よくある転生の話~携帯獣の話~ (イザナギ)
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零話  ここ、どこ?

 ――なんだ、ここ……真っ白だ。

 ……何にも見えねーし。そういえば、体の感覚がない。

 周りを見回して目を凝らしても、白、白、白。なんか別の色が見たくなってきたなぁ……。

 

『―――――……が……たか……―――――――』

 

 ……誰だ? 真っ白だから何にも見えないけど。

 ――あれ、俺、声が……それに、相手の声も、よく聞こえない……。

 

『―――わ……こえ……こえるか?―――――……いしきは……よう…な』

 

 ……あぁ、はっきり聞こえてきた。白一面の景色だった目の前が、やっと色づき始める。

 ――にしても、誰だ、俺の目の前にいる(じぃ)ちゃんは。全身真っ白で、真っ白の長髪とこれまた真っ白い腰よりもある長~いひげを蓄えている。

 ……ひげが長すぎるせいか、体に(まと)ってる布をおさえるためのベルトに挟んでた。どこぞの魔法学校の校長かい。

 そのじいちゃんは今、険しい顔して(うな)っていた。

 

『――それにしても手違いとは……なんということだ……この者はまだ己の命を全うしとらんではないか』

 

 ――それにしてもでけぇな、じいさん。2メートルくらいあんじゃねーの? しかもありがたそうな後光まで背負ってるし。

 ……にしても、どっかで見たことあるような格好だな。

 

『――……ん? おお、ようやっと気づいたか』

 

 ……あぁ、思い出した。

 

「――神様だ」

『……なに?』

 

 ほんの1年もないくらい前に読んだ漫画に描かれてた、ギリシャ神話に出てくる最高神『ゼウス』。その姿にそっくりだった。

 そのことを目の前の、神様らしきじいさんに伝えると

 

『なんとっ……! あのようなスケベ野郎ではないわ、たわけっ!!!』

 

 なぜか俺が怒られた。

 いや、俺のイメージだし、どっちかと言えば、そんな姿をしているじいさんに原因があると思うんだが。

 そう返した。

 

『ぬぐぐぐぅっ!! ……あのド阿呆(あほう)、次に顔を合わせた時が、アヤツの最期じゃ……!!!』

 

 おおぅ。

 ――ゼウス様。俺、あなたの色気に従順なところが好きでしたよ。

 まぁ――仮に神様だとしても、ヘラっていう美人の、言葉通り女神様な奥様がいたってのに、ほかの女神様に手を出す、美人がいればまず襲う、男の娘もオッケー、だがガチ○モ、てめーはダメだ――という、ある意味色ボケした奴とそっくりなんて言われれば、誰だろうと良い気持ちはしないだろうな。

 

「で、さ」

『ぐぬぬぬぬ……ん、なんじゃ?』

「俺、なんでこんなとこにいんの?」

 

 なんかドタバタして流れかけてたし、グダグダしてきたし。

 ここらで戻した方がいいよなぁ、と、歯軋り(はぎしり)までしてるじいさんに、今まで感じてた疑問をぶつけてみる。

 

 と、いうことで

 

「ここドコ? 天国?」

『――う、うぅむ……多少、違うぞ』

 

 率直に聞いてみたら、歯切れの悪い言葉が返ってきたな。

 真っ白な空間だし、神様らしき人までいるし、これで天使でもいれば、俺の中での天国(欧米ver)のイメージにぴったしなんだけどなぁ。

 いや、そうしたら俺、死んじまってんじゃん。やだな~、まだ見終ってないアニメとかあんのに。

 

『お、落ちつけ、少年よ!』

 

 え~、でもさ、いきなり死んでるなんて言われたらさ、誰だってパニックになるでしょ。

 むしろ俺はまだ落ち着いてますよね?

 ……てか、俺もう『少年』なんて歳じゃなかったし。どっちかって言ったら青年だし。十九だぜ?

 

『……落ち着いているように見えて、混乱しておるな。無駄なことばかり気にかけ、自分の状態を直視しようとせん』

 

 ……む、なんかちょっと(しゃく)に触るな。

 

「じゃあ、俺はいったいどうなってんだ?」

『さっき、お主が自分で言っておったじゃろう。死んだのじゃ』

 

 なんだよ、やっぱ死んでんのか。

 やだな~、読んでないマンガとか小説とかあったのn『人の話は最後まで聞くのじゃ』

 話の骨を折るなよ……てか、あんた人間じゃねぇだろ、ってツッコんでいい?

 

『人の形はしておるわ。それよりも、今のお主の状況じゃ』

 

 ……うまく返されたようで。

 しかし、今の自分がどうなっているのか、気になりもする。

 ここは大人しく聞いておくか。

 

『まずここは、天国ではない。もちろん、地獄でもない』

「ここが地獄なら生まれ変わったら白が怖くなる」

『話の腰を折るな。

 ――どこか、というと、お主らの言うところの天国と地獄の間じゃ。死んだ人間はここで自らの犯した罪や、為(な)した善行などを総評され、天国へ行くか、地獄へ落ちるかを決められる。わしはその最終決定者で、この空間の最高責任者じゃ』

 

 まとめると、このじいさんは、日本でいえば閻魔(えんま)様みたいなものらしい。

 で、俺はそんなとこで何してんのさ。

 

『実は……話せば長くなるので割愛しよう。

 お主はあることがあって、死にかける重傷を負ったんじゃが、その傷自体は時間をおけば必ず回復するはずじゃった。

 しかしの、わしの配下に魂を回収する、お主たちの言うところの『天使』に新しく新人が入ったんじゃがの』

 

 天使って新入りとか人員の入れ替えとかあるんだ。

 そう言ってみると、

 

『わしら、お主たちの言うところの『神』に寿命はないが、お主らで言うところの『天使』には、お主らの何十倍とはいえ、寿命はあるのじゃ。ゆえに、まぁ非常に(まれ)ではあるが、高齢になり任務遂行が厳しくなった者と、まだ若い者とが交代することがある。

 お主の魂を持って帰ってきた『天使』は、お主らの時間に換算して、お主が死んだ日の前日に入ったばかりなのじゃ。

 じゃから別の人間の魂を回収しに行ったところ、間違えてお主の魂を回収してしまったのじゃ』

 

 わぉ、なんてこった。この人たちの感覚からすれば1時間も無いほど前のことだったりするのだろうか。

 

『まぁ、そのくらいかの。ちなみにその『天使』は、今、上司にお灸をすえられているぞ』

 

 ……思っていたより組織的だなぁ。

 で、現在の自分の体は、というと

 

『お主が死んだと確認されて何か月も経っておる。すでに火葬されてしまった』

 

 あらま、もう元には戻れねぇのな。あ~あ、まだみt『もう聞き飽きたぞ』

 遮るこたぁねーだろ……。

 

『お主は、実際は死ぬ予定ではなかった。しかし、もう元には戻せぬ。

 時間を巻き戻し、世界を――――たった一人の人間を元に戻すことさえかなわぬ。

 そこまでの権限は、お主らの言うところのわしら『神々』にもない』

 

 じゃあ、俺はどーなんのさ?

 

『天国や地獄で過ごしたことのない魂は元の世界へ帰すことはできぬ。

 今のままでは『そのままの姿で生き返る』ことは叶わぬのだ』

 

 で? 何か方法が?

 

『――うむ、『元の世界で今のままの姿で生き返る』ことはできぬが、『別の世界で生まれ変わる』ことはできる。

 つまり、お主が生きていた世界ではない別の世界で、赤ん坊の頃から始めることができるのじゃ』

 

 つまり?

 

『いわゆる『転生』、というやつじゃ』

 

 わ~ぉ……小説やらでよく目にしてきたけど、体験するとは思わなかったぜ。

 にしても、やけに丁寧に説明してくれるな。

 もしかして……?

 

『……入れ替えの時期になると多発するからの。数自体は多くないが、必ず起こるのが悩みの種じゃ』

 

 ……ご苦労様です。

 

『もっとも、お主のように比較的冷静にいられる者は少ないからの、お主のような人間は楽じゃ』

 

 お褒めいただき、ありがとう。しかし、俺はこれからどうなるの?

 

『行きたい世界に転生させてやろうかの。それがわしらの、今だ生きるべきであった命に対する唯一の贖罪じゃ』

 

 そっか~。どこ行こうかな。

 ちなみに、アニメとかゲームとかの世界って……

 

『お主らが作り出した『世界観』は、『その世界が存在する』からこそ存在できるのじゃ』

 

 ……???? すんません、哲学は頭が痛くなります。

 

『元ネタがあれば行ける』

 

 ありがたきお言葉、ありがとうございます。

 でも、ホントにどうしようかな。候補としてはいくつかあるけどなぁ……。

 

『ちなみに生まれたてでも昔の世界の記憶は残る。

 主人公のような存在にはなれんぞ。なんせ、その世界にはすでに『主人公』がおるのじゃから』

 

 じゃあ脇役とか、スーパーサブは?

 

『なれるぞ。お主にそれだけの力があるならば』

 

 脇役でも活躍できそうなもの、か。

 なら、これがいいのかな。

 

『決まったか?』

 

 ――――――おし、決めた。俺は、あの世界へ行く。

 

 

 

 

 




はい、第(ぜろ)話でした。
次は主人公の軽い自己紹介、かな?

皆様、これから、何卒(なにとぞ)よろしくお願いします。


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一話  ミシロにやってきた男の子

 

 

 ある晴れた昼下がり。

 気持ちの良い青空は、洗濯物や布団を干したり散歩したり、はたまた草原に寝転がって見上げるのに絶好の天気。

 元気に外を走り回る子供たちの姿は、眩しいくらいに輝いている。

 

 ――かくいう俺も、肉体労働で眩しく汗をかいてます。

 

 はじめまして。俺の名前は『オダマキ・カナタ』。

 なーんとなんと、『ポケモンの世界に転生させてくれ』と頼んだら、ホウエン地方でポケモンをくれるあのオダマキ博士の息子として、この世界に生を受けてしまいました。

 つまり、オダマキ博士には三人の子供がいることになるけど、俺はその中の一番上。十二歳になるお転婆(てんば)妹と九歳のやんちゃな弟の面倒を見てる。これでも前世は、一人だけど弟がいたから、兄妹というものの扱い方は慣れてるけど。

 

 そんな俺も今年で十四歳となって、今ではフィールドワークを主として活動しているオダマキ博士……いや、親父の手伝いとして、このホウエン地方を駆け巡ってる。一応バイト扱いだから給料出るし、結構いい額なんだなぁ、これが。

 

 さて、普段はフィールドワークで忙しい俺が、なぜミシロにいるのか、というと

 

「ごめんなさいねぇ、手伝ってもらっちゃって」

「いえいえ、今日からご近所さんですもの。助け合いは当然ですわ」

 

 お隣に引っ越してきた隣人の手伝いのためだ。

 しかも母さんと同年代くらいの美人さん。この地方独特のイントネーションがないことと、言葉に特有の癖がないことなどから、カントーかジョウトの人なんだろう。

 いわゆる『本州(ほんしゅう)』と呼ばれるカントーとジョウトの二地方は言わば『都会』で、それに比べればホウエンも開発が進んできたとはいえ、まだまだ『田舎』だ。

 交通や生活面での利便性を考えれば、本州の都会の方が色々いいはず。なのにわざわざホウエンに来た理由は

 

「夫がジムの準備もしないと、って行っちゃったんですもの。たまたまカナタ君が帰って来てて良かったわ」

「センリさん、よほどジムリーダーになれるのが嬉しかったんでしょうね」

「でも、一人じゃ放っておけないから、私たちがジョウトからついてきたのよ」

 

 そう、この人の旦那さんが、ジムリーダーとしてこのホウエンに赴任したから。ちなみにジョウト地方の人のようだ。

 といっても、このミシロタウンにはジムなんて大層な物はない。じゃあどこかというと

 

「でも、トウカシティって結構遠いでしょう?」

「歩いて一時間くらいらしいけれど……道中には野生ポケモンもいるし、鍛練にもなるからって」

 

 かなりストイックな旦那様のようで、家族をおいて二日ほど早く来たんだとか。いやそれなら単身赴任でもいいじゃんとか、なんでトウカに住まないんだとか心の中でツッコミをいれつつ、作業に戻る。

 話では荷物はトラック二台分だと聞いて楽な仕事だと思ったのに、そのうちの一台が大型トラックとか、ちょっとシャレにならんぜ。そんなに大きな家には見えないんだけどなぁ……まぁ、運送業者さんやその手持ちのヤルキモノやゴーリキー達が手伝ってくれるおかげで、何とか捌けてるんだけど。

 ……周りを見れば、ヤルキモノやゴーリキー達は疲れ果ててへたり込んでいる。それはそうだろう。なんたって、大型トラックに満載されてたからな。ほんとに、この家のどこに入っているんだろうか?

 次もそれくらいの量だったら勘弁してほしい、と思いながら、奥さんに尋ねる。

 

「次のトラックも、ですか?」

 

 半ば懇願するような目で見ると

 

「ふふ、あとは大型じゃなくて中型程度よ。それに、中身はあんまり入ってないから」

 

 手伝いに来たとき、『あまり量は無いから』と言っていた時と同じ綺麗な笑顔を浮かべる奥さん。どうも嫌な予感がしながらも、ため息をついて最後のトラックを待つ事にした。

 

 数十分後、最後のトラックがやってくる。

 どうやら渋滞につかまったらしい。運転手が必死になって謝っていたが、奥さんは特に気にしていないようだ。

 さすがジムリーダーの妻。この程度の肝っ玉がなくてはやっていけないのだろう、と妙な関心をした。

 と、ここで母さんが帰るとのこと。

 俺はせっかく受けた仕事だし、この後も手伝って、キリの良いところで切り上げる、と言って母さんを見送った。

 

「あら、帰ってもいいのよ? バイト代はちゃんと払うし」

「まぁ請け負った仕事ですし、せっかくですから最後までやろうかな、と」

 

 苦笑いを奥さんに返して、トラックの後ろのドアを開け放つ。

 

 と、そこに若白髪君がいた。

 

「これは白髪じゃない、銀髪ですっ!!」

 

 ツッコミご苦労。これで俺がボケに回れる。

 

「勝手に人のポジション決めないでください!!?」

 

 うるさいなぁ。そんなんじゃホントに若白髪ができちゃうよ? クールに行こうぜ、クールに。

 おそらく、話にあった息子さんだ。

 てかこれ地毛? 原作のセンリさんは黒髪だった記憶あるし、ママさんだって栗色系の髪色だ。

 腑に落ちないので、訪ねてみることにした。

 

「どうしたのさ、これ」

「……先祖がえりだそうです。数世代前に銀色の髪を持った外人さんが、一族の家系の中にいたらしいので」

 

 家系図あるんだ。思ったよりも良いとこの子なのかな? とは思ったが口には出さない。

 良いとこの子なら、わざわざこんなとこには来ないだろうしなー。

 あ、そだ。

 思い出して、右手を差し出す。

 いきなりのことに銀髪の少年は少々戸惑ったようだが、俺は気にせず言葉を続けた。

 

「えっ?」

「俺の名前はカナタだ。君は?」

「あ……え、えと、ユウキ、です」

 

 おずおず、といった感じで、自己紹介とともに俺の手を握り返すユウキ君。

 俺はその手をしっかり握り返して、力強くユウキ君に向けて言う。

 

「ミシロタウン、そしてホウエン地方へようこそ、ユウキ君」

 

 不安でもあったんだろうか、強張っていたユウキ君の顔が段々とほぐれ、ユウキ君は満面の笑みで答えてくれた。

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 




序章より短い本文です、本当にありがとうございました。

ユウキ君、初登場。ホントは帽子なのですが、脱いだら特徴が無くなりそうなので『銀髪』と言うことにしました。白髪って言わないであげてね?

それにしても、引っ越し用のトラックに息子詰め込んでるって、息子は荷物扱いかよ。いやまぁどこぞのデカい口のお化けがコマに乗って空飛ぶアニメでも、そんな事やってたけど。

次は……来週あたり?(遅
月末から来月初めは忙しいので二次にまで手を伸ばせませんすみません。


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二話  ホウエンの女の子とジョウトの男の子

 

 

 俺に元気な挨拶をしてくれたユウキ君は、俺を部屋に案内してくれるという。

 いい子だねぇ。

 

「といっても、引っ越してきたばかりだし、何もないんですけど」

 

 苦笑いしながらユウキ君は俺を部屋に招き入れる。……うん、やっぱり良い子だ。

 

 部屋の中はというと、やはりというかユウキ君が言った通り、まだほとんど何もない状態だ。ただ、ベッドやテレビ、パソコンなどはすでに搬入されており、新生活への期待を高めるかのように輝いて見えた。

 と、ユウキ君はおもむろに近くに置いてあった段ボールの封を開けて中身を少し探ると、プチプチシートに包まれた円形の何かを取り出す。

 時計のようだ。それも、青いやつ。

 ふと、どこかで見たような気がして頭をめぐらしてみると、存外すぐに答えにたどり着いた。

 

「――それ」

「えっ?」

 

 いきなり声をあげた俺を見やりながら、ユウキ君は電池を時計に入れるために動かしていた手を止める。

 

「いや、俺、兄弟がいんだけど、それの色違いを妹が持ってんだ。赤色の」

「へぇ~、妹さんがいるんですか?」

 

 手を動かすのを再開しながらユウキ君は、興味を持ったのか疑問形で問いかけてくる。

 

「おお、いるよ。ところでユウキ君は歳いくつ?」

「えっ? えと、今年十二歳になります」

 

 ということは今十一歳か。

 うちのじゃじゃ馬も今のところ十一歳だ。

 同い年だな。 ……よし。

 

「うちの妹もおんなじくらいだな。

 ――ところでユウキ君」

「は、はい?」

 

 おもむろに声のトーンが低くなった俺に少しビビった様子だが、聞く姿勢にはなってくれてるようだ。

 つくづくいい子だなぁ、この子。

 そんな重大なことでもないんだけどさ。

 

「うちの妹と友達になってくれない?」

「えっ? あ、いや、はい」

 

 混乱しながら答えなさんな。まぁいきなりシリアス口調になった俺も悪いんだろうけど。

 

「いやな、うちの妹はお父さんっ子でな、『お父さんのお手伝いしたい』ってフィールドワークの手伝いをするようになってさ」

 

 かくいう俺もそのくらいの年から手伝い始めたんだけどさ。

 あの子も十歳になってから初めて、もう一年経つことになるわけで。

 

「フィールドワークの仕事の間、ミシロにはいないだろ? 滞在先も長くいるわけじゃない。必然的に、同年代の子供たちと接する機会が少ないんだ」

 

 もちろん近所に住む女の子たちは、俺から働きかけると、持ち前の行動力で積極的に妹の友達となってくれたが、いわゆる『男友達』がいないのだ。

 

 ……女の子たちは目を輝かせて協力してくれるのに、男衆はどこか意気地がない。

 まぁ男どもは、いずれは形振(なりふ)り構わないようになるかもしれんが、妹が男嫌いになるのは良くないと思う。

 

「このまま成長してしまえば、『男子への接触の仕方』を知らずに大人になり、いろいろ障害が出てくるかもしれん」

 

 研究者の世界には、最近女性が増えてきたとはいえ、まだまだ男性の比率が高い。もし我が妹がその世界に入りたいと望むのなら、男性と接する方法は心得ておくべきだ。

 

「と、いうわけで、ユウキ君にはわが妹の一人目の『男友達』となってほしい」

「わわ、わかりました」

 

 俺の話がけっこう真面目に聞こえたせいか、神妙にうなずくユウキ君。

 

 

 

 ……ダマすようですまないけど、俺の話ほとんど嘘だぜ、と心の中で謝る俺。

 実際、我が妹には彼氏どころか男友達さえいないのは事実だが、男相手に臆することもなく堂々と張り合うくらい肝は太い。

 その肝の太さは母さん譲りだ。案外、フィールドワークは危険がつきもの。いつ死ぬか分からない、というのも、あながち冗談ではない。それでも帰ってくることをただ待つことができるからこそ、母さんは親父の伴侶となることができたんだ。

 

 おっと、また身内自慢になっちまった。

 で、なぜ俺はこんな嘘をつくかというと、ユウキ君はこのホウエンに来たばかりだ。

 違う地方から来たのだから、当然友達なんかいない。

 じゃあ作っちゃおうよって話で、手始めにうちの妹と友達になってもらう。

 妹は近所にも顔が広いから、すぐに友達が増えるだろう、と俺は考えたわけだ。

 

「じゃ、よろしく頼むよ。あいつも今はフィールドワークで家にいないけど、君が来ることは伝えてあるし、すぐに戻るって言ってたから」

「あ、はい」

「うちの家は君んちのすぐ隣。遠慮なく遊びに来てね」

「わかりました、片付けがある程度終ったら、お邪魔します。お手伝いのお礼もしたいですし」

 

 ……ほんっとによく出来た子だなぁ。前世の俺なんてこの頃にこんな気遣い出来たかよ。

 昔基準で考えるのは、今までの記憶を継承してからもう一度十四年生きているからだ。そりゃ前世の反省を生かして、今世はまともにやるさ。

 そして俺はユウキ君にお礼を言って退出し、ユウキ君のママさん(以後、ママさん) からかなり色を付けてもらったバイト代をもらって、すごく恐縮しながらユウキ君の家を出た。

 

 この後、俺はフィールドワークのレポートを研究所に提出しに行くことになってるから、研究所へ向かう。

 研究所に到着して最初に聞いた言葉は

 

「博士ぇーーー!!!」

「どこですかーーーー!!!」

 

 という助手二人の悲鳴だった。

 おいおい、マジか。またか。またなのか。

 二人の叫びが如実に説明するように、親父はなんの前触れなく突然フィールドワークに出かけることがある。

 その際にすべての仕事(面倒事)任される(押し付けられる)のが、この二人の助手だ。そしてその場に居合わせると、十中八九、俺も巻き込まれる。頭脳労働は苦手な俺としても、親父のこの放浪癖は最近、頭痛の種になってきた。

 しかし、ここまで悲痛な声を上げる二人を放っておけるわけもなく、うんざりしながら研究所への歩みを進める。

 

 ……あ、ちょっと眩暈(めまい)がした……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 こんにちわ、ユウキです。

 頭の毛は地毛ですよ、染めてません。ついでに釘を刺しますが、白髪ではなく銀髪です。

 くれぐれもよろしくお願いしますからね!?

 

 さて、そんな事はおいといて、オダマキ家の皆さんにご挨拶とお礼をしに行きます。カナタさんの依頼も、ついでという形だけどやらせてもらおうかな。

 お土産は、チョウジタウンの名物『いかりまんじゅう』。オレも怒りの湖に連れてってもらったことが何度かありますし、父さん(ジムリーダーになる前のセンリ)が『修行』としてジョウトやカントーを旅したお土産に買ってくることもありましたので、オレたち一家では馴染みの味として親しまれています。

 

 ホントは引っ越し蕎麦とかがよかったんだろうけど、カナタさんのお母さんや弟君以外は留守にしていることが多いらしいので、みんなで食べてもらえるように、まんじゅうにしました。

 そうしてるうちにオダマキ家へと到着。

 それにしても、カナタさんの妹さんって、どんな人なんだろうか。

 惚気(のろけ)るように「お世辞で可愛いと言われてる」って言ってたけど、男は結構正直者だ。

 そして、カナタさん自身の親しみやすそうな人柄からして、お世辞ではなく、なかなか可愛いのかもしれない。

 う~ん、ちょっと緊張してきた……。

 

 少しだけ期待に胸を膨らませつつ、オダマキ家の呼び鈴を鳴らすと、カナタさんのお母さんが応対してくれた。

 

「あらぁ、君がユウキ君? カナタが『お礼に来るって言ってた』っていうから、待ってたわ」

「はい、積み荷の搬入の際は、お世話になりました」

「うふふっ。カナタの言うとおり、いい子ね。立ち話もなんだから、上がって」

 

 すでにカナタさんからいろいろ聞いてるらしい。すんなりオレを家に上げてくれた。

 あ、そういえば

 

「カナタさんは、どうしたんですか?」

「ああ……カナタは研究所に缶詰めになっちゃったわ」

 

 なんでも、お父さんであるオダマキ博士が突然フィールドワークに出かけてしまい、残されている仕事を助手の皆さんと片付けているらしい。……ご愁傷様です。

 でもすごいな。オレの二つから三つ上だけど結構大人びてるし、研究所のお手伝いもできる。それに、男のオレから見ても整った顔立ちをしてるし。

 それに気もよく回るし、親しみやすい。………完璧人間じゃないですか。

 そんなことをカナタさんのママさん(以後、ママさん)に向けて言ってみたら、

 

「まぁ身内目線になってしまうけど、あの子は確かに顔が良いのよねぇ。誰の遺伝子を受け継いだのかしら。でも、あなたの方が良い顔だってカナタも言ってたし、私も賛成よ。それに、あの子はそう言う言われ方をするのが嫌らしいの」

 

 オレはそんなんじゃないですよ、と返答しておきながら、どうして嫌がるのか理由を尋ねてみた。

 

「あの子は自分の悪いところしか見えてないの。あなたも同じ部類のようね。それに実際、あの子は完璧じゃないわ。

 炊事や洗濯はフィールドワークばかりやってたせいである程度はできるけど、最新家電を扱えないの。パソコンとか電子機器の(たぐい)は研究でも使うからむしろ大得意なんだけど、日常生活では不自由してるのよ。

 それに、部屋を片付けられないの。でも、これは仕方ないわ。フィールドワークって自然観察だから泊まる場所の清掃には常に気をつけなくちゃならなくて、気を張ってるの。帰ってくると気が抜けるから、どうしても部屋が汚くなっちゃうのよ。他にも――」

 

 つらつらとあがるカナタさんの弱点。

 やっぱりママさんだ、伊達にカナタさんを16年育ててきたわけじゃない。

 そんなママさんを敬服しつつ、その『汚い』というカナタさんの部屋を教えてもらい、行ってみることにした。

 

 階段を上って奥の部屋、とママさんは言ってたので、その通りに向かう。部屋に鍵はなく、内開き式らしい。

 「お邪魔します」と誰に断るでもなく言って入ると、確かに片付けはなされていなかった。

 

 シンプルな四角い部屋で最初に目についたのは、本の山。

 部屋の奥にある机を取り囲むように本が重ねて置いてあり、さながら本の城壁みたいになっていた。

 オレから見て右手にある本棚にも本は納めてあるが、あまりにも数が多すぎて溢れ出している。

 なんというか、『研究者の部屋』という感じだったけど、よく見れば左手のベッド付近に小さいテレビとゲーム機があり、ソフトもその脇の収納ボックスに仕舞われていた。

 目を凝らせば、机の上に携帯ゲーム機もある。やっぱり、いくら大人びていようとまだ十四歳の少年だ、ということなんだろうか。

 

 ――でも、プレ〇テや○SPっていうのは、ケンカ売ってるでしょカナタさん。いや、誰にってわけじゃないけどさ。

 あ、D○ Li○eだ。刺さってるのは――黒バージョン。

 でもちゃんと他のシリーズも揃えている様子。

 ……緑でキラキラのパッケージ見たらうれしくなった。なんでだろ。

 

 あまり長居も良くないだろうから、退出することに。

 廊下に出て一回へと続く階段までもう少し、というときに、隣の部屋――おそらく妹さんの部屋のドアが開きっぱなしなのを見つけた。

 思わず、足が止まる。瞬間、カナタさんの言葉が脳をよぎったが、本人がここにいないのでそのままドアを閉めて帰ることに――しようと思ったら、目の前にあるモンスターボールに目がついてしまった。

 なぜか分からないけど興味をそそられ、何かにつられるように中に入ってしまう。

 

 やはりというか、『女の子っぽい』部屋だ。

 壁の色は薄いピンクだったりするし、床にはマットを敷いてあって、ぬいぐるみがちょこんと座ってる。

 そんなことに目を配りながら、おもむろにモンスターボールを取り上げた。

 と、

 

「あっ」

「えっ!」

 

 急に後ろから声が上がったので振り向くと、ちょっと驚いた顔で口に手をおさえている女の子がいた。

 おそらく妹さんだ。脳がそう答えを導くと、案の定、オレは慌てふためく。

 弁解のために口を開こうとするが、その子は何かを納得したように頷くと、オレより先に口を開いた。

 

「あ、えと――」

「そっか、君がユウキ君だね!」

「へっ?」

 

 いきなり自分の名前が出たことに驚いた。

 けどその子は構わず、先を続ける。

 

「そのボール、私のなんだ。昨日急いで出かけたから、忘れちゃって」

 

 てへへ、と頭に手を置き苦笑いをしてる。

 オレはボールを持ったまま話していることに気付いたので、慌ててその子にボールを差し出した。

 

「ご、ごめん、気になっちゃってさ」

「いいよいいよ、戸締りしてなかったのも悪かったし」

 

 にぱっ、と――例えて言えば、ひまわりみたいな笑顔を返され、オレが差し出したボールを受け取る。

 オレはその笑顔に毒気を抜かれ、次第に肩の力が抜けてきた。

 そして彼女はその笑みを浮かべたまま、

 

「私の名前は、オダマキ・ハルカ。今日から友達だから、呼び捨てしてね!」

「あ、ああ、うん……よろしくね、ハルカちゃん」

「ハ・ル・カ!」

「う、うん……ハ、ルカ」

「うん!」

 

 『ちゃん』とつけられたことが不服だったのか、釣り目になりながら訂正を要求してきたので、慌てて訂正する。

 すると満足したのか、またひまわりの笑顔を見せて一つ頷くハルカちゃ「ハルカ!」

 心の中もダメですか、そーですか……。

 はぁ……と、観念したかのように肩を落とすオレを見て、ハルカはなぜか満足そうにすると

 

「今日の夜は私の家で歓迎パーティだって! 私もちょっと雑用があるから今は休めないけど、パーティには参加できるよ。

 その時、“向こう”のお話聞かせてね!」

「“向こう”?」

「ユウキ君は本州の――たしかジョウト出身だったでしょ。私、本州に行ったことないから、お話が聞きたいの!」

「あ、ああ……うん、良いよ。友達だからね」

 

 そんなオレの言葉に、やったーっ!! と大喜びしながらハルカは飛び上がった。

 そしてちょっと気になったので“雑用”とは何かを聞くと、

 

「え? レポートをお父さんの研究所に持ってくことだけど」

 

 なんて言ったので、事情を説明して、全力で止めておいた。

 そうしたら、今度はウチの家の片付けを手伝うと言う。

 それも遠慮したが、

 

「暇なんだもん。お兄ちゃんと違って、整理整頓は得意だよ」

 

 それにご挨拶もしたいし、なんて言われると止められる理由もなく、ハルカは元気よく部屋を飛び出した。

 

「――――ぐっじょぶ、お兄ちゃん」

 

 去り際に何か聞こえた気がするけど、気のせいかな?

 

 ……まぁドタバタしてたけど、なんだか心は暖かかった。

 あと、カナタさんに伝えとかないと。

 

 ハルカは本当にかわいいですよ。

 間違いない。

 

 これがオレと彼女との、出会いだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 予定以上に俺の作戦がうまくいったその頃、俺は書類の山に埋もれ研究設備をいじくり、助手の二人と一緒に研究所内を駆けずりまわっていた。

 

「博士ぇーーーーー!!」

「どこにいるんですかぁーーーーーーーー!!!」

「帰ったら説教じゃ、クソ親父ぃ!!!!」

 

 ……これでも、育ててくれた感謝はしているんですよ?

 

 

 




前の話よりは長くなったかな。
ハルカちゃんとユウキ君が出会いました。しかし『この世界の物語』が始まり、『物語の主人公』がユウキ君であろうとも、『この小説の主人公』はカナタです。
ユウキ君を中心に世界は回ることになりますが、その中心を見つめ続け、時に助ける存在として、カナタは動くことになります。
それを、カナタの目線、そして周りの目線から描いていけたらなーと思います。

まぁ偉そうなことを言いましたが、この小説は『転生者がとりあえずポケモンの世界でいろいろがんばる』話です。それ以上でもそれ以下でもない……はず。

次は結構かかりそうだなー……
それではっ


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三話  初めての相棒

 ――あのクソ親父……帰ってきたら一発ぶん殴る……。

 

 

 ゾクッ!!?

 な、なんだろう、この悪寒は……。

 しかも空耳でカナタさんの声が聞こえたし……。

 すごい恨みつらみがこもってたしっ……!!

 とりあえず、オダマキ博士って人に会うことがあったら、今は帰らないように言っておこうかな……。

 

 そんなオレは今、101番道路に来ています。

 なんでこんなところに来てるのか、と言われれば、ただの雑用。

 母さんから頼まれて、隣町のコトキタウンまで雑貨を買いだしてきたわけです。

 用事は無事に終わって帰ってくる途中なんですけど。

 

「た、助けてくれぇ~~~………」

 

 ……なんか聞こえた。

 周りを見渡せば、その声の主は近くの大木にいるようす。

 ……なんで分かったかって、木の根元によく知らないポケモンが三匹、上へ向かって吠えてるから。

 三匹とも小さくてかわいいんだけど、口元から覗く鋭い牙が痛そうだ。

 それはともかく。

 

「そ、そこの君ぃ~~……」

 

 あ、オレに気付いたらしい。声のする方を見てみると、誰かが木の上にしがみついているのが見えた。枝や葉っぱにさえぎられてよく見えないけど、体格と声の感じからして男の人だろう。

 とりあえず雑貨を近くの木の根に置いて、ポケモンたちが気付かないように近づく。

 俺が近づいたことが分かったのか、木の上の人がまた声をかけてきた。

 

「わ、私のカバンがそこにあるから、中を探ってくれぇ~~」

 

 木の上から頼み込むように指示を出してくるので、とりあえず良心の命ずるまま、言うとおりにすることにする。

 ん~、近くに落ちてるカバン……あった。男の人がしがみついている木から少し離れた草むらに放り投げられている。

 それを拾って中身を探ってみると、変わった機械とモンスターボールが三つ入っていた。

 これをどうしろと。

 まぁ薄々感じてはいるけど……。

 

「その中から一匹使って、追い払ってくれぇ~」

 

 あ、やっぱり。

 そう思って、ボールの中身を見た。

 モンスターボールは赤と白に分けられていて、赤が上、白が下。上の赤い部分は透明で、中に入ってるポケモンを見ることができるようになっている。

 三匹とも縮小されてボールに入っているけど、多分ボールの外に出しても目の前のポケモンたちと同じくらいの大きさにしかならないだろうと当たりを付けた。

 それにレベルも少々心許(こころもと)なさそうだ。

 相手にするポケモンはすばしっこそうだけど、小柄だし撃たれ弱そうにも見える。なら一撃一撃が重い方が良いのかな?

 

 うーんそれなら……よし。この子にしようか。

 決めたポケモンが入っているボールを手に取り、近くに落ちていた枝をポケモンたちに投げつける。

 ……こっちに注意が向いた。

 ただし怒ってるのだろうか、こっちに唸り声をあげてきてる。

 三匹同時は面倒だな、とか思ってると、一匹だけ前に出てきた。どうやら、一騎打ちをご所望の様子。

 まぁ数のハンデがなくなるからいいんだけど、これに勝ったら三連戦になるのかな。

 それは面倒だけど……それでも、やるしかない!

 

「出ておいで!」

 

 そう言ってボールを放り投げる。

 するとボールが二つに割れて、水色や青を主体とした小柄な影が飛び出した。

 しかし小柄といえども、ボールには入りきらない大きさだ。……何度も見てきた光景だけど、本当に、モンスターボールってどうなってるんだろ。

 

 まぁその思考は隅っこにおいて、戦闘に集中しよう。

 技が分かればいいんだけどなぁ……なんて思ってたら、カバンの中に入っていた変な機械を思い出した。

 こっちが出したポケモンを警戒してるのか、なかなか襲いかかってこないポケモンたちに注意しながら、機械を手に取る。

 手に取ってすぐ、作動音をあげて機械の表面が開いた。カバーが開いてその下から、携帯ゲーム機のようにボタンが配置された操作盤のようなものが現れる。

 と、端っこにある白いモンスターボールを模した部分に触れた瞬間、シャッター音が鳴ると同時に画面が点灯して、何かを表示し始めた。

 

 ――ふんふん、目の前の三匹は『ポチエナ』という名前のポケモンらしい。シャッター音はポケモンの姿を確認するために使用するカメラのもののようだ。

 ついでに自分が出したポケモンも撮影してみると、こちらには『ミズゴロウ』と出た。

 さらにありがたいことに、今現在使える技まで表示してくれるらしい。

 ……といっても“たいあたり”ぐらいしかなんだけどね。

 さてどうしようか。

 

 と、ポチエナが一吠えして、ミズゴロウに飛び掛かってきた。ゆっくりしてる場合じゃないや!

 

「ミズゴロウ、かわして!」

 

 一声鳴いて返事をすると、ミズゴロウは横っ飛びをしてポチエナの攻撃を回避する。

 ポチエナは前足から軽やかに着地。見積もった通り、身のこなしは軽いようだ。

 

「“たいあたり”!」

 

 鳴いて答えるとミズゴロウは“たいあたり”を繰り出すが、ポチエナは軽くかわすと、逆に“たいあたり”をミズゴロウに当てる。

 ミズゴロウにはそれほどダメージが入っていない様子。なら、まだ行けるね。

 でも相手に(かわ)されっぱなしじゃ、(らち)があかない。

 

 じゃあどうしよう……。

 ――――『相手が躱せない状態』で攻撃を当てればいいのか。

 

「ミズゴロウ、そこで待機して」

 

 ミズゴロウにその場にとどまるよう指示。

 意図は分かってないながらも作戦の一環であることに感づいているのか、ミズゴロウはその場にとどまり、体の方向だけはポチエナに向ける。

 自分の攻撃が当たったことに味を()めたのか、ポチエナはもう一度“たいあたり”を仕掛けるようだ。

 

 半分飛び上がりながら、重力を味方に付けての“たいあたり”。

 食らえば結構な打撃になりそう。……でも!

 

「今だ、“たいあたり”!!」

 

 空中にいたんじゃ、飛行ポケモンでもないと技を避けられないでしょ?

 

 ゴツッ! と鈍い音がして頭同士がぶつかった二匹はともにフラフラとよろめくが、先に倒れたのはポチエナの方だった。

 やっぱりスピードがある代わりに防御力や体力面はあまりないようだ。ミズゴロウの方は、けっこうダメージを喰らっちゃったなぁ。

 ――まぁ大丈夫だろうけど。まだ残りが二匹もいるのに肉を切って骨を断つ指示を出したのは、“三連戦を考慮する必要がなかった”からだ。

 

 ……ほら、気絶した一匹を除いて、文字通り尻尾を巻いて逃げてしまった。ちょっと薄情だなぁ。とりあえず、さっきの戦いで気を失ったらしいポチエナの体にできた傷に、さっき買ってきたばかりのきずぐすり(人間用)を塗っておいた。

 モンスターボールは持ってなかったから野ざらしのまんまだけど、ミズゴロウ君に見張っててもらおう。

 とにかく当面の危険がなくなったと判断して、木の上の人に声をかけた。

 

「いなくなりましたよー」

「――あ、ありがと……うわっ!!」

 

 あ、木の枝から滑り落ちちゃった。擬音で表すなら『ズデェーン!!』って感じかな。

 ……大丈夫なのか? ……けっこうな高さからだったけど……。

 

「あいたたたぁ~……」

 

 ……大丈夫っぽい。

 でも、一応聞いとこう。

 

「大丈夫ですか?」

「いやぁ~、うっかり彼らのテリトリーに足を踏み入れちゃってね。追いかけられて木に登ったは良かったんだけど、カバン落として対抗手段を無くしてたんだ」

「いや、木から落ちた事の方なんですけど……」

 

 俺の心配とは別のことを話す男の人に言ってみると、

 

「フィールドワークにはこのくらいのことは当たり前なんだよ」

 

 そういって豪快に笑われたら、なんかそんなことを心配したオレが馬鹿らしくなってきた……。

 

「そういえば、なんであのポケモンたちは逃げ出したのかな?」

「ああ、それはこれに書いてあったんですよ」

 

 二匹が退却したことに不思議がる男の人に、機械を使ってポチエナの項目を呼び出して、画面に映し出された文字を見せる。

 

「『動く物に対してしつこく噛み付く習性を持つが、反撃されると尻尾を巻いて逃げ出すなど気の弱い部分も併せ持つ』、か。だから逃げ出したのか」

「はい。だから挑みかかってきた一匹を倒せば、あとは逃げるんじゃないかと思ってました」

 

 もっとも、この機械を持ってなかったらごり押ししてたかも。

 ……それにしてもフィールドワークしてるって言ってたな。カナタさんもフィールドワークが主な仕事だって言ってたけど、この人も研究者だったのか。

 カナタさんとも知り合いだったりするのかな?

 

「あ、そうそう、私の名前はオダマキだ。オダマキ博士って呼ばれてる」

 

 ……はい、思いっきり身内でした。

 それにしても、白衣に半ズボン、サンダルのような履物をはいて頭はボサボサ、揉み上げ付近から顎にかけて無精ひげが生えてるこの人が、あのカナタさんやハルカの親だとはちょっと思えないな。

 でも失礼だから口にしない。

 

「本当に、ありがとね」

「帰る途中でしたから、何でもないですよ」

 

 そう言いながら、ほったらかしてた雑貨を抱えると軽く会釈をして帰ろうかと思ったんだけど。

 

「いや、お礼がしたいから、研究所へ来てくれないか?」

「…………えっ」

 

 いやでもあの悪寒がよみがえる。なぜかと言えば、カナタさんの今後の予定を知っていて、研究所にいることは分かっているからだ。

 部屋で話していた時も、カナタさんから愚痴のように「消えたら困るのに放浪癖持ってる」、「親父がいなけりゃ迷惑を(こうむ)るのは俺たちだ」など、博士がいなくなってた場合の苦労も聞いていた。

 そしてその「消えたら困る」本人がこんなところにいる。

 

 ……なんとなく研究所に行きたくない……。

 いや、怒られるのは博士だけだと思うけど、それでも行きたくない……。

 でも他人の頼みを無碍(むげ)にはできないし、オレはそのまま研究所へついて行くことに。

 どうかカナタさんの怒りが収まってますように、と祈りながら。

 

 

 十分ほどで研究所の到着。

 ……なんか、ものすごく負のオーラを感じます。

 その異様な雰囲気に気づいていないのか――実際気づいていないらしい――そのまま研究所の扉を開けるオダマキ博士。

 

 能天気に――

 

「ただいまー」

 

 ――なんて言ったものだから、なんか眼を血走らせたカナタさんの

 

 ゴスッ!

「ウゴッ!」

「どこほっつき歩いてやがったんだ、このクソ親父ィ!!!」

 

 ドスの効いた怒声と、顔面への辞書並みに太い本――ちなみに角――の直撃がお出迎えしました。

 カナタさんが怖えぇ……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 どうにか目途(めど)がついてきたころ、

 

「ただいまーー」

 

 なんて声が聞こえたので、手近にあった『ポケモンの生態』(600ページ超)を全力で叩き込んでやった。

 

「どこほっつき歩いてやがったんだ、このクソ親父ィ!!!」

 

 後ろにいたユウキ君に当てなくてよかった、と妙に冷静な頭が語る。

 ちなみに頭の中に親父を心配する声はない。どうせ復活するから。

 

「あいたたた~……」

 

 ほらね。

 

「まったく……何を怒ってるんだい、カナタ」

 

 てめぇが原因の9割じゃ、放浪癖。

 後ろで苦笑いを浮かべていたユウキ君の顔色が段々青褪(あおざ)めてくる。

 そらそうだ。今の俺は鬼みたいな形相をしてるだろうからな……。

 

「あの、理由あってのことですし……」

「君の証言は後で聞くよ、ユウキ君」

 

 笑みを浮かべながらドスを効かせた声でユウキ君の発言を封殺し、親父に詰め寄る。

 ……さぁ、事情聴取といこうじゃないか?

 

 

 

 ~三十分後~

 

「フィールドワークの基本は現場の状況確認だろ。むやみやたらに入ってくからそうなったんだよ。ちょっとは反省しろ」

「いや~、けっこう生態系に変化があったから、居ても立ってもいられなくてね……」

「仕事終わってからでも良いだろ!! 生態系は一日やそこらで変わらねーんだからよ!!!」

「そんなこと言ってたら、重大な変化に気付けないだろう? そうなったら学者としての名が廃る!!」

「それをまとめるデスクワークやんねーと、なんか見つけたって報告も何もできねーだろ!!! 学者云々(うんぬん)以前に人間としての名が廃るぞ!!!!」

 

 俺は、説教していた。

 何が悲しくて一回り二回り離れた実の親を説教せにゃならんのだ。どっちかっていうと俺の方が説教される側だったのに……。

 

 ちなみに親父が襲われてた時間帯は、ユウキ君が通りかかる直前。長い間木の上にいたわけじゃなかった。

 つまりユウキ君が助けなければ、俺の労働時間や負担がさらに増えてたことになる。

 ありがとう、ユウキ君。

 

 ちなみに、

 

「それにしても、本当に良いんですか? ミズゴロウ、もらっちゃって」

「良いんだよ。言ったでしょ? お礼だって。それに初心者用のポケモンだから、扱いも簡単なはずさ」

 

 ミズゴロウはユウキ君の手持ちポケモンとなっていた。

 なんでも、持ってた三匹の中で一番なついてしまったんだとか。

 まぁユウキ君も満更(まんざら)でもなさそうだし、大切に育ててくれそうだと思う。

 

「俺からも、そいつをよろしく頼む」

「はい、しっかり育てます!」

 

 うん、良い返事だ。

 

 ユウキ君はまだ家の手伝いが残ってるそうなので、ここで帰ることとなった。

 そして俺は、仕方ないので一段落するまで親父を手伝うことに。

 もちろん、比重は親父の方が圧倒的に多い。

 本当は全部押し付けたかったが、今日は我が家でセンリさん一家の歓迎パーティがある。近所の奴らも何人か参加するらしいし、親父と言えどもほっとくのはかわいそうだ。

 助手二人もパーティに招待することで手伝ってもらってる。

 

「……賑やかになりそうだな」

 

 などと一人ごちれば

 

「ん? さっさと手を動かせよ」

「そっくりそのまま返すぜ、親父」

 

 ……さっさと終わらせるか。

 

 

 

 

 

 

 そして夕刻。

 

『ようこそホウエンへ! ようこそミシロタウンへ!!』

 

 クラッカーの音とともに、この場に集まったみんながセンリさん一家に向けて、言葉を贈る。

 と同時にこれは、パーティ開始の合図だ。みんなおもむろに行動しはじめる。

 うちには結構広い庭があるし近くにはユウキ君の家ぐらいしかないので、主な目玉は庭で行われるBBQだ。

 もちろん家の中にも、母さんが腕によりをかけて(そしてハルカやユウキ君のママさんも手伝って)作った料理が並ぶが、思いのほか人が多く集まってしまったので、急遽バーベキュー用のコンロや肉、野菜などを調達して、バーベキュー大会を開くことになった。

 大人たちによるBBQの準備ができるまでの間、子供たちや手の余った大人たちはジュースやお酒を飲みながら、母さんたちの手料理に舌鼓を打っている。

 あと、目ぼしい物と言ったらハルカの友達がユウキ君に自己紹介してたり、バーベキューの後に行われることになっている花火を心待ちにしているちびっ子たちがいるぐらい。

 俺もユウキ君と同年代の男衆をけしかけて、ユウキ君に声をかけさせていた。

 

 と、ほとんど準備が終わったのか、大人たちがコンロで肉を焼き始める音がする。

 その音を聞きつけ、子供たちが我先にと庭へ駆け出した。こけたりコンロ倒したりするなよ~。

 そして家の中が、一気に静かになる。

 家に残ったのは、昔話に花を咲かせているのだろう飲み合ってる親父とセンリさんと、気が合ったのか、おしゃべりに興じる母さんとママさん。ユウキ君とハルカもいるな。

 マサトはちびっ子たちに連れられて、バーベキューの方に行っていた。

 

 親父とセンリさん、母さんとママさん、ユウキ君とハルカ。マサトは外でちびっ子たちと戯れる。

 ……あとは言わなくてもわかるな? そう、いわゆる『ボッチ』状態だ。この“悪意はないけどハブられる”状態が、一番つらい。だってどこにも入っていけないしさー。タイミングも悪いし……。

 

 これで俺にも相手がいればこの状態は解消されるんだが、そんな存在が―――いるんだな、これが。

 つまりは『彼女』ってやつだ。まぁけど、ぶっちゃけいろいろ都合があって、そう名乗ってるだけなんだよね。

 だから、本当の意味での『恋人』じゃないんだなこれが。

 で、その『彼女』っていうのは

 

「カナタさん、お久しぶりです」

「おう、前に旅先で会った以来だな、“ソラ”」

「……ごめんなさい」

「……はぁ、またか」

 

 俺の魂を取り違えて、俺が転生することになった原因の張本人の『天使』だったりする。

 だから顔を合わせる度にこんな風に謝罪の言葉を述べてくるけど、正直俺はこの世界に来れて良かったと思っているので、この“ソラ”が謝るのは筋違いだとも思ってる。

 まぁ原因作っちゃったしかなり怒られたしで、罪の意識を持つな、と言われても無理だろうとも思う。

 

 それでも

 

「俺はこの世界に来れて良かったぜ? むしろ感謝してんだよ。だからもう謝んなって」

 

 特にこいつを恨む気は起きない。

 だから、逆に感謝の言葉を返す。

 

「でもっ……」

 

 ……女の子の涙目は卑怯ですよ、ソラさん。

 

「気にしてないって言ってんだろ。気楽に行こうぜ。俺を今度は正式に送り届けてくれるんだろ? なら今は肩の力を抜いて、まだ楽しもうぜ」

 

 そう言って、椅子を引いて席を用意する。

 まだ自責の念が抜け切れていないのか、下手したら泣きそうな顔のまま、俺の用意した席へ座った。 

 俺が料理をよそって差し出すと、また小さく謝りながら受け取って、申し訳なさそうに食べ始める。しばらくすれば自責の念も多少は薄れるだろう。

 その様子にちょっとホッとして、ユウキ君とハルカの方を見た。

 

「これ、食べてみて! ママに教えてもらったんだ!!」

「へぇ、すごくおいしそうだ……うん、おいしい」

「えへへぇ~。こっちも食べてみて!」

「あ、こっちもおいしい!」

「……よっしゃッ!」

 

 お、小さくガッツポーズした……ほう、ハルカが積極的になってるな。これはいい傾向だ。

 ハルカは料理が得意だし、俺と違って片付けもできる。母さんに言わせれば、『いつでもお嫁に出せるわ』とのことらしい。

 しかし……残念なことにハルカは親父の放浪癖を受け継いだらしく、一か所に留まることがあまりできないし外で遊ぶ方が好きらしいから『主婦』にはなれないだろうな。

 まぁそれを受け入れるような奴でなきゃ、俺は認めねぇけど!!

 

 おっと。俺も食うか。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて、夜の七時くらいか。

 もうすっかり日も暮れたし、初夏に入りかけた季節なので、あとは締めのイベントに近くの河原で花火でもしようかね。

 ソラもつれて、ちびっ子たちの安全を確認しながら近くの河原へ向かう。

 

 到着した河原で、さっそく綺麗な光が瞬きだした。

 子供たちの楽しそうな声をBGMに、俺は坂に寝っころがって夜空を見上げる。ちなみにソラは花火が珍しいのか、子供たちと一緒に騒いでいた。楽しそうで何よりだ。

 今日は綺麗に晴れて、目の前には天の川の大パノラマ。

 田舎のいいところは、ふと思い立った時にきれいなものが見られるところなんだろうな。前世では、こんな夜空を見た記憶もない。

 ふと、近づいてくる足音が聞こえた。

 その方向を見ると、ユウキ君がこちらに向かってくる。

 ユウキ君も隣で座りこむと俺と同じように空を見上げ、ゆっくりと口を開いた。

 

「……綺麗ですね」

「ああ、都会じゃまず見られないぜ」

「……このホウエンは、どんなところですか?」

 

 フィールドワークをやってる俺に、ホウエンのことを聞くのか。

 ふむ、そうさなぁ……。

 

「……広いな」

「広い?」

「ああ。分かったつもりがまだ分かんないことがあったり、まだ見たこともないような場所もあったり。

 とにかく、何があるか分からないくらいに広い。俺たち人間がちっぽけに見えるくらいにな。これで、まだ世界には他にもいっぱいあるんだから、気が遠くなりそうだ」

「…………」

 

 黙って話を聞くユウキ君。ふと思い当って、聞いてみた。

 

「――見てみたい?」

「えっ?」

「このホウエンの……いや、この世界の果てを」

 

 さすがに“世界の果て”は言いすぎかな、と思ったけど

 

「……そうですね。見てみたいです、世界の果て」

 

 なんて答えが返ってきた。

 ……『少年よ、大志を抱け』って誰か言ってたよな。

 まぁ俺も今は少年だけど、俺は大きな夢を持つ奴の手助けをしよう。足場が無ければ、誰も飛び上れない。

 誰かが勇気を持って決断したいとき、背中をポンと押してやろう。それでも立ち止まったら、勢いが出るまでその背中を押し続けてやる。

 もちろん、ただ単にそいつに勇気がないだけの話なら、だけど。

 ユウキ君なら、背中を押しただけで……いや、きっと押さなくても勝手に動き出してたはずだ。なんたってこの世界の『主人公』は、君なんだから。

 

「でもまだ、ホウエンでさえ分からないことだらけなので、まずはホウエンから、旅をしたいです」

「……親御さんの了解ぐらいは取っとこうな」

 

 そう言って、草を払いながら立ち上がり、ユウキ君の方を向いた。

 

「ようこそ、大冒険(ポケットモンスター)の世界へ」

 

 俺の差し出した右手を、ユウキ君はしっかり握り返す。

 

 彼の(ものがたり)が、始まろうとしていた。

 

 




はい、ユウキ君の旅立ち前夜?です。
そいえばBW及びBW2の主人公って14歳なんですね。それを考えると10歳11歳で旅をするってどうなのよ……と思いますがまぁ15年以上10歳やってる超人少年トレーナーもいますし、良いんでしょう。
はぁ……BWやりたい……2からじゃなくてBWからやってBW2をやりたい……そんでもってそれ参考に小説書きたい……何そのキチガイ
今更ながらBW2のPV見ました。何あの映画。声優陣も豪華なんてもんじゃねぇよ。もう映画化してしまえ。ライコウ伝説みたくしてしまえ

御金稼ぐようになったらDS買ってやろう。

次は……たしかユウキ君の旅立ちの話だったはず。
まだ不安定なようなので、八月下旬くらいの投稿になるかも?(じゃあ今投稿すんじゃねぇよ

ちなみに『原作知識あり』とありますが、廃人級ではございません。作者がそこまでの知識を持ち合わせておりませんので。努力値とか種族値とか言われても「なにそれおいしいの」状態です。ポケモンWikiに書いてあるのを参考にするぐらいしかできません。
なんか矛盾してること書いてましたら、教えてくださいますと幸いです。

それではっ


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四話  少年、旅に出る

 ユウキ君が旅立ちを決意した日からすでに二日ほどたった。

 今日この日、ユウキ君は旅立つ。

 

 ってか早いな。まだミシロに来て三日ぐらいしか経ってないじゃん。

 まぁ思い立ったら吉日ともいうし、俺がけしかけたのもあると思うんだけど。

 ちなみにユウキ君はすでに旅に出ることは許可されてるし、この二日間は旅に出るときの準備に費やされたらしい。

 小さい頃、センリさんとたまに二人だけでキャンプをして、自炊や野営の仕方を学んだそうだ。

 そんな事を小さいうちから仕込んでたってことは、センリさんもいずれユウキ君が旅に出るってことに薄々感づいてたのかもしれないな。

 

 実際、十歳を過ぎたあたりから旅に出る子供は少なくない。

 一人で全国各地を、自らの足と旅の供となるポケモンたちの力を借りて巡り歩くことで、子供の自立心や自主性をかなり養うことができるというのが理由の一つだ。

 まさにことわざの如く『かわいい子には旅をさせよ』。確かに旅には危険もあるが、その分だけ子供たちの情操面の発達は、旅に出ない子供と比べて早くなる、ってテレビでも言ってた。

 俺も十歳の時に旅に出させてもらったし。その時の経験は、俺の一生の宝物になっている。

 ユウキ君もそんな経験を―――していくんだろうなー。なんたって“主人公”だし。ざっと内容を思い返すだけでも、かなり濃い旅になりそうな道のり(ストーリー)だったし。

 

 たった十歳に背負わせるには重い話だよなぁ。

 俺が選んでしまったのは“エメラルド”の世界。知ってる人間も多いが、お約束のごとく現れる予定なのだろう“悪の組織”は、この世界には二つも存在する。ホウエンに巣食う二つの秘密結社を、たった一人の少年が相手にするわけだ。

 大人の皆さんに解決してもらうのが最善なんだろうけど、相手は悪役の設定でお馴染みの“秘密結社”。存在するかどうかも怪しいような存在を子供の口から聞かされても『テレビの見すぎ』とかいう理由で取り合ってくれないだろう。

 俺も手伝えればいい、というか俺がその組織を相手できればいいんだろうけど、俺にそんな実力があるのかも疑わしい。結局はこの世界の主人公(ユウキ君)頼みなわけで、絶対に苦労がかかってしまうのが確定的なユウキ君の旅に多少の思いを馳せ、俺は複雑な思いを抱きながら門出の見送りに来ていた。

 

 ユウキ君の目の前には、このミシロに至る、そして世界へ繋がるたった一本の道、101番道路。ここからユウキ君の冒険が始まる。

 

 見送りは、俺と親父と母さん、そしてユウキのママさん。

 センリさんはジムの仕事で忙しくて、どうしても来られないらしい。

 少しくらい暇を取ればいいのに、と直接言ってみたら、

 

「旅に出る前のユウキはもうずっと見てきた。いまさら見たところで変わらない。

 もしユウキがトレーナーとして私のいるジムに来たときは、一人前となったその姿をしっかり目に焼き付けるさ」

 

 自分のジムに挑戦できるほど力を付け、なおかつ自分を倒せたら一人前だ、と言っているのだ。

 センリさんはワクワクしてるんだろう。ユウキ君がどんな人間になって『父親』という、男にとっての人生最初の壁を乗り越えるのかを。

 あとハルカがこの場にいないのは、親父が見送りに出るために、親父がこなすべきだったフィールドワークを肩代わりしたからだ。

 確かこの先のコトキタウンの北、103番道路にいたと思う。

 そのことはすでにユウキ君に伝えてあるから、旅に出る途中であいさつしに行くだろう。

 

 さて、そろそろ出発のようだ。

 

「それにしてもよくなついたな、そいつ」

「あの後、手当てをしたのを恩に感じたみたいですよ。どうも義理堅い性格のようです」

 

 ユウキ君の足元にじゃれ付くポチエナを見ながら、そんな会話を交わす。

 このポチエナは博士を襲った三匹のうち、ユウキ君に挑みかかった奴だ。

 気絶したところをユウキ君が介抱してやると、どうも優しい人柄が気に入ったのか、すぐになついて手持ちの一匹となったらしい。

 なんにせよ、仲間が増えるのは良いことだ。

 というわけで

 

「ほい」

「え? なんですか?」

 

 ユウキ君に一つの包みを渡す。

 まぁ、俺からのささやかなプレゼントだ。

 

「あ、モンスターボール……」

「手持ちは六匹までしかダメだけど、一応五つ入れといた」

「いえ、とてもうれしいです! 大事に使います!」

 

 ちなみにこれは俺からのプレゼントだが、ママさんからも『ランニング・シューズ』をプレゼントされた。そして、親父からはなんと

 

「はいこれ」

「あ……これ、あの時の……」

「これは『ポケモン図鑑』だよ。出会ったりゲットしたポケモンの記録の詳細なデータがすべて詰まってる。君なら、これを有効活用してくれるはずだ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 ホウエン地方専用のポケモン図鑑が手渡された。

 これはカントー地方の有名な博士、オーキド博士が最初に作った“図鑑”であるカントー地方版『ポケモン図鑑』を参考にして開発された、ホウエン地方にたった三台しかない貴重なものの一つだ。

 “図鑑”は多機能なハイテク機器で、情報の収集から戦闘の補助まで何でもこなし、防水性や耐衝撃性も全く問題なく、水の中だろうが空の上だろうがどこでも使える画期的なもの。

 もっとも、それだけ高性能であるということはコストもバカにならず、量産化が難しいので、今のところ三台しかないのだ。

 ユウキ君に渡したやつ以外の残りの二台は、俺とハルカが持ってる。開発者の親族、というのもあるが、俺たちが若くしてホウエン地方の研究に多少なりとも貢献しているから。

 

 ちなみにイメージ的にはアニメ版のポケモン図鑑みたく、すでにほとんどのポケモンの記録が入っている状態。

 これは俺たちの功績だ。少なくとも、“この世界”ではそうなってる。ポケモンを見つけて発見済みか未発見かを確認し、未発見なら調査をしてデータを作り、研究所に持ち帰ってそのデータをインプットする。

 この地方に伝わる伝説のポケモン以外は、けっこう網羅してるはずだ。

 あ、そうそう。『ポケモン図鑑』に説明文ってついてるじゃん。あれ、俺たちが書いたことになってるんだぜ。

 今回ユウキ君には、俺たちが発見し損ねたポケモンを発見してもらい、ゲットなどをしてデータを取ってもらう意味も含めてポケモン図鑑を渡した。俺たちが調べ損ねたこともあるだろうから、そういうものも見つけてくれたらうれしいなぁ。

 

 ――さて。

 準備は万全かい?

 忘れ物はないね?

 ここからは、ユウキ君の力だけでどんな困難も乗り越えていかなければならない。

 もちろん手助けができれば俺たちは手助けする。ただし、いつでもどこでもできるわけじゃない。

 でも、それこそが冒険なんだ。

 

 さぁ行ってらっしゃい。

 がんばってね。

 

 

 

 とある初夏の日。

 俺たちに見送られながら、一人の少年が、世界へと旅立った。

 

 




……みじかっ
久しぶりの更新がこんだけって……

なんでこんなに短いかと言うと、にじファン連載時点で章分けをしていたうちの第一章の最終話だからです。そしてただでさえ短いというのに添削校正もしてしまったものだから、多分もっと短くなっちゃったと思うんだ……
こっちでも章分けできるらしいのですが、やめときます。どーせ章分けしたって意味もなさそうですし……まぁそういう機能があったのをつい最近知ったんですけどね(ぇ

次はえっと……人物紹介、かな。これも結構かかりそうな気がする……
それではー。


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五話  カナタ、夢を見る

前回のあとがきで『次は人物紹介だ』といったな、あれは嘘だ。すんません





 ……よぅ。カナタです。

 

 今現在、俺は夢を見てる。

 自覚してんのにまだ夢が続いてるなんて、不思議な感覚だ。こういうのを明晰夢、とか言うんだろうか。

 で、どんな夢かと言えば、けっこう最近の夢だ。

 時間にすれば二か月ほど前かな。

 実はすでに何度か見たことあるんだけど、これは俺と『彼女』が出会った時の夢。

 よほど強烈なことだったのか、夢によくある脚色もほとんどなく、俺が記憶していることと寸分も違わない話を、ちゃんと順序良く見てる感じ。

 

 そう。あれは記憶に焼きつくような、強烈で、嵐のような話だった。

 

 

 二ヶ月前のことだ。

 俺が長期に渡って実施していたフィールドワークを終えてミシロタウンに帰って、研究所でレポートを提出。そのまま家に帰って旅の疲れを(いや)そうかと思っていたときに、彼女は現れた。

 

「あの……――――――さんですか?」

「えっ」

 

 呼ばれた名前は、俺の前世での名前。

 でもその時でさえ言われてどうにか思い出すほどに忘れかけてたし、今となっては何と言われたのかの記憶もない。

 そのことを自覚した時、何となく寂しかったが切り替えた。俺が生きる世界はここなんだ、って。

 だから前世の名前も、今の俺には関係のないことだと思うことにした。

 

 でもその時は、そこまでたどり着いてなかったから慌てたな。

 

「なんで、その名前を知ってるんだ?」

「あの……わたしが、取り違えた張本人だからです……グスッ」

 

 そうそう。あいつ、あの時いきなり泣き出したんだっけ。

 しかも、話してる場所が家の真ん前。

 もちろんだが、ユウキ君たちがまだいない頃。他の町の人たちの家も、離れたところにある。とはいえ、自分の家の玄関先で泣かれたんじゃ、もしも誰かに見られていたら後々どんなことを言われるのか、わかったもんじゃない。

 なので家に上げることにしたんだが、俺んちは玄関とリビングが短い廊下でつながってる程度でほぼ直結してる。しかも裏口もない。

 さらに間の悪いことに、リビングにはまだ母さんたちが(くつろ)いでいたんだが、帰ってきたばかりの俺が知るはずもなく、泣いてる女の子を連れた俺、という最悪の状況を家族に見られた。

 

 もちろん上がってくるのは俺への非難。

 

「あらカナタ。女の子を泣かせて、そのまま連れ込むなんて良い度胸してるのね」

「おにーちゃん最悪ー。どこで引っかけたのか知らないけど、自分の行動にはちゃんと責任持ちなさいよねー」

「……おにーちゃん。どんなことがあっても、女の子は泣かせちゃダメだって、ポケパンマンが言ってたよ」

 

 さらに続く俺への非難が前方から三方向。そして後ろには泣いてる『彼女』。

 ……いわゆる『四面楚歌』って状況だ。初めて経験したけど、確かに逃げ場は無かったな……。

 どうにかして切り抜けなければ……さいわい、『彼女』の方は特に突っ込まれていないので適当に設定を捏造することにした。

 

 ……どうせこの手の話題は俺が悪者扱いされるんだ。俺の秘密を知ってる――っていうか原因作った張本人らしいし、下手に突っ込まれないようにするには、相手の同情を誘うような境遇である方が良いだろう。

 まぁ多少、俺が泥をかぶることになるだろうけど。

 そう思って口を開いた。

 

「あ~……俺の彼女だよ。別れようって言ったら泣いちゃってさ。俺がミシロ出身なのは教えてたから、探しに来たんだと思う」

 

 こんな事をのたまえば、火に油を注ぐのと同じ。

 前方からの罵声がひどくなることになる……んだけど……。

 

「理由もなく別れよう、って言ったの? お母さんはそんな薄情な子に育てた覚えはないですよ。彼女がいたことは驚きましたけど。子供はいつの間にか成長するものね」

「やっぱりおにーちゃんサイテー。女の子の気持ち、全く分かってないんだから! でも彼女がいたのは意外だね。あんがい奥手の癖に」

「おにーちゃん、彼女さんがいたんだ……びっくり……」

 

 マサトに至っては非難の声でさえなかったな。そしてハルカ、お兄ちゃんは奥手じゃない! ただ異性がちょっと苦手なだけだ!!

 ……でも、ぶっちゃけ泣いてることに関しては、俺のせいでは無いんだけどなぁ。

 むしろこいつのせい。

 で、自分を責める意味で泣いてたのかね。まぁそれは今でも変わらないんだがな。

 

 しかし咄嗟にアドリブをついたといっても、この状況は改善しない。ここで押し問答しても(らち)が明かないと判断して、俺は部屋への逃げ切りを図る。

 手段としては、その『天使』の手をつかんで階段へ一目散。家族の目は気にしない。

 いきなり手をつかまれて『天使』はびっくりした様子で、しかし俺のなすがままに引っ張られていく。

 意外なことに後ろからは家族の制止の声はなかったが、『ちゃんと話し合え』と三者三様に言われた。

 ……なーんか()に落ちないなー……。

 

 階段を昇って二階の奥にある俺の自室に、『彼女』を連れ立って入る。

 部屋も――まぁ……今よりは――片づけられてたけど、十分汚かった。足の踏み場はあったぞ。床の隙間に。

 ――うん、こーゆーこともあるから片付けは定期的にやらないとな。出来ないけど。

 ……今にして思えば、俺もなかなか大胆なことしたなぁ、女の子を部屋に連れ込むとか。

 まぁあのときは、俺も正常な判断ができなかったしな。

 

 んで、いまだに涙目の『彼女』に、この世界にいて俺を探していた説明を求める。

 俺が特に怒っていないことや、なるだけ優しく声をかけたのが功を奏したのか、『彼女』は幾分か落ち着きを取り戻して話し始めた。

 けっこう長い話ではなかったが、要約すると

 

 ・初仕事でテンパり、『死にかけていた』俺の魂を回収してしまった

 ・そのせいで上司にこっぴどく灸をすえられ、存分に反省した。

 ・そして俺が転生すると知った時、謝るため、そして二度と取り違えないように俺の魂を持って帰るため、この世界へときた。

 

 と、こういうことらしい。

 俺が頭で整理してる間にも、また彼女は涙目になる。どうも本気で申し訳ないことをしたと思っているらしい。

 今の俺もそうだが、この時の俺も、『謝らなくていいのに』と思っていた。

 この世界は気に入ってるし、人生を最初からやり直して、最初っから真面目にやれてる。今、元の世界に戻してやると言われても、俺は速攻で首を横に振るだろう。

 そんな自信もあった。

 そのことを素直に伝えると、

 

「でも、それは今のうちだけかもしれません」

 

 なんて言われた。

 曰く、さらに年月が経つにつれて前世と現世の間でのギャップがひどくなり、体と魂の調和が崩れて自分自身を(たも)てなくなることが結構あるそうだ。

 そのため、そのような気配を見せた魂は前世の記憶を消すことで調和を回復しているらしい。

 

「で、そのが俺に兆候が出たわけ?」

「あ、いえ、そういうわけではなくて、これまで統計的に見て、えっと……」

「ん?」

 

 つらつらとスムーズだった彼女の話が、急に詰まる。

 先を促すと、おずおずと彼女は言った。

 

「えっと……こちらでは、なんとお呼びすればいいのでしょうか?」

「ああ、なんだ。――オダマキ・カナタ。これがこっちでの名前だから、気軽に『カナタ』って呼んでもらえると嬉しいね。あともっと、くだけた調子でいいよ」

「あ、はい、分かりました、カナタさん」

 

 俺の呼び名が決まったところで彼女は続きを話し始める。

 いろいろな説明があって長くなったが、今までの転生者の統計を取ると、体と魂の調和が崩れた者のうち、大体十三~十八歳の間にこの現象を起こす人数が圧倒的なんだとか。

 それで、転生者がこのぐらいの年代になる頃に対象人物を観察し、兆候があれば許可を得て記憶を消すらしい。

 

「で、その観察のために俺の前に現れたんだ。でも俺、もう十四歳だけど?」

 

 そんなことを言ったら、なぜか睨まれた。

 理由を聞いてみると

 

「一ヶ所に留まってくれなかったから……私が最初に探知した場所に行ってみても、そんな気配もなかったし、確かめれば別の場所。そのあとも探査するたびに場所が違って……ポケモン達にも苦労をかけちゃったんですから」

 

 なぜポケモンを持ってたのか聞いたら、『その世界のルールは厳守』らしい。

 詳しく聞いてみたら、すごく長~い答えが返ってきたので、はしょる。

 俺を捕まえられなかったのは、俺が一番忙しかった時期だったからだろう。

 確か十三歳なら、その頃はハルカもまだフィールドワークに出てなかったから、俺の仕事も多かった。

 長く滞在したとしても一ヶ月いたかどうかって具合だし、簡単な仕事が続けば、ミシロに戻らず旅先から旅先へ、なんてざらだった。

 ハルカが旅に出られるようになって多少なりとも負担が減り、ミシロに帰る回数も多くなったので、ヤマを張って俺を探していたんだろう。

 

 で、彼女は運よく俺を捕まえ、俺は運悪く家族にこの様子を見られた、というわけだ。ご苦労様。

 ……先輩から楽な方の仕事だとか言われてたらしい。まぁそりゃ、旅をする脇役なんてそういないだろうしな。

 なんか謝るのは違う気がしたけど、とりあえず謝っといた。

 

 で、今後はどうするかというと

 

「定期的に観察しますけど、カナタさんの場合は一度捕捉しても空ぶる可能性が高いので、私もこの世界で生活します」

 

 その方が俺を捕捉しやすいらしい。

 この世界にいる方が俺に会う確率が高くなるし、いざというときはミシロにヤマを張ってれば、まず必ず俺に会える。

 そう考えての決断らしい。

 さて、今後どうするかが決まったところで、今の状況の処理に移ることにした。

 現在の様子を二人で整理して、辻褄(つじつま)を合わせる。

 

 状況としては

 ・この『天使』は家族に『カナタの元彼女』として認識されている。

 ・俺がフって、納得できない彼女が俺の家まで押しかけてきた、と説明してある。

 この二つが重要なことか。

 二人で頭をひねりあって、それなりに辻褄の合う話を作ってみた。

 

 ・この『天使』とはフィールドワークの最中に出会った。

 ・彼女は町暮らしだが、俺は根無し草の状態でいつ会えるのかどうかも分からなかったので、俺が別れ話を持ちかけた。

 ・どうにか説得できたかと思ったら、ここまでついて来てしまった。

 ・とりあえず家に上げようと思ったら、こうなった。

 

 ……俺、最悪じゃね?

 まぁ『天使』の方にも変に突っ込まれると危ないし、ボロが出ないようにある程度の設定を作る。

 

 ・彼女はカイナシティの人。住民票などの『カモフラージュ』がカイナシティで登録されていたため。

 ・両親はいない。最近、事故で死んだことにする。これで余計な詮索はされないはず。

 ・遠い地方から引っ越してきたので、あまりホウエンには詳しくない。

 

 あまり細かく決めない。この程度なら、ある程度のアドリブも効くだろう。

 と、ここで重大なことに気が付いた。『天使』とか『彼女』とかを当てはめてたから全く考えてなかったけどさ。

 

 ……名前、決めてない。

 いや、この『天使』にも名前はちゃんと付けられているが、俺たちのような普通の人間には理解できない次元の言葉で構成されているらしく、名乗りはしたものの通じなかったらしい。

 よくそんな調子でこの世界に、少なくとも一年間も存在することができたな……。なに、周りが良い人たちだったのか。名前は通じなくても言葉は通じたから、『別の国から来た』って言ったら『遠いところからわざわざご苦労なことで。住む場所がない? 私らが用意するから気にするな』と言って寝床を用意してくれたらしい。良い人たちで良かったな。

 何を言いたいかと言うと、誰かから呼ばれるための名前を、この『天使』は持っていない、と。

 

 ふむん。

 しかし、俺はものの名前を考えるのは苦手だからな。

 

「んじゃあ……お前の名前、『ソラ』ってどうだ?」

「え、『ソラ』……ですか?」

 

 何故? って顔してんな。

 簡単なことだ。

 

「髪、きれいな空色してるからな」

 

 そんな程度の思いつき。

 でも

 

「え、えと、あの……」

 

 赤い顔でモジモジしてる。

 そんな顔されるとこっちまで照れちゃいます。

 

 それにしても、『天使』とは言いえて妙だ。

 可愛らしい顔立ちに白く、きれいな肌。つやつやの髪には光の反射で頭頂にできる光の環、その名も通称『エンジェルリング』が輝いている。

 これで背中に羽でもあれば、完璧に天使だな。

 そんなことを言うと、さらに向こうは真っ赤に。

 

「そ、それはさておきっ!!」

 

 めずらしく、天使が主導権を取り返して話を本筋に戻した。

 

「あの……『ソラ』、気に入ったので、使っていいですか?」

 

 使うも何も、あなたのために考えてたわけだし。

 俺も改名する予定ないし。

 

「あぅ……すみません」

 

 何故しょげる。

 

「ハァ――ほれっ」

「あ、わっ!?」

 

 なんか話が前に進みそうになかったので、俺は『天使』……もとい、『ソラ』の手を取って握手する。

 

「これからよろしくな、ソラ」

「……はいっ!」

 

 元気な声が聞けて、なによりだ。

 

 その後。

 

「……というわけで、『どうせ所在不明の場合が多いんだし、暇なときに顔を合わせる』って方向になったから」

「そ、そういうわけで、カナタさんとお付き合いさせていただくことになりました、そ、ソラ、と、い、言い、ます」

「噛みすぎだって」

 

 家族にさっきの『設定』を元に芝居を打ち、無事に家族(主に母さんとハルカ)の怒りを解くことに成功する。

 そのあと、(偽装ではあるが)恋人関係を修復したことを伝えておいたので、ソラは我が家に急激に溶け込むようになり、その正体について迫ろうとするような事態にはならなくなった。

 

 そのかわり

 

「お兄ちゃん、お義姉(ねえ)さんとはどこまで進んだの?」

「おいてめぇ何を前提にしてんだゴルァ!?」

「カナタ、もうソラちゃんと○○○○(放送禁止用語)したの?」

「あんた母親のくせになんてこと口走ってんだぁ!!?」

 

 そんなやり取りをさせられる羽目になったが。

 帰ってくるたびにこれだぜ……耳にタコができるし、胃がキリキリするから勘弁してほしい……。

 

 

 

 

 

 さて、大体はここら辺で、夢は終わる。

 だって、周りが真っ白になってきたからだ。

 こうなると、あと少しすれば目が覚めて天井、もしくは青空が見える。

 運が悪ければ曇り空だったりするけどな。

 

 だけど、今回はちょっと予想が外れた。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……なにしてんだ、ハルカ」

 

 目の前に、強い決意の浮かんだ顔で俺を真上から睨みつける我が妹が、俺の体に馬乗りになってたからだ。

 ……なんぞ、この状況。

 




ほっほー、一か月以上経ってから投稿とは……この作者、よっぽど肝が太いようだな……

と誰かに怒られそうな気配びんびんでビクビクしております、作者のイザナギです。
言い訳をすれば、大学が始まって忙しくなったんです……はい、マジの言い訳乙ですね。
ストックもあったしそれを加筆修正するぐらいどうってことなかろうに、この屑ときたらもう……

というわけで焼き土下座しときますジュー


とまぁ、深夜特有のへんなテンションはここまでにして。
よく考えてみれば、カナタってうらやましいですよね。可愛い彼女(偽装)いて妹弟いて、有名人の息子で旅で鍛えてあるから運動神経も結構いいんだろうと思いますよ。そしてふつーにイケメンです。カッコいいです。
なにこのちーと主人公。ごめんなさい。
そしてバトルも強いって設定です。まさに「ぼくのかんがえたさいきょーのしゅじんこー」状態……orz
こんなのが主人公です。

しかし『この世界の主人公はユウキくん』なので、カナタに世界の流れを変えることはできません。あくまで脇役です。
カナタも理解してます。そのうえで、彼なりのやり方でユウキくんを助けようと思っています。その辺もおいおい説明出来たらいいなぁ……

次の話を入れたら……整理のために人物紹介入れようかな。
次の話は、ハルカちゃんとのお悩み相談ですね。カナタは、この世界ではしっかり『お兄ちゃん』ができるのでしょうか。


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六話  ハルカ、旅へ

何か月ぶりだ?orz

お待たせして申し訳ありませんでした。
待ってくれた方々に全方位で土下座しながら投稿させていただきます。


「……なにしてんだ」

「………」

「……答えろ、ハルカ」

「………」

「……おい」

「…………て」

「は?」

 

 俺の堪忍袋が切れそうになった瞬間、ハルカが言葉を発した。

 けど、声が小さくてよく聞き取れない。

 なので聞き返してみた。

 ……ちなみに今の状況は、前の話を参考にしてくれ。

 

「ワンモアタイム」

「私を強くして!!!」

「ぉうっ!?」

 

 耳元で叫ぶなや、鼓膜が破れるだろーが。

 強くして強くして、とまとわりつくハルカをやっとの思いで引っぺがし、とにかく寝床から抜け出す。

 ハルカをどうにか部屋から追い出すと、ドアの前に本を積み上げて開かないようにする。無理やり開けようとしても本がつっかえて開かないはずだ。これで勝手に入り込むことはないだろう。

 今度、カギをつけるように母さんに頼んどこう……。

 

「ねぇ! お兄ちゃん!!」

「やかましい! 今何時だと思とんのじゃ!!」

 

 時計を確認する。朝の六時だ。母さんとマサトが起きるぞ。

 ったく、今日は珍しく一日フリーなはずだったのに……。

 今日は遠くまで出かけるつもりだったけど、この分じゃ諦めた方が良さそうだな。

 

「着替えるから待っとけ!!」

「え~、別に兄妹だから良いじゃん!」

「お前は良くても俺が嫌なんだ!」

 

 やいのやいのと言葉をいくつか言葉を交わし、ハルカにリビングで待ってるように伝える。

 まだ駄々を()ねていたが、言うことを聞かないと協力しない、と言ったら、ようやく素直に指示に従った。

 まぁ、声の感じからして渋々なのは丸分かりだが。

 ……しかし、実の妹とはいえ、女の子の前で服を着替えるのはダメだろ。

 たとえ向こうが許可したって、俺はできない。俺にだって、男の矜持ってもんがあるんだぜ……。

 それにしても、ハルカの『強くして』って、なんのことだろうか。真っ先に思い浮かぶのはポケモンバトルのことだけど――

 

 ――あぁ、なるほど。

 ユウキ君が旅立って一日経ったしなぁ。コトキタウンより先とはいえ、徒歩でもじゅうぶん一日で行けるし、ランニングシューズならさらに行程を短縮できる。

 旅に出たばっかだけど、もう終わってる頃だろーなとは思ったが、こんな事態になるとは……。

 まぁ、俺に出来る事なんてたかが知れてるが、かわいい妹のためだ。

 

 着替えを終えてドアの前の本を取り除き、リビングへ。

 起き抜けでまっすぐに俺の部屋に上がりこんでいたらしく腹がすいていたのか、ハルカはキッチンから拝借したパンを頬張りながら、リビングにあるテーブルについていた。

 俺もパンを拝借。ハルカの対面に座って、モクモクと食べる。

 表面上は何もないように見えるが、どことなくハルカの元気がない。

 だてに十二年近く、このじゃじゃ馬の兄をやってるわけじゃないんだ。兄であるからこそ分かる、些細な変化。

 俺の言葉で冷静になったのもあるのかね。

 まぁ、その原因は俺の想像通りだろう。

 

 さて――

 

「――ユウキ君と、何かあったか?」

「っ!! むぐっ! ぐふっ!?」

 

 『ユウキ』というピンポイントなワードが見事に的中したのか、ハルカが咳き込む。

 あらかじめ用意していたミルクの入ったコップを渡すと、ものすごい勢いで飲み干した。

 俺の分のミルクを飲みながらハルカの呼吸が落ち着いたのを見計らって、本題に入るとする。ちなみにパンは完食したぜ。

 

「勝負でもしたのか?」

「……センパイとして、新人君に『ポケモンバトル』とはどういうものか教えてあげようかなって思ったんだけど……」

「見事に返り討ちにあいました、と」

 

 うぐっ、と呻いてハルカはうつむいた。

 

「だって、旅に出るのは初めてだって言ってたから」

「ナメてかかったんだな」

 

 ぐっ、と鳴いてさらにうつむく。

 

「……ポケモン持つのも初めてだって言ってたんだもん。しかも二匹……」

「けど使ってきたのは、タイプ相性のいいミズゴロウ一匹だけ」

 

 あうっ、とかいってまたうつむく。

 俺の言葉に反論がない以上、全部事実だな。

 

 たしかにハルカの言うとおり、『トレーナー歴』はハルカの方が上だ。野生のポケモンに襲われたりすることもあるので、バトルの経験もそれなりにある。

 ただ、『対人戦』はあまり経験していない。

 この近辺にポケモンを『飼ってる』友達はいるが、戦闘用のを持ってる人はたった一人だし、その一人が俺だからな。

 俺もハルカとはあまり相手をしてやれなかったし……主にフィールドワークと親父のせいで。

 だから“人間相手の戦い方”をよく知らない。

 

「で、俺にどうしてほしいわけ?」

 

 先を促す。

 

「お兄ちゃんに鍛えてほしいの。だって、お兄ちゃんバッジ七つ持ってるでしょ?」

「あのな。バッジを多く持ってるからって、強いとも限らないし人に教えるのがうまいとも限らない。だいたい、俺は“ひでんわざ”を使うためにバッジを取ってるんだ。強くなるためとかコレクションしてるとかいうわけでも、それこそ人に教えるために取ってるわけでもない」

 

 この世界のバッジは、ある意味で『免許証』のような役割をはたしている。

 “ひでんわざ”の取得者がそれをちゃんと使いこなせるだけの力量があるかどうか確かめるため、それぞれ八つある“ひでんわざ”に対応したジムが置かれている。そのジムに通うか、ジムの主『ジムリーダー』に挑んで実力を認められれば対応した“ひでんわざ”の使用が許可され、その証としてバッジが送られる。

 ただしジムリーダーも生半可な強さではなく、『ポケモンバトルの鍛錬場』としての側面もあるジムを()べるものとして、彼らも生半可な相手に負けることの無いように鍛練を怠ってはいない。

 

 ……言っちゃなんだが、俺はどのジムもジムリーダーを倒してバッジを手に入れた。実力はそこそこあるつもりだ。

 トウカジムもそろそろ良いだろうし、行ってみようとも思う。

 でも、『バッジがたくさん持っている=強い』は分かるが『強い=コーチとして有能』という理論は受け入れがたい。強くなくても『人を育てる』ことに関して抜きんでている人もいるからな。

 

 まぁぶっちゃけた話、バッジは無くても“ひでんわざ”は使える。

 車のように自分で操縦するわけではないので、『バッジを持ってるトレーナーから貸してもらう』や『バッジ所有者と同伴』など様々な規定があるものの、一応バッジ無しでも“ひでんわざ”は使用できる。

 『ひでんわざ使用許可証』なるものも発行されてるし。

 こちらは主にジムに行く時間がない人や、バトルの腕は必要ないが『ひでんわざ』が必要な職に就いている人がとる。後者として親父もとってる。

 システム的にはまさに運転免許証と同じ。

 十五歳以上という年齢制限もあるため、俺やハルカはジムに挑戦したり親父からポケモンを借りたりしながら仕事をするわけだが、その親父がふらふらして(つか)まらないときがあるから、俺はバッジを取得することにしたわけだ。

 

 まぁとにかく、『バッジを持つ』という事には色々な意味があるんだ。

 もちろんトレーナーの強さのステータス的側面も持ち合わせており、数に応じて『ポケモンリーグ』のシード権やその他で優遇されることもある。

 そういう意味でこのあたりじゃ俺の他にバッジ持ちはいないし、俺に頼るのも当たり前か。

 だが俺は口下手なところがあって、物をうまく伝えることが苦手だ。

 何か伝えられることがあって、誰かに教えなければならない時は(もしあれば、の話だが)行動で示して教えるぐらいしかできない。

 とても人に物を教えられる人間じゃないことは確かだ。

 その点をしっかり、ハルカに伝える。

 

「でも、お兄ちゃん――」

「――それにそもそも……」

「……?」

 

 何かを言いかけたハルカを制し、人差し指を立てて、ハルカに言う。

 まずはこれ。俺たちが『どんな人間』であるのかをはっきりさせなければならないだろう。

 

「俺たちは、別に強くある必要はない。“リーグを目指す”とかならともかく、最低限の自衛ができれば良い仕事をやってるんだ」

「う……」

「強くなくてもユウキくんとは友達でいられるだろ。それとも、リーグに挑戦するのか?」

 

 そう聞くと、ハルカはうつむきながら小さく首を横に振った。

 なら、そこを突き詰めていこう。強くなりたい理由を教えてもらえなければ、何もしようがない。

 

「なんで、強くなりたいんだ?」

「――かっこよかったから……」

 

 口を尖がらせながら、少し頬を朱に染めてハルカは呟いた。

 ……こいつは予想外だったな。まさかいきなりそんな話になるとは思いもしなかったぞ。

 

「確かにユウキくんは顔が良い、所謂(いわゆる)“イケメン”の部類に、あの歳にしてすでに入ってると思うけど、それがどう関係するんだ」

「バトルの時のユウキくんもかっこいいよ。ずっと見ていたいって思ったくらい。でも、いつでも傍にいられるわけじゃないでしょ。バトルをするユウキくんを見られるのって、たぶん私とバトルしてる時ぐらいだし……。

 だから、せめて私が強くなれば、少しでもユウキくんとバトルが長引くでしょ。そうすればユウキくんのかっこいいところを長く見ることができるでしょ。

 ユウキくんにも『実はバトルが強いんだ』って思ってもらえる。少しでも意識してもらえるなら、ユウキくんの気を引けるなら、私はどんなことでもできる。

 怒られるかもしれないけど、わたし、大真面目だよ」

 

 そういう話だったのか。

 驚いたな。女の子は歳によらずマセてる、とは聞いていたが、もう真剣に恋に悩んでいるとは思わなかった。まだまだ十二にもならない子供だと思っていたが、どうやら俺は認識を改めなければならないな。

 目の前にいるのは、一人の人を好きになった俺の妹。恋に一生懸命な、好きな人のかっこいい顔を見たいがために強くなろうとする、一人の女の子だ。

 動機は少々不純だが、まぁ別に悪い事じゃないだろ。

 それだけの覚悟をしているのなら、兄として応援しなければな。

 

「ん、理由はわかった。別に元から、お前が強くなろうとすることに反対してるわけでもないしな」

「お兄ちゃん、ホント!?」

「――ただし」

 

 ハルカの目が(きら)めいているが、お前の要望は叶えられんぞ。

 

「俺は何もしない」

「ええーっ!?」

 

 半眼になって睨みつけてくるが、怖くないな。

 

「なんで!?」

「言ったと思うが、俺は人に何かを伝えるのが苦手だし、バトルのやり方もほぼ独学で学んだ。俺の戦い方を学んでも俺のコピーにしかならない」

 

 それはハルカのためにならないだろう。俺のプレイスタイルを真似されるのも嫌だし。

 

「教えるのが上手な人に基本をおさらいしてもらうのもいいだろう。強い人にバトルのコツを教えてもらうのもいいだろう。

 けど、最後に教えてもらったことを実践するのは自分だ。戦い方に“自分”が無ければ、ただ単に猿真似をやっているに過ぎなくなる。それじゃつまらないだろ」

 

 自分で自分の戦い方を見つけた方がバトルは楽しいだろうし、戦い方にプライドができる。

 こういう事態にはこうしろああしろ、と教わってそれを確実に実行できるのなら、それは楽だろう。

 けど、それは思考停止だ。想定された事態に対するプログラムを打ち込まれた、ロボットのようなもの。そんなものに、俺の妹はなってほしくない。そんなことをしなくたって強くなれるはずだ。

 だって俺の妹なんだから。

 

「でもさー……それなら、どうすればいいの? お兄ちゃんには何も教えてもらえないし、ジムに行く暇だってないし。友達にもバトルやってる子なんていないんだよ?」

「知らん、自分で考えろ。

 ――――というのはちょっと無責任か。それに、俺からは何もしないだけであって、お前が頼んでくるのならバトルの相手ぐらいはしてやれるぞ」

「えっ!?」

 

 言葉の綾ってやつだ。相手に向けてわざと足を揚げる。大人の付き合いには欠かせないものだぞ。

 ただ、まぁ……。

 

「すぐにユウキ君に追いつくのは、無理だろうな」

「……どうして?」

「スタートの時点で差をつけられはじめてるからな。お前が持っていたのは“野生相手のバトル”の経験だ。これから対人戦の経験を積んでいかなきゃならなくなるが、あいにくほとんど対人戦をやったことないだろ? つまりユウキ君はすでに一歩先にいるわけだ」

 

 それに、ユウキ君の出自も有利に働く要因だろうな。

 とんびが鷹を産む、なんて話は良く聞く。こちら風に言えば『オオスバメがエアームドを産む』、と言ったところか。

 だが、そんな風に言われるのは物珍しいからだ。

 『鷹が鷹を産む』なら、そこに矛盾は生じない。

 なにせユウキ君は『ジムリーダー』の息子なのだから。

 まだ赴任する前だとしても、ジムリーダーになるための鍛錬に、おそらくユウキ君も同行していたはずだ。

 強くなろうとする親の背中を見て育ち、体内には『強者』の血が流れる。ポケモンを持った瞬間、才能が開花しないのがおかしいかもしれん。

 おそらく初めての冒険でその才能が開花したんだろう。

 

 たいして、俺たちは学者の家系だ。強くなる必要はない。

 それにハルカが持っていたのは、まだ小さいキモリ。レベル的にも互角だったはずだ。

 戦力が五角なら、勝負を決めるのは指揮者(トレーナー)の実力。

 で、ユウキ君の方が実力は上だったからユウキ君が勝った。

 言ってしまえばそれだけのことだ。

 その言葉を受け、目に見えて沈む妹に、俺が言える事はこれぐらいしかなかった。

 

「旅にでも、出てみたらどうだ」

「……え?」

「旅に出て、いろんなことを経験してみろ。『強くなる』とは限らないが、それでも何かを掴めるきっかけにはなると思うぞ」

 

 強くなりたいのなら、ジムに通えばいい。センリさんのジムが近くにある。入門に年齢制限はないし、手続きも簡単だ。

 だが、それだけのために今この時間を費やすのは、何とも勿体なさすぎる。

 旅なら、いろいろな経験をする。

 

 俺だって十歳のときに旅に出た。

 怖い目にあったり泣いたりしながら、行く先々でいろんな経験ができた。

 一年かそこらで帰ってこれたが、俺の中ではあの旅は一生モノの思い出で、なおかつ今の俺を作り上げた根幹だ。

 ハルカだってフィールドワークで各地を巡ってるだろうけど、それはただ仕事で訪れるだけだ。意識の中に“公”はあっても“私”はない。それじゃ何も見つけられない。

 旅は『自分が中心』だ。つまりすべてが“私”になる。いやでも自分が本位になるため、ちゃんと見なかった、見落としたことを再確認、再発見できるはずだ。

 

「強くなりたいなら止めはしない。だが、お前は――俺もだが――まだまだ十分に若い。挫折なんてこれから先、いくらでもする。

 ――――あのユウキ君だってな」

 

 挫折の無い人生は、それはそれは面白くないし、そうそう拝めることだってないだろう。

 いくら天才だって、くじけるときはある。

 大事なのは、立ち直るスピードだ。

 

「でも、お父さんのお手伝いとか……」

「お前が手伝い始めるまでは、俺が一人でやってたんだ。親父だって迷惑だけど勝手にやってる。お前の穴くらい埋められるさ」

 

 心配も遠慮もいらん。お前は俺の大切な妹で、マサトの大切な姉で、親父たちの大切な娘だ。

 それにお前も手伝いをよく頑張ってくれてる。多少の我が侭くらい、言ってもバチは当たらん。

 旅が終わったらまた俺たちの手伝いをしてくれればいい。

 

「これから先、強くなろうと思えばできるさ。今は『世界を知ること』が大事だと、俺は思う」

 

 旅に出たのはもう四年も前で、でも鮮明に覚えてる。

 ハルカも俺の四年前の話を何度も聞いてきたし、何度も聞かせてやった。俺の言葉を正面から受け取るだろう。

 

 焦らなくていい。一時の感情で、やりたいことまで見失うな、って意味に。

 

 たぶん、ハルカは将来、もっと大きなことができる。

 ゲームじゃわからないだろうけど、今ならそれがわかる。

 なんたって――――遠く果てない空が瞳の中に映っているからだ。

 

「……うん。私、旅に出る」

「おう」

「旅に出て、フィールドワークじゃ見られなかったところを、全部見てくる」

「そうか」

「それでね――」

 

 

 ――――世界の果ても、見てきたい。

 

 ……なるほど。

 運命って、こういうもんかねぇ。二人そろって、目指すところは一緒だなんてな。

 俺しか知らないその言葉が持つ意味を、俺は苦笑いで流す。

 少し寂しい気はするが、相手がユウキ君なら問題ないな。多少、向こうが鈍感なのが気になるが……。

 内心の感情を抑えきれずにちょっと微笑むと、

 

「世界の果ては遠いぞ。――――たまには帰ってこいよな」

 

 決意を持った少女の髪を撫でた。

 

 さて、明日からまた大忙しかもしれんな。

 明日もフリーだが、明後日にはまた出かけなきゃならん。

 だから今のうちに言っておきたい。

 

「――――お前の行く末に、幸多からんことを」

 

 俺の祈りをこめて。

 




なぜ遅れたのか。
それはかつて黒歴史となっていた短編小説を加筆修正し、けっきょく7000字も追加することになったからです。
始めたのはこちらに新しい話を投稿してすぐだったでしょうか。結局1か月以上かかりまして、深夜のテンションなどもフル動員し、出来上がった時ははいになりかけました(二つの意味で)。
それからしばらく本気で小説を書くのがしんどくなり、一か月近くも時間がかかってしまいました。ある程度は並行でやってたんですけどね。比重を短編の方に回したら燃え尽きるとは思わなかった。
どうにかアニメやらマンガやらで最低限のやる気を取り戻せましたが、下手したら失踪してたかも……
それでもお気に入りから外さずに見守ってくれた方々に、感謝感激雨あられです。
評価も11/26日現在5.00と“平々凡々”を目指す自分に相応しいものを頂いており、これからもゆるゆると、投稿するものを皆さんに楽しんでいけたら幸いに思います。
投稿に長く間が開いたことをお詫びして、失礼させていただきます。

次回は……今のところ本編に出てきた人たちの紹介をしようかな。原作から少し改変して脳内保管してる部分もあるので、これを機に整理しようと思います。

それではっ!!


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七話  カナタ、挑む

明けまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

お待たせしました……
二か月近くお待たせして、申し訳ございません……オリジナルとか構想中の二次とか書いてたらこんな時期に……

前回予定していた人物紹介はキャンセルします。『自分の本文の文章でどこまで他の人に設定を伝えきれるか』というのを試してみたいからです。
……「長らく待たせてるのにただの延命策再投稿とかダメだろ」って考えたわけじゃないですよ?(ぉ


 

 

 おっす、カナタです。

 俺は今トウカシティに来てます。

 なんでかって言われれば、やっとトウカジムのジムリーダーが就任して挑戦できるようになったからさ。

 

 そう、ユウキ君のお父さん、センリさんだ。

 

 このトウカジムで解禁される技マシンは『なみのり』。

 今まで海上でのフィールドワークもそれなりにこなしてはいたけど、その時に採る方法は『民間の船をチャーター』したりとか、『親父のポケモンを借りる』とか。

 前者は大抵の準備を俺がやんなくちゃいけなかったりするわけで、手続きとか面倒だし、後者は後者でポケモンが俺に打ち解けるのに時間がかかる。自分一人だけで海を行ければかなり楽になるわけだ。

 まだまだアルバイトの身だしフィールドワークなんだから大層なことはやっていないので研究用の器材なんて『ずかん』程度で十分だし、一人の方が身軽だし。

 

 ちなみに今はトウカジムの前にいるわけだが、周りにもちらほら人がいる。

 バックパックを背中に背負ったり足元に置いてたりするのを見るに、この人たちもジムに挑戦しに来たんだろう。

 今は朝だから、この後も挑戦者は多くなっていくはずだ。

 なんせ、ホウエン地方のジムの唯一の空席が、やっと埋まったんだからな。

 ここまで俺と同様にバッジを七つ集めた奴らからすれば、ようやく届いた朗報だろう。

 

 なぜなら、バッジを八つ集めれば予選をかっ飛ばしてポケモンリーグの決勝トーナメントに進出できるからだ。

 今までトウカのジムリーダー不在のせいで、七つ持っていた奴らも(多少の優遇はあったものの)予選から這い上がることになっていた。

 それはつまり予選の分だけ数多く戦う、ということであり、その分だけ戦術や手持ちの傾向をライバルにさらすことになる。

 そのリスクを減らすために、彼らは八つ目を集めてトーナメントに直接入ろうとしているんだろう。

 つまりそれだけ、ここにいる奴らは必死なんだろうか。そうなったら少々面倒くさい事になるかもなぁ。

 

 俺も、仕事のためとはいえバッジを集めている身だ。

 バッジを多く持つほど“リーグ”の『有力な選手』として他のトレーナーや挑戦者、揚句の果てにはマスコミにまでマークされる。

 今までは予選トーナメントさえ出場せずに大会をスルーしてきて、訳を聞かれれば『研究のため』と言ってきたが、八つも集めたとなれば、決勝進出という『特権』とも言える特典がついている。

 いくら研究者と言えども八つのバッジを集めて『参加しない』と言うのは少々勇気がいる話だ。

 

 別にバッジを八つすべてとったからと言って、必ずリーグに参加しなければいけないわけじゃない。

 でも手に入れたバッジは『強さの証』なわけで、そんなことをマスコミあたりが取り上げてしまうと『力試し』なんて言って挑んでくる奴も出てくるようになるわけで。

 それが何もなくてブラブラしてる時にやってくるならまだ良いけど、最悪なのはフィールドワークの真っ最中に勝負を挑んでくる奴だ。

 こちとら真面目に定点観測やったり気づかれないように静かに生態を調査したりしてるのに、どっかの馬鹿が俺を見かけた途端、勝負を大声で吹っかけてきて調査を台無しにしてくれる。

 それも一度や二度じゃなく何度もこんなことがあったもんで。

 最初のうちは一人ひとりに事情を説明して(憂さ晴らしに)バトルを受けてやったりしてたけど、何度も頻繁に起こるもんだから俺もキレた。

 

 んで、『実際に戦って強さを確かめてみましょう』なんてほざいて、またもや俺の調査を台無しにしてくれたアナウンサーとカメラマンを文字通り秒殺して、ホウエン全域に放送させることを約束させてから、俺は宣言した。

 

『俺はリーグなんかどうでもいい。それより大事なことがある。今度また俺の調査を台無しにしたら、ただじゃおかない』

 

 もうちょっとオブラートに包んだけど、大体こんな感じで。

 

 もちろん、ポケモンリーグを目指す奴らからは『ふざけるな』とか、『なめてるのか』とかいう脅迫文まがいの抗議文が届いたけど、特に気にしない。

 ポケモンをそんな暴力的主張などに使うことは禁止されてるからだ。その手段に出たら最後、ポケモンリーグへの出場権は、予選でさえも永久凍結され、ポケモンの所持も制限される。

 また、放送があった一時期は挑んでくるトレーナーが増えた。

 大半が面白半分のちょっかい出し、他には『その根性を叩き直してやる!!』とかいってはた迷惑な使命感を掲げて突っ込んでくる奴とか。

 後者の方はまだ熱意がある分、話し合えば分ってくれた(しかし調査は台無しになったりした)から、話し合った後に真剣勝負ができた。

 前者の方は……下火になってはきたものの、まだ結構いる。そろそろ協会に通報しようかな。最近は度が過ぎてきたし。この前挑まれた時はポケセンで飯食ってた時だったからな。いよいよ我慢の限界も近いんで。

 

 ……話がだいぶ横道にそれた。

 どうも俺は、話を横道にそらすのが得意なようだ。

 さてそんなこんなで、俺も――ぶっちゃけ一発屋に近いが――ちょっとした有名人になってる。

 まぁ、確かに俺はそこそこバトルの腕はあるとは思っているが、ハルカにも言った通り俺たちの家系は学者なのでそれほどバトルは得意じゃない。騒ぎ立てられるほどの実力があるのかと言われれば、回答に詰まる。

 じゃあなぜバッジを七つも集められたのか。

 それはただ単に『傾向と対策』をやっただけ。

 

 ポケモンジムは、一つ一つにそれぞれ専門とする『タイプ』がある。

 たとえばこの先の――おそらくユウキ君がいるであろう――カナズミシティにあるカナズミジムの専門は『岩』タイプだ。

 なら、手持ちを水や草タイプ中心に構成すればいい。攻撃も草や水タイプの技で。

 ……まぁ、俺は手持ちを固定するタイプの人間だから、六匹のタイプにはあまり偏りがない。たまに入れ替えたりはするけど。

 万能型、と言えば聞こえはいいが、対応した手持ちが倒されれば状況が不利になる可能性も高い、器用貧乏ともいえる編成だったりする。

 

 このトウカジム、ジムリーダーのセンリさんは、『ノーマル』が専門。

 ならここは格闘タイプで、と行きたいところだが、センリさんの手持ちにはヤルキモノがいる。

 ジムリーダーだって自らの手持ちを敵にさらすようなマネはほとんどしないが、センリさんが俺のバッジのことを聞くと、自分の手持ち全てを見せてくれた。

『不利な状況に身を置くことも、自らの成長の糧となる』とのこと。確かに理屈はあってるように思うけど、ストイックすぎる……さすがセンリさん。

 で、俺もどうすべきか迷ったが、けっきょく自分の手持ちを見せて、『このパーティで行きます』と宣言した。もちろん手持ちには格闘タイプの奴もいる。

 ……けど、センリさんは動じてなかった。それはそうだ。あの人が見せてくれたヤルキモノには、俺の知る限りでも格闘タイプへの対抗手段がある。

 

 “つばめがえし”。

 飛行タイプの技だが、わざマシンでヤルキモノも覚えられたはず。

 センリさんも、わざまで教えてくれなかった。当たり前だけど。

 だから、本当にヤルキモノが“つばめがえし”を覚えているという確証はない。でも用心するに越したことはないことも、確かだ。

 

 ノーマルタイプ相手、ということは“ゴースト”も有効手段の一つに数えたかったが、無理だ。

 俺の手持ちのゴーストタイプは、“つばめがえし”が当たった瞬間に“ひんし”になる。

 それによく調べてみると、ヤルキモノは『悪』タイプの技も使えるとのこと。

 これが、『ノーマル』タイプの厄介なところだ。

 ほとんどのノーマルタイプが多種多様な技を覚える。

 それによって弱点のカバーが容易になっているので、初心者はもちろん、熟練のトレーナーまでノーマルタイプを愛用している者も少なくない。

 一番シンプルで、一番奥深い存在。それがこの世界でのノーマルタイプだ。

 

 そのノーマルタイプの専門家(エキスパート)を自他ともに認めるセンリさんなら、弱点のカバーをするのは当然のはず。

 誰を使うか。どんな技を使うか。作戦は基本的に行き当たりばったりだから、この二つだけは決めて。

 

 そして今ここに至る、と。

 少し回想をするうちに日は昇り切り、少々蒸し暑くなってくる。

 ジムはもう開いているようで、周りにトレーナーの姿はない。

 ――木陰で昼前になるまでボーっとしていた俺。

 やべぇ、見ようによっちゃ変人じゃねぇか!

 急いでリュックを背負い、トウカジムへと歩き出す。何人かはもうクリアしちゃったのかな?

 ジムを朝っぱらから尋ねるなんて、よほど気合の入った門下生か急ぎ過ぎた挑戦者くらいなもんだろうからな。

 

 ジムの中は涼しかった。

 冷房をかけているわけではなく、隣接する森の木陰を借りて直射日光を防ぐことでジムの内部が涼しくなっているのだ、と入口からすぐ近くにある石像が語ってくれた。

 この石像はジムの事務室とのインターホン代わりに使われている。

 ……初めて見たときはビビったけど、その石像自体がホウエンの訛りで接してきたので案外すぐに慣れた。耳に馴染みのある言葉は聞き心地が良いね。

 

 さて、挑戦者たちの様子はどうかというと。

 

「……ぅぇっ」

「なんで……」

「――――――」

 

 この状況を見てくれ、どう思う。

 

「すごく……死屍累々です……」

 

 前世で耳にした程度のネタをポロッと口から出すと、なんと石像が答えてくれた。

 ……なに、この世界にもそういうの、あるんか?

 それはそれ、これはこれとして、状況はあまりにも酷い。

 目の前に広がるのは、屍のように打ち倒された挑戦者たち。あるものは膝を抱えて震え、またあるものは白目になって口から泡を吐いている――ってそいつやばくないか!?

 な、何があったんだ……知りたいような、知りたくないような……。

 せかせかと事務室から駆け付けた事務員さんたちに担がれて、どこかへ運ばれていく挑戦者たち。

 

 そんな光景の先に仁王立ちで待ち構える、センリさんの姿。

 足元にはポケモンがいた。

 あれは見たことがある。『パッチール』だ。

 このホウエンの北に位置する、『えんとつやま』からの火山灰が降りしきる町『ハジツゲタウン』の近くに生息しているポケモン。

 常にフラフラして危なっかしい姿だとは思うが、その風貌に反してなかなか手強い。

 “フラフラダンス”や“ピヨピヨパンチ”といった“こんらん”を誘う技を持つし、レベルアップで“サイケこうせん”やその他強力な技を覚えられる。

 おそらく死屍累々としているのは、“かくとう”で挑もうとして見事に返り討ちにあったからだろう。

 メインを“かくとう”にしなくて良かった。

 

 っと、センリさんが俺に気付く。気合を入れていたのか、眼光が鋭い。

 おっかないねぇ。さすがジムリーダーになったお方だ。俺なんかよりも威厳にあふれてる。

 今まで出会ったジムリーダーも、いくら若かろうと能天気であろうと、瞳の奥には威厳とジムリーダーとしての『誇り』がいつも灯っていた。

 

 そして目の前の一人の男の瞳にも。

 

 うん。

 ――合格ですね、センリさん。

 

 センリさんに射竦(いすく)められながらも、俺の心がそう呟く。

 挑戦者に抱かせる、巨大な壁に立ち向かうような絶望。それでも俺の心はざわめき、体が心から震えてくる。

 これを何と言ったかな……そうだ、武者震いだ。

 一目で強敵とわかる相手に感じた感覚。

 

 まぁ、やってやるさ。

 震える心で宣言しながら、深呼吸して少し荒くなっていた呼吸を落ち着かせる。

 センリさんも眼光の強さを緩めてくれた。

 それと同時に、パッチールもボールに戻す。

 

「やぁ、カナタ君。いつ来るかと楽しみにしていたよ」

「買いかぶらないでくださいよ。『バッジ』を貰えれば、それで良いんですから」

 

 そう言いながら肩をすくめれば、センリさんは爽やかに、はっはっは、と大笑いした。

 

「そう、『バッジを貰うためだけに』ジムリーダーを倒すだけの腕前を身に付けたんだろう?」

「……むぅ」

 

 その方が手っ取り早かった、なんて言えば次はどう返してくるのやら。

 バッジを貰いたいだけならジムで修業をすれば良いだけだ。『ひでんわざ』の解禁程度なら、1週間かそこらで修められる。

 正直、ジムリーダーに直接挑戦したのは、自分と共に旅をした仲間たちでどこまでやれるのかを確かめたかったんだが、リーグに行くつもりは最初からなかった。つまりはただ単なる腕試しなんだけどなぁ。

 

「君は君自身を過小評価しすぎているよ。七人ものジムリーダーを十歳の少年がたった一年で倒せるなんて、ホウエンどころか全国でも珍しいことだからね」

 

 そんなことないですよ。

 ほら、カントー地方のチャンピオンはまだ十一歳の少年だったって聞きましたし。

 

「彼らもまた、君と同じように強かったからだ。

 そう、君は強い。君の手持ちを見れば、よくわかる。

 君によく懐き、全幅の信頼を置いている。“クロバット”がいるのが何よりの証拠だ」

 

 クロバットは、ゴルバットの進化形だ。

 その条件が『トレーナーによく懐いている』こと。

 ムロタウンの『いしのどうくつ』でズバットの頃に怪我してたのを介抱したら、ついて来たので手持ちに。

 旅の中盤にはすでにゴルバットに進化していて、“そらをとぶ”が使えるようになったころに、ちょうどクロバットになった。

 それ以来だし、付き合いも長い。

 メンバーも多少変わるけど、その中で『もう一匹』とともにレギュラーの座を守っていた古株。

 今のパーティには移動用としてクロバットしか残ってないけど。

 

 そう、今日は俺のベストメンバーじゃない。『研究者』として持つには、少し強力になり過ぎてしまったから。

 だから最近はパーティを再編して、新しいチームを作ってる。センリさんに見せたのも、このパーティだ。

 そのパーティで俺は今日、センリさんに挑む。

 いつものチームじゃないから、勝てるかどうかは微妙。

 だけど、そう易々と負ける気も無い。

 

「私の一匹目は、パッチールだ」

 

 さぁっ、とセンリさんの気配が変わった。

 戦いに向かう戦士の気配に。

 そしてゆっくり、俺を睨みつける。

 

「はじめようか、カナタ君?」

 

 俺は黙って腰に手を伸ばす。

 一匹目はすでに決めてある。六つあるボールのうちの一つを手に取った。

 

 一つ、瞼を閉じて大きく深呼吸。

 瞼を開いて、センリさんの眼光に負けないように睨み返す。

 

「……はじめましょう」

 

 俺の宣言とともに、俺たち二人はボールを宙に投げた。

 

 




短いですね。ある意味バトル回の前編みたいなものなのですが。

次はバトルだー……描写が甘いのが自分の欠点ですんで、そこを煮詰めていくためにまた時間がかかるかも……

お気に入りに入れてくださってる、そしてこの拙い小説を見てくださってる皆様方に百万の感謝を申し上げます。
皆様の一年が、より良きものであるよう、祈っております。
それではっ!


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八話  カナタ、飛ぶ

いつぶりだろう。3/4年ぶりか
とりあえず、いろんな意味で小説を書く暇が出来た。うれしくない方向で、だけど
ということで、まぁリハビリがてらひっさし振りに投稿させてもらいます


 

 

「ちょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっっと待ったぁぁぁあああああああ!!!!」

「!!」

「ぅおっと!!」

 

 突然の怒声に俺もセンリさんも動きが止まる。

 ボールは放り投げられたまま開かずに床に落ちてしまった。

 怒声のした方向を見ると、案内役の石像がこっちに向かってくる。

 どうやら、ジムの人が俺たちの様子を見て止めたらしい。

 

「いったいどうした」

「びっくりするじゃないですか」

「どーしたもこーしたもなかでしょうが!! ここは『フィールド』じゃなかとですよ!!?」

「「――あっ」」

「あっ、じゃない!」

 

 危ない危ない。

 ポケモンという生き物は小柄な個体であっても、途轍もないエネルギーを体に秘めていたりする。それこそ、軽く一軒家を吹っ飛ばせるくらいの物も。

 ポケモンバトルとは、その途轍もないエネルギーをぶつけ合う競技だ。

 それ故に道端や空き地などの『破壊されて困るものがない』スペースが無ければバトルはできず、もしもバトルで損害が出た時は、最悪の場合には逮捕されてしまうケースもある。

 なので、ジムの役割はトレーナーの鍛錬の場所となる以外にも、トレーナー達に壊されて困るものがない空間『バトルフィールド』を提供する面もあり、トレーナー達による損害事件の件数低下に貢献しているらしい。

 

 ――そして俺とセンリさんは興奮しすぎて、『フィールド』の存在を完全に忘れていた。

 いや、挑戦者の俺がフィールドのことがすっぽ抜けるのはまだ良いとして。

 センリさん、あなたが忘れるのはダメでしょ。

 

「む、つい興奮しすぎてな。君も頭から飛んでいたんだろう?」

「俺は挑戦者だからいいんです。俺よりジムリーダーであるセンリさんが忘れてた方が問題じゃないですか?」

「私も感情を持った人間だ。多少の間違いくらい起こす」

 

 少々口の悪い反論をすれば、開き直られました。

 開き直るのってどうだよ、と思ったけどお互い様だからこれ以上は何も言わないことにした。

 

 ジムの少し奥にある『フィールド』。

 大体、バスケットボールのコートぐらいかな。中央にはモンスターボールを模したセンターライン。

 長方形の短い辺にトレーナーが立つ場所が設けられていて、そこからポケモンに指示を出す形になる。

 ポケモンから指示を出す場所は『トレーナーズ・スクエア』というのが正式な名称らしい。その目の前には、水ポケモンを出した場合や“ダイビング”“なみのり”などを使う場合のために水槽が備えられていた。

 このフィールド内に設置してあるものなら、いくら破壊しても構わないので、“あなをほる”で穴ぼこにしても問題ない。次のバトルが始まるまでには、いつの間にか元の状態に戻ってるし。

 

 そして。

 俺とセンリさんはそれぞれフィールドの両端に立ち、石像を通して事務の人からルールの説明を受けていた。

 

「ルールは三対三の入れ替えあり。道具は使用禁止ですが、ポケモンが所持、使用する事は認めます」

 

 センリさんが俺に見せたポケモンは全部で四体。対する俺は六体フルメンバーだ。

 このままじゃ俺の方が数的有利なので、対戦ルールは三対三に。

 で、道具はトレーナーが使うのは禁止だけどポケモンに持たせて使わせたりはできる。

 

 要約すれば、そういうこと。

 三対三は良く使われる対戦方式で『3 on 3(スリー オン スリー)』と呼ばれ、少数精鋭を基本として五匹程度しか手持ちを持たないジムリーダー戦でよく採用されてる。

 他にも『タイマン』などと呼ばれる『1 on 1(ワン オン ワン)』、六体フルメンバーでやる『フルマッチ』など、様々な対戦方式があるし、最近では三匹同時に戦闘に出す『トリプルバトル』なるものもあるらしい。

 

 とにもかくにも、センリさんも俺も、手持ちから三匹選抜しなければならなくなった。

 まぁ、センリさんが選ぶポケモンの見当はついてるんだけど。

 

「準備は良いですか?」

「ああ」「はい」

 

 石像から声がかけられる。この石像はバトルの審判役もやるんだそうな。

 ちなみにどうやってジャッジするかというと、『フィールド』に何台も備えられたカメラで多角的に観察し、ポケモンの状態などを確認、試合の続行・終了・中断を判断するとのこと。

 ……実際にジャッジの人がフィールドで審判した方が早いと思うのは、俺だけなのかな。

 このシステムは全国的に採用されてるらしいから、俺のような疑問を抱く人は少なかったらしい。

 

 

 さて、おしゃべりもここまで。

 俺は今から『ジムリーダー』に挑戦するんだ。

 

 目の前にいるのは、知り合いの男の子の父親ではなく、“トウカジムリーダー・センリ”。

 

 そして“ジムリーダー・センリ”の目の前にいるのは、彼の息子の先輩ではなく“挑戦者・カナタ”だ。

 身内としてではなく、ただ純粋に『ポケモントレーナー』として、俺たちは『フィールド』に立っている。あとはもう、相手の出してくるポケモンを倒すために全力を尽くすだけ。

 腰のホルダーからボールを外して構えた。

 一匹目はすでにセンリさんが宣言してるけど、俺も変更はしていない。

 

「ではこれより、『ジムリーダー・センリ』対『挑戦者・カナタ』の勝負を行います」

 

 全身に力が籠る。

 

「――始め!!!!」

 

 石像からの声で、俺とセンリさんは同時にボールを放り投げた。

 ボールが地面につくと同時にボールが開き、両方とも小柄な影が躍り出る。

 その片方に、俺は即座に指示を出した。

 

「『セッカ』、“かげぶんしん”!!」

 

 飛び出した俺のポケモン、『テッカニン』は俺の言葉に即座に従って、目の錯覚を利用した分身“かげぶんしん”を大量生産する。

 おびただしいほどのテッカニンの分身が出来上がり、出てきて早々にフラフラしだすパッチールを囲んだ。

 これで、相手の攻撃はなかなか当たりにくくなったはず。

 

「……なるほど、厄介(やっかい)だな」

 

 とか言う割に涼しい顔が怖いんですけど。

 それに、まだ一回だけだから、十分じゃ無い。

 

「セッカ、もう一度“かげぶんしん”!」

「むっ! パッチール、“フラフラダンス”だ!」

「パッチールを見るなよ、セッカ!!」

 

 パッチールがさらにフラフラしだす。

 あれは一種の催眠効果があり、じっと眺めてると目が回ってきて、最終的には混乱状態に陥れるという、なかなかにえげつない技だ。

 けど、どうにかセッカの目には入らなかったらしい。ラッキーだったな。

 さらに数の増えた“かげぶんしん”が、パッチールの周りを囲む。

 ここからのパターンとしては“バトンタッチ”を覚えていれば、この状態から“こうそくいどう”→“つるぎのまい”をある程度繰り返してから“バトンタッチ”で他のポケモンに今の状態を引き継ぐのが理想的だが、あいにく『セッカ』は“バトンタッチ”を覚えるようなレベルにまで達していない。

 “こうそくいどう”は特性『かそく』があるので問題ないけど、それを引き継がせる手段がないんだ。

 

 テッカニンはほとんどの種族に対して先制できるほどの素早さを持ちながら、あまり強力な攻撃を持たないし、HPもそんなに高くない。

 だから、テッカニンは種族的な特性から『自軍の有利な状況を演出して、後続に文字通り『バトンタッチ』すること』を主な任務とされる。

 

 まぁそんなこと、今現在はどうでもいいわけで。

 

 “つるぎのまい”をやったらパッチールの“アンコール”がヒットしたけど、結果的にはプラスだった。

 “サイケこうせん”も繰り出してきたけど、こっちは分身の方にヒットして事なきを得て、俺の反撃の時間だ。

 

「セッカ、“きりさく”!!」

 

 それほど高威力じゃないけど、高確率で相手の急所に命中する技。

 さらに先ほど“つるぎのまい”を重ね掛けしてたから、急所じゃなくてもだいぶ痛いかも。

 パッチールの“サイケこうせん”による迎撃を躱しながらセッカが“きりさく”をヒットさせると、パッチールが倒れる。どうやら急所にも命中したようだ。

 

「パッチール、戦闘不能!」

 

 常に目がぐるぐるで戦闘可能か不可能か一瞬わかりづらかったけど、審判の声が響き、センリさんがパッチールをボールに戻した。

 

「……ふむ、なるほど。“かげぶんしん”、か」

 

 呟いて、俺の方を見る。……どうやら、気づかれたっぽい。

 “かげぶんしん”とは某ニンジャアクションマンガと違い、目が錯覚を起こすほどの高速で移動し続けることで攻撃を回避しているに過ぎない。攻撃を当てるためには、一瞬だけ動きを止める必要がある。

 つまりその一瞬だけ本体をさらすことになり、そのタイミングを見極められると、最悪の場合カウンターを簡単に食らってしまう。

 

 この世界の面白いところは、『ゲームの通りにはいかない』ことだ。

 さすがにアニメのポケモンのように『気合』やら『根性』やらでどうにかなるわけではないけど、バトルはリアルタイムで進んでいる。

 こちらが即座に指示を出さなければ、相手が鈍足だろうと先手を取られることもあったりするし、“かげぶんしん”を“こころのめ”とか使わずに攻略する方法もあるわけ。

 

 センリさんほどの実力者なら状況にすぐ適応して、対策を講じてくるはず。

 セッカは種族的にHPも少ない。

 どちらかのポケモンが倒れた時に認められるポケモンの交代で、俺はセッカを戻すことにした。

 

「ほう、まだ十分戦えるはずのテッカニンを下げるとは……それだけ余裕なのかい?」

「んなわけないじゃないですか。さっそく『かげぶんしんのカラクリ』に気付かれたようなので、下げただけですよ」

 

 センリさんの挑発に、俺はとりあえず当たり障りなく答える。

 

「ふっ、圧勝しても油断も隙も見せない。やはり君を倒すのは骨が入りそうだな。――ゆけ、ヤルキモノ!」

「買いかぶり過ぎです。センリさんだからこそ、こうやって慎重になってるんですから。――いけっ、『クチハ』!!」

 

 センリさんのボールからヤルキモノが飛び出し、センリさんの足元でシャドーボクシングみたいなことをやり始めた。

 

 対して俺が繰り出したポケモンは、クチート。『クチハ』と名付けている。

 愛くるしい外見だが、綺麗なバラにはとげがある。

 頭についてる口のようなものは本体の意思で噛みつくこともできるという、可愛いくせにえげつないポケモンだ。

 ポケモンの中でもチャンピオンロードあたりにしか生息しない、けっこうレアなポケモンで、出せばほぼ全員が見た目に油断してくれたりする。

 

 そして、俺が選んだ最大の理由は――

 

「ヤルキモノ、“きりさく”!」

 

 ヤルキモノの鋭い“きりさく”攻撃。

 胴を狙った攻撃は、しかし『胴』に弾き返される。

 

「堅い……なるほど」

「――そう。こいつのタイプは、“はがね”です」

 

 ――外見に反して、タイプの中で最も高い防御力を持つものが多い、“はがね”タイプだからだ。

 そして、このクチハは“かくとう”タイプの技も覚えたりできる。

 

「いけっ! “かわらわり”!!」

 

 ヤルキモノの脳天に、鋼のツノが変形してできた大顎による、クチハの容赦ない一撃が振り下ろされる。

 

「かわせ!」

 

 だが、センリさんの言葉で回避された。当てれば一発でいけたかな? いや、無理か。

 

「ヤルキモノ、“だましうち”!」

「“てっぺき”だ! ツノで受け止めろ、クチハ!」

「連続して“きりさく”!」

 

 ヤルキモノの“だましうち”をクチハがツノの大顎を盾のように使って防ぐと、好機と見たのかヤルキモノが追撃をかけてくる。クチハは大顎を盾にしたままだ。さらに“てっぺき”を指示しておく。

 タイプ相性の不利からダメージは微々たるもの。だけど、このまま攻撃を受けるだけだったら体力を削り取られてそれで負けだ。

 

「クチハ、“かわらわり”!」

 

 だから距離を取るために技を出させたんだけど、これがマズかった。

 覚えているとは思わなかったよ……。

 

「待っていた! “カウンター”だ!」

「げぇっ!?」

 

 わざと攻撃を受けるかわりに、威力を倍にして相手に返す技。しかもタイプも出した技と同じと来た。

 ヤルキモノの攻撃がクチハの腹に入る。幸いなことに急所には当たらずに済んだらしいが、やばい。これは大ダメージだ。

 

「て、“てっぺき”積んどいてよかった……」

「む……決まったと思ったんだが」

 

 “積む”というのは、能力を向上させる補助系の技を複数回行うことだ。俺がセッカに“かげぶんしん”を二回やらせたり、偶然だけど“つるぎのまい”を二回やることになったのが良い例だな。

 本来ならやられてたところだったよ。クチハは防御力を大きく向上させる“てっぺき”を二回やったので、どうにか耐えることが出来た。というかカウンターによる攻撃力二倍×タイプ一致によるダメージ二倍で元のダメージから四倍になってたのに、よく耐えた。感動した。あとでうんと誉めてやろう。

 けど、体力を大きく削られたのは確かだ。こっちは“かわらわり”を一回当てただけ。与えたダメージは向こうの半分以下だ。

 どうにかしねぇと……。けど、ヘタに反撃しようものならカウンターで終わりだ。なにか、ヤルキモノとセンリさんの不意をつけるもの……。

 

 ――――よし、これなら。

 

「クチハ、“みがわり”だ!」

「なっ!?」

 

 “はがね”というタイプは総じて鈍重と思われがちだが、案外身軽な奴もいたりする。うちのクチハもけっこう身軽でね。

 たとえば、たった今作り出した自分の分身に攻撃させるために真上に跳びあがったりとか、簡単にできたりするのだ。

 そして“みがわり”という技は、自分の体力を犠牲にして自分の分身を作り出し、それを攻撃させるもの。その作り出された“みがわり”はぬいぐるみみたいな形をしていて、作ったポケモンはそれを手に持ち、攻撃を受けるたびに盾にするようにして身を守っている。

 ただし“みがわり”は本体が分けた体力に比例して耐久力が決まっており、体力が少ない状態では一撃で消えてしまうことだってある。

 

 まぁ、今の状況ならそれで十分だけど。

 ヤルキモノの攻撃が分身を捉え、一瞬で消してしまう。が、今までさんざん堅く動かない相手に攻撃してきた反動からか、急に手ごたえが消えてヤルキモノのバランスが崩れた。

 そんな好機を、逃すもんか。

 

「“かわらわり”ぃっ!!」

 

 宙を舞うクチートが、ツノに備える(あぎと)を目下のヤルキモノに叩きつける。ヤルキモノがフィールドに叩きつけられた。

 だが、まだだ。ヤルキモノはまだ立ち上がれない。

 

「追撃だ!」

 

 もう一発の“かわらわり”がヤルキモノを襲う。うつぶせに叩きつけられて、すぐには立ち上がれないらしい。これじゃカウンターもできない。

 “かわらわり”が命中すると同時に土煙が上がる。

 少しして煙が上がると、ヤルキモノは目を回して倒れていた。

 これで、残り一匹。

 

「……なるほど」

 

 だが、特に焦るでもなく、センリさんは最後の一匹を呼び出そうとする。

 俺のクチハは続投。おそらく出してくるであろう最後の一匹に対して、やっておかなきゃならないことがあるんだ。

 

「……それは、余裕かい?」

「いいえ、『保険』です」

 

 俺の答えを聞いて、センリさんは最後の一匹を繰り出す。

 

「ゆけ、『ケッキング』」

 

 センリさんの手持ちの中で最強であろう一匹。

 

「ケッキング、“あくび”!」

「っ!!」

 

 いきなりその場でデッカイ“あくび”をされたのはビビった。

 

 特性“なまけ”は、この世界では動作が緩慢であるだけだ。最初の行動を打ち合わせておけば出た瞬間に先手を取るのは容易。

 出鼻を挫かれたけど、まだやれることはある!

 

 “あくび”は相手を“ねむり”状態にする技だが、発動までに時間がかかる。

 その間に、これだけはやっておきたい。

 

「クチハ、“どくどくのキバ”!」

 

 クチハが鋼の大顎を使ってケッキングの腕に噛みつく。パッと見はただの“かみつく”かもしれないが、見えないところで猛毒が流し込まれているはずだ。

 三割の確率だから微妙なんだけど。

 

 ……最初に技を確認したときはビビったぜ。

 なんたって、野生だったからな。野生じゃ覚えるはずのない“どくどくのキバ”を覚えてるとか、まさにゲームじゃありえない現象だろう。

 ハブネークのオスと、クチートのメスが親だろうか。

 とにもかくにも珍しい個体だったけど、研究とかはせずに育てることにした。ちょうど捕まえたのが、新しいパーティを考えてた時だったし。

 

 そのクチハは“あくび”の効果で眠り始めた。

 すぐさま俺はクチハを下げて、残り一匹を取り出す。

 相手が『猛毒』状態になっていない場合も考えて、こいつにしよう。

 持久戦ならこいつでもいけるはずだ。

 

 俺は目前の水槽に向けて、ボールを放り投げた。

 

「頼むぞ、『トキハ』!」

「ほぉ……」

 

 思わず、といった感じでセンリさんが声を出す。

 出てきたのは、太古の昔に絶滅したとも言われていたポケモン『ジーランス』。

 一億年前のものと断定されたジーランスの化石とまったく姿が変わっていない、まさに『生きた化石』とも言えるポケモンだ。

 

「しかし、つい三年前発見されたばかりで個体数も少ないと聞く。どこで手に入れたんだい?」

「あれ、知りませんでしたか?」

 

 かなり珍しいのか、センリさんがそんなことを訊ねてきた。

 センリさんはジョウトの人だから知らなかったのかな。

 

「このポケモン、発見したの俺ですよ」

 

 ルネシティに向かうときのダイビング中に偶然にも遭遇、すぐ捕獲した。

 そのあとは仲間の場所を教えてもらい、いつも通り観察して図鑑に情報を記録。

 それを親父に見せたら、椅子から転げ落ちるほどびっくり仰天してたなぁ。

 

 いや~、あの時は大騒動になった。まぁ論文とかは俺もまだ十一歳だったし全部親父がやったから、俺の名前はほとんど表に出てないけど。

 でも、この功績で親父の名前は全国的に有名になったし、カントーのオーキド博士、ジョウトのウツギ博士、シンオウのナナカマド博士とともに『ポケモン界の権威』とまで呼ばれるようになった。

 

 この『トキハ』自体は三年前からいる古参だが、長らくベストメンバーの候補からは外れていた。すでに水タイプ枠は埋まっていたし、ダイビング要員として少しの間手持ちに入れていた程度。

 しかし今回の『ベストメンバーの一新』という計画の際に、俺が真っ先に白羽の矢を立てるほど実力は持っている。

 

「トキハ、“ダイビング”!!」

「……“あくび”対策として“ダイビング”か」

 

 予想通り、まず“あくび”を繰り出そうとしていたので指示が飛ばされる前に潜る。

 もちろん“あくび”はその技を見ていないと発動しないので、“ダイビング”で回避した形だ。

 

 そしてトキハが水槽から躍り出て、ケッキングに頭突きを食らわせる。“ダイビング”はこうやって潜った勢いを頭突きや体当たりのような打撃技に変えて攻撃する技だ。

 

 ボケッと突っ立ってたケッキングの脳天に命中したが、あまりダメージを食らったように見えない。

 無駄にHPも防御力も高いからな。タイプ一致の攻撃だったけど、深刻なダメージとまではならなかったようだ。

 

 ただ、ちょっと顔色が悪い気がする。

 もしや……。

 

「ちっ、“もうどく”か……」

 

 センリさんの呟きが、なぜか耳に届いた。

 もしセンリさんの言葉が本当なら、俺にとても有利な状況になる。これを逃す手はない!!

 

「トキハ、たたみ掛けるぞ! “とっしん”!!」

 

 本来なら自分もダメージを受ける代わりに大ダメージを与える技だが、トキハの特性は『いしあたま』。反動によるダメージを一切受ける心配がないから、思う存分に技を繰り出せる。

 

 と、センリさんの口元が微笑んでいるのが見えた。

 ……あ、やべ、今思い出した。

 センリさんの手持ちって、全員さ。

 

「ケッキング、“からげんき”だ!!」

 

 そんな技、覚えてましたよね……。

 

 カウンターのようにケッキングのぶっとい右腕が、トキハの“とっしん”と真っ向からぶつかり、トキハを吹っ飛ばした。

 いくら“いしあたま”で岩タイプとはいえ、結構ダメージを食らった模様。やっぱり、頭部はどの生物も弱いのか。

 

 けど、これで次の動作までの隙ができた。

 トキハに声をかける。元気な声を返してくれたから、まだいけるだろう。

 

 『からげんき』とは、それ自身の攻撃力は高くないが、自身がまひ・どく・やけどなどの異常状態になると威力が二倍に跳ね上がる恐ろしい技だ。

 単純な計算でいえば、異常状態で『からげんき』を繰り出せば、その威力は“すてみタックル”を抜き、“はかいこうせん”にも迫る威力になる。

 

 今回はこっちに有利な相性だったから、どうにか最小限で食い止められたが、このままだと流石にキツイ。

 

 ……これで行くか。

 『なまけ』を持つケッキングに対して、確実に攻撃を食らわずに体力を削る方法は、今のところ、これしかない。

 

「ケッキング、“からげんき”!」

「トキハ、“ダイビング”!」

 

 トキハの動きがケッキングよりも速かったようで、ケッキングの攻撃が当たる前に水中に潜りこめた。

 ケッキングの攻撃はただ単に水面に水柱を立てるだけ。

 その水柱のせいで、俺ビッショビショなんですけど……。

 

 まぁ、今は置いとこう。

 ケッキングは相手を探して水面を凝視してる。けど、水中は暗くて俺でもよく見えない。

 

「いけ、トキハっ!」

 

 凝視していたケッキングの眉間に、本日二度目の頭突きが決まる。

 大きくケッキングがよろめいた隙に、トキハに“ダイビング”をさせた。

 

 これが俺のケッキング対策。

 “ダイビング”が無かったら“そらをとぶ”でも代用できるかもしれない。

 これらの技は攻撃までの時間差があるので、ケッキングのような攻撃ペースの遅いポケモンのタイミングを外すことで、確実に体力を削りながら、こちらがダメージを受けることはない。

 

 何度か繰り返したら、さすがにケッキングもフラフラし始めた。……“フラフラダンス”を覚えていないことを切に願う。

 “もうどく”状態だし、ここらで一気に決めよう。

 

 この技を取得するレベルまで育てるのが面倒くさくて、さっさと教えさせた技だ。

 『いしあたま』だからこそ遠慮なく使える技。

 

「決めろ、トキハ! “すてみタックル”!!」

 

 ルネシティジムリーダー・アダンにアタックしたいという女性から教えてもらったんだが……ポケモンに教えられるほど極めたら、逆に命の危険がありそうな気が――いや、もう気にしないでおこう。ときに人間はポケモンさえ超える力を発揮することがあるらしいからな。

 ――そういうことにさせてください。

 

 “すてみタックル”で水面から一気に飛び出し、トキハはケッキングのもとへ一直線に飛ぶ。

 それを見たセンリさんも、この一発で決着をつける気なのだろう。真正面から迎え撃つ体勢になった。

 

「最後だ、ケッキング! 振り絞れ! “からげんき”!!」

 

 もう一度、トキハとケッキングの右腕が真っ向からぶつかる。

 空中での支えがなく威力的にも相手に劣るトキハの攻撃だが、ケッキングも『もうどく』の影響で体のキレもなく威力も下がってるように見えた。

 

 つまり、互角。

 あとは……運任せ。先に吹っ飛ばされた方が負けだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――ズドンッ!!!! と音がした。

 ケッキングの腕がはじかれ、みぞおちにトキハの“すてみタックル”が決まった音だ。

 

 平均全長2.0m、平均体重130.5㎏の巨体が宙を浮き、センリさんの手前の水槽に叩き込まれた。

 人の背丈の倍はあろうかという大きな水柱が立ち、飛沫をセンリさんに食らわせる。

 

「ケッキング、戦闘不能!! これにより、ジムリーダー・センリの手持ちポケモンがすべて戦闘不能になりました!

 ――よって、勝者 挑戦者・カナタ!!」

 

 

 ……ふぅ。

 わりとギリギリだったな。

 セッカの“かげぶんしん”が破られる可能性もあったし、クチハの場合はかくとうタイプの技を覚えられてたらアウトだった。トキハの場合も同様で、しかも結局はゴリ押しだったし。

 ゴリ押しってのはあんまり好きじゃないんだよなぁ。ポケモンにも無茶させるし。

 

「流石だ、カナタ君。私の完敗だよ」

 

 センリさんが声をかけてきた。

 上から下まで水浸しだよ。大丈夫かな……まぁ俺も似たような状態だけど。

 

「最後は相打ちのようなものです。“からげんき”であそこまでやられるとは思いませんでしたから」

「それでも、最後は力で私のケッキングをねじ伏せた。それにジーランスに換える直前に、クチートに“どくどくのキバ”をさせただろう? “からげんき”の強化になってしまったが、やはり『もうどく』の状態では厳しかった」

「成功率はたったの三割です。『当たればいいな』的なものですから、運が良かっただけですよ」

 

 なんで、しきりに俺を褒めてくるかなぁ……本当に俺もギリギリだったのに。

 そう言ってみると、センリさんは微笑んだ。

 

「運も実力のうち、というじゃないか。『強者(つわもの)』とは、自らの運さえ自分で引き寄せるものだ。

 君は強い。間違いなく。

 現に、君はホウエンで最初にバッジ八つを手に入れた。それは今現在、君がこのホウエンのトレーナーの中で『最強』であることを示している」

 

 さすがにそれは買いかぶり過ぎですってば。

 

「そうか? 私はそうは思わないがな。

 さぁ、これが君が『最強』である証、『バランスバッジ』だ」

 

 おぉ、これでやっと“なみのり”が使える。

 ひでんマシン自体は持ってるから、これですぐにでも海に乗り出せるな。

 

「それと、これを」

 

 センリさんが、子供がつけられる程度の大きさの、腕輪のような装置を差し出す。

 

「これは……“からげんき”?」

「そうだ。さすがによく分かってるな」

 

 ジムリーダーには、すべての手持ちが覚えている技が一つあり、その技マシンの所持が認められている。

 で、俺みたいにジムリーダーを打ち倒したやつに、自分を倒した証として技マシンを授ける仕来(しきた)りがあるんだ。

 

 つまり、センリさんは『からげんき』を手持ち全員に覚えさせてたことになる。恐ろしや恐ろしや……補助技を中心にしなくて良かった。

 次にセンリさんと戦うときは、異常状態の使い方だけは気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジムを出るが、日はそんなに傾いてなかった。まぁ、一時間やそこらの戦いだったしな。

 

「……それにしても、気になる話を聞いたな」

 

 話とは、ジムを出る直前に交わしたセンリさんとの会話だ。

 簡単に言えば、『最近、怪しい格好の者たちが事件を起こしたが、なかなか捕まらない』というものだ。

 犯人の特徴は状況によって違うそうで、ある時は赤や黒をベースにした格好をしていたり、またあるときは白や青を基調にした格好だったりと、まちまちとのこと。

 ……まぁ、思い当たる節はあるんですけどねぇ。でも俺の『本当の』身の上を話したところで信用される訳ないので、黙ってたけど。

 

 ところでなぜセンリさんがそんな情報を持っていたかといえば、地域の治安維持もジムリーダーの仕事に含まれるからだ。

 もちろん、警察に類する組織もあるが、ポケモンが事件に絡むとジムリーダーは、ほぼ全員参加する。ジムリーダーの情報網はかなり広大であり、知識の面からも組織のサポートを任されることも多い。

 ジムの壁に張り紙をすれば、それだけでかなりの人目につく。

 『ジム』は町の誇りであると同時に、ある種平和の象徴なんだ。

 

 それにしても、まさに『秘密結社』だな。正体をさらさず世間に気付かれることもなく、着々と行動を起こしてる感じがする……。

 きっと確認されてる行動は、下っ端たちがボロを出したからだろう。水面下じゃ、もっと大きなことが動いているはずだ。

 ……もっとも、俺はもうその『目的』の内容も結果も分かり切ってるんだけど。

 けど、やっぱり不安だ。

 

「――みんな、出てこい」

 

 腰の六つのボールを放り投げて、中にいた俺の手持ちをすべて出す。

 その面々を見て、さらに不安が募った。

 

 今回、俺が育てているのは、いわば『トレーナー戦』に特化したパーティだ。

 公平公正なルールの下で相手を上回ることができるように育てている。

 

 ……けど、その『ルール』を『敵』が守るとは思えない。

 悔しいが、今のチームじゃおそらく実力不足だ。

 

 セッカみたいに『トレーナー戦』に特化してしまったポケモンだけ下げて、その穴を主力で埋めるか。

 まだ『敵』が本格的に動くまで時間はあるだろうし、『主力』に追いつけなくてもレベルの底上げはできるはずだ。

 トレーナー戦に特化した奴を育てるのは、そのあとでも十分間に合う。

 

 ま、こんな風に育成計画を練っては見たけど、俺はせいぜい裏方止まりだろうな。

 『主人公』はもう旅に出た。『悪の組織』を倒すのは、『主人公』の役目さ。

 

「さて、『ヨカゼ』。サイユウシティに行こうか」

 

 俺の言葉で、クロバットの『ヨカゼ』が俺の両肩を掴んで浮かび上がる。かなりの距離があるが、クロバットは翼を休ませながら一日中飛ぶことができるので、すぐに着くはずだ。

 何が起こってるのか、まずは確認しないと。

 

 風を切り裂いて、俺はホウエンの東の果てへと飛び立った。

 

 




暇を利用してこの話の後の話も修正してますんで、近々投稿しようかとは思ってます
が、まぁちょっと色々ありまして、少しお待ちいただくかと思います。ちょっとまだやる気になれないもので

まぁ、がんばります

P.S.ちょっとおかしい部分があるので、小説に全体的に修正かけます。遅くなるのはそのせいになるかと

それではっ


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