思いついたSS冒頭小ネタ集 (たけのこの里派)
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とある真紅の次期当主 1

原作:ハイスクールD×D


 神はみんな死んだ。さあ、超人万歳、と言おうではないか

 

 フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────駒王学園。

 数年前まで女子高だったが、社会の煽りを受け共学化した、駒王町にある学園。

 

 その駒王学園の生徒会室に、本来生徒会に所属していない生徒が三人、大量の汗を流しながら与えられた椅子に座っている者達がいた。

 

 彼等は罪人であり、刑罰を待つ虜囚である。

 そして彼等にとっての裁判官である教師達の下した罰を下す処刑人、生徒会長が刑罰を言い渡す。

 

「────停学ですね」

「ゴフッ!!」

 

 単刀直入で。

 艶のある綺麗な黒の短髪に眼鏡を掛け、厳格さを全身から表現している生徒会長、支取蒼那は後ろに大半が美少女な女生徒で構成される生徒会に置きながら、彼等────松田、元浜、そして兵藤一誠の罪を口にする。

 

「覗きを現行犯で四回、不適切物の学校への大量持ち込み。更に恐喝とも取れる発言を女生徒へ幾度も行ったという証言もあります────異議はありませんね?」

「……」

 

 ぐうの音もでない。

 彼等は駒王学園に於いて変態三人組と呼ばれ忌み嫌われる男達だった。

 元より現行犯。

 言い訳などしようがない。

 

「これは本来、生徒達の要望の通り退学にされてもおかしくない事です。恐喝は兎も角、特に覗きは警察沙汰ですから。ですが停学中の貴方達の反省によっては、という先生方からの恩情であることを忘れないでください」

「「「はい……」」」

「私自身も、貴方達が停学中で反省し態度を改めてくれればと思っています。何か、言い残すことは?」

「────」

 

 彼等は性欲の権化と表現して相違ない人間だ。

 それは度重なる覗きや入学理由の『モテたい』から今に至る言動が示している。

 

 しかし、しかしだ。

 彼等は胸を張って言えることがある。

 

「女体は────小宇宙(コスモ)でしたッ……!」

「ロリ最高ッ」

「おっぱい!!」

『────』

 

 駄目だコイツら…早くなんとかしないと…。

 生徒会の意見は一致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 停学という明らかに親にまで連絡が行く事態に、帰宅するためトボトボと消沈しながら校門へ三人は向かう。

 

「何故だ」

「何が」

「何故俺達はモテない」

 

 駒王学園に三人が入学したのは、共学化したとはいえ男女比が圧倒的に女生徒よりだったことだったが、二年生になった直後この状況だ。

 

 三人が周囲を見渡せば、嫌悪感溢れる女生徒の侮蔑の視線。

 普段ならばセクハラ以外何物でもない叫びで散らすことが出来るのだが、これ以上自分達の立場を悪くすることは出来ない。

 

 唯でさえ、極めてどうしようもなく下らない理由での停学だ。

 全てを知った両親の反応が怖かった。

 一体何が悪いのか。

 

 

「いや、完全に自業自得だろうに」

 

 

 そんな三人に飽きれ声を掛けたのは、彼等にとって対極の存在だった。

 

 ルビーの様な美しい赤い髪に、絶世の美少年と形容できる容姿を持つ『駒王学園の二大イケメン』と名高い最上級生。

 暮森陸人。

 

 

「─────暮森先輩」

「─────パイセン」

「─────ぱいぱい」

「やめろ、精神患者みたいでおぞましいぞお前ら」

 

 その三歩後ろに控えている女生徒の名前は姫島朱乃。

『駒王学園の二大お姉さま』と称され、黒髪ポニーテールに和風清楚な佇まいで落ち着いた性格。日本人離れの優れたスタイルという完璧さから、男女問わず人気を得ている。

 

 特に朱乃の乳房は爆乳のソレ。

 三人が鼻の下を伸ばしながら釘付けになる直前、暮森が自分の身体で視界を遮る。

 そんな彼女を侍女の如く連れている暮森は、まさしくリア充を体現していた。

 

「っと」

「ぬ!? おのれ見えぬ……」

「イケメン死すべし……」

「爆発四散……」

「はっはっはっ、停学御愁傷様だ」

 

 煽りに来ていた。

 

「全く……お前達も言動さえ直せば、充分モテる筈だぞ?」

「うるせぇ! リア充に俺達非モテ男子の何が解る!」

「美少女侍らせて羨ましけしからん!」

「是非とも代わってください!」

 

 本音しかない僻みだが、それでも彼等の魂の雄叫びだった。

 

「お前ら祐斗を見倣え。アレは正に、心身共にイケメンと呼ぶに相応しいだろう?」

「イケメンを見倣ってどうする!」

「俺達がどれだけ努力しようともッ!」

「『ただしイケメンに限る』が付くんだよッ!!」

「でも兵藤は顔寧ろ良い方だろ? なぁ朱乃」

「えぇ、兵藤君の容姿は充分整っています」

「マジッスか!?」

 

 暮森は兎も角、朱乃というまさしく美少女からのお墨付きとなれば喜ばないはずがない。

 

「裏切るか同士……!」

「妬ましい、妬ましいィ……ッ!」

「ギャー!? 来るなぁー!!」

 

 尤も、そんな裏切りを見逃すほど、彼等は寛容ではないが。

 幽鬼の様な元浜と松田に追われ、そのまま三人は校門で争い始めた。

 

「朱乃、お前あぁなるの解っていただろう」

「いえ」

 

 クールビューティーというイメージがピッタリの彼女は、薄く微笑みながら、しかし直ぐ様表情を引き締まらせる。

 社長秘書、という言葉が暮森の脳裏に浮かんだ。

 

「(うわソックリ)」

 

 これが教育の賜物か、と自身のもう一人の姉のような、しかしソレ以上に複雑な関係である家族を彷彿とさせる佇まいに、思わず苦笑する。

 

「オイ! 兵藤!!」

「へ? どうしました?」

 

 拘束されている兵藤が応える。首が締め上げられてる最中だったが、暮森の真剣な顔に二人も止まる。

 

「体の調子はどうだ? 虚脱感とか、何かが欠けてるみたいな感覚とかは無いか?」

「いえ、別に大丈夫です! 元気だけは取り柄ッスから!!」

「そうか……なら良い、続けてくれ」

「へ? いやお助けぇえええええええええッッ!!!?」

 

 バキバキッ! と鳴ってはいけない音をBGMに、二人は各々が部長、副部長を勤める部活の部室に向かう。

 

「……懐かしいな」

「? 何がですか?」

「あぁ、悪い。何でもないよ」

 

 ボソリ、と溢した暮森の呟きに、暮森自身にだけは聞こえた声に耳を傾ける。

 

 

『あぁ、懐かしい。酷く鮮明に思い出せるというのにな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────少年はあの日、真理を知った。

 

 

 その少年は小学生ですらない程幼く、特別早熟な訳でも天才という訳でもない。

 

 ならば家系が、家族は特別か? 

 否である。

 

 両親共に平々凡々。極めて善良な一般人である。

 いや、少年は少年にしか持ち得ない『特別』が眠っている。が、それは全く関係無い。

 

 彼が真理を知る事が出来たのは、とある一人の求道者であり、真理の宣教者と出会ったからだ。

 その宣教者もまたその真理を知ったが故に、少しでも多くの人間にその真理を知ってもらいたいと願ったにすぎない。

 兎も角、少年はその宣教者にして求道者から真理を齎された。

 

 しかし、少年は真理を知ったがゆえに、同時に『渇き』を知ってしまったのだ。

 

 少年は真理を知り、そして真理の偶像を欲した。

 少年にとってその真理は、最早崇拝し欲して止まないモノとなっていた。

 

 あぁ、渇く。何故、何故だ。

 至高の真理を、答えを得たというのに、何故自分は崇拝すべき偶像を持っていない。

 

 仏教における観音像の様に。

 キリスト教における十字架やマリア像の様に。

 少年は自らの神の偶像が欲しかった。

 しかし今の幼い少年では、その偶像を手に入れる事は困難を極めた。

 あらゆる策を練ろうとも、それを実行し実現させる術を少年は持っていなかった。

 

 最早麻薬だった。

 少年は真理を求める為に誰よりも狡猾に、誰よりも情熱的に。悪鬼羅刹となってでもそれを損なわせるモノを滅ぼすだろう。

 そして少年は、嘗ての純粋さを取り戻すことはできないだろう。

 

 ──────―渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇くッ!!! 

 この渇きを癒し、満たしたい。

 

 

 

 

 

「何か、探し物か?」

 

 

 

 そして、それは現れた。

 実はソレとは十年後少年は再会するのだが、生憎少年はそれを知ることはない。

 何故なら、顔がボヤけて誰が誰だか分からないからだ。

 現実にモザイク掛かってる奴の顔を覚えることなど出来はしない。

 尤も、少年にはそんなことを不思議に思える程の余裕は無かった。

 ソレが、少年が欲して止まないモノを手にしていたからだ。

 

「ッ! ソレはっ」

「君の欲しいものは、コレか?」

 

 あぁ、欲しいッ! 何に変えてもソレが欲しいッ!! 

 

 魂の叫びとも言える慟哭に、しかし現実は簡単にはいかない。

 何かを得るには、同等の対価が必要なのだ。

 

「正直、俺にとってコレはそれほど大切でも重要でもない。だが此方の都合上、契約という形が必須なんだ」

 

 故に対価は、ソレが欲しいと思うモノ。

 構わなかった。

 少年にとって至高はソレであり、本来少年が持ちうるモノの中でそれを上回れるモノなど、真理に対する崇拝と渇望だけしかないのだから。

 目の前のソレが欲しいものなど、そもそも自分にあるのかも分からない。

 

 ────―どうする? 

 

 コレは悪魔の囁きである。悪魔との契約である。

 魂と引き換えに、どんな願いでも叶えてやろう。

 少年にはそう聞こえた。

 

 その対価とやらは、世界で唯一無二のモノかもしれない。そしてソレを奪われれば、将来後悔するかもしれない。

 そもそも、こんな契約をする必要など何処にもないではないか。

 時間と手間さえ掛ければ、容易く手に入るかもしれないのだから。

 交渉の余地なく、答えは決まっている。

 

「欲しいぃぃぃぃッ!!!!!!」

「…………お、おう。契約成立な」

 

 それでも、今すぐ欲しかったのだ。

 

「ま、まぁ良いか。兎も角これで契約は成った。まぁこんなもの、対価も大したことは────―!!?」

 

 今まで感情らしい感情を読み取る事のできなったソレが、突然困惑と驚愕に狼狽する。

 

「何で……どうしてだッ…………!?」

「プリーズ! プリーズッ! プリィィズゥゥゥゥウッッ!!」

「っと、そうだな。これで『コレ』は永遠に君の物だ」

 

 ぁあ、遂に。遂に掴み取ったぞッ!!!! 

 

 

 

 

 

 

「────―ジャンボ巨乳大王ッッ!! ウッホたまんねぇっ! おっぱい!!!」

 

 こうして少年────兵藤一誠は、生まれて初めてエロ本を手に入れた。

 

 

 

 

 ソレは歩く。駒王の町を歩きながら、ソレは姿を現した。

 エメラルド色の瞳に、幼いながらに人間離れした清純さと妖麗さを併せ持った美しい容姿。

 そしてそれらを彩る真紅の髪が特徴の、一誠と殆ど年の変わらない少年だった。

 

「いやぁ……色々ツッコみたいことは山程有るんだが、もう記憶は観たか?」

『……あぁ』

 

 紅髪の少年が語りかけたのは、一誠の中に眠っていた圧倒的な存在。

 ウェールズの象徴であり、この世界で嘗て二番目に強い、神すら屠る天を冠する赤龍の王。

 その龍が、口をパクパクさせて何かを言おうとし、躊躇ってはを繰り返している。

 

「……何か言いたいことがあれば聞くが?」

『────―感謝。圧倒的にッ! 感謝する……ッッ!!!』

 

 天竜、赤龍帝ドライグ。

 それが今神器という器の中で、『おっぱいドラゴン』という一つの未来が消え去ったことに、感謝の余り咽び哭いていた。

 

『……名を。お前の、今代の相棒の名を聞きたい』

 

 一つの未来は可能性を閉じ、新しい紅の物語が幕を上げる。

 

 

 

 

 

 

「────サーゼクス。サーゼクス・グレモリーだ」

 

 

 

 

 

 




ハイスクールD×Dの兄妹反転or憑依物。
原作主人公が一般人化と、転生者複数、捏造設定などが地雷要素。


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とある真紅の次期当主 2

これ投稿するのやめよっかなぁと思うほどメタな会話しかしてない。
まぁチラ裏だし良いよね。

という事で転生事情のお話。
これとあと一話投稿したらHSDDは一先ず終わりです。



「失礼する、って誰も居ないのか」

 

 午前中の授業が終り、俺は俺の作った部活の部室のある旧校舎に向かう。

 尤も、辿り着いた部室には誰も居ないため、何とも寂しい気持ちに襲われたのだが。

 

「朱乃と鈴は彼女の探索に行ったし、祐斗は剣道部。白はこの時間帯なら菓子でも買いに行ってるか。黒は付き添いか? 見事に全員不在か」

 

 ソコから部室の奥の本棚に隠した扉を開き、旧校舎らしからぬ小綺麗な廊下を通って一室の扉に辿り着く。

 本来最上級悪魔か、それに匹敵する者しか破れない封印術式を俺は気軽に破る。

 俺が破れるのは、既に何度も破壊され形骸化しているからだ。

 

「ノックしてもしもーし」

「うーい、開いてるよー」

 

 部屋の主は、だらけきった声で俺を歓迎する。

 

 目も眩むような輝く金髪に、宝石のような紅の瞳。

 恐ろしく端整で、まるで人形のようなイメージすら湧かせる程の絶世の美少女だ。

 

 正し、その金髪美少女がジャージを着て横になりながらゲームに興じていなければ。 

 

「おっ、サーゼクスじゃん。おひさー」

「よォ、ヒキニート生活の調子はどうだヴァレリー」

「サイコー」

 

 部屋の主は、ベッドに横になりテレビを観てコントローラー片手に、()()()()調()()()()()俺に返事を返す。

 

「アレ? あけのんは?」

「パトロール行ってる。その馬鹿みてぇな渾名やめね? 朱乃、ガキみたいで嫌がってたぞ?」

「がっはっは! 全体の肉体年齢がインフレしてるこの世界でも、精神年齢ならあけのんより年上だからねー! JKにパワハラし放題だゲハゲハ!!」

「ちっちぇ」

 

 傾国ぐらい容易そうな絶世の美少女が、ゲス顔を晒している。

 何とも残念である。

 

「あそっか、もう直ぐなんだ。原作開始」

 

 ヴァレリー・フォウォレ(・・・・・)

 俺同様、所謂前世の記憶とやらを持っている同郷者であり、原作知識を共有する共犯者でもある。

 

「もうかなりブッ壊れてるけどな」

「メインヒロインが野郎で、他のヒロインが既に軒並み攻略済みだからのぅ。ネトリ物にならん限り破綻してるし!」

「ソコじゃねぇよ。ていうか攻略言うな気分悪い」

 

 とは言ったものの物語が始まる前に破綻しているが故に、原作知識はそこまで絶対的な物ではないのだが。

 

 元七十二柱の一つ、グレモリー公爵家長女にして次期当主。

 兄に四大魔王の一人、ルシファーを持つ美少女、リアス・グレモリー。

 それが主人公の命を救い、そして主人公が惚れる事になる物語のメインヒロインだ。

 

 だが『リアス・グレモリー』という悪魔は、数百年前に居なくなっている。

 

「まさか兄妹逆転ものとは。このヴァレリーの目をもってしても見抜けなんだ……!」

「リハクごっこやめい」

 

 ヴァレリーの述べたように、本来のルシファーはサーゼクス・ルシファー。リアスの兄だ。

 

 だがこの世界のグレモリー家は兄妹ではなく姉弟。

 ルシファーの座に収まっているのも、リアスである。

 

 つまりリアス・グレモリーではなく、リアス・ルシファー。

 そしてグレモリー次期当主が俺、弟のサーゼクス・グレモリー。

 

 原作の配役と生まれと立場が逆転しているのだ。

 つまりメインヒロインが居ない事を意味している。

 

「ソレに主人公もアレでしょ?」

「……まぁ、堕天使に狙われる理由は無いな」

 

 原作主人公、兵藤一誠。

 一般人である彼が主人公足り得る理由であり、堕天使に殺される要因は、今は亡き聖書の神が死に際に遺した神器と呼ばれる異能を持っていたからだ。

 

 彼が主人公として成長出来たのも、その神器が神器の中でも神滅具(ロンギヌス)と呼ばれる13個しかない上位神器を宿していたからだ。

 しかし、兵藤一誠は現在神器を持っていない。

 

「なぁオイ、普通神器抜かれたら死ぬよな」

「ボクみたいに、神器そのものが複数の亜種でない限りねー」

 

 兵藤一誠は幼い頃に自身の神器を失っている。

 幼いサーゼクスとの契約で、初めて手に入れたエロ本と引き換えに。

 

「つーか、エロ本と神滅具を等価値と考える奴が居るとは思うまいて」

「あの閃光と暗黒の龍絶刀も何度も言ってたじゃん。元々キミに宿ってたんじゃないかって位に同調してるって。それにイッセー君拉致って検査しても問題ないって結果出たし」

「その後どんな感じに公表するかも問題だったしな」

 

 というか、唯でさえヴァレリーという神滅具保有者を眷属にしている為、貴族派の連中がくだらんちょっかいが鬱陶しいこと極まりないのだ。

 尤も、神滅具を複数所持しているに等しい為、戦力の集中が過ぎるのだが。

 

「で?主人公が戦闘不能でメインヒロインが不在な時点で原作なんてガバガバでしょ。それに敵キャラもほとんど内戦でルシファー様が皆殺しにしちゃったんでしょ?」

 

 ヴァレリーが遠い目をして呟く。

 思い出すのは、我が麗しの姉の暴威。

 彼女は一年前のルシファーご乱心事件の目撃者だ。

 というより、ご乱心を止める為に全力を振り絞ったからこそ、今封印されているのだが。

 

「まぁ……ていうか、もう一人の廃人は?」

「PKがクソだからって不貞寝してるよー」

「染まったなぁ」

 

 四大魔王の悉くが俗物である為か、超然とした存在が俗物に堕ちた様を見ると感慨深くなる。

 

『何故だッ、ファーブニルといい何故誇り高きドラゴンが……!!』

「自分がおっぱいドラゴン呼ばわりよか、遥かにマシだと思えば良いと思うぞー」

『相棒ぉおおおおおお!! 感謝するぞぉぉおおッッ!!!』

 

 ヴァレリーの言ったように、正史におけるドライグの宿主である兵藤一誠の二つ名は『乳龍帝(おっぱいドラゴン)』。

 神器の上位駆動である『禁手(バランスブレイカー)』に、メインヒロインの乳首を触って至った度しがたい傑物()である。

 現代に馴染み深いとはいえ、マトモなドラゴンとしての感性を持つドライグとしては堪えられるものではない。

 事実正史では、ストレスの余り幼児退行すら起こしていた。

 

「─────はぁ、こういうメタ話出来るのってサーゼクスだけだから助かるよ」

「でもこうして二人居るんだから、三人目が居るかもしんねぇぞ? 尤も俺達みたいに現状に受容的ならまだ良いが……」

「アンチ・ヘイト系転生者?」

「居ないとも言えませんからねぇ。二次的に定番だし、三大勢力はツッコミ所満載だからよ」

 

 転生者という特異性を二人は身を以て知っている。

 同時に、その危険性も。

 

 様々な二次創作で描かれたオリ主だった。踏み台転生者など極めて多種多様。

 静かに暮らしたい者も居れば、ありがちなハーレム願望の持ち主もいるだろう。

 というか、転生者ではないが原作主人公がソレだ。

 ソレならまだ解りやすくて助かる。

 

 現在確認している転生者は俺ととヴァレリー自身達だけだが、それでも自分達と照らし合わせて転生者が完全な一般人として生まれる可能性は低いと断言できる。

 

 問題は悪魔や三大勢力に対して敵意や悪意を持っている場合だ。

 物語が始まる導入部分がブッ壊れてるものの、原作知識も馬鹿にならない。

 何せ自分達が散々有効活用していたのだ。

 

「まぁ、この世界で踏み台系は居ないと思うが」

「踏み台系主人公って、要はシミュレーテッドリアリティでしょ?」

 

 自分が主人公だと、現実感を喪わせるほどの全能感が不可欠なのだ。

 挫折や苦悩が伴い、壁にぶつかる。

 そして漸く現実を認識することができるのだ。

 

「神様転生とかでよくある、特典を貰えて原作知識もあったら、そりゃあ発症するとは思うよ。でもサーゼクスの場合は自分がゴミと思える程の強者が一杯居るじゃん?」

「確かになぁ。俺の言うこと全然聞いてくれないし─────」

 

 余りに過酷な社会状況に生まれた少年は、壊れた蓄音機の様に自身の不満を思い出し発狂してしまう。

 

「――――――姉さん現代の倫理観を持ってくれ。え? ルシファーなら近親相姦は基本? いやそれは違うでしょ立場わかってお願い何で身内の事になると途端に暴走するんだよマジでお願い糞貴族共現実見やがれいい加減にしろ主神級が三人以上来たらマジで詰むからお前らなんざシミも残らんぞ神滅具持ちが四人ゲリラ戦で攻めてきたら同じく終わりだから大人だろ解れよ老害が何で子供の俺がこんなこと考えねぇといけねぇんだよふざけんなががががががががgggggggggg」

「あー、なんかスイッチ入っちゃったかー。最近随分落ち着いてたのに」

 

 抱えてるストレス具合が察せれるだろう。

 

「ボクはそもそも死なないために足掻きまくったからねぇ。世界の厳しさを知れば、リアルを認めないといけないからね」

「世知辛いねぇオイ」

 

 生憎と、二人は現実の厳しさを知っている。

 サーゼクスはこれからの未来を憂い、ヴァレリーは乗り切ったからこそ生きている。

 

「はぁ。相変わらずみたいだから、俺行くわ」

「ハーイお疲れーって、ソーナちゃんトコ?」

 

 ソーナ・シトリー。

 駒王学園生徒会長にしてサーゼクス同様悪魔で元七十二柱の一つ、シトリー家次期当主だ。

 そしてサーゼクスの幼馴染みでもあり、何より姉を魔王に持つ者同士でもある。

 

「しっかしソーナちゃんも育ったねー」

「何がだよ」

「胸だよ」

「アホだろお前。ていうかアレはお前が聖杯使ったからじゃねぇか」

 

 ヴァレリーの所有する神滅具(ロンギヌス)幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』は生命操作に長けている回復系最強神器。

 それを応用して女性ホルモンを過剰分泌。バストサイズを大きくする程度容易い。

 

 勿論、魂さえあれば死者すら蘇らせる聖杯の正しい用途では決して無いが。

 

「ふーん、何でボクが聖杯使ったか考えなかったのー?」

「……セクハラしたかったかじゃねぇのか?」

「あっれー? その間は何なのかなーっ」

 

 きゃーっ、この女たらしの甲斐ありー! と、戯言を吐くバカの額をはたき、あびゃーと奇声をバックに旧校舎を出る。

 そのまま生徒会室へとに向かおうとすると、烏型の使い魔が現れて俺の肩に停まる。

 

 それは、パトロールに向かっている朱乃のモノだった。

 

 

『─────複数の堕天使が町に入るのを確認しました』

 

 

 

 




サーゼクス・グレモリー
 グレモリー家の二児、長男で次期当主で転生者。学校での偽名は暮森陸人。

神器(セイグリットギア):『赤龍帝の籠手』
禁手亜種(アナザー・バランスブレイカー):『赤龍帝の紅羽織(クリムゾン・ブーステッド・コート)』 形状:外套型
覇龍:『真紅の天魔(クリムゾン・ジャガーノート・ジュデッカ)

最近の悩み:国家滅亡の危機に大人の大半が能天気。


ヴァレリー・フォウォレ
 とある理由で、ヴァレリーを主軸にギャスパーの全てと聖杯の力で同化した元ハーフヴァンパイアのヒキニート。

神器(セイグリットギア):『幽世の聖杯』、『停止世界の邪眼』
禁手亜種(アナザー・バランスブレイカー):『宵闇蝕の(フォービトゥン・バロール)魔神聖餐杯(・グラール・デーモン)

最近の悩み:もう少ししたら原作的に封印が解除され、ヒキニート生活が出来なくなる。

一応以上が、軽い味方の転生者の情報。
次回は原作との相違点の設定放出予定。


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とある真紅の次期当主 3

実は既に出来ていた件について。
初のチラ裏でしたけど、結構感想いただけて感謝です!

ちなみにこのお話のサーゼクスを描いてみたんですけど、モミアゲ普通にすればだいぶ印象変わった感じですが……猛烈なコレじゃない感。
{IMG8821}


 ――――――――『ハイスクールD×D』。

 

 駒王学園に通う性欲過多な少年、イッセーこと兵藤一誠がある日とある理由で堕天使に殺され、そこに現れた学園一の美女リアス・グレモリーが一誠を悪魔として転生させてから物語が始まる。

 数々の神話体系が絡み合った学園ファンタジーバトルエロコメディーだ。

 

 それが俺の生まれた世界。

 このように軽くあらすじを省略して説明してみたのだが、お解り頂けただろうか?

 つまりこの世界にはあらゆる神話の神々が現存しているということなのである。

 

 勿論その神話の中には聖書の世界観も入っており、天使や悪魔、堕天使も存在している。原作に於いてこの三大勢力が原作主人公にとって序盤的な舞台といえよう。なんせ主人公も悪魔だ、当然だろう。

 そしてそんな人外の中には私利私欲で動き人々や多勢力に被害を及ぼす存在もいるだろう。

 

 そんな世界で人外の存在である悪魔に生まれ落ちた異物こそが俺、サーゼクス・グレモリーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話 サーゼクス・グレモリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーゼクス・グレモリー。

 魔王リアス・ルシファーの実の弟で、元72柱グレモリー家次期当主。

 若手筆頭株にして、次代の魔王最有力候補。

 そして純血悪魔にも拘らず、偶然神滅具『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を手に入れた歴代最強の赤龍帝。

 

 18歳時にて以上の輝かしい肩書きを持つサーゼクス・グレモリーは、転生者である。

 

 前世の記憶と、この世界が創作物として描かれていた作品の知識を有している。

 それ故に、彼は自身を認識した三歳の時から苦悩していた。

 

 かつて聖書勢力は聖書の神を筆頭にした天使軍に、全能神故にその権能を以て様々な物を創り上げた。

 そこから堕天使、悪魔と敵対勢力が増えていったものの、当初は間違いなく最強勢力の一角と言えるモノだった。

 

 だがその栄華は今、見る影も無いほど著しく弱体化した。

 

 悪魔勢力単体に限る話なら、先の大戦(ハルマゲドン)で四大魔王を筆頭にソロモン72柱の、その半数が断絶するほどに死傷者を出した。

 最早悪魔は絶滅危惧種だ。

 

 今の勢力の戦力は、世界全体から見ても精々中の上あれは上出来だろう。

 しかもそれは、新たに建てた現四大魔王の内の二人。悪魔の変異体、超越者と呼ばれる現ルシファーと現ベルゼブブという単体戦力の高さ故。

 史上最強の悪魔とそれと同格と称される二人ならば、それこそ世界最強の神格である破壊神シヴァに食らい付くことすら出来るかもしれない。

 

 が、悪魔勢力全体戦力を見れば余りにも脆弱。

 

 もし二人の手に負えない事態が多発すれば、悪魔は容易にその弱体化を世界に知られることになるだろう。

 そうすれば一神教故に様々な神話勢力を侵略、呑み込んで多くの恨みを買った聖書勢力の末路は滅びだ。

 

 原作知識を持っているサーゼクスは、その事を客観的に理解していた。

 にも拘らず大半の上級悪魔は過去の栄光を引き摺り、悪魔こそは至上等と曰わり何の危機感も持っていない。

 絶滅危惧種である自覚は有っても、危機感が何一つ無いのだ。

 

 作中では何故か上手くいっていたが─────いや、 まるで上手くいっては居なかったのだが─────それでも聖書勢力は一応形になって前に進んでいた。

 

 だが、それは物語特有の演出上のお蔭。

 その設定が現実に反映され、原作と同じ様に振る舞えば万事解決─────等と思えるほどサーゼクスは馬鹿ではなかった。

 

 ソレ以前に、メインヒロインのポジションに居る者が男になっている時点で、そんな夢想は終わっている。

 

 だからと云って、サーゼクスは何もかもを見捨てて逃げ出せる類いの人間では、悪魔ではなかった。

 

 そこで彼は考えた。

 悪魔界を維持しつつ、彼がグレモリー当主になった際に何とか平和に過ごせるように。

 

「取り敢えず鍛えよう」

 

 力が無ければ、言葉は通らない。

 そうして彼は紆余曲折の末、歴代最強の赤龍帝に成っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王手」

「ぬ」

 

 駒王学園の生徒会室で、俺は幼馴染みに将棋で王手を掛けられていた。

 

「はぁ、遂に将棋でも負けてしまったな。もうボードゲームでソーナには勝てないな」

「頭が良いのとボードゲームはイコールではありません。それに戦闘能力は貴方の足下にも及ばないのだから、得意分野で勝てない訳にはいきません」

 

 短髪ながら美しい黒髪に、一見眼鏡にしか見えないモノを掛けている、正しく委員長を体現した様な美少女が、俺に勝てたのが余程嬉しかったのか薄く頬を染めていた。

 

 幼馴染みの名はソーナ・シトリー。

 学園では支取蒼那と名乗っている、次期シトリー家当主の上級悪魔だ。

 尤も俺にとってはもう一つ肩書きが存在するのだが─────それを紹介する機会はまた今度にしよう。

 

 彼女の言う悪魔としてという言葉は、実力の事を言っている。

 良くも悪くも、悪魔は実力主義だ。

 実力と能力が有れば転生悪魔─────現ベルゼブブが開発した『悪魔の駒』と呼ばれるモノによって人間等が悪魔に転生した者達─────でも、本来貴族しか成れない上級悪魔にもなれ、更に上の最上級悪魔にもなれる。

 事実転生悪魔で二人ほど最上級悪魔に成った者が居る。

 

 しかし逆に力が無ければ、仮に貴族の生まれだとしても蔑まれてしまう。

 基本的に悪魔の力の優劣は悪魔だけが持つエネルギーである魔力の強弱なのだが、稀に魔力が極端に少ない悪魔が生まれることがある。

 原作に於ける主人公(兵藤一誠)や、俺の従兄弟がソレだったりする。

 

 まぁ、世界は別に魔力一辺倒ではなく様々なエネルギーが存在したのと、俺が発破掛けたお蔭でその従兄弟は原作以上の力を得たのだけども……。

 彼がその様な実力を得られたのは、ひとえに血の滲むような努力の末。

 

「それは、まだソーナが心労で眼を回す前から血反吐吐いていたんだ。寧ろ抜かされたら自信を無くす」

『そうだな。数多くいた所有者の中でも、相棒程己を鍛えた赤龍帝は居なかったな』

「ソレ以前に、純血の悪魔が赤龍帝になる自体初だろう」

 

 二人の会話に、俺の左手から割り込む声が響く。

 

『俺がもっと早く目覚めていれば解ったかも知れんが、残念ながら起きたのは相棒の言う契約直後だからな。力になれずスマン』

 

 そう、俺は約十年前に幼い兵藤一誠と契約し、偶々拾い、棄てようとしたエロ本の対価として彼に宿っていた神器、二天竜の片翼である赤竜の帝王(ドライグ)の魂の宿った『赤龍帝の籠手(ブーステット・ギア)』を手に入れてしまった。

 

 だがそこで疑問が生じる。

 

 元来神器とは生まれながらの先天的な物品。ある種才能といえるだろう。

 それの摘出は、今だ神器システムが謎に包まれ制作者が死亡しているため謎だが、確認されている全ては保持者の死亡が引き換えである。

 それは原作でも証明されている事だ。

 

 だが俺の場合は違い、保持者であろう兵藤一誠は何ら変わり無く。

 しかし人間以外が持ち得ない神器を俺が手に入れてしまった事だ。

 

 元々が研究職の魔王、超越者アジュカ・ベルゼブブが直々に検査して分かったことは、原因不明という結果だった。

 

 それでも魔王様が候補に挙げた可能性は二つ。

 

 一つは、契約者の本来あり得ない考え方と、神器との間で起こった天文学的数値の偶然の代物。

 これはアジュカ・ベルゼブブとしては本来可能性としても挙げたくないそうなのだが、ソレでもあくまで可能性。

 そもそも一般人の、しかもかなり倒錯した考え方を持つ神滅具保持者と偶然契約出来た時点で奇跡なのだ。

 

 そして二つ目は、俺が元々神滅具を保有していた可能性。

 

 ハッキリ言って前者より可能性は低いのだそうだ。

 検査の結果、俺が悪魔と人間とのハーフなんて事も無く、キチンと純血悪魔であると保証されたのもソレを後押しした。

 

 元よりグレモリーの象徴である赤髪に、母親譲りの滅びの魔力を行使することが出来る俺の出生が疚しいものではないのは、誰の目にも明らかだった。

 元よりコレは魔王派の悪魔でも極僅かしか知らない事なので、そこまで大事には成らなかった。

 

 後に赤龍帝であることを公表したが、入手方法まで公表する必要は無い。

 死にかけの人間との契約の末、とでも誤魔化せばどうとでもなる。

 

 これは何より、兵藤一誠への配慮だ。

 もし彼が神器を持っていた可能性が他に知られれば、彼を解剖して調べようとする者も出てくるやも知れないからだ。

 尤も、兵藤一誠との契約は俺と、契約書類等を処分するよう直接動いた姉、魔王リアス・ルシファーとその眷属のみ。

 

 故に悪魔達の噂で兵藤一誠の名が出てくることは無かった。

 

「神器といえば、確かソーナが所に神器持ちの元一般人を転生させたって聞いたが。ホラ、生徒会で唯一の男子生徒という事で、先週兵藤達三人組が罵詈雑言喚き散らしてたのを良く覚えてる」

「全く彼等は……。あの子、匙の事ですね。時期に貴方達と顔合わせさせたいですが、何分最近転生したばかり。もう少し時間を置くつもりです。それに神器の訓練も行っていますし」

「一般人からの転生は俺も経験した事はないから、口出しする事でもないか」

 

 将棋の駒と盤を片付けてくれた生徒会副会長を勤め、ソーナの『女王』───真羅椿姫に軽く手を振って感謝を伝える。

 

「それに悪魔としてなら、俺より眷属揃えてるソーナの方が確りやっているだろう。俺の所はゲームに出せない奴も多い」

「まぁ……貴方の場合は、最大戦力がゲームに出れませんし、貴方自身にもある程度制約がありますから」

 

 そう、俺の眷属(ヒッキー)は一部の例外を除きレーティング・ゲームに出ることが出来ない。

 何故ならソイツは主神クラスの実力を持つ等という反則に近い実力だ。

 

 本来その力は隠していたのたが、一年前の俺の婚約者探しを切欠に起こったアホみたいな事件が原因で露呈。

 見事制限を掛けられた。

 

 史上最強の悪魔である現ルシファーと、それに並ぶ現ベルゼブブ以外に止めることの出来ない奴がゲームに出られる訳がなかった。

 

「まぁ、アレのお蔭で魔王の影響力はより大きくなったが……アレはなぁ」

「はぁ……。解っていますがお互い苦労しますね」

「お、お二人とも……」

 

 俺とソーナの溜め息に、真羅が引き気味に苦言する。

 場合によっては不敬にすらなる発言だったりするのだが、真羅はソーナとは付き合いも長い。良くも悪くも身内事なので何とも言い難いのだ。

 そんな時、生徒会室の扉をノックする音が響く。

 

「どうぞ」

 

 ソーナの促しにガラッ、と生徒会室の扉を開けて入ってきたのは、170強ある俺と同じぐらいの長身に長く尖った耳。美しい金の髪を側頭部でサイドポニーに纏めた、白衣を着た美女だった。

 朱乃程ではないにしろ十二分に女性としての凹凸に、男を悉く堕落させんとする妖美さにも関わらずその肉体は程よく鍛えられ、その表情は人間味が非常に薄い。

 

「失礼します、サーゼクス様。ご報告したいことが」

「取り敢えず鈴蘭、学校で様付けはよせ。俺を社会的に殺す気か?」

「……申し訳ありません」

 

 彼女の名前は鈴蘭。

 この学園では保険医を勤めている。

 外見はパツキン巨乳極まりないが、コレでも元堕天使だったりする。

 

「アーシア・アルジェントの入国を確認しました」

「……そうか」

「アーシア・アルジェント、ですか」

 

 ソーナが苦々しく名前を口にする。

 無理もない。彼女は、彼女の善意を利用した自分達悪魔の被害者。

 心苦しいのは俺も同じである。

 

「彼女に対しては、白音と黒歌が迎えに行っています。堕天使の方はヴァレリー様が分身で監視しておられますが」

「は? 黒と白は解るが、ヴァレリーが? さっき会ったけど、何だ。労働意欲でも湧いたのか?」

「曰く、『オーちゃんと一緒にMPKされて苛ついてるから気晴らし』だそうです」

「というか、封印は……」

「アイツは何気に主神クラスだ。いくらアジュカ様でも、一年以上も封印するのは不可能だろう」

 

 ヴァレリー・フォウォレ。

 魔神の断片を持つデイウォーカーを死なせない為、神滅具で丸ごと取り込んだ吸血鬼でも魔神でも人間でもない引き篭もり。

 先程述べた制限を掛けられ、封印処置を掛けられた転生悪魔。

 

 尤も、その封印はとうの昔に形骸化。

 本人は気軽に分体を用いてゲーム等のメディア作品を買い漁っているアホだ。

 何より、世界最強(・・・・)をゲーム廃人にした罪は重い。

 

「……これが、パワーインフレというモノでしょうか。サーゼクス、貴方どうやってあの娘を眷属にしたんです」

 

 上級悪魔に配布される、非悪魔を悪魔に転生させるシステム『悪魔の駒』。

 『(キング)』を除いたチェスの駒を形造られ、駒を適正数その者に与えることで、転生悪魔として眷属にする。

 繁殖能力が人と比べ著しく低い、絶滅危惧種である悪魔を増やすため、現魔王ベルゼブブが造り上げた制度。

 これによって転生悪魔ではあるが悪魔は増えたが、他の問題が発生したのだが。

 

 そして、変異の駒(ミューテーション・ピース)と呼ばれる特異な悪魔の駒が存在する。

 悪魔の駒における本来、複数の駒を使うであろう資質を宿した転生体を一つの駒で済ませてしまう偶然の産物。

 

「倍加の譲渡───随分と選択対象が高かったからな」

 

 それを、俺は人為的に量産できる。

 

 神滅具(ロンギヌス)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』。

 通常駆動は十秒毎に保有者の能力を倍加させる能力と、それを他者に譲渡する能力を有する神器。

 

 俺がやったのは、それを『悪魔の駒』に譲渡しただけ。

 

「まぁ、俺の力量を超える奴を転生させる場合は注意してはいるがな」 

「当たり前です」

 

 力に溺れたり、理に反して眷属を蔑ろにしたりした場合、待っているのは反逆だ。

 現在の悪魔界の問題の一つ。

 反逆し主を殺したり逃げたした転生悪魔の事を、はぐれ悪魔と呼ぶ。

 

 コレが発生する原因は二つ。

 一つは悪魔に転生することで力に溺れ、理性を喪って魔物に変異、堕ちた場合に起こる転生悪魔が原因のパターン。

 もう一つが、主である悪魔が無理矢理対象を転生させ、眷属にしたり、蔑ろにしたツケで起こる純血悪魔が原因パターン。

 

 特に古い悪魔は人間を見下し、嘆かわしい事に眷属を物扱いする者が少なくない。

 

「今、転生悪魔全員が反乱起こしたら、仮に鎮圧出来ても中長期的には詰むだろうに」

「仕方がないでしょう。寿命が永遠に近いが故の弊害ですよ」

 

 転生したことで、同じ悪魔となった新たな同胞に対する態度ではないのに。

 しかし、理屈をプライドが邪魔をする。

 そもそも理屈など見ていないのかもしれない。

 

 原作という、来るべき難題の嵐を前に憂鬱に成らざるを得ない状況に、溜め息しか出ない。

 

「はぁ……何か有ったらまた来る」

「……何も無かったら来ないのですか?」

「…………その返しは卑怯だろう」

 

 あざとさが増え始めた幼馴染みに苦笑しながら、生徒会室を鈴蘭と共に後にする。

 

「鈴蘭、あの屑はどうしている」

「静観に徹しています。おそらく、タイミングを窺っているのでしょう」

「マッチポンプしか出来ないのか、あの下衆は」

 

 脳裏に浮かぶのは、笑みを浮かべる優男を演じている屑。

 考える度に消したくなる衝動に襲われながら、何とか殺せないか方法を模索する。

 しかしアレは仮にも現魔王の弟。

 クッソ忌々しい事にポジションは俺。ソーナと同じ。

 

「コカビエルさっさと暴走してくれないか……それで和平交渉。そしてあの下衆を処分したい。膿まとめて掃除したい。しかし……現状不可能か」

「必要とあらば全て処分しますが」

「お前を捨て駒にはせんよ」

 

 三大勢力が和平か休戦でもしない限り、敵の戦力低下を促したあの下衆の行為は罰せられるモノではない。

 

「早くと問題を解決して、覇龍の調整をやるか」

「その時は、僭越ながらお付き合いします」

 

 

 

 




一応HSDDはここで終了ですが、あと一話ネタバレしかない捏造設定話を更新するかもです。
その後は『ダンまち』を二話更新します。もう出来てるので連日更新になると思いますので、よかったら読んでやってください。



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とある真紅の次期当主 4

他の作品が進まないため、あらかじめ出来てたコイツを投稿。



 天使と悪魔と堕天使。

 聖書三大勢力は現在三つ巴の形を為して冷戦状態に近いソレで均衡を保っている。

 

 だがその内情はボロボロだ。

 

 聖書の神の死。

 世界最強クラスの化け物を人知れず封印、満身創痍で何とか封印した直後に三大勢力の戦争に陥り、果てに二天竜の乱入。

 数多くの問題に取り組み、しかし全能の神とはいえ自身の配下である熾天使と同レベルの四大魔王と相討つ位には過労していた。

 

 かつて他神話を蹂躙し、呑み込んできた聖書勢力は多くの敵を作りながら、しかし目も当てられない程に弱体化した。

 

 まず悪魔は実力重視で新たな四大魔王を建てた。

 特に内二人の魔王は超越者と呼ばれるほど、ソレこそ二人がかりならば世界最強の神にすら食らい付けるほどの実力を有している。

 しかしそれは個体戦力に過ぎず、勢力としての弱体化は著しい。

 二人の超越者の対処できない規模でゲリラ戦でも仕掛けられれば、被害は抑えられないだろう。

 

 聖書の神が死んだことにより、神話システムが劣化。

 新しい天使は増えることはなく、悪魔も四大魔王を筆頭に数を減らし、今や絶滅危惧種。

 堕天使はトップが生き残っている分にはマシだったものの、同様に多くの幹部を失った。

 

 にも拘らず、大半の上級悪魔達は過去の栄華に浸っている。

 自分達が至高なのだと、信じて疑わない。

 それがありもしない空想だというのに。

 

 天使は信者に神の死を隠し、結果的に騙している。信仰を喪わない為もあるが、狂信的とも呼べる信者達に神の死を教えれば自殺する者すら出るだろう。

 

 そして神の死に辿り着いた者を異端として排し、辿り着く材料を持っているだけでも同様に排除した。

 

 そんな組織上の理由で異端とされた被害者の中に、一人の優しい少女が居た。

 

 アーシア・アルジェント。

 信心深く心優しく善性に溢れた、かつて聖女と呼ばれた美しい少女だ。

 彼女が聖女と呼ばれた理由は、亡き聖書の神の遺産が理由である。

 

 神器(セイグリット・ギア)

 人にのみ宿り、所有者が死してまた全く関係のない人に転生を繰り返す、人に様々な異能を与える聖書の神が創りしシステムの一つだ。

 

 彼女が宿した神器は、『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』。

 それは世界でも稀少の部類に入る、傷を癒す回復系神器だった。

 彼女はその神器を用い、人々の傷を癒していった後に、人々から聖女と謳われた。

 

 人は力を得ると変わっていく。

 それは地位でも権力でも変わらないが、しかし彼女はその様な名誉も権力にも惑わされずに、傷を癒した際の人々の笑顔のみを求めた。

 

 彼女のあり方はまさしく聖女の様だった。

 

 そんな彼女が魔女と呼ばれ始めたのは、彼女が悪魔をも癒したからだ。

 

 隣人を愛せ。

 その十戒の通り、彼女は傷付いた悪魔を慈愛と善性を以て癒したのだ。

 敵にすら向ける善性は、しかし組織として彼女の行動は悪だった。

 

 更に彼女の神器で悪魔を治せてしまった事も問題であった。

 当時の彼女の周囲に、神器に理解がある人間は居らず。

 彼女の奇跡は悪魔を癒したことで奇跡ではなくなり、祭り上げられた聖女は魔女に貶められた。

 

 異端として追放された彼女は、しかしその善性は健在で。

 今尚人々をその力で癒したいと、自らの信心で誰かを救いたいと動いていた。

 悪魔を癒した事に後悔など無いと、そう胸を張って言えるほどに。

 そこに様々な利己的な思惑が有ったことを、彼女は知らない。

 

 そして現実は彼女をまたも苛む。

 

 天使の寄辺から追放され、修道女故に悪魔に頼るのは不可能。

 故に、彼女が頼ったのは堕天使。

 非合法ながら、教会を自称する者達だった。

 

 彼等が裏でどの様な事をしているのも、それらが彼女自身を食い潰そうとしているとも知らずに。

 

 しかし不幸中の幸いか。

 彼女にとっての救いは、彼女は彼女の全ての事情を知り、かつ救うことの出来る人物のいる町にやって来たことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三話 慈愛の魔女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────初めまして、駒王学園三年サーゼクス・グレモリーだ」

 

 駒王学園旧校舎の部室にやって来た金髪の少女─────アーシア・アルジェントは、困惑した表情で周囲を見渡すという、これまた分かりやすく混乱していた。

 まぁイキナリ悪魔の巣窟に連れてこられたのだ。

 当然と言えば当然である。

 

 サーゼクス達は鈴蘭の報告を受けた後、直ぐ様空港に手を伸ばしてアーシアの来日日時の情報を得て、堕天使連中より先に保護することに成功した。

 

「あ、アーシア・アルジェントです!」

「イキナリ呼びつけて済まなかったな。鈴蘭も有り難う」

「勿体無いお言葉です」

 

 恐縮したように鈴蘭が頭を下げる。

 そんな鈴蘭と入れ替わるように、師譲りの完璧な所作で紅茶を出す美女がアーシアの前に出る。

 

「紅茶は宜しいですか?」

「はっ、はい! ありがとうございます!!」

 

 胸部装甲が最強の、ポニーテールの黒髪のクール美少女─────朱乃の出した紅茶を受け取りつつ、アーシアは部屋を見渡す。

 

 お菓子をかじっている白髪の少女に、彼女に絡んでいる黒猫。

 そしてニコニコと優しそうな金髪の美少年が。

 即ちサーゼクスの眷属である転生悪魔が、幾らか欠員が出ているものの、揃っていた。

 

 ちなみに欠員は、当然ヴァレリーである。

 

「まぁ他の皆の自己紹介は後にして、早速本題を話そうか」

 

 ソファーに座っていたサーゼクスが立ち上がり、それにアーシアが身構える。

 そして次の行為に、驚愕に目を見開いた。

 

「元72柱グレモリー次期当主として、君に謝罪させて欲しい。済まなかった」

「えぇっ!?」

 

 修道女に自ら頭を下げる悪魔の構図だ。それもサーゼクスの様な上級悪魔がだ。

 裏の人間ならば己の目を疑うだろう。

 悪魔に謝罪されるなど想像すらしていなかった彼女は、ただ混乱するしかなかった。

 

「部長、流石にそれでは言葉が足りないかと」

「あぁ、悪い。いや、兎に角謝りたくてな」

 

 人間の感情とは、自身より大きく変動している様を見ると不思議と落ち着くもので。

 何処か焦りすら滲ませるサーゼクスの態度に、アーシアは落ち着きを取り戻していった。

 

「謝罪したかった理由は勿論あるが……余り気分のいい話じゃない。ハッキリ言って胸糞悪い話だ。加えて言うと、教会側の追放理由は君の信仰心を根本から覆す事になりかねない。それでも聞くかい?」

「えっ」

 

 突然の言葉に、アーシアは言葉を返せない。

 

「ほんの少しでも恐ろしいと感じたのなら、幾らでもオブラートに包もう。だがアーシア、君は自分が追放された件の真実を全て知っているか?」

 

 辛い過去の話を持ち出され、暗い気持ちになるもサーゼクスの言葉の意味が解らなかった。

 

「真実、ですか? あの件は、私が悪魔の方を癒したのが原因では……」

「勿論切っ掛けはそうかもしれない。だが、元凶は違う。君が追放された理由は極めて組織的な理由だ。そこまで教義的な理由ではなく、そんな理由で追放するほど天使長も馬鹿じゃない……筈だ」

 

 語尾が弱くなったのは正史に於ける聖剣事件を知るが故なのだが、今話すことでもないのでサーゼクスは話を進めた。

 

「そもそも、当時聖女と崇められていた君の目の前に、悪魔が近付けること自体おかしい。しかも治療してくださいと言わんばかりに傷を負った悪魔が、だ」

 

 都合が良すぎる、と断言するサーゼクスに、アーシアは呆然とする他なかった。

 自身の追放理由に、今まで疑問など抱かなかったからだ。

 

「しかもただの悪魔じゃない。俺と同じ元72柱の次期当主にして、現ベルゼブの実の弟だ。名前はディオドラ・アスタロト」

 

 まさか魔王の肉親だとは、流石にアーシアも想像していなかった。

 だがそうなると、益々疑問が浮上する。

 

「なら、どうして─────?」

「あの糞は聖女を堕落させて弄び、自分の眷属にする屑だ。君もその標的にされたんだ」

「─────ッッ!!!!?」

 

 ディオドラ・アスタロト。

 サーゼクスの述べた通り、マッチポンプによって聖女達を嵌め、最高のタイミングで自ら掬い上げることによってその心をも蹂躙する。

 正史に於いては、現政権を裏切りテロリストに加担した裏切り者。

 正史とは違い旧魔王の子孫が存在しない(・・・・・)今、目下サーゼクスが何より先に排除したい上級悪魔である。

 

「故に、個人として。そしてクソ忌々しい事極まりないが、この場にいるあの下種と同じ純血悪魔として謝罪させて欲しい」

 

 再びサーゼクスは頭を下げる。

 それこそ、テーブルに額が付くほどに。

 

「……私は、間違っていたんでしょうか」

「ソレだけは断じて無い」

 

 震えるアーシアの言葉に、サーゼクスは即答した。

 

「君を謀った屑と同じ悪魔の俺が言うことではないが、君の行為と善性は極めて尊いモノだ。『隣人を愛せ』────正しく聖書の神の十戒の通り、例え悪魔と言えど傷付いた者を癒した。その善性は尊ばれるモノであり、間違いであってたまるものか。君は何一つ間違っていない」

「で、でも! 私は魔女として追放されました!!」

「ソレは────それは、教会の組織的な事情に過ぎない。教会上層部は君の正否問わず君を異端扱いしなければならない理由があった」

「り、理由……?」

 

 躊躇うように口にした言葉に、アーシアの声色が更に震える。

 顔色も青く染まり、次はどんな事実が明らかになるか恐怖していた。

 

「君にその理由を教えるのは気が引ける。俺は何一つ問題が無い、ただ事実として容易く受け止めることが出来るが、君の場合は下手をすればアイデンティティークライシスが起きかねない」

 

 念には念を入れる。

 サーゼクスはしかし、彼女にその事実を伝えなければならない。

 

「だが断言するのは、信心とは信じる心、という事だ」

 

 宗教という言葉が組織や制度までも含めて指す包括的な語であるのに対し、信仰や信心は人々の意識に焦点を当てた言葉である。

 

「重要なのは、君の心の持ち様だ。真実がどうあれ、君が尊ぶ教えは決して揺らがない。いいね?」

 

 アーシアはサーゼクスを見る。

 その顔はどう見ても必死であり、彼女の心を励まそうと頑張っていた。

 

 悪魔なのに、信仰を語る。

 教会の人間が見たらどう反応するだろうか。

 

 アーシアは周囲を見渡す。

 サーゼクスの眷属である彼等。

 

 金髪の少年はサーゼクスを見て苦笑していた。

 白髪の少女はサーゼクスを見て心配そうに、菓子を食べる手を止めていた。

 金と黒の髪の二人の美女は、そんなサーゼクスを見てうっとりと頬を染めていた。

 

 アーシアは再びサーゼクスを見る。

 そんなある種滑稽な姿に、彼女は笑いそうになるのを堪えた。

 

 淡々と、それも嫌悪を込めて己を異端と呼んだ者達と比べ、なんと暖かいことか。

 顔色を治し、心持ちを整え、アーシアはサーゼクスに促した。

 

 

 

 

 

「様々な理由があるが────四大魔王と共に聖書の神(ヤハウェ)も死んだのを悟らせない為だ」

 

 その言葉を理解して、アーシアは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『駄目じゃねぇか』

「うるせぇ厨二病。ミカエル大天使長と組んでお前の黒歴史全世界にバラすぞ」

『ごめんなさいでした!!』

 

 アーシアが気絶した後、彼女を別室に運び仙術で看護するよう白音と黒歌に任せ、俺は魔方陣から映し出されているチョイ悪オヤジ全開の男に、口調をかなぐり捨ててメンチ切っていた。

 

 前髪だけが金髪に染まっている黒髪のこの男こそ、聖書三大勢力『神の子を見張るもの(グリゴリ)』総督、アザゼルだ。

 

『アーシア・アルジェントか……、コッチも複雑だぜ全く。そんな人材を部下が台無しにしようとしてる可能性が高いとかよ』

「そうだよ(便乗) てかお前の部下の管理はどうなっている。暴走した神器保持者が危険なのは解るが、お前なら軽挙妄動を幾らでも止められたろう」

『俺も忙しいんだよ』

「殺された被害者の遺族の前で、同じ台詞が吐けるか?」

『……全く以てその通りだよ、チクショウ』

 

 こうして三大勢力の一角のトップの一人と軽口を叩けるようになったのは、彼が神器研究の第一人者(マニア)であることと、その気質を知っているが故にリアス姉さんに頼んで接触したのだ。

 

 悪魔でありながら赤龍帝であること。

 そして神器内に巣食う歴代の赤龍帝保有者の怨念をヴァレリーの聖杯で摘出、成仏させたことによる覇龍(ジャガーノートドライブ)の制御を初めて成功させたという事例を餌にして。

 案の定食い付き、その後ヴァレリーの聖杯についても合わせて研究を続けて交友を結んできた。

 俺も戦争回避を望んでいる為か、はたまた彼の養子の少年と仲良くさせて(白目)貰っているからか、中々良い関係を続けている。

 

「一応、あの後すぐに鈴蘭が駒王町に目を光らせて無用な犠牲者がでないよう、出ても直ぐ様対応できるよう監視してもらってるが……」

『鈴蘭か……』

「そんなことより、アーシアはグリゴリで保護して貰いたい。だから部下の管理はキッチリして貰わないと困る」

『あん? お前自分の眷属にしないのか?』

 

 画面上のアザゼルが眉を潜める。

 

 成る程彼女の『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』は稀少な神器だ。

 今発見されている回復系の神器はコレと、精々神滅具の聖杯のみ。

 普通なら眷属にしようと考えるのは当然だ。

 

「魔女だなんだと迫害され。果てに信仰が根本からグラついてる所へ悪魔に成れとか、流石に外道が過ぎるだろう?」

『……確かにな』

 

 この状況で彼女を転生させれば、俺はあのウンコ細目と同じレベルに墜ちてしまう。

 ソレは御免だ。

 

「それに彼女、アルジェントは根本的に戦いには向かない。なら、三大勢力の休戦が成ってから後方支援要員とするのが良いだろう。勿論、彼女が望めばだが」

『成る程な。じゃあ、明日にでもバラキエルを寄越す。バカやらかした部下の回収を含めてな』

「借り一つだな。後、一応ミカエル殿にも連絡しておいてくれ」

『わーってるよ』

 

 そう言って、魔方陣が消えてアザゼルとの通信を終える。

 

「……はぁ。堕天使陣営は戦争狂を除けば、上層部の何と綺麗な事か」

 

 堕天使陣営の弱みは人員の無さだが、その反面抱えている問題の少なさは間違いなく強みだろう。

 確かに筋肉バカや研究バカに神器バカと馬鹿ばっかりだが、それでもウチの老害共に比べればお人好し集団と言える。

 

「原作知識なかったら、間違いなく詰んでいたな……」

 

 天使陣営も中々だが、それでも内部に抱える問題の多さなら悪魔陣営がぶっちぎりである。

 

 それでも原作と比べれば一番デカイ問題である旧魔王派の問題が行方不明のリゼヴィムだけなのが幸いではあるが。

 それに俺が今までに解決に動けるモノは動けた。

 黒歌やレーティングゲーム1位(ディハウザー・ベリアル)なんて正にそれだ。

 

「後はレーティングゲームと四大魔王制の廃止。それに伴う軍隊の設立……道のりは険しすぎるなぁ」

 

 溜め息しか出ない。

 少なくとも軍の設立だけは達成したいが。

 

「まぁ取り敢えず、目の前の問題を解決するとしようか」

 

 先ずは、この町に潜伏している阿呆を片付けるかね。




fateの二次が中々進まぬので此方を更新。
残りの短編ストックはfate憑依もの二話だけ……大丈夫だろうか。



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とある真紅の次期当主 5

めりーくりすまそ(元ネタなんだっけ)


 ―――――――――――――――堕天使レイナーレは混乱していた、

 

 事の切っ掛けは、彼女が堕天使総督アザゼルから命令を受けた事。

 

 中級堕天使など所詮は下っ端に過ぎない。

 勿論、最下級や下級に比べれば違いはあるが、彼女の憧れる最上級堕天使のトップ────アザゼルやシェムハザといった総督・副総督に近付ける様な職務に就くなど夢の又夢。

 

 憧れは所詮憧れに過ぎない。

 

 そんな彼女が邪念を持ったのは、己が神器保有者の保護、また危険人物だった場合の殺害の任務に就いた時だった。

 

 神器────人間だけが持つ、聖書の神が遺した異能。

 レイナーレは神器について詳しく無く、しかし神器の一般知識だけは知っていた。

 そして憧れのアザゼルが非常に入れ込んでいる神器は、奪うことが出来ること。

 

 唯でさえ人間が持つだけで強力と言うのなら、堕天使である自分が持つことが出来たならば。

 

 堕天使幹部にすら持ち得ない個性や重要性を持つことが出来るのではないか────?

 何より、憧れのアザゼルやシェムハザに近付けるのではないか────。

 

 その邪念は、彼女にある計画を立てさせる事になる。

 単純明快、神器を奪い、自らの物とする計画を。

 そうすればきっと、憧れの方々が自分を見て、果ては寵愛を頂けるかもしれない────と。

 

 問題は、神器保持者が善人でありながら不幸な境遇に在ったこと。

 そんな彼女の神器を抜き取ること、即ち殺す事は、それが現代の真っ当な倫理観を持つアザゼルにとって『気に入らない』または『腹立たしい』という部類に入ること。

 彼女の行為が戦争の火種に為りかねなく、アザゼルが戦争を嫌っていたこと。

 

 アザゼルをよく知る者からしてみれば、何もかも、裏目裏目。

 もし彼女の心情をある悪魔が知れば、とある漫画の言葉を引用しこう答えるだろう。

 

 

『憧れとは────理解から、最も遠い感情』なのだと。

 

 

 彼女は因果応報という言葉を知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五話 勝った! 第一巻 完ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとってそれは突然だった。

 廃教会の地下で行う神器摘出儀式にとって必要不可欠のアーシアが行方不明になり、儀式場で苛立ちながら部下の堕天使に探させている最中。

 

 ゴガッッッ!!! と、十メートルを超える巨大な魔剣が教会に突き刺さった。

 

「がは……ッッ!!?」

 

 中級堕天使のレイナーレが容易く衝地下の壁に叩き付けられる衝撃が襲った。

 よろめきながら、少しでも情報を得て理解不能の状態から脱しようと辺りを見渡す。

 

「な……」

 

 巨大な魔剣は教会を蹂躙しきった途端に姿を消して、教会地下の儀式場は月夜に晒されていた。

 後十数度角度が違っていたら、レイナーレは真っ二つに切り裂かれる前に轢き潰されていただろう。

 

「何じゃこりゃあッッ!? イキナリの展開にフリード君は着いていけませんッ! ────────てヤベ、俺様退散っ!」

 

 一階に待機していたはぐれ神父達はその大半を肉塊に変え、生き残って喚いているのは白髪の少年。

 天才にして狂人はぐれエクソシスト、フリード・ゼルセンのみ。

 そして彼は、何かを察知した様に逃げ出した。

 

「これは……まさかッ」

 

 何故バレた、何時、何処から────!

 考えうる限り最悪に近い予感がレイナーレに走るも、しかし時間は待ってはくれない。

 尤も、彼女やフリードがどう足掻いても襲撃者は詰みにはいっているのだが。

 

「ノックしてもしもーし。って、ドアが無いな」

「残しておいた方が良かったですか?」

「にゃー、もくばんはマジメだにゃー。」

「はぁ……、その真面目さの三分の一でも、ヴァレリーさんに有れば……」

「それは無理だな」「でしょう」「だにゃー」

 

 真紅の髪を持つこの地を治める悪魔が、己が眷属を連れて其処にいた。

 

 うち一人の金髪の美少年は、恐らくあの巨剣を叩き込んだ張本人だろう。

 その手に持つ魔剣のデザインが、教会を蹂躙した巨剣に酷似していた。

 おそらく武器創造系の神器だろう。

 相当厄介ではあるが、問題は次からだ。

 

 茫然と彼等を見上げるレイナーレが己の危機を察したのか、堕天使の証である黒い翼を広げるも。

 

「あー、逃げるのは無駄だから。アザゼルとバラキエルでも破るのには数時間かかるにゃ」

 

 編み上げられた結界に阻まれる。

 黒い長髪に着物を着崩した猫耳二尾の悪魔が、彼女によって最上級堕天使であろうと突破困難な結界で閉じ込めていることを。

 言外に彼女が最上級堕天使にすら匹敵していることを告げる。

 

 「~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

 レイナーレの声無き悲鳴が木霊する。

 無理もない。

 

 黒髪のポニーテールの美少女は、余りに見覚えのある雷光を迸しさせている。

 間違いない。堕天使幹部の最上級堕天使、雷光のバラキエルのソレだ。

 彼女は確か噂に聴いたことがある。バラキエルには、その雷光を受け継いだ娘が居ると。

 何故悪魔に────と、レイナーレにはそんな思考する余裕はない。

 

 そしてそれらを従えてる、グレモリーの悪魔である証拠の紅髪の悪魔が────サーゼクス・グレモリーが歩いてくるからだ。

 

 この地を治める彼に至っては、その纏う魔力が最上級のソレであることを示していた。

 

 仮に神器摘出儀式が正しく行われて、レイナーレがアーシアの『聖母の微笑み』を手に入れても殺し尽くされる戦力だ。

 

 計画がバレたかなど関係が無い。

 彼女は悪魔の縄張りに、無断で侵入したのだ。

 企みなど関係無く、彼女は排除される。

 

「────レイ、ナーレ……さまっ」

「!」

 

 その時、悪魔達以外の己の部下の声がする。

 ゆっくりとそちらを見て────絶望した。

 

 部下の下級堕天使達が、襤褸雑巾のような有り様で転がっていた。

 そしてレイナーレが絶望したのは、転がした張本人であろう金髪の美女の持つ魔力。

 

 魔王、クラス。

 

「ぅぅううううううッ、ぁああああああアアアアアッッ!!」

 

 逃げられる場所など、何処にもない。

 生き残れる可能性は皆無。

 

 恐怖が彼女の限界に達した時、正常な判断すら出来なくなったレイナーレは涙を流しながら光槍を持ってサーゼクスに突貫する。

 

「ふむ、怖がらせ過ぎたか?」

 

 瞬間、衝撃波が彼女を襲った。

 レイナーレは次に目覚めても、自身の周囲に黒い粒子が漂っていたことにはついぞ気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 角刈りで顎髭が濃い筋骨隆々の堕天使────バラキエルが教会の廃跡にやって来たのは、事が済んだ数十分後だった。

 

「此れは……酷いな」

「俺は悪くない! 部下の管理がキチンと出来てないアザゼルが悪いんだ!」

『オラは親善大使だぞぅ!』

 

 俺の言い訳に、ヴァレリーの蝙蝠型の分体がネタに走る。

 ソレぐらいに、レイナーレ達は酷い有り様だった。

 

 しかし鈴蘭に半殺しにされた下級、最下級堕天使達はまだ幸運である。

 というか半殺しに済んだのがかなり鈴蘭が配慮した結果でもあるのだが、そもそも鈴蘭が配慮すること自体が堕天使に対しては稀なのだ。

 それは、彼女の能力に起因する。

 

「しかし鈴蘭の『死の宣告』に堕天使が引っ掛からなかっただけで、幸運だったな」

「ぬぅ……」

『神の創ったシステム上の悪徳を一定以上積んでたら、格下には問答無用であの世逝き。いやぁ、これは酷いの一言な能力だものねぇ。堕天使で良く生き残ったよ全く』

 

 そんな凶悪な能力に晒された彼女達はまだマシというのも、問題がレイナーレの惨状だった。

 彼女は顔の孔という孔から体液を撒き散らし、失禁しながら白目を剥いて失神していた。

 

『女としてはかなりヤヴァイね。元が美人だから尚更』

「ソコまで怖いか?」

「前門に最上級二人に、後門の魔王と考えれば中級堕天使にとっては悪夢だろう」

『それに、心のアフターケアは僕らじゃ出来ないもんね』

 

 バラキエルはヴァレリーの言葉に、廃跡にいる唯一の人間に視線を向ける。

 

「……有り難ね」

「はい。どういたしまして」

 

 そこには寝込んでいた筈のアーシアが、外傷の悉くを治療していた。

 その治療に罪悪感を感じるのか、金髪の少女の下級堕天使はバラキエルのことをチラチラ伺いながらアーシアに感謝を述べる。

 信仰を根本から否定されながら、しかし彼女の思想は揺るがなかった。

 

「……強いな」

「あぁ、しかも完全な善人だ。キチンと護ってやってくれ」

 

 バラキエルはアーシアを眩しいものを見るように眼を細める。

 

「そうだ。私達は人間のこういう面に魅せられたのだ」

 

 堕天使は人間に魅せられ、禁を犯して堕天した天使だ。

 アーシアのその姿に、感じ入る物があったのだろう。

 

「…………………………………………」

『…………………………………………』

「……な、何だその目は」

「別に」

『何でもねーですよー』

「フッ」

 

 しかしバラキエルが己の心情を述べるも、帰ってくるのは猜疑の視線と、実の娘の意味深な失笑。

 

 バラキエルは知らない。

 サーゼクスとヴァレリーが、原作知識を持ち、かつ魔力で記憶を保全しているのを。

 そしてバラキエルがドの付くマゾであるのを知られている。

 そして彼は、己の性癖がバレているのを知らない。

 

「────部長」

 

 そんな白い目で見られて戸惑うバラキエルや見ているサーゼクスの元に、少し小柄な白髪の美少女がイキナリ出現したように現れる。

 サーゼクスの眷属、『兵士』の塔城白音だ。

 

「ん、どうだった?」

「いえ、その……フリード・セルゼンを見失いました。ごめんなさい」

「そうか……いや、御苦労様。休んでくれ」

 

 猫魈である彼女の白い髪に映える白耳と尻尾は、彼女の感情を現すように力なく垂れ下がる。

 

「フリード・セルゼン?」

「私が張ったあの結界、堕天使専用なの。だから人間は容易く素通り出来たって訳にゃ。代わりに堕天使だと幹部勢揃いでも簡単には出れないけどね」

「当初はあの程度の雑兵眼中に無かったが────ウチの生徒に手を出してくれてな」

 

 アーシアを保護した後、サーゼクスがアザゼルに連絡などしていた理由がそれだった。

 

 一般人の被害者。

 しかもサーゼクスの通う駒王学園の女生徒が、奇しくも正史における兵藤一誠殺害現場の公園で血溜まりを作って倒れていたのだ。

 

 堕天使達に対する尋問の結論として、彼女を害したのはフリード・セルゼンであった。

 

「堕天使から与えられた装備全部棄てて、更にどうやったか知らないが白音の探知からも逃げ仰せた。転移か何らかの気配遮断か、どちらにせよ俺の判断ミスだ」

 

 女生徒を襲った犯人を、原作知識からの先入観が原因で、無意識に堕天使だと判断したのはサーゼクスのミスである。

 しかし探知能力があるものなど、仙術を修める猫魈姉妹とサーゼクスだけ。

 それにサーゼクスは追跡に専念などしてられないし、なにより彼の仙術は全て自身に向いており、探知など門外漢。

 結果、唯一役割柄で索敵能力がある白音がバックアップとして追跡したのだが。

 

「伊達に天才と呼ばれるだけはある、か」

「……」

「それで、死者が出たのか?」

「出して堪るか! まぁ死後何分後だろうが、肉体が腐ろうが関係無いがな」

 

 もし仮に生徒が命を喪っていたら、それこそサーゼクスが怒り狂っただろう。

 禁手処か、好敵手であるヴァーリに存在すら告げていない覇龍の制御形態(奥の手)を使用してでも殺しに行っただろう。

 

『でぇじょうぶだ。ドラゴンボールがあるぅ』

 

 神滅具『幽世の聖杯』。

 魂さえあれば、ソコから肉体を再構築すら出来る、死者を甦らせる事が出来るヴァレリーの回復系最強の神器である。

 その生徒は見事蘇生され、今は駒王学園の旧校舎のソファーベッドに寝ているだろう。

 

「はぁー……。また頭下げないといけないことが増えた」

『ストレスが溜まるねぇ(これでもし老人達がくだらないこと言ったりしたら爆発しそうだなぁ)』

 

 盛大にフラグを建てながら、駒王学園の旧校舎にいるヴァレリー本人は、己のソファーベッドに横になっている女生徒を見やる。

 

「まぁ、フリード・セルゼンが襲う材料は揃ってたけどね」

 

 その眼鏡を掛けた三つ編みで茶髪の少女のポケットに、悪魔が契約宣伝の為のチラシが入っていた。

 




*仙術に関する間違った文章を削除


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とある真紅の次期当主 6

 

 ────桐生藍華は、好奇心旺盛なごく普通の少女である。

 

 確かに男性のナニのサイズを瞬時に測ることの出来る特技こそあるものの、だからと云って異能と呼べる能力は無く。

 特筆するほどの才能があるわけでも、悲劇的な過去や背景を持つわけでもない。

 生まれつき神器を宿している訳でも、英雄や神の転生体でもない。

 極めて平凡な人間だ。

 

 そんな彼女がはぐれ神父に襲われる切っ掛けになったのは、悪魔契約である。

 

 悪魔との契約により、対価を支払い望みを叶える。

 ソレだけを聴けばさぞや危険な行為と思われるが、望みの程度が低ければ物々交換程度で済む様な軽いもの。

 実際彼女がこれまで行った悪魔契約において、命や魂やらといった危険な対価は皆無であった。

 望みの程度も対したモノはなく、他者を害する物でもなく。

 悪魔との契約でありながら極めて健全な契約を行っていた。

 

 ────悪魔と関わっている。

 

 ただそれだけで自分を殺そうとする人間が存在するなど、一般的な家庭で育った彼女は考えたこともなかった。

 何て事はない。

 下校中に立ち寄った公園で契約用のチラシを見ながら、今度は何で遊ぼうか考えている最中。

 

『おやおや~? いけませんねぇコレは。うんうん。オイラはこんな事したくないけどコレ、仕事なの。こんなボクチンを許してちょーだいっ! 悪いのはクソ悪魔に魅入られた君だからってね! つー訳でグッバイ!』

 

 そんな奇声と共に、背中から斬り付けられた。

 激痛と共に遠退く意識と中、悪魔契約のチラシを想いながら彼女は願う。

 

「……助、けて」

 

 その願いに呼応するように、チラシに描かれた魔法陣は輝き、己の役割を全うした。

 

『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃジャーン! 藍華ちゃん久しぶ────へ?』

 

 幸か不幸か、彼女が助かったのは聖杯を持つヴァレリーの常連だったことに他ならない。

 そして彼女が気が付けば、己の知らなかった『悪魔の内情』の一部を説明する、学園のアイドルが血でも吐きそうな程顔を歪めながら頭を下げる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六話 JKが見知らぬオッサンとお茶するのは危険

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 翌日、駒王学園に登校した桐生は溜め息を吐きながら窓際に腰掛けて晴れ晴れとした青空を眺める。

 ここ数日の学園は比較的に静かだ。

 問題児変態三人組が遂に停学を喰らって自宅謹慎中故に、起こりうる騒動の大概の要因が居ないからだ。

 

 勿論学園の騒動の全て原因が三人であった訳ではない。

 デリカシーやら以上に性犯罪者予備軍極まりない行動ばかりしているが、彼女は彼等の事がそれほど嫌いではなかった。

 

 少なくとも、死にかけた自分がらしくなく憂鬱になっている時には、彼等の馬鹿騒ぎが恋しくなると彼女が思ってしまうほどに。

 

「悪魔と天使、堕天使とか……」

 

 思い出すのは『神話解釈研究部』という頓狂なサークルである。

 様々な解釈をされている神話や伝承を、自分達なりに新しく解釈し編集する────といった内容だ。

 これまたニッチでオタク受けもしそうな

 ────部活メンバーの内容さえ除けば。

 

 学園の御兄様こと暮森陸人を始めとして、それに並ぶ人気の美男子二年生木場裕斗。

 更には学園一の美少女姫島朱乃に、学園のマスコット塔城白音。

 

 完全に色物、或いはカーストトップ集団である。

 高嶺の花過ぎて誰も入れないし、入れた奴は勇者確定だろう。

 尤も、そんな勇者は今の所存在しないのだが。

 

「(それが、まさかリアルファンタジーの巣窟とか……)」

 

 悪魔。

 それも聖書に出ているものとソロモン七十二柱という、サブカルチャーでもポピュラーな題材上の存在が態々神話を研究すると称する組織を作るとはこれ如何に。

 研究など、欠片も必要が無いではないか。

 

 チラリ、と窓越しに校庭や街風景を眺めて、そんな当たり前の風景に人外の混じっているのだと改めて思う。

 

 そもそもヴァレリーとの契約は面白半分でしかなかった。

 実際桐生にとってヴァレリーという友人と遊んだり、勉強の手伝いをしてもらう程度の契約だった為、その対価は大したことは無かった。

 その為、悪魔という存在に対して危機感など持ち得なかったし、「そういうもの」と思考を停止させ深入りもしなかった。

 それ処か、最近はヴァレリーの方から契約書という名のチラシを利用し、オーフィスという黒髪の美少女と共に契約そっちのけで遊びに来ていた程だ。

 

 その為か、悪魔というより裏社会に対しての考えが甘過ぎたのだ。

 

「悪魔なんて、今思えば厄ネタが過ぎよねぇ」

 

 悪魔が実在するならば、それに相反する天使が存在するのが創作物の常道だ。

 しかも今回桐生を襲った犯人は、神に逆らって堕天した天使────堕天使の勢力に雇われていた、元天使陣営の指名手配犯だそうだ。

 何だそのややこしい経歴は。

 

 暮森先輩によると、堕天使陣営の上層部は一人の戦争狂というか過激派を除き基本的にはお人好し集団らしく、彼等の意図に反した部下が雇った異端神父の暴走、というモノらしい。

 暴走した部下が雇った部下の暴走、と何とも日本語がゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

 先輩は鬼気迫る形相で堕天使の総督に是が非でも謝罪させる、と息巻いていたが、ナチュラルに敵対組織のトップと交友を匂わせていた辺り、彼は悪魔に於いてはどの程度の立ち位置なのだろうか。

 

「ふむ……、おっと?」

 

 すると廊下から複数の視線を感じる事が出来た。

 それはクラスメイトのもので、戸惑いこそあれど特別妙な視線ではない。

 見れば、教室の入り口に見慣れぬ生徒が桐生を見ていた。

 

「悪い、桐生……であってるか?」

「確か、生徒会のハーレム君」

「失礼だな!?」

 

 更生した不良の一年後、といったイメージだろうか。

 跳ねた茶髪を短く切り揃え制服のネクタイをキッチリ着こなした少年。

 女生徒の中で唯一の男子生徒だからか、三馬鹿達の嫉妬の罵倒からよく覚えがあった。

 

「私に何か?」

「いや、俺はよく聞かされてないんだが……。取り敢えず、生徒会室に来てくれるか?」

 

 生徒会庶務、匙元士郎である。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ────────匙元士郎は転生悪魔である。

 

 聖書の神が創り、人間に宿したとされる神器(セイクリット・ギア)、『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』を宿していた事が切欠で会長────元七十二柱次期当主であるソーナ・シトリーに拾われた元一般人だ。

 両親の交通事故を皮きりに次々に親族を失い、一時は一家離散の危機にあったが、ソーナに見込まれたことでシトリー家の援助を受けられるようになり、シトリーの管理下にあるマンションで周りの助けを借りながら暮らしていけるようになった。

 

 神器を持った人間に常人の幸せは難しい。

 常人でも発現すれば人を容易く殺せ、あるいは人外さえも倒しうる異能である。

 その利用価値は、悪魔達が挙って転生悪魔にしようと考えるほどには高かった。

 そういう意味では両親こそ喪ったものの、匙は非常に恵まれていた。

 

 先ず、彼が神器を発現する前に、極めて良識的な上級悪魔であるソーナに発見されたことも大きい。

 転生悪魔の約八割は主人である上級悪魔によって、アクセサリー同然の扱いを受けている。

 加えて転生する際も非道な方法で無理矢理悪魔に転じさせられたり、あるいは直接悪魔に殺されて悪魔になった者も居る。

 人から悪魔に転じる際に、新たな生命として転生する特性を悪用されたと言えよう。

 

 そんな悪例に比較すれば、脅迫も拘束もせずに神器の危険性と有用性。そして転生悪魔のメリットとデメリットを提示し、匙に選択を委ねたのだ。

 転生悪魔としてソーナの眷属になるのも良し、転生せずに庇護下に入り眷属に対するほど親身に出来るわけではないが神器を操るサポートを受けるも良し。

 第三の選択肢を自分で見つけ出すのも自由だった。

 神器は生まれつき備わっており、摘出は神器保持者の死を意味する。

 

 そんな神器保有者だからこそ支援を受けられたのだとしてものだとしても、匙がソーナに対し深い恩義と好意を持つのは当然だった。

 何せソーナは、まさに絵に描いたような知的美少女である。

 お嬢様で貴族の次期後継者という立場も、彼女の魅力を引き立てる材料にもならない。

 

 強いて上げるならば、ソーナの婚約破棄のエピソードだろうか。

 決められた望まない縁談を、チェス勝負という形だが相手の了承を得た上で完膚なきまでに叩きのめして婚約を解消している。

 ただ生まれに縛られるだけの少女ではないと、彼女自身が証明した過去だった。

 

 匙が心底惚れ込むのも無理もない。

 

 だが、所詮は高嶺の花とソレに拾われた雑草。

 如何に優れた素養を持っていたとしても、人種処か種族が違う彼と彼女。

 例え転生し彼女と同じ存在になったとしても、そこで漸くスタートラインに立てたに過ぎず。

 匙が彼女に恋をするには遅すぎたし、彼女に惚れて貰うには視点が足りなすぎた。

 惚れた弱み故に、匙はソーナを無条件で全肯定する。

 彼女の夢を認めて支えたいのだと。

 

 しかしそれは思考の停止であり、恋故の盲目でしかない。

 そんなものがソーナの為になる訳がなく。

 そして花も恥じらう年頃の少女に、恋煩いの一つも無い訳もなかったのだから。

 

 サーゼクス・グレモリー。

 彼が越えるべき壁は、余りにも高過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

「ようこそ桐生藍華さん」

「よきにはからえー」

 

 匙くんと共に生徒会室を訪れた私を歓迎したのは、本来生徒会とは関わり合いの無い神研の部長(暮森先輩)副部長(姫島先輩)。そして私の契約悪魔のヴァレリーだった。

 常人ならば部屋に足を踏み入れる事すら躊躇するほど随分顔面偏差値の平均が現実離れしているけれど、しかしヴァレリーともう一人同レベルの美少女とよく遊んでいる私には慣れたもの。

 流石に暮森先輩と夕暮れの教室とかで二人きりだった場合、全力で逃走を選ぶが。

 でなければ私のキャラが崩壊して童貞の様な挙動不審に陥ってしまうだろう。

 いや、私は処女だけども。

 

 この部屋の主である支取会長は、匙くん以外の生徒会メンバーと共にパソコンに向かって凄まじい速度でタイピングしている。

 といっても、本当に追い上げているのは会長と副会長、そして会計だけなのだが。

 

「……何でアンタ達が?」

 

 匙くんが神研のメンバー、というより暮森先輩がこの部屋いること自体不服なのか、少し厳しい口調で私の疑問を代弁する。

 どうやら彼等の存在は知らされていなかったようだ。

 おや? それなりに優等生な感じの彼がいきなり険悪な態度、それも極めて例外的に男女問わず人気がある暮森先輩にというのは驚きである。

 

「口の利き方に気を付けなさい、匙」

 

 そんな彼の言葉遣いに、当然真羅副会長の注意が飛ぶ。

 相変わらず会長同様、クールビューティーを絵にかいたような美人である。実に羨ましいスタイルだ。

 上級生への失礼な態度を咎めるのは至極当然だが、ただそれだけというには少し過剰とも言える。

 しかしそんな二人の様子に会長以外の生徒会メンバーの反応は、暮森先輩でさえ苦笑いだった。

 険悪なのは生徒会の二人だけで、まるでよくある雰囲気のような空気に桐生は静かにこの場で唯一気軽に話し掛けられるヴァレリーに囁く。

 

「(もしかして、面白い三角関係?)」

「(なお匙キュンには立場感情どちらも勝ち目がない模様)」

 

 下種極まる表情ですべてを端的に語る吸血鬼に、思わず他の生徒会メンバーと同じ困った表情を浮かべる。

 ただ一人、黙々と手を動かしながら不思議そうに匙と陸人をチラ見しているソーナを除いて。

 

「さて、桐生は聖書勢力のありていな概要は既に説明しているな?」

「ええ、はい。でもまさか、生徒会もそうだとは思わなかったですけど。でも、本当に何でお二人とヴァレリーが此処に?」

「昨晩の補足と――――――」

「私からの謝罪です」

「謝罪?」

 

 ノートパソコンを仕舞った支取会長が話に加わる。

 どうやら仕事は終わったようだ。

 

「生徒会長として、何よりこの地を彼と共に管理している者として、一般人である貴女に被害が出てしまった。謝罪するのは当然のことです」

「はぁ」

 

 昨夜の説明ですでにこれ以上ない程暮森から謝罪を受けた桐生には、些か大げさに思えた。

 その感性の緩さが、悪魔という存在を大量に前にしている現在でも平然としている彼女の特技かもしれないが。

 

「それで、補足というと……悪魔のあれこれというヤツでしょうか?」

 

 頷く会長と暮森の二人に、笑顔で椅子を用意した朱乃に促されるまま座った。

 立ち話とはいかないらしい。

 

「まずこの世界には悪魔だけでなく様々な神話存在が多数存在する」

「……SAN値持っていかれるような?」

「幸い今のところそれらは確認されていないな」

 

 白痴で漂う宇宙そのものとか、千の顔を持ち人々を惑わす無貌とかは流石に居なかった様だ。

 

「インド神話とそこから派生した天部の須弥山。ギリシャ神話のオリンポス十二神に、北欧のアースガルズ神族。有名処はこの三大神話だな。他にも色々日本神話やその下に存在する京都妖怪群、そして世界三大宗派の一角である俺達聖書勢力。今回桐生、君がかかわっているのはコレだ」

「何で世界滅びてないんですか? ていうか終末論とか各神話にあると思うんですけど」

「そりゃまぁ世界がそれぞれ別位相に存在するからな。そしてそれら神話世界の基盤、あるいは基準となるのがこの星だ───と、俺は考察している」

 

 神話世界が生まれたから人が生まれたのか、人が生まれたから各神話が生まれたのか。

 自分たちの存在意義の否定にも繋がり兼ねないその答えは、それ故に未だ出ていないらしい。

 そして今回の議題は、彼ら悪魔を中心にした聖書勢力だ。

 

「有り体に言えば、落ち目の神話だな」

「えー」

 

 言っていいのそれ、という思いと共に空気の抜けるような声を漏らしてしまう。

 自分たちを卑下するような言葉に、不満そうにするのは生徒会の会長副会長以外のメンバーである。

 その目に映るのは、向上心だ。

 

「とある理由で、そもそも生殖を殆んどしない天使は増えなくなった。天使が欲望に溺れた堕天使は増えても絶対数は天使。悪魔はトップである初代魔王たちが死に、そもそも悪魔は堕天使同様その寿命に比例して出生率が低い。何より二千年以上前に起きた一度目の大戦(ハルマゲドン)、この時に前述した四大魔王と大勢の悪魔、天使と――――堕天使が失われた」

 

 少し違和感を覚えたけど、つまり自分達で盛大に内輪揉めで消耗した訳ね。

 そりゃ落ち目と言われる。

 

「何より問題なのが、西暦以降の教会による信仰侵略。悪魔による契約稼ぎと―――――転生悪魔の乱獲だ」

 

 聖書、つまり基督教による侵略行為は歴史的にも非難されることであるのは、私でも知っている事実だ。

 唯一神とその十戒を掲げる彼らにとって、多数存在する多神教の存在は悪に映ったのだろう。

 無論八回行われた十字軍の蛮行は今でも批判の対象だし、同じ一神教の過激テロリストは今も被害をまき散らしているデリケートな話題だ。

 どうやら、天使と言っても完全な善良とは言えないようだ。

 

「まぁ天使の善、正義の定義は聖書における物でしかない。現代の日本人には合わないかもしれないだろうし、聖書の解釈違いで悪に繋がったりする。まぁ大天使長はかなり丸くなったらしいが、末端には未だそういう狂信者は居ないでもない」

「今回貴女を襲ったはぐれ神父も、ある意味ではその被害者とも言えるでしょう」

「被害者?」

 

 少しだけ機嫌を良くする匙少年に憐れみを覚えるも、その感情を知ってか知らずかそのまま彼の問いに返答する。

 思えばあの神父は明らかに正気、あるいはマトモとは言えなかった。

 

「名前はフリード・ゼルセン。教会の戦士育成機関、その暗部による人体実験の被検体の一人だったそうです。天才的な素質を持っていたようですが、精神は既に破綻しているようですね」

「まぁ必要以上に憐れむ必要はないぞ。それにしたって無差別に殺し過ぎだ――――――っと、話が逸れたな。つまり聖書勢力は世界中に敵を作り続けた訳だ」

 

 世界すべて、という訳ではないらしいが、少なくとも先程述べた三大神話勢力の内、ローマ神話に信仰を滅ぼされたギリシャ神話以外は、間違いなく被害を受けたことがあるようだ。

 意外なことに幸か不幸か聖書勢力をそこまで敵視している神々は少ないそうだが、それでも被害者の悪感情や悪影響は根深いようだ。

 

「中でも問題なのが─────悪魔の貴族社会と、転生悪魔だ」

 

 私はその後、人間に対して関連があるであろう悪魔の話を聴かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーっ、ほんとファンタジーファンタジー」

 

 色々あった神話世界話の放課後、喫茶店の一席で甘ったるいケーキを突きながら私は所業の無常を噛み締める。

 随分話をしていたが、退屈にもならず昼休みの時間を易々と超過していたので、話し終えた後は焦ったものだけど、

 

『「停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)」―――――、私が時を止めた』

 

 ヴァレリー曰く、生徒会室だけの時間の流れだけを停止させたらしい。

 イキナリのインフレに目をひん剥いて他の先輩や生徒会メンバーを見遣ったが、そんな芸当ができるのは悪魔でも一部の例外を除き殆んど不可能らしい。

 

『主神クラスが神器を使いこなしたらそれぐらいできるだろう』

『しゅしんくらす』

 

 やはりこういう個人戦力が高い世界だったからか、ある程度の格付けや基準があるらしい。

 それは転生悪魔の話題にも繋がるのだが。

 別に気にしているわけじゃないしそもそも時止めとかエロ妄想が捗るのだが、でも実際に体験するとなると辟易するなというのは無理なのだ、

 尤もこの時、この日もMMOにログインしPKKに励んでいた遊び友達が、ぶっちぎりで世界最強で仮に評価規格外の同格と戦った場合余波で星や銀河、あるいは世界が容易く滅んでしまう様な超越存在だと私が知るのは、もうまたもや少し後になる。

 

 話は戻るが、悪魔社会は貴族社会だという。

 大戦から生き残った初代悪魔のトップがガチガチの貴族主義で、今までは大丈夫でも現代では様々な弊害が発生しているらしい。

 というか上手く行っていなかったから絶滅危惧種になっているのだが。

 ダメダメである。

 

 そんな絶滅危惧種指定から脱するために生み出されたのが、『悪魔の駒』という、他種族を悪魔に転生させる魔具の存在である。

 研究色の強い魔王様が作ったものらしい。

 ちなみに魔王は四人居て、現在の任命基準は個人戦闘力なのだそうだ。

 ほとほと悪魔社会は大丈夫だろうか。

 

 他種族を取り込むことで人材不足を解決しようという考えは理解できるが、しかしこれにより気に入った特異な希少種や女性を無理やり悪魔に転生させアクセサリーのように扱うという問題が多発。

 結果転生悪魔の八割が望まずに転生、現在の主に反意や不満を持っているらしい。

 この転生悪魔が主人から逃亡、あるいは逆らった転生悪魔がはぐれ悪魔と呼ばれるらしい。

 これは悪魔の力に溺れ異形に変容してしまったものと、主人の扱いに耐えかねた被害者に分けられるようだ。

 最近白音ちゃん絡みで法改正が出来てかなり改善されたのだが、中々根深く根絶は難しいらしい。

 日本の政治家でもどうしても腐敗不正は横行しているのだ。貴族社会ではさぞ難しいだろう。

 

 なんでも隠居していながら現体制のトップより影響力を持ち、加えて政治に口を出し変化を嫌う絵に描いたような老害もいるという。

 そんなドロドロな権力闘争に参加せねばならない暮森先輩と支取会長に心の中で敬礼する。

 一般人でよかった(他人事)

 

「確かに所作が洗練されてるというか、育ちいいなぁとは思っていたけど……まさか貴族の御曹司と御令嬢とは」

 

 暮森先輩達が入学した時にそんな少女漫画のような噂があったらしいが、まさにというやつである。

 そんな二人はそれぞれ次期当主で婚約者。幼馴染で仲良く日本で勉強し婚約しているとは、同じ世界の住民とは思えない背景だ。

 尤も、彼らの住む世界は冥界と呼ばれる悪魔と堕天使の異世界なのだからある意味その通りである。

 これでもし望まない婚約ならば匙君もまだ目は有ったかもしれないし、あるいはラノベ主人公の様な活躍と共に想い人を獲得できたかもしれないが、二人は傍目から見ても仲が良い。

 何より、()()()()()()()()()()()()。カップル出来立てではなく、数年付き合っている雰囲気さえ感じる、

 こういうカップルは二人きりだと途端に態度を変えやすい。私の考えでは、クールな会長がデレデレになっていると見た。

 まぁ私の下種な勘繰りは兎も角、この有様ではおそらく会長を慕っている匙少年が太刀打ちできる相手じゃない。

 曰く悪魔は万年生きるそうだ。

 その間に新しい恋を見つけられるよう、心の中で合掌しようじゃないか。

 

 そんな匙少年をやきもきさせている婚約者二人は、私に庇護下に入ることを求めた。

 一度はぐれ神父に襲われた私は、神話世界――――所謂、裏の世界との『縁』が出来てしまった。

 須弥山には本当の仙人、それこそ孫悟空さえ存在している。日本にも陰陽道や神道、修験道など神秘に対応する宗派は沢山。

『縁』なんてものも本当にあるのだろう。

 再度はぐれ神父は勿論、さまざまな脅威と遭遇するかもしれない。

 態々護って貰えるのだ、断る理由がない。

 それ以外にも色々な形式があるのだが、暮森先輩は只管にお勧めしなかった。

 それは私も同感である。

 

「私が転生悪魔とか、柄じゃないしね」

 

 悪魔への転生。

 なかなかワクワクする話だが、生憎こちらは平和ボケした日本人。

 切った張ったは御免被る。

 その為選択肢は暮森先輩か生徒会長のどちらに庇護されるかだが、ヴァレリーのお得意様だったことから神研の庇護下に入った。

 庇護下、それは私の入部を意味している。

 

「ついに帰宅部卒業かぁ」

 

 そんな日常の変化に、少なからず高揚している私の不意を突くように、店員が申し訳なさそうにやって来た。

 

「申し訳ございません。現在席が混雑しており、相席宜しいでしょうか?」

「まぁ……構いませんよ」

 

 店内を見渡せばそれなりの人数が席を埋めていた。

 時間帯も帰宅時間で、学生は勿論定時帰宅の会社員もちらほら居たので仕方ない。

 人見知りどころか協調性には自信がある私は、店員に了承を伝えるとその客が案内されて現れた。

 

 これまた珍しい、俗世離れした銀の髪を持つイケオジだった。

 まるで美容院に行きたてのように髭を切り揃えた、まさにキメた感じのスーツオジサマであった。

 今日は美人と良く会う日だ、と欠片も違和感に思わなかったのに気付いたのは、これまた何度も『リヴァン』と名乗った彼と話すことになった更に後になる。

 

 気付かない事だらけだが、所詮私は唯の女子高生なのだ。

 仕方ないだろうと目を瞑って欲しい。

 

 私自身に目立った害がなかったことも助長させたのだろう。

 見た目に反しかなり軽く話が弾み、パフェさえ奢ってもらってご満悦を表情に出しながら、私は何事もなく帰宅できた。

 リヴァンさんと会っている間、今日ヴァレリーに貰った蝙蝠のキーホルダーが何時でも黒い靄を出していたことに私が気付きもしなかったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




桐生が襲われたのはアーシアとの対談時です。

※サーゼクスの口調を修正


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とある真紅の次期当主 7

 

 

「───────レーティングゲームだ!」

 

 旧校舎の一室、神話研究部の数ある部室の中で客間と形容できる場所。

 そこで学び舎に不似合いな異物である大声をあげる下手なホストのような金髪の男、悪魔ライザー・フェニックスが声を張り上げる。

 

 向かい合うように設置されているソファには「えー」という面倒臭さを全面に出した表情の暮森先輩と、ただでさえクールな表情を更に冷たくする支取先輩。二人の背後には姫島―――入部後名前呼びを求めた朱乃先輩をはじめとした部員達が殺気さえ帯びた視線で男を睨みつける。

 

 アホ面晒しているヴァレリーを除いて。

 

 そんな中、三人それぞれが三台のPCでFPSに興じているゲーマーに混じっている私、桐生藍華はどうしてこうなったのか他人事のように想起する。

 実際他人事なのだから仕様が無いのだが、つまり貴族様の事情というやつなのである。

 根本的には部外者でしかないからといって、殺気撒き散らされて気楽なのは、やはり私の気質なのだろう。

 

 この惨事を説明するには、ほんの少し時間を戻さなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八話 この作品の原作のジャンルはあくまでバトル系『学園ラブコメ』です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍華、ゲームやろうず」

 

 放課後、神研部入りした私はお利口さんなので旧校舎の部室へ向かう途中、駒王学園指定のジャージを着た、しかしこれまた人外の美貌を持つ美少女が私に声をかけてきた。

 艶のある、朱乃先輩を彷彿とさせる黒い濡れ羽色。日本人にはない白く透き通った肌。

 しかし眠たそうに瞼を半分まで落としジト目にしている美少女の名前は、オーフィスという。

 

 私が彼女と出会ったのは、常連の契約悪魔であるヴァレリーをいつものようにお菓子を対価にチラシで召喚した時。

 ヴァレリーの召喚に着いていくように一緒に現れたのが彼女だった。

 

『―――――我、オーフィス。ダクソやろうず』

 

 そう名乗った彼女を受け入れて以来、私たちは三人で遊ぶようになった。

 ただそれだけの、少し世間知らずの箱入り娘がネットの海に溺れた中学生ほどの少女。

 そんな印象だった。

 それは悪魔の存在を知り、その庇護下に入った今でも変わらない。

 尤も、その為彼女が人間でないのは何となく理解していた。

 

「? 藍華、どうした?」

「うーん、と。オーちゃんって人間じゃないんだよね?」

「そう。我、ドラゴン」

「なんと」

 

 普通に驚いた。

 悪魔や天使は人に羽が生えたりした姿なのは容易に想像できるが、ドラゴンは人型とはかけ離れている。

 この可憐な姿からはまるで想像できない。

 だが私は変態大国日本の女子高生、擬人化にどれだけ需要があるのかはよく理解している。

 人に姿を変えているには意味があり、それを態々口に出す愚を犯すつもりはない。

 

「ドラゴンとかもいるんだ。ああいや、神話世界だから、ドラゴンもいるか」

「ん。でも我、正確な神話の生まれとかじゃない。我、生まれたの次元の狭間。我、世界の抑止。グレートレッド、向こう側の抑止」

「ふーん」

 

 何だかえらいスケールがでかい。

 というかグレート某さんは何ぞや?

 

「そういえばオーちゃんって、暮森先輩のどういったポジションなの? 何となく転生悪魔って感じしないから」

「むむ。……藍華はサーゼクスの眷属達の事は知ってる?」

「うんうん」

 

 曰く、悪魔とは魔力という万能エネルギーを扱う種族だという。

 それは様々な効果の技に変容出来、それによって他者と契約を結ぶのだという。

 

「大雑把なシステムは同じ。悪魔は契約によって生物や物体を使役する。例えば使い魔。蝙蝠だったり色々居るけど、サーゼクスは私と契約している」

「ほう?」

 

 ドラゴンとの契約。

 擬人化可能で美少女という点も、とても胸踊るチョイスではないか。ある種のテンプレさえ感じる。

 尤も、竜との契約でストーリーのラストに異世界ファンタジーから新宿で音ゲーに発展する鬱ゲーが出てくる辺り、私の業の深さを現しているのだろう。

 

「契約って、内容聞いてもいい?」

「我、サーゼクスに手を貸す。代わりにサーゼクス、我に知識を与える」

「知識?」

「我、当時は正真の子供だった」

 

 彼女は語った。

 自身は力だけはあったが、それに比例した心を持ち合わせて居なかったと。

 だからこそ『家に帰る』というかつて懐いていたらしい本能に近い願いに執着していたのだと。

 

「でも今の我、静寂など願い下げ。静寂にネット環境もコンビニも美味しい御飯やお菓子、サーゼクス達も無い。そんなの御免被る」

「そっか……」

 

 きっとその経緯、過去は。彼女にとって成長の証なのだ。

 胸を張って、かつて彼女を利用していた者達へ威嚇するような。

 

「……なら、今回はドラゴン関連のゲームする?」

「ん、それいい。────でもその前に」

「え?」

 

 私の胸の中に、するりと黒い電光を纏う黒蛇が入り込んだ。

 

「ちょ、オーちゃん何したの!?」

「サーゼクスから藍華が襲われたって聞いた。だから護衛に蛇を入れた。装備品は装備しないと意味がない」

「お、おう?」

「次襲われても蛇が守る。強いのでも時間稼ぎができる。その間に我やサーゼクス、ヴァレリーが向かえる」

「えーと、つまりおまもり?」

「そう」

 

 どうだい凄いだろう、と鼻息荒く胸を張る彼女に、思わず微笑みながらその頭を撫でる。

 どうやら私の友達は凄いらしい。

 尚、世界一凄いとは、私はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「おや、いらっしゃい桐生さん。オーフィスさん」

 

 そんな気分よく旧校舎に訪れた私たちを迎えたのは、駒王学園の貴公子と名高い二大美少年の一人。

 駒王学園2年生で神話研究部所属、木場祐斗。

 彼は私と同じく神研に所属している()()()()()()()()だ。

 

 曰く、彼は教会───所謂天界側の組織の暗部出身の孤児だったところを逃げ出し、先輩に拾われたのだという。

 そんな彼には、明確な目的が存在し、その目的を果たすには転生悪魔では不適切だろうと暮森先輩が配慮した結果なのだという。

 尤も、だからと言って弱い訳では決してなく、その性質は限り無く悪魔に近いらしい。

 

 ─────『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』。

 生命を司る神滅具によって、彼はその性質を悪魔に改造しているのだ。

 しかし区分的には人間であり、聖杯の担い手であるヴァレリーによって幾らでも人に戻せる。

 人間として生きられる余地を残しつつ転生悪魔と偽らなければ、彼は他の上級悪魔にとっくに無理矢理眷属とされていただろう。

 彼の神器の希少さと彼自身の力は、それだけの価値があるのだという。

 

 尚、この上級悪魔クラスがどれだけ凄いかはよくわかっていないので質問したのだが、

 

『上級悪魔クラスなら、その悪魔の性質もあるだろうが高層ビルを簡単には解体出来る程度だな』

 

 とは暮森先輩の言である。

 なら魔王クラスならどうなんのと聞いた所、『山を一撃』だそうな。

 ここら辺で既に私は理解を諦めたのだろう。

 なんせ強さ基準にまだ『主神クラス』という上が更にあるのだ。

 ゲーマー仲間(ヴァレリー)がそんなやべー存在と言われても実感など持てる訳がない。

 私にとってのヴァレリーはヴァレリーであり、木場少年はイケメンである以上の意味はない。

 

「ですが、そうですね────」

 

 そんなイケメンこと木場少年は気不味そうに部室を見る。

 

「来たか」

「お邪魔しています。桐生さん」

 

 この部屋には本来生徒会室で辣腕を振るっている筈の支取生徒会長が、珍しく不機嫌そうに暮森先輩と並んでソファーに座っていた。

 因みに暮森先輩───いやさ部長は、なんとも面倒臭そうである。

 

「どうかしました?」

「実は、本日は来客がある。それも、余り良いお客とは言えない、な」

 

 明らかに面倒臭さそうでありながら、所作1つ1つが女性徒を魅了する様を見せる彼が『余り良いとは言えないお客』とは、どんな問題人物なのか。

 するとオーちゃんはズバズバと質問していた。

 

「誰?」

「元72柱、その内の一つであるフェニックス家の三男坊ライザー・フェニックス」

「そんな塵芥、どうでもいい。藍華、ゲームしようず」

「さいですかー」

 

 どうやらオーちゃん基準では、その不死鳥三男坊には何ら価値が無いらしい。

 そんな彼女に部長は苦笑いを浮かべながら、朱乃先輩にお茶菓子を出すように指示を出す。

 

「で、フェニックス某は何で此処に?」

「うーん、なんと言えばいいだろうか……」

「ただのくだらない面子の問題だにゃ」

 

 と、木場少年へ私の質問に彼は言い辛そうに言い淀むと、背後から艶かしい、しかし心底鬱陶しそうな声が響く。

 振り返れば、木場少年が用意した茶菓子を摘まんでいる白髪の少女、白音ちゃんと、彼女が抱える黒猫が居た。

 

「えっと、黒歌さん」

「はいにゃ」

 

 黒猫は白音ちゃんから抜け出した途端、その姿を変容させ着物姿の成人女性へと変化する。

 その美しい濡れ羽色の黒髪の頂きには、確りと猫の耳が生えていた。

 彼女は白音ちゃんの実姉であるエロねーちゃん、黒歌さんである。

 

「メンツ問題、とは?」

「ご主人の婚約者、ソーナちゃんの以前の婚約者候補がその三男坊だったにゃー」

「ほう」

 

 先日に次ぎ、またも色恋沙汰か。

 そう思ったが、面子問題と言う単語にアホ回路が停止する。

 

「以前、ということは何か問題でも?」

「当の本人にね」

 

 話によれば、成金ホスト紛い──という風体からして会長にとって近寄りがたい人物だった上に、女性関係の素行が良くなかったらしい。

 眷属を自分のハーレムで固め、衆目を憚らずイチャコラする。

 所謂エロガキであったそうな。

 まぁ素行不良もあった上に、本心かどうか知らないのだが、支取会長(婚約者)をアクセサリーか何かと思っているように取れる発言をしたらしい。

 

「あれ? 三男坊なんですよね、ソイツ」

「ちなみにソーナ会長は次期当主です」

「馬鹿じゃん」

「うん、そうだね。何を考えているのか分からないけど、問題はそれが会長の姉君の耳に入ってしまったことだ」

「? 会長のお姉さんそこまでシスコンなの?」

「極めて重度の。加えて、現四大魔王の一人さ」

「何で死んでないのソイツ」

 

 その話題に、会長の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。

 そこまでか。

 

 曰く怒髪天を衝く、という様な激怒具合だった模様。

 会長の姉───魔王レヴィアタンはそれはもう会長の事を可愛がっており、それこそ衆目を憚っていなかったらしい。

 元々趣味や言動に問題のあった魔王だったらしいが、何でも個人的に接触も多かった部長がブチ切れて正論神拳で殴り飛ばして矯正したとかなんとか。

 

 そんな訳で評価が上方修正され、公私混同も少なくなって良い方向に向かっていたらしいが、愛しい会長に関しては秒単位も持たず大激怒。

 周囲一帯を氷河に変えながら、そのまま件の三男坊を殺さんと突き進んだらしい。

 

「その前にソーナ会長の、婚約破棄の申し入れがフェニックス家に申し入れられた」

 

 貴族は面子を重要視する。

 優秀な次期当主にここまで舐め腐った態度を取った以上、こうなるのは必然だった。

 用意周到な会長は、決定的な発言を録音しフェニックス家に叩き付けたらしい。

 その怒れる魔王が、その場に辿り着く前に。

 

「フェニックス家の御当主や次期当主は、とても立派な方なんだけどね」

「まぁ、そこまでやっちゃったら婚約破棄は確実なんだけど、それはそれで三男坊の将来が詰むから、ワンクッション入れる必要もある訳だにゃ。私としては詰んでも良かったけど」

 

 単に婚約破棄をすれば、将来三男坊さんにマトモな婚約相手が見付かることは無いだろうし、普通に醜聞である。

 それに対しても、会長は案を用意してた。

 

「────『私より頭の悪い人と結婚する気はありません』か。クソ冷徹に言いそう」

「会長は10以上のボードゲームを用意して、一敗でもすれば婚約することを了承した訳だけど……」

 

 それは裏では結果が決まった勝負だった。

 フェニックス家側も、自分のところの三男坊が会長に頭脳勝負した場合逆立ちしても勝つことは不可能だと理解していたらしい。

 無論イカサマなど介入していないが、三男坊、ライザー氏は見事全タテされて婚約を破棄された。

 ライザー氏自身も了承していた訳だから、それを覆す事はできない。

 

「それで?そのライザー氏は何の用件で?」

「それは僕は知らないから、あくまで予想でしかないけども──────」

 

 その後、会長と部長が婚約したことが要因ではないか。と木場少年は言った。

 

「やはり、貴族の価値観は僕には難しいかな」

「時代遅れって言うべきだにゃ」

 

 その言葉は会長と部長の憂慮そのものであったのだと、この時私は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に幾つも設置された魔法陣の内一つが、舞い上がる炎を伴い輝き始める。

 魔法陣から現れたのは、豪華なアクセサリーを身に付けたスーツ姿の、有り体に言えばホストのような金髪の男だった。

 男──ライザー・フェニックスは忌々しげにサーゼクスを睨んだ後、周囲を眺め、

 

「……歓待も無しか?」

「ある訳ないだろう。寧ろ何の用件かくらい先に連絡……って」

 

 サーゼクスの言葉が詰まる。

 それはライザーの背後の魔法陣から、彼の後を追うように現れた人影を観たからだ。

 ライザーの纏う炎の魔力、それが霞む程の魔力を纏う、サーゼクスにとって縁深いメイド服に身を包んだ銀髪の美女が姿を見せる。

 

「グレイフィア様?」

「お久しぶりですソーナ様、サーゼクス様」

 

 ソーナの驚く声がこぼれる。

 グレイフィア・ルキフグス。

 72柱の悪魔に含まれない特殊な悪魔とされる番外の悪魔(エクストラ・デーモン)の一つ、ルシファーに仕える役割を与えられた悪魔ルキフグスの()()()()()()()()()()

 

 二千年前に起こった大戦(ハルマゲドン)で旧四大魔王と72柱の悪魔の半数以上の戦死から、次の現政権に至るまでの内戦によって現ルシファーに奪われた錦の旗の1つ。

 そしてルシファーの女王であり元サーゼクス付きのメイドで、教育係であった悪魔だ。

 

「今回の仲介役として選ばれました」

「今回の、とは?」

「レーティングゲームだ!」

 

 サーゼクスとグレイフィアの会話に割り込むように怒声を挙げたライザーは、サーゼクスを睨み付ける。

 

「……レーティングゲーム?」

「はい。今回、ライザー・フェニックス様よりサーゼクス様へレーティングゲームの申し込みが為され、グレモリー御当主様が了承しました」

「何で了承する? どうせ『良かれと思って』とかのノリだぞ」

 

 サーゼクスが盛大に溜め息を付く。

 元々ソーナとライザーの婚約話も、ライザーの人柄さえ無ければ両家にとって良い話ではあった。

 

 フェニックス家は才女と噂のソーナの婿に三男坊が成れ、シトリー家もフェニックスという元72柱の中でも特筆すべき要素を持った血筋を取り込めるのだ。

 無論、ソーナがサーゼクスに想いを寄せていた事をシトリー現当主もフェニックス家の当主も知らなかったが。

 

「……だが、何故俺に?」

 

 サーゼクスの疑問はソコだ。

 原作でも、ライザーと主人公達はレーティングゲームをするハメになったが、それは婚約破棄のため。主人公たちから挑んだゲームだ。

 しかしソーナとライザーの婚約は既に破棄され、現在彼女とライザーとの縁は無い。

 加えて、サーゼクスは輪を掛けて関わりが無いのだ。

 そんなライザーとのレーティングゲームに理由も利も無い。

 

「……俺とシトリーとの婚約が破棄された後、俺はあの騒動の裏を教わったよ。魔王レヴィアタン様がお怒りになられたことも。ソーナ、キミが出来うる限り穏便な方法を取った事を。そもそもあんな勝負をせずとも、幾らでも婚約を破棄できたことを」

「……」

「屈辱だった……、しかし納得はしていた。あくまで『勝負』という形を取ってくれたお蔭で、それを俺が承知した事で言い訳の余地を無くしてくれたんだろうな」

「……ライザー?」

 

 それは、煮えたぎるマグマの様だった。

 噴火寸前の怒りを必死で抑えている様にも。

 しかし、サーゼクスを睨み付けることで爆発する。

 

「───しかしソーナ! キミがこの男と婚約したという話を聞いて、納得など出来なかった!!」

「……つまり?」

「お前がソーナに相応しいか、試してやると言ってるんだ!」

「えぇ………」

 

 チラリ、とサーゼクスはソーナを盗み見る。

 ライザーへの煩わしさの中に、少女漫画のヒロインの如きイベントに内心ソワソワしているのを見て取れた。

 幼馴染故に見付けられた機微だろうが、今回は気付かなかった方が良かっただろう。

 

 ────セラフォルー・レヴィアタン、ソーナの姉はほんの一時、魔法少女ものアニメにド嵌まりした。

 それこそ、この世界線では身内だけに留まったとはいえ『魔王少女レヴィアたん☆』と自称し憚らなかっただろう程に。

 それに偶々遭遇し、当時オーフィスの襲来でストレスフルだったサーゼクスが一瞬で激昂。己の言動が如何に周囲への問題になるかを説明する正論神拳という名の、セラフォルーがトラウマとするほどの罵詈雑言でもって彼女に『公私峻別』を刻み込んだ。

 

 そんな、オフでは幼いとさえ思える人格の姉と対極、あるいは反面教師としたように思える冷静沈着のソーナだが、幼い頃はセラフォルーと似た性格だったのだ。

 否。素の性格はセラフォルーの様なもの。

 かつて自分の夢を真剣に検討し、意見を具申した事を切欠にサーゼクスに恋する少女は、思わぬ事態に心踊っていた。

 

「レーティングゲームで、ね。それで、俺が負ければどうなるんだ?」

「勿論、ソーナとの婚約を破棄してもらう。彼女に惰弱な悪魔は不釣り合いだからな」

「────阿呆らしい」

 

 愈々以て、サーゼクスにこのレーティングゲームを受ける理由は無い。

 というか今は余裕が、時間が無い。

 

 原作開始という、問題のオンパレードがやって来る間際。

 様々な前提条件は違うが、だからこそ予測が困難である。

 故にどの様な事態でも対応できるよう準備と研鑽を積みたいのだ。

 そしてレーティングゲームは、サーゼクスが口にした様にスポーツでしかない。

 本気の殺し合いを想定しているサーゼクスにとって、そんな事をやっている余裕は無い。

 

「見世物扱いか。老人共の能天気な享楽さには憤りを隠せないな」

 

 原作では恋に恋する『リアス・グレモリー』が己の自由を得るための婚約破棄がメリットだった。

 しかし、根本的には婚約者の元婚約者という直接的な関わりを持たないライザーと、戦う理由は無いのだから。

 

「……親父殿達がどんな要らぬ節介で馬鹿騒ぎを企画したか知らんが、ソーナとの婚約破棄をベットしてまでのゲームで、俺が得る利益は何だ?」

「それについては私から」

「……グレイフィア」

 

 グレイフィアは、トントンと額を叩くサーゼクスを見て、そのストレス具合を図る。

 そもそもルシファーの女王が、言い方は悪いが些事に付き合っているのはライザーの目付では決してない。

 

 サーゼクスが老人の遊び心にキレた場合、対処できる人材としてこの場に居るのだ。

 

(といっても、単純な実力だけなら私よりも上だけど)

 

 最上級悪魔であり、実力と格から魔王となってもおかしくない彼女は、サーゼクスの力を何となくだが察していた。

 赤ん坊の頃から見守り育てた少年の成長に、太陽を見るように眩しそうに眼を細める。

 原因不明だが赤龍帝となり、加えてそれによって引き寄せられた無限龍の加護で更なる飛翔をしようとしているのだ。

 家族同然の立場として、()()()()()()()嬉しくないわけがない。

 

 故に、この様な些事に煩わさせるのは忍びないが、これも立場として必要なもの。

 

「フェニックス家から、『フェニックスの涙』の定期供給、及びライザー様の『僧侶』である『レイヴェル・フェニックス』の譲渡が報酬として提示され、ジオティクス御当主様が受諾致しました」

「……は?」

 

 純血悪魔はその血筋を由来とする様々な能力を有する。

 バアルなら『消滅』、グレモリーは『感情の発露による魔力上昇』、シトリーは『水や氷といった乱雑な粒子の操作』、ベリアルは『対象の特性の一時無効化』など。

 そしてフェニックス家の特性は『炎と再生』。

 

 傷の再生は勿論四肢欠損や頭部損傷さえ、それこそ悪魔殺しの聖剣や極めて強力な法儀礼済みの聖武装等でさえなければ、フェニックスの悪魔は消耗こそすれ無傷の姿で復元するだろう。

 自ら薪から燃え上がる炎に飛び込んで死に、再び蘇る不死鳥、もしくは見た目または伝承から火の鳥ともいわれる存在をルーツに持つ、或いは()()()()()()()()()()一族に相応しい特性である。

 

 そんな彼等には、『フェニックスの涙』と呼ばれる、文字通り涙によってフェニックスの復元能力を他者に一時的に与える、特効快復薬のような代物が存在する。

 それを販売することで、フェニックス家は代々金銭面で苦労したことは無い。

 その特性が喪われない限り、彼等に衰退の二文字はあり得ないのだ。

 

 斯くして、そんなフェニックスの涙とフェニックス家の子女を条件にするライザーの神経とフェニックス家の思惑がサーゼクスには即座に理解できなかった。

 だがここで重要なのはその賞品をグレモリーという貴族は見逃せず、加えてグレモリー現当主ジオティクス・グレモリーにものごとを早まりすぎる悪癖があったこと。

 これによりサーゼクスは個人の感情や思惑など関係無く、グレモリー家次期当主としてライザーとのレーティングゲームを断る選択肢が無くなった事であった。

 

「流石に草を禁じ得ないわwwww」

 

 ヴァレリーの嘲笑が耳元に入り込む。

 瞬間、サーゼクスの脳裏を瞬時に駆け巡る、これから起こり、解決しなければならないであろう事案。

 

 貴族制の根本的な限界からの、体制と既存意識の改革。

 他神話勢力への抑止力としての明瞭な防衛力。

 来るべき原作イベントへの備え。

 それらに首を突っ込んできたのは、ベタベタなラブコメであった。

 

 

 

 

 

 




Q.ヴァレリーが聖杯持ってるのに、何でフェニックスの涙が欲しいの?

A.聖杯には明確なリスクがあり(ヴァレリーには適用されてないけど)、かつヴァレリーの存在を表に出したがっていないから(グレモリー家が自由に運用できる訳ではない)。
 


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寂しがり屋の血塗れ白兎1

というわけで、ダンまちこと「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?」

ベル君境遇or性格改変もの


『─────ベル。冒険者なら、ダンジョンに出会いを求めなくっちゃな』

 

 その時、様々な知識を教えてくれる義祖父を、初めて色ボケ爺だと思った時の言葉。

 男の浪漫の何たるかを熱心に語る義祖父を冷ややかな目で見ていた事を、実際にダンジョンにやって来た今でもとても良く覚えている。

 

『醜悪なモンスターから、か弱い女冒険者を助け良い仲になる。それが冒険の醍醐味ってヤツだ』

 

 ─────ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 

 断言しよう、勿論間違っている。

 

 モンスター犇めくダンジョンに潜る女冒険者は、そもそも決してか弱くなど無いという一点。

 そして人生そんな都合の良い展開など、醍醐味と呼ばれるほど無いという厳しい現実が一点。

 

 当時知識を貪る本の虫であった幼い自分でも、否定する材料がホイホイ浮かび上がった。

 故に断言しよう。

 ダンジョンで出会いを求めても、出会うのはモンスターであると。

 

「ヴヴァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

「ほっ、ほっ、ほっ」

 

 今まさに、本来上層には存在しない筈の頭牛人体のモンスター『ミノタウロス』が、僕を追いかけていた。

 

 並みの冒険者なら裸足で逃げ出す迫力を撒き散らす咆哮が、背中を打ち付ける。

 ミノタウロスは世界で唯一ダンジョンが存在するここ迷宮都市オラリオで、冒険者歴半月の超初心者(ビギナー)の自分が倒せるようなモンスターではない。

 都市とダンジョンの管理機関─────ギルドから階層領域ごとに定められる脅威判定で、最高に認定される中層最強モンスター、それがミノタウロスだ。

 

 ギルド支給の短刀ではその刃は強靭なミノタウロスの筋肉に阻まれ、膂力に至っては僕をミンチにすることも容易いだろう。

 ただの駆け出しのlevel1が向かっていっても、哀れな壁の染みになるのがオチである。

 

 このままでは時期、僕の体力が尽きる。

 勿論、駆け出し極まりない自分の貧弱なステイタスでは、真っ向から相手取ってもあの暴走する闘牛に轢き殺される定めだ。

 

 ─────だが、幸か不幸か僕は駆け出しの冒険者であって、戦場の素人ではない。

 

『ヴァッッ!!!!?』

 

 ミノタウロスが、何かに足を取られて引っくり返った。

 全力疾走していた勢いで地面を抉りながら転がり、仰向けに倒れる。

 

 そして猛牛はそこで自身の足に絡まる鋼糸に気が付いた。

 僕が走りながら、鋼糸が仕掛けられたナイフを投擲して罠を設置したのだと。

 

「そぉい」

『ゥヴァッ─────』

 

 そんな隙だらけなミノタウロスに、すかさず目潰し。

 僕は懐のナイフ二本を、振り返り様に投擲した。

 僕のナイフは大概の人型モンスターなら急所である眼球に命中。

 爆走していたミノタウロスにそこまで精密で機敏な動きを望めるべくもなく、見事ミノタウロスの眼球を貫き、視界諸共引き裂いた。

 

『ヴヴァアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 両手で目を抑え、激痛で絶叫する顎に支給品の短刀を留め金代わりに嵌め込み、眼球に刺したナイフを引き抜く。

 

「大口開けてくれて有り難う」

 

 そのまま激痛に喘ぐ口の中から脳髄と脊髄を潰さんと、僕は両手に持ったナイフで思いっきり引き裂いた。

 

『─────ッッッ!!!!???』

 

 体の内側から頭部付近を引き裂かれた頭牛人体のモンスターは、筋肉隆々の強靭な肉体を痙攣させてダンジョン五階層の地面に沈んだ。

 

「フゥ─────……。ま、このまま倒せたら綺麗に終わるんだけどねー……」

 

 僕は息を吐きながら、泡を吹くミノタウロスの口から両手を引き抜き、痙攣するモンスターを見下ろす。

 

 モンスターはダンジョン内外に問わず、死亡して暫くしたら核である魔石を残して塵に消える。

 時たま肉体の一部が残りドロップアイテムとして冒険者の臨時収入となるが、未だに肉体を保っているミノタウロスは生きているということなのだろう。

 

 首から下が一切動かないことを見ると、脊髄は破壊したが流石に脳までは筋肉に阻まれ届かなかった様だ。

 顎の長さの割に小さい脳に届くほど、そこまでナイフも長くは無い。

 

 試しに喉元付近にナイフを突き立てるも、薄皮一枚貫いて止まってしまう。

 武器の性能もあるだろうが、僕の筋力では赤銅色のミノタウロスの筋肉を突破することは出来ない。

 幾らモンスターに泣き所─────核となる魔石という弱点を知っていても、届かなければ話にならない。

 そもそも駆け出しの自分が戦う相手では無いのだ。

 

 五層に居る訳がないミノタウロスのレベルの高さより、そんなモンスターと遭遇してしまう自分の運の無さに溜め息が出る。

 

「でも、折角だからキチンと倒したいなぁ」

 

 格上のモンスターを倒して『経験値(エクセリア)』欲しい。

 鋼糸を回収しながらそんな欲望に駆られ、何とかミノタウロスの処刑方法を考えていると、一陣の風が吹く。

 

「えっ……?」

「うん?」

 

 現れたのは、美しい金髪を靡かせる女神を思わせる美少女だった。

 蒼を基調にした軽装に包まれた肢体にいたいけな童顔は、黄金の瞳を驚愕に見開かせていた。

 

 そんな義祖父が語っていた様な、か弱くは無いが美少女を、僕は知っている。

 迷宮都市オラリオの最強の一角である【ロキ・ファミリア】幹部、第一級冒険者(level5)『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 その髪は金糸の様で。

 チラリと視線を動かせば豊かな横乳となめらかな肌が垣間見える。

 神々の如き美貌。

 魅了されるなと言うのが難しいだろう。

 

 勿論、美の神が齎す状態異常である魅了とはまた違うが。

 しつこいようだが、駆け出しの自分にとって雲の上のような存在だ。

 

「これは、君が?」

「アッハイ」

 

 泥臭い戦場と暑苦しい野郎との経験(扱い方)は豊富な僕は、しかしこれまで出会った女性で一二を争う美しい少女に心揺さぶられながら返事をする。

 そこで漸く、ミノタウロスが五階層に居る理由に気が付いた。

 

「もしかして、このミノタウロスは……」

「……ごめんなさい」

 

 可愛らしく目尻を下げて謝罪するヴァレンシュタイン氏曰く、このミノタウロスは十七層で彼女達【ロキ・ファミリア】が遠征帰りに遭遇、取り逃がしたモンスターなのだという。

 完全に中層最強のモンスターが、こんな駆け出し用の階層で暴走していたのかに得心いった。

 

「償いがしたい」

「そう言われても……」

 

 確かに、もしミノタウロスに襲われた冒険者が僕以外の駆け出しだったのなら、成る程最悪の事態になるだろう。これはまさしく【ロキ・ファミリア】の失態だ。

 それに恐らく彼女は考えていないだろうが、死者が出れば【ロキ・ファミリア】自体にもギルドからペナルティーが与えられたかもしれない。

 

 ミノタウロスを【ロキ・ファミリア】の人間が討てばまだ笑い話で済んだものの、問題は駆け出し極まりない自分が倒してしまったことだ。

 

 死に体のミノタウロスの有効活用に思い付き、鋼糸をミノタウロスの首を締め上げるように巻き付けながら、返答に窮する。

 

 ハッキリ言って思い付かない。

 美少女と会話してるぜヤッフゥー! と舞い上がっている現状、無下にするには美味しすぎる申し出に、僕の返答はヘタレだった。

 

「こ、今度会うまでに考えときます」

「うん、待ってるね」

 

 パアッ、とクールだがよく見ると嬉しさで顔を明るくした彼女は、僕のヘタレた返事に満足してくれた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルです。ベルって呼んでください。まぁ、見た目通り駆け出しですが」

「ん。【ロキ・ファミリア】アイズ・ヴァレンシュタイン。本当に、ごめんね?」

「ヴァレンシュタインさんは有名ですから、知っていますよ。─────では、自分はコイツを仕留めるついでに戻るので、これにて失礼します。フンッ!」

「あっ……」

 

 鋼糸を縄代わりにミノタウロスを重い巨体を引き摺りながら、全力でその場を後にする。

 向こうでロキ・ファミリアの一員であろう人狼の青年の、アイズさんと会話する僕を睨み付ける視線から逃れる為だ。

 

「さぁてっ! ミノタウロス、君はどれくらい走れば窒息するっ?」

 

 まぁ、最悪眼孔からナイフ突っ込んでかき混ぜるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 ─────事の発端は、世界にひっそりと存在していた無限に怪物を産む魔窟の『穴』。

 大穴から溢れ出る異形のモンスター群は、後世にて『英雄』と称えられる者達によって永年攻防を続けた末に『蓋』が築かれた。

 

 

 そして当時の『古代』と呼ばれる時代が終わる転機、文字通りの超越存在『神々』の降臨と彼等が与える『恩恵』によって、モンスターに荒らされた『下界』の文化を育み、発展していく。

 

 ─────迷宮都市オラリオ。

 『穴』─────後にダンジョンと呼ばれる地下迷宮の『蓋』としての役割を持つ要塞が、『神々』の降臨と共に盛衰を繰り返し築き上げられた、ダンジョンを核とした大陸屈指の大都市。

 そこで、冒険者と呼ばれる富や名声や『未知』を求めてダンジョンへ潜る、ヒューマンを含めあらゆる種族の亜人(デミ・ヒューマン)の探索者達。

 

 これはそんな迷宮都市に、富でも名声でも地下迷宮に広がる『未知』でも無く己の居場所を求めてやって来た、傷だらけの一匹の白兎の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一話 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っている(断言)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終的にミノタウロスは、五階層からダンジョン出口の直前まで引き摺り回された辺りで塵と化した。

 原因は肺機能の停止による脳死だろう。

 

「ぜぇッッ、ぜぇッ、ぐはっ……!」

 

 そんなモンスターの巨体を引き摺り回した白髪赤目の少年─────ベル・クラネルは息も絶え絶えにギルドに足を踏み入れた。

 

「ベッ、ベル君!? どうしたの一体!」

 

 そんな彼を見て悲鳴を上げたのは、彼の担当アドバイザーである窓口受付嬢、エイナ・チュール。

 ほっそりと尖った耳はエルフの血統を想像させ、しかしエルフの美貌とは違い何処か角が取れた風貌のハーフエルフだ。

 その細身でありながら女性として優れたプロポーションを有する彼女の黒スーツとパンツ(ギルドの制服)がエロいとは、現状最も親しい男であるベルの言である。

 

「ダンジョンでミノタウロスを引きずり回した!?」

「あはは、上手いこと脊髄潰せたんで折角だから、と思いましてハイ」

 

 何が折角なのだろうか。

 彼の経歴(・・・・)を聞いている者としては、彼が無茶をしないか心配であったが、まさかミノタウロスと遭遇しようとは。

 

『─────冒険者は冒険してはいけない』

 

 これは、多くの冒険者が無茶をして命を落としていった姿をギルド員として見てきたエイナの持論である。

 勿論、level1の冒険者がミノタウロスを倒した等と答えても、世迷い言にしかきこえないだろう。

 

「ど、どうやってミノタウロスを倒したの?」

 

 彼女は頭痛のする頭を抑えながら、小一時間問い質したい気持ちを落ち着かせてベルに問うた。

 

「全力で追いかけてくるのを、鋼糸で転ばせて眼球をナイフで潰して口の中から脊髄潰しました。尤も、それだけじゃ死ななかったので鋼糸で気孔を締め上げて引き摺ってましたけど」

 

「人型のモンスターの体構造が人と酷似しているのは調べ済でしたし」と、ニッコリしながら満面の笑顔でミノタウロスの処刑方法を答えた。

 くらっと、エイナは駆け出しの少年の話に思わず卒倒しかける。

 

 確かに目や口の中なら、ミノタウロスの強靭な筋肉を突破せずに傷付けられるだろうが、ソレを実行できるlevel1の冒険者など居るわけがない。

 というか高level冒険者でも出来るとは思えない。

 

第二級冒険者(level3)でもないとソロじゃ危うい中層の番人相手に─────……まぁ、安易に逃げる選択をしなかったのは正解だったかもね」

「いやまぁ、僕のステイタスじゃどのみち逃げ切れなかったですしね」

 

 全く以て正論である。

 殆んど初期状態に近いであろうlevel1のベルに、ただ逃げるという選択肢は死と同義。

 仮に逃げ続けても何処かで追い詰められるのがオチだ。

 

「でも、どうしてミノタウロスが五階層なんかに……」

「あー……それは、えっと」

 

「責任問題になりますかね?」と溢しながら、【ロキ・ファミリア】が十七階層から逃がした事等、あらましを話す。

 勿論、その後直ぐに『剣姫』や人狼の青年─────アイズ同様level5冒険者『凶狼(ヴァナルガンド)』が追ってきたのも話したが、エイナは怒り心頭だった。

 

「まぁ、落ち着いてくださいエイナさん。彼等に悪意があったわけじゃないですし」

「当然! あったらそれは『怪物進呈(パス・パレード)』だよ? 新人には絶望的な状況だもの」

 

怪物進呈(パス・パレード)』。

 ダンジョン内で行われる作戦で、悪質な戦術の一つ。

 先に自パーティーが遭遇したモンスターを退却などに際して任意の方法で別パーティーに押し付ける強引な緊急回避。

 即ちMMORPGにおけるMPK(monster player killer)にである。

 

 勿論、背に腹は変えられない状況などで行われる場合もあるし、今回の【ロキ・ファミリア】の場合はコレには当て嵌まらない。

 十七階層のミノタウロスが、五階層まで逃げ出すのがおかしいのだ。

 

「でも、【ロキ・ファミリア】の方から謝罪は受けてますし、実際に僕も無事だったことですので余り大事にしたくありません」

「うーん。ベル君がそう言うなら、私からはもう何も言わないけど……」

 

 尤も、ギルドの人間としては報告するだろうが。

 恐らく【ロキ・ファミリア】には厳重注意が行くだろう。

 幾ら相手が迷宮都市二大派閥の一角だとしても、新人を疎かにするという考えは長年この都市を管理してきたギルドには無いのだから。

 

「でも、どうしてミノタウロスを引き摺り回したりしたの? アイズ・ヴァレンシュタイン氏に止めを刺して貰った方が楽だったんじゃあ……」

「いやぁ、以前ダンジョンで群れに遭遇しまして。流石に無理な数だったんで全力疾走で逃げた時に、随分敏捷値が上がったんで……」

「ダンジョンで死に体のミノタウロスを引き摺り回しながらモンスターの相手をすれば、その分ステイタスが上昇するだろうと?」

 

 思わず、エイナは顔が引き攣った。

 ちなみにベルは報告していないが、他に様々な常識外れの奇行を行っている。

 モンスター相手に態々素手で撲殺したり、ギリギリ態と紙一重での回避だけをし、暫く一切攻撃をしなかったりと様々。

 

 その奇行は、彼に『スキル』まで与えたのだが─────

 

「全く、無茶しちゃ駄目だよ? 何時も言ってるでしょ、『冒険者は冒険しちゃダメ』だって」

「あはは……善処します」

 

 曖昧に苦笑するベルに、しかし素直で優しく直向きで弟のような、しかし無茶し過ぎる少年に対して、どうしても甘くなるのをエイナは自覚した。

 

 彼女は知っている。

 何せオラリオにやって来たばかりの、破れた襤褸雑巾のような有り様(・・・・・・・・・・・・・)のベルを治療し、冒険者という道を示した彼の【ファミリア】の『主神』と、それを助けた少女達を。

 

 彼はまた無茶をするだろう。

 自分を救ってくれた、主神に恩を返せるように。

 

「さて、お説教はここまで。ミノタウロスを倒したんでしょ? 早く魔石を換金しましょうか」

「はい。─────エイナさん」

「何?」

「いつも、有り難うございます」

「…………もう」

 

 そのお日様のような笑顔に、エイナは何も言えなくなった。

 

 ベルがギルドを去ってから同僚にショタコンの気があるのか疑われ、赤面して怒ったエイナが居たとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者とは、ダンジョンに潜りそこで獲た魔石を筆頭に様々なモノを売却、取引して得た収入で生計を立てている人達を呼ぶ総称である。

 それはヒューマンだったり、ドワーフだったり、ノームだったり獣人だったりパルゥムだったりと様々。

 そして冒険者は神々の恩恵─────『恩恵(ファルナ)』を受けて漸く単純肉体性能で下級モンスターを倒すことができる程度の力を得る。

 

『神の恩恵』とは、ステイタスというパラメータを『恩恵』を与えた人間に与え、様々な事象から『経験値(エクセリア)』を得ることによりステイタスを向上、身体能力を引き上げたりスキルを発現させる─────神々に近付く(きざはし)なのだという。

 

 この『恩恵』を与えられるのは神々だけであり、神々は世界各地で存在しているらしい。

 だが最も神々が多く存在するのは迷宮都市オラリオだけ。

 何故なら神々は娯楽が大の好物であり、冒険者とダンジョンという彼等を刺激する劇薬が存在するのは世界で唯一オラリオだけだ。

 

 何よりダンジョンでモンスターと戦う経験値は、他の戦争をしている国々の比ではない。

 故に迷宮都市の冒険者の最高峰は、即ち世界最高峰なのだ。

 

 神々は恩恵を与えた者達を【眷族(ファミリア)】として遇し、見守る。

 そして逆説的に冒険者は大概【ファミリア】に所属している。 

 

 尤も、下界に降りた神々は神の力の一切の使用を禁止されている。

 故に神々にとって【ファミリア】は部下であり、配下であったり、力であったり、手足であったり、愛人であったり、家族であったり、子供同然の存在であったりする。

 

 そして【ファミリア】は一種の組織であり、派閥だ。

 例えば、オラリオ二強の神ロキや神フレイヤの恩恵を受ければ、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】と。

 

 そして神ヘスティアの恩恵を受けた僕は、【ヘスティア・ファミリア】唯一のメンバーだったりするのだ─────。

 

 

 

 

 

 

 オラリオのメインストリートから出て、いかにもな細い裏路地を通り、幾度も角を曲がった先にはうらぶれた教会が建っている。

 潰れかけの廃教会のボロボロの祭壇の先には、地下へと伸びる階段が隠された隠れ扉が存在している。

 

 その奥にある地下室と言う名の小部屋こそここそ僕の住処であり、唯一の家族の待つ居場所だ。

 

「ただいま帰りました、神様─────」

「おっッッ帰りぃいいいベルくぅううううぅぅぅンンッッ!!!!」

 

 部屋に足を踏み入れた途端、小さな女神が僕の胸に抱き付いてくる。

 外見は身長140(センチ)の幼女と少女の境界線に立っているような感じの女の子。

 腰まである艶のある漆黒の髪をツインテールにし、幼い容貌とは不釣り合い極まる豊満な胸元を存分に押し付けてくるので、非常に嬉しくもあり対応に困る。

 

 彼女こそ僕の【ファミリア】の主神、女神ヘスティア様だ。

 

「今日は随分早かったんだね、ダンジョンで何か有ったのかい?」

「いえ、ミノタウロスに追われたり引き摺り回したりしたので疲れちゃって」

「ファッ!!?」

 

 僕の報告に愕然とした表情で固まる女神を、今日も愛でるのが僕の楽しみである。

 

 ─────色ボケ義祖父さん。

 このオラリオでこの女神や暖かい人達に出会えた事だけ。

 貴方が読み聞かせた『迷宮英雄譚』で此処(オラリオ)の存在を教えてくれた事だけには─────感謝してます。




ベル・クラネル:14歳。
所属ファミリア:ヘスティア・ファミリア
職業:元傭兵、現冒険者。




ダンまちはあと一話で一応終わりです。
あくまで冒頭だけですし。


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寂しがり屋の血塗れ白兎2

ダンまち二話目。一先ず更新は休憩ですね。
ネギま!も描かないといけないですし。

やはり冒頭のみなので結構早い感じですね。
ただダンまちは物語の核心がまだなので、長編するのは完結所を見つけるまで難しそうですね。
そしてやはりというか、HSDDの方が好評な模様。




『─────男ならハーレム目指さなきゃな!』

 

 僕は今よりずっと幼い頃、オラリオから少し離れた田舎で義祖父と生活していた。

 当時の僕へ妄言を口にし、呆れさせていた義祖父の清々しい笑みを、忘れようと必死になっても忘れられない今がある。

 

 物心つく頃は、僕は本が好きだった。

 その頃から早熟だったのか、正確には知識を得ることに喜びを感じていた。

 知識─────知っていると言うことは、対処が出来ると言うこと。

 その中には義祖父が読み聞かせた英雄譚もある。

 怪物を倒して人々を救い、囚われのお姫様を助け出す在り来りの勧善懲悪。

 

 でも、今の僕は勧善懲悪なんて言葉が好きじゃない。

 

 別に勧善懲悪物の物語が嫌いな訳じゃないのだ。

 ただ世の中がそんな言葉で片付けられないからの、幼稚な反発心に依るものかもしれない。

 

 弱者は悪に蹂躙され続け、悲劇に英雄は現れず悲劇のまま死体として終わる。

 かといって戦いは善と悪の二元論で片付けられず、悪人にも正義はある。

 

 在り来りな英雄譚に憧れるには、僕は色んな事を知り過ぎて、一度に大切なものを失い過ぎた。

 育ての親を、故郷を、仲間を。

 居場所を二度も失った僕に英雄譚は─────恨めしいほど、眩しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二話 戦場帰りの白兎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん! 露店の売上に貢献したということで、大量のジャガ丸くんを頂戴したんだ! 夕食はパーティーと洒落込もうじゃないか」

「凄いですね、ヘスティア様」

 

 幼く、しかし歳不相応過ぎる豊満な胸を張って、己の成果を自慢する小さな女神。

 そんな女神に慈愛の父性の視線で見守る白髪赤目の兎の様な少年の姿と合わさって、まるで兄妹の様な光景だった。

 

 幼女か少女か表現に困る、胸だけが非常に成熟している女神の名はヘスティア。

 下界に降りた数多の神々の一人であり、団員一人の【ヘスティア・ファミリア】の主神である。

 

 ちなみに、露店でバイトをする神は頗る珍しい─────というわけではなく。

 実は弱小ファミリアの主神タケミカヅチも、同じく露店のバイトをしていたりする。

 

 しかしそれでも、彼女は人知を置いてきぼりにした超越存在(デウスデア)

 天界という無限に暇を持て余している状態を脱却するために、下界に住む人々を。彼等の言うところの『子供達』に娯楽を見出だし、『神の力(アルカナム)』を禁じた女神だ。

 

 偏に、『子供達と同じ地位かつ同じ能力で、彼等の視点に立つ』為に。

 

 結果、下界に神々が点在する程度には『笑えた』。

 予断の許さない一時が楽しくて愉しくて仕方がなかったのだ。

 そしてヘスティアにとっての楽しみとは、彼女にとって唯一の【眷族(ファミリア)】と共に過ごすこの一時。

 

「────それにしても、ボクの【ファミリア】に加わりたいという子は相も変わらず皆無だよ。全く、ボクが無名だからなのかなぁ」

「どの【ファミリア】も、授かる『恩恵』に優劣は存在しないんですけどね」

 

 そんな幼い神と共に細やかな夕食を済ましている白髪赤目の兎の様な少年の名は、ベル・クラネル。

 

 ミノタウロスを不意討ちで極めて猟奇的にとはいえ倒してしまうような、異常なポテンシャルを有してはいる冒険者半月の駆け出しであり、現在【ヘスティア・ファミリア】唯一のメンバーである。

 

「……ごめんねベル君。僕の所為で、君には随分負担を掛けている。心苦しいよ」

「気にしないでください。─────神様が一緒に居てくれる、僕はソレだけで幸せですから」

 

 ベルの言葉に、ヘスティアは思わず涙しそうになった。

 余りに健気で、愛おしく思える少年からそんな言葉を掛けられる。

 顔が紅潮し、にやけるのが抑えられない。

 

 彼女は真っ赤になった顔を隠すために、膝を抱えるように俯いた。

 

「─────ぼっ、ボクも。君に会えて、ボクも幸せだよ」

 

 ヘスティアは既に、【ファミリア】の子供に対する親愛を超えた感情でベルを溺愛していた。

 

 出会って半月で、少年は天界屈指の処女神を落としていた。

 しかしこのヘスティア、彼女の外見は兎も角実年齢は人のソレと比べ物にならない。 

 

 なんせ神々は不変不朽。

 本人としてはショボイ大人としての矜持(プライド)を保つためにも、14歳の少年に手玉に取られる訳にはいかなかった!

 

「さ、さて!! それじゃあボク達の未来のために【ステイタス】を更新しようか! さぁて脱いだ脱いだ!! それとも脱がして欲しいの─────」

「はい、解りました神様」

「……むーっ」

 

 部屋の奥のベッドにベルは上半身裸でうつ伏せになり、その色素の薄い肌にびっしりと刻み込まれた文字群─────【神聖文字(ヒエロクリフ)】を何の恥ずかし気もなく晒していた。

 ソレこそ、ヘスティアが彼に刻んだ神々の『恩恵』─────『神の恩恵(ファルナ)』であり、ベルの【ステイタス】だ。

 

「しっかし、君みたいな駆け出しがミノタウロスに遭遇するのも大変なのに、まさか倒しちゃうなんてね。今回の『経験値(エクセリア)』は期待できそうだ」

 

 神々が扱う【神聖文字】を、神血(イコル)を媒介にして刻むことで対象の能力を引き上げる。

 神々のみに許された力。

 

「完璧に倒せたとは言えませんよ。彼女に追われる恐怖を僕を追うことで払拭しようとしていたんでしょう。全力で走っている状態でなければ、倒れていたのは僕でした」

「ソレを含めて、君の実力だよ。ベル君の技量に見合った【ステイタス】になったら ミノタウロスなんて軽く瞬殺出来るさ。ベル君、君は間違いなく天才なんだから」

「僕はただ、ちょっと人よりも器用なだけですよ?」

 

 【ステイタス】は様々な出来事を通して得た『経験値』を、か様々な経験、歴史の軌跡を引き抜き、成長の糧として神々は向上させることができる。

 そうして冒険者は少しずつ少しずつ、果ては強大なモンスターおも屠れるほどに成長していくのだ。

 

 その点、この少年は迷宮都市に来る以前に様々な戦場や修羅場を経験したのか、余りに慣れていた(・・・・・)

 しかも、格上の存在に対する打倒手段に関してはlevel4の元冒険者すら驚愕するほどだ。

 

 そしてその才能は、恩恵を与えてより顕著になった。

 

「うわぁ……相変わらず君は凄いというか、酷いというか」

「えっ」

「まぁ、何だ。ほら、君の新しい【ステイタス】」

 

 ヘスティアは準備した用紙に更新した【ステイタス】を、下界に用いられる共通語に翻訳し書き写していた。

 それを渡したヘスティアの顔が引き攣っていたが。

 

 

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:E 400 耐久:H198 器用:SS 1103 敏捷:D511 魔力:I 0

《魔法》

【】

《スキル》

不羈自由(リバティー・フリーダム)

 ・常識に囚われない。

 ・基礎アビリティ限界値の消失。

 ・状態異常の完全遮断。

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対する大幅な補正。

怪物喰い(ジャイアント・キリング)】new!

 ・格上の相手に対してステイタスと取得経験値に極めて大幅な補正。

 ・平時のステイタスに格差がある分効果向上。

 

 

 

 

「……………………」

「他の神々(連中)に知られれば大混乱(お祭り騒ぎ)だよ。半月の駆け出しが二つもレアスキルを発動させるなんて」

 

 以前から発動していたスキル【不羈自由(リバティー・フリーダム)】は、ダンジョン内での奇行を始めた辺り─────即ちダンジョンに潜り始めて一週間に発動。

 そして今回、ミノタウロスを倒したお陰で獲られた経験値が基礎アビリティが大幅に上昇させ、新たなスキル【怪物喰い(ジャイアント・キリング)】をも発動させた。

 

「というか君はどれだけ器用なんだい? ボクも最初は絶句したけどさ」

 

「何だよ、SSって……」と、頭を抱えながら呆れ返った声色で幼い女神が呟く。

 ちなみに999のSが基礎アビリティの限界値。

 基本それ以上から上げるためには【ランクアップ】、レベルを上げて潜在値化(アビリティリセット)するしかない。

 にも拘わらず、それらの常識をベルは悉く置いてきぼりにしたのだ。

 

 特に【不羈自由(リバティー・フリーダム)】は破格だ。

 間違いなく異例である。

 

 神々は常に娯楽に飢えており、このような異例─────『レアスキル』や『オリジナル』等の話にアホのように反応し、ハイエナのように食い付いてちょっかいを出してくるだろう。

 

 そうなれば、【ヘスティア・ファミリア】のような弱小ファミリアは彼を欲した他のファミリアに容易く翻弄され、下手をすればファミリアを潰して(ベル)を奪うだろう。

 そんなこと、ヘスティアは断じて赦すわけにはいかない。

 

「ま、まぁステイタス自体他言厳禁ですし、僕も信用できる人以外には話す気はありませんから」

 

 この少年は初めから器用が過ぎた。

 スキルを得てから、それは歯止めが効かなくなったと言わんばかりに自重を無くした。

 

 ダンジョンでは当たり前のようにモンスターが出現すると同時に投げナイフを叩き込み、曲芸紛いの事は呼吸の如く行う。

 

 器用貧乏ではなく器用万能。

 そして、これ程の数値にまで上昇させておいて、彼は特別な事は何もしていない。

 彼が普段通りに振る舞い、普段通りに戦場を駆け抜けただけ。

 ソレだけで、彼の基礎アビリティ(器用値)は容易く限界値を超えたのだ。

 

「……はあ。それで、アイズ・ヴァレンシュタイン───だっけ? その娘に与える罰の内容は決めたのかい?」

「罰って神様、そんなんじゃないですよ。こっちのお願いを聞いてくれるってだけですから」

「いいや! 罰が必要だ!! 一つ間違えればベル君は死んでいたんだよ!? その原因を作ったそのヴァレン某にはそれ相応の罰が不可欠だ!」

 

 ベルが死ぬ。

 ヘスティアは、自分がそれに耐えられるとは到底思えない。想像するだけで目の前が真っ暗になる。

 そんな女神を、ベルは自分の膝に乗せて後ろから抱き締め、宥める様に頭を撫で続けた。

 怒り心頭だった表情をあっという間に蕩けさせ、猫のようにベルの成されるがままに撫でられる。

 

「ふっ、ふみゃぁ……」

「まぁお願いする事の内容は─────これを見て、決めましたよ」

 

【ステイタス】が書き込まれた用紙を手に取りつつ、ベルは大切な家族の暖かさを感じながら、蕩けている女神を撫で続けた。

 

 

 

 




ベル・クラネル

概要
 祖父ゼウスの「出会い論」に憧れるのではなく白い目で見るなど、人格改変。祖父の放蕩の後始末、尻拭いをしている内に苦労人化。
 ある日王国(ラキア)がオラリオに攻め込まんとして、その過程にあった村を略奪。
 逃げ惑った果てに傭兵団に拾われ、様々な戦場で傭兵として生活していた。
 六年後、戦場帰りで疲弊した状況にモンスターと遭遇し、殿を名乗り出て倒すことはできなかったが何とか撃退することに成功する。
 ただし、逃がした傭兵団は別のモンスターに襲われて全滅。逆に自分だけ生き残ってしまい再び『家族』を失い、居場所を求めてボロボロの状態でオラリオに訪れる。
 その為か精神的に成熟しており普段は極めて紳士的に振る舞っているが、戦闘時には情け容赦の無い極めて冷徹になる。
 母親を知らない原因で母性を求めているのか、頼りになる年上の女性が好み。
 ヘスティア・ファミリアに入った理由は、戦場で傷付きボロ雑巾のように成っていた処をヘスティアや「豊穣の女主人」の面々に助けられて、喪った居場所を与えてくれた恩に報いる為。
 その為、何事もヘスティア優先に。
 リリに関しては傭兵時代の自分と重ね、助けようとする。
 フレイヤ曰く、「血で汚れていたけれど、拭えば虹色に輝く透明色」
 ランクアップ時の二つ名は【殺兎(ヴォーパル・ラビット)

能力
 幼い頃からの傭兵業の結果、格上の相手に対する技術が異常に高くあらゆる手段を用いて勝ちをもぎ取りに行くトリッキータイプ。
 またアビリティの上昇の為に、戦うだけでなく様々な奇行を行い急上昇させている。
 また、器用さが異常に高く、level1の初期状態から二週間でナニをしたと言われんばかりの異常値、SSという限界突破値を叩き出している。
 その為圧倒的強者であるアイズ相手に防戦一方であるものの渡り合う事が出来る。
 五年以上傭兵として過ごしていた為、自身よりも大柄で力の強い者と戦い続けた経験が人型のモンスターに対して少しズレた視点を持たせている。


魔法
『ファイアボルト』
 ・炎と雷、両方の性質を持つ魔法を放つ事が出来る速攻魔法。
 取得の際のイメージが具体的すぎたため、雷の様な炎ではなく両方の性質を持つプラズマに変化。
 また『ナマルゴン』の会得により汎用性が上がり、武器に付与、または何重にも蓄積を重ねて速攻魔法のデメリットである「決定打の無さ」を補い、『怪物喰い(ジャイアント・キリング)』無しでも長文詠唱型クラスの威力を持つ雷撃『稲妻(カラドボルグ)』として放つ事も出来る。

『ナマルゴン』
 ・付与魔法(エンチャント)
 雷を纏って操り、攻撃、移動を補助する。超人的な反射行動を可能にし、武器に雷を集中させたりと多様性に優れる。移動に至っては高レベルの冒険者ですら捉えられない速度を出せるものの、防御効果そのものは無い。
 この魔法を使用し続けている間は、『ファイアボルト』の操作も可能で、誘導や武器への付与、そして蓄積が可能。
 ・詠唱式【鳴り響け(ナルカミ)
 アイズを師事した際に『エアリエル』を見て、『ファイアボルト』で再現しようとした際に習得。


スキル
不羈自由(リバティー・フリーダム)
 ・常識に囚われない。
 ・基礎アビリティ限界値の消失。
 ・状態異常の完全遮断。
 ・能動的行動アクティブアクションに対する大幅な補正。

怪物喰い(ジャイアント・キリング)
・格上の相手に対してステイタスと取得経験値に極めて大幅な補正。
・平時のステイタスに格差がある分効果向上。

否極泰来(オーバーカム・アドバーシティ)
 ・逆境や窮地、不利な状況を突破した際に取得経験値()に極めて大幅な補正。
 このスキル取得後、自分から自殺行為の様な危機的状況に陥り、突破する様な無茶をし続ける。
 調教ミノタウロス討伐後習得。


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黒王の艦隊 1

ワンピースと艦これのクロス物。
地雷は転生者複数。


 沈む、沈む、沈む、沈む。

 

 心に在るのは達成感。

 役目を果たし、怨敵にも一泡吹かせることが出来た。

 海は深い。

 底に沈んだと思ったら、更に落ちていく感覚が続く。

 いつまで私は沈んでいくのだろうか。

 今や鉄塊と化した我が身では、何も知ることは叶わない。

 

 暗い。

 水底は日の光すら通さないほど深く、そしてあまりに暗い。

 

 人は死んだら何処へ逝く?

 

 それは正しく人知未踏の問いだ。

 ならば道具は、兵器は?

 

 簡単だ。

 解体され、使える部品は使い回され、使えないものは廃棄処分。

 道具故に、幾らでも替えは効くのだから。

 

 しかし、祖国では九十九神、八百万の神という万物魂魄の信仰がある。

 万物に魂、神が宿るという信仰だ。

 また、千年存在した物品は、神へと昇華するという付喪神信仰も存在する。

 

 ならば私にも、この無惨な残骸の私にも。 

 魂は宿るというのか。

 心は在るというのだろうか。

 答えは出ない。

 確認など出来はしない。

 

  況してや、鉄の塊に欲求など。

 でも、せめてもう一度叶うなら。

 

 あの、暁の水平線に────────

 

 その願いに答えるように、届く筈の無い深淵に光が射した。

 深海の底に沈んだ筈が、突如発生した激流によって、身体が流される。

 私の身体が浜辺の様な場所に打ち上げられたのは、その直後だった。

 

 身体が重い。

 倦怠感と疲労感に包まれている。

 そこで漸く、自身の異変に気が付いた。

 

 鋼鉄の我が身に、疲れだと?

 

 その問いに至った直後、ジャリッ、と砂浜を歩く足音が彼女の耳に届く。

 そんな人間の様なモノ、自分に有りはしないのに────

 

 

 「────────────おや? こんなところに黒髪巨乳美女が、って……アイエエエエ!? ナガト!? ナガトナンデ!!!?」

 

 

 意識というものをその瞬間初めて知覚した私は、その少年の様な声色の絶叫が響く前に失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一話 黒王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は大海賊時代。

 大海原にロマンと冒険を求めて、益荒男達が海を駆け抜ける。

 

 そんな謳い文句が存在するこの時代に於いて、その通りの義侠心溢れる存在は全体の割合から見れば余りに極少数である。

 

 海賊とは、海の略奪者。

 人々から奪って奪って奪い尽くす賊徒共。

 

 いくら冒険やロマンを謳おうとも、その事実は変わりはしない。

 

 世界政府直轄の海軍は、そんな犯罪者共の存在から人々を護っているという安心を与える、民の味方である。

 

 そしてその海軍の本部、マリージョアで将校達は集まっていた。

 

 その中でも際立った存在感を醸し出しているのは二人の老兵。

 

 海軍本部最高責任者にして元帥である、仏のセンゴク。

 もう一人は、大海賊時代が訪れる切っ掛けを作った海賊の頂点『海賊王』ゴール・ド・ロジャーに、唯一渡り合った存在。

 海軍中将『英雄』ガープ。

 

 そんな王の存在した時代を駆け抜けた歴戦の勇者である二人は、良く口論を重ねる事がある。

 大概はガープが問題を起こすのが原因なのだが、今回も例によってガープが問題を起こしていた。

 

 端的に述べると、全くの部外者を連れてきていたのだ。

 

「ガープ貴様! 会議室(ここ)に何部外者を連れてきておる!!?」

「ガハハハハ! 良いじゃろう? ワシの孫娘なら、ゆくゆくは海兵に成るんじゃ! なら何の問題もあるまい!!」

「あ、私記者に成りたいから海兵はちょっと。本出したいです!」

「ガァァああああああプゥゥウウウウッ !!!」 

 

 海軍の中でも中将を含めたそれ以上の将校以外が参加することの許されないこの会議において、唯一の部外者。

 

 少女の名はモンキー・D・セレナ。

 英雄ガープの孫娘にして、世界的犯罪者『革命家』ドラゴンの娘。

 

 そして上記の肩書きを持つ、前世の記憶を保有する転生者でもある。

 前世の記憶を保有するが故に、幼い外見に不釣り合いな淡々とした口調で祖父の問い掛けに答える。

 

「のうセレナや、何で海兵になりたくないんじゃ?」

「だって爺様、唯でさえ父が最悪な現状で、兄が海賊を志しているのですよ? もし兄が問題を起こせば責任を取らされ首切りに、なんて事もあり得ます。私イヤですよ、身内のツケを払わされるの」

「ぬぅ……」

 

 この世界に転生して己の周囲を知った彼女の心境は、絶望半分ワクワク半分である。

 革命軍のリーダーという父と、海賊に憧れる兄。

 何より人が容易く死んでしまうこの世界観に絶望した。

 これが絶望。

 

 彼女がまず考えた事は、強くなることである。

 強さが無ければ何も出来ないのは、あまりに有名な原作を彼女知るが故に明白だった。

 それ以上に、この美しい世界を見て歩きたかったのだ。

 これがワクワク。

 

 今後の指針として、海賊は勿論海軍に入るのも嫌だった。

 

 成る程、世界を渡り歩くにあたって、航海に必要なモノは沢山ある。海軍に入ればそれら全てが殆ど解決するだろう。

 しかし、彼等は悪を討つ民衆の味方だがその上層部である世界政府はその限りではない。

 原作に於いてその権威を護るために島の一つを地図から消し去り、生き残りの少女を生き地獄に叩き落とす。

 他にも、世界政府公認の海賊である七武海が原因で起こった問題を、海賊が解決したはずの手柄を海軍の手柄にしたり。

 重犯罪者が大量に脱獄したのを、世間には一切報道しなかった事もある。

 

「何より天竜人が致命的にアウトです。アレのお守りなど御免被ります!!」

 

 今の、世界の大多数の国家が加盟する世界政府を設立した一族の末裔────世界貴族、天竜人。

 その正体は権力に任せ、自分達以外の人をモノのように扱う外道共。長年の内に伝承・根拠が歪んで権力が暴走し、人を人とも思わないような「教育」により、世界中の全ての地域において殺傷行為や奴隷所有等の傍若無人の限りを尽くす極悪非道を当たり前のように行う悪人。自分達こそが至高の集団であると唱えられ続けた環境が生み出した怪物といえる存在。

 

 海軍に入れば、必ず彼等を護衛する任務が与えられるだろう。

 例え目の前で何の罪もない人が、戯れに殺される場面を目の辺りにしても何も出来ない。

 

 偏に世界政府の走狗たる海軍ではなおのこと。

 

「ほぉ、よく知っとるのぉ。じゃが安心せい、ソレは少し前の話じゃ」

「……………………へっ?」

 

 嫌悪と侮蔑の入り雑じった感情を隠そうともしないセレナを、ガープは感心した声色で諭した。

 

 

「────────今の天竜人は、マリージョアの最深部に建造されたシェルターの中で暮らしている。海の外はおろか、シェルターの外にすら出ようとはせんよ」

 

 

 この事には、流石のセレナも絶句した。

 

「天竜人にとって、『黒王』はトラウマじゃからのぅ。奴等の居る海に足を踏み入れるのすら恐ろしいのじゃろう」

「黒王……?」

 

 そんなもの、聞いたことがない。

 何より、彼女の知識の中にはそんな、世界貴族を怯ませる程の存在は知らない。

 

「それってつまり、マリージョアが墜ちた……!?」

「世間には公開しとらんがな。あ、これ言ったらイカンヤツだったか? まぁワシの孫じゃ! 大丈夫じゃろ!!」

「㊙ネタとしてメモらせて貰いますね!」

「ガァァァァプゥウウウウッッ!!!」

 

 再びセンゴクの怒号が響くが、相も変わらずガープは馬耳東風。

 だが、セレナの頭の中は件の王者で一杯だった。

 

「黒王…………」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍本部の訓練場で、爆音と轟音が響く。

 

 片方はセレナ。

 六式で高速移動をしながらも、肩で呼吸をするなど押されているのが目に見えて理解できる。

 『六式』とは身体能力を極限まで鍛えることによって習得できる、称通り6つの技で構成される超人的な体技である。 

 彼女は十歳半ばの年で六式を幾つかマスターしていた。

 その時点で彼女の潜在能力の高さは瞭然だろう。

 

 セレナは大きく上空へ跳躍、なんとそのまま滞空しながら人間に在らざる鴉の如き黒い翼を広げた。

 

「ハッ!」

 

 セレナの声と共に暴風が走り、地面が圧力により凹む。圧縮した空気の壁が地面に叩き付けられたからだ。

 しかしその結果は失敗。

 命中させるべき、拉げる筈の相手は直ぐ様回避していた。

 

 それを避けた相対者が攻撃を放つ。

 飛来するかまいたち────即ち六式体技の一つ、『嵐脚』である。

 しかし鎌鼬に見えてそれは、斬撃と錯覚するほどの極薄に加工された鋭利な衝撃波。

 所詮空気の波でしかないソレは、大気を掌握している彼女にとっては時間稼ぎにしかならない。

 

『トリトリの実、モデル鴉天狗』の能力者。

 ゾオン系幻想種であるそれが、セレナのもう一つの肩書きである。

 

 彼女はその飛行能力に加え、知覚内の大気を神通力によって自在に操ることが出来る。

 風という普遍的な物体を操る為、他の悪魔の実と比べ桁違いの操作領域を持つ能力だが────

 

 しかし相手は、その能力を悉く貫いてくる。

 

 虫が混じった異形の様な男は、セレナの作り出す風を覇気の込められた手甲の様な毒針と拳を以て突破していく。

 

 当たり前の様に拳圧を飛ばしてくる相手に、風の防御など薄氷に等しかった。

 減圧や真空精製などの精密な大気の操作について、未熟な彼女にはまだ出来ずにいる。

 

 大技も、予備動作が大き過ぎるために隙を生じてしまう。

 一撃必殺の空手の有段者である相対者には悪手極まり、セレナにとって死路でしかない。

 

 単純な最高速ならばトリトリの実の能力に於いて最速を誇る彼女だが、やはり根本的な自力が違うのか。

 男は最終的に六式体技の空中歩行『月歩』と高速移動『剃』の複合技『剃刀』により、上空にいるセレナの懐に潜り込み風を振るう前に毒針を突き付け、その相対は幕を下ろした。

 

「────黒王について?」

「はい、お願いしますコマチ艦長」

「いや、俺コマチはコマチだけど、艦長じゃないから。漢字読みだと駒地だから」

 

 会議が終わり、セレナが模擬戦をと真っ先に向かった先は、最近知り合った同類の元だった。

 屈強な体格と逆立てた黒髪に、顎鬚と薄い口髭に大柄にも関わらず優しそうな表情から、気の良いオジサン、というイメージを与える。

 

「いやいや、あんな悪魔の実食べて、そんな顔してて空手使える時点で艦長でしょう」

「俺その漫画読んだこと無いんだけど、そんなに似てる?」

 

 コマチ中将。

 ムシムシの実、モデル『大雀蜂』を得た猛将だ。

 同時に、セレナと同じ転生者でもある。 

 

 ガープによってマリージョアに頻繁に連れてこられるセレナが、そのあからさま過ぎる外見を見逃す訳がなかった。

 その後いくつかの会合を経て、転生者であることを認識。

 以降同類であることを良いことに何かと頼っているのである。

 

 コマチ本人にしてみても、どう考えても子供にしか見えない少女が頼りにしてくるのは、大人として悪い気分ではなかった。

 何より、叩けば伸びる成長性に爽快感すら覚えていた。

 

「黒王とは何者ですか? 原作にそんな存在は居ない筈です」

「何者ねぇ……俺は当時グランドライン以外の海の査察してたから、直接あったことは無いんだがなぁ」

 

 コマチは顎鬚を擦りながら、海軍の保有する黒王の情報を言い始めた。

 

 ────曰く、圧政者の死神。

 黒王が訪れた直後に反乱によって、当時国民を弾圧し圧政を強いていた国家の王が悉く死亡している為。

 

 ────曰く、弱者に対する救済者。

 貧困や病魔に喘いでいた国、民に対して奇跡の様に食糧をもたらし、病人を悉く完治させた為。

 

 ────曰く、万軍を率いる覇王。

 敵対者に対し容赦が無く、見渡す限り海を埋め尽くさんばかりの艦隊を有している為。

 

 肩書きだけでも大層なモノばかり。

 それもその筈、マリージョアを落とせることは即ち、あらゆる国家を超える戦力を有しているに他ならない。

 

 そして黒王の関連すること言えば、宗教である。

 

「宗教って……」

「何でも助けられた民衆が勝手に創ったらしいよ? 基本的にはボランティア活動程度の、成り立ち的には仏教に近いか?」

 

 仏教は他の三大宗教と違い、開祖である釈迦が宗教、伝説、戒律や神話などを形成したのではない。

 釈迦が口にした教えを弟子達が経として記録し、そこから戒律を作り上げたにすぎない。

 

「世界政府の多くの加盟国の国王まで信者なのがまた面倒でな」

「宗教とか嫌な予感しかしない」

「……それでも、革命軍ほど危険視されていた訳じゃなかった。今でこそ黒王なんて大層な名がついてるけど、当時は海賊ですら無かったからな。まぁ一応億超えの賞金首をホイホイ捕まえてたから、当時は非常に有能な賞金稼ぎ程度の認識だった」

 

 切っ掛けは天竜人が起こしたある事件だった。

 

 何の事はない。

 何時ものように天竜人が理不尽に人を虐げていた。

 目の前を通っただけの子供を撃ち殺そうとしたのだ。

 

「その子供を、黒王が庇ったらしいんだよ」

「おや?」

「まぁ案の定、ソレが気に入らなかった天竜人が黒王も撃ったんだけど…………」

 

 黒王自身が死ぬことは無かった。

 例え銃弾を撃ち込まれようとも、死なない理由があった。

 しかし当時の黒王は、実はそこまで戦闘力が高いわけではなかった。

 恐らく今は完璧に使い熟しているであろう六式の一つ、身体を鋼鉄のように鋼化させる体技────『鉄塊』すら身に付けていなかったのだ。

 

「問題は彼の戦乙女────黒王の仲間というか、部下が怒り狂ってその場で天竜人をミンチにしたんだよ」

「……は?」

 

 問題は、黒王の周囲にあった。

 黒王を信仰レベルで慕っていた彼の走狗が、直ぐ様行動に移した。

 

 黒王を撃った天竜人は即座に、まるで巨大な大砲をゼロ距離で受けた様に木っ端微塵………挽肉と化した。

 更にそれに激昂した他の天竜人が銃を向けながら殺すよう海兵に命令した瞬間に、それが敵性判断と言わんばかりに他の天竜人も無惨な死体を晒した。

 護衛をしていた海兵を誰ひとり殺さず気を失わせるという配慮を見せながら、だ。

 

「で、でも。それじゃあ海軍大将が動くんじゃ」

「ああ、問題は其処からだ。連中はその海軍大将────確かサカズキ大将だったか。あの人を返り討ちにして、更に大艦隊で聖地マリージョアまで侵攻。包囲して爆撃を降らせたんだよ」

「えぇッ!?」

 

 何分赤犬が負傷して居らず、また青雉が独自任務で不在であった為、最高戦力である海軍大将は黄猿だけであり、他は元帥であるセンゴクだけ。

 そして黒王の軍勢の目的は海軍の打倒でも世界政府の排除でも無く、天竜人への報復だけだった。

 唯でさえ大将すら下す戦力が、大将達と戦おうとせずにマリージョアの市街地────即ち天竜人の住む居住地のみを爆撃し続ける。

 

「連中の、黒王の従える軍事力は異常だ。大将を返り討ちにする単体戦力に、マリージョアへ爆撃を行えるこの世界ではあり得ない航空戦力。そして何より、連中の倒した黒王の部下は死んでも生き返る(・・・・・・・・)

「生き返る……?」

 

 航空戦力も気になるが、そのワードはセレナの好奇心を惹き付けた。

 海軍の調べによれば、黒王に従う者達────女性達は全て(・・)、とある悪魔の実の能力を得ているとのこと。

 

「ヒトヒトの実────モデル戦乙女(ヴァルキリー)

 

 人の死体を戦死者に昇華させ、軍隊として使役する禁忌の能力。

 かつてその実を食べた女王は、生涯不敗の神話を築いたという。

 戦場で兵を失おうが、その能力さえあれば相手の兵士すら己のモノとする悪魔的な力だと恐れられている。

 ロギア系最悪がヤミヤミの実だとすれば、ゾオン系最悪と言われている悪魔の実がそれだ。

 

 いくら海軍とて、海兵は有限。

 しかし相手は無尽蔵に等しい戦力を有している。

 

「唯一の救いは、戦乙女の主である黒王が極めて温厚的であるって事だな」

「黒王……良く良く考えてみれば、何者なんですかね」

「何者なのか、か。取り敢えず俺達と同じ、同類なのは確かだろ?」

 

 原作に存在しない黒王は、戦乙女は間違いなく転生者、或いはトリッパーだろう。

 だが問題は出自ではなく思想。

 世界のパワーバランスを一変させてしまう程の戦力を、一体何に使うのか。

 

「案外、神様だったりしたり」

「北欧神話繋がり? そりゃ戦乙女を従えるのは神だろうけど……安直だねぇ。でもオジサンそんな悪魔の実知らないなぁ」

「カミカミの実……舌を痛めそうですね」

「というかそれたぶん紙だね。用紙人間だよソレ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ぶぇっくしッッッ!」

 

 ────風邪ですか?

 

「んにゃ。俺は風邪引かないから、たぶん誰かが噂してるとかそんなんよ」

 

 グランドラインのカームベルトの最深部。

 この時代のおおよその船が辿り着くことの出来ない孤島で、着流しを着た少年がくしゃみををやらかしつつ、一人釣竿を傾けていた。

 しかし彼は一人であることを強く否定する。

 

 何故なら彼の隣には三頭身の奇妙な少女が、簡易の三角椅子に座っているからだ。

 

「処で妖精さんや。よくよく考えてみれば、カームベルトって海王類の巣じゃね?」

 

 ────かもしれませんね。

 

 『妖精さん』と呼ばれた三頭身は、正座の状態を保ちつつ少年の釣りに付き合っている。

 彼等は各々が恩人と認識しており、しかし妖精と呼ばれた三頭身が私用で何かを頼むということが極めて稀である。 

 故に片方の少年が妖精を私用で付き合わせるという状況が多い。

 

 そんな二人に近付く影が現れる。

 

「此方に居られましたか、提督」

「おお長門。どしたい、何かあったか?」 

 

 黒い長髪に服の上からでも分かる大きな胸。

 袖の無い着物に腹部の装甲、そしてヘソ出しルックスでミニスカートにも拘わらず、いやらしさではなく凛々しさを溢れさせている。

 

「不知火と多摩、球磨の別動隊。天龍率いる第六駆逐遠征隊から連絡がありました。もうすぐ帰還するとのことです」

「おぉ、ご苦労さまだ。後で出迎えなきゃなぁ。後鳳翔さん達に御馳走を作って貰うよう手配してあげて」

「了解しました」

 

 提督と呼ばれた少年は、この主従の様な関係も当初は慣れなかったなぁ、と嘗ての時間を思い出す。

 

 嘗てはここまで大所帯では無かったし、何より海から出れないと思い込んでいたので完全に無人島生活をしていたのだから。

 

「おっ、きたきたきた────!」

 

 そんな時、釣竿が大きく揺らぎ強く引っ張られる感触に当たりと確信する。

 

「ソラァ!」

 

 長門と出会った時の非力さが嘘のように、その腕力は容易く獲物を引き上げる。

 その成長振りは、虚覚えの自分に比べて笑ってしまう程力強く。

 

「……は?」

 

 それこそ、50メートル強の海王類を釣り上げてしまうほどに。

 引き揚げられた海王類は、その大き過ぎる顎を持って自身を釣り上げた怨敵に喰らい付こうとする。

 

「────提督に対して不敬が過ぎるぞ、魚類」

 

 そんな海王類の驕りを、側に仕えていた長門によって粉砕する。

 突如、長門の背後に出現した砲台は、弾薬など不要と空砲の衝撃波を覇気で指向性を与え海王類に叩き込んだのだ。

 

 結果、海王類は爆発四散。

 塵と化した。

 その様を見て少年は、某月の姫の決め台詞が頭を過った。

 

 ────────肉片一つ残さないんだからー。

 

「おいやめろ」

 

 圧倒。

 その砲撃もさることながら一番頭がおかしいのが、彼女は殴り合いの方が強い、というのである。

 その実力は海軍最高戦力の三大将の一角、『赤犬』サカズキ大将を正面から下すほど。

 

 何より海軍が頭を抱えているのは、彼女と同格が二人居るという点。

 しかも三人とも各々がそれぞれの特化能力を持っている。

 

 長門は白兵戦力。加賀は航空制圧力。

 そして大和は圧倒的火力と耐久力というスペックだけなら黒王軍最強。

 尤も、表の黒王軍に於いては、という前置きが必要なのだが────────。

 

「提督、お怪我は?」

「……お、おう。大丈夫やで」

 

 主従関係は慣れたが、この突然の破壊行動は未だに少年は慣れていなかった。

 行動そのものはその全てが自分の為を想って、または自分を護るためだと理解しつつも過保護が過ぎると考えてしまう。

 

 そもそも彼は死ににくい為、嘗ては危機感が足りず彼女達に要らない心配を掛けてしまったのが原因だ。

 なのでとやかく言う事は無いが、流石に胆が凍結してしまう。

 背中に浮かぶ冷や汗を無視し、兎に角話題をと話を変える。

 

「遠征に出た子達を出迎えに行きたいんだが、何時ぐらいだ?」

「本日の1130に帰還予定です」

 

 彼女────長門だけではない。

 少年の周囲には、見目麗しい美女美少女が存在している。

 何というリア充。

 少年は妖精さんとの嘗ての無人島生活を懐かしむ。

 

「しかし、此処も賑やかになったなぁ。昔は長門だけだったのに」

「全ては提督の御力のお蔭です。妄執と後悔に囚われた同胞をお救い頂けたこそ、今の我らが居るのです」

「そんな大層な。それにそのままの方が良いって子も居るぞ? レ級やらヲ級やら姫や鬼とか」

 

 全くもって分を越えた幸せだ。

 自分に出来ることなど、傷を治して食糧を増やす程度だというのに。

 そんな過小評価極まりない自己評価をしている騒乱の中心にいる、ここ数年歳を取っていない彼────黒王と名前を誤認されている少年、コクトーは。

 

『此方不知火、報告します。多摩、球磨、龍田と共に提督を利用しようと画策した下郎────バロックワークスでしたか、ソレの支部の殲滅完了です。尤も、首領の情報は知らないようでしたが』

『そうか……良くやった。いつも通り、提督に知られずに帰還せよ』

『了解』

 

 今、何も知らずに生きている。




黒王
 記憶喪失のトリッパーで、本当の名前はコクトー。
 食べた悪魔の実は『ヒトヒトの実モデル神子(メシア)』の神稚児人間。能力は生命の増幅と奇跡。
 奇跡は水上歩行とモーゼの十戒、悪魔の実のデメリットを消すことのできる退魔。
 カリスマA+(後付け)と覇王色の覇気(後付け)以外の直接的な戦闘能力は、せいぜいCP9のルッチ程度。
 外出時は顔を隠すため、擦り切れたローブを着ている。

長門
 戦艦長門の残骸が悪魔の実を食べた人間戦艦。
 能力は『ヒトヒトの実モデル戦乙女(ヴァルキリー)
 黒王軍の元凶。沈んだ船の魂を引き上げ、受肉させ深海棲艦を大量生産→その姿を嫌った者をコクトーが浄化→艦娘化のコンボで大艦隊を創り上げた。
 人間で無い為人間の戦死者化が出来ない代わりに沈没船の深海棲艦化が可能。
 戦闘能力は肉弾戦で赤犬をボコれるレベル。馬力が違うから仕方無いね。

妖精さん
 コクトーが流れ着いた無人島、後に『鎮守府「黒島」』と名付けられた悪魔の実を食べた島から発生した存在。
 能力は『バケバケの実・モデル妖精女王(ティターニア)』。

モンキー・D・セレナ
 ルフィの義妹でガープに拾われた転生者。
 能力は『トリトリの実モデル鴉天狗』。
 外見イメージは『東方プロジェクト』の射命丸文。

コマチ
 海軍中将のトリッパーで此方で嫁さん貰った既婚者。
 外見イメージは『テラフォーマー』の小町小吉。
 能力はハチハチの実モデル『大雀蜂』。


オカムーさん蒼鋼涼さん銃陀ー爐武さん、修正点を指摘して頂き感謝!


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Put Satanachia

■■■■■が■■の■殺を観測しました。
ルートが分岐しました。間桐慎二へ■■■■の移行を開始します。


 ────────間桐慎二は無能である。

 

 と言っても、それは極めて限られた分野に於いてであり、ソレ以外は大した努力もせずに高い能力を発揮する天才肌の少年であった。

 

 そんな彼が唯一無能だったのは、彼の一族が行使する秘積。

 只人の手でも行える、かつて神に連なる者しか扱うことが許されなかった現象操作術────即ち、魔術である。

 

 間桐の家系はキエフを源流に持つ、600年を優に超える歴史を持つ一族。

 神秘が歴史を重ねることによって強さを増すならば、魔術刻印が代の積み重ねによって力を付けていく研鑽の結晶というのであれば────魔術師の家系である以上彼も優れた魔術師である筈だった。

 

 だが、魔術刻印や血筋は永遠に成長していく訳ではない。

 劣化や磨耗によって、その血筋は衰退し果てに途絶えるのだ。

 

 そんな魔術師の一族の末路の一つに、間桐家も直面していた。

 積み重ねられた代によって裏付けされ培われた、魔術を行使するために必要不可欠の疑似神経────多くの魔術回路。

 彼の持つその全てが、完全に閉じ切っていた。

 

 つまり、彼には魔術の素養が皆無だった。

 

 その事実を自身の邸宅の蔵書によって知った彼は、しかし何らめげることは無かった。

 例え途絶え衰退し切り、かつての魔道の名門が極東の地にて滅びるとしても。

 

 間桐が、魔術の秘跡を伝える一族であることは変わりない。

 例え血筋が途絶えても、蓄積された秘跡の記録や家柄の高貴さは決して損なわれることはないのだと。

 そう、信じて────────

 大抵の事を容易くこなしてしまう彼は、今までに無い情熱と努力を魔術に注いだ。

 年相応の子供らしく、そんな幻想を夢見て。

 そして、彼は見た。

 

 それは、始まりは子供らしい幼い自己顕示欲と、特別に対する憧れによるものであったのは現在も認める処である。

 彼は認めないのかもしれないが、それがいつも暗い顔をしている義理の妹を、笑顔にする為だったのやも知れない。

 例えそれが、自尊から来る憐憫だとしても。

 欠陥品に対して、特別である自身が施さなければという義務感だったとしても。

 正しく時が経ち、育まれれば兄弟愛として花開くものだった。

 

 

 

『────何だ、コレ』

 

 

 

 おぞましい吐き気と嫌悪を齎す、屋敷の地下のほぼ全てを埋め尽くす蟲の大群。

 そんな醜悪極まる悪意によって嬲られ続ける、不器用ながらに大切にしていた義妹。

 

『なんじゃ。見てしもうたのか、慎二』

 

 そんな悪意の根源にして何より醜悪な汚泥を操っていた、秘跡の行使者として慕っていた祖父(ばけもの)

 その日、かつて栄光を夢見た少年は現実のおぞましさを知った。

 

 何故自分で蔵書を用いて魔術を調べていたのか。

 その持ち主である臓硯に聞けば、そもそも調べる必要がないのに。

 なのにそうしなかった理由。

 薄々感じていたのだ。

 魔術師の後継は幼い頃から魔術の教えを受けることは、蔵書から知り得ていた。

 故にこの光景が答えだった。

 

 間桐慎二は、やはり無能で特別などではなかったのだと。

 

 本来あり得たかも知れない並行世界に於いて、彼の努力はその光景により自身が魔道を振るう祖父から『いてもいなくてもいい存在』として扱われるという真実と。

 真の後継者が哀れみさえ向けていた義妹である真実を知り、耐えきれぬ劣等感を植え付けられる結末を迎えるのだが────しかし。

 

『ふむ、お主に桜を犯させるのはもう暫く後にするつもりであったが、何。少しばかり早くとも問題はあるまい。

 寧ろ、間桐の精を呑めば馴染むのも早まるやも────ぬ?』

 

 彼は、その光景に最初に別の感情を覚えた。

 

『桜ッ!?』

『────』

 

 彼は何よりも先に、義妹の安否を心配した。

 その変化は、その差異は。

 彼が調べていた蔵書が、魂が腐り果て外道に堕ちる以前の。

 かつて臓硯が『悪の根絶』を志していた、正義の魔術師の頃の物だったからか。

 

 あるいは十年前、その醜悪さから間桐の魔道を捨て想い人の娘を助けるために自分を犠牲にした叔父との交流が、少しだけ深かった事からか。

 

 あるいは、本来知り合う数年も前に正義を志す少年と出会い、その影響を受けていたからか────。

 どちらにせよ、そんな叔父を彷彿とさせる“間桐らしからぬ善性(忘れ果てた嘗ての理想)”が間桐臓硯の癪に障った。

 

『無能故に見逃しておったが、少し仕置きが必要の様じゃな』

『ヒッ────』

 

 濁流の様に蟲の群れが、地下への階段を走り降りようとした慎二に殺到する。

 殺しはしない。

 だが、絶望と恐怖を植え付ける。

 その身の骨髄まで恐怖を叩き込み、叔父(間桐雁夜)のように反骨心や善性など湧かぬよう、そして自身に口答えができなかった(鶴野)のようにするべく。

 

 しかし、そんな思惑は慎二の知るところに無く。

 ただ言えることは、臓硯は魂の腐敗だけでなく全盛期から程遠かった。

 何より魔術師として完全に無能である慎二に対して、どうしようもなく油断し切っていた。

 それに、魂に干渉する類にも為す術が無かったこともそうだろう。

 要因を上げれば、それは幾つもあった。

 

 だが切っ掛けは。己の死を強烈に意識した事と、臓硯の魂によって操られた蟲の大群が慎二と接触した瞬間であったのだろう。

 

 

 

 

「───全てを知り、全てを嘆け。それが相応しい末路である

 

 

 

 

 慎二の口から、慎二ではない声が響く。

 それは、慎二に対する言葉(呪い)だった。

 

『────ギ、あ?

 

 何が起こったのか。

 それは臓硯は勿論、慎二にさえその場では解らなかった。

 間桐臓硯の意識が、ブレーカーを落としたように途絶える。

 そしてその意識が取り戻されることは、永遠に無い。

 

 変化の始まりは、そんな目も当てられない汚濁と醜悪に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Put Satanachia. ────プロローグ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒空の風が、学園の校舎を打ち付ける音が響く。

 そろそろ雪が降ってもおかしくない季節の中、空を仰げば冬雲と青空が広がっている。

 そんな中、静かな校舎の中を歩いている弓道部部長の美綴綾子は、胴着に身を包みながら朝練の準備を整え終えていた。

 

 美綴綾子。

 とある学園のアイドルほどではないものの、学園では文武両道の美人として有名人である。

 その容姿と姐御肌な性格から運動部の面々には頼りにされており、学園のアイドルと同じく堅物生徒会長の天敵でもあった。

 

「前の大会、ホント衛宮の奴なら新人戦いけてたかもなぁ」

 

 彼女が思い出すのは、大会間近で怪我をした部のエース。

 特に彼を一方的とはいえライバル視していた綾子のムカつきは相当なものだった。

 

 そしてそんな彼に対し、静かにキレて罵倒の限りを浴びせていた弓道部の副部長。

 まぁ怪我の原因がバイトで、加えて副部長本人が散々注意喚起した直後だったのだから、いつもお人好しが過ぎるエースがそんな状態であっても、副部長の罵倒内容が正論過ぎて誰も助け船を出さなかった珍しい話である。

 まぁそんな風に怒られる程度には、エースと称する部員────衛宮士郎はこと弓術の才能が凄まじいのだが。

 

 しかし綾子にしては珍しく、過去に想いを馳せ悔やむのは最近副部長の欠席が目立っているからだろうか。

 

「さむっ」

 

 そんな思考の中、漸く一段落ついた所で吹いた風に身を震わせながら、弓道場近くの自動販売機で温かいものを購入する。

 そんな時、朝練の中でも一際早く来ていた綾子の耳に足音が届く。

 

「あれ、遠坂?」

 

 その音の主は、綾子の馴染み深い人物だった。

 黒い、天然ウェーブの豊かな黒髪の少女が綾子の声に振り向く。

 

「今朝は一段と早いのね」

「……やっぱりそう来たか」

 

 はぁ、と軽く溜め息をついた美少女は頭を抱えて己の不徳を認めた。

 

「おはよ。今日も寒いね、こりゃ」

「おはよう美綴さん」

 

 気さくに声を掛けてやれば、少女は剥き出た皮を即座に被りながら挨拶を返す。

 同じ2年A組のクラスメイトで、学園のアイドルながらも曰くのある人物。

 

 遠坂凛。

 容姿端麗文武両道、才色兼備の優等生を演じ、それを完璧に演じきれるだけの能力を持つ、寺の人間である生徒会長曰く「女怪」。

 無論綾子が親友関係を結んでいる以上善人であるのだが。

 そんな彼女だが、勿論幾つか欠点がある。

 

「つかぬことを聞くけど、今朝は何時だか知ってる?」

「7時前だけど、遠坂寝ぼけてる?」

「……うちの時計壊れてたみたいなの。一時間早かったみたい」

 

 どうやらまたやらかしたらしい。

 彼女は良く、と言うほどではないが比較的うっかりしやすい悪癖がある。

 何故そんな事を知ってるのかと言うと、副部長に聞いたからだ。

 なんと彼女の家とその副部長の家は数百年単位で付き合いがあるらしい。

 その悪癖は血筋によるものだそうだ。

 

「あの宝石……まさか」

 

 ブツブツと何かを呟く彼女を伴いながら、準備を終えた綾子は弓矢を携えて道場に立つ。

 そんな道場に、先客が居た。

 

「あぁ、おはよう美綴────って、遠坂!?」

 

 赤髪の少年が、遠坂の姿を見て顔を赤らめながら驚愕に目を見開く。

 

 衛宮士郎。

 先程述べた弓道部のエースである。

 度が過ぎたお人好しだが、そんな彼の動揺はこの学園ではありふれた反応だ。

 初恋は遠坂凛、というのは彼女の同世代で数多い。

 例外なのは彼女を女怪と毛嫌う生徒会長か、彼女の正体を知る弓道部の副部長ぐらいである。 

 

「おはよう衛宮君。じゃあ私は行くから」

「何よ、見ていかないの?」

「そ、そうだぞ遠坂。折角なんだから……」

 

 そんな二人に嬉しそうに微笑む凛は、しかし華麗に否を返した。

 

「実は前に間桐君に注意されたの。『お前が居たら他の男子が使い物に為らなくなるだろ』って」

「あー、うん。なるほど」

 

 その言葉を聞きながら、綾子は衛宮少年を流し見る。

 酷く納得してしまった。

 何より集中が必要な弓道に於いて、学園のアイドルは男子部員には余りに目に毒である。

 尤も、女子部員にも毒になるかもしれない、と遺憾ながら女子に頻繁に告白される綾子は思った。

 

「そういうことだから。またね、美綴さん。衛宮くん」

 

 そう言って踵を返した彼女は、誰かと鉢合わせる事もなくその場を後にする。

 

「────そういえば桜、最近見ないのだけど。……どうかしたの?」

「あぁ。何でも保護者の御爺さんが亡くなったとかで忙しくて、葬儀やら何やらの準備で慎二と揃って休部届けを出したって、先週連絡があったらしいよ。藤村先生曰く」

「……そう」

 

 そんなやり取りを、最後にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 朝練と午前の授業を終えて、綾子は昼食を食べるため食堂を訪れていた。

 

「よっと」

 

 彼女は非常に食欲旺盛であり、自分の確保した席には体重を気にする女子ならば直視さえ難しい凡そ三食分の品が置かれていた。

 サンドイッチに拉麺、加えてカレーライスに味噌汁と炭水化物と高カロリーの三連弾。

 年頃の娘が食べる昼食ではない。

 そんな食事を食べながら抜群のスタイルを維持している綾子の前に、一人の女生徒がやって来た。

 

「あら、こんにちは美綴先輩。相変わらず女生徒とは思えない男前っぷり、本当に同性か疑わしいですね」

「げっ」

 

 綾子の交遊関係は相当に広い。

 それこそ彼女が毛嫌いする人間など、それこそ大衆が嫌悪するような性根の腐った輩を除けば、そうは居ないだろう。

 だが、そんな彼女が苦手とする数少ない例外が彼女だ。

 

「イキナリ挨拶だねカレン。喧嘩売ってるんだったら素直に買うけど?」

「客観的事実を口にして憤るのは、一般的に図星を指された人間の反応です。己に負い目が無ければ素直に聞き流せばいいでしょうに。

 フフフッ、可愛いですね美綴先輩。嘲笑が止まりません」

「こンのッ……はぁ。相変わらず可愛くない後輩だよ、アンタは」

 

 白い髪を伸ばし金色の瞳を嗜虐的に細めた、容姿だけなら現実離れした儚ささえ感じさせる学園屈指の美少女。

 彼女の名前は間桐可憐。

 美しい唇から飛んでくる猛毒の込められた罵倒と皮肉の嵐は、彼女の外見に惹き寄せられた男子達の悉くを扱き下ろした。まるで火に飛び込む夏の虫か、あるいは蜜に寄せられた虫を食らう食虫植物である。

 そんな彼女の義兄である先の話題の副部長に、男女問わず何とかしてくれと訴えかけに行くものは多かったのは当然だろう。

 結果は、決して芳しいものではなかったが。

 

「……アンタ達、最近お爺さんの葬儀で忙しいんだって? 私なんかに構ってる余裕あるみたいだから、大丈夫そうだけど」

「────えぇ、遺産相続やら大変で。尤も、以前から寝込んでいたので念のため前々から手続きをしたお蔭で、無用な税金やらは発生しませんでしたが」

「……そういうの、慎二の奴抜け目ないからね」

 

 しかしその嗜虐的な笑みが、ほんの僅かに翳りを見せた。

 意外と言うには薄情だが、この少女にも祖父の死を嘆く可愛い一面があったのかと少し驚くも、その翳りが哀しみとは少し違うことに気が付き────

 

「こら、カレン!」

「……口煩いのが来ましたか」

 

 つまらなそうに首を振るカレンの前に、綾子もよく知る女生徒が現れた。

 

 彼女の名は間桐桜。

 カレンの義理の姉であり、先述の間桐慎二の義理の妹である。

 ストレートの紫髪に華奢な体格。にも拘らず女性的な凹凸に富んだ体つき。

 今思えば、この兄妹達はとんと似ていない。

 精々、其々の形で兄に懐いている程度だろうか。

 

 というより、彼女のカレンを見て第一声が叱り付ける言葉であり、カレン自身それを受け入れている時点で彼女の普段の行いが察せられるというものである。

 

「おはようございます美綴先輩。カレンが何か失礼なことを言ってませんでしたか?」

「あら、確証も無しに妹を批難するのは姉としてどうかと────」

「まぁ開幕ボロクソ言われたけど、ホント信用無いのはアンタも分かってるでしょう後輩?」

「もう、カレン!」

 

 どの様な人間にも苦手、或いは強く出れない相手というものは存在する。

 カレンという少女にとって。桜がそれに当たるのだろう。

 弓道部の次期部長最有力候補として定めている綾子にとって、とてもありがたい存在である。

 尤も、そんな彼女は兄にべったりなのだが。

 

 

「────騒がしい」

 

 

 故に当然、彼女の近くには彼がいるだろう。

 というより、彼の傍に桜が愛玩動物のように付いて回るのだが。

 

「何の騒ぎだ」

 

 桜の後ろから現れた男子生徒は、容姿こそ整っているものの、白髪のカレンとも紫髪の桜とも違う────癖の強い青みがかった前髪を、アップバングに撫で付けた少年だった。

 そこに加わるように少し隈の刻まれた感情の無い瞳は、心労によるものか。

 高校生という年齢に不釣り合いな昏い瞳は、部活の主将副主将の間柄である美綴をして、気圧されるものだった。

 

(何時から、こんな眼をするようになったんだよ)

 

 正直、腹立たしかった。

 何らかの問題を抱えているのは、明らかなのに。

 それなのに、相談一つしてきやしないのだ。

 

 去年は、もう少し年相応の眼をしていた。

 ひねくれてはいたものの、気配りや気遣いも出来て、同級生や入部したての下級生にもそれなりに慕われていたのだ。

 それが、まるで苦行僧のような顔をするようになったのは、何時からだったか。

 余りにも深い諦観と、それに隠れた覚悟を秘めた眼である。

 

「美綴、か」

「……おはよ、慎二」

 

 ────彼の名前を、間桐慎二といった。

 

 




ステイナイトss何番煎じな慎二主人公もの。
転生ものではありませんが、とある劇薬によって性格が矯正されております。


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Put Satanachia 2

 衛宮士郎が間桐慎二と出会ったのは、まだ士郎が小学生で養父の衛宮切嗣が存命していた頃だった。

 当時の間桐慎二は幼いながらも物覚えが良く優秀だが、それ故に調子に乗りやすいひねくれた────しかし特別珍しい訳でもない、ただの少年だった。

 

『馬鹿だなぁお前』

 

 当時、よく掃除当番を押し付けられていた士郎への辛辣な慎二の言葉は、衛宮士郎の在り方を端的に示していた。

 ────誰かのために為らなければならない。

 そんな強迫観念に取り付かれ、しかし何かに為らなければならないと思いながら目標が決まらない。

 だって、自分だけ助けられたのだ。

 あれだけ助けを求めている人を無視して、一人だけ助けられたのだから。

 

 衛宮士郎は孤児である。

 冬木新都に起きた大火災で、両親も記憶も燃やし尽くされた。

 残ったのは、自分だけ助け出されたという事実だけ。

 忘れてはならない。

 正義の味方を志す前、衛宮士郎は道標を持たない迷子同然だった。

 そんな頃の士郎を導いていたのが、慎二である。

 

 曰くロシア系の血筋を感じさせる容姿に、有り体に言えば高飛車で皮肉げな笑みをしていた慎二の表情が─────ある日、凍り付いていた。

 瞳は自我を抑え込んでいるように暗く、感情の変化が極端に無い。

 まるで鉄仮面を被ってしまった様に。

 そんな彼に周囲は戸惑いと共に離れていったが、そんな事は士郎には関係無かった。

 

 事実士郎がお人好しを拗らせれば、そんな鉄仮面を被っていても慎二は何時ものように悪態をつきながら付き合っていた。

 彼は変わらず、士郎を助け続けてくれていたのだから。

 

 そんな士郎の傍に居る時だけは、鉄仮面と揶揄されていた慎二の表情も幾分か明るかったのも、士郎が慎二と付き合い続けた一因でもあった。

 見下すような言葉を口にしながら無理矢理遊びに連れていき、周囲に利用されようとすれば利用しようとするものを排除する。

 悪態をつきながら、明確な病名の存在する士郎の度を過ぎたお人好しを巧く諌めていた。

 養父が死に、正義の味方を志す(囚われる)様になっても、彼は変わらず断言するだろう。

 

 衛宮士郎にとって間桐慎二は、藤村大河や養父の衛宮切嗣に並ぶ『特別』なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一夜 トモダチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな慎二との友人関係に変化が出始めたのは、高校に進学して弓道部に入った後。

 友人となった柳堂寺の息子である柳堂一成を加えた三人で昼食を取っている時。

 

「慎二って何時もコンビニ弁当食べてるけど、そういえば食事ってどうしているんだ?」

「なんだよ、突然藪から棒に」

 

 小学生からの付き合いで、幼馴染みと形容しても何ら問題の無い慎二であったが、その家庭事情を士郎は余り知らない。

 ただ知っているのは、妹が二人居ること。

 そして両親が死んで、保護者である祖父もかなりの高齢であること。

 

「僕が料理するように見えるのか? 栄養が取れればソレでいいのさ」

「うむ、見えんな」

 

 一成が慎二の言葉に肯定するように頷く。

 間桐家は冬木一の大地主だ。

 仮に慎二が一生就職せずともキチンと管理していれば、遊んで暮らせる資産はある。

 出前などのサービスは現代では沢山あるのだ。

 自分で料理をせずとも食事に困らないのに進んで料理をするような性格を慎二はしていない。

 

 だけれどソレは、士郎にとって寂しく映った。

 慎二の言葉に、食事事情が壊滅的であった養父の姿を想起したのだ。

 

「────じゃあ俺が昼飯作ってくるよ」

「……はぁ」

「何ッ」

 

 慎二の疲れたようなため息と、一成の鋭い反応に士郎が笑う。

 放っておけばバーガー系のジャンクフードしか食べない切嗣の為に料理を覚え、加えて頻繁に遊びに来る保護者の孫娘もその腕前をメキメキと上げる一因だった。

 そんな士郎の悪癖が、ここで炸裂した。

 

「……何でそんなことを、っていうのは愚問か」

「俺がどういう性格してるか知ってるだろう?」

「病気だよ、ソレは」

「間桐────」

「美徳だと思うなよ柳洞。衛宮のこれは矯正すべき点だ。寺の息子が人間の悪徳を肯定するなよ。その後始末に僕がどれだけ苦労しているか知らないだろうが」

「むっ」

 

 慎二は士郎の言葉に手を口元に当ててたっぷり考える。

 言い出したら聞かないのは、彼とて重々承知している。

 なら、そんな彼の善意を利用しようとする輩が存在しない訳がない。

 それらを排除するのは、当の本人が自重をしないことも相俟って相当の負担だったろう。

 

 口では歯に衣着せない言葉が多い慎二と生真面目な一成が交遊しているのは、大地主と寺の息子という関係以上に、慎二自身に一成が好感を覚える部分が存在するからに他ならないからだ。

 

「で、本当に弁当作ってくるつもりか?」

「勿論、冗談を言うつもりは無いぞ」

「…………」

 

 すると慎二は財布から万札を数枚取り出して士郎に投げる。

 

「うおっ!? 何だよ慎二、俺は別にお金なんて────」

「妹」

 

 その言葉に、士郎がかたまる。

 

「僕は別に良い、ただ二人分にしてくれ。材料費が嵩むなら上乗せする」

「……全然構わないけど、だから別にお金なんて」

「僕を一人暮らしのヤツに飯をせびる時、一銭も出さない様な小さい奴にするつもりか?」

「……判った」

 

 そう言われれば、渡された物を士郎は返すわけにはいかない。

 仕方無く渡された金を懐に入れ、その分やる気を滾らせる。

 

「三人分、作ってやるさ!」

 

 そんな姿に溜め息をつく慎二と、そのやり取りが愉しかったのか笑みを見せる一成。

 尤も、少し羨ましそうだったが。

 

 切っ掛けは、そんな士郎の大きなお世話、余計なお節介、ありがた迷惑を、慎二の珍しい兄としての一面を見せた出来事。

 それから間桐家が士郎と関わり始めるのは、後に士郎がバイトの最中に怪我を負ってしまった時。

 間桐慎二の妹────間桐桜と間桐可憐の二人が、士郎に料理の教えを求めに来たのだ。

 

「えっと……」

「こんばんは、間桐桜です」

「妹の間桐カレンです」

 

 怪我で新人戦に出られなくなり、慎二にしこたま襤褸糞の如く扱き下ろされた日の放課後。

 二人の女子中学生が、親友の妹を名乗って押し掛けてきたのだ。

 何でも、独り暮らしであることから怪我で不自由するだろう事を兄の慎二から聞いて、手伝いに来たのだと言う。

 

 そんな善意の動機にしては桜と名乗った少女は、複雑そうな、しかし鬼気迫る眼をしていた上、カレンと名乗った少女の表情はそんな桜に視線を向けながら嗜虐に染まっていた。

 

「助けてくれ慎二」

 

 士郎は迷わず友人へ電話を掛けた。

 元より女性への対処が下手なのだ。一人なら兎も角、二人もやって来たら幾ら士郎でも助けを求めるのは必然だった。

 無論、連絡を受けた慎二は速やかに衛宮邸を訪れるのだが。

 

「なんでずぶ濡れなんだ。傘くらい持ってるだろうが」

「ご、ごめんなさい兄さん」

「フフフ、何ででしょうね」

 

 タクシーでやって来た慎二に二人の少女が対面する。

 おぉ、兄貴やってんだなぁと感心した視線を向ける士郎に、苦虫を噛み潰した様な顔の彼は妹達を連れて帰ろうと一悶着したのだが。

 直後衛宮邸に訪れた、士郎の保護者である冬木の虎によって後門を塞がれた慎二の顔は、本当に見物だったと士郎は今でも思い出す。

 理屈の通じないタイプが、慎二にとって一番苦手なのだと知った時だった。

 

 それから桜とカレンが、頻繁に衛宮家に訪れることになった。

 料理だけでなく家事全般を習い始め、結果引き摺られるように慎二とも食事をするようになった。

 そんな賑やかな、でもきっと幸せな時間が続くことはなかった。

 

 ──────────それでも、運命の夜はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────衛宮か」

 

 冬空で、いつ雪が降ってきてもおかしくない時季。

 生徒会から受けた備品整備の依頼が終わって教室に戻る途中、士郎は最近疎遠になった友人と会った。

 

「久し振りだな」

「毎日教室で顔を会わせてるだろ。何言ってんだよお前」

「そうじゃなくて……こうして話すの自体、久し振りだなって」

「……どうだっていいだろう、そんな事」

 

 その瞳は表情の様に凍り付き、無機質に自分を映す。

 かつての鉄仮面を、彼はいつの間にか再び被っていた。

 何かあったのか、と士郎は問い掛けることも出来ない。

 そこには、強い拒絶があったから。

 

「お前、今日何か用事があるのか?」

「え? いや、今日は弓道部以外用事は無いけど……。一成の頼まれ事もさっき終わったし」

 

 故に士郎は何も聞かずに、しかし態度を変えることもなかった。

 その仮面が他者を拒絶すること以上に、苦しむ心を隠すものであることだと知っているから。

 そしてその問題はきっと自分ではどうしようもない問題だと知っているから。

 

 それを何とかしようと足搔いた結果が中学の時のように()()()()だった場合のように、過度な干渉は悪手であることぐらい、士郎にだって分かるのだ。

 何より欠片も笑みが存在しないその貌は、()()()()()()()覚えたから────

 

「なら、二週間くらい真っ直ぐ帰れ。……お前みたいに間の抜けた奴、噂の猟奇殺人犯の獲物にされかねないからな」

 

 そう言って、慎二はそのまま廊下を後にする。

 もっとも、それが士郎の目を誤魔化す為の体の良いフェイクであることを、彼は無論知ることはない。

 事実最近では桜とカレンは衛宮邸に訪れることがなくなり、慎二自身が生徒会に訪れ共に食事を取る事も無くなっていた。

 

「そういえば、慎二達の弁当も作らなくなったな……」

 

 単純に桜やカレンの腕が上がった、というだけなのかもしれない。

 

 そう断じる彼は、なにも気付かない。

 この街に致命的な変化が10年ぶりに起こっていることを。

 自分の手の甲に、赤色の痣が染み出るように浮かんでいることを。

 

「士郎―! 弓道部の掃除、任せてもいい―?」

 

 慎二が後にした廊下を歩く士郎に、そんな声を掛けたのは士郎の担任の教師で弓道部顧問。

 それ以上に10年来の姉替わりである、藤村大河である。

 

「あぁ、わかったよ藤ねえ」

 

 士郎は他人の頼み事を受ければ、それを早々断ることはない。

 誰かの助けに成らなければ、彼は呼吸さえ儘ならないのだから。

 

 だが頼みごとがあろうがなかろうが、他人の嫌がる事を率先して行う。

 そんな士郎が弓道部で最も後片づけが得意なのは当たり前のことだった。

 何故士郎だけに負担の掛かることを、家族同然の彼女が頼んだのか。

 

「最近物騒だからな。美綴も女子だし、手伝ってもらうわけにはいかないか」

 

 現在冬木市を騒がしている猟奇殺人事件。

 それを警戒した学園が部活動を一時中止させたのだ。

 

「ホントは慎二君と桜ちゃんに任せようと思ってたんだけど……」

「いろいろと忙しそうだし、仕方ないさ。寧ろ慎二に頼んでたら普通に断ってるだろ、アイツならさ」

 

 間桐家の翁、PTA会長で慎二たちの保護者にして冬木の大地主────間桐臓硯。

 両親と叔父が既に亡くなっている慎二たちにとって、寄るべき親戚がいないのだ。

 その為遺産相続を含めた名義変更の手続きなど、特に慎二のやるべきことは多い。如何に弓道部の副部長といえども、優先するべきなのはどちらかなどは瞭然である。

 士郎も保護者の養父を失ったことがあるものの、それらの手続きを行ってくれたのは大河の実家の藤村組の組長の藤村雷画である。

 それら手続きをすべて行わなければならない慎二の負担を士郎が想像することはできない。というか大河もできない。

 

「ホントは、二人と───特に慎二君と話がしたかったんだけど。彼、ここ最近随分変わったでしょ? 無理してないといいんだけど」

「……大丈夫さ。もし手が足りないなら、『衛宮、ちょっと手伝え』って言いに来るだろうからさ」

「そうかな……。じゃあ士郎、お願いね。後、士郎も早く帰るのよ!」

「はは、解ってるよ」

 

 ──────その時、士郎に慎二の忠告は頭に残っていなかった。

 また、士郎はやってしまったのだ。

 猟奇殺人事件の影響で部活動が自粛されるから、暫く来れない分掃除に気合を入れてしまった。

 夕焼けはとっくに沈み、夜の帳が空を覆っていた。

 

「参ったな……、慎二にまたどやされかねない」

 

 掃除で固まった身体をほぐしながら、弓道場を後にしようとした瞬間。

 何かがぶつかり合ったような衝撃と、金属が打ち合ったような音が校庭から響いた。

 

「な──────」

 

 何だ今のは。

 とっくに夜だというのに、誰も居ない校舎での轟音。

 加えて思わず倒れそうになる程の衝撃波。

 士郎は、そんな得体のしれない者がいるであろう校庭に()()()向かおうとして──────

 

『─────全く、困った坊やね』

 

 綺麗な女性の声が、頭の奥で響いたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ衛宮。もし───過去を無かったことに出来るとしたら、お前はどうする?』

 

 そんな問い掛けがあった。

 養父の衛宮切嗣の葬式に、慎二が参列した時のもの。

 慎二自身何度か士郎の屋敷に遊びに来た事もあってか、養父の死に思う処のある士郎に彼の存在は有り難かった。

 ただ、その頃の慎二は鉄仮面を被った直後であり、とても危うい様にも見えていた事を、士郎は覚えている。

 きっと彼は養父のことだけではなく、士郎達を襲った大火災の事もいっているのだろうと。

 

『───何もしない。そんな事は、望めない。俺は、置き去りにしてきた物の為にも自分を曲げる事なんて、出来ない』

『……ハ』

 

 迷わず、そう返答できたことも。

 答えを聞いた慎二は、手で顔を押さえ絞り出すように笑った。

 

『……そうかよ。衛宮……お前がソレを選ばないなら、僕がソレに逃げるわけにはいかないよな』

 

 その言葉の意味は、今も解らない。

 生涯、知る事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 気が付けば、士郎は家に帰宅していた。

 周囲を見渡せば、彼の過ごした屋敷の門の向こう側。

 先程走り出して見える筈の穂群原高校の校庭は何処にもなかった。

 

「あ……れ? さっきまで、学校に────」

 

 頭がぼんやりする。

 早く今夜は寝ないといけないと、誰かに 叱り付けられたような罪悪感と夢遊感が士郎を包む。

 校庭の方からのナニカは確かに記憶に残っているのに、全く気にならない。

 そんなことは些事だと、誰かが囁いて────運命は転変する。

 彼は命を失うことも救われることも、それ故にその後を追われることもなくなった。

 

 

「────遅かったのね。待ちくたびれちゃったわ」

 

 

 しかし因果は廻る。

 運命の夜は、今夜である。

 例え時を燃やし尽くす者が居たとしても、これを覆すことはない。

 玄関の扉を開こうとした士郎を、出迎えるように背後から呼び止める言葉が投げ掛けられた。

 

 其処には、雪のような白い少女が居た。

 髪も肌も白く人形のように整った造形。

 高そうなドイツ系の冬服を身に纏い、紅の瞳は残念そうに、しかし待ち侘びた時を思わせるように喜悦に歪んでいた。

 

「え、と。確か君は───」

 

 知っている。

 士郎が、昨夜帰りですれ違った少女だ。

 そして確か、何か言っていたような──────────

 

「早く喚ばないと、死んじゃうよって。────言ったよね」

 

 衝撃と浮遊感が、士郎を揺らす。

 腹部がとても熱くて、視界が揺れる。

 少女が何かを話しているけれど、何も聞こえない。

 

 息が苦しく、ただ自分が死にそうだと理解した。

 

「だめ、だ──────」

 

 口元に溢れ返る血潮が、まともな言葉を紡がせることを許さない。

 だけれど、這いつくばりながら体は勝手に動き出す。

 ─────まだ死ねない。

 この身は誰かの為にならなければならないのだから。

 士郎に残っていたのは、義務感に近い強迫観念だけだった。

 

 その祈りを、黒い聖杯(人類悪)は聞き届ける。

 

 吹き飛ばされた先がたまたま土倉であったこと。

 そこに設置されていた魔法陣が彼の跳び散った血でなぞられたこと。

 彼が最後の一人だということ。

 汚れた聖杯は己が生まれ(いず)る為に、強引にでも最後の一人の召喚を望んでいたのだから。

 閉じられた四方の門から、天秤の守り手が降り立つ。この世すべての悪を敷く、始まりの三人の祈りと共に。

 

「──────問おう。貴方が私のマスターか」

 

 運命の夜は廻り始めた。

 その結末が例え、少年にとって望むものには程遠いとしても────

 

 

 

 

 




士郎視点。

シンジ君、ブラウニーがハッスルすることは予想してもアインツベルンが家凸してくるまでは予想してなかったり。
今作でシンジ君が焦ったランキング一位は、恐らく此処。


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Put Satanachia 3

 

 間桐桜。

 彼女がその様に名乗れるようになったのは、間桐に引き取られてから四年後になってからだった。

 それまでの彼女の記憶は遠い過去のように思える遠坂(本当の家族)と、よく解らないモノの軋む様な鳴き声。

 そして『おじいさま』の嗤い、苦痛と不快感で満ちていた。

 

 そんな桜は、気が付けば誰かに抱き起こされていた事を覚えている。

 自分の頬に零れ落ちる涙と、苦渋に歪む表情。

 そして、その人は何もしていないのに謝罪の言葉を繰り返す少年の顔。

 

 次に目覚めた時、彼女の暮らしは一変した。

 自分を蟲蔵に放り込む怯えた顔ばかりする男の人は居なくなり、怖かったおじいさまは何処にも居なくなった。

 身体から蟲は居なくなり、苦しい思いをしないで済むようになり。

 居るのは、義兄と名乗る少年だけ。

 その時、漸く彼女は自分が救われたのだと理解した。

 

 依存とソレ以外の狭間は何で定義できるのだろうか。

 恋、愛、憎しみ、怒り。

 人間の感情は言語化するには混沌が過ぎ、しかし一方たった一言で表現できる事もある。

 

 少女にとってそれは紛れもない恋であり、愛であり、そして依存だったというだけの話なのかも知れない。

 ソレからの間桐桜の原動力は『間桐慎二に見捨てられたくない』であった。

 自身が遠坂から養子として預けられた事を『捨てられた』と認識していたからか、自身を救った慎二に見捨てられることを何より恐れた。

 

「─────桜、お前は自衛の手段を学ばなくちゃいけない」

 

 痛ましい、あるいは険しいような。

 万能の天才は先祖そっくりと笑うのか、あるいは伝説的な錬金術師は苦笑いするだろうか。

 この頃の桜と接する慎二は、いつも通り傷口を抉られている様な苦痛に耐えるように顔を歪ませていた。

 

 虚数魔術。

 それが自身の魔術なのだと教えられ、ソレを使いこなせと言われた。

 それだけが、桜自身を護ることができるのだと。

 

「はい、わかりました兄さん」

 

 慎二の言葉に逆らうなどあり得ない。

 最初は魔術と聞いて身体を固めたが、蓋を開ければ最初は座学と、蟲での改造(かつての修練)に比べれば何ら苦ではない。

 幸か不幸か、かつての改造によって桜の魔術回路とスイッチの形成は既に行われており、比較対象が本当に悪かったことから、本当に苦痛を感じていなかった。

 慎二が心身の治療を優先していた当初、初歩だが魔術を成功した時に慎二が褒めた時など、忘れていた笑みを思い出したほどだった。

 知識が増えるにつれ、魔術の技術がほんの少しでも向上する度に、桜は自身が慎二の役に立てていることを実感し、充実した。

 

 ─────だって兄さんは魔術が使えないんだから。

 兄が持ち得ないモノを、自身が埋める。

 桜が慎二にとって必要不可欠な存在になれば、捨てられることなどありえないのだから───。

 

 そんな、暗い欲望が彼女の奥底に鎮座していた。

 

「カレン・オルテンシア────いえ、間桐カレンです。

 宜しく御願いします。姉さん」

 

 それからすぐに現れたのは、少し姉に似た純白の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話 義兄(あに)義妹(いもうと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の義妹だ。出来れば仲良くしろよ」

 

 桜同様に間桐へ引き取られた少女。

 カレンと名乗った彼女を呆然と見る桜を尻目に、慎二はそう言った。

 彼女は意外なほど慎二に従順だった。

 彼女が無意識に掃除などを行っていた事から、慎二に言われるがままな姿は従順なメイドの様。

 しかし従順という意味ならば、桜も同様である。

 だが、幼い頃から魔術による虐待を受けていた桜に、まともな家事など出来るわけがなかった。

 

 そんな彼女達の境遇は真逆だった。

 桜は養子先で虐待を受け、カレンは養子に来るまで虐待を受けていた。

 より正確には桜は改造で、カレンは迫害であった。

 

 といってもソレを知っているのは()()()()()()()、この時カレンと桜は各々の事情は知らない。

 あるのは、二人共が結果的に慎二に救われたという事実のみ。

 

 元より姉──かつて姉だったヒトに憧れている桜にとって、義理とはいえ妹とは完全に未知だ。

 

 しかし、慎二に「仲良くしろ」と言われた以上、桜はそうなるように努力することに否は無い。

 幸い、姉の参考材料はいる。

 拙いながらも理想の姉を演じつつ、何時しかそれが─────演技では無くなった。

 

 中学に上がった辺りでカレンが口から毒を吐くようになってしまい、それを止めんとするようになったのも、姉としての役割を果たそうと必死だったからなのかもしれない。

 

 慎二が望むように、いつしか自然となるように。

 そんな考えが、いつの間に無くなっていたほどに。

 桜は慎二の望む通り順調に、少しずつその心を癒していたのだ。

 

 そんな関係が日常になった辺りから、桜は慎二に明確な好意を懐き始めた。

 元より自身を地獄から救い上げた、唯一の家族。

 

 敬うべき義兄であり、自身を救い出した異性である。

 それが心身の成熟によって異性愛という選択肢を与え、慎二にとって都合の良い女としての自分を求め始めるようになった。

 

 桜が中学に上がった頃。

 もう彼女は過去の記憶に魘される事はなくなった。

 愛しい兄に、困った妹。

 彼等を護るのは、魔術を扱える自分なのだと胸を張れる。

 慎二の役に立てる。その事が魔術の鍛練で技術が向上すると同時に実感できて、幸せだった。

 

 一つの心残りを除いては。

 

『────良くやった、桜』

 

 虚数空間の新しい使い方を覚える度に、そう言いながら桜を誉める慎二の顔。

 

 そんな言葉とは裏腹に、酷く苦しそうな無表情の仮面で覆い隠す事に失敗した、酷く歪な顔。

 

 時が経つほど、徐々に剥がれ始めた慎二の鉄仮面。

 

 桜が慎二に好意を寄せれば寄せる程。

 魔術の腕が磨かれる度に、まるでナマクラで抉られる様に彼は顔を歪める。

 

 桜は、慎二に笑って欲しかった。

 恋慕するが故に、好意を持つが故に、救ってくれた兄に、少しでも恩を返せるように。依存するが故に。

 

 だが、幾らやっても何をやっても、慎二は苦しそうだった。

 そんな思いを抱いて数年後。

 桜は、ソレを観た。

 

 

 

 

「──────なに、アレ」

 

 

 

 

 桜は、その光景を信じられなかった。

 

 世間一般には、そう珍しくもない無い光景。

 棒高飛び込みを、何度も何度も永遠繰り返すのではないかと思うほど愚直な行為を繰り返す赤毛の少年。

 ソレだけなら桜も良かった。

 今もあの地獄が続いていたら眼を奪われていたかもしれないが、今の桜は見続けることはなかったろう。

 問題は、そんな赤毛の少年に()()()()()()()()()()()()()()()()姿()が傍にあったこと。

 そんな表情を、桜は知らない。

 

「だれ、だれだれだれ、だれなの……?」

 

 どれだけ桜が努力しても成せなかった、そんな普通の少年の様な慎二の表情を、容易く、簡単に、難なく引き出したあの赤毛の少年は誰だ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「……衛宮、士郎」

 

 教師に聞けば、その少年の名前は直ぐ様知ることができた。

 教師間でも有名なその少年の評判は、少し行き過ぎているが積極的に他人の助けを行うというもの。

 尤も、それを利用しようとする生徒も過去にいた様だが、実際に実害は出ていないのだという。

 まるで、全員が都合良く改心したかのように。

 

 その話を聞いて、士郎を庇っているのは慎二だと桜は即座に思い至った。

 話によれば、実際に、慎二と士郎は小学生の頃からの付き合いが在るのだという。

 

「……じゃなかったんだ」

 

 兄を、慎二を奪われるのだと思った。

 だが、幼い独占欲からくる恐怖など蓋を開けてみればご覧の有り様。

 奪われるも何も、慎二ははじめから桜のものではないという、当たり前の事実だけがあった。

 

「……私は」

 

 兄の、何を知っているのだろう。

 ひねくれているのも知っている。

 不器用なのも知っている。

 優しい事も知っている。

 魔術回路が無くて、魔術を使えないのも知っている。

 だけど。

 

「私は兄さんが、何が好きで何が嫌いかも知らなかったんだ」

 

 桜が知らない慎二を、衛宮士郎は知っているのだ。

 憧れる姉に対するソレを、遥かに超える嫉妬が桜を襲った。

 

「貴方は───一体何なんですか」

 

 気が付けば、桜の前には眼を虚ろにして立つ士郎がいた。

 彼に意識はない。

 桜は初めて、慎二との鍛練以外で他者に魔術を使ったのだ。

 使用した魔術は、暗示。

 基礎であり、桜でも十分に扱える魔術の一つだった。

 

「貴方は、兄さんの何ですか?」

「……友、達」

「貴方のお節介で、兄さんがどれだけ振り回されているか、知っているんですか?」

「……具体的には知らないけど、慎二に助けられているとは、何となく───」

 

 そんな士郎の言動に、桜の頭へと一瞬で血が上る。

 

「ッ──貴方は、兄さんに迷惑を掛けていながら、なんでそんな事をするんですか!?」

 

 その言葉が切っ掛けだったのか、果たして。

 しかし、開いたのは地獄の釜の蓋だった。

 

 

 

「──────誰かの為に成らなくちゃならない

「……えっ?」

 

 

 

 虚ろだった士郎の目が見開かれる。

 それはまるで、化けの皮が剥がれたかのようだった。

 

正義の味方に

約束だから

助けなくちゃいけない

救わなきゃいけない

他者の為に

誰かの為に

救えなかったのだから

託されたのに、死なせてしまったのだから

救わなければ

助けなければ

正義の味方に

正義の味方に

「─────どうやって?

 

 ギョロリ、と。

 蛇に睨み付けられた様な錯覚に陥る。

 無論、錯覚だ。

 士郎は元々の対魔力の低さも相俟って、眼球さえも簡単に動かせるはずがないのだから。

 だけど。

 

正義の味方は、どうやったらなれるんだ?

 

 未だに暗示の術中にも関わらず、彼の問い掛けは桜を絶句させるには十二分過ぎた。

 

 確かに桜も巨悪と対面する経験はある。

 間桐臓硯は十分に人に仇なす妖怪である。

 その恐ろしさを、桜は身を以て知っていた。

 だが、これはなんだ? 

 

「っ──────」

 

 比較するのが悪かったのだろう。

 なまじ彼女が救われたことも要因の一つやもしれない。

 だが既に救われた五百年の妄執の被害者と、人類悪の獣の被害者では何もかもが違ったのだ。

 桜はすでに、救われているのだから。

 

 浅慮と最愛の兄の言い付けを護れなかったこと、そして他人の底を覗き見てしまったことへの後悔が、弾かれる様に桜を駆け出させた。

 

「……あれ、何で俺……?」

 

 暗示が解かれた士郎が、周囲を見渡す。

 そこは夕焼けの学校の廊下が広がっていた。

 

「───おい、何やってんの衛宮。さっさと帰るぞ」

 

 いつの間にか現れた慎二が、煩わしそうに士郎の背中に声を掛けた。

 瞬間、混濁した士郎の意識がハッキリとする。

 

「えっ? わ、悪い慎二。その、……今誰か居なかったか?」

「……お前だけだよ」

 

 帰り支度を済ませた慎二は、士郎の質問に素っ気なく答える。

 少女の姿は、何処にも無い。

 

 振り返ってみれば、衛宮士郎との関わりなど最初から桜だけで完結していたのだ。

 

 だからきっと。

 自分の食べていた弁当を、彼が作っていた事を後から知って。

 そして彼が怪我をした事で家事全般を教わろうとしながら、片手を使えない間手伝っていたのは──償いたかったのかもしれない。

 

 利己によって他人の傷口を開き、覗いてしまった事への、精一杯の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮邸での最高純度の光属性たる藤村大河。

 放っておけなさ等でも目を離せず、しかし最大の清涼剤となっていた衛宮士郎。

 彼等との交流は、慎二の心を少しずつ癒していった。

 それこそ、思わず笑みを溢すほどに。

 

 しかし桜は、それさえも()()()()()()()()()()()()()でしかないのではないか─────と。

 そんな思いが脳裏から離れない。

 

 だが桜は、一体何が慎二を悩ませ、苦しませているのかまるで分からなかった。

 

 魔術が使えないための劣等感? 

 他の魔術師による襲撃への恐怖? 

 それは、桜が間桐家に養子になって8年が過ぎても、まるで分からなかった。

 

「────痛っ」

 

 彼女達の生活が一変したのは、桜とカレンが高校に入学してから暫く経ってからだ。

 小さい痛みと共に、それは彼女の手に現れていた。

 

「これ、は……」

 

 花のような赤い文様が、痣のように手の甲に浮かび上がったソレを、桜は知っていた。

 聖杯からマスターに与えられる、自らのサーヴァントに対する3つの絶対命令権。英霊の座から英霊を招くにあたり、聖杯を求め現界するサーヴァントが、交換条件として背負わされるもの。

 その一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、マスターの魔術回路と接続されることで命令権として機能する。200年続く血塗られた儀式の参戦権。

 

「令呪─────」

 

 聖杯戦争。

 七人の魔術師が、霊長最強の守護者たる英霊を使い魔(サーヴァント)として召喚し、万能の願望器たる聖杯を求め殺し合う魔術儀式。

 

 それについては、ある程度魔術を扱えるようになってから兄から教わっている。

 

 遠坂、アインツベルン、そしてマキリ───即ち間桐。

 聖杯戦争は始まりの御三家と呼ばれる三つの魔術師達が作り上げた儀式であり、桜はその内遠坂の生まれで、今は形としては同じ御三家の間桐に養子として存在している。

 

『間桐は500年前に全盛を迎え、ボクの代で完全に衰退した。

 遠坂時臣にしてみれば、臓硯が後継者欲しさに桜を養子として要求したのだと思ったんだろうな。

 桜、お前の特異な才能を自身では育てきれなかったと想定すれば、正しく棚から牡丹餅だったろうよ。

 聖杯戦争の存続は時臣の望む処ではあった筈だし、見事踊らされた訳だ。

 まぁ、他家の魔術師の魔術を調べるのは基本宣戦布告と同義。間桐の腐り具合を知る術は────いや、あるにはあったか。

 まあそれはいい。兎も角、これは60年周期が必要なもので、僕達が当事者になることは無いさ』

 

 最期の言葉はまるで、高望みをするなと自分に言い聞かせるような言い方であった。

 

 聖杯戦争を起こすために、舞台装置である大聖杯が60年掛けて地脈から魔力を溜め込む必要があるからだ。

 だというのにも拘らず、何故マスターの証である令呪が発現する──────? 

 無論、その事は即座に慎二に報告をした。

 焦燥の中に、また一つ慎二の中で自身の役割の比重が増える事に喜びを隠しながら。

 だが。

 

 

 

「─────あぁ、やっと来てくれたか」

 

 

 

 報告をした際、兄は初めて桜にその表情を見せた。

 桜を助けてから今までついぞ見せなかった、安堵の顔。

 心底ホッとした様な、心の奥底に常にあった悩み事が解消した様な、うっかり見せてしまったような表情を。

 

 歓喜が桜の胸を満たす。

 実ってすらいないというのに、秘かに育み続けた恋が花開いたと錯覚するほどに。

 ずっと見たかった、望みが叶った。

 これ以上ないほど、自身が慎二にとって必要不可欠な存在であるという確信を得られた事が嬉しかった。

 

 そう、嬉しい。

 嬉しいのに。

 だというのに、何故頭の隅で不安が覗くのか。

 

 ───覚えがある。

 その、儚ささえ覚える澄みきった笑顔に。

 老獪な怪物に翻弄され、結果として何一つ成し遂げることが出来なかった、自身を助けると言った男の人の顔を。

 そう、あの人の名前は何だったか───────

 

 どうして、兄はもう一度笑ってくれないのか。

 桜がサーヴァントを召喚する理由は、慎二だけだった。

 

 

「────告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 そこは間桐の魔術工房であり、かつて桜がなぶられ続けた忌避すべき場所であり。

 そして代々間桐が聖杯戦争にてサーヴァントを召喚してきた儀式場でもある。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 女性としての魅力あふれる唇から、その詠唱は紡がれる。

 その肌からは疲弊と負担から汗が。

 瞳は絶対に成功させるという意思が。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 サーヴァントとは、人類史に於ける英雄が死後、人々に祀り上げられ英霊化したものを、マスターである魔術師が聖杯の莫大な魔力によって使い魔として現世に召喚したもの。

 聖杯の魔力無しでは、凡百の魔術師ならば一生掛けても出来るか判らない大儀式である。

 尤も、完全な英霊を召喚するのは、いくら聖杯と言えど不可能であった。

 が、あらかじめ聖杯が用意した『七つの筐』に最高純度の魂を転写、収める事によりサーヴァントとして現界させている。

 

 そんな英霊召喚は本来、召喚の為の縁、触媒としての聖遺物が不可欠である。

 捧げられる聖遺物、これがなければ土地、召喚そのものが触媒になるだろうが、召喚そのものが失敗してしまう可能性もあった。

 

「────告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 そして聖杯戦争はサーヴァントによる魔術師達の殺し合い。

 より強力な英霊との縁が深い触媒が求められるが───間桐が今回選んだのは、これといって誰かとの縁が強いとは言えない聖遺物だった。

 無論、複数の選択肢がある場合でもその中から性質の似た者が、また同一英霊でも比較的性質の似た側面が選ばれて召喚される。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 エルトリアの神殿から発掘された鏡。

 それは前回の聖杯戦争において使われなかった、臓硯が用意していた聖遺物であった。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―! 」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 疲労に満ちた身体が崩れ落ちる直前、誰かに支えられた。

 それが最愛の兄だと判り、苦悶の表情は安堵に変わる。

 

 煙と魔力の残滓から発生する、小さな火花が散っていく。

 だが、視界を覆う煙は直ぐ様晴れ、召喚陣の上に人影が映る。

 その先に、バイザーで顔を覆いながらも、その絶世と表現すべき美貌は人のソレを遥かに凌駕していた。

 豊満で芸術品のような肢体を、黒を基調としたボディコン服を纏い、地面に届くほどの綺麗な長髪の美女がいた。

 魔術師として、本来並外れた魔力を保有する桜自身のソレとさえ比べ物にならない程の、莫大な魔力そのもの。

 紛れもない英霊、間違いなくサーヴァント。

 

 だが、ソレを確認した桜の意識は、傍らにいる兄に向けられた。

 その仕草は、褒められたがっている子供のようで───

 

「成功だ。よくやった桜」

「─────あぁ、よかった」

 

 その言葉で、桜は多幸感で満たされる。

 彼女にとって兄の役に立つことは何より幸せであり、承認欲求を最も満たす事柄だ。

 それは英霊召喚で消耗した身体から、力を抜くには十分だった。

 

 意識が途切れながら、しかし脳裏に浮かぶのは妹の言葉。

 

『───────本当に愚かですね、義姉さんは……』

 

 そのことを話した際の義妹の反応に、何故あれほど憐憫が込められていたのか。

 桜は、まだ解らない。

 

 

 

 

 

 




桜視点。

今作の桜にとって士郎は、凛さえ超える嫉妬の対象である。
もし士郎が女だった場合慎二の計画が壊れるかもだったが、幸い野郎の友情を理解した彼女は慎二の交遊関係に以降口出しする事は無かった。 
それと、慎二と士郎の交友関係が小学校からなのは原作設定ではありません。
原作は中学からです。

ちなみに慎二が桜に魔術を教えられているのは、知識だけはあったから。
なので効率に関しては一長一短。見本を見せた方がいい魔術は上達は遅いが、少しのアドバイス、視点の切り替えの為の助言で十分効果が出るものは上達します。
それはロードエルメロイ二世の冒険を読めば判ってくれるのでは、と。
そして何より慎二は虚数魔術の使い手を知っていますので、教えるのは臓硯や時臣よりもずっと上手です。

勿論この時点では、慎二は変わらず魔術を使えません。
魔術は。


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Put Satanachia 4

 冬木の街の大地主、間桐の邸宅はここ五年ほどでその姿を様変わりさせていた。

 蟲を潜ませ肥えさせる為の森林のごとき雑草の山に、衰退を思わせる手つかずの温室。

 

『いやぁ凄かったですよ。幽霊屋敷も斯くやと言わんばかりでした。勿論、その分遣り甲斐がありましたね』

 

 それらは業者の手によって、動物園へと姿を変えた。

 地主の資金を元に()()()()()()()()()()()まるで膿を洗い出すように徹底的に行われたそれは、まさに職人技と称える他無いだろう。

 そして依頼された通りの、()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()使()()()()()()()、彼女にとっての避難所のようになっていた。

 

「さて、ご飯ですよ貴方達」

 

 純白の銀髪を棚引かせながら、彼女は餌を乗せたカートを押しながら温室に入る。

 

 間桐カレン。

 この温室で彼等の世話を行っている、もう一人の主だ。

 彼女が現れた途端、多くの者達が足取り軽くやって来た。

 様々な種類の犬に千差万別の猫たち。

 挙げ句鼬や鼠等といったものまでもが一匹残らず首輪をつけ、行儀よくカレンが餌皿を並べ終えるまで待っていた。

 

「よく我慢できましたね。さあ、存分に貪りなさい」

 

 主人の許可に、彼等は喜び勇んで餌皿に顔を突っ込む。

 それを観ながらカレンは嗜虐の笑みを浮かべるも、直ぐ様溜め息を吐く。

 人の畜生さは見て盛大に嗤えるが、本物の獣が愛想振り撒きながら餌を食べる姿では、愛らしさが溢れるだけである。

 カレンが求めているのはそういうのではない。

 

「全く、こんな可愛い妹を締め出すとは酷い兄も居たものです。貴方達もそう思いませんか?」

 

 彼女は動物を撫でながら、地下室で儀式を行っている姉の傍に居る困った兄を、どう困らせるか考えていた。

 些か覚悟が決まりすぎている兄を本気で困らせる為に思考を巡らせる。

 それこそ夜這いでも仕掛けてやれば、唯でさえもう一人の義妹から依存の如き慕情を向けられていることに苦しむ顔が、更に苦痛に歪むだろうと。

 そんな思案をしながら、カレンは日課を終わらせる。

 

 聖杯戦争勃発、その数週間前の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三話 騎乗兵(ライダー)の望郷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な光景だ─────それが、召喚されたサーヴァント、騎乗兵(ライダー)・メドゥーサの感想だった。

 あくまでライダーの所感でしか無いが、聖杯戦争に参加する魔術師だろう少女が、サーヴァントを召喚しておいて殆ど自分に見向きもしない、というのは驚きだった。

 というか、少しショックだった。

 何せ、ライダー自身召喚に応じたのは、召喚者である少女の想いに共感し、何より同情したからであったのだから。

 いや彼女の想いを汲み取るならば、この状況は必定だったのかもしれない。

 

「クラスと、真名は?」

 

 召喚の負荷で気絶したのか、マスターらしき少女を横抱きにした少年が此方に問い掛ける。

 その容姿に、かつて己の頚を落とした英雄を思い出した。

 

「……」

「あぁ、自己紹介が未だだったな。僕は間桐慎二、お前のマスターであるこの桜の兄だ。そして、聖杯戦争の方針を主導するのは僕だ」

「……名を、聴きたかった訳ではありません」

 

 ライダーが慎二の言葉に答えなかったのは、単に彼の容姿がライダーに不信感と不快感を与えるものだったからだ。

 似ていたのだ。

 かつて怪物と成り果てた自分を殺した英雄に、その顔立ちが余りにも。

 

 ただ、明確に違うのはその雰囲気だった。

 英雄として悲劇に遭わず何も失わないという、極めて希少な人生を送ったペルセウスでは絶対に纏える事のない、隠者のソレ。

 魔力が感じられない為に魔術師ではないと理解していても、彼が魔術師でないことが不思議でならない程だった。

 

「取り敢えず、桜を寝室で休ませる。付いてこい」

「……」

 

 ライダーの反応を無視して、桜を抱えたまま慎二は地下の工房を後にする。

 そうされればマスターを捨て置けないライダーは、彼に付いていく他なかった。

 

 そのまま歩きながら、慎二は再度問い掛ける。

 

「もう一度聴く。クラスと真名は?」

「貴方がマスターの味方だと信じた訳ではありません。まだ貴方は信用できない」

「────まぁ、当然だね」

 

 彼女の不信を肯定する慎二に、ライダーの足が止まる。

 そんなライダーを尻目に、彼は無視して地下室を出た。

 

「マスターが最も無防備な時は何時だと思う」

「……サーヴァントが離れた時ですか?」

「違う。サーヴァントを召喚する最中、或いは召喚する前だ」

 

 工房の防衛機構に任せ、マスターが最も周囲に意識を向けず隙が生じる時は、英霊召喚の最中、またはそれ以前に他ならない。

 事実異なる幹(並行世界)の聖杯大戦にて、サーヴァントを召喚する前のマスターに毒を盛り、結果多くのサーヴァントを謀った者達もいる。

 だがそれは、魔術師がサーヴァントを使役して戦う聖杯戦争の、根本前提を無視した発言だった。

 或いは、魔術師らしくない合理的極まりない思考。

 しかし慎二は、そんなものは知らんとばかりに話を続けた。

 

「僕が桜の兄と名乗っても、桜自身が認めなければ警戒は続けるべきだ」

「……」

「そら、さっさと僕を警戒して桜の傍に居ることだね」

「いいえ」

「は?」

 

 桜の寝室に辿り着いた慎二が、怪訝そうにライダーへ振り向く。

 

「僕を信用してないんじゃないのかよ」

「だからこそ、貴方の動向を監視するべきだと考えました」

 

 ライダーには様々な疑問があった。

 魔力を感じない以上、慎二は魔術師ではない。

 

「まぁいい。その別として、今回の聖杯戦争の基本方針を話す」

「それは、マスターが決めることでは」

「生憎と、桜はすっとろいノロマだ。殺しは勿論、喧嘩一つしたこともない。そんな奴が聖杯戦争の方針なんぞ決められると思うか?」

 

 慎二の、ライダーにとってのマスターを貶していると取れる発言には、欠片の悪意は無かった。

 当たり前の事実を口にしているのだろう。

 だが、それは現代の人間としては美徳である。

 魔術師────それも聖杯戦争となれば、その所業は汚れ仕事と形容しても異論は出ないだろう。

 

「その為の貴方、という訳ですか」

「第四次聖杯戦争────前回のセイバー陣営だったアインツベルンは、マスターは矢面に立たず聖杯の器のホムンクルスをサーヴァントの傍に置き、マスターとして振る舞わせたらしい。今回僕らもソレをやる。

 ま、その理由がマスターがノロマだから、ってのは情けないけどね」

「……何故」

「は?」

「何故、貴方は聖杯戦争に関わろうとするのですか。魔術師ではない、貴方が」

 

 妹がマスターになったから、それを支えるため? 

 少なくとも、ライダーにはそんな風には見えない。

 では聖杯が目的で、マスターを操っているのか。

 あるいは───────

 

「─────教えない」

「ッ」

 

 鉄仮面の様な無表情に、落胆の色が混じる。

 馬鹿を観るような、そんな視線を蓄えながら溜め息を吐いた。

 

「お前さぁ……こっちが聞いてる事を答えない癖に、望む答えが返ってくると思うか?

 それとも、まともな対人経験ないの?」

「……」

 

 図星である。

 彼女の対人経験は最愛の姉達と、そんな姉達を狙うギリシャの勇士(略奪者)達。

 後は自分達を取り込み、迫害したオリンポスの神々のみ。

 彼女にコミュニケーション能力など無いし、面倒なだけだった。

 今まで(生前)は。

 

「やっぱり、お前は桜の召喚したサーヴァントだよ。これは苦労しそうだ」

 

 桜を片手で抱え直し、自分で彼女の寝室のドアを開ける。

 ライダーは暫く、動けなかった。

 役立たず、と言外に言われた怨敵そっくりな顔に、あろうことか────最愛の姉達の罵倒が重なったからか。

 無性に、自分が恥知らずであるかの様に感じた。

 

「自己紹介は桜が起きてからだな。全く、これだからギリシャは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局ライダーは慎二を見張ると言いつつも、何か抵抗があったのか桜の寝室を中心に間桐邸を中心に周囲の地形を把握を行っていた。

 それは容姿が生前の大英雄に似ていたからか、あるいは視線が最愛の姉達と被ったからか────。

 数時間程度で魔力パス経由で桜が目を覚ました事を知った。

 

『────お願いライダー。兄さんを助けてあげて』

 

 まだ消耗が残っていたからか、そこまで話し込むことは出来なかったが──それでも、桜はライダーにとって好ましいマスターだった。

 兄を想い、助けようとする姿に嘗ての自分を重ね、怪物と成り果て護るべき存在(ゴルゴーン三姉妹)を壊した自分とは違う結末を彼女に望んだ。

 彼女が再び寝静まった後、ライダーは桜から教わった慎二の部屋に訪れる。

 

「これは……」

 

 霊体化を解いて彼女が足を踏み入れた慎二の部屋は、かなり奇妙だった。

 魔術師でも男子高校生にも当てはまらない、幾つもの画面と電子機器に溢れたスタジオ。

 それが彼の根城だった。

 

「ノックくらいしろよ」

 

 その根城の主は、画面に繋がっているであろうリモコンを片手に持ち。

 ソファに背中を預けつつ、チャンネルが変わり続ける画面を眺め続けている。

 

「貴方の指示に従えと、マスターの命令がありました。

 ライダー、真名をメドゥーサ。これより貴方の指示に従います」

「……ギリシャ神話の、英雄殺しの反英雄。ゴルゴーンの怪物────その女神としての姿か」

「……!」

 

 華々しい英雄と対極たる反英雄。

 討たれるべき醜悪なる怪物だと、ライダーの正体を聞いた慎二は、しかし欠片も落胆を見せずに熟考に入った。

 その事に、ライダーは少なからず驚きを見せる。

 それは迫害され続け、怪物として討たれたことを負い目に持つ彼女にとってあり得ないことだからだ。

 

ギリシャ神話に登場するゴルゴン三姉妹の末妹メドゥーサ。伝承から精査するに、元々在った土地神が惑星改造用プラント船(ポセイドン)のテオス・クリロノミアによって眷属化。ギリシャ神話体系に取り込まれたと考えるべきか。問題は反転した場合、カレンの体質にとって致命である点。しかし、それは令呪で如何様にも抑え込める。問題は今回の聖杯戦争以降生き延びられるか。桜の魔力ならば問題なく維持できるし、それこそ令呪での受肉も桜なら出来なくもない。なら、残る課題は─────ライダー」

「……はい」

お前の、召喚に応じた理由は? 

 

 その問いの意味を、ライダーは即座に理解する。

 即ち、手に入れるべき聖杯を手に入れた際の、叶える願い。

 根本、英霊はその願いを持つがゆえに召喚に応じ、魔術師ごときにサーヴァントとして召喚されるのだ、

 

「……それは────」

 

 そして、ライダーは己が望みを告げる。

 

「桜を護る。それが私の望みです」

「─────」

 

 慎二の、絶え間無く動き続けていたリモコンのボタンを打つ手が、思わず止まった。

 桜が召喚の際に触媒とした遺物は、しかしメドゥーサと特別強い縁を持っているわけではなかった。

 ならばこの怪物に変貌する前の、辛うじて女神としての側面を残す姿で召喚されたのは、きっと桜自身の縁なのだとメドゥーサは考えた。

 ()を想い、護るために力を尽くし、そして女である。

 桜とメドゥーサとの共通点は、余りに多い。

 なら、在る筈なのだ。

 

 メドゥーサと同じく────怪物に成り果てる可能性が。

 

 それだけは、何としても防がねばならない。

 その果てに護るべき最愛の姉達を喰らった、自分の様にしないために。

 その為に、ライダーは此処に居るのだ。

 

「そう、か」

 

 静かに、慎二はリモコンを持つ手を机に落とした。

 顔に手を当て、少しした後に手を下ろす。

 小さな言葉と共に吐かれた安堵の息は、しかし────ライダーの背筋に嫌な予感を走らせた。

 何かを失敗した、と。

 それは怪物としてではなく、地母神としての直感。

 そして、形の無い島で襲来する勇士達の中に同じ顔をした者がいたのを思い出した。

 ライダーの答えを聞いた慎二の様子を、彼女は知っている。

 それはまるで、長年背負い続けていた荷物を下ろせることに、ホッとしている様な。

 

 

「────なら、僕はもう必要無いな

 

 

 あるいは、死に場所を見付けた勇士が見せる────安堵の顔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────夢を観た。

 サーヴァントとマスターは、魔力的なパスで繋がっている。

 その影響は、召喚されたマスターの人柄にサーヴァントの人格が僅かながら変化するほど。

 そんなサーヴァントとマスターとの影響の一つとして、夢があった。

 サーヴァントはエーテルでできた仮初めの躯であるため、水や食物、睡眠を必要とはしない。

 それ故に、サーヴァントは決して夢を観ることは無い。

 観るのは、マスターの夢である。

 つまり、サーヴァントはマスターの。マスターはサーヴァントの、過去の夢を観る。

 

 即ちライダーは、間桐桜の一生を垣間見ることになった。

 家族との別れに、醜悪な悪意に苛まれた幼少期。

 地獄と形容して不足の無いそれは、少年によって救われた。

 

 その後を彩っていたのは、兄である慎二への愛と献身。

 そしてその光景は、ライダーに酷く共感と憧憬を懐かせる物だった。

 似ていたのだ。

 生前に、最愛の姉達と過ごした穏やかな頃の一時と。

 いや、それは決して偶然ではない。きっとどんな兄妹も、こうなのかもしれない。

 その夢の光景を、自分に重ねない訳にはいかなかった。

 自分達にあり得たかもしれないイフを、夢想せずにはいられない。

 不器用ながらも妹達を護ってきた姿に、生前(かつて)の自分を。

 ぶっきらぼうながら、妹達を愛する姿に最愛の姉達を。

 

 元よりその記憶は、桜というフィルター越しである。

 好感を持ちやすく、何よりその人格の影響を受けているのだ。

 そしてライダーは元来、地母神に属する。

 感情移入せざるを得ないのだ。

 

 だからこそ、強く思う。

 この兄妹達を、護り抜こうと。

 その感情を指す言葉は、きっと慈愛と呼ぶのだろう。

 

 ───それはそれとして、つまみ食いは許されるのでしょうか? 

 

 そんな彼女は、実にギリシャ神話的ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、沢山の画面の前でリモコンを押し続けていた慎二。

 彼が絶えず見続けていた映像は、冬木市に備え付けられている監視カメラ。

 加えて、街中に放たれた()()()()()()()()()()()()()()()()()()によるものである。

 

 慎二に魔術は使えない。

 だがそれでも、()()と桜の魔術によってある程度制御された眼を街中に配置することや、監視カメラの映像をハッキングする事はできた。

 使い魔と云うには余りに魔力の乏しい術は、しかしとある神父を除いた魔術師(マスター)達に極めて有効に機能した。

 

 そんな移り変わっていた画面が、ある映像にリモコンを押す動きが止まる。

 慎二はその光景を食い入るように見つつ、手元のノートパソコンのキーボードを手早く打ち出す。

 

「アトラム・ガリアスタ……。それとコイツは、観測所(フォルネウス)担当の────」

 

 映像には、とあるサーヴァントとそのマスターの言い争いでさえない、不和の芽。

 その発芽を映していた。

 

「────コルキスの王女、メディアか」

 

 

 

 




ライダー視点。
桜視点で過去を観ちゃったんで、盛大に感情委移入。元地母神としてはまぁそうなる。
でもギリシャはギリシャ。
一応ポセイドンとの愛人関係は型月だと改造or機械的なナノマシン注射になるのかな?

という訳で、正月のお年玉企画的な連続投稿もこれにて終了。
実は設定に関してはHF二章上映直後に書き殴ったものであったり。
次話以降はアポssみたいに書き上がったら投稿する感じです。

誤字修正指摘兄貴姉貴には、いつも感謝を。
ではまた。


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Put Satanachia 5

 

 

 

 

 翌日。

 桜が召喚で消耗し、朝を超えて昼を迎えた間桐邸。そこで朝では揃わなかったリビングにて、全員が食事の席に着いていた。

 これは衛宮邸での食事習慣で、間桐にも馴染んだものである。

 こればかりは暗黙の了解というやつだ。

 特に、そういったものを効率重視で蔑ろにしがちな慎二でさえ、この場にはキチンと参加する。

 食卓とは、一人残らず血の繋がらない三人の兄妹にとって、彼等を家族として繋ぎ止める楔の一つでもあった。

 そんな場に、新たな者が参入する。

 

「……」

 

 桜が召喚したサーヴァント、ライダーである。

 そんな彼女は桜に連れられて、ダイニングに足を踏み入れた。

 ライダーを含めても四人しか居ない間桐家に対して、余りに広いダイニングは、しかして洋式の邸には不釣り合いな少し大きめの炬燵が占有していた。

 

「おや、もう少し惰眠を貪っているかと思ったのですが。──おはようございます、桜姉さん。そしてライダー」

 

 料理が乗せられた食器を並べるのは、白髪金眼の美少女。

 口を開けば毒が漏れる、間桐カレンであった。

 

「ッ……」

 

 昨日カレンと初めて出会ったライダーは、そんな彼女に既に苦手意識があったりする。

 無論、彼女の毒舌は人間への興味関心が薄いライダーをして猛毒だが、本当に煩わしいなら彼女は無視を決め込むだろう。

 基本面倒事は無関心で通す性格である。

 だがそれが出来ないのは、ひとえに彼女の姿が最愛の姉達に、容姿ではなく言動が余りに酷似しているからだろうか。

 果たして正真の神霊と似てる、などと呼ばれるカレンへの評価を客観的に決めるのは、ライダーには困難だった。

 自分の仇敵、最愛の姉達。

 そんな対極に位置する者達と似てる間桐家は、ライダーにとって非常に対応しづらい場所であった。

 

『────あらあら、妹と一緒に薄暗い密室に入ってどんな如何わしい行為をしているのかと思えば、そんなはしたない格好の女性を連れ込んで』

 

 遡るのは昨夜。

 慎二によって紹介された間桐家の末妹が、ライダーの姿を見た開口一番がこれだった。

 実際ライダーの格好は明らかにサイズ違いであり、あるいはその手の職業の人間にしか見えなかったので非難されても不可抗力だが───カレンの表情は愉悦一色であった。

 

『全く、妹に手を出すだけに飽きたらず、それが召喚した英霊にまで獣欲を撒き散らすのですか? 私も本気で身の危険を─────』

『コイツは妹のカレンだ。……丁度良い、桜が目を覚ます前にコイツに合う服を適当に買ってきてくれ。霊体化すれば、行きは問題無いだろう』

『……………………むぅ』

 

 珍しく堂々と兄を弄る材料に、ウキウキで責め立てるが────、一転。

 その罵倒に、昨日までなら慎二は辟易しながらどう切り抜けるか思案し、それでも妹の歪んだ愛情表現に付き合っていただろう。

 だが、生憎と既に非常時。

 慎二は既に、鉄仮面を被りきっていた。

 

『前もって言っていたが……桜がサーヴァントを召喚した以上、お前に構ってやる余裕はない』

『……はぁ、仕方ありません。分かりました』

 

 しかし、ほぼスルーに等しい対応にカレンは珍しくむくれる様に眉を歪ませるも、最後には溜め息と共に聞き分けた。

 これを無視すれば、本気で存在しないものとして扱われるだろう。

 或いは、自室に監禁染みた謹慎処分を受けるかもしれない。

 普段なら兎も角、現在は聖杯戦争という非常事態の準備期間。

 あらゆる争いに於いて、準備期間こそが全てである。

 

 必要だと判断した慎二は、カレンの自意識を無理矢理封じ込むことさえ辞さない。

 ひとえに、彼女の命を守るために。

 そんな二人を尻目に、ライダーは一人落ち込んでいた。

 

『やはり、私の様な大女では姉様達の御下がりは似合わないのでしょうか……』

『────はぁ? 大女……? というか、御下がりだって? そもそも一体いつの御下がりだソレ……』

 

 無表情で呆れたような声を出す、といった器用な真似を慎二が疑問符を浮かべる。

 メドゥーサの姉達とは、即ちゴルゴン三姉妹のステンノとエウリュアレである。

 ライダーの実姉であり不変である神霊の彼女達が、恐らくライダーを除けば唯一()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()、思わずライダーの全身を見直す。

 高校生として比較的小柄な彼にとっても、ライダーの170センチ程度の身長で大女と嫌味なく形容するには、少しばかり大袈裟である。

 だがそれ以上に、身長が130センチ台の姉達の御下がりを着続ける事に驚いていた。

 

 無論ライダー(メドゥーサ)も、それを貰った時代はその服に相応しい背格好だったのだろう。

 事実槍兵(ランサー)として現界した彼女は、神霊として完成したIFの姿である。

 その時の姿なら兎も角、ライダーとして現界した彼女は姉達を狙う英雄たちを理知的に返り討ちにしていた頃の、神性と怪物性が両立している姿であった。

 即ち本来不変である女神でありながら、唯一成長────()()()()()()という唯一性を持っていたメドゥーサだからこその変容。

 元はワンピースだったのだろうが、昔貰った御下がりをずっと着続けていれば、そりゃそんな際どくもなる。

 

 勿論そんな思考を、彼女が知る術は無く。

 威風堂々、と言うわけではないが、それでもサーヴァントとして相応しい魔力と共に在った彼女は、羞恥に俯き肩を震わせる。

 彼女にとっての女性としての理想像が、少女という事さえギリギリな幼さの姉達であるが故にライダーの顔に劣等感から朱が滲む。

 それにカレンが嗜虐心と共に色めき立つのを、慎二が睨み付けることで抑えながら答える。

 

「大女ってのは意味分からないけど───少なくとも、現代社会に於いてソレはアウトに決まってるだろ。聖杯から与えられる知識に、常識含まれなかったの? 

 もしそんな格好を桜やカレンがしてたら、僕は即座に他人の振りをするね」

 

 あくまで現代の人間の品性では、と付けられた蛇足は、崩れ落ちる彼女を支えるだけの物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

第四話 その呪いの名は

 

 

 

 

 

 

 

「─────御馳走様」

 

 回想終了。

 静かな、或いは行儀の良い食事を終えて、慎二は桜達に二・三指示を出してから再び自室へと姿を消した。

 

「桜、ライダーを連れてこの街の地形を把握させておけ。そろそろ臓硯の偽装も解いて行くつもりだからな。召喚での疲労も、解消しておけ」

 

 死亡偽装。

 それは、彼の祖父が死んだと偽装した事ではない。寧ろその逆。

 五年前、遠の昔に死亡している蟲の翁が生きている様に偽装していたのだ。

 

 事実、慎二に腐り果てた精根まで()()()()()臓硯は、その魂が腐敗し初心を見失った段階で間桐家の癌でもあり、同時に外敵への抑止力でもあった。

 五百年を生きる、全盛期ならばサーヴァントにさえ勝利しうる魔術師。

 まさに、その名が力だった。

 

 かの蟲の翁が死んだのは、慎二に支配されてから数年後だった。

 

 間桐臓硯は人喰いの妖怪ではあるが、その実人間を食べなくてはならない、というわけではない。

 それこそ、牛や豚などの動植物でも替えは効くのだ。

 態々人を捕食していたのは、その腐り果てた魂故だろう。

 少なくとも、慎二にとって即座に殺したい存在である筈の臓硯も、直ぐ様殺すわけにはいかなかった。

 魔術的なモノを含めた、間桐の財産の相続準備と防衛措置。

 財産の管理方法などを含めた、自身の知識の全てを遺して貰わなければならない。

 慎二達にとって、必要なものは余りにも多かった。

 彼を『維持』するのに掛かる費用は、間桐の資産からすれば何の問題にもならなかった。

 臓硯が犠牲にして来た人間の数を思えば、慎二にとって彼を『維持』すること自体が苦痛だったが。

 

 では、何故その死を明かしていく予定なのか。

 全ては桜がサーヴァント、ライダーを召喚したからに他ならない。

 臓硯という虚構の力は、それを超える力によって保証されたからである。

 

 騎兵(ライダー)メドゥーサ。

 ギリシャ神話でも屈指の知名度を誇る、英雄殺しの怪物である。

 元来、彼女は古い土着の神なのだが────そういった事は置いておいて。

 こと桜と契約している状態での戦闘能力に関して、古代王が多く召喚された第四次聖杯戦争に於いても、相当通用しただろう程に強力だった。

 それこそその情報を桜から伝えられた慎二が、第四次にて遠坂が召喚しやがった弓兵(アーチャー)とアインツベルンの剣士(セイバー)のサーヴァント以外ならば、それこそ他の全てに正面から勝ち抜けるのでは、と思えるほどに。

 ────そんな彼女が中堅程度に落ちる程、第五次(今回)の聖杯戦争が魔境になるのだが────

 少なくとも、現代の魔術師に負ける要素は皆無と言っても良いだろう。

 

 そんなライダーは、霊体ではなく実体化した状態で己のマスターである桜と共に冬木の街を散策していた。

 

「賑やかですね、桜」

「うん。私も最近兄さんの手伝いで忙しかったから、新都に行くのも久しぶりかな」

 

 ライダーは、勿論既に痴女の汚名を浴びた姿はしていない。

 黒いタートルネックにジーパン。その上にコートとマフラーを羽織る、凡そ地味と形容されるファッションではある。

 が、そこは伝説に於いて戦女神アテナが嫉妬によって怪物に変えたという一説さえある、ギリシャ神話屈指の美女。

 そんな地味なコーデが、逆に彼女の美貌を際立たせていた。

 

 とはいえ魔眼殺しなど易々と手に入れることは出来ない為に、彼女(メドゥーサ)の代名詞たる石化の魔眼を封じる為のバイザー(宝具)は必要だった。

 余りに強力なその魔眼は、強力故にライダーにも制御出来ず、ライダーが眼を瞑っていても相手が近距離に居るとライダーを認識しただけで石化が始まる代物。

 が、流石にバイザーのそれ自体も違和感甚だしいものだ。

 現代社会での生活に於いては、不自然極まりない。

 結果として、バイザーの上に黒い布を巻き付かせてある程度カムフラージュしていた。

 やや不自然だが、まだバイザー剥き出しよりはマシだろうとの判断である。

 

 そんな彼女と並んで歩いて、見劣り程度に留まっている桜を誉めるべきか。

 一組の美女美少女は、共に冬木の街を歩き遊んだ。

 

 北に海、南に山並みを臨む、自然豊かな地方都市───それが冬木だ。

 冬木という地名は冬が長いことから来ているとされるが、実際には温暖な気候で厳しい寒さに襲われることはそう無い。適当に掘ったら温泉の一つや二つ湧き出るのではないかと言われてさえいる。

 地脈は地下水とも表現される事から、そんな噂は冬木が聖杯戦争に相応しい霊地であることの証拠だろうか。

 

 そんな冬木の街を、西側が古くからの町並みを残す『深山町』から二人の歩みは始まった。

 深山町は昔ながらの住宅街であり、大邸宅がやたら多い。

 間桐邸を含めて最低でも6つ存在し、長い坂道を歩いた末に、中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した『新都』がその入り口を見せる。

 

「────……」

 

 その文明の発達具合に、神代の女神でさえあった彼女は何を思うか。

 初めから彼女の世界が一つの島で閉じていた事から、そこまでの関心を持たないのだろうか。

 あるいは神々の関与も無しによくぞここまで、と称賛してくれるのだろうか。

 それとも、ついぞその眼で見ることの無かった神々の都─────軌道大神殿(オリュンピア゠ドドーナ)を想起したか。

 

 桜は想像すら出来ない。

 少なくとも彼女はギリシャの神々が()()()()()()()()()()()()だと、慎二から教わっていなかった。

 二人が向かったのは、新都の顔というべき場所駅前パーク

 大型百貨店ヴェルデ、ブティック、ボウリング場などがある。

 清潔な街並みをモットーに、ゴミのポイ捨ては禁じられている様は────かつての災害を振り払わんとする努力か。

 そして、桜はライダーを其処に案内した。

 

「これ、は────」

 

 冬木中央公園

 新都の中心にある、サッパリした広めの公園。

 駅前中心街からは少し外れている為、昼休みに訪れる会社員は多いが────公園の中心にある広場は人気がない。

 まるで、人々がソコを避けるように。

 

「ここは、第四次聖杯戦争の聖杯召喚地だった場所なんだって」

 

 聖杯戦争のための霊脈加工によって、後天的に霊地と化した土地。

 冬木市民会館が建設途中であったが、戦闘の余波で焼け落ち、周囲一帯も火の海となった。

 

「────馬鹿な」

 

 聖杯への知識は、聖杯そのものから現代知識と共にサーヴァントに与えられている。

 魔法の釜。聖なる者の血を受けた聖遺物の一つ。

 そして、万能の願望器。

 耳障りの良い謳い文句、そんな『聖なる』などと付いたモノが降臨した場所。

 というのに、この公園には悪い意味で異界の様だった。

 女神から怪物へと堕ちたライダーでさえ、おぞましいと思える怨念が染み付いて、今尚怨嗟と悲鳴がこびりついているかのようだ。

 それは、復興計画で自然公園として生まれ変った現在でも変わらない。

 

 聖遺物が降臨した聖地? 

 度しがたい邪神か怪物が顕現した戦場と言われた方が、まだ納得する。

 

「サーヴァントは聖杯を求めて召喚に応じるって、兄さんが言っていたから……本当は最初にソレを伝える予定だったんだけど」

 

 ライダーに聖杯への願望など無い。

 精々、桜の未来への幸福を願う程度だろうか。

 慎二にとって嬉しい誤算、或いはこの義妹が召喚するサーヴァントの善性をなんとなくに予想していたのか。

 邂逅一番に伝える事を、桜がライダーに告げる。

 

「聖杯は汚染されています。

 もし聖杯戦争を完了させれば、人類は滅ぶでしょう」

 

 自身の使い魔ではなく、自らの呼び掛けに答えてくれた先人への敬意を込めて。

 五年前───怪物と成り果てる可能性を()()()()()()()()は、世界の危機を優しき怪物に告げた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 途中、公園で穂群原学園陸上部の面々と遭遇。

 その内の一人(三枝由紀香)が頗る霊感が高い所為で、公園の残留思念に盛大に被害を受けた処に遭遇。

 練習した際の人数が陸上部の総数に合わない事態が発生(その場に居た陸上部は奇数で、しかし練習時二人組で余りが出なかった)。

 その混乱に巻き込まれるという珍事は起こったものの、二人は帰路に着いていた。

 

「サクラ、一つだけ聞かせて下さい」

「?」

 

 ライダーは短期間ながらに、己のマスターの取り巻くものを理解していった。

 桜はマスターとしては、成る程慎二の言った様に不適切なのだろう。

 能力如何ではない。

 その性根は、ただの優しい女の子だ。

 

 そんな彼女が慕う慎二も、やはりその性根は善性なのだと、ライダーも思う。

 妹を戦場の矢面に立たせない。その姿勢一つ取っても称賛できる。

 唯一点を除いて。

 

「貴女は彼女───カレンの状態を知っているのですか?」

 

 ライダーの言葉に、先を歩いていた桜の足が止まる。

 少しの沈黙が冬空に流れるも、彼女は苦笑しながら自分のサーヴァントに振り向いた。

 

「すごい。ライダーには、やっぱりそういうの解るんだ」

「やはり彼女は、シンジに支配されている」

 

 毒を愉悦と共に撒き散らす白い少女。

 そんな彼女が慎二と強い魔術的契約下にある事を、ライダーは見抜いていた。

 それも、支配されていると表現して相違無いほど、カレンに一方的なものが。

 美しい少女に行われている、幾らでも悲劇を想像出来る状態。

 にも拘らず、桜はそれを当たり前に容認していた。

 では、何か事情があると考えるのが自然である。

 そして、そんな事情はあったのだ。

 

「ライダーは────『被虐霊媒体質』って知ってる?」

「!」

 

 それは、『悪霊』に反応しその被憑依者と同じ霊障を体現する体質。

 悪魔祓いにおいて初手、そして最大の難関とされる「隠れた悪魔を見つけ出す」段階において、自らの傷を持って悪魔を探知する────いわば鉱山のカナリアとも言えるソレ。

 世が世なら聖女。あるいはその特性から生贄か、霊障の原因と同一視されかねない異能。

 それが、カレンが生まれつき負った『傷』であった。

 

 それこそ彼女がこの冬木公園などに居れば、ものの数分で血達磨になるだろう。

 それでも尚、露出が少なかったとはいえライダーにはカレンの玉肌に、傷痕などはまるで見受けられなかった。

 

「間桐の屋敷は、一度大規模に改築されていてね。前に建てられたっていう『小川マンション』って建物を兄さんが参考にしたの」

 

 十数年前にとある台密の僧だった魔術師が、実際に魔術を用いずに建設したマンション。

 魔術的物品や加工をほぼ一切行わず、内部の模様や塗装、エレベーターの捻じれ等を用いて魔術的記号を構築、設計。

 住民こそ必要であったが、事実上魔術抜きで人工の固有結界を構築したのだ。

 まるで古代の神殿の様なソレを、慎二はカレンの為に用意した。

 ならば、慎二がカレンに科した契約内容はライダーでも容易に想像が出来る。

 

「その体質そのものを、抑え込む契約を?」

「うん。そうでもしなきゃ、カレンは長生き出来ないんだって」

 

 母親が何らかの理由で、キリスト教に於いて最大の罪の一つである自殺をしたカレン。

 またそれが原因か、父親がショックの余り記憶障害によって自身(カレン)の存在を忘却。

 結果、厳格で狭器な神父の元に引き取られた彼女は冬の幼少期を送った。

 預けられた教会では、「病弱な女が行きずりの男と関係を持った際に生まれた、厄介者」と周りから扱われた。

 そんな理不尽にも、出自そのものが罪であるとされた為に彼女は洗礼も愛も一切与えられず、それでも只管に主への祈りだけを捧げてきた。

 

 ────間桐臓硯がとある人物への切り札の一つとして、間桐家に養子として引き取らねば。

 臓硯が死に。その手続きを異能に目覚めた慎二が代わりに行い、即座にその体質を封印していなければ。

 彼女は30を迎えることなく、人の形さえ保てず死んでいただろう。

 

「……」

 

 ここまで来ると、ライダーは違和感すら感じた。

 それこそ、本気で褒めるしかない慎二の行動。

 ライダーは、慎二の善行に驚きつつも疑問に思う。

 果たして、あの捻くれながらも行いは聖者の様な少年は、どうしたら()()()()()()()()()不思議で仕方が無かった。

 人を操れる異能らしき特別を、後天的に手に入れた多感な男児。

 衝動的に、或いは芋づる式に幾らでも悪行に手を出せるだろうに。

 少なくともライダーにとって、人の善性を信じるより悪性こそ余程理解が及ぶ。

 

 あの慎二が義理の、つまり赤の他人を態々異能を使ってまで引き取り、妹して扱う。

 彼がそんな底抜けのお人好しに、ライダーは見えなかった。寧ろ、余程魔術師然とさえ感じる。

 

「それでも、ありえない。」

 

 加えて疑問はもう一つ。

 それは、そもそもありえない前提に対するもの。

 

「何故なら────」

「そう、だね。ライダーも解ってると思うけど、兄さんには魔術回路が無い───ううん、全て閉じ切っている」

 

 慎二曰く、間桐家の魔術回路の全盛期は五百年以上前に迎え、以降衰退の一途を辿ったという。

 結果、慎二の親の代でほぼ枯渇。叔父が辛うじて魔術回路を開いていたという有様。

 慎二は三千年を誇る間桐(マキリ)の魔道は、その土地を悲願の為に移した事によって枯れ果てたという。

 あれほど完璧な契約を、魔力が無い慎二が結ぶ事など不可能である。

 ならば答えは一つ。

 

「兄さんはあれを、()()って言っていた」

 

 それこそ、慎二が唯一持つ超常。

 その眼が映した生物と、その時点で強制的に契約を結ぶ眼。

 そして契約を結ばれたモノは、慎二の支配下となる。

 それは支配と契約を司る、マキリの魔術そのものとも言える。

 普通に考えれば、隔世遺伝と呼べるものだった。

 

「魔眼……?」

 

 それでも、ライダーにとって納得出来るものではない。

 彼女自身、事実上最高位の魔眼を保有している身だ。魔眼への造詣は未所持の英霊より余程深い。

 魔眼とは、生得のソレとは独立した魔術回路。

 つまり、魔術回路である。

 しかし慎二からは、一切の魔力を感じられない。

 魔眼を保有しているのなら、それはおかしいのだ。

 

「魔眼って言っても、ノウブルカラー────一般的な魔眼というより、超能力の類なんだって」

 

 例えば、日本に於ける四つの退魔の一族の内二つ。

 片や「対象の思念を色として見るなど、在りえざるモノを見る眼」である七夜の異能────『淨眼』。

 片や「人為的に手が加えられているために魔術と超能力の間にあり、視界内の任意の場所に回転軸を作り、歪め、捻じり切る眼」である浅神の異能『歪曲の魔眼』。

 

 慎二のソレは、その域にさえ届くほどだった。

 

 隔世遺伝。本来、人間という生き物の運営には含まれない機能。俗に言う超常現象を引き起こす回線。

 自然から独立した人類が獲得した最果ての異能。

 成程、マキリの魔術が異能という形で、()()()()()()()()()()発現したというのなら理解できなくもない。

 というかライダーの魔眼も、正確には超能力の分類である。

 

「でもね、ライダー。兄さんの眼はそんなに便利な物でもないって、ぼやいてたかな」

 

 視るだけで人間さえ自由自在な状態に、一方的に置ける瞳。

 後は口頭の命令で、あらゆる行動が思いのまま。

 そう言えば聞こえが良さそうではあるが、実際はそんな強力とは言えなかった。

 

「一定の魔力を保有していると、契約を結ぶこと自体をレジストされるんだって。

 一般人や動物になら兎も角、対魔力がある程度ある魔術師には通じないモノだった」

 

 ましてや霊格自体が上位の英霊(サーヴァント)など、話にならない。

 少なくとも、桜の魔力で簡単に弾けるもの。頼りにするには脆弱過ぎる。

 それが、慎二の下した結論だった。

 

「では、あのテレビ……でしたか。アレが映しているものは────」

「捨てられた動物とかを引き取って、自分の使い魔の代わりとして飼育しているの。せめて情報だけでも優位になれるようにって」

「なるほど……」

 

 通常の使い魔の様に、視覚を共有している訳ではない。

 ただ主人が誰か理解させ、一定期間街を好きに放つ。

 後は首輪に仕込んだ小型カメラで、大量の動く監視カメラを配置。冬木に巨大な監視網を形成した。

 それは、十年前にとある魔術殺しが取った手段の拡大、発展したものだと知れるのは、それこそ冬木教会の神父だけだろう。

 

「あぁ、でも。兄さんはこうも言っていたかな」

 

 日が沈み、夜の帳が落ちる。

 そうして二人は、いつの間にか間桐邸に帰還した。

 門を開き、邸内に足を踏み入れる前。

 桜は少しわざとらしく呟く。

 

「『これは、超能力なんて上等なモノじゃない』って」

 

 それは三千年に渡るマキリの家系が持つ始まりの命令であり、その家系が起こる際に『神』から授かった責務。

 魔術世界においてもっとも崇高な血の掟にして、一族が途絶えるまでその使命に殉じさせる。

 呪いのような絶対遵守の誇りである。

 そう、呪い。

 

「『────人理を焚べる獣の呪い(グランドオーダー)』」

 

 それが、間桐慎二の絶望の入り口だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、続々と聖杯戦争参加者が来日し続ける中。

 ある夜、ライダーは慎二と共に柳道寺近隣の森を訪れた。

 

 恐らく間桐慎二にとっての、一つのターニングポイント。

 

 その更に数日後に、慎二は臓硯の死亡を本格的に明かした。

 それは、最早仮初めの抑止力が完全に不要になったことの証拠。

 仮に外部から魔術師が首を突っ込んでこようと、対処できるという慎二の自信、否。確信であった。

 

 そうして六騎のサーヴァントが召喚され、七騎目を待たずにランサーとアーチャーが戦った夜。

 アインツベルンの暴走により、最後のマスターがセイバー(最後の一騎)を召喚した。

 こうして、役者達は運命の夜を迎える。

 




strange fake最新刊の熱狂に充てられ、密かに更新。

間桐慎二
 マキリの血の呪いに苛まれた少年。一話にて覚醒した時点で本人的に詰み。
 その精神はストレスの余りボロボロであり、(便宜上)魔眼で無理矢理抑え込んでいるだけ。ナイチンゲールがベッドを投げ込み、抗鬱剤をアスクレピオスが無言処方する程度。実は抗鬱剤の代わりに衛宮家が処方箋となっていた。
 根本的にとある三重人格者の担当者が■殺した場合の予備なので、与えられた力はその境遇に比べかなりショボかった。当然魔術回路が開くなんてことも現状起こっていない。
 無表情低感動なのは、その眼で自己支配を行っているから。
 彼の目的は、如何にして後顧の憂いを断つかどうか。
 尚、とあるサーヴァントによって救われる予定。

『酔眼』
 間桐慎二に与えられた、最低限の保証。或いは、自殺予防装置。
 端的に「目で見、眼を見られた場合その対象と絶対隷属契約が結ばれる魔眼」(超能力)。
 しかし一定以上魔力を保有しているだけで命令がレジストされ、ある程度の魔術刻印持ちなら契約を結ぶ事すらできない。
 臓硯に効いたのは油断しきっていたのと、身体を蟲に移していた点。
 そして何より、その力の根本によって呪いが掛かっていたから。
 それでも聖杯戦争に首突っ込めば、早々に死ぬ程度の力。
 聖杯戦争とは、彼にとっての恰好の自殺現場である。
 fgo的には「敵単体にスキル封印付与(1T)」

間桐桜
 慎二の指導の下、宝石爺の名前も知らない原作に比べ遥かに魔術師として成長。原作の様な影の巨人を扱う事は出来ないが、虚数魔術で神出鬼没になる事は可能。
 それで一時期義兄のストーカーと化していたが、素で注意されて以降行っていない。
 慎二にずぶずぶに依存しており、その好意が当人をゲロ吐くほど苦しめている罪悪感の刃になっている事に気づいていない。

間桐カレン
 言峰綺礼とクラウディア・オルテンシアの娘。
 原作で聖堂教会に拾われ炭鉱のカナリアをやっている世界線と違い、不器用ながらも自分を愛している義姉と義兄に対し、本来全人類ととある必要悪に向けられる愛と恋を捧げている。彼女が第一としているのは、主の教えでは最早なかった。
 臓硯が綺礼対策に用意していた保険。勿論臓硯は慎二に処分されている為、貌すら知らない。
 義兄の精神的な詰みっぷりに、医者・看護師を目指しているのは秘密である。

ライダー・メドゥーサ
 慎二とカレンへの感情以外は基本原作通り。
 怨敵と同じ顔の死んだ表情したマスターの兄に、色々と複雑なお人。
 桜視点のフィルターによってだいぶ好印象になってはいるが、先入観が強いので未だに警戒中。
 妹への献身はギリシャ的にアリよりだった模様。














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BLEACH Unsweetened Strawberries 1

人間科、霊王属、種族名:破面(アランカル)滅却師(クインシー)完現術者(フルブリンガー)
職業:高校生兼死神代行
名称:黒崎一護


この世界には最初から、真実も嘘も無い

 

────大逆の罪人 藍染惣右介より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女は、まさしく幸せの絶頂だった。

 両親を喪いながら親戚に養われ、とある事件にて後の夫となる男に命を救われた。

 正しく、運命の出会いだった。

 その後事件の後遺症から親戚の家を出ることになったが、生活自体の援助は続き大学に進学。

 時期を同じく小さな個人病院を開院した彼を、からかいながら親しくなっていき────思いが結実し結婚。

 男児を授かり、後に双子の女児を出産するに至った。

 現在は最愛の子供に囲まれ、夫婦仲は円満そのもの。

 子供たちはすくすくと成長し、長男は現在は9歳。

 

 そんな彼女には、周囲との違いがあった。

 霊的素養。幽霊とさえ表現できる存在を知覚し、剰えそれを滅却できる力。

 そんな資質を、彼女の家系は代々受け継いでいた。

 

 息子は、恐らく両親の才能を最も色濃く受け継いでいる。

 だからだろうか。年齢に不釣り合いな程思慮深く、大人びた反応を取る。

 例えば、一年前から彼が通い始めた空手道場で同い年の少女に、漸く一本を取れるようになった。

 逆に言えばその少女の才能がピカ一であっても、一年間一本も取ることが出来なかったことを意味する。

 しかもその漸く取れた一本でさえ、空手道場としては一本と表現するのに窮したのだ。

 

 その息子が空手の才能が無いから、と言うわけではない。

 実際、息子は既に年上の男子を次々と勝利をもぎ取っている。

 母となった女は息子に問い掛けた。

 何故、彼女にはそもそも空手技を使わないのか? と。

 

『スポーツとはいえ女児を殴る蹴るは、正直キツい。顔は勿論、女児の腹を殴るのは倫理的にアカンて』

 

 なので選んだ技は突き技ではなく、投げ技であった。

 その名を一本背負い。完全に柔道の投げ技である。

 同輩の少女がキレ散らかしながら、それでも息子の勝利と判断したのは師範代の配慮故だろう。

 女の子を殴りたくない、という息子の優しさへの配慮だ。

 それはそれとして、そんなある意味己を侮られたともいえる行動にキレ散らかした少女により、防戦を自身に強いた息子はこれまたボコボコにされたのだと。

 苦虫を嚙み潰した様な顔で答えた。

 

 そんな彼に、母は嬉しそうに笑った。

 息子は優しい子に育ったのだと。

 きっと、そんな長男を見て育つ妹達も、優しい子に育つのだろうと期待して。

 そんな平凡で幸せな時間が、決して永遠に続かないと知りながら。

 

 

 ─────それは、ある雨のよく降る日だった。

 前日も、前々日も雨が降り続けていた夏の日。

 母は何時ものように空手道場に通う息子を迎え、共に帰宅の途についていた最中。

 大小様々だが、いつも和やかな笑みを浮かべる息子の顔が強張った。

 立ち止まった彼の視線をなぞれば、そこには雨合羽を着たオカッパ少女が、傘もフードも被らず一人佇んでいた。

 一目見るだけなら、高所から飛び降りそうな少女に気を取られる。

 だが長男が真に見詰めていたのは、その少女の背後。

 

 白い仮面と胸の孔が目を引く、巨躯を薄気味悪い体毛で覆った獣がいた。

 

 あらゆる地球上の生物にも該当しないその存在。それは、一部の人々に(ホロウ)と呼ばれていた。

 虚は単的に表現するならば、一般的に『悪霊』と呼ばれる存在である。

 人間が死んだ際に、肉体から露出した魂魄が放置され続けることで成り果てる姿。

 そんな虚は、他の人間を襲い、魂を喰らう。

 その胸に空いた孔を、埋めるために。

 

 通常の魂魄──(プラス)同様、通常の人間に視認は不可能で声も聞くこともできず、目視するには死神を視る程度の高い霊的資質────霊力が必要とされる。

 そのため、虚がどれだけ暴れまわっても、普通の生物には勝手に町が壊れていくようにしか見えないのだが───。

 息子は、通常の人間を見るように魂魄を見ることが出来た。

 それを彼は異常な事だと理解していたのか、『見えること』を他者に隠し続けていた。

 聡い子だと、内心自慢げに心が揺れる。

 

 そんな緩みを、母はキツく絞めた。

 あの少女は、撒き餌なのだろう。

 息子のような霊的資質の高い者を誘い、選別する。

 より良い獲物を喰らう為に。

 

 そんな虚に、息子は何か考えているのか。

 単純にその害意を漲らせる姿に恐怖を覚えたか、あるいは撒き餌の真意に気付いてしまったか。

 硬直する息子のその視線を受け、その虚は醜悪に仮面を笑みに歪めていた。

 それが何かを口にする前に、母────黒崎真咲は息子の前に出る。

 

「大丈夫。お母さんの後ろに居てね」

 

 真咲の顔に恐怖は無く。まるで慣れた手つきの様に、獣を見据える。

 息子の霊的資質は、両親の遺伝である。

 そしてそれは精錬され、この程度の虚など敵ではなかった。

 虚はそれに気分を害したか、身体の表皮に纏う体毛を蠢かせながら、その巨躯を軋ませる。

 まるで今にも襲い掛からんとする、猛獣の予備動作だ。

 真咲はその虚の名が、グランドフィッシャーということを知らない。

 

「ち、がう。違うんだ。待って母さん……! 

 でも、何で。日にちはズラした、何カ月も。なのに何で────」

 

 真咲の行動に、ハッと正気に戻った息子は慌てて真咲を引き留める。

 そんな息子の心配を嬉しく思いながら、緩みかけた口元を引き締めて襲い掛かる怪物を受け止めんと片腕を掲げる。

 彼女の血に宿る力は、怪物の牙など容易く弾き返すだろう。

 その怪物は、真咲に傷一つだろうと付ける事は無い。

 その異形と、華奢な女性としての姿の両者には、それほどまでに隔絶した力の差が存在していた。

 

 ────故に、それを油断というのはあまりに理不尽だろう。

 実際どれだけ油断しようとも、真咲がグランドフィッシャーに負ける要素は無かったのだから。

 そういった事情を何も教えていない息子が、慌てふためいても何も不思議ではなかった。

 彼女の思考は、目の前の障害から息子を護る事のみに向けられていたのだから。

 だからこそ、息子の真意を理解する事が遅れてしまった。

 

「ユーハバッハの『聖別(アウスヴェーレン)』が─────!! 」

 

 その言葉に、真咲は理解も反応もすることが出来ずに。

 同時に、曇天から一条の光が彼女を呑み込んだ。

 

「────」

 

 衝撃と共に真咲に訪れたのは、虚脱感と喪失感であった。

 生まれつき持っていた彼女の力が、霊的資質が失われた感覚。

 息子の言葉を脳で反復していた真咲には、その情報に対しての疑問と驚愕で思考を占めてしまう。

 自らが戦地に立っていたことを。

 そして今、そこが死地に変貌してしまったことに、一瞬遅れてしまった。

 その一瞬が、自分達にどれだけ致命的だったのかを。

 

(一護……!!)

 

 それを好機に捉えたグランドフィッシャーが、弾かれるように真咲へ襲い掛かった。

 彼女に出来たのは、息子を護るため咄嗟に彼の盾に成る事だけ。

 何もかも後手に回った真咲は、だからこそ気づくのがまたしても遅れてしまった。

 

「え?」

 

 ドン、と。

 抱きしめ身を挺して護るべき小さいものが、自身を横に押し退けたことに。

 力を失った直後の、脱力した真咲にソレを抗うすべは無く。

 息子が自分を庇うために押し退けた光景を、ただ見ることしか出来なかった。

 

キレそう

 

 それは、誰に対する言葉だろうか。

 あまりに小さく呟かれた言葉を、真咲は聞き取ることが出来なかった。

 瞬間、息子の右半身が喰い千切られる。

 

『────』

 

 幼い子供の身体が、衝撃に宙を舞う。

 右半身は大きく抉られ、まるで大きく穴を開けられた様に血が噴き出し雨を深紅に染め上げる。

 臓腑の大部分を喰われた、最早即死は免れない致命の傷だ。

 今こそ宙を舞っているが、次の瞬間にその亡骸は無体な姿を地面に転がすだろう。

 真咲は絶望に表情を染め上げ、グランドフィッシャーは愉悦に仮面を軋ませる。

 片や悲痛に、片や歓喜に声を上げただろう。

 嗤いと悲鳴が雨模様を彩る、その直前。

 

 

『────────────ぉあアアアアアアあああああああああああああああアアアァッ!!!!! 

 

 

 黒崎一護に宿る二つの力が、誰よりも深い激憤と共に絶叫した。

 

 本来地面に叩き付けられる筈の身体は、しかし両の足で虚空を踏みしめ。

 天地を揺るがす程の力と共に君臨する息子の、いつの間にか変わり果てた姿に真咲は呆然とした。

 同時に怪物────グランドフィッシャーは、その超然という言葉すら生温い霊圧に己の死期を悟る。

 自分が手を出した獲物が、虎の尾などとさえ表現するのが生易しい存在なのだと。

 

 整った顔を頭ごと覆う様に出現した、二本角の仮面。

 少年らしく短かった橙色の髪は、背中まで伸びて雨風と溢れ出す霊圧に靡いている。

 いつの間にか復元した肉体は、死人の様に白く染まり。まるで虚の様に空いた胸の孔へとなぞる様に。赤黒い仮面紋(エスティグマ)が刻まれていた。

 

 その恐ろしい怪物の姿に、真咲は見覚えがあった。

 かつて己を喰らわんとし、夫となってくれた男が自分の人生を掛けて封じ続けていた、真咲に巣食う虚。

 その怪物は、いつの間にか息子に宿っていたのだ。

 

 ────こうなった以上、この悲劇の結果は見えていた。

 意趣返しと言わんばかり、空間を捩じ切るが如き突進によりグランドフィッシャーの身体は削ぎ落される。

 そのまま四肢を捥がれ、皮膚を引き裂かれ、悲鳴を上げる間も無く蹂躙される。

 怪物と成り果てた少年の存在に、憐れな虚は磨り潰されて掃き捨てられた。

 宙を舞うグランドフィッシャーへ、大地に降り立った少年は一対の角を、空を仰ぎ見る様に天へと掲げた。

 瞬間、時空が歪む程の霊圧が角の先端に渦を巻くように集束、圧縮され。

 呆然とする真咲は、その技の名を心の中で反復する。

 

「(虚閃(セロ)────)」

 

 それは深紅の極光となり、即座に雲を吹き飛ばしながらグランドフィッシャーを跡形も無く消滅させた。

 

「一、護……」

 

 雨雲が消え、満天の夜の帳が空を覆う。

 真咲が、最愛の息子の名を絞り出すように叫ぶも、怨敵を消し去った怪物となった少年の変化は終わらない。

 暫く、内なる力達の動揺を現すように暴走は続くだろう。

 それは、蛇口の栓を壊された様なもの。

 栓を直せる者がいなければ、溢れる水は止まれない。

 

「────────すいません真咲サン、遅れました」

 

 故に、相応の者達が相応に動く。

 帽子を被った着流しと下駄が特徴の男に、筋骨隆々の肉体に眼鏡とエプロンを纏った巨漢。絶世と呼ぶに値する、褐色肌に長い黒髪の美女が現れた。

 

「真咲ッ!!!」

 

 そんな三人に続いて聞こえた、夫の自らの名を呼ぶ声。

 何より力を失った事からの虚脱感から、彼女は意識を失った。

 

 それは些細な、何より大きな変化。

 ほんの少しの歩み寄りと、ほんの少しの勇気の一歩が変えた物語。

 本来七年後に解かれる鎖はこうして砕かれ、内なる力達は宿主の死の恐怖に応じ覚醒した。

 斯くして、少年は運命を知るだろう。

 振るう刃を、握り締める為に。

 

『原作で虚化したシーン、中でこんなパニック起きてたと思うと和むわ』

 

 そんな呟きを、誰にも聞こえない内心に添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Prologue.────斯くして刃は振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 黒崎一護、というキャラクターをご存知だろうか。

 集英社の少年誌、週刊少年ジャンプにおいて、十五年連載された商業作品。

 タイトルに『漂白』を意味する『BLEACH』と名付けられた、少年漫画の主人公である。

 家族を守るために、悪霊に位置付けられる存在───虚を退治する死神となってしまった彼と、その仲間達の活躍を描くバトル漫画。

 自身に死神の力を与えた死神の少女・朽木ルキアを相棒に、黒崎一護が騒動に巻き込まれていきながらも敵対勢力とのバトル中心のストーリーを展開する物語だ。

 

 さて、そんな世界累計発行部数一億二千万部を超える超大作だが。

 諸君はそんな主人公─────黒崎一護になりたいだろうか? 

 

 ハッキリ言って、なりたいとは思わない。

 例えば同じ少年ジャンプの代表作である『NARUTO』。その主人公うずまきナルト────こちらに至っては幼少期は迫害さえされており、それこそ周囲の掌返しはアンチ系の二次創作が作られる温床となっている。

 つまり何が言いたいかというと、バトル物の主人公など地獄であるということだ。

 無論そんな想定など妄想の域を出る事は無いし、出てはいけないものである。

 

 ────そんな人物に成り果てた自分を認識しなければ。

 

 そしてそんな『BLEACH』の主人公である黒崎一護に、ジャンプ作品の主人公らしく波乱万丈である人物に、自分はなってしまった。

 それを正しく理解してしまった時の悲哀と絶望は、正直語る事を憚るレベルの醜態であった為、省略させてもらう。

 兎に角、これまで客観的(メタ)な語りを続けていたが、これからはより作品に突っ込んだものにしてみよう。

 

 黒崎一護は、まさしく『BLEACH』作中世界に於ける霊的素養の特異点。生と死の区別が存在しなかった原初の世界に於いて誕生した英雄以来の、『特別』な存在ではある。

 が、そんなかつての英雄同様に(自分)の人生は苦難の一言である。

 先ず問題として、その霊的素養(才能)故に生まれながら物語の黒幕やラスボスに目を付けられている。

 各章に於ける、所謂「章ボス」と位置付けられているキャラクターは三人。

 

 藍染惣右介、銀城空吾、そして作中のラスボスであるユーハバッハ。

 

 彼等はそれぞれの理由で、主人公の力を高め、そして奪おうとする者達である。

 それほどまでに黒崎一護の霊的素養は奇跡的でさえあり、魅力的だったのだ。

 そして問題なのがこの三人の内二人は、それこそ世界を滅ぼしかねない目的を有している。

 藍染惣右介は結果として。ユーハバッハは世界と自身を唯一とする為に。

 

 前者は物語序盤である『尸魂界(ソウルソサエティ)編』から、その素養を高めるお膳立てを用意しているのだ。

 挙句後者は原作に於いて主人公の母の仇であり、その目的を果たせば確実に現代社会が崩壊する。

 阻止するには主人公が度重なる戦いの果てに得た力が不可欠。

 その為に「力を放棄する」という選択を取ることは不可能だった。

 故に、そんな黒崎一護になった自分が取るべき方策は、「自らの素養を高める」一択だった。

 

 他を圧倒し、圧殺する力を。

 自身は勿論、周囲の者達に傷付ける事を考えられなくなる程の脅威と成って、自らの運命(原作)を磨り潰す。

 原作では黒崎一護は主人公にあるまじき修行期間の短さが目立ち、某国民的竜玉物語の戦闘民族顔負けの急成長を遂げている。

 敵本拠地侵入から幹部打倒。止めに敵首領撃破まで一日で終えている。それまでの巻数は二十近い。

 勿論、それまでに二度死亡寸前、戦意喪失からの敗北を経験しなければならないが。

 逆に言えば、正当な準備期間という名の修行パートを行えば、物語終盤で漸く得た力を物語当初から振るえるのだ。

 寧ろ己に降り掛かる脅威と災厄を知りながら、何の対策も取らない者は愚かしいとさえ言える。

 

『絶望とかしてる暇が有ったら、先ず目の前のクソ野郎を殴るんだよ』

 

 そう傲慢にも、高らかに謳い上げるのだ。

 持てる智と力の全てを用いて。

 

 




【BLEACH】一護憑依もの? 原作知識あり。独自解釈、改変大匙。
ハーレム要素はまぁ原作からあるから良いか。
修正点は随時直します。



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BLEACH Unsweetened Strawberries 2

 

 

 

 

 黒崎一護の特異性とは何か? 

 両親と一致しない突然変異のオレンジの髪?

 高校生兼死神代行という立場?

 勉強はできるのに頭が悪い処?

 勿論違う。

 それは物語に登場する、全ての力の素養を兼ね備えているという点である。

 

 物語の主人公───というよりかは『彼の物語』という点を重視した原作本編。

 実は霊王の有様だったり元五大貴族の原罪だったり、最終章の敵対勢力である滅却師の根本的な侵略目的だったり────世界観の最重要部分を明確に描かれてはいなかったりする。

 

 無論、それは『BLEACH』という作品────『黒崎一護の物語』を壊して仕舞いかねない要素であるからだ。

 連載・及び完結時はその意図的な情報の未開示が原因の一つとして、打ち切り疑惑さえ存在していた。

 そういった要素は、一護がほぼ登場しない原作後を描いた公式小説などの情報補完によって明かされている(それでも開示渋った御大から良く設定引き摺り出したリョーゴ)。

 

 自らの力を霊圧として放出・様々な霊術として操作し、斬魄刀と呼ばれる『自身の魂と力を写し取った刀』を振るう調整者─────『死神』。

 魂魄が晒され、胸に空いた孔が仮面と力となり、その空白を埋めんが為に徒に他者の魂を喰らい、進化する悪霊──────『(ホロウ)』。

 世界に満ちる霊的物質『霊子』を自在に操り、弓矢に変えて魂魄を完全に消滅させる力を持つ、かつて世界を救った古の英雄の末裔─────『滅却師(クインシー)』。

 そして古の英雄神の()()()()()を魂魄に宿して生まれ、物質に宿る『魂』を操る人間────『完現術者(フルブリンガー)』。

 黒崎一護は、この上記全ての霊的素養を生まれながらに保有している。

 これは滅却師の祖であり、死神達が王と崇め人柱にした霊王────本気で全知全能に近い、古の英雄神を超える素養であった。

 まあ、それだけの力を持っていれば、物語の多くの黒幕や強者が主人公に注目し、利用しようとするのも道理である。

 

 そんな黒崎一護は、しかしそれはもう甘い。

 倒した敵の傷を当たり前のように癒して、挙句その敵に庇われて『チョコラテ』と比喩される程優しすぎるのだ。

 作中で騙され力を奪われることもあるのだが、それはその騙した相手の前に似たように現れた胡散臭い集団(仮面の軍勢)がマジモンの善人集団だったから同じ様に信用しちゃったんじゃないか? と思う程甘い。

 明確な殺意を口にした事など、それこそ作中で一人だけ。家族や周囲の過去を書き換え大切な日常を壊した例外(月島 秀九郎)だけである。

 

 最終的に内なる虚(ホワイト)が、下手糞な弟に痺れを切らしてコントローラーを奪うが如き兄貴ムーブをする嵌めになるのだが(表情は邪悪なのに言ってる内容全部助言なホワイト兄貴)。

 ラスボスであり母の仇であるユーハバッハにさえ「殺す」と言えなかった事から、その甘さがどれほどか分かるだろう(とは言え、トドメとそれに至る流れは珍しく殺意マシマシ)。

 無論、その甘さは日常に於いて長所、魅力と呼ぶべき美点である。特に兄としての一面からのセリフは、作中屈指の名言として印象深いだろう。

 そんな人間性のお蔭で仲間を増やし、あるいは多くの人たちを救っているのだが───逆に言えば、その殺意の無さが彼の勝率を著しく下げている。

 そんな有様なので危機に陥る事も頻繁であり、何なら普通に負けることだってある。極めて重要な局面でさえ普通に負ける。

 

 というか、素で間が悪いのだ。

 卍解という奥義習得後の戦いでも、様々な事情(というか黒幕の嫌がらせしか思えない)余りの過密スケジュールの所為で、これまでの戦いと無理な修行が祟り戦闘前から包帯塗れの満身創痍。結果相手の卍解を前段階の始解で受け、そのダメージが止めとなり自身の霊圧で行動不能になってしまう(対朽木白哉戦)。

 真なる斬月の具象である内なる虚(ホワイト)侵食(対話)により戦闘中に行動不能に陥る。また元来霊圧さえあれば撃ち放題の技が、数発が限度に陥る程のコンディションの致命的悪化(対ヤミー、対グリムジョー初戦)。

 完全虚化による恐怖によって、虚化を筆頭とした自身の力の無意識の抑制など(対ウルキオラ戦以降、無月習得まで継続)。

 ────といった風に、万全のコンディションで強敵と戦えた回数など、本当に数える程度しかないくらい少ないなのでは、と思ってしまう。

 

 その生涯で喧嘩こそ頻繁にしていたものの、斬った張ったなど―――殺し合いなんて一度も経験してこなかった高校生が一年にも満たない戦闘期間(修行期間は最大2カ月)で数百年、或いは千年単位で修行しているキャラクターを上回る事が出来る時点で十分主人公しているのだが、流石にあんまりではないだろうか……。

 駄目押しに積み重ねを重んじる作中設定故に、持ち前の甘さも合わさり搦手や根本的な経験で前述した通り勝率は決して高くないのだ。

 

 ────ならば逆に、そんな甘さをある程度抑え、幼少期からその素養を研鑽していけばどうなるだろうか? 

 

 無論、数百年鍛錬している連中に経験で勝る事など出来はしないが、しかし。

 それは原作における最終章。黒崎一護の本来の力を、あるいはそれ以上のものを物語序盤に手にすることを意味する。

 積み重ねを重んじる作中設定だが、霊圧という一点に関しては話は別。それは黒崎一護の感情面を除き、彼が活躍出来た最大のカタログスペックであるからだ。

 そんなことをすれば正しく物語の崩壊だが、物語が現実に成った場合話は変わる。

 作中に於ける才人、浦原喜助の言葉を借りるなら────負けたら死ぬのだ。

 死なない為の準備を死ぬほどするなど、誰もが行っている事なのだから。

 そんな誰もが持つ当たり前の権利を、態々放棄してやる理由なんて無い。

 

 の、だが。

 そんな当たり前の防衛行為に、待ったを掛けた者が居た。

 

 ────斬月。

 黒崎一護が保有する『滅却師(クインシー)』の力の具象。

 千年前のユーハバッハの姿をした、彼が千年前の敗北で捨てた善性とも。

 そんな彼が、作中同様に自分(一護)の成長に待ったを掛けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話 メゾン・ド・チャンイチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 高層ビル群で形成される、雲一つ無い蒼天に聳え立つ摩天楼。

 その異様ながら輝きに満ちた世界は、まさしくそう形容される場所だった。

 そんな摩天楼の頂点の一つに、世界の主たるオレンジ色の髪の少年が起き上がる。

 先程母を庇い致命傷を負い、その内なる力が盛大に暴走した少年────黒崎一護であった。

 

「────何が最適解だった?」

 

 そんな世界に少年は欠片も動揺せず、寧ろ勝手気ままに寛ぎながら小さく呟く。

 何故ならこの摩天楼は、まさしく一護の心象風景。

 それも何度も行き来していた彼は、正しく最もリラックス出来る場所と定めそう振舞っていた。

 

「……」

 

 そんな一護の問い掛けに、一人の男が現れる。

 漆黒のコートに身を包んだ長髪長身痩躯。

 浅く髭を蓄えた表情は、一護の問い掛けによって苦悶のソレに染まっていた。

 

「時間がズレた────()()()()()()

 母さんの命日である黒崎一護(オレ)が9歳の『6月17日』に、屋外に出る事を出来うる限り慎んだし、空手道場も無理を言って欠席にして貰った。俺は来るべき運命を回避できたと思った。

 だが、結果として聖別(アウスヴェーレン)は起きてグランドフィッシャーに襲われた」

 

 正史(げんさく)と一護が呼ぶ在り得たかもしれない未来。

 その世界線に於いて、黒崎真咲は一護が9歳の6月17日にて、グランドフィッシャーに殺されている。

 原因はグランドフィッシャーと相対している最中、ユーハバッハが行った「自らが不浄と判断した滅却師からの力の徴収」によって、真咲が力を奪われた為。

 であればその最悪のタイミングを回避できれば、その死を回避できる筈だった。その準備をしてきた。

 しかし、その運命の時に聖別(アウスヴェーレン)は起こらなった。

 

「当時は()()()()()()()()()本気で困惑したのをよく覚えてるよ。千年前に負けた時、復活出来ないレベルで山爺に蒸発させられたのかとさえ考えた」

 

 聖別(アウスヴェーレン)

 それはユーハバッハ自身の魂の欠片を持つ存在を対象にした、力の再分配。

 

 千年前に滅却師と死神との大戦にて、滅却師の頭目たるユーハバッハは山本元柳斎重國率いる護廷十三隊に敗北した。

 物語に於いて人気の一つに挙げられる、魅力的なキャラクター達。その多くが所属する死神組織。

 三界の一つである尸魂界の中心都市である瀞霊廷、それを守護する護廷十三隊。

 そんな組織は設立当初────血も涙もないユーハバッハに、「殺意に溢れていた」「殺伐とした殺し屋の集団」とまで言わせるほどだった。

 十三隊ある護廷隊、その十一番隊は荒くれ者の巣窟、戦闘能力は最強とされているが。

 千年前の初代護廷十三隊は荒くれ者処か、重犯罪者や戦闘狂さえ敵を皆殺しにできる実力があれば躊躇なく登用。

 その為か、必要なら容赦など欠片も無く味方を捨て駒に使用する殺戮集団であった。

 組織の設立者であり現在も総隊長を勤める山本元柳斎重國、彼の全盛期の時代だ。

 その力は読者から、作中の敵勢力の戦略が「山爺が丸くなってることを願いつつ一切灰燼に帰せない事をお祈りするお祈りげー」と揶揄される程である。

 

 物語ではそこから千年近く復活の為の時間を要し、現代にて力を取り戻すための足掛かりに自身の子孫である滅却師から力を徴収したのだ。

 だが、本来行われるべき完全復活から九年前の力の徴収────即ち黒崎一護が9歳の6月17日にそれは起こらなかった。

 想定外の事態に、そもそもユーハバッハは復活する事も出来ずに、千年前に死亡しているとさえ思った。

 だが、それを斬月は否定。

 そんなユーハバッハの分霊とも言える、血に由来する滅却師の力の具象たる斬月は己の本体の胎動を確信していた。

 それだけではない。

 原作との乖離────それは決して聖別(アウスヴェーレン)発生時期のズレ()()()()()()()()

 

「そうだ。仮に私の()()聖別(アウスヴェーレン)の発動が何らかの理由でズレたとして、それでもお前の母がそのタイミングであの虚に襲われる事などあり得ぬ話なのだ」

 

 グランドフィッシャー。そう呼ばれる虚は元来、彼等虚たちの住む世界『虚圏(ウェコムンド)』を支配する者────藍染惣右介の手駒だった筈なのだ。

 ユーハバッハと藍染惣右介。この両者は決して手を組むことは無い。それは原作の描写でも明らかである。

 両者が示し合わせなければ、意図的な発生は在り得ない。

 ならば、今回の事態は完全な偶然だと言える。

 

「だが一護、もし────」

「もしこれが偶然だってんなら、直接的な対策こそが最適解だった訳だ」

 

 即ち、一護自身が強大な力を以てグランドフィッシャーを撃退する。

 その結論に、斬月は沈黙を以て同意せざるを得ない。

 結果的にホワイトの暴走で乗り切れたとはいえ、その為に一護が死に掛けているのだ。

 一護が力を得る。彼が戦場に身を晒す事を拒んだ結果がコレである。

 ホワイトが反対し、それでも斬月の想いを酌んだ一護の配慮の果てが死の瀬戸際だった以上、斬月に発言権など無い。

 そんな一護の心中は、疑問で満ちていた。

 

「結果として本来より約一年後に起きた聖別(アウスヴェーレン)。それにジャストタイミングで起こったグランドフィッシャーの襲撃。そして今日────つってもあくまで体感時間で(現実)じゃどんだけ時間経ってるか判らんけど、何より()()()6()()1()7()()()()()()()

 ────なぁ斬月、俺に何か隠してないか?」

「……一護」

「もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺の出自ぐらいしかない。

 その場合は時間の齟齬なんてものは無い。ただの認識の錯覚だ。

 説明不足。良かれと思って。……そんなのが俺にとってクソなのは、恐らく俺の全てを知ってるお前達なら十二分に理解してくれてると思ってたんだけど?」

 

 斬月は口を開くことに窮する。

 バイザーで覆った瞳は、固く閉ざされている。

 信頼、友愛。それらをダイレクトに感じる事の出来る斬月は、しかし口を開く事が出来ないで居た。

 何より、自分の行動が己が愛する主を死に瀕する事態に繋がった事に苦痛を覚える。

 それは紛れも無く、自責であった。

 

「……はぁ、解った。一先ずこの話は後にしよう。ホワイトは居るか?」

『呼んだかよ』

 

 そんな斬月に話を切った一護は、もう一人の住人の名を呼ぶ。

 その返事は、一護の影から響いていた。

 彼の影が伸び、暗い影が漂白されながら人を形取る。

 摩天楼に白い着物────死神の装束たる死覇装の反転色を纏う者が、姿を現すと同時にその呼びかけに答える。

 一護を青年の年齢にまで成長したような、配色だけが白黒白髪白貌。

 一護は斬月との区別として『ホワイト』と呼んでいた。

 

「あー……、やっぱ『そう』なったか。

 まぁ取り敢えず、有難うな。本気で助かった」

 

 斬月からではなく、一護の影から現れた。

 その事実に何らかの理解を示した一護は、それを察しつつ感謝の言葉を述べる。

 過程はどうあれ、彼等によって一護は元より、母の真咲も救われたのだから。

 

『構わねェよ一護。

 つってもお前が色々手を打ってんのは知ってるし、オマエ自身はただの餓鬼だ。何よりどうせああいう状況に成ったら動いちまうのも理解できるが────宿主がそうポンポン死に掛けちまったら堪ったモンじゃねぇんだ。今回みたいのは勘弁してくれや。

 まぁ? 御蔭で俺はオマエの親父の“紐”を解けたんだから、これ以上どうこう言うつもりはねぇんだが』

「やっぱそうか。なら親父も完全復活か。これルキアも死神の力の譲渡も糞もねぇじゃん。夏梨達のこともさぁ、もう無茶苦茶だよ~」

()()()()()()()()()()()、そんなモンあって無い様なモンだろ』

「未確定情報の事前確認の重要性をだね! 問いたいんだよ俺は!」

 

 言い争うように話しながら、しかしケラケラと笑う二人はまるで兄弟の様に息が合っていた。

 事実一護が物心ついてから、二人はそんな関係性を構築している。

 同時に一護は、保護者の様な一歩離れた立場を取っていた斬月の方に向く。

 

「おう、アンタもこっちゃこいや斬月。今後の方針を考えよう」

「…………しかし、私は────」

「一先ず母さんは助かった! 今はそれで良い。自分を責めるんなら、その分俺の力になってくれ」

 

 この精神世界は、黒崎一護の精神状態に左右される。

 悲しめば雨が降り。絶望すれば摩天楼は崩れ去り、世界は海に沈む。

 ────だが天に届かんばかりの摩天楼は、未だ健在。

 その事実に、斬月は目が眩みそうだった。

 

「あ、先言っとくけど、俺が戦わない選択肢は今回の一件で消えたかんな。どうせ藍染惣右介は俺関係なく街消し飛ばすし、ユーハバッハに至っては千年前から未来改変疑惑もある。俺が弱かろうが強かろうが関係が無いんだよ。

 アンタは精々俺が傷付かないように、強くなるためのトレーニングメニューを考えてくれ」

「─────一護、約束してくれ」

「おん?」

「もう他者を護るために、自身を犠牲にしないと」

「…………また、当たり前の話をし出したな」

 

 斬月が真に懸念する事。

 それは一護が戦いの中で傷付くこともそうだが、何より嘗ての英雄の末路を辿る可能性がわずかでも存在する事だった。

 もし、それしか手段が無かった場合、一護がその選択をしない保障が欲しかった。

 

「安心しろよ斬月。俺は霊王じゃねぇし、お優しい原作主人公(黒崎一護)とは違う」

「一護……」

「手前を護れない奴に、他人を護れるかよ」

 

 彼は、彼等に常にそう嘯く。

 彼の者と性質こそ異なっていようとも、本質は変わらない。

 それは、母の危機に対して行った行動が示しているというのに。

 

「────強くなるんだ。誰にも負けない様に」

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えず予約投稿は此処まで。
後書きは追記するかもですが、寝違えがやばいのでまた今度です。


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BLEACH Unsweetened Strawberries 3

リハビリ兼生存報告投稿


 

 

 

 

 

 滅却師の王(ユーハバッハ)が、己の復活の為に混血の滅却師(不浄と判断した者)達に行った力の徴収────『聖別(アウスヴェーレン)』。

 それが行われ、そして重傷を負った一護が完全虚化してから約数時間後。

 黒崎家の自室にて眠らされていた一護は、覚醒するとともに飛び起きそうになった。

 

「うおッ」

 

 傍に寄り添うように眠る妹達が居なければそうしていただろう。

 二人を起こさぬ様に全力で息を潜めながら、そそくさと部屋を出る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()に、一瞥を残しながら。

 首や腕を回しながら、身体の異常が無いか確かめる。

 一護視点、半身を食い千切られた衝撃は記憶に新しい。

 それでもその傷が消えていることに動揺しないのは、それを行える術を知っているからだ。

 

「ありがとな」

 

 超速再生。

 虚──特にその上位種であり、共食いの果てに膨大な数の虚の集合体となった大虚(メノスグランデ)が有する、部位欠損さえ修復する再生能力。

 ホワイト────そう名付けられた改造虚を己の力として宿している一護は、内心繰り返すように己の力に礼を呟く。

 

「一護!」

「あ」

 

 そこからは怒涛の勢いであった。

 目覚めた挙句一人で何気なく二階の部屋から降りてきた息子に、真咲は己に付き纏う倦怠と疲労感を無視して駆け寄る。

 しかし抱きしめる前に、一護に逆に肩を捕まれる。

 母の顔を見て。思い出したと云うような反応をした彼は、深刻な表情で彼女に訴え掛けた。

 

 即ち、真咲───黒崎家の親戚である、純血統の滅却師の一族、石田家。

 その一族が抱える、真咲同様に聖別を受けたであろう混血の滅却師の救命である。

 

「急いでくれ! 心臓付近に銀の血栓が生じる筈なんだ。上手く行けば、今なら助けられるかもしれない! 今すぐ浦原喜助と握菱鉄裁に連絡を!! 

 つか、母さんも診て貰って!」

 

 母の出自処か、今まで話題にすら上がらなかった親戚の名前を、挙句「霊的事情、全部把握してます」という口振りでマシンガンの如く言葉を続けたのだ。

 呆然とするも、即座に動けたのは曲がりなりにも医者の妻であったからか。

 或いは妻の危機がまだ去っていない事に、妻の側に居た夫の一心が真咲を優先したからか。

 あるいは潜った修羅場の数か。

 

 その迅速な対応が、本来数ヵ月後に死亡していた片桐叶絵を筆頭に、石田家に仕える多くの混血滅却師を救う事になった。

 

 問題はそこからだった。

 即ち、真咲の治療を真っ先に行った事で両親を筆頭にした詰問パーティーの開催である。

 一度完全に虚化───本来は母の真咲に巣食い、父の一心がその霊圧全てで抑え込んでいた存在が、息子に宿って現出したのだ。

 霊的な意味合いの検査が必要だと考えるのは自然の道理である。

 そんな風に一護を気遣う真咲と異なり、一心は息子の言葉について問い詰めた。

 

「その『聖別(アウスヴェーレン)』ってのを、お前はどうやって知ったんだ。一護」

 

 即ち、真咲でさえ伝承レベルのユーハバッハによる力の徴収。

 更に奪われた混血の滅却師の救命方法は勿論、真咲の親戚である石田家についても、そもそもお前は知らない筈だと。

 それは、一度は虚の異形に変じた息子が、現在どのような悪影響を受けているか。そんな当たり前の危惧からの問い掛けだった。

 それに対する一護の言い訳は、予め考えていた故に淀み無く放たれる。

 

「────未来が、視えたんだ」

 

 普通に考えれば、荒唐無稽と詰られてもおかしくない言い訳だ。

 だが、未来視に関しては滅却師にとって話は変わる。

 滅却師の王ユーハバッハ、彼は嘗てその重瞳を用い様々な未来を視たという。

 その力は、未来を見通し三界の楔となった英雄神『霊王』由来の権能だ。

 そして一護の中には、若き日(千年前)の姿のユーハバッハが、一護の滅却師の力の具現として存在している。

 それに加え『聖別』や『静止の銀』の存在など、未来を視ていなければ知り様が無い情報を口に出せば、信じるしかない。

 実際原作知識という、あり得たかも知れない未来なのだ。嘘八百という訳でもない。

 しかし、その真偽を詳らかにするには元死神の一心や両親が学生時に死亡し伝承が途絶していた真咲では困難であった。

 

「竜弦サンのトコロの混血滅却師の方々の処置、完了しました。仰っていた銀の血栓も解析中ッス。ですんで───アタシも話に混ぜて貰っても、宜しいでしょうか?」

 

 そんな混迷する二人に楔を打つように、帽子を目深に被った甚平に身を包んだ男の声が響く。

 

 ──────浦原喜助。

 この世界屈指の知恵者にして、同時に屈指の問題児である。

 それが一護の物語への反撃、その始まりの邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話 公式が追加情報を出し過ぎているッ(キング・クリムゾンッ)! 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日の出特有の朝焼けが、雲を切り裂いて大地を照らす。

 一日の始まりを表す空景色は、そんな早朝に高校生───黒崎一護はジャージ姿で空座町を駆けていた。

 

 彼の母親とも父とも異なる、彼自身の力の色に染まった山吹色(オレンジ)の髪は朝日に映えるが、彼は別にスポーツ少年という訳ではない。

 確かに、校内で各運動部のレンタル助っ人部員として部活をすることはある。しかしあくまで助っ人。

 

 この「町全体を見回る」という日課を行っている本当の理由を知るものは、本当に少ない。

 

「───いつも精が出るね」

「おはよう岡島さん。大事ありませんか?」

「あぁ、ここ最近は随分穏やかさ。君のお蔭で消えちまう子も居なくなった」

「いやいや、いつの話ですか」

 

 走っている最中に、岡島と一護に呼ばれた老人が話し掛け、彼の足が止まる。

 そのまま会話が弾む光景は特別なものでも何でも無いが、だがそれは周囲に人間がいない事が確認できているからである。

 これは老人だけではない。とある条件の者たちによる、暗黙の了解だった。

 彼らは一護に大恩がある。

 そんな彼の立場を悪くしたくないという、彼等の一心だった。

 では何故、話しかけるだけで一護の立場が悪くなるのか。

 

 その老人の下半身は足に行くにつれ輪郭が崩れ、煙のように透明に消えていた。

 その姿を常人が見れば、その老人に対し普遍的な感想を抱くだろう。

 ただそんな幽霊チックな姿、というより幽霊そのものな彼の胸には、千切れた鎖が覗いていた。

 その鎖は殆ど長さが無く、一護はそれが致命的なもの一歩手前である事を知っていた。

 

「岡崎さん、その……」

「わかっちょるよ。儂にはよくわからんが────時間なんじゃろう?」

 

 遠慮がちに話を切り出す一護に、老人は笑顔で頷く。

 それに一護は徐ろに胸に手を当て、小さく呟く。

 

「────『死神装衣(バランサー・クラッド)』」

 

 瞬間、胸を中心に一護の全身を白と黒が覆い被さり、黒い着物を纏う。

 それを知るものなら、その姿に『死覇装』と口にするだろう。

 死神と呼ばれる、迷える魂を導く調整者。

 

 だが、それでもやや差異はある。

 両手の甲にグローブを、手首には籠手を思わせる斜め十字の入れ墨が存在し、草履の筈のそれは草履を思わせる黒いブーツに。

 最大の相違は、手首同様に斜め十字に交差する装甲だろう。

 天に奉られし王を護る者達は、それを『王鍵』と呼ぶやもしれない。

 あるいは、それと同じ性能を模した鎧だと。

 

 だが、目を引くのはやはり腰と背に佩く双刀であった。

 腰に差した黒い短刀は鞘に収まり、背負う大刀は外殻を思わせる鞘に覆われている。

 辛うじて柄と呼ぶべき持ち手部分は包帯のように覆われてはいるが、刀と呼ぶには余りに無骨なソレ。

 老人は、その大刀が振るわれる姿を一度だけ見ている。

 

 白い仮面を被った、異形の怪物。(ホロウ)と呼ばれる悪霊たるソレ。

 細枝を斧で削ぎ落すように軽々と、黒き刃がその巨体を塗り潰す様に叩き斬った瞬間を。

 ソレを思い出し、老人の口元が震える。

 

「あー……すまん。出来れば、あんまり痛くせんでくれんか?」

「いや、斬らないですって。鵐目(しとどめ)部分で判子を押すみたいにするだけですよ。

 まぁ、俺のは鵐目ってより剥き出しの茎尻(なかごじり)ですかね」

 

 大刀の方を外殻()に覆われたまま抜いた一護は、言う通り額にその柄頭を押し付けた。

 老人の額に光る紋様が刻まれる様に浸透すると、老人の身体が円形に解けていく。

 

「おぉ……!」

「多分流魂街(るこんがい)ってトコに案内されると思うんですけど、出来る限り数字の小さい地区に行ってください。出来る事なら一桁台で。

 六十以上なんて住民全員が裸足ってレベルな上、最悪の八十は地獄行ってないのがおかしいレベルの悪人しか居ないらしいんで」

「成程のぅ、あの世も存外世知辛い。いや、色々有難う一護君。

 ────逝ってくるよ」

「……ご武運を」

 

 魂葬。

 器子で構成される現世から、霊子の世界たる尸魂界(ソウルソサエティ)への、魂魄の昇天作業。

 調整者(バランサー)を自称する死神の、死神たる由縁の一つ。

 

 最後に礼をし、一護は老人の『成仏』を見届ける。

 老人の霊子が残らず『送られた』事を認めると、少年は踵を返す。

 名残惜しさに、何時までも慣れることが出来ないで居ながら。

 死神とは、死後に彷徨う魂魄をあの世である尸魂界に正しく送り、調整する者である。

 そんな死神の代行を自称する高校生、黒崎一護。

 早朝の日課、その一風景であった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ─────黒崎家はいつも騒がしいと、黒崎夏梨は想起する。

 というのも、一家の大黒柱である愚父が双子の娘と妻を溺愛しているからである。

 それはもう「俺は妻と娘達を愛している」と全身でランゲージするのだ。

 ハグは勿論、ほっぺにチューなど当たり前の様にやって来るし、当然夏梨と双子の姉の遊子はそれらを暴力と回避によって軽くあしらう。

 ソレを受け入れながら嗜める母親の目は愛情で溢れており、少なくとも父ほどでは無いにしろ夏梨はうんざり気である。

 これで母からアプローチしたというのだから、信じられない。

 

「ただいま」

 

 そんな時に、ジャージ姿の()()()()の兄が日課の早朝ジョギングから帰宅する。

 それが方便であることを知らないのは、兄を笑顔で迎える遊子ぐらいだ。

 

 夏梨は兄同様、見える聞こえる話せる触れられるという霊的四重苦を負っている。

 即ち、霊的資質の生得である。

 遊子はボヤケて辛うじて見えない点で疎外感を持っているらしいが、そんなもの見えない方が良いに決まっている。

 しかし兄が持つ四種の力の内、二種しか夏梨は持っていない。

 それ故に兄の『見廻り』に付いて行けない事への、夏梨の姉に負けず劣らずの疎外感を隠せているだろうかと、彼女は朝食を摘みながら思わず口を尖らせる。

 

「遊子、後一人は?」

「まだ寝てるよ。昨日遅くまで勉強してたみたいだし」

「あー、起こしてこよう……いや、その前に俺はシャワーか」

「シャワー行ってきなよ一兄。私が起こしに行くから」

「サンキュー夏梨、助か────」

「─────私一番最後!?」

 

 かなり髪の乱れた、愛らしくも美しい童顔に反比例するように、豊満な肢体の少女が階段から転げるように降りてきた。

 飛び起きてきたのか、ただでさえ凹凸の激しいパジャマは大いにはだけている。

 彼女が転げ落ちる様な足音が聴こえた瞬間に、夏梨が放った箸撃が父一心の両眼を破壊していた。

 

「…………取り敢えず、着替えてきなよ姫姉」

 

 ()()()()

 彼女が、この一家最後の一人であり養子縁組の義姉である。

 両目を押さえながら崩れ落ちる愚父を一瞥もせず、義姉に顔を向けながら夏梨が返答する。

 

 義姉の抜群のスタイルに絶望しながら、母と妹の凹凸に将来へ逃避する双子の姉、遊子。

 両眼を破壊され悶え苦しむ父、一心。

 それを介抱しながら、幸せそうに微笑む母、真咲。

 特に反応無く、しかし菩薩顔でシャワーに向かった女所帯故に女慣れした長兄、一護。

 そんな一護と鉢合わせない様に誘導された義姉、織姫。

 

 そんな家族を俯瞰して見渡し、朝食の味噌汁を啜る彼女。

「末妹ながら一番しっかりしてる」と一護が太鼓判を押した、夏梨。

 黒崎家の朝は、いつも通りに平和であった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ────空座第一高校に於ける一年生、黒崎一護の評価は多種多様である。

 彼の目立つオレンジ髪を嫌う生徒指導、或いは古いタイプの教師は、ソレを地毛だと理解しても黒く染めろを強く口にする。

 それらに偏見を持たぬ教師にとって、成績優秀で品行方正な優等生と褒め称える。

 一般的な彼の噂を知らない生徒にとっては、付き合い易く頼れる後輩同輩。

 そして所謂不良と呼ばれる者達にとっては、触れる事勿れ(アンタッチャブル)となっている。

 

 中学時代に空座町から不良という不良を根絶やしにし、暴力団さえ単身で乗り込み壊滅させた──などと。

 彼の周囲、即ち空座町周辺で迂闊な行動をしようものなら、自ずと周囲が恐怖からそれらを抑え付ける程に暴れ尽くした事など逸話は枚挙に暇がない。

 ヤンキーものの漫画ならば問答無用で生きる伝説に相当する彼だが、そんな人間を兄に持つ夏梨は最も色濃く影響を受けていた。

 

「ごめん。私、誰かと付き合う気無いから」

 

 校舎裏で名前も覚えていない男子生徒の告白を、夏梨はなるべく感情を込めずに断る。

 特に、倦怠感をなるべく顔や声に出さずに。

 

 黒崎夏梨は男勝りである。

 小学生の頃は男子に混ざりサッカーに興じており、兄ほどではないにしろ早熟であった彼女は、どうにも双子の姉に「女子らしい振る舞い」を行う性質を預けてしまっているらしい。

 兄の幼馴染の、同じく男勝りの空手少女の影響だろうか。

 少なくとも彼女は同性のように嫋やかな趣味と気質は、一部例外こそあれど皆無に近かった。

 中学三年に齢を重ねた事により、母譲りの整った顔立ちに凹凸に富んだものに成りつつある今も、それは変わらない。

 そして特別性格が悪い訳でも無い彼女が、男子からモテるのもある種当然の帰結であった。

 

「────夏梨ちゃんって、女の子が趣味なの?」

「私は至ってノーマルだっての。変な事言うな」

 

 中学卒業まで後一年。

 元々人気は頗る高かった夏梨に対し、まるで駆り立てられるように男子たちは連日、彼女への告白を繰り返していた。

 人からの好意は決して嫌いではないが、その気が一切ない相手からの愛の告白の連続に、夏梨はかなり辟易していた。

 

「じゃあ、何で何時も断ってるの?」

「好きじゃないからに決まってるでしょ」

「試しに付き合うのも、時には有りだと思うけどなぁ」

「何か餓鬼臭いんだよ、ウチの馬鹿親父(ヒゲ)みたいで」

「男子中学生と同列に扱われてるんだ、夏梨ちゃんのお父さんェ……」

 

 クラスメイトの女子友達の認識も、この有り様である。

 それほどまでに、夏梨は同い年の男子をそういった相手として見ていなかった。

 それは何故か。

 

「──────まぁカッコイイもんね、夏梨ちゃんのお兄さん。同じ男子でも他の男は見劣りしちゃうかぁ」

「ホントにブン殴るよ翠子!?」

「きゃー!」

 

 そしてその手の話題になると、必ず最後に兄をネタに揶揄われるのだ。

 男子に容赦の無い夏梨が、幼馴染の女子生徒に己の腕を捲り上げるのも無理はない。

 そんないつもの放課後。ぶつくさ言い憤慨しながら、一人夏梨は帰宅する。

 

「そんな露骨か!? 遊子姉なら兎も角……!」

 

 ガニ股でヅカヅカと、そんなオノマトペを奏でながら歩いていると、ふと予定と違う道程を辿っていると気付き思わず足を止める。

 本来高校受験が迫る彼女にとって、思わず足を進めてしまうほど通っている『其処』は、暫く向かうのを自粛する予定だった。

 

「…………」

 

 頭を掻きながら、彼女は家に帰っても勉強に身が入る精神状態でないと断じ、再び歩き始める。

 暫くすれば、空き地と隣接する、一軒の駄菓子屋が見えて来た。

 

 浦原商店。

 少なくとも二十年以上続く店であり、夏梨にとって通い慣れた遊び場でもあった。

 

「────────おいおい、暫くは来れないって話じゃなかったか?」

「あ! 夏梨だ!! こんにちはだ!」

 

 そこで、駄菓子屋の店番を務める二人組が夏梨を出迎えた。

 一人は薄い顎髭を蓄えた中年気味の、気怠げと云うより穏やかと呼べる表情を浮かべる、黒髪の男性。

 もう一人は緑がかった金髪に、小学生程のこれまた活発そうな少女。

 そんな浦原商店の店員二人は、笑顔で夏梨を歓迎していた。

 

「こんにちわリリネット、スターク」

 

 リリネット・ジンジャーバック。

 コヨーテ・スターク。

 それが二人の名前であり、一護の行動の成果であった。

 

「サボりか? ダメだぞ夏梨、スタークみたいになったらどうする!」

「俺を引き合いに出すなよ……」

「根を詰める受験生には、気晴らしが必要なんだよ。……他の面子は?」

「ハリベル組はアウラと一緒に出張で、暫く居ないぜ。ネリエルは夜一と『鍛錬場』で鍛錬中だ」

「一護はまだ来てないよー。てか、名前が『勉強部屋』の地下室の中に鍛錬場って、どんなネーミングなんだ?」

「『鍛錬場』自体、一兄がドラゴンボール見せたのが切っ掛けで後付けされたらしいよ」

 

 父子か兄妹のようで、或いは母子か姉弟の様な二人。

 兄一護曰く「ハリベルやネリエル達には悪いけど、見付けた時は一番テンション上がったわ」だという。

 彼等を含めた複数人を、一体兄は何処から連れてきたのか。

 大体想像は付くが、それらは「受験終わったらな」とはぐらかされている。

 加えて言うなら、スタークは一護と同じミサンガのような腕紐を付けていた。

 それが、彼の膨大な霊力を抑え込んでいる物だと、夏梨は知っている。

 

「じゃ、店番頑張ってね」

「任せろー!」

「お前さんも程々になぁ」

 

 ただ夏梨に分かることは、彼女に名前を呼ばれた二人がとても幸せそうであるということ。

 そんな二人にの笑みに釣られて、夏梨も思わず笑みが溢れる。

 

 ──────その胸に、もう孤独の孔は無い。

 




黒崎さんちの一護くん
 高校生兼死神代行の、一応分類としては完現術者(フルブリンガー)
 あくまで死神と滅却師(クインシー)と虚の因子と力の素養を保有してるけど、それ故に正しく霊王の後継と言える存在。
 ただし転生者inしてるし、四言語でコーディングされて何で動いてるのか解らないプログラムと揶揄される霊的キメラでもある。
 『聖別』後の幼少期から九年、形振り構わず動き続けた為、必然的に原作が微崩壊済みで『死神代行編』から『破面編』がかなり変わることに。
 能力的には原作開始前に戦闘能力が、既に千年決戦編・訣別譚のソレを凌駕している。
 原因は原作では三カ月しか取れなかった修行時間を設けているのと、この頃のイヤラし下駄帽子が所持している超絶便利なクソチートアイテムがあってぇ?
 結果として、『尸魂界(ソウルソサイティ)編』がほぼ茶番となり、副次効果で綱彌代家が滅ぶ事に。

死神装衣(バランサー・クラッド)
 一護と■■している■■を媒介にした完現術(フルブリング)
 能力は「自身の霊的素養を具象化、身に纏う」というもの。一応原作とほぼ変わっていない。
 違いは原作と違い霊力を喪っていない状態で発現した為、結果的に「肉体の死神化」となった。イメージは【ワールドトリガー】のトリオン体換装。
 王建仕様なのは■■が原因。

黒崎さんちの夏梨ちゃん
 単純戦闘力では卍解縛りの山爺にタメ張れる兄貴が原因で、死神代行編の主人公をやる事になった妹ちゃん。
 その為年齢調整が発生し、原作と異なり一護との年齢差一年の中学三年生。
 分類としては滅却師の素養を生得し、実は死神の力の種を兄から与えられている完現術者。
 なので朽木ルキアと最初に出会う現地民は彼女である。
 ちなみに完現術の触媒は母から譲られた滅却十字。勿論当人の気質から弓なんぞ使わない。

黒崎さん家
 恒星である真咲が存命した事で、色々と安定した。
 石田家と浦原等と連携したりして金策含めて色々準備しているが、長男が本格的にジェネリック霊王と化している事にハラハラしている処に、兄を喪った織姫を引き取った。
 現在恒星二人掛かりで、重力圏ブチ抜いてどっか逝きそうな長男を引き留めている。

黒崎織姫
 広義的な意味での原作ヒロイン。
 本作では石田家と人員過剰となった浦原商店と連携し、金銭的余裕を持った事で、原作通り霊的要因皆無で保護者の兄を喪った原作開始三年前に黒崎家に養子縁入りした。
 勿論その裏には、将来目覚めるであろう能力の稀少さから一護の口利きがあった。
 なので本来は浦原織姫となる処を、織姫の境遇にダイレクトアタック喰らった一心と真咲の独断で黒崎家入りする事に。
 原作からしてビジュアル一目惚れであったことから、一護に好意を向けているが、当人の周囲に魅力的な女性(人外多数)が原因で相当焦り散らしている。

朽木ルキア
 次話があったら登場予定の、本来の意味での原作ヒロイン。*1
 話の流れは基本同じだが、現世組の戦力の過剰拡充によって遭遇する虚がそこそこの雑魚(フィッシュボーンD)から、中級大虚(アジューカス)の破面と改造巨大虚群になる模様。
 ちなみに彼女のメンタルケアを目的に要らん節介した一護の、意図した志波海燕(従兄弟)ムーブに脳が破壊される模様。

*1
ヒーローの女性系的意味合い



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伽藍文楽座1

原作:呪術廻戦。
非転生、原作キャラ改変、原作キャラ生存or死亡などの地雷要素有り。


 ────ある日、気が付いた時から苦痛だった。

 

 身体に何かが足りていない。

 当たり前の事が出来ていないと、当たり前のモノが無いと。

 痛いと叫ぶことさえ困難な苦痛に、延々苛まれ続ける。

 全身の肌が刺すように痛む。

 片腕と足が無く、腰から下の感覚が無い。

 絶えず襲う全身の苦痛と、それ故に鋭敏となった感覚の不可思議な曖昧さが訴えた。

 

 俺は、不具の子であった。

 右腕が肘まで無く、両足も欠けていた。

 そもそも下半身が機能しておらず、全身の肌は僅かな紫外線で容易く焼け、常に痛みを訴えていた。

 

 喉にも問題があったのか、泣き声が出ない。

 代わりに絶叫を上げたのは、分娩室近くの部屋にあった、ぬいぐるみだった。

 否、一つだけではない。

 何等かの生き物の形をした人体模型や、ぬいぐるみなどの玩具が片っ端から絶叫を上げ、苦痛を代弁するようにのたうち回った。

 

 その日以来、人形達は俺の眼となり耳となり、口となった。

 それでも、何も解決しない。

 不足は、不具合は、不全は解消されることは無い。

 苦痛が止まらない。不自由は決して無くならない。

 培養液に満たされた浴室と、何本もの管と両親の愛が辛うじて俺を生かしていた。

 

 人形を操る対価がコレなのだとしたら、これが天与と言うのならば神に唾を吐こう。 

 お前が与えた祝福(ギフト)は、呪い(クソ)であると。

 

 そんな俺を見て母と父は自分達の子の境遇に悲嘆し、天の理不尽とそんな風に産んでしまった自分達を責めた。

 そんな両親からの愛は確かに、心を潤した。

 だからだろうか。

 死んで楽になるのではなく、この身体を治し克服すると誓ったのは。

 

 そもそも不具だとしても限度があり、何より人形を操れるこの力は何か。

 なまじ取得出来る情報量が多かったからか、自然と心は早熟していった。

 故に、原因を、要因を、理由を知ろうとした。

 片腕も無く下半身は無いに等しいが、幸い手足となるモノは溢れかえっていたからだ。

 

 そして時折出没し、ある程度頑丈な人形でしか駆除出来ない醜悪な異形、悍ましき汚物との関係性は? 

 疑問は幾らでもあった。

 ソレの名前が呪い─────呪霊というのを知ったのは、勿論独力ではない。

 単に、それを知る者が現れたからだ。

 きっと、その出会いがターニングポイントだったのだろうと思う。

 金の長髪に涙袋が特徴の、整った容姿で不敵に笑う女だった。

 

『────どんな女が、タイプかな?』

 

 あと、無神経。

 ソイツはまだ小学生にさえなっていない齢の自分の前に突如現れて、これまた極限に無神経な質問を付けてきた。

 当時はただ当たり前に困惑していたが、俺の境遇からして張り倒しても許されるだろう。

 そしてあれよあれよとしている内に、奴の弟子にされていた。

 

 拒絶はしなかった。

 それが自身を健常にする、一番の近道なのだと直感したからか。

 与 幸吉という一人の呪術師は、その時誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伽藍文楽座

第一話 夏油傑の頼もしい後輩

 

 

 

 

 

 

 呪術師・夏油傑にとって、呪術とは非術者を護るためのモノだった。

 弱者救済。

 呪霊という脅威から身を護る術を持たない、見る事さえ不可能な民草を護る為の力なのだと。

 

『私達は、「最強」なんだ』

 

 そして、隣に並び立てる親友に出会えた。

 親友と二人ならば、例え体制側を敵に回したとしても、少女一人守り切れるのも訳ない。

 それに足る実力も、自信もあった。

 私()ならば、出来ない事など無いと思っていた。

 

 ──────死体となった護りたかった少女を前に、笑顔で拍手する非術師達の光景が脳裏から離れない。

 

 妙な護衛任務。

 その任務の枠組みを超えてまで助けようとした、ただの何処にでも居る女の子だった。

 生まれた時から生贄に成る事を定められていた、家族や友人との別れを惜しむただの少女だったのに。

 

『呪術も使えねェ、俺みたいな猿に負けたって事。長生きしたきゃ忘れんな』

 

 そんな最強は、突然現れた非術師に敗北した。

 少女を殺され、己はその能力故に生き恥を晒し────。

 殺されたと思っていた親友は、真の意味で『最強』となった。

 

 同輩に治療されて急いで駆けつけた先で、親友は己が手も足も出せず敗北した相手に勝利し、奪われた少女の遺体だけは取り戻していた。

 そして、その痛ましい姿を満面の笑みで拍手し続ける、何も知らない護るべき弱者達(悍ましい猿共)

 

『コイツ等、殺すか?』

 

 覚醒し、一層浮世離れした雰囲気を纏う親友の提示した選択肢を、自分は否定した。

 其れ等は少女の死を招いた黒幕達とは違い、何も知らない唯の非術師。

 殺した処で意味が無い。親友が無辜の民を殺す事で生じる不利益に釣り合っていないと。

 今までの心情を理由に否定した。

 

 その悍ましい光景が、眼窩から離れない。

 そしてただでさえ呪霊が湧きやすい夏の季節。その年は、蛆の様に大量に湧いた。

 

 夏油傑の生得術式は、『呪霊操術』。

 調伏した呪霊や、二階級以下の格下呪霊を取り込み、従える術式だ。

 準一級以上の呪霊は術式を保有するが、その術式に消費する呪力は全て呪霊持ち。

 理論上、呪霊を取り込めば取り込むほどその総力は向上し、手数は増えていく。

 その夏、夏油は単独で国家転覆可能と判断され、親友と同じ『特級呪術師』の指定を受けた。

 

 先に行かれた親友に、階級だけなら追い付けた訳だが──夏油なそんな事を喜ぶ余裕は欠片もなかった。

 

 極めて優れた術式である呪霊操術、その最大の欠点。

 それは呪霊を取り込む際の、圧倒的精神負担。

 元より呪霊は、人間から漏出した呪いの集合体。

 謂わば人間の負の感情の掃き溜め。

 そんなものを取り込むのに、無味無臭などありえない。

 

『吐瀉物を拭いた雑巾を、丸呑みしているみたいだ』

 

 そんな、自分に経験のない最悪な例えでしか形容出来ない不快感。

 それは、明確な精神汚染と言えた。

 

 これまで夏油は『弱者救済』の信念を掲げ、その矜持故に耐えられた。

 だが、その根幹が揺るがされた状態で短期間に大量の呪霊を取り込めばどうなるか。

 

 ─────猿が。

 

 それでも、夏油傑は呪術師である。

 一種生真面目そのものである彼は、それだけでは誤ちを侵さない。犯せない。

 意味がない。

 その最早障子と化した理論武装で己を繋ぎ止めていた。

 そこに。

 

『呪霊は非術師からしか生まれないんだよ』

 

 大義らしきものが、浮上してしまった。

 

『術師からは呪力が漏出されないからね。理論上、全人類が術師になれば呪霊は生まれない』

 

 九十九由基。

 特級となった夏油と既に特級であった五条に挨拶に来たという、禄に高専の任務を受けず海外を飛び回っている特級呪術師。

 呪霊根絶を目的とする先達は、己の研究の一部を夏油に明かした。

 呪霊根絶。

 夏油にとって余りにも甘い夢。

 そんな真実に。

 

『なら、非術師を皆殺しにすれば良いじゃないですか』

 

 思わず溢れた、悍しき弱音。

 あまりに現実感の無い、最悪のソレを。

 

『──────それはアリだ』

『な』

 

 否定、されなかった。

 自分の口にした妄言が否定されなかった事で、動揺し夏油が客観視する前に─────。

 

「アイタぁ!?」

「何いってんだ阿呆」

 

 飛んできた缶珈琲が、九十九の頭部に命中すると同時に電子音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと。師匠の頭に缶ぶん投げるのは頂けないなー」

「自分の発言を客観視出来ない奴には、丁度良いだろウ」

 

 その姿は、明らかに不審のそれだった。

 高専を思わせる黒一色の服装は兎も角、顔を含め一切肌を見せない人物が、挙げ句合成音声ソフトによるもので会話する何者か。

 

「えっと、彼は……彼?」

「そ、私の愛弟子さ。名前は────」

「いい加減にしロ。自己紹介ぐらい自分で出来ル」

 

 ぐいっ、とマスクとフードを取ると、そこには不出来な改造が施された『マネキン』の顔があった。

 

「初めましてだナ。特級術師、夏油傑。

 オレの名前は与 幸吉(ムタ コウキチ)。そこの特級術師(プー太郎)の弟子ダ」

「人、形────呪骸? いや、『傀儡操術』か!」

「流石に理解が早いね。それとも恩師が同じ術式だと、そういうのは解るのかな? というか太郎は無いだろう。せめてプー子で」

「黙レ」

 

 傀儡操術。

 呪いの込められた人形といった無生物を、遠隔で自由に操ることができる術式。

 夏油の担当教師である一級術師、夜蛾正道が同様の術式を持っている。

 目の前のマネキンから発せられる呪力の流れと感覚が、夜蛾の製作している呪骸(ぬいぐるみ)と酷似していた。

 だが、夜蛾のそれがぬいぐるみを基調とするなら、その人形は正しくヒトガタを目指したロボットそのものである。

 

「ヒトの術式をペラペラト……」

「まぁすぐにバレるって! そもそも君が此処に来たのも、夜蛾一級術師に師事する為なんだから」

「そして自分はまた海外に高飛びカ。両親からオレを引き剥がした上デ。それで良く、オレに師等と名乗れたモノダ」

「夏油君、弟子が辛辣なんだ!」

「いや何やってるんですか貴女」

 

 自分に泣き付く先輩かつ同格の駄目人間に、しかし親友を想起させたのにはさしもの夏油も、先程とは別の理由で目眩がしそうだった。

 

「しかし……何故人形越しで?」

 

 夏油自身、無生物と呪霊という差こそあれ、何かを操る術式を持つ。

 だからこそ、態々傀儡(にんぎょう)越しに指導を受けるのは非効率だと知っているし、そもそも無礼だ。

 術師ではポピュラーである式神使いに重要なのは、式神ではなく式神を操る当人の戦闘能力だ。

 というのは、筋トレや鍛錬が趣味でステゴロ大歓迎の夏油ならではの感想である。

 

「…………」

 

 それに、人形は返答をしなかった。

 返ってきたのは、苛立ちを含んだ沈黙である。

 代わりに口を開いたのは、彼の師である九十九であった。

 

「さっき、禪院甚爾について話しただろう?」

「……えぇ」

 

 親友を一度は倒し、助けたかった少女を殺して自身を一蹴した男。

 九十九曰く、天与呪縛のフィジカル・ギフテッド。

 呪力から完全に脱却した、唯一の超人であると。

 

(コウ)は、その逆だ」

「逆?」

「…………いい加減にしロ」

「いやでも! 彼にも知って貰うのは、有益だと思ったんだけどなぁ!!」

「ア?」

「はいゴメンナサイ」

 

 少しだが呪力を昂ぶらせながら、本気の怒気を漂わせた呪骸に流石に九十九も口を閉じる。

 それに満足したのか、夏油の為に買ったのか缶珈琲を渡しながら隣に座った。

 

 渡された珈琲を礼を言いながら受け取りつつ、僅かに聞こえる機械音に本当に人形なのだと改めて理解する。

 だが、あの忌々しい男の、真逆の天与呪縛とは一体? 

 単純に考えれば呪術的なアドバンテージに対し、肉体的なハンデを負っていると考えるべきだが────問題は、そのハンデの度合いである。

 少なくとも、本人が気軽に外出できる程度ではないのは、初対面の夏油でもよく理解できた。

 

「デ? 何をトチ狂って人類滅亡など口にした、夏油特級術師。そこのノンデリは論外にするとしても、特級とはそこまで追い込まれる程の激務なのカ」

「私そこまでデリカシー無い!?」

「……迂闊な発言をしたのは自覚しているが、別に私は人類滅亡などと言った覚えは無いよ」

「ソレこそ迂闊な発言だろウ。術師の総人口を、オマエは把握していないのカ?」

「術師の、総人口」

 

 思わず、珈琲を持つ手が止まる。

 

「どれだけ術師がマイノリティーなのか、理解していなイ。呪詛師も合わせても一万は先ず居ないだろうナ。千でも足りン。でなければ実戦への学生導入など、公然と行われる訳が無いからナ。

 それデ? 一次産業と最も縁遠い呪術師が非術師を皆殺しにして、どうやって食料生産するつもりダ? 必要なのは食料だけではないし、薬品などの必需品もそうだナ。オマエが作るとして、労働力が呪霊など論外だゾ」

「……っ」

「まぁ、前提として当たり前の話だね。済まない夏油君、言葉が足りなかった。

 先程『アリ』と言ったのは、あくまで『呪霊根絶』という議論上の話だ。机上の空論というヤツね」

「それは───……勿論、理解しています」

「だけど、悩める若人には不適切な発言だった。……よく見たらだいぶ窶れてるじゃないか。先人として、それは認めなきゃならない。ゴメンネ!」

「…………」

 

 ─────術師に農家が務まるかよ。

 

 いつか、呪詛師に言った自分の言葉を思い出した。

 呪術師は万年人手不足。

 夏油は特級という特例に分類される等級だが、そもそも彼はまだ学生である。

 学生を動員しても尚、人材不足は一向に改善されない。

 それは呪術師の適性が完全な先天的なものである事と、何より命懸けの仕事上、人材の損耗率が著しい為だ。

 少しの掛け違いで、術師も容易く呪霊に殺される。

 

 仮に非術師を皆殺しにし呪霊を根絶しても、現実的な話文明を維持できない。

 十万人を下回り文明維持が困難になった時点で、それは事実上の人類滅亡と呼べるだろう。

 

「うん、改めて浅慮だった。非術師の皆殺しは道義(イかれてる)倫理(イカれてない)問題以前の話、生産面で詰んでしまうか。

 日本という一国家の枠組みの時点で、国家の体を為せなくなる。

 それに著しく頻度が低いとは云え、海外でも呪霊が発生しない訳でも無い。となれば海外の非術師も対象となるね」

「少なく見積もっても、追加で間引く数は69億。ソコを省略して『アリ』などと言ったのは九十九、オマエだろうが。

 そもそも非術師の術師化も論外ダ。『非術師を間引いて行き、恐怖による生存戦略で進化を促す』? 阿呆め、呪霊と違って術師には一般兵器が通用すル。その過程で術師側でもどれだけ屍の山が積み上がるか分かったものではなイ。最悪、術師だけの国と成った日本に核や弾道ミサイル辺りを墜とされ終わるだけダ。

 ……其処の馬鹿の言葉を、改めて訂正させて貰ウ。

 ─────短絡的に非術師を皆殺しにするなど、大義も無ければ意義も意味もありはしなイ。つまり『無し』ダ。

 自殺したいのなら、独りで首を括レ」

 

 血迷った戯言を、とことんな理論武装で叩き潰される。

 

「……確かに、これは重症らしい」

 

 九十九の前言撤回と、そんな九十九を扱き下ろす程に重症である事が露呈する自身に、夏油は本格的に頭を抱えた。

 こんな砂上の楼閣に大義など感じ始めていたのだから、本格的に拙いだろう。

 そしてここまで言われながら、非術師への嫌悪が消えてくれない。

 

 ─────傑、少し痩せた? 

 

 そこで漸く、夏油は己の惨状を省みることが出来た。

 最強となった親友の、当時劣等感と虚無感しか感じられなかった気遣いの言葉。

 脳裡には、最早トラウマと呼ぶべき光景が雨水やシャワーの水音に重なり続け、何度もフラッシュバックする。

 そして一年前なら、絶対に口にしなかった戯言さえも譫言のように漏らす始末。

 

「悟に気遣われるのも、おかしくないな」

 

 一つの分岐といえば、この出会いだったかもしれない。

 拍手に聴こえていた雨音は、いつしか止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『そうそう、出来れば君に彼を任せてもいいかな?』

 

 その後、蹴飛ばされる様に出て行った九十九は、しかしその前に夏油に一つお願いをした。

 つまり、同じ術式を持つ夜蛾ではなく夏油に弟子を預けるというもの。

 勿論術式のノウハウや知識などは、夏油が数少ない休暇を取れている間は夜蛾を師事していたようだが、どうやら与という術師は天才の部類であるようだ。

 一カ月も経たず、彼は夏油の任務に同行するようになった。

 

 基礎は既に九十九に教わっていたのだろう。

 彼は呪骸作成のノウハウを覚えた途端、実戦投入しても問題無いレベルの人形を運用した。

 そんな与を己の任務に同行させながら呪術を教えたのは、夏油にも利があったからだ。

 

「数はそれだけで力ダ。その点、俺とお前の術式は似通った部分が多イ」

「呪霊にカメラやマイクを持たせロ。それだけで知覚共有の代わりになるだろウ」

「高専生に呪霊を配置させれバ、取り敢えず肉壁になるし危機を察知できル。事前情報と呪霊の等級の差異は、ままあるんだろウ?」

「呪霊を取り込む時の味がドブカス? なら結界で包むなり何なりすれば良いだろうガ。俺自身点滴オンリーで経口摂取の経験は無いが、アレダ。オブラートの要領デ」

 

 先入観がそごで無い事で溢れ出るアイデアは、精神的に疲弊した夏油にとって天然水を思わせた。

 特に、耐久力や防御面に優れた呪霊を仲間の術師に憑かせる。という発想は本当に助かった。

 出会った日に、夜蛾の元へ案内する最中に発案され。直前に出発した後輩の術師である灰原雄と七海健人の任務にて、事前の不備故に起こった凶事に際し、彼等の命を救う事が出来たからだ。

 

 高専所属の術師への任務は、その等級に合わせたものとなる。

 呪術師の等級は、その術師が問題なく討伐できる呪霊の等級が通常だ。

 必然、二人に割り振られた任務は二級呪霊の討伐であるべきであった。

 だが蓋を開けて見れば、二人には荷が勝ちすぎる産土神の一級呪霊。

 下手をすれば、特級呪霊に相当したかも知れなかったのだから。

 

 よくある話である。

 情報提供者である『窓』からの情報や補助監督官の精査された等級と、実際の呪霊の等級が違うなど。

 二人が助かった要因は、任務地が高専から遠い場所であった事で、夏油が送った呪霊が間に合ったから。

 夏油は、眩しくも戦傷が薄く無い笑みで礼を告げる後輩の顔を、焦燥感で直視できなかった。

 

 もしあの時、与と出会い幸吉が助言をその場でせず、夏油が聞かなかったら。

 夏油は、掛替えの無い仲間の遺体を弔う事さえ出来なかったかもしれない。

 それは明確な恐怖だった。

 護るべき少女が笑顔のまま命を溢していく光景が、今尚忘れられないトラウマになってしまったからか。

 或いは、その少女の死に何も知らず万雷の拍手を送る盤正教信者()達の悍ましさがか。

 

「そういえば、君はいつ頃高専に入学するんだい? 流石に私が在学中は難しいかもしれないが、灰原や七海達が卒業するまでなら何とか──────」

「齢? もうすぐ7歳だガ」

「………………………………せめて、中学生ぐらいかと」

「まぁ、不気味なのは自覚していル。恐らく、耳と目の数(外部情報の取得量)が多かったからだろうナ。早熟というヤツダ」

 

 彼が己より若く、そして一般人出身の術師という似た境遇の者だったからだろうか。

 当初は後輩以上の、未来の呪術師の卵を育てる程度の認識だったが、そんな彼の助言と成長も相俟って頼もしい同胞と認識するようになった。

 

 驚くほど物分かりが良いとはいえ、小学二年生に己の裡を何故話したのだろうか。

 

「……それで、幻聴は聞こえなくなったカ?」

「あぁ……」

 

 現在幸吉は補助監督官こそ同行しているが、単独での任務地への出向中である。

 夏油も未だ、一度も本人に会えていない程の天与呪縛によって、日本全土に及ぶ術式範囲を高く評価。

 更に呪骸に呪骸を作成させることで、夜蛾の指導もありより精度の高い人形の作成に成功。

 小学生年少期である彼は既に二級相当の等級認定を受けていた。*1

 

 無論その年齢で単独任務が振り当てられたのは、今回の任務地は酷く山奥の村。

 加えて万が一失敗しても本来死が待っている術師の末路を、高精度とはいえ呪骸数体の消耗で終わるからだ。

 彼はこのまま成長すれば、夏油同様により多くの術師を護る存在になり得るだろう。

 

 高専で休息を得られた夏油は、任務続行中でも簡易呪骸での会話を行っていた。

 電波に拠らない通信方法。

 隠蔽の為の結界である『帳』が、副次効果で電波を遮断する以上、これだって発展していけば非常に重要なものになるだろう。

 本来戦う事が出来ない補助監督官が、連絡役として帳の中に入る必要も無くなる。

 仲間の死が、どんどん減っていく。

 それは、信念が揺らいだ夏油にとって希望そのものだった。

 

「安定剤なんて初めて飲んだけど、まさか監督役の人達があれほど詳しいとは。おかげで雨音も随分気にならなくなった」

「学生を戦場に送っていると聞くと、大人である彼等の罪悪感も殊更だった訳ダ。

 総監部は九十九も随分酷評していたが、監督官に関しては呪術界には不可欠な人材と明言していたナ」

「それに……。彼等は実戦には耐えられないが、呪力操作は可能だからね」

 

 補助監督官や『窓』などの高専関係者は、(非術師)ではない。

 

 ───非術師は嫌いかい? 

 

 九十九が問い掛けた、夏油の迷いの根幹。

 解らなくなっていた、呪術師として呪霊を祓い続ける意義。

 非術師こそ弱者であり、そんな弱者を呪術師であり強者である自分は、そんな彼等を呪霊という脅威から護らなければならない。

 

 強者故に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)

 それが呪術師の在るべき姿なのだと。

 だが、その護るべき弱者の醜悪を見せ付けられて信念が揺らいでしまった。

 非術師とは、自分達が命を懸けてまで護るべき価値があるのかと。

 その果てが仲間の屍の山だとしたら、夏油が縋っていた意義は───。

 

『……九十九。オマエ、そんな精神状態の奴に呪霊発生メカニズムを語ったのカ。挙句の果てに、非術師の皆殺しを肯定するなド……』

『いやいや! 夏油君とは初対面だよ!? そこまで思い詰めてたなんて判る訳ないじゃないか!』

 

 焦り散らす九十九に、特級術師はどいつもコイツもチャランポランだな、と呆れたのはよく覚えている。

 いや、それ以上にそんな人間に心配される程、血迷っている自分にだろうか。

 

「まだ、非術師は疎ましいカ?」

「護るに足る人達が確実にいるのだと、理解はしているんだけどね」

「……その主義は、五条悟にも言っていたのカ?」

「え? ぁ、あぁ」

「その時点で、矛盾に気付くべきだったナ」

「?」

 

 飛行可能な呪霊の背に乗りながら、夏油は憮然とする幸吉に困惑する。

 確かにその主義を、親友に自身の自負を口にしていた。

 呪術師は非術師を護る為にいるのだと、最早揺らいてしまった信念を。

 

ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ。オッエー

 

 などと、マトモに取り合われなかったが。

 

うわキッツ。いや、話がズレたナ。五条悟の幼稚さは一先ず置ク。

 そもそも、翌々考えろ夏油特級術師。御三家次期当主確定の、五条家の特異体質『六眼』と最高位の相伝術式を生まれ持った、生まれた時から呪術界に頭まで浸かっている生まれながらの呪術師────それが五条悟ダ」

「それは……」

「そんな奴に、非術師家系出身の新参者が呪術師の何たるかを語る────異常な状況と思わないのカ?」

「──────」

 

 それは確かに、異常で歪だった。

 曰く五条家では甘やかし倒された五条悟に、一般常識と良識を語るのであれば何も違和感はない。

 それは非術師から生まれ育ち、去年まで明確に並び立っていた夏油だからこそ出来た事だ。

 だが、五条悟に呪術師とは何かを語るのはあまりに歪だ。

 

 呪霊を祓い取り込むだけで、心的に著しい負担が生じる呪霊操術。

 そんな負担を抑え込む為、一種の選民思想とも言える思想を持つようになったのか。

 あるいはそんなノブレス・オブリージュは、己の力が何なのか教えられず幼少期を過ごした夏油にとって、精神を護る防衛手段だったのかもしれない。

 

「…………っ」

 

 自己分析。

 カウンセリングとまでは言えなくとも、極論に呑まれかけた夏油には必須の行為。

 恐らく、呼吸だけで苦痛を覚える幸吉自身が頻繁に行っているのだろう。

 初心を思い出す事は、非常に困難だが重要な事であった。

 

「……まァ、オレは術師も非術師もそこまで区別する必要は無いと考えていル」

「……非術師は呪霊を生むのにかい?」

「その呪霊を祓って、金銭という報酬を貰っているだろウ。処理業者を馬鹿にするのは、感心出来んナ」

 

 呪術師が非術師を護り、呪霊を祓うのは決してボランティアではない。

 極めて直接的に、国家存続に不可欠な職業だ。

 命の危険に対し釣り合っているかは兎も角、多くの越権と高額な収入を得ている。

 事実、二年時点で一級。三年生以降で特級に認定され多くの任務を熟し続けた夏油の口座は、驚くほどの財産が程蓄積されている。

 問題があるとすれば、使う時間が無い事ぐらいか。

 

「呪術師を一職業と、仕事と断じろと?」

 

 そんな呪術師が居ない訳ではない。

 一級術師、冥々。

 彼女はフリーの術師として、総監部などに交渉し任務に際し多くの報酬を得ている守銭奴だ。

 金銭を蓄財する事自体をゲームの様に認識し、楽しんでいるのはさておき、冥々は明確に金銭のみを目的に呪術師をやっている。

 ちなみに「呪術を自己満足の為に行使する」と後輩から断じられた、手段が目的化している五条悟は論外である────が。

 あるいは理由など、そんなモノで良いのではないか? 

 

「それをプロ意識というのだろウ? 冷徹に成れとは言わないが、過剰に高尚さを呪術師に求めるのは呪術界の醜悪さを棚に上げ過ぎダ。呪詛師を筆頭に嫌悪する人種は、術師にも多く存在するだろウ」

「……」

「話に聞く上層部の腐敗や、御三家の時代遅れ故の悪習。そして言わずもがな呪詛師。非術師だけの負の面を見て、呪術師の負の面を見ないのは道理が通らなイ」

 

 周知の筈の醜悪。

 確かに夏油は非術師のそれを目にして、主義が揺れた。

 だがそれだけで結論を出すには、夏油は情報不足と言わざるを得ない。

 何故なら夏油傑が知らず、五条悟が知っている呪術師の醜悪は確実に存在するのだ。

 特別な眼を持って生まれただけで、幼少期より億を超える懸賞金を掛けられた彼だからこそ知る、呪術師の醜悪を。

 というより、自分の半生にも満たない少年に諭されれば、短絡に非術師を皆殺しにするのは余りにみっともない。

 というか、格好悪い。

 

「……まァ何だ、困るんだヨ。そんな選民思想を持ったまま、呪詛師辺りになられちャ」

「それはそうだろうが……」

「そもそも俺の両親は非術師ダ。そして、俺の有様にも拘らず俺を心から愛し、天与呪縛の原因を自分達に向けてしまっていル。大切な、大切な家族ダ」

「───」

「お前に非術師が皆殺しにされる場合、俺の両親は勿論殺されるだろうからナ」

「……困るね、それは」

 

 夏油の両親も、漏れなく非術師である。

 彼の理屈を通すなら、彼等も殺さなければならない事を意味する。

 少なくとも今の夏油に、両親を醜悪として間引く事は出来なかった。

 

「それに身体が治るのに必要なら、俺は喜んで非術師になるだろウ。いい機会だハッキリ言っておくが───俺は呪いなんぞこの世に無い方が良いと思ってすら居ル。九十九の言う処の『呪力からの脱却』支持者だナ。俺は、俺の当たり前を奪った呪術が大嫌いダ」

 

 最早、夏油が呪詛師になる可能性は無かった。

 少なくとも、決定的な場面で彼が足を止めるだけの要因は揃っている。

 傍にその幼い後輩が存在したのは、彼を留まらせるのに重要な楔だったと断言出来た。

 

「────ア?」

「? どうかしたかい」

「………………………………イヤ、悪いが少し集中する」

 

 夏油とのその日の通話は、それで終わりだった。

 ─────某日某村。呪霊による被害を術師の幼い双子が原因と思い込み、村ぐるみで暴行と監禁のコンボをキメていた彼等。

 本来、あるいは有り得たかもしれない可能性に於いて、そんな彼等百を超える非術師が夏油傑に殺される筈だった一件。

 それに立ち会った少年は、激昂しつつもより長い苦痛を愚か者達に与える為、極めて法的な措置を選んだ。

 閉鎖環境故に罷り通っていた蛮行を、多くの機械の目は捉えていた。

 

『未成年略取誘拐、及び拉致監禁に集団暴行容疑による、警察への通報』

 

 高専はその職業柄、警察上層部と深いパイプを持つ。

 夏油特級術師と複数の監督役、そして多くの警察官の捜査の後、一つの山村がひっそりと事実上消滅した。

 そして同時期、呪術高専に一組の双子が保護される事となる。

 

 幼子は、時に驚くほど残酷である。

 その山村の人間の未来は、死よりも苦痛に溢れるだろう。

 衆生こそが真なる地獄なのだと、与 幸吉は身を以て知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 2010年、某日。

 高専訓練場にて、特級呪術師同士が激突した。

 原因は夏油傑の海外留学を、特級呪術師・五条悟だけがその直前になって知らされた事であると明記する。

 

 結果として夏油傑は、呪術師の芽を護る路を選んだ。

 二年後に帰国した彼は卒業と同時に、フリーの術師としての先達、冥々に倣うように高専に所属し続けるのではなく、個人として活動を開始。

 特級として積極的に任務を熟し、成人と共に宗教法人を設立。

 その宗教法人が、四年前に取り潰された筈のとある絶対的一神教を乗っ取る形であったのは、誰もが承知の上だったのは語るまでも無い。

 それを合法的に行うに必要な証拠を、ある後輩の協力で得たという事だ。

 

 その後は彼の術式の特性から宗教相談と称し、一般被呪者の解呪を行いながら資金を集め、無知故に迫害されている呪術師の保護を開始する。

 術師支援。

 非術師殲滅では無く、より確実に仲間を護るために。

 しかし、本来誰にも阻まれる事の無いその大義は、老人達に阻まれる。

 

 保守派の巣窟となり、五条悟から「腐ったミカン」と称される呪術界の上層部─────『呪術総監部』。

 彼等は、高専以外の呪術組織の拡大を嫌ったのだ。

 その互助組織が非術師だけでなく、まさにその上層部の過干渉から術師を護る為のものであったというのも理由の一つだろう。

 

 日本内部にはいくつか呪術的組織が存在する。

 呪術界の名家、五条・禪院・加茂の御三家。

 加えて北海道のアイヌの末裔達による呪術連が、コレに該当する。

 だが最大勢力は間違いなく、呪術高専と言えた。

 総監部への指名権を有する以上、御三家も高専の一部であり、本州の呪術組織は高専のみといっても過言ではない。

 特に加茂家は、上層部の過半を占める保守派の母体である。

 

 特級呪術師という、ただでさえ制御困難とされる力を持ち。

 そんな人物が高専以外の呪術組織を作り、挙げ句『保護』や『互助』という余りに解釈の幅が広い謳い文句で人材を集めている。

 保守派にとって、これほど目障りな存在は居ないだろう。

 

 呪術師とは、質は勿論数も非常に重要である。

 この質と数を両立している禪院家は、保守派の母体である加茂家と純粋な実力主義で拮抗し、御三家となっている程である。

 

 そんな一強状況に、互助とはいえ新たな組織を立ち上げようとしている。

 その設立者は呪霊操術という、異形の軍隊を保有する特級術師。

 事実上術師保護を名目に、質さえ補おうとしている。

 そう見られてもおかしくないのだ。

 特に、一時疎遠になっていたものの現代最強と名高い術師、五条家当主である五条悟と最も親しい友人というのも非常に大きい。

 国家転覆可能な、呪術界を引っ繰り返すだけなら二人で十分な戦力が揃っているのも同然である。

 腐敗が横行して久しい保守派にとって、目の上のたん瘤程度では収まらない『脅威』であった。

 

 妨害は執拗に行われた。

 過干渉な嫌がらせから、夏油と彼が保護した術師を呪詛師にしようとする動きまで。

 夏油傑は、ここで漸く呪術界の醜悪を見せ付けられる。

 

 事実、呪術規定に於いて全ての呪術師は総監部の指揮に服さなければならず、逆説指揮に服さない者に処罰を与えることが可能である。

 無論この指揮とは規定遵守や、命令系統の統一。そして呪霊や呪詛師への対応が主であるが、総監部がこの規定を濫用した場合は話は変わる。

 理不尽な『指揮』を行い、当たり前に拒否した事を『違反』とすることで、夏油達を呪詛師に認定することさえ可能なのだ。

 

 当然だが、そうはならなかった。

 一つは総監部の腐敗は、あくまで一部。

 マトモな者達が規定を敷く側として当たり前の行動を取ったこと。

 二つ目は、そもそも夏油が設立した高専以外による互助組織は、あくまで相応の実力や知識を持たない術師の保護を目的とするものだ。

 つまり人手不足な術師業界の人員拡充に繋がるものである。

 自分達の保身の為だけに完全排除するには、呪術界の人手不足は余りに深刻であった。

 

 また、特級を全面的に敵に回す事を避けたのもある。

 特に自他共に現代最強と名高い五条悟が、親友を理不尽に貶めた総監部へ牙を剥くの様な、様々な暴走の抑制も大きかった。

 無論、それが解らぬ愚か者が一定数存在するからこそ、排除案が無くなる事が無く妨害工作も行われたのだが。

 事態は必然、膠着状態となり睨み合いの攻防が続いていく。

 だが呪術界の上層を敵に回している状況は、決して夏油の望む物ではなかった。

 

 均衡が崩れたのは、思わぬ方向からだった。

 当時中学生に成り立ての与幸吉、彼の特級呪術師認定。

 そして彼が接触した総理大臣主導による、呪術総監部の一斉検挙である。

 

 

*1
あくまで『相当』なのは、高専所属基準に年齢が足りないから。なので特別でもない。




分岐点:九十九由基のスカウトと、当人のほんの僅かな積極性の多さ。

Q:夏油の呪詛師堕ちをどうやったら防げますか?
A:大義を理論武装で叩き潰した後、精神安定剤を処方し休養を与えましょう。

Q:呪術総監部の癒着・腐敗問題はどうすれば解決しますか?
A:その上の、総監部の任命権を持つ総理大臣にチクりましょう。


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伽藍文楽座2

 

 

 

 ───禪院真希にとって、禪院家とは「居場所が無い、己の生まれた場所」であった。

 呪術界の上層部と表現できる総監部。それに指名権と強い発言権を有する、呪術界御三家の一角。

 そんな呪術界の名家に、更に先代当主の孫として生まれた真希は───呪術師ではなかった。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 本来生まれ持つ筈だった生得術式と呪力を喪う代わりに、常人を超える肉体を持って生まれる生来の体質。

 真希は、一般人並みの呪力しか持たず呪霊も見えない代わりに、二級術師相当の膂力を生まれ持った。

 これが一般家庭に生まれていたのなら、彼女はスポーツ界で一世を風靡しただろう。

 しかし彼女が生まれたのは禪院家。

 

『禪院家に非ずんば、術師に非ず』

『術師に非ずんば、人に非ず』

 

 相伝の術式を持っていないだけでも、十分に劣等扱い。

 挙句呪いさえ見えない非術師となれば、最悪汚点として間引かれかねない。

 時代遅れの男尊女卑といった旧態依然蔓延る禪院家で、彼女が陰口に塗れながら小間使いとして扱われたのが、寛容にさえ思える有様だ。

 無論真希はそれを知らなかったが、そこには嘗て存在していた暴君への迫害の過去と、それに応じる様な報復によって刻まれたトラウマ。

 それが真希への排他行動を、無意識に抑制して居たのかもしれない。

 

 彼女だけなら、真希は早々に家を出ただろう。

 反骨心と負けん気溢れる女性でありながら男性的な性格の彼女が、その選択を取らなかったのは───真希が一人では無かったからだ。

 

 禪院真依。

 双子の妹で、凡そ何も与えられず持つことが出来なかった真希が、たった一つだけ持つ大切な半身であった。

 しかし真依も術師としては優秀とはいえず、相伝術式も生まれ持っていなかった。

 そして、呪術師にとって双子は凶兆とされる。

 当然真依も禪院家に於いて、まともな扱いは受けられなかった。

 彼女の呪術師としての才が乏しかったこと。凶兆たる双子の片割れであった事。

 そしてそもそも、真依には根本的に呪術師(イカれ)の資質が無かったこと。

 

 だから、真希は妹の居場所を作るために強くならんとした。

 術式を持たない禪院家男子が所属を義務付けられる、禪院家における下部組織『躯倶留隊』。

 日夜武芸に励み、有事の際には全員が準一級相当以上の精鋭部隊である『炳』の露払いを務める戦闘員集団である。

 其処に本来女子である真希は入隊し、己を磨いた。

 呪力操作などの基礎的な呪術を学べない代わりに、ひたすらに体術と呪具を扱う技量を高め続けた。

 全ては、最愛の妹に居場所を作る為。

 自分達に何も与えず、落ちこぼれだと蔑む連中の鼻を明かす為に。

 

「───良いだろう、真希と真依はお前のモノだ。与特級術師殿」

 

 そんなものは誇大妄想だと、現実を突き付けられるまでは。

 

 

 

 

 

 

第二話 特級呪術師 与 幸吉

 

 

 

 

 

 ────与幸吉の目的は、天与呪縛による不全の肉体の解消である。

 では、どうすれば呪縛を解けるか。

 幼いとすら呼べる彼は、ひたすらに知識と術師としての技量向上を求めた。

 九十九に見出され、夜蛾によって術式の理解を深め、夏油によって多くの経験を得た。

 

 術師としての向上に際し、与幸吉────幸が選んだのは、呪術と科学の融合である。

 天与呪縛によって高められた呪術センスは、あり得たかもしれないイフを遥かに超えるインスピレーションを、幼少期に得続けた。

 これにより、術式の拡張を小学三年生の時に成し遂げている。

 

 術式の拡張。

 それは既存の生得術式の改良であり、『これはこうである』という既存概念からの脱却である。

『これはこう』だが、『これからあれ』が出来るのだと考え、それを行えるようにする。

 

 実例はある。

 禪院家現当主、禪院直毘人。

 彼の生得術式『投射呪法』は、自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追い(トレース)する術式である。

 つまりアニメーションという歴史の浅い文化を利用したが故に、禪院家の相伝術式でありながら最速の術式*1として成立したのはつい最近。

 つまり彼が術式を拡張することによって強化され、実力者犇めく禪院の頂点に立ち当主の座を勝ち取っている術式なのだ。

 

 加えて言うなら、未だありえる未来の可能性に於いて『斬撃』というシンプルな術式効果を、術式対象を拡張することで空間や世界ごと強度・術式を無視して両断する神業に至っている、史上最強の術師も───。

 

 そして幸の術式は『傀儡操術』。

 呪骸を操作するというシンプルな術式だ。

 そこに天与呪縛が加わり、彼は実力以上の呪力出力と操作範囲は得ており、術式効果は日本全土に及ぶ。

 では、この傀儡とは? 

 

【傀儡】

1.あやつり人形。くぐつ。でく。

2.人の手先となって思いのままに使われる者。

 

 少し調べればこういった意味が出てくるだろう。

 

 例えば夜蛾正道。

 彼は幸同様に『傀儡操術』を生得し、基本的には手製のぬいぐるみを呪骸として術式対象として操作している。

 恐らく自ら1から作る縛りで、術式効果を向上させているのだろう。

 結果として彼は呪術工学の権威となり、突然変異とはいえ完全に自立自己補完の独立呪骸を作成するに至っている。*2

 

 一方、幸は様々な武装を組み込んだ呪骸を、呪骸を用いて作成する。

 これは天与呪縛により、自己で作成するには操作した呪骸を用いる必要があるからだ。

 だが、それ故に制作効率・労働力という意味なら夜蛾を遥かに凌駕する。

 それにより準一級以上の戦闘力を持った呪骸を、天与呪縛によって日本全域に複数操作可能だ。

 

 つまり、無機物ならば既に術式対象なのではないだろうか? 

 傀儡政権という言葉があるように、人さえも術式対象に出来るのではないだろうか? 

 術式の解釈を、広げる。

 

 ならば術師を術式対象にし、感覚を共有する事で彼等が行う高等技術を超高精度に模倣・学習する事が可能なのではないか? 

 例えば、複数の呪霊を同時大量使役する『呪霊操術』を扱う夏油傑。

 例えば、呪力を精密に視認する特異体質『六眼』を有し、異次元の呪力効率と運用技術を成した、現代最強・五条悟。

 例えば、呪力を掛け合わせることで治癒可能な正のエネルギーを生成する、高度と問答無用で表現される『反転術式』を他者に施すことが当時唯一可能な術師、家入硝子。

 尚、同世代同級生である。なんだコイツ等。

 

 特に反転術式。

 九十九に在る程度指導を受けたが、それ以上に家入硝子の協力によって習得に成功した。

 幸の呪術は観測・解析の積み重ね。

 挙句縛りなどの保険を用意したとはいえ、術式で感覚の共有まで行えたのだ。

 

 反転術式は感覚(センス)が最も必要とされる。

 事実、五条悟でさえ一度死に瀕する事で漸く会得した、されどアウトプットに関しては現時点で一人しか出来ない高等技術。

 それを行えた家入硝子は学生時代、同級生に対して擬音でしか説明不可という有様だった。

 そんな当人だけが理解できる感覚の共有を、拡張された幸の術式は可能とした。

 これで習得できない様では、肉体を犠牲にした天与呪縛などと名乗れはしない。

 

『これで私の仕事が減るんだろう? 頑張り給えよ後輩』

 

 そう言って協力に快諾した、貴重過ぎるが故に酷使されて隈が刻まれた眼で彼女は笑った。

 幸は例外的に医術に携わり、かつ己の職務を全うしている人間には、その出生から無条件で尊敬を向けている。

 反転術式の精度を彼女以上に上げ、アウトプットを呪骸に実装。

 それにより彼女に時間的余裕を与えようとするのは、幸にとって当然の恩返しであった。

 ───それでも、初めから不全で生まれた彼の身体は、反転術式では()()なかったが。

 

 例えばパソコン。

 これも無機物であり、精密操作可能な人工物である。

 これをキーボードやマウスを使わずに扱う事が出来るなら、演算装置として術式補助に使えるのではないか? 

 例えば市販のパソコンなど目ではない、所謂スパコンと呼ばれる大規模演算装置が使えれば、呪力操作は勿論多くの負担を解消できるのでは? 

 例えば電子機器を経由すれば、電力と呪力を相互変換する事は出来ないだろうか?

 例えば傀儡の生産工場を設ければ、演算補助も合わさりより大量の傀儡を作成でき、より高精度に同時操作し多くの任務を消化できるのではないか? 

 例えば、例えば例えば例えば──────。

 

「痛い、な」

 

 肌が、のどが、痛む。

 習得した反転術式で傷んだ箇所を治しつつ、己の身体を見下ろす。

 全身に包帯が巻かれ、培養液に満たされたバスタブに浸り、幾つもの管が繋がっている見慣れたカラダ。

 天与呪縛によって縛られた、不全不具の出来損ないを。

 

「あぁ───それで、より術師としての高みに近付けるなら」

 

 それにより、より早く万全な肉体を得られるのなら。

 まるで使えず、寧ろ痛みと喪失感で心を苛むのなら。

 

 例えば────脳機能以外を傀儡で代用すれば、天与呪縛を強化できるのではないか? 

 

「例えば」

 

 ────こうして、天与呪縛を強化した事により『六眼』の機械的な模倣。そして、反転術式の傀儡への実装が行われた。

 任務を消化すればするほど資金は増え、設備や傀儡の生産量は増え続ける。

 

『傀儡操術』を用いた、呪術と科学の融合。

 千年前から後退こそすれ、発展したとはとても言えない呪術史に対し。

 ここ数百年で飛躍的に発達し、遂には月にさえ到達した人類史の結晶の一つである科学を取り込む。

 それは、呪術界に大きな影響を与えていた。

 保守派にとっては疎ましく、現場の人間にとって多くの事のデジタル化は盛大に歓迎された。

 

 そしてその生産力と一度の運用数が、任務の消化速度から『基準』を超過したと判断された事で。

 彼は、総監部によって四人目の『特級呪術師』に認定された。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『いやー、特級呪術師認定おめでとう! 師として鼻が高いよ』

「俺は弟子として恥じ入るばかりだ。能力があるんだから、偶には仕事しろ師匠(クソバカ)

研究(仕事)はしてるだろぅ!?』

「そこに金銭が発生してないなら仕事とは言わん。趣味だ」

 

 何処か高専関係の施設内で、彼は椅子に凭れ掛りながら通話していた。

 黒髪を無造作に纏め、黒一色の口元が隠れる呪術高専の制服に類似した服に身を包んだ、高校生と成人の間程度の青年。

 人にしか見えない彼は、しかし人ではない。

 幸が作成した傀儡、汎用駆体『甲種呪骸(プロセッサー)』。

 普段彼が「与 幸吉」と振る舞うのは、基本的にこの駆体である。

 

『……天与呪縛、底上げしたんだってね』

「何処から嗅ぎ付けた。……はぁ、そうだ。どうせ使い物にならない上、苦痛ばかりだったからな。寧ろ清々した」

 

 そう。最早バスタブに浸っていた少年は存在しない。

 縛りを強く意識した上で、肉体の大半を既に事実上の放棄済みである。

 それが脳髄のみを培養液で満ちたフラスコに浮かんでいるのか、あるいは肉体そのまま脳機能のみを動かしているのか。

 

『ぶっちゃけどっち?』

「後者だ。脳髄のみ摘出するとなると別の問題がある。俺の本体は『演算呪骸(ハンドラー)』内部の水槽でプカプカ浮かんでいるな」

『サイヤ人の治療用ポット的な?』

「だが、天与呪縛を完全に昇華したとは言えない」

『シカトするなよ~』

 

 天与呪縛の昇華。

 天与呪縛の事例自体が稀少な事もあって、己の呪縛を更に底上げする前例は無い。

 だが、それ自体は術師が自身に行う縛りと同じである。

 

「フィジカルギフテッド───禪院甚爾の前例を鑑みて、俺の天与呪縛を完全に昇華させる為には、俺は肉体を完全に放棄する必要があるだろう。

 だが残念ながら、俺の技術はソレを行うには不足が過ぎる」

『だから、私の魂に関する研究が役立つワケだ』

「魂単体で成立しうる形態、あるいは有機的な駆体の作成が必要だ。だが前者では呪霊と変わらないし、俺の目的に沿わない。呪物化を介した受肉? いや、それで天与呪縛を脱却できる保証は無い。俺の魂に呪縛が付随していた場合、不全の肉体として受肉するだけだ。そもそも、それでは人を犠牲にしてしまう事にもなる。呪詛師になるのは御免だ。

 必要なのは、魂に干渉する技術だ。観測は逆算する方向で既に教わったが、干渉となるとその手の術式が必要になるか……」

『ちょいちょいちょい。会話中に考察に熱中しないでくれ』

「……まだ何か用が? 判っているだろうが俺は忙しい。現在五条悟、夏油傑達と任務の消化数で競っていてな」

 

「何してんの……」と若干引き気味の九十九は、咳払いと共に声を上げた。

 

『特級呪術師の君に、私からお願いがあるんだ!』

「切りてぇ……」

 

 師からの無理難題。

 これまで幾つかあったが、どれも苦労するものばかりであった。

 具体的には、彼女が距離を取りたがっている高専上層部との調整が主なのだが。

 

「話の流れを忘却したのか? それとも厚顔無恥と言外に主張しているのか」

『おや? そんな風に私のアレっぷりを扱き下ろしていいのかい? 大のオトナが電話越しに号泣するよ?』

「お前、何で俺と接する時だけ極端にアホになるんだ? 五条悟の真似か?」

『五条君の真似に成っちゃうんだ……』

「まぁ、ネタにできるだけマシなんだが」

 

 厚顔無恥だった。

 これが四人しか認定されていない、個人で国家転覆可能と認定された呪術師の姿か? 

 

「……何だ」

『フィジカルギフテッドについてさ』

「!」

 

 かつて可能性があると九十九が希望を抱き、されど重要サンプルの死によって方向転換せざるを得なかった、呪力からの脱却者。

 

『私が既に、何人かの天与呪縛の人間を把握しているのは知っているね? 君もその一人だ』

 

 だが唯一たる天与の暴君亡き今、確認されているフィジカルギフテッドは悉く未完成。

 一般人並の呪力を保有してしまっている為、人類のネクストステージとは到底呼べず。呪力の漏出で呪霊根絶など、夢のまた夢。

 にも関わらず、九十九はその人物の名を口にした。

 

『─────禪院真希。禪院甚爾と違い不完全な天与呪縛の少女だ。奇遇にも、君と同い年さ』

 

 同じ禪院家。

 挙げ句世代こそ違えど、禪院甚爾とは従兄妹関係だとも。

 呪術界のエリート家系から、二人もフィジカルギフテッドが出現する。

 その連続性に、何かしらの意味を見出したくなる偶然である。

 

「……何故、今更フィジカルギフテッドの研究を? 禪院甚爾が死亡した時点で、メインプランを呪力の適応にシフトしたんじゃないのか?」

『初心に帰ったのさ。君が天与呪縛を底上げしたのも、無関係じゃない』

 

 即ち、不完全な呪縛の少女を完全に呪力から脱却させる方法があるやもしれない。

 九十九はそう言っているのだ。

 

『曰く、彼女には双子の妹がいるらしい。勿論、術式も呪術も扱えるそうだ。そこまで優秀と言えるほどではないらしいけど。もし、彼女達が一卵性双生児なのだとすれば。……面白そうだろう?』

「─────成る程」

 

 呪術界に於いて、双子とは凶兆とされる。

 不完全な天与呪縛に、禪院家にしては凡才といえる双子の妹。

 魂を研究する九十九と、その弟子の幸ならこの相関図から理解できる物があった。

 本来ならば海外での調査・研究に忙しい彼女にとって、そこまで気にするものではない。

 ぶっちゃけ上層部と近しい御三家に接触するには、上層部を忌避するが故にほとんど海外に身を置く九十九は、自業自得だが特級にも拘らず影響力はかなり低い。

 

『聞けば、禪院家での扱いは決して良くないらしい。研究ついでに、人助けをしてみるのも良いかもね?』

 

 事実上、禪院の人間を身請けするも同然だ。

 仮に一級呪術師であっても不可能だろう。

 例えそれが、呪霊も見えない落ちこぼれであろうと。いや、落ちこぼれであるが故に身内の恥を外に出したくないという思考もある筈だ。

 

 だが、幸ならば話は変わる。

 特級呪術師という国家そのものに影響力を持ち、様々な呪術的発明を為している、呪術と科学の融合者。

 その内の何れかを交渉材料にすれば、上手くいく可能性は十分だろう。

 幸にして見ても、天与呪縛の完全昇華───その瞬間を観測出切れば、何かの役に立つかもしれない。

 

「……構想中の有機駆体、その参考にはなるか」

『はっはっは。頼んだよ、幸』

「……了解した、師匠」

 

 そして。

 それ以上に御三家に赴く予定がそもそも彼にはあった、というのが最大の理由だったりする。

 ブン、と幾つもあるウィンドウが、その科学の眼窩に浮かび上がる。

 そのウィンドウには、ある辞令の認可を示す書類が表示されていた。

 

「膿の一掃、か」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 禪院家。

 御三家の一角に位置する呪術名家は、炊飯器さえ無さそうな古風な武家屋敷に居を構えていた。

 そんな屋敷の一室に、二人の人影が向き合っている。

 片方は既に七十近い老齢でありつつ、着物越しに鍛え抜かれた肉体が見て取れる、白髪で髭が特徴の男。

 

 禪院直毘人。

 禪院家現当主であり、五条悟という例外を除き最速の術師と名高い特別一級術師である。

 本来その酒癖の悪さ故に、自宅では着物を着崩し酒浸りしている筈だが、まるで対等以上の相手を前にするかのような整った佇まいであった。

 

 だが、それは決して誇張ではない。

 もう一つの人影は、高専生の制服に似た黒一色で身を包んだ、高校生か成人かが曖昧な年頃の青年。

 だが、それは決して人ではない。

甲種呪骸(プロセッサー)』と名付けられた、人に酷似した呪骸である。

 

 特級呪術師・与 幸吉。

 呪術と科学の融合を成し、多くの呪骸という名の呪具を作成した新星。

 幾ら御三家の当主と言えど、直毘人が優れた術師であるが故に無視できない存在である。

 

「──禪院真希、禪院真依の両名を貰い受けたい」

「フゥン」

 

 ナマズの様に伸びた髭を抓み撫でながら、チラチラと挨拶代わりに渡された日本の酒瓶に視線が泳ぐ。

 

「? あぁ、内一本は普通に買ったものだが、もう一本はやや趣向を凝らした」

「ほう」

「俺が反転術式を会得、各呪骸に実装しているのは知っているな。その際、呪具を作成するのと同様に、正のエネルギーで漬け込んでみた。如何せん俺は酒の事は判らんが、さしずめ神酒の再現といった処か。何分一点物だが、試飲してくれると有難い」

「ほう!」

「姪の事そっちのけでテンション上げんなや」

 

 もう封を開けて、いつの間にか用意した盃に注ぎ出す御三家当主に、人形ながら器用にジト目を幸が向ける。

 曰く、任務前でも酒を呷る彼の悪癖が、禪院家では相対的にマシなのが頭痛の種だった。

 

「旨い!」

「それは何より」

 

 もう諦めたのか、懐からケースを取り出し直毘人に見せる。

 御三家当主への礼儀はもう無かったが、中身を見て眉を吊り上げた彼に本題を続ける。

 

「これは?」

「『反転符』、俺はそう名付けた。この呪具はその名の通り呪力を流すだけでそれを自動的に掛け合わせ、正のエネルギーを捻出する事ができる」

「────────」

 

 思わず、直毘人が瞠目する。

 そう、これだと。これがこの呪術師の特級足る所以なのだと。

 五条家特有にして、呪術の深淵を見通す『六眼』。

 それを当人の協力があったとは云え、ある程度再現したと聞いた時は痛快であった。

 何分禪院家と五条家は確執があり、その五条家がある種神格化すらしているソレを、事実上流出したに等しいのだから。

 科学の発達が神秘の駆逐というのは、アニメーションを嗜む直毘人は理解している。

 それでも、誰にでも反転術式を行える呪具の作成───その意味は、御三家当主だからこそ非常に重かった。

 

「縛りだ。コレの使用と所持を禪院直毘人のみに絞り、要求を呑むならばコレを譲渡しよう」

 

 もしこの反転符を解析、複製出来たのならば他の御三家に対し大きなアドバンテージを得られる。

 酒とアニメの事以外は無関心な直毘人にとっても、無視できないものだった。

 

「何故、二人を欲しがる」

「俺───……というより、主に九十九の研究で必要かもしれんのでな。禪院家でのフィジカルギフテッドと女の扱いは大体察している。いつ潰されるか判らん以上、無事の間に回収したいと思うのは不思議か?」

「これほどの一品を対価にしてでもか?」

「だからこその縛りだ。別に解析しても構わんが、化石一歩手前の禪院家に精密機械をバラして戻せるのか?」

「……精密機械かぁ」

「なので、戦闘中の使用となると一工夫要る。もしこの交渉が成立したら、サービスとして教えるつもりだ」

 

 直毘人に、選択肢は無い事も無い。

 だがそれ以上に提示された商品と、彼の言う研究の成果が知りたかったのかもしれない。

 

「真希は、甚爾になれるか?」

「それは断言出来んな。例え呪力から脱却しようと、経験値や戦術眼は別だ。伏黒甚爾があの五条悟を死の淵に追い遣ったのは、なにも天与の肉体だったからというだけではないだろう。『術師殺し』の名は脳無しには名乗れまい」

「くはっ」

 

 甥の紛れもない比類無き戦果に、止まっていた酒の勢いが戻る。

 豪快に盃の酒を呑み干すと、立ち上がる。

 

「どちらにせよ、伏黒甚爾という特級相当の戦力を犯罪者にしたこの家で、フィジカルギフテッドを有効利用する未来は無い」

「──────良いだろう、真希と真依はお前のモノだ。与特級術師殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人をモノの様に扱う。それが当然の様に罷り通る世界。

 機械で極めて精巧に模倣された瞳は、そんな呪術界の澱みを映し続けていた。

 直毘人もそれを承知の上なのだろう、ボロは出さなかった。

 

 一般人が目と鼻の先で殺されていようとも、無関心な彼だが。

 それでも海千山千が極めて物理的に呪い合う呪術界、その御三家たる禪院家当主。

 科学と呪術の融合、その意味で()()()()()に気付けたのはもうすぐ七十年近い年月と経験故か。

 だが、それを行えるのは術式(才能)至上主義の禪院家に於いて、決して多くない。

 況してや──────、

 

 

「────何や真希ちゃん、姉妹揃って売られるみたいやないの。

 良かったやん、出来損ないに利用価値が生まれて。君らが心底目障りな扇の叔父さんも、流石に喜んでんとちゃうん?」

 

 

 人でなし犇めく禪院家に於いて尚、人望が皆無なその男が気付けなかったのは───ある意味、仕方のないことだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
五条悟を除く

*2
尚制作方法は確立済みなので突然でも変異でもなく、そう偽らないと特級認定されるからな模様。




禪院家の話が終わるまで描き上げたかったけど、更新速度重視という事で(他の投稿作品の最新更新日から全力で眼を背けながら)

最後のドブカス君の失言は、まぁ原作からして失言塗れなので。

誤字脱字などの修正箇所指摘、いつも感謝です。


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