我が名はグリンデルバルド (トム叔父さんのカラス)
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入学編
1話 トラックのちダンブルドア


「は?」

 

 行き遅れ兄貴系2⚫歳社蓄型リーマン。

 家からでて数メートルの地点でそんな俺はピンチだった。

 

 な ぜ ア ク セ ル 全 開 の ト ラ ッ ク が 目 の 前 に 迫 っ て 来 て る ん だ ?

 

「待てよ、おい、冗談だよなこれ」

 

 運転手の焦る顔が嫌にはっきり見える。トラックがトロく見えるのに体がそれ以上にトロくてトラックに轢かれるのをゆっくり待つしかない。

 スゴいな、どっかにあったぞこんな現象。

 ああ酷ぇな、まだ死にたくないな。

 弟の大学費、親父一人じゃ無理だよな。つーか親父一人であの一升瓶空かないよな。

 お袋も買い物大丈夫かな、普段仕事帰りに俺がしてるからな。

 死にたくないね、死にたくないよ、何だよこれ。

 

「死にたくなッ」

 

 あぁ、俺ってこんな簡単に吹き飛ぶんだな。

 知らなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 死んだ、多分死んだ。

 だってここ病院でもさっきの場所でも無いし、腕折れたままで痛くないし、つーかどこだよ。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 そして目の前で頭下げるこの筋肉質のジジイ誰だよ。

 

「私はこの一帯を管理する神です。

 同僚が派遣で来た矢先に、あなたの寿命を0にしてしまいました。

 お詫びに別の神の担当地に転生させます」

 

 ハハッワロス、何言ってるかさっぱり分からん、とりあえず重要そうな言葉を拾おうか。

 

「私は貴方達のミスで死んだんですね?」

「そうです、申し訳無い」

「謝ったってどうにもなりませんよ死人ですし。

 とりあえず私を元の場所に生き返らせてください」

「それは出来ません。

 申し訳無い事にあなたの死は、もう決定した事になってしまいまして」

 

 そっかー、仕方ないよな。

 世の中にはどうにもならない事はよくある。弟の学費とか。

 

「ざけんな」

 

 そうだよ弟の学費だよ。

 どうすんだよおい、俺居なきゃ弟の将来どうなんだよ、弟の目指してるデカい夢どうすんだよ。

 

「何とかしろ、してみせろ。俺はまだやる事あるんだよ」

「しかし私ではもうどうにも」

「どうにかしろ!!」

 

 思わず怒鳴るが気にしてられない、俺は怒っている。

 無意識に殴りかからないのが不思議な位だ。

 

「ふざけんなよ、人殺しといて何だよそれ、生き返らせろ!神様だろう出来るだろうが!!」

 

 怒りのままに怒鳴り付ける。当たり前だろこっちは殺されてるんだ。

 そんな俺を見てコイツは謝罪ムードを霧散させ、まるでゴミを見るみたいな目で見下して来やがった。

 

「たかが人が、下手に出ていればすぐ調子に乗る。

 経緯はあれ神の厚意をここまで踏みにじるのか。

 いつものように、″わかりましたありがとうございます″ とでも言っていれば良いものを」

 

 何を言ってるんだコイツは、ふざけてるのか。

 

「もういい、望み通り生き返らせてやろう。

 ただし、お前はお前では無い者に転生する、運命も過酷極まりない物にねじ曲げてやろう。

 神への不敬を来世でとくと悔いるが良い」

 

 そう言われた途端足元が抜けた。

 慌てて下を見たけど、足場が消えた訳じゃ無くて、足場に呑まれつつあるだけだった。

 

「うおっ!? クソッ、何だよコレ!?」

「さらば不遜な人よ、二度とお前に家族は微笑まない」

「ああああッッッ! ふざけんな、ふざけんな!?」

 

 目の前のドグサレを殴ろうとして拳を振り回す。畜生早く当たれよ、もう胸元まで呑まれてんだよ。

 

「クソッタレがァ!! 呪う、呪ってやるぞ畜生!

 こんな、こんな理不尽あってたまるか!」

 

 もう肩まで呑まれた、腕が振れない、喚くことしか出来ない、俺は元の生活には戻れない。

 

「⚫⚫⚫・・・っ」

 

 ああ、最後の言葉が弟の名前かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、どこだ? 俺、マジで転生させられたのか?

 最悪だな、もう、家族に会えないのか、泣けるよ、会いたいな、親父、お袋、⚫⚫⚫。

 ・・・あれ?おかしいな、弟の名前こんなだっけ?みんなどんな顔して、あれ、おかしいな。

 

 

 

 

 

 

 

     何で 思い 出せない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルバス・ダンブルドアは賢者であり、変人である。

 しかしそれ以前に彼は教育者であり、また彼自身そうであると公言する。

 あらゆる子らは学ぶ権利を持ち、彼ら教育者は学びを全力で、かつ平等に支援すべきと彼は考える。

 例え性根卑しい俗物でも、盲目白痴の愚か者でも、どす黒い物を抱えた異常者でもそれは同じだ。

 だって人は愛を知り変わる事が出来るから。

 愛を信じる物は誰よりも強く、暖かく、幸せである。彼はそう信仰する、何時なんどきもどんな時も。

 そんな彼は、鳶色の髭を整えある孤児院へ向かうが、その顔色は良いとは言えない。

 これから会う子供は彼の最愛の友の子だ、そうであるが故に彼は罪悪感を感じる。何せかの子は彼の友が、伴侶と共に打ち捨てた者だからだ。

 

「わしがあやつを止められれば、あるいはのぅ」

 

 孤児院の扉を手の甲で叩きながら呟く彼。

 少しすれば扉が開き、中から薄汚れつつも快活そうな女性が顔を出す。

 

「どちらさんで? 引き取りは今日は一件だけよ」

「おおマダム、いかにもわしがその一件じゃ。

 アルバス・ダンブルドア、で予約はないかの?」

「あぁありますとも、ささ、どうぞどうぞ」

 

 少々気だるげに中に招かれる。孤児院は静かで、安心感のある暗さがあった。

 子供達は分厚くあまり面白そうでない本を読むか、集団であれよこれよと何やら話し込んでいる。

 女性とダンブルドアは階段を登り、二階へ向かう。

 

「で、あの子を引き取っていただけるんで?」

「ヨーテリアですかな? 勿論ですじゃ」

 

 ヨーテリア、ダンブルドアが会いに来た子の名前だ。

 気軽に呼んでみせたダンブルドアだが、女性は眉間にシワを寄せ、ダンブルドアを睨む。

 

「簡単に言いますがね、あたしゃ信用しませんよ。

 親元のダチだか何だか知らないが、あれは生半可じゃない。

 あたしゃついぞ、あれが笑った所を見ちゃいないんだよ」

「と、申されますと? マダム」

「あの子はね、心におっきな傷をこさえてんです。

 あんたじゃ癒せない、あたしにゃ分かる」

 

 そう言う間に二階の一室へとたどり着く。

 

「まあ好きになさいな、あの子は絶対に笑わない。また捨てるならこの孤児院にしな」

「心配無用、と申しておきましょう」

 

 そうにこやかに言い、ダンブルドアは戸をノックし、中へと入っていく。

 部屋は締め切られており、そこら中に家具が散乱していた。

 これで匂いでもあればとても人の部屋には思えないだろう。

 

「ヨーテリア」

 

 一言、ダンブルドアが声をかける。

 するとカーテンの近くでノソり、と何かが動いた。

 

「そこにいるのかね」

 

 ダンブルドアの声に反応し何かが近寄ってくると、暗いながらも大体の風貌が見えてくる。

 年の割りに高い身長、細いがしっかりとした四肢、肩を通り越す明るい金髪、彼の友の特徴そのままだ。

 

「アルバス・ダンブルドア教授じゃ。

 ヨーテリア・グリンデルバルド、君を迎えに来た」

 

 そう呼んだ瞬間、ヨーテリアは右腕を振りかぶった。

 

「そのッ、名でッ、呼ぶなッ!!」

 

 怒気を孕んだ言葉と共に何かを投げつける、それは皿の破片だった。

 しかしそれはダンブルドアに触れる前に、何かに遮られるように落下した。

 

「ヨーテリア・・・」

「近寄んな、お前は、俺の親じゃ無い!」

 

 狼狽えながらも歩み寄ったダンブルドアは、思わず息を詰まらせた。

 ようやく見えたヨーテリアの顔は激情に染まりつつも、彼女の父をそのまま女にしたようだったが、その目は決定的に別物だった。

 

「何と・・・悲しい目をするのじゃ・・・!」

 

 母譲りの明るいアメジストの目は、激情に駆られた表情とは対称的に、硝子玉のような無機質で、感情を感じさせない、酷く虚しい、死んだ魚のような目だった。

 

「ならぬ・・・ならんのじゃ・・・ッ、童が! そんな、悲しい目をしてはならん!」

 

 我を忘れたダンブルドアは、衝動のままヨーテリアを抱き締めていた。

 

「そんな、そんな目をしないでおくれ、そんな死に行く者の目をッ、ましてや童がッ、しないでおくれ・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶賛困惑中でございます、なんでコイツは俺を抱き締めて泣いてんだ?

 転生してからロクな事無いな、いや全く。というか苦しい離してくれよ。

 

「何だよ、何すんだよ」

 

 無理に引き剥がすとジジイは詫びながら鼻をかむ。

 

「すまん、取り乱した、驚かせて申し訳無いのう、ヨーテリアや」

 

 俺はヨーテリアじゃ無いって言ったよね?それよりダンブルドア?

 ダンブルドア・・・どっかで聞いたような聞かなかったような。

 

「先程も言ったがヨーテリアや、わしは君をある学校に入学させる為、お訪ねした。

 ・・・まあ半分建前じゃがの。わしは、君を養子に迎えに来たのじゃよ」

「養子は認めない。学校、てのは?」

「ホグワーツ魔法魔術学校、魔法使いの学校じゃ」

 

 ヤバい理解した、しちゃったよ。

 ここ、ハリー・ポッターの世界で間違いない。

 自分に付けられた名前から察してはいたけど、というかこの時系列でこの名前まずくないか、確か居たよねお辞儀と同レベルのヤバい奴。そいつグリンデルバルドじゃん、ゲラートさんやん。

 マジであの腐れ神呪ってやるぞ畜生。

 

「君はその様子だと察しておるようじゃが、その推測は恐らく合っておる。

 君のお父上は、まあ、名の知れた男じゃ」

 

 や っ ぱ り な 。

 

 じゃあ学校とか通いようがない気がするんだが?

 そもそも通う気無いし。意味無いじゃん。

 

「しかし、君はあやつとは血筋以外、何の関連のない子供だと魔法省は判断した。

 よって君は何の弊害無くホグワーツへ入学出来るという訳じゃ。

 魔法が使える以上、制御する術は学んでもらおう。

 じゃないとわし監督不行き届きで魔法省に出頭した後、肥溜めに入れられちゃうからの」

「何であんたに責任が向くんだよ」

 

 そう言ってやるとダンブルドアは、実に良い笑顔でこう言い放った

 

「だって君の入学手続き、保護者欄わしにして済ませちゃったんだもん」

「 ざ っ け ん な あ あ あ !!」



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2話 アンラッキーアイテムは杖とお団子

揃ったあなたは自分に関係のある人と、大きなトラブルを起こすでしょう。


 鍋を用意し水をコップ4分杯程用意、フライパンと適当な量の油も配備。

 材料は固めに炊いたお米、卵二個、調味料は醤油、鰹ぶし、ついで本だし。

 鍋に水をいれ泡立つまで火にかけ、泡立ったら醤油を大さじ2杯入れる。鰹ぶしは少しで十分、本だしも同様。

 よく混ぜたら解きほぐした卵に少し混ぜ、熱したフライパンに油をひき温めてから卵を中火で固めに焼く、柔すぎると満足感が無くなる。

 残った煮汁は水を足し沸騰させる。沸騰したらお米を入れ8秒ほど煮てすぐに火を消す。

 少し置いたら食器に投下し完成、以上朝食用だし巻き卵とお雑炊レシピ。

 元いき遅れ系リーマンで現魔法少女系コックな俺は、リーマン時代に染み付いた生活力を遺憾なく発揮していた。

 ダンブルドアが原作で校長室暮らしな理由分かった、まさか料理スキルがマイナスにカンストしてるとは。

 ダンブルドアの家に連行され居候となり、数日間のインスタント食品生活にキレた俺はダンブルドア宅の料理担当をかって出た。

 結果俺はイギリス魔法界最強のジジイの、専属シェフと成り果てていたのだった。

 嗚呼なんて名誉なんでしょう、キレそう。

 

「おお、嗅ぎなれん匂いじゃ、何を作ってくれたのかのう」

「ん」

 

 出来る限りの不機嫌な声と顔で料理を顎でしゃくる。

 

「おぉ・・・! もしや、ジャパニーズ=カユとやらかの!?

 イタダキマス、じゃ」

「お雑炊とだし巻き卵な? いただきます」

 

 朝からテンションの高い耄碌ジジイ。とってもウザイ、手伝いなさいよ。

 ・・・おぅふ、しかもお雑炊少し濃すぎる、醤油も日本産じゃないもんな、そりゃ濃いわ。

 

「こりゃイケる、ホグワーツの厨房も顔負けじゃ。

 何よりこのダシ=ロール=エッグとやら、なんとも味わい深い。流石ニホンショクじゃ」

 

 イギリスは飯マズで世界一取れるような国だ、こういう和食を過剰に誉めるのも多分お国料理のせいだろう。

 オートミール? 前世で友達が食べる⚪⚪って言ってたよ。

 

「さて、よい朝食じゃった、ゴチソウ=サマじゃ。

 ヨーテリアや、今日はお主の杖を買いに行こうと思う」

「あっそ」

 

 数日置きにそこかしこに連れ回される。

 興味無いしダルい、うんざりする。

 

「杖と言えばオリバンダーの店、つまりダイアゴン横丁じゃ。

 お主も気に入るじゃろう、楽しいよ?」

 

 どうせ連行スタイルだろ白々しい。

 でもダイアゴン横丁か、原作で読んだな。

 確かハリーが箒に釘付けになったり、ヘドウィックを買って貰ったり・・・あと、なんだっけ?

 

「ほっほ、俄然興味が湧いてきたかの」

 

 見透かされたわ、何と気分の悪い。

 

「では片付けた後いざ参ろうぞ、きっと最高の杖が見つかる筈じゃ。

 それと、大事な話じゃ」

 

 そう言ってダンブルドアは真っ直ぐ俺を見つめる。

 

「その何と言うべきかの、少々粗暴な物言いは控えなさい」

 

 さして大事でも無ぇ、というか何でや。

 

「嫌そうな顔してもダメじゃ。

 仮にも英国淑女、少なくとも ″俺″ は勘弁して欲しいのう」

「善処してやるよ」

「大いにしてほしい、わし心配じゃし」

 

 元リーマン嘗めておるわ、染み付いた作法は例え砂漠のど真ん中でも消えませんよ。四六時中不愉快で塗り固められててもな。

 

「さて参ろうぞ、わしに掴まるのじゃ」

「そらよ」

 

 原作で読んだな、姿あらわしか。任せろ! 髭に掴まるんだな!?

 

「痛い痛い髭は、髭はやめるのじゃ!

 いかん、このままやってしまうと、まずい!」

 

 途中までやっていた姿あらわしは、髭を鷲掴みにしたまま実行される。

 原作で言ってた狭いパイプにねじ込まれる感覚が、朝食後の俺の胃を刺激する。吐きそう。

 ほんの数秒で周りの景色が、古ぼけた木造の店に切り替わる。

 手元には千切れた鳶色の髭が握られていた。汚いから捨てよう。

 

「おおぅ、髭が・・・わし気に入っておるのに」

 

 心無しか髭の量の減ったダンブルドアが呻く。

 

「オリバンダーさん、居るかの?」

 

 いつものおっとりペースで店主を呼ぶ。

 言い終わる前に梯子に掴まったナイスミドルがスライド移動してくる。

 

「私をお探しですかな? ダンブルドア」

 

 マジかよこいつオリバンダー翁かよ、若すぎないかこれ。今原作の何年前よ。

 

「この子の杖を探しておりますじゃ、何か凄いの無いかの?」

「ありますとも、普通の長いの太いの。博物館が作れる位揃えております」

 

 言うが早いかそこら中の箱から杖を取り出す。凄いな、何本あるんだろ。

 

「イチイの木、25センチ。芯はユニコーンの尾、使いやすく丈夫」

 

 手渡された杖を受け取る。以外と見た目より重いのね杖って。

 ではハリーの如く、ヒューン・ヒョイっと。

 

「おおおお!?」

 

 途端に天井に無数の穴が空き埃が舞い踊る。

 違うよ!? 俺悪くないよ!?

 

「よろしくないか、では次。

 暴れ柳、34、芯にヌンドゥの抜け毛。硬く強く何よりエグい」

「聞き間違いかの、芯に何と?」

「ヌンドゥの抜け毛、間違い無いですぞ」

「バッタもんじゃないかのそれ、本物ならヤバいよ? マジじゃよ?」

 

 ヌンドゥ、何だっけそれ?

 とりあえず暴れ柳を杖にしたキチガイは死ぬべき。

 今度は普通に一振りで、南無三。

 

「やっぱバッタもんじゃったの」

 

 綺麗な花が杖全体を覆う、馬鹿じゃねーの。

 

「もっとこう、頭おかしいの無いかの?」

「杖に何求めてんですかダンブルドア。

 少々嵩張るが、一つありますぞ」

 

 奥のデカイ箱を引っ張ってくる。ゴルフケースくらいあるな、杖じゃなくね?

 

「若気の至りで作った逸品。純銀、125センチ、芯はなんと吸血鬼の血管。

 相反させないのが大変でした、そんだけです」

 

 それは、杖というより最早、凶器だった。

 

「杖では無いのう、デカイし太すぎる。これアンティークの槍じゃないかのぅ」

「理論上吸血鬼を魔法無しで殺しきれますぞ」

「何があったんじゃお主。

 ヨーテリア、どう見ても杖じゃないサイズじゃが、どうかの? わしこれ無理だと思うんじゃが」

 

 いやおい、マジかよこれ、デカイ云々じゃない、素材はともかくこれ錫杖じゃん!?

 ヤバい、こういうの大好きだ。

 前世のオンラインゲームで、杖の人とか言われるくらいには好きな武器だったなぁ、懐かしや懐かしや。

 では早速装備、通信制で学んだ棒術に習って、全身を使って体幹を崩さず、振るべしっ。

 

「おお!?」

 

 すると先端が発光。綺麗な残光が宙に舞い、オーロラのように揺らめいて消えた。

 

「驚いた、この杖がこの子を選ぶとは! しかも何と従順な、凄いぞこれは!」

「嵩張るが、良いかね? ヨーテリアや」

 

 ダンブルドアが言葉とは裏腹に目をキラキラさせながら尋ねてくる。

 まあ、嵩張るけど、それが良いって言うか。

 

「これがいい」

 

 かっこいいだろ、これ。

 

「オリバンダー!? おいくらじゃ!?」

「お、おう。売り物にならんし、ただでも構わんよ」

 

 突然のダンブルドアご乱心に狼狽えるオリバンダー、どうやらこれはただらしい、やった。

 

「ありがとうオリバンダー、実はわし心配だったんじゃ杖。本当にありがとう」

「ありがとう、ございます」

 

 一応俺も礼を言っておく、店ちょっとダメにしちゃったしね。

 

「大事にしておくれよ。ミス・グリンデルバルド」

「します」

 

 一生の宝だわ本物の錫杖が握れるなんて。

 ああ、くそ、頬が緩んじまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わし、超ほっこりじゃわ。

 ヨーテリアの控えめな綻び顔、バッチリ脳ミソに永久記録じゃ」

 

 店を出てダイアゴン横丁を歩く内にも大変テンションの高いダンブルドア、ホント原作より酷いな、若いからか?

 

「ついでじゃ、服の採寸もしておこうぞ」

 

 服か、あのヒラヒラ嫌いなんだがね。まあ気分もいいし付き合おうかな。

 

「ここじゃ。はぐれんようにな、ヨーテリアや。

 この時期は採寸に来る客でごった返しておる」

 

 店に入ればまさにその通り、家族連れが店内狭しと右往左往、そんな所だわな。

 

「失礼麗しいマダム、採寸を頼めますかの?

 この子じゃ、ああ、ありがとう」

 

 あっさりと店員をキャプチャーするダンブルドア。

 二つ返事で了解した店員は、魔法の空飛ぶ巻き尺で採寸を始める。

 ご丁寧にサービスで鼻の穴まで計る始末、こいつ絶対オリバンダーのとこの巻き尺だろ。

 

「身長158センチ、11歳にしては高いですわね。

 体格は痩せ気味、ちょうど良いのが御座いますの。ちょっと調整するので待って下さいまし」

「ダンブルドア、外で待つぞ」

「構わんよ。良い子にしてるのじゃぞ」

「⚪ね耄碌ジジイ」

 

 ダンブルドアを罵倒してから店を出る、人混みは嫌いだ。今は小さいから流されるし。

 外のベンチにどっかりと座り込みぼんやりと空を眺める、これぞリーマン式休憩術。見てくれはアホっぽいがリラックス効果抜群だ。タバコかガム欲しいなぁ。

 

「おっ、新入生はっけ~ん」

 

 呆けていたら女二人組が近寄ってきた。

 一人はスポーツ刈りの目付きの悪い男女、もう一人がお団子ヘアーの委員長キャラだ。

 

「ローブ屋に私服のガキと来たら新一年生だ。しかもホグワーツ! そうだろ?」

「そうだけど」

 

 何だこの自信満々なお方、何故誇らしげなんだ。

 

「私らはホグワーツの二年生さ。

 私がレイブンクローのフーチ、こっちがグリフィンドールのミネルバだ。

 敬えよ? 先輩だかんな! ハッハ!」

 

 マジかよマクゴナガルにゃんこ先生とクィディッチオタク先生かよ、若いな。

 てかフーチ先生にゃんこ先生と同年代だったのね、あと意外と馬鹿っぽくて安心、怖くないわ。

 

「ミネルバ・マクゴナガルです。

 寮を選ぶ際は是非、獅子寮へどうぞ。歓迎しますよ」

「待てやレイブンクローだろ、譲らんよ?

 それより一年、名前は?」

「ヨーテリア・グリンデルバルド」

「グリン・・・ッ!?」

 

 二人が固まり、路地裏のホームレス共がこっちを見た。

 やべ、現行のお辞儀担当の名前なの忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フーチは心底後悔していた。

 ほわりとしてそうな一年生に声を掛けたつもりが、現在魔法界を脅かしている闇の魔法使いと、完璧に同姓という超ド級地雷を踏んでしまった。

 周囲もぎょっとして遠ざかる、これはヤバい。

 同じ趣味の友人に目で助けを求めるが、友人はとっくに杖に触れていた。

 

「冗談でも笑えませんよ、あなた」

 

 やめろこのバカ! フーチは心の内で叫んでいた。

 さっきとは明らかに別の人が集まってくる、いいから退散しよう、すぐしよう。

 フーチは友人を引っ張って逃げようとするが、ただでさえ冗談の嫌いな彼女は、一年生の言葉にカチンと来てテコでも動かない。

 

「一年生。グリンデルバルドとは、今魔法界で最も忌むべき名。軽々しく口にするのは恥ずべき事です」

「名乗ったのに恥じなくちゃならんのか」

「お黙りなさい」

 

 二人が言い合っている内に、嫌な空気を纏った連中に囲まれた。

 

「グリンデルバルドだと」

「悪魔の名か」

「似ている、アイツにそっくりだ」

「血縁だ、血縁だぞ」

 

 血走った目で呟く連中、間違いない、ゲラート・グリンデルバルドの被害者達だ。

 それも憎悪でおかしくなった類いの。

 

「ガキ、聞こえたぞ。お前はゲラート・グリンデルバルドの家族か?」

「俺を生ませた奴がどうした」

 

 やめい一年生!! ややこしくなる!!

 フーチは涙目になって身振りで訴える。

 案の定連中は興奮し、口々におぞましい事を口走る。

 

「娘だ、娘だぞ」

「奴の替えだ、復讐してやる」

「生皮を剥いで塩漬けにしてやろう」

「ありったけの呪いを浴びせてやろう」

「私達の苦しみをぶつけてやろう」

「耳を食いちぎってやる」

「悪魔の子め、殺してやるぞ」

 

 いかん、連中やる気だ、逃げよう。

 

「ミネルバ、行こうよ、ヤバいよ」

「いいえフーチ、まだ話は終わっていません。

 冗談が過ぎました、と謝りなさい一年生」

「ざけんな、嘘なんかついてない」

「おい小娘どけ、その悪魔を殺してやる」

 

 ついに一人の男がヨーテリアへ杖を向け始める。

 それが、不味かった。

 

「引っ込んでいなさい暴漢共!」

 

 マクゴナガルが男の股間を蹴り飛ばし、続け様に呪いをお見舞いする。

 結果男は急所を押さえた無様な状態のまま石のように固まってしまった。

 

「何しやがるガキがあああ!!」

「貴様も一緒に殺してやるぞおおお!!」

「悪魔を殺せ、皆殺せぇっ!」

 

 激昂した連中がマクゴナガルと、呆けているヨーテリアに襲い掛かる。

 マクゴナガルはえげつない呪いで迎撃し、ヨーテリアは我に帰ったと思えば。

 

「あ″あ″!? やってみろよォォア!!」

 

 逆上し大事そうに抱えていた銀の棒で一人を殴り倒し、滅多打ちにする。

 何だこの状況、フーチは呆然としていた。

 誰か収拾つけてくれ、そう思っていた時、連中の呪いがマクゴナガルを失神させ、ヨーテリアが簡単に組み伏せられてしまった。

 

「殺せぇ、殺せェッ!!」

 

 数人がナイフを振り上げ、二人を滅多刺しにせんとする。

 

「ヨーテリアッ!!」

 

 すんでの所で店前から背の高い老人が声を張り上げると、途端に騒ぎはぴたりと止み、老人に視線が集中する。

 

「ダンブルドア先生ェ!!」

 

 我らがホグワーツ教員、ダンブルドア大先生だ。

 助かった・・・フーチはそう思った。

 

「ダンブルドア!?」

「ヤバい、散るぞ」

「あと少しだったのに・・・ッ」

 

 さしもの狂人も最強の男には逆らえない、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 ダンブルドアは萎縮したフーチと、うつ伏せに倒れた二人に駆け寄る。

 

「大丈夫かヨーテリア、立てるかね?

 ミス・フーチ、もう大丈夫じゃ。

 ミネルバ、何故お主まで、〈エネルベート 活きよ〉目を覚ますのじゃ」

 

 蘇生呪文を掛けられたミネルバは目を覚まし、ダンブルドアに気付き目を見開く。

 

「ダンブルドア先生!?これは、その」

「ツイてない、錫杖が無かったら即死だった」

「二度とこんな騒ぎを起こすでない。ミネルバ、特に君じゃぞ」

「はい・・・」

 

 

 

 

 

 酷い目にあった。

 やっぱり自分の名前を軽はずみに言うのは控えた方が良いよな? ビビって逆上して死ぬなんて勘弁だ。

 

「ヨーテリアや、完全に失念しておった。

 君のお父上は少々恨みを買われておる、名は良いが姓は極力隠すのじゃ」

 

 念押しされずとも分かるわ、やかましい。

 

「ヨーテリアさん、申し訳ありません。

 私が騒いだばっかりに、こんな大事に」

「いいよ、どっちにしろアイツら集まって来てたし。

 むしろ俺に杖を向けたの、怒ってくれてありがとう」

「・・・どう、致しまして、です」

 

 にゃんこ先生涙ぐむでない、実際あれ滅茶苦茶怖かったからね。今にもアバダケダブラ飛んできそうで。

 

「何にも出来なかった、情けない・・・」

「普通そうじゃてミス・フーチ。

 さて、マダムがお待ちじゃ。参ろうぞ」

 

 ダンブルドアに連れられ店に入る。

 しかし、名前隠しても組分けでバレるよな?

 ・・・ホグワーツ行きたくないなぁ。




錫杖
ファンタジーに置いては殴る杖、仏教においては先に輪っかと鈴のついた法具。
今作では前者を採用、イメージは銀製の如意棒。


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3話 心折れる歓迎

 鬱だ死のう。

 今俺は原作のホグワーツ特急の駅、つまり9と4分の三番線を探している。

 

「入学式じゃ! この駅を探しなさい。

 席は自由席じゃ、友達を作っておいで」

 

 朝起きるなりテンションMAXのダンブルドアが駅の番地のメモを渡してきた。

 分かるけどさ、一人で行くのかよ。

 そう言ってやると教員だから列車の見送りが出来ないので、先に学校で待ってると抜かしやがった。

 錫杖でぶん殴ってから支度して出てきたが、駅のホーム広すぎ笑えない。11歳のおチビちゃんは人混みに流されるしね。

 荷物多いし重いし疲れるし、何より人の目が痛い。

 

「つーかピーちゃん、降りろ」

 

 自分の頭に乗るやたらデカい鼠に指示を出す。

 ダンブルドアに買われたペット、カピバラのピーちゃんである。

 大きくてふかふかでぬいぐるみみたいだが、生憎と俺の趣味じゃないし見た目がかわいいだけで大変態度がムカつく。

 チューって鳴けこら、一度も鳴いてないよなお前。

 

「あの子カピバラ乗せてるわ」

「可愛いなぁ、ぬいぐるみみたいだ」

「ちょっと撫でさせてくれないかなぁ」

 

 勘弁してくれ、目立ちたくないのに。

 ピーちゃんも頭から降りない、ハゲちゃうだろが。

 そう言っている間に9番線を発見、間に柱を挟んで4番線もだ、やったぜ。

 ・・・こっからどうすんだっけ。

 え、ヤバいよ覚えてない、どう行くんだっけ? 呪文唱えてたような、手順があったような。

 

「君、どうしたね?お母さんかお父さんは?」

「お構い無く」

 

 駅員の親切心が痛い、優しいおじさん・・・っ!

 ヤバい、どうすりゃいいんだ、ダンブルドアのせいだ、おのれダンブルドア。

 何で俺がこんなアホ臭い事しなきゃならない、頭にカピバラ乗せて大荷物で駅の柱で佇んで、畜生涙が出てきた。

 

「ちょ、そこのあなた大丈夫?」

 

 涙目でわなわなと震えていたら、太っちょの優しそうな女の子が話しかけてきた。

 俺助かった、感謝、圧倒的感謝・・・っ!

 

「新入生? この柱はね、思い切り走り抜ければいいのよ。

 分からなかったのね、かわいそうに」

 

 頭を撫でるな貴公、ピーちゃんが邪魔そうな顔してんぞ。

 しかし走り抜けるのか、そういやそうだったな。

 

「ありがとう。俺はヨーテリア、あんたは?」

「ハッフルパフのポンフリーよ、ポピーって呼んでね」

 

  マ ダ ム ポ ン フ リ ー k t k r

 成る程、確かに原作の表現通りの人だ。後のホグワーツの医療の支配者か、すげぇ。

 

「じゃあ行きましょうか、私に付いてきてね」

 

 ポンフリーに続いて柱へ特攻する。

 すると一瞬視界が暗転し、真っ黒な機関車の停まった駅に立っていた。

 本物の9と4分の三番線だ、圧巻だぜ。

 

「そういえばヨーテリア、家族は?」

「保護者がホグワーツで待ってる」

「そうなの? じゃあ、乗りましょうか」

 

 そそくさと機関車、ホグワーツ特急に乗る俺達、映画のセットそっくりだ。

 コンパートメントとかテンション上がる、不謹慎だけどディメンターごっこしようかな。あ″~、あ″~。

 

「ここが空いてるわ、座りましょう。荷物多くて疲れたわ」

 

 まったくだ、ピーちゃんの分首も痛い。

 コンパートメントに入りどっしりと座り込む、機関車のイスはふかふかで実に心地よい。

 

「もうすぐ出発ね、それにしても今年もおチビちゃんが多いわ。

 ホグワーツは年々平均身長が縮んでるって噂、あながち間違って無いのね。

 あなたは随分高いようだけど。うらやましい」

 

 そうかな?俺の前世のこの頃じゃ普通だったぜ?クラス平均余裕で160超えてたからな。

 

「普通だ、多分」

「普通じゃ無いわよ、それ平均10以上ぶちぬいてるでしょ」

「158だった、普通だ」

「化けモンじゃない」

 

 失礼な、中身20代リーマンでも女の子だぞ。

 原作でもそうだったけど辛辣過ぎるよこの人。

 

「ポピー、空いていますか?

 あら、ヨーテリア、また会いましたね」

 

 聞いた事のある声と共に戸が空けられると、そこにはにゃんこ先生、そしてちょっとギョッとしたけどフーチさんが居た。

 

「こんにちはマクゴナガル」

「ミネルバでいいですよ。ポピー、あなたも彼女と?」

「この子さっき柱の前で泣きそうだったの。それで一緒に来たわけ」

「ブフッ、コイツが? マジうけるんですけど」

 

 真顔で座っている俺を見ながらフーチ先生がケタケタと笑い始める。

 やかましいわ、この前涙目でおろおろしてたろアンタ。

 

「そういえばヨーテリア、あなた寮どうするの?」

「獅子寮でしょう」

「いや鷲だろ」

 

 二人の期待の目はスルーしまだ決めてない事を簡単に伝えておく。

 どれがどんなのか分かんないしね、寮が幾つあるのかすら忘れた。

 

「まあ組分けで決める事だしね。お楽しみって事で、食事にしましょうか」

 

 ポンフリーがちょうど通りかかったカートのオバさんにお菓子を頼む。

 頼んだのはカボチャケーキにカボチャジュース、賢者の石でおなじみカエルチョコ。

 そして百味ビーンズ、捨てて良いかな?

 

「おぅ、今回はエバラードか、当たりだな」

「ホントそれ好きですねあなた」

「カエルちゃんかじって喋るのやめてよね」

「えっ、チョコだからいいじゃん」

 

 さて、俺はこの百味ビーンズ(ナマゴミ)でも試すか。

 いざオレンジ色のを取り、南無三。

 

「ホゴッオォアッ!?」

「何ごとですか!?」

 

 あ″あ″あ″あ″あ″!! 辛い、痛い、目にしみる!

 ピーマンか何かの味の後から伝わる、舌先どころか唇まで酸で焼かれるようなヒリヒリとした痛み、ソレが一気に口内で爆ぜて隅々までぶちまけられるような衝撃!

 俺はコレを知っている、前世の記憶が蘇る。これは、前世の飲み会で酔った勢いのまま挑戦し、メンバー全員を悶絶させた劇物ーー

 

  ハ バ ネ ロ だ コ レ ー ! ?

 

「へぅぉおっ、おぅっぐ、はひっ、ひいいい!?」

「落ち着けヨーテリア! 何があった!?」

「ほほぉぉぅうおおおお!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でだよ、何でよりによってハバネロなんだよ、口が痛い、ヒリヒリする。

 

「大丈夫ヨーテリア? 応急処置しかしてないんだけど」

「ほぅふ」

 

 とりあえずの処置を施してくれたポンフリーが心配そうに声を掛けてくれたが全然大丈夫では無い。死んじまいそうだ。

 俺が唇を真っ赤にして呻いている間に、ホグワーツ特急は泉の近くに停まった。

 ここからはボートだ、痛みも引いてきたしゆっくり休もう。

 

「一年生! 俺に付いてきなさい。

 ボートの上で暴れるなよ、大イカは気紛れにしか助けてくれない」

 

 列車から降りるや否や、大柄な刈り上げの男が声を張り上げる。多分森番だな、原作の引率ハグリッドだったし。

 他の生徒に紛れてふらふらと森番の横を通りすぎようとすると俺の惨状に気がついたのか、森番は「おい、でかいの」と俺を呼び止めた。

 

「どうした、唇なんか真っ赤にして」

「ほふぅ」

「百味ビーンズか、察した」

 

 すげぇ、喋ってないのに分かるのか。さすが前任様は違うぜ。

 そんなやりとりの後、俺を含む生徒全員がボートへと乗り込んだのを確認し、先頭のボートに乗った森番が声を張り上げた。

 

「よーし出航! 楽しい泉渡りの時間だ!」

 

 ボートが勝手に動き泉を渡り始める。

 夜の泉の先には古風な城、ホグワーツ魔法魔術学校。壮観な景色だ、写真とりたいな。

 夜風に当たりながらそんな事を考えていると、ピーちゃんが波にビビって頭によじ登り始めた。やめんか。

 

 

 

 

 

 

「一年生諸君、せいれーつ!組分けで雑多な並びではカッコ悪いぞおっ!」

 

 セイウチが服着て喋っておるわ。

 冗談はさておき、あの立派な髭とはち切れんばかりの腹はスラグホーン先生だろう、間違いない。セイウチにしか見えん。

 

「では参ろうぞ、一年生。入場!」

 

 スラグホーン先生に率いられ大広間に入場する、途端に割れんばかりの拍手の嵐と、ゴーストの編隊飛行が俺達を迎える。すげぇ迫力だ、映画顔負けじゃん。

 しっかりと校長卓の前には椅子にのせられた素敵なズタボロ組分け帽子。

 視線を移すと教員卓にダンブルドア、確実に俺見て笑顔で手を振っている、やめーや。

 俺達が座り、校長らしき老人が号令を下すと、途端に大広間が鎮まり校長へ視線が集中する。

 

「結構、結構。諸君、よう来た! ホグワーツは君らを歓迎しよう、盛大にな!

 これより君らには、寮を決める組分けを行ってもらう、内容は単純、この素敵な帽子を被る、たったそれだけじゃ!

 寮は4つ制定は1度切り、クレームは無しじゃ! ABCで参ろうぞ、これより組分けを執り行う!

 アイリーン、スミス! 一番のりじゃ、景気よく、被りたまえ!」

 

 多分あの校長はアーマンド・ディペット、ダンブルドアの前任の校長だ。

 原作ではダンブルドアに隠れがちだったけどなるほど、知恵ある偉人オーラが溢れでてら。

 他にも教員卓には原作で見なかった教師達や、さっきの森番がいる。

 ・・・しかし、あのマ⚪リックス避けでもしそうな男の子は一体何者なんだろうか。

 

「レイブンクロー!」

 

 ・・・むしろ、見てくれ的にスリザリンじゃね?

 グラサンスーツでエージェントをやってそうな子が着席した後、次第に興味を無くしていった俺はうつらうつらとしながら、次々新入生が他のテーブルへ流れていくのを眺めていた。

 非常に眠い。ホグワーツ特急内で苦しみのたうち回ったのが効いているらしい、あと久々の人混みでしかも流されまくったのもあるだろうか。

 俺の番になるまで仮眠をとっておくか・・・この後の食事で眠るというのも癪だし何よりみっともない。

 両肘を立てて指を組み、その上に額を乗せて目を閉じる。

 徐々に遠のいていく意識の中、ふと聞き覚えのある名前を耳にしたのでぼんやりと目を開けた。

 

「フィルチ、アーガス!」

 

 おほっ、猫狂いさんオッスオッス。

 仏頂面で思いの外ハンサムな幼少期フィルチおじさんが、気だるげに組分け帽子へと歩いていくのを見届け、再び俺は目を閉じて仮眠の姿勢を取り、意識を暗闇に沈めていく。

 悲しいなぁ。何が悲しいってお前ーー

 

「スリザリン!」

 

 あのハンサム、将来ハゲちゃうんだもの・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルバード、ジーナ!」

 

 おぅっ!? もうGなのか、寝すぎた。

 組んでいた手から顔を上げ、俺の前の番らしき子が組分け帽子を被るのを見る。

 

「グリフィンドール!」

 

 気の強そうなポニテのジーナちゃんは獅子寮か、まあ見てくれから大体察してはいた。見るからに喧嘩っぱやそうじゃん?

 さて、次は俺か、ははは、嫌だな。

 

「グリンデルバルド、ヨーテリア!」

 

 俺の名が呼ばれた瞬間、大広間が静まりかえった。

 だろうな、だと思ったよ。

 

「やれやれ、だ」

 

 思わず内心を口に出してしまう。

 立つのがダルい、視線が重い、突き刺さる目に好意的な物は無い。あるのは恐怖、憎悪、嫌悪ばかり。

 ダンブルドアをチラリと見る、目ェ逸らすな。

 最悪の気分だ、畜生、死にたいわ。ああでも死んでからこうなったのか、はははクソが。

 

「グリンデルバルド、ヨーテリア!!」

 

 何度も呼ぶな、俺だってこの名前が大嫌いなんだよ。

 組分け帽子へ歩いていくと、俺を見ていた奴等が顔を逸らしていく。

 お子様方が。目を合わせたくないなら最初から見るな、見せ物じゃないぞ。

 帽子の置かれた席へ辿り着いてピーちゃんをどかした後、組分け帽子を被った。

 

『ほう、ほう。何と荒んだ心境かね』

 

 脳内に組分け帽子の声が響く。

 

『自分と親は違う、全くの別物だ、しかして誰もそう扱わん、そうだね?』

 

 その通りだ、でも今は関係無い。

 

『すまないね、さて組分けは難しい。

 知恵はあるが尖りすぎ、勇気はあるが無鉄砲でもある。優しさは無くはないが余裕が無い。

 欲望はハナから無く、貝の如く忍んでいたい、そうだね?』

 

 客観的に人を見るの神がかってるよねコイツ、俺より俺を理解してるんじゃないか?

 

『しかし、黒い感情もある』

 

 へえ、そりゃなんだい。

 

『こんな筈じゃ無かった、こんな人生認めない、自分をこんな目に遭わせた奴等を許さない。

 怒りのまま真っ向から鼻面を殴り付けたい、そう思っていないかね?』

 

 そりゃそうだ、俺はこんなの望んでない。そもそも俺は弟の夢を叶えてやりたかったんだ。

 なのにこんな場所に放り込んだあいつに、罵声を浴びせて正面から殴りかかったら、どんなに胸がすくだろう。

 

『よろしい、ならば決まりだ』

 

 組分け帽子が目一杯、口のような裂け目を開けた。

 

「スリザリン!」

 

 スリザリン寮から凄まじいどよめきが起こる。

 狡猾で目的の為なら手段を選ばない、他とは違うスリザリン。

 気に入らないが、まあ、悪くないかな。

 

 

 

 

 

 

 スリザリンのとある上級生は、ジーナ・ギルバードという生徒の次に呼ばれた名を聞いて、唖然とした。

 グリンデルバルド。ヨーテリア・グリンデルバルドだ。

 その名を聞いて連想するのは、紛れもなく史上最悪の闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドの名。

 東ヨーロッパに広く勢力を持ち、魔法使い至上主義を掲げていながら、逆らった者を魔法使いだろうがマグルであろうが例外なく虐殺しているという、ヨーロッパ全土から恐れられる魔法使いだ。

 それと同じ姓名、つまりは子という事か?

 静かに立ち上がり、組分け帽子へと歩いていく背の高い少女ーー頭に乗せている小動物には目を瞑るとしてーーを見ながら、魔法省勤めの父親から聞いたゲラート・グリンデルバルドの特徴と照らし合わせてみる。

 金髪の巻き毛に、異国人らしく高い身長ーー肩まで伸ばした明るい金髪の巻き毛と、新入生の中でも頭一つ抜けた高身長。

 鷲のような堂とした、他を圧倒する佇まいーーすらりとした体躯で堂と背を張り、生徒が次々目をそらしていく威圧感。

 この世の物とは思えない美貌と、人を人と思わぬ冷徹な眼差しーー確かに、整った顔立ちは愛らしさよりも凛々しさを感じさせ、人を惹き付ける物であろうがーー

 彼女と目が合った瞬間、彼は全身にかつて無い程の悪寒が走り、思わず顔を背けてしまった。

 なんだ、あの瞳は。

 暗い、ひたすらに暗い。宝石のようなアメジスト色をしていながら、感情の一切を感じさせない無機質な目。

 あれが義眼だと言われたら信じてしまう位に虚無的な目だ、あれが本当に息をして歩いている人間の目だと言うのか!?

 間違いない。あんなに恐ろしく、非人間的な目が出来るのは、人の道を踏み外し外法に走る闇の魔法使いに他ならない!

 額から流れる冷や汗を拭いながら、組分け帽子を被った彼女を注意深く見守る。

 スリザリンには、スリザリンにだけは来るな。

 確かにスリザリンは闇の魔法使いの名産寮と言われる事もあるが、他の寮からも闇の魔法使いは出ているし、そもそも本来のスリザリンは誇り高いエリート集団だ。

 そんな中にあの特大の爆弾が紛れるなど、悪夢でしか無いーー

 

「スリザリン!」

「っ!?」

 

 心臓が止まったかと思った。

 他の生徒らも動揺し互いに話し込んでいる、自然と空いたスペースに彼女が座るのを見て、彼は頭を抱えた。

 こっち来ちゃったよ、ふざけんなよ組分け帽子、なんであのファンシーサイコパスこっちに寄越すんだよ、ていうか何故僕の近くに座るんだよ。

 無論声をかける勇気など無い。

 幸い彼女は両肘を立てて指を組み、組分けなど興味なしと仮眠をとっているようだが、あの虚無的な目に睨み付けられたら本気で死んでしまうかもしれない。

 仲の良い友人に背をさすられながら、彼は気を取り直し新入生の組分けを見届ける事にした。

 

「リドル、トム!」

 

 残り少ない生徒の中から呼ばれたのは、ハンサムになるであろう整った容貌を持つ真面目そうな男の子だった。

 独特の雰囲気を持つ、自然に惹き付けられるような不思議な少年だ。目も活気と野心に満ち非常に()()()()()

 来るならああいう子が欲しいのだが、ああいった子はレイブンクローに流れやすいのが常だ。

 今年のスリザリンはとんだ貧乏くじだ・・・彼はそう意気消沈していたが、組分け帽子は彼の予想に反し、リドルが被るや否や叫んだ。

 

「スリザリン!」

「あ、やった」

 

 瞬時に顔をあげた彼は、うって変わって明るい調子でそう呟いた。

 あの見るからに当たりと言える少年は、どうにかスリザリンが獲得したようだ。

 悪いことばかりでは無いらしい、あの小動物付き爆弾も何もしなければファンシーなだけだ。そうポジティブに思案していた彼だったが。

 

ーーひえっ。

 

 その爆弾がピクリと反応し、あの虚無的な目を細め、リドルを睨み付けているのを見て即座に真っ青な顔になってしまった。

 なんという事だ、あの少年に目をつけたらしい。

 グリンデルバルドはあくまでも無表情で無感情、何を考えているか分からないがソレが逆に不気味だ。

 何をする気だ、父親譲りの残虐性を、あの少年へと向けようとでも言うのか?

 そんな彼の戦慄など知らず、リドルは席へと座り、魅力的な新入生に興味を惹かれた生徒達と楽しげに話をしていた。

 

ーー・・・守らなければ。

 

 あの不思議なカリスマを持つ少年を、自分達が守らなくては。

 普通のスリザリン6年生は、心の中でそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 ・・・聞き覚えがあったから起きたけど、あのエリート坊やの名前、どっかで・・・?




2016年2月17日、内容を大幅に修正。
自身のミスを忘れぬ為に、アイリーン・スミス改めスミス・アイリーンには犠牲になってもらいました。


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在学編
4話 ホグワーツ初日


 組分けも終わり食事もとった。

 やはりというか、スリザリンでも俺の周囲には何故だか空いたスペースがあった。ゆっくり食えたから良いけど。

 整列し談話室に向かう際はデカいせいか最後尾だった為、アンニュイな笑みを浮かべていたダンブルドアに下品なハンドサインをしてやった、当然だ。

 で、今寮にいるわけだが、何故か俺、個室である。

 まあ中身いい歳したお兄さんだし、女の子と相部屋になるよりはマシかな。

 とりあえず孤独を感じるので談話室へ向かう。

 談話室に入るとそこにはいけすかないエリート、つまりトム・リドルが上級生と、それはもう親しそうに話していた。

 敬語でおべんちゃらをベタベタと、うざいわ。

 

「お前」

 

 とりあえず名前に覚えがあるので身の上でも聞こうかな、もしかしたら原作の主人物かも?

 

「トム・リドルだな?」

「そうだよ、僕がトム・リドルだ」

 

 周りはぎょっとしてるけど、コイツは普通に返事をした。

 

「お前、身内に名の売れた奴は?」

「いないよ。残念ながらね」

「ふぅん、ならいいや」

 

 親が偉人とかならすぐ判断出来たのに、残念。

 

「グリンデルバルド、リドルに何をする気だ?」

 

 上級生が1人口を挟んでくる。気に入らない、人と話すなら目を見ろ。そんなんじゃ立派な社蓄になれんぞ。

 

「何をって、何?」

「とぼけるな、お前の親は闇の魔法使いだ。お前も何かおぞましい事が出来るんだろう。

 それをリドルにやる気なんだろ?そうはさせないぞ」

 

 はっは、俺の親父?ただの工場勤務の大酒飲みだぜ?

 闇の魔法使いで選民主義の糞野郎なんかじゃない。

 だからさあ。

 

「もう一度言ってみろ、コイツをお前のケツにブチこんでやる」

 

 分かったような口きくなよ、クソガキ。と胸ぐらを掴んで錫杖を目の前に突き付けてやる。

 

「いいか、あれは俺の親父なんかじゃない。今度一緒にしやがったらただじゃおかないからな」

 

 真っ青になった上級生を突き飛ばし、捨て台詞を吐いてその場を離れる。

 腰が抜けた上級生は、ケツを押さえて情けない声をあげている。いい気味だぜ、はっはっは。

 談話室から出る際フィルチおじさん(少年)とすれ違ったが、思いきり睨まれたので舌打ちだけして捨て置いた。

 さて、ダンブルドアを殴りに行かないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「割とすまないと思っておる」

 

 談笑していたゴーストを脅して、ダンブルドアの教室にたどり着くと、いきなり謝罪の言葉を投げ掛けられる。

 

「ふざけんな、あんな場で高らかに。

 なんで隠すように根回ししてくれなかった」

「した筈なんじゃが多分忘れられとるのう」

 

 何でだよ、結構大切な事だよこれ、トロールにでも頼んだのか?

 

「おかげで寮で孤立してる、ガキと絡むのも嫌だけど酷いよこれ」

「すまないのぅ・・・」

 

 ダンブルドアが頭を下げた時、ちょうど教室に誰か入ってきた。

 タイミング悪すぎワロエナイ、これ変な噂流れちまうぞ。

 

「ダンブルドア先生? ヨーテリアもですか」

 

 にゃんこー!!マクゴナガル先生やー!

 

「コイツが俺のフルネーム隠さないで学校中に広めたから文句言ってる」

「隠したら組分けで不備が出ますよ、先生は悪くありません」

 

 にゃんこ!? あんたは俺の味方だと思ったのに!

 

「しかし、困りましたね。

 ヨーテリア、あなた確実に孤立してますし、食事の時も痛ましくて仕方ありませんでした。

 どいつもこいつも過剰すぎですよ・・・」

 

 出た、素の毒舌マクゴナガル先生。

 優しさと辛辣さを兼ね備えた女神様や。

 

「ところでマク、いやミネルバ、何しに来たんだ?

 2年はもう授業あるの?」

「いえ、先生に変身術の教鞭をと」

 

 なるほど、猫になるための補習だな。

 この人のアニメーガスの勉強は、ダンブルドアがしてくれたらしいからね。

 これ邪魔しちゃいけなかった奴や、悪いことしちゃったなー。

 

「ミネルバや、何度も言うが変身術はのう、上級生がひぃひぃ言ってようやく物にできる分野なんじゃ。

 今の時点のレベルで十分じゃと思うよ」

「まだです、せめて猫擬きになれないと。

 耳しか変わらないなんて、全く変わってないのと一緒です」

 

 何・・・だと?

 

「猫耳?」

「まあそうですね」

「見たい」

 

 猫耳少女や! 現実で猫耳少女が見れるぞ!

 素晴らしい、男の子のロマンだぜオイ、是非見たい、すぐ見たい! ツンツン猫耳にゃんこ先生が見たい!

 

「ヨーテリアが珍しく目を輝かせておる、ミネルバや、頼めるかのう?」

「構いませんよ」

 

 にゃんこ先生が優雅な仕草でパチンと指を綺麗に鳴らす。

 すると彼女の頭頂部から、彼女の髪と同じ色の茶色の耳が生える。

 ・・・これは・・・おぅ・・・。

 

「どうしましたヨーテリア。

 あの、呼吸が荒くて、怖いですよ」

「ふおおおお!!」

 

 ヒャア! 我慢出来ねェ! もふるぞぉぉア!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨーテリア、ちょっと、やめなさい!?」

「ウヒョォォオ! 猫耳だ、猫耳だあああ!」

 

 ダンブルドアはちょっと引いていた。

 普段死んだ魚のような目で、悪漢のような振る舞いをするヨーテリアが、今は目に危険な輝きを灯しながら完全に裏声でミネルバに飛びかかっている。

 そして体格で勝るヨーテリアに勝てる筈もなく、簡単に押さえられたミネルバはいいように猫耳をもふられている。

 

「ダンブルドア先生、助けてください」

 

 不満そうな顔で助けを求めるミネルバ。

 しかし年相応の表情で、幸せそうにもふるヨーテリアを見ると、どうしても止めたくない。

 

「止めたくないのぅコレ」

「そこをなんとか、あ″痛っ!?」

 

 ヨーテリアが猫耳にかじりつく、というかしゃぶりつく。

 

「んふ」

 

 なんと幸せそうな顔をするのだろう。

 下からミネルバ、ヨーテリア、ピーちゃん、さながら団子三兄弟、なんと愉快な光景か。

 

「眼福じゃのぅ」

 

 しばし立場を忘れて安らぐダンブルドアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやあ、堪能した、思わず耳が引っ込むまで続けてしまった。思いきり張り手を食らったが価値はあった。

 さて、もういい時間だ、部屋で寝よう。ホグワーツのベッドは最高級らしい、きっと良い夢が見れるぞぉ。

 

「離せよこの、クソ! クソ野郎!」

 

 わお、談話室にてフィルチ坊やが喧嘩しておる。

 でも彼 魔法が使えないから、拘束されとるな。

 

「へんっ、出来損ないのスクイブめ。魔法も無しに僕に勝てるもんか」

 

 新一年の知らんのが犯人か。

 オーケーオーケー押さえておくのは正解ぞ。

 

「スクイブにスクイブって言って何が悪いんだ。

 スクイブの癖に逆らった罰だぞ!〈アグアメンディ、水よ!〉」

 

 新一年が杖を向けると、フィルチへ向けてホースのように水が噴射される。

 むごい事しやがるなあ、周りは大笑いしてるだけか。イジメだよこれは。

 

「はははは! 早く呪文で防いでみろ!」

 

 なんとまあ悦に入った声か、気に入らんな。茶々入れてやるか。

 

「おい、やりすぎだぞ」

 

 軽く声をかけると周りはギクリとするが、調子に乗った一年はそのまま俺に杖を向ける。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルド! 闇の魔法使いの一族め、純血の僕に楯突くのか!

 いいだろう、お前にも罰だ! このスリザリンから追い出してやるぞ!」

 

 わお、やるの?

 お兄さんイライラしてきた、正義の味方気取りか、上等だよ。

 えーと、杖を真正面に向けて・・・やっぱ錫杖でかいな、直立せんと構えられない。

 イメージは盾を杖の前に展開、だっけ?

 魔力の込め方? 知らん、力めばいける。ではいきますかクソガキが。

 

「〈アグアメンディ、水よ!〉」

「〈プロテゴ〉ォォオ″オ″ッッ!!」

 

 派手に盾を展開して驚かせようとして、大声で呪文を唱えた。

 失敗したのかやりすぎたのか知らんがーー

 

 

 

 

  俺の目の前の空気が、爆ぜた。

 

 

 

 

「うわあああ!?」

 

 空気の衝撃波であろう、それに吹き飛ばされ尻餅をつく一年。弾き飛ばされた水が全部かかっている。

 

「わ、わひっ、ひぃっ」

 

 完全に腰抜かして涙目になってる。一番びっくりしてんの俺なんだけど。

 

「ごっ、ごめんなさいぃぃぃっ!」

 

 マジ泣きしながら逃げてった。ごめん坊っちゃん、やりすぎた。

 さて、倒れたままのフィルチ坊やだが。

 

「お情けのつもりかよ」

 

 全身びっしょりで俺を睨んでいた。

 濡れ鼠だな、風邪ひくわこんなの。

 

「いらん世話なんだよ、クソアマ」

「来い」

 

 フィルチ坊やの首根っこを掴んで、俺の部屋に引きずっていく。

 多分、シャワーあるし使わせよう。

 風邪ひかれても困るし、ルームメイトに見られたら惨めだろう。

 

「は、離せよ、畜生!何しやがる!?」

「黙ってろ」

 

 部屋に引きずり込んで回りを見渡す、シャワーはある。よろしい。

 坊やの服を力ずくで剥ぎ取ってシャワーに投げ込む。

 服はダンブルドアに買わせた男物でいいだろ、まだ一度も着てないしね。

 さて、温かいものが欲しいだろう、置かれてた嗜好品の紅茶袋と蜂蜜を用意、水は蛇口っぽいのがあるから大丈夫。

 勝手に湯のわく魔法のヤカン発見、さあ湯を沸かすがいい。

 フィルチは、うん。素直に浴びてる。

 ものの数秒で温かいお湯が沸いた、物理法則もクソも無いな。

 コップに紅茶袋とお湯、蜂蜜を放り込み、適当にスプーンでかき混ぜ一舐め味見、うんおいしい。さすがホグワーツ。

 丁度良くフィルチが出てきた、置いといた服は着てる、よろしい。

 

「何で男物の服なんか」

「数着買わせた、まだ着てないから安心しろ。

 とにかくコイツを飲め、異論は認めない」

 

 少々強引に紅茶を飲むよう強制すると、少し戸惑っていたが、しっかり飲んだ。

 フィルチちゃんいい子よ~(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーガス・フィルチはスクイブだ。

 魔法族なのに魔力が無く、魔法が使えない。

 親には落胆され、同年代の子供には嘲笑され、さっきのように虐げられるのが日常だった。

 スクイブだと笑われ、怒りのまま殴りかかり、魔法で鎮圧され辱しめられる。

 アグアメンディを受けながらフィルチは、諦めに似た感情を浮かべながら自嘲気味な笑みを浮かべ思った。

 ああ、ここまで来ても変わらないのか、と。

 自分はスクイブだから、これからずっと、こんな思いをし続けるのだろう、と。

 だから今の状態が理解出来なかった。

 同年代でも最悪クラスの札付きが、何故自分をシャワーに入れ、乾いたタオルと服を提供しあまつさえ紅茶まで用意してくれてるのか。

 

「とにかくコイツを飲め、異論は認めない」 

 

 脅迫気味に迫られ、仕方なく紅茶を口にする。

 驚いた事に、粗暴な彼女が入れた紅茶は、不似合いなほど暖かく、甘かった。

 

「ふぐっ・・・うう″っ・・・」

 

 初めてだ、こんなに世話を焼かれたのは。

 

「ひぐっ・・・えぐぅっ」

 

 初めてだ、こんなに優しくされたのは。

 

「うぐっ・・・!あ″あ″あ″ぁ″ぁ″~!」

 

 初めてだ、こんなに嬉しいのは。

 この人について行こう、一生支えよう、この恩は絶対に忘れない。フィルチはそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィルチさん泣いちゃったどうしよう。



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5話 授業開始

「アネさん、おはようございます」

 

 どうしてこうなった。

 談話室に入るなり入り口横に控えてたフィルチボーイが頭を下げている。俺なんかしたか?

 いやしたけどさ、大した事ないよ? フィルチさんくらい荒んだら一回のお節介じゃ無理だよ、マジな話。

 ほら、他のもアホ面してないで何とか言ってよ、頼むよ。

 

「もう手下を増やしてるのか!?」

 

  違 う そ う じ ゃ な い 。

 

「・・・フィルチ」

「アーガスでお願いします」

 

 ダメだ落ちてやがる。

 

「関わってくれるのは助かるけど、敬語と、アネさんはやめて。普通に好きなように呼んでくれ」

「・・・分かった。ヨーテって、呼んでいいか?」

 

 縮めて来たねぇ、アーガスくん。まあ、いいけどさ。

 

「好きに呼びなよ」

 

 今日から授業だ、面倒はごめんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう来たのスリザリン諸君! 楽しい変身術の時間じゃよっ」

 

 いきなりダンブルドアかよ。

 

「さてさて、皆周知かと思うがの、わしはアルバス・ダンブルドアじゃ。

 今年君らの変身術を任された、皆よろしく頼むよ?

 君らは自らの身やその他の物の姿を変える術を学ばなくてはならん。

 マッチを変身させるのすら、ふぅふぅ言いながらやるのが普通じゃ。

 よって君達の授業は、常にふぅふぅ言いながら進めるとしよう!

 嫌かね? なら変身の時だけで構わんよ」

 

 もうちょっと威厳をだなアンタは、一年連中も笑ってる場合じゃないだろ。

 

「さてさて、今日は面倒な書き取りだけじゃ。

 まあふぅふぅ言うよりはマシじゃろうて、教科書12ページから始めようぞ。

 わしの戯言染みた解説も、出来れば聞いて欲しいのぅ」

 

 さて、教科書12ページと、書き取りって嫌いなんだよなぁ、学生時代サボりまくってた覚えがあるよ。

 寝よ、後でアーガスに見せて貰おう。

 

「グゴゴ・・・ブフゥー」

 

 寝るのはえーよイビキうるさいよ、お前多分スクイブじゃないよ、確実にただの勉強不足だよ。

 ・・・まあいいや、アーガス枕にしよ。

 

「ちなみに寝た者はイタチに変えちゃうゾ」

「へぅぉっ!?」

「フガッ!?」

 

 冗談じゃ無いわこっち見んな! やりますよやりゃいいんでしょ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れた。

 あのジジイ満面の笑みで監視しやがって、アーガスが手伝ってくれなかったらヤバかった。

 やだなぁあと三教科もあるよぉ。

 

「ヨーテ、次は闇の魔術に対する防衛術だ。

 得意だろ? 良かったな」

「冗談、何もわかる気がしない」

 

 アーガスくんよぅ、君は俺の癒しだ。

 まともに喋ってくれるのは君だけだホント。

 

「次の教師はガラテア・メリィソートだ。

 ダンブルドア程じゃないが優秀な人らしい」

「詳しいなアーガス」

「実技がどうにもならないから、記憶力だけは鍛えてる」

 

 頑張り屋だねぇ、さっきも授業内容暗記してたし、もしかして筆記だけならトップ行けんじゃね?

 さて、闇の魔術に対する防衛術か、確かグリフィンドールと合同だっけか。馬鹿が多いらしいしやだなぁ。

 教室に入ると、ちらほらと生徒が座っていた。

 こちらを見るなりどいつもこいつもまあ、険悪な視線を向けてくれやがる。

 ・・・え、アーガス前に立つの?

 何とこの男俺の前に立って、教室全域にガン飛ばし始めた。

 やだ、イケメンすぎるフィルチおじさん。

 でもね、君と俺頭一つ分俺がデカイからあんまり意味ないんだよね、言った方がいいかな。

 

「グリンデルバルド、どうしたの? 道を塞がないで欲しいよ、皆が通れない」

 

 後ろを見ると、出たなリドル坊や。迷惑そうに俺を見上げている。

 

「ごめん、今退く。アーガス睨んでやるな」

「分かった」

 

 マジ睨みしてたアーガスを戒めてから自分の席に座る。隣はアーガスと・・・?

 

「今回は隣だね、よろしく」

 

 また君かリドル坊や。軽く会釈はするがあまり関わりたくない。

 数少ない俺とマトモに触れあう人物だがいかんせん気に入らない。

 まず目、善人を気取っておいて人を馬鹿にしてるその目だ。

 社会をうまく渡れるタイプだが、俺は実力派なんだよ、嘗めんな。

 

「皆静粛に、これより授業を始める。

 私はガラテア・メリィソート、闇の魔術に対する防衛術を受け持っている。

 君達の受ける授業はだ、ハッキリ言っておく、断じて不真面目に受けていい物では無い。

 これより君達は悪意から身を守る術を学ぶ。

 君達を襲う呪い、罠、怪物達の事だ」

「そこの闇の魔法使いのようなですか?」

 

 グリフィンドール生が俺を指差して言う。

 けらけらと周囲が笑うが、一切目が笑ってない、ははは。

 アーガス君落ち着け、拳震えてるぞ。

 はて、何で俺の手元の机砕けてんだ?

 

「この教室に闇の魔法使いなどいない」

 

 メリィソート先生は静かにそう断言した。

 

「彼女は血縁ではあるだろう。しかし本人では無く、思想も違う。

 そして君達は闇の魔術を嘗めているね。仮に彼女がそうなら君達は今頃こうなっている」

 

 先生が壁紙をバンと叩いた。

 壁紙には悪趣味な絵が飾られている。

 

「この苦しむ男は、禁じられた呪文の一つを受けた者。

 この虚ろな女性は、魔法生物により魂を抜かれ、生きた死体となった者。

 そしてハンバーグの種に見えるこれ。残念ながらこれは元人だよ、いいかね?」

 

 あまりにショッキングな内容に教室のあちこちから悲鳴があがる。

 俺も吐きそうだわ、アーガス背をさすっておくれ・・・つかリドル坊や、何故嬉しそうな顔をする。

 

「闇の魔術とは強力で無慈悲で邪悪、君達では想像だにしない化け物だ。

 仮にその場にあれば君達など、一口でペロリ、だ。

 分かったら二度とだ、二度とそんな冗談はやめておくれ。

 教科書32ページ、始めよう」

 

 いかんなあホグワーツの先生方イケメンすぎ。

 メリィソート先生に会釈してみると何とウインクで返してくれた、神様かな?

 

「痺れる演説だ、そうだよね?」

「吐き気がするが気分がいい」

「ヨーテそれどっちだ」

「それにしても皆変だな、どうしてグリンデルバルドの事を闇の魔法使いって言うんだい?」

 

 リドルが不思議そうな顔で訪ねてくる。はっは、目が嘲笑ってんぞクソガキが。

 

「俺を捨てた親が闇の魔法使いだった。

 一応数日前まで孤児院暮らしだった」

「えっ? グリンデルバルドもなの?」

 

 素できょとんとしているリドル。

 これは予想外らしい、可愛い顔出来んじゃん。

 

「驚いたなぁ。

 あんまり言う事じゃないけど、実は僕も孤児院育ちなんだ。似た境遇だなんてびっくりしたよ」

 

 そう言いながらもリドルの目には欲しい物を見つけた子供に悪意を付け足したような、酷くねちっこい嫌な輝きが映る。

 

「ねね、入学当時から思ってたんだけど、僕と君って似ている気がするんだ。

 これから一緒に勉強頑張らない? きっと良い親友になれるよ」

 

 口先だけは立派だが、こんな目ギラギラしてちゃ意味無いわ。

 今の顔には割と自信あるけど、手込めにでもする気かねリドル坊や? 元童貞現バージンだから凄い不快感。

 

「やかましいぞリドル。俺と絡むならそのドブ底みたいな嫌な本性をどうにかしろ」

 

 横目で睨み付けて軽く罵倒しておく。

 途端にリドル君凄まじい怒りの様相を晒し、フィルチおじさんは隣でにやにやしている。

 

「何だと、僕の本性が何だと言うんだ」

「ドブ底に溜まった腐ったヘドロの塊みたいだ。

 第一、常に人を小馬鹿にしてて今更何を」

「ミス・グリンデルバルド! 魔法生物に関する法律について何でも良い、一つ説明をお願いします」

「ほぁっ!?」

 

 え、何、指名制で授業してたん?

 魔法生物に関する法律?いや、知らんよ、リーマンで魔法生物取り扱った奴なんていないよ。

 

「あわ、はわっ、あわわ」

 

 控え目に変な声出るがこれ仕方無いだろ。

 えっと、問題起こしたら処分? いや当たり前か、てかこういうのは法律名まで言うもんだし、ヤバい、超混乱してきた、変な汗ヤバい。

 

「ヨーテ、狼人間の行動綱領でいこう。最近出来たし名前通りだからなんとかなる」

 

 小声サンキューフィルチおじさん!

 

「おっ、狼人間の行動綱領、狼人間?の、行動について、述べられています」

「その通り、これは最近出来た物だ。よく覚えていたね、スリザリンに1点」

 

 あはは、目が笑ってないッスよ先生。

 スンマセン、真面目に受けますんで、スンマセン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーテリア・グリンデルバルドは不思議な奴、トム・リドルは今回の授業でそう思った。

 まず粗暴、外見に似合わず悪漢の如し。

 自分も人の事は言えないから目を瞑るが、博識なような振る舞いの割には抜けていて、急にオタオタし始める事もある。

 また高圧的で周囲を見下している割に、スクイブのアーガス・フィルチとつるんでいる。

 

「変な奴・・・」

 

 リドルは一言呟いた。

 自分の誘いを断ったのは腹が立つが、孤高スタイルな彼女は一筋縄ではいくまい。

 目の前を背を張って堂々と歩く彼女を見て、リドルはほくそ笑んだ。

 彼女を在学中に味方につければかなりの影響力が持てる筈。

 周囲の痴呆共を黙らせてもらえば自分もかなり自由に動ける、ムカつくが気長に接しよう。リドルはそう思った。

 

「あ″ーっ!?」

 

 突然特有のハスキーな声を張り上げる彼女。

 

「どうしようアーガス、教科書忘れた」

「俺の見るか? ヨーテ」

 

 やはりこの女は抜けている。

 苦笑いしながらリドルはヨーテリアの肩を叩く。自分と頭二つ分はでかいため酷く頭にくる。

 

「何?」

「良かったら貸してあげるよグリンデルバルド。

 次の授業の予習、もう済んじゃったんだ」

「結構。アーガスと見る」

 

ーー僕よりスクイブなんぞを優先だと!?

 

 こめかみが引くつくが無理に笑顔を作るリドル。

 

「遠慮しなくていいよ。次の薬草学は個別に教科書があった方がいい。

 やってみて結構難しかったし、それに次マンドレイクだよ? 予め見といた方がいいよ」

「いらん、根性で何とかする。

 恩売りたいなら破産するまで貢げクソガキ」

 

 このアマ・・・っ! リドルは歯ぎしりした。

 どこまでも人をコケにしやがる、黙って利用されていれば良いものを。

 そう思い残念そうにしつつ、引き下がった直後。

 

「・・・んふ」

 

 ヨーテリアは満足げに小さく笑った。

 

ーーコイツ楽しんでやがる!?

 

 あまりの怒りにわなわなと震えるリドル。

 このっ、常にカピバラ頭に乗せてる癖にっ。そう思いながら薬草学を行うビニールテントに入る。

 割り込もうとしたグリフィンドール生を睨むと見事に腰を抜かしてしまう、愚か者めが。

 テント内には多数の植木鉢があり、もぞもぞと動く植物が植えられていた。

 間違いない、マンドレイクだ。

 成熟した物はその悲鳴で人を殺し得る魔草、しかし幾多の魔法薬の素材となるそれはまだ未熟な ″子供″ 。死人が出ることは無いだろう。

 

「美しいだろう?

 どうも一年生諸君、薬草学の担当である、ヘルベルト・ビーリーだ。

 今日は寮に伝達した通り、この美しい植物を別の鉢に植え替えてもらう、今の鉢じゃ狭くて育たんからね。

 作業はこの耳栓をしてもらう。絶対に、外さんようにな。外しても死にはせんがね」

 

 言われた通り耳栓をつける生徒達。

 全員が植物の上の辺りを掴む、不快な顔をしながらリドルもだ。

 先生が合図をし、一気に植物を引っこ抜く。

 

「オ″キ″ャ″ァ″ァ″ァ″ァ″ァ″!」

 

 おぞましい姿をした植物の赤ん坊が現れた。これぞマンドレイクの根っこ、その幼体である。

 素早く植木鉢を入れ替え砂に埋めるリドル、我ながら完璧、そう思いながら渾身のどや顔で周囲を見渡す。

 

「ヒギィ」

 

 ヨーテリアが気絶している。

 何でだ、何故気絶してるんだお前は。お前のカピバラは余裕で意識あるんだぞ。

 

「ミス・グリンデルバルド? ダメだ気絶してる。耳栓は?」

「着けてました」

「あっれー、ってガバガバじゃないかこれ、何で着けた時に気付かなかったのかね。

 ミスター・フィルチ、申し訳無いんだが医務室に運んでやっておくれ」

「ウッス」

 

 フィルチがヨーテリアを背負う、が。

 

「ぐぬぬ・・・」

 

 同年代でも最大クラスのヨーテリアは、並みの彼には重かった様子。だが周りはヨーテリアを恐れて近寄りもしない。

 

「フィルチ、手伝うよ」

 

 仕方無しに手伝う事にするリドル。

 少々嫌な顔をされたが片脇を持つよう促され、二人で両脇を担ぎ上げ医務室に向かう。

 

「グリンデルバルドって、いつもこうなの?」

「そんな事は無い、筈だ。

 ぶっちゃけ初めて話したの昨日だし」

「なのにこんな仲いいの? 話したときなんかあったの?」

「男には隠しておきたい事が一つはある」

「何だよそれ」

 

 やっぱり、二人まとめて変な奴らだ。



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6話 楽しい魔法開発日和

「アーガス、そこの資料取ってくれ」

「はいよ、上級魔法編だな」

 

 お昼休憩、俺達は談話室の机を占拠し、山積みになった資料を読みある呪文を探していた。

 勉強が嫌いな俺達が何故こんな事をしているのかと言うと、まあ俺の気紛れである。

 この前の〈プロテゴ〉の暴発、しかしあれはあの一年の魔法を、それはそれは完璧に吹き飛ばした。

 今になって思えば、あれに似た物を俺は見たことがある、確実に。しかもそれは大層俺の心を踊らせた物だ。

 それが再現出来るかもしれない、そう思うと居ても立っても居られなかった。

 で、俺達が探す呪文だが、それは ″最上級の爆発呪文″ と ″魔法の強化″ 、 ″呪文による自傷の防止″ 、以上の効果を持つ呪文だ。

 今回俺は爆発呪文とプロテゴを組み合わせ両者を並行に強化、その上で自分に影響が無い、そんな魔法を作ろうとしている訳だ。

 幸いプロテゴはダンブルドアを脅して数日間でマスターした。

 後は呪文を探し組み合わせる術を模索し、完成した物を然るべき場所でド派手に遠慮無くぶっぱするだけだ。

 

「ほふぅ・・・」

 

 そうなんだが・・・驚くほどに見つからない、フィルチおじさんにまで手伝わせてこれだ。

 なんつー体たらく、ほんと俺デスクワーク苦手ね。

 

「〈ボンバーダ〉これは凄いぞ。簡単なレンガ壁くらいなら吹き飛ばせる」

「吹き飛ばしちゃダメだ、爆発でないと。自分の周囲を巻き込みながら弾くから」

「うぅん、中々無いな、リドルを呼べばいいんじゃないか?」

 

 ああ?

 何を言うフィルチボーイ。何でリドルに頼むんですかねぇ。

 

「あいつは俺の友人じゃない。アーガス、お前とは違う」

 

 大体俺相当無理言ってんのよ?

 気紛れに呪文を作るなんて、馬鹿の発想だ。

 何故って、誰も成功してないからだ。

 呪文てのは俺・・・いや前世の俺みたいな非魔法族、つまりマグルからすりゃ、一つのでかいプログラムみたいな物だ。

 そして俺はプログラムを組み合わせた言わばゲームか、システムを作ろうとしている。

 無知な一般人がゲーム、システムを作れるか?

 答えは否、それが出来る奴は天才か、よっぽどの努力馬鹿だ。

 ・・・ん? フィルチさん!? 何故半泣きになっとるんですか!?

 

「アーガス、どうした、何をそんな、辛いならもういいんだぞ」

「友達っ、友達って、ふぐっ、うううう」

「泣くな、どうしたんだよ」

「グリンデルバルド? 何でフィルチを泣かしてるんだ」

 

 呆れたように半目になったリドル坊やが居た。

 違うよ俺じゃないよ、手伝って貰っただけだよ。

 

「俺のせいじゃない」

「いやこの場じゃどう考えても君だろ。

 君性格キツイからな、無意識でもやりそう」

「そうなのか?アーガス」

「違う、グスッ、もう、大丈夫だから」

 

 涙を自力で止め言うフィルチおじさん。

 どうしたって言うんだよ管理人さん、てかリドル坊やがフランクになってる件。

 

「リドル、随分素を出してるようだが、馴れ馴れしいじゃないか? お?」

「なんか君に気を使っても無駄だなって思って」

「もっぺん言ってみろ、口を縫い合わせてやる」

「おお、怖い怖い」

 

 このクソガキついに本性が出たな?

 よろしい首をへし折って眠らせてやろう、きっと死ぬほど疲れてるだろう?

 

「で、この本は何だい? 談話室の机全部使う価値は?」

「ある。ただのお坊ちゃんには理解できない偉大な境地がそこに有る」

「僕孤児だって言ったよね?」

 

 こめかみをヒクつかせながら笑顔になるリドル。

 知らんし聞いてない、どっか行け邪魔。

 

「ヨーテが新魔法を作っている」

「へえ、どんなの?」

「自分中心に爆発起こして、それ利用して呪文を吹き飛ばすらしい」

「プロテゴで良くね?」

「や″か″ま″し″い″!!」

 

 煩いわエリート坊やがロマン嘗めんな。

 営業にだってソイツは必要なんだよ、というか何でフィルチおじさんとそんな親しく話してんのよ

 

「この後飛行訓練とクィディッチがあるのに」

「パス、そんなどうでも良い事してられん」

「一応授業なんだけどなあ、レイブンクローと合同だし」

「ヨーテ、一回休憩しよう。夜通しやってたんだ、倒れちまう」

 

 うーん、やっぱりそうかあ、どうにも目が痛い上に、クラゲみたいな猫が飛んでるのが見える。

 弱いなぁこの体、前世じゃ余裕だったのに。

 

「・・・息抜き、しとくか」

 

 ダルいが仕方無い、ちょっとだけだ。

 もしかしたらヒントが掴めるかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言われるまで箒は取らないように!

 ピクリとでも動かしたら、ホグワーツからつまみ出してやろう。

 さてお前たち、飛行訓練の教官は、このホグワーツ森番オッグが受け持った。

 俺はクィディッチが大好きだ、だから箒で怪我をするのは絶対許さん」

 

 オッグっていうのか前任様。

 ていうか超優秀じゃん、森番で教官かよ。見るからにスポーツマンだから信頼感ヤバい。

 

「まずは箒を取ってもらおうか。簡単な事だ、箒に手をかざして一言だ。

 ″上がれ!″ さあ、やってみろ」

 

 オッグが指示を出すと、スリザリン、レイブンクロー両方が箒を動かそうと躍起になる。

 リドル坊やは一発。フィルチおじさんはやはりというか、ピクリとも動かない。

 で、俺だが。

 

「上がれ、上がれ、上がってください」

 

 箒が地面をのたうち回っていた。

 何で? 素直に俺の物になってよ。

 

「上がれ、上がりなさい、上がってちょうだい、お上がりなさい、上がってくださいまし」

 

 言い方変えてもダメなの? おいおい、お嬢様言葉まで使ったぞ。

 

「ブフッ、ふふふ・・・」

 

 リドルてめぇ笑ったな? 笑ったなお前。

 

「 上 が れ オ″ ル″ ァ″ ァ″ !」

 

 ドスの効いた声で箒に叫ぶ。

 するとのたうち回っていた箒がスッと手元に収まった。

 周囲の言うことを聞かなかった箒までだ、フィルチおじさんの分もか、ワロタ。

 

「グリンデルバルド、やるな!

 その威勢の良さに1点、スリザリンだ!」

 

 おっほほ、点数まで貰っちゃった。気分がいいのう周り縮み上がってるけど。縮み ″上がれ″ ってか? 不愉快ですわぁ。

 

「では箒に跨がって少し浮いてもらう、膝ぐらいで止めていいからな」

 

 さて、箒に跨がってみよう。

 跨がった瞬間、簡単に膝まで浮かび上がった。おお、ヨーテリア感動。

 案の定フィルチおじさんは浮かび上がらず酷く不満そうな顔をしている。

 リドル坊や?ドヤホバーがうざい。

 

「ひっ、ひぃぃ!」

 

 レイブンクロー生が皆の頭の高さまで上がる。これはテラネビルの予感!?

 

「マートル! 何やってる!?」

「わたっ、私じゃ無いわよぉぉ!?」

 

 ふわりふわりと浮かび上がったと思えば、突然きりもみしながら上空へぶっ飛んだ。

 ・・・マートル?

 そういやあのレイブンクロー生メガネだったな、それでニキビで顔が残念・・・ふむ。

 ・・・アイツ嘆きのマートルじゃねぇか!?

 箒を飛ばしマートルを追いかける。ハッキリ言ってグラグラ飛行だが構いやしないどうせ高高度だ。

 あのままマートルが行方不明になるくらいならそれくらい目を瞑ってやる。

 しかしマートルの飛行、あれ意識飛ぶな。もはやきりもみですら無い、あれドリルだわ。

 

「誰か止めてぇぇぇぇぇ!?」

 

 マートルに追いすがり、どうにか並走する。

 

「あ、あんた! この際札付きでもいいわ、今すぐ助けてちょうだい!

 このままだと私、汚いスプリンクラーになっちゃうわ!」

 

 そういうレベルの話じゃ無いんですが。

 とにかくマートルに手を伸ばし、掴もうとする。

 その瞬間、マートルの軌道がずれ、箒によるうち下ろしが俺の箒の尾をそれは見事に削り取ってくれた。

 そしてその拍子に俺の箒に引っ掛かるマートル、やばいガクンってなった。

 

「ああああ何よこれえええ!?」

 

 俺の台詞だよ落ちてんだよ斜めにぃ!

 ホグワーツ向きにはできたが、これ確実に壁に激突するよな。

 

「死ぃっ、死ぬ、死ぬのよ!? 壁に当たって砕けて死んじゃうのぉぉ!」

「黙ってろブス!」

 

 どうすんだよ、死んじまうぞ!?

 畜生、せめてあの魔法を完成させたかった、ああ! 壁が、目の前に! 目の前に!

 

「〈プロテゴ・マキシマ〉ァ″ァ″ァ″ァ″!!」

 

 研究成果の副産物、盾の呪文の最上級。

 使ったことの無いぶっつけ本番。出来なきゃ死ぬ、やぶれかぶれだった。

 しかし俺の錫杖はそれに反応し、俺達の前に分厚い光の膜を展開した。

 結果俺達はピンボールの如く跳ね返り、校庭にまっ逆さまに落ちた。

 いや待て、結局死んじまうぞ!?

 

「い″や″あ″あ″あ″あ″!!」

「クソがぁぁぁっ!!」

 

 折角マキシマ成功したのに!

 

「うおおおお!!」

 

 地面にぶつかる直前に横からの衝撃。地面の染みには成らずに済んだらしい

 

「ヨーテ、怪我、無いか」

 

 フィルチおじさああん!! 大好き、愛してる!

 スライディングキャッチとかイケメンすぎるっ。でもさ、出来れば肩に担ぐなよ。

 

「アーガス、助かった」

「気にすんな。友達、なんだぞ」

 

 わーお女の子なら胸キュン物やで。

 そういやマートルは、リドル坊や!? 何故マートルをお姫様だっこしてるですか!?

 

「グリンデルバルド、彼女は無事だよ」

「ご苦労リドル。マートル、お前を助けた理由を教えよう」

 

 自分をお姫様だっこしていたリドルに地面に下ろされ、呆けているマートルの顎を指で上げさせる。

 

「ほあ」

「俺はある魔法を探している。爆破では無く、爆発呪文だ、知っているか?」

 

 聞くとマートルはきょとんとしたが、しばらくして困惑気味な顔になる。

 

「そんなの、私知らないわよ」

「そうだろうな、だが問題無い、これからお前にそれを調べて貰いたい。

 お前ならホグワーツ内どこでも行けるだろ?」

「はあ?あんた何言っちゃってるのよ?

 私にそんな事出来るわけないわよ」

「えっ」

「え?」

 

 え、いやだって嘆きのマートルでしょ?

 ゴーストなら壁抜けだって、え? あれ、そういえば何でゴーストを触れ、え。

 動揺しながらマートルの頬をやたらめったら撫で回す。

 

「ちょっと、何すんのよ」

 

 うん、クソが。

 

「何で生きてんだよォ″ォ″ォ″ァ″ァ″ァ″!!」

「はあああああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迂闊だった。

 原作でのイメージ強すぎてずっとゴーストだと思ってた。何で助けたんだろ、あーあ。

 

「助けなきゃ良かったなぁ」

「そんな!?」

 

 中庭で勉強中の俺に悲鳴みたいな声をかけるゴーストじゃない役立たず、マートル。こいつがゴーストならどんなに役に立ったか。

 

「ちゃんと手伝ってるじゃない。

 ていうか私使うなら手動かしなさい」

「うざいなあ可愛くないなあ」

「私が半分泣いてるの知ってるなら、あんた相当な鬼畜ね」

「ヨーテはツンデレなんだよ」

「いや馬鹿で考えなしなだけさ」

「お″ま″え″ら″ァ″!!」

 

 好き放題言いやがって錫杖ぶつけんぞ。

 全く呪文は見つからないし、体力は無駄に使うし、最近厄日ばっかりだあ!! もう嫌だ!

 

「・・・あら、これなんかどう?」

 

 マートルが開かれたページを見せてくる。

 指差す先には、〈エンゴージオ〉? 効果は対象を肥大させる、ははは

 

「爆発って言ってんだろがあ″あ″!?」

「ぐぼぼぼ!?」

「グリンデルバルド! 絞まってる!」

 

 死ね! 今死ね! すぐ死ね! 離せリドル、今ゴーストにしてやる!

 

「ガホッ、あのね、あなた視点が狭いのよ。

 プロテゴ・マキシマが使えるなら、それを急速に肥大させたら周りの物全部吹っ飛ばすじゃない、爆発と変わりないわよ。

 膜が広がるのはあんまり爽快感無いけどね」

「は?」

 

 プロテゴ・マキシマを急速肥大・・・? つまり全部弾いて吹き飛ばす膜を拡張展開?

 予定と違うが、自分に無害でかつ防御能力のある広範囲魔法だな。

 ・・・え、これは、マジか。

 俺は無意識にマートルの手を取っていた。

 

「結婚してくれ」

「はあ?」

「お前は女神だ、結婚してくれ」

「はああああ!?」

 

 天啓、神からの啓示! 俺は、やったぞ、神様!

 

「Yeahhhhh!!きっ、たあああ!」

 

 魔法、完成したああ!!



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7話 研究報告は笑顔で

初のヨーテリア笑顔回
そして記念すべき初発狂回


「んふ・・・ふひ、ふひひ」

 

 完成したぞ、えへ、えへへ。

 授業を受けながらも徹夜を繰り返し目に真っ黒な隈が出来て早半月、プロテゴ・マキシマとエンゴージオの複雑な二つの理論を組み合わせ、安全かつ効率良く発動出来る呪文。研究ついに成せりだ。

 クラゲみたいな何かがゲッダンしてるけどきっと幻覚だ、問題無い。

 

「うお、来たぞ」

 

 この前の一件で悪人扱いは和らいだが今度はキチガイ扱いだ、構わんよ。

 二週間以上ふひふひ言ってりゃ、そりゃ狂ってるようにしか見えんだろ。

 

「ヨ、ヨーテ、大丈夫か?今日は特に酷いぞ」

「んー?? ふひっ、ふひひひ」

「あダメだこれ」

 

 フィルチ君、狼狽えるでない、これは嬉しいのだよいつになく。しばらく絡まなくって悪かったのう。

 

「一応今日の闇の魔術の防衛術、決闘の真似事するらしいぜ? 体調悪いなら見学した方が」

「ぬぁりません!」

「ひぃっ!?」

 

 バカ野郎実験に最適じゃないか、何で見学すんのよ意味分かんない。リドルにぶちかましてやろう、ふひひ。

 

「コロスコロスコロスコロス」

 

 ああリドルよお、いっつも馬鹿にしやがって、その癖いやに絡んで来やがって。

 お前は嫌いだけど自然とよく絡んでる、もう軽い友人って言えるんだろうよ。だのにいつまで見下しているんだ?

 絶対に叩きのめしてやる、俺はお前より上なんだよ、クソガキが。

 ん、何? レイブンクローと合同? 知るか、蹴散らしてくれるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ皆、よく来てくれた。

 今日は今までの授業で一等危険な内容となっているぞ」

 

 教室に入ってくるなりマジな顔で言う我らがイケメン教師メリィソート先生。

 今日は中央に3つの台が配置され、見てみると成る程、隙間無く保護呪文が過剰なくらいかけられている。柔らかそう。

 

「今日はレイブンクローとスリザリン合同で決闘をやってもらう。

 真似事とは言え危険性はピンキリだ、毎年やめろと校長に怒られている。

 しかし諸君らには技が必要だ。

 闇の魔法使いは容赦ない、戦い方を知らん奴にも手をあげる。

 なので君達には少しでも連中に対抗出来るようになってもらう」

 

 レイブンクロー生が息をのみ、スリザリン生全員の目が濁る。どうしたんだね君達、体調不良か?

 

「さて、優秀な者に手本を見せて貰う。

 スリザリン。ミスターリドル、ミスグリンデルバルド、上がりたまえ。

 レイブンクロー。ミスターフリットウィック、ミスターテイラー、頼むぞ」

 

 ふひ、ふひひひ! 覚悟しろよぉリドル坊や!

 今まで散々コケにしやがって、何ニヤニヤしてんだ殺すぞ。小便垂れ流して死ぬがよい。

 

「合図したら始める、戦略、呪文は自由だ。

 ただし相手にケガはさせるな」

「安心しろグリンデルバルド、僕は手加減する余裕ガァァッ!?」

 

 んははははは! やかましいわ!

 いきなり杖向ける無礼なお前が悪い、杖で某暗黒の人みたくリドルを触れずに拘束する、これぞダンブルドア直伝フォースの力(仮)である。教えた本人にも効いたから完璧やで。

 

「リドル、マナーがなってないぞ。

 格式ある伝統は守らねばならん」

 

 そうだとも、マナーのなってない子供は精神年齢30代後半の俺が教育してやろう。

 んふ、では偉大なお人の言葉を借りましょう。

 優雅に錫杖を持ってない手を胸に当て、ゆっくりと腰を曲げさあ一言。

 

bow to death.Riddle(お辞儀をするのだ、リドル)

 

 ンッギモヂ″イ″イ″イ″イ″イ″イ″!!

 やばいこれは気分良すぎるぞ! さっすがお辞儀の台詞! 爽快感が違う!

 挨拶は済んだ、デュエルのお時間だ。さあ解放してやるよリドル、全力で来い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お辞儀をするのだ、リドル」

 

 トム・リドルはプライドの高い男だ。

 だがヨーテリア・グリンデルバルドの事はそれなりに評価していた。そう、評価だ。

 彼女と険悪ながらも共に過ごし、もはや彼女は自分の所有物とすら見ていた。

 あくまで自分よりは下。そう扱っていた。

 だのにこの女は、まるで上位者のように自分に決闘の作法を説いた。

 何を上から語っている?

 誰に向かって説いている?

 一体誰を見下している、グリンデルバルド。

 リドルは激怒した、見下されている事に。

 お前には、お前にだけは、見下されたくは無い!

 僕はお前より上だ、お前は僕の物だ。なのに僕に、逆らうんじゃない!

 

 

 

 

 

「このっ、貴様ァッ、覚悟はいいな!?」

 

 解放した瞬間に激昂して杖を向けるリドル。

 さてご覧に入れよう我が研究成果、ずっと再現したかったロマン魔法。

 折角だから脳内では元ネタの名前を叫ぼうか。

 直立し錫杖を高く掲げ、魔力を籠め、床を突く!

 

〈プロテゴ・エンゴージオ!膨れろ守り!〉(ア サ ル ト ア ー マ ー !)

 

 瞬間、俺の周囲に魔力の膜が収縮され意外と再現の難しかった緑の光が教室を照らす。

 皆が呆然とする中、この魔法は発動する、収縮していた光を一気に解き放つ!

 

「〈コンフリンゴ!〉」

 

 リドルが呪文を放つが、無駄無駄ぁ! これは全てを消し飛ばすのよ!

 リドルの放った呪文が急膨張する膜に消し飛ばされ、さらに衝撃波でリドルさえ吹き飛ばし、哀れ吹き飛ばされたリドル坊やは台の上で派手に転がり意識を失う。

 

「・・・んふ」

 

 ふふふ、やった、やったぞ。

 

「んふふふふっ」

 

 ついに出来た、俺の前世の記憶。某ロボゲーの、アサルトアーマー。

 自分の周囲一定範囲を焼き払い、範囲内の弾頭等を消し飛ばす攻防一体の切り札。

 

「アハッ、アハハハッ」

 

 俺が、この手で。

 

「アッハッハッハッハッ! アーハハハハァァッ!!」

 

 再現、してみせたぞぉぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリィソートは唖然とした。

 グリンデルバルドは血筋の割には良識があり、抜けている面もあり、不器用で可愛いげのある生徒だと思っていた。

 初めて見る彼女の笑顔と笑い声は、11歳とは思えぬ妖しげな魅力に満ち、普段の低いハスキーな声はなりを潜め、腹の底に響く甲高い高笑いは正しく、魔女。

 

「貴様・・・」

 

 何故だ?

 何故そんなに楽しそうに笑う?

 何故そんなに悦に浸った笑顔が出来る?

 お前は友人を傷つけたんだぞ。

 

「ミス、グリンデルバルドォッッ!」

「先生、ここは私に」

 

 隣で手早く決着をつけたフリットウィックが、その小さな体でメリィソートの前に立つ。

 フリットウィック。小さいながらに優秀で、レイブンクロー内での実技は、現時点で1年トップを独占する男だ。

 

「なに、たかだか愚かな一生徒、先生の手を煩わせなくても良いでしょう。

 実戦演習みたいな物ですよ」

 

 不敵に笑い台に上がるフリットウィック。

 新たな獲物に気がついたのか高笑いをやめ、熱っぽい息を吐くグリンデルバルド。

 

「何だ? お前も実演に協力してくれるのか?」

 

 興奮しているのか上気した顔で、フリットウィックに微笑む化け物。しかし彼は穏やかに笑い返す。

 

「ええ、不足ながら、全力で参りますよ」

「アハッ、いいよいいよ、とことんやろう、まだまだ研究したいんだぁぁっ!」

 

 グリンデルバルドが杖を掲げた。まずい、あれが来る。

 

「みんな、伏せなさい!」

「〈インペディメンタ、妨害せよ〉」

 

 驚くべき早さで唱えられた呪文は、見事グリンデルバルドの詠唱を中断させる。

 

「んふ、やっぱり隙が大きいな、〈エンゴージオ!〉」

 

 斜めに構えられた錫杖から放たれた呪文がフリットウィックの足下を膨張させる。

 

「搦め手は使わんと無理だよなぁ?」

「うーん、馬鹿の一つ覚えでは無いかぁ」

 

 苦笑いしながら言うフリットウィックは、飛んでくる呪文をステップで避け、武装解除呪文を放つ、が。

 

「〈プロテゴ!〉やっぱすぐに切れちゃうな」

 

 やけに展開の早い盾の呪文に防がれる。

 

「・・・女子には失礼だけど、仕方ない」

 

 フリットウィックが突然距離をつめ、彼女と数歩の間合いに入り。

 

「〈エンゴージーー〉」

「シィッ!」

 

 何と左腕で彼女の腹を殴り付けた。

 

「ぐ、お″お″ッ!?」

 

 腹を押さえてうずくまるグリンデルバルド。やったか? メリィソートがそう思った瞬間ーー

 

「おま、え″え″え″え″!!」

 

 目を見開き唾液を垂らしながら、鬼のような形相で、彼女はフリットウィックを睨んだ。

 

「もう加減なんざ知るか、ブッ殺してやる!

 〈プロテゴ・エンゴージオ〉ォ″ォ″ォ″!!」

 

 まただ、あの呪文が来る! メリィソートが皆を庇おうとした瞬間

 

「〈エクスペリアームス!〉」

 

 高らかに唱えられた呪文が、グリンデルバルドの杖と、彼女自身を吹き飛ばす。

 

「あ″あ″あ″っ!?」

 

 きりもみしながら彼女は吹き飛ばされ、床に落ちてゴロゴロと転がり、完全に目を回して動かない。

 まさか、本当に? とフリットウィックを見ると、彼はこちらを見て、微笑み一礼した。

 

「お粗末様でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソが」

 

 何でだよ、何で俺がこんな目に。

 俺は今、山のように反省文を書いていた。

 暴れた件は授業内容もあり免除されたが、問題はリドルを故意に気絶させた事だ。

 言い訳はしないが、やっぱり納得いかない。だって決闘だぜ? 事故もあるだろう。

 それにあの馬鹿には散々研究邪魔されたんだ、仕返しくらいしたって良いじゃないか。

 

「進んでるかい? グリンデルバルド」

 

 そら来たよリドル坊や、何が気絶だよピンピンしてんぞ。

 小さいのまで連れて、さっきの奴か? とりあえずフィルチおじさん元気出してよ、何でそんな顔して入って来るの。

 

「冷やかしは死ね帰れ」

「ダメじゃないか被害者を罵倒しちゃ、反省文の意味がないよ」

「な″に″お″う″!?」

「しかしグリンデルバルド、ケガは無いですか?

 私も必死だったのでちょっと不安で」

 

 ケガは無いよ加減完璧ねあんた。

 何つったけ、フリットウィック?

 ・・・ん? フリットウィック?

 

「なあ、あんた名前は?」

「フリットウィックですけど」

「親はゴブリンか?」

「え? いえ、おばあちゃんがゴブリンですけど、うわぁ!?」

 

 フリットウィック先生だああ!

 レイブンクローの寮監、みんなのチビ先生だ! すげええ、本当にちっちゃい!

 

「グリンデルバルド、ぐるじ、ぐぼぼ」

「アーガス、あの馬鹿急に抱きついたよ」

「やっぱり休ませれば良かった、二週間不眠不休なんてやったばっかりに」

 

 成る程、若い頃は英国無双って設定あったな、それでか!

 ちょっとビビってたのよ。いやー納得納得、かわいいのう。

 

「息が、助け、アバッ」

「落ちちまった!? ヨーテ、離すんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、反省文おしまい、眠いわぁこのまま寝れるくらい眠いわぁ。

 部屋に戻るなりベッドに倒れ込みぐったりとなる俺。ふかふかやわー二週間ぶりやわー。

 しばらくコロコロとベッドの上を転がる俺。しかし、まさか負けるとは思わなかった。

 攻撃と防御を兼ね備えた俺の呪文、やっぱり予備動作がデカイのが痛いか? 実戦じゃ完全に大技だ、狙いすぎたら多分手痛い反撃を受けるだろう。

 ただの趣味で作った呪文だけどこれ欠陥品だな、ちょっと手を加えないと。

 その他の分野にも手を出すか、エンゴージオみたく盲点なのがあるかも。

 

「・・・んふ」

 

 ああ糞、明日が楽しみになっちゃうじゃないか。




作者ながらリドルもヨーテリアも気が早すぎるし歪んでるんだよなぁ。



5月30日、フリットウィック先生をハッフルパフ生でハッフルパフ寮監にしていた間違いを修正、ご報告に感謝致します。


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8話 思い出と今と

人の時間なんて些細な物、楽しい時間はすぐ終わる。辛い時間もまた然り。


 顔に直射されたランプの光に照らされて目が覚めた、消し忘れてしまったらしい、眩しいわ。

 ここしばらく無理してたからかな、起きるのがダルくて仕方無い。

 朝飯は、缶詰あったっけ。食うか。

 

「今日も仕事か、ダルいなあ」

 

 缶詰を開ける、タラか。素手で掴んで口に放り込む、歯磨いて着替えないとな。

 寝惚けたまま洗面所に向かう、とにかく顔洗うか。目覚まさないと。

 水を手にすくい顔を洗う。そうだ髭剃らないと、リーマンの基本だ・・・。

 鏡に写るのは、リーマンの俺じゃない。金髪で髪先が巻き毛の目の死んだ女の子、ヨーテリア・グリンデルバルドだ。

 ・・・はは、忘れてた、ダルい朝が懐かしくてごっちゃになってた、髭とか無いよ卵肌だよ。

 しかし意外といい顔してんのなこの子、将来美人だ。背高いしモデル向きだな、ってコイツ俺か、あははは。

 ・・・現実逃避はやめよう。

 軽く寝癖を直しよく顔を洗う。ローブに着替えないとな、錫杖も忘れずに。

 

「ピーちゃん、朝だぞ」

 

 寝ていたピーちゃんを起こして、もふっと頭に乗せて準備万端。

 

「アーガス?リドルー」

 

 二人を呼んでさっさと授業に、ってだから俺女でしかも個室だろうが、居ねーよ二人、ハリポタ見たんだろ?女子と部屋違うの知ってんだろ馬鹿。

 何だよ、何で今日急にこんなになってんだよ、イライラする、無意識にこめかみを掻きむしる、この前まで平気だったのに、どうしてこんな・・・。

 山積みになってる本が見えた。

 ああ、研究に夢中で忘れてただけか、前は毎日こうだったな、慣れてた筈なのに。

 久々だからキツいんだな、仕事と一緒。

 

「・・・クソが」

 

 何が明日が楽しみ、だよ。最悪だぜ。もう一回顔を洗おう、目元が濡れてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 談話室にはいつものように喋っているガキ諸君、そしてこの前暴れたせいでまた怯えられる俺。

 疲労と寝不足と新呪文のせいでフィーバーしてたからな俺、仕方無い。

 

「目をあわせるな、呪われるぞ」

「あんなに暴れてよく出てこれるな」

「教師も逆らえないに違いない」

「いなくなればいいのに」

 

 いつも通り陰口を叩く連中、いなくなればいいのに、か。なかなかキツい事言ってくれるな。お兄さん傷付いちゃうよ、ははは。

 

「ヨーテ、おはよう」

「おはようグリンデルバルド」

 

 おお二人とも、おはようございますだぜ。

コイツらホント良い奴だよなそういえば。今までかなり振り回したと思うけど何だかんだ着いて来てくれてるもんな。

 というか、リドル小さいしなんか弟みた・・・っ、だから!思い出すなってんだよ!何でこんなナイーブなんだよ、久々だからか!?

 

「グリンデルバルド?随分暗いな、君らしくもない」

「抜かせ・・・ッ」

 

 やめろよ、何でそんな心配そうな顔をする、いつもみたいに馬鹿にしろ、調子狂う。それに俺は、昨日お前を・・・

 

「リドル」

「何?」

 

 そうだよ、あんな事した奴を何で引き離さない、何でそんな心配出来る、いい奴すぎんだよ。

 

「昨日は、ごめん」

 

 申し訳なくなってくるだろうが。

 頭を下げたから顔は見えないがきっと嫌な顔をしてる、俺ならそうする。

 ん?誰だ、俺の顔を上げさせるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドルはヨーテリアの顔を上げさせ額に手を置いた。熱は無いようだ。

 

「何か変な物食べたの?今日おかしいよ君」

 

 そう言うとヨーテリアは口をあんぐりと開け、リドルを呆然と見つめた。

 

「だって、俺、昨日お前を、あんな目に」

 

 リドルは逆に呆れ返った。

 トム・リドルはプライドが高い。認めた相手はとことん評価する。

 だから自分より格上と判断する、ダンブルドアや一部の教師の前では何があっても傲慢な態度はとらない。

 格下ながらに自分を負かしたヨーテリアを、ちょっと見直そうと考えていた所だ。

 というかこれより頭に来る事をダンブルドアに初対面でやられている、この程度僕は引き摺らない。そう自己完結していた矢先にこれだ。

 

「あのね、仮にも決闘なんだぞ?結果にどうこう言うのは三下のする事だ。

 僕は違う、君の勝利を認めるし、いつか仕返ししてやろうとも思う。

 そう本人が思ってるのに、何故君はそんなに引き摺ってるんだ?」

 

 リドルの呆れながらの説教に、何も口を挟まず聞き入っていたヨーテリア。

 しかしすぐにいつもの様子に戻り、彼女は憤怒を込めてリドルを睨んだ。

 

「何を、偉そうに説教するな!」

「あぁそれそれ、君はそれが一番(らしい)」

 

 小馬鹿にしたように笑いながら、リドルはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドル坊やに説教されたで御座る。

 このクソガキ、誰に向かって言うとるね!?結局いつも通りだ、ホント嫌な奴!いっそ昨日仕留めりゃ良かった!

 あー気分悪い、授業の支度しよ。

 

「それじゃ朝食だ、腹ペコだよ俺」

「早く大広間に行こう、時間無くなる」

 

 はい?何故大広間に行くのかね?

 

「おい、何で大広間?」

「え?朝食食べるからに決まっているだろう」

「ヨーテも時間ずらして行ってたんだろ?」

 

 え、何何分かんないヨーテリアさん理解不能。今まで飯部屋の缶詰食ってたしそれしか無くね?大広間にあったの?

 

「行った事無いんだけど」

「じゃあ朝食は?」

「部屋の缶詰」

「えっ」

「え?」

 

 何かおかしい事言ったか?

 

「じゃあ君、昨日まで不眠不休どころか、マトモに食事すらとって無かったの?」

「う、ん?多分」

「 こ の 愚 か 者 !!」

 

 ひえっ、リドルがマジ切れしおった!?

 

「この、どこまで馬鹿なんだ貴様は!ホントに考える頭あるのか!?ああ、この馬鹿!アーガス、コイツ運ぶぞ!」

「合点」

 

 俺の両脇を担ぐ二人。ちょっと待て、どこに連れてくんだ!?やめろ、運ぶな、人さらいだー!誰か助けてくださーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人に連行され大広間についた俺。マジで朝食がある、知らなかったわ。

 待てよ、ハリーも大広間で朝飯食ってたな、じゃあ何?俺の朝飯抜き地獄は俺の理解不足で陥ってた訳?

 うわっ、超恥ずかしい死にたい。つーか一回死んだんだった、生きたい。

 

「食べろ、異論は認めない」

 

 有無を言わせぬ様子で料理の盛られた皿を俺に突き付けるリドル。なんかこわい、逆らいたくない。

 フィルチおじさんまで俺ガン見だし、えー、これステーキ乗ってるよ、朝からこんな重たいの食べたくないよ。

 つーか肉料理って確か昼飯に、って、ダンブルドア!お前か!お前なんだな!?なんで何食わぬ顔で教員卓で飯食ってんだよ!いい笑顔してんじゃないよ!

 

「た、べ、ろ」

 

 分かった凄むな食べる食べるから。

 皿を受け取りステーキをナイフで切る、どうやら焼き加減はレアらしい。表面だけ焼いた感じだ、俺嫌いだな。

 切った感じの肉汁は凄い、じゅわ、みたいな感じに切り口から溢れてくる。いい肉、なのかなぁ。

 フォークで串刺しにし口に運ぶ。何度も言うが俺ステーキ嫌いなんだけどなー・・・。

 

「ムグッ!?」 

 

 口に入れた瞬間全身に電流が走る。一噛みしただけで溢れる肉汁、柔らかいがしっかりしている牛肉。

 備え付けソースはオニオンか、玉ねぎの控えめな感触が面白い、よくスパイスが効いていて味も刺激的だ。

 いくら噛んでも味が消えない、それどころか噛めば噛む程味がしみ出す。

 飲み込んでみればなんとサッと入る事か、後味は随分とすっきり、飽きが来ない。

 横についていた特製ソースを試してみよう、これは、嘘だろハバネロか?またハバネロか、うーん、辛いのは嫌いだがせっかくだし、ほんの一滴だけ。

 覚悟を決めていざ、いただきます。

 一口食べてみて、衝撃が走る。何だこれあんまり辛くないぞ!?ピリッとするだけでむしろ刺激的でうまい、それよりこの酸味は、レモン?成る程、酸味で辛味を抑える理論か!

 辛味は苦味、酸味は苦味で中和する事が出来る、それ利用してハバネロを食べれる辛さに抑えつつ、レモンで味を確保か。

 多分それ以外にも調味料使ってるな、味が控えめながらしっかりしてる、しかもハバネロの独特の辛味がついて幾らでもいける旨さだ!しかも肉と相性抜群!

 

「ぅぐ・・・ひっく・・・」

 

 これは、泣いても許されるよな・・・?

 

「グリンデルバルド?」

「い″き″て″でよ″か″った″あ″あ″」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部平らげてしまった、まさか俺がステーキ全部いけるとは我ながら驚きだ、満腹満腹。

 

「ヨーテが飯食うの初めて見た」

「泣きながら馬鹿食いするのか、馬鹿だなやっぱり」

「うるさい」

 

 だってあんな旨い物初めて食ったもん、そりゃ感動して泣きながらがっつくだろ。今日は涙腺緩いようだけどな。

 

「今日は変身術と魔法史、あと呪文学、午後に闇の魔術に対する防衛術・・・か」

 

 行きたくないなぁ、メリィソート先生絶対に怒ってるよ、賭けてもいい。

 ハァ、昨日フィーバーしてて忘れてたわ・・・しゃーない、最後に謝っておくか。

 とにかく最初に変身術だ、確か実演やるらしい、マッチを針に変えるんだっけ。

 落ち込んでるフィルチおじさん元気出せ、筆記は平均だろ?そんな暗い顔するなよ。

 さて、教室にたどり着くと、さっきまで飯食ってた筈のダンブルドアが、教卓でニッコリ笑ってる。あいつ絶対校内で姿あらわししてるだろ。

 ディペット校長ー?あんたの部下セキュリティ破ってますよー?出来ない筈の姿あらわししてますよー?

 

「さて、遅刻者は居らんらしい、結構。

 よろしい皆、今日はふぅふぅ言う日じゃ。このマッチを小さな針に変えてもらおう。

 簡単に見えるし、今まで散々解説したのう。でもぶっちゃけ実演はうまくいかんのが常識と言う物じゃ。

 幸い本日は一時限丸々、授業はむしろ進みすぎとるし、のんびり試しても構わんよ」

 

 そうなのか。

 フィルチおじさんが取ってきたマッチを受け取る、うんどう見てもマッチ、コイツを針にするのか。

 えーと、ラテン語でしたい事象を命令して、針に変わる様をイメージしながら魔力を注入する、だっけ。

 錫杖がデカイから立たないと出来ないな。さて、では起立して杖を向けよう。

 

「〈マッチ棒よ針になれ〉」

 

 杖を向けて魔力を注ぐ、イメージは充分の筈、魔力も適量だ。

 さて、針になって欲しいが、これ先端尖っただけだわ、色まんまだわ。うーん、何を間違えただろうか。

 回りを見ると、リドルはやはり余裕の一発成功、他のガキ共はちらほらと変身させてる様子。

 フィルチおじさんは案の定というか、物凄い顔して変身させようとしてる。なんて痛ましい、もういい休め・・・ッ。

 出来ないのは君が一番よく分かってる筈だッ。

 

「グリンデルバルド?君の中で針は片側がマッチなのかい?」

「うるさいよ」

 

 煽んなや、こっちは大真面目なんだよ。

 しかしなあ上手くいかない、かけ直したら今度は鉄製のマッチが出来た。何が足りないんだろうか。

 

「詠唱の言葉増やせばいいんじゃないかな。

 ドロホフ、見せてやれ」

 

 リドルがたまにつるんでる色黒で強面な男子、ドロホフに指示を出すと、彼は頷いてマッチに杖を向けた。

 

「〈茨の棘、鋭利な牙 このマッチ棒を針に変えよ〉」

 

 ドロホフが詠唱し魔力を注ぐと、マッチ棒は見事鋭利な針に変身した。

 

「詠唱を増やしてイメージしやすくすれば、その分変身もさせやすくなる」

「そうか、ありがとうドロホフ」

「フン」

 

 そっぽを向いてしまった。しかしドロホフか、ドロホフねぇ。何だか覚えがあるような、無いような。

 

「ほら、やってみなよ」

 

 お、おう。今やるぞ。しかしなあ、詠唱を増やすねぇ、針をイメージしやすいの、しやすいの・・・。

 

「〈ペン先、突き刺さる物 このマッチ棒を針に変えろ〉」

 

 アバウトだけどこれしか無いよ、ていうか他に針って何よ?

 でもイメージは出来たらしい。

 マッチ棒が完全に針にな・・・っ、カラーリングマッチ棒のままじゃねーか!?

 

「ドロホフてめぇ」

「待て、僕は悪くない」

 

 うるさいお前のせいだ、覚悟しろエンゴージオぶつけてやる。

 

「ヨーテリアや、針が何かマッチカラーじゃの」

 

 馬鹿野郎何で高らかに宣言してんだ!?ほらぁ、周りクスクス笑ってんぞ。

 

「ヨーテ、お前なら出来るよ」

 

 フィルチおじさん何がグッジョブだよ。畜生何これ、イジメか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局俺の針はマッチ棒カラーのままだった。

 魔法史と呪文学は比較的楽だった、何せ筆記と魔法ぶっぱだ。

 筆記はフィルチおじさんいるし、魔法ぶっぱは研究の副産物を披露してなんとかなった。

 昼飯にはまた大広間に行った。

 ピーちゃんにローストビーフを強奪されたが、まあある程度腹は膨れた、堪能したぜ。

 というかピーちゃん学校じゃ下ろすべきかな、子供だから小さいけどやっぱ邪魔だ。ノート書く時とかしがみ付くから痛いし。

 

「次闇の魔術の防衛術だなピーちゃん、やっぱ先生怒ってるかね」

 

 我がいけすかないペット様に声をかける。どうやら反応してくれた様だが、やはりこのカピバラ一鳴きもしない。

 

「入るなり追い出されたら嫌だなぁ」

 

 流石に心折れるからな。最初の授業で庇ってくれた人だ、出来ればうまく付き合いたい。うーん、嫌われたくないのう。

 

「一鳴きくらいしろよ」

 

 ピーちゃんよぉ、ちょっとは飼い主癒せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「授業を始めよう、諸君」

 

 メリィソート先生ご入室である。

 見た感じ今まで通りだ、不機嫌では無い。やっぱ俺の考えすぎだったのかな?

 

「ッ」

「グリンデルバルド?」

 

 ヤバい目があった。ちょ、マジで怖い。感情が読めない。

 先生俺見て何を思ってらっしゃる?怒ってる?呆れてるか?

 

「今日は42ページ、魔法生物のM.O.M.分類についてだ。ミス・グリンデルバルド」

 

 うへぇっ!?嘘だろ先生!

 

「この分類について述べてくれ」

 

 ま、まま、マジか、先生に集中してた。

 え、えぇ?M.O.M.分類?何それ知らないよ教科書見よ。見ながらの説明でいいかなぁ。

 

「M.O.M.分類とは、魔法省の決めた、生物の危険度を表す物で、Xで度合いを決めている、です」

 

 教科書まんまだぜ、ハッハッハ。先生絶対呆れて、え?笑顔じゃん。

 

「よろしい、よく述べてくれた。スリザリンに一点だ」

 

 お、おお!?やった!?点数までくれた、これ大丈夫な奴か?あっ、ダメだすぐ視線戻しちゃった。

 

「今彼女が述べた様にM.O.M.分類とは、言わば魔法生物の危険度の事だ。

 Xが多いほど危険度が大きいが、中には不死鳥等、管理が難しい物も多くつけられている事がある。

 今日はそれを踏まえて、授業を進めよう」

 

 いつもの調子で教鞭を振るう先生、その様子からはどんな機嫌してるのか分からない。さすがにプロ、私情は一切無しか・・・帰りに話しかけてみようかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまで、皆一日お疲れ様だ」

 

 闇の魔術に対する防衛術が終了した。

 ガラテア・メリィソートは生徒を労い、寮に戻るよう促す。

 生徒達が各々今日は難しかっただの、今夜は何をしようだの、仲の良い友人と寮に戻る。

 自分も一度職員室に戻ろう、と荷物を纏める。

 

「メリィソート先生」

 

 ん?と顔をあげると、そこにはヨーテリアが立っていた。

 

「どうしたね、ミス・グリンデルバルド。

 補習はいらんだろう?君は優秀な方だし、今日の説明、よく出来ていたよ」

 

 にこやかに声をかけるメリィソート。しかしヨーテリアは顔を曇らせた。

 

「怒っていらっしゃらないので?」

「はて、何の話かね」

 

 ヨーテリアと向き直り、真っ直ぐ目を見つめると、少し狼狽えながら、ヨーテリアが口を開いた。

 

「昨日、俺、暴れてしまって、先生に、迷惑かけちまった・・・本当にごめんなさい」

 

 頭を下げ詫びる彼女、メリィソートはこの行動に驚いた。

 思ったより素直だったのもそうだが、この孤高な少女が今回の件をあっさり流すと思っていたのに、存外思い詰めていたからだ。

 

ーーああ、この子もやはり子供なのだな。

 

「ふはは、意外だな」

 

 笑いながら肩に手を置いてやる。

 

「君は随分と大人びていると思っていたが、なかなかどうして、幼い所もあるのだな」

 

 呆けた様子でメリィソートを見上げるヨーテリア。ポカンとした顔が面白くて、デコピンしてみる。

 

「あ″痛っ」

「気に病む事は無い。ミスターリドルとはもう仲直りしたのだろう?

 私も罰則は与えた筈だ、何の後腐れもない」

「しかしっ」

「周囲の目なら気にするな。

 あの程度の騒ぎ、毎年起こってる」

 

 言葉通りメリィソートは昨日の件をそこまで重要視していなかった。少なくとも去年の一年生が半年入院していた事よりはだが。

 しかしヨーテリアは納得いかないのか渋い顔をしてメリィソートを見つめる。それを見て彼は律儀な事だ、と微笑んだ。

 

「なら、追加罰則を与えよう。君のその(俺)という一人称を禁ずる。

 そして魔法の開発、これからも励みたまえ。あの魔法、危険だが綺麗だったよ」

 

 そう言うとヨーテリアはしばらく茫然とし、すぐに目を輝かせて笑顔を浮かべた。

 

「はいっ、俺、これからも頑張るッス!」

「ほら、罰則は?」

「すいません、あの、私は、これからも励みます!」

 

 元気よく教室を出ていくヨーテリアを苦笑しながら見送るメリィソートは彼女が出ていってから、荷物を纏め始める。

 

ーーああ笑うと本当に子供だな。

 

 教員室に戻る途中、メリィソートはそう思った。




修正事項
冒頭の(日光)を(ランプ)に修正


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9話 クアッフル注意報

「ふぅん」

 

 トム・リドルは女子便所に居た。

 別段トイレに間に合わなかった訳では無いし、異常嗜好に目覚めた訳でも無い、しっかりとした目的を持って来ていた。

 

「・・・秘密の部屋」

 

 彼が数日前発見したこの学校の秘密、サラザール・スリザリンの残した遺物、それはこのトイレのどこかから通じるらしい。

 その中には、スリザリンの怪物が、その巨体を横たえ眠っているという。

 

「・・・ククッ」

 

 サラザール・スリザリン。ホグワーツの四人の創設者の一人にして、ゴドリック・グリフィンドールとホグワーツの有り様の価値観から衝突し、自らこの学校を去った選民主義者。

 自分と同じく蛇と話す事が出来た偉大な魔法使い、能力のある者しか認めなかった男。嗚呼、なんと自分と似ている事か。

 

「僕は、サラザール・スリザリンの再来だ」

 

 だったら後を継がなくちゃ、彼のしたかった事をしてみせよう。だって僕はこんなにも優れてるんだから。

 

「秘密の部屋、絶対に見つけてやるからな」

 

 邪悪に笑みを浮かべてリドルは天井を見上げ、それとほぼ同時に、奥の個室のドアが開いた。

 

「えっ」

「え?」

 

 そこに居たのは見慣れた金髪とカピバラ、ヨーテリア・グリンデルバルドである

 

「・・・えっ?」

 

 何故だ、何故居る、しっかり確認した筈だ、しかもよりによって何故お前なんだ。

 

「お、おま」

 

 やめろ、頼む、黙ってくれ、何も言うな。僕の所有物だろ?ね?いい子だから

 

「何やってんだぁ″ぁ″ッ、リドルゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨーテ、リドルどうした」

「触れないであげてくれ」

 

 いや、割と心折れ掛けてるからマジで。

 女子トイレに入ってたのを見事に俺に見られたリドル坊や。そのせいで昼飯時でも見事に沈んでいる、精神的クルーシオだわなこれ。

 

「死のう、今日死のう」

「よせよリドル」

「不謹慎な野郎め」

 

 俺達二人に制止されるが、両手で顔を覆ってうずくまってしまうリドル。

 

「何で、何でよりによって貴様なんだ・・・ッ」

「そんな事私に言われてもな」

「ずっと思ってたけどヨーテ、口調変えた?」

「これも罰則、私には自分の罪を悔い改める必要がありますの」

 

 メリィソート先生の罰則だもんよ、刑期は知らんから在学中ずっと守らんとなっ。リーマン時代を思い出すぜぇ。

 

「んふ」

「何か二人ともおかしいぞ」

 

 何がおかしいのかねフィルチおじさん、俺は魔法開発が趣味の普通のヨーテリアさんだぜ。

 

「それより午後はクィディッチらしいぜ。

 レイブンクローとスリザリンだ、今年は優秀なのが多いらしい、きっと凄い仕合になるぞ!」

 

 へえ、クィディッチか。

それも原作では多分見てない組合せだな、やっぱりやってたんだな、この二寮。研究の休憩にはなりそうだな、やんわりと楽しみますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おい、誰だよ休憩とか言った奴、めっちゃ熱いし混んでんぞ!?

 足は踏まれるし押されるし、とりあえず俺のケツ撫でた野郎誰だ?探しだして新呪文の実験体にしてやるぞ、男に撫でられても嬉しくないんだよ。

 

「あ″あ″うざいなあっ!」

 

 思わず悪態をついてしまうと俺の周りだけ隙間ができる、ごめん、ちょっと傷付くからやめて。

 逃げるようにスリザリン席に転がり込む俺、そしてスリザリン席にも空きができる、イジメか?最近緩いからすぐ泣くよ?

 フィルチおじさんは前の方に居た。目があったので手話で移動しようと伝えるがどうやら身動きが取れない様子、残念。

 リドル坊やはドロホフと一年達と一緒か、背中さすられて慰められてる。友達多そうでいいねぇ。

 

「これよりレイブンクロー対スリザリンのクィディッチ、試合を行います!

 今回実況を勤めますはワタクシ、獅子寮のビリー・ヘリントンでございます!皆さんヨロシク!有難う!有難う!

 そして今日の解説はこの人!お馴染みダンブルドア先生です!どうぞ!ダンブルドア先生!」

「いよーしアルバス解説頑張っちゃうぞ」

 

 楽しそうだね実況席。あとダンブルドア、またあんたかよ。

 さて、ピッチに目を移すと、鷲寮と蛇寮の選手が整列していた。

 やっぱりスリザリン列は体格が良く、レスラーみたいな巨漢共が一列に並んでる。

 対してレイブンクローには細みの選手が多いが、皆筋肉質で貧弱には見えない。なんとなくスピード重視してる感じがするな・・・何か、一人見覚えあるような、ボヤけて見えない。誰か望遠鏡持ってない?

 キャプテンが握手し、審判のオッグが大降りなボール、クアッフルを投げた。

 それを合図に試合開始、箒に乗った選手が一斉に飛び立つ。

 

「さあて始まりました、レイブンクロー対スリザリン。

 解説のダンブルドア先生、どう見ますか?」

「そうじゃのう、スリザリンは見ての通りパワーを活かした強引なプレーが強みじゃ。

 対してレイブンクローは今期最速のチーム、スピードとパワーの勝負になるのう」

「レイブンクローが捩じ伏せられる心配をしているのですが、どうでしょう」

「無いじゃろうな、練度の高いチームじゃし」

 

 ダンブルドアの言う通り、鷲寮がクアッフルを取ると蛇寮のゴリラが何人向かってもひらりひらりとかわされてしまう。凄いな、あんな動き人間に出来るのか。

 しかし蛇寮も負けてはいない。

 

「レイブンクロー、ボーンズ選手の一球!」

 

クアッフルを持っていた選手が、加速に任せてゴールにクアッフルを投げ付ける。

 

「取ったァァ!スリザリンキーパー、カルロス・スタローン選手!

 入団してゴールを守った回数、実に56!流石スリザリンが誇る鉄壁だ!」

「ッシャァァオラァァ!」

 

 蛇寮チーム最大級のゴリラが咆哮と共にクアッフルをぶん投げる、狙いはピッチ真ん中の一人。飛んできた剛球を見事にキャッチし、攻め上がる長身の男。

 

「スリザリン、オービエ選手!ゴリラ揃いのスリザリンの中で、唯一機動力を持った男だ!」

「うまいのう、キーパーの意図を完全に理解して真ん中に上がりおった」

 

すごいな、確かに速い、攻め上がっちゃった鷲寮が追い付かない。しかーし、クィディッチと言えば、あれだ。

 

「レイブンクロービーター、会心の一撃ィ!

 あれザミエルか?ザミエルだ!失礼」

 

 鷲寮のポニテのビーターがブラッジャーを撃ち込む。辛うじて反応した蛇寮のノッポは寸前でバレルロールして避けたが、クアッフルを取り落としてしまった。それを素早く回収する鷲寮、なんつー手際だ。

 

「さて、レイブンクローのジェラルド選手、手際よくクアッフルを回収したがッ、ああーッ!またやりやがったあいつらァァ!」

 

 うへぇっ、スリザリンのビーターがブラッジャー殴る棍棒投げつけてクアッフル持ちを気絶させおった。これ反則だわ。

 

「すまねぇ、すっぽぬけた!」

 

 舌出して笑いながら言っても説得力無いよ。

 オッグが怒り心頭で怒鳴り散らし、会場からも大ブーイング。それでも笑うのか、大物だなあいつ。

 

「ペナルティーだ!このバカ!」

「すまねぇ、すまねぇ」

「さてレイブンクローのペナルティースロー、投手はコルピ・チャンプ選手。

 レイブンクロー内では文句なしのエースストライカーの彼ですがッ、

 ダメだァーッ!カルロス選手を抜けないィーッ!マジでバケモンだよアイツどうなってんの!?」

 

スリザリンのキーパーがえげつない、巨体に見合わない瞬発力で3つのゴールを同時にカバー出来てる。何あの逸材、プロと変わんないぞ。

 

「さてスリザリンの投球です、カルロス選手振りかぶり、投げたッ

 オオーッすげぇっ!レイブンクローが取った!あれは、ジョーンズか!?レイブンクローの参謀、ジョーンズ選手だ!」

 

 背の高いスポーツ刈りの男がクアッフルを奪い、ピッチ外周を飛ぶ。

 蛇寮はスポーツ刈りに追従し両脇から挟み込むように飛ぶ、これ映画で見た気がするぞ!

 

「ウワァァ何て事しやがる!?

 ジョーンズが壁に叩きつけられたァァ!」

 

 映画通りだ、両脇から挟み込んで動きを封じ壁ギリギリまで飛んで叩きつける。

 えげつない上に反則にはならない、何故なら直接掴んで叩きつけた訳じゃないからだ。

 うーん、これレイブンクロー無理だな・・・お?何か鷲寮一人変な動きしてんぞ?最初の見覚えある奴かな。

 

「おや、レイブンクローシーカー、最年少のフーチ選手、これはもしや」

 

 あれフーチ先生か!?ほんとだ、居たのか!?

 そういや、クィディッチって二年も参加してたな、原作で言うフォイフォイ、げふんげふん。

 

「マジか!?あいつスニッチ見付けやがった!

 ピッチ左側を飛行しています!」

 

 ピッチ左側上空を爆走するフーチ先生、それに向かって蛇寮のシーカーも飛んでくる。

 スニッチとの距離はせいぜい5メートル、このまま行けばスニッチ獲得は確実。

 しかしここは蛇寮、当たり前のようにフーチ先生へ体当たりを見舞い、体格差はどうにもならずフーチ先生が吹き飛ぶ。

 

「スニッチは私のモンだああ!!」

 

 うおお!?持ち直して体当たり仕返した!体格差がある筈の相手を押し退け飛行する。

 うわスニッチこっち来た、怖ェ!

 フーチ先生も方向転換し、スニッチを追い、俺達スリザリン席の方角に飛ぶ!

 

「させるかァァァァ!!」

 

 おまっ、クアッフル投げつけてきた!?

 轟音を立てながら飛んでくるクアッフル、箒の上であんなの当たったら死んじまうよ!

 

「フーチ!後ろだ!」

 

 思わずフーチ先生に叫ぶ俺、まずいよ、頼む避けてくれ!

 

「うおお!?ちゅっ、宙返りしてかわした!?」

 

 何と先生、宙返りしてクアッフルを回避しそのままスニッチをスリザリン席の目の前でキャッチ!

 ふおお!すげええ!格好いーー

 

「あ″あ″ッ!?」

 

 先生の避けたクアッフル、俺の左腕にヒット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃよっっっしゃぁぁ!」

 

 フーチは舞い上がっていた。

 スリザリン席の目の前でスニッチを掴みその場で数度バク転した後、愛するチームメイトの下に向かうフーチ。

 

「よくやったフーチ!」

「ッシャァァッ!俺達の勝ちだッ!」

 

 鷲寮チームが次々とフーチを抱き締め、空中で揉みくちゃになる。

 

「勝ったァァッ!フーチ選手の活躍により、レイブンクローに150点!スリザリンの息の根を止めましたァァッ!」

「フェアプレーの勝利、ようやった!

 レイブンクローとフーチ選手に拍手じゃ!」

 

 レイブンクローからの割れんばかりの拍手と歓声、チームメイトに囲まれながら、鷲は蛇を食らい、雄々しく舞い上がる!フーチはスニッチを空高く掲げ、吼えた。

 

「私らの、勝ちだァァッ!」

 

 その様、まさしく誇り高き鷲の如し!

 

「さて、スリザリンの投球によりケガをしたであろう生徒は今、果たして無事なんでしょうか?」

 

 審判が望遠鏡を覗いたまま黙ってしまった。

 フーチがそれに気付き怪訝に振り返ると、何故か審判は顔面蒼白で、ダンブルドアが完全に真顔だった。

 

「ギャアアアア!あれッ、グリンデルバルドじゃ無ェかァァッ!」

 

ーーあっ、スリザリン終わった。

 

 フーチはそう思いながらスリザリン席を見た、成る程、左腕を押さえてヨーテリアが喚いている。この遠くからでも分かる、あれは折れてる。

 

「あ″あ″あ″あ″ッ!?クソ、痛ェ″ッ!?

 ゴリラァッ!テメェ覚悟出来てんだろうなァ″ァ″ッ!」

 

 苦悶と怒りで涙と涎を散らしながらエンゴージオを乱射するヨーテリア。

 クアッフルを投げた選手は悲鳴をあげて肥大呪文から逃げ惑う。

 

「逃げんなァァッ!」

「落ち着けヨーテ!」

「ごめんみんな、手伝ってくれ!」

 

 フィルチとリドル、リドルに従う生徒達がヨーテリアを押さえて担ぎ上げる。

 

「医務室に運び込めェェ!」

「があ″ッ!左腕持つな痛ェだろうが!

 クソ、クィディッチなんて大嫌いだーッ!」

 

ーースリザリン大丈夫かなぁ。

 

 我知らずと地上に戻りつつ、フーチはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複雑骨折でした。

 自室で左腕のギプスを擦る俺、中身は二の腕からクアッフル型に円描いてた。全治6ヵ月、半年ですなぁ、ハッハッハ、あのゴリラぶち殺す。

 あーあ、こんなんじゃ実技どの教科も無理だ。

 

「そうじゃのう、実技は休みにしようか

 かの子は泣きながら謝ったからとりあえず許してあげなさい」

「ナチュラルに居るんじゃねーよダンブルドア」

 

 このジジイ生徒寮にまで姿あらわし出来るのかよ、神出鬼没にも程があるぞ、どこの邪神だよ

 

「しかし授業関係の相談は普通親とするじゃろ」

「親じゃねー保護者だ。私の親はお前じゃない」

 

 俺の親は工場勤務の大酒飲みと専業主婦だけだ。断じてお前じゃないぞ、ダンブルドア。

 

「おや、ようやく女の子らしい言葉じゃ。

 どうしたね、何か良い事でも?」

「別にィ、ただのメリィソート先生の罰則だよ」

「ほう、彼の罰則かね、よく守っているね」

 

 まあね、あの人は良い先生だし。俺を庇ってくれたのはマジで嬉しかった。それにだ、あの人はよぉ

 

「んふ・・・んふふふ」

「ヨーテリアや?」

 

 俺の研究成果を、俺の記憶の再現を、綺麗だって言ってくれたんだ。

 

「んふふふふふっ」

 

 嬉しかったなぁ、誉められたのはいつぶりかな。

 なあ親父、あの人あんたそっくりだ。後腐れ無くて、あったかい男だったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガラテアァァ!お主ヨーテリアに何をしたァァッ!」

「ぬわーーッ!」

 



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10話 一年次終了

 腕が折れて半年な俺、部屋でリハビリ中。

 ホグワーツの医療は凄いな、原型留めて無くても治る。

 もうギプスは外せるがやっぱり本調子じゃない、試しに錫杖を素振りしてみる、ダメだ痛い、一応また包帯で固定しておくか。

 手早く外していた包帯を巻き直し机に座る俺、何だかんだ毎日勉強と言う名の研究をしてるなぁ。

 で、今の課題は、(プロテゴの形状の調節)だ。

 考えて見れば、原作でのプロテゴは防護膜を展開し、呪文などを防ぐ事が出来る呪文だ、上位の物はかの許されざる呪文をも防ぐ、らしい

 俺の〈プロテゴ・エンゴージオ〉の原型である〈プロテゴ・マキシマ〉などまさしくそれ、まあ俺は魔力も練度もショボいからアバタケダブラ撃たれたら一発お陀仏だけどね。映画だか原作だかでホグワーツ全体に展開したフリットウィック先生とは訳が違う。

 ていうか、あれ魔力の破片でもアウトだったような、まあそれはどうでもいい。

 そんなプロテゴだが、一応物理的な壁でもある様子、だってこれ呪文以外も余裕で弾くもん。この前レンガ落ちてきたの防いだらレンガの方が粉々になった位だ。

 これを部分展開すれば、中々面白い呪文になる、例えば俺の大事なこの錫杖にかければ規格外の固さの撲殺兵器に早変わりだ。

 あと俺の折れた腕を保護と同時に完全に固定して今すぐ包帯要らずで普通に動かせるかも?プロテゴは衝撃も含めて完全に防御するからね。

 

「ほふぅ」

 

 まあ早い話、プロテゴで腕の骨折誤魔化せないかここ半年ずーっっっと試していた訳だ、結果は包帯巻いてる今が説明してくれてる。

 あぁ、骨折したまま一年終わるのか・・・形が変えられるのは分かってたんだけどなぁ。

 俺、初プロテゴを爆発として展開した訳だし、それだけでもやれるか散々試したけど、結局出来たのは最初のアレが最後だ。

 

「あーあ、嫌だなあ」

 

 今日で一年生もおしまい、原作で盛り上がり所の最優秀寮の表彰もうちの寮最下位だったから談話室お通夜みたいだったな。

 俺は知ったこっちゃ無いけどね、研究成果以外は得ても虚しいだけさな。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルド!

 見つけたぞ今日こそイマージェの仇を」

「エンゴージオ」

 

 困った時のエンゴージオ、股ぐらか顔面に向けてどうぞ。

 この前のゴリラを研究の実験体にしてから毎日のように色んな奴が仇討ちにくる。つーか殺してねーよ、ただ新呪い試しただけだろ、まだ医務室で鮫を殴らせろとか喚いているらしいがな。

 さて、顔面にエンゴージオ直撃したアホは放置して、さっさと駅に向かいますかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車に乗ってからは静かなものだった。

 俺のコンパートメントには誰も来ず一人寂しくカエルチョコを食べるばかり、ピーちゃんも眠ってて寂しい。

 

「・・・はぁ」

 

 外の風景を見ながらため息をつく俺、何だかなぁ、落ち着くけど、虚しいなぁ。

 ダンブルドアは多分帰って来ないし、一人家で過ごすのかな。つまんね。

 あ、研究に没頭出来ると思えばまだいいか、プロテゴの研究仕上げようかな。一人な分よく進むだろう、一人な分ね。

 ・・・フィルチ達のせいだぞ、一人になった時寂しくて仕方無くなってる、そんなキャラじゃないっての俺は。

 

「グリンデルバルド、空いてるかな?」

 

 黄昏てたらリドル坊やご入室、いつものように小馬鹿にした笑みを浮かべてる。

 

「君は本当に人付き合いが無いな。

 僕らが居ないといっつも一人じゃないか」

「ほっとけ」

 

 名前のせいだよ8割くらいはな。この名前のせいで誰も寄り付きやしない、本当に何でこんな名前で転生したのかな。

 

「この本は?山積みになってるけど」

「研究資料」

 

 机に置いといた本に興味を持ったリドル坊や。この本はどれもホグワーツの図書館から借りた物だ、帰ってからも研究がしたかったからね。

 一応プロテゴ以外にエンゴージオとかその他の魔法の応用にも手を出してたし出来れば一つは成果を出したい。再現魔法もそうだが独自の魔法にも興味がある。

 

「研究ノート?見せてもらうよ。

 ・・・わお、何これ、物凄い論理ばっかり。

 というか何このプロテゴ活用理論って」

「プロテゴ活用理論!そいつは凄い、プロテゴの形状を変えて離れた物体に物理的に干渉出来ないか試した、結果はただのプロテゴ。

 でも形状が変えられるのは証明済み、だから私頑張った、再現したい物の一つだから。

 とにかくプロテゴを遠くに展開する事から始めた、結果はまずまず、5メートル先の物体にもプロテゴの保護膜は発現した、今の所形は変えれてない、変えれれば押し潰すくらいなら出来るのに、研究が必要」

 

 某ダークファンタジーを再現しようとした研究だ、プロテゴをかけてから形状を調節して保護膜内の物に物理的に干渉するという物、再現できれば動きを止める、押し潰す、ねじ切る等、かなりの用途が考えられる、凄いやろ。

 

「お、おお」 

「ねね、まだあるよリドル。

 教えてあげるネあげるネあげるネ!」

「グリンデルバルド、落ち着け、主に目がヤバい」

「今度はエンゴージオの応用、エンゴージオをかけるとその部位が丸ごと肥大する、でも中身の一部分だけ肥大出来ないか試した。

 結果は惨敗、やっぱり外面もどうしても肥大する、そこで錫杖で突いて直接体内に叩き込む事にした、場所によっては成功の目処ある、適切な場所を探す。

 使いこなせば医療にも使えるよ!」

 

 ミスれば漏れなく爆発四散するがな!

 そんな時はこう言えば解決する、ん?間違ったかな?だ!ヒャッハー!

 

「OK落ちつくんだグリンデルバルド。

 これ以上は流石に何かやらかしそうで怖い」

「ほふぅ、暑い暑い」

 

 どうも研究になると熱くなっちゃってダメだ、周りが見えなくなる。あと少しで裏声で叫ぶとこだった。

 

「研究熱心な事だ、ところでグリンデルバルド」

 

 何だねリドル坊や、そげな楽しそうな顔して

 

「実は僕もある二つの研究をしている。

 成功すれば表彰なぞ目じゃない栄光が掴める、やりがいもある。君好きだろ?そういうの」

 

 ほー?エリートなリドル坊やが研究の良さを解せるとは。

 目をギラギラさせながらふんぞり返るリドル、どうやら相当に御大層な研究らしい。ちょっと興味ある。

 

「そりゃ、どんな研究だ?」

「一つは君には関係無いが、もう1つは一概にそうとは言わない」

 

 俺が訪ねるとリドルは満足そうに頷いた。

 大袈裟に手を広げ、厳かにいい放つ。

 

「不死の研究、だ」

 

 ・・・なんだ、聞いて損したわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トム・リドルは落胆していた。

 このヨーテリア・グリンデルバルドという女、粗暴で乱暴で無気力な彼女だが、魔法の研究にだけは異常なまでの執着を見せる。そんな彼女がこのビックタイトルに食い付かないとは。

 

「グリンデルバルド、不死だぞ、不死。

 死なないって事だ、君なら分かるだろ?」

「あっそ」

 

 興味無さげにチョコをくわえ、外を眺める彼女。

 

「おいおい、夢物語じゃないんだ、本当に永遠を生きる術があるんだよ。

 君なら手伝わせてもいい、本当だぞ?」

 

 リドルは自分以外は信用しない、絶対に。

 しかしこの女なら、自分の後ろに歩かせてもいい、だってこいつは唯一自分を真正面から堂々と力業で打ち負かした女だからだ。

 そこまで買っている彼女の反応にリドルは焦った

 

「君が不死になれば間違いなく偉大になれる、研究だって楽しい筈だ、そうだろ?」

「興味ない」

 

 バッサリと切り捨てカボチャジュースの瓶を中年男性の如く豪快にラッパ飲みする彼女。

 リドルは猛った、僕の所有物の癖に何様だ、と。

 

「見損なったぞ、ヨーテリア・グリンデルバルド、貴様の事はあのジジイと同じ位買っていたのに、そこまで志が低いとは、魔法族の面汚しめ」

「リドル、私を見ろ」

 

 煮えくり返っていた感情が急激に冷めた。

 普段のように激昂するでも無く、彼女は静かに促すようにリドルに言い放った。

 その彼女の目は、いつものように死んではいなく、かといって時々見せる輝きも無い。

 リドルはそのアメジスト色の目を見て思った。なんて真っ暗な目なんだろう、と。

 

「死ぬってのは唐突なモンでしかも一瞬だ、どんなに積み上げた物もどんなに努力した事もその一瞬で全部ぶっ壊れちまう。

 死ぬってのは終わりだ、自分の全部の終わりだ、嫌だよな、怖いよな?死にたくないよな?でもよ、そう思ってられるのはいつまでだ?生きてる内に全部壊れた時までか?生きてる内に全部終わっちまった時までか?生きてる内に全部無駄になった時までか?」

 

 それら全てを味わったが如く、血を吐くように告白するように言葉を繋ぐヨーテリア。

 

「そうなった時、ソイツはどう思う?

 教えてやるよ、(死にたい)だ」

 

 特徴的な錫杖で首を掻き切る動作をする彼女。リドルは薄ら寒い気分だった。何でこいつは一度死んだような口振りをするんだ?自分が今正に、その状態だとでも言うのか?

 

「で、死にたいと思ってもソイツは死ねない。

 死ぬのは怖いんだ、誰だってそうだ、自分で死ぬなんて恐ろしくて出来ない。

 だから殺されるのをひたすら待つ、でも結局怖いからそれからも逃げる。

 それでもある時パッと死ぬ。その時ソイツは救われるんだよ、生きる事から。

 でもよ、そこで死なないって、どうよ?ソイツは一体全体、どこで救われるんだ?」

 

 気が付くとヨーテリアは目の前にまで顔を寄せていた。

 無意識に顔を反らすと、右腕で無理矢理に正面を向かされ、彼女の暗い眼差しがゼロ距離でリドルの目に突き刺さる。

 

「私を見ろと言っただろう?

 なあリドルよう、ソイツはいつ救われるんだ?」

 

――あの時は殺されるかと思った。

 

 後の2年の夏、リドルは付き従う有象無象にそう語った。




ヨーテリアの台詞を一ヶ所修正


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11話 三年生と大蜘蛛

アラゴグ可愛いよアラゴグ


 元リーマン現魔法少女、ヨーテリアさんです。

 今年3年生になります、趣味は魔法の研究です、早速ですが大ピンチだったりします。

 

「探せ!まだガキだ、遠くには行けない」

「殺してやる、恨みを晴らしてやるぞ」

「グリンデルバルドの血統めぇぇっ」

 

 俺を生ませた奴の被害者達に追われてロンドンの裏路地のゴミ箱に隠れてます。うん普通だな、普通の13歳少女だ。

 クソが、臭いし怖いし鬱になりそう、俺は駅に向かってただけだぞ。

 どうせホグワーツに通ってるのがバレたんだろうが、駅内でこいつらに囲まれた時はちびるかと思った。

 畜生、誰か早く助けてくんないかな、俺一人であんな何十人も相手出来ないよ、むしろ一人でも無理だわ。

 

「この箱に隠れていないか?」

 

 やばい、一人こっち近寄ってきた。

 杖持ちで目は血走り明らかに正気じゃない、捕まったら間違いなく死ぬ、酷い目にあってからじっくり時間かけて殺される。

 畜生二年前リドルに人生説いたせいか!?その通りにパッと死んじまうよコレ。

 

「 見 ィ つ け た ァ 」

 

 蓋を開けて満面の笑みを浮かべてた野郎の顔面に自慢の錫杖を思いきり叩き付けてやった。

 くぐもった声を上げて倒れるそいつを蹴飛ばしさあ逃げようすぐ逃げよう、大通りに出ればなんとかなる筈だ。

 

「どこへ行くんだ?お嬢ちゃん?」

 

 なんでお決まりの(回り込まれた!)今やるんだよ!

 

「手間取らせやがって、イヒッ、殺す、まず殺す。殺した後に犯してバラして溝川の肥やしにしてやる」

 

 やばい、本気でキマってるよアイツ。

 クソ、魔法使うと周りにバレるけど仕方無い、殺されるより遥かにマシだ。

 

「〈エンゴージオ〉!」

 

 顔面を狙ってお得意のエンゴージオを発射!頭が膨れ上がって動けなくなる筈だ。

 

「ふん」

 

 杖で受け流しやがった畜生!

 

「アズカバンなぞ上等だ、死刑でも構わん、俺の息子が受けたのと同じ呪文で殺す!

 〈アバダケダブラ〉ァッ!」

 

 緑の閃光が俺の顔の真横を通り、偶然通りかかった大ネズミに直撃しその命を一撃で刈り取った。

 は、ははは、マジかよ、コイツ市内で〈アバダケダブラ〉撃ちやがった!?

 腰が抜けて尻餅をついてしまう、やばい。

 

「あ″あ″っ、なんて燃費の悪い・・・ッ!

 次は外さん、確実に、殺す!」

 

 顔面を蒼白にしながら杖を振り上げる男。

 畜生死んじまう。こんなにもあっさりと!救いとかどうでもいい!やっぱり死にたくないよ!

 嫌だ、もう死ぬのは嫌だ、トラックだけで沢山だ。

 

「〈アバダ・・・〉」

「何やってんだ、テメェッ!」

 

 大通りから体格のいいデカい男が怒鳴り、杖を振り上げていた気狂いがそちらを振り向く。

 

「親父、警察呼んでくれ、魔法使いな!?」

 

 隣にいた小さな男に警察を呼ばせ、男は杖すら構えず気狂いに突進する、えっ?

 馬鹿かこのパーマ頭!?相手はアバダ撃てんだぞ!

 

「お前ェェェッ、この瞬間を邪魔するとは!

 許さんぞ、〈ステューピファイ〉!」

 

 問答無用で失神呪文を放つ気狂い。紛れもなく猛進する男に直撃したんだけどコイツ知ったこっちゃ無しに男に飛び掛かりやがった!

 

「ぐけェェッ、ま、魔力がァッ」

 

 男に殴り倒されて呻く気狂い、すぐさま男に押さえ付けられて身じろぎ一つ出来なくなる。

 

「大人しくしろ、この野郎!姉ちゃん、もう安心だぞ!

 ああ、魔法省の方!こっちだ!早く来てくれぇ!」

 

 姿あらわししたらしき役人達が駆け付けて来て、気狂いは取り押さえられ無事逮捕、男は役人達に称えられ、照れながら現場を離れる。

 これ事情聴取とかされるよな、名前も聞かれるか?

 ・・・逃げよう、面倒は嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て事があったんだ。私は悪くない」

 

 ホグワーツ校内、ダンブルドアへの弁明でした。

 その場から逃げてから駅に向かったら列車出発しててマジ泣きした後、魔法省に保護されてホグワーツに護送され、保護者のダンブルドアに回収されて今に至る。

 

「しかしのう、最初に保護されておれば少なくとも組分けには間に合ったじゃろう」

「興味ないから問題無い」

「アルバス怒るよ?」

「ごめん」

 

 マジトーンで言われたら謝るしか無い。

 うん、今回はすまなかったと思ってる、俺は悪くないけどな!あの気狂いにディメンターはよ!

 

「とにかく談話室に向かいなさい、友達が心配しておったよ」

「ん」

 

 ダンブルドアに促され談話室に帰る俺。

 リドルはともかく、フィルチおじさんに謝るか?多分死ぬほど心配してる筈だ。

 さて、薄暗いスリザリン談話室の扉にたどり着いた。

 スリザリン寮は地下、泉の下に位置するらしい。涼しげというかぶっちゃけ不気味だし、しかも扉には今回は門番つきだ。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルド。

 前から何かやらかすと思っていたが、3年になっていきなりやらかすとはな」

 

 スリザリンお付きのゴースト、血みどろ男爵である。

 全身を鎖で巻いた不気味だが真面目な奴で、去年はなぜかずっと俺を監視してたけどあれマークしてたのね、2年大人しくしてて良かった。

 

「弁明も無しか、ふてぶてしい奴め。

 合言葉は(純血)だ、間違えるな」

 

 壁に溶けるように去る男爵様、クールだね。

 ていうか弁明が無いんじゃないあんたが怖くて口が動かないんだよ!今にも殺しに来そうだし目キツいしさ!

 

「純血」

 

 とにかく談話室に入るか、二人はどこかな?

 

「このッ、糞野郎!適当、抜かしやがって!」

「適当なもんか、アイツは退学になったに決まってる!

 あんな悪党はスリザリンには要らない、ぐがっ!?」

 

 フィルチおじさんが同級のガキと喧嘩してた、またかよフィルチおじさん、今回は勝ってるけど。

 珍しく魔法無し、おじさんがマウントポジションで同級のガキを殴る殴る、サンドバッグワロタ。

 でそれを手下の皆さんと眺めるリドル。あいつ止める気まったく無いな、どうした優等生。

 

「アーガス、どうした」

「ヨーテっ!良かった、心配したんだぞ!

 こいつがっ、お前が退学になったって!」

「去年大人しくしてた筈なんだがなぁ」

「一年で問題起こしたからだろ」

「うるさいぞリドル」

 

 何でこうも嫌われるかねぇ、名前だけだよ?風評被害は魔法界でも健在だわぁ。

 

「駅で問題があって汽車に遅れただけだ。

 退学になるような事はしてないし勿論するつもりも無い。残念だったな?ん?」

 

 固まってるガキ共を煽ってから談話室を抜けて自室へと向かう。

 研究も一年で随分進んだ、初歩は完全にOK、後は最初の目標をどうにか達成するだけだ。

 ああ早く再現したいなあ、楽しみだ。

 

「隙を見せたなグリンデルバルド!

 今日こそ友達の仇を討ってやる、〈ステューピファイ!麻痺せよ!〉」

 

 忘れてた、四六時中いろんな奴に背中狙われてたな。

 さて、俺に呪文を撃ちやがった馬鹿に向き直り、錫杖を構えて魔力を集中イメージするのは盾、俺の研究成果の初歩の初歩、プロテゴの形状変化の成功例。

 俺が最初に発現した魔法の、完全制御!その晴れ舞台だ、見さらせ!

 

「〈ルーデレ 弾け〉」

 

 発動した瞬間に俺の目の前で爆発が起き、その爆発により失神呪文が跳ね返され、野郎の真横のランプを粉砕した、惜しい。

 こいつは俺のプロテゴの暴発の再現だ、魔力の込め具合もイメージの仕方も適当でいいから凄まじく発動が早い、咄嗟の防御には最適だぜ。

 しかも自分に影響無いように調整したら今回みたく相手に完全に跳ね返るようになった。

 超便利だ、燃費もアホみたいに良いし、一年掛けた甲斐があった、ヨーテリアさん満足。

 

「せっかくだ、もう1つ見せてやる」

 

 気分が良いからもう一つの成果も見せてやるよ、喜べよ?実験体にしてもらえてるんだからな。

 

「〈エンゴージオ〉」

 

 自分の左腕に錫杖を当てて肥大呪文を発動、すると俺の細腕が見る見る内にアスリート顔負けの超筋肉に早変わり!これぞエンゴージオの神秘、魔法式バンプアップぞ。まあ筋肉をピンポイント肥大させただけなんだが・・・

 

「ッ、ル″ァ″ァ″ア″ア″ッ!」

 

 近場のソファーをソイツの近くに投げつけ再び腕に錫杖を当てて、えーと、反対呪文はー。

 

「〈レデュシオ 縮め〉」

 

 おお合ってた、腕が元通りだ、よし。

 小便漏らして腰抜かしてるアホに中指立て、さっさと部屋に行かねば、だ。授業の準備だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、準備も終わりましていざ授業、最近だらけてるピーちゃんは部屋の籠へ投入、流石に重いわ。

 3年になって教科増えたからピーちゃん乗せたらほぼ動けなくなっちまう。

 で、大量の教科書抱えて移動中。教室まで長いわぁ辛いわぁ。

 

「ぐえっ」

「おっ、すまねぇ」

 

 角でやたらでかい男に衝突し見事に吹き飛ばされる俺。 

 何?今日は厄日?今日も厄日だわ、ワハハ。とりあえず散乱した教科書を拾うか。

 

「すまねぇ見えなかった、手伝うぞ」

「いやいい、こっちもごめん」

 

 今時珍しい優しい男だなこいつ、俺もあやかるべきかねぇ今女の子だけど。

 しかしデカイな、新任の教師か・・・?

 

「あっ」

「おっ」

 

 こいつ、見覚えあるぞ!?確か今日のロンドンで俺助けてくれた大男!間違いない、パーマだし!

 

「あの時のデカいパーマ!?」

「あの時の姉ちゃん!?」

 

 相手も俺に覚えがあるらしく、黄金虫みたいな目を見開いて驚いている。

 

「新しい教師だったのか、凄い偶然」

「あん?いや、俺ぁ教師じゃ無ぇぞ?

 今年一年生になったんだ、オメェさんは?」

 

 うそーん、一年生でそれかよ、バケモンかよ。

 ・・・黄金虫みたいな目の巨漢?まさかね。

 

「私はヨーテリア・グリンデルバルドだ。

 スリザリンの三年生、お前は?」

「スリザリンかぁ・・・まあいいか。

 俺はルビウス・ハグリッド!グリフィンドールだ。よろしくだセンパイぃ」

「ふおおお!?」

 

 無意識に抱き付いてた、許されるよな!?ハーグリッドだぁぁぁっ、ハグリッド!!すげぇ、ハグリッドだよマジかよ!映画でも原作でも優しくてデッカいハグリッド!成る程ぉハグリッドなら失神呪文効かないよな、何故だか知らんけど呪文に耐性あるらしいし。

 

「お、おい、どうしたよ」

「ご、ごめん取り乱した」

 

 うおおお、学生時代のハグリッド若いわー、学生服それ特注っしょ?もう俺二人分はデカいや。

 

「ハグリッドだ、ハグリッドだぁ・・・んふふ」

「どうしたんだよオメェさ、いやセンパイ」

「ヨーテでいい」

「お、おう。しかしやべぇそれ所じゃ無ぇっ、すまねぇヨーテ!またな!」

 

 持ってた包みを抱え直し、どこかへ走ってくハグリッド、あれ教科書では無いよな、なんだろ。

 まあいいや、授業授業と、今日は良い事あるぞぉ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヂグジョウ″」

 

 いい事無えよぉっ、呪文学ひどい目にあったわ!何でフィルチおじさんアグアメンディやろうとした!?しかも何でホースで誤魔化そうとした!?

 

「ごめんヨーテ、いやホントごめん」

「ぶきしッ、デュクシッッ、クソ、厄日だ今日は!」

「ワロタ」

「リドル、そこに直れ。今日は殺す」

 

 畜生リドルに馬鹿にされるしずぶ濡れになるし、もうやだ、おへや帰って寝る、午後の授業休む。

 

「ん、廃倉庫に入ってる生徒がいるなあ」

 

 ケラケラ笑っていたリドルが目を細めて言う。確かに廊下隅の廃倉庫に入る人影が。

 

「見に行かないかい?」

「行くだけだ」

 

 好奇心は猫をもって言うけど、見たいよなやっぱり。

 二人を引き連れて廃倉庫に忍び寄り、首だけ出して中を窺うとなんかデカいのが居る。どう見てもハグリッドだわ、絶対そうだわ。

 

「ハグリッドじゃないか、何してる?」

「うへぇっ、ヨーテ!?」

 

 慌てて何かを隠すハグリッド君。

 何その慌て方、よっぽど大切か見せたく無い物か?何々お兄さん気になる、見せて見せて。

 

「何だ、何隠してるんだ」

「ちがっ、隠しちゃいねぇっ!違うんだ!」

「みーせーろーよーぉ」

「やめねぇかこの、やめろ!」

 

 ぐおお頭掴んで引き離すな、俺は物か!?生意気な、元リーマンなヨーテリアさんに対して!

 

「一年生、何を隠してるんだ?物によっては罰則物だぞ」

「オメェさんには関係ねぇ!ほっといてくれ!」

「貴様」

 

 おおリドル、おこだな?優等生おこだな?じゃあ手伝うんだ、何を隠しているのか調べるぞ。

 

「リドル」

「貴様も分かっているな?」

 

 おうともエリート坊や、ハグリッドを押さえてりゃいいんだろ?適任だわ任せとけよ、筋肉式拘束術だ。

 

「〈エンゴージオ〉さあハグリッド神妙にしろー」

「ぐええ何だその馬鹿力!?やめろぉ!離せぇ!」

「何だこの包みは、卵か?」

 

 リドルが包みの中から卵を発見する。

 白くて真ん丸、綺麗だな、何の卵だ?

 

「・・・これは」

 

 リドルが触れようとした瞬間、卵に亀裂が走る。

 え、マジで?生まれるの?ハグリッド離したげるよ。

 

「生ま、生まれる!タイミングの悪い、まだだ!

 【アラゴグ】!今出てきゃマズイ!」

 

 アラゴグ、この生き物の名前か・・・うん?前世の記憶が甦る。

 

ーー親父、この瓶開けよう・・・ひえっ、蜘蛛だ!?

ーー騒ぐな、たかだか小蜘蛛一匹・・・おい、どら息子!上にでかいのぶら下がってんぞ!

ーーギャアアアッッ!

 

 ああ、天井から女郎蜘蛛が降りてきた事あったな・・・俺蜘蛛が苦手でな、あの時はパニックになってた。しかし何故今それを思い出す?アラゴグ?あれ、覚えがあるが思い出せない。

 亀裂が広がって何かの爪みたいな物が出てくる、カニ足みたいだな、しかしアラゴグ、アラゴグねぇ、割と大事な記憶と言うか、タブーというか。

 お、考えてる間に卵から出てき・・・た

 

 

   靄のような蜘蛛の巣のドームの真ん中から、

   小型の象ほどもある蜘蛛がゆらりと現れた

         ーハリーポッターと秘密の部屋、その一文よりー

 

 

 ソイツは八本の足と無数の複眼、丸々と膨れた腹にカシャカシャ言う鋏と、生まれたての白っぽい体と産毛を持った超特大サイズのタランチュラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーっ、アラゴグぅ!今はまずいっちゅうのに!」

 

 ハグリッドが頭を抱えて呻く中、リドルは冷静に目の前で呆然としている生まれたての大蜘蛛を眺めていた。

 間違いない、これはアクロマンチュラ、魔法生物の中でも一等危険で凶暴な蜘蛛、その毒は高価で取り引きされるがそれは問題では無い。

 

「一年生、これはアクロマンチュラだな?

 一体どこで手に入れた、こんな危険な種」

「ぐぐ、地元だ、地元で見っけたんだ」

 

 地元にアクロマンチュラ?何の冗談だよ。

 リドルは怪訝に思いながら、ハグリッドを叱責する。

 

「アクロマンチュラだけじゃ無い、魔法生物の飼育は禁止されてるんだぞ?これは退学になっても文句は言えない」

「そ、そりゃ承知だが・・・」

 

 目を泳がせて後ずさるハグリッド。ちゃっかり蜘蛛を回収している、反省してないな。

 

「だがよう、こいつの母ちゃんはな、こいつを大事に抱えて死んでたんだ。

 このままじゃこいつも生まれずに死んじまう、そんなのかわいそうだって、ずっと暖めてたんだ。

 なあ、どうか見逃してくれ、頼むよ」

 

 頭を下げて懇願するハグリッド。

 リドルは正直規則云々はどうでも良かったし、勝手に飼ってた蜘蛛に食い殺されるならどうだっていいと考えていた。

 しかし、アラゴグの出した音により、考えは一変する

 

「ハグ・・・カシャカシャ・・・リド」

 

 全員が息を呑んだ。

 今、確かにこの蜘蛛は鋏の音の他に、人の出すであろう言葉を発した。

 

「馬鹿な」

「お、おぉーっ!アラゴグ、何てお利口さんなんだ!

 生まれた時から喋れるなんて、まるで天才だ!」

 

 ハグリッドが歓声を上げて優しくアラゴグを抱き上げる。

 その間もアラゴグは確実に人の言葉を発し、鋏を動かしてハグリッドを気遣うように呼び続けた。

 

「リドル、アクロマンチュラって喋るのか?」

「いやありえない!こんなのありえない!

 凄い凄すぎる、アクロマンチュラは知能は高いが、絶対に人になつかず、話も通じない!それが、ましてや人の名前を!」

 

 リドルは興奮に身を震わせていた。

 前例の無い、奇跡としか言えない事象、その現場に居る事に、リドルは歓喜していた。

 

ーー欲しい、こんな凄い物、欲しくない筈が無い!

 

「よろしい、こんな貴重な物、凡人共には惜しい。

 この件は黙っていよう、しっかり育てるんだ」

 

 誰にも渡さない、いずれ僕の物になるんだ。そう思いながらハグリッドに優しく告げた。

 フィルチもそれに従う、彼はハナからヨーテリア以外には興味無いからだ。

 

「ほ、本当か?ありがてぇ、ありがてぇ!」

 

 涙ながらにアラゴグを抱き締めるハグリッド。その様はさながら親と子のようだった。

 

「アーガス、グリンデルバルド。

 僕らもアラゴグの養育に手を貸そうじゃないか」

 

 リドルが尊大に二人に振り向き、我が目を疑った。

 ヨーテリア・グリンデルバルドが恐怖している、壁に張り付き小鹿のように震え、唇を真っ青にして。

 

「ばっ、馬鹿じゃないのか?馬鹿じゃないのか!?

 そいつを育てる?トチってやがる!!

 私は降りる、そしてお前らに一生関わらない!」

 

 リドルは再び彼女に失望した、なんだこの小心者は。胆が小さいどころでは無い、そんなに法に触れるのが怖いのか!

 

「グリンデルバルドォォッ!貴様、この小心者!

 もう貴様など、僕の所有物には欲しくない!

 消えろォッ!僕の目の前から消えろォォォ!」

「うるせェよ誰だって苦手なモンあるだろ!?」

 

 その一言に、リドルは思わず静止した。

 こいつ、今( 苦 手 )と言ったか?

 

「今、なんて?貴様、嘘だろう?」

 

 震える彼女を見ながら問うリドル、しかし彼女は歯をガチガチと鳴らし喋る余裕も無い。

 

「・・・ハグリッド、ちょっとアラゴグ貸せ」

「へ、へぇ、大事に頼むぞ!?」

 

 リドルがアラゴグを抱き上げ、ヨーテリアに近寄る。

 

「ば、馬鹿ッ!寄せるんじゃ無ェッ!やめろ!」

 

 途端に必死な形相になり、リドルを追い払おうと愛用の錫杖を構え、振り回し始める。

 

「アラゴグ、わしゃわしゃしろ」

「カシャ」

 

 リドルの指示に従い、アラゴグが足を高速で動かす。

 

「うォォォーーッ!?やめろォォッ!」

 

 そのまま彼女に近寄り、顔面にアラゴグを押し付けた。

 

「あ″あ″あ″あ″ーーッ!?やめろぉ!やめてぇ!」

 

 わしゃわしゃと彼女の顔を撫で付けるアラゴグ、ヨーテリアは悲鳴をあげなんとか逃れようとする。

 

「ヒギィ」

 

 努力は実らず、彼女は白目を剥いて倒れ、それを呆然と眺める一同。やがてリドルが口を開いた。

 

「蜘蛛が苦手って、えぇーっ・・・」

 

 それはアラゴグも含め、その場の全員の考えを代弁した、最高に困惑で、最低に渾身の一言だった。



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12話 ペット飼育は堅実に

日常と四面楚歌アッピル回


「アラゴグ、アーガス・フィルチだ、言ってごらん?」

「アーガ、カシャカシャ、フィル?カシャカシャ、ムズカ、カシャカシャ、シイ」

 

 ホントもう何の冗談だよ、よりによってアラゴグかよ。コイツを育てて早2ヶ月、男共は楽しそうだ。

 つーかリドル、お前目がやばいからね?俺見てる時並みにギラギラしてるよ、冗談だろ。

 

「ハァ・・・鬱だ」

「ヨーテリア・グリンデルバルドは?」

「カシャカシャ、粗暴で差別主義のアバズレ、カシャカシャ」

「何つった糞蜘蛛コ″ル″ァ″ァ″ッ!」

 

 何で俺罵倒する時だけ雄弁なんだよ!?びっくりしたわ、リドル笑ってんじゃないよ!

 

「アラゴグよぅ、御飯少なくてごめんよ?

 あんま持って来ちまうとバレっちまう」

 

 いや、俺達四人でバレないように分担して、二人前位持ってきたんだけど?食いすぎだよその蜘蛛、丸々太って気持ち悪い。

 

「たまにゃー違うもん食わせてやりてぇ・・・

 そうだ、ヨーテ!リドル!フィルチ!」

 

 あーあ、ハグリッドがなんか言ってるよ、嫌だなぁおへやで研究したいなぁ。

 

「あの泉、魚が居る筈だ!アラゴグに食わせてぇ!」

「釣竿と餌なら馬鹿みたいにあるぞ」

「船は大イカで代用しよう。先生方の目は?」

 

 盛り上がる三人組、俺は我関せず、だ。

 そういやこの前研究の副産物で悪戯グッズが出来た、売り捌いて研究費用に当てよう。誰に売って貰おうかな?俺が売ったら多分(飛び出すアバダケダブラ)だと勘違いされる。

 ・・・何見てんだよ男共

 

「その悪戯グッズは?」

「汚くない糞爆弾と走るラッパ、売品だ。

 値段は1つ5ガリオン、欲しけりゃ買え」

「高い、タダで買おう。先生方の目をそらすのに使う」

「研究者嘗めとんのかお前ら。

 ダメダメ、5ガリオンキッチリ貰うぞ」

 

 この糞爆弾1つでどれだけ苦労すると思ってる、これ糞と言いつつ(糞のような何か)を調合してんだぞ。手間は掛かるし見た目エグいし大変なんだぞ。つーかどうやって出来たんだっけこれ。

 

「アラゴグ」

「カシャカシャワシャワシャカシャカシャ」

「あ″あ″っ!分かったよやるからやめろ!」

 

 最近、友人達からの扱いが雑です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下に糞爆弾をスタンバイ、洗濯するとただの水になるから遠慮は無用。

 レイブンクロー生を確認、周りに人も多く目撃者多数、申し分無い、着火。

 

「ギャアアッ!酷いわ何よコレェェッ!?」

 

 見事糞爆弾は起爆、辺り一面に糞もどきがばらまかれ鷹寮生徒に降りかかる。よく見たらあれマートルだわ、ごめんマートル。さあ廊下は大騒ぎ、先生が来るのは時間の問題、さて泉に向かおう。マートルマジでごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホッホー!」

 

 男共が泉にご在住の大イカに乗り、泉での釣りを開始する。俺?岸で読書ですよ。つーか何なのあの大イカ、この世代から居たのか。

 

「すげぇぇ、パイクだぜ!こいつぁデカい!」

「それ、食えんの?ルビウス」

 

 楽しそうやね、俺はめちゃくちゃ不機嫌だけど。あの糞爆弾間違いなく売れたのに・・・。

 しかし入れ食いだな今度はマスか?若いモンは元気でいいねぇ、精神年齢30代のヨーテリアさんは疲れるから嫌なの。

 

「グリンデルバルド!お前も釣れっ」

 

 リドル坊やが釣竿を投げて寄越してきた、えぇーっ、お兄さん嫌だなぁ日光浴で充分だわ、あとミミズも嫌いなんだよねうねうねしてるし。まあ折角だしほんの少しだけ。

 

「そいっ」

 

 うん、かなり遠くまで針が飛んだな。さて、胡座をかいて待つとしますか、女子がスカートで胡座とかどうかと思うがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何 で 釣 れ な い の よ 。

 

 十分は待ったぞ、他は入れ食いなんだぞ、こんな時に不運スキル発動しなくて良いよ!

 

「ハグリッド、それ藻だな。ゆっくり引け」

「すまねぇリドル。おぉーっ、取れたぞ」

 

 畜生楽しそうにわちゃわちゃしやがって、もうお兄さん混ぜろよ!四六時中ぼっちだから口が退化してしまいそうで・・・ん?

 

「おっ、おお?」

 

 ひ、引いとる、めっちゃしなっとる、これ大物じゃね!?マジ?お兄さん来ちゃった!?

 

「〈エンゴージオ〉!

 来た来た来たぁーっ!逃がさないからな!」

 

 魔法式バンプアップした左腕で一気に振り上げる。派手な水飛沫を上げて現れたソイツは。

 

「ふおおーーーっ!?」

 

 2メートルはあろうかと言う、丸々太った巨大な大ナマズだった

 

「でけぇーーっ!何だありゃ、リドルっ!」

「あれ、ヨーロッパオオナマズだな。食べれるのか?」

 

 ウッヒョーテンション上がるわーっ!何この大物馬鹿じゃねーの!?こんなん居るの?次だ次、もっとデカイの居る筈だ!

 

「ヨーテリアァァッ!廊下のあれお主じゃな!?」

 

 後ろからの怒号に驚いて振り向く俺、城からカンカンになったダンブルドアと物凄い形相で髪を振り乱した何かが向かってくる。あれ管理人さんかな?パンジーにしか見えない。

 

「お前ェェッ!何してくれてんだ!

 臭いしエグいし落ちないし大変だったんだぞ!」

 

 泣きながら俺に掴みかかり絶叫するバケモン。あれ水洗いで落ちるのになぁ。

 

「ヨーテリアや、よくもあの様なハイセンスな、ゲフンゲフン、酷い悪戯をしてくれたものじゃ。

 何と浅はかな、君達もじゃ!降りなさい!」

 

 これに飛び上がったのは大イカに乗る男共、ん?リドルが居ない!?アイツ逃げやがった!

 二人が大イカから降り岸に正座させられる俺達、それを見下ろすダンブルドア、目がマジだ。

 

「良いかね、釣りは構わんよ釣りは。

 じゃが何故大イカを使う?あれは教員も由来が分からん代物じゃ」

 

 何でそんなモン泉に放置してんだよ、次期校長だろ?何とかした方が良くない?

 

「生徒は教師が守るべき尊い者じゃ、みすみす自らを危険に晒すでない。二度と、せんでおくれよ?」

「うおぉーーっ!ダンブルドア先生ぇーっ!ごめんよぉーーーおおっ!」

 

 突然男泣きを始めるハグリッド、犬の遠吠えみたいで大変うるさい、やめろや。

 

「俺が、魚が要るって、無理言って、こいつら、手伝ってくれて、それでっ、ヨーテも、グスッ、先生に見つかると、マズイからって」

「ハグリッド、テメェッ!?」

「よう言ってくれたハグリッド、本当によう言ってくれた・・・」

 

 ひいいっ、真顔で俺を見るんじゃ無い!畜生ハグリッドこの舌足らず!お前のせいだ!俺が何したってんだよ!何もしてないよぉっ!

 ・・・いやしたわ、後でマートルに土下座しよう。

 

「ヨーテリアや、後でわしの部屋に来なさい」

「ダンブルドア、私は脅されて」

「 来 な さ い 」

「はい」

 

 イギリス最強に睨まれちゃ逆らえませんよ、ワハハ。誰か助けてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お説教で午後の部潰れたぞ、あいつら許さん。食らったデコピンあいつらにもしてやる、勿論〈エンゴージオ〉掛けてからだ。

 

「グリンデルバルド!今日こそ潰す!」

「〈エンゴージオ〉」

 

 丁度良くアホが来たので股間目掛けて肥大呪文。久々に素で撃ったけど見事的中、医務室に急ぎな、ほっとくと多分アレが一生機能しなくなる。

 さあアラゴグの居る廃倉庫に着いた、待ってろよー今お兄さんが行くからねー。

 

「来たかグリンデルバルド」

 

 リドルテメェどのツラ下げて現れたんだ?

 倉庫内にはナマズを食べるアラゴグ、これ魚臭くならんかな、リドルに任せりゃ大丈夫かな。

 

「アラゴグ、おいしいか?たんとお食べー」

 

 見守るハグリッド超いい笑顔。そうだよな、原作でも一番好きだったペットだしな、ペットってか最早家族ってレベルの扱いだったけど。

 アラゴグかぁ、ダメだ視界に入るだけでアウト、俺は蜘蛛だけは何があっても無理なんだ。

 

「これ、ヨーテが釣ったんだぞ」

「そうだ、イッチバンの大物だぞぉ。

 ホレ、お礼を言ってごらんアラゴグ」

 

 ハグリッドが笑顔のまま俺を顎でしゃくる、いいよ食わしとけよ、こっち見んなよ。

 

「カシャ、ヨーテ、アリガ、カシャカシャ、トウ」

 

 ・・・おう、感謝しろ害虫。

 

「カシャシャ、誉めてやろう、カシャ」

「潰して殺す、今すぐ殺す」

 

 この饒舌な糞蜘蛛は殺す、必ずだ。

 

「やめろグリンデルバルド」

 

 何で庇うのよ!?お前らおかしいよ!何でこの馬鹿デカいタランチュラ平気なの!?こいつ俺のピーちゃんも余裕で平らげかね・・・

 

「あっ、やばい」

 

 ピーちゃんに昼飯やるの忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで部屋に戻って来た俺、ピーちゃん腹空かせてるだろうなぁかわいそうに。

 つーかアラゴグよりピーちゃんだろ、頭乗りカピバラだぜ神だろ。俺の趣味じゃないけど。

 ・・・あれ、扉の鍵空いてる、かけ忘れた?うーん、朝寝坊してたからなぁ、失敗失敗。さて扉開けてただいまピーちゃん・・・

 

「ピー、ちゃん?」

 

 ピーちゃんを入れてた篭、空になってた。

 

「ピーちゃ、えっ、どこ?ピーちゃん?」

 

 待てやどこ行ったあのカピバラ。ベッドの下、居ない。部屋の隅もだ、布団にくるまってもいない、どこだ。

 

「ピーちゃん、ピーちゃん!?どこ行った!」

 

 どこだ、俺のペットどこだよおい、ふざけんな。だっていつも鍵閉めて、部屋からは出れない筈・・・しまった今日は閉めてなかった。じゃあ外に行っちまった?

 

「あ・・・うあ、あ″あ″あ″っ!?」

 

 マズイマズイマズイ、スリザリンでカピバラ飼ってんのは俺だけだ、つまりカピバラが居たら俺のピーちゃんだって分かる、四六時中不意打ちするような糞ガキ共にもしピーちゃんが捕まったら・・・

 しかも、今日は一人中途半端に撃退してた、報復の可能性は、割とデカい。

 

「ぴ、ガァッ、ピーちゃんっ!」

 

 ふざけんな、あれは俺のペットだぞ!?絶対に、手ェ出させないからな!

 

「えっ」

 

 ・・・何で缶詰の棚が揺れてんの?

 恐る恐る棚に近寄る俺、ちょっと怖い。取っ手に触れてゆっくりと開けた。

 

「ピーちゃん・・・何してんだ」

 

 カピバラが缶詰の蓋開けて食ってた。器用に前歯と前足使ってだ、ワハハ。

 

「はっ・・・ははっ、何してんだよぉ」

 

 ピーちゃんを抱き抱えてベッドに座る俺、何であんなに焦ってたんだろ、馬鹿かよ。戸棚で勝手に飯食ってやがるぜ、どう入ったのかな。

 

「一鳴きくらいしろよな・・・」

 

 ピーちゃんを撫でながら思わず呟く。なんだろ、物凄く安心するわ、不思議だ。

 この馬鹿ネズミに愛着なんて無かった筈なんだが、居なくなると無茶苦茶不安になる、何でかな。

 別に、人のペットどうこうしようなんて思わんだろ、何を不安がる必要があるんだ、馬鹿か俺は。

 

「・・・あ」

 

 いや、正しい。俺のペットならどうこうするだろ、だって俺は(グリンデルバルド)なんだから。

 3年始めに襲われたろ、親の悪行のせいでな。

 最悪の魔法使いの娘のペット、潰せば英雄だな。むしろ隙があったら確実に狙うよな。

 

「・・・次は鍵閉めてやるからなー」

 

 ピーちゃんがそうなら、他もそうだろうか?流石にリドルは大丈夫だろ、フィルチおじさんも基本一緒だから守れるし、ハグリッドは友達居るし何よりマトモな奴なら手は出してこない、校則で攻撃呪文使うの基本禁止だしな・・・。

 ほぼ杞憂じゃねーか、馬鹿だな俺。最近はなんかある度にこんなだよな、情けない。

 まあ、大人しくはしないとな。目立って連中刺激したら何するか分かんないし。

 

「ブランドも考え物だな、ピーちゃん」

 

 名前のせいで周り一面敵だらけだわ、ホント嫌になる。

 ピーちゃんよぅ、食うのやめて話を聞けよな。




ヨーテリアの父、ゲラート・グリンデルバルドについて
原作ではお辞儀に隠れがち。
お辞儀が最恐と恐れられる中、未だに最悪の闇の魔法使いと呼ばれており、それを反映し当作品内の彼は三日に一度は新聞を賑わす極悪人で極端な位、魔法界に恐れられている。


ようはアンチヘイト彼が主です。



2016年11月28日
一部文章を修正
・ブラックバス→パイク(ノーザンパイク)
・アロワナ→大ナマズ(ヨーロッパオオナマズ)

ホグワーツはスコットランドにある、スコットランドの泉(淡水か海水かは不明)に熱帯魚が居ますか?
おかしいと思いませんか、あなた?
ちなみにパイクは割と食用に使われる、らしい。


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13話 幸運薬を求めて

「〈レダクト!砕けろ!〉」

「〈エンゴージオ〉」

 

「隙ありだ、〈ディフィンド!〉」

「〈ルーデレ〉」

 

「〈エクスペリア・・・〉」

「〈エンゴージオ!〉」

 

 あ″あ″あ″っ、ウザいなぁっ!

 もう同年代も三年生、ガキとは言えやはりホグワーツの生徒、嫌に優秀なもんだから、しっかりとした呪文を授業でやったと思えばすぐに物にして俺への襲撃に使いやがる。

 マッドアイ絶対来んなよ、アバダ撃たれたら終わりだ

 

「〈ナメクジくらえ!〉」

「ぐおおっ、おぶっ!?」

 

 一瞬気を抜いたばっかりに見事に呪いを食らう、ナメクジの嘔吐が止まらなくなる呪いか、最悪だ。

 最近はプライドを捨てたのか、数の暴力で続けざまに団体で襲撃が来る、休みがない。

 

「エンゴ、おぇ、〈エンゴージオ!〉」

 

 自分の腕をエンゴージオで肥大強化させ憎むべきクソガキを掴み上げ、地面に落とす。

 

「こっ、この!何をす、うわァァッ!?」

 

 口の中のナメクジを全部そいつの顔面にぶちまけ、よろめきながら徘徊し先生を探す。呪いを解いてもらわねば、気持ち悪い。

 

「「〈インカーセラス!縛れ!〉」」

 

 インカーセラス、対象を発射したロープで縛る呪文。

 生徒が突然俺を包囲するように現れ、ルーデレでは弾けない多方向から縄を放つ。

 いくらなんでも今日の襲撃、多すぎる!

 どうする事も出来ずロープで拘束され倒れてしまう、タイミング悪くナメクジも口に上がってきた。

 

「ハッハッハ、やったぞ!」

「そうら、今までのお返しだ!」

「闇の魔法使いめ、ホグワーツから出ていけ!」

 

 ここぞとばかりに俺を蹴り飛ばすガキ共、こいつら本気で蹴りやがる、しかも部位を選ばずに。

 

「げお″っ!?ゴホッ!?」

 

 腹に入った一撃のせいでナメクジを大量に吐き出し、気絶したフリをすれば連中はいい気になって英雄の凱旋気分で授業に向かう、簡単にやり過ごせる物だ、ガキは単純だな。

 効果が切れたエンゴージオを腕にかけ直し、ロープを引き千切り立ち上がる俺。痛いしむかつくしで散々だったが幸い怪我はしていない、動かしても痛くないし、何より衝撃のせいかナメクジが止まった。

 しかしフィルチおじさんと別に移動して正解だったな。

 

「・・・はぁ」

 

 本当に散々だ、何で俺がこんな目にあってるんだ。ツイてないなんて物じゃない最悪だ。しかも今日は魔法薬学が一番最初、不幸だ。

 謎のプリンスで出てきたスラグホーン先生の授業。優秀な者、有望な者を好む気の良い老人、俺は映画で見てそんな印象を受けた、でもあの先生、多分俺が嫌い、いや苦手なんだろう。ハリーをかなり評価していた記憶があるが、俺には随分と対応がぎこちない。

 俺は魔法薬が苦手だ、大嫌いって言っても良い、しかもこの悪名高いブランドまである。

 原作の主要人物とは極力仲良くしたいが、どうにもうまくいかない物だ。

 まあ出来ないなら仕方ない、諦めて授業受けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホラス・スラグホーンは優秀な者が好きだ。とりわけ、将来成功するであろう者が好きだ。

 そういった者達に自分が影響を与えている、自分が成功するより、そういった事実を好む。

 成功者より後身、もしくは恩師。そういった立場をこよなく愛する男だ。

 

「皆来たな?よろしい!

 それでは魔法薬の授業を始めよう」

 

 彼の愛する優秀な子らの授業が始まる。教鞭はふるうは己、スラグホーン先生、スリザリン寮監にして魔法薬学教授。給料に不満があったりするが悪くないと考えていた。

 しかも今年は有望な名家出身、秀才が選り取り緑、中でも彼のお気に入りは、トム・リドルという男だ。

 品行方正、文武両道の天才、否、鬼才だ。名家出身でも無いのに誰よりも優秀でその癖謙虚、堅実な優等生。

 彼の成功する様、そしてちょっぴりのお礼が、それはそれは楽しみであった。

 

「さ、今日は眠り薬を調合するぞ、教科書を開きたまえ、102ページだ。

 材料は棚から持ちたまえ、多少持ちすぎても構わん」

 

 言うが早いか作業を開始する生徒達、本当に優秀な子供達だ、スラグホーンはそう喜んだ。今まで誰も問題を起こしてはいない、一人を除いて。

 各々材料の豆を割る、植物を切る等、材料の用意は良好、問題は調合だ。こればっかりは個々の判断力に左右される。鍋の混ぜ具合、時間、工夫の仕方。一人一人大きく変わるその工程の中で、出来の良い、悪いは大きく変わる。

 うまく行けば綺麗なカベルネレッドの水のような無臭の眠り薬が出来るが、果たして何人がその薬を調合出来るのか。

 スラグホーンは生徒の鍋を順繰りに眺め、数人の辺りで苦笑を浮かべた。

 ある生徒は紫の毒々しいあからさまな劇薬、ある生徒は刺激臭の酷いタール、どれもこれも、服用に足る物では無い。

 しかしスラグホーンはそれで良いと考えていた。

 何せこれは試験では無く授業、失敗は当たり前。むしろ失敗は成功の母、大いに結構だと。

 しかし一人は失敗も有り得ない、彼に失敗は無い。カベルネレッドの輝きを眺めながら、スラグホーンはその薬の作製者に微笑んだ。

 

「素晴らしいぞ、トム!流石は我等が優等生、完璧な眠り薬だ!スリザリンに3点!」

 

称えられたリドルが謙虚かつ嫌みの無い微笑みを浮かべた。その素晴らしい男をもう一度誉めてから、隣の席の(問題児)の鍋を眺めた。

 

ーー何だこの冒涜的な物体は。

 

 そこには何故か蠢く乳白色のゲテモノ。

 作製者の金髪の少女は、ただでさえ死んでいる目をこれでもかと無機質に光らせて真顔を貫いていた。

 

「あー、ミス・グリンデルバルド?

 君に限ってとは思うが、材料が違うのでは?」

「合ってます、先生」

 

 微動だにせず機械的に返答する彼女。

 彼女こそ問題児、ヨーテリア・グリンデルバルド。最悪の魔法使いの娘にして、才能皆無の女の子。

 愚鈍では無い、馬鹿でも無い、まして不真面目でも無い。しかし彼女は致命的に調合が下手であった。

 

「ま、まあ失敗は成功のなんとやら。

 次は頑張りなさい、単位はあげるから、ね?」

 

 涙目に見えなくもない彼女に声をかけてから次の席に向かうスラグホーン。

 彼は彼女が苦手であった、その名も性格も。

 まず名前だ、確かに有名ではあるが、今の魔法界にグリンデルバルドの名は害悪だ。現在進行形で悪魔のような行為を働く男の捨て子とは言え娘、札付きなのは確定。

 そしてその性格、彼が一番苦手な面だ。彼女は非常に粗暴で乱暴者、しかも容赦が無い。

 血の気が多いのか巻き込まれやすいのか、しょっちゅう揉め事を起こし医務室を賑やかにする。

 だと言うのに意外に繊細だったり、変に大人びた振る舞いをしたりとはっきり言って、安定しない。

 問題を起こす度に彼のお気に入りまで手にかけ、毎度毎度ダンブルドアに厳重注意を頼まれ、はっきり言って彼女は疫病神だった。

 しかし他の才能無い者と同じように無関心でいれば、ダンブルドアに何されるか分かった物では無い。

 

ーー悪い子では、無いんだがなぁ。

 

逃げるように次々調合薬を観察しながら、彼は盛大にため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調合したら神話生物が出来てました。

 いや、何だよこの不思議物体は、白いしうねうね動くし、もう最悪だ。

 材料の豆を料理の癖で磨り潰したからか?それとも草を千切りにしたからか?まさか砂糖か?砂糖入れたからか?何だっていいが、これは評価最低だな。

 毎年魔法薬学だけは最下位キープだ、今年も多分ドンケツだな、間違いない。

 スラグホーン先生、見捨てないでください。あんた割と好きな先生だから傷付くんです。

 

「結構!では調合を止めたまえ、火も消してな。

 次の授業では、試験を行うぞ。

 今日作った眠り薬を調合しその出来映えで点数をやろう。

 ちなみに最高点から三人まで、この摩訶不思議な魔法薬をやろう。」

 

 そう言ってスラグホーン先生が、小さなかわいらしいデザインの瓶を取り出した。あれは、確か、えーと。

 

「これぞ、フェリックス・フェリシス。通称幸運薬、8時間分だ」

「っ!?」

 

 思わず身を乗り出してしまう、間違いない、フェリックス・フェリシスだ。

 ハリーはこれのせいで一悶着あったがさして問題では無い、素晴らしいメリットがある。

 あれ使えば、一日襲撃受けずに済むかも!?

 

「では次の授業で会おう、よく復習したまえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミネルバっ!」

「ヨーテリア、どうしました?」

 

 今日も補習を受けていたマクゴナガル先生に突撃する。

先生が真面目で助かった、ダンブルドアの部屋に行けば大体居るからいつでも会える。

 

「魔法薬学、出来るか!?」

「当然です、しかしどうして?」

「眠り薬の作り方教えてくれ!」

 

 直球にマクゴナガル先生に詰め寄る俺。

 困惑した顔されるが関係無い、こっちは平和と身の安全がかかってるんだ。

 

「いいですが少しお待ちなさい、あと少しで一節終わるんです」

 

 言うなり大急ぎでノートを纏める先生、補習の邪魔して悪いが勘弁して欲しい。

 あの幸運薬の効きっぷりは本物だ、使えば確実に俺は一日を安心して過ごせる筈。

 

「終わりましたよ。先生、今日もありがとうございました」

「今日もよく頑張ったのう、お疲れ様じゃ。ヨーテリアを頼むよ」

「全力を尽くします」

 

 マクゴナガル先生を連れて庭に向かう俺。

 絶対に、幸運薬を手に入れてやるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中庭にて、勉強を行うヨーテリアとミネルバ。

 はっきり言ってミネルバは参っていた、このヨーテリアの圧倒的な才能の無さに。

 軽い工程テストを紙で行い、彼女はため息をついた。

 

「ヨーテリア?何で豆を切らずに砕くんですか。

 それに薬草は煎じる訳ですから、粉々におろしてはなりませんよ」

「えっ、でも薬に溶かすんだぞ?砕いて磨り潰した方が溶けるし、おろした方が薬に馴染むよ?」

「必要なのは材料の汁が主であって殻や葉では無いんです。それと調味料を混ぜてはいけません」

 

 淡々と間違いを指摘していたが、ミネルバは頭が痛くなるばかりであった。

 ヨーテリアの調合法はどれも的外れで、中には極めて危険な物まであった。

 学年最下位は己を卑下しすぎだと思っていたが、勉強している内に納得してしまう自分が居た。

 

「何をどう勘違いすればこんな・・・」

「ミネルバ・・・幾つ間違いがあった?」

 

 片手で額を押さえながら訪ねる彼女、少々酷な事実であるが、ミネルバは意を決して通算した彼女の間違いを告げた。

 

「20問中18問間違い、中でも酷い間違いが、(味見する)でした」

 

 最終工程前の薬にすらなっていない状態での、自殺行為としか思えない暴挙であった。

 

「・・・自信無くすわぁー・・・」

 

 凄まじいまでの落ち込みように慌てるミネルバ。

 

「狼狽えなくてもよろしい。

 まだ時間はあります、安心なさい」

「私、今何歳よ?相当なもんだぞ。

 何?正解二問だけって?自信無くすわ・・・」

 

 項垂れ呟く彼女、これは燃え尽きている。彼女の落ち込み様はハッキリ言って異常だが、その無気力かつ絶望に満ちた様がミネルバの中の何かに火をつけた。

 

「しっかりなさい、グリンデルバルド!

 こんな程度で何ですか!?ほら、ペンをお持ちなさい!

 こうなったら私は何がなんでも!あなたに眠り薬を作らせて見せます!」

 

 それからのミネルバは凄かった。ヨーテリアの間違いは徹底的に正し、へこたれれば鬼となって叩き直し、眠り薬の工程を一から十まで嫌と言う程叩き込んだ。

 途中本気で泣かれたが真顔で黙らせ、どうにか調合の工程を理解できるようになった。しかし、問題はここからだ。

 魔法薬の混ぜ方、混ぜる時間、火の具合。これはデータだけで分かる代物では無い、その場の感覚、タイミング、閃きが大事だ。

 ミネルバは出来る限りそれを代用出来るよう、知識や過去の調合法、あらゆる物を叩き込んだ。

 後は本番、全てを実践するのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ皆、いよいよ試験の時間だ、前に言った通り、眠り薬を調合してもらう。

 フェリックス・フェリシスはここにある、上位三名にこいつを進呈しよう。

 さあ、調合を始めようか!愛すべき幸運薬を手にするのは誰かな?」

 

 試験が始まった。

 アーガス・フィルチは幸運薬は欲しくは無い、そもそも自分に狙える代物では無い。辛うじて平均をキープしているだけの自分にスリザリンの優秀な化け物達は下せない。そう思い適当に済ませて友人を手伝おうと思っていた、しかしその友人が一番大変だった。

 

「ヨーテ、どうしたんだ?

 大丈夫だ、単位はくれるって言ってたろ?」

 

 何故、この恩人で友人な彼女はこんなにも固い表情をしているのか。

 機械のように無機質な顔をしながら明らかに危なげな手付きで材料を切り分け、鍋に慎重に入れていく。その工程はいつに無く正しい、切り具合も見事な物だ。

 しかし、いつもやらかすのが調合である。無茶苦茶な混ぜ方をしたかと思えば、よく分からない粉を入れていた今までと違い、教科書通り正確に半時計回りに混ぜている。

 その表情は真剣そのもの、目も心無しか活気がある

 

「うお″っ・・・」

 

 突然彼女が低い声をあげた。

 

「どうした、ヨーテ」

「・・・ちょっとミスった」

 

 真っ青になりながら呟くヨーテリア。

 途中で混ぜるペースを崩した、と死にそうになりながら彼女は呻く。

 彼女の眠り薬は無臭で水のようだったが、色はカベルネレッドでは無く、どす黒い赤だった。

 そして無情にもスラグホーンが、終了の合図として手のひらを数度叩いた。

 

「そこまで、皆よく頑張った。

 では採点を行う、祈ると楽になるぞぉ」

 

 スラグホーンが次々と生徒の鍋を見て回る。しかしどうやらよく出来た生徒は居ないらしい、鍋を見るたびに渋い顔か、苦笑を浮かべている。

 しかしリドルの鍋を見た途端、満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、分かっていたよトム!君の眠り薬は完璧だ、文句無し!スリザリンに3点、うむ!」

 

 やはり彼は成功したらしい、静かな笑顔で拍手を受け入れるリドル。

 次はヨーテリアの眠り薬だがそれを見た途端、スラグホーンは目を見開いた。

 

「・・・こりゃ、たまげた」

 

 信じられない、そんな顔をして次に行ってしまう。

 フィルチは無視された事が不満だったが、真っ青のまま震える友人を見ていてそれ所でなかった。

 しばらくすると動揺した顔のまま、スラグホーンが教卓に戻ってきていた。

 

「では、上位三名を発表する。

 まずは一位、トム・リドルだ、文句無し!服用に足る安全かつ確実な眠り薬だった!

 二位はアブラクサス・マルフォイ!少々効果が強いが、良い出来だ、大した物だ!

 そして三位が・・・」

 

 スラグホーンが何度も教室を見直す。明らかに動揺しており、言葉が出てこないようだ。

 かなりの時間を経て、ようやく口を開いた。

 

「・・・ヨーテリア・グリンデルバルド」

 

 教室中に凄まじいどよめきが起こる、しかし誰より驚いたのは呼ばれた本人、他ならぬヨーテリアだった。

 フィルチは開いた口が塞がらなかった。三年間、魔法薬学の学年最下位に居続けた彼女が?

 

「以上三名にフェリックス・フェリシスを贈る、さあ、前に出なさい」

 

 リドルとマルフォイが教卓に向かうが、ヨーテリアは放心して動かない。

 フィルチが慌てて前に行くように促すと、よろめきながらも教卓に歩いて行った。

 

「では君達に愛しい幸運薬を贈ろう、上手に使いなさい」

 

 前に出た三人にフェリックス・フェリシスが渡されたが、拍手は起こらず三人は静かに席に戻る。

 ヨーテリアはフェリシスを握り締めたまま、ゆっくりと席に着席した。

 

「これにて授業を終了する!皆、この後の授業に遅れるなよ!」

 

 締まらないまま終わってしまった授業、誰もが口々に信じられない、などと呟く中、フィルチは幸運薬を握り締め震えている友人の肩をとんとん、と数度叩いた。

 

「凄いじゃないか、三位だぜ三位!やっぱりヨーテは凄いんだな!」

 

 フィルチがそう誉めると、彼女はぎこちない笑みを浮かべ、握る力を強めた。

 結局彼女は、一日幸運薬を手離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェリックス・フェリシス」

 

 小さな小瓶を眺めながらリドルが呟いた。手の中には幸運薬、飲めばあらゆる事が幸運に運ぶ薬。

 彼は別段欲しくは無かったが、とりあえず、という形でポケットにしまった。恐らく近いうちに使う事は無いだろう。

 彼は探していた、彼の求める門を、秘密の部屋の入口と、それを開く方法を。

 

「・・・フフッ」

 

 しかし、こんな物はいらない、こんな物に頼る必要は無い。

 自分はすぐそこまで来ているのだ、だからこんな物の手柄にしたくは無い。

 あれは僕の手柄だ、僕だけの偉業だ。それに部屋とは別に使いたい用事もある。

 そう思いながら、彼は底冷えするような、冷たい、恐ろしい笑みを浮かべた。



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14話 天涯孤独で優しい男の話

お知らせ通り14話投稿を持って本番入り。
最後のただの日常、お楽しみください。


 ルビウス・ハグリッド。

 グリフィンドールの二年生であり、もじゃもじゃ髪の頭と、黄金虫のような目を持った、異常な程デカく勇敢で優しい男の名だ。

 彼は決して優秀では無かったが、しかし周囲の友人達、何より自分より小さな父親に、それはそれは、大層に愛されていた。

 

「うん、ちっと字が汚いが、いいだろ」

 

 ひしゃげたペンを置いて、手紙を眺めるハグリッド。

 ハグリッドに服の棚にちょこんと乗せられても、大笑いしてみせた彼の父親に書いた手紙だ。

 

「どうも体調が悪いらしいからなぁ。

 体に気を付けろ、よし」

 

 親を気遣う一文を書き足し、封筒に入れる。

 後はふくろう便で自宅に送るのみだ。

 

「さぁて、忘れモンはねぇな?

 とっとと飯済ませて、ふくろう小屋に行かにゃーな」

 

 封筒をポケットにしまい、朝食に向かうハグリッド。

 談話室に出れば、獅子寮の生徒がたむろっていた

 

「よおハグリッド、もう行くのか?」

 

 親しい生徒が笑いながら声をかけてくる、ハグリッドは大きな声で笑い返し陽気に返事をする。

 

「おう、腹が減って仕方ねぇ。

 先に行ってるぞ、オメェらも早くな」

 

 笑って手を振り合いながらハグリッドは談話室を後にする。

 彼は他の者と比べて、明らかに大きい。故に大広間への道のりは、彼には少し短い。

 大広間に入るとそこには食事を行う生徒と、バイキング形式のパンやベーコンなどがあった。

 腹が減ったというのは半分は嘘。彼は大広間では食事をしない。朝食を懐に隠し、大広間を出ていこうとする。

 

「ヨーテ、急がないと間に合わないよ」

「馬鹿、あのゲテモノ見ながら飯なんか食えるか」

 

 スリザリン席には朝食にがっつく金髪の少女と、呆れ顔でそれを見つめる柄の悪い少年が居て、ハグリッドは苦笑しながら彼らに近寄った。

 

「よう、どうしたフィルチ」

「ヨーテが満腹まで食うって聞かないんだ。

 どうせアイツ見たら全部吐くのに」

 

 困った様子でため息をつくのは、スクイブだが退学をギリギリ免れる成績をキープするアーガス・フィルチ。彼より2つ上の友人だ。

 そして食事にがっつくこの少女は学年最悪の札付き、ヨーテリア・グリンデルバルドだ。

 

「ほふぅ、食った食った。

 じゃあ行こうか、ゲテモノが待ってる」

「おう」

 

 二人が幾つか朝食を掠めとりローブに隠し、三人で朝食を隠して膨れた部分をうまい具合にカバーしつつ、大広間を出る。

 彼ら三人には共通の目的がある。

 この朝食をハグリッドのとある友達に届ける、その為に毎朝、こうして食事を密輸するのだ。

 

「アラゴグ!ごはんだぞぉ!」

 

 誰も立ち寄らない廃倉庫にて、ハグリッドが大声で、自分の友達を呼んだ。すると倉庫内の隅から、彼の最愛の友が現れる。

 大きな八本の脚に、膨れたお腹、つぶらな数えきれない複眼。

 ここ一年で大型犬くらいに成長した、ハグリッドの親友、アラゴグだ。

 

「お″え″ッ、うぐぶっ、ゴブッ」

 

 ヨーテリアが口を押さえて苦しみ始めると、アラゴグは不機嫌そうに鋏を鳴らした。

 

「カシャ、ヨーテリア、無礼だぞ、カシャカシャ。

 見るなり吐きそうになるなんて、カシャ」

「すっかり喋れるようになったな」

「おう!何てったってアラゴグは天才だからな!」

 

 ハグリッドは誇らしげに胸を張り、アラゴグへ懐から取り出したパンを渡す。

 するとアラゴグは器用に二本の脚でパンを掴み、鋏で切り分けながら食べていく。

 

「本当は肉がいいんだろうが、ベーコンはあまり持って来れなんだ。

 すまねぇな、アラゴグ」

「カシャ、構わんよ、ありがとうハグリッド、カシャ」

 

 ハグリッドからベーコンを受け取りながら嬉しそうに鋏を鳴らすアラゴグ。

 ハグリッドもパンをかじりながら、笑って彼の殻を叩いていた。

 やがてアラゴグが朝食を全て平らげ、彼らはそれぞれの場所へと戻る。

 ハグリッドはふくろう小屋だ、手頃なふくろうを見つけ、足の筒に手紙を入れた。

 

「頼んだぞ」

 

 ハグリッドが声をかけると、ふくろうはふんぞり返って一鳴きし、小屋の窓からハグリッドの自宅へと出発する。

 

「さ、授業だ、遅れちゃまずい」

 

 早歩きで授業に向かうハグリッド。彼は頭は良くない、だが幸せであった。

 満ち足りて、愛されて、親しまれて、そんな日々が続くことを、豪快に笑いながら願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ・・・?」

 

 数日後届いたふくろう便を見て、ハグリッドは唖然とした。届いた手紙は、彼の父親の悲報だった。

 

「親父が、死んだ?」

 

 急病による父の死亡、彼は状況が把握出来なかった。

 しかしすぐに青ざめながら、手紙を破り捨てた。

 

「何を馬鹿な、悪戯に決まってらぁ」

 

 彼は信じなかった、信じたくなかった。陽気で優しいあの父が、あまりにも急すぎる。

 質の悪い悪戯、彼はそう片付けようとした。

 

「・・・ルビウス・ハグリッド君だね?」

 

 自室に彼の尊敬する偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアが来た時、これは悪戯では無いと悟った。

 

「・・・親父は、ホントに死んだんですかい?」

「ああ、間違いない。

 自宅で安らかに眠っているのが発見された」

 

 ハグリッドは崩れ落ちそうな身体を、その精神力で持たせながら、ダンブルドアを見つめた。

 

「お、親父に会いてぇです、見て確かめてぇ」

「よかろう、わしも付いて行こう」

 

 ダンブルドアに連れられ、ホグワーツを出る。

 敷地を出るなり、ダンブルドアが姿あらわしをして、ハグリッドの自宅へと直接飛んだ。

 数ヶ月ぶりの帰宅、しかし穏やかな心境では無い。

 父親の寝室へとたどり着いた時、ハグリッドは耐えきれず崩れ落ちた。

 

「ああ、あ″あ″あ″あ″っっっ!!」

 

 顔に布を被せられた、小さな父親。

 陽気に笑って毎日を楽しんでいた男の亡骸が、そこに静かに、眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀はハグリッドのみで行う事にした。身内は居ない、父親には自分しか居ない、寂しいが勘弁してくれ、とハグリッドは父親の棺を墓に埋めていた。

 その間ハグリッドは歯を食い縛り、泣いて送るまいと、泣いて逝かせまいと耐えていた。

 

「急すぎるな、親父よお」

 

 ほとんど埋まった棺を眺めながら、ハグリッドは努めて気軽に呟いた。

 

「簡単に死ぬタマじゃないって言ってたろ、え?見えねぇが情けなくて仕方ないだろ?

 へん、この前まで俺に棚に置かれても、大笑いして楽しんでやがった癖によ」

 

 声色は明るいが、ハグリッドはさらに顎に力を込めた。

 

「いっつもゲラゲラ酒飲んでてよ。

 未成年の俺にまで薦めやがって、きっと満足して死んだんだろうな」

 

 棺が完全に埋まり、ハグリッドがスコップを地面に突き立てた。

 

「・・・馬鹿野郎」

 

 ハグリッドは努力した、しかし耐えられなかった。

 天を仰ぎ、盛大に男泣きするしか無かった。

 

「親父が死んだら、俺ァ世界で一人ぼっちなんだぞ!

 何で死んだんだよ、バカヤロォォオッッ!!」

 

 半日、ダンブルドアに慰められるまで、ハグリッドは吠えるように泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツに戻ってもハグリッドは立ち直れなかった。彼は天涯孤独となった、なってしまった。

 仲の良い生徒たちは彼を気遣ったが、それでも彼の心は癒えなかった。

 父親の笑顔と、静かな亡骸が忘れられなかった。

 朝食を隠し持っていく際も、彼は沈んだままだった。

 

「・・・ハグリッド?どうした?」

 

 アラゴグの廃倉庫には先客が居た。トム・リドル、彼の先輩の一人だ。

 アラゴグの存在を学校に知らせず、一番にアラゴグの養育に賛成した男だ。

 

「・・・何でもねぇよ」

「嘘をつくな、それはうちひしがれた顔だぞ」

「カシャ、ハグリッド、どうした?カシャ」

「何でもねぇんだ、ほっといてくれ」

 

 ぶっきらぼうに言い放つハグリッド。

 しかしアラゴグは4本の脚でハグリッドを抱き寄せ、不器用に彼を抱き締めた。

 

「カシャカシャ、無理をするな、友よ。

 私達は相談に乗る、乗ってみせる」

「聞くだけ聞かせるんだ、ハグリッド」

 

 その優しい言葉に、ハグリッドは再び泣いた。泣きに泣いた、もう涙は止まらなかった。

 ハグリッドは話した、父の悲報を。自分が孤独になり、一杯一杯である事を。

 しばらくして、ハグリッドは目頭をこすり、二人に礼を言いながらアラゴグから離れた。

 

「すまねぇ、だが楽になった、ありがとうな」

「気にするんじゃないハグリッド。

 自分の持ち物だ、大事にすべきだろ」

 

 リドルが何を言っているのかは理解しかねたが、自分を気遣った一言だと合点した。

 ルビウス・ハグリッドは天涯孤独となった。しかし、断じて一人ぼっちでは無かった。

 少なくとも、彼の中では、絶対に。



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15話 旧秘密の部屋事件 前編

これより本番地獄道中、タグの注意フル活用、そして加速するヨーテ嬢の不幸。展開の質問等には一切お答えできかねます、どんなに原作人物やヨーテ嬢がひどい目にあっても構わないという方は、共にお辞儀をしましょう。



 女子トイレ内に、男の子が居た。

 端正な顔立ちを愉悦に歪ませて、女子トイレ中央の手洗い場前に佇む彼はトム・リドル。スリザリン一の優等生で5年生の監督生も務めている。そんな彼は人の声とは思えない、シュー、シュー、と、奇妙な音を口ずさんだ。

 

『開け』

 

 彼はその奇妙な音で、この意味を持つ言葉を発した。

 すると奇妙なデザインだった手洗い場が、石の擦れる音と、物が軋む音が響かせその姿を段々と変えていく。

 

「ククッ、クククッ」

 

 リドルの前に現れたそれは、入口であった。地下へと続くトンネルのような穴、これこそ彼の求めていた門、彼の求める物への道のり。

 彼は迷いもせずに穴に飛び込んだ。

 中は滑り台のようになっており、彼はかなりの速度でその先の広い場所に放り出されたが、慣性を無視したように見事に着地してみせた。

 足元の鼠の骸を踏み散らし、水道管と思われる道を進むリドル。その間も彼はねちっこい微笑みを絶やさなかった。

 

「・・・見つけた」

 

 彼の前に現れたのは、不気味な扉だった。

 蛇を象った彫刻の前で、彼は再び音を発した。

 

『秘密の部屋よ、開け』

 

 その言葉に反応し、門が埃を立てながら開く。

 

「ッハハ、ハハハハハッ!」

 

 彼は堪えきれずに高笑いし、その先の広い空間に彼は思わず走り出した。

 

「やった、ついにやった!見つけたぞ、アハハッ!」

 

 両手を広げてダンスのように回りながら、奥の巨大な人の顔の像に向かうリドル。

 彼の求めていた場所、サラザール・スリザリンの残した遺物、秘密の部屋、スリザリンの為の部屋。その深部に彼は今居る。その愉悦、その喜び、優越感、彼は生まれて一番幸福な気分だった。

 しかし、まだ封印は完全に解かれていない。

 

「さあご開帳、お待たせしましたスリザリン。あなたの継承者が今、参りました」

 

 人の像に向かって芝居じみた一礼をしてから彼が厳かに、件の音、つまり、サラザール・スリザリンと同じ蛇語を話した。

 

『スリザリンよ、ホグワーツ四強で最強の者よ、我に話したまえ』

 

 人の像の口がゆっくりと開いて行く。リドルはその瞬間、目をつぶった。

 これから現れる者の目を見てはいけない、それは目を見た者を確実に殺してしまう化け物、例え継承者と言えどそれに例外は無い。

 何か巨大な物が地面をはう音を聞きながら、リドルは背にゾクゾクとした喜びを感じていた。

 

『継承者様、御目をお開けください』

 

 腹底に響くような低いトーンの蛇語が聞こえる。リドルは目を開けて、その顔を歪ませた。

 毒々しく輝く鱗がびっしりと並ぶ胴体、とぐろを巻いてようやく視界に収まる巨体、尾の辺りで隠された目元には、恐らくは生き物を一睨みで殺してしまう魔眼。そして魂を蝕む忌むべき毒を垂らす、子供の肘から先と同じくらいありそうな一対の牙。

 

『お待ちしておりました、スリザリン。

 貴方に仕えしバジリスク、ただいま参上しました』

 

 スリザリンの忠実な怪物、バジリスク。

 スリザリンの下僕にして蛇の王と呼ばれる化け物が、リドルにこうべを垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、私コレまずいと思うんだ」

「・・・いや、ウン、そうだな」

 

 この前まで大型犬くらいだったアラゴグがさらに一回り大きく成長していた。ここまで来ると吐き気もおきないな。そろそろ隠すのも無理臭くなってきた、しかもこの蜘蛛、最近は様子がおかしい。

 

「カシャ、ハグリッド、頼む、私をここから出してくれ、頼むよ」

 

 どうにも落ち着いていない、何かを恐れてる。でも何にビビってるのかは教えてくれない、うーん、面倒な蜘蛛野郎だな。

 

「アラゴグよう、オメェが見つかったらヤバイんだ。

 どうか分かってくれ、まだ大人しくしてくれ」

「カシャカシャ、しかし・・・」

「ハグリッドが育ててくれたのに今さらワガママかよ、呆れた糞蜘蛛だな。

 リドルが聞いたらブチ切れそうだ。お前なんか要らないー!ってな」

 

 俺がにやけながら罵倒してやると、奴は不満そうに鋏を鳴らしながら大人しくなった。

 

「そういえばリドル最近は来ないよね」

「監督生だからだろ?それよりハグリッド、確かにコイツもうここには置けないよ。箱かなんかで隠して連れ出さないと。」

「うーん、やっぱりそうだよなぁ・・・」

 

 腕を組んで唸るハグリッド。流石に限界だろ、隠しきれないぞ。

 このままだと見る見る象くらいになっちゃう、その前に手を打った方がいいだろ。

 

「まあ、次にでも運び出そうか。今日は帰ろう、箱を探さないと」

 

 アラゴグに別れを言ってから俺達は寮に戻る、しかしな、あの蜘蛛何にビビってるんだろ?

 この時期何か起こったかな、思い出せない。何もないといいんだけど・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バジリスクは苛立ちながら校内のパイプの中で校内の様子を眺めつつ、移動し続けていた。

 行動は起こさない、リドルに命令されたからだ。

 あの青二才は、自分を部屋から解放したが、話だけ聞いて何もするなと部屋を出た。

 しかも自分をパイプの道を戻るための乗り物にまで使う始末。バジリスクは猛った、自分はそんな扱いをされるそこらの家畜のような生き物では無い。

 自分は誇り高きスリザリンの怪物、スリザリンに仇なす愚か者を絶滅させる者、昔からそうだった、そうである筈だった。

 だのに、眼前に汚い混血共を捨て置いて、ただパイプを這っていなくてはならない。

 

ーー青二才めが、睨み殺してくれようか。

 

 悪態をつきながらバジリスクはそう思った。

 パイプの隙間を覗いて廊下を眺めると、ああ、目の前に汚い血の童が一人。

 殺してしまいたい、睨み殺してしまいたい、偉大なサラザール・スリザリンの思想を汚す輩を自分の魔眼で、毒牙で、太い胴体で、長らく苦しめて殺したい、我が主の為に。

 

ーー一人くらい、構わんよな?

 

 バジリスクはパイプの隙間から身体を伸ばした。狙うは鏡を持った一人の生徒、殺しはしない、殺せば己の仕業とバレる。鏡に己が映るように移動し、鏡に向かって一睨み。

 

「ヒッ!?ガ・・・ッ」

 

 生徒は魔眼で死にはしなかったが、それでも彼の目を通じて脳に達した魔力が、彼を石のように固めてしまう。

 

ーーああ、なんと歯痒い。

 

 パイプへと身体を戻すバジリスク。今噛みつけば確実に殺せる、巻き付けば簡単に砕ける、しかし出来ない、リドルに命令されたから。

 ああ、小僧め、殺してしまおうか。

 現場を眺めていると、生徒が一人やってきた。生徒は石になった子を見ると、腰を抜かして助けを求めながら廊下を這って行った。

 

ーーはっは、穢れた血めが、愉快愉快。

 

 バジリスクはパイプ内で、その様を見て機嫌良くとぐろを巻いて、場を観察した。

 

ーーせいぜい恐れおののけ、継承者の敵よ気を付けよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道に人だかり、しかも回り道なんてありません。うわぁ、トラブルの予感、嫌だなぁ。

 

「ひぃっ!?グリンデルバルド!?」

「通せ、邪魔だよ」

 

 生徒を押し退け人だかりを掻き分ける俺。でかいって便利、通勤ラッシュが大変だったリーマン時代が懐かしい。

 さて、人だかりの真ん中には何がある・・・?

 

「は?」

 

 そこに居たのは、ハッフルパフの生徒だった。

 鏡を持ったまま、石のように固まって地面に倒れている。

 

「何だこれ、ヨーテ、何だよこれ!?」

「し、知らない、何が起きて・・・?」

 

 待てよ、この現象に見覚えがあるぞ。

 間違いない、秘密の部屋で起きてた怪事件だ。今回は血文字は無いらしいが関係ない。

 

「どうしたんだ、通してくれ、僕は監督生だ!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえる、振り替えるとリドル坊やが人波を掻き分けていた。

 

「一体何をしているんだ、何があった?」

 

 リドルが石になった生徒を見た途端、唖然とした。そりゃそうだ、こんなもん驚いて当然だ。

 

「皆散って、散るんだ!先生を呼ぶ!全員寮から動くんじゃない!」

 

 リドルが鋭く指示を出すと、生徒達がそれぞれ集団で固まりながら寮に帰って行く。

 

「何でだ、どうしてこんな、ありえない・・・」

 

 完全に狼狽えてブツブツと呟くリドル、我らが優等生もお手上げか、参ったな。

 どうにも原作の展開が思い出せない、思い出せればどうすべきか分かろう物を。

 

「なあ、犯人アイツじゃないかな?」

 

 遠くで生徒の一団が俺を指差して言っ・・・は?いや、何で俺がこんな事すんだよ。

 ガキ共が一斉に俺を見る。やめろ、違う、違うだろ、俺じゃない。

 

「闇の魔法使いの娘め・・・何をしたんだろう」

 

 最悪だ、すっかりそんな目じゃないか。

 かなり遅れてやってきたのはメリィソート先生だ。石になった生徒を見るなり目の色を変えて、他の先生を呼ぶようにリドルに指示を出した。

 それに従い先生方を呼ぶリドル、メリィソート先生は生徒の瞼を覗いたり脈を測ったりして状態を確かめた。

 

「生きている。が、石になっているな」

 

 やっぱりか、死んでなくて良かったな。

 俺も戻ろう、襲われるのは混血だけらしいが俺は純血かどうか分からない、危険だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 談話室はそれは静かな物だった。しかしガキ共は俺に気付くなり身を寄せあって、集団で俺を睨み付ける。

 ああ、もう最悪だっ、何でこうなるんだよ。

 

「何だ?何で私を睨むんだ?ん?」

 

 半分ほど激昂しつつ彼らを睨み返すと、怯まれたが一人が言い返してきた。

 

「何故って、お前が犯人だからだよ!

 ヨーテリア・グリンデルバルド、あれはお前の仕業だな!?

 お前は闇の魔法使いの娘だ、人を石にするなんて造作も無い筈だ!」

「私じゃ無いッ!私はあの場に居なかっただろ!?」

「じゃあ使い魔か何かを使ったな!?

 一年前から校内に怪物が居るって噂がある!そいつを使って、離れた場所から・・・」

「全部ッ!私のッ!せいか!もういい!」

 

 ソファーを蹴っ飛ばしてそいつを罵倒し自室へと戻る俺。話しても無駄だ、奴等は俺の話なんか聞かない、聞いた(ためし)が無い。

 ベッドに教科書を投げ込み、深々とイスに座る。ああ、幸運薬残して今日使えば良かったな。

 しかし、一年前から怪物の噂が、ね。間違いなくアラゴグだろう、やばいな、ハグリッドにアラゴグを逃がすよう言っとかないと。

 多分校内も調査する筈だ、見つかりかねない、見つかったら犯人扱いは確定だろう。

 魔法生物に常識なんか通用しない、だから明らかに事件と関係ないアラゴグでも余裕で生徒を石にしたって罪状がついちまう。

 

「クソッ、クソッ!」

 

 ああそれにしてもムカつく、何で俺が犯人扱いなんだよ、流石に先生方は真に受けないが、過ごし難くなる。

 ・・・どうにか、潔白を証明できない物か。

 ベッドに寝転がりピーちゃんを眺めながらぼんやりと思考に耽る俺。どうもしなくていい、ほとぼりが冷めるのを待とう、今回は俺が乱入したって何も無い筈だ。経緯は思い出せないが、今回の件は解決するんだから。

 俺の知らない所で全部終わってくれ、そう願いながら俺は、苛立つ気持ちを押さえてウトウトと、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゅるり、しゅるりと、パイプの中を徘徊する者、バジリスクは学校が混乱する様を愉快そうに眺めた。

 途中青臭い継承者様を見かけたが、憤怒の形相を浮かべながら様々な場所を行ったり来たりし、教員を集めつつ時折自分の通り道であるパイプの辺りを睨み付ける。

 恐らくは自分の仕業だとバレたのだろう、何も問題は無い、バジリスクはそう大口を開けた。

 校内を見て回る内に、一人の少女に目が向いた。

 

ーー純血、それも古いものか。

 

 童の集まる談話室にて、ソファーを蹴っ飛ばした少女、皆が怯えて固まるのを一瞥し、自室へと戻った。

 バジリスクは面白い女だと思ったが、それより先に、恐ろしい顔をして彼女を品定めした。

 

ーーああ何と旨そうな、しかも孤独、無防備だ。

 

 その強気な立ち振舞い、清らかな肌、髪、あれの泣き叫ぶ様を眺めながら手足を引き千切り、丸飲みにしてみせたらどんなに美味だろう。

 

ーーああ、食らいたい、あの小娘を食らいたい。

 

 自然と胃が食物を求める、久し振りの飢えがバジリスクの正気を削っていく。

 

ーー小娘、背後に気を付けよ。私は常にお前を見ている。

 

 その大口を開けて眠る少女を眺めるバジリスクは、まるで笑っているような顔をしていた。



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16話 旧秘密の部屋事件 中編

前編と後編じゃ足りる気がしなかった、反省はしてるんです。


 生徒が石になってから一晩、俺、ヨーテリアさんの生活環境は変わった。

 まず廊下に出る度にすれ違った生徒が悲鳴をあげ、下手をすると集団から呪いが飛んでくる。

 それを避けるために誰も居ない道を遠回りし襲撃者共に襲われいらない疲労を得る。ははっ、事件の次の日のお昼だぜ?これ。

 襲撃者に真っ赤に腫れさせられた右目の周囲を包帯で応急処置しながら、次の授業に向かう為のまわり道をする俺。

 フィルチおじさん?危ないから側に置けないよ。

 ああ最悪だ、何だって俺がこんな目に遭うんだ、本当に何もしてないし関係ないのによ。

 それより、この道だと廃倉庫が途中にあるな、ハグリッドが都合良く居るといいんだけど・・・。

 廃倉庫を覗くと、やっぱり居たなハグリッド。

 

「ヨ、ヨーテ?その目どうしちまった?」

「昨日の事件知ってるだろ?犯人扱いされてる

 それよりハグリッド、アラゴグだよ。早くどっか逃がした方がいい」

 

 率直に言ってやるとハグリッドは渋い顔をした。

 

「この危険な時に、アラゴグを出したくねぇ

 犯人に狙われたらどうすんだ?こんなに小せぇのに」

 

 何を言ってるんだよこのデカブツは!一般的に見たら馬鹿みたいにデカイよ、言っちゃ悪いが何も知らずにこの蜘蛛見たらむしろ犯人ご本人にしか見えないくらいだよ!

 

「ハグリッド、アラゴグが見つかったらどうする。

 先生方が血眼になって犯人を探してる筈だ、勘違いされて捕まったらヤバいんだぞ」

「そ、そうかもしれんが・・・」

「カシャ、ハグリッド、私からも頼む、カシャカシャ、私達の恐れる者がすぐそこにいるんだ。

 私は怖い、カシャ、今すぐ遠くへ逃げ出したい」

 

 アラゴグが慌ただしく鋏を打ち鳴らす、コイツが怯えるのは正直理解に苦しむが、この糞蜘蛛が見つかったらまずいのは確かだ。ナイスな助け船を寄越したな、アラゴグ。

 

「ぐっ・・・だ、だがよ!せめてだ、せめて今日は様子を見させてくれ。

 ホントにアラゴグが危ねぇと思ったら、すぐにでも禁じられた森に逃げてもらう」

「私はいいけど、いいのか?アラゴグ」

「カシャ、ハグリッドは親友だ、任せる」

 

 まあ、コイツらがいいならいいか、俺があれこれ決めたって仕方ない、それに俺が心配なのはハグリッドだけだし。

 

「じゃあ今日は様子見だな?結構、ならすぐに離れよう。糞蜘蛛、見つかるなよ」

「おう、アラゴグ。また来るからな」

「カシャ、さらばだハグリッド。

 奴は近くにいる、カシャ、気を抜くんじゃないぞ」

 

 アラゴグとハグリッドと別れ授業に向かう俺。奴が近くに、ねぇ。

 あの糞蜘蛛がビビるような化け物がそう簡単に校内を彷徨けるとは思えないんだが。

 

「おわっ」

 

 しばらく歩いた廊下の角にて、女の子が胸にぶつかった。

 

「どこ見て歩いてんのよ!?この乳袋!

 うわぁぁぁん!みんな鬼畜、畜生よぉぉっ!」

 

 俺を罵倒した後にトイレに走る女の子、なんか見覚えあるけど何だったんだアレ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイブンクロー生、マートルは嘆いていた。

 自分のにきび面や地味顔、眼鏡は認める、しかしからかう事は無い筈だ、断じて。

 

「オリーブ・ホーンビー!何て酷い奴なの!

 私の眼鏡を馬鹿にして、酷すぎるわ!

 鬼よ!鬼畜、外道、マーリンの髭だわ!」

 

 涙目になりながらいつも利用するトイレに走る、角を曲がろうとすると何かに押し戻された。

 

「おわっ」

「どこ見て歩いてんのよ!?この乳袋!」

 

 自分と衝突した背の高い女生徒を罵倒し、わんわんと喚きながらトイレに駆け込むマートル。

 一番奥の個室に飛び込み、鍵をかけて静かに泣いた。

 

ーー酷いわ、酷すぎるのよ、みんな畜生よ。

 

 ここしばらくの不運やからかいを嘆くマートル。

 外見を馬鹿にされ、からかわれ、変な背の高い女に絡まれたり、糞爆弾に被弾して地獄を見たりといい事が無い。

 最早、この個室で泣くのが彼女の日課だった。

 

ーー畜生、外道っ、みんな神様に叱られ・・・あれ?

 

 マートルはトイレに人が入ってくる気配を感じた。

 足音は一人、それ自体は問題無いのだが、何故水も出さずに手洗い場で立ち止まっているのか。

 しかも何か英語以外の言語を喋っているようだが、あれは女子の声では無い、男子の声に違いない。

 

ーー男子が女子トイレで何してるのよ!男子トイレを使えばいいじゃないの!

 

 マートルは不快感と苛立ちに震えた。

 

ーー絶対に文句言ってやるわ!見てなさいよ!

 

 そう思いながら彼女は、個室の鍵を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トム・リドルは猛り狂っていた、勝手に生徒を襲い学校を混乱に陥れた、己の下僕である筈の蛇の王への怒りに我を失っていた。

 奴をどうしてくれようか、そう考えながら彼は秘密の部屋の門がある女子トイレに駆け込んだ。

 

『バジリスク!バジリスク!何をしてる!?早く出てこい!この、聞こえているのか!』

 

 女子トイレに入るなりリドルは手洗い場に直行し、怒りに体を震わせながら蛇語でバジリスクを呼んだ。

 しかしあの大蛇は中々パイプから顔を出さない、おかしい、継承者の呼び掛けにはどこからでも馳せ参じ、その意向に従うという存在なのに。

 

『このッ・・・バジリスク貴様!どこに居る!継承者を蔑ろにするのか!?』

 

 憤怒に身を任せ声を荒げるリドル、すると天井のパイプから嘲笑うような腹底に響くような、低い含み笑いが聞こえた。

 

『お心安らかに継承者様。あなたが下僕、蛇の王バジリスク、ただいま参上致しました』

 

 天井から尾で目元を隠したバジリスクが降りてくる、リドルは再び怒りに身を震わせた。

 

ーー何の悪びれも無く、しかも(上から)だと・・・ッ

 

 どこまでも不遜なその態度を示しながら悠然とその巨体をとぐろに巻くバジリスク。

 

『申し訳ありません、何分近場で鼠を追っておりまして』

『鼠より継承者を優先しろ、愚か者』

『何分、(うまそうな)鼠だった物で。

 して、ご用件は何でしょうか?』

 

 白々しくリドルにこうべを垂れるバジリスク。リドルは大蛇を指差し弾劾する。

 

『貴様、僕に背いて生徒を襲ったな!?あれほど、行動を起こすなと言ったのに!』

『はて?私にはなんの事やら』

 

 くっくっと、笑いながら言うバジリスク。

 

『何を白々しい、こんな騒ぎを起こしておいてッ』

『私はスリザリンの名の元に穢れた血を粛清しようとした、それまでの事。本当ならば、お前とて・・・』

 

 リドルに顔を近づけ声を低くするバジリスク、しかし突然トイレの奥を向いて大口を開けた。

 

『そこに居る者は誰だ!』

 

 リドルが奥の個室を見たその瞬間、個室が勢いよく開いた。

 

「出てってよォッ!!」

 

 個室から出るなり大声をあげた女子生徒、その目の前にバジリスクが躍り出た。

 

「かァ・・・ぐ・・・?」

 

 女子生徒は、目の前の蛇の王の最悪の魔眼を、直視してしまった。

 生徒はぐらりと揺れたかと思えば、人形の糸が切れたように床に崩れ落ちた。

 女子生徒、マートルは実に呆気なく、脳を魔眼に焼き切られて死んだ。

 

「あッ・・・ああっ!?」

 

 マートルが崩れ落ちる瞬間を目の辺りにしリドルが目を見開き、バジリスクを見た。

 

『貴様ッ、そいつを、殺したな!?』

『クカッ、クカカカカカァッ!!』

 

 バジリスクがマートルの死骸を一舐めし、大笑いした。

 

『いやいや、我らの話は聞かれてはまずい、この件はどうか目をつぶって、いただきたい。

 では、私は鼠を追いに戻ります故。継承者様、どうかお健やかに・・・』

 

 高笑いしながらバジリスクがパイプに戻り、女子トイレから去っていった。

 残されたのは哀れなマートルの亡骸と、呆然と立ち尽くすリドルのみ。

 

「なんて・・・こんなの・・・まずい」

 

 冷や汗が止まらない、なんという事か。

 彼は人が死んだ事に焦っている訳では無い、自分の所有物でも無い彼女なんてどうでもいい、問題はバジリスクが死体を作ってしまったという事。

 間違いなく大騒ぎになる、大事件だ、犯人だって探される、他の教師ならともかくダンブルドアを騙しきる自信は彼には無い。

 

「なんとかしなければ、なんとかしなければ・・・ッ」

 

 焦る気持ちを押さえられぬままリドルは女子トイレを出た。

 その間もマートルは、真っ白になった目で虚ろに天井を見上げ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業途中にて、廊下ダッシュなう。

 俺、ヨーテリアさんは今トイレに向かっている。

 ストレスを抑えるために飲んでいた大量の紅茶が最後の授業中に裏目に出てしまった。

 膀胱じゃなくて喉だ、言ってしまえば吐きそう、吐きそうな位紅茶飲む奴なんて俺くらいだよな。

 もう喉元まで紅茶が戻ってきてる、やばい。

 かなり走ったがようやく女子トイレが見えてきた、うおお間に合え、間に合っておくれー!

 トイレに飛び込み、個室を見回す。

 

「は?」

 

 ・・・誰か、倒れてんぞ?奥の個室前で女子生徒が倒れていた。随分不自然な体勢だな、大丈夫かな?

 

「お前、大丈夫か?」

 

 歩み寄りながら声をかけるが全く反応しない、あれ?そういやあの眼鏡、どっかで見たような。

 

「・・・マートル?」

 

 こいつマートルじゃないか、昼時にもぶつかったような・・・

 何で、白目、剥いてんだ?

 

 

   「覚えてるのは大きな黄色い目玉が二つ

    体全体がギュッと金縛りにあったみたいで・・・

        ーハリーポッターと秘密の部屋、嘆きのマートルの台詞よりー

 

 

 

 

「あ・・・う・・・?」

 

 何だよ、今俺、何を思い出した?とにかくマートルを起こさなきゃ、揺すろう、マートルようトイレで寝ちゃダメだろ、早く起きろよ、なあマートルよう。

 

「マートル・・・マートル・・・ッ」

 

 なあ、飛行訓練の後絡まなかったの謝るから、糞爆弾の件も実は俺なんだ、なあ起きてよ、何で息してないんだよ。

 

「ゲホッ、ゴブッ!?おげぇぅ、おぐっ・・・」

 

 紅茶どころか胃液まで全部ぶちまけた。

 マートルが死んでる、それも秘密の部屋の怪物にやられて。

 思い出したぞ秘密の部屋の詳細、生徒を襲ったのは人ですら無い、秘密の部屋に住んでる、桁外れのバケモンだ。

 

「シュル、シュルル、シュー・・・」(自分から来てくれるとは、やれうれしや)

 

 ヤバい、何かが俺の後ろに居る、何かが、天井から垂れ下がって俺を見てる。

 

「う″あ″あ″あ″あ″ッッ!!」

 

 思わず目をつぶったまま駆け出した、アイツを見たら死ぬ、それだけは分かる!絶対に目を開けちゃならない!

 

「がふっ!?ひっ、ひぃぃっ!」

 

 壁に正面から激突し鼻が折れたが無視する、もっとやばいのが後ろから這ってきてる!

 壁伝いに廊下を走る俺、後ろからズルズル音がする、今どこに居るんだっけ、まだトイレか!?

 

「げぶぅ″っ、お″ごぉ″っ!?」

 

 突然横腹に固い何がが叩き付けられ、吹き飛んで地面を滑る俺。ふざけんな、今ので肋骨何本か逝ったぞ!

 

「ひぃぃっ、ひぅっ、死ぬ、死んじまうっ」

 

 無理無理立ち上がり壁を伝って逃げる。

 目の前で派手な崩落音、壁を壊したのか!?糞、コイツ、俺をなぶって遊んでやがる!

 

「誰か・・・誰かァ・・・死ぬ・・・殺され、ちまう・・・ゴフゥッ!?」

 

 やばい喉から血返吐がせりあがってきた、内臓までやられたのか、笑えないぞ。とにかく、逃げ、逃げないと。

 

「あ・・・あ?ああ?うああっ!?」

 

壁が、二回同じ方向に、直角に?行き止まり・・・っ!?行き止まりじゃねーか!?

 

「あ″あ″あ″っ!嫌だ嫌だ嫌だァァッ!!

 こっちに来るな、来るなァァッ!」

 

 バケモンが居るであろう方向に錫杖を振り回す、ああ、ズルズルと寄ってきやがる!畜生死にたくない、冗談じゃないぞ!

 ダメだ、無意識に目が、ビビって開く・・・。

 飛び込んできたのは新緑の鱗、幸い目は見えなかったがだから何だ、顔が見えないくらいデカイぞコイツ

 

 

 

        我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中で

        最も珍しく、最も破壊的であるという点で

        バジリスクの右に出る物は・・・

          ーハリーポッターと秘密の部屋、ハーマイオニーの残した紙切れよりー

 

 

 

 

 ははは、ご丁寧にどうも、俺の記憶。つまりあれだ、バジリスクが目の前に居たらもう助からない、そういう訳だな?

 

「ふざ、けんなァ″ァ″ッ!」

 

 いい加減にしろ、死ぬのも理不尽も!嬉しい事に俺の後ろは明るいんだ、つまり俺の後ろに、何があると思う!?

 

「〈エンゴージオ!〉」

 

 窓だよ、窓!筋肉を強化して窓をぶち破り城の外へと身を投げ出す! 

 どうやら塔に誘導されていたらしい、今は地上10階くらいの高さにいる。そのまま落ちたら死ぬな。

 

 そ の ま ま 、ならな!!

 

「〈プロ、テゴッ!〉」

 

 俺の右手へと錫杖を押し当てプロテゴを発動、出来なきゃ死ぬ、俺の研究途中の理論!プロテゴによる、肉体への装甲の付与!魔法の膜が俺の右手を優しく包み込む。成功だ、ならばやる事はひとつ!

 

 

 

 

 

 

 

 

   城の壁に、この右手を突っ込む!

 

 

 

 

 

 

 

「ル″、ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!!」

 

 落下中に壁へ腕を突き刺した瞬間、凄まじい摩擦と振動が俺の右腕をズタズタにしていく。

 しかしプロテゴの防護は本物、ズタズタになるのは皮膚ばかり。

 

「ぎっ・・・ぐぐ、う・・・」

 

 それでも地面に辿り着く頃には俺の右腕は関節部が振動で粉々になっていて、ぐにゃぐにゃとありえない動きをしていた。

 でも・・・俺は、生きてる!

 

「ハッハァ!糞蛇がァッ!してやったぞォォァッ!」

 

 塔の上を見ないようにしつつ中指を立てる俺、いやこんな事してる場合じゃないだろ。

 

「ダンブルドアっ・・・!」

 

 足を引き摺りながら校内のダンブルドアを探す、次に追われたら今度は逃げれないだろう。何よりあいつがバジリスクなら、早く手を打たないと大量に人が死ぬ、ダンブルドアに知らせないと、急げ俺!

 

「ダンブルドアァァッ!どこだァァッ!」




6月2日、欠如していた一文を復旧


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17話 旧秘密の部屋事件 後編

ダンブルドアに報告してめでたしめでたしな、訳は無い。世の中そこまで甘くは無い。
後悔する準備はいかが?さあお辞儀をするのだ。


 ヨーテリアが校内をさまよっている頃、生徒の授業も終わり引率を終えた教師達は、今後の方針を決めるために校長室へと集まった。

 しかし、その会議は穏やかな話し合いとはいかない。

 

「今すぐに学校を閉鎖するべきだ!生徒の安全が最優先、そうだろ!?

 理事会の決定なぞ踏み倒せ!何が閉鎖反対だ!」

「オッグ、君は早計に過ぎるぞ!私は様子を見るべきだと思うがね。

 もしかしたらまだ質の悪い悪戯かもしれん、何よりマンドレイクの在庫もあるんだ!

 被害者に話を聞けば犯人も割り出せようぞ」

 

 スラグホーンが猛る森番を戒めながら緊張した表情で言い放つと、メリィソートが無言で頷く。

 彼はホグワーツを閉鎖して問題を先伸ばしにするより、被害者を蘇生して犯人を割り出し即行の解決を図るべきと会議の前から譲らず、閉鎖後に生徒の家で個別に事件が起こる事を考慮し、教師が生徒を保護するべしと、ヘルベルトもそれを肯定した。

 

「先生方は理事会に従うのか?連中は現場を見ちゃいない!

 生徒達がどんなに怖い思いをしてるのか分かってないから閉鎖に反対してるんだ!」

「生徒が自宅で個別に襲われるかもしれん!我々教師が皆を守った方が安全だぞ!」

「それに閉鎖は問題の先送りだ、生徒が戻って来た時犯人が大人しくしている筈が無い」

「・・・アルバス、君はどう見る」

 

 頭を押さえて唸っていたディペット校長が沈黙を貫いていたダンブルドアに尋ねた。

 はっきり言ってディペットも閉鎖に賛成だ、魔法省もこれ以上何か起これば閉鎖すべきと言うし、何より彼は生徒が襲われるのを恐れていた。

 これは人(だけの)仕業では無い、ホグワーツの暗部、サラザール・スリザリンの遺物、秘密の部屋が間違いなく継承者によって開かれた。

 今回の襲撃は、秘密の部屋の怪物による物の筈だ、一番にそれを察知したこの男、ダンブルドアはしばらく目を閉じた後、重々しく口を開いた。

 

「わしは・・・」

「ダンブルドアッ!居るか!?」

 

 突然校長室の入り口から大声が響いた。そこに居たのはボロ雑巾のようになりながらも銀の錫杖を支えに歩いてくるヨーテリアだった。

 

「ヨーテリア!?何があったんじゃ!」

「私はどうだっていい、緊急なんだよ!

 生徒が一人やられた!私は見たんだ!」

 

 手を貸そうとするダンブルドアを振り払い、背筋の凍る報告を大声で叫ぶヨーテリア。

 

「やられた?ミス・グリンデルバルド、また一人犯人に石にされたのか?」

「そんなモンじゃないんだメリィソート先生!

 マートルが、マートルが女子トイレで殺された!

 しかも相手は人じゃない!秘密の部屋の怪物だ!」

 

 

 

 

 

「しかも相手は人じゃない!秘密の部屋の怪物だ!」

 

 まったく先生方が全員居て良かった!

 ダンブルドアが部屋に居なくてもしやと思ったけど予想通り校長室に集まってた、ありがたい!全部話しちまおう、あの蛇を始末してもらわないと。

 ・・・おい、先生方?何を呆けてやがるんだ。

 先生方は口を開け信じられないといった顔をした、でもダンブルドアと、ディペット校長は違った。

 ダンブルドア?何をそんな絶望した顔してんだ?ディペット校長も何だよその目は、何で俺を親の仇みたいな目で見るんだ?

 

「オッグ、メリィソート。女子トイレに行ってくれ。

 スラグホーン、ヘルベルト。君達は生徒を寮から動かすでない、急いでくれ」

 

 ディペット校長が指示を出すと、先生方が戸惑いながら校長室を出ていった。

 残ったのは俺と校長と、ダンブルドアだけだ・・・おい、何だよこの状況は。

 

「ヨーテリアや、一体、どうして」

「アルバス、黙っていてくれ。

 ミス・グリンデルバルド、君は秘密の部屋、しかもそこの怪物の仕業であると言ったね」

「あ、ああ。その通りだ校長。

 私を見ろ、私もこの通り派手にやられた」

 

 何をそんな分かりきった事を、それより対処だろ?一応もう一人の被害者が目の前に居るんだぞ。

 

「それはいつの事かね?君や被害者が襲われている間、誰も気付かなかったのかのう?」

「そ、そりゃ授業中だったから、誰も・・・」

「授業中に、女子トイレで、何をしていた?」

 

 校長が声を低くして俺に歩み寄って来た。

 おい何だよ、まじで何なんだ?校長、まさか俺を疑ってるってのか!?

 

「こ、校長、私じゃ無いぞ!?

 私も襲われたんだ、見ろこの怪我を!」

 

 肘や手首の関節が滅茶苦茶になってもはや使い物にならなくなった腕を見せた。

 

「しかし不自然なのじゃよ、秘密の部屋の怪物に、襲われて?そのまま校長室に来れた?君は随分と優秀だね、しかし教えてくれ」

 

 校長が俺の目の前に顔を寄せた。

 

「何故、君が秘密の部屋の存在を知っている」

 

 ・・・は?

 いや、だって、俺はハリーポッターと秘密の部屋の重要な部分の、詳細を思い出したからで・・・あっ。

 

「いや、そのっ、それは・・・」

 

 おかしいよな、おかしいだろ、だってこれは転生したからある記憶だ、転生したから知ってましたとか誰が信じるんだよ。

 

「う、噂を、聞いた、から」

「それはおかしいね、この事を知っているのは我々教師と、犯人だけの筈なんじゃがな?」

 

 誤魔化しも利かない、どうすんだよこれ、これじゃ俺が犯人て言われてるのと同じだ。

 ディペット校長が俺の肩に手を置いた。

 

「ひッ・・・!?」

 

 思わず情けない声をあげてしまう。

 

「とにかくその怪我だ、今は医務室で休みなさい。

 アルバス、彼女を連れていってくれ、私は魔法省と理事会に連絡せねば」

「・・・うけたまわった。ヨーテリア、来なさい」

 

 ダンブルドアに連れられ医務室に向かう俺。やばい口が乾く、心臓の音がデカく聞こえる。

 

「・・・ダンブルドアっ、私はっ」

「ヨーテリア、安心するのじゃ。

 君がどうこの件を知ったかは分からん、しかしお主が犯人で無いのは確実じゃ。

 今は傷を癒しなさい、まずはそれからじゃ」

 

 俺を見もせずにダンブルドアは焦りながら呟いた。

 医務室に到着して奥のベッドに寝かされても、俺は犯人にされかねない不安で体が潰れそうだった。

 ああ、畜生、俺どうなるんだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 能面の様な顔をしながら、トム・リドルは秘密の部屋へ続く水道管内を重々しく、苛立ちながら歩いていた。

 バジリスクは生徒を殺した、学校は間違いなく厳戒体制に入る。

 自分も監督生であるが故に、引率に駆られ自由に動けなくなってしまう、そうなる前に秘密の部屋は閉じる。

 放置しておくとあの蛇は何をしでかすか分からない、これ以上騒ぎを起こされて調査されれば自分は無関係です、で通すのは無理だ。

 ただでさえダンブルドアが悪知恵を働かせ誰の仕業か勘づき始めているというのに。

 

「この・・・唐変木が、奴のせいだ・・・」

 

 無表情ながらに悪態をつき続けるリドル、間違いなく学校は閉鎖される、良くても自分は近々ある夏休みに孤児院に帰るハメになる。それだけは駄目だ、そんなのは嫌だ。

 

『開け』

 

 秘密の部屋の扉を開け、部屋内に入るリドル。

 まずは、バジリスクだ、あの畜生をこの部屋に閉じ込めなくては。

 

『バジリスク、出てこい』

 

 蛇語でバジリスクを呼んで数分、奥のパイプから不機嫌そうにバジリスクがその巨体をくねらせ現れた。

 

『何用ですかな?継承者様。

 取り逃した鼠を探していたのですが』

『バジリスク、秘密の部屋は閉じる事にした』

 

 率直にリドルは言い放つと、バジリスクは大口をあんぐりと開けた。

 

『継承者様、今なんと?何分蛇であります故、聞き間違えたやもしれません。

 たった今、秘密の部屋を閉じると?』

『その通りだ、貴様には再び部屋で眠ってもらう』

 

 そうリドルが言い放つと、バジリスクは数秒した後怒り狂った咆哮をあげ、尾で近くの床を叩き割った。

 

『ふざけるなよ小僧!私を目覚めさせておいて何もする事無く再び眠れだと!?

 もう我慢ならぬぞ!殺す、殺してやるぞ!毒で侵しその身砕き睨み殺してくれるわァッ!』

「〈インペリオ、服従せよ〉」

 

 リドルが静かにバジリスクに呪文を放った。

 禁じられた呪文の1つである魔法、服従の呪文を受けたバジリスクは全身から放っていた殺気を霧散させ、脱力する。

 

『スリザリンの像に戻れ』

 

 リドルが言い放つと、バジリスクは力無く頷き、部屋が開かれる前に封じられていた人の顔を模した像の口に入っていった。

 

『閉じろ』

 

 全身が収まったのを確認し像の口を閉じて、完全にバジリスクを像の中に閉じ込めた。

 秘密の部屋の部屋の入り口も同様に閉じて水道管を徒歩で戻っていくリドル。

 行きに滑ってきたトンネルには縄を用意しており、その縄を伝ってホグワーツへと戻っていく。

 

ーー部屋は閉じた、これ以上騒ぎは起きないが・・・。

 

 リドルはぎり、と歯軋りしながら思案する。

 学校の閉鎖は自分には大変不都合だ、もし犯人をでっち上げて逮捕させてしまえば事件はめでたく解決、自分はホグワーツに残れるが、しかしその人柱には誰を使うというのか。

 

「・・・ああ、居るじゃないか、うってつけのが」

 

 登りきった頃、リドルは一人と一匹の自分の持つお気に入りを思い出した。

 週に一回は問題を起こす問題児で、自他共に認める怪物愛好家のルビウス・ハグリッド。

 そしてハグリッドが密かに飼っている大蜘蛛、アクロマンチュラのアラゴグ、あれらを(使う)。

 ハグリッドが運動のつもりで放したアラゴグが、たまたま見つけた生徒を襲ってしまい、今日哀れな一人を殺してしまった・・・。

 飼い主のハグリッドは、犯人として責任を負うのだ。

 

「ククッ、我ながら出来すぎた話だな」

 

 今、怪物が見付かれば問答無用で犯人にされる、魔法生物には常識が通用しないからだ。

 アラゴグを殺す、ないし追い出して事件は解決、全ての責任はハグリッドの物となり、自分は英雄として奉られながらホグワーツに残る。

 完璧だ、とリドルはほくそ笑みながら寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドルの予想通り、朝に大広間で学校の警戒度を上げると発表された。

 女子生徒は事故で死亡したと伝えられたが、生徒達は犯人の仕業に違いないと恐慌状態だった。

 事故を防ぐという名目で生徒の引率が増やされ監督生の彼はその引率を任され動けないが、全く問題は無い。夕方に出歩く口実も用意してある。

 そうリドルは思いながら、ポケットの中の手紙を授業終わりに懐柔した教師のスラグホーンに渡す。

 

「ディペット校長に?構わんが、何の用事かねトム」

「僕の個人的な事で相談があるんです、どうしても今日中に校長とお話がしたくて」

「そうかね?うーむ・・・では夜に予定があるか私が校長に聞いておいてあげよう。

 うまく行けば校長に呼ばれるかもしれんよ」

 

ーー断るものか、何のために5年間猫を被っていたと?

 

 スラグホーンに礼を言いながら内心、リドルはセイウチのようなこの教師を嘲った。

 この学校で自分の思い通りにならない人間はとある生徒と教師の二人だけだ、それ以外の阿呆共は、優等生の肩書きのおかげで実に簡単に彼の要求を呑む。面白いくらいに。

 だから今日、ディペット校長は彼を呼びつける筈。

 

「アーガス、アラゴグはまだあそこに居るのか?」

 

 次の授業の最中、リドルは事件後から行動を共にしている彼の(お気に入り)のオマケ、スクイブのアーガス・フィルチに小声で尋ねた。

 

「ああ、朝方ハグリッドから聞いた。流石にもう逃がそうとしてるらしいぜ。

 でも引率から抜け出すのは不味いし危ないから、授業が全部終わったら一人で逃がしてくるとさ」

「そうか、分かった」

 

 リドルは笑いを堪えるのに必死だった。

 なんという巡り合わせ、なんという好都合、校長室の帰りに優等生は、偶然見つけた犯人と残虐な怪物を現行犯で逮捕し、全ては丸く解決する。

 なんと素晴らしく喜劇的で自然な筋書きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態は面白いくらいにうまく運んだ。

 呼びつけられた校長室のドアをノックしながら、リドルは慣れた様子で緊張した顔を繕っていた。

 

「お入り」

 

 ディペット校長の声を待ち、室内に入るリドル。

 

「ディペット先生、何かご用でしょうか?」

 

 リドルが訪ねると、校長は座るように促してきた。

 不安と焦燥の様は演技であると気付く事は無く、ディペットは優しくフェイクの相談であるリドルの夏休みの対処について、真摯に説明した。

 

「特別の措置を取ろうと思っておったが、しかしいまのこの状況では・・・」

「先生、襲撃事件のことでしょうか?」

 

 内心ほくそ笑みながら、リドルは校長に尋ねた。

 するとこの老害は、信頼する優等生へと生徒が殺された件や、魔法省の学校閉鎖案について、素晴らしくベラベラと話してくれた。

 

ーーかわいい物だな、校長ぉ?これで僕が事件の詳細を知っているのを、誰も怪しまない。

 

「先生、もしその何者かが捕まったら、もし事件が起こらなくなったら」

「どういう意味かね?リドル。

 何かこの襲撃事件について君は知っているとでも言うのかね?」

 

 ディペットの期待を籠めた言葉を、内心は思い通りの一言に大笑いしていたが、勤めて慌てた様子で簡潔に否定した。

 

ーー完璧だ、これで僕は何も知らないが、事件解決への意欲を持った優等生として扱われる。

 さあ後は、(偶然)アラゴグを見つけるだけだ。

 

 ディペットに促され、校長室を出たリドル。

 誰に見られてもいいように、深刻そうな顔をしつつ彼は廃倉庫へと向かっていたが、一番聞きたくない声に呼び止められ度肝を抜かれた。

 

「トム、こんな遅くに歩き回って、何をしているのかね?」

 

 アルバス・ダンブルドアが声色とは裏腹に、恐ろしく据わった目でリドルに声をかけてきた。

 

ーーこの老害が、嗅ぎ付けたのか!?

 

「はい、先生。校長先生に呼ばれたので。

 先生、学校は本当に閉鎖されるんでしょうか?」

 

 冷や汗を隠しながら、リドルは眼前の老人に尋ねる。

 するとダンブルドアは、一切目を逸らさずに、酷く淡々とした様子で口を開いた。

 

「ああ、おそらく閉鎖となるじゃろう。

 トム、君も孤児院に戻る事になるが」

「僕は、あそこには戻りたくありません、僕の家はここなんです」

 

 本心からの一言だった。変に考えて物を言えばこの老人は怪しみかねない、それは不味い。

 ダンブルドアは嘘を見抜く術に非常に長けている、そして嘘をついた時に揺れ動いた心を覗きその者の秘密を引きずり出す技術まで備えている。

 だから真実を織り混ぜねば簡単に追い詰められる、しかもこの老人は事件初期から彼を疑っていたのだ。

 苦し紛れの本音を言い放ち、様子を窺うリドル。

 ダンブルドアはしばらく黙りこんではいたが、やがてため息をつきリドルを見つめ直した。

 

「もう休みなさい、今の時期は危険じゃ」

 

 ダンブルドアに促され、その場を去るリドル。

 しばらく歩いて何の細工も尾行も無いのを確認し、リドルは満面の笑みを浮かべた。

 

「勝った」

 

 ダンブルドアですら、自分の思惑に気付けなかった。

 老害めがざまあ見ろ、これから事件は解決される、もうこのトム・リドルを犯人に出来る者はいない!

 

「こんばんは、ルビウス」

 

 廃倉庫の扉を開けながら、彼は暗い愉悦を感じていた。

 倉庫内には予期せぬ友人の登場に怪訝な顔をする人柱ハグリッドと、襲撃犯と(成る)アラゴグ。

 

「こんな所でオメェ、なんしてる?

 アラゴグは俺一人で逃がすってフィルチに」

「ルビウス、やはり怪物はペットに相応しくない。

 君は少し運動をさせるつもりだったんだろうが」

「は?」

 

 リドルの言葉に口をあんぐりと開けるハグリッド。

 しかしリドルは容赦なく言葉を畳み掛ける。

 

「襲撃事件が止まなければ、学校が閉鎖する話まで出ているんだ」

「ま、待てリドル、オメェが何を言いたいのか・・・」

 

 困惑した様子でリドルを見つめるハグリッド。

 しかしリドルの目がアラゴグに向いているのを見て、青ざめながらアラゴグの前に立ちはだかった。

 

「違う!こいつはやってねぇ!出来る筈がねぇ!

 オメェだって分かってるだろ、リドル!」

「死んだ生徒の親が明日学校に来る、せめて犯人の首を用意しなくてはな?」

 

 能面のような顔の裏に邪悪な本性を透けさせ、杖をハグリッドの後ろの、アラゴグへ向ける。

 

「カシャ、馬鹿な・・・っ」

「こいつは殺しちゃいねぇ!絶対やってねぇ!」

 

 涙ながらに訴えるハグリッドを眺めながら、彼は優しく、心の中でハグリッドに言い放った。

 

ーー嗚呼、それは問題では無いんだよ、友よ。

 

「〈アラーニア・エグズメイ!蜘蛛よ去れ!〉」

 

 リドルの放った呪文が、アラゴグを吹き飛ばした。

 地面に叩き付けられたアラゴグは、素早く体勢を立て直し全力で廊下を逃走する。

 

ーー殺すのは勿体無い、痛め付けて禁じられた森に。

 

「やめろォォォオオオ!!」

 

 ハグリッドがリドルへ襲い掛かり彼を突き飛ばす、しかしリドルは踏みとどまり逆に呪いを放つ。

 

「うおおお!?」

 

 全身が硬直し、身動きがとれなくなるハグリッド。

 そうしている間にアラゴグは廊下を駆け抜け、ついには見えなくなってしまった。

 

「アラ、ゴ、うぐ、うあ、あああっ!

 アラァゴォグゥ″ゥ″ゥ″ゥ″ッッ!!」

 

 親友の逃げた方向を見ながらハグリッドが絶叫する。

 その遠吠えのような嘆きを聞きながらリドルは冷たく微笑み、ハグリッドに呪文をかけ校長室へと、引き摺って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして犯人は杖をへし折られ退学となり、事件を解決した勇気ある若者は表彰され、秘密の部屋事件はめでたく終息した。



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18話 旧秘密の部屋事件 後日談

鬱展開にインターバル、閲覧はリラックスしてどうぞ。


 リドルが朝、事件を解決した功績を称えられホグワーツ特別功労賞を与えられた後、犯人に仕立て上げられ退学になったハグリッドは今後について話し合う為、校長室に呼び出された。

 

「先生ぇ、来ましたぜ」

 

 しゃがれた声でハグリッドが言い、ドアを開けた。

 中に居たのはディペット校長とダンブルドア、そしてちょうど報告に来ていた森番のオッグだ。

 ディペット校長がハグリッドに声をかける。

 

「ああ、ハグリッド。呼びつけてすまんのう」

「俺の今後について、たぁ聞きましたが」

 

 酷く落ち込んだ顔で呟くハグリッド。校長はため息をつき資料を覗きこんだ。

 

「ああ、君は怪物を解放した罪で退学になった、しかし生徒を襲ったのは怪物だ、君では無い。

 君とて悪気があった訳じゃなし、更正の余地はある、魔法省も理事会も同じ意見じゃ。

 君が犯人だとは公表しない方針で処理した、ホグワーツを出ても、頑張っていきなさい」

 

 ディペットは努めて優しい声色で語りかけたが、ハグリッドはボロボロと涙をこぼし、目元を覆う。

 

「ど、どうしたのかね?」

「む、無理です校長先生ぇ、先生方は知ってる筈だ。

 俺にゃ、半分巨人の血が、流れてやがるんだ!」

 

 しゃくりあげながらそう言ったかと思えば、ハグリッドは遠吠えのように男泣きに泣いた。

 彼はただのデカい少年では無い、彼の母親は巨人である、つまり彼は魔法族と巨人のハーフという訳だ。

 巨人とは残虐さと凶暴さで知られる種族、例え半分だとしても、その血が流れるハグリッドに世間が良い顔をする程、魔法界は優しくなかった。

 

「ここを出ても親父はもう居ねぇ!

 仕事のアテも無ぇし雇ってくれるたぁ思えん、ああ先生、俺ぁどうしたらいいか分からねえんだ!

 本当に、これから、どうすりゃ・・・?」

 

 両手で顔を覆い崩れ落ちてしまうハグリッド。

 ホグワーツを放り出されたら彼に行く場所は無い、それは見た目が大きくとも、10代の少年にはあまりにも残酷な現実であった。

 しかし、ダンブルドアはオッグに目をやった。

 

「オッグや、君は確かダームストラングからクィディッチの教官にスカウトされていたね?」

「え?ああ、来年辺り異動しようか考えてますが」

「よろしい。ディペット校長、そうなると森番の席が空きますな?」

 

 ダンブルドアがハグリッドの側に歩みより、彼の肩に手を置いて、こう言った。

 

「どうでしょう、償いもかねまして、このルビウス・ハグリッドを森番として、このホグワーツで訓練致しませんかね?」

 

 その場の全員、開いた口が塞がらなかった。

 何とか我に帰ったディペットは、大慌てでとんでもない爆弾を投下した老人に待ったをかけた。

 

「待て待てアルバス、幾らなんでもまずいじゃろ。

 生徒を死亡させた怪物を放してしまった男を森番にするじゃと?いやいや、そんなのは」

「全責任はわしがとる、何かあった際はわしも魔法省に出頭しブタ箱にでも入ろう、それなら文句は無かろう?」

 

 笑顔で言い放つダンブルドアに校長は頭を抱え、疲れきった表情で一言、呟いた。

 

「君に任せるよ、ダンブルドア」

 

 その一言を聞いた老人は、ハグリッドへと向き直り目元の涙を拭ってから、優しく肩を叩いた。

 

「森番は大変危険であるが、やれるかね?ルビウス・ハグリッド君」

 

 その言葉を聞いたハグリッドは、もう一度泣いた。

 感謝の気持ちで一杯だった、嬉しくて仕方無かった、自分は救われた、ホグワーツに残れる!

 ハグリッドはしばらく老人の手を取り、恥も外聞も無く、ありがとうと泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室にて、元リーマン現魔法少女な俺、ヨーテリア・グリンデルバルドは鬱だった。

 校長に医務室に放り込まれて一日がたった、犯人がトドメを刺しに来るかもしれないので医務室は基本面会不能、事件の状況が分からない。

 ダンブルドアは安心しろとは言っていたが、今の俺の産みの親はお辞儀クラスの極悪人、親が親なら理論で俺を疑う奴は馬鹿みたいに居る。

 下手をするとこのまま犯人にされちまうかも・・・。

 

「ヨーテリアや、起きているかね?」

 

 医務室の入り口が開きダンブルドアが歩いてくる、おい何だよその死んだ目は、やめろよ。

 

「違うぞ、私は犯人じゃないからな!?」

「知っておるよ、真犯人が見つかった。

 お主は無罪放免じゃ、疑惑は解けんがね」

 

 ま、マジで?俺は犯人にはされずに済むのか!?しかも無罪放免って、ははっ、マジかよ!疑われたままなのが痛いが、仕方ない・・・。

 

「犯人は君の友人、ルビウス・ハグリッドじゃった。

 秘密の部屋の怪物を匿っていたのが発見され、昨晩校長室に連行された後、秘密裏に退学処分となった」

 

 条件反射で錫杖を投げつけた、そりゃそうだろ、何でハグリッドが捕まってるんだよ!

 しかも匿っていた怪物って、アラゴグだろうが!

 

「何でッ、ハグリッドッ、なんだよッ!?どうトチったらそう解釈出来るんだ!

 第一、秘密の部屋の怪物が匿えるようなチャチなモンだと思うのか!?」

「やはりのう、わしも同じ意見じゃ」

 

 錫杖を無造作に掴みとり、ベッド横の椅子にどっかりと座り込んで俺を見つめるダンブルドア。

 ・・・今、なんて?

 

「アクロマンチュラが生徒を石化?何を馬鹿な、あれにそんな毒など無い。

 何と愚かしい、彼が犯人でないのは間違いないのじゃ、何が現行犯じゃ。流石に校長も愚が過ぎる」

 

 紛れもない怒りを籠めて捲し立てるダンブルドア、あまりの様相に口から言葉が出てこない。

 

「退学処分の後にわしが責任を持った。

 彼はホグワーツの森番として償いをする、そういう名目でここに残す事にしたよ。

 今は校外でオッグに訓練されておる筈じゃ」

 

 額を押さえながら言い終えたダンブルドア。

 愚痴みたく色んな事を言われて頭が追い付かないが・・・つまり、ハグリッドを庇ってくれたのか?

 

「は、ははっ、何やってんだよ、ダンブルドア」

「無実の者を不足ながら支援したのじゃ、それ以下でも以上でも無い。

 むしろ不足過ぎる、本当ならば退学の時点でありえんのじゃ」

 

 イライラとした顔で言い放つダンブルドア。

 この狸が、平然と何をやらかしてんだよ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばヨーテリアや、一ついいかね?」

 

 アルバス・ダンブルドアは目の前の少女に尋ねた。

 硝子玉のような目を向け彼を見る少女。実を言うと、ダンブルドアは彼女の位置を常に把握しており、彼女の無実は知っていた。

 しかしだからこそ、何故秘密の部屋の存在を、怪物の事を含めて知っていたのか分からなかった。

 

「君はどこで秘密の部屋の事を知ったのかね?」

 

 真っ直ぐ彼女を見つめて尋ねるダンブルドア。

 彼女は酷く狼狽え、目線を逸らしてしまう。

 

「君が犯人でない事は承知じゃ、どう言ったとしても、わしは君を信じるよ」

「言える訳、ないだろう」

 

 目を逸らしたまま、彼女は呟いた。

 

「信じる?無理だ、こんな頭のおかしい話は無い。

 秘密の部屋の事はもう聞かないでくれ、私はそれを話すつもりは絶対に無い」

 

 紛れもない拒絶。ヨーテリアは嫌悪感をさらけ出し頭を抱えながらダンブルドアの問いを拒否する。

 ダンブルドアはため息をつき、彼女の頭に手を置く。

 

「話さなくとも良い、顔を上げなさい。

 とにかく夕方には退院出来るそうじゃ、何かあればわしを訪ねなさい。君はわしの養子なんじゃからな?」

 

 彼女の頭を撫でてから、医務室を出るダンブルドア。

 ヨーテリアは秘密を教えてはくれなかったが、彼は彼女を信じていた。難のある性格はしているが、彼女は父親とは違う、奴のように残忍な子では無い。

 極秘の事を知っているから何だ?そんな物はどこから漏れるか分からないのだ、彼女はその漏れを見てしまっただけに違いない。

 

ーーそうじゃろう、ヨーテリアや。

 

 医務室の扉を一度振り返った後に、ダンブルドアは自室への歩を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石にされていた生徒も元に戻され、医務室で一人ギプスで固定された右腕を擦る俺。

 そろそろ日も沈む、ダンブルドアが言うにはもう退院しても構わないらしいけど、本当に大丈夫なのか?一回死にかけたんだけど。

 

「ヨォーーテェーーーェッ!?」

 

 ベッドから起きようとした瞬間に大声と共に医務室の扉が開いて、見知った顔が飛び込んで来た。

 フィルチおじさん?何をそんな慌ててるのかね。

 

「ダンブルドアから聞いたぞ!怪我は平気!?」

 

 ベッド脇に走ってきたかと思えば怪我人の俺の両肩を掴んで揺するフィルチボーイ。

 一応あばらも折れてるんだが、勘弁してくれ。

 

「アーガス、痛い、痛いよ」

「ご、ごめん、それより大丈夫なのか?

 犯人に襲われたって聞いたんだけど」

「手酷くやられたけど生きてる、大丈夫。

 手を貸してくれないか?外に行きたい」

 

 そう言うと喜んで右脇を担いでくれるおじさん。体が重いけどハグリッドの所に行ってみるか。

 ホグワーツには残れたけどやっぱり心配だ、本人もそうだけど、アラゴグは無事だろうか?

 もし死んでたら、精神的にかなりキツい筈だ。励ますか何かしないと一杯一杯になっちまう。

 フィルチおじさんに助けられつつ校外に出て、原作の小屋の方を目指す。

 丘のような場所に出ると成る程、禁じられた森の目の前に小さな小屋が立ってる。 

 外で作業はしていない、小屋の中か?

 

「ヨーテ、森番の小屋なんかに何の用?」

「ハグリッドが居る。話がしたい」

 

 フィルチおじさんを促し、小屋へ向かう。

 途中転びそうになったがなんとかたどり着き小屋の戸を錫杖で数度叩くと、程なくして戸が開いて野太い声が響く。

 

「おう、どちらさんだ?」

 

 戸の隙間からハグリッドが顔を覗かせ、俺達を見るや否やぽかん、と呆けた顔をしてみせた。

 

「ヨーテにアーガス、何でおめぇらが」

「ハグリッド、森番の小屋で何してる?」

 

 俺の脇から怪訝な声をあげるフィルチおじさん、秘密裏に処理するって言ってたしそりゃ知らないか。

 

「ルビウス、誰が来たんだ?」

 

 中からもう一人分声が響きオッグが出てきて、俺を見た瞬間に渋い顔をする。まあそうだよな・・・

 

「オッグ先生ぇ、こいつらは俺の友達なんでさ、様子を見に来てくれたに違いねぇ」

「友達、なぁ、まあいい。俺は報告に行かないと。

 中で休んでいって良いぞ、樽は開けるなよ?」

 

 そう言うなり資料と資材を持ち校内に向かう前任様。居ない方が話しやすい、ありがたいな。

 

「・・・あー、ヨーテは全部知ってる、って顔だな」

 

 ハグリッドが頭をかきながら呟いた。まあ、大体はダンブルドアから聞いたしな。

 

「本当に退学にされたんだな、ハグリッド」

 

 俺がぼそりと言うと、フィルチが目の色を変えてハグリッドへと食って掛かった。

 

「退学って、どういう事だよハグリッド!?

 犯人が退学になったって発表されたけど、何でお前が、そんな馬鹿な!」

「ハグリッドは犯人に仕立てあげられたんだ、アラゴグが見つかって襲撃犯にされた」

 

 俺が説明してやると、フィルチおじさんはふざけるなと近くの箱を蹴飛ばして怒る。完全に頭にきてるらしい、気持ちは分かる。

 

「アラゴグが、犯人だと、クソ、馬鹿な!しかもハグリッドを退学になんて、狂ってる!俺、校長室に抗議しに行ってくる!」

「やめろアーガス!大丈夫だ、大丈夫だから!

 俺はダンブルドア先生が助けてくださったからホグワーツに残れるんだ、そうだとも!これ以上先生に迷惑かけちゃいけねぇ!」

 

 ハグリッドが慌ててフィルチを止めると、顔を真っ赤にして怒っていたおじさんが我に返り、額を押さえて椅子に座り黙りこんでしまう。

 しばらくそっとしておこう、頭を冷やさないとな。

 

「本当なら追い出されても仕方ねぇんだ、リドルに捕まってアラゴグが犯人にされて、誰がどう見たって俺はもうおしまいだった。

 だのに先生は何かあれば自分がブタ箱に入るって校長を説得して、俺を森番にしてくださった。

 だからもう良い、これ以上は望まねぇ」

 

 穏やかに独白するハグリッド、ちょっと待てよ、今(リドルに捕まった)って、言ったのか?

 

「リドル?リドルの野郎か?アイツが?」

 

 よりによってリドルがハグリッドを捕まえたのか?あいつ、ハグリッドとアラゴグを売ったのか!?

 

「リ、ドル、あの、野郎ッ!!」

「ヨーテ、リドルを責めちゃいけねぇ!」

 

 机を叩いて勢いよく立ち上がった俺だが、ハグリッドに肩を掴んで再び座らせられた。

 何だよ!リドルの奴を叩きのめさないとだろ!?何で止めるんだハグリッド、しかも何で泣いてるんだ?

 

「あいつは、この学校に良かれと思ってやったんだ。

 生徒が襲われて、校内に魔法生物が居りゃ誰だってソイツを疑う、そうだろうが?

 アラゴグを疑って捕まえようとはしたがよ、それでもあいつは、情けをかけてくれたんだ!」

 

 涙ぐみつつ大声でリドルを庇うハグリッド、あの野郎が情けをかけた?何を言ってるんだ。

 

「突きだすなら死体を見せりゃ良かったんだ、あいつならやれる、簡単にアラゴグを殺せる!

 だのにアイツはやらなかった、追いもしなかった!

 アイツは、アラゴグを見逃してくれたんだ!」

 

 そう言ったかと思えば盛大に男泣きするハグリッド。

 確かにリドルならアラゴグを簡単に始末できる、逃げた大蜘蛛を追いかけるなんて朝飯前だろう。

 

「グスッ、退学にはなったが、アラゴグは逃げた!俺はアイツを恨んじゃいねぇ、断じてだ!」

 

 泣き腫らした顔のまま力強く言い放つハグリッド。なんともまあ、お人好しな男の子だわな・・・ハグリッドらしいと言えば、ハグリッドらしいけど。

 フィルチおじさんの肩を叩いて席を立つ、励ますとかお節介だったな、おいとまするかね。

 

「思い詰めて無くて良かった。アーガス、行くよ。

 じゃあねハグリッド、これから毎日来るからな」

「おう、また来いよ、二人とも!」

 

 ハグリッドと別れ、校内に戻っていく俺達。

 こんな経緯で森番になったなんて胸糞悪いが、多分ハグリッドは大丈夫だ、やってける筈だ。

 むしろやばいのは俺だ、先生方に疑われたままだしこれからどうなるんだか、胃が痛いなぁ・・・。

 とりあえずリドルは殴る、ハグリッドの為に。



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19話 許された男の子

申し訳ない、まだ旧秘密の部屋編なんです。


 ホグワーツの生徒達を守った英雄、トム・リドル。

 事件解決の功績を讃えて特別功労賞を受賞した日、教師陣からも賛美されつつも彼は多忙だった。

 

ーーああ、どいつもこいつも、邪魔をするな!

 

 彼はある物を作りたいのに、偽物の偉業を褒め倒し何かにつけて彼を呼び止める教師達のせいで作業が一向に進まず、彼は苛立っていた。

 彼らが見ている中作業は出来ない、当たり前だ、秘密の部屋を再び開くための特別な日記帳など人前で作っていい代物では無い。

 仮に見つかれば非常にまずい事になる、特にダンブルドアだ、あれに嗅ぎ付けられたら人柱は学校にめでたく凱旋、自分はブタ箱行きだ。それだけは避けなくてはならない、絶対に。

 だからこそ作業は早急に、隠密に行わなければ。

 授業後、図書館の隅に逃げ込み作業を進めた。

 保存がきくようにカバーやページ全体に細工を施し全ページに自分の意思を模造した記憶を植え付ける。何十とあるページにそれを全て行うのはいかに優秀な彼であっても、生半可では無かった。

 

「34ページ・・・まだ、半分か」

 

 ふと、図書館の壁にある時計を見ると、針は予定の時間まで残り数分の地点をさしていた。

 リドルはため息をついて、日記を懐にしまう。

 これから殺された生徒の親が会合に来る、仇を討った扱いの自分もそれに立ち会わなくては。

 

ーーあの蛇め、殺しておけば良かった。

 

 全ての原因たる狂った蛇の王を思い浮かべ、苛立ちを抑えきれず、ぎりと歯軋りするリドル。

 あの蛇が好き放題してくれたおかげで必死になって探した秘密の部屋は閉じてしまったし、自分は事後処理や隠蔽とスケジュールに追われ、自分で人柱に利用したとは言えど、数少ない素を出せる貴重な友と蜘蛛を手放すはめになった。

 今すぐ部屋を開けて殺してやりたい気分であった。

 実質今回の自分の利益は不要な特別功労賞に、確固たる物となった多くの教師からの信頼と山のようなスケジュールと作業だけ。

 彼からすれば不利益の塊だ、不愉快きわまりない。

 

「ロジエール、ドロホフ、ご苦労だった」

 

 勉強の邪魔が入ると嫌だ、そういう名目で近場で見張りをさせていた取り巻き達を散らし、図書館を出て会合のため校長室へ向かう。

 

ーーそういえば、フィルチは奴を見つけただろうか?

 

 血眼になって友人を探していた男を思い浮かべ、リドルはぼんやりとそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「校長、失礼します」

 

 校長室の扉をノックし扉を開けるリドル、中にはディペット校長と喪服を着た夫婦が居た。恐らくは生徒の両親、ウォーレン夫婦だろう。

 

「ウォーレンさん方、彼がトム・リドルですじゃ」

「すると、彼がうちの子の・・・?」

 

 ウォーレン婦人がリドルの目をじっと見つめる。

 リドルは努めて悲しそうな素振りをしつつしばらく婦人を見つめ返し、目を伏せた。

 

「娘さんの事は、御悔やみ申し上げます。

 もし、僕がもっと早く解決していれば・・・」

「君が悔やむ事は無い、リドル君」

 

 ウォーレン氏がリドルの肩に手を置いて首を横に振り、暗い顔を無理に微笑ませてみせた。

 

「むしろあのまま誰も事件を解決出来なければ、他にも何人もの子が亡くなっていただろう。君は皆を守り、マートルの仇を討ってくれたんだ。

 きっとあの子も君に感謝している筈だよ、本当にありがとう、リドル君」

 

 その言葉を聞いたリドルはウォーレン氏の手を取り厳粛に、深々とお辞儀をしてみせた。

 

ーー間接的にだが、あれを殺したのは僕なんだがな。

 

「ウォーレンさん方、わしからも御詫びを。

 娘さんを守れず、本当にッ、申し訳無いッ」

 

 ディペット校長が頭を下げ、夫婦に謝罪する。

 生徒の襲撃を止められず、挙げ句一人死なせ、その両親が今喪服を着て目の前に居るのだ。立つ瀬が無い、所の話では無い。

 

「彼が犯人を捕らえてくれなければ、わしらは解決どころか、尻尾すら掴めなかった。わしらが無力なばっかりに、かの子はッ」

「頭を上げてください。私達は断じて校長のせいだなんて思ってはいないんです。悪いのは犯人です、そうですとも。

 むしろ然るべき処罰を与えて下さった校長には感謝しているんです」

「ウォーレンさん・・・っ!

 申し訳無い、本当に申し訳無いッ」

 

 ウォーレン氏の手を取り、涙ながらに謝罪する校長。

 耐えきれなくなったのか、ウォーレン夫婦も涙を静かに流し、ただただ校長の謝罪を聞いていた。

 リドルもその場で胸に拳を当て、静かに黙祷する。

 

ーー犯人が目の前に居るのに、まるで茶番だな。

 

 唯一真相を知る彼は、優等生の仮面の下で目の前の大人達の様相を冷たく嘲笑っていた。

 

ーーもっと早く解決していれば?笑えるぞ、僕の所有物以外がどうなろうと知った事か。

 むしろ、よくもタイミング悪く居てくれたな、おかげで部屋は閉じなきゃならないし所有物を二つ使うハメになったんだぞ。

 仇を討った?その仇は目の前だ、馬鹿め!

 

 リドルは内心で散々に彼等を罵倒しながら、表面だけの黙祷を数分間続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会合を終えた後日、リドルは寝不足だった。

 校長達のあの様が長引き、部屋に戻ったのは夜中、作業を中断する訳にはいかないので同室のドロホフに邪魔しないよう伝え、夜通し日記帳に記憶を埋め込み続けた。

 

「なん、とか、終わった、ぞ・・・ッ」

 

 ふらりふらりと談話室へ向かうリドル。滅多にしない徹夜はひどく体に堪えた。

 とにかく顔を洗わなければならない。自分は事件解決の英雄、しゃんとしなければ。

 

「よう、リドル。数日ぶりだな、お前を日の出から待ってたぞ」

 

 洗面所に向かう途中、何者かに呼び止められた。

 振り返るとそこ居たのは見知った金髪長身の女と、付き従うアーガス・フィルチの二人組だった。

 

ーー何故、グリンデルバルドはボロボロなんだ?

 

 右腕の二の腕半ばから先をギプスで固め、錫杖を支えにようやく直立しているような様、そんな状態で無表情にリドルを見つめていた。

 

「犯人を捕まえたそうじゃないか、ん?」

 

 首を少し傾けて、硝子玉のような目で彼の顔を眺めるヨーテリア、感情が読めない。

 

「ああ、事件は解決した」

「そうか、ご苦労な事だなエリート坊や。

 ところで、ハグリッドが居なくなったそうだが」

 

 彼女はゆらりとリドルに近付き、ほぼ零距離で考えを読み取るように彼の目を覗きこみ、実に穏やかに彼に語りかけた。

 

「何か知らないか?トム・リドル」

 

 その態度からリドルは察した、この女は間違いなくすでに(それ)を知っており捕らえたのが誰か、何もかも知っている、余すこと無く。

 考え無しのヨーテリアの事だ、ごまかせば間違いなくやられる、しかも今は早朝、先生方が騒ぎを聞きつける事は、無い。

 

「・・・犯人はハグリッドだった」

 

 リドルはでっち上げの真実を話すことにした。

 

「ほお?」

「恐らく散歩に逃がしたアラゴグが襲撃者だ、女子生徒が死んだトイレと廃倉庫は近い。

 アラゴグが毒を持っているのは知ってるな?生徒は外傷が無かった、毒で死亡したんだろう」

 

 あらかじめ用意しておいた言い分を並べヨーテリアの反応を窺うリドル。

 彼女は少し顔を離して下顎を指で一撫でし、目を細め彼の顔を見つめていた。

 

「で、ハグリッドとアラゴグを売ったと?」

「その通りだ、被害者の為に突きだした」

 

 その言葉を聞いた彼女は静かにため息をつき、フィルチに支えの錫杖を預けた。

 

「リドル、よく聞け」

「なんだ?」

 

 リドルが返事をした瞬間、あろう事か彼女は腰を沈め、左腕を構え、大きくリドルへ踏み込んだ。

 その動き、正しく技術も糞もないただの殴打!

 

「歯ぁァ食いしばれェ″ァ″ァ″ア″ッッ!」

 

 全力の暴力が、リドルの頬に突き刺さり彼の脳を揺らし、ソファーへ崩れ落とす。

 

「あ″あ″っ、あばらがァ・・・ッ」

「ヨーテ何してるんだ!?立つのもやっとなのにそんな事したら怪我酷くなるよ!?」

 

 脇腹をおさえてうずくまっていた彼女はフィルチを振り払いリドルへと近付き、胸ぐらを掴んで引っ張り起こした。

 

「ハグリッドがどんなにあの糞蜘蛛をよ、大事に思ってたか知ってた筈だよな?それなのに予想だけ頼りに売ったんだな?」

 

 先程の怒りは静まり返り、静かに言い放つ彼女。

 ここまでしておいて目が据わったままだ、弁明しなければ不味い、殺される。苦し紛れでもいい、何か言わなければ。

 

「すまッ・・・すまなかったと、思ってる」

 

 ヨーテリアの目を真正面から見つめ返し、平静を保ったままそう呟いた。

 

「・・・え?」

「本当にすまなかったと思っている、でも僕は、早く事件を解決したかったんだ、同級生の無念を晴らす事で頭が一杯だった。

 ハグリッドにはすまなかったと思う、きっとあいつは、僕を恨んでるだろうな。

 叶うなら、僕は会って直に謝りたい」

 

 必死に今考えたでまかせを口走るリドル、ヨーテリアは目を丸くして固まっている。

 

「へぇー・・・それは・・・はぁ」

 

 リドルから手を離して考え込むヨーテリア。

 

ーー言葉を間違えたか、いや、これが最善だ。

 

 固唾を飲んで目の前の女を見つめるリドル、やがて彼女は真顔でフィルチに尋ねた。

 

「アーガス、オッグは壊れた壁直してたよな?」

「ああ、昨日も早朝に作業してたらしいよ」

「んじゃ、ちょうど良いのかな・・・アーガス、この馬鹿運んでくれ。森番の小屋行くぞ」

「合点。リドル、ごめんよ」

 

 フィルチが錫杖をヨーテリアに返しリドルを人さらいのように肩に担ぐ。

 そして三人は談話室を出て、校外へ向かう。

 

「お、おい!何故森番の小屋に連れていく!?」

「すぐに分かるよ、エリート坊や」

 

 ふらふらの状態で二人を先導しながら、ヨーテリアは振り返りもせずに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハグリッド!遊びに来たぞ!」

 

 エリート坊やを連れてな!開けるんじゃ!

 リドル坊やを連れて森番の小屋に来た俺達、あばらは死ぬほど痛いし目眩もするが無視する。

 教師?こんな朝っぱらに起きてるもんか。

 絶交するつもりで殴ったが予想外の言葉が聞けた、リドル坊やの言葉が本当なら、会わせてやる。会って謝れ、そうしたいんだろ?

 俺だって前世はそうしてきた、上司に客に部下に、自分が悪いと思ったら、必ず誠意籠めて謝ってきた。

 正しい正しくないは関係ない、気持ちの問題だ。

 謝りたいのをそのままになんて、馬鹿じゃないのか、悪いと思ったまま過ごすとか、修行僧かっての!

 

「ヨーテ?こんな早くになんして・・・リドル?」

 

 ハグリッドがリドルを見た瞬間、固まった。

 リドルは目を見開いて、ハグリッドを見つめている。

 

「何で、ここに、どうして」

「リドル・・・おめぇ、なんしてる」

 

 険悪な空気が流れていたので割って入る。

 

「ハグリッド、リドルが謝りたい事があるとよ。

 リドル、邪魔はしないから二人きりでどうぞ」

 

 リドル坊やを小屋に放り込んで扉を閉めた、俺達は見張りだ、誰も来ないことを願うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トム・リドルは焦っていた。

 何故人柱がこんな所に居るのだ、確かに退学になるよう仕向けた筈なのに。

 

「ダンブルドア先生に助けてもらってな、森番として残してくださったんだ。

 そんな事より、謝るってなんだ?英雄様よう」

 

 自分の考えを読んだのか分からないが、ハグリッドはぶっきらぼうに言い放った。

 

「まさか、アラゴグの事か?」

「・・・ああ、そうだ」

 

 自分がここに来た、それが知られてはならない、事が露呈すれば教師はこう思う、何故事件の犯人と、犯人を捕まえた英雄が密会しているのだ?と。

 それは不味い、怪しまれるに決まっている、だから彼は話を合わせる、穏便に済ませる為に。

 

「僕は、君を犯人として突きだした、事件を解決したい一心で、憶測でだ。

 結果君を退学にし、アラゴグと離れ離れにした」

 

そう言ってハグリッドへと頭を下げた。

 

「君は僕を恨み、憎んでいるだろう、だが僕は間違った事をしたとは思わない。

 それでも君には、悪かったと思っている。本当に、すまなかった」

 

 心から謝るように演技し、謝罪する。

 恐らく人柱は猛るだろうが、なんとかするしかない、どうにかして静め、納得してもらわなければ、そう冷や汗を垂らしながらリドルは思ったが、ハグリッドはリドルに、優しく声をかけた。

 

「頭あげろや、リドル」

 

 顔を上げてハグリッドの顔を見ると、目の前の大男はその黄金虫のような目を悲しそうに細めて、リドルを見つめていたが、その目には紛れもなく慈しみが宿っていた。

 

「確かにおめぇに杖を向けられた時は、信じてた奴に裏切られたって、絶望した。だがな、俺はおめぇを恨んじゃいねぇよ」

 

 リドルは耳を疑った、今なんと言った?恨んでいない?そんな馬鹿な、売られたのにか?

 

「ル、ルビウス?恨んで無いと言ったか?

 そんな馬鹿な、僕は君とアラゴグを」

「見逃してくれたじゃねぇか、そうだろうが?」

 

 ハグリッドはリドルの肩を叩いて、微笑んだ。

 

「確かにアラゴグは疑われっちまうだろう。あんな子だ、間違えるのも無理はねぇ。

 おめぇならアラゴグを仕留められた、だのにおめぇが唱えた呪文は蜘蛛避けだ、殺す呪文でも、捕まえる呪文でもねぇ、ただただ追い払う呪文だ、だろ?

 確かに俺は退学になった、でもアラゴグはおめぇのおかげで、どっかで生きてる」

 

 ハグリッドはリドルを見つめ、笑顔を浮かべた。

 

「アイツを見逃してくれて、ありがとな」

 

 リドルは言葉が出なかった、出せなかった。

 

ーー何を馬鹿な、お前はハメられたのだ、真犯人はここだ、お前の目の前の男だ!

 お前を人柱に仕立て、破滅させたのは僕だ!何も知らず、滑稽だぞルビウス・ハグリッド!

 

 そう散々に罵倒した、だが愉悦は感じなかった。

 何故、この男は自分を憎まないのだ?罵声を浴びせ、殴りかかって来ないのだ!あまつさえ、感謝だと?何を馬鹿な!

 

「ハ、グリッド、ハグリッド、僕は」

 

 リドルは生まれて始めて、己のした事を後悔した。

 自分は、彼を人柱にするべきでは無かった、彼を利用すべきでは無かった、彼だけは!

 こんなにも、自分に忠実な所有物を!自分は、潰してはいけなかった!彼は、自分の後ろを歩かせるべきだった!

 唯一自分に勝ったあの女と、一緒に!

 

「許してくれ、友よ」

「あぁ?」

 

 衝動だった、意識しての行動では無かった。

 リドルはハグリッドの手を取り、ひざまずいた。

 

「すまなかった、僕は、僕はッ!」

 

 リドルはマートルに捧げた上っ面だけの黙祷よりずっと長く、心からハグリッドに謝り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせた」

「遅い、もう少しで他も起きてくるぞ」

 

 ハグリッドの小屋を出ると、ヨーテリアがニヤニヤ笑いながら、軽口を叩いてくる。

 

「で、どうだ?許してくれたか?」

「どの顔で言う、貴様全部知ってたな?」

 

 リドルが苛立ちながら言うと、ヨーテリアはわざとらしく首をかしげてみせた。

 

「私にはなんのことやら、気紛れだしな。

 で?これからも会いに来るのか?」

「逮捕した本人が犯人に会えるか、ハグリッドとはこれっきりだ」

 

 そう仏頂面で言い放つと、彼女は肩をすくめ、フィルチに脇を担がれ校内へと歩いていく。

 ふと、愉快な考えが浮かんだリドルは二人へ向けて、微笑みながら呼びかけた。

 

「グリンデルバルド!お前に殴られたのを校長に告げ口したら、どうなるかなぁ!?」

「ほあぁぁッ!?」

 

 ヨーテリアが首だけ振り向いて、鬼気迫る顔でリドルに叫び返した。

 

「バッ、馬鹿お前、冗談じゃないぞ!」

「ヨーテ、暴れないで」

「いいかッ!?絶対、絶対チクんなよォッ!?」

 

 フィルチに引き摺られる彼女を見ながらリドルも校内へと戻っていく。

 その道中、彼は再び森番の小屋を振り返り、ぎりと歯軋りして、一言呟いた。

 

「本当にすまなかった、友よ」




ロジエールの名前のミスを修正。


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20話 犯行動機は友の為

本番の割に内容が大人しい、そう思っていたあなた。後悔する準備はいかが?しばらくキツいですよ。
理不尽はここに極めり、さあお辞儀をするのだ。


「やっぱりだ、ハグリッドが居ない」

 

 グリフィンドール談話室で漠然とした声が響く。

 森番となった男と親しかった獅子寮の生徒が三人で円になり、話し合っていた。

 

「被害者は全員退院したらしいのに」

「なあ、やっぱり犯人はハグリッドなのかな」

「そんな事する奴じゃないのに、どうして・・・」

 

 ハグリッドが森番になったとは知らず、親しい友人の失踪を嘆く三人組。

 彼らはハグリッドという男が好きだった。裏表が無く間抜けで友達想いなあの男を、同級生として、友人として、愛していた。

 

「なあ、アイツ、例の札付きと親しかったよな?」

「ヨーテリア・グリンデルバルドか?襲撃事件の犯人かもしれないって噂の?」

 

 三人の内、背の低い生徒が忌まわしい名前を口にした。

 ヨーテリア・グリンデルバルド、闇の魔法使いの娘にして、学年一の問題児。

 毎月のように生徒をダースで医務室送りにし、その外見に似合わぬ悪漢のような振る舞いでホグワーツの生徒達から恐れられる少女だ。

 

「噂はガセだったらしいけどな。

 アイツも襲撃されて大怪我したらしいぜ」

「そんな事より、あの女と親しかった?じゃあ、ハグリッドがやっちまったのって」

「何だよ、何が言いたいんだ?」

 

 息をつまらせた痩せ気味の生徒を二人が覗きこんだ。

 痩せ気味の生徒は、ごくりと喉を鳴らした後二人を見て、声を低くして囁いた。

 

「あの女に、そそのかされたんじゃないか?」

 

 その言葉を聞いた三人組に電流が走る。

 

「ありえる、あの女なら、やりかねない」

「でも、怪我したって言うぜ?どう説明する」

「実はハグリッドは怪物を解放しちまっただけで、あの女が怪物を操ろうとしてた、とすると?あの怪我はそれに失敗したから、とか?」

「先生方がアイツに目をつけてるらしいけど」

 

 電流が走った彼らは止まらない、歯止めが無い、討論は加速する、もう彼女が黒幕にしか見えない。

 

「よくもハグリッドを」

「絶対に許さない、仇をとってやる」

 

 無垢さは残酷さでもある、正義感は正義足り得ない、少年達の暴走は、もう止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまで、片付けたら解散だ。

 床に計測した種を落とさないように!三日で森になってしまうからね」

 

 薬草学の授業が終わり、生徒が授業で使っていた植物の種を回収し、籠へしまっていく。

 右腕がギプスでガチガチになってる俺はフィルチおじさんに手伝ってもらいつつ片手でモタモタとお片付けだ、死にたい。

 ついでに言うと担当のヘルベルト先生が怖い、授業中ずっと俺睨んでたよ、勘弁してくれ。

 

「もうやだ、私帰って研究したい」

「ヨーテ、落ち着くんだ。大丈夫だから」

 

 俺の左肩を叩きつつ励ましてくれるおじさん。ホントもう、あんただけが癒しだよ、マジで。

 

「ミス・グリンデルバルド!早くなさい!」

「先生!ヨーテ腕治ってない、勘弁してください!」

 

 ・・・そろそろお兄さん泣くよ?

 先生にどやされつつ教室を出た俺達、流石に襲撃はされなくなった。安心して移動出来る。

 次は闇の魔術に対する防衛術だ、メリィソート先生か。あの人は大丈夫、かな?

 廊下ですれ違ったら一応会釈してくれるし、あの人は味方、ヨーテリアそう思う。

 

「ヨーテ。後ろ、三人張ってる」

 

 突然フィルチおじさんが囁いてきた。

 

「えっ?」

「振り返っちゃダメだ、雰囲気がやばい」

 

 かなり本気のトーンで言うおじさん、後ろにストーキングしてる奴らが居るらしい。マジかよ超怖いんだが、走りたい、あばら折れてるから無理か、ド畜生。

 

「アーガス、先に行け。ちょっと締めてくる」

「ダメだ、先生方にマークされてるんだろ?問題起こしたらどんな罰則来るか分からない」

 

 離れようとしたらガッチリ脇を担ぐおじさん。痛いくらいに固定してる、これ放してくれないな。

 

「ほら、教室につくぞ、あと少しだ」

 

 目の前に防衛術の教室、助かったぜ。

 

「〈インセ・・・〉」

「〈ルーデレ!〉」

 

 ほんの少し聞こえた詠唱に割り込みプロテゴの理論を組み入れルーデレ発動、連中の目の前で爆発を起こした。呪文を唱えようとした奴は吹き飛んだようだ。

 つかインセンディオしようとしてなかったか!?ここ校内でしかも教室前の廊下だぞ!?

 

「急ぐぞアーガス!」

「合点ッ」

 

 フィルチおじさんに抱き抱えられ走る俺達、あんな気狂い相手してられるか!

 教室の扉を開け、急いで飛び込んだ。

 

「ミス・グリンデルバルド?何をしてるんだ?」

 

 教室に入るなり、抱き抱えられた俺を見て口をへの字にした先生が呆れた声を出す。

 

「何でもありません、先生」

「ハァ・・・席に着きなさい、授業を始める」

 

 こめかみを押さえながら黒板に向かう先生。

 おじさんに下ろしてもらい着席する俺、まったく災難なんてレベルじゃないぜ!廊下に火を放とうとするなんて、まともじゃない、どこの誰だか知らないがトチってやがるよ。

 

「では46ページの内容を、ミス・グリンっ・・・ミスター・マルフォイ、読み上げてくれたまえ」

 

 先生の俺を目立たせない気遣いが暖かい、そうだ、先生に相談してみるか?

 メリィソート先生なら話くらいは聞いてくれるし、もしかしたら対策を立ててくれるかもしれない。授業終わりに相談しようそうしよう。

 

「さて、ミスター・マルフォイが言ってくれた通り、無言呪文とは、相手の意表をつくという多大なアドバンテージが存在する。

 行使するのは生半可では無いがこれが使えれば、自衛力は大幅に上がる。

 今日は君達にこれをやってもらおう、二人一組になりたまえ、早速始めよう」

 

 おい実演とかマジかよ、俺怪我で見学やん、フィルチおじさん俺以外と組むハメになるぞ。

 呪文撃てないんだから、一方的に的になっちまう、やばいな無理にも出るべきか?

 

「アーガス、どうする」

「今回は無理だ、俺は他と組むよ。ヨーテの怪我が悪化したら大変だ」

 

 苦笑いし離れるおじさん。すまぬ、すまぬ・・・。

 リドルと組もうとしたようだがドロホフに取られた、仕方無しにおじさんが組んだのはロジエール、リドルの取り巻きの一人だ。なら大丈夫かな?

 

「〈結膜炎の呪い!〉」

 

 無言呪文って言ってんだろォ!?

 ロジエールの放った呪いがおじさんに迫るが、おじさんが慌ててしゃがんだおかげで外れた。

 そして外れた呪文はおじさんの後ろに居た見学中のヨーテリアさんに向かってくる。えっ?

 

「うわああッ!?」

 

 結膜炎の呪いが直撃し目に凄まじい違和感が走る、ゴロゴロした何かが入ってる気がする。

 涙が止まらない、目がメチャクチャ痒い!これ完全にはやり目だぞ、ふざけんな!

 

「ロジエールッ、テメェ、やりやがったな!?〈偏執病呪い!〉お返しだ畜生ッ!」

 

 一年の頃完成させた呪いをロジエールに放つ、読んで字の如く相手を偏執病みたいにする呪いだ。

 

「無言呪文と言っただろう!?

 ミスター・ロジエール、ミス・グリンデルバルド!大丈夫か、何ともないか!?」

「やめろォ俺に触れて何をするつもりだァッ!?」

 

 ロジエールは見事に先生を恐れて振り払う、ざまあ見やがれ、前にそれ食らわせたチェイサーは約半年、鮫を殴らせろとしか言わなかったらしい。せいぜい苦しみやがれこの馬鹿野郎!

 てか、その馬鹿よりヨーテリアさん見て!重症!

 

「完全に結膜炎だな、医務室に薬があった筈。

 ミスター・フィルチ、ミスター・ロジエールを頼む。ミスグリンデルバルド、歩けるかね?」

「目が霞みます、チカチカします、助けて」

「歩けるようだね、ミスター・フィルチ、彼女を先導してやってくれ」

「ウッス」

 

 フィルチおじさんがロジエールの首根っこを掴み、錫杖を支えに歩く俺を先導し、医務室に向かう。

 畜生、絶対に今年は厄年だ、今年(も)厄年だな。

 ロジエールの馬鹿、なんで結膜炎呪いなんか撃った、弱った体に視界不良とか悪夢だよ畜生。

 

「ヨーテ、ふらついてるよ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だアーガス。急ごう」

 

 フィルチおじさんに心配されながらもなんとか医務室に辿り着いた、目がやばい。

 部屋に入るなり担当医の痩せた老魔女さんが目を真っ赤に腫らした結膜炎の俺と、絶賛偏執病中のロジエールを見るなり落ち着き払った様子で近寄り診察を始める。

 

「こりゃ酷い(はやり目)だ事、結膜炎呪いだね?よく効く目薬がある、安心しなさい。

 そっちの子は・・・どうしたんだねコレ」

「クソ、みんな俺をどうする気だよ。

 勘弁してくれ、俺の事は放っておいてくれ」

 

 頭を抱えて涙目になっているロジエールを見て諦めた顔をしながら俺に目薬をさす担当医さん。すごいな、目の違和感がスッと消えていく。

 

「しばらく放っておけば治りますよ。

 この子は診察が必要です、先生によろしくね」

「分かりました。行こうヨーテ」

 

 おじさんに脇を担がれ医務室を後にする、まだ目がゴロゴロするが霞んではいない。

 ホグワーツの医療って凄い、効果テキメンて奴だ。

 

「・・・マジかよ、授業中だぞ」

「アーガス?」

 

 突然フィルチおじさんが舌打ちして立ち止まった。

 横から顔を覗きこむと、酷く焦った顔をしていた。道でも間違えたのか?遅れても問題無いんだけど。

 

「ごめんヨーテ、やられた、さっきの奴らだ。

 後ろに一人、前の物陰に二人、囲まれてる」

 

 ・・・は?何を言ってらっしゃるのかさっぱり。

 俺がぽかんとしていると、目の前の柱から二人の生徒が現れ、俺達の前に立ち塞がった。足音が後ろからも聞こえる、もう一人居るのか。

 生徒達は杖を抜き身にして俺を睨み付けていた、今授業中の筈なのに、何だこいつら。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルド、やっと捕まえたぞこの魔女め」

「その通り魔女だが何の用だ?グリフィンドール」

 

 俺が軽口を叩きながら一人に尋ねるとそいつはギリ、と歯軋りして杖を俺に向けた。

 

「お前がそそのかした友達の仇を取りに来た。

 ルビウス・ハグリッド。知らないとは言わせない」

 

 ハグリッド?勿論知ってるけど、そそのかした?何を言ってるのかさっぱり分からんぞ。

 

「お前、ハグリッドをハメやがったな?」

 

 ・・・は?

 

「あいつをそそのかして、事件を起こさせたな。

 ハグリッドが怪物好きなのをいいことに何かとんでもない怪物を放させた、そうだろ」

「ふざッ、ふざけるな!」

 

 俺がそそのかして事件を起こさせた、だと!?何を馬鹿な、ハグリッドは犯人じゃないし俺がそんな事を言われる筋合いも無い!

 

「私がそそのかした?何を馬鹿なッ、大体、あいつは犯人なんかじゃない!そんな事をする奴じゃ無いだろう!」

「何を白々しい、闇の魔法使いめ!お前があいつと親しかったのは知ってるぞ。

 だから妙な事を吹き込むのは簡単だろう、あいつに怪物を解放させて、自分はそれを操ろうとして失敗した、そうだろ!? 

 言い逃れはさせない、さっさと杖を抜け」

 

 俺の主張は握り潰して勝手な事を言い出しやがる、俺が操る?何のためにそんな事すんだよ!

 しかもこいつら、ハグリッドが犯人だと思ってる、何が友達だ、少しも信じてないんだろうがッ!

 錫杖を取り出して、目の前の男子生徒へと向けた。

 

「いいぞ、やりたいならやってやるよ。

 かかって来いよクソガキ、後悔させてやる」

「ヨーテ、落ち着け、今やるとまずいんだぞ」

「離れてろアーガス」

 

 フィルチを睨んで隅に離れさせ、杖を構え直す。

 立つだけであばらが痛むが無視する、この勘違い野郎を叩きのめすのが最優先なんだよ。さあ覚悟しろよ、俺は今怒ってるんでな。

 

「〈レダクト!〉」

 

 背後の一人がレダクトを撃ってきた、しまった!咄嗟に振り返り防ごうとするが間に合わない、レダクトはギプスに直撃し、ギプスを粉々に粉砕した。

 

「ガ、ギゃあああッッ!」

 

 中身の関節の砕けた右腕がだらんと垂れ下がり凄まじい激痛が全身に電流みたいに走る。畜生痛いなんてモンじゃない、動けない!

 

「誰が一対一だと言った、グリンデルバルド!」

「お前らッ!怪我人相手に、三人でっ!恥はねぇのかよ、卑怯者がッ!」

 

 フィルチが俺の前に立ち塞がり怒声をあげる、すると連中は憤怒に顔を歪めた後、フィルチに向かって杖を向け呪いを唱えた。

 

「〈蜂刺し呪い!〉」

 

 バーン、という大きな音と共に白い光が放たれた。

 光は顔に命中しフィルチは痛みに呻き、彼が押さえていた部分がみるみる真っ赤に腫れ上がる。

 蜂刺しの呪い、その名の通り呪った相手に蜂に刺されたような激痛を与え、当たった部分を酷く腫れ上がらせる呪いだ。

 

「闇の魔法使い相手に卑怯もクソもあるかッ!〈ラカーナム・インフラマーレイ!〉」

 

 相手の杖から青い炎が飛び出しフィルチの肩に着火、ローブを燃え上がらせる。

 

「うああッ!?〈消火せよ!〉、〈消火せよ!〉

 クソッ、消えろよ、うあっ、ぎゃああッ!」

 

 必死になって借り物の杖で火を消そうとするが、スクイブのフィルチは消火呪文を使えないんだ!腕押さえてる場合か、俺が消してやらないと!

 

「痛ッづ、ああっ、この!〈消火せよ!〉」

 

 慌てて唱えた呪文が功を成し炎が消え、大火傷を負った肩を押さえ苦しげに喘ぐフィルチ、三人組はそれを冷めた目で見つめていた。

 こいつら、よくもアーガスにまでこんな事を!

 

「お前らッ、狙いは私だけだろう!アーガスに、ここまでやる必要があるかッ!?こいつは関係ないのに、何もッ、悪くないのにッ!」

「関係ない、悪くないのに、だと?お前と一緒に居たし庇ったじゃないか!ならソイツも共犯だ、ただでは帰さないぞ!」

 

 怒りのままに杖を向けて怒鳴り散らす男子生徒。

 フィルチにまで質の悪い呪いを浴びせ、しかもこんな火傷にまでさせておいて、理由は俺と一緒に居て、俺を庇ったからだと?

 ・・・それだけで、こんな目に遭わせたのか。

 

「このッ・・・この・・・ッ」

 

 視界が霞む、あまりに頭に来すぎて涙が出てきた。

 痛みもどうでも良くなって来た、何だよこいつら、フィルチを俺の巻き添えで襲いやがって。

 俺みたいに悪名が知れ渡ってる訳じゃないのに、どこにも犯人と疑われる要素なんてないのに!

 俺なんかを、庇ってくれるような子なのに!そんな子に、なんて事をしてくれたんだ、お前達は!

 

「次はお前だ、グリンデルバルドッ!」

「やって、みろよォォァァア!!」

 

 杖を高く掲げ、魔力を集中しつつフィルチを巻き込まないように寄せる、俺の近くじゃないと、巻き込まれてしまうから。

 手加減なんか、しない。

 

「〈プロテゴ・エンゴージオォ″ォ″ォ″!〉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリィソート先生ぇっ、大変だ!」

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業中に管理人であるアポリオン・プリングルが、血相を変えて教室に飛び込んできた。

 

「プリングル、何事かね?」

「すぐそこで、生徒が馬鹿げた呪文を撃った!

 廊下がメチャクチャだ、助けてください!」

 

 泡を飛ばしながら喚くプリングルに連れられ、メリィソートが授業を中断し現場に向かう。

 

ーーあの子か?いや、まさかな。

 

 ついさっき医務室に向かった少女が頭に過る。

 廊下が損壊する大暴れをする生徒など彼の思い付く限り全学年でも彼女だけだ。

 しかし彼女はまともに歩けない程の重傷、そんな状態で問題を起こすとは思えなかった。

 しかし彼の予想は、現場についた時崩れ去った。

 

「なんだ、これは」

 

 現場はまるで怪獣でも暴れたような有り様だった。

 まず床には浅いクレーターが出来ており、そこら中に石の破片やガラス片が転がっていた。

 しかもクレーターの外部には三人の生徒が、酷い打撲のような怪我を負って苦しんでいる。

 しかし何より深刻なのはその中央だった。中央に居た生徒を見て、メリィソートは呻いた。

 

「ミス、グリンデルバルド・・・」

 

 クレーターになっていない一点に錫杖を支えに肩に火傷を負った生徒の傍らに立っていたのは、その場の誰よりも消耗し虫の息となっていた、ヨーテリア・グリンデルバルドその人だった。



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21話 お辞儀をするのだ

スクイブ入学禁止はいつにするのかって?

 お 待 た せ し ま し た


 アルバス・ダンブルドアは焦っていた。

 原因は管理人に伝達された生徒5人の負傷の件、授業中にも関わらず、この生徒達は廊下で大規模な決闘を行い全員が傷を負った。

 怪我人の一人が全身打撲、数ヵ所の粉砕骨折による治療の為、聖マンゴ送りになる大事件だ。

 

「何故じゃ、ヨーテリアや、何故お主が」

 

 その大惨事を引き起こした少女の名を呟き、少女の居る医務室へと急ぐダンブルドア。

 これから彼女を校長室へと護送しなくてはならない。

 校長はお怒りだ、直々に処罰を言い渡すつもりだ。その前に事情を把握し、言い分を用意せねば下手をすれば退学だ、それだけはダメだ。

 医務室の扉を開いて室内を見回すと、ヨーテリアがベッドに寝かされた生徒の横に何をするでもなく、此方に背を向けただ佇んでいた。

 見る限り、ギプスを取り替えただけに見えるが。

 

ーー寝かされている彼、アーガス・フィルチ君じゃな。

 ヨーテリアの友人、であるかのう。

 

 寝かされていたフィルチが彼に気付きヨーテリアに声をかけると、彼女はゆっくりとダンブルドアの方を振り向いて、彼を見つめた。

 その硝子玉のような目のせいで、感情が読めない。

 

「ヨーテリアや、校長がお呼びじゃ。

 しかし校長室へと参る前に聞かせておくれ。何故、このような事になってしまったのじゃ」

 

 ダンブルドアか彼女の目の前まで近寄り目線を同じになるようかがみ、彼女を見つめる。

 彼女はじっとダンブルドアを見つめ返していたが、やがて目を伏せ、ギリと歯軋りしてフィルチの方へと顔を背けてしまった。

 

「先生、ヨーテのは正当防衛なんだ、本当だぞ。

 あいつらが、廊下でヨーテを襲ったんだ」

「本当かね、ミスター・フィルチ君。

 すると君の怪我は、一体どうしたのかね」

「怪我人相手に卑怯だって割って入ったら、手酷くやられちまった。ダサいだろ?」

 

 フィルチが目元に手の甲を当て、自虐的にくっくと低く笑い、ヨーテリアは拳を握り締めた。

 

「なーんも、出来なかった。それどころか俺がやられたせいで、ヨーテがプッツンしたんだ。

 ははッ、足手まといなんて物じゃ無いな」

 

 その言葉を聞き、ダンブルドアは合点した。

 ヨーテリアがここまでの凶行に出た原因、それは友人を傷つけられた怒りによる物だったのだ。激怒して当たり前だ、しかも襲撃者は相手側と来た。

 彼自身義憤に駆られかけたが、それを抑えフィルチの自虐を首を横に振って否定しようとする。

 しかし次のフィルチの告白を聞いて身を裂かれる錯覚と共に、言葉を失った。

 

「ダンブルドア先生。俺、ホグワーツを辞めるよ」

 

 ヨーテリアがぐらり、と揺れ、ダンブルドアはあまりの衝撃に頭が回らなかった。

 ホグワーツを辞める、つまり自主退学だ。その考えに至るのに相当の時間を要した。

 

「ミスター・フィルチ、待っておくれ。どうしてーー」

「ヨーテの足手まといだ。また俺がやられたら今度こそヨーテは相手を殺しちまうよ。

 それだけはダメだ。ヨーテは父親とは違う、そんな事はさせちゃいけないんだ」

 

 一度言葉を切り、彼は深くため息をついた後、苦しげに、呻くように呟く。

 

「それに思い知ったんだ。

 やっぱり俺は、魔法を使うことは出来ないんだ」

 

 最後の言葉は震えていた。

 彼は泣いているのだ。

 押さえた目元からは涙が静かに伝っている。

 

「魔法が使えるようになりたくて入学した。

 スクイブだって魔法は使えるんだってみんなを見返したい一心でここまで来た。

 早々折れかけたけどヨーテが立ち直らせてくれた、だから五年間頑張れた、ヨーテには感謝してる。

 でも、俺はヨーテに何かしてやれたか? なにもしてないんだよ、俺は!

 この五年間、友達の足を引っ張るばっかりで少しも助けてやれてなかったんだ! こんなッ、こんな情けない話があるかよッ!」

 

 声を荒げ、五年間分の本音をぶちまけるフィルチ。

 彼は五年間、ずっと悔しくて仕方無かったのだ。

 ヨーテリアに助けられ、ずっと一緒に居た。

 だのに己は、彼女に助けられるばかりで彼女が他の生徒に差別され、襲われている中何も出来ず、そんな状態の彼女に気遣われ側に置かれず、庇う事すら許されなかった事もある。

 そして今回、怪我をしているにも関わらず襲撃を受けたヨーテリアを助けようとしたが、彼女を激昂させただけで何も出来なかった。

 それが悔しくて仕方無い、魔法さえ使えれば! そんな思いで、ぐちゃぐちゃに潰れそうだった。

 

「だから・・・っ、俺はホグワーツを出ます、魔法はもう諦めるよ、俺には無理だ。

 ダイアゴン横丁かホグズミードで働きます。

 ヨーテも、今までありがとう、就職決まったら・・・ッ、会いに、来てよね」

 

 フィルチは自力で涙を止め無理に微笑み、ヨーテリアは一切表情を変えずただ一言、「ああ」と返事をしてみせた。

 

ーースクイブであるが故に、か。

 

 ダンブルドアは悲しげにフィルチを見つめた。

 スクイブ。魔法を使えない魔法族の落ちこぼれ。

 訓練次第で脱却も出来るが、下手をすれば彼らはマグルのような生活を強いられる。

 ダンブルドアはそれを憂いて、世論を納得させホグワーツのスクイブ受け入れを実現した。しかしこの件を見て、ダンブルドアは自分の判断を正しいとは思えなくなった。

 

「酷な話じゃが、君に相談がある。

 ホグワーツがスクイブの入学を認めておるのは、君のように意欲ある若者のためにわしが理事会と魔法省を説得したが故じゃ。

 理事会は毎年取り止めを要請しているが、わしは若者の可能性を信じたい。

 しかし君はどう思う、ミスター・フィルチ」

 

 スクイブであり、五年間ホグワーツで学んだ男。

 彼の意ならば、自分はスッパリと判断出来る。

 酷であっても、彼に聞かなければならない。

 そう思ってダンブルドアはフィルチに尋ねると、彼はしばらく沈黙した後、再び口を開いた。

 

「スクイブは、魔法を使えないよ。先生」

「・・・ありがとう、ミスター・フィルチ」

 

 ダンブルドアはそれだけ言った後、ヨーテリアを校長室へと連れて行く事にした。

 少々抵抗されると覚悟していたが、彼女はフィルチへ別れを告げた後にむしろ進んで校長室へと歩みを進めた。

 何を考えているのか、何を感じているのか、それは一切分からない。

 しかしだ、彼女を弁護しなくてはならない。それは不動だ。

 彼女の扱いは他の子供達とは違う。親が親故に、自分が守らなくては、彼女は・・・。

 

「ディペット校長、お待たせした」

 

 校長室へと入室し静かに言い放つダンブルドア。

 ディペット校長は室内の長椅子に腰掛け、黙って彼ら二人を見つめていた。

 

「ご苦労じゃ、アルバス。

 ミス・グリンデルバルド、お掛けなさい」

 

 ヨーテリアが用意されていた椅子に着席し、ダンブルドアはその側に立ち、校長を見やる。

 校長は届けられた手紙や資料に目を通しながら、厳粛にヨーテリアへ語りかけた。

 

「ガラテアの話では、正当防衛、だそうだね。

 普通なら罰則を与えるだけなのじゃが、物事にはやり過ぎという言葉もある。

 君と争った生徒は一人聖マンゴ送りじゃ。過剰防衛、勿論知っておるね?」

 

 ディペット校長がヨーテリアに向き直り彼女の反応を待つが、期待できそうにない。

 彼女は依然として、無機質な顔のまま、硝子玉のような目で校長を見つめている。

 

「ディペット校長、それには理由がある。

 彼女は友人を傷つけられたからここまでの事を起こしたのじゃ。

 その生徒は先程退学する意思を示した。彼女だけの責にするのは、いささか・・・」

「君には闇祓い一人と、吸魂鬼一匹がつく。

 次に事を起こせば、アズカバンに送れと魔法省から達しが来ている」

 

 思わずダンブルドアは杖を取りかけた。

 この老害が、今なんと言った! ふざけるな! そう言い掛け、必死に抑えようとしたが。

 

「アーマンドッ! お主ッ、今なんと言った!?」

 

 抑えられなかった、到底無理な話だった。

 闇祓い、闇の魔法使いを捕らえる専門家。

 吸魂鬼、地上で最も忌まわしい魂を吸う化け物。アズカバンの看守にして極刑執行人。

 それらをただの一生徒の監視につけるなどあってはならない、そんな暴挙はありえない。

 

「そんな決定、認められん、認められんぞ!

 理事会も反対する、世論も黙ってはいない! 何よりわしが許さん、許さんぞ!」

「いい加減にしろアルバスッッ!」

 

 激を飛ばすダンブルドアに校長は怒鳴る。

 アーマンド・ディペットは滅多に怒る事はない、温厚で思慮深く、情のある人間だ。

 そのディペットが、怒鳴ったのだ

 

「その子が何人生徒を医務室送りにしても何通退学要請が届いて来ても! 君の言い分を聞いて全て黙殺してきた! しかしもう我慢ならん、そうじゃとも!

 大体、その子の父親が、今月に入って殺害せしめたのは何人じゃ? 28人じゃ! その中には我が校の生徒の身内もおる!」

「あ奴とこの子は関係ない、そう言った筈じゃ!」

「もうそれも通らんのだよ、アルバス!」

 

 ディペットが一通の手紙を投げて寄越した。聖マンゴ送りになった生徒の親からの物だ。

 

「良いか、その子は医務室ならまだしも生徒を聖マンゴ送りにしているのじゃ! 

 つまる所、一歩間違えば死人が出ていた!

 アルバス、奴とこの子の何が違う? 人を殺めるような子では無い? ここまでしてどの口で申すのかね!?

 被害者は、この子が件の事件の黒幕と言ったが、生憎とわしもそう思えて仕方無い」

 

 ヨーテリアを鋭く睨み付け、冷たくそう言った。

 

「罰則も勿論与える。校内でも監視員をつける、次に大事を起こせば魔法省に引き渡す。いいね?

 寮に戻りなさい、アルバスに話がある」

「そうかよ」

 

 掠れた声でヨーテリアが呟き席を立つ。

 ダンブルドアはその時、彼女の目を見てしまった。

 硝子玉のような、などと言う生易しい物では無い。硝子玉その物だ! 目が完全に色を失っている。

 

「ヨーテリアッッ!」

「アルバス、話があると言った筈だぞ」

「アーマンドお主、あの子の状態を・・・」

「ダンブルドア」

 

 校長に食って掛かろうとしたダンブルドアをヨーテリアが静かに呼び止めた。

 

「余計な事をするな、私は放っておけ。

 迷惑なんだよ、どいつもこいつも」

 

 一切感情を感じさせない声色で機械のように言い放つヨーテリア。その言葉にダンブルドアは声を無くしてしまう。

 何を言えば良いのだ。どうしてやれば良いのだ。自分に何が出来る? どうすればこの子を救える?

 

ーーわしは、家族を守れず、友を止められず、挙げ句、友の子を救えもしないのか・・・ッ!

 

 ヨーテリアが校長室を出るのを、彼はただ黙って見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トム・リドルは談話室前の廊下で壁に寄りかかり、チラチラと周りを見渡していた。

 結局フィルチ共々ヨーテリアは帰って来なかった。

 心配などしていない、しかし気にはなる。仮にも自分のお気に入り、手元に無ければどうしようもなく不安になってしまう。

 だから彼は無人の廊下で彼女を待つ、柄にもないと自嘲しつつ、だ。

 

「やっと来たか」

 

 ゆらりと角から現れた女子生徒を見て、リドルは微笑みながら壁を離れた。

 

「グリンデルバルド、フィルチはどうした?

 あいつは無事だった筈なんだが・・・」

 

 そう声を掛けていた途中、リドルは目を見張る。

 ヨーテリアの目だ。

 何なのだこの目は。死人のそれにしか見えない、無機質な目だ。

 この目には見覚えがある、一年の頃に見ている。この女を怖いと思ったあの真っ暗な目だ。

 

「アーガスなら、退学するらしい」

「は?」

 

 ぼそりと呟かれた一言にリドルは戸惑った。

 フィルチが退学? 一体何故だ、何があったのか?

 経緯を問おうとしたが、ヨーテリアはふらりとリドルの真横を通りすぎてしまった。

 

「そうだ、リドル。もう私に関わるなよ」

 

 その一言に彼は雷にうたれたような衝撃を受ける。

 関わるな? 一体どういう意味だ、何を意図して・・・。

 思わず彼女を呼び止めた。了承出来る筈が無い、自分の所有物が、何を血迷っているというのだ。

 

「グリンデルバルド、関わるなってなんだ? 一体どうして、何を馬鹿な事を言っている」

「どうして? だって事件解決の英雄様と事件の黒幕が一緒に居たらおかしいだろう?

 もう一度言う、二度と私に関わるんじゃない。お前とはもう、これっきりだ」

 

 それだけ言い捨ててヨーテリアは歩いていく。

 リドルは焦ると同時に怒りを覚えた。所有物とは、使う事はあるし捨てもするだろう。

 しかし自分から離れる所有物なんて無いのだ! だから、自分から離れるんじゃない!

 

「待てグリンデルバルド、止まれ! 関わるなだと? ふざけるなよ!

 貴様は僕の物だ、僕だけの物だ! だから離れるなんて許さん、止まるんだ!

 命令なんだぞ!? グリンデルバルド!?」

 

 大声でヨーテリアへ止まるよう命令するが彼女は止まらない、振り向きすらしない。

 リドルは怒りを抑えられず、杖を抜いてヨーテリアへと向け、鋭く言い放った。

 

「決闘だ、グリンデルバルド。お辞儀をしろ」

 

 その一言にヨーテリアが反応し、振り向いた。

 

「僕が勝ったら僕の側から離れるな。何があっても共に居ろ、いいな?

 怪我はハンデにならないぞ、貴様は規格外だ。さあお辞儀をするんだ、貴様が教えたんだぞ」

 

 ヨーテリアはしばらくリドルを見つめていたが、やがて数秒俯いて、錫杖を構え顔を上げた。

 

「あぁ、そうだともリドル。

 格式ある儀式は守らねばならない」

 

 立つのもやっとである筈なのに。

 彼女はそう言って腰をゆっくりと曲げながら右足を後ろに下げ、膝を曲げて実に優雅に、リドルに一礼してみせた。

 リドルもそれに従い同じように一礼する。そしてヨーテリアが一礼したまま、一言呟いた。

 

「お辞儀をするのだ、リドル」

 

 その言葉の終わりを合図に、両者は杖を構えた。

 

「〈エクスペリアームス!〉」

 

 まず動いたのはリドルだった。

 呪文によりヨーテリアの錫杖を弾き飛ばそうとする。加減、精度共に完璧な武装解除呪文だった。

 

「〈ルーデレ〉」

 

 しかし彼女の呪文は、その程度では突破出来ない。

 ″ルーデレ″ ーー プロテゴの派生。悪く言えば暴発。しかしてこれは彼女の研究成果、独自の魔法だ。

 引き起こされた空気の爆発は呪文を弾き返し、リドルへと飛来させ杖を奪おうとする。

 しかし彼は杖をもってこれを弾き飛ばしてみせた。

 それだけでは終わらない。リドルはあろう事か、今日習ったばかりの無言呪文を放ってきた。

 

「・・・ッ!?〈ルーデレ!〉〈プロテゴ!〉」

 

 ギリギリ呪文に反応して弾いた後、すぐさまプロテゴを展開。守りを固める。

 

「〈レダクト!〉無駄だグリンデルバルド!」

 

 リドルの放った呪文が一撃で盾の呪文を粉砕する。

 ヨーテリアはギリ、と歯を鳴らした後錫杖を高く掲げ、魔力を集中し始めた。

 魔力量は少ないが間違いない、あの呪文だ!

 

「〈プロテゴ・エンゴージオ!〉」

 

 彼女が錫杖で地面を強く突くと同時に緑の膜が彼女を覆い隠す。

 このままではまずい、あれを中断させるのは不可能、巻き込まれれば確実に負ける!

 距離を離さなければならない。しかしリドルは、同じように杖を高く掲げた!

 

「〈プロテゴッ・エンゴージオッ!〉」

 

 なんと彼は、ヨーテリアと全く同じ呪文を詠唱した!

 彼の周囲をプロテゴの青い膜が覆い尽くし、ヨーテリアの呪文開放とほぼ同時に彼も呪文を発動。

 凄まじい打撃音と共に両者の膨脹した防護膜が激突する!

 

「・・・リドル!?」

 

 ヨーテリアが驚愕に目を見開き、彼を見る。

 防護膜はしばらく拮抗していたが両者共一瞬歪んだかと思えば、巨大なヒビが走りガラスが割れるような音と共に崩壊してしまった。

 緑と青の粒子が入り乱れる中、ヨーテリアは自分の研究成果と同じ呪文を発動した男を見て、動揺した様子で棒立ちになっていた。

 

「驚いたろうグリンデルバルド。

 貴様が僕を打ち負かした呪文だ。偉大な魔法だ。

 だから必死に研究した、必死に再現した。

 なあ、分かるか? グリンデルバルド。

 僕は貴様をこんなにも見ているんだ、だから離れるな! 貴様は特別なんだよッ!」

 

 リドルは怒鳴るように言った。

 もはや懇願だった。

 唯一、自分を打ち負かした憎むべき大事な所有物。

 それを手放したくはない、そばに置いておきたい。その一心で最早彼は吼えていた。

 ヨーテリアはそんな彼を眺め、一瞬鉄面皮を緩めた後、ゆったりと錫杖を構え呪文を詠唱した。

 

「〈クーンヌディア 固めろ〉」

「グリンデルバルド、貴様・・・!?」

 

 リドルは反撃しようとしたが、動かなかった。

 否、動けなかった。

 何かが自分の動きを止めている。とてつもなく硬い何かが、自分を覆って指先に至るまで完全に固定してしまっている。

 その質感は、まるで金属の ″盾″ 。

 

「なんだ、これは、何をしたんだ、貴様っ!?」

「クーンヌディア。プロテゴを相手の周囲に展開し、密着させて完全に拘束する。前に話したよな。

 私の勝ちだ、じゃあなリドル」

 

 ヨーテリアが踵を返し、談話室へと向かう。

 

「待てグリンデルバルド、まだ僕は動ける!

 まだ決闘は終わってない! 戻ってこい!」

 

 リドルが呪文から逃れようとしながらヨーテリアを大声で呼び止めようとするが、今度こそ彼女は止まらない、振り向きすらしない。

 

「グリンッ、デルバルドォォッッ!」

 

 リドルの生まれて初めての絶叫はただ虚しく、廊下に響き渡るばかりだった。



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22話 アルバスと呼びなさい

ここまで持ってくるのが本当に大変だった・・・
ヨーテ嬢は一人ぼっちで地獄を歩み続ける?私はそんな趣旨の小説を書いた覚えはありませんよ


 ヨーテリアが校長室を出た後、教員二人はただお互いを酷く冷たい目で見つめていた。

 ダンブルドアは冷静を保っていたが、その目には例えようもない怒りが炎となって灯っていた、原因は勿論ヨーテリアに下した処罰だ。

 闇祓いはまだ良い、彼らは対闇の魔法使いのエキスパートであるが、あくまで信念を持った個人、しばらく関われば彼女への偏見も消える筈だ。

 しかし吸魂鬼だ、ディメンターと呼ばれる彼らは理性など持たない、あるのは餌である幸福の感情と人の魂に対する欲望、ただそれだけだ。

 そんな物をホグワーツに置くなどありえない、やりすぎなのだ、ヨーテリア一人に、厳しすぎる。

 校長をまっすぐ見つめ、否定の意思を示す、すると校長は、額を押さえてため息をついた。

 

「アルバス、わしは君を信頼しておるしある種の尊敬すら抱いておる、本当じゃ。

 しかしな、わしは君の有り様を心配しておる」

 

 先程の怒りは鳴りを潜め、憂いの目を向ける校長。

 その目を見て不快そうに鼻を鳴らしてから、ダンブルドアは目を一切背けず口を開いた。

 

「校長が心配なさる事などありませぬ、わしはあの子を救いたいだけ、それだけじゃ」

「罪滅ぼしの為、そうじゃろう」

 

 ディペットの一言に、ダンブルドアは呻いた。

 

「ゲラートを止められず、家族を守れんかった。君はそれを引き摺っている、わしには分かる。じゃから、あの子を庇い、救おうとしておる」

 

 気遣っているとしか思えない口調だった、そしてそれは図星であった、ダンブルドアはディペットに何も言い返せず、黙って目を閉じる。

 

「あの子は魔法省が管理するという決定を法廷に赴いて捩じ伏せ、あの子を養子にしホグワーツの入学まで認めさせた。

 その後もこの五年間、君は健気とすら言える程あの子を庇い守って来た、じゃがなアルバス、正直今の君は異常じゃ。まともじゃない。

 罪滅ぼしに身を捧げすぎて、完全に周りが何もかも、見えなくなっておる。

 のうアルバス、そこまでする事は無いじゃろう、あの子はあやつの娘なんじゃ、あの男のな。その残忍な血統の本能には逆らえんのじゃ。

 もう、あの子を諦めても良いのではないかね?罪滅ぼしの為にと世話を焼かれたところで、あの子からすれば、ありがた迷惑じゃろうに」

 

 ダンブルドアは底無し沼にはまった気分だった。

 罪滅ぼしの為にとヨーテリアを救おうとした、家族と友の分まで守り導き救おうとした、しかし自分は結局、彼女を日の元に晒しただけで救えもせず、ただ追い詰めただけでは無いか。

 ありがた迷惑、正しくそれだその通りだ、だが彼には、罪滅ぼしとは別の理由がある。

 

「しかしっ、わしはあの子を、わしはッ」

「もういいじゃろう、アルバス、君は努力した、本当に頑張ったよ。

 しかしあの子はどうにもならんよ、あやつの娘に生まれた時から、こうなる事は決まっていたんじゃ」

 

 校長に静かに諭され足取り重く退室した、言って何になる、出来もしないくせに。

 こんな状況になるのを防げなかった時点で自分が役立たずなのはハッキリしている、彼女自身にも迷惑だと吐き捨てられたでは無いか。

 自分が彼女の為に出来る事など、何も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が真っ白だ、いや、真っ暗なんだろうかね。

 俺は多分自室に居る、ベッドに座っている。

 フィルチは退学する、俺は次なにかやらかせば闇祓いとディメンターに引き渡され人生初のアズカバン送りだ、死ぬだろうな。

 でも大丈夫、リドルを引き剥がしたから俺には大事な物が無い、だから怒りはしない。

 

「・・・ぅぐ、うう・・・」

 

 リドルとは一緒に居たかったなぁ、残念だなぁ、でも仕方無いよな、俺は事件の黒幕なんだから。

 英雄様と一緒に居たらアイツは何て思われる?下手したらフィルチより酷い目に遭うかもな。

 

「あ″あ″っ、ちく、しょう、クソ、なんで、だよ」

 

 あぁ、最悪だよ、何で俺がこんな目に遭うんだ。

 でも仕方無いか、グリンデルバルドなんだから。闇の魔法使いの娘なんだから、当たり前だよな、俺も闇の魔法使いなんだ、この扱いは当たり前だよ。

 だからさ、早く立ち直れよ、ヨーテリアさんよ。いつも通りスパッと切り替えろ、出来るだろ?こんなの社畜時代に比べりゃ屁でも無いってさ。

 

「アーガスッ・・・リドルゥ・・・」

 

 未練がましいんだよ、泣くんじゃねぇよ、大体リドルは自分で引き剥がしたんだろうが、嫌なら巻き込みゃ良かっただろ、甘ったれ。

 ああ糞、最高に最悪な気分だ、なんなんだよ、しかも励ましてくれる家族も今は居ないんだ。

 

「もう嫌だ・・・誰か・・・ァッ」

「ほほほォーオオ?ほほォーゥッ、イィーヒヒッ!」

 

 ・・・は?

 突然聞こえた癪に障る笑い声にトロ臭く顔を上げると、そこには男が居た。

 底意地の悪そうな目にカラフルな服装、そんな奇妙で小さな男が、逆さまに宙に浮いてニヤニヤしながら俺を眺めていた。

 

「聞ィーいちゃったァ、聞いちゃった!

 強がりへそ曲がり泣きみそヨーテリアちゃん!喧嘩して落ち込んでブルーで真っ白!みんなに見られちゃおっしまっいだぁぁ!

 ダンブルドアを呼ぼぉぉぉ、呼ばなくちゃ!ウィィィーーーッ!」

 

 男はゲタゲタ笑いながら壁に突撃し、溶けるように消えた。何だったんだ、あれ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアは私室の椅子に座り込み、額を押さえただ静かに思案していた。何を、と言うほどの物ではない、正直な所気を紛らしているだけなのだ。

 校長に諭された内容、ヨーテリアからの拒絶、それが頭から離れない、忘れられない。自分の無力さが憎い、憎くて仕方がない、結局ヨーテリアに何もしてやれなかった。

 

「何が、偉大な魔法使いじゃ、何が・・・

 そこに居るのは誰かね?出てきなさい」

 

 ふと、壁から何かの気配を感じ、穏やかな口調と共に杖を引き抜くダンブルドア、すると壁の中からゲタゲタ煩い笑い声と共に、カラフルな服装の摩訶不思議な小男がするりと、ゴーストのように飛び出した。

 

「新入りのゴースト、では無いのう」

「お初にお目にかかりますダンブルドア先生。

 オィラはゴーストなんてつまらん物じゃあ無い、愉快で楽しい毎日がお祭り、ピーブズ様!

 昨日ホグワーツに住んでやりましたのよ!追い出すなんて出来ないから、ヨロシクー!」

 

 ピーブズと名乗ったこの小男は、奇声を発しながらダンブルドアの私室の天上付近を躍り狂い飛び回る。

 

「金ぴか頭の女の子、のっぽなヨーテリアちゃん!

 みんなは強がり泣きみそお嬢ちゃんが大嫌い、おっきな騒ぎもみーんなヨーテリアのせいだ!お友達とも喧嘩してサヨナラバイバイ!

 ああ可哀想可哀想!良い事無しだねぇーッ!このままじゃ真っ白けになっちゃう~!」

 

 愉快そうに飛び回るピーブズはゲラゲラと笑いながらヨーテリアの不幸を歌い、沈みきったダンブルドアの精神を酷く逆撫でした。

 

「何が言いたいのかね、愉快なピーブズ君」

 

 低く、静かな怒りを籠めてダンブルドアは呟いた。

 するとピーブズは、逆さまの状態で彼に向き直り、酷く真面目くさった表情で大きな口を開いた。

 

「励ましてやった方がいいんじゃねぇの?」

 

 その言葉にダンブルドアはよろめいた、ピーブズは逆さまのまま胡座をかいてくるくる回りながら言葉を続ける。

 

「ピーブズ様はお祭りが大好きなのよ。

 お通夜なんて大嫌い、祭りに変えたくなっちゃう。

 だけど今にも死にそうなチビッ子見ると、胸糞悪くてお祭りできないのよね~」

「しかし、わしには彼女に声をかける資格は無い。

 わしは無力じゃ、彼女の為に何も出来ん、じゃから彼女に合わせる顔も持ち得ない」

「へぇ、励ますのに資格って必要なんだ?」

 

 思わずダンブルドアは目を見張った、この摩訶不思議な小男は、今一体何と言った?

 ダンブルドアの反応を見て笑みを深めたピーブズは身体を逆さまから正位置に変え、腕を組んだ。

 

「あんたお嬢ちゃんが大事なんだろぉ?だったら今すぐ会って慰めてやんなよ、そんくらい耄碌ジジイでも出来るっしょー?」

 

 癪に障る笑い声を上げながら、ピーブズはふわふわとダンブルドアへと顔を寄せて、彼の鼻面を実に優しく、不愉快に小突いた。

 

「あんたがしたい事をしな、それでいい」

 

 ピーブズにそう諭されたダンブルドアは脇目も振らずに姿あらわしを行使した、目的地は勿論ヨーテリアの部屋だ、そこしか無い。

 風景がぐにゃりと歪む、狭苦しいパイプへと捩じ込まれるような、いつもの不快な感覚は無視し、ただ彼女の部屋をイメージし続けた。

 不快感から解放されると、ダンブルドアは乱雑に古本の積み上げられた薄暗い部屋に、見慣れたヨーテリアの部屋に立っていた。

 そしてベッドには、ヨーテリアが歯を食い縛ってボロボロと零れる涙を止めようとしていた。

 

「何、しに来た、ダンブルドア」

 

 彼女は声を震わせながらダンブルドアを睨み付ける、涙を堪えて歪ませたその顔は、もはや凶相であった。

 

「友達と、縁を切ったと聞いてのう。

 泣いておるのかね、ヨーテリアや」

「黙れ、世話を焼くんじゃ、ない、放っておけ。

 私は、大丈夫だ、大丈夫なんだよ」

 

 錫杖に手をかけ、彼女は凄まじい殺気を放つ。ピリピリと肌を焼くそれを感じながらも、彼にはヨーテリアが怯える子犬にすら見えた。

 独りぼっちで震えて、ただ近寄る者に吠える子犬だ。

 

ーーこんな状態の子を、わしは放置しようとしたのか。

 

「さっさと、出ていけ、目障りなん、だよ」

「否じゃ、わしは出ていかんよヨーテリアや。お主が一般で言う大丈夫、に入るとは思えん」

「〈エンゴージオ〉」

 

 彼女が左腕に錫杖を当て呪文を唱え、そのまま驚くべき速さでダンブルドアに近付き、彼の胸ぐらを掴み近くのベッドに放り投げた。

 

「ぐ・・・ッ」

「出ていけと言っただろう、ん?」

 

 仰向けに倒れて呻くダンブルドアに馬乗りになり、首もとに錫杖を押し付け低い声で呟いた。

 無表情に彼を見つめ、その硝子玉のような目は堪えるのを辞めた涙が止めどなく溢れていた。

 

「このままエンゴージオを発動すればお前の喉は破裂するか潰れる事になる、私は確実にお前を殺せる、分かるか?

 私はグリンデルバルドなんだよっ!ゲラート・グリンデルバルドと、同じなンだよ!

 だから放っておけ、私に世話を焼くなァッ!」

 

 途中からの言葉は最早悲鳴にしか聞こえなかった、なんの感情故かも分からずに、息を荒げてただダンブルドアへと絶叫するヨーテリア、しかしダンブルドアは優しく彼女に語りかける。

 

「君は、あやつとは違う」

「黙れ」

「君はあやつのように残忍ではない」

「黙れよ・・・ッ」

「君は人を殺す事など出来はしない」

「黙れ、黙れェッ!」

「あやつならば友を大事になどしない」

「あ″あ″あ″ッッッ!黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!

 〈エンゴージ・・・ッ!〉」

「あやつならば、友を失って悲しみなどしないよ」

 

 ダンブルドアの一言に、鬼の形相をしていた彼女は呪文の詠唱をやめ、歯を食い縛って彼を見た。

 涙を止めることもせず鼻水すら垂らして、歯の間から情けないうめき声を漏らしながら錫杖を力無く取り落とし、左手で顔を覆った。

 

「悲しい・・・?当たり前だろッ!何で、アーガスがあんな目に遭うんだよ!?何で私が犯人なんだよ、おかしいだろッ!

 アイツだって本当は引き剥がしたく無かった、でも仕方無いだろ!?私は黒幕なんだから!

 グリンデルバルドの娘、闇の魔法使いッ!そんな名前抱えてちゃ、仕方無いんだよッ!」

 

 衝動的に振り下ろした左腕が、ベッド脇にあった小さな戸棚を粉砕しただの資材へと変える、その間も彼女は猫の威嚇の様に呼吸を荒げていた。

 

「だから・・・ッ、納得するしか無いんだ。

 泣いて、悲しんだって、無意味なんだ・・・ッ」

 

 食い縛りすぎた口から血すら流して、苦悶の表情を浮かべ目元を押さえるヨーテリア、ダンブルドアはそんな彼女を上半身だけ起こして、頭を己の胸に当てさせ、力強く抱き締めた。

 

「・・・ダンブルドア?」

「アルバスと、呼びなさい。ヨーテリアや。

 君はわしの養子じゃ、わしの娘じゃ、じゃから、わしの事は、アルバスと呼びなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアは、俺に、何て言ったんだ?目の前にあるこの柔らかい壁は、何だ?

 

「わしは、君を罪滅ぼしの為に救おうとしていた。

 しかし初めて君の目を見た時、考えが変わった」

 

 ダンブルドアが俺の頭を撫でながら、まるで子供をあやすみたいに語りかけてくる。

 

「君のその、全てに絶望した、悲しい目じゃ。

 その目を見た日、わしは誓ったのじゃ、必ず君を幸せにしてみせる、君をその絶望から解き放ってみせる、とのう。

 ホグワーツに招いたのも、君に友を作って欲しい、その一心での事なのじゃ。しかしわしは結局、君が孤独になるのを止められなかった」

 

 ダンブルドアを見上げると、このジジイは俺を優しい目で、悲しそうに見つめていた。

 やめろ、そんな目で、俺を見るんじゃない。

 

「本当にわしは、無力じゃ、愚かなジジイじゃ

 じゃからせめて君の思いは、全て受け止めよう」

 

 やめてくれ、今そんな優しくするな。

 こんな辛い時に、そんな事言われちまったら

 

「ひぐっ・・・ううぅっ・・・う″う″う″っ」

 

 涙が、止まんなくなっちまうだろうが。

 

「ダンブルドアッ・・・わ″た″し″は″っ・・・」

「ヨーテリア、わしはアルバスじゃ。アルバスと、呼びなさい」

 

 ・・・ああ、この・・・馬鹿野郎。

 

「・・・ア・・・ル・・・バス・・・ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う″あ″あ″ぁ″ぁ″ぁ″ーーッ、あ″あ″あ″ーーァッ!」

 

 ヨーテリアは泣いた、誰も見たことも無いくらいメチャクチャに泣いた、泣きわめいた。

 もう止まらなかった、老人の胸にすがりつき恥も外聞も無く、ひたすらに泣き叫んだ。

 

「なんでだよォォ!?なんで、なんで俺ばっかりッ!

 こんな目に遭わなきゃいけないんだよォォッ!?」

 

 ずっと溜め込んでいた心の叫びだった、短くて長い残酷な一生でずっと叫びたかった、そんな言葉を今、彼女は全力で吐き出していた。

 

「なんでッ、アーガスを守れなかったんだッ!なんでッ、あいつを引き剥がしたりしたんだッ!俺は悪くないのに、悪くないの″に″ィィッ!

 あ″あ″あ″ぁ″ーーーッ!」

 

 結局彼女は、泣き疲れて眠ってしまうまで、アルバス・ダンブルドアに思いをぶつけ続けた。




はい、ピーブズ様登場でございます。
実は私、原作皆勤賞の彼が、映画ではものの見事に不参加のままなのが悔しくて仕方無かったりします。
 我が名はグリンデルバルド の初投稿から彼はここで参加させると、誓っておりました。
原作ではただの嫌なポルダーガイストですが、彼もまた、ハリーポッターの登場人物、多少の美化は、勘弁してくださいませ。


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23話 罰則開始

ヨーテリア、テリア。つまり、テリア犬が元、ハナッからダンブルドアの犬ってコンセプトでした。


 ヨーテリアの部屋で彼女の嘆きを聞いた後日、一日の授業が終わり、アルバス・ダンブルドアは教室でマクゴナガルの補習をしつつ、悩んでいた。

 今日一日、一度も授業に出ていないと報告された、彼の愛するヨーテリアの事でだ。

 ピーブズに促され半ば衝動的に行動を起こした、彼女の部屋に赴き、闇雲に父との関連を否定しその挙げ句、思いを受け止めてやるなどと、親でも無い癖に何たる軽率、彼はそう思った。

 彼女を励ます事が出来たのかは分からない、仮に出来たとしても。問題の解決にはならない。

 

ーーやはり、迷惑でしか無いんじゃろうか。

 

 静かに目を閉じて、ダンブルドアは思考する、彼女の親代わりとなって支えたとして、果たして彼女は救われるのだろうか。

 己の後先考えない行いのせいで、むしろ彼女はより一層、苦しむ事になってしまったのでは?大体、根本的な解決は何も出来ていないのだ。

 

「先生、お顔色が優れませんが」

「ああ、大丈夫じゃ、ただの胃もたれじゃよ」

 

 自分を心配して声をかけてきたマクゴナガルに優しく微笑んで、首を横に振ってみせる。

 マクゴナガルは少し難しそうな顔をしたが、すぐに失礼とだけ言ってため息をついた。

 

「しかし先生、ヨーテリアの事なのですが」

「ヨーテリアが、どうかしたのかね?」

「いえ、昨日の騒ぎに関連して、嫌な噂が。

 彼女の友人は退学してしまい、彼女自身も今日アズカバンに送られた、と・・・」

 

 不安げに目を伏せマクゴナガルは語る、ダンブルドアは息が詰まる思いであった。

 噂など信用ならない、しかし状況が状況だ、もしや、過程を飛ばされて無理矢理アズカバンに?彼は、校長室に姿表しして殴り込もうとしたが、彼が立ち上がったのと同時に教室の扉が開き、生徒が一人、ヒュゥと口笛を鳴らして入室する。

 

「そりゃ驚いたな。じゃあ、私は誰だ?」

 

 ダンブルドアは聞き慣れたハスキーな声を聞き、目を見開いて声の主を見た瞬間、息を詰まらせた。

 

「ヨーテリアや・・・ふはっ、そうであろうな」

 

 思わず涙腺が緩み、自然と笑顔が出来上がる。

 そこに居たのは、金色の髪を肩まで伸ばした、アメジスト色の綺麗な瞳と少女と言うにはいささか高すぎる身長を持つ見慣れた少女。

 ヨーテリア・グリンデルバルドその人であった。

 

「勝手にアズカバンに送るな、入院してたんだ」

 

 口を(への字)に曲げて、不愉快そうに呟く彼女、もはや錫杖など支えにはしない、その歩みは実に堂々と力強く、皮肉にも父親と酷似していた。

 

「腕と肋がイカれたままなのが苛立ってな、医務室で骨生え薬を何本か強奪したんだが、死ぬ程痛い思いしてまた入院するハメになった。まあ、そのおかげで、〈エンゴージオ〉」

 

 彼女が何を思ったか、ギブスをつけたままのグチャグチャな筈の右腕にエンゴージオを付与、そのまま力を込めつつ、腕を前へと伸ばした。

 すると、あろう事かギブス全体にヒビが走り彼女が右腕に一層力を込めた瞬間

 

「ふんッッ!」

 

まるで破裂でもするように、内側から崩壊した。

 二人が呆然とする中、彼女は右腕を見せびらかし、にぃ、と歯を剥いて笑って二人に言い放った。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルド復活、て所かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて、胃が痛い事をするんですか・・・」

 

 腕が直ったのでギブスを筋力で破壊しました、元リーマン現魔法少女、ヨーテリアさんです。

 完治と元気アッピルの為だ、他意はありません、だからにゃんこ先生、腹を押さえるのはやめるんだ。

 

「ヨーテリアや・・・もう、大丈夫なのかね」

 

 ジジイが暖かい笑顔を浮かべながら尋ねてきた、どの口と顔で言うのやら、見れば分かるだろうに。

 

「辛けりゃあんたに頼ってもいいんだろ?なら私は大丈夫だよ、アルバス」

 

 ずっと一人ぼっちだと思ってた、自分の中で全部完結させて、無理に納得して押し殺して来た。

 実際、フィルチもリドルもまだ引き摺ってる、でも、もう俺は吐き出していいんだろ?あんたを親父と思って、頼っていいんだろ?

 

「そうか・・・そうかね、ヨーテリアや」

「ああ、昨日はありがとうな」

 

 最後にダンブルドアににへらと笑った後に置いてけぼりのマクゴナガル先生を見る、先生は長く黙りこんでいたがやがて額を押さえ、俺の肩を叩いて深くため息をついてみせた。

 

「ほんッ、とうにッ、心配させて、あなたは」

「ミネルバ、心配は嬉しいけど、いいのか?

 私が襲撃事件の犯人かもしれないって噂も、昨日大騒ぎ起こしたってのも知ってるよな?」

 

 俺が目を細めてそう言って見せると先生は苛立ったように何度も俺の名前を呼んで、終いには俺の額に見事なチョップを叩き込む。

 

「襲撃?あなたに出来れば苦労しませんよ!

 昨日だって、聞けば正当防衛ではないですか。

 むしろ、友達を守ろうとしたのでしょうにッ」

 

 俺の頭をガシガシと乱暴に撫で回すにゃんこ。

 先生は、ここまでやらかした問題児の俺をあいも変わらず、変な話だが可愛がってくれてる。

 何でそこまで俺を信用してくれてるかは分からんが何だろう、ちょっと、嬉しいかもしれない。

 

「ミネルバ、信用してくれるのは嬉しいけど、もう、親しくするのはこれっきりにしよう。

 今はまだだけど、私には監視がつくらしい、ミネルバまで白い目で見られちまうよ」

「はんッ、何の冗談ですか?面白くもない。

 だったらこうしましょうか?」

 

 マクゴナガル先生はスッ、と俺に近寄った、途端に身体が急激に縮んで何か小さい物になる。

 先生だった小さなそれは俺の肩に飛び乗って、困惑している俺にパンチを見舞い、にゃぁと鳴いた。

 これは、猫になった、とでも言うのか!?先生、完全にアニメーガスになれたのかよ!

 驚く俺からマクゴナガル猫は飛び降りて、俺の目の前で元のミネルバに戻って素晴らしいドヤ顔を披露し、一回転してみせた。

 

「猫と関わって目くじらを立てる者はいません。

 あなたがこの教室で一緒に居るのはただの猫、私が目をつけられる事は無い、いいですね?」

 

 優しく微笑みながら先生は猫になってみせた、ああ、涙が出てくる、思わずにゃんこに抱き付いた。

 

「ミネルバぁぁーーっ・・・」

 

 ふかふかのマクゴナガル猫に顔を埋め思う存分モフり倒す。涙が止まらない、もう大好きだにゃんこ先生、愛してる。

 

「ダンブルドア?ミス・グリンデルバルド?ああ良かった、やはりここに居たか」

 

 教室に誰か丸々太った教師が入ってきた、立派な髭を生やした彼は間違いなくスラグホーン、なんだか頬がやつれて、疲れているように見えるが俺はそんな事は知らん、にゃんこをモフるのみ。

 

「ホラス、どうしたのかね」

「いやね、この子の監視員と罰則についてだが」

「空気読みやがれよお主」

「あのなぁ・・・まあいい」

 

 ああ、忘れてた。俺罰則もあるんだったな。

 スラグホーン先生はダンブルドアに罵倒されてぐらりと体を揺らして額を押さえたが、すぐに死んだ魚のような目で、俺を見た。

 

「まず監視員なんだが、血みどろ男爵をつける。

 何か問題が起これば伝達しやすいし、ゴーストなら監視には最適だからな」

「ぐお″ぉ″ぉ″・・・ッ」

 

 思わずお腹を押さえて呻く俺、血みどろ男爵、スリザリンお付きの生真面目野郎、またの名をホグワーツ最恐のゴースト。

 鎖に巻かれた、血だらけのこのゴーストははっきり言ってあらゆる意味で俺の天敵である、だってアイツ、洒落にならない位怖いんだもの。

 

「まあ男爵ならまだ有情、と言うべきかの?」

「校長は教員が直接、などと言っていたがそんな暇は無いし、男爵なら適任だろう」

「して、罰則の方はどうするのかね」

 

 ダンブルドアがスラグホーン先生に真顔で尋ねると、スラグホーン先生は苦しげに唸った後、額を押さえながら投げやりに一言呟いた。

 

「何でも、毎日森番の仕事を手伝わせるそうだ」

「は?」

「やめろ呪うな、仕方無いだろう罰則なんだから。

 腕が治りたての所悪いんだが、校長が・・・」

「や、やります!やらせてください!」

 

 スラグホーン先生の弁明に割り込んで叫んだ、森番の仕事、つまり心配事が一つ減ったのだ。

 監視付きでどうやってハグリッドに会おうか割と深刻なレベルで悩んではいたが!これなら堂々と会えるし関われるじゃあないか!

 

「ホラス。ようやった、ようやった・・・」

 

 ダンブルドアがスラグホーン先生の肩を叩いて凄まじくイイ笑顔を浮かべて語りかける。

 先生は呆然とダンブルドアを見つめ、俺を見て余計に訳が分からない様子で、首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オッグは、責任感のある優秀な森番だ、このホグワーツ魔法魔術学校に存在する危険極まりない圧倒的人外魔境たる森、すなわち禁じられた森の管理を任され、その仕事に誇りを持ち、学校への忠誠心も他の誰よりも高く、愛情も深かった。

 

「よろしくお願いします」

 

 だが、目の前で頭を下げる金髪の少女を見て、少し学校に抗議しても良いんじゃないかと、感じた。

 

ーー絶対にただの厄介払いだ、許さんぞマジで

 

 こめかみを押さえながら、オッグはそう思った。

 このヨーテリア・グリンデルバルドという少女、間違いなく悪人では無いのだろうが何をしでかすか分からない感じがする。

 襲撃事件の犯人だとすれば、この少女は二度に渡って廊下を大規模に破壊した事になる、何故そんな爆弾を取り扱わねばならないのだ。

 何より、だ。罰則なのに何故ご機嫌なのか理解に苦しむ。

 

「・・・じゃあ、薪割りでもしてもらうか」

「えっ、森の見回りとかは、いいのか?」

「薪割りも十分すぎる罰則だと思うんだがな。

 ハグリッドの在庫整理が終わったら戻る、それまでは一人で薪を割っててもらうぞ」

「合点。〈エンゴージオ〉」

 

 斧を渡して小屋の中に入るオッグ、中ではハグリッドが大量の資材や材料をそれはそれは丁寧に、素早く整頓していた。

 

「相変わらず早いな、ハグリッド」

「いやいや、オッグ先生に比べりゃ、まだまだだ」

 

 彼は朗らかに笑って、束ねていたユニコーンの毛を割と大雑把に天井の針金に通し、ぶら下げる。

 その作業とは裏腹の大雑把さに苦笑しながらオッグも椅子に座り、資料を整理する。

 

「今日、一人罰則があってな、外で薪割りしてる」

「へぇ、どんな奴なんで?」

 

 ハグリッドが興味深そうにオッグに尋ねる。

 オッグは頭を掻いてから、資料を置いた。

 

「ヨーテリア・グリンデルバルドだ。

 お前と親しい生徒、だったっけか?」

「ヨーテが、ですかい!?こうしちゃいられねぇ、さっさと済まさなけりゃぁっ!」

 

 ハグリッドが大急ぎで作業を再開するが急ぐあまり、余計に大雑把になってしまっている。オッグはそれを見て苦笑いし作業の手を早めた。

 仮にもヨーテリアは女の子、つまり非力だ。薪割りをさせてはいるが正直期待していない、結局自分達がやる事になる、なら早い方が良い。

 重労働させ過ぎれば、ダンブルドアが怒るだろう。

 

「よぅし、おしまいだ!」

「こっちもだ。お嬢さんの様子を見に行くか」

 

 ハグリッドが勢いよく、オッグは気だるげに席を立ち、森番の小屋を出て薪割り場を見た。しかし何故かヨーテリアはそこに居ない。

 

「あのガキ、まさか逃げたか!?」

 

 オッグが憤怒の表情を浮かべて周囲を見回した、罰則から逃げられたとあっては責任問題になる。

 何より、自分から逃げるとはいい度胸だ!望み通り禁じられた森に放り込んで泣くまで森をさ迷わせてやろう!

 

「どこだ、どこへ行ったあのガキ!」

 

 オッグが周囲360度を怒りを籠めて見渡す、ヨーテリアは見当たらない、校内か?そう思った瞬間、森から大きな音がした。

 何事かと思って耳をすませると、その音は斧か何かで、木を切り倒している音であった。

 

「うおぉっ!?」

 

 数回ソレが聞こえたと思えば、音は木が倒れ、地面に派手に転がる音へと変化した。

 そして、森の奥から誰かがこちらへ歩いてくる。

 

「な、なんだぁ・・・?」

 

 ハグリッドは怪訝な声を上げた後、絶句した、森の奥から歩いてくるのは見慣れた少女だ、制服に木屑を付けて涼しい顔をして運んでいた。

 木を切り倒して作ったであろう、丸太を。

 

「何をしてるんだ、グリンデルバルド」

 

 オッグは気絶しそうになりながら呟く、すると彼女は丸太を薪割り場に置いてから、ふぅ、と息をついてオッグ達に向き直った。

 

「割る薪が無くなったので、補給を。

 〈エンゴージオ〉」

 

 確かに、見てみれば小屋の裏には見事に割られた薪が大量に積み重なっていた、呆然とオッグはそれを見つめ額を押さえて呻き、ハグリッドは大笑いして、斧を探しに倉庫へ向かう。

 それを見届けたヨーテリアは斧を振りかぶり、横に寝かせた丸太に思いきり降り下ろした。

 

「・・・ぐおお」

 

 見事にぶつ切りにされる丸太を見てオッグは、彼女が事件の犯人で(あって欲しい)と願いながら、腹を押さえて呻き、うずくまる。

 あれを医務室送りに出来る化け物が居てたまるか、そんな化け物がホグワーツに居たと思いたくない。

 

「ダームストラング行こう、絶対行こう」

 

 ふらふらと斧を探しながら、オッグはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空腹が辛い、渇く、白い守護霊が忌々しい。

 アズカバンに居れば良かった、ひもじい。

 目の前に大きな城がある、きっと人が沢山だ。

 

「メリィソート先生、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだねマクスウェル、2年ぶりだ。

 君が担当の闇払いか。ならば安心出来る」

 

 老人が居る、何も感じない、まずそうだ。

 

「で、コレが今回校外に配置する?」

「ええ、上層部直々のご指名だとか。

 アズカバンでも優秀なんでしょうな、ハハ」

 

 何だろう、城壁内から、何か気配がする。

 飛び抜けて悲惨な匂いだ、ここからでも分かる。

 適度に幸せもある、なんて素晴らしい食材だ。

 

「で、問題の生徒はどんな子なんです?」

「ここまでしなくてはならない子では無い、魔法省の命令だそうだが、私は反対だ。

 ヨーテリア・グリンデルバルド、彼女はな、友人想いのただの女の子だ、そうだとも」

 

 ヨーテリア・グリンデルバルド、知っている。

 引き渡される奴、問題のある奴、邪魔な奴。

 そう教えられた、許可も下った、こう言われた。

 

「何事も無しなら、私はくたびれ儲けですな」

「そうなったら、私と酒場にでも行こうか」

 

 グリンデルバルドは、吸ってもいいって。



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24話 監視生活の始まり

 元リーマン現魔法少女、ヨーテリアさんです。

 あの後ハグリッドと薪を割った数を競って完全に日が沈んでしまうまで薪割りに興じた結果、エンゴージオをしたにも関わらず筋肉痛です。

 そんな状態で朝を迎え機嫌悪く談話室を出た今、素晴らしいまでの恐怖体験をしています。

 

「遅いぞ、ヨーテリア・グリンデルバルド」

 

 俺の目の前には、全身に鎖を巻いた大男が銀色の霊体を浮かせて雄大に浮かんでいた。

 ゴーストである事を考慮しても悪すぎる顔色、全身に飛び散る銀色に変色した血飛沫、紛れもなくスリザリンお付きの血みどろ男爵だ。個人的に、ホグワーツ最恐のゴーストだと思う。

 

「今日から貴様は私が監視する事になった。

 授業以外は二十四時間、とり憑き続けてやる」

「もぅやだ、助けてアルバス・・・」

 

 胃袋に走った激痛により、腹を押さえてうずくまる。

 映画では俺は見なかったと思うが、はっきり言う、こいつを見てビビらない奴は正気じゃない、スプラッターと幽霊の悪夢のハーモニーだ。

 

「さっさと歩け、朝食の時間だ」

 

 男爵に急かされふらふらと大広間に向かう俺。俺を早く歩かせる為か、男爵は俺の背後に張り付いて、凄まじい寒気を感じさせてくれる、あんまりにびったりと張り付くもんだから何か大事な物が少しずつ吸いとられてる気がする。

 途中生徒を見かけたが、俺と男爵を見た途端情けない声をあげて腰を抜かしてしまった。仕方ないよな、俺だってそんな反応するよ。

 

「誰か助けてェ・・・」

「ほほほほォーーッ??だァーれかと、思えば、泣きみそヨーテちゃんじゃ、あーりませんか?」

 

 頭上から声がしたので首を上に向けると前に見たカラフルな小男が、逆さまの状態で俺を見て、ニヤニヤと笑っていやがった。

 

「誰だよテメェ」

「あァァーら悲しい、ピーブズ様をご存知無い!?

 この御祭り男ピーブズ様を知らんとは、やっぱり脳みそ泣きみそ、お嬢ちゃんだなぁッ!」

 

 ゲタゲタ笑いながらクルクル回りだす小男、不愉快な奴めピーブズだと?映画じゃ見てないな。

 

「この私が泣きみそだと?何を根拠に・・・」

「アルバスと呼びなさい、ヨーテリアや」

 

 ピーブズがダンブルドアの声真似をして、何かを抱き締める動作をして、ニヤリと笑う。

 ・・・おい、待てや、その台詞まさか。

 

「昨日はありがとな、アルバス・・・ニコッ!」

「う″わ″ぁ″ぁ″ぁ″ッッ!?」

 

 頭に血が急激に昇ってきた、顔がとっても熱い、この野郎、全部、見てやがったのか!?

 顔を真っ赤にして震えている俺を見てピーブズは大笑いしながら煽りを放ってくる。

 

「デレッデレですなァー、ヨッッッちゃん?アルバスお父さんが大ちゅきでちゅかァー?

 泣きみそヨーテちゃんは爺がお好きーッ!ギャーッッハッハッハッハッ!」

「テメッ、許さん、降りてこい!クソッッ!」

「ヒャハーッ!泣きみそが茹で蛸だ、コワイ!」

「やかましいッ、静まらんか貴様らッ」

 

 突然響いた地獄の魔王みたいな低音に、馬鹿笑いして宙返りしていたピーブズも錫杖を取り出して呪文を撃とうとした俺も、思わず固まってその場で姿勢を正す。

 声の主は勿論、血みどろ男爵だ。全身から粘つく殺気を放っているのが分かる。無表情が獲物の品定めにしか見えない、あれゴーストなんだよね?そうだよね?

 

「ピーブズとやら。その行い、あまりに低俗。

 ホグワーツに居を構えるならば、弁えぬか」

「へ、へぇ、でも、オィラは御祭り男でして」

 

 そう言ったピーブズの耳元へと急接近した男爵はピーブズの耳元で、何かをぼそりと呟いた。

 途端にピーブズは涙目になって震え始めその場に中世ヨーロッパ風に跪いて、頭を垂れた。

 

「男爵様、どうか、ピーブズめをお許しください。このどうしようもない道化をどうか、どうか」

「うむ、特に許そう。ピーブズよ。

 ヨーテリア・グリンデルバルド?」

 

 男爵がぐるんと俺の方を向いたモンだから、思わず情けない声と共に手をあげてしまった。

 違うだろ、手をあげろなんて言われてないよ、何かあげなきゃ死ぬ気がするけど違うだろこれ。

 

「何が言いたいか、分かるね?」

 

 血みどろ男爵の真っ暗な深い目に見つめられ、俺の歯は自然とガチガチと音を立て、あまりの怖さに目元に涙が溜まり始めた。

 でも返事しなきゃ、返事しなきゃ死ぬ、絶対に。

 

「すっ・・・いません・・・でした・・・っ」

「それで良いのだよ、利口な子だ」

 

 男爵が俺の頭を無表情に撫でようとしたが生憎とゴーストなので頭を貫通して首に入った。全身に寒気が走る、心臓が止まった気がする。

 気を取り直して大広間に向かう途中も男爵がびったりと背に張り付いていたので俺の震えは止まらず、寒気も引かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大広間に着いてようやく男爵が離れた。解放された俺は安心のあまり少しだけ泣いた。

 朝食にパンとベーコンを取りはしたがはっきり言って食欲が無い、そりゃそうだよな、さっきまで幽霊にとり憑かれていたんだからな!

 

「朝食を抜くのは感心せんなァ」

「食べるよォッ、勿論食べますよォッ!?」

 

 地獄ボイスが聞こえたので慌ててパンを食らう、逆らったら殺される間違いなく殺される、俺には分かる。男爵なら絶対に殺る!死んでたまるか、こんな所で死んでたまるか!

 

「クッソ・・・クッソ・・・」

「グリンデルバルド・・・何故涙目なんだ?」

 

 背後から聞こえた声に超反応する俺、この呼び方もしかして、いや、そんな!

 俺は勢いよく後ろを振り返り、声の主を見た。

 

「俺だ」

 

 誰 だ よ テ メ ェ は 。

 

 俺の後ろにいたのは強面で悪そうな男子、どこかで見たような気がするが、うん、リドルじゃないなら興味無いや・・・。

 思わず半目になってしまう、自然とため息が出る。

 

「アイツじゃ無いのかァ・・・」

「俺はドロホフだ、残念だったな」

 

 ドロホフ?あぁ、リドルの取り巻きの?そういえば一度話した事があるな、確かマッチを針に変える授業で騙された気が、なんだよクソ野郎じゃないか、余計興味失せた。

 ・・・ん?何だか視線を感じるような?

 チラリと視界の元を辿ってみると、取り巻きと話してるリドルが居ただけだった。

 ・・・ワハハ、気のせいにしちゃ悪質だな。

 

「ドロホフ、貴様彼女と親しいのか?」

「勘違いするな、気になっただけだ」

 

 ドロホフがリドルの席へ向かおうとする・・・うーむ、折角だし、ちょっと確認するか。

 

「ドロホフ」

「何だ?」

「アイツは、元気してるか?」

「死ぬほどにな」

 

 凄まじく短い受け答えを済ませて、ドロホフがリドルの席に歩いていく。

 死ぬほど、って、どういう事だ?さっぱり分からんが、とにかくまあ、元気そうならそれでいいよ。

 リドルなら、俺が居なくてもきっと大丈夫だろう。何せアイツにはちゃんと友達が居るんだからな。

 

「アイツ、とは誰の事だ?グリンデルバルド」

「誰でもいいだろ、男爵」

 

 男爵が尋ねてきたが、これだけは死んでも言わん、何のためにリドルを引き剥がしたと思ってやがる。

 適当に返事をしてパンにかじりつくと男爵は低く唸っただけで引き下がってくれた。

 それで良い、詮索するんじゃあ、無いぜ。

 

「ムッ、ふくろう便か」

 

 ふと男爵が頭上を見上げて、鋭く言った。

 同じく見上げてみれば成る程、ホグワーツ名物の天井を覆い尽くす量のふくろう便である、ぶっちゃけ見飽きたが、やっぱりこの量は異常だ。

 ぼんやりとふくろうの絨毯を眺めていると、ふと一匹のふくろうがぶら下げていた包みを俺の目の前に実に乱雑に落としてくれやがった。

 割と鈍い音を立てた包みは、どうやら俺宛らしい。

 おっかしいなー。俺、今は家族なんて居ないよー?まさか罠か?びっくり箱的な質の悪い贈り物?

 

「貴様宛かグリンデルバルドよ。

 どれ、開けてみようではないか」

「鬼が出るか蛇がでるか、だな・・・」

 

 前もって自分にプロテゴをかけてから慎重に包みを開けてみると、中には分厚い本と一通の手紙が、それはそれは丁寧に入れられていた。

 プロテゴはかけてある、いざ中身を拝見。手紙を広げてみると、こんな内容が書かれていた。

 

 

ー親愛なるヨーテリア・グリンデルバルドへー

 

 ヨーテが怪我無く、健やかにこれを読んでいると不肖アーガスは切に願い、御手紙を出します。

 ホグズミードの(三本の箒)でアルバイトを始めた、もし良かったら休暇に遊びに来て欲しいな。

 それより、同封しといた本には満足したかな?ヨーテの研究に役立つと嬉しいんだけど。

 

ーアーガス・フィルチより、愛を込めてー

 

「んふ、んふふふ・・・」

 

 やばい、勝手に頬が緩んで笑い声が漏れちまう、フィルチおじさんかよ。はは、マジかよ。

 満足したか?そりゃもちろんだぜおじさん、アンタからの贈り物なら何だって嬉しいよ。しかも研究資料だと?感無量って奴だおじさん、ホグズミード行こう絶対に行こう。

 

「貴様、何か怪しい物では無いだろうな」

 

 地獄ボイスに水を差され幸福な気分が霧散する、邪魔すんなよ男爵よう、今いいとこなのに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーテリアが包みを開けて顔を綻ばせている頃、ドロホフはリドルの席へとたどり着き彼の隣に座り、不機嫌そうに首を鳴らした。

 

「で、どうだった?ドロホフ」

 

 朝一番に彼女の様子を見るよう命令した張本人、つまり彼らの親分こと優等生トム・リドルは、席に座ったドロホフに素晴らしい真顔で尋ねた。

 

「何故か分からんが、涙目だった」

「何?」

 

 ドロホフの言葉に目を剥いて動揺するリドル、同じく取り巻きのロジエール、マルシベールは思わず半眼になって自分達の大将を見つめる。

 

「トム、もう関わるなと言われたのですよね?」

「もういいだろ大将、放っておこうぜ。な?」

「いつから僕に意見出来るようになった?

 自分の所有物を心配して、何が悪いと言うんだ」

 

 マルシベールとロジエールの控えめな忠告は怒りを込めてばっさりと切り捨てられ、リドルは苛々としながらパンを口に運んだ。

 三人はそれに反論せず、黙って食事をとる。

 ドロホフはベーコンを食らいながらチラチラとヨーテリアを見やるこの優等生を、呆れ半分、面白さ半分でしげしげと眺めた。

 昨日から彼は、普段共に行動していたスクイブや学年一の問題児であるヨーテリアと行動しておらず、非常に機嫌悪く、また落ち込んでいるように見えた。

 それだけなら物珍しく面白いだけだと流していたが、ヨーテリアが復帰していきなりこの様子では、これから一体、何を言い出す事やら・・・。

 

「ドロホフ、折り入って頼みがある」

 

 そら来た、彼はそう思いながら唸って返事をする。

 リドルがこう言った時は大概その内容は、完全強制の命令であると相場が決まっている。

 何を言い出す事やら、とドロホフは目を細めた。

 

「今日から、グリンデルバルドを監視しろ、出来る限り一日中、張り付いた状態でだ。

 つまり友人を装え。アレの様子を随時伝えろ」

「待てや」

 

 予想斜め上のさらに斜め上の命令が下され、思わず声を荒げリドルに食って掛かるドロホフ。

 それを聞いたロジエールはむせて悶え苦しみ、マルシベールは自慢の眼鏡をずり落とし、呆けた様子でリドルを見つめ目を点にしている。

 

「勿論、僕との関わりは極力避けるんだ。

 報告は部屋で聞く、問題ないだろう?」

「ざけんな、何で俺がそんな」

「お前にしか出来ないんだよ、ドロホフ。

 この中でアレと関わって不自然で無いのは何かと問題を起こしているお前だけだ」

「誰の命令で起こしたと思ってやがる。

 大体、俺まで教師に目をつけられるじゃないか」

 

 こめかみに青筋を浮かべて怒るドロホフ、しかしリドルは真顔でドロホフを見据え続け、その目は「反逆は許さない」と雄弁に語っていた。

 マルシベールがおろおろと二人を交互に見る中、ドロホフは目の前の優等生の放つ重圧に負け、冷や汗を垂らしながらため息をついて頷いた。

 

「やれば良いんだろ、やれば」

「それでこそ、僕の所有物だ。ドロホフ」

 

 死んだ魚のような目になった彼の肩を叩いて、リドルは実に穏やかな笑顔を浮かべ、そう言った。

 ドロホフは助けを求めるように他の二人を見たが、マルシベールは悲しそうに首を横に振るだけで、ロジエールに至っては親指を立てたと思えば、満面の笑みを浮かべてドロホフにこう言い放った。

 

「グッドラック、切り込み隊長っ」

 

ーー俺は悪くない。

 

 全力でフォークを投擲した後、彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより闇の魔術に対する防衛術を開始する。

 今日は昨日やった無言呪文の続きだ、二人一組で呪文を掛け合って貰うぞ。

 念を押すが、無言呪文だからな?」

 

 メリィソートが教卓に立ち、号令を出すその間もドロホフは目が死んだままだったが、リドルは容赦無くヨーテリアを顎でしゃくり彼女と組むように命令し、マルシベールと組む。

 

「ロジエールロジエール」

「何だよドロホフ」

「ザマァ」

「このクソ野郎」

 

 ロジエールを煽って溜飲を下げたドロホフは、組む生徒を探すヨーテリアへと近付き、肩を叩く。

 彼女は顔をこちらに向けた途端、眉を吊り上げた。

 

「ドロホフ?アイツはどうしたんだ?」

「捨てた。いいから俺と組め」

「お、おう?そうか、じゃあ私と組もうか」

 

 戸惑いながらもヨーテリアが頷き、二人は少し離れた地点で向き合い杖を構えた。

 特徴的な錫杖を構える彼女を見据えて、ドロホフはいつ来るか分からない呪文を警戒する。

 あのリドルを、真正面から打ち負かした実力者で、彼の一番のお気に入り。無言呪文など容易だろう。

 気を抜けば医務室送りは確実、面倒極まりない、しかしドロホフは彼女と相対し高揚していた。

 自分は、リドルに規格外と言わしめたその実力を今、ほんのちょっぴりだが味見できるのだ!

 

ーーさあ来いよ、リドルのお人形さん。

 

 目を細めてヨーテリアを見据えるドロホフ。

 ヨーテリアは錫杖を構えたまま硬直し、感情の無い硝子玉のような目で彼を見つめていた。

 

「どうした、俺はもういいんだぞ」

「・・・うるさい、黙ってろ」

 

 ドロホフの挑発に彼女はギリと歯軋りし、目を見開いて手に力を込め、呪文を撃とうとする。

 しかし呪文は光すら発すること無く、ただただ錫杖が震えるばかりであった

 

「・・・〈エンゴージ〉」

「聞こえてんぞ。おい、お前まさか」

 

ーー無言呪文が使えないのか?

 

 そうドロホフが言おうとした瞬間、離れた場所でロジエールの放った〈フリペンド〉が彼の練習相手の顔をかすめて、壁に当たって跳弾、ヨーテリアの後頭部へと一直線に飛んでくる。

 

「グリンデルバルド、後ろ」

「何だよ?」

 

 ヨーテリアが振り返った瞬間呪文が命中、つまりフリペンドを顔面に被弾した彼女はもんどり打って後ろに倒れ、白目を剥いて気絶した。

 

「ヒギィ」

「うおおっ!?すまねぇ、やらかした!」

「また君かミスターロジエール!

 誰か!彼女を医務室に運んでやってくれ!」

 

 メリィソートが大慌てで周囲を見渡すがどの生徒も彼女を恐れて動こうとはしない。

 ドロホフも我関せずで通そうとしたが、ふと殺気を感じたので後ろを振り返った。

 殺気の元はやはりと言うか、リドルだった。目でドロホフに命令している、お前が行けと。

 

「・・・先生、俺が行こう」

「ミスタードロホフか、助かるよ」

 

 死んだ目で笑みすら浮かべて名乗り出ると、メリィソートは安心した様子で彼女を預けた。

 流石に同年代最大級、中々に重たかったが、リドルに殺されるよりはマシと背負い、これで文句は無かろうとリドルに目をやると、彼はペアをロジエールに変え、杖を構えていた。

 顔を真っ青にしたロジエールの冥福を祈り、ドロホフはヨーテリアの足を引き摺りながら、医務室へと歩を早めるのであった。




後の死喰い人、取り巻きトリオ参戦です。
マッドアイを叩きのめしたドロホフ公、死んだと言われていたロジエール、親世代に居た服従の呪文のエキスパートのお父さんとして登場、マルシベールです。
ヨーテ嬢の監視役としてドロホフがレギュラー入り、さあ彼は何日持つでしょうか?ご期待ください。


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25話 ハイエナ気取りの汚れ役

投稿が遅れた理由:水差しの下りに三日かかりました

正直今回はやりすぎた、お辞儀します


 アントニン・ドロホフは不感症な男だ。

 人が感じる幸福、高揚、悦楽、そういった感情を彼は(普通の手段)で得ることが出来ない。

 ホグワーツに入学しても、彼は退屈だった。

 唯一その退廃感を癒してくれるのが、彼が付き従うトム・リドルという男だった。

 ドロホフは優等生たる彼の暗い一面を知っていた。

 全てが下僕で所有物で、利用価値のある(物)、何のブレも無しにそれを通してきたこの優等生の傲慢で残酷な無邪気さ、言ってしまえば、悪。

 それに共感し、彼の有り様に愉悦を感じていた。

 ドロホフはリドルに従い、彼に共感しない不良をスリザリンの数少ない一人の問題児として、適当な理由を付けて散々になぶってきた。勿論、医務室に行かない程度に加減してだ。

 

″じゃないと、リドルの手の付けようが無くなる。″

 

 己はリドル、つまり強い者に従うハイエナ小僧。親分の威を借り尻尾を振る文字通りの取り巻き。

 親分に仇なす愚か者を勝手に粛清する足手まとい、周りはそう見る、粛清を命令したのはリドルなのに。

 しかしリドルは被害者に手を差し伸べ、躾のなっていないハイエナを叱り、謝罪する。

 ドロホフはリドルに逆らえない小物を演じ、被害者はリドルを敬い敵意を無くしてしまう、全部リドルの計画通りなのも知らずに、だ。

 そうしてリドルは敵を消しながら評判を上げ、ドロホフは与えられた獲物を存分になぶった後に学年一の優等生様のお叱りを受けるだけで済む。

 

ーー完全に悪党だな、最高だよ、優等生様。

 

 ドロホフは邪悪に微笑んで目を閉じたが、次に目を開けた時、彼は非常に不愉快であった。

 

ーーだが、今回ばかりは恨むぞ。

 

 視線の先にはリドルから監視するよう命令され、昨日から控え目に関わり始めた金髪長身の少女。

 折れた鼻にギプスをつけた学年一の問題児、ヨーテリア・グリンデルバルドが、変身術の授業にて(硝子の水差し)に変える筈の鳥を何を間違えたのか(硝子の鳥)にしてしまい、頭を抱えて苦しげに唸っていたのだった。

 

「ヨーテリアや、なんかコレ違うのう」

「何でだよ・・・何でだよ・・・ッ」

 

 目の前の物体を錫杖でつつき、呻くヨーテリア。

 リドルに認められた女だ、退屈はしないだろうと昨日の時点では思った、思っていた。

 

「まあまあまあ、変身自体は見事な物じゃ、

 次は頑張りなさい。わし応援するよ?」

 

 苦笑いしながらダンブルドアが離れ、次の生徒の席へと歩を進める中、ドロホフは思った。

 なんだこのどんくさい女は、と。

 

ーーリドル、何故こんなのに負けたんだ。

 

 自室でしか話せなくなった主を思い浮かべながら、硝子の鳥を水差しに変えようと躍起になる彼女に呆れ果てつつも、ドロホフは声をかける。

 

「おい」

「何だよ、邪魔すんなよ」

 

 恐ろしく不機嫌そうにこちらを振り向くヨーテリア。

 一瞬ズタズタにしてしまおうと考えたが、どうにか青筋を浮かべるだけに留める事に成功、自分の鳥に杖を向け真顔で詠唱する。

 

「〈エス・ウェタリア 水差しになれ〉」

 

 ドロホフの放った見事な呪文は、流麗な鳥をご丁寧にすらりとした注ぎ口と取っ手まで付けられた、それはそれは綺麗な硝子製の水差しへと変えた。

 

「ふおお・・・」

「いいか?しっかり杖を向けた状態で、変身させる物をイメージして詠唱しろ。

 ボヤボヤするな、やれ、今すぐ」

「お、おう・・・」

 

 ギプスを付けた鼻面へと杖を突き付けられ冷や汗をかいてたじろぐヨーテリアだったが、すぐに錫杖を構える為に立ち上がった。

 

「〈エス・ウェタリア 水差しとなれ〉」

 

 そう詠唱すると硝子の鳥は急速に変形、円形の綺麗な器を形成し形を整えていく。

 少しすれば硝子の鳥は、一般家庭や料理店でごく希に見られる取っ手だけ付いたタイプの、バケツを思わせる形状の水差しに変わった。

 少々鳥の羽毛のような模様がついていたが、やがて再びダンブルドアが廻って来ると水差しを持ち上げ涙すら流して称え始めた。

 

「水差しじゃ!ああ水差しじゃ!紛れもなく!スリザリンに二点!

 ようやった・・・ッ、よう二回で成功した、ヨーテリアや・・・ッ」

 

 ヨーテリアの頭を一撫でし咳払いした後、何でもない様子に戻り次へ向かうダンブルドア。

 彼女はしばらく呆然と彼を見つめていたが、やがてドロホフを横目で見て小さく呟いた。

 

「アー、その、ありがとな?」

 

 少々戸惑いながらも礼を言う彼女を見て、ドロホフは呆れながらも手を振って返した。

 やはり彼はこの少女がリドルに勝ったとはどうしても思えず、その横顔をじっ、と見つめた。

 しかしふと、他の席からひそひそと声が聞こえそちらに意識が向く。

 

「おい、見ろよ、あのハイエナ野郎」

「今度はグリンデルバルドについたのか?」

「やっぱり、あの噂は本当だったのか」

 

 周りの生徒がドロホフとヨーテリアを見て、ヨーテリアを恐れつつドロホフを軽蔑していた。

 これもリドルの計画通り、ドロホフは舌打ちする。

 リドルとヨーテリアの決別、その詳細を知るのは当事者達二人の他に、ドロホフをはじめとする一年からリドルに従っていた数人の従僕のみ。

 決闘自体は生徒達の間で噂になっていたが、詳しい事情はやはりその数人しか知らないだろう。

 決別のくだりは聞かされた彼らは知っているが、ここ一年間、この二人はまったく関わっていなかった。

 故に他の生徒は、リドルが聖マンゴ送りとなった哀れな生徒のための仇討ちに失敗したとしか解釈しておらず、彼らの仲違いなど知る由も無い。

 

「トムに勝つなんて、やっぱり化け物だ」

「先生方は笑い飛ばしたけど、あのハイエナだよ」

「あいつが尻尾を振ってるって事は・・・?」

 

 そして、リドルはその噂を逆手にとったという訳だ。

 強い者に従うハイエナ、アントニン・ドロホフ。

 周囲からそう見られ彼自身そう公言しているのだ、故にドロホフがヨーテリアに尻尾を振っても、周囲はむしろそれを自然として見るだろう。

 何せ、彼は強い者に従うハイエナなのだから。

 

「トムにあんなに良くして貰ったのに、恥知らずめ簡単に乗り換えてやがる」

「あっちの方が居心地がいいだろうよ」

「闇の魔法使いより質が悪いぜ」

 

 いっそ暴れてしまおうか?ドロホフはそう思いながら周囲を睨みつけると、自分を見ていた生徒は目を逸らし黙りこむ。

 原因たるヨーテリアにも目をやり、脱力させられた。

 周囲から険悪な視線を送られているにも関わらず、口元に笑みを浮かべ鼻唄を歌っているではないか。

 

ーーあの老いぼれに誉められて、上機嫌て所か。

 

 周りなど一切気にかけていないし、気付かない。

 目は依然として無感情な硝子玉の如しなので一種のサイコ的なホラーすら醸し出している。

 

「アルバス感激して涙でそう、皆ようやった!素晴らしい出来映えに拍手を贈りたい!

 では授業を終了する、お昼休みじゃよっ」

 

 授業終了の号令がかかり生徒達が席を立ち、昼食を食べるため教室を出て大広間へと向かう。

 ヨーテリアはダンブルドアと目を合わせ互いにピースサインをした後、教室を出る。

 外には血みどろ男爵が控えており、ヨーテリアを確認するや否や背後に張り付く。

 彼女は一度ため息をついた後、大広間でなく図書館の方向へと背を張って歩いて行った。

 昼食を食べたかった所だが監視が優先だ、ドロホフは彼女の後をつけ図書館へ向かう。

 相も変わらず定まった司書の居ないこの図書館は、今日はがらんとしており不気味な静けさがあった。

 ヨーテリアはそんな図書館の一際大きい机に大量の本を持ってきて何冊か同時に読み始めた。

 

ーー何をしてるんだ、アイツは?

 

 一つ一つが辞典のような厚さの本を、持ち込んだノートにメモをしながら読んでいる。

 時々錫杖を構えプロテゴを唱えていたが、杖先が向いた棚に防護膜が展開される度にため息をついて、再び読書に戻るのだった。

 

「グリンデルバルド」

 

 その行動が気になり、ヨーテリアへと声をかけた。

 すると彼女は不機嫌そうに舌打ちし顔を上げ、邪魔するなとばかりにドロホフを睨み付けた。

 

「またお前か、やけに絡んでくるじゃないか?

 私に関わるとロクな事が無いぞ、やめとけ」

「俺に指図するなよノッポ女が。それよりお前は一体何をしてるんだ?」

 

 彼女は一瞬だけ凶悪な顔をして錫杖に手をかけたが、血みどろ男爵が咳払いすると我に返って額を押さえる。

 

「・・・呪文の研究だよ、私の趣味だ」

「研究だと?どんな呪文を研究してるんだ?」

「プロテゴの活用理論、プロテゴの防護膜をある物体に密着させ、鎧のようにしたりそのまま固定して対象を拘束するのは成功。

 でも錫杖(本体)には展開できていない研究が必要、私がしたい事だから」

 

 饒舌に語り始める彼女、ドロホフは正直引いた。

 しかし杖自体に魔法を付与する、面白い理論だ。(ドロホフの独自の魔法)と似通った面がある。

 

「〈グーノフ・アルコム 撓り焼き払え〉」

 

 ドロホフがそう唱えると、彼の杖の先端から紫色の激しい炎が吹き出し杖先に纏わり付く。

 その様を見て目を見張るヨーテリアを一瞥し、杖を軽く振るうと炎がまるで鞭のようにしなり、火の粉を撒き散らしながら空中を一閃する。

 一度ならず何度も、炎を乱舞させるドロホフ。それら一振り一振りを、棚にも本にも机にも一切被害の無いように完璧に制御してみせた。

 これぞ〈グーノフ・アルコム〉、彼の独自の呪文。炎の鞭を纏わせそれを振るう曲芸じみた魔法だ。

 

「ふおおおっ、すげぇ、かっこいい・・・」

「思うに、お前は作用のイメージが不十分だ。

 呪文を逆流させ、杖に留める様を思い浮かべろ。

 俺のこの呪文は、そうやって発動している」

 

 炎を消してからドロホフはそう説明した。

 ヨーテリアはそれを聞いて錫杖を手に取り、額に汗すら浮かべて錫杖を睨み始めた。

 ドロホフはそれを退屈そうに眺めていたが、男爵に背後で咳払いされ鬱陶しそうに振り返る。

 

「図書館であんな魔法を使ってはならんぞ。本や棚が燃えたらどうするのかね?」

「燃えないようにしただろうが、何か問題でも?」

「こやつ・・・まあいい。それよりだ。

 やはり貴様、あの子と親しいのでは?」

 

 血みどろ男爵が脅すようにドロホフを睨んだ。面倒臭くて仕方無い、やはりこうなるのか。

 ドロホフはイライラと頭を掻き回してから男爵を睨み返し、開き直ってこう言ってみせた。

 

「俺は強い奴に従う、文句あるか?」

 

 己はドロホフだ、強い者に従うハイエナ小僧だ。彼はいつもこう言ってハイエナを気取ってきた。

 その言葉を聞いた男爵は深く嘆息し、もういいと一言呟いた後、黙りこんでしまった。

 ドロホフは苛立ち、脱力して背もたれに寄りかかる。

 何故、自分がこんな面倒な役を演じねばならんのだ、そんな不平を押し殺しながら目を閉じて沈黙した。

 

「うおおおッ、やった、成功したッ!?」

 

 突然聞こえた歓声に、ドロホフは目を開けた。

 すると目の前には、錫杖に青い防護膜を展開し凄まじい喜びようを見せるヨーテリアが。

 錫杖の両端を持ち、慎重に力を込める彼女。防護膜に覆われたそれは生半可な堅さでは無く、膝まで使って折ろうとしても床を殴り付けても曲がりすらせず、完全に無傷であった。

 

「おいっ、ドロホフ!」

 

 ヨーテリアが大喜びしながら、ドロホフを見て曇りのない無邪気な笑顔を浮かべこう言った。

 

「ありがとなっ!」

 

 その言葉を聞いたドロホフは、呆れつつも真顔で一言「おう」と返事をしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業も終わりヨーテリアが罰則のため森番の小屋へと向かったのを目撃した後、解放されたドロホフは満足そうに伸びをし、今日一日の疲れを癒そうと談話室へ向かう。

 この後、リドルへ報告をしなくてはならないが、スラグホーンのパーティーに呼ばれているそうだ。

 帰ってくるまで部屋で休む、どうせ同室なのだから。そう思いながら大あくびして寮に向かった。

 しかし帰り道の途中で二人の生徒がドロホフの前に立ち塞がり、帰り道を妨害する。

 

「アントニン・ドロホフだな?

 グリンデルバルドに関わってると聞いた」

「だから何だよ、文句があるのか?」

 

 苛立ちながらドロホフがそう言うと、生徒二人は敵意をみなぎらせ、杖を構えた。

 

「やっぱりそうか、このハイエナめ。

 リドルに勝ったから、鞍替えしたって訳だな」

「そうだよ、俺は強い奴に従うからな」

 

 挑発的にそう言ってみせると、彼らは激昂し同時に杖を振り上げ、呪文を詠唱する!

 

「〈ペトリフィ・・・〉」

「〈エクスペリアームス〉、〈ウィンガーディアム・レヴィオーサ〉」 

 

 素早く杖を取り出して割り込んだドロホフは生徒の杖をいっぺんに奪って吹き飛ばした後、わざわざ一年で習う呪文で二人を宙に浮かせ、何もできない状態にすると満足そうに嘲笑った。

 

「一年で習う呪文で捕まっちゃ、世話無いな?

 お前ら新入生にも負けるんじゃないか?」

「お前っ、この、恥知らずのハイエナ野郎!」

「〈グーノフ・アルコム〉」

 

 ドロホフがいやらしく微笑みながら例の呪文を唱え、紫色の炎を纏わせた。

 恐怖に顔を引きつらせた生徒二人に向かって杖を大きく振るい、炎の鞭を一閃する!

 

「うわぁぁぁッッ!?」

 

 紫炎の鞭が目の前を掠り、悲鳴をあげる生徒。

 当てはしない、当てれば大騒ぎになるのは確実、だから炎の熱で撫でるだけ、脅かすだけだ。

 しかし、ドロホフの愉悦の本質は、ここにある。

 彼は目をつぶり、竦み上がる二人に笑いかけた。

 

「よう、俺を見ろ。目を閉じたぞ」

「だ、だから何だって言うんだ!」

 

 生徒が震え声でそう言ったがすぐに理解した、ドロホフが満面の笑みを浮かべて杖を振り上げた。

 

 こ の ま ま 振 る つ も り だ 。

 

「まっ、待ってくれ!」

「そらそらそらそらァァァッッ!」

 

 生徒の懇願を無視しドロホフが杖を振るう、炎の鞭の熱が生徒の足、胴、手、頭をかすめる!

 情けない悲鳴を聞きながら、ドロホフは笑った。

 当たる事は絶対に無い、何年も使った魔法だ、移動していない物ならば場所さえ分かっていれば見ずとも当てる、外すは思いのままなのだ。

 生徒の手前、足元、頭の上を何度も薙ぎ払うが一発も当たる事は無い、しかし生徒からすればこの鞭がいつ自分に当たるか分からないのだ!

 しばらく生徒をなぶった後、ドロホフは呪文を解き小鹿のように震える二人を眺め、こう言った。

 

「何か、言うことは?」

「すっ、すいませんでしたァァッッ!」

 

 涙ながらに逃走する二人を見送りながら、ドロホフは腹を抱えて下品に大笑いした。

 これだ、獲物を思いのままになぶり、悲鳴を聞き、最後には情けなく逃げる様を見て大笑いする!

 だから絶対に怪我はさせない、医務室送りなんてつまらない真似は絶対にしない、それがドロホフだ。

 これがドロホフの愉悦、人の悲鳴や怯える様、悲惨な出来事や有り様など大好物、それら全てドロホフから見れば悦楽であり快楽である。

 そんなサイコパスめいたサディストこそ、彼だ。

 

「いい声で鳴くじゃないか、子豚共が。

 ハハァッ、最ッ高だな、こいつは」

 

 上機嫌に笑いながら、ドロホフは自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、そんな物か。〈クーンヌディア〉」

 

 パーティーから帰ってきたリドルは、自室にてドロホフの報告を聞きながら呪文を唱える。

 すると、杖を向けた先に居たロジエールがピクリとも動かなくなった自身を見て、驚く。

 

「すげぇなコレ、ホントに動けない」

「ご苦労だったなドロホフ、特に奴の研究に助言したのは大きいぞ」

 

 満足げにロジエールを拘束から解放した後、リドルはドロホフを労い、微笑みを浮かべる。

 ドロホフはそれを見て面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らした後、口を開いた。

 

「御執心な事だな、優等生様よう。

 そんなに気になるなら、自分で会えば良いのに」

「何度も言わせるなドロホフ、僕は負けたんだ。

 だから直接関わる事は、二度と許されない」

 

 リドルは真剣な表情で、そう断言してみせた。

 彼は同室であり昔からの従僕であるドロホフ、ロジエール、マルシベールには事情を明かしている。

 ヨーテリアに負けたあの日、部屋に戻ったリドルは呆然自失で座り込んでいた。三人が尋ねた際に少々激しながらも、決闘の経緯を説明したのだ。

 

ーー考えてみれば、俺達に腹の中身ぶちまけたの、あれが最初だったな、優等生様よう。

 

「しかし、それはあの女の呪文ですよね?

 妙な呪文だ、何を考えてこんな物を・・・」

「僕を負かした偉大な呪文だぞ、敬えよ」

 

 何気なく呟いたマルシベールに鋭い視線を浴びせる。

 高いプライド故か、それともお気に入りの呪文故か。

 リドルはマルシベールの謝罪を聞いた後に、ドロホフの肩を叩いて穏やかに命令する。

 

「まあいい、ドロホフ。明日からも頼むぞ」

「はいはい、了解しましたご主人様、自分で会えばいいとか思ってないからな」

「だからッ、ダメなんだって言ってるだろッ!?」

 

 冗談で言った軽口に、激昂して怒鳴るリドル。

 普段ならば軽い脅しだけで済ませるというのに、今回はこれだけで彼の逆鱗に触れてしまった。

 その怒り狂い様にドロホフは唖然としていたが、ベッドに座り込み悪態をついているリドルは普段の彼と比べ、明らかに違和感があった。

 

「僕は負けたんだ、だからもう関わらない。

 そうだとも、アイツとは縁を切ったんだ。

 ・・・何でだ、どうしてなんだ?」

 

 声を震わせながら、リドルは呆然と呟いた。

 

「奴はそこに居る、目の前に居るんだ。

 だのに、何故関わってはいけないんだッ!?」

 

 ドロホフ達が動揺する中、リドルは頭を抱え自身も何か分からない感情を爆発させて、喚いた。

 彼はヨーテリアに敗北し縁を切った、自分が敗北したからだと己に言い聞かせ、苛立ちながらも納得し受け入れたと思っていた。

 しかし、それは彼女が目の前に居なかったからだ。

 彼女は自分から離れた、それを割り切ったと思った、しかし彼女が退院し目の前に現れた時、リドルは衝動と理性の板挟みとなった。

 目の前に彼女が居る、彼女はそこに居る、憎まれ口を叩いてからかいたい、話したい。

 一番のお気に入りと共に過ごしていたい、でもそれは叶わない、やってはいけないのだ。

 自分は負けたから、奴は離れてしまったから!

 

「何でだ・・・ッ、貴様はッ、そこに居るのにッ、どうして関わってはいけないんだ、友よ・・・ッ

 貴様まで・・・ッ、何故、貴様まで・・・ッ、手放さなくては、ならないんだ・・・ッ?」

 

 歯軋りして呻くように言うリドルは、激しい怒りと困惑でパニックになっていたのだ。

 

「リドル、心安らかに」

「おっ、落ち着け大将、冷静になれよ」

 

 その様子に慌てた二人はリドルに駆け寄り背中を擦り、リドルの譫言に返事をしながらどうにか落ち着かせようと努力していた。

 

「・・・外すぞ、トイレだ」

 

 ドロホフはそんな彼らを尻目に部屋を出て、扉をしっかりと閉め、談話室へと向かう。

 

「・・・んく、くふふッ・・・」

 

 部屋から離れた地点で、ドロホフは笑い始めた。

 

「何だよアレ、ははっ、あんな顔するんだ?

 あのリドルが、あのリドルがかよ?」

 

 口元を押さえどうにか笑いを抑えきる、しかし笑みだけは、どうしようも無かった。

 初めて見た、リドルのあんな姿は。

 あのプライドの高い、冷淡で残忍なリドルが、あんなにも錯乱し、喚き、取り乱すなんて!

 

「最ッッッ高、最高だよ、リドルよぅ・・・」

 

 ここまでの愉悦を感じたのは初めてだ、リドルの、あの優等生の仮面が崩れ去り、他の有象無象のように感情的になる様!

 全身にゾクゾクとした寒気が走る、たまらない!股ぐらがいきり立つ!なんたる悦楽か!

 

「落ち着け、談話室に誰か居たらどうする。

 クールになれ俺、そうだアントニン、そうだ」

 

 どうにか精神を落ち着かせ、済ました顔に戻り談話室へ入ったドロホフは、血みどろ男爵がソファーに座って爆睡しているヨーテリアを見て、酷く狼狽えた様子で、宙に浮かんでいるのを見た。

 

「・・・何してるんだ?」

「ああ、ドロホフか」

 

 男爵がドロホフに気付き、困り果てた様子でヨーテリアを顎でしゃくり、腕を組んだ。

 

「どうも今日の罰則で、頑張りすぎたらしい、談話室に戻るなりこれだ。

 部屋に運んでくれないか?私はゴーストだから、触れられないんだ」

「分かった」

 

 ちょうど上機嫌だった彼は快く引き受け、ヨーテリアをなんとか抱えあげ部屋へ運ぶ。

 ドロホフより頭一つは大きい身長の彼女は運ぶ途中で壁やら机やらにぶつけられたが、完全に熟睡しており、起きる気配は無い。

 

ーーこんなのを大事にしてるのか、リドル。

 

 彼女の部屋の前に辿り着いたが、鍵がかかっている。

 どうした物かと彼女を見ながら思案していると、ポケットに膨らみを見つけたので探ってみる。

 中身は鍵だ、試しに鍵穴に差し込んでみるとカチャリ、という音と共に鍵が開いた、ビンゴだ。

 本やら何やらで散らかっている部屋のベッドに乱雑に彼女を寝かせ、額の汗を拭うドロホフ。

 

「助かったぞ、ドロホフ」

「面倒をかけるな、俺はこいつが嫌いなんだ」

 

 男爵に不快そうに言い放った後、ぐっすりと眠るヨーテリアを眺め、半眼になる。

 リドルがあんなになるまで執着する女にしては、外見は及第点だが少々不足では無いかと思う。

 しかし、それでもリドルはこの女がお気に入りだ、それこそ縁を切ったらパニックになる程に。

 

ーーもし、ここでこの女を始末したら・・・。

 

 男爵は部屋の外に居る、彼がヨーテリアの首へとゆっくりと手をかけ、首を絞めても、気付かない。

 無意識に手が伸びる、衝動が抑えられない・・・。

 

ーーリドルはどの位、取り乱すんだろうか・・・?

 

 彼女の首に触れた瞬間、彼は我に返った

 慌ててヨーテリアから離れ、目元を押さえ、荒くなった呼吸を落ち着かせるため深呼吸する。

 

「ドロホフ?どうした、いつまで部屋に居る?」

 

 血みどろ男爵が扉を上半身だけ通り抜け、ドロホフに向かって怪訝な声をあげる。

 彼は一言、「なんでもない」とだけ言ってヨーテリアの部屋を後にし、トイレへ向かい個室ではなく洗面所に直行し、顔を洗った。

 

ーーあの女の監視、悪くないかもな。

 

 何度か水を浴びて落ち着いた後、ドロホフは口元に笑みを浮かべながら、そろそろリドルが落ち着いただろうと思い、就寝するために自室へと帰っていった。




補足説明

〈エス・ウェタリア 水差しになれ〉
完全にオリジナルの呪文。その名の通り
対象を水差しに変えるだけの魔法


〈グーノフ・アルコム 撓り焼き払え〉
原作でドロホフの使っていた炎の鞭を
勝手に解釈してスペルにした物。
杖に紫の炎を纏わせて鞭みたいに振る
かっこいい、間違いなく


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26話 5年次修了式

ハリーは親が死ぬ様を思い出す。
ではヨーテ嬢は、どの思い出を思い出すのでしょうか?


 ホグワーツも夏、熱さが際立つこの頃、ペットの餌の催促に起こされ俺は起床する。

 大欠伸をしながら全身の関節を鳴らし、気だるさ全開の状態でベッドから降りて眠そうに目を擦りつつ、ピーちゃんに餌をやる。

 もはや大人と言えるサイズ、このカピバラは相も変わらずチュウのチの字も鳴きません。

 

「ほぅふ」

 

 キャベツをカリカリと食べるのを見届けてから、顔を洗うためにふらふらと洗面所へ向かう。

 二、三回水で大雑把に洗ってから鏡に映ったいつも通りに目が死んでる自分の顔を確認する。

 この前は顔面に魔法を受けたせいで鼻を折り二週間程またギプスをつけるハメになったが、ギプスを外した現在、俺の鼻は問題なく完璧に元通りになっている。本当に良かった。

 

「グリンデルバルド、起きてい、ぬぅっお!?」

 

 突然背後から聞こえた地獄ボイスに飛び上がり後ろを振り返って見るとそこには思った通り、俺、ヨーテリアさんの天敵である血みどろ男爵が目元を隠しながら壁から上半身を出していた。

 はて、何故目元を隠してらっしゃる?

 

「英国淑女ともあろう者が、なんと破廉恥な!服を着ぬか、服をッ!」

 

 俺の首から下を指差して大慌てで喚く男爵、自分を見下ろしてみれば成る程、下着だったわ。暑いから寝る前に服を脱ぎ捨てたの忘れてた。

 しかし男爵。随分とまあウブな反応ですなぁ、意外と面白いと言うか、かわいいトコあるじゃん。

 どれ、存分にからからかってやるとしよう。

 

「んふふ、どうした、血みどろ男爵。

 どうして私から目を逸らすんだ?ん?」

「こっちに来るな、さっさと服を着なさい!神聖な修了式の日に、穢らわしい!」

 

 15歳そこいらの女の子に穢らわしいとか言うなよ、普通泣くよ?普通の子だったら間違いなく号泣よ?

 しばらく男爵をからかった後、制服を着こんでぼんやりと机に重なった手紙や本を見つめる。

 修了式か。あの騒動から、もう一ヶ月も経つのか。

 男爵が居たから襲撃なんてされなかったし、ダンブルドアの所に遊びに行ったり、罰則だけどハグリッドと森番の仕事しながら話だって出来た。

 何よりフィルチおじさんがたまに手紙くれたし、俺からも手紙送ったりして、寂しくは無かったな。

 ・・・幸福だったとは言い難いけど。

 

「行くかぁ・・・」

 

 変にいちゃもんを付ける口実を与えてはならない。

 裏地が緑のローブ、つまりホグワーツの正装、それを制服の上から羽織り準備完了さあ指導できるもんなら指導してみやがれ。

 そう思いながら自室を出て鍵を閉め談話室へとゆらゆらと歩いていく。

 談話室は生徒でごった返していたが、賢いお子様方はいつも通り俺の姿を見るや否やお通夜みたいに静かになって、目を逸らしてゆく。

 もはや慣れたモンだが、ふと引率の監督生、つまり俺が自分で引き剥がした英雄様、トム・リドル坊やと目が合って思わず固まった。

 

「・・・下級生の子達!僕に付いて来なさい」

 

 リドルはすぐに目を逸らし、下級生を率いて大広間へと歩いていってしまった。

 分かっていた事だ、俺がこうしたんだよ。俺が自分であの子を引き剥がした、そうだろうが。

 思考を振り払い、談話室の出口へと向かう。

 スリザリン生はどいつもこいつも俺から離れ、自然と出口まで一本道が出来上がる。人混みを掻き分ける手間が省けたと思っておくか。

 嬉しいか?まさか、胃が痛いだけですよ、畜生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、一年が過ぎた。尊い一年がのう」

 

 大広間にて、ディペット校長は校長席から、厳粛に大広間を見回しながらそう言った。

 生徒達は偉大な校長様の言葉を聞いたと思えば全員が静まり返り、校長席へと注目する。

 俺、ヨーテリアさんは眠ってしまおうとしたが、男爵に睨まれたので仕方無く校長の方へ顔を向ける。

 

「今年は申し訳無いが、寮対抗杯は短縮じゃ。スリザリンの首位を祝えんのは残念じゃが、わしは悲しい話をせねばならん」

 

 ディペット校長は手元のゴブレッドを掲げ、しめやかかつ厳かに、そう宣言した。

 

「わしらは、今年恐ろしい悪夢に襲われた」

 

 ズキン、と胃が痛んだ。

 頭痛と吐き気もする、なんだ、この圧迫感は。

 校長が明らかに俺を睨み付けているのもある、でも一人に睨まれただけでこんなに重圧が果たしてかかる物だろうか、いや、ありえない。

 

「トム・リドル、我らが友にして英雄。彼は知っての通り、諸君らを脅かした唾棄すべき、残忍な襲撃者を捕まえてくれた。彼に賛美と拍手を送りたい、しかし」

 

 誇らしげな口調から一変し、ディペット校長は血返吐を吐きそうな、苦しげな声で語り始める。

 

「わしらにはもう一人、仲間が居た」

 

 ゴブレッドを下ろし、校長は額を押さえた。

 

「ここには居ない、もう一人の友が居た。

 彼女は、滅多にない、忌むべき事故によってこの修了式に出る事が叶わなくなった。

 純朴で真面目だった彼女を知る子は、きっと悲しみに暮れているじゃろう。

 わしは、彼女の為に黙祷を捧げたいと思う。

 生徒諸君、しばしの黙祷を、願い申す」

 

 トイレで死んじまった、マートルの事、だよな。

 最後にあの子に会ったのは、多分俺だろう。

 あそこで適当な理由をつけて呼び止めてたら、あの子は死なずに済んだかもしれない。

 そう思いマートルへ黙祷をしようとして、気付いた。そりゃ、そうだよな、これなら圧迫されるよ。

 周囲の奴等の半分もが、俺を見てりゃ、な!

 どいつもこいつも、俺を横目で見ている、目で語っている。お前の仕業だな、って。

 俺は何もしてない、決めつけるなよ、ド畜生。

 

「ありがとう生徒諸君、夏休み後、誰一人として欠けること無く再び、この大広間に集まっておくれ。

 これにて解散とする、また会おう、諸君」

 

 校長の号令と共に、各寮の監督生や首席が生徒を率いて、それぞれの寮へと戻っていく。

 俺も寮に戻ろうとしたが、男爵に呼び止められた。

 

「グリンデルバルド、夏休みの件で校長とダンブルドア先生が話があるそうだ」

 

 そのまま男爵に先導され、大広間の奥にある広い部屋へと連れていかれる。

 部屋の中では校長が椅子に座っており、ダンブルドアがその隣でキツい顔をしながら、俺の事をブルーの綺麗な目でじっと見つめていた。

 

「呼びつけてすまないね、ミス・グリンデルバルド」

 

 口では謝っていても、親の仇でも見るみたいに俺を真顔で睨み付けては全く説得力が無い。

 

「君の夏休みじゃが、普通に帰宅してもらうが、闇祓いと吸魂鬼が継続して警備するそうじゃ。

 君は家に軟禁状態になるが、我慢しておくれ」

 

 全身から敵意を発散させながら校長が言った言葉を聞いて、俺は頭が真っ白になった。

 あの家に、闇祓いはともかく吸魂鬼だと?しかも、軟禁って、家から出るなって事か?

 

「じょ、冗談じゃ・・・」

「魔法省の意向じゃ、君を管理する必要がある。

 どうか理解して、受け入れてほしい」

 

 絶望しか無かった。洒落にならないぞ、これ。

 助けを求めてダンブルドアへ視線を移したが、怒りと失望に顔を歪めながらも俺を見つめて、ただ一言、「すまない」と悔しそうに呟いた。

 ・・・どうにもならないのか、分かったよ。

 

「ヨーテリアや、わしも定期的に帰宅する、お主を一人にはしない、約束しよう」

「・・・ありがとう、アルバス」

「了解してくれたと見ていいね?助かるよ。

 寮で支度をしなさい。始業式にまた会おう」

 

 校長に促され無人の大広間に戻ると、出口前には血みどろ男爵とハグリッドが居て、何やら話し込んでいたが、ハグリッドが歩いてくる俺に気付いて大きく手を振り始める。

 

「待ってたぞ、ヨーテ!しばらく会えねぇから、最後に挨拶ぐれぇはしてえと思ってな!」

 

 近くに寄るなり俺の肩を力強く叩きながら笑顔でそんな事を言うハグリッドだったが、俺の表情が真顔のまま変わらないのに気付き、すぐに心配そうな顔になり顔を覗きこんでくる。

 

「どうした、ヨーテよう?先生方に、なんか言われたのか?」

「なんでもないよ、大丈夫」

「大丈夫じゃねぇ、そんなに暗い顔しちまってよ。

 俺に話してくれやヨーテ、友達だろうが?」

 

 俺の事を真剣な顔で真っ直ぐ見つめてそんな事を言い始めるハグリッド。

 思わず涙腺が緩む。その言葉はズルいだろう、(友達だろう)だなんて、泣かせようとしてるのか?

 なんとか涙を抑え込み、ハグリッドを見る。

 少しなら、吐き出しても、いいだろうか。

 

「闇祓いと、吸魂鬼が家を警備する。

 私は、夏休みに家から一歩も出れないらしい」

「な、なんだそりゃ!?なんだってそんなッ、そんなのあんまりじゃねえか!ええ!?

 先生は、ダンブルドア先生はなんにも?」

「アルバスでも、どうにもならない」

 

 俺がそう言うと、ハグリッドは頭を抱えてあんまりだ、と唸るように呟き続けた。

 男爵は、さっきまで俺の居た部屋を睨みつけた後、深くため息をついて苛立たしそうに腕を組んだ。

 ・・・もしかして、怒ってくれてるのかな?

 

「なあ、俺が行ったら、取り消してくれっか?」

「聞く耳持たないだろうし、いいよ。

 心配してくれて、ありがとうな」

 

 最後にハグリッドに笑いかけ、寮に戻る。

 ハグリッドは名残惜しそうに手を振りながら、男爵に張り付かれ歩いて行く俺を見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドロホフ、ご苦労だったな」

「本当にな、優等生様」

 

 トム・リドルは、下級生の引率を終えた後、自室でここ一ヶ月間、ヨーテリアの監視を任せたドロホフに労いの言葉をかける。

 

「この一ヶ月、本当によくやってくれたな」

「そうだな。あの女がどれだけ恐れられてるか身をもって実感した。話すだけで、これだ」

 

 二の腕についた火傷を見せるドロホフ。

 彼女と関わったからと、他寮生に襲われた時、慢心故に不覚をとったせいで付いた傷だ。

 

「ふん、お前らしくもない。休み明けも頼むぞ。

 絶対に、グリンデルバルドから目を離すな」

 

 火傷を杖の一振りで治して見せたリドル。

 二の腕をさすり、完治したのを確認しながら、ドロホフは呆れるやら、珍しいやらで半眼になりながらリドルを見つめた。

 この前から思っていたが、この執着具合は異常だ。

 いくら相手が、一番のお気に入りだとしても、ここまでリドルが他人に執着し気にかけるなど、普段の振る舞いを見ているドロホフからすれば病気か何かにかかったようにしか見えなかった。

 例えば、胸が苦しくなるような、(アレ)とか。

 

「リドルお前、あの女を愛してるのか?」

 

 からかうついでに、ドロホフがそう尋ねた。

 慌てるか激怒するか、反応を楽しみにしながら目の前の優等生の顔を眺め、笑って見せたが、リドルは口を(への字)に曲げ、不機嫌そうに言った。

 

「いいや、全然?」

 

 ドロホフは口をあんぐりと開け、リドルを見つめる。

 リドルは肩をすくめながら、饒舌に語り出す。

 

「あの女は、全然思い通りにならないし、僕の所有物の分際で簡単に反逆する癖に、考えなしに衝動か思い付きだけで動くから危なっかしくて目が離せない所もある。

 信じられるか?あの馬鹿、一年の頃に半月も不眠不休の朝食抜きで研究に没頭してたんだぞ?

 それだけじゃない、実力はある癖に抜けてて、その上うざったい程の蜘蛛嫌いときたものだ。

 本当に苛立たしい、嫌な女だよ、アイツは。

 僕がアレを愛すだと?ありえないな、絶対」

「・・・そ、そう、か?」

「そうだとも、変な事を聞くんじゃない。

 まあいい、スラグホーン先生の所に行く。生徒の人数を報告しないと」

「・・・俺も、トイレ行ってくる」

 

 二人が部屋から出てリドルは談話室の出口、ドロホフは談話室内のトイレへと歩いていく。

 リドルが出口の扉を開けようとした瞬間、向こう側で生徒が合言葉を言ったらしく扉が開き、目の前に一人の生徒が現れる。

 

「「えっ」」

 

 リドルともう一人のあげた素っ頓狂な声に気付き怪訝な顔をしながらドロホフが出口を見ると、立ち尽くしているリドルの目の前に目を見開いたヨーテリアが居て、二人共固まり蛇に睨まれた蛙の如く棒立ちになっていた。

 しばらくして、リドルが出口の左側へと寄るが、ヨーテリアも同じ側に寄ったのでお互いぶつかりそうになり、慌てて右に移動するが両者共、同じタイミングに、同じ方向に寄った為、再び互いの進路を妨害する結果となる。

 二度その流れを繰り返すと、ヨーテリアが舌打ちし顔を怒りに歪めながら、リドルを睨みつけた。

 

「テメェこのッ、リドルッ!」

「グリンデルバルド!貴様ァッ!」

 

 ヨーテリアが怒鳴り付けるのと同時に、リドルも激怒して声を荒げ、彼女に食って掛かる。

 彼らはしばらく睨みあった後に、同時に我に返り、互いに視線を逸らしてヨーテリアは右側を、リドルは左側を通り抜け無言ですれ違った。

 

「ブフッ、クククッ・・・」

 

 二人がほぼ同時にため息をついたのを見て、ドロホフは笑いを堪えながら個室に逃げ込んだ。

 

ーー(アレを愛すなどありえない)だと?

 まったく、どの面下げて言うのやら。

 

 笑いを抑え込みながら事を済ませたドロホフは、澄ました顔で個室を出て、支度の為自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〈エンゴージオ〉」

 

 荷物で一杯になった・・・中身は主に本だが、旅行鞄二つを強化した腕で楽々担ぎ、部屋を見回す。忘れ物は何もない、部屋の私物は全部入れた。

 最後にピーちゃんを頭に乗せ、準備万端、船着き場に向かう為に、部屋を後にする。

 これから二ヶ月、軟禁生活に耐えなくてはならない。

 外に出れないのは気が滅入るが、研究してれば良い。せいぜい二ヶ月のんびり過ごしますかね。

 玄関ホールを抜けて、学校の正門に出ると、ダンブルドアが生徒に手を振っているのが見えた。

 生徒の見送りだろうか?そう思いながら近付くと、ダンブルドアはこちらに気付き手招きしてくる。

 近くに寄るなりダンブルドアは心配そうな顔をして俺の肩に手を置きながら、重々しく口を開いた。

 

「ヨーテリアや、夏休みの件じゃが・・・」

「心配するなよアルバス、大丈夫だから」

「そうかね・・・船着き場まで送らせておくれ。

 闇祓いが居る筈じゃ、話をせねば」

 

 ダンブルドアに連れられ船着き場へと向かう、確か夏休み中に定期的に会いに来るんだっけ、忙しいだろうに、お優しい事だなダンブルドアよう。

 休みの間、料理でも振る舞ってやろうか?焼きそば位ならよく自炊してたモンだし。

 

「ダンブルドア先生、お久しぶりです」

 

 船着き場に着くと、若い片眼鏡の魔法使いがダンブルドアに笑顔で手を振ってきた。立派な制服だ、闇祓いだろうか?

 

「おお、マクスウェル君か、久しぶりじゃ。

 君が闇祓いであったか、ならば安心じゃ」

「先生、この子が件の?」

 

 闇祓いが、俺をじっと見つめながら尋ねる。

 真面目そうだが、怖そうな人でなくて良かった。

 

「左様、彼女がヨーテリア・グリンデルバルドじゃ。

 マクスウェル君、この子は悪人では無い、どうか優しくしてやっておくれ」

「先生の養子と聞いています、大丈夫ですよ。

 ヨーテリアちゃん、二ヶ月の間よろしくね?」

 

 闇祓いがにこやかに手を差し伸べてきた。

 ・・・夏休み、意外と快適に過ごせるかな。

 そう思いながら、闇祓いの手を取ろうとした

 

「ひ・・・ィッ!?」

 

 取ろうとした瞬間、凄まじい悪寒が俺を襲った。いや違う、これは悪寒じゃない、寒気だ。

 思わず目を見張ったその瞬間、闇祓いの背後、船着き場近くの水面の上に、真っ黒い何かが居るのが見えた。

 全身をボロボロのローブで隠した、不気味な黒い影。

 不自然なまでに痩せ細った背の高いそいつは、じっと俺の事を見つめているように見えた。

 

「ディメン・・・タ・・・ッ」

 

 そいつが吸魂鬼だと悟ったのと同時に視界に霧がかかり、耳に氷水を流されるような、明らかに異常で不快な寒気に襲われる。

 

「ど、どうしたんだい?」

 

 意識が飛びそうだ、目が何故かチカチカする。なんだこの、ブォーという、大きな音は。

 目の前に焦った男の顔を幻視する。吸魂鬼がじっと俺を見る、視界が真っ暗になる。

 ノイズみたいなザーザーという吐息が聞こえる、何かが迫ってくる幻覚が見える、白いアレは何?

 

「が・・・ィッ、ぎィィぁあ″あ″・・・ッ?」

「ヨーテリア!どうした、しっかりするのじゃ!」

「アイツだ、吸魂鬼だ!

 〈エクスペクト・パトローナム!〉」

 

ーー死にたくなッ

 

 目の前に、アクセル全開のトラックが迫ってくる。

 こっちに来るな、嫌だ、もう死ぬのは嫌だ・・・ッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトローナスは間に合わずヨーテリアは倒れ、ダンブルドアが鬼気迫る様相で支えるも、彼女は既に意識を完全に失ってしまっていた。

 

「ヨーテリアッ、ヨーテリアや!

 わしの声が聞こえるかね!ヨーテリアや!」

「馬鹿な、こんな距離から・・・?」

 

 闇祓い、マクスウェルは今起きている事が信じられない、信じるべきで無いと思った。

 吸魂鬼は人の幸福の感情を吸い、糧にする。

 その影響力はすさまじく、周囲にいるだけで周りの人間の活力を奪い、大幅に衰弱させてしまう。

 悲惨な過去を背負う者ほど影響を受けやすいが、物には限度という物がある!

 この少女は一瞬で気絶する程に強い影響を受けた、吸魂鬼の放つ独特の冷気すら届かぬこの距離でだ!

 その距離、少なく見積もっても10メートル!こんな距離でこれほどの影響を受けた前例は無い!

 

「一体、どんな経験をすれば、こんな」

「マクスウェル君、わしは先に家に行く、この子を一刻も早く、看病せねば!」

 

 ダンブルドアは気絶した彼女を抱え、姿表しをした。

 マクスウェルはそれを見届けパトローナスを解き、問題の吸魂鬼を見て、心底ゾッとした。

 理性など残っていない筈の吸魂鬼が震えている。何故かは分からない、そう見えただけに違いない。

 しかしマクスウェルはこの忌まわしい化け物が、大笑いして歓喜に身を震わせているように見えた。




2016年5月21日、夏休みの期間のミスと吸魂鬼の射程を修正。


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27話 最悪な夏休み入り

やってもうた・・・纏めきれずついに1万文字超えてもうた・・・
お待たせしました、27話ようやく完成でございます。
あえて前書きの時点でお知らせ致しましょう、うちの吸魂鬼は映画仕様で空も飛ぶぞ!お辞儀をするのだ!


 吸魂鬼、別名ディメンター、理性を奪う者。

 地上を歩く生物の中で最も忌まわしい生物として疎まれつつもその能力を買われ、魔法使いの監獄であるアズカバンの看守や警備に重用されている魔法生物。

 彼らが恐れられ、彼らの勤める絶海の孤島にあるアズカバンが脱獄不能と言われる理由は、一重に彼らの性質にある。

 彼らは人の幸福な感情を吸い糧にする、正確にはソレを魔力に変換し己が為の原動力として消費する。吸いとられた犠牲者は(二度と幸福にはなれない)とすら錯覚し、長く吸われすぎると重度の鬱病患者のようになってしまい、正気と活力を失って何もできない状態になってしまう。

 過去に悲惨な出来事、具体的には強い恐怖や絶望を経験した者ほどその影響は強まり、最悪狂死する。

 

ーーあんな遠距離で、あの一瞬だけで、アズカバンに放り込まれたのと同等の消耗とは。

 

 自宅のキッチンで温かいココアを作りながら、極端なまでに吸魂鬼に影響された少女を思い浮かべるダンブルドア。

 船着き場での彼女の様、あれはただの気絶と言うには生ぬるい、あれは発狂だ、気絶したのは脳がパンクして意識が飛んでしまっただけにすぎない。

 

ーーヨーテリアや、お主は一体全体、どんな辛い記憶を持っているというのじゃ。

 

 ココアのカップを持ち、先程目を覚ましたヨーテリアの部屋へと持っていく。

 肉体的にも彼女の衰弱は凄まじいものがある、目を覚ますなり嘔吐はしてしまうし、ある程度は暑い筈のこの気温であるにも関わらず身体が芯から冷えきってしまっている・・・それこそ死人のように。

 何より酷いのは精神状態だ、ドアを開けて部屋に入ったダンブルドアは、ベッドに座っているヨーテリアを見て思わず歯を食い縛った。

 

「クッソ・・・畜生、許さない、許さないからな・・・」

 

 片手で伏せた目元を押さえ、吸魂鬼への恨み言をブツブツと呟くヨーテリア、しかしその言葉に怒気は無い、言ってしまえばこれは怯えをごまかす虚勢なのだ。

 許さないという言葉とは裏腹に彼女の歯はガチガチと鳴り続け、もう片手はペットのカピバラであるピーちゃんを抱いて離そうとしない。誰がどう見ても分かる、彼女は完全に恐慌状態にある。

 

「・・・ヨーテリアや?」

「あ、ああ、アルバスか、脅かさないでくれよ」

 

 たった一声にすら過剰に反応し錫杖に手をかけた彼女だったが、声の主がダンブルドアと分かると苦笑いしながら錫杖から手を離した。

 

「気分は、どうかね?」

「・・・あんま良くない」

「やはりのう。これをお飲みなさい、楽になるよ」

 

 そう言って、肩を落として髪を撫で付けながらため息をつくヨーテリアへココアを渡す。

 彼女は迷わずそれを飲み干したと思えば、突然苦しげに咳き込み始めた。

 

「ヨーテリアや、大丈夫かね!?すまぬ、ココアならばと思ったのじゃが軽率であったかッ」

「ゲェホッ、ちが、ヴェッホ、違うん、だッ。

 むせた、ゴホッゲフッ、むせただけだ!」

 

 涙目のヨーテリアに手を振って制止され、鬼気迫る表情で呪文を唱えようとしたダンブルドアはハッ、と我に返って杖を収め、額を押さえながらも、ダンブルドアは自分の狼狽え様を恥じた。

 ヨーテリアがこんな状態だと言うのに、自分が冷静さを欠いてどうする、余計彼女が不安になってしまうだろう。と己を叱責しつつ、むせこむヨーテリアの背をさすり落ち着かせる。

 

「大丈夫、大丈夫だ、色々とだいぶ楽になった」

 

 結構な時間苦しんでいたが、落ち着いた彼女は少しだけ顔色が良くなっている、吸魂鬼の影響を受けた者にはチョコを与えると鬱と似たその症状が緩和されるというが、やはりチョコと類似しているココアでも効果はあったらしい。

 

「凄いな、寒気が完璧に収まったぞ・・・ところでアルバス、やっぱりあの吸魂鬼は外に居るのか?」

「うむ、じゃがミスターマクスウェルと家の周囲に防護呪文を張り巡らせた、奴がお主へ影響を及ぼす事は無い」

 

 だから安心しなさいと、ダンブルドアはヨーテリアに微笑みかけその頭を優しく撫でようとしたが、彼女が礼を言いつつベッドに倒れこんでしまったので断念する。

 しばらく天井を見つめ呆けている彼女を眺めていたが眼福などと言ってられない用事もある、彼はまだホグワーツに仕事を残したままなのだ。

 

「すまんがヨーテリアや、わしは一度ホグワーツに帰らねばならん」

「ああ、仕事があるんだったな」

「うむ。万が一に備えてコレを置いていこう、わしに用事がある時はこれを使いなさい」

 

 そう言ってダンブルドアは、部屋のキャビネットからマグルで言うサッカーボール程の大きさの何かを取り出す、それは愛らしく(?)デフォルメされたダンブルドアご本人のぬいぐるみであった。

 首元に札がかけられており、(アルバスさん人形 ーお腹を押すと喋るよ!ー)などと書き込まれている。

 

「・・・なんぞこれ」

「わしの手作りなんじゃ、可愛いじゃろ?」

 

 アルバスさん人形を手渡され、呆然としているヨーテリアへにこやかに語りかけると、彼女は凄まじく微妙そうな顔をした後、人形を見つめながら唸り始める。

 

「使い方は書いてある通り、お腹を押すだけじゃ」

 

 悪戯を仕掛けた子供のような顔をしてみせたダンブルドアは、最後に「良い子にしてるんじゃヨー」とだけ言って、なぜか部屋の暖炉に入りポケットに入れておいた砂入り瓶を取り出した。

 別に彼はふざけているのでは無い、瓶の内容物の名は煙突飛行粉(フルーパウダー)、行きたい場所を宣言しながらこれを暖炉に振り撒くと、宣言した場所にある暖炉へと瞬時に移動できるという優れ物だ。

 ホグワーツ教師陣はこれを使い、ホグワーツ内の自室へと出勤しているのだ。

 

「ホグワーツ、アルバス・ダンブルドアの私室」

 

 目的地を宣言し粉を振り撒くと、エメラルドの炎が彼を包み、ダンブルドアはホグワーツへと転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルバスさん人形を手に入れた!

 ・・・元リーマン現魔法少女ヨーテリアさん、絶賛困惑中でございます。

 吸魂鬼のせいで鬱寸前になって、ダンブルドアのおかげでどうにか持ち直したと思ったらこのアルバスさん人形である、用事がある時にお腹を押せ?喋るって書いてあるだけなんですが・・・

 人形の頭を鷲掴みにして持ち上げてはみたが、試しに押してみるか?なんか「押すなよ?絶対押すなよ?」みたいな顔してたし。

 フリには答えるのが常識、押してみますかね。

 

「ポチッと、な・・・」

『もしもし、わしじゃよ』

 

 うおっ、マジで喋ったびっくりした。

 思わず声をあげて人形を取り落とすと、人形がダンブルドアボイスで愉快そうに笑い始める、もしもしって言ってたような気がするが何だこの人形は?

 

『すごいじゃろこれ、マグルで言う電話という奴かの?』

 

 当たり前のようにダンブルドアの声が響く、どうやら電話のようになってるらしい、さっき手作りって言ってたけどこの不思議機能も含めてか?

 何してんですかイギリス最強。

 

『わしの部屋のヨーテリア人形と繋がっておる、タダだし留守電機能付きじゃ、気軽に連絡してきなさい』

「お、おう・・・いやちょっと待てコラ、私の人形ってどういう事だよ」

『HAHAHAHA、じゃあの』

 

 ご丁寧に通話終了の音が鳴り、何度呼び掛けても応答が無いので人形をベッドに放り投げた、何を勝手に人をぬいぐるみにしとるかねあの耄碌ジジイは。

 ・・・まあ、これでダンブルドアとは普通に連絡出来るって訳だ、いつ帰ってくるかも分かる。

 あの腐れディメンターの影響も無いようにしてくれたらしい、研究でもして過ごしていようかな。

 

「・・・吸魂鬼ィィ・・・」

 

 思い出したら腹が立ってきた、自分の死ぬ様を思い出させられるなんて最悪の気分だ、あの吸魂鬼どうしてくれようか、殴り倒してやろうか?

 いやダメか、吸魂鬼にはある一つの魔法でしか対抗出来なかった筈だ、確かアズカバンの囚人で有名な呪文だった気がする、その呪文について調べてみても良い、やる事が沢山だ退屈しないぞーワハハ。

 善は急げの格言に従い本棚から本を選ぶ、フィルチおじさんのくれた本が丁度良いかな、確か防衛術関連の本だった気がする。

 本を何冊か抱えてさあ研究と意気込んだが、若干部屋が暑いのか気になる、もっと窓開けて風入れるかぁ。

 なんて思いながら閉じられたカーテンと窓を開けて、吹き込む風を存分に堪能する、これなら涼しいだろう。

 ついでに外の風景を眺めていると、少し離れた地点で何か黒いものが飛んでいるのが見えた、鳥かな?

 ・・・いや、鳥ってホバリングしたっけ?

 しなかった筈だ、なのに何故あの黒い物体はその場で止まってるんだ?

 

「ひッ」

 

 急いで窓を締めた、カーテンも締めた、馬鹿野郎なにが鳥だよ、そんな可愛い物じゃない!

 吸魂鬼の奴が、空に浮いて俺をじっと見ていやがった!

 

「見てやがった、ずっと見てやがったんだッ」

 

 目を凝らした時にはっきり見えたッ、全身が粟立つみたいな感覚がするし歯がガチガチと勝手に鳴りやがる、洒落にならないぞこんなの、おかしくなりそうな位怖い、自宅付近の住宅は少ないと言えど他に人が居るだろうに、あの吸魂鬼は俺だけをずっと見ていた、あいつ俺を狙ってやがるんだ!

 

「畜生、なんでこんなッ、ふざけんなよッ・・・!」

 

 布団にくるまってピーちゃんを抱えても、怖気(おぞけ)と震えは止まりはしない、なんで窓開けたりしたんだ俺の馬鹿!

 最悪だ、こんな状態で二ヶ月過ごすのか・・・ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリンデルバルドが、ねぇ・・・」

 

 9と4分の3番線にホグワーツ特急が辿り着いたのは、ヨーテリアが気絶してから半日もの時間が経った頃だった。

 ヨーテリア・グリンデルバルドが吸魂鬼を恐れて船着き場で気絶したという噂は汽車内で急速に広まり、当然英雄トム・リドルの耳にも入った。

 彼はその話を信じなかった、その噂を話してくれた上っ面だけの不愉快な友人達の前でこそ平静を装ってはいたが、内面ではそんな馬鹿なと笑い飛ばしていた。

 離れたとは言えど己の一番のお気に入り、このトム・リドルを打ち負かした唯一の女、それがたかだか吸魂鬼如きに後れを取るなどありえないと疑わなかった。

 しかしキングス・クロス駅に着いても、あの目立つデカい金髪は現れず、自分の家である忌まわしい孤児院に帰ってからもリドルはその事が頭から離れなかった。

 

ーーあのグリンデルバルドが、僕の認めた女が、吸魂鬼などにしてやられる筈がない、しかし・・・

 

 頭を抱えてウンウンと唸っていたリドルだったが、もやもやとした気分と長ったらしい思考を頭をブンブンと振る事で振り払った。

 

ーー何を狼狽えているトム・リドル、あの女より気にしなくてはならない事があるだろう。

 

 そう自分を叱りつけながら、リドルはポケットの中にあるメモを取り出した。メモにはこう書かれている、(マールヴォロ)だ。

 

「トム?もう帰ったの?」

「どうも、ミセス・コール」

 

 自室の扉を開けた痩せ気味の女性へ振り返りもせずにリドルは返事する。

 孤児院に勤める親同然の人であってもリドルは何の恩義も感じていない、忌々しい顔を見たくもないし不機嫌になった顔を見せてトラブルになるのも嫌だったのだ。

 

「ミセス・コール、僕の祖父・・・母さん側だけど、マールヴォロって言いましたっけ」

「アー、そうねぇそんな覚えがある、あなたのお母様の父親がマールヴォロだって、お母様本人が言ってたもの」

「どうも」

 

 素っ気なく返事をしながらリドルはメモの(マールヴォロ)の字を見つめる。

 リドルは在学中、空いた時間を使って自分の親について調べていた、魔法史の本、歴代監督生の記録、全部漁ったが結局魔法使いだと思っていた父親の名は出てこず、父親が魔法族でない(マグル)である事を理解した。

 

ーー僕を生んで死んだ母さんが魔法使いだったとは、意外だったが・・・

 

 リドルは母親の父、(マールヴォロ)の名前が書かれたメモをじっと見つめた。

 彼の調べによればマールヴォロ、正確にはマールヴォロ・ゴーントはスリザリンの血を引く名家だ、なにかと問題を起こしているようだがそんな事はどうでもいい。

 彼はホグワーツに居た時から夏休みに親戚であるマールヴォロを訪ねようと計画していた、少しでも良いから話をしてみたかったし、なんの音沙汰も無い父親がどうなったのか知っているかもしれない。マグルだし、別に死んでても構わないが。

 

「明日からしばらく孤児院を出ます、心配しないでください」

「そうするわ」

 

 今日は孤児院で休む、完璧で優秀な自分とて疲労と睡魔には勝てない。どっかの親愛なる脳筋とは違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忌々しい孤児院を出て、リドルはゴーント一族の住むというリトル・ハングルトンなる小さな村を訪ねていた。

 ロンドンのプリべット通りから300㎞も離れたこの村に半日もかけて来るのは骨だった、汽車に揺られ落ちていく日を眺めながら、リドルは何故ロンドンなんて遠くの孤児院なんかに預けたんだ・・・と半眼になったものだが宿泊料や杖、いくつかの魔法薬も用意した、途中通ったグレート・ハングルトンなる村に泊まれそうだし何も困る事は無い。

 しかし彼と言えど徒歩で一時間はかかる距離なので、出来れば親戚のよしみで泊めて欲しいものだが・・・

 

「暗いな・・・ランプは、あった」

 

 用意しておいたランプを灯し、リトル・ハングルトンを歩くリドル。

 マグルの道具に頼るのは優秀な魔法使いとして腹立たしいが、未成年が学校外で魔法を使うと魔法省にしょっぴかれてしまう、やむを得ない。

 

ーー・・・嘘だろ?

 

 そしてゴーント宅と思われる家に辿り着いたリドルは、今にも崩れそうなあばら屋を見て、家主はとっくに死んでいるのではなかろうかと不安になった。

 ゴーント宅は崩落寸前の廃墟のようになっていたが、構わずリドルは蛇の死骸が打ち付けられた戸口をノックし、木の軋む音と共にゴーントの家へ入場とした。

 外観も酷い物だったが屋内はそれ以上に汚れ果て、すえたような気分の悪い異臭まで漂っていた、何かの腐臭だろうか?

 まさかと思い辺りを見回したリドルは、薄暗い部屋の中で肘掛け椅子に座る、髭と髪の伸びっぱなしなあまりにも不潔な男を見つけた。

 男は数秒間、警戒した様子で己を見つめていたリドルを注視していたが、やがて怒り狂った様子で弱った体を立ち上がらせ、両手に持っていた杖と小刀を振り上げた。

 

『貴様ァァッ、キィィィッ、サァァマァァァアッッ!』

 

 突然半狂乱になって襲いかかってくる男は、明らかに人でない言葉を話していたが何故かリドルには理解できた、だってその言葉は、忌々しいあの蛇と話すのに使っていた言葉なのだから。

 

『やめろ』

 

 つまる所(蛇語)だ。シュルシュルと不気味な音を立てて見せたリドルは、勝手に地面に倒れ付した無様な男を不機嫌そうに眺めた。

 男は先程まで放っていた殺気を鎮まらせ、自分と同じ蛇語を話してみせたリドルをしげしげと観察している。

 

『・・・お前、蛇語を話せるのか』

 

 男の問いを簡潔に肯定しながら、リドルは壊れやすそうな戸口を紛れもない怒りを込めて閉めた。

 自分はこんな薄汚い気狂いに会うために遠路はるばるやって来たのでは無い、さっさとマールヴォロを出せと言わんばかりに祖父の所在を尋ねたリドルは、男の吐いた言葉にぐらりと脳を揺さぶられた。

 

『死んだ、親父は何年も前に死んじまったんだろうが。

 ・・・何を呆けた顔してやがる、えぇ?』

 

 リドルは祖父が死んだ事もそうだが、何よりも(自分が動揺している)という事実に驚いた。

 顔も知らない、会った事もない祖父が死んでいたぐらいで自分は何を狼狽えているのか、と自力で正気に戻った彼は男に再び目を向けた。

 

『ならお前は誰だ?』

『モーフィン、マールヴォロの息子だ、違うのか、え?

 そんな事よりだ、オメェはあのマグルにそっくりだ、妹が惚れやがったマグルに・・・』

『そっくり?どのマグルの事を言っている?』

『リドルだ、オメェにもっと年を食わせたみてぇで、向こうのでっかい屋敷に住んでやがる、戻ってきやがったんだ』

 

 リドル、間違いなく自分の父親の名だろうが、今この男は戻って来たと言ったのか?

 

『あの男は妹を、メローピーを捨てやがったのよ!

 ド腐れと結婚して良い気味ってモンだが、盗みやがった、スリザリンのロケットをよ・・・』

 

ーー捨て、捨てただと!?

 

『泥ォ塗りやがった!あのクソッタレのアマ、マグルなんぞと結婚しやがって・・・ッ!

 それでェ?そォォんな事を聞きやがる奴ァァだァァァれだァァ???おしめぇだぞ、オメェはおしめぇだッ!』

 

 モーフィンは足を縺れさせながらも杖と小刀を構え、動揺しているリドルへ襲い掛かった。

 普段のリドルならば簡単に反応できる鈍い動きだ、だが彼は反応出来なかった、呆然としていて倒れかかってきたモーフィンにそのまま押し倒されてしまった。

 

「チィッ、〈ルーデレ!〉」

『おしまいだ、そうしてやゴホァッ!?』

 

 彼の考える中で最も発動の早い呪文、咄嗟に放った〈ルーデレ〉が功をなし、目の前に迫った小刀をモーフィンごと吹き飛ばした。

 

「〈ステューピファイ!〉」

 

 吹き飛ばされて尚向かって来ようとしたモーフィンへ呪文を放つ。失神呪文の直撃した狂人はいとも簡単に意識を刈り取られ酷く汚れた床の上に転がることになった。恐らく目を覚ますのは次の日だろう。

 愚か者を排除したリドルは、歯向かってきた事への怒りすら感じず、ただただ虚しく気絶した親戚を見つめていた。

 

「・・・なんだ、これは」

 

 額を押さえながらリドルは力無く呟いた。

 何故自分がここまで参ってしまっているのか、彼にはまったく理解できなかったが、それは彼が自分の状態を自覚していなかったからだ。

 何年も連れ合った友人と呼ぶべき所有物を全て失い、彼は自分の想像以上に、精神的に追い詰められていたのだ。

 失った事もそうだが、何よりも失った後の孤独感に苛まれ、何かにすがり付きたくて仕方が無かった。

 プライドの高い彼はその事実を無意識に否定していたが、己の血筋を確かめるとマールヴォロを探してここまで来たのも、結局は身内に会って孤独を癒したかっただけだ。

 だのに、この状況は一体なんだ。

 己の誇る血筋は落ちぶれ、音沙汰の無かった父は自分と母を捨てていた事が確定し、挙げ句すがろうとした身内に殺されかけた、癒す所かさらに追い詰められているではないか!

 

「・・・向こうの屋敷か」

 

 リドルはモーフィンから杖を奪い、指にはめていた指輪も略奪し己の指にはめた。

 モーフィンが本当にマールヴォロの息子なら、恐らくこれはゴーント家の財産の一つなのだろう。

 だが、もうこの男には必要ない。

 最後にモーフィンに呪文をかけ、とある記憶を埋め込んだリドルは幽鬼か何かのようにゴーント宅を出て、モーフィンの言う大きな屋敷へと向かう。

 その最中、彼は持ってきていた道具の中から、綿密に蝋で封をなされ、さらに保存が効くよう魔法で保護された小瓶を取り出した。

 フェリックス・フェリシス、本当ならば彼のとある研究で行き詰まった時使いたかった、幸運を呼ぶ魔法薬。

 プライドの高いリドルが、秘密の部屋を開けるときも己の働きにこだわったあのトム・リドルが。

 

 ずっと軽蔑していた幸運薬を、飲んだ。

 

 

「すいません、トム・リドルさんのお宅はこちらでしょうか?」

 

 大きな屋敷に辿り着き、戸口をノックしたリドルは不機嫌そうな顔をして出てきた老紳士にそう尋ねた。

 

「息子がどうかしたかね・・・?それより君、息子とよく似ているような気がするが」

「気のせいですとも。息子さんにお招きされたのですが」

 

 でっちあげだった。無表情のままリドルの言葉に、彼の祖父と思われる老紳士はまんまと騙され、彼を居間へと通して息子を呼びに行ってしまった。

 着飾った高飛車な婦人・・・恐らくは祖母なのだろうが、彼女に睨まれながらも、リドルは静かに父親を待っていた。

 

「父さん、私は客なんか招いていませんよ、本当ですってば」

 

 老紳士と口論しながら居間に入ってきたのは、リドルにそっくりのハンサムな男性であった。

 男性は自分と瓜二つな少年を見た瞬間サッと青ざめ、その顔を眺めながらリドルは抑揚の無い声でこう言った。

 

「はじめまして、トム・リドルさん」

「なんだ君は、君なんか知らないし呼んでない、今すぐ帰ってくれ」

「メローピー・ゴーント、知らないとは言わせません。

 僕はトム・マールヴォロ・リドル。あなたとメローピーの息子です」

 

 狼狽える父親に、リドルは容赦なく言葉を浴びせた。

 その言葉を聞いた瞬間、老紳士は怒り狂って土気色になった息子へと食って掛かり、婦人はヒステリックにリドルを罵倒し始めた。

 

「トム、一体どういう事かね!?あの忌々しい女にたぶらかされた挙げ句、子供までだと!?」

「違うんだ父さん、何かの間違いなんだ、私は決してそんな事はッ」

「あの薄汚い泥棒猫の息子ですって!?なんて汚らわしいッ、一体どういう了見で我が家に居るのかしら!」

 

 婦人に投げ付けられたカップが額を直撃し、入っていた紅茶がリドルの頭にぶちまけられる。

 普通ならばここで親が出る、しかしその親はあろう事か、母親に同調しリドルに当たり散らし始めた。

 

「帰れ!お前は私の息子じゃない、我が家から出ていけ!」

 

ーーなにが幸運薬だ、散々じゃないか?

 

 額から伝う紅茶以外の液体を拭いながら、リドルはぼんやりと怒鳴る父親を見つめていた。

 この際下等なマグルでも構わない、もしかしたら全部何かの間違いで、自分を迎えてくれるかもしれない・・・そんな血迷った考えも、追い詰められた彼にはあったかもしれない。

 だが父親はやはり自分と母を捨てていた、愛情なんてこれっぽっちも存在していなかった。

 あまりに徹底的すぎて笑いすらこみ上げてくる。濁りきった目で父親を見つめながら、ある意味幸運かもしれないと、リドルはモーフィンの杖を取り出した。

 

ーーこれから殺すのに、迷いがなくて済む。

 

「〈アバダ・ケダブラッ!〉」

 

 まずはカップを投げ付けた母親、モーフィンの杖を向け呪文を唱える。

 放たれた緑の閃光は、寸分の狂いも無く婦人の胸に直撃した、しかし婦人は何の外傷も負った様子もなく、何かしらの呪いや毒に蝕まれた形跡も無い、至って健康体のままであった。

 

「かっ、母さんッッッ!?」

 

 死 ん で い る 事 以 外 は 。

 

「小僧ッ、貴様妻に何をしたァッ!?」

「〈アバダ・ケダブラッ!〉」

 

 伴侶が糸が切れたように床に倒れ付すのを見た老紳士は、妻に(何か)をした少年へと突進する。

 しかし再び呪文が放たれ、怒り狂った老紳士を妻と同じように物言わぬ死体へと変えた。

 これが、(アバダ・ケダブラ)。人に向けて放つだけで、魔法使いの牢獄であるアズカバンに放り込まれ、残りの人生と命を、吸魂鬼に貪られ続ける事が確定する禁じられた呪文。

 反対呪文など無い、ただただ対象を確実に絶命させる為だけの、強力かつ無慈悲な闇の魔法だ。

 

「なんだこれは、お前ッ!一体何をッ」

「何故捨てた」

 

 腰を抜かした実の父親に杖を向けながら、リドルは静かにそう呟いた。

 

「何故メローピー・ゴーントを捨てた?」

「な、何を言って・・・?」

「なんでッ!僕とッ、母さんを捨てたッッ!?」

 

 リドルは叫んだ、溜まりに溜まったあらゆる激情を、目の前の父親に衝動のままにぶちまけた。

 母は特別だった、スリザリンの血統を受け継ぐ特別な魔法使いだった、自分だってそうだ、幼い頃から魔法も使えた、何人もの人間を支配し思うがままに動かせた、そんな特別な自分達をよりによって下等なマグルのお前が、何故捨てた!

 

「どうしてッ、捨てたりしたんだよォォッッ!?」

「・・・うるさい、うるさいうるさいッ、このイカれた異常者がッ、お前達みたいな人種をこの私がッ!愛する訳が無いだろうッッ!?」

「〈アバダッッ・ケダブラァァァァッッッ!〉」

 

 父親へ向けた詠唱は、もはや悲鳴に他ならなかった。

 込められた過剰な魔力の余波で吹き飛ばされたトム・リドル・シニアは、両親共々魂の抜けた骸となって屋敷の床で眠ることとなった。もう屋敷で生きている者は、リドルだけだ。

 

「・・・ハハッ、ハ・・・」

 

 トム・リドルは生まれて初めて、自らの手で人を殺した。

 だが何も感じなかった。人を殺めた罪悪感も、母の無念を晴らした喜びも、自分達を捨てた父親への侮蔑も。

 何もない、今のリドルには、何もない。

 鉛のように重く感じる身体を引きずり、彼は屋敷を出て、ゴーントの家へと戻り気絶したモーフィンへ杖を投げ付けた。

 アバダ・ケダブラは彼の杖で唱えた、取り調べれば彼の杖から証拠が出るだろう、しかもリドルは、自分があの一家を殺したとモーフィンに嘘の記憶を埋め込んだ。

 前科持ちのマグル嫌いだ、魔法省は彼を真っ先に疑い、モーフィンも自分が殺してやったと大笑いするだろう。

 リドルが捕らえられる事は無い。

 

「・・・はは、我ながら酷い顔だな」

 

 グレート・ハングルトンに向かおうとしたリドルは、ゴーント宅の廃品同然な鏡が目に留まり、どこかで見たような、真っ暗な目をした自分の顔を見て苦笑いした。

 何を感じているのか分からない、真っ暗な無感情な目だ、これではまるで、あの時のアイツのようでは無いか。

 

「貴様も、こんな気分だったのか・・・?」

 

 ぼんやりと呟いた後、リドルは自分の醜態を映し続ける鏡を、何故か部屋にあった杭で叩き割った。




2016年5月26日、リドルの発言のミスを修正。
どうして地の文じゃないのにパパリドルの後ろにシニアって付けちゃったんだか・・・。

2017年7月10日、リドルの名前のミスを修正。


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28話 訪問者、親友と猫

 ・・・もう、2月ですねぇ。
 すまんな、本当にすまん。
 待たせたな、私からのバレンタインチョコです。


「マグル三名殺害、か・・・」

 

 日刊予言者新聞。

 時折過激で信憑性に欠ける内容も掲載される、イギリス魔法界で最も親しまれるポピュラーな新聞。

 人によっては紙屑などと比喩される事もあるが、しっかりと事件の報道を行うこともある。例えば今、ダンブルドアが読んでいる欄のように。

 

「恐ろしい話だと思わんかね。其奴は随分前からその一家を狙っていたそうだ」

「・・・うむ」

 

 リトル・ハングルトンにてトム・リドル・シニア、及び父母計三名殺害。犯人は以前にもリドル氏を襲った前科を持つモーフィン・ゴーント。真っ先に容疑にかけられた彼は魔法省の取り調べに対し、大笑いしながら犯行の細かな詳細を語ったとの事だ。

 ダンブルドアへ新聞を見せてきたスラグホーンは生徒の入学 進級 卒業 就職 等々の資料、ついでに彼のかつての教え子達からのプレゼントの山を捌きながらやれやれと首を横にふった。

 

「まったくもってイカれてる、省のコメントを見たか?

 ″彼の口からまともな言語を引き出す事以外、捜査は実にスムーズに進んだ″、だそうだ。

 笑いながら小うるさい母親から・・・次に怒り狂った父親、最後に縮み上がった息子を? まともな人間がこんな事を言う物か、終身刑になって当然だ」

「果たしてそうかねー」

 

 適当に応対しながら、ダンブルドアは新聞をじっ、と見つめていた。

 なんのことは無い、マグル嫌いの起こした忌むべき残忍な殺人事件、それで済んでしまう一件だ。

 しかしながらゴーントの名を見て、ダンブルドアはむっと顔をしかめ、とある生徒の事を思い出していた。

 

ーーモーフィン・ゴーント。マールヴォロ・ゴーントの息子・・・トムの伯父、という訳じゃな。

 

 トム・リドル、彼の愛する生徒の一人にして、ホグワーツで起こる大なり小なりの事件を裏で操っているであろう生徒。今回の事件の関係者は、どういう訳か全員が彼の身内である。

 偶然、むしろその方が自然な考え方だ。

 だがどういう訳か引っ掛かる、何故だかこの話に違和感を感じる。

 話が出来すぎている・・・いや、そんな事はない。

 何故今の時期に・・・事件に時期もへったくれもある物か、むしろ今の世の中など事件だらけだ。特にこの英国以外では。

 違和感があるがその違和感の元が分からない、そんな悶々とした感覚に襲われていたダンブルドアだったが、ふと手元に置いていた人形に目が向いて我に帰った。

 

「・・・いや、わしとした事が」

 

 彼の友の子にしてダンブルドアの養子であるヨーテリア・グリンデルバルド。年頃の少女ながらに男と見紛う程の言動と粗暴さが特徴の彼女をデフォルメした、ヨーテリアさん人形〈頭を撫でると怒るよ!〉である。

 自宅のヨーテリアへ渡したアルバスさん人形と繋がる電話のような機能を持つダンブルドア自作の魔法具だ。

 いつでも連絡してくるようにと伝えたが、彼女は一度だけ「早く帰ってきて」と伝えたきり、かけてくる事は無かった。

 まあ、ああ見えて繊細な彼女の事だ。一度かけるだけでも相当に恥ずかしかったに違いない。というか予想外の一言にダンブルドアの方が度肝を抜かれた後ほっこりしたくらいだ、彼女なりに頑張って自爆して床を転げ回って二度とかけないと喚いているに違いない。

 夏休みも一週間、仕事で忙しくて中々帰れなかったがようやっと帰宅できる。

 三日は家に居れるのだ、しばらくはこれをネタにして嫌われない程度にからかうとしよう。

 

「スタローン君は本当に闇祓いの面接に行ったのか・・・絶対クィディッチの選手の方が・・・アルバス、帰宅するならそのニヤケ面を直しておけ」

「あいや失敬」

 

 席を立つとスラグホーンから忠告を受けたので頬を二揉みしてキリリとした表情を取り繕うダンブルドア、それをスラグホーンは呆れ顔で見つめていた。

 

「煩悩というか、なんというか・・・」

「子煩悩とな? 本望じゃよ、ほっほっほー」

「アルバス、教師でなく友人として忠告するがね」

 

 浮かれるダンブルドアとは対照的に、スラグホーンはひどく真面目な顔をしてそう言った。

 

「校長じゃあないが、程々にするようにな?

 あの子を世間がどう見ているか知っているだろう」

「お主はお腹は柔いが頭は硬いのう」

「こやつめ」

 

 スラグホーンをからかった後ダンブルドアは自室へ直行し、素晴らしい手際で資料を整理し棚へとしまう。

 そうして今日の最後の作業を終えたと思えば数少ない私物を纏めて部屋の暖炉の前に歩いていく。その足取りは年甲斐もなく″ルンルン気分″とでも言った物か、軽やかで実に機嫌がいい。

 ・・・部屋の隅から何者かが恨めしげに自分を見ていたような気がしたが、さして気にせずダンブルドアはポケットの中にある小瓶を取り出し、暖炉へと中身の煙突飛行粉を振り撒く。途端に美しいエメラルド色の炎が燃え上がり、部屋の机や魔法具を緑色に照らす。満足げに微笑んだダンブルドアは暖炉へと入り、肌を焼く事の無い暖かい炎の中で口を開く。

 

「アルバス・ダンブルドアの自宅」

 

 途端に彼は渦の中へ吸い込まれるような錯覚と共に、自宅へと転送される。

 その緑の光の中で彼は、自宅で己を待つヨーテリアを思い浮かべ愉快げに微笑んだ。

 自分が今日帰ることは知らせていない、言わばサプライズのような形になる。それだけでも彼女の驚く顔が拝めるであろうが生憎と、ダンブルドアはそれで終わるほどおとなしい大人では無い。

 帰宅時は派手に、より愉快に、少し危険に・・・そう、ダンブルドアはその実力と教養に似合わず、割とお茶目なお人であった。

 

ーー〈ソノーラス〉で拡声して花火を点火、これじゃな。

 

 手荷物の一つ、ごく一般的なロケット花火・・・に、ダンブルドア自身が細工を施した、たった一つで縦横無尽に跳ね回りながら色とりどりの火花をばらまく魔改造ロケット花火。これをサプライズとして部屋に放つ。

 以前これをスラグホーンに試した時には実に良い反応をしてくれたし部屋を火花で埋め尽くして非常に綺麗だった。

 ヨーテリアもきっと眼福なリアクションをしてくれるであろう・・・そうダンブルドアが考え終わる頃にはエメラルドの炎が消え、目の前には見慣れた部屋が広がっていた。ダンブルドアの自宅、ヨーテリアの部屋だ。

 いざソノーラスを唱え一声・・・計画通りに杖を掲げたダンブルドアは、数秒後にその杖を取り落とした。

 

「ヨー・・・テリアや?」

 

 目の前で壁にもたれ、力なく座る一人の少女。

 カピバラのピーちゃんを抱いて離さぬその腕はあまりにも細く、巻き毛の金髪は煤けた弱々しい色へと様変わりし、美しかった顔は痩けて隈がくっきりと浮かんでいる。

 その細々と弱々しく目を閉じたその様は、まるで・・・!

 

「ヨッ、ヨーテリアァァーーッッ!!」

「・・・ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

「アルバス、食事だぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 死人のような様相にダンブルドアは我を忘れて錯乱したが、ヨーテリアは死んではおらず不眠がたたって意識が飛んでいただけであった。

 そんな騒動も過ぎ彼の帰宅から早三日、彼の世話もあってかヨーテリアはいとも簡単に元通りとなりダンブルドアへ料理を振る舞っている。メニューはサンドイッチとじゃがバターなる物。茹ですぎず固すぎず、塩加減も丁度良く温かい。

 

「うむ、初めて食べたが美味じゃ」

「ちなみにマヨネーズをこうすると・・・尚美味しい」

「ほう、存外合うものじゃ。素材の味と酸味が実に良い」

 

 マヨネーズを勧めてきたので試してみると成る程、じゃがいも自体の味と塩味、そしてマヨネーズの酸味がちょうど良く調和している。健康的とは言えないがこれは良いものだ。

 何より「そうだろ?」と控えめに笑うヨーテリアが実に喜ばしい、何かと突っぱねられていた以前が嘘のように心を開いてくれている。それがダンブルドアには何よりも嬉しかった。

 

ーー・・・どう切り出そうか。

 

 が、同時にダンブルドアは頭を悩ませていた。

 こうして我が家で過ごし、魔法省の監視の元で軟禁状態の彼女の支えとなり話し相手となり、自身も心を安らげる時間は実に楽しいものだが・・・。

 これは仕事の合間に帰ってこれただけであり、今日には一度ホグワーツでの仕事に戻らなくてはならない。

 生徒の入学や卒業の手続き、それに追加してマグル生まれの入学候補生の自宅に訪問し、親へ説明に赴かねばならない。

 それらの職務は基本、マグルへの造詣が深いダンブルドアが請け負っている。他の教員らに任せても良いのだろうがそれを決めるのは校長だ、この件を抜きにしても話術と経験に富むダンブルドアに任せるだろう。

 何より彼は、極力何もかも自分でやりたがる質だ。

 であるからして、再び彼女を一人で留守番させなくてはならない訳だが。

 

「ふぅ・・・」

 

 この満ち足りた表情でじゃがバターを平らげ、満足げにため息を吐くヨーテリアへ切り出せと言うのか?

 そうでなくともダンブルドアを視界から外したがらず、しきりに窓の外を見て不安そうな表情をしていた彼女に、また一人で居ろと言うのか?

 ・・・と、何かと言い訳をつけて言うのを躊躇って躊躇って、仕事へ戻る当日になってしまった訳だが・・・。

 

「アルバス、どうした? 熱いなら冷ましてやろうか?」

 

 考え込むあまり、じゃがバターに手をつけなかったのでヨーテリアが声をかけてきた。

 

「いや、大丈夫じゃよ。なんでもない」

「ふーん」

 

 笑顔で答えはしたが、ヨーテリアはじぃっ、とダンブルドアを見つめてくる。

 一切目を逸らさず、まるで考えを探るように。

 ・・・今は少しマシと言えど、こうして硝子玉のような無機質な目で凝視されると、流石のダンブルドアでも少々怖いものがあるのだが・・・

 

「何か言いたい事があるんだろ。そんな素振りしてるぞ」

 

 見透かされた。

 そういった勘繰りをしないよう、自然体でいるよう心掛けていたつもりだが、無意識に出ていたのだろうか。

 それとも、隠せていた上で見破って来たのだろうか?

 

「いや何、本当に何でもないよ、ヨーテリアや」

「私が気になる、言ってくれ」

 

 ちょっと厳しい話でも構わないから、とダンブルドアを急かすヨーテリア。

 これは都合が良い。話し難いと躊躇していたが、まさか彼女からきっかけを与えてくれるとは・・・どうやら、さしものイギリス最強の男でも、娘となると敵わないらしい。

 

「・・・うむ。少々切り出しにくかったのじゃが」

 

 ヨーテリアを真っ直ぐ見据え、意を決して話し始めるダンブルドア。どちらにせよ今日中に話さなければならなかった話だ、覚悟を決めるのは案外簡単な物だった。

 

今日(こんにち)より、またしばらくホグワーツへ戻らねばならん」

 

 回りくどくなく直球に。

 簡潔に実に分かりやすくダンブルドアはそう言って、直後に後悔した。

 

「そう・・・か、そうなのか・・・」

 

ーー・・・言わなきゃ良かった。

 

 その言葉を聞いた瞬間、少しはマシになっていた無機質な瞳が色を無くした物へ逆戻りしてしまった。というか無機質ながらにも在るには在った光が消え失せた。

 

「すまぬ、すぐに帰ってくる、大丈夫じゃから」

「おう」

「なんなら先伸ばしにしても良い。わしなら全ての職務を一日でこなせる」

「無理だろ。そんな甘い仕事があるかよ。

 私を気にするなら心配無用だ、次は食事も忘れない」

 

 そんな死人のような目で言われても説得力なんて無い。それと食事は忘れたのではなくてストレスで喉を通らなかったのだろうに・・・すさまじく不安だ、次に帰ったら本当に死んでいそうだ。

 

「じゃが・・・」

「しつこいぞ、私は大丈夫だと言った筈だ」

 

 どうやら、有無も言わせてくれないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「心配じゃぁ・・・ホントに心配じゃなぁぁ・・・」

「帰宅したら悪化したか」

 

 出勤時間、暖炉に押し込まれる形でホグワーツに到着したダンブルドアは、一日経った今スラグホーンが半眼になる程度には頭を抱えていた。

 しつこく一時間置きに連絡した結果「うざい」と切り捨てられたのでヨーテリアさん人形も封印状態、ダンブルドアの心配は彼らしくもない所にまで悪化していた。

 

「追い詰められると周囲を突っぱねる癖があるようじゃし・・・ああもうアルバス白髪になりそう・・・」

「錯乱か服従の呪文でもかけられたみたいだな」

「ホラス、茶化して良い案件では無い」

「・・・気持ちは分からなくはないがな?」

 

 そんな彼の様を隣で仕事をこなしながら丸一日なだめ続けていたスラグホーンは、一旦資料を置いてダンブルドアの方へ向き直った。

 

「彼女自身が大丈夫だと言ったそうだが、ならば大丈夫なのではないかね?」

「あの子を知らんからそう言えるのじゃ、そう言った時は大体大丈夫では無い」

「君自身彼女をあまり知らんだろうが」

「そうじゃよ、娘なんて持った事ないから何が何やら分からぬ」

「だろうな」

 

 らしくもない醜態を晒しながら呻くダンブルドア。

 スラグホーンがそれでも衰えない手際に苦笑する中、今年の入学候補生のリストに目を通し、訪問しなければならないマグルの一家を確認する。

 ・・・結構多い。

 次に帰宅するのはいつ頃になるか、少なくとも2週間程になるだろうか。

 本当にヨーテリアが持たない・・・そうダンブルドアが頭を抱えたのとほぼ同時に、職員室へ一羽のふくろうが飛び込んできた。足に手紙入りらしき封筒を引っ掻けている。

 

「ふくろう便か」

 

 スラグホーンが呟く中、項垂れるダンブルドアの頭上へと封筒が落とされる。ダンブルドアは片手でそれを見もせずにキャッチしてみせた。

 

「お見事」

「ありがとう」

 

 ふくろうの足にくくりつけられた袋へと代金を入れ、手紙の送り主を確認したダンブルドアは「むっ」と声を上げ、思わぬ差出人の名前に驚いた。

 アーガス・フィルチ。数ヵ月前、ホグワーツを自主退学してしまったヨーテリアの友人だ。

 ホグズミードの三本の箒へ推薦し、馴染みの女店主に引き取ってもらい、勤務地が家から遠いからと住み込みで働いていた筈だが、何かあったのだろうか?

 丁寧に封筒を開け、ダンブルドアは内容に目を通してみた。

 彼の心配に反して、ミスター・フィルチは職場に適応し、他の従業員とも仲良くやっているとのことだ。ヨーテリアに付き添ったのが良い経験だったとまで書いてある。これにはダンブルドアも同意し小さく愉快そうに笑った。

 確かに、スクイブでありながらダンブルドアの計らいに乗じて入学に志願し、5年間魔法が使えないにも関わらず成績を平均でキープ。さらに血の気の多いヨーテリアに平然と付き添い、何故か情熱を注いでいた魔法の研究をも補佐していたと聞く。

 その手際の良さと耐久性は類を見ない物だろう、ある意味超人的だとさえ言える。

 彼の安泰を喜びつつ、手紙を読み進めるダンブルドア。

 手紙の最後の追伸にて、彼はその一文へと目を止めた。

 

ーーヨーテは元気にやっていますか? 一週間は手紙が来ないから、どうにも不安で・・・。

 

 恐らく、感謝の言葉や状況報告は単なる前置き。この一文こそが、彼が尋ねたかった本題なのだろう。

 ダンブルドアはその文を真剣な面持ちで見据え、深く思案していた。

 やはり、彼もヨーテリアが心配なのであろう。自分も相当な状況の下に居るだろうに、それでも友を想うか。

 やはり退学するには惜しすぎた優しい子だ。

 ″スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る″

 組分け帽子がスリザリンを謳った一文句だが成る程、その通りだったという事か。

 などと、静かに目を閉じていたダンブルドアの瞼の裏に、″ある考え″が浮かび上がった。 

 

ーーそういえば、ミネルバが勉強する場が欲しいと言っていた。

 

 ついでに父方がマグル故に、家で勉強するのが気まずいと言っていたミネルバ・マクゴナガルの事を思い出す。

 なるほどなるほど、となれば二人か。

 ハグリッドは森番の仕事で忙しい、少々厳しいか?

 とにかく手紙を送るなら今日中か、二人が了解すれば三日後には事が進む。

 

「悪い顔をしおって、何を企んどるんだ狸ジジイめ」

「ナンデモナイヨー、ホッホッホー」

 

 顔に悪戯を思い付いたような笑みを浮かべ、ダンブルドアは手紙をポケットへと仕舞った。

 スラグホーンがその笑みを不審がるように、彼はお茶目で年甲斐もなく悪戯を楽しむ困ったちゃんではあったが、それ以上にーー

 

 彼は言葉に表すならば、粋な大人でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーテリアです。

 ダンブルドアが何かを言いたそうにしていたので、聞き出してみたらボッチルート再開になったとです。

 

 ・・・洒落にならんな畜生。

 ダンブルドアがホグワーツへ戻ってから早四日、ピーちゃんが片時も手放せない俺、ヨーテリアさん15歳。

 俺を心配してアルバスさん人形をフル稼働させて連絡をしてくれていたダンブルドアを意地で突っぱねてしまい、本気で後悔しています。

 どうして「大丈夫だから仕事に集中して」と言えなかったんだ、あんな風に言ったら彼方も此方も連絡のしようがないじゃないか。

 食事は忘れていないが不眠状態は続いたままだ。この年で・・・精神年齢の事だが、怖くて夢に出るって状態を体験するとは思わなんだ。

 外に吸魂鬼のクソ野郎が居ると思うだけで震えが止まらなくなる。暗がりの中で揺れたカーテンを奴と勘違いして腰を抜かした事もある。

 相当にトラウマになってしまったらしい、トラウマを呼び起こされる経験でトラウマか・・・面白くもない話だこと。

 気を紛らわせる為の思案を一旦切り、ピーちゃんのふかふかボディーに顔を埋め、深くため息をついた。

 ・・・早く、帰って来ないかなァ・・・。

 ・・・。

 いつまでそうしていただろうか、俺は玄関から聞こえた物音に気がつき、壁にかけていた錫杖を手に取った。

 よく聞いてみると、どうやら戸口をノックしている音のようだ。

 誰だ? 吸魂鬼が彷徨く上にマクスウェルさんが警護している筈の家に、訪問者とな?

 無視すべきだろうか・・・いや、マクスウェルさんが様子見に来たのかもしれないし・・・。

 悩みつつ結局玄関にたどり着いた俺。やはり戸口をノックしているらしい、コンコンと木の扉から小気味良い音が聞こえてくる。

 ・・・吸魂鬼が居たらショック死する自信があるが、開けるしかないか。

 俺は錫杖を構えたまま恐る恐る扉へと近寄り、ドアノブにゆっくりと触れた。

 

「・・・あれ、寝てるのかな? ヨーテ? ヨーテー?」

 

 触れた瞬間、聞き慣れた声が扉の向こうから聞こえた。

 今の自分の・・・声より、聞いた、男の子の・・・?

 ・・・、・・・?

 

「参ったな・・・マクゴナガル、ちょっと鳴いてみて」

「・・・ニャー、ゴ」

 

 ・・・猫、の? 鳴き声?

 

 ・・・!?

 

 何かが化けてる 聞き間違い 罠 悪戯 それらの考えの一切を全てかなぐり捨て、俺は脇目も振らずにドアノブを掴みーー

 

「あ、アァッ、アー、ガッ・・・!?」

 

 勢い良く、扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ」

 

 突然大きな音を立てて開いた扉に驚き、外に居た少年は小さく声を上げた。

 彼と彼の肩に乗った猫を驚かせた張本人は、その見慣れた無機質な目を見開かせて、呆然と彼らを見つめていた。

 

「良かった、てっきり寝ちゃってたのかと」

 

 そんな様を見た少年、アーガス・フィルチは、珍しく呆けた顔を晒している友人へと笑いかけた。

 

「アっ、アーガっ、どうして・・・? ミネルバ、まで」

「マクゴナガル? ああ、勉強場所が欲しいって、一緒に来ることになってさ。先生は何も伝えなかったの?」

「いや、いや・・・何も・・・というかお前、仕事は?」

 

 混乱したままのヨーテリアは、何が何やら分からない様子でフィルチへと問い掛けて来る。

 ダンブルドアは何も言わなかったらしい、サプライズという訳か? あの賢人兼変人先生らしいが、少しは説明をしておいて欲しい物だ。

 フィルチはこの場に居ないダンブルドアのしたり顔を思い浮かべながら、説明の為に口を開いた。

 

「三本の箒? それなら、実家に顔を見せたいって言ったら二週間も休みをくれてさ。

 店長がホグワーツのOGでね、物凄く良くしてくれるんだ」

 

 「あらー、親御さんが心配してるだろうしいいわよー」などと、実に軽いノリで休みをくれた店長を思い浮かべながら、フィルチはそう言ってみせた。

 もっとも、スクイブに出す煙突飛行粉代など無いと宣ったお母様に顔を見せる気などこれっぽっちも無いし、家に居るより三本の箒で、不眠不休で働いた方が百倍マシだというのが彼の本音なのだが。

 

「で、マクゴナガルはさっき言った通り勉強場所。父親がマグルだから気まずいんだってさ。

 あとはヨーテが自宅で軟禁だって先生から聞いたから、だとさ」

「アルバスが・・・? いや、でもそれ、マズいだろう!

 ただでさえ私は監視されて、マクスウェルさんが警備してるのに・・・」

「マクスウェル? そこに居た闇祓いだな、そういえば言伝預かってた」

 

 ここに来る途中護衛してくれた闇祓いから預かった手紙を渡す。ヨーテリアは恐る恐る手紙を受け取り、中身を読んだ途端に頭を抱えた。

 

「・・・あの人もグルかよ・・・」

 

 書いてあった内容はたった二言、″私は何も知らないから、ゆっくり仲良くね″、だ。ご丁寧にマクスウェルよりとサインまで書いてある。

 この状況の仕掛け人、それは紛れもなくダンブルドアであった。

 まず彼ら二人に手紙を送り、ヨーテリアの状況を伝えた上で自宅へと招く。

 フィルチは彼自身が言ったように長期休暇として・・・非常に心苦しいが彼の家族も彼の外出に関しては無関心である、すべからく彼の所在にも関心を示すことは無い。

 マクゴナガルは友達の家に勉強に行くと両親に伝えている、学生が夏休みに友人の家へ遊びに行くのは珍しい事ではないし、実際嘘ではない。

 そして監視者である筈のマクスウェルだが、ダンブルドアの計画に喜んで一枚噛んでくれている。

 そも、魔法省への報告云々は彼がしているのだ。彼が黙っていれば監視対象の家に訪問者が訪れても何の問題もない。

 

「どうして、そこまで」

「簡単な話じゃないか」

 

 フィルチは片眉を吊り上げながら、狼狽えるヨーテリアへと言い放った。

 

「ヨーテが心配だからだよ」

 

 何の気も無しに平然と、フィルチはそう言って見せた。

 猫へ変身し肩に乗るマクゴナガルも、何かと心配事の多いヨーテリアが、よりによって吸魂鬼に監視され軟禁状態で居ると知った時には、居ても立ってもいられなかった。

 放っておけないから。ただそれだけの理由で、ダンブルドアからの招待に乗ったのだ。

 バレれば自分の立場まで危うくなるのも承知、吸魂鬼がどういった存在なのかも知っている。それらのリスクを受け入れた上で、二人はここに居る。

 

「もう・・・お前らはぁ・・・っ」

 

 それを理解し終えたヨーテリアは、声を震わせながら熱くなる目頭を押さえた。

 嬉しかった。彼らの優しさが、涙が出る位に嬉しい。

 迫害され慣れて、冷たさに慣れてしまった彼女には、彼らの優しさはあまりにも暖か過ぎた。

 感極まって泣き出してしまった彼女を見て、フィルチは大丈夫かと声をかけようとしたが、ヨーテリアが彼の頭に手を回し抱き寄せたので、言葉を発する事が出来なかった。

 ・・・だが、ただ抱き締めるにしては回し方がおかしい。

 何故自身の両手を掴み合わせ、前腕をフィルチの頬へ持ってくるのか。

 何より何故、そのままフィルチの頭を締め上げるのか。

 頬骨を圧迫され苦しげな声をあげるフィルチ。ヨーテリアの肩へと移ったマクゴナガルには、マグル生まれであったが故に、この技に見覚えがあった!

 脇でフィルチの頭を抱え、胸元に持ってきた頭を両腕で締め上げる。間違いない、この技はーー

 

 プロレスリングの、サイド・ヘッドロック!

 

「もう、大好きだこの馬鹿」

 

 ギリギリとフィルチの頭を締め上げながら、ヨーテリアは心底嬉しそうな笑顔で、そう囁いた。

 聞いたことのない声色だった。

 初めてだ。ヨーテリアが他人へこんなに優しい声を発したのは。

 ヨーテリアは基本、口調が刺々しく、言葉もきつい。

 友人であるフィルチやマクゴナガルに対しても淡白な声色である事が多く、無機質な瞳も相まって感情の変化が分かり難い事が多かった。

 それが今は、誰が見ても分かる程に嬉しそうな笑顔を浮かべ、幸せそうにフィルチの頭を締め上げている。

 マクゴナガルはヨーテリアを止めるのをやめ、フィルチも甘んじて彼女のヘッドロックを受け入れた。

 もうしばらく、こうさせておいても良いだろう。

 泣き笑いしながらじゃれつく少女を離れさせるというのも、いささか野暮と言う物だ。

 

 ・・・そろそろ、頬骨が砕け散りそうなのでやめて欲しいのだが・・・。



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29話 ゲラート・グリンデルバルド

本当に待たせた・・・すまない・・・すまない・・・
輪をかけて謝罪させて頂きたい・・・今回ヨーテ嬢出ないです・・・




代わりにパパさんが出ます。


 リトル・ハングルトンで起きたリドル一家殺害事件。

 その容疑者が逮捕されてから、二週間の時が過ぎた。

 絶海の孤島に建つこの世の地獄で刻一刻とその男は弱り続け、今やうわ言のように「指輪をなくした、親父に殺される」と呟くだけの、衰弱死を待つのみの存在と成り果てている。

 何の罪もない 非魔法族(マグル) を徒に、無慈悲に、残酷に殺害したのだから、ソレはきっと、当然の報いなのだろう。

 彼を捕らえた魔法省の役人達も、概ねそういった考えを持ち、彼が犯人であると断定していた。

 

 大きな間違いである。

 

 彼らは知らないのだ。

 本当は容疑者、モーフィン・ゴーントは無罪であった。

 彼が自白した事件の詳細は偽の記憶であり、彼の杖から検知された ″許されざる呪文″ は、まったくの別人が放ったものだ。

 魔法省は気付くべきだった。

 モーフィンが凶行に及んだと思われる時間帯に、リトル・ハングルトンで未成年が魔法を使用したのを、 ″十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文″ が、しっかりと検知していた事を。

 しかしながら多くにとって不幸にも、そして犯人からすれば ()() にも、ソレに気付いた者は誰一人として存在しない。

 いちいち、検知した履歴が残っている筈もない。だからこの事は誰も知らず気付かれぬまま、事件ごと忘れ去られるのみだ。

 多くが納得して忘れておしまい。

 大団円とは、つまりまったくソレで良いのだ。

 

 さてしかし。真犯人は一体どこへ行ってしまったのか?

 リトル・ハングルトンを離れ、一晩をグレート・ハングルトンで過ごし、ロンドンへと戻った彼は今、どこへ行ったのか?

 

 彼が逃げるようにロンドンから向かったのは東。

 テムズ川河口部に位置する、海に面した自治都市。

 サウスエンド・オン・シー。そしてその街が誇る長い長い埠頭、サウスエンド埠頭。

 その中ば辺りに、その少年は居た。

 道を行く女性の誰もが振り返るようなハンサムな顔立ちと、そこそこに高い身長。

 しかし、彼はそれらが すべて薄暗んでしまう程に、濁りきった暗い眼差しをした少年だった。

 トム・マールヴォロ・リドル。それが、彼の名前だ。

 まるで全てがどうでもいい、自分は何もかも諦めているし、何もしたくない・・・そんな疲れきった目をしている彼がしている事は、その退廃的な様とはミスマッチな事に釣りである。

 別に、趣味として好んでいる訳ではない。

 何も考える事のない過ごし方として、パッと浮かんだのがソレであっただけだ。

 釣糸の先のウキが沈み、リドルが竿を振り上げる。

 バチャバチャと水を跳ねる音と共に釣られたのは、一匹の小さなマスだった。

 目の前で元気にマスが暴れる。しかしリドルは表情を変える事なく、興味なさげに針を外し逃がしてしまった。

 大物だろうが何だろうが持ち帰る気はない。キャッチアンドリリースという奴だ。

 小さな容器に入った釣り餌を針につけ、彼は再び釣糸を垂らそうとした。

 しかし不意に小さな子供の声が聞こえ、彼は声が聞こえてくる方を横目で見据えた。

 街側から楽しそうに騒ぎながらやってくるのは声の通り、まだ幼い可愛らしい男の子であった。

 その隣には、二本の竿を持った穏やかに微笑む男性も居る。

 順当に考えて、父親だろう。

 

「こっちだよパパ(・・)! この辺りが、一番釣れるんだ!」

「走りすぎて転ぶんじゃないぞー」

 

 どうやら、親子で釣りに来たらしい。

 リドルはぎり と歯軋りし、釣り餌を外して足早にその場を去った。

 ソレは賢い行動だったのだろう。

 今、一番目にしたくないものがまさしく あの親子のようなものなのに、隣で釣りなどされては、きっとリドルには耐えられなかった。

 

「おっきいのが釣れたら、ママが料理してくれるんだって!」

「そりゃぁいい! ようしトム(・・)、どっちが大きいのを釣れるか、パパと勝負だ!」

「わーい!」

 

 去り際に会話が聞こえたがどうやら、あの少年も トム というらしい。

 男の子としては、実にありふれた名前だ。

 一つの街に二人は居るんじゃないかというくらいに、多くの男の子がその名前をつけられるだろう。

 

 ちょうどリドルと、彼の父親のように。

 

 やはり、リドルの判断は英断だった。

 あの場に長く居れば、あの親子へ危害を加えてしまったかもしれない。

 レンタルしていた釣具を返すときのやりとりがぶっきらぼうになってしまったが、そんな事を気にする余裕はリドルにはなかった。

 釣具を返した後、彼はサウスエンド・オン・シーの街を宛もなく さまよいに出た。

 目的なんてない。興味を惹くものもない。

 ただ ただ、何かから逃げるように無気力に過ごすだけだ。

 結局、小さなパブに腰を落ち着けた彼は、店内の声を聞き流しながら、ただ細い通りを眺めていた。

 

ーーあの男は妹を、メローピーを捨てやがったのよ!

 

 無気力に通りを見つめる彼の脳裏に、おおよそ人の言語とは思えないが、そんな意味を持った声が響く。

 またか。

 ため息をつく気にもならない。

 リドルは瞳を閉じ、肘を立てて両手の指を組ませた上に瞼を乗せた。

 もう、何日もこうだ。

 自分の意思とは関係なしに、リトル・ハングルトンでの出来事が頭に浮かんでくる。それも、リドルにとって不愉快なものばかりが。

 

ーー帰れ! お前は私の息子じゃない、我が家から出ていけ!

 

 自分が殺した、父親から投げ掛けられた言葉だ。

 リドルは苛立たしげに顔を歪め、次々と浮かんでくる あの日の記憶を振り払おうとした。

 けれど、グズグズの泥水から這い上がってくるような不快な記憶は、彼の意思に反して脳内に響き渡るのだ。

 

ーーおしめぇだぞ、オメェはおしめぇだッ!

ーーあの薄汚い泥棒猫の息子ですって!? なんて汚らわしいッ!

ーーうるさい、うるさいうるさいッ、このイカれた異常者がッ!

 

 ああ。

 まったくもって、何なのだろう。

 記憶が沸き上がってくる度に感じる、この言いようのない苛立ちは。

 頭の中が腐ったヘドロ混じりの泥水に浸されていくような、ドス黒い不快な感覚は。

 無意識に組み合わせた指に力が籠り、ギリ と噛み合わされた奥歯の間から音が鳴る。

 

ーーお前達みたいな人種をこの私がッ! 愛する訳が無いだろうッッ!?

 

 特に悪質な泥が、彼の脳内を浸した。

 彼は一度深呼吸し、″店に入ったからには″ という良識的判断から頼んだレモネードを飲み干し、気を沈めようとした。

 しかし、一緒に口内へ飛び込んできた大きな氷を無意識に噛み潰している事から、恐らく失敗したのだろう。

 そのぐらいに、耐え難い怒りだ。

 

「クズめ」

 

 感情を抑えきれず、彼は悪態をついた。

 自分の身内は尽くクズだった。

 不潔な気狂いの伯父に、不愉快極まりない祖母。目の前で伴侶が殺された事も察せずに丸腰で向かってきたあらゆる意味で哀れな祖父。

 

 ・・・そして何よりも、父親。

 トム・リドル

 

 この世の何よりも耐え難い。

 悪態をついて、ある程度は落ち着いた脳に再び血が上ってくる。

 許せない。許せるわけがない。

 魔法の「ま」の字すら使えもしないマグルの分際で、魔法使いという特別な存在である母と己を捨て。

 挙げ句の果てに、愛する訳がないなどと言い捨てた父親。

 その 血 が己にも流れているばかりか、名前までもが同じだなんて!

 だが、リドルの怒りが、彼の理性を引き千切る寸前に。

 彼の頭は急激に冷まされ、まるで平常心になったかのようにリドルは落ち着き始めた。

 何故か。

 なんの事はない。

 感情が振り切れて、逆に何も感じなくなってしまっただけだ。

 

 不様な事だ。彼は真顔の内に、そう自虐していた。

 ぼんやりと前を見据えた瞳が、窓ガラスにうっすらと映るリドル自身を見つめる。

 酷い顔だ。

 特に、この泥のように濁った暗い黒い瞳。

 まるで死人のようだ。感情を一切感じさせない、ただ光を反射するだけの無機質な目だ。

 まったく、あの世話のかかる面倒な女のようではないか。

 

ーー貴様も、父親の名に悩まされていたな。

 

 嘗ての友人の事を思い浮かべると、少し楽になった。

 ほんの少しだけ、救われた気がした。

 普段なら屈辱的だが、今はそれでいい。

 屈辱的であっても、何故か気持ちが落ち着くのには変わらないのだから。

 そうやって、ホグワーツでの日々を思い浮かべながら、リドルはぼんやりと外の通りを眺め続けていた。

 

 

 だが、唐突に視界に入り込んだ ″ ありえないもの ″ を見て、彼の思考は綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 

 

 彼の視界を横切ったのは、(きん)

 背が高く、豊かな金色の巻き毛を持つ何者かが、外の通りを通っていったのだ。

 

「馬鹿な」

 

 自分でも口に出していたが、彼は席を立ってしまっていた。

 有り得ない。奴がこんな所に居るはずがない。

 いや、奴の家が何処にあるかなんて知らない。

 だが、幾らなんだって偶然にも程がある。

 ありえない。そうであったとしても、会って何になる?

 もう縁は切った筈だ。

 席を立って手を着いたまま、彼は行くべきか行かざるべきか考えた。

 しかし、ある一つの思考が、彼に行く事を決意させた。

 

 ″ 幸運薬(フェリックス・フェリシス) を思い出せ ″

 

 ・・・だが悲しいかな、その効力はとっくに切れていた。

 ソレは彼の精神状態が証明していたし、彼ならば息をするより簡単に理解できていた。

 けれど代金を払いパブを出てしまったのは、それだけ彼が追い詰められていたし、期待してしまっていたという事なのだろう。

 

 パブを出たリドルは、先程の何者かが歩いていった方向へ向かった。

 もうとっくにその人物は見えなくなってしまったが、この辺りは路地裏を除けば分かれ道なんて存在しない。

 それに、″ わざわざ路地裏に行くなんて普通じゃない ″

 ならば、道なりに進むのが道理というもの。

 自分の理論を信じて、リドルは足早に通りを進んでいく。

 そうして、しばらく進んでいた時だ。

 

ーー居た!

 

 リドルは、道を歩く背の高い金髪の人物を見つけた。

 堂と背を張って歩くその後ろ姿は見れば見るほどに、リドルが良く知る ″ とある少女 ″ によく似ている。

 なんという事だ。あるいは、本当に彼女なのか?

 最早、すがるようにリドルは後を追っていった。

 

 しばらくして、リドルが追っていた人物は不意にするりと進路を変えた。

 行き先は通りの横道・・・いや、そんな物はない。

 その人物が入っていったのは、()()() だった。

 

 ここでリドルは、ピタと足を止めた。

 先程までに期待に突き動かされていた体が、一瞬で全身へと警告を鳴らした。

 

ーー・・・何故だ?

 

 先程自分でだって考えた事だろう。

 ″ わざわざ路地裏に行くなんて普通じゃない ″

 どう考えてみても、用事があるとは思えない路地裏へと自ら入っていく。

 違和感しかないだろう。何の目的で、そんな ″ 人目につかない暗い場所 ″ へと入っていく?

 

 リドルは懐に入れた愛杖を抜いた。

 もしかしたらあの馬鹿の事だから、道に迷いでもしたのかも・・・そんな思いもあったが、やはり今は不審感が勝っている。

 好奇心とも言えるかもしれない。

 彼の己への自信と、怖いもの見たさのような奇妙な感情が、彼をこの無鉄砲な行動へと誘導していた。

 リドルは路地裏へと入っていく。

 思ったよりもこの暗く狭い道は入り組んでいて、金髪の何者かはとっくに見えなくなっていた。

 彼は最大の注意を払いつつ、そんな薄暗い路地裏を進む。

 いつでも自衛出来るよう、杖は真っ直ぐ前へ。

 先手を取れるならば負けはない。

 例え ″ 許されざる呪文 ″ に頼らずとも、己はそこいらの不審人物に破れるような魔法使いではない。

 ホグワーツ魔法魔術学校でもついぞ、彼が打ち負かされた事は一度だってなかった。

 ただ一人、彼の友である魔女を除いて。

 

「・・・ッ!」

 

 不意にT字路の入り口にて、右側通路から聞こえた物音に反応したリドルは、通路から死角になる位置へと滑り込んだ。

 それ以上に物音は聞こえてこない。

 だが此方も、物音は一切立ててはならない。

 意表を付き、先手を取る。

 次に相手が音を立てた時・・・少しでも動いた瞬間を狙う。

 リドルは、息を殺してその瞬間を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、通路から再び物音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 リドルが飛び出す。

 獲物に襲い掛かる蛇さながらに、音もなく素早くT時路の真ん中に躍り出た彼は、音のした通路へと杖を向けた!

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、居ない。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ネズミか」

 

 ゴミ箱から抜け出した鼠が、死に物狂いで逃げていく。

 どうやら、鼠がゴミを漁っていただけらしい。

 それを薄汚い壁にまで張り付いて、息まで殺して・・・。

 我ながら、なんと間抜けな事か。

 リドルは杖を下ろし、安堵の溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 その安堵がいけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 不意に背後から肩に手を置かれたと思った瞬間。

 リドルは顎に一撃を食らい、フラついた瞬間に杖を叩き落とされる。

 そのまま襲撃者は彼を壁に叩き付け、リドルの胸ぐらを掴む。

 そして、信じられない程の腕力で彼を宙吊りに持ち上げたのだ!

 

「ぐッ・・・!?」

 

 一瞬遠退いた意識が覚醒したその時、リドルは信じられないものを見た。

 それは、彼の友人が居る事よりも、″ もっと信じられないもの ″ だった。

 

「″知らない人へ ついて行くな″ と。教わらなかったのかね?」

 

 その人物は、確かに豊かなホワイトブロンドの巻き毛を持っていた。

 リドルよりも高い身長と、ソレに違和感のない体格、そして堂とした佇まい。

 どれもが、彼の記憶にある少女と一致していた。

 

 だが、その男は。

 確かな美貌を持ち得ていたが、髪色と同じ色の髭を生やした、老いた男であり。

 それでいて、確かにリドルより高い身長だが、彼と大差なかったあの少女よりも背の高い、威圧感のある大男であった。

 何よりも、その顔には。

 あの無機質ながらにも、時々暖かみのある光を向けてきた、アメジスト色の瞳はなく。

 代わりにあったのは、人を人と思わないような、リドルが今までに見たことのないくらいに冷たく、恐ろしい。

 真っ黒い左目と、底冷えするような灰色の右目。

 

ゲラート・グリンデルバルド ・・・!!」

 

 史上最悪の魔法使いが、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・さて、お坊ちゃん」

 

 グリンデルバルドは、低く、しかし愉快げな声色でリドルへと語りかけた。

 

「何を思って私を追っていたのかは知らないが、君は杖を抜いて私の前に現れた」

 

 懐から杖を取り出し、ナイフのようにリドルの首を這わせて彼は笑う。

 

「生かしておく理由は無いと思うんだが・・・どうかな?」

 

 嘲笑(わら)われている。

 普段のリドルならば憤怒に駆られる所であったが、今はそれどころではない。

 完全に、命を握られている。

 杖は足元にあるし、抵抗した瞬間に何らかの呪文により自分は死ぬ。

 完全に詰みだ。

 

ーークソ・・・僕とした事が!

 

 愚かな数分前の自分自身を殺してやりたい。

 だが今は目の前の男だ。このままでは自分で殺す前にコイツに殺される。

 抵抗は無駄。口八丁で、どうにかするしかない。

 

「いいのか・・・!」

「ウン?」

 

 カラカラに乾いた喉から、リドルは掠れるように声をひり出した。

 

「僕は未成年だ・・・! 僕の近くで魔法を使えば、魔法省がソレに勘づく!」

 

 ほう、と。

 グリンデルバルドが小さく相槌を打った。

 

「イギリスで騒ぎを起こした事がバレるのは、貴方にだって不都合な筈だ・・・!」

 

 ふむ、と彼は再び相槌を打つ。

 合理的な考えの持ち主ならば、当然考慮するだろう。

 以前リドルが幸運薬を使った時には、 ()()()() 魔法省に検知される事は無かった。

 だが今は違う。

 この男がそんなものを使っているとは思えない。

 ならば魔法を使った瞬間に、魔法省がすッ飛んでくるだろう。

 相手が手練れであろうと時間を稼げばいいと、最初からタカを括っていたからこそ、リドルはこんな無謀な行為に出たという感覚もある。

 彼なりに咄嗟に考え付いた、苦し紛れの一言。

 リドルはさらに畳み掛けようと口を開いたが、グリンデルバルドはつまらなそうに遮った。

 

「それで?」

 

 一瞬、リドルの心臓が止まった。

 ただの錯覚ではあったが、ソレは現状では洒落にならないものだ。

 

「確かに、イギリスで問題を起こせば、そう・・・。

 アルバス・ダンブルドアの目を引くことになるだろう」

 

 淡々と、グリンデルバルドは言葉を続けた。

 

「確かに私には不都合だ。魔法は使えない」

 

 ずいと顔を寄せながら、目の前の男は冷たく微笑んだ。

 

「ならば素手で殺すとしよう」

 

 リドルを掴みあげた馬鹿げた腕力が、彼の白い首をへし折らんばかりに締め上げた!

 一瞬で呼吸が止まる、だけではない。

 頭へと上る血液が塞き止められ、リドルの意識が消え去る瞬間が、秒刻みに迫ってくる!

 

 死ぬ。

 

 本当に殺される。

 

ーー冗談じゃない・・・! こんなところで、こんなところで・・・!

 

 

 

 

 

 

「僕は・・・! ホグワ″ーヅの″・・・生徒だ・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 顔を蒼白にしながら、リドルはどうにか途切れ途切れに言葉を繋げた。

 ぴたりと、首を締め上げる力が止まる。

 

「僕を・・・殺せば・・・ッ、アルバス・ダンブルドアが・・・!」

 

 その隙を狙い、リドルは更に畳み掛ける。

 反応はあった。もう、これしかない!

 

「ダンブルドア先生が・・・黙ってないぞ・・・!」

 

 曲がりなりにも、彼が敬意を払うものの一人。

 その名前を、目の前の男へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「・・・ふ、くくっ」

 

 ほんの数秒後。グリンデルバルドは、静かに笑った。

 

「このゲラート・グリンデルバルドを脅すか・・・。

 どうして、なかなか逸材とは居るものだな。

 いや、アイツの教え子ならば、すべからくか」

 

 腕が離され、地面に落とされたリドルは激しく咳き込んだ。

 だがグリンデルバルドから、新たに攻撃を加えられる事はない。

 彼はリドルが落ち着くのを、ただ静かに見つめていた。

 

「君の名は何だったか」

 

 呼吸が落ち着いた頃になって、グリンデルバルドはリドルへと手を差し伸べてきた。

 リドルが睨むように上目遣いに見上げるとグリンデルバルドは尚更面白そうに笑う。

 何故だか、先程まで感じていた恐ろしさは消え失せていた。

 

「・・・ トム・マールヴォロ・リドル」

「そうか。非礼を詫びよう、ミスター・リドル」

 

 リドルはグリンデルバルドの手を取り、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

ーー・・・それで、何故こうなる。

 

 リドルは、グリンデルバルドに連れられ再びパブに入店していた。

 「もう夕方だ。腹が減ったろう」と手を引かれ、抵抗もせずに入ってサンドイッチを頼んだリドルもリドルだが。

 目の前で史上最悪の魔法使いが、よりによってカレーを食らっているというのはどういう事なのか。

 それも、マグルの店で。

 その事をリドルは真っ先に指摘したのだが、グリンデルバルドは「私が魔法使いの店に入れるとでも?」と御尤もな正論を返してきたので、押し黙るしかなかった。

 

「食わんのかね? 死にかけた分、旨かろうに」

 

 先程とはうって変わって親しみすら感じさせる声色で、グリンデルバルドはそう言った。

 その殺しかけた輩はどこのどいつだ と、負の感情を全力で表した眼差しで彼を睨みつつ、リドルは別の事を考えていた。

 

ーー何故、わざわざ英国に?

 

 目の前でカレーを食らっているのも十分ワケが分からない事柄だが、何よりも理解できない事が一つ。

 それは、彼の天敵であるアルバス・ダンブルドアの膝元とも言える この英国に、たった一人で居るという事だ。

 さっきも、彼の友人が居る事よりも余程信じられない事柄であると、リドルはそう感じた。

 今もまったくもって同じだ。

 何が目的で、この男がイギリスに訪れたのかが、さっぱり分からない。

 

「何が目的ですか?」

「ウン?」

 

 唐突にリドルが口を開き、グリンデルバルドはカレーを食らうのをやめた。

 

「何を求めて、英国に? それも、たった一人で」

 

 聞いて答えるとも思えなかったが、危害を加えられる気配はない。

 聞くだけ聞いてみる。そんな軽い感覚で、リドルはそう尋ねた。

 すると、目の前の男は愉快げに笑いながら右手に持ったスプーンをクイクイと上下させた。

 

「カレーを食いに来た。

 イギリスのはしばらく食っていなくてな、恋しくなってしまった」

 

 そこまで言い切った後、グリンデルバルドは半分ほど平らげたカレーを再び食らい始めた。

 

ーーそんなワケないだろう。

 

 思案しなくても分かることだ。

 どう考えても、適当にはぐらかされたに違いない。

 もっとも、万に一つ答えるかどうかという感覚で尋ねただけであるし、それ以上に問いただす必要もない。

 

「昔はとある友人と評判の店を食べ歩いたものだ。

 気を抜くとソイツが食えんほどの辛口にすり替えやがるから、何度も痛い目に遭わされたよ」

 

 古くからの友人に話すような口振りで、目の前の男はそんな事を言い始めた。

 リドルは再びそんなワケがあるかと()()()()()()()が、同時にソレがホラを吹いているとは思えないという、奇妙な感覚に襲われた。

 どう考えても、はぐらかすための口弁に適当なバックストーリーを付け足しただけであるのに、何故か疑いきれない。

 それどころか、思考とは裏腹に自分は、目の前の犯罪者に徐々に慣れてしまっている感覚がある。

 そこまで考えて、リドルはハッとなった。

 そうだろう、先程まで殺し合いでもしているかのように奴の一挙一動に気を張っていたのに、たった今緩められたではないか。

 呆れさせる という手段を用いて。

 

 警戒を、少しずつ解きほぐされている。

 

 そこまで辿り着き硬直したリドルに気付いたのかそうでないのか、目の前の男はにんまりと笑った。

 怖い男だ。リドルはグリンデルバルドをそう評価した。

 史上最悪の闇の魔法使いと称される実力者でありながら、人の心を掌握する術にも長けている。

 なるほど。きっと何人もの魔法使いが、こうやって警戒を解かれ、あるいはたぶらかされて。

 ある者は殺され、またある者は闇の道へと引き摺り込まれていったのだろう。

 

「そう警戒するなよ。話が弾まん」

 

 すっかり完食してみせたカレーの皿へスプーンを置きながら、グリンデルバルドはそう言った。

 

「ところで、ホグワーツの生徒と言っていたね?」

 

 鋭く此方を睨むリドルへ対し、彼は朗らかにそう問い掛けた。

 

「ええ、そうです」

 

ーーそれが、どうした。

 

 付け足しそうになった言葉を飲み込みながら、リドルはそう短く答えた。

 するとグリンデルバルドは、「そうかそうか」と愉快げに笑った。

 

「その ″ とある友人 ″ もホグワーツ出身だったよ。

 今やソイツとも疎遠になってしまってな・・・酷く懐かしいものだよ。

 ところで一つ尋ねたいんだが、ミスター・リドル?」

 

 

 

 

 

 

ヨーテリア・グリンデルバルドという女を知っているかね?

 

 

 

 

 

 「尋ねたい」という一言に身構えていたリドルの背に、ぞくりと悪寒が走った。

 

「・・・どうして、そんな事を?」

 

 動揺を表に出さないように、逆にリドルは問う。

 

「可笑しいかね? 自分の・・・アー、()

 ソレについて気に掛けるのは、父親の常だと思うのだが」

 

 リドルの問いにむしろ、困惑したような()()()でグリンデルバルドはそう言った。

 

「随分昔に、アレの母親に()()()()()しまってね・・・私はついぞ、娘の顔を見ていないのだよ」

 

 苦笑いしながら、彼はそう続けた。

 それだけ聞けば、娘を想う父親の台詞に違いないだろう。

 そんじょそこらの者であれば、この史上最悪の闇の魔法使いに、ほんの一握りの人間性を見出だすかもしれない。

 そうして、ポロっとヨーテリア・グリンデルバルドについて情報を漏らしてしまうだろう。

 

 だが、リドルは違う。

 彼はこの歳の少年少女とは比較にならない程に賢く、また嘘や取り繕った外面の内の・・・腐臭と言ってしまっていいソレを嗅ぎ分ける術に長けていた。

 だから、ほんの一瞬だけ目の前の男が見せたモノを、見逃さなかったのだ。

 

 ヨーテリアについて尋ねたいと言った時に覗かせた、ドス黒い悪意を。

 

「アイツをどうするつもりですか?」

 

 いい加減、目の前の男の機嫌を損ねかねないと思いつつも、リドルは史上最悪の闇の魔法使いへと食って掛かってみせた。

 頭では危険だと分かっていたが、何故かそうせざるを得なかった。

 しかしながら、グリンデルバルドは怒ったような素振りはなく、むしろ驚いたように軽く目を見開いていた。

 だがそれも一瞬の事。すぐさま、彼は愉快そうな笑みを浮かべた。

 

「君の知る事ではない」

 

 そして短く、そう告げた。

 

 これで、ハッキリした。

 この男は自分の娘に対して、何の愛情も持ってはいない事も、この男が何をしに英国へ潜入したのかも。

 

 ヨーテリア・グリンデルバルドを、始末しに来たのだ

 

「貴方は愚かだ」

 

 勝手に口から言葉が出た。

 何故だか、自分の身内の事を思い出すのと同じくらいにハラワタが煮えくり返っていた。

 これ以上は本当にマズい。落ち着け、黙るんだ。

 そう理性的な思考が必死に自分を制止していたが、リドルはソレ等の一切をかなぐり捨てていた。

 

ーー黙るな。

 

ーー言ってやれ。

 

ーーこの男の事を、認めるな。

 

「アレは、ホグワーツ魔法魔術学校の生徒であり、アルバス・ダンブルドアの養子だ。

 貴方がその・・・何かをするのなら、ダンブルドアは誰も見たことがないくらい激怒するでしょう。

 ・・・勝てますか? 自分の事を、不死身のスーパーマンとでも思ってはいませんか?」

 

 そんなモノ、存在しないのに。

 リドルはそう、締めくくった。

 

 流石に死んだか と、彼は静かに思考していた。

 だが不思議と、後悔はしていなかった。

 やるならやれ。だがただでは済まさないぞ・・・などという、ヤケになったような思いで、彼は目の前の男を睨み付けていた。

 しかし、グリンデルバルドは未だに怒る様子はない。

 それどころか、あの人を食ったような愉快そうな笑みを浮かべたままではないか。

 杖を抜く素振りもなく、この男はただ口を開いた。

 

「本当にそうかな?」

 

 一瞬、リドルの思考が止まった。

 ショックを受けたわけでも、ましてや殺されたわけでもない。

 単純に、発言の意味が分からなかった。

 

「スーパーマンとやらは知らぬが・・・本当に、不死者が存在しないとでも?」

 

 その言葉を聞いて、ようやくリドルの思考が追い付いた。

 だが、即座に否定した。

 

「あり得ない」

 

 ほぼ無意識に、リドルはそう呟いた。

 不死者。この世でもっとも恐ろしい、死を克服した者。

 歴代魔法使いにもソレに当たるものは居ない。かの高名なる錬金術師、ニコラス・フラメルすら何百年と追い求め、未だに不完全であるソレ。

 このトム・マールヴォロ・リドルですら、足元すらも見えてこない境地。

 超越者。夢物語でしかない、だからこそ誰もが夢見る者。

 

「否。ソレは確かに存在する」

 

 リドルですらあり得ないと思ってしまっていたソレを、この男は簡単に肯定してみせた。

 

「知らんだろうなぁ。アイツがこれを秘匿せんとは思えん」

 

 怒りや疑いすら霧散させて、自分の話を食い入るように聞くリドルを見て満足げに微笑みながら、グリンデルバルドは再び語り始めた。

 

「ギリシャで生まれた古い魔法だ。

 ″ 腐ったハーポ ″ だったか? そのイカれたジジィがやってのけた、禁忌中の禁忌と言える」

 

 腐ったハーポ。

 たしか、あのバジリスクを造ったと言われる、闇の魔法使いだった。

 つまり、バジリスクと同レベルの碌でもない代物と見て間違いない。

 

「この私ですら、おぞましいと思ってしまえる物だ。

 こんなにも手前勝手で、歪で、許しがたい魔法はそうない」

 

 焦らすように、グリンデルバルドは本題に入ろうとはしない。

 リドルの反応を見て楽しんでいるに違いないのだが、今やリドルは話を聞くことに夢中で遊ばれている事にも気付かない。

 

分霊箱、あるいはホークラックス。奴はそう呼んだそうだ」

 

 ついにその名が、グリンデルバルドの口から紡がれた。

 

「この魔法は・・・正に、魂を分ける呪文だ。

 あるおぞましい事を行い・・・自分自身の、魂を、真っ二つに引き裂く・・・!

 そうして分かれた魂を、あらゆる物体へと縛り付ける。

 ・・・その時、その者は異常な存在となる。

 例えその者が滅びたとしても、片方の魂が残る限り、その者は永遠にこの世へ縛り続けられる」

 

「そう。死ぬことが出来なくなってしまう」

 

「そして魂を引き裂く方法だが・・・これこそが、この魔法の禁忌たる由縁だ。

 恐ろしい事さ・・・決して、許されるべきではない。嗚呼何故、このような魔法が実在してしまうのだ、私には到底理解が出来ない!」

 

 大袈裟に身ぶり手振りを加えながら、グリンデルバルドは熱烈に語り続ける。

 

「・・・そして、その方法とは」

 

 唐突にクールダウンした目の前の男は、満面の笑みを浮かべながら両手の指を組み合わせた。

 

「人を・・・殺すことだ」

 

 囁くように、グリンデルバルドはそう締めくくった。

 きっと、目の前の少年はさぞ不愉快さに、あるいはおぞましさに身を抱くことだろう。

 健常な者であればソレが正解だ。人殺しなど、怯えてすくまざるを得ないだろう。

 そう、彼は予想していた。

 

「・・・えっ?」

 

 だが、目の前の少年は怯えるどころか、不愉快そうな素振りすら見せない。

 それどころか小さく声を上げ、酷く困惑した様子だった。

 訝しむグリンデルバルドに対し、目の前の少年は確認するようにこう尋ねた。

 

 

 

 

 

 

・・・それだけ?

 

 

 

 

 

 

 ちょっと驚かされた、では済まなかった。

 心底驚いた様子で、グリンデルバルドは目を見開いて硬直してしまった。

 その様子を見たリドルは、自身のとんでもない失言に気付き、慌てて取り繕うとした。

 

 だが。

 

「ハハハッ! ハーッハッハッハッ! アァーッハッハッハッハッハーァ!!」

 

 唐突に大笑いし始めたグリンデルバルドに遮られた。

 

「本っっ当にアイツときたら・・・ふくくっ、節穴すぎる、節穴すぎるぞ!

 それともアイツは、そういう輩を好む奴だったのか? ウハハッ、結局は私と同類であったようだな!!」

「ち、違う・・・コレは、その、僕は・・・!

 もっと、恐ろしい事を思い浮かべてーー」

「そうさな。そういう事にしておこう」

 

 笑いを抑えながら、グリンデルバルドはそう話を切った。

 

「だが実際、それだけだ。

 簡単だ。実に簡単だ・・・しかも手段は問わない。

 私はやらないが、不死とは実際簡単になれるのだよ」

「何故ですか?」

 

 打算抜きに、リドルはそう尋ねた。

 不死。死を超越した、究極の存在。

 この世の最も恐ろしい物と縁を切る、全人類の悲願。

 それが目の前にあって、尚且つ簡単に行える。

 なのに、実行しない。

 ソレが、リドルには理解できなかった。

 そんな純粋と言える問いに対し、グリンデルバルドは良い質問だ、と教師のように頷いてみせた。

 

「おぞましいからさ」

 

 非常に短い答えだった。

 

「これは持論だが、魂にも記憶が存在する」

 

 人差し指を真上に立てながら、彼は更に言葉を続ける。

 

「ゴースト共が居るだろう? 奴等は、脳ミソも体組織も無い癖に生前の記憶と、容姿を持っているな?

 何故だ? 代わりになる物などない、むしろ奴等には魂しかない。

 ならば、魂に記憶が染み付いていると言って良いだろう」

「魂に・・・?」

 

 そう、魂にだ。

 グリンデルバルドは、力強く頷いた。

 

「で、だ。そんな大事な魂を引き裂いてその身から離すなどしたら、ソイツはどうなる?

 己の記憶と、形態を覚えている魂を引き裂いて、他所へやってしまう?

 その後に残ったのは果たしてソイツ自身なのか?

 記憶と形態を引き千切られ、手元から失ったソイツは、何になってしまうのだ?」

 

 この数十分の間で最も真剣な顔をしながら、グリンデルバルドはひたすらに語り続ける。

 そして「答えは一つだ」と、彼はリドルを見据えた。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 リドルもグリンデルバルドも、しばらく口を開かなかった。

 だが少しして、グリンデルバルドが微笑みながら目を閉じた。

 

「つまらん話になってしまったな。

 ところでミスター・リドル」

 

 再び目を開けたグリンデルバルドは、親しげな様子でリドルと目を合わせた。

 

「私は君を気に入った。

 そこいらの魔法使いと違い君は聡明で、才気に満ち溢れており、かつ度胸もある。

 その価値は、多少の無礼を笑って許すほどに大きい」

 

 彼の言葉にきょとんとした様子のリドルに対し、グリンデルバルドは彼を指差しながら言葉を続けた。

 

「ヨーテリアを連れてくれば、君を我が配下に迎えよう。

 その後に何なら、アレを君の嫁にしても良い。

 仮にも私の血を引いた女で、アレの母親もいい女()()()

 容姿は悪くないはずだと踏んでいるが、どうだね?」

 

 それは、勧誘だった。

 グリンデルバルドは、自身にも物怖じせずに物申すばかりか、脅してみせ、食って掛かってみせたこの少年をいたく気に入っていた。

 間違いなく本心から この少年を認め、配下に加えようと考えていた。

 きっとここで聞き入れていれば、リドルはグリンデルバルド勢力の幹部として、歴史に名を残していただろう。

 ダンブルドアすら、ゲラート・グリンデルバルドと共に打倒してしまったかもしれない。

 

 だが、そんな未来は無い。

 

「たった一人の娘を、よくそんな風に言えますね」

 

 再びリドルの声に怒りが宿り、彼はグリンデルバルドを睨み付けていた。

 ゲラート・グリンデルバルドは地雷を踏み抜いたのだ。

 トム・マールヴォロ・リドル自身が気付いてはいない、彼の神経を逆撫でする、正しく逆鱗と呼ぶべき物を。

 

「あれは、貴方の物ではない」

 

 怒りを込め、しかし静かに。

 氷のように冷たい眼差しをしながら、リドルはそう言い放った。

 

「・・・()()()()()、ねぇ・・・」

 

 グリンデルバルドは微妙な顔をしながら、そのオッドアイを閉じた。

 

「やはり貴方は愚かだ。

 僕は貴方なんかに従わない、ヨーテリア・グリンデルバルドも連れてこない。

 さっさと故郷へ帰ってしまえ。ダンブルドア先生に打ち負かされる前に」

 

 年齢に不相応な覇気を込めて、リドルはゲラート・グリンデルバルドの勧誘を蹴り飛ばした。

 

「そうか」

 

 少しだけ、残念そうにグリンデルバルドは苦笑いしていた。

 

「よろしい。君に免じて、さっさと帰るとしよう。

 だが一つだけ訂正させておくれよ・・・一つだけだ」

 

 不適な笑みを浮かべて、グリンデルバルドはリドルを見据えた。

 

「アルバス・ダンブルドアは、絶対に私に挑まない」

「何だって?」

 

 リドルは怪訝な顔をしながら聞き直した。

 

「何度でも言おう。アイツは私とは戦わん。

 恐らく奴は私に勝るが、それでも・・・いや、むしろ、故に。

 このゲラート・グリンデルバルドに挑むことはない。

 そりゃあ、そうだろうさ? 何せ私に勝つという事は、即ちーー」

 

 そこまで言った途端、急にグリンデルバルドは口を閉じた。

 この日見た中でも、一番度し難い表情をしていた。

 眉を潜め、口を真一文字にし、目を閉じかけたなんとも言えない表情だ。

 何を考えているか、正確には検討がつかない。

 だがリドルの見立てでは・・・本当に信じられない見立てではあるが、こう感じた。

 

ーー・・・憂いている?

 

「話が長くなった。もう止そうじゃないか」

 

 突然、グリンデルバルドは強引に話をやめた。

 

「ええ。もう話す事はありません」

 

 リドルからしても、最早話す事は無かったので好都合であった。

 ふと窓から見た空は、もう暗い。

 かなり話し込んでしまったらしい。この時間に汽車はあっただろうか?

 

「英国には、夜の騎士 バス(ナイト・バス)とやらがあるのだろう?」

 

 困ったような顔をしていたリドルへ、グリンデルバルドが何かを投げて寄越した。

 何か硬貨のような物の入った黒い袋と、同じく黒い本のような物だ。

 

「5ガリオンが入ってる。釣りはいらん。

 それとその本・・・ホークラックスについての書物だ。

 もし、君が不死を望むなら・・・上手に使いなさい」

「どうも」

「料金は払っておこう・・・またな、ミスター・リドル」

 

 二度と、会いたくもない。

 あえてその一言は言わず、リドルはパブを後にした。

 

 大通りに戻ったリドルは、懐に入れた杖を抜いて、何もない暗がりへとただ向けた。

 これが、ナイト・バスを呼び出す合図だ。

 ほんの少しして、通りの右側から一台の車両が現れた。

 紫でカラーリングされた、縦長の何とも言い難いデザインのバスである。

 リドルの目の前で止まったバスのドアが空いて、中から車掌の無愛想な挨拶をしてきた。

 

夜の騎士 バス(ナイト・バス)へようこそ」

 

 碌に返事もせず、行き先に自身の孤児院を伝えたリドルは、バス内に設置されたベッドへと横になった。

 いくら彼と言えど、今日は疲れる事が多すぎた。

 釣りに来たと思えば、史上最悪の魔法使いに殺されかけたり、矢鱈と長く話し込んだり。

 彼ですら、パンクしてしまいそうな日だった。

 

 だが、収穫はあった。

 追い求めた不死。ソレが、今やこの手の中にある。

 大事に抱えた黒い本を見て、リドルは胸が高鳴るのを感じた。

 魂を引き裂く。そして不死になる。その手段が、この本にある。

 人殺しなどとうにした。ならばすぐにでも、自分は不死となり得る!

 そこまで考えたリドルは、グリンデルバルドが言った一言が思い浮かび、一気に思考が冷めてしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 酷く真剣に彼が言った一言が、何故か頭から離れなかった。




ゲラートお父さん「お会計で」
店員「お客さん、宗教かなんかやってんの?」
ゲラートお父さん「〈オブリビエイト〉(テンション上げすぎた・・・)」


・11月14日 ゲラートお父さんの発言を修正。
 魂を引き裂く→魂を引き裂いてその身から離す
 お父さんが重要視しているのは魂をその身から離す事であって、ただ引き裂く事ではありませぬ。
 


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30話 無謀すぎた悪戯

 お待たせしましたと申し訳ありませんしか言葉が浮かばない。
 ハッスルするヨーテ嬢とカレーに全てを持っていかれて3万文字超えそうなので、キリの良い所で区切っての投稿です。
 数話ぶりのシリアス無しです。頭を空にしてお読みください。


 

『兄ちゃん! 兄ちゃんの将来の夢って、なんだ?』

 

ーーなんだ、藪から棒に。

 

『宿題で作文書くんだけど、兄ちゃんは何かなって』

 

ーー俺のを書くつもりじゃねぇだろうな?

 

『ちがうって! なー! 教えてよー!』

 

ーー教えろつっても、特にねェよ夢なんて。

 

『兄ちゃん頭ワリィーから考えてなさそうとは思ってた』

 

ーーンだとこのクソガキ。じゃあお前はどうなんだよ、有るのか?

 

『有るよ! 作文とか実はヨユーだし!』

 

ーーほーほー。じゃあその夢っつーのは何よ、小学生。

 

『俺な! 大工になりたい!』

 

『大工になって、でっけー家立てて! 家族みんなで暮らすんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン市内に、とある古い一軒家がある。

 ごく一般的な石造りの、住宅街から離れた場所にある物件だ。

 妙に静かで古く、近寄りがたい雰囲気を醸し出すこの家は、人々から大変気味悪がられ、噂話と怪談の種としてこの一帯では なかなかに有名なホラースポットである。

 人が住んでいる気配もないが、市民等の誰もが此処には何かが住み着き潜んでいると信じていて、いつも様々な噂が浮き沈みしていた。

 

 ある市民曰く、頭のおかしい老人が住む、とか。

 

 ある市民曰く、格別に気性の荒い悪魔が住む、とか。

 

 また、ある市民曰くーー

 

 

 

 

 

 

 ・・・魔女が潜んでいる、とか。

 

 

 

 

 

 

 そんなような形で、此処に関する不気味な噂話は絶えない。

 しかも最近はモノクルをつけた怪しい身なりの男が彷徨き、いつもその周辺だけが不自然に肌寒いとの事で、ソレ等も相まって一層 市民等はこの家を避け、忌避と好奇の眼差しで遠巻きに見つめるばかりだった。

 そこに人なんて、存在する筈もない。

 しかしその家に、締め切られたカーテンの裏のリビングに、ヨーテリア・グリンデルバルド という少女は居た。

 無機質な硝子玉のようなアメジスト色の瞳をした彼女は立ち込める噂話とは、明らかに遠い存在であった。

 まず彼女は老人ではなく うら若い乙女であったし、性格に多大な 難があったが悪魔でもない。

 ただ一つだけ、的を得ている噂が在った。

 

 彼女は、魔女だった。

 

 魔女、というのは、文字通りの魔女の事だ。

 杖を振るい超常的な現象を引き起こし、摩訶不思議な薬を調合し、毒入りの果物を持ち歩く。そういう者達を、纏めてそう呼ぶ。

 もっとも、今 彼女の腕に収まっているのは杖でも、訳のわからない輝く薬品の入った瓶でも、毒入りの果実で一杯の籠でもなく、ペットのカピバラであるのだが。

 

「・・・起きませんね」

「・・・起きませんな」

 

 ふてぶてしい顔をしたカピバラ(名前はピーちゃん)を膝の上に抱き、ソファーに深々と腰掛けている彼女を眺めていた少年と少女が、短くそう呟いた。

 少年の名はアーガス・フィルチ。少女の名はミネルバ・マクゴナガルという。

 この黒髪のハンサムな少年と、背の高い凛とした雰囲気を放つ美しい少女は、二人共ヨーテリアの友人である。

 フィルチは彼等の通う学校・・・それもただの学校ではなく、魔女や魔法使いの学舎、ホグワーツ魔法魔術学校にて、5年間共にヨーテリアと過ごした仲であり。

 マグゴナガルも、ヨーテリアがホグワーツに入学する前に知り合った、先輩のような存在だ。

 両者共にヨーテリアとは(・・)付き合いも長く、互いの信頼も厚い友人である。それこそ親友と言っても良いかもしれない。

 そう。ヨーテリアとは(・・)、そういう関係の人物である。

 

 ・・・であるのだ。

 

 しかしながら、ヨーテリアは今、眠っていた。

 リビングのソファーにて、盛大に昼寝していた。

 いびきをかくとか、寝言を言うとかそんな事はなく、ただただペットのカピバラを抱いて、それはもう安らかに眠っていたのだ。

 それも、彼女にあるまじぎ ゆるゆる に ふにゃけた 顔でだ。

 眉を緩やかに八の字にし、半開きにした口から涎が垂れるんではなかろうかという見事な阿呆面である。

 平時では粗暴で無愛想で凶暴で、かつ少女にあるまじき高身長を持つ彼女がそんな様を晒すものだから、まるで大型動物が愛らしさを見せたような癒しの空気を醸し出している。

 この様をホグワーツにて彼女を恐れる生徒達に見せれば、きっと唖然とするだろう。

 ついでに数人陥落するかもしれない。

 さてしかし。彼女が気持ちよく安眠しつつ癒し空間を提供しているのは良いのだが、フィルチとマグゴナガルからすればソレは少々不都合な事柄である。

 

 それは、何故か?

 実に単純な話だ。

 

 フィルチがホグワーツに存在する四寮の内、所属していた寮はスリザリン。

 対してマクゴナガルの所属寮は、スリザリンと犬猿の仲として知られるグリフィンドールだ。しかも一学年上である。

 ただでさえ敵対する二寮の生徒であり、学年すら違う。

 その上フィルチは、ホグワーツをほんの一月前に中退したばかりだ。

 そんな二人は、この家に訪れてまだ二週間程しか共に過ごしていない。

 

 つまりは、ロクに会話が出来ないのである。

 

 となれば二人の間にあるのは沈黙のみ。

 親しくもない異性と、並んで黙って座っているのみだ。

 ・・・酷く、気まずい事だろう。

 今まではヨーテリアが間に入っていたためそんな事は無かったのだが、彼女という橋渡し役が居なければ文字通りお話にならない。

 一体全体何処に接点を見出だせというのだ。

 

「・・・あー、その。マクゴナガル先輩」

「ミネルバで構いませんよ、アーガス」

「あ、はい」

 

 沈黙に耐えかねたフィルチが切り込み、マクゴナガルが応じた。

 

「ヨーテとは、どうやって知り合ったんです?」

「どうやって・・・とは?」

 

 質問の意味を分かりかねたのか、マクゴナガルが首を傾げてフィルチを見る。

 彼は「ああ、いや」と言いつつ頭を掻いてから、ヨーテリアをチラと見て、

 

「ヨーテがグリフィンドール生の、しかも先輩と仲が良かったなんて知らなくって。

 グリフィンドールとは特に小競り合いしてたから、どう知り合ったのか気になってですねえ」

 

 単純に興味があったから聞いた、とでも表すべき声色でそう続けた。

 スリザリン出身・・・というより、ヨーテリアの友人を長らく勤めた、気配りの上手いフィルチらしい一手である。

 知りもしない両者の話題など挙げるだけ気まずくなるだけだが、共通の友人との出会い話なら多少は話せるだろう。

 それに、フィルチ自身ヨーテリアとマグゴナガルの出会いには実際興味があった。

 そりゃそうだろう。フィルチが先程言ったように、ヨーテリアとグリフィンドール生は特に争いが絶えなかったのだ。

 上級生と取っ組み合うのも当たり前。対集団での呪いの撃ち合いなんて日常茶飯事だった。

 ホグワーツを中退した今もよく覚えている。その度にヨーテリアがグリフィンドール生へ飛ばした罵声の数々を。

 

ーー今 私へ呪い撃った猿の惑星からの移住者様はどちら様ですかァ!? 国籍持ってんのかゴラァ!!

ーー何人やれば懲りるんだこのクソガキャァ!!

ーーこのダボが何が決闘だよ、お辞儀しろオラァァァ!!

 

 ・・・少し思い出すだけでも酷すぎる罵声が山のように掘り起こされる。

 そんなヨーテリアが、よりにもよってグリフィンドール生の先輩と親しくしているだなんて!

 実際に彼女達が親しげにしているのを見るまでは、友人だなんて到底信じられなかった位である。

 

「ああ、成る程」

 

 合点がいったようで、マグゴナガルは僅かに微笑んだ。

 

「彼女とは4年前にダイアゴン横丁で知り合ったんですよ。

 新入生かと思って、一言かけておこうと話し掛けたんです」

「ありがちですね」

「それで名前を聞いた時にですね。・・・その・・・ね?」

「グリンデルバルドと?」

 

 言い淀んだ彼女へフィルチが助け船を出すと、マクゴナガルは言いづらそうに言葉を続けた。

 

「・・・私も質の悪い冗談だと思ってしまいまして、頭にきて大騒ぎしてしまって・・・。

 気が付いたら浮浪者に囲まれて、しかも彼女の父に恨みがある人達だったみたいで」

「大丈夫だったんですかソレ」

「いいえ。ダンブルドア先生がいらっしゃらなかったら、どうなっていたか・・・」

 

 額を押さえながら、マクゴナガルは唸る。

 思い出すと、アレは大変な失態だった。

 当時の自身は、不正や悪い冗談を断固として許さない頑固者であった。

 そしてそんな己は、ヨーテリアの名乗りを冗談と決めつけ、訂正しろと騒ぎを起こした挙げ句 危ない連中まで呼び寄せた。

 自分やヨーテリアだけではない。下手をすれば一緒にいたフーチまで危ない目に遭っていたかもしれない。

 冷静になりそれを知覚した時、マクゴナガルは大変反省し、自己嫌悪にすら陥ったものだ。

 

「それで申し訳なくてあの子に謝ったんですけれど、あの子ったら「自分に杖を向けられたのを怒ってくれてありがとう」なんて言い出して・・・なんだかもう泣きそうでした」

「意外とそういうトコありますもんね、ヨーテ」

「そう・・・。そんな形で知り合って、後はダンブルドア先生の繋がりで顔を合わせていたら、親しくなっていましたね。

 魔法薬学の勉強も教えた事があるんですよ? 厳しくしすぎて泣かれましたけど」

 

 ここでフィルチはなるほど、と二つ合点した。

 確か三年次だっただろうか、一度だけヨーテリアが魔法薬学で大成功を納めたあの試験の日。

 あれはマクゴナガルの尽力あっての成果だったらしい。

 次の日、成績三位の景品として得た幸運薬を服用したヨーテリアの浮かれっぷりと喜びっぷりはフィルチからしても嬉しいものだった。

 自分の知らぬ所で、我が親友を支えてくれていた彼女には感謝の意を送るばかりである。

 それとこの二週間、ヨーテリアがマクゴナガル対してやけに従順だったのが何故か よく分かった。泣くまでしごかれれば逆らえなくもなろうな。

 

「ところでアーガス、貴方は?」

「俺ですか?」

「ええ。どう知り合ったのです?」

「・・・いや、その。色々と」

 

 マクゴナガルの問いに対し、フィルチはあからさまに目線を逸らした。

 

「なんですか勿体ぶって」

「色々ありまして・・・ウン」

「色々って一体ーー」

 

 マクゴナガルが詳しく追求しようとしたその時。

 不意に、薪もくべていない暖炉が激しく燃え上がった。

 しかもその炎は、不自然なエメラルド色をしているではないか。

 

「煙突飛行?」

 

 マクゴナガルがポツリと呟き終えた、その瞬間。

 

〈 ソ ノ ー ラ ス ! 〉

 

 炎の中から、高らかな声が響き渡る。

 家中に響き渡るその大声量の後、炎から一人の老人が現れた。

 鳶色の髭と、過去に何度も折れ曲がったかのような鉤鼻を持つその老人は。

 素晴らしくイイ笑顔で、左手に持ったロケット花火に点火した。

 

た だ い ま ! わ し が 帰 っ た よ ! !

 

 アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア

 英国最高の魔法使いにして、ホグワーツ魔法魔術学校 変身術教授。ヨーテリア・グリンデルバルドの養父。

 そしてたった今、やらかしやがったボケ老人の名前である。

 

「うわぁぁぁ危ねぇッ!?」

「ダンブルドア先生ついにイカれたんですか!?」

 

 彼が放ったロケット花火は、イカれていた。

 赤 青 黄 緑 紫etc.,etc、雨上がりの虹も真っ青になる程にこの世の色という色を敷き詰めて火薬にしてぶちまけたかのような火花。

 そして部屋中を跳弾して飛び回り、時折爆発するロケット。

 部屋は火花とロケットが飛び回る甲高い音に埋め尽くされ、この狭い一室は一瞬にして、1/1スケールの花火大会会場と成り果てる!

 フィルチは悲鳴をあげて逃げ惑い、マクゴナガルは分厚い本を盾にしながらテーブル下へと逃げ込んだ。

 二人共、必死の形相である。

 そりゃぁビビる。誰だってビビる。

 だが一番ビビっているのは二人ではない。

 ダンブルドアの轟く声により無言で飛び起きたヨーテリアである。

 

「なんーー」

 

 更に不幸な事に。

 顔をひきつらせ、裏返った声をあげようとした彼女へと。

 ロケット花火が、真っ直ぐに飛来していく。

 

What the fu(なんだこい)...!?」

 

 ヨーテリアが言い終わるより先に、ロケット花火が彼女の顔面に直撃し。

 散々暴れまわっていたロケット花火の外装が破れ。

 散った火花が、中身の火薬へと引火。

 そして起こるのはーー

 

 

 

 

 

 

ーー爆発。

 

 

 

 

 

 

あ"ぁ"ぁ"ッッッヅ ァ"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ーーーッッッ!!??

 

 古い一軒屋の周辺に、ヨーテリアの絶叫が響き渡った。

 

「ヨッ、ヨーテェェェーー!?」

「嗚呼なんて事を!!」

「あ、あア、熱い!! 顔が熱い!! すごく熱い!! 熱いィィィーーーッッ!!」

 

ーー・・・やらかした。

 

 部屋はまさしく、阿鼻叫喚地獄と成り果てた。

 顔を抑えながら床をのたうち回るヨーテリア。右往左往するフィルチとマクゴナガル。

 ロケット花火が爆散する寸前に飼い主を見捨ててテーブル下へ滑り込んだピーちゃん。

 流石にここまでやらかすつもりはなかったダンブルドアは呆然とするばかりである。

 

「せっ、先生! 何してるんですか早く手当てを!」

「あ、ああそうじゃ」

 

 マクゴナガルの悲鳴染みた声で我に返ったダンブルドアが、目にも止まらぬ速度で治癒呪文を唱えた。

 どんなに中身が困ったちゃんでもダンブルドアは英国最高の魔法使い。ヨーテリアの顔面は一瞬にして元通りとなった。

 

「ヨーテリアや、ホントすまない、大丈夫かね?」

 

 そのまま、ダンブルドアは顔面蒼白の様を晒しながら、顔を覆ったまま仰向けに倒れるヨーテリアを助け起こそうとした。

 ・・・が。

 

アァァァァァルバァァァァァス!!

 

 ヨーテリアが突如、仰向けの姿勢で両足を宙へ掲げ、一気に振り下ろす勢いで跳ね起きた。

 

「こォンのーー」

 

 そのまま、飛び掛かるような動きでダンブルドアの真正面に立ち。

 腰を低く落とし、正面に背を向ける程に身体を捻り、右腕を渾身の力を込めて振りかぶり。

 状況を理解したダンブルドアがひきつった顔で身を引くのも許さず、そのまま右足で床を踏み抜かん勢いで踏み込みーー

 

ボォケがァァッッ!!

 

 全力のビンタを、ダンブルドアの頬へと叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良い夢 見てたら叩き起こされた挙げ句 顔面を爆破されました、元リーマン現魔法少女ヨーテリアさんです。

 あまりにもムカついたので実行犯たるダンブルドアへ鉄拳(パー)による制裁を加えた後、キッチンで晩飯の準備をしています。

 先程張り倒した我が養父殿は、まだ目を覚ましません。

 フィルチおじさんとマクゴナガル先生がなんとか蘇生しようとさらにビンタを食らわせてますが、俺は知りません。

 自業自得とか因果応報って奴だ。

 そんなワケで、俺は白目剥いて失神してるダンブルドアを無視して晩飯を作るのである。

 

 養父に対してあんまりじゃね?

 

 なんてヨーテリアさんの内なる良心が囁いてきたりはしたのだが考えてもみて欲しい。

 寝起きドッキリにアイスバケツチャレンジを敢行されて怒らない寛容な御仁は・・・まあ居るとしよう。

 だが昼寝から叩き起こされた挙げ句顔面を爆破されて怒らない現人神などこの世には存在しない。

 ソイツをビンタ一発で済ませたヨーテリアさんは間違いなく有情であり限りなくブッダに等しい存在なのである。

 

 わかった?

 

「・・・おはようみんな」

「ダンブルドア先生!」

 

 と、どうやらダンブルドアが目を覚ましたらしい。

 にゃんこ先生に助け起こされているらしいが、俺はシカトする。

 

「・・・先生、ヨーテめっちゃ怒ってますよ」

「・・・うむ」

「早く謝った方が」

「・・・じゃな」

 

 フィルチおじさんと何やら話しているが、尚もシカトする。

 申し訳ないがヨーテリアさんは怒っているのだ。

 これが他人だったら間違いなくグーで行くし、某狂戦士の某狂信者みたいな顔になるまで殴り続ける自信がある。

 それこそ最初の気持ちを思い出して夜が明けるまで殴り続けるかもしれない。

 

 あ、殺しはしないです。

 

 俺が黙々と3本のニンジンを洗っていると、キッチンとリビングの中間辺りまでダンブルドアが歩いてくるのが聞こえてきた。

 だが気まずいのか、キッチンには足を踏み入れなかった。

 

「・・・ヨーテリアや」

 

 この時点で申し訳ないですと幻聴が聞こえてきそうな声色で、ダンブルドアが呼び掛けてきた。

 

「・・・そのぅ、ヨーテリアや」

「なんだ」

 

 振り返らずに返事だけしておく。

 自分でも思ったよりキレていたのか、いつもより数トーン低い声が出たのはちょっと自分でも驚いたな。

 ダンブルドアも驚いたのか、黙ってしまった。

 ・・・いや、黙らすつもりは無かったんだが。

 しばらく気まずい沈黙が続いた後、ようやっとダンブルドアは再び口を開いた。

 

「・・・すまぬ、本当にすまなかった」

 

 短いが、間違いなく反省の意が伝わってくる言葉が聞こえてきた。

 振り返らなかったから見えはしなかったが、多分頭まで下げてるんじゃあないかな。

 にゃんこ先生がモロに狼狽えてる声あげたし。

 

「止せよアルバス」

 

 流石のヨーテリアさんでも冷静になった今、そこまでさせる気はまったくないのでやめさせる。

 

「さっき私も張り手をかましただろう、アンタも反省してんならソレでチャラだ」

「・・・ううむ、しかし」

「良いって言ってるだろ。・・・もう気にしてないよ」

 

 反省してんならソレ以上言うことはない。

 というかダンブルドアの態度で冷静になったらさ・・・俺の対応もちょっとどうよ?

 失神する威力のビンタて。仮にも養父にスナップ効かせた全力ビンタて。

 まぁそこは顔面爆破されてるからチャラにしてほしいけど、じゃあビンタかましたんだからもう良くね?

 火傷も一瞬で完治さしてもらったんだしさ。

 

「・・・うむ」

 

 とりあえず、ダンブルドアは聞き入れたらしい。

 それを確認した後、俺は洗ったニンジンの両端を切り落とし、ヘタ側の太い方から乱切りにしていく。

 皮剥かんの? って思うかもしれないが、今から作る料理ではニンジンの皮を剥く必要はない。

 つーか、本来ニンジンって丸ごと食えるし。

 

「・・・あー、今夜の夕食は何にするのかね?」

「まだ居たのか」

 

 キッチンの入口から動いてなかったんかい。

 

「今日はカレーにする」

「カレーかね」

「ああ」

 

 ダンブルドアの問いに簡潔に答えた後、乱切りにしたニンジンを水の沸騰した鍋に投入する。

 そう。今ヨーテリアさんは、カレーを作っているのだ。

 なんか分からんが無性にカレーが食いたくなった、理由はそれだけだ。

 作り方は前世の記憶頼み・・・なんだが、一応調理本は側に置いてある。

 なんたって、ルーのブロックが無いのだ。

 どうにも英国じゃあカレーはカレー粉を使って作るらしい。

 しかもカレー粉そのものにはトロみが無く、薄力粉とかを混ぜてトロみを足すんだとか。

 流石の俺でも適当な分量でカレー粉と薄力粉を叩き込む度胸は無いので、そこだけしっかり確認するつもりだ。

 オートミールとかマーマイトとか不味いモン食いたくないから料理してんのに適当にやって不味くなっちゃ本末転倒だし。

 一応、自分の料理に自信とプライドもあるしね。

 

 ・・・と、次はジャガイモだ。

 

 ニンジンよりも丁寧に洗ったジャガイモ5個の皮を、包丁を使ってスルスルと剥いていく。

 包丁で皮を剥くのにも慣れたものだ。前世じゃピーラー頼みだったからピーラーらしき物がない現在、コイツを覚えるのには苦労したね。

 指は切るし、身はごっそり削るし。

 最初の内は M(ミディアム)サイズ が HS(ほぼスモール) サイズと成り果てる醜態を晒していたなァ。

 まっ、慣れた今となっちゃ楽なモンだが。

 

「て、手伝おうか?」

「子供かお前は」

 

 なんかもう媚びた声まで出し始めたので苦笑いしつつ振り返ると、そこには見事な愛想笑いをかましているダンブルドアが。

 いやいやいや、確かに塩対応した俺も悪いけどプライドは無いんですかダンブルドア大先生。

 何を叱られた後に不機嫌な母親の機嫌取ろうとする子供みたいな事をしとるんですか。

 年齢的に逆だろ俺 身体は15、16のガキだぞ? アンタそんなガキのご機嫌取るような器じゃないでしょうに。

 

「もう止せって。ホントに気にしてないから、大丈夫だから」

「いや、座って待ってるというのもどうかなっての?」

「普段から手を出すなって言ってるじゃないか。この家のキッチンは私だけが使うんだ」

 

 そう、この家のキッチンは俺の領土なのだ。

 ダンブルドア専属シェフ紛いの事をして、すっかり使い慣れてしまった我がキッチン。

 あまりに馴染みすぎて俺の魂の場所と化しつつあるこの場所に。

 フィルチおじさん や にゃんこ先生のようなお客様や、養ってくれてるダンブルドアを踏み入らせる訳にはいかんのだよ。

 

「しかしのう・・・」

「いいってば。座って待っていろ、邪魔だ」

 

 大体、あーた料理出来ないでしょ?

 自分でもちょっと驚くくらいに穏やかな声色で、俺はダンブルドアにリビングに戻るよう促した。

 ダンブルドアは少し寂しそうに目を細めたが、すぐに微笑みを浮かべ「任せたよ」とだけ言って、リビングに戻ろうとする。

 

「アルバス」

 

 が、ここでちょっと呼び止める。

 立ち止まって振り返ったダンブルドアと、俺はしっかりと目を合わせた。

 ちょっと一つ、謝らなきゃならない。

 

「・・・ごめん、私もやりすぎたよ。

 とびっきり旨いの作るから、それで勘弁してくれ」

 

 やりすぎたってのは勿論、さっきの全力ビンタの事だ。

 いくらなんだって、失神する威力はやりすぎだ。

 別にダンブルドアだって悪気があったワケでもなし、あんな制裁を加える必要はなかったハズだ。

 普通に申し訳ないやん。

 ちょっとフランクにすぎるかもだが、俺は二言くらいでさっきの仕打ちを謝った。

 するとダンブルドアは、少しの間きょとんとした顔をしていたが、

 

「期待して待っておるよ」

 

 すぐに満面の笑みを浮かべて、リビングに戻って行った。

 そのあまりにも御機嫌そうな足取りに、思わずこっちまで笑いそうになってしまう。

 茶目っ気がありすぎやしないだろうか。

 いい歳こいて四方八方に悪戯しまくっても全然 (カド) が立たないのは、やっぱし ああいう憎めない所があるからなのか?

 ヨーテリアさんも見習うべきかねぇ。

 

 ・・・いかん、モタモタしてるとニンジンが煮えすぎてしまう。

 今やってる作り方だと、ニンジンが半煮え位の時にジャガイモを茹で始めるのが丁度良いのよね。

 手早くジャガイモの皮を剥き、包丁の持ち手の辺りで芽をくりぬいてから4等分に切り、念のためもう一度洗ってから鍋に放り込む。

 即座に包丁を水洗いし、玉葱二つの茎と頭を落とす。

 ベリベリっと皮を剥がして手頃な大きさに切って鍋に投下。

 さらに解凍済みの豚肉を適量叩き込み、ついでにシナモンスティックを2本入れる。

 あとは、ジャガイモが溶けるぐらいまで煮込む。

 煮崩れを気にする主婦の皆さんは多いだろうが、カレーはジャガイモを溶かすくらいが美味いと思うのよね。

 

 さて、煮込んでる間にルーの製作だ。

 ここからは未知の世界なので、がっつり調理本に頼らねば。

 調理本によると、どうやら一皿につきカレー粉が大さじ2杯半らしい。

 今回は明日も食うことを見越して10皿分を考えているので、大さじ25杯ってワケだ。

 で、薄力粉はカレー粉と1/1で入れるらしいから同じく大さじ25杯だ。

 

 ・・・薄力粉、多くないッスか?

 

 ともかく、まずこの薄力粉を油をひいたフライパンの上で、弱火で炒める・・・らしい。

 油にはオリーブオイルを推奨してたがそんな事ァ知らんのでサラダ油を熱したフライパンの上にしく。

 油が良い感じで温まった所で弱火にし、薄力粉25杯を容赦なくフライパンに投下する。

 木ベラで粉がダマにならないように慣らしつつ、炒める事10分。

 おお、薄力粉がなんともいい感じの色になっているではないか。

 次は火を消して・・・カレー粉とフライパンの上でよく混ぜるらしい。

 調理本の通り、フライパンにカレー粉を投下し木ベラで薄力粉と混ぜていく。

 ついでに、ここでチリペッパーを大さじ3杯追加。

 俺は辛いの大ッ嫌いだけど、カレーは辛口のが旨いって感じがするし、やっぱこういうのは必須でしょ。

 その後、しばらく混ぜると物凄く本格的っぽいカレールー的な物が出来上がった。

 この時点でスゲェ良い匂いすんなぁ。

 

 えーと次は・・・このルーに鍋の煮汁を入れて解きほぐす、と。ホワイトソースとか作る時みたいなアレか?

 ここで俺はフライパンを弱火で暖めつつ、鍋の煮汁をちょっとずつ入れてルーをほぐしていく。

 しばらくほぐしていると・・・なるほど、薄力粉があんだけ必要だった理由が分かった。

 あんだけ叩き込んだが、思ったよりトロトロにならないんだな。自己判断で減らさなくて大正解。

 さーて良い感じに溶かしたルーが出来たぞー。

 野菜が柔らかくなっているのを確認してから、出来上がったルーを鍋に投下し、木ベラでかき混ぜて溶かす。

 さて、ここで隠し味だ。

 ヨーテリアさんの隠し味はズバリ、醤油とソースである。

 カレーに醤油とかソースって合うじゃろ? んじゃ煮込む時に入れとけばええねん。

 醤油とソースを割りと多めに・・・量的にはそうだな、俺は個人的に醤油とか垂らしながら鍋の真ん中辺りを一周するのを醤油一巻きって呼んでるんだが、両方二巻き入れておく。

 後はかき混ぜながら50分位弱火で煮込んでおしまい。ハイ完成。

 所要時間1時間半。以上具材を炒めないカレーレシピ。

 鍋を覗いてみれば狙い通り、トロトロで良い色をしたカレーが仕上がっていた。

 少量だけスプーンで掬ってちろりと舐めてみると・・・。

 

「・・・んふふ」

 

 ハハハーッ! グレートですよ、コイツはァ!

 スプーンで掬った分をパクッといってから、入れといたシナモンスティックを救出しつつ、俺はこの素晴らしいカレーの入った鍋を悠然と見下ろした。

 カレー粉を使ったカレーなんぞ初めて作ったが、結構うまく出来るものだな。やっぱ俺ちゃん天才ですわ。

 ただ個人的に酸味が足りないから、トマト缶入れても良かったかなぁ。

 まぁ今でも醤油とかソースとか、卵みたいな付加物に合いそうな味だし、これでいいかねぇ。

 後は、三人の口に合うかだな。

 

「・・・んふふ、ふっふっふ」

 

 三皿目にライスとカレーを盛り付けた辺りで、俺は一旦手を止めた。

 残り一皿はダンブルドアの分だ。

 だがすぐにカレーをよそう事はせず、俺は振り返ってリビングを横目で見る。

 リビングでは上機嫌になったダンブルドアが、にゃんこ先生やフィルチおじさんとテーブルを囲んで談笑していらっしゃるようだ。

 フヘヘ、ボケ老人め・・・これからどんな目に遭うのかも知らずになァ。可哀想だなァ。

 正面を向いてニマニマと笑いつつ、俺はダンブルドアへ鉄槌を下す秘密兵器を手に取った。

 

  レ ッ ド ・ ホ ッ ト ・ チ リ ・ ペ ッ パ ー !

 

 ・・・まぁ、さっき使ったチリペッパーなんだが。

 

 さぁてさて、この俺様がこれから何をするかってェ?

 決まっておろーよ! コイツをダンブルドアのカレーに仕込むのさ、それも贅沢に徳用二袋まるごとなァ!

 クックック・・・ダンブルドア。なぁダンブルドアさんよう。このヨーテリアさんはな、確かにアンタの事を許したぜ。

 この俺様にも非が有った事は認めよう、過剰な制裁だって加えたんだ、寛容な俺様は顔面爆破程度ならば許してくれようぞ。

 ・・・だけど。

 

 

 

 

 

 俺 か ら 悪 戯 し な い と は 、 言 っ て な い 。

 

 

 

 

 

 

 この白く輝くライスにイイイイイッッ!!

 チリペッパー・・・じゃねぇ、レッド・ホット・チリ・ペッパーを叩き込みイイイイイッッ!!

 その上からカレールーをォォォ、バレぬようにかけるゥゥゥゥッッ!!

 さあて出来上がったぜ、ダンブルドア!

 テメーのその唇を、市場のとれたて新鮮なタラコのようにきれーに真っ赤に腫れ上がらせてくれるぜ!!

 

「待たせたな」

 

 そして俺はカレー四皿をお盆に乗せ、既に大爆笑している内心を完璧に隠した澄まし顔でリビングに降り立つのである。

 

「いつも悪いね、ヨーテ」

「すいませんね・・・」

「気にするなよ。お前達は客なんだからな」

 

 既にテーブルの椅子に座っていた にゃんこ先生やフィルチおじさんの声に返事をしつつ、三人へカレーとスプーンを配って俺も着席する。

 勿論、激辛カレーをダンブルドア以外に渡すようなヘマはしない。

 間違えて自分で食っちゃうってのがベタな展開だが、生憎とダンブルドアのカレーは少し多くしておるのだ。間違えよう筈もない。

 

「見事なカレーじゃな」

 

 ダンブルドアがカレーを見ながら感心したような声をあげた。

 

「・・・因果な物じゃのう。懐かしい」

 

 ・・・なんか、ものの数秒後に意味深な事言い出したんだが。

 物凄いカレー凝視してるんだが。めっちゃ目ェ細めてるんだが。

 ・・・まさか、バレた?

 

「どうしたアルバス、難しい顔をして」

「・・・昔、ある友人と評判の店を食べ歩いていたのを思い出してのう」

 

 内心 冷や汗ダックダクで白々しく訝しんだような素振りをしてみたが、ダンブルドアは目を閉じて感慨深そうな顔をし始めた。

 ・・・バレてないか? コレ本当に懐かしんでるだけか?

 ・・・大丈夫ダヨネ?

 

「おお、いかんいかん、歳をとるとすぐに過去を思い浮かべてしまう。

 ささ、皆。せっかくのカレーが冷めてしまう前に、頂くとしよう」

「よっしゃ」

「ヨーテリア。頂きますね」

 

 ダンブルドアの一声の後に、フィルチおじさんが真っ先にカレーをスプーンで掬い取った。

 ダンブルドアも特に訝しむ様子もなくスプーンを手に取る。

 バレてない。バレてねーなコレ。ハハハ。

 バカがー、バカがー! バカめがー! マジで気付いてねーぞオイ!

 ホラホラさっさと食うんだよダンブルドア! てめーの口が真っ赤に腫れ上がるまでのカウントダウン開始だァ!

 そのアホ面をオカズに俺ァ、カレーを食わせて頂くからよォー! カーッカッカッカッ!

 とまあ、ヨーテリアさんが内心大爆笑している事も知らずに、ダンブルドアはゆっくりと自身の口へと、カレーを運んでいく。

 

 

さあ・・・食え・・・!

 

 

 そして、白々しくも感想を期待しているような素振りでダンブルドアを見つめる俺の前で、今・・・!

 

 

食え・・・ッ、食え食え・・・ッ!!

 

 

 ダンブルドアが、そのカレーを、自らの口へと・・・!

 口へ・・・、口へと・・・!

 入れ・・・入れ・・・!

 

 

・・・食えッッ!!

 

 

 

 

 

 

「はむっ」

 

 

 

 

 

 

 入れた・・・ッッ!

 

 

 

 

 

 

 ヒャハハッ!

 ヨッシャァァァァッッ!! 食った!! 食ったァ!!

 ダンブルドアが、俺の作ったバカ辛カレーを口に入れたァッッ!

 よーしよしやった! 英国魔法界最強の男に、この俺様が一杯食わしてやったァ!

 私はやったんだァーッッ!!

 さあさあダンブルドア大先生! 英国最高のリアクションをお願い致しますよ、ウハハハハーッ!

 

「・・・おぉ! これは美味じゃ!」

 

 ・・・へ?

 

「具材が柔らかく、口の中でよう蕩ける。なんとも味わい深い。

 ただ煮崩れしているのとは全く違う・・・新しい、惹かれるのう」

「本当です、お店のカレーと全然違う・・・」

「ヨーテ、卒業したら三本の箒来ない?」

 

 ・・・ア、アレェ?

 

「流石じゃ、ヨーテリアや。やはりお主の料理は、ホグワーツのソレにも劣らぬな」

「・・・あ、はい。ありがとうごさいます」

 

 ダンブルドアが何も狼狽える事もなく素晴らしい笑顔で誉めてきたので、動揺のあまり矢鱈と丁寧な返事をしてしまう俺。

 なんだ・・・? 何が、どうなって、やがる・・・。

 間違いなく、俺はダンブルドアへとバカ辛カレーを食わせたハズだ。

 あのチリペッパーは、到底常人が口にして平然としていられる量では無かったハズだ。

 「実はわしは辛党なんじゃよ、テヘッ☆」とか ふざけた事を言える辛さじゃあない。

 なのにダンブルドアは冷や汗一つかかずに良い笑顔を浮かべている。

 有り得ない・・・、有り得ない・・・ッッ!

 目線でバレる事も省みずに、俺はダンブルドアのカレーを注視した。

 あのバカ辛カレーなら、食った辺りから真っ赤なチリペッパーが覗くハズだ!

 

 

 

 

 

 

 ・・・無いッッ!?

 チリペッパーが・・・ッ、無い・・・ッッ!?

 

 

 

 

 

 

「おや、どうしたね? ヨーテリアや?」

 

 ダンブルドアがニコニコと笑いながら声をかけてきた。

 

「量が多かったと思うておるならば、心配しなくて良いよ。

 愛娘の手料理じゃ、意地でも平らげてみせよう」

「・・・ああ、いや、うん。大丈夫、何でもーー」

「あ、それとも辛すぎたとかかね?」

「ぐッ」

 

 テメェ・・・ッッ!

 ピンポイントじゃねぇか! 気付いてやがったのかよクソジジイ!!

 俺の仕掛けに気付かないような素振りをして、キッチリ対処してから引っ掛かったフリをしやがって・・・!

 このジジイ狼狽える俺の反応を見て、腹の中で大爆笑する気だったに違いねぇ!

 てめぇ、やりやがったな!

 卑怯者が! 生きてて恥ずかしくないのかよ!

 クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!

 

「しかしヨーテリアや、お主は食べないのかね」

 

 ダンブルドアが何食わぬ顔でーー笑いを堪えてるのをワザと見せつけてきやがる。クソッ!ーー俺がカレーに一切手を付けていないのを指摘してきた。

 ンの野郎・・・ふざけやがって。

 溜め息をつきながら、俺は自分のスプーンを手に取った。

 絶対に上手くいくと思ったのに・・・なんでだ、開心術でも使われたってのか? それともチラっとチリペッパー見えてたのか?

 まったく本当にこのジジイ、一体全体どうやって気付きやがったんだ・・・。

 納得のいかないまま、俺は自分のカレーをスプーンで掬い取ろうとしーー

 

 

 

 

 

 

 ・・・待てよ?

 

 

 

 

 

 

 仕掛けた悪戯は見事にバレた。

 俺が仕込んだチリペッパーは、ダンブルドアのカレーから綺麗さっぱり無くなってしまった。

 じゃあ、消えたチリペッパーは何処へ?

 こういう展開で、仕込まれたブツは大体何処へ行く?

 

「ヨーテリアや」

 

 カレーにスプーンを突っ込んだままフリーズする俺へ、ダンブルドアが声をかけてきた。

 最早笑いを堪えるのも止めたのか、ニマニマと正しく悪戯ッ子の笑みを浮かべながら俺を見ている。

 そんな腹立つ顔で俺と目を合わせ続けたダンブルドアは、しばらくしてようやっと言葉を続けた。

 

()()() って、大事じゃと思わんかね?」

 

 ・・・ほぼ、死刑宣告みたいな言葉を、俺にぶつけてきた。

 




 この話を読んだ後に29話を読むと、当作品のゲラートお父さんに親しみを持てるかも?


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