竜の軌跡 (LEGEND)
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プロローグ

昔々あるところに、心優しい少年がおりました。

その少年は小さいころから好奇心旺盛で、魔獣がうろつく森の中へ武器も持たずに探検に行ったり、近くの洞窟に入って魔獣退治をするなど、家族や周りの人たちをいつも困らせていました。

そして逞しく立派に成長した少年は、自分の知らないことを知るために世界を旅することにしました。

 

旅に出て数年経った頃、青年が休息を取るために洞窟へ足を運んだとき、人間に姿を滅多に見せない竜がひどいケガをして横たわっていました。心優しい青年はその竜のケガを治そうと一生懸命看病しました。竜も最初は警戒していましたが、青年の必死に看病する姿に安心したのか、最終的には青年に心を開いていました。三日三晩青年が休むことなく看病した結果、竜のケガはすっかり治っていました。

 

竜の看病を終え、青年が洞窟を立ち去ろうとした時、人の声が洞窟の中から聞こえました。青年が振り向くと、そこには亜麻色の髪を腰のあたりまで伸ばした美しい女性が立っていました。青年はその女性がさっきまで看病していた竜だとすぐに気が付き、青年は竜だった彼女と一緒に旅に出ることにしました。

 

二人はそこからいろんな場所を旅しました。空に何万年も浮かんでいる島や地底に眠る古代遺跡、七色に輝く湖に溶岩でできた川など至る所を二人で協力したり、たまには喧嘩をしたりと本当に楽しそうに旅をしていました。

 

ある日、竜を神と崇めて畏敬の対象にする宗教が盛んな街に立ち寄ったとき、その町の呪術者に彼女が竜であることがバレテしまい大騒動になりました。その町の人々は青年がいつか竜に食い殺されてしまうと思い、青年と彼女が泊まっている宿屋に夜襲を行いました。青年と竜は幾度となく死線を潜り抜けていたので、難なく逃げ出すことに成功しますが、街の人々が放った竜に効く毒を塗った弓矢が竜を庇った青年を直撃してしまいました。

 

竜は青年を近くの洞窟へ運び、竜と青年が初めて会った時のように青年を看病しましたが、竜が死んでしまうほどの毒に人間が耐えられるはずもなく、青年は「彼等を憎まないでくれ」と竜に言葉を残し、竜に見守られながら息を引き取りました。その表情はとても穏やかで、竜は青年の亡骸を抱えながら三日三晩泣いていました。

 

愛する者を失い、悲しみに暮れていた竜は青年と一生一緒に居られるようにと竜の姿に戻って青年の亡骸を食べてしまいました。そして竜は青年を死に追いやった街の人々を恨み、竜の姿のまま街に姿を現して、青年の言葉を無視してその町を壊滅させてしまいました。

 

竜は街を壊滅させた後も、深い悲しみと虚しさを胸に抱えて青く澄み切った大空へと羽ばたいていきました。今でもその竜はこの広い世界を青年と過ごした時のように旅しているのです。青年の面影を探しながら……。

 




おはこんばにちはLEGENDです。

この物語のプロローグを投稿するのを忘れていましたww

プロローグといってもちゃんと物語に関わっているので忘れないようにお願いします。
まあ、忘れたとしても読み返せばいいことですけどね(ニッコリ)

では。


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第1章 スタートライン
第1話


季節は春、ライノの花が街道や街で盛大に咲き誇っている季節。日曜学校へと新たに授業を受ける子供達の歓迎会という名目で大人達の飲み会がライノの花の木の下で行われている中、街外れにある比較的大きな家から2人の男女が飛び出してきた。女が扉を荒々しく開け放ち、男が扉を閉めて女の後を追って走る。

 

「ケイン!!早くしないと置いてくよ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよリリス!そんなに慌てなくても遊撃士協会は逃げないから大丈夫だって!」

 

男からリリスと呼ばれた女はリリス・リッツァーという。少し長めの茶髪をポニーテールで結び、髪と同じ色の瞳をしている。今年で16歳になり、念願だった遊撃士協会に晴れて入ることになった。

 

家事全般が全然ダメで、何かしらの料理を作ろうとしてもいつも失敗して食材や調理器具を無駄にしてしまうほど。戦闘においては武術よりも魔術の方が得意で、ケインの後方支援をしている。いつも元気一杯でまるで太陽のような存在でもある。

 

リリスからケインと呼ばれた男はケイン・リッツァーという。目に掛かるか掛からないかぐらいの黒髪の持ち主で、リリスと同様に髪と同じ色の瞳をしている。リリスとは血の繋がらない兄妹であり、ケインが幼い頃にリッツァー家に養子として迎え入れられた。

 

リリスの代わりに家事全般全てをこなしている。東方から伝わってきた刀という武器を愛用しており、そこらの魔獣なら数秒で倒せる腕を持つが、リリスには頭が上がらないらしく、少しは改善したいと思っているようだ。

 

「うるさいわね!!私は今日が楽しみで仕方なかったのよ!!」

 

「だからって朝7時に叩き起こさなくてもいいでしょ!こっちは昨日リリスのせいで夜遅くまで片付けをしてたんだよ?それにまだ集合時間まで1時間もあるじゃないか!」

 

「う、うるさい!それとこれとは話が別よ!そんなこと言ってると本当に置いてくからね!」

 

「リリス!?ちょっと待ってよ!!」

 

2人は春の日差しの中を街の方へと走っていった。ケイン達はマリーナ王国という国に住んでいる。エウロペ大陸の南部に位置し、北東側にローシリア帝国、北西側にアルタルシア共和国という二つの大国に隣接している。エウロペ大陸には他に自治州が5つ、国があと2つあるがマリーナ王国には隣接はしていないが、貿易は行っていて国同士の関係は良好である。王国では物を造る技術が他の国と比べて抜きん出ていて、鉄道や飛行艇といった物は全てマリーナ国内の企業が造っている。

 

そのマリーナ王国の東部に位置している地方都市トレントと呼ばれている街にケインとリリスの2人は急いで向かっていた。そこには遊撃士協会と呼ばれるエウロペ大陸全土に支部を持つギルドの1支部が置かれている。遊撃士協会本部はマリーナ王国の首都にあたるマルトスに有るのだが、支部も本部も基本的にやることは同じなのであまり区別はされていないのが常識である。

 

遊撃士は『民の安全を最優先に』というスローガンの元、日夜仕事に励んでいる。主な仕事としては街に侵入してきた魔獣の対処や、街道に出た大型魔獣を撃退若しくは駆除することだ。しかし、最近では街の人々の依頼を聞いて困っていることを手伝うといった便利屋紛いの仕事もしている。各支部がおかれている街の人々にはこの便利屋紛いの仕事はとても好評で、魔獣退治よりも依頼をこなすほうがよっぽど忙しいと遊撃士が嘆いているようだ。

 

ケインとリリスの2人は、遊撃士協会の準遊撃士として経験を積みながらの仕事を始める。本来なら遊撃士協会トレント支部に11時集合の筈だが、1時間も早く支部に着いてしまった2人。扉の前で待つのは流石に邪魔なので中に入る事にした。

 

「ごめんください!!」

 

「あら?リリスちゃんじゃない。まだ集合時間には早いけどどうかしたの?それとケイン君は?」

 

「僕ならここにいますよ。フウカさん、おはようございます」

 

遊撃士協会トレント支部の扉を開けてすぐ目の前に見えるのが、遊撃士に依頼を申請するカウンターである。右手側には依頼を張り出している掲示板が。左手側にはソファーが置かれており、依頼を申請しにきた人や遊撃士の休憩スペースになったり、街の人々がおしゃべりをする場所になったりと憩いの場所になっている。

 

そのカウンターに肘をついた状態で住民が出した依頼状に目を通しているのはフウカ・タチバナというケインやリリスの姉のような存在の人物だ。サラサラとした黒髪を腰まで伸ばし、エウロペ大陸よりも遥か東方に位置している国の『キモノ』という民族衣装を着こなしている。年齢は25歳で、誰もが美人と言わせるほどの美貌の持ち主なので求婚も幾度とされているらしいが頑なに断り続けているという。理由は簡単。ケインに惚れているからだ。

 

「あらケイン君。わざわざこんな早い時間からお姉さんに会いに来てくれるなんて感激だわ。こっちとしてはいつでも身を固められる準備はできているわよ?」

 

「そんなニッコリされても困りますよ。それに実の姉のように接していたから今更結婚なんて無理だって何回も言ってるじゃないですか」

 

「『実の姉のように』っていうのは血が繋がってない人に対して言うのよ?どのように接していようが血が繋がって無いのなら容易く結婚できるけど?」

 

「そりゃそうですけど・・・。もういいです。フウカさんには何回言っても意味なさそうですね。今日は遊撃士の仕事できたんですから仕事の話をしてください」

 

「まだあなたたちは準遊撃士だけどね」

 

フウカはニコッと笑った後、カウンターの奥に入って行った。先のフウカとケインのやり取りの時に蚊帳の外にされたリリスは機嫌を損ねてしまって、ケインがリリスのご機嫌とりをしていた。そして今度何か甘いものを奢るという事でリリスの機嫌を直したところで奥からフウカが戻ってきた。

 

「さてと。今日からあなたたち2人は遊撃士協会の準遊撃士として経験を積んでもらいます。詳しくは後から教えてもらうとは思うけど、正遊撃士になるにはマリーナ王国すべての支部から推薦状を貰って王都マルトスで仕事をしたのち、本部の推薦状を貰って承認してもらうと晴れて正遊撃士になれるわ」

 

「私たちのコンビネーションなら簡単だわ!!頑張って働いて早く正遊撃士になろうねケイン!」

 

「そうだね!!」

 

「その意気やよしってところね。意気込むのは誰でもできることよ。大怪我しないように気をつけなさい。特にケイン君は私と結婚するんだから怪我しないようにね。あと、いくら準遊撃士でも人手が足りないところは徹底的に使われるから注意しなさい?それこそ正遊撃士並にね」

 

「結婚はしませんけど気をつけます。早く正遊撃士になれるよう努力します!!」

 

「わたしも魔法の腕を磨いて立派な正遊撃士になる!」

 

フウカはクスリと笑って頑張りなさいと言葉を送った。その後事務仕事として遊撃士登録をするための書類を2人に手渡し、カウンターに座って住民からの依頼状に目を通す。大型魔獣の討伐依頼はないが便利屋としての依頼が何枚かカウンターの上に無造作に置いてある。時折2人、特にケインを眺めながら時間をつぶしていた。

 

 

 

 

「そういえば2人とも。あなたたちの家に関する書類を渡したけど持ってきてる?あれが無いとこの街から外に出られなくなるわよ?」

 

ケインとリリスが登録の書類を書き終えて5分ほど経過したあと、フウカがふと思い出して2人に書類のありかを聞いた。ケインとリリスの両親も遊撃士なのだが、2人とも出張が多くなかなか家に帰らないので、リリスとケインがトレントの街を出た後は一時的にトレントの町長が預かることになっている。その旨を示した書類をケイン達に渡したのだが、2人ともその書類の事をすっかり忘れており、急いでケインが家に戻ることになった。

 

「それじゃあ急いで取ってきますね。リリスはフウカさんと喧嘩しちゃダメだよ?」

 

「わかってるわよ!早く行きなさい!」

 

はいはいと軽く返事をした後、ケインはトレント支部の玄関口を開けて家へと急いだ。フウカはケインを見送った後カウンターに戻り、リリスは支部内のソファーに座った。支部内に設置してあるお茶をコップに注ぎ、飲もうとしていたリリスにフウカはケインの事に関する質問を投げかけた。

 

「リリスちゃんってなんだかんだ言ってケイン君のこと好きよね?いつから意識しだしたの?」

 

フウカの問いに飲みかけたお茶を全て吹いて豪快に咳き込むリリス。顔を真っ赤にしながらフウカを睨むリリスの行動はどこから誰が見てもフウカの問いに対して肯定を示しているようなものだった。

 

「だ、誰がケインの事なんか好きになるのよ!!それにケインはただの血が繋がらない家族であってそういうのじゃないんだから!!」

 

「その言い方されると完全に肯定として他の人に捉えられるわよ」

 

いまだに真っ赤な顔しながら抗議を続けるリリス。フウカはそれを見てクスッと笑っていた。ケインがリリスの家に養子に来たのが約10年前のこと。10年も同じ家に血の繋がらない男女が住んでいたらいくら子供でも気にはなるだろう。しかも、一緒に遊撃士を目指す為にコンビを組んでいるほどである。

 

「もしかしてリリスちゃんは魔法で支援しつつ後ろからケイン君の雄姿を見たかったから魔法使いになったのかな?」

 

「ち、違います!元々魔法の方がうまく使えていたからであってそんなやましい理由で魔法使いになったわけじゃ・・・」

 

だんだん声量が小さくなっていって最終的にゴニョゴニョ言って何を話しているかわからなくなってしまった。そんなリリスを見ながらまたしても微笑むフウカ。

 

「本当にリリスちゃんはからかいがいがあるわ。別に誰もケイン君の雄姿を見たいからわざわざ魔法使いになったなんて思ってないわよ。誰にだって向き不向きがあるからね。ケイン君も私が教えた刀の方が魔法や他の武器よりも向いていたから使っているわけだし」

 

私よりはまだまだ下手だけどねと言葉を付け足すフウカ。元々フウカは遊撃士であり、ケインと同様刀を使用して活動をしていた。ある時、トレント支部が人手不足となって受付担当がいなくなってしまい、いやいや引き受けたフウカが今までずっと受付をしているのだ。

 

「リリスちゃんがケイン君の事を想っているのを知れただけでも儲けもんね。でも、リリスちゃんが10年ケイン君と一緒に住んでいたからといって諦める私じゃないからね?」

 

「わかってます。私もフウカにそんなこと言われても決して諦めないから。たとえ誰が相手でも私がケインを射止めてみせる!」

 

リリスが高らかに宣言している様をカウンターから見るフウカ。その後2人はケインが帰ってくるまでの間、乙女の恋話に花を咲かせていた。

 

 

 

ケインがトレント支部から家へ帰ってから10分ほど経過し2人が雑談をしていると、家のことに関する書類を持ったケインが肩を上下に揺らしながら帰ってきた。

 

「フ、フウカさんお待たせしました。探すのに手間取っちゃって少し遅れちゃいましたが・・・」

 

「お帰りなさい。別に急ぎの要件じゃないから時間なんて関係ないわ。そこにあるお茶でも飲んで一旦落ち着かせなさい」

 

「フウカの言う通り。ほら、ここのソファーに座ってなさい。私がお茶入れてあげるから」

 

「ありがとう。リリスの言葉に甘えさせてもらうよ」

 

ケインはカウンターにいるフウカに書類を手渡した後、リリスに入れてもらったお茶を飲みながら集合時間である11時までリリスやフウカとたわいない話をしながら暇をつぶしていた。

 

 

 

 

 

3人が楽しく雑談をしているとトレント支部の扉が開く鈴の音が聞こえた。3人とも扉に目をやると、鍛え抜かれた逞しい身体を持ち、とても人当たりが良さそうな笑顔を振りまけながら挨拶をする男性が立っていた。

 

「フウカ!遅くなってすまん」

 

「遅いわバルト。2人とも一時間前には来ていたのよ?」

 

「一時間前!?そりゃあ2人ともやる気があるな!ガハハハ!」

 

豪快に笑う男性はバルセルト・シュタイナーと言い、トレントの街の住民からはバルトという愛称で呼ばれている。トレント支部に配属されているB級正遊撃士で、剣や魔法といったものではなく、手甲を身につけ己の身体一つで戦う。どこかの武術の流派に通じているらしく、その実力は凄まじいものがある。笑い方が特徴的でいつも豪快に笑っているところをトレントの住民たちは毎日のように聞いている。フウカと同じ25歳でこれまたフウカと同じくケインやリリスの兄貴分のような存在でもある。

 

「そうやって笑ってごまかしても駄目よ?ほら、リリスちゃんもケイン君もバルトに挨拶しなさい?」

 

「バルトさんおはようございます・・・と、言うより『こんにちは』の方が適していますけど」

 

「おぉケイン!元気にしてか!少し用事と準備があって遅れてな。許してくれよ?」

 

「私たちも早く来すぎたのもあるんでそこまできにしてませんから」

 

「そうか!!なら問題なさそうだな!!ガハハハ!」

 

豪快に笑い飛ばすバルト。バルトの笑いが収まった所でケインが今日行う事をバルトに聞いてみた。

 

「そうだな・・・。今日は取り敢えずお世話になると思う人や店に挨拶まわりをする事と街の外の見回り、そして知っているかもしれないが遊撃士協会の規則を教えるぐらいだな」

 

「わかりました。それじゃあ先ずは挨拶まわりですね。バルトさんは来たばかりですけど行きますか?」

 

バルトはトレント支部内にある時計を一瞥する。時間は11時を少し過ぎたところを指していた。そして口元に手をやって少し考える仕草をした後、ケインとリリスに提案をした。

 

「いや、挨拶まわりをする前に遊撃士協会の規則を教えるがてら昼飯と洒落込もうと思ったんだがどうだ?勿論俺の奢りでな!」

 

「本当!!バルトさん奢ってくれるの!なら先に昼ご飯にしようよケイン!」

 

「それもそうだね。じゃあ遠慮なくご馳走になりますバルトさん」

 

「ガハハハハ!いいってことよ!それじゃあフウカ。行ってくるぞ!」

 

「はいはい。2人とも初仕事頑張ってね。行ってらっしゃい」

 

「「はい!行ってきます!」」

 

笑顔で手を振るフウカに見送られ、2人はトレント支部の扉をくぐって初仕事に繰り出していった。

 

このトレントの街の中央には街のシンボルとして煉瓦造りの時計塔が鎮座している。その時計塔を中心として東西南北に街の出入り口が設置されている。東側の出入り口を抜けたところに町長の家があり、出入り口手前には教会とホテル、雑貨屋が並んでいる。北側には炭坑へと続く山道と空港、街唯一の居酒屋が。西側には住宅街と食材を売っている商店と隣国に繋がる街道が。そして南側には遊撃士協会と小さいながらも武器屋がある。トレント支部の斜向かいにはマリーナ王国で5本の指に入るほど美味しいと評判のレストランがある。南側の出入り口を抜けると、港湾都市ラグーナに続く街道があり、その街道の外れにケイン達の家がある。

 

ケイン達はバルトに連れられて、マリーナ王国で5本の指に入るほど美味しいと雑誌に紹介されて以来凄い人気で予約もなかなか取れないレストラン『フローラ』にやってきた。2人もこのレストランの人気ぶりは知っているので、リリスは顔を綻ばせながら大喜びし、ケインは申し訳無さそうな顔をしていた。

 

「さぁ着いたぞ。今話題沸騰中のレストラン『フローラ』だ。今日は俺の奢りだから遠慮なく食えよ!だからって俺の財布がスッカラカンになるまで食うのは無しだからな!!ガハハハハ!」

 

「いいんですか?ここって結構高いと聞いてますけど?」

 

「いいじゃない。バルトさんが奢ってくれるって言ってるんだから」

 

「そうだぞ。大人しく俺の言うこと聞いとけ。値段なんか気にすんな!」

 

「そこまで言うなら断る方が失礼ですね。わかりました。遠慮なく御馳走になります」

 

「よし!それじゃあ入るか!」

 

三人は意気揚々とレストラン『フローラ』に入店した。レストラン『フローラ』は街の小さなレストランとして夫婦が思い切って開店した店で、最初は街の人々の特に主婦層の方々の憩いの場所として儲けは少ないながらも営業していた。しかし味は一流レストランにも引けを取らず、トレントではちょっとした有名店だった。そして美味しい店として口コミで広がっていき、開店してから7年ほど経った今ではマリーナを代表するレストランへと成長した。

 

レストラン『フローラ』の店内は混み合っており、各々出された料理に皆舌鼓を打っている。その中を歩いていき階段を登って二階にある『予約席』と書かれたプレートの置いてあるテーブルにバルト達3人は座った。バルトは店員を呼び、予め予約していた料理を持ってくるように頼んだ。その後バルトはケインとリリスを見て話し始めた。

 

「それじゃあ料理がくる前に遊撃士協会の規則やルールを教えるぞ。知っているかもしれんが聞いといてくれ」

 

2人は黙って頷いた。バルトはそれを肯定の合図として捉え、話し出した。

 

「まず仕事内容についてだが、これはわかっているはずだから省くことにする。第二に正遊撃士になる方法だが、フウカから聞いているかもしれんが復習の為にもう1度おさらいだ。お前たちは今のところ準遊撃士という立場にある。正遊撃士に昇格するならば、ここトレントを含むマリーナ王国内の5つの都市の遊撃士協会支部に属して働いて、それぞれの支部に認められてから推薦状を貰い、最後に首都マルトスにある遊撃士協会マルトス支部から貰った推薦状を合わせて5つの推薦状をマルトス城内にある遊撃士協会本部に渡す。それでようやく晴れて正遊撃士になれるわけだ。わかったか?」

 

バルトが一旦話を切った直後、タイミングを見計らったかのように店員が注文した料理を持ってきた。食材は詳しくは分からないが、見たところパスタのようだ。食欲を掻きたてる美味しそうな料理が3人の前に置かれる。

 

「この店の主人とその息子がコックとして腕を振るっているんだが、その息子と俺は日曜学校からの親友でな。そのコネを使って特別に今日だけここで予約なしで昼飯を食べることができたんだ。まぁ、代金は請求されるけどな。そんなことよりも取り敢えずは腹拵えだ。遠慮なしに食えよ!」

 

「それじゃあ御言葉に甘えて」

 

「早く食べようよ!もう無理。もう私食べる!いただきます!」

 

3人はそれぞれ出されたパスタ料理に舌鼓を打った。リリスは相当お腹が減っていたのか、すごい勢いで食べ進めていって3分ほどで食べ終えてしまった。

 

 

 

 

 

最後にリリスが食後のデザートを無理矢理注文して満足そうに食べ終え、3人の昼食が終わった。それぞれ口元を拭ってから感想を述べたところでバルトが遊撃士協会の規則の話の続きを始めた。

 

「さて、食事も終わったところで話の続きを始めようか。正遊撃士にはランクがあってだな、最初はGから始まって次にG+、次がF、その次がF+のように続いてA+まである。D+ランクぐらいまでならそこまで苦労せずとも上がれるだろうが、Cランクからが正念場になる。所属している遊撃士協会の支部長に認められてから本部に通達して了承されればBランクに、Aランクに上がるには遊撃士協会の本部に認められなければ上がれない。俺もトレント支部長に認められて漸くBになったところだ。因みにトレントの支部長は町長さんだ」

 

バルトは一旦話を切って、さっき頼んだであろう酒をグラスに溢れる寸前まで注いだ後、一気に飲んだ。昼間から酒を呑むのはどうだろうかと思うが、ケインとリリスにとってはいつものことなのか、気にせずに2人とも水を飲む。バルトが酒を呑んで唸った後、話が唐突に再開された。

 

「後もう1つ言うことがあるが、2人はS級遊撃士というのは聞いたことあるか?」

 

突然のバルトの問いかけに2人は少し驚いた様子を示したが、2人は顔を見合わせたあと、バルトの問いに答えた。

 

「僕は噂程度なら聞いたことがあります。なんでもエウロペ大陸に6人ほどしかいないって」

 

「私もその程度しか知らないわ。別に居ようが居まいが普通の市民にはあまり関係ない話だしね」

 

2人の話を聞いて、バルトは少し考える仕草をとった。顎に手をやり目線を下に向けて俯いている。何事かとケインとリリスは顔を見合わせていて、どうしようかと悩んでいると、バルトの顔が段々上を向いてきた。そして一言。

 

「なるほど。やっぱりその程度しか知らないか」

 

「何の話ですか?」

 

ケインの問いに対してバルトは即答した。

 

「S級遊撃士は実際にいるんだよ。公にはしてないだけ。確か5人だったはずだ。まぁ頭の中の片隅に置いといてくれればそれでいい」

 

「えぇ!!本当にいるんですか!?」

 

「根拠のない噂程度としか思ってなかったわ。流石に驚くわね」

 

2人のリアクションを見て満足したのか、バルトは席を立って少し伸びをしたあと、2人に言った。

 

「まぁ、S級遊撃士なんぞと関わり合いは持たなくてもいいぞ。滅多に会えないし誰がS級遊撃士なのかも普通の正遊撃士には教えてくれない。それにお前たちまだ準遊撃士だ。先ずは正遊撃士になれるように努力しないとな!ガハハハハ!」

 

バルトが豪快に笑った後すぐに席を立ち「挨拶回りに行くぞ!」と言って一階に降りて行った。ケインとリリスも同時に席を立ってバルトを追いかけるように一階へ降りていき、バルトの会計が終了するまで待っていた。

 

 

昼飯後の挨拶まわりは2時間ほどで終わった。中でもトレント支部長兼町長の家を訪れた際、ケインとリリスを孫のように接してくれた町長と夫人は2人が遊撃士になったことを我が子のように喜んでくれていた。逆に、大きな怪我をしないようにと心配もしてくれた。

 

街のシンボルである煉瓦造りの時計塔が午後3時を指している。陽も少し傾き始めつつある。バルト達3人は一旦トレント支部に戻っていた。支部に帰るとフウカがカウンターではなくソファーでお茶を飲んでいた。手元には住民からの依頼状が数枚あり、仕事の合間の小休憩の途中のようだ。

 

「今帰った。フウカは相変わらず仕事熱心だな。感心感心」

 

「誰も事務仕事をしないから私がやるしかないでしょ?ケイン君もリリスちゃんもお帰り。初仕事はどうだった?」

 

「初仕事と言っても挨拶回りとかだけだったんで疲れてはないです。これからの街道見回りが大変そうですけど」

 

「私は少し疲れたわ。お茶飲みながら少し休憩するわ」

 

リリスがフウカの隣に座ってお茶を飲み始めた。そして5分ほど休憩したのち、フウカに見送られながら街道の見回りの為に支部を後にした。

 

街道と言っても、街の近くだけ石造りの道になっているだけで、少し歩けばただ道をならしただけの簡素な造りになっている。港湾都市ラグーナに向かう街道は両側を深い緑に囲まれていて、魔獣の巣窟となっているため皆近づかないようにしている。西側の街道は広い平野になっており、比較的魔獣も少なくトレントの人たちはピクニックなどによく行くスポットになっている。

 

3人は東側と南側の街道の見回りをして異常なしと判断し、一回遊撃士協会に戻ってフウカがいるギルドカウンターに報告した後、ケイン達は遊撃士初日の仕事を終えた。

 

陽が傾き、空が朱色に染められ、白い雲がその風景にアクセントを加えて幻想的な風景を作り出している。その空の下をケインとリリスは歩いていた。南側の出入り口を抜けたところで、トレントの時計塔が時間を知らせるための鐘を鳴らし、大きな音色を響かせ始める。ゴーンゴーンという音を立て、トレント市民に午後6時を知らせていた。

 

「いつ聞いてもこの鐘の音は趣があるよね」

 

「そう?ただ煩いだけだと思うけど?」

 

「リリスにはまだ分からないんだよ。この鐘の音色は良いよ」

 

「ふーん。私にはよくわからないや」

 

こんな他愛もない話をしながら家へと帰る途中、なにかの鳴き声みたいな声が聞こえた。魔獣の鳴き声で間違いないが、ここらでは聴かないモノだったので、ケイン達はその鳴き声を追ってみた。近づく度にキュウキュウという鳴き声が聞こえてきた。

 

「多分ここら辺なんだけど・・・ケイン!いた?」

 

「いないよー!確かここら辺から聞こえてきたはずだけど・・」

 

ケインは草が元気よく茂っている場所を掻き分けながら中を覗き込む。すると、すぐ近くに白いモコモコした何かを見つけた。頭に天使の輪っかみたいなのを付けていて、足が無くて羽のような手のような小さいものが付いている。トレント周辺では見たことがない魔獣だ。ケインは優しくその魔獣を草むらから引っ張り出し、リリスを呼んだ。白いモコモコした魔獣は身体の至る所に怪我をしており、とても衰弱している。ケインの腕に抱かれながら弱々しくキュウと一鳴きした。

 

「この子すごい弱ってる・・・。助けてあげましょうよ!」

 

「そうだね。このまま見殺しにするのもかわいそうだしね」

 

白いモコモコした魔獣を2人は家に連れて帰り、できる限りの治療をしてやることにした。

 

 

 

 

 

ケインとリリスの両親は大陸内でも知られている遊撃士であり、ケイン達が遊撃士を目指したキッカケになった人物でもある。2人ともA級遊撃士で、トレント支部最強コンビの2人は今仕事で隣のアルタルシア共和国に行っている。仕事と言っても2人にとっては小旅行ぐらいにしか思っていないだろうとケイン達は考えている。

 

ケインとリリスは家に帰り、白いモコモコした魔獣を家のソファーにそっと寝かせて、リリスが回復魔法を唱える。すると白いモコモコした魔獣の傷がどんどん塞がっていった。

 

「やった!!なんとかうまくいったわ!」

 

「流石リリス!本当に魔法が上手だね」

 

「褒めてもなにも出ないけどありがとう!」

 

ケインの一言で上機嫌になったリリスはさておき、ケインは傷が塞がったのはいいが、まだ元気にはなっていない魔獣を見て考えていた。何か食わしてやりたいと思っていても、魔獣が何を食べるかわからないケインは、早めの夕食を兼ねてエサを作ることにした。

 

ケイン御自慢の料理の腕を目一杯振るい、一端の料理人よりも旨いのではないかと思うほどの料理を作り上げた。今日の夕食は魚料理中心となっている。先に風呂に入って寝間着を着ていたリリスを呼んで少し早めの夕食が始まった。2人同時に「いただきます」と言って食べ始める。魔獣には、ケイン達と同じ料理を少なくしてあげてみた。すると最初は警戒してなかなか口にしなかったが、恐る恐る一口食べた瞬間嬉しそうにキュウキュウ鳴きながら食べ始めた。それを見てケインはホッとして、リリスはその姿が可愛くて萌えていた。

 

「良かった。食べるかどうか不安だったけどこれでエサは考えなくていいね」

 

「そんなことよりこの子可愛いわね!!折角だから名前つけましょうよ!」

 

「そうだね。名前付けないとこれから困りそうだからいいんじゃない?」

 

2人とも魔獣を野に返すことをすっかり忘れているが、そんなこと気にせずに名前の言い合いが始まった。リリスが名前を言ってケインがそれを否定し、ケインが名前を言ってリリスがそれを否定する。なかなかいい名前が出ずに激しい議論になるかと予想していたが、ケインの一言で呆気なく終わることになる。

 

「リリスの名前は複雑すぎるんだよ。もうこの魔獣に向かって聞いてみた方がいいと思うよ」

 

「ふん!なら言ってみたらいいじゃない!ケインの付けた名前なんて気に入らないと思うけど?」

 

リリスの罵声なんて気にもせず、2人の言い合いを見てなぜかキュウキュウ鳴いて参加しようとしていた白い魔獣にケインは近寄り、腕の中に抱き寄せて聞いてみた。

 

「君の名前さぁ」

 

「キュウ?」

 

「もっと単純に考えてみようと思って閃いたのがあるんだけど、モコモコしているからモコでいいかなと思ったけどどうかな?」

 

「モコって流石に安直過ぎない?それじゃあ付けられる方が可哀想よ。流石にその子も・・・」

 

「キュウキュウ!!キュキュウ!!」

 

リリスの考えとは裏腹に、ケインが言ったモコという名前が気に入ったのか、全身を光沢させて羽のようなものでフワフワ飛び始めた。ケインはそれを見て少し微笑み、リリスは少し納得のいかない表情を浮かべていたが、モコの嬉しそうな姿を見てまた萌えていた。こうしてケイン達2人の遊撃士初仕事の日は暮れていくのであった。

 




おはこんばにちはLEGENDです。軌跡シリーズが大好きなため、自己満足のほぼオリジナル小説をかいてしまった次第です。この先だいぶ長くなるかと思いますが、見てくれたら幸いです。

今回は序章の序章ということで、主人公の2人の説明や遊撃士協会についての説明がありました。初仕事と言っていいのかはさておき、これからの2人の働きっぷりを楽しみにしていてください。

最後に、これは約1年前に書き終えたもので、少し変な文とかもあるかもしれないので教えてくれたら幸いです。

では。


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第2話

初仕事をした翌日、ケインはリリスとモコと自分の朝飯を作るため、毎日のようにリリスより早く起きていた。

 

「ふぁぁ~・・。また今日も寝不足だなぁ」

 

「キュウ?」

 

「いや、モコのせいでは無いけど・・・リリスには困ったもんだな」

 

実は昨夜、リリスがモコと一緒に寝ると言い出したのだ。ケインは別に良かったのだが、モコがケインの傍を離れようとしなかったわけで。それを見て執拗にモコに迫るリリスと、ブルブル震えながらケインの後ろに隠れるモコをケインが見て、モコが嫌がっているから俺が一緒に寝るとケインは言った。すると御察しの通りリリスがああだこうだと言い始め、夜遅くまでリリスがケインに突っかかってしまう。結局なんとか収めて寝たのだが、全然眠れなかったというわけだ。

 

「さてと・・顔洗ってから朝ご飯作るかな」

 

「キュウ♪」

 

ケインは早速洗面所に行き、冷たい水で顔を洗って目を無理矢理醒ました後、簡単な朝飯を作り始めた。

 

「・・・・おは・よ・う・・・zzz」

 

「おはようリリス。ほら、立ったまま寝ないで顔洗ってきたら?」

 

「・・・ん・・・・・」

 

ケインが朝飯を作り終えようとしたところで、リリスがタイミングよく起きてきた。いつもはポニーテールで纏めている髪も寝るときは外している。そのせいで朝は毎日のように髪がボサボサになっている。それに加えてリリスは朝が凄く弱いため、髪をセットするだけで相当時間が掛かってしまう。

 

「もうすぐ朝ご飯できるから早く用意しろよ」

 

「んー・・・」

 

気のない返事を聞いたケインは朝食用のベーコンエッグを素早く仕上げ、リリスを待ちながらモコに朝飯をあげていた。モコは人間の食べるものにも関わらず美味しそうに食べていた。

 

 

 

 

「お待たせケイン。いつもごめんね?」

 

「いいよ。いつものことだから。それじゃあ少し冷めちゃったけど食べようか」

 

リリスが顔を洗いに行って20分ぐらい経ったあと、リリスが髪をポニーテールにセットしてリビングに戻ってきた。リリスは急いでリビングにあるテーブルのケインが座っている席の向かい側に座る。そして2人同時にいただきますを言って他愛ない話をしながら朝食を平らげた。モコはというと、朝飯を食べたあとケインの膝元にフワフワ飛んで行って、すぐにスヤスヤ眠り始めてしまった。結局モコはケインたちが朝食を食べ終わるまでケインの膝の上で眠り続けていた。

 

 

 

 

 

 

朝飯を食べ終わったケイン達はそれぞれ身支度を整えた後にトレント支部へと向かった。モコを家に置いていこうと思っていた2人だったが、モコがケインにくっついて離れないため、仕方なく連れて行くことにしたようだ。リリスはモコと触れ合いたいのにケインだけにくっついているから気に入らないと不機嫌になっていた。

 

5分ほど歩いてトレント支部の扉を開く。カウンターにはいつものようにフウカが居て、休憩スペースにはバルトがどっかり座っていた。バルトとフウカが2人に気づくと手招きをして2人を呼んだ。

 

「よぉ!お二人さんおはよう!」

 

「リリスちゃん、ケイン君おはよう」

 

「おはようございますフウカさん、バルトさん」

 

「フウカもバルトさんもおはよう!!」

 

ケインとリリスは2人に挨拶し、休憩スペースにいるバルトの隣に座った。バルトが住民からの依頼状を見ていると、ケインに抱かれている何かに白くうごめくものが目に入った。何かと思いケインの方へ振り向くと、ケインに抱かれているモコが目に入った。

 

「おいケイン!その腕の中にいるのって『シャイニングポム』じゃないのか!?」

 

「シャイニングポム?モコはャイニングポムっていう魔獣なんですか?昨日凄く弱っていたから助けたんですよ」

 

「そうなのか・・・。いやぁ、実物を見るのはこれで2回目だから驚いたんだよ。ただソイツは滅多に人前に姿を現さないから、ケイン達の前に姿を現したということは何かが起こる前兆だったりしてな!ガハハハハ!」

 

「そ、そんなこと言わないでくださいよ!」

 

ケインとバルトはまた笑い合った。モコはそんなこと気にもせずにグッスリと眠っていた。そんな中バルトが思い出したかのように席を立ち、ケインとリリスに声をかけた。

 

「そうだ!そういえば今日2人に良い経験ができる依頼が来ていたぞ」

 

「良い経験?どんな依頼ですか?」

 

「アルタルシア間道に大型魔獣が出たという依頼だ。遊撃士の真の目的は大型魔獣の退治と言っても過言ではないからな。俺もついて行くから倒しに行くぞ」

 

バルトは言いたいことだけ言うとそそくさ先に行ってしまった。ケインとリリスはそれぞれ準備をして、バルトの後を追いかけていった。アルタルシア間道とはトレントの時計塔を中心とした東西南北の出入り口の西側にあたる街道だ。長閑な平野なのでトレントの人達がよくピクニックに行く街道でもある。そこに大型魔獣が現れたとなると住民が襲われかねないので、バルト達3人は急ぎ足で向かった。

 

トレントの住宅地を抜けて西側の出入り口を越えてすぐ右隣には割と大きな池がある。ここの池は釣り人達の穴場スポットとしてそれなりの知名度を誇っている。目撃情報によると、この池を迂回し、街の出入り口ではない方の岸部にいたらしい。バルト達は魔獣に襲われないよう気を付けつつ、池の周りを歩いていく。すると池の近くにある大きな木の木陰に、鳶の羽根が生えた猫(通称鳶猫)が羽を休めていた。鳶猫は人間に直接害は無いのだが、農作物を荒らすことが多いので農家達の天敵となる魔獣だ。通常サイズなら放っていても問題ないのだが、木陰で休んでいる鳶猫は通常サイズの4・5倍もある。更に、大型鳶猫の周りには通常サイズの鳶猫が7匹もいた。因みにモコはフウカさんに預けてきている。鳶猫に狙われたら大変だからだ。

 

「大きい鳶猫ですね。鳶猫達のボスでしょうか?」

 

「まぁ十中八九そうだろ。普通の鳶猫があのデカい奴を守っているみたいに辺りを飛んでいるからな」

 

「そんな考察なんて要らないわよ。さっさと片付けちゃいましょう」

 

リリスが自分の得物である魔導杖を展開させて鳶猫に近づこうとしたところをケインがリリスの腕を掴んで制止させた。リリスがケインを睨みつけて言った。

 

「何すんのよ。離してケイン」

 

「後方支援のリリスが突っ走ってどうするの?ここは俺とバルトさんで鳶猫達を引きつけるから、そこに魔法を叩き込んで。わかった?」

 

少し納得いかない顔をしていたリリスだが、ケインの言うことが正しいのでリリスも引き下がった。バルトはこの一連の会話を聞いて、あれだけ揉め事や喧嘩をするのにやっぱり何年も一緒に住んでいるだけはあるなと感じていた。

 

「おまえ等の会話を聞いているとロベルトさんとエリカさんを思い出すな」

 

「父さんと母さんですか?それはどうして?」

 

「エリカさんが無茶を言ってロベルトさんがそれを止める。エリカさんは納得いかない顔をするけど結局は引き下がってロベルトさんの指示を聞く。行動パターンがさっきのおまえ等と全く一緒だったぞ!」

 

「そうだったんですか。でも今はあの鳶猫をどうにかしないと・・」

 

「そうだったな!ガハハハハ!じゃあ俺が最初にひと暴れするから後は頼んだぞ」

 

「わかりました。リリスわかった? 」

 

「わかってるわよ!!」

 

「そんなに怒らなくても・・。バルトさん頼みます」

 

「おう!任せておけ!」

 

バルトは2人に向けて親指を立てて拳を突き出して肯定の合図を出した後、木陰で休んでいる鳶猫に向かって一直線に突き進んでいった。その後を時間差をつけてからケインが追いかけていった。

 

「オラァァァァァッ!!」

 

「バルトさんそんなでかい声出したら鳶猫達にバレますよッ!!」

 

「あの2人はそろいもそろってバカなのかしら」

 

リリスの手厳しい一言も掻き消すぐらい大きな声を出した2人のせいで、案の定鳶猫達が臨戦態勢に入っていた。大型魔獣に特定された鳶猫も昼寝を邪魔されたからなのか、怒っているように見える。

 

「先ずは一匹目だッ!」

 

バルトは鳶猫目がけて走り、通常サイズの鳶猫の一匹をすれ違いざまに力任せに殴る。殴られた鳶猫は凄い勢いで大きい鳶猫が寝ていた側にある木に叩きつけられた。そしてその鳶猫はそのまま白い光となって空に消えていく。

 

この世界の全ての生物が最期を迎えるとき、白い光となって総て空に消える。白い光となった者がどこに消えるかはわかってはいないが、皆死んだものが行き着くこの空を畏れ崇めている。そして大昔から今なお続く空の女神を崇める宗教が誕生した。

 

バルトが鳶猫一匹を倒したお陰で周りの鳶猫達が本気で2人を敵と見なしたようだ。バルトは殴った鳶猫に気を取られて後ろから2匹攻撃する気満々の鳶猫がバルトに向かっているのを感じ取れなかった。それを見たケインは腰に挿してある刀の柄を握って急いでバルトに近づく。

 

「させるか!居合・絶影」

 

一瞬でバルトの近くにいる鳶猫に近づき、すれ違いざまに刀を抜いて鳶猫2匹を居合い切りで一刀両断した。そのまま2匹は白い光となって空に消えていく。そのままケインはバルトの側まで移動していた。

 

「助かったケイン!ありがとうな」

 

「いえいえ。当然の事をやったまでです。それよりこの状況はヤバくないですか?」

 

ケインがバルトを後ろから狙う鳶猫に気を取られすぎて、いつの間にか通常サイズの鳶猫4匹と大型鳶猫に囲まれていた。

 

「ちょっとマズいな。俺の蹴りならコイツ等を一蹴できるがお前がいるからな・・」

 

「僕も刀の間合いにバルトさんが居るから無闇に刀を振れません・・」

 

2人で話している間にも鳶猫達はどんどん近づいてくる。2人が背中合わせにしてどうにかしなければと策を講じていたとき、火の粉を撒き散らす蝶が2人の頭上を優雅に飛んでいた。

 

「なんだこの蝶?」

 

「この蝶は!!バルトさん伏せてください!!これはリリスの魔法です!!」

 

蝶の数がどんどん増えていく。そしてケインが少し離れたところで魔導杖を持って呪文を唱えようとしているリリスを確認した直後にリリスが叫んだ。

 

「私を忘れてもらっちゃ困るわ!!『フレアバタフライ』!」

 

ケイン達の上を優雅に舞う蝶が一匹一匹膨らみ、それぞれが小爆発を起こす。何十匹も飛んでいたため大きな爆発になって普通の鳶猫たちをケインとバルトを巻き込んで全滅させた。リリスは同時に『アースガード』をケインとバルトに掛けていたので2人には傷一つ無かった。爆発が収まり、ケインとバルトが目を開けると大型の鳶猫がこっちを睨んでいる。2人が鳶猫を警戒していると、リリスがケイン達の居るところまで走ってきた。

 

「ケイン!バルトさん!無事だった?」

 

「あぁ、なんとかな。それにしてもリリスの魔法の成長具合には驚かされたな!」

 

「いやー助かったよリリス。ありがとう」

 

フウカにケインが好きと公言してしまったせいか、前よりも少しケインの事を気にしだしたリリスは、面と向かってケインに笑顔で礼を言われたせいで頬を赤く紅潮させていた。

 

「そ、そんなお礼なんてべ、別に要らないわよ!そんなことより早くアイツを倒しちゃいましょ!」

 

ケインと面と向かって話ができないのか、リリスは顔を背けてチラチラとケインの顔を見ながら話していた。そして3人は気づいたように揃って逃げようとしていた大型の鳶猫を発見し、攻撃を再開した。

 

「逃がすわけにはいかんぞ!!竜闘流参の型・竜砲!!」

 

先ずバルトが逃げようとした鳶猫へ一気に近づき、鳶猫の腹に骨の軋む音が聞こえるほどの重い拳を叩き込む。殴られた鳶猫はケインの方に吹っ飛んでいき、ケインは居合いの構えを取って目を閉じ、鳶猫が飛んできた所で刀を抜いた。

 

「居合・朧月」

 

ケインは一歩も動かず刀を抜き、鳶猫に致命傷を与えた。ケインが刀を鞘に戻すと同時に鳶猫が三日月の弧を描くように切断され、身体が少しズレた所で白い光となって空に消えていった。

 

「ふぅ・・・・。なんとか片付きましたね」

 

「そうだな!それよりも俺はおまえ等2人がここまで成長していたことに感激した!!兄貴分として鼻が高いぞ!ガハハハハ!」

 

「大型魔獣も倒したし早く戻りましょうよ!早くモコにモフモフしたくてたまらないの!!」

 

「ありがとうございます。リリスが早く帰りたいって言っているんで帰りますか」

 

「そうだな!!」

 

こうして2人にとって初めての大型魔獣討伐を達成し、報告をするべく3人はトレント支部に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

トレント支部に戻るやいなやフウカとリリスの言い争いが始まった。発端はフウカがモコにモフモフしていたこと。モコに顔をうずめて癒されていた所をリリスが発見。私もしたいと言い出してモコを奪おうとして言い争いが始まったわけだ。言い争いの中心人物(?)のモコはというと、そそくさとケインの方に寄ってきてケインに抱かれている。ケインの腕の中がモコにとって一番落ち着く場所らしい。フウカとリリスの言い争いが終わる様子を一向に見せないので、バルトが「後はやっておいてやるからもう帰っていいぞ。今日の仕事は終わりだ」と言ってくれた。バルトの言葉に甘えたケインはモコと一緒に少し早めの帰路に着いていた。

 

「今日はいつもよりどっと疲れたなぁ。初めて大型魔獣も倒したしモコを巡っての2人の言い争いは始まるし・・。今日は早く寝ような」

 

「キュウ♪」

 

モコがなぜだか嬉しそうにケインの腕の中で跳ねたり踊ったりしている。ケインはそれを見て少し微笑み、まるで夏のような日差しを照り付けている太陽が輝く青空を、手で日陰を作りながら見ていた。するとそこに飛行船でもなく鳥でもないなにかが空を飛んでいた。それに気がついたケインは目を凝らして見てみたが、あまりにも空高く飛んでいたのでただの黒い点にしか見えなかった。そしてその黒い点も白い雲に隠れて見えなくなってしまった。

 

「何だったんだろ今の影・・・。あんな高い所を飛べる鳥なんて聞いたことないし・・・。それに飛行船の形でも無かったような・・・」

 

「キュウ?キュウキュウ!キュキュキュウ!」

 

ケインが考えながら歩いているのをまるで危ないから止めろと言いたげな感じで騒ぎ出したモコ。それに気がついたケインは考えることを一旦止めて、モコにありがとうと礼を言ったあと、また我が家に向かって歩き始めた。その黒い点が後ほど大きく関係してくることにケインが気付くはずなどなかった。

 

 

 

ケインが家に帰った3時間ほど後にリリスが今日の報酬ということでフウカから7000ベルを貰って帰ってきた。疲れきった表情をしたリリスを見て早めの晩御飯を作り、リリスはモコに癒しを求めることなくすぐにベッドへと直行した。ケインとモコもいつもより早く寝て明日に備えるのであった。

 

 

 

 

 

翌日、少し眠たそうなケインは、珍しく寝癖が酷い髪を掻きながらリビングへとやってきた。そのあとをモコがついてきている。モコもすごく眠たそうだ。ケインは眠気眼をスッキリさせるために洗面所へ欠伸をしながら歩いて行った。

 

 

「さて、朝御飯を作るか。モコはリリスを起こしてきてくれないか?」

 

「キュウ♪」

 

洗面所で顔を洗って着替えた後、ケインは朝食を作るためにキッチンへと移動した。モコにリリスを起こしに行くよう頼むと、モコは嬉しそうに階段をジャンプしながら昇っていく。ケインはそれを確認した後、冷蔵庫を開けて食材を取り出して調理を始めた。

 

砲丸レタスは葉っぱを一枚一枚剥がしていき、フレッシュトマトは包丁で輪切りにしていく。そして、そこまで値が張らないバルファロという魔獣のベーコンをフライパンで焼いていき、フライパンの余ったスペースに片手で割った卵を二個入れて肉と同時に火を通していく。美味しそうな匂いが漂う中、ケインは鼻歌を歌いながら楽しそうに朝食を作っていった。

 

数分後、リビングのテーブルには野菜のサラダにベーコンエッグ、調理しながら作っておいたトーストが並べられていた。テーブルに料理を配置した直後にリリスが腕にモコを抱きながら二階から降りてきた。

 

「おはようリリス」

 

「おはようケイン。また豪勢な朝ごはんね」

 

「そうかな? 野菜と肉をそろそろ食べないと悪くなると思って全部使っただけだよ」

 

「そうなの。私お腹減っちゃったわ。早く食べちゃいましょう?」

 

「そうだね。いただきます」

 

ケインとリリスは「いただきます」と言ったあと、楽しく会話しながら朝御飯を平らげていった。勿論、モコもケインと同じものを食べている。傍から見たらある朝の夫婦のような一コマだ。朝食を平らげた3人(2人と1匹)は後片付けを協力(モコは皿を頭に載せて運んでいた)して終えた後、支度をして遊撃士協会へと足を運んだ。

 

「あらケイン君おはよう。リリスちゃんもおはよう。昨日のモコちゃんのことについては譲らないからねリリスちゃん」

 

「おはようございますフウカさん」

 

「キュウ!」

 

「おはようフウカ。私もモコのモフモフ権を譲る気は全くないから」

 

昨日の言い争いがどれだけ凄まじかったのかはケインの知るところではないが、モコのモフモフ権とやらをめぐる言い争いは相当激しかったようだ。フウカに宣戦布告のような事をした後、リリスは掲示板を見に行ったので、ケインとモコは休憩スペースで取り敢えず座っておくことにした。

 

「そういえばバルトさんはどうしたんですか?ここには居ないみたいですけど」

 

「バルト?バルトなら朝早く出掛けていったわよ。ツヴァイ支部から応援要請が入ったのよ」

 

ツヴァイというのは、マリーナ王国の中で工業都市と言われているぐらい工業が発展している都市だ。トレントの正反対の場所に位置している。マリーナ王国の地形が少し変わっている(簡単に言えばドーナツ状になっている。真ん中にはカロッツェリア湖という大きな湖がある)ので、トレントから行くには飛行船を使わないとツヴァイには行けない。一応カロッツェリア湖を横断する船があるのだが、飛行船が開発されてからは滅多に使われなくなってしまった。なのでバルトは朝早くから飛行船に乗ってツヴァイに行ったことになる。

 

「大変ですねバルトさん。まぁB級遊撃士だからしょうがないですけど」

 

「そうね。ケイン君もリリスちゃんも早くバルトに追いつけるように努力しないとね」

 

ケインはバルトに早く追いついて一人前の遊撃士になろうと心に誓った。そこに掲示板を見終わったリリスがやってきた。その手には掲示板に貼られていただろう依頼書のような紙を手に掴んでいた。

 

「ケイン!依頼が有ったわよ」

 

「本当?どんな依頼?」

 

「エリナの両親が経営するルネラウス牧場からよ。詳しいことは牧場で話すから来てくださいって書いてあるわ」

 

「ルネラウス牧場か・・。何時から行けばいいって書いてある?」

 

「えっと・・・。午後1時から始めたいから、12時に来てください。昼御飯はご馳走しますだって」

 

ケインがトレント支部の時計を見て時間を確認したところ、今は午前11時を少し過ぎたぐらいの時間。約束の時間までまだあるようだ。

 

「だったらアルタルシア間道の見回りも兼ねて先に行こうよ」

 

「それもそうだね。フウカ、この依頼を受けることにするわ」

 

そう言ってリリスはフウカに依頼書を渡した。フウカは依頼書を貰ってなにやらハンコのような物を依頼書に押し、そしてケインとリリスのフルネームを依頼書に書き込んだ。

 

「はい。これでこの依頼はあなた達に受理されたわ。さあ行ってきなさい」

 

「わかりました。それじゃあ行こうかリリス」

 

「ええ!早く行きましょう!エリナに会うのが楽しみだわ!」

 

ケインとリリスとちゃっかりモコも一緒にルネラウス牧場へと向かった。

 

 

 

 

エリナというのは、エリナ・ルネラウスと言ってケイン達と同級生の女の子で、たくさんの弟や妹達のお姉ちゃんとして日々相手をしている。リリスと特に仲が良く、日曜学校にいた頃からの親友でもあった。だが、リリスとケインが遊撃士になるために勉強を始めてからなかなか会う機会が無かったため、久しぶりに会うリリスはとても楽しみにしている訳だ。

 

アルタルシア間道の見回りも兼ねて真っ直ぐ西へ進み、途中に木でできた簡素な看板を目印として左に曲がり、少し行ったところに目的の場所のルネラウス牧場がある。ここでは最高級の肉として有名なピッカードを育てている。外国からも注文が来るとか来ないとか。

 

ケイン達は12時より15分ほど早くルネラウス牧場に到着した。右手にはルネラウス家の住む大きな家とピッカードを飼っている柵で囲まれた牧地、目の前にはピッカード達の餌になる野菜を栽培している大規模な畑、そして左手には小さいながら川が流れている。

 

「僕達はどこに行けばいいんだろ?」

 

「取り敢えず家のチャイムを鳴らしてみましょう」

 

リリスは家の玄関の隣についているボタンを押した。すると家の中からハーイという大きな声が聞こえた。そしてたくさんの足音が聞こえてきて、玄関の扉が開かれた。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「久しぶりエリナ!元気にしてた?」

 

「えっ?リリス?本当にリリス!?久しぶりー!なんでまた急に?」

 

エリナとリリスは両手を繋いで久しぶりの再会を喜んでいた。エリナの後ろにはエリナのまだ小さい妹達が警戒しながらケインとモコをチラチラ見ている。それに気づいたエリナはリリスから少し離れてリリスの後ろを見た。

 

「えぇ!?なんでケイン君も居るのよ!本当に今日はどうしたの?」

 

「久しぶりエリナ。今日は遊撃士の仕事で来たんだよ。依頼を遊撃士協会に出していただろ?」

 

「え、えぇ。確かに出していたけどそれって遊撃士しかできないはずじゃ・・・。も、もしかして!!」

 

「そうよエリナ。私たちは晴れて遊撃士になったのよ!!」

 

「まぁまだ見習いの準遊撃士だけどね」

 

「スゴーイ!!本当に遊撃士になることにしたのね!」

 

リリスとエリナがまた2人でワイワイやり始めた。ケインがそろそろ家の中に入れて貰って仕事の内容を知りたいなと思っていると、今度は男の声が家の中から聞こえてきて、エリナの後ろから人影が現れた。

 

「エリナ。お客さんかい?」

 

「あ、お父さん!遊撃士になったリリスとケイン君だよ」

 

「お久しぶりですケディスさん。今日は遊撃士として依頼の仕事をしにきました」

 

「こんにちはおじさん。ニーナおばさんは元気?」

 

「おお!ケイン君とリリスちゃんも。そうか遊撃士になることにしたのか。これから大変だろうけど頑張ってね!!仕事として来たのなら上がりなさい。仕事の話をしよう」

 

「さぁ2人とも上がって!!お母さんのご飯をご馳走するわ!」

 

ケインとリリスはエリナとケディスに連れられてエリナの家に上がらせてもらうことにした。モコは一応外に待機させることにしたが、なかなか離れなくて苦労したところは割愛させてもらおう。

 

 

ここの牧場はエリナとその両親。そしてエリナの1つ下の弟と3つ下の妹の5人で今のところは切り盛りしている。エリナの父親の名前はケディス・ルネラウス。母親の名前はニーナ・ルネラウスという。2人はトレントでは有名なおしどり夫婦である。エリナにとっても自慢の両親だと言っていた。そしてニーナはトレント1じゃないかと言われるほど料理の腕がある。料理が得意じゃない人のために料理教室を開くほど。そんなニーナの料理を食べ終わった2人はそれぞれ感想を述べた。

 

「御馳走様でした。ニーナさんのご飯はいつ食べても美味しいですね!僕も見習いたいぐらいですよ」

 

「本当よね。おばさん御馳走様でした。いつ食べても美味しいわ」

 

「あらやだ。こんなおばさんを誉めても何にも出てこないわよ」

 

口に手をあてて少し上品に笑うニーナ。ケインとリリスは、ニーナさんがどこかの良家の出身だと聞いたことがあるがその詳細は不明である。

 

「母さんの自慢の料理を食べ終わった所で悪いが仕事の話をしていいかな?」

 

「あ、はい!お願いします」

 

ニーナがテーブルの上に並べられた皿を片付けてキッチンに持って行き、ケインとリリスが座っている向かいにケディス、ケディスの左隣にエリナが座り、右隣にニーナが座った。ニーナが座ったのを確認したあと、ケディスが口を開いた。

 

「ケイン君達が来たのは本当に有り難い。実は仕事というのは子供達のお守りをしていてほしいんだよ」

 

「お守り・・ですか」

 

「そうだ。正確にはお守りだけでは無い。エリナは君達と同い年だからいいが、まだまだ小さい子もいる。親に甘えたい年頃の子ばかりだ。私達も相手をしてやりたいんだが、今日はピッカード達を連れて隣のラグーナに行かないといけないんだ。その後はマルトスにも行かなきゃならん。だから帰るのは夜遅くになってしまう。それまでエリナと協力して牧場の仕事をしながら子供達の面倒も見てもらいたい。頼めるかな?」

 

「エリナと一緒なら牧場の仕事も教えてもらいながらできるし別に問題ないわ。私はいいわよ」

 

「なら僕が牧場の仕事をやることにするよ。判りました。その仕事喜んで引き受けさせていただきます」

 

「そうか!本当に助かるよ!なぁ母さん!」

 

「そうね。ケイン君とリスちゃん、子供達を頼むわね?」

 

「「はい!頑張ります!!」」

 

ケディスとニーナはケイン達の言葉で安心しきった表情を浮かべて微笑んだ。ケインとリリスもその顔を見て釣られて笑っていた。

 

依頼内容を聞いた後、御馳走してもらったお礼にケインとリリスは協力して洗い物を片づけることにした。リリスが皿洗いをしてケインはケディスとニーナの為にコーヒーを淹れてあげていた。ほんわかとした食後の時間を過ごした後、ケディスとニーナが出ていく準備を始めたので、ケインは2人を送り出す為に外へ出ていった。

 

「それじゃあ帰りはたぶん21時か22時ぐらいになるけどそれまで子供たちを頼むよ?」

 

「晩御飯を作る材料は冷蔵庫にあるから好きなもの使って良いから。遠慮なんてしなくていいから休む時は自分の家みたいに思ってくれていいからね?」

 

「判りました。お二人も道中気をつけてください」

 

「おぉ、ありがとう。それじゃあ行ってくる!」

 

ケディスとニーナはピッカード達を載せた小型の自動車を走らせていった。自動車を持っている家というのは結構珍しいものであり、庶民には値段的にとても手が出せない代物だ。富豪の人達にとっては贅沢品でしかないためとても高いが、ルネラウス家のような遠くまで物を運ぶ人たちには、安く手にはいるような工夫がマリーナ王国政府によってなされている。詳しいことは判らないが、取り敢えず助かっているらしい 。

 

「さて、それじゃあ仕事に取り掛かるかな」

 

「キュウ!」

 

「おう、待たせたなモコ。寂しくなかったか?」

 

「キュウ!」

 

足下でケインの足にスリスリしていたモコを抱き上げ、ケインはピッカード達のいる牧場まで取り敢えず移動することにした。

 

 

〔リリスside〕

 

 

リリスは、エリナとその3つ下の妹であるクラリアと一緒に妹弟達を外で遊ばせていた。リリスは全員で5人いる子供達がエリナと一緒に庭で遊んでいるところを座りながら見ていると、クラリアがリリスの隣に座ってリリスに話し始めた。

 

「リリス姉ちゃんはみんなの名前を覚えてる?」

 

「流石に覚えてないかなぁ・・アハハハ・・。エリナとクラリアとキースとアルぐらいかな。でも顔は判別できるわよ」

 

「それはだって小さい頃から一緒に遊んでるもん。私だってリリス姉ちゃんやケイン兄ちゃんにたくさん遊んでもらったし」

 

「そうね。確かに毎日のように遊びに来てたもんね」

 

ケインとリリスはよく日曜学校帰りや平日の日でもしょっちゅうエリナの家で日が暮れるまで遊んでいた。特にエリナの1つ下のキースと3つ下のクラリアはケイン達のことを兄や姉のように慕っていた。クラリアの場合初恋はケインのようで、このことはケイン以外皆知っている。それは今でも継続中だ。

 

「いいなぁリリス姉ちゃんは。大好きな人といつも一緒に居ることができて」

 

「それはだって私とケインは家族だから当然のことでしょ?」

 

「それでも羨ましいよ。リリス姉ちゃんがケイン兄ちゃんのこと好きなのは知ってる。私なんかじゃ到底勝てないことも判ってる。でも・・・」

 

クラリアは哀しくなったのか顔を伏せてしまった。リリスもどう声をかければいいのかわからなくなっていた。自分と同じ人を好きになり、圧倒的な差があることも自覚している。今のところ一番関係が深いリリスがクラリアに声をかけたところで慰めにもならないのではないのかと。

 

「なにふてくされてるのよクラリア」

 

「エリナ姉・・」

 

そこにさっきまで妹弟達と遊んでいたエリナがやってきた。クラリアは顔を上げてエリナの顔を見て、また顔を伏せてしまった。

 

「はぁ・・。クラリア、リリスなんかに遠慮しちゃいけないわ。好きだったら略奪愛でもする勢いで頑張らなくちゃリリスやフウカさんには勝てないわよ」

 

「私なんかじゃ到底適わない人達がライバルなんて勝てっこないよ・・・」

 

「へぇ、そうなんだ。じゃあクラリアのケイン君を想う気持ちなんてそんなものなのね」

 

「そんなことない!!」

 

エリナの挑発的な一言に勢い良く立ち上がり大声を上げて抗議したクラリア。妹弟達も何事かと一瞬こちらを見たが、気にすることなくすぐに遊び始めた。クラリアも少し恥ずかしかったのか頬が紅潮していた。

 

「そんなことないんだったら何でそんなに弱気なの?」

 

「それは・・」

 

「まだまだねクラリア。私の妹ならもっと自信を持ちなさい!ケイン君を振り向かせるぐらいの魅力ならクラリアにもあるわよ!」

 

「そ、そうだよね。まだ勝負もついてないのに諦めるなんて早すぎるよね・・」

 

「そうよクラリア。都合がいいことにケイン君はこの手に関して酷すぎるぐらい疎いからまだチャンスはあるわよ!」

 

「うん!私もう少し頑張ってみるね!」

 

クラリアの目には自信が戻ってきたのかいつも以上に輝いて見えた。クラリアはリリスの隣から立ち上がって少し歩いた後、リリスの方に向き直って大きな声で言い放った。

 

「リリス姉ちゃんに絶対負けないからね!!ケイン兄ちゃんの心は私が絶対射止めてみせるからね!!」

 

そのままクラリアは自分の妹弟達の方へと走っていった。当のリリスは自分がフウカに言った言葉をそっくりそのまま言われてしまったせいで呆気にとられていた。座ったまま動かないで居ると、今度は隣にエリナが座った。

 

「またしても強力なライバルが出現したねリリス」

 

「エリナ・・・。そうね、私もウカウカしてられないわ」

 

「ケイン君への想いの強さはクラリアもあなたもフウカさんも一緒よ。誰がケイン君の心を射止めてもおかしくない。リリスも負けないようにね」

 

「負けるわけないでしょ!!私が一番ケインと関わってきたんだから!」

 

リリスは立ち上がり空に向かって大声で叫んだ。その姿を座りながら見ていたエリナは微笑みを浮かべている。そこにエリナの妹であるリーザとレアがやってきた。

 

「ねぇーたちもあそぼう?おにごっこやろ?」

 

「おにごこやろ?」

 

「じゃあねぇーも遊ぼうか」

 

「わーい!」

 

「わー!」

 

リーザとレアはエリナの言葉を聞いて喜びながらそのままクラリア達のいる方へと走っていった。

 

「今のは誰と誰?」

 

「まだしっかり言葉が話せない方がレアで違う方がリーザよ。レアはリリスと一緒でポニーテール、リーザはツインテールよ」

 

「流石お姉ちゃん。全部わかるのね」

 

「当たり前じゃない!私はあの子たちのお姉ちゃんなんだから。わからない方がおかしいわよ。ほら、リリスも行くよ」

 

リリスは先に行くエリナを追いかけて少し早めに歩いた。ここで突拍子もなくある疑問がリリスの脳裏に浮かび上がった。今までずっと一緒に過ごしてきたエリナはケインのことをどう思っているかという疑問だ。ちょうどエリナに追いついたのでリリスは聞くことにしてみた。

 

「エリナはケインのことをどう思っているの?今まで一緒に過ごしてきたけど」

 

「私?そうね・・。内緒!」

 

エリナはそのまま鬼ごっこをやっている妹たちの輪へと入っていった。

 

「な、内緒って!ちょっとエリナ待ってよ!!」

 

リリスもエリナを追いかける形で鬼ごっこに参加していった。クラリアやエリナがリリスのことを鬼だと言ったため、リリスが最初の鬼になって遊んでいるうちに、エリナの思わせぶりな一言もリリスはいつの間にか忘れていた。

 

 

 

〔ケインside〕

 

 

 

「リリスは楽しくやってるようだね。ここまで声が聞こえてくるよ」

 

「ケイン兄ちゃん。そんなこと言ってないでちゃんと手伝ってよ」

 

「キュウ!」

 

「うわぁ!だからお前はこっちくんな!!ケイン兄ちゃんのところに行ってろ!」

 

「キュウ・・・」

 

「キース、あんまりモコをいじめるなよ?」

 

ケインはエリナの1つ下の弟であるキースと一緒にピッカードの世話をしていた。さっきまでピッカードが寝る獣舎の掃除をしており、今はピッカードを外に出して放牧状態にしている。天気もいいのでピッカードも各々遊んだり昼寝をしたりとのんびりした空気が広がっていた。

 

「手伝うって言ってもピッカードが柵より外に出ないかを見るだけでしょ? 2人も要らないと思うけどね」

 

「だからってピッカードに囲まれながら芝生で横になる必要ないと思うけど」

 

「しょうがないだろ。僕が寝てたところに集まってきてピッカード達も昼寝を始めちゃったんだから」

 

獣舎の掃除が終わってなかなかに疲労が溜まったケインがピッカード達を放牧状態にさせてすぐ芝生に横になった。天気の良さも相まって睡魔がケインに襲いかかった時に、ピッカード達がケインの周りに近づいてきてケインのように眠りだしたわけだ。

 

「このあと何かやることはある?」

 

「このあと?ピッカード達を獣舎に戻してエサをやって終わりかな?」

 

「それだけで終わりか。それじゃあ僕達もリリスの所に参加しようかな」

 

ケインがピッカード達を起こさないように慎重に立ち上がり、ピッカードに紛れて昼寝をしていたモコを腕に抱いてキースの側までやってきた。服に付いた芝生を手で払っていると、キースが何やらケインに言いたいことがあるような雰囲気を醸し出していた。

 

「なにキース?言いたいことがあったらちゃんと言わないと伝わらないよ?」

 

「う、うん・・・。ケイン兄ちゃん」

 

「なに?」

 

「俺に剣を教えてくれないか?」

 

「ダメだね」

 

「な、なんでだよ!教えてくれよ!」

 

「ダメなものはダメ」

 

剣というものは魔獣を倒すための道具でもあり、簡単に人を殺せる凶器にもなるもの。易々と人に教えて良いものではないとケインは思っていた。

 

「教えて貰いたかったらそれなりの理由と自前の剣を持ってくること。そしたら考えてあげてもいいよ。その前に剣とは何か教えてあげる。あのね・・・」

 

いつものケインとは違う何か威圧感のようなものを感じたキースは黙り込んでしまった。ケインとしてもあまり言いたくなかったのだが、剣を筆頭とする魔獣退治用の武器は使い方を誤れば犯罪になりかねない。キースに限ってはないだろうが、憧れや格好良さを求めて扱って良い代物ではないことをキースにじっくりと教えた。

 

「・・・というわけ。わかった?この話を聞いてもまだ剣を扱ってみたいというのなら、さっきも言ったがそれなりの理由と自前の剣を持ってくること。そうしたらキースの師匠にでもなって教えてあげるよ。わかった?」

 

「わかったケイン兄ちゃん。絶対ケイン兄ちゃんに僕の師匠になってもらうからな!」

 

「まぁ頑張ってね。それじゃあそろそろピッカード達を獣舎に戻そうか」

 

「そうだね。それじゃあまた手伝ってケイン兄ちゃん」

 

「おう!モコも手伝ってくれよ?」

 

「キュウキュウ!」

 

モコは返事をしたあとケインの腕の中から飛び降りて、ピッカード達がいる場所にフワフワ飛んでいった。何事かとケインとキースが見ていると、ピッカード達がいる辺りの丁度真ん中に降り立ち、どういう構造なのか判らないがモコが自分の体から輝かしい光を放ちだした。それを見たピッカード達はまるでモコに操られているかのように、規則正しい列で獣舎に戻っていった。

 

「どうなっているんだろあれ? モコが自分の意思をピッカード達に伝えているのか、操っているのかな? 滅多に見ない珍しい魔獣だとはバルトさんが言っていたけどここまでとはね」

 

「いつも素直に獣舎へ戻らないピッカード達がいとも簡単に戻るなんて・・・」

 

そして最後のピッカードが獣舎へ戻った所でキースが扉を閉めて仕事は終わった。モコは光を納めて何故だか嬉しそうに飛び跳ねながらケインの所へと戻っていき、ケインがモコを抱きかかえた。

 

「モコは凄いな。今のどうやったの?」

 

「キュウ。キュウキュキュキュウキュ。キュウキュウ!」

 

「何か伝えようとしているのは判るけど、何言っているか全然判らない」

 

「ケイン兄ちゃんの言葉が判るのかな?」

 

「どうだろうね。話がわかるかどうかなんて僕達には判らないよ。それよりも仕事が終わったからリリス達の所に行こうか」

 

「キュウ!」

 

ケインとキースとモコは、さっきから子供達の笑い声や遊んでいる声が聞こえる所へ歩いていった。

 

 

 

ケイン達がリリス達と合流してからは妹弟達といろんなことをして遊んだ。モコはエリナやクラリアに弄ばれて疲れきった姿をしており、ケインは子供達とずっと遊んでいて、ピッカード達の世話よりも遥かに疲れた表情をしていた。

 

太陽が傾いて来て空も夕焼けに染まり始め、時間も午後6時を過ぎていた。ケイン達は子供たちを庭で遊ばせることをやめて家の中に戻らせて、ケインを筆頭にして晩飯を作り始めた。

 

「みんなは何が食べたい?」

 

「リーザカレー食べたい」

 

「カレー食べる」

 

リーザとレアはカレーライスが食べたいと言った。一番年下の妹達を優先する決まりなのか、みんなそれでいいと言った。ケインはカレーで使う野菜達と多分ピッカードの肉であろう肉を冷蔵庫から取り出し、大鍋にまず肉を入れて炒める。その間に野菜を小さい子にも食べられるように小さく切り、大鍋に入れて少し炒めてから皿に入れて置いておく。そして大鍋に大量の水を入れて火をかけ、沸騰したところでカレーのルウとさっき炒めた野菜と肉を入れて煮込む。

 

大鍋のカレーを煮込みながらゆっくりかき混ぜていると、クラリアが手伝いをすると申し出てきた。ケインは快く承諾して、2人でカレーを作ることになった。

 

「そろそろできるはずだから皿にご飯を盛っといてくれないかな?」

 

「わかった。それ以外になにかやることあるかなケイン兄ちゃん」

 

「そうだな・・・。カレーだけじゃ寂しいからなにかもう一品作ってくれる?」

 

「わかった。サラダでいいかな?」

 

「そうだね。好きなように作ってくれてもいいからお願いできる?」

 

「うん!できたら味見してね?」

 

「おう。まかせとけ」

 

このようなやり取りをリビングから見ていたリリスは、内心凄く羨ましかった。自分は料理ができないから一緒にご飯を作ることもできなければ、自分から積極的に動くこともできない。だからクラリアとケインが笑顔を交えながら晩御飯の準備をしている姿は、リリスにとってクラリアに一歩リードしているところを見せつけられているような気がした。

 

「はぁ・・・」

 

「どうしたのリリス。ため息なんてあなたらしくないわね」

 

「私だってため息ぐらい吐くわよ。あんなの見せられたらね」

 

リリスが目配せでクラリアとケインが仲良く晩御飯を作っているところをエリナに教えた。エリナはそれを一瞥して、少し微笑んだあとまたリリスを見て言った。

 

「ふふふ。そりゃあれを見たらため息も吐いちゃうわね。クラリアにあんな宣言されたから余計にね」

 

「はぁーあ。私もケインに対してもっと積極的に行動しないといけないわね・・・」

 

「ケインの事が好きな人が多いから確実に一歩リードしておかないといけないからね。でもリリスはケインと一緒に旅して各地を巡るんでしょ?それを考えたら他の人より相当リードしてると思うけど?」

 

「まぁそれはそうだけど・・・。トレントを旅立つのがいつになるのかわからないし私とケインが旅立つ前に他の人とケインが恋人関係になるかもしれないじゃない」

 

リリスが少し語気を強めて話す。

 

「そんなの絶対嫌!一緒に各地の支部を巡る旅なのに私以外の女に後ろ髪引かれながらするぐらいなら私一人で各地を巡って一人で正遊撃士になってやるわ!」

 

「少し声が大きいリリス。まぁその意気で頑張ればきっとケイン君は振り向いてくれるよ。私は姉としてクラリアを応援するけど、親友としてリリスを応援するわ。だから他の街で見ず知らずの女なんかにケイン君を取られないように見張っておきなさいよ?」

 

エリナから激励と言って良いのかはわからないが応援してもらったリリス。クラリアとケインの2人が仲睦まじく料理をしている姿をもう一度見た後、今後の正遊撃士になるための旅で絶対今の家族の関係から一歩踏み込んだ深い関係に進展するぞと心の中で誓うリリスだった。その隣のエリナはケイン達の旅が成功して無事正遊撃士になれるよう決して言葉にせず心の中で願うのだった。

 

 

 

 

「みんなー。晩御飯ができたぞー。食器とかはできるだけ自分で用意してね」

 

「みんなご飯を食べる前に手を洗ってきてね」

 

リリスとエリナが妹たちの様子を確認しながらおしゃべりに華を咲かせていると、ケインの大きい声がキッチンの方から聞こえてきた。クラリアがケインの後ろから妹たちに優しい声でそう言うと、みんな一斉に洗面所へと走っていった。そして皆が帰ってきて席に着くと一斉に「いただきます」を言って、楽しい晩御飯の時間が始まった。晩御飯を食べているところは割愛させていただく。

 

晩御飯はみんな大満足のようで、ケインは胸をなでおろしていた。その後子供達を風呂に入れて寝かしつけ、今の時刻は夜10時を少し過ぎたところ。起きているのはケインとリリス、エリナにクラリアとキースの5人だけ。ケインとキースは色々な話で盛り上がっているようだ。女性グループでもファッションの話や色恋沙汰などの話で盛り上がっていた。すると、家の外からエンジンの音が聞こえてきて、すぐに家の玄関の扉が開く音がすると、ケディスとニーナの姿が見えた。

 

「ただいま!」

 

「ただいま。子供達はもう寝たのね」

 

「はい。皆ぐっすりと寝ていますよ。あと晩御飯ですが、僕が作ったカレーが鍋の中にあるので、温めて食べてください」

 

「それは助かるよ。もうお腹ペコペコだからね」

 

ケディスが笑いながら荷物をテーブルの椅子の所に置く。そして荷物の中を手探りで何かを探して、「お、あったあった」と言って取り出すと、ケディスの手には巾着袋が握られていた。

 

「ケイン君、リリスちゃん。今日は本当にありがとう。これが今日の報酬だよ。受け取ってくれ」

 

ケインが巾着袋を受け取ってその中を確認すると、ピッカードの肉をパック詰めしたものと10000ベルが入っていた。

 

「こんなにたくさん・・・。いいんですか? ピッカードの分も合わせたら20000ベル以上の値段になりますよ?」

 

「いいんだよ。ケイン君やリリスちゃんにはいつもお世話になっているし、子供達の面倒も見てもらっているからね。今日やっと今までのお礼ができたって私達は思っているから」

 

「そうよ。遠慮せずに貰ってくれないかしら?」

 

「ケディスさんとニーナさんが貰ってくれって言っているんだから貰いなさいよ。貰わないのは逆に失礼よ」

 

「リリスの言うとおりだね。わかりました。ケディスさん、ニーナさん。この報酬有り難く頂戴いたします」

 

ケインは報酬の入った巾着袋を自分が持ってきていたカバンにしまい、もう一度ケディス夫妻にお礼を言った。

 

 

 

ケイン達はルネラウス家を後にして、今は星空が綺麗な空の下を歩いている。モコは子供達の相手をずっとしていて疲れたのか、ケインの腕の中で規則正しい寝息を奏でている。ケインが星空を仰ぎ見ながら歩いている側で、リリスは葛藤に駆られていた。

 

(今は夜だから誰も見ていないはず。それに今はケインにアピールする大チャンスじゃない!!腕を自分から組みに行けばきっとケインでも私の気持ちに気付いてくれるはず!勇気を出せわたし!)

 

「リリス?さっきから何かブツブツ言ってるけどどうしたの?」

 

「えっ!?な、なんのこと?」

 

「いや、腕を組むとかどうとか言っていたから何かなぁと思って」

 

いつの間にか心の声を実際に出していたリリスは、ケインのご指摘で顔を真っ赤にして俯いてしまった。ケインが気になってリリスの顔を覗こうとした時、リリスがケインに向かって腕を振りかざした。ケインはそれを何とかモコを起こさずに避けて後ろに下がった。

 

「いきなり攻撃してこないでよ!危ないだろ!モコを起こしちゃうから」

 

「うるさい!!勝手にケインが私の独り言を聞くから悪い!!」

 

そう言ってまたリリスはケインに向かって殴りかかる。ケインはそれをギリギリでかわしたが、ケインが激しい動きをしたせいでモコが「キュゥ・・」と言って起きてしまった。ケインは取り敢えずリリスを宥めるのが先だと考え、モコを少し離れた場所に避難させておいた。

 

「僕が盗み聞きしたのは謝るから取り敢えず家に帰ろう?今は夜だから何かに躓いて転んで怪我するのも馬鹿らしいからね?」

 

「ふん!!まぁ確かにそうね。だったら早く帰ってケインを殴らせなさい。そうしないと気が済まないわ」

 

リリスは一旦落ち着きを取り戻す。ただ単に恥ずかしくて俯いていただけなのにケインが急に顔を覗き込んでしまったために余計恥ずかしくなってしまって咄嗟に手が出たなんて今更言えるわけがなく、リリスは帰ったら一発ケインを殴るという意味不明な約束をすることで少し自分を落ち着かせる。ある程度落ち着いたところで再び歩き出すと、幸か不幸かたまたま足元に落ちていた石か何かに躓いて前のめりに倒れそうになったしまった。

 

「キャッ!?」

 

「危ない!!」

 

ケインは前のめりに倒れていくリリスを急いで抱きかかえ、倒れそうになりながらもなんとか持ちこたえた。そして、そのまま抱き締める形になりながらリリスの耳元で話をし始めた。

 

「だから言ったじゃん。何か躓くかもしれないだろって。ま、怪我がなくてよかったよ」

 

ケインはリリスの肩を持って少し体から離してリリスの顔を覗き込んで笑顔を見せた。リリスはその笑顔を見て顔を紅潮させ、ケインの顔を直視できなくなっていた。ケインはどうしようかと考えた末、離れた場所でスヤスヤ眠っていたモコを片手で抱きかかえ、俯いたまま動かなくなっていたリリスの腕を強引に組んで歩き始めた。リリスはケインの行動に慌てふためき必死に離れようとしたが、ケインが結構な力を込めていたため離れることができなかった。

 

「ちょっと何するのよ!?離しなさいよ!誰かに見られたら恥ずかしいじゃない!!」

 

「今は夜の11時前だよ?この時間帯に街道をうろつく人なんていないから見つからないよ。それにこうした方が何かに躓いても助けてあげられるでしょ?」

 

「それはそうだけど・・・」

 

「さっさと帰って早く寝よう。僕はもうクタクタだよ。楽しかったからいいけど」

 

(私は仕事よりも今が一番緊張してるんだけど!まぁでもなんだかんだで腕を組むことができたからよかったのかな?)

 

こうして、ケインはモコを片手で抱きかかえながらリリスと腕を組むことなど気にせず歩き続け、リリスは恥ずかしいけど自分がして欲しいことをしてもらったから嬉しいというよくわからない想いに駆られながら帰路に着いた。

 

 

 

ケインは家に着いたあとリリスと組んでいた腕を外してそのまま自分の部屋へ急いでモコを寝かせに行った。リリスは少し残念そうな表情をしたが、すぐ頭を横にブルブル振って速足で自分の部屋に入っていった。 ケインもリリスもそのまま眠りについて明日に備えることにした。ただ、リリスはさっきのケインの行動のせいでなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。

 




おはこんばにちはLEGENDです。今回は主人公の2人に初依頼をこなしてもらいました。大型魔獣との戦闘描写は上手く書けてるかどうか不安ですが、まあ大目に見てください。

この投稿も書き溜めたものを区切りながら投稿していますので、キリがいい所で区切っていたら約2万字まで伸びてしまいました。読みにくかったと思いますが、後書きを読んでいるということは、そんなに気にもしていないという事ですね(ニッコリ)

今後の2人の活躍に期待してください。では。


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第3話

翌日、昨日のリリスが何を感じていたことなど何も知らないケインは目を覚まして顔を洗ったあと、朝食を作り始める。モコもケインの周りで「キュウキュウ!」言いながらピョンピョン飛び跳ねている。朝飯が待ち遠しくて仕方ないようだ。その姿に微笑ましくなりながらケインは朝ご飯を作り、テーブルに並べてリリスを待つことにした。

 

今日は珍しく5分もしない内にリリスが二階から降りてきてすぐ顔を洗いに行った。ケインが料理を作ってからさほど時間がかからずに、2人は朝食を食べ始めた。

 

「今日は珍しく早いね?いやな夢でも見たのかな?」

 

「べ、別にケインには関係のない話でしょう!さっさと食べて協会に行くわよ!」

 

「僕は心配して言ってるんだよ?それなのにその反応はないと思うけどなぁ・・」

 

「ご、ごめん・・。でも本当に大丈夫だからケインは心配しなくていいからね?」

 

「ならいいけど。なんかあったら僕に言ってよ?」

 

「うん。ありがとう心配してくれて」

 

「どういたしまして」

 

ケインは笑って返事をしたあとまた朝食を食べ始めた。リリスが早く起きたのは単純に昨日の出来事のせいでなかなか眠りにつけずに朝方まで続いたことと、ケインと夫婦になって子供もいて幸せそうに暮らしている夢を見て恥ずかしさのあまり飛び起きたからである。そんなことをケインに話せるわけがないので。

 

(ケインと結婚していた夢を見たなんて恥ずかしすぎて言えるわけ無いでしょ!でもあれが実現したら一番いいのになぁ・・)

 

「朝御飯食べないの? 食べないなら僕が食べるけど」

 

「えっ!?た、食べるわよ心配しなくても!」

 

「ならいいけど」

 

そう言ってケインは自分の食べ終わった食器を片付けにキッチンへと歩いていった。リリスは考えるだけで恥ずかしくなるようなことを一旦頭の中から追い出して、朝御飯を先ず食べることに集中することにした。

 

 

 

ケインとリリスはトレント支部に行く前に家の掃除を始めた。長らく掃除をしてなかったため、掃除する場所が多かったせいで3時間ほど掃除をしていた。掃除を終えたあと、ケインが昼御飯を作ってそれを食べてからトレント支部へ行くことにした。

 

その道中、トレントへ入るやいなやなにやら慌ただしい雰囲気が街全体を覆っていた。なにやら良からぬことが起こったと思った2人は急いでトレント支部へと向かう。トレント支部の扉を少し乱暴に開けて、カウンターでなにやら通信機で電話をしていたフウカに事情を聞いた。

 

「フウカさん!なにかあったんですか!」

 

「トレント鉱山で地盤が崩れて鉱員が閉じ込められたそうよ。今軍察に連絡を送ったけど到着が明日の早朝になりそうなのよ」

 

軍察というのはマリーナ王国の軍部が管轄している警察の事である。遊撃士でも手に負えない事件や事故が発生した場合に動く機関で、それ以外は情報局として稼働している。軍察のトップの人物は王国史上最年少で大佐の位に就いた実力者であり、性格も顔も申し分ないという完璧人間のため、世の女性たちを虜にしている言わばイケメンであることは別の話である。

 

「大変じゃないですか!だから街の人達があんなに慌てていたのか」

 

「それに最近トレント鉱山内で魔獣が発生しているらしいのよ。ケイン君とリリスちゃんが遊撃士になる前はバルトがよく退治に行っていたぐらいね」

 

「それじゃあ閉じ込められた鉱員の人達は!?」

 

「襲われていたとしてもおかしくない状況ね」

 

フウカは深刻な表情を見せながら言った。魔獣にも人を怖がって襲わない奴もいれば、逆に怖いからこそ襲ってくる魔獣もいる。バルトがわざわざ鉱山まで行って退治しに行くほどなら後者の可能性が高い。或いは人を食べてしまう魔獣の可能性もある。そんな危険な所に朝方までいたら鉱員達の命が危ない。そう思ったケインは無言のまま得物の刀の鞘を握り締め、外に出ようとした所でリリスに腕を掴まれて阻止された。

 

「リリス、離してくれ・・」

 

「離すわけないじゃない。1人でトレント鉱山に行かせるわけにはいかないでしょ?」

 

「行かせてくれ。今もこうしている間に鉱員の人達の命が脅かされている。早く行って助けてやらないと!」

 

「1人でなんとかなるわけないでしょ!!どうして1人で行こうとするの!!私も協力ぐらいするから頼ってくれたっていいじゃない!」

 

リリスは蚊帳の外にされそうになったことに酷く怒って涙ぐんだ目でケインを睨みつけた。ケインはその迫力に押されて後ろに一歩下がってしまった。

 

「だ、だってトレント鉱山は坑道が長いことで有名だし、今は魔獣も湧いている。リリスはその環境に耐え抜いて鉱員が閉じ込められている場所まで魔獣を倒しながら行って、鉱員を助けても今度は魔獣の攻撃を鉱員に当たらないように気を配りながら出口までまた歩いていける?」

 

「そんなことできるに決まっているでしょ!!何のために遊撃士になったと思ってるの!私は人々の役に立ちたくて遊撃士になったんだから今がその時でしょ!ケインがなんと言おうと私は行くからね!!」

 

「・・・・わかったよ。僕は何も言わない。リリスも無理だけはしないでよ?」

 

「わかってるわよ。ケインもあまり心配させないでね?」

 

ケインは頷くことで肯定をリリスに示して、そのままフウカがいるカウンターまで歩いていった。

 

「フウカさん。軍察の人が来るまで待てと言われて待てる僕達じゃないんです。迷惑をかけるかも知れませんが、2人でトレント鉱山に閉じ込められた鉱員の人達を助けに行ってきます」

 

「今更駄目だと言って聞かないのは判っているから行ってらっしゃい。怪我だけはしないこと。いい?」

 

「判ってます。こんなことで怪我するような身体じゃありませんから」

 

「なら大丈夫ね。あとこの事はトレント支部からあなた達に向けた依頼ということにしておくわ。この依頼をこなしたら本部への推薦状を書いてあげる」

 

本部への推薦状というのは正遊撃士になるための必需品のことだ。トレントを合わせて5つの都市の支部から貰った推薦状をマルトス本部に渡して、そこでそれなりの働きをしたら晴れて正遊撃士になれる。その一つが貰えるということで、ケインとリリスはより一層やる気になっていた。

 

「さぁ、これでこの依頼は遊撃士協会トレント支部直々の依頼になったわ。あなた達が何も背負い込むことは無いから好きなようにやってきなさい。但し無理だけは絶対しないこと」

 

「フウカさんありがとうございます。それじゃあ行ってきます!!」

 

「行ってくるわね!!」

 

2人はそのまま勢いよく扉を開けてトレント鉱山へと走っていった。その後ろ姿を見つめていたフウカは2人の無事を祈るとともに、2人が成長していく姿を微笑ましく思っていた。

 

トレント鉱山へは空港の出入り口がある北側の門から外へ出てしばらく道なりに進み、分岐点で右に曲がると首都のマルトスに向かう街道になるが、左に進むとトレント鉱山へ向かう山道が広がっている。ケインとリリスは急いでその山道を登っていき、トレント鉱山の出入り口がある場所に着いた。そこには鉱山の関係者とその家族、街の野次馬で埋め尽くされていた。皆鉱員達の救助を祈りながら待っているようだ。

 

「凄い人集りだ。これは鉱山に入るまでに骨が折れそうだね」

 

「取り敢えず鉱山長に話を聞きましょ?この鉱山で起こっていることを詳しく聞かないと」

 

「そうだね。それじゃあ行こうかリリス」

 

「当たり前じゃない。早く行くよケイン!」

 

2人はまず鉱山長を捜すために人混みの中へと走っていった。そして周辺を見て回っていると鉱員救助作戦の本部を見つけた。2人は取り敢えずその本部の中へと入っていった。

 

「すいません!遊撃士協会の者ですが今回の件について遊撃士協会直々から依頼が出たのでお伺いしました」

 

「それは本当かね!! それは丁度良かった。ついさっき落盤が起きた場所を見つけることができたんだ! ささ、こっちに来て話し合いをしようじゃないか!」

 

白髪を所々に生やした筋肉質の50代ぐらいの人から声がかかった2人は、空いていた4席の内の2席に腰掛けた。会議をしている人達は皆鉱員の人のようで、体格が実年齢に見合わない人ばかりだ。ケイン達が席に座ったのを見計らって鉱山長であろうさっきの人が話しを始めた。

 

「遊撃士の人達が応援に来てくれたのは本当に有り難い。落盤が起こった場所は特定できてもそこまで行くには儂等ではキツイものがある。最近は魔獣も大変な数が湧いてきている。一匹なら何とかなるが集団となると儂等では到底適わん。是非とも君たち遊撃士のお力添えをお願いしたい」

 

「判っています。僕等の仕事は魔獣退治も有りますが、その街の人命を救助するのも遊撃士の仕事の一つですから」

 

「何とも有り難い御言葉だ。それでは君達にはこのトレント鉱山の地図を託す」

 

鉱山長は席を立ち、会議が行われている机のど真ん中に置かれていた地図を折ってコンパクトにしたものをケイン達の席まで持って行って渡した。2人はすぐさま席を立ってその地図を受け取り、広げて鉱山の全貌を確認してみる。その地図には大きく赤い丸で囲っている部分が一つと、至る所に赤い×印が記入されていた。

 

「その地図の大きく赤い丸で囲っている部分は鉱員達が閉じ込められている場所だ。トレント鉱山の最下層の一番奥にあるから気をつけてくれ。あと、赤い×印の所が小規模の落盤が確認されている場所だ。落盤はこれからも起きる可能性もあるから気をつけてくれ。それに鉱山の中は少し薄暗いと思うからこれを持っていきなさい」

 

鉱山長は地図の他にも魔力を流すことによって光るライトと、魔獣の油を染み込ませた紐に火をつけることで明かりを灯すランプ、ランプが使えなくなった際に使える松明の3つを渡してくれた。

 

「ありがとうございます。魔力の方はリリスが持っておいて。火をつけるランプと松明は僕が持っておくから」

 

「わかったわ」

 

「そうだ、ちょっと待ってくれ」

 

鉱山長は何かを思い出したかのように、会議に参加していた鉱員の1人に耳打ちをした。その耳打ちされた人物は手元にあったカバンから赤い何かを取り出してケインに渡した。

 

「この赤いものは何ですか?」

 

「岩を爆破するためのダイナマイトだよ。鉱員が閉じこめられている場所は相当大きな岩が転がっているはずだ。そこでダイナマイトをぶっ放してやれ」

 

「ダ、ダイナマイトって!大丈夫なの?急に爆発したりしないの?」

 

「そんなことは絶対有り得ない。もしそんな危ない代物だったら君達に渡していない」

 

ダイナマイトを渡した人物は少しぶっきらぼうにものを言った。取り敢えず信頼できるものとしてそのダイナマイトを受け取ったケインは、予め持ってきたポーチのようなものにダイナマイトを入れて、鉱山長に話を始めた。

 

「それでは鉱員救助作戦と平行して魔獣討伐も行います。鉱山長さんは僕たちが戻ってくる鉱山の中に入れないようにしてください。あと魔獣が出てくることも有り得るのでその時は退治するなり逃げるなりの行動をとってください」

 

「判った。こちらのことは私が何とかするから君達は何も心配せずに救助をしてくれ」

 

「はい!それでは行ってきます! 行こうかリリス」

 

「えぇ!早く助けに行きましょ!」

 

2人は鉱山長と会議室にいる人達に挨拶を行った後、急いで鉱山へとむかった。

 

 

 

 

トレント鉱山の中は酷い有り様だった。魔獣を寄せ付けない効果を持つ光源も落盤のおかげで所々壊れていて全体的に薄暗い。しかも落盤で崩れた岩などが散乱して人1人歩くだけで精一杯なぐらい道幅が狭く、魔獣も光源が無いせいでちらほら確認できる。奥に進むだけでなかなか骨が折れる作業だ。しかもトレント鉱山がそもそも複雑な形状で、坑道が大量に存在するので更に大変なことになっている。ケインはさっき鉱山長から貰った火をつけるランプを、リリスは魔力を流して明かりをつけるライトを灯しながら奥へと進んでいた。

 

「この有様は酷い。一体なにが起こればこんな大規模な落盤が起きるのかな?」

 

「そんなの私が知るわけないでしょ! でも地震なんかでここまで崩れるのはおかしいと思うけど?それにしてもこの岩鬱陶しいわね!」

 

「かといって人の手によって此処までの落盤が造れるのかな?」

 

リリスの言っていることも一理あるが、人為的に大規模な落盤や所々の地面の陥没が起きるほどの自然災害を造れる訳がない。ましてや魔法だった場合、これほどの魔法は禁止になっているはずだ。でも、もしこの落盤の原因がなにかしらの自然現象だった場合、家にいる時点でも地震なら揺れを感じただろうし、他のことでも絶対気づいたはずだ。ケインはこの落盤の原因を探るのも目的の一つに入れて鉱員救助のための探索を続行した。

 

所々に灯りがあるおかげで陥没している場所は避けて通れるが、急に岩の影から魔獣が出てくることに関しては避けては通れない。魔獣が逃げてくれればいいのだが、好戦的な魔獣もいるわけで。

 

「はぁぁぁああ!」

 

ケインは、影が実体化したような黒い魔獣を斬る。魔獣は悲鳴も断末魔も上げることなく白い光となって消えていく。ケインはそれを確認すると刀を鞘に納め、少し離れて魔法の準備をしようとしていたのにケインに見せ場を取られて若干不機嫌なリリスのところまで歩いていった。

 

「ケインばっかりズルイ!私の活躍の場を取らないでよ!」

 

「そんなこと言ったって魔獣が僕を襲ってくるから撃退するしかないでしょ?それとも僕が魔獣にボコボコにされればいいの?」

 

「そういうことを言っているわけじゃないわよ。ただ私にも依頼をこなしているっていう実感が欲しいだけ」

 

「なら今も鉱員救助っていう依頼をこなしているでしょ?それに魔獣なんて親分的存在を倒さないことにはすぐ湧いてくるから大丈夫。見せ場はまだまだある」

 

そういってケインは奥へと進んでいく。少し遅れてその後ろをリリスが付いていった。奥に進む度に魔獣の数が増えてきている気がしているケインは、魔獣の気配を察知出来るように常に気を周りに配って警戒することにした。

 

鉱山ということで下の坑道に行くためのエレベーターが至る所に設置されている。鉱員が閉じ込められている場所まで行くには、エレベーターを下へ上へと何度も使わないと行けない。まるで性質の悪い立体迷路だとケインは感じていた。

 

リリスもリリスで影が実体化したような黒い魔獣や落盤した岩と混じって襲ってくる岩にデカい口と目が付いた魔獣、青赤緑といった色とりどりのスライム、人を襲ってくる蝙蝠といった魔獣共を倒しながら鉱山を進むので少し疲れてきているみたいだ。その証拠に歩く速さが遅くなったのと全くと言っていいほど喋らなくなった。それを薄々感じていたケインはリリスに尋ねた。

 

「リリス大丈夫?疲れてない?」

 

「だ・大丈夫よ・・・。私のことなんか・・心配しなくてもい・・いから早く行きましょ」

 

「今は一刻を争うから休憩できないからなんとか頑張って。無理そうだったら僕にちゃんと言ってよ?」

 

「判ったわ。ありがとう」

 

そう言ってはいるものの表情は険しいままだ。ケインは早く鉱員達を見つけてリリスを休ませなければいけないという焦りが徐々に生まれてきていた。そんなことはお構いなしに湧いてくる魔獣共を片っ端から倒しながら、先へと急ぐ2人は地下へと降りるエレベーターを見つけ、鉱山最下層へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

ケイン達が鉱山で悪戦苦闘している頃、フウカは最近何故トレント鉱山に魔獣が湧いてきているのかという疑問を解決するために、街の図書館に来ていろんな種類の文献を漁っていた。鉱山の歴史が綴られた物や魔獣の習性を纏めた魔獣図鑑、さらにはマリーナ王国誕生以前からの歴史を纏めた文献などありとあらゆる物を読みふけっていた。

 

「鉱山の歴史本にはこれといったものは書かれてないし、魔獣図鑑も見当違い。王国の歴史本も抽象的だからあまりよろしくない。やっぱり魔獣が湧いてきたのは偶然だったのかしら?」

 

頭をひねりながらいろんな考えを巡らすフウカ。遊撃士協会の特権を使って一般公開されていない本も読んでみたが、やはり根本的な原因を探ることは出来なかった。そして最後の望みを掛けて本棚から取り出した本は、書かれてから相当年代が経っているみたいで、紙は色褪せて所々茶色に変色していた。表紙も驚くほど痛んでいてかろうじて題名が読めるぐらいだ。フウカはその本を手に取り題名を小声で読み上げた。

 

「『エウロペの至宝』?こんな本見たこと無いわね。ボロボロだけどなんとか読めそうね」

 

フウカは手に取った本を丁重に扱って持って行き、読書スペースで読み始めた。所々文字が読めない所はあるが、書かれている内容は十分伝わってくるので根性で読み進めるフウカ。そしてその本には興味深い事が書かれていた。

 

『・ロッツ・リアに星の・印が現・たとき、・の・の音が響き渡り空・大・が・の世を崩・させるだろう。気をつけろ。魔が騒・・すは終わ・・始・りだ』

 

「最初の単語はカロッツェリア湖の事よね。星の印が湖に現れるってどういうことなの? それにマリーナ王国内には全国に響き渡るほどの鐘なんかないはず。一応マリーナ城の頂上には鐘はあるけどそこまで大きくないし・・・。

 

読みにくいけど空の何かが現れて人の世が崩れるって如何にも嘘臭い話だけど・・・。魔が騒ぐってことは魔獣のことでいいのかしら?もしそうなると今鉱山で起きている魔獣の大量発生が直にマリーナ王国全土に広がることになるわね。これは本部に連絡を入れた方がいいのかしら・・・」

 

フウカは見つけた本を隅々まで読んでいくと、そこには信じがたい力を持つ『至宝』という存在についての事がとても詳しく書かれていた。魔法の属性にそれぞれ一つの『至宝』があるようで、その『至宝』一つ一つが有り得ない力を秘めているということ。大昔に実際に至宝が使用されたときの記録まで残っていた。摩訶不思議な出来事についても数多く書かれていた。

 

「これは凄い本を見つけてしまったわね。信じ難い話ばかりだけど何かの役に立ちそうね」

 

フウカは本を手に取り、図書館をあとにする。司書の人には厳重に保管してくださいとしつこく何度も言われた。フウカはあまりにしつこいのでキレそうになったが、これほど注意してくるということは余程貴重な本だろうと感じつつ、図書館を後にした。

 

 

 

 

鉱山に潜っているケインとリリスは、落盤の影響で出現したであろう湧き水を飲みながら休憩をしていた。リリスの体力は限界寸前で歩くことも辛くなってきている。それを解消するために偶然見つけた湧き水が湧いている場所で休憩しているのだが、リリスの体力が回復するには多少なりとも時間が必要のようだ。回復魔法は傷を癒すものなので、体力を回復する事はできない。ケインは本気でリリスをここら辺で待たせておこうかと思い始めた。

 

「地図を見てみるともうすぐで鉱員の人達が閉じ込められている場所だね。リリスはここで待って体を休めておいて。魔獣除けの灯りも丁度あるしね。あとは1人で何とかなるから」

 

「なに言ってるのよ! 私はまだまだ疲れてないわよ!」

 

「威勢だけ良くても体がついていけないなら意味ないよ。足が震えているのがいい証拠」

 

リリスは返事を返さずに俯いてしまった。ケインはそれを肯定と受け取り、湧き水を少し飲んでから得物である愛刀を手に取った。

 

「僕は先に行って鉱員の人達を助けてくるからリリスはここを絶対に離れないでよ?」

 

「判ったわ。ケインも無茶だけは絶対にしないでね?」

 

「判ってるよ。じゃあ行ってくる」

 

リリスに笑顔を見せてから、さっさと鉱員を助けてリリスを本当に休ませるために、走って目的の場所へと向かった。

 

「ここか・・。この岩いくらなんでも大きすぎないか?」

 

ケインがリリスと別れて5分ほど走ったところに目的の場所があった。落盤で落ちてきた岩とは思えない岩がとてつもない存在感を放っている。ケインは向こう側に人がいるか確認すると、岩の向こう側から声が聞こえてきた。

 

「誰かいますかー!!」

 

「おーい!誰だか知らんが助けに来てくれたのか!」

 

「そうです!怪我をしている人はどれだけいますか!」

 

「幸い怪我をした奴は1人もいない!7人全員無事だ!」

 

「わかりました!今からダイナマイトを使ってこの岩を爆破します!離れていてください!」

 

「判った!頼む!」

 

一枚岩の向こう側では鉱員達が声を掛け合って奥の方へと避難を始め、「もう大丈夫だ!」という声を聴いた後、大きな岩にダイナマイトを仕掛けた。

 

そしてダイナマイトの導火線に火をつけて、ケインはすぐさま距離をとって離れた場所にあった岩の後ろへと隠れる。導火線が燃える音が木霊するなか、強烈な爆発音と爆風がケインの隠れていた岩に襲いかかった。

 

爆発が収まって煙が晴れて、ケインが岩から顔を出すと岩には大きな穴が開いており、そしてその穴から閉じ込められていた鉱員の人達が7人出てきた。皆それぞれ喜びを抑えることなく全力で表現していた。叫んでいる人もいれば涙を流している人もいる。それを遠目から見ていたケインの元にひとりの炭坑夫だと一目でわかる体格をしている男がやってきた。

 

「君が助けに来てくれたのか!!本当に助かったよ」

 

「いえ。遊撃士として当然のことをしただけです」

 

「君は遊撃士だったのか!!若いのに凄いね。1人でここまで来たのかい?」

 

「2人で来たのですが相方が歩くのも辛そうな表情をしていたので、少し離れたところに落盤の影響で湧き水が湧いている場所があったので、そこで休憩させています」

 

「そうか。ならその子もここに連れて来てくれ。すぐそこに上へ上るためのエレベーターを先日造っておいたからすぐ地上に帰ろうじゃないか」

 

ケインはこの言葉にすごく驚いた。今まで迷路のように張り巡らされた鉱山道を歩いてきて、疲れ果ててやっとたどり着いたのにエレベーターで一気にここまで行けたなら骨折り損のくたびれ儲けになるからだ。

 

「エレベーターがあったんですか!?」

 

「知らないのは当然だと思うぞ。今日仕事がある程度終わってから鉱山長に報告しようと思ってたからな。わざわざこんな長い鉱山道を歩かせて申し訳なかった」

 

男はケインに頭を下げて謝った。ケインはすぐに頭をあげてくださいと言ったが、すぐには頭を上げてくれなかった。そして男は頭を上げ、ケインに「相方を連れてきてくれ」と言われたので、リリスが休憩しているところまで走って向かった。

 

「リリス!!鉱員の人達を救助したから地上に帰るよ!全員無事だ!」

 

「本当?怪我人も居ないのね。良かった」

 

リリスが休憩しているところまで行くと、岩場に座っているリリスが水を飲もうとしたところだった。ケインの姿を確認したところで水を一気に飲み干し、そしてケインのところまで歩いていった。

 

「疲れもある程度は取れたみたいだね。良かった良かった」

 

「おかげさまでね。さっさとその場所まで行きましょう」

 

「キュイキュイ!」

 

「キュイ?うわっ!!なんでモコがここに居るんだよ!」

 

「私が休憩してたら私たちが歩いてきた道から来たのよ。たぶん一緒に付いてきたんじゃないかな?」

 

「そうか。なんで付いてきたんだろう?」

 

ケインの足元にぴったりくっついているモコを見ながら、モコに問いかけるように言ったが返事など返ってくる訳がない。モコは嬉しそうにケインの足元でぴょんぴょん跳ねていて、ケインの腕へとジャンプしてそのまま抱っこの体制になり、そしてモコはすぐに目を閉じて眠りについた。

 

「モコは相変わらず寝るのが早いな。それよりも鉱員の人達が待っているから早く行こうか」

 

「そうね。なら早く行きましょ」

 

ケインとリリスは鉱員の人達が待っているところまでモコを起こさないように急ぎ足で、魔獣をできるだけかわしながら向か1、鉱員の人達と合流した後、すぐ近くにあったエレベーターまで移動したところでケインが調べたいことがあるからここに残ると言い出した。

 

「え? ケインもう一回言ってくれない?ちょっと聞き間違いがあるかもしれないから」

 

「だからここに残――」

 

「そんなことさせるわけ無いでしょ!!!」

 

リリスが声を荒げてケインが喋り終える前に叱りつけた。リリスの声は鉱山中に響き渡り、一緒にいた鉱員達も驚きを隠せずにいた。

 

「またそうやって私だけ仲間外れにして自分1人だけで解決しようとする!なんで私を頼ってくれないのよ!」

 

「リリスは疲れてるでしょ?そんな状態で僕について来てもはっきり言って足手まといだよ」

 

「な、なに言ってるのよ!私はこんなに元気で――」

 

リリスは喋り終える前に身体がふらついて倒れそうになった。ケインはそれを最初から判っていたようにすぐリリスの身体を優しく支えた。

 

「ほら言ったとおりでしょ?疲れていないと思っていても身体は限界なんだよ。今は先に支部へ戻って休んでいて。すみません、リリスを運んでやってくれないでしょうか?」

 

「あぁ、お安い御用さ。お前も気をつけてな。ここのエレベーターを使えるようにしておくから無理だと思ったらすぐ地上へ戻って来いよ?」

 

「ありがとうございます。では行ってきます」

 

「ケイン!待ちなさいよ!」

 

ケインはリリスを見て大丈夫だと言いたげな笑顔を見せてから、鉱員達が閉じこめられていた場所の奥へと走っていった。ケインの腕の中にはちゃっかりモコも収まっており、1人と1匹はリリス側から目視できない所まで走っていってしまった。

 

「行っちまったか・・。よし、それじゃあお嬢さんを連れて上へ帰るぞ。鉱山長に謝罪しないとな」

 

男はリリスをおぶって、エレベーターの中へと入っていく。そして7人全員入ったところでエレベーターの起動装置の電源を入れ、上へとエレベーターは昇っていった。リリスはケインに連れて行ってくれなかった事に対する怒りと、自分の不甲斐無さに苛立っていた。

 




おはこんばにちはLEGENDです。今回はトレント鉱山の落盤事故に向かわせました。落盤事故に向かう際のケイン君の自分勝手な言動は、自分で書いていても反吐がでました。まあ、あえて残すんですけどね(ニッコリ)

さて、第1章もそろそろおわりに近づいてきました。主人公2人の活躍楽しみにしていてください。もし誤字脱字がございましたらご一報いただけると幸いです。

では。


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第4話

リリスを鉱員達に任せたケインとモコは、破壊した岩の奥へと進んでいた。鉱員達が閉じこめられていた場所はちょっとしたドーム状の形をしており、なかなかの広さだ。

 

「凄いな。まさかこんな場所になっているとは思わなかったよ。休憩所としてはもってこいの場所だね」

 

鉱員達が閉じこめられていた場所というのは、鉱員達が普段休む休憩所として造られた場所になる。勿論鉱石も掘っていたのだが、今は鉱員達の休憩所としての役割の方が強い。そのため、椅子やソファーといったものから仮眠をとるためのベッドも置かれていた。

 

「今まで鉱山道を通ってきたけど大型魔獣が住み着くような場所は無かった。もしかしたら壁一枚向こう側に自然の空洞があるのかもしれない」

 

「キュウ♪」

 

ケインが壁際の調査を始めている足元で、何故か喜びながらピョンピョン跳ねているモコ。ケインは微笑ましくなりながらも調査を続行する。休憩所の壁を一通り触ったり耳をかざしたり、壁をたたいて反響する音がないか調べたりしてみたが、十分な成果は上げられなかった。疲れてしまったケインは、仮眠用のベッドに横になって身体を休めていた。

 

「ダメかー。何かあると思っていたけど思い違いだったみたい・・・。ちょっと休憩したら帰ろうかな」

 

「キュウキュウ♪」

 

ケインが横になっている隣でモコも何故かニコニコしながら休んでいた。天使の輪っかのようなものが休憩所の光源によってキラキラ光っている。ケインはそれを見ながらもこもこしているモコを撫でていた。

 

「さて、リリス達が待っているからそろそろ帰りますか!」

 

ケインは横になっていたベッドから立ち上がり、モコを連れて帰ろうと腕の中に収めようとしたところ、モコがベンチから勢いよくジャンプして一心不乱に休憩所内を動き出した。ケインはモコを追いかけるために一緒になって走っていると、ある場所で急に立ち止まり、ここほれワンワンと言っているかのように発光し始めてその場で一定のリズムをとりながら跳び始めていた。

 

「なんだモコ?そこに何かあるの?」

 

「キュウキュウ!」

 

「でも掘る道具がないから確かめようがないし・・・」

 

ケインが何か掘れる道具がないか周りを見回していると、モコの光が急に強くなって目も開けられないぐらい眩しく光り始めた。

 

「くっ!モコ!!一体どうした!」

 

「キュウゥゥゥゥウウウ!!!」

 

モコは今まで出したことのない大きな叫び声をあげた。そして光は更に勢いを増して、目をつぶっていても眩しいくらいの輝きを放っている。まるで閃光弾を目の前で破裂させられたような強い光のせいで、光がだんだん収まってきているのにも関わらず、目をあけることができないケイン。少しして視界が元に戻り、ケインが目を開けるとそこにはアリジゴクが住んでいるような穴が開いていて、足元にはまるで褒めて褒めてと言っているようにモコがピョンピョン嬉しそうに跳ねていた。

 

「これはモコがやったんだよね・・・」

 

「キュウ♪」

 

「凄すぎて言葉が出ないよ・・・。それにこの穴は下に繋がっていそうだね」

 

アリジゴクが住んでいそうな穴の一番下には人が3人ほど入れる穴が開いていて、その中には光源がない通路が見えた。

 

「光源が無いっていうことは人工的に造られたものではないみたいだね。でも明らかに整地されている通路だろうから、もしかしたら妖精かそれと同等の知能を持った魔獣が造った可能性が高いな」

 

『妖精』というのは、人間並みに知能が高く群れで行動する魔獣である。森の中に集落を造って生活する部族も居れば、一定の場所に集落を造らずに絶えず移動しながら生きる部族もいる。何十種類という膨大な数が確認されているため、一括りで『妖精』と呼ばれている。

 

「取り敢えずここは降りて探索を試みた方が良さそうだね」

 

ケインはアリジゴクの穴の中へモコと一緒に降りていき、目印として鉱山長から貰った松明を置いて、ランプで足元を照らしながら探索を始めた。

 

 

 

 

 

 

その頃リリスは、鉱員達にトレント鉱山の外へ運んでもらった後、遊撃士協会トレント支部へ戻っていた。体調はまだ万全ではないらしく、フウカに看病されながら二階にあるベッドで身体を休めている。

 

「なんで私だけこうなっちゃうのかな? ケインと一緒に調査したかったのに・・・」

 

「リリスちゃんの場合ケイン君とただ単に一緒に居たいだけじゃないの?」

 

ニヤニヤしながらリリスの言葉を訂正するフウカ。フウカの言葉で顔を真っ赤にして俯くリリス。そしてすぐフウカに反論するリリスだが、軽く流されてしまってふてくされたリリスをフウカは楽しげに見つめる。トレント鉱山で大事故が起きているにも関わらず、そんな空気を一切感じないほど平和だった。フウカはリリスをからかった後、思い出したかのように机に置いていた本を手に取りリリスに見せた。

 

「そうだ!リリスちゃんこの本見てよ!」

 

「なにこのボロボロの本。これがどうかしたの?」

 

「一通り読んでみたんだけど、信じられない話が沢山載ってて面白いのよ!」

 

リリスはフウカから丁重に本を受け取って中身を読んでみる。その本には、今では確認されなくなった伝説の魔獣『竜』の話や、古代の遺物の話などの常識では考えられない話が多数載っていた。

 

「なにこれ・・。雲まで届いた塩の巨大な柱に月を貫く古代魔術兵器、空に浮かぶ秘宝の島、不老不死の伝説・・・。作り話としか思えないものばかりじゃない」

 

「だから楽しいんでしょ? この本の作者の想像力の高さに圧巻されるわ。それに本当にあった話のようなものも所々に紛れているしね」

 

「え?そうなの?」

 

ちょっと待っててと言ってフウカは本を丁寧に捲っていき、本の中間ぐらいのページの所まで捲ったところでリリスにページを見せた。

 

「『遺跡が降る夜』?」

 

「そう。大昔のとある夜に空から遺跡が降ってきて、近くに住んでいた青年が中を探索すると見たことが無い文字と共に宝が眠っていたっていう話。実はこれ遊撃士協会が発足した辺りの古い資料に載ってるのよ。実際は何人もの遊撃士が探索したけどもぬけの殻だったみたいね」

 

「そんなことってあるの?なんで空から遺跡が降ってくるのよ!」

 

ベッドで寝ていたリリスはいつの間にか起き上がってフウカに詰め寄っていた。あまりの顔の近さに少したじろぐフウカだったが、冷静さを取り戻しリリスの肩を掴んで少し自分との距離を置いた後に話を続けた。

 

「そんなこと私が知るわけないじゃない。当時の記録が残っているだけで遺跡が降ってきた原因なんて載ってないもの」

 

「なんだか腑に落ちないわね。そんな摩訶不思議なことがあったっていう記録だけじゃ信じられないわ」

 

「それはそうだけど・・・。まぁいいわ。取り敢えずこの話は置いといて、私が今気になっているのはこの話よ」

 

フウカが本のページをパラパラ捲り、あるページのある話を指差した。それはフウカが図書館で見つけたカロッツェリア湖に浮かぶ星印と鐘のことが書かれている話だった。

 

「なにこれ?この話も所々色褪せていて読みにくいわね。辛うじてカロッツェリア湖は推測で読めるけど他は全然解らないわ」

 

「私もよくわからないのよ。でも最後の部分は意味だけなら何となく分かるわ。最後に書かれている『魔』というのは魔獣のことだと思う。そしてそれが騒ぎ出すと何かが始まるとこのページから推測できる。そして最近トレント鉱山もそうだけど他の都市の近くでも大型魔獣の討伐依頼が増えてきているのよ。これは絶対偶然なんかじゃないと思っていたけど、もしこの本のこのページに書かれていることが本当だったら今の状況にピッタリ当てはまるでしょ?」

 

フウカは自信たっぷりの様子で手振り身振りを鬱陶しくなるぐらい使ってリリスにこの事を説明した。しかしリリスはフウカの推測にあまり納得がいっていないようだ。

 

「そんな自信たっぷりに言ってるけど、ただの偶然の可能性が極めて高いと思うわよ。いくら大型魔獣の討伐依頼が増えてきていると言っても、それが全ての魔獣が行動を起こしているとイコールにならないじゃない。だからフウカの推測は合っているとは言い難いわね」

 

「そこまではっきり否定されるとへこむわね・・。ちょっとは肯定してくれてもいいのに・・・」

 

リリスに真っ向から否定されたフウカは、体育座りをした状態で頭を垂らし、指で『の』の字を書きながらぶつくさ言い始めた。それを見ていたリリスは少し言い過ぎたかなと思いつつも、謝ると調子に乗りそうだったのでそのまま放っておいって、再びベッドに潜って寝始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

その頃のケインはというと、モコが何かしらの力で開けた穴に入って探索を続けていた。人一人が通れるほどの小さい通路には光源など無く、手元にあるランプとモコの体から発する謎の光を頼りに進んでいく。途中には分岐点や分かれ道といったものは無く、ただひたすら一本の道をケインとモコは歩き続けていた。

 

10分ほど歩いたところで、少し広い場所に出てきた。鉱員達の休憩所よりかは小さいが、それでも十分広いスペースだろう。明かりは手元にあるランプだけなので、奥に何があるのかはっきり分からない状態だ。ケインとモコは少し周りを警戒しながら奥へと進む。

 

「何だろうこの場所・・・。またすごい場所に出てきちゃったよ」

 

1人でぶつぶつ言いながら奥へと進んでいくケイン。モコもケインの後ろを光りながら付いていく。そして光源が無いため入り口が目視できないところまで歩いたところで、急に地面が大きな音を立てながら揺れ始めた。

 

「なんだなんだ!?また落盤でも起こるのか!」

 

ケインは上にランプをかざして落盤が起こらないか確かめようとしたが、天井には落盤が起こる気配はしなかった。だが、それ以上の物が存在していた。

 

「何これ・・・。へ、壁画?しかも竜と人間が一緒に暮らしているものばっかりだ・・・」

 

ケインが見た天井には、今ではもう絶滅してしまったと言われている竜がたくさん描かれている。中には人間と一緒に共存しているものや、竜が人の姿に変わって人間と仲睦まじくしている様子も描かれていた。竜が人型に変わるときは耳が普通の人間よりも長く尖っており、尻尾も出ているようだ。

 

ケインはこの壁画を最後まで見るため、さっきよりも歩を進める速度を上げた。とても平和で幸せそうな生活を描いていた壁画も、先に進めば進むほど悲しいものに変化していく。竜と共存していた人達の村が炎と思われる赤いモノに覆われている。竜には火を操る能力があったと後世に伝わっているほどで、ただ単の炎では竜に傷を負わせることはできないだろう。だが、人間は違う。壁画には、竜と一緒に暮らしていた人間が炎に焼かれている場面も描かれていた。

 

「なんでこんな酷いことを・・・。ただ竜と一緒に暮らしていただけなのに・・・」

 

「竜と一緒に暮らしていたからじゃよ」

 

ケインは咄嗟に後ろを振り返り、刀の柄を握っていつでも抜けるようにして戦闘態勢に入った。壁画に集中しすぎて気配を感じ取れなかったのだろう。しかし、ケインが後ろに振り返っても人の姿は見えず、魔獣のような生物も確認できなかった。

 

「あれ?さっき確かに声が聞こえたはずなのに・・・。どこ行ったんだ?」

 

「下じゃ。下を見るのじゃ人の子」

 

「へっ?下を見るって・・・」

 

「儂はここにおるじゃろ?」

 

「うわっ!?」

 

ケインが下を見ると、背丈が1mにも満たない猿のような魔獣?が堂々と仁王立ちしてこちらを見ていた。赤味がかった黒色をしたマントを風に靡かせていて、何かの生き物を象った白色の帽子を被っている。マントの中には幾何学模様の服を着用していて何故か下はパンツ一丁という斬新な格好をしていた。

 

「何を驚いておる。驚きたいのはこちらの方じゃよ。我らの神聖な地に見回りに来たら人の子が居るんじゃから。人の子など何百年振りに見たことやら。取り敢えずその手に握っておる物騒なモノから手をどけてくれんかの?」

 

「貴方はいったい何者ですか?貴方の素性が知れるまでこの手を刀から離すわけにはいきません」

 

「ふん、頭が固い人の子じゃ。儂がお前さんを襲うとでも思うとるのか?」

 

「思いませんけど一応確認のためです。見た限り人間ではありませんね。かと言って魔獣の類というのも考えにくい。もう一度訊きますけど、貴方は一体何者ですか?」

 

ケインが一向に態度を崩さないのを見て、謎の人物が溜息を吐きながら渋々といった表情で話し始めた。

 

「儂はベカンコ族という種族の長をやっているオットレーというものじゃ。人間の世界ではベカンコ族というのは妖精として総称されとる部族の一つじゃ。儂は今丸腰じゃからお前の命を取ることはできん。ほれ、これで満足かの?」

 

ケインは刀の柄から手を離して警戒を解き、オットレーに対して協力してくれたことに礼を言ったあと、この場所は一体何なのかを訪ねてみることにした。

 

「ここは大昔の世界を描いたものじゃよ。誰が何のために描いたのかは我らベカンコ族には伝えられてはおらんが、我らの歴代の長たちが長年ここを守ってきたのじゃ。儂も体験しとらんからわからんのじゃが、大昔は人間が言う妖精たちと、ある程度知性を持った魔獣達が人間たちと共存しておったらしい。その絵を見れば判るが特に竜達とは一緒に暮らして子を宿すぐらい親密な関係だったようじゃ。しかし、当時の一部の人間、人類至上主義のような考えを持つものはそれを良しとはしなかったようでの。儂らも実際にこの絵がいつ描かれたのか判らないんじゃ」

 

「そ、そんなに長い年月の間ずっと見守ってきた場所なんですか・・・。上の世界ではこんな歴史は伝わってないと思います。妖精と交流を持っていた人が居たというのは知っていますが・・・」

 

「何せ何万年も前の話じゃ。紙もペンもない時代じゃから仕方ないと思うがの。それにここの場所を長年守ってきたのはこれがあるだけではないのじゃ。ここで会ったのも何かの縁じゃ。見せてやるからついてまいれ」

 

オットレーは、ケインが来た道の反対側へと短い脚からは想像もできないぐらい速く歩き始めた。最早走っているといった方が適切なぐらいのスピードを出しているので、ケインも自然と走って追いかける。

 

500メートルぐらい走ったところで、前方に大きくて如何にも頑丈そうな扉が姿を現した。そして扉の目の前まで来て上を見上げると、天井が一体どこまであるのか判らないぐらい高く、扉もそれに乗じて恐ろしく高かった。ケインが唖然としながら扉を見つめていると、オットレーはそうなることを見越していたのか、ホッホッホと笑いながらケインを見上げて話を始めた。

 

「人の子よ、驚いたか?」

 

「ええ・・・。こんな高さのあるものなんて僕たちの住んでいる世界には有りませんよ。でも不思議ですよね。こんな高さがあるのなら上に住んでいる人がすぐ見つけそうなのに・・・」

 

「それは儂らが住んでいるこの場所がお主等人間が住んでおる場所と少し変わったところに住んでおるからじゃよ。簡単に言えば次元が違う場所に住んでおるのじゃ」

 

オットレーの言葉を聞いたケインは一瞬オットレーが何を言ったのか理解できなかったが、少し経って理解したのか物凄い大声をあげて驚きを表現した。ケインがこうなるのも見越していたのかオットレーはまたもやホッホッホと笑っていた。

 

「驚いたようじゃの。ここは人間が竜を畏れ始めて排除しようとした時代に、人間から姿を晦ますために創った空間じゃ。竜が人間などに後れを取るなど有り得んが、竜のつがいとなった人間と我らのような知性を持った魔獣を守るために創ったわけじゃ」

 

「そ、想像も付かない話ですね。こんな話日曜学校の授業では聞いたことないですよ」

 

「そりゃそうじゃ。この場所に外から人間が来ることなんて先ず無いからの。お主が二番目になるかのぅ。最初にここを訪れた人の子を思い出すわい」

 

オットレーは、目を閉じて昔を懐かしんでいる表情をしていた。どれだけ昔の事なのかはケインには容易に想像できないが、最初にここを訪れた昔日の人間はとてもいい人だったのだろうという事が、オットレーの表情を見れば一目瞭然だった。オットレーは少し思いを馳せた後、2、3度頷いてケインに向き直った。

 

「ホッホッホ。こんな所で油を売っていてもいかんな。さぁ付いてまいれ」

 

そう言ってオットレーは目の前にある扉を、手で押して手動で開けてしまった。天井が見えないほどの高さでとても頑丈そうで重量も人間の体重の数百数千倍もある扉を、1mにも満たない体で易々と開けたオットレーを見ていたケインは口をあんぐりと開けて、開いた口が塞がらないという諺と同じ姿をしていた。そんなケインなどお構いなく中に入って行ったオットレーを追いかける形で、ケインは扉の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

「こ、これって・・・」

 

「ここの世界はそなた達人間とは違う次元に住んでいると言ったが、そんな摩訶不思議な現象を生み出せることができているのも此奴のおかげじゃ」

 

扉を潜り抜けた向こう側には、高さ4,50mにも及ぶ巨大な緋色の鐘が緋色の支柱に支えられており、途轍もない存在感を放っていた。鐘には大きな幾何学模様が1つだけ彫られており、何かを象ったものように思えるが、ケインの知っている限りでは見たこともない模様だった。オットレーはケインの様子を窺った後、鐘の説明に入った。

 

「この鐘はさっきも言った通り人間達から姿を晦ませるために創った空間を、人間から見つからないようにするために竜が造った代物じゃ。空間を維持する力の媒体としてこの鐘が造られたと言ったほうが良いかの」

 

「そうなんですか・・・。あの鐘に刻まれている模様はなんですか?僕たちが住んでいる世界じゃ見たことがないんですけど・・・」

 

「あれはここの空間を創りだした竜の紋章じゃよ。解かりやすく言えば家紋ということじゃ」

 

「ここの?という事はここ以外にこのような場所があるんですか?」

 

「そうじゃ。世界には確か20程の場所がある。ただ鐘を媒体としているのは人間達がいうマリーナ王国だけしかないがの。ここを数に数えて全部で五つじゃ。お主がここの次元に入ることができたのはさっきから隠れているシャイニングポムのおかげじゃろ?」

 

ケインがオットレーのことを無害と感じていてもモコはそうは思っていなかったらしく、さっきからケインとオットレーの間に一定の距離を開けて付いてきていた。心なしか表情が怒っているように見えているが、オットレーは気にせずケインを見上げた。

 

「あのシャイニングポムがなぜここの場所にお主と共に入れたのかは判らんが、この場所に入れたのなら他の四つの場所にも入れるじゃろ。もし興味があるのであれば訪れてみるといい。このような鐘がそれぞれの場所にあるはずじゃ」

 

「そうですか・・・。丁度王国を一周して正遊撃士になる修行をしているところだから一石二鳥か・・・。そうですね、旅の目的が一つ増えるからいいですし何よりも面白そうですから回ってみますね」

 

「ホッホッホ。若いと行動力が違うの。あやつの行動力も凄まじかったが・・・。さぁそろそろ日を跨ぐ時間じゃ。お主も元の世界へ帰るといいじゃろ」

 

「もうそんな時間ですか!!折角ならこの目で竜を見たかったけど仕方ないか・・・。そういえば、ここからどうやって帰ればいいんですか?」

 

「帰り方ならたぶんまだ距離を開けて近づいてこないシャイニングポムが判っておるはずじゃ。予想だとシャイニングポムに触れていれば勝手にシャイニングポムが元の場所に帰してくれると思うが?」

 

ケインがモコを見ると、モコは体を上下に振って肯定を示した。それを見たオットレーはホッホッホと笑ってやはりそうじゃったかと呟いた後、またケインを見上げた。

 

「それではそろそろお別れの時間じゃ。人の子よ、数百年ぶりに人間に会えたがなかなか楽しかったぞ。今回は特別な例じゃが『出会い』を大切にするのじゃ。他人との出会いが自分自身を良くも悪くも変えてくれるはずじゃ。良い方に変えるには自分自身の判断で決めることじゃが出会いが無ければ何も始まらん。いい出会いがあるよう祈っておる。良い旅を」

 

「ありがとうございます。オットレーさんもお元気で!」

 

ケインはオットレーに別れを告げて、少し離れた場所にいたモコの所まで走っていってモコを抱きかかえた。するとモコが休憩所で見せたような輝きを放ち始めた。そして本来ならここで元の場所に戻るはずだったのだが、それは叶わなかった。

 

「なんじゃこの揺れは!!こんな強い揺れなど感じたことがない!」

 

「うわっ!!」

 

地響きと共に地面が激しく揺れ始めたのだ。あまりの揺れの大きさにオットレーは片膝を付いて態勢を維持し、ケインはモコを抱えたまま尻餅をついてしまった。目視できない高さにある天井から小石がパラパラと雨のように降ってきて、ケインは少し痛みを感じながらなんとか態勢を立て直す。30秒ほど揺れた後、急に揺れが止まった。

 

「さっきの揺れは一体?オットレーさんに会う前にも少し小さい揺れを感じたし・・・」

 

「こればっかりは儂にもわからん。人の子よ、今のうちに元の場所に帰るのじゃ。何か良からぬ気配を感じる」

 

 冷静に言葉を並べるオットレーも、辺りを見回しながら警戒を怠らない。ケインも元の場所には帰らずに気配を察知するため、目を閉じてその場に留まる。モコはケインの傍にピッタリ張り付いて離れようとしない。傍から見ると何かに怯えているようにも見える。そして何かを感じたモコがケインの服の中へ逃げるように潜り込んだ。

 

「何か来ます!!!」

 

ケインが声を荒げたのと同時に、鐘が置いてあるすぐ近くの地面から身の丈7mほどもある大蛇が岩盤を破壊して姿を現した。鐘と同じ緋色の体で蜷局を巻き、頭には耳にも見える黄色の鶏冠をピンと張り、口からは舌をシュロロロといった感じで出している。

 

「ななななななんだこいつはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「どう見ても蛇じゃが蛇にしては大き過ぎじゃ!!この世界にもこんな大きい蛇はいないはずじゃぞ!」

 

二人が動揺を隠せない中、大蛇はそんな二人を一瞥した後、二人には見向きもせずに鐘を凝視する。そして大きな口を限界まで開けて、大きな牙を使って鐘を噛み砕かんと襲い掛かった。

 

「いかん!!鐘だけは破壊させんぞ!『白銀の障壁』!!」

 

オットレーは無詠唱でケインが聞いたこともない魔法を唱えた。すると、鐘の周りに光の壁が現れ、大蛇の牙を体ごと跳ね返して鐘を守った。光の壁にはヒビ一つはいらず、壁によって勢いよく跳ね返された大蛇は土壁に激突して土煙を上げて、少し伸びていた。

 

「オ、オットレーさん!!さっきの魔法は何ですか!!あんな属性の魔法は見たことも聞いたこともないですよ!」

 

ケインは大蛇が伸びている間に、鐘の周りを守っている光の壁を指さして声を荒げた。オットレーは大蛇の様子を一瞥して時間があると判断して、ケインに簡単ながら説明した。

 

「この魔法は『精霊魔法』と言っての。人間達には使えない我ら妖精のみ使用可能な少し特別な魔法じゃ。判ったか人の子よ」

 

「わかったかと言われてもすぐに理解できないですよ。それよりも今はあの気色悪い蛇はどうするか考えましょうよ。あの鐘を狙っているみたいですけど」

 

「あの鐘を破壊されたら人間の世界と我らの世界との境界が無くなってしまうのじゃ。そんなことをしては大混乱を招いてしまう。なんとかして大蛇を退けてあの鐘を護らねば!!お主も協力してくれぬか?」

 

「当たり前ですよ!人間の世界に混乱を招かない為にも頑張らさせてもらいます!」

 

「心強い言葉じゃ。それでは人の子よ、手助けを頼むぞ!」

 

「了解しました!!」

 

ケインは腰に挿している刀を抜き、オットレーは精霊魔法と呼ばれる魔法を唱え始める。2人が戦闘態勢に入ったと同時に大蛇が復活し、標的を鐘から2人へと変えた。大蛇が口を大きく開けて牙を誇張して威嚇を始め、それを合図に戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

先ず大蛇がケイン達を噛み砕かんと襲いかかる。2人は大蛇の攻撃をそれぞれ左右に避け、左側にケイン、右側にオットレーが大蛇の頭を境目にして分かれた。

 

「人の子よ!!儂が子奴の気を逸らしておる隙にお主の得物で斬りつけるのじゃ!刃が通じるか試してみてくれ!」

 

「判りました!」

 

オットレーが魔法の詠唱に入り、ケインは大蛇の脇腹の方へと走り出す。地面に刺さった牙を抜いた大蛇は、自分の脇腹へと走っているケインに尻尾を鞭のように振るって襲いかかる。

 

「こいつ僕をペチャンコにする気か!オットレーさん早くしてくれー!」

 

掠っただけでも大怪我をしそうな勢いで振り下ろされる尻尾を辛うじて避け続けるケイン。そしてもう少しで脇腹に辿り着く所でオットレーの詠唱が終わり、精霊魔法が放たれた。

 

「待たせたな人の子!!深淵にて燃え盛る業火よ、今我の名の下にかの者を焼き払え。『地獄の業火』!」

 

オットレーが魔法を唱えると、大蛇の頭上にまるで燃え盛る太陽のような形をした炎が姿を現した。大蛇はケインから炎へと標的を変え、大きく口を開けて牙を出し威嚇する。

 

「業火よ墜ちるのじゃ!」

 

オットレーが声を張り上げると、大蛇の頭上にある業火が少しずつ下降し始めた。大蛇は本能的に危険と判断したのか、尻尾を鞭のように振るい、業火をオットレーの方へと叩き落とそうしたが、それは叶わなかった。

 

「爆散!!」

 

オットレーがそう叫ぶと業火の表面が膨れ始め、そして目が眩むほどの光と爆音がしたのと同時に業火が一気に爆発した。爆発はオットレーとケイン諸共大蛇を炎の渦中へと飲み込んでいった。

 

爆発が収まり、地面や天井には焦げ痕があちらこちらにびっしり付いている。術者であるオットレーは無事だったが、眩し過ぎる光のせいで視界がおかしくなっていった。

 

「人の子よ!大丈夫か!まぁ心配せんでも大丈夫だろうが」

 

「大丈夫ですけどなんですかあの魔法は!!僕まで魔法に巻き込まれるから死ぬかと思いましたよ!何の影響も無かったから良かったですけど」

 

「それは儂が敵と認識したものにしか効果が無いようにしたからの。そんなことよりもあの蛇はどうなったかの。これで終わればいいんじゃが・・・」

 

オットレーの視界が徐々に回復していき、周りが確認できるようになると、オットレーの隣にいつの間にかケインが移動しており、大蛇は地面に巨体を預けていて動く様子は見られなかった。

 

「ふぅ・・・。なんとかなりましたね。都合がいい魔法でこんなに呆気なく終わるなんて思いませんでしたけど」

 

「都合がいいは余計じゃ。あとはこいつの処分じゃがどうしようかの。魔法をかけて食材にするかそれとも放置して天に召されるのを待つかの・・・」

 

オットレーは考える仕草をとりながら大蛇の周りを練り歩いている。ケインは一応大蛇が生きていることを考えて警戒をしている。すると、大蛇の尻尾が微かに動いたように見えた。

 

「オットレーさん!!こいつまだ生きてますよ!!早く大蛇の側から離れてください!!」

 

ケインの言葉を皮きりに大蛇の尻尾がケインを襲ったときのように振るわれた。凄い砂埃がオットレーの周りに舞ったせいで、ケインからオットレーの姿が見えなくなってしまった。

 

「不意打ちはやめてもらいたいの」

 

砂煙でオットレーの姿は確認できないが、喋り方から推測してどうやら無傷のようだ。ケインは安堵の溜め息を吐いたあと、刀を抜いて戦闘態勢に入る。

 

「オットレーさん!大丈夫ですか!」

 

「心配ご無用じゃ人の子よ。だが久しぶりにこやつを呼び出してしまったわい」

 

オットレーがそう言った直後に砂煙が徐々に晴れてきた。するとそこにはオットレーの身の丈2倍はあろうかという高さで、装飾も派手さも全く無い無機質な感じを持たせる赤黒い鉄鎚を握ったオットレーがいた。柄の部分は銀色に輝いているのだが、正六角形の形をした打撃面には赤黒い斑模様が描かれている。オットレーは鉄鎚を使って大蛇の攻撃を防いでいた。

 

「あまり使いたくなかったんじゃが、まぁそんなことを言っている余裕など無いのでな」

 

そういうと、大蛇の尾を横にいなしてすぐケインの傍へと逃げてきた。大蛇は攻撃を防いだことに驚く様子など見せず、ケインとオットレーに対して威嚇することをやめなかった。

 

「さて、これからどうするかの」

 

「そうですね・・・。平和的交渉で解決できればいいんですけどね」

 

ケインはチラッと大蛇を見るが、口を大きく開けて舌を出して威嚇をしている。とても平和的交渉などできる状態ではないし、先ず交渉ができるような相手ではない事など一目瞭然だ。

 

「物理的に黙らせるしか方法は無さそうですね」

 

「あの鐘を狙っている以上帰させるわけにはいかん。ここで眠ってもらうことにしようかの」

 

ケインは刀を握り直し、オットレーは鉄鎚を肩に掛けて大蛇を睨みつける。大蛇がもう一度大口を開けて2人を噛み砕かんと襲いかかった。

 

ケインとオットレーは、さっき避けたように左右に飛んで大蛇の攻撃をやり過ごした。

 

大蛇の牙が地面に深く突き刺さり、体をくねらせながら牙を必死に抜こうとしているがなかなか抜けない大蛇。2人は攻撃のチャンスだとみて大蛇に襲い掛かったが、まるで鉄を打つかのような甲高い音が洞窟内に響き渡った。

 

「な、なんだこの固さ!?こんな固い体を持った魔獣初めてですよ!!」

 

「体と言うよりは鱗のようなものが全身に纏わりついておるようじゃ。儂の鎚でも傷一つつかないとは。これは苦労しそうじゃ」

 

2人はいまだに牙が抜けない大蛇から距離を取るために後ろへ下がり、今一度合流した。

 

「斬撃も通らないし打撃も意味なし、しかもオットレーさんの魔法も通用しないとなるとどうすることもできませんよ!」

 

「まだ儂の魔法が全て効かないと決まったわけじゃないがおそらく効果は薄いじゃろう。何とかして撃破あるいは撃退して鐘だけは死守しなければマズイことになるからの・・・」

 

牙を地面から引き抜いてこちらを威嚇している大蛇を見ながら話すオットレー。攻撃が全くと言っていいほど通じない相手にどうやってダメージを与えるかを模索しているケインもオットレーの話に頷いているが、はっきり言ってお手上げの状態だ。

 

「考えるだけでは此奴は倒せん。何とかして突破口を見つけなければの」

 

「ジリ貧な戦いになりそうですね・・・」

 

「儂らが音を上げるのが先か突破口を見つけて此奴を倒すのが先か・・・。我慢比べの始まりじゃ!」

 

大きく口を開けて攻撃モーションに入った大蛇に向かって2人は得物を手にして走り出す。大蛇の鱗とオットレーが目一杯の力で振るった鉄鎚とが当たった音が戦いのゴングとなって洞窟内を突き抜けていった。

 

大蛇がもう一度大きく口を開けて2人を噛み砕かんと襲いかかるが難なく避けるオットレーとケイン。

 

「同じ攻撃ばかりとは芸が無いの。いくら巨大でも蛇は蛇ということかの」

 

オットレーは鉄槌を構え走り出す。それに乗じてケインも負けじと攻撃にかかるがまたしても2人の攻撃は弾かれてしまう。

 

弾かれた反動で少しよろけた2人に大蛇がすかさず鞭のように尾を振り回す。危なげながらもなんとかバックステップで攻撃を避ける。

 

「くっ、埒があかないですね。このままだと完全に持久戦になりますよ。持久戦になってしまったらこちらの負けは確定してるようなもんです」

 

「あやつの頭を儂の得物でぶん殴れば少しは有利に進めると思うんじゃがの。あの巨体でも頭を殴れば少しは効いてくれるはずじゃが、流石にあの高さは跳べないの」

 

大蛇の頭がある位置はケインを縦に並べた高さよりも少し高い位置にあるためオットレーの身長ではまず届かない。ケインが跳んでも届かないだろう。

 

2人の額にはうっすら汗が滲んできているが、大蛇は余裕しゃくしゃくといった感じだ。

 

「次は儂の魔法を得物に纏わせて攻撃してみるからの。ケインは援護を頼むぞい」

 

「えっ?武器に魔法を纏わせることができるんですか?」

 

「できるぞい。だが詳しい話は後じゃ。今はあやつを倒すことが最優先じゃからの」

 

そういうと、オットレーの身体から魔法を詠唱してる時よりも倍近くの魔力が溢れてきた。溢れた魔力はオットレーの得物である鉄鎚に集中し始め、オットレーが全身に纏っていた魔力は全てオットレーの鉄鎚へ完全に移動した。

 

「こんなところかの。これであやつを攻撃してみて効くかどうか試してみんとの。援護頼むぞい」

 

「わかりました!」

 

ケインの了承の言葉を合図に2人は動き出した。ケインが大蛇の前で効かないと判っている攻撃を繰り出し大蛇の注意をオットレーから逸らさせる。オットレーは大蛇の動きに合わせながら鉄鎚に纏わせた魔力に属性を付加させる。鉄鎚が纏っていた魔力が白から赤へと徐々に変化していた。

 

「準備が整った!人の子よそこから離れるのじゃ!」

 

「はい!」

 

ケインは大振りの攻撃をやめ、大蛇から距離を取る。それと入れ替わるようにオットレーは鉄鎚を構え走り出す。完全に赤へと変わった鉄鎚の魔力から業火が勢いよく燃え盛った。業火を纏った鉄鎚を持ち走るオットレーに気が付いた大蛇は、こちらに近づかせないようにまたもや尾を振るって応戦するが、同じパターンの攻撃のため難なくかわす。

 

「本当に同じことしかできぬやつじゃの。いくら体格の利があってもそんなことでは儂らには勝てんぞ!」

 

オットレーの言葉の意味が判ったのか、尾を使った攻撃ではなく強引に噛み砕こうとオットレーに飛び込んだ大蛇。大蛇が飛び込んでくるにもかかわらず、怯えるどころかニヤリと笑うオットレー。走るのをやめて立ち止まり、業火を纏った鉄鎚を構える。

 

「こんなワザとらしい挑発に引っかかるとは。やはりただの大きい蛇だったの。ここは神聖な場所。お主のような邪険なものは即刻ここから立ち去るがいい!」

 

オットレーは、噛み砕こうと至近距離まで迫った大蛇の側頭部に鉄鎚をフルスイングした。大蛇の側頭部を捉え、鉄鎚がヒットした瞬間強烈な爆発が起こり、大蛇は壁へと吹き飛ばされていた。

 

オットレーからの強烈な一撃を喰らった大蛇は、壁に頭がめり込んでいて必死に抜け出そうともがいていた。あれほどの爆発と衝撃を喰らっても倒すどころか気絶さえしていない大蛇を警戒しつつ、ケインはオットレーのいる場所まで走っていった。

 

「あれだけの攻撃を喰らっても倒せないなんてどれだけ硬い鱗を纏っているんですか!?」

 

「今の攻撃では致命傷どころか傷さえできてないかもしれぬの。だが、少なからず影響は出ているはずじゃ。もう一度儂の一撃を喰らえば流石のあやつも傷を負うはずじゃろ」

 

オットレーは再び鉄鎚を構えて魔力を全身に纏わせる。さきほどの一撃をもう一度大蛇に喰らわせるようだ。鉄鎚に纏わせた魔力が赤く変化して業火が燃え盛るのと同時に、大蛇が大きな音を立てながら壁にめり込んだ頭を抜いていた。そしてすぐにケインとオットレーが居る場所に向き直って睨み付けていた。明らかに殺意が籠っている目線を一身に浴びて、ケインは少し身が竦みそうになりながらも刀を構えて戦闘態勢に入る。オットレーも業火が燃え盛る鉄鎚を肩に下げて大蛇を睨み返していた。

 

「僕たちのようなちっぽけな生き物に攻撃されて少し怒ってるように見えますね。あいつの目がすごいギラギラしてますけど」

 

「ふむ。攻撃だけならあやつにしていたが・・・。なぜ急に殺意のようなものを込めて睨んでくるのかの。全くもって謎じゃの」

 

2人が大蛇の様子を注意深く観察していると、さっきよりも速いスピードで大蛇がこちらに近づいて来た。

 

「なッ!?さっきよりも速くなってないか!」

 

「避けるのじゃ人の子よ!あんな速さで体当たりなどされたら一巻の終わりじゃ!」

 

ケインは猛スピードでこちらに迫ってくる大蛇を横へダイビングジャンプして何とか紙一重で避けたが、大蛇の攻撃はそれで終わりではなかった。避けられたことを確認した大蛇はスピードを遠心力に変えて尾で薙ぎ払おうとしていた。

 

「なんて奴だ!!巨体なくせして器用な事しやがって!」

 

攻撃の速さと範囲を考えるとどうやっても回避不可なので、ケインはすぐさま立って刀を抜きガードの態勢に入った。オットレーもケインを助け出そうと鉄鎚をもって走り出したが、大蛇の攻撃が予想以上に速く、ギリギリ間に合いそうになかった。

 

大蛇がムチを連想させる尾を使った攻撃が寸分の狂いもなくケインにヒットした。いくら刀でガードしていても、衝撃だけは緩和することができずに吹っ飛ばされてしまう。刀を地面に突き刺して威力を殺しなんとか壁に激突することは避けることができたが、大蛇に対する恐怖がケインの行動を鈍らせてしまっているのか、足が竦んでなかなか立てないでいた。

 

「僕もまだまだ修行が足りないみたいだ・・。クソッ」

 

「大丈夫か人の子よ!!ケガはないか!?」

 

「大丈夫ですけど体に力が入りません。ちょっと無理しすぎましたか・・・」

 

「当たり前じゃ!!あんな強烈な技を刀一本で受け止めよって!今回復するからちとまっとれ!」

 

オットレーは大蛇を一瞬見てこちらに追撃してこないのを確認すると急いでケインに回復魔法を施した。オットレーのおかげですぐ態勢を立て直して再び刀を構える。ケインとオットレーが目を合わせて頷くと、大蛇にもう一度攻撃を仕掛ける。大蛇も二人の攻撃に合わせて尾を振るう。今度はオットレーが大蛇の攻撃を鉄鎚でうまいこと跳ね返し、その隙をついてケインが攻撃を仕掛ける。ケインは刀をただ振るう攻撃ではなく鞘にしまった刀を素早く抜刀して斬りつける『居合』の型をとった。ケインは大蛇に近づきながら居合の型をとり、大蛇のすぐそばについた瞬間居合切りを放つ。しかしまた大蛇の鱗に斬撃が跳ね返されてしまった。2人はもう一度下がって様子見に徹した。

 

「このままではこちらの体力が切れてしまう。持久戦に持ち込まれてはこちらが不利じゃ。あの鱗をどうにかしない限り手の施しようがないのう」

 

「急ぎながら居合を放ったからあれですが、居合も普通に刀を振るうよりかは有効だと思いますけど決定打にはとても・・・」

 

「もう一度儂が魔法を纏った一撃を喰らわすとしようかの。次は雷じゃな」

 

オットレーから再び大量の魔力があふれ出して鉄鎚へとながれていく。鉄鎚に流れた魔力が今度は黄色に変化し始め、まもなく雷の轟音が洞窟内を支配した。

 

「儂が一撃を大蛇に与える!もう一度援護を頼むぞ!」

 

「了解しました!!」

 

オットレーは鉄鎚を構えて大蛇に向かって走り出す。大蛇は2人に対して牙をむき出しにして噛み砕かんと襲い掛かる。オットレーは真上からの大蛇の攻撃を咄嗟にバックステップしてかろうじて回避するが少し態勢を崩してしまう。オットレーが態勢を立て直す間ケインが大蛇を引き付ける。有効にはとても思えない攻撃を時間稼ぎのため少しでも攻撃の手数を多くする。そうして稼いだ時間を有効活用したオットレーは大蛇の頭の少し下に狙いを定めた。

 

「強烈な一撃を喰らわせてやるぞい!!少しは大人しくするのじゃ!」

 

ケインが大蛇を引き付けておいたおかげで大蛇はオットレーの事をそれほど気にはしていなかった。オットレーが声を張り上げて攻撃を仕掛けるときには流石に気が付いたが時すでに遅く、オットレーの轟雷を纏った強烈な一撃が大蛇の首部分にヒットし、くの字に折れ曲がった大蛇は再び壁に激突した。オットレーはケインと合流して大蛇に近づき過ぎないように注意しながら様子を見ることにした。

 

「これで攻撃が全く効いていなければこちらの勝ちは無いに等しいのう。儂は火と雷の魔法しか心得が無いからの」

 

「決定打になればこの争いは終わるんですけど・・・。ま、そうは問屋が卸してくれないですよね」

 

ケインは動き出す大蛇を見て溜息を吐きながらそう言った。全く効いているそぶりを見せていない大蛇だったが、オットレーが渾身の一撃を与えた場所に変化が生じていた。それは今の圧倒的不利な状況を一瞬で有利に好転してくれるものであった。

 

「あっ!!オットレーさんアレ見てください!!大蛇の鱗が剥がれてます!」

 

「鱗が取れて肉体があらわになっておるようじゃ。あそこを人の子の刀で切り落とせば一瞬で勝負に区切りがつくぞい!」

 

オットレーが大蛇に攻撃を当てた場所は鱗が雷の電撃により焦げて剥がれており、鱗が剥がれた場所は綺麗なピンク色をした肉体が姿を現していた。

 

「この大蛇の弱点属性は雷だったという事ですね。最初からわかってたらこんな苦労しなかったのに」

 

「あくまで結果論だがの。取り敢えずこれで勝機は見えた。あとはあの場所にどうやって人の子の斬撃を与えるかじゃが・・・」

 

2人は大蛇を倒すための算段をたてようとしたが、大蛇の攻撃により中断しざるを得なかった。尾を使った攻撃を用いて2人を一度に攻撃しこちらの有利な状況に持っていこうとしていた。考えて行動しているわけではなく本能的にそうしているようで、攻撃の手を緩めることなく何度も何度も同じような攻撃を繰り返していく。2人も大蛇の尾を使った攻撃は完璧に見切ったようだが、大蛇の連続攻撃によって反撃する隙を見失っていた。

 

「ここにきてこんな攻撃してくるなんてなんて奴だ!」

 

「完全に儂らの攻撃を封じて体力切れを狙っているようじゃな。それだけは何としても阻止しなくてはいけないの」

 

2人は大蛇の怒涛の連続攻撃をかわしつつ反撃の狼煙を上げるタイミングを狙っていた。ケインは時折刀を使って攻撃を防ぎつつ大蛇に接近しようと試みるが大蛇の尾の攻撃の威力が上昇し始め、容易に近づけないでいた。オットレーも隙を伺うがなかなか反撃ができないでいた。しかしここで大蛇が尾の攻撃をやめて2人を噛み砕こうと大きな口を開けて襲い掛かってきた。2人は一瞬焦りながらも難なく回避した。

 

「どうして急に噛みついてきたんだ?尾の連続技で仕留めるのではなかったのか?」

 

「もしかしたら儂の雷の影響で尾の部分が少し麻痺してきたのかも知れんの。あそこまで連続した攻撃を放っていれば麻痺が回る速さが上がったかもしれんの」

 

「という事は今がチャンスですね!あの大蛇に速く斬撃をあてないと!」

 

大蛇とまたにらみ合いを始めた2人はひそかに作戦を練っていた。

 

「僕は流石にあの高さまで飛べないし、かといって自分の刀を投げるわけにもいきませんし・・・」

 

「なら儂にいい考えがあるぞい。ちと耳を貸すのじゃ」

 

オットレーはケインに小さく耳打ちをした。ケインはオットレーの考えた作戦を聞くや否や驚愕の表情を見せたが、うまくいけば一瞬で戦いに終止符が打てるためその作戦に一か八か賭けてみることにした。

 

「では手筈通りに頼むぞい!」

 

「わかりましたがちゃんと加減してくださいよ!?」

 

「まかせておくのじゃ!」

 

2人は一斉に分かれて走り出した。オットレーは大蛇の顔部分に近い場所で大蛇の気を逸らしていき、ケインは尾の方にまで走っていく。そして攻撃しながら大蛇の気を自分に逸らすようにしながら素早くオットレーの方まで移動する。

 

「オットレーさん頼みます!!」

 

「わかったぞい!!大蛇よしかと受け止めよ!この一撃で貴様に引導をわたしてやるわい!」

 

ケインがオットレーの方へと全速力で走り、オットレーは鉄鎚を下から振り上げるような形で構えている。そしてケインがオットレーとの距離約1メートルまで来たところで両足で踏ん張って体を捻って大蛇の方に方向転換しながら軽く飛び、それに合わせてオットレーが渾身の力で鉄鎚を振りぬいた。オットレーが振りぬいた鉄鎚の接地面にケインの両足を合わせ、まるで人間大砲のようにケインを大蛇の方へ吹き飛ばした。

 

「これで終わりだッ!!!」

 

ケインは大蛇の肉体が露わになっている横を通り過ぎる瞬間居合切りを放った。居合切りをまともに喰らった大蛇は肉体が露わになっている場所から夥しい量の血が吹き出し、大蛇は横に倒れながら大量の光の粒子になって消えてしまった。残ったのは地面に付着した大量の赤黒い血液だけだった。

 

「よし!これで一件落着じゃn「僕を助けてくださいよ!!!」おっと忘れとったわい」

 

ケインはオットレーに吹き飛ばされた勢いを殺すことができずに斜め上へと依然上昇していた。オットレーはやれやれといった表情を浮かべながら鐘を大蛇の攻撃から守った魔法を展開して壁の激突を防ごうとしたが、その必要はなかった。

 

「全く危ない事しちゃってぇ。死んだらどうするつもりだったのかしらぁ?」

 

「え?いったい誰の声ですか?それよりも早くたすけt」

 

「よっとぉ。これにて一件落着ねぇ」

 

ケインは吹き飛ばされている感覚から少しの衝撃と共に何かに包まれているような感覚になった。ケインは恐る恐る顔を上げると、そこには伝説の魔獣とされ数多くの伝承が残っている謎多き生命である竜の顔が確認できた。ケインは何が起こっているのか全然つかめていなかったが、時間が経つにつれて事の重大性に気が付き無意識に驚愕の声を上げていた。

 




おはこんばにちはLEGENDです。今回はケインとモコが主となって活躍させました。リリスファンがいるとは思えませんが、次の機会にはちゃんと活躍させますので今回は大目に見てください。

ボスキャラみたいな大蛇と戦わせましたが、やはり戦闘描写が上手く書けているかが心配です。書き溜めたものでもあるので、少し違和感があるかもしれませんが、誤字脱字と同じくご一報いただければ幸いです。

この話の最後に、物語の名前にも出てくる竜が登場しました。『竜の軌跡』と謳っているので、話の主軸にはやはり竜が関係しないとね。では。


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第5話

「あなたはケイン君っていうのねぇ。素敵な名前ですねぇ」

 

ケインが落ち着きを取り戻すまで待ってもらい、ある程度落ち着いたところで自己紹介が始まった。ケインが落ち着きを取り戻す最中にモコがどこに隠れていたが判らないが戻ってきて、ケインの足元にくっついていた。ケインの目の前にいる竜は本来の姿から人型へと変化しており、洞窟内の壁画にあったように耳が人間よりも尖っており、まるで大地のような色をした立派な尻尾が伸びていた。

 

「では、あなたが本当にあの伝説の魔獣である『竜』という事ですね?」

 

「そうよぉ。魔獣とはまたちがうけどねぇ。私の名前はサーニャ=ベアトリクス。ここで暮らす『地竜』たちの長であり、この鐘を守護する者よぉ」

 

なんとも間延びする話し方をするサーニャに若干困惑しつつもその姿を一瞥するケイン。髪は肩よりも少し長く全体的にふわっとしている。とてもグラマーな体型をしていて、ボンッキュッボンッとはこういうことだと言えてしまうような体つきだ。服装はどこかの民族衣装のような服装で、袖が長く丈も長い独特な服を着用している。どこかポワンとした雰囲気を持っているため竜達の長というのが少し信じられない。

 

「大きな揺れが起きたから鐘が心配で見に来たら、大きな蛇とオーちゃんと人間が戦ってるからびっくりしたのよぉ。危なくなったら助けに入ろうかと思っていたのだけれど大丈夫だったみたいねぇ」

 

「いつから僕たちの戦闘を見ていたんですか?」

 

「オーちゃんが雷を纏った一撃を大きな蛇に当てたところから見ていたわねぇ。人間と一緒に協力して戦っていたから手を出すのも悪いかなぁと思ってぇ。」

 

「そうなんですか・・・。それよりもオットレーさんってサーニャさんにオーちゃんって呼ばれているんですね」

 

「儂も柄ではないからやめて欲しいのじゃ。でもサーニャ様が一向にやめてくれないからの」

 

「いいじゃない別にぃ。ケイン君もそっちの方が可愛いと思うでしょ?」

 

可愛い可愛くないの問題かと疑問に思ったケインだがそのことは一旦置いといて、ここの洞窟に来てから気になっていた鐘のことをケインはサーニャに聞いてみることにした。

 

「サーニャさん。あそこにある鐘のことですが僕たち人間の世界とこの世界を隔てるために造られたとオットレーさんから聞きましたが、それ以外の理由はないんですか?」

 

「ふーん。ケイン君はなんでそんなことを思うわけぇ?別に世界を隔てるためっていうだけで充分な存在理由じゃないかしらぁ?」

 

「次元を隔てるだけならあそこまで大きくなくてもいいと思うんですよ。ぼくはこっちの世界に関しては全くの無知ですけど、あそこまで大がかりなモノは必要ないとただ単純に思っただけです。こちらの世界の魔法は僕たちが住んでいるものよりも高度だからもっとコンパクトにできると思って」

 

「なるほどねぇ。まぁ鐘について憶測立てるのもいいけど早く自分の世界に帰らなくてもいいのぉ?いまなら私が直々に送り返してあげるわよぉ?」

 

サーニャはケインの憶測を聞いていたが答えを出さずに話題を逸らした。ケインは深く追及することもなくサーニャに憶測を聞いてもらった礼を言った後、サーニャさんの力を借りて人間の世界に戻ることにした。オットレーには改めて深く礼をしてモコを抱きかかえて帰る準備をし始める。と言っても泊まりに来ているわけではないので準備は1分もかからず終了していた。

 

「これでよし・・・。サーニャさん、僕を元の世界に戻してください。準備は整いました」

 

「判ったわぁ。それじゃあ始めるから私が描く魔方陣から抜け出さないでねぇ。もし抜け出すと抜け出た部分だけこちらに残して帰ることになるからねぇ」

 

サーニャは背筋が凍えるようなことをさらっと言った後すぐ詠唱を始める。するとケインの足元に大きな大地の色をした魔方陣が現れた。ケインが魔方陣を注意してみると、魔方陣の中には何が書いてあるか皆目見当もつかない文字があり、魔方陣にびっしり書かれていた。すると少しずつ魔方陣から光が漏れだし、ケインはサーニャの言葉を思い出して魔方陣の中に腕と足がすっぽり入るように立つ。

 

「流石ですね。こんな高度な魔法見たことないですよ」

 

「お褒め頂光栄だわぁ。その魔方陣の中で自分が帰りたい場所を頭の中で思い浮かべればそこの場所にちゃんと転移してくれるはずよぉ」

 

「わかりました。それではオットレーさんサーニャさん。またここに来る機会があればまた来ます。2人ともお元気で」

 

そういうとケインは目を閉じてトレント鉱山の入り口の風景を思い浮かべた。するとケインは体が浮いたような不思議な感覚に身を包まれ、ケインが思い浮かべたトレント鉱山へと転移していった。ケインを見送ったサーニャとオットレーは帰路に着く。その途中オットレーはサーニャを見上げながらある問いかけをした。

 

「一つ聞いてもよろしいでしょうかなサーニャ様」

 

「いいよぉ。オーちゃんは何か気になることでもあったぁ?」

 

「あの鐘の事ですわい。よかったのかの?あの人の子に鐘の真相を教えなくても」

 

「ケイン君に鐘の本当の存在理由を教えたところで信じてもらえないだろうしぃ、信じたとしてもケイン君はそれをどうすることもできないと私は思うけどなぁ」

 

相変わらず間延びした感じでオットレーに応えるサーニャ。オットレーもそれはそうじゃのうと一言返した。ケインが歩いてきた道とは反対方向へと足を進める2人。するとサーニャが唐突にそれにといってさっきの会話に言葉を足していた。

 

「それにあの至宝はもう何千年もの間使われてない、いや使えないしねぇ。それにあんなモノは人間に渡しては滅びの道に進む一方だわぁ。『竜の至宝』なんて今の時代にはない方がいい。使えなくなったことが逆に良かったかもしれないわねぇ」

 

サーニャはそういうと歩を進める速さが少しだけ速くなった。オットレーもそれに合わせてサーニャの隣を歩く。2人の間を何とも言えない空気が流れる中、地竜達が棲む郷へ歩いていく2人であった。

 

 

 

 

ケインが元の世界に帰ってからは凄く大変だった。まず、トレント鉱山の鉱山町にこれほどまでするかと言えるぐらい感謝の言葉を貰った。そして助けた鉱員達からお礼だといって、嫌というほど野菜や魚、肉などといったお礼の品を半ば強引に渡された。ケインも助けたのは当たり前だからと言って貰わないつもりでいたが、鉱員達の迫力に負けて全部貰ってしまい、家の食事が1カ月は買い物に行かなくてもいいだろうと思えるぐらいの食材が倉庫の中に積まれている。そして一番大変だったのはリリスだった。

 

まずケインになぜ連れていかなかったのかと散々喚き散らした後、無事でよかったと急に泣き始めてケインはひたすらオロオロしていた。フウカもフウカで急に抱き着いたりして報告もままならない状況で対応にひたすら困ったケインだった。リリスもだいぶ顔色は良くなったがまだ本調子ではないらしく、1日体を休めることにしてケインが元の世界に戻った2日後に次の街へと旅立つことにした。

 

報告する時、ケインは竜の存在と大鐘の存在、そして壁画のことは伏せておき、落盤事故の原因も「大蛇の可能性がある」と言わずに、「結局わからなかった」という事にしておき、ケインとモコが体験したものは一切話さずに報告をした。

 

 

 

そしてトレント鉱山落盤事故から2日後経った日の早朝、ケインとリリスは旅をするための荷物をもって遊撃士協会トレント支部へと出向いた。支部の建物内にはフウカしかおらず、バルトはまだツヴァイ支部の応援から帰ってきていない様子だ。フウカは支部に出向いた2人に声をかけ、次の協会支部がある港湾都市ラグーナへの行き方を事細かに教えた。

 

「ラグーナへは最低でも歩いて2日はかかるわ。だから歩きで行くなら途中にあるラグレント休息所によって1日休んでから目指しなさい。それにしても本当に歩きで行くわけ?飛行船のチケットなら今日の昼の便のものを手配できるわよ?」

 

「リリスの身体を鍛える一環でもありますし、何より王国全土を回るわけですから街道の様子とか自然といったものを肌で感じてみたいわけですよ。だから僕たちは極力飛行船とかは使わないで自分の足で王国を回ってみるって二人で決めたんです。」

 

「そこまで決めていたのなら私から言う事は何もないわ。でもいくら道が整備されているとはいえ魔獣も普通にでるし山も上り下りする場所もあるから十分気をつけるのよ?」

 

「そんなの判ってるって。そんなことで泣き言言ってたら遊撃士の仕事なんてこなせるはずないわ。心配せずとも私たちは大丈夫よ」

 

リリスは胸を張りながらそう言った。確かに街道の魔獣は遊撃士が苦戦するほどでもないし、トレントからラグーナまでの道のりは基本的に平坦なのでそこまで疲れることはないだろう。フウカはそう思い、もう一度注意を促した後、ラグーナに無事着いてからの行動する順番を2人に教えた。そして2人に教えることが無くなったフウカはカウンターから席をはずし、二人の門出を見送ることにした。

 

「それじゃあフウカさん。正遊撃士になるためにいろいろ学んできます!」

 

「すぐに正遊撃士になって驚かせてやるわ!!」

 

「その意気込みはいいけどあまり焦っても意味ないからね?」

 

「わかってるって。それじゃあ行ってきます!!」

 

「行ってきますフウカさん」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

ケインとリリスはトレント協会支部の扉を開け、朝日が差し込むなか悠々とラグーナに向けて歩き始めた。何を話しているかは判らないが、時折笑い声が聞こえてくる2人の後ろ姿を見ながら手を振るフウカ。ケインとリリスの2人が朝靄で見えなくなるまでフウカは手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケインとリリスは休憩をはさみながら着々とラグレント休息所へと向かっていた。途中魔獣とも何度か遭遇したが難なく撃退して歩を進める2人。そして朝早くから出発し、途中で家から持ってきた弁当を食べて、日が傾くぐらいまでへとへとになるまで歩いた結果、日が沈む前にラグレント休息所に着くことができた。

 

ラグレント休息所はトレントとラグーナのちょうど真ん中に建てられた施設であり、食事は出ないし部屋も狭いという欠点もあるが、通常このような素泊まりの宿でも最低200ベルかかるところが、ここでは20ベルで泊まることができるため、街道を歩く人にとってはとても便利な施設だ。食事が出ない代わりに、休息所内には調理ができる場所もあるため、家から持ってくる人やラグレント休息所の周りに自生している食べられる食材を採ってきて食べる人もいる。

 

ケインとリリスは家から沢山もらって余ってしまった食材を2日分ぐらいもってきておいたので、食事に困ることなくラグレント休息所に泊まることができた。兄妹だからという理由で一緒の部屋にされたことに関してだけ、リリスは気に入らなかったのか最後まで二部屋にしようと頑張っていたが、健闘むなしく一部屋になってしまった。そして夜もふけってきて綺麗な月の光が外の景色を彩る光景を見ているケインにリリスが語気を強めて話しかけた。

 

「私はベッド寝るからね!!絶対入ってこないでよね!!ケインはそこのソファーで寝なさいよ!!わかった?」

 

「わかったから・・・。僕はもう少し起きてるけどリリスは寝るんでしょ?」

 

「ええ。トレントからここまで歩いてだいぶ疲れたから。明日も歩かないといけないから早めに寝るわ。おやすみ」

 

「お休みリリス」

 

そういうとリリスはベッドの中へと入って行った。そして相当疲れていたのか数分もしないうちに寝息が聞こえてきた。ケインはリリスを起こさないよう静かに照明を落として、ソファーに無理矢理寝転んで受付の人から貰った毛布を上にかけて寝る態勢に入った。そして上を向きながらボソッと独り言をつぶやいていた。

 

「明日からは知らない街で遊撃士としての修行に入るのか・・・。まぁそんなに焦っても意味ないってフウカさんも言ってたし無理することなくゆっくり着実に進んで行こう」

 

そういうとケインは目をつむり、そしてケインも数分もしないうちに規則正しい寝息をし始めた。遊撃士としてのスタートラインに立った2人に今後どのようなことが起こるのかは空の女神にしかわからないことだ。今はただ月夜の光に抱かれながら明日も歩いてラグーナへ向かうための元気を養う2人であった。          

 

                

 

                To Be Continued

 




おはこんばにちはLEGENDです。今回の話で第1章は終了します。書き溜めてあったものもこれでなくなりましたので、次回以降からは完成次第投稿します。なにぶん私生活が忙しいため更新が大幅に遅れてしまうので、首を長くして待っていてください。

さて、今回は第5話というよりも第1章のエピローグ的な立ち位置になります。1周り成長した2人がトレントを離れ、次の街であるラグーナへ向かいます。ラグーナで出会う先輩遊撃士や依頼の数々を通して更に成長する2人を楽しみにしていてください。

では。また次回お会いしましょう。


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