熊野とのんびり提督 (sarah_nox)
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Day1 -熊野着任-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。


ブルネイのとある鎮守府の廊下。

一人の少女が執務室に向かって歩いている。

 

栗色の髪を後ろで一つにまとめ、翡翠色の瞳を持った彼女は内心で少々の不安を感じながらも、歩くその姿は堂々としたものだった。

新規着任する艦娘は珍しい訳でもないのか、気に留める者は少なく荘厳な建物には似合わない賑やかな鎮守府だ。

駆逐艦娘が横を走り去り、庭でひなたぼっこをしている軽巡娘などを見かける。

 

(なんだか、とても懐かしい感じがしますわ)

 

『なにが』と訊かれれば正確に答えることはできないが、例えるならそう。

 

--帰るべき場所に還って来た。

 

そんな感じだろうか。

ただ『前の記憶の時』と同様に、今回も戻ったことによって終わりではない。

むしろこれからが始まりなのだ。

 

 

--執務室前--

 

少し豪華な扉の前で少女は一度深呼吸をした。

高鳴る鼓動を抑えながら少しの間目を閉じる。

自分の中に宿る『記憶』には以前から気づいていたつもりだ。

 

激戦、別離、無念、後悔。

 

やり場のない感情が渦巻いていたその時と今はもう違う。

 

私は、幾度傷つきながらも諦めることなく本土回航の航路(みち)を進んだ誇り高き重巡『熊野』。

 

手から零れ落ちた(あかり)の数だけ困難を乗り越えよう。

それが私にできることだと。

今一度開いたその瞳には迷いなどない翡翠の(まなこ)

今回こそは護り抜く。そう決意を固め執務室の扉をノックした--。

 

 

--執務室--

 

鎮守府運営の書類と格闘していると、ふいにドアがノックされた。

 

「本日づけで配属された熊野ですわ」

 

少し緊張を含んだ声の主はこちらの返答を待ち、ドアの向こうで待機しているだろう。

まだ見ぬ重巡娘の姿に期待感を膨らませながら応える。

 

「入っていいぞ」

 

それを受けて失礼しますと言いながら扉を開けて入ってくる彼女の姿に目を奪われる。

放心している僕に対して訝しげな視線を送りながら栗色の髪の少女は敬礼しながら述べた。

 

「ごきげんよう。神戸生まれのお洒落な重巡・熊野。着任いたしましたわ」

 

艦娘は艦型ごとに違う制服が配給される。

最上型の彼女は最上・三隈とは服飾が異なるものの色彩控えめなものに変わりはなく、明暗分かれたブラウンのブレザーとスカートを身につけていた。

一見地味にまとまっているように見えるが、髪の色との相性もよく本人の印象も相まって尚、上品に感じる。

 

「? 提督どうかいたしましたか?」

「いや、すまない。気にしないでくれ」

 

これから部下となる子に素直に見惚れていたといえるはずもなくその場はごまかす。

 

「それよりも着任早々で悪いんだが、君には秘書艦を頼まれて欲しいのだが」

「秘書艦?」

 

敬礼していた腕をおろし、顎に人差し指をあてて首をかしげる仕草もまた様になっている。

上品な中にも可愛らしさを含む、なんと完璧なことか。

 

それはさておき、秘書艦とは--。

 

提督の雑務や戦闘指揮の補助から時間のお知らせまで、ほぼ四六時中提督の補佐をする。

この文字通り秘書の仕事を提督から頼まれた艦娘のことを『秘書艦』と呼ぶのが通例だ。

 

「なるほど。提督がそこまでと仰られるのなら、やぶさかではありませんわね」

「ああ、ぜひとも頼むよ」

「では、承りましてよ」

 

内容についてはよく理解できているのかはわからないが快諾してくれた。

 

「最初は戸惑うことがあるかも知れないが、わからないことがあれば遠慮なく聞いてくれ」

「もちろんですわ。これから長い付き合いになるでしょうし、よろしくお願い致しますね」

「こちらこそ」

「では熊野は部屋に戻りますわ」

 

彼女がそう言って踵を返し扉へと手をかけたところで、最初の頼み事をひとつ思い出した。

 

「この部屋に入るときに声をかける必要はないよ。君なら大歓迎だ」

「まあ、この熊野を口説こうとするなんて70年早いですわよ、提督」

「参ったね。君のお眼鏡にかなうよう頑張るとするよ」

「あまり期待せずにお待ちしております。では」

 

熊野が部屋を出てまた静寂がやってくる。

まだ彼女がどんな子か掴めたわけではないが、うまくやっていけそうだ。

 

重巡洋艦・熊野は昔からその壮絶な史実から気に入っている艦のひとつで、その化身とも言える艦娘に会えたことも感無量だ。

そんな熊野がこの鎮守府に配属されると聞いた時は心が踊った。

現に本人との邂逅を果たした今も、その感動で身体が火照っているのがわかる。

 

椅子を半回転させなんとなく半開きの窓の外を見る。

天気は快晴。絶好の航海日和だ。

執務椅子に背を預け、春を運んでくる心地の良い風を感じながら鎮守府のこれからについて思いを馳せた。




--あとがき
うそ!?
のんびりなものを書くって言ったのに最初から暗いの飛ばしてない!?
でも後半で持ち直したね!よかったね!
前振りはフラグでも伏線でもなんでもないよ!たぶん!


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Day2 -熊野と鈴谷-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。
鈴谷さんがログインしました。

髪と瞳の色は既出ネタですがゴメンニ。


-- Kumano Side --

 

春を運ぶ風を浴びながら鎮守府の施設を散策していると、一人の少女に出会う。

 

風に揺られる翡翠の髪――。

晴れ渡る空を見据える栗色の瞳――。

 

ここに着任して数人の艦娘を目にしてきましたが、言いようのない感覚に囚われたのはこれが初めてでした。

 

例えるならそう、ようやく会えた――と。

 

彼の大戦で泣き別れのような状態になったまま再度の邂逅を果たすことはなかった。

何度もへこたれそうになったけれど、最期の時まで本土回航を夢見ることが出来たのはひとえに彼女の存在が大きいとも言える。

 

「鈴谷……?」

 

口からこぼれたその名前はかつての相方。

第七戦隊で長くの時間を共にした最上型の姉。

 

私の呟きが届いたのか、彼女はこちらに振り返る。

 

「お? 熊野じゃない? 久し振りだね~!」

「鈴谷――っ!」

 

名前を呼ばれたこと、それ以上に姿は違えど私を『熊野』だと気づいてくれたことが嬉しくて思わず駆け出し、胸に飛び込む。

 

「おおっ? どうしたのさ。お姉ちゃんに会えて嬉しくなっちゃった?」

「お久しぶりですわ。ずっと……ずっと、この日を……」

「冗談で言ったつもりだったんだけど、いやぁでもあの時以来だね。元気してた――、はなんか違うか」

 

右手で髪をいじくりながら微笑む鈴谷。

溢れだす感情が抑えきれず、強く抱きしめることで想いを伝えると、私を受け止めてくれた腕をそのままに抱き返してくれた。

 

「いたた、ちょっと強いよ熊野~」

「ごめんなさい。つい……」

 

慌てて彼女から離れ、近くにあるベンチに腰掛け積もる話を語り合う。

そして話題は現在の事。

 

「聞いたよー? 着任早々、秘書艦に指名されたんだって?」

「私も少々驚いているのですが、ここの提督はどんな方ですの?」

 

まだほとんど会話を交わしていない彼のことは、どうしても気になる。

初対面のはずなのに重要である秘書に任命するなど常識的に考えてないだろう。

 

「あぁー、提督ね。変わってると思うよ」

「変わっている?」

「本当は本営でもやっていける実力はあるのに、こんな辺境の前線で指揮を執ってさ」

 

現在では鎮守府の運営を任されるものを、階級問わず『提督』と呼ぶ慣習があるそうだ。

しかしここの鎮守府の提督は若く見えましたが、それほどまでとは意外なことでした。

 

「なにかあったのですか?」

「ま、そのへんは本人から直接聞きなよ。色々あったみたいだしね」

「わかりました。そのうち聞いてみることにしますわ」

 

辺境に配属ということだけでもイチモツ抱えていることは察していましたが、色々ありそうですね。

 

「でもさ。提督は、真面目で真っ直ぐな人だと思うよ。ここ何ヶ月か接してみて、鈴谷はそう思ったよ」

「へぇ、鈴谷がそこまで言うのなら私も相応の態度で接しないといけませんわね」

 

目を閉じ、ほんの少ししか言葉を交わしていない提督の姿を思い浮かべながら決意を固める。

 

「そういうわけでさ、これからよろしくね。熊野」

「ええ、今度こそ一緒に」

 

--Kumano Side end--

 

この様子を見ていた者の姿が一人あったが、彼は二人の再会に水を差すことなくすぐに立ち去っていった。

 

期待に応えるために、これ以上に励まなければいけない。

戦闘に関しては無力な自分達の代わりに戦いに行く艦娘たちを支えるために。

この鎮守府が少しでも彼女たちにとっての安息の地になるように。

最善を、最良を尽くそう。

 

何よりも大好きな、この海を取り戻すために――。




--あとがき
七戦は初期最上型4艦。
後期は熊野鈴谷利根筑摩ですね。

結局しんみりモードなのは変わんないですね(諦


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Day3 -熊野と執務-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。
そろそろ武蔵出していい?


「あら提督。今頃ご出勤? 鈍間のね?」

 

執務室の扉を開くとソファーに腰掛け紅茶を飲む、栗髪の重巡・熊野が声をかけてきた。

本を読みながらカップを傾けるその様は上品なお嬢様にしか見えない。

 

「これでも20分前の到着だったんだが、早いね熊野」

「そのくらい秘書艦としては当然ですわ」

「参ったな。君を任命したのは僕だが、どうもこれからの任務は手が抜けなそうだ」

 

言っている間にデスクに着くと、彼女は手に持った本を閉め来客用のテーブルに置き、書類の束をこちらに持ってくる。

 

「私が秘書になったからには、中途半端は許しませんわよ?」

「覚悟しておくよ」

 

いかにも真っ直ぐな彼女らしく、執務の前に釘を刺してくるのは流石だ。

そう言われずとも間抜けな姿を見せるわけにはいかない、と内心では思っているのは内緒だ。

 

「では改めまして、本日は午前に本営から通達された書類の確認と報告書の作成。

 午後には艦隊演習の視察やドックで開発中の装備の進捗状況の確認ですわね」

「君は通達に目を通したかい?」

「はい。提督がいらっしゃる前に、全部」

 

全部……。全部?

今までの秘書艦は執務開始と同時に一緒に通達内容を確認していったが、どうも彼女は他のことは毛並みが違うようだ。

なによりも『僕が20分前に来るより先に』ということに驚くべきだ。

 

もちろんだが軍属の人間は例外なく朝は早い。

その中でも鎮守府の長とも言える提督である僕よりも早くに仕事を開始しているとは驚嘆に値するだろう。

ただ――。

 

「ふむ」

「?」

「では通達内容に大規模作戦の知らせはあったかな?」

「いえ、今月はきたるべき作戦のための資源の備蓄と練度の向上させよ。――、とのことです」

「なら基本的には中身を確認してのサインや押印をするものが大半を占めるから、そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ」

 

自然に笑いかけたつもりだったが、彼女は図星を突かれて恥ずかしいのか顔を赤らめてしまった。

フイと背けた行為もまた相応の少女らしい仕草で微笑ましい。

 

「そ、そんなに緊張なんてしてませんわ!

 すこぉしだけ眠たいような気もしますが、無理なんかしていません!」

「いやいや、無理するなとは言ってないさ。

 鎮守府のために真剣になってくれるのは嬉しいことだよ」

「当然ですわ。配属された以上、熊野はここの家族になったも同じですから」

「家族……ね」

 

本営からもある程度離れているこの鎮守府に迅速に援軍が到着することも見込めない。

ゆえに、ここに住む全員が一丸となって戦うことこそ生き残り、前に進む道が開けるというもの。

 

彼女の言葉は正鵠を射ている。

 

この建物に務めるもの一人一人ができることをする。

それはみな家族であり、友人である。そのため上下の垣根などほぼ存在しないのに等しい。

その証拠に提督である僕は艦娘からは好きな呼び方をするようにお願いしているのだ。

正式な場では『提督』と呼ぶように徹底はしているが、それはあくまでも例外だ。

 

「さて、じゃあ書類を片付けてしまおうか」

「はい提督。私は初めてですのでご教授のほどよろしくお願いしますわ」

「お安いご用さ」

 

手慣れた書類仕事も、彼女によって退屈ではなくなる。

少しだけ昂揚した気分で執務に取り組むのだった。




--あとがき
誤字脱字とかあったら教えてね。


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Day4 -熊野と昼食-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。
武蔵はまだまだ。

暇だと捗りますね。


「提督。そろそろお昼の時間ですわよ」

 

紙がめくれる音と文字を書く音だけが響いていた室内に、熊野の声が耳に届く。

 

「もうこんな時間か。

 秘書艦でも特に僕に付き合う必要はないから、食堂で鈴谷とでも食べてくるといい」

「いえ、その……」

 

デスクに指で『の』の字を書きながら、どうも歯切れが悪い。

 

「どうしたんだい?」

「実は少々申し上げにくいのですが」

「遠慮無く言ってみるといいよ」

「で、では……」

 

そう言うと制服の乱れを正して居直る。

いちいちこういう仕草が上品さを(かも)し出しているのは言うまでもない。

 

「わ、わたくし! 『こんびに』とやらのサンドイッチを食べてみたいですわ!」

「コンビニ? そこまで大したものではないと思うのだが」

「そんなことないですわ!」

 

熱が入ったのかテーブルに手をつき、前のめりに熊野は語り始める。

重大な要件かと思っていた分拍子抜けはしたが、また違った意味で凄みのある気を放ってくる。

 

「むしろ短い手間暇で色々なものを作り出す。

 それがどのような味がするのか大変興味がありますの!」

「そ、そうか? じゃあこれから買いに行こうか」

「ぜ、是非!」

 

目をキラキラを輝かせながら話す熊野に押されつつも、その頼みを断ることはできなかった。

 

 

コンビニへと向かう道を熊野と並んで歩く。

着任してからずっと気を張っていたであろうから、少し気分転換になるといいが――。

 

「前々から気になってたんですのよ? 

 ただ前の場所では近くに『こんびに』がなくて、ずっとその話を聞くだけでしたから!」

 

あれからハイなテンションを保ち続けている熊野に相打ちを続けること数分。

目的の場所にたどり着く。

 

「こ、ここが……。こんびに!」

 

胸の前で手を合わせ、歓喜に打ち震えている。

馴染み深い僕にとって、そこまでのものなのかと微妙な気持ちになるが、彼女が喜んでいるので良しとしよう。

 

意気揚々とコンビニに突撃していった熊野の後を、苦笑いしながら追いかける。

しかし中に入ってからも彼女のテンションは全く衰えるところを知らない。

 

「見たことない商品がいっぱいですわ~!」

「く、熊野。あんまり大きな声は出さないようにな?」

「申し訳ありません提督。少々はしたなかったですわね」

 

謝りながらも店内のあちこちへと目が動いて、その好奇心までは抑えるに至らない。

サンドイッチという目的のものがあったにも関わらず、購入までに多少の時間を要した。

 

「今日はサンドイッチだけですが、いずれは他の商品にも手を出してみたいですわ」

 

そう言いながらほっこりした顔でコンビニのビニール袋を胸に抱いている熊野。

そんな彼女の横顔を盗み見ながら声をかける。

 

「僕も軽く食べれるものにしたし、鎮守府のベンチでランチでもしようか」

「賛成です!」

 

初めて見た熊野の満面の笑顔に癒されながら来た道を戻った。

 

 

「『こんびに』のサンドイッチも意外といけるんですのね。予想以上ですわ!」

「きっと作っている側も、君の言葉を聞けば喜ぶと思うよ」

「これなら今度挑戦するものにも期待が持てますわね。その時はまたよろしくおねがいしますね。提督」

「声をかけてくれればいつでも付き合うさ」

 

先ほど買ってきたサンドイッチに熊野は幸せそうな顔でパクついていた。

昨日始めて会った時の彼女は近寄りがたいような硬い印象だったが、今はそんなことはない。

ベンチに並んで昼食を取る程度には近づけたみたいだ。

 

(艦娘も、歳相応の女の子なんだな)

 

そんな風に思うのだった。

 

「ご馳走様でした。大変満足いたしましたわ」

「喜んでもらえてよかったよ。僕が提案したわけではないけどね」

「いいえ、付き合っていただいて本当にありがとうございました。――っ」

 

お礼の言葉をいいつつ欠伸を噛み殺す熊野。

 

「まだ時間があるなら少し寝るといいよ。今日は朝が早かったんだろう?」

「し、しかし……」

「僕が起こしてあげるから。目を閉じるだけでも、ね?」

「ではお言葉に甘えて」

 

そう言って目を閉じてから整った寝息が聞こえてくるのは早かった。

着任して初日の慣れない秘書艦としての任務と早起き。

そこそこに疲れていたのだろう。

 

ふと、肩に重みを感じる。

体制が崩れ僕のほうに寄りかかってきていた。

微かだがシャンプーの匂いがそよ風にのって鼻をくすぐる。

 

春の日差しを浴びながら寝入る熊野を起こさないようにおにぎりを口に入れ、休憩のギリギリまで彼女を寝かせてあげようと思う。

 

普段は慌ただしい鎮守府に流れる穏やかな一時を、僕は楽しむことにした。




--あとがき
誤字脱字とかあったら教えてね。


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Day5 -熊野と記憶-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。

一転して重くしてみる。


「もうっ! どうして提督も一緒になって寝ているんですか!」

 

工廠へと向かう外の廊下で僕の少し前を歩く熊野のポニーテールが不機嫌そうに揺れる。

艦隊演習の視察を二人してすっぽかしてしまった。

正確に言えば、先に目が覚めた熊野が慌てて俺を起こして演習場へと向かうが、既に終了してミーティングをしているところだった。

そこで揃って担当の子からのお叱りを頂いたのだ。

 

演習に関しては優秀な艦娘()に任せていたので、内容自体は滞りなく終えたようだ。

目を閉じる前は頂点近くにあった太陽も茜色。

 

「午後に私主導の任務がなかったから良いものの、出撃の指揮とかがあったらどうするつもりだったんですの?」

「面目次第もない」

「さあもう時間もありませんし、チャキチャキ行きますわ!」

「はい」

 

少し早足で彼女の隣に並び横顔を盗み見ると、その翡翠の瞳は既に前を見据えていた。

その真っ直ぐな瞳がこちらに気づき、僕と視線が交わす。

 

――次に同じことをしたら許しませんよ?

 

声に出さなくとも、彼女の意志はこちらに届いた。

 

 

工廠の中にある装備の開発部を尋ねると、軽巡洋艦用に注文してあった15.5cm三連装砲ができたところらしい。

熊野はその装備を懐かしむように右手で砲身の部分を触れる。

 

「懐かしいですわ。これを積んでいた時期も私たちにありましたね」

「そう……らしいな」

「上品とまでは言えませんが、使い心地が良かったんですのよ?」

 

今でこそ重巡洋艦との認知が広まってはいるが、当時は条約などもあって最上型は軽巡洋艦として作られた。

重巡慣例の山の名前ではなく、河川名であることが最上型の特徴であり由来である。

 

最上型の船体強度不足が明らかになったために1、2番艦とは多少構造が違うために『鈴谷型』と呼ばれることもある。

ただここではまとめて最上型と決められているので彼女は4番艦に当たる。

 

「それはそうと提督……? 艦である熊野のことは知ってますか?」

「文献やらで調べたことがあるよ」

「私もその時のことを事細かに覚えているわけではありませんが、艦に宿った"魂"をうっすらと」

「今でも本土回航を成せなかったことは無念かい?」

 

昨日彼女に出会ってから聞いてみたかったことを、何気なく聞いてみる。

少し逡巡するような仕草を見せたが、熊野は瞼を閉じ静かに語る。

 

「正直に言えば後悔がないといえば嘘ですね。

 痛くて、辛くて、皆をあそこに帰らせてあげることができなくて。

 そんな自分に憤りを覚えることもあります。

 ですが、例え私が歩んだ道が茨で満たされた果てなき道だったとしても。

 それでも私"達"は最期まで前を向いて進んでいけたことを。

 ――誇りに思っていますわ」

 

ああ、この子はなんて強いんだろうと。

先ほど感じた瞳に宿る意志の強さは、艦娘としての原点から湧き上がっているものなのだと理解した。

彼女は瞼を開けると、僕を正面から見据える。

 

「今度はそう簡単にやられませんわよ? 提督。私達をうまく導いてくださいませ」

 

視線を外すことが出来ない。

いや、そうしようと思わないほどに惹かれている。

彼女の気高い心に呼応するように、僕の心臓も高鳴る。

心地の良い昂揚感。

恋とかそういうものではなくもっと違うなにか。

 

熊野(この子)と今の世を共に歩みたいと、そう思った。




--あとがき
誤字脱字とかあったら教えてね。

で、優秀な艦娘とはつまりだれだってばよ。


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Another Day -熊野と進水-

--まえがき
のんびり平和に鎮守府運営。
10月15日は熊野の進水日。
進水おめでとう~。

スーパー短編。
時系列的には今書いてる本編より未来の話ですね。
まあ外伝扱いで。


昼下がりの執務室。

 

これから出撃を控えた熊野はイスに腰掛け本を読んでいる。

ときおり耳に入る紙のめくれる音が、それとなく心地よい。

 

「装備の点検とかはしなくて大丈夫なのか?」

「午前のうちに済ませておきましたわ。それにこうしている方が落ち着きますのよ?」

「そっか、なら邪魔して悪かった」

「いいえ、お気になさらずに」

 

近く始まる作戦に僕も緊張しているのかもしれない。

 

彼女には第一艦隊の旗艦を任命した。

その表情から緊張は見えない。

補佐で鎮守府に残ってもらうという考えもあるのだろうが、それでは熊野が納得しないだろう。

なによりこの作戦に出撃するのは彼女たっての頼みだったのだ。

 

任務地は『サマール沖』。

 

重巡洋艦・熊野が第七艦隊から落伍し、鈴谷と別れ、長き本土回航の道の始まりとなった海戦のあった場所でもある。

煙幕からの魚雷にやられたのは今となっても苦い思い出として彼女の心に残っているらしい。

 

「提督。私は私の力で切り開ける未来があると信じていますわ」

「本音を言うと心配だが、それ以上に僕は君を信じているよ」

「当たり前ですわ」

「おっ? 二人ともいるね~! チーッス!」

 

そんな話をしていると鈴谷が執務室に入ってくる。

そのまま真っすぐに熊野の座っているイスの背もたれに手をつく。

 

「こんにちは鈴谷。どうした?」

「朝にやるの忘れてたんだけど、ここで熊野の髪を梳くっていい?」

「もうっ、いつも自分でやっているからいいと言っていますのに」

「いいじゃんいいじゃん。鈴谷は付いて行けないんだからこれくらいさ!」

「仕方ありませんわね。もう髪はまとめてしまったので、このままでお願いします」

「あいよ~」

 

任された鈴谷は優しく撫でるように髪を梳かしていく。

先程まで読んでいた本は膝の上に、熊野は目を閉じて気持ちよさそうにされるがままになる。

窓から差し込む光が二人を包み込み、出撃前とは思えないほどゆったりと時間が流れる。

 

この姉妹は本当に仲がいい。

『前の時』と同じでいつも行動を共にしているし、離れていれば常に相方を案じている。

その性格からイロモノ扱いをされいじられることもままある二人。

しかしその本質では他の艦娘()と同じで、その思いは一つのことに収束している。

自分たちの守りたいものを護り抜く。

 

この海を――。

 

この街を――。

 

そして、この時間(ひととき)を――。

 

「今度は帰ってきますわ。提督の港(わたくしのいばしょ)に」

 

少女の小さな呟きは静かな執務室にこだました。




--あとがき
誤字脱字とかあったら教えてね。
今は電子の海ですが、帰るべき場所に帰り続けられることを祈るばかりです。

作戦というのは原作ゲームのイベントのことではなくて、この話の中の架空の作戦です。


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