キリトインオラリオ (ドラゴナイト)
しおりを挟む
プロローグ
1.記憶を失った少年
……ここはどこだろう…
俺は………
…だめだ…何も思い出せない…
「…ト…くん…」
何か聞こえる。
……どこかで聞いたことがある声だ。どこだっただろう…
…やっぱりだめだ。思い出せない…
だけど何故だろう…なんかこう…怒り?
違う…悲しみ…憧れ…いろんなものがこみ上げてくる気がする
俺は…こいつを知っている?
「キリ……ん」
なんだ?なんて言ってるんだこの声は…
俺はかすかに聞こえる音に耳を傾けた。
「キリトくん」
…聞こえた。
キリト…何度も何度も聞いたことがある気がする。
なんだったろう?
……俺の名前?…
「目を覚ましたまえ。キリトくん。」
目を覚ます?
俺は眠っていたのか…
「そうであるともそうでないとも言える。」
…どういうことだ?
「それに私が答える必要はない。君が目を覚ませばおのずと意味はわかるだろう。キリトくん目を覚ましたまえ。そして行きたまえ。私はこの世界の終点で君を待っている。」
あんたは誰なんだ?
「私は…………………。」
……聞こえない…
…なんだろう意識が…
〜〜〜〜〜〜
目が眩しい、体全体に日が当たり体が暖かい。…いや暑いぐらいだ。
俺はゆっくりと目を開け、身体を起こした。
辺りを見回すと草が生い茂り所々綺麗な花が咲いていた。そして草原の真ん中を通るように草花が生えていない道があった。道といっても誰かに整備されているといったものではなく何度も同じ所を通ったためにできたような道だった。
ふと自分の横に目をやった。そこには剣が置いてあった。
俺はそれを手に持ち引き抜く。日差しに反射した刀身は白く輝いていた。
…重い…
この剣見たことがある気がする…
この手に馴染む感じ…俺の剣か?
その剣はとても重くとてもじゃないが振り回すことはできそうになかった。なぜ振り回せもしない剣を持っていたのかわからなかったが、俺はひとまずそれを鞘にしまい、両手で抱えるようにして持つとその場で立ち上がった。
改めて周りを見回したが見たことがあるような景色ではなかった。
だめだ…ここはどこで、俺は何をしていたのか何も思い出せない。
いや…それ以上に自分が何者なのかさえわからない…
自分の名前は…キリト…
あの声は俺をそう呼んでいた。そして、こうも言った。
この世界の終点で待つと…
どこだろうそれは?わからないな。俺はこの世界の事を知らない
…いや、覚えていないのかもしれない
とりあえず、わからないことを考えても仕方がないと思い俺は道に出た。
(右か左か…どちらに行こう?)
どちらに行くか迷っていると、何かが近ずいてくる音が聞こえた。
音のする方に目を向けると、馬車が近ずいてきた。
俺はそれを見てどうするか考える。普通に考えればこの馬車に乗っている人に話を聞くのがいいとは思う。しかし、俺は今両手に剣を抱えている。そうなれば誤解を招いて厄介ごとになってはしまわないかなどとネガティヴな思考を回転させた。
そうこうしているうちに馬車の人もこちらに気がついたようでこちらを見て馬車をキリトの手前で止めた。
「おう真っ黒なにいちゃん何してんだこんなとこで?道に迷ったんなら乗っけてってやろうか?」
キリトからしたら願ったりもない提案にすぐに飛びつく。すぐに馬車に乗っけてもらうと抱えていた剣を下ろす。
「ありがとうございます乗せていただいて。」
「気にすんな!ちょうど街に戻るところだったんだ。荷物が一つ増えたところで変わりゃしねぇよ!かっかっかっか」
大声で笑う馬車の持ち主はひとしきり笑うとこっちを見て再び話しかけてきた。
「俺はガラード!にいちゃん、名前は?」
「たぶんキリト…です。」
俺は未だに確信できていない答えを口から出す。
「たぶん⁇」
ガラードは不思議そうな顔をしながら聞き返してきた。
「えっと…その…気がついたら…あそこにいて…名前以外何も思い出せなくて….」
「あーそりゃあ災難だったなにいちゃん。たまにいるんだよこの辺じゃあ。モンスターに襲われてきた記憶を失う奴が…。まぁあれだ…記憶を失ったのは災難だったが命があったんだ。これから少しずつ思い出せるさ。」
ガラードは俺を見ながら優しく言った。
「そうですね。少しずつ思い出せるよう頑張ります。」
と少し俯きながら言った。そんな俺を見てかガラードが
「まぁそう気を落とすなって。今向かってる街は世界で一番でかい街だから、きっとお前のこと知ってる奴に会えるさ。」
と励ましてくれた。
ガラードは優しく道中俺を励ましてくれていろんな事を教えてくれた。
ガラード曰く、この世界には神がいるのだそうだ。宗教とかで崇められる神ではなく。
大昔暇を持て余した神たちは子供たちのいるこの世界に降りてきた。そして、この世界での暮らしを気に入り神の力を封印してこの世界で生きることにしたのだそうだ。
神はこの世界で一つだけ力を使うことをができるらしい。それは恩恵といい子供たちにモンスターと戦う力を与えてくれるそうだ。
その力を使い神は神の恩恵を授けた子供たちに養ってもらっているらしい。その神と子共たちの関係をファミリアというそうだ。
そして、今向かってる街は世界で一番神が集まり多くのファミリアがあるのだそうだ。街の名前をオラリオ…世界で唯一のダンジョンがある街…
ガラードの教えてくれることに真剣に耳を傾けているとあっという間に街についた。
「ありがとうございました!ガラードさん」
「おう!元気でな!記憶戻るといいな」
「はい!頑張ります!」
「かっかっかっか!とりあえず、ここで生きて行くには働くかダンジョンに潜るかしかねぇからな。どちらにしてもどっかファミリアに入るこったぁ。とりあえずこのまま真っ直ぐ行ったとこにギルドがあるからそこで聞いてみな」
「わかりました!何から何までありがとうございます!いつかこのお礼はさせてもらいます。精神的に」
「おう、待ってるぜ!」
俺はガラードさんを見送りながらさっき言ったことに頭を回していた。
(…精神的に…か)
聞いたことがある気がする。あれは確か赤がトレードマークの…
何か思い出せそうな気がしたが、そこで頭に靄がかかったように思い出せない。
けどなんとなくガラードさんに似てる気がする。
数分道の真ん中で立ち往生しているとキリトはだんだん周りの目が自分に向いている気がしてきた。キリトは慌てて思考を遮ってギルドに向かうことにした。
〜〜〜〜〜〜
そこには石でできた大きな建物が建っており剣や斧様様な武器を持った様々な種族がカウンターの向こうの人とはなしたり紫色の結晶と何かを変えてもらったりしていた。
キリトはとりあえずカウンターに行き目についた人に話しかけてみた。
キリトが話しかけた女性は耳が真横にピンと立っていたのでガラードさんの教えからエルフだと一目でわかった。そのエルフの女性は端整な顔立ちで美人というに差し支えがなかった。
「どうされましたか?」
と問われたキリトは何から話していいか分からず今日あったことを全部エルフの女性に話した。
ひとしきり話しを聞いた彼女は少し間を置くいてから、
「とりあえずあなたの事情はわかりました。ギルドとしてできることはあなたにさせていただきます。」
「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」
これからのことで不安だったキリトは思わず声を大きくして言った。
「はい。ではまず上を脱いで背中を見せてもらえますか?」
と言った彼女の言葉に聞き間違えかと思い、とっさに聞き直す。
「え?」
すると彼女は再び上を脱いで背を見せろと要求してきた。
キリトはこれがこの世界での初めましての儀式的なものかなどと検討違いなことを、考えながらも言われた通りにした。
「ん〜〜、見た所どこのファミリアにも所属してないようですね。」
その発言に思わず
「背中見ただけでそんなことわかるんですか⁉︎」
と言ったキリトに作り笑いを浮かべながら彼女はこいつかなりの重症だなどと思った。
〜〜〜〜〜〜
「では、これからのことですが…商業系のファミリアあるいは探索系ファミリアどちらを希望されますか?」
キリトは腕を組みながらどちらにするか迷っていた。
安全に生きて行くなら商業系だろう。だけど、俺が今すべきなのは安全に生きて行くことじゃない。いかにして記憶を戻すのかだ。
記憶を戻すヒントは今の所、剣と謎の声の言葉しかない。
剣を持っていたということは俺はモンスターと戦っていたのかもしれない。それにあの声は終点で待つと言っていた。
あれはダンジョンの終点で待つという意味ではなかろうか?
それなら俺は探索系ファミリアに入るべきだ。
そこまでキリトが考えてキリトは答えを出した。
「……探索系でお願いします。」
そう言った俺の目を少し不安そうな目で見た彼女は
「ほんとにそれでいいの?」
と確認してきた。それもそうだろう今日モンスターに襲われたせいで記憶を失ったかもしれないキリトがダンジョンに潜ってモンスターと戦うことを選択したのだから。
「はい。ダンジョンでモンスターと戦ってみたら何か思い出せそうな気がするんです。」
「そう。……わかりました。では、その方向でファミリアを探してみますね。」
そう言って彼女は資料に目を通し初めた。
しばらくして彼女が顔を上げるて、
「今探索系ファミリアで募集があるのは一つだけです。特にこれといった問題点はないのですが…」
「ですが?」
「できたばかりのファミリアでして所属人数が1人で規模が最小なんです。」
「それだとまずいんですか?」
「いえ、まずくはないですし、神様もその所属している子もいい人なんですが…はっきり言うと貧乏です。」
なんかとてつもない裏があるのかと思っていた俺はそのなんというか家庭的な問題をあげられ思わずポカーンとしてしまった。
〜〜〜〜〜〜
なんだかんだで結局オラリオ最小ファミリアに決定したキリトは今ダンジョンの前に来ている。
ギルドでファミリアへの連絡はしてくれるそうなのだが明日にならないとその神とは会えないらしい。
なので今日キリトは街で一晩明かさないといけなくなったのだが、金がない。ギルドで初心者用の装備は貸してもらえたのだが金は貸してもらえなかった。ということで今日は街の中で野宿?である。
流石にかわいそうだったのか担当してくれたエルフの女性、エイナさんがご飯を恵んでくれた。思わず涙が出そうになった。
キリトの格好は先ほどまでと変わり黒い服装の上から銀色の鎧などを纏いその上から黒いコートを羽織り、背中には片手剣を背負っている。
キリトが初めから持ってた剣とは違う剣である。というか、あの剣は重すぎて持ち運ぶのもしんどい。なのでギルドに今日1日だけ置いてもらう事になったのだ。
この剣を受け取ったエイナさんは身体ごと地面に引っ張られて倒れてしまった。この後小一時間ほど女性の扱い方を説教されるとは夢にも思わなかったが…
まぁそんなこんなで格好だけは駆け出しの冒険者になったキリトだが今からどうしようか悩みに悩みまくっていた。なんせやることがないのだ。何か考えようにも考えるための材料が全く無い。金もないのでどこかお店に行くこともできない。
どうしようかと考えていると先ほど見た光景を思い出した。
それはエイナさんと話していた時に横で行われていた光景だった。
エイナさんは親切にキリトが知らないであろうことをいろいろ教えてくれた。その中にその光景の説明もあった。
あの光景はダンジョンから持ち帰った魔石やドロップをお金に換えていると言っていた。
(つまりダンジョンでモンスターを倒せば金になるってことだよな?)
そう考えてキリトはダンジョンにまで足を伸ばしたのだ。
ダンジョンと呼ばれるその場所にはバベルの塔と呼ばれる建物がそびえ建っている。バベルの塔は昔ダンジョンからモンスターが出てこないようにと蓋をしたのが始まりで今では塔にまで成長していた。
一番初めの蓋は神が下界にやって来た際に壊れてしまったようでその後に建て直したのが今のバベルの塔らしい。今に至るまでオラトリアにはバベルの塔より高い建物がないそうだ。その高さが人気なのか大規模ファミリアの神たちの家になっているらしい。まぁ何事にも例外は付き物で自分のファミリアの建物に住み続けている神もいるようだが…
(これがダンジョン…この奥に俺の求めるものがあるんだろうか?)
キリトは足を進めダンジョンに向けて進んで行く。周りを見てみれば夕方になってダンジョンから帰宅する人ばかりで、入って行こうとする者はキリトぐらいだった。
入り口に近ずいたところでものすごい勢いでかけてくる男の子がいた。その男の子は頭から上半身に至るまで真っ赤な血で染まっていた。
その後ろ姿を見て周りの人たちは笑ったりしていたが、キリトはぞっとしていた。ダンジョンというものが自分の考えていたよりも恐ろしいところなのではないかと…
キリトがダンジョンの入り口に立って前を見るとその光景に何か懐かしさを感じた。
(なんだろう、昔こんなことをしていた気がする)
そう感じて探索系ファミリアを選んだ自分は間違いじゃなかったと確信した。
中に入るとすぐ背中から剣を抜き進む。しばらく歩くと小さな緑色のモンスターがいた。数は一体エイナさんに教えられた情報によれば確かゴブリン。ダンジョン最弱モンスター、初心者入門編。
キリトが狙っていたのはまさにこのモンスターだった。逃げる準備は万端。恩恵を受けていないキリトは自分の力だけでこのモンスターと戦わなければならない。
だから勝てないと判断したらすぐさま逃げるつもりだった。
腰を低くし剣を後ろに構える。キリトはモンスターとあった瞬間自分の意識が切り替わるのを感じた。同時にこのような体制に無意識になっていた。
(やっぱり俺は剣を持って戦っていたんだ。おそらくあの剣で…)
ゴブリンはこちらに気ずくと襲い掛かってきた。そのスピードは速いが目で追えないほどではなく、身体を回して横に避けた。すれ違う瞬間に持っていた剣でゴブリンの背中に一撃を加える。
ゴブリンは背中から血を流していたが倒してはいなかった。ゴブリンは攻撃され怒ったのか振り向くとすぐさま突っ込んできた。それを今度は避けずに剣をまっすぐ突き出した。剣はゴブリンの腹を貫通しゴブリンは断末魔の悲鳴をあげチリとなって消えた。そのチリの上には紫色の結晶、魔石が落ちていた。
そこからはひたすらゴブリンを狩りまくった。4時間ぐらいすると魔石も結構集まったのでギルドに行って換金してもらいに行った。
コソコソとエイナさんにはばれないように換金していたが、帰り際に見つかってしまいこっ酷く叱られるハメになった。
間違いと読みにくい箇所があったので修正しました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
2.血染めの少年
もう死んでしまったおじいちゃんが言ってた。
男ならダンジョンに出会いを求めろと
死にかけた女性を助けれるような英雄になれと
だから僕は冒険者になったんだ。おじいちゃんの言葉を信じ夢見て世界で唯一のダンジョンのある街オラリオに来た。
そして今、おじいちゃんの言葉通り出会いがあった。
だけど、それはおじいちゃんの言っていた言葉とは逆の意味でだった。
今日、僕は5階層まで降りて探索をしていた。ギルドの担当者、エイナさんにはまだ早いと言われていたけれど、下に降りる階段を見つけ我慢できずに来てしまった。
5階層のモンスターとはなんとか戦うことができ、自分の成長に自惚れていた時だった。あいつが現れたのは…
僕の倍はあろうかという大きな身体。毛に覆われていてもわかる隆起した筋肉。そして、ツノの生えた悪魔のような顔。
ミノタウルス
本来5階層にいるはずがないモンスターがそこにいた。なぜこんなところに?
そんな疑問は今は意味をなさない。
僕を見つけたミノタウルスは大きな叫び声を上げた。
僕はすぐさま背を向けて必死に逃げた。とにかく逃げた。脇目もふらずただひたすら足を回転させる。
しかし、追いかけてくる足音は一向に離れない。それどころか、近ずいてきている気がする。
僕はふいに後ろを見た。ミノタウルスはもう僕に触れられそうなところまできていた。そして、その右手は上にあげられていて今にも攻撃してきそうな様子だった。
僕はとっさに左に飛んだ。次の瞬間僕の真横をミノタウロスの腕が掠めた。ミノタウロスの攻撃はさっきまで僕のいた地面をえぐりその余波で僕は壁に叩きつけられた。
(強すぎる…このままだと僕は……)
その時、ミノタウルスの身体に光の線が走った。
その光の線から血が吹き出し僕の頭と上半身に大量に降りかかった。
何が起こったのかわからず目を見開いて固まっているとミノタウルスはチリとなって消えていった。
美しかった。
それ以外に表現ができそうにない。
ミノタウルスが消えその後ろに立っていた女性を見て僕はそう思った。
彼女のことは知っている。
ロキファミリア所属第一級冒険者「剣姫」アイズ・バレンシュタイン。
その美しい姿からは想像できないが、この街で数少ない第一級冒険者。つまり、とてつもなく強い。
けど、そんなことはどうでもよかった。
ただ、僕はこの女性に見惚れていた。お姫様が自分を助けに来てくれた英雄に見惚れていたように。
固まった僕を見てアイズさんは
「あの……大丈夫?」
と声を掛けてくれた。
(全然大丈夫じゃない)
今僕の心臓は激しく脈打ち今にも爆発しそうだ。こんな状態が大丈夫なはずがない。
僕はこの時生まれて初めて恋をした。おじいちゃんの言っていたこととは逆になってしまったけれど…ダンジョンに出会いを求めて来てよかったとそう思った。
〜〜〜〜〜〜
冒険者の街オラリオはダンジョンを中心として円状に広がっている。その街の中でも特に冒険者で溢れかえっている道があった。その大きく開けた道の真ん中を真っ赤に染まった少年が走っていた。
少年の名はベル・クラネル、新米も新米、街に来てまだ半月の彼はヘスティアファミリアに所属していた。ファミリアと言っても彼一人しか所属していない街最小のファミリアだ。
ベルはギルドに向かって全力疾走していた。すれ違う人からは馬鹿にするような笑いが飛んでいるがそんなことには気がついてもいなかった。
ただ、ひたすらギルドに向う。彼を助けてくれたアイズ・バレンシュタインのことを聞くために。
「エイナさああああああん‼︎」
その声に反応してエイナは仕事の手を止めて声のする方向に目をやる。
「あ、ベルく…きゃああああああ!」
振り向いた彼女の目に飛び込んできたのは真っ赤な血に染まったベルの姿だった。
「アイズ・バレンシュタインさんのことを教えてくださあああああい‼︎」
〜〜〜〜〜〜
「で?どうして5階層に行くようなことをしたのかなベルくん?」
優しそうに見える彼女の笑みに怒気が混ざっているとまだ半月の付き合いの彼には感じられた。
「いつも言ってるよね?冒険者は冒険しちゃいけないって。」
「は、はいぃ…」
「だいたいどう考えたら冒険者になって半月の君が5階層に行ってみようと考えるのか私にはさっぱり理解できないんだけどベルくん?君ダンジョンを舐めてない?」
「す、すみません…」
「それになんで血だるまのまま街中を突っ切って来ちゃうかなぁ。私ちょっとベル君の神経疑っちゃうよ。」
「ご、ごめんなさい…」
ただひたすらベルは彼女の説教を聞いていた。だんだんと縮こまっていくベルの姿を見てエイナはそろそろ許してやることにした。
「これにこりたらもう二度と冒険なんかしちゃダメだよ?」
「は、はい‼︎」
お許しが出て急に元気になったベルにエイナは頭を抱えたくなった。
(ほんとにわかってるのかなぁ?なんか全然わかってない気がする。)
そう思いながらも彼女は説教を切り上げ話を変えることにした。
「それで、ベルくんはアイズ・バレンシュタインさんのことをききたいんだよね?」
「は、はい‼︎」
顔を少し赤めながら言った彼にエイナは悪戯心を刺激された。
「あれあれベルくん、ひょっとして助けてもらったアイズさんのことすきになっちゃったの?」
先ほどまでの笑みと違い怒気など一切含まない彼女の笑顔にさらに顔を赤らめた彼は
「え、…いや、その…は、はい…」
と顔を隠したりと必死になりながら答えた。
その彼の仕草に小動物のような可愛さを感じ思わず抱き抱えたくなったが、彼女は前の人物と違い常識を持っているので話を先に進めた。
「私がわかるのは所属はロキファミリア。LVEL5の第一級冒険者で通り名が剣姫ってことぐらいだね。たぶんベルくんが聞きたいような彼女のプライベートについては何もしらないなぁ」
「そうですか…」
「ねぇベルくん、こんなこと余り言いたくはないんだけど…違うファミリアの異性とそういう関係になるのはかなり難しいと思う。」
それぞれのファミリアには主神の方針などによって特色が見られる。例えば武器を作ったりなどと金を稼ぐ方法やファミリア同士の付き合いなども主神によってかわる。たまに意見が対立すると全面戦争になったりもすることもあるほどファミリア同士の付き合いには慎重にならなければいけない。
「だから…」
諦めた方がいいと彼女は言おうとしたがその前にベルがそれを遮って言った。
「頑張って努力してこの街の人に認めてもらえるようにならないとですね!そしたらきっと…‼︎」
ベルはなんというかすごく純粋だ。だけど危なくもある。それがこの半月の付き合いで得たベル・クラネルという少年の印象だ。
ある目的のためなら簡単に命を捨ててしまいそうな…そんな危なさが彼からは感じられた。
たぶん彼は明日からでも今言った通りこの街の人に認めてもらえるように頑張るだろう。ただ純粋に。この街で認められる存在、それは第一級冒険者だ。
この街の冒険者全員が一度は辿り着きたいと思う場所。しかし、たどり着くことは叶わない。あるものは死に、またあるものは挫折しそこにたどり着く者はほとんどない。
それに、たどり着いたものはみんな何かしらの危機を乗り越えてきている。
冒険者は冒険してはいけない。
これはエイナがベルに教えた教訓である。
彼女は何度も自分の担当した冒険者が帰ってこないという場面に遭遇してきた。
だから、彼女は死んでほしくないと思った冒険者には必ずこの言葉を送る。
無事に帰ってきてほしいという願いを込めて。
だけど、冒険しないものがその高みにいけないのもまた事実であった。だから、きっと彼は冒険するだろう。何度も。
(しないでほしい)
心からそう思う。半月の付き合いだが彼女はベルのことをとても気に入っていた。職場の仲間からは弟くんとまで言われるまでに彼女は彼のことを世話していた。
だから、死んでほしくない。
だけど、彼の純粋な想いを邪魔したくないとも思う。
どうするべきか迷う。たぶん、自分が彼に冒険するなと言っても彼はきっと冒険するだろう。
(結局、私には彼を全力でサポートする以外にできることはない)
自分はなんて無力なんだろうと思う。
そう思うのはいったい何度目だろうか?
冒険者が帰ってこないたびに私は無力感に苛まれてきた。
目の前の少年を見て今度こそはと思う。
(死なせない)
そう思い彼女はベルにダンジョンについて話をした。
彼は私が知らないところで冒険するだろう。だけど、そうなったとしても彼が無事に帰ってこれるように知識を伝える。
それしかできることがないから
そうすることでしか彼を助けられないから
彼女は真剣にベルに知識を伝える。ベルも話を真剣に聞いていた。
あらかた話終わり最後に彼女は願いを込めてこういった。
「冒険者は冒険してはいけないんだよ?」
〜〜〜〜〜〜
ひとしきり話を終えたところでベルが
「ありがとうございましたエイナさん!僕そろそろ神様が待っているので帰りますね。」
そこでふと時計を見る。針は7時を示していた。
ベルが来たのが5時前だったからかなり長いこと話してしまった。
(今日は残業か〜)
そんなことを考えているとふとベルに伝えないといけないことを思い出した。
帰ろうとするベルを呼び止める。
「待ってベルくん!ちょっと伝えないといけないことが…」
足を止めて振り向いたベルは
「なんですか」と目で語ってきた。
「実は……」
〜〜〜〜〜〜
「神さまぁああ‼︎」
「うわぁ⁉︎ど、どうしたんだいベルくん⁉︎そんなに慌てて!」
慌てて帰ってきたベルを出迎えたのは少し幼さが残るツインテイルの少女。その外見からは想像もつかないが彼女がベルのファミリアの主神の神ヘスティアである。
下界に降りてきた神は神の力を封印し側からみれば容姿はヒューマンと変わらない。ただ一つ違いをあげるとしたら神はみな容姿端麗である点である。ヘスティアの容姿もそれに違わず、顔はもちろん出るとこは出て締まるとこは締まっているその姿は神のそれであると言える。
「か、神様大変なんです‼︎このファミリアに入りたいって人が‼︎」
「なんだって⁉︎ベルくんそれは本当なのかい⁉︎」
「はい!さっきギルドで聞いてきました‼︎明日の昼ギルドで紹介してくれるそうです‼︎」
ベルの興奮がヘスティアへと伝わり、その日は二人でどんちゃん騒ぎを起こして朝を迎えた。いわゆる前祝いというやつである。
ちなみにベルに説教した後キリトにも説教をする羽目になったのでエイナも残業で朝を迎えていた。
あの二人を一緒にさせるのはいろいろ危険かもしれないと心の底から思った。あの二人にとっても私にとっても…
読んでいただきありがとうございます。
プロローグはほんとは一つにして二話目から本編を進めたかったのですが、主人公が二人いるとプロローグも二つ必要かなと思い分けて書きました。いきなりW主人公の弊害にぶち当たった感がします笑
ちなみにタイトルもプロローグ2ってどうなの?と思いタイトルをつけてみました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第1章 モンスターフィリア
3.ファミリア
昼、約束の時間が近づいてきたので、キリトはエイナの下へ向かっている。
今から彼が所属するファミリアを紹介してくれるのだそうだ。
ギルドの中に入ると昨日とは異なり中は静かだった。まだ昼になったばかりでおそらく冒険者たちはダンジョンに潜っているのだろう。
しかし、ちらほらと少ないながらもカウンター越しに何か話す人はいた。
キリトもエイナに用があるのでカウンターへ向かう。向かいながらエイナを探すとそこにはには先客がいて何か話していた。エイナと話しているのは白い髪の少年と黒髪の少女だった。
先客の用事が終わるのを待っていようかと思った時、エイナがこちらに気がつき手でこっちに来いと手招きしていた。どうやら先客は彼がこれから所属するファミリアの人たちのようだ。
キリトはその指示に従いエイナたちの下へ向かう。そこで白髪の少年と黒髪の少女が振り向いた。少年はまだ幼さが残る容姿に赤い透き通った目をしていた。黒髪の少女も同様に幼い容姿をしていたが一部分だけはしっかり大人になっていた。
「こんにちは、キリトくん。」
「こんにちは」
「紹介するね、こっちの男の子がベル・クラネルくん。ヘスティアファミリアの冒険者だよ。」
「はじめまして!ベル・クラネルです。よろしくお願いします。」
エイナの言葉に続きベルは軽く頭を下げ、満面の笑みで彼は手を伸ばしてきた。キリトもそれに応える。
「キリトです。こちらこそよろしくお願いします。」
ふと横にいる少女に顔を向ける。彼女の顔にも笑みが見て取れたがその目はなぜか真剣で何かを見極めようとしているように感じられた。
「で、こちらが神ヘスティアです。」
エイナはキリトの視線がヘスティアに向いたのを見て彼女の紹介をした。
「え?」
キリトは自分よりも幼そうな少女が神だと告げられ思わず固まった。
(この女の子が神⁉︎えぇぇぇ⁉︎嘘だろ⁉︎神って言ったらあれだろ?雷を操ったり、地面を割ったりとかできる反則級化け物だろ⁉︎その神がこんな女の子⁉︎)
固まったままのキリトをヘスティアは目を細めて見ると、
「君何か失礼なこと考えてるだろ?」
図星である。けど、そんなことを口に出せばこの話がおじゃんになるかもしれない。
「い、いや、そんなこと考えてませんよ…ほ、ほら、あれです。か、神様は美人なんだなぁって思っただけで。はい」
咄嗟にいい出まかせが思いついたものだと自分で思う。自分は嘘がうまいのかもしれない。この時、キリトの内心では自分の事を少しわかった気がして嬉しい気持ちとはじめて知った自分の一面が嘘がうまいというのはというどうなんだろうという気持ちのせめぎ合いが行われていた。
キリトの答えに一瞬目をさらに細めたヘスティアだが、すぐに目を大きく開き驚いた顔をしていた。
キリトはそんなヘスティアを見てそこまで驚くことかなと思っていたが口には出さず話を戻した。
「えっと、改めまして神ヘスティア。キリトです。よろしくお願いします。」
「あ、ああ。よろしく頼むよ。」
まだ動揺が抜け切れず一瞬ヘスティアは言葉をつまらした。
「じゃあ、自己紹介も終わったことですし奥で話しましょうか。よろしいですかヘスティア様?」
立場的に神をないがしろになどできないエイナは一応神に確認を取る。
「もちろんだよアドバイザーくん。部屋はどこだい?」
「あちらの奥から二つ目の部屋になります。」
「そうかい。じゃあベルくん、キリトくんと一緒に先に部屋へ行っていてくれるかい?ボクはアドバイザーくんに聞きたいことがあるんだ。」
「あ、はい。わかりました神様。行きましょうキリトさん」
ベルとキリトは共に言われた部屋へと入っていく。彼らが部屋に入ったのを確認したエイナはヘスティアへと視線を戻す。
「それで、なんでしょう。私に聞きたいこととは?」
ヘスティアがベル達に聞かれたくない話があるから先に行かせたと考えた彼女は緊張を高めた。
ヘスティアはエイナに真剣な表情を向けた。
「彼はいったい何者だい?」
「何者?それは彼の過去について聞きたいということでしょうか?」
ヘスティアの言い方が何か彼にとんでもない裏があるように言っているように彼女は感じた。
「そうだよ。さっきのやりとりで僕はおかしな体験をしたんだ。」
「おかしな体験?」
「うん、神には嘘を見抜ける力があるのは知っているよね?」
「はい。知っています。」
神は見た目がヒューマンと変わらない。だけど、大きく違うものがある。人々はそれを威厳と呼んでいる。神の力を封印しているのにもかかわらず神達からはそれがなぜか伝わってくる。
そして、その威厳を前にして嘘をついたところでそれは何の意味もない。彼らが本気になればそんなものすぐに看破されるからだ。だから、神の前では嘘はつけないとこの世界の人なら誰でも知っていた。
「さっき僕が彼を問いただした時、僕には彼が嘘を言っているのかどうかわからなかったんだ。こんなこと下界に降りてきてからはじめてだよ。」
ヘスティアにとって自分の力が通じない人間の存在は恐怖を覚えるのに十分な理由だった。
「ボクの力に問題があるのか、それとも彼が特別なのか。だから、彼のことが知りたいんだ。何か彼にとんでもない裏があるのなら僕のファミリアに入れるわけにはいかないからね。」
「そうですね。わかりました。お話しします。と言っても、彼について私が知っていることはほとんどありません。というか、彼自身も知りません。」
エイナの言った最後の言葉の意味が分からずヘスティアは眉を細めた。
「彼がここにきたのは昨日。その時、彼は自分には今までの記憶がないと私に言いました。」
「記憶がない?」
「はい。気がついたらこの街の近くの草の上で寝ていたそうです。」
エイナは彼から聞いた事をすべてヘスティアに伝えた。
ヘスティアはこの話の間、エイナには言わずに力を使っていた。自分の力に問題があるのかを確かめるために。
結論から言えば何も問題がなかった。ならば、問題があるのは彼の方ということになる。
(神の力をはねのけてしまう存在か…)
そんなものが本当に存在するだろうか?同じ神であるのならば不可能ではない。人々が威厳と呼ぶ力神威を解放すればお互いの神威が打ち消しあい神の力をはねのけることが可能である。しかし、彼からは神威を全く感じなかった。
ヘスティアは腕を組んで考えてから、
「彼は嘘を言っていると思うかい?」
と聞いた。神の力が通用しないのならそれ以外の方法を使うしかない。そう考えた彼女はエイナに意見を求めた。
それにエイナは素直な感想を応える。
「それはないと思います。ここにきた時、彼は本当に何も知りませんでした。まるで、違う世界から来たみたいでした。」
「違う世界か……」
そして再び腕を組んで考え始めたヘスティアはもう一度彼と話して決めることにした。
それをエイナに伝え二人でベル達の待つ部屋に向かった。
扉を開けた瞬間、ベルの泣く声が聞こえた。何事かと思い、急いで中に入った二人の目に、椅子に座りながら泣いているベルとオロオロとしているキリトが映った。
エイナより先にヘスティアがベルに
「いったいどうしたんだいベルくん⁉︎」
「がみさまぁ、それがぁ、ぎりどさんがぎおぐそうしつらしぐっで、ぞれをきいてぼぐ、ぼぐぅぅ」
それを聞いたヘスティアは母親が子をあやすように彼を抱きしめ頭を撫でる。
「ベルくんは優しいね。けど、そんなに泣いてたらみんな困っちゃうじゃないか。だから、泣き止んでおくれ。」
するとしばらくしてベルは泣き止み、落ち着きを取り戻した。キリトはまるで母親と子供だと2人を見て思った。
一時騒然としていた部屋はすっかり静けさを取り戻し、騒ぎを起こした本人は顔を真っ赤にしてうつむいていた。今彼は泣き叫んでヘスティアにあやしてもらった自分に対して相当恥ずかしい思いを抱いていることだろう。その証拠にさっきから一言も話さず誰とも目を合わそうとはしなかった。
「じゃあそろそろ本題に入ろうかキリトくん。…君が記憶を失っているというのは本当かい?」
ヘスティアはもう一度確かめようとキリトに話を振った。
「はい。気がついたらこの街の近くの草原で寝ていました。」
「そうか。それは大変だったね。この街に来て何か思い出したことはあるかい?」
「時々ですが、懐かしい感覚に襲われることがあります。けど、何かを思い出したりとかそういうことはまだ…」
キリトの答えを聞いたヘスティアにはやはり彼が嘘を言っているのかどうかわからなかった。
だから、彼女は賭けに出てみることにした。
「キリトくん、正直に言うとボクは君のことがまだ信用できない。」
そこで、ベルがばっと顔を上げ
「か、神さま!」
とヘスティアに非難の声を出す。
「ベルくん。これは大事なことなんだ。ベルくんに危害を加えようと思うような子をボクのファミリアに入れることはできないからね。」
「っつ……」
自分の心配をしてくれている神にベルはこれ以上何も言うことはできなかった。
ヘスティアは言葉を詰まらせたベルから再びキリトに視線を戻すと、
「キリトくん、これから言うことに正直に答えてほしい。神の前では嘘をついても意味ないしね。」
この言葉に真剣な表情でキリトは頷く。
「君が記憶を失ったのは状況からしておそらくモンスターに襲われたからだろう。それなのにどうして商業系のファミリアでなくボクの所のような探索系を選んだんだい?」
この答えにおかしな点があれば彼は黒。なければ、彼女にこれ以上彼を疑う道理もそれを見分ける方法もない。
「……俺が目覚めた時横に剣が置いてありました。その剣はめちゃくちゃ重くて今の俺じゃあとても振り回せるようなものじゃなかった。なぜそんなものが俺の横に置いてあったのかわからないけど、俺の記憶に関係があるものなんじゃないかと思いました。」
そこでいったん言葉を止めて目の前のお茶を飲む。
「そこからは単純です。剣を持ってたってことは俺はモンスターと戦ってたんじゃないか。それなら商業系より探索系の方が何か思い出すことにつながるかもしれないと。」
「怖くはなかったのかい?」
「なかったです。モンスターがどのくらい怖いものなのか俺にはわからなかったから。」
ヘスティアには最後の言葉が嘘には思えなかった。その声はどこか切なくとても寂しく思えた。
彼女は心の底から彼に悪い事をしたと思った。
彼は寂しかったのだろう。目が覚めてみれば自分の知らない世界で家族も友達も誰一人として知っているもののない世界。
それはどれほど恐ろしい世界なんだろう。彼にとってはモンスターに襲われるよりもこの世界で生きることの方が恐ろしいのかもしれない。
(この子を放っておくような者は神とは呼べない。仮に、もしも、万が一、この子がベルくんに危害を加えようとする輩ならボクが責任を持って彼を止めればいいだけじゃないか!)
ヘスティアはそう結論を出す。
「キリトくん、いろいろすまなかったね。君をボクのファミリアに迎い入れるよ。」
そこで彼は初めて笑顔を見せた。その顔に先ほどまでのようなどこか悲しそうな様子は見られなかった。
「ありがとうございます‼︎」
〜〜〜〜〜〜
住宅の並び立つ住宅街の中心に立つ寂れた協会。そこには神父はおらず崇められている神もいない。今や誰も訪れることがない協会の地下室、そこには生活感が漂う小さな部屋があった。そこにあるのは大きなベッド、所々黒い墨のようなものがついているボロいソファ、そしてその前には小さな机が一つあった。
その小さな部屋は現在ヘスティアファミリアの拠点として利用されている。なんでもヘスティアがダダを捏ねて神友に手配してもらったそうだ。ヘスティア曰く、
ダダは捏ねるためにあるだぜ?
だそうだ。その話を聞いたベルは思わずダダってなんなんだとツッコミそうになった。
そんなこんなで今までここで過ごしてきた2人だったが、今彼らは危機に直面していた。
キリトをファミリアに迎えいざ帰宅夜になるまで3人で親交を深めあって過ごした。そして、そろそろ寝ようということになりベルとヘスティアはいつもの寝るポジションへ移動して横になった。そして、二人は同時にあることに気がついた。
キリトさん(くん)の寝る場所がない‼︎
当の本人はというと何も言わず、壁にもたれながら寝ようとしている。
それを見たベルとヘスティアはだんだん自分たちがキリトだけを除け者にしている悪者に思えてきた。罪悪感が半端ない。そう思った2人は目を合わせ会話する。
神さま、どうしましょう?
どうしようかベルくん?
今から寝床を作るっていうのはどうですか?
どこにそんなものを作る材料があるんだい?
じゃ、じゃあ、今から買いに行くのは?
……今は夜だよ。どこも開いてないさ。それに…
それに?
…今ヘスティアファミリアの貯金と持ち金合わせて15ヴァリスしかない。
……マジですか?
マジだよ。昨日と今日の馬鹿騒ぎで全部使ってしまったよ。
それ完全に僕たちが悪いですよね?
完全にボクたちのせいだ。
……僕今日床で寝ます!
まぁ待つんだベルくん。ボクにいい考えがある。
いい考え?
ああ。ボクに任せてくれベルくん。
そう目で語るヘスティアの顔はなぜかにやけていた。そんなヘスティアを見たベルは悪い予感を募らせる。
「キリトくん。」
その声に反応しキリトはゆっくり顔を上げてヘスティアと目を合わせる。その顔は今にももう寝そうな顔をしていた。それを見たヘスティアはこいつよくあの短時間でしかもあの体制でそんな顔ができるなと若干引いた。
「どうしました神様?」
「ん、いや、あのね……すまない‼︎ボクたちすっかり君の寝床を用意するのを今の今まで忘れていた!」
とヘスティアは頭を下げる。それにつられベルも謝りながら頭を下げる。
一方キリトは相変わらず眠そうな顔をしていて、そんなことかぁと思っていた。
「大丈夫ですよ。なんかこの体制結構寝やすいんで。気にせず寝てください。」
「うっ」「はうっ」
それを聞いた彼らは更に罪悪感を募らせた。
「ダメですよキリトさん‼︎」
「ベルくんの言う通りだ!そんなことキリトくんにさせてしまったら僕らは罪悪感が半端ないんだ‼︎」
「そうですキリトさん‼︎ボクが床で寝るんでキリトさんはこのソファで寝てください!」
とベルはソファからおり手を広げてソファを示す。
「俺別にここで…」
キリトは「ここでいいから」とベルに言おうとしたがヘスティアの声に邪魔され最後まで言うことはできなかった。
「ダメだベルくん!君はここで寝るんだ!」
とヘスティアは自分の横を叩く。
これがヘスティアの案だった。キリトにはベルが寝ている場所を譲り、自分は愛しのベルとベッドを共にする。
「そ、そんな‼︎神さまの横で寝るなんて僕にはできません!」
「なら、ボクが床で寝る‼︎」
「だ、ダメです!神さまが床で寝るなんて絶対ダメです!」
「君がボクと一緒に寝ないと言うのならボクは今日なんと言おうと床で寝る!」
今ヘスティアの頭の中ではキリトのことなんて微塵も考えていなかった。ただベルと一緒に寝る、それしかなかった。
「そ、そんな、ぼ、僕にはできません!そ、そうだキリトさんが神さまと一緒に寝れば!」
「君はボクに今日初めてあった男と一緒に寝ろって言うのか‼︎」
純粋な欲望を全力で加熱させている彼女を止めらる者はもういない。
「なんかニュアンスがおかしいです⁉︎」
キリトはこのやり取りの間ひたすら傍観者に徹していた。
(面白い人たちだ。これがファミリア…家族か…)
そんなことを考えながら彼はひたすら彼らのやり取りを見ていた。
結局、ベルはヘスティアの押しに負けてベッドで寝ることになりキリトはソファで一人寝るということに決まった。
〜〜〜〜〜〜
「
この力は神の使う文字、「
対象が経験した事象、つまり過去の記憶を「
今、ヘスティアはベルのステイタスの更新を行っていた。ベルの背中に
「そう言えばベルくん、キリトくんの加入の件ですっかり忘れてたけど、一昨日死にかけたって言ってた気がするんだけど何があったんだい?」
1段落ついたところでヘスティアはベルに話しかける。
「その…5階層でミノタウロスに追いかけられまして…」
ベルもいつものようにステイタスが更新されるまで話に応じる。
「5階層⁉︎君はアホか⁉︎半月足らずで5階層なんかに足を踏み入れてるんじゃないよ‼︎」
(エイナさんもだけど、ミノタウロスじゃなくそっちに食いつくんだ)
「エイナさんにもめっちゃくちゃ怒られました…」
「それでミノタウロスに襲われた君はなんでまだ生きてるんだい?」
酷い言い方だがヘスティアの言う通り、冒険者になって半月の彼が生きて帰って来たのは本当に奇跡的なことだった。
「その…アイズ・ヴァレンシュタインさんという方に助けていただいて…」
と顔を赤らめて言うベルにヘスティアはただならぬ危機感を感じ取った。
「ま、まさかとは思うけど、君はひょっとしそのヴァレン何某ってのことを……」
「は、はい…好きになっちゃいました。」
ベルは更に顔を赤らめる。
それを聞いたヘスティアは頭を抱え腰を大きく反り返し絶叫した。
「のおおおおおおおおお!!!」
「え?え?神さま⁉︎」
突然叫びをあげたヘスティアにベルは困惑していた。
「この!この!ベルくんの浮気者‼︎ベルくんのくせに!ベルくんのくせに〜‼︎」
ヘスティアは愛しのベルのまさかの裏切りに手に持っていた針で応える。
「いてっ!痛い‼︎神さま、ちょ、痛いです!」
「ベルくんのばか〜‼︎」
突然の針攻撃から逃げようにもヘスティアが背中に乗っているのでベルは逃げ出すことができない。彼はしばらくの間、悲鳴を上げながらヘスティアの針攻撃を受け続けた。
〜〜〜〜〜〜
ベルとヘスティアがステイタス更新を行っている間キリトは地下室の奥にあるキッチンで朝食の食器を片付けていた。皿を洗い終わり部屋に戻ろうとした時、ヘスティアの叫び越えが聞こえてきた。
いったい何事かと思ったのも束の間、今度はベルの悲痛な叫び越えが聞こえてきた。キリトはすぐに部屋を覗き込む。
ベルと目が合う。
ベルがキリトに助けを求める。
キリトはすごい勢いでベルの背中に針を突き刺すヘスティアを見る。
キリトはすっと顔を引っ込める。
ベルの「薄情者ー‼︎」という声が聞こえたがスルーする。
さわらぬ神に祟りなし。
彼はこの言葉の意味を正しく理解できた気がした。
(許せベル。)
〜〜〜〜〜〜
キリトの裏切りの後も続いた針攻撃はステイタスの更新が終わるまで続いた。
ヘスティアはまだ顔を膨らませて怒っているが、更新されたステイタスを紙へと書き写す。
「
(こんなにボクはベルくんのことを思っているのに君はなんでヴァレン何某のことを〜‼︎)
そう思いながらもヘスティア着々と和訳を進める。そこで、一瞬彼女の手が止まる。しかし、すぐに翻訳を再開した。
書き終わるとベルにその紙を渡す。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I 77→I 82
耐久:I 13
器用:I 93→I 96
敏捷:H 148→H 172
魔力:I 0
《魔法》 【 】
《スキル》 【 】
(敏捷が24も上がってる!ミノタウロスの時必死に逃げたからかな?)
「神さま見てくださいよ。敏捷が24も上がってます!」
とベルは満面の笑みをヘスティアに向ける。
ヘスティアは顔を膨らませたまま何も言わない。
(うっ…まだ怒ってるのかな?)
ベルをシカトしたヘスティアはキリトを呼び、恩恵を授ける儀式を行う。ヘスティアにシカトされたベルは居心地が悪くなりコソコソとその場を立ち去る。
上半身が裸になったキリトの背中にヘスティアの血で「
「はい、もう動いていいよ。」
ヘスティアはそう言ってキリトの背中からおりる。すぐに体を起こしキリトは自分の体を見る。
「んー?なんか特に変わった感じはしないですね?」
恩恵を受ければめちゃくちゃ強くなると思っていたキリトは若干残念そうに感想を述べる。
「まぁ恩恵を受けただけじゃそれほど能力は上がらないしね。けど、これから君が強くなれるかどうかは君次第だよ。はいこれ。」
そう言ってキリトにステイタスの書かれた紙を手渡す。
キリト
LV1
力I 36
耐久I 15
器用I 21
敏捷I 32
魔力I 0
《スキル》【 】
《魔法》 【 】
キリトは自分のステイタスを見ながらヘスティアからの説明を受ける。一通り意味を理解したところで自分のステイタスに目を通す。
(俺弱…)
ヘスティアの説明の中にあったベルのステイタスと比べると自分がカスのように思えてきた。今の実力にまだ始まったばかりだと自分で自分を励ます。
「キリト〜、そろそろ終わった?」
キリトが少し自信喪失してるところにベルが声をかける。
「ん?ああ。今終わったところだ。」
「ならさっそくダンジョンに行こうよ!早くダンジョンに行かないと今日のご飯がなくなっちゃうよ。」
金がないのはベルとヘスティアのせいだがキリトには言わない。
「わかった。すぐ準備するからちょっと待っててくれ。」
「じゃあ、外で待ってるね。」
サッサッサと着替えを済ませたキリトはすぐに外に出る。
「行ってきます神様!」
「ああ。くれぐれも気をつけるんだよ。」
元気に飛び出したキリトにヘスティアは手を振って送り出す。
2人がダンジョンに言った後、ヘスティアはベルのステイタスが書かれた神に手をかざす。するとスキルの欄に文字が浮かび上がる。
《スキル》【
・早熟する。
・
・懸想の丈により効果上昇。
初めて見るスキル。おそらくはレアスキルであろうそれを見てヘスティアは頭を抱える。
《スキル》それは特定の条件を満たしたものにのみ与えられる力。スキルは無限にあり、その人物が何を思い何をしたのかで発現するものは変わってくる。その中でもレアスキルと呼ばれる類のものは名前の通り発現数が極端に少ない、もしくは一人だけといったスキルを指す。その希少性から発現したものは多くのファミリアから目をつけられ争いになることもある。
だから、多くの場合それを避けるためスキルのことを秘密にする。もちろん例外はある。例えば鍛治に関係するスキルの場合、より多くの客を取るためにそのスキルを公開することもある。要はメリットとデメリットの話である。デメリットの方が大きいと考えれば公開しないし、メリットの方が大きいと思えば公開する。
今回のベルのスキルは明らかに前者だ。早熟するスキルなど聞いたこともない。そんなスキルのことがバレればベルはあちこちの有力ファミリアから狙われることになるだろう。そんなことをヘスティアがよしとするはずかなかった。
ベルにこのことを伝えなかったのはヘスティアが伝えることはベルのためにならないと考えたからだ。
(ベルくんがボク以外の誰かに恋をして変わってしまうなんて…。憂鬱だ。今日はバイトは休もう。)
〜〜〜〜〜〜
ダンジョンに向かう道これから探索に向かう人で溢れていた。みな各々の武器をぶら下げ体には硬い鎧など様々な防具を身につけている。その中にキリトとベルの姿があった。彼らは何気ない話をしながらダンジョンへと向かっていた。
「キリトは片手剣を使うんだね。盾とかは持たないの?」
「ん〜なんか違う感じがするんだよな〜」
とキリトは腕を組みながら答える。
「え、なにが?」
「いやさあ、こないだギルドでエイナさんに装備を貸してもらった時に盾を持って素振りとかしてみたんだけどなんかしっくりこなかったんだよ。」
彼は素振りの真似をしながら答える。
「へー。じゃあさ、なんで片手剣にしたの?」
「あ〜それは、俺が元から持ってた剣が片手剣だったからだよ。ほらこれ」
そう言ってキリトは腰に下げた片手剣を両手でベルに手渡す。
「重いから気をつけろよ。」
ベルは重そうには見えない片手剣を片手で受け取る。キリトが手を離した瞬間ベルは地面に引きづり込まれた。
「うわぁ!いてて、何この剣⁉︎めちゃくちゃ重いんだけど!というかビクともしない。」
ベルは両手でその剣を持ち上げようとするがピクリとも動かない。
「確かに重いけどビクともしないことはないだろ?」
と笑いながらベルに言う。
ベルは相変わらず全身に力を入れて頑張っているが剣が動く様子はなかった。それを見たキリトはさすがに変だと思い、ベルに変わり剣を持ち上げる。重いことは重いが両手でなら持ち上げれないことはない。やっぱり気のせいか。
「すごいねキリト、そんなアホみたいに重たい剣を持ち上げれるなんて。」
ベルは肩で息をしながらキリトを見る。
「でも重すぎてとてもじゃないけど振り回せないよ。」
キリトは剣を再び腰にかけながら話す。
「え?じゃあ、なんで持ってきたの?」
「重さに慣れたらいつか使えるようになるかなぁって」
「けど動きにくくない?」
「そこはあれだ、慣れだ」
「結局、慣れるまで動きにくいってことだよね?」
胸を張りながら言うキリトに呆れた声でベルは言った。
「まぁそうなるな。けどそこはベル先輩がカバーしてくれるだろ?」
「ええ⁉︎僕⁉︎」
いきなりの他力本願の発言に戸惑う。
「いやだよそんなのー」と言うベルにキリトは「まぁいいじゃないか」と言って再び歩き出す。
そのキリトに「僕絶対嫌だからね!」と言いながらベルは後を追う。
5分ほど歩くと二人はダンジョンの前に着いた。二人は相変わらず楽しそうに会話をしながら入り口を目指す。
「じゃあ取り敢えず今日はキリトにダンジョンがどんなとこか知ってもらうために一階層のゴブリン中心に狩ってこうか。」
「ああわかった。」
「ゴブリンは胸の真ん中に魔石があるからそこはあんまり狙わないでね。魔石が粉々になっちゃうから。」
「了解。そういえば、俺とお前どっちが前で戦うんだ?」
「今日はキリトにダンジョンに慣れてもらいたいからキリトが前で戦って。僕は後ろで危なくなったら助けに入るから。」
「よし任せろ!ガンガン狩ってガッポリ設けてやるぜ!」
前衛を任されたキリトは気合を入れダンジョンの中に入った。しばらくベルの言う通りに足を進めるとゴブリンを見つけた。
(あいつか。ちょうどいい。恩恵がどれほどのものかよくわかる。)
「キリト、来るよ気をつけて」
「ああ。」
キリトは背中の剣を抜く。次の瞬間、キリトはゴブリンに斬りかかった。ゴブリンはまだキリトに気がついていない。
そのまま背中に一撃を入れる。
(剣を振る速度が早くなってる。)
キリトに気付いたゴブリンはすぐさま爪をたてて襲い掛かってきた。
キリトはそれを難なくかわしゴブリンの腹を蹴り飛ばす。
ゴブリンはそのまま背中から壁に激突した。
(力も上がってる。なるほどこれが恩恵か。)
キリトはゴブリンが体制を立て直す前にトドメを指す。首を胴体から切り離されたゴブリンは黒い霧となって姿を消した。
キリトの全く危なげない戦いを見ていたベルは思わず興奮してしまった。
「すごいキリト!これならもっと下の階層に行っても大丈夫だよ!」
「そうかぁなぁ。」
手で頭をかきながらキリトは少し照れた。
「うん!僕が保証するよ!」
「じゃあ、行ってみるか?」
こうしてキリトとベルは下へ下へと階段を降りていく。
気が付けば6階層に来ていた。
「仲間がいるだけでこんなに戦闘が安定するんだなぁ」
と今まで一人でダンジョンに一人で潜り続けてきたベルは素直にそういった。
「まぁ普通に考えて一人で戦うより二人の方が強いのは当たり前だしな。」
とキリトは正論を言う。
「キリトが僕たちのファミリアに入ってくれてほんとよかったよ。」
とベルは笑いかける。
「やめろよ。なんか照れるだろ。」
キリトはまた頭をかいて照れる。
「それにキリトって冒険者になったばっかりなのにめちゃくちゃ強いね?ひょっとしたら昔はどっかの街の騎士団長様とかだったんだじゃない?」
「俺がぁ?それはないだろ。だいたいそんなお偉いさんがなんで草むらの中で寝てるはずないだろ?」
と笑いながら言った。
「昼寝でもしてたんじゃない?」
「そんな騎士団長いるわけ……」
頭の中に声が響く。
……なんであなたはこんな朝からから昼寝してるの⁉︎みんな必死になって攻略してるのにあなたは…………
(….なんだ今の声?)
突然口を止めたキリトにベルは
「どうしたのキリト?」
「あ、いや、なんでもない。気にしないでくれ。」
「そう?」
とベルはまだ不思議そうな顔でキリトを見ていた。
(今の声は…俺の記憶…なのか?)
キリトはベルの視線にも気づかずに頭の中で聞こえてきた声について考えていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
4.弱者
「ろぉくかぁいそぉぉぉ⁉︎」
「はひぃ⁉︎」
ダンジョンから戻ってきたら報告に来るようエイナに言われていたベルは換金の前にエイナにその日1日ダンジョンであったことを話すのが習慣になっていた。今日もいつものように報告をとエイナの所へ足を運んだところ……
「どうして一昨日5階層で死にかけた君が到達階層増やしちゃてるのよ⁉︎」
とエイナは大変ご立派なご様子。今にも頭からツノが生えてくるのではないかと思わせるような顔で身を乗り出しベルの顔面に近づく。
「ご、ごめんなさい‼︎あ、だけどキリトと一緒にパーティ組んでたんで全然問題なかっですよ?エイナさん」
「はあぁぁあぁあぁ⁉︎一体それのどこが問題ないのよ‼︎今日冒険者になったばかりのキリトくんといったああぁ⁉︎問題しかないじゃない‼︎」
「す、すいません‼︎あ、でも見てくださいよこれ。こんなにたくさん魔石を取ってこれたんですよ!」
ベルは魔石を入れたポーチをエイナに見せる。
瞬間、エイナの中にある何かの線が切れる音がした。
満面の笑みをベルとキリトに向けた彼女はニコニコと笑いながら言った。
「二人とも、ちょーとあっちの部屋に来てくれるかな?」
その優しいようでとてつもなく怖いエイナの声に周りの同僚みな一歩後ずさる。
(こ、怖い…)
一方、彼女をそんな風に変えた張本人たちはそんなことに気づかず、いいですよと彼女の後に続く。
この後ギルドに悲鳴が響き渡ったのは言うまでもないだろう。
〜〜〜〜〜〜
「うぅ…」
「おいおい、そろそろ元気出せよベル」
エイナにみっちりしごかれた二人は共に帰路に入っていた。ベルは未だエイナに怒られたことを気に病んでなかなか顔を上げない。キリトがさっきから慰めているが一向に元気が出る様子がない。
「はぁー…」
キリトは左手で頭を支える。どうしたものかと思っていると不意に声をかけられた。
「冒険者さん!」
キリトは声のした方に顔を向ける。
そこにはウェイトレス姿の女性が立っていた。
「はい?」
「冒険者さんお食事はおすみですか?よろしければ当店でなどいかがでしょう?」
ウェイトレス姿の彼女は笑顔で後ろに建っている建物を指す。建物には『豊穣の女主人』と書かれた看板がかけられていた。
ベルもやっと顔を上げて女性の方を見る。
こいつ女だったら顔をあげんのかよとキリトは内心呆れた。
ウェイトレス姿の女性はこちらを上目づかいで見ながら「ダメですか?」と聞いてくる。
その姿を見たベルはすぐさま顔を赤くする。
(ダメだ。ベルがやられた。)
男の理性を崩すような目で見てくる女性にベルが赤くなったのを見て今日の晩飯はここだなとキリトは確信した。
「ダ、ダメじゃないです、全然。」
ベルは慌てながら応えた。
「本当ですか⁉︎」
「あ、でも神様も呼んで来なくちゃ。」
「なら、一回戻ってもっかい来るか。ということなんでウェイトレスさんまた後で来てもいいですか?」
キリトは彼女に確認を取る。
「はい、もちろん大丈夫ですよ。席は私が取っておくので安心してください!」
「ありがとうございます。」
笑顔でお礼を言った二人は走ってヘスティアの待つ協会の地下室を目指す。
〜〜〜〜〜〜
「神様!今帰りました!」
「おお、やっと帰ってきたか。遅かったじゃないか。」
いつもより少し遅く帰ってきたベルにヘスティアは少し心配そうな顔を向ける。
「今日はちょっと色々あって遅くなりました。」
そこでキリトも帰ってきた。
「おかえりキリトくん。初めてのダンジョンはどうだった?」
「いや、初めてではなかったんですけど、まぁ思ったよりモンスターが出てきたんで疲れました。」
「「えぇぇ⁉︎」」
二人は驚きの声を上げた。
「ひょっとして何か思い出したのかい⁉︎」
「いや、特には何も思い出してませんよ。」
「え?じゃあなんで初めてじゃあないって?」
今度はベルがキリトに問いかける。
「一昨日の夜一回潜ったから」
キリトはさらっと答えを告げる。
その答えにベルは「なるほど」と言い、一方ヘスティアはまたしても驚きの声をあげた。
「ちょっと待てキリトくん!君は恩恵も受けずに、いや、その前にベルくん!なんで君はそんな納得しちゃいましたって顔してるんだ⁉︎」
急に自分に話が飛んできたベルは少し驚いた表情をして、
「え?だってキリト今日普通に6階層の敵と戦ってまし……」
ヘスティアは何も言わなかった。というか、言いたいことがありすぎて何から言ったらいいのかわからなくなった。
(この子たちはあれか、アホなのか?イかれてるのか?)
ヘスティアが口を開けたまま何も言わないので、二人は少し心配になってきた。
「あのー神様?大丈夫ですか?」
心配したベルが尋ねる。
「ちょっと大丈夫じゃあないから一人にしておくれ。」
そう言うとヘスティアは地下室から出て行った。
「え?ちょ神様⁉︎」
返答はなかった。
二人は顔を不思議そうな顔をして顔を見合わせた。
〜〜〜〜〜〜
「というわけなんだミアハ。ボクがおかしいのかい?」
ヘスティアは今親友のミアハに話を聞いてもらっていた。話とはもちろんあの二人のことである。
「ヘスティアは間違ってないと思うが……。いささかその二人はちょっと問題だな。」
ミアハは薬屋を営んでいるが繁盛しておらず、弱小ギルド繋がりでヘスティアのファミリアとは仲がいい。そのため、ヘスティアはこうしてたまにミアハに相談をしていた。
「そうだろそうだろ⁉︎やっぱりあの二人かおかしいんだ!」
ミアハにも同意を得られヘスティアは自分の眷属が変人であると確信した。
「まぁ今日無事に戻ってきたことを考えると彼らはなかなか筋がいいのかもしれないが、とても正気の沙汰ではないな。」
ミアハは少し呆れながら言った。
「だよなー。いったいどうしたらいいんだろう?きつく言ったところであの二人が聞くわけないし…」
「私が思うにその二人は他より実力があるんじゃないか?」
「どうだろう?ボクは直接見たことがないからよくわからなぁ。けど、今日6階層まで行ってたのは事実だし…」
ヘスティアはベルとキリトのステイタスをもちろん知っている。だが、ステイタスだけでは彼らがどれくらい強いのかはわからない。ヘスティアにわかるのは他の冒険者と比べてみることだけだ。
「とりあえず放っておいていいのではないか?さすがに彼らも死にそうになるまでそんな無茶はしないだろう?」
とミアハ結論付ける。
「だといいんだけどね〜」
ミアハの結論に不安を覚えつつもヘスティアは言った。
〜〜〜〜〜〜
「はいよ!ミートスパゲッティ大盛りだよ!」
「「……」」
この店、『豊穣の女主人」の店主ミアが出してきた人間の上半身分ぐらい盛られたスパゲッティにベルとキリトは共に唖然とする。
ヘスティアの一人にさせてくれ発言の後、二人は当初の予定通りこの店で晩飯を食べに来ていた。先程声をかけてきた女性シルに案内されカウンターに腰掛けてすぐこの何十束茹でたかわからないスパゲッティが登場した。
「あんたらがシルのお客さんかい?なんだい、いかにも駆け出しって感じじゃあないか。これ食って力つけな!そんなんじゃすぐお陀仏だよ!」
「あ、あの〜僕たちまだ何も頼んでないんですけど?」
威圧感のある店主に少しヒビリながらベルは何故か出てきたスパゲッティを見ながら疑問を口にする。
「あん?シルからなんでも食べるって聞いてるよ」
ミアの言葉を聞いた二人はすぐさまシルに視線を向ける。
「えへへ〜」
「「えへへ〜じゃあねぇぇ⁉︎」」
たいして悪びれずに笑う彼女に思わずツッコミを入れる。
(この人とんだ魔女だ。)
二人が批判の目を彼女に向けているとドンと音がした。二人が同時に音のした方を見るとカウンターの上に皿が増えていた。
「鮟鱇の丸焼きお待ち!」
「えぇぇぇぇぇ⁉︎デカ⁉︎」
「こ、こんなに食べれないですよ⁉︎」
「残したら承知しないよ?」
またしても巨大な料理に食べれないとベルが言うとミアは二人を睨み
残すなと告げる。思わず二人はピンと背を伸ばす。
「は、はい……」
「お、おいしくいただきます…」
「ははは…頑張ってくださいね。」
二人にシルはそう告げるとどこかに行ってしまった。
キリトはこれ以上料理が出てこないようにオーダーストップをミアに伝える。ミアは「情けないねぇ〜」と言い残し厨房の中に戻っていった。
残された二人は目の前の料理を食べ始める。味はとても美味しいのだが量が量だ。とりあえず山になっているスパゲッティを二人で協力してかたずける。なんとか食べ終え、次に取り掛かる。
「ベル俺ちょっとトイレに…」
「……吐く気でしょ?」
「…仕方ないだろ?…このままだと胃が破裂する。」
キリトはパンパンに膨らんだ腹を手で押さえる。
「ミアさんにばれたら殺されるよ…?」
「ここで吐かなくても殺されるよ。ベル後は俺に任せろ、戻ってきたら俺が残り全部かたずけてやる。」
「本当に?じゃあ後は頼んだよキリト。」
「おう任せろ。…っうぷ」
今にも吐きそうになるのを抑えトイレへと向かう。
キリトが席を立つとすぐにシルがやってきた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃあないです…」
「ごめんなさい、私のせいですよね?」
ベルの苦しそうな顔を見てシルは悪ふざけが過ぎたと反省し、上目遣いで謝る。
「いや、その、もう気にしないでください。」
自分はつくづく女性に甘いと思う。たぶん何をされても謝れば許してしまいそうな気がする。
(これでいいのか僕……)
多分ダメなのだろうが、祖父にこう育てられた時点でもう今更だ。
「そうですか?よかった〜。私ベルさんに嫌われたかと。」
許しをもらい先ほどまでとは一変し明るく振る舞う彼女。
「嫌うなんてそんな…。そういえばシルさん、お店大丈夫なんですか?」
先程から全然働いていない彼女に尋ねる。
「はい。後はご予約のお客様だけとベルさんたちだけなので。それに…サボれる時にサボっておかないと。」
最後の言葉をミアに聞かれないようにとベルの耳元で呟く。
(ほんといい性格してるよこの人…)
サボり発言に呆れて苦笑いしてるとキリトが戻ってきた。その顔色は悪い。まだ吐き足りなそうだ。
「あ、キリトもういいの?」
「ああ。」
「いけそう?」
「大丈夫だ。勢いでいけるだけいってやる。」
キリトは一度全てをリセットした胃袋の中へ次々に食材を放り込む。勢いのあるうちに一気にいってしまおうという作戦だ。そんなキリトを見ていた二人は感嘆の表情を浮かべる。
「す、すごい。」
「いける、いけるよキリト!」
キリトの口は絶えず動き続けその動きに比例して巨大な鮟鱇の丸焼きはその形を崩していく。
しかし、残り1割に差し掛かった時異変は起きた。それまで休むことなく動いていた手が動き止めたのだ。次の瞬間、限界を迎えたキリトはカウンターに倒れ込んだ。
「も、もう、はいら、…ない…」
そう言い残し彼は意識を手放した。
「キリト!」
「しっかりしてくださいキリトさん!」
倒れ込んだキリトの身体を揺すぶるも反応がない。この時ばかりはシルも自分のしでかしたことにうろたえた。
「キリト…後は僕に任せろ!」
ベルは今日一番の真剣な表情で目の前の
(あと少し、あとちょっとだ。)
今にもリリースしてしまいそうな衝動を抑え必死に口へと運ぶ。
(あと一口……)
最後の一欠片を口の中に放り込む。
「や、やりましたねベルさん!すごいです、お二人であれだけの量を食べてしまわれるなんて!私てっきりミアお母さんに殺されるものだとばかり」
食べきった二人に興奮した様子で賞賛を送るシル。しかし、その賞賛受ける二人はそれどころではなかった。片や気絶し、片や吐きそうになるのを手で強引に押さえていた。
(は、吐く…ト、トイレに…)
ベルは口を手で押さえたまま立ち上がり、シルに一瞥もくれずにトイレへ直行した。
〜〜〜〜〜〜
「キリトもう大丈夫?」
「ああ、なんとか。」
「キリトさんお水です。」
あれから30分ほどしてキリトが意識を取り戻しすぐさまトイレへ。戻ってくると開口一番水を要求。すぐに水を取ってきたシルがキリトに手渡していた。
「ありがと。」
キリトは水を受け取ると口に流し込む。
「…死ぬかと思った……」
「ハハハ、確かにキリトが気を失った時はびっくりしたよ。」
「確かにあれは驚きましたね〜。まさか食べ過ぎで気を失うなんて。」
それぞれキリトの気絶について感想を述べていると、ミアがやってきた。
「ほぉ、残さず食べるたぁ感心だ。サービスにもう一丁追加して……」
「い、いえもう結構です…!」
まだ料理を出そうとするミアをベルは慌てて止めに入る。
「そうかい?じゃあ、まぁ後は適当に楽しみな。シルはしばらく貸しといてやるから。」
そう言うとミア再び奥へ戻っていた。
「ふふ、ベルさんたちのおかげで堂々サボれます。」
悪びれもなく言うシルに二人は苦笑いで答える。
「ベルさんたちはいつから冒険者になられたんですか?」
「あ、僕は半月ほど前からです。」
「俺は今日からです。」
「え?今日から?それはおめでとうございます。じゃあ今日の食事はお祝いですね。」
「ははは。途中で気絶しましたけど…」
主役が気絶するお祝いの席があっていいのだろうか。そんな席は全力でお断りさせてもらいたい。
「あ、でもお二人とも駆け出しの冒険者ならお金とか大丈夫ですか?」
駆け出しの冒険者は当たり前だが稼ぎが少ない。普通初めの一ヶ月はどこかで食事を取るような余裕はない。それを心配したシルは二人に尋ねる。
「あ、大丈夫です。今日はキリトとたくさん稼いできたんで。」
そこで換金してもらったお金を取り出す。
シルはベルが見せたお金をを数える。
「7、8、9、1万ヴァリス⁉︎」
シルは思わず驚きの声を上げる。それだけ稼げれば普通の生活を送ることができる。
「おい、ベルあんまり金を見せびらかしたりするなよ。」
「あ、そうだね。ごめんキリト。」
シルの驚きを他所に二人は会話を始める。
(確か駆け出しの冒険者って1日に1000ヴァリスも稼げればいい方じゃなかったかな?)
自分の常識に疑問を覚えているとバンと音とともに、自分と同じウェイトレスを纏った同僚の獣人の少女が勢いよく扉を開けた。
「ご予約のお客様がご来店ニャ!」
少女の後ろからぞろぞろと大勢の冒険者が店の中に入ってきた。その中な一際目を集める少女がいた。肩と背中が大きく開いた服から覗かせる白い肌。店の中にいた男どもはその少女に視線を奪われる。
「おい、あの子すげーかわいい。」
「本当だ、すげー上玉だ。」
「俺声かけてみようかな?」
「やめとけ。エンブレム見てみろよ。」
「ロ、ロキファミリア⁉︎」
「てことは、あれが剣姫?」
「まじかよ、こえー」
ロキファミリアの登場にその場は一時騒がしさが増す。
「ご予約のお客様が来たので私失礼しますね。」
シルもサボりタイムの時間が終わったてしまったので二人に手を振って急いで接客へと向かう。キリトも手を振り返しそれから剣姫と呼ばれた少女に視線を向ける。
(あれがベルを助けてくれたっていう剣姫…)
そこでベルへと視線を移す。顔を真っ赤にしてベルは剣姫に目を奪われていた。
「ベル?」
反応がない。
「おーいベルくん?」
ピクリともしない。キリトはベルの顔の前で手を振るが反応はなかった。
(ダメだこりゃ…。)
どうしたものかと考えを巡らす。
「…剣姫」
そこまで反応を示さなかったベルが肩をピクリと動かす。狙い通りのベルの反応。思わず悪戯心を刺激される。
「ベル…剣姫に惚れたか?」
「え⁉︎いや、僕は、そんな」
ベルは顔を真っ赤にしてうろたえる。キリトは人の悪い顔をしてさらにベルを追い詰める。
「そうかそうか。惚れちまったのか。なら、告るしかないな、今、ここで。」
「えぇ⁉︎」
「おいおい。そんな大きな声だしたら剣姫に気づかれるぞ?惚れてること。」
今にも笑い出してしまいたい気持ちを抑えベルをおちょくる。
ベルは口を手で抑えキリトの影に隠れる。
ベルのその動きがあまりにおかしかったのでキリトは我慢できずに笑いだした。
〜〜〜〜〜〜
「悪かったってベル。」
「キリトのせいで絶対ばれたよアイズさんに…」
今にも泣き出しそうなベルにキリトは謝る。
「ばれてないって、たぶん。」
「絶対ばれた。」
「大丈夫大丈夫。向こうはこっちのこと見向きもしてないし。」
「それはそれで辛い…」
ネガティヴ絶賛爆発中のベルはキリトの励ましをことごとく撃ち落とす。
(神様来てくれなかな〜。こいつを励ますのも疲れてきた。)
ベルの扱いに長けたヘスティアを思い浮かべる。
「おい、アイズそろそろあの話してやれよ!」
顔に入れ墨の入った獣人の男ベートの声が店内に響きわたる。その声に二人も反応する。
「あの話?」
「あれだよあれ!遠征の帰りに何匹か逃げたミノタウロスが奇跡みたいに階層を上がってたときの話だよ。5階層だったっけか?いたんだよ。ミノタウロスに追いかけられて必死に逃げてるいかにも駆け出しって感じの白髪のガキが!傑作だったぜ!アイズがそのミノタウロスを切った返り血を頭から被ってトマトみたいになった姿はよぉ。くくくっ、腹いてぇ…!」
「うわぁ…かわいそ」
ベートが腹を抑えながら悪い転げ、アマゾネスの少女ティオネが同情する。
キリトはベートの言っている人物がベルのことであるに気がついた。
「ベル、聞くな。耳塞いでろ。」
しかし、キリトの声はベルの頭を素通りしただけだった。
「アイズ、あれ狙ってやったんだろ?なあ、頼むからそう言ってくれ…!」
「…そんなことないです」.
ベートが大笑いする中、他の客たちもそれにつられて笑みをもらす。
「でな、その後この姫様助けた相手に逃げられてやんの!」
それまで笑わずに聞いていた仲間もこの言葉に流石に我慢できずに笑いだす。アイズだけは笑わなかった。
「にしても久々にあんな情けねぇやつ見たな。男のくせに泣くわ喚くわ震えるわ。」
「あらら…」
「あんなのがいるから俺たちの株がさがんだよな。」
「あの状況じゃ仕方なかったと思います。」
「あん?かまととぶんなよアイズ?お前だってあのガキの姿見て笑いだしそうになっただろ?」
アイズに食ってかかるベートをアイズは両目で睨め付ける。
「その辺にしておけ、二人とも。」
睨みあう二人を止めに入ったのは緑髪のエルフ、リヴェリア。
「ベート、ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。我々のせいで迷惑をかけたその少年に謝罪さえすれど酒の肴にする道理はない。」
言い切るリヴェリアにベートが鋭い視線を向ける。
「リヴェリアは黙ってろ。俺はアイズに聞いてんだ。おい、アイズ答えにくいんなら質問を変えてやる。メスとしてのお前はあのガキと俺どっちを選ぶ?」
この言葉にもう我慢できないとリヴェリアが声を荒げる。
「おい、いいかけがんにしろベート!」
「リヴェリアは黙ってろって!」
再び睨みあう二人。今度それを止めに入ったのは細い目の神、ロキだった。
「やめんかいな二人とも。酒が不味ぅなるやろ。」
「アイズ、答えろよ。メスのお前はどっちに喜んで尻尾振るんだよ?」
「私はそんなことを言うベートさんだけは嫌です」
「振られたなベート」
「黙れババア!…じゃあ、アイズお前はあの情けねぇガキになら尻尾ふんのかよ…?はっ、そんなわけねぇよな…!誰もそんなの認めねぇ!いや、他ならないお前がそれを認めねぇ…!」
キリトはベルの耳を塞ごうとした。しかし、それより先にベートの言葉がベルの耳へ届く。
「雑魚じゃアイズ・ヴァレシュタインには釣りあわねぇんだ‼︎」
ベルはキリトの手を払いのけ駆け出した。これ以上この場所にいることが耐えられなくて。
「おい、ベル‼︎」
キリトの声はただ店に響いただけだった。
アイズは店の外に駆け出した白髪を捉えた瞬間立ち上がり外に出た。しかし、白髪の少女を見つけることはできず店の前で立ち尽くす。
「ミア母ちゃんのとこで食い逃げするなんて…怖いもん知らずやな。」
「あの白い髪のガキ聞いてたのか?はっはっは、傑作だぜ!知ってたらどんな顔して聞いていたのか見てやったのによぉ!」
「ベート貴様…」
リヴェリアがベートの振る舞いにもう我慢ならないと取り押さえようとしたその時、ベートをキリトが殴り飛ばした。
「ってぇな…。いきなり何しやがるテメェ‼︎」
さっきまで騒がしかったその店は静まり帰っていた。第一級冒険者を多く抱えるロキファミリアの冒険者を誰とも知らない男が殴り飛ばしたのだ。誰もが固唾を飲んで見守る中キリトが口を開く。
「耳障りな鳴き声をあげる犬っころを黙らせただけだ。」
「なんだと⁉︎ケンカ売ってんのか⁉︎」
ベートを見下ろしながら言ったキリトの胸ぐらを掴む。
「なんだ?犬野郎には難しい言葉だったか?仕方ないな、犬語で話してやるよ。ワンワン」
挑発するキリトにぶちギレたベートは右手を振り上げる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞこの野郎‼︎」
「まずい、ティオネ、ティオナ‼︎」
「うん。」「はい。」
拳を振り上げたベートを見てロキファミリア団長フィンがアマゾネス姉妹に指示をだす。
キリトに拳が届く前にベートは二人に取り押さえられた。
「離せぇ‼︎あの野郎ぶっ殺してやる‼︎」
二人の拘束を振りほどこうとベートは暴れる。しかし、双子である彼女らの息のあったコンビネェーションによってベートは紐でグルグル巻きにされてしまった。
ベートが拘束されるのを確認したフィンはキリトの方を向く。
「僕はロキファミリア団長フィン・ディムナ。君、名前は?」
「キリト」
団長と名乗る自分より背の低い
「キリトくんか。君はどうしてこんなことをしたんだ?」
「言わなくてもわかってるんじゃないのか?」
「はは、君は物怖じしないねぇ。君の言う通り僕はわかってるけど君の口から言ってもらうことに意味があるんだよ。こっちにも色々と面子とかがあるからね。」
確かに理由も聞かず許したりしたら他のファミリアからなめられることになるだろう。
「なるほど。…俺がこいつを殴ったのは家族を馬鹿にされたからさ。」
「そうか。それは済まなかったね。ベートのことはこちらできつく言い聞かせておくからこの場これで収めてもらえないかな?」
「ああ。こちらこそあんたたちの仲間をぶって悪かった。」
二人はわかりきった茶番を繰り広げる。茶番も済んだところでキリトはその場を去ろうとする。
「ちょっと待ってくれないかキリトくん。」
「なんだ?まだ用があるのか?」
「さっきの少年にも謝りたいのだが、彼を連れてきてもらえないだろうか?」
「いやだね。そんなことは必要ない。」
律儀にもベルに謝罪したいと言うフィンの言葉をキリトは切り捨てる。
「…なぜかな?」
「今回のことは助けてもらったのにお礼を言わずに逃げたベルも悪い。ただ俺が我慢できずにそいつを殴っただけの話だ。だから謝罪なんていらない。それに…」
「それに?」
「それにベルは必ず強くなって自分でその縛られてる奴を見返すさ。」
そう言ってキリトは店を後にする。
「ロキそういうことだから。」
「おう、わかっとるでフィン。」
ロキはこの一件をずっと眺めていた。本来ならファミリアの頂点に立つ彼女が出るべきなのだろうが、彼女は傍観者に徹していた。
彼女は普段から余程のことがない限り団員のすることに口を出したりしない。口をだすべきではないと思っている。人間の一生には限りがある。永遠を生きれる彼女たち神と違って。だからこそ、できるだけ自分達だけで考え行動して生きて欲しいと思い、口は出さない。彼女は神として子供たちを見守るだけだ。
「それにしてもフィン。なんや、やけに楽しそうやな?…なぁ、やっぱりさっきの子か?」
「ああ。ちょっと彼に興味がわいてね。」
笑みを浮かべながら言う。
「ほぉ〜。なら、あの子うちに勧誘してみたろか?」
「ううん。そんなことしても彼は乗ってこないよ。」
「そうかぁ?見た感じ彼新米やったからうちから誘われたら結構乗ってくるかもしれんで。」
ロキファミリアは第一線で活躍するファミリアだ。そんなファミリアから声がかかれば普通駆け出しの冒険者ならその話につられるだろうと彼女は言う。
「もし、そうなったとしてもその瞬間僕の興味は失せるだろうね。」
「けったいなやっちゃのぉ。」
フィンとロキが話していると店の扉が開き白と赤の服を着た少女が入ってきた。
「遅れてごめんねみんな。」
「おそーい。何してたの?」
ティオネが遅れてきた少女に尋ねる。
「ちょっと剣を修理に出してきてたの。」
「そんなの明日にすればよかったのに。」
「剣がかなり痛んでたからなるべく早めに出したかったんだ。ところでベートは何してるの?」
少女に尋ねられてティオネはここであったことを話した。
「うわぁ…ベートサイテー…」
「うるせぇ!」
「どうやらまだ仕置が足りないようだ。」
その後リヴェリア主催の公開お仕置きショーにより酒場は多いに盛り上がった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
5.決意
(畜生、畜生、畜生っ…!)
ダンジョンの中をひたすら突き進む。理性なんて残っていなかった。ただ悔しくて悔しくて気がつけばダンジョンにいた。
「畜生ーーーっ‼︎」
情けなかった。
逃げることしかできなかった自分が
あの人に助けられた自分が
バカにされても何も言うことができなかった自分が
憧れるだけで何もしようとしなかった自分が
何より弱い自分が情けなかった。
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生ーー‼︎」
次々に出てくる敵をただ全力で切りつける。防御や回避なんてしない。そんな余裕も必要もなかった。
「弱い弱い弱い弱い弱いーー‼︎」
ただ攻撃するだけ自分に倒されていく敵。イライラする。ミノタウルスに殺されかけた自分を見ているようで。
あの時アイズさんが来なかったら僕はこいつらと同じだった。何もできずに殺されていた。そんな自分がどうしてあの人の隣に立てるなどと思い上がったんだ。
あの獣人の男が言っていた通りだ。口調はあれだったけど的を得ていると思う。だって、こんなにも悔しくて自分が情けないんだから。僕は情けなくて惨めで弱い。こんな弱い自分はあの人にはふさわしくない。
下へ下へと降りていく。弱い自分から逃げるように。
甘えていた。
出会いがあったから…憧れていれば、いつかきっと…そう思ってた。
ダメなんだ憧れるだけじゃ…
何もかもやらなければあの人には追いつけない…
あの人の隣に立つことは許されない。
強く…強くならなきゃ
あの人に認めてもらえる、あの人の隣に立てって戦えるぐらい強く…
後ろの壁が割れる音がした。何度も聞いたダンジョンの壁からモンスターが生まれてくる音だ。モンスターを視界に収めようと振り向く。
「ウォーシャドウ…!」
初めて見る敵の姿をエイナに教えてもらった知識と照らし合わせる。今日キリトと来た時には出会うことがなかったモンスター。
ウォーシャドウは6階層から出現する『第一関門』の異名を持つモンスターだ。名前の通り影のような色と形をしている。攻撃は鋭利な三本の指で行い、それぞれの指がナイフのようになっている。合計6本。これまでの敵より攻撃してくる武器が多い。
しかし、これが『第一関門』と呼ばれる所以ではない。
ウォーシャドウの一番の武器は別にある。それは移動速度だ。
5階層までのモンスターは普通に冒険していれば大群に囲まれたりしない限りやられたりすることはない。それはあらゆる能力において冒険者が優っているからだ。しかし、6階層から出てくるウォーシャドウは違う。
敏捷値が確実に駆け出しの冒険者を上回るのだ。だから、冒険者にとって初めて自分より何かが優れた敵と戦うことになる。これを越えられなければこれ以上冒険者としての成長は望めない。ここから先の敵は自分よりも強い相手ばかりだ。今までのようにはいかない。だから、『第一関門』。
ナイフを構える。
先程まで熱くなりすぎていた頭の中は落ち着きを取り戻していた。冷静さがなければ命取りになる場面。
初見でウォーシャドウを倒さなければ一流にはなれない。
そんなことを誰かが言っていた。
本当のことだろうと思う。
最前線で戦い続ける第一級冒険者。彼らはみなこの関門を初見で越えてきたのだろう。そうでなければ何もかもが初めての階層で戦ってなんていられない。
ここは第一の関門。これをくぐり抜けなきゃあの人には一生追いつけなんてしない。
「……やれ…!あの人の…アイズさんの隣に立ちたいのならやれ‼︎」
思わず逃げそうになる自分に喝を入れる。
(やるんだ。これぐらいやれなきゃ、アイズさんになんか一生追いつけない…!)
ベルはウォーシャドウに駆け出す。その背中にはもう迷いはなかった。
(今が好機だ。ウォーシャドウは壁際にいる。そのまま追い込めばスピードを殺せるはずだ。その間に足に一撃入れれば勝てる!)
足を動かしながら作戦を練る。
初めの攻撃がかわせなければこの作戦はそこでおしまいだ。こちらが体勢を立て直す前にウォーシャドウはスピードを活かして攻撃してくるはず。
ナイフを握る手に力が入る。
ベルはウォーシャドウの爪を身体を低くすることでかわす。足に一撃入れようとナイフを突き刺そうとするがもう一方の爪が攻撃してきたためにナイフ軌道を変え弾き、足でウォーシャドウの身体を吹き飛ばす。
壁に叩きつけれたウォーシャドウに間髪入れずにベルはナイフを突き刺しそのまま上に切り開いた。
「か、勝てた…」
ウォーシャドウが消えベルだけになったルーム。見ればあちこちにベルが倒したモンスターの魔石が散らばっていた。
身体を見てみれば傷だらけだった。けれど、あんな無茶な戦い方をして致命傷を負っていなかったのが不思議だった。
運が良かったのだろう。そうとしか考えられなかった。
(そろそろ帰らなきゃ…)
落ち着きを取り戻した頭で考える。今自分はどこにいるのかを。ウォーシャドウが出てきたということは6階層以下の階層だ。そんなところに一人で防具も付けずにいることに今更ながら恐怖を感じた。
(早く帰ろう)
壁が割れる音がした。一つじゃない。あちこちで壁の割れる音が聞こえた。
エイナさんに教えられたことを思い出した。6階層以下は稀にモンスターが一度にたくさん生まれることがあると。
気がつけば囲まれていた。その中にはウォーシャドウの姿もあった。
「ちょっとやばいかも…」
(運は使い果たしちゃったかな?……だけど…、あの人に追いつくにはこれでいい…!)
普通にやったってアイズ・ヴァレンシュタインにはきっと追いつけない。だからこれぐらいやれなきゃ…
「うおおおおおお!」
(やってやる!あの人の隣に行きたいのならやるんだ!)
〜〜〜〜〜〜
「…やっとつい…た…」
6階層の敵を倒したベルはなんとか出口まで戻ってきた。身体のあちこちの切り傷が痛む。頭からも血が出て一目で満身創痍だとわかる。
(目が霞む…)
ベルは足を動かしダンジョンを出る。
「おいおい、お前は加減てものをしらねぇのかよ。」
「…キリト…」
満身創痍のベルを見て待ってたのは失敗だったと思った。さすがにこんなになるまで帰ってこないとは思っていなかった。
「…ごめんキリト…僕…」
「もういいさ。…帰ろうぜ。神様もきっと心配してる。」
「…うん。」
キリトは足元もおぼつかないベルに肩を貸す。
「キリト…僕決めた…」
「ああ。」
「僕どうしてもあの人に追いつきたい…だから…」
「ああ。一緒にそこまで行こうぜ。」
「ありがとうキリト…」
「そのためにはその怪我ささっと治さなないとな。あんまりダラダラしてたら置いて行っちまうぞ。」
「うん…」
二人はまだ暗い道を歩く。自分たちのホームを目指して。
〜〜〜〜〜〜
「ハァ、ハァ、いったいあの二人はどこに行ったんだ。」
明け方、協会の前で息を切らしすヘスティアの姿があった。
彼女がホームに帰ると二人の姿はなく、初めのうちはご飯でも食べに行ったのだろうと思っていたのだがいつまでたっても帰ってこない。酔いも冷めてきていよいよこれはおかしいと慌てて二人を探しに街へ出た。しかし、結局二人を見つけられずひょっとしたら帰って来てるのではと戻ってきたものの2人の姿はなかった。
「あと探していないのはあそことダンジョンだけだけど…」
その時、かすかに声が聞こえた。その声はだんだんと大きくなって次第に足音も聞こえてきた。音のする方に顔を向ける。
「神様…今帰りました。」
「ベルくん!いったい何があったんだい⁉︎」
キリトに支えられて立っているのがやっとのベルを見てヘスティアは慌てて二人に駆け寄る。
「いや、ベルが突然ダンジョンに突撃しまして…」
「な…?何をやってるんだキミは!防具も付けずにダンジョンに行くなんて…!」
「すいません、神様…でも、僕…強くなりたいです。…強くなってあの人に追いつきたい…。」
ベルの瞳は真っ直ぐにヘスティアを見つめていた。その目はまだまだ駆け出しの、だけど何かを求めてやまないそんな冒険者の目だった。
そんなベルの目を見てヘスティアはもう怒ることをやめた。
「キリトくん、ベルくんを早くベッドに…」
「はい。」
ベルをベッドに寝かし傷の手当をする。
初めてだった。怒ったのにベルが謝らなかったのは。
(こんなになるまでやるなんて…そんなにキミはあの女の事を…)
正直すごく悔しい。ベルくんが自分以外の女のことでこんなにまで必死になっているのは。これからもベルくんはきっと無茶をする。そんなことはやめさせたい。だけど、やめさていいのだろうか。
こんなにも純粋に強くなりたいと願う
だけど、彼に危険な真似はして欲しくないとも思う。いや、させたくない。
(……決めた…。ボクはキミを応援する。だけど、できる限り危険な真似はさせない。)
決めるも何も、結局神である自分には彼を支えることしかできないのだ。なら、全力で彼を応援するだけだ。
下界に降りてきた時、神の力を封印した神は恩恵を与える力以外は普通の人間いやそれ以下である。神の中にはそれでも技や知識を磨き普通の人間以上のことをできるものもいるが、自分はその限りではない。だから、直接彼を支えることはできないかもしれない。だけど、やれることは全部しようこの子のために。
(ボクは絶対キミを死なせない。)
ヘスティアは処置終えると立ち上がり、隣でベルを見ていたキリトに顔を向ける。
「キリトくん、ベルくんを頼めるかい?」
「え?あ、はい。どこか出かけるんですか?」
「うん?あーちょっとした野暮用だよ。しばらく帰って来れないかもしれないからベルくんをよろしくね。」
そう言うと彼女はさっさっと身支度を整え出かけて行った。
ヘスティアが出て行った後しばらくベルの様子を見ていたキリトだったが、だんだんと睡魔に襲われてきた。。なんだかかんだで昨日は一睡もしていなかったのでそろそろ限界とソファに横になるとすぐに意識を手放した。
〜〜〜〜〜〜
「ヘファイストス!久しぶり!」
「あら?ヘスティアじゃない。」
満面の笑みを浮かべる来客にこの部屋の持ち主、ヘファイストスが振り返る。右目を眼帯で隠している彼女はヘスティアの天界にいた頃からの神友で、下界に来たばかりの頃は居候させてもらっていた。
「いったいどうしたのよ。ひょっとして、まーた私に何かたかりにきたの?言っとくけどもう1ヴァリスもやらないわよ?」
「失敬な!ボクはそんな信用の懐を漁るような神じゃないぞ。」
「どの口が言ってんだか…」
ヘファイストスは頭に手をやり軽く振った。
居候していた彼女のあまりにもだらしない生活わ見かねて追い出した後も、やれ金がない、やれ住む場所も仕事もないと散々手を焼かされた。
「で?私にたかりに来たんじゃないんなら何しに来たのよアンタは。」
話を戻したヘファイストスにヘスティアはばっと右手を挙げて指を二本立てた。
「ふふふ、ボクにもとうとうファミリアができたんだ!」
「あら?そうなの。おめでとうヘスティア。これでやっとあんたにたかられる心配もなくなったわ。」
「むー、なんだいその言い方は。失礼しちゃうよ。」
「あんたが私の手を散々煩わせたからでしょうが。」
腕を組んでそっぽを向いたヘスティアにあんたが悪いと呆れ声で言う。
「ヘファイストス、覚えてる?ここを出るときに言ったこと。」
「さぁ?あんたを追い出すのに必死だったから覚えてないわ。」
ほんの少し前のことだが、思い出せるのは必死に自分にしがみつき離そうとしないヘスティアの姿だけだった。
「ボクのファミリアができたら初めて恩恵を与えた子に武器を作ってくれるって言ったじゃないか。」
「……」
言った気がする。あまりのしつこさについ条件を出した気が。
「…言ったかしらそんなこと。」
「言ったよ!このボクの耳が聞き間違えるわけがないじゃないか。」
それはどうだろうと思ったが口にはしない。ヘスティアの耳は少し自分に都合のいいようにできてる気がする。しかし、こういう状況になった時点で自分に勝ち目がないこと長い付き合いなのでわかっていた。
「…わかったわよ。あんたの子に武器打ってあげる。」
「やったー!ありがとうヘファイストス。」
諦めて武器を打つことにはした。だけど、タダで打つ気はなかった。
「その代わりお金はちゃんと払いなさいよ。」
「なぬ⁉︎」
「私、タダで打つ何て言ってないわよ?」
予想外のことに驚くヘスティアに悪い笑みを浮かべながら止めを刺しにかかる。
装備を販売しているファミリアは数多く存在する。その中でも一際繁盛しているのがヘファイストスファミリアである。腕のいい鍛冶師が数多く所属している。装備品の種類も多種にわたり数も他とは比べ物にならないほど多く扱っている。
その中でも特に質のいい装備品にはヘファイストスのマークが刻まれていて、冒険者の間ではそのマークを持つ装備を持つことが一種のステータスとなっている。
しかし、それが刻まれた装備品を持つ冒険者は思いの外少ない。なぜなら、恐ろしく高いからだ。冒険者の一生かかって稼げる額の平均と同等とまで言われいる。
まぁ冒険者の半分以上をレベル1が占めていることを考えればレベル2以上の冒険者なら頑張れば買えるかもしれないが高すぎることに変わりはない。
けれども、その需要は止まるどころか年々伸びていっている。それほどまでに武器の質がいいのだ。一度使ってしまえば今まで使ってきた装備品など使えないほどに。
だから、この話はなしになるだろうとヘファイストスは思ったがそうはならなかった。
「わ、わかったよ。つけといてくれ。後からちょっとずつ必ず払うから。」
「…仕方ないわね。その代わりあんたも手伝いなさいよ。」
「おうともさ!」
予想外の返答に一瞬戸惑ったがすぐにいつも調子に戻した。
(ヘスティアも少しはマシになったのかしらね。)
ヘファイストスは壁に掛けてあるハンマーに手をかける。
「え!君が打ってくれるのかい⁉︎」
「当たり前でしょ。私とあんたのプライベートにうちの団員たちを巻き込むわけにはいかないわ。」
「天界でも名の知れた君が売ってくれるなんてボクは感謝感激だよ!」
「忘れたの?ここじゃあ私たちは神の力は使えないのよ?」
「かまうもんか。ボクは君に打ってもらうのが一番うれしいんだ!それに君は神の力を使わなくてもすごくいい物を作るじゃないか!」
万歳しながら飛んで喜ぶヘスティアに思わずため息が出る。
ヘスティアと違いヘファイストスが下界に降りてきてからはかなりの時が経っていた。その間彼女は子供たちに養ってもらうだけでなく自らも鍛冶に携わり腕を磨いてきた。今やその腕前は超一流。
普通の人間以下の能力しかないにもかかわらず、長い時を過ごして得た経験と知識で恩恵を受けた子供たちと比べても遜色がないほどだ。
これ程までに何かを極めた神はそうはいない。それを知っていたからこそヘスティアはこれ程までに喜んだのだ。
ヘファイストスは本棚にある本に手を掛け少し動かした。するとさっきまではただの壁だった場所に入り口ができた。
「こっちよ。」
二人はその入り口の中にある工房へと入っていく。
「わぁー!何度見てもすごいね君の隠し工房は。」
「別に隠してなんかないわよ。単に普段使うことがないから入り口を閉めてるだけよ。ほら、いつまでもキョロキョロしてないでこっちに来なさい。」
「うん。」
ヘファイストスに言われ自分のポジションにつく。
「じゃあ始めるわよ。あんたの子の得物は?」
「ナイフだよ」
ヘファイストスは腕を組みどんなものにしようか考える。武器の作成を引き受けた以上、一職人として手は抜けない。
(駆け出しの冒険者に持たせる一級品の武器。どうしたものかしら。)
〜〜〜〜〜
「おし、15匹目」
倒したモンスターから魔石を拾いバックパックに入れる
けが人のベルを放ったらかしてキリトはダンジョンにいた。本当はけが人のベルの看病をしてやりたかったがどうしても行かないといけない理由があるのだ。
昼ごろベルの看病をしているとなぜかシルさんがやってきた。そして「ミアお母さんからです。」と手紙を笑顔で手渡して帰っていた。手紙にはこう書かれてあった。
『昨日のの騒ぎで壊した椅子と机の代金1万5000ヴァリス今日中に持ってきな。』
ということで、突如一刻を争う状況に追い込まれた俺。もし、持って行かなかった時を考えると知らん振りはできない。ミアさんなら確実に乗り込んできそうだ。
昨日の残りを引いても約8000ヴァリス。後10時間以内に稼がなければならない。
あー昨日の自分を殴ってやりたい。何してんだよ俺。
昨日の自分に文句を募らせながらもダンジョンを進み着実と敵を倒していく。今いる階層は5階層。昨日よりも一つ上の階層だ。
「慣れてきたな。そろそろやるか。」
昨日よりも上の階層で狩りをしていたのには目的があった。
金がとにかく必要な俺は手っ取り早く稼ぐ方法を考えた。そこでふと昨日のベルの言葉を思い出した。ベルは言っていた。5階層にはキラーアントしか出てこないと。そして瀕死のキラーアントは仲間を呼ぶと。
そこで俺は閃いた。これを逆に利用しようと。本来なら避けるべきことなのだろうが、あいにく時間がない。ダンジョンを走り回っても目的の金に届くかわからない。なら、向こうからこっちに来てもらえばいい。幸いキラーアント攻撃パターンを覚えるぐらいの時間はあった。後は餌をぶら下げて金が向こうからやってくるのを待つだけだ。
適当なキラーアントを探す。幸いそいつはすぐに見つかった。
キリトはキラーアントを殺さないよう少しずつ追い詰めた。すると、足を切り落とした瞬間キラーアントがこれまでにない動きを見せ声を上げた。悲鳴にも似た声に思わず耳を塞ぐ。
しばらくするとキラーアント達の足音が聞こえてきた。
「きたか。じゃあお前は用済みだ。」
仲間が集まってきたのを確認してキラーアントにトドメを刺す。ちょうど、最初の一匹目がやってきた瞬間、キラーアントを魔石を残し消えた。
「さあ、たんまり稼がしてもらうぞ!」
キリトはキラーアントの大群に突っ込んだ。
〜〜〜〜〜〜
「2万3千ヴァリス……」
余りの大金に思わず唖然とする。昨日ベルと二人で稼いだ額の2倍以上。
さすがにここまで稼げるとは思ってはいなかった。
(なかなかこの手は使えるな。しばらくこれでいこう。)
換金した金を持ってさっさとギルドを後にする。エイナに見つかると絶対に何か言われる気がするからだ。この2日間は少しやり過ぎた。そろそろ彼女の逆鱗が止まらなくなるかもしれない。しばらく自然鎮火が必要だ。
ギルドを出ると街行く人々が騒がしかった。人々の視線の集まる先を見ると大きな箱のようなものがあり、時折大きく揺れていた。中で何かが暴れているような感じだった。
(なんだあれ?中に何かいる?)
中の物の正体の答えは周りから得られた。
「今年ももうそんな時期か。」
「あれが今年のモンスターか。」
「あ〜、明日のモンスターフィリア楽しみだなぁ〜」
「今年はどんなやつが出てくるんだ?」
どうやらモンスターフィリアという祭りで出てくるモンスターが運ばれているようだ。変わったことをするもんだと思いながらその場を後にする。
〜〜〜〜〜〜
「ただいま〜」
「あ、お帰りキリト。どこいってたの?」
「いや、ちょっとした野暮用に。」
ミアに金を払ってから帰宅したキリトにベルはどこに行っていたのか尋ねたが、わざわざ言うことではないと誤魔化して答える。
「もういいのか?」
「あ、うん。もう大丈夫だよ。そう言えば神様は?」
目が覚めた時に誰もいなかったため二人でどこかに出かけたのだと思っていたベルはヘスティアがいないことが気になった。
「神様も野暮用だってさ。しばらく帰らないかもしれないって。」
「そうなんだ。…キリト、ごめんね昨日は。」
昨日のことを思い出し謝る。
「別に気にしてないから謝るなよ。昨日も言っただろ?」
「けど…ううん、ありがとキリト。」
「ああ。明日からはあんなになるまでやるなよ?」
「ははは…善処するよ。」
キリトの冗談に苦笑いで答える。またしてしまいそうだとは思ったが口にはしなかった。
「そう言えば、明日モンスターフィリアって言う祭りがあるんだってさ。」
今日ギルドの近くで見かけたもののことを思い出し話題を変える。
「へー、どんな祭りなの?」
「モンスターを運んでたからモンスターと戦うとかそういう系じゃないかな。」
「それはいつもの僕たちと変わらないよね。」
「はは、だな。」
ベルの感想に思わず笑みをこぼした。
「明日ダンジョン行くついでにシルさんにでも聞こうぜ。明日行くって言ってたから。」
「え?行かないの?てっきり行くつもりで話してるのかと思ったよ。」
「いや逆に行くのか?俺はてっきりベルはダンジョンに行くものだと。」
「僕一言もそんなこと言ってないよ…。」
「だって昨日、『僕は愛しのアイズさんに追いつくために強くなるんだー。』って言ってたじゃないか。」
「愛しのはつけていなよ⁉︎」
顔を瞬時に赤らめながらも言う。
「愛しくないのか?」
「いや、それは、その…」
この後、キリトが飽きるまでベルは顔を赤くすることになった。
しばらく忙しくて更新が不定期になるかもしれないです…
できるだけ早く更新できるよう頑張ります。
目次 感想へのリンク しおりを挟む