ムイシキデイリー (失敗次郎)
しおりを挟む

戯言遣い
出会い


 無意識について考えてみる。

 まず、無意識の状態といえばどういった状態のものを指すだろうか。気を失っている時。物事への反射。他にあるだろうか。…………ともかく、この二つを例に挙げてみよう。

 気を失っている時。即ち、気絶させられた場合や睡眠時。この時点では人に意識はない。よって無意識だ。そもそもこの場合における気、とは意識のことだ。言い換えれば「意識を失っている時」。「意識」が「無い」のだから、当然「無意識」になる。

 次に物事への反射。これは主に自分の身を守るための機能だ。何かが起こった時、それを認識する前に行動を起こす。そして認識は、意識と同じ場所にあるものとすることができる。「認識」し、「意識」し、「記憶」する。人はこれを繰り返して物事を覚えていくのだから。この三つをここではセットAとする。そしてこの例における無意識は、この三つとは別の場所に位置するものだ。物事を認識する前に危険を感じた場合、それは「無意識」に「反応」し「行動」する、「反射」になる。これをセットBとする。このように「意識のある」セットAと「無意識」のセットBができる。「無意識」のセットBは「意識のある」セットAとは別のもの、別の場所に位置するものであることがわかる。

 結論。「意識のない状態」、「意識とは別の場所」。この二つが無意識だ、とぼくは考える。要するに意識じゃないものが無意識だという話なのだが。

 このことを前提に「無意識」で行動するということがどういうことか考えてみよう。…………これについては何よりも具体的な例がある。無意識を操る程度の能力を自称する友達がいるのだ。

 

 彼女の名前は古明地こいし。年齢不詳、性別女性、身長体重乙女の秘密(本人談)、住所不明、過去不問、性格不定、紹介不能。

 

 さて、いつの話をしようか。…………まずはぼくと彼女の出会った時の話をしよう。

 

 

 ※

 

 

 ある事件のせいで某病院に長い間入院していたぼくは、今日ようやく退院できた。随分長かったように感じるし、いつもより短かったようにも感じる。よくある話だ。

 久しぶりにお天道様の下を歩きながら、改装されたらしい我がアパートの向かう前に、小腹が空いたのでそれを埋めるために某ハンバーガーチェーン店にやってきた。何だか以前に来た時よりも客の数が妙に少ないような気がする。というかぼくを除けば零だ。時間帯のせいだろうか。とりあえずハンバーガー一つを注文。こちらでお召し上がり。奥の方で店の人が「久しぶりのお客様だ! 張り切っていくぞ!」とか何とか言ってるのが聞こえた。張り切るもなにも、別に手作りしてるわけじゃないだろうに……ひょっとして手作りに切り替えたのか? それが不評で客足が遠のいたとか? 失敗だったかな?

 まあいいか。ぼくはよっぽどの料理でなければ食べられる系の人間だ。それにいつぞやのキムチ丼ご飯抜きよりは美味しくいただけるだろう。何でそんなキムチ丼に対する冒涜を行ったのかは覚えてないけど。あれは辛かった。

 そんなことをボーッと考えていると「ヘイお待ちィ!」とハンバーガーが運ばれてきた。袋に入っているからわからないが、いつもと同じに見える。あ、飲み物を注文するのを忘れてた。いいや。肉汁も水分だ。…………違うな。うん。

 適当な席に着いて、ハンバーガーを開封。見た目はいつもと変わらないな。もちろん以前のものを完璧に覚えてる自信はないので、そうと言い切れないのだが。それにこういうのは見た目を大きく変えるものじゃない。隠し味を少し入れる程度の変化だろう。ならば食べてみないことには始まらない。

 いざ、実食。

 あれいつもの味だ。おかしいな。ぼくの味覚がおかしいのだろうか。安心と信頼のハンバーガーだ。特別美味しいというわけではないが、不味くもないあの味。値段を考慮すれば美味しいと言えなくもないあの味だ。ううむ、何故こんなに廃れてしまったのか……。

 そこでぼくは新たな可能性に気がつく。そうか、ライバル店が近くにできたんだな。そして競争に負けて客をすべて奪われてしまったと。何ということだろうか。悲惨すぎる。入院期間はざっと一ヶ月しないぐらいだったと思うが、たったそれだけの間に全てを取られてしまったのか。おお某ハンバーガーチェーン店、客を奪われてしまうとは情けない。

 ここまでぼくの勝手な憶測だけど。

 そういえば一ヶ月なんだよな、アパートが倒壊してから。それでもう改築が済んだらしい。…………いやいやどうやったんだよ。そんなこと不可能に決まって――なかった。平然とそれぐらいしそうな人がぼくの周りに何人かいたなそういえば。あの人が絡んでいるのだろうか。だとしたら一体どんな混沌としたものに成り果てているのだろうか。…………いや、仕事には真面目な人だから、そんな変なことにはならないはずだ。

 考えて事をしていたせいか、ハンバーガー一つを軽く平らげてしまった。もう少し味わったほうがよかったかな。店員さんも張り切って作ってくれてたみたいだし。次はゆっくり食べようと未開封のハンバーガーに手を伸ばしそうとして、あれ、と思う。

 ぼく、二つも注文してたっけ?

 いや違う。間違いなくぼくは一つしか頼んでいない。代金も一つ分しか払ってないし、受け取った際も確実に一つだった。…………増えた?

 違った。単純にぼくのまえに人が座っていただけだった。知らない人。相席というやつだ。席に座りたいがどこも空いてないから仕方なく知らない人とご一緒させてもらおうという。なんで勝手に、と思ったが恐らくはぼくが自分の世界に埋没していたがために声をかけても反応なし、やむを得なく勝手に同伴させてもらった、というオチだろう。

 だがしかし。それも違った。だってぼくが入ってきた時点で客が誰もいなかったのだ。まさかハンバーガー一つ食べてる間に席が埋まるほど大量に客が来たのか? 周りを見てみるも誰もいない。…………んん? あれ?

 

「あ、お邪魔させてもらってまーす」

 

 ぼくの前に座る人がぼくの不審な態度を見て呑気な声を上げる。そこで改めてその人を見たのだが、幼い少女だった。小学生くらいだろうか? 黒い帽子をかぶり、髪は淡い緑色。黄色の服を着た笑顔の女の子だった。ハンバーガーを分解させて遊んでいる。

 

「あ、うん。…………もしかして、声かけてくれてた? ごめんね、気づかなくって」

「そんな気にしないでよ。誰でも考え込んじゃうことあるもんね」

 

 第一印象、凄い良い子。敬語はその年では難しいだろうからさておき、人の気遣いができるとは。いい家庭で育てばこんな良い子に成長するもんだなあと実感した。ぼくの周りにはいない人種だ。

 感動するのもいいが、ぼくは食事も終えたことだし、さて帰ろうかと腰を上げる。

 

「お先に」

「うん。ばいばい」

 

 ぼくは手を洗って、店を出る。相変わらずいい天気だ。真っ直ぐにアパートに戻ろうか、とも思ったが…………せっかくなのでもう何件か寄り道していこうか。そうだ、本でも買いに行こう。皆から借りていた本も読み終わって、「今度はぼくが面白い本を貸しますよ」なんて言ってしまったことだし。アパートにあったものは倒壊した時に全部消失してしまったことだし、何か原石になるものを発掘してくるとしようかな。

 少し歩くと、あまり大きくはないが店の前に何枚も張り紙がある本屋を発見した。張り紙には聞いたこともない本の名前が書いてあり、内容には触れず「おすすめ」やら「絶対面白い」なんてことが書いてある。これが果たして宣伝効果を生むのだろうか? せめてイラストでもつければ目につくだろうに。そんな残念なところが妙に気に入ってぼくはその店に入っていった。

 

「いらっしゃい」

 

 昔ながら、と言えばいいのだろうか。店に入ってすぐ左にレジがあり、店員さんがいた。飲食店では多いが、本屋でこんな配置はあまり見ないな、と思いながら会釈して奥に進む。

 まず最初に目に映った本は、真ん中に配置されている机に置いてあるものだった。いまいちパッとしなかったが、どうやら張り紙にあった本のようだ。新書かな、と思えばそうではなく、最初に手にとった本の発行が2003年となっていた。単純に店員さんのおすすめがここに置いてあるようだ。当たり外れはともかく、せっかくおすすめされているのだし、ここから何冊か買って帰ろうかな。それとも昔買った本を改めて買うか。……一度読んだし、もう買うこともないかな。ぼくは題名も見ずに適当におすすめ本三冊を手に取り、レジに持っていく。

 千何百何十円、と言われたが小銭をあまり持ち合わせていないぼくは二千円札で会計を済ませ、本屋を出た。今日は随分と買い物をした気がする。普段あまりものを買わないせいもあるだろうが、なんだか今日は気分がいい。散財癖がついても嫌なので、今日はこれ以上の買い物をしないと心に誓って、今度こそ真っ直ぐアパートに向かう。

 その途中。

 

「おーい! さっきの人ー」

 

 どこかで聞いたことのあるような声がした。幼い、少女の声だ。どこで聞いたんだったかな。……思い出せないし、気のせいなのだろう。ぼくの出会う人は大体インパクトが強いから忘れることはないだろうし。

 

「パンの人ー。待ってー」

 

 誰だそれは。顔がパンで出来ていて、パンチで事件を解決するあのマントマンのことか。

 さっさとアパートに行こうとするが、どうしてもこの声に聞き覚えがある。というわけで振り返る。ひょっとしたら知り合いかもしれない。パンの人と呼ばれる覚えはこれっぽっちもないが、記憶力の無さに定評のあるぼくだ。大学の知り合いとかかもしれないし、今徹底的に無視してあとで思い出すのも後味が悪い。そう思ってのことだったが、後ろには誰ひとりとしてぼくに向かってくる人なんていなかった。

 やっぱり関係ない人だったか。そのパンの人を捕まえて人ごみに紛れてしまったのだろう。都会ではよくあることだ。

 前に顔を戻すと、

 

「こんにちは!」

 

 ひとりの少女がいた。黒い帽子をかぶり、髪は淡い緑色。黄色の服を着た笑顔の女の子だった。ってさっきの某ハンバーガーチェーン店での良い子じゃないか。今の挨拶で完全に思い出した。さっきの声はこの子の声だ。危ない危ない。またこの子に気づかずにやり過ごしてしまうところだった。手遅れ感はあるけど。

 

「こんにちは。どうしたの?」

「んー? どうもしてないよ?」

 

 どうやらさっき会った人と偶然会ったから、何となくで話しかけたってことのようだ。

 で、会ったはいいが何を話すか考えていなかった彼女は、「えーっと」を何回か繰り返してから言った。

 

「あ、そうだ。思いついた。用ができた」

「そうなんだ」

「お兄さん、名前なんて言うの? 自己紹介しよ」

 

 それは用事ではなくコミュニケーションだ。

 ともかく、名前か。

 ぼくは名前を言わないことで定評のある系の人だ。別に言ったところで、という感はあるが、ここまで極力名前を人に教えずに来たのだから突き通すのもいいだろう。というかただの意地だ。苗字で呼ばれることを嫌うあの人を習うのも悪くない。

 

「好きに呼んでいいよ」

「何でもいいの? それ、逆に相手を困らせるの知ってる?」

「知らなかったな。次から気をつけるよ」

「今から気をつける気はないのかな」

「男に二言はないんだ。ぼくのことは好きに呼んでほしい」

 

 まるでぼくが駄々っ子のようだ。間違ってはいないのだろうけど、仮にももう少しで成人する男としては何とかしたほうがいいと思った。

 少女はうーん、と頭を悩ませている。そりゃそうだ。ほぼ初対面の相手に「好きに呼んでいいよ」と言われて困らない相手はいない。誰だって悩む。ぼくだってそーする。

 少しして。頭に電球でもつけてあげたくなるほど「思いついたっ!」っていう表情を浮かべた少女が、嬉々としてぼくに命名してくれた。

 

「じゃあいーちゃん!」

 

 了解。ぼくは君の前ではいーちゃんだ。

 何でその名前にしたのか。それは聞かないことにした。

 

「言い忘れてた。私は古明地こいし。よろしくね、いーちゃん」

「よろしく、こいしちゃん」

 

 よろしくすることになった。

 それからはとくになにをする、ということはなく。ただこいしちゃんはぼくがアパートへ帰るのについてくるだけだった。いや、だけだった、と言うのは語弊がある。雑談はしていた。特に何の意味もない会話だ。

 こいしちゃんは妖怪だ、とか。ぼくは戯言遣いだよ、とか。

 こいしちゃんは無意識を操れるんだ、とか。ぼくだって無為式に遊ばれてるんだ、とか。

 こいしちゃんはダンボールをかぶってどこぞの孤島に潜入していたことがある、とか。ぼくは友達のおまけとしてメイドに会いにどこぞの孤島に行ったら死にかけたよ、とか。

 そんな他愛もない雑談。生産性のない話。それをアパートに着くまでただ続けていた。

 ぼくがアパートに着いて、あまりの変貌ぶりに驚きながらアパートの住民のみんなと話している時、こいしちゃんのことを紹介しようとしたら、既にこいしちゃんはその場からいなくなっていた。

 

 

 ※

 

 

 以上がこいしちゃんとのファーストコンタクトだ。

 今となっては懐かしいなあ。最初はこんなに良い子だった。今はどうなのかって? どうなんだろうね。少なくともぼくは良い子だと思ってるよ。問題児であることといい子であることは別問題だからね。

 さて、無意識で行動することがどういうことか、これでわかっただろうか。

この日の会話を見てみるとわかるのだが、彼女は明らかに頭の中が空っぽなのだ。ぼくの名前を考えるシーンも含めて。ただ妥当はなことを言っているだけだ。曖昧なことを言っているだけだ。常識に則って話してるだけだ。

 無意識下でも常識はある。思考が働いていないわけではない。聞いた話として、酔っぱらいが意識を失うほどに泥酔していてもちゃんと家に帰って寝ている、なんて話がある。ぼくは経験がないからわからないけど。これは無意識でも何も考えていないわけではないということの証明だ。こいしちゃんは、常時この状態なのだろう。

 改めて、哀れだと思う。

 さて、本題だ。最初に言ったように、「意識のない状態」で「意識とは別の場所」が無意識だ。これを彼女に当てはめてみると、だ。

 「意識のない状態」で動く彼女。「意識とは別の場所」にいる彼女。

 

 そんな彼女は、果たして生きているとは言えるのだろうか?

 

 つまりは気を失った状態で歩いているわけだ。つまりは眠りながら話しているわけだ。つまりは認識せずに見ているわけだ。つまりは記憶せずに考えているわけだ。

 妖怪だからなんでもあり、なんて言ったらそれまでではあるんだけど。

 ぼくはそんな彼女の姿に、昔の自分を重ねていた。

 死に続けていたあの頃を。

 生きることを諦めていたあの頃を。

 今でも積極的になれているわけじゃない。「死にたくない」とは思っているけど、何かと天秤にかけられたらあっさりと命を投げ捨てる気もする。そんな思いが付き纏う。

 彼女はそんなぼくの心の弱さなんじゃないかと思う。イマジナリーフレンド、というのだったか。かの殺人鬼をぼくの鏡とするなら、あの無意識はぼくの陰だ。

 すぐ傍にありながら、触れることのできないモノ。

 すぐ傍にいるのに、誰にも関われないモノ。

 それでも彼女は笑っていた。ひょっとすると自分のことを分かっていないのかもしれない。だから笑えるのかもしれない。それとも、笑うしかないから笑っているのだろうか。

 古明地こいし。彼女に心から笑える日は来るのだろうか。

 

 なんて、戯言だけどね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢枕にご先祖総立ち

正直無意識を操れたら最強な気がする。



 この間こいしちゃんに会った時の話だ。

 こいしちゃんの話してくれた「無意識の操る程度の能力」に興味が湧いたぼくは、無意識の状態というのがどういうものなのか聞いてみた。質問が大雑把でよくわからない、と言われてしまったので、こう言い換えた。

 

「無意識ってどう操るの?」

 

 と。答えは「無意識で無意識を無意識に操ってるからよくわからない」だそうだ。

 …………それはもはや、無意識を操っているのではないんじゃないか? むしろ無意識に操られていると言ったほうが妥当な気もする。

 今日はその話をしてみようか。「無意識に操られている」の話。

 そもそもこの事象は日常でもよくあることだ。反射なんかその筆頭だろう。無意識に身体が動いているのだから。…………この話は以前にもしたかな。なら違う例えで語ろうか。

 そうだ。ユングの「集合的無意識」が良いだろう。無意識に操られているいい例だ。

 「集合的無意識」について説明すると、全てのモノに共通する認識のことだ。例え話に例えを持ち出すのも如何なものかと思うが、例を挙げると、人型のものを見るとそれを人間だと錯覚してしまうことがある。案山子なんか有名だろうと思う。それは「そういうものだ」として無意識の内に思ってしまうからである、というのが「集合的無意識」だ。

 ここでぼくが言いたいのは、その無意識の認識に意識が引っ張られるということだ。「集合的無意識」を前提にモノを見る。モノを知る。モノを感じる。モノを覚える。…………つまりは、「無意識に操られている」ということだ。黒幕、なんて言い方は戯言的だろうか。意識は無意識に動かされているだけ。もちろん意識はあるのだろうが、無意識が全ての土台になっている。

 こいしちゃんは、その土台しかないのかもしれない。

 上にあるはずのものがなく。

 それ故に上面がない。

 本質を曝け出しているということ、偽りがないということだ。

 彼女の見せる笑顔は本物で、彼女の語る言葉は本気で、彼女の示す行動は本能で、彼女の伝える意思は本命で、彼女の抱える情感は本性だ。

 そんな彼女にぼくはもう一つ尋ねたいことができた。

 

「どうやったらそんな無邪気にいられるんだい?」

 

 

 ※

 

 

「知らないよ?」

 

 だと思ったよ。

 最初に出会ったあの日以来、こいしちゃんはちょくちょくぼくの部屋に遊びに来るようになった。ただし部屋の扉を開けて入ったことは一度もなく(正確には一度も見たことがない)、いつも当然のようにぼくの畳んだ布団を広げて寝そべっている。今日も恒例の勝手に布団敷きを行動に移してゴロゴロしている。

 最初の頃こそはやめてほしいと伝えたのだけど、「あったかいし、いーじゃんいーちゃん!」とラップのように言ってきたあたりで諦めている。

 

「無邪気っていうけどさ、いーちゃん」

 

 またいつの間にか布団から出て、コップに水道水を注ぎながらこいしちゃんは続けた。

 

「邪気なんて人が勝手に決めることでしょ? 私が無邪気だっていーちゃんが思っても、それっていーちゃんが思ってるだけじゃないの?」

「そうかな」

「そうよ。この前見たアニメでもさ、片方はあれが正義って言ってて、もう片方は違う正義があるって話ししてたよ」

「それもひとつの考え方かもね。けどそれだとキリがない。だからすべての基準になる法律っていうのがあるんだよ」

「あ、それ知ってる。六法全書に書いてあったやつでしょ?」

 

 中々難しい本がお好きのようだ。

 ぼくはこいしちゃんが移動した隙を突いて布団を終い始める。

 

「けど法律に満足がいかない人ってたくさんいるんでしょ? だから戦争でもなんでも起きるんだよね」

「それはそうだけど、皆で決めたルールを守らない方が悪い。ルールを破るやつの思いが悪意で、悪意の気を邪気っていうのさ」

「無邪気っていうのは?」

「邪気のないことだよ」

「なるほど」

 

 それから、しばらく会話はなかった。

 元々こいしちゃんはこの日、ぼくの部屋に本を読みに来ただけのようだったし、話のきっかけがなかったらお互い無言になるのは必然というものだ。ちなみにこいしちゃんが読んでいる本はぼくがこの間買った本。このアパートの人達に貸した感想が「まだお経の方が面白い」、「お兄ちゃんの価値観を疑います」等々だったのでこいしちゃんはどんなコメントを残すのか楽しみに思っている。

 一方のぼくはこいしちゃんが持参した漫画を読みながら水道水で喉を潤しているのだった。漫画のタイトルは「めだかボックス」。

 沈黙からどれくらいの時間が経っただろうか。

 ぼくの本を読み終えたこいしちゃんが「疲れたー」と一言を残して、その場で横になった。どうやらあの本は読んでて疲れる本のようだ。ぼくは読まないでおこう。

 さて、「めだかボックス」の次の巻はっと…………あれ?

 

「こいしちゃん。十巻がないみたいだけど」

「んー? どこか行っちゃったみたい」

「そっか」

 

 ぼくは仕方なく十巻を飛ばし十一巻を開く。話の内容は読んでいけばなんとなくわかるものだ。それにこんなのはただの暇つぶし、惰性で読むものがあればいい。

 しばらく読んでいると、こいしちゃんの寝息が聞こえてきた。まさか眠ってしまうとは。とりあえずさっきしまった掛け布団を引っ張り出して、こいしちゃんに掛ける。――――こいしちゃんが目を覚ます。

 

「あ、起こしちゃったかな」

「いーちゃんが乱暴にするからだよ。ボフンって音するって、どんな高さから布団投げたのよ」

「こいしちゃんなら大丈夫かなって」

「適当だなー」

 

 きゃらきゃらと笑って許してくれるこいしちゃんは、きっと天使の生まれ変わりなのだろう。

 ふわーっと欠伸をしながらこいしちゃんは、自分の持ってきた「めだかボックス」の一巻に手を伸ばす。

 

「読み直そっと」

「面白いよね。この漫画」

「どこが好き?」

「ヒロインが万能なところ」

「わかるー」

 

 言いながらこいしちゃんは「めだかボックス」一巻を開き、ページをめくる。内容が頭に入ってるのか怪しくなるほどの速度でめくる。流し読みというやつか。ぼくは本を一ページ一ページ丁寧に読むタイプの人間だから、流し読みを見ると凄いと思う反面、もったいないと思う。せっかくの暇つぶしを。退屈が嫌いじゃないならいいけど。いやそもそも、退屈が嫌いじゃないのは何でもできる時間があるからじゃないか? 何でもいい。

 ぼくは自分の読んでる巻のページをめくる。……落書きが書いてあった。「こいし参上」。

 

「こいしちゃん。これはどういう意味なんだい?」

「ん? 犯行声明だよ」

「声には出てないね。…………犯行?」

「死ぬまで本屋さんに借りることにしてるの」

「泥棒はよくないよ」

「憧れみたいなものだよ」

「心でも盗まれたのかな?」

「そんな素敵な泥棒さんじゃなかったよ」

 

 どこに憧れたんだろう。

 落書きのせいで少し見辛くなっているが、何とかセリフを解読して次のページへ。……また落書きか。「借りてくぜ」。何でこの巻にだけこんなに落書きが多いんだろう。むしろ今までなかったよな。落書き。しかも見辛くはなっているがギリギリ解読できる程度の落書きだ。そこにこいしちゃんの良心を感じる。

 やっぱり根はいい子なんだよな。勝手に人の部屋に上がり込むけど。勝手に布団で寝だすけど。また布団敷いてるし。どんだけ眠いんだよ。

 

「あ、ちょっと寝るねー」

「どうぞ」

 

 諦めることにした。ぼくがこいしちゃんと知り合ってからの教訓。諦めが肝心。

 すぐに寝息が聞こえ始めた。ぼくはそんな彼女を見て、一体どんな教育を受けているんだろうと思った。あまりにも自由人すぎる。常識もないんじゃないか? 

 妖怪には学校はないとはよく言うけど、ないなら作ってもいいんじゃないか。妖怪に不都合がないから作らないのだろうが。ぼくも妖怪になって自由に生きてみたくなった。

 けどなんとなく、妖怪になってもぼくは何かに縛られるんだろうなと思った。

 さっきこいしちゃんと話した法律の話じゃないけど、どんなものにでもルールはある。それは万人に共通するルールであれば、個人の課したルールでもある。万人のルールはそれこそ法律であり、個人のルールは約束なんかがある。おそらくだが、妖怪の世界には万人のルールがないのではないだろうか。だからこいしちゃんはたまに常識外のことをやってのける。それでも常識に沿ったこともするから、万人のルールにこっちとあっちで誤差があるだけなのかもしれないけど。一方、個人のルールはこいしちゃんの中に確かにあるのだろう。その証拠に、こいしちゃんはぼくとの約束を守ってくれている。個人のルールに縛られている。

 あまり考えたくもないけど、ぼくには個人のルールが多いんだろうな。

 …………考えたくないことは考えないことにした。漫画に集中しよう。

 

 

 ※

 

 

 読み終えた。気がつけば夕方だった。十七時。

 こいしちゃんが部屋に来たのが確か、昼前だったと思う。それからぼくは食事も取らず漫画に夢中になっていたというわけか。漫画廃人とはこのことか。本当にそんな人がいるのかは知らないけど。

 気がついてしまえば腹も減ってくる。冷蔵庫に何が入っていたかな…………。うん。これはひどい。もやし。以上。何をすればいいのやら。何か買ってくるしかないのだが……こいしちゃんを一人にしておくのは非常に不安である。いい子ではある。あるのだが、常識がない。何をしでかすのかわからない。よって一人にはできない。

 

「……………………」

 

 かといって起こすのも忍びないぐらいに気持ち良さそうに眠ってる。ううむ。

 よし、決まった。

 起きるまで待とう。読み終わった「めだかボックス」を読み直そう。もし九時まで起きなかったら起こす。それまでは待ってよう。

 それにしてもこの作者、よくもまあ変なことに挑戦したよな。一京個のスキルだっけか。どんな頭の構造になっているんだ。それを全部書く事は当然不可能にしたって、些細なことにまでスキルとして昇華させて何百というスキルを造り出してる。飽きないのだろうか。ぼくには到底理解できないね。

 

「おやおやいーちゃん。二周目突入してるね。そんなに気に入ったの?」

「起きてるんなら言って欲しかったよ。驚いたじゃないか」

「驚いてるなら、どっひゃー! とか言って欲しかったり?」

「言う奴いないと思うけど」

「どこかにいるんじゃないかな。アイエエエって驚き方もあるくらいだし」

 

 わざとらしすぎないか? それ。どこの方言だ。

 ともかく、こいしちゃんが起きてきた。

 

「んっんー。実に、清々しい気分だね!」

「そうだね。晩御飯食べてく?」

「御飯? もうそんな時間なの?」

「イエス」

 

 十八時にさしかかろうとしています。

 

「どうしよっかな。いーちゃんの御飯、家のより美味しくないしなー」

「そりゃどうも」

「…………よし、私が料理を見舞ってあげよう!」

「こいしちゃん。使い方間違ってる」

 

 「見舞う」は主に災いが来たときや、災難にあった人への慰めに使う言葉である。

 この場合の正答は「振舞う」。

 

「とにかく。冷蔵庫の中身見せてもらうよー」

 

 ぴゅーっと駆け足で冷蔵庫に近づき、勢いよく開ける。あまりそんなことされると壊れかねないからやめてほしい。…………それで、感想は?

 

「いーちゃん、もやし炒めでいいの? だったら楽勝ね」

「良くないから今から買い物に行かない?」

 

 こいしちゃん。天然属性入ってるようだ。ぼくの周りに天然キャラっていないから貴重だ。そもそも妖怪属性ってだけで希少種だけどさ。妖怪みたいな人は知らないでもないけど。

 閑話休題。ぼくたちは食材を求めて街へと繰り出したのであった。

 

「ところでこいしちゃん、食べたいものある?」

「その質問をブーメラン。今日は私が作るんだから、私が聞くの」

「特にないかな」

「出ました一番困る返事」

 

 知ってる。

 知ってて言ってる。

 流石にこれは可愛そうだと思ったので、考えてみる。…………今日食べたものとは別にしたいな…………昼は食べずにいたから…………朝何食べたっけ。確かパン。食パンかじってた気がする。

 よってパン以外。米か麺か。どうしようかな。昼を抜いたこともあってお腹も空いているし、麺だと軽すぎないか? ならば米。日本人の主食、ライスといこうじゃないか。それでも選択肢はあり余るほどにある。

 む。ピンときた。

 

「…………じゃあカレーライスをお願いしようかな」

 

 こいしちゃんがどの程度料理できるのかは知らないけど、カレーなら安定だ。作り方も簡単、味も余程のことがなければ食べられるものに仕上がる。おまけにお腹いっぱいに食べることも可能。おおカレー。貴殿は救世主であったか。

 ぼくの最良の一手とは裏腹に、こいしちゃんは不満そうだった。

 

「カレーかあ。中々に普通なチョイスだね」

「変わったものの方が良かったかい?」

「いーちゃんらしいものが良かったな」

 

 どんなものだよ。

 ぼくらしい食べ物。ふと思いついたのが朝に食べた食パンだった。料理じゃないってツッコまれそう。ごもっともである。変わり種というところで考えてみると、昔寝ぼけて作った海鮮丼(鶏肉&人参MIX)が脳裏に浮かんできた。すぐに沈めた。あれはなんと命名するべきだったのか。そのままミックス丼でいいのか。

 

「そうと決まれば、まずは八百屋さんだね」

「いやスーパーに行こう。全部揃うし」

 

 そもそも近所に八百屋を見たことがない。

 スーパーやコンビニが多い今の世の中、果たして八百屋の生きる道とは。

 

「ええー。八百屋ないの? 遅れてるね。…………で、スーパーって何? 頭が金髪になって逆立つやつ?」

「正確にはスーパーマーケットって言う。種類問わず食料品が置いてある店のことだよ」

「いーちゃんは未来に生きてるのか…………」

「ぼくにしたらここが現代なんだけど」

 

 妖怪の世界はどれだけ遅れているのだろうか。ひょっとするとこっちで死語と言われる言葉が流行っているのかもしれない。チョベリバ、とか。

 興味が湧いてきた。けどやっぱりどうでもいいや。そっちに行くこともないだろうし。

 で、スーパー到着。

 ぼくからしたらあって当たり前のもの、スーパーだが、こいしちゃんの目にはどう写っているのだろう。

 

「でっかいねえ」

「八百屋を大きくしたようなものだから」

「けど、八百屋にないものもあるんでしょ?」

「そう。大体の食べ物はあるよ」

「そうなの? 魚いる?」

「いるよ。たくさん」

「わーい!」

 

 魚が好きなのかな? なら今日のカレーはシーフードになるかもしれない。嫌いじゃないからいいけど。

 はしゃぐこいしちゃんと一緒にスーパーに入る。カゴを手に取り、こいしちゃんに見せるために店内を適当に歩くことにした。時間はかかるけど、人が嬉しそうにしているのを見るのは悪いものじゃない。

 こいしちゃんが魚コーナーで二十分も魚を見ているのには驚いたけど。ひょっとしたら妖怪の国には魚がいないのかな、と思い聞いてみると、

 

「魚はいるよ。けど海がないから見たことない魚がたくさん」

 

 らしい。つまりは川魚しか知らないと。ならここにいる魚の大半が知らないものになるわけだ。切り身だけど。肉片と化しているけど。

 いつか、機会があれば海にでも連れて行ってあげようかな、なんてらしくもないことを考えてしまう。そうしたらまた、こんな笑顔を見せてくれるのだろうか。

 そんなことを考えながら、ぼくたちは買い物を済ませていく。結局魚は買わなかった。こいしちゃん曰く、「カレーに魚を入れる文化なんてなかった」とのこと。こちらも機会があればぼくから振舞おう。

 ともあれ馴染みの食材をカゴの中に入れていく。豚肉、玉ねぎ、じゃがいも、人参、福新漬。その後こいしちゃんは生姜やシナモン、ターメリックを買おうとしていたがストップをかけた。今からカレー粉を作ってたんじゃいつ食べれるのかわかったもんじゃない。カレールウを勧めたが、得体の知れないものを使うのは不安だということで(妖怪の世界にはカレールウが存在しないということか)、譲歩して市販のカレー粉を使うことにした。

 

「誰が作ったのかわからないのを使うのは不安ねー」

 

 大丈夫。ぼくがいつも食べてるのは、誰が作ったのかわからないカレールウから仕上げるカレーライスだから。それに比べたらカレー粉の方がマシ……なのか保証できないけど、多分マシだから。

 どうせだったのでこいしちゃん用に甘いお菓子も買っておいた。勝手な偏見だけど、子供は甘いものが好きな気がする。

 とりあえずプリンを買っておいた。

 いつの間にか入れた覚えのないものが入っていたが……こいしちゃん流のアレンジに必要な隠し味だろうか? よく聞くものもあればまさかと言いたくなるものまで入っていたが…………まあ、今日はこいしちゃんに任せると決めたのだ。黙っておこう。

 レジに行き精算している間、こいしちゃんはキョロキョロ周りを見渡しては感嘆の声を漏らしていた。

 

「幻想郷にスーパーを作ろう」

「…………幻想郷? どこそれ」

「私のいるところだよ。八百屋のあるところ」

 

 妖怪の世界ということか。幻想郷ね。

 いい名前じゃないか。

 

「さて、帰ろうか」

「うん。また来ようね」

 

 随分とお気に召したらしい。新しい発見に胸躍るのは人間も妖怪も変わらないらしい。

 帰り道、こいしちゃんがふらふらと色んな店に突撃するのを止めながら、自室へ帰還。

 

「ただいまー」

「おかえり」

「何にするいーちゃん? ご飯? お風呂? それとも、スーパー?」

「何でまた行かなきゃいけないのさ」

「じゃあご飯ね。待っててね」

 

 ぼくからスーパーの袋をひったくるように引っ張ったが、ぼくもしっかり握っていたためこいしちゃんは足を滑らせてしまった。言い訳をさせてもらうと、突然持ってるものを引っ張られたら無意識に取らせまいとするじゃないか。仕方のないこと、仕方のないこと。

 それはともかく。ぼくはこの時初めて、こいしちゃんの妖怪らしいところを目撃した。

 足を滑らせたこいしちゃんは当然転ぶものと思って、ぼくは「あーあ」なんて思っていたのだが、何時までたっても転んだ音はしない。転ぶ気配もない。当然だ。

 

 彼女はその場に浮いていた。

 

 特別なギミックも奇妙なトリックも貴重なミラクルもなく。当たり前のようにそこに浮いていた。

 

「あーびっくりした。もういーちゃん、何でそんなに力強く持ってるの?」

「――――ごめんごめん。突然引っ張られたからさ。はい」

 

 ぼくは袋をこいしちゃんに預ける。笑顔でこいしちゃんは「大人しくしてるのよー」なんて言って行ってしまった。……空、飛んでたな。まあ妖怪だし、出来て当然なんだろうな。

 こいしちゃんが料理する間、とりあえず「めだかボックス」を読むことにした。

 

 

 ※

 

 

「出来たよー」

 

 しばらくしてこいしちゃんの声が聞こえてきた。

 漫画に夢中になっていたためどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、僕の腹はペコペコだ。

 さて、どんな出来になってるかな?

 テーブルの上には二人分のカレーとコップに注がれた水が置いてある。皿に盛り付けられたこいしちゃん製のカレーは、見た目はどこにでもあるカレーだ。そりゃそうだ。カレーライスである以上、見た目が大きく変わることなんてない。ただぼくの作るカレー比べてじゃがいもや人参といった具が小さくなっている。食べやすさ重視だろうか。見た目ではこれぐらいの変化しかない。

 だが一番の注目点は匂いだった。…………キツイ。匂いからして辛そうだ。こいしちゃんのアレンジアイテムは敢えてあまり見ないようにしていた。だから何が入っているのかわからないが…………辛い、ということだけは想像がつく。

 その辛そうな匂いが、ぼくの食欲を一層そそる。

 いいじゃないか。

 まだ味を見てないから断定するのは早いだろうが…………こんな美味しそうな匂いのするものが不味いわけがない。辛抱の限界だ。

 

「いただきます」

 

 ぼくはスプーンを手に取って早速カレーを一口、口に入れる。

 ――――辛い。

 火を吹きそうな、何て比喩はどこででも聞くだろう。だがぼくはそんな体験を今までしたことはなかった。キムチ丼ご飯抜きを頼んだ時でもこれほどの辛さはなかった。なるほど。これが火を吹きそうな状態か。

 ぼくはその辛さを抑えるために咄嗟に水を口に含む。

 

「あ、いーちゃん知らないの? 辛さは水では引かないんだよ? むしろ逆効果になるんだって」

「けほっ……何で水を置いたの?」

「水しかなかったじゃない」

 

 そうだった。

 っていうか、こいしちゃん普通にこのカレーを食べてるけど、辛くないのだろうか。

 いや違う。これがこいしちゃんにとっての普通なんだ。これに慣れきってしまっているんだ。なんと恐ろしい、古明地家の食卓。きっと皆辛いものばかり食べているんだろう。そして辛いものしか受け付けなくなった…………そういうことだったのか。じゃあプリンはダメだったか? 異常に甘く感じるかもしれない。

 まあプリンを食べるかどうかは後で聞こう。今はこのカレーに立ち向かわなくては。

 二口目。

 

「――――っ!」

 

 やっぱり、キツイ。

 水は逆効果と聞いたが(実際辛さが引く気配はない)、かといって何も飲まずにいるのも苦しい。だから水を思いっきり呷ってしまう。

 ふう、と息をつく。何ということだろうか。人間と妖怪の違いはわかっていたのに、味覚を一緒だと思ってしまうなんて。こんなことなら――いや、どうしようもないか。

 とりあえず食べるか。いつしか舌が麻痺するだろう。そうなってしまえばこっちのものだ。

 三口目。辛い。だが、辛さの中に旨みを感じ始めた。一口目、二口目は辛さしか感じなかったものの、三口目となれば辛さにしたが少し慣れてきたということだろうか。辛さの先にあるカレーの味をぼくは感じ始めていた。

 何だろう。癖になってしまう。

 水を飲まずに、続けてもう一口。段々味がわかるようになってきた。

 率直に言おう。美味い。

 

「ふっふっふ。どう? こいし特製カレーの味は?」

「…………うん。いいと思うよ」

「でしょでしょ? ふふん」

 

 手が止まらず、あっという間に目の前のカレーを平らげた。

 おかわりはあるそうだが、やめておいた。中毒になっても困る。そもそも一杯目の量が十分すぎるほど多かったので二杯目が入るかどうかも怪しい。

 スプーンを皿に添え、手を合わせる。

 

「御馳走様でした」

「お粗末さまでした」

 

 こいしちゃんは食べるのが遅い方なのか、まだカレーは三分の一程残っていた。ぼくが早かったということもあるのだろうけど。仕方ないじゃないか、あんなに美味しいのだから。

 ちなみにじわじわ辛さが蘇ってきた。痛い。口の中が痛い。

 ぼくはコップに残っていた水を一気に飲み干し、食器を洗おうと立ち上がる。

 

「あ、いいよいーちゃん。片付けまでが料理だし、私がやっておくよ」

「気にしないでよ。ここまでやってもらったら十分。こいしちゃんはそれ食べてて」

「むう。わかった。お言葉に甘えさせてもらおっかな」

「そうしなさい」

 

 流し場で皿を洗おうと水を出す。…………少し飲んで喉を潤してから皿を洗い始める。

 食材や道具などはもう片付けてあった。自由人はこの辺りも後回しにしがちというか、大雑把なイメージがあったが、こいしちゃんはそれには当てはまらないらしい。それとも人の家だからということで遠慮して――――それはないな。勝手に布団で寝転がるような相手だ。こういう性格なんだな。

 何というか、ちぐはぐだ。

 行動に一貫性がない。一貫性なんてものがある人の方が珍しいけど。大体の人はその場その場で一番無難のことをするものだ。それはある意味一貫性といえるものだけど、「これだけは通す」というものはない。

 妖怪な彼女ではあるけど。

 誰よりもその様は人間だ。

 何と言えばいいのだろうか。良識がなく常識がある、とでも言えばいいだろうか。その二つが曖昧なのかもしれない。だから自分の中のルールに従っているのかもしれない。

 ああ、そうか。そういうことか。

 だから彼女はこんなにも「無邪気」なのか。

 そもそも、邪気なんてあるはずがなかったのか。

 

「いーちゃん? さっきからずっとお皿洗ってるね。綺麗好きなの?」

「――――おやこいしちゃん。いつの間に食べ終えたんだい?」

「いーちゃんが難しい顔しだした辺り。悩み事?」

「まあね。ぼくは悩める少年なのさ」

「悩み? 私でよければ相談に乗るよ?」

「んー。それじゃあひとつだけ、聞いていいかな?」

「ばっちこーい」

 

「こいしちゃんは、人を選んだことがあるかな?」

 

「ないよ。皆大好き」

 

 当然のように言ってのけた。

 そこには「邪気」はない。悪意はない。彼女にとっては当たり前のことなのだから。

 …………そう。当たり前なのだ。

 うん。納得。

 ともあれ、この後はこいしちゃんが「洗い物を手伝う」と言ってくれたが、そこまで年下の子にやらせるのは気が引けるので断った。何とか説得するために適当なことをつらつらと並び立てていたら、ふと反応がなくなったので不思議に思ったら、こいしちゃんの姿はもうなかった。

 いつものことだ。だが今日は、妙に寂しく感じた。

 なんて。

 もちろん。

 

「――――戯言だ」

 

 そうだよな。ぼく。




自分で書いててよくわからなくなることがある。
これが無意識か。
…………はっ。つまり私にも「無意識を操る程度の能力」が!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弾幕パラノイア

どうやったら人気出るんだろ。
今回はそんなお話。


 こいしちゃんを見ていて思うことがある。

 どうして彼女は笑っていられるのだろう。

 もとい、何で笑うのだろう。

 笑顔。嬉しさの表現。敵意の否定。彼女はどっちなのだろうか。

 前者であれば好意の現れだし、後者であればただの処世術だ。

 まあ、もし後者だとしたらほぼ毎日のようにぼくの部屋に訪れる理由がないし、前者だとは思うが。

 しかし逆に、ぼくの方はどうだろうか。こいしちゃんの前でまだ一度も笑顔を見せていないぼくは、なんなのだろうか。嬉しさもなく、敵意を持っているということになるのだろうか。

 人懐っこくぼくを慕ってくれている彼女に対して、そんな裏切りのような想いがあるとでも言うのだろうか。

 ない、と断定はできない。ぼく自身にも自分の心がわからないのだ。元より、自分のことといえどすべてを把握している人なんていないとは思うのだけれど、最近は特にひどい。

 前なんて気がついたら某ハンバーガーチェーン店で一時間過ごしていたこともある。その間、ハンバーガーは二口しか手をつけていなかった。

 何というか、自分を制御できてない。呆けることが多くなった。その理由がわからなくなって、頭の中がごちゃごちゃする。悪循環に陥っているのがよくわかる。

 ふと、自分に起こっているこれと似た話を思い出した。誰でもない、こいしちゃんから聞いた話だ。

 無意識を操る彼女は、自分自身が無意識の行動をとることがあるらしい。夢遊病のような現象が頻繁にあるということだ。ぼくと初めて会った時もそのせいで幻想郷からこっちに来ていたとか。

 その間は当然自分の意識なんてない。無意識だからだ。いつの間にか。気がついたら。行動は終わっている。自分のやっていることをわかっていない。

 今のぼくは、まさしくそれなのではないだろうか。無意識で行動をしているのではないだろうか。人間は元々無意識で行動することはなくはないのだが、最近のぼくは普通ではない頻度でこれがある。夢遊病なのではないかと思ってしまったぐらいだ。もっとも、夢遊病は睡眠時にしか発症しないので、プラスしてナルコレプシーとかいう居眠り病も併発していることになるのだが。…………まあ、今はその可能性は置いといて。

 ぼくが無意識での行動が多くなっている理由、その一端がこいしちゃんであった場合。ぼくはどうしたらいいのだろう。

 もちろん、無意識で勝手に動かれるのはぼくからすれば迷惑極まりないことだ。だから何とかして普通に戻りたい。彼女が意識的にぼくの無意識を操っているのであれば、なんとか説得して解除してもらえばいい。

 だが、無意識で無意識を操っているとしたら? やめてもらうことは出来るのだろうか。

 無意識はいわば潜在的なもの。人が潜在的な生存本能を持っているせいで突然死のうとしても死ねないように、漠然と解除しようとしても出来ないのではないのだろうか。

 ならばぼくから取れる行動は一つだけとなる。彼女から離れる。これが効果があるかどうかはイマイチわからないが、他に打つ手はない。

 で、結局今まで離れられずにいるのだけど。一回だけこいしちゃんに秘密で遠くまで行ったことがあったけど、捕まったし。探知機でも使ってるのかと思った。

 どうやら彼女からは逃げられないらしい。

 それはやっぱり――彼女が、古明地こいしが、ぼくの陰だから?

 …………戯言だな。

 ああ、なるほど。ぼくが笑えないわけだ。

 

 

 ※

 

 

「いーちゃん。パソコンって持ってない?」

 

 いつも通りこいしちゃんは突然現れた。

 ぼくが昼食を食べている時のことだった。本日のメニューはパスタ。ぼくの胃袋が麺類を欲していたので、簡単に作れるものをということで選んだ一品だ。もやしたっぷり。

 とりあえずこいしちゃんに言っておく。

 

「食べてく?」

「大丈夫。お菓子持ってきたから」

 

 見れば、右手に何か持っている。あれは…………最後までチョコたっぷりなチョコ菓子じゃないか。何故か袋で持ってる。一つだけ。確か箱の中に二つの袋が入ってるんじゃなかったっけ。で、袋の中に何本か入ってる。

 食べながら来たな。

 ぼくはパスタを口に入れる。

 

「ねえ。パソコンって知ってる?」

「…………ああ。知ってるよ。残念だけど家にはないんだ」

「ありゃ。ふーむ、どうしよっかな」

「どうかしたの?」

 

 パスタ作りすぎたな。量が多すぎる。食べきれない。

 

「実はね、お姉ちゃんにプレゼントをあげようと思ったの」

「パソコンを?」

「ううん。機械音痴なお姉ちゃんだからね。この前無線機壊したし。……えっと、パソコンで何でも買えるって聞いたからさ」

「ふうん? 通販のことかな」

「そう! 多分それ!」

 

 なるほど。通販でお姉さんが好きそうなものを探して購入しようというのか。

 …………それならばすることは一つ。

 ぼくは残ったパスタを無理矢理胃の中に詰め込む。

 

「あ。いーちゃん、ちゃんと噛んで食べなきゃダメよ」

「むぐむぐ…………ごちそうさま。大丈夫だよ。実はぼくの胃にも歯があるんだ」

「ダウト」

「まあわかるよね。じゃ、行こうか」

「パソコンを買うの?」

「普通にショッピング」

 

 要するにいろんなものを見て回れればいいのだろうから、パソコンに手を出さずともいいんじゃないか、と思ったのだが、こいしちゃんは不満そうな顔を見せてきた。

 膨れっ面。

 

「パソコンがいーの」

 

 そうまで言われてしまったら返す言葉がない。

 どうせお金の使い道なんてほとんどないのだし、あったらあったで便利ではあるか。

 …………よし。

 

「わかった。パソコンを買いに行こうか」

「いえーい!」

 

 ぼくは皿を洗いに立ち上がる。

 否、立ち上がろうとした。

 

「善は急げ、レッツゴー!」

 

 ぼくはこいしちゃんに手を引っ張られた。勢いが良かったため――良すぎたため、ぼくは体勢を崩して倒れ込んでしまった。

 そのままこいしちゃんに引きずられてお天道様と挨拶をすることに。どうもこんにちは。

 なおも止まらずぼくは引きずられたまま移動することになった。

 ちょ、せめて立ち上がらせて! 痛い痛い! ズボン破けるから!

 誰か助けて…………。

 

 

 ※

 

 

「ごめんねいーちゃん」

「…………うん」

 

 ぼくが解放されたのは三分後のこと。こいしちゃんがいつものスーパーに向かおうとしていたので、そっちにはないよと伝えた時だった。「じゃあどこに行くの?」とこいしちゃんが振り返った時、ようやくぼくを引きずっていたことに気づいたようだった。

 立ち上がって、服についた汚れを落としながらどこか破けてないかチェック。…………オーケー。大丈夫。

 こいしちゃんの方を見ると、しょんぼりしていた。叱られると思っているのかもしれないが、ぼくは反省している人に鞭を打つ趣味は無い。

 

「大丈夫だよこいしちゃん。さ、行こうか」

「いーちゃん…………うん!」

 

 いつもの笑顔を見せてくれる。そうだ。やっぱりこいしちゃんはそうじゃないと。

 ぼくは「こっちだよ」と家電ショップへの道案内を始める。

 

「ねえねえいーちゃん。パソコンってたくさんあるの?」

「そうだね。ぼくも全部把握してるわけじゃないけどね」

「どんなの買えばいいの?」

「通販するだけだし、安物でいいよ」

「せっかくだし最新型にしよー」

「話聞いてた? それとも聞く気ない?」

 

 答えは後者だ、という天の声が聞こえた気がする。

 家電ショップに向かう途中、こいしちゃんがパソコンについて色々と聞いてきた。幻想郷にはパソコンがないらしく、好奇心、知識欲旺盛なこいしちゃんとしては気になって仕方ないのだろう。だからぼくの知ってる限りのことを教えた。

 こいしちゃんはいちいち反応してくれるから、非常に話しやすい。実物がないと説明し難いようなところもこいしちゃんが「――――ってこと?」と例を挙げてくれるから教えやすかった。…………こんなに素直でいい子なのになあ。

 

「あ、あんなとこにもスーパーがある!」

「ちょっと待った」

 

 自由奔放すぎるところが玉に瑕だけど。

 目に付いたお店に片っ端から入ろうとする彼女を止めながらも、無事に家電ショップ到着。

 

「着いたよ」

「うわー。パソコンの匂いがプンプンしますな」

「どんな匂いだよ」

「機械臭?」

「油臭いってことなのかな?」

「さあ、いざ入店!」

 

 前にも来たことがあるぼくが率先してパソコンコーナーをこいしちゃんに案内する。その時には冷蔵庫を探しに来ていた。ちなみにこの時点でぼくは最新機種なんて買う予定はない。安物で十分。むしろ自作にしよう。なんだかんだでこいしちゃんも自分でパソコンが作れると知ったら喜ぶだろうからね。

 というわけで買ってきました。

 

「え、何この三分クッキングみたいな省略」

「こいしちゃん。メタ発言注意」

「つい無意識で」

「しょうがない」

 

 無意識。どんな状況でもこの一言には全てを納得させる力がある。

 恐ろしい。

 とはいえ全面的にカットしたのには理由がある。正当な理由だ。

 帰りにこいしちゃんが「もう我慢できない」とばかりに色んなお店に駆け込んでいったせいだ。服屋に始まり、喫茶店、ゲームセンター、バッティングセンター、スーパー、玩具屋と回ったせいで何時間と浪費してしまったのだ。昼に買出しに行ったのに、もう夕日が見えてきてる。

 …………はぁ。

 気を取り直して、早速今買ってきたものたちを机に並べよう。

 CPU、マザーボード、ディスプレイ、キーボード、何故かプリンター、その他諸々。昔もっと細かいパーツから自作パソコンを作った経験があるぼくからの感想は、ここまでやってもらっていいんですか? である。

 

「これを組み立てるの?」

「うん」

「面白そうだね。職人さんみたい」

「やってみる?」

「いいの? というか、出来るの?」

「アドバイスはするし、そう難しいものでもないから大丈夫だよ」

「そうなの? やってみたい!」

 

 無邪気に喜んでくれるこいしちゃん。その笑顔を見れただけで想像以上に軽くなった財布も報われるというものだ。…………自作って安く仕上がるんじゃなかったっけ。何でこんなに高いんだろう。そりゃこいしちゃんの希望に沿って少しはいいやつを作ろうと思ったけどさ、今日の出費で普通にいいパソコン買えそうなぐらい高かった。

 元を取るためにこき使ってやる。

 

「さて、まずはどこから始めようかな」

 

 今はこの時間を楽しむとしようか。

 

 

 ※

 

 

 思いのほか時間がかかった。三時間。パソコンを組み立ててインターネットに繋いだりしている内に、結構な時間が経ってしまった。

 

「へー。色々あるね」

 

 それらの設定を終え、今はこいしちゃんの目的である通販サイトを覗いている。ぼくは女の子が喜ぶものがなんなのかよくわからないから、アドバイスすることもできずにこいしちゃんの隣で画面をボーッと眺めている。

 少し訂正。女の子が喜ぶものはわかる。ただしあまりにも特異だからこいしちゃんのお姉さんの参考にはならないだろう。ナイフに目を光らせたり、骨董品を好んだり、理解し難い性癖だったり。こいしちゃんは妖怪というちょっと変わったものではあるけど、今のところ特殊性癖も見られないから、そのお姉さんもおかしなものが好きということはないだろう。よって、何も言えずに座っている。

 けどねこいしちゃん。こけしをもらって喜ぶ人はあまりいない気がするんだ。

 

「いーちゃんは何貰ったら嬉しい?」

「ぼく? あまり参考にならないと思うけど」

「いいからいいから」

「そうだな…………お金かな。いくらあっても困らないし」

「いーちゃんって友達少ないね」

「断定しないでほしいな。冗談、軽い冗談だよ。ぼくは人から貰えるものなら何でもいいよ。こういうのは気持ちだからね。だからお姉さんへのプレゼントも難しく考えないで、こいしちゃんのあげたいものをあげればいいんじゃないかな?」

「なるほど。けど変なの貰っても何とも言えないのよね。私も前にペットから鹿の剥製貰ったんだけどさ、何にも言えなかったよ。飾ったけどね」

「凄いペットだ」

 

 そして画面に映るこけしとにらめっこ再開。自分で変なのはダメだ、と言っておいてこれである。言ってあげたほうがいいのだろうか。こけしはその変なのに該当するって。それとも、こけしが好きなお姉さんなのか? まさかな。

 ぼくは聞かれたことには答えながら、お姉さんの好みそうなものを探す。何だろう、アクセサリーとかがいいのだろうか。女の子は動物が好きな勝手なイメージ。

 

「こいしちゃん。お姉さんって動物好き?」

「うん。そうだよ。わかるの?」

「なんとなくね」

「けど、家にペットたくさんいるからなあ」

「ペットじゃなくても、アクセサリーでいいんじゃないかな。猫のキーホルダーとか」

「なるほど。早速調べてみよーっと」

 

 こいしちゃんはパソコン初心者なので、誰もが通る道であろうカナ入力で言葉を入れていく。キーボードとにらめっこしながら一文字ずつ入力。その様子を温かい目で見守るぼく。

 何だか兄妹みたいだ、何て思ってしまった。

 時間をかけながらも入力を終え、検索ボタンをクリック。

 

「たくさんだ」

「そうだね。あ、これなんかいいんじゃない?」

 

 ぼくが指し示したのはデフォルメされた猫の顔。可愛らしくはなってるけど、顔しかない関係上それが強調されて多少強面に感じてしまうが…………それがぼくの何かに触れた。

 自信満々にこいしちゃんを見るが、

 

「いーちゃん…………センスないね」

 

 はっきり言われた。がっくし。

 

「私はこっちのほうがいいな」

 

 そう言ってこいしちゃんが選んだのは、猫が描かれている茶碗だった。

 確かに可愛い。

 

「うん。いいんじゃないかな…………」

「…………あー、さっきの引きずってらっしゃる。ごめんねいーちゃん」

「大丈夫」

 

 もちろんそんなことはないのだが。ふむ、鏡の向こう側のファッションをダサいと思っていたことがあったが、自分は大丈夫だとばかり思ってた。しかし悲しきかな、鏡がダサいならぼくもダサいのが当然だったか。

 ショックしかない。

 

「いーちゃん。傷心中申し訳ないけど、これどうやって買うの?」

「えーと。まずは欲しい物のページに飛んで。…………そう、クリックして。って、これさっきぼくが選んだやつじゃないか。これでいいの?」

「せっかくいーちゃんが選んでくれたんだしね。次はどうするの?」

「…………まあいいや。数量を選んで――――」

 

 ぼくは購入法を教えながら、今頭によぎった奴のことを考えた。

 ぼくの鏡の向こう側。一体ではない表裏――――零崎人識。

 この世界でただ一人、ぼくと同じ存在。だった奴。今となってはこいしちゃんもいるのだから、この呼び名は訂正しなくてはいけない。まあ、若干の違いはあるのだけど。

 零崎は鏡で、こいしちゃんは陰だ。

 ぼくと同一でありながら鏡写しのように反対だったあいつは、こいしちゃんを見て何を感じるのだろう。

 鏡に陰はない、なんて言われてしまえば言い返せないけど。

 そういえば、あいつもよく笑ってたな。傑作だ、なんて言ってかははと笑っていた。その辺りはいつも笑顔なこいしちゃんと重なる部分がある。

 なんとなく。二人の会話を聞いてみたくなった。

 零崎とは音信不通かつ向こうが消息不明な以上、どうすることもできないのだけど。

 

「いーちゃん。これでいいの?」

「ん…………オーケー。住所はぼく宛てにしたから、また受け取りに来てね」

「りょーかい」

 

 こいしちゃんが通販を終了していた。最後に全部確認を済ませて、完了。

 暇だしネットサーフィンでもしようかな、と思ったのだがこいしちゃんが「ちょっと遊んでみたい」というので好きにさせることにした。自分が何かをやっている時、人に見られながらするのも気分のいいものじゃないだろうし、ぼくは夕食でも作ることにした。問題があった時には言って欲しい、とだけ伝えて。

 

「わかったよ」

 

 いい返事だ。

 さて、何を作ろうかな。昼は味のないものを啜っていたからな…………こいしちゃんもいることだし、ちょっと豪勢に作ろうかな。

 冷蔵庫には何が入ってたかな。

 

「――――もやしと、八つ橋だと……?」

 

 もやしはわかる。ぼくがこの前の大特価で大量に買ってしまったもやしだ。買いすぎてお隣さんにお裾分けしたことまである。お昼にバカ食いまでした。が、まだ残っている。そのもやしだ。

 八つ橋。何故ここにあるのか。ぼくは買った覚えも貰った覚えもない。そして冷やす。あれ? 八つ橋って冷やすものだったっけ。ぼくは何を考えてここに――――って、ああ。

 なんだこいしちゃんか。ぼくへのサプライズか何かで買ってきて、食べ物は何でも冷やすものだと勘違いしているのだろう。……いいか。このまま置いておこう。

 で、もやししかない。

 …………。

 …………。

 ……………………。

 

「こいしちゃん。できたよ」

「驚きの白さ」

 

 ぼく特製もやし炒め。いい香りが食欲をそそる。しかもこのボリューム……お腹いっぱいのもやしができるな。飲み物にはもやしの味を殺さないためにも水を用意した。これでもやしの味だけを思う存分堪能することができる。しかしそれだけでは飽きることもあるだろう、そう思ってウスターソースを完備。隙を生じぬ二段構えとはこのこと! 心ゆくまでご堪能あれ!

 

「申し訳ありませんでした」

 

 土下座。

 これにはすっとぼけの才能があると自負するぼくも正直な言葉を送るしかない。戯言? そんなものは豚にでも食わせろ。あいつは雑食だから。

 

「――――わーおいしそー」

 

 こいし様、目の焦点が合っておられませんぞ。言葉にも一切の感情がこもっていない。誰しも感情を押し殺したことはあるだろう。ぼくだってある。けど、これほどまでに無感情に吐き出される言葉を聞いたのは初めてだ。実に申し訳ない。何と言ってお詫びしたらいいのか…………。

 そうだ。通販だ。モノで解決させているようで気に入らないが、好きなものをいくらでも買おう。そうしよう。ぼくに出来ることはそれだけだ。……ああ、こいしちゃんの目が死んでる。ぼくの気のせいかもしれないが、目も死んでいて表情筋は機能を停止しているのに怒りを感じる。いや、むしろそれらが機能していないからこそ怒りが見える。

 

「あの……こいし様。ぼくに出来る事なら何でもしますので、何卒ご慈悲を…………」

「何でも?」

「もちろんです。戯言遣いに戯言あれど二言はありません」

 

 嘘である。二言だらけの人生です。

 けど今、この瞬間だけは全て真の言葉だ。

 ぼくは何でもする覚悟がある。覚悟は幸福だって聞いたことがある。どんな困難に立ち向かうことになろうとも、覚悟があるから幸福なんだ。

 どんな無理難題だろうと、覚悟がそれを吹き飛ばすからだ。さあ、いざ!

 第一部、完!

 

「いーちゃん。…………外食行こうか」

「――――え?」

「こんなもやしばかり食べてるからいーちゃんはもやしっ子なんだよ! 大豆なんだよ! いずれ納豆になるんだよ!」

「もやしっ子とは、もやしのように貧弱で高身長、体力がなく色白な子供のことでぼくには当て嵌まらないよ。それにマメ科であっても大豆とは別物だね」

「ファッキューパソコン」

 

 色々と違ってる気がしたぼくはそっとパソコンで調べてこいしちゃんに訂正してあげたのだが、無慈悲。パソコンはこいしちゃんの手でその一生を終えたのだった(強制シャットダウン)。電源ボタンポチっとな。

 こいしちゃんはもやしを手で摘んで、口に放り込む。咀嚼しながら部屋のドアを開ける。

 

「行くよいーちゃん。もちろんいーちゃんの奢りだからね」

「イエッサー」

 

 これ以上の言葉はいらなかった。

 ぼくはこいしちゃんの後に続いて外の世界へと繰り出すのであった。

 

 

 ※

 

 

「――――はっ!」

 

 気がつけば、ぼくは布団で横になっていた。太陽が眩しい。眩しさに目を背けたら、左手の手元にぼくの財布が転がってるのが目に入った。自分の部屋とは言え、財布を無造作に置くのはいかがなものだろう。とりあえず財布を持つ。…………異常に軽い。まるで買ったばかりのようだ。中を見る。

 一円玉が二枚しかない。

 二円。

 これじゃ縁もない。

 

「じゃなくて」

 

 どうしてこうなったんだろう。泥棒にでも入られたかな。戸締りをしてなかったっけか。昨日は…………あれ、昨日の記憶が飛んでる。昼、もやしパスタを食べた。その後は…………そうそう、こいしちゃんが来て…………思い出した。

 こいしちゃんに夕食を奢らされたんだった。いやぼくが悪いんだけど……食事の後も「夜は長いぜ。今夜は寝かせないよ?」とか言って目に付いた店に無造作に突っ込んだのであった。居酒屋、麻雀荘、水族館(閉店済)、レストラン、漫画喫茶、バー、暴力団の事務所。とにかく、そこにあったという理由で次々と入っていっては堪能してきた。ただし最後は除く。

 その後…………なにがあったんだっけ。

 ふと、右隣から声が聞こえた。声というには小さなもので言葉になっていなかったが。

 嫌な予感がする。右を見るなぼく。そのまま起き上がれ。顔を洗って、部屋を出るんだ。

 上記はぼくの心の声だ。が、人間心に耳なんてないのである。よってそんなもの聞こえるはずもなく、ぼくは声のする方へ視線をやる。

 こいしちゃんが寝ていた。

 

「……………………」

 

 思考停止。…………再起動。

 思考再開。

 まずは深呼吸を一つ。自分を落ち着かせてから、布団を出る。こいしちゃんが寒そうに身体を少し震わせていたので、布団をこいしちゃんの上にかけ直す。

 顔を洗おうと立ち上がろうとして、足首を掴まれた。

 この部屋にいるのは二人。その内一人は立ち上がろうとしている。よって足首を掴めない。となると犯人はもうひとりの方となる。

 ぼくはギギギ、と擬音をつけてあげたくなるほどぎこちない動きでその人物――こいしちゃんの方を見る。

 

「うりゅ。…………にゅー……」

「……………」

 

 屈んでがっちりぼくの足首を掴んでいるこいしちゃんの手を外そうとする。

 最初は軽い力で解けるだろうと思っていた。妖怪だかなんだか知らないが、どう見たってただの女の子だ。不思議な力があろうと筋力はないだろうと思った。

 そんなことはなく一切動いてくれなかった。

 こいしちゃんを起こしてその手を離してもらうしかないか……? だがしかし、ぼくはそれが怖い。こいしちゃんが起きるのが怖い。ぼくは自分を信じたい。間違いなんてないと信じたいが、状況が悪すぎる。

 女の子とふたりで布団の中。いやいやいやいやいくらなんでもそんなことがあるはずないだろ!? そんなフラグも伏線もなくぼくが性犯罪者になってるなんてこと…………! 記憶がない以上やってはいことを保証なんてできない。もし、もしもだ。ぼくがやってしまったとしたら? こいしちゃんにその時の記憶があるとしたら? 記憶がないとしても結果が残ってるとしたら? 

 グッバイぼくの人生。最後に幸せな夢を見せてくれてありがとう…………おいちょっと待て。それじゃぼくがそういうことを望んでるみたいになってるじゃないか。そんなはずはない。決して!

 

「ふぅ…………むむ? んー。…………」

 

 頭が混沌と同化したこの瞬間。

 最悪のタイミングで。

 

「…………ふわぁ。…………おはよ、いーちゃん」

 

 こいしちゃんの起床である。

 戯言遣い、最大の危機。

 次回には何事もなかったかのように日を跨いで別の話になってないかな…………。




次回に続くよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イドの解放

サブタイトルと内容、合ってるのかな。
なんとなくでやってるからなー。


 人は危機に直面した時、何を思うのか。

 危機を回避したいと思うだけである。例えその危機の発端が自分であれ、それが仕方のないことであれ、何にせよ人は平穏を取り戻すことを最優先とする。

 そして、その手段は大きく分けて二つ。

 一つは事態を解決する方法。例えば自分が無差別殺人事件に巻き込まれそうになったら、殺される前に犯人を見つけてしまえばいいのだ。犯人を捕まえれば、自分を殺す者はいなくなる。危機はなくなるというわけだ。

 もう一つは逃げる方法。上記の例に則るならば、殺人犯から逃げ続けるということだ。そのままだけど。

 手段は二つあっても結果は同じ。ならばどんな理由でどちらを選ぶのか、だが……実行可能かどうか。あるいは実行後のこと。これらを考える必要がある。

 それらを踏まえた上で、この状況を考察してみよう。問題点を一つずつ挙げるのは探偵の初歩と聞いたことがあるので、それを実践。

 一。昨晩のお店巡りの後、家に帰って寝るまでの記憶がない。

 二。目が覚めたら翌日。財布の中が二円。

 三。更にはこいしちゃんと同じ布団で眠っていた。

 現状は以上だ。そして、これらから推測できることを考えてみる。

 一。つまりは何をしていたのかわからない。故に何をしていたとも考えられる。

 二。恐らくは店巡りの結果だろう。しばらくもやし生活である。

 三。ぼくの本性がロリコンである可能性。否定したい。否定する。否定させてください。

 最大の問題点は三番だ。これはつまり…………そういうことだろうか。「ゆうべはおたのしみでしたね」という意味だろうか。ふむ、それなら一番の疑問も解決……してたまるか。

 つまり。ぼくは受け入れるという方向性以外でこの問題を解決したいわけだ。全部ぼくの勘違いで済ませたいのだが、いかんせん状況が悪すぎる。ぼくがぼくを信じられない。よって、ここは最悪のシナリオを前提に話していこうか。ぼくが性犯罪者と化してしまった場合の話。

 逃げるという選択肢はどうだろうか。もう全部忘れてどこか山奥で余命を過ごそうじゃないかという案。実行可能か。できるだろう。今でこそこいしちゃんに足首を折れそうなぐらい握られているが、戯言にまみれたぼくに不可能はない。脱出は正直、いつでも可能だ。

 問題は実行後。一回だけこいしちゃんから逃げたことのあるぼくの経験からすると、絶対捕まる。そしてこう言われるだろう。「責任とってよ」。なんという呪い。憐れ、ぼくは彼女から逃げ切ることはできないのだ。

 ここで最初に振り返ろう。逃げる以外の選択肢。事態を解決する。ぼくが認知する……ダメだ。これは解決じゃない。その場の空気に流されるというんだ。諦めるというんだ。

 何かあるはずだ。何か……!

 

「いーちゃん? どうしたの?」

「…………何でもないよ。それよりこいしちゃん。その手、離してくれるかな?」

「手? なんの…………ありゃ、しっかり掴んでるね。ごめんごめん」

 

 眠そうに目を擦りながら、そう言ってあっさり手を離してくれる。ん? もしぼくの妄想が真実なら、相手を逃がすようなことはしないのではないか? つまり全てぼくの被害妄想ということに――

 

「いやー昨日は凄かったね」

「やっぱりか!」

 

 そうは問屋が卸さなかった。ぼくの方に記憶がなくてもこいしちゃんが覚えている。言い逃れはできない。

 いっそのこと、彼女に確認取るか? 凄い怖いけど。……そうだ、このまま悶々としていても何も変わらない。今のところぼくは自分の中で全部解決させている気がする。それじゃダメなんだ。周りの声をしっかり聞いて、問題を再認識。問題がなければオーケー、問題があるならみんなと解決する。協力、協調の精神だ。

 聞くぞ。昨日何があったのか。聞くぞ、聞くぞ、聞くぞ!

 

「こいしちゃん」

「どうしたの?」

「昨日のことだけど、さ」

「うん」

「…………もやしって美味しいよね?」

「…………そうだね。けど量がおかしかったよね?」

「すいませんでした」

 

 言えない。言えるわけがない。

 何て言えばいいんだ。くそっ。こんな前読んだラノベみたいな勘違い系のストーリーなんて誰も望んでないんだよ。誰だよ、人の不幸で飯が美味いなんて言った奴。お前の望んだせいでぼくがこんな目に合ってるの、わかってるのか。

 ええい、次だ。人はやり直すことができる。

 

「こいしちゃん」

「どうしたの?」

「昨日のことだけど、さ」

「あれ? デジャヴ」

「…………ぼく、昨日の記憶が飛んでるんだけど、何があったんだっけ?」

 

 い、言ったぞ。ちょっと曖昧な聞き方になってしまったけど、これでもしぼくが思ってたことがあったとしたらこいしちゃんがキレかねない質問だったけど、それでもぼくは言った。

 こいしちゃんは頭の上に「?」が浮かんでそうな表情だったけど、ぽつりぽつりと昨日のことを話してくれた。

 

「えっとね、もやしまでは覚えてるの?」

「うん」

「その後は外にご飯食べに行ったんだよ。回らないお寿司」

「マジっすか」

「大マジっす。それで……いろいろ回ったからなあ。どこ行ったっけ…………ああ、お酒も飲んだよ」

「ほ、ほう」

 

 酒。アルコール。……マズイ流れだ。

 てかこいしちゃん。酒飲んでいいの? 店員さんはそれを許したの?

 

「他……魚見に行ったよ。暗かったの、残念だったなー」

 

 それは閉店してたからです。

 さっきからぼくが覚えてることばかりだ。……杞憂だったか? 多分そういうことがあったら真っ先に言うだろう。そうでないということは、ずばり、何もなかったということだ。

 

「――――あ、そうだそうだ。それとね」

「ん? 何を?」

「帰ってきてから一緒にお風呂入ったよ」

 

 ……………………。

 ……………………?

 ……………………!?

 

「気持ちよかったよ」

「ちょっと待った」

「うん。わかった」

 

 ヤバイやつだこれ。

 ぼくはあれか。こんな少女と一緒に入浴したというのか。

 犯罪者、いーちゃん。少女を部屋に連れ込み、一緒に風呂にまで入る。これは言い逃れできない。

 

「どうすればいいんだ……これじゃ行為はやってなくとも犯罪じゃないか…………」

 

 考えろ。人は考えるのをやめたら終わりだ。ぼくにとっての理想は「全部嘘でしたー」なんだけどそうはいかない。いや待てよ? 入浴だけだったら黙っていれば済む話なのでは?

 

「こいしちゃん。その時のことはぼくたちだけのシークレットだ。オーケー?」

「え」

「…………何その反応」

「ナンデモナイデスヨー」

「まさか、もう誰かに言ったの?」

「言ったというか…………伝えたといいますか?」

 

 人生終了。ぼくはこれからロリコン性犯罪者という汚名を背負って生きていかなくてはいかなくなってしまった。生き地獄とはこのことか。

 ぼくはゆっくり立ち上がり、山篭りの準備を始める。

 

「あ、あのー。いーちゃん?」

「何がいるかな……。お金はいらないだろうし、サバイバル道具だな。ナイフは必須かな」

「おーい。聞こえてますかー」

「…………ナイフ一本でいいんじゃないか? 後は全部現地調達で」

「…………えい」

 

 太腿を殴られた。

 痛い。

 

「こいしちゃん。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。話聞いてよー」

「ごめんごめん」

「どうかしたの? 死んだ眼が腐敗した眼になってるよ?」

「どっちのほうがいいのか判断に困るね。ぼくはね、こいしちゃん。君にはわからないかもしれないけど、世間的には最低な行為を働いたんだよ」

「ふむふむ。箸を使って寿司を食べてたことかな?」

「それはどっちでもいいと思うけど。普通はね、家族でもない限りは、男女が一緒にお風呂なんてとんでもないんだよ。ましてや年の差がこんなに開いてる。ロリコン認定される。社会的死刑宣告待ったなし」

「なんとまあ。じゃあ私もそのロリコンになるの?」

「それは違うよ。ロリコンっていうのは年下の女の子に欲情する変態のことだよ」

「いーちゃんは変態だったというオチ?」

「そうじゃないと思いたい」

「曖昧だね」

「確信がない」

 

 …………はぁ。どうしよう。ぼく自身にその自覚はなかったけど、それはつまり自覚のない変態ということだ。一層手をつけられない。今後も無意識で同じ事件を起こしたらどうしようか。

 自首、牢屋、孤独……これだ。

 

「ちょっと警察行ってくる」

「ストップいーちゃん」

 

 玄関に向かって歩こうとしたところで、こいしちゃんに止められる。

 こいしちゃんはと言うと、昨日作ったパソコンを不慣れな手で操作していた。

 

「どうしたの?」

「ロリコンっていうの調べてみたけど、いーちゃんには当て嵌らないよ?」

「…………気を使ってくれてるの? ありがとう。けど、このままいたらまた犯罪に走るかもしれない。こいしちゃんの気持ちは嬉しいけど、ぼくはやっぱり――」

「そりゃいーちゃんが私を誘ってーとかだったらアウトだけどさ、私がいーちゃんをお風呂に入れたもん」

「――――へあ?」

「つまり、ここにいーちゃんの意思はない。ロリコンとは違うってことだよ。QED」

 

 ……………………。

 まさかの急展開!?

 

「え、ちょ、こいしちゃん? どういうこと?」

「落ち着いて落ち着いて。ほら、深呼吸ー」

「大丈夫、落ち着いてる。…………で、説明お願いできるかな?」

「了解。まずはね、私たちはバーに行きました」

「行ったね。普段はぼくお酒は飲まないけど、飲まされたね」

「プレッシャーには勝てなかったよ。実に美味でした。で、いーちゃんはほろ酔いさんでした」

「うんうん」

「酔った勢いでいーちゃんは怖い人のところに行きました」

「暴力団事務所入ったのぼくだった!? ほろ酔いどころじゃなくない!?」

「いーちゃんが殴られそうになったところを、私がくすねてきたお酒で事なきを得たんだよ」

「助けてもらって言いたくはないけど、人のお酒を取ったら泥棒。わかった?」

「いーの。で、お酒を取られて不機嫌ないーちゃんは怖い人のところから出てやけ酒に走りました。お酒は私が盗ってきたやつね」

「…………あれ? 泥棒はこの際いいとして、あれ? 何だか嫌な流れ……」

「何ということでしょう。いーちゃんはその場で眠ってしまったのです」

「やっぱりか! 何だったんだよ昨日のぼく!」

「何だかいーちゃんは苦しそうに病院がー、とか言ってたけど寝言だと思って私はいーちゃんを連れてこの家まで戻ってきました」

「それ多分急性アルコール中毒! 前になったことがあるからわかるけど! 最悪ぼく死んでたのかよ!」

「無事家に着いたけど、いーちゃんは呼吸をしていませんでした」

「臨死体験してたのか」

「いーちゃんの目を覚まさせようと私は頑張りました。いーちゃんにヘドバンさせました」

「殺意しか感じねえよ!」

「そしたらいーちゃん、体内のものをすべて吐き出しました」

「ちなみに言っておくと、酔ってる人間に吐かせるのはやめましょう。吐瀉物が喉に詰まって死ぬことがあります」

「で、私はパソコンでどうしたらいいか調べながら後始末をしたんだよ。いーちゃんの汚れた服を脱がせて、お風呂に入れて体洗ってあげたりね。部屋も掃除したし」

「…………なるほど」

 

 色々突っ込んではいたけど、ひとまず納得はした。

 記憶が飛んでるのは酒のせい。風呂に入った云々も介護してもらってた。あと気になる発言もその時のもの、と。謎は全て解けた。

 つまり。ぼくは何の間違いも犯してはいなかった!

 よかった…………本当に、本当によかった……。ぼくはまだ、生きてて良いんだ。

 

「ありがとうこいしちゃん。何度でも言うよ。ありがとう……こいしちゃん」

「どういたしまして。あ、いーちゃんお腹空いてない?」

「んー……そうだね。お腹の中空っぽになってるんだろうな」

「だと思って、実は食事を用意してあります!」

 

 こいしちゃんはトテトテと冷蔵庫を開けに行く。その中から出てきたのは……コンビニ弁当だった。

 

「え? 弁当? どうしたのこれ?」

「ふっふっふ。パソコンを味方につけた私に好きはなかったのだよワシントン君」

「ワトソン君ね。どういうこと?」

「吐いた後、お腹が空くだろうと思ってね。何買ったらいいのかなってパソコンで調べたらこれが出てきたんだよ」

「…………え、何で?」

「ふふん。けどいーちゃん、お風呂入ってお湯かぶっても起きないんだもん。とりあえず食べ物は冷蔵庫に入れとけば間違いはないと思って冷やしといたんだ」

 

 こいしちゃんからの説明を聞き流しながら、ぼくはそのパックの上に貼り付けてある値段を見る。……うわ、こんなにするんだ。まあ結構の量があるし、値段もそれに見合ってお高くなるよな……。

 …………ふむ。

 

「こいしちゃん。これの代金は?」

「いーちゃんの財布から引いといたよ」

「そっか」

 

 ぼくは昨日の夜で、一体どれだけの金を飛ばしたのだろう。一体何日分の生活費を失ったのだろう。

 得られたものは平穏で、失ったものは未来だった。

 バイトか何かしようかな。

 

「いーちゃん。早く食べようよ」

「そうだね。……あ、割り箸はないんだ」

「私が貰っといたよ。はい、いーちゃんの箸」

「ありがとう」

「いただきます」

「いただきます」

 

 蓋を開ける。…………うん。予想通りに中々の匂いだ。辛味が匂いから伝わってくる。

 何で激辛弁当なんだよ。こいしちゃんが辛いの好きなのは以前のカレーでわかってたけどさ、ゲロった人に食べさせるにはスパイシー過ぎないか? まあいいや。食べよう。

 …………うん。辛いには辛いけど、あのカレーを知ってるぼくの敵じゃない。というか、この弁当、ほとんどキムチじゃないか。このメンチカツに見せかけたキムチ、これどうやって作ってるんだよ。衣もキムチじゃないか。どうしてぼくはこんなにキムチに好かれてるんだろう。別に好きなわけじゃないのに。

 

「ねえねえいーちゃん」

「うん」

「さっきロリコンについて調べてた時にさ、思ったことがあるんだけど」

「うんうん」

「恋愛って何?」

 

 恋愛か。

 中々難しそうなことを考えるな。ぼくもよくはわからないんだけど……ふむ。

 

「錯覚、なんて言われたりするよね」

「ってことは、気のせいってことなの?」

「気の迷いだね。恋に恋する、聞いたことない?」

「お姉ちゃんが言ってた。私が恋したいって言った時にね」

「そういうことだよ。相手のことなんて見ずに、恋をしたいから相手を愛する」

「じゃあ、錯覚じゃない恋ってあるのかな?」

「……………………」

 

 ぼくの頭に、心に常に見えていた少女がいる。

 何故そうなったか。恋か? 否、それは彼女がぼくに呪いをかけていたからだ。自分しか見えない、呪いを。

 ぼくには本当に彼女をそこまで想っていたかわからなかった。当然、それが恋と言えるのかもわからなかった。今でもわからないけど。

 仮にその感情を恋としてみよう。彼女しか見えてなかったのだから、彼女が何よりも優先されるべき存在だったのだから、そう形容しても問題はない。

 では、それは錯覚であったのか?

 本当に、彼女の呪いが全てだったのか?

 ぼくは、どう思っていた?

 

「……………………」

「…………いーちゃん?」

「…………わからないね。ぼくは恋したことがないもんで」

「そうなの? 青春しなよ」

「こいしちゃんだって経験ないんだろう?」

「まあね」

「…………戯言だね」

 

 ぼくたちは、同時に食事を終えた。

 

「ごちそうさま」

「ごちでした」

 

 ゴミ箱に二人分の弁当箱が捨てられた。

 こいしちゃんはまたパソコンに向かっている。あんまり夢中になりすぎると視力を落としたり、様々な弊害があるから気をつけて欲しいものである。

 ぼくは特にすることがないから、ボーッとさっきのこいしちゃんの質問について考えてみることにした。

 恋、か。

 人を好きになったりすることはあったけど、それは恋と呼べるものだっただろうか。もっと低俗な、もっと凡庸な、もっと滑稽な、そんなものな気がする。

 そんな気がする、ということは恋とはとても呼べるものじゃなかったんだろう。もし恋をしていたのなら、そんな風には思えないだろうから。何せ、恋は盲目とも言うからね。他のことなんて見る気も考える余裕もないだろう。

 錯覚と盲目。どちらも見ることに関係している。つまりは、恋をすれば見える景色が変わるのだろうか。それが錯覚なのだとしても、盲目なのだとしても、それをわかっていても、その景色はきっと、とても綺麗なものなのだろう。

 ぼくにも、その景色が見えるだろうか。感じられるだろうか。

 こんな、欠陥製品に。

 結論を出さずに適当に思考を切り上げようとしたところで、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 

「…………誰だろう」

 

 ぼくの知り合いでインターホンを律儀に鳴らす人は限られている。たまに律儀な人を騙る赤い人がいるけど、それも最近は来ていない。だからこそ危険かもしれないが、むしろあの人だったら早く出ないとマズイ。

 

「はいはい、今行きますよー」

 

 ぼくは若干ダッシュでドアを開ける。

 宅配便の人だった。小さいダンボール箱を手にしている。

 

「お荷物をお届けに来ました」

「ああ、ありがとうございます」

「ハンコかサイン、お願いします」

「はいはい」

 

 ぼくは宅配便の人が持ってきたボールペンで名前を書く。

 

「…………はい、ありがとうございました」

「お疲れ様です」

 

 荷物か。送り先は……通販サイトか。

 昨日頼んだこいしちゃんのお姉さんへのプレゼントだな。

 

「こいしちゃん。お姉さんへのプレゼントだよ」

「もう届いたの? はっやーい!」

 

 パソコンから離れずに、ちょいちょいっとぼくに手招きしてくる。

 持って来いということか。

 前はもうちょっと遠慮があった気がするんだけどなあ。どうしてこうなってしまったんだろうか。ここを第二の実家として認識し始めたのか。

 そこまでリラックスしてもらえるのは嬉しいことなのやら、叱るべきことなのやら……。

 

「…………はい」

「ありがと。開けてみていいかな?」

「ぼくのじゃないしね。好きにしたらいいんじゃない?」

「オープン」

 

 ダンボールの中には、注文通りのキーホルダーがあった。……ふむ、画像で見たのより何というか……あれだな。気持ち悪いな。ぼくにセンスがないことが証明されてしまった。うーん、画像で見た時は良いと思えたんだけどな。

 こいしちゃんも「ないわー」みたいな目をしていた。

 

「ないわー」

「口でも言うんだ。ぼくに追撃するんだ」

「私はあんまり好きじゃないけど、いーちゃんはこういうの好きなの?」

「…………正直、ぼくもないわー状態です」

「欲しいって言ったのいーちゃんでしょ」

「欲しいとは言ってなかった気がするな」

 

 言ってないよな?

 こんなのどう、って勧めただけだよな?

 

「うーん。困ったなあ」

「そうだね。これをもらって喜ぶ人はいないだろうし……どうするの? お姉さんのプレゼント」

「ん? ああ、そういう話だったね」

「…………こいしちゃん。何か企んでる?」

「滅相もありません」

 

 絶対何か企んでる。

 あれか。あわよくば自分が貰おうとしていたのか。プレゼントと偽って自分のものにする気だったのか?

 それこそ、ないな。こいしちゃんがそんなことする子だとは思えない。

 

「むむむ…………あれ、このキーホルダー、簡単に剥がれちゃうね」

「メッキが? 本当だ。妙に安いから気にはなってたけど、不良品だったわけだ」

「…………閃いた」

 

 こいしちゃんが立ち上がって、猫キーホルダーを持って外に飛び出した。

 

「こいしちゃん? どうしたの?」

「また来るよ!」

 

 あっという間に姿が見えなくなってしまった。

 …………何か今回、ぼくずっと置いてきぼりだった気がする。

 いつものことだから、もう気にしないことに決めた。




いーちゃん視点ってホントめんどくさいな。
こいしちゃん視点も相当だろうけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖怪ポリグラフ

深秘録楽しすぎてやばいな。
こいしちゃんのモーションがいちいち可愛くってもう!


 今日で四日。こいしちゃんがぼくの部屋に訪れていない。

 こいしちゃんにも事情があるのかもしれないけど、そもそもすぐに来るなんて約束もないけど。

 何で来ないんだろう。あれか、前にぼくが迷惑をかけてしまったことが原因か。吐いたせいか。後始末を全部こいしちゃんに丸投げしたせいか。うん、ありえる話だ。

 …………その時のお礼がしたくて、ケーキの作り方、覚えたんだけどなあ。こいしちゃんがどこにいるのかわからないから、向こうが来てくれるのを待つしかない。幻想郷なんて地名、調べても出てこないし。

 はぁ。

 

「退屈だな」

 

 退屈は嫌いじゃなかったはずなのに。

 今はこの時間が、妙に寂しく感じる。つまらなく思える。

 何だか女々しいぞ。今日のぼく。昔みたいに適当に一日過ごしていればいいだけのに。環境が昔に戻っただけなのに、ぼく自身はあの頃のようにはなれない。

 人は前に進むしかない、ということか。

 けど前向きに聞こえるその言葉は、過去を切り捨てて生きていくという意味にもなる。

 それは本当に前向きなのだろうか。未来だけを見て、過去を諦めているのではないのか。

 その生き方は正しいのだろうか。

 少なくとも、ぼくはそんな生き方はしていない。できない。

 こいしちゃん。君はどうなんだい?

 

「…………」

 

 答えはない。

 そういえばぼくは、こいしちゃんのことを殆ど知らないんだな。かれこれ結構な期間こいしちゃんと一緒にいるのに。それはぼくが知りたいと思わなかったからなんだけど、いざこうして考えてみると、気になってくるもんだな。

 妖怪で、幻想郷ってところから来ていて、無意識を操れる。スーパーがお気に入り。あとお姉さんがいる。

 ……………あれ、これだけ?

 こいしちゃん、自分のことあまり喋らないからなあ。ぼくも人のことなんて言えないけど。それはぼくと同じ、話したくないのだろうか。それとも話せることがないのだろうか。どっちにしたって、聞かれていい思いはしないか。じゃあ結局は現状維持だな。互いに相手のことをよく知らずに、今まで通りに付き合っていく。

 何か、嫌だな。よくわからない相手といることが? 違う。そうじゃないけど、何かが、嫌だ。

 …………そうか。こいしちゃんが彼女に似ているからか。

 ぼくを縛り続けていた青色。

 ぼくに呪いをかけた少女。――――玖渚友。

 玖渚とこいしちゃんが、似ている。ぼくのことをいーちゃんと呼ぶし、無邪気なところもそっくりだ。思えば身長だって大体同じぐらい……玖渚の方が大きいか? まあそれぐらいだ。

 そうだったのか。ぼくはまだ玖渚が頭に残り続けているのか。

 それが恋なのかはわからない。わからないけど、ぼくがまだ玖渚を想っていることは間違いなさそうだ。今でも、玖渚がぼくの全てなのか?

 違う。それは違う。玖渚も大切だ。けど、全てじゃない。もう、彼女はぼくを縛ってはいないのだから。

 ぼくは、成長したのだから。

 …………最後に会ったあの日から、一度も会ってないな。

 会いに行こうかな。

 …………ダメだ。行けない。玖渚を置いて前に進んだのはぼくのはずなのに。動くことを決めたはずだったのに。ここぞという時に動けない。

 どうしたらいいのか、わからなくなる。…………こいしちゃん。こんな時こそ、ぼくを操って欲しい。無意識で行動させて欲しい。頭で考えてもわからないんだ。

 君みたいに、本能で動かしてくれ。ぼくがどうしたいのか、ぼく自身がわからないんだ。

 

「――――戯言だよな」

「何の話?」

 

 不意に、隣から声が聞こえた。

 声がした方を見れば、こいしちゃんが当然の様にそこにいた。

 いつもと同じ衣服。いつもと同じ笑顔。いつもと同じ光景。

 

「いや、何でもないよ。ただの独り言」

「ふーん。ね、いーちゃん。良い物あげよっか?」

「…………?」

 

 ふふんと嬉しそうに帽子の中から手のひらサイズの何かを取り出した。……その帽子がポケットか何かのように使われてるのは突っ込まないでおこう。

 それは、形はこの前通販で届いたキーホルダーだった。

 ぼくのセンスの無さが露呈した大事件の産物。

 ただし、それは形だけの話だ。ぼくが買ったのは猫の顔がドアップで描かれたものだったが、こいしちゃんの手にあるそれには、デフォルメされたこいしちゃんが描かれていた。

 

「じゃじゃーん! 残念ないーちゃんキーホルダーを私色に染め上げたのだ!」

「え…………っと、これ、どうしたの?」

「察しが悪いなあ。前のアレ、メッキがすぐ剥がれちゃうやつだったでしょ? だから全部剥がしちゃってね、私が新しく作ったの」

「こいしちゃんが? え、そんな技術あったの?」

「何と失礼な質問。こんなの女子力だよ」

 

 マジかよ女子力凄いな。

 そして、わかった。

 こいしちゃんがしばらく来れなかったのは、これを作ってたからなのか。ぼくに渡すために。

 ……………………。

 

「いーちゃん? 泣いてるの?」

「違う。これは汗だよ。さっきまでホラー映画見ててね、その冷や汗が今になって流れてきたんだ」

「そうなの? いーちゃんも可愛いところあるね。よしよし」

 

 頭を撫でてくれる。少し気恥ずかしいところがあるけど、こんな良いプレゼントされたのは初めてだ。言葉にできないくらい嬉しい。言葉の代わりに目から水分が出てしまっている。涙じゃなくて、汗だけどね。

 それが収まるのに少し時間がかかったけど、何とか平常時まで落ち着いてくれた。

 

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ぼくはそっと貰ったこいしちゃんキーホルダーを財布の中に仕舞おうとした。

 サイズが合わなくて入らない。

 どこに入れとこうかと思って、とりあえずポケットの中に入れておいた。

 

「そうだこいしちゃん。ぼくからも君にプレゼントがあるんだ」

「へ? あのいーちゃんが私に?」

「ぼくのことを何だと思ってるんだ。……ちょっと待ってて。今から作るから。パソコンでも触ってて」

「はーい。わくわくするね」

 

 期待に応えて見せようじゃないか。

 ぼくからのプレゼントは、手作りケーキだ。チョコレートケーキ。材料、作り方、準備は完璧だ。

 ちらりとこいしちゃんの方を見ると、パソコンの画面に集中している。切り替えが早い。パソコンが好きなだけかもしれないけど。

 さて、作りますか。

 

 

 ※

 

 

 ――――よし、デコレーションもオーケー。完成だ。

 出来上がったチョコレートケーキを運ぶ。

 

「んにゃ? わわ、凄い!」

 

 こいしちゃんも目を輝かせて喜んでくれている。そんな大袈裟に喜んでくれると、作った甲斐があるというものだ。正直作りすぎたかなと思える量作ってしまったけど、この分なら食べてくれそうだな。うん。

 ワンホールを二人は流石に多いと思ったけど、大丈夫だろ。

 

「いーちゃんの女子力も侮れないね」

「ひょっとして、その言葉気に入った? 女子力」

「ノーコメント。食べていいの?」

「もちろん」

「わっはー。いただきまーす!」

「召し上がれ」

 

 フォークでケーキを次々と口に入れていく。

 前から思ってたけど、幻想郷ってこっちと同じような文化なのだろうか。けどスーパーやパソコンを知らなかったところを見ると、少し時代遅れって感じか。……田舎ってこと?

 田舎者にもフォークの使い方はわかるのか。バカにしすぎだな。すいませんでした。

 反省しよう。

 

「美味しい! まさかいーちゃんにこんな才能があったなんて」

「今までは本気じゃなかっただけだから」

「そうなの? いつも本気でやればいいのに」

「疲れるだろ? それに、本物の強者はいつもは30%の力でいるものさ」

「…………ふうん」

「信じてないような目をしないでくれ」

「どっちを信じてないと思う?」

「両方」

「正解」

 

 あっという間にワンホールのケーキはこいしちゃんの中へと消えていった。

 流石に早くない?

 

「あー、久しぶりに食べたよ」

「そっちにはケーキはないのかい?」

「あるよ? 私が言ってる久しぶりは、食べ物の話だよ」

「…………ずっと食べてなかったの?」

「キーホルダーに夢中になっちゃって」

「不健康だよ。ちゃんと食べなきゃ」

「はーい。ごちそうさま」

「お粗末さまです」

 

 ぼくは片付けを始める。

 

「手伝おうか?」

「いいよ。こいしちゃんはゆっくりしてて」

「ありがと」

 

 …………。

 …………。

 …………。

 終了。

 

「あ、終わった?」

「たった今ね。何か用でもあった?」

「うん。これ見て欲しいんだけど」

 

 こいしちゃんが指したのはパソコンの画面に映るとあるサイト。

 妖怪特集と書いてある。

 

「幻想郷の人なのかな?」

「どうだろう。何も妖怪は幻想郷にしかいないわけじゃないだろう?」

「わかんない。ま、いっか。…………私のこと調べてみよっと」

「そういえばこいしちゃんってどんな妖怪なの?」

「覚って知ってる? 心を読む妖怪。それが私だよ」

 

 読心。

 前に出会った超能力者が同じことできてたけど……そうか。彼女は妖怪だったのか。

 そうじゃなくて。

 

「心が読めるの?」

「え? 私はできないよ?」

「………ん? それっておかしくない?」

「何が?」

「いやだって…………心を読める妖怪なんだよね?」

「そうだよ」

「読めるんじゃないの?」

「違うよ?」

 

 ……………………まさか、騙されてる?

 妖怪ジョークなのか?

 

「そろそろネタばらししようか」

「是非」

「私たち覚妖怪には第三の眼があります。……ほら、これだよ」

 

 そう言ってこいしちゃんが手にしたのは、いつもこいしちゃんが身につけてる触手付きブルーベリー。……あ、言われてみれば閉じた眼に見えなくもない。

 閉じてる。つまりは機能していない。なるほど。これがこいしちゃんの言う心が読める妖怪だが心が読めないという謎の正体か。

 

「えっと、この眼で相手の心を読むんだけど」

「閉じてるから読めない、ね。本当みたいだ」

 

 心が読めるならそんな説明は必要ない。何せ、ぼくはこいしちゃんが言葉にする前にその答えに辿り着いていたのだから。わざわざ言葉にしたということ、それが何よりの心が読めない証明だ。

 

「で、何でわざわざ閉じてるの? 無闇に使っちゃいけないとか?」

「ううん。見たくないから見ないの」

「なるほど」

 

 心を見る。読心術。

 一見便利そうに見えるそれだが、人の心なんてそもそも見てて気持ちの良いもののはずがない。そんな綺麗なものが見えるなら、誰も争ったりはしない。真っ黒いものがあるだけだ。

 第三の眼が開かれていた時、こいしちゃんはそれを真っ向から受け止めていたのだろう。こんなに純粋な子だ、それを受け流す術もなかったのだろう。

 ぼくはそっと、こいしちゃんの頭を撫でた。

 

「んぅ……いーちゃん、ちょっと乱暴」

「ごめん。優しくするから」

「ならよし。…………ありがとう」

「ただの自己満足さ」

 

 そう、こんなのは自己満足。

 こいしちゃんに慰めろと言われてるわけじゃない。だけど、彼女の心情を考えると勝手に手が出ていただけだ。思い込みで可哀想な人だと決め付けての行動なのだから、むしろ同情するなと言われても仕方のないことだと思う。けど、こうして受け入れてくれている。……本当に優しい子だと思う。

 だからぼくは、君を――――。

 

「ねえこいしちゃん。眼を閉じて、良かったと思う?」

「んーん? まあ、どっちもどっちかな」

「…………他の覚妖怪にバカにされたり、とか?」

「それはないよ。というか、私が知ってる覚は私とお姉ちゃんだけだしね」

「あ、そうか。きみが覚ならお姉さんも同じか。お姉さんはきみのことをどう思ってるのかな」

「心が見えないからなんとも。けど、優しいよ」

「そっか。お姉さん、好き?」

「大好き」

「なら大丈夫だよ。知ってる? 人って、自分を好きになってくれた人が好きになるんだって」

「妖怪だけど」

「…………妖怪でも嬉しいことは好きでしょ? 好きになってもらえることは嬉しいことだからね、それが伝わってるなら相手も自分を好きになってくれるのさ」

「それ、前言った恋は盲目の話と一緒じゃない?」

 

 あ、本当だ。

 慰めるために言った言葉が前言った話とつながってしまった。

 盲目。つまりは錯覚、気のせい。しまった。これじゃ慰めにならないじゃないか。むしろ逆効果になってないか? ここにきて記憶力の無さが足を引っ張ったか。

 

「盲目。盲目かあ。恋は盲目ならぬ、こいしは盲目だね」

「…………?」

「ほら、眼が閉じてるからさ。何も見えない、盲目ってわけでね? というか思いついたギャグに対してその冷たい反応やめてほしいな。私が滑ってるみたいじゃない」

「大丈夫。こいしちゃんは滑って転んでも、飛べるから」

「浮いてるって言いたいの?」

 

 ノーコメント。

 けど少なくとも地に足が付いてるとは言えないな。

 まあ、こいしちゃんがぼくのフォローのためにそんなくだらない冗談にもならない戯言を言ってくれたのは、感謝している。まさかあれが本気なわけないだろうしね。

 まさかね。

 

「さっきはいーちゃんの質問だったから、次は私から質問していい?」

「いいよ。何が聞きたいの?」

「ずばり、好きなタイプは?」

「いわタイプ」

「ポケモンじゃなくて。好きな女性のだよ」

「…………さあ、何だろうね」

「わかんないの?」

「恋とかには疎いもので」

「憧れとかもない? 目を惹かれるものっていうのかな」

「…………そうだね。憧れなら一つ」

「ほうほう?」

「人類最強の請負人」

 

 恋愛対象って意味でこいしちゃんは聞いてるのは百も承知だけど、憧れというのならぼくは彼女を選ぶ他ない。

 誰よりも赤く、誰よりも強く、誰よりも甘いあの人。

 人類最強、赤き制裁、死色の真紅、砂漠の鷹、疾風怒濤、仙人殺し。後は、まだ何かあったかな。異名には事欠かないあの人のことだから、まだあるのだろう。今でも増えてるかもしれない。

 そんな彼女、哀川潤。

 

「人類最強…………いーちゃんは、強い人に憧れるの?」

「ちょっと違うような……まあ、大体そんな感じ」

「ふうん。強いって何?」

「哀川さんに言わせれば、最強って聞かれる内は最強じゃないんだってさ」

「見ただけでわかるってこと?」

「うん。きっとこいしちゃんも会えばわかると思うな。会わずに済むに越したことはないけどさ」

「そんな危ない人?」

「間違ってない」

「けどいーちゃんは憧れてる」

「あの人の生き方に憧れて、あの人の強さに焦がれて、あの人になりたいとまで思ってる」

「…………」

「まあ、戯言だよ」

 

 そう、戯言だ。

 他人になるなんて、そんなこと天才でもない限りはできない。ましてや哀川潤だ。ぼくなんて足元にも及ばないだろう。

 けれども。近づきたいと思ってることは確かなわけで。

 それはやっぱり、ぼくが憧れてるということなのだろう。

 

「まあいいや。じゃあ次、いーちゃんのターン」

「あれ、そういう流れ?」

 

 以前にも経験したな。このターン制で質問をするやつ。

 あの時のことは思い出したくない。

 

「そういう流れだよ。ささ、どうぞどうぞ」

「うーん。じゃあこれだ、こいしちゃんの無意識を操る能力って覚であることと関係してるの?」

 

 関係ないような気がして、ちょっと気になったこと。

 覚はこいしちゃんの話でも、今話しながら見てるサイトでも心を読むことしかできない妖怪だ。無意識を操れるなんてことは書いてない。当然だが、このサイトを立ち上げている人だって全部知ってるわけでもないのだろう。だから記述ミスも考えられるのだが…………何か質問しろと言われて最初に思い浮かんだのがこれだ。だから何も考えずに聞いた。愚かにも、聞いてしまった。

 その考えなしの結果、こいしちゃんの顔が悲しみを浮かべさせてしまった。

 

「…………うーん」

「ごめん。やっぱり、さっきのこいしちゃんの質問をお返ししようかな? こいしちゃんの好きなタイプとか――」

「いいよ。私もいーちゃんに話したかったし」

「…………無理はしないでいいよ。ぼくも別に知りたかったわけじゃないから」

「私が話したいの。それとも、聞いてくれない?」

「…………わかった。でも、言いたくなかったらそこで終わってくれていいから」

「ありがとう」

 

 こいしちゃんは少し溜めて、意を決したようにぽつりぽつりと話し始める。

 

「私が眼を閉じたのは、周りの皆の心を見たくなくなったから。人も妖怪もなんだけどね、良い事だけ考えてる奴って数えるぐらいしかいないんだよ。お姉ちゃんとかね」

「……………………」

「そのお姉ちゃんにしたって、私の前ではそうなんだけど、他ではどうなんだかわからないんだけど」

「こいしちゃん」

「わかってる。私が信じてないだけなんだって。心なんてそう簡単に変わるものじゃないんだよね。あの人の前ではこうしよう、あの人ならこうしようなんて、できっこないんだよ。だから、お姉ちゃんにしたって私のことを想ってくれてたんだから、その気持ちは本当なんだって思いたい。けどね、出来なくなっちゃった」

「どうして?」

「人を騙すことばかり考えてる奴を知っちゃったから。そいつは人間だったんだけど、思ってもいないこと言って、やって、人に取り入ってくような奴だったんだよ。そうやって仲間を増やしていくような奴。その実、心では、周りの人のことを見下してる。後々利用してやろうとかそんなこと考えてたよ」

「…………ろくでもないね」

「ホントにろくでもない。私は許せなくなったの。そのことを周りの人に教えてやろうと思った。けど、周りの人達の心を見たらそんな気なくなっちゃった」

「……………………」

「どうしてか。皆わかってるんだよ。そいつの言ったことが嘘ばっかりだって。例えば一人の女性を容姿を褒めた。綺麗ですねって。正直言うよ。私はその女性をあんまり綺麗じゃないって思った。お腹は出てるし、目に隈は浮かんでる。髪だってボサボサで手入れなんてしてないの。……今になってみれば、そう言うのがマナー、社交辞令ってやつだってわかるんだけど、当時の私は知らなかった。だから、そんな嘘をつく理由がわからなくって、許せなくって」

「……………………」

「その女性はありがとう、なんて言ってたよ。口ではね。じゃあ本心は? 怒ってたよ。社交辞令っていうことがわかっていても、心は受け入れられなかったんだね。その女性は自分の容姿がコンプレックスだったの。今のお腹が出てることとかじゃくて、その前から。私は昔からその女性のこと知ってたからわかるんだけど。そのコンプレックスが原因でストレスを抱えちゃってさっきみたいなことになったんだけど……それはいいや。ともかく、心と声が別物だったのね」

「……………………」

「確かにその、ありがとうまでが社交辞令っていうのもあるんだけど、それ以上の理由があるったの。仲間はずれにされたくないから。怒るっていうのも大事なことなんだけど、どうしたって怒られた側は萎縮しちゃうからね。怒りを聞き入れてない場合はさておき、そうなっちゃうもんだから人間関係にちょっとしたヒビが入っちゃう。そのヒビを直せればいいんだけど、直せないんだよ。どう取り取り繕っても、上から何かを被せても、その時のことを忘れることなんてないんだから。心からの友達になんてなれない」

「……………………」

「だから怒れない。そんな傷跡なんて残したくない。そして笑うんだよ。…………おかしいよね。お互いに嘘を吐いてるんだよ。そしてそれが当然になってる。その後も話を見てたんだけど、結局その会話で誰も本心を言わなかったよ。相手を持ち上げて、表面上だけの付き合いを始めてるの。子供の頃は素直だったその女性なんだけど、こんなに汚れちゃってる。そりゃ何も言えなくなっちゃうよ」

「……………………」

「ねえ、そんなに欲しいの? 友達。もちろん私も欲しいよ。けど、そんな作り物の友達なんて欲しくない。友達ってそういうことじゃないでしょ? もっと、お互いにわかりあってるものでしょ? こんな表面上だけの付き合いを友情なんて言わないでしょ?」

「……………………」

「孤独は嫌だよ。誰だって嫌だ。だからそうやって仮初の友達をたくさん作るんだ。孤独をなくすために、お互いに仮初の友達を求めてる。利害の一致だね。だから相手を騙すし、喜んで騙される。…………こんなバカな話がある? 同じことを思って、同じことを想ってるのに嘘を吐かなきゃいけないなんて。私は確信できるよ。ちゃんと話し合えば、本当の友達になれるって。親友になれるって。けど、それをしないの」

「……………………」

「臆病だから? 恥ずかしいから? 信じられないから? 違う。全部違うんだよいーちゃん。中には確かにそういうことを思ってる人もいたよ。けどそれは全部逃げ口上、本心は別にあったの」

「……………………」

「面倒だから」

「……………………」

「それだけだったんだよ。結局のところ、皆そう思ってる。ちょっと褒めれば友達が出来るのに、何でわざわざそんな手順を踏まなきゃいけないのかって、本気で思ってるんだよ。そもそも友達を作る目的が自分の安心のためだしね、簡単に済ませたいんだよ…………狂ってるよ、こんなの。悲しいよ、そんなの」

「……………………」

「ごめん。もうちょっと長くなっちゃうけど、止められない」

「大丈夫だよ。こいしちゃんの辛かったこと、全部聞いてあげるから」

「…………うん。ありがとう。私はね、この時に思ったの。人の心なんて読んでもしょうがないって。だって、上っ面の言葉を誰しもが真実にしてるんだもん。それが嘘でも皆が本当って言ったら本当になっちゃうんだもん。なら、私の見た物って何? それこそが何の意味もない戯言だよ」

「……………………」

「それともう一つ。こっちがいーちゃんの聞きたかったことだよね。無意識に沈みたいって思った。無意識ってね、何も考えないことなんだよ。ただあったもの、起こったことをそのまま認識して、感じた通りに行動するの。これっておかしいと思う? 違うんだよ。極端な話になるけど、さっきの人間の話ってこういうことだよね。相手の言葉をそのまま受け取ってる。私はね、そんな愚者になりたかったの。深読みする頭もなく、知ろうとする欲もなく、目の前に見えるものだけが私の世界。…………眼を閉じるきっかけになったのは別のことだし、無意識を操る程度の能力なんて呼ばれることになったのも後の話なんだけど、この出来事が私のターニングポイント。今の私の土台の一つ。

 ねえいーちゃん。一つ聞いていい?」

「なんだい?」

「私って、おかしいのかな?」

 

 …………。

 ぼくは、こいしちゃんの言う狂った人間だ。人と繋がっていたいと思う。孤独は嫌な、臆病な戯言遣いだ。そんなぼくの視点だと、こいしちゃんはおかしい。言ってることはわかるけど、間違っている。

 けどぼくは、そんなこいしちゃんの嫌いな嘘吐きだから。

 座れば嘘吐き立てば詐欺師、歩く姿は詭道主義。それがぼくだ。

 だから。

 

「おかしくないよ。こいしちゃんの言うことはぼくにもよくわかる」

 

 こいしちゃんは笑って、

 

「ありがとう」

 

 と言った。

 




というわけでね。
神秘録やってきマース


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫌われ者のフィロソフィ

クライマックス前偏


 こいしちゃんは妖怪だ。

 ぼくは人間だ。

 だから感じ方が違うのは当たり前だ。ぼくたち人間の当たり前が彼女たち妖怪にはわからないなんてのは当然だ。

 昨日こいしちゃんが話してくれたことを思い出す。こいしちゃんが目を閉じるきっかけ、無意識に身を落とす理由。心を読めるが故に知った矛盾。

 こいしちゃんはとても辛かったのだろう。それはそういうものだ、と受け入れられない純粋さ。弱さとも言えるそれのせいで、まるで宇宙人の中にでも放り込まれたかのような生活をしていたのだろう。

 さぞかし辛かっただろう。

 …………そういえば。あの時こいしちゃんは人間を例に挙げていたが、あの言い方だとまるで妖怪相手にも同じような感覚を味わったかのような感じだった。お姉さん相手にも信じられないと言っていた。一番の身内である姉にさえそんな思いがあったのなら、他の妖怪も人間同様に見えたのではないか。

 …………いや待て。その事件の時からこいしちゃんは無意識に身を預けていたのではないか? 今のように無意識に呑まれてしまっている訳ではないだろうが、その時点で無意識になりつつあったのではないだろうか。

 だからこそお姉さんが信じられなかった。あの時も疑問に思っていたのだが、心が読めるというのはそういうことだ。信じられない、即ち真実とは思えない。だが心が見えるこいしちゃんならば、真実がそのまま目に映るはずなのではないか。それが出来ないていないということは……既にこいしちゃんは、瞳を閉じていたことになる。

 ただし、無意識にはなれていない。なれていたならそんな風に疑問を覚えることもないだろう。彼女の望む無意識は愚者のことだ。何も考えていない者、それが彼女の求める無意識であり、今の彼女だ。

 の、はずだ。

 だというのに、お姉さんを信じれなかった。ならあの時の彼女は、心を読める覚と無意識を操る愚者の間の状態だったということか?

 ……………………彼女は、古明地こいしは。

 

 いつから無意識だった?

 

 もしかしたら。これはあくまでも推測だが、もしかしたら。

 最初から無意識の片鱗を持っていたのではないだろうか。

 他の妖怪に対しても人間たちに見るような「わからないもの」があった。それは心が読める覚妖怪特有の感覚なのかと思っていたが、違うのか?

 無意識の片鱗を持つ、古明地こいしだったからなのか?

 持って生まれた性のように、他者とはそもそもわかり合えないモノだったのか?

 ――――ああ、そうか。そういうことだったのか。

 何のことはない。彼女はぼくと同じ異端だったというだけの話だ。

 才能、と言ってもいいかもしれない。

 ぼくの持つ、人を狂わせる才能と同じものを彼女も持っている。

 そういえば。ぼくのこれを無為式なんて名付けた人がいたっけ。

 出来過ぎた話だよな。まったく。

 

 

 ※

 

 

 こいしちゃんが遊びに来た。

 昨日の話をしている時とは打って変わって笑顔を浮かべている。

 無理してるんだろう。あんな辛いことを話してまだ一日だ。割り切れてるとはとても思えない様子だったし、ぼくに心配かけまいとしてくれているのが見てわかる。

 だからぼくもいつもと同じ調子で、

 

「やあ」

 

 とだけ言っておいた。

 

「やあいーちゃん。今日も変わりないようで」

「人は変わらないものさ」

「時代は変わってるのに?」

「置いてかれてるからね」

「ふうん」

 

 何ていつも通りの戯言を交わして、こいしちゃんは最近の定席、パソコンの前に陣取る。

 ぼくはコップに水を注いでこいしちゃんに手渡す。

 

「ん、ありがと」

 

 一気飲み。

 パソコンの電源を付け、起動するまでのちょっとした時間にこいしちゃんは「んー」と寝起きの人みたいに腕を伸ばす。……本当に寝起きなのかもしれない。

 こいしちゃんに返されたコップに水を入れ、もう一度こいしちゃんに手渡す。

 

「もういらないよ」

 

 若干困惑したように言った。ふむ、流石にいらないか。

 とりあえずぼくが飲んだ。

 

「あ、間接キスだ。やーらしー」

「それは古い人の考え方だよ。今では友好の証としてどこでもやってるんだ」

「そうなの? 今度お姉ちゃんにやってみる」

 

 ごめん嘘なんだ。恥ずかしいから咄嗟に吐いた嘘なんだ。

 そんな純粋な目でぼくを見ないでくれ、こいしちゃん。汚れたぼくにはその目は眩しすぎる。

 コップを洗って、パソコンを操作するこいしちゃんの横に座る。

 

「今日は何を見てるの?」

「ホラー」

 

 妖怪がホラーを調べるのか。

 

「…………いーちゃん。貞子って何?」

「有名なホラー映画の主役だよ。確か、井戸の中から出てくるんじゃなかったかな」

「それお菊さんじゃない?」

 

 ……………………。

 あれ? 貞子って井戸から出てきてなかったっけ。テレビは確実に覚えてるんだけど…………でもお菊さんも井戸だしな。皿数えるやつだったよな。落語にもあるやつ。……ん? あれ、こんがらがってきた。

 

「いーちゃん、どうしたの?」

「自分の記憶に語りかけてる」

「答えてくれないよ」

「それもそうだ」

 

 考えるのをやめた。

 そもそもぼくの記憶力を頼るなんてありえなかった。人の名前すらまともに思い出せないというのに。

 ……………………記憶力、か。

 こんな話を聞いたことがある。

 人は物事を完全に忘れることはない。記憶を脳の片隅に追いやってしまっているだけなのだと。曰く、それが忘却というエリアだそうだ。ここにあるものは何かのきっかけで意識的に記憶できる場所――記憶領域に戻ることがあるのだが、それがないのではあれば動くことはない。これは、記憶領域には限度があり忘却には限度がないことに由来する。だからいらないと判断されたものは次々と記憶領域を離れ忘却に送られる。

 つまりはいらないものをゴミ箱に捨てているということだ。この例えだと必要に応じてゴミを漁ることになるけど、間違っていないからいいだろう。

 で、ぼくの場合だ。記憶力が悪いということは、見て感じた物事の殆どをいらないものであると、ゴミであると判断しているということになる。行った場所、人の名前、共にした日々。それらをぼくはなんとも思わなかったということだ。

 或いは。ぼくの記憶領域が極端に小さいのかもしれない。何も覚えられない人間。それは結局、大半のことを覚える必要がないと言っているのとどう違うのだろうか。覚えないということは、何も知らないということで。何も知らないということは、普通であればありえないことだ。

 当然だ。生き物である以上、何かと関わらずにはいられないのだから。外の世界と関わらずにはいられないのだから。そうなれば外の世界が目に映る。それを記憶する。認識と記憶は一緒だ。目に映るのであれば記憶される。忘却に行くか、記憶領域に残るかは別として、だ。

 何も知ろうとしないということは、何も見たくないということではないのだろうか。記憶領域が小さいということは、何も認識したくないということではないだろうか。

 ならばそれは人として生きることへの否定だ。誰とも関わらないを選んでいるのだから。

 人間失格、零崎人識はぼくをこう呼んだ。

 

 ――――欠陥製品、と。

 

 それは記憶力の欠陥に限ったことではなく、ぼくのあまりに薄弱すぎる意思のことを指していたのだろう。ぼくのあまりに欠けすぎている人間性のことを指していたのだろう。生への無頓着。これはぼくの過去からの逃避だと思っていた。多くの人を殺し、壊し、終わらせてきたぼくにできることなのだと、そう思ってきた。

 違うんだ。これはぼくの本能とも言える自殺衝動だったのだ。全てを台無しにする才能に起因する、終焉を望む本能。

 そして。これは彼女にも同じことが言える。

 古明地こいし。ぼくが勝手に自分の「陰」であると感じた彼女。

 彼女からいつも何か感じることはあったのだが、それは漠然とした不安のようなものだった。見てはいけないものを見てしまった、背筋の凍るような感覚。殺人鬼の殺害現場に居合わせてしまったような、犯してはならないもの犯してしまった感覚。

 その正体が昨日の話でわかった。彼女もぼくと同じ、自らの生きることを否定しているのだ。

 自ら覚妖怪であることを否定し、そして生き物の常識であるはずの集団化からの逃避。

 欠陥製品。

 そして、それらの基である無意識。

 ぼくの全てを台無しにする才能、無為式。

 無意識と無為式はある一点においては一致する。狂わせる概念であるということは。そこにあるだけで迷惑な方程式。

 ただし。ぼくは周りを狂わせ、こいしちゃんは自らを狂わせてしまった。ただそれだけの違いだ。

 ……………………。

 どうしたことだろう。同じ存在だからだろうか。それともまた別の何かだろうか。

 ぼくは彼女を救いたいと思ってしまったのだ。

 傷の舐め合い? 結構。

 大きなお世話? 結構。

 それでも。

 古明地こいし。

 ぼくは君を救う。

 

「こいしちゃん」

「ん? なあに?」

「昨日の話は覚えてるかい?」

「…………そりゃね。私が話したんだから」

「今度はぼくの話をしよう」

 

 そう前置きし、昨日のこいしちゃん同様に一気に捲し立てる。

 

「ぼくには周りを狂わせる才能がある。呪いと言ってもいいかもしれない。無為式、なんて言うんだけどね。他にもイフナッシングバッドなんて呼び名もある。要はいるだけで周りに迷惑をかけるってことだ。それだけ覚えてくれればいい。呼び名なんてどうでもいいから。

 どんな風に狂わせるか。全てが最悪になる。台無しになる。物語の一ページを破るようなものだ。積み立ててきた積み木を崩すようなものだ。足を引っ張る呪い、それも間違っていないだろう。…………とにかく、何事もなるようにならない。それがぼくという存在なんだ。

 そのせいで、これまでたくさんの人を殺してきた。壊してきた。何の罪もない人が終わってきた。ぼくがそこにいたから。ぼくがいなければ笑っていられた人が、表情を変えられなくなった。しかもね、ぼくが強く想うほどに壊れちゃうんだよ。例えば相手が好きだったり、例えば相手が嫌いだったり。そんな感情が余計に場を掻き乱すんだ。

 だからぼくは何も感じないようにしようと決めた。ただ一つ、ぼくが誓ったことだ。誰も好きにならず、誰も嫌いにならない。何も想わなければ、ぼくという呪いは最低限だ。誰も壊さずに済むんじゃないかって思った。だからぼくは何も感じない。今でもこの誓いはある。そして今後も、ずっと。

 …………こいしちゃん。君もこれと似たような経験をしてないかい?」

「……………………ないよ? もしかしていーちゃん、私も壊れちゃうんじゃないかって心配してるの? 大丈夫だよ。私はずっといーちゃんの傍にいるから。なんたって妖怪だからね! そう簡単には壊れないよ」

 

 そう言って、笑う。

 また笑う。

 どうして君は笑えるんだ?

 

「ぼくが言いたいのはね、そうじゃないんだ。君だってわかってるだろう? ぼくが君を狂わせてるという話じゃない。君が君自身を狂わせているってことを言いたいんだよ。特に、無意識を操れるようになってから。君の無意識はぼくの無為式の反転だ。周りを狂わせるんじゃなくて、自分を狂わせる。けど見える景色は一緒だ。狂うってことは普通じゃないということだから。狂人の視点で常人を見れば、それは狂人が常人になり、常人が狂人になる。…………もう隠す必要はないよね。こいしちゃん、君はこっち側だ。間違いなく、狂人だよ。

 気を悪くさせちゃったね。ごめん。けど、君には知ってて貰わなくちゃいけないことなんだ。それから目をそらしたいのはわかる。眼を閉じたくなるのはわかる。ぼくだって同じだ。自分から逃げ続けていた。でもそれじゃダメなんだ。無意識に逃げてちゃダメなんだよ。

 いつも笑っているのもそうだ。君はそうやって自分をやめようとしている。泣きたくてしょうがないのに笑う。泣くことを知らない愚者のように。無知を装ってもダメだ。無意識を纏ってもダメだ。こいしちゃん。君が辛いのはよくわかるよ。

 君は自分と周りが違うのが怖いんだろう? だから愚者になろうとしたんだろう? 君が嫌悪していると言っていた人と同じになりたかったんだろう? 君が本当に嫌だったのは安易な道に逃げる人なんかじゃない。君が呆れていたのは嘘を平然と吐く妖怪なんかじゃない。他ならぬ、他人と違う自分が嫌だったんだろう? 人の心が読めて、相手の本心が手に取るようにわかって、それで気づいたのは本当のことがわかってもしょうがない、なんてことじゃない。自分の考えと相手が違うということだ。それだけならよかった。自分と相手が違うのは当然のことだから。けど、複数の人間の心を同時に読んで気づいてしまった。その複数の人間の気持ちが一致していることに。違っているのは自分だけだということに」

「……………………」

「お姉さんの言葉を信じられなくなったのもそれが原因だ。君は心が見えるといっても、自分の心はわからないんだろう? お姉さんと一緒にいて、お姉さんの心はわかる。けど自分の心がわからない。だから、お姉さんと自分の気持ちが一緒かどうかなんてわからない。もちろん、それはお姉さんは読めていたんだろう。こいしちゃんが悩んでいることも、こいしちゃんの気持ちも。お互いにそれを言葉で伝え合えばそれでよかったはずなんだ。お違うに嘘を吐いてるかもわかるんだから。けどそれはなかった。互いに切り出さない。…………それは何故か? 

 まずこいしちゃん。君はこの時点で、心が読めない、あるいは読み辛くなってたんじゃないかな? 完全に眼を閉じたのはこの先かもしれない。けどもう既に、心を知りたくないと願ってしまっていた。自己の否定だ。病は気からって言葉がある。気の持ちようで病気も治るって話なんだけど。つまりは自分の思い込みで身体にまで影響を及ぼすってこと。プラシーボ効果ってやつさ。それに加えて、君の中の無為式。十分に第三の眼に悪影響だったはずだ。だから君はお姉さんに聞くのをやめた。結局確認なんて取れないってことだからね。

 じゃあお姉さんはどう思っていたか。こいしちゃんに自分で気づいて欲しかったんだよ。こいしちゃんが勘違いしているということに」

「……………………どういうこと?」

 

 ここに来て、こいしちゃんの声に怒気が混じった。

 顔を伏せ、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「私が、勘違い? 違う、私は正しいよ。正しい正しい正しい! だって、皆一緒なんだよ!? 同じことを思って、同じことを話して、同じ顔で笑うんだよ!? 私だけが一緒じゃなかった! 心が見えても、理解できないの! 私が違うんだよ!」

「そう、こいしちゃんは違う。さっきも言ったけど、君はこっち側の人間だ。断言しよう、誰も君を理解できない」

「だったら!」

「皆一緒。…………本当にそうだったのかい?」

「そうよ! 昨日も言った通り、全員仲間を作るってことで一致してたんだよ!」

「そうだね。それは心が読めるんだから間違いないだろう。じゃあもう少し聞こうか。その人たちは、ずっと一緒だった?」

「――――――――え」

「違うだろうね。こいしちゃんが違う場面でのその人たちの会話を聞いて、見ていたかどうかは知らないけど、違うはずだよ。その時はその時で全員別のことを考えてただろうね。…………結論から言おう。

 たまたまだよ。

 一応理屈はあるんだけどね。例えば1+1って問題を複数人に同時に聞いたとしよう。その答えは全員同じになるだろう? 二だ。こいしちゃんが見たのはこれと同じだ。たまたま、皆が同じことを考えるタイミングで心を見てしまっただけだ。

 大数の法則。…………コインってあるだろう? それを投げて表か裏かを当てる。ちょっとやってみようか。…………はい。表。表が出た。これで現状、表の確率が100%だ。だからこれは表しか出ないコインだ、なんて言えるわけがないよな。たまたまだ。偶然、表になっただけだ。試行回数を稼げば表と裏の確率は約半々になる。けどこれは何回もやらなきゃわからない。一回だけじゃさっきの通りだ。こいしちゃん、君のもそういうことじゃないか?」

「……………………」

「そのグループの心はその時しか見てないのかもしれないけど、もちろん違う人たちの心だって見てきてるんだろう? その心は一致してたのかい? 違っただろう。君は悪いところだけを見ている。そこだけを見て判断している。仕方のないことだけどね。善行っていうのは言ってしまえば当たり前のことだ。少なくとも世間はそういう風に見ている。人助けしなくちゃいけない風潮だしね。そしてそれは誰しもが生まれた時から脳に染み込んでいる。無意識の中に入り込んでいる。だから人助けできない、しないことに後悔なんてするわけだ。本来、人助けはやれば立派なことなんだけどね。それを強要している社会のせいで当たり前になっている。

 さて、さっきの話に戻そうか。悪いところっていうのは、悪行っていうのはマイナスだ。それに対し、善行がプラスになっていないんだよ。ゼロになってしまっている。だからどんなに人のいいところを見てもいい人だなと思うけど、ゼロのまま。なのに悪いところを見ればゼロにマイナスが入ってマイナスになる。どんなにいい人でも悪行一つで悪人さ」

「……………………」

「お姉さんはわかっていた。こいしちゃんがただ思い違いをしているだけだって。こいしちゃんだけが違うなんてことはないってわかっていた。けど、それをこいしちゃんに伝えることはできなかったんだよ」

「どうして」

「その時点でお姉さんはこいしちゃんが心を読めるものだと思ってるからさ。言っただろ? こいしちゃんが人と違うことは確かなんだって。そんな君に対してあなたは皆と一緒だなんて言えるかい? 生きるポリグラフ、嘘発見器に。こいしちゃんの思うことは違うけど、人と違うことは否定できない。あまりにグレーゾーン。もちろん無言でも心は読めるにしても、かといって何て言えばいいのかもわからない。…………いや、ひょっとしたら伝わってるものだと思ってるから何も言わなかったのかもしれない。とにかく、その無言をこいしちゃんは肯定と受け取ってしまったわけだ。それも含めて、全部勘違いだ」

「――――じゃあ、どうすればいいの?」

 

 こいしちゃんの声には、先程のような力はなかった。

 何の感情もこもっていない、ぼそぼそとした声。うっかりすると聞き逃してしまいそうになる。

 

「教えてよいーちゃん。いーちゃんの言う通りだよ。私は、皆と違うことが怖かった。違うってことは、一人ってことだから。一緒だったら笑えるのに、一人だと笑えないの」

「…………こいしちゃん。君は最後に一つ、勘違いをしている」

「……………………」

「君は一人なんかじゃないってことだ。人と違うことは、ましてやぼくたちのような欠陥品は間違いなく孤独だよ。けどそれは理解者がいないっていう意味でしかないんだ」

「解り合えないのに一緒になれるわけないよ。いーちゃんは強いからわかんないんだよ。わからない相手と付き合うのが怖いって。だから私は無意識になった。愚者になる」

 

 どうやら本当に愚者になってしまったらしい。

 彼女自身にとっても大切な相手。彼女のことを大切に想ってくれている相手。その存在すらも忘れようとしている。

 無意識とは彼女の最大の敵であり、彼女を守る盾だ。…………何て皮肉だろう。乗り越えるべきものに縋り続けるなんて。

 それはまるで、以前の自分を見ているようで。

 正直、腹が立った。

 無為式のせいにして。全部から逃げ出して。

 ぼくは君を救わなくちゃいけない。ぼく自身が変わるために。ぼくの陰である君を。

 

「じゃあこいしちゃん。どうしてお姉さんは君を想ってくれてると思う?」

「…………お姉ちゃん?」

「そう、お姉さん。まさか忘れるつもりじゃないだろうね? 忘却に送るわけじゃないだろうね。仮に送ったとしても、すぐに戻すけど。……あのね、理解と愛情は別物なんだよ」

「わからないよ」

「理解と愛情の関係なんていうのは、愛を形にするために相手を理解し、自分を理解してもらう。それだけでしかないんだ。そう、一目惚れっていうのがあるだろう? そこに理解なんてない。理解なんてのはその後なんだ。相手と一緒にいるために、解り合うんだ」

「わからないよ」

「けどね、本当はそれすらも必要ないんだ。思い出して、こいしちゃん。君が家に帰った時、お姉さんが笑顔で迎えてくれているはずだ。それはこいしちゃんが見た人間みたいな打算からの笑顔じゃない。心からの笑顔なんだ。お姉さんはいつでも君に対して最大の愛情を向けてくれている。わかるだろう?」

「わからないよ」

「…………ああ、やっぱりダメだ。こういうのは性に合わないな」

 

 ただ率直に思ったことを言うなんてぼくらしくもない。

 ぼくはただぼくらしくあろうじゃないか。これではこいしちゃんと同じじゃないか。自分を否定し、殻に閉じこもるだけだ。

 戯言を弄するか。そんなもので人を動かすことなんてできない。だから、ぼくに出来ることは――――

 

「わかった。わかったよこいしちゃん。じゃあこうしよう。君がわかってくれるまでぼくはずっと君の傍にいる」

「……………………?」

「こんなこと言うまでもなく、ぼくと君は一緒なんだけどね。陽と陰、それがぼくたちだ。…………どうしてぼくが陽になれたと思う? 元々じゃない。こいしちゃんが言ったように強いわけでもない。ただ光があっただけだ。それも一つじゃない、たくさんの光だ。全方位から来るもんで、眩しすぎて困るぐらいなんだけどね」

「……………………」

「そんなのがあったんじゃ影に引っ込むことなんて出来やしない。まったくもって大きなお世話だったよ」

「……………………」

「だからこいしちゃんにもそれを味あわせてやる。ぼく自身が光になって、こいしちゃんを照らし続けてやる。陰になんてさせない。隠れさせなんてしない」

 

 戯言のないぼくなんてただの無力な一般人だ。いや、戯言塗れのあの頃から人類最弱ではあるのだけど。

 そんなぼくに出来ることなんてひとつだけ。ただ傍にいる。見守ってやる。それだけだ。

 今のこいしちゃんに必要なのは一人じゃないということを教えてやることだ。それは理解者という意味ではなく、ただ傍にいる人。一緒にいてくれる人。

 ぼくも同じだった。自分には誰もいないと思い込んでいた。こんな欠陥製品に誰がいてくれるのだろうと思っていた。けど違った。理解してくれる人間はそれこそ鏡の向こう側の零崎しかいなかったのだが、一緒にいてくれる人ならたくさんいたんだ。このマンションの住民の皆もそうだし、他にもたくさんいる。

 それに気づいた時、それがどれだけ幸福なことかを知った。どれだけ暖かい場所なのかを知った。そして、自分の殻に閉じこもっていたことがなんと愚かなことかを知った。

 こいしちゃん。君にも気づいて欲しい。その暖かさがすぐ傍にあることを。ぼくは君の家族をお姉さんしか知らないけど、他にもたくさんいるはずなんだ。君を大切に想ってくれている人が。

 

「…………あは」

 

 こいしちゃんが、笑った。

 さっきのような悲哀を隠した笑いじゃなく、また、別の笑い。

 

「うふ、ふふふ…………あはははは!」

「…………こいしちゃん?」

「ホントいーちゃんは、優しいね」

「そうでもないさ」

 

 優しさなんて微塵もない。

 ぼくが言ったことなんて、君は誰にも理解されない異端者であるということと、ただ周りを見ろというそれだけだ。救うということと優しさは一致しない。

 別の問題だ。

 

「ううん。そうでもないよ。…………優しさってね、自分じゃわからないものだよ」

「そうかな」

「そうよ。優しくされた側が、優しいって思ったら優しいんだよ」

 

 まあ、わからないでもない。

 結局のところ全ての基準は他人だ。自分だけでは何を思っていても、何をやっていても、それがどういうことなのかを判断するのは周りでしかない。自分ひとりで世界は構築できない。一人で青と言っても、周りが二人以上で赤といえば赤になるのだ。

 改めて考えれば、なんと生き辛い世の中だろうか。いや、それが良いのかもしれないが。

 ――――って、ちょっと待て。

 ぼくは今、言葉を発したか?

 

「ちっとも。いーちゃん黙りこくって考え込んでるんだもん」

「…………こいしちゃん、まさか――――」

 

 こいしちゃんはニコリと笑って、俯いていた顔を上げた。

 それと同時に、ぼくの目に映る青い物体。

 こいしちゃんと触手で繋がっている、閉じられ続けてきた第三の眼。

 覚妖怪としての存在証明。

 

 それが、開いていた。

 

 その中の瞳がぼくの心を貫くように見つめている。

 

「改めて自己紹介をしようか。…………心を読む程度の能力を持つ覚妖怪。古明地こいしだよ」

 

 




こいしちゃんに関することは全て自己解釈ですので、ご注意ください
いーちゃんに関しても若干オリジナルってますけどね

今更言うことじゃないか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブタレイニアンローズ

青い薔薇の花言葉って知ってます?
奇跡とか神の祝福らしいですよ

この出会いは奇跡で、
そのムイシキは神の祝福なんでしょうね



「こいしちゃん…………第三の眼が……」

「うん。開いちゃった」

 

 何がきっかけになったのかはわからない。ぼくの話かもしれないし、こいしちゃんが自分で思うところがあったのかもしれない。はたまた実は自分の好きにできたのかもしれない。

 

「いやいやそれはないよ。これは…………うーん、たまたまかな?」

「それこそないような気がするけどね」

「じゃあ何でだろうね」

 

 クスクスと笑う。今までと違い、無意識に守られた笑いじゃないのだろう。

 第三の眼が開眼したということは、他人の本心を知るということだ。それは他人の本心から逃げるための無意識とは真逆の方向性。つまりは、どちらかしか表面上に現れないということだとぼくは考える。その考えで言うのなら、今の彼女は無意識を操れず、無意識に操られたりはしない。

 

「正解。今の私は無意識じゃないよ。うん、だいたいいーちゃんの言う通りかな」

「言ってないよ」

「見えるんだもん。ふふっ。いーちゃん、こういうの苦手そうだね」

「…………まあね」

「……………………あまりその時の話はしないほうがいいみたいだね」

「そうしてくれるとありがたいな」

「じゃあそうする」

 

 これで確信できた。

 やっぱりこいしちゃんは心が読めるようになっている。

 

「ありがとういーちゃん。やっと自分のわだかまりが解けた」

「ぼくは何もやってないよ。こいしちゃんが一人で解決しただけさ」

「またまた。そんな謙遜することないのにね」

「ただ一人で喋ってただけだからね。自分で考えて、自分で行動したのはこいしちゃん」

「そういうことを本心から思っちゃってるから、いーちゃんは謙虚だねって思う」

「ありがとう」

 

 この変化を、ぼくはどう捉えるべきだろうか。

 もちろん無意識から離れたのはいいことだ。ぼくはそれを第二の目標にしていたのだから、悪いことなわけがない。第一は、自分がひとりじゃないってことに気づいてもらうことだけど…………。

 

「大丈夫。大丈夫だよいーちゃん。わかるよ。今だっていーちゃんが一緒にいてくれてるし」

「ぼくだけじゃないよ」

「お姉ちゃんも、だよね」

「そう。それがわかってるなら、大丈夫」

 

 どうやら大丈夫のようだ。

 こいしちゃんの無意識の原因、それは自分が一人だという思い込みだ。他人にあまりに高すぎる理想を押し付けていたということだ。友達という存在に夢見すぎていたということだ。現実はそういうものじゃない。言ってしまえば、ある程度解り合えればいいのだ。

 それがわからなかった。だから自分の思い描いたものと現実とのギャップに押しつぶされそうになっていたのだ。

 

「そうなんだよね。ちょっとしたロマンチストだったわけだ」

「別に、それが悪いとは言わないけど」

「じゃあ良いことなの?」

「程々なら良いことなんじゃないかな? 夢を見るってことは、目標を持つってことだからね」

「私は行き過ぎだった?」

「うん」

「厳しいね」

「厳しいさ。自分に厳しく、他人にもっと厳しくがモットーでね」

「うへえ。甘さが足りないよ」

 

 辛いもの好きが何を言う。

 

「それとは関係ないよ。…………ねえいーちゃん。外出よっか」

「うん? うん。わかった」

 

 こいしちゃんに促され外に出る。今日は天気がいい。雲一つない青空だ。太陽の光と、どこまでも続く青空だけが広がっている。

 …………。

 部屋の鍵を締め、こいしちゃんに手を引かれて歩き出す。

 

「いい天気だね」

「そうね。けど、私は青空ってあんまり好きじゃないなあ」

「どうして?」

「色が少ないんだもん。もっとカラフルな方がいいよね」

「虹、とか?」

「正解。だから雨上がりが一番好き。たくさん色がある」

 

 少し歩くと、こいしちゃんはぼくの手を離して、ぼくに笑顔を向ける。

 今までは違う笑顔だ。屈託も邪気も盲目も意味もない笑顔じゃない。輝かしい笑顔だ。前に向かうと決めたこいしちゃんの見せる、光る笑顔だ。

 

「いーちゃん。どこに行きたい?」

「行きたいところがあるんじゃなかったの?」

「ううん。いーちゃんの部屋が薄暗かったから、外に出たかったの」

「ふうん。じゃあそうだね、あそこに行こう」

 

 ぼくが指差したのは、こいしちゃんと初めて出会った某ハンバーガーチェーン店。

 の、隣に新しくできた本屋だ。

 品揃えがこの辺りで一番良いと評判の店だ。最近新しい本を買ってないので、何か革新的な本を見つけたいと思っていたところだ。

 

「どんな本なのさ。まあ、いっか」

 

 こいしちゃんも賛成してくれたみたいなので、ルンルン気分で歩を進める。そんなぼくを見て「うわあ」とこいしちゃんが引いてるようだが、気にしない。他人の目を気にして自分の道が行けるか。

 到着。評判が良いだけあって人も多い。二階への階段がすぐそこに見えた。ふむ、二階も本が置いてあるのかな? それとも別の店があるのかも。

 とにかく、一階から見て回ることにしよう。

 

「いーちゃん、まさかこれ全部見て回る気?」

「流石にそんな気力はないよ。新刊コーナーってどこの本屋にでもあるだろう? それだけだよ。今日のところは」

「後々が怖いよ。本屋で一日潰し気なの?」

「人は一生をかけて暇つぶしの方法を探すものなんだよ」

「一生を潰してるじゃない」

 

 違いない。

 実際に潰れてるのは、本を作るために年々切られている樹木なんだろうけど。…………そういえば、樹木って減ってる一方なのかと思ったら案外増えてるんだっけ。

 どうでもいいか。ぼくが生きてる間に木々が全滅することはないだろうし。

 

「あ、この本面白そうだよ」

「どれどれ。…………新訳妖怪大辞典。こいしちゃん、それは自分アピールかい?」

「うん」

「素直でよろしい」

 

 そっと置き場に返す。

 てか、新訳ってどういうことだ。妖怪って日本特有のものじゃなかったっけ。それを訳すのは一体どういうことなのか。…………昔のものを読みやすくしたとか?

 ぼくは他に面白そうな本を探す。

 …………。

 ……………………。

 

「ん? いーちゃん何見てるの?」

「何でもないよ」

「ふうん」

 

 ちなみに見ていたのはスクーター特集。

 前に友達から譲り受けたベスパがある一件で粉砕されたので、新しく足となるものが欲しくなったのだ。どうせだから前のやつと同じにしようかな。それはそれであれだな。

 失礼、になるのかな。

 

「で、いーちゃん。何か買うの?」

「今日のところはいいや。せっかくこいしちゃんと一緒なんだし、自分の世界に入っててもあれだしね」

「おお、いーちゃんが気遣いしてる」

「いつもやってるだろ?」

「なん……だと…………!」

「その反応はどういう意味かな」

 

 どんな目で見てたんだ。

 いや、見えてなかったんだろうな。

 ともかく、店を出る。何も買わない客にも「ありがとうございましたー」と言わなければいけない店員の気持ちを知りたい。お客様は神様だから、無心で崇めるような気持ちで言ってるのかな。

 考えてみれば、これって世の中が神様に溢れてるってことになるよな?

 ちょっと恐ろしい。

 さて、今度はどこに行こうかな。

 

「いーちゃん。こっちこっち」

 

 こいしちゃんがぼくの手を取って歩き出す。

 どこか行きたいところが見つかったのだろうか。ぼくはこの本屋以外に行きたい場所なんて思いつかないので、流されるようにこいしちゃんに着いていく。

 しばらく――――一時間以上――――歩いたところで、こいしちゃんが何の気兼ねもなく話しかけてきた。

 

「いーちゃん、ありがとね」

「ん? ああ、はいはい。気にしなくていいって。さっきも言ったけど、解決したのはこいしちゃんさ。ぼくじゃない」

「それでもだよ。きっかけはいーちゃん。だからね、お礼をしてあげる」

「お礼? ご飯でも作ってくれるのかい?」

「もっといいこと。…………いーちゃんの謎を、解いてあげる」

 

 思わず、ぼくの足が止まった。

 

「…………」

「それはどういうことか。これはね、恋のお話だよ」

「……………………」

「そうだね。いーちゃんも忘れてた疑問。忘れようとしていた疑問。うふふ、戯言なんかで終わらせないよ。いーちゃんったら、その逃げ口上で解決しようとするんだもん」

「……………………」

「私の勘違いを解いてくれたいーちゃんに、いーちゃんの思い違いを解いてあげよう」

 

 こいしちゃん。君は、何を言うつもりだ?

 恋の話。ぼくの疑問。…………それはつまり、玖渚のことだ。ぼくと玖渚の問題。…………ぼくが彼女に、彼女がぼくに抱いてた心の問題。

 それを、解決だって?

 

「そう、解決。ん? 哀川さん? ああ、前に言ってた人類最強って人? ふうん、あの人もこんなことしてたんだ。じゃあ私も最強に近づけたってわけだ――――なんてね」

「解決って、どうする気なの?」

「とりあえず、知ることからね。恋ってなんなのか。私もよくわかんないけどね」

「ダメじゃないか」

「いいの。問題が解決すればそれでいいの。恋なんて、ただのおまけだよ。EXステージだよ」

「ふうん」

「とりあえず、歩きながら話そっか」

 

 そういってこいしちゃんは再び歩き出す。

 ぼくはその後ろについていく。

 

「恋は盲目。よく言われるけど、これってどういうことなんだろうね」

「…………さあ」

「恋することが盲目なのか、恋が盲目を引き起こすのか。どっちでしょう」

「どっちも、じゃないかな」

「いーちゃんはそう思うわけだ。私はその反対、どっちも違うを推そうかな」

「…………恋は盲目、自体を否定するわけだ」

「うん。だって盲目なのは恋のせいじゃないもん。もっと違うことだよ」

「それは?」

「理性」

 

 ここでこいしちゃんはクスリと笑う。

 

「つまりは無意識を抑える自我、カッコよく言ったらスーパーエゴってやつかな」

「なるほど。それが盲目だって?」

「うん。盲目を引き起こす方」

「……………………」

「スーパーエゴが抑える無意識、欲求とかそういうのだね。主に攻撃性とか性衝動。それを抑えるための機能がスーパーエゴ、超自我ってわけだ」

「……………………」

「ここで私は恋っていうのがなんなのかを考える。それはね、今言った無意識下での欲求なんだよ」

「…………イド、エスとも言うね」

「そう、イド。恋っていうのは、好きを超えてさっき言った攻撃性と性衝動に発展したものだって思うの」

「好きの、先」

「性衝動はわかりやすいよね。興奮するってこと。正常にね。相手と交わりたいと思う気持ち、私のイメージを大事にして、ぼかして子作りって言っておくね」

 

 果たしてそれはイメージを守っているのだろうか。

 余計に生々しくなってないか。

 

「やかましい。で、次は攻撃性。極端な例を挙げると、ドメスティックバイオレンスのこと。あれは嫌いだから危害を加えるんじゃなくて、好きだからこその破壊衝動だってこと」

「これは理解できないな。どうして好きなものを破壊しなきゃいけないんだい?」

「好きの反対は無関心っていうよね? つまりは心の動きの問題。心が動けば好きで、動かなきゃ無関心。破壊衝動は無関心では起きない心の動きなんだよ」

「ぼくはその例外を知ってるけど、それはともかくとしてだ」

 

 殺人鬼の話なんてしても仕方ないしね。

 息を吸うように殺す、殺人集団。理由なき殺意、零崎一賊。

 

「心が動いても好きと決まるわけじゃないだろう? 嫌いという選択肢もあるはずだ」

「それもそうだね。けど、それは好意の反転ってことで解決できないかな?」

「好意の反転、つまりは好きの裏返しってことかい? それじゃ無関心だ」

「ああいや、そうじゃなくて。好きが発展して攻撃性になるんじゃなくて、攻撃性から好きに変わるってこと」

「…………嫌いが好きになるってこと?」

「うん。もっと言うなら罪悪感からかな。攻撃性にはどうしても罪悪感が付属するんだよ。攻撃っていうのは悪いことだからね。…………ああ、そうだ。憐れみの心が、好きに通じるんだよ」

 

 なるほど。

 憐れみがイコールで好意に繋がるわけか。そう考えれば少しはわかりやすい。

 しかしだ。それだと大体の事柄が好意になってしまうのではないだろうか。それこそ、無関心でいない限りは。嫌いという感情から生み出される行動というのは、罪悪感を付属させる「悪い」ことだ。そしてその罪悪感は憐れみに、憐れみは好意へと変換される。

 

「その通り。私が言ってるのはそういうこと。心が動いてしまえば、人は人を好きにならずにはいられないのよ」

「そしてその好きが変わり果てたものが、恋」

「うん。性衝動も攻撃性も、言い換えれば積極的な好意なんだよ。…………で、話を戻すよ。恋は盲目の話」

「ああ、最初はその話だったね。超自我が盲目を引き起こすってやつ」

「今言った通り攻撃は悪いこと。ならそれはスーパーエゴが抑える感情の動きだ。性衝動もそうだね。リビドーって知ってるよね? それとデストルドー、死の欲望。この二つはスーパーエゴによって抑えられるべき筆頭ね。つまりは今言った性衝動と攻撃性はどちらもスーパーエゴによって抑えられてるってこと」

「…………で、それがどう盲目に繋がるの?」

「抑えられたらどうなるのかって話よ。一つ、忘れる。私みたいなもんだね。この場合における盲目っていうのは、恋することを理解できなかったってことになる。自分の気持ちが見えなかったってことになる」

「……………………」

「二つ、自分の気持ちを誤魔化す。これは恋じゃないってことで、目をそらしているの。見えなかったんじゃなくて、見ないようにする。そういう盲目」

「……………………」

「番外一つ、抑えきれない。これが恋愛に発展したり、強姦事件になったりするのよね。身近なところだと、男の子が女の子にちょっかいかけたり。うふふ、そういうの可愛いよね」

「そうだね」

 

 ぼくにはさっぱりわからないことだが、とりあえず同意しておく。

 

「なーに言ってんだか。いや言ってないけどね。さて、ここまで考えてだよいーちゃん。思い当たることはないかな?」

「ないね」

「嘘吐き。ここまでの話は誰にでも当てはまることなのに」

「じゃあ聞かないで欲しいな」

「…………動揺してるね。何が怖いの? いーちゃん?」

「何でもないさ」

「そう。やっぱり心を覗かれるのは嫌だよね。けどいーちゃんはこれを望んでたんでしょ? 自分の心を見てくれる誰かを待ってたんでしょ? なら我慢我慢。ちゃんとカウンセリングしてあげるから」

 

 カウンセリングを希望した覚えはない。

 けど、自分のことを知りたいと思ったのは事実だ。だから甘んじて受けるしかない。

 何かを手にするには、相応の何かがある。自業自得、因果応報。

 

「――――じゃあ次はいーちゃんの話をしようか」

「ぼくの、話」

「恋の話だよ。私が言ってしまうのは容易いことなんだけど…………いーちゃんには、自分で気づいてほしいな」

「それが出来なくて困ってるんだけどな」

「じゃあ少しずつ理解していこう。今の話で、人は無関心でない限りは誰かを好きになってしまうことはわかったと思うけど、まずはそこからね。いーちゃんの中で、記憶に残ってる人を思い浮かべてみて」

「……………………」

「記憶に残るのは関心があるからこそ、だからね。思い浮かべた? うん、オッケー。じゃあ次はその中で特に印象が強い人を想像しよう。…………って、ここが難しいんだけどね。何かに書いたほうがいいかも」

「大丈夫だよ。思考の整理ぐらいは出来る」

「それが中々出来ないもんだよ。あ、出来たみたいねってほぼ全員じゃない。どういう区別の仕方したのよ」

「ぼくの記憶の人たちは皆キャラが強くって」

「そうみたいだね…………。うーん、もうちょっと数が減ってからの方が良かったんだけど、ここでさっきの話を持ち出そう。性衝動と攻撃性、この二つのどちらかを感じる相手と、感じない相手で分けてみて?」

 

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 

「あ、いーちゃんやーらしー」

「殺すぞ」

「ごめんなさい。…………冗談だよ、冗談。私が昔にどれだけの人の心見てきたと思ってるのさ。こんなの今更って感じだよ」

「……………………」

「睨まないでよー。…………あ、攻撃性っていうのはそこまで考えなくてもいいよ。いーちゃんにはあまり関係ないからね。いーちゃんにとっての攻撃は逃げだから」

「…………わかったように言うね」

「わかってるよ。いーちゃんのこと、全部。さ、それは置いといて、今連想した人達がいーちゃんの恋人候補ってわけだよ」

「ぼくが…………その、興奮した相手ってことだよね?」

「うん」

「ゼロ人になったんだけど」

「そうだね」

「……………………」

「……………………」

 

 おやおや?

 こいしさん、これはどういうことですか?

 

「煽らないでよ。むむむ、こんなはずじゃなかったんだけどなー」

「どうなるはずだったの?」

「どうにでもなるはずだったよ。というかいーちゃん、ひょっとして女性に興味がない?」

「勝手にホモ認定するな。そんなわけないだろ」

「だよね。うーん。…………あ、なるほど。そういうことか。なるほどね」

 

 こいしちゃんが一人で納得しだした。「なるほど、なるほど」と何度も頷いている。

 どういうことなのか聞こうとしたぼくに、声をかけられる前にこいしちゃんはぼくの名前を読んだ。

 

「ねえいーちゃん。結論が出たよ」

「どんな?」

「いーちゃんは恋なんてしてないんだよ」

「……………………ほう?」

「いーちゃんが持ってるのは、恋じゃなくて愛だったの」

「どう違うの?」

「恋はさっき言った通り。愛は対象と居られることでの安心感のこと、じゃないかな?」

「対象っていうのは、好きになった相手ってことでいいの?」

「うん。恋と愛は別物で、相手を好きになった時にどっちか、または両方を感じるんだよ」

 

 誰にでも安心できる場所がある。

 それは紛うことなき土地であることもあれば、何らかの生き物と一緒にいることかもしれない。

 前者は我が家とか、人によっては海なんて答えも出るだろう。ショッピングセンターなんて変わり種もいるかもしれない。そういった、場所。

 後者は身近な例を挙げれば家族、とかだろうか。家族愛なんていうけど、恐らくこいしちゃんが言いたいのはそういうことだ。他にもペットなんかも一緒に居られて安心できる人もいるらしい。ああ、関係ないことだけど、ペットを家族と言ってる人もこういうところから来ているのだろうか?

 とにかく、その場所――相手を想う気持ちが愛ってこと?

 

「うん、いーちゃんの認識で大丈夫だよ。それが愛。地元愛っていうのは地元が安心できる場所ってことだし、略奪愛は場所の奪い合い、擬似愛は仮の居場所の事なんだよ」

「…………溺愛とか言うよね。あれはどういう意味?」

「いーちゃん、揚げ足取るの好きね。…………ふむん。愛に溺れるってこと、かな。安心しきってる状態。安心したら自分を曝け出せるでしょ? だから好き勝手しちゃってる、そんな相手にしたら迷惑なこと。親しき仲にも礼儀あり、だよね」

「ふうん。愛でるってとういうこと?」

「次から質問禁止ね。愛と愛でるっていうのは別なんだよきっと。愛でるっていうのはいーちゃんが思ってる通りのこと。可愛がることだね。愛との関係は、その可愛がる対象が愛する相手ってことなんだと思うよ」

「へえ」

「聞いておいてその反応だもんなーいーちゃん。心の底からどうでもよさそうだもん。で、戯言はもう十分かな?」

「……………………」

「もう気づいてるんでしょ? それは話からかもしれないし、この道から気づいたのかもしれないね。どっちかな?」

「さあ、どっちだろう」

「どっちも、ね。いーちゃん、記憶力が悪くても頭が悪いわけじゃないからね。そうよ、玖渚友さんのいるマンションに向かってるよ」

「それは、どうして?」

「全部私が言わなきゃいけない?」

 

 言って欲しい、なんてのは甘えか。

 わかってる。こいしちゃんが何を言いたいのか。ぼくにとっての安心できる場所、愛する相手っていうのが誰のことなのか。

 けど。

 

「どうして認めたくないの?」

「……………………」

「ちょっと心が見づらくなってきた。レンズが曇ってる感じ。…………ああ、なるほど。いーちゃんは玖渚さんに負い目があるんだね。振っちゃったわけだ」

「……………………」

「人生は選択の連続なんだよ。そして選ぶってことは選ばないってことでね。だからこの結果は仕方ないことだよ。いーちゃんは、違う方を選んだ。そして玖渚さんを選ばなかった。それだけでしょ?」

 

 選ぶ、選ばない。

 それは道を決めることであり、敵を作ることだ。自分の道を決めて、かつ敵を作らない選択肢なんて存在しない。選ばれなかった方は、間違いなく敵になるのだから。

 ひとりの少女はその中で敵をできるだけ作らない道を選び、ひとりの女性は「選ばない」を選び続けた。

 

「そこに罪悪感は必要ないんだよ。ああ、罪悪感で思い出した。さっきまで自分で言ってた事を否定するようなんだけど、いーちゃんの想う人に対する好きは罪悪感からくるものじゃないよ。これだけははっきり言っておく。そしていーちゃんは下手な罪悪感から人を好きになりすぎだってことも忠告しておくよ。必要ない罪悪感があるってことね」

 

 罪悪感からの好意。

 例えばぼくが壊してきた人たち。罪悪感は、ある。ぼくがいなければ彼らは壊れることなんてなかった。いてしまったことへの罪の意識。そこから人を好きになっていた?

 正直に言おう。その経験はある。

 ぼくがひとりの少女を壊し、その彼女から譲り受けた一台のベスパ。彼女の名前をつけたそのベスパはもう粉砕されてしまったが、名前をつけたということはそういうことなのだろうか。

 何の思い入れもないのであれば、そんなことはしないだろう。無関心ではいられなかったのだろう。当時は心を殺して彼女を断罪した。が、結局のところ心を殺しきれなかったということか。実際は申し訳なさがあったということか。

 …………これはほんの一例だが、これがこいしちゃんの言う必要ない罪悪感なのだろうか。

 

「それを決めるのは、いーちゃん。けどね、その罪悪感を持てるっていうのは間違いなく良いことだよ。何事も程々が一番いいんだけど。…………後悔する、罪悪を感じる、それが出来るのは優しいからだよ。いーちゃんが優しすぎるから、周りを狂わせて、いーちゃんを壊しちゃってるんだよ」

 

 優しい。

 何度そう言われてきただろうか。玖渚にもあの日言われたっけ。もちろん玖渚だけじゃない。他にもたくさんの人に言われてきた。零崎にはその優しさがお前の欠陥だ、なんてはっきり言われた。

 行き過ぎた優しさは他人の成長を阻害するだけだって。

 それ故の、欠陥製品だって。

 ぼくに自分が優しいという自覚はないのだけれど。むしろ、さっきの通り人を壊し続けてきた通り魔のような存在だ。優しさの欠片なんて持ち合わせていない。

 

「欠片にしてばら撒いてるのはいーちゃんじゃない。自覚してないっていうのがこんなに面倒だとは思わなかった。いや、自覚しようとしてないってことかな? いーちゃんの戯言は私の無意識だよ。自分を守るためのもの、なんだけど頼りすぎだよ。私に言ってたこと、そのままいーちゃんに返してあげる」

「そりゃどうも」

「いーちゃんには自己愛がないんだね。行動理念が全部、他人のためになってる。それが悪いこととは言わないけど、やっぱり限度を知らなきゃね。自分に安心できてないっていうのは重症だよ。…………ま、治るものでもないけどさ。そうだ。いーちゃんが言ってた請負人っていうのやってみたら? 人類最強の哀川さん、憧れなんでしょ? 近づけるんじゃないかな?」

「……………………」

「話が逸れたね。やっぱり罪悪感かな? いーちゃんを縛ってるものは。優しすぎて、人のことを想い過ぎて、相手に感情移入しすぎて、自分を縛り付けてるんだね」

「…………そんなことないさ。割と自由に行動してるよ」

「嘘吐きさん」

「まあね」

 

 そんなことを言ってるうちに、着いてしまった。

 玖渚の住む高級マンションだ。

 

「さて、そろそろ決着をつけようか」

「……………………」

「いーちゃんはね、罪悪感に囚われているんだよ」

「…………わかってるさ」

「そのせいで、自分の本心を見失ってる」

「…………知ってるとも」

「しかも、自分の本心を探そうともしない」

「…………その通りです」

「戯言、なんて言って全部誤魔化してる」

「…………ごもっともで」

「これはねいーちゃん。無為式の問題じゃないんだよ」

「……………………」

「感情を動かすことが悪い? 周りを乱す? そんなもん当たり前だよ。誰にも影響しない奴なんかいるもんか。全部悪い方に行く? さっきの選ぶ選ばないの話じゃないけど、何かを選んだらその反対の性質のものもついてくるんだよ。つまりだよ? 誰かにとって悪いことは、誰かにとって良いことなんだよ。はい、リピートアフタミー」

「…………誰かにとって悪いことは、誰かにとって良いこと」

「そう。逆に誰かにとって良いことは誰かにとって悪いこと。こんなのは仕方のないことだよ。自然の摂理。なのにいーちゃんはその悪い結果だけを見てる。見てるだけならいい、けどいーちゃんはそれを勝手に背負ってる。馬鹿じゃないかって思うよ、正直ね」

「……………………」

「何で背負うのか。自分が悪いと決め付けてるから。無為式が悪いものだと思い込んでるから。悪いわけないじゃない。人に影響するっていうのは、人と関わること、人と関われるってことなんだよ。いーちゃんがどんなに欠陥製品と言われてようと、決して人間失格なわけじゃないのはこれだ。人は人と関わっていられるうちは紛れもない人間だよ」

「ぼくが、人間…………?」

「うん。いーちゃんの罪悪感を駆り立てるものはいくつもあるね。他人を壊す無為式。優しすぎる性格。そして、他人と違うことへの劣等感」

「…………劣等感」

「私と一緒だよ。私は人と違う、その劣等感から誰ともわかり合えないと思ってた。実際わかり合えないしね。そしてわかり合えないから、誰ともいられないと思ってた。いーちゃんの場合はその劣等感を罪悪感に変換しちゃったのね。他人と違うことが、悪いことだと思った。実際、その違うせいで周りの人達が壊れていくのを見ていたらそう思っちゃうのも仕方ないだろうけど」

「……………………」

「けどねいーちゃん。いーちゃんは悪くないんだよ」

「…………え?」

「いーちゃんが人を想うことは、全然悪いことじゃないの。…………だって、人が感情を持つことが悪いなんてこと、ある?」

 

 こいしちゃんの言葉はぼくの胸に突き刺さった。

 ぼくの鏡は人間失格。ならばぼくは何なのか。

 人為らざるモノだろう。

 欠陥製品。あくまで、製品。……人として扱われることなんてありえないという無言の表明。言ってしまえば無為式は狂わせるという概念そのものだ。それを持っているぼくは、ただの概念の容れ物だ。そういう物だ、と思ってきた。

 けどこいしちゃんはそれを否定した。ぼくを、人間として見てくれた。

 けど。

 

「こいしちゃん。ダメなんだよ、それは」

「どうして?」

「ぼくは、人になるにはあまりに壊しすぎた。もうそっちには戻れないんだ。ぼくの行き先なんて、それこそ殺人鬼にでもなるしかない」

「…………ふーん」

「だから、ごめん。ぼくはこれ以上どこにも行けないし、行っちゃいけないんだ」

 

 ぼくはこいしちゃんに背を向け、玖渚のいるマンションから背を向け、元いた場所に――――

 

「ばーか」

「え?」

「ほんっとバカだよいーちゃん」

 

 こいしちゃんがトコトコとぼくの方に歩いてきて、ぼくの頬を叩いた。

 大して力を込められていない、まるで撫でるかのような優しいビンタ。

 

「人を壊したからもう戻れない? 自分の本質が殺人鬼だから人にはなれない? それを私はただの戯言と切って捨てる。そんなもん聞き入れない。いーちゃんは人間だよ。だって、

 

 私がいーちゃんを人間だって言ってるんだもん。

 

 いーちゃんがいくら認めないって言っても、知らない。私はいーちゃんを人間だと思うし、そもそも人間にしか見えないよ。何が無為式だ、何が殺人鬼だ。だからって人間じゃない理由になるもんか。私、古明地こいしが認めるし、許すし、受け入れる」

「…………ぼくは」

「ん?」

「人間で、いいのか?」

「もちろん」

「もう、自分を許して、いいのか?」

「もちろんだよ」

「ぼくは、人を、愛していいのか?」

「――――当たり前!」

 

 ぼくは、涙が出そうになった。

 誰もがぼくを責めているものだと思っていた。ぼくを認めていないものだと思っていた。

 狂わせる存在。そんなもの、どこにも居場所がないものだと思っていた。確かにあのアパートの皆も、たくさんの人がぼくのそばにいてくれた。ぼくの存在を認めてくれた。受け入れてくれた。けど、それでも、ぼくはただ言葉にして欲しかったんだろう。

 

 人間だって。

 

 そんなことは当たり前だったのかもしれない。言うまでもないことだったのかもしれない。けど、確かに言葉にして言って欲しかった。はっきりと形にして欲しかった。

 罪悪感に囚われていたのは人としてのぼくで、見失っていたのは人であるぼくで。

 救ってくれて、ありがとう――――。

 

「まだ、終わってないよね?」

「…………もちろん」

 

 そう、まだ終わってない。

 前を向くと決めた。人として進むと決めた。

 ならば、やらなければならないことがある。

 ぼくは彼女の元に、玖渚友のところに行かなきゃいけない。

 自分を殺して彼女に伝えた言葉がある。心にもないことを言ってしまった。確かにあれもやらなければならないことではあった。後悔はない。けど、それとこれとは別問題だ。

 今度は、ちゃんと伝えなきゃいけない。ぼくの心を――――ぼくの、恋心を。

 けど。

 

「ん? まだ何かあるの?」

「いや…………どうやって伝えればいいんだろ?」

「はい?」

 

 こいしちゃんの顔に意味不明という文字が見える。

 いや、仕方ないだろ? これまで戯言で人生乗り切ってきたんだし、本心を伝える、ましてや告白しようとしてるんだぜ? 何て言えばいいのかわかるわけないって。

 

「そのまま思った通りのことを言えばいいんだよ。小学生かあんたは」

「ぼくは今人間になったばかりで、年齢的に言えばゼロ歳児だし?」

「うるせー。ラブレターでも書いてろ」

「こいしちゃん、キャラ変わってるし今更ラブレターってどうなんだろう」

「どうしたいんだよいーちゃーん!」

 

 怒られた。いや至極真っ当な怒りだとは思うけど。

 

「…………わかった。わかったよいーちゃん。はいはい降参降参」

「教えてくれるかい?」

「そう言ってるでしょ。…………じゃあ、お手本見せてあげる」

 

 こいしちゃんはそこから十回以上の深呼吸を繰り返して、何故かストレッチまで始めてしまった。いつ終わるのかと思ったが、必要な事なんだろう。ぼくはやらないけどね。

 そしてストレッチ後にまた深呼吸を二つ。「よし」と小さく呟いて、真剣な目でぼくを見つめる。

 ぼくも同じように、見つめ返す。

 

「いーちゃん、好きだよ。愛してます。これからもずっと一緒にいてください」

「ごめんなさい。ぼくにはもう、好きな人がいます」

 

 ――――――――。

 ぼくはこいしちゃんに背を向け、玖渚の元へと歩き出す。

 エレベーターのボタンを押し、降りてくるまで待つ。

 

「いーちゃん」

 

 こいしちゃんが声をかけてきた。

 ぼくは少し躊躇って、後ろを振り向き、彼女を見る。

 彼女は眼を閉じ、優しげに微笑んでくれた。

 

「――――行ってらっしゃい」

「…………行ってきます」

 

 たったそれだけ。

 十文字にも満たない、十秒にも満たない短い会話。

 でも、それで十分だ。

 エレベーターが降りてきた。扉が開く。中に乗り込んで、玖渚のいる階のボタンを押す。

 扉を閉める時には、こいしちゃんの姿はなかった。

 エレベーターが上昇を始め、大した時間もかからずにエレベーターが目的の階に着いた。

 扉が開き、光が差し込む。

 ぼくはエレベーターを出て、玖渚の部屋へと真っ直ぐに向かう。

 そして迷いなく、彼女の部屋のドアを開き、部屋に入る。

 果たして、玖渚はそこにいた。

 いつもと変わらず、そこに一人でいた。

 ぼくは「こんにちは」でも「久しぶり」でもなく、

 

「友、好きだ。愛してます。これからも一緒にいてください」

 




やった! 第一部、完ッ!

ハッピーエンドですね良かったですね
やっぱり皆幸せがいいですよねえ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古明地こいし
VS八雲紫


第二章、始まるよー


 気がつけば、私はここにいた。

 どこかの空間に浮遊しているようで、しっかりと地面に足がついているという気味の悪い感覚。何せ地面がないのに、足はしっかりと何かを踏み締めているのだ。透明な絨毯でも強いてあるかのようだ。

 周りには色んなものが浮いている。本当に色んなものが無差別に散らかっている。ジョウロもあれば時計もある。靴が片方だけ浮遊しているし高級そうな着物が見える。死んだ犬が転がっていれば、調理された炒飯がある。電車のレールが3メートルだけ伸びていれば、四肢をもがれた人がいる。そんな無法地帯。

 おまけに多数の目がいたるところにある。見られてるっていうのは気分のいいものだけど、限度があると思う。

 ここに連れてこられたのは…………何回目だっけ。

 

「どうでしたっけ、八雲紫さん」

 

 私はどこかで聞いているであろう彼女に声をかけた。すると、どこからともなく彼女が姿を現す。

 ようやく一人きりではなくなったことへの安心感でホッとしたが、それどころじゃないことはすぐにわかった。

 何せあの八雲紫の顔が明らかに苛立っていたからだ。胡散臭い彼女でもそんな顔するんだなあと思ったりもしたが、そんなことよりやらなければならないことがある。

 

「ごめんなさい。また外の世界に行ってました」

 

 逆らってはいけない。彼女の能力には誰も敵いはしない。長生きするためのコツは健康食でも健康法でもなく、敵を作らないことである。

 

「…………謝って済むと思って? 古明地こいし」

 

 あ、ダメだったみたい。

 さっきより怒りが大きくなってるのが目に見えてわかる。

 まあ仕方のないことだけど。

 

「何回目か、そう聞いたわね。五回目よ。私があなたを連れ戻したのは」

「そうでしたか。仏の顔も三度までとは言いますが、ここまで我慢していただけるとは。感謝の言葉しかお送りできるものがなくて申し訳ありません」

「煽ってるのかしら、この子は。敬語を使えばいいというものではないのよ?」

「じゃあ使わなくてもいいってこと?」

「馬鹿を言え。…………ねえ? 前回あなたに何て言ったか覚えてるかしら?」

「生憎無意識なものでして。何でしたっけ、八百屋さん半額セールの話でしたっけ」

「そんなの知らないわよ。今度幻想郷から出たら容赦しない、そう言ったのよ」

「それといーちゃんに会っちゃいけない、でしたね」

「覚えてるじゃない」

「今思い出したんですよ。記憶力の境界でも弄ってくださったんですか?」

「そんな無駄なことはしないわ」

 

 …………そうだそうだ。最悪、殺されちゃうんだっけか。

 それは困るなあ。死ぬ前には、いーちゃんの幸せを見届けてからって決めてるのに。

 

「どうしてあのタイミングだったんです? 私、いーちゃんの行く末が見たかったんですけど」

「あのタイミングしかなかったから。無為式のそばだと能力が乱されるっていうのは、わかるでしょう?」

「上手くいかないのは緊張してるからですよ。リラックスされてはどうです?」

「無為式、ねえ。…………古明地こいし、あなたも気づいているでしょう? 自分の中の無為式が周りに影響しつつあるってこと」

「いえいえまったく。そんなことがあるんですか? ふうん。いーちゃんのせいかな」

「それは間違いなく。幻想郷は全てを受け入れる場所、でも全てを与える場所ではない。影響されることはあっても、影響することなんてあってはいけないことよ」

「ん? でもそれだと、私が無為式になってもいいってことになりますよね。いーちゃんから影響を受けて無為式になってるってだけだし」

「今のところは、ね。けどあなたが今後も外の世界に行くっていうのなら話は別。それは全てを狂わせる禁忌、あなたの存在だけで人が死ぬ」

「妖怪ってそういうものでしょう?」

「私はそれを黙認する気はないわ」

 

 私が何か言おうとする前に、

 

 左腕が消し飛んだ。

 

 正確には、消えた。何があったのかと左腕のあった場所を見れば、何もない。肩から先がない。…………痛みもないのは温情かな? いやはやありがたい。やはり大妖怪様となると、懐も深いようだ。

 それはさておき、どうやらこれは境界を操られてしまったようだ。左腕と身体との境界を絶った、といったところか。チートだわ。

 

「外の世界に出られても困るけど――――幻想郷にいられても困るのよね。それは最悪の才能、最低の才覚。戯言遣いと関わらなくても今後無為式が成長してしまうというのなら、狂わされる前に殺すしかないのだけど」

「頑張って制御しますんで、見逃してもらえませんか?」

 

「ダメよ」

 

「ですよね」

 

 戦闘態勢。

 とりあえず無意識を操って私の姿を見えないようにしてっと。

 

「出来ると思う?」

 

 すぐにバレて電柱が降ってきた。無意識と意識の境界を弄ったか。悠々と電柱を躱せばスキマが私の首と胴体との境界を断ち切ろうと迫ってくる。一撃でも貰ったら即死だ。さて、どうしようか。

 答えは簡単、逃げればいい。八雲紫の境界を操る程度の能力の射程がどれくらいかは知らないが、逃げてればなんとか――――ならないか。

 ここは彼女の能力の中だ。少なくともこの中にいる限り能力の射程だ。彼女は逃げる私を追うように切断スキマを連打すればいいだけのことだ。

 じゃあ逃げながらの脳内作戦会議だ。勝利条件、スキマからの脱出。敗北条件、古明地こいしの死亡。

 さて、手合わせ願おうか。

 私は切断スキマから逃げるために全速力で飛行中だが、Uターン。彼女に向かって急接近する。

 そして再び無意識の発動。視界から逃れる。

 

「効かないとわからなかったのかしら?」

 

 いいや、知ってるよ。

 問題はどうやって無効にしているかでね?

 私の考えつかないようなものの境界を操っているのならまだしも、無意識と意識の境界を操っているのなら――――あなたの負けだ。

 私は触手を急激に伸ばし、周りにあるものを適当に彼女に投げつける。当然のようにスキマに飲まれて全て無効化。

 出来なかった。

 

「なっ――――!」

 

 無意識というのは意識ではない場所のこと。…………何故そんな場所があるのだろうか。全て意識下に置いてはいけないのだろうか。

 それは、意識だけじゃ身を守れないから。

 無意識による反射でないと、身を守れないから。

 意識と無意識の境界を操る、曖昧にするということは――――その反射を亡くすということだ。

 それで、視界の外からの触手に対応できるとでも?

 不測の事態に対応できるとでも?

 彼女の胸に私の触手が突き刺さる。妖怪だし、こんなものじゃ死なないとは思うけど、苦しいよね。だから追撃する。

 弾幕ごっこにしか使ってないし、そもそも他に使う機会なんてないけど…………スペルカード。夢符「ご先祖様が見ているぞ」。死にはしないけど、直撃すれば、痛いよ?

 呼び出した数体の人の形をとった弾幕を飛ばす。

 

「さあ、精々足掻いて見せてね」

「っ! 調子に、乗るな!」

 

 八雲紫の姿が消えた。

 弾幕は行き場をなくして適当な場所に飛んでいって、消滅した。

 彼女を指していた触手だけがその場に浮かんでいる。…………あれ、どこに行ったんだろう。

 

 途端、私の下半身が消滅した。

 

 先程と同じように、境界を操って断ち切ったのだろう。まさかそれって彼女がこのスキマの中にいなくても使えるの? 安全地帯からの攻撃はひどいと思います。

 でもそれは、逆に言えば安全地帯――――即ち、このスキマの外に出られるということではないだろうか。外からの攻撃というわけだ。私が攻撃したらスキマを閉じて防御、攻撃するときにだけスキマを開ける。なんという卑劣。…………というわけでとりあえずどこか開いてないだろうかと周りを見渡すが、どこを見てもこちらを見ている目があるだけ、外への入口は開いていない。

 嬲り殺しだ。たかが覚妖怪にひどいことするなあ。

 どうしようか焦りはじめた私の耳に、声が聞こえた。

 

「――――古明地こいし。私としても心苦しいのよ? 全てを受け入れるはずの幻想郷で、拒絶するような真似をするのだから」

「そう思うなら、助けてよ…………。怖いよ、苦しいよ」

「…………あなたの心は私にも読むことはできないわ。だからそれが本心かどうかはわからない。だからあなたの言葉は聞かないことにする。ただ私の言葉にその残った右腕で答えなさい」

「……………………」

 

 抵抗は、できない。

 どこから声が聞こえるのかもわからないが、何かの境界を弄っているんだろう。とにかく、私を殺すつもりではないということだけはわかった。殺すつもりならばとっくに何分割もされて死んでいる。

 妖怪でもそんな木っ端微塵にされて蘇ることなんてできない。ゾンビとは違う。

 

「私の境界を操る能力があれば、あなたの無為式も無効化できるかもしれない。それが成功すればあなたは幻想郷で今まで通りに生きていくことができるわ。とは言っても、当然のことながら外の世界には行かせないけど」

「……………………」

「そこで、よ。あなたには無為式を無効化できるまでの間、ここにいてもらうわ。……ここと言っても本当にこの場所ではないわ。スキマの中という意味よ。このスキマの、もっと奥に位置する場所。そこで無為式を無効にするわ。どれだけの時間がかかるのかはわからないわ。けど、無効にできれば出られる」

「……………………」

「あなたに答えて欲しいのはこれ。ここで死ぬか無為式をなくせるまでここにいるか。死ぬか生きるか。生きたいなら右腕をあげなさい」

「……………………」

 

 私は黙って、右腕を上げた。

 死ぬわけにはいかない。いーちゃんにも、お姉ちゃんにも会いたい。絶対に死ねない。生きるためなら何だってしよう。…………ふふ、昔は死にたがってたんだけど、こうまで変わるなんてなあ。世の中何があるかわからないものね。

 世の中何があるのか、本当にわからない。

 

「わかった。それじゃ早速行きましょうか。ああ、悪いんだけど、あなたにいちいち動かされたからしばらく休憩するわね。…………悪く思わないでよ? そもそもあなたのわがままが引き起こした結果なんだから」

「そうですね。私のせいですね」

「喋るなといったはずよ。それとも忘れたの?」

「私が引き起こしたんなら――――落とし前もつけなくっちゃいけませんね?」

 

 彼女は境界を操る程度の能力を持つ。

 だがそもそも、何故境界なんてものがあるのだろうか。何故わざわざ境を作って区別しなければならないのか。それは区別しなきゃいけないから区別してあるんだ。そこに理由なんて必要ない。そうなるべくしてそうなっている。だが、強いて理由を上げるとするならば――――区別したほうがいい何かがあるからだろう。

 一緒にしたくない何かがあるから、区別するのだろう。

 例えば――――トラウマなんてどうかしら。

 

「――――ぅううう! 古明地、こいしぃ!」

「随分と長く生きてるのね、あなた。八雲紫さん? トラウマの味も格別かな?」

「あくまでも、抵抗するのね…………!」

「あなたが一回寝ちゃったら全然起きてこないじゃない。だから、ここから無条件で逃がしてもらうよ」

「…………っ!」

 

 無駄だよ、無駄無駄。

 能力が使えるわけないじゃない。

 能力使用の失敗のトラウマを引き出してあげてるんだから。その失敗で、どれだけの人が、妖怪が苦しんだのかな? どれだけの命を亡くしたのかな? どれだけの悲しみを背負ったのかな?

 失敗のないやつなんていない。それを私は大袈裟に掘り返すだけ。無意識に隠したものを、記憶の境界に沈んだものを思い出させてあげる。

 さあて、ここからだ。

 

「ねえ八雲紫さん。ここから出して貰えますか?」

「…………」

 

 キッと睨まれた。そりゃそうだ。

 けど切り札はあるんだよ。

 

「じゃあ壊すしかないかなー。無為式で」

「…………戯言を。貴様のそれは制御なんてできるものじゃない」

「じゃあ制御できるようになるまで繰り返しやるだけだよ。時間ならたっぷりあるからね。こうやってあなたを嬲ってたら能力に綻びも出るだろうし」

 

 どうせ根気勝負。けど、こっちの勝負は嫌なはず。

 何せ、必死に殺そうとした無為式を使わせるってことだから。最悪、無意識を強くしちゃうかもしれない選択肢だから。

 無為式は無作為に無意味にする方程式。そもそも私に制御できるはずもない。けど、強くなっちゃうことはあるんじゃないかな。まあ制御できるようになっても、それはそれで楽しそうだけど。

 つまりはどう転んでも彼女の敗北。私の勝利になるかはわからないけど。…………なら、少しでも被害を抑えたくなるんじゃない?

 ましてや、あなたが死ぬことは何よりも避けたいんじゃないの?

 

「……………………」

「意地はらないでよ。第一、これは取引じゃなくて、決定。私がここを出ることは決まってるんだから、被害を抑えるかどうかの相談でしょ? 楽になっちゃいなよ」

「…………ふざけるな」

「…………譲歩しようか。私は幻想郷で遊んでたいし外の世界も見て回りたい。どっちも諦めることはできないんだよね」

「……………………」

「あなたは幻想郷、ならびに外の世界を狂わせたくないわけでしょ? 無為式がダメなんじゃなくて、狂わせることに異議があるわけでしょ?」

「…………無為式がそもそも、全てを狂わせる概念そのものよ。そんな風に、わけて考えられないわ」

「そもそも狂うってどういうこと? 普通じゃないってことでしょ? 人と違う、それだけの意味でしかない。それのどこがおかしいの? 人と自分が違うのなんて当たり前じゃない」

「人と違うことで最悪の結末をもたらすもの、それがあなたよ。無為式よ」

「は。これって笑うところ? いーちゃんにも言ったけど、誰かの最悪は誰かの最良よ。この世の中は結局のところどこかで均衡が取れてるんだよ」

「それは、自分のためなら他人を切り捨てるってことよ。わかって言ってるんでしょうね?」

「もちろん。今だって、私のためにあなたを切り捨ててるでしょ? はっきりさせておこうか。私は目的のために他人を平然と切り捨てられるわ」

 

 ……………………。

 いつまで問答を続けてればいいんだろう。

 ひょっとして、時間を稼がれてる? 何のためかわからないけど、最も安全な方法、略して最全を尽くした方が良さそう。

 

「はい、この話はおしまい。譲歩の話に戻ろう。私は人も妖怪も殺さない。だから帰して下さい」

「貴様にその意思がなくても、無為式は最悪なシナリオに向かうわ。それは、そういうものよ」

「じゃああなたを殺す。…………次で最後ね。断れば殺す。質問しても殺す。無言でも殺す。私の望む答え以外なら殺す。改めて、私を、ここから帰して下さい」

「……………………わかった、わ」

「よろしい」

 

 このままトラウマを見せたままだと能力が使用できない。だからトラウマを解除しなきゃいけないんだけど…………それだと一瞬のうちに殺されそうだなあ。…………むむ、どうしよう。

 けどこのままいるわけにもいかないし。かといってこんな胡散臭い妖怪を信じろっていうのも無理な話。日頃の行いを悔やむがいい。うふふ。

 

「…………どうしたの? あなたにこれを解いてもらわないと、私もスキマを操れないのですけれど?」

 

 余裕が戻ってきたのか、口調も荒々しいものからいつもの調子になっている。本当に殺そうかな。でもそれで永遠にここに閉じ込められるのもゴメンだし…………ええい。やってしまえ。

 私は無意識を操る程度の能力で彼女のトラウマを振り払ってやる。

 苦しそうな顔もスッと憑き物が落ちたように晴れ晴れとしたものになる。いや、流石にそれは言いすぎか。少なくともさっきよりはマシな顔になってるけど、晴れてはいない。

 何せ私がここにいるのだから。

 さて、どうくる? 私を殺すか、約束通りにここを開けるか。

 

「心配しなくても、約束は守りますわ。…………本当はしたくないけど」

「ちなみに理由を聞いてもいい?」

「確かめる術がないのに?」

「それもそうだ」

 

 私の眼は、閉じているのだから。

 そうだね。聞いてもしょうがないよね。

 

「それでは、ご機嫌よう。…………出来る事なら、あなたには地底から出て欲しくはないのだけれど」

「無理な相談だね。しばらく地底に帰る予定もないから」

「じゃあ、どこへ?」

「風の向くまま本能のままに」

「いつも通りね」

 

 そう、いつも通りだ。

 私はいーちゃんから離れ、またかつての日常に戻るだけ。眼も開かず、無意識――――は操れるようになったけど、結局、何も変わらない。

 意味のない物語を紡ぎ続けよう。

 

「じゃあね八雲紫さん。……………………ああ、そうだ。最後の一つだけ」

「何かしら」

 

「愛してる」

 

「――――――――ああ、そう」

 

 私はスキマから外に出た。

 

 

 ※

 

 

「ということがあったんだよ」

「何やってんの?」

 

 真顔で突っ込まれてしまった。

 この子はいつも真顔だけどさ。最近はちょっと変わってきたかな。以前よりは表情が出てきた気がする。

 秦こころ。私のお気に入りのお面を盗もうとしてきたことから友達になった、変わり者だ。

 

「む。今何か虚構に塗れた独白があった気がする」

「気のせいじゃない? でさ、身体が復活するまでに二日もかかったんだよ」

「私はそんな経験ないけど、そこまでボロボロになってからも回復するもんなのか。妖怪ってすげー。というか、まさかと思うけど復活してすぐにこの間のオカルトごっこに参戦してたの?」

「うん。身体を馴染ませるには動かすのが一番かなって思ったから。あとメリーさん楽しい」

「リハビリ感覚で戦場に出るんじゃねえ」

 

 おっしゃる通りで。

 夕日が沈み始めてる人里。私たちはある寺子屋の屋根で外の世界から持ってきたカロリーメイトを食べている。味はチーズ。あまり美味しくない。口がパサパサするし。

 …………あの時の戦闘から八雲紫からの接触はない。どこかで監視はしているのだろうが、行動を起こすつもりはないようだ。私が意図して人里を中心に行動しているせいもあるのかもしれないけど。

 未だにあんなにあっさりと私を逃がした理由はわからない。最初から殺すつもりはなかった? 確かに心苦しいとは言っていた。けどそれをあっさり信じる訳にもいかない。胡散臭いし。

 彼女の目的は私の封印、具体的には幻想郷からの無為式の排除。…………合点いかない。

 

「こいし? どうしたの?」

「何でもないよ。前に友達と一緒にお風呂に入ってた時のことを思い出しただけ」

「え、私以外に友達いたの?」

「ひどっ! えっとね、外の世界に行った時にいーちゃんに会ったの」

「それ本名? なわけないか。可愛いあだ名してるね」

「でしょ? 私が付けたわけじゃなかったんだけどね。とにかく、いーちゃんの介護をしてあげてたの」

「この子は何を言っているのだろうか。こいしが介護? いーちゃんさん生きてる?」

「生きてるよ。私だってそれぐらいできるよ。何なら今からこころちゃんの介護してあげよっか?」

「結構です」

 

 やんわりと断られた。これは必要ないということなのか、はたまたされるのが怖いということなのか。

 どっちでもいいや。そもそも私も介護するつもりなんてなかったし。あれ、一時間ぐらいしかしなかったけど面倒なのよねー。

 

「そういえばこいし。外の世界ってどんなところ?」

「んー? どんなところ、か」

 

 こころちゃんの疑問も最もだ。誰だって知らないものは知りたくなる。ましてや別の世界、興味があるのも無理はない。ないのだが…………なんて答えればいいんだろ。

 幻想郷と外の世界の違い。…………うーん。空を飛ばないってこと? それはこっちでも普通の人間は飛ばないし。違い、違い…………。

 

「…………スーパーがあるよ?」

「え? スーパー? 何それ凄そう」

「凄いよー。何と言ったって何でも売ってるんだよ」

「何でも売ってるとは。じゃあ私が今一番欲しい、石仮面も売ってる?」

「それはないかな。ってか、何で欲しいの?」

「この前里の子供に煽られた。…………ほら、あの子」

 

 こころちゃんが指差した方を見れば、無邪気に友達と笑い合ってる少年の姿が見えた。とてもじゃないが人を煽るような悪ガキには見えない。

 …………ああ、いい笑顔してるなあ。

 

「他にもムジュラの仮面がどうとか言ってたけど、それは意味がわからなかった。知ってる?」

「知らなーい。あの子に煽られたって言ったけどさ、それってどうなんだろうね」

「どうって? 確かに教育は行き届いてないけど」

「教育、それもあるかも。…………妖怪って人に恐れられるものでしょ? それが共存してるっていうのは、どういうことなんだろう」

「それもそうだ。けど人に善人と悪人がいるみたいに、妖怪にもいい奴と悪い奴がいる。悪い奴が恐れられるもので、いい奴はそんなことない。むしろ共存したがってるかもしれない。というか、そういう思いがあるから今のこの世界があるんじゃない?」

「けどそれって、悪い奴は野放しってことだよね。悪い奴は悪い奴って教育、ちゃんとなってるのかな?」

「さあ。けど、ちゃんと言ってあるんじゃない?」

 

 だといいけど。

 その教育現場見に行こうかな。私はお姉ちゃんの教育と、自分の目で見たことを吸収して生きてきたから本格的な教育は見たことがない。ちょっと興味がある。

 …………興味を持ってしまった。やばい、無為式が機能するかもしれない。

 私は思わず周りを見渡す。何か起こってないだろうか。八雲紫が監視しているかもしれないこの現状で、私の近くで事件なんて起こって欲しくないんだけど。

 …………何も起こっていないようだ。よし、運が良かった。けど後々何かあるかもしれないし、今の内に逃げておこうかな。迷いの竹林の落とし穴で一晩過ごそうかな。

 

「おーいこいしー。帰ってこーい」

「はっ! 意識が飛んでいた!」

「無意識が何を言う。さっきからどうしたの? 気分でも悪い?」

 

 何と優しい友人だろうか。涙が流れるものなら流したいね。実に感動的だ。どうだいーちゃん、私にはこんな素晴らしい友人がいるんだ。

 けど、ここでこころちゃんを頼るわけにも行かないんだよなあ。そのせいで八雲紫に目をつけられたら、どうすることもできないだろう。…………付き合いは、ほどほどに。

 

「何でもないよ。そろそろ暗くなるし、私は帰るね」

「そう? 送っていこうか?」

「…………地霊殿まで送ってくれるの? 勇気あるなあ」

「こいしが地霊殿まで行くって言うなら」

 

 バレてる。地霊殿に行くつもりがないことバレてる。何故バレたし。いつも前なんかは無意識で行動してたから行き先を読まれることなんてなかったっていうのに。

 あ、いーちゃんのせいだ。一緒にいなくても調子を狂わせるなんて。おのれ無為式。

 

「最近、帰ってないんでしょ? こいしの口からお姉さんの話聞かないもん」

「…………あ、そういうこと。名推理だ」

「ふざけないで。心配してるよ? きっと」

「してるだろうなあ」

「喧嘩でもしたの?」

「ううん。ちょっと帰りたくないだけ。反抗期なのよ」

「…………そういうことにしとく。じゃあどこに行く気だったの?」

「迷いの竹林。落とし穴って案外あったかいから」

「地熱ってやつ? どれだけ深い落とし穴だ」

「足りなければ掘ればいいのよ!」

「それで一晩費やす勢いじゃねーか」

 

 ホントに、こころちゃんといると――――

 

 楽しいなあ。

 

 心から、そう思う。

 

「きゃああああああああ!」

 

 女性の叫び声が、聞こえた。

 私は反射的に声のする方へ動いていた。

 

「こいし!?」

 

 こころちゃんも一足遅れてついてくる。まったく、何て友人だ。野次馬根性じゃなくて急に飛び出した私を追ってくるなんて、勿体無いくらいにいい友人だよ。

 だからこそ、巻き込みたくないっていうのもわかってほしい。八雲紫の監視が終わるまでの間くらいは。

 私が悲鳴の場所に着いた時には、既に人だかりが出来ていた。現場の様子が見えないので、空から伺うことにする。どうやら民家の中で何かが起こっているようだ。

 無意識を操って他者から認識されないようにする。正確には、認識されても気にならなくなる。

 誰でも開けっ放しの家の中に空気が入るのを敏感に察知なんてしない、そういうことだ。

 私は「失礼しまーす」と一声かけて民家に入る。

 慌てふためいてるエプロンをつけた女性と、それを宥めている黒い服の男性がいる。それを避けて何があるのかなと奥を覗いてみる。

 

 男性が一人死んでいた。

 

 首から血が出ており、顔は真っ青。傍らには血濡れの包丁が転がっている。…………あからさまなまでに殺人事件だ。いや、事件と決まったわけじゃないか。

 現時点では、ただ人が死んでいるだけなんだし。

 とりあえずは今出来ることもないし、私が急に消えて困惑しているであろう友人の元に帰るとしよう。

 ああ、人が多い! 鬱陶しい! 

 人を押しのけながら何とか外に出ると、こころちゃんが無表情でこっちを睨んできた。

 普段から表情は殆ど出てないけど、今はいつも以上だ。正直怖い。

 ここは――――私が盛り上げて楽しませるしかないな!

 

「やあやあ私の一生の伴侶こころちゃん! そんなところで何してぐはぁ!」

 

 薙刀で肩を貫かれた。痛いよ。

 

「殺すぞ! 殺してその顔剥いでお面にしてやろうか!」

「ふふふ…………そうまでして私と一緒にいたいとは。これがヤンデレ、か…………ガク」

「どんだけぶっ飛んだ発想だ」

 

 呆れられながらも冷えた空気を温めることには成功したようだ。

 ついでだから大量出血で冷えた体も温めて欲しい。

 

「で、どうだったのこいし。何があったの?」

「こころちゃん冷たい。えっとね、殺人だよ。中で一人死んでた。男の人」

「――――殺人、か。物騒なこと。剣呑剣呑」

「こころちゃんは危ないから近づかないようにね」

「こいしだって一緒じゃない。こういうことには面白半分で首を突っ込んじゃ――――っていねえし! どこいったあいつ!」

 

 こころちゃんが喋ってる間に無意識スイッチ、オン。そしてさらっと脱出。説教なんてゴメンだね。あんなの語ってる側の自己満足だし。

 それより嫌な予感がするから事件を何とかしないといけないし。

 

「お邪魔しまーす」

 

 改めて家宅侵入。入る時にふと気づいたけど、扉が壊されている。外から蹴り壊した感じかな。吹っ飛んだ扉が哀愁漂わせてそこにある。かと言って妖怪の力じゃないみたいだ。だったらもっと吹き飛んでる。最悪家を貫通する。人の力で間違いないだろう。

 飛んでいたから気付かなかったけど、下には何か落ちている。水分だ。その辺には他にも色んなものがゴロゴロと転がっている。

 …………よくみれば、じゃがいもやら人参やら豚肉だった。調理済みのやつ。ああ、はいはい。肉じゃがをこぼしたのね。あるある……ねーよ。何で玄関にこぼしてるんだよ。宅配でも頼んだのかよ。

 ツッコムだけツッコんでスルーした。先を見やるとさっきもいた女性が泣いてる。会話をこっそりと聞いてみると、どうやら死んだ男性と知り合いだったようだ。それで悲しんでる、と。聞いてあげてる男性はさっきから「大丈夫ですよ」しか言ってない。初めてのことで気が動転してるのか、他の言葉を知らないのか。

 それを無視して先に進む。…………ここまで見た感じ、あの扉からしか出入りはできないのかな? で、改めて死体検分。何て言ってもただ見てるだけなんだけど。

 傷跡は私がさっき見た通りだ。首に刺し傷。傍に落ちてる包丁でグサリといったところだろう。問題は傷跡がそこにしかないということだ。

 つまりあっさり死んだ、ということ。周りを見てみれば家の中が荒れた様子もない。乱闘とかはなかった、ということになるのかな。

 自殺かな? だったら楽でいいんだけど。

 

「大変なことが起こったようですわね。古明地こいし」

 

 ああ、嫌な声が聞こえた。

 辺りを見渡すと、空中に微かなスキマが見えた。

 やっぱりか。八雲紫。

 

「これを待ってたんですか?」

「ええ。無為式が何かやらかすのを。…………制御はできなかったみたいね」

「殺します?」

「いえいえ。ここからを見に来たのですわ」

「解決しろって?」

「穏便な方法で」

「わかりましたよ」

 

 とは言え、これは自殺で決まりだろう。それを言えばいいだけではないだろうか。そこの第一発見者みたいな女性と、それを慰めてる男性に。

 そうすれば自然と野次馬達にも情報が行き交うだろう。何だっけ、人の口に戸は立てられぬだっけ。勝手に皆知ることになるだろう。

 が、八雲紫が出てきたということはそれで済まないということだろう。

 

「古明地こいし。これを見てご覧なさい」

 

 彼女がスキマから指だけを出して指しているのは、凶器と思われる包丁だ。思われるというか、ほぼ確定でいいと思うけど。

 

「これがどうしたんです? ただの凶器じゃないですか」

「そうね。間違いなくこれで犯行が行われた。付着した血も被害者のものと一致しているのだし」

「確定じゃないですか。これで自殺が行われた、それでいいんじゃ?」

「少し足りないわ。自殺したと言うなら、この包丁に付いていなければならないものがある」

「…………血液でしょう? 被害者の。あるじゃないですか」

「指紋よ。それがないの」

 

 私は思わず被害者の手を見た。

 手袋はない。素手が剥き出しになっている。

 つまり、その手で包丁を持ったというのなら指紋がつかないはずがないのだ。

 

「理解したわね?」

「はい。…………ちなみに、あなたはもうこの事件を理解しておられるんですよね?」

「どうでしょうね」

「わかってるんですね。はいはい」

「信用がないことがこんなにも辛いとは思わなかったわ」

「自業自得ですよ」

 

 真相をわかっていて、それでいて口を出してくる。

 ああ、私に収拾つけろってことですかそうですか。

 

「よろしく頼むわね」

「…………あなたは何もしないんですか?」

「問題があったらまた来るわ」

 

 とりあえずはいなくなるということだ。よっしゃ。

 スキマが閉じて、再び私はひとりになる。ちょっと語弊があるか、ここには死体と、二人の人間がいる。

 さあて、一応の確認はしとこうかな。

 

「もしもし、お二人さん」

「え…………きゃあ!」

「うわあ! よ、妖怪?」

 

 男女に声をかける。驚くのは当然、誰もいないはずの場所から声をかけられたのだから。死人が喋ったのかと思ったのかもしれない。それが有りうるのが幻想郷なんだけど…………ああ、怖い場所にいるものだ。

 それはいいや。

 

「何があったの?」

「見ればわかるでしょ? 人が、死んでるの…………!」

 

 死ぬ。

 女性がそれを言葉にした時から少し声に力がなくなっている。やはり人は死から離れたくなるのか。それは本能的なものだろう。無意識下でのことだろう。ならば私の能力ならその認識すら操れるのかもしれない。…………戯言だよ。

 男性がそれに注釈を入れてくれる。

 

「彼女は最初にこれを見てしまったんだ。わかったら、そっとしておいてやってくれないか?」

「私の質問に答えてくれたら」

「…………彼女はこの通りだ。俺も大体の事情はもう聞いてある。俺が答える。それじゃ不満か?」

「第一発見者は彼女?」

「そうだ。夕飯を作りすぎたみたいでな。お裾分けに来たら、こうなってたらしい」

 

 玄関に転がった肉じゃがはそういうことか。

 次の質問。

 

「扉が壊れてたのはどうして?」

「…………彼女が壊したらしい。どうやら、幼馴染らしくてな、手荒な真似をしても許してもらえるだろうと思っていたようだ」

「ここは密室だったの?」

「そうだな。あの扉からしか出入りできなかったようだ」

「犯行時間ってどうなってるのかな?」

「え? それはわからんが…………いや、被害者の男が昼過ぎに買い物に行ったのを見た。友達と一緒だったよ。本を片手に戻ってきた。帰ってきたのは16時頃だったかな?」

 

 今は――18時か。

 さて、そろそろ解決編と行こうか。情報は十分。私の考えと大体一致してくれてて助かった。

 私は女性に顔を向け、声をかけようとする。

 

「おい、質問は俺が答えるって言っただろ」

「おねーさん。認めなきゃダメよ? この現実を」

 

 泣くばかりの女性が、一瞬止まった。

 どうやら私の話を聞いてくれるらしい。

 だと思ったけど。

 

「あの人は、あなたの幼馴染さんは自殺した。ちゃんとそれを認めなくちゃ」

「…………彼が、自殺……?」

「そう。あの人のこと、好きだったんでしょ? だから、認められなかったんですよね? あんなことまでして」

「ちょ、ちょっと待て」

 

 私と女性の話の間に男性が割って入ってきた。

 

「君は見ていないかもしれないが、あの包丁は指紋がなかった。殺人犯がどこかにいるはずなんだ。自殺なんかじゃない」

 

 …………この人が探偵役か。

 中々いい人選してるね。それとも、必然かな?

 さて、探偵殺しを始めようか。

 

「指紋を消したのはあなたですよね?」

 

 私は女性に言う。

 否定は――――ない。

 

「おいおいおいおい。何で彼女がそんなことをしなくちゃいけないんだ。第一、ここに入ってすぐに悲鳴が上がって、俺が駆けつけたんだ。そんな時間もない」

「ん? 悲鳴は家に上がってすぐ、だったんですか? ちょっとした時間で指紋は消せると思うんだけど? ほら、料理後だったって事でエプロンも着けてるし、すぐに拭けるんじゃない?」

「そ、それは――――」

「もういいです」

 

 女性の一声で一瞬の静寂が訪れる。

 

「私が、やったんです」

「何を言うんだ!? そんなわけないだろ!」

「もういいんです! その子の言う通り、私は認められなかったんです。彼が自殺なんてしたことを。だから、これを殺人事件にしようとして、指紋を消して、それで――――」

 

 そこから先はまた泣き崩れて言葉にならなかった。

 とにかく、これで一件落着。

 全ては不幸な事故だったって事で終わるだろう。

 私は小声で、どこかで聞いているであろう八雲紫に話しかける。

 

「これで良かったんですか?」

「――――ええ、上々よ」

 

 返事はすぐに来た。

 私は「それと」と続ける。

 

「今晩でいいですか?」

「そうね。そのほうが都合がいいわ」

 

 それだけ交わすと、私は無意識を使って外に出た。

 人混みを抜けて能力を解除すると――――肩を何かが貫いた。

 

「痛え! 何これ、薙刀!?」

「こーいーしー。どこ行ってたの?」

「…………やあマイハニーこころちゃん! 嫉妬かな? パルってきたのかなって痛えよ! グリグリしないでぇ!」

「悪い子にはお仕置きが必要だな。そう思うだろ? ん?」

「その前に薙刀抜いてくれない? 痛さで死んじゃう」

「下半身吹き飛んでも無事なんだし、大丈夫でしょ」

「…………ああ、死兆星が見える」

 

 気がする。

 これ、無事に生きて帰れるだろうか。

 

 

 ※

 

 

 ぱんぱかぱーん。古明地こいしが深夜零時をお知らせします。

 説教が終わったのが四時間前だって言ったら、信じる? 二時間だよ? 私とこころちゃんで合わせて二時間。何故かこころちゃんの説教に私も付き合わされた。

 説教好きなのは四季映姫さんだけで十分だよ。

 こんな時間に何をしているか。それこそ四季映姫さんじゃないけど、断罪しに来た。

 

「あなたと霊夢ぐらいのものよ? 私をここまで酷使するのは」

「普段寝てばかりなんだから、運動したほうがいいですよ」

「殺し合いで十分よ」

「さいですか」

 

 八雲紫も一緒だ。ただし彼女は別に歩いているわけじゃない。運動しているわけじゃない。スキマの中からひょこっと顔を出しているだけだ。そのスキマが私の横をふわふわと浮いている。何というホラー。妖怪の顔が浮いているのだ。…………こころちゃんも似たようなものだった。お面だけど。

 で、どこに向かっているのか。

 さっきの自殺事件の目撃者である女性の家だ。

 

「私のスキマを通してあげるって言ってるのに」

「あの中トラウマなんですよ。誰かさんに下半身と左腕を持ってかれたせいで」

「グロ注意! だったわねえ」

「もうやめてくださいよ? こうして問題解決に乗り出してるんですから」

「自業自得じゃない」

「否定できないけど」

 

 そして到着。被害者宅のすぐ横の家だ。幼馴染って言ってたし、家が近そうなのはわかってたけど、真横だったとは。

 さて。まさかこんな時間にもいるとは思わなかった。

 

「あっちはどうします?」

「先に片付けましょうか。何か言われても面倒だし」

「めんどくさがり」

 

 私は触手を伸ばして、物陰に隠れている男性を捕獲した。

 

「――――のわっ!」

 

 そのまま引きずって、私達の前に連れてくる。

 黒い服に身を包み、夜の闇と一体化している男性。

 それは事件の時、女性を宥めていた男性だった。

 

「痛ってえ…………ってお前、夕方の…………!」

「こんばんは。ストーカーさん」

 

 メリーさんが何を言っているのやら、と八雲紫から言われたが、覗き魔に言われたくはない。メリーさんはストーカーじゃなくて都市伝説だ。都市伝説は罪に問われない。

 

「さっきはご苦労様でした。…………そんなに好きだったんですか? あの人のこと」

「……………………悪いかよ」

「好きになるのはいいことよ。生きてる証だもの。けど、その為に罪を隠すのはどうかって話」

「お前だって同じことしてんじゃねえかよ」

「私は後でお仕置きする気だったからさ。今から行くの」

 

 その言葉に男性は顔を青くした。

 

「ま、待て! 俺がどうなろうといいが、あの人に手え出すな!」

「そんな甘い話があると思う? いや、あるかもしれないけど。その判断は私じゃないからさ」

「お前が見逃してさえくれれば大丈夫なんだ、絶対バレない。…………何が欲しい? 金か?」

「許し。けどそれはあなたからじゃない」

 

 私が八雲紫に視線を送ると、スキマが大きく開いて男性を飲み込んだ。

 悲鳴ひとつ上げさせることなく仕事をこなすとは。

 八雲紫。ただの冬眠妖怪ではない。

 

「今度は頭を断ち切ろうかしら?」

「勘弁してください」

 

 どうして心が読めたんだろう。顔に出てたかな。

 それにしてもちょっと可哀想だったかな。あの人もあの人なりに頑張ってたし。

 

「まあいいか。お邪魔しまーす」

 

 私は女性の家の扉を蹴飛ばして中に入る。

 音は八雲紫が消してくれたそうだ。境界を操るってホント万能だ。よく彼女と戦って生還できたなあ私。

 部屋を一つ一つ見て回って、彼女が就寝している部屋を見つけた。

 八雲紫に頼んで貰ってきたサイリウムを振って踊ってみた。

 何時起きるかなー?

 

「早く起こしなさい」

 

 サイリウムがスキマに飲まれた。

 

「何に使うかと思えば…………アホらしい」

「何事も余裕と娯楽が必要なんです。さて、えいっ」

 

 夢の世界って、無意識に見るものなんだって。

 それはイコールで、夢と無意識が繋がるというわけで。

 私にも多少なら夢を操れるわけで。

 

「――――うわああああああ!」

 

 悪夢を見せ付けてやりました。どうもすいません。

 というわけで、女性の起床である。

 

「どうもー」

「おはようございまーす」

 

 二人の妖怪の出迎えで、怯えて部屋の端まで一瞬で移動された。

 そんなに怖かったかな? メリーさんやってる時にこの反応されたかったなー。

 まあいいや。

 

「あなたを断罪しに来ましたよ」

「ひぃ! あ、あなたさっきの…………」

「うん。さっきぶり。殺人の罪で呪いに来ました」

「な、ななな何を言ってるの? あの人は自殺したって、さっき言ってたじゃない!」

「ああ言うしかないじゃない。さっきはね。もう噂も広まったし、十分だけど」

「まさか、私が殺したって言いたいの!?」

「そう言ってるよ。何? 事件のことを事細かに言わなきゃ認めない?」

 

 そんな面倒なことをしたくないんだけど。

 助けてほしいという視線を八雲紫に投げつける。

 無視された。ですよねー。

 

「じゃあ順を追って説明するね。まずあなたは被害者の男性と幼馴染以上の関係だったね。肉体関係を持っていた。好き合ってたわけだ」

「……………………!?」

「昨日からあの家に泊まってたんだね。まあ私も男の人と一晩過ごしたことがあるから羨ましくなんてないけどね。とにかく、一緒にいた。今日も一緒にいる予定だったのかな? けどそれは叶わなかった。被害者の男性の友人が遊びに来た」

「………………………」

「男性はあなたが家にいることを知られたくなかった。だから友人を家に入れずに遊びに行くことにした。あなたを家に置いてね。…………八雲紫さん、どうして友人を家に入れたくなかったか、わかります?」

「探偵さんが言うべきことではなくて?」

「私はただの探偵殺しだよ。ここはデウス・エクス・マキナの出番ですよ」

「はあ。はいはい、わかったわかった。確かに物語とは関係ないものだしね。…………あなたの元夫でしょ? そのご友人さんは」

「ひっ」

 

 その反応を見るに間違いないようだ。

 それにしてもあれだ。この人がいる限り幻想郷にプライバシーは存在しないようだ。

 

「元夫さんから身を隠すための行動だった。はい、古明地こいしの番」

「はーい。で、あなたは被害者男性がいなくなってからも家の中にいた。意味のわからない行動だけど、とにかく居続けてのね。で、被害者男性が帰ってきてから、あなたは彼を殺した。指紋はこの時に拭き取った。…………で、家を出て、18時に戻ってきて目撃者として演技を始めた」

「…………それっておかしいじゃない。どうして私があの人を殺したの? どうして私はあの家に戻ったの?」

「証拠品を押収した八雲紫さん、どうぞ」

「…………何て穴だらけの推理かしら。はい、これあなたの盗ってきた物」

 

 八雲紫がスキマから取り出したのは――――猥本と呼ばれるものだった。おお、話には聞いていたけど実物を見るのは初めてだ。……………ちょっと中身を――。

 

「こら。お子様が見るもんじゃない」

「けちー。一人前のレディーだからいいのよ」

「ダメ」

「ちぇっ。で、これがどうしたんですか? 八雲紫さん」

「被害者が友人と買ってきたものよ。より正確に言うと、付き合いで買わされたものね」

「というわけでね。あなたはこれが許せなかったわけだ。これを浮気と見たのかな? それでカッとなって殺害。どうして家に戻ったのか。思わず包丁の指紋を拭き取ってしまったからだね」

 

 彼女が事件現場に戻らなかった場合。

 これは密室殺人になる。何せ被害者が手袋もしてないというのに包丁に指紋がないのだ。これは第三者がいなければ不可能。この事件を隠蔽して自殺にしたい彼女からすれば、それは避けなければいけないことだ。

 だから戻ってきた。これを自殺にするために。下手すれば殺人犯になってしまうリスクを背負ってまで、彼女はこれをすることを決心した。

 結論から言うと彼女は恵まれていただろう。事件を穏便に終わらせたい私と会ったこともそうだし、あの黒服ストーカー男性の存在もそうだ。

 ここで少しストーカーにも触れておこう。いや説明する必要もないのかもしれないが。

 あの男は彼女をストーキングしていた。それも、かなり重度に。昨晩、彼女と被害者男性が一緒に被害者男性の家にいることも知っていただろうし、相当のものだ。

 私が質問したことに答えてくれたのもストーカーだからだ。彼女のことを守りたいが故に、彼女に話させたくないが故に自分が知ってることを洗いざらい喋ってくれた。結果として彼女を困らせてしまったのだが。

 これも、愛故に。

 

「さあて、謎解きはこれぐらいでいいかな? そろそろ大人しく捕まってくれると助かるんだけど」

「…………どうして、こんなことするの? あなた達妖怪でしょ? 関係ないじゃない」

「関係はあるわ。あなたが幻想郷にいて、私が八雲紫だから」

「意味が、わからないわ」

「理解される必要は、ありませんわ。…………ご苦労様、古明地こいし」

「これで自由?」

「まさか。今後も監視させてもらいますけど――――ひとまずは、外のご友人に会ってこられては?」

「外の友人? いーちゃんの話?」

「誰は外の世界なんて。この家の外よ。面霊気が待ってるから」

「へ? こころちゃん? 何で?」

「さあ。…………いい友人を持ってるわね。大事にしなさい」

「言われなくても」

 

 八雲紫が女性を連れてスキマの中へと消えていった。

 私は言われた通りに外に出た。

 こころちゃんがただ立っていた。

 

「やあやあこころちゃん。こんなところで奇遇ですね」

「偶然なわけあるか。…………これで、一段落着いたの?」

「うん。今後も監視されるみたいだけど」

「そう」

 

 肩を並べて、どこへ向かうわけでもなく歩き始める。

 

「ねえこころちゃん。愛ってなんだと思う?」

「ん? 愛? 何だろ、大事に思う心?」

「それもありだけど。今日覚えたのはね、愛は独占なんだよ」

 

 たかが本でさえも、自分じゃないものを見ていたから殺した。

 自分だけを見ていて欲しい、他の物なんて必要ない。だから殺した。

 こんな愛情表現。

 愛する対象をじっと見る愛情表現もある。他の物なんて目もくれない、愛する対象に独占されるような感覚。

 この事件は愛を巡る事件だった。なんて言い方をしたらロマンチックすぎるかな。

 けど愛がなければ何も起こらなかった。どれだけ歪んだ愛の形だろうと、どれだけ狂った物語だろうと、愛には何かを動かすだけの力がある。

 果たしてその力は、間違っているのだろうか。

 力あるものは抑制される。外の世界でいーちゃんから聞いた話だ。ならば愛も抑制されるべきなのだろうか。それこそいーちゃんがやってたように、自分を騙して押さえつけるべきなのだろうか。

 

「――――それは違うんじゃない?」

「違う?」

「愛は独占、なんじゃなくて、独占が愛の形の一つなんだよ」

「どう違うの?」

「独占は、あくまでも愛の表現の一つだってこと」

「…………そっか。愛情表現もたくさんあるもんね」

「うん」

 

 表現が多いのは、それだけたくさんの愛があるということかな。

 一つの愛しかないんだったら、表現も一個でいいわけだし。

 愛がたくさんある。それはつまりそれだけたくさんの物事が動いているということになるのだろうか。

 ひょっとしたら。

 愛が世界を動かしているのかもしれない。

 

「…………なんてね」

「ん? 何か言った?」

「こころちゃんに刺された傷が痛いって言ったの」

「そんな長くなかったような。それならいいや。直ぐに治るでしょ」

「私をなんだと思ってるの?」

「ジオング」

「飾りじゃないからね? この足」

 

 いーちゃんとも違う、この軽口の叩き合い、楽しいなあ。

 もういいや。我慢しなくていい。楽しいことは楽しんじゃおう。問題があったらその後で今日みたいに解決すればいいんだ。じゃないと、こころちゃんに失礼だし。

 これを諦めと取るか、前向きと取るかは人によりけりだろうけど、少なくとも私は前に向かってる。

 いーちゃんを叱った手前、後ろ向きになんていられないし。

 何より、八雲紫と一緒にいてちょっとだけ楽しかったから、また会いたいし。

 

「よーし、頑張るぞー!」

「じゃあこいし、地霊殿行ってみようか」

「それは別問題ということで」

「…………実はね、私前に地霊殿に行ったんだけど」

「え?」

 

 行ったの?

 あの嫌われ者の巣窟に?

 

「オカルトごっこしようとこいしを探しに行ったんだけどね」

「あ、その時の話か。私もメリーさんを布教しようと各地を飛び回ってたからねえ」

「何やってんだお前。で、その時にどうせだから挨拶しとこうとお姉さんに会いに行ったの」

「引き返せばいいのに」

「お姉さん嫌い?」

「大好き」

 

 あんなに可愛いお姉ちゃんを嫌いになる奴の気持ちがわからない。

 豆知識。お姉ちゃんが眠ってる時に脇をくすぐるとエロい表情になる。

 あの時は御馳走様でした。

 

「で、こいしの話してた」

「どんなどんな」

「とりあえず私はこいしの奇行について」

「そんなことしたっけ?」

「料理本を買うお金がないからって、調理器具を本屋に持ち込んで料理を始めたことについて」

「禁止されてないからいいんだよ」

「ダメに決まってんだろ」

 

 幻想郷は外の世界と違ってルールが少ないから、許されてるかと思った。

 暗黙の了解って奴だったのか。

 

「お姉さんはこいしの心配してたよ」

「……………………」

「怪我してないか。病気にはなってないか。虐められてたりしてないか。ちゃんとご飯は食べてるのか。悪い男に誑かされてはいないだろうかって」

 

 ごめんお姉ちゃん。

 最後のは否定できそうにない。

 つまり全部いーちゃんって奴の仕業だったんだ!

 

「ちゃんと聞いてる? とにかく、お姉さんはこいしのことをこんなに想ってくれてる。……………何か思うことはないの?」

「そりゃあるよ。大事に思ってくれてありがとうって。こいしは元気ですよって」

「じゃあそれを伝えなきゃ」

「……………………そうだね」

「ちゃんとこいしの言葉でね。感情とか思いっていうのは、言葉にしなきゃ伝わらないものだから」

「そうかな? 表情とか仕草でわかるものじゃない?」

 

 ましてやお姉ちゃんは覚妖怪だ。

 今の私の心なら、多分、読めるんじゃないかな?

 無為式にかき乱された私の心なら。無意識をある程度操れるようになってるし、心を読ませようと思ったら読ませられると思う。

 

「言霊を知らないのか。言葉にはとっても大きい力があるんだよ。だから言葉っていうのがある。文字じゃなく、口にする言葉。それに、表情とか仕草からは察する程度しかできないよ。考えることしかできない。大事なのははっきりと自分を伝えること」

「うぐぐ。やっぱり行かなきゃダメ?」

「ダメ。あのままだとお姉さん…………その、いろいろ危ないよ?」

「どういうことそれ」

「私が帰る直前に、突然虚空に話しかけてた」

「ちょっと実家に帰らせてもらいます」

「何か意味合いが違う気がするけど行ってらっしゃい」

 

 私は走ってその場を離れた。

 相変わらずどこか残念なお姉ちゃんだ。

 いやまあ、原因が私にある以上、そんなことは言えないんだけどさ。

 私だってお姉ちゃんの妹だ。そんな病状があるというのなら、流石に心配になってくる。

 今まで帰ることに恐怖があった。地霊殿に寄ったことはあったけど、お姉ちゃんには絶対に会おうとしなかった。お姉ちゃんに会うことが怖かった。

 だって、私は今までのように何も感じない存在じゃないのだから。

 昔のように、何かを感じる存在になったのだから。

 昔のように、恐怖を感じるようになってしまったのだから。

 昔にように、覚妖怪に戻りつつあるのだから。

 昔のように――――眼を閉ざしたあの時に、戻りつつあるのだから。

 お姉ちゃんは喜んでくれるだろう。私が本来の覚妖怪に戻れたことを。それが怖い。

 喜ばれたら、嬉しいから。

 私は、もう無意識ではいられないだろう。

 それはつまり、昔の地獄に戻るということだ。

 嫌悪と憎悪と醜悪と最悪と汚物と汚点と恐気と狂気と凶気に満ちた世界になんて戻りたくない。

 あんなものはもう見たくない。

 だから――――

 

「戯言だよ」

 

 全部、捨ててしまおう。

 誤魔化して曖昧にして何も感じず何も考えない存在に朽ち果ててしまおう。

 私は眼を閉ざそうと、固く誓った。

 あれ、これって。

 

 いーちゃんと同じじゃないか?

 

 いーちゃんは自分の罪悪感のために心を閉ざして。

 私は自分の安心感のために眼を閉ざしている。

 ……………………。

 いーちゃんにあんな偉そうなこと言った手前、これじゃダメだよね?

 そうだ。まだ逃げ道はあるんだ。お姉ちゃんが嬉しそうにしててもそれを感じないようにすればいいんだ。

 それなら私は地獄に戻らず、お姉ちゃんも幸せ。

 よっしゃそれで行こう!

 私はただ走った。

 走ることしか、考えないことにした。




キャラを忠実に書けない
二次創作だからで納得しよう、うん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VSフランドール・スカーレット

最ッ高にハイッて奴だァアアア!
↑吸血鬼といえばコレ。


 どうも。古明地こいしです。

 お姉ちゃんに会ってきた帰りです。…………帰り? それはちょっと違うかな。私の帰る場所は地霊殿で、今その地霊殿から出てきたところだし。

 無意識モードでただ行くあてもなく歩き回ってるところ。

 喧嘩とかがあったわけじゃない。むしろ仲良く出来たんじゃないかな? 一般的な姉妹を知らないから、それと比較したらどうかはわからないけど。私は仲が良い姉妹だと思ってる。

 じゃあ何で外にいるか。外の世界という意味ではなく、地霊殿の外という意味で。

 居づらくなったからだ。割り切ることなんて出来やしない。適当な口実をつけて逃げ出してきた。

 簡単に、お姉ちゃんとの姉妹水入らずの会話の内容を言うとだね。

 この間のオカルトごっこの最中に人間とバトって、その人間が落とした携帯を拾って、その拾った携帯についてちょっと話してきた。で、その後「まだまだバトってたらもっと貰えるかも、お姉ちゃんの分も貰ってくるね」なんて言って逃げ出してきた。

 ありがとう外の世界の人間さん。おかげでお姉ちゃんとの会話が弾みました。十分にも満たない雑談だけどね。それでも私の意識下で話すのは本当に久しぶりだから、嬉しかったよ。

 無意識を装ってたけどね。やっぱり昔には戻りたくないから。無為式とは向き合っても、無意識には全力ですがっていくあたり、まだまだ未熟者だと実感させられるね。

 お姉ちゃんが第三の眼で見てきたらどうしようかと思ってたけど、その心配は杞憂に終わった。私の第三の眼が再び開眼することはもう諦めてるのかな? 今のままでいいと思ってくれてるのかな? お姉ちゃんから特別、アクションはなかった。それは助かった。

 今の私の心は、多分読めるだろうから。

 読める=無意識が薄れてきている=覚妖怪としての復活の可能性。お姉ちゃんを期待させたくない。裏切りたくないから。だからこのことは一切喋ってない。

 いや、これを誤魔化してる時点で裏切ってるのかな。

 裏切りは私らしくないな。そんなのはいーちゃんにでも任せておけばいい。いーちゃんの場合、裏切りって言ってもそんな大掛かりなものじゃなくて、ほんの少しの戯言なんだろうけど。

 それで一体どれだけの人生を破滅させてきて、一体どれだけの人を救ってきたんだろうか。

 対して私は、何が出来たのだろう。嘘を吐いて、裏切って。それで何を変えられてきたのだろうか。

 愛には何かを動かす力がある。逆に言えば何かが動いたとき、そこには誰かの何かに対する深い愛があるということではないだろうか。

 これに倣って言えば、いーちゃんの戯言には愛があったということになる。それは玖渚さんへの愛かもしれないし、また別の人への愛なのかもしれない。

 一方で私は誰も、何も動かしてこれなかった。私は誰も愛することはできないし、誰にも愛されていないということなのかもしれない。お姉ちゃんからの愛情に気づいていないわけではないけど、それでも物事は動かない。私という存在を媒介にする愛情に、そんな力はないということなのだろうか。

 あくまでも私という無為式は、いーちゃんという無為式の陰でしかないということなのだろうか。

 誰にも見えない、隠された場所。

 

「戯言だ」

 

 そんなわけあるか。あってたまるか。いくらなんでも報われなさすぎる。私は幸せになりたいんだ。そんな生まれながらに不幸を決められてたまるか。無為式があるにしたって、不幸の理由になるもんか。多分だけど、いーちゃんは無事に幸せになってるんだろうから、私になれないはずがない。

 今のところの幸せへのアプローチは、全部失敗に終わってるけどさ。

 眼を閉じたこともそうだ。いーちゃんと一緒にいたのもそうだ。そこに幸せがあると信じての行動だった。けど今の私はどうだろう。再び第三の眼が開くのを常に恐れ、八雲紫に監視され、いーちゃんに会うことも出来ず、お姉ちゃんに恐怖している。これ、幸せ?

 ふざけんな。妥協なんかしない。絶対に幸せになってやる。いーちゃんにも言われた通り、こんな作り物の笑顔なんかじゃない笑顔を見せてやる。神様やら運命やらがあるって言うんなら、精々今のうちに嘲笑っていろ。

 

「絶対に、幸せになってやる!」

 

 肺の中の空気を全部吐き出す勢いで叫んで、その場にあったベッドに寝転がる。そうと決意すれば、幸せになる方法を模索しなくては。…………そもそも幸せとはなんだろうか。安心? 欲望が満たされる世界? 幸せは失って初めて気づくって聞いたことがある。逆に考えるんだ、私が失ってきたものの中に幸せがあるかもしれないと考えるんだ。最初に思いつく私が捨ててきたものといえば、覚妖怪としての能力。あれが、幸せ? まあ一考の価値はあるけど。

 そういえば、何でベッドがあるんだろう。私、地底を彷徨いてたはずだけど。

 周りを見渡してみれば、何とも悪趣味な部屋だ。部屋って時点で無意識の内に不法侵入してたことは明らかだけど、それは後でごめんなさいするとして。

 この部屋で本来の形をとっているものが殆どない。私が寝転がってるベッドは大丈夫みたいだけど。

 例えば床に転がってる壁掛け時計。半分に折れてる。中の針も長い方は曲がってるし、短い方は見当たらない。他にもテディベアがあるけど、中の綿が出ている。しかも原型をまるで留めていない。

 これはひどいなあ。部屋の主は一体どんな奴なのだろう。私でも精々が人の剥製を飾る程度のものだというのに。今じゃしないけど。

 こういう破壊衝動は、精神の安定していない証だ。安定させるために破壊をするらしい。相当気が触れた奴なんだろうなあ。早いとこお暇しないと。

 

「ねえ――――あなた誰?」

 

 見つかった。

 幼い少女の声だ。私は声の主に顔も向けずに返事をする。

 

「テディベアの妖精よ。仲間を回収しに来たの」

「あれ? テディベアの妖精って一人じゃなかったの? この前壊したんだけど」

「それは偽物だね。泥棒さんじゃないかな? 最近の泥棒は変装も上手みたいだし」

「あははっ。面白いこと言うわね。私がまったく気配に気づかないなんて…………最近の妖精は変わってるわ」

「そりゃ気配はないよ。テディベアに気配があると思う?」

「人形にも気配はあるわ。生きてる限りは気配を持つから」

「じゃあ死んでるんじゃない?」

「生きてるじゃない」

 

 あははと彼女は笑う。

 うふふと私も笑う。

 ここに来てようやく私は彼女を見た。

 目立つ黄色の髪とか、可愛らしい帽子とか、血でも吸ったような真紅の瞳とか、紅白の服装とか、明らかに飛ばなさそうな翼とか。

 どこかで見覚えのあるような気がしたと思えば、これフランドール・スカーレットだ。

 何時からか根城から外出するようになった元引きこもり吸血鬼。

 ああそうか。私は悪魔の城、紅魔館に来てしまったのか。

 無意識って怖い。

 

「――――それではこれで失礼します。次のテディベアが私を呼んでるから」

「え? もう帰るの?」

 

 そりゃ帰るよ。

 まだ死にたくないし。

 返事はせず、ベッドから降りてテディベアを回収。部屋から出ようと扉を開けて、

 

「えい」

 

 扉を開けようとドアノブに触れた右腕が消滅した。

 またか。また私の腕は消えるのか。

 確かフランドール・スカーレットの能力は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。それ、腕だけ破壊っていう器用なこともできたんだね。すごいなあ。

 痛みを我慢しながら、仕方なく彼女の方へ振り返る。

 

「どうしたの? 何か用?」

「私の部屋に来て、何もせずに帰るなんて失礼じゃない」

「申し訳ない。私に出来ることは何もなくてね」

「何も出来ないなら用事もないわよね」

「その理屈はおかしい」

 

 私の言ってる「出来ない」はあなたを楽しませることは出来ないという意味でね?

 何も「出来ない」という無能のレッテルを自分に貼ってるわけじゃなくてね?

 ついでに言うと後者の「出来ない」人に対して用事もないっていうのは酷だと思うの。

 彼女は不敵に笑う。

 

「で、ホントのところはどうなの? あなた何者?」

「古明地こいし。無意識妖怪よ」

「…………何それ。聞いたことない」

「知名度のないちっぽけな妖怪ってこと」

「その妖怪がここまで私を掻き乱したって? 笑えないわ」

 

 掻き乱した。

 無為式か。発動条件とかないのだろうか。私が何かに強く惹かれた時には確定なんだけど――――致命的なんだけど。他にも何かあるのだろうか。常時っていうことか。まだまだ無為式には慣れないから、わからないことばかりだ。

 で、吸血鬼を惑わしている? それって吸血鬼に喧嘩売ってるのとどう違うのだろうか。

 昨日の八雲紫戦といい、私を殺しに来てるとしか思えない。

 

「これも、あなたの無意識云々の能力のせい?」

「そうだね。無為式って言うのは怖いもので、自分にも制御できないの」

「それはないでしょ。私だってちゃんと自分の能力を操れてるもの」

「無意識に生きてるもので」

「…………それって操られてるんじゃないの?」

「そうかもね」

 

 ここに来た時、何時頃だっけ。日は沈んでたっけ、昇ってたっけ。

 吸血鬼。異常なまでの身体能力の高さを持ってる生まれながらのチート。けど、その反動か弱点も多い。外の状況さえわかれば多少の無茶をしても逃げるんだけど…………どうかな。

 例えば日中。例えば雨。どちらかがあればいい。ただし、ここから外の様子は見えない。適当に壁を壊してみる? そんなことやってる暇、あるかな?

 

「ねえねえこいし。せっかくだし、ゆっくりして行ってよ。お菓子くらいならあるからさ」

「いやいや。私如きにそんなもったいない。それに、甘味は身体が受け付けなくって」

「遠慮してるの? そんな必要ないのに。それとも本当かしら。飲み物は甘くないから大丈夫よ」

 

 言いながら戸棚からボトルに入った飲み物を取り出す。見るからに赤い。絶対血でしょあれ。うへえ。人肉かじったことはあるけど、不味かった覚えがある。血だって美味しくないだろう。何とかして断らないと。

 かと言って逃げることも出来なさそう。一見隙だらけに見えるけど、あれは隙じゃなくて余裕だ。「あなた程度何時でも殺せるのよ」って背中で語ってるもん。

 悶々としている内に、カップに注がれた血が運ばれてきた。

 

「はい、どうぞ」

 

 手渡されたのは可愛らしいピンクのカップ。中身は鮮やかな赤色の液体。

 …………どうしよう。飲むか?

 

「飲まないの? 美味しいよ?」

「…………うん。そうだね。いただきまーす」

 

 恐る恐る口に含む。

 味わう気なんてさらさらない。グイっと一気飲みする。

 ……………………。

 って。

 ぶどうジュースじゃん。

 

「血かと思った?」

「うん。まさかぶどうジュースなんて思わなかったよ」

「なあんだ。あなた私のこと知ってるのね」

「あ」

 

 しまった。

 何て単純な誘導尋問にかかってしまったんだ。

 普通、飲み物を血だなんて思わないよね。そう思ってしまうのは、相手が吸血鬼だと知ってるからこそで。

 …………よく考えれば、それがバレたところで何でもないのではないだろうか。何か知っちゃいけない禁忌みたいな扱いしてたけど。

 

「なら自己紹介も必要ないわね」

「うん。フランドールさんだよね」

「フラン、でいいよ。友達でしょ?」

 

 やったよお姉ちゃん。友達が増えたよ。

 ただしちょっと機嫌を損ねさせたら殺されかねない、破壊と殺戮の代名詞だけど。

 

「どこで私のこと知ったの?」

「こう見えても行動範囲は広いんだよ。それでどっかに行った時に誰かから聞いた」

「探偵みたい」

「私のやったことは探偵殺しだけど」

 

 嘘を突き通し、事件を解決させる。

 真相を暴く探偵の出番を殺した、舞台を壊す無為式。

 主役を出させない、脇役にあるまじき脇役。

 

「探偵殺し? 何それかっこいい」

「憧れるようなもんじゃないよ。メインディッシュより美味しいキュウリがある?」

「何故キュウリ。言いたいことはわかるけど」

「やっちゃいけないことをやっただけだよ。まあ、私のことはいいからさ、フランのこと聞かせてよ」

「…………ん? 何を言えばいいの? もう私のこと知ってるんでしょ?」

「名前と、吸血鬼ってことだけよ。後は…………能力、かな。それぐらい」

 

 実際はもうちょっと知ってるけど。

 というか以前にもここに来たことあるし。その時とは部屋の模様替えでもしたのか違う様だったけど。

 けど私は自分のことをあまり言いたくはない。言って楽しいことなんてないしね。

 暗い過去を自虐気味に話すことしかできない。

 

「私のこと、かあ。…………そうだ。実はさっきまで可愛い人形を作ってたの。見る?」

「ぜひ」

 

 フランが部屋の端に置いてある机を指差す。

 私がその場所を見ると、人の形をした何かが立っているのが見えた。大きさはティッシュ箱を立たせたぐらいだ。少し離れた位置のせいか、あまりよく見えない。

 四つん這いで這って近づいてみると、近づいたことを少し後悔した。

 そこにあったのは紛れもない人間だった。人の形をして、人の肉で固めて人の皮を被せてあるんだから、人間だろう。死んでることは間違いないけど。

 あまり完成度の高いものとは言えなかった。人の形を取るためだろか、中に本当の人形があるのがところどころ見える。その人形の周りに人の肉をくっつけ、人の皮を上から貼り付けてある。が、中の人形が見えるように人の肉までうっすらと見える。人の皮が薄すぎるような気がする。

 

「どう? どう? 頑張って作ってるんだよ。後は目とかつけなきゃいけないんだけど、中々パーツを取れなくって」

「そうだね。こんなに小さい目でもんね」

「大きさはいいのよ。切ればいいんだし」

 

 切る。

 机の上には果物ナイフが置いてある。これで切るのだろうか。ああ、人の皮もどこか歪だと思えばツギハギでジグザグになってる。思ったより手が込んでる。

 

「凄いね」

 

 無難に褒める。

 

「えへへ。ありがと。こいしも作ってみる? 結構集まってるから、いろいろ作れるよ?」

「そうなんだ」

 

 結構です。

 というか、集まってる? 死体をコレクションしているということだろうか。お燐以外にそんなことしてる人いるもんなんだ。二人は案外気が合うかも。…………やっぱりないな。うん。

 

「あー、でも上手く壊せなくって、パーツが偏ってるかも。目が少ないのもそのせいなんだけど」

「上手く壊せないって、どういうこと?」

 

 再度話題を変えていく。

 これ以上サイコパスの話なんて聞いていられない。可哀想でしょ、こんなの。

 

「さっきこいしにやった時は上手くいったんだけど、失敗しちゃったら跡形もなく壊滅しちゃうの。そうじゃなくても、頭だけ飛ばそうとしたら上半身ごといっちゃうとか。よくあるんだよね」

 

 私は最悪、死んでいたということになるのか。

 運が良かったんだか、悪かったんだか。

 誰にとってかで、意味が変わってくるんだけど。

 

「その、破壊する能力って弱点とかなさそうだよね。概念的なものでも壊せるの?」

「流石に出来ないと思うな。やってみたことないからわからないし、やる気もないけどさ」

「それでも、生きてるものなら壊せる」

「間違いなく。死んでるものは…………どうだろう。死に具合にもよりけり、かな?」

「どういうこと?」

「死って言ったらさ、基本的には魂の死だと思うのよ」

「うんうん」

「けど肉体は生きてる。例えば病死、寿命。外傷がないのに死んじゃう奴」

「あー、なるほど。外的要因による死と内的要因による死は別物ってこと?」

「うん。そのどちらか、生きてる方は壊せると思う」

 

 肉体が滅ぶことでの死なら精神を壊すことが出来て、精神が消えることでの死なら肉体を崩すことが出来る。

 …………強すぎない? その能力。無意識しか操れない自分が悲しくなってきた。

 あ、そうだ。フランの能力のことでもう一つ、聞きたいことがあるんだった。

 

「確か目が見えるんだっけ。壊せる部分のこと」

「壊せる部分、というか露呈した弱点ね。それがどうしたの?」

「その部分を私が攻撃したらどうなるの? それでも壊せるの?」

「壊せる、んじゃないかな。やってみたことないしね。あくまでも私のは相手のウィークポイントを見つける能力、そしてそれを動かす能力だし。弱点を作るわけじゃないもの」

「元々ある弱点を視覚的にしたものか。試してみようよ。物質でもいいんでしょ?」

「そりゃそうだけどさ。この部屋にある物って全部壊れちゃってるのよね」

 

 言われて、改めて部屋を見渡す。

 そうだね。原型を留めているものが、本来の機能を維持してるものがほとんど残ってないんだったね。肉体も精神も死んでる状態だもんね。

 …………よし。

 

「じゃあ探しに行こうよ。もしこれが成功したら、私達は幻想郷最強ペアだよ?」

「最強? そんなのつまんなくない?」

「そうかな。何事も一番って気分がいいものよ」

「私はそうは思わないなあ。もう上がないってことでしょ? つまらないと思うなあ」

 

 これはマズイ。

 私の目的、ここからの脱出のために穏便に外に出る作戦が台無しになってしまう。

 というか、それをする必要もないんじゃない? 概念的なものは壊せないって言ってたし、それはつまり認識できないものは壊せないか、はたまた強大過ぎるものは壊せないかのどちらかだと思う。前者であれば、無意識をちょちょいと操って認識をずらせば解決する気がする。後者だったらダメだけど。

 意識はされなくてもそこにいる。

 それが私、古明地こいしだから。

 それはさておきどうしようか。

 この方法は諦めるか。

 

「そうだフラン。ポーカーしよう」

「こいしは思いつきで行動する子なのね。突拍子がなさすぎてびっくり」

「それだけ発想が柔軟ということにしといて」

「いいけど。…………ああごめん。トランプないんだった」

「残念」

 

 会話を逸らすだけの、意味のない言葉並べ。

 私は改めてどうするかを考える。

 …………ここで発想を変えてみる。ここから無理に脱出しなくてもいいんじゃないか? という方面に、思考をシフト。

 私が変なことしない限りは壊されないっぽいし、しばらく一緒にいて満足してもらえれば帰してもらえるだろう。逆におかしなアプローチを続ければその分だけ寿命が縮むかもしれない。

 というわけで。

 とことん遊ぼう。

 

「じゃあ何があるの?」

「何にもないわ」

「壊しちゃうから?」

「そうよ。すぐに壊されちゃうんだから」

 

 フランが壊すからじゃないの?

 ということは勿論言わない。

 

「じゃあ仕方ないね。…………何して遊ぼっかな」

「うん、仕方ないわ。…………何して遊ぼうかな」

「フランはいつも、何をしてるの?」

「一人で遊んでるわ。人形で遊んだり、絵を描いてたり」

「絵描きかあ。いいね、それ」

「でしょ? ね、ね。見てみる? 見たいでしょ?」

「うん」

 

 ちょっと待っててね、と言ってベッドの下に手を突っ込むフラン。そこって卑猥な何かの特等席じゃなかったのか。確かに他に置き場もないような部屋だけど。箪笥はあるけど、機能してるのは一段か、二段程度のもの。他はボロボロだ。今にも崩れそうなぐらい。

 フランがポイっとスケッチブックを投げ渡してくる。

 顔面キャッチ。

 

「ちょ!? こいし大丈夫?」

「顔面セーフ」

「それは意味が違うから」

 

 突然飛んできたものに対処できる奴なんていない。

 そもそも私は今右手がないんだけど。片手でキャッチするなんて器用な真似できません。

 スケッチブックを一ページめくる。

 ……………………何だろう、これ。

 子供がクレヨンで書いたような、雑な赤い丸がある。グシャグシャに塗りつぶされている。…………何かの比喩だったりするのだろうか。赤、丸。

 ああ、なるほど。

 

「お菓子?」

「太陽。お腹空いてるの? 人肉食べる?」

「結構です。…………太陽かあ。フランは太陽見たことあるの? 吸血鬼なのに」

「ないない。だから、こういうのかなって描いてみたの。どうなの?」

「赤っていうよりかは、白いよ。ほら、蛍光灯の光みたいなイメージ」

「ああ、なるほど。というか考えてみたら光って白い感じよね」

「色をつけてない限りは白いね」

「けどさ、熱いものって赤いイメージない?」

「あるある。逆に冷たいものって青だよね」

「そうよねー」

「ねー」

 

 次のページをめくる。

 人の形だ。絵は決して上手いとは言えないけど、特徴はちゃんと捉えてあるから、一目で何を描いてあるのかわかる。それを上手いというのかもしれないけど。

 白の帽子を被っていて、青い髪、衣装は半袖にスカートとフランのものと同一…………かな? そのイメージかな? のピンク色バージョン。そこだけちょっと怪しいけど、それに加えて存在する悪魔の如き羽で誰かは一目瞭然だ。

 

「お姉さん? レミリア・スカーレット?」

「正解。何描こうかなって思ったら、お姉様が浮かんだから描いてみた」

「本人に見せたの?」

「うん。そしたら、もうちょっと似せる努力をしなさいって言われちゃってね」

 

 そう言ってスケッチブックの次をめくる。

 かなり精巧に描かれたレミリア・スカーレットがそこにいた。

 

「描かされた。被写体になってくれたんだけど、ポージングが難しくって…………どうかな?」

「おお、上手い上手い。このポーズはあれだね、カリスマに溢れてるね」

「無理にコメントしなくていいのに」

「ホントのことだもん」

 

 何故ここまで精密なものが作れるのに、一枚目や二枚目は子供の落書きみたいなものになってしまうんだろう。

 想像力が弱いのかな。悪いことではないんだけど。

 …………むむ。閃いた。

 

「面白いこと思いついた」

「どんな?」

「私とフランで一枚ずつ絵を描く。そしてその絵が何の絵なのかお互いに当てるの」

「うん。それは面白そう」

「でしょでしょ? やろうよやろうよ。紙とペンくれる?」

「ちょっと待ってね。紙はこれを使うとして……」

 

 スケッチブックから一枚ちぎって渡してくれる。

 それから荒れてる床を適当に漁って、クレヨンを見つける。

 

「あったあった」

「ひょっとして、クレヨンしかない?」

「そうよ。色鉛筆もあったんだけど、壊れちゃった」

「ならしょうがない」

「そう、しょうがない」

 

 フランが白と黒のクレヨンを手に取り、後は私に使っていいと言ってくれた。好意に甘えて、早速絵を描き始める。

 絵を描いたことはあまりないのだけど、頭に浮かんだものをそのまま紙に描き写すだけでしょ? 楽勝よ楽勝。

 外の世界のものを描いても仕方ないから、幻想郷にあるものに限られる。けどそもそも、こんなのは深く考える必要も何もない。最初に思い浮かんだものでいいのだ。

 というわけで私が描いているのは、大木だ。幹を描いて、葉の部分はモジャモジャーっとした感じにして。

 あ、これ楽しい。

 フランが何枚も描くわけだ。

 

「完成ー」

 

 先にフランが仕上げてしまった。こうなるとちょっと焦る。

 私は緑色のクレヨンを手にとって、葉の部分を適当に塗りつぶす。

 

「私も出来たよ」

「じゃ、オープン」

 

 フランの一声で、互いに自分の絵を相手に見せる。

 フランの絵は、また何とも言えないものだった。

 人の形をしている、のだが腹の部分が白いモヤモヤになっている。ひょっとして、人の形はしているけど人じゃないのかもしれない。白と黒でしか描かれていないのが余計にわかりにくくなっている。

 しかも体の殆どが黒で、腹の部分だけが白いモヤモヤだ。これに意味があるのだろうか。

 いや待て。白と黒であることが関係しているのかもしれない。私を思って白と黒にしたのではなく、最初から白と黒だけで描けるから他のものを私にくれたのかもしれない。

 つまりこれは。

 

「わかった。フランのは人間だ」

「ぶっぶー。これは、あれよ」

 

 そう言って指し示すのは、床に転がっているテディベア。

 中から綿が出ている…………ああ、この白いのは綿か。白と黒だけ持ってったのは、本当に私のためにのことだったんだ。

 深読みしすぎた気がする。

 

「じゃあ、私のはわかる?」

「んー何だろう。茶色の棒と、緑色の…………何だこれ」

「うふふー。さて何でしょう?」

 

 すぐにわかるものだと思ったけど、案外わからないんだ。

 絵が下手すぎるとか、そういうことじゃないよね?

 フランは少し悩んでいたが、頭の上に電球が見えそうなほど「閃いた」な表情を浮かべた。

 

「わかった! これ団扇よ!」

「…………そう見えなくもないよね。茶色が棒だと思ったら。これは木だよ。でっかい木」

「そう来たかあ。そっちかな、とも思ったのよね」

「そういうことにしとく」

 

 負けず嫌いめ。

 人のことは言えないけどさ。

 

「どうする? 互いに当てられなかったけど、二回戦行く?」

「それもいいけど、そろそろ体も動かしたいわ。こいしが来る前までは人形作ってたし」

 

 何だか嫌な予感がする。

 

「喧嘩しよ! 川原で喧嘩すると、仲良くなれるって言うし」

「それは男同士に限るんだよ。しかも人間だけ。私達には無縁だよ」

「えー。何それずるい。じゃあ私達はどうやったら仲良くなれるのかしら」

「今のままでも仲良し。好感度マックス、メーターが振り切れそうだよ」

「そうなの?」

「フランは違う?」

「わかんない。好きなんだか嫌いなんだか、はたまた何も感じないのか」

「嫌いな人とは一緒にいないよ。こんなに遊んだんだし、好きだってことよ」

「そうかな」

「そうそう」

 

 焦る。

 吸血鬼と喧嘩なんてやってられない。何とかこの路線から離れないといけない。

 何だっていい。穏便に済ませられるなら何だってしよう。

 これこそ戯言の出番だ。

 

「だから喧嘩なんてしなくていいのよ。体を動かすにしても、別の何かがあるし」

「…………やっぱりやだ。殴り合って、殺し合って、愛し合おうよ!」

「それはおかし――――っとぉ!」

 

 フランのボディブローを間一髪で――――躱しきれてない。脇腹を持って行かれた。しかも右の方。何というバランスの悪いことになってしまったのだ。右腕と右脇腹がない。これ、マトモに立てないんじゃない?

 

「フラン? これはどういうこと? 私のこと、嫌い?」

「ううん。好きだよ。多分。それを確かめなきゃいけないから、私と殺し合おうよ!」

 

 床に散らばっているテディベアを投げつけてくる。

 触手で突き刺し、フランにお返しする。

 だがしかし、そこにフランはいなかった。

 

「こっちこっち!」

 

 一瞬の内に天井に張り付ける速さを持った相手に、何をしろと?

 とりあえず、フランの無意識を操らせてもらう。

 

「――――あれ? こいし、どこ?」

 

 ちなみに移動していない。

 私のこの能力は、言い換えれば自分を石ころに変えるようなものだ。そこにあっても、気にならない存在。視界に入っても、認識できていても、意識することができない。

 以前までは違った。意識することはできるのだ。ただし、しづらくなってはいるけど。石ころだって一回認識して、意識さえしてしまえばそこあることは確かにわかる。私も同様で、奇襲には使えるにしても一回私を意識してしまえばこの能力は何の意味もなさない。…………これは、私が無意識を操れていなかったことが原因だ。

 今やっていることは簡単なこと。連続して意識を逸らせている。認識をずらす、意識を逸らす。これを連続してかけることで相手は私を認識して意識していたとしても、それはほんの一瞬のこと。確固としたものとして掴めることはない。

 欠点は一つ。はっきりと私の位置は掴めないにしても、私がいることは本能的に知れてしまうこと。

 サブリミナルだ。一瞬しか私を見えないだろうが、逆に言えば何回もその一瞬が訪れてしまう。知覚できなくとも脳ははっきりと私を捉えている。潜在的に私がいるということを知ってしまう。

 姿は確認できずとも、存在は確認されている。

 今はその方が、都合がいいのだけども。

 

「こいしー? 隠れてないで出てきてよ」

「嫌でーす」

 

 どうやら、目は見えていないらしい。無条件で壊されることはないようだ。

 だったら今の内に逃げるのも一つの手段か。気が触れている、と聞いたことがあるがこれ程とは思わなかった。さっきまでは普通に会話もしていたのだし、もう正常に戻ったのかな、とも思った。

 そんなことは一切ない。多分だが、フランは昔から何も変わっていないのだろう。

 昔からこうなのだろう。さっきまでの無邪気なのもフランで、今の狂っているのもフランだ。

 ……………………まあ何でもいいか。私は逃げることに決めた。

 

「じゃあねフラン。縁がないように祈っとくよ」

 

 私は扉の方に歩いていく。

 この時、何故飛ばなかったのか。何故歩いてしまったのか。油断でもしたのだろうか。

 相手は境界を操る八雲紫に匹敵する程の化物だというのに。

 

「――――っ!」

 

 私の足元が、焼かれた。

 姿を看破されたわけじゃない。全ての原因は――――足元のこれだ。

 スケッチブック。そしてそれを踏んでしまったことによる音。

 それに反応して、攻撃した。それも私に逃げ場を与えない、炎による攻撃。

 周りにあるものは、燃えやすいものばかりだ。テディベアもそうだが、折れた壁掛け時計も木製、人の皮も燃え移りやすい。

 火力が高かったこともあり、範囲が広かったこともあり、あっという間に炎は辺りに広まってしまった。

 私はフランの無意識を操った。それはつまり、私だけでなく他のことに対しても作用するということだ。意識を逸らされるはずだ。

 ならば何故。一瞬でも物音がしたら攻撃すると決めていただけだろう。

 私は姿を消す能力でもなく、音を消す能力でもなく、あくまでも意識をずらすだけなのだから。

 あるものを消すことなんてできない。

 

「こいし、見っけ」

「……………………」

 

 そうは言っているが、その視線はあらぬ方を向いている。この部屋にいることがバレてはいても、姿はまだ認識されていない。ただ厄介なことは、本能的にできはなく、無意識的にではなく――――確固としたものとして、私がいることがバレてしまっているということ。

 …………もう逃げられない。そこまで音に集中されていたら、彼女をすり抜け扉を開けるなんてとても出来ないだろう。

 かと言って時間もない。私に吸血鬼ほどの回復力はない。焼かれ続ければ死んでしまう。

 じゃあどうしようか。

 倒すしかない。

 

「――――っ! こいし、何をやったの?」

「聞こえてもわからないだろうけど、言っておこう。トラウマを想起させたよ。うふふ、助けて欲しければどうすればいいか――――わかるよねえ?」

 

 私の掘り起こした記憶。

 それはこの部屋に閉じ込められたことだった。よかったよ、それを無意識下に忘却していて。私の精神攻撃はお姉ちゃんと違って、忘れられていなきゃできないことだから。

 無意識下にある記憶を掘り起こすのだから。

 そしてそこまでして忘れてる記憶なのだから、強烈なものだ。

 記憶は決して亡くならない。思い出すことがなくなっても、そこに必ずあるものだ。

 八雲紫にしたってそうだった。思い出すことのないように、境界を操ってはいたけど、それだけだ。境界を操るにしたって、何かを消すことなんてできない。ただ境目を作るだけだから。

 

「そしてフラン。あなたの能力でも死という概念の存在しないものは壊せない」

 

 もう決着だ。

 フランの言った通りなら、生きているものしか壊せない――――死のあるものしか殺せない。

 記憶は決してなくなりはしない。永遠に本人を苦しめるものだ。私がそうなんだから。無意識を操ってもダメなんだから。

 物理的な能力じゃ決して逃れられない。

 

「……………………そうだ、忘れてた。ここに幽閉されてたんだっけ」

「そうそう。辛かったよね? 苦しかったよね? けどもう大丈夫。この炎に焼かれて全部なくなっちゃよ。うふふ、人助けもやっちゃったかな?」

「じゃあ、ここに閉じ込められてた理由もあるんだろうな。お姉様、確か私の気が触れてるとか言ってたっけ」

 

 言われてたのか。それで直さなかったのか。

 改めて思うけど、何でフランを自由にさせたんだろう。レミリア・スカーレットの真意がわからない。

 

「――――けどいいや」

 

 瞬間、私の首が掴まれた。

 恐ろしい力で、首がもげる錯覚まで覚えた。

 

「がっ――――!? な、んで…………?」

「やっと捕まえた。こいし、勝ちでも確信して慢心してた? よくないよ? そういうのは」

「…………っ、――――ッ!」

「ああ、喋れないのか。大丈夫。喋る必要なんてないからね。…………知りたい? どうしてこいしを捕まえられたか」

 

 知りたいけど、死にたくない。

 まずはその手を離して欲しい。

 腕を離そうともがいてみるけど、フランの腕はまったく動かない。

 

「自分の存在感を限りなく薄くする、っていうのがこいしの能力なのかな。後は記憶をどうこうって感じ。あー、アホらしい。存在感を薄くするって言ってもね、忘れるわけじゃないのよ」

 

 ……………………え?

 それは同じことだよ。昔の私は、誰にも覚えられなかった。それは存在感と記憶がどこかで繋がっているから。そうじゃないの?

 

「今わかった。私こいしのこと好きだよ。だから気づけた。好きな人を見失う奴いないに決まってるじゃない」

 

 私のことが好き?

 だから見失わない?

 そんなことで?

 

「この気持ち、大好き。何かを好きになれるって、何かに夢中になれるって素敵だと思う。だからね、その気持ちを大切にしたいの。

 

 私のために死ね。古明地こいし

 

 首をへし折って、殺してあげる」

 

 ……………………。

 なるほど。そういうことか。フランドール・スカーレット。凶気の原点はそこか。

 

「――――何で笑ってるのよ?」

 

 理由を話そうとしても、手を離してくれないから言えない。

 とにかく、それなら話は早い。

 私も私の中の無為式に倣って、フランを壊すことにしよう。

 まずは触手を動かし、燃やす。

 そしてそれを、フランに突き刺す。

 その上で身体の中でグチャグチャに掻き回す。

 

「ぐっ! この程度で、怯むと思った? 哀れね、私は吸血鬼よ?」

 

 フランは触手を捕まえようと、意識をそっちにやる。

 知ってる。

 その耐久を信頼している。

 死んでほしいわけじゃない。それで紅魔館の人達から狙われても嫌だ。

 けど壊させてもらう。

 私の目的は、声を出すことにある。

 意識がそれたら、無意識の内に他のことは疎かになるものだ。

 吸血鬼でもそれは同じことのはず。

 

「ねえ、フラン。良いこと、教えて…………あげよっ、か?」

「何よそれ。というか喋んなくてもいいよ。苦しいでしょ?」

「喋りたいの。もうちょい、力緩めて……?」

「…………わかった。私ももうちょっとこいしの声聞きたいし」

 

 ゲホゲホと息を吐きだし、思いっきり吸う。少しは楽になった。

 フランは私の首を絞めるのをやめ、頭を掴んでいる。これで確かに喋れるけど、苦しいことには変わりない。多分、気を損ねるようなことを言ったら頭をグシャリと潰されてしまうのだろう。

 さて、戯言を始めようか。

 

「フランは凄いね。私の反対だよ」

「…………どういうこと?」

「自己肯定が凄いんだよ。わかるかな。とは言ってもそのまんまだけど」

「自分を肯定するってこと? それ、普通じゃないの?」

「私は自己否定の塊だからね。陽も陰もそこは変わらなかった」

 

 いーちゃんの罪悪感。

 自分が全てを抱え込むそれは、人を壊す無為式からくる自己否定と、いーちゃんの優しさだった。

 私の逃避思考。

 嫌なことから逃げて、自分から逃げて、世界から逃げて、無意識と無為式のせいにした、自己否定。

 

「自己肯定っていうのは、自分を好きになることだからね。自分を愛してるってことだからね」

「…………そうね。それが何? 言いことってそれなの?」

「まさか。これからだよ。自己肯定は行き過ぎると良くないのもわかるかな?」

「さあ?」

「それはね、好きなものには甘くなるってこと。自分が好きで好きで堪らなくって、自分のことなら何でも許しちゃう」

 

 絶対に自分を許してこなかった私達との違い。

 絶対に自分を許してしまうフランドール。

 

「許す。認める。どっちでも同じことだけど、フランはそれが強すぎる。いけないことと知っていても自分を優先させちゃう。そんな経験、ないかな」

「知らない。忘れた」

「フランはさっき自分で言っていたよね、気が触れてるって。その原因も自己肯定にあると思うんだよ」

「……………………」

 

 頭を持つ力が、少し弱くなった。

 弱くなったということは、思い当たる節があり、かつ怒ってはいないということ。

 ならチャンスは十分にある。

 私が生き残るチャンスは。

 

「よく言えば自己肯定、悪く言えば自己中心的。はっきり言えばキチガイ」

「こいし。早くしないと蒸し焼きになっちゃうよ?」

 

 そういえば火が回ってるんだった。

 すっかり忘れてた。暑いのはそのせいだったのか。

 

「じゃあ手早く済ませる。周りの意見を取り入れないってことなんだよ。自分の思った通りにならなきゃ嫌だし、思い通りに事を進める。そしてそれを直そうとしない。それが問題」

「ふーん? けどそれって皆一緒じゃない? 誰だって自分の思う通りにしたいものよ」

「その通りだけど、さっきも言った通りフランは逸脱しすぎてる。異常って、狂気ってどういうことだと思う? 周りと違うことよ。フランは、違いすぎた」

「……………………」

「自分を否定することを知らないし、考えもしない。思いつくこともない。だからだったんだね。私と喧嘩しようなんて言ったのも」

「…………どういうこと?」

 

 服に火が燃え移ってきた。

 まあいいや。

 フランが助けてくれるだろう。

 友達だからね。

 

「気に入らないことがあったらモノに当たるのはフランの良心だね? さっきのテディベアとか。ここの使い魔とかメイドさんじゃなくて、さ。じゃあ壊してしまったものは嫌いなものだった? 違うよね? 好きだけど、壊さずにはいられなかったんだよね?」

「……………………」

「好きだけど壊してしまった。この矛盾を解決するのは簡単だよ。本来ならね。自分が怒り狂っていて衝動を抑えられなかったから、思わず壊してしまった。自分の過失。けどフランはそれを認められないし、そんなの思いつきもしない。自分の否定になるからね」

「……………………」

「じゃあどうしたか。この矛盾をどう自己解決したのか。好きだから壊したことにした。好きなものは壊す、という常識を自分の中にインプットしたんだ。それなら自己否定にはならない。ただの愛の形なんだから。フランの中では、だけど。それをお姉さんは狂気とした。で、幽閉したわけだ」

「……………………」

「ここでもそう。自分が悪いなんて考えなかった。閉じ込められてる理由がわからない。…………フランが何を思ってのか、私にはわからないことだけどさ、きっとそれも歪んで受け取ってたんだろうね。愛情表現として受け取ったのかもしれないね」

「……………………」

 

 それでもフランは、何も言わない。

 私はというと、意識が朦朧としてきた。フランの顔がよく見えない。だんだん真っ白になってきた。ここは紅魔館、赤いはずの城なのに。

 これじゃ白城だ。しろしろと続いてちょっと面白い。

 ――――あれ、いーちゃん?

 ダメだよ。いーちゃんは、こんなところに来ちゃ。

 ……………………。

 …………。

 ……。

 

 

 ※

 

 

 誰かの声で、目を開ける。

 最初に映ったのは、紅い瞳。

 血を吸ったかのような、太陽を写したかのような綺麗な紅色。

 いや、太陽は紅じゃなかった。あれは白い光だった。

 白? 最近、凄い白いものを見たような気がする。

 何だっけ?

 

「こいし! 大丈夫、聞こえてる? ちゃんと見えてる?」

 

 …………ああ、フランドール・スカーレットか。

 フランって呼ばきゃいけないんだった。

 

「大丈夫、大丈夫だよフラン。マウントポジションから降りてくれれば」

「あ、そっか。これじゃ苦しいよね」

「今気づくんだ」

「こいしが心配で、それどころじゃなかったから。…………本当に、目を覚ましてくれてよかった」

 

 フランは私から降りてくれた。少しは楽になる。

 部屋を見渡すと、さっきのフランの部屋とは別の場所のようだ。綺麗なベッドの上に私はいる。相変わらず装飾は赤いけど。目に悪いんだけど、ここの人は何とも思わないのだろうか。

 私はゆっくりと起き上がる。頭が痛い。

 …………あ、やっと思い出した。炎の中で臨死体験したんだった。いーちゃんが笑いかけてるっていう信じられない光景が見えたんだった。いーちゃんの笑顔なんて見たことないから、勝手な想像だけど。

 で、ここを見る限り燃えてないね。

 

「火事は? 消したの?」

「え? 何の話?」

「…………何の話もないよ。あんなにファイヤーしてたら火事の一つや二つ余裕でしょ?」

「ああ、はいはい。あのねえこいし。この紅魔館があの程度の炎にやられると思う?」

「木造建築だよね? 燃えるよね?」

「魔法だよ」

「魔法だったのか」

 

 なら仕方ないや。

 ってなるかい。それってこういうことでしょ? 紅魔館を人質に取った気でいた私がバカだったってことでしょ?

 うっわカッコ悪ぃ。

 

「で、さっきの続き。聞かせてよ」

 

 …………フランの興味はそこだけか。

 私を生かしたのもそれが聞きたかっただけ、というわけでもなさそうだ。

 だって。

 

「どうしたのよ。早く教えてよー」

 

 自分のウィークポイントを聞くことをこんなキラキラした目で待つ奴なんて、いるわけない。

 今のフランはあれだ、御伽噺を聞く子供のようだ。

 だから私も子供をあやすように言う。

 

「はいはい。今話しますからねー」

「子供扱いしないで」

「すいません」

 

 これは反省。

 

「えっと。その前に聞きたいんだけど、フランは自分が狂ってくることはわかってるの?」

「何となく。周りと違うんだろうな、とは思ってたよ。それが狂ってるってこともわかってた。何が狂ってるのかはわかんなかったけど」

「それはそうだよ。狂ってるって決めるのは他人だし、他人の感じてることを知ることなんてできないもの」

「…………ねえこいし?」

「はいはい。何?」

「ここにこいしを運ぶ時に咲夜から聞いたんだけどさ…………あ、咲夜っていうのはここのメイドね」

「あのナイフフェチなメイドさん?」

「それは違うと思うけど。とにかく咲夜からこいしのこと聞かされたよ」

「…………私のこと?」

 

 何だろう、私とあのメイドさんが関わったことなんてないはずだけど。

 一体何の話を聞いたのだろう。

 

「こいし、無意識妖怪なんかじゃなくて、覚妖怪じゃない」

「あ、バレた」

「無意識妖怪もあながち間違ってないらしいけどね。覚妖怪をやめたんだって?」

「そうそう。生まれ変わりたかったんだ」

「それが、自己否定?」

「うん」

 

 自分が嫌な時はどうすればいいか。

 自分をやめればいい。違う自分を作ればいい。

 それも嫌いになるかもしれないけど、だったらまた新しい自分を作ればいいんだ。

 それを成長と呼ぶ人もいるんじゃないかな?

 

「まあいいけど。そんな元覚妖怪のこいしだったらさ、相手の感じてること、思ってることも全部わかるんじゃないの?」

「それが嫌だからやめたんだよ」

「あ、そうだったんだ。じゃあ戻る気はないんだ?」

「そうだよ。今のままが一番」

「ちょっと残念」

「何で? 嫌われ者の覚だよ?」

「本気のこいしと戦ってみたかったからさー。残念だなあ」

「大した力はないよ。ちっぽけな妖怪だよ」

「謙遜しないでよ。吸血鬼とあれだけ張り合えるんだから、十分強いよ」

「ありがとう」

 

 おっと、話が逸れてる。

 私としては逸らしててもいいんだけど、そろそろ心のオアシスこころちゃんに会いたくなってきた。

 ホームシックってやつだ。

 

「さて。フランの心の狂気を何とかしようか」

「何とかなるものなの?」

 

 ならない。

 なんて正直に言うつもりはない。実際根本的なものを直すことなんて出来はしない。けど、改善は出来る。少しは良くすることは出来る。

 

「大事なのは意識することだよ。自分のおかしいところを知って、それを意識して止めようとすれば大丈夫」

「おかしいところ…………って言ってもさ、私は自分の何が悪いのかわからないんだけど。自己肯定が過ぎるって言ってたけどさ、それが間違ってるってことじゃないでしょ?」

「その通り。というかね、そもそも間違ってるとかじゃなくて、狂ってるかどうかの問題なの」

「何それ。どう違うの?」

「計算式でもないんだから、正解も間違いもないんだよ。狂気っていうのは、違いすぎて淘汰されるってこと」

「理解できないから、受け入れられない?」

「うん。私の考えだからあれなんだけど、誰しもが普通になろうとしてるんじゃないかって思うのよ」

「…………ああ、そういうこと。皆が違うけど、それが嫌なんだ」

「違うことが悪いことって感じるんだろうね。法律とかマナーっていうのは模範、つまりは普通の基準。それを守るってことは普通に近づくということ」

「守らないということは普通から遠のくということ。つまりは――――狂気、異常者」

 

 何だ、よくわかってるじゃん。

 なら何をすればいいのかもわかるはず。

 

「そういうことかあ。回りくどいね、こいし」

「友達がこういう人でね。移っちゃった」

「え? 友達いたの?」

 

 私ってどういう風に見えてるんだろう。どうしてぼっちにされてしまうのだろう。

 大体、ぼっちはフランの方じゃん!

 言ったら殺されかねないので言いません。

 私はコホンと咳払いして話を戻す。

 

「だからね、フランもルールをしっかり守ったら大丈夫ってことだよ。大事なのは意識すること。ルールを、そして自分の欠点を」

「なるほどね。私の欠点っていうのは自己肯定、だよね?」

「そう。…………ああ、自己肯定の何が悪いのか、具体的に言ってなかったっけ」

「うん。詳しく」

「りょーかい。さっきのルールの話に則って説明すると、自分をルールにしちゃうことだね。自分が基準で、周りが間違ってる。これは悪いこと、わかる?」

「それぐらいはわかるよ。…………私、そう見えるの?」

「うん」

 

 正直に答える。

 

「んーん。自分ではいいことしてるつもりだったんだけどな…………」

「そりゃフランの中ではいいことだよ。そういう風に考えちゃってるんだから」

「わかるけどさ、何か納得いかない」

「じゃあこう言い換えよう。フランは、ポジティブなんだって」

「あ、それいいかも。けどそう言っちゃったら直す気なくすなー」

「それはダメだけどさ」

 

 究極のポジティブシンキング。

 自己中心の最終形。

 そんな風に言えば凄くカッコイイけど、やってることは実際最低である。

 何をしても自分を正当化させる、非を認めない、悪びれない。そして何より、それを自分が理解できない。

 この性格は、元々なのだろうか。それとも何か原因があるのかもしれない。…………それはわからないけど、少なくとも望んでこうなったわけじゃないことはわかる。

 そしてもう一つ。今の彼女はこれを直そうとしている。口ではあんなこと言ってるけど、私の言葉に耳を傾けてくれているのがその証拠だろう。なら、ちゃんと協力しないといけない。

 

「まずはルールを知ることから始めようか。それを一つ一つ守っていけば、きっと大丈夫。いや、絶対に大丈夫だから」

「…………そう、かな?」

「そうだよ。フランはバカじゃないんだから、大丈夫だって。私も付いてるからね」

「――――――――ありがとう。こいし」

 

 フランは嬉しそうに笑ってくれた。

 大丈夫と言われたことが嬉しいのか、それとも別の理由か。他人に喜んで貰えて嬉しくない奴なんていない。私だって、人並みの心はある。

 あるはずだから。

 さて。するべきこともしたし、私はこれでお暇させてもらおうかな?

 私はベッドから降りて歩きだそうとして――――こけた。

 あれ、まともに立てない。力が入らない…………あ、そうだった。

 脇腹がないんだっけ。バランス感覚が変なわけだ。

 

「こいし? どこに行こうとしたの? お手洗い?」

「そろそろ帰んなくちゃお姉ちゃんが心配しちゃうからね。地底に戻ろうかと」

「ダメ。…………寂しいじゃない」

 

 目をウルウルとさせて私の手を握ってくるフラン。

 ……………………何だこの可愛い生き物。

 私にはこんな愛らしい子を放っておくことなんてできなかった。

 脇腹を抑え苦しそうに声を上げてみる。

 

「うわー。抉られた古傷が痛むぜー。これじゃ帰れないー。どこかで休息を取らねばー」

 

 棒読み過ぎると言って思った。

 あからさま過ぎてフランを逆に傷つけてしまっただろうか。

 チラッと様子を見てみると、凄く嬉しそうな顔をしていた。

 仮にも怪我人なんだから(しかも自分のせい)、もうちょっと気を使うような表情を浮かべたほうがいいと思うけど、まあいいか。

 

「じゃ、じゃあここにいればいいじゃない! うん、それがいいわ! 私の部屋に行こ? あ、お姉様に言っておかないと! ちょっと待ってて…………いや、先に私の部屋に連れてったほうがいいよね。ここよりも落ち着くでしょ? そうと決まったらさあ行こう!」

 

 こんなにも楽しそうなんだから。

 私は返事をする暇もなく、フランにおぶられて物凄いスピードで連れてかれた。

 その空気抵抗で呼吸ができなくなっていたのはここだけの話だ。めっちゃ苦しかったよ。

 というわけでフランの部屋に戻ってきた。フランはすぐにお姉さんに話をつけてくると言って飛び出していった。

 そして一人、ボーッと部屋を眺める。

 あんなに激しく燃えていたはずなのに、壁には焦げ跡一つない。フランの私物、テディベアや人形、スケッチブックは燃えつけてしまったのかはたまた別の理由か、ここにはなかった。

 今あるのは私の座っているベッドだけだ。それも新品の。

 何となく、寂しくなった。

 

「見事な手際でしたわ。古明地こいし」

 

 どこからともなく私が一番聞きたくない声が聞こえてきた。

 いつものことだから、適当にあしらう。

 

「どうも」

「連れないわね。友達出来ないわよ?」

「さっき出来たんで、心配いりませんよ」

「心配はしてないけど。…………何なのかしらね、あなたのその生存能力は」

「無為式でしょうね。あなたもそうでしょう」

「かもしれない。否定はできないわ」

 

 見慣れたスキマから顔を覗かせていたのは、八雲紫だ。

 見てたなら助けろと言いたくなったけど、そもそもこの人は私を殺そうとしているんだった。自分の手を下すつもりはもうないみたいだけど、死んだら死んだと思っているのだろう。

 

「外の世界で戯言遣いと関わった影響かしらね。随分と口が達者になったじゃない」

「いーちゃんは関係ありませんよ。昔から逃げるのは得意なんです。鬼ごっこでも捕まらなかったんですよ?」

「それは凄いわね。けどああもスラスラと嘘を吐けるなんて、驚いたわ」

「…………別に騙すつもりはありませんでしたよ? こうなんじゃないかなって思ったことを言っただけですから」

「嘘っていうのは真実じゃないってことよ。騙すっていうこと。思っただけのことを当然のように言って信じ込ませてるんだから、それは嘘を言ってることとどう違うのかしら?」

 

 それ、自分も当てはまるってわかってて言ってるんだよね?

 違うか。彼女の場合は相手が信じてないとわかってて言ってるんだし。だから胡散臭いんだけど。

 

「けど筋は通ってるし、本人も納得してるからいいでしょう?」

「そうね。その結果として最悪の方向に突き進んでいなければ、ね」

「…………何のことです?」

「フランドールがあなたに好意を持ってるのはわかるわね?」

「まあ、そうですね。私は鈍感主人公になる気はさらさらありませんから」

「…………そうね。そうしときましょうか。フランドールからしたらあなたは特別な存在よ。彼女にも友達と呼べる存在はいるわ。魔理沙とかね。けどあなたはそれ以上の存在。親友、と言えばいいかしら」

「まっさかー」

「自分のことを一目で理解してくれて、遊びにもちゃんと付き合ってくれる。そんな奴、あなただけよ?」

 

 ……………………いや、それ全部生き残るため仕方なくやってたことなんだけど。

 フランは思い込みが激しそうな子だけどさ、まさかそれだけで親友認定されたの?

 

「嬉しそうね」

「どうでしょう」

「で、これがどう繋がるのか。あなたが戯言遣いにやってたことと同じことになるわね」

「……………………一緒に遊ぶ仲になる、ってことですね」

「依存よ」

 

 知ってた。

 私がいーちゃんに依存してたのはわかってた。だって、私を忘れない存在なんて、あの頃はお姉ちゃんと地霊殿のペットくらいのものだったから。

 いーちゃんと会って少ししてからこころちゃんと会うことになって、それからはそうでもないんだけど。

 そういえば、こころちゃんと友達になるきっかけになった希望の面、あれも元々はいーちゃんに幻想郷にしかないものを見せてあげようとして見つけたんだっけ。

 …………本当、いーちゃんさまさまだ。

 もう、依存出来ないのが寂しいな。

 

「…………感傷に浸るのは十分かしら?」

「うん。大丈夫です」

「そう、じゃあ続けるわ。あなたの傷が治ってどこかへ行こうとした時、フランドールは着いて行くでしょうね。それが依存ということだもの」

「やっぱり来ますかね」

「そのデメリットも承知でこの選択をしたのでしょう? 世間知らずの子守、任せるわ」

「失敗したら?」

「殺しに行くわ。もちろんあなたを。フランドールはレミリアに責任取らせる」

 

 やっぱり彼女に逆らっちゃいけないな、と実感する。

 八雲紫。あまりに強大すぎる力を持つ妖怪。どう考えても逸脱してる、普通じゃない。フラン同様に淘汰されるべき存在だよ、あなたは。

 ああいや、それはないか。境界を操ってる限りは。

 ……………………はあ。結局のところ、強いものが全てを制するってことかな。

 

「そんなわけで、よろしく頼むわね」

「軽く言ってくれますね」

「あなたなら楽勝でしょ?」

「それは信頼と受け取っていいんですか?」

「お好きなように」

 

 彼女はスキマの中へと消え、スキマはその場から消滅した。

 それと同時に扉が壊れるかと思う程大きな音と共に開かれる。

 そちらを振り返れば、笑顔のフランが私に飛びかかってきた。

 私はどうする?

 一、受け止める。なお吸血鬼の彼女が凄いスピードで飛びかかってきたため、無事に済む保証はない。

 二、避ける。物理的には不可能だが、何かの奇跡が起こって避けれるかもしれない。

 三、誰かが助けてくれる。お願いします。

 さあ、どうなる!?

 

「――――ぐふ」

 

 答え、一。現実は非常である。

 その勢いのままベッドに押し倒された。

 失神しそうになるも、何とか意識を保つ。骨は何本かやられたと思うけどね。

 

「こいしぃ! お姉様がオッケーだって!」

「……………………ああ、そうなんだ。よ、よかった…………」

「それでね、もうすぐ食事だから、よかったら一緒にって! 気づかなかったけど、ちょうどディナーの時間だったのよね」

 

 そこまで歓迎してもらえるんだ。

 けど残念。

 

「…………ゴメン。今、ちょっと無理」

「…………うん、そうだよね。正直わかってて言った」

 

 私の脇腹がどうなってるのか。

 内蔵が見えるぐらい酷い。風穴が開いたここから呼吸してるぐらい。よく見えないけど、胃袋に違和感があるし、そこも穴が開いてるんじゃないかなって思う。

 

「ちょっと見せて」

「うん。痛くしないでね?」

「大丈夫だって」

 

 脇腹を抑える手を退けてフランに見てもらう。

 ふんふん、と言いながら美味しそうなものを見る目で見てるけど、吸わないでね? 妖怪の血なんて美味しくないよ? 多分。

 

「あちゃー。こりゃ酷い」

「どんな感じ?」

「骨が折れてる。心臓をかすってるね。あといたるところに折れた骨が刺さってる。胃袋も穴が開いちゃってるよ」

「え、よく生きてるなこの妖怪」

「自分のことでしょ。ううん、治療できるような奴、ここにいないからなあ」

「そうなの? 魔法使いとかメイドとか、何とか出来そうなイメージがあるんだけど」

「パチュリーは精霊魔法ばっかだし、咲夜は万能だけど、全能じゃないよ。ちなみにお姉様は何も出来ないよ」

 

 魔法で何とかなるものだと思ってたけど、意外と不便なんだな。

 思えば、治療魔法的なものが使えるんだったら、パチュリー・ノーレッジの喘息もなくなってるだろうしね。

 

「うーん。骨だけならポイっと出来るけど、それでも食事は出来ないよね」

「口も歯も喉もあるから食べれるけど、ここから出て行っちゃうよ」

「それは見たくないなあ。…………仕方ない。何も食べれないし食べさせないけど、お姉様から話もあるみたいだから、来てくれる?」

「そうなるかなって思ってた」

「大丈夫よ。お姉様だって紅魔館の主だもの、無差別に食べたりしないわよ。それにこいしって美味しくなさそうだもん」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 私はフランの肩を借りて歩きだそう、としたけどフランからしたら飛んでいったほうが早いと思ったんだろう、私を背負いだした。

 

「え、ちょ、私今は歩きたい気分――――」

 

 そして私は、風になった。

 

 




こいしの皮を被ったキリコかな?
何で生きてるんだろう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VSフランドール・スカーレットⅡ

運命って愛の次に壮大なテーマですよね。
それは愛が一番壮大ってことなのかな。それともその上があるのかな。
だとしたらそれって何だろう?

あるとすれば、それは多分、生と死。



 頭痛がする…………は、吐き気もだ…………くっ…………ぐう、な、何てことだ…………この古明地こいしが…………気分が悪いだと?

 フランにマッハで飛ばれて…………立つことが、立つことができないだと!?

 

「ごめん。…………まさかこいしが高速恐怖症だっただなんて」

「フラン、それは違うわ。あなたが速すぎるだけよ」

「そうなの? あ、でもお姉様の言うことは大体適当だから聞き流しとくね」

「私ってそんなに信用なかったの!?」

 

 いやあ、姉妹そろって面白いなあ。

 それに仲もいいじゃない。私とお姉ちゃんには劣るけどさ。

 今私の目の前には地獄が広がっている。地獄絵図じゃなくて、地獄そのもの。

 吸血鬼二人を前にしたら、そこはもう地獄でしょ?

 フランドール・スカーレット。私の正反対の吸血鬼。殺し合いの果てに仲良くなった奇妙な友達。

 レミリア・スカーレット。フランの姉にして、紅魔館の主。昔チラッと見た時にあったカリスマはどうやら引っ越してしまったらしい。ところでお姉ちゃんにカリスマが引っ越してくる日はいつ来るの?

 私は今、フランに連れられて紅魔館の晩餐に招かれている。ひょっとしたら人肉が並んでいるのではないかと危惧したものだけど、意外なことに普通の料理がテーブルに置かれていた。凄い量あるんだけど、紅魔館の魔法使いとかメイドさんとか門番も来るんだよね?

 

「さて、料理が冷めるのも申し訳ないわ。早速いただきましょうか。…………ああ、古明地こいしは食べられないんだっけ」

「そうですね。腹から全部こぼれちゃうもので」

「もー。お姉様に敬語なんていらないよ? カリスマが戻ったらどうするの?」

「フラン? あなたは私をなんだと思ってるのかしら?」

「お姉様はお姉様よ。幻想郷一残念で愛でるべき存在、カリスマの故郷、レミリア・スカーレット」

「残念? カリスマの故郷? それどういう――――」

「いただきまーす」

「聞きなさいよ!」

 

 私はニコニコしながらそれを見ている。

 フランはレミリアさんの言うことなんて聞き流して、目の前の肉にかぶりついている。マナーもしっかり教えなきゃいけなさそうだ。

 そもそも、それを教えるべき姉がテーブルを叩いて怒ってるのだから、呆れる他ないのだけど。…………テーブルが壊れないあたり、ちゃんと加減してるんだろうなあ。

 で、他に人が来ないままお食事会。…………あれ? 来ないの?

 

「レミリアさん? 他の方達は来ないんですか?」

「ええ。此度の晩餐会のあなたのためのものよ。必要ないわ」

 

 …………クビになったのかな?

 違うことはわかってるよ、うん。

 あとカリスマがない今のあなたがカリスマっぽい言い回しされても、なんだかなーってなる。

 ただの中二病って印象。

 

「…………ところで、私に話があるんでしたっけ」

「そうよ。ああ、何も食べれないから手持ち無沙汰なのね。悪かったわ。さっさと話だけ済ませるわ」

「お願いします」

「単刀直入に言うわ。フランを助けてくれて、ありがとう」

 

 その言葉にフランが反応する。

 あまりいい反応じゃなかったから、「フラン」と牽制だけはしておく。

 けど、効果は薄かったようだ。

 

「どの口がっ! 私をずっと、ずっと放っておいたのはお姉様でしょ!?」

「落ち着いてフラン。…………レミリアさん? それには理由があるんですよね? 教えていただけますよね?」

「もちろん。そのためにフランにも同席させたのだから。ちゃんと聞けるわね?」

「……………………こいしに免じて、黙って聞くわ」

「助かるわ」

 

 一息ついてから、話し始める。

 

「あなた達の話は使い魔から聞いてるわ。古明地こいし、あなたの思った通りよ。フランは自分を何よりも優先させていた。他のことを教えなかった、私の責任だけど」

「……………………」

「けど、フランの狂気はそれ以前だった」

「何よそれ。どういうこと? まるで私が根本的におかしいみたいな言い方じゃない――――!」

「フラン。…………一緒に話を聞こう? 大丈夫だから」

「こいしもこいしよ! 何が大丈夫なの? そうやっていつも私が悪いみたいに! 私じゃない、悪いのは私じゃない!」

「ええ。フランは何も悪くない。ただ、運命の巡りが悪かっただけのことよ」

「お姉様はいつもそれだ! 何が運命だ! そんなのいくらでも破壊してやるって言ってるのに、何も教えてくれないじゃない! 何で一人ぼっちにするのよ!」

 

 マズイ。

 フランが発狂しだした。口で諭すのにも限界がある。

 レミリアさんも苦悶の表情で席を立とうとしている。私も触手を伸ばしながら動き出そうと――――

 

「…………ダメじゃない古明地こいし。マナーを教えるんでしょう?」

 

 ――――いや、必要なかった。

 もうフランは、怒ってなどいないのだから。狂気になんて囚われていないのだから。

 狂気なんていうのはスイッチのオンとオフだ。平常か異常か。そのどちらか。

 そこには確固とした境界がある。

 

「子守は、任せたはずだったのだけど?」

「フランは子供じゃありませんから、私の管轄外ですね。…………八雲、紫さん」

 

 境界を操る、八雲紫の登場である。

 

「誰かと思えば、スキマ妖怪じゃないか。何しに来た?」

 

 おお、レミリアさんにカリスマが戻りつつある。

 茶化しちゃいけないところだね。わかったよ。

 

「あなたに死なれたらバランスが崩れてしまいますもの。助太刀に来ましたわ」

「何が目的だ?」

「吸血鬼姉妹の救出と、世界平和」

「はっ。貴様と会話に意義など見出すものじゃないわね」

「私は有意義ですけれど?」

「好きに言えばいい」

 

 そこで区切り、八雲紫はスキマから椅子を取り出すとそれに座った。

 警戒心の欠片もない、どっしりとした座り方だ。

 後、私を視線で嘲笑うのやめてもらえませんか? というか、吸血鬼二人と対等に張り合えるのなんてあなたぐらいのものでしょうに。

 フランはと言うと、不貞腐れたように頬杖をついてあらぬ方向を向いている。何かフォローしようかとも思ったけど、そっとしておくのが一番かな。

 

「さ、話の続きをどうぞ?」

「…………はあ。興が削がれる」

「私はレミリアさんの話、聞きたいな!」

「そう言われて黙ってるわけにはいかないわね」

 

 あ、カリスマポイントが下がった。

 話を進めるだけなのに下がるカリスマ。果たしてこの夕食会の間、カリスマを維持できるのだろうか。

 

「古明地こいし。あなたにもあるわね? その生まれ持った歪なもう一つの自分が」

「無為式、ですか? わかるんですか?」

「運命を操る程度の能力。私の力がそう呼ばれているのは知っているでしょう?」

「未来予知、みたいなものだと思ってました」

「違うわね。未来は不確定な明日。運命は約束された存在。不確定なものを操ることなんて、誰にでも出来ることだ」

 

 運命。

 いーちゃんの心を読んだ時、微かに見えたある運命論。

 あれも同じことを言っていた。バックノズルとジェイルオルタナティブ。行われるべきことはいずれ必ず行わなければならず、自分が成さなければ他者が実行する。

 あるべきことは、必ずある。

 誰の行動にも意味はある。だがそれはあるべくしてあることであり、本人の意思も意味もない。個人の否定で物語の肯定。

 レミリアさんも、同じことを言うのだろうか。

 

「けどレミリアさん、何て言えばいいかわからないんですけど、確定した未来が見える、みたいな感じでいいんですかね? それで何で無為式のことを?」

「運命を勘違いしているわね。さっきも言った通り、決まりきったことを運命と言うわ。それは先のことであり、過去のことであり、今のことよ。定められていること、定めているもの。それが運命よ」

「境界で操れないものよ。少なくとも、私にとってはね。…………注釈をいれると、1+1=2ね? これに対して正解と間違いという境界はあれど、1+1=2は操りようがないわ。ただそこにあるものってこと」

 

 ちょっとややこしいけど。

 1+1=2はあくまでも1+1=2であり、その答えが3になることはない。これが運命ってことかな?

 ただの必然、当然。変わることのない絶対的なもの。不変の存在。

 なるほど、それは境界もないわけだ。境界というのは変化があることを前提として存在する境目だ。私が被害にあったことを例とするなら、腕があると腕がないという変化が絶対的な条件だ。そして運命にはそれがない。

 何気に天敵のひとりじゃないか? レミリアさん。

 けどそれって根本的な解決にはなってませんよね? 私の無為式が見えることとは関係ないよね?

 

「では話を戻そう。この運命と最も近しいものは未来などではなく、宿命だ。生まれる前より決められた出会い。お前がそれと出会うことは元より決まっていたことだ」

「…………宿命と運命はどう違うんですか?」

「宿命とはただの出会いでしかない。運命という世界の中に宿命という存在があるということよ」

 

 運命、何と壮大なもの。

 

「どんなことも全て運命で決められている、ということですか? 例えばここで私達が出会うことも全て運命?」

「違うな。全てが決まっているのなら、誰も生きている意味なんてないだろうに。…………運命というのはほんのひと握り。大体は有耶無耶な未来と曖昧な過去よ」

「ちなみに過去や未来も私の専門外ね。境界なんてどこにもないもの。過去と未来の境界を操ることは造作もないけど、過去の境界、未来の境界なんて触れない。あやふやなものに境目はないわ」

「ちょっと黙っててください。誰も聞いてないんで」

「…………寂しいわ」

 

 ざまあみろ、と思わないでもない。

 けど流石に可哀想だから、後で構ってあげよう。

 そんなことより今は。

 

「運命よりも私のことよりも、フランのことです。もしかして、フランにも私みたいに何かあるんですか?」

「あなた程酷いものでもないけど。ただの嗜好の問題よ」

「嗜好? 何だ、そんなことですか」

「そんなこと、で済む問題でもないのよ。フランの好むものは――――破壊。破壊することが好きなのよ」

 

 破壊することが好き?

 いや違う。フランはそんなんじゃない。破壊することは、逃避の結果だ。壊しちゃいけないもののために違うものを壊し、それを正当化する。ただそれだけの、代替行為のはずだ。

 好んで何かを壊すような子じゃない。

 

「破壊の結果ではなく、破壊そのものが目的。何かがあって壊すのではなく、ただ壊す。理由なく壊す。…………フラン、あなたは受け入れなくてはいけない。自分の中の狂気を」

 

 それは。

 その言葉は、私が言ったことと同じ。けどその指すものは、全くの別物で。

 それの意味することは、まったくの別物で。

 

「待ってください! フランは、そんなことを思ってなんていません!」

「そうでしょうね。この平和な幻想郷でわざわざ生きたいなんて思う奴はいないわ。それはこの平和が常識で、生存が当然なのだから。誰しもが偶然を願っても――――当然を祈る奴なんていない」

「フランの破壊衝動が、当然のことだと?」

「少なくともそういう風にあの子は出来てるわ。出来上がり過ぎてる。それは、私にも責任があるけれど」

 

 抗いようのない当然の深層心理。

 心の奥にある欲望。

 元々、破壊を望んでいた? 

 確かにそれで全部納得する。幽閉されていた理由も、そして何より歪み過ぎた思考回路も。

 何かがあって破壊していた。その何かを直そう。私はフランにそう言った。…………八雲紫にはああ言ったけど、私も実際のところはフランを騙すつもりでいた。

 過程がどうあれ、結果が良くなればそれでいいと、そう思っていた。

 だから破壊に理由をつけて、そこから逃げていた。その可能性から無意識に逃げていた。

 同時に、フランを逃がしていた。けど、レミリアさんはそれを拒んだ。

 フランドール・スカーレットに、真実と向き合わせようというのか。

 私は思わずフランの方を見た。彼女は、さっきまでと同じ体勢で黙って姉の言葉に耳を傾けていた。

 

「ちゃんと聞いてるわね? フラン」

「…………聞いてるよ。確認しないでよ、ムカつくなあ」

「あなたのそれを悪化させてしまったのは、衝動に身を任せることに恐れた私の責任よ。だから…………謝るわ」

 

「ごめんなさい。フラン」

 

「あなたに寂しい思いをさせてしまって――――何も教えてこれなくて、ごめんなさい」

 

 その言葉は、彼女の本心だろう。

 姉としての、心からの謝罪。本来ならば部外者である私と八雲紫がいる中でなんて絶対にしないであろう行為だ。しかし、今それをしている。恥も何もかもを放り投げ、頭を下げている。

 これがどういうことなのか。わからないフランじゃないだろう。

 けどフランは、何も言わない。動かない。

 

「フラ――――」

「古明地こいし。黙ってなさい」

 

 八雲紫に制され、私は口をつぐむ。

 私は何となくその理由を察し、フランの様子を伺う。さっきまでは表情はちょっとだが見えていたのだが、今はさっきまで以上にそっぽ向き、私の場所からはその顔が見えなくなっている。恐らくは、誰にも見えていないだろう、あの角度だと。

 それはつまり、顔を隠しているということであり。

 それはつまり、見られたくない顔があるということだ。

 私はレミリアさんの言葉がしっかりと伝わっていることを確信して、思わず笑みがこぼれる。

 よかった。

 

「…………おーい」

 

 八雲紫に小声で呼ばれて、視線だけ動かしてそちらを見る。

 スキマを開いて、私を手招きしている。…………そうね、ここは邪魔者は席を外したほうがいいよね。

 私はそっと席を立ち、スキマの中にお邪魔する。

 スキマが閉じ、紅魔館とは完全に別離されたことを確認すると、「はあ」と息を吐く。

 

「あー、息苦しかった」

「あなたは苦手でしょうね。あの空気は」

「何も考えずに笑っていたい妖怪ですから」

「何にせよ良かったわ。私も手を持て余してたフランドールのことも解決するみたいだし」

 

 八雲紫はスキマをほんの少しだけ開けて、二人のことを見ている。幻想郷にプライバシーの保護を大切にする法律を作ろう。お願いします。

 私も無意識でどこにでも入っちゃうから、人のこと言えないんだけど。

 

「あれって、解決するんですかね?」

「どういう意味かしら」

「レミリアさんがちゃんと謝ったから姉妹のわだかまりは解けるでしょうけど、あの話が本当だとしたらフランにはそれを抜きにしても破壊衝動はあるってことですよね。そっちの問題はどうなるんです?」

「だからあなたに同席させたのよ」

「あー…………」

 

 それ込みで私の面倒を見ろということか。

 フランのことをちゃんと理解した上で、友達になってあげて欲しい。レミリアさんはそう言いたかったわけか。世間知らずで破壊フェチの妹のことを、私に任せると言いたいのか。

 だとしたら、条件はひとつだけ。私だけ何か任されるのなんて不平等だから、ずるいから、レミリアさんにも一つ、約束してもらおう。

 ふふ、楽しみだな。

 

「お、中々いいシーンじゃない」

「…………どうなってるんです? まさか喧嘩に発展なんてしてないでしょうね?」

「少しは彼女を信じなさい。泣きながらレミリアに抱きついてるフランドールが見えるわ。やっぱりまだまだ子供ね。困惑してるレミリアもレミリアよ。カリスマがないわね、ホント」

「何実況してやがるんですか。そっとしておきましょうよ」

「退屈じゃない」

「神は何故こんな妖怪にこんな力を与えてしまったのか」

「守矢の連中なら関係ないわよ」

「外の世界ってことで。いーちゃん曰く、あっちの神様は人が不満をぶつけるのに一番都合がいいらしいから」

「…………嘆かわしいわね」

 

 こっちの神様よりは価値がありそう。

 結局、私のペットは強くしてもらえなかったし。蛇と蛙をペットに勧められただけだし。私はそんなのより猫がいいんですー。黒猫がかわいい年頃なんですー。

 私は暇つぶしにプライバシーの侵害ではなく、この空間にあるもので遊ぶことにした。…………あ、電柱だ。あのオカルトごっこの時、外の世界から来た人間がよく使ってたなあ。ムカつくから壊しとこう。

 他に何があるかな。お、これってパソコン? いーちゃんと買った奴とはちょっと違うけど、多分そうだ。ボタンもいっぱいあるし。どれどれ…………しまった。本体だけあっても電源がないじゃないか。いや待て。人間は皆身体に微弱ながらも電気を帯びているらしい。妖怪だって多分一緒だから、それを使えば何とかなる!

 ならなかった。

 

「何してるの? そこにあるのは全部壊れて捨てられたものだけど」

「そうでしょうね」

「さて、折角あなたと二人きりになれたことだし、ちょっと話でもしましょうか」

 

 何か話すようなことでもあったかな。

 そう言って惚けようとも思ったが、八雲紫の眼差しは真剣そのものだった。そんな目をされちゃ、こっちだってちゃんと向き合わなくちゃいけないじゃないか。

 わかっててやってるんだろうけど。

 

「何の話をします?」

「そうね。スカーレット姉妹の麗しい姉妹愛を見せてもらった後だし、あなたの姉妹の事なんてどうかしら?」

「お姉ちゃんのこと?」

 

 実はあなたには隠された妹がいるのよ、何て言うわけじゃあるまいし、お姉ちゃんのことで確定だけど。

 

「何が怖くて彼女を――――古明地さとりを避けてるのかしら?」

「…………プライバシーってマナー以前の法律で守られてませんでした?」

「外の世界なら、ね。茶化さずに話してみなさい。あなた一人で悩んでても泥沼に沈むだけよ」

「その方が都合がいいんじゃ」

「あなたの困った顔を見たいから」

 

 最低だ。

 こんなのが幻想郷を担ってるなんて……………………。

 だからこその幻想郷なのか。

 

「で、何でなの?」

「…………お姉ちゃんといると、覚に戻っちゃいそうで」

「戻るのが嫌なの? それとも、心が見えるのが嫌なの?」

「……………………後者、かな」

「お姉さんと一緒に引きこもればいいんじゃないの?」

「それはちょっとなー。色んなところ見て回って、いろんな人と会いたいもん」

「我が儘」

「それを貫き通すのが私の流儀だから」

「はいはい」

 

 少し真面目に話ししてたのに流されるとは。

 

「冗談はさて置き。詳しくない私が言うのもなんだけど、第三の眼って好きに操れないの?」

「閉じたり開いたりってこと?」

「そうそう。現にあなたは眼を瞑ってるわけだし」

「出来ませんよ。だから私は無意識になったんだもの」

 

 好きに無意識になってるわけじゃない、ということ。

 無意識にならなきゃ目は開いたままだった。苦肉の策だ。

 そういえば、何でそうなってるんだろうね。

 

「…………ふうん。大体わかったわ」

「何が?」

「何でも、よ。けどそれは関係ないから放っとくわね」

「気になるんだけど」

「気にしないのがあなたのやり方でしょ?」

 

 違いない。

 

「とりあえず、お姉さんに会ったからって覚に戻るわけじゃないと思うのだけど」

「お姉ちゃんは私が元に戻ることを望んでるから。…………私も、きっとそれに従っちゃう」

「好きなのね、お姉さんのこと。古明地さとりのこと」

「うん。大好き」

「…………ちょっと難しい話しようかしら。愛ってなんだかわかる?」

 

 ふむ。

 愛とは躊躇わないこと――――そういう話じゃないだろうな。

 こういう時、自分の意見じゃなくて相手が何を求めてるかを考えてしまう。私が逃げのこいしと呼ばれる所以だ。呼ばれたことないけどさ。

 相手とぶつかることが嫌なんだよね。

 だから。

 

「わからないですね。難しいこと考えられないんで」

「愛は何でもあり、何でもないわ」

「…………どういう意味です? わかんないなー」

「何とでも解釈できるってことよ。自分を映す鏡ってところかしら。で、あなたの答えはわからない。見失うのは、眼を閉じたからではなくて?」

「……………………あ、思いついた。愛は安心、だよ」

「適当ばっかり。それに則るなら、あなたは安心がないということ?」

「……………………」

 

 墓穴掘ってる? 私は今全力で墓穴を掘ってる?

 穴があったら入りたいと思ってたところなんだ。ちょうど良かった。

 それは置いといて。

 八雲紫の言う通りかもしれない。確かに私は何もわからないし安心なんてどこに置いてきたのかもわからない。どうあがいてもぴったりあてはまってしまう。

 けど私は。

 何も受け入れたくないから。

 本心になんて、絶対に捕まりたくないから。

 

「あなたの言う通りなら、愛って自分ってことなんですかね?」

「あら、揚げ足取られたかしら? けどあなたがそう思うなら、そうなんでしょうね。他人の意見に乗っかっただけのつもりでしょうけど、それも紛れもなくあなたの感想。…………さて、幻想郷の戯言遣い。これをどう見る?」

「知らん。そんなことは私の管轄外だ」

 

 必殺、拗ねる。

 私の嫌がることばっかりしやがって。それが目的なんだか知らないけどさ、良くないと思うなー。

 けど律儀に相手に言われたことは守っちゃう私であった。

 愛=自分。これは自分を愛するという意味ではない、はず。言ってしまえば「愛」を「自分」に置き換えるということだろう。

 人を愛する、は人を自分する。…………はあ? 何のことだかわからん。

 んー。人を自分する、人を自分にする、人を自分がする、人を自分でする。「に」が一番しっくりくるな。じゃあこの路線で考えてみよう。

 自分にする、ということは相手と自分を同一視するということでいいのかな。

 相手を自分にする。自分が二人いる。…………むむー。

 結局のところ、これは付け焼き刃だったようだ。どうしたって思考が安心の方に傾く。こっちが私の本心だったらしい。

 一番安心できる相手とは何か。一番の友人とは誰か。それはどうしたって自分自身になる。私みたいな自己否定ウーマンだろうとそれは変わらない。

 それを相手に押し付ける、それが愛。なーんて結論に達してしまった。

 けどこれはおかしい。相手に自分を重ねる、なんてしていたらぶっちゃけ相手のことなんて何とも想ってないということになる。誰でも良かった、そういうことになってしまう。

 それは違うはずだ。だって――――それだといーちゃんが報われないじゃないか。

 私が、救われないじゃないか。

 

「どう? 結論は出たかしら」

「全然。愛って何なんですかね」

「…………決まった答えはないわ。それは一人一人別の考えを持つし――――どんな愛かによっても変わってくるものよ」

「どんな愛?」

「愛にも色々あるでしょう? 自己愛、家族愛、殺し愛」

 

 ん?

 一つだけ、おかしなものがあった気がする。気のせいだよね。

 

「古明地こいし。あなたが今考えてたのは、どんな愛なの?」

「…………特にイメージはないですね。漠然と愛を思い描いてたんで」

「そう。じゃあ具体例を挙げるわ。お姉さんに対する愛は?」

 

 お姉ちゃん。

 私の大好きな、お姉ちゃん。

 安心、だと思う。執着、それもある。恋慕、だろうか。目標、かもしれない。

 けど強いて言うなら。

 

「――――――――幸せ、かな」

「もっと詳しく」

「何というか、お姉ちゃんといるだけで優しい気持ちになれるの。ドキドキするし、ワクワクする。気分が高揚してる。一緒にいるだけで楽しい」

「それは幸せね。…………もしかするとこの子…………」

 

 小声で何か言ってたけど、よく聞き取れなかった。

 え、何だって?

 

「ゆかりーん。どうしたのー?」

「今度その名前で呼んだら、人と妖怪の境界を混ぜるわよ」

「それって自己再生しないってことですよね?」

「その状態でフランドールと遊んでもらうわ」

「死刑宣告じゃないですかーやだー」

 

 けど実際、それも悪くないかもしれない。

 私が人間だったら――――いーちゃんと一緒にいられたかもしれない。

 戯言だけど。

 

「…………まあいいわ。で、その気持ちはあなただけのものだと思う?」

「お姉ちゃんも同じって言いたいの?」

「あなたならわかるでしょう?」

「一緒かも知れませんね。けど確信はないから――――」

「眼を逸らすなって言ってるのよ」

「…………あ、そっちの意味?」

「両方よ」

 

 それはつまり――――そういうことか。

 けど、私とお姉ちゃんは違う。同じなのは覚妖怪っていう、ただそれだけ。

 無意識の私、無為式の私。こんなのが、お姉ちゃんと一緒なわけない。

 

「私は――――」

 

 思ったことを口にしようとしたが、それは言葉にしなかった。

 八雲紫が私の口に指を当て、暗に沈黙を示したからだ。

 

「結論はまだ早いわ。フランドールと一緒にいることは、彼女のためだけじゃない。あなたのためでもあるわ」

「私のため? どういうことです?」

「あの子は異常者だけど、その価値観は正しい。私が見習おうとするぐらいに、ね。…………お互いに教えあうのがいいわ」

「だから、どういう――――」

「さて! 姉妹の話し合いも終わったみたいだし、私達も戻りましょう」

「説明を希望。っていうか、私は戻るけどあなたは部外者じゃない」

「あれだけご馳走が並んでるんだから、少しぐらい分けてくれてもいいじゃない」

「幻想郷のトップ、落ちぶれたなー」

「レッツゴー」

 

 スキマを大きく開いて、八雲紫が再度あの場所に出る。スキマが閉じられようとしていたから、私も急いで外に出る。

 ギリギリだった。もう少しで足がちょん切られるところだった。

 容赦なさすぎ。

 晩餐会に再出席したところで、さっきの席に戻る。フランもレミリアさんも自分の椅子に座っていた。八雲紫は私の対面の場所に椅子を移動させて、当然のようにワインを嗜んでいる。

 私が席に着いたことを確認すると、レミリアさんが話しかけてきた。

 

「恥ずかしいところを見せてしまったわね」

「いえいえ。お気になさらず」

「恥ずかしいついでに、あなたに一つ、お願いしたいことがあるわ」

「…………フランと一緒にいてあげて欲しい、ということですか?」

「そう。聞いてくれるかしら?」

「条件が一つだけ」

「友情に条件が必要?」

 

 そう言われるときついけど。

 これは何とかして聞いてもらわなきゃいけないことだ。

 ああ、フラン。そんな悲しい顔しないで。

 

「友情は永遠ですよ。条件も何もありません。だから言い換えますね。私からもお願いがあります」

「何?」

「フランの話をちゃんと聞いてあげてくださいね。私と遊んだあとの土産話でも、他のことでも。私からのお願いはそれだけです」

「そんなことでいいの? 言われるまでもないわ」

 

 それはよかった。

 そんなことなんて言うけど、それで繋がっている姉妹もいるのだから。

 私とお姉ちゃんみたいに。

 

「ありがとう、こいし」

「気にしないで。私は私のしたいようにやってるだけだし」

「そうね。あなたはいつも好き勝手ね」

「八雲紫とかいう部外者を何とかしてください。あいつ、勝手にワイン飲んでますよ?」

「残念だったわね。これは持参のものよ」

「な、なんだってー!」

「ワインって何? お姉様、私も飲んでみたい!」

「まだ早いわ。私ぐらいになってからじゃないと…………」

「そんなに身長変わんないじゃない。勝手に飲んでやる」

「ちょ、誰かフランを止めて! 酔われたらどうしようもない気がするわ!」

「カリスマが足りないため、誰も応援に来なかった!」

「八雲紫さーん。煽るのは止めてくださーい」

「フランドール、一気行きまーす!」

「やめて! 咲夜、咲夜ぁ!」

 

 ……………………。

 この後、紅魔館の住人総出でフランの飲酒を咎めようとしたものの止められなくって、かつてないほど規模の小さい最凶の異変が起こったけど、あまり気にしないでいこう。

 一人の吸血鬼を抑えるのに、吸血鬼と魔法使いとメイドと悪魔多数と覚妖怪(読心不可)。最終的にはこれに八雲紫も加勢してやっと終戦を迎えたことなんて些細なことだ。

 犠牲もなく、ただ皆の疲労を溜めるだけに終わってくれたことに感謝。

 それから、お疲れ様という意味で入浴までさせてもらった。地霊殿ではゆっくりしてたんだけど、それから色んなところを歩き回ったせいで汗もかいてるし、一日一回は入りたいものだよね。

 あんまり迷惑をかけるものじゃない、とは思うけど向こうから勧めてきたら、断るのも失礼だし、甘えさせてもらった。

 地霊殿よりも立派なお風呂だった、とだけ言っておこう。格差社会ってやつか。

 その後はフランの部屋まで戻ってきた。フランは一足先にベッドで夢の中のようだ。あれだけ動き回ってたんだし、汗とかかいてないかな、と思ったけどそんなことはなかった。

 むしろさっぱりしているようだった。吸血鬼がそんな体質、というわけではなく、単純に咲夜さんにでも身体を拭いてもらったのだろう。

 って、あれ? 部屋自体は無事でも、家具は焼け落ちてたよね? それは私の目で確認したから間違いないと思うんだけど…………加えて、何かピカピカだし。まるで新品みたい。

 ああ、新品なのか。いつの間にか新しくしたのか。食事中にかな? ここのメイドさんは優秀だなあ。

 私はその新品のベッドに潜り込んだ。お風呂に入っていい気分のまま眠りたい。

 フランの横にくっつきながら、目を閉じる。

 今夜はいい夢が見れそうだ。

 

 

 ※

 

 

 私を呼ぶ声が聞こえる…………フラン?

 何故だか嫌な予感がして目を覚ます。

 

「あ、おはようこいし」

「…………おはよう。その手に持っているものは何?」

「レーヴァテイン。剣っぽい炎っぽいやつ」

「あ、そう」

 

 で、何でそれを構えてるんですかね。

 またこの部屋を戦場にしたいんだろうか。

 私はフランの部屋にはもう泊まるまいと心に誓った。

 心がないから実質ノーカンだけど。

 

「フラーン。今何時ー?」

「九時。午前よ」

「…………吸血鬼って思ったより早起きなんだね」

「今日だけ。何だか変な夢見てさ」

 

 夢。

 ちなみに私はよく覚えていない。昨夜、いい夢が見れそうだとか思ってた気がするけど、実際どうだったんだろうか。

 悪夢なら割と頻繁に見るから思い出せるんだけど、良い夢は全く思い出せない。そういうものなんだろうか。

 今は私のことはいいか。

 

「どんな夢だったの?」

「こいしのお姉さんの夢」

「へえ?」

「こいしに会いたがってたから、会いに行こう」

 

 これ絶対あのお節介の仕業だよね?

 夢の中にまで干渉出来るのか。境界を操る程度の能力、正しく無敵の能力なんじゃないだろうか。

 そうじゃなくて。

 

「私、まだ傷が治ってないからさ。お姉ちゃんに心配かけたくなくって――――」

 

 私の些細な抵抗。本音はただ会いたくないだけなのだが、フランにそれを言ってもわかってはくれないだろう。それっぽい言い訳で誤魔化せ。

 だがしかし、フランは全く聞き入れてくれなかった。

 フランのフランたる所以。

 絶対的な自己中心。

 

「いいじゃん、行こうよ。来てくれない方が心配するよ」

「えー…………そうかな?」

「そうよ。こいしだって、お姉さんが一年ぐらい行方不明だったら気になるでしょ?」

「そりゃそうだけど」

「一緒だって。顔を見れただけで嬉しいもんだよ」

 

 何も考えていないわけではないみたいだけど、そもそもにおいて夢に出たから、という理由で行動するのはいかがなものだろうか。

 八雲紫は、何を言いたかったのだろう。フランを使ってまで、何をさせようとしてるのだろう。

 そして、何が目的なのだろう。何を目指しているのか――――。

 まあいいや。考えてもキリがない。

 とりあえずは従っておこう。諦めもついた。

 

「わかった。それじゃ行こう」

「決まりね。咲夜に言って日傘貰ってくる」

 

 そういえばこの部屋に日傘はなかった。フランも人間を取りに外に行ってるみたいなことを言ってたから、おかしいと思ってたんだ。

 咲夜さんが管理してるっていうなら納得。フランに任せてたら、壊されかねないもんね。

 

「咲夜ー」

「はい、何でしょう」

「外に出るから日傘持ってきて」

「ここに」

「ありがとう」

「いってらっしゃいませ」

「行ってきまーす」

 

 流れるような異常な光景、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 唐突に現れるのはメイドの必須スキル、ということか。

 

「どうしたの? 早く行くよ」

「あ、はい」

 

 これも常識にカウントして教えたほうがいいのかなあ。

 私の悩みの種が増えたところで、フラン先導の元紅魔館の外に出る。

 もちろんフランは先に傘をさしてから重厚な扉を開く。微かな日光でもダメージは大きいらしい。細心の注意を払って一歩ずつ進むフランに、私は何か暖かいものを感じる。

 はっ! これが母性!

 

「戯言だ戯言」

「何か言った?」

「何にも」

 

 私はそれ以上言わず、フランに着いて行く。

 着いて行く。

 着いて行く。

 着いて行く。

 

「ねえこいし」

「どうしたの?」

「地底ってどうやって行くの?」

 

 まあ、そうなるな。

 私は行きたくないから言わなかったんだけどね。普通、地底の行き方なんて知らないよね。

 どうしよっかな。素直に教えようか、はたまた忘れたーって言って適当なところに行くか。

 後者の場合、スキマと吸血鬼から襲われそう。いくらなんでも死ぬ。

 よって前者。フランの前に出て、こっちだよ、とガイドを務める。

 

「けどフラン。何で地底に行こうなんて思ったの?」

「さっきも言わなかったっけ。夢で見たからよ」

「あれはお姉ちゃんに会いたいってことでしょ? それと地底に行くのは別問題」

「…………まるで地底に行ってほしくないみたいね」

「地上にいられなくなったやつらがいるところだしね。あまり楽しくないよ」

「嘘だ」

「何で?」

「こいしは地底から来たんでしょ? じゃあ地底にも良い人いっぱいいるよ」

 

 何その理屈。

 これもフランの真骨頂ってところかな。

 ただのポジティブかと思いきや、思い込みが激しすぎる。

 何でも自分のプラスに考えて、それを疑わない。確信している――――盲信している。

 これを直すのは、骨が折れそう。実際には骨どころが肉体持って行かれてるんだけどさ。

 私の正反対。対極にして鏡写し。けど頑固なところは一緒。

 おまけに戯言を弄しても第三者に殺されかねない状況…………これはあれか、命を懸けてでもー、みたいなやつか。あるいは死を持って云々。

 私の人生にコンティニューをください。コイン二個出します。

 

「こいし? どうしたの? どこか痛い?」

「ううん、何でもないよ」

 

 傷はあっても、痛みはもうないしね。

 フランは人を気遣うことも出来ないっと。これも自分の価値観のせいなのかな。レミリアさんのあの言い方だと、破壊衝動こそはどうしようもないけど、他はなんとなるって感じだったし。

 それを見せてあげなきゃいけないのか。

 地底に行くのはその観点でどうなんだろう。感情的なことならパルスィさんなんてどうだろう。嫉妬を操るあの人ならフランに何か教えてあげれるかも。

 最悪の場合「根暗」の一言でどっかーんされるかもしれないけどさ。ああいうネガティブダウナー系って、フラン嫌いそうだもんね。

 私にも当てはまっているんですがそれは。

 …………同じ鬼ってことで勇儀さんは? あの怪力とフランが戦ったら地底がどうなるかわかったものじゃない。会わせちゃいけないな、うん。

 けど豪快なあの性格だし、フランの相談相手になってくれるかも。上手くいけば解決しそうでもあるし、下手したら余計に拗らせそう。ハイリスクハイリターン。お姉ちゃんよりは確実にマシだけど。ハイリスクローリターンだからね。

 力といえば地霊殿一の火力、お空は――――ダメだな、うん。

 何を解決してくれるんだろう?

 良心的なのはキスメさんとヤマメさん、それとお燐ぐらいか。

 キスメさんは小心者。フランはそういうの嫌いそうだからなー…………残忍なのは気が合いそうなんだけど。死体を玩具にするあたり似たものを感じる。逆に玩具なんて言うとお燐が怒るかな?

 ヤマメさんはアイドルやってるからね、上手く打ち解けそうではあるな。やりすぎたら死ぬだろうけど。それでもまだ安全な選択肢だ。彼女は有力。…………いや、友達として、に限られるかな。それだけで十分な気もするけど、フランの問題を解決する点で言えばまだ勇儀さんの方がいいだろう。

 最後にお燐。実のところ最有力候補。世話焼きな性格といい、常識人(猫?)なところもグッド。死体を集める共通点でも仲良くなれるだろう。集めた後のことは置いといて、だ。そして何より一番フランの問題について考えてくれそうな相手だからだ。初対面の相手とそう深い中になれる奴はそういない。けど猫であるお燐は人懐っこい。気兼ねすることなく互いに好き会えることだろう。

 結論。地底の道中は出来る限りスルーして地霊殿に向かう。そしてフランにはお燐に相手してもらおう。私は私でお姉ちゃんに話さなきゃいけないことがある、みたいだし。

 八雲紫が仕向けた以上、何かあるんだろう。

 よし、改めて地底に――――地霊殿に向かう決心がついた。

 そして前を向いて、一言。

 

「あれ、ここどこ?」

 

 見たこともない森に来ていた。

 私とフラン以外に、生き物の気配を感じない。

 

「…………こーいーしー?」

「何でもないよ。これは近道だから」

「騙されないよ? 今の呟きを聞かなかったことにはしないよ?」

「無意識のせいだから」

「じゃあ自分のせいじゃない」

 

 イグザクトリィ(その通りでございます)。

 無意識に何かをしてる時っていうのは、決まって意識が目の前のことじゃなくて別のことにいっている時だからねー。今だと地底に行くことより地底に行ったあとに思考がシフトしちゃってたわけで、それで適当ぶらついてたってことね。誰にでもあることだけどさ。

 たまに私のこれが私特有のものだなんて話を聞くと、何を見ているんだって思う。

 何も見えない私の戯言。

 

「世界は繋がってるって言うし、歩けばどこか知ってる場所に出るんじゃない?」

「それはそうかもしれないけど、だけどもなんだかなー」

「退屈? それとも不安?」

「どっちもないけど、んんー何て言うのかな」

 

 私は黙ってフランの言葉を待つことにした。

 言葉が出ない、あるいは自分の感情がわからない。前者なら私が教えてあげればそれでいいのだけれど、後者だとしたらフランが自分で見つけなきゃいけないことだから。

 私が口を出すわけには行かない。同じ感情しかなかったフランが外に出たことで、かつ私と一緒にいることで何を感じるのか、それはとても大切なことに思える。…………思えるだけ。

 歩く速度を少し落としながらも、考えるフランをじっと待つ。少しして、フランの顔が納得いったような表情に変わったのを見て聞いてみる。

 

「わかった?」

「うん。呆れてる」

「…………ごめん」

「こいしに、じゃないよ。いやまあ、こいしにでもいいんだけどさ」

「んん? どういうこと?」

「人里に素体探しに行った時に聞いたなー。こんなへんちくりんな妖怪のこと」

 

 悲報、吸血鬼が人里に出没。

 で、へんちくりんな妖怪って誰のこと?

 

「悪戯好きな大妖怪様がどこかにいるわね。いつの間に術にかかったんだろう、気づかなかった」

「回りくどいよ」

「こいしに言われたくない」

「それはそうだけど…………で、何? スタンド攻撃?」

「スタンドで言うならあれかな、嘘しか吐けなくなる奴」

「トーキング・ヘッド? フラン、嘘吐いてるの?」

「状況的には、ってこと。当然のことが反転してるっていうのかな、あるものと別のものがあるって言うのかな――――」

 

 …………ああ、そういうことか。

 ティナー・サックスでもいいような気がするけど、トーキング・ヘッドを選ぶあたり渋い。

 いいセンスだ。

 私は自分の無意識を操る。

 あの能力は相手の無意識に依存するところが大きい。私との相性は最悪だ。基本スペックで負けてるから、試合に勝って勝負に負けるようなものではあるけどさ。

 無意識的に、誰しもが自分の求めることを見てしまうことがある。それは視覚的にということでもあり、それ以外でもあるけれど。

 例えば、友達を待っている時。後ろから声をかけられたら、その声が友達のものではなかったとしても一瞬友達かと勘違いしてしまうことがある。で、振り返ってみたら別人で落胆したりね。

 その最初のイメージを固定する、そう表現したらいいのかな。だとしたらクラフト・ワークもいいところだけど。

 それによって本来あるものが別物に化ける。

 

「ねえ? ぬえっち?」

「誰だそれは。何時から私とお前はそんなあだ名で呼ぶような仲になったんだ?」

「たった今。私は今友達募集キャンペーン中なの」

「隣の吸血鬼は友達ってわけ?」

「そういうこと」

 

 気づいてしまえば何ということはなかった。

 私の周りの景色は地底の入口。目的地の目の前だ。帰巣本能だ。私は意識がなくてもここに変えることを望んでいた、だからちゃんとここに辿り着いていた。もう何歩か進めばハブられ者のの隠れ家に突入していたわけだ。

 それを妨害する困ったちゃんが一人。

 ――――封獣ぬえ。外の世界だと大妖怪らしい。

 右と左で別物な羽が凄くカッコよかったから、分けて欲しいって言っても断ってくるケチだ。

 

「で、そのぬえっちがどうしたのよ。…………寂しいの?」

「幽閉吸血鬼さんとは違って友達は多いんだよ、私は」

「ダウトー。命蓮寺でいつも一人でふて寝してるんじゃん」

「それは言わないで」

「……………………可哀想」

「同情の視線はやめてよ…………かえって辛いよ」

 

 相変わらずぬえ弄りは楽しかった。

 彼女が地底にいた頃から交友はそこそこあった。能力に関する共通項から一緒に悪戯したり、他にも外の世界のことを教えてもらったり。地底でのひと騒動の時に逃げ出してたことは後々お姉ちゃんに教えてもらってたけど、まさかこんなところで出会えるとは。

 

「ひょっとして、里帰り?」

「別に地底が里ってわけじゃないよ。だからそれはおかしいな」

「お、目を発見。潰してみよう」

「ダメだよフラン。そいつ死んじゃう」

「突然の死!? お、おい冗談でしょ?」

「……………………」

「無言の笑顔の意味は何!?」

 

 ぬえは落ち着くように深呼吸を一つ。改めて私を見る。

 

「――――随分と変わったな。前より輝いてるんじゃない?」

「友達のおかげよ。もう私は一人じゃないから」

「そりゃ良かった。もうぼっちじゃないんだな。安心安心」

 

 …………またか。

 また私をぼっちと呼ぶのか。今回のは「ぼっちじゃない」って言ってくれてるけど、ひっくり返せばぼっちだったって言ってるよね? 私は前からぼっちじゃない。地霊殿の皆もいたし、ぬえもいるじゃない。

 どうしてぼっちにされるのか、そろそろ真面目に考える必要がありそうだ。

 

「どうしたの? 怖い顔してる」

「気のせいじゃない? 私は何時でも笑顔よー」

「その笑顔のせいで誰もお前がわかんないんだって、前に忠告しなかったっけ」

「笑顔は周りを笑顔にするっていうのが信条だからね」

「こいし格好いいー」

「吸血鬼、あまり褒めるなよ? すぐに調子に乗るから」

 

 知った風な口を。

 ある意味ではお姉ちゃんよりわたしのことをわかってくれてる、数少ない友人なんだけどね。

 

「何よぬえっち。私にはフランドール・スカーレットっていう最ッ高にクールな名前があるのよ。吸血鬼なんて呼び方しないで」

「悪いね。まだ名前を聞いてなかったもんだからさ。あ、私は封獣ぬえ。よろしく」

「よろしくぬえっち」

「おいこら」

 

 二人も早速仲良くなってくれているみたいで安心です。

 思えば、私がぬえっちに近づいたのもお姉ちゃんから監視しといてってお願いされてからだったなあ。そしてフランも教育をお願いされて一緒にいる、と。

 問題児同士ってことか。仲良くなれるわけだ。

 それと同時に、私が周りからどれだけ信頼されてるのかがわかるエピソードだ。モテる女は辛い。

 で、実態はどうなんだろうね?

 

「それでさ、何でもぬえっちは私が吸血鬼ってわかったの?」

「…………もうぬえっちでいいよ。あんたのお姉さんが有名人だからね。それで妹のあんたのことも知ったってわけ」

「お姉様が私のことを話してた?」

「少しだけ。殆どは噂で出来てたよ」

「どんなどんな?」

「まずお姉さん――――レミリアだっけ? が言ってたのは、容姿だけだな。何か迷子になったあんたを探してたみたいだけど」

「あー。外出が許された初日のことかな? あの時は人里じゃなくて神社に行ってたのよね」

「的外れだったってわけか。まあいいや。で、吸血鬼の妹ってことでまず凶暴な性格にされてた」

「ほ、ほうほう」

「食事は人肉と血液。若ければ若いほどいい」

「…………間違ってないけど、他のものも食べるし」

「中二病設定もあったなー」

「それはお姉様だけね」

「否定してあげて」

 

 漫才し合う仲にまで発展していた。図らずもレミリアさん、あなたのおかげで会話が弾んでいますよ。マジリスペクト。ひょっとしたら運命を操ってるのかもしれない。

 で、私の決心が鈍らない内に地霊殿に帰りたいのですが、いつまでこうしてるのかな。

 何だかんだ二人とも楽しそうだから水を差すわけにもいかないし…………一人で行っていいのかな? それはマズイか。フランを置いていくだけで私の首が飛ぶ。比喩でもなんでもなく飛ぶ。今までは腕や脚、脇腹で済んでたから再生できたものの、頭はヤバイって。

 そういえば、ぬえっちは私の包帯でグルグルなお腹を見ても明らかになくなってる右腕を見ても反応しないんだ。驚かれるかと思ったんだけど…………慣れてるの? 怖い人だ。

 

「くくく。面白いなあフランドール」

「フランでいいよ。私は友達にはあだ名で呼んで欲しいの」

「わかったよフラン。ちなみに私は名前で呼んで欲しかったり?」

「おーけーぬえっち」

「それはダメなんだ」

 

 少々気が引けるが、笑い合ってる二人に間に割って入る。

 

「あーあー。お二人ともいいかな?」

「…………あ、こいしいたんだ」

「能力使うなよなー」

「怒るぞこの女郎」

 

 トラウマで埋めてやろうか。

 ぬえっちだけな! 廃人化したところを地霊殿に飾って毎日世話してやる。私が介護できることの証明の手伝いでもしてもらおうか。

 なーんてね。

 

「フラン、そろそろ地霊殿に行こうか」

「あ、そうだった。ぬえっちも来る?」

 

 来ないと思う。

 何せお姉ちゃんがいるからね。ぬえっちはその正体不明の能力で読心は無力化出来るけど、それを抜きにしてもお姉ちゃんが苦手だって公言してたし。

 性悪だからなー。サディスティック、というわけでもないんだけど、何となくで精神攻撃する人だから。

 

「…………せっかくだし、ご一緒させてもらおうかな」

 

 あれー? おかしいぞー?

 何で一緒に来るのさ。いや私は嫌なわけじゃないんだけど、何か納得いかないというか。

 それこそスタンド攻撃でも受けてるんじゃない?

 まあ、私にとっては好都合なんだけど。私一人じゃフランを抑えるのは不安だったけど、ぬえっちが一緒なら心強い。ぶっちゃけ私に戦闘能力はないからね。その点ぬえっちなら――――。

 …………あれ、能力的には私とどっこいどっこいだぞ? スペック的には私よりは上ではあるけど、吸血鬼と比較したらどうだろう。仮にも大妖怪だし、何とかしてくれるかな?

 

「久しぶりに地底もいいねー」

「ぬえっち、前にも来たことあるんだ?」

「閉じ込められてた」

「私のこと言えないじゃない」

 

 あ、そっか。この二人閉じ込められてた仲間なんだった。案外共通点多いのかも。

 私は二人についていく形で地底に入っていく。

 何故だろうか、すっごく不安だ。




ムイシキデイリーとは別に何か書いてみたくなった。
やっていい?

「先にこれを仕上げろ」?
おっしゃる通りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS零崎人識

……………………。
……………………。
……………………。


 地底。

 そこは地上にいられなくなった妖怪達の逃げ場。溜まり場でも隠れ家でも、それは何でもいいんだけど。

 いられなくなった理由は様々だ。地上が嫌いだから、地上に嫌われたから。地底が好きだから、地底に好かれたから。一人が好きだから、独りにされてしまったから。光が怖いから、闇が愛しいから。

 幻想郷が全てを受け入れる場所なら、この地底は全てを受け止める場所だ、と私は思う。

 受け入れるというのは争いで例えるなら妥協するということだ。和平交渉の果てに互いを「受け入れる」ことが出来る。ありのままをただあるように招き入れるだけに過ぎない。これではただの逃避だ。

 受け止めるというのは争いで例えるなら決着するということだ。曖昧に終わらせず、互いの全てをぶつけ合った果ての理解だ。上の世界以上に秩序のないこの場所だからこそ――――力で支配するこの場所だからこそ、解り合うことが出来る。自分という存在を確かに刻み込める場所、それが地底だ。

 私は考え方で言えば上の世界よりなのだが、こっちにいると自分もそっち側に混ざれたような気になって、好きだ。たまに地底にいる奴でも「自分は追放されたんだ」って考えてる人もいるけど、いずれ気づくだろうと思う。追放されたのは認められてる証拠で、それはここで生きてもいいという証明なのだと。

 そんな場所だからこそ、だろうか。

 一度ここから出た彼女が戻ってきたのは。

 

「うーん、最悪の空気だ」

「こいしー。何か変な匂いしない? 大丈夫なの?」

「二人ともいきなり失礼だね」

 

 私も同意するけどね。

 ここという場所は好きだけど、このマズイ空気とか上が恋しい人の呟きとか、そういうのは嫌いなわけだし。

 そんなところでも良いところはたくさんあるんだよ、と言いたかったけれども、そんなことより早く地霊殿に案内しろというフランの視線に完敗を喫した私は黙ってツアーガイドを務める。

 まあ、途中で確実に会う奴がいるんだけどね。

 キスメさんとヤマメさんはいることもあればいないこともあるけど、パルスィさんだけは確実にいる。

 この地底の旧都に向かう一本道で、怨めしそうに賑わうその場所を見ているのだから。

 私は彼女に聞いたことがある。

 

「何が楽しいの?」

 

 彼女は答えた。

 

「その発想が妬ましいわ」

 

 ぬえっちとパルスィさんの仲は知らないけど、フランとは相容れないだろうなと思う。

 フランは何というか…………自分の思い通りにならないと嫌、そんな子だ。しかも自分の常識に従っている。質問に対して的外れな答えというのはどうなんだろう。私もはぐらかすことが多いけど、明らかにおかしい会話というのは、フランの常識的にどうなんだろう。

 どかーん対象なのだろうか。

 考えても仕方のないことだけど、考えなくちゃいけない理由がある。

 

「でさ、その時の人間の顔ったらもう」

「あはは! そりゃおかしいね!」

 

 前を歩く二人が仲良さそうに話していて、私だけがハブられているからだ。

 くっそう…………どうして無意識を前より操れるようになってまでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。紅魔館のぼっちと命蓮寺のぼっち、孤独を経験してその辛さが身に染みてるんなら私も混ぜろー。

 ちなみに私は地霊殿のぼっちというわけではない。お姉ちゃんいるし。ペットもいるし。外の世界にも友達いるし。こころちゃんいるし。忘れられるけど子供達もいるし。

 八雲紫は別枠かな。

 あー、何かすっごい不毛な脳内してる。毛がないわけじゃないけど、不毛。

 とにかく私は彼女達とは違うのだ。友達が多いんだ。ふっふっふ、あーっはっはっは!

 こんな感じで自分は特別って思ってないと寂しいんだよ誰か察してよ。

 

「そういえばこの間、人形作ったんだけど」

「ホント? 女子力高いなあ」

 

 まったく気にしてねえし。妬ましい妬ましい。ひょっとしてパルスィさんどっかから見てる? 私パルってきたんだけど。

 後、フランの人形作りは女子力じゃなくて狂気の産物なので褒めないほうがいいよ。人形が見たいんなら魔法の森をおすすめしよう。マトモな魔法使いがいるから。

 …………そろそろ旧都に着くかな。

 となると、どっかその辺にパルスィさんが――――っ!

 私は突然後ろから伸びてきた手に引っ張られて、岩陰まで連れてこられてしまった。

 

「しっ! 静かに」

 

 聞き覚えのある声だったので、ほっと一息。

 そして振り返り、声の主を視界に収める。

 嫉妬、という言葉を擬人化したようなその姿、まさしく水橋パルスィ!

 

「こいしちゃん。…………何であいつがいるの?」

「…………どいつ?」

 

 私含めあまり良い目で見られない連中が揃っております。

 誰を指しているのかな。

 

「ぬえよ、ぬえ。封獣ぬえ。もう一人の方は知らないわ」

「そりゃそっか。地上の連中でも知らない奴の方が多いしね」

「で、何で戻ってきたのよ? あいつ地上に逃げたんじゃなかったの?」

「里帰りしてきたんだよ。上だと孤独を満喫してたみたいだし」

「…………何満喫してんのよ。妬ましい」

「どこに嫉妬してるのさ」

 

 相変わらず嫉妬することに全力を費やしているような人だ。

 それは普通嫉妬どころか同情するような箇所にでも、妬ましく思ってしまうほどだ。

 けどそれはある意味仕方ないことだ。嫉妬こそが彼女のパワー源になるのだから。誰しもが生きるために食事を必要とするように彼女は嫉妬を必要とする。ならば彼女の能力――――嫉妬を操る程度の能力で他者の嫉妬を引き出せばいいとは思うのだが、「そんなの申し訳ないじゃない」なんて素で言えるあたり良識人だ。妖怪にしておくのがもったいないぐらい。

 その能力や本人の嫉妬深い性格から地上を追い出されたものの、心優しいのだ。水橋パルスィという妖怪は。

 

「それで、ぬえっちが帰って来たら何か不都合でも?」

「…………まあ、そうね。嫌なことはあるわ。彼女の能力と私の相性が最悪なのよ」

「相性…………あ、そっか。嫉妬って形はないもんね」

「理解が早いあなたに最高のジェラシーを」

「いらないいらない」

 

 形のない不確定で不安定な存在、感情。

 それにさえぬえっちの正体不明は通用するのだから――――嫉妬が嫉妬じゃなくなる。

 けど正体不明の弱点はある。それはその形を知っていれば無効化されること、それと相手の思い込みによっては逆効果であるということ。

 私なんかは自分の無意識を好き勝手できるのだから、ぬえっちの仕業だとわかれば、対象を何でも好きなものに変換できる。無力化さえ出来る。

 パルスィさんはそれが出来ない。その上、本人の矛盾した思いがとことん正体不明を歪に作り上げてしまう。

 嫉妬が欲しいけど、自分をとことん見下して自分の認識を自分で覆すことで自分を維持してきたのだから、今更それを直せなんてしない。目の前の正体明瞭を正体不明に変えてしまっている。

 難儀だなあ。

 

「大丈夫よ。ぬえっち、すぐに帰すから」

「そう。頼むわね」

「任せてー」

「…………何で覚妖怪なのに人に頼られるのよ。妬ましい妬ましい…………」

 

 自分でやっといて自分で妬んでるよー。

 そうしないと生きていけないからそうするしかないんだけどさ。

 彼女もある種の自己否定種族。私やいーちゃんみたいに後天的なものじゃなくて、先天的に――――生まれながらにしてそうあることを強いられている。

 同情、何て彼女は求めないし拒否するだろうから、私の中だけで言っておく。

 大変だね、頑張りすぎないでね。

 

「じゃ、戻るね。二人を心配させたくないし」

「それは大丈夫そうだけど? まだ気づいてないし」

 

 マジのようだ。

 私が忽然と姿を消してから五分も経ってないけど、仲良くお喋りしている。ちょっとぐらい不審に思ってもいいんじゃない? うさぎ属性の私は寂しくて死ぬよ?

 

「…………こういうのは気づかれずに消えて気づかれない内に戻るのがお約束だからね」

「良いポジティブさね、妬ま」

「行ってきまーす」

「――――妬ましい妬ましい」

 

 言葉を遮ったことと妬ましさは関係ないよね?

 彼女の心中、私にはわかりかねる。

 さらっと二人の後ろについてニコニコと笑顔を浮かべてみる。

 気づけー、気づけー。私が意味深な笑顔を見せていることに気づけー。

 

「そういえば、前に人里でお祭りがあってさー」

「えー! 行きたかったなあ」

「今度一緒に行こうよ。こうして出歩いてるんだし、もう幽閉されることもないんでしょ?」

「いいの? やったあ!」

 

 ……………………。

 妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい…………。

 パルスィさんに弟子入りしよう。

 さて、相変わらず孤独の寂しさを感じながら旧都に到着。

 地底唯一の大都市にして、地底の象徴たる無法地帯。

 昔は地獄だったのだが、何か捨てられたらしい。そんな過去もあるもんだからまともな奴は殆どいない。誰が好き好んで地獄があった場所に住むというのだろうか。墓地のあった場所の上に学校を建てるようなものじゃないか。

 本来ならぽーいだったこの場所を地上にいられなくなった連中が勝手に住み込んで、「ならば自分も」とたくさん集まってこうなった。

 つまりは自然に生まれて勝手に出来上がったのがこの旧都であり、最初の頃は法律やルールなんてものが存在しなかった。各々が好き勝手に暮らすだけの場所。

 それが鬼達が統率を取り始めてからは幾つかのルールが出来た。が、それもほんの数個の決まりごとであり、やっぱり無法地帯、無秩序のそしりは免れない。

 そういう意味で言えば、フランにはぴったりの場所なのかもしれない。

 ちなみに鬼の定めたものとは別に、暗黙の了解として地霊殿に住む者には逆らえないというものがあり、私は非常に助かっています。

 ありがとうお姉ちゃん。

 その地霊殿はこの旧都の中心に建っている。そもそもを言えば、殆どが廃棄されたこの旧都で唯一生きている灼熱地獄の管理のために地霊殿が存在している。だからそこに造るしかなかったんだけど…………見る人によっては地霊殿が地底の象徴、まるでお城みたいに見える人もいるらしい。

 けどそれは間違い。お姉ちゃんは地霊殿の主であっても地底の主じゃないからね。むしろ旧都を取り締まってるって意味なら鬼の方が近いから。

 そう。旧都の顔、とでも言うべき、鬼。

 そんな存在にパルスィさんから情報が行き渡ってないとはとても思えないんだよなー。

 というか、そんなわけなかったんだよね。

 

「お帰りぬえ。地上はどんなもんだった?」

「怖い人間がいるもんだねえ」

「あー、萃香の奴もそんなこと言ってたな。面白い奴がいるって」

「話噛み合ってなくない?」

「噛み合ってるさ。意味は違うけどな」

 

 絡み合いすぎて互いにわかってないんじゃ…………。

 星熊勇儀。鬼。これだけで十分な説明になってる気がする。

 というか、私が思うに一番鬼っぽい鬼な人。旧都に住む他の鬼はあんまり印象に残らないしなー。勇儀さんが強すぎるってこともあるけど。

 私は今まで話していたぬえっちが取られたことでポカンとしているフランの肩を叩く。

 

「フラン。あの人は星熊勇儀っていってね、鬼だよ」

「…………ぬえっち、取られた」

 

 なーんか嫌な予感。

 

「すぐに返してもらえるよ。あ、ほら、あっち見て。この旧都の中心部にあるあの建物が、地霊殿。私の城だよ」

「…………お姉さんのでしょ?」

「そうだけどさ」

「ねえこいし。…………ぬえっち、何時帰ってくるの?」

「すぐだよ」

 

 やばいやばい。

 まさかヤンデレ属性までお持ちとは。独占欲が強いのかな、なんて考えてる余裕もない。

 一刻も早くぬえっちをこっちに召喚しよう。

 

「ぬえっちー! 行くよー!」

「ん? ああ、わかったよ。じゃね、勇儀」

「何だ、もう行っちまうのか? 一杯やっていこうや」

「こいしー! ちょっと引っ掛けてくわ」

 

 何で酒に釣られるんだよ。私は紅魔館での一件からアルコールにトラウマが出来たよ。何度死ぬかと思ったことか。その上誰も私を守ってはくれないんだもん。自分のことで必死なだけなのかもしれないけどさ。

 ああいや、回想シーンに入るつもりはないんだ。

 とにかく、ぬえっちに帰って来てもらわないとフランが――――あれ、フラン?

 さっきまで隣にいたはずのフランの姿がない。どこへ行ったのかとキョロキョロと周りを見てみれば、勇儀さんの前にいた。

 明らかに喧嘩腰で。

 

「ねえ鬼さん? ちょっと、鬱陶しいよ」

「そりゃ悪かったね。で、あんたは?」

「フランドール・スカーレット。別に覚えなくていいわ。ただの礼儀よ」

「あたしは星熊勇儀。地底の土産にこの名前を持っていてくれ」

「こんな薄気味悪いところから持って帰るものなんてないわ」

「残念、だ。…………ぬえ、あんたもちゃんと友達出来たじゃないか」

「私が本気出せばこんなもんよ」

「そっかそっか。気分も良いし、宴会でもするか!」

「ダメ! ぬえっちは私と行くの! はい決定!」

「んな殺生な! 命蓮寺だと酒飲めないんだからさ、ちょっとぐらいいいじゃないか」

「何だ、禁酒してたのか? なら尚更飲めるときに飲んどかないとなあ!」

「私の言うことを聞けー!」

 

 ……………………。

 あ、これフランがからかわれてるだけだわ。

 古明地こいし、静観の構え。

 

「んじゃ、フランドールだっけ。一緒に――――」

「そこまでよ!」

 

 静観はここまでだ。

 フランに酒が入ることの恐ろしさはよくわかってる。

 悲劇とは何のために起こるのか。それは繰り返さないためさ。

 そして喜劇は目標とするためにある。

 私はハッピーエンドが好きだからね、そのために全力を尽くすよ。

 

「実はね、勇儀さん。私達三人でお姉ちゃんに呼ばれてるのよ」

「さとりにかい? そりゃ参ったな、呼び止めてすまんかった」

「え、そうなの?」

「ぬえっちには言ってなかったね。ねー、フラン」

「…………あーうん、そうだったーような?」

 

 演技は下手なんだ。

 これは覚えておこう。何かの伏線かもしれない。

 

「というわけで失礼するね。今度地霊殿に遊びに来てよ」

「その時は私も一緒に。酒盛りは大人数に限るからね」

「私は反対だからぁ!」

「あっははは! 面白いなあお前達。こいし、ぬえ。友達を大事にしなよ?」

 

 私達はそろって頷く。

 

「わかった!」

 

 何だかんだ言っても勇儀さんとも長い付き合いだ。保護者の視線で私達を見守ってくれている。それはたまに鬱陶しくも感じるけど、やっぱり嬉しい。

 …………見ていてフランとも険悪というわけでもなかった。互いに戯れ合いを楽しんでる感じ。これなら何かあった時も頼って良さそう。何もないのが一番なんだけどね。

 私達三人、勇儀さんには頭が上がりそうもないな、こりゃ。

 そして地霊殿に向けて、私を先頭に歩き出す。ぬえっちは最後まで勇儀さんに手を振っていた。何だか、私が想像していたのとは違うな…………私がお姉ちゃんに頼まれて一緒にいた時はずっと一人で寂しそうにしてたのに。もしかして、私が知らなかっただけで度々地底に戻って来てた、とか? それで仲良しさんが増えたんだろうか。

 けどまあ、楽しそうにしてるわけだし、あまり詮索しなくても良さそう。野暮ったいのは嫌いだし。

 もし困ってることがあるならその時は力になるけど、それ以外は干渉しすぎないようにしないと。

 不干渉。…………昔の私はどうしてたっけ。相手が困っている時、どうしてたっけ。

 まあいいや。昔は昔、今は今。前向きに行きましょー。

 

「さあさあ、お姉ちゃんの待つ地霊殿に行こうか」

「さとりかー。私は苦手なんだけど、フランはどうなんだろうね」

「さとりさんって言うの? こいしのお姉さん?」

「ああ、フランはお姉ちゃんのこと、何も知らなかったね」

 

 それはある意味幸福なことなのかもしれない。

 地底にいる連中でも、出来る事ならお姉ちゃんのことは知りたくなかったって人、多いし。

 どうやって説明したものかな。

 

「私と違ってあるべき姿の覚妖怪だからね、心が読めるよ」

「うんうん」

「後はこいしと違って無意識を操ることは出来ない。まあ、ここは能力的なことね」

「心が読める、か。ってことは強いの?」

 

 多分フランは私と戦った時のことを考えてるんだろうなあ。確かにあの時に私が心も読めるんだったら一方的な戦闘になったことは容易に想像出来るんだけど。

 けどその大きな要因は読心じゃなくて、無意識なんだよね。

 

「例えば相手の心を読んで、右ストレートが来るとする」

「うん」

「でもそれを避けれるとは限らないよね? 相手が吸血鬼で、自分が人間だったとしたらさ」

「あー…………そうね、まず逃がさないよ」

「お姉ちゃんはそんな感じです」

「弱いんだ」

 

 私に勝てないぐらいには。

 相性の差ってもんがあるけどね。それを抜きにしても引きこもりと散歩マニアの体力差があるし。

 

「さとりはその読心に加えて、性格の悪さもある。いや、本人に悪気はないんだろうけどさ」

「性格の悪さ。…………こいしみたいな?」

 

 酷い。

 

「私は良い性格してるとして、フラン? 大体イメージは付いた?」

「いやまったく。どんな性格なの?」

「……………………」

「……………………」

「どうして黙るの?」

 

 何て言えばいいんだろう。

 正直に、直球で言えば性悪ってことにしかならないんだよなー。そんなお姉ちゃんが好きだけど。

 ぬえっちに任せよう。

 アイコンタクト。

 …………ふむふむ。全部引き受けてくれる、と。流石はぬえっちだなあ!

 

「…………こいし。自分のお姉さんのことでしょ? 紹介してあげたら?」

 

 アイコンタクトは失敗だったみたい。

 まあ、しょうがない。的確にお姉ちゃん相手の注意点を教えながら、お姉ちゃんをフォローするとしよう。

 

「まず一人で会話を始めちゃう人だよ。相手の思ってること、言いたいことがわかっちゃうからね。何も言わなくていいっていうメリット付き」

「ちなみに言いたくないこともべらべら喋られるっていうデメリットも付属するわね」

「あ、でも大人しい性格だよ。それに勝手に話されるって言っても嫌なことは黙っててくれるし、うん、良いお姉ちゃんだよ」

「ただしこいし相手に限る。私なんて嫌なことを堂々と喋られて脅されたことまであるし」

「ちょっとぬえっちうるさい」

「ホントのことじゃないか」

 

 否定は、しない。

 嘘を吐かずに相手を騙す、これが出来るのは誰もその実態を知らない時に限られる。

 ぬえっちを連れてこなければ良かったかな。…………けど誤解されたまま本人とご対面するのもあれなのかな。いやいや、お姉ちゃんのことだからちゃんとフランの心を読んで私の意図を汲んでくれたはず。

 どれもたらればの話だから関係ない。

 今は全部知られたんだから、それを考えなくっちゃいけないね。何かあったらぬえっちに手を借りるけどさ。

 

「まあ大丈夫だよ。心配いらないって。何かあったら私がお姉ちゃんを叱っておくし」

「…………そうよね。こいしにぬえっちもいるし、大丈夫だよね?」

「もちろん。ねーこいし」

「うんうん」

 

 そうだった。フランは私に依存してるって八雲紫も言ってた。そしてそれはぬえっちに対しても同じ様に感じてるのかな。友達がいなかったから、普通以上に親しみを覚える、それが行き過ぎて依存症。

 それを利用させてもらおっかな。

 と言っても大したことはしない。ただ傍にいるだけだ。それだけでフランは安心してくれるだろうし、それだけでフランは楽しんでくれるだろう。

 生きる、ということを。

 

 

 ※

 

 

 それから駄弁りながら少し歩き、地霊殿の前に到着した。

 フランの住む紅魔館には劣るものの、中々に大きい館だと思う。詳しくは知らないけど、お姉ちゃんが使われなくなった灼熱地獄の管理を任されることになった際に、交換条件で建てさせたとかの噂もある。所謂旧都で囁かれているお姉ちゃん伝説の一つだ。

 他には第三の眼からビームが出るとか、普段外出しないのは一歩外に出るだけで大地が裂けるからだとかそんな突拍子もないことばかりがある。もしそんな恐ろしい存在なら地底に来てないと思う。地上でふんぞり返ってる事だろう。

 私は無駄に壮大な扉を開け、帰って来た挨拶をする。

 

「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

「お、お邪魔、します」

 

 フランは緊張で声が少し震えていたけど、大丈夫だよ。ここより紅魔館の方が恐ろしいし。

 そういう問題じゃない? わかってる。

 普段だったらお燐が出迎えに来てくれろはずだけど、今日は何故かワニが迎えに来てくれた。

 警戒心マックスで。

 

「…………こいしー? あんた嫌われてんじゃない?」

「そんなわけないじゃん。ほらほら、私だよー? 覚えてないかな?」

 

 ちなみに私はこんな子覚えてない。最近住み着いたのだろうか。

 そうだ、ペットは名前をつけられると嬉しいってお空から聞いたことがある。私からこの子に命名してあげよう。

 何て名前にしようかな。

 

「ワニ、ワーニ、ワニワニ…………ハニワ! 今日からあなたはハニワね」

「…………これがワニかあ。初めて見るわ」

「フラン待って、何でそんな闘争心剥き出しなの?」

「吸血鬼って戦闘種族だから」

「嘘おっしゃい。だから警戒してるんだよ。笑顔を見せてあげれば懐くから」

「懐かれても困るんだけど」

「だよね。こんなところに多分二度と来ないんだし、どっちにとっても迷惑よね」

「こんなところはなんだ。お姉ちゃんに謝れ!」

「こいしには謝らなくていいんだ」

「そんな愛国心ならぬ愛居心はないからね」

 

 ここにいることの方が珍しい放浪妖怪だから。

 私はハニワの頭を撫でようとして――――噛まれた。

 無理矢理引き抜くと、血だらけでボロボロの左腕が。

 

「両腕再起不能じゃん」

「まだ警戒されてる。こいし、何かしたの?」

「んー、ハニワって気に入らなかった?」

「まあそれもあるだろうね。…………これ以上こいしが血濡れになるのを見るのもあれだし、さっさとさとりに会いに行こう」

「そうだね。じゃ、行こっか」

「うん。ばいばいハニワ」

 

 フランが声をかけるとハニワは嬉しそうに身体を震わせた。…………私がダメだったみたい。

 まあ動物は気まぐれだからね、たまにはこういうこともあるだろう。

 それともあれか、私のボロボロノルマ達成に協力してくれたのだろうか。腕が取れることはなかったけど、ここまで徹底的に噛まれれば再起不能だ。

 両脚ぐらいしかまともに動ける部位がない。

 私がちょっと憂鬱になりながらも先導してお姉ちゃんの部屋に案内する。その途中で一匹もペットと出くわさなかったのがちょっと気にはなったけど、大したことないだろうと思っていた。

 フラグの回収こそが無為式。

 お姉ちゃんの部屋に着いて、ぬえっちに扉を開けてもらう。

 

「ただいまー!」

 

 そのままいつもの勢いでお姉ちゃんに抱きつこうかと思ったけど、それは部屋の中にいた人物を見てやめた。

 お姉ちゃんと(何故か)こころちゃんがポカンとこっちを見ていて、もう一人、知らない人がソファに腰掛けていた。

 まず最初に目に入ったのは顔の刺青だった。何がカッコいいのかわからないけど、私にはそれがナイフを模しているように思えた。それと白をベースとした斑な髪。耳にはピアスと…………何だろう、ストラップ? 何を考えてやってるのかまったくわからない。

 加えて何でそんなに黒い服着てるの? 何かミスマッチで、それがその人物を表してるように思えた。

 その彼が、口元にニヤリと歪めて私に声をかけてきた。

 

「誰かと思えばあれだ、欠陥製品みたいだな」

「――――は?」

 

 私に言っているんだろか。

 私は他の誰かに言ってるのかと思って両脇の二人に目をやる。が、どちらも思い当たる節が無いようで首をかしげていた。

 一方の私は欠陥製品と聞いて一人、思い浮かぶ人物がいた。

 いーちゃんぐらいのものだろう、そんな不名誉な称号を与えられる人物は。

 そしてこの物言いから、その人物と似ていると言いたいのだろう。うん、私しかいないね。

 とぼけるを選択。

 

「お姉ちゃん、この人誰?」

「お帰りなさい。何か、道に迷ったらしくて」

「ふーん」

 

 何か、人生に迷ってそうな顔してるけどね。

 私はさらっと刺青さんの隣に腰掛ける。そして部屋の前で呆然としている二人にも「座りなよ」とこころちゃんの隣を指さす。

 二人が戸惑いながらも座ったのを確認すると、こころちゃんにも話しかける。

 

「こころちゃんはどうして?」

「暇だったから、新しい演舞でも見てもらおっかなって思った」

「ふんふん」

 

 何というか、予想外なことだらけだ。

 お姉ちゃんしかいないかと思いきや、随分と大勢揃ってたもんだ。

 姿は見えないけど、多分お燐やお空もどこかで見てるんじゃないかな。この刺青さんを警戒して、ね。そうじゃないとお燐と玄関で会えなかった理由がわからないし。

 総勢、八名。地霊殿にこんなに人が集まるなんて…………ちょっとした感動ものだ。

 誰も喋る気配がないのを見てか、お姉ちゃんが「さて」と声を上げる。

 

「初めましての方も多いことですし、まずは自己紹介といきましょうか? 零崎さんも構いませんか?」

「ああ、いいぜ」

「では私から。この地霊殿の主、古明地さとりです。以後お見知りおきを」

 

 お姉ちゃんに続いて私が触手を挙げて名乗り出す。

 

「はいはーい。お姉ちゃん、古明地さとりの妹、古明地こいし。よろしくね」

 

 それからもそれぞれが順番に言っていく。

 

「秦こころ。えーと、面霊気やらせてもらってます」

「封獣ぬえよ。気軽に声かけてね」

「…………フランドール・スカーレット」

 

 フランが明らかにコミュ症入ってる。

 大勢の中だとやっぱり緊張するんだろうなあ。今までそういう経験なかったんだろうし。まあ、いい社会勉強だと思って頑張ってもらおう。

 そして私が一番気になっている、隣の刺青さんが口を開く。

 

「零崎人識だ。かはは、よろしくしなくていーぜ?」

 

 ――――零崎、人識。

 名前は聞いたことない。なかった、はず。そんな嫌な名前は知らない。

 あー、何かこいつ見てるといーちゃんを思い出す。何だろう、いーちゃんと似てるのは身長ぐらいなのに。外見はいーちゃんと真反対を行ってるのに。

 いーちゃんが頭から離れない。

 

「…………この地霊殿にこんなにも大勢来ていただけるとは。主としては嬉しい限りです」

「さとり、目が笑ってないよ」

「ぬえさんは楽しそうですね。ああ、大勢で話す経験があまりないんですか?」

「うるさい」

「照れなくてもいいのに。これだから嫌い? それは妙な話ですね。友情は腹を割って話すことから始まるものですよ?」

「別にやってくれとは――――」

「自分からも動かないでしょう? あなたが欲しいのはきっかけなのだから。何かの取っ掛りがあれば人と仲良く出来るのに、そんな風に考えてるじゃないですか。ああ、すいません。これは言わない方が良かったことですね。けどちゃんと言葉にするから相手に伝わるんですよ? 黙ってたら誰もわかりませんし――――」

「わかんないままで良いことだってあるだろ!? ああ、もう、だから嫌だったんだ」

 

 何かお姉ちゃん、機嫌が悪そうだなあ。

 理由は何だろうか。人が多いこと? それか、嫌な奴がいるか。

 前者なら私達は後にしてもいいわけだし一旦退出するけど…………後者の場合。それは前からの知り合いである私にぬえっち、こころちゃんは外れるだろう。初めましてなフランか零崎かだろう。

 今すっごい自然と零崎って呼び捨てにしたな。何かしっくりきた。

 ううん。何が原因かわからない以上どうしようもないね。それこそ言葉にしてもらわなくっちゃね。

 

「お姉ちゃん、あんまりぬえっちを虐めてあげないでね? 私も虐めたいから」

「悪魔か! 姉妹揃って実は悪魔なのか!」

「しがない覚妖怪ですよ。…………ふむ、フランドールさん、でしたね?」

「え? わ、私?」

 

 あ、矛先がフランに向いた。

 

「…………ふふ。面白い方ですね。スカーレットってことは、吸血鬼の?」

「うん。レミリアお姉様の、妹」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。誰も無理にあなたに話せ、とは言いませんから」

「え!? い、いや、そんなこと――――」

「聞き手に回ることも大事なコミュニケーションですから。それと、こいしと社会勉強されてるそうで」

「心を、読んだの?」

「それが私ですから。…………こいしのこと、よろしくお願いしますね」

「え、あ、うん」

「あの子にも必要なことですから、私としては大助かりです。あなたも外のことはあまりわからないんですか? それは不安でしょうけど、だからといって一つの回答にあまり固執しないように」

「どういうこと?」

「物事は平面ではありませんから。見る角度によって何にでも変わる、それが世界ですよ。心の片隅にでも置いといてくださいね」

「うん…………わかった」

 

 ひょっとして、だけど。

 お姉ちゃんはただ「妹」という存在に弱いだけなのではないだろうか。

 私にもわかるぐらいにぬえっちとフランの扱いが違いすぎる。そりゃ、私としてはそれで助かるけど…………こうもあからさますぎると逆に怖くなってくる。

 …………相手の心を読んだからって、こうはならないよね。特にフランの場合、私から言わせてもらえばそこまで狂ってるわけでもないし、心を読むっていうのは相手の視点になるってことだから怖いとか感じることもないと思うんだけど。

 謎だ。

 

「――――こいしちゃん、つったっけ?」

「ひゃい?」

 

 突然声をかけられて思わず変な声が出る。

 声は私の隣から。イコール、零崎。

 

「どうかした?」

「……………………やっぱ似てるよな」

「誰に?」

「名前は知らねーけどさ。うーん…………こう、人の終わりみたいな奴」

「ひょっとして、いーちゃん?」

「そうそう、いーたん。人類最強がそう呼んでたな――――かはは」

 

 零崎は笑う。何が楽しいんだろう。

 人のことは言えないけどね。

 私も何となくで笑う。

 

「うふふ。ぜろりん面白いね」

「その呼び方はやめろ。名前で呼べ、名前で」

「とっしー」

「俺はどっかの湖にいる首なが未確認生物かっつーの。さしずめトス湖か?」

「ネッシーには会ったことあるけどね」

「え…………まじか。あれってただの作り物じゃねえの?」

「作り物だよ?」

「だよなだよな」

「攻撃された」

「ネッシー何者だよ! どうやったらハリボテに攻撃されるんだよ!」

「ハリボテなわけないじゃない。河童特製だよ?」

「怖いわ! 河童何してんだよ! ネス湖がサイレントヒルみたいになってんじゃねえか!」

 

 …………ふーむ。

 このツッコミのキレの良さ…………間違いない。いーちゃんの関係者だ。

 何だか楽しくなってきた。

 なのに。

 

「こいし。その人と関わるのはやめなさい」

「え?」

「…………んだよ、つれねーなさとりちゃん」

「ちゃんづけしないで下さい。子供じゃないんで」

「どう見てもガキじゃねえか」

「何ですかお洒落ガンバリスト。今こいしと話してるんですよ。邪魔しないで欲しいですね」

「喧嘩売ってんなら買うぞ。ああ?」

「私はバーゲン品以外は買わない主義なんで…………」

「そう言いながらもお姉ちゃんは自分から買い物に行くことはなかったのであった」

「そういうこと言わない」

「引き篭りっつーことね。傑作だぜ」

「甘党ドチビの変態殺人鬼はお黙り下さいませ」

「よーし殺す」

 

 お姉ちゃんと零崎が戯れあい始めた。楽しそうだなー。…………あ、こころちゃんが仲裁に行った。そこにぬえっちも介入だー! 楽しんでるだけだー! フランは――――どうすればいいのかわからずに座って黙り込んでいる! むむむ、いきなり地霊殿は難易度が高かったかな? それとも単純に人が多すぎて困ってるのかな。こういう時は騒いだもん勝ちなんだけど。

 私は戦場を避けながらフランの隣に座る。

 

「ねね、フラン。大丈夫?」

「…………うん」

「無理はしなくていいからね。こういう場所が苦手、というか慣れてないんだったら、違うとこで休む?」

「そうじゃなくって、その…………新鮮すぎて、ね」

 

 新鮮? この光景が、ということだろうか。

 この妖怪達の大乱闘が新鮮? 割と幻想郷だとどこでもありそうなものなんだけど。

 いやフランはちょっと前まで外に出られなかったんだし、あまり見れなかったんだろう。うん。

 

「こういう、仲良く喧嘩して、その上で本気で殺し合えるなんて私初めてだからさ」

「……………………ん?」

 

 何か、予想の斜め上を行く言葉を聞いた気がする。

 そういえばまだフランの「殺し合って仲良くなる」理論を解決してなかった気がする。勘違いしたまんまってことか。ちなみに私の目にはどう見ても本気で殺し合ってるようには見えないんだけど…………はてさて。

 どうせいつもの思い込みだろうね。

 なら私の出番か。

 

「あのねフラン。仲良く殺し合うなんてありえません」

「何で? 私とこいしだって楽しいバトルをやってたでしょ?」

「私は楽しくなかった。あそこまでボロボロになるなんてスキマ四肢切断事件以来だよ」

「ふーん。それじゃダメなの?」

「ダメダメ。友達は互いに楽しくなくっちゃね」

 

 独りよがりではダメなのだ。

 それは友情でも、ましてや愛情でもなんでもない。傍から見れば痴情でしかない。

 ちょっと意味が違うかな?

 

「自分と相手はやっぱり違うんだよ。自分が好きなものが相手も好きとは限らない。互いに理解し合わなくちゃいけないの」

「例えば、互いの楽しめること?」

「そう。そうやって相手のことを思いやって、けれど相手の優先したら自分のことが疎かになっちゃって…………そういう甘酸っぱい青春を送ればいいよ」

「……………………ふうん」

 

 納得したような、してないような…………そんな複雑な表情だ。

 やっぱり相手のことを考えるってことをしたことがなかったせいだろう。今まではその「相手」が人形や死体だったのだろうから。意識のない相手を思いやっても仕方ないだろうし。

 けど今じゃ違うでしょ?

 

「フラン。これから嫌でもわかることになるよ。だって――――」

 

 私は戦争組の方を見て、いつの間にやら弾幕まで持ち出して遊んでる連中を微笑ましく思いながらフランに優しく言う。

 

「あんなにたくさん、友達が出来たんだから」

「皆、友達? まだ話してもいないのに…………」

「友達に定義なんてないよ? だから自分が友達だって思ったら友達なのよ」

「…………私はそんな風に思えないけど」

「私は友達同士に見えるけどなあ。要するにフランでも相手でもその他の人でも、誰かが友達だと思えば友達だよ。ルールがあるなら守らなきゃいけないけど、それ以外のことなんて自分で決めればいいんだよ」

「……………………」

 

 黙られてしまった。

 あれ、何か失敗した? フランのトラウマ的なことでも刺激しちゃったかな?

 …………まあいいや。それこそルールがない以上好きに言わせてもらおう。

 

「フランだってそうだったでしょ?」

「私が?」

「ルールを知らないってことは無いも同然だよね? だから自分のルールを作ってそれに従ってるんでしょ?」

「……………………そっか。そうだよね。私、今までもそうしてたんだ」

 

 納得してくれたみたいだ。

 

「けど」

「…………ん?」

「こいし、ちょっと生意気。自分は何でも知ってるみたいな言い方して」

 

 笑いながら言う彼女に、私も自然に笑顔が浮かぶ。

 相手が楽しそうに、嬉しそうにしてると自分もそうなっちゃうよね。

 

「ごめんごめん。上から目線になっちゃってたね」

「身長、そんなに変わんないのにね」

「ふふふ」

「あはは」

 

 二人穏やかに笑い合ってると、横から私達の空間に不釣り合いな轟音が割り込む。

 思わず音の方を見ると、壁に穴が開いていた。お姉ちゃん達の姿が見えないことから考えるに、別の場所に移動したようだ。

 地霊殿崩壊の危機。ただの戯れ合いがどうしてこうなるんだ、まったく。

 私とフランの時もあそこが紅魔館じゃなかったら火事になってたね。反省。

 

「フラン。ちょっと様子を見に行こっか」

「うん」

 

 私はフランと手を繋いで、大人でも潜れそうなくらいでかい穴を通って行く。

 私は戦場なんて見たことがないからはっきりとは言えないけど、こうも屍の山が築き上げられているとそれを連想するね。

 血に塗れたこころちゃんとか腕を失くしたぬえっちとか喉に穴が開いてそこから呼吸音が聞こえる零崎とか姿が見えないお姉ちゃんとか何時からか介入してたらしいお燐の死体とか同じく参戦してた翼のもげたお空とかが見える。

 …………えー。

 

「どう思う? フラン」

 

 私はとりあえず隣にいるフランに状況を判断して貰おうと声をかける。

 が、返事がない。この惨状に言葉を失くしているのかどうかはわからないが、とにかく反応がない。

 私は流石に不審に思ってフランの方を見る。

 そこにいたのは頭のないフランだった。

 

「……………………」

 

 私は自分の無意識を操り始める。

 これは断定してもいい――――ありえない。

 戦争組にしたって、そこまでの被害が出るとはとても思えない。それこそ、あの中の一人や二人が本気で戦い始めたとしてもこうはならないだろう。

 何よりもあのフランが唐突に死ぬなんておかしい。

 イコール、ぬえっちだ。何が目的かは知らないけど、正体不明にしている。それでありえないものを見せられている。キュー、イー、ディー。

 …………いや? あれは確か正体がバレていたら効果がないんじゃなかったっけ。私はここにいる皆を知っている。その能力は効かないはずだけど。

 あれ、あれれ?

 とにかく無意識だ。それで全部わかるはず――――。

 

「おっと、それは待ってほしいな、こいしちゃん」

 

 信じられない声が聞こえた。

 こんなところであってはならない声が聞こえた。

 外の世界においてきたはずの声が聞こえた。

 何で。

 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。

 何でいーちゃんの声が聞こえる?

 

「…………私は古明地こいしって言うんだけどさ――――」

「……………………」

「あなたは誰? そっくりさん」

「…………傑作だぜ」

 

 声の方を見ると、そこいたのは確かにいーちゃんだった。

 顔も服も声も身体も何もかも。

 ただ違うのは、笑っていることだけだ。凄まじい違和感を覚える。

 

「ん。わかんねーってことは能力はやめてくれたんだな? 重畳、重畳。俺はそうだな、人間失格さ」

「芥川?」

「太宰だ。河童とか知らね?」

「ネッシーを作ってるんだよね」

「そりゃ知らねえな」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「あなたが人間失格なら私は何なんだろう?」

「俺に合わせりゃ人間失敗だろうし、あいつになぞらえりゃ欠落製品が妥当だろ」

「戯言ね」

「傑作だ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「ぬえっちがやったんだ?」

「そうそう。正直俺は嫌いだ、これ」

「姿が変わるんだよ? ロマンチックじゃない?」

「やーなもん思い出すんだよ。恥ずかしいこと言っちまった」

「ははーん。さては人違いなのに愛の告白しちゃったんだ」

「人違いだからさ。本人の前で言えっかよ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「好きな人がいるんだ。青春だねー」

「どこにいるのかわかんねーんだけど、知ってる?」

「知らなーい。私は好きな人がいたら逃げるタイプ」

「迷惑をかけたくないから?」

「叶わないから」

「敵わねえよな」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「そろそろカウンセリングでも始めるか?」

「いーちゃんに出来るとは思えないなあ」

「あいつにやってもらったんじゃねえの?」

「まあね。まったくの戯言だったよ」

「いいじゃねーか。そうじゃなかったらどうしてたよ」

「殺してただろうね」

「怖い怖い」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「実を言うとな、俺はあまりここにいられないんだ。鬼に追われててな」

「それは穏やかじゃないね。何をやらかしたの? 酒でも盗んだ?」

「鬼ごっこ。最近いろんなバリエーションがあるよな」

「あー、鬼が変わるんじゃなくて増えたり、捕まった人が動けなくなったり?」

「そーそ。それと一緒だよな、カウンセリングも」

「色々あるって?」

「おうよ。お前らがやってたみたいなこととかさ」

「何でバレてるんだろ」

「密告者がいるらしいぜ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「ゆかりんか。許すまじ」

「内通者ってのは嫌なもんだよな」

「いーちゃんはないの? そういう経験」

「統率はないし信頼もねえけど、家族愛には溢れてる嫌われ者の中にいたんでな」

「私と同じだ」

「ああ? 友達多いじゃねえかよ」

「嫌われてたら友達になれないの?」

「…………俺の負けだよ」

 

 そのいーちゃん快活に笑う。

 私も笑う。

 

「負けついでに言わせてもらうけど、いーちゃんも友達多いよね」

「大体死んでるな。傑作だっつーの」

「…………ねえ人間失格」

「何だ人間失敗」

「友達ってさ、なんというかさ――――何なんだろうね」

「質問だったのかよ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「同じこと話してたこともあったんだけど、あの時はどんな結論が出たんだっけか」

「前頭葉足りてないんじゃない?」

「どうやって増やすんだよ。移植か?」

「はいはい戯言戯言」

「投げやり過ぎんだろ。もうちょいあいつをリスペクトしてやれよ」

「それこそ戯言だね」

「かはは。違いない」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「友達、友達――――友達かあ」

「いーちゃん、頭の回転も遅い」

「うっせ。つーかさ、お前もあいつらのこと友達だって思ってんだろ? んじゃわかるもんじゃねえの?」

「わかんないから聞いてるんだって」

「それじゃこうしよう。知らずになってるのが友達だ」

「そしていつの間にか落ちてるのが恋だって?」

「何だ、人間関係なんて勝手に出来てるもんなのか」

「こりゃ参った。頑張りなんて無駄ってことになる?」

「そうでもないだろ。頑張ってる内に友達が増えてんだから」

「友達を増やす努力は無駄にならない?」

「友達を増やす努力をしてる内はぼっちってことだな」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「意識しちゃいけねーって教訓だな――――お前には言うまでもなかったな」

「何も考えないってこと?」

「少し違うな。必要以上に意識しないってこと。求めすぎないってことかな」

「…………大切なものは失くしたときに気付く?」

「そう、気付かない、意識しないぐらいがいいんだろ。かはは。これってひでえ話だよな」

「うん? そうかな、意識しなくていいってことだから、私は助かるんだけど」

「いやいや、んな話じゃねーよ。だって幸せには気付けずに不幸はすぐにわかるんだろ? 傑作だあな」

「あー…………まったくだね」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「そういうことだろ、お前についてもな」

「今を大事にしろって?」

「んー。そうなるかな?」

「何で自信がないのさ」

「何も考えてねーし。何で俺が赤の他人を思いやんなきゃなんねーんだよ」

「逆切れされてもな…………逆といえば、逆に考えるんだって名言あるよね」

「知らん」

「あれってお姉ちゃんが言ってた物事をいろんな角度で見るってことだよね」

「まあ、そうなるな」

「これも一緒じゃない?」

「ちげーよ。目の前にパフェがあってそれをいろんな角度で見てもパフェだけど、失くしちまったらパフェじゃないだろ」

「チョコパフェがいいなー」

「奢んねーし作らねえぞ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「ところでよ、今は気付けない幸せの話したよな?」

「うん。気付ける不幸せの話だったね」

「じゃあ今度は気付ける幸せの話しよーぜ。それがカウンセリングになるかは知らんが」

「してもらわなくてじゅーぶん。それで? 気付ける幸せって?」

「たまにあるだろ? 例えば好きなもん食って幸せとかさ」

「自分の願いが叶った時ってことだね? 意識が叶うって状況」

「そうそう。この場合ってどうなるんだろうな」

「どうにもならないよ。その上を求めちゃう罠ってところかな」

「罠か。傑作だぜ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「つまり意識が悪いのはあくまでも結論、行き着く場所ってわけだ」

「願いが叶っちゃうのが積み重なってるんだね。失敗は成功の母で、成功は失敗の父ってわけだ」

「その間で生まれる子供って何なんだろうな」

「停滞でしょ」

「挑戦かもな」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「んで、だ。こいしちゃんはどうするんだ?」

「何の話?」

「停滞か挑戦、どっちにするんだ?」

「……………………」

「これまでの話は続きがあるんだ。今思いついたんだけどな――――成功していけば失敗が増える。どんどん道が狭まるわけだが、けど決して道はなくなったりはしないんだ。さっきの飯の例でいくと、上手いもんを食い続けりゃいいってだけの話」

「…………無理じゃない? そんなの」

「ゼロじゃねえだろ。もしかしたら出来るかもしれない。それを求めんのが挑戦だな」

「諦めて身動きが取れなくなって、停滞」

「どっちにすんだ?」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私は笑えなかった。

 

「あと欠陥製品に聞いた話だが、あいつ、上手いもん食いすぎて舌が肥えすぎたことがあってだな」

「うん」

「そのせいで食う飯が不味く感じるってんで、キムチばっか食って舌をおかしくしたらしいぜ。馬鹿だよなー」

「…………ハードルを下げる」

「そういうやり方もあるわな。停滞と挑戦、そして妥協っつーのかな。三択になった」

「……………………」

「選ばないを選ぶ、なんてのはなしだ。そんなのいずれは決めなきゃなんねーんだし、とっとと決めとけよ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も、笑う。

 

「うーん。一番簡単なのにしよう」

「お前さんに向いてんのは挑戦だろうな。妥協、もありか。停滞は無理そうだ」

「あれ、私が考えてたの停滞なんだけど」

「大体の話は聞いてるけどよ、お前が無意識になったのって停滞に耐えられなかったからだろ」

「……………………そうかな」

「相手に嫌われるから、だっけ。それから逃げたのはその状況に甘んじることができなくなったからだろ? 変化を求めてんだから停滞じゃない」

「じゃあ、二択ね」

「決めんのはお前だっつーの。俺からは言いたい放題言ってるだけだ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「で、どっちがいいんだ? こいしちゃん的にはさ」

「妥協で」

「逃げることしか考えてねーのは間違いなくあいつだな…………いや、あの狐ん時には戦うって言ってたな。んじゃ、お前はあいつの過去――――もしくは陰ってわけだ」

「過去?」

「俺にもそんな変わった死神がいたんだし、あいつにいてもおかしかねーよ。それはいいや。なるほど、妥協ってのもわからなくもないな。無意識はリセットボタンか。やる気スイッチの逆バージョンってことね。はいはいはいはい…………そりゃまた何とも」

「傑作?」

「いんや、戯言だ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「で、何でお前は俺に見えてるんだ?」

「無意識は操れるようになったんだよ」

「良かったな。いや残念だったな、の方が正しいのか? 俺の…………んー、まあ友達が言ってたことなんだが」

「うんうん」

「強いは弱い、弱いは強い。意味わかる?」

「…………えーと。時と場合によりけり?」

「適材適所ってか。それも答えだな。けど俺が言いたいのはそうじゃない。この場合それは当てはまらない。強みは弱さを孕んでて、弱点はそれなりの強度があるんだ。これ、お前の無意識に当てはめてみようか?」

「無意識の強さ、弱さ。何があるの?」

「わかりやすいぐらいだろ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「強みって、相手に認識されなくできることよね。後は最近知ったんだけど、相手のトラウマを思い出させることも出来るんだよ」

「呪い名みたいなことすんだな」

「弱点は、何か効かないことがある」

「曖昧すぎるだろ。というか、それはどうだっていいんだよ」

「他に何があるの?」

「さっきの話を思い出せ。幸せ云々の話だよ」

「…………ああ、そんな話してたね」

「しっかり覚えてただろ。無意識は妥協、そんなこと言ってただろ」

「ちゃんと覚えてるよ。馬鹿にしないで」

「後で喉を掻っ切る。死にはしねえだろ」

「それぐらい平気だよ」

 

 そのいーちゃんは流石に引いた。

 私は笑う。

 

「マジかよ…………流石妖怪」

「話を戻すね。まったく、いーちゃんのせいで脱線したよ」

「どの口がそれを言うんだ。ま、いいけどよ」

「えーと、無意識が妥協っていうのは、あれだよね。リセットボタン。うん、そんな感じ」

「で、今はどうなんだ?」

「あんまり無意識にならないわねー。必要性を感じないし――――あ、なるほどね」

 

 そのいーちゃんは快活に笑った。

 私も笑う。

 

「そういうこった。いーたんらしかったろ?」

「いーちゃんらしいね。回りくどいあたりが。私は妥協じゃなくて挑戦になってるわけだ」

「とっくに結論は出てたわけだな。傑作だぜ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「我慢出来なくなってた――――というよりは、井の外を知ったってことになるかな?」

「んー? それは知らんが。けどまあ良かったじゃねえか。お前はもう十分だよ。無意識に頼ってない時点でな」

「けど今度は無為式に遊ばれちゃってるの。これはどうしたらいいかな?」

「それこそあいつを見習え。あいつの数ヶ月の面白さを知ってるか? 何回も入院してたらしいぜ。骨折したり死にかけたり」

「なるほど。私が最近やけに怪我すると思ったら、いーちゃんの影響だったのか」

「それはお前の不注意のせいだろ――――ってうお、何だその両手。どう転んだらそうなるんだよ」

「今気づいたの? これは噛まれたの。ハニワに」

「…………名前だよな? 犬かなんかの」

「ワニだよ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「ま、あながちお前の言ってんのも間違ってないとは思うけどな」

「どういうこと?」

「何でお前がわかってないんだよ。ほら、欠陥製品の影響ってやつ」

「ああ。あれは私が適当に人のせいにしただけだよ」

「ひでえ話だ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「お前が無為式になってんだろうな。才能があったんだろ。かはは。傑作だ」

「笑えないなあ。無為式ってそう簡単になれるものなの?」

「それはないだろ。んな最悪が溢れててたまるかっての。元からそうなんだよ、お前は」

「今まで影響がなかったのは?」

「何のための無意識だと思う?」

「あー理解」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「付き合い方だろうな、それについては」

「交際は避けたいところだけど」

「詐欺にでもあったと思え。いや、戯言にかな?」

「変わんないよ。…………あーもう、やだやだ」

「無意識に戻る?」

「今更戻れないよ――――挑戦することの楽しさを知っちゃったら、さ」

「んじゃ頑張れ。応援してやる」

「応援されてあげるよ」

 

 そのいーちゃんは快活に笑う。

 私も笑う。

 

「そろそろ帰るわ。あんまり同じところに居続けるの、好きじゃねーし」

「放浪癖? 大変ねー」

「大変じゃないやつがいるかよ。…………じゃ、息災を」

「じゃーねー」

 

 あ、最後に一つ、言っておくことがあった。

 私は律儀に扉から出ようとしている刺青男に声をかけた。

 

「ねえ零崎」

「あ? どうした」

「ありがとう。久しぶりにいーちゃんと話せた」

「そりゃどうも」

「こんな話知ってる? インディアンの少年の話」

「十人いて、どんどん減ってくってあれか」

「そうそう。何で減ってくかわかる?」

「さあな。通り魔殺人にでも遭ったんじゃねえか?」

「ぶっぶー。正解は、誰かと出会うためだよ」

「……………………傑作だぜ」

「うふふ」

 

 零崎は扉を開け、部屋を出て、閉めた。

 残されたのはボロボロの部屋と、私達。

 古明地こいしとフランドール・スカーレットと封獣ぬえと古明地さとりと秦こころと火焔猫燐と霊烏路空。七人。

 はっきりと皆の姿が見える。

 零崎に――――いーちゃんに言われた。前を見据えて挑み続けろって。妥協せず停滞することなく挑戦しろって。戯言かもしれないしただの狂気かもしれないけど。

 それでも私はしっかりと前を向く。上を見る。

 止まりはしない。

 だから――――

 

「お姉ちゃん。話があるんだけど、いいかな?」

「ええ。少し、場所を変えましょう」




意味なんてない。
意義なんてない。
意趣なんてない。
意図なんてない。
意志なんてない。
意力なんてない。
意念なんてない。
意欲なんてない。
意気なんてない。
意中なんてない。
意向なんてない。
意見なんてない。
意識なんてない。

零崎人識の人間関係――――古明地こいしとの関係。
無関係。


あ、次回の更新遅くなります。
深秘録アプデやったー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS古明地さとり

いわゆる謎解きの時間。
さとりの能力的に出来ることなんてこれぐらいでしょ。


 私とお姉ちゃんは皆を置いて別室に来た。

 フランは寂しそうな目を向けてきたけど、大丈夫だよ。さっきのことを思い出して。そうアイコンタクトを送ったらよくわからない表情を浮かべてきたから、たぶん大丈夫だろう。

 わからないことは強みだから。

 …………ん? 強いは弱い、みたいな話を聞いた後でこれはどうなんだろう。ああいや、問題ないね。強いは弱い、弱いは強い。つまりはプラマイゼロってことだろうし。

 フランなら大丈夫。

 むしろ私の問題だ。

 お姉ちゃんが私との会話の場に選んだのは、私の部屋だった。自分の部屋が穴が開いて見ていられない状況にあるから、ということだろうか。

 私はベッドに腰掛けて、お姉ちゃんがその隣にちょこんと座る。

 

「ねえこいし。外の世界はどうだった?」

「その話、前しなかったっけ」

「そうだったわね。けど忘れちゃって」

「しょうがないなー」

 

 私はそんなお姉ちゃんに違和感を覚えながら、いーちゃんと一緒だった日々を思い出す。

 最初はよくわからないお店だった。ハンバーガーショップっていうんだっけ。そこで大した話はしなかったけど、そこを出てぶらぶらしてたらまたいーちゃんを見つけて…………それから仲良くなった。

 どれくらいの頻度でいーちゃんに会いに行ったかも覚えてない。何というか、あの時はそれが当たり前のように感じた。いーちゃんの隣は、私の席。そんなことまで当然の様に思っていた。

 けどいーちゃんには私よりも大事な人がいた。いーちゃんの隣はその人の居場所だった。けど認められなくって、悔しくって…………逃げ出した。

 それから、一度も外の世界には行ってない。行かせてもらえないというのもあるけど。

 そんなことをお姉ちゃんに愚痴って、「思い出した?」と最後に付け加える。

 

「ええ。思い出したわ。…………で、零崎さんとはどうだった?」

「見ての通りだよ。お説教された」

「その、いーちゃんって人とそっくりらしいけど――――まさかあんた、自分も刺青いれようなんて思ってないでしょうね?」

「いーちゃんに刺青はないよ。っていうか、見た目は全然違うからね?」

「そう。それは良かった」

 

 心底ホッとしているのか、深く息を吐いている。

 心配してくれてるのはわかるけど、流石に過保護なんじゃないかと思う。

 ……………………。

 こんなにお姉ちゃんは私のこと想ってくれてるのに、私は何も返せてない。

 これじゃダメだ。ダメダメだ。

 さっき決めたこと――――挑戦し続けること。

 逃げちゃダメだ。真っ向から向かってやる。戯言遣いなんて不名誉、返上してやる。

 

「お姉ちゃん」

「うん、何?」

「……………………」

「…………?」

「何言えばいいの?」

「知らないわよ」

 

 それもそうだ。

 やばい、何を言えばいいのかわからない。することはわかっても言うことがわからない。そもそもすることも曖昧だし…………うわー、ぐっだぐだ。どうしよう。

 

「そういえばこいし。あんた、八雲紫と仲良くなったんですって?」

「うん。友達だよ」

「……………………それで、かはわからないけど、あんたが来るちょっと前に来たのよ」

「ゆかりん?」

「そう。…………愛称まで付けてるの? 随分仲がよろしいことで」

「嫉妬? パルパル?」

「パルスィさんは関係ないわよ」

 

 パルパルで通じるのか。お姉ちゃんも世間を知ったんだな。

 いや何となくでわかるか。この辺で嫉妬、パルパルといえばパルスィさんだもんね。

 で、八雲紫がここに来た? お姉ちゃんを訪ねて?

 何だろう。すっごい嫌な予感がする。

 

「何の用事?」

「あんたが外の世界にいた時の話、今の状況を洗いざらいね」

「うわわ、プライバシーの侵害だあ!」

「覚妖怪に言うことじゃないわね…………」

「あんなところに石ころが!」

「やめて!」

 

 覚妖怪の弱点、無意識。

 つまりは私がそもそもお姉ちゃんに対するジョーカーってことなんだけど。前に思いっきり見栄張って「お姉ちゃんは私に勝てない」みたいなこと言ってたのを思い出した。

 ちなみにこれはタイマンでの話であって、場合によっては負けることもよくある。どんなことでも負けないわけじゃないことをはっきりさせておこう。

 そのジョーカーの名前が、どっかの覚妖怪が「人間は怖い!」なんて言い出したきっかけの小石だなんて、出来すぎるてるよね。

 まるで元から私がそうであるかのような――――

 

 運命であるかのような。

 

 …………あれ。もしそうだとしたら…………どうなる? 私がそれだとしたら、これはどうなる?

 どっちも、ってこともありえるけど、レミリアさんが見ていた運命がどちらかだとしたら、どちらかは違うということになる?

 ……………………考えすぎ、かな。うん。

 

「こいし、どうしたの? 珍しく悩んだ顔してるわね」

「…………悩み事があるから、悩んだ顔してるの」

「そりゃそうだけど。で、どうしたのよ」

「聞いてくれるの?」

「そのことで私を呼んだんじゃないの?」

 

 それは違うけど。

 いや、違わないかもしれない。…………よくわからない。

 けどお姉ちゃんの方が私よりいろんなことを知ってる。聞いてみてもいいかもしれない。

 

「無為式って知ってる?」

「無意識? あんたのこと? 意識がない状態ってこと?」

「無作為な方程式で、無為式」

 

 お姉ちゃんは「うん」と考え込み始めた。

 私の思い込みだったのかもしれないけど、お姉ちゃんは私のことを大事に思ってくれている、イコールで無為式のことも知っている、なんて思ってた。けどこの「無為式? 何それ美味しいの?」みたいな反応を見るに今初めて聞いたって感じだ。

 これを私のこと何も知らなかったんだ、ととるか、はたまた別に受け取るか。

 とにかく、私一人で悩んでても何もわからなかった。お姉ちゃんの言葉を聞きたい。

 ――――あ、私依存してるなあ。フランが私に依存してたのは私が唯一の友達だから、とかそんな理由だっけ。なら私がお姉ちゃんに依存するのは? 唯一の肉親だから?

 ダメだ。考え事が多すぎる。頭がパンクしそう。

 私が頭を悩ませて、頭痛までしてきた時になって、ようやくお姉ちゃんが口を開いた。

 

「知らないわそんなの」

「…………あれだけ考えといて?」

 

 私が落胆するのも仕方ないと思う。五分から十分ぐらい同じ体制維持してたよ、お姉ちゃん。

 けどお姉ちゃんは「あのね」と言い聞かせるように続けた。

 

「方程式っていうのは、決まった数字を当てはめるものよ。無作為に、適当な数字を入れていったら数式に意味がないじゃない」

「うーん。私が言いたいのはそういうことなんだけど」

「…………要は、意味のないこと?」

「そうそう。意味をなくす概念っていうのかな。そういうものの話なんだけど」

「知らない間に妹が哲学少女になっていた…………閃いた」

「お姉ちゃんが小説書いてるのは知ってるけど、これはちょっとデリケートな問題だから題材にしないでほしいなー」

「あらそう? 残念」

 

 どこからともなく取り出したメモ帳を、何も書くことなくどこかへしまった。…………四次元ポケット?

 むしろスキマかな。思い出したくないけど。誰が自分の四肢切断の悪夢を思い返すかっての。

 お姉ちゃんは再び思考の海に沈んでしまった。まだそういうのがあるよ、という話しかしてないけど…………何となく、察せられたのかな。

 私は黙ってお姉ちゃんを待つ。

 

「……………………あんたが、それだって?」

「うん。皆そう言うし、私もそう思う」

「さっきの零崎さんとの話で度々出てたのはそういうことね…………。意味をなくす、か」

 

 どんなことにも意味がある。

 言葉一つ一つにも意味があるし、行動にも意味がある。全てのことには意味があるはずだ。無為式はそれの否定。積み立ててきたものを崩し、築いてきたものを破壊する。

 全ての方程式にゼロを掛けて回る存在。そんな傍迷惑な概念。そんな最悪の名称。

 無為式。

 私は最近それになったけど…………生まれながらにそれを抱えていたいーちゃんは、果たして何を感じていたんだろうか。そして、何を考えていたんだろうか。

 どうして、あんなに優しくなれたんだろうか。

 私にはわからない。

 何も、わからない。

 

「全部、意味がなくなったのかしら」

「…………どういうこと?」

「例えばあんたがご飯を食べる。それは意味のないこと?」

「極端だね。そりゃ意味はあるよ。私の栄養になった、お腹が膨れた。そういう意味ね」

「そうでしょ? じゃあ無為式とかいうのじゃないんじゃない?」

 

 お姉ちゃんの言うことはわかる。

 けど私が言いたいのはそういうことじゃない。そんなどうでもいいことじゃない。

 

「想いが大きいと、ダメなんだよ」

「ふうん?」

 

 お姉ちゃんが割とどうでもよさそうに相槌だけ打ってくれる。

 それだけでも十分だ。続きを促されると私も話しやすくなる。

 頭の中に浮かんできた言葉を、ただただ紡ぐ。

 

「食事とか睡眠とか、そんな淡々としたものはどうだっていいの。けどね、誰かを救いたいだとか、何かを壊したいだとか――――気持ちが強いと壊滅的なんだよ」

「……………………」

「目的意識っていうのかな。そういうのがあると、ダメなの。私もそうだし、周りもそう。ただの数字が方程式になる」

 

 食事、睡眠。さっき言ったこういうのは数字にすれば1や2だ。式にもならない単体。想いがないということは何も入らないということ。

 それに想いを加える。引く。掛ける。割る。そして計算式の完成だ。過程があって結果が出る素敵な物語の出来上がり。それは10かもしれないし1かも知れない。はたまた100になるかもしれない。…………けど、ゼロにはならない。

 人は何か行動した時に何も得られないかな? 何も残らないかな? 否。そんなことは絶対にない。失敗した時にでも教訓が得られ、成功した時には報酬が得られる。1はある。

 それをゼロにする。成果なし。

 あらゆるものの否定、最悪の存在。

 

「ちょっと前にね、人里に行ってたんだ」

「ああ。こころから聞いたわ。殺人事件を解決したんだって?」

「解決――――なのかな。私は出来るだけをしたつもりだけど、だけど。その犯人の人からしたらね、最悪だったと思うよ」

「あんた、そいつまで救いたいって?」

「私がいなかったら、救われてたよ」

 

 例え誰かが事件を暴いて彼女を糾弾したとしても。彼女はそこから何かを感じられただろうし何かを得られたことだろうと思う。反省かも知れないし、復讐かもしれない。別のことかもしれない。

 事件が暴かれなかったら彼女の目的は完全な形で果たされたし、悪いことなんて何もない。パーフェクトだ。

 私が関わったことでそれがどう変わっただろう。確かにあの男を殺したことは彼女の目的だった。それは果たされた。じゃあ1があるのか。…………そう、上手くはいかない。

 だって、彼女自身あの男を本当に殺したかったわけじゃないから。

 殺意は偽物だったから。彼女は本心から殺すつもりなんてなかった。カッとなってやった、ただの事故。目的なんて本当はなかったんだ。ただ、「やってしまった」だけのことだったんだ。失敗した。

 けど失敗からでも人は学べる。むしろ失敗からこそ何かを学習できる。けどそれを邪魔したのが他ならない私だ。いや、客観的に見るなら、私達かな。

 ストーカー男が彼女を正当化して、私がそれを事件に仕立て上げて、八雲紫が断罪した。

 段階で言えば三つ。何が一番悪いのか? 私に決まっている。

 正当化が悪いのか? 違う。こんなのはただの逃避だ。現実から逃げているだけだ。私がその現実を突きつけることになるけど、それはともかく。自分の安全の確保なんて誰もが当然のようにやってることだ。それを否定することなんて出来はしない。彼女達はあくまでも、当然のことをやっただけだ。褒められることじゃないけどさ。

 で、私がやったこと。現実を突きつける、なんて言ったら間違いなく良いことだし、探偵さんの仕事を奪っちゃったことを除いては何も悪くない。ただし、嘘吐きじゃなければ、だけどね。

 私が無意識を操ってあるはずのない罪悪感を作って、八雲紫が適当な証拠をでっちあげる。そんな詐欺行為を働いていただけだった。八雲紫はどうか知らないけど、私は真実なんて何一つわかってない。ひょっとしたら本当のことなのかもしれないけど、確信なんて一切なかった。それっぽいことを呟いてただけだ。それでも彼女が否定しなかったのは? 罪悪感があったから。罪悪感は自分は裁かれるべきなんだ、悪い奴なんだ。そんな感情を増す。そこにつけ込んだだけだ。そして八雲紫が彼女を断罪した。

 ほら、私が全部悪い。私がいなかったら、彼女はゼロにはなっていなかった。前に進んでいたはずなんだ。どこに向かったのかは知らないけど、前に一歩でも二歩でも、進めたはずなんだ。

 ――――なんて、傑作。

 

「私が、一つの物語は台無しにしたんだよ」

「……………………」

「私はどうしたらいいのかな?」

 

 わからない。

 罪を償う、なんてことはするつもりがない。そんなことに意味なんてない。過去のことなんてこの際どうでもいい。けど未来のこととなれば話は別だ。今のことも同様。

 これからも私は皆を壊していくのだろうか。――――嫌だ。嫌だよそんなの。

 お姉ちゃんもこころちゃんもフランもぬえっちも。大切な人たちを壊したくない。

 

「教えてよ。お姉ちゃん」

「……………………例えば」

 

 お姉ちゃんは考えながら、言葉を口にする。

 

「私が人を救おうとする。そうね、崖から落ちそうな人の手を掴んで上まで引っ張り上げたとする。これは良いことね。良い意味がある」

「そうだね。人助けだもん」

「けど、もしその人が自殺するつもりで飛び降りたとしたら? 私は果たして、良いことをしたのかしら?」

「それでも良いことだよ。自殺は悪いことだから」

「相手の意思を尊重していないのに? 確かに常識としてはそれでいいのかもしれない。けど相手は迷惑でしょうね。これも物語の台無しってことになる?」

 

 大雑把になぞらえれば、私がしたことと同じことにも思える。

 目的も成し遂げられず、これじゃ得られるものだってないだろう。まったくの無意味。それを生み出したのは手を差し伸べたお姉ちゃん。だったらお姉ちゃんも無為式?

 ――――違う。

 

「それで、お姉ちゃんも何もなかったのかな?」

「あら、無為式は相手への影響じゃなかったの?」

「世界への影響だよ。物語への反逆ってところかな。何も生み出さないってことだから」

「私が何かを感じたなら無意味じゃない、か。はいはい…………そういうこと。本当にまっさらにしちゃうってことね」

「うん。経過があって結果がない」

「世界も動かないし、心も変わらない」

 

 …………あれ、本当にそうなのかな。

 いーちゃんといた時の私は、何も動かなかった? 感じず変わらなかった? 本当に?

 間違いないはず。いーちゃんといた時は動いていたかもしれない。それは否定しないでおく。けどそれは経過だ。結果はいーちゃんと別れたあの時。私は再び眼を閉ざして外へも出れなくなって――――現状維持。何も変わってないじゃない。

 お姉ちゃんはどこからともなく一冊のメモ帳を取り出した。相変わらずどこから出てきてるのかわからないけど。

 

「私の書いてる小説、内容は知ってる?」

「ううん。今書いてるのは知らない。前はファンタジーだったよね」

「前に勝手に出版しようとしたことは忘れないわ」

「ファンタジー作品なんだから、人の心理描写より戦闘シーンを前面にした方が良かったよね」

「やめて具体的に批判しないで」

「突然の恋愛描写」

「書きたかったんだもん!」

「伏線なく出てきた最強魔法、最強の存在」

「…………デウス・エクス・マキナも作品の醍醐味よね」

「飽きたんだ」

「ファンタジーに疲れたの」

 

 懐かしいなあ。お姉ちゃんの書いた小説。題名は確か「W・W・W――ウィザード・ワールド・ウォー」。カッコいい名前から放たれたのは濃厚なラブコメであった。小説の最期は灼熱地獄に葬られたんだっけ。勿体ないなあ。

 誰だって失敗から学んで成長するものなのに。だから私はお姉ちゃんに失敗と挫折を教えてあげようと…………。

 余計なお世話だと自分でも感じてたけどね。

 で、それがどうしたんだろう。

 

「とにかく。今書いてるのは恋愛もの。私が本当に書きたかったのはこういう、心理描写が豊富な作品だったのよ」

「題名は「L・L・L」みたいな奴?」

「やめなさい。それはもういいのよ。私が言いたかったのは…………ええと、何だっけ…………」

「お姉ちゃんが痴呆症に…………」

「怖いこと言うな!」

 

 話が進まない。

 私が原因な気がするけど…………これって、私が無意識に進まないようにしてるのかな。

 じゃあ私のせいじゃないね。良かった良かった。

 

「思い出した。あんたにちょっと設定でおかしなところないか見てもらおうと思ったんだった」

「今私の割と真剣な話してなかったっけ? お姉ちゃん?」

「まあまあ。息抜きも必要よ」

「…………しょうがないなあ」

 

 お姉ちゃんを尊重する私、妹の鑑。素晴らしいね。

 メモ帳を受け取って、内容を一文字一文字しっかりと読む。

 主人公は男性。落ち着きがない。身体を動かすのが好きで、運動が得意。友達が多くて…………自分と真反対じゃん。自分は引きこもりの文学少女じゃない。リアリティはなくなりそう。けどその分妄想フィルターかかって面白くなりそうだけどね。

 ふむふむ。ヒロインはこの子か。ピンク髪は自分をイメージしてるんだろうね。ヒロイン願望って誰でもあることだし、スルー。性格は大人しくって、病弱で世間知らず…………ふーん。自己投影は良いね。書きやすい。ストーリー的にも自分と正反対の人が相手の方が良いしね。…………前作も設定は良かったんだよなあ…………。

 ちなみにこれってヒロインの一人称視点だよね? 個人的に恋愛小説は一人称で書いた方が感情移入しやすくって良い感じ。まあ、もうちょい読み進めよう。

 あ、登場人物はこれだけなんだ。主要人物だけってことかな。モブキャラなんてどうにでもなるしね。とりあえずはこの二人だけっと。

 

「うん、キャラクターは良いと思うよ」

「でしょ? 細かいことは今は気にしないでね」

「あんまりキャラクター練りすぎてもあれだけどね。私も聞いたことあるんだけどさ、小説書いてるとたまに自分の思ってたのと違う展開になったりするんだって?」

「そうそう。キャラが勝手に動くっていうのかしら」

「その対策としてさ、ある程度キャラクターに応用がきくように、あえて設定に穴を開けとくっていうのはどうかな?」

「あーなるほど。それ採用」

「どうもどうも」

 

 次のページはっと。世界観設定か。

 ……………………ふんふん。

 私はメモ帳を放り投げた。

 

「あ、こいし! 何するのよ!」

「またファンタジーじゃん。まーた魔法じゃん。まーたー「W・W・W」じゃん」

「違うわよ。幻想郷をイメージしてるの。あんたは外の世界を見てきてるけど、私は違うから自分の知ってることしか書けないの。オーケー?」

「幻想郷でも人間皆が魔法使いじゃありません」

「え? 年を重ねたら魔法使いになれるんじゃないの?」

「なれません」

 

 魔女狩りしなくっちゃいけなくなりそう。

 …………少しなら、許してくれるかな?

 

「しょうがないから、私が外の世界で見てきたものを教えてしんぜよう」

「ははー」

「外の世界で言うところのSFかな。私達からしたら」

「…………何だっけ…………そう、サイエンスフィクション?」

「正解。まあ、ファンタジーに近く感じるかも。発達しすぎた科学は魔法と区別つかないってね」

「科学、ねえ。何でもいいわ。想像の幅が広がるっていうんだから、早く教えて」

「せっかちだなあ」

 

 私はそんなお姉ちゃんが愛おしく思えてきた。何というか、妹が出来たような感じ。私が妹なのに、変なの。

 とにかく私は外の世界で見てきたたくさんのものを教えた。スーパーのこと。パソコンのこと。水族館のこと。ゲームセンターのこと。こことは違って、いろんなものがキラキラ光ってたあの場所のこと。

 お姉ちゃんが食いつき良すぎて、私もわからないことをたくさん聞かれた。いーちゃんから少しは説明聞いたけど、よく覚えてない。だから「そういう部分はお姉ちゃんが好きに想像したら?」なんて言ったら、何でもかんでも魔法のようなもので済まされそうになって一緒に考えることにした。…………後で、だけど。

 忘れそうになったけど、今別室には皆が待っててくれてるんだった。危ない危ない。

 大事なことを思い出したから、この話は中断することにしよう。

 

「えー。いいじゃない、少しくらい」

「ダメです。お客さんを大事にしましょう」

「ぐぬぬ。あんたに正論を言われる日がこようとは」

 

 割と言ってない? 自覚症状ない?

 気になっても流してあげるのが大人って奴だよね。私、えらーい。

 けどここで話しておかなきゃいけないこともある。それだけはしっかりと終らせておかないと。

 

「で、この話がどう私につながるの?」

「せっかちねえ」

「それ、私のセリフだから」

「想起が私の弾幕の基本だからね。人に頼らないと何も出来ないのよ」

「けど許さない」

「残念」

 

 ダメだ話が進まない。

 私はお姉ちゃんを睨み付けて、プレッシャーをかける戦法に変更。

 程なくしてお姉ちゃんの根負け。

 

「わかったわかった。私の負け。けどそれを言う前に、一つだけ答えなさい」

「…………何を?」

「この主人公とヒロイン、どういう結末に行き着くのかしら?」

 

 質問の意図がわからない。

 どういう結末? 設定だけを見てエンディングを予想しろってことなのかな。それに何の意味があるのかわからないけど、答えなきゃお姉ちゃんも教えてくれないっていうんだから、仕方なく考えてみる。

 とはいっても、エンディングなんて二つしかないだろう。ハッピーエンドとバッドエンド。私はさっきこの二人のキャラクターを見て正反対の性格が良い感じ、と思った。この二人を良しとした。

 じゃあハッピーエンドってことになるかな?

 

「幸せになるんじゃないかな。展開的に言うと、病弱なヒロインを主人公が外に連れ出したりするんじゃない?」

「良い話ね」

「書くのはお姉ちゃんだよ。で、正解?」

「知らないわ。考えてないもの」

 

 何それー。

 

「で、何でそれが幸せにつながるの?」

「何でって…………そりゃあれじゃない? ヒロインは前々から病弱で外の世界を知らなかった、世間知らずなんでしょ? そんなヒロインが主人公にいろんなものを見せられて、こう、楽しい気分を知るじゃない? 二人で買い物したり、ゲームしたり、とにかく世界が広がるんだよ。それってワクワクすることでしょ?」

「そうね。私も新しい本を読んで知識が増えると楽しいもの」

「でしょでしょ? そういうことなんじゃない?」

 

 私もそうだったもん。

 外の世界にいつの間にか出てて、ちょっと不安もあった気がするけどいーちゃんと会って、いろんなことを教えてもらって…………すごく楽しい日々だった。

 私はさっきこのヒロインをお姉ちゃんだって思ったけど、そう考えみればこれは私だったのかもしれない。何も知らない私と、何でも知ってるいーちゃんの物語。

 バッドエンドだったけどね。

 

「けどねこいし。もし外の世界を知ったのが一人でのことだったら?」

「…………主人公さんがいなくって、ヒロインが一人で外に出たら、ってこと?」

「そ。果たして彼女は幸せになれたかしら?」

 

 私といーちゃんに例える。

 いーちゃんに会えなかったら? 私はどうだった?

 

「…………つまんない、んじゃないかな」

「どうして? 何かを知ることが楽しいんじゃなかったの?」

「うーん。何て言うか…………楽しい、ということを知ることがないから? かな」

「その通り。そもそも幸せだとか楽しいだとか、そういう感情を知らないとそうとは言えないわよね」

 

 肉や野菜をパンで挟んだものがある。

 私はそれがハンバーガーというものであることを知ったからハンバーガーだと言えるけど、それを知らないお姉ちゃんはそれを見た時なんて感じるだろう。

 知ってないと言葉にもならないし、そうであると認識できない。ただよくわからないものが自分の中にある、そういう風にしか思うことが出来ないだろう。

 つまり大事なのは?

 

「知識、が幸せ?」

「三十点。急かされてるし答えを言っちゃうけど――――知識を与えてくれる存在がいること、それが幸せなのよ。正確には幸せの一つ、だけど。零崎さんとの話の中で、気付ける幸せとか気付けない幸せとかの話があったわよね。気付ける幸せは知識を得ること、気付けないのは知識を与えてくれる存在なの」

「…………三十点じゃないじゃん。五十点ぐらいはいくんじゃない?」

「それは甘え過ぎ」

「厳しいなあ」

 

 確かにお姉ちゃんの言うことも納得のいく話だ。ためになる。

 けどそれが私の無為式とどう関連するのだろうか。何をどう当てはめればいいのだろう。それこそ無茶苦茶な方程式だ。どう当てはめても歪な形が出来上がる。

 

「ねえお姉ちゃん――――」

「まだ話は終わってないわ。例えば、そうね。その知識を与えてくれる存在が、殺人鬼だったとしたら?」

「むー…………幸せかってこと? 幸せなんじゃない? 知識を得ることが幸せだっていうんなら、相手がどうこうじゃないよね?」

「目的達成のためなら、相手がどーのとか手段がどーのっていうのは関係ないってことね」

「――――私も同じって?」

 

 私の望んだことではなかったとはいえ、人里での事件は私の目的のために動かしていたようなものだ。八雲紫の言う通りに私がやったことだ。その犠牲に二人ほどいなくなってしまったけど、お姉ちゃんはそれを肯定するというのだろうか。

 私を庇ってくれている。それは嬉しいことだけど。

 だけど。

 

「やっぱりダメだよ。そんなの」

「どうして? 自分が幸せなら、それでいいじゃない」

「良くない! 私はお姉ちゃんとは違う、一人で完結したりしない。私には友達が出来た。皆を放って、私だけが幸せになるようなこと、したくない」

「何も関係のある人を巻き込むことはないわよ。無関係な、そこらの人を殺して幸せになれるとしたら? 殺さないの?」

「殺さないよ。その発想がそもそもおかしいんだよ。…………お姉ちゃん、昔はそんなこと言わなかったのに…………」

「言ったことだけがその人の全てじゃないわ。見たもの、聞いたもの、感じたもの。そんなのはそいつのほんの一部。あんたはその一部だけで知ったつもりになってない?」

「それは――――」

 

 言い返せない。

 私は、ただ知ったつもりだったのだろうか。いや、そもそも何も知らないじゃない。私自身のこともお姉ちゃんのこともフランのこともいーちゃんのことも――――何も、知らない。

 どうして知った気でいたんだろう。フランとはまだ数日の仲だ。いーちゃんとだって日数で数えたらそんなに会ってるわけじゃない。お姉ちゃんは昔からずっといるから、ってこともあるかもしれないけど、前者二人はそもそもわかるはずがない。なのにどうして?

 私がわからなくなってきた。何を思って――――ああ、いや、そもそもそうなんだった。

 

 私は考えることも感じることも全部捨ててきたんだった。

 

 じゃあ、何もわからなくって当然、か。

 そういう風に自分を作り上げてきたんだもん、しょうがないよね。

 思わず笑いそうになる。ひょっとしたらもう笑ってるかもしれない。こんなにおかしいことってある? 何もない空っぽを選んだ奴が、何かを手に入れようとするなんて…………なんて、滑稽。

 私はある種すっきりした気持ちで、部屋から出ようと思った。こんな問答に最初から意味なんてなかったんだ。うんうん。ここにいる理由なんてないね。

 

「――――こいし? どこに行くの?」

 

 私が扉の前に立った時、お姉ちゃんが後ろから声をかけてくる。

 私は、今度はちゃんと笑って返す。

 

「皆のところ。待たせちゃって悪いからね」

「ふうん。けど残念ね、まだ私の話は終わってないのよ」

「私の話は終わったよ」

「じゃあ後は聞くだけね。ほら、そこに座りなさい」

「意味なんてないよ。そんなことより皆と遊びたい」

「それに意味があるの?」

「ないけど、話を聞くより楽しいもん」

「私の話は意義があって楽しいとしたら?」

「じゃあ聞いてみよう」

 

 諦めた。

 ここまでしつこく、あのめんどくさがりなお姉ちゃんが引き止めるなんて珍しい。その珍しさに免じて話を聞くとしよう。

 けどこれから何の話をするのかな?

 

「ねえこいし。どうしてあんたはそんなに自分を追い込んでるの?」

「…………追い込んでる? 何のことかな?」

「それ楽しいの? 私にはどうしても――――あんたが苦しんでるようにしか見えない」

「そんなことないよ。私は楽しい、何時だってどんな時だって楽しいよ。だから笑ってるの」

「逆よ。楽しい気分にするために笑ってる。心が読めたころを思い出せる? それとも嫌? どっちだっていいけど。誰だって相手に見せているものと本心が一致してなんかいないわ。笑顔で見下し、同情して嘲り、怒って泣いてる。それが人間だけだと思う? 知ってるはずよね」

 

 やめて。

 それ以上言わないで。

 

「妖怪だって同じよ。そりゃ嘘を吐かないことを信条にしてる鬼みたいなのもいるけど、大体はどこかしら作り物。私だってあんただって同じじゃない?」

 

 違う。

 私は違う。

 

「お姉ちゃん。私は無意識だよ? 考えずに喋っちゃうんだから、そんなこと出来ないよ」

「無為式じゃなかったの? まあいいわ。で、あんたにとっての幸せって何?」

「……………………え?」

「知識を与えてくれる存在は? 別に知識じゃなくてもいいか、何かをくれる存在っていうのは誰? どこにいるの?」

「……………………そんなの、いないよ」

「じゃあ不幸の真っ只中ってわけね。ってんなわけあるか。友達でしょ? さっき自分で言ってたじゃない」

「友達は友達だよ。何かをくれるわけじゃない、見返りが欲しくて友達になったんじゃないよ」

「友達がいることで楽しい気分をもらってるじゃない。けど他にもあるわよね?」

 

 わからない。

 お姉ちゃんが何を言っているのか、何を言いたいのか。私がもらってるもの? そんなの一つだってない。第一、私に誰かが何かをくれるわけがない。

 だって私は罪人だから。周りを壊す迷惑な存在だから。

 そんな資格、あるわけがない。

 だって、だってだってだって!

 私は無為式だから――――!

 

「――――オーケー、十分よこいし」

 

 お姉ちゃんが、私の頭を優しく撫でてくれた。

 壊れそうなものに触るみたいに、丁寧に。親が子にするみたいな、暖かさで。私を撫でてくれた。

 お姉ちゃんを見ると、撫でるのと同様に優しい表情を浮かべていた。

 

「ごめんね、こんな方法とって。それと――――頑張ったわね」

「おねえ、ちゃん…………?」

「後もう一つ。バカ」

 

 どういうことだろう。

 何でお姉ちゃんがこんなに優しくしてくれるの? 私は何もしてないのに。

 何でお姉ちゃんは、私の欲しい言葉を言ってくれたの? 私は何も言ってないのに。

 何で?

 

「よくわかったわ。…………そういうこと。さしもの八雲紫も無為式には敵わなかった、か」

「お姉ちゃん? どういうこと? 私にもわかるように教えてよう」

「……………………どうしようかしら」

 

 どうやらお姉ちゃんは説明するかどうかで悩んでいるようだった。

 私のことなんだし、私に知る義務があるとは思うんだけど、それでも何でもズバズバ言うお姉ちゃんが言うのを考えるってことは相当なことなんだろうと思う。私が知らない方が良いことなのかもしれない。

 何だろう、そこまでしなきゃいけないことって。

 けどやっぱり知りたい。

 

「教えて」

「無為式についてもね、もう聞いてたわ。八雲紫からね」

「知ってて聞いたの?」

「あんたの無為式を聞いたの。彼女から聞いたのはもうちょっと違ったわ。なるようにならない最悪、そう言ってたわ。狂わされるというよりは、動かされる、壇上に上がらされるって」

「……………………」

「どっちかが間違ってる、何て言うつもりはないわ。あんたにしても彼女にしても自分の考えを言ってるだけだもの。まあ、それはどうでもいいんだけど。で、どう思う?」

「無為式の認識の違いについて? なるほど、そう思ったよ。そっちでも、間違いじゃなさそう」

「じゃああんたのは?」

「間違いなんかじゃない」

 

 いーちゃんがそう言ってたから、間違ってるわけがない。

 そうだよね? いーちゃん。

 

「八雲紫が危惧してるのは物語なのよ。登場人物にさせられる、物語が作られる。ただし見切り発車のね。…………物語っていうのは、山あり谷ありが基本よね。何もない日常を淡々と描くだけなんてつまらない。だから事件があったりするわよね。その事件に何もない日常の登場人物を投げ込むようなもの、それが無為式なんですって」

「事件を起こす、舞台装置ってわけ?」

「イグザクトリィ、その通りよ。だから危険視している。あんたが無為式だっていうんなら、あんたは数々の事件を起こす、悲劇を招く。…………あんたを殺そうとしたんですって? 謝罪してきたわ。殴ったけど」

 

 お姉ちゃんが人を殴るところ、想像できないんだけど。

 

「変人誘引体質、というよりは凡人変質体質かしら。どっちも当てはまるのかもしれないけど…………とにかく、無為式っていうのはそういうものらしいわ」

「私のだって無為式だよ」

「何も変わらない、ねえ。まさかと思うけど、こいし。あんたはどんなことにでも意味があるとか思ってるわけ?」

「思ってる。無駄なことなんて、ない。だって何かあると思って行動するんでしょ? それなのに何もないわけないよ」

「残念ながらそんなことがあるのよ。そもそも意味のある行動なんてほとんどないわ。理由があって結果があっても、意味なんてどこにもないわ」

 

 意味がない? 結果があるのに?

 その結果こそが行動の意味なんじゃないの?

 何を、言いたいの?

 

「何から見て、というのもあるわよね。一つの角度からしか見ないなんて滑稽もいいところ。あんたの人里の事件、何もなかったって言ったわね?」

「うん。誰も何も感じない結末だよ。何も得られてない」

「私の話、ちゃんと聞いてた? まったく、学習しないんだから」

「聞いてたよ。けど何の関係が?」

「もっと簡単に考えなさい。事件を起こした、解決した。ほら、ここまででもう意味が生まれてるじゃない」

「…………さっき意味なんてないって言ったばかりじゃない」

「見る角度の話。意味のないことはあるわ。けど全く意味のないことなんてない。人里の人間達からしたら、どうかしら? 何を思う?」

「うーん。物騒だ、とか?」

「それでもいいわ。そこから何かを学ぶわ。恐怖、とかね」

「それはそうだけど」

 

 何か納得いかない。

 確かにそうだけど…………だけど。

 

「あんたが言いたいこともわかるわ。学んでいても、自覚がないってことね」

「いやそうじゃないけど」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとわかってるって」

「わかってないよね?」

「自覚がない学習なんて、ただの無意識。それがどういうことかはあんたが一番よく知ってるもの。ちゃんと覚えているけど、意識下でその知識が出てこない」

「じゃあ、結局のところ無意味?」

「…………前言撤回、あんたもわかってないじゃない。意識下で、よ。無意識に反応することになるわ。防衛本能とか、トラウマなんかもそう」

「ふうん」

 

 お姉ちゃんはそこで「ふう」と一息吐いた。

 更に続けて「疲れた」と小声で言ったのを私は聞き逃さなかった。喋るだけでこんなに疲れるものなの?

 何はともあれ、私はここまでのお姉ちゃんの話をまとめてみる。

 お姉ちゃんが言ってたのは…………えーと、話が前後したりいろんなところに行くからわかりにくいけど、私の無為式の否定、かな。八雲紫の言っていたことを引用したり、意味のないことなんて存在しない、なんて言ったり。それからあれだ、幸せにしてくれる存在は何だっていい、みたいな話だっけ。誰かを利用して楽しようとするお姉ちゃんらしい話だけど…………それが私とどう関係するんだろう。

 あ、忘れちゃいけなかった。物の見方、だね。これはお姉ちゃんがよく言うことなんだけど、改めて考えてみよう。これらから、お姉ちゃんが何を言いたいのか。

 わからないからいいや。

 

「また思考放棄して。全部私から言わなくちゃいけない?」

「そう言われても…………わかんないし」

「自分で考えることを知りなさい。ま、ヒントだけはあげる。あんたが戯言遣いさんと一緒にいて何をもらったのか、何を感じたのか」

「いーちゃんといて? 楽しかったよ。すっごく」

「それだけ?」

「……………………んー」

 

 それだけだよ。

 それ以外に何も感じてない。

 はず。

 

「何であんたはそんなに嘘を吐くようになったの? 自分にも他人にも。どうしてそんなに戯言塗れなの? どうして――――そんなに変わったの?」

「変わったかな」

「見違えるくらいに。フランドール・スカーレットと仲良くなるなんて、昔のあんたじゃありえなかった」

「そうかな。無意識に動くから、何でもあり得るんじゃない?」

「さっきもちょっと言ったけど、無意識には防衛本能っていうのがある。あんな狂った存在、知らずのうちに誰もが避けるわ。狂気がまるで隠れてないもの。あれに本心から付き合えるのは、精々が姉のレミリア・スカーレットくらいじゃないの?」

「けど私はフランの友達よ」

「何で友達になれたと思う?」

「何でって――――」

 

 仲が良いから、とかそんな理由を求めてるわけじゃないんだろうな。

 とはいってもフランと知り合うきっかけなんて私が無意識に歩いてたら偶然出会ったってことだし、友達になったのも、何というか、流れでそうなっただけだし、私が特に何かしたというわけでもないよね? 不可抗力、なんて言うと嫌々みたいに聞こえるけど、そんな感じだ。嬉々とする不可抗力かな。

 何で。曖昧すぎて何て答えればいいのかわからない。

 

「よく、わかんないよ」

「じゃあ考えてみましょうか。もし、戯言遣いさんならどうしてたと思う?」

「何でいーちゃんが」

「あんたの好きな人ならどうするか。私も物書きだからね、そういうこと考えちゃうのよ。で、どうしてたと思う? あんたの巻き込まれた状況を戯言使いさんだったらどう切り抜ける?」

 

 いーちゃん。

 曖昧主義で嘘吐きな私の好きな人。あの決して自分を許さなかったいーちゃんならどうしていたのか。

 目の前に自分を簡単に殺せる存在がいる時、何をするんだろう。

 

「…………少なくとも、フランを壊したりはしないだろうね」

「それで?」

「あと、死を選ぶこともしない」

「それで?」

「私と同じじゃないかな? 私はいーちゃんじゃないから確信できないけどさ」

「友達になる、ってこと?」

「平和的に解決するってこと」

 

 だよね、いーちゃん?

 

「もしかして、あんたは戯言遣いさんならこうする、と思って行動したの?」

「まさか。たまたまだよ」

「へえ。…………ううん、どうしよう」

 

 何がだろう。

 私は首をかしげるも、だからといって答えが返ってくるわけもなく、お姉ちゃんは頭を悩ませている。赤ん坊に歩き方を教える方法を考えているかのような、当たり前すぎて教え方がわからない、そんな顔をしてる。

 あれ、これじゃ私が赤ん坊になっちゃう。いやお姉ちゃんからしたらそんな感じなのかもしれないけど…………だからこそはっきりと言ってほしい。私は心が読めるわけじゃないんだから、言ってもらわなきゃわからない。

 

「お姉ちゃん。言いたいことがあるんだったらちゃんと教えて。私には、心は読めないから」

「…………パラノイアはわかる?」

「被害妄想とかそういうのだよね」

「偏執病。間違ってはいないけどね。あと、ロールシャッハって聞いたことある?」

「ええと、適当な模様を見て、それが何に見えるかっていう心理テスト?」

「そう。どっちも物の見方よね。パラノイアは偏ったもの、ロールシャッハは――――見たいもの」

「……………………うん」

「戯言遣いさんに何を見ていたのか。あんたはこの二つで見ていた」

 

 いーちゃんを見て。

 パラノイアを感じ、ロールシャッハテストの如き自己の心象を見ていた? お姉ちゃんはそう言いたい、のだろうか。

 私が歪んだ形でいーちゃんを見ていた、と言いたいのだろうか。

 違う。

 違う。

 違う!

 

「私はちゃんといーちゃんを見て、いーちゃんの話を聞いて、いーちゃんを知ったの! 何も知らないのに、お姉ちゃんが口出ししないで!」

「知ってるわよ。直接見なくてもわかる。…………だって、そこにあるんですもの」

 

 お姉ちゃんが指差したのは、私自身。

 私の胸の辺り。

 

「無意識――――崩れてきてるわよ?」

「っ! 心を読んだの?」

 

 お姉ちゃんを睨み付けるも、そんな視線はまるでそよ風のように何の効果もなく吹き抜けていく。

 淡々と話を続ける。

 

「見えるんだもん。私のせいにしないでほしいわね」

「何で…………どうして…………」

「私は探偵殺しじゃないし、推理を始めましょうか。答え合わせって感じだけど」

 

 お姉ちゃんはいつも私と話す時と何ら変わりない平坦な声で、それでいて私を叱る付けるような厳しい口調でその推理とやらを開始した。

 

「まずこいしは戯言遣いさんが好きだったんでしょ? ちなみに何時の時点で?」

「……………………わかんないよ」

「じゃあ教えてあげる。最初に会った時から。というか、一目見た時から好きになったから近づいたんでしょうに」

「知らないよ。だって、無意識だったから――――」

「無意識の行動っていうのはね、やりたいことを抑えつけられなかった時とか、あるいは習慣になっていることとか、そういうのを実行するの。この場合は前者ね。ま、無意識だったんだからそもそも抑えつけるなんて発想も出なかったんでしょうけど」

 

 …………そう、なのかな。

 私はわからない。

 

「この時にも無為式の影響はあったんでしょうね。舞台に上がらされている。…………想いがあると無為式は強くなる、そんなことを言ってたわね。それもあった。戯言遣いさんはなんだかんだであんたに何かを想ってた」

「何かって…………」

「ただの傷の舐め愛よ。空っぽだったあんたに何かを感じたんでしょ。羨ましかったのかもね」

「……………………」

「ちなみに戯言遣いさんのことは八雲紫から洗いざらい聞いてるわ。それこそこいしが知らないような、彼の過去のことも」

 

 いーちゃんの、過去。

 そういえばいーちゃんの昔のこと、何も聞いてなかった。

 何だか悔しい。

 けど今はそんなことより、もっと知りたいことがある。

 

「私が羨ましかった? どうして?」

「あんたも知っての通り、彼は自分の全てに罪悪感を持っていた。以前はそれを全て投げ捨ててしまおうなんて思ったこともあるみたいね。それを体現した存在が目の前にいる。何も背負っていない、まっさらの存在。それそれは、綺麗に見えたことでしょうね」

「…………けどいーちゃんは、私の持ってなかったものをたくさん持ってた。帰る場所もあるし、待っててくれる人もいる。いーちゃんは否定するだろうけど、皆に愛されてた」

「互いに羨ましがってた、なんてよくあることよ。何せお互いに自己否定がすごいもの。ねえ、自己否定のやり方って気づいてる?」

「やり方?」

 

 何も意識してなかった。

 ただ自分が悪い、自分が低い、自分が弱い。それだけのことじゃないの?

 

「生き物は誰しも比較することで生きてるわ。幸せだってそう。零崎さんとの話のあれ、あれだって以前の幸せと比較してしまってるからどんどんハードルが高くなってくんでしょ? その比較は他にもあらゆることに適応されるわ。で、自己否定っていうのもそれよ。一番やりやすいのは成功した自分と失敗した自分の比較、それから他人と自分の比較かしら」

 

 ――――私がいーちゃんを羨んだのは、私と比較して、私の持っていないものを持っていたから。

 ――――いーちゃんが私を羨んだのは、自分と比較して、欲しかったものを持っていたから。

 私が自分を否定したのは? 私が自己を捨てたのは?

 何と比較したんだっけ?

 

「そんな絶対的とも言える共通点がありながら、持ってるものは正反対。戯言遣いさんには魅力的に見えたんでしょうね。自分と同じはずなのに、自分じゃない。同じ存在なのに全然違うものが見えてるのよ。詩的な表現するなら、陽と陰ね」

 

 私といーちゃんの関係。

 見えてる部分と、見えない部分。

 同じものから生まれて正反対に存在する同一。

 私が陽でいーちゃんが陰、いーちゃんが陽で私が陰。

 反転でも鏡でも半身でもない。

 陽と陰。

 

「自己否定のコツを一つ、それは相手の悪いところを見ないことよ。見えてしまってもそれすら良いものに変える。そして相手はただの良い奴よ。見下してる自分と比較すれば、そりゃ相手が上で自分が下になるのも必然ね。互いにこれをやってたなんて言ったら、いっそ笑えてくるわね」

「……………………笑えないよ」

「笑った方が気持ちがいいわよ。で、あんたは戯言遣いさんの弱いところを見ようとしなかった。あんたが理解した――――つもりでいたのは、ただ自分と同じなのに凄いっていうそれだけよ。それがあんたのロールシャッハ」

「……………………」

「ちなみに私が戯言遣いさんを見れば確実に違う感想が出るでしょうね。話に聞いただけだと…………そうね、最高に不愉快、かしら」

 

 私がいーちゃんをそんな風に見ていた?

 違う、違う。お姉ちゃんはいーちゃんに会ったことがないからそんなこと言えるんだ。いーちゃんは本当に――――本当に。

 …………何だろう?

 

「あんたは戯言遣いさんに抱いていた感情は尊敬、愛情、恋慕。そして他人に対して、優越感があった」

「優越…………?」

「敬愛してる相手と自分が、本質的には同じだと本能的に気付いていたんでしょう? あくまでも本質だけで外面は全くの別物なのだけど、とにかく自分と戯言遣いさんは同じであることをある意味誇りに思っていた。この辺りがパラノイア、偏執病ね。自分を特別な存在と見て疑わない」

「……………………」

「それはいつしか、戯言遣いさんになることへとすり替わっていった。もっと彼に近づきたい、もっと彼になりたい。そうすれば彼と同じ幸せを得られる、なんて勘違いからね」

「…………勘違い、じゃないよ」

 

 だって。

 右足と左足を交互に前に出せば誰だって前に進める。同じことすれば同じ結果がある。私といーちゃんは一緒だから、同じことすれば私もいーちゃんの幸せがある。

 何もおかしなことはない。

 私じゃない人がいーちゃんの真似をしてもいーちゃんになれないけど、私はいーちゃんだから。

 幸せになれるはずなんだ。

 

「無為式もそういうことよ。全部あんたの勘違い。それを加速させたのは八雲紫を始めとする周りの環境。ま、何よりもすれ違いが問題だったわね。あんたの無為式、八雲紫の無為式。そして何より――――あんたをそうさせた戯言遣いさんの無為式。ほんと最悪」

 

 …………じゃあ、こういうこと?

 全部私の勘違いってこと?

 違う、そんなの絶対に違う。

 違う。

 違う。

 

「認めたくないのはわかるわ。勘違いから生まれたこんな結果だけど、確かに価値はあったもの。あんたにとっては生きる意義だし、私にとっても大切な意味があった」

「…………お姉ちゃんにとって?」

「ええ。だって、あんたがようやく前に進んでくれたんだから。無意識の殻を破ってね」

「……………………」

「言ったでしょ? 意味のないことはあるけど、全く意味のないことなんてないって」

 

 確かにお姉ちゃんにとっては良かったのかもしれない。

 けど私にとっては? 私にとってこれは価値のあることだったの?

 認めたくない、認めたくない!

 

「認めなさい。まず第一に、あんたは無為式なんかじゃない。第二、戯言遣いさんにはなれない」

「じゃあ! じゃあ、私は何なの? ただのいーちゃんの陰? いーちゃんの悪いところ? 何にもなれないままなの? 変われないの?」

「三つめはあんたはあんた、古明地こいしだということ。はい、復唱」

「…………わかんないよ。なら、私はどうしたらいいの? 無意識でなくちゃいけないのかな」

「それは違うでしょうね。戯言遣いさんから学んだ幸せって何だったの?」

 

 いーちゃんから教えてもらったこと。

 いーちゃんが感じてた幸せ。

 いーちゃんの思う幸福。

 そうだ、いーちゃんが言ってくれたじゃないか。私に大事なことを。

 光があるって。光で照らしてくれるって。

 

 私を陰なんかでいさせないって。

 

 あの時はよくわからなかった。ただいーちゃんが私を想ってくれてる、それだけ感じてた。…………少し違うか。私はわかろうとしなかったんだ。本当は知ってたけど、理解しようとしなかった。

 だっていーちゃんは、私を否定しようとしていたから。無意識の私を否定し、同時に無為式であろうとする私を咎めた。そんないーちゃんから目を逸らしたかった。言葉の意味を無視して、想いだけを見ていた。他ならぬ私だけのために。独りよがりな私のために。

 

「ありがとうお姉ちゃん。いーちゃんと向き合わせてくれて」

「私は何もしてないわ。あんたが思い出しただけでしょ?」

「そういうことにしてあげる。…………けど、やっぱりダメだ」

 

 言いたいことはわかった。いーちゃんが伝えたいこと、お姉ちゃんが教えたいこと、それはわかった。けど理解と実践は別物だ。頭で理解出来ても心が納得しない。やっぱり私は自分の思いが正しいと信じ込んでる。私の選んだことが正解だと、思い込んじゃってる。

 やっぱり私って、弱いのかな。いーちゃんみたいになれないのかな。

 

「ほら、言ったそばから戯言遣いさんになろうとしてる」

「…………むぅ。そういうことじゃなくて、こう、切り替えが出来ないってことだよ。いーちゃんになるんじゃなくて、いーちゃんみたいに上手く出来ないってことで――――」

「同じことよ。私に見えてるんだから、あんたも思い出してるでしょ? 目を逸らしてるだけで」

「え? 何のこと?」

 

 これ以上思い出すことがあっただろうか。

 はて、何を話してたかな?

 お姉ちゃんにジト目で睨まれてしまったので何とか記憶を辿る。

 他に言われてたこと……………………ダメだ。何か変なこと思い出した。いーちゃんが酒に呑まれてたこととか。

 

「それは忘れておきなさい。どうでもいいから。…………あのね、理解と愛情は別物なのよ」

「――――――――あ」

 

 聞いた。

 その言葉、確かにいーちゃんから聞いた。

 けど、それが何だっていうんだ。わからないものでも愛せる、そんなのは私も百も承知って奴だ。そうじゃないと、私はいーちゃんを愛せない。

 誰も好きになれない。

 

「何だ、やっぱりわかってるじゃない。いや微妙にわかってないのか。あんたを相手にこの言葉を使った意味を考えてみなさい」

「意味? 言葉の意味じゃなくて、言葉を使った意味?」

 

 こくり、とお姉ちゃんは頷く。

 私相手に…………かあ。多分、わからないものっていうのは私から見た人間のことだよね。つまり、私は誰でも愛することが出来るってこと? 愛する資格、とかそういうことの話? それこそ私には関係ないような気がするんだけどなあ。自己否定で形成されてる私の人格は、そもそも人を嫌うことなんて出来ない。好きになるしかないんだけど。じゃあ、これはハズレ?

 他に考えるとすると、あれだ。わからないものが私であるとするならば。つまりいーちゃんを始めとする周りの視点というわけだ。

 ……………………私を愛してくれる? 私を知らなくても、心の底がどれだけ汚れていようと手が血に塗れていようと、好きでいてくれるってこと? え、何の冗談?

 

「むしろ戯言遣いさんはそっちの意味で言ったんだと思うけどね…………」

 

 呆れたようなお姉ちゃんの声は無視して、そういうことなの? うわー、いーちゃん浮気者。私は知らないうちに告白されていたのか。ここでオッケーしとけばいーちゃんゲットできたじゃん。おしいことしたなー。

 

「おーい。そろそろ帰ってこーい」

「ああ、はいはい。しょうがないなあ」

「まったく、すぐ妄想の世界にダイブする」

「お姉ちゃんに言われたくない」

「作家だもの」

「自称ね」

 

 軽く冗談を言い合った後、私は改めてお姉ちゃんに聞く。

 

「私のこと、愛してる?」

「当たり前じゃない。あんたは私が…………その、嫌いじゃ、ない?」

「そんなわけないよ。大好きだよ」

「そ、そう」

「で、だよ? アイって何だろう」

 

 お姉ちゃんが私を愛してるっていうんなら、知ってるはずだ。私はアイがわからない。人を好きになって、お姉ちゃんに好きでいてもらえて――――でもアイがわからない。多分、ドキドキするような心は恋なんだと思う。じゃあアイって?

 

「あんた…………はあ。何でもない。この戯言遣い…………もとい、戯言使い」

「何のこと?」

「嘘吐きってこと」

「優しい嘘だよ」

「そうらしいけどね」

 

 あれはいーちゃんを救うための戯言だから、ノーカウント。アイを教えてほしい。

 私は他人に何を想って、皆は私に何を想っているのか。

 

「知らない」

 

 だと思ったけどさ。

 

「愛っていうのは…………言葉で言い表せない感情、じゃない?」

「言い表せない? モヤモヤとか?」

「そうそう。例えばそんなのね。自分でわからないものをとりあえず愛と形容してみた、っていうのは?」

 

 流石に違う気がする。

 何をやってもダメな相手に抱く感情は間違いなく怒り。怒りを知らなくてモヤモヤしてる人だって、それがプラスの感情だとは絶対に思わないだろう。

 あくまでもアイはプラスの感情、もしくはそうあるべきだと思う。

 

「――――私が前に見たサイコパスの話、しましょうか」

「サイコパスっていうのは、狂った人のことだったね」

「ええ。その男――――ああ、男性の人ね? そいつは殺人鬼だったの。通り魔的に相手を選ばずに殺戮を繰り返したわ。その数、七人」

「…………怖いね」

「思ってもないことを。まあいいけど。この時点で十分に頭のおかしい奴なんだけど、それ以上に狂ったところが一つ。その男は相手を殺す時に必ずすることがあったわ」

「勿体ぶらないでよ」

 

 聞き飽きる。

 

「それは謝るわ。で、そのすることっていうのはね――――殺した後に死体で遊んでたのよ」

「…………というと?」

「例えば指を全部切り落として、口にの中に詰めたりとか。あ、死体の指を、死体の口によ。他には死体二つを持ってきて裸で抱き合わせたりね」

「うわあ」

 

 素直に引いた。

 まともな神経してたらとても出来ないようなことばかりだ。…………あ、フランならやってるかも。死体使って人形作ってたくらいだし。うーん…………友達をサイコパス呼ばわりはしたくないなあ。

 

「フランドール、やばいわね。ところであんたがエントランスに飾ってた死体の写真が残ってるんだけど」

「それはそれ。昔は昔で今は今だよ」

「はいはい。さて、サイコパスっていうのは狂人のことで間違いはないけど、行動的なことじゃなくて主に思想的なことが問題なのよね、こいつは」

「行動もおかしいんだけど…………」

「狂った目的があってこんなことをする奴、意味なくこんなことをする奴。どっちが怖い?」

「目的による」

「死体を愛してるから」

 

 ……………………。

 は?

 

「愛してるから、特別なことをしてあげたかった。そんなことを考えてたわよ、そいつ」

「……………………」

「新しいことを経験することはワクワクすること、だからそれをさせてやった。これが前者の事件ね。後者は人間誰しも性欲があるから、それを解消させてやったんですって。これで最初の話に戻るわ。こういう歪んだ愛の形も確かにあるのよ。本人はこれがプラスのことと信じてたみたいだけどね」

「……………………アイって何なんだろうね?」

「今の例を見ると正当性なのかもね。自分の気持ちに名前を付けて、行動を正当化させる。それが愛なのかも」

「そういうものかあ」

 

 何というか、救いのない話だ。

 私が思い描いてたのはもっと、華やかで綺麗な感情。キラキラしてワクワクするような…………ああもう、上手く言葉に出来ない。

 

「言葉に出来なくても私にはわかるけど。けど、それでいいんじゃない?」

「どういうこと?」

 

 それでいい、とは言葉にしなくてもいいということだろうか。

 けどそれじゃ相手に伝わらないんじゃない?

 

「言葉だけが伝える方法じゃないわ。例えば男女が抱き合ってたら、傍目には愛し合ってるように見えるでしょう?」

「あー。わからないでもない」

「それにわざわざ伝える必要があるかどうかも考え物だしね」

「それはダメなんじゃないの? 片思いってやつじゃない」

「いいのよ。どうせ誰もが自己満足のために生きてるんだもの。勝手に恋して頭の中で愛してりゃ満足するでしょ」

 

 自己満足、ねえ。

 普段はそれでいいのかもしれないけど、アイは何だか違う気がする。相手に伝えて、解りあって…………みたいなイメージ。

 あ、そっかそっか。そういうことかも。

 

「アイって独りじゃできないよね?」

「自己愛もあるわ」

「ううん。結果的には一人になると思うけど、独りで生まれる感情じゃない」

「…………そうね。あんたの言う通り。じゃあ、そこから考えられる愛って?」

 

 それがわからない。

 繋がりがあってアイがある。けどアイが何なのか…………うーん。

 ……………………いや、そんな難しく考えなくてもいいんだ。もっと単純だったのかもしれない。お姉ちゃんに言わせれば違うのかもしれない。けど、私はこの結論に辿り着いた。

 

「どんな結論?」

「見えてるくせに」

「あんたの口から聞きたいのよ」

 

 私の口から、か。

 お姉ちゃんからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 真っ当な覚妖怪であるお姉ちゃんは、相手の言いたいこと、伝えたいことが全て見えている。本来なら会話なんてする必要がない。けど今、私の口から言葉が聞きたいと言った。

 その意味することがよくわからないけど、何となく、嬉しくなった。

 

「愛って、絆とか繋がりとか、そういうものだと思う」

「私の例からそれを感じられる?」

「もちろん。どれだけ歪んだ形だろうと、表現が間違っていようと、一方的だろうと、確かな絆があったはずだよ。私はその男の愛を、否定しない」

「それはキラキラしたものだった? 幸せになれるものだった?」

「お姉ちゃんが言ったんじゃない。視点を変えろってね」

「人それぞれの幸せ、それぞれの愛ってわけね。…………ふふっ。いいんじゃない? そういう愛も」

 

 む。

 何だかお姉ちゃんに心理的優位に立たれてるような気がする。なーんか気に入らない。

 お姉ちゃんのくせに。

 

「むしろ年上のあるべき姿な気がするけど、まあいいわ。繋がりが愛、絆が幸福か。…………それならするべきことも、わかるんじゃない?」

「わかってる。…………まずは皆と真っ正面から向き合うよ。無意識に隠れず、無為式に逃げない、ありのままの古明地こいしで」

「……………………無理はしないでね? あんたは頑張りすぎるところがあるから」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんもいてくれてるし」

「ええ――――存分に頼りなさい」

 

 不思議だ。

 お姉ちゃんがすっごく頼りになるように見える。

 

「当たり前じゃない。私の自慢の妹の姉よ?」

「嬉しいこと言ってくれるね。…………ありがとう」

「どういたしまして。さて、それじゃ早速、あんたにはすることをやってもらいましょうか…………ねえ? 皆さん?」

 

 え? 皆さん?

 私の疑問に答えるかのように、部屋の扉が開いた。

 そこに立っていたのはこころちゃん、フラン、ぬえっち。…………たまたま偶然、ここの前を通りかかったわけじゃなさそうだ。

 つまり?

 

「えーと…………全部、聞いてた?」

 

 私の質問に答えたのはこころちゃんだった。

 お面が何だか申し訳なさそうな表情を見せている。謝罪の感情?

 

「途中からです。自作小説の辺りからです」

「ちょ、そっからだったの!? すぐに忘れなさい!」

 

 お姉ちゃんがすごく動揺していた。まあ確かにあれはお姉ちゃんの黒歴史の一ページ…………いや三ページぐらい埋め尽くしてるかな? だから動揺もするよね。

 この反応を見るに、これは最初から仕組まれてたとかそういうわけじゃなさそうだ。三人は興味本位で盗み聞きしに来て、お姉ちゃんが途中でこれに気付いた、とかそういうことみたい。私だけが何にも気づかなかったっていうのはちょっと悔しいけどさ。

 私はチラッとフランを見る。盗み聞きしたことに申し訳なく思ってるようで顔を伏せているが、目が笑ってる。楽しんでいるのだろう、この状況を。それを確認できて、私はホッとした。何だかんだ言ってもフランは圧倒的に経験がない。お姉ちゃんの話にあった知識を得る幸せを噛み締めているんだろう。

 ああ、良かった。

 私も笑みがこぼれる。無意識にこぼれた、自然な笑みが。

 

「こころちゃん。フラン。ぬえっち」

 

 私は三人の名前を呼ぶ。

 三人が私の方を見て、次の言葉を黙って待っているのを確認して、

 

「好きだよ。愛してる。これからも一緒に、いてくれる?」

「――――もちろん」

 

 三人が声を揃えて応えてくれた。

 ああ、涙が出そうだ。

 いやきっともう流れているんだろう。ぬえっちが慌てて駆け寄ってくれる。フランが声をかけてくれる。こころちゃんがハンカチを差し出してくれる。お姉ちゃんが優しく見守っててくれる。

 皆と繋がれていることに、私はこの上ない幸せを感じてる。

 

「ありがとう!」

 

 感謝の言葉しか、出てこない。

 それ以上何かを言おうとしても、涙と嗚咽が邪魔して何も言えない。

 皆、本当に、ありがとう…………!

 

「――――さて。いつまでもこうしてるわけにもいきませんし、場所を変えましょうか。そろそろお腹でも空きませんか? あなた方が良ければ、私が料理を振る舞いますけど」

 

 お姉ちゃんの提案に皆がこぞって賛成する。私としてもこのままは確かに幸せではあるけど、そろそろ気恥ずかしくなってきたところだ。それがわかっててお姉ちゃんも言ってくれたんだろうけど。

 ありがとう。

 

「良いのよ、こいし。あんたは皆さんを案内してあげて?」

「…………はーい!」

 

 涙声にはなってしまったが、ちゃんと元気な私で応えられた。

 今は、それで満足。

 部屋から出て、私はこころちゃん、フランと手を繋いで、ぬえっちは取りあえず触手で手を繋ぐ。複雑そうな顔してたけど、まあ仕方ない。私の手は二つしかない。

 あとフラン、そっちの手はガブガブされて痛いから、あまり強く握らないでほしかったり?

 

「それじゃお姉ちゃん、また後で――――」

 

 突然の浮遊感。

 足場がなくなるこの不安感。何となく何が起きたのか察したけど、認めたくなくて足元に目をやる。

 スキマだ。

 私だけじゃなくて、この場にいる全員、つまりは私とお姉ちゃんとこころちゃんとフランとぬえっちを飲み込むようにそのスキマは口を開けていた。

 

「え、ちょ、これはどういう――――」

 

 こころちゃんの疑問に答えることもなく、私達はスキマの中に落ちていく。

 落ちて、堕ちて、墜ちて――――というほどでもなくあっさりとどこかの場所に落とされた。

 …………森の中? どこか見覚えのあるような、ないような。

 

「あっつ! 太陽が、直射日光がぁ!」

 

 悲鳴に顔を向ければフランの右手が徐々に灰になっていた…………ってヤバい!

 とりあえず偶然そこに転がってた日傘をさしてあげる。いやー、偶然こんなのがあって良かった良かった。

 

「あー助かった。ありがとね、こいし」

「どういたしまして」

 

 さて、危機を脱したところで改めて、ここはどこだろう。

 それと八雲紫は私達に何をしたいのかも考えなきゃいけない。傘は間違いなく彼女が用意したものだろうし、何かをさせたいのはほぼ間違いない。

 疑問は二つ。ここはどこなのか、八雲紫の目的は?

 私は何となくお姉ちゃんの方を向く。

 

「私に聞かれても知らないわよ。ここがどこなのかもね」

「引きこもりだもんね。皆はわかる?」

「…………んー、森の中ってことぐらい?」

「さあ。そもそも私はあんまり遠出しないしね」

 

 ぬえっち、こころちゃんが返してくれた答え、どちらも不明ということだった。

 ただ一人、答えなかったフランに改めて聞くことにする。何となく彼女はわかってる気がする。

 だってそうじゃないと、物語が進まないもの。

 狐面の男の、運命論。信じるつもりはないけど今は藁にでも縋っておきたい。

 フランは身体が再生したのを確認し、

 

「ここ? 多分紅魔館の近くの森じゃない?」

 

 とあっさり答えてくれた。

 ……………………。

 マジっすか、狐さん。

 

「紅魔館の近くってことは、フランの庭みたいなものじゃない。とりあえず紅魔館行っとく?」

「ぬえっち…………簡単に言ってくれるけど、この辺りの森って広いのよ? 私も最近外に出るようになったばかりだし…………」

 

 フランの心配ももっともだ。けど今はフランのぼんやりした記憶を頼りにするしかない。

 ん? 記憶?

 

「はいはい。わかった、私が記憶を読んでいけばいいんでしょ」

 

 流石はお姉ちゃん。物わかりが良くてホントに助かる。

 大好きだよ!

 

「このタイミングでそれを言われてもね…………いや、言ってはないか」

 

 それからはお姉ちゃんがフランにいくつか質問をしながら、記憶を読み取って進んでいく。完全に物事を忘れ去ることなんて出来ない、だからこそお姉ちゃんが地底の実質的な頂点にいるわけだし、私だって色んな死地を潜り抜けられた。構造の欠陥、というわけではないだろうけど、こうも利用され続けてると何だかなーと思ってしまう。

 私達は景色が変わってるのかどうかもわからない森の中を進んでいく。どうやら進むにつれフランも記憶を取り戻しているようで、最初はゆっくり進んでいたのが今やフランが先導して足早に進むようになっている。お姉ちゃんも確認のためにしっかりと能力を使っているし、大丈夫だろう。

 否、大丈夫だった。ここまでは。

 木々の隙間を縫って進み、たくさんの葉で太陽が遮られていた(吸血鬼を弱らせるぐらいにはあった)太陽の光が段々とその明かりを増していく。つまりは木々が減っているということで、つまりは森の終わりが近いということ。

 私達は意気揚々と森を抜けようとしたところで、異変が起きた。もとい、起こっているのを知った。

 紅魔館はとても大きな館だ。しかも紅く、空を飛んでいてもそれがはっきりと目視できる。私の中では幻想郷トップ3にはいる目立つ建物だ。

 だからこそこんな遠目でもその異常を知ることが出来た。

 

 紅魔館が倒壊していた。

 

 原形を留めているものは何一つなく、徹底的なまでに破壊されつくされている。フランの破壊の能力を使ったのかと思ってしまうぐらいに。もちろんそんなことはありえないとわかってはいるけど。

 誰もが呆然としてしまう中、最初に動いたのは当然というべきかフランだった。目にも止まらぬ速度で一気に紅魔館だったものに駆け寄る。

 次に動いたのは私だった。フランが紅魔館の住民の心配をするのもわかる、だがあの紅魔館が倒壊しているのだ、これは自然災害なんかじゃない。何者かが作為的にやったことは明白だ。そんな場所にフランを一人で行かせるわけにはいかない。

 すぐに全速力で追ったが、まったく追いつけず、フランの後に続く形で紅魔館跡地に到着。更に遅れて皆もついてくるのがわかる。

 先に着いたフラン、そして私。私達はというと――――動けずにいた。

 目の前に物凄いプレッシャーを放っている一人の女性が座っていたからだ。倒壊した紅魔館の一番高い位置の瓦礫に優雅に座っている。

 第一印象はとてつもない威圧感だった。私じゃ及ばない、そんなオーラとでもいうべきものを全身にまとっている。そして次に思ったのが――――何て赤いんだ。

 服が上下ともに赤に染め上げられ、髪まで赤い。何が彼女をそこまでさせているのかはわからないが、とにかく赤一色。

 そんな赤色の指し示すものはおおよそ、危険だとか情熱的だとか、それから――――

 強さの象徴。

 最強の証明。

 その赤色は私達の姿を確認すると、

 

 シニカルな笑みを浮かべて、立ち上がった。




後書きから読む人ってたくさんいると思いますけど、それは書籍であってこういうサイトではやらないと思うのでネタバレいきまーす。

次回「VS哀川潤」。人類最強にしたほうがいいのかな? けどこれまで名前で統一してるしな…………考えとこ。
次回予告続き。
人類最強と相対するはEXボス×3とラスボス、あと4面ボス。それぞれの能力をフル活用しながら連携して戦いに挑むも、人類最強の反則染みたスペックの前にあと一歩及ばない、そんな戦いが続く。
果たしてどうなってしまうのか! 私も知らん!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS哀川潤

赤き制裁、死色の真紅、疾風怒濤、砂漠の鷹、仙人殺し、一騎当千――――

人類最強の請負人。

哀川潤。


「――――とりあえず挨拶か。初めまして」

 

 気さくにその赤い人は声をかけてきた。

 私はどうしたものだろう、とフランに視線を投げるが、フランはというと臨戦態勢に入ってる。まあこの状況、どこからどうみてもこの人があやしいもんね。紅魔館崩壊事件。

 けどあやしいからといって、喧嘩を吹っかけても勝てる気がしないのは何でだろう。

 ここは相手に合わせるべきか。

 

「どもどもー。初めまして」

「気安く声かけんな」

 

 どうしろというのか。

 私が戸惑っていると、赤い人は何が面白いのかククッと笑いをこぼした。

 

「自己紹介しようぜ。あたしもお前らの名前は知ってるつもりだけど、人違いだったら恥ずかしいし。…………まずあたしからだな。

 

 あたしは哀川潤だ。

 

 哀しい川が潤うって書く。かっけえだろ?」

 

 ……………………。

 ……………………哀川、潤?

 哀川潤!?

 それっていーちゃんが言ってた、あの人類最強の請負人って奴じゃ――――。

 

「いーたんから聞いてんのか。あいつも嬉しいことしてくれるじゃねーか。あたしの名を妖怪の国にまで広めてくれるなんて」

 

 あれ、私は何も口にしてないよね?

 ということは――――心が?

 

「わかるんですか? 相手の心」

「読心術はあたしにとって呼吸と同じだ。んなことより、ほれ、名を名乗れ」

「…………古明地こいしです。フランも、ね?」

「フランドール・スカーレット。ねえ、一つ聞いていい?」

「何だ? あたしに答えられることなら何でも答えちゃうぜ?」

「紅魔館を壊したのは誰?」

「あたしだ」

「中の皆は?」

「一人ずつぶん殴ってやった」

 

 やばい気がする。

 私はフランを何とか抑えようと思ったが――――遅かった。

 フランは私が瞬きする間に哀川さんの目の前に移動していた。そして勢いのままに、殴りかかる。

 

「――――そうこなくっちゃな」

 

 が、外れる。私からしたら見えないフランの攻撃は、哀川さんに掠めることもなく空を切る。

 そして空ぶった腕を掴まれ、私のいるところへと投げ返される。

 フランは起き上がると、すぐさま哀川さんの前まで戻ろうとするが、私がそれと止めた。

 

「こいし! 邪魔しないで!」

「…………邪魔はしないよ。ただ、応援が来たから、さ」

 

 私が言い終わると同時に遅れてきた三人が到着した。

 秦こころ、封獣ぬえ、古明地さとり。

 私は戦闘に関しては素人も同然だけど、さっきのだけで一対一じゃ勝てそうにないのはわかる。だから少しでも勝率を上げるために、皆の存在は不可欠だ。

 これで五対一。数の上では圧倒的優位に立ったわけだ。

 

「こいし、これどういう状況?」

 

 こころちゃんが当然ともいえる反応をしてくれた。話を促してくれるとこっちもありがたい。

 …………どういう状況、か。ふむ。

 

「あの赤い人が敵。殺さずに生け捕りにしよう」

「わかった」

 

 お面をいくつか自分の周囲に展開し、両手で薙刀を持つ。

 ぬえっちは無言で頷き、その手に槍を出現させ、構える。

 お姉ちゃんはというと「え、私もやるの?」みたいに目を丸くしていたが、諦めたように戦闘態勢をとる。

 フランはさっきからずっと殺る気満々。

 そして私も覚悟は十分。

 

「――――行くよ」

 

 五人同時に動き出す。

 私とフランが真正面から。右からこころちゃんが、左からぬえっちが。そしてお姉ちゃんが後方から弾幕を張って援護してくれる。…………私達に当てないでね?

 そして私達が動くのを確認してから、哀川さんもまた動き出した。

 直進してきた。

 

「え」

 

 私が疑問を口にする前に、まず吹っ飛ばされた。哀川さんが腕を薙いだだけ、それで私はこの戦場から離された。フランが遅れてそれに反応するも、哀川さんの攻撃の方が早い。蹴りが腹に直撃して、その場に蹲っている。

 そこでようやくお姉ちゃんの弾幕が哀川さんに届く。…………届こうとしていた。

 全部かわされた。元々弾幕なんて言うのはお遊び用のものだ、攻撃するためのものじゃない。だからかわされるのなんてある意味当然の結果だ。一対一なら。

 私達をいなした後にこの動きだ。おかしい、何かがおかしい。

 こころちゃんとぬえっちが弾幕をかいくぐった哀川さんを挟撃する――――痛っ。ああ、ようやく地に落ちたんだ。結構飛ばされた。何とか戦場の様子が見えるくらいの距離。たった一撃でこれ…………ええ?

 あ、こころちゃんとぬえっちもやられてる。

 参ったな、どうしようもない気がする。

 

「こいし、大丈夫!?」

「あ、お姉ちゃん。…………うん、大丈夫だよ」

「怪我してるじゃない! その腕、本当に大丈夫なの?」

「これは地霊殿でワニに噛まれたの」

「……………………」

「……………………」

「作戦が必要ね」

 

 流された。

 自分のペットでしょーが。

 

「あの三人に戦ってもらって時間稼ぐとして…………あんたはどれくらい無意識を意識下で操れる?」

「百パーセント」

「よく言ったわ。それで哀川さんをかく乱して。私は封獣ぬえと合流して、それからまたあんたに指示する」

「フランとこころちゃんは?」

「前衛を任せる」

 

 了解、と口にする時間も惜しい。

 私は全速力で戦場に戻り、触手を伸ばす。

 

「む――――戻ってきたか」

 

 嬉しそうなところ悪いけど、私はまともに戦うつもりは毛頭ないんですよね。

 ハートの弾幕をいくつも適当に飛ばし、無意識で哀川さんの意識から逃れる。今の彼女には弾幕しか見えてない。私はそこらの石ころと同じだ。

 彼女が弾幕をかわすのを見たが、それから追撃はない。私は攻めあぐねているぬえっちの近くで小声で伝える。

 

「お姉ちゃんが呼んでる。行って」

「ここは任せるよ」

「うん」

 

 ぬえっちが移動する。

 次に私はスペルカード、無意識「弾幕のロールシャッハ」を放ち、再び哀川さんを牽制。

 

「はっ。またこういう奴か。あたしも使えりゃよかったんだけど――――なぁ!」

 

 あ、完全にバレてる。

 哀川さんは当然のように私の弾幕をぎりぎりのところで回避し、まっすぐにこっちに向かってくる。

 やられる、と思ったが、忘れてた。私は一人じゃないんだった。

 

「――――レーヴァテイン!」

 

 視界を覆い尽くすほどの炎が広がる。流石の哀川さんもそれを後ろに飛んで回避する。

 その炎の出処を見れば、この場で一番頼りになる紅白の服が見えた。

 

「フラン!」

「ねえこいし。あいつ、壊しちゃダメなの?」

 

 壊す。

 殺す。

 フランからしたらそうしたいのはわかる。大事な家族の敵だ。むしろ今までよく我慢してくれたと思う。

 けどやっぱり、それは許可できない。何せあの人は、いーちゃんの憧れの人だ。殺すことなんて出来ない。

 …………かといってこのままじゃ勝てそうにないんだよなあ。お姉ちゃんが何だか作戦を練ってくれてるみたいだけど、それも通用するかわからない。仕方ない、か。

 

「わかった。けどフラン、殺さないようにね。一部だけなら壊していい」

「失敗したらごめん」

「大丈夫だよ。フランのこと、信じて!」

「その言葉があれば何だって出来る!」

 

 フランがレーヴァテインを消し、右手を広げる。私には見えないけど、恐らくその手の中には目と呼ばれる、対象の弱点が移動しているはずだ。

 私のすることは一つ、それを邪魔させないこと。

 それが出来るのは――――これだ。

 

「本能「イドの解放」。いくよ!」

 

 弾幕を広範囲に飛ばし、相手を寄せ付けない私のスペルカード。哀川さん相手にどれだけ通じるかはわからないけど、出来ることなんてこれぐらいしかない。

 で、やっぱり通じないと。むしろ弾幕を素手で弾きながら高速でこっちに来る。怖っ! 哀川潤、怖っ!

 けどどうすることも出来ないからそのまま弾幕を放ち続ける。何にしてもフランの邪魔はさせない!

 

「なるほどな――――本命はあっちのフランドールか」

 

 っ! 読心術!? しまった!

 哀川さんは私から方向転換し、フランに向けて一直線に進む。その時に視界に入ったフランの様子だが、手を握り締めるコンマ秒前だ。だが何があるのかわからないのが哀川さんという怪物だ。

 私は――――私は。

 無意識を操った。

 哀川潤の無意識を操り、誰しもが持つ恐怖に対する怯えを呼び覚ます。その時、一瞬だが動きは止まる。

 それと同時にこころちゃんも加勢してくれる。面をいくつか飛ばし、哀川さんを襲う。

 もっとも、その前にフランが哀川さんの身体の一部を破壊するだろうけどね! ごめんいーちゃん!

 

「――――痛っ!」

 

 が、フランの動きが止まった。

 今にも握りしめられそうだった手が何かに弾かれ、能力の発動に失敗したようだ。

 その何かとは。

 私の弾幕だった。

 この為に、避けずに弾いてきたの!?

 そしてこころちゃんの飛ばした面は適当に落ちている石を投げて相殺、一瞬、戦場が静寂に包まれる。

 

「あっぶねー。悪いが、フランドールとこいしの能力は知ってるんだ。フランドールはお姉さんから、こいしはいーたんから、な。いやー悪い悪い」

 

 知られてる。

 それはつまり――――こういうことになるね。

 フランの能力を使うためには、もっと強固な守りを作らなきゃいけないってことだ。

 

「どうするの、こいし」

 

 こころちゃんが私の傍に来る。どうするって言ったってねえ…………参ったな―こりゃ。

 私の能力で勝つことは不可能、ただのその場しのぎだけ。フランの能力を使うことが勝利条件になるんだろうけど、それはまず許してくれないだろう。

 じゃあどうするか。

 どうしたらいいんだろう。

 まあ、何でかわからないけど作戦会議中は哀川さんが仕掛けてこないから、時間だけはあるんだけど。出来ることならフランが全力を出せるよう、夜中まで待ってくれたらいいのになー。

 悩んでる私の元にフランが戻ってきて、更にそこにぬえっちとお姉ちゃんが合流してくれた。

 

「何かいい作戦ある? お姉ちゃん」

「何とかするしかないんでしょ?」

「じゃあお願いね」

「はいはい。作戦を説明するわよ」

 

 お姉ちゃんを中心に私達が囲む。その間も哀川さんに注意を払い続ける。今のところは待ってくれてるけど、ずっとそうしてるとは限らない。気が変わったとか言って攻撃してくるかもしれない。

 第一、これは向こうが宣戦布告してきた殺し合いだ。ルール無用の死合だ。何時何処で誰が何をしても文句なんてつけれるはずもない。

 さて、お姉ちゃんはどんな作戦を思いついたんだろう。

 

「基本的には、私とこいしで彼女――――哀川潤を乱し続けるわ。そしてその為にぬえさん、あなたの力を借ります」

「さっきの通りね? 了解了解、任せて」

「で、フランドールさんは前衛をお願いします。こころちゃんは基本前衛、呼んだら私の方に。あ、こいしも守ってあげてね」

「わかった」

「私の負担大きくないか?」

「じゃあ――――そういうことで。あ、こいしは適当に弾幕張って哀川潤の記憶を弄っといて」

「あー、そういうこと。りょーかい」

 

 私達は同時に動き出した。

 フランとこころちゃんは前に、私は少し遅れて二人の後につく。ぬえっちは更に遅れて後ろからくる。そしてお姉ちゃんが弾幕を張る。言ってしまえば最初と変わらない布陣だ。だが決定的に違うところがある。

 全員、本気だということ。

 

「行くわ。想起「イドの解放」」

 

 私の弾幕がお姉ちゃんを中心に放たれる。誰の記憶から想起したかなんてのはどうでもいいことだ。言ってしまえばここにいる誰もが記憶に新しいだろうから。

 私は哀川さんの記憶に入り込み無意識を操る。記憶の居場所なんてのは意識じゃなくて私の領分、多少ならいじくれる。だから、「イドの解放」の記憶をちょっと変えさせてもらう。

 忘れてしまえ。

 そうなれば、こっちのものだ。

 

「んあ? こいつは…………どういうことだ?」

 

 一体何が見えてるんだろうね、哀川さんには。

 正体不明の種を植え付けられた弾幕、あなたの目には何に写ってる?

 後はお姉ちゃんの仕事、私は私でもうちょい厄介にさせてもらう。

 哀川さんの後ろに回って、スペルカードを使用。

 

「抑制「スーパーエゴ」」

 

 これは私のスペルカードの一つ、「イドの解放」から放たれた弾幕を私の周囲に集めるというもの。

 「イドの解放」の対になってるスペルカードだ。

 つまり。

 お姉ちゃんの放った「イドの解放」、その弾幕を私の周りに集める。

 それも、私はちょこちょこ動きながら。たまに哀川さんの無意識を操って不意に後ろに現れたりもしてみようかな?

 さあ、この縦横無尽の弾幕にどう対処する? 言ってしまえば自機狙い弾になったりする広範囲弾幕にすぎないけどさ。さっきみたいに弾ける? 何に見えてるかわからないけどさ。

 その上で、フランの能力を捌けるかな?

 もちろんこれで終わったりはしないけど。

 

「さあ、私と最強の称号を賭けて闘え!」

 

 こころちゃんが薙刀を振い哀川さんに襲い掛かる。

 それをかわしたところで、フランの襲撃が待っている。片手が使えないとはいえ、吸血鬼の力で拳でも脚でも当たれば一発KOだろう。能力がなくても吸血鬼としての身体能力というだけで十分な脅威だ。

 見れば、ぬえっちも能力を使ってから前衛の応援に来ている。私もそっちに参加しようかな。手数は多い方が良い。

 触手を伸ばして、哀川さんの方に飛ばす。縛りつけてやればいいだろう。もちろんすぐに離されるとは思うけど、ほんの少しでも時間を稼げればいい。後は皆が仕留めてくれる。

 よーし、一気に畳みかける。

 

「――――面白くなってきやがった」

 

 が、それで止まる哀川潤ではなかった。

 彼女はとりあえず感覚でお面と薙刀によって攻撃するこころちゃんを退け、次いで向かってくるフランを片手でさばきながら、私とお姉ちゃんの弾幕をかわし、弾き、ノーダメージのまま戦闘を続行する。ぬえっちが槍を突き出せばそれをそのまま返し、私の触手は哀川さんが戦いながらも身体をずらし、フランを盾にするかのように立ち回るためまったく当たらない。

 …………どうすればいいんだろう、ホント。

 

「こいし」

 

 ふと気づけば後ろにお姉ちゃんが立っていた。

 どうしたんだろう?

 

「今哀川潤の心を見てきたわ。この弾幕が何に見えてるのか、とかね」

「弱点は?」

「こころちゃんに任せるわ。狐の面を付けさせて。フランドールさんはその援護に回す」

「了解。私はどうしたらいい?」

「無意識で私達を動かして。そうね、あっちの方角に。ここじゃフランドールさんの心が乱れるばかりだわ」

「わかったよ」

 

 広範囲に意識的にやるのは初めてだけど、そうも言ってられない。お姉ちゃんが指示した方向は確か、博麗神社の方だ。最悪、あの巫女さんに任せるってわけね。

 お姉ちゃんが皆が戦っている危険地帯に行くわけもないし、私が伝達に行かなきゃいけなさそう。ま、やるけど。

 私は頬を叩いて気合を入れなおすと、適当に弾幕を張りながら接近する。もちろん誰にも当たりはしないけど、弾幕はあるだけである程度相手の行動範囲を狭めることが出来る。それだけで十分。

 まずはちょっと吹き飛ばされて哀川さんと距離のあるこころちゃんのところに行く。

 

「こころちゃんこころちゃん」

「ん? 作戦?」

「まあね。狐のお面あるじゃない? あれ付けて戦えって」

「わかった」

 

 こころちゃんは数ある面の中から狐を模ったものを被り、再び哀川さんの元へと飛ぶ。これに何の意味があるのかはわからないけど、お姉ちゃんが言うんだから大丈夫だろう。

 次にフランのところに――――いや、あのまま戦わせておいた方が良いかな。やりたいようにやらせよう。多分だけど、その方がフランもやりやすいと思う。

 後はぬえっちか。特に指示はないけど…………個人的にお願いしたいことが出来た。

 

「やっほ。元気してる?」

「元気に見える? あー痛い」

「元気そうだね。私に正体不明の種、いくつかちょーだい」

「あいよ。こころに何か言ってたみたいだけど、何?」

「応援してきた。ぬえっちはある程度距離を置いて戦ってて、どっちかが戦線から離れたら参加して。常に二対一の状況を作る」

「任せといて」

 

 さて、後はお姉ちゃんに頼まれた通りに皆を少しずつ動かしていこうかな。

 急激に動かすことは出来ない。あくまでも、その方向に向かわせたくなる程度のものだ。けどそれは心の底にまで染み込む。表面には出なくても、向かわなきゃいけないっていう使命感のようなものから逃げることは出来ない。

 よーし、やることやったし私も参戦だ!

 再びお姉ちゃんとアイコンタクトでイドエゴ戦法を始める。

 哀川さんに石を投げられて止められた。まるで槍で肩を貫かれたみたいに痛い。石だよね、これ。こいしだけに小石を当てたってことかな?

 何でもないです。

 さて、早速ぬえっちから貰った正体不明の種でも使わせてもらおうかな。

 私はこれを、自分自身に仕込んだ。

 そして哀川さんに接近。能力を生かして気付かれないように。

 途中、フランが吹き飛ばされたりしてるのを助けながら何とか哀川さんの背後に立つ。

 そして、声をかける。

 堂々と。

 

「哀川さん」

「名字で呼ぶんじゃねえ。名前で呼べっつってんだろ、いーたん。…………ああいや、違うな。こいしか?」

「どうでしょう?」

 

 ふうん。

 いーちゃんに見えるんだ、やっぱり。

 お姉ちゃんに言われた通り、おそらく私はいーちゃんになろうとしていただけなのだろう。無為式なんてないし、戯言遣いでもない。だからすぐにバレちゃった。

 けど、本質は同じなのだから――――かぶって見えても仕方がないことなんだろう。まあ、無意識に干渉してちょちょいといーたんを連想させるようにしてるのは私なんだけど、ちゃんと効果が出てるようで助かった。

 おかげで突然殴られて吹っ飛ばされることもない。

 目的はここじゃないんだけどね?

 哀川さんが一瞬目を逸らしたところを、こころちゃんが薙刀を振う。それを避けようとした哀川さんの動きが一瞬止まったのを私は見逃さなかった。

 とはいえ私は戦闘の素人だ。一瞬だけじゃ何をすることも出来ず、こころちゃんの薙刀に巻き込まれないようにここから戦線離脱しただけだった。

 私は更にぬえっちが追い打ちをかけているのを視界の端に捉えながら、お姉ちゃんと視線を合わせる。お姉ちゃんが視線で私にこっちに来い、と言ってる気がしたからそこまで戻る。

 

「どうだった?」

「上々。ちゃんと皆動かしてくれてるみたいだしね」

「狐がウィークポイント?」

「ええ。動揺が目に見えるわ」

「私にも見れたらよかったのになー」

「大丈夫よ。ちゃんと見えるようになるわ。見えたんでしょう?」

「外の世界では、ね。今はわからない」

「少しずつでいいから、頑張りなさい」

「はーい」

 

 ちょっとした雑談の後、私もまた適当に弾幕を張って皆を援護する。近づいても出来ることないしね、私。

 いや待てよ。オカルトごっこしてた時の感覚で昇竜打てば大丈夫なんじゃないだろうか。1F無敵のフィゲッティスナッチャーの出番だ。起き攻めを重ねられても潰してスぺカまで持って行けた昇竜に不可能はない。

 よし、行ってみよう!

 

「オラァ!」

 

 最強には勝てなかったよ。

 姑息にも後ろから接近して無言で攻撃を仕掛けたけど、ノーダメージの哀川さんにボディブローを叩きこまれて回し蹴りで飛ばされた。いちいち相手を飛ばすのは流石に同時に相手するのは厳しいってことの表れなんだろうけど、だから何だって話だ。

 ううむ、それに躊躇なく蹴り飛ばされたところを見ると、もう正体不明が効かないってことなのかな。それかいーちゃんが日常的に哀川さんにボコられてるか。流石にそれはないか。いくら不幸そうな顔してるいーちゃんだからって、挨拶代わりに殴られたり蹴られたり、スタンガン浴びせられたりみたいなことはないだろう。

 それからも私は何かしておこうと思って無謀な挑戦を繰り返してはカウンターを喰らうを繰り返していた。

 唯一哀川さんと張り合えているのがこころちゃんだけだった。あの狐の面をつけてからだ。哀川さんにとってあれはやっぱり大切なものか何かなのかもしれない。大事なのはそこじゃないけど。

 とにかく、こころちゃん相手には明らかに攻撃の手が緩まっている。おかげでこころちゃんが常に哀川さんに張り付けている。そこにフランやぬえっちが挟撃するっていうのが今の基本戦術になってるけど、二人は容赦なく反撃されている。

 あ、博麗神社が見えてきた。じゃあすることは一つ。

 私は正体不明の種付きの「サブタレイニアンローズ」を放つ。

 皆巻き添えで。

 

「ん?」

「うわ!?」

「おっと」

「危なっ!」

「痛っ!?」

 

 お姉ちゃん以外の皆には避けられた。そりゃそうだ。突然撃ったとはいっても、皆戦闘中、良い感じの緊張感と警戒心があるんだから私程度の弾幕は当たってなんてくれない。お姉ちゃん以外は。

 けどね、この薔薇、こころちゃん以外には見せてないんだよね。

 で、何に見えてるのかな?

 あ、そうだ。お姉ちゃんを拾っとかないと。

 触手を伸ばし、ダウンしているお姉ちゃんを引きずってくる。

 

「痛い痛い痛い! 助けるにしても、もっと方法が――――」

「わかんなーい。さて、私達は先に神社に向かってよっか?」

「…………気付いてたの?」

「うん。フランの心が乱れるわけないもん。それに哀川さんがあそこにいたことを考えれば、ね」

「探偵業、やっていけるんじゃない?」

「生憎の探偵殺しだからね」

 

 軽口を叩きながら、お姉ちゃんを背負って博麗神社に向けて歩き出す。

 後ろで凄い音が聞こえるけど、大丈夫。誰も死にはしないだろうし。私は皆を信頼してるからね。

 こころちゃんもフランもぬえっちも、もちろん哀川さんも。

 あ、さっきの薔薇が何に見えたのか、後でフランに聞いておこう。私の中では、これが何よりも大事なことだからね。唯一の目的。

 そういえば、お姉ちゃんとこうして外を歩くなんて、何年振りだろ?

 何だか嬉しい。

 

 

 ※

 

 

 陽が落ちてきた。太陽が隠れた今、フランも全力を出せていることだろう。それは良いことなのやら、はたまたダメなことなのやら。

 陽と陰、か。

 いーちゃんはどうしてるだろうか。あの青い人と仲良くやれてるだろうか。背負ってたものを下して幸せになってるだろうか。ちゃんと光になれてるのだろうか。

 なーんて、心配することもないかな。私なんかよりもずっといーちゃんは強い。それはいーちゃんが強いってことでもあるし、支えてくれる人もたくさんいるって意味でもある。

 ずっと私はいーちゃんを尊敬していた。上に見上げていた。…………けど、私もいーちゃんみたいになれたよ。いーちゃんになるのは諦めたけど、いーちゃんに近づけた。

 私もいーちゃんの隣に立てるかな?

 今度会った時、隣で手を繋げるかな?

 …………自問自答しても答えはない。

 けど、それでいいのかもしれない。

 わからないのは、私が私である証拠だから。

 例え私が第三の眼で見たとしても、心が読めたとしても。私は私であり続ける。皆が好きだと言ってくれるのが私だって、やっとわかったから。

 ……………………。

 いつまでモノローグやってたらいいんだろう。

 私達が博麗神社で長々と待っていると、石段を上がってくる足音が聞こえた。…………最初にここに着いたのはやはりと言うべきか、哀川さんだった。

 ここの光景を見てニヤリと口元を歪め、それから私の頭を叩いた。

 

「あう」

「お前なあ…………こんなのいーたんでもやらねーぞ?」

「いーちゃんは責任感が強いからね。私はいーちゃんから卒業するために、あえてやったんだよ」

「それはただの逃げだ。いーたんから卒業っつーんなら、いーたんに出来ないことをやれ」

「はーい。で、皆は?」

 

 哀川さんは指で後ろを示すことで応えてくれた。

 それから間もなく、三人が飛んで来た。飛んで来て――――目を丸くした。

 うん、そうだよね。何となくわかってた私も、哀川さんの心を読んで事を把握していたお姉ちゃんも驚いたんだから。

 

 幻想郷の至る所から集められた人、妖怪問わずの皆で宴会やってる。

 

 その数、数え切れない。今も増え続けてるぐらいだ。…………あ、よく見たら入りきらず転げ落ちてる妖精がいる。誰か気づいてあげて、助けてあげて。

 ポカンと口を開けてる三人に、私は声をかける。

 

「駆けつけ三杯って知ってる?」

「…………どういうこと、これ」

「宴会だよ。主賓は哀川さん」

「名字で呼ぶんじゃねえ」

 

 脳天チョップ。割れるかと思った。

 とりあえずあまりに意味不明な事態に哀川さんとへの殺意も薄れているようだ。そんなことより、これは何? っていうのが強いようだ。

 まあ、そりゃそうか。どこから説明したものかな――――。

 

「――――私から言うわ、こいし」

 

 後ろからカリスマっぽい声が聞こえてきた。

 水色っぽい青髪に紅い瞳、ピンクの服と帽子を身に着け、カッコいい羽を生やしたその姿。

 レミリア・スカーレットだ。

 

「え…………? お姉、様?」

「元気そうねフラン。うっかり陽に焼かれてないかって心配だったのよ?」

「な、何で。え? だって、あれ?」

「落ち着きなさい。ちゃんと全部話すから」

 

 フランを宥めるその姿は正しく姉、って感じだ。まったく、うちのお姉ちゃんも見習ってほしいよ。

 

「こいし? さっきまで私、ものすっごいお姉さんやってたと思うんだけど?」

「記憶にございません」

「おいこら」

 

 脳天チョップ。痛くも痒くもない。

 レミリアさんの来た方をチラッと見てみれば、他の紅魔館のメンバーも揃っていた。咲夜さんなんかはレミリアさんに常に付き添ってるものだと思ってたけど、向こうで他のメンバーと飲み食いしてる。

 ああ、話を聞かれたくないからか。

 

「さて、貴方達は紅魔館の惨状を見てきたのでしょう? とりあえずはそこから話すわね」

 

 紅魔館。

 見るも無残な姿になっていたレミリアさんの城。

 

「まず、あれをやったのは哀川潤よ」

「悪いな」

 

 悪びれた様子を全く見せずに言葉だけで謝る。これ、個人的に謝らないよりもむかつく。

 

「で、私達は場所を追われてここまで逃げて来たのよ」

「…………お姉様、ダサっ」

「冗談よ。外を知ってもそういうところは変わらないのね」

「うるさい。それで? 本当のところは?」

「えーと、哀川潤に襲撃されて、仮にも人類最強っていうんだから、一方的に殺しても何だか申し訳ないでしょ? だからしょうがなく引き分けにして、代わりに貴方達をここまで連れてこさせたのよ」

 

 等とレミリアさんは供述しており。

 おっと、ここで現場のお姉ちゃんに繋がったようです。お姉ちゃーん。

 

「はい、現場の古明地さとりです。先程のレミリア・スカーレットの言ですが、今しがた私の能力を使ったとこ、まったくの嘘であることが判明しました。真相の究明のために心を読ませてもらいます」

「え、ちょ、やめて! そういうのプライバシーに関わると思う!」

「覚妖怪に何をおっしゃるのやら。…………あら、あらあら。大変な思いをされていたんですねえ」

「…………いくらだ。いくら欲しい?」

「そうですね、哀川さんにボコられた過程を詳しく」

「言うなぁ!」

 

 ボコられたことが判明。

 それからも詳細にお姉ちゃんがフルボッコの様子を聞かせてくれた。レミリアさん、咲夜さん、パチュリーさん、その他紅魔館の下僕達、それに加えて八雲紫も参戦して、完敗。…………んん? 哀川さん、本当に人間? 何でこの連中を相手に出来るの?

 で、哀川さんにこき使われてここの会場設営っと。ふむ、最初にレミリアさんが言ってたことは何も間違ってなかったんだ。ダサい。

 

「ちなみに彼女はここに来るまでにも霊夢や魔理沙、その他諸々と戦り合ってるわ」

 

 どこからともなく――――つまりはいつも通りに、八雲紫が現れて言った。

 え? この人そんなリアルチートなの? いや戦ってみて明らかにおかしいとは思ったけど、そこまで?

 この人、幻想郷を支配できるんじゃないだろうか。力ひとつで。

 

「んなことやんねーよ。つまんねえ」

「それは良かったです」

 

 幻想郷の平和は守られた。

 良かったねえ良かったねえ。

 

「…………ところで、何で哀川はここに来たの?」

「おいおい仮面の子。あたしを名字で呼ばない方が良いぜ。それはあたしの敵ってことだ。いいな?」

「敵じゃなかったのか」

「河原で殴り合えば友達だし、戦場で出会えば戦友だ。仲良くしようじゃないか」

「敵にしたら怖いしね。よろしく…………えーと」

「潤だ。哀川潤。よろしくな」

「秦こころ。よろしく潤」

 

 こころちゃんが恐る恐る哀川さんと握手する。それはとても微笑ましく思える光景だ。

 けど哀川さんの理論は共感できない。私はそれでフランに殺されかけたからね。友達は友達と思った瞬間から友達で、戦友は戦場で出来た友人のことだよ。多分。

 私は傍にあった水をグイッと飲む。あー温い。喉を潤せた代わりに妙な気持ち悪さが残る。

 

「それで、潤は何をしにここに?」

「あたしより強い奴に会いに来た、なんてな。…………そうだな、とっとと用を済ませるか。こいし」

「はいはい?」

「ちょっと面貸せ」

「はーい」

 

 面を貸しに行ってきます。

 私は哀川さんと博麗神社を出てそこらの木々の中に入っていく。どこまで行くのかなーと思っていたらそんな離れることもなく哀川さんは足を止めた。ここから宴会の様子が見えるぐらいの場所だ。

 

「まずはこいし。サンキューな。いーたんと玖渚ちんを幸せにしてくれて」

「どういたしまして」

「あいつら、どうにも自分から動こうとしねーんだよな…………果報は寝て待つってか? そんなんじゃ遅すぎるっつーの」

「そうですね」

「向こうから来るのを待つより迎えに行った方が早いに決まってんだろ。何だ、遠慮してんのかあいつらは」

「…………そうですね」

 

 この人は、何もわかってないのだろうか。

 いーちゃんがどれだけ傷ついていたのか。どれだけ苦悩していたのか。それを知らずにこんなことを言っているのだろうか。

 何だかむかついてきた。これはただ自分の好き勝手を押し付けてるだけだ。

 

「そうじゃねーよ。全然そんなんじゃない。お前だって知ってるだろ? いーたんがどれだけすげえのか」

「それは…………わかりますけど」

「こんなとこでまで手ぇ抜いてっから叱ってやんなきゃいけねーんだよ。それとも、あたしに構ってほしいのか? だったら他の方法を取れっつーの。そうだな、あたしの敵になるなんてどうだ?」

「誰も好き好んで哀川さんの敵に何てなりませんよ」

「お前はその誰もに含まれないんだな?」

 

 好戦的な目で見られた。怖い。これは獲物を見つけた肉食動物の眼だ、狩りの眼だ。

 私としては名字で呼んでしまったけどそんなつもりは全くない。ただのうっかりですよぉ。

 

「ラバーソール並に白々しいな。いーたん越えたなこりゃ。…………あたしからの用は以上だ」

「え?」

「こころに聞かれたことをお前に答えてやろう。あたしはこの幻想郷に、お前に礼を言いに来た」

 

 ……………………。

 礼を言う、そのためだけに?

 たったそのためだけに幻想郷に来たっていうの?

 

「だから来た目的は達成したし、後は酒飲むだけなんだが――――気が変わった。お前の問題を解決してやる」

「…………どういうこと?」

「あたしはな、終わった物語を更に終わらせることに楽しみを覚えつつある。癖になるんだよな、これ」

「どういうことー?」

 

 何を言ってるのかはわからないが、お悩み相談みたいなものだろうか。それはちょっと前にお姉ちゃんにしてもらったから間に合ってるんだけど…………。

 ……………………いや、一つあった。私が前に進むための第一歩。

 

「覚妖怪のこと、知ってます?」

「ああ。だからさっきもお前の姉貴に心読ませてやったんだろうが」

 

 さっきというのはいつのことだろう。

 まさか戦闘中というわけじゃないよね。それに読ませてやったって…………まるで妨げることも出来るかのような。

 

「多分出来る。あたしは前にも心を読まれたことがあったからな。思い出したくねーけど」

「あれですか、覚えたぞっていう」

「アヌビス神だな。何だ、ジョジョ読んでるのか? こっちにもあんの?」

「外の世界に行った時に読みましたよ。六部が好きでした」

「全部が好きだ。で、覚妖怪が何だ」

「私が心を読めないってことも、ご存知です?」

「知ってる。ゆかりんに全部聞いてるからな」

 

「心を読めるようになりたいんですけど、どうしたらいいですか?」

 

「読まなくてもいいんじゃねーの?」

 

 全部否定されてしまった。

 うそん。

 

「何でも解決してくれるって言ったじゃないですかーやだー」

「いや、そもそも心読むのが嫌だったからやめたんじゃなかったの?」

「それはそうですけど…………いつまでも自分から逃げてちゃダメじゃないですか」

 

 私が無意識になったのも。

 私が無為式になろうとしたのも。

 全部私から逃げるため――――私をやめるため。自分の能力が嫌で見えるものが怖くて感じるものが辛い、そんな世界から逃げるためのものだった。

 けど今の私は違う。全部受け止めてやる。もう一人じゃない、皆がいる。皆と一緒なら大丈夫。

 皆を愛して、自分も愛する。そうしなきゃ皆と向き合えない。

 

「自分から逃げない、か。それはいいんだけどな…………お前、壊れたものが直ると思うか?」

「欠けたものは直りませんけど、壊れたものなら直せますよ」

「いーたんみたいなこと言うけどな、見た目は一緒でも中身は全然違うんだよ。一旦変わったものってのは二度と元通りにはならない。どっかしら違うもんなんだよ」

「歪でもいいんです。私は私でありたい。少しずつでも私に戻りたいんです」

「…………もう大丈夫だろ」

「え?」

「無意識でも無為式でもないお前がそこにいんだろ。じゃあ大丈夫だって言ったんだよ」

 

 …………。

 ……………………?

 ……………………あ。

 

「なるほど。そういうことですか」

「わざわざ読心に拘る必要はないだろ?」

「確かに私じゃない私がいないならここにる私は私ですけど…………だけど」

 

 第三の眼は私とお姉ちゃんが姉妹である証拠だから。繋がってる証だから。

 それがなくてもちゃんとわかりあってる、通じ合ってるのはわかるけど、それでもこれは、大事にしたい。

 

「…………わかった。あたしに出来る限りで協力しよう」

「本当ですか!?」

「ただし」

 

 哀川さんは指を立て、私が興奮を抑えるのを待ってから続きを言う。

 

「あたしは別に相手の能力を開花させるだとかそういうことは出来ない。ひょっとしたら出来るかもしれないが、出来ないとする。だから教えるのはあくまでも読心だけだ」

「…………どういうことです?」

「能力じゃなくて技術を教えるってことだよ。心を読む能力じゃなくて、あたしがやってる読心術」

「ああ、哀川さんは能力じゃなかったんですか」

「上で呼ぶな下で呼べ。んな特別なもん持ってねーよ」

 

 しかして心を読めるのは十分に特別なのではないだろうか。

 この人にとっては普通ってことかな?

 

「それよりかは、発達した科学は魔法と区別つかないってやつだな」

「で、その読心術はどうやるんですか?」

「やる気満々だな。いいのか? 閉じちまってる第三の眼が開くわけでもねーのに」

「それでも、お姉ちゃんと一緒になれますから」

「…………ま、いっか。いいか、読心術ってのは相手の表情や仕草から心の中を考えるもんだ」

 

 それから哀川さんの読心術講座が始まった。

 読心術は正確には相手の心を読むものではなく、あくまでも推察するものであるということ、つまりは知るのではなく考えること。考える材料を集めるのが読心術だということ。言ってしまえば私がやった探偵ごっこみたいなものだ。その場にあるものから推理するだけ。的中するようになるのはただの慣れだということ。

 ……………………以上が講座の主な内容である。

 時間にして十分しないぐらい。

 

「はいお終い」

「…………何だか、詐欺にでもあったような気分」

「嘘吐きが何言いやがる」

 

 別に犯罪者が他の犯罪者を犯罪者だというぐらいは許されると思う。それで自分を正当化するのはどうかと思うけどさ。

 

「さて、宴会の場に戻るか」

「あ、ちょっと待ってください」

「何だ? 講座の受講料はいらねーよ」

「払う気がありませんけど。えっと、一つだけ聞いていいですか?」

「一つでいいのか? どんだけでも答えてやるけど」

「一個でいいですよ。どんちゃん騒ぎに入らなきゃいけないんで。…………どうして哀川さんはそんなに強いんですか?」

 

「あたしだからだ」

 

「ありがとうございました」

 

 強さが何なのか。わかったような気がした。

 私はどこかスッキリした気持ちで皆の待つ博麗神社に戻った。

 

 

 ※

 

 

 地獄絵図だった。

 夏草や 兵どもが 夢の跡

 

「夏草が見えねーよ」

「ですね」

 

 足場が見えない。どこを見ても倒れてる皆さんがいる。

 辛うじて生き残ってる者もいるようだが、大半はノックダウンしている。どうしてこうなったんだろうか。

 

「こいし。推理対決しようぜ。どっちが先にこの酔いつぶれ事件を解決出来るか」

「白旗上げます」

「よっしゃ勝った」

 

 何だこの会話。

 足場がないので私はふわふわ飛んでこの惨状を上から見る。

 辛うじて生き残ってる連中も意識があるのか怪しいものだ。ふらついている。…………あ、また一人倒れた。医者を呼んでこなきゃいけないかな…………って永遠亭の皆さんもいるじゃん。潰れてるじゃん。じゃんじゃん。

 うーむ、何が皆をこうさせてしまったのか。哀川さんに解決してもらうしかないようだ。

 と思ってたところに誰かがこの博麗神社にやってきた。遅刻組だろうかと思えば、それはフランだった。

 手にはスケッチブックとクレヨン。

 

「フラン。それどうしたの?」

「お姉様に貰ったの。ほら、前の奴燃えちゃったでしょ?」

「あー…………そうだったね」

「そもそも、この宴会も私へのサプライズパーティだったみたい! お姉様が考えてくれたんだって!」

「良かったね」

 

 今明かされる衝撃の真実。

 …………なるほど。フランと私に、かな。

 サプライズの真相はレミリアさんがフランの成長を見て何かしたいと思った。そこに八雲紫がせっかくだから皆で祝おう、宴会をしようと提案した。八雲紫にしてみれば私にも何かしたいって思ったんだろうね。何だかんだでフランの問題を解決したり人里の事件を終わらせたし。何より、私と彼女は友達になったんだし。

 そんな優しい思惑で進んだサプライズは、哀川さんの登場で色々と台無しになったんだろうなあ。

 そこのところはよくわからないけどさ。

 

「そういえば、潤さんはどうして紅魔館に?」

 

 フランが未だに険しい目つきで哀川さんに尋ねる。そりゃ家壊されて笑顔じゃいられないだろうけど、もうちょっと愛想よくしてほしいものだ。

 哀川さんが紅魔館に。確かにその疑問は私も感じていた。ひょっとしたら私を探していろんなところに聞いて回ってたのを、何かの誤解から戦闘になったりしたのかも――――。

 

「赤くていいなーって思った。で、中が気になって入ったら不法侵入ってんでバトってた」

「……………………」

「……………………」

 

 予想の斜め上を行く回答とはこのことか。

 十割哀川さんが悪いじゃないか。

 

「安心しろよフランドール。あれはちゃんとあたしが直しとくからよ。流石に今日中は難しいからどっか泊めてもらえ」

「明日には直るの?」

「直すさ。請け負った以上はあたしの仕事だ」

 

 やばいカッコいい。

 やってることはただの自分のやったことの後始末だけどね。

 そして色々と納得した。この宴会のこと。

 まず、紅魔館の戦闘で勝った哀川さんに八雲紫あたりが交渉したのだろう。何かを条件に暴れないことを。哀川さんからしたら暴れてる自覚はなかったから要求を呑んだ。そしてその条件というのが、この宴会だ。面白きこともなき世を面白く、を地でいってそうな哀川さんのことだ、せっかく幻想郷に来たんだから何かしよーぜ、感覚だったんだろう。で、それは八雲紫とレミリアさんにとっては自分達のしたいことと一致してたから是非もなくオーケーしたんだろうね。それでこうなったと。人数が明らかにおかしいのは、オーケーを聞いた後で哀川さんが条件を加えたんじゃないかな。「人数は多い方が良い」なんて。

 酔いつぶれの原因? 酒飲んだことないからわかんないなー。

 

「さて、皆してぶっ倒れてる中で飲んでても楽しくもねえ。あたしはとっとと紅魔館直してくるわ」

「もう行っちゃうんですか?」

「寂しそうに言うなよ。直したらまた戻ってくるさ――――いや待てよ。そういや変わった依頼が来てたな。四国が大変なことになってるとか…………悪い。直すもん直したら次の依頼があるんだった。期限付きなもんでな」

「それは残念。…………哀川さん」

「名前で呼べ。で、何だ?」

「次に会う時は、いーちゃんも一緒にお願いしますね」

 

 哀川さんはどこか呆れた様子で、

 

「てめえがこっちに来い」

 

 と言い残して石段を下りて行った。石段の上に転がってる皆さんを踏みつけながら。

 哀川さんは次第に夜の闇に消えていった。

 

「――――疲れた」

 

 フランがぽつりと呟いた。全くの同感だ。

 いーちゃんが尊敬するっていう哀川潤。どんな人だろうと思ったら、何だろう。最強っていうのもわかるんだけど、それ以上に。

 人間だなあって思った。

 私の理想とする人間。昔見ていたクズのような人間とは全く違う、綺麗な人。

 言いたいことを言って、やりたいことをやって。それなのにどうしてだろう。凄く楽しい。ちょっと前まで殺し合ってたはずの私が笑顔になってしまう。

 フランは違うみたいだけど。

 何だろう、私の持っていないものを持ってるっていうのかな。私の知らない世界にいるっていうのかな。何というか、全然違う。その違うっていうところに魅力を感じる。

 ああ、そうか。いーちゃんが憧れるのも無理ない。あの人は、哀川潤は。

 

 ――――正しく人類最強だ。

 

 力が強いとかじゃない。そういう強さもあるかもしれないけど、あの人の本質はそこじゃない。

 そう、想いとか意志とか、そういうものが人一倍強いんだ。

 誰よりも心が強い。だからこその最強。

 私もそうありたい。哀川潤になるんじゃなくて、最強でありたい。

 哀川さんを見習って、強い心を持っていたい。いや、持ってみせる。

 私はそう、心に誓った。

 …………ここ数日でいったいいくつのことを誓ってきたんだろう?

 以前の私からは考えられないことだ。何も考えず何も感じず、そして何もなかった私は何かを誓うことなんて出来なかった。成長している。前に進んでいる。それを実感出来る。

 私をここまで変えてくれたのは誰だろう。

 いーちゃん? フラン? お姉ちゃん? それとも私が私を変えた?

 なんてね。答え何て最初から決まっている。

 皆が変えてくれた。私のかけがえのない友達が、私を変えてくれた。

 それに私が返せることは何?

 そんなの――――友達であり続けることしかないじゃない。

 これが私の最後の誓い。これ以上誓うことなんてない。

 私からの皆への恩返し。私が人類最強に近づくための第一歩。私がいーちゃんと肩を並べるための約束。

 

 友情は永遠だ。

 

 いつまでも、どこまでも。

 

「――――さてフラン。皆をここで寝かせるわけにもいかないし…………」

「どうするの?」

「布団でも掛けておいてあげよっか」

「…………こいしって、どこかずれてるよね」

 

 そうかな?

 そうかも。

 とにかく私は布団を持って来ようとしたけど、ここからどこまで行けば毛布が置いてあるんだろう。それもこれだけの数の人に掛ける布団だ。…………どこにあるんだろう。

 けど放っておくわけにもいかないしな…………布団じゃなくても、夜を凌げるようにするためには…………。

 

「そうか。暖まれればいいんだ」

「んん? 何だか嫌な予感が…………」

「レーヴァテイン使えばいいんだよ」

「こいしが壊れたー! 誰か助けてー!」

 

 焦った様子のフランが、とりあえずそこに転がってたレミリアさんを起こしにかかった。けど酔っ払い相手に胸元掴んで前後に揺らすのはどうなんだろう。私のイメージ(体験談)によると、酔っ払いは嘔吐をよくするんだけど…………ああっと、レミリアさんが吐きそうだ。しかしここで吐いてしまっては完全にカリスマブレイク! どうするんだ、レミリア・スカーレット!

 あ、フランの方が察して手を離した。そして違う人に助けを求めに行く。…………良かったね、レミリアさん。

 さてさて。フランが皆を起こしにまわってるからそれは良しとして。

 …………これからどうしよっかな。

 したいことはわかった。やるべきことがあるのはわかったけど、具体的に何をしたらいいのかわからない。

 方向性しか決まってないっていうのかな。何から手を付ければいいのかわからないっていうのかな。とにかく、することがわからない。自分で決めなきゃいけないことだとは思うけど、どこかにヒントでも落ちてないだろうか。

 …………あった。私が何をすればいいのかのヒント。

 そもそも友情っていうのは何なのか。私は繋がりだと思う。友達っていうのは自分がそうだと決めた時点で友達になるけど、友情はその友達との間にある想い、友達であるという想いが繋がりを結ぶ、そういうことなんじゃないかって思う。

 友達になれば自然と心が通い合うだろうし、繋がりが増える。そして逆に繋がりがあればいずれは友達になれる。友達という言葉と切って離せないのがこの友情。

 そして私はこの友情、繋がりをたくさん持っていきたい。そのためにすることは?

 いろんな人と関わって、知り合って、解り合う。解り合う一番の方法は話し合いだけど、それ以外でも解り合うことは出来る。

 例えば花屋さんで誰かと会ったとする。花屋さんで会ったんだから相手は花が好きなんだろうというのがわかる。ひょっとしたら何か事情があるのかもしれないけど、まあ、それはそれ。

 つまり私がいろんなところでやったみたいに本音をぶつけ合ったり殺し合ったり、そんなことをしなくても他愛のないことで人を知ることが出来るわけだ。とりあえずは他人と関わって、後は自ずとわかるってところかな。

 そこで私は閃いた。人と関わることを仕事にしちゃえばいいんだ。仕事とか、そういうやらなきゃいけないことに設定すればいいんだよ。それで私は人と関わって、友情を育んでいくんだ。

 具体的にどんな仕事をするのか。真似事になっちゃうけど…………まあ、今更だよね。

 

 請負人。

 

 哀川さんがやってることで、私が以前にいーちゃんに勧めた覚えのあるこの職業だ。人の代わりになるって、結局私のやってることが以前の私と変わらない気がするけど、大事なのは外面じゃなくて内面だ。私の心は大きく成長している、だから前みたいに呑まれたりはしない。

 むしろ、変われてることの証明のためなのかもしれない。前と同じことをやって、それでも大丈夫だって私自身が知りたいのかもしれない。それか皆に私は大丈夫ですよーって伝えるためか。

 …………理由は別にいっか。更に言うなら言い訳もいらないね。

 実際のところ、ただやってみたくなっただけだ。哀川さんの見ている世界を私も見たい。面白そう。ただこれだけだ。

 何でも言い訳しちゃうところ、まだいーちゃんが抜けてないなあ。

 思わず苦笑する。そう簡単には変われない、か。

 

「ま、いっか」

 

 簡単には変われなくても、いずれは変われる。変わらないものなんてない。

 そもそも私自身がいーちゃんに変えられた存在だ。それからもころころと自分を変え続けてきた。変われないはずがないだろう。だから後は時間の問題。時の流れが何とかしてくれることだ。自分でも行動しなきゃいけないのはわかるけど、焦っていても仕方ないことだしね。

 少しずつ、少しずつ進んでいこう。

 

「…………フラーン! 皆起きた―?」

 

 私が声をかけるとフランはどこかホッとした様子で胸ぐらを掴んでいた相手を放ってこっちに飛んで来た。

 

「寝かせといた。こいし、もう大丈夫なの? 変なこと言わない?」

「私は正気に戻った!」

「そっかそっか」

 

 無邪気にも信じてくれた。人を疑うことを知らないフランにどこか危機感を覚えてしまう。詐欺師とか戯言遣いに引っかからないことを祈るばかりだ。

 それにしても私の言葉は変なことだったのか。レーヴァテインって炎でしょ? 暖かいんじゃない?

 まあいいや。ダメならダメで、違う方法がある。

 

「ねえねえフラン。私に良い考えがある」

「ほう。どんな?」

「まず、何故布団が必要なのかを考えてみよう」

「うーんと、寒いからだよね? 風邪ひいちゃうし」

「そのとーり。つまり! 風邪をひかなければいいんだよ!」

「…………まあ、そうね」

 

 何か言いたそうにしてるけどスルー。

 

「そこで私は考えた――――地底なら地熱があるじゃないかと!」

「やらせないよ?」

 

 あ、バレました?

 私にやりたいこと、バレました?

 フランも何となく察してるようだけど、私の言いたいことはこの辺りに穴を掘って地底に繋げようという、それだけだ。そして皆を地底にシュート。勿論底が浅いと意味がないから、地熱が直に感じられるぐらいまで穴を掘ろうと思うよ。

 私一人の力じゃ出来ない。協力が必要だ。

 なのに。

 

「何でダメなの? このままじゃ皆が風邪を引いちゃう」

「それよりも酷いことになるのが目に見えてるからね」

「ぐぬぬ。…………もしかしてフラン。私がただ風邪予防のためだけにやろうと思ってる?」

「それ以外にないでしょ」

「ところがどっこい。私はね、地底と地上で二分されている今を変えたいと思うの」

「はいはい戯言戯言」

 

 聞いてもらえなきゃ戯言も形無しだ。

 流石は破壊する能力、戯言殺しもお手の物だ。

 しかしなあ。他に方法となると考える気も起きない。

 というわけで。

 

「じゃ、帰ろっか。地霊殿に泊まってく?」

「いいの? 皆をここに置いといて」

「レミリアさんはこのままだと日に当たっちゃうから日陰に動かしとこ。後は、まあ、何とかは風邪を引かないっていうし」

「…………ま、いっか」

「そうそう。いいの」

 

 私達はこのままだとマズい人達をちょっと移動させて、後は念の為に私の触手でシェルターのようなものを作っておいた。ただの日除けにしかならないとは思うけど、ないよりはマシでしょ。ちなみに伸ばした触手を引っ張っていくわけにもいかないから切って離した。勝手に再生するだろうし。

 それと、フランは身体のほんの一部を蝙蝠にしてシェルター内に忍ばせていた。何かあった時にすぐに気付けるようにと。心配性だなあと思わなくもなかったけど、心配するっていうことをフランが学んでくれていたことにちょっと嬉しく思った。

 

「あ、そういえばフラン」

「はいはい?」

「私が逃げる前に撃った弾幕あったでしょ?」

「無差別だった奴? あの誰にも当たらなかった」

 

 お姉ちゃんだけ見事に喰らってたけど、それは黙っておこう。

 

「あれ、何に見えた?」

「何って――――あ、ひょっとしてあれ、ぬえっちの能力で?」

「うん。どうだった?」

「ハート弾に見えたけど…………本当は何だったの?」

「薔薇」

「あちゃー。ニアピンね」

「せいぜいブービー賞だよ」

「厳しい」

 

 薔薇とハート、どこが近しいんだろうか。何一つ似てないじゃない。無理やりこじつけるなら、そうだね。

 綺麗ってところかな。

 あと、どちらも私がよく使う弾幕ではあるね。

 ということは?

 

「もしかしてフラン、あれ私が撃ったって気づいてた?」

「全然。哀川潤しか見てなかったから」

「そっか」

 

 無意識にものを見る時、大体が実際のものとは違うものを見る。

 それは自分の知識に当て嵌めて置き換えるということ。何でそんなことをするのかといえば、無意識である時は何も意識できないからだ。だからその見えるものに意識が出来ない。意識せずにものを見るなんて、はっきり言って無意味だ。誰もが何かを見る時は意識する。見るということにかも知れないし、対象にかもしれない。けど見るという動作には必ず意識が必要になる。

 じゃあ意識せずにものを見るということはどういうことなのか。

 何も見てないんだよ。けど何かあるのはわかる。無意識でも、死んでるわけじゃないから。ぼんやりしたものがある、ということだけわかってる状態。そういう時、脳は勝手に自分の知識にあるものをそこに置くんだ。誰もが不明というものを恐れる。わからないことが怖い、だから何かに置き換えてものを見ることになる。

 ぬえっちの能力はそういうことだ。例えば鵺といえば猿の顔だとか狸の胴体だとか色々言われてるけど、それにしたって同じこと。わからないから、知ってるものに置き換えている。まあ何でそんなキメラチックになったのかはわからないけど。

 人間の想像力って怖い。

 そして置き換える対象の話。適当なものが出てくるわけじゃない。歩いてくるものにバナナを置き換えるような脳はどこを探してもないだろう。それっぽいものに置き換えることが大体だ。

 あるいは自分の望むもの。

 前者はあれだ、正体不明の飛行物体をUFOであると認識するということ。美味しい匂いがしたらカレーだとか、足元を何か黒いものが動いたらゴキブリだとか、そういうこと。ぬえっちの能力は大体こっちが表れる。

 そして後者。こっちはむしろ私の本分だけど。

 無意識に思い描いているものを映し出す、ということ。見たいものを見る、妄想の産物。よく映画とか漫画でもあるけど、何日も砂漠を飲み食いせずにいると目の前にオアシスが広がったりするやつ、それがこれだ。極限状態に陥れば陥るほどそれは表れる。無意識の具現化――――いや可視化かな。いーちゃんみたいに上手く言えないなあ。

 で、フランが見えたものはハートだった。

 これ、どっちなんだろうね?

 後者だといいなあ。




いやあ投稿が遅れました。
これも全部艦これってやつのせいなんですよ。
「僕は悪くない」
突然のネタバレ。実は私、何も考えずに書いてるんですよ。
後々辻褄合わせが大変だったり。
実際、思い描いてたものとは大分形変わってきてますしね。やりたいことを何個か切ってますし。
これから物書きになりたいと思ってるあなた、もう書いてるってあなた。
気を付けてくださいね。

さて。次で最終話、ですかね。
とはいっても後日談になると思いますが。ほら、戯言シリーズの終わりの部分的な感じ。最初あれ見たときは「夢落ちかよぉ!」って思いましたよ。
ちなみにここまで来て何も考えてません。次で終わらないかもしれません。マジで夢落ちかもしれません。

そういえば東方で好きなキャラこいしちゃんだけだったんですけど、書いてる内にフランドールにも愛着が湧いてきました。
ロリコンじゃないと主張しておきます。艦これの嫁艦は瑞鶴と島風とВерныйです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別れ

とりあえず最終回。
最後になりますが言っておきましょう。この作品は主に私自身の感じたことをキャラに代弁させているかのような作品です。自己満足ですね。
それでもあなたの心に何かを伝えられたのなら幸いです。

本当に伝えたいことを伝えよう、みたいなことを言ってる映画を見ました。
そしたらこうなった。
許してください。


 請負人稼業を始めてから、私の人生は一変した。

 妖怪だから妖生?

 とにかく、変わった。まるで希望の面が力を発揮していたあの時みたいに、皆が私を見てくれている。そして忘れないでいてくれている。すれ違えば挨拶もあるし、一緒に遊ぶことだってある。仕事の依頼も多くはないけど週一以上はある。周りが私を認めてくれてるみたい。

 生きてることを実感できる生活。それがこんなにも嬉しく、楽しいことだったなんて。

 私は今日も幻想郷を歩き回っている。外の世界だと連絡手段がたくさんあって、仕事も向こうから来てくれるみたいだけど、こっちにはそんな便利なものはない。かといって私のいる地霊殿に来てって言って来てくれる人もいない。地底は上の世界から嫌われてる妖怪の巣窟だから、しょうがないけど。だから私が仕事を探そうと思ったら地底を出る必要がある。そして地底を出るとなると私の居場所を特定することも出来なくなっちゃうから、やっぱり依頼なんてない。どこか一か所に留まるって方法もあるけど…………私が選んだのは色んな場所に行くってことだった。

 わざわざそれを選んだ理由は一つ。

 その方がたくさんの人に会えると思ったからだ。

 一か所にいた方が依頼もたくさん来るのかもしれないけど、それだと同じ人ばかりになっちゃう気がする。私はもっと多くの人と関わっていたい。だからあんまり仕事は出来ないけど、こっちを選んだ。

 そして今日も適当に、無意識だったあの頃みたいに何も考えずに歩き回る。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………改めてやってみると、何も考えないっていうのは難しいことに気付く。

 ぼーっとしてても、何かが頭をよぎる。この間の仕事のこととか、将来のこととか、天気のこととか。大事そうなことから些細なことまで、頭の片隅で考えてしまう。

 それに気付くと、ああ、私は以前とは違うんだなーって思う。変われたんだなーって感じる。

 それと同時に、いーちゃんは今どうしてるんだろうと考えてしまった。

 あの時以来、哀川さんはこっちに来ていない。ひょっとするとゆかりんが細工をしたのかもしれないけど、とにかくあの赤い最強とは会ってない。だから向こうの世界がどうなっているのか、いーちゃんがどうしてるのかわからない。私にわかるのは、最初で最後の哀川さんとの出会いの時に聞けた、感謝の言葉だけだ。それだけでいーちゃんが幸せになってくれているっていうのはわかる。

 それだけで十分、な気もする。けどなー…………気になる。

 

「…………参ったなあ」

 

 いーちゃんから卒業できたと思ったのに、そんなことはこれっぽっちもなかった。依存なのかもしれない。

 それでもいいと思う私もいる。たくさんの人に縋ってもいいじゃないかって。それが人との繋がりの一つだからって。

 それじゃダメだと思う私もいる。自分の足で一歩踏み出せるようにならなきゃいけないって。いずれはそうなるべきだって。

 どっちも正しいようで、どっちも間違ってるようで。

 あーダメだ。成長できてるって思ってたのに、結局迷ってる。これだ! ってものをビシッと決めなきゃいけないのに。私って格好悪いなあ。

 まだまだ人類最強には遠く及ばない。

 私の大事な友達の皆を頭に浮かべる。皆はどうなんだろう。私と同じ、迷子なんだろうか。それとも哀川さんみたいに道を決めれるんだろうか。

 いやいや、人のことなんていいんだ。これは自分のこと、自分で決めることで自分で見つけるものなんだ。

 よし、頑張ろう。目標が出来たと考えれば、こんな悩みも悪くない。

 私は決意を新たにした。

 正確には改めて決意したってとこだけど。…………ん、同じ意味になるのかな。ま、いっか。

 けど私が目的なく歩き回ることには変わりない。どこかわからない森の中をただ歩く。

 

 

 ※

 

 

 久しぶりに命蓮寺に行ってきた。最近は請負人の仕事だったりであまり行けてなかったからね、たまにはいいかなーって思って。うん。まさかそこでも依頼を受けることになるとは思ってなかったけどさ。

 しかも聖さんからだ。何というか、彼女は人に何かを頼むんじゃなくて、自分で解決するイメージが強かったから今回のことは意外だった。

 以下、その時の会話である。

 

「聖さんやっほー」

「こいし。最近、頑張ってるみたいじゃない」

「こっちにも噂が流れてるの?」

「ええ。参拝しに来る人が言ってました。何でも解決してくれる、請負人の話を」

「えへへ。それほどでもないけどねー」

「…………それは、誰からも受けるのかしら?」

「もちろん。私は何時でも何処でも誰からも、依頼募集中だよ」

「じゃあ、私からも依頼していいですか? 請負人さん」

「なんなりと」

「実は最近、人里の近くに恐ろしい妖怪が出るって噂があるのよ。幸い被害は出てないみたいだけど…………」

「懲らしめろって?」

「説得、よ。丑三つ時に出没するみたい」

「その依頼、古明地こいしが請け負ったよ」

 

 ということで私は今、人里の警備をしているのであった。

 

「あんたも大変ねえ」

「ぬえっちは退屈そうだねえ」

「やかましい」

 

 偶然そこで出会ったぬえっちを拾って、私達二人パーティは歩き回る。人里内にいても仕方ないから、その周辺を。一人だと少し寂しかったから、ぬえっちが命蓮寺じゃなくてこっちにいてくれたのは幸いだった。何より、私が巻き込んでもそこまで気に病む必要のない相手だというところがラッキーだ。

 私は片手に林檎を、ぬえっちは両手にイカ焼きを持っている。夜食代わりだ。

 

「そういえばね、イカって海の生き物なんだよ」

「知ってる。私は外の世界でも長かったからね」

「そうだった。で、何でそのイカがここにあるんだろ?」

「それはあれだよ、祭りって言ったらイカ焼きと林檎飴と綿菓子って決まってるから」

「今日はお祭りしてないよ?」

「週一でどっかでやってるじゃん」

「あれ、そんなに高頻度だっけ?」

 

 他愛のない会話。無意味な問答。

 そうして時間は過ぎていく。

 人里の賑わいも今はなく、世界を静寂が占める。

 明かりは全て消え、夜の闇がどこまでも続く。

 聖さんの話だと、そろそろな気がするんだけど。

 

「そういえばさ、聖から聞いた妖怪ってどんな奴なんだ?」

「えっとー。頭から角が生えてて、顔は般若みたいで、黒いマントをしてて、身長二メートルくらいなんだって」

「おお、妖怪らしい妖怪じゃないか。何か下半身のイメージが曖昧なんだが、マントで見えないってこと?」

「うん。顔が真っ赤で全身が黒だから、顔だけがぼんやりと浮かんでるみたいなんだってさ」

「…………ふーん」

「ぬえっち、ビビってる?」

「ビビってねーし。怖くねーし。それを言うなら、こいしの方じゃないか。私に声かけてさ」

「ぬえっちが寂しそうにしてたからだよ」

 

 実際、怖い。ぬえっちには言ってないけど、この妖怪。今言った特徴に加えて、高速で動き回る、低い声で笑いだす、岩を砕くほどの握力、霊夢に殴られても無事な強靭な身体を備えてるらしい。最後のが一番凶悪だ。これが怖くないのって本家請負人ぐらいじゃないかな。

 私一人だったら殺されかけないぐらいの高スペック妖怪だけど、今は大丈夫。ぬえっちがいるんだ。紅魔館を修理してた哀川さんに「誰が一番強かった?」って聞いたら、「あたしだ」と言った後に「一番厄介だったのはぬえだったけどな」と言われるぐらいのぬえっちがこっちについてるんだ。平気、平気。

 EXボス二人が名もない妖怪に負けるかってんだよ。てやんでえ、やってやろうじゃん!

 これがトリガーだったとは思いたくないけど、私達の前方にボウっと赤い何かが見えた。

 足が止まる。

 

「…………こいし」

「逃げよう」

「ダメ」

 

 肩を掴まれた。いやいや、あれは無理でしょ。気付かれない内に逃げなきゃ。

 

「請負人が仕事をほっぽり出してもいいの?」

「う。…………それはダメだけど」

「じゃあ行かなきゃ。今のところは被害出てないんでしょ? 案外気の良い奴だったりして」

「う、ううううううううう」

 

 少し逡巡して、決断。

 やるしかない。請負人に逃走はない。受けた依頼は、必ずこなす(成功するとは言ってない)。

 私は一歩、また一歩と踏み出し般若の前に立つ。

 近くで見れば確かに頭に二本の角が生えている。それも黒色だ。般若の如き恐ろしい、赤い顔以外は真っ黒。この夜の暗闇に浸透するように黒に染まっている。

 般若はそこでようやく私に気付いたようで、低い声で唸る。

 それはまるで地獄の底から響いてくるようだ。

 

「…………こ、こんばんは」

「――――ァアアアアアッ!」

 

 私が声をかけるも、般若は恐ろしい声をあげて私に飛びかかって来た。もちろん、避けることなんて出来ない。

 私も相手が飛びかかってくる可能性を考慮して何時でも逃げれるようにはしていたけど、それでもこの妖怪からは逃げられなかった。

 あっという間にマウントポジションを取られてしまった。

 

「こいし!」

 

 ぬえっちの叫び声が聞こえる。こんな状況だけど、私は心配してもらっている、愛されていることを感じながら喜びに震えそうになる。

 般若は私の首に手をかけ、驚くほどの力で締め上げてくる。

 ぬえっちだろうか、何かが走ってくる音が聞こえる。…………けど、その必要もないよ。

 私は両手を地面に叩きつけた。その音に驚いたのか、般若の動きが少し緩む。が、私の上からは動かないし手は相変わらず私の首だ。つまり、片手しか動かせない。

 私は叩きつけた手をそのままにして、般若からは見えないように薔薇の種を植え付ける。

 そして般若が再び私の首に力を込めた時に――――意識を私に戻した時に、両手を種を植えたところからずらし、薔薇を一気に成長させる。

 

「ウグゥ!?」

 

 般若を茨で思い切り突き上げ、私の上から退かす。すぐさま私は後退して、改めて般若と向かい合う。

 

「こんなことしてなんだけど、私は戦うつもりはないの。…………ホントだよ?」

「…………」

 

 敵意のないことの証明のために、さっき育てた薔薇を枯らす。

 さて、ここから説得しなきゃいけないわけだけど…………考えてみれば、何を説得すればいいんだろう。相手はまだ何もやっていない、被害はゼロ件だ。聖さんから説得してくれと言われたけど…………うーん。彼女は何を思ってこんな依頼をしたんだろう。

 まあいいや。それっぽいこと言っておこう。

 

「あなた、最近こうやって人里の周りをうろついてるんだって?」

「…………」

「私は心理学に精通してるから、ここでちょっとしたカウンセリングしたいんだけど、良いかな?」

「…………」

「肯定と取らせてもらうね。直球で言わせてもらうと、羨ましかったのかな? 人里でわいわいやってる皆がさ」

「…………」

「私はあなたの種族とかはわからないけど、多分鬼に近い奴でしょ? 血気盛んだもん。だからこそ私に攻撃してきたし、だからこそ人里に行けなかった」

「…………」

「傷つけたくなかったんだよね? こんな攻撃的な自分が行ってしまうと、誰かを傷つけてしまう。そんな風に思ったんでしょ。そして、そんな危険な自分を受け入れてくれない、拒絶されるだろうって思ってる」

「…………」

「後は…………うん、シャイだね。誰かを傷つけながら生きてきた、だけど本当は傷つけたくない。その優しさから周りとの交流を避けて来たんだ。そして拒絶への恐怖、その結果が人見知りとかになっちゃったってところかな。だから私に声をかけられて、テンパって、攻撃したのね」

「…………」

「率直に言って、可哀想。同情するよ」

「…………」

 

 あれ、おかしいな。

 何も反応がない。私の話を大人しく聞いてるから理性がないわけじゃないだろうけど。…………感情がない、のかな。昔の私みたいに。

 大体の人は同情されて、更に可哀想とまで言われて怒らないわけがないんだけどな。これに対して無反応を貫くのは、何らかの理由で自分を見せたくないか、同情されるために行動していたかのどっちかだ。番外一つとして、私が的外れなことを言っていて呆れてるか。

 はてさて、般若さんはどれなのかな。

 

「…………あなたの見ていた人里の皆も私と同じことを言うだろうね。可哀想って。あなたがあの場所にどんなことを思ってるのかはわからないけど、そんな場所よ、人里って」

「…………」

「さて問題です。可哀想と思ったらする行動は何でしょう?」

「…………」

「さーん、にー、いーち、タイムアップ。答えは可哀想にならないようにする、でした!」

「…………?」

「あなたがやったのと同じこと。傷つけたくない、相手に可哀想になることをしたくない。だから近づかないようにした。それと一緒でね、相手もあなたに可哀想にしたくないと思うの。この場合だと…………そうねー、一人にしておくことが可哀想、だね」

「…………」

「皆あなたを受け入れてくれると思うよ。最初は同情から始まっての、ある意味仕方のない友情かもしれない。でもね、ずっと同じなんてありえないことだから。気持ちも行動も変わり続けるもの。いずれは本当の友情に変わるんだよ」

「…………」

「受け入れてくれも、自分が傷つけるかもしれない。それもわかるけど、大丈夫。あなたが気を付けていれば大丈夫だよ。心配だったら私もついていくからさ何かあったらすぐに止めてあげる」

「…………」

「今は皆お休みしてるから、お昼頃が良いね。ここで待ち合わせする? 十二時頃にさ」

「…………」

 

 般若さんは何も言うことなく私に背を向けて瞬く間にいなくなってしまった。しまったな、シャイな相手に話しすぎちゃったかな。人見知りとかは話したり遊んだりするのが苦手でも、聞き上手は多いっていうのはホントだね、思わず話しすぎちゃった。そしてそれも苦痛じゃない。これなら人付き合いも大丈夫気がするけどなあ。

 …………ひょっとして、私がおしゃべりなだけ?

 

「こいし」

 

 また辺りが静まり返ったタイミングでぬえっちが私の名前を呼んだ。

 

「なあに?」

「あの異名、本当だったのね」

「…………何のこと?」

「戯言使いって奴」

「戯言なんてとんでもない。私の本心で、本気だよ」

「ふーん。まあいいけど」

「それじゃ帰ろっか。付き合ってくれてありがとうね」

「どういたしまして。あ、今日は命蓮寺に泊まってく?」

「んー。そうだね。聖さんに報告しなきゃいけないし、そのほうが楽だ」

「決まり」

 

 私達は命蓮寺に向かって歩き出した。

 そういえば今回のこれ、報酬について何も言われてなかったけど、どうしよう。私が要求するのもなんだかいやーな感じだし…………やっぱりビジネスの話は先にしておくべきだよねー。

 

 

 ※

 

 

 今日は紅魔館に来た。

 人里に買い物に来ていた咲夜さんが「たまには妹様に会いに来てほしい」と言っていたので。まあ、言われずともいつかは来るつもりだったけど、言われたらすぐに行動しなきゃね。仕事をするようになってからこれを徹底するようになった。

 以前にここに来たように門番をスルーして侵入、フランのいる地下室に向かう。

 というか、なんでまだ地下にいるんだろう。もう問題はないはずなのに。

 単純に部屋の問題…………はないか。広すぎて持て余してるってレミリアさんも言ってたし。だったらフランの嗜好? そういうことにしとこ。考えても仕方ないからね。

 …………えーと、確かこの辺だったはず…………あ、あったあった。フランドールって名前も書いてある。

 私はノックすることなくドアを開けた。

 

「やっほー! 遊びに来たよー!」

「あ、こいし! いらっしゃい!」

 

 元気な様子のフランが私に抱き着いてきた。しばらくぶりだからだろうか、フランが私を抱きしめる力がとても強く感じる。少し痛い。

 あと、匂いが凄い。フランの、というわけじゃなくて、この部屋の。

 

「フラン? この匂いはどうしたの?」

「ん? 匂い? そんなする?」

「するする。血生臭い」

「あーなるほど。この前、さとりからペットを貰ったのよ。そのせいかな?」

 

 お姉ちゃんがペットを? 珍しいこともあるもんだ。小動物からデカいもの、更には珍獣と呼ばれるものまでこよなく愛するお姉ちゃんが他人にあげるなんて…………これはお姉ちゃんとフランとの間に相当な友情が深まってるとみていいのかな?

 あと、どんなペットを貰ったのか知らないけどこの血生臭さはあり得ないと思う。

 

「どんなの貰ったの? 猫とか?」

「ううん。ワニ」

「げぇ。ワニは苦手」

「そういえば噛まれてたね」

 

 噛まれてたというか。

 食い千切られたというか。

 そうか、あのワニか。何か名前を上げてた気がするけど。忘れた。ニワニワだっけ。とにかく、あいつならこの血生臭さはあり得る。私の腕で血の味を覚えてそうだもん。

 私はここに来たことを後悔した。まさかトラウマを抉られることになろうとは。

 

「じゃあ、ちょっとハニワには大人しくしててもらうね。ちょっと待ってて」

「うん。おねがーい」

 

 私は一旦部屋から出て、フランを待つ。部屋は防音になっているようで、中から何も聞こえてこない。

 時間にして三分ぐらいだろうか、フランが出てきて私を部屋に招いてくれた。

 

「どうぞどうぞ」

「ありがと」

 

 部屋の中は私が最初にフランの部屋に来た時と同じようになっていた。つまりは物が壊され放題。

 

「ありゃー。随分散らかってるね」

「こっちの方が落ち着くのよ。こいしもそうじゃない?」

「私は片付けが苦手なだけ」

「そっか。つまんないもんね」

「面倒なんだよ」

 

 私達は近況を報告しあったり、思い出話に花を咲かせていた。

 懐かしさに嬉しい気持ちになったり、逆に腕を裂かれるような幻肢痛を感じたりしたが、楽しかった。

 思えば、フランとの最初の出会いは殺し合いだもんね。不法侵入した私のせいなんだけど。けどそれもあってこうして友達になれたんだから、やっぱり世の中はどこかおかしい。

 

「そういえばさ、この間変わった事件があったのよ」

「へえ? どんな?」

「こいしに事件の解決を依頼しようとも思ったんだけど、何だかんだすぐに解決しちゃって」

「焦らさないでよ。どんな事件だったの?」

「神隠し事件。ほら、ここに来る時に湖あるじゃない? そこであったみたい」

「みたいって、フランは見てないの?」

「咲夜が巻き込まれたんだって。…………あそこ、いつも霧が濃いじゃない? おかげで視界が悪いのよね」

「そうだね。十歩先が見えないくらい」

「その霧の中にある一人の少女が入っていったの。咲夜もあれでお人好しだからね、危ないよーって警告したんだけど、その少女はそれを無視してどんどん進んで行っちゃったのよ」

「咲夜さんだと、お人好しだからっていうより紅魔館に近づかれたくなかったからな気もするけどね」

「…………かもね。とにかく、咲夜はそいつが気になって引き戻しに行ったのよ。そして人影が見えたから近づいてその手を取ったの」

「ふんふん」

「それがなんと別人。三十代の女性だったのよ。果たして、さっきの少女はどこに行ってしまったのか!」

「…………それが神隠し?」

「うん。ね、何でだと思う?」

 

 話をまとめると。

 少女が霧の中に入っていった。少女を探し出したと思ったら成人女性だった。

 …………はぁ。

 

「フラン」

「ん? なあに?」

「これ、フランが考えたんでしょ?」

「ぎく。…………何で?」

 

 私は黙って落ちている本に目を向ける。そのタイトルは「蜃気楼の不思議!」。

 

「あ」

「答えは蜃気楼って言いたいのかもしれないけど、そんな近距離じゃ蜃気楼は見えないよ。何キロだったかは覚えてないけど、ある程度の距離が必要だったはずだし」

 

 フランの中では。

 霧という気温の変化により現れる現象と、蜃気楼という光の屈折によって生まれるものを関連させて私に問題を出したかったのだろうけど、恐らくは咄嗟に考えたものだったのだろう、穴だらけだ。

 私の言ったこと以外にも問題点は幾つかあるけど、フランにダメージを負わせるのは好きじゃない。だからこれ以上は言わないことにした。

 …………問題、かあ。

 

「じゃあフラン。今度は私からフランに問題」

「む、こいしの問題? 何だか難しそうだけど、面白そうね。受けて立つよ」

「いわゆる水平思考パズルだね。私が問題を出すからフランは私に幾つか質問をして、謎を解き明かすって奴」

「ふむふむ。質問の数とかに制限はないの?」

「じゃあ二十で。あと質問はイエス、ノーで答えられる奴に限定ね」

「りょーかい」

 

 さて、どんな奴にしようかな。

 私が以前に解決した事件でもいいけど…………せっかく遊びなんだし、私の想像のものでいこう。

 

「一人の少年、名前はそらからくんとしようか。彼が散歩をしていると、公園のベンチに座って鳩にエサをあげてる男性がいたの。この人は様刻さんにしようか。そらからくんは自分も鳩と遊びたいって思って、様刻さんに声をかけた。そのエサをぼくにも頂戴ってね。すると様刻さんは顔を蒼白にして逃げちゃった。さて、どうしてかな?」

「…………それだけ?」

「これだけ。まあこっからノーヒントで解決なんて無理だからね、そこで私に質問するの」

 

 フランは考え込む。質問の数に制限があるから、下手なことは聞けないもんね。けど、こういうものの定石としてはとりあえず五つぐらい聞いておくこと。そこからある程度絞っていくってやり方がいいと思う。人それぞれだけどさ。

 三分後。フランは口を開いた。

 

「そらからくんは普通の人間?」

「妖怪とかじゃないよ。ただの一般人。先に断っておくと、こういう問題にオカルト要素はルール違反だから、そういう特別な力とかはないよ。言い忘れてたから、今の質問はなかったことにしていいよ」

「そう? じゃあ…………逃げたのはそらからくんのせい?」

「イエス」

「誰でも良かった?」

「イエス」

「誰でもいいのかあ…………そこにはそらからくん、様刻さんしかいなかった?」

「人間は、ならイエス。鳩がいるからね」

 

 第三者はそこにはいない。

 いるのは鳩にエサをやっていた様刻さん、それを見ていたそらからくん、そして何羽もの鳩だけ。

 これで質問は三つ。さてさてどうなるかな。

 

「そらからくんの言葉のせいで逃げたの?」

「イエス」

「エサが高級なものだった」

「イエス。高価には違いないね」

「…………高価なものを鳩に上げていたのかあ。その鳩に自分がエサを上げなきゃいけない理由があったってこと?」

「ノー。様刻さんからしたら、相手が鳩である必要もなかった」

「けど、動物である必要があった?」

「ノー」

「ってことは、必要もないのに鳩にエサを上げてたってこと? うがー、わからない」

 

 ここで情報をまとめてみよう。

 

 逃げたのはそらからくんのせい―イエス。

 誰でも良かった―イエス。

 第三者はその場にいたか―ノー。

 そらからくんの言葉のせいか―イエス。

 エサは高級か―イエス。

 様刻さんの手で鳩に餌をやる理由があったか―ノー。

 エサをやる相手が動物である必要はあったか―ノー。

 

 質問数七。うーん、真相に迫ってるような、離れてるようなって感じ。もっと根本的な質問があるんじゃないかな? フラン。

 

「そのエサは何なの?」

「イエスかノーじゃなきゃ答えられないよ」

「あ、そうだった。えーと、上げてたのは動物のエサ?」

「良い質問だね。答えはノー」

「それは食べられるもの?」

「イエス」

「…………人間も食べれる?」

「イエス」

「人間も食べられるもので、高級品。更には動物のエサってわけじゃない。ずばり、鳩に上げていたものは高級菓子だった!?」

「おお、そういう路線か。けど残念、ノーだよ」

「えー!?」

 

 そらからくんは少年だからね、食べられちゃうかもしれない、だから上げられない。それもいい考えだけど、それだと顔面蒼白な理由にならないんじゃないかな?

 質問数十一。一気に増えちゃったね?

 

「もっと色んな方面から考えないとねー」

「ぐぬぬ。…………あ、もしかしてそのエサは人に上げられないものだった?」

「イエス」

「そのエサは落ちたものだった?」

「ノー」

「違うのかあ。なのに上げられない理由…………そらからくんと様刻さんは知り合い?」

「ノー。初対面だよ」

「アレルギーとかかと思ったのに」

「残念。後六つだよ」

 

 …………何だか雲行きが怪しくなってきた。割と解きやすい問題にしたつもりだったんだけどなあ。

 ある部分に注目すればわかりやすいんだけど。

 

「そういえば、様刻さんは顔面蒼白にして逃げたんだったよね?」

「そうだよ」

「そらからくんは怖かったの? 人相とか」

「ノー。極めて普通の一般人だよ。幼いし、むしろ可愛かったんじゃないかな?」

「…………というか、そらからくんの言葉のせいだったね。エサが欲しい、だっけ。あ、これは確認で質問じゃないからね」

「うん、確かにそう言ったね」

「質問、後幾つ?」

「五」

「うっわ。どうしよう」

「頑張ってね」

 

 大事なのはそらからくんの言葉、それから顔面蒼白の様刻さん。

 そこに気付けばすぐ、かなあ?

 

「こいし。私の質問とその回答、何だっけ」

「ん、オッケイ。まとめるよ。

 逃げたのはそらからくんのせい―イエス。

 誰でも良かった―イエス。

 第三者はその場にいたか―ノー。

 そらからくんの言葉のせいか―イエス。

 エサは高級か―イエス。

 様刻さんの手で鳩に餌をやる理由があったか―ノー。

 エサをやる相手が動物である必要はあったか―ノー。

 上げてたのは動物のエサか―ノー。

 食べられるものか―イエス。

 人間も食べることが出来るか―イエス。

 高級菓子であったか―ノー。

 エサは人に上げられないものだったか―イエス。

 エサは落ちたものだったか―ノー。

 そらからくんと様刻さんは知り合いか―ノー。

 そらからくんは外見が怖かったか―ノー。

 計、十五個」

「…………あれ? 食べられるものであったか、ってどういうこと?」

「そのままだよ? フランに聞かれた通りに答えただけ」

「私、食べ物かって聞かなかったっけ?」

「いやいや。食べれるもの? って風に聞いたよ」

「…………こいし、わかってて言ってるでしょ?」

「出題者は出来るだけ言葉のそのまま受け取って答えなきゃいけないからね」

「じゃあ次の質問。それは食べ物?」

「ノー。食べれるけど、食べ物ではないよ」

 

 あれを食べ物と表現する人はいないだろう。

 食べられる、という言葉でさえ語弊があるかもしれないというのに。

 主に吸ったりするものだし。食べれなくもないけどね。

 

「次。それは、食べてはいけないもの?」

「イエス。いいよ、近づいてきた」

「毒物?」

「んー。厳密には違うかな。ほら、使用方法を守らないと危ないって奴、あるじゃない? あんな感じなんだよ。だから一応ノーにしておくけど、半分イエスみたいな?」

「使い方次第ってわけね。じゃあ、それは薬――いや、麻薬?」

「――――イエス」

 

 これでほぼ確定。あーあ、解けちゃったかあ。

 

「なるほどねー。麻薬か。…………けど、何で顔面蒼白にして逃げたのか、わかんないのよね」

「そうだね。麻薬だということは上げられなかった理由にしかならないもん」

「後二つだっけ。質問」

「うん」

「様刻さんは望んで麻薬を手に入れたわけではない?」

「…………ノー」

「二人のいた地域、そこでは麻薬中毒の子供が多かった?」

「イエス。…………さ、探偵さん。回答をどうぞ」

 

 以下、回答編。いつもは謎を解く側(真相を暴くわけじゃないけど)だから、犯人役はちょっと楽しみだったり。

 

「うん。まず様刻さんのやっていたエサは麻薬だった。何故それを持っていたか、それは様刻さん自身が作ってたんだよね? 騙されて作らされたか、はたまた自分の就ける仕事がそんな汚いことだけだったのか」

「ふふ。その質問は後者の設定だよ」

「様刻さんは自分の作った麻薬が子供達に蔓延していることに胸を痛めていた。そこで少しでも麻薬による被害を減らすため、麻薬そのものを減らすことを考えた。作るペースを落としたり――――鳩に食わせたり」

「捨てるだけだとダメだもんね」

「逃げたのは麻薬を持っているという負い目もあったんだろうけど、決定的なのは子供から、頂戴って言われたこと。罪悪感に耐えられなくなったんでしょ?」

「グッド。正解だよフラン。逃げきれるかと思ったんだけどなあ」

「ふっふっふ。甘い甘い。けど、楽しかったよ」

「今度はフランが考えてみてよ。今すぐじゃなくても、今度私が来た時にでも」

「うん! こいしが解けなさそうな難しいの考えておくね!」

 

 

 ※

 

 

 最近仕事がない。

 どうしたことだろう。もしかして、私はこの幻想郷のあらゆる問題を解決してしまったのではないだろうか!

 流石にないか。

 かといって自分から聞きに行ったりはしない。私はあくまでも受けた依頼だけをこなすことをポリシーとしている。動くのは頼られた時だけ。請負人は、請われて負う者だから。

 そしてそれに反するかのように私には友達が増えた。山へ行けば天狗が、湖に行けば妖精、天界に行けば天人、冥界に行けば亡霊、竹林に行けば兎、等々。どこへ行っても私と遊んでくれる友達がいる。

 うーむ。これはあれか、仕事の生きるか友情に生きるかということだろうか。どこかで聞いたような言葉だけど、生きることは殺すことと同義だ、正しくその通り。生き物を殺して食べてる、なんて何処でも言われることから、選択することは選択しないこと、とかいう何時だったか聞いたようなことまで、結局のところあらゆる行動にはそれと正反対のものがあるのが必然。

 …………あれ。ということは、だよ?

 

「出会ったら別れなきゃいけないの?」

「何を今更」

 

 こころちゃんにズバっと切られた。

 無表情でそんなことを言うもんだから、思わず本気にしちゃいそうになった。けどこころちゃんは表情がないもんね。真顔で冗談をいうタイプだもんね。

 ね?

 

「私とお前だってそうじゃないか。出会って、別れて、再会する。その繰り返し」

 

 ああ、そういうこと?

 確かにその通りだけど、私が言ってるのはそんな一時的なものじゃない。永久的なこと。ひょっとしたらそんなこともあるんじゃないだろうか。

 

「最初の出会いがあるなら、最後の別れもあるんじゃない?」

「うーん。妖怪に最期があるのかわからないけど」

「いつかは死ぬよ。生きてるもん」

「ふうん? それはさっきの正反対の理論?」

 

 そんな名前だったのか。

 それはあまり拘らないからいいんだけどね。

 

「そうだねー。生きるの反対は死ぬ、だから」

「じゃあ死ぬの反対は生きる?」

「…………そうなっちゃうね」

 

 理論が破綻しかけている。

 そうだ。正反対の理論が本当にあるなら、私が死ぬことで誰かが生きるということになる。それは身近なところだと牛が死んで牛肉になって誰かの空腹を癒す、そういうことになるけど、私が死んでもおいしくないだろうしなあ。

 発想を変えてみよう。

 

「例えば未来。私が誰かを殺すことになった場合、その前に私が死ねばその誰かは死なずに済む、つまりは生かすということになるのでは? ではでは?」

「そんな不確定なこと言われても」

「だよねー」

 

 流石にダメだよね。うん。

 

「じゃあさ、正反対の理論がなかったとした場合。人は二兎を追って二兎を得られる?」

「一兎も得られないのは途中で諦めるからだよ。二兎を捕まえるまで追い続ければ、二兎を得られるよ。だって捕まえるまで追いかけてるんでしょ? 大事なのは、真実に向かおうとする意志だよ」

「何かの本の受け売り?」

「バレた?」

「こころちゃんらしくないからね」

 

 私も外の世界で遊んでた時に読んだ気がする。ジョジョだっけ。

 真実に向かおうとする意志、ねえ。私は五部、あんまり好きじゃない。その理由というのも、今の真実に向かおうとする意志だとか、覚悟だとか、よくわからないからだ。

 なんだろう。やり通す力とか、諦めない心とか、そういうことなんだろうか。

 人間賛歌には違いないだろうけど…………あの作品、偶にそういう小難しいことが出てくるからなー。パパーっと見る分には面白いんだけど。波紋とかスタンドとか。

 クリームとジェイル・ハウス・ロックが好き。

 あ、キング・クリムゾンも良いよね。

 

「こころちゃんは何が好き?」

「何の話だ」

「好きなスタンド」

「パールジャムが可愛いと思う」

「可愛さならドラゴンズ・ドリームとかラバーズを押したいね」

「タスクは?」

「Act.2までかな」

 

 他愛のない会話。

 さっきまでの私の話をなかったことにしてるかのよう。

 話を振った私自身、考えたくないことだし――――多分、こころちゃんも触れられたくない部分なんだろうし。

 正反対の理論は。

 

「そういえば、感情の勉強を進んでる?」

「ふふん。勿論だ。見よ、私のグッドスマイル!」

 

 そういうこころちゃんは自分で頬を引っ張って歪な笑顔を浮かべている。

 私は本物の笑顔を作って、

 

「赤点、かな」

 

 厳しく採点してあげた。

 ショックを受けて悲しみのお面を被ってるこころちゃんを見て思う。

 こころちゃんが感情をお面に頼らなくていい日が来るのは何時になるんだろう。

 こころちゃんが頑張ってるのはわかる。毎日勉強してるのは知ってる。だけど、こころちゃんは元々そういう風に生まれた妖怪だ。面霊気っていうんだっけ。お姉ちゃんが相手の心を読める覚妖怪であるように、彼女はお面が感情を表す面霊気だ。それを使わないということは、自分の否定になるのではないだろうか。

 それこそ、私じゃあるまいし。

 自分の否定の先、そこにあるのは「無」だった。何もない。私は無意識だった。意識することが出来ず、意識されることもない。意識とは異なる場所に私はいた。そしてそれは、決して幸福なことじゃない。

 不幸から逃げても、幸福に辿り着けるわけじゃない。

 マイナスとプラスは正反対。さっきの正反対の理論で言えば、マイナスがあるからプラスがある。昔零崎とも話してたけど、プラスは突き詰めればプラスじゃなくなる。マイナスがあるからプラスを感じられる。

 そしてマイナスから逃げた場合。そこにあるのはプラスじゃなくてやっぱり「無」だ。マイナス一とプラス一の間はゼロでしかない。何もない。

 私が懸念しているのはそれだ。こころちゃんも「無」に行ってしまうのではないだろうか。お面に頼ることがマイナスと感じ、それから逃げるのなら、その先は決してプラスじゃない。少なくとも今あの頃の自分を振り返ると、幸福だったようには思えない。

 だからといってこうして頑張ってるこころちゃんを否定なんて出来ない。自分を変えようとしてるのを無駄のひところで切り捨てることなんて出来ない。

 どうしよう。もしかしたら全部私の思い違いで、失敗したのも私のやり方が不味かっただけで、こころちゃんは正しいことをしているのかもしれない。けどもし、私と同じ道を行くようなら止めなきゃいけない。

 …………うーん。どうしよっか。

 

「こいし? どうかしたの?」

「え? いやいや、何でもないよ。久しぶりに仕事がしたいなーって思っただけ」

「ないもんは仕方ないでしょ」

「そりゃそうだ」

 

 結論が出た。とはいえ私も長く悩んだりする系だから一時的なものだろうけど。

 ひとまずは静観しよう。私の憶測だけでこころちゃんの頑張りを否定なんて出来ない。もしその過程で危なそうだったら影からそっと支える、これだ。

 私は一つのことにひとまずの決着がついたことに軽く安堵を覚える。

 そして安堵すると、今度はお腹が空いた。

 

「よし、今日はこころちゃんのおごりで焼き鳥でも食べに行こうか」

「後半は乗るけど前半は聞き捨てならないな」

「よっしゃー! 今日は食いまくりだ―!」

「こら待て! 能楽でちまちま稼いだ金をどうする気だー!」

 

 ちらりとこころちゃんを見たが、

 やっぱり表情はお面だった。

 

 

 ※

 

 

「手紙を書くことにした。

 まあ、そんなことをその手紙に書くことじゃないんだけどさ、出だしに困っちゃって。

 宛先は特に決めてないけど、いーちゃんに届くといいなあって思いを込めて書きます。

 まず、私は元気です。いーちゃんと別れたあの日から、いろんな人と会って、いろんな事件に巻き込まれて。あ、今では請負人をやってます。いや、やってた、かな。もう仕事ないみたいだし。

 けど大丈夫。元々妖怪は仕事なんて必要ないもん。

 何を書こうかなって思いながらここまで書いたけど、やっぱり言いたいことをそのまま伝えることにするね。

 いーちゃんにあんなことを言っておいてなんだけど、私はもうダメだ。これ以上ここにはいられない。

 私は請負人なんてするべきじゃなかったんだ。請負人を始める前にお姉ちゃんにも止められたんだけどね、その時の私は何もわかってなかった。請け負うっていうのがどういうことなのか。

 請け負うことは、代替すること。誰かの代わりになること。それってさ、結局のところ自分という存在をなくすってことじゃない? 成り代わるんだからさ、そこに自分がいたら邪魔じゃない。自分として行動するんじゃなくて、依頼者の代わりを務めるのが請負人。そうでしょ?

 自己のない奴を、誰が人間だって認める?

 彼らにとっての私は道具だったんだよ。前にチラッと聞こえちゃってね。「請負人って本当に便利だよな」って。私にとっての請負人は皆のために、そして私のためのコミュニケーションツールだった。本当は便利って言われて喜ぶべきだったのかもしれない。けど、それには私が余計なものを持ち過ぎた。哀川さんに皮肉に構えることなんて私には出来なかった。

 仕事がなくなったって最初に書いたけど、それってね、友達がそういう人達から私を守ってくれてたからなんだって。詳しくは知らないけど、私で良からぬことをしようとしてたんだって。多分、その私に依頼させないっていうのが広まったんだろうね。そういう考えじゃない人も私に依頼することはなくなった。で、干されちゃってる。

 いーちゃんと会ってから私は変わったよ。自分を手に入れることも出来たし、友達もたくさん出来た。それは凄いプラスなこと。だけど、それと同時にマイナスもあった。

 それがさっきの請負人の話。今でこそ落ち着いたけど、私がそんなものを始めたせいでこの幻想郷を変えてしまった。詳細は伏せるけど、幻想郷全体を巻き込む事件もあったしね。これは本来、博麗の巫女っていう専門の人がやるべきことだったんだけど、私一人で解決に臨んだせいで事態を悪化させたり、そんなこともあった。

 私はここにいるべきじゃなかった。そう考えちゃった。こんな話、いーちゃんが聞いてもここの友達が聞いても否定するだろうと思う。優しいもん。けど、優しさなんていらない。

 いーちゃんはさ、自分の生まれてきた理由とかって考えたことある? 更に言うなら、どうして自分は無為式なんだろうってさ。自分が自分である理由っていうのかな。そういうことなんだけど。

 理由なんてないのかもしれない。けど、考えちゃう。というのもこの世界が物語だ、なんて言う狐に会ったからなんだけどね。

 いろいろ言ってた気がするけどほとんど忘れた。ただ覚えてるのは、物語であるってことだけ。物語にはさ、役割があるよね。主人公だとかヒロインだとかライバルだとか。それぞれが存在する理由がある。モブキャラはともかくとしてさ。

 じゃあ私は何なんだろう。覚として生まれて、無意識となり無為式となり、請負人になった私は何で生まれてきたんだろう。いや、それは過程か。生まれてきた時の私は覚だった。私は本来、覚としての役割を与えられたはずなんだよね。

 運命なんて信じないから、生まれてからのことを役割とはとても思わない。だってちゃんと自分で行動してきたんだから。誰かに言われたことだけをやったわけじゃない、自分で思ったことを自分の身体で行ってきた。これが運命なわけがない。けど、生まれてくるときに自分の意思があったわけじゃない。その時点では、間違いなく何かに決められていた。そうなるべきと生まれてくるわけだ。

 大体はその生まれた通りになる。お姉ちゃんは覚だ。フランは吸血鬼だ。こころちゃんは面霊気だ。ぬえっちは鵺だ。いーちゃんだって無為式でしょ? いや、いーちゃんは例外な気もするけどさ。

 けど私は変わった。変わってしまった。全くの別物になってしまった。物語の言う役割がなくなったんだ。それは、居場所がなくなったことに等しい。

 請負人にしたってそうなんだろうし。私の本来の役割とは異なるから、こうして弾かれているんだろう。

 ああ、今思い出した。狐さんが言ってたこと。バックノズルとジェイルオルタナティブだっけ。起こるべきことは必ず起こるって理論。けどこんなのは嘘だ。私がなくなって、代わりの存在が果たして居ただろうか。私の代わりの覚、そんなのはいない。私の代替存在はいなかった。

 私が代替してた役割は幾つかあったけどさ。そもそも、それが請負人の仕事だしね。役割を果たさない誰かのための救済措置。バックノズルとジェイルオルタナティブの最終手段。まあ、それすらも私の役割じゃなかったみたいなんだけど。

 何が言いたいのかって顔してるだろうから、結論。私はまた無意識に戻るよ。

 と言ってもどうやってああなるのかわかってないから、まったく同じようには出来ないけどさ。要はここからいなくなるってこと。私の存在は不要で、私の価値はなし。それどころが邪魔なんだってね。だったら昔のように誰からも意識されることない存在になろうと思って。

 ひょっとしたら、そっちこそが私の役割なのかもしれない。戯言だけどね。

 いーちゃんに見てもらいたいのは、ここまでを前提としてここから書くこと。私の懺悔だとかそんなのを知ってもらいたいわけじゃない。

 多分ね、いーちゃんはヒーローなんだよ。無為式って何だろうって考えてみるとさ、その物語の最上位なんだと思う。私みたいに外れてるんじゃなくて、頂点。つまりは主人公なんだろうって。

 主人公の資格はね、良い人だとか強い人じゃない。周りを動かす人なんだよ。影響力の強い人。それが主人公なんだと思う。いーちゃんはそんなのご免だって思うだろうけどね。

 だって私がいーちゃんに動かされた一人だもん。いーちゃんに壊されちゃってるんだもん。けどね、それは決して悪いことじゃないんだよ。物語的には最悪もいいところだけどさ。

 私は嬉しかったし、楽しかった。今の自分が壊されて、新しい自分が生まれて。そんな変化を与えてくれたのは紛れもない、いーちゃん。いーちゃんは無為式でいろんな人を壊して、物語を台無しにしたって言ってたね。けどそんな物語は世界の作る物語だよ。個人の物語じゃない。むしろ個人の物語はいーちゃんが作ったんだ。ただ流されるだけの人生に一石投じたのがいーちゃん。その結果壊れてしまっても、焦がれてしまっても、それはね、確かに生きた証。

 ありがとういーちゃん。私をくれて。「無」だった私に数字をくれて。

 だからね、いーちゃんは誇りを持っていいよ。その無為式に。皆に息吹を与えてくれる自分の存在に。

 もうとっくに気付いてると思うけど、いーちゃんは凄いんだから。

 じゃあ、お幸せに。

 

 

 追記。私は無為式なんかじゃなかったよ。やっぱり、いーちゃんは凄いな。

 

 

 ※

 

 

「拝啓 古明地こいし様。

 一応手紙だしと思ってこんな書き出しにしたけど、こいしちゃんが好きに書いてるのにぼくだけがこんな立派にするのも癪だからやめた。書き方を忘れたわけじゃない。

 まず、長くて飛ばし飛ばしに読んだことを許してほしい。ぼくは長い文章を見ると頭痛が起きるタイプなんだ。

 で、だけど。狐さんに会ったんだって? 一時期あの人の姿を見ないと思ったらそっちに行っていたのか。あの人のことだから迷惑をかけるだけかけていなくなってると思うけど、ぼくの監督不行き届きだ。ごめん。

 けどあの人の言うことなんて殆どが適当だから聞き逃していいよ。何も考えてない人だし。もしこいしちゃんの言葉があの人がきっかけなのなら、思い直してほしい。最悪の言葉に惑わされることほど不幸なこともない。

 もしも、もしもだ。君の叫びが本心だというのなら、ぼくから君に贈る言葉なんて一つしかない。

 

 甘えるな。

 

 それはただの逃避だ。昔に戻るなんて二度と言うな。

 君が思うことは自由だ。だけどそれだけは許さない。

 許されたいなら、

 やりたいことをやれ。

 ぼくの言葉は口にしなきゃ上手くいかないから、下手な伝え方になってるかもしれない。けどぼくは君が不幸になるのを見て何ていられない。こんなぼくでさえ幸せなんだ、君に幸せがないなんて許さない。

 ぼくから君に会うことは出来ないし、君からも会えないらしいことは哀川さんに聞いてる。けど忘れないでほしい。君がどう思っていようと、最低一人は君を、古明地こいしを想ってるってこと。

 ああ、こいしちゃんはそいつの名前を知らないんだっけ? それとも忘れたのか。

 じゃあ教えておこう。無理に覚えなくてもいい、どうせ忘れられない名前になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                           

 

 

  ※

 

 

 この幻想郷は外の世界とは隔離された場所だ。けど、繋がっていないわけじゃない。

 博麗神社がその筆頭だ。あの場所は、博麗神社は外の世界にもある。こっちとあっちを結ぶ唯一の場所だ。その他でも幻想郷と外を繋ぐ場所はある。繋ぐというよりは、延長線上にあるって感じかな。

 ここには川がある。川っていうのは海と繋がるのが当然だ。そうじゃないと水の流れる先がどうなってるのって話だ。ただし、川を沿って行っても結界があるから知らず知らずのうちに戻ってきちゃうけど。 

 それでも、戻るのは幻想郷の住民だけだ。物は結界に弾かれない。何時だったか、外の世界から流れて来た変な機械での騒動もあった。だから私はその性質を利用して、一通の手紙を流した。空き瓶に入れて、いーちゃんに届くように、と。

 それからの私は姿を消した。誰にも気づかれないように。

 これからどうしよう。気付かれないようにって言っても、それもなかなか難しいことだしなー。

 私の無意識を操る程度の能力も、殆ど消えかかっている。あれは私が潜在的に持っていたと思われる能力ではあるけど、それが表面化したのは、私の全部を捨てたことに起因する。それが戻りつつあったんだから、また心の奥底に眠ってしまうのはある種必然だ。

 また戻ってくるかもしれないけどさ。

 さあて、あの手紙でいーちゃんへの執着も最後だ。私は皆と別れてまた一人になろう。

 それが皆の幸せに繋がると、元々あった世界に戻れると信じて――――

 

「誰か助けて―!」

 

 ……………………。

 ああ、もう!

 私は帽子を深く被りなおすと、駆け足で悲鳴の合った方に足を向けた。

 出会うのに苦労があれば、別れるのもまた一苦労だ。

 捨てるのは簡単だ、なんて聞いたことがあったけど、それは嘘だ。拾うのと同じか、それ以上に捨てるのは難しい。

 だって、知っちゃったんだもん。拾ったものの良さに。それを意識して手放すことなんて出来ない。じゃあ無意識に捨てればって話だけど、その無意識を取り戻すのにまた苦労がいるんだよなあ…………はぁ。

 逆転の発想をしよう。以前の無意識こいしちゃんはやりたいように思ったように動いていた。それを再現すれば戻れるのでは?

 まあ、目的のあるわけでもないし、思った通り、感じた通りにやっていこう。

 …………あれ、あの頃の私ってなにも思わないし感じてなかったような…………。

 ……………………。

 何かもういいや。

 このどっちつかずが私らしさってことで。

 お粗末なもんだね。

 悲鳴の続く場所に来てみれば、見知らぬ女の子が狼に襲われそうになっていた。推定年齢十歳前後。多分、外来人かな。見たことない人だし、初めて見る服装だし。

 私は足元にある小石を狼に向かってシュートしてみた。

 狼は私の方を見るし、女の子も泣くのを一瞬止め、私を見た。

 結局こうして注目されてる自分に何か言いたくなったけど、それはそれとして。私は目の前の一匹と一人に語り掛ける。

 

「喧嘩、良くない」

 

 狼が標的を変えて、私に襲い掛かって来た。 

 とりあえず右腕を食わせて、左手で狼の両眼を潰す。視界が真っ暗になった狼は私の右腕を食い千切ってどこかへフラフラと走っていった。

 脅威は去った、ということで私は怯えている女の子ににこやかに話しかける。

 

「もう大丈夫だよ」

「どこが!?」

 

 あれ? 狼はどこか行ったよね? なんて思ったけど、どうやら女の子は私の腕のことを言っているようだ。こんなの唾を吐けなくても治るんだけど。

 やっぱり外来人なのかな。この幻想郷では妖怪は自己再生を覚えてるってことを知ってるはずだし。

 聞いてみるか。

 

「ねえねえ。君はどこから来たの?」

「そんなことよりその腕でしょ! えーっと、どうしよう…………包帯とか消毒とかじゃなくて、義手? 義手ってどこかに売ってたっけ…………えーと、えーと」

「落ち着いてよ。たかが腕の一本を取られただけだって」

「たかが!?」

 

 やばい。

 反応が面白い。からかいがいがあるなあ。けど何時までもこうして遊んでるわけにもいかないんだよね。この声を聞きつけて誰かが来ても困るし。

 早いところ人里に送って行こう。それとも博麗神社の方が良いかな。

 

「私のことは大丈夫だよ。妖怪やってるからね、勝手に治っちゃうの」

「…………妖怪? 薬やってるの間違いじゃなくて?」

「言ってくれるね。もっとやばいのやってるかもよ?」

「それだったら私はとっくに何かやられてるんじゃない?」

「今からするかもね。うずうずしてる。そんな私から提案。妖怪に襲われる前にやさしー巫女さんに会いたくない?」

「それこそ怪しいじゃん」

 

 ごもっとも。

 何か色々と対応を間違えた気がする。これ、逆に私がいるとややこしくなりそう。

 さっさとおさらばしよう。

 何か用事を思い出したように振る舞ってここから立ち去ろう。

 

「しまった。日課の豚の散歩に行かなければ…………」

「豚の散歩するんだ! 妖怪が!」

「うちのモーちゃんは我儘だから」

「しかもモーちゃんって! 牛じゃないんだから!」

「一々うるさいなあ。豚の品種がモーモーミルクだからモーちゃんなんだよ」

「え、その名前大丈夫なの?」

「えーいやかましい! 私は逆切れする最近の若者なんだよ!」

「自分で言うの!? ええと、あの、さようなら!」

 

 彼女の方から逃げてくれた。良かった良かった。

 何が良かったって妖怪は怖いものだってわかってくれたことだろう。人里でもそうだったけど、妖怪が軽視されてる傾向にあるからねぇ。フレンドリーな奴が人里に集まるんだから、そういう認識でも仕方ないんだけどさ。

 けど怖い奴は怖い。それをわかってもらわないと。

 さて。

 何か締まらないけど、これにてお終い。

 物語は続くだろう。世界が終わっても、物語は終わらないだろう。だけども私の物語はここでお終い。

 私が終わらないと始まらない物語もあることだろうしね。さっきの女の子が主役かも知れない。それとも私の友人達の物語かも知れないし、未だ見ぬ誰かのかもしれない。

 前にこころちゃんと話した正反対の理論だね。終わりがあるから、始まりがある。終わらないと始まらない。

 だから私はここで終わらなきゃいけないんだろう。

 …………うん。

 やっぱり、寂しいな。

 皆と会えないの、寂しいよ。

 けど戻るわけにはいかない。何者である私は戻れない。何者でない私に意味はない。

 

「戯言ね」

 

 決心、しなきゃ。

 私は終わらなきゃいけない。終わらなきゃいけない。

 ここにいちゃいけないんだ。

 私はそう呟いて、歩き出した。

 目的地はない。

 




「これで終わり?」みたいに思われるかもしれませんが、終わりです。
現実問題、綺麗に終わる物語なんてありえませんよね。
ん? 創作に現実を持ち込むな?

ごもっともです。

さて、それじゃこれも完結したので次の作品に取り掛かりますね。
二本同時進行で進めてみようかなって。このムイシキデイリーよりかはちゃんと考えてる作品なんで、もうちょいマシなものになるかなって。

ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。