔術師師弟を無視して刹那本人に攻撃を仕掛ける。その攻撃が直撃する前に、刹那はリバースカードを翻した。

「罠カード、『魔法の筒』発動! 攻撃を無効にしてその攻撃力分のダメージを相手に与えるぜ!」

「っ!」

 『ナイトメア・シャーク』の攻撃が吸収され、逆に跳ね返される。これで舞のライフは大きく削られた。それでも攻撃権は残っている。

「……『ナイトメア・シャーク』でもう一回ダイレクトアタックよ」

 今度はこの攻撃を防ぐ手立ては無い。刹那は大人しくその攻撃を受け入れた。これでライフは残り500を切った。

「仕留め損ねたわね……ターンエンドよ」

 苦虫を噛み潰した様な顔で、舞がエンド宣言をする。刹那がデッキに手を伸ばしたその時、鐘の音が辺りに響き渡った。その音に、刹那と舞は我に返る。

「……おいおい、せっかくいい所だったのにもう昼休み終わりかよ」

「仕方ないわね。放課後のショップで仕切り直しましょ。出来れば、だけど」

 舞も苦笑しながらデュエルディスクの電源を落とす。刹那は名残惜しそうにデッキの一番上のカードを確認する。そのカードは『ワンショット・ワンド』。

 装備した魔法使い族モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせ、更に戦闘を行ったダメージ計算後にこのカードを破壊する事でカードを一枚ドローできる装備魔法だ。

 そこで刹那は更にデッキからカードをドローする。そのカードを見た刹那は、一気に残念な気分になった。

「……あのまま続けてれば、勝ってたのかよ……」

 ラストドローは『光と闇の洗礼』。『ブラック・マジシャン』をリリースして『混沌の黒魔術師』を特殊召喚する速攻魔法。

『ワンショット・ワンド』で『ブラック・マジシャン』か『ブラック・マジシャン・ガール』どちらかを強化して攻撃させ、効果で『ワンショット・ワンド』を破壊してドロー。そして最後は『光と闇の洗礼』で特殊召喚した『混沌の黒魔術師』でとどめ、という流れになっていたはずだった。

時間が憎いと思いつつ、刹那はディスクの電源を落として先に教室に向かう舞の後を追うのだった。




初めまして。yun1と申します。今回、初めてこちらの方で小説を投稿させていただきます。
既にタグの方でも明記していますが、この作品では原作キャラは一切登場しない、オリジナルの世界となっております。オリカも登場しますが、基本的にはOCGのカード中心となります。
まだまだ未熟もいいところですが、一人でも多くの方に読んでいただければ幸いです。
それではまた次回にてお会いしましょう。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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第2話 放課後の風景

 空がうっすらと茜色に染まり始めた時間帯。午後の授業も終わり、終礼も済ませると刹那は荷物を片手に席を立つ。それを追いかける様にして、隣の席にいる舞も立ち上がる。目的はもちろん、放課後に集まる約束をした友人の許に行くためだ。

「おっ、お二人さんはまた一緒に帰るのか? いい夫婦ぶりだなぁ」

 クラスメートの一人が茶化す様に言うと、舞の顔がみるみる内に赤く染まっていく。

「だ、だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!?」

「そうだぞ。ったく、何を期待してるのか知らねぇけどよ」

 高校に入ってから約二か月が経とうとしているが、新たなクラスメート達ともだいぶ打ち解けてきたからこその茶化しなのだろう。しかし、舞とはあくまで幼馴染という間柄でしかないので、それ以上の何かを期待されても困る。

「ほら、行くわよ刹那! ミラ達迎えに行くんだから!」

「お、おい、引っ張るなよ!」

 急に前に出たかと思うと、強い力で腕を掴んで引っ張ってくる。まるでこの場からすぐに逃げたいとでも言いたげに。刹那は舞に引っ張られるがまま教室を後にする。

 道中、舞が何かぶつぶつ言っているのは聞こえたが、声量が小さくて聞き取れなかった。そうこうしている内に、二人は別のクラスの入り口前に到着していた。舞が顔を覗かせると、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。

「あ、舞と刹那来たわね。今終わったばかりだからもう少し待っててちょうだい」

 舞に似た勝ち気な雰囲気の声が響く。太陽の様に輝く金色の髪と明るい空色の瞳は何処となく幼さを残した雰囲気がある。スレンダーながらスタイルは整っており、それが彼女の幼い雰囲気をカバーしている様にも見える。

 彼女がミラ・シーベル。中学の時に刹那と舞の学校にやってきた転校生で、大きな家の令嬢である。

「刹那さん、舞さん、お待たせしました」

 続いて透明感のある透き通った声が聞こえてきた。そちらの方を振り向くと、氷の様に輝く綺麗な青い髪と瞳を持つ、優しい雰囲気の女性が傍に立って軽くお辞儀をした。

 ミラとは対照的に出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいる理想的なスタイルを惜しげも無く曝け出しおり、穏やかながら無自覚な色気を醸し出す。彼女が通ると、傍にいた男子が見とれてしまっていた。

「相変わらず律儀ね、メイレンは。ミラなんか絶対そんな事言わないのに」

「い、いえ。そんな事は」

 舞がくすりと笑いながら言うと彼女、メイレン・マグナスは遠慮がちに首を横に振る。

 メイレンはミラの専属使用人として長年ミラに仕えている存在だが、年齢が同じという事もあって主従関係というよりは仲の良い親友同士に見える。

「さ、て。私も準備終わったわ」

 そこにミラも加わり、いつもの四人グループになる。それと同時に刹那に対して男子からの殺意がこもった視線が集中する。

(うぐ……)

 刹那から見ても、容姿が優れている女子三人に対し男子一人。嫉妬を集めるのも無理は無かった。刹那は先程の舞と同じ様に逃げる様な形で教室から離れる。不思議そうな顔をしながら、女子三人も付いてきた。舞があ、と何かを思い出したように口を開く。

「そういえば、チビ達は先に行ったの?」

「小学校の方が早く終わるから、とっくにね。さっきクリフに電話して、優希を連れて先に行ってスペース確保する様に言っておいたわ」

 ミラにも弟が一人いるのだが、舞の妹である優希とはクラスメート同士で当人達も非常に仲が良い。いつの間にか互いの妹、弟の話で盛り上がって足を止めている舞とミラを見て、刹那は呆れ気味にメイレンへ視線を送る。メイレンも少しばかり苦笑いを浮かべていた。

「くすっ。ああなったら、暫く止まりませんね」

「だな。おい、舞にミラ、早く行くぞ」

 このままでは埒が明かないので、二人に急ぐよう促す。我に返った二人はすぐに歩を進めるのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 四人は行きつけのカードショップ、『ギラス』の前に到着する。店舗そのものは大きくないものの、豊富な品揃えで好評の店だ。店内に入ると、既に学校帰りの学生達で溢れていた。

 ガラス張りのウィンドウにはカードが所狭しと並び、パックも最新パックを先頭に幾つものシリーズが置かれている。そしてソリッドビジョンシステムを搭載したデュエルテーブルではデュエルを行っている学生とそれを見守る友人達、という図式が出来上がっていた。

「えっと、クリフからのメールだと三番テーブルにいるって言ってたけど」

 ミラがテーブル席の周辺を見渡す。すると、合間を縫うようにして小さな影が二つ飛び出してきた。

「ねーねー、せっちゃんおにーちゃん! こっちだよー!」

 まず舞にぶつかる様にして抱き付いてきたのは、彼女の妹の優希。待ちわびていたかのように満面の笑みを見せている。

「ミラおねえちゃんとメイおねえちゃんだー!」

「クリフー!」

 そしてもう一人、ミラに抱き付いて胸に顔を押し付けている幼い少年の姿が見える。

 ミラとは対照的な銀色の髪と空色の瞳。幼いながらも整った顔立ちをしており、ミラにこれでもかというくらい甘えている。

 彼がミラの実弟であるクリフ・シーベル。そんなクリフの前にメイレンが視線を合わせる様にしゃがむと、クリフはメイレンにも抱き付いた。

「メイおねえちゃん!」

「はい。お待たせしました、クリフ様。今日のお勉強はちゃんと出来ましたか?」

「うん! 今日はね、かけ算をやったんだよ。ねー、優希ちゃん!」

「そだよー! えへへっ」

 メイレンはその豊かな胸に顔を押し付けてくるクリフに、まるで母親の様な温かい視線を送りながら、彼の頭を優しく撫でている。そして、何故かミラがメイレンの胸を恨めしそうに睨んでいた。

「さて、早速パック買っちゃいましょ。それからデュエルね」

 優希を抱きかかえながら、舞がそう告げると優希とクリフ、メイレンを残して三人でパックを購入しに行く。購入したパックを開けた後、後から来た四人はそれぞれのバッグからデッキが入ったカードケースを取り出す。丁度良くテーブルが二つ空いたので、分かれてデュエルする事にした。

「舞。まずは私とデュエルしなさい」

「あ、待ってミラ。私、昼休みに最後まで出来なかった刹那とのデュエルを仕切り直したいんだけど」

「そんなのいつでも出来るじゃない。ほら、行くわよ!」

「ちょ、待っ――」

 有無を言わさず舞の制服の袖を引っ張るミラ。言い返す間もなく、舞はミラに連行されていった。

「あう。じゃあ、ボクはもう一回優希ちゃんとデュエルするね、メイおねえちゃん」

「はい、どうぞ」

「よーし、クーくんには負けないもん!」

 クリフと優希は四人が到着するまでの間に何度かデュエルをしていた様だが、もう一度やるつもりでいる様だ。元いたテーブルで再びデッキをシャッフルしている。そうなると、刹那の相手は必然的に――。

「じゃあ、オレらでやるか?」

「はい、お手柔らかにお願いします」

 そう言いながら、柔らかな笑みを浮かべるメイレンに刹那は思わず見とれてしまった。

「? 刹那さん?」

「あ、な、なんでもねぇ。じゃあ行くか」

 心配そうにこちらの顔を覗き込んでくるメイレンにどぎまぎしながら、刹那は残ったテーブルに移動する。メイレンも刹那の反対側に座り、デッキをシャッフルしてからデッキゾーンに置く。すると初期ライフである8000の数字がテーブルの小さな画面に表示される。

 刹那も同じ様にデッキをシャッフルしてセットする。そして五枚の手札を取り、メイレンに準備完了の合図を送る。メイレンも微笑を浮かべて準備が済んだ事を伝える。

 一瞬の間の後。

『デュエル!』

 二人の声が、交差した。

 

刹那:LP8000

 

メイレン:LP8000

 

「先攻は私ですね。それでは……手札から魔法カード、『独奏の第1楽章』を発動します。私のフィールドにモンスターが存在しない時、手札かデッキから幻奏モンスターを一体、特殊召喚します。私はデッキから『幻奏の音女アリア』を守備表示で特殊召喚します」

 落ち着いた雰囲気の歌声が辺りに響き渡ると、天からスポットライトが差し込む。そこに現れたのはふわりとした柔らかそうな質感の髪を持つ、愛らしい姿の女性天使。露出はやや控えめながら、へそだしルックとスカートとブーツの間から覗く太ももが何とも言えない色気を漂わせる。

「特殊召喚されたこのカードが存在する限り、私のフィールドの幻奏モンスターは効果の対象にはならず、戦闘で破壊される事もありません。この効果はもちろん、『アリア』自身にも適用されます。これでターン終了です」

 最初のターンという事もあるが、手札の消費を最小限に抑えつつ厄介な守りを固めてきた。このカードを起点にメイレンは自らのパターンを構築していくので、早めに処理しておきたいところだが。

「オレのターン、ドロー」

 ドローカードを見て、刹那は苦笑する。いきなり都合のいいカードが来てくれれば助かったのだが、やはりそう簡単にはいかない。とりあえず刹那は、頭に浮かべていた動きをその通りに再現する。

「『ガガガマジシャン』を召喚」

 現れたのは、背中に大きく『我』の文字が書かれた学ランを来た不良っぽい風貌のマジシャン。目つきも何処となく悪く見える。

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「では私のターンですね。ドロー」

 メイレンは物静かな動作でカードをドローすると、唇に人差し指を当てて考え込む仕草を見せる。刹那の動きを見てこのターン、自分はどう動くのか思案しているのだろう。

「決めました。私のフィールドに幻奏モンスターが存在する時、『幻奏の音女ソナタ』を手札から特殊召喚します」

 現れたのは、緑色の髪を持つ大人びた風貌の乙女天使。しかし左目の目つきは明るいのに対し右目側の雰囲気は暗く、鋭い目つきになっているのが不気味に映る。

「特殊召喚したこのカードが存在する限り、私の天使族モンスターは攻撃力と守備力が500ポイントアップします」

「げ……」

 またややこしい事になったと刹那は唇を噛んだ。幻奏シリーズの下級モンスターは決して攻撃力の高いモンスターが揃っている訳ではないが、この『ソナタ』のおかげで攻撃力の底上げができ、アタッカーになれる可能性を秘めている。更に『アリア』が付与する耐性もあるので、強固な布陣を築きあげることができる。

「更に『幻奏の歌姫ソプラノ』を通常召喚です」

 続けて現れたのは。赤い髪を持つ歌姫。しかしその表情は被り物のせいで窺う事が出来ない。

「もちろん、『ソプラノ』も『ソナタ』の効果を受けます」

 これによって、アリアは攻撃力2100、『ソナタ』は1700、『ソプラノ』は1900となった。どれも『ガガガマジシャン』の攻撃力1500を上回っている。

「バトルフェイズに入ります。まずは『ソナタ』で『ガガガマジシャン』を攻撃します」

 『ソナタ』が自らの歌声を武器に変え、『ガガガマジシャン』を攻撃する。刹那はそれを許さないとばかりにリバースカードを翻した。

「罠カード、『ガガガシールド』発動! このカードを『ガガガマジシャン』に装備させて二回まで戦闘及び効果破壊から守る」

「そう来ましたか……でもダメージは受けますし、私のモンスターは三体。これでは凌ぎきる事は不可能ですね」

「ぐ……」

 にこやかに言うメイレン。彼女からすれば本当に悪気は無いのだろうけど、この状況では少々怖く聞こえる。そうしている間にも『ソナタ』の攻撃は『ガガガマジシャン』を直撃する。シールドによって守られはしたが、その余波までは防ぎきれずに刹那のライフを僅かばかり削る。

「続けて『ソプラノ』で『ガガガマジシャン』を攻撃します」

 二番手は『ソプラノ』。甲高い歌声で『ガガガマジシャン』を攻撃する。シールドにはひび割れが起こる。攻撃の余波もしっかりと刹那のライフを奪っていく。

「そして『アリア』で『ガガガマジシャン』を攻撃です」

 そしてラストを飾るのは『アリア』。その独創的な歌声で『ガガガマジシャン』を骨抜きにしていく。そして『ガガガマジシャン』を守っていたシールドも音を立てて崩れ去った。

「これでバトルフェイズを終了し、メインフェイズ2に入ります。私は『ソプラノ』の効果を発動します。このカードを含む、幻奏融合モンスターの召喚に必要なモンスターを墓地に送ることで、その融合モンスターを融合召喚します。私は『ソプラノ』と『ソナタ』を墓地に送ります」

 二体のモンスターが歌声を響かせながら、メイレンの上空に出現した時空の渦に吸い込まれる。

「融合召喚。行きましょう、『幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト』」

 現れたのは、燃える様な赤い髪を靡かせる、仮面を装着した音の姫。赤や黒を基調とした派手な服装を見せながら周囲を見渡す。

「『ソナタ』がフィールドからいなくなった事で、『アリア』の攻撃力は元の1600に戻ります。私はカードを一枚セットして、ターン終了です」

 

刹那:LP8000→7800→7400→6800

手札:4枚

 

メイレン:LP8000

手札:2枚

 

「おいおい、また嫌なモンスター呼んでくれたな」

「そう、かもしれませんね。刹那さんのデッキは『ブラック・マジシャン』が主軸ですし」

 『マイスタリン・シューベルト』には相手の墓地のカードを三枚まで除外し、その除外した枚数×200ポイント攻撃力をアップさせる効果がある。

 厄介なのは、相手ターンにも使用できる点で、これでは仮に『ブラック・マジシャン』を呼び出せても攻撃力で下回ってしまう事になる。

 『アリア』も何とかしなければならないし、刹那は早くも苦しくなり始めていた。

「オレのターン、ドロー!」

 ドローカードを確認すると、刹那は思わず「うしっ」と声が漏れた。

「これなら行けるぜ! まずは『ガガガガール』を召喚!」

 現れたのは、黒い衣服に身を包んだ可愛らしい女の子の魔法使い。『ブラック・マジシャン・ガール』に比べるとより活発そうな印象を受ける。

「そして速攻魔法、『ディメンション・マジック』発動! 『ガガガガール』をリリースして、『ウィンド・マジシャン』を特殊召喚!」

 『ガガガガール』が出現した棺に吸収され、それを突き破る様にして新たなモンスターが出現する。

 中央部分に『風』と大きく書かれた緑色の魔法衣に身を包み、鋭利な視線を送るマジシャンが刹那のフィールドに降り立つ。

「そしてモンスターを特殊召喚した後に相手モンスター一体を選択して破壊できる!」

「……そういう、事ですか。『ディメンション・マジック』の破壊効果は効果解決後に破壊対象を選択するので、対象をとる効果では無い。故に『アリア』の効果を無視して破壊できる。という事ですね」

「その通りだ! 厄介な『アリア』には舞台から降りてもらうぜ!」

 直後、天から雷が飛来して『アリア』の華奢な肢体を焼き尽くす。これで残るは『マイスタリン・シューベルト』のみだ。

「『ウィンド・マジシャン』の効果発動! 一ターンに一度、手札を一枚捨てることで相手フィールドのモンスター一体を手札に戻す。手札の『バスター・ブレイダー』を墓地に送り、『マイスタリン・シューベルト』を手札に戻す、ところだけど『マイスタリン・シューベルト』は融合モンスター。よって戻るのはエクストラデッキだ」

 『ウィンド・マジシャン』が何かを呟くと、手にしている緑色の杖が光り、杖先から風が発生する。その風に巻き込まれた『マイスタリン・シューベルト』はメイレンのエクストラデッキへと戻された。

「その後、このカードの攻撃力をこのターンのエンドフェイズ時まで400ポイントアップさせる」

 これにより、『ウィンド・マジシャン』は攻撃力を1600から2000まで上昇させる。メイレンのフィールドにカードは無い。後は攻撃を通すのみとなった。

「『ウィンド・マジシャン』でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 『ウィンド・マジシャン』がまた言葉を呟くと、風の渦が発生し、メイレンに直撃する。一気に初期ライフの四分の一を削った。

「カードを一枚セットして、ターンエンド――」

「エンドフェイズ時にリバースカードを発動させます。速攻魔法、『サイクロン』。これで今伏せたカードを破壊します」

 今度はメイレンのフィールドから発生した竜巻が、刹那のリバースカードを破壊する。しかし刹那はニヤリと笑う。そのカードは――。

「それは、『スキル・サクセサー』……」

「悪いな。こいつはフィールドに残したままでも、破壊されてもどっちでもいいからよ。改めてターンエンドだ」

 

刹那:LP6800

手札:0枚

 

メイレン:LP8000→6000

手札:2枚

 

「やはり流石ですね、刹那さん。裏をかかれました」

「よせって。なんかお前に言われると照れるっての。オレよりメイレンのがよっぽど頭いいしな」

 メイレンは「そんな事ありませんよ」と謙遜するものの、何となく刹那からするとくすぐったい賞賛であった。そしてデュエル自体も刹那の手札が尽きた以上、まだどう転がるかは分からない。刹那は改めて気持ちを引き締め、メイレンのターンが始まるを待つのだった。

 

 

 

 

オリカ紹介

 

ウィンド・マジシャン

風属性 ☆4 ATK1600 DEF1200

魔法使い族 効果

(1):1ターンに1度、手札を1枚捨てる。相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

(2):(1)の効果の発動に成功した場合、このカードの攻撃力は400ポイントアップする。




どうも、yun1です。第2話の方、お楽しみいただけたでしょうか。
以前、別サイトでも小説を投稿していましたが、実はマスタールール3のデュエルを書くのは本作が初となります。OCGの方は既に引退しているのもあって、不慣れな部分が多いですが、少しでも早く慣れたいと思っています。
デュエルシーンのミスは無いようにチェックしていきますが、もし見つけた場合は遠慮なく指摘してやってください。よろしくお願いします。

それでは、次回にてまたお会いしましょう。


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第3話 幻奏の彼方

 刹那とメイレンのデュエルは四ターンを経過しているが、ほぼ互角と言っていい状況になっている。これを見ただけではどちらに転ぶか分からない。しかし、手札の観点からいくと手札を使い切った刹那に対し、メイレンは次のターンのドローで三枚になる。

 この差がどう転ぶことになるのか、刹那は気にしつつもメイレンのターンが始まるのを待つことにした。

 

刹那:LP6800

手札:0枚

場:ウィンド・マジシャン(攻撃表示)

 

メイレン:LP6000

手札:2枚

場:無し

 

「私のターンです」

 メイレンはゆったりとした動作でカードを引く。その度に彼女の綺麗な髪が靡いて光の反射で輝いて見える。

「魔法カード、『トレード・イン』を発動です。手札のレベル8、『幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト』を墓地に送ってカードを二枚ドローします。……カードを一枚セットして、ターン終了です」

 手札の入れ替えを行うも、メイレンはリバースカードをセットするだけに終わった。手札が悪いのか、それとも何か狙いがあるのか。可愛い顔の裏で何を考えているのか分からないのが、メイレンの怖い所である。

「オレのターン、ドロー」

 ドローしたカードを確認すると、刹那はメイレンが先程伏せたばかりのカードに視線を移す。

(罠は怖えけど、ここは踏み込む!)

「オレは『ウィンド・マジシャン』をリリースして『ブラック・マジシャン・ガール』をアドバンス召喚!」

 風の魔術師が光の粒子になるとその粒子を糧に、愛らしい女の子のマジシャンが姿を現す。メイレンはその姿を見ると、柔らかな笑みを見せる。

「ふふっ、刹那さんのアイドルカードの登場ですか?」

「そんなんじゃねぇーっての……。『ブラック・マジシャン・ガール』でダイレクトアタック!」

 刹那の声に反応すると、『ブラック・マジシャン・ガール』はこくりと頷く。そして杖に魔力を集中させると、ピンク色の魔力弾をメイレンに放った。メイレンは黙ってその攻撃を受け入れる。

(通ったか。けど、だとしたらあのリバースカードは一体なんだ?)

「ターンエンドだ」

 

刹那:LP6800

手札:0枚

 

メイレン:LP6000→4000

手札:2枚

 

「私のターンですね。……このままターン終了です」

 今度は何もアクションを起こすことなく、ターンを終えた。このままでは攻撃を通し放題になりそうなものだが。

「なーんかその動き、不気味だぜ……。オレのターン! 二体目の『ガガガマジシャン』を召喚!」

 再び現れる、『ガガガマジシャン』。その登場にメイレンの顔色が少し変わった。

「今度も行くぜ。『ガガガマジシャン』でダイレクトアタック!」

 『ガガガマジシャン』がメイレン目がけて跳躍する。しかし、メイレンはすぐに反応を見せた。

「罠カード、『和睦の使者』を発動です」

 彼女が発動させたのは、発動したターンのモンスターの戦闘破壊とプレイヤーへのダメージから身を守るためのカード。刹那は思わず苦笑いを見せる。

「なーるほどな。このままだとやられちまうしな」

「はい。刹那さんの墓地には『スキル・サクセサー』もありますし、このターンで使わざるを得なかったので」

「って事は、やっぱ手札事故じゃなさそうな気がすんなぁ……。オレは『ガガガマジシャン』の効果発動。このターンのみ、こいつのレベルを6にする。そしてレベル6の『ブラック・マジシャン・ガール』と『ガガガマジシャン』でオーバーレイ!」

 二体の魔術師が、黒の光となって不思議な渦の中に飲まれていく。

「エクシーズ召喚! 行くぜ、『マジマジ☆マジシャンギャル』!」

 現れたのは、『ブラック・マジシャン・ガール』に酷似している女の子の魔術師。しかし、衣装の色は黒に変化し、幾分か大人っぽさを増している様にも見える。

「ターンエンドだ」

 結局ダメージを与えられずに、このターンは終わった。刹那はじっとメイレンのターンを待つ。

「いえ、ある意味では事故ですよ。ただ、あと一枚カードが足りないだけなんですけどね」

 そう言いながら、カードをドローするメイレン。引いたカードに視線が映ると、ニコリと笑った。

「ようやく来てくれました。私は速攻魔法、『光神化』を発動します。手札の天使族モンスターを攻撃力を半分にして特殊召喚できます。私は『幻奏の歌姫ローリイット・フランソワ』を特殊召喚します」

 メイレンが抜き取ったカードが輝くと、ゆったりとした動きでそのモンスターは舞台に舞い降りる。

 現れたのは、ピアノを奏でる美しき妖精。その旋律はまるで歌声の様に聞こえる。

「『ローリイット・フランソワ』の効果発動です。一ターンに一度、私の墓地に存在する天使族、光属性モンスターを一体手札に戻します。ただし、この効果を使用したターン、私は光属性以外のモンスターを特殊召喚できません」

「んな事言ったって、メイレンのデッキのモンスターは全部光属性じゃねぇか」

「くすっ、そうですね。私は『幻奏の歌姫ソプラノ』を手札に戻し、召喚します」

 再びメイレンのフィールドに現れる、魅惑の歌姫。透明感のある歌声とピアノの旋律が相まって、幻想的な空間が出来上がる。

「『ソプラノ』の効果を発動します。このカード自身と『ローリイット・フランソワ』を墓地に送って融合します」

 二体のモンスターが重なり合い、眩い輝きを放つ。その輝きに混じってスポットライトが当たる。

「天使のさえずりよ、旋律の詩人よ。タクトの導きにより力重ねよ。融合召喚。今こそ舞台に勝利の歌を。行きましょう、『幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ』」

 現れたのは、華が咲いている様な衣装を纏った小さな歌姫。その瞳は澄んだ輝きを放ち、主に似て穏やかな色を見せる。そしてその歌声は聞くものを虜にする魔力があるのではないかと思うほど、綺麗なものだ。

「げっ!? メイレンのエースじゃねぇかよ!?」

「『ブルーム・ディーヴァ』で『マジマジ☆マジシャンギャル』を攻撃します。『ブルーム・ディーヴァ』の攻撃力は『マジマジ☆マジシャンギャル』より下ですけど、効果により戦闘では破壊されず、私へのダメージもありません」

 その言葉通り、『ブルーム・ディーヴァ』がその歌声を響かせて自らの武器とするが、その攻撃力は僅か1000。それだけでは攻撃力2400の『マジマジ☆マジシャンギャル』は倒せない。

「特殊召喚したモンスターがバトルの相手だった場合、そのダメージ計算後に更なる効果が発動します。攻撃した相手モンスターとこのカードの元々の攻撃力差分だけ、相手にダメージを与えて相手モンスターを破壊します」

 『ブルーム・ディーヴァ』と『マジマジ☆マジシャンギャル』の攻撃力差は1400。その分のダメージが刹那を襲い、『マジマジ☆マジシャンギャル』を破壊する。

「くそっ、迂闊だったぜ……そいつの存在を忘れてた」

 舞やミラが血気盛んなため、二人とは良くデュエルをするが、控えめなメイレンとはデュエルをした回数は決して多くない。それでもどんなデッキかは分かっているので、単純に刹那のミスと言える。その事に、刹那は頭を掻きながら苦笑いをする。

「いえ、刹那さんのみならず今や特殊召喚主体のデッキは多いですからね。だからこのカードが便利とも言えますけど。カードを一枚セットして、ターン終了です」

 

刹那:LP6800→5400

手札:0枚

 

メイレン:LP4000

手札:0枚

 

「オレのターン、ドロー! ……リバースカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 手札も一枚しかない状況が続くため、一歩間違えれば即敗北に繋がりかねない。そんな緊張感が漂う中、メイレンはデッキに手を伸ばす。

「私のターンです。私のフィールドに幻奏モンスターが存在する時、『幻奏の音女カノン』を手札から特殊召喚できます」

 現れたのは、逆立った髪にマスクから覗く鋭い視線が印象的な音の姫。

「バトルです。『ブルーム・ディーヴァ』でダイレクトアタックします」

 まずは『ブルーム・ディーヴァ』が歌声を音波として刹那に攻撃する。

「続いて『カノン』で攻撃します」

 更に『カノン』も自らの歌を刹那の耳に大きく響かせる。鼓膜が破れるかと思う大音量で。

「ぐおっ!?」

 何とか耳を塞いだが、頭が少しクラクラする。見ると、メイレンがにこやかな顔で唇に指を当てている。

「……こういう時、舞さんなら『これで決める』ってなりますね」

「は? 何言って――」

「――リバースカードオープン。速攻魔法、『融合解除』です」

「……んなっ!?」

 そのカードが翻ると、『ブルーム・ディーヴァ』が消滅して『ローリイット・フランソワ』と『ソプラノ』が代わりに現れる。二体の攻撃力の合計は3700。刹那のライフは3000にまで減少している。メイレンの言うとおり、本当にこれで決まってしまう。

「行きますね。『ソプラノ』が特殊召喚に成功した時、このカード以外の墓地の幻奏モンスターを手札に加えます。私は『アリア』を手札に加えます。そして『ソプラノ』でダイレクトアタックです」

「って、マジで決めさせてたまっかぁ! リバースカード発動! 永続罠、『リビングデッドの呼び声』! 墓地から『マジマジ☆マジシャンギャル』を特殊召喚!」

 墓地から急いで『マジシャンギャル』を呼び出し、攻撃の盾にする。メイレンは残念そうに息を吐いた。

「『ソプラノ』はもちろん、『ローリイット・フランソワ』の攻撃力では、『マジマジ☆マジシャンギャル』の攻撃力に100ポイント及びませんね……。攻撃は中止です。メインフェイズ2に入って『ソプラノ』の効果発動。再び『ブルーム・ディーヴァ』を融合召喚します」

 二体のモンスターが再度、『ブルーム・ディーヴァ』へと融合する。これでまた『マジマジ☆マジシャンギャル』が効果の対象になってしまう。

「『カノン』の効果を発動します。一ターンに一度、幻奏モンスターの表示形式を変更します。私は『カノン』自身を守備表示にしてターン終了です」

 

刹那:LP5400→4400→3000

手札:0枚

 

メイレン:LP4000

手札:1枚(幻奏の音女アリア)

 

「オレのターン、ドロー。……うしっ。魔法カード、『貪欲な壺』を発動。墓地の『ガガガマジシャン』二体と『ガガガガール』、『ウィンド・マジシャン』、『ブラック・マジシャン・ガール』をデッキに戻して二枚ドロー」

 墓地から選択した五枚のカードをデッキに戻してオートシャッフルした後、新たなカードをドローする。このドローが勝敗を分けるかもしれない。祈る様にカードを見る。

「いよっし、これなら。バトルだ! 『マジマジ☆マジシャンギャル』で『ブルーム・ディーヴァ』を攻撃!」

「ええっ、破壊されるのを承知で攻撃する、ということはひょっとして」

「ああ。ここで速攻魔法、『禁じられた聖杯』を発動! 『ブルーム・ディーヴァ』の攻撃力を400ポイントアップさせる代わりにその効果を無効にする!」

「っ! やはり、ですか」

 これにより、『ブルーム・ディーヴァ』の攻撃力は1400になるものの、戦闘における優位性は消えた。これで『マジマジ☆マジシャンギャル』でも戦闘破壊が可能になる。

 『マジマジ☆マジシャンギャル』が杖を大きく振りかざすと、杖先に紫とピンク色の魔力光が集まっていく。充分に溜まりきると、それを勢いよく放った。『ブルーム・ディーヴァ』も迎撃しようとするものの、間に合わずにそのまま直撃を受けて消滅した。

「よっしゃあ、これで厄介なモンスターは消えたぜ。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

刹那:LP3000

手札:0枚

 

メイレン:LP4000→3000

手札:1枚(幻奏の音女アリア)

 

「ここぞという時の引きの強さは流石ですね。私のターンです」

 メイレンの目はまだ追い詰められた様な色にはなっていない。ドローしたカードを見ると、あっと声を上げた。

「私も同じカードを使わせてもらいますね。『貪欲な壺』発動です」

「うぐ……」

「墓地から『マイスタリン・シューベルト』、『ブルーム・ディーヴァ』、『カノン』、『プロディジー・モーツァルト』、『ローリイット・フランソワ』をデッキに戻して二枚ドローします。『マイスタリン・シューベルト』と『ブルーム・ディーヴァ』は融合モンスターなので、エクストラデッキに戻りますけど」

 先程の刹那と全く同じ行動を取るメイレン。ドローしたカードを確認すると、思わずといった感じで顔が綻んだのが見えた。

「魔法カード、『融合賢者』を発動です。デッキから『融合』を手札に加えて、発動です」

「ってことは、もう一枚の手札は……」

「はい。さっき墓地から戻した『アリア』と『ローリイット・フランソワ』を融合します」

 二体のモンスターが三度、交じり合う。そしてディーヴァは歌うのをやめない。輝ける舞台がある限り。

「けど、それを待ってたぜ!」

「えっ?」

「罠カード、『黒魔族復活の棺』発動! こいつの効果で特殊召喚された『ブルーム・ディーヴァ』とオレの『マジマジ☆マジシャンギャル』を墓地に送って、デッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚する!」

 ようやく現れた、刹那が信頼するエース。しかも相手のエースを除去しての登場なのでメイレンにもダメージを与えられたはず。

「う、うぅ……もう出来る事はありません。ターン終了です」

「オレのターン、ドロー! 魔法カード、『千本ナイフ』発動! 『ブラック・マジシャン』がいる時、相手モンスターを一体破壊。もちろん『カノン』を破壊だ!」

 『ブラック・マジシャン』が何かを呟くと、無数のナイフが飛んでくる。『カノン』はそのナイフによって飲み込まれ、消滅する。

「『ブラック・マジシャン』でダイレクトアタックだ!」

「で、ですけどまだ私のライフは……。あっ……!」

 しまった、という表情を浮かべるメイレン。その表情に刹那はニヤリとした笑みで返す。

「忘れた訳じゃねぇよな。墓地の『スキル・サクセサー』を除外して効果発動! オレのモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる!」

 フィニッシュは、序盤にメイレンが『サイクロン』によって破壊した『スキル・サクセサー』。これによって『ブラック・マジシャン』の攻撃力は3300にまで上昇する。

 『ブラック・マジシャン』が高く飛翔し、杖から紫の魔力弾を放つ。それはしっかりとメイレンを捉えてライフを全て削った。

 

メイレン:LP3000→0

 

 デュエル終了を告げるブザーがなると、ソリッドビジョンが消えていく。メイレンは負けたものの清々しい表情をしていた。

「負けましたけど、楽しかったです。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げるメイレンに、刹那は頬を掻く。やはりこの娘はしっかりとしているのだなと思わされる。

「こっちこそサンキューな。課題も見つかった気がするし」

「それなら、良かったです」

 ふわっと柔らかく笑うメイレンに、刹那の視線は奪われる。しかし、それはすぐ引き戻される事になる。

「メイおねえちゃーん!」

「きゃっ!?」

 デュエルをしていたはずのクリフが勢いよく走って来たかと思うと、そのままメイレンに抱き付いてきた。メイレンは慌てつつも、しっかりと抱きとめた。

「クリフ様。デュエルはもう終わったのですか?」

「終わったよー! メイおねえちゃん、おしかったね!」

「そうですか?」

「そうね。最後付近でメイに『アリア』を特殊召喚する手段があったら、デュエルの流れはメイに行ってたわ」

「改めて思ったけど、やっぱりメイレンもやるわね」

 こちらもデュエルを終えたらしい、舞とミラ、舞に手を引かれた優希がやってくる。

「だよなぁ。結構ギリギリの勝負だったと思うぜ」

 実際、メイレンが最後の『アリア』、『ブルーム・ディーヴァ』を特殊召喚する事が出来ていたら、刹那は詰んでいたかもしてない。その紙一重の中で掴み取った勝利だと言える。

「ま、課題も見つかったし良かったぜ。また機会あればやろうな」

「はい、その時は是非」

 クリフをあやしながら頷くメイレン。そして六人はカードを見て回ったり相手を変えてデュエルしたりと、濃密な時間を楽しむのだった。



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第4話 それぞれの家庭にて

 陽もすっかり暮れた頃、カードショップでのひと時を過ごして刹那達と別れた舞と優希は、手を繋ぎながら自宅に戻る。玄関に入ると、見慣れた大きめの靴が置かれていた。それを見ながら、舞は優希の顔を見る。優希も誰が家にいるのか分かっているので、とても嬉しそうな顔をしている。

「ただいまー」

「ただーまー!」

 リビングに入ると、その人はソファーに体を預けながら本を読んでいた。 所々の部分が逆立ったスカイブルーの髪に神秘的な輝きを放つサファイア色の瞳。二人の姿を認めると、ニコリと笑った。

 彼は観月昴(みづきすばる)。舞と優希にとっては兄に当たる人物だ。現在は大学生として、勉強の日々を送っている。

「おかえり、二人とも」

「にーにー!」

 優希は待ちきれなかったのか、背負っていたランドセルを放り出してすぐ昴に抱き付く。昴も待っていましたとばかりに優希を抱きとめ、頭を撫でている。

「おかえり、優希。今日もいっぱい遊んだのかい?」

「うん! あそんだよー!」

「そっかー。それにしても優希はやっぱり可愛いね」

「えへへっ」

 兄の胸にスリスリする優希と、ぎゅっと優希を抱きしめる昴。年の離れた兄妹のスキンシップに舞は苦笑しながら優希のランドセルを持つ。

「お兄ちゃん、早かったわね」

「一コマ休講になったからね。その分だけ帰るのも早いさ」

「ああ、そういう事ね。ほら優希、宿題あるんじゃなかったの?」

 舞の一言に、優希は思い出した様にパッと顔を上げた。

「そーだった! しゅくだいやる!」

「じゃあ、分からないところはお兄ちゃんが教えてあげるよ」

 そう言いながら、昴は優希を抱きかかえたまま立ち上がる。優希は嬉しそうに足をパタパタさせる。

「私も宿題やらないとなんだけどね」

「ならお姉ちゃんの邪魔しない様に、お兄ちゃんの部屋で宿題やろっか?」

「わーい!」

 優希は再び昴の胸に顔を埋める。すると、昴がチラリと舞の方を見る。

「なんなら、舞も僕の部屋で宿題やる?」

「やる訳ないでしょ」

 本当なら蹴りを入れたいところだが、優希を抱きかかえているので出来ない。結局優希のランドセルは昴の部屋まで運び、二人を見送った後そのまま自らと優希が共に寝起きする部屋に入って宿題を片づけにかかるのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 優希は昴の部屋に入ると、すぐに勉強道具を取り出して宿題と睨めっこする。その隣では兄の昴が微笑ましそうにその様子を見つめている。

「みゅー……にーにー、三×五のこたえが分からないの」

 優希は兄の方を振り向き、プリントを指差す。兄は優希の肩口からそれを覗き込む。

「んー、これだね。じゃあ、お兄ちゃんから大ヒント。さっきやった三×四の答えはなんだったかな?」

 そう言われ、優希は先程自ら解いた問題の答えを見る。

「じゅーに!」

「そうだね。じゃあ、その十二に三を足してみよう。それが答えだよ」

「んーと、じゅーにに三を足して……あ、わかった!じゅーご!」

「正解。三五、十五だよ。よくできたねー」

「えへへっ。ぼくえらいー?」

「うん、偉い偉い。優希は頭もいい子だね」

「わーい!」

 兄に撫でられると、心地いい感触が伝わってくる。優希は嬉しさを表現するために兄の胸に顔を埋め、こすり付ける。すると兄もぎゅっと抱きしめてくれる。これが優希は一番好きだ。

「じゃあじゃあ、三の段ぜんぶ出来たら、今日のおゆうはんは天ぷらうどんだよね?」

「うーん……それはママに聞いてみないと分からないかな」

 困ったように頬を掻く兄。それでも優希は知っている。兄なら、絶対母に対して天ぷらうどんを作る様に言ってくれる事を。だから兄が大好きだ。

「ねーねーもしゅくだい、やってるのかなー?」

「うん、舞もやってるだろうね。でも舞の宿題は優希のよりずっと難しいよー?」

「そーなのー?」

「なんて言ったって、高校生だからね。難しくもなるよ。それにしても、あの舞がもう高校生とは。なんだか感慨深いね」

 うんうん、と頷く兄に優希は小首を傾げる。

「ぼくも大きくなったら、こーこーせいになるんだよね?」

「うん。でも優希にはそのままでいて欲しいかなー、なんて」

「えへへ。ぼくは変わらないよー!」

 そう言うと、兄は笑顔を返してくれた。それから優希は兄に教わりつつ、宿題を少しずつ消化していくのであった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 奉花学園がある都市、奉花市の中でも一等地にあたる高級住宅街。その中にそびえ立つ、いかにも豪奢なマンションの一室にミラとクリフ、メイレンは住んでいる。実家は別にあるのだが、学校までの距離が遠いという事でシーベル家が所有しているこのマンションに三人で暮らしている。

 その浴室では、メイレンがシャワーを浴びながら今日一日の疲れを落としている。適度な温度のお湯がメイレンの体を濡らしていく。ボディソープを手に取って泡立て、体を清める。

「……ふぅ……」

 思い出すのは刹那とのデュエル。いい所までは行けたと思うのだが、最後の詰めの部分が甘かった。刹那は課題が見つかったと言っていたが、メイレンにとっても自らの課題を浮き彫りにしてくれたデュエルになったと思う。その意味では刹那に感謝しなければいけない。

 肢体に纏わりつく泡を洗い流してさっぱりとした所に、洗面所から幼い声が聞こえてきた。

『メイおねえちゃーん、いっしょに入ってもいい?』

 ミラの弟、クリフの声だ。メイレンはくすりと笑いながら声を掛ける。

「クリフ様? いいですよ、どうぞ」

 その声を聞いたとほぼ同時にドアが開き、幼い裸体が飛び込んできた。

「おじゃましまーす!」

「おじゃまするわ、メイ」

 と、聞こえてくるはずのない声にメイレンは思わず耳を疑った。クリフの背後を見ると、ニヤニヤと笑っているミラが立っていた。

「お、お嬢様!?」

「クリフがどうしても三人で入りたいっていうから。たまにはいいでしょ?」

 自らに抱き付いているクリフの方を見ると、その言葉は本当らしくニコニコしている。メイレンはクリフの頭を軽く撫でてやる。

「じゃあ、今日は三人で入りましょう」

「やったー!」

 嬉しそうにバンザイするクリフに、メイレンも顔を綻ばせる。そんな二人の様子を見たミラは更にニヤニヤと笑う。

「それだけ仲が良ければ、私も安心してクリフをメイとくっつけられるわ」

「お、お嬢様!? 何を……」

「あぅー、ボクはミラおねえちゃんとメイおねえちゃんとけっこんするのー!」

「クリフ様まで!?」

 メイレンが混乱していると、ミラも浴室に入ってくる。メイレンはクリフをミラに預けると湯船の中に身を沈める。ミラがクリフの体を洗う様子を眺めながら、自らのデッキの改善案を頭の中に思い浮かべる。そうしている内にミラとクリフも湯船に入ってきて、三人でじゃれ合うのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 刹那は自宅に帰ると、すぐに父が使っていた部屋に行き仏壇に手を合わせる。そして自らの部屋に戻ると、宿題には手を付けずにテレビをつける。すると、ニュースキャスターが神妙な面持ちで原稿を読んでいた。

『えー、速報です。先程午後四時二十分頃、東京都墨田区の公園で地元の高校に通う高校生が行方不明になっているとの事です。行方不明になっているのは先田(さきた)高校に通う山田健吾(やまだけんご)君。現場には壊されたデュエルディスクが放置されており、警察はここ数日発生しているデュエリスト襲撃事件と同一犯の可能性があると見て捜査を進めています』

 そのニュースを聞き、刹那の表情が曇る。思い出すのは自らが攫われたあの日。何故自分が連れ攫われたのか。何故父は殺されなければならなかったのか。誰が父を殺したのか。それらの真相は未だに闇の中となっている。

 今朝、舞に言った、父を殺した奴に復讐するという気持ちに変わりはない、という言葉。確かにそれについては嘘偽りは無い。しかしどうすれば復讐出来るのか、それについては何も思いつかないでいた。

 あの日の自分は攫われた恐怖に震え、犯人の顔すらまともに見れなかった。貴重な手がかりを自らの手で放棄した様なものだ。時が経つにつれ、その事が悔しく思える。

 結局、今の自分は前に進みたくても進めず、かと言って後ろに下がる事もできない状態だ。ただの高校生にしか過ぎないのだから。

「オレはどうしたらいいんだよ……父さん」

 虚空に向かって話しかけるが、当然答えは返ってこない。当然だ。その答えは自分の手で見つけなければならないのだから。答えが見つかる日は果たして来るのだろうか。それがいつになるのかは、まだ分からない。分からないけれど、必ず見つけて見せると、刹那は改めて心に誓うのだった。



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第5話 闇の鼓動

 奉花市の隣にある都市、崎村間(さきむらま)市。雑居ビルなどの灯りが炯々と灯され、眠る事の無い都市の路地裏で、一つの決闘が行われていた。

 一人は派手な金髪と服装が特徴的な大学生くらいの男性。遊んできた帰りなのか、リュックサックが足元に置かれている。その左腕に装着された学生用に支給されているデュエルディスク、通称アカデミアディスクを構え、息を切らしている。

 もう一人は、黒いコートにフードを被った人物。表情は窺えないが、その雰囲気は闇夜の中にあって不気味さが際立つ。デュエルディスクも学生とは異なり、シャープなデザインが印象的な黒と赤のデュエルディスクを使っている。

「く、くそがぁ……! 行け、『魔法剣士トランス』! 奴のモンスターをぶっ潰せぇ!」

 学生のモンスター、『魔法剣士トランス』が黒コートの男が従えているモンスター、『デーモン・ソルジャー』に斬りかかるが、その攻撃は突如出現した虹色のバリアに弾き飛ばされ、『魔法剣士トランス』も破壊される。

「『聖なるバリア―ミラーフォース』発動。その攻撃は通らない」

 発せられた低い声から、コートの人物は男性であると読み取れる。

「くそ、くそぉ!」

 悔しそうに地団駄を踏む学生。しかし、既に手札が尽きているので出来る事は何も無く、このままターンを明け渡した。リバースカードも無い状態で。

「お前は我らの駒としては使えそうに無い。このまま消してやる。私のターン、『デーモン・ソルジャー』でダイレクトアタック」

 そしてすぐに『デーモン・ソルジャー』が学生に飛び掛かり、手にしている剣を一閃する。僅かに残っていた学生のライフはこの攻撃によって全て奪われ、学生の敗北が決定した。しかし、それだけでは無かった。

「がっ、あっ……?」

 なんと、その攻撃は学生の体を本当に切り裂いていた。袈裟懸けに斬られ、血飛沫が舞い踊る。学生の瞳から光が消え、その場に崩れ落ちる。こと切れた学生を見下ろしながら、黒コートの男はディスクの電源を落とした。すると、その背後から声が掛けられる。

「どうだ、イレイザー・デュエルディスクの調子は?」

「は、問題ありません。マイマスター」

 黒コートの男の背後から現れた人物はマントで体が隠れてはいるが、身長がかなり大柄で黒コートの男を見下ろす様に見つめる。

「お前に新たな任務を与える。先日、首領のお嬢様がアジトから抜け出したのは知っているな? お前に姫様を連れ戻す役割を任せたい。何しろ、逃げ出した際に例のカードを持ち出したそうだからな」

「はっ。マイマスターの命とあればなんなりと」

「姫様の居場所は、万が一に備えて取り付けてあった発信機が示してくれる。抵抗するようなら、デュエルで拘束する許可も帝王から得ている。くれぐれも傷はつけるなよ。いずれ我らを率いる事になる跡継ぎなのだから」

「是非ともお任せを。必ずや姫様を連れ戻してみせます」

「頼んだぞ我が従者、バザンよ」

 再び大柄な男に一例すると、黒コートの男、バザンは姿を消す。残った男は学生の遺体を憐れむように見つめ、かがんだ。

「お前の死を無駄にはしない。お前の死は我らが創り上げる王国(キングダム)の礎となるのだからな」

 男は語りかける様にそう呟き、立ち上がって夜空を見上げるのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 奉花市立、海原(うなばら)小学校。在籍児童数が千人に迫るマンモス校である。そこの二年一組では、帰りの会が今まさに終わろうとしていた。

「きりーつ! きをつけーっ! せんせい、さよーならー!」

「さよーならー!」

 号令係の児童に続き、他の児童も一斉に先生に挨拶する。その中には観月優希とクリフ・シーベルの姿も混じっていた。

「はい、さようなら。帰る時は車や自転車に気を付けましょう」

『はーい!』

 児童達がきゃいきゃいと騒ぎながら、ランドセルを背負っていく。優希とクリフも黄色と青のランドセルをそれぞれ背負って教室から出た。

「クーくん、クーくん。今日は『ギラス』であそぶのー?」

 『ギラス』とは優希とクリフ、二人の姉が行きつけにしているカードショップだ。もっとも、クリフは家がお金持ちのため、新しいカードはすぐに仕入れる事が出来る。そのため、たまに買う事はあるもののデュエル場として使っているのが主なのだが。

「遊ぶよー! ミラおねえちゃんとメイおねえちゃんも来るってー」

「じゃあじゃあ、ぼくとねーねーとせっちゃんおにーちゃんも行っていいー?」

「うん、大丈夫だよ!」

「わーい!」

 今日も『ギラス』で遊ぶことになり、優希は喜びをジャンプで表現する。何故かクリフも一緒になってジャンプしていたが、二人でジャンプすると何だか楽しい。

 学校を後にすると、二人は真っ直ぐに『ギラス』へと向かう。道中、互いの姉や兄についての話をしながら店の前に差し掛かると、既に二人と同世代の子達が集まっていた。

「わっ、わっ。いっぱいいるよー! ふみゅ、ねーねー達は?」

 優希がクリフの方を見ると、クリフは携帯電話を取り出して、姉から来ているメールの確認をしている。

「おねえちゃん達もあと少しで来るってメールが来てたよー」

「そっかー。ね、ね。それまでデュエルする?」

「うん、やろうやろう!」

 二人がデュエルディスクを取り出そうとした、その時だった。

 店の自動ドアが開き、影が一つ飛び込んできた。露出度の高い服を着た、綺麗な女性だ。年齢は舞やミラ、メイレンとそう変わらない様に見える。

「い、いらっしゃい……?」

「ごめん、少しの間隠れさせて」

「へ?」

 店の店主に対してそう言うと、女性は店内の奥に消えていく。向かった先は女子トイレだ。

 直後、自動ドアが轟音と共に破壊された。その時に発生した突風により、売り物のカードやパックも吹き飛ばされていく。

「ああ、店がーーーーー!?」

 店主の悲痛な叫び声が聞こえる中、現れたのは黒いコートを羽織った屈強そうな男。それが前に出て、呆然としている店主に詰め寄る。

「おい、今ここに女がひとり来たはずだ」

「は? っていうかあんた、よくも店をめちゃくちゃにしてくれたな!? どうしてくれるんだ!」

 今度は店主が血相を変えて男に迫るが、前に出てきた男は意に介さないかの様に無視して辺りを見渡す。

「誰でもいい。何処にいるかだけ教えろ。そうすれば手荒な真似はしない」

「って、無視するな! こうなったら警察を――ぐあ!?」

 店主が電話を取ろうとするが、男の蹴りによって沈黙してしまう。

「発信機に気づく辺りは流石我らの姫。だが気づいた時期が遅かった様だ。こうして、しみったれたカードショップに逃げ込まなくてはならないのだからな」

「ど、こ、がしみったれてる、ってぇ……?」

 しかし、またしても男は呻いている店主の言葉を無視して、辺りを見渡す。そして、優希とクリフの方に視線を向けた。二人はビクリと身構える。

「おい、そこのガキ二人。今入っていったはずの女が何処にいるかだけ言え」

「……やだ」

 それに答えたのは、クリフだった。優希は思わずクリフの顔を見る。

「クーくん?」

「メイおねえちゃんに教わったんだもん。変な人についていかない、教えないって。だから絶対に言わない!」

「そうか。なら仕方ない」

 そう言って男は左腕に装着している、デュエルディスクを構えた。優希達が使用しているものとは違う形のものを。

「デュエルだ。私が勝ったら、女の居場所を吐いてもらうぞ」

 思わず優希は息を呑む。しかしクリフは――。

「やだ!」

 と、拒否の姿勢を崩さない。

「っ……このガキ……!」

 流石にこれには激昂したのか、バザンがクリフに向かって手を振り上げる。優希はクリフを助けようと足を踏み出そうとするが、恐怖で足が竦んでしまっている。クリフもぶたれる事を覚悟したのか歯を食いしばる。

「待ちなさい!」

 バザンの張り手が振り下ろされようとした瞬間、店内に大きな声が響き渡った。皆が一斉に振り返る。クリフはその姿を見て、安堵の表情を浮かべていた。

「その薄汚い手を今すぐ下ろしなさい。でないと地獄に堕とす」

 その人物、ミラ・シーベルは殺意が籠った視線をバザンに向けている。クリフはバザンが呆然としている隙を突いて、優希の腕を掴んで姉のいる方に向かう。

「なっ、このガキ!」

 バザンが捕まえようとするが、空振りに終わる。こうしてクリフと優希は無事に姉達の許に帰って来られた。

「おねえちゃーん!」

「クリフっ! 大丈夫? 怖かったよね……」

 思いっきりミラの胸に飛び込み、安心感を得ようと顔を埋める。ミラもクリフを思い切り抱きしめてくれた。

「でもでも、ボクがんばったよ。ちゃんとメイおねえちゃんに言われた事を守ったもん! 変な人に何も教えないって」

「そうでしたか。クリフ様は偉いですね。ちゃんと優希ちゃんも連れてこられたのですから」

 ミラの隣にいたメイレンが、ニコリと笑った。クリフもつられて笑う。

「ねーねー!」

「優希! 怪我はないの!?」

「だいじょーぶだよ、ねーねー!」

「うわ、こいつは酷ぇな……。店長、大丈夫っすか?」

 一方の優希も舞の許に飛び込んでいた。その傍らでは刹那が店の惨状を見渡し、倒れている店長を介抱していた。

「さて、と。メイ、クリフをお願い」

「はい、お嬢様」

 ミラがクリフを引きはがし、メイレンに預ける。メイレンに肩を抱かれながら、クリフは不安そうに姉の顔を見上げる。

「大丈夫よ、クリフ。お姉ちゃんがあんなのに負ける訳ないでしょ?」

「……うん! おねえちゃんは強いもんね!」

 姉弟は拳をぶつけあって、笑顔を見せる。ミラはバザンの前に立ちはだかる。

「何があったか知らないけど店を破壊するなんて、随分な事をするじゃない。けど、私にはそれ以上に許せない事がある」

 そう言うと、ミラは相手を刺し殺すかの様な鋭利な視線をバザンに向ける。

「よりによって私の大事な可愛い弟に、手を出した事よ。地獄に堕ちる準備は出来ているわね?」

 デュエルディスクを構えるミラ。それを見たバザンはため息を吐く。

「……仕方ない。そこのお嬢さんとデュエルする意味はないのだが、お嬢さんはやる気のようだ。なら私が勝ったら店主、女の居場所を今度こそ吐いてもらうぞ」

「女? 何のことか良く分からないけど、なんでもいいわ。早くしなさい」

 言われるまでもない、と吐き捨てながらバザンはディスクを構え手札を取る。ミラもデュエルディスクを起動させてデッキをシャッフルし、手札を取る。

「……そういえば、お嬢さんの名前を聞いていなかったな。私はバザン」

「ミラ。ミラ・シーベルよ」

「ほう? 何処かで聞いた名だな」

 ミラの名を聞いたバザンが怪訝そうな顔を見せるが、すぐに表情を元に戻す。

 暫しの静寂の後――。

『デュエル!』

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 

ミラ:LP8000

 

バザン:LP8000

 

「どうやら私の先攻の様だ。私は『デーモン・ソルジャー』を召喚」

 現れたのは、正に悪魔と呼ぶにふさわしい恐ろしい顔つきの戦士。効果を持たない通常モンスターではあるが、攻撃力は1900と下級モンスターとしては優秀な数値を誇る。

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー!」

 ミラは弟にされた仕打ちに対する怒りをぶつけるかの様に、気迫あるドローを見せる。

「私のフィールドにモンスターが存在しない時、『フォトン・スラッシャー』は手札から特殊召喚できる」

 ミラがカードを叩き付けると、空間を幾重にも切り裂く剣筋が見える。それを突き破る様にして現れたのは、光の粒子で構成された戦士。片刃の剣を構え、『デーモン・ソルジャー』と対峙する。

「更に『フォトン・クラッシャー』を通常召喚!」

 続けざまに現れたのは、やはり光の粒子で構成された人型のモンスター。今度は打撃系の武器を携えている。

 両者共に下級モンスターでありながら攻撃力2100、2000という数値を持つモンスターだが、ミラは惜しげも無くこの二体を重ねる。

「私はレベル4の『フォトン・スラッシャー』と『フォトン・クラッシャー』でオーバーレイ!」

 二体のモンスターが別の時空に繋がる穴へと吸い込まれ、爆発を起こす。

「エクシーズ召喚! 行くわよ、『輝皇帝ギャラクシオン』!」

 現れたのは、白銀の甲冑を纏った光の皇帝。光り輝く剣を振りかざし、『デーモン・ソルジャー』に突き付ける。

「『ギャラクシオン』の効果発動。オーバーレイ・ユニットを二つ取り除き、デッキからあるモンスターを特殊召喚する」

「あるモンスター……?」

「来ますね、お嬢様のエースモンスターが」

 『ギャラクシオン』が自身の周りを浮遊していたオーバーレイ・ユニット二つを剣に吸収すると、それを天高く放り投げた。すると宇宙空間が広がり、星々が輝きを放つ。

「闇に輝く銀河よ、希望の光となりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れなさい、『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)』!」

 現れたのは、瞳の奥に銀河を宿した神々しく輝く竜。幼い頃からずっと一緒に歩んできた、ミラの魂とも言うべきモンスターだ。

「やったー! おねえちゃんの『銀河眼』だー!」

 クリフが喜んでいるのが見える中、バザンは呆然と『銀河眼』の姿を見つめる。

「こいつは……」

「覚悟しなさい。『銀河眼』で『デーモン・ソルジャー』を攻撃!」

 『銀河眼』がアギトを開くと、光の粒子が集まっていく。その粒子は巨大な閃光となって『デーモン・ソルジャー』目がけて放たれた。

「罠カード、『ドレインシールド』発動! 攻撃を無効にし、攻撃モンスターの攻撃力分ライフを回復する!」

「させないわ。『銀河眼』の効果発動! このカードが相手モンスターと戦闘を行う時、このカードと攻撃対象モンスターを除外する」

「何!?」

 突然、上空で輝く銀河の光が強くなったかと思うと、『銀河眼』と『デーモン・ソルジャー』の二体を吸収していく。これにより、『ドレインシールド』は空振りに終わる。

「これでアンタのフィールドはがら空き。『ギャラクシオン』でダイレクトアタック!」

 『ギャラクシオン』が鋭く踏み込み、光の剣でバザンを切り裂く。

「ぐうあっ……!」

 大きくよろけるバザン。ソリッドビジョンを使ったデュエルはリアルさを出すために、ダメージを受けた時に衝撃が来る様に出来ているが、あくまで僅かなものだ。バザンのダメージの受け方は大げさに見える。

「バトルフェイズ終了と同時に、『銀河眼』の効果で除外されたモンスターはフィールドに戻る」

 再び銀河が輝くと、二体のモンスターが舞い戻る。

「『銀河眼』を良く知っていれば、『デーモン・ソルジャー』を敢えて破壊させて『ギャラクシオン』の攻撃の時に『ドレインシールド』を使ってたわね」

「ま、『銀河眼』自体がそう流通しているカードじゃねぇからな。ああなるのも無理は無い」

 舞と刹那の言葉に耳を傾けながら、ミラは手札のカードを手に取った。

「カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 

ミラ:LP8000

手札:3枚

 

バザン:LP8000→6000

手札:3枚

 

「そうか、何処かで聞いた名だと思っていたが、思い出したぞ。お前、世界中のデュエルディスクの製造、販売を行っているシーベル・コーポレーションの令嬢だな?」

「そうよ。それがどうかした?」

「これは驚いた。まさかご令嬢様がこんな場末のカード屋に足を運んでいるとはな」

 嘲るようなバザンの声に、ミラは不快そうに吐き捨てる。

「私が何処に行こうと、私の勝手じゃない。それより、今はアンタのターンよ。早くカードをドローしたらどうなの?」

「ふ、そうだったな。ドロー。まずは速攻魔法、『サイクロン』を発動。そのリバースカードを破壊させてもらう」

 バザンのフィールドに発生したサイクロンが、ミラのリバースカードである『聖なるバリア―ミラーフォース』を破壊する。

「そして装備魔法、『堕落(フォーリン・ダウン)』を発動する。『銀河眼』はいただくぞ」

 『デーモン・ソルジャー』の目が妖しい赤い光を放ったかと思うと、『銀河眼』の瞳が『デーモン・ソルジャー』と同じ色になり、バザンのフィールドへ向かう。

「『銀河眼』!?」

「この装備魔法は私のフィールドにデーモンモンスターがいなければ破壊されるが、今は『デーモン・ソルジャー』がいる。お前が残してくれたおかげだな」

「くっ……」

 ミラに対峙する『銀河眼』。今までミラと一緒にいた者からすれば、考えられない様な光景だった。

「ふ、自らのモンスターに蹂躙されるがいい。『銀河眼』で『ギャラクシオン』に攻撃」

 『銀河眼』の放つ閃光が、ミラの『ギャラクシオン』に迫る。『ギャラクシオン』も光の剣で対抗するが、力の差は覆しがたく破壊される。

「くあっ……!? この、痛みは……?」

 直後、全身を駆け抜けた普通のデュエルではありえない痛みにミラの顔が歪む。バザンは口元に下卑た笑みを浮かべる。

「我らのデュエルは普通のデュエルでは無い。受けたダメージが体感システムの何倍もの衝撃となって襲う。いや、本来なら実際に傷つける事も出来るがな」

「なんですって!?」

 ミラの目が見開く。そして刹那も目を見開いている。

(実際に傷つける? それってまさか……!)

「『デーモン・ソルジャー』のダイレクトアタック!」

 ミラを守るモンスターはいない。デーモン部隊の尖兵たる存在の攻撃は、直接攻撃となってミラに襲い掛かる。

「あぐううう!」

 腹部を切り裂かれ、先程よりも感じる強い痛みに、ミラはその場にしゃがみ込む。

「お嬢様っ!」

「おねえちゃーん!」

「ミラっ!」

 メイレンとクリフ、舞の声が響く。ミラは暫く動けなかったが、それでも痛みを堪え、踏ん張って立ち上がる。

「ほう、なかなか気持ちが強いな。普通の奴ならこれで心が折れるのがいるがな」

「弟のために始めたデュエルを、放り出す訳、ないでしょ……!」

「おねえちゃん、大丈夫!?」

 姉を心配する弟の声。姉は弟の方に振り向き、しっかりと頷く。

「大丈夫よ。言ったでしょ、お姉ちゃんは負けないって」

「あぅー……」

 それでも痛がっている表情は見えているのか、弟の表情は晴れない。

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

ミラ:LP8000→7000→5100

手札:3枚

 

バザン:LP6000

手札:1枚

 

「私のターン!」

「ここでスタンバイフェイズ時に『堕落』のデメリット効果発動だ。私は800のダメージを受ける。

 『銀河眼』から流れ込んだエネルギーを受けるが、バザンの表情は変わらない。

 ミラはドローしたカードを確認して手札に加えると、敵の手に渡っている『銀河眼』を見上げる。

「『銀河眼』……やっぱり私のモンスターだけあって、敵に回すと厄介ね。けど、すぐに取り戻してやるわ。手札から速攻魔法、『フォトン・リード』を発動。手札からレベル4以下の光属性モンスター一体を攻撃表示で特殊召喚する。行くわよ、『ギャラクシー・ドラグーン』!」

 現れたのは、『銀河眼』を一回り小さくしたようなドラゴン。攻撃力は『ギャラクシオン』と同じ2000だ。

「ほう、そんなモンスターで何ができる?」

「『ギャラクシー・ドラグーン』で『銀河眼』に攻撃!」

「自爆特攻か!?」

 『ギャラクシー・ドラグーン』が光の粒子を集め、閃光として放つ。

「『ギャラクシー・ドラグーン』はドラゴン族モンスターにしか攻撃できないけど、その代わりドラゴン族モンスターと戦闘を行う時、バトルフェイズでの攻撃対象モンスターの効果を無効にするわ。更にダメージステップの間だけ、このモンスターの攻撃力を1000アップさせる」

「なにっ!? これでは『銀河眼』の効果が……」

 『銀河眼』も迎え撃つべく、閃光を放つ。しかし同威力となった二つの閃光は拮抗し合い、やがて巨大な爆炎を引き起こした。

 爆炎が消滅すると、二体のモンスターはフィールドから消滅していた。

「馬鹿な。相討ちをしてまで自らのモンスターを取り戻すか」

「もちろん、このままで終わる訳がない。メインフェイズ2に入り、装備魔法『銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)』を発動。墓地のフォトンかギャラクシーモンスターを一体、特殊召喚するわ。再び降臨しなさい、『銀河眼の光子竜』!」

 主の許に舞い戻る、銀河の竜。ミラは満足そうな表情を浮かべる。

「ただし、このカードを装備したモンスターの効果は無効となり、攻撃も封じられる。けど、私はまだ通常召喚をやっていないわ。『銀河の魔導師(ギャラクシー・ウィザード)』を召喚!」

 現れたのは、白い法衣を身に纏い、一つ目を不気味に光らせた魔導師。

「『銀河の魔導師』の効果発動! メインフェイズ時、このカードのレベルをターン終了時まで4つ上げるわ。『銀河の魔導師』のレベルは4から8に上昇する」

「これでレベル8のモンスターが二体……来るか」

「私はレベル8の『銀河眼の光子竜』と『銀河の魔導師』でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 二体のモンスター、『銀河眼の光子竜』はドラゴンの光となって、時空の渦に吸い込まれ、爆発を起こす。

「宇宙を貫く雄叫びよ、遥かなる時を遡り銀河の源より甦れ! 時空の化身、ここに顕現! 現れなさい、『No.107銀河眼の時空竜(タキオン・ドラゴン)』!」

 現れたのは、黒光りする体躯を持つ、刺々しいフォルムの竜。大きく咆哮すると、辺りの空気が震えた。

「もう一体の『銀河眼』だと……」

「私のエースは二体いるわ。一体は『光子竜』、もう一体はこの『時空竜』。この二体でアンタを地獄に叩き込んであげるわ。ターンエンドよ」

 

ミラ:LP5100

手札:0枚

 

バザン:LP6000→5200

手札:1枚

 

 『時空竜』がミラの言葉に呼応するかの様に、もう一度雄叫びを上げる。その存在感はそこに居るだけで相手を飲み込める程、圧倒的だった。



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第6話 姉弟の絆

 あれは去年のミラの誕生日。両親も使用人達も、みんな揃ってミラが十五歳になった事を祝ってくれた。そんな最中、可愛い弟がとてとてと歩きながら二枚のカードを差し出してきた。

「おねえちゃん、おたんじょうびおめでとう!」

 にっこりと眩いばかりの愛らしい笑顔を浮かべながら手渡してきたカードを、ミラは受け取る。

「これ、クリフが買ってくれたの?」

「あいっ! ボクね、いっしょうけんめいおこづかい集めたんだよ!」

 幾ら家がお金持ちだろうと小学一年生が貰えるお小遣いの額など、ほんの僅かでしかない。それをクリフは全てミラの誕生日プレゼントのために貯めていたのだろう。それだけでも涙が出そうになるが、ミラは何とか堪えて受け取ったカードを見る。そのカードは『クリフォトン』という名の可愛らしいモンスターと『超銀河眼の(ネオ・ギャラクシーアイズ)光子龍(フォトン・ドラゴン)』という勇ましい姿のモンスターだった。

「これって、お姉ちゃんのデッキに合わせてくれたの?」

「そうだよ! 二枚ともすごいけどね、『クリフォトン』はボクのおなまえが入っているんだよ!」

 そう言われ、ミラはもう一度そのカードを見る。

(『()()()ォトン』……そういうことね)

「ボクのおなまえが入っているからね、そのカードをおねえちゃんのお守りにしてほしいの!」

 キラキラと目を輝かせる弟を、ミラは思いっきり抱きしめてあげる。

「クリフ、ありがとー! お守りだけじゃなくて、ちゃんと使ってあげるからね」

「えへー。おねえちゃんだいすきー」

「お姉ちゃんもクリフの事大好きよー」

 そんな姉弟の様子を、周りは微笑ましく見つめているのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ミラとバザンのデュエルが続く中、ギラスの店舗内にある女子トイレの入り口のドアが僅かに開いている。そこから二人のデュエルを覗く女性の姿があった。

「あの金髪の娘、結構出来るね。もしかしたらこの店に私の探すデュエリストが……ううん、考え過ぎかな」

 そう言いながら、女性は懐から一枚のカードを取り出した。そのカードには『ティマイオスの眼』というカード名が書かれていた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ミラのフィールドに召喚された『銀河眼の時空竜』は大きく咆哮する。現状ではミラがやや有利に立ったか。しかし、これだけで安心するのはまだ早い。ミラは相手のターンが始まるのを今か今かと待つのだった。

 

ミラ:LP5100

手札:0枚

場:銀河眼の時空竜(ORU:2)

 

バザン:LP5200

手札:1枚

場:デーモン・ソルジャー、伏せ1枚

 

「私のターン、ドロー。手札から魔法カード、『トレード・イン』を発動。手札のレベル8モンスター『ヘル・エンプレス・デーモン』を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドローさせてもらう」

 手早く手札の交換を行うバザン。しかし、ドローカードを確認しても表情が動く事は無かった。

「『デーモン・ソルジャー』を守備表示に変更。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 これと言った大きな動きは見せてこなかったが、リバースカードの存在は気になる。『トレード・イン』で落とした『ヘル・エンプレス・デーモン』を復活させるカードか、それとも攻撃に対応するカードか。

「私のターン、ドロー。このカードは……」

 ドローしたカードを見て、ミラはクリフの方を見る。クリフの方は小首を傾げるだけで、よく分かっていないようだった。

「『銀河眼の時空竜』で『デーモン・ソルジャー』を攻撃!」

 『時空竜』のアギトが大きく開かれ、赤い螺旋状の閃光が放たれる。『デーモン・ソルジャー』は主を守る様にその攻撃に飛び込み、命を散らせた。

「ターンエンドよ」

「私のターン、ドロー」

 ドローしたカードを確認すると、バザンは口元に笑みを見せる。

「ふ、一気に行かせてもらうぞ。まずは二枚の永続罠、『悪魔の憑代』と『リビングデッドの呼び声』を発動する。『リビングデッドの呼び声』で墓地の『ヘル・エンプレス・デーモン』を攻撃表示で特殊召喚」

 墓地より這い出てきたのは、毒々しいカラーリングが特徴的な、女性のデーモン。黒髪は豊かに舞い、手にしている錫杖の様な武器を振りかざす。表情は仮面に隠れているので窺えないが、口元には不気味な笑みを張り付けている。

「更に『悪魔の憑代』の効果発動。『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』をリリース無しで召喚する」

 天より黒い雷が飛来し、バザンのフィールドに直撃する。そこから舞い上がった黒煙を振り払う一筋の剣閃が見える。その中から現れたのは、四本の角を持つ大柄なデーモン。

 胸と腹の辺りに紅玉を埋め込み、膝には悪魔の顔を持ち、重々しく玉座に鎮座するその姿は正に皇の名に相応しい風格があった。

「ふーん。この二体があんたのエースって訳ね」

 その通りだ。ジェネシスとエンプレス。この二体でお前を深き闇の深淵に落とす。『ジェネシス・デーモン』の効果発動。一ターンに一度、手札か墓地のデーモンカードを除外することでフィールドのカードを一枚破壊する。墓地の『デーモン・ソルジャー』を除外し、『銀河眼の時空竜』を破壊」

 『ジェネシス・デーモン』が墓地に行った『デーモン・ソルジャー』の魂をその黒と赤に塗られた大剣に吸収し、エネルギーとして放つ。それは『銀河眼の時空竜』の体躯を直撃し、見る見るうちに溶かしていった。

「『時空竜』!」

 ミラの叫びも空しく響くだけだった。これでミラのフィールドにモンスターはいなくなってしまった。

「まさかこれで終わりか? 『ヘル・エンプレス・デーモン』でダイレクトアタック」

 『ヘル・エンプレス・デーモン』が自らの武器に黒い稲妻を集約させて放つ。その速度はかなりのもので、気づいた時にはミラの眼前に迫っていた。

「っ! 手札の『クリフォトン』の効果発動! ライフを2000払ってこのカードを墓地に送る事で、このターンに私が受けるダメージは全て0になる!」

 ミラの手札から現れた、小さなモンスターが『ヘル・エンプレス・デーモン』の攻撃を受け切る。そして光のバリアを張って、ミラを守る。

「ボクの『クリフォトン』がおねえちゃんを守ったー!」

 クリフがバンザイするのが見える。このターンを凌いだが手札は使い切ってしまった。バザンの口元には再び笑みが浮かぶ。

「やはり、そう簡単には終わらないか。そうでなくてはな。ターンエンドだ」

 

ミラ:LP5100→3100

手札:0枚

 

バザン:LP5200

手札:1枚

 

「私のターン! 手札から『貪欲な壺』を発動。『銀河眼の時空竜』と『輝皇帝ギャラクシオン』をエクストラデッキ、『フォトン・スラッシャー』、『フォトン・クラッシャー』、『銀河の魔導師』をデッキに戻して二枚ドローする」

 それぞれのカードを指定された場所に戻し、デッキから新たなカードを得る。その二枚を手にしたミラの判断は、早かった。

「墓地の『クリフォトン』の効果発動。フォトンモンスターである『フォトン・チャージマン』を墓地に送り、このカードを手札に戻す。カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

「私のターン、ドロー」

 ミラの手番を見届け、デッキからカードをドローしたバザンは何とも言えない様な表情を見せる。

(ふむ。これで次のターンも最大のダメージ量は2000となることが確定したか。歯痒いな)

「『ヘル・エンプレス・デーモン』でダイレクトアタック」

「手札の『クリフォトン』の効果発動。もう言わなくてもいいわよね?」

 先程と全く同じ光景が繰り広げられる。しかし、これによってミラのライフは1100にまで減少した。これで回収したとしても、『クリフォトン』の効果を使う事は出来なくなった。

「メインフェイズ2に入り永続魔法、『強欲なカケラ』を発動してターンエンドだ」

「そのエンドフェイズに罠カードを発動するわ。『活路への希望』。私のライフが相手より1000以上少ない時、ライフを1000払って発動できるカード。ライフ差2000ポイントにつき、カードを1枚ドローする。私とアンタのライフ差は5100。よって2枚のカードをドロー」

 新たに二枚のカードを得たミラだが――。

「『活路への希望』のコストでお嬢様のライフが100に」

「おねえちゃん……」

 自らを断崖絶壁に追い込んだ形となった。しかし、ミラは不敵に笑う。それをバザンは怪訝そうな表情で見る。

「ほう、もうライフは風前の灯だというのに良くそんな表情ができるな」

「当たり前よ。私はアンタに勝つんだから」

「言ってくれる。この状況からどう覆す気だ? 改めてターンエンド」

 

ミラ:LP3100→1100→100

手札:2枚

 

バザン:LP5200

手札:1枚

 

「私の、ターン!」

 ミラは空気を切り裂く勢いでカードをドローする。その気迫に、デッキは応えてくれるのか――。

「行くわよ。魔法カード、『未来への思い』を発動。レベルの異なる三体のモンスターを攻撃力0、効果を無効にして特殊召喚する。私が特殊召喚するのはレベル1の『クリフォトン』、レベル4の『ギャラクシー・ドラグーン』、そしてレベル8の『銀河眼の光子竜』!」

 次々に現れる、三体のモンスター。しかしその力を活かす事は出来ない。

「そんなのでどうするつもりだ?」

「これは下準備よ。魔法カード、『ギャラクシー・クィーンズ・ライト』発動! 私のフィールドにいるレベル7以上のモンスターを選択する。私のフィールドにいる全てのモンスターのレベルは選択したモンスターと同じになる! 選択するのは勿論、『銀河眼の光子竜』!」

「これにより、『ギャラクシー・ドラグーン』と『クリフォトン』のレベルは8になる……まさか!」

「そう。私はレベル8の『銀河眼の光子竜』と『ギャラクシー・ドラグーン』、『クリフォトン』でオーバーレイ!」

 『銀河眼の光子竜』は竜を象った光となり、他の二体も閃光となって異空間へと飛び込む。異空間から赤き光が漏れ出し、爆破を起こす。

「逆巻く銀河よ、今こそ怒涛の光となりて、その姿を現すがいい! 降臨せよ、私とクリフの魂! 『超銀河眼の光子龍』!」

 現れたのは、赤い光を纏った、巨大な龍。何枚も生えた翼の付け根部分には頭部が二つ存在し、三つ首の様に見える。赤い光を周囲に放ちながら、その龍は大きく咆哮する。するとバザンのモンスターが苦しそうに膝を着き、発動しているカードは力を失う。

「『銀河眼の光子竜』をエクシーズ素材としてこのカードをエクシーズ召喚した時、フィールドに存在するこのカード以外のカード効果を無効にするわ。そして『超銀河眼』で『ヘル・エンプレス・デーモン』を攻撃!」

 三つの頭部から赤いエネルギーが集束し、巨大な閃光となって放たれる。その閃光は『ヘル・エンプレス・デーモン』を瞬く間に飲み込み、有無を言わさずに葬った。

「ぐおおおおっ!?」

 バザンが大きく体を仰け反らせる。攻撃力が高い分、受けたダメージはかなり大きい様だ。

「カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 

ミラ:LP100

手札:0枚

 

バザン:LP5200→3600

手札:1枚

 

「ぐ、お……私のターン!」

 多少よろめきながらも、バザンはカードをドローする。そしてそのカードを見るやいなや、すぐに叩き付けた。

「これで終わりにしてやる。二体目の『ジェネシス・デーモン』を自身の効果を使ってリリース無しで召喚!」

 もう一体の『ジェネシス・デーモン』が出現し、元からいたもう一体の隣に鎮座する。

「今召喚した『ジェネシス・デーモン』は効果を使用できる。よって効果発動! 墓地の『ヘル・エンプレス・デーモン』を除外して『超銀河眼の光子龍』を破壊する!」

 『ジェネシス・デーモン』が『ヘル・エンプレス・デーモン』の魂を大剣に吸収し、放つ。『超銀河眼』はその魂の怨念に飲み込まれ、消滅していく。

「そんな!」

「おねえちゃん!」

 メイレンとクリフの悲鳴に近い声が聞こえる中、ミラはリバースカードを翻した。

「罠カード、『時空混沌渦(タキオン・カオス・ホール)』を発動! 私のフィールドにいるギャラクシーエクシーズモンスターが破壊され墓地へ送られた時、相手フィールドに存在する表側表示カードを全て破壊して除外する!」

「何!?」

 『超銀河眼の光子龍』が存在していた場所に、黒い渦が発生する。その渦は瞬く間に巨大化していき、バザンのフィールドに存在しているモンスター、カードを全て飲み込んでいく。渦が消滅すると、バザンのフィールドには何も無かった。まるで焼け野原の様に。

「馬鹿な……こんな事が。ターン、エンドだ」

「私のターン。ドローフェイズ時に墓地の『時空混沌渦』の効果発動。通常のドローを行う代わりにこのカードを除外することで、墓地のギャラクシーエクシーズモンスターを一体、特殊召喚するわ」

「なん、だと……?」

 絶望に満ちたバザンの表情。その中で、ミラは叫ぶ。

「再び降臨せよ、私とクリフの魂! 『超銀河眼の光子龍』!」

 墓地より甦る、魂のモンスター。これで勝負は決した。

「さあ、地獄に堕ちる準備は出来ているかしら!? 『超銀河眼の光子龍』でダイレクトアタック!」

 赤い龍から放たれる、高次元のエネルギー砲。それは真っ直ぐにバザンへと向かい、文字通り引導を渡した。

「ぐ、あ……ぐああああ!?」

 

バザン:LP3600→0

 

「おねえちゃんが勝ったー! ばんざーい!」

 クリフが思い切り万歳をしている。そんなクリフの許にミラは寄っていき、抱きしめてやる。

「あぅ?」

「ありがとね、クリフ。クリフがくれたカードのおかげでお姉ちゃん勝てたんだから」

「えへー」

 嬉しそうに胸に顔を埋めるクリフの頭を、ミラは思い切り撫でてあげる。

「相変わらずお熱いことで」

 舞が呆れ半分といった形で言ってくるが、そっちには言われたくないというのが本音だ。

「ったく、ライフの大半を自分から削りにいくなんて危なっかしいデュエルしやがる」

「ふふ、お嬢様らしいですけどね」

 刹那とメイレンもミラを労う。ミラはクリフを解放すると、倒れているバザンの方を見る。

「さ、どうするのかしら? 店の修理もそうだし、クリフに手を出しかけたことも。どう詫びるつもり?」

「ぐ……」

 よろめきながら立ち上がるバザン。しかしその瞬間。バザンのデッキから光が放たれた。

「っ!?」

 あまりの光の強さに目が眩む。次に聞こえてきたのは。

「ま、待ってください我が首領! もう一度、チャンス――」

 何かに向かって懇願するバザンの声。しかし、それが突然途切れた。光が収まると、そこにバザンの姿は無かった。

「き、消えた!? 一体どこに」

「お、お嬢様、床を見てください!」

 メイレンに言われて床を見る。バザンがいた場所に一枚のカードが落ちていた。それを拾い上げてみると。

「これ、アイツじゃない……」

 そのカードには確かにバザンの姿が描かれていた。突然の出来事に、その場にいた全員が何が起きたのか理解できないでいる。

「な、なぁ。もしかして、あいつカードになったんじゃ」

「な、何言ってるのよ刹那。そんな漫画やアニメの世界じゃないんだし」

「それがあるんだよね」

 突如として聞こえてきた第三者の声に、皆が振り返る。声がしたのはトイレのある方角からだった。そこにいたのは、深い森林を思わせる緑色の髪を持つミラ達と同年代に見える女性。薄い紫の瞳は宝石の様に輝いて見える。

 ジーンズジャケットを着込み、ショートパンツとニーソックスの組み合わせにより、程よく肉付いた太ももを惜しげも無く晒している。

「ここからは、私が説明するよ」

 そう言うと、女性は周囲を見渡すのだった――。



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第7話 キングダム―王国―

 ミラとバザンのデュエルが終わった所に現れた女性。それはバザンが探し求めていた存在なのだろう。その女性は刹那達の前に立ち、凛とした視線を向ける。

「って、自己紹介がまだだったね。私は皆月早雲(みなづきそううん)。言っちゃえば、さっきのあいつがいる組織のトップの娘、かな」

「組織……?」

 刹那の怪訝そうな視線には気づいていないのか、早雲と名乗った女性は続ける。

「そ。キングダムって裏世界の組織。さっきのあいつは組織の構成員ね」

「わ、わ、あくのそしきって事?」

「優希、しーっ」

 特撮好きな優希の目がキラキラと輝いているが、早雲はそれに苦笑しながら頷いた。

「平たく言っちゃえばそうなるかな。で、金髪の娘に聞きたいんだけどさっきのデュエルでダメージを受けた時、いつもと違わなかった?」

 ミラに視線を向ける早雲。ミラはその通りだと頷く。

「そう、ね。いつもの何倍もの痛みが体に走ったわ」

「あれこそがあいつが装着していたデュエルディスク、イレイザー・デュエルディスクの力。装着者とデュエル相手に、実際のダメージを与える事ができる危険な代物だよ。今回は助かったけど、あいつがその気になってたら、君はあの攻撃で死んでいたかもしれない」

「それってもしかして、モンスターの攻撃が現実のものとなってお嬢様を襲っていた、ってことですか?」

 メイレンが恐る恐るといった様に尋ねると、早雲は頷いてみせた。メイレンの顔が蒼白になる。

「そこの綺麗な娘、ご名答。正確にはモンスターが実体化する、ってことだけどね。実体化すれば当然、その攻撃もリアルになるから」

「おねえちゃんが死んじゃう……? うあーん! そんなのやだよー!」

 クリフがミラに抱き付いて泣き始める。ミラはクリフを落ち着かせるように彼の頭を撫でながら早雲を軽く睨みつけるが、早雲は自分にクリフが泣いた原因があるとは思っていないらしく、きょとんとしていた。

「……そういう事なら、聞きたい事がある」

「ん、どうしたの?」

 刹那はすっと前に出る。さっきから早雲が言っている事は刹那の中にある記憶を呼び起こす。

「そのキングダムってのは、四年前にも活動してたのか?」

「そうだけど?」

「神崎功也って名前知ってるか?」

 早雲は暫く考え込む仕草をみせるが、やがてゆっくりと首を横に振った。

「その頃の私はまだお子様だったから、父様がどういう事をしているのかもよく知らないでいたんだよね……。でもどうして?」

「その人はオレの父さんだ。そして四年前にデュエル中にモンスターの攻撃によって殺された」

 それを聞いた早雲の目が見開かれる。どうやら、それで刹那の言いたい事は察した様だった。

「つまり、キングダムが君のお父さんを殺したかもしれない、って事だよね」

「そう、なるな」

 早雲は何とも言えない複雑な表情になる。そんな彼女とは裏腹に、刹那の中には一筋の光が差し込んでいた。

 今までずっと分からないでいた、復讐の相手。それが見つかるかもしれないのだ。これは希望以外の何物でも無い。

「あの~、取り込み中失礼するけど」

 そこにやや遠慮がちに『ギラス』の店長が早雲に声を掛ける。

「このドアの修理代、請求する相手がいなくなったけど関係者のあんたに請求すればいいのか?」

「あ」

 完全に忘れていたのであろう早雲は、呆けた顔を見せた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 結局、店のドアの修理代は早雲が何とかするという事で話が付いたのだが、当てがあるのか不安だった。まさか逃げ出した実家に請求する訳にもいかないはずなのに。本人は何とかなるよ、と言っていたがどうにもその心配は拭えない。

 夜になり、七人はミラ達の部屋があるマンションに集まっていた。ミラが行くあての無い早雲を暫く匿う事になったからである。有名会社を経営する一族が経営するマンションならセキュリティも万全なので、万が一敵が探しても、すぐには見つからないだろう。

 優希とクリフはミラの部屋で遊ばせ、残った五人はリビングに集まった。メイレンがお茶を振る舞う中、早雲が口を開いた。

「さて、まずは改めて自己紹介しておこうかな。私は皆月早雲」

「オレは神崎刹那だ。よろしくな」

「私は観月舞よ」

「私はミラ。ミラ・シーベル。こっちは私の付き人のメイレン」

「メイレン・マグナスと申します。よろしくお願いします早雲さん」

 それぞれの自己紹介が終わると、早雲は思案に耽る。何処から話すべきか考えているのだろう。

「じゃあまずはキングダムがどういう組織なのかから話すね。簡単に言うと、デュエルモンスターズ界の掌握を目論んでいるんだよ」

 いきなり大きくなりそうな話に、刹那達は息を呑む。

「デュエルモンスターズ界を意のままに操り、自分達の王国を築き上げる。キングダムの名前はそこから来ているんだよ」

 それを聞いたミラが物言いたげな顔をしているのに気づく。

「ずっと前にパパが邪魔な存在がいる、って話していた事があったけどひょっとして」

「キングダムの可能性がありますね」

 メイレンも納得したように頷く。この二人の家は大きな力を持っている故に、そういう所から狙われる事もあるのだろう。だからこそ、刹那は何故父が狙われたのかが分からないでいた。

「キングダムは自分達の妨害になる存在を良しとしない。多分、刹那のお父さんも何らかの形でキングダムに関わったんだと思う」

 それが果たして刹那が連れ攫われた事と関係があるのかどうか。刹那は拳を握りしめる。

「多分、さっきのデュエルは奴らに感知されているはず。そうなったら私という餌がいる以上、皆を巻き込むことになるよ」

 そう言って早雲は刹那達四人の顔を見渡す。つまり、もしキングダムに襲われた時に戦う覚悟があるのかどうか、問うているのだろう。刹那の答えはもちろん決まっている。

「へ、オレは父さんの死の真相を突きとめなくちゃなんねぇ。そのチャンスが転がっているのに逃げ出せるかよ」

「私もよ。クリフを危ない目に遭わせた事を後悔させないと気が済まない」

「私はお嬢様と何処までもお供します」

「優希の身にも危険が迫るかもしれないしね。放ってはおけないわ」

 皆、理由はどうであれ気持ちは一緒の様だ。早雲は何処かほっとした顔を見せる。

「それより、アンタはなんでそこから逃げ出したのよ?」

 ミラが気になっている事を早雲に尋ねた。早雲の目が徐々に曇り始めるのが分かった。

「私は小さい頃から、組織の跡継ぎとして英才教育を受けていたんだよね。その頃はそれが当たり前だと思っていたし、何の疑問も持たなかった。でも、段々とそれが嫌になってきて。だから抜け出したんだけど」

 自嘲気味に笑う早雲。そして窓から星空を見上げる。

「いつも同じ場所で勉強して、外には出られない……そんな窮屈さにうんざりしてきて。外の世界を知りたくなったから、出てみたんだ」

 早雲の目は純粋な興味によって輝いている。さっきからリビングのあちこちをチラチラと見ていた。

「あっ、と。それはそうとして。実は抜け出した時にあっちにあったカードを一枚持ち出してきたんだ。けど、私には使いこなせないみたいだからそれを使える人を探すのも、目的の一つだったんだけど」

 そう言って差し出してきたのは、『ティマイオスの眼』という魔法カード。カードには緑色の竜が描かれている。

「これは、見た事ないカードだな」

「それはそうだよ。だってキングダムが開発したカードだからね」

「……もしかして、それを持ち出したのも追われる原因なんじゃねーの?」

 刹那がそう言うと、早雲は舌をぺろっと出しながら「そうかもね」と答えた。もちろん、早雲自身が組織の跡継ぎというのがあるにしてもだ。

「そんな訳で、誰か私とデュエルしてみない? 使えるかどうかは、デュエルで試すのが一番だし」

「それなら、まずはオレがやってるよ。お前の力も見てみたいしな」

 刹那が前に出ると、早雲は嬉しそうに頷いた。

 全員でマンションの駐車場前に出る。刹那と早雲はデュエルディスクを起動させ、デッキをセットする。早雲のデュエルディスクはバザンが使っていたのと同じタイプだが、ダメージを与える機能はカットされている。

「さて、どうなる事やら」

 刹那は早雲から受け取った『ティマイオスの眼』をデッキに加え、オートシャッフルする。早雲の方も準備を終えた様で既に手札を手に取っている。

「じゃあ、準備はいいかしら?」

 審判役を買って出た舞が確認すると、二人は頷く。ミラとメイレン、優希とクリフはその様子を見守る。

「デュエル、スタート!」

『デュエル!』

 舞の掛け声が合図となって、デュエルが始まりを告げた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 その頃。眠る事を知らないビル群の地下。そこでは非合法な賭けデュエルやカードの取り引きなどが横行しているデュエルモンスターズの闇市と呼ばれる場所である。己の欲望をむき出しにした目付きの男達が、様々なやり取りをしている。その中を歩く一人の男がいた。

 黒のマントを羽織り、大柄な体を揺らす様はまるで自分の領域を示しているかの様に、他の荒くれ者達が彼の通る道を避けている。それは邪魔だから渋々、といった感じではなく男の発する威圧感に負けて避けていると言った方が正しい。事実、何人かの人物は明らかな怯えの色をその瞳に宿していたのだから。

 男はマントを一度翻すと、一瞬だけため息を吐いた。

「バザンが敗れたか。姫様を連れ戻すと言っておきながらとんだ失態だな」

 その声色には明らかな呆れの色が混じっており、同時に失望も感じさせる。

「これでは俺の責任問題にも発展するか。こうなれば、俺が直々に姫様を」

「その必要は無いみたいだぜい、アトス」

 背後から聞こえてきた少しくぐもった呑気な声に、呼ばれた男、アトスは振り返る。そこにいたのは中肉中背の、アトスと同じ黒マントに身を包んだ少年。アトスとは違いフードは外しているので、顔がはっきりと見える。

 手入れを特に行っていないのか、ボサボサとした質感の短髪とやる気が感じられない腑抜けた目つきが印象的だ。タバコ替わりなのか、口元にはシガレットを加えている。それを少しだけ噛み砕き、食べる。二人の傍では、フードで顔を隠した暗い雰囲気の物売り二人がカードを並べて地べたに座っている。

「王様から次の命令が出たんでい。次は俺が姫さんを連れ戻してこいってねい」

「もうお前が行くのか。今はまだ我々王国三銃士が動く時ではないと思っていたが」

「一応、念のためって奴ですねい。姫さん自身がこっちに牙向ける可能性を考慮しての措置みたいでい」

 王の命令とあれば、アトスとしても従うしかない。アトスは気だるそうに群衆の中に消えていく少年の姿を見送る。

「頼んだぞ……ボルトス」

 アトスはそう呟き、ボルトスの姿が完全に消えるのを確認すると、その場を離れるのだった。アトスが去った後、カード売りの二人がフードを外し、顔を覗かせてから立ち上がる。

 一人は男性としては小さい身長ながら、獲物を捕らえた様な鋭い目付きが印象的だ。短い黒髪は闇の中に溶け込んでいる。

 もう一人は落ち着いた雰囲気を纏った女性。男性よりも背が高く、腰の辺りまで届く黒髪が靡いて落ちていく一本一本の髪が宝石の様な輝きを放ち、女性の鋭利な美しさを際立てる。瞳は強さと冷静さを兼ね備えた光を放ち、ボルトスが去った場所を見つめる。

「聞いていたな?」

「ええ。しっかりね。他の皆はどうするの?」

「ふん、俺達だけで充分だ。群れを成して行く意味が無い」

「それもそうね」

 二人は互いの顔を見合わせると、頷き合った。

「行くぞ、翔子(しょうこ)

「ええ、悠貴(ゆうき)

 互いの名前を呼びあい、二人は歩を進めるのだった。



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番外編其の一 海原小学校授業参観

 梅雨が近づいてくる季節。奉花市立海原小学校二年一組の教室では、帰りの会が行われていた。今日が金曜日のためか、皆体操服を入れる袋を机の上に置いている。教壇では、担任の先生が児童達を見渡している。

「皆さん、明日はいよいよ授業参観です。お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんに皆さんが頑張っている姿を見せてあげましょうね」

『はーい!』

 全員勢いよく手を挙げる。その中には観月優希とクリフ・シーベルの姿もあった。

 帰りの会が終わり、児童達はランドセルと体操服が入った袋を持って次々に教室から出ていく。優希とクリフも皆と同じ様に教室を後にする。

「クーくん。明日はだれが来てくれるの?」

「ミラおねえちゃんとメイおねえちゃんが来てくれるよー!」

 優希が訪ねると、クリフは嬉しそうな顔になる。

「そうなんだー。おとーさんは?」

「あぅ。パパはお仕事なんだって」

 少しだけ、クリフは残念そうな表情になる。因みにクリフの家には母親がいないとの事。何があったのかは知らないが。

「優希ちゃんのところはだれが来るのー?」

「えへへ。にーにーとねーねーが来てくれるんだよー!」

 二人に頑張っているところを見せればきっと天ぷらうどんを山盛り食べさせてくれるはず。天ぷらうどんを食べるために頑張らなくてはいけない。

「いいなー。でも、ボクもミラおねえちゃんとメイおねえちゃんに頑張っているところを見せて、お肉をいっぱい食べさせてもらうんだー」

 そんな事を話しながら帰路につき、やがてクリフと別れた。そこからは全力疾走で家までの道のりを走り抜ける。少しの間走ると、見慣れた我が家の屋根が見えてきた。

「ただーまー!」

 優希は玄関を開け、靴を放り出してリビングに飛び込んだ。すると、ソファーで本を読んでいる兄、昴の姿を見つけた。優希はすぐさま兄の胸に飛び込む。

「にーにー!」

「おかえり、優希。今日もお勉強ちゃんと頑張ったよね?」

「うん! がんばったよー! あのねあのね、明日じゅぎょーさんかんだよっ」

「ああ、そういえばそうだったね。優希が頑張ってお勉強しているところ、見せてもらうからね」

「えへへっ」

 頭を撫でられ、その心地よさに優希は兄の胸にすり寄る。すると。

「全く。そのために大学をさぼるんだから、いい御身分よね」

 振り返ると、姉の舞が制服姿でリビングに入ってきた。優希が家に戻ってからそう経たないうちに帰ってきたのだろう。優希は舞の方に飛び込む。

「ねーねー! おかーりなさい!」

「っとと。ただいま、優希。そういえば、明日ってデュエルの授業なんだって?」

 舞が優希を受け止めて、頭を撫でてくれる。

「そだよー! きょーしつとたいいくかんでやるんだよっ」

「なるほど。つまり座学と実技ってことだね」

「ざがくとじつぎ?」

「座学はいつも先生が黒板に書いていることをノートに写してるでしょ? あれの事よ。実技は実際にデュエルをするってことね」

 昴の言葉の意味を舞が説明してくれる。兄と姉は何でも知っているので、優希にとっては憧れだ。

「あした、ぜったいに来てね!」

「もちろん。さ、今日も宿題あるんじゃないのかな?」

「えへへっ。やってくるー」

 兄に撫でられながら、優希はその場を離れる。本当に明日は楽しみだ。優希はそう思いながら部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 そして授業参観当日。舞は昴と共に海原小学校に向かっていた。何処かに出かける時は必ず優希もいるので、二人で行くのは本当に久しぶりだ。

「それにしても、本当に大学行かなくていい訳?」

 本来、兄は大学の講義があるはずなのだが、堂々と休んでいる。兄の成績を詳しく知らない身としては不安にもなってくるのだが。

「大丈夫だ妹よ。単位については全く問題無いからね。むしろ、優希の授業参観を見ない方があり得ないよ」

 グッと謎のサムズアップを見せながら、笑顔で答える兄。舞はため息を吐いて諦めることにした。

 そうこうしているうちに学校の校門が見えてきた。ここに来るのは入学式以来だ。あの時も兄を抑えるのが大変だった記憶がある。

「あ、舞じゃない。やっぱりあんたも来てたのね」

 背後から掛けられる聞きなれた声。振り返ると、やはりというべきか、ミラ・シーベルとメイレン・マグナスがいた。

「おはようございます、舞さん。あの、そちらの方はもしかして……」

「おはようミラ、メイレン。あ、あんた達は初対面よね。これがうちの兄貴よ」

「これって言い方は無いんじゃないかな、我が妹よ。と、初めまして。舞の兄の昴だ。よろしくね」

 とりあえず、昴を二人に紹介しておく事にする。優希に過保護な面を除けば、妹目線でも人に紹介して恥ずかしくないの兄なのは助かる。

「と、ぼさっとしている場合じゃないわね。早くクリフの顔をみないと」

「おっと、優希のクラスは何処だったかな」

 早速と言わんばかりに、変な所で昴とミラがシンクロしている。舞は呆れながらため息を吐き、メイレンは苦笑していた。そしてメイレンが耳打ちしてくる。

「あの、舞さん。お兄さんはもしかして」

「ご察しの通り。ミラと同類よ」

 その言葉に、メイレンは何とも言えない表情を見せるのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 優希の所属している二年一組の教室は、既に多数の父兄で埋まっていた。本来ならここで仲がいい親同士が世間話にでも興じているのだろうけれど、あいにくそれが出来る母は不在だ。なのでなるべく目立たない様にしておきたいのだが。

「……お兄ちゃん、なんでビデオカメラなんて持ってきているのよ」

「もちろん、優希の可愛い姿を収めるために決まってるじゃないか」

 しれっとそんな事を言う兄に、舞は思わず蹴りを入れたくなったがここは我慢する。そしてその隣では。

「あの、お嬢様……あまり撮影はなさらない方がいいのでは」

「何言ってるのよメイ。せっかくクリフが教室の机に座っているところを撮れるのよ。コレクションしておくべきじゃない」

 考えることが同じなのか、ミラはスマートフォンのカメラをクリフに向けて構えていた。それに気づいたのか、後ろを振り向いたクリフが笑顔で手を振ってくる。ミラはシャッターチャンスと言わんばかりにバシャバシャ撮影する。

「ミラ。流石に授業中はやめなさいよね、お兄ちゃんも」

「分かってるわよ」

「流石に、その辺は弁えるさ」

 メイレンでは押しが弱いと判断したので、昴と合わせてミラにも釘を刺しておく。と、昴が舞の肩をとんとん叩いてきた。

「なによ?」

「なあ、もしかして優希がよく話しているクー君って子、あの子なのかい?」

 隣にミラがいるからか、小声で話しかけてきたので舞も音量を下げて返す。

「ミラの弟のクリフ君。素直ないい子よ。素直すぎるところもあるけど」

 すると昴はクリフを見定めるかのような目で眺める。

「なるほど……一応、チェックしておくべきなのか、いだっ!?」

 馬鹿な事を呟いているのに流石に我慢できず、脛を軽く蹴っ飛ばす。変な声を上げてしまったせいで周囲の視線が少しだけ集まったが、昴は何とかごまかしていた。

「な、なにするんだ妹よ!?」

「あんたねぇ……何小学生相手に品定めしてんのよ」

「だって、もしかしたら間違いがあるかもしれないだろ?」

「心配しなくても、クリフ君はミラ一筋よ。将来、ミラと結婚するーなんて言っている子なんだから、何もありはしないわよ。ただのお友達」

 それだけでなく、クリフの場合メイレンはもちろん、舞にも良く懐いてくるため年上好きの気がある。そのため、優希とそういう関係になる心配はいらないだろうと考えている。

 昴はまだ納得しかねている様だったが、もう一度蹴りの構えを見せるとしぶしぶ視線を優希に戻し、だらしない笑みを浮かべていた。この笑顔が優希と実に似ているのだ。

 ここでチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。

「きりーつ! きをつけー! せんせい、おはよーございます!」

『おはよーございます!』

 綺麗に揃った挨拶に、舞は思わず感心する。みんなが席につくと、先生は父兄に向かってぺこりと一礼した。

「はい、おはようございます。そして今日は授業参観です。お越しくださった父兄の皆様。本日はお忙しい中ご足労いただき、誠にありがとうございます。どうぞ、お子さんの頑張っている姿を見てあげてください。それでは、授業を始めます」

 先生はテキストを開いて、黒板に何かを貼り付けた。デュエルモンスターズのカードが何枚か並べられたシートが黒板にくっつく形で貼りだされる。

「詰めデュエルがどういうものか分かる子、手を上げてください」

 すると皆一斉に「はーい!」と声を出しながら争うように手を挙げる。もちろん、優希も手を挙げていた。

「はい、じゃあ観月さん」

「やった、優希だ!」

「だからあんたは黙ってなさい」

「……すみませんでした」

 興奮している兄を視線で脅し黙らせる。優希は勢いよく立ち上がると、えへへっ、といつもの笑い声を出す。

「んとねー。つめデュエルは、ずばばーん! って勝った方が勝ちなの!」

 その答えに、子供達がどっと笑う。先生は優しそうな笑みを見せる。

「つまり、どういうことなのかなー?」

「んーと……わかんない!」

「んー、言いたいことは何となく分かるけどねー。じゃあ、他に分かる人はいますかー?」

「あいっ!」

 真っ先に手を挙げたのはクリフだ。少し遅れて他の子達も手をあげるが、やはりクリフが指名された。

「つめデュエルは、決められたカードを使って、相手のライフを0にしたら勝ちのゲームですっ」

「はい、正解です。クリフ君に拍手!」

 パチパチパチ、とクリフに拍手が送られる中、ミラは誇らしげに無い胸を張っていた。

「じゃあクリフ君に問題です。黒板に貼ったシートを見てね」

 クリフがシートを見る。舞もシートに改めて視線を移す。フィールドの状況はこうだ。

 

自分:LP4000

手札:デーモンの斧、死者への手向け、E・HEROクレイマン

場:E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン(攻撃表示、ATK3700)

墓地:E・HEROフレイム・ウィングマン、E・HEROフェザーマン、E・HEROバーストレディ、E・HEROスパークマン

 

相手:LP5000

手札:無し

場:青眼の白龍(攻撃表示)、F・G・D(攻撃表示)

墓地:無し

 

「この状況で相手に勝つには、どうしたらいいでしょうか?」

「はいはーい! ぼく分かるよー!」

「ごめんね、観月さんはクリフ君の後に答えてもらいますからね。じゃあ、クリフ君どうぞ」

 本当に分かっているかはともかく、優希が勢いよく手を挙げたのにはれっきとした理由があるのは分かっているので、舞は微笑ましく妹の姿を見つめる。

「あいっ! えっとー……あうっ!?」

 突然、びくりと体が跳ね上がったクリフ。そして恐る恐るといった風に後ろを振り向く。何かあったのかと思い、クリフの視線が向いている方を見てみると――。

「…………」

 ミラが先程までと一変して、鋭い視線をクリフに対して向けていた。その視線はまるで、クリフが間違える事を許さないかのような威圧的な視線だ。

「お、お嬢様。クリフ様が怯えていますっ」

「メイ、黙ってて」

「は、はい!」

 冷たいミラの声に、メイレンも竦み上がる。なるほど、これが噂に聞いていたデュエル指導モードかと舞は理解する。

 ミラは普段はクリフに対して激甘なのだが、デュエルを教えている時のみ厳しくなるとメイレンから聞いていた。それが今になって表れるとは、よっぽど厳しく教えているのだと思われる。

 一方のクリフはビクビクしながらも、カードに手を伸ばしていた。

「えっと、えっと、さいしょに手札の『死者への手向け』を発動して、手札の『クレイマン』を墓地に送って『F・G・D』を破壊しますっ。『クレイマン』を墓地に送ったことで、『シャイニング・フレア・ウィングマン』の攻撃力は更に300アップして4000になりますっ」

 その言葉通りにクリフは行動する。舞はミラの方をちらりと横目で確認するが、表情の厳しさは変わらない。

「つぎに、装備魔法『デーモンの斧』を『シャイニング・フレア・ウィングマン』に装備しますっ。これで『シャイニング・フレア・ウィングマン』の攻撃力は5000になりますっ。それで『シャイニング・フレア・ウィングマン』で『青眼の白龍』を攻撃しますっ。それで『青眼』が破壊されるので、『シャイニング・フレア・ウィングマン』の効果が発動しますっ。効果で3000ポイントのダメージを与えるので、戦闘ダメージの2000ポイントと効果ダメージの3000ポイントを足して、ごうけい5000のダメージで相手のライフが0になりますっ」

 ビシッと手を挙げると、先生はパチパチと拍手を送る。

「はい、正解です。クリフ君に拍手ー!」

 再び拍手がクリフに送られる。ミラの方を見てみると、彼女は厳しい表情を解いて口元に笑みを浮かべていた。クリフはほっとした様に自分の席に戻る。こうして見ていると、普段はどんな指導をしているのか気になってくる。

「……ミラ、あんたいつもクリフ君にどんな教え方してるのよ」

「あの子には私以上の素質があるから、敢えてきつくしているのよ」

「それを普段からやればいいのに」

「何か言った?」

「なんでもないわよ」

 そんな事を言い合っているうちにも授業は進んでいき、優希も出された問題を見事に正解して昴から過剰な祝福を受けた。

「優希ー! やっぱり優希は凄く頭がいい子だよー!」

「うるっさい!」

 妹として、兄のこの行為には頭が痛くなる。とはいえ、優希は嬉しそうなのがまた複雑だ。

 そして最初の授業が終わり、そのまま体育館に移動する。今度は実技の時間だ。少しの間休憩し、再び授業が始まる。

「はい、次は実戦練習です。じゃあ、デュエルしたいって子は手を挙げてね」

 皆で勢いよく手を挙げる。見るとデュエルコートは四面あるので最大で八人はデュエルができる。そして次々と先生から指名を受けた子達がコートに向かっていく中、最後に指名されたのは。

「じゃあ、最後は観月さんとクリフ君にお願いしようかな。クラスの中でも特に強い二人ですからね」

 その言葉に舞は思わず感心した表情を優希に向ける。自分と昴も優希にデュエルを教えているが、まさかクラスの中で一、二を争う程強いとは思っていなかった。

「あいっ! 優希ちゃん、負けないよー!」

「ぼくだって負けないもん!」

 お互いにやる気満々の様だ。舞と昴、ミラとメイレンの四人は優希とクリフが向かったコートに移動する。

 二人してデュエルディスクを展開し、デッキがオートシャッフルされる。そして手札を五枚とって、準備が整う。

「それじゃあ」

「いっくよー!」

 クリフと優希、互いに身構えると。

『デュエル!』

 始まりの言葉を口にした。




お久しぶりです。パソコンが壊れて修理に出していたので、長らく更新できませんでした。
修理に出している間は執筆もできなかったので、今回と次回はリハビリ的な意味合いを兼ねて番外編を書きます。暫しの間、お付き合いください。
それでは、次回にてまたお会いしましょう。


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番外編其の二 ヒーローVSロボット怪獣

 それはまだ優希が今より小さい頃の事だった。兄の昴と二人で買い物に出かけた際の話。兄に手を引かれながらショッピングモールを出ようと歩いていると、特設ステージでやっている催し物が目についた。立ち止まって様子を覗き込むと、兄が懐かしそうな声で言う。

「へー、ヒーローショーか。昔はよく見に行ってたなー」

 ステージでは不気味な風貌の怪人と赤、青、緑、黄色、ピンクの体をしたヒーローが対峙していた。兄が見ていたものなら自分も見てみたい。その欲求が沸き起こるのに時間はかからなかった。

「にーに、あれー」

 くいくいと兄の手を引っ張り、ステージを指さすと兄は不思議そうな顔を見せた。

「ん? 優希も見たいのかい?」

「みるー!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながらニコリと笑うと、兄もつられるように笑う。

「優希は元気な子だからね。気に入るかもよ?」

 兄に手を引かれながら、ステージの前までやってきた。とは言っても先客が沢山いるので後ろの方で見ることになるのだが。

「わぁっ……!」

 そこで繰り広げられる光景に、優希は視線を奪われた。

 どんな窮地に陥っても決して諦めずに悪に立ち向かい、そして打ち破るヒーローの姿に優希は夢中になって声援を送っていた。その様子を兄がにこやかに見ていた事はもちろん知らない。

 それから優希は毎週の様にヒーロー番組を見るようになり、現在に至る――。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

「いっくよー、クーくん! ぼくのターン!」

 デュエルディスクのライフカウンターに4000の文字が点灯する。小学生が対象となるジュニアルールでは、ライフポイントは4000で始まるためだ。通常ルールと比べてそれ以外の変更点は特に無いのだが。

 クリフは優希が手札のカードと睨めっこする様を見つつ、傍で観戦している姉のミラの方をちらりと見る。姉の視線はいつもの優しいものではなく、怖い視線になっている。

 普段は優しくて大好きな姉なのだが、デュエルに関する事は厳しい。今日も負けてしまうと大嫌いな野菜のフルコースになってしまうかもしれない。それだけは避けなければならない、とクリフは首をぶんぶん振った。

「みゅ? どーしたのクーくん?」

「え、あ、な、なんでもないよ!」

「そーなの? じゃあ行くよー。ぼくは『E・HERO(エレメンタルヒーロー)スパークマン』をウルトラーイブでしょーかん!」

 バチバチと優希のフィールドに青白い稲妻が走り抜ける。その中から、青と黄色の体をした勇ましい姿の戦士が現れる。

 これがヒーロー大好きな優希が使う、E・HEROだ。

「カードを一枚セットして、ターンエンドなんだよっ」

 優希が最初のターンにモンスターを守備表示で召喚する事は殆どない。守備力が高い『E・HEROクレイマン』を出すときくらいだ。

「ボクのターン、ドロー」

 クリフはカードをドローして、手札を確認する。初手は悪くない。むしろ、最初から飛ばすことだってできる。クリフは手札のカードを抜き取ってディスクにセットする。

「ボクは『SD(スーパーディフェンスロボ)ロボ・ライオ』を召喚!」

 現れたのは、肩にライオンのレリーフを持つ小さなロボット。

「『ライオ』のこーかを発動するね。手札からSDロボか『オービタル7』を一体特殊召喚できるよ。『オービタル7』を特殊召喚!」

 続けて現れたのは、間抜けな顔に見えるロボット。現れると同時にクリフへ向かってビシッと敬礼してみせた。

「魔法カード、『タンホイザーゲート』を発動するよ。このカードは攻撃力1000以下の同じ種族のモンスター二体のレベルを、足した数字にするんだよ。4足す4は8! だからレベル8になるんだよー」

「わ、わ、クーくんのエースがいきなり来るの?」

「いっくよー、優希ちゃん! レベル8になった『SDロボ・ライオ』と『オービタル7』でオーバーレイ!」

 クリフのフィールドにいたモンスター二体が茶色の光となって不可思議な空間に吸収される。空間から光が溢れ出したかと思うと、一つの影が現れた。鋭いフォルムのドラゴンの影だ。

「あれは、ミラの『銀河眼の光子竜』!?」

 優希の姉である舞が声を上げる。その隣にいる優希の兄、昴もじっと戦況を見つめている。ミラとメイレンは何故か苦笑いを浮かべていた。

「きらめく銀河よ! きぼーの光となってボクのしもべに宿れ! ガレキの化身、ここに降臨! いくよー、『廃品眼(ガラクターアイズ)()太鼓竜(ファットドラゴン)』!」

 鋭利なフォルムの影がどんどん小さくなっていく。いや、横幅は少しずつ膨らんでいるといった方がいいか。そして現れたのは――。

「あ、ら?」

 舞が拍子抜けした様な声を漏らす。クリフのフィールドにいたのは、ガラクタで出来た機械の竜だった。

 様々な廃品が組み合わさり、お腹の部分にある太鼓が強い自己主張をしている。その双眸はガラクタで出来ており、およそミラの『銀河眼』とは似ても似つかないものだった。

「クーくんの『廃品眼』だー!」

 優希がぴょんぴょんと飛び跳ねる。クリフも召喚できた嬉しさで一緒にジャンプするが、姉の視線に気づいてやめた。なんだか怖かった。

「ぼ、ボクは『廃品眼』で『スパークマン』を攻撃するよー!」

 『廃品眼』がその口を大きく開けると、ガラクタの山が雪崩のように『スパークマン』に迫る。しかし優希は慌てる様子を見せずに伏せていたカードを発動させる。

「ロボットかいじゅーにぼくのヒーローは負けないんだよっ。罠カード、『ヒーローバリア』を発動! がきーん!」

 『スパークマン』の眼前に出現したバリアが『廃品眼』の攻撃を受け止める。クリフの手札ではこれ以上何もできないため、バトルフェイズはおろかターンそのものを終了せざるを得なくなった。

「ぼくのターンだねっ」

 優希は『廃品眼』を前にしても臆した様子は無い。これまで何度も対峙している慣れもあるのだろうが、何よりこのデュエルを楽しんでいるのが笑っている表情から窺える。

 それが今のクリフには少し羨ましかった。

「よーし、今度はぼくの番なんだよっ。手札から『融合』を発動! 『スパークマン』と手札の『エッジマン』をユナイト! 『E・HEROプラズマヴァイスマン』をユナイテッド召喚するよっ」

 二人のヒーローが空に出来た歪みの中に入る。その中から現れたのは、筋骨隆々となった『スパークマン』といえるモンスター。

「『プラズマヴァイスマン』の効果を発動するよ。手札を一枚捨てて相手の攻撃表示モンスターを一体破壊できるんだよっ。『E・HEROネクロダークマン』を捨てて『廃品眼』を破壊するよ! 優希サンダーボルト!」

 『プラズマヴァイスマン』が雷の槍を作り出し、『廃品眼』目がけて投擲する。雷の槍は寸分の狂いもなく『廃品眼』の腹部に突き刺さり、電流を流し込む。『廃品眼』はショートを起こしたのかあちらこちらから煙を上げ、崩れ落ちた。

「『廃品眼』は無敵だよー! 『廃品眼』の効果発動! オーバーレイユニットのあるこのカードが破壊された時、墓地のSDロボを除外することで『廃品眼』は何度でも復活できるんだから!」

「えへへっ、知ってるもん」

 本当にガラクタの山と化した『廃品眼』のパーツが浮遊し、組み合わさっていく。腹部の太鼓が最後に合わさると、元の姿になった機械の竜がいた。

「一回がダメならもーいっかい! 『プラズマヴァイスマン』の効果発動! 今度は『エレメンタルチャージ』を捨てて『廃品眼』を破壊するよー! 優希電撃波!」

 『プラズマヴァイスマン』が再び雷の槍を作り出し、『廃品眼』に投げつける。先程と同じ光景が繰り返され、クリフも負けじと対抗しようとするが。

「あう、『廃品眼』の効果使えないや……」

「えへへっ。オーバーレイユニットが無いもんね。これでクーくんにダイレクトアタックできるっ。『プラズマヴァイスマン』でクーくんにダイレクトアタック! 優希ビクトリウムブレイク!」

 『プラズマヴァイスマン』が今度は雷の剣を作り、クリフに切りかかる。

「あうー!」

 攻撃を避ける術を持たないクリフは受けるしかない。これでライフは一気に半分以下になってしまった。

「ターンエンドなんだよっ」

 

クリフ:LP4000→1400

手札:3枚

 

優希:LP4000

手札:0枚

 

 ちらりと姉の方を見ると、「何してるのよ?」と言いたげな顔をしていた。このまま負ける事はできない。それに手札の数ではクリフが上だ。反撃するチャンスはある。

「ボクのターン! 『SDロボ・モンキ』を召喚するよー」

 ポン、と可愛い音を立てて現れたのは小さなサル型のロボット。

「召喚に成功したから、『モンキ』の効果を発動するね。手札から『SDロボ・エレファン』を特殊召喚!」

 続けて現れたのは、二足歩行の巨大なロボット。両腕には武器を装着している。

「『エレファン』の効果を発動するね。一ターンに一度、他のSDロボのレベルを8にできるよ。『モンキ』のレベルを8にして、二体でオーバーレイ!」

 レベルアップした『モンキ』とレベルアップに貢献した『エレファン』が時空の渦に吸収されていき、爆発を起こす。

「きらめく銀河よ。もう一回きぼーの光となってボクのしもべに宿って! ガレキの化身、ここに復活! エクシーズ召喚! 『廃品眼の太鼓竜』!」

 再度出現する、ずんぐりとしたガラクタの竜。今度はその力を惜しげなく使える。

「『廃品眼』の効果発動だよー! オーバーレイユニットを一つ取り除いて、次の優希ちゃんのターンのターン終了時まで1000ポイントアップさせるよ!」

 『廃品眼』が浮遊していた光を吸収すると、その力を増幅させる。これで攻撃力は4000。そう簡単には破られない数値だ。

「『廃品眼』で『プラズマヴァイスマン』に攻撃!」

 『廃品眼』がガレキの山を吐き出し、『プラズマヴァイスマン』をあっという間に呑み込んでいく。ガレキに流された『プラズマヴァイスマン』はそのまま押しつぶされたのか、ガレキの山と一緒に消えていた。

「カードを一枚セットして、ターンエンドだよ」

 

クリフ:LP1400

手札:2枚

 

優希:LP4000→2600

手札:0枚

 

「ぼくのターン、ドローだよ! ……やったやった! 手札にこのカードしかないとき、『E・HEROバブルマン』は特殊召喚できるんだよっ。守備表示で特殊召喚するね」

 現れたのは、タンクを背負った小太りの戦士。

「『バブルマン』の召喚、特殊召喚、反転召喚に成功したとき、手札とフィールドに他のカードが無ければデッキからカードを二枚ドローできるよっ」

 嬉しそうにデッキから手札を補充する優希。これで手札の枚数も並んだ。

「カードを一枚セットして、ターンエンドなんだよっ」

「ボクのターン!」

 クリフはドローしたカードを確認すると、『廃品眼』に視線を移す。

「このままバトルいくよー! 『廃品眼』で『バブルマン』に攻撃!」

 『廃品眼』が再びガレキの山を吐き出して『バブルマン』を呑み込む。しかし、今度は優希のリバースカードが翻った。

「何度やられても、ヒーローは必ず立ち上がる! 罠カード、『ヒーロー逆襲』を発動するよ!」

「あうっ!?」

「ぼくのE・HEROが戦闘で破壊された時、クー君はランダムにぼくの手札を一枚選んで、それがE・HEROだったら相手のモンスターを破壊して選択されたモンスターを特殊召喚するんだよっ。ぼくの手札は一枚だけ。『E・HEROネオス』なんだよっ」

「あうー!?」

 空から白い光が走って、『廃品眼』を貫く。貫かれた『廃品眼』の腹部には大きな穴が開いており、『廃品眼』はそのまま崩れ去る。そして白い光の中から正義のヒーロー、ネオスが優希を守る様に守備表示で出現した。

「でもでも、次は『廃品眼』の効果を使うよー! 墓地の『モンキ』を除外して『廃品眼』を特殊召喚! 特殊召喚した時に墓地のSDロボをオーバーレイユニットにできるから、『エレファン』をオーバーレイユニットにするよ」

 バラバラになった廃品が再び組み合わさり、竜の機械の姿を象る。何度も復活するロボットと諦めないヒーローの対決になっていた。

「『廃品眼』で『ネオス』を攻撃するよー!」

 何度目になるか分からない、『廃品眼』の攻撃。『ネオス』は何とか防ごうとするもガレキの山には勝てずに消滅していく。

「『ネオス』ー!」

 優希が手を伸ばすも、ネオスは蘇らない。それでも優希の目は諦めていない。

「カードを一枚セットして、ターンエンドにするね」

「今こそ、ぼくとネオスが一つになるときなんだよっ。待っててねネオス。ぼくのターン!」

 優希は勢いよくカードをドローすると、そのカードをすぐに発動させた。

「魔法カード、『ホープ・オブ・フィフス』を発動! 墓地から『ネクロダークマン』、『スパークマン』、『バブルマン』、『エッジマン』、『プラズマヴァイスマン』を選んでエクストラデッキに戻る『プラズマヴァイスマン』以外をデッキに戻してデッキからドローするけど、ぼくのフィールドにカードが無いからドロー枚数は三枚になるよ!」

 一気に三枚のカードを手中にする優希。恐らく、その三枚が優希の運命を握ることになるだろう。それらを慎重に確認していく。張りつめた空気が流れる中、それを打ち破ったのは優希だった。

「えへへっ。応えてくれたのかな? ぼくは『N・グランモール』を召喚!」

 現れたのは、肩にドリルを装着した小さなモグラのモンスター。そのバウンス効果は今なお強力だ。

「まだだよー! ぼくは『ミラクル・コンタクト』を発動! フィールドから『グランモール』、墓地から『ネオス』をデッキに戻してネオスを進化させるんだよっ」

 『ネオス』と『グランモール』が優希のデッキに戻っていくと、優希のデッキが光り輝く。その輝きの中で優希はデュエルディスクでXの文字を描く。

「いっくよー! エクシード、エーックス!」

 優希のフィールドに、茶色の体色を持ち、黒ずんだ鎧を身に着けたヒーローが現れる。右腕は巨大なドリルになっており、回転させつつ『廃品眼』に突き付ける。

「エクシード召喚! 『E・HEROグラン・ネオス』!」

 これがネオスを進化させる、コンタクト融合だ。扱いこそ難しいが、効果は強力なものが揃っている。

「『グラン・ネオス』の効果発動! 『廃品眼』を手札に戻すよー!」

 もちろん、エクシーズモンスターはエクストラデッキから呼び出されるモンスターなので、エクストラデッキに戻る。これでは『廃品眼』の蘇生効果が使えない。クリフは伏せていたカードをリバースさせる。

「罠カード、『地霊術―「鉄」』を発動だよ! 優希ちゃん、チェーンある?」

「みゅ? ないよー!」

「じゃあもう一枚のリバースカードも発動! 『異次元からの埋葬』! この効果で除外されている『モンキ』と『ライオ』を墓地に戻すよ。そして『地霊術―「鉄」』の効果発動!ボクのフィールドの地属性モンスターをリリースすることでリリースしたモンスター以外のレベル4以下の地属性モンスターを墓地から特殊召喚するよ! ボクは『ライオ』を守備表示で特殊召喚!」

 狙われていた『廃品眼』がリリースされ、墓地から小型のライオンロボが復活し、クリフを守る。エースは失ってしまったが、これで攻撃は凌げるはず。

「よーし、ヒーローの怒涛の反撃なんだよっ。『グラン・ネオス』で『ライオ』を攻撃! 優希セイバー(ドリル)!」

 『グラン・ネオス』がドリルを地面に突き刺すと、床が爆発したかのような衝撃が起こり、衝撃波が発生する。衝撃波は『ライオ』をあっという間に捉えて破壊していく。

「ううー、でもこれで――」

「これで決める! なんだよっ。速攻魔法『コンタクト・アウト』発動! 『グラン・ネオス』をエクストラデッキに戻して、デッキから『ネオス』と『グランモール』を特殊召喚!」

 『グラン・ネオス』がエクストラデッキに戻ると、優希のデッキが再び輝いて『ネオス』と『グランモール』の二体が出現する。それが意味するものは――。

「あう? ボク、負けちゃったの?」

「えへへっ。こんかいはぼくの勝ちだね! 『グランモール』で『ライオ』を攻撃して効果発動、互いに手札に戻すよ。そして『ネオス』で攻撃! 優希ビクトリウムシュート!」

 『グランモール』が『ライオ』に飛びかかり、その力でお互いに消滅する。そして『ネオス』が地を蹴って大きくジャンプし、必殺の拳をクリフに炸裂させる。

「あうーーーーーーー!?」

 負けてしまった。それすなわち、野菜のフルコースが確定した瞬間でもあった。

 

クリフ:LP1400→0

 

「わーい! 勝ったー! しょーりのぶいっ」

 嬉しそうにジャンプし、ブイサインを見せる優希。

「優希ー! やっぱり優希は強い子だよー!」

「にーにー!」

「全く……」

 優希の兄、昴が優希を思い切り抱きしめていた。優希も嬉しそうにそれを受け入れている。優希の姉である舞は呆れながらも、二人を見守っている。

 そんな中、クリフは姉のミラの方を見る。その表情は変わらず怖いままで、何処からどう考えても野菜のフルコースだ。そう思うと、我慢できなかった。

「う……うあーーーーーーん! 野菜のフルコースやだよー!」

「うええ!? クーくん!?」

 優希がびっくりした表情で駆け寄り、クリフの頭を撫でてくれる。舞や昴も何が起きたのかという感じで呆然としている。

「く、クリフ様。落ち着いてくださいっ」

 メイレンがたまらずクリフを宥めるが、それでも一度決壊した感情は収まらない。そんな中、舞がミラに近づくのが見えた。

「ミラ、あんたクリフ君負けたら野菜のフルコース食べさせる気だったの?」

「ち、違うわよ!?」

「じゃあなんでクリフ君があんなに泣いてるのよ? 一度負けたくらいで、ねぇ」

「だ、だから……」

 舞の詰問にミラはしどろもどろになっている。やっぱり、野菜のフルコースだったんだとクリフは更に泣く。すると、メイレンがふわりと抱きしめてくれた。

「大丈夫ですよクリフ様。今日のお夕飯を作るのは私です。野菜のフルコースにはしませんよ」

「……ほんとう?」

「はい。今日はがんばったので、クリフ様の好きなステーキですよ」

 ステーキ。その一言でクリフの気持ちは一気に晴れた。

「やったー!」

「ですけど、ちゃんと野菜も食べないとだめですよ? 野菜を食べないと大きくなれませんから」

「……あいっ!」

 くしゅくしゅしながらも、クリフはしっかりと頷く。メイレンはちらりとミラの方を見る。

「お嬢様、よろしいですよね?」

「……それでいいわよ。それに言っておくけど、本当に野菜のフルコースにする気は無かったからね。そこだけは誤解しないでよ」

「分かってますよ。さ、クリフ様。残りの授業も頑張ってくださいね」

「あいっ! ……ミラおねえちゃん」

「ん?」

 クリフはミラと正面に向き合う。姉を困らせてしまったのは自分なのだから、謝らないといけない。それに負けてしまったのは事実なのだから。

「……ごめんなさいっ」

「……お家に帰ったらどこがダメだったか教えてあげるから」

「えへー」

 どんなにデュエルの事で厳しくても、やっぱり姉は優しくて大好きだ。

「クーくん、早く早くー!」

 優希がぶんぶん手を振っている。どうやらまだ終わっていないクラスメートのデュエルを一緒に見ようと言っているようだ。

「今行くよー、優希ちゃん!」

 クリフは走り出す。次に授業参観がある時は絶対に優希に勝って、お腹いっぱいのステーキを食べさせてもらおう。そう、心に誓いながら。

 




またしても時間が開いてしまいましたがお久しぶりです。
これで番外編はひとまず終了となりますが、本編の補完的な意味でこれからちょくちょく書いていく事になると思うので、その際はまたお付き合いください。
次回から本編再開です。年内には更新したいですが……どうなるやら


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第8話 ティマイオスの眼

 シーベル家のあるマンションの駐車場内で刹那と早雲のデュエルが始まる。互いに未知の相手だが、それはデュエリストにとって新たな刺激に繋がる事になる。それを求めて、二人は相手と対峙する。

 

刹那:LP8000

 

早雲:LP8000

 

「先攻はオレだな。モンスターをセットしてターンエンドだ」

 まずは刹那のターン。手札からカードを一枚抜き取り、それをセットしただけでターンを終える。

「んー、無難と言えば無難だね。私のターン、ドロー」

 続けて早雲のターン。滑らかな動きでカードをドローし、手札に加える。最初からやる事を決めていたのか、すぐに手札のカードを抜き取った。

「相手フィールド上のみにモンスターが存在する場合、『太陽の神官』は手札から特殊召喚できる」

 現れたのは、古代に生きた神に仕えし神官。無機質な表情の仮面をこちらに向ける。

「更にチューナーモンスター、『赤蟻アスカトル』を召喚」

 続けて現れたのは、巨大な赤色の蟻。神官の傍に控えるような形で鎮座する。

「レベル5の『太陽の神官』にレベル3の『赤蟻アスカトル』をチューニング」

 『太陽の神官』と『赤蟻アスカトル』がそれぞれ光星と光輪になり、同調を引き起こす。

「太陽昇りし時、全ての闇を照らし出す。降り注げ光よ! シンクロ召喚! レベル8、『太陽龍インティ』!」

 現れたのは不気味な顔が描かれた太陽。それが強い輝きを放つと、四つの竜の首が生えるような形で出てくる。その輝きには神々しさがあり、明るくそして暖かく周囲を照らす。

 その攻撃力は3000と、高数値だ。

「いきなりデカいのが来たな……」

「行くよ。『インティ』で守備モンスターに攻撃!」

 四つの首が太陽から溢れるエネルギーを吸収し、光線として放つ。四本の閃光は刹那の守備モンスターである『闇・道化師のペーテン』をあっけなく消滅させる。

「『ペーテン』の効果発動! こいつが墓地に送られた時、こいつを墓地から除外することでデッキから二体目の『ペーテン』を特殊召喚する」

 デュエルディスクの墓地ゾーンから飛び出したカードをキャッチすると、デッキからもカードが飛び出してきたのでそれを抜き取る。そしてディスクに守備表示で叩きつけると、何食わぬ顔をした道化師が出現し、帽子を取って早雲に一礼した。

「リクルーターかぁ……骨が折れそうかも。カードを一枚セットして、ターンエンド」

「『太陽龍インティ』、ってことはもう一枚も確実に来るわね」

「なかなか厄介なデッキを使うじゃない。私も興味出てきたわ」

 舞とミラが気難しそうな表情で話す中、メイレンは黙ってこの戦況を見つめていた。

「オレのターン、ドロー」

 ドローしたカードに、刹那は満足な表情を見せる。早雲はその表情を見るとやや構える姿勢になる。

「『魔導召喚士テンペル』を召喚!」

 刹那のフィールドに魔法陣が浮かび上がる。そこから茶色がかった法衣に身を包んだ女性が出現する。

 顔はフードで覆われているため確認できないが、それが何処となくミステリアスな雰囲気を作り出している。

「魔法カード、『グリモの魔導書』を発動。デッキからこのカード以外の魔導書と名の付いたカード1枚を手札に加える。オレは『トーラの魔導書』を手札に加える」

 デッキから飛び出したカードを掴み、手札に加える。

「『テンペル』の効果発動。『魔導書』を発動したターン、こいつをリリースすることでデッキからレベル5以上の光、闇属性の魔法使い族モンスターを特殊召喚する。来い、『ブラック・マジシャン』!」

 『テンペル』が何やら呪文の様な言葉を呟くと、その体が光に包まれて消滅する。そして新たな幾何学模様が出現すると、そこから漆黒の魔術師が出現し、精悍な顔を早雲と『インティ』に向ける。

「へー、『ブラック・マジシャン』かぁ。でもそれじゃ『インティ』は倒せないよ?」

「んなもん分かってるっての。魔法カード『千本ナイフ』を発動。『インティ』を破壊するぜ」

 『ブラック・マジシャン』が杖を振りかざすと、その背後から無数のナイフが飛来して『インティ』をめった刺しにする。ハチの巣状態となった『インティ』はそのまま沈む様に消えた。

「『ブラック・マジシャン』でダイレクトアタック!」

 リバースカードの存在は気になったが、万一のカバーはできるので踏み込むことにした。

 魔力弾を生成し、早雲に向けて放つ『ブラック・マジシャン』。その攻撃は何の妨害もなく通り、早雲のライフを削った。

「一先ず先制だな。カードを二枚セットして、ターンエンドだ」

 

刹那:LP8000

手札:1枚

 

早雲:LP8000→5500

手札:3枚

 

「私のターン、ドロー」

 先制されても早雲の表情に変化はない。まるで最初から分かっていたと言わんばかりだ。

「じゃ、こっちも少し反撃しよっかな。手札のチューナーモンスター、『スーパイ』を捨てて『THEトリッキー』を特殊召喚」

 現れたのは、顔と胸に?マークが描かれた奇術師。その名の通り多彩なトリックを利用した魔法を見せる。

「更にリバースカード発動。『リミット・リバース』。これで墓地にいる攻撃力1000以下のモンスターを一体、特殊召喚する。さっき捨てた『スーパイ』は攻撃力300。このまま特殊召喚するよ」

 続けてお面の様なモンスターが出現する。その顔は悪魔の様な風貌で、ケタケタと不気味な笑い声をあげる。

「レベル5の『トリッキー』にレベル1の『スーパイ』をチューニング」

 二体のモンスターが星の光と輪の光となり、同調の閃光を走らせる。

「闇に月満ちる時、魔の囁きが聴こえ出す。死へと誘え。シンクロ召喚! レベル6、『月影龍クイラ』!」

 現れたのは、顔が浮かんだ月。そして先程の『インティ』と同じく次々に四本首の竜が現れる。その色は青で、赤だった『インティ』とは対照的だ。

「バトルに行きたいけどその前に、魔法カード『マジック・プランター』を発動。フィールドに残った『リミット・リバース』を墓地に送ってデッキからカードを二枚ドロー。これで手札補充も完了、と。じゃ今度こそバトル行くよ。『月影龍クイラ』で『ブラック・マジシャン』に攻撃」

 二体の攻撃力は2500と互角。『クイラ』は青い光線が四本首から放たれ、それを迎え撃つ『ブラック・マジシャン』も魔力弾を四連射で放つ。二つの攻撃がぶつかり合うことで発生する衝撃波は大きなもので、二体のモンスターをも呑み込んでいった。

「月が沈めば太陽が昇る。『クイラ』の効果発動。フィールドにいるこのカードが破壊された場合、墓地から『インティ』を特殊召喚できる。再び昇って、太陽龍!」

 早雲の背後が明るくなり、太陽が昇っていく。しかしその太陽は四つの首を持つ竜としての顔も持つ。

「バトルフェイズはまだ続行中だから、『インティ』で『ペーテン』を攻撃!」

 『インティ』の放った閃光が有無を言わさずに『ペーテン』を破壊していく。

「『ペーテン』の効果発動! 除外してデッキから三体目を守備表示で特殊召喚!」

 『ペーテン』の断末魔が聞こえる中、刹那は新たな『ペーテン』を呼び出す。出現した『ペーテン』は何事もなかったかの様に舌をベロベロと出して早雲を挑発する。

「カードを二枚セットしてターンエンド――」

「その時に永続罠、『永遠の魂』を発動するぜ。その効果でデッキから『黒・魔・導』を手札に加えさせてもらう」

「う、嫌な事するね……改めてターンエンドだよ」

「転んでもたたじゃ起きないのは、こっちも一緒ってことだな。オレのターン!」

 ニヤリと笑ってみせながら、刹那はカードをドローする。

「まずは『永遠の魂』の効果発動。墓地から『ブラック・マジシャン』を守備表示で特殊召喚するぜ」

 刹那のフィールドに巨大な石板が出現し、黒き魔術師のレリーフが浮かんでいる。その石板が輝きを放つと、黒き魔術師が飛び出しフィールドに降り立ち、片膝をつく。

「そして『黒・魔・導』発動だ。『ブラック・マジシャン』がいる時、相手フィールドの魔法、罠カードを全て破壊する」

 『ブラック・マジシャン』が片膝をついた体勢のまま、杖を振りかざし魔法の刃で早雲のリバースカード、『デストラクト・ポーション』と『最終突撃命令』を破壊する。

「これ以上、何かできる訳でもねぇしな。ターンエンドだ」

 ちらりと観戦組の表情を伺ってみると、三人とも訝し気な顔になっていた。

「じゃ、私のターンだね。ん、これはこれは。魔法カード、『地割れ』を発動。『ペーテン』を破壊するよ」

 『ペーテン』がいる地面に一瞬でひびが入り、割れていく。『ペーテン』は呆気に取られたまま、落下していく。

「そして『アポカテクイル』を召喚」

 現れたのは、古代に伝わる雷の神の化身。奇妙な踊りを見せている。

「『インティ』で『ブラック・マジシャン』を攻撃」

 『インティ』の放つ光線を『ブラック・マジシャン』が杖でガードするが、杖はあっさりと真っ二つになり、『ブラック・マジシャン』を貫いていく。

「『アポカテクイル』でダイレクトアタック」

 続いて『アポカテクイル』が踊りを激しくすると、天から雷が飛来して刹那を射抜こうとする。

「く、『永遠の魂』の効果発動! 墓地から『ブラック・マジシャン』を特殊召喚!」

 石板が再度光り輝くと、墓地から『ブラック・マジシャン』が蘇り、刹那を守る盾となる。

「うー、しつこいね。バトルは終了してターンエンドだよ」

「オレのターン、ドロー!」

 ドローしたカードを見て、刹那は目を見開いた。そのカードは早雲から渡された『ティマイオスの眼』のカード。しかし、渡された際は良く見ていなかったがカードテキストは何やら古代文字が描かれている様だった。

「なあ早雲。今『ティマイオスの眼』が来たんだけどよ、こいつの効果って何なんだ? 変な文字がテキストに書いてあるから読めねえんだけど」

 持ち出した本人なら知っていると思い、尋ねてみたのだが。

「……私にも分からないんだよね、それ」

 本人は舌をぺろっと出してごまかそうとしていた。刹那は体の力が抜けそうになる。

「って、お前まさか知らないで持ち出したのか!?」

「えーと、伝説の竜のカードの一枚で他にもう二枚別のカードがあって、揃うと凄い力を発揮するって言うのは知ってたんだけど、カードそのものの効果とかは……」

「おいおい……」

 がっくりとうなだれる刹那。これでは意味がないではないか。

「で、でも使いこなせる人間にはそのカードの力が分かるって父さまが言っていたから、そうじゃないとなると……」

 早雲があれこれ言い訳しているのを聞いていると、急に『ティマイオス』のカードが光を放った。

「っ!?」

「きゃあ!?」

「な、何よこれ!?」

「これは……」

 刹那はその眩しさに思わずカードを落としてしまう。舞やミラ、メイレンも目を細める。暫くすると光が収まり、刹那はカードを拾い上げる。

「……! カードのテキストが、日本語に……?」

 なんと、カードのテキストが書き換わったかのように古代文字から日本語に変化していた。普通ではあり得ない事に刹那は混乱しそうになる。

(何だかよくわかんねぇけど、頭の中で誰かが言っている。こいつを使えって。――なら)

「オレはフィールドの『ブラック・マジシャン』を対象として、魔法カード、『ティマイオスの眼』を発動! 選択したブラック・マジシャンモンスターを融合素材として墓地に送り、そのカードを融合素材とする融合モンスターをエクストラデッキから融合召喚する!」

 巨大な緑色の竜が出現し、その眼が輝きを放つ。すると刹那の頭上に空間の歪みが発生し、『ブラック・マジシャン』がそこに飛び込む。すると歪みから強い輝きが放たれ、そこから一つの影が飛び出した。

「融合召喚! 『超魔導剣士―ブラック・パラディン』!」

 現れたのは、剣と杖が合わさったような武器を携える魔術と剣術を操る魔導剣士。その顔は『ブラック・マジシャン』に酷似しており、より目つきが鋭くなっている。

 攻撃力は2900と刹那が呼び出せるモンスターの中では最大の攻撃力を誇り、奥の手として使うモンスターだ。

「『ブラック・パラディン』の攻撃力はフィールド、墓地にいるドラゴン族モンスター一体につき500ポイントアップする。今は早雲の『インティ』と『クイラ』がいるから1000アップして3900だ」

 『ブラック・パラディン』がエネルギーを吸収してその力を増幅させる。これで『インティ』の攻撃力を超えた。

「まだだぜ。ライフを1000払い、魔法カード『拡散する波動』を発動!レベル7以上の魔法使い族モンスターを指定し、そのモンスター外の攻撃をこのターン封じる代わりに、選択したモンスターは相手モンスター全てに攻撃できる。当然、『ブラック・パラディン』を選択だ。行くぜ! 『ブラック・パラディン』で『インティ』を攻撃!」

 『ブラック・パラディン』が武器を振りかざすと、魔法刃が炸裂する。『インティ』も閃光を放って迎え撃つが、『ブラック・パラディン』は跳躍する事でそれを回避。魔法刃は『インティ』に命中すると、その体躯を二つに分けた。

「『インティ』の効果はつ……」

「この攻撃で破壊された相手モンスターは、効果を発動できず無効にされる!」

「っ!?」

「次! 『アポカテクイル』に攻撃だ!」

 そして今度は『アポカテクイル』に狙いを定める。『アポカテクイル』は逃げ回るが、逃れられずに餌食となる。

「うっし、ターンエンドだ!」

 

刹那:LP8000→7000

手札:0枚

 

早雲:LP5500→4600→2500

手札:0枚

 

「私のターン……」

 カードをドローする早雲。しかし次の瞬間、デッキの上に手を置いた。

「サレンダーだよ。いいかな?」

「は? あ、ああ」

 最後は呆気なかったが、これで刹那の勝利となった。ソリッドビジョンが消滅すると、刹那は『ティマイオスの眼』のカードを取り出す。

「おめでとう。君は『ティマイオスの眼』の使い手に選ばれたんだよ」

「そう、だけどよ。なんか訳わかんねえな。色々と」

「何が?」

「何が、って。カードが急に光ったこともそうだしテキストが書き換わったこともそうだし」

「うーん、私もあんな風になるとは思わなかったねー」

「それより、お前本気出してなかったろ?」

 刹那がジロリと見ると、早雲は舌を少し出しておどける。

「ばれた?」

「何となくだけど、途中からな」

「まあ、私からすればそのカードを使える人かどうか見定めるためのデュエルだったからねー。勝敗はどうでもいいんだ」

「どんなカードかも分かってなかったのに、か?」

「う、それを言われると……」

 そんな風に話していると、舞やミラ、メイレンもやってくる。

「はいはい、早雲を苛めるのはそこまでにしときなさい」

「早雲、次は私とデュエルよ」

「お二人とも、お疲れさまでした」

 ん、と軽く答えると刹那はディスクからカードを抜き取る。デッキをケースに入れ、エクストラデッキのカードを入れようとした時。

「こいつ、は……」

「どうしたの?」

 思わず目を見開く。舞が覗き込んでくると、彼女もまた目を丸くした。

「『呪符竜(アミュレットドラゴン)』……こんなカード入ってなかったわよね?」

「ああ。けど、融合素材は『ブラック・マジシャン』になっている。まさか」

 エクストラデッキを拡げてみると、もう一枚、入れた覚えのないカードがあった。それは『ブラック・マジシャン・ガール』を融合素材にする『竜騎士ブラック・マジシャン・ガール』。それが意味するのは。

「『ティマイオス』がカードとして目覚めた時、それらを創造した……?」

「ますますファンタジーの世界ね。ちゃんと使えるの?」

 メイレンが唇に指を当てて考察し、ミラが訝し気にそのカードを覗く。

「でも『ティマイオスの眼』が使えた以上、それらも使えるでしょうね」

 舞がそう結論づける。刹那もそれに納得する。

「そう、だな。……早雲」

「ん?」

「オレがやるべき事。つまりキングダムの連中から『ティマイオスの眼』を奪われないようにしろ、って事だよな?」

「そういう事だね。残りの二枚は父さま達の手中にあるからどうしようもないけど、そのカードさえ無ければ父さま達は大きく動けないはず」

 そういう事なら話は早い。それに父の死の真相に近づけるチャンスなのだ。これを逃すわけにはいかない。

 刹那は『ティマイオスの眼』のカードを掲げながら、このカードを、そして早雲を守る決意を固めた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 その頃。何処にあるかも分からないような場所で、一人の男が豪奢な椅子に座って肘をついていた。その椅子は玉座とも言える装飾の数々が彩られており、男の存在感を際立たせる。

 男は五十代前半から半ば辺りだろうか。初老の男性特有の渋みのある顔立ちをしており、彼がこれまで歩んできた人生の深みを感じさせる。

 そんな彼の前に一つの影が現れる。最初から気づいていたのか、男は身動きもせずに口を開く。

「早雲の行方は掴めたのか」

「申し訳ありません、国王陛下。ですがつい先程、『ティマイオス』の力の反応がありました。今はその地点を特定している最中です」

「そうか。『クリティウス』と『ヘルモス』の適合者はどうだ」

「そちらもまだ……我らが掌握した施設にいる子供達も適合せず、三銃士も姫様を探しながらやっているそうですが」

 その報告に国王と呼ばれた男は特に表情を変えることなく、口を開く。

「『ティマイオス』の反応があったという事は早雲が適合者を見つけ出した証。早雲と適合者をここに連れてくるのを最優先事項に切り替えろ」

「かしこまりました」

 影が一礼すると、その場から消えるようにして下がっていく。男は傍に置いてあったテーブルに手を伸ばし、ワイングラスを手に取る。

「早雲……我が娘だろうと関係無い。この国から逃げ出すことがどういう事なのか、その身を持って思い知るがいい」

 ワイングラスに注がれていた赤ワインを飲み干すと、男はパッとグラスから手を放した。

 グラスは垂直に落下し、大きな音を立ててその破片を飛び散らせた。

 



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第9話 戦いの前夜

 刹那と早雲のデュエルが終了し、刹那と舞、優希の三人が帰るのを見送った後、ミラは夕飯作りに取り掛かっていた。

 今日から暫くの間、キングダムという組織から飛び出した女性、皆月早雲(みなづきそううん)を加えた四人で暮らすことになるので多少の買い出しをメイレンにやってもらった後、エプロンを装着してキッチンに立った。

「へー、これがキッチンなんだ。初めて見るものばかりだよ。あ、クリフ君これなんだろ」

「それはね、電子レンジなんだよー」

「どうやって使うのかな。あ、開いた」

 しかし、キッチンにはミラだけではなく早雲とクリフの姿もあった。興味津々といった様子でキッチンの機器に触れる早雲と一緒になって遊んでいるクリフ。いくら可愛い弟でも、物事には限界がある。

「こら、早雲勝手に弄らないで! クリフも一緒になって遊ばない! お姉ちゃんお料理できないでしょ!?」

「あうっ!? ごめんなさいっ」

 ぺこりと謝るクリフ。しかし早雲は聞く耳を持たないのか、クッキングヒーターに手を伸ばそうとする。

「ダメですよ早雲さん。お嬢様の邪魔になってしまいます。クリフ様も、こっちでテレビを見ましょう。サッカーやってますよ?」

「ちえー、せっかく面白かったのに」

「サッカーみるー!」

 渋々といった感じでキッチンから離れる早雲とサッカーに釣られてリビングへ走るクリフ。二人の後ろ姿を見ながら、メイレンはくすりと笑った。

「なんだか、手のかかる子供が増えたみたいですね」

「年齢は私達と同じくらいのはずだけどね……」

 ため息をつくミラ。と、何かがぐつぐつと音を立てているのに気づく。

「って、お鍋が噴いてるじゃない!」

「火を止めましょう!」

 そんなこんながありながらも、何とかミラは夕飯を作る事が出来た。

「おまたせ。今日の夕飯よ」

「やったー!」

「あれ、なんかお盆小さいね?」

 リビングに出来上がったそれを運び、三人に配膳する。最後に自分の分をテーブルに置き、全て終了だ。

「今日の夕飯は、肉うどんよ」

「……あれ?」

 きょとんとした顔を見せる早雲。何かおかしかったのかと思い、ミラは早雲の顔を覗き込む。

「どうしたのよ?」

「一つ聞きたいんだけど、ミラってお嬢様だよね?」

「そうよ?」

「そのお嬢様が、肉うどん作るの?」

「くすっ、お嬢様の好物なんです」

 メイレンが笑いながら説明すると、早雲は不思議そうな顔を見せた。

「……何がきっかけで好物になったの? 三人とも海外出身の留学生だよね?」

「私達、母国より日本にいる年数の方が長いのよ。小さい頃、パパが仕事の拠点を日本に移したから。クリフなんか日本生まれ日本育ちだから母国語話せないし。話が逸れたけど、初めて日本に来た時に食べたのが肉うどんだったってだけよ」

 そう言いながら、うどんを啜りこみ、スープを飲む。今日も白だしがいい塩梅だとミラは自らの料理の出来に納得した。

「そういうこと、かぁ。あ、いただきます」

「いただきます」

「いただきまーす!」

 三人も一斉にうどんを頬ばる。クリフは豚肉と一緒に麺を啜り、幸せそうな表情を浮かべていた。その顔が見られるだけでもミラは嬉しい。

「でも、料理できるなんて羨ましいなぁ。私キッチンになんか入ったこともなかったし」

「流石に三人暮らしを始めてからは、メイばかりに負担かける訳にもいかないから。メイに教わって、時間かかったけど少しはまともに作れるようになったわ」

 初めは何でもかんでも焦がしていた記憶が蘇る。しかし、そんな自分にメイレンは根気よく教えてくれた。だから今があると思っている。

「流石にメイや舞には及ばないけどね」

「そんな事ありませんよ、お嬢様のお料理は美味しいですよねクリフ様?」

「うん! ボク、ミラおねえちゃんのおりょうりもメイおねえちゃんのおりょうりも大好き! 舞おねえちゃんのおりょうりは食べたことないから食べてみたい」

 そんな風に会話が弾むと、早雲が何処か羨望の眼差しでこちらを見ているのに気づいた。

「どうしたのよ?」

「ん、何だかこうやって家族と食事出来るのっていいなぁって。私は父さまと母さまがいるけど、二人とも忙しいからあんまり三人揃って食べたことないから」

 その話を聞きながら、ミラは早雲が家を出た原因はそこもあるのかもしれないと思った。

 ミラとクリフも父は忙しく、母はいない。けれどこうして三人で揃って食卓を囲むのが当たり前になっているので寂しさはない。しかし早雲は話を聞いている限り一人だったのだろう。いてもお付きの人がいるくらいで、家族団欒の経験があまりない。だからこの光景が早雲にとっては眩しく見えるのかもしれない。

「あんたも色々大変そうね」

「そうだね」

 複雑そうな笑みを見せる早雲。ミラは余計な事を言ったかもしれないと思いつつ、うどんを啜るのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 一方その頃。刹那は舞の家にお呼ばれしていた。玄関で舞が用意したスリッパを履き、リビングを通ると舞と優希の兄である観月昴とすれ違った。優希がすかさず昴に抱きつく。

「にーにー!」

「おかえり優希、舞。……お? 刹那も一緒なんだ」

「よっ、昴の兄貴。お邪魔するぜ」

「今日、(なぎさ)さんが仕事で遅くなるって言うからご飯食べさせるだけよ」

 それを聞いた昴がニヤニヤと二人を見る。嫌な予感がして、逃げようとするも。

「うんうん、未来の義弟だからね。今のうちに我が家の味に慣れ親しんでもらうのは良いことだと思うよ。って、もう慣れっこだったか」

「お兄ちゃん!」

 舞が顔を真っ赤にして怒鳴るが、昴は堪えずにニヤニヤするだけだ。刹那もやや顔が熱くなっているのを感じつつ、リビングの椅子に腰かける。

 舞がぶつぶつ言いながらキッチンに向かうのを確認した後、昴が優希を抱きかかえたまま声量を小さくして口を開いた。

「で、実際のところどうなのかな?」

「どうって、何もねえよ」

「んー、それは残念。傍から見てると舞も刹那も分かりやすいんだけどなー。ね、優希」

「うん! ねーねーはせっちゃんおにーちゃんの事だいす――」

「優希! 天ぷらうどん抜きにするわよ!? バカ兄貴は夕飯抜き!」

「やだやだー!」

「って、僕は確定なの!?」

 優希の大きな声を遮断する舞の怒声に、昴と優希が焦燥するのを見ながら刹那はデッキケースを見る。デッキには『ティマイオスの眼』が投入されたままだ。早雲と出会い、そしてこのカードを持つ事で刹那は父の死の真相に近づくチャンスを得られた。しかし、それは同時に自分自身、そして周りにいる人達を危険に巻き込む可能性がある事を意味している。

 早雲の前では威勢の良い事を言ったが、いざ冷静になってみると不安になってくる。

 舞が作った刹那の好物、野菜炒めを平らげた後、刹那は舞に連れられて彼女の部屋に入る。昴がまた茶化してきたが、舞が拳一つで沈黙させた。

「……っ。そ、それにしても、あの野菜炒め母さんの味にそっくりだったな」

 部屋に入るなり、柑橘系の果物の様な甘い香りが刹那の鼻をくすぐった。意識しないように刹那は心を落ち着かせようとする。

「そりゃそうよ。あれは渚さんに教わったんだし。将来のため、とか言って半ば無理やりだったけど」

「……なんか悪い」

「いいわよ、別に。わ、悪い気はしなかったから……」

 最後の方はごにょごにょと声が小さくなっていたので良く聞き取れなかったが、刹那は気にせず部屋の椅子に腰かけ、舞はベッドに座る。

「で、どうしたのよ。話したい事があるって」

「ん、まあな。ほら早雲に協力するって言っただろ。オレは父さんの事があるからそうしたいけど、何も舞まで首突っ込む事ないんだぜ?」

「…………」

 じっと舞が刹那の目を見つめる。その先を急かすかのように。

「言っちゃあれだけど、本来お前はこの件とは無関係だし協力する理由も特にないだろ? ミラはクリフが危ない目にあったからーとか言って無理やりこじつけてるけど、お前は何にも無い。だから――」

「だから身を引けって言うのね」

「……そういうことだな」

 しばしの沈黙。何か言わなくてはと思い口を開きかけたが、舞がそれを遮った。

「あんたを守るため、って言ったら理由になるわよね」

「は?」

 一瞬何のことだか分からず、混乱する。舞はニヤリと笑みを浮かべながら続ける。

「だって、あんたと早雲だけじゃ危なっかしいしミラはクリフ君で精いっぱいだろうし。だからあんたを守るのがいてもいいわよね?」

「あのなぁ、守るって言われても」

「あんたの身にもし何かあった時、渚さんはどうするのよ?」

「……?」

「早雲が言ってたじゃない。キングダムのデュエリストはモンスターの攻撃を実体化させることができるって。それで万が一の事があったら、渚さんが一人きりになるじゃない。旦那さんを失って、たった一人残った息子まで失うなんて。そんなの悲しすぎるわ。だから私があんたを守る。渚さんを悲しませないために。それじゃ、ダメ?」

 真剣な目つきでこちらを見てくる舞の目を見て、刹那は説得するのを諦めるしかなかった。彼女の意思の強さは、昔から嫌という程見てきたではないか。それを今更変えようなんて、出来るはずもなかったのだ。

「わーった、わーった。じゃあこうしようぜ。お前がオレの事守ってくれんなら、オレもお前の事を守ってやる。これでおあいこにしようぜ?」

 そう言うと、舞は嬉しそうな表情を見せて拳を突き出した。刹那もそれに応えて拳を出し、ぶつけ合う。

「約束破ったら、針百万本飲ますわよ?」

「それは、こっちもだな」

 二人で笑いを堪えるが、我慢できずに同時に噴き出した。二人の笑い声はしばらくの間響き渡り、隣の部屋で優希と一緒に寝ようとしていた昴を怪訝な顔つきにさせたとかさせなかったとか。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 深夜。都内のビジネスホテルの一室で、一人の少年がベッドに寝転がっていた。

 部屋に置いてあった質素な寝巻に袖を通し、ボサボサの髪とだらしない輝きを放つ瞳。何か魂が抜けたかのようにぼーっとしている。

 そんな静寂の時間を破る一本の電話が少年のスマートフォンに入った。少年は気だるそうに手を伸ばし、テーブルに置いてあったスマートフォンを取った。

「どうしたんでい、アトス?」

『ボルトスか。国王から指令の変更があった』

 その少年、ボルトスは自らが属する組織で苦楽を共にしてきた仲間の声に耳を傾ける。

「何かあったんですかねい?」

『姫様が持ち出したカードの反応があったそうだ。その地点も特定できている。データを送るから、明日そこを調べて欲しいそうだ』

 その言葉に、僅かに目を見開く。ようやくまともな情報にありつけたが、ボルトス自身は普段のペースを変えないように心がけた。

「『ティマイオスの眼』ですかい? ようやく適合者が見つかった訳ですかい。ん、りょーかいしときますぜい」

『デュエルをして発現したはずだから、複数人数いる可能性がある。こちらから兵を送るからそれと合流してから行ってほしい。今どこにいる』

「奉花市のビジネスホテルですぜいー」

『東京のか……ならそこの住所を送れ。そこに兵を明日の六時までに三、四人向かわせる』

「ん、りょーかいですぜい」

『では、朗報を待っているぞ』

 神妙な声を最後に、通話は切れた。ボルトスはぼーっとしたままスマホを手に、ここの住所をアトスへ送った。

「……いよいよ、本格的になるって訳ですねい……いいような悪いような」

 そんな呟きを口にしながら、ボルトスは瞼を閉じる。すぐに眠気が襲ってきて意識が沈んでいった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ボルトスが宿泊しているビジネスホテルの屋上。本来は従業員以外誰も入れないはずの場所に、二つの影があった。

 二人ともドクロを模したシルバーメタルのマスクを被り、黒のスーツを身に纏っていた。

 一人は背が小さく、もう一人は豊かな胸の膨らみから女性だと判断できる。その女性も、男物のスーツに身を包んでいるが。

「『ティマイオスの眼』、適合者……何か重要なキーワードの様ね」

 二人は盗聴器を使い、ボルトスの会話を聞いていた。もう一人の背の小さい方が軽く鼻を鳴らした。

「それが何だろうと、俺達には関係無い。俺達の目的はただ一つ」

「奴らの殲滅、ね」

 二人は立ち上がり、マスクに手を掛ける。マスクの奥からは鋭い眼光が見え隠れする。

「明日、行動を起こす。残りの連中にはアジトに残っておく様に伝えろ。俺達だけで充分だ」

「分かったわ」

「俺達は誰にも止められない。立ちはだかる奴は叩き潰すだけだ」

 その呟きと共に、二人の姿は消えて無くなった。まるで初めから何も無かったかのように。

 



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第10話 制御不能―ロス・インゴベルナブレス―

 アトスから連絡を受けた翌日の午前六時。日が昇りかけている時間帯のとあるビジネスホテル前。少年ボルトスは自身の前で頭を垂れている三人の甲冑姿の人物を見て満足そうな笑みを浮かべた。

「これで、全員かい?」

「は、王国三銃士アトス様より指令を受け我らキングダム・ナイツ、同じく王国三銃士が一人ボルトス様の御前に参上いたしました」

 力のこもった声を聞きながら、ボルトスは手を差し出す。

「で、例のカードが発動した場所は特定できたんでい?」

「は、こちらが座標地点です」

 左端にいた男がタブレット端末を差し出す。ボルトスはそれを受け取り、画面を確認する。

「なるほどねい……。姫さんがそこに留まっているとは考えにくいが、調べてみる価値はありそうでい。行くぜいお前ら。姫さんという名の捕り物の始まりでい」

『はっ!』

 ボルトスを先頭にした四人は、一気にその場を駆け抜けた。彼らを付けている黒い存在を背にしながら。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 午前八時。今日は日曜日という事もあり、観月舞は早雲がいるシーベル家に来ていた。

 家主であるミラ・シーベルとその付き人メイレン・マグナスがシーベル家と関わりが深い富豪が主催するパーティーに出席するため、留守番になる早雲とミラの弟、クリフ・シーベルの面倒見を頼まれたからだ。因みに妹の優希は兄の昴と共に大好きな特撮ヒーローの映画を観に行っている。

「悪いわね舞、来てもらっちゃって」

「別にいいわよ。暇だったし」

「ふーん。てっきり刹那とデートでも行くのかと思ってたわ」

 その発言に、舞は顔を熱くしながら豪奢なパーティードレスを身に纏ったミラを睨みつける。

「全く、どいつもこいつも……なんで私と刹那を……」

「だって、ねぇ?」

 ミラが同意を求める様な視線を青色のパーティードレスを纏ったメイレンに送る。二人とも化粧をしているのもあって、普段とは違う大人っぽい魅力が醸し出されていた。

 普段から無自覚な色気を出しているメイレンはともかく、普段はやや子供っぽさが残るミラも、髪型などを変えるだけでこうも妖艶な雰囲気になるのかと、半ば感心していた。

「くすっ、そうですね」

 苦笑いしながらメイレンも同意する。苦笑こそ浮かべているものの、仕方なく同意している、という風には見えないのが舞に頭を抱えさせる。

「あっ、お嬢様そろそろ車が来ます」

「そうね。じゃあクリフ、お姉ちゃんとメイ行ってくるから、舞の言う事ちゃんと聞くのよ? 夕方には帰ってくるから」

「あいっ!」

 ミラがしゃがみながら、可愛らしい熊さんの絵が描かれたパジャマを着たクリフに優しい声色で語り掛けると、クリフは元気な返事と勢いよく挙げた手でそれに答えた。

「早雲さんも、お気をつけて。恐らくすぐには無いとは思いますけど、いつ追手が来るか分かりませんし」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そうなったら舞と二人でやっつけるから」

 メイレンの心配をよそに、へらへらと笑う早雲。とは言えメイレンの言う事ももっともなので、そこの警戒を怠る訳にはいかない。

 ミラとメイレンを見送った後、舞は周囲を一度確認してから部屋の中に戻り、リビングで一先ずくつろぐ事にした。

「クリフ君、パジャマ着替えないの?」

「あ、そうだった! 着替えるねー!」

 舞がそう告げると、パジャマ姿のままだったクリフがソファに置かれた自身の着替えを確認する。そしてそのまま勢いよく脱ぎ始める。

「……まあ、子供だしね」

 舞は視線を逸らし、椅子に腰かけてテレビの電源をつけた。テレビではワイドショーが放送されており、出演者達があれでもないこれでもないと討論している様子が放送されている。それを何気なしに眺めていると、早雲が隣に腰かけてきた。

「何だかごめんね、せっかくの日曜日に」

「だから大丈夫よ。いつもは大体妹の面倒を見ているから、それがあんたとクリフ君に変わっただけの話。クリフ君、冷蔵庫開けるわね」

「あいっ」

 それだけ言うと舞は立ち上がって冷蔵庫へ向かい、飲み物を探す。すると。

 ずんっ、と大きな音を立てたかと思うと建物内が揺れた。舞は急いで二人の元へ向かう。

「地震かもしれないわ、二人ともテーブルの下に隠れて!」

 早雲もクリフもテーブルの下に隠れ、舞も同じようにする。しかし、その揺れはすぐに収まった。安堵しながら三人はテーブルの下から出る。何気なく窓に視線を移すと。

「っ!?」

 眼前に、不気味な青白い焔を纏ったモンスターの顔が現れた。それは黒い姿のモンスター。それを見た早雲の顔が一変する。

「あれは、まさか……!」

「姫様を発見! 強行突破する!」

 その鋭い言葉と同時に窓ガラスが吹き飛ばされる。

「危ない!」

 舞はクリフを庇う様にしながら、再びテーブルの下にしゃがむ。音が止むとすぐに起き上がり、身構える。

「大丈夫、クリフ君?」

「う、うあーん! こわいよー!」

 舞に抱きついて震えるクリフ。怪我をしている様子は無さそうなので、彼の頭を撫でて落ち着かせようとする。

「早雲は?」

「私も大丈夫、だけど」

 早雲はきっと窓ガラスが割れた方向に睨みを効かせる。そこには、甲冑と黒と赤色のデュエルディスクを身に着けた人物が三人いた。

「キングダムの兵士キングダム・ナイツ、ここに見参。姫様、お迎えにあがりました」

 左端にいた男が前に出ながらそう告げる。しかし早雲は負けじと立ち上がる。

「おあいにく様。私は帰るつもりは一切ないから。どうする? 無理矢理連れてく? どうせ私を殺す事は父さまが許さないんでしょ? 父さま自身の手で殺したいだろうから」

 物騒な言葉を口にする早雲に舞は目を見開く。しかし、そんな舞を尻目に早雲は睨み合う。しかし、デュエルディスクとデッキはソファの上にあるバッグの中だ。手元に無い以上、早雲も舞も戦う手段が無い。クリフも恐怖から舞に抱きついたまま離れようとしない。どうすればいいか頭を回転させていると。

「何っ!?」

 キングダム・ナイツと名乗った男の一人が上ずった声を上げる。彼ら三人の背後から赤い鞭の様な光線が伸びて、三人のデュエルディスクを捕らえたのだ。その場にいた全員がもう一度窓際に視線を移す。

 見ると、機械じみた隼のモンスターが外で浮遊していた。そのモンスターに乗っているのは、男物の黒スーツを身に纏い、ドクロの形をしたシルバーメタルのマスクで顔を覆ったスタイルの優れた女性。マスクの奥から覗く双眸は獲物を捕らえた隼の如く鋭利で、舞が狙われている訳でもないのに突き刺さりそうな程強い意志を感じた。

「その姿……まさかロス・インゴベルナブレスの者か!?」

 左端にいた男が尋ねると、その女性は頷いた。

「そうよ。でも貴方達に名乗る名は無い。このまま三人纏めて殲滅する」

「なんだと!?」

「我ら三人を一度に……そんな事出来ると思っているのか!?」

「当然よ。でなければ、仕掛けない」

 四人のやり取りを聞いていると、早雲が思い出した様に口を開く。

「ロス・インゴベルナブレス……前に父さまが言っていた。確か多くの裏組織を壊滅させた、その名の通り制御不能のデュエルチームだって」

「あの変な赤い光は何なのよ?」

「あれはデュエル・アンカーって言って、裏世界で使われる相手を逃がさないためのものだよ。もしかすると……」

 早雲が考え込んでいると、黒スーツの女性が部屋の中に入って再び口を開いた。

「デュエルフィールド、展開」

 デュエルディスクのボタンを押すと、彼女を中心にキングダム・ナイツの三人を不思議な緑色の光が取り囲んだ。それを見た早雲は、やはりという顔を見せた。

「やっぱり、デュエルフィールドも」

「もうこの家にこれ以上被害が及ぶことはない。さあ、殲滅してあげる」

「ならば、ルールはどうする?」

 真ん中にいた男が左端の男に尋ねると、左端の男はニヤリと笑った。

「ふ、ならばこうしよう。ライフはそれぞれ8000。ターン進行は我ら三人の後にお前とし、最初のターンは全員攻撃不可にしよう」

「ちょっと、それじゃ彼女一人が不利じゃない!」

 余りに理不尽なルールに舞も加勢しようとするが、クリフが離してくれないので動けない。

「無駄よ。そのフィールドは外からの干渉は出来ないし、それ以前にデュエル・アンカーを解除しない限りデュエル自体に干渉できない。いいわ、事実上のバトルロイヤルってところかしら。そのルールを呑んであげる」

「ほ、本気なの!?」

 無謀とも思えるが、女性は舞を無視して三人に視線を移す。そしてデュエルディスクを起動させる。ディスクの部分がドクロの形をした、黒のデュエルディスクを。

「ふ、その様子だと我ら三人を相当侮っているようだが、その事を後悔するがいい!」

 キングダム・ナイツの三人も身構える。もう、止める術は無い。

「もう無理だよ舞。後は見守るしかない」

「っ……」

「あぅー、舞おねえちゃん……」

 早雲が宥めるように言い、クリフは不安そうな目を向ける。舞は不安がらせない様にクリフの頭を撫でながらこのデュエルを見守る。

『デュエル!』

 三対一という圧倒的という言葉では言い表せない程、理不尽なデュエルが幕を開けた。

 

キングダム・ナイツ右端:LP8000

 

キングダム・ナイツ中央:LP8000

 

キングダム・ナイツ左端:LP8000

 

ドクロマスクの女性:LP8000

 

「先攻は私だ! 私は『幻影騎士団ダスティローブ』を召喚」

 最初は右側にいる男から始まる様だ。現れたのは、黒いローブを纏った青白い霊体。フィールドを浮遊し、埃を落としておく。

「更に自分フィールド上に幻影騎士団モンスターが存在する場合、『幻影騎士団(ファントムナイツ)サイレントブーツ』を手札から特殊召喚できる」

 続けて現れたのは、ボロボロの服装を纏った青白い霊体。二体とも感情が読み取れず、無機質な感じを受ける。

「レベル3の『ダスティローブ』と『サイレントブーツ』でオーバーレイ!」

 二体のモンスターが黒い光となって、時空の狭間に吸い込まれていく。空間が閉じたかと思うと、大きな炸裂音を鳴らす。先程から怯えていたクリフは、ますます抱きしめる力を強めた。

「戦場に倒れし騎士達の魂よ。今こそ蘇り、闇を切り裂く光となれ! エクシーズ召喚! 現れろ、ランク3。『幻影騎士団ブレイクソード』!」

 現れたのは、先程彼らが乗っていた黒い馬に、折れた剣を手にしている青白い焔を纏った騎士。周囲を駆けるが、まるで幻影の様にあちらこちらにその姿を見せては消える。

 攻撃力は2000とランク3のモンスターとしては最高クラスの攻撃力を持っている。

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「次は我であるな。我のターン、ドロー。我は魔法カード、『増援』を発動。デッキから戦士族モンスターである『幻影騎士団サイレントブーツ』を手札に加える。そして『幻影騎士団ラギッドグローブ』を召喚」

 真ん中の男がカードをディスクに叩きつける。現れたのは、青白い焔を下半身に纏った、大きな手袋を浮遊させたモンスター。しかし、その手袋は様々な箇所が破れている。

「そして『サイレントブーツ』を効果により特殊召喚。レベル3の『ラギッドグローブ』と『サイレントブーツ』でオーバーレイ。エクシーズ召喚! 『幻影騎士団ブレイクソード』!」

 再び『サイレントブーツ』が現れたかと思うと、続け様にエクシーズ召喚を決め、漆黒の騎士が並び立った。

「『ラギッドグローブ』をエクシーズ素材にしたエクシーズモンスターはエクシーズ召喚に成功すれば攻撃力が1000アップする。よって『ブレイクソード』の攻撃力は3000になる。ターンエンドだ。

 

幻影騎士団ブレイクソードB

ATK2000→3000

 

「続いて俺のターンだ。ドロー。俺のフィールドにモンスターが存在しない場合、『ジャンク・フォアード』を手札から特殊召喚できる」

 現れたのは、黄土色の身体をした戦士。その左腕には射撃型の武器が携えられている。

「そして『幻影騎士団ラギッドグローブ』を召喚し、二体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れろ、『幻影騎士団ブレイクソード』! 『ラギッドグローブ』の効果で攻撃力は3000!」

 大きな手袋のモンスターが現れると、三度同じ光景が繰り広げられる。三体目の黒い騎士の登場に、舞と早雲の顔は険しくなる。

「これは、きついわね」

「うん。でも彼女は動じている様子がないよ?」

 見てみると、表情は見えづらいが、女性は動揺している感じでは無さそうだ。

「ふ、果たしてその余裕がいつまで持つ? カードを一枚セットして、ターンエンドだ

 

幻影騎士団ブレイクソードC

ATK2000→3000

 

「私のターン、ドロー」

 ようやく回ってきた女性のターン。しかし、攻撃できるようになるのは次の男のターンからだ。果たしてどう立ち回るのか。

「手札から『RR(レイドラプターズ)―バニシング・レイニアス』を召喚」

 現れたのは、緑がかった体色を持つ猛禽類のモンスター。

「このカードの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のRRモンスター一体を特殊召喚する。私はもう一体の『バニシング・レイニアス』を特殊召喚。二体目の効果は使わない」

 もう一体出現する、緑色の猛禽類。そしてレベル4のモンスターが二体揃ったとなれば。

「ほう、お前もエクシーズ使いか」

「レベル4の『バニシング・レイニアス』二体でオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚」

 二体の『バニシング・レイニアス』が時空の狭間へと吸い込まれていき、爆発する。

「冥府の猛禽よ、闇の眼力で真実をあばき、鋭き鉤爪で全てをもぎ取れ。飛来せよ、ランク4。『RR―フォース・ストリクス』」

 現れたのは、何処か機械じみた風貌のフクロウのモンスター。守備表示で召喚されているため、女性を守る様に『ブレイクソード』三体の前に立ち塞がる。

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、『フォース・ストリクス』の効果発動。デッキからレベル4、鳥獣族、闇属性モンスター一体を手札に加えるわ。私は『RR―ファジー・レイニアス』を手札に加え、その効果を発動。私のフィールドに『ファジー・レイニアス』以外のRRが存在する場合、手札から特殊召喚できる。守備表示で特殊召喚」

 続けて現れたのは、黒いスズメの様なモンスター。バサバサと飛び回りながら辺りを警戒している。

「更に魔法カード、『一時休戦』を発動。互いのプレイヤーはデッキからカードを一枚ドローする。その代わり次の相手ターンまで互いに受けるダメージは全てになる。この場合は貴方達三人全員引けるわ」

「ほう、ダメージ無効と引き換えに合計三枚ものカードをドローさせるのか。随分と気前がいいな」

「どうせ殲滅するのだから問題ないわ」

 四人がほぼ同時にカードをドローする。それと同時に一人一人にバリアが張られ、プレイヤーを守る盾となる。

「カードを四枚セットして、ターンエンドよ」

 これでようやく、全員が最初のターンを終えた。状況としてはキングダム・ナイツの三人フィールドに『幻影騎士団ブレイクソード』が並びリバースカードは合計二枚。対する女性のフィールドには守備力2000の『RR―フォース・ストリクス』と守備力1500の『RR―ファジー・レイニアス』、そして四枚ものリバースカードがある。

 しかし、次のターンからは攻撃が可能になる。それは三人もの攻撃を凌ぎ切らなければ女性に勝機は無い事を意味していた。果たしてどう切り抜けるのか、舞と早雲はじっと戦況がどう動くか見つめる。

「私のターン! カードを一枚セットし、『ブレイクソード』の効果を発動。オーバーレイユニットになっている『サイレントブーツ』を取り除き、今伏せたカードとそちらの『フォース・ストリクス』を破壊する!」

「なら、その『フォース・ストリクス』をリリースして罠発動。『ナイトメア・デーモンズ』。貴方のフィールドに攻撃力2000のナイトメア・デーモン・トークンを三体、攻撃表示で特殊召喚する」

 『フォース・ストリクス』が光の粒子となって消滅すると、その粒子が右端の男のフィールドに流れていき、三体のデーモンを生み出した。右端の男は考え込む仕草を見せる。

(これは、どうするべきか。全モンスターで攻撃できるが『一時休戦』の効果でダメージは受けない。攻撃をすれば『ファジー・レイニアス』は破壊できるが、問題はあのリバースカード三枚。迂闊に手を出して『聖なるバリア―ミラーフォース』の様なカードならば目も当てられない)

「一つ聞きたい。『一時休戦』のダメージ無効効果はこのターンまでか?」

「そうね。バトルロイヤルルールなら伸ばす理由が無いからそれでいいわ」

 その答えを聞いた男の目が見開く。

(ならば、ここは攻撃を控え残りの奴に託す)

「墓地の『サイレントブーツ』の効果発動。このカードを除外することでデッキからファントムと名の付いた魔法、罠カードを一枚手札に加えられる。私は『幻影霧剣』を手札に加える。そしてカードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「ならば我のターン! 『幻影騎士団クラックヘルム』を召喚」

 現れたのは、青白い焔を纏ったひび割れた兜。手が浮遊しており、何かを求めるように彷徨っている。

「そして『ブレイクソード』の効果発動。オーバーレイユニットの『ラギッドグローブ』を取り除き、『クラックヘルム』と『ファジー・レイニアス』を破壊」

「『ファジー・レイニアス』の破壊は通すけど、罠発動。『威嚇する咆哮』。これで真ん中の貴方はこのターン攻撃宣言できない」

 辺りを獰猛な獣の咆哮が木霊する。それにより、幻影騎士団達は竦み上がったように動かなくなってしまった。

「そして破壊された『ファジー・レイニアス』の効果発動。デッキから同名カードを手札に加えるわ」

 これで尽きていた女性の手札が回復するが、何なのかが分かっている以上そこまで意味は無い。

「墓地に送られた『クラックヘルム』の効果発動。このカードを除外することでエンドフェイズに墓地から幻影騎士団カード、またはファントムと名の付く魔法、罠カード一枚を手札に加える。このままターンエンドとし、『クラックヘルム』の効果発動。『幻影騎士団ラギッドグローブ』を手札に加える」

 墓地から出てきたカードをキャッチする真ん中の男。これで左端の男にターンが回る。

「俺のターン! さあ、そろそろ攻めさせてもらうぞ! まずはカードを一枚セット。そして『ブレイクソード』の効果発動。『ラギッドグローブ』を取り除き、セットした『貪欲な壺』とそちらから見て左側のリバースカードを破壊する!」

「これもフリーチェーンのカードよ。罠カード、『おジャマトリオ』。真ん中の貴方のフィールドにおジャマトークンを三体、守備表示で特殊召喚する」

 ポン! という愉快な音と共にかの有名なおジャマ三兄弟が「ど~も~!」と妙に威勢のいい声で出現し、文字通り真ん中の男の邪魔をする。おジャマ三兄弟は男に向かってクシャミをしたり、鼻くそをほじったり、尻を掻いたりと三者三様の行動を見せる。

「今墓地に送った『ラギッドグローブ』の効果発動。除外し、デッキからファントムと名の付く魔法、罠カード一枚を墓地に送る。『幻影騎士団シャドーベイル』を墓地に送る。更に、このターン俺は通常召喚を行っていない。『切り込み隊長』を召喚。効果で『クラックヘルム』を特殊召喚だ」

 現れたのは、精悍な顔つきの勇ましい戦士。そしてその号令により再度出現する、浮遊する兜。攻撃力は1500と高く無いが、今の状況では攻撃が通るのでさほど重要ではない。

「このままバトルに入る! 『クラックヘルム』でダイレクトアタック!」

 『クラックヘルム』が浮遊している手で拳を作り、女性に迫る。

「ダメージステップ時に『クラックヘルム』を対象に罠カード、『幻影翼(ファントムウィング)』を発動! 攻撃力を500アップさせ、このターンあらゆる破壊から一度だけ身を守る。そして『幻影翼』が墓地に送られたことで『クラックヘルム』の効果発動! ファントムカードが墓地に送られたので攻撃力500アップ。合計1000ポイントアップで2500だ!」

 おジャマトークンはエクシーズ素材に使用できないので、こうするしか無いが攻撃力2500は中々脅威だ。そう思っているうちに『クラックヘルム』が女性に迫るが、相手は攻撃を実体化させることが出来る事を思い出し、舞は思わず立ち上がった。

 しかし、女性は跳躍することでその攻撃を躱して見せた。男の舌打ちする音が聞こえた。

「流石に躱すか。だが次はどうだ!? 『切り込み隊長』と攻撃力が3000になっている『ブレイクソード』でダイレクトアタック!」

 続けて『切り込み隊長』と『ブレイクソード』が斬りかかる。女性は動かずに、デュエルディスクを盾にして二体の攻撃を凌いだ。

「まさか、デュエルディスクで凌ぐだと。ターンエンドだ」

 

キングダム・ナイツ右端

LP:8000

手札:3枚

 

キングダム・ナイツ中央

LP:8000

手札:5枚

 

キングダム・ナイツ左端

LP:8000

手札:3枚

 

ドクロマスクの女性

LP8000→5500→4300→1300

手札:1枚(RR―ファジー・レイニアス)

 

 やはり、ここに来て一気にライフを削られてしまった女性。しかし、彼女は慌てる様子を一切見せない。何故そこまで堂々と振る舞えるのか、舞には理解できなかった。

「やはりこの程度、ね。もういいわ、このターンで殲滅してあげる」

 ギラリ、と殺意のこもった視線がマスク越しに光り、舞は背筋が凍りついた。隣にいた早雲や舞に抱きついているクリフも同じものを感じたようで、戦慄しているのが分かる。

「私のターン! 私は永続罠、『最終突撃命令』を発動! 表側表示のモンスター全てを攻撃表示にする!」

 あのカードは早雲も発動こそしなかったが、使っていたカード。その効力により、おジャマトークンが攻撃表示になる。

「そして魔法カード、『マジック・プランター』を発動。『最終突撃命令』を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドロー」

 発動したばかりのカードをあっさりと墓地に送り、手札に変換する。

「魔法カード、『ハーピィの羽箒』を発動。相手の魔法、罠カードを全て破壊するわ」

 これにより、フィールドに伏せられていたカードは一掃される。

「更に魔法カード、『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスターを除外する。……除外するのは『ファジー・レイニアス』」

 更にドローを加速させ、手札のカードを除外する。これで準備は整ったようだ。

「ライフを半分払い、墓地の『RR―フォース・ストリクス』を対象に魔法カード、『RUM(ランクアップマジック)―ソウル・シェイブ・フォース』を発動! 選択したモンスターを特殊召喚し、そのモンスターのランクより二つ上のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚する」

「何だと!? 墓地のモンスターを利用してのエクシーズ召喚!?」

「しかも、ランクアップ!」

 『フォース・ストリクス』が墓地より蘇り、時空の狭間に消えていく。そして何度目になるか分からない爆発音が聞こえた。

「誇り高き隼よ。英雄の血潮に染まる翼翻し、革命と奪還の道を突き進め! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ! 現れろ! ランク6、『RR―レヴォリューション・ファルコン』!」

 現れたのは、血に染まったかのように真っ赤な翼を持つ隼のモンスター。しかし鳥獣というよりはもはや隼の機械といった方が通じる気がする。攻撃力は2000と、素の状態の『ブレイクソード』と互角だ。しかし、今はそのうち二体が攻撃力3000になっているため、今のままではどうする事も出来ない。

「『レヴォリューション・ファルコン』の効果発動。このカードがRRエクシーズモンスターをオーバーレイユニットとしている場合、一ターンに一度、相手フィールドのモンスター一体を対象に発動できる効果があるわ。そのモンスターを破壊し、攻撃力の半分のダメージを与える。『切り込み隊長』を破壊し、600のダメージを与える」

 『レヴォリューション・ファルコン』からミサイルが放たれ、『切り込み隊長』を爆破する。その余波が左端の男を襲うが、男はディスクのボタンを押す。するとバリアが展開され、爆風から男を守った。

「オーバーレイユニットの『ファジー・レイニアス』を取り除き、『レヴォリューション・ファルコン』の更なる効果発動。このターン、このカードは相手モンスター全てに一度ずつ攻撃できる。更に装備魔法、『巨大化』を発動して『レヴォリューション・ファルコン』に装備。自分のライフが相手より下の場合、攻撃力が倍になる。」

 これにより、『レヴォリューション・ファルコン』の攻撃力は4000。一気に『ブレイクソード』を逆転した。

「バトル。捕らわれた者たちの意思を継ぎ、全ての敵を殲滅せよ! 『レヴォリューション・ファルコン』で全てのモンスターを攻撃!」

 女性の声に呼応し、『レヴォリューション・ファルコン』が無数のミサイルを撃ち込む。

「特殊召喚された相手モンスターとこのモンスターが戦闘を行うダメージステップ開始時に『レヴォリューション・ファルコン』の効果発動。相手の攻守を0にする!」

「バカな!?」

 男三人の目が大きく見開かれる。つまり、攻撃力4000のダイレクトアタックがそのまま飛んでくるのと同じなのだ。

 右端の男はナイトメア・デーモン・トークン二体を破壊され、トークンが破壊された時に発生する800ポイントのダメージも含めて合計9600のダメージ。

 真ん中の男はおジャマトークン二体を攻撃され、同じくトークンが破壊された時に発生するダメージ300を含めると8600のダメージ。

 最後の左端の男は『クラックヘルム』と『ブレイクソード』を攻撃され、初期ライフと同じ8000のダメージを受けて敗退した。

 三人共、オーバーキルであった。

『ぐああああああああああああ!?』

 三人の断末魔が聞こえる中、爆風がデュエルフィールドを覆った――。

 

キングダム・ナイツ右端

LP:8000→2700→0

 

キングダム・ナイツ中央

LP:8000→3200→0

 

キングダム・ナイツ左端

LP:8000→7400→2900→0

 

ドクロマスクの女性

LP1300→650

 

 デュエルは終わった。デュエルフィールドが解除され、土煙も消える。その中から無傷の女性が現れるが、舞達三人は呆然として言葉も出なかった。

 あれだけ不利な条件で始めたデュエルを、圧倒的な力を持って文字通り殲滅した。その事実が呑み込めないでいる。しかし、それは紛れもない事実なのだ。

 ふと、床に目をやると三枚のカードが落ちていた事に気づく。女性はそれを拾うとスーツのポケットに入れた。その意味を察したのか、早雲が女性に近づく。

「まさか、君達は敗者をカード化させることも……?」

「できるわ。貴女達の力は盗めないものじゃない」

 近づく早雲に対し、女性がディスクを構えているのに気づく。

「待って――!」

 舞は立ち上がり、二人を止めようとする。そこに。

「ふん、終わったか」

 外から聞こえてきた、新たな男の声。そちらを見ると、今度は赤いワイバーンに乗った黒スーツとドクロマスクの小さな人物がいた。女性はその姿を確認すると、しっかりと頷いた。

「ええ。そっちは? 確か、もう一人いたはずだけど」

「ふん、探すのに手間取った。見つけたと思ったらお前のデュエルが終わって、敗北を察したらしいゴミはさっさと逃げた。ゴミらしい判断だがな」

 その小さな人物はワイバーンから降り、こちらを見据える。その双眸からは女性以上の威圧感が溢れていた。

「それで、一つ聞きたいんだけど」

 女性が早雲をじろじろと見る。

「貴女、姫様って呼ばれてたけどまさか、キングダムの関係者? それもかなり上の立場の」

「元関係者だよ。そこは否定しない」

「そう。なら、私達の敵よ」

 再び身構える女性。それを見てまずいと思い、舞が前に出る。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 彼女は確かにキングダムの関係者だったけど、今は私達と一緒に戦う仲間よ? あんた、私達を助けてくれたんじゃないの?」

「勘違いしないでほしいわね。私はそこに殲滅すべき相手がいたから倒しただけのこと。貴女達を助けたのは、その過程で生まれた結果に過ぎないわ」

 女性の眼光は今にも舞を刺し貫きそうな程に尖ったものだったが、舞とて引き下がるわけにはいかない。睨み合いが続く中、沈黙を破ったのは背の小さい男だった。装着されたデュエルディスクから赤い光線が伸び、舞の手首を拘束する。それを見た女性がため息を吐いた。

「なっ……!」

「女。俺とデュエルしろ。さっきあのゴミを仕留めそこなった憂さ晴らしだ」

 離そうと引っ張り、千切ろうとしてもびくともしない。どうやらこれから解放されるためにはデュエルを受けるしか無いようだ。

「気を付けてよ、舞。なんでいきなりデュエルを吹っかけてきたか分からないけど、負けたらカード化されるかも」

 早雲に忠告され、舞の顔が少し強張るが、もう逃げられない。覚悟を決めるしかなさそうだった。

「舞おねえちゃん、これー」

 いつの間にか、クリフが舞のバッグからデュエルディスクとデッキを取り出してくれていた。

「ありがと、クリフ君」

 それを受け取ると、舞はディスクを装着してデッキをセットする。機動させてからオートシャッフルした後、手札を取る。すると女性がマスクに手を掛けているのが見えた。

「一対一でやる時は顔を見せるのが私達の流儀。私達に臆することなく向かった事に対しても敬意を込めて、自己紹介するわ」

 女性に呼応する様に、男の方もマスクに手をかけ、そして一気に脱いだ。二人の素顔が明かされる。

「……私はロス・インゴベルナブレスのメンバーの一人、“ザ・クリーナー”、藤宮翔子(ふじみやしょうこ)。そして彼が私達を束ねし者――。“キング・オブ・ダークネス”桐生悠貴(きりゅうゆうき)よ」

 二人の素顔を見て、舞は思った。この二人の顔は、まさに強者の顔つきであると。

 




どうも、yun1です。最近は調子がいいみたいですぐに書けますが、あまり調子に乗りすぎると反動が来そうで怖いです。

さて、今回から登場したデュエルチーム、ロス・インゴベルナブレスですが、これはスペイン語で制御不能、コントロール不能な奴ら、手に負えない奴らといった意味があります。

今回の翔子のデュエルでその制御不能ぶりを描けてればいいなと思います。

それでは、次回にてまたお会いしましょう。


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第11話 キング・オブ・ダークネス

 皆月早雲を狙ったキングダムの襲撃。それを救ったのは、黒づくめの二人組。

 一人は女。腰まで届く漆黒に濡れた髪を優雅に靡かせ、冷たい夜を連想させる瞳はじっと舞を捉えて離さない。

 多くの女性が理想とする様な、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる体型を持っている彼女は、そこにいるだけで美麗な芸術品の様な存在感を放っていた。

 メイレンの様な優しい美しさとは違う、尖った美しさだ。それが強さを感じさせる要因なのだろうか。事実、彼女は三対一という圧倒的に不利なデュエルを仕掛けられても相手を一掃してみせた。

 もう一人は男。背丈は女よりも低いが、その威圧感は彼女よりも上だった。

 特に手入れをしていないのか、短い黒髪は所々が立っている。瞳は冷え切っており、それでいて日本刀の様な鋭さを持っている。これから戦いに身を投じるというのに、彼の口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 女の名は藤宮翔子。自らを殺し屋、ザ・クリーナーと自称する。

 男の名は桐生悠貴。暗闇の王、キング・オブ・ダークネスと称される。

 そして二人はデュエルチーム、ロス・インゴベルナブレスのメンバーである。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 場所を移し、戦いの舞台はマンションの屋上となった。

 舞の傍らには早雲とクリフ。悠貴の傍らには翔子が付いており、これから始まるデュエルの行方を見守る。

 舞は手札を取りながら、身構えていた。キングダムのデュエリストは発生するダメージやモンスターの攻撃そのものを現実のものに出来るという。ならば、悠貴もその力を持っているのではと推測していた。

「女、そいつを共に戦う仲間と言っていたな。奴らと戦うつもりか?」

 そんな事を考えていると、悠貴が早雲を指差しながら口を開いた。何かを図るような視線に、身じろぎせず答える。

「そうよ。それが何?」

「ふん。ならば俺とのデュエルを通じて、奴らと戦う事がどういう事か知っておけ」

 それだけ言うと、悠貴は身構える。手札も取っているので準備は万全だ。

「それはどうも。なら、思い知らせてもらおうかしら」

 彼は強い。それは彼自身が放つ威圧感からすぐに分かる。だからといって臆する訳にはいかない。ここで怯えていたら彼を、刹那を守る事なんて出来ないのだから。

「そういえば、貴様の名を聞いていなかったな」

「舞。観月舞」

「なら観月舞。俺の憂さ晴らしの相手をする以上、少しは楽しませてみせろ」

 それは明らかな挑発。それどころかこちらを完全に舐めているが故の発言だ。だが、熱くなり過ぎてはいけない。

「いいわよ。期待に応えてあげるわ」

 それだけ告げると、静寂が訪れる。

「舞……」

「舞おねえちゃん、がんばってー!」

 早雲は不安そうに、クリフは元気に手を振りながら声援を送る。舞はそれに軽く応えて改めて視線を相手に移す。

『デュエル!』

 静寂を破るのは、始まりの一言だった。

 

舞:LP8000

 

悠貴:LP8000

 

「私のターン!」

 先攻をとったのは舞。自分より背の低い相手を見据え、手札を確認する。

 いつもなら様子見をするところなのだが、この相手にそれをやるとあっという間にやられる。そんな気がした。手札も揃っているのでここは最初から大きく動くことにする。

「『ツーヘッド・シャーク』を召喚」

 現れたのは、鋭い目つきと牙を持つ二つの頭がある鮫。

「私のフィールドに水属性モンスターが存在する時、『サイレント・アングラー』を特殊召喚できるわ」

 続けて現れたのは、透き通った体を持つアンコウのモンスター。二体のレベルは共に四。これが意味するものは。

「『ツーヘッド・シャーク』と『サイレント・アングラー』でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 二体のモンスターは舞の髪、瞳と同じ水色の光となって時空の狭間に吸収される。狭間が一度閉じたかと思うと、直後に爆発を起こした。

「吠えろ未知なる轟き! 深淵の闇より姿を現わせ! 来なさい、『バハムート・シャーク』!」

 現れたのは、海の獣と呼べる巨大な鮫のモンスター。舞のエースモンスターでもある。

「『バハムート・シャーク』の効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、エクストラデッキからランク3以下の水属性エクシーズモンスターを特殊召喚できる。私は『牙鮫帝シャーク・カイゼル』を特殊召喚」

 現れたのは、巨大な口を持つ青い体表の鮫。口の上に細長い頭部が存在し、鋭利なヒレも見える。

「更に『シャーク・カイゼル』でオーバーレイ・ネットワークを再構築。エクシーズ・チェンジ! 来なさい、『FA―ブラック・レイ・ランサー』!」

 『シャーク・カイゼル』が水色の閃光となって歪みの中に吸収されると、その中から一つの影が飛び出した。それは重々しい鎧を身に纏った黒き海の槍術使い。鈍い音を立ててフィールドに降り立つと、悠貴を一瞥する。

 攻撃力は2100と決して高い数値ではないものの、その能力は侮れない。

「このモンスターの攻撃力はオーバーレイ・ユニットの数×200ポイントアップするわ。今は一つだけだから攻撃力が2300になる。カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 

FA―ブラック・レイ・ランサー

ATK2100→2300

 

 いきなり手札を激しく消耗してのエクシーズ召喚。普段なら、初手でこんなに大きく動くことはまず無いのだが、悠貴が放つプレッシャーがそうさせている。普段通りに戦っていては勝てないと。

「ふん、その程度でこの俺を牽制しているつもりか? がっかりさせるな。俺のターン」

 しかし、悠貴はそれを鼻で笑うかの様に鋭いドローを見せる。その仕草ですら、舞にはプレッシャーに感じる。果たしてどんなデュエルをしてくるのか。

「永続魔法、『共鳴破』を発動してチューナーモンスター、『レッド・リゾネーター』を召喚」

 緑色のカードのビジョンが出現し、その直後に現れたのは炎の衣を身に纏い、音叉を手にしている小さな悪魔。ケタケタと舞を嘲笑うかの様な声を出す。

「このモンスターの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚できる。『調星師ライズベルト』を特殊召喚」

 続けて現れたのは、黒づくめの服に身を包んだ不気味な笑みを浮かべた男。得意げに指を鳴らすと、そのレベルが上昇する。

「こいつの特殊召喚に成功した時、俺の表側表示モンスター一体のレベルを3つまで上げる。こいつ自身のレベルを3から6に上げた」

 チューナーモンスターとレベルが変化したモンスター。それらが導き出す答えは一つしかない。

「シンクロ召喚……!」

「レベル6となった『調星師ライズベルト』にレベル2の『レッド・リゾネーター』をチューニング!」

 六つの星と二つの光輪。それらが一つに重なった時、その同調は引き起こされる。

「王者の咆哮、今天地を揺るがす。唯一無二なる覇者の力をその身に刻むがいい! シンクロ召喚! 荒ぶる魂、『レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト』!」

 現れたのは右腕が傷だらけで角も片方が折れている痛々しい姿のドラゴン。

 その顔つきは悪魔の様で、憎悪に満ちている様にも見える。

 攻撃力3000。これが悠貴のエースモンスターと見ていいだろう。

「『共鳴破』の効果発動。リゾネーターがシンクロ素材として墓地に送られる度に相手フィールドのカードを一枚破壊する。そのリバースカードを破壊する」

 悠貴のフィールドにあるカードから、奇妙な音が響き渡る。その音に共鳴するかの様に舞のリバースカードは震えはじめ、やがて粉々になった。

「『ヘイト・クレバス』が……」

「ふん、効果破壊に反応する罠か。だが無駄になったようだな。『スカーライト』の効果発動。一ターンに一度、メインフェイズにしか発動できないがこのカードを除くこのカードの攻撃力以下の攻撃力を持つ特殊召喚された効果モンスターを全て破壊する。雑魚は王者の前に立つことすら叶わぬ事を思い知れ」

 『スカーライト』がその口を開いて灼熱の炎を吐き出す。炎に飲まれた舞のモンスター二体はもがき苦しみながらうめき声を上げるが、炎は容赦なく燃やし尽くす。

「このまま黙って破壊されるのを見ている訳ないでしょ! 『FA―ブラック・レイ・ランサー』の効果発動! このカードが破壊される時、代わりにこのカードのオーバーレイ・ユニットを全て取り除くことで破壊を免れるわ」

 『バハムート・シャーク』を助ける事は出来なかったが、『ブラック・レイ・ランサー』は自身のオーバーレイ・ユニットの力を得る事で何とか炎を振り払った。しかし、その代償として強化した攻撃力を失う事になったが。

「ふん、姑息な真似を。だが破壊後、破壊したモンスターの数×500のダメージを与える」

 その言葉通り、火の玉が舞に飛来して直撃する。その瞬間、普通のデュエルではまず感じない鋭い痛みが体を駆け抜けた。

「ぐうっ……!?」

「ふん、この程度で倒れるなよ? バトルだ、『スカーライト』で『FA―ブラック・レイ・ランサー』を攻撃」

 『スカーライト』が今度は自身の傷ついた右腕を燃やし、『ブラック・レイ・ランサー』の腹部に炎を纏った拳を叩きつける。『ブラック・レイ・ランサー』は今度こそ燃やし尽くされ、骨すら残さなかった。そしてダメージは先程よりもやや強くなって舞を襲った。

「あああっ!」

「舞!」

「舞おねえちゃん!」

 早雲とクリフが心配そうな声を上げるが、舞はそれを手で制する。

「これが、ミラも受けた痛みって訳ね……で、更にあの攻撃が実体化するって事よね……」

 ミラや早雲の話だけでは何ともイメージが掴みにくかったが、実際に受けてみると分かる。このデュエルは危険であると。

 舞の中にある本能が警鐘を鳴らしているのが分かるが、ここで引く訳にはいかない。刹那を守ると決めたのだから。

「ふん、この程度で倒れるなよ? カードを二枚セットして、ターンエンドだ」

 

舞:LP8000→7500→6600

手札:2枚

 

悠貴:LP8000

手札:1枚

 

「私のターン、ドロー! 魔法カード、『サルベージ』を発動! 墓地に存在する攻撃力1500以下の水属性モンスター二体を手札に戻すわ。『サイレント・アングラー』と『ツーヘッド・シャーク』を戻し、『ツーヘッド・シャーク』を召喚して『サイレント・アングラー』を効果で特殊召喚!」

 墓地に行ったモンスター二体を回収し、最初と同じ手順で再びフィールドに揃える。

「そして『サイレント・アングラー』と『ツーヘッド・シャーク』でオーバーレイ! エクシーズ召喚!」

 そして再度エクシーズ召喚のための素材となる。二つの光は一つとなり、強く輝く。

「二つの力が紡がれし時、新たな命の光が噴出する! 来なさい、『Nо.37希望識竜スパイダー・シャーク』!」

 現れたのは、白い身体と紫の尾ひれが特徴的なモンスター。体のヒレの配置を見ると何処となく蜘蛛の姿をしている様にも見える。

 攻撃力は『バハムート・シャーク』と同じ2600。行きつけのカードショップ、ギラスで入手した新たなモンスターだ。

「『スパイダー・シャーク』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト』を攻撃。この瞬間、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除いて『スパイダー・シャーク』の効果発動。相手モンスター全ての攻撃力をこのターンの終了時まで1000ポイントダウンさせるわ」

 これにより、『スカーライト』の攻撃力が2000に下がり、『スパイダー・シャーク』でも戦闘破壊できるようになった。

 『スパイダー・シャーク』は身体全体を回転させながら、『スカーライト』に体当たりを仕掛ける。『スカーライト』も炎を纏った拳で応戦するが、炎の勢いは先程よりも弱く、あっさりと打ち抜かれた。

「……ふん。蚊に刺された程度だな」

 悠貴にもダメージが行っているはずだが、彼は埃を払うかのような仕草を見せてダメージが無い事をアピールする。その様子に嘘は無さそうだった。

「カードを二枚セットして、ターンエンドよ」

「そのエンドフェイズ時に罠発動、『ロスト・スター・ディセント』。墓地にいるシンクロモンスターを守備力0、レベルを一つ下げ、効果を無効にして守備表示で特殊召喚する。再び荒ぶるがいい、『レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト』!」

 あらゆる力を失った状態ではあるが、『スカーライト』が悠貴のフィールドに舞い戻る。舞は苦虫を噛み潰す思いでターンを明け渡した。

 

舞:LP6600

手札:0枚

 

悠貴:LP8000→7400

手札:1枚

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト

レベル:8→7

DEF0

 

「俺のターン、ドロー。……ふん、ここで終わりか」

「なんですって?」

「耳が悪いのか? 終わりだと言ったんだ。魔法カード、『おろかな埋葬』を発動。デッキから『ダーク・リゾネーター』を墓地に送る。そして魔法カード、『クリムゾン・ヘル・セキュア』を発動する。俺のフィールドに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が存在する時、相手フィールドの魔法、罠カードを全て破壊する。『スカーライト』はフィールドと墓地に存在する時、カード名を『レッド・デーモンズ・ドラゴン』として扱う効果を持っている」

 『スカーライト』が再び口を大きく開き、灼熱の炎を吐く。炎は舞のリバースカードである『ポセイドン・ウェーブ』と『リビングデッドの呼び声』を焼き尽くした。

「く、またリバースカードを……」

「そしてドラゴン族シンクロモンスターが俺のフィールドに存在する事で罠カード、『スカーレッド・カーペット』を発動。墓地に存在するリゾネーターモンスターを二体まで特殊召喚する。来い、『レッド・リゾネーター』、『ダーク・リゾネーター』」

 悠貴のフィールドにセットされたカードが翻ると、真っ赤なカーペットが用意され、その上を炎の衣を着た悪魔と黒の衣装を纏った悪魔が歩く。

「『レッド・リゾネーター』の効果発動。こいつが特殊召喚された時、フィールドの表側表示モンスターを選択し、そのモンスターの攻撃力分ライフを回復する。俺は『スカーライト』を選択してその攻撃力分、3000のライフを回復する」

「っ!?」

 『レッド・リゾネーター』が音叉を振るうと、『スカーライト』から赤い光が悠貴へ流れ込んでいく。それによって悠貴のライフは一万を超えた。

「もっとも、この効果はおまけだがな。レベル7となっている『スカーライト』にレベル3の『ダーク・リゾネーター』をチューニング」

 『ダーク・リゾネーター』が音叉を鳴らすと、自身は光輪へと変化し『スカーライト』も星の光となる。

「大山鳴動。山を裂き地の炎と共にその身を曝せ。シンクロ召喚。来い、『琰魔竜レッド・デーモン・ベリアル』」

 現れたのは、より禍々しい顔つきの悪しき竜。その右腕には鋭い刃を持ち、肩、胸、膝の部分には悪魔の顔をその身に宿している。

 攻撃力は3500と『スカーライト』を上回る。ここに来て切り札が来たというのか。

「『共鳴破』の効果で『スパイダー・シャーク』を破壊する」

 気味の悪い音の攻撃が、『スパイダー・シャーク』の息の根を止める。しかし舞は口の端を吊り上げた。

「『スパイダー・シャーク』の効果発動! このカードが戦闘、効果で破壊され墓地へ送られた時、このカード以外の私の墓地にいるモンスターを一体特殊召喚するわ。戻ってきなさい、『バハムート・シャーク』!」

 守備表示ではあるものの、舞は自らのエースを取り戻した。これでこのターンは凌げると思っていた。しかし悠貴は表情をガラリと変えた。憤怒、失望。それらが混ざった表情に。

「甘い、温い、浅い! その程度か貴様は! 『レッド・リゾネーター』をリリースして墓地のレッド・デーモンモンスターである『スカーライト』を対象に『レッド・デーモン・ベリアル』の効果発動! 選択したモンスターを特殊召喚する! 三度荒ぶれ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト』!」

「なっ……!?」

 三度目の登場となる、暗闇の王のエース。その姿は主の今の気持ちを映しているかのように全身が激しく燃え盛っていた。

「先程までと違い、この効果で復活した『スカーライト』は何の制約も受けない。よって『スカーライト』の効果発動! 儚い希望ごと消え去れ!」

 『スカーライト』の赤い息吹がまたもや『バハムート・シャーク』を焼き尽くす。そしてその余波が舞を襲う。

「くうっ!」

「これで終わりだ。『スカーライト』でダイレクトアタック!」

 『スカーライト』が燃える拳を大きく振りかぶり、舞の腹部へと振りぬいた。

「あ、っぐ……!」

 さっきまでとは明らかに違う、猛烈な痛みに舞は言葉を失った。ゆっくりと体が崩れ落ちそうになるところに。

「『レッド・デーモン・ベリアル』でダイレクトアタック!」

 もう一体の竜が吐く黒い炎が舞を包み込み、そのライフを焼き尽くした。

「うあああああああ!?」

 ジリジリと焼き尽くされるような痛みが全身を駆け巡り、今度こそ舞の体は限界を迎えた。

 

舞:LP6600→6100→3100→0

 

「舞!」

「舞おねえちゃーん!」

 早雲とクリフが駆け寄ってくる。意識は保てているものの、視界がぼやけて見える。倒れ伏したまま、舞は小さな影がこちらに近寄ってくるのを視認した。

「どれだけ出来るかと思えば、とんだ肩透かしだった。その程度で奴らと戦うのは死にに行くだけだ。消え失せろ、雑魚が」

「――!」

 言い放たれた言葉は、舞の心を抉るには充分過ぎる威力を持っていた。心が砕かれていく様な感覚の中、舞の意識はぶつりと途切れた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 「舞、舞!」

 意識を失った舞を揺するものの、彼女は反応しない。早雲はクリフの様子を見ながら二人を睨みつける。悠貴と暫し睨み合いをするが、不意に彼がドクロのマスクを懐から取り出し被った。

「……いいの?」

 その意味を察したらしい翔子が問いかけるが、悠貴は何も言わずにその場から立ち去った。

「どうも、彼の機嫌は最悪みたいね。私もここは一旦退かせてもらうわ。……そこの貴女。貴女がキングダムの関係者である以上、私達は貴女を逃がさない。今回は見逃してあげるけど、次は無いわ」

 冷たい声色で言うと、翔子もマスクを被って悠貴の後に続く。後には呆然とする早雲、恐怖で震えるクリフ、そして気を失っている舞が取り残されるだけだった。



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第12話 動き出す危険な存在

 日が高く燦々と輝く都市部から外れた閑静な住宅街。その一角に、キングダムがアジトとして使用している家屋がある。年数がそれなりに経っているのか外観は決して良くないが、逆に言うと目立ちにくいので潜むにはちょうどいい場所である。

 その室内には二人の人物がいる。一人は男性、もう一人は少年。黒のコートを羽織り、気難しい表情で椅子に腰かけている。

「そうか、ロス・インゴベルナブレスの連中が」

 そう口を開いたのは、王国三銃士と呼ばれている幹部集団の一人、アトス。

「あいつら、いつから俺達を尾行してやがったのか……飛んだジャマが入ったぜい」

 そう口惜しそうに話すのは、少年ボルトス。彼らはキングダム国王の娘である皆月早雲を連れ戻すために行動しているが、成果は芳しくない。国王から期限を設けられている訳では無いが、早ければ早い方がいいのは明白。いつ急かされるかも分からないので、密かな焦燥感が生まれていた。

 最初はアトスの従者であるバザンが向かったのだが、とあるカードショップにてシーベル・コーポレーションの跡取りであるミラ・シーベルに敗北。それに伴い、ボルトスがキングダムの兵士、キングダム・ナイツを連れて早雲を襲撃したのだが、今度は裏世界の無法者集団、ロス・インゴベルナブレスの妨害に遭い失敗。連続で失敗するのは、失態以外の何物でもない。

「一応、国王に報告は行うが……三度目は無いと思った方がいいだろう。やはり俺達が直々に出るしか」

「ホホホ……それならこのワタクシが行きましょうかァ?」

 入口付近から聞こえてきた甲高い声に、二人は振り返る。そこにいたのは二人と同じコートを身に纏った中年の男。

 双眸は欲望に塗れたかのようにギラギラと歪で危険な輝きを放ち、ニヤニヤと笑みを浮かべる口元と体を揺する行為が怪しさを増大させる。その人物を見たボルトスはあからさまに嫌そうな表情を向けた。

「うえ、オルガ……お前が行ってもまともに帰ってこないじゃないですかい」

 その人物、オルガはおどけた様な表情を作る。

「んー、これは心外ですねェ。紳士たるこのワタクシが失敗を犯すとでもォ?」

「お前は本来の目的から逸脱する危険がある。それをしないと誓えるか?」

「ええ、それはそれは。ちゃぁんと、目的は果たしますよォ? 目的を果たした上で逸脱するのなら、問題無いでしょォ?」

 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるオルガに、ボルトスは不快そうな顔を見せる。アトスは表情を変えないまま話を続ける。

「……何をしたいのかは想像つくが、ちゃんと姫様を連れてきてからにしろ」

「了解しましたァ。それで、目的は姫様だけでいいのですかァ?」

「『ティマイオスの眼』の適合者か? それなら――」

「お姫様が潜伏していたマンション。それは『ティマイオス』の反応があった場所でもありますよねェ? 調べてみたのですが、そこはシーベル家が所有しているマンションだそうですゥ。そこに、ミラ・シーベルも住んでいるそうですよォ?」

「……なんだと?」

 いつその事を知り、いつ調べたのかという疑問はあるがアトスはオルガにその先を促す。

「つまり、アトスの従者が戦ったというミラ・シーベルが適合者である可能性が高い訳ですよォ?」

 そう言いながら気味の悪い笑みをより強めるオルガ。その様子にアトスとボルトスは諦観したような表情を浮かべた。しかし、彼の言っている事はもっともな事でもある。

「そういう訳なので、私は暫くシーベルの懐に潜りこみますよ。いいですねェ?」

「……好きにしろ。ただし、失敗は許されない事を忘れるな」

「もちろんですよォ。失敗の二文字は私の辞書にありませんからねェ」

 そう笑いながら、オルガは部屋を出ていく。アトスとボルトスはその様子を見送るしかなかった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 目が覚めた時、最初に見えたのは白い天井だった。そして頭に重しを置かれたかのような鈍い痛みが走る。観月舞は辺りを見渡し、ここがミラの家の一室であると理解した。

「あ、舞おねえちゃんおきたー!」

 ミラの愛弟、クリフが嬉しさと安堵が混じった声を上げながらこちらに駆け寄ってくる。

「クリフ君……ここって、クリフ君の部屋?」

「ボクとおねえちゃんのお部屋だよ! 舞おねえちゃん、デュエルで負けちゃった後に倒れちゃったんだ」

 そう言われて舞は記憶が戻っていくのを感じた。ロス・インゴベルナブレスのリーダーである桐生悠貴とデュエルし、手酷い敗北を喫した事を。

 正直言って、あんな完敗を喫したのは初めてだった。刹那やミラにもあそこまで酷い負け方はしない。最初から何もかも太刀打ち出来なかった。デュエリストとしてのレベルが違い過ぎた。

 そんな自分が刹那を守るなど、なんて調子の良い言葉なのだろう。悠貴の言う通り、今のままでは自ら死を選ぶようなものだ。けれど、刹那に告げた言葉を嘘にしたくない。しかし現実として嘘になってしまうのが現状だ。それが悔しくて、やるせなくて。気が付くと、いつの間にか目頭が熱くなっていた。

「うっ、くっ……う……」

「舞おねえちゃん、どこかいたいの?」

 クリフが不安そうにのぞき込んでくるが、一度あふれ出た感情という名の流れは止まらない。肩を震わせていると、不意に頭にさわさわした感触が伝わる。見上げると。

「いたいのいたいの飛んでけー、いたいのいたいの飛んでけー」

 クリフが舞の頭を撫でていた。その温かさに、舞は少し気分を落ち着かせる。

 この男の子は本当に何処までも純粋で、真っすぐな優しい心を持っている。ミラが彼を溺愛する理由が少し分かった気がする。

「ありがと、クリフ君。少し落ち着いたかも」

「ほんとー? じゃあボクのおなじまいが効いたんだね!」

 にっこりと笑うクリフに、舞もつられて僅かに笑みを浮かべる。そして彼の頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。

「それを言うならおまじないだよ、クリフ君」

 軽くドアがノックされた後、そう言いながら入ってきたのは皆月早雲。闇組織キングダムの首領の娘であるが、現在は父と敵対している立場だ。

「とりあえず、ミラには連絡しておいたよ。電話越しだったけど、最後らへんの声が低くなってたから結構怒ってると思う。主にクリフ君関連で」

「ボク、ほんとうに怖かったよ……」

 僅かに震えるクリフ。その様子が彼の恐怖度を物語っている。恐らくミラが帰ってきたら力一杯抱きつくのだろう。

(そんな事よりも……今のままじゃ確実に私は足を引っ張る。なら、力を付けないといけない。でも、どうやって……)

 それ以前の問題として、刹那は『ティマイオスの眼』を手に入れた。新しい力を手に入れた以上、自分の助けなど必要無いのではないか……? さっきとは別の考えを浮かんできて、舞は戸惑う。

 約束と、現実。そもそも、自分は何で刹那を守りたいのか? 刹那がいなくなると渚が可哀相だから、彼を守ると刹那本人にも言ったはずだ。それなのに今はその答えをはっきりと告げる自信が無い。何故なのかは、自分にも分からなかった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 キングダムの襲撃があった翌日、ミラは自身とクリフが使用する部屋でクリフにデュエルの指導をしていた。

 昨日の件に関しては警察に任せてあるが、立て続けにクリフが危ない目に遭った事もあり、ミラは父にマンションの警備を増強する事を依頼。そして今回の様に自身が不在の時でもクリフが自身の身を守れる様にしなくてはならないため、指導に熱を入れる事にした。

 早雲は居場所がばれたというのもあり、暫く別の場所に潜伏すると言って出て行った。当てがあるのかは知らないが。

「ああ、なんでそこでそのカードを出しちゃうのよ! 手札に『サイクロン』があるんだからまずリバースカードを破壊するのが先でしょ!」

「あうっ!? ごめんなさいっ」

 メイレンを相手に、ミラが横からクリフのプレイングをチェックするというスタイルを取っている。ミラ自身、クリフの良い点でもあり弱点である素直すぎる所を少なくともデュエルの間だけは直したいと思っているのだが、性格故に中々上手く行かない。

 メイレンが相手の思考を読み裏をかくタイプのデュエリストなので、相手としてはうってつけなのだが、いかんせん彼女の言う事を素直に聞きすぎて術中に嵌ってしまうのだ。

「お嬢様、クリフ様。一度休憩しましょう。さっきからずっと続けていますし」

「そうね……クリフ、三十分休憩ね」

「あいっ!」

 クリフを一旦解放すると、ミラは軽くため息を吐いた。メイレンもその意味が分かっているのか、苦笑しながら口を開いた。

「こう言うのもなんですけれど、上手く行きませんね」

「一日二日でどうにかなるものじゃないとは分かっているんだけどね……はぁ」

 素直な所は普段なら可愛いのだが、騙し合いも時に求められるデュエルにおいて、クリフの素直さは致命傷になりかねない。舞やメイレンみたいになれとは思っていないが、少なくとも多少は騙し合いに対応出来る様になってもらいたいのだ。

 すると、インターホンが鳴った音が聞こえた。何だろうと思いリビングに向かってみると。

「おねえちゃん、たくはいびんが来たってー」

 既に応対していたのか、クリフがそう告げてきた。しかし自分は何かを頼んだ覚えは無い。もちろん、クリフでも無いだろう。そうなると、後はメイレンなのだが。

「私も違いますね。そもそも、下の警備さんから連絡が無いのは不自然ではありませんか?」

 その言葉に、ミラはまさかと思う。ミラ達の許に来訪者が向かう場合、まずは警備から連絡が来るはずなのである。しかし、今回はそれが無かった。それが意味するのは……。

「まさか、キングダム……?」

「そんな、警備を強化したばかりなのに?」

 あり得ない話では無いと思っていると、玄関のドアがガチャリと音を立てて解錠されるのが聞こえた。

「そんなっ……クリフ、隠れて!」

 弟に叫ぶが、一歩遅かった。

 ドアが開いたと同時に、無数の弦が飛来してクリフを雁字搦めにする。

「クリフ!」

「おねえちゃーん!」

 ミラは手を伸ばすが、クリフに届くことはなかった。クリフはそのまま引きずられる様にして玄関まで連れてこられる。そして。

「ホホホ……これはこれは可愛らしい子ですねェ。貴女の愛しい弟ですか、ミラ・シーベル?」

 甲高い、不気味な声が聞こえてきたかと思うと一人の男が入ってきた。

 クリフの言う通り、宅配員の恰好をしてはいるものの、その体からは危険なオーラが漂っていた。クリフを横目で見るやいなや、舌なめずりをしてニタリと笑った。その表情にミラの背筋が凍る。この男は危険だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。

「どうも初めましてェ。キングダム所属、王国三銃士の一人、オルガと申しますゥ」

 男は恭しく一礼するが、そこを狙ってミラは男に飛び掛かった。

「お嬢様!」

 止めようとしたメイレンをかわし、怒りに任せて男に迫るが、それを右手首の違和感が止めた。見ると、手首に赤い閃光が巻き付いている。

「ホホホ、いきなり暴力に訴えるとは令嬢のする事ではありませんねェ……親御さんはどういう教育をなさっているのでしょうかねェ」

「黙りなさい! クリフを、クリフを返せ!」

「それなら、デュエルで私に勝つことです。このデュエル・アンカーはデュエルを完遂しない限り解除される事はありませんからねェ。それと、私は家を破壊する趣味はないので、ダメージのみをリアルにさせてもらいますよォ?」

「そんなの何だっていい。地獄に堕ちる準備は出来ているかしら!?」

 メイレンが手早くデュエルディスクとデッキを用意してくれたので、ミラはすぐにそれらを装着して起動させる。オルガと名乗った男も同じ様にディスクを起動させる。

 互いに手札を取ると、少しの沈黙が流れる。そして――。

『デュエル!』

 戦いの火蓋は、切って落とされた。

 



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第13話 王国三銃士―オルガ―

 シーベル家の玄関で始まったミラとオルガのデュエル。しかし、場所が窮屈過ぎなのは否めない。勢いで始めたはいいものの、息苦しさすら覚える。

「んー、ここは狭すぎますねェ。それでは」

 オルガがデュエルディスクのボタンを押すと、辺りの景色が一変した。

 あるはずの無い空が見え、周囲は石垣に囲まれた広大なフィールドに変化した。空は薄暗く、辺りには蝋燭が何本も灯されている。ミラとメイレンは戸惑いを隠せずに周囲を見渡す。

「これは、古代の闘技場、ですか……?」

「ご安心をォ。別に異世界に来たとか突拍子もない話ではございませんのでェ。ソリッドビジョンを応用しただけのデュエルフィールドですからァ。もっとも、他の人物がこのフィールドに介入する事はできませんけどねェ」

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべるオルガ。ミラはその傍らに囚われている弟、クリフに視線を移す。弟は恐怖で震えている。そんなものを与える様な奴を許す訳にはいかない。必ずクリフを取り戻すと誓うと、ミラは視線をオルガに戻した。

 

ミラ:LP8000

 

オルガ:LP8000

 

「先攻は私よ。手札から速攻魔法、『手札断殺』を発動。互いのプレイヤーは手札からカードを二枚捨てて、デッキから二枚ドローする。私が捨てるのは『フォトン・チャージマン』と儀式魔法、『光子竜降臨』」

「それではァ、ワタクシは『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』と『ギミック・パペット―ナイトメア』を捨てることにしますよォ」

 ギミック・パペット。対戦した事の無いカテゴリーだが、恐れる必要は無い。あくまで自分のデュエルに徹するだけだ。二枚のカードをデッキから補充した後、ミラは墓地から二枚のカードを取り出した。

「墓地に落とした『光子竜降臨』の効果発動。このカードを除外して墓地からレベル4になるように墓地のモンスターを除外し、手札から『光子竜の聖騎士(ナイト・オブ・フォトンドラゴン)』を儀式召喚扱いで特殊召喚する。墓地の『フォトン・チャージマン』を除外して、『光子竜の聖騎士』を儀式召喚!」

 現れたのは、黒ずんだ色の小さなドラゴンに乗った白銀の鎧を纏いし騎士。ドラゴンが空中を飛び回るのを制しながら、ミラの許へ降り立つ。

「『光子竜の聖騎士』の効果発動。このカードをリリースすることで、私のエースを手札、デッキから特殊召喚する!」

「んん~……?」

 竜に乗っている騎士が手にしている槍を空高く放りなげた後、光の粒子となって消滅する。直後、その粒子が空中で集まって新たなモンスターの姿になる。

「闇に輝く銀河よ。希望の光となりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れなさい、『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)』!」

 現れたのは、聖騎士が乗っていた黒ずんだドラゴンが巨大化した様なドラゴン。ミラの魂と言えるモンスターの登場に、弦に囚われているクリフの表情も明るくなる。

「おねえちゃんの『銀河眼』だー!」

「ホホホ、これが貴女のエースモンスターですかァ。随分と神々しい姿ですねェ」

「カードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 ミラの足元に伏せられたカードのビジョンが出現し、これでミラのターンは終了する。

「ではワタクシのターンですねェ、ドロー。ん~、先程貴女が『手札断殺』をやってくれたおかげで、こちらもスムーズにデュエルができますよォ?」

「なんですって?」

「ワタクシは墓地の『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』の効果を発動でェす。このカード以外の墓地にあるギミック・パペットモンスターを除外することで、このカードを特殊召喚しますよォ? もォちろん、除外対象は『ギミック・パペット―ナイトメア』ですけどねェ?」

 ディスクから飛び出してきたカードをキャッチすると、オルガのフィールドに人間大サイズの棺が地中から出現する。その棺が歪な音を立てながら開くと、中から頭に包帯を巻きつけた金髪、青い目の不気味な人形がむくりと起き上がる。その様子を間近で見ていたクリフは泣きそうな顔になっていた。

「あぅぅ……おねえちゃん、怖い……」

「クリフ! あんた、クリフになんてものを見せてるのよ!?」

「ん~~、その泣きそうな表情、いいですねェ、そそられますよォ?」

「な、何言ってるのよ!?」

 愉悦に満ち溢れた声にミラの背筋が凍りそうになるが、何とか平静を装う。

「おっとォ、まだワタクシのターンでしたねェ。貴女のフィールドにモンスターが存在し、ワタクシのフィールドにギミック・パペットが存在する時、『ギミック・パペット―マグネ・ドール』を手札から特殊召喚できますゥ」

 続けて現れたのは、磁石でできた木偶の様な人形。オルガのフィールドに現れた二体のモンスターは共にレベル8であるものの、攻撃力は『マグネ・ドール』が1000、『ネクロ・ドール』に至っては0である。そうなると、オルガが狙っているのは一つしかない。

「エクシーズ召喚、ね」

「エクセレント! その通りでェす! ワタクシはレベル8の『ネクロ・ドール』と『マグネ・ドール』でオーバーレイ!」

 二体のモンスターが黒い光となって時空間に吸収されていく。光を吸収した空間は収縮したかと思うと、爆発を起こした。

「二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築ゥ、エクシーズ召喚! 運命の糸を操る地獄からの使者、漆黒の闇の中より愉しき舞台の幕を上げなさァい! おいでなさい、『Nо.15ギミック・パペット―ジャイアントキラー』!」

 現れたのは、漆黒に塗られた巨大な人形。その表情は無機質で体中に糸を括られている。

 人形の上に乗っている人物がギアを動かすと、体内にある部品が動き出して人形自体も動く。ゆったりとした動作ではあるものの、表情が無いのでより不気味さが増す。

「あぅ……」

 クリフが涙目になりながらそのモンスターを見上げる。しかし。

「どんなモンスターを出すかと思えば、攻撃力1500のモンスターなんてね」

 その攻撃力は僅か1500。数値だけを見れば『銀河眼』の敵ではない。数値だけを見れば、の話だが。

「それではそれではァ、『ジャイアントキラー』がお見せする素敵なショータイムの始まりですよォ! 『ジャイアントキラー』の効果発動ォ! このカードのオーバーレイ・ユニットを一つ取り除きィ、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター一体を選択ゥ。そしてそのモンスターを破壊しますよォ!」

「なっ……!」

「もォちろん! 貴女の大事な『銀河眼の光子竜』を破壊させてもらいますよォ!? 『ネクロ・ドール』を取り除き……イッツ・ショータァイム!」

 直後、『ジャイアントキラー』の両腕がゆっくりと上がり、指先から無数の糸が伸びる。その糸は『銀河眼の光子竜』を雁字搦めにして、オルガのフィールドへと引きずり込まれる。

「『銀河眼』!」

 すると『ジャイアントキラー』の胸の部分が開き、中からローラーが出現する。ローラーは勢いよく回転しており、『銀河眼』は『ジャイアントキラー』の体内に入れられた。

 もがき苦しむ声を上げながら、『銀河眼』の体躯がバラバラになっていく。少しずつ、少しずつ細切れにされていくその無残な様に、メイレンは顔を覆い隠す。ミラも目を見開いたままこの光景が現実に起こっているものなのか、認識できずにいた。そしてクリフは。

「う、うあーーーーーん! おねえちゃんの『銀河眼』がーーーーーー!」

 その泣き声に我に返ったミラ。しかし気づいた時には、『銀河眼』の姿は何処にも無かった。見せられた光景、そしてクリフの泣く声。それがミラの怒りの導火線に火を付けた。

「お……お前ええええええ!」

「んー、その怒った顔、ゾクゾクしますねェ。悔しいでしょうねェ、貴女が最も愛するモンスターが、貴女の最愛の弟の目の前で、バラバラにされちゃったんですからァ」

「っ……! お前は必ず地獄に叩き落す! 今更命乞いしても無駄よ!」

「お、お嬢様、落ち着いて」

「うるさいうるさいうるさい! あんたは黙っててメイ!」

「っ!」

 燃え上がった憤怒の炎は、もう収まらない。あの忌々しい奴を葬り去るまで。いや、葬っても収まらないかもしれない。

「んっふー……美少女が怒り、怯え、小さい子供が泣き叫ぶ……極上の空間ですねェ。しかしお忘れですかァ? 今はワタクシのターンなんですよォ? 『ジャイアントキラー』でダイレクトアタックゥ!」

 再び『ジャイアントキラー』の右腕が動いたかと思うと、巨大な鞭をミラ目がけて振りぬいた。

「あぐうううう!」

 全身を激しい痛みが駆け巡り、ミラはその場にしゃがみ込む。

「おねえちゃあん!」

「ホホホ……美少女の悲鳴もまたいいものですねェ! もっと、もっと聞かせてくださいよォ、甘美な叫びをォ!」

 オルガが甲高い狂乱じみた声で叫ぶ中、ミラはゆっくりと立ち上がり、燃え盛る怒気に満ちた表情を見せる。

「ホホホ……それでは、これにて第一幕は終幕ですよォ。カードを一枚セットして、ターンエンドとしましょうかァ」

 

ミラ:LP8000→6500

手札:2枚

 

オルガ:LP8000

手札:4枚

 

「私のターン!」

 烈火の如く噴き出した感情は止まらない。ミラはドローカードを確認すると、すぐにそのカードをディスクに叩きつけた。

「手札の光属性モンスター、『ギャラクシー・ドラグーン』を墓地に送る事で、手札から『銀河戦士(ギャラクシー・ソルジャー)』を守備表示で特殊召喚! 特殊召喚に成功した時、効果発動! デッキからギャラクシーモンスター一体を手札に加える。私は『銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)』を手札に加える!」

 現れたのは、白銀の鎧を纏い、メリケンサックを拳に装着した緑色に光る眼の戦士。シャドーボクシングの構えを見せてオルガを威嚇する。

「更に私のフィールドにフォトン、ギャラクシーモンスターが存在する場合、手札から『銀河騎士』をリリース無しで召喚できる! そしてこの方法で召喚した場合、攻撃力を1000ポイントダウンさせる代わりに墓地から『銀河眼の光子竜』を守備表示で特殊召喚できるわ! 光の化身、再び降臨! 『銀河眼の光子竜』!」

 そして剣を手にした白銀の騎士が現れ、続けて『光子竜』が姿を現す。『銀河騎士』は元々の攻撃力は2800だが、妥協召喚したため1800にダウンしている。

「んー、貴女もエクシーズ召喚ですかァ? それもランク8のォ」

「当り前よ! 私はレベル8の『銀河眼の光子竜』と『銀河騎士』でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」

 二体のモンスターが光り輝く粒子となり、時空間に吸い込まれていく。

「宇宙を貫く雄叫びよ、遥かなる時を遡り銀河の源より蘇れ! 時空の化身、ここに顕現! 現れなさい、『Nо.107銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)』!」

 現れたのは、黒く鋭い攻撃的なフォルムが特徴的なドラゴン。その攻撃力は『光子竜』と並び、ミラのもう一体のエースモンスターである。

「これだけじゃ終わらないわよ! 魔法カード、『RUM―アージェント・カオス・フォース』発動! このカードは私のランク5以上のエクシーズモンスターを対象にランクが一つ上のCNоをエクシーズ召喚扱いで特殊召喚する! 私は『銀河眼の時空竜』でオーバーレイ・ネットワークを再構築。カオス・エクシーズ・チェンジ!」

 『時空竜』が竜の姿を象った光となって異空間に吸い込まれていき、空間が爆ぜる。

「逆巻く銀河を貫いて、時の生ずる前より蘇れ。永遠を超える竜の星! 顕現せよ、私のもう一つの魂! 『CNо.107(ネオ)銀河眼の時空龍』!」

 現れたのは、金色に輝く三つ首の龍。巨大な羽根が金色に光り輝くと、龍が大きな咆哮を上げる。

「『超時空(ネオ・タキオン)』の効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことで、ターン終了時までこのカード以外の表側表示カードの効果を無効にし、相手のカード効果の発動も封じる!」

「ならば、その前に発動すればいいだけの話ですよねェ? チェーンして『超時空』を対象に永続罠、『デモンズ・チェーン』を発動しますよォ? これにより『超時空』の効果は無効になり、攻撃もできませんよォ?」

 突如としてオルガのフィールドから飛び出してきた黒い鎖が『超時空』を絡めとり、その動きを封じる。これによって『超時空』の効果は発動できずに終わった。

「く、ぐぅ……!」

「おやおやァ? 随分とお怒りのようですねェ? この後はどうするんですかァ?」

「……ターン、エンドよっ!」

 吐き捨てる様にそう告げるしか、できなかった。地団駄を踏みたくなる気持ちだが、それをやったところでミラのターンが戻ってくる訳でもない。今はただ、オルガのターンが過ぎるのを待つだけだ。

「それではワタクシのターンですねェ。『ジャイアントキラー』を対象に手札から魔法カード、『オーバーレイ・リジェネレート』を発動しますよォ? このカードを『ジャイアントキラー』のオーバーレイ・ユニットにしまァす」

 魔法カードから光が伸び、それが『ジャイアントキラー』の力になる。その事に対してミラは構える。が、一つ腑に落ちないのも事実だった。

「んー、どうにも分からない、って顔をしていますねェ。何故私がここでオーバーレイ・ユニットを増やしたのかァ。その答えは単純明快ですよォ。『ジャイアントキラー』の効果は一ターンに二度使えるのですからァ」

「なっ!?」

「それでは再び楽しいショーの第二幕と行きましょうかァ! 『オーバーレイ・リジェネレート』を取り除き、『ジャイアントキラー』の効果発動! 『銀河戦士』を破壊しますよォ!?」

 『ジャイアントキラー』の指先から再び糸が伸びてきて『銀河戦士』を捕らえて自らの許へ引き込む。

 胸部のローラーが勢いよく回転し、その中へと『銀河戦士』は吸い込まれていく。

 呻き、苦痛、悲鳴。様々な声を上げながら『銀河戦士』の四肢は離れていく。その様子をクリフとメイレンは直視できなかった。

 ミラは辛うじて見ていたが、これだけで終わらないのである。

「残念ながらエクシーズでは無いので、ダメージはありませんけどねェ。そして残った『オーバーレイ・ユニットを使い、もう一度『ジャイアントキラー』の効果発動ですゥ』

 今度は『超銀河眼の時空龍』が捕らえられ、重そうながらも確実に引きずられていく。

 地獄への入り口は少しずつ、ゆっくりとこの場にいる全員に見せつけるかのように『超銀河眼の時空龍』の巨躯をバラバラにしていく。ミラは自らのモンスターで立て続けにこの光景に見せられる事に震えていた。

「そぉしてェ……『超銀河眼の時空龍』はエクシーズモンスター。その攻撃力分、4500のダメージを受けてもらいますよォ!?」

 バラバラに分解した後、取り込んだエネルギーは閃光として放ってミラに襲い掛かる。その直撃からは逃れられず、ミラの体に言葉に出来ない程の激痛が走り抜けた。

「ああああああああああっ!?」

「おねえちゃあん!」

「お嬢様っ!」

 一瞬、目の前が暗くなった。ミラは膝を折ってその場に崩れ落ちる。

「ん~~~~、なんという極上の叫び! まるで舌の上を踊るワインのハーモニー! ですがまだ終わりませんよォ? 『ジャイアントキラー』でダイレクトアタックゥ!」

 これだけでは終わらなかった。『ジャイアントキラー』が振り下ろした鞭が、ミラの全身を斬るかのように振り下ろされた。

「あっ、がっ……!」

 もはや、まともな声すら上げる事すら出来ない。それでも、両手を付いて何とか耐える。ここで落ちる訳には、いかない。

「ほほう、普通ならここでダウンしているものですけど、粘りますねェ。では、カードを一枚セットして、ターンエンドですよォ?」

 

ミラ:LP6500→2000→500

手札:0枚

 

オルガ:LP8000

手札:3枚

 

「そんな、お嬢様がここまで手も足も出ないなんて……」

 信じられない、という表情でメイレンが呟く。ミラのライフは残り500。この時点で手札も無い。最初のターンにセットしたリバースカードも発動できない。対してオルガはダメージを受けていない上に手札もまだ残っている。状況としては絶望的だ。

 それでも。

「おねえちゃーん! 負けないでー!」

「……クリフ……」

 弟が、目に涙を溜めながらも必死になって叫んでいる。それだけでも、ミラにとっては戦う力になり、理由にもなる。

「クリフ……!」

 グッと握り拳を作りながら、ミラは立ち上がる。追い詰められたこの状況、ここからがミラ・シーベルの真骨頂だ。

 ニヤニヤと張り付く気味の悪い笑みを浮かべるオルガを睨みつけながら、ミラはデッキのカードに手を掛けた――。

 



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第14話 希望と絶望

 クリフは体の自由を奪われながら、目の前の光景を見せつけられている。

 大好きな姉が不気味なモンスターに痛めつけられ、苦しむ様を。正直に言って、目を逸らしたい。

 姉は強くてかっこよくて綺麗で、憧れの存在だ。自分が危ない目に遭った時はいつも助けてくれる。

 デュエルを教わる時だけ怖いけど、それ以外ではすぐに甘えさせてくれるし、抱きしめられると凄く安心する。

 その姉が今、窮地に陥っている。クリフから見ても状況が絶望的なのは分かった。

 でも、友達の観月優希がいつも言っている言葉をクリフは思い出す。

 『ヒーローは、どんなピンチになっても絶対に負けないんだよっ』

 クリフにとって、姉はヒーローだ。そのヒーローが負けるはずがない。だからクリフは泣きそうになりながらも姉に声援を送る。絶対に姉が勝つと信じて。

 

ミラ:LP500

手札:0枚

場:伏せ1枚

 

オルガ:LP8000

手札:3枚

場:Nо.15ギミック・パペット―ジャイアントキラー、伏せ1枚

 

「私のターン!」

 痛みが走る自らの体に気合いを入れながら、ミラはカードをドローする。その様子をニヤニヤと眺めているオルガを見ると寒気がするが、今ドローしたカードを確認すると、すぐディスクにセットする。

「魔法カード、『貪欲な壺』発動。墓地から『光子竜の聖騎士』、『銀河騎士』、『銀河戦士』、『ギャラクシー・ドラグーン』をデッキ、『銀河眼の時空竜』をエクストラデッキに戻してカードを二枚ドローするわ」

 希望を手にするために、ミラはカードを求める。ドローしたカードをオルガがジロジロと見ているのが気になったが。

(ホホホ。さあ、『ティマイオス』のカードは引き当てられたのでしょうかねェ……)

「『フォトン・クラッシャー』を召喚!」

 現れたのは、打撃で振り回すための武器を手にした、人型のモンスター。その体は光の粒子で構成されている。その攻撃力は2000と、攻撃力1500の『ジャイアントキラー』を上回る。

「んん?」

「『フォトン・クラッシャー』で『ジャイアントキラー』を攻撃!」

 何やら、オルガの表情が訝し気なものに変わったが気にしない。『フォトン・クラッシャー』は『ジャイアントキラー』の巨体目がけて飛び掛かり、脳天に渾身の力を込めた一撃を見舞う。

 『ジャイアントキラー』はまるで効いていないかのように動かなかったが、やがて額にヒビが入り、少しずつ広がっていく。一度表面化した綻びは瞬く間に人形の全身を蝕んでいき、遂に人形の巨体が崩壊し、粉々になって崩れ去った。

「ダメージステップ終了時、このモンスターは守備表示になる。そしてカードを一枚セットして、ターンエンドにするわ」

 

ミラ:LP500

手札:0枚

 

オルガ:LP8000→7500

手札:3枚

 

「ふぅむ、あのカードはまだ来ていない様ですねェ……」

 これによってようやく相手モンスター攻略しつつダメージも入れる事が出来たが、その数値は500。オルガは何とも無い様な顔で呟いている。

「あのカード? 何のことよ?」

「いえいえ、こちらの話なのでお気になさらずゥ」

 そう言ってオルガははぐらかす。しかし、ここでミラは考える。そもそも奴は何故ここに来たのか? バザンの敵を討ちに来たという風には見えない。そうなると考えられるのは。

(まさか、『ティマイオスの眼』……?)

 そう考えると、先程の発言は失言だったかもしれない。オルガはスルーしていたが、恐らく彼はミラが『ティマイオス』を持っているという前提でここに来たと考えられる。

 とは言え、ここで刹那が使ったのを何故向こうが知る事が出来るのかという疑問は残るが、今はそれに関しては知りようがない。ミラは舌打ちしたくなる気持ちを抑え、相手が自らのターンを始めるのを待つ。

「では、ワタクシのターンですねェ。墓地の『ネクロ・ドール』の効果を発動しまァす。墓地の『マグネ・ドール』を除外して特殊召喚ですゥ」

 再び棺が出現し、その中から金髪の不気味な人形がむくりと起き上がる。クリフはそれを見ない様に目をぎゅっと瞑っていた。

「更に手札から『ギミック・パペット―ギア・チェンジャー』を召喚しますゥ」

 現れたのは、黒いギアを頭とした細身の青い人形。やせ細っている様にも見えるのでやはり気味が悪い。

「『ギア・チェンジャー』の効果発動でェす。このカード以外のギミック・パペットモンスターを選択し、このモンスターのレベルを選択したモンスターと同じレベルにしまァす。『ネクロ・ドール』はレベル8。よって『ギア・チェンジャー』のレベルは8になりますゥ」

「……またエクシーズ狙いって訳ね」

「その通りィ! ワタクシはレベル8の『ネクロ・ドール』と『ギア・チェンジャー』でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築ゥ。エクシーズ召喚!」

 二体のモンスターが漆黒の光となって異空間に吸い込まれ、爆発が起きる。

「神のみぞ操りし運命の糸よ。穢れた愚民共に今こそ天上の裁きを与えなさァい! 『Nо.40ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス』!」

 現れたのは、片翼の天使を思わせる風貌の人形。しかしその顔は青に近い髪色と相まって惨悽なものとなっており、刃の部分が広い剣を携えている。

 その攻撃力は3000と、『銀河眼の光子竜』と互角だ。

「では、バトルと行きますよォ。『ヘブンズ・ストリングス』で『フォトン・クラッシャー』を攻撃しますゥ」

 『ヘブンズ・ストリングス』が守りの姿勢を取っている『フォトン・クラッシャー』に剣を振りかぶる。このまま通す訳にはいかない。ミラは伏せているカードを発動させる。最初のターンからセットされているにも関わらず、ずっと発動できなかったカードを。

「そう簡単には通さないわよ! 罠カード、『光子化』を発動! この効果で相手モンスターの攻撃を無効にし、私の光属性モンスターの攻撃力を次の私のターンのターン終了時まで攻撃したモンスターの攻撃力分アップさせる!」

 これにより、『フォトン・クラッシャー』の攻撃力は一気に5000にまで跳ね上がった。これで突破口を開こうと考えていたのだが。

「それならば、今のうちに叩いておけばいいだけの話ですよねェ? 罠カード、『エクシーズ・リボーン』を発動でェす。 墓地からエクシーズモンスターを一体特殊召喚し、このカードをオーバーレイ・ユニットにしますゥ。『ジャイアントキラー』を復活させますよォ?」

 再度出現する、巨大な操り人形。クリフは先程の恐怖からか、震えながら目を背けていた。

「『ジャイアントキラー』で『フォトン・クラッシャー』を攻撃ですよォ?」

 『ジャイアントキラー』がその大ぶりの鞭を振り回し、『フォトン・クラッシャー』を攻め立てる。『フォトン・クラッシャー』はあっさりと吹き飛ばされ、消滅する。

「メインフェイズ2に入り、『ヘブンズ・ストリングス』の効果発動でェす。オーバーレイ・ユニットを一つ使い、このカード以外の全てのモンスターにストリングスカウンターを一つ乗せますゥ。するとそのモンスターはどうなるでしょうかァ? 貴女のターン終了時に爆発しィ……一体につき500ポイントのダメージを与えるのですよォ」

「そんなっ……それじゃ、お嬢様が『ジャイアントキラー』か『ヘブンズ・ストリングス』を破壊しないと」

 メイレンが青ざめた表情になる。

「んゥふふふゥ……文字通り、貴女にとっての死刑宣告となるのですよォ? カードを一枚セットして、ターンエンドですゥ」

 しかし、ミラはニヤリと笑った。

「ん~?」

「なんで、そんな顔ができるかって? 答えはこれよ! エンドフェイズに永続罠、『リビングデッドの呼び声』発動! もう一度来なさい、『超時空』!」

 ミラのフィールドに現れる、三つ首の金龍。その姿を見たオルガは苦々しい表情で改めてターンを明け渡した。

 

Nо.15ギミック・パペット―ジャイアントキラー

ストリングスカウンター:1個

 

「私の、ターン!」

 『超時空』を取り戻したとはいえ、その存在自体は非常に脆い。何か耐性がある訳でもないし、効果も使えない。除去された時点でまたもミラは無防備になる。

 ドローしたカードを見て、ミラはニヤリと笑った。まだ勝負の女神は自分を見捨てていない。

「魔法カード、『光の護封剣』を発動するわ。これであんたは3ターン攻撃できない。『超時空』で『ジャイアントキラー』を攻撃よ!」

 『超時空』が三つの咢を開き、金色の閃光を巨大な人形に浴びせる。人形は無表情のままバラバラになっていき、消滅した。

「ぬ、ぐうううっ……やってくれますねェ……」

「やったー! おねえちゃんの反撃だー!」

 クリフが喜んでいるのが見え、ミラは少しだけホッとする。

「これで『ヘブンズ・ストリングス』の効果は無意味になったわ。ターンエンドよ」

 

ミラ:LP500

手札:0枚

 

オルガ:LP7500→4500

手札:2枚

 

「ワタクシのターンですよォ……。ふゥむ、ここは『ヘブンズ・ストリングス』を守備表示に変更しましょうかねェ。そして永続魔法、『機甲部隊の最前線』を発動してターンエンドですよォ」

 

光の護封剣:残り2ターン

 

「私のターン!」

 ドローしたカードを確認するが、ミラは顔をしかめる。必要なカードは一枚だけでは無いのでこれで揃ったら都合が良すぎるのだが。

「『超時空』で『ヘブンズ・ストリングス』を攻撃よ」

 『超時空』の放つ金色の閃光が『ヘブンズ・ストリングス』を吹き飛ばすが、オルガは口元に笑みを浮かべていた。

「『機甲部隊の最前線』の効果を発動しますよォ? 戦闘で機械族モンスターが破壊された時、デッキから破壊されたモンスターの攻撃力以下の同属性モンスターを特殊召喚しますゥ。『ギミック・パペット―シャドーフィーラー』を特殊召喚しますよォ」

 現れたのは、足が四本生えた様な気色悪いモンスター。ミラは顔を歪めながらも自らのターンを終えた。

「ワタクシのターンですよォ……まずは速攻魔法、『ダブル・サイクロン』を発動しましょうかァ。ワタクシの『機甲部隊の最前線』と貴女の『光の護封剣』を破壊しますよォ?」

 フィールドに巻き起こる二つの竜巻が、オルガとミラのカードをそれぞれ吹き飛ばす。

「更にリバースカード、『異次元からの埋葬』を発動しまァす。除外されている『マグネ・ドール』と『ナイトメア』を墓地に戻しますよォ。そして墓地の『ネクロ・ドール』の効果を使いましょうかねェ。墓地の『ジャイアントキラー』を除外して、特殊召喚ですよォ」

 何度でも出てくる棺、そしてその中から現れる薄気味悪い少女の人形。その度にクリフが怯えているのが分かるので、ミラとしては不愉快だ。

 それにしても、先程のタイミングで『異次元からの埋葬』を使う必要はあったのだろうか。『ネクロ・ドール』の効果を使ったはいいが、除外しているのは『ジャイアントキラー』だ。『ネクロ・ドール』の効果のコストを確保するのに使った訳ではないのが引っ掛かる。

「そしてェ、魔法カード『ジャンク・パペット』を発動しますよォ。このカードは墓地のギミック・パペットを特殊召喚できるカードですゥ。『ギミック・パペット―ギア・チェンジャー』を特殊召喚しますよォ」

 こちらも墓地からの復活となったモンスター。その効果を使い、レベル8になった。つまりオルガの狙いは三体のモンスターによるエクシーズ召喚である。

「ワタクシはレベル8のモンスター三体でオーバーレイ! エクシーズ召喚!」

 三つの黒い光が時空に吸い込まれ、爆発を起こした。

「勝利の運命を司りし獅子王よ、今こそ降臨し愚民共を見下ろしなさァい! 『Nо.88ギミック・パペット―デステニー・レオ』!」

 現れたのは、これまでオルガが召喚してきたモンスターとは一線を画すいで立ちだった。

 剣を地面に突き刺した姿は威風堂々とし、王の風格に満ち溢れている。獅子の顔は獰猛ながらも威厳に満ちており、睨まれただけで足がすくみそうになる程の存在感を放っていた。

「これが、ワタクシの切り札ですよォ? 『デステニー・レオ』の効果発動ォ! このカードはワタクシのフィールドに魔法、罠カードが存在しない時、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことでこのカードにデステニーカウンターを一つ乗せます。この効果を使ったらバトルフェイズは行えませんが、このデステニーカウンターが三つ乗った時、ワタクシはデュエルに無条件で勝利できるのですよォ?」

 その効果を使うために、『異次元からの埋葬』を前倒しで使ったということになるのだろう。しかし『デステニー・レオ』の攻撃力は3200。『超時空』の敵ではない。

「だから何よ。『超時空』で破壊すれば問題ないわ」

「んゥふふふゥ。カードを一枚セットして、ターンエンドですよォ」

 不気味な笑みを顔に張り付けながら、オルガは自らのターンを終えた。『デステニー・レオ』の特殊勝利を当てにしているとは思えない。なら、あのリバースカードに何かあるのだろうか。

「……私の、ターン!」

 だが、それに臆しては却ってオルガの術中に嵌る事になるかもしれない。ミラはどうするか、心の中で決めていた。

「『銀河暴竜(ギャラクシー・ティラノ)』を捨てて魔法カード、『銀河の施し』を発動。このカードは私のフィールドにギャラクシーエクシーズモンスターがいる時、手札を一枚捨てて発動できるわ。デッキからカードを二枚ドローする。その代わり、このターンあんたが受けるダメージは半分になるわ」

 手札交換となるが、このドローがミラの運命を決める。勝利の運命は自らの手で掴むしかない。ミラは勢いよくカードをドローした。

「……行けるわ。クリフ、見ててね。ギャラクシーと名の付くモンスターがいる事により、『銀河騎士』をリリース無しで召喚!」

 『貪欲な壺』で戻したカードを再度引き当てた形になったが、再び現れる銀河の騎士。

「この方法で召喚したことにより、『銀河騎士』の効果発動! 攻撃力を1000ダウンさせて墓地から『銀河眼の光子竜』を守備表示で特殊召喚!」

 三度出現する、ミラの魂のモンスター。もちろん、これだけでは終わらない。

「更に装備魔法、『銀河零式』を発動。墓地のフォトンかギャラクシーモンスターを一体、特殊召喚してこのカードを装備させるわ。『銀河暴竜』を特殊召喚!」

 現れたのは、銀色の体躯を持つ恐竜。これでミラのフィールドにも三体のレベル8モンスターが揃った。

「行くわよ、レベル8のモンスター三体でオーバーレイ、エクシーズ召喚!」

 『銀河眼の光子竜』は竜の形をした光となり、残りのモンスター達と共に異空間に吸収される。

「逆巻く銀河よ。今こそ怒涛の光となりて、その姿を現すがいい! 降臨せよ、私とクリフの魂! 『超銀河眼の光子龍』!」

 現れたのは、真っ赤な体を持つ三つ首の龍。クリフから誕生日プレゼントとして貰った、彼との絆のモンスターだ。

「ボクがあげた『超銀河眼の光子龍』だー!」

 クリフの喜ぶ声が聞こえ、ミラは頷く。このモンスターでオルガを粉砕してみせる。

「『超光子』の効果発動! 『銀河眼の光子竜』をエクシーズ素材としたとき、このカード以外の表側表示で存在するカードの効果を無効にする!」

 『超光子』の体から波動のエネルギーが放たれ、『デステニー・レオ』と『超時空』の力の一端を奪っていく。

「これで特殊勝利は不可能になったわね。更に『超光子』の効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除く事で、相手のエクシーズモンスターのオーバーレイ・ユニットを全て取り除き、取り除いた数×500ポイントこのカードの攻撃力をアップさせ、この効果で取り除いた数だけこのターンのバトルフェイズに攻撃できるわ!」

「な、なんですとォ!?」

 『銀河騎士』を取り除くことで、『デステニー・レオ』のオーバーレイ・ユニットを奪い取り、吸収していく『超光子龍』。その攻撃力は5500にアップし、このターンは二回の攻撃が可能になった。

「さあ、クリフを散々怖がらせた罪の重さを思い知らせてあげる……地獄に堕ちる準備は出来ているかしら!? 『超光子』で『デステニー・レオ』に攻撃!」

 『超光子龍』の三つの口からエネルギーが収束され、一気に放たれる。『デステニー・レオ』は迎撃しようと剣を構える。

「……ホホホ。地獄に、ですかァ……それに堕ちるのは、貴女の方ですよォ?」

「なんですって?」

「ダメージステップに速攻魔法を発動しまァす……『リミッター解除』をねェ!」

「っ!? しまっ……!」

 発動されたそのカードに、ミラは背筋が凍りついた。

「貴女はうかつ過ぎですよォ。何故、ワタクシがあの状況でわざわざ『デステニー・レオ』を呼び、そして攻撃表示で出したのか。全てはこのためなんですよォ。『デステニー・レオ』の効果なんて、最初から囮なんですよねェ。しかし、こうも簡単に攻撃してくれるとは思いませんでしたけどォ。さあ『デステニー・レオ』、とどめを刺してしまいなさァい!」

 ぺらぺらとオルガがしゃべっているが、ミラの耳には入らなかった。攻撃を止めたくても止める事はできない。リミッターを外された『デステニー・レオ』はオーラを纏った剣を振りかざし、光線を放った。その光線は『超光子龍』の放った閃光と少しの間だけぶつかり合い、やがて押し切った。

 押し切られた閃光と放たれた光線が『超光子龍』に直撃する。『超光子龍』は断末魔を上げながら消滅し、その余波がミラのライフをも奪っていった。

「お嬢様あ!」

 背後にいるメイレンの悲鳴が聞こえる。彼女の言う通り、自分が落ち着いていれば結果は違ったのだろうか。

「おねえちゃあああああん!」

(クリフ……ごめんね……)

 ――そして弟の金切り声の様な悲鳴が聞こえたのを最後に、ミラの意識はぶつりと途切れた。

 

超銀河眼の光子龍

ATK4500→5500

 

Nо.88ギミック・パペット―デステニー・レオ

ATK3200→6400

 

ミラ:LP500→0



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第15話 各々の思惑

 日が沈み、漆黒の闇が空を覆いつくす時間帯。都心から外れた場所に古いコテージが存在している。かつてはキャンプ場として栄えていたのだが数年前に廃止となり、今はその頃の面影を感じる事は出来ない。

 そんなコテージのリビングで、ソファーに寝転がりながらくつろいでいる女性がいる。

 茶色の髪をポニーテールに纏め、森林を思わせる緑色の瞳は活発そうな印象を与える。

 服装はカジュアルなTシャツと程よく肉づいた瑞々しい太ももを限界まで露出させたホットパンツと、彼女の女性としての魅力を凝縮させた格好をしている。

 そんな彼女は現在、テレビに映るニュースを退屈そうに見ていた。強盗事件やら殺人事件やらを取り上げているが、彼女はさほど興味が無いのか怠そうな目をしている。すると玄関からドアの鍵が解錠される音が聞こえた。途端に彼女は飛び上がり、何かを待ちわびていた様な顔でニヤニヤしながら身構える。しかし、その直後ドアを乱雑に開け放った人物を見て、残念そうな表情を浮かべた。

「なーんだチビキングか、ってスルー!?」

 入ってきた人物、桐生悠貴(きりゅうゆうき)は不機嫌そうに女性の前を通り過ぎると自らの部屋として使っている場所に入り込んだ。その直後、現れたもう一人の人物、藤宮翔子(ふじみやしょうこ)は女性の顔を見るなり苦笑いを浮かべた。

「ただいま理苑(りおん)。その様子だと、愛しの彼の帰りを待っていたのかしら。悪いわね私と悠貴で」

「おかえりー。しっぽりデート楽しんできた? ってか、チビキングなんかあったの? めっちゃくちゃ不機嫌だったけど」

 その女性、鷹羽(たかば)理苑は目を点にしながら黒のスーツを脱いでいる翔子に尋ねる。翔子は脱いだスーツをハンガーに掛けながら答える。

「彼の満足するデュエルが出来なかった、と言えば伝わるかしら」

 その答えに、理苑は鼻で笑う仕草を見せた。

「相変わらずのデュエルバカだねぇ……。んでんで、キングダム関連ではなんか収穫あったの?」

「とりあえず三人は殲滅したわ。それと、奴らが重要視しているであろう事に関しても」

「……へえ」

 理苑は目を軽く細める。翔子は理苑が興味を持ったのを確認した後、ゆったりと口を開いた。

「『ティマイオス』と適合者。恐らく何らかの力を持ったカードとそれを使えるであろうデュエリストの事だと私は見ているんだけど……」

「じゃあ、あいつらはそれを探すためにあたし達の家を乗っ取ったって訳?」

 理苑の言葉に翔子が頷く。その表情は僅かにだが焦燥している様にも見えた。

「推測が正しければ、だけど。だとしたらみんなはそれに適合しなかった事になる。危ないと思うわ」

「クックック。こういう時こそトランキーロ、焦んない焦んない」

 ニヤニヤ笑っている理苑に、翔子は呆れた様なため息をついた。

「貴女はそろそろ焦る、という言葉を覚えた方がいいと思うわ。『ティマイオス』や適合者の事も気になるけど、私達の最優先事項は」

「あたし達が育った孤児院、『福音の家』をキングダムから取り戻すこと、でしょ?」

「そう。みんな奴らに囚われたままになっている。手遅れになる前に奪還しないといけないわ」

「だからあたし達入ったんじゃん、ロス・インゴベルナブレスに。そしてその日本支部、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンとして活動している。みんなの自由を取り戻すためにさ」

 翔子は理苑のその言葉にはっきりと頷いた。そして理苑はどこかワクワクとした様な表情を見せる。

「明日は、あたしが出ようかなー。あ、福音の家に直接行くのあり?」

「……真面目に言っているの?」

「冗談、冗談。流石にそこまで理苑さん無謀じゃないよ。これはエンセリオ、マジだから」

 翔子の深いため息がリビングに響き渡る。理苑はそれをケラケラ笑いつつ、翔子の肩を強く叩くのだった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 目が覚めると、白い天井が最初に見えた。照明が目に染みるような感じがして、何度か瞬きを繰り返す。少しして、自分がベッドの上にいるのだと気付いたミラ・シーベルはゆっくりと起き上がった。

「お嬢様、気づかれましたか」

 付き人のメイレン・マグナスが安堵した様な表情を浮かべながら駆け寄ってくる。しかし、何か違和感のある笑顔だった。何て言えばいいのか、どこか淀んだ雰囲気があった。

 そして、もう一つ違和感がある事に気づいた。いつもなら真っ先に来るあの子が……いない。そして、ミラは思い出した。

 自分はクリフを人質にしたキングダムのオルガとデュエルし、そして敗れた事を。

「……! メイ、クリフは! クリフはどうしたの!?」

 メイレンはぐっと何か堪える表情を見せ、言いにくそうな顔をしていた。そして絞り出すような声で告げた。

「……申し訳、ありません。クリフ様はあいつに、連れ攫われてしまいました……」

 その言葉の意味が、最初は理解できなかった。いや、理解したくないと言った方がいいだろう。あの子が、何よりも大切な弟が攫われたなど、信じたくなかった。

「嘘、でしょ?」

「私も止めようとしたのですが、不思議な力であいつは姿を消したんです。クリフ様と共に……」

 メイレンの掠れた声が、ミラによりそれが事実であると突き付けるような気がした。ミラは呆然と遠くを見つめる。

「あいつが去り際に、こう言ったんです。『弟を助けたいのなら、チャンスをあげます。いつになるかは分からないけど』と」

「クリフは? クリフはその時、どんな様子だったの?」

「……私の口からは、とても」

 辛そうに首を振るメイレン。その目尻には涙が滲んでいた。メイレンを責める気にはなれない。そもそも、自分が勝てば何も問題はなかったのだから。

「……っ!」

 悔しさ、不甲斐なさ、情けなさ。それらが形となってミラは壁を殴りつけた。

「お嬢様っ!」

 メイレンが止めようとするが、ミラは構わず続けた。何度も、何度も。感情をぶつける相手がいない以上、こうするしかなかったが、それでもミラの気分は晴れない。当り前だ。こんな事をしても、クリフは戻ってこないのだから。それでも、壁を殴るのをやめられない。

「私が、私がもっと強ければあの子は……!」

「お嬢様、やめてください!」

「離してメイ! クリフ、クリフ……!」

 骨が砕けても構わない。そんな気持ちで壁を殴り続けていたが、不意に体の向きを変えられ、そして――。

 乾いた音が響いたと同時に、ミラは頬に痛みが走るのを感じた。メイレンが涙を浮かべながら腕を振り抜いていた。

「お嬢様。ここでお嬢様がしっかりしないで、誰がクリフ様を助けるんですか?」

 静かながら、確かな怒気を含んだメイレンの声。それを聞いたミラの心は先程まで燃え盛っていたのが嘘の様に急速に冷えていく。

「クリフ様はお嬢様が助けに来るのを待っています。だから一緒に取り戻しましょう、クリフ様を」

 メイレンの目は真剣だった。今まで見たことも無い様なその真っすぐさに、ミラは少しだけ驚いていた。

「ありがと、メイ。少し落ち着けたわ」

「い、いえ。こちらこそすみません、引っ叩いてしまって……」

「いいわよ、そんなの。取り戻すわよ、私達の大切な存在を」

 自らに言い聞かせるように呟く。必ず、実現してみせる。あいつを倒してクリフをもう一度抱きしめてやるために。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 孤児院、『福音の家』。親や親戚がいない子供達を引き取り、育てる家として運営されていた場所である。しかし半年前、この場所は悪夢に襲われた。

 キングダムの襲撃によって施設は乗っ取られた。院長は殺害され、残った子供達はキングダムの支配下に置かれた。自由に暮らしていた子供達はそれを奪われ、息が詰まるような生活を強いられている。それ以降もキングダムが捕らえた子供達は全てここに連れてこられるのが慣例となっている。

 そんな福音の家の管理を任されている人物が、戻ってきた。新たなモルモットと共に。

「さァて、到着しましたよォ?」

 福音の家の現院長、オルガはニタニタと気味の悪い笑みを顔に張り付けながら自身が抱きかかえている子に語り掛ける。

 その子供、クリフ・シーベルはうつろな目で室内を見る。

 数多くある寝室には鍵が掛けられ、自由な出入りが出来ないようになっている。もし逃げ出そうものなら、オルガの息が掛かった見張りが逃がしてくれない。

「オルガ様、おかえりなさいませ」

 オルガの部下が声を掛けると、すぐにクリフをオルガに代わって抱きかかえた。

「その子は406号室にでも入れておいてくださいねェ? デッキも調べておいてくださいねェ。適合者でなくとも、楽しい事に使えますからねェ」

「は、かしこまりました」

 クリフはただされるがままである。目の前で見せられた光景に、ショックを受けていた。

 大好きで、自分のヒーローである姉の敗北。絶対に負けるはずがないと思っていた姉が負けた姿は、クリフの心に大きな傷跡を残した。

 姉が倒れた後、クリフは当然暴れたのだが有無を言わさずにオルガが奇妙な力を使ってここまで連れてこられた。メイレンが必死に手を伸ばしていた姿も、クリフの目に焼き付いていた。

「おら、ここが今日からお前の家だ。言っておくが食事時間以外、部屋から出る事は禁止だからな。お前達、新入りを歓迎してやれ」

 少々乱雑に降ろされたが、クリフは魂が抜けた様に動けなかった。そして目の前に、少年少女達がやってきた。少年が二人、少女が二人で年齢はクリフとそう変わらないのから少し上と思われるのがいる。どちらにせよ、小学生なのだろう。

「お前、新入りなんだな。俺は藤宮翔太(ふじみやしょうた)、こいつらのリーダーだ」

 残りの三人も口々に自己紹介しているが、クリフの耳には入らない。

「おい、お前聞いているのか?」

 翔太と名乗った男の子がクリフの目の前で手をひらひらさせるが、クリフは反応しない。その様子を見た翔太は軽く舌打ちした。

「くそっ、あの変態野郎何しやがったんだ?」

「ねえ翔太君、今はそっとしておいた方がいいと思うよ?」

 紫の髪をした女の子が翔太に話しかけると、翔太はそれに納得した様に頷いた。

「……おねえちゃん……」

 クリフはうつろな目でそう呟いた。すると、それに翔太が反応した。

「お前、姉ちゃんがいるのか? って、聞いちゃいないか」

 クリフは僅かに頷く。それにほっとしたのか気を良くしたのか、翔太が口を更に開いた。

「俺にも姉ちゃんがいるんだよ。年は離れてるんだけど、俺は好きだぜ姉ちゃんの事。お前もそうだろ?」

「……うん……ボクも、すき……でもでも、おねえちゃん、あのおじさんに負けちゃった……」

 それを聞いた翔太は苦々しい顔を見せた。

「そうだったのか。あいつ、変態野郎だけどデュエルは出来るからな悔しい事に。でも、絶対姉ちゃんが助けに来てくれる! 俺はそう信じてるぜ。だからお前も自分の姉ちゃんを信じろ!」

 その言葉に、クリフは僅かながら目に光りを取り戻す。姉なら絶対に助けに来てくれるはず。今までもそうだったのだから。だから、少しだけこの男の子の言う事を信じてみよう。そんな気持ちになった。

「そういや、名前聞いてなかったな」

 そう聞かれ、クリフは小さい声ながらも、はっきりと自分の名前を告げた。

「クリフ。クリフ・シーベル……」

「よし、クリフ。今日からお前は俺達の仲間だ!」

 そう言って差し出された手を、クリフはそっと取った。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 その頃、オルガは院長室に籠って電話を掛けていた。相手は同じキングダム三銃士のバザン。今回の結果を報告するためだ。

『なるほど、ミラ・シーベルは適合者では無かったか』

 電話口のバザンは何とも言えない複雑な声色で電話に出た。オルガは構わずいつもの調子で答える。

「私の推測が外れてしまい申し訳ありませんねェ……しかし、あの家で反応があった事は確かなのですゥ。ミラ・シーベルの周辺を洗い出してみるとしますよォ。そのために、貴方の部下をお借りしたいのですよォ」

『好きにしろ。お前の部下なんて居ていないようなものだからな』

「それは失礼ですねェ。小さくて愛らしい部下達と言ってほしいものですよォ」

『本来、あそこは適合者の可能性がある者達を収容するために乗っ取った事を忘れるな。お前の私物部隊を作るためではないぞ』

「分かってますよォ。それでは、またァ……」

 電話を切ると、オルガは濁った笑い声を漏らす。地の底から悪魔がはい出る様な、そんな声を。

「ワタクシの野望は、だァれにもジャマさせませんよォ……?」

 その言葉は部屋の中で響き、やがて消えていった。オルガは机に置かれたパソコンと向かい合い、その画面を見てニヤニヤと笑った。その画面には、こんな文字が書かれていた。

『楽園計画』と。



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