世界変えるは天才少女と傭兵とバカップル二組 (砂利道)
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京都パージ編
時計仕掛けの惑星(クロックワーク・プラネット)


ども砂利道です。懲りずに新作です。多分この原作の二次小説は初じゃないすかね?作者は有名なんだけどなぁ…てか何で既に三作品書いててしかも完結もしてないのに新しいの書いたンすかね?もうこれ終わらす気ゼロでしょ?というわけで誰かバカによ~く効く薬を下さい。勿論中傷は無しでね!(チキンです)


 およそ千年前、何の前触れも無く地球は死んだ。なんて事のないただの“寿命の測り間違え”だった。宇宙人が攻めてくるでも、殺人ウィルスの散布でも、古代の怪獣の復活などの派手なものでは無く緩やかに、だけど確かに死んでいった。やがて地球は冷え込んでいきあらゆる生命がゆっくりと死んで逝く事を感じていた。ある男が現れるまでは。その男は莫大な富があるわけでも、強大な権力を持っている訳でもない。ましてどっかの小説の様に超常の力を持っている訳でもなかった。その人物は世界にこう言葉を放った。

 

『私はこの星の全機能を、歯車だけで動かす設計図を作った』

 

その男は時計技師だった。男は自らを“Y”と名乗った。

 

『見ていろ。私は全てを歯車で再現してみせる』

 

そして宣言通り彼は地球を時計仕掛けに作り変えた。たった一人の男の手によって地球は延命をはたした。そして彼は地球を変えた設計図をこう名付けた。

 

 

"時計仕掛けの惑星(クロックワーク・プラネット)"と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐおー…ちかれた…」

 

ようやく今日1日の授業が終わり帰宅を果たす。やはり毎日が同じと言うのは精神的に疲れる。世界はもっと刺激に溢れるべきだ。

 

「さーてと、ちゃっちゃと着替えて始めますか」

 

そこそこ大きい千年前から変わらない日本家屋、そこが俺、神連(かみつれ) ハヅキの家だ。住人は俺一人。両親は仕事先で行方不明、結構高名な技師だったらしく貯金は贅沢さえしなければ大学までは何とか食い繋いでいける程の額はあった。でも厳しいのは変わらないのでバイトはしている。俺は現在の格好である制服と長手袋からいつもの甚平に着替える、手袋は取らない。甚平って楽だよね。そして作業部屋と書かれた扉の前の備え付けの手洗い場で二の腕まである手袋ごと洗う。キチンと拭いた後作業部屋に入る。その部屋にあるのは手術室にあるようなベッドとその周りに無数とも言える様々な部品、そして何よりそのベッドの上には一人の少女…いや、一体の自動人形(オートマタ)が横たわっている。

 

「…ただいま、眠り姫さん」

 

ずっと前から、それこそ俺のひいひい祖父さんの代から家に保管されている名称不明の自動人形(オートマタ)。決定的過ぎる理由で動かない欠陥品だ。まぁ説明するために欠陥品と言ったが俺自身はそうは一ミリも思っていない。この自動人形はあまりにも綺麗過ぎるのだ。透き通るような人工皮膚、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイル、水面(みなも)に写したような腰まである空色の髪、歳で言えば17~18程だろう。この世のものとは思えない造形美がそこにある。だが一度(ひとたび)着られている少しくすんだ白のワンピースを脱がして(この時何とも言えない背徳感やら罪悪感が襲ってくる)うなじの辺りにある出っ張りを押せばそこには奇妙な現実が待っている。

 

「やっぱいつ見ても不思議だよな…」

 

出っ張りを押すことで開かれる背部の人工皮膚、その中には本来ぎっちりと何十億という単位の歯車やらシリンダーやらのパーツがあるはずなのだ。だがこの自動人形にはたったの7862個のパーツで出来ている心臓とも言える中枢とどの様な働きなのか分からない45892個のパーツで出来ている不明の機構が中心で浮いているだけ。後はどこにも歯車と言った類いの物が無いのだ。見るだけなら伽藍堂の体、でも俺だから、この両手を持っている俺だから分かる。これでいい、だけど後一つの何かが足りない。それが分かる。本来なら動く筈の無いほどに足りないパーツ、でも触れば分かるこの異次元を見ているような感覚、俺はその先が見たかった。だからこうして七歳からの十年間俺は足りない何かを探し求めてきた。こればかりは機械に異常なまでの愛情を注ぐ親しい後輩に話せないでいた。理由は簡単、

 

「ナオトの奴絶対に『観察させてくれ!』って言うからなぁ…こればっかりは譲れん」

 

俺は年がら年中ヘッドホンを掛けている機械が好きすぎる後輩を思いかける。

 

「そういやあいつも自動人形自作してるって言ってたな…できてんのか?お前さんはどう思うよ」

 

目を瞑り動かない自動人形に問いかける。当然返事はない。

 

「まっ、いつか見させてもらいますか。そしたらお前さんも一緒に見に行こうぜ」

 

叶うかどうか分からない約束に俺は不思議と顔を緩ます。いつかこの自動人形が動き、言葉を交わすことが出来ることを信じて。俺はいつも通り何かを探し当てるためにこの自動人形を調べ始めた。

 

 

 

 

しかしこの約束は未来永劫叶うことは無かった。俺に問題点があったわけでも眠り姫さんが動かなかった訳でもなく、単純にナオトの自作自動人形がこの世から消え去ったからだ。…なんか代わりに超絶美少女自動人形連れてたけど。

 

 

 

 

その頃のナオト

 

「なんじゃこりゃーーーーーー!!!?」

 

ナオト、半壊した自宅にて慟哭する。この瞬間、高校生にして家無し(ホームレス)が決定。強く生きろ、見浦ナオト!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んあ?もうこんな時間?」

 

早い事に既に三時間が経過していた。この後はバイトがあるので今日はここまでだ。俺は眠り姫の自動人形の背部を丁寧に閉じ、ワンピースを着せてそっと寝かせる。

 

「…また明日な、おやすみ」

 

俺は一つ挨拶をして作業部屋を後にする。本日の成果、変わらずに無し。

 

自転車を飛ばしておよそ30分、俺は区画(グリッド)・京都の大支柱(コア・タワー)に来ていた。

 

「ちわー!バイトの神連でーす!」

 

「んん?おお、神連君か。少し待ってなさい、今新島君を呼ぶから」

 

「うす、あざーす!」

 

ここが俺のバイト先。本来なら国の管轄でバイトを雇うというのはあり得ないのだが昔から良くしてくれていた新島リョウジ兄さんの必死の説得のお陰で簡単な自動人形(オートマタ)の整備や民間への備品の発注等のバイトをさせてもらっている。ほんとリョウ兄様々だ。

 

「ハヅキ、待たせたな」

 

「いやいや全然待ってないよ」

 

「そうか、なら行くぞ」

 

「うぃーす!」

 

俺は大支柱内部を一人で出歩くことは出来ない。当然だ。本来部外者なのだから。

 

「んで今日は何すれば良いの?」

 

「軽装型オートマタ三体の整備だな」

 

「え?マジで?いつもなら直接業務に関係無いものばっかだったじゃん。なんでいきなり軍関連のを?いや、触れるから良いけど」

 

「ああ、オフレコで頼むな。実は今大支柱に少し異常が見付かってな。その整備に大半のお付きの整備士が掛かり切りなんだよ。それに応援として国境なき技師団(マイスターギルド)を呼んだからその出迎えとかにも駆り出されたんだよ」

 

「え!?国境なき技師団(マイスターギルド)!?マジかよ。良く呼んだな、軍とはあんま折り合い良くないんじゃ無いの?」

 

「まぁそうだが、猫の手も借りたい位でな…」

 

「…そんなにヤバイの?」

 

「いや、心配するな。すぐに直せるから」

 

「そ、そう…あ、ここ?」

 

俺達は軽装自動人形格納庫という部屋に着いた。

 

「ああ、そうだ。入って右の所にあるからその三つを頼む。お前ならすぐに直せるだろ」

 

「直せるかは触らなきゃ分かんないよ」

 

「触っただけじゃ普通壊れた場所は分かんないよ」

 

リョウ兄は俺の手袋の理由を知っている。俺の『異常』に理解をしてくれた数少ない人だ。

 

「じゃあやりますか」

 

「…なぁハヅキ」

 

「ん?どったの?」

 

「明日から県外に出る気は無いか?」

 

「え?いきなり何?旅行のお誘い?そういうのはおじさん達か彼女さんを見付けて誘えよ」

 

「出る気は無いか?」

 

リョウ兄のどこか張り詰めた雰囲気に疑問を感じる。

 

「…今んとこ無いよ。遊びにいく友達もいないしな。それにやることもある」

 

「どうしてもか?」

 

「だからどうしたんだよ、出る気は無いって」

 

「…そうか」

 

「…なぁ、マジでどうしたの?リョウ兄らしく無いぜ?」

 

「…いや、何でもない。気にするな。じゃあ自動人形を頼むな、終わった頃に迎えに来る」

 

「え?お、おう…」

 

そう言うとリョウ兄は自分の持ち場に戻っていった。

 

「なんなんだ…?」

 

俺は首を傾げつつも自動人形の整備に取りかかった。

 

 

 

 

 

その頃のナオト

 

「すンませんでしたあああああああああッチョー欲しいですううううーーーーーーーーーっ!!!」

 

美少女自動人形(オートマタ)相手に10点満点の光速土下座をしていた。諸君よ、これが後に京都を救う英雄の姿だ。機械愛ここに極まれりのこの姿をしっかりと目に焼き付けることを推奨する。後のギャップに目眩するから。




いや、もうマジで将来不安過ぎ…


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限界時間(タイムリミット)

あれだね、やっぱ書き始めた直後はスラスラとストーリーが浮かぶね。この調子で書ければな~…







六月三日、十年前の滋賀のパージで死亡→十年前に滋賀のパージを調査に行って行方不明、に書き直しました。


今俺の足元には様々なパーツが散らばっている。既に2体は整備し終わったのだが残り1つが1度バラさなければならないような場所だったのだ。

 

「あーと…これか、まーた深いとこにあったな…」

 

故障箇所が見付かれば後は簡単だ。触った感覚が気持ち良くなるように直せば良いだけ。

 

「こうか?いや違うな…ああ、こうか!」

 

うむ、なんとも心地いい振動だ。

 

「よーし後は元の位置に戻すだけ、思ったより早く終わったな~」

 

テキパキとパーツを元の位置に戻していく。約1分でほとんど終わり後は中枢を戻すだけ。

 

「これで終わり…」

 

その時、

 

ガチャ

 

「ん?どなた…てぇ!?」

 

扉が開いた音がしたので振り返って見るとそこには立派な筋肉を付けた禿頭のグラサンを掛けた男がいた。ぶっちゃけよう。ヤーさんにしか見えない。

 

「うん?…ハズレか。あー済まないな坊主、仕事の邪魔だったか?」

 

「あー…いえ、もう終わりなので…」

 

「そうか。所でお前さん、軍か?そうには見えないんだが…」

 

「えっと、知り合いが軍でして…その伝手でバイトをしてるんです。主に備品の発注とかここの技師が直さないような備品の修理とか」

 

「なるほどな。あと聞きたいんだがここにお前さんと同じか少し年下位の女の子を見なかったか?頼まれた物を買ってきたんだが見付からなくてな…」

 

そう言ったヤーさんの手にはキャラメルたっぷりが売りのチョコレートが入った袋が握られていた。

 

「女の子ですか?…いえ、見てないです。というかここ30分位は俺以外居ませんでしたよ?」

 

「そうか、すまな「ハルター!どこ行ってたのよ!」…悪い、見付かった。ありがとな」

 

「あっ、いえいえ」

 

「じゃあ失礼する」

 

そう言ってそのヤーさんは部屋から出ていった。扉の向こうからは「遅い!あと十分早く来なさいよ!」「十分って言ったら買いに行ってすぐじゃないですか…」と会話が聞こえた。振り回されてんだなーと軽く同情を送る。会話からしてあの女の子に仕えているのだろう。ボディーガードかなんなのかだろうか。

 

「にしてもあれスゴいな…あんな義体初めて見た」

 

腕から感じ取った微細な振動からあのヤーさん事ハルターさんは完全義体であることは分かった。そしてあれが恐ろしく高性能ということも。

 

「どっかの…それこそ五大企業のプロトタイプか?見てみてぇな…」

 

ああいうのを見るとナオト程じゃないがこう、好奇心が掻き立てられる。やはり男の子はロマンとエロが好きなのだ!

 

「まぁそれは置いといて、ほい完成。やべぇ、かなり早く終わっちまった…仕事くんねぇかな?」

 

この後俺は迎えに来たリョウ兄に仕事が無いかを訪ねたがこれから先関係者以外立ち入り禁止になるとかで何時もより早く大支柱(コア・タワー)から追い出されてしまった。そんなに切羽詰まってるんならさっさと()()()()の異常直せばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けて翌日、俺はいつも通り学校に着く。俺は2年だがまず向かうのは1年の階、ナオトの所だ。ナオトにはたまに家に余ったパーツをお裾分けしている。

 

「おーいナオトー、いるかー?」

 

「んえ?ああ、先輩…」

 

「うわ、お前どうしたよその隈!夜更かしでもしたか?」

 

「昨日色々あったんですよ、ええ、そりゃほんと色々…」

 

「お、おう…そうか、ゆっくり休め。でも授業は受けとけよ、お前の耳なら将来技師としてやっていけるかも知れないがどうなるか分かんないんだから。あとこれな」

 

「いつもありがとうございます、授業は…無理そうっすね。興味ないんで」

 

「そうなったら補習で機械いじりの時間が減るだけだ」

 

「全力で頑張らせていただきます!!」

 

「相変わらずの手のひら返しの速さだな…」

 

苦笑混じりに俺は話す。そこでチャイムが鳴った。

 

「ま、相談出来ることがあるなら話せよ。できる範囲で手伝ってやるから」

 

「うす、あざした」

 

ナオトは教室に戻っていき俺もクラスへと向かっていった。途中ナオトの担任とすれ違ったがその後ろに途轍もなく綺麗な少女がいた。人間離れした美貌だ。

 

ーん?これって…

 

俺はすれ違った少女の後ろ姿を見詰める。

 

「おいおいマジかよ…昨日のヤーさんなんて目じゃねぇぞありゃ。あんな綺麗な振動初めてだ。何なんだあの()()()()()

 

俺は自動人形が生徒として学校に来たことよりあまりにも調和が取れているその振動に目を剥く。そのまま振動を感じてみたかったが生憎と時間なので後ろ髪引かれる思いでクラスへと戻っていく。

 

「眠り姫さんも動けばあんな綺麗な振動を感じさせてくれんのかな…?」

 

俺は自宅の作業部屋に眠っている自動人形(オートマタ)に期待を寄せながらその場をあとにした。

 

 

 

 

その頃のナオト

 

「いや、なにしてはるん?」

 

目の前にいきなり昨日主従を結んだばかりの自動人形が転校生としてやって来たので思わず方言で突っ込んでしまった。頑張れナオト、あと3秒後には君は視線による針の(むしろ)だ。耐えきってみせろ、男見浦ナオト!

 

 

 

 

 

 

 

 

「順調すぎですね…」

 

そう嘯くのは史上最年少で一級時計技師(マイスター)となった希代の天才少女、マリー・ベル・ブレゲだ。齢16と言う若さで国境なき技師団(マイスターギルド)の一翼を担っている。

 

「軍の介入が無い…という事ですね?」

 

答えたのはコンラッド。マリーの一団の整備士長を任されている老年のマイスターだ。片眼鏡から注がれる目線は優しくも意志の強い歳経た者が出せる独特のものだ。

 

「その通りです。呼び出した時から不信感はありましたがこれはもしかしたらもしかするかもしれませんね」

 

「ふむ…」

 

「…ところで整備士長、異常のある階層は分かりましたか?」

 

「いえ、既に三階層までは調べ終えましたが未だに見付かりません」

 

「そうですか…」

 

するとおもむろにマリーはエレベーターへと歩き出す。

 

「…外の空気を吸いたいのですが良いですか?」

 

マリーは監視役の軍属技師(テクニカル・フォース)に問う。

 

「…どうぞ」

 

そう言うと監視役の軍属技師も一緒に乗り込む。マリー達が居るところから地上までは分速1000メートルでも8分程かかる場所だ。その間エレベーター内部は重苦しい沈黙に包まれる。やがてマリーは耐えられなくなったのかのように振り返り、

 

「その銃、BR-19ですね?」

 

殊更明るい声で訪ねる。

 

「歯車の回転運動ではなく高速運動による空気の圧縮・解放で弾を飛ばす…従来の物に比べて反動が強いものの、その反動を利用して次弾の圧縮力を増幅させる為ストッピングパワーにも優れています。装弾数は通常七発。グリップには鹵獲防止のワイヤーが付いてますね。口径は…あら?45口径ですか?威力を優先するならBR-sp33ショートアサルトの方が便利では?」

 

スラスラとマリーの口から拳銃の説明が出たことに男は半ば呆れた顔になる。

 

「随分詳しいですね…」

 

「ええ、私の実家が作っているんです」

 

「実家?…ああ、成る程。ブレゲ社のご令嬢でしたね」

 

ブレゲ社…世界を代表する五大企業の一つでベビーベッドから大型輸送機まで手掛けている時計技師一家が運営する会社だ。

 

「ブレゲ家に生まれた者はブレゲ社で設計・販売している全ての製品を覚えるまで叩き込まれるのですよ。それはもう…」

 

「それは大変な苦労ですな」

 

「ええ、子供の頃は苦労したものです」

 

「ですが同時に幸せなこととも私は思いますよ」

 

「あ、あら?そうですか?」

 

マリーは予想外の返答にペースを崩す。

 

「それだけの事を覚えられる程の環境が整っていて、苦労はしたが不自由はしない生活だったと私は思えます」

 

「え、ええ。そうですね…」

 

「羨ましい限りです。何故あいつは良い家に生まれたのに恵まれなかったのか…」

 

「…失礼ですが"あいつ"とは?」

 

「私の実家の近くに住む弟分です。両親をマイスターに持つ才能ある奴ですよ」

 

「マイスター、ですか?お名前は?」

 

「神連です」

 

「か、神連!?それは本当ですか!?」

 

「ええ、やはりご存じで?」

 

「当然です!私の父と姉を抜かせば世界一の技師と呼び名が高い夫婦でしたよね?だけど確か…」

 

「はい、十年前に隣の区画(グリッド)・滋賀のパージを調べに行ってそのまま行方不明に…」

 

「…心中お察しします」

 

「いえ、本当に辛いのはあいつでしょうから…」

 

「お子さんは?」

 

「今年で17ですね。軍でバイトをしています」

 

「バイト?軍で、ですか?」

 

「生活費位私達で出してやると言ったんですがね…渋りまして。私が神連の名をフルに活用して上を説得したんです。実際名に見会うだけの働きはしていますよ。持て余してる感じですが…」

 

「そうですか、是非とも国境なき技師団(マイスターギルド)に欲しい人材ですね」

 

「軍も狙ってますよ?」

 

「なら早めにスカウトしておかなければ」

 

互いにどこかのほほんとした会話が続く。そこでふとマリーは何のためにこの状況を作り出したのかを思い出す。

 

ーし、しまったーーーーー!尋問して異常箇所吐かすつもりだったのについ話に乗ってしまったーーーーー!!

 

そこで無情にもエレベーターは地上に着いてしまう。

 

「ああ!しまった!」

 

「え?なにがです?」

 

「い、いえ。なにも…」

 

マリーはどんよりと肩を落とす。扉が開くとそこにはヤーさん…ではなくボディーガードのハルターがいた。

 

「あれ?マリー先生どうしたんですか?肩を落として?」

 

「なんでも無いわよ…」

 

「?とりあえず言われた通り持ってきたんだが…」

 

マリーはエレベーターに乗り込む前にハルターに水銀と偽って使う粒子歯車(ナノ・ギア)保存液を持ってくるようにお願いしてあったのだ。今となっては必要が無くなってしまったが。

 

「ええいもう!こうなったら実力行使だ!」

 

「「は?」」

 

ハルターと軍属技師…新島リョウジは同時に声を漏らす。その瞬間マリーは弾かれた様に動きだしリョウジを倒そうとするが…

 

「!?ぐっ…」

 

「嘘!?」

 

マリーの放った足払いをリョウジはその場で跳ねてマリーの足に手を付きバク転で躱す。そのまま空中で銃を引き抜きマリーに照準を合わせる。が、マリーはハルターに目線で指示を出し拘束させる。いくら軍属で戦闘訓練を受けていようが本物の戦場を潜り抜けてきた元陸軍のハルターには流石に分が悪かった。

 

「クソッ…」

 

「マリー先生…事情が飲み込めないんでなんとも言えんがいくらなんでもこれは無いでしょ…てかお前さん良く今の避けたな」

 

「生憎とこの手の技は何回も受けてきたんでな…というか離せ!」

 

「いや、離したいのは山々なんだがこのお嬢さんの指示が無きゃどうしようもなくてな…」

 

そう言うとリョウジはマリーを睨む。マリーは居心地が悪そうに視線を逸らす。

 

「し、仕方無いじゃない。元々尋問する予定だったのが思わぬ話を聞いちゃって忘れてたのよ…」

 

「「なおさら俺/この人に罪は無いじゃないか…」」

 

「うう…」

 

「はぁ…で何が聞きたいんだ?」

 

「え?喋ってくれるの?」

 

「こっちの出す要求を飲んでくれたらな」

 

「勿論飲むわよ!で、要求は?」

 

「一つは俺と家族の安全の保証」

 

「分かったわ、ブレゲ家に掛け合いましょう」

 

「もう一つはあいつの…神連ハヅキのサポートだ」

 

「さっきあなたが言ってた神連夫妻の子どもよね?こっちからお願いしたいくらいよ」

 

「ちょっと待ってくれお姫さん、神連って言ったか?」

 

「ええ、どうやら実家がここらしいのよ」

 

「マジかよ…とんだ儲けものだな」

 

「それで、要求はこれだけ?」

 

「ああ、それで、何が聞きたい?」

 

「もう分かってるでしょ?全部よ全部」

 

リョウジはため息一つの後自分が知りうる限りの情報を話した。異常があるのは二十四層であること、気候・重力制御に異常がある事、そしてそれが致命的であること。

 

「致命的…それはどのくらい?」

 

「…軍上層部が四十二時間後に崩壊(パージ)を行うと決定するくらいだ」

 

その言葉にマリーもハルターも思考が凍りつく。こいつは今なんて言った?四十二時間後にパージ?パージは時計仕掛けの惑星(クロックワーク・プラネット)にとって悪影響を及ぼすと判断された場合選択される最終手段だ。名の通り都市機構を人為的に崩壊させる。その場合は最低でも一ヶ月前に区画(グリッド)外退避の勧告が出るはずだ。なのにそれが四十二時間後に起こるというのに未だに勧告は出ていない。つまり、

 

「まさか…軍は2000万人の民を見捨てるってのか!?」

 

「…ああ、そうだ」

 

「ふざけるんじゃないわよ!!なんで勧告を出さないのよ!」

 

「気付いたのが遅すぎたという事、そして…証拠隠滅だ。軍のメンツの為にな。それにな、勧告は出てるんだよ。“軍と政府関係者”にはな…」

 

そうリョウジは諦めたような笑みを浮かべる。その顔をよく見ると目の下に隈が出来ている。

 

「それを聞いたあなたは何もしなかったの…?」

 

「…したに決まってるじゃないか!上層部には何回も再考を進言したし噂を流して不信感を煽ろうともしたさ!だけどな!たかだか下っ端のいち軍属技師(テクニカル・フォース)には何も出来なかったんだよ!」

 

それは慟哭とも言えるような叫びだった。そのあまりの剣幕にマリーはおろかハルターでさえ気圧される。

 

「もう手遅れなんだよ…だから俺は要求にハヅキのサポートを加えたんだ、やる事があるらしくてな、どうしても出ていかない…こうでもしないとあいつは京都から出て行ってくれない」

 

「…お姫さん、こいつを責めるのはお門違いだ」

 

「そうね…名前を聞いてもいいかしら?」

 

「…新島リョウジだ。」

 

「新島リョウジさん。この度はご協力感謝します。ブレゲの名に誓ってあなたとの約束は必ず守ります」

 

「ああ、家族を…ハヅキをよろしく頼む…」

 

リョウジは唇を噛み締め俯く。自分の無力さを嘆いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思っていたより何百倍も事態は深刻ね…」

 

「だな…どうするよ?」

 

「愚問ね、私が逃げるとでも?」

 

「だろうさ。それでこそお姫さんだ」

 

「ハルター、彼の家族の保護と神連ハヅキの発見を急いで。"リューズ"と同じくらいに」

 

「了解、至急手配する」

 

「さーて、面白くなってきたじゃない。飛行機から落とした"リューズ"然り、四十二時間のタイムリミット然り…ここからが本当の勝負よマリー・ベル・ブレゲ。気合いを入れなさい!」

 

ハルターは慌ただしく件の家族と少年の保護に移った。マリーは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。不安と恐怖、不可能という文字を無理くりに抑え込んで。

 

 

 

 

 

 

 

その頃のナオト

 

「で、説明をくれるかなナオト君?」

 

「え~と、それは…」

 

『ナオト様、この身の程を弁えずに私達に話しかけてくる愚民はどなたでしょうか?返答によっては排除させていただきます…この世から』

 

「待って、リューズそれは待って!」

 

と、なかなかにカオスなことになっていた。ナオトの受難はまだまだ続く…




新島君超良い人に…根は悪くないんだよね、漫画でもマリー達に危機を教えてたし!


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initial-Yシリーズ

すげー…どんどん思いつく…これ六月中に一巻分終わるんじゃね?


よし、落ち着け。俺は今どこにいる?(ただす)の森高校の中庭だ。今は何時だ?昼休みだ。じゃあ今どんな状況だ?なに、簡単な事だ。

 

 

リューズに連れていかれるままに昼飯を楽しんでたらハヅキ先輩が来て「お楽しみのところ悪いがちょっといいか?」って聞かれて俺が答える前にリューズが『私とナオト様の二人の時間に入ってこられるとは…どうやらあなた様の目は節穴で、かつ死んだ魚の目の様に腐っておいでのようですね。一度目を洗浄なさってから出直しては如何でしょうか?綺麗になることは無いと思いますが』と言って空気が凍っただけだ。

 

…うん、なにこの状況?

 

「…ああ、うん。そういうキャラなのね。一部の人には嬉しいご褒美なんじゃない?俺は違うけど」

 

『…少し驚きました。今までの方はこの時点で醜く地面に這いつくばっておられるのですが…もしかしてあなた様はナオト様並みの変態であられるのですか?』

 

「流石にナオトには負けるよ。勝ちたくもないけど。てかそういうのを言いたいんじゃなくてな」

 

先輩が俺の方を向く。

 

「ナオト、お前この自動人形(オートマタ)とどこで出会った?」

 

ああ、やっぱり先輩気付いてたか。

 

「え~とですね…話すと少し長くなるんすけど…」

 

「そうなの?昼休みあと5分しかねぇか…んじゃ放課後時間くれ。こっちからはあまり時間取らせねぇから」

 

「あ、はい。分かりました。…良いよねリューズ?」

 

『…ナオト様が仰るなら』

 

「悪いね、じゃまた」

 

そう言い残して先輩は戻っていった。いちいち動作がクールだなぁ…

 

『ナオト様、あの方はどなたですか?今までの愚劣凡庸たる方々とは違った方でしたが…何より私がオートマタであることに気付いていました。私自身人と遜色無いと思っているのですが…』

 

「リューズは人間以上だよ。あの人は俺が普段からすんごいお世話になってる先輩で神連ハヅキさんって言うんだ」

 

『そうなのですか?ではほんの少しだけ態度を改めなければなりませんね。今の変態であるナオト様を育て上げたのはあの方の様ですし』

 

「リューズさんそれ褒めてない…まぁそうしてもらえるとありがたいな。あの人キレるとマジで恐いから…」

 

やべぇ、思い出しただけで漏らしそう…

 

『あの空前絶後の変態であるナオト様にそこまで言わせるとは…やはりあの人も変態なのですね』

 

「ははは…すいません先輩、否定しにくいです。リューズの変態の基準がどうなのかは分からないけどそうかも。俺の話に平然とついてこれる人だし」

 

『ーあの方をナオト様より空豆一つ分下の変態に設定しておきますね』

 

「お願いだから先輩の前であまりそういうの言わないでね。俺が裁かれるから…」

 

ああ、どうか放課後が無事で過ごせます様に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、話してもらおうか?」

 

現在俺は京都の大支柱近くのファミレスに来ている。勿論ナオトとリューズちゃんにも来てもらっている。

 

「まず一つめ、どこでリューズちゃんと会った?」

 

「風呂に入ってたらコンテナごと落ちてきました」

 

「…ゴメン、初っぱなから躓いたわ。は?落ちてきた?」

 

「うす、ちょうど俺の家の真上を飛行機が通ったときにストッパーが外れたらしくて家に直撃でした」

 

「つーとなんだ?もしかしてお前の家…」

 

「見事に崩落、ホームレスの一員です」

 

「とんでもねぇことになってんなおい!お前これからどこで寝泊まりするんだよ!」

 

『それについてはご心配無く。既に検討をつけてあります』

 

「え?リューズマジで?」

 

『はい、ここから40分程のホテル街の"ザ・アーハン"というところに…』

 

「リューズちゃん、お前さんはナオトを社会的に殺す気か?んな所出入りしてるの見られたら一発で退学になるわ!」

 

『しかしそこ以上にコストとリターンが良いところはありませんよ?』

 

「いや、リューズ。流石にダメだから、せめて満喫に…」

 

「いやもうお前らうちに来い。部屋有り余ってるから問題ないし」

 

「え?いいんすか?」

 

「話聞かせてもらってる礼って事で良いよ。代わりにまだ聞きたいことがあるけど」

 

「全然いいっすよ、泊めてもらえる身ですし」

 

「んじゃ二つ目、リューズちゃん、お前は一体誰に造られた?五大企業ですら霞む精密さだよその造り」

 

『私はinitial-Yシリーズ壱番機です。つまりはあなた方がYと呼ぶものに造られました』

 

「Initial-Yシリーズ!?都市伝説じゃなかったのか…つーことはあれか?もしかして1000年前に造られたのか」

 

『その通りです。あなた様がノミの方々と違って理解が早くて大変助かります』

 

「いやまぁ似たようなのを見てるし…」

 

「先輩それ詳しく」

 

「あ、しまった失言だった…嫌だよ、いくらお前でも教えん」

 

「良いじゃないすか~」

 

『…ナオト様、私では不満だと?』

 

「リューズこそが至高で最上です、それは絶対不変の摂理だ!」

 

「ブレねぇなお前…」

 

俺は半ば呆れるを通り越して尊敬した。やっぱこいつの機械愛スゴいわ。

 

「んじゃ最後な…リューズちゃん、空色の髪の自動人形(オートマタ)について何か知ってることは無いか?」

 

その言葉にリューズちゃんは目を瞠る。

 

『…どこでそれを?』

 

「俺のひいひい爺さんの代からうちに保管されてるんだ。…やっぱ何か知ってるんだな?」

 

『直接目にしなければ確定は出来ません。しかし、もしも私の知っている自動人形でしたらそれは行方不明になっていた私の姉になる筈だった者です』

 

「…マジか」

 

「え!?リューズ姉いるの!?」

 

『いえ、いません』

 

「あ、あれ?」

 

「さっきリューズちゃん自身が"壱番機"って言ってただろうが…」

 

「あ、そっか…え、でも…」

 

『しいて言うならInitial-Yシリーズ無番機、と言ったところでしょうか?本来私は弐番機として造られる予定でした。しかしある理由で1000年も前から機能停止に陥っているのです。結果、私が壱番機となり、そのオートマタは番号を剥奪されたのです』

 

「その理由ってのは?それと名前は?」

 

『分かりません、名前もです』

 

「あれ?名前も知らんの?」

 

『はい。私が造られた時には既に機能停止をしていましたし見たことがあるのは一回だけです』

 

「うわー…ますます謎」

 

『…私からも一つ良いでしょうか?』

 

「うん?何?」

 

『あなた様はどうして私がオートマタであると気付いたのですか?私は確かに人間を超越した存在ではありますが一目で人では無いと気付くのは不可能だと申し上げます』

 

「すごい自分の評価上げてるね、しかも否定しにくい…ナオトの耳の事は?」

 

『存じ上げております』

 

「じゃあ話は早い。ナオトが耳に対して俺は、そうだな…超触覚とでも言うのかな?触覚が異常に敏感なんだ。触れば大体の事は分かる」

 

「先輩のそれホント訳分かんないっすよ」

 

「俺から言わせりゃお前の耳も訳分かんないよ。遮音性100%のヘッドホンつけて会話できるとか変態め」

 

「先輩も衝撃100%吸収の手袋付けて微細すぎる振動分かるとか変態っすよ?」

 

『…お二人が最上級の変態であることはよく分かりました』

 

「ナオトと一緒にせんでくれ」

 

『その上で一つ聞きたいのですが?』

 

「うん?」

 

『あなた様は先ほど触覚が異常に敏感と仰っていました。しかし手袋以外大した対策はしていないようにお見受けします。もしかして自身を痛めつける事がご趣味で?』

 

「昼も言ったがMじゃねぇ…つかよく負担がでかいって気づいたな」

 

『ナオト様がヘッドホンの有る無しでずいぶんと体調が変わっておりましたので。付け加えれば人の体に二つの耳と全身では負担がかなり違うと思います』

 

「正解だ。手袋付けなきゃ日常生活もままならねぇ。んでもって他の部位だけどな、感じないんだ」

 

『というと?』

 

「意図的に両腕以外の感覚神経は全部潰した。だから背中とか刺されても衝撃しか感じないんだよね…痛みが無い」

 

『…それはずいぶん』

 

「そ、危険だよ。気付いたら大けがとか昔はざらだった。代わりに腕はさらに敏感になったんだけどね」

 

『…やはりあなた様はナオト様に次いで変態ですね』

 

「その判定からは逃げらんねぇのかよ…」

 

どうやら俺はリューズちゃんに不動の変態と決定されたようだ。俺そこまで変態じゃねぇよ…

 

 

 

 

 

 

場所を移して現在俺の家。

 

「お前らの部屋はここな、トイレは突き当たりを右、喉渇いたら左に行けば台所があるから適当に飲んで良いぞ。風呂入りたいなら台所を突っ切った先だ。多分もう沸いてるから入れるぞ」

 

「…初めて先輩の家に来ましたけどなんすかこれ?でかすぎでしょ!?」

 

「お前の家が狭かったんだよ、この家は一般より少しでかい程度だ」

 

「十分過ぎますて…」

 

『確かにナオト様の元お家は虫の方々が住むに相応しい廃れ具合でしたね』

 

「リューズ…所々容赦無いよ…」

 

「あーあとお前ら、俺の部屋と作業部屋には絶対に入るなよ?入ったら問答無用で追い出すから」

 

「そんな!?作業部屋位見せてもらっても良いじゃないすか!」

 

「お前に眠り姫さんを見せるわけにはいかん。てかあれか?浮気でもする気か?」

 

『…ナオト様?』

 

「とんでも御座いません!リューズを裏切ることは現在過去未来永劫ありえません!」

 

「よーし、言質は取った。その誓い破るなよ?」

 

「あ!しまった!」

 

「んじゃあとは好きに過ごして良いぞ。あ、それとリューズちゃん」

 

『何でしょうか?』

 

「ナオトは入れられねぇがリューズちゃんには後で眠り姫さんがYシリーズか確認して貰いたいから後で来てくれ。玄関から真逆の一番奥だ」

 

『そうですか…確かに私も姉であるか確認したいので後でお伺いします。それと206年もの間機能停止に陥っていましたので情報収集したいのですが…』

 

「書斎ならこの部屋から出て左の角部屋だ。好きに読んで良いぞ」

 

『ありがとうございます。あなた様はどうやらまともな変態であられるようで安心します』

 

「いい加減変態のレッテル外してくんねぇかな…まぁ良いや、ゆっくり過ごしな」

 

俺はそのまま自分の部屋に向かう。まずは着替えなくては。

 

 

 

 

 

 

「…良いよな、リューズだけ先輩の作業部屋入れて」

 

『ナオト様…やはり私の事がお気に召さず…』

 

「違うって!そうじゃなくてさ、俺昔から先輩に作業部屋見せてくれって頼んでたんだよ。それでも頑なに見せてくれなかったからさ、スゴい気になってたんだよ。それにさ、リューズの姉がいるんだろ?だったら動かしてあげてちゃんとした姉妹対面ってしてあげたいじゃん。リューズ以外に手を出す気はないけど先輩とリューズの為に手伝ってあげたいんだよね。ほら、俺お世話になりっぱなしだったから」

 

『…ナオト様、その心意気は大変美徳です』

 

「でしょ?なら…」

 

『しかしだからこそ止めた方がよろしいかと思います』

 

「…どうして?」

 

『それがハヅキ様の信頼に答える唯一の事だと思っているからです。ナオト様とハヅキ様の親交をあまり知らない私ですらお二人は信頼しあってるとお見受けできます。ならばそれに答えるべきではありませんか?』

 

「確かにそうだけど…」

 

『…ナオト様はもし、私が機能停止に陥っていて長年直そうとしている時にハヅキ様が見せてくれと仰ったら如何しますか?』

 

「問答無用で断る!」

 

『それと同じことと思います。人にはそれぞれ譲れない一線があるのでしょう』

 

「…分かった。見には行かないよ」

 

『ご理解いただきありがとうございます。それではナオト様、私は情報収集の為に書斎へと参ろうと思いますがナオト様は如何しましょう?』

 

「あー、俺は風呂に入ってくるよ。風呂出たらそのまま部屋にいるから」

 

『了解しました。それでは暫くの間お側を離れることをお許し下さい』

 

「大丈夫だよ、気にしないで」

 

『それでは失礼致します』

 

「うん、また後でね」

 

そう言ってリューズは書斎に向かっていった。俺は風呂場に向かって歩き出す。

 

「…見には行かないけど聞くのは良いよね?」

 

俺はゆっくりとヘッドホンを外す。耳を澄ます。部屋を照らす照明歯車(ライト・ギア)の音、お湯を沸かす加熱歯車(ヒート・ギア)の音、さまざまな生活の音がするなか、先輩の言っていた一番奥の部屋、そこだけ異常に音が小さかった。

 

「聞き取りづらいな…」

 

俺は更に集中する。

 

『……が来て…だ。も…したらお…さんの…うとかも…ないオート…もいる…』

 

「え~と?」

 

ー今後輩が来てるんだ。もしかしたらお前さんの妹かもしれないオートマタもいるんだぜ?

 

「先輩…動かないオートマタに話しかけてるのか」

 

その行動原理は良く分かる。長く一緒にいると家族の様に感じてくるからついつい話し掛けてしまうんだよな。更に集中する。てか先輩の作業部屋スゴいな、俺がここまで耳澄まさないと聞こえない防音設備備えてるなんて。

 

『ほんと良いやつだよ。機械にしか目がないのは流石に考えものだけど何処までも公平(フェア)な奴だ。自分だけ良い思いをしようなんて考えない。ちゃんと対価を用意する。多分あいつの事だから泊めてもらうお礼にお前さんを動かすのを手伝う気だったんだろうな』

 

「うあ…バレてらっしゃる」

 

『でもやっぱ我慢ならねぇんだよな、他の奴には見せたくないんだ。お前を俺の物だけにしたい、そう考えちまう。これってエゴなのかな?』

 

「いやいや、それが普通だと思いますよ?」

 

俺だってリューズが他の奴の手に渡るなんて絶対に嫌だ。

 

『でももしかしたら本当になにも出来なかったら手伝ってもらうかも知れねぇな…そうなってほしくないけどな!』

 

「…もしその時が来たら全力で頑張らせてもらいます」

 

俺はそこまで聞いてようやく気づく。先輩の作業部屋からの主な音は1つだけ。つまり先輩の音しかしないのだ。先輩が話し掛けているであろうオートマタからは一切の音がしない。ゼンマイが動いてる様子もない。

 

「このオートマタ…本当に動くのか?不安になるくらい音が全くしないぞ?」

 

『ほんと不安になるよな~ナオト?』

 

「はい、本当に…え?」

 

あ、あれ?会話が成立してる?どうやらいつの間にか先輩は右腕の手袋外して壁に手を付けていたようだ。

 

『お前に聞こえて俺が感じ取れない訳ないだろ?』

 

「あ、あははは…」

 

いやいや先輩、耳ならともかく振動で何言ってるか分かるって凄すぎです。それ腕が耳じゃないすか。俺は体中から冷や汗が吹き出してきた。それはもう滝の如く。

 

『お前後で折檻な』

 

「ギャーーーーーーーーーーーー!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後…

 

『ナオト様…ナオト様は随分と学習能力が無いのでございますね、さながら鶏の様でございます。いえ、もしかしたら鶏の方が記憶力が良いかもしれません。いくら3歩で忘れるとしても本能では危険な場所を覚えられるのですから』

 

冷たい廊下には主に忠告を無視された従者(リューズ)が廊下に突っ伏す頭にたん瘤を乗っけたバカな主(ナオト)を氷の如く冷たい視線を送っていた。こんなバカが京都を救うまであと十九時間…




裏話
ナオト「ちょ、先輩!?なんで脚振り上げてんすか!?」

ハヅキ「手で殴ったら俺が死ぬからだよ!主に衝撃による脳の負荷でな!という訳で覚悟ーーーーーーー!!」

ナオト「踵落としはないでグボァ!」

リューズ『ナオト様!?ハヅキ様これは一体どういう事で?返答次第では…』

ハヅキ「見には来なかった。だが盗聴していた。謝らんぞ」

リューズ『…どうやらナオト様が全面的に悪いようですね。約束を守れなかった愚かな主に代わり謝罪します』

ハヅキ「おう、お前さんからもキツ~く言っといてくれ」

リューズ『承知いたしました。今後このような事が無いように地獄に落としてから手を差し伸べまた離す方式でやらせていただきます』

ハヅキ「わぁえげつない、じゃあよろしくね」

ナオト(俺、生きてられるかな…精神的に)




完!


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廻転、開始

ヒャッハーーーーーー!筆が進むぜーーーーーー!


大支柱(コア・タワー)内部の一室、そこには国境なき技師団(マイスターギルド)の各班長とマリーが重苦しい沈黙を携えていた。

 

「圧倒的に時間が足りません」

 

整備士長のコンラッドが沈黙を破る。観測班長のハンネスが続く。

 

「問題は障害を引き起こしている原因が特定出来ないことです。気圧制御機構が異常を起こしているのは確かですが、計測装置の数値は正常です。つまり単なるシステムの劣化や故障が原因とは言えません大支柱(コア・タワー)は各層が独立しているので異常箇所は第二十四層で間違いありません。これは観測班一同、断言できます。しかし…」

 

ハンネスの言葉を今度は解析班長のマッシモが引き継ぐ。

 

「観測班のデータを元に解析し、問題パターンを計算したところ5億6349万9352通りに及びました。せめて後1ヶ月…いえ、2週間あれば場所を特定出来るのですが…」

 

5億を越える問題パターンを2週間で特定すると言うのは驚異的だがマリーは沈痛な顔で首を横に振る。

 

「そんな時間はありません」

 

「マリー先生、ですがどう考えても時間が足りません」

 

通信士長は青い顔で言う。

 

「今現在のデータを交渉材料にしてパージを遅らしてもらうというのは…」

 

「難しいでしょうね。現在の作業概要はどうなっていますか?」

 

マリーの問いにコンラッドが答える。

 

「作業短縮の為に考えられるパターンを3万5034通りにまで絞って、整備班・通信班と連携して総当たりの作業を行っております」

 

「その選定基準は?」

 

「ただの勘ですな」

 

コンラッドの言葉に解析班長を除く全員から白い目が向けられる。だがコンラッドは意に介さずに続ける。

 

「多少言葉を飾るなら、同型のパターンを弾き出して今までの記録から類似の事例を拾い、なるべく可能性の高く容易な順に、と言ったところですな。まぁはっきり言って気休めです」

 

マリーは再び問う。

 

「見込みはあるのですか?」

 

「ありませんな」

 

コンラッドが即答する。

 

「しかしそうでもしなければ確認作業終えるなど不可能です。というより現状、その3万5000通りですら試行出来るかどうか」

 

「他に打てる手だては?」

 

「今の我々の装備・技術ではこれが限界です」

 

すると輸送担当のスタッフが立ち上がりマリーに進言する。

 

「マリー先生、都市の崩落が防げないなら脱出手段を検討するべきでは…?」

 

ハンネスが血相を変えて立ち上がる。

 

「軍と同じようにパージを受け入れろと言うのか!」

 

「当然私も最後まで続ける覚悟はあります!しかし現実問題として成功の見込みがないなら次善の策を検討するべきです!」

 

マリーは強張った顔で尋ねる。

 

「それは市民に避難勧告を出す、ということですか?」

 

「はい、その通りです」

 

「でしたら不可能です。我々にその権限はありませんし、第一どうやってたかだか102名の技師で2000万人の市民を避難させるのですか?」

 

冷静に告げたマリーの言葉に輸送担当のスタッフが歯噛みをする。もし、彼の言う通りに避難勧告を出したらそれこそ前代未聞のパニックに陥るだろう。

 

「確かに危険もありますが見込みの無い修理より最終的な犠牲者を減らすべきでは?」

 

それでも輸送担当のスタッフは食い下がる。

 

「隠蔽の為に軍がパージを早める可能性もあるんじゃないかね?」

 

コンラッドが独り言の様にぼそりと呟く。その言葉に会議室の全員がなんとも言えない表情になる。

 

「…まさか、そんな」

 

「軍が何を躊躇うと?連中は既に見捨てる気なんだ、だとしたらあとは遅いか早いかの違いだけだ」

 

「2000万人の市民がいるんですよ!?」

 

「同じことだよ」

 

コンラッドは続ける。

 

「奴等にとって最悪なのは"軍が都市を見捨てた"ということを公表されることだ。さらには今、連中が邪魔をしてこないのはあちらにとって都合が良いからだ」

 

「どういうことですか、整備士長」

 

マリーの問いに老年に差し掛かった経験者は語る。

 

「良いですか?まず前提として後10時間でこの都市を修理することは不可能です。少なくとも軍はそう思っているし客観的に見てもその通りだ」

 

「整備士長!しかし!」

 

「落ち着けハンネス。勿論儂も諦めるつもりは毛頭無い。だが軍はとっくに諦めパージを決めとる。問題はその後だ。パージの後、連中はどうなる?」

 

「それは…」

 

「そりゃもうボロクソに叩かれるな?一つの都市が消え去るんだ、隠しきることは不可能。上の人間の首がゴッソリと飛ぶ。ーそこで儂らだ」

 

コンラッドは会議室をぐるりと見渡す。誰も口をきけない中、マリーが代表して口を開いた。

 

「つまり…"技師団(ギルド)を呼び、決死の修理作業をしたものの力及ばず尊い市民の命を救うことが出来ませんでした"…と言うことですか?」

 

コンラッドは笑顔を見せる。

 

「マリー先生、あなたは優しいですな」

 

「ふぇ?」

 

思わず一団を引き連れる第一級時計技師(マイスター)のマリーの演技を忘れる。

 

「残念ですが世の中はもっと汚れているものです。連中のシナリオは恐らくこうでしょう…」

 

マリーはその先を聞きたくなかった。だが無情にもコンラッドは告げる。

 

 

 

 

「"我々の決死の修理作業に技師団(ギルド)が割り込み、あげく失敗、急な都市崩落が起こり避難が間に合いませんでした。きわめて遺憾なことであります"ーとね」

 

 

 

 

その時、大きな音を立てて扉が開く。開けた張本人はハルターだ。

 

「失礼、たった今技師団本部から通達がありましてね」

 

ハルターはマリーに近づき書類を渡す。マリーはその通達を見て顔を怒りに歪め書類を握り潰した。そこには"撤退命令"の文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少し遡り神連宅。

 

「おーい、ナオトー!起きろー!」

 

「…なんすか先輩?」

 

「飯だ、さっさと席に着け」

 

「…わざわざ用意してもらってすいません」

 

「一人分多く作るなんざ大した手間じゃねぇ。…てか眠そうだな?」

 

「…昨日遅くまでリューズから説教受けてて」

 

「なるほど、同情はせん。お前が悪いからな」

 

「はい、仰る通りです…」

 

『これでナオト様も約束を守るという幼稚園児でさえ出来る事を覚えられれば良いのですが…』

 

「出来てもらわなきゃ困る…んでもってお早うリューズちゃん」

 

『お早うございます、ハヅキ様』

 

寝ぼけ眼を擦りながらナオトが起きてくる、その後ろには涼しい顔でリューズちゃんが付き従っている。こうして見るとマジでダメ主と完璧従者だな…その通りだけど。

 

「にしてもまさか本当に眠り姫さんがinitial-Yシリーズだったとはなぁ…」

 

『厳密には違いますが私もまさかこのようなところで姉に会えるとは思いませんでした』

 

「ほんと世の中何があるか分からん…あ、食っていいぞ」

 

昨日ナオトの説教の前にリューズちゃんに作業部屋まで来てもらい眠り姫さんを見てもらったのだ。最初はまだ疑わしかったようだが姿を確認した瞬間名も知らない姉であると確信したらしい。

 

「いただきます…」

 

「おう、食え食え」

 

ナオトはもそもそと朝飯を食べ始める。リューズちゃんは寝癖の付いてるナオトの頭を甲斐甲斐しく撫で付けている。

 

「お前らこの後どうすんだ?俺は作業部屋に籠るけど」

 

『この後でしたら市内に出かけナオト様の身の回りの物を買いに行こうと思っております。ついでにナオト様の水簿らしいお姿を私が仕えるにふさわしい姿になってもらおうかと。雀の涙ほどの努力でしょうが』

 

「リューズちゃん朝から全開だなぁ…了解。玄関は開けとくから終わったら勝手に入っていいぞ」

 

『お気遣い感謝いたします』

 

「ちょっと待ってリューズ、通帳の中今月の食費ぐらいしか入ってなかった筈なんだけど…」

 

『ご安心ください、ナオト様のなけなしの貯金を運用して増やしました』

 

そう言ってリューズちゃんは通帳を取り出しナオトに渡す。するとナオトは目を剥いて、

 

「りゅ、りゅりゅ、りゅりゅりゅりゅーりゅーリューズずずずずさささささん!?」

 

『ナオト様、いくら私の手腕に賛辞を贈るとしてもそのような聞くに耐えない奇怪なラップ調では伝わるものも伝わりませんよ?』

 

「違えぇよ!え、これマジでどうしたの?やばい事に手染めてないよね!?」

 

俺はちょいとナオトから通帳を拝借して見る。ゼロがひぃ、ふぅ、みぃ…

 

「……ナオト、ムショに入ってもちゃんと会いに行ってやるからな」

 

「先輩怖い事言わないで!」

 

いや、だって、ねぇ…?

 

『ご安心下さい、決して警察に追われるようなことはしていません。更に言えば例え終われることになっても逃げ切ることは造作もありません』

 

「余計に不安になったよ!」

 

ナオトの悲痛な叫びが食卓に広がる。

 

「真面目な話これどうしたん?」

 

『先程も申しました通りナオト様の貯金を運用しました。信用経済とは極論、何もないところからお金を生み出すシステムの総称です。仕組みを熟知し、使いこなせるだけの知性があれば誰でも出来ます』

 

ーそんなわけねぇ…

 

俺とナオトは同時に思った。

 

『ともかく資金面の方は解消されました。以降ナオト様は不自由無くヒモ…失礼。優雅な生活を御堪能下さい』

 

「リューズ、今ヒモって言わなかった?」

 

『まさか、いかに100対1以上の割合で増やしたとしても元金はナオト様の貯金ですのでこれはナオト様の財産でございます。ご自身の財産をヒモ潰したところでヒモ呼ばわりされる理由などあろうヒモがございませんヒモ』

 

「リューズちゃーん、語尾がヒモになってるよー」

 

にしてもヒモねぇ…

 

「オートマタに養ってもらうヒモかぁ…」

 

「先輩言わないでぇ!今同じこと考えてたからぁ!」

 

「あっははは、ヒモト君優雅な暮らしを過ごしてね?」

 

「ぐっはぁ!」

 

おっと、ナオト改めヒモトが血を吐いて倒れ伏しちまった。俺は平和な光景に目を細めたがその時、

 

「ん?」

 

ナオトが顔をあげ僅かに顔を顰める。

 

「どうした?」

 

「いや、音が…」

 

次の瞬間、

 

 

 

 

ズンッッ!!

 

 

 

「おお!?」

 

食卓に並んでるものが一瞬浮かび上がる。重力異常だ。

 

「くっそお役所仕事しろ!!」

 

俺は散らばってしまった部屋を見て悪態を付く。

 

「あーもう。手、付けて無かったから気付けなかった…」

 

「さっさと二十四層の異常直せば良いですのにね」

 

「だなぁ…」

 

俺とナオトは互いに自分の異常性を使って気付いていたことに溜め息をつく。

 

「てか眠り姫さん!?」

 

俺は慌てて作業部屋に向かう。途中ナオトが付いてこようとしていたが、

 

『…ナオト様?まさか昨日の事をお忘れで?』

 

「滅相もありませんリューズさん!私目は今後一切リューズさんとの誓いを破ることは致しません!」

 

と、半ば条件反射で即答していた。リューズちゃんマジパネェ。あとナオトェ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都セントラルホテルの一室、そこには現在三人の人物がいた。

 

「どういうことですか!」

 

その一人、マリーが吼える。

 

「文面通りですよ、マリー・ベル・ブレゲさん」

 

それを涼しい顔で流しているのはリモンズと言う技師団(ギルド)から派遣された優男風の青年だ。

 

「ギルドは事情を知ってこんなふざけた命令を出しているのですか!」

 

「当然です」

 

マリーはリモンズのあまりに淡々とした答えに愕然とする。

 

「2000万の人々を見捨てるというのですか…?」

 

「必要な犠牲です」

 

リモンズは紅茶を口に含み静かに目を閉じる。

 

「今回のは軍の能力不足でした。それを隠蔽するためのパージです。それでは技師団を頼れば良い?ですが絶対的に我々の数は少ない。人類45億人、2万本の大支柱と都市圏。軍はこれ以外の補助の時計塔を含めた600万もの施設を管理しているのです。もしも今回の件が明るみに出て軍が信頼を失えば誰が管理するというのですか?」

 

「それは暴論です!こんな事をまたさせない為にも今回の件は止めなければなりません!」

 

「軍に自浄を求めると?それこそ不可能だ」

 

リモンズの要領を得ない答えに苛立ちが募るマリー。

 

「…何が言いたいのですか?」

 

「持ちつ持たれつ、と言うことですよ」

 

リモンズはマリーのそんな様子に薄笑いを浮かべる。

 

「軍も技師団も欠けてはならないものです。我々も優秀な人材を吸い上げている負い目があるのですから今回くらいは私達が泥を被っても良いでしょう」

 

「…その為なら市民を見殺しにしても構わないと?」

 

「先程も言いましたが必要な、悼むべき犠牲です」

 

リモンズは頷く。そんなことは微塵も思っていない顔で。

 

「…お話は分かりました」

 

マリーはリモンズの前の机に勢い良く書類を叩きつける。そして扉へ歩き出す。

 

「どちらへ?」

 

「現場に戻って作業です。私は諦める気はさらさらありません!」

 

「困りますな、勝手な行動は」

 

「知ったことか、行くわよハルター」

 

そこで部屋にいたもう一人…ハルターはマリーの後ろを庇うように付いていく。

 

「ではあなたの権限は剥奪ですね」

 

ドアノブに伸びていたマリーの手がピタリと止まる。リモンズは懐から一つの書類を取り出していた。

 

「貴殿、マリー・ベル・ブレゲは輪歴1013年4月10日に第992回総括会議において"国境なき技師団(マイスターギルド)"第一課第ニ団団長に任命されたものであるが、直轄本部の指示に対する違反が確認された為、略式会議をもってその地位と権限を剥奪するものとする」

 

リモンズはにこやかに書類を渡す。

 

「形式は整ってますよ」

 

マリーは無言で受け取り文面を舐めるように目でなぞる。

 

「失礼ミスタ・リモンズ。横から口を挟む形で申し訳ないが是非とも聞かせて貰いたい。…どうしてこんな書類が都合良く用意してあるんだ?」

 

「念には念を、ですよ。まさか役に立つとは思いもしませんでしたが」

 

リモンズはどこか確信を持って答える。マリーは書類を丁寧に畳みポケットにしまう。そして昏い目でリモンズを見る。

 

「おっと、私を始末して無かったことにしようとは思わないで下さいよ?」

 

「……」

 

「既に軍にも同じ書類は渡してあります。今やあなたはただの一般人だ。軍の許可なしに大支柱には入ることは出来ません」

 

マリーは奥歯が砕ける程に噛み締める。そこでふと目の前の男に見覚えが出てきた。

 

「…あなた、リモンズと言いましたね?」

 

「ええ、それが?」

 

「今思い出しました。昔、五大企業の懇親会で見た顔です。ヴァシュロンの係累でしたね」

 

リモンズはその言葉に一瞬笑顔を消す。だがすぐに元の薄い笑みを浮かべる。

 

「…覚えていただいていて光栄ですよ、アカデミーでも同期でしたがそちらは?」

 

「全く、虫にも劣る技術しか持てなかった無能の事など覚えるに値しませんから」

 

「な…」

 

マリーのいきなりの暴言に言葉を失う。ハルターはマリーの後ろで顔に手を置き天を仰ぐ。

 

「ああ、なるほど。そう言うことですか。これがヴァシュロンの描いた絵ですか」

 

マリーは俯きフフフと笑う。リモンズはマリーの変容にほんの少したじろぐ。

 

マリーはこう考えたのだ。もしこのまま京都がパージされれば軍は技師団に責任を押し付け、更に技師団は責任者であったマリーに責任を擦り付ける。そうすればどうなるか、簡単な事。マリーを抱えるブレゲ社は大損害を受ける。そしてそれに追い討ちを駆けるように他の五大企業がブレゲ社の影響力を削ぐために全力を注ぐ。つまりこれは軍と技師団、そしてヴァシュロンによる出来レースなのだ。

 

「…良いのですか?そんなことを言って。私が一言添えれば復帰も出来なくは無いのですよ?」

 

「プッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

マリーは笑う。狂ったように嗤う。首をグリンと回しリモンズを見る。口角は不自然につり上がっている。

 

「させる気も権力も無いのに良くそんなことを言えますねぇ」

 

リモンズは冷や汗を背中にびっしょりと掻いていた。目の前の少女が何か、別の生き物に感じたのだ。そこでリモンズはある一つの噂を思い出す。自身の仕事に無粋な邪魔、横槍、妨害、その他諸々の障害を相手が再起不能になるまで追い込む世界最高の時計技師。

 

「私はね、"レディに無粋な事をする輩は淑女らしく笑顔を絶やさずに地獄の果てまで追い込んで礼儀を教えてあげなさい"と習ったんです。()()()()()()()()()()()()()()()

 

リモンズは喉が干上がった。なぜ自分は目の前の少女を機械いじりが得意なだけの小娘と思っていたのか。世界最年少一級時計技師…世界最高の姉の記録を破った少女がまともであるはずがない!

 

「楽しみに待っていてくださいね、絶対にレディに対する扱いを教えてあげますから」

 

マリーはそう言い残し、ハルターを連れて部屋をあとにした。リモンズは否応に去り際のハルターの気の毒な表情が頭から離れずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうするよ。お姫さん」

 

ハルターは目の前を歩く自分の護衛対象に問い掛ける。

 

「決まってるでしょ。どうにかするのよ」

 

そう、マリーは今だ何も策が無いのだ。ホテルを出て少し冷静になると良くあそこまで啖呵を言えたなと他人事のように思う。

 

「確かに策は今のところ無いわ。だけど私に不可能という言葉は無いの。何か、何か必ず逆転の一手があるはずよ…」

 

残り時間とその他の要因を考え爪を噛む。何か、何かないかと…

 

その時、

 

「なぁリューズ、やっぱハヅキ先輩に何か買っていった方が良いよな?居候させて貰ってるし」

 

『そうでございますね、いくらナオト様がノミの方々に興味が無くとも日頃お世話になっているハヅキ様にはきちんとしたお礼が必要かと。ですがナオト様、ハヅキ様に何を贈る予定ですか?』

 

「うーん…高性能ノイズキャンセリングヘッドホンとか?」

 

『…ナオト様、それはハヅキ様に贈る物ではなくご自身が欲しい物では?いくらナオト様が自身の欲望に忠実だとしても流石にこのような場面でも真面目にやらないのは率直に申しまして愚の骨頂かと』

 

「いや、あの…すいませんでした…」

 

目の前を通ったカップルに、正確には彼女である銀髪の自動人形(オートマタ)に物凄く意識を持っていかれた。少年は確かに言った。"リューズ"と。だとしたら間違いない。京都に着く直前輸送機から落ちた世界最高の自動人形。initial-Yシリーズ壱番機"リューズ"。200年以上どこにも異常もないのに動かず、マリーですら原因が分からなかったオートマタが稼働していた。しかも、

 

「ハヅキ、ですって…?」

 

「ん?」

 

目の前を通った少年が振り向く。

 

「あんた、先輩を知ってんの?」

 

「え、ええ…一応名字を聞いても良いかしら?」

 

「?、神連(かみつれ)だけど?」

 

間違いない、マリーは確信する。

 

「見つけた…逆転の、希望の一手」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチリ、カチリと4つの歯車が噛み合う。この出逢いだけでも世界は大きく変わる。だが、この4つの歯車にあと2つ加わるのもそう遠くはない。今、静かに運命は廻りだす。




マリー、覚醒のお知らせ。書いてて途中、誰だこいつ?あ、ノーマルだわ。と思った。


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寄り添うもの(マンダリン)

今更ながらハヅキ君のプロフィールです。

神連ハヅキ
17歳、8月4日生まれ。糺の森高校二年生、成績は中の上。取り合えずバカではない。両親が一級時計技師で小さい頃から機械に触れていた。3歳の頃急激に全身の触覚が鋭敏となりマトモに動くことさえ出来なくなった。両親の知人の医者に頼り両腕以外の感覚神経を全て潰した。結果的に痛みや熱を感じず気付かぬ内に大怪我が日常茶飯事だった。また、相対的に両腕の感覚は更に鋭敏となり物体に触れるだけで遥か遠くの物を感じることが出来る。空間に伝わる振動も感じることが可能。ただし範囲は狭くなる。両腕の保護のため両親がコネの全てを使い衝撃100%吸収の二の腕までを覆う手袋を使っている。因みに伸縮可能。また、本人も薄々自覚しているが眠り姫に恋愛感情を抱いている。


今朝の重力異常で散らかってしまった家を一通り片づけ終えて作業部屋に籠りはや三時間。俺は一旦作業を中断し書斎から過去の雑誌を取り出しリビングで読んでいた。半年ほど前の現行のゼンマイと過去のゼンマイ、更にはこれから予想される未来のゼンマイとゼンマイ尽くしの特集を組んでいた雑誌だ。表紙には滅多に顔を出さないブレゲ家の次女が出ていると言う理由で裏ではプレミアがついている一冊でもある。

 

「うーん…いつ見てもこの先を行き過ぎたゼンマイは不可能な気がするぞ?なんだよこの摩擦ゼロで動くゼンマイて、どうやって噛み合うんだよ。妄想全開だなぁ…確かにできたら永久機関だが…」

 

とそこで玄関が開く音がする。

 

「せんぱーい、ただいま戻りましたー」

 

「おう、おかえ…り?」

 

部屋に入ってきたナオトとリューズ、そこまでは良い。だがその後ろ、まず目についたのは前に大支柱で会ったヤーさん事ハルターさん。そして視線を下げればそこには今持っている雑誌の表紙と同じ顔が…

 

「いや、ナオト…なにしてはるん?」

 

思わず方言が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然お邪魔して申し訳ありません。私はマリー・ベル・ブレゲと申します。こちらは…」

 

「マリー嬢のボディーガードを務めさせてもらっています、ヴァイネイ・ハルターです」

 

「これはどうもご丁寧に…汚い所で申し訳ありません、家主の神連ハヅキです。あの、今日はどういったご用件でわざわざこのような所に…」

 

と、食卓を囲んで互いに腰の引けた状態で話していた。

 

「すげ…先輩敬語話せたんだ…」

 

おいこらナオト、お前は俺をなんだと思ってんだ。

 

『ハヅキ様はナオト様と違い良識のある人間でございますから当然のことかと。もっともナオト様は人類の最高位にお立ちになる方なのでそのようなものは必要ないかと』

 

「…すいませんこいつらは無視の方向で」

 

「え、ええ…」

 

マリーさんは軽く引いていた。

 

「そ、それで今日のご用件でしたね。ではまず一つ、神連ハヅキさん。新島リョウジさんとの約束であなたの保護及びサポートを頼まれました」

 

「は?リョウ兄が?」

 

「はい」

 

どういうことだ?なんでリョウ兄が…?

 

「あの…どういうことで?」

 

「実は…」

 

そこでマリーさんの口からとんでもない事実を聞かされた。

 

「七時間後に京都がパージぃ!?避難勧告も出さずに!?」

 

そこで俺は一昨日のリョウ兄の様子を思い出す。

 

ーだから俺を県外に出そうとしてたのか…

 

どこか追い詰められていた感じのしたリョウ兄、そう言う事かと納得がいく。

 

「こうでもしなければあなたは京都から出ないと言われましたので…」

 

「そうですか…」

 

心配かけてたんだな…

 

「あの、あなたの口ぶりだとまだ何かあるように思うのですが…」

 

「ええ、そうです。…リューズ、手を貸して貰いましょうか?」

 

「断る!」

 

マリーさんは俺からリューズちゃんに視線を移して問うた。だが答えたのはナオトだ。

 

「…ナオト、マリーさんはお前に聞いたんじゃないんだぞ?」

 

「そうですけどリューズをこいつらなんかに渡すのは問答無用で却下だ!」

 

「…とりあえずマリーさん、理由をうかがっても?」

 

「え、ええ…」

 

マリーさんはこめかみをひくつかせながら話を続ける。うちのバカがすいません…

 

「まず元々リューズは我がブレゲ家の財産です。その時点でこちらに返還要求の権利があることは明白です」

 

「んな訳無いだろこのアンポンタン!」

 

「ナオト、黙れ」

 

「すいませんでした」

 

ナオトは即座に土下座に移行した。

 

「…加えて今、京都はパージの危機に瀕しています。ここからは推測ですが私はinitial-YシリーズをYが後世に残したこの星のメンテナンスマシンと考えてます」

 

「要約するとリューズちゃんはブレゲ家のもので、かつ今は緊急事態なのでリューズちゃんに大支柱の修理を頼みたいと」

 

「その通りです…あなたの存在する理由はそうなんでしょ?リューズ」

 

マリーさんのこの仮説にはいくらか納得がいく。さっきまで嫌な顔をしていたナオトでさえこの話には食い付いていた。

 

『その話ですが…全くの検討違いです』

 

時が止まる。あまりにもドヤ顔で話していたので俺も"そうなのか"と思ったが違ったようだ。

 

「ち、違うの…?」

 

『はい、もし本気で仰っているのなら深刻に危険ですよ…頭が』

 

ガチャン、と顔から食卓に落ちる。耳は赤く染まり恥辱に震えている。

 

「まぁ、その…自信を持つのは良いことだと思いますよ?」

 

「ただの自滅じゃん」

 

「ナオト、黙れ」

 

「さーせん」

 

ナオト、本日二度目の土下座。プライドねぇのなお前…

 

「じゃああなたは何なのよ…」

 

付き従うもの(ユアスレイブ)

 

リューズちゃんは胸に手を置き大事そうにその言葉を紡ぐ。

 

『それが私に刻まれた至上命令、ナオト様のお側に侍り、仕える事が私の存在理由です』

 

「…何なのコイツら」

 

いや、もうほんとうちの二人がすいません。

 

「リューズ、せめてこちらに戻ってきてはくれませんか?」

 

「だから嫌」

 

そこでナオトの態度に遂に堪忍袋が切れたらしい。マリーさんは表情を消して、

 

「ハルター、ナオト(こいつ)解体(バラ)して良いかしら?」

 

マリーさんはわりかしマジの殺気を乗せる。あ、これ不味い。マリーさん達が。次の瞬間、

 

 

 

 

 

マリーさんの首筋に死の象徴が添えられていた。

 

 

 

 

 

ハルターさんは熟練の速度で懐から銃を抜き去りナオトに向ける。

 

『…誰に(それ)を向けておられるので?』

 

リューズちゃんからはナオト相手のあの甘々な雰囲気が一切消え去り機械的な殺気がマリーさん達に向けられていた。

 

「連れの口が滑った事は詫びる、だから頼むからうちのお姫さんの首を跳ねるのは止めてくれないか?」

 

『先にそれを納めないのであれば二人仲良く細切れに致しますが?』

 

「分かった。ほら、セーフティはかかったままなんだ、撃つつもりは無い。だから頼む、そっちもその()をしまってくれ」

 

マリーさんの首筋に添えられている物、それは黒い鎌だ。触れるだけで何もかもを切り裂いてしまう飛びっきり危険な鎌。ハルターさんはゆっくりと銃をしまう。完全にしまったのを確認してからリューズちゃんは鎌をシュルシュルとスカートの中にしまう。

 

「ーッハ!ハァ、ハァ…」

 

呼吸をすることさえ許されなかったマリーさんは思い出したかのように息を吸う。

 

「ハルター…私、生きてる…?」

 

「マリー!二度と迂闊な事は言うな!神連の坊主はともかくヘッドホンの坊主はまだほとんど無関係なんだぞ!」

 

「…リューズちゃん、お願いだから我が家を殺害現場にしないでくれ」

 

『申し訳ありませんハヅキ様。次からは敷地から遠く離れたところで行うように致します』

 

いやいや、まず殺したらあかんよ?

 

「ッ!私は殺されかけたのよ!?」

 

「ああ、理解が早くて助かる。そして今のは忠告だ、もし本気ならとっくに頭と体がおさらばしてただろうよ」

 

「何で自動人形(オートマタ)が人を殺せるのよ!?」

 

「倫理規定が無いんだろ」

 

「だからなんで…」

 

「完全自律型の自動人形が出来たのは今からおよそ800年前、その頃から倫理規定は付けられてます。ですがリューズちゃんが作られたのは1000年前、倫理規定が出来るずっと前なんですよ」

 

「そう言うことだ」

 

「…理解したわ」

 

マリーさんはようやく人心地がついたのか冷静になり頭を抱えた。

 

「どうだ、これがリューズの力だ!思い知ったか!」

 

ナオトが調子着く。

 

「あとオッサン、こんなチビに銃を向けるなんて最低だぞ!今度向けたらどうなるか分かってんだろーな!」

 

と、リューズちゃんの後ろに隠れて大口を叩く。あ、もう無理だ。

 

「…ナオト」

 

「ん?なんすかせんぱ…い?」

 

俺はイイエガオで立ち上がり、右足を天高く振り上げる。

 

「ー調子乗ってんじゃねぇぞーーーーーーー!!」

 

「ギイィィヤアァァァァァァ!!」

 

ナオトの頭に踵を見舞う。ズドン!と鈍い音を鳴らしてナオトが地に沈む。

 

「…もう、どうすれば良いのよ…」

 

マリーさんが目の前の光景込みで嘆く。

 

『お話を伺う限り大支柱を直せれば良いのですね?』

 

「ええ、そうよ。だけど最後の望みだったあんたが使えないんじゃ詰みよ…」

 

『でしたら直せる人間はここにいます』

 

「え?」

 

「は?」

 

マリーさんと俺の声が重なる。

 

『私を直したナオト様と、ハヅキ様なら現状を打破することは可能です』

 

「ちょっと待って!あなたを直した?このバカが?嘘よ!あなたはどこも壊れてなんて無かった!」

 

『それはあなた様がナオト様に劣る無能だっただけです』

 

「な!?」

 

おぉう…一級時計技師(マイスター)を無能呼ばわりってリューズちゃん、アクセル全開だなぁ…

 

『ナオト様はあなた方が206年掛けて見付けられなかった故障を直したのです。たった三時間で』

 

「嘘…こんな冴えないのが!?」

 

その言葉にリューズちゃんはむっとしたのかスカートの裾を摘まむ。

 

「わ、分かったわよ!ならなんでそんな奴が市井に埋まってるのよ…」

 

マリーさんが呻く。そりゃあ認められないよな…てか、

 

「は?俺もか?」

 

『はい、その通りです』

 

「いやー、流石に無理あるだろ。てか実際に二十四層まで行かないと分からんぞ。なぁナオト」

 

「そう…すね…」

 

ナオトは痛みに悶えながら何とか声を絞り出す。

 

「ちょっと待って!」

 

「ん?どうかしました?」

 

「なんで異常箇所が二十四層にあるって知ってるんですか!?」

 

「あーと…そうだった説明しなきゃダメか。え~とですね、俺達は…」

 

その時、食卓に伝わった振動に本能的に手を引っ込める。ナオトを見ればヘッドホンを抑え顔を顰めている。

 

「ちっ、またこの振動かよ…」

 

「またこの音…」

 

「振動?音?」

 

「俺には何も聞こえんが…」

 

そして

 

ズシン!!

 

「のわ!」

 

「うお…」

 

「ちょ…」

 

「これは…!」

 

重力異常。それもこれまでで一番でかい。更に不幸な事に熱々のお茶が俺の足にかかり、割れた湯呑みの破片が頬を浅く切った。

 

「あ!くっそ、濡れた…てか頬も切れてんのか」

 

「ちょっとそれほぼ熱湯ですよ!?早く冷やして来てください、熱くないんですか!?あと頬も!」

 

「あー、熱くはないが皮膚には悪いわな、ちょっと冷やして来ます」

 

「え、あの…」

 

ついでだ。いや、冷やすのがついでで眠り姫さんを見てこなければ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハヅキが去った後のリビング、そこではリューズが零れたお茶をタオルで拭いていた。

 

「ハルター、彼は一体何なの?あんな熱湯を被っても平然としてるなんて…」

 

「分からん、俺と同じ完全義体なのか…というか水道ならすぐそこにあるんだが…」

 

「は?」

 

マリーはハルターの指差した方を見るとキッチンがあった。勿論水道も付いている。

 

「あー…先輩、作業部屋に向かったな。あそこもドアの前に水道あったし」

 

「作業部屋?なんでそんなとこ向かうのよ?」

 

「先輩が長年大事にしてるリューズの姉が寝てるんだよ」

 

「リューズの姉!?」

 

いきなり告げられた事実にマリーとハルターは目を剥く。

 

「ちょっと待って、リューズは壱番機でしょ?姉なんているはずが…」

 

『正確には私の姉になる筈だった者です』

 

「は?」

 

『マリー様の残念な頭でも分かるように説明しますと、私は元々弐番機の予定でしたが私も存じ上げない理由で機能停止に陥っていて1000年眠り続けている寝坊助な元壱番機がいるのです』

 

「うっそ…史実に残っていないYシリーズ?そんなものがなんでこの家に…いや」

 

マリーはハヅキの両親の事を思い浮かべる。

 

「"異常発見機"とまで呼ばれた二人の実家ならあってもおかしくないか…」

 

ハヅキの両親がマリーの父と姉に次いで世界最高峰の技師と呼ばれた理由はその異常なまでの故障箇所の発見速度だった。通常一週間も掛かるような特定作業も神連夫妻に掛かればたったの一時間で全て見つけ、作業を何日も短縮したのだ。迅速な作業が大切な技師においてこの才能は重宝され世界中を引っ張りだこにされていた。

 

「ほんと次から次へと驚愕が…」

 

「あーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

「今度は何ぃ!?」

 

「どうした坊主?」

 

『ナオト様、どうされました?まさか遂に頭が…』

 

ヘッドホンを外したナオトの叫びに三人が驚く。

 

「動いてる…」

 

「「『は?』」」

 

「先輩の自動人形(オートマタ)、動いてる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作業部屋の中は無残にも散らばってしまっていた。そして眠り姫さんも…

 

「お、落ちてるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

 

作業台の上から落ちてしまっていた。周りにはパーツやら工具やらが散らばってしまっているので最悪人工皮膚が傷付いてしまっている。

 

「だ、大丈夫…か?」

 

さっと点検をする。目立ったところに外傷は無い。

 

「良かった…本当に良かった」

 

俺は思わず抱き締めてしまう。その時、頬に出来た切り傷が眠り姫さんの口に触れていることに気付いた。

 

「あ!しまった!すまねぇ…」

 

俺は服で拭おうとするが、その手から、

 

カチリ

 

「え?」

 

抱き締めている手から伝わる振動、繊細で美しく、どこまでも広く感じる大空のような震え。

 

『だ…いじょ……うぶ?』

 

ゆっくりと声の方に顔を向ける。声はいまだに途切れ途切れだ。長い間使っていなかった弊害だろう。

 

『あ…なた、が、いつも…私に話し掛けて…くれた人だよね?』

 

その顔を真っ正面から見つめる。そこにはいつも閉ざされていた瞼が上がり夜空の色の瞳が覗いていた。どこまでも吸い込まれそうな安心感のあるソプラノの声。ゆっくりと上がり切れた頬を撫でる白く細い指。その一つ一つが俺に感動と安らぎを与えてくれた。

 

『初めまして、私はinitial-Yシリーズ監督機、"寄り添うもの(マンダリン)"イースです。よろしくね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにまた2つの歯車が噛み合った。6つとなった歯車はこの世界に変革をもたらす。




スゲーな…四時間掛からずに書けたよこれ…


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救済開始

他のそっちのけでドンドン書けるぜたーのすぃー!(現実ではまずいのに逃避行中)


『いやー、1000年ぶりで体が固いよ。ちゃんとストレッチしないとねー』

 

アハハと笑う彼女はついさっきいきなり稼動した眠り姫さん…改めイース。何が要因で動いたのか…

 

「っておい!ここでそういうストレッチするなよ!見えちゃうよ!?見えちゃうって!?」

 

『んー?君になら見られても良いよ?ていうかもう見ちゃったんでしょ?』

 

「いやそれはなんで動かないのか調べるためであって…てか羞恥心を持て!」

 

『流石に持ってるよー、君以外には見られたら恥ずかしくてまた機能停止になっちゃうよ』

 

なんなのこの子!自動人形(オートマタ)なのに物凄く人間らしいよ!てかいちいちドキッとするような事を言うなよ!惚れちゃうでしょ!

 

『ねぇ、お名前聞いて良い?私が機能停止してる間の会話はいくらか保存されてるんだけど肝心な部分はちゃんと聞きたいの』

 

イースは無垢な瞳で俺を見つめる。うん、可愛い。じゃなくて!

 

「分かった!分かったから少し離れて!近いよ近すぎるよ!」

 

『えー、さっきはあんなに激しく抱いてくれたのに』

 

「その言葉は誤解を招くぞ!おい、ナオト!聞いてたらその耳切り取るぞ!」

 

どこかで(てか家で)「ギャアアアア!?」という悲鳴が聞こえた。悪い、でも聞かせたくないんだ。

 

「ん、んん!…はぁ、俺の名前は神連ハヅキ。17歳だ」

 

『ハヅキ…うん、良い名前だね!』

 

そう言って太陽のような笑顔を見せる。くそっ!可愛いなこんちくしょう!

 

『ねぇ、ハヅキ。私と正式な契約してくれない?そうしないとまたすぐに寝ちゃうんだ』

 

「もち喜んで」

 

あれ?考えるより先に口が動いた。何これ不思議!…うん、落ち着こう。

 

『ほんと!?』

 

「お、おう。二言は無い。てか契約ってどうすんだ?」

 

『あ、うん…あの、引かないでね?』

 

「内容による」

 

『そこは引かないって言って欲しかったなぁ…』

 

イースは苦笑を漏らす。

 

『えっとね…これ見える?』

 

そう言ってイースは口を開く。なんか八重歯が鋭いような…

 

『私との契約ってね、主人(マスター)になってくれる人の血を貰うの』

 

「まんま吸血鬼だな…」

 

美少女吸血鬼…アリだな。

 

『だから君の首筋に噛み付く事になっちゃうんだけど…』

 

「構わんぞ」

 

『あれ?速答?』

 

「俺両腕以外なら痛み感じないし」

 

『それはまた…』

 

「お前が引いてどうする…」

 

『あ、アハハ…ごめん』

 

「まぁ良いけど。ん、ほれ」

 

俺はそう言って襟をずらして首筋を露出させる。

 

『うん、じゃあ…いただきます』

 

カプッと行った。痛みは無いけど何だろ…もう感覚は無いのになんかむず痒い。

 

『ん、ふぅ…んう…うむ、ふん…』

 

「…………」

 

ー煩悩退散煩悩退散!色即是空色即是空!3.14…あ!これ以上知らねぇ!

 

チュプチュプと音が鳴る。たまにコクッとも。マジで吸ってるよ…てか何これすんごい男の子には堪えるよ!?色っぽ過ぎる!なまじ絶世の美少女だから辛い!耐えろMy son!

 

カチリ、カチカチ…

 

イースの中で圧倒的に少ない歯車が組変わる振動がした。

 

『ん…はぁ…"寄り添うもの(マンダリン)"イースはあなたの…神連ハヅキの一生の伴侶として仕え、例え私が動かなくなろうともその生涯を捧げます』

 

そう言ってイースは満足そうに妖艶に微笑む。…ん?伴侶?

 

「あの~、イースさん?」

 

『どうしたの、ハヅキ?』

 

「今伴侶って言わなかった?」

 

『言ったよ?』

 

あーそっかー聞き間違いじゃ無かったかー…

 

「ちょっと待てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

『わっ!いきなり大声出さないでよ』

 

「え、主人(マスター)って夫って意味なの!?」

 

『うん。あ、もしかして子供の心配してる?大丈夫、ちゃんと出来るよ!』

 

「…やべぇ、目眩してきた」

 

何この子、突っ込みどこ多すぎ…言葉的にも機能的にも。

 

『それともイヤ、だった…?』

 

「ぐ…」

 

イースは上目遣いを使った。ハヅキに効果は抜群だ。

 

「い、イヤじゃ無いです」

 

瞬間花の笑顔を見せる。ああもう!可愛い過ぎる!もうこのまま死んでも良いかも…ん?死ぬ?俺はそこで記憶を遡る。

 

「あ、しまった」

 

『?どうしたの?』

 

「…あと七時間でパージされるんだよ」

 

『どこが?』

 

「ここが」

 

イースは固まる。

 

『え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?』

 

「あっははははは…取り合えずナオトと合流するか」

 

『私、スゴいタイミングで起きたんだなぁ…』

 

「あーそだ、イースは妹達の事覚えてる?」

 

『へ?あ、うん。私は監督機だから全員知ってるよ?』

 

「今リューズちゃんがいるぜ」

 

『え!?ほんと!?やった初めて対面だ!』

 

あーそっか、すぐに機能停止してたから面識無いのか。

 

「取り合えず行くぞ、伴侶とか諸々は後で詳しく聞くから」

 

『うん、りょーかい!』

 

「ちくしょう可愛いなぁ…」

 

『ふふ、ありがと』

 

…やべ、声出てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナーオートーくーん」

 

「ひぃ!?俺は何も聞いてません知りませんご結婚おめでとうございます!」

 

「回転式二段踵落としぃ!」

 

「理不じグボァ!」

 

(ナオト)は去った…

 

『ナオト様…いい加減学習した方がよろしいかと』

 

「リューズ…なんで先輩の攻撃には無反応なの…?」

 

『九分九厘ナオト様が悪いからです』

 

「そんな…グフッ」

 

「…ハルター、この茶番は何?」

 

「俺に聞かんで下さい…」

 

『わぁー本当にリューズちゃんだー!』

 

『…本当に動いたのですね、名前も知らない寝坊助姉さん』

 

『あれ?あの人から聞いてないの?』

 

『はい、あの人からはただ"お前の姉になる筈だった自動人形だ"としか』

 

『えー…説明不足過ぎでしょ…じゃあ改めて自己紹介するね。initial-Yシリーズ監督機、"寄り添うもの(マンダリン)"イース。よろしくね、リューズちゃん!』

 

『Initial-Yシリーズ壱番機、"付き従うもの(ユアスレイブ)"リューズです。よろしくお願いします、イース姉さん』

 

ナオトが地に伏せり、initial-Yシリーズが二人いたり、完全蚊帳の外のマイスターとボディーガードがいたりとカオス極まる光景だな…

 

「あー、取り合えずいいか?」

 

ハルターさんが何とか場を取り持とうとする。

 

「ナオトとハヅキは俺達に着いてきてくれると考えて良いのか?」

 

「というより今は僅かでも可能性が欲しいの。さっきそこのバカ『マリー様?』な、ナオトの力は見せてもらいました。そしてあなたにも同じ様な力があるということも」

 

「ナオトが?」

 

『いえ、途中でいきなり怯えだしたので私が説明致しました』

 

あー…耳切り落とすぞの部分か。

 

「そうか、説明する手間が省けた。まぁ確かに俺にも力はあるぞ、役に立つかは分からんが」

 

「構いません。今は少しでも、少しでも可能性が欲しいんです」

 

「…分かった。そこまで言うなら力を貸す。勿論こいつも」

 

「先輩、俺了承してないです…」

 

『ねぇ、ハヅキ。ここって京都何だよね?』

 

「ん?そうだけど?」

 

『じゃあここに私達の妹がいるはずだよ。ね、リューズちゃん』

 

『そうですね。確かに居ます』

 

「リューズ、詳しく!」

 

「復帰はぇーなおい…」

 

ナオトのブレない機械愛に俺はもはや戦慄を感じてしまう。

 

『はい、initial-Yシリーズ肆番機、"撃滅するもの(トリーシュラ)"アンクルが大支柱(コア・タワー)の地下にいるはずです』

 

『黒髪ボブヘアーで、三白眼だけど鮮やかな綺麗な赤い瞳だよ。見た目は12歳位かな?身長は140センチ切るくらいで、私達姉妹のなかで戦闘力は最強だよ』

 

「……ンなぁにをしている!往くぞ者共!」

 

「変わり身はぇーなおい!下心丸出しじゃねぇか!…てかイース、お前1000年も寝てたのにやけに詳しくないか?」

 

『監督機だからね~、姉妹のデータは全部持ってるよ。勿論スリーサイズも!』

 

「イースさん、後でこっそりとリューズの教えて下さい」

 

『良いよー』

 

『…姉さん。何を教えようとしてるのですか?』

 

『おー、リューズちゃん鎌出すの1000年前よりコンマ3秒早くなってるね!でも照れ隠しにそれは危な過ぎるよ?』

 

リューズの鎌に挟まれて冷や汗ダラダラのイース。冷や汗じゃなくて冷却水か。

 

「ああもう!さっさと行くわよ!あと七時間しか無いんだから!」

 

そんなこんなでぐだぐだな一行は出来上がった。戦力的には申し分無いけど何だろ、果てなく不安だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何としてでもマリー・ベル・ブレゲを捕えなさい!手段は問いません!」

 

ホテルの一室で通信機片手に大声で語りかけている青年、リモンズは焦っていた。どうにかしてあの小娘を一刻も早く捕まえなければ自分の身が危ない、本気でそう思っていた。

 

「あの、大変申し上げにくいのですが…」

 

「なんですか?」

 

「既に警備の半分がやられています!奴ら警備の配置を完全に把握しています!」

 

「なん…だと…!?」

 

リモンズは愕然と目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単な軽装自動人形の倒し方~

その一、左手の手袋を外します。

その二、左手で自動人形に触れます。

その三、内部構造を即座に把握。

その四、必ず無くてはならない重要な歯車がありますので装甲の上から正確に蹴りを思いっきりかましましょう。

その五、歯車をずらしたのならあとは放置。勝手に自壊するので愉快に踊る様を観賞しても良いでしょう。

 

 

 

「という訳でいっちょ上がり」

 

「先輩パネェ…」

 

『ハヅキすごいね~』

 

「…リョウジさんが私の蹴りを避けれた理由が分かった気がする」

 

「だなぁ…あの相手をしてたって言うなら足技の対処が上手い訳だ」

 

俺の周りには合計五体の軽装自動人形が崩れ落ちている。いずれも主要歯車をずらされ、それでも回転しようとした結果自壊したものだ。

 

「いやいや俺よりリューズちゃんでしょ。俺が一体壊してる間に何体やったよ」

 

『およそ三体ですね、数が少ないのでこれが限度かと』

 

「もちろんリューズもすごい!もう最高だね!」

 

『当然の事です。私を超える自動人形は存在しないのですから』

 

『相変わらずの照れ隠しだねぇ~』

 

『…何を言っているのでしょうこの駄姉は』

 

『リューズちゃん、私にきつくない?』

 

相変わらず暢気な集団だな…

 

「ナオト、あと何体だ?」

 

「先輩も自分でやってくださいよ…」

 

「あ”あ?」

 

「何でもありませんここから右に70メートル先に三体、前に183メートル先に四体です!」

 

「だとよマリーさん」

 

「え?あ、はい…これ私たち居る?」

 

「お姫さん言わないでくれ…俺が辛い」

 

すんませんハルターさん、仕事取っちゃって。てな訳で、

 

「ハルターさん、ちょっとこっちに」

 

「うん?なんだ?」

 

「あそこから上がって……が来るので……上から一発…」

 

「お前さん便利な腕持ってんな…了解、行ってくる」

 

「行ってらっしゃいでーす」

 

ハルターさんは俺達とは少し違うルートを通る。

 

「ハルターに何を言ったんですか?」

 

「ちょいと活躍の場を。てか敬語は無しで良いですよ、疲れるのでしょう?」

 

「…気付いてたの?」

 

「そうですね、それにここまで来たら一蓮托生だ。お互い信頼預けましょうや」

 

「分かったわ、ならあなたも敬語は無しで良いわよ」

 

「おけ把握、そらもういっちょ!」

 

俺は右から来たオートマタに蹴りをかます。同じ型なので既にどこを蹴り抜くかは分かっている。

 

「リューズちゃん2体よろしく!」

 

『了解ですハヅキ様』

 

そしてあっという間にスクラップに変わる。

 

「ほんと相手が可哀想だわ…」

 

「なぁマリー、あれ」

 

ナオトが指差す方を見ると壁に埋め込み式の監視カメラがあった。

 

「良いわね」

 

マリーちゃんがニヤリと笑う。おお、くわばらくわばら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、ガキがぁ…」

 

リモンズはモニターに映っている3人の少年少女の顔に歯軋りをする。どこまでもなめ腐った顔をしていた。

 

「アレを出しなさい!有る限りで良いです!」

 

リモンズが指示を出す。アレとはヴァシュロンの最高傑作と呼ばれている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナオト、ハヅキさん。これが来るのも分かってた?」

 

「「当然!」」

 

3人の目の前にはヴァシュロン最高傑作、S-08[Grat(ゴリアテ)]が銃口を向けていた。それも2体。ゴリアテは三脚のボールレッグでその場で360度回転が可能で右手に5つの砲門、左手に大剣を装備したおよそ5メートルの大きさの強襲用の自動人形だ。

 

『そこの三人動くな!これ以上勝手に動くなら跡形も無く…』

 

「忠告する前に問答無用で撃てよバーカ、頭上にご注意」

 

『は?』

 

その瞬間二機のゴリアテの上に重量と重力の乗った重い一撃が頭部に入り大きく陥没する。殴ったのはハルター。さっきハヅキにこの二機の事を教えられ奇襲の為に真上に移動していたのだ。

 

「チッ、俺でもこれが限界か。情けねえがあとは頼むぜお嬢さん方」

 

『リューズちゃんどっちが早くバラせるか勝負ね!』

 

『勝負はしませんがナオト様の障害は排除します』

 

リューズのスカートがはためく。同時にイースのワンピースもはためいた。リューズはスカートから伸ばした2本の鎌で一機のゴリアテを4等分に分ける。イースはワンピースから伸ばした1本のスピアがゴリアテを一瞬で蜂の巣にする。しかも、

 

「超高周波の振動付き…いくらゴリアテでもこれじゃ薄い布に錐打ち込んでるようなもんだぞ…」

 

ハヅキは既にところ細かく調べていたのでイースのスピアの事は知っていたが初見のナオト達はその貫通性に目を剥く。

 

「何あれ…威力エグすぎるでしょ」

 

「ありゃ(機械化兵)でも一発で死ぬぞ…」

 

「スゴいけどうるせぇ…」

 

ナオトはスピアからでる高周波が苦手な様だった。

 

『姉さん、それを収めてもらってよろしいですか?ナオト様が大変迷惑そうです』

 

『ありゃ?あーそっか、耳が良いんだよね。ごめんごめん』

 

シュルシュルとスピアがワンピースの中に戻っていく。

 

「イース、それスゲーな」

 

『エヘヘ、そうでしょ!』

 

「蠍みたいで」

 

『そういう事言っちゃうの!?』

 

どう考えてもハヅキがイースをからかっていた。

 

「さてと、警備はこれで全滅だな。じゃあ早く大支柱に…」

 

「ちょっと待って」

 

ナオトが言うとマリーが何か思い付いた様に制止をかける。

 

「策があるの…」

 

それはとてもいい笑顔だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリー・ベル・ブレゲが…死んだ?」

 

「はい、激しく抵抗した為やむなく射殺を…」

 

「誰が殺していいと言ったんですか?」

 

そう言ったリモンズの声は怒気を孕んでいたがどこか安心したようにも聞こえる。

 

「我がヴァシュロン社の者がブレゲ家の娘を殺したなどと知られればどうなるか分かってるんですか!?」

 

通信機の向こうの兵士は無言を貫く。

 

「…過ぎたことは仕方がありません。パージに巻き込まれた事にしましょう。遺体はそのまま処分しなさい」

 

「了解しました」

 

リモンズの通信機の持つ手が震える。

 

「私は怒っているのか安心しているのかどっちなんですか…」

 

取り合えずリモンズは近くの机を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで良いのか?」

 

ハルターさんが若干戸惑う様子で問う。

 

「ええ、バッチリ録音したわ。ヴァシュロン社がマリー・ベル・ブレゲを殺したってね。これを世界にバラまくのよ」

 

「考えていることがエグいぜ…よく思い付いたな、マリーちゃん。普通考えないぜ、自分を死んだことにするとか」

 

『普通の思考回路じゃ無いね…』

 

「イースもハッキリ言うわね…まぁこれであいつらの企みも瓦解するでしょ。ざまーみろ!」

 

「楽しそうだなあ…」

 

ハルターさん、引いてること隠せてないぜ。

 

「ま、ここまでこれたのもお前さんらのお陰だな」

 

「大したことしてないぜ?」

 

『手応え無かったしね』

 

「そう言えるのはあんた達だけよ…ってあいつら何してんの?」

 

マリーちゃんの視線の方を向くとナオトとリューズが踊っていた。

 

『なんか幸せオーラ振り撒いてるね』

 

「そうだな…そう言って私達もとか考えてるだろ?」

 

『な、ななな何の話?イース分かんないよ?』

 

「…全部無事に終わったらな」

 

『ハヅキ大好き!』

 

「恥ずかしいからハッキリ言うな!」

 

「…こっちでもなんか始まったわ」

 

いやいや、あいつらを見ろよ。

 

「リューズはやっぱスゲーなぁ、あんな強そうなゴリアテを一瞬でバラバラにするなんて!」

 

『ナオト様も流石です。全ての敵の位置を耳だけで把握するなんて、こんなに優れた聴覚をお持ちの方は他におりません』

 

「いやー、そうかなぁ」

 

『はい、その軟弱で貧相な容姿では想像もつきません』

 

「リューズさんそれ褒めてない…」

 

ナオトが涙目になる。

 

「うわー、見事なまでの天国から地獄」

 

『リューズちゃん上げてから落とすの上手いねぇ』

 

俺とイースはリューズの手腕に舌を巻く。

 

「はいはい、イチャイチャはそこまで」

 

マリーちゃんが間に入る。

 

「嫉妬?」

 

『羨ましいのですね』

 

「そこまでして優越感に浸りたい…?」

 

おぉう、こめかみに血管が…

 

「まぁいいわ、ここまで来れたのはあなた達のお陰よ。それに…」

 

マリーちゃんはくわえていたぐるぐる飴を俺達に向ける。

 

「ナオトとハヅキさんの耳と触覚は本物よ。その能力これから存分にこき使わせてもらうから」

 

「あ、あー…うん。善処しますですハイ…」

 

「へいへい、役立たせて貰いますよ」

 

ナオトと俺はそれぞれ反応する。

 

「それとハルター、お願いね?」

 

そう言ってマリーちゃんはポッケから時計を取り出す。

 

「それって…」

 

「そう、羅針盤時計(クロノコンパス)

 

羅針盤時計…世界最高峰である一級時計技師(マイスター)である証。これを手に入れるために人生を捧げ、なお届かない事も多々ある一品。

 

「…本当に良いのか?」

 

「勿論。だって…」

 

そこでマリーちゃんは1度言葉を切りそれを大切そうに胸に抱く。

 

「だって()()()()()()()マリー・ベル・ブレゲは死んだのよ?」

 

そして羅針盤時計を天高く放る。空中を二転三転して、落下を始める。その間にハルターさんが懐から拳銃を取りだし引き金を引く。

 

パァン!

 

放たれた弾丸は羅針盤時計の中心を貫いた。

 

「あぁーーーーーーーーー!!」

 

ナオトの悲鳴が響く。羅針盤時計は粉々に砕け地面へと落ちる。

 

「勿体ねぇーーーー!なんで…」

 

機械大好き人間らしくじっくりと見てみたかったようだ。

 

「必要無いからよ」

 

マリーちゃんは大支柱(コア・タワー)を見る。

 

「私は私の信念を貫く。その為なら地位も名誉もいらない」

 

それはマリーちゃんの意地の様なものなのだろう。いや、矜持か。

 

「これで私はただのガキよ。あんたと同じね」

 

その顔はどこかスッキリとしている。(しがらみ)を自ら解き放った。

 

「だからこれからは好き勝手にする。邪魔するやつは全員クソよ!」

 

そこでハルターさんが車を取ってきて戻ってきた。それに全員乗り込む。

 

「クソはどうかと思うぞ、マリーちゃん」

 

「良いじゃない、私は自由なのよ?」

 

マリーちゃんがニッと笑う釣られて俺も、皆も笑う。

 

「さあ、大支柱(コア・タワー)までぶっ飛ばすのよ!」

 

さーて、いっちょ京都を救いますか!




イースの挿し絵欲しいなぁ…


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自由意思

リューズの毒舌ムズすぎ…ほとんど借用になっちゃった…


京都の町は混乱の坩堝と化していた。もう完全に重力異常の事は知られてしまったようだ。

 

「ひどい状況ね…」

 

「だな…この混乱で死傷者が出なきゃいいが…」

 

最悪人ごみに押されて圧死なんてこともあり得る。

 

「早く向かいましょう」

 

マリーちゃんがハルターさんに「飛ばして」と指示を出す。ハルターさんがアクセルを踏み込んだ時、

 

『…ナオト様、こちらへ』

 

「ふむ!?」

 

リューズちゃんがおもむろにナオトを抱き寄せた。ナオトの顔がリューズちゃんの双丘に埋まる。

 

『ハヅキもこっち!』

 

「って俺もか!」

 

俺もイースに引っ張られナオトと同じ状況に、Oh…天国が…

 

「なにしてんのよ…」

 

『あ、マリーちゃんも。ハルターさんはごめんね』

 

「はえ?」

 

「なんのことだ?」

 

イースが前の座席のマリーちゃんの腕を掴む。マリーちゃんとハルターさんは何なのか分かっていない。俺もだけど。

 

『じゃあリューズちゃん、GO!』

 

イースが宣言した瞬間、

 

 

ズパン!

 

 

「何の音…は?」

 

「は?」

 

ハルターさん達が間の抜けた声を出す。変わらない筈の位置関係がゆっくりと変わり始める。具体的には左側にいた俺とイースとマリーちゃんが右側にいたナオト、リューズちゃん、ハルターさんと離れて行った。つまり車が真っ二つ。リューズちゃん壊すことになんの躊躇いも無いのな…そう思った瞬間目の前に何か巨大なものが通った。

 

「って砲弾んんんんんんんんん!?」

 

目の前を通り過ぎたのはマジの砲弾だった。その砲弾の威力で2つに分かれた車は吹き飛んでいく。その時には既にイースによって離脱してたけど。

 

『とっとと…ハヅキ、マリーちゃん、大丈夫?』

 

「おう、無傷だ…」

 

「私も…」

 

俺達に怪我はない。勿論リューズちゃん達もだ。だが、

 

「あ!ハルターは!?」

 

マリーちゃんが叫ぶ。その時炎上している車からのそりと巨漢が立ち上がる。

 

「無事だぜお姫さん、俺はな…」

 

だがその顔は悲痛だった。

 

「俺の、俺の愛車が…!まだローンも払い終わってないのに…」

 

「…ドンマイです」

 

『ごめんね、あれしか皆助かる方法が無かったの』

 

「いや、しょうがないさ。命に替えは無いんだから…」

 

いやいや、そんな「俺の愛車もアレだけだ」見たいな顔で言われても…

 

「…ブレゲに掛け合って新しいのを用意してあげるわよ」

 

「いやいやマリーちゃん、君、死んだじゃん?」

 

「…ごめんハルター」

 

『はて、そこのガラクタは何をそんなに落ち込んでいるのでしょう?』

 

「リューズ、男にはな、例え他人が無意味な物と思えても大切なものがあるんだよ」

 

『そうなのでございますか?しかし車等と言う消耗品などいくらでも買えるかと…』

 

「…今ならそこの自動人形(リューズ)に対する憎しみで軍用自動人形(M・A)も壊せそうだ」

 

「あー、じゃあハルターさん。早速お願いしていい?」

 

「何?」

 

俺の視線の先、そこには6メートル程の巨体に丸みを帯びた逆関節の脚が2本。腹部には120ミリ砲を装備している重装型自動人形が鎮座していた。

 

「…ハルター、()ってきなさい」

 

「分かってて言ってるんだよなお姫さん。てか行くのニュアンス微妙におかしくなかったか?」

 

重装型自動人形は強襲制圧用に開発された無人機動兵器だ。優れた不整地走破性、頑丈な複合装甲を兼ね備え、かつ戦車より小回りがきくので市街地戦において間違いなく最強の陸上兵器だ。そしてそれが目の前に少なくとも16機。更にはその足元に軽装型自動人形、自走砲、空には無音(サイレント)ヘリの機影も。

 

「こりゃ詰みかな…まだベガスのカジノで一発当ててブロンドのモデル侍らしながら愛車でドライブの夢を叶えてない」

 

「そんな下品な夢諦めなさい。というか愛車は今さっきスクラップになったでしょうが」

 

マリーちゃんとハルターさんの軽口が続く。

 

「無人兵器かぁ…この手のは大体プログラミング済みだから完全自動だろうな。設定は恐らく大支柱に近づく奴の迎撃」

 

「大隊規模の戦力を使い捨てか…日本人の勿体無い精神はどこいった?」

 

「事故に見せ掛けるにはある程度の損害が必要なんでしょ」

 

俺とマリーちゃんとハルターさんの間に絶望的な空気が漂い始める。

 

『つまりあなた方はここでリタイア…ということでよろしいでしょうか?』

 

「まぁぁぁーね!!」

 

マリーちゃんが苛立たしく言う。

 

「あれの正面突破は不可能、何とか設定の穴をついて進入ルートを…」

 

『その時間があるとお思いなら現状"雑魚"のマリー様を"雑魚以下"に再設定する必要が生じます』

 

そう毒しかない言葉を吐きながらリューズちゃんは兵器の群れに歩き始める。

 

「リューズ?いったい何をする気なんだ?」

 

『排除します』

 

「いやいや、排除て…」

 

俺はあまりに端的に言ったリューズちゃんに絶句をする。

 

『あの見るに堪えないガラクタはあろうことかナオト様に砲を向けました。ならばそれは排除すべき"敵"です』

 

「ちょ、待ちなさい!あれは最新の軍用自動人形よ!?いくらあなたでも全部倒すのは無理よ!」

 

『あっ、もしかしてアレをやるの?』

 

突然イースが会話に割り込む。

 

『その通りです、姉さん。やはりご存じで?』

 

『当然!私は皆のお姉ちゃんだからね、全部把握してるよ』

 

「イース、アレってなんだ?」

 

『アレってのはね…』

 

「だから待ちなさいって!そんな風に早まったら…」

 

『はぁ…マリー様、いくら子供の様にしか喚けないとしてもせめて小学生並みには振る舞うようにはしませんといけませんよ?』

 

「な…」

 

『それに、1000年前の骨董品では最新鋭の兵器に勝てないと仰りたいのであればこう答えましょう』

 

リューズちゃんは不敵な笑みを浮かべる。イースはこの後の言葉が分かっているのか同じ様に笑っていた。

 

『あなた方は1000年経っても相変わらず、"姉妹"の中で…最弱である私にすら及ばないオモチャしか作れない、ダニ以下のお脳を卒業出来ずにおられる、と』

 

『最弱は私だけどねー』

 

リューズちゃんはイースの言葉に一瞬キョトンとしてほんの小さく笑う。そして兵器の群れに向き合い天を仰ぐ。

 

『定義宣言…initial-Yシリーズ壱番機"付き従うもの(ユアスレイブ)"リューズ』

 

音が零れる。いつもの歌う様な軽やかな声ではない。機械的な声で言葉が…いや、正しく宣言が行われる。

 

『固有機能ー【虚数時間(デュアル・タイム)】…起動シークウェンス、開始します』

 

それは物理法則への反逆の意思表明。俺とナオトは目を見張る。ナオトには音として、俺は振動として感じとる。リューズちゃんの中の秒針が緩やかに、確かに、不規則に、不条理に、だが美しく自然に…歪んでいく。同時にリューズちゃんの黒い礼装がバラリと色と形を変えた。白い肌を見せるように露出を増やし、ヴェールを翻し、華奢な体をタイトに包む純白の婚礼衣装(ウエディングドレス)へと。

 

『ー第一時計"実数時間"から第二時計"虚数時間"へシフト開始』

 

胸元にあった時計の盤面にシャッターが下りる。直後に隠されていたもう一つの時計が表れる。その秒針に音はしない。少なくとも俺には感じられなかった。だが直感的に理解する。リューズちゃんは今このとき、俺達と同じ法則の中に生きていない。

 

駆動(クロノフック)ー通常運動から虚数運動へジャンプします』

 

不意にリューズちゃんが振り返る。その瞳は何よりも紅い紅玉に変わっていた。

 

『ナオト様』

 

「は、はい?」

 

『私が206年機能停止していた原因である歯車。ナオト様が直してくださった"虚数運動機関(イマジナリー・ギア)"を起動します。ナオト様には刹那のことでしょうが"私の時間軸"では数時間の出来事になります』

 

「う、うん」

 

『この機能は1度起動させるとゼンマイが尽きるまで止まりません。必ずや戻りますのでその時は私のゼンマイをどうかよろしくお願い致します』

 

「わ、分かった…」

 

『それでは私の主観での時間ですが()()()()()()、お側を離れることをお許しください』

 

リューズちゃんはナオトに向かって優美にスカートの裾を摘まんで深々と一礼をする。そして告げる。

 

 

 

相対機動(ミュート・スクリーム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、全てが終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

「え、あれ?あ!リューズ!」

 

ナオトはいつの間にか足元に寝ていたリューズちゃんのゼンマイを巻き始める。対する俺は理解が追いつかない。あれだけひしめき合うほどにいた兵器の群れは瞬き一つに満たない時間で一つ残らず壊されていた。まるで手抜き映画のフィルム飛びの様だった。

 

「なんだこりゃ…」

 

ハルターさんが呻く。

 

『これがリューズちゃんの固有機能、【虚数時間】だよ』

 

「虚数時間ですって…!?嘘よ!ありえないわ!」

 

「あーと、騒いでるとこ悪いんだけど説明してくんねマリー」

 

ナオトがゼンマイを巻きながらマリーちゃんに尋ねる。

 

「…虚数時間ってのは夢の中で流れる時間のような物よ。数時間しか寝てないのに何日も寝てたって感じる事があるでしょ?それと同じ。一方的である筈の時間が過去にも未来にも、早くも遅くも流れるの」

 

マリーちゃんの説明は分かりやすく聞きかじり程度の俺でも理解できた。

 

「いきなりフラ語喋られても困るんだけど…」

 

「一字一句日本語で喋ってるわよ!!」

 

マリーちゃんが吼える。ほんとうちのナオトがすいません…

 

「簡単に言えば川と海だな。川は一方的な方向にしか流れないけど海は様々な方向に流れて早く流れる場所もあれば遅い場所もある。そういう事だ」

 

「さすが先輩分かりやすい!お前もこんぐらい分かり易くしろよなー」

 

『分かり易いけどこれって小学校低学年に対する説明みたいだよね?』

 

「イース、こいつの知能指数は幼稚園年長並だ。ここまで噛み砕いてようやく理解できんだよ」

 

『ああ…』

 

「先輩ひどくね!?イースさんも納得しないで!これでも高校生!」

 

「「「『なん…だと…!』」」」

 

「みんな俺をなんだと思ってたんだよ!」

 

「変人」「変態」「超絶バカ」『ドちび短足』

 

ハルターさん、マリーちゃん、俺、イースの順だ。

 

「前三つはともかく最後の俺の容姿じゃねぇか!」

 

『でも正しいでしょ?』

 

「…リューズの姉って言うのが改めてよく分かった」

 

ナオトが涙目でプルプルと震える。

 

「ともかく虚数時間ってのがとんでもないものって言うのは分かった。そういう事でひとつ質問」

 

「何?」

 

「…何がどういう原理で起こしてんだそんな現象?」

 

「分かったら苦労しないわよ…だって仮に仮説を立てるならプラスのエネルギーをマイナスに出力するようなものじゃないと…」

 

「あれ?それならあったぞ?」

 

「「…は?」」

 

マリーちゃんと声が重なる。

 

「あったんだよ、てかそれが壊れててな、リューズ動かなかったんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………………………………………………ハァ?」

 

「ナオト……頭大丈夫か?」

 

「え?いや、そんなおかしいすか?」

 

マリーちゃんの目がつり上がる。

 

「あんたは前に投げたボールが後ろに飛ぶと思ってんの?」

 

「…………………ああ、言われてみれば」

 

「ようやく分かってくれたか…」

 

マリーちゃんは安堵した空気をだす。かという俺も安心…

 

「でもそういう仕様ならしょうがなくね?」

 

「フッッッザケんなーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

出来なかった…

 

「なんなの…こんなイカれた奴にブレゲの1300年の歴史が負けたとかなんなの…」

 

ああ!マリーちゃんがorz状態に!

 

『マリーちゃーん、言っとくけど他の姉妹もこんなもんだよ?』

 

「Yは全体的に何やらかしてんのよ!?」

 

スクラップの山にマリーちゃんの悲鳴が響く。

 

「てかマリーさ、今更何言ってんの?」

 

「何がよ!」

 

「リューズはYに作られたんだろ?」

 

「ええそうよそれが何!?」

 

「まず惑星を歯車で全部動かそうって発想自体、十分おかしいだろ?」

 

「…………………………………………………………」

 

舌が動かなくなる。

 

「そんな奴が作ったんなら常識はずれでむしろ当然じゃね?」

 

「…………………………………………………………」

 

ナオトの言い分に俺は…いや、その場にいたナオトとイース以外の全員がその時初めてその異常性をまともに知覚した。

この惑星、イースやリューズちゃんを作った存在、Y。今までその存在を疑うような事は無かった。だが1000年経っても追い付けない技術を生み出しその果てにーそれすらも果て出はないかもしれないー虚数時間すら制御した怪物。俺はこの時ほどYに、そしてその結論に既に辿り着いていたナオトに、悪寒を感じたことはない。

その時、

 

『…ナオト様?』

 

リューズちゃんが目を覚ました。瞬間マリーちゃんとハルターさんが体を強張らせる。当然だ。ついさっき見せた機能は危険すぎる。こっちが知覚も出来ずに殺せるのだから。

 

「リューズ…」

 

ナオトがどこか張り詰めた声を出す。もしかしてこいつもリューズちゃんの事を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の“お嫁さん”になってくれ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああそうだよお前はそんな奴だった…」

 

俺はもはや尊敬と戦慄を通り越し、一周して呆れた。そしてリューズちゃんがノータイムで返事をする。僅かに頬を染めて、小さく感情を込めて微笑む。え?もしかして…

 

『ナオト様は気が触れておられるようですね。ご自身の身の程を弁えられたらいかがでしょうか?』

 

ドグシャアッとナオトが崩れる。うん、

 

「リューズちゃんもブレねぇなぁ…」

 

『あ、あはは…流石に可哀想だね…』

 

イースですらこの反応だ。

 

「ナオト…」

 

マリーちゃんがため息をつきながら地に伏せているナオトに声を掛ける。

 

「あなた正気…じゃないのは勿論知ってたけどいよいよ大丈夫?今のはどういう奇っ怪な思考回路を経ての発言?」

 

「ちゃうねん…思わず口をついて出てん…」

 

ああ、何となく分かった。異常なまでに機械に愛を注ぐこいつが、最高の性能を持ち外見は見事にどストライク、振動…こいつは音か、がまるで天使の歌声。そして自分はそのマスター。うん、

 

「やべぇ、こいつが惚れない要素がどこにもねぇ…」

 

だからこそ、

 

『今のは完璧に致命傷だね…』

 

イースの言う通りだ。

 

『ナオト様は気がお触れになっていると判断します』

 

「しかもまだ滅多打ちかいお嬢さん…」

 

「もう見てらんねぇよ…」

 

むごすぎる…

 

『それに…』

 

「「「『まだ続ける!?』」」」

 

『ーいかに私が至高の芸術品にして比類無き自動人形としても、求婚とは対等な立場にある男女が行うものです。それを時計仕掛けの従者に行うのは、控えめに申し上げて支離滅裂ですしハッキリと言えば異常にして愚の骨頂です』

 

「やめて!俺のライフは既にゼロ以下よっ!」

 

ナオトは地に伏せたまま器用にのの字を書く。

 

「いや、うん。分かってます。リューズは俺がマスターであることを恥じてて、軽率でした、ハイ…世界の至宝から俺の至宝へとレベルアップしてそれを讃える適切な言葉が出ず…暴走しました。猛省します、穴に埋まって閉じ籠ります」

 

うわー…流石に同情する…あれ?

 

「なぁイース」

 

『なに?』

 

「リューズちゃんさぁ、別にナオトを貶めてなくね?」

 

『え?』

 

「いや、だってさ、"時計仕掛けの従者に行うのは"って言い分、捉えようによっては自分を卑下してんじゃん」

 

『言われてみれば…』

 

「なぁお嬢さん」

 

そこで何かに気付いたのかハルターさんがリューズちゃんに質問する。

 

「…うちの姫さんを殺そうとしたり、どうもあんたには倫理規定が無いようだが、まさかマスター…ナオトに無条件で従うようには設定されてないのか?」

 

『私は"付き従うもの(ユアスレイブ)"…設定されているのはマスターに付き従う事のみです』

 

「…ああ、なるほど。つまりマスターに好意を示すようにはプログラムされてねぇわけだ」

 

ナオトが悲痛な声で号泣する。

 

『語弊があるようなので訂正します。私は無条件で従う従者として設定されてますがナオト様に好意を抱いているのは私の"自由意思"です。そこらのマスター認証すれば股を開く性玩具(ビッチ)と一緒にはしないでください』

 

「今自動人形が自由意思って言ったわよハルター!?」

 

『私もハヅキに対する好意は自由意思だよ?』

 

「こっちもか…てことは」

 

俺の中でひとつの仮説が出来る。

 

「イース、よく思い出してほしいんだけどさ、リューズちゃんって言語か思考回路に何か別の機能施されてなかった?」

 

『……あ』

 

イースは思い出したかのように口を丸くあける。

 

『すっかり忘れてた…』

 

「ああ、やっぱり…リューズちゃん、なんでお嫁がダメか聞いていいか?」

 

『私はナオト様の従者ですので…その、夫婦という対等な立場には…』

 

リューズちゃんの視線が僅かに泳ぐ。あ、これ確定だ。

 

「良かったなナオト、お前嫌われてるどころかスゴい好かれてるじゃん」

 

「………え?」

 

ナオトがキョトンと顔を上げる。

 

『ごめんね、ナオト君。リューズちゃんにはね、"毒舌フィルター"が搭載されてるの』

 

その言葉にナオトの時が止まる。

 

『…毒舌?私がそのようなわざわざ労力を払ってまで他者を言葉攻めするような非生産的行為、毒を吐くなどという己の品性を損なう人間のような行為をするはずが無いではありませんか』

 

「「「自覚無かったんかいッ!」」」

 

ナオト、マリーちゃん、ハルターさんの声が重なり周囲に木霊する。これには流石に驚くわ…

 

「おおおお落ち着け三浦ナオト!お前は今究極の分岐点にいる!でもどう確認すれば…」

 

「…頷きで答えてもらえば?」

 

「それだ!」

 

ナオトが勢いよく俺を指差す。年上を指差してじゃねぇよ…

 

「じゃあリューズ、"自由意思"はプログラミングされたもので、マスターに対して無条件に起動するのか?」

 

リューズちゃんが横に首を振る。ナオトは雄々しくガッツポーズ。

 

「じゃあその…"自由意思による好意"は俺以外に向けられた事は、ある?」

 

「うっわチキン」

 

「先輩少し黙って!」

 

ほう、俺にその口の聞き方をするとはな…後で覚えてろよ。リューズちゃんは再び首を横に振る。

 

「え?前例無いの?」

 

こくり、と首を縦に振る。

 

「前例無いけど、俺に向けてくれてる、と?」

 

こくり、と縦に振る。リューズちゃんは濡れた瞳をふらふらと彷徨わせ、白い頬を朱に染めて、僅かに開けた唇を震わせていた。まるで恋に戸惑う乙女だ。

 

『リューズちゃんかっわいいー♪』

 

「自動人形でも女の子か…」

 

「じゃあその、最後に二つだけ確認ね…」

 

こくり。

 

「つまりリューズは、誰かにそう設定されたんじゃ無くて自分の意思で俺に好意を持ってくれてる、と、いうこと…?」

 

こくり…いやもう良いだろ、リューズちゃん真っ赤だよ?ナオトが好きですって完全に言ってるよ?もう許してやれよ。

 

「じゃあ、その好意が、どれくらいか…適切と思う回数だけ頷いてくれ…る?」

 

うっわー、リューズちゃん完全にリンゴになっちゃってるよー…しかも律儀に頷いてるし、てか回数多っ!

 

「ああ…世界はこんなにも美しい…!」

 

「いやなに言ってんだよ」

 

『分かるよー、好きな人出来ると世界って一変するよねー!』

 

「イース…お前もか」

 

『勿論私が好きなのはハヅキだよ?』

 

「俺も好きだよ!…ってなに言ってんの俺!?考えるより先に声出たぞ!?」

 

『は、ハヅキ…嬉しいけど流石に恥ずかしいよ…』

 

「俺の方が恥ずかしいわ!!てかイースが先に言ったんだろ!」

 

「先輩…お互い良い彼女に出会えましたね…」

 

「お前もお前でなんか悟るなーーーーーーーー!!!」

 

「…なにこの甘々なメロドラ?」

 

「種を越えた…ってレベルじゃねぇぞ…」

 

ほんと何なんでしょうねこれ!でも幸せ!




うがーーー!挿絵欲しいーーーー!


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修理の行方は…

イースの固有機能考えたんだけど説明が難しいな…


俺達はラブコメをマリーちゃんに怒られた後、ようやく大支柱(コア・タワー)に入り込めた。

 

「誰もいないな…」

 

「そうね、でもその方が良いわ。彼らはここで失うには惜しすぎる人材だもの」

 

「いや、待って。奥に誰かいる」

 

「だな、しかもこっち来てる」

 

俺は足元に手を置き確認する。数は…結構いるな。

 

「マリー先生!」

 

「み、皆さん!?何でここに…」

 

見ると大体三十人弱の人が残っている。全員がそこそこの年を取っているのが共通か。

 

「マリー先生、あなたが残るのに我々が離れる訳には行かんでしょう。まぁ他の若い連中は無理やり返しましたが」

 

そう答えたのはこの集団で一番歳食っている老年の男性だった。

 

「ですがマリー先生、やはりあなたは脱出してください」

 

「な!何でですか!」

 

「つい先程連鎖異常が起こりました。正直に申しまして既に手遅れです」

 

「あなたはまだ若いんだ、こんな所で私達と心中する必要はない」

 

そう言った皆さんの手は微かに震えていた。この人達はすげぇなぁ…ほんとかっこいい。

 

「皆さん…大丈夫です、私達には秘密兵器があります!」

 

「秘密兵器…ですか?」

 

全員が訝しげな顔をする。

 

「マリーちゃん物扱いはよしてくれ…どうも、秘密兵器二号です。一号はあっち」

 

俺はナオトの方に指を向けるが…

 

「おう…ふつくしい…」

 

「……はぁ?」

 

ナオトは大支柱内部に目を輝かせていた。

 

「美しい…!ここまで完成して完璧な機構はリューズの内部を見て以来だ…!チクショウ誰なんだこんな綺麗で蠱惑的で興奮するすんばらしいムーブメントを作り出したGODは!」

 

思わず俺は、いや、ハルターさんにマリーちゃん、果てはイースまでもが二歩ほど下がる。思ったことは唯一つ、

 

ーなに言ってんだこの変態…

 

「…………ひみつへいき?」

 

「いえ、その、ちょっと待ってくれます?」

 

技師団の一人が訝しげに問いかける。慌てるマリーちゃん。ほんっっとうちのバカ(ナオト)がスイマセン…

 

『ナオト様、今気にするのはそこではないかと…』

 

「あ、良かった。リューズちゃんはまともだ」

 

俺は安堵した。

 

『作ったのが誰かというのはどうでもよいでしょう。それよりもこのカビの生えた古錆びた骨董品に対して私以来との暴言…流石に我慢なりません』

 

「「そこでもねぇーよ!!」」

 

マリーちゃんとツッコミが被る。リューズちゃん…信じてたのに…

 

「ええ!?いやだって…確かにリューズが凄いのは知ってるけど、でも」

 

『だってもでももデモクリトスも御座いません。先日、私の体を"凄く綺麗だった"という発言は嘘だったのですか?』

 

「…からだ?」

 

マリーちゃんが呆然と呟く。

 

「…なぁイース」

 

『…うん、そうだね』

 

立ち位置的にはほぼ同じである俺達はいち早く気付いた。今なぜリューズちゃんがこんなに必死にナオトを責め立てるのか。

 

「『この状況で嫉妬ぉ?』」

 

俺とイースの呟きを聞いたマリーちゃんは固まり俯く。そして、

 

「あああああああァーーーーーーーーーーもおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーぉッ!!!」

 

盛大にぶち切れた…

 

「状況を考えろあんたらぁッ!あと四時間で全員地の底よ!?それまであんたらの昼メロドラマ見てろってのかァッ!」

 

マリーちゃん渾身の絶叫。それは流石にあの二人にも届いた。

 

「…うん、それもそうだ」

 

『ナオト様が状況も弁えず大変失礼しました』

 

「え!?俺!?」

 

「ああ、いえ、決してマリーちゃんが自暴自棄になったわけじゃ無くてですね?一応あんなでも一縷の希望でして。勿論俺も全力でやります。だからお願いその機械銃剣(コイル・スピア)を収めてぇ!?」

 

『わーー!?ハヅキぃ!?』

 

ナオトのせいで俺が殺されかけてんじゃねぇか!!

 

「ナオトぉぉぉ!!てめぇ後で絶対に折檻だからなぁ!!?」

 

「ほんとスイマセンでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

…俺たちにシリアスは存在しないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大支柱(コア・タワー)の第二十四層、その一角に二人の少年が隣り合うように座り込んでいた。一人は虚空を見据え、一人は床に両手をつき目を閉ざしている。静かな時間。だがそれは後四時間もかからないうちにこの都市が崩落するというこの状況において苦痛で堪らない時間だった。それでも少年二人は動かない。その場にいるおよそ30人の一級時計技師(マイスター)は沈黙に堪えかね喋ろうとしたり動こうとする。だがそれは二機の自動人形(オートマタ)によって封じられる。

 

ー喋るな

 

ー動かないで

 

そんな状況の中でマリー・ベル・ブレゲはふと思う。

 

ーこの二人は今この時をどう感じているのだろう

 

片や超常的な耳を持ち全ての音を捉える。片や異常な触覚を持ちあらゆる振動を感じ取る。そんな二人にはこの世界はどう映っているのだろう。

 

そして十分が経とうとしたとき、

 

「…分かった」

 

「俺も…」

 

二人が動いたことによりその場の緊張が解ける。同時に疑念が広がる。

 

「何が分かったというのかね?我々がもう終わりというのはとっくに分かっているが?」

 

「十八ヶ所」

 

「は?」

 

二人は非難には取り合わずどこか遠くを見ているように、浮かされたように答える。

 

「この状況を打破するには十八ヶ所を直せば良い」

 

「何をバカな事を…!」

 

「それはどこ?」

 

淡々と言うハヅキに観測班長が反射的に声を荒げようとする。だがマリーが図面を片手にナオトとハヅキに近づいたことで遮られる。

 

「うっわ…流石に複雑過ぎ…」

 

「悪い、分かんない。口頭で言うから何とかして」

 

「分かったわ」

 

「マリー先生!正気ですか!?今図面も読めないと言った二人の言葉を信じるなど!」

 

「今はこれしか情報がありません。だったら私は僅かな可能性に賭けます」

 

技師団の皆はこの状況に遂にマリーが壊れたのかと思い何とかして正気に戻そうと使命感に駆られる。だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4京3985兆4724万5908個…それが正確なパーツの数だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて放たれたナオトの言葉によって、それは凍えるような寒気に変わる。それは既に二人の能力を知っていたマリーとハルターも同じだった。ナオトの適当に言ってるとは思えない口調、実際に数えた…いや、仕様書を読み上げているだけの様な口調に思考が凍る。

 

「そのうち異常運動をしてるのは4047個。だけど4029個は今のところ重力異常には関係してない。つまり十八ヶ所、そこさえ直せばこの現象は終わる」

 

ーなんなのだ、こいつらは…

 

ナオトとハヅキの二人に誰しもが呆然とする。内容はひどく簡潔で分かりやすい。だが理解をしたくなかった。目の前の二人は理不尽の塊だ。今までの努力をたったの10分でひっくり返した。嘘だ、虚言だ、妄想だ、いくら否定の言葉を並べようと全く…恐ろしいことに全くそう聞こえない。そうして皆が二人に感じたのは尊敬でも、軽蔑でもない。強いて言うなら…

 

『…時間が無いと仰ったのではないのですか?』

 

停止した時間を引き裂く様にリューズが冷たい声を出す。

 

『そうだよ、このままじゃ全員お陀仏だよ?』

 

急かすようにイースが感情の無い声を出す。

 

『呆然とされるのは勝手ですが、猫の手も借りたい状況で固まるだけの能ならばあなた方は猫以下の腕、ということでよろしいですね?』

 

リューズの容赦ない毒舌で熟練のスタッフに熱が戻る。一流の時計技師として活動してきた彼らにとってこの言葉は充分すぎるほどにプライドを刺激した。

 

「…そうですな。確かに我々に打てる手は他にはない。ならば賭けましょう」

 

「しかし整備士長…」

 

観測班長はなおも呻く。でも次の言葉に繋がらない。言いあぐねていた時、

 

「もし、信用できないならこの言葉を免罪符にして、騙されたとして信じてください」

 

ハヅキが告げる。

 

「俺の名前は神連ハヅキです。一級時計技師の中でも更に一流の神連夫妻。その両親以上の才能を持った息子が同じ様に認めた三浦ナオトと共に断言します。十八ヶ所を直せばこの都市は救える」

 

ハヅキの言葉に観測班長は顔どころか全身を驚愕に染める。時計技師において神連の名は余りに大きい。しばし口を開け閉ざすことが出来ずにいる。そしてようやく、

 

「わ、分かりました。神連の名を信じましょう…」

 

観測班長程では無いにしろ驚いていた整備士長は再起動を果たしマリーに振り返る。

 

「…では、指示を頂けますか、マリー先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慌ただしく動き始める。マリーちゃんは俺とナオトから事細かに情報を聞き出し図面に書き込む。他の技師に指示を出し命令する姿は紛れもなく先頭に立ち導く者の姿だ。

 

「さて、あとは…リューズ!」

 

『何でしょう、マリー様ごときにあまり名を呼ばれたくないのですが』

 

「二ヶ所だけ人が簡単に入り込めない場所があるの。本来なら作業機械を使うんだけど今は時間が惜しい。あなたに頼むから私の言う通り一ミリのズレもなく従って」

 

『私に命令出来るのはナオト様だけです。第一姉さんもいるではないですか』

 

「勿論頼むわよ」

 

『ですが…』

 

「リューズ、従って」

 

ナオトが言う。リューズちゃんは渋々といった感じだが了承の意を示した。それからマリーちゃんは図面を見て計器を眺める。そして、

 

「あなたがいる位置から91.2度左に回り、水平の視線を47.5度上に向けて、その角度のまま22.3メートル跳躍、その場で180度回頭、視線を垂直75度動かしてその方向へ更に14.25メートル跳躍後、垂直着地。そこから右へ57センチ移動して、右から33番目のシャフトを廻す第17番歯車の右下67度にある0.2ミリの隙間からこのドライバーを差して、その下にある直径0.7マイクロメートルの歯車の歯が一つ歪んでるから"回転を止めず"に歯を直して」

 

……何のコマンド?

 

『はあ、了解しました』

 

そう言い残してリューズちゃんは歯車の群れの中に姿を消す。

 

「次はイース」

 

『ばっち来い!』

 

「頼もしいわ。貴女の位置から67.8度右に回って4.73メートル前進、視線を52.6度上に傾けてそのまま18.9メートル跳躍、その場で更に体を35.8度左に回して24.86度下に視線を動かしそのまま16.3メートル跳躍。垂直着地して左に87.4度回転、視線を5.21度上げた先の右から6個目のシリンダのピストン運動を上がりきった瞬間にコンマ0.15秒停止させて」

 

『了解!行ってきます!』

 

そうしてイースも歯車の群れに消える。マジであれ理解したのかよ…

 

「さぁ、私たちも行くわよ!ハルター、ナオトを持ってきて」

 

「あ、マリーちゃん。一ヶ所、整備士長さんが行ったところがちょい不安だから行ってくる」

 

「分かった、失礼の無いようにね」

 

「当然」

 

俺は整備士長さんが向かった場所に走り出す。途中手袋を外し確認をする。…ん?ズレてね?

 

「やっべぇ!整備士長ストォォォォォォォォップ!!」

 

「うおぅ!な、何かね?」

 

「そこちゃう!下に2センチ、右に1.5センチのやつ!そこいじったら連鎖異常で修復箇所48個に増える!」

 

整備士長は顔を青褪め慌てて手を離す。あぶねぇ…京都が沈むとこだった。

 

「す、すまない。助かったよ」

 

「俺にはこれしか出来ないんで…」

 

「十分すぎるよ」

 

「ど、ども…ってあ!そこ待ったぁ!すいません、行きます!」

 

「ああ、行ってきなさい。よろしく頼むよ」

 

「はい!」

 

見送られながら俺は次の場所に走り出す。そして3時間後…

 

 

 

 

 

 

 

 

中央回廊では、作業を終えたスタッフが集まっていた。中心には観測班長が計器を見守るなか結果を待つ。

 

「…ブラウン定数、平常値。確認項目……オールクリア」

 

「と、言うことは…」

 

マリーちゃんが掠れた声で問う。観測班長がゆっくりと顔を上げその目に貯めた涙を溢す。

 

「修理作業、成功……です。信じられない…!」

 

その場の全員が顔を見合わせる。本当に終わったのか、喜んで良いのか、その思いは少しずつ大きくなり、

 

「「「「「ヒャッッッハーーーーーーーーーーーーーーーーーァッ!!!」」」」」

 

大歓声の爆発を起こした。

 

「マジかよ!本当に成功しちまったぞ!?」

 

「夢じゃ無いよな!?生きてる、生きてるぞーーーー!」

 

「ああ、神様…!帰ったら献金皿に有り金全部ぶちこんでやる!!」

 

全員が肩を叩き、抱き合い、喜びを共有する。それはナオトやマリーちゃん、ハルターさんも一緒だ。

 

「ほんと、良かったよ…」

 

『お疲れ様、ハヅキ』

 

「おう、イースもな」

 

俺はイースに微笑みかける。イースも微笑み返してくれる。

 

「俺な、正直に言ってこの腕が好きじゃ無かったんだよ」

 

『どうして?』

 

「日常生活を送るにはあまりに不便で、皆と同じ様に過ごすことが出来ない。代償として身体中の感覚を失なった。この腕を理解してくれる人があまりに少なかった。上げればキリがない」

 

そうだ、この腕は機械弄りには持ってこいだったがそんなこと日常的にあるはずもない。友達が遊ぼうにも俺はこの腕のせいでろくに楽しむことも出来なかった。気味悪がられたこともある。

 

「でも今は、心の底からこの腕があって良かったって思える。ようやく、ちゃんと役に立ったって思える。そんでもってそれは…」

 

イースを正面から見る。ああ、今こうやってイースと話せるのもこの腕のお陰か。

 

「凄く嬉しい事だって思えた」

 

俺は精一杯の笑顔を見せた。そしたらなんかイースの顔がみるみる赤くなった。なんだ?

 

『そっ、そっか。良かったね…(その笑顔は反則~~!)』

 

「?そうだ。一つ気になってるんだけど」

 

『な、なに?』

 

「イースってさ、物凄く人間らしいよな。喜怒哀楽があって自由意思の好意があったり、果てはその…子供まで作れるとか」

 

『ああ、うん。まぁ私はコンセプトが"人間の創造"だったからね。永遠の伴侶を作り出すっていう』

 

「…マジか、ホントに規格外だな」

 

『まぁね、でも普段はその機能は無いよ?1000年も経つと流石に劣化するから』

 

「え?じゃあどうなってんだ?確かにイースの内部って驚くほどに少なかったけど…てかどう動いてんのかも明らかじゃ無いんだけど」

 

『そこは私の固有機能だよ。私の固有機能はね、ーーー』

 

「…それ、リューズちゃんの"虚数時間"と比べようも無くないか?凄すぎるだろ…」

 

『まぁーね!伊達にリューズちゃんの姉じゃないよ!』

 

イースの固有機能、それは正しく異次元のものだった。Yはどうやってそんなものを思い付いたのか…

 

「先輩」

 

「ん?ナオト…と、マリーちゃん?どしたん?」

 

「実はですね…」

 

「ナオトとハヅキさんを国境なき技師団(マイスターギルド)のアカデミーに特待生として招待したいって話してたんです」

 

「は?はあぁぁぁぁぁぁ!?あ、アカデミーに招待!?しかも特待生!?」

 

国境なき技師団のアカデミーと言えば世界最高学府、その入学にはあの東大ですら霞むほどの難易度だ。

 

「いやいやいや!え、確かあそこって二級時計技師(ゲゼル)じゃなきゃ入学資格が…」

 

「一級時計技師二名の推薦、それさえあれば特待生として入れるのだよ」

 

そう言ったのは整備士長さん、名前は…

 

「コンラッドだ。よろしく頼むよ。先程は助かった」

 

「い、いえ。俺は別に…」

 

「これは儂のわがままかもしれんが見てみたいんだよ。この才能溢れる三人の行方を。もう老い先短い人生だ。見させて貰えないかね?」

 

「その言い方は…ずるいっすよ」

 

俺は苦笑を返す。

 

「それにな、息子娘の様だった神連君達の息子さんは儂にとって孫の様なものだ。育ててみたいではないか」

 

「え?親父とお袋を知ってるんですか?」

 

「当然、二人とも儂の一番弟子だったよ」

 

驚愕の事実に口が塞がらない。

 

「整備士長、それは本当ですか?」

 

「ええ、そうです。マリー先生。二人ともフットワークが軽くてですな、西へ東へ何処へでも行ってました。子供が出来たと言うのは聞いてませんでしたがね」

 

「親父、お袋、せめて師匠には教えておけよ…」

 

そういやそう言うとこズボラだった…

 

「そう言うわけで君には儂が直々に技術を教えたいんだ。儂の持っている全ての技術をな」

 

「ハヅキさん、受けた方が良いですよ。コンラッド整備士長の講義は5年先まで完全に埋まってますから」

 

「え?、マジで?」

 

「マジです。アカデミーの受けたい授業ランキング15年連続第一位ですから。しかも弟子はもう取らないって豪語してたんですよ?」

 

「…じゃあ受けなきゃ天罰ものですね」

 

「おお!では!」

 

「はい、受けさせて貰います。俺の進路は決定です!」

 

「そうかそうか!いやはやこれは腕が鳴る!勿論イース君もいらっしゃい」

 

『え?良いんですか?』

 

「当然だ。マスター契約もしているのだろう?ならば問題は無い」

 

『やった!これで一緒にいられるよ、ハヅキ!』

 

「そうだな、やっべ今からワクワクしてきた」

 

俺は顔のにやけを止めることが出来ない。正に幸せの絶頂だ。ナオトもどうやら行くらしい。俺はそう遠くない未来に想いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドオォォォォォォッン!!!

 

 

 

 

だがその時、轟音がその幸せを貫いた。




そろそろ他の作品書かなきゃ不味いよなぁ…(クロプラ書きながら)
あと誰かイース描いてくれません?挑戦したんですが絵心の無さが露呈しただけでした。


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固有機能―位相変換(ワールド・ワープ)

あー…多分途中で「は?こいつ何言ってんだ?」状態になるのでその時は感想にて詳細をお聞きください。満足いただける回答は出来るか分かりませんが…


轟音と衝撃が俺達を包み込む。それは修理を完遂して喜びに浸っていた俺達には思考を奪う程度には不意打ちだった。

 

「な、なんだぁ!?」

 

ナオトの困惑の絶叫が俺達の言葉を代弁する。

 

「痛ってぇ…イース、無事か?」

 

『大丈夫だよ、ハヅキは?』

 

「ちょいヤバい…左腕軽く打った…」

 

全身の痛覚は俺にはない。だが代わりに両腕の感覚は異常なまでに鋭い。つまり少しの強い接触で俺はいとも容易く行動が不能になる。

 

『ハヅキ!?だ、誰か鎮痛剤…!』

 

「悪い、イース…それ意味無いんだ」

 

『そんな…!じゃあどうすれば…』

 

「触れてて」

 

『え?』

 

「打った所に触れてて。それで感覚上書きするから…」

 

『わ、分かった…』

 

イースが腫れ物に触れるように恐る恐る俺の左腕に触れる。そのうち包み込むように両手が動いた。

 

ーあぁ、やっぱり安心する…

 

イースから伝わる振動は心地よく、俺に安らぎを与えてくれる。イース…Easeの名は伊達じゃない。その心地よい振動に痛みが上書きされる。完璧ではないがそれでも大分マシだ。

 

「それにしてもなにが…」

 

「おいヤバいぞマリー!高度が下がってる!」

 

「なんだって!?」

 

ハルターさんが叫び解析班長さんがハルターさんを押し退け計器を見る。そしてその顔が紙より白くなる。

 

「ぱ、パージが始まってます!」

 

その言葉に再び全員が硬直する。解析班長の言葉が信じられなかった。

 

「そんなバカな!」

 

「異常は直ったんだぞ!!」

 

「パージまでは一時間以上あっただろう!?」

 

怒号が飛び交う。その時、

 

「マリー先生!通信です!」

 

「繋いでください!」

 

連絡班の人が通信を繋ぐ。

 

〔おい!おい!マリー・ベル・ブレゲ!聞こえてるか!?〕

 

「この声…リョウ兄!?」

 

〔ハヅキ!?なんでお前がそこにいるんだ!?〕

 

「都市障害を直してたんだよ!」

 

〔ふざけるな!何のために軍を裏切ってお前を逃がそうとしたと思ってんだ!マリー・ベル・ブレゲ!話が違うぞ!!〕

 

「後で弁明はします!それより軍は直った事に気付いて無いんですか!?」

 

〔気付いたさ!その上で奴等はパージを強行したんだ!証拠を消すためにな!〕

 

「そんな…!」

 

〔早く逃げろ!じゃないと…〕ブツ!

 

「リョウ兄!?リョウ兄返事しろ!!」

 

その通信はいとも容易く途切れ絶望感のみを残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!返事をしろ!お…ガッ!」

 

「新島く~ん、怪しいとは思ってたけどやっぱり君がマリー・ベル・ブレゲにリークしてたんだね?」

 

新島は襟首を大柄な体の上司に掴まれ叩き付けられた。

 

「…!京都を見捨てられるわけ無いでしょう!」

 

「ハハハハハ!正義感溢れてるねぇ、だけどもう遅いんだよぉ。連中がどんな手品を使って直したかは知らないけどパージはもう始まったんだ、あと15分もあれば京都は地の底だ。君の頑張りも無駄だったのさ!」

 

新島はその言葉に奥歯が砕けるほどに強く噛み締めた。

 

ーハヅキ…すまない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな空間、ナオト達を含めた約40人の人間はついさっき入った通信によって絶望の中に叩き込まれていた。修理に成功していた分、反動で心は簡単に折られていた。誰もが自分の終わりを認め座り込んでしまっている。だが一人の少女は立ち上がる。全身に怒りを溜め込みながら。

 

「ふざけんな…」

 

通信を聞いていたハヅキはそのなかで妙に冷静にその光景を見ていた。

 

「ふっっっっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

少女…マリーは吼えた。その理不尽を認めないと言うように。

 

「諦めてたまるものですか!!!こんなところで!!!」

 

マリーは設計図に飛び付き猛然と図面を引く。

 

「整備士長!この星が設計された時に重力制御も機械仕掛けに置き換えられたんですよね?」

 

「え…ええ、そうです。それすらも歯車によって発生させているのですから」

 

「その場所は特定出来てますか!?」

 

「それなら…この階層にあるはずです。しかしなにをなさるので?」

 

マリーは問いには答えずに今度はリューズに向かって問う。

 

「リューズ!歯車で重力を発生させる原理を知ってる?」

 

『…歯車の強力な運動と熱によって莫大なエネルギーを発生させる事です』

 

「ありがと。つまり重力とはより大きな質量とエネルギー量の場所に向かって空間を歪ませて生じさせる。だったらあなたの"虚数運動機関(イマジナリー・ギア)"で反転させることが出来るんじゃない?」

 

『…理論上は可能です』

 

リューズは躊躇いがちに答える。だがすぐに顔を伏せ、

 

『しかし私のギア一つで街一つ分の重力を反転させるとなるとどれだけ持つか…』

 

「目算だと?」

 

『希望的に考えまして、30分が限度かと…』

 

「上等!それだけあればここからシステムをハッキングして逆操作出来る!」

 

マリーは口の端を吊り上げる。

 

ー…すごいな、やっぱり天才は違う

 

その様子をハヅキは静かに見ている。だがすぐに気づく。あくまで希望的、つまり…

 

「ちょっと待てマリー。いったいリューズに何をさせる気なんだ?」

 

「良い?都市が落ちるのは重力があるからなの、そしてその重力を操る機構はこの層にある」

 

「…それで?」

 

「そのシステムに干渉して落下の重力に釣り合う"反重力"を都市底部に発生させれば一時的に止まる。その間にパージ・システムに割り込んで再接続させるの」

 

「…そんなこと出来んならなんで最初にやらなかったんだ?」

 

「出来なかったのよ、でもあなたとハヅキさんがこの層の事を事細かく教えてくれたからこの階層からのルートを割り出せた。具体的な仕組みは……今から5分で作る」

 

その言葉に整備士長を含めた技師団(ギルド)の全員が顎が外れそうになるまで口を開けマリーを見詰める。一級時計技師(マイスター)である彼らが総員で掛かっても不可能な芸当だからだ。

 

ーああ、そうか。あまりに振りきってたから分かんなかったわ…

 

ハヅキは静かに自覚をした。自分が抱いていた感情に。

 

「分かった、じゃあリューズが耐えられないかもってのは?」

 

「…膨大なエネルギーと、重力制御のシステムにリューズの小さな歯車を押し込むの。失敗したら即破壊、長引いても壊れる」

 

「なら却下だ」

 

ナオトは即答で切り捨てる。

 

ーなんだ、すごい簡単な事だったんだな

 

『…ハヅキ?』

 

イースはハヅキの変化にようやく気づく。

 

「リューズ、今から脱出出来るか?」

 

『不可能です』

 

「いや、リューズの機動性なら一人でも間に合う…」

 

『私はナオト様の従者です。主を見捨てるという選択肢はありません』

 

「ならどっちにしろ詰んでんじゃねぇか!どうしろってんだ!」

 

ナオトは怒鳴り散らす。

 

ーなんてことはない、これは…

 

『いえ、ナオト様。この自称天才少女の言う通り私を犠牲にすれば助かります』

 

リューズの言葉に観測班長が食い付く。

 

「本当に可能なのかね!?」

 

「できねぇよダアホ!!」

 

ナオトが観測班長に吼える。

 

「……ナオト」

 

『できます』

 

「どういうことかね!?都市を救えるなら…」

 

「できねぇっつてんだろ!リューズを犠牲になんか出来るか!!」

 

「…ナオト」

 

「だが、自動人形(オートマタ)1体で2000万の人々を救えるなら…」

 

「2000万も2億も知ったことか!!じゃあてめぇは世界で一番大切な人が死ねば皆助かるって聞いて迷わず殺すのかよ!!」

 

「ナオト」

 

「さっきからなんだよ先輩!!」

 

ー怒りだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、ハヅキの頭上で金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。向かってきたリューズの鎌をイースがスピアで弾いたのだ。

 

『……リューズちゃん、今ハヅキに何しようとしたの?』

 

人間性の消えた声音に全員の呼吸が止まる。息を吸うことが出来ない。一度リューズの鎌に挟まれた事のあるマリーは足が震え腰が抜けそうになる。あのリューズに即座に反応してみせたハルターでさえ動くことを許されない。そしてリューズは、

 

『ッ!?』

 

目の前の姉の出す自分以上の殺気に固まる。その中で何とか眼球を動かし、自分が反射的に鎌を抜いた相手を見る。

 

ーあの少年は誰だ?

 

そんな疑問がリューズの中にエラーを溜める。イースによって動くことが許されない空間においてハヅキは平然と続ける。

 

「…マリーちゃん」

 

「は、はい…」

 

「今から3分でルートを引け」

 

「え?」

 

「引けと言ったぞ?」

 

「は、はい!」

 

マリーは動くことの出来ない空間の中で唯一動くことを許される。猛然と思考を動かし、手が霞むほどに書き始める。

 

「ナオト」

 

「あ…う…」

 

ハヅキは足元に落ちていたドライバーを拾い上げナオトに放る。ナオトは足元に落ちたドライバーを目で追う。

 

「それでリューズちゃんから"虚数運動機関(イマジナリー・ギア)"を取り出せ」

 

「ッ!リューズを犠牲にするつもりかよ!」

 

「勘違いするな、リューズちゃんは死なねぇ」

 

「は?」

 

ナオトは呆気に取られる。

 

「命を賭けるのは…俺だ」

 

その言葉に全員が疑問を浮かべる。

 

『ハヅキ!それって…』

 

「イース、やってくれるな?」

 

『そんなことしたら本当にハヅキが…』

 

「だけどこれが最善だ」

 

イースが瞳に動揺を浮かべる。

 

「お前には辛いことをさせちまう。でも死んだらそれこそ終わりだ。だったら俺は今お前に辛いことをさせて全部終わったら死ぬほど謝る。その方がいい」

 

『…死んじゃ、ダメだよ…』

 

イースの辛そうな顔にハヅキは胸に鋭い痛みを覚えるがそれを飲み込む。ハヅキはイースに近付いていき、

 

『んむッ!?!!?』

 

ーキスをした

 

『なっ!?』

 

「ええ!?」

 

「おいおい…」

 

リューズ、ナオト、ハルターが三者三様の反応をする。コンラッド達はあまりの展開に茫然とし、マリーは必死にルートを書き上げていたので気付かなかった。

 

「ん…俺は死なない。皆と…イースと生きる。俺はお前と言葉を交わらすのを夢見てた、お前と笑いあうのを夢見てた、お前と一緒に見に行きたい所がある、お前にこの今の世界と俺を知ってほしい」

 

ハヅキはイースの肩に顔を埋め言葉を漏らす。

 

「だからさ…生きようぜ、二人で」

 

顔を上げ笑顔を見せる。その笑顔は決意を固め、確固たる意思を持つ力強く勇気を与える笑みだ。その笑顔を見たイースは一度強く目を瞑り、ゆっくりと頷く。伸びたスピアがワンピースの中に戻っていく。既にリューズは殺気から逃れナオトの側にいた。

 

「ナオト、リューズちゃんから"虚数運動機関(イマジナリー・ギア)"を取り出せ。安心しろ、絶対に壊れねぇ」

 

「…本当なんすか?」

 

「本当だ、信じろ」

 

ナオトは暫くハヅキを見詰め決意する。

 

「…リューズ、良いか?」

 

『それがナオト様の意思ならば』

 

リューズはスカートの裾を摘まみ深々と一礼をする。

 

「か、書けた!…って何この状況?」

 

「お姫さん…あんた本当良いところを見逃したな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員がマリーちゃんの書いた図面通りの配置に着く。事前に何をするのかは伝えてある。半信半疑だったがイースがinitial-Yシリーズであると話すと一応の納得はしてくれた。そして今、俺とイース、ナオトとリューズちゃん、マリーちゃんは重力制御の機構の前にいる。リューズちゃんは既に"虚数運動機関"を抜かれていて機能停止している。現在ナオトが膝枕中。ハルターさんにはあるものを取りに行って貰っている。俺は上半身の上着を脱ぎ捨て、手袋も外す。

 

「ナオト、お前がマリーちゃんを誘導しろ」

 

「了解です」

 

「マリーちゃん、ナオトの言ってることは正しい。従ってくれ」

 

「分かってる」

 

「よし、皆さんもお願いします」

 

〔〔〔任せなさい〕〕〕

 

頼もしい返事が返ってくる。

 

『じゃあハヅキ、始めるね?』

 

「おう、二人で生き残ろうぜ」

 

そして、宣言が始まる。物理法則…いや、世界に歯向かう宣言が。

 

『定義宣言』

 

ゆっくりと

 

『Initial-Yシリーズ監督機、"寄り添うもの(マンダリン)"イース』

 

機械的に、だが奏でるように

 

『固有機能―【位相変換(ワールドワープ)】…起動シークウェンス、開始します』

 

イースの中の不明だった機構が、バラける

 

『―一方運動から全方運動へシフト開始』

 

全ての歯車が連結から外れ、全身にまわり、噛み合うことなく廻る。そして中心には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

駆動(クロノフック)―直径10キロメートル、全高9万メートルの空間を現実世界から狭間世界へワープします』

 

それは大支柱(コア・タワー)内部の全てを()()()()()()()()()()()()()()

 

 

並行世界―無数の可能性に溢れてるこの世界において"あったかもしれない"別の未来。本来、人がそれを観測することは不可能であり、また、存在しない世界である。

だがイースは、その別世界に移動するのではなく、世界と世界の僅かな隙間に移動する。そこには一切の可能性は無く、全てが止まっている世界である。イースは普段ここに中枢と"矛盾運動機関(コントラディクション・ギア)"以外の全ての歯車を収納している。その為劣化はしない。何百年、何千年とだ。

 

イースはその姿を反転させるように変えていた。空色の髪は夜空に星を散りばめた様な移り行く髪に、瞳は夜空の色から全てを覆う空色に。

 

『今の"血"の量だと二分が限界だよ』

 

「その為に俺が脱いだんだ、好きなだけ吸え」

 

『うん』

 

イースは返事をして終句を告げる。

 

『―歪曲機動(トラベル・ストップ)―』

 

直後、大支柱(コア・タワー)内部はその存在を世界から消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都の外周部、そこにあるパージ・システムに繋がる機構がある建物では20人もの軍属技師が今まさに京都を落とさんと動いていた。

 

「…第二十六層、全連結解除を確認!」

 

「よし、続けて最終連結の解除に移れ!」

 

上司の声に従って部下達は動く。その顔は一様に硬い。

 

「全く…最近の若者は覚悟が足りないと思わないかい、新島く~ん」

 

「…躊躇って当然だ。故郷を落とすんだぞ」

 

「そこが覚悟が足りないと言ってるんだよ、これは軍のメンツを保つ崇高な行いなんだから!」

 

新島リョウジは拘束されたまま上司だった者に返答する。その顔は苦々しく、辛そうなものだった。

 

「まぁ覚悟というなら君は中々だったよ、軍相手にここまで喧嘩を売るような真似をしたんだからね!」

 

「間違ってると思ったから行動した、それだけだ」

 

「全く残念だよ。その覚悟を軍の為に使ってくれれば良かったものを」

 

上司だった者が嘲笑う様に話す。

 

「―全信号確認、接続完了。最終工程、準備できました」

 

「ようし、ではカウント始め!」

 

「了解、カウント開始。―5、4、3…」

 

カウントが進むにつれ緊張が高まる。

 

「2、1、―最終連結、解除(パージ)!」

 

瞬間、京都は落ち…

 

「…?どうした、なぜ落ちない!?」

 

なかった。

 

「状況を確認しろぉ!」

 

「じ、重力異常です!」

 

「それは都市機構の異常だ!パージと関係は無いだろう!」

 

「違います!都市底部では反転…大支柱に至っては固定されてます!」

 

「な、なにぃ!?」

 

上司が目を溢さんばかりに見開く。

 

「まさか、ハヅキ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリーちゃん、北西35度、距離2万4906メートル付近、軍用ヘリ3機」

 

「妨害ね、落とすわ」

 

マリーは手元を僅かに弄る。

 

「…落ちた」

 

「了解」

 

2万キロ以上離れた空中に浮かぶヘリを感知して落とす、これだけでも十分異常な事だ。だが実際は更に異常だ。なにせ観測者…ハヅキは既に別世界となったもとの世界の現象を察知しているのだ。

 

この世界、実際には完全に別世界ではなく一部が融け合った様な世界である。大支柱の内部は確かに元の世界から一時的に消失した。だが狭間世界には簡単に言えば魂のみが移動したその時の状態を保ち、こちらの世界と重なっている。つまり二重にダブり、永久保存状態となる。リューズの"虚数運動機関"もこの原理を利用して崩壊を防いでいる。ここでは機能は働くが時間は進まないという矛盾が発生している。その影響は元の世界にも及び、こちらの世界で起きたことは元の世界にも反映される。今京都が反重力によって押し上げられているのがいい証拠だ。しかしあちらからの現象はこちらに届くはずが無いのだ。ではなぜハヅキは軍用ヘリが近付いてきたことに気付いたのか。

 

―南西24度から圧力、距離は…2万4589メートル

 

そう、圧力だ。実際には圧迫感だろう。あらゆる物体が持つ万有引力、それと同じ様に物体には空間を圧する力がある。だがそれは同じ世界であっても感じることはほぼ不可能、辛うじて本当に近くにある場合のみ感じたことがある人はいるかもしれない。だが別世界で、2万メートルも離れた場所から感知できるのはハヅキだけだ。ナオトでは感知出来ない。音が届かないからだ。ハヅキは限界を越えて集中しその異常を神の領域にまで押し上げている。だが、

 

―くっそ!頭がボンヤリしてきやがった!

 

ハヅキは限界を越えている代償として膨大な量の情報が頭に流れ込んで来ているのだ。それはナオトの比ではない。加えて右肩からイースによって血を吸われ続けている。脳に廻る血液が減ることによって思考能力は加速的に止まり始める。

 

『ハヅキ…』

 

「口を離すな!能力が切れたらその瞬間全エネルギーがリューズちゃんのギアに掛かるんだぞ!妹を殺す気か!」

 

『ッ!あむ!』

 

イースはハヅキに叱咤され再び血を吸い始める。既に15分、顔は蒼白くなっている。イースの内部は今やリューズを超える数の歯車がそれぞれ矛盾した動きを見せている。そのすべてが普段は存在しないイースの中身だ。

 

「マリー、5番目のシリンダがはまってない。直上1メートルの別のシステムが干渉してる。1番目のシリンダを右に34度回転させて」

 

「了解、集水システムね…OK、接続成功」

 

また一つ、新たなシステムが生まれる。この光景をあるもの…血液パックを持ってきたハルターは静かに瞠目した。ナオトが"観測"して、マリーが"操作"する。それはまさに人間の出来ることを超越していた。だがそれ以上にハルターはハヅキの能力に疑問を抱く。

 

―こいつの腕は本当に人間の物なのか?別世界の圧力を感知するなんてそれこそ神の御業だ

 

ナオトとマリーが奏でる演目、既に別次元の領域に達てしているハヅキ、それを見たハルターはつい漏らす。

 

「ったく、たまんねぇなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が軋むように痛い、でもまだ終わっていない。耐えろ、耐えるんだ。

 

「…あと10秒!ハヅキさん、イース、頑張って!」

 

〔マリー先生!メインテンプが0.2度ずれてます!〕

 

伝声機から声が響いているようだ。だが聞き取れない。視界はとっくに明滅している。

 

〔…!合いました!角度調整完了!回路接続!〕

 

「先輩、頑張ってくれ…!マリーまだか!」

 

「あと6秒頂戴!」

 

かろうじて6という数値は聞こえた。もうすぐ終わりなのか?その時、両腕が物凄くでかい圧力を感知する。

 

〔接続成功!〕

 

「イース!戻して!」

 

イースの気配が遠ざかる。終わったのか…?

 

『活動終了、狭間世界から現実世界へワープします』

 

腕が押し潰されそうな感覚を覚える。ああ、戻るのか…そうか、成功、した、の…か…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハヅキ!!』

 

イースは"矛盾運動機関(コントラディクション・ギア)"を停止させ前のめりに倒れたハヅキを支える。既に容姿は元に戻っている。

 

「ハルター!輸血パック!」

 

「分かってる!」

 

ハルターは持っていた血液パックを手早くセットしてハヅキに繋ぐ。

 

「う……あ………!」

 

『あ、手袋!』

 

イースは丁寧にそっと手袋をハヅキに嵌めた。幾らか顔色が良くなる。だがそれでも顔は白を通り越して土気色に近い。

 

「マリー先生!」

 

そこで他の階層にいたコンラッド達が帰ってくる。

 

「!!神連君!?」

 

あまりの顔色の悪さに全員が動揺する。

 

『…大丈夫、ハヅキは死なない』

 

そう言ったイースの顔は気丈だった。ハヅキは約束を守る。そう信じている。

 

「イー…ス…」

 

ハヅキの右手がゆるゆると何かを探すように動く。意識は無い。

 

『!ハヅキ、私はここにいるよ』

 

イースはゆっくりとその手を握る。ハヅキは安心したように顔を綻ばせ、静かに眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに今、テロリスト“セカンド・イプシロン”最初の救済は完了した。数日の慌ただしさを経て京都はいつも通り廻り続ける。




狭間世界のイメージはシュタゲの負荷領域のデジャブで岡部の行った誰もいない世界です。


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この先の未来は

ども、おひさです。ちょっと読み専になってたんですけど他作品の感想で発破を掛けられて書きました。え?なんで他作品の感想でこっちを書いたかって?こっちがもう少しで書き終わるとこだったからだよ!


京都パージ未遂事件から四日後、ある病院の一室。

 

『はい、ハヅキ。あーん!』

 

「あーん…うん、リンゴはこのシャキシャキ感が良いよな」

 

俺は京都のパージを防いだあと実に丸2日寝ていたようだ。しかもしばらくの間は頭痛が酷くて病院のベッドから起き上がる事が出来なかった。今こうしてリンゴを食べられるようになったのもついさっきだ。

 

「にしてもイース、機嫌良いな。俺は怒られるかと思ってたのに」

 

『うーん、最初は叱ろうかなって思ってたんだけどハヅキもスゴい頑張ってたし良いかなって』

 

「ほっ…そりゃ良かった。で、機嫌が良い理由は?」

 

『ハヅキが起きたことともう一つは…まだナイショ!』

 

「おいおい、気になるだろ…」

 

『退院したら教えるよ!』

 

「そうかい…じゃあ大人しく待ってるとするか」

 

イースとの他愛ない会話が凄くうれしい、改めて生きてるんだなと実感する。その小さな幸せを噛み締めているとドアがノックされた。

 

「はーい、どうぞー」

 

「邪魔する…ぞ?」

 

「あっ!リョウ兄じゃん!無事だったの!?」

 

「あ、ああ…」

 

『ハヅキー、この人は?』

 

「ん?ああ、初対面だったな。この人は新島リョウジ、俺の兄貴分だよ。ほら、あのとき通信くれた。んでこっちがイースね、俺の彼女」

 

『ああ!あの声の!』

 

「ハヅキ…」

 

「ん?なに?」

 

リョウ兄がイースを指差して慄いている。

 

「お前…彼女いたのか!?」

 

「…あ、ごめん。言ってなかった?」

 

「聞いてねぇよ!いつからだ!」

 

「1ヶ月くらい前?」

 

『ええ!?』

 

「嘘だろ!?」

 

「うん、嘘だよ」

 

「……」

 

あ、固まった。

 

「いやー、相変わらず良い反応してくれるねーアハハ!…ってちょっと待ってその振り上げた拳は収めて俺病人だから!」

 

「せっかく人が心配して見に来てやったものをお前は~~~~~~~!」

 

リョウ兄が思いっきり頬を引っ張る。痛くないけど顔変形する!?

 

「ごめん!ごめんってリョウ兄!」

 

「ハァ、ハァ、まったくお前は…」

 

『仲良いんですね~』

 

「世話かかる弟分だよ…」

 

「すいませんでした…」

 

多少腫れた頬をさすりながら謝る。

 

「…そんだけ軽口叩けりゃ大丈夫そうだな」

 

「まぁまだ少し頭は痛いけどね」

 

大支柱(コア・タワー)全域を観測したようだな、無茶しやがって」

 

その言葉を聞いて内心冷や汗を掻き始める。ごめんリョウ兄、実際にはそれ以上の事した。

 

「にしても何したら失血死寸前に陥るんだ?目立った外傷も無いし」

 

俺はチラリとイースを見る。冷や汗を流し始めてる。

 

「いや、まぁ、いろいろと…」

 

そんな俺達をジト目で見てため息をつく。

 

「イースちゃんは何か知ってそうだけど?」

 

『ぜ、全然!何も知りません!いやーほんとハヅキは何をしたのかな~』

 

「イース…苦しいよ」

 

「はぁ…まぁ言いたくないなら良いさ。ただなハヅキ」

 

「は、はい!」

 

「もう無茶はするな」

 

リョウ兄の真剣な眼差しに息を飲む。

 

「俺は勿論、親父とお袋もすごい心配したんだ。お前が死ぬんじゃないかって」

 

「そっ、か…」

 

おじさんとおばさんにも心配かけたんだな…

 

「それに彼女も出来たんだろ?ならなおさらだ。彼女に悲しい思いをさせるんじゃない」

 

「…ごめん」

 

「謝るくらいならもうするんじゃねえぞ」

 

「分かった」

 

「じゃあそんだけだ。無事ならそれで良い。俺は帰るぞ」

 

「え?もう行くの?」

 

「軍はクビになったからな、これから再就職先の面接だ」

 

「…次はどこ?」

 

リョウ兄は含みのある笑みで言う。

 

「お前の知ってる約束破りのお嬢様のとこだよ」

 

そう言い残しリョウ兄は病室から出ていった。

 

「…ブレゲ社かぁ」

 

『これから苦労しそうだね』

 

「知らない内にマリーちゃんに使われそう」

 

『あぁー…その未来がありありと…』

 

俺とイースは想像ついたリョウ兄の未来に笑いあった。ああ、幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入院から一週間後、ようやく退院を許され俺は久々に学校に足を運んだ。

 

「ん?あ!先輩!」

 

「ようナオト、久しぶりだな。お見舞いにも来ないで何してたんだ?ん?」

 

「え!?いや、それは…」

 

『アンクルに会えなかったことを一週間うじうじとしていました』

 

「リューズ!?それは言わないでって言ったじゃん!」

 

『それは失礼しました。是非とも言ってくれ、というフリかと…』

 

「な訳ないじゃん!先輩違うんすよ?」

 

「ああ、分かってるよ」

 

「せ、先輩…!俺は先輩なら分かってくれる…」

 

「お前が恩ある先輩に仇で返すような薄情な奴だってことは」

 

「…と思ってたのに!なんすかこの裏切り!」

 

「あ?文句あんのか?」

 

「何でもありませんお見舞いに行かなくて申し訳ありませんでした」

 

「最初から謝っとけばいいのによ…」

 

相変わらずの後輩の態度に安心感を覚える。

 

「んじゃ俺は行くな」

 

「あ、先輩」

 

「なんだ?」

 

「驚きますよ?」

 

「は?何が?」

 

「クラス行けば分かります」

 

「?そうか」

 

はて、何があるんだ?俺は一週間ぶりのクラスに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ハヅキじゃん!」

 

「おひさー」

 

「なにしてたん?」

 

「ばっか入院してたって言ってたじゃん」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

俺はナオトと違ってボッチじゃない!にしてもやっぱ久しぶりの奴は珍獣扱いなのな。

 

「おう、ちょっと重力異常のせいで打ち所が悪くてな」

 

「うわー、お前ついてねぇな…」

 

「でもその分の運が回ってるだろ」

 

「確かにな!チクショウ!席変わりやがれ!」

 

「は?なんの事だ?」

 

「実はな、お前が入院してる間にこの学校に二人留学生が来たんだよ」

 

「一人は一年でもう一人はなんとこのクラス!」

 

「しかもどっちも超美少女!」

 

「んでもって席はここ」

 

そう言って友人が指差したのは俺の左隣の席だった。…なんだろう、嫌な予感が…

 

「ほんと羨ましいよなー」

 

「もう何人もの男子が口説きに行ったんだぜ?」

 

「全員玉砕だったけど」

 

「へ、へえー。ど、どんな子なの?」

 

「それは…やべ、先公来た」

 

「お前らー席つけー。もう予鈴鳴るぞー!」

 

「あの子まだ来てねぇな、見たらビックリするからそれまで待ってろ」

 

そう言い残し友人達は自分の席に着く。

 

「まさか、だよな…」

 

流石に…あ、前例あった…

 

「じゃあ出席取る『セーーーフ!!』…アウトだ」

 

『そ、そんな~』

 

「「「「あはははははっ!!」」」」

 

担任が出席を取る寸前に一人の女生徒がクラスに駆け込みをして来た。腰まである空色の髪、透き通る様な白い肌、吸い込まれそうな夜空色の瞳。なるほど、確かに超美少女だ。…だが既に慣れ親しんだ。

 

「ああ、神連は初めてだったな。その子は留学生の…」

 

『イース・マンダリンです!よろしくね!』

 

そう自己紹介をして太陽のように笑う。それに対して俺は、

 

「………いや、なにしてはるん?」

 

そう返すのが精一杯だった。ナオトとイースが言ってたのってこの事かよぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みの屋上、俺は予想通りイースのデレの猛攻を受け精神的疲弊を喰らった。…主に男子共の嫉妬光線で。

 

「俺が入院中に話してた良い事ってこの事だったのな…」

 

『そうだよー、嬉しいでしょ!』

 

「そうだな、まさか一緒に学校生活(スクールライフ)を過ごせるとは思わなかったよ。ただ時と場所は選んでくれ、男子共の嫉妬の視線で胃に穴が開きそう」

 

あの視線はきつかったぞ…

 

『えー?私ちゃんと説明したのに』

 

「そうだね、思いっきり『私の旦那様!』って説明をしてくれたなコンチクショウ!先生も固まってたじゃねぇか!」

 

朝に爆弾発言をしてくれたおかげで授業そっちのけで質問攻めだったぞ…てか「もっかい告白して奪ってやる!」って奴いたのはマジ驚いた。友人Oよ、お前は勇者だ。速攻で撃沈してたけど。

 

「ていうかなんで遅刻なんかしたんだ?確かに俺が出るの見届けてたけどイースなら余裕だったろ?」

 

『えっとね、驚かせようとしたのとあと…その、これからの事を考えて悶えてたらいつの間にか時間ぎりぎりで…』

 

「…どう反応したらいいのやら」

 

嬉しいんだけどすごいこそばゆい…

 

「まぁ変な虫寄り付くよりは百倍マシか…なんだよその顔」

 

『えへへ…ハヅキが心配してくれるのが嬉しくて』

 

イースはものすごい緩みきった顔をしていた。眼福です。

 

「…早速ラブコメしてますね」

 

「ん?…ああ、やっぱり…」

 

『やっほー、マリーちゃん!』

 

声の方向に振り返るとそこにはマリーちゃんがいた。ぶっちゃけイースがいる時点で予想はしてた。

 

「まぁ流石にハルターさんはいないでしょ…」

 

「残念だがいるぞ?」

 

「ぅおい!?いくら教師でも無理あるだろ!」

 

マリーちゃんの後ろからハルターさんが出てきた。こんな恐ろしい教師過去にもいないだろ…

 

「失礼だな、難解な日本語を理解してちゃんと仕事をこなしてるぞ?」

 

「生徒どころか教師にも恐がられて最低限しか会話してないけどね」

 

「……」

 

「ハルターさんェ…」

 

この先馴染めんのかなこの人…

 

『あ、リューズちゃーん!こっちこっち!』

 

イースが声をかけた方向を見ると出入口からナオトとリューズちゃんが来ていた。

 

『姉さん、聞こえているのでそのようなわめき声を出さなくて結構ですよ』

 

『わあ、相変わらずの毒舌』

 

「"お姉ちゃん、聞こえてるよそんな大声出さなくても♪"って事ですね分かります」

 

『…ナオト様はどのようなキテレツでユニークな耳と脳をお持ちなのでしょうか、ああ、失礼しました、人類を天元突破された大変素晴らしい愚かで変態な耳と脳でしたね』

 

「あ、あれ?リューズさん?割かしマジで怒ってらっしゃる?だいぶ無表情なんですけど…」

 

『いえ、私は別に怒ってなど…』

 

『ねえねえリューズちゃん、さっきナオト君が言ったことリピートして?というか"お姉ちゃん♪"って呼んでみて!』

 

『…この駄姉が』

 

『酷くない!?』

 

「…なーんでナオトが来るだけでここまでカオスになるんだか…」

 

「こう言うのを日本人はなんて言うんだったか、シリアスブレイカー?」

 

「バカで良いでしょこのド変態は」

 

流石ナオト、たった一言喋っただけで場を混沌とさせやがった。そこに痺れねぇ憧れねぇ!

 

「てかなんでここに来たんだ?マリーちゃん達も昼飯?」

 

「いえ、あなたを探しに来たんですよ先輩」

 

「…なんかマリーちゃんが言うとむず痒いから止めてくれ」

 

「あら、遠慮しなくて良いんですよ、せ・ん・ぱ・い?」

 

「うっ!?」

 

「…そこで口を手で押さえて踞るのは流石に失礼すぎませんか?」

 

おっとやべぇ、マリーちゃんの猫かぶりに拒絶反応が!

 

「はぁ、まぁ良いです。あなたにお話があるんですよ」

 

「俺に?」

 

なんだろ、爆弾発言が飛び出そうな予感がする。

 

「実は…「一緒に世界をぶっ壊しませんか?だそうですよ」違うわよ!テロリストになりませんか、よ!」

 

なんでこんなときの俺の予感はよく当たるんだろうか…

 

「…マリーちゃん、大丈夫。良い脳内科の先生知ってるから一緒に行こう?な?」

 

「私はどこもおかしくなってません!!」

 

いや、だって、ねぇ?

 

「あああ!そんな目で見ないで!こらナオト!あんたのせいで誤解されてるじゃない!どうしてくれんだゴラァ!!」

 

「んな理不尽な!?」

 

そのあと暴走寸前のマリーちゃんを何とか落ち着かせことの次第を聞いた。

 

「なるほどね…今回みたいに悪行を潰したいと」

 

「ええ、その為にはテロリストという身分が都合が良いんです」

 

「まぁ何ともすっ飛んだ発想だな」

 

でも自分の死を偽装するような子だし当然か。

 

「…平穏な学校生活は送れなそうだな」

 

「退屈はしませんよ?」

 

「刺激的過ぎるけどな」

 

俺は溜め息を一つ突く。

 

「…どうせ巻き込むんだろ?」

 

「あら、分かります?」

 

わぁ不思議、マリーちゃんの頭とお尻に悪魔の装備が見える。

 

「へいへい、年上としてしっかり監督しますよ」

 

「それは俺の仕事だと思うんだがなぁ…」

 

「じゃあハルターさんナオトの暴走止められます?」

 

「無理だな」

 

「正直過ぎるでしょ」

 

「おっさんも先輩も酷くないすか?」

 

「「黙れ自覚無し」」

 

「本当に酷いな!?」

 

というか、

 

「ナオトは参加すんのか?お前はめんどくさがりそうなんだが」

 

『愚かにもナオト様はアンクルの居場所に惹かれました』

 

「…この節操無し」

 

「違いますよ!?ああ!リューズさんそんな目で見ないで!ゾクゾクするから!」

 

「「「『うわぁ…』」」」

 

きっとイースとの夢の学校生活は長くは続かないだろう。そう遠くない未来、俺達は世紀の大犯罪者として名を残すかもしれない。でも、ハルターさんにマリーちゃん、リューズちゃんにナオト、そしてイースがいれば俺はきっと一生退屈せずにいられるだろう。非日常の世界、そこにイースと共にいるのも良いかもしれない。

 

「…なぁイース」

 

『なに、ハヅキ?』

 

「イースはどんなとこでも俺についてきてくれるか?」

 

イースはじっと俺を見つめて、パッと花のような笑顔を浮かべる。

 

『もちろん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチコチカチコチ

歯車は廻り続ける。

チクタクチクタク

秒針は変わらず動き続ける。

 

何があろうと時は歴史を刻み続けて記録を残す。ただ少し、この六つの歯車は消えにくい軌跡を残すだけ。




さーて、次はいつになるのだか…


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伝説激突編
新たな始まり


何とかっ!時間の!隙間を見つけて!書ききった!この作品を!投稿だ!!


光の無い暗い空間、その中で一人の男が口から煙を吐き出した。

 

ータバコが不味い…

 

機械の目を細めて口元を歪ませる。男の姿はおおよそ三十歳、若く見積もって二十後半だろう。全身を黒いラバースーツで覆い隠している容姿は堅気とは言い難い。

 

…人と呼べるかも微妙ではあるが。

 

男のラバースーツの内側には生身の肉体は無く、骨格(フレーム)で支えられた筋腱歯車(マッスル・ギア)がぎっしりと搭載されている。

 

男の名はベルモット。表には出てこないある企業の諜報工作員(エージェント)だ。ついでに言えばベルモットという名前も偽名だ。

 

「…なぁアマレット。俺達の仕事はここで朝を待つことだったか?」

 

「そんな急かさないでくださいよ、ベルモットセンパイ」

 

ベルモットが話しかけたのは暗い部屋にある一つの巨大な壁の前に踞る細身の男だ。

 

「この不感症の()をしっかりと鳴かせるにはちゃんとした前戯が必要でしてね」

 

「タバコがな、不味いんだよ。こう言うときは大抵キナ臭い仕事って相場が決まってんだ」

 

「毎度思うんですけど完全義体の貴方が味を感じるんですか?ただフィルター汚してるだけでしょ」

 

「験担ぎってやつだよ。俺としては息するように下ネタに走るお前が信じらんねぇよ、なんだよ扉の鍵に不感症って…」

 

その時ベルモットが突然腰の銃抜き放ち前方の天井に銃口を向けた。それにコンマ数秒遅れてアマレットが同じように銃を向けた。実際アマレットは気付いて無かったのだが先輩であるベルモットがそうしたので考える必要もなく従ったのだ。二人が銃口を向けて数十秒後、天井の一部が落ちる。正確にはダクトの入り口が。そこから二人と同じ様なラバースーツを纏った女性が生クリームを搾る様に降りてくる。

 

「…ストレガか、どうだった?」

 

「あかんなぁ、この扉の先は完全に独立しとる。どんな方法でも探れんかった、ネズミどころか蟻一匹も入れんわ」

 

ベルモットは少し考えるように頷く。

 

「余程隠したいものがあるんやろね、最早国家クラスのセキュリティやわ。確実にただの工場とは思えへん」

 

だからうちらがいるんやけどな、と続けたストレガの言葉を聞き流しベルモットは顔を顰める。

 

「たくっ…キナ臭い仕事確定かクソッタレ、ああ、タバコが不味い」

 

この三人の仕事はある工場の内部調査だった。一見すればただの所属不明の工場なのだが問題はこの工場が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。誰の指示か、何を作っているのか、どのような目的なのか、それらを調べ上げ自身が所属する企業の利益へと繋ぐ。それが彼らの日常業務だった。

 

『表向きは"軍"払い下げの中堅工場、だがいざ侵入すれば民間警備会社に国家クラスのセキュリティ…ここまでやって背後関係すら見えないなんてただ事じゃなくとも限度ってもんがある』

 

ベルモットは内蔵されている"共振歯車"を用いて声なき声を発する。

 

『隠れてこないな施設作れるん、五大企業か"軍"だけやろねぇ』

 

『真っ先に浮かぶのはヴァシュロンですが今はそんな余裕無いですからねぇ』

 

『そういやブレゲの御令嬢が死んだフリしてヴァシュロンから"技師団(ギルド)"の火薬庫爆破したって頭のネジとんどる話、ホンマなん?』

 

『少なくとも公的には死亡している』

 

ベルモットは肩を竦める。

 

『社葬もやってたぞ。さりげなく紛れたが社長と長女の涙を誘うスピーチ付きだったぞ。…最中に長女と目があって背筋が冗談抜きで震え上がったが』

 

『…それ大丈夫なんですか?センパイが震え上がるって…』

 

『少なくともかなり後ろで百メートル近く離れていたんだがな…』

 

『化け物やね…』

 

三人に何とも言えない沈黙が降りる。

 

『…まぁとにかくあのお嬢様が生きてるのは間違いないだろう。接触は無いとは思うが片隅には覚えとけ』

 

『分かりました』『分かったわ』

 

二人が返事をしたとき扉からガコン、と重たい音が鳴った。扉はゆっくりと左右へ動く。

 

「よし、サンブーカを起こせ。行くぞ」

 

隅に置かれていた支援型の自動人形(オートマタ)のゼンマイを巻いて起動させ、ベルモット達は扉の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ…」

 

ベルモットは呆然と呟く。扉の奥は結果的に言えば空っぽだった。放置されたクレーン等はあるがその他資材は無かった。が、奥にあったある一室、そこには計画書に設計図が置かれていた。そしてそれがベルモット達が思考停止するほどの爆弾だった。

 

「これ…正気なんか?」

 

「下手すれば都市一つ…」

 

いや、この惑星そのものを…

 

「…とにかく証拠を持ち帰りましょう」

 

いち早く正気を取り戻したアマレットがその声に少なくない動揺を混ぜながらも提案する。その声に我に返った二人は撮影機材を取りだし証拠を残そうとした。だがその時、

 

「「「ッ!!!!??」」」

 

三人の体は完全義体、唯一の生身は脳のみ。ラバースーツの下は人工皮膚、なのに三人は皮膚が粟立つ感覚を覚えた。本能的に三人は同時に扉から距離を取り臨戦のフォーメーションを作る。既に手には最終手段である機械銃剣(コイル・スピア)を構えている。携行できる武器では最強を誇る機械銃剣は五大企業以外では作ることは出来ない、そして企業事に特徴が出る。これを使うということは最悪どの企業が侵入したかが一発で分かってしまう。だが彼等は使うべきだと即断した。これの使用が許される条件はただ一つ。

 

―非使用での生還が絶望的であり、かつ死亡より優先すべき生還理由があること。

 

つまり機械銃剣を抜くこと事態が既に詰んでいるのだ。そんな存在が扉の向こうにいる。三人の緊張が高まり続ける中、ついに扉が開く。

 

「子、供…?いや」

 

自動人形(オートマタ)か…!

 

幼い少女型で愛玩用人形の様に艶かしい機体、華奢な手足には見るものに恐怖を植え付ける禍々しい装甲、地面にまで届いている髪は血の色をしている。そして幼気な顔には半分以上を覆う無骨な仮面が嵌められている。ベルモットは一瞬思考を取られるが仮面越しに目があった様な気がした瞬間、叫んだ。

 

「!?サンブーカ!!」

 

直ぐにでも排除をしなければ、今頭を埋め尽くしているのはそれのみ。

 

「コードD3!ソイツを止めろぉ!!」

 

コードD3―目の前の目標を自壊前提で拘束せよ

 

サンブーカが音を鳴らさずに飛び出す。

 

―だが、

 

 

ゴバッ!!

 

 

「……は?」

 

サンブーカは一瞬の内に()()()()()()消失した。少女のかざした右手には宙に滞空する立方歯車(ソリッド・ギア)が捻転した名残を見せている。

 

―勝てない

 

「!壁を壊せ!!」

 

ベルモットが少女から目を離さずに叫ぶ。

 

「うちが時間稼ぐから頼むで!!」

 

ストレガが自身の歯車を限界まで動かし精一杯の時間稼ぎを敢行する。ベルモットとアマレットは弾種を徹甲榴弾へと変え援護をしようとしたがその瞬間ストレガの上半身は消し飛んでいた。

 

「んなバカな!!」

 

アマレットは無言で引き金を引いたが弾ごと圧縮されスクラップとなった。

 

「クソッタレがあぁ!!!」

 

ベルモットは踵を返して反対側のドアから逃げようとする。その瞬間ついさっき迄いたところに大穴が開く。左腕が巻き込まれた。突然の質量の消失にバランスを崩しかけながらも死に物狂いで逃走する。

 

―クソッ、クソッ!!なんなんだよコイツはぁ!!

 

心の中で罵り声を上げたとき頭の中で一つの単語が浮かび上がる。

 

Initial-Yシリーズ

 

都市伝説とまで言われている人類史最高の天才が作り上げた自動人形。

 

―なんでそんなのがこんなところにあるんだよチクショウ!!

 

後ろからは破壊の権化が絶えず攻撃を放ってくる。そしてついにその一発がベルモットの右足を捉えた。膝から下が消失する。なんとか右腕で這って壁際まで移動する。だがそこから先の逃げ道は無い。

 

─考えろ

 

絶望的な状況、その中でベルモットは思考回路が焼き付く寸前にまで頭を回す。

 

─殺される前に考えろ!何とか…何とかしてあの情報を外へ持ってく手段を!

 

ベルモットがここまで思考を回してるのは別に同僚への弔いでもない。また諜報工作員(エージェント)としての意地でもない。彼の心に居座っているのはただひとつ。

 

─あの化け物に一発もカマせずに死ぬのは…

 

「心底ムカつくんだよ、くそボケが…!」

 

─今できることは体に搭載されてる電信装置で通信文を送ること…だが送ったとして誰が受信できるのか…

 

そこまで思考を働かせ突如思い至った。つい最近起こった京都パージ未遂事件。そこで死んだこととなっているイカれたお嬢様、そしてそのとなりに常にいる自分の憧れ。

 

「くっ、くははははは…!いるじゃねぇか」

 

ベルモットは一転、口角を上げ顔を歪ませる。懐から折れ曲がったタバコを取り出し失った左腕の断面に押し付ける。高温を持っていた断面に押し付けられ音を立ててすぐに火が付いた。理不尽の塊はもう目の前に迫っていた。

 

「イカれた奴らをどうにか出来んのはイカれた奴らだけだ」

 

俯いていた顔を上げる。そこには清々しさが見えていた。

 

「締まらねぇなぁ…これで自分が報われるなんて、そんな人間らしい感情忘れちまってたよ」

 

立体歯車(ソリッド・ギア)が目の前で宙に浮く。ベルモットは大きくタバコを吸い感じる筈の無い味を堪能し吐き出す。

 

「ふぅ…タバコが美味(うめ)ぇや」

 

右手を首元にある電信装置のスイッチに持っていき、電源を入れる。既に考えてあった文が送信される。立体歯車(ソリッド・ギア)が捻転を始める。

 

「ははっ!てめぇら…ざまぁみろ」

 

立体歯車(ソリッド・ギア)があまりの回転に発光する。不可視の攻撃がベルモットを飲み込んでいく。

 

─届け

 

ただ願っていた。

 

─彼女なら、世界中に喧嘩を売ったあのお姫様なら──

 

ベルモットの意識はここで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリー」

 

「ん?」

 

一組の男女が世界有数の観光地の茶屋で休んでいた。男の方は筋骨隆々のスキンヘッド、女の方は金髪碧眼の美少女。暇をもて余していたのか少女の方は少し気怠げだ。だが男の言葉に怪訝そうな顔をする。食べていた団子を飲み込む。

 

「私宛にメール?」

 

 

 

 

 

 

 

この世界から消えた、裏に生きていた男の足掻き(希望)は確かにこの瞬間、新たな歯車を動かした。




余裕が…欲しいです…(がくっ)


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始まりは突然に…

しゃあ!リアルで大失敗!悪化したヘルニアを治すため入院!傷も痛いし床擦れも痛い!そんな体に鞭打って逃げたい今と向き合ってます…


土曜日、それは学生にとって一週間頑張った自分へのご褒美を与える日。この日はどんなに遅く起きようと、どんなに遅く寝ようと何の害もない素晴らしき日。日曜日の次の日に対する憂鬱もなく幸せを謳歌できる日。だが、

 

「俺には関係無いんだよなぁ…」

 

はい、只今わたくし神連ハヅキは朝6時起きで朝食を作っております。いつもならあと一時間は長く寝られるはずの俺がわざわざ早起きしてる理由はただひとつ。

 

「おいこらナオトォ!!さっさと起きろぉ!!てめぇのせいで早起きしてんだぞぉ!!」

 

「すぐに起きます、サー!!」

 

ナオト(あのバカ)がテストでほぼ全教科赤点を取りやがったのだ。そして今日明日とこいつは補習を受ける嵌めになる。そしてこの家の食事担当である俺はコイツのために朝食を作っているのだ。

 

「誰が好き好んで男に飯を作らなきゃならんのか…」

 

そう、本来なら別に作らなくても良いのだ。今時コンビニで朝飯を買って道すがら食べるやつもいる。だがこいつはそれを拒んでいる。それはなぜか?

 

「うー…リューズ、卵食いたい」

 

『はい、ではナオト様、あーん』

 

「あーん」

 

…これをしたいが為である。外でやれ!と言いたいところだがナオト曰く、

 

“えっ、いや、外でやると周りの視線で蜂の巣にされそうなんですよ。家だったらそういう視線で見られないんで。あ、先輩もしてもらったらどうです?”

 

と、のたまいやがった。残念だなナオト、すでに俺は済ましてあるのだ。だが俺だって人前ではやらない。イースと二人っきりの時のみやるのだ。そうすれば要らん嫉妬は買わないしイースの太陽のような笑顔を独り占めできる。だがこいつは、

 

“え?先輩の前なら別に大丈夫です。何かもう色々知られてるんでかく恥も無いって言うか…てか先輩がいつもイースさんとイチャイチャしてるんでその仕返しです”

 

そう言われて俺は何も言い返せなかった。それもその筈。

 

「…何て言うか、もう見慣れましたけど相変わらず猟奇的っすね」

 

『むふぅー』

 

はい、現在イースに後ろから抱きつかれて肩口から血を吸われてます。これだから何も言い返せないんだよ…

 

「あー、イース、もういいか?」

 

『もぉひょっとまっふぇ』

 

『…姉さん、それは毎日必要なのですか?ハヅキ様が貧血になると思うのですが』

 

「しかも最近レバーとか多いよな。…血足りないから補給?」

 

事の始まりは俺が退院したとき、イースが

 

『ハヅキにはもう入院してほしくない、だから普段から少しずつ吸わせてもらって良い?血は溜められるから』

 

俺を思っての発言だったのでこの時は二つ返事でオーケーしたのだがまさか毎日吸われるとは思いもしなかった。お陰で増血成分のあるものが毎日食卓に並ぶようになった。

 

「ってもう抱きついてるだけだろ」

 

『ありゃ?バレちゃった』

 

『姉さん…自重してください』

 

『いや、リューズちゃんも人の事言えないよね?体ぴったりくっついてるじゃん』

 

『私は従者ですので常に主の側にいるのが常識です。例えそれがハヅキ様の言い付けを守れず勉強をサボりまくって赤点を取りまくった3歳児並みの知能しか持てないナオト様であってもです』

 

「むぐっ?!えーとそれは…そう!俺が解けないテストを作った教師が悪い!」

 

「自分の責任を他人に擦り付けるんじゃねぇよダァホ。この補習で赤点取ったら三日間お前の飯は白米に梅干しのみだ」

 

「そんな殺生な!?」

 

俺は大きく溜め息をつく。そしてふと時計を見る。

 

「てかもう時間じゃないのか?」

 

「え?…あ゛!!ヤバいめんどくさいことになる!」

 

『ナオト様、着替えはこちらです。既に荷物の方は準備してあります』

 

「サンキュー、リューズ!愛してる!!」

 

『…私へそのような戯れ言を言う暇があるのなら早く出発の準備を済ましてください』

 

『リューズちゃーん、口元緩んでるよー』

 

『…この駄姉が』

 

『なんか急に詰られた!?』

 

「今のはイースが悪いだろ…ああ、そうだ。リューズちゃん」

 

『はい?なんでしょうかハヅキ様』

 

「ほどほどにね」

 

『?一体どういう意味で…』

 

「おしっ!準備完了!リューズ、行くよ!」

 

『お待ちくださいナオト様、筆記用具を忘れております』

 

ドタバタとナオトとリューズが家を出ていく。

 

「はぁ…朝から騒がしい」

 

『賑やかで良いじゃん。ところでハヅキ』

 

「ん?なんだ?」

 

『リューズちゃんに言ってたほどほどに、ってどういう意味?』

 

「ああ、単純に教師の心を折るのをほどほどにねって意味」

 

『…あ、なるほど。少しでも二人きりになりたいから心折るかもって事か』

 

Exactly(その通り)

 

俺とイースはしばらく顔を見合わせたあと、学校に向けて合掌をした。担当講師にご冥福を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が経って昼過ぎ、ナオトの補習は午前中なのですでに帰って来てもいいのだが…

 

「おせぇ…何してんだあのバカ…」

 

『もしかしたら本当にリューズちゃんが撃退してどっかで時間潰してるのかもよ?』

 

「だとしてもナオトはともかくリューズちゃんが時間を守らないなんてことあるか?」

 

『うーん…ちょっと考えずらいかなぁ、もしかしてマリーちゃんに絡まれてたりして…』

 

その時玄関のほうからドタバタと足音がした。

 

「…イース、やってくれたな」

 

『あ、あはは…』

 

見事にフラグを建ててくれたな…しかも即回収か。

 

「せ、先輩!助けて!」

 

「待てやナオトォォォォォォ!」

 

『マリー様、どうやら今すぐに首と体をお別れさせたいようですね。迅速に切断してあげますので遺言をどうぞ』

 

「待て待て待て!頼むから待ってくれ!早々に姫さんを葬ろうとしないでくれ!」

 

……とりあえず、

 

「いっぺん黙れ」

 

「俺だけ理不じっ!?」

 

『うわー…痛そう…』

 

ナオトの顔面に足跡つけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、つまり、ハルターさんがマリーちゃん宛ての違法な通信技術の電波通信を拾って伝えたらマリーちゃんがキレて場所を特定するためにナオトを見つけ説明し使おうとしたがめんどくさがったナオトが逃げてそのままご近所さんを鬼ごっこしたと…」

 

「はい…その通りです…」

 

「なんで私まで…」

 

現在俺の目の前には件の鬼ごっこをした四人が正座しています。てかマリーちゃん?

 

「君が原因の一端だからだよ」

 

「悪いのはあんな通信をしてきたクソヤローよ!」

 

『いえ、マリー様が発情した獣の如く騒ぎ立てたのが原因かと。私のように広い心を持っていればこのような事にはならなかったと思います』

 

「…ナオトがちょっと他の機械を見ただけで嫉妬するあんたが広い心を持っている訳ないでしょう」

 

「頼むマリー…これ以上お嬢さんを煽らないでくれ…」

 

「君たち状況分かってる?これ以上怒られたい?てか怒らせたいの?いーよー、思いっきり怒ってやるよ!」

 

『ハヅキー、キャラが定まってないよー』

 

イースのツッコミで若干冷静になる。

 

「はぁー…ご近所に謝罪しに行かなきゃならないか…」

 

「すまないな、ハヅキ」

 

「いや、まぁハルターさんが止めようとしたのは分かってますけど…一ついいすか?」

 

「なんだ?」

 

「ブレゲって国際協定ガンスルーしてんの?」

 

「いや、一応俺が特別だ、第八世代の先々行型でブレゲの令嬢であるマリーの護衛だからな」

 

「お父様がそんなことする訳ないでしょ」

 

「いや、ヴァシュロンがあんなことになったしリョウ兄も就職したからスキャンダルされると困るんだよ」

 

「…それもそうね」

 

一つ個人的な不安が解消されたところで、

 

「本題に入るがまずどんな通信があったんだ?」

 

「そ、それは…」

 

マリーちゃんが顔を赤く染め俯く。するとリューズちゃんが…

 

『…ヘイ淫売(ビッチ)

 

「『はい?』」

 

あれ?リューズちゃん?いつもの丁寧口調は…?

 

『小娘の幽霊が随分調子コイてるじゃないか』

 

「リューズちゃん?ど、どしたの?」

 

『構って貰えなくて穴が寂しいのかい?』

 

『ど、どーしよハヅキ!リューズちゃんが!?』

 

「おおお落ち着け!まだそうと決まった訳じゃ…」

 

『リトルでビッグなコックでファックしてくれる連中が待ちかねてるぜ?可愛いケツ振っておねだりしてみな牝犬(ニンフォ)

 

「『リューズちゃんが壊れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』」

 

「うがあああぁぁぁぁぁ!!」

 

これはマジでヤバイ!!あとマリーちゃんの顔もヤバイ!

 

「イース、どうすればいい!?あれか?頭の辺りの機構をいじれば直るのか!?うちの設備で何とかなるのか!?」

 

『ここまでになるといっそのこと完全取り換え(オーバーホール)した方が良いかもしれない…』

 

『…ハヅキ様、姉さん、私は正常に稼働しております』

 

「『いやだって!』」

 

『私はマリー様宛の通信を一字一句正確に読み上げただけです。頭を疑うのならこのような品のない言葉を使う者と知己であるマリー様を心配してさしあげて下さい』

 

「こんな言葉を使う奴と知り合いのはず無いに決まってるでしょ!!」

 

…あー、つまり、

 

「俺達の早とちりか、良かった…」

 

『ほんとに…』

 

「良くないわよ!!」

 

あー、うん。良くないね。被害がこっちに…ご近所さんのお詫び、どうしようか…




ペースは相変わらず不定期ですが流石に半年とかは空けないようにします。これからも温かく見守ってもらえると幸いです。


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謎解きは暴露のあとで…

おひさです。いやーすいません、しばらく読み専になっていたものでして!でもその分鋭気は養えましたので頑張りましたよ!

ただ大分長くなりましたけど…

それと今回、新上なお様からイースの挿絵をいただきました!もう感謝の極みです!あとがきの方に乗せておきますので是非後一見してください!EMT(イース マジ 天使) NMG(なお様 マジ ゴッド)


ガタガタと円筒鉄道(シリンダ・トレイン)の揺れに合わせて体も共に揺れる。現在の地球では別の区画(グリッド)に行くには円筒鉄道(シリンダ・トレイン)、飛行機の二つしかなく、飛行機は高く付くので現在の俺達はマリーちゃんがナオトの観測を元に割り出した謎の電波通信の発信源に移動している。あ、ちゃんとご近所さんには謝罪をしました。俺がね!ハルターさんも来てくれると言ってくれたがどう考えても威圧にしかならないので丁重にお断りしました。その後すぐにこうしてナオトが観測した電波をマリーちゃんが計算して割り出した位置を目指し、区画(グリッド)・三重に向かう円筒鉄道に乗ったのだが…

 

「ぐおぉぉぉ…」

 

「触れるな~触れるなよ俺~今こそ根性見せるときだ!」

 

「…二人は何してるのよ」

 

「さぁ…」

 

円筒鉄道(シリンダ・トレイン)は俺とナオトにとって驚異そのものなんだよ!騒音と沸騰するぐらいの痛さのオンパレードだ!」

 

『超感覚も行き過ぎると不便だね~』

 

『ナオト様、ハヅキ様、後三十分程で区画(グリッド)・三重です。今しばらくの辛抱を』

 

「「おおぉ…了解…」」

 

「普通の天才で良かったと素直に言えるわね…」

 

「苦労するんだなコイツらも…」

 

ハルターさんとマリーちゃんが同情の目を向けているが反応するほどの余裕はない。それほどまでにこの移動手段は俺とナオトにとって地獄なのだ。

 

『あー、ハルターさん。出来れば帰りは騒々しく無いのでお願いね』

 

「了解した、空路を手配しとくよ」

 

『出来ることなら今すぐにでもこの低階層用の運ぶガラクタをマイクロ単位まで切り刻みたいのですが…』

 

「あんた絶対にやめなさいよ!?そんな事したらひき肉じゃ済まないわよ!?」

 

『リューズちゃーん、主人が辛いのは分かるけど抑えてね?やった瞬間にナオト君も線路の染みになっちゃうから』

 

『…分かっています』

 

「「おおぉぉぉ…」」

 

早く着いてくれ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とナオトは大地に足を着け踏ん張る。あぁ、なんて、なんて、

 

「「揺れない大地は素晴らしいんだ…」」

 

「…あの状態を見てると軽く茶化せないのよね」

 

『ハヅキ、大丈夫?』

 

「オッケー大丈夫無問題!今なら空も飛べそうだ!」

 

『おおぅ、余程堪えてたんだね…』

 

そりゃもちろん!ナオトに至ってはマジで小躍りしてるし。

 

「まあ何はともあれ─ここに私の平手が欲しいマゾ野郎がいるのね」

 

マリーちゃんが昏い笑みを浮かべる。

 

「…あ、そっかその為に来たんだったな」

 

「はぁ!?ナオトあんた忘れてんじゃないわよ!」

 

「てかぶっちゃけ俺とか先輩必要なの?二人で行けば良いじゃん」

 

「あんたがいた方がより早くあの腐れマゾ野郎をぶん殴れるのよ!」

 

「えー、でもマリーどうせもう場所割り出してんだろ?」

 

「当然でしょ!あれから発信予想時間の気象データや都市歯車の回転数から概算を繰り返して、既に半径五百メートルまで絞りこんだわよ。後は現地に行ってあんたを使って一方的な鬼ごっこをするのよ!」

 

「…やってることはとんでもないのに理由が幼稚すぎてなんも言えねぇ」

 

『才能の無駄遣いだね…』

 

『マリーさま、これ以上ナオト様を低レベルの愚者が行う下らない戯れに巻き込むのであれば容赦は「海水浴場」はい?』

 

「区画・三重には海水浴場があるのよ?ナオト、あんたリューズと水着でイチャイチャしたくない?」

 

「…んなぁにをしている野郎共!さっさとマリーを罵った腐れ外道マゾを絞めにいくぞ!待ってろ俺の眼福海水浴っ!!」

 

「あ、こら待てやナオト!第一水着はどうする気だよ!」

 

「ここから382メートル先に反響具合からして服屋があり!そこから調達!リューズ!お金を用意!」

 

『お待ちくださいナオト様、外は猛暑かと…』

 

リューズちゃんの警告は一歩遅く既に遠いナオトが「暑ぅ!」と叫んだのが聞こえた。

 

『マリーちゃん、こっちに連れてきた後に海水浴を提示することでナオト君の逃げ道無くさせたね?』

 

「あら、何の事かしら?私はただそんなところもあったなって思っただけよ?」

 

「マリー…お前さんどんどんお姉さんに似てきたな」

 

「ありがとう、最高の誉め言葉よ」

 

「この場合はナオトの単純思考を恨むべきか…」

 

俺達は先行したナオトを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、アツ!」

 

『うーん、千年前のデータだとこんなに暑いはず無いんだけどな』

 

「隣の区画・滋賀がパージされてるからね、その影響よ」

 

「滋賀、か…」

 

「あ…その、ごめんなさい」

 

「あー、いいよ、もう割りきってる」

 

そう俺は言いながらも滋賀と言う言葉に今はいない両親を思い出す。

 

『…ハヅキ、私がいるよ』

 

「ん、そうだな。ありがとう」

 

あー、やっぱりイースは癒しです。

 

「先輩、遅いっす!早く行きますよ!」

 

「お前はちょっとは落ち着け!」

 

俺の怒鳴り声は周囲に()()()()()。イースの癒しを邪魔してからに!

 

「ったく、まって…」

 

…あれ?

 

『ハヅキ?』

 

「ハヅキさん?どうかしましたか?」

 

…おかしい。

 

「マリーちゃん、今何時?」

 

「え?出たのが遅かったから…ハルター」

 

「約7時だな、それがどうし…」

 

そこでハルターさんも気付いた。

 

「先輩?ハルターもどうしたんだよ?」

 

「…ナオト、夜7時ってまだ出歩くことあるか?」

 

「?そりゃありますけど…」

 

そこでナオト、聞いていたマリーちゃんも気付いた。

 

「…静か過ぎないか?」

 

そう、静かなのだ。話し声ひとつしない。仮にも駅前であるのに。周囲を見渡すと道路を照らす光灯歯車(ライト・ギア)が一定間隔で煌々と道路を照らしている。が、それだけだ。

 

「なによ、まるでゴーストタウンじゃない…」

 

ナオトはヘッドホンを取り、俺は左の手袋を外し、地面に着ける。

 

「「…なんも感じない/聞こえない」」

 

「何にもって人の足音とかも?」

 

「いや、それ以前に…」

 

俺はナオトと目を合わせ確認する。ナオトはひとつ頷いた。

 

「時計塔すら、空っぽだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙が場を支配する。

 

「…ハヅキさん、何を言ってるんですか?時計塔が空っぽって、だとしたらこの街は…」

 

「だからさマリー」

 

ナオトが神妙な顔で告げる。

 

「この街はとっくに死んでるんだよ。ありとあらゆる歯車が無いんだ」

 

マリーちゃんが息を飲む。

 

「一体何が起きてるのよ…」

 

俺は一人思考に耽る。そもそもここに来たのはマリーちゃん宛のメッセージの発信者をぶん殴る為だった。では、何故マリーちゃんがぶん殴りたいと思ったか、それは淑女(かどうかは分からないが)には堪らないスラングが盛り込まれていたからだ。しかしその発信方法はなんだったか。

 

「ハルターさん、電波通信ってどんな人が使う?」

 

「…非合法活動に従事する義体の奴が殆どだ。俺も積んでる」

 

「通信事態は長波?短波?」

 

「短波だ…詳しいな」

 

「高校の一般教養で習いはするよ。それに技術に関しては貪欲な両親もいたし。それよりも短波ってことは…」

 

「そうね、長距離には飛ばせない。そしてあのクソ忌々しい内容から察するに私を名指ししてる」

 

「仮に名指ししてるとしてどうして相手は届くと分かったんだ?」

 

「あー、そりゃ恐らく昔俺が派手にやったからだな。そこそこ有名だ。だとすれば少なからずマークはされてたんだろうよ」

 

「マークっておっさん何やらかしたんだよ」

 

『多分ナオト君よりはマシなことだと思うよ?』

 

「あっれ唐突なディスり!?」

 

俺とハルターさんとマリーちゃんは無視をする。

 

「…罠?」

 

「だとしたら片手落ちだ」

 

俺の意見をハルターさんが即座に否定する。

 

「だからこそイタズラの可能性が高いと思ってたんだが…この方法だとナオトかお前さんがいないと逆探ができない」

 

「…誘き出すにしても情報が足りないわけね」

 

『そうなると…"警告"?』

 

「イース、聴いてたのね」

 

『まぁね!』

 

「あるいは"密告"だな。だとしてもわざわざ短波通信を使う理由にはならんな」

 

「そもそもどんな状況になったら一般的な歯車通信じゃなくて電波通信を使うことになるんだ?」

 

すると唐突にナオトが声をあげた。

 

「なるほど、謎は全て解けたぜ!」

 

「「「『………』」」」

 

リューズちゃんとナオトを除く全員が"何言ってんだこいつ"的な目をナオトに向ける。

 

「…期待はしてないけど、とりあえず言ってみ?」

 

「期待されてなくて辛い…」

 

「どうでもいいからさっさと言いなさい」

 

ナオトは不満げな顔をしながらも自信満々に言い放った。

 

「つまり──ここにInitial-Yシリーズがいるかもって事だろ!?」

 

「イース、最寄りの病院調べて。とりあえず放り込んどこ」

 

間髪入れずに言った。

 

「え?酷くない?言っただけで病院なの?」

 

「話が全っ然繋がってないのよこのアンポンタン!あんたの脳ミソどこの異次元に飛んでんだコラァ!?」

 

『少なくとも狭間世界には無いよー』

 

「いや、普通に考えれば分かるだろ」

 

「どこが…」

 

『──なるほど、そういう事ですか』

 

唐突にリューズちゃんが声を出す。この主従唐突が好きだな。

 

『この送信者の目的は情報の送信、しかしそれができない状況にあった。そのような状態が発生しうるとなると…可能性はありますね』

 

「だろ!?さすがリューズ分かってるぅ!」

 

「下手な巻き舌止めろ腹立つ。ってああ、そういうことか。くっそ、理解できちまった自分に腹立つ…」

 

『あ、あー…そういうこと』

 

「…ハルター、どうやら理解できてないの私達だけみたいよ」

 

「蚊帳の外なのに全く悔しくないのは何でなんだろうな」

 

「つまりな、マリーちゃん、ハルターさん、。この送信者は…」

 

 

 

「イース達の妹に遭遇して脱出不可能に陥ったんだよ」

 

 

 

マリーちゃんとハルターさんが訝しげな顔をする。

 

『そこのガラクタが言ってたように非合法活動に従事する義体なら搭載していると。そして送信者は短波通信を使わざる終えなかった。そういう状況であるなら何らかの任務遂行中だったと考えるのが自然です』

 

「多分送信者はなんか重要な情報を手に入れたんだろ。でも想定外の事態になってしまい最終手段としてマリーちゃんに宛てた暗号を送信した」

 

『その想定外って言うのが私達の妹に遭遇した、って可能性』

 

「さすが先輩達!俺の事をちゃんと理解してる!」

 

「おぞましいから止めろ」

 

俺たちの意見を聞いたハルターさんは胡乱げに顎を撫でている。

 

『どうしました?まだ何か異論が?』

 

「異論しかねえよ。脱出出来ない任務なんざいくらでもある。そもそも作戦中の工作員がうちのお姫さんに情報提供(タレコミ)する理由がどこにある?少なくともこの送信者はブレゲじゃねえぞ」

 

『そこまでは存じませんし、特に重要な事ではないかと』

 

「いや、そこが一番の謎なんだが…」

 

「でも、確かにそれなら説明はつくわね」

 

「おい、お姫さん」

 

「飛んでるけど可能性はあるわ。宛先が何故私なのかはとりあえず置いといて、残る疑問は一つ。あのメッセージの意味よ」

 

俺達がここに来ることになった原因。それは…

 

『"ヘイ、淫売(ビッチ)。小娘の幽霊が随分調子コイてるじゃないか。構って貰えなくて穴が寂しいのかい?リトルでビッグなコックでファックしてくれる連中が待ちかねてるぜ?可愛いケツ振っておねだりしてみな牝犬(ニンフォ)"』

 

スラスラとリューズちゃんが再生するように言う。

 

「…いつ聞いても酷いな、これ」

 

「…たとえほんとに有益な情報だとしても、やっぱり絶対に吊るすわ、コイツ」

 

マリーちゃんがこめかみに青筋を浮かべながら言う。だがそんなマリーちゃんをよそにリューズちゃんが追い討ちをかける。

 

『しかしナオト様、この中に本当に暗号などあるのでしょうか?品性こそ劣悪ですが実に的を射ている慧眼な方かと、私には真実しか含まれてないように思われますが』

 

「あんた解体(バラ)されたいの!?」

 

そして渾身の一言。

 

 

「私は処女よ!!」

 

 

よーよーよーょーょー…

 

「「「『『……』』」」」

 

「あ…」

 

いたたまれない空気が流れる。

 

「…OK、俺は何も聞いてない。イース、何か聞こえた?」

 

『うぅん、何も聞こえなかったよ!』

 

「お姫さん、安心してくれ。その年で経験が無いと言うのは健全な事だ。恥じることじゃない」

 

「へーそうなんゲボァ!!」

 

「バッカ合わせろ!」(小声)

 

「す、すんません…」(小声)

 

マリーちゃんは羞恥から顔を真っ赤に染めて顔を背ける。

 

「…まあ、その推測が正しいと仮定しよう。まずは…なんだ、"リトルでビッグなコックでファック"ってとこか?一見しておかしいところは」

 

ハルターさんが軌道修正してくれたお陰でなんとか本題に入る。

 

「フツーに考えて…まぁナニだよな。小さくて(リトル)でっかい(ビッグ)、アレ?」

 

『ナオト君サイテー』

 

「ええ!?」

 

「鳥、とか栓って意味もあるぞ」

 

『あとは戯言や風見鶏と言った意味もございます』

 

「他には…あまり考えたくは無いんだがな」

 

ハルターさんが渋い顔をして閉口する。

 

「なによ、さっさと言いなさいよ」

 

マリーちゃんの言葉に一つ溜め息をしてハルターさんは答える。

 

「…"撃鉄"をそう呼んでた」

 

沈黙が落ちた。

 

「…つまり、小さいが火力のある、デカイ銃器があると?」

 

「ああ、だが今時、」

 

「分かってます。コッキングなんて今じゃ骨董品…あ」

 

俺とマリーちゃんは同じ答えにたどり着いたのかイースとリューズちゃんを見る。

 

「小さくて強力な兵器…」

 

「…当たり引いたかもね」

 

『この人良く考え付いたね…と言うことは私達の妹かな?』

 

「ナオトの奴、これを直感で当てたのかよ…」

 

「ん?どうかしましたか?」

 

この能天気が…

 

「…反論はいくらでも思い付くんだけど、私も全てのInitial-Yシリーズを把握している訳じゃない。ここにその一つがある可能性は否定出来ないわ」

 

「おい、お姫さん」

 

「分かってる。完全否定出来ないだけ。実際には…」

 

マリーちゃんは眼下の街に目を向ける。

 

「あそこに潜ってみないとね」

 

「おお!つまりリューズの妹を探しに行くんだな!ならばさっさと行くぞ野郎共!!」

 

「お前ブレねぇなぁ…」

 

欲望全開なコイツが一周回って羨ましくなってきた。

 

「…情報に確実性が無いうちは行動は勧められないんだが」

 

「そうね、でもこの異常な場所から私達を知る人物が逆探知も不可能な通信を送ってきた事実は変わらないわ」

 

「いや、俺もハルターさんに賛成だぞ?ああは言ったが情報が不確定過ぎる」

 

「でもこれが罠や警告である可能性は低いわ。なら本当に切羽詰まった誰かの"情報提供"なのかもしれない」

 

それに─とマリーちゃんは続ける。

 

「ここにいるメンバーなら大抵の危険は皆無に等しいわ。何もなければさっさと引き返せば良いのよ」

 

そう言ってマリーちゃんはナオト達の後を追った。

 

「…ハヅキ」

 

「なんです?」

 

「マリーは冷静に俺たちの戦力を分析した結果大丈夫と判断したようだが、戦場じゃ圧倒的優位が簡単に引っくり返されるなんてザラだ。油断も慢心もしないでくれ」

 

「…了解」

 

『私も気を付けるよ。最悪は"監督機"としての役目も果たさないと(ボソッ』

 

「イース?」

 

『ん?んーん、何でもない!』

 

そう言ってイースは先に向かった。

 

 

 

 

確かにこのメンバーなら大抵の危険は無いかもしれない。でも、俺の中でどこかハッキリとしない、得たいの知れない不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺は十年前の真実を知ることになる。




マジ可愛い!


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鋼鉄の絶望

 …待たせたな

はい、というわけでお久しぶりの砂利道です!実に四か月ぶり!リアルでの不安ごとが解消され、また新たな問題に直面しながらも以前より軽くなった心で書いては消しを繰り返し、新作を書こうと浮気をしながらも書き上げました!!いやー、大変だった!設定を思い出すのもブランクを埋めるのも一筋縄ではいかず本当に難産でした…ですがご安心を、続きですよ!待っててくれた人がいたなら感謝を!怒っている人がいるなら謝罪を、ですが言えることはただ一つ、是非楽しんでいってください!では最新話、どうぞ!









…え?アニメ化ってマジ?


バラバラと数百にも及ぶパーツが地面に散乱する。つい1秒前には人を軽くミンチに出来るほどの破壊力を持っていた警備用…というには些か物騒だが巡回していた自動人形(オートマタ)だったものだ。そしてその隣にはヒャッハー!な世界の髪型にされ気絶している‟軍”の制服を着た警備兵が転がっている。

 

「こっちは終わったぞ」

 

『こっちもー』

 

「…改めてこの戦力が異常という事が感じさせられるな」

 

「楽でいーじゃないすか」

 

「いやもうあんな髪型にされた警備兵が哀れで…で、どうだ?」

 

「かなりデカいっすね、外側は普通ですけど中がやたらに壁が分厚いし地下の作業場も広い。それに最下層には稼働はしてないすけど滅茶苦茶デカい‟何か”があります…って先輩もそれぐらい分かりますよね?」

 

ナオトは遮音性100%のヘッドホンを外してその超人的な聴覚をフルに使い眼下の工場の内部構造を探っていた。

 

「今回の場合の正確さはお前に軍配が上がるし代わりに俺が周囲の警戒をしてんだろうが、リューズちゃん4時の方向距離479」

 

『承知しました』

 

ナオトのすぐそばにいたリューズがものの数秒でハヅキの言った場所まで辿り着き巡回していた自動人形及び警備兵を無力化する。

 

「…これで全部っぽいな。マリーちゃん、終わったよ」

 

「そうですか、なら行きましょう。まぁこの面子では警戒も何も無いんですけどね」

 

マリーは悠然と工場へと向かって歩き始めた。

 

「ちょ、おい、待てよマリー!俺を置いてくなんて許さないぞ!アンクルちゃんに一番に会うのは俺なんだからな!」

 

「知らないわよそんなこと!」

 

「お前ら、暢気な…」

 

「ハヅキ」

 

「分かってますよ、ハルターさん」

 

前を歩くナオトとマリーを見ながらハヅキは不安げな顔を晴らすことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は不審な工場への侵入のあまりのスムーズさにどうにもスッキリとしない気持ち悪さを感じていた。確かに戦力的にはそれぐらいできて当然のことだ。軍人上がりのハルターさん、どんな鍵も数秒と掛からず開けるマリーちゃん、襲い掛かる敵を虫を払うように蹴散らすイースとリューズちゃん、そして瞬時に全ての敵と地形を把握するナオトと俺、これでてこずる方が難しいと言わんばかりの過剰戦力だ。

 

『どうしたの?』

 

「いや…なんでもない」

 

イースが俺の様子に気付いたのか声を掛けてくるが俺は生返事しか返せなかった。工場内を歩き続けると広いドーム状の作業場に出た。ナオトがその真ん中に立ち床を指し言った。

 

「この真下、ここがさっき言った広い空間の真上だだ」

 

俺も手袋を外して床に触れると確かに広い空間が広がっていた。それもかなり奥深くに。

 

「近くにエレベーターとか無いの?」

 

「あるけど…これ、動いてないな」

 

「じゃあしょうがないわね」

 

そう言うとマリーちゃんはコツコツと床をノックした。

 

「えっと…マリー?なにしてんの?」

 

「切り抜くわ」

 

マリーちゃんは腰にぶら下げていた機械銃剣(コイル・スピア)を閃かせ床を宣言通りに切り抜き始めた。

 

「ちょ!?崩落を考えてくれ!!」

 

「大丈夫です、ちゃんと計算してますから」

 

「天才マジでパナいな…」

 

そして一分後、ぽっかりと床には穴が空いた。

 

「おいハヅキ、これ深さどれくらいあるんだ?」

 

「74850メートルです」

 

「約75キロ…?そりゃ大支柱(コア・タワー)の低部より下だぞ?本当にあるのかよ…」

 

「なんだよオッサン、疑ってんのか?」

 

「信じてるからこその疑問だ。…流石にその高さから落ちるとなると俺の脚が持たねぇな」

 

『ではそこのガラクタはゆっくりとどうぞ。ナオト様、失礼します』

 

リューズちゃんはひょいとナオトをお姫様抱っこをすると穴から飛び降りた。

 

『じゃあハヅキ、私達も…』

 

「イースさんや、出来ればおんぶでお願いします。なけなしの男の尊厳は崩したくないんで」

 

『了ー解!』

 

たとえ人間で無いとしても見た目可憐な女の子なので絵面的にお姫様抱っこは避けたかったお年頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストン、と何の衝撃もなくイースは真っ暗な中着地をした。こう言うところマジでオーバーテクノロジーだな。

 

『真っ暗だね』

 

「だな」

 

「あ、先輩来たんすね」

 

「ああ、で?何かあったか?」

 

「いや、相変わらずものすごくでっかい建物があるのは分かるんですけど…」

 

「お前がそれ以外のことが分からないのか?」

 

「なんか音が変な反響をしてぼやけるんすよね」

 

音が乱反射しているのだろうか?だがナオトは人ごみの中から何キロも離れた密閉空間の作業音を聞き分けらるんだぞ?

 

「ナオト―、ハヅキさーん!いますかー?真っ暗で何も分らない…」

 

「マリー!灯り持ってるか?」

 

「は?灯り?ええっと…照明弾があるわよ」

 

「早く照らしてくれ!コレが何なのか分からないんだ」

 

「…あんたが分からないなんてよっぽどね、分かったわ、ちょっと待ってて」

 

この二人の会話の最中、俺とイース、それにリューズちゃんとハルタ―さんは一言も喋らなかった。いや、喋れなかった。それは今俺たちのすぐ近くにある物を見てはいけない、そんな予感があったからだ。それを見たら二度と引き返せなくなりそうだったからだ。

 

シュボッという音が弾け、上へ打ちあがった照明弾はその未知を照らした。

 

「な…」

 

『これは…』

 

『ちょっとまずいね…』

 

「なんの冗談だよ…」

 

俺たちは誰も二の句を告げなかった。俺たちの目の前に照らされたものはそれだけの物が鎮座していた。

 

「なによ、これ…」

 

「決まってんだろ、お姫さん」

 

マリーちゃんの呻き声にも似た言葉にハルタ―さんが答える。

 

「…ろくでもねぇもんだよ、くそったれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちの目の前に現れたのは鋼鉄の山脈としか例えられない程巨大な建造物だった。余りにも巨大すぎてその全容は捉えられない。俺はすぐに両の手袋を外してその鋼鉄に触れた。直後俺の中に叩きつけられる膨大な情報、そのあまりの多さに一瞬意識が飛びかけた。だが違和感があった。()()が何なのか分からないうちに俺は忘れてしまった。

 

『ハヅキ!』

 

「だ、大丈夫…ナオト、大きさは分かるか?内部構造は若干把握できた」

 

「…音が変な反射してるんでハッキリとは分からないすっけど、奥行き932メートル、高さは320メートルぐらいっす」

 

「なによ、それ…」

 

「俺から付け加えると内部にある歯車はどれも感じたことのある馴染み深い物ばかりだったよ」

 

『それはもしや…』

 

「時計塔のパーツが丸々使われてるよド畜生!それでも遥かに足りない!これはこの街以外にも都市機構を殺して使われてやがる」

 

「先輩、これってもしかして…」

 

「もしかしなくともそうだよ…これは、‟破壊兵器”だ。それも町とかって単位じゃなくて都市そのものを破壊するためのな」

 

俺は睨みつけながら答える。

 

「思いっきり国際区画管理機構(ISS)の軍事力保有制限協定無視してやがんな」

 

「第一条の[都市機構、ひいては惑星機構に致命的損傷を与え、人類の生存圏を著しく脅かす一切の大量破壊兵器の研究・製造・保有を永久に禁ず]、ね」

 

「なぁ、素人意見だけどこれって相当やばいよな?」

 

「ええ、当たり前でしょ?これを見て安全だっていう馬鹿が居たら国は安泰でしょうね」

 

俺は両手を足元につけて目の前の存在ではなくその周囲を観測した。するとそう遠くないところに部屋があるのを見つけた。俺はその場から走り出した。

 

「おいハヅキ!どこに行くんだ!」

 

「小部屋を見つけた!そこに行けばこいつの事が何か分かるはずだ!」

 

「待て!単独行動をするな!」

 

『私が行くから大丈夫!リューズちゃん、悪いけどあとお願い!』

 

『分かりました、お気をつけて』

 

俺とイースは小部屋へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!待て!」

 

「ハルター、落ち着きなさい!イースが居れば大抵のことは何とかなるはずよ。それよりも今はこれを止める方法を調べないと…」

 

「それを今先輩は探しに行ったんだろ?」

 

「あの人だけに任せられるわけないでしょ?こっちはこっちで模索しないと…リューズ」

 

『はい、馴れ馴れしくもなんでしょう?』

 

「この外装、あなたの鎌で壊せる?」

 

リューズは体の向きを変えて視認のできない速度で鎌を振るった。だが鎌は甲高い音を出しながら弾かれた。リューズは珍しく目を見開く。

 

『…驚きました。どうやら人類さま方の蚊の如きお脳でも‟すごくかたい”とお馬鹿の一つ覚えに特化させれば存外意味を成すようで…新発見です』

 

「…で?壊せるの?壊せないの?」

 

『マリー様はタングステン合金を包丁で切れるかと質問なさるほど残念な知能をお持ちで—』

 

「結論を言え!」

 

「…マリー、まずい。今ので居場所がバレたみたいだ。足音が42、殺す気満々の多脚の重い音が18来てる」

 

「チィ!さっさとハヅキさんと合流して逃げるわよ!」

 

マリーは身を翻して出口へと逃げようとした。が、

 

「…ん?」

 

「—とまれ、お姫さん」

 

ハルタ―が低い声でマリーを止めた。切れ始めた照明弾が照らせないギリギリの所をハルタ―は睨みつける。その時点で気配に気づけたのは二人だけ。ハルタ―が睨む方向に全員が目を向ける。そこにいたのは一人の幼い少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は全力で走り辿り着いた小部屋の扉を乱雑に開けた。

 

「ビンゴ…!」

 

そこは所謂作業の指示を出すコントロールルームだった。机の上には設計図と思われる紙の束が置かれていた。

 

「イース!そこら辺にある紙の束を集めてくれ!」

 

『分かった!…ねぇ、ハヅキ』

 

「なんだ?今は時間が…」

 

『なんでそんなに必死なの?』

 

「なんでって…あんな危険なもん放置できるかよ」

 

『いや、それは分かるの。でも今のハヅキはそれ以外の何かに焦ってるように見えて…』

 

イースの言葉に俺は首を傾げた。俺が焦っている…?確かに焦ってはいるがそれは破壊兵器を見つけたからで…

 

 

 

 

 

─いや、違う。あの時、あの鋼鉄に触れたとき、何か違和感があって、それが何なのか思い出したくて…

 

 

 

 

 

「…待て」

 

なんで俺は今、()()()()()()したんだ?あの兵器は今日初めて見たはずだ。

 

「なんで…」

 

『ハヅキ!あったよ!』

 

「ッ!どれだ?」

 

イースが見せてきたのは一枚の紙だった。どうやら計画承認の証書のようであの兵器の概要が書かれていた。

 

「複合電磁式戦略級機動兵器・[八束脛(やつかはぎ)]…責任者は、比良山ゲンナイ」

 

『ご丁寧に政府の承認まで得てる計画だね、電磁技術なんて…下手したら自分たちもただじゃすまない力なのに』

 

「千年前の人類は普通に使いこなせてたんだ、だったら使えない道理はない。それにこれを使いこなせれば軍事力においては圧倒的な優位に立てるはずだ」

 

俺は計画の始まった日付を見た。

 

「計画は30年前に始まってる」

 

『30年前って確か滋賀がパージされたのと同じ時期だよね?何か関係が…』

 

「…京都の事件を考えればなんとなくだけど想像はつく」

 

『…今私も思いついちゃった』

 

恐らくイースも同じことを考えた筈だ。滋賀の30年前のパージは恐らく証拠隠滅、滋賀で電磁技術の実験をしていて何らかの事故により発覚しそうになった。だから政府は急遽滋賀をパージして無かったことにした。そんなとこだろう。

 

「…腐ってやがる」

 

『ハヅキ、まだ憶測だから…』

 

「ほぼ確定だろうよ、それよりも次は動力についての設計図だ。動力さえ何とかすれば…」

 

『これ、かな?』

 

イースがでかい紙を持ってきた。どうやら当たりのようだ。

 

「よし、見せてく…」

 

『ハヅキ?』

 

俺は動力の設計図を見た瞬間、思考が止まった。それは動力そのものが電磁気を用いたもので自動人形(オートマタ)では近づく事が難しい事でも、932×320というとてつもなく広い空間に()()()()()個も散らばっている事でもなかった。

 

 

その動力の構図、そして動力に付けられた名称。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親父とお袋は俺の両腕の異常を治すためにありとあらゆる方法を模索していた。そこには違法と知っておきながらも手を出していた領域もあったのだろう。

 

 

 設計図に書かれていたのは、幼い頃、入ってはいけないと言われていた両親の書斎に入った時に見た設計図。それは刺激に過敏すぎる俺の腕を治すための最終案、義手化。結局それはされなかったが、機械の腕でも熱や痛み、圧力すら感じられる()()()()の構想。その生体電流を流すための補助機構。それと酷似した動力配置。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神連・伊波式電磁動力という親父とお袋の旧姓が付けられた名称だった。




誤字や矛盾があった場合はぜひ感想に、勿論普通の感想も歓迎です!あ、でも中傷はご勘弁ください。

良かったらこちらも来てください、ほとんど呟いてませんけど…
@arklove19




アニメ化が発表されたというのにSSが増えて無い…だと…!


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虚しき叫び

え、えぇ…超シリアス…


世界の時計技師の最高峰と謳われる第一級時計技師(マイスター)、その最高峰の技師を育成するための機関、アカデミー。今から34年前、そのアカデミーに二人の男女の日本人がいた。二人は同郷でありながら意見の不一致か常に喧嘩が絶えず、師であるコンラッドによく怒られていた。

 

男の方、神連ウヅキは機械を動かす心臓の"動力"こそが最も重要と主張した。

 

女の方、伊波ヤヨイは動力の負担を極力減らす神経の"構造"こそが大切と主張していた。

 

師に怒られながらも互いに譲らなかった二人にコンラッドはある課題を出した。

 

"二人で私を納得させる自動人形(オートマタ)を作ってみなさい"

 

二人は師であるコンラッドには逆らえず渋々と自動人形(オートマタ)を作り始めた。そしてその時、二人は互いに相手の凄さを目の当たりにした。

 

ウヅキは、ヤヨイの造る構造が無駄な力を削ぎ落とし、必要な力のみを各部位に伝える緻密さに。

 

ヤヨイは、ウヅキの造る動力がその構造に合わせ、最適な力を生み出す柔軟性に。

 

二人は一緒に一つの自動人形(オートマタ)を作っていくうちに互いにその凄さを認め、共に造る楽しさと喜びを感じていた。そして出来上がった作品は小さいながらも当時の世界水準を軽く凌駕する物となった。コンラッドは二人が互いの凄さを認めてくれれば良いと思っていたが自分が想像していたものより遥かに上を行く作品を提出され、思わず苦笑をした。

 

やがて二人は互いを理解し、相手が望むものを作り出そうとして、いつしか共にいることが当たり前となっていた。

 

二人がコンラッドの元を卒業する頃には恋仲となっており、考えだけでなく心までも理解し始めていた。コンラッドはそんな二人を国境なき技師団(マイスターギルド)に招き、世界中のありとあらゆる機械に触れさせた。

 

だが二人は既に歯車だけの機構には満足を感じなくなり始めており、ヤヨイが妊娠したことをきっかけに国境なき技師団(マイスターギルド)を引退した。

 

 

 

 

 

…そこに、禁忌の電磁技術を用いた動力システムの設計図を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紙が散乱した部屋の中央で俺は動けずにいた。あの巨大兵器、‟八束脛”のもっとも重要な心臓部の設計図に両親の名前を見つけたからだ。頭の中は疑問に覆いつくされ両親に疑念が湧く。

 

──……キ…

 

少なくともこれは即座に抹消されるべきものではあった。俺の両親はそんなものを書き上げていた。

 

──…ヅキ…

 

これは国際協定に完全に触れている。この世にあってはいけないものだ。

 

──ハヅキ…

 

俺の両親は…親父とお袋は…

 

 

 

 

『ハヅキ!』

 

「あ…え?」

 

イースの声が遠くから聞こえた。いや、イースは目の前にいる。なのに声が遠い。

 

『落ち着いて!過呼吸になってるよ!袋、袋は…』

 

過呼吸?…ああ、通りで視界も霞んでるのか。だめだ、ごめん、一回…寝、たい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が渡した設計図を見てからハヅキの様子がおかしくなっていった。呼吸が浅くなってきて目の焦点が合わなくなってきた。必死に呼び掛けたけど聞こえてないようでやっと声が届いたと思ったらすぐに気を失っちゃった。倒れそうになるハヅキを私は支える。気を失ったハヅキの顔は苦痛に歪んでいた。凄く、痛々しかった。私はハヅキに渡した設計図をもう一度見た。

 

『この神連・伊波式電磁動力ってハヅキのご両親の名字だよね…?ハヅキの両親があの巨大兵器に携わっていた?あの二人が…?』

 

私は機能停止していた間でも記録として外の情報を得ていた。それはハヅキのちっちゃい頃からそのご両親、私を買い取っていたハヅキの祖先のことも知っている。その私の中に残っている記録から見てもハヅキのご両親は色々と破天荒ではあったけど子供思いで決してこんな非道な事はするような人達ではなかった。おかしい。明らかに何かが噛み合ってなかった。私が考え始めたとき、部屋の外から大きな音が聞こえた。

 

『戦闘音!?』

 

姉妹の中では弱い方ではあるけどリューズちゃんは現行の自動人形(オートマタ)に負けることのない戦闘力を有している。こんな音がする前に片付けることは簡単な筈…と言うことは…

 

『私達の妹か…今までの状況から考えると肆番機のアンクルちゃん、かな?』

 

Initial-Yシリーズ肆番機・"撃滅するもの(トリーシュラ)"アンクル。私達姉妹の中で唯一戦闘を前提に造られた妹。その戦闘力は私たちの中で群を抜いて高い。

 

『マリーちゃんの情報じゃ東京にいるんじゃなかったのかな?偽の情報を掴まされたね』

 

珍しく()()私が悪態をつきそうになった。それを何とか舌打ちに留めて耐える。

 

『とにかく今はこの資料を持って脱出…いや、私に記録しておいた方がいいか…』

 

この資料を持ち出せば逃げ出せたとしても追手が厄介になるかもしれない。私は最低限の量でかつ最も重要な部分を記録して散らばっていた設計図を私とハヅキが入ってきた時と全く同じ状況にする。私はハヅキを背負って部屋を出ようとした。だがふと出入り口のそばに置いてあった廃品の山に見覚えのある物を見つけた。

 

『これって…』

 

私は少し悩んで廃品の山からそれを取り出して懐にしまった。今度こそ部屋から出ると一際大きな音が聞こえた。暗闇に目を凝らすと遠くでリューズちゃん達がいる所が崩落をしていた。その穴にリューズちゃんとナオト君が落ちていく。この地下は星の底、大深度地下層。宇宙空間に等しい領域だ。リューズちゃんはともかくナオト君は危ないかもしれない。私はその光景を無感情に眺めて呟く。

 

『…ごめんね』

 

私はマリーちゃん達にも告げずにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い遠い記憶に浸る。まだ俺が自分の体に苦しめられていた頃の話だ。親父もお袋も破天荒なくせに俺の事となると随分と心配性だった。まぁそうならざるを負えない程に当時の俺は体の触覚の過敏さに苦しめられていた。昔の伝手を頼っては俺の触覚を治す方法を探って、時には自分たちで何とかしようと躍起にもなっていた。

 

 ある時、両親が大喜びで帰ってきたことがあった。その手にはいくつかの長手袋が握られていて俺は有無を言わされずにその長手袋を着けさせられた。当時の俺は既に両腕以外の感覚神経を潰してあって何も感じない体と過敏すぎる腕に苦しんでいた。だが、親父とお袋が持ってきた長手袋を着用したとき、今まで辛くてしょうがなかった頭痛が無くなり始めて‟楽”というものを知った。その日は俺も二人もはしゃいだものだ。

 

 俺が七歳になる年、二人は夜遅くに難しい顔をするようになっていた。何かに悩んでいるようだった。その時俺は二人が何に悩んでいるのか何も知らなかった。出張が多くなり俺はご近所の新島家にお世話になることが多かった。おじさんとおばさんも親父とお袋はお仕事が大変だから我慢してねとしか言わなかった。幼かった俺は不満を募らせていった。

 

 やがて溜め込んだ不満は限界を迎えた。俺は入ってはいけないと言われていた書斎に入り探索をした。初めて入ったその部屋は紙の束が散らばっていて足の踏み場もなかった。その設計図を見たのは偶々だった。当時の俺は理解する事も出来なかったがその設計図には電磁技術がどーたらこーたらと書かれていたのは覚えている。部屋の入り口から物音が聞こえて俺は慌ててその設計図を隠した。やがて両親が部屋に入ってきて俺は怒られた。だが俺は反対にかまってくれなかった二人に当時思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた。親父もお袋も面を食らって、その後とても申し訳なさそうな顔で「ごめんね」を繰り返していた。

 

──違う、違うんだ…俺が欲しいのは、そんな言葉じゃなくて…

 

 

 

 

 翌日、親父とお袋は出張から戻ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごうごうと耳鳴りがする。気分は最悪で今にも吐きそうだ。俺はぼうっとする頭を起こして目を開ける。そこは見慣れない部屋だった。

 

「ここは…」

 

『ハヅキ!起きたんだね!』

 

聞きなれた声の方に顔を向ける。そこには勝ってきたのであろうペットボトルの水を持ったイースが居た。

 

「イース…ここは…?」

 

区画(グリッド)・三重のゴーストタウンの廃ビルの一室だよ』

 

「確か俺はナオト達とあの巨大兵器を見つけて、それから…」

 

『私達は別行動をして設計図を探しに行ったの』

 

「設計図?…ッ!そうだ!あの設計図は!?」

 

『持ち出せなかったけど私が記録してあるから大丈夫。紙があればすぐにでも書き起こせるよ』

 

「それじゃあダメだろ!あれはすぐ処分しなきゃ…」

 

『たとえ処分しても結果は同じだよ。あれ、完成してるんでしょ?』

 

イースの言葉に俺は言葉を詰まらせる。そうだ、あれは既に完成している。ナオトも俺も正確に観測できなかったのが証拠だ。内部の電磁動力がジャミングをして捉えることが出来なかった。

 

「それでも…!」

 

『もしあそこで持ち出すなり処分をしてたら今頃私達はまだ走り回ってたよ』

 

イースの言葉は正論で俺は何も言えなくなる。俺はそこでふと思い出した。

 

「イース…ナオト達はどこだ?」

 

『…分かんない。ハヅキが気絶した後外から戦闘音がして私はすぐにその場からハヅキを担いで離脱したの』

 

俺はイースの言葉に耳を疑う。今の言葉を真に受けるならイースはあの四人を見捨てたことになる。

 

「なんで…」

 

『私にとってはハヅキが一番だから』

 

イースの答えは簡潔だった。

 

『リューズちゃんもマリーちゃんも、ナオト君もハルタ―さんも好きだよ?でも一番はハヅキなの。ハヅキが危なくなるなら私はあの四人よりもハヅキを取る』

 

「だからって…」

 

『アンクル』

 

「え?」

 

『リューズちゃん達に襲撃を仕掛けた犯人だよ』

 

アンクル、確かその名前は…

 

「い、妹だろ…?なんでそんな子が襲ってくるんだよ…」

 

『分からない…操られてるのか、はたまたマスター登録してある人からの命令なのかは不明』

 

「でも、イースとリューズちゃんの二人がかりなら…」

 

『勝てなくは無いかもしれないけどそれは周りの被害を考えなかった場合。それだけあの子は戦闘に特化してるの。ましてや私とリューズちゃんは姉妹の中では最弱。私の‟歪曲機動(トラベル・ストップ)”は発動までに時間が掛かる上に動的物体を移動させるのには向かない、リューズちゃんの‟相対機動(ミュート・スクリーム)”は使ったとしてもアンクルちゃんには効果が薄すぎる』

 

「あ、あの能力でも勝てないってのか…?」

 

俺は二人の物理法則ガン無視の能力を思い浮かべながら愕然とする。

 

『アンクルちゃんの能力は‟絶対機動(ブラッディ・マーダー)”。永久運動機関(パーペチュアル・ギア)から出力されるエネルギーを十二段階に分けて放出する能力だよ』

 

「永久運動…?まさか…」

 

『能力に終わりが無いの。停止することは無く、標的を‟撃滅”するまで止まることは無い。まさに戦闘する為に生まれてきたような子なの』

 

単機での戦闘能力は姉妹最高、加えてエネルギー切れは無い。そんな奴にどうすれば勝てるのか…

 

『リューズちゃんの虚数時間の中でも膨大なエネルギーで追従してきて有り余るエネルギーは空間を支配する。私が狭間世界に飛ばす前に決着が着きかねない。…正面から戦うには無謀なんだよ』

 

絶望しかなかった。ナオト達はそんな奴と接触したのか。だとしたら…

 

『…少なくとも、マリーちゃんとハルタ―さんが離脱できたところは確認してる。でもリューズちゃんとナオト君は…』

 

イースが首を横に振った。

 

「まさか…死ん、だのか…?」

 

『…戦闘中にできた穴に落ちていったの。あの地下はこの星の冷えた核しか残っていない大深度地下層、宇宙空間と等しい環境なんだ』

 

それはつまり生存は諦めた方が良いという報告だった。俺は頭を抱え俯く。すると横たわっていたソファーの近くに何かが置かれているのを見つけた。それは酷く見慣れていたもので、懐かしいものだった。いつも出張に向かう両親の腰に巻かれていた物。時計技師の手足にして生命線、工具の一式だった。それも二つ。

 

「なんでこれが…」

 

『あの部屋の廃品の片隅に置いてあったの。ベルトに神連と伊波の名前が彫られてたからもしかしてと思って…』

 

その工具は血に濡れていた。それはつまりそういう事だろう。もしかしたらという淡い幻想は消えた。もう、限界だった。

 

「あ、ああ…」

 

疲れた頭は真っ白になり、思考を放棄する。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

俺の叫びは虚しく部屋に響き渡った。




わぁー、シリアス書きやすーい


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最高のヒロイン

今回はハヅキ復活回です。ちなみにこれ、書き上げたの昨日で今朝多少修正した程度です。一回筆が乗るとこうなるんだよなぁ…


 俺はあの後喉が裂け血が出るまで叫んだ。イースはその間俺から離れようともせずただ隣に立ち終わるまで待っていた。ひとしきり叫んだあとフラフラになった俺を支えながらイースは京都に帰ろうとした。俺は逆らう気も起きずされるがままだった。

 

『今は、帰ろう?』

 

俺は返事をすることもなく両親の遺品である工具を握り締め俯いていた。イースが俺の手を引き誘導する。時々俺は思い出したかのように立ち止まり枯れるまで涙を流した。そのときイースは何も言わずに待ってくれる。そんな事を繰り返して京都の自宅に着いたのはとっくに日が昇った後だった。

 

『お風呂沸かしてくるから待ってて。今日は、ゆっくりしよ?』

 

イースの言葉は耳を通り抜けるばかりで何も残らなかった。自宅のソファーに座り乾いた血の着いた工具を前に置きただ眺める。

 

──親父たちは、犯罪に関わっていた

 

──でも、二人はもういない

 

──ナオトも、死んだ

 

──たぶん、マリーちゃんも無事では済んでない

 

一つ一つ確認するように言葉を並べ自分に刷り込ませる。無意味な行動を、延々と。

 

『ハヅキ、お風呂…沸いたよ』

 

イースが手を引いて俺を風呂場に連れていく。脱衣所に着いた俺はゆるゆると服を脱ぎ浴室に入る。浴槽からは湯気が立ち昇り視界を白く染め上げる。シャワーの蛇口をひねり冷たい水を頭から被る。やがて水はお湯に変わり冷えた体を温める。…いや、錯覚だ。俺は腕以外何も感じないのだから。腕に触れた感覚から脳が誤認して体で感じているように思っているだけだ。忌々しい。この体が、腕が、思考が、過去が、何もかもが忌々しい。俺は思い切り壁を殴りつけた。

 

「ぐ…がぁ…」

 

腕が砕けたのではないかと思うほどの激痛が脳内を駆け巡り吐き気を催す。でも足りなかった。塗りつぶしたくて、何もかも塗りつぶしたくて俺は再び拳を握り締め殴ろうとした。その時、

 

『お邪魔しまーす』

 

入口に目を向けるとそこにはバスタオル一枚のイースが居た。平時なら大慌てなんだろうが今は何も感じない。いや、苛立たしさを感じる。

 

「…なにしてんだ」

 

『んー?背中でも流してあげようかなって』

 

「…出ていけ」

 

『やだ』

 

「出ていけ!」

 

握り締めた右の拳を裏拳の要領で振るう。拳は吸い込まれるようにイースの顔に…

 

『よっと』

 

─当たる前に両手で包み込まれた。

 

「ッ、離せよ」

 

『ヤダ。あ、皮剥けてる…壁でも殴った?ダメでしょ、ハヅキの手は殴る為にある訳じゃないんだから』

 

イースが労わるように手を撫でる。過敏すぎる手はそれだけで十分すぎるほどの情報を伝えてくる。

 

「う…離せ!」

 

振り払おうとするがイースは俺の手を引き寄せて…

 

「な!?」

 

『えへへ…どう?』

 

右手に柔らかな感触が伝わる。俺の手はイースの黄金比率の肉体、その女性の象徴に思い切り触れていた。

 

「な、な、なななななな」

 

『わぁー、顔真っ赤!』

 

「何やってんだよ!」

 

俺は何とか逃れようと腕を動かすがイースの手はびくともしない。それどころかもがいた結果たゆんたゆんと動かしてまい余計に情報を刻んでしまう。

 

『ねぇ、感じる?』

 

「何を!?」

 

駆動音(鼓動)

 

そう言われ俺はつい意識をしてしまう。

 

 

カチ、コチ、カチ、コチ…

 

 

歯車は変わることなく今を刻む。

 

 

カチ、コチ、カチ、コチ…

 

 

「………」

 

『落ち着いた?』

 

俺は気付いたらイースから伝わる振動を一心に感じていた。

 

『ハヅキ、私はね、どんなに焦っても動揺してもこの機関部がリズムを崩すことは無いの』

 

『ハヅキ、私はね、人間よりもずっと耐用年数(寿命)が長いの』

 

『ハヅキ、私はね、ハヅキのお父さんとお母さんが若い頃を知ってるの』

 

『ハヅキ、私はね、ハヅキが小さい頃を知ってるの』

 

『ハヅキ、私はね、いつかハヅキに置いて行かれちゃうの』

 

俺は顔を上げてイースの顔を真正面から見る。優しく、悲しく、嬉しく、寂しい表情だった。

 

『ハヅキ』

 

今、ようやく俺の耳はイースの声を聴いた。

 

『私はね』

 

その声音は震えていた。何かを恐れているかのように。

 

『ハヅキのかっこいいところをたくさん見たいの』

 

届いた声が俺に理解を押し付ける。俺はやがて寿命を迎え彼女を置いて逝く。だが彼女は俺の死を見届けた後、何年も、何十年も、何百年も動き続ける。例えこの星が稼働限界を迎えたとしても彼女は動いているだろう。それは、どれだけの地獄なのだろうか。イースはその地獄(未来)を自覚している。彼女の声がそれを俺に伝える。

 

 

『そうすればね、私は頑張れるの』

 

 

──終わりの見えない地獄でも、ハヅキと過ごした時間は永遠

 

──私の記録(記憶)は色褪せない。だからね、ハヅキ…

 

 

 

 

『私は、ハヅキが苦しんでるとこなんか見たくないよぅ…』

 

 

 

イースの目から涙が落ちる。綺麗な、綺麗な涙だ。俺よりもずっと苦しい未来が待っているのに、イースは今の俺が苦しんでいる方が嫌だと言った。人の心を持った自動人形(オートマタ)、それは人の業の押し付けなのかもしれない。

 

『苦しいなら私に言って!悲しいなら私にも泣かせて!私にも抱えさせて!』

 

──ああ、バカだな…

 

『ハヅキが辛いなら私も辛いの!』

 

──俺、こんなにも恵まれてんのに、なんで悲劇の主人公気取ってたんだろ

 

『私がいる!私は…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『‟寄り添うもの(マンダリン)”のイースなんだから!!』

 

──すぐ近くに、最高のヒロインがいるじゃないか…

 

 

「…なんでだよ」

 

『うん』

 

「親父もお袋も、なんで俺を置いて逝ったんだよ」

 

『うん』

 

「仕事が忙しかったのかもしれない」

 

『うん』

 

「でも、一緒にいて欲しかったんだ」

 

『そうだね』

 

「本当は、あんな事思ってなかったんだ」

 

『そうなんだ』

 

「例え犯罪者でも関係ない」

 

『うん』

 

「俺は、二人に…行動じゃなくて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‟愛してる”って言って欲しかったんだ…!」

 

 

 

 

 

 

そうだ、俺が悲しかったのは二人が犯罪に関わってた事でもない。あの日、俺は二人に謝りたくて帰ってくるのを待ってた。でもずっと待っても帰ってこなくて、後悔だけが募って、いつしかそれから目を逸らした。他人には割り切ったなんて言っておきながら全然割り切れて無くて、あの工具を見てもう謝ることが出来ないんだって突きつけられて、悔しかったんだ。

 

「謝りたかった!仲直りしたかった!一緒に遊んで欲しかった!技師として習いたかった!それで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この腕をくれてありがとうって言いたかったんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は泣いた。廃ビルでの叫びとも違う、帰り道に流した涙とも違う、俺の心を剥き出しにする叫びと洗い流す涙だった。イースは黙って俺を抱き締めてくれた。俺はイースの胸の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がった俺とイースは親父とお袋の遺品である工具の一式を点検していた。え?お風呂の最中に何か無かったのかって?…ねぇよ。流石に恥ずかしすぎて何も出来なかったよ。惚れた女相手に大泣きしたんだぞ?まともに顔も見れません。

 

『ハヅキ~、こっち見てよ~』

 

「無茶言わんでくれ…」

 

イースが甘ったるい声で俺を呼ぶ。今顔を上げたら理性的に死ぬ。湯上がりの火照った肌に暑いからと言って肌面積多目の緩い服装をしてるイースは直視が出来ない。なんか俺じゃ無くてイースが吹っ切れたように見えちまう。さっきから積極的だ。

 

「そ、それよりもお袋の工具はどうなんだよ」

 

『んーと、半分がやられちゃってるね。そのまま使えそうなものがもう半分』

 

「どれ?」

 

イースが俺の前に点検した工具を置く。あ、前のめりの胸元からてっぺんが…

 

『ん?』

 

こいつわざとか。

 

「尊厳は守りなさい」

 

『えー?ハヅキにだったら良いし!』

 

完全に理性を殺しに来てますね。俺は脳にへばりつく煩悩を払って渡された工具を見る。

 

「…お袋の癖が良く分かるな」

 

『どういうこと?』

 

「親父の方の工具も半分が壊れてたんだが…奇跡的に壊れた道具が被ってない」

 

『え?…うわ、本当だ』

 

親父とお袋って癖とかそういうのが全部反対だったのに何故か凄く息が合ってたんだよな…右利きと左利きとか目玉焼きには醤油かソースかとかよく騒いでたけど不思議と喧嘩にはなってなかったし。

 

「半分ずつ使わせてもらうとするか」

 

『示し合わせたかのようにピッタリなんだね』

 

まぁそれだけ相性が良かったんだろう。俺は作業部屋から自分の工具ベルトを持ち出して一つ一つ丁寧にしまっていく。

 

「…壊れた半分は仏壇に添えておこう」

 

『…そうだね』

 

本当ならお墓に入れた方がいいんだろうけど確か再びしまい直すのに費用が掛かったから流石に断念した。

 

「よし、イース、少し付き合ってくれ」

 

『何するの?』

 

「開かずの間に入る」

 

『え?』

 

開かずの間…俺が勝手にそう呼んでるだけで両親の書斎だ。今まで意識的に入らないようにしてきたがもしかしたらあの巨大兵器に関して何か残しているかもと思い入ることを決意した。

 

「決意したけどさ…」

 

『これ、錠?』

 

俺とイースは書斎の前に来たのだが、扉を開けるとまた扉があってそこには扉全体を覆うような埋め込み式の錠が掛けられていた。

 

「これ、あの工場のセキュリティと大差ない位複雑だぞ。マジの開かずの間じゃん」

 

『これって昔から?』

 

「いや、子供の頃に忍び込んだ時はこんなもの無かった。多分俺が出ていってから一晩でやったんだろうな」

 

『これを一晩でって…』

 

こういうところで無駄に才能を使うんだよなあの二人は…

 

『というか今まで知らなかったの?』

 

「あー…本当に入っちゃダメって思ってたからちょっとな…」

 

子供の頃の刷り込みというものは根深いものだ。

 

「とにかく今はこれを解こう」

 

『私のスピアで壊すって手もあるよ?』

 

「それした瞬間に多分この部屋吹き飛ぶよ?」

 

『物騒すぎるでしょ!?』

 

無駄に才能を(ry

 

『はぁ、それで?私は何をすればいいの?』

 

「イースのスピアでこの扉に振動を与え続けてくれ。本当は探し物を手伝って欲しかったんだけどなぁ…」

 

めんどくさい事をしてくれる。俺は溜め息をつきながらも右手に親父の工具、左手にお袋の工具を持つ。

 

「よし、頼む」

 

『オッケー!』

 

俺は天災(誤字に非ず)の残した最後の問題に挑んだ。親父、お袋、俺はあんたらに挑戦するよ。イースがいれば、俺は二人を超えられるからな。




次回から原作組が登場!


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形見の書斎

ちょっと今回は自分でも駄作完全決定なので夜中にこっそり更新。え?なら書き直せばいいじゃん?…すでに五回以上書き直しをしてます、ちょっとこれ以上は心が持ちそうにありません。なので今回は流し読みをしていただけると嬉しいです。


「…………………………………」

 

『…………………………………』

 

──ガチン!

 

「『解けた~~~』」

 

都度3時間。遂に俺とイースは錠を解いた。

 

「なっっっがい!!部屋の扉一つにどんだけ手間かけてんだよ!!」

 

『改めてマリーちゃんの凄さが分かったね…』

 

イースが振動を与え続けてくれたお陰で内部の構造把握は完璧に出来たのだが厄介な事に抜け道なんかが見付からず一つ一つ丁寧に手順を踏まなければならなかったのだ。

 

「マリーちゃんはこの作業をほんの10分程度で終わらしそうだもんな…」

 

『精密機械真っ青な精度だもんね』

 

答えが分かっていても数式は全て書かなければなりません、そんな感じだったので答えのみを知ってる身としては辛かった。その点マリーちゃんは途中の計算を完璧かつ超速で行うので凄い。

 

「歴代最年少一級時計技師(マイスター)は伊達じゃないな…」

 

『うん…ねぇ、そういえば連絡しないの?』

 

「マリーちゃんにか?」

 

『うん』

 

「しようにも連絡先聞いてなかったんだよなぁ…」

 

『ええ…』

 

「それにきっと大丈夫だ」

 

マリーちゃんは強い。俺よりも根がしっかりとしているしそばにはハルタ―さんもいる。

 

『でもナオト君の事も…』

 

「それだが多分生きてるはずだ」

 

『え?でも大深度地下層に落ちたんだよ!?』

 

「リューズちゃんも一緒に落ちたんだろ?」

 

『へ?うん…』

 

「リューズちゃんは毒舌で主人のはずのナオトをディスるが絶対にナオトが死ぬことを良しとしない。もしその時に死ぬことが分かっていたらどんな無茶をしてでもナオトを生かそうとするはずだ。つまり一緒に落ちたという事は何らかの生存する術があったって事だ。その崩落ってのももしかしたらナオトが指示したかもしれないぞ?」

 

あいつは周りに説明すること無く周囲を巻き込むことがある。そこに絶対服従のリューズちゃんだ、死んだと思ってても実は生きてましたくらいはありうる。

 

「だから大丈夫だ」

 

俺はイースに笑いかける。内心不安であることに変わりはないがこれ以上弱いところは見せたくない。

 

「さて、扉も開いたんだ。…入るぞ」

 

『…うん、了解!』

 

俺はドアノブに手を掛けゆっくりと開ける。

 

「……」

 

変わらない。整理はされているものの十年前と変わっていない両親の書斎に俺は言いようのない痛みに襲われる。すると俺の手を包むものがあった。イースの手だ。

 

『大丈夫』

 

優しく微笑むイースに俺は一言ありがとうと言って改めて部屋を見渡す。

 

「やっぱり埃を被ってるな」

 

『十年も経ってるしねぇ…』

 

俺は二つ並べられた親父とお袋の机の前に行きじっと眺めた。

 

「…言い付け、破るけど勘弁してくれよ」

 

『ねぇ、私一応あの設計図記録してあるんだよ?』

 

「うん?…ああ、確かに言ってたな。どこの設計図だ?」

 

『動力と、あと武装の所』

 

「動力ってのはあの俺に見せたやつか?」

 

『うん』

 

「なら足りない」

 

『どういうこと?』

 

「そうだな…」

 

俺は埃っぽい部屋を見渡し棚に置かれていた犬の形をした自動人形(オートマタ)を取り出した。俺はその背部にあるゼンマイを巻いてイースに渡す。

 

「俺がちっさい頃に作ってくれた玩具だ。持ってみ」

 

『?』

 

イースに渡したと同時に俺はゼンマイから手を離す。すると、

 

『うわ!え?なにこれ、見た目よりずっと力強いんだけど!?』

 

手の平に収まるサイズの玩具からは想像ができない程に大きい力に驚いてイースは目を丸くした。

 

「足の各関節にそれぞれ動力が仕込んであるんだ。背部のゼンマイを回せば他の動力も自分から動き出す。動力というよりは増幅装置だな。全部で13個」

 

『そんなに!?』

 

「親父は動力に造詣が深かったみたいでな、小さくかつパワフルな動力を作ることに長けてた」

 

指でつまめるサイズの動力でバイクを動かすなんて朝飯前だって言ってたな。

 

『でもどうやってそこまでエネルギーが伝わるようにしてるの?増幅装置だとしてもその装置を動かすのにも必要なエネルギーがあるでしょ?』

 

「そこでお袋だ。お袋は力を伝える構造にお熱で動力で生まれたエネルギーを余す事無く全体に伝えるものを作れた」

 

普通エネルギーは遠くに移れば移るほど減って行くはずなのに減衰という言葉を知らないかのように残るもんだからお袋の頭を疑ったものだ。

 

「永遠、までは行かないけど少なくとも市販的な奴よりずっと長く動き続けられる。こんな風に親父たちの作る物は全体が動力であることが多いんだ。それもいくつかが欠けても動いていられるような奴がな」

 

『じゃあ私が記録してきたのは…』

 

「武装系のはまだしも動力系はちょっとそのままじゃ使えない。だから昔俺が見たあれにそっくりな設計図を探し出す」

 

『そんなものがあるの?』

 

「ああ」

 

十年前に見たあの‟生体義手”の設計図。もしあれの元があの兵器の設計図であるならそれと照らし合わせて大体の当たりをつけられる。

 

「探すのは腕の設計図だ、とにかく手あたり次第漁るぞ」

 

『分かった』

 

俺は本棚を、イースは二人の机を探し始めた。あの時は読めない文字が多くなんの本か分からなかったが成長した今見ると時計技師らしい書籍が多かった。だが一部が随分と偏った種類だった。どう考えても電磁技術についての書籍だ。かなり古いものまである。

 

「…これが俺の為に集めたものであることを願うよ」

 

間違ってもあの兵器の為じゃありませんように。俺は一冊一冊取り出して探すがそれらしいものは無い。

 

「…てか腕使えばいいんじゃん」

 

なんで思い付かなかったのだろうか。俺は手袋を外して壁に手を付け床を蹴った。振動が部屋中に伝わり詳しい構造を俺に伝える。

 

「ん?」

 

すると一か所不自然な空間を見付けた。本棚の裏だ。

 

「イース、ちょっと手伝って…って何してんだ?」

 

イースは机の引き出しから何か見付けたようでそれを必死に…いや、ニヤニヤと見ていた。

 

「イースさーん?」

 

『ふぇ!?な、なに?』

 

俺が呼びかけるとイースは慌てて見ていた物を背中に隠した。

 

「何見てたんだ?」

 

『な、何でもないようん!』

 

怪しすぎるだろ。

 

「いやいや、何でも無くはないだろ。もしかしたらなにか重要なことが書いてあるかもしれないだろ?」

 

『い、いやー…これにはそういうことは書いてなかったかなー…』

 

「…見せなさい」

 

『い、嫌です』

 

マジで何を見つけたんだよ。

 

「なんでだ?」

 

『見せたら絶対取り上げるもん!』

 

「だったらなおさら見せろ!」

 

『ひぃ!勘弁してください!』

 

イースは隠したものを渡さまいとその何かを懐に隠した。

 

「ちょ、マジでなんなんだよそれ!」

 

『内緒でお願いします!』

 

「気になるから見せろ!」

 

俺は詰め寄るがイースが頑なに拒んだ。

 

「…どーしても見せないのか?」

 

『…どーしてもです』

 

あんまりにも意固地なので結局俺が折れた。

 

「聞くけど別に変な物じゃないんだよな?」

 

『むしろ最高の逸品です!』

 

だからそれはなんなんだよ。

 

「分かった、詮索はしない。代わりにちょっと手伝ってくれ」

 

『りょーかい!』

 

なんかやけにご機嫌だなぁ…

 

『それで?何をすればいいの?』

 

「本棚の裏になんか空間があるみたいなんだ、そこを確かめたいから力を貸してくれ」

 

『オッケー!』

 

イースは本棚の前に立ちペタペタ触り何かを確認した後俺の身の丈を越し本がギッシリと詰まった本棚を、

 

『よっと』

 

持ち上げた。

 

──そうきたかぁ…

 

てっきり横にずらすとばかり思っていた俺はつい頬を引き攣らした。イースは持ち上げた本棚を音も無く邪魔にならない位置に置いて何事も無かったかのようにする。

 

『あ、本当に空間がある』

 

イースが言ったように本棚の裏には縦50、横30、奥行き30の空間があった。そしてそこにはいかにもなファイルが置かれていた。俺はそれを手に取り慎重に開いた。

 

「…設計図だ」

 

『じゃあ!』

 

「ああ、この中にあるはずだ」

 

俺はファイルのページをめくっていき一つ一つ記憶の中の‟腕”の設計図と照らし合わせる。ちょうど設計図が100個目を迎えた時、それは見つかった。

 

「あったぞ!」

 

『ほんと!?』

 

ファイリングされていたそれには右と左の二つの腕が描かれていて無数の電極と思わしき点が至る所にあった。

 

『この電極の配置…あれとほぼ同じだ』

 

「人間の腕と違って人工的な義手はそれなりに強い電流が必要になる。かと言って強すぎれば歯車が磁力を帯びてしまい機能不全を起こす。多分この配置は電磁の力を最大限に生かしつつ歯車やその他の部品が磁力を帯びないようにしてあるんだろうな」

 

『よく分かるね…』

 

「ほぼ推測だ。イース、記録にあるあの兵器の設計図を描き起こしてくれ。照らし合わせながら最低限の確証を得るぞ」

 

『了解!…ってあれ?何か落ちたよ?』

 

俺が設計図をファイルから取り出した時隙間から一枚の紙が落ちた。

 

「えーと…通信番号?いったい誰の…」

 

そこには数字の羅列と共にそのつながる先と思わしき人物の名前が書いてあった。

 

「これって…」

 

俺とイースはつい顔を見合わせてしまった。考えてみればあってもおかしくは無いのだがこの状況で見つかるのは奇跡の様だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 区画(グリッド)・上野、その地下街の一角に健全な青少年はお断りな店がある。そこは違法自動人形のオークション会場でもあり夜になればどちらかの施設を使う客で賑わい始める。その店に客でも主人(オーナー)でも無い壮年から老年に入りかけの男性の姿があった。

 

「ふむ…確かにマリー先生の言う通りあのinitial-yシリーズは東京から引き返している。東京の軍の動きも不可解だ。全く、お上は何を考えているのか…」

 

男性は掛けていた片眼鏡(モノクル)外して目頭を揉んだ。

 

 

『三重で、ある巨大兵器を見付けました…』

 

 

かつて自分が時計技師としての技能を教え、自分の上司としてともに働いていた少女からの連絡は悲嘆に暮れていた。自分の迂闊な行動のせいで本来関係のない人たちを巻き込んでしまった。それも最悪な形でだ。その事実はまだ二十歳にもならない少女にはいくら天才であろうと重く圧し掛かるだろう。

 

「いや、それは私もか…」

 

マリーに聞かされたかつての自分の教え子、その中でも一際強烈であった二人の間に生まれた息子の生存不明の連絡は自分が思っているよりもずっと辛かった。なまじ自分が教える気満々であったが為にその思いは強く圧し掛かった。

 

「マリー先生が言うには現場からは離れていたらしいが状況から推察するに厳しいだろうな…」

 

男性は重く重く息を吐きだした。その時、通信回線のコールが鳴り響いた。だが男性はそのコールに疑問を持つ。

 

──プライベート回線?それもかなり古い…

 

この回線は長い間使っておらず、それこそ十年以上前のものだった。男性は警戒心を高めながらも受話器を取った。

 

「…もしもし、どなたかな?」

 

『──────────』

 

「なっ…君は…!」

 

その時、男性の耳には今し方諦めていた声が届いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨降る三重の街の中、一人の少女がある少年の胸ぐらを掴み前後に激しく振っていた。

 

「生きてるんだったらさっさと連絡を寄越しなさいよこのクズ!」

 

「ぐ、ぐぇ…無茶、言うなよ!こちとらどんだけ大変だったと思ってるんだ!というか早く手を離せ!」

 

「ナオトの分際で口答えをするな!」

 

『マリー様、どうやら命が惜しくないようですね、今すぐに解体させて頂き──』

 

「お前らいい加減に落ち着きやがれ!」

 

ナオトはつい先程までマリーに死んだと思われていた。それがひょっこりとマンホールから出てきたのでマリーは絶賛混乱&鬱憤の発散をしていた。このままだと埒が明かなかったのでハルタ―はマリーに拳骨を落とす。

 

「ひぎぃ!」

 

「うっわ痛そ…」

 

頭を押さえ涙目でうずくまるマリーにナオトは同情をするものの若干スッキリとした表情をする。

 

「なんっで私を殴るのよ!!」

 

「説明が必要かお姫さん」

 

ハルタ―は目線をある対象に向けた。マリーは憤慨しながらも目線を辿るがそこで一気に青褪める。目線の先には機械の様に無表情ながらも怒りを全身から迸らせていた。

 

お嬢さん(リューズ)、頼むからマリーを解体するのはよしてくれ。こっちもこっちで色々収穫があったんだ。情報を共有したいんで待ってもらいたい、できればそっちが今まで何をしていたのかも聞かせてもらえるとありがたい」

 

『ナオト様に手を挙げた上に要求の重ね掛けですか。私の怒りも一周回って殺意に変わりかねませんよ?』

 

もはや一触即発の空気だがそんな空気を無視してナオトが素朴な疑問を言った。

 

「てか先輩はどこにいんだ?別行動?」

 

その一言を聞いたマリーは顔を強張らせた。その表情とマリーの心音を聞いたナオトはポカンとする。

 

「…え?」

 

「ナオト、勘違いをするな。確認が出来ていないだけだ」

 

「いやだって…!」

 

ナオトが最後にハヅキを見たのはあの巨大兵器の前で血相を変えて走って行った姿だ。普通でない様子に気掛かりではあったがリューズと同性能のイースがいると思い大丈夫と思っていた。それにハヅキならすぐにマリーの安否を確認するため合流していると思っていたナオトは予想外の展開に動揺する。

 

『落ち着いてくださいナオト様、ハヅキ様には姉さんが付いています。恐らくですがマリー様に近寄るとどう考えても面倒極まりの無い事に巻き込まれると考え別行動を取っているのでしょう。賢明な判断です』

 

「あ、確かに」

 

解体(バラ)されたいのかしら!?」

 

「いや、的を射てるでしょうよ…」

 

ハルタ―の脳裏にはつい数時間前に忍び込んだ三重の知事の自宅に忍び込み脅は…もとい事情説明を聞いてきた事が巡っていた。

 

「あ・ん・た・ら・はー!」

 

暗に地雷密集地帯と言われたマリーは再びナオトに掴みかかろうとしたその時ハルタ―の懐からコールが響いた。

 

「すまん、俺だ」

 

「あんた通信機持ってたの?」

 

「プライベート兼ダミーの使い捨てなんだが、いったい誰から…」

 

ハルタ―は番号を確認して更に怪訝な顔になった。

 

「コンラッド先生だと?」

 

ハルタ―は疑問に思いながらも通信に出た。

 

「それで、そっちは何があったのよ」

 

「え?言う必要ある?」

 

「当然でしょうが!」

 

『ナオト様、マリー様如きにナオト様のただでさえ砂漠のオアシスにある水程に少ない時間を割く必要などございません。ここは無視が最善の選択かと』

 

「砂漠のオアシスって一見褒められているようで実はそうでもなかった件について」

 

「茶化す「本当ですか!」ハルタ―の私限定の間の悪さはなんなの!?」

 

「日頃の行いじゃね?」『日頃の行いかと』

 

「あははは、あんたらいつか絶対に解体(バラ)す!」

 

マリーが怒髪天を衝く勢いで憤慨する。

 

「おいマリー喜べ!」

 

「喜べるかーーーーー!!!」

 

「ハヅキ達からコンラッド先生に連絡があったらしい!」

 

「ッ———!」

 

マリーの目が大きく開かれたと思った瞬間、

 

「それを早く言いなさいよーーーー!!」

 

「ぐほぁ!!」

 

マリーの全力の蹴りをハルタ―は腹部に食らい前のめりに倒れた。

 

「…なぁリューズ。なんかマリーの奴、いつにも増して狂暴じゃね?」

 

ナオトはハルタ―が完全義体と知っているのでそんなハルタ―に有効打を与えたマリーに引いている。

 

『考えなくてもよい事を考えた挙句一人芝居をしていた事に遅まきながら気付かれたのでは?私としては大変滑稽で愉快でしたのでそのままでも構いませんでしたが』

 

「そしてリューズも辛辣だなぁ…」

 

リューズが不機嫌なのはマリーがナオトに乱暴をしたからという理由なのにそれに気付かないのがナオトだ。

 

「もしもし、コンラッド先生ですか?マリーです。え?ハルタ―がどうかしたかですか?どうやらハヅキさん達が生きていたことに嬉しかったらしく咽び泣いてますよ」

 

「いや、マリーのあまりの一撃に機能不全一歩手前になってっけど…」

 

マリーは耳聡くナオトの声を拾いギッと睨むがすぐに表情を戻してコンラッドとの会話に戻った。

 

「それでハヅキさんは何て連絡を…は、はい?兵器の正体を突き止めた?対処法も考えてる?え、待ってください、いったい彼は今までどこで何をしてたんですか?はぁ!?家に帰ってた!?なのにわ、私達よりも詳しく知って…」

 

「あ、マリーが白くなり始めた」

 

『どうやらマリー様が残念なおつむを絞って手に入れた情報をハヅキ様がより詳しく調べていたようですね。徒労に終わったのでしょう』

 

マリーは更に一、二言コンラッドと話したのち通話を切った。

 

「…ふ、ふふふ」

 

「あ、これまずい?」

 

『決してまずいという事はありませんが大変面倒臭い事になるかと』

 

「ハルタ―!!何寝てんの!?さっさと移動手段の手配をしなさい!今すぐに京都に戻るわよ!」

 

「そう…言うと思って、手配済みだ…」

 

「マジかよ!?オッサンすげぇ!!」

 

ナオトはグロッキー状態のハルタ―がマリーの行動をとっくに先読みをして手配していたことに驚いた。いつの間にかハルタ―の手には二つ目の通信機があったのでそれでどこかに連絡を取ったのだろう。

 

「なら良し、場所は?」

 

「ナオトが列車が無理だってんで飛行機を手配した」

 

「オーケー、分かったわ。ナオト、さっさと京都に帰るわよ」

 

「先輩に合流すんの?」

 

「ええ、そしてちょっとお話をしましょう。事細かくね、もう根掘り葉掘り聞いてやるわよ。こっちが絶望してる間に何してたんですか?ってね!」

 

「(あ、先輩にも切れてんのか)」

 

「それからの事はその後!こうなったらなるようになれよ!」

 

「なぁオッサン、マリーって疲れてる?」

 

「お前さんがいない間ほぼ不眠不休だ。おかしいと思うだろうがほっといてやってくれ、そのうち戻るだろうから」

 

マリーは謎のテンションのまま一同を引き連れて飛行場を目指して移動し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅ!!」

 

『湯冷めした?』

 

「いやー…どうだろ(そこはかとなく面倒臭そうな予感がする…)」

 

ハヅキのこの予感は数時間後に見事的中することとなる。




次回こそはご期待に応えられるような一話にして見せるぞ…!(フラグ)


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起動

前回の挽回じゃあ!!


京都にある自宅で俺はイースと共に設計図の照らし合わせをしていた。イースが記録した設計図は一部ではあるものの相当な枚数があるので書斎で見つけた設計図との照らし合わせは重労働だ。

 

「どうやら基本的に電磁動力事態の構造は同じのようだな。ただ配置が違う」

 

『やっぱり義手とは違うから?』

 

「だな。あっちはあの兵器そのものを動かすためであって、こっちの義手は脳からの電気信号を増幅して補う為のだからな」

 

『でも動力自体の個数は段違いだね』

 

「そりゃ大きさが違い過ぎるからな」

 

義手に使われていた電磁動力の数は2063個、対して八束脛は20000個。およそ十倍の差がある。更に、

 

「これを100潰したとしても負荷がほんの少し増えるだけで変わらないんだよなぁ」

 

仮に一つ潰したとしてもこの動力は失った一つの動力を他の全ての動力が肩代わりをするように設計されている。恐らく機能を潰すには1/5である4000個を壊してようやく支障が起こるようになるだろう。

 

「とんでもないな、つくづく…」

 

『でもやらなきゃいけないよね?』

 

「ああ、でもどうすれば…」

 

休憩がてらイースがいつの間にか入れてくれていたお茶を啜っていると玄関の方から誰かが駆けてくる音が聞こえた。そして、

 

バァン!!

 

「ハ~ヅ~キ~さ~ん!!」

 

「…マリーちゃん、頼むから玄関は壊さないでくれよ」

 

「んなこたぁどうでもいいんですよ!!」

 

『わぁ暴君!』

 

数十時間ぶりに小さな怪物(マリーちゃん)配下(ナオト達)を連れてご帰宅した。…なんかナオトはぐったりしてるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリーちゃんは怒りマークが目に見えるくらいに怒っていた。…まぁ理由は分かり切ってるんだが。

 

「ハヅキさん!!あなた今まで何をしてたんですか!こっちがどれだけ心配してたと!」

 

「あーうー…いや色々あってね?ちょっと精神的に参ってて…」

 

「そんなのこっちも同じですよ!」

 

「マリー、ちょっと落ち着け…」

 

「ハルタ―は黙ってなさい!!」

 

ハルタ―さんがマリーちゃんを諫めようとするがあえなく撃沈される。

 

『リューズちゃんよく無事だったね』

 

『ナオト様の指示通りにアンクルの共振破砕砲(レゾナンス・カノン)を止めた際に崩壊した床を落ちたのですがそこに採掘用の足場跡がありまして助かりました』

 

『足場跡?…ああ、そういえばそんなのあったね。あれ?それでもあそこって人間には死の空間じゃない?』

 

『はい。ですがそこは脆弱な人間が生存できる環境が整っていましたので』

 

『なんで?』

 

『それはまた後程…』

 

『うーん…まぁとりあえず分かったのはナオト君は飛びぬけたおバカさんだって事だね!』

 

「あるぇ!?どうしたらその結論に!?」

 

『ええ、その通りですね』

 

「リューズも否定してくれない!」

 

あっちは和気藹藹だな!

 

「ハヅキさん聞いてるんですか!?」

 

「聞いてるからちょっと落ち着け!」

 

「これが落ち着いて…ぎゃ!?」

 

マリーちゃんが俺に詰め寄ろうとしたとき足元にあった紙に滑ってこけた。

 

「痛っつ…」

 

「だから落ち着けと言ったろうに…」

 

「うるさいわよハルタ―!…て、これ何の設計図ですか?」

 

「それ?あの巨大兵器の動力部」

 

「はい!?」

 

マリーちゃんが目を点にする。同時に全員の会話が止まった。

 

「今からちゃんと説明するから全員よく聞いてくれよ」

 

さて、やっと真面目な話し合いが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハヅキさんに座るように指示され和室の卓袱台を囲むように全員で座った。その中で私はついさっきハヅキさんに説明された事に関して頭痛が起きてしまい頭を抱える。

 

「……ハヅキさん、それ本当ですか?」

 

「あんな衝撃なものを見せられて嘘つく余裕があると?」

 

「ですよね…」

 

私は卓袱台に広げられた設計図を見る。歯車やスプリングなんかがびっしりと描かれた設計図は幾度となく見てきたが目の前にある設計図にはそれはあくまでおまけ程度にしか描かれていない。代わりにそこにはコイルやモーターといった現代ではお目にかかることが無い部品が所狭しと描かれている。こんな設計図では私の知識は半分も役に立たないだろう。

 

二級時計技師(ゲゼル)の俺には詳しくは分からないがどの程度の物なんだ?」

 

一級時計技師(マイスター)の私でも今すぐに放り出したくなるような代物よ。そうね、ハルタ―が積んでる短波通信の数千倍は複雑かつ高度な物よ」

 

「そこまでの物か…」

 

ハルタ―も顔を盛大にしかめる。多分完全に理解は出来て無いんでしょうけど予想を遥かに超えて厄介なものという事ぐらいは分かっただろう。一方ナオトは…

 

「先輩!話の八割がた分からないっす!」

 

「うん、期待も何もしてなかったから心底どうでもいい。ちなみに理解できたところは?」

 

「これに先輩の両親が関わっていた事くらいです」

 

「だろうなおバカ」

 

「なんかいつもより罵倒が多い気がする…」

 

そう、更に驚愕なのはこの設計図の大本を作ったのがハヅキさんの両親だという事だ。神連夫妻、夫婦で一級時計技師(マイスター)の称号を持ち広く通った二つ名は‟異常発見器”。どんなに複雑な機械だとしても即座に見つけ出して修復する天才。かつてある雑誌のインタビューに二人はこう答えたらしい。

 

‟機械の異常を見つけ出すには全体の流れを見てしまえばすぐに分かる。一々大掛かりな点検機を持ち出すのは時間の無駄だ。どうすればそんな事が出来るかだって?そんなもの、機械を一分たりとも見逃さず考え続けていれば勝手に出来るようになる”

 

‟どうやって見つけているのか?まず全体を見て変な駆動をしている所があればそこに異常がありますよ?え?あの人も同じような事を言っていた?あらあら、やっぱりお似合い夫婦なのね私達!”

 

このインタビューはすぐに批判され発売から一月もせずに絶版になったらしい。今ではプレミアムも付いているとか…

 

──いや、そうじゃなくて…問題はこの電磁動力をそんな二人が設計したって事。だとしたらおそらくこれを完全に理解するのは不可能に近い。だって要は二人は理解をしながらも直感で動いていた可能性が高い!

 

「ねぇナオト、あんたはこの設計図を見てなにか違和感とかないの?そのぶっ壊れ性能の耳で何か分からない?」

 

「ぶっ壊れって…残念ながら分かんないよ。俺には知識が無いから理解が出来ないし、何より俺は()()()()()()()()んだよ」

 

「…そういえばそんなこと言ってたけどそれってどういう意味?」

 

「うーん…こう、いつもなら歯車が嚙み合って次の歯車を動かしてそれがまた次の…って詳しく分かるんだけどあのデカブツの中は聞こえはするけど混ざり合ってるような感じがしたんだ」

 

「混ざり合う…?」

 

「多分、それは動力から発生する電磁波のせいだと思う。ナオト、ハルタ―さん宛ての通信はどんな感じで聞こえた?」

 

「え?そうっすね…宇宙人がいるならこんな感じかなって言う超高い音でし…あ、そっくりだ」

 

「やっぱりか…」

 

「どういうことだ?」

 

「ナオトがまともに聞き取れなかったのはあの巨大兵器が既に動いていて内部に強力な電磁波が発生、反響してたからだろうさ」

 

「既に起動してる…!?じゃあやっぱりあのデブの言ってたことは本当に…」

 

私がハルタ―以外の安否を確認できていない時に三重の知事に聞きだした情報が一気に信憑性を増した。

 

「デブが言ってた?どういうことだ?」

 

「…政府が、墜ちた威信を取り戻すために違法な実験をしているとされている三重に攻撃を仕掛けるって話です」

 

「……はぁ?」

 

「ッ!!」

 

…まただ。この人は時に一般人とは思えない程の迫力を出すことがある。少なくとも私が知る限りでは二回目。この恐怖はリューズの鎌に首を挟まれた時と並ぶと思っている。

 

『…リューズちゃん?』

 

『…何でもありません』

 

ふとそんな会話が聞こえた。目だけを動かして声の発生源であるイースとリューズの方を見た。リューズの顔はいつも通りの澄まし顔に見えるが幾らか強張っている様にも見える。対してイースの方は笑ってはいるもののどこか()()様に見えた。

 

──ほんと、この二人は何なのよ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハヅキ様の出した迫力に、私はまた大支柱(コア・タワー)の時と同じように反射的に唯一の武装である鎌を出しそうになってしまった。自動人形(オートマタ)である私には反射神経は存在しない。ただ自分及び主人であるナオト様に危害が加わる可能性があると判断したときのみ人類では観測することがほぼ不可能な領域で高速思考を行い行動を起こす。そこにはちゃんと観測→演算→判断→行動といったルーチンがある。しかし、

 

──何なのでしょうか…この方は

 

ハヅキ様のこの迫力だけは別だった。本来あるはずの演算と判断が飛び、直接観測→行動と移ってしまう。こうなればそれは人間の‟反射”と同じだ。ただでさえ早い私の行動が更に早くなる。だというのに、

 

『…リューズちゃん?』

 

これだ。どんなに早く動いても先手を打たれて止められる。反射には‟悪意”も‟害意”も‟敵意”も無いはずなのに、この姉は反応する。それが私には分からない。それに私はこの姉に明確に‟恐怖”を覚えている。本能という機械であるはずの無いモノが私に訴えかける。[歯向かうな]、と。

 

『…何でもありません』

 

一体姉は…‟監督機(イース)”は何の為に存在しているのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は政府の余りの身勝手さに一瞬で頭が沸騰してしまった。どうやらこの国は根本から腐ってきているようだ。

 

「…マリーちゃん、それは何か予兆でもあっての事か?」

 

「と、東京の軍が兵力を集中させてる様なんです。複数の区画(グリッド)の集まった連邦制取っている東京ですがそのいくつかの時計塔をほぼ無人にしているそうです。情報源はコンラッド先生です」

 

「マジで攻め込む気なのか…」

 

ああ、腹が立つ。自分達の不祥事をこんな形で払うとか馬鹿じゃねぇの?それで被害を被るのはそこに住む人々だってのに。

 

「…ナオト」

 

「うぇ!?な、なんすか?」

 

「お前はこの話を聞いてどう思った?」

 

「どうって…まぁ俺が思ったのは‟そんなくだんねぇ事にアンクルちゃんを巻き込んでんじゃねぇよ!”事っすね。なのでさっさと東京に行きましょう!アンクルちゃんが俺を待ってる!」

 

「…ハルタ―、私一周回ってこの馬鹿さ加減が羨ましくなってきちゃった」

 

「こんだけシンプルな行動原理ならそう思えてもおかしくないと言っておくよ」

 

俺はナオトの話を聞いてから目を瞑り天を仰いだ。頭の中の情報を整理する。ナオトは単純だけど確固とした意志を持っている。きっとこいつはどこまで行っても自分の意志を曲げないで貫き通すだろう。それはこいつの数少ない長所とも言えて、俺が尊敬できる事だ。

 

「マリーちゃん、ハルタ―さん」

 

「はい?」「なんだ?」

 

「…俺は今心底腹が立っています」

 

「それは私達もですよ」

 

「なまじ大人として分かってしまう事もあるからなぁ…まぁここは合わせておこう」

 

「なので…ここで一気に発散しませんか?」

 

「「………」」

 

『わぁお、すごい事になりそうだね!』

 

「??」

 

『私は従者ですのでナオト様の決定に従うのみです』

 

五者五様、様々な反応が返ってくる。その中でいち早くマリーちゃんが反応した。

 

「はぁ…そう、ですね。やっちゃいますか。ナオトを羨むなんて屈辱以外の何者でもないし─」

 

「おい、唐突にディスるな」

 

「─だったらいっそ、全員で馬鹿にでもなりましょう!」

 

マリーちゃんが獰猛な笑みを浮かべた。

 

「あーあ…ハヅキ、俺は知らんぞ。マリーを焚き付けたのはお前さんだからな?」

 

『と、言いつつ最後までマリーちゃんの護衛を止めないハルタ―さんだった。もしかしてペド?』

 

「とんでもない事をぶっこむな!?俺はペドでもロリコンでも無い!」

 

「え…ちょっとハルタ―近寄んないでくれる?できれば半径10メートル以内に」

 

「数字がリアル過ぎるだろうよ!?」

 

『ナオト様、お気を付け下さい。どうやらこのガラクタは真正の様です』

 

「え?なんで俺?」

 

「ショタコンでもねぇよ!?」

 

イースの一言から一気に場が賑やかになった。それは正しくイースなりの‟安らぎ”の作り方なのだろう。俺は皆に釣られて笑ってしまった。俺が笑ったのを見て全員が一瞬きょとんとするがすぐに笑い始める。ハルタ―さんは一人憮然としていたが割愛だ。

 

「…いつだったかマリーちゃんが誘ってきたな」

 

「ええ、お誘いしましたよ?あの時は私が巻き込むと宣言しましたけど…どうします?」

 

「…いいぜ、乗ろう。盛大に歓迎会をしてくれよ?」

 

「むしろ主催してどうぞ」

 

お?言ったな?

 

「だったらお誘い通りにテロリストをしてやろうじゃねぇか。いいか?俺達はこれから──」

 

俺の言葉に皆が嗤う、まぁ悪い顔だこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ナオトは自分の欲望を満たすために。

 

──リューズは主への誓いを果たすために。

 

──マリーは自分の正義のために。

 

──ハルタ―は子供達が起こす変革を見るために。

 

──イースはハヅキとの思い出のために。

 

──ハヅキは両親の真実と理不尽を覆すために。

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは再び歯車を廻す。歴史に軌跡を残さんとして。それが世界にとって幸か不幸かは関係ない。ただ彼らは思うがままに世界の歯車を廻す。さぁ、ここにまた一つの物語(ストーリー)が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──東京を乗っ取る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチリ、と歯車は廻る。全てを巻き込んで。




どや?頑張ったでしょ!?


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法螺貝は吹かれた

ちょーっと長かったかなぁ…7000字オーバーしたよ。しかも重要なとこ抜けたような気もしなくはない…まぁ入れたい伏線入れられたから良いかな!(半ばやけくそ)


 輪暦1016年2月6日、区画(グリッド)・三重の地下75キロメートルにある都市機構底部。そこで巨大な鋼鉄の蜘蛛は動き始めた。都市、下手すれば星そのものを破壊するそれは轟音と共に目標地点である多重区画領域(マルチプル・グリッド)・東京へと向かう。その巨体に見合った遅々とした歩み。東京に着くのは今からでは一日半は掛かるだろう。そんな誰にも知られずに動く巨大な凶蜘蛛を見る影が二つ。

 

『…動き始めましたか』

 

『すごい音…ナオト君が居たら悶絶してたね』

 

さらさらの銀の髪と空色の髪を持つ二つの影は呟いた。

 

『見るに堪えない程の醜い代物ですが、確かに脅威ではありますね』

 

『どこまでも辛辣だねぇ…まぁ今回は賛同かな。どうやらあの子(アンクル)も動いてるみたいだし。必要な情報は得たから戻るよ、リューズちゃん』

 

『ええ、分かりました』

 

二つの影、リューズとイースは誰にも見咎められる事無くその場を静かに後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とマリーちゃんは東京にある区画(グリッド)・秋葉原にある第一時計塔にいた。もちろんそこにいるのは俺達だけではなく俺らよりも年上の、それでも年齢も人種も性別も違う大勢の人がいて、忙しなく動いていた。皆に共通点は無いように見えるが彼らは一様に腕に羅針盤時計(クロノコンパス)を着けていた。それは全世界に存在する二億人の時計技師の頂点、第一級時計技師(マイスター)の証。本来なら俺のような一般人と同じ空間で動くことなど無い筈の人達だが誰もが俺に矢継ぎ早に質問をしてくる。まぁ俺だけじゃないんだけど…

 

「ハヅキ君、4782番回路が上手く繋がらないんだが」

 

「そこなら6322番回路を半秒ずらして3364番回路に周期を近付けてください!」

 

「──よし、同期完了!マリー先生、3340番から7990番までの同期確認!並びに全階層のチェック完了です

!」

 

「…確認しました。お疲れ様です」

 

今俺達がしてるのは秋葉原の第一時計塔を中心として他の11の時計塔から大支柱(コア・タワー)の制御をジャックするという超重罪な行為だ。今一緒に動いていた時計技師たちはかつてマリーちゃんが国境なき技師団(マイスターギルド)の一員だった時に部下として働いていた人達だった。俺が東京を襲撃すると宣言してからマリーちゃんは京都の事件の時にギルドを引退したかつての部下に声を掛けてくれた。例えギルドを引退したとしても彼らは第一級時計技師(マイスター)、引く手は数多であり望めばどんな企業だろうと望む待遇で受け入れてくれるような貴重な才能の持ち主だ。そんな彼らがマリーちゃんの頼みを二つ返事で受け入れてくれた。マリー・ベル・ブレゲに頼まれた、たったそれだけの理由で。

 

「改めてとんでもねぇよなぁ…」

 

「ハヅキさん、何ボーとしてるんですか?もう各時計塔の人達は避難しましたよ」

 

「ん?ああ、了解。にしても流石第一級時計技師(マイスター)だよな、たったの六時間足らずで大支柱(コア・タワー)に入らずに外部から掌握できるなんてよ」

 

「いやいや、流石に儂らだけじゃ無理だったよ、ハヅキ君」

 

「コンラッドさん」

 

この時計塔を掌握するのに一役買ってくれたコンラッドさんが俺の感嘆に答えてくれた。

 

「今回は手伝ってくれてありがとうございます」

 

「いやなに、若いもんの無茶…いや、活躍を間近に見たいという年寄りの我儘だよ」

 

「老人というほどでもないでしょう」

 

「間違いなくこの中では最年長だがね」

 

コンラッドさんは茶目っ気たっぷりに言う。

 

「しかし君から通信があった時は腰を抜かすほど驚いたがね」

 

「その節はどうもすみませんでした…」

 

俺がコンラッドさんに通信をした時タイムリーなことにマリーちゃんから俺の行方不明を聞いたばっからしく、すわ幽霊か!と驚いたようだった。

 

「いやいや、生きていてくれて本当に嬉しいよ。あの二人の子なら儂にとって孫にも等しいからの」

 

俺の祖父は俺が生まれた時には既に他界していたのでこう言われるのはむず痒くも嬉しい。

 

「だからこそ、儂らはあの二人が残した遺産とやらをどうにかせんとな」

 

「…はい」

 

俺はこの中で唯一コンラッドさんにだけはあの巨大兵器の根幹を親父とお袋が設計したという事を話した。マリーちゃんが一番信用していて、俺の両親に時計技師として教え、第一級時計技師(マイスター)の中でも最高峰の技術を持つコンラッドさんには話しておくべきだと思ったのだ。

 

「絶対に止めます。それがあの二人の息子である俺の義務と思ってますから」

 

「背負い過ぎなさんな。君にはちゃんと仲間がいる」

 

無論儂もな、と笑いかけてくれる。少なくとも俺はこれほどまでに心強い笑顔を知らない。

 

「はい!」

 

〔あー、テステス。先輩、マリー、聞こえる?〕

 

「ええ」「おう」

 

〔そっちの準備できた?〕

 

「今終わって全員の撤収を確認したとこよ」

 

〔流石第一級時計技師(マイスター)、頼りにしてるぜ〕

 

「なんだナオト、お前が素直にマリーちゃんに頼るなんて。緊張でもしてんのか?」

 

〔そりゃ緊張しますよ。まぁでも…それ以上にワクワクしてるかな?〕

 

「なぜ疑問形…まぁいいさ。お前はお前の仕事をしろよ」

 

〔了ー解です!〕

 

通信が切れる。

 

「ふむ…今のがもう一人の彼ですかな?」

 

「そうですよ」

 

「しかし君にも彼にも驚かされる。まさか生身の感覚のみで十二の時計塔と大支柱(コア・タワー)を完全観測するとは…」

 

「役割分担できる分集中出来ましたからね。補助機械なしでもいけました」

 

「今儂たちがしたのは人で言うと内臓をつついて脳を支配すると等しい神業だ。確かに理屈のうえでは可能ではあるが…」

 

「皆さんが居てくれたからこその芸当です。俺もナオトも観測することは出来ても弄ることは出来ません、ですから皆さんには本当に感謝してますよ」

 

「そうか…それを皆のいる所で言ってあげなさい、きっと喜んでくれるよ」

 

俺の言葉で喜んでくれるとは思わないけどな…

 

「ハヅキさん、始まりますよ」

 

マリーちゃんの言葉に俺は意識を目の前に置かれたモニターに目を移す。

 

「ごめんね、大好きなおじいちゃんを独り占めして」

 

「なみゅ!?」

 

俺の言葉に一瞬でマリーちゃんは顔を赤くする。ちょっと不機嫌そうだったからもしやと思って言ったら図星だよ。

 

「な、何のことですか!?」

 

「マリーちゃん、分かってないだろうから言うけど君って猫被るのへたくそだよ?」

 

「え、ええ!?」

 

どうやら本当にわかってなかったようだ。俺はつい忍び笑いをしてしまう。

 

「~~~~~!!そんなことより!」

 

赤い顔を誤魔化しながら俺に言った。

 

「これ、本当に上手くいくんですか?」

 

「いく。マリーちゃんと他の第一級時計技師(マイスター)の人達の助力があれば。それにだ…」

 

俺は作戦が始まる前にハルタ―さんに言われたマリーちゃん用の呪文を言った。

 

「不可能なわけないよな?」

 

一瞬呆けた後マリーちゃんは犬歯を剝き出しにして笑う。

 

「当然です!!」

 

「んじゃ始めますか!」

 

さーて、歴史に名を刻みましょう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然だった。眠らない街、東京の秋葉原。色鮮やかな光灯歯車(ライト・ギア)に飾られた街が突如その動きを止めた。人々は突然の事に首を傾げ疑問を浮かべるが、直後にそんな疑問も吹っ飛んだ。

 

『レッディーーーーーース・ゥアーーーーーンド・ジェントルメーーーーーーーン!!!』

 

酔ったラッパーの様な加工音声と共に街中のモニターに一人の素顔を隠した少年が映し出された。

 

『並びに紳士でもなければ淑女でもない愚劣凡庸たる一般市民の方々コンバンワ!週末の夜をお楽しみの所を大変申し訳ございませんがお邪魔しまーーす!』

 

人々はあまりの事に呆気にとられるが比較的似た思考をしていたDQNがうるせーぞ等とヤジを飛ばす。

 

『吾輩が誰か──は恥ずかしいのでカット除外省略ッ!照れるぜこの野郎!もっと好感度を稼いでから出直して!』

 

少年の言い分は余りに不快で何人もの人達が顔を顰める。

 

『ぶっちゃけ吾輩とっくにオネムの時間でございますれば、さっさとおやすみココアを飲んでクソして眠りたい所存!でも駄目チェケラ!』

 

民衆の不快を煽りヘイトを上げる。その一方で都市機構を管理している者たちは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

 

『ア、アー。ご存知の通り?我々は1000年前から気象、重力、地熱、その他諸々を歯車によってかつての地球を再現している訳でございますが──さァてさて?皆様のオツムに詰まっているのが犬のクソでなければ、多分一度は考えたことがあるんじゃないかなぁ──と思いますがどうなのそこんトコ!?』

 

勘の良い一般人の何人かはある考えに辿り着き思考が凍り、管理している者は最悪の想像が現実になったのではと絶望する。

 

『イエーーーーーーーーア!!まさかと思ったアナタ!ピンポンピンポン大正解!!まさしくそのまさかでファイナルアンサー―!!』

 

ここまで来て察しの悪い民衆も気付き始めた。皆一様に顔を青褪ませる。

 

『本日!只今!現時刻をもって!吾輩は区画(グリッド)・秋葉原を構成するすべての歯車を掌握いたしましたことを宣言するぜぇ!!イェアーーーー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やけくそ気味にテンションがガンガン上がってる俺は次々と言葉を並べこの街にいる全員の不安を煽りまくっていた。

 

「あれ?あれあれあれ?もしかして信じてない!?ヤダなー、そんな反応されちゃったらこっちも応えざるをおえないじゃないですかーー!ではでは証拠をお見せしちゃいましょうッ!!」

 

カメラの位置をちょっとずらして秋葉原の中心付近に向ける。そこには他の建物よりほんのわずかに高い廃ビルがある。人がいないことは確認済みだ。

 

「あれ、必要ないから壊しちゃうね」

 

俺はその廃ビルに向けて指を鳴らした。そして…

 

──流石第一級時計技師(マイスター)、タイミングピッタリ

 

廃ビルはけたたましい音を立てながら崩れ落ちていく。マリーたちが重力機構を制御して圧し潰したのだ。

 

「──どう!?どうどうどうよ!?信じてくれたカナ?…あらら、どうやら現実逃避をしちゃってる人がいるみたいだね、それはつまり…アンコールをお望みなのかな!!?いいよいいよー!吾輩も興が乗ってまいりました!心行くまでお楽しみください!!んん?料金ですかな?ご安心ください──」

 

先輩には‟お前の素で精一杯民衆を煽れ”何て言われてるから、思いっきりやっちゃいますか。ていうか素って何ですか素って。

 

「──皆様の悲鳴と死が、なによりのご褒美でありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは作戦決行の数十時間前、ハヅキが東京強襲の宣言をした時に遡る。

 

「と、東京を襲うって…先輩どうしちゃったんすか!?まさかマリーに毒されて…」

 

「ちゃんと説明すっから慌てんな、そんでさらっと人をディスるんじゃねぇ」

 

ハヅキは混乱するナオトを宥めて先を話す。

 

「いいか、マリーちゃんからの情報から考えるに恐らく三重の連中は東京に攻撃を仕掛ける。ただでさえバカみたいな質量を持ったデカブツが現代において最悪な凶器ともいえる電磁技術の集大成をぶら下げてだ」

 

『その結果ほぼ全ての歯車を利用した機械は使えなくなるの。それは私達initial-Yシリーズも同じ』

 

「え!?リューズも動けなくなるって事っすか!?」

 

『そういう事』

 

「そんな奴に真っ向から挑むのは無謀だ。だからこっちはある手札を手に入れる」

 

「手札…?もしかして」

 

「マリーちゃんは理解が早いな。そう、アンクルだ」

 

『お待ちくださいハヅキ様』

 

ハヅキの作戦にリューズが待ったをかけた。

 

『確かにアンクルは私たち姉妹で唯一兵器として設計されましたが電磁気が弱点となるのは私達と同じです。何をなさるのかは存じ上げませんが無意味です』

 

「いーや、無意味じゃない!だってアンクルちゃんを助けられる!」

 

「いやまぁ助けるってのは賛成だがまだ説明の最中だから最後まで聞いてくれ」

 

ハヅキはナオトを手で制してリューズの問いに答える。

 

「確かにその弱点は変わらないだろう。だけどアンクルにしてほしいのは直接あのデカブツに攻撃を加えさせることじゃない」

 

『と、申しますと?』

 

「あんだけの質量だ、ただでさえ動かすのには膨大なエネルギーがいる。だったらそのエネルギーの供給を止めて底に落としちまえばいい」

 

ハヅキの発言に全員が訝しげな顔をする。

 

「…それは、どうやってやるんだ?」

 

「それも説明します。ナオト、お前が大深度地下層に落ちた時、アンクルはどんな攻撃をしてきたんだ?」

 

「三重共振接続連動の共振破砕砲(レゾナンス・カノン)と、こう…何も無い所から出した大剣による攻撃です」

 

「そう、二つ目のそれだ」

 

「…もしかして、空間を壊すんですか?」

 

「イースからアンクルは空間を支配するって聞いた時から出来るんじゃねぇかとは考えてたんだ」

 

『アンクルにあのような屑鉄の一部を消し飛ばすのは確かに簡単でしょうが大きさの関係で不可能です』

 

「何もあれそのものを消し飛ばさせるんじゃない、その下を消させるんだよ」

 

「…自重による床の崩壊、それに伴う大深度地下層への落下か?」

 

「そうです。どんなに頑丈な物でもたった一つの小さな傷が致命傷になることがある」

 

ハヅキの考えはあまりにも単純で大人代表のハルタ―には不安要素しか見えてこなかった。

 

「悪いがそれには賛同しかねるぞ。第一どうやってあの機械お嬢をこちら側に付ける?こっちに明確な敵対反応を示してるんだぞ」

 

「あ、それなら大丈夫」

 

あっけらかんとナオトが言う。

 

「どういう意味よ」

 

「アンクルちゃんは操られてるだけなんだよ」

 

「なに?」

 

「どうにも歯車の動きがぎこちなかったんだ。外部から無理やり動かされてるような感じ。多分あの仮面がその端末だ。…だからこそ一分一秒でも早くあのくそったれな仮面を外してアンクルちゃんを助けたいんすよ先輩!!」

 

「わーてるよ。どのみちアンクルはこちら側に付けなきゃ作戦そのものが瓦解するんだ。ちゃんとやる」

 

「でもどうやって…リューズとイースの二人がかりでどうにかなるものなの?」

 

『それが出来るのであればアンクルは姉妹最強などと名乗りません。私と姉さんの二人がかりで勝算一分以下、相対機動(ミュート・スクリーム)下で二分といったところです』

 

「絶望的じゃない…!」

 

『あ、それなら私に作戦があるから大丈夫だよ』

 

「え?」

 

『…どういうことですか、姉さん』

 

『ハヅキ、アンクルちゃんは任せてもらってもいい?』

 

リューズの質問を無視してイースはハヅキを真っ直ぐに見据えて問う。ハヅキもイースの目をじっくりと見る。

 

「…任せていいんだな?」

 

『うん』

 

「誰一人、何の損傷も無く俺の下に帰ってこれるか?」

 

『当然、ハヅキを置いて逝くなんて以ての外だし傷付いた姿をハヅキには見せたくないもん』

 

沈黙が下りる。ハヅキは目を瞑り色々と飲み込んだ。

 

「…分かった。アンクルは任せる。終わり次第俺達と合流して手伝って貰おう」

 

『という事はアンクルちゃんも傷つけちゃまずいよね。わぁ、大変。でも…』

 

イースはにやりと笑う。

 

『──逆境こそ、一番人間らしく在れるよね』

 

リューズはこの時、姉への不審さがさらに増した。

 

『あ、もちろんリューズちゃんにも手伝って貰うからね?』

 

「だったら俺も…」

 

『うん、邪魔になるから来ないでね?』

 

「なんか棘ないっすか!?」

 

ナオトは一早くアンクルと契約をしたかったのかついて行きたがったがイースにあっさりと突き放された。その時ハヅキは何かを思い付いたのか手元にあった紙とペンで二つのメモを書き取った。それをこっそりとマリーとリューズに渡した。二人は手渡されたメモを見て訝しげにする。だが最後まで見たリューズはしばし熟考して答えた。

 

『…承知しました』

 

「え?何が?」

 

『なんでもございません、ナオト様』

 

「遂にリューズにものけ者に…」

 

一方マリーは、

 

「ハヅキさん、これって…」

 

「お願いできるか?」

 

「…やるだけやります」

 

不安を残しながらもメモに書かれていた指示を承諾した。

 

「よし、それじゃあ最終確認だ」

 

ハヅキは大きな紙を広げてが概略を描きだす。

 

「まず、イースとリューズちゃんがあのデカブツの動きを監視しておいてくれ。動きがあったら即座に報告を頼む」

 

『了解!』『承りました』

 

「その間に俺達は東京でテロを起こす」

 

「どうやってだ?」

 

「マリーちゃん、なんか考えてあるでしょ?」

 

「え?ここで私に頼るんですか!?」

 

「最初からそのつもりでしたしお寿司。なにより焚き付けた張本人が何も考えて無かったわけないでしょ?」

 

「ぐ、当たってるだけに何も言えない…ええ、分かりました。かつての部下に声を掛けます、恐らくほぼ全員が参加してくれる筈です」

 

「オッケー。ハルタ―さんはその手伝いをお願いします」

 

「ま、いつも通りの雑用か」

 

「あの、先輩は何をするんですか?あと俺は?」

 

「俺はマリーちゃんについて行って手伝いをする。ナオトは一番重要な役割をして貰うぞ?」

 

「え、俺何やらされるの…?」

 

そこでイースもマリーもハルタ―も気付いたのか悪い顔をする。ナオトは怯えてリューズにしがみついた。なお、その時にリューズの口角がほんの少し上がったのをイースは見逃さない。

 

「テロっていうのはね、犯人がいないと成立しないのよ」

 

『それも思いっきり狂ってる方がインパクトがあって良いね!』

 

「良かったなナオト、教科書に載るぜ?」

 

そこまで言われれば嫌でも気付く。ナオトは顔を引き攣らせた。

 

「ナオト、矢面に立て(囮になれ)

 

ハヅキはとてもいい笑顔で告げたのであった。




次回、章タイトルを回収するぞ!(予定)
さて、上手く戦闘描写が書けるだろうか…


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破滅させるもの 上

二話めっちゃ難産でした…


けたたましい騒音を立てながら八束脛は東京へと歩を進める。だが八束脛が進んでいる道は本来歯車が密集していて道の体を成していない。では力づくで進んでいるのかと言えばそうではない。八束脛の前を小さな少女が進んでいる。──身を遥かに超える大きさの歯車を、豆腐を崩すように壊しながら。その様子はまさに破壊の権化、それが唯一の証明。

 

 initial-Yシリーズ肆番機『撃滅するもの(トリーシュラ)』アンクル。姉妹の中でただ一人兵器として設計された少女は行動の自由を許されぬままただただ命令のままに眼前の障害物を壊していた。

 

──…つまらない

 

少女は意味のない思案をする。それは幾度となく考え、出してきた答えだった。

 

──誰か、壊してくれないかな…

 

少女は自滅願望を持つ。だがそれは叶わない夢だった。永久運動機関(パーペチュアル・ギア)より出力される無限のエネルギーが彼女を停めることを拒み、比類ない戦闘力がすべてを蹴散らす。ゆえに彼女は動き続ける。ただ命令されるがままに。

 

少女はやがて目標地点までのトンネルを開通させた。そこは立体駐車場の最下層らしく薄暗かった。そしてどうやら別のルートからたくさんの人間が八束脛の進行を止める為にトンネルに侵入したらしい。だが新しいオーダーは無い。少女は何もせずに待機する事にした。

 

…幾ばくか経った頃だろうか、頭上で何かが崩れるけたたましい音と沢山の足音がまるで逃げるように駆けて行ったのを聞いた。少女は状況把握のために聴覚機能を上げた。

 

〔──でしょうか?今宵のショウはこれにて閉幕!皆様風邪などを召されませぬよう暖かくしてお過ごし下さい。快適な夜を!それではシーユーアゲイン!アディオス!アミーーゴ!!〕

 

少女は余りの意味不明さに首を傾げたがすぐにどうでもよくなった。どうせ自分には関係が無いのだから。少女は再び思考を止めようとしたが目の前から足音が聞こえてきた。

 

『随分と派手に動きましたね。おかげであなたの位置の特定がすぐに出来ました』

 

まぁ実際に特定したのはナオト様達なのですが、と銀髪の美しい自動人形(オートマタ)は呟いた。少女は足音の方向を向いた。その声を聴き間違えるはずは無い。それは少女が──アンクルが大好きな姉の声なのだから。

 

──おねえちゃん!

 

前にあった時はろくに話す事も出来ずに離脱してしまった姉を前にアンクルは声を上げた。…だがその声は届くことは無い。アンクルには話す事を許可されてないのだから。

 

『…今、あなたが何を私に伝えたいのかを知る術は残念ながら私は持ち合わせておりません』

 

アンクルは姉の言葉に落胆する。

 

『ですが安心なさい』

 

姉の声は優しく、何か確信を持って聞こえた。

 

『あなたを自由にするために私の(マスター)とその先輩、それにノミよりかは幾分マシな方々が動いて下さっています。ですのであなたは安心して…()()と戦いなさい』

 

姉は音も無くスカートから二つの漆黒の鎌を出した。アンクルは設定された状況に該当すると判断して戦闘態勢に入った。でもそれがひどく残念でならない。それはどう足掻いても自分が勝ち、姉を壊してしまうからだ。

 

『おや?なぜ悲しそうな顔をするのでしょう』

 

その声は本当に不思議そうだった。

 

『ああ、もしかして戦えば私を壊してしまうと思ったからでしょうか?だとしたらこう答えましょう』

 

姉は不敵に笑っていた。

 

『──姉より優れた妹など、存在しませんよ?』

 

アンクルは先んじて宣言を行う。

 

『定義宣言──』

 

だがそれを姉であるリューズは許さなかった。即座にアンクルに肉薄し、鎌を振るう。アンクルは、姉は同様に宣言を行うと予想していたが為に反応が刹那に遅れ途中で止められてしまう。大きく飛びのき距離を取るがリューズはそれを逃がさぬように進行方向に鎌を伸ばし、塞ぐ。アンクルは宣言を諦め空間から大剣を取り出し、振るった。アンクルが一撃でビルを倒壊させるような勢いで大剣を振るうとリューズは二つの鎌を器用に使い受け流すように逸らす。そんな攻撃の応酬が続くがスペックの差が徐々に表れ始める。リューズは次第に大剣を捌ききれなくなり紙一重で避けはじめる。

 

『ッ!』

 

そしてついに大剣の切っ先がリューズの左肩を掠めた。上に跳ね上がるように振るわれた大剣はその風圧で天井に大きな穴を開ける。あとは大剣を切り返し、振り下ろすだけ。体勢を崩されたリューズに避ける余裕はない。アンクルは決まりきった結末に失望しながらも振り下ろそうとするが、そこで姉が笑っている事に気付いた。

 

『アンクル、私は、()()と戦いなさい、と言いましたよ?』

 

月明かりが差し込み砂煙が舞う大穴に人影が写っていた。アンクルは上を見上げ人影を見る。

 

『定義宣言──』

 

それは静かで豊かな声だった。

 

『initial-Yシリーズ監督機〔寄り添うもの(マンダリン)〕イース』

 

それは自分たちと同じ起句を言った。

 

『固有機能──【位相変換(ワールド・ワープ)】……起動シークウェンス、開始します』

 

それは美しく奏でられた。

 

『──一方運動から全方運動へシフト開始』

 

それは自分たちと同じ…いや、それ以上の世界への冒涜を感じた。

 

駆動(クロノフック)──直径10メートル、全高30メートルの空間を現実世界から狭間世界へワープします』

 

その言葉に本能が危険信号を発し、即座に離れようとした。だがそれは間に合わない。

 

『───歪曲機動(トラベル・ストップ)───』

 

直後、アンクルとリューズは知覚することなくこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生命の気配のない全ての可能性が消え去った世界。無限に存在する平行世界の間に存在するそれは通常なら机上の空論でしかなく観測することは不可能な世界だ。規格外の能力を有するinitial-Yシリーズですらそれは例外ではない…筈だった。少なくともアンクルはそう思っていた。

 

 リューズとの戦闘中に突然現れた謎の自動人形(オートマタ)、それはアンクルにとって飛び切りの異常事態(イレギュラー)であり事前情報にもない不確定要素だった。

 

『さーてさて、ようこそ!何もなくて全てがある狭間の世界へ!』

 

つい先程まで空色の髪に夜空色の瞳は逆転し、瞳は澄み渡った空色に、髪は移り行く夜空を写していた。アンクルは明らかに先程までいた空間とは違うと直感しかつその変化を行ったのが目の前の所属不明の自動人形(オートマタ)であることを確信していた。

 

『ここが姉さんの言っていた狭間の世界ですか。確かに何もなく退屈過ぎて興味のそそられる事の無い世界ですね』

 

『私そこまで言ってないよ!?』

 

アンクルは不明な自動人形(オートマタ)の隣に立つ長女であるはずの壱番機(リューズ)が姉と呼称したことに疑問を浮かべた。

 

『お?もしかしてリューズちゃんが私の事を姉って呼んだことに不思議がってるのかな?』

 

なぜ分かったのか、アンクルには分からない。

 

『なに、簡単なことだよ。元々は私が壱番機として製造されてたの。だからリューズちゃんが私の事を姉と呼ぶのは必然なのさ!』

 

『…それでイース、これからどうするので?』

 

『姉呼びじゃ無くなった上に呼び捨て!?』

 

この自称‟姉”はシリアスというものを知らないのだろうか?アンクルはイースが固有機能を発動させていた時の神聖さが幻想だったのではないかと思い始めていた。

 

『…真面目にお願いします』

 

『はぁ、アンクルちゃんと仲良くなるためのウィットに富んだジョークなのに…ま、そだね』

 

ざわり、とイースの纏う空気が変わった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

悪寒、混乱、恐怖…そして死気。イースの放った言葉からアンクルはこれらの感覚を一斉に味わった。体は勝手に反応しその彼我の距離を100メートル以上に伸ばす。アンクルは敵脅威度を最大の【伍】…いや、【()】に設定しようとした。だがそれは自由意志を許されている時のみ出来る行動、アンクルは今ほど自分を縛っている仮面を恨んだことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も無い世界で私は必要のない呼吸が詰まる感覚を得た。全身の歯車が軋む、本能が今すぐに逃げろと叫ぶ。それほどまでに目の前の姉が…イースが怖くてたまらなかった。

 

『──なんで私が‟監督機”って呼ばれてると思う?』

 

その問いは唐突で、答える間もなかった。

 

『もし私がただの予定にない個体だとしたら別に‟番外機”でも‟零番機”でもよかったよね?』

 

それは前から気になっていた事だった。姉の持つ監督とは一体何のことなのだろうと。

 

『…私は妹達の全てを知っている。構成する歯車の個数から各個体に与えられた‟至上命題”の真意まで』

 

私が造られた時には既に機能停止をし、知り得るはずが無い情報を知っていると言った。

 

『だからこそ私は‟あの人”に妹達が正しい選択を出来るように任されたの。だから‟監督機”』

 

それは‟あの人”から伝えられていない情報だった。

 

『時に導き、時に叱責する』

 

姉さんの独白は続く。それに比例して姉さんから何かが減っていくのを感じた。すると向かいからアンクルが宣言を始めたのを聞いた。少しでも早く最強になれるようにという事だろう。

 

『定義宣言──initial-Yシリーズ肆番機〔撃滅するもの(トリーシュラ)〕アンクル』

 

『そして時に諫め、裁く』

 

独白は止まらない。

 

『固有機能──【万華香匣(パワー・リザーバー)】……変動シークウェンス、開始します』

 

『ここは檻、ここは処刑場』

 

そして、歪む。

 

()()定義宣言──initial-Yシリーズ監督機〔破滅させるもの(アバドン)〕イース』

 

私は瞠目した。今、姉さんは二つ目の至上命題を口にしたのだ。

 

『──敵脅威度、種別(カテゴリ)【伍】──階差テン輪、第十二番へシフト開始』

 

アンクルの言った言葉は出力するエネルギーの総量を言う。今の宣言では最高ランクを開放すると宣言した。だが…足りないだろう。

 

『──中枢回路より感情領域を遮断、幻転回路に接続』

 

直後あらゆる場所から無数の歯車が空間を覆いつくさんばかりに現れ、一つの機構を構成する。それは大支柱(コア・タワー)を構成する歯車よりも多いだろう。

 

駆動(クロノフック)──永久運動機関(パーペチュアル・ギア)より架空出力、現出します』

 

『執行対象、肆番機アンクルと認定──第四武装を展開、活動時間を制定』

 

姉さんはその姿を再び変えた。夜空の髪は更に黒く、奈落を思わせる色に。空色の瞳はすべてを返す鏡のような銀色に。その衣服は昏く、純粋無垢を反転させる。スピアは四つに分かれ命をより容易く貫く形に。無数にある歯車から二つが姉さんの背後に移動しゆっくりと回転し、震わす。左手には歯車に縛られた砂時計が浮かぶ。頭には死を告げる天使の如く輪が現れる。心臓部から赤い紋様が浮かび、体を侵食するように広がる。今やそこに私の知る姉さんはいない。今そこにいるのは…私達姉妹を狩る、死神そのものだ。

 

『───絶対機動(ブラッディ・マーダー)───』

 

『執行、開始』

 

直後、最強と死神が激突した。




一時間後に下を投稿しますよ。


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破滅させるもの 下

本日二話目!
そしてなんと!この度は新上なお様に再びイースを描いていただきました!もう物書きとしては光栄の極みですね!本当にありがとうございます!


 それは人には認知が出来ない速度で起きていた。無数に等しい剣戟の如く火花が散る。その事にアンクルは恐怖を覚える。造られてこのかた、自身とまともに攻撃をぶつけ合うという行為が出来る存在は無くいつも一方的に自身が相手を屠るばかりだったからだ。そして鳴りやむ事の無い警鐘。それが僅か3秒後、正しいという事を知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一分、それが姉妹を狩る為に私が一切の感情を切り捨てて行動できる活動限界だ。それを過ぎれば問答無用で活動は停止し強制的に元の世界へと戻される。そもそもこの機能は使いたくはなかった。誰が好き好んで愛しい姉妹を壊そうとするというのか。だけど私は今この場限りその選択を選ぶ。それが他ならないこの世で最も大切な愛する人のためになるから。一秒が一時間以上に延ばされた世界で私は目の前のアンクル(ガラクタ)を屠る為に攻撃を仕掛け、準備を整える。

 

 

 

 

 

 

残り活動時間55秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然死の気配が強くなった。わたしは振るわれたスピアを弾くことなく避けた。すると背後にあったビルの柱が粉塵となり消失した。

 

『ッ!』

 

ついさっきまで打ち合いが出来ていたこのスピアは突如防御不可能な絶対の槍と化したのだ。即座に解析をして悪態を吐きたくなる。原理は共振破砕砲(レゾナンス・カノン)と同じだ。だがその密度と精度が桁違いに高い。四つに分岐した穂先がそれぞれ異なる周期で振動し常に対象を分子レベルにまで破砕する槍を作り出している。さらに厄介なのがその刀身が見えないことだ。誰が物質ではなく現象を見ることが出来ようか。少なくともその大きさは先程の粉となった柱を見るに10メートル以上、だが触れるだけで粉と化す不可視の槍だ、もっと小さいのかもしれないしデカいかもしれない。更に言えば──

 

『ッ!?』

 

こんな風に大きさを変えられるのかもしれない。と言うより変えられるようだ。わたしは自身の膨大なエネルギーに物を言わせて飛びのき空間から共振破砕砲を取り出す。即座に充填、発射する。だがそれも逆位相の振動で相殺された。一歩ずつ、着実に死が迫ってきている。

 

 

 

 

 

 

 

残り活動時間45秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武装の展開は完全に終了、能力の展開準備に入る。必要想定時間10秒。蝗の羽(スピア)の振動を強くしその大きさを100メートルに伸ばし横凪ぎに振るう。地下の空間はごっそりと消失し風通しが良くなる。だが対象(アンクル)は高く跳躍し避けた後、()()()()()()私に急接近する。スピアは大きく振り被ったばかりなので戻して迎撃するには0.02秒足りない。私は攻撃範囲を観測し、最小限の動作で避けようとするが直後範囲が急激に広がる。対象(アンクル)の基本能力の空間操作と判断。接触すれば身体の30%を喪失すると予想。私は蝗の羽(スピア)を意図的に爆散させ対象(アンクル)の位置をずらす。これにより喪失部分は5%まで減少。私はその場から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

残り活動時間42秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃は避けられたけど撤退させることに成功。これは大きな成果であり勝機にもなった。少なくともわたしの攻撃は脅威として判断されている。ならば逃げ道を失くした後不可避の一撃を与えよう。わたしはいつも通り狩りをする為に行動を起こした。ひたすらに空間を捻じ曲げ壁を作る。行動範囲を極限まで狭める。だがそう上手くいく筈も無く迎撃される。超高速のスピアが捻じ曲がった空間の隙間を正確に射貫く。触れた鉤爪の一部が消失する。腕そのものが消えなかったのは僥倖だ。わたしは引き続き追い詰めていく。…そう思いたい。

 

 

 

 

 

 

残り活動時間36秒

 

 

 

 

 

 

 

 対象(アンクル)が空間操作を多用。行動範囲が著しく減少。現状のままだと空間により圧壊することが想定される。演算…これより行動機能を0.5秒停止、能力の使用可能時間を早めることを決定。私はその機能を停止させた。

 

 

 

 

 

 

 

残り活動時間35.5秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然相手が動きを止めた。フェイクの可能性を考えるがどうやら完全に止まっているようだ。理由は分からない、だがまたとない好機だ。わたしは欠けた鉤爪を振るい敵の周囲50メートルを歪め囲う。これで万が一の逃げ場はない。わたしは持てる力の全てで敵を壊──

 

『エネルギー充填完了。対肆番機固有能力【空間跳躍】使用可能──』

 

──すことは出来なかった。逃げ場が無い筈の空間で敵は一瞬で姿を消した。そして誰もいないはずの背後から死の一撃が迫ってきた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

残り活動時間34秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対象(アンクル)攻撃範囲から離脱成功。蝗の羽(スピア)により攻撃再開。対象(アンクル)の背後を捉えるも空間を捻じ曲げたことによる盾を使い威力を相殺される。外部機構〔奈落の双叉〕よりエネルギーを供給、即時空間跳躍を行い彼我の距離をゼロにまで詰める。右腕を掴み投擲、態勢は大きく崩れ、頼みの右腕は使えない状態にした。私は対象(アンクル)を破壊すべく蝗の羽(スピア)を突き穿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投げ飛ばされた。もうわたしは体勢を立て直す余裕も気力も無くしていた。あれはわたしが勝てる相手じゃなかったのだ。空間を操作していくら破壊の渦を作り出したとしても空間そのものを跳ばれては意味がない。何よりもあの能力を観測してから0.01%あった勝率が明確にゼロになった。勝ち目は無い。

 

──…ああ、終わるんだ

 

遠くで死神が槍を振るうのが見えた。約50メートルの距離があるけどあの死神にとってそんなものは誤差だろう。穂先は真っ直ぐにわたしを向いている。きっとあと数瞬でわたしは機能を完全に破壊…無にされる。なにも残せず、楽しい事が何もなく終わる。自分は壊されることを願っていた筈なのに、何故だろう。

 

──嫌だよう…

 

わたしは死ぬのが嫌だった。だって、何も楽しい事が無かったのだから。この造られた心が満たされずに逝くのは嫌だった。

 

 だけどどうする事も出来ない。わたしの万策は尽きた。あらゆる武装は意味をなさず、兵器としての存在意義を失ったわたしにはもう、何もない。ふと、遠くにお姉ちゃんが見えた。…あは、初めて見たよ。そんなに焦った顔。お姉ちゃんもそんな顔するんだね。話す事は出来なかったけど、最期に会えて、嬉しかったよ。

 

──さよなら…

 

わたしの意識は暗闇に吞まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は焦っていた。姉さんが姿を変えてからの戦闘は最弱である私には観測するのが難しくて断片的にしか情報は得られなかった。それでも姉さんが終始最強のアンクルを追い詰めていたのは分かった。だがそれがあまりにも作業的で…機械的で恐ろしかった。姉さんは私よりも人間らしく感情が豊かだった。なのにあの姉さんの感情が一切感じられなくて、妹を壊すことになんの違和感も持っていないように思えた。時間にすれば30秒に満たない時間は余りに長く、私の心胆を冷やした。アンクルが死んでしまうのではないかと、本当にそう思ったのだ。そしてついに姉さんがアンクルを壊す最後の一手を打とうとした。私は恐怖を抑え込み固有機能を使うのも忘れて姉さんに攻撃をしようと動き始めて…

 

──空間が爆ぜた

 

それは突然で私は硬直してしまった。爆発したのは遥か先、アンクルのいた場所だった。

 

『──アンクル!!』

 

私は今現在出せる最高速度でアンクルの下に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 アンクルは道路に倒れ伏していた。慌てて抱える。すぐに機関部に耳を当て稼働しているかを確かめる。

 

カチ、コチ、カチ、コチ…

 

動いている。それも正常にだ。あの爆発では無事では済まないはずなのに…すると背筋に悪寒が走った。ゆっくりと振り返るとそこには死神()が居た。

 

『…アンクルにはもう交戦する意思は無い筈です。これ以上はいくらあなたでも許しません』

 

込み上がる恐怖心を抑え込み自分の意志を伝える。かつてここまで緊張したことがあっただろうか、…造られてこのかた無いだろう。姉さんがその無機質な目をアンクルに向けていると…

 

ピシッ…

 

『え?』

 

アンクルの仮面にヒビが入りやがて粉となり砕けた。

 

『これは…』

 

『──目標の破壊を確認、活動限界時間に到達。全能力を解除します』

 

姉さんが感情の無い声音で言う。直後、目の前の世界が歪み私の意識は空白に吞まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギギッ…と体が軋む。急速に自分に感情が戻ってくる。ああ…最悪な気分だ。いくら妹を救うためとはいえ〔破滅させるもの(アバドン)〕は本当にキツイ。できれば一生使いたくはなかった。

 

『ここは…』

 

『元の世界だよ』

 

…やっぱりそういう反応をするよね。今のリューズちゃん、すごく怯えた顔をしてるよ。

 

『…安心して、もういつも通りの私だから』

 

『姉さん、いくらアンクルと戦うためとはいえ、あそこまでする必要があったのですか?私にはあなたがアンクルを壊しに掛かってるようにしか見えませんでしたが?』

 

『…まず言っておくね、確かにあの時の私はアンクルちゃんを壊しに行ってたよ』

 

『なぜ…!』

 

『──俗物に操られる妹という要素を殺すためにね』

 

『…どういう意味ですか?』

 

『あの状態─〔破滅させるもの(アバドン)〕にはある条件があるの。妹達がもつ至上命題が侵されていると私が判断した時のみ使える。あの状態のアンクルちゃんは間違いなくそれを侵されていた。だからこその救済措置なんだよ』

 

『あれが救済措置?正気ですか?』

 

『正気だよ。破滅させるもの(アバドン)は狂った妹達を助けるためにそれ以上に自分が狂う為の機構なんだからね』

 

『…ですが、』

 

『やり過ぎというのは認めるよ。でもアンクルちゃんの外傷は微々たるもの、内部機構は一切傷つけてないし停止も起こさせてない。そこの調整はちゃんとしたから大丈夫。私達に協力してもらえるようにエネルギー消費も抑えさせたしね』

 

『いえ…エネルギーは大分消費してるように見えますが…』

 

『見かけはね。永久運動機関(パーペチュアル・ギア)は私との戦闘状態のままだからすぐに充填されるよ』

 

最後の爆発はそこを誤認させるために起こしたんだしね。気絶してても戦闘中と誤認しておけばエネルギーは高速で生成される。ハヅキ達と合流するころには問題無く空間操作は出来るはず。ほんと、大変だったよ。

 

『…あれは、いったい何なのですか?』

 

『正式なinitial-Yシリーズに対する防御機構のようなものだよ。姉妹一人に対して完封できるまでの武装と能力を扱う為の処刑機械、世界を破滅に導く五番目の試練を司る奈落の主を冠した最低最悪のね。…できれば使いたくは無かったんだけどね、アンクルちゃんとまともに戦うとなるとアレに頼るしかなかったんだ』

 

『使いたくなかったのであれば私も使えばよかったのでは?そうすれば少なくとも…』

 

『‟人間”をベースに設計された私達が‟兵器”に勝てるとでも?今回は失敗は出来なかったんだよ?勝率3割に満たない状況を10割にするにはあれしかなかったの』

 

『ですが!』

 

『リューズちゃん』

 

リューズちゃんはとても悲しそうな顔をした。きっとこの顔は姉である私にしか見せないだろう。全く、優しい子になったものだよ。

 

『私はね、妹が無事にその使命を全うできるように見守ることが使命なの。間違っていれば正し、挫けそうなら支える。生涯にたった一人のマスターと妹に寄り添う。それが私なんだよ』

 

あの人は何を思って私を造ったのか、それは分からない。それでも、私は自分が正しいと思ったことをやり遂げる。たとえ、それが身を亡ぼすことになるとしてもね。

 

『さ、皆の所に行こう。アンクルちゃんは背負ってくれる?実は血がもうギリギリで動くのも精一杯なんだよね』

 

『…分かりました』

 

『よし、じゃあ『姉さん』ん?なに?』

 

『…私は、あなたが怖いです』

 

『……』

 

『ですが私にとって唯一の姉でもあります。ですからお願いします。…無茶は止めてください』

 

先に行きますよ、そう言ってリューズちゃんはビルの間を駆けて行った。

 

『…ほんと、優しい子になったよ』

 

私は妹の成長に心が少し、救われた気がした。

 

『あ、ハヅキへの口止め忘れてた!リューズちゃん待って!』

 

私は悠々と進む妹を必死に追いかけたのだった。





【挿絵表示】


実はもう一枚あったりして。私のイメージとピッタリ同じなんで本当に驚きましたよ。もうメッカの如く拝ませていただきます!


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‟わたしは何者か”

お待たせしてほんと申し訳ありません!色々と原作と変えていった結果納得できるものが上がらずに随分とリテイクを繰り返してしまいました!その分読み応えのあるものになっている筈ですのでそれでご容赦を…


 俺とナオト、それにマリーちゃんとハルタ―さんは事前に決めていた集合地点に集まっていた。時折、ズズン、と言う音が底部から聞こえる。それは恐らく区画(グリッド)・秋葉原とその周辺の軍の部隊があのデカブツと戦闘している音だろう。てかそうだ。一方で注視していたイース達の方だが途中で一切の振動が消えた。とんでもなく強い圧力を感じたので恐らく固有機能を使ったのだろう。一分に満たない短い時間だったが…まぁ、なんだ?妙に例のアンクルがボロボロの様な感じがするのだが…

 

「先輩…今、リューズ達がこっちに向かってますよね?」

 

「ああ、来てるな」

 

「…アンクル、ボロボロじゃないすか?」

 

「…専門知識に乏しい俺達だから何とも言えないが、そうだな」

 

「…アンクルってinitial-Yシリーズ最強なんすよね?」

 

「イースとリューズちゃんが言うにはそうだな」

 

「…俺達が知らない一分で何があったんすか?」

 

「知らねぇよ…」

 

俺が知りたいくらいだよ…この後アンクルには一仕事があるんだぞ?最悪計画変更だ。まぁ第一はイースとリューズちゃんの安全だけどよ。

 

「マリーちゃん、あと少しでイース達が到着する。把握できる限りどうやらアンクルはそこそこやられてるみたいだからすぐに直せる準備をしといてくれ」

 

「分かりました」

 

マリーちゃんの表情は硬い。直せるか不安なのか?

 

「…マリーちゃんなら直せるぞ」

 

「え?あ、違います。そっちは一切心配してません」

 

「そ、そうか…」

 

如何すれば自分の技術にそこまでの自信が持てるのだろうか…

 

「じゃあなんでそんなに表情が硬い?」

 

「それは…」

 

そこでマリーちゃんはちらりとナオトを見た。ナオトはナオトでアンクルを心配してか変な踊りをしている。そこで俺はふと、マリーちゃんがナオトを見た意味を理解した。俺は懐から紙を取り出しペンでさらさらと要件を書く。書いた紙をマリーちゃんに見せる。するとマリーちゃんはこくりと頷いた。なるほどねぇ…

 

「なぁマリーちゃん」

 

「はい?」

 

「マリーちゃんにとって自動人形(オートマタ)ってなんだ?」

 

「?それは…」

 

そこでマリーちゃんは口に拳を添えて考え込んでしまった。これはあれか、今まで深く考えて無かったことに焦点が行って思考の迷宮に入ったな?

 

「…深く考えすぎだ」

 

「え?」

 

「よし、二極論でいこう。第一問、マリーちゃんは自分の特技が好きか?」

 

「それはもちろん。まぁ好きと言うより誇りを持っているですね」

 

「なるほど。じゃあ第二問、initial-Yシリーズは好き?嫌い?」

 

「それは…」

 

マリーちゃんは言葉を詰まらせてしまった。しばらく考え、口を開く。

 

「…学術的には興味深いです」

 

「俺が聞いたのは好きか嫌いかだよ」

 

「…好きです」

 

ものすっごい渋い顔で言った。大方リューズちゃんの毒舌を思い出しているのだろう。

 

「イースから聞いた限りだとアンクルという自動人形(オートマタ)は見た目も精神年齢も幼いそうだ。いいか?‟人”として幼いんだよ」

 

「…?あの、余計意味が…」

 

「要は一人の人間として考えろって事。来たよ」

 

まだ混乱しているようだけど次の案件が来てしまったのでカット省略。集合地点にはアンクルを背負ったリューズちゃんがまず到着して少し遅れてイースが到着した。

 

『ナオト様、ただいま戻りました』

 

「おかえりリューズ!損傷は無い!?アンクルは無事!?」

 

『はいはい落ち着いて、マリーちゃーん、簡単な整備おねがーい。機関部その他重要な部分は無事なはずだからすぐに終わるはずだよ』

 

「分かったわ」

 

リューズちゃんがアンクルをゆっくりと降ろして服の背面を開いた。人工皮膚が開かれ芸術の如しの内部が見える。マリーちゃんは素早く重要な部分から点検していき、やがて終えたのかその人工皮膚を閉じて一言。

 

「あ、頭痛い…」

 

まぁ、うん…大方物理法則無視の機構を見て不条理を嘆いているのだろう。

 

「もう言いたいことは五万とあるけど、とりあえず問題は無かったわ」

 

「良かった…」

 

『本当に良かったです。ですが安心はできません、マリー様が直したとなると何かしらの異常がある可能性が…』

 

「喧嘩売ってるってことは充分に分かったけど今は買う気力もないわ…」

 

盛大な溜息をマリーちゃんが吐いた時、アンクルから駆動音が聞こえた。ゆっくりと目が開く。

 

「っ…」

 

…どうやってもつい数分前までは俺達にとって最大級の脅威だったアンクルには身構えてしまう。だがそれは次の瞬間、霧散してしまった。アンクルはナオトと隣に居たマリーちゃんを見てハッキリと言った。

 

『…おはよう、おとうさん、おかあさん』

 

『『「「「「…はい?」」」」』』

 

…どうやら、ナオトとマリーちゃんは子持ちになったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…マリー様、アンクルに何という事を…』

 

「ちょ!?私のせいだって言うの!?」

 

「それ以外なんだって言うんだよ!?変なとこ弄ったんだろ!?」

 

「弄ってないわよ!?あんたの耳を誤魔化せる自信は非常に残念ながら無いわ!?」

 

ギャアギャアとナオトとマリーちゃんが喚いているがアンクルはきょとんとした顔で首を傾げていた。俺はハルタ―さんと唖然としていたがやがて再起動をする。

 

「あーと…これって認証機能の異常すかね?」

 

「いや…どうなんだろうな、もしかしたら最初に見た存在をそう認識するように設定されているのかもしれないぞ?」

 

「鳥の刷り込み(インプリンティング)じゃないんすから…イース、何か知ってるか、ってあれ?」

 

俺はイースに意見を求めようとしたがイースは近くにいなかった。どこに行ったのか探すとアンクルの視界から絶妙に隠れられるような場所にいた。俺はイースに近づいていった。

 

「何やってんだ?」

 

『あー、うー…ちょっとね…アンクルちゃんを止めるときに少しやらかしまして…』

 

「はぁ…?」

 

確かに一時期俺とナオトの索敵反応から消えたけど何があったのだろうか?イースの反応を見る限り罪悪感で一杯って言ったところか?それに俺にも詳しくは言いたくはなさそうだ。

 

「まぁ言いにくそうだから詳しく聞かないけど…あのアンクルの反応は何かの異常か?」

 

『いや、違うと思うよ。多分だけど…重ねてるんじゃないかな?』

 

「重ねてる?」

 

『うん。‟あの人”達と』

 

‟あの人”?

 

「それって…」

 

「ハヅキさーん!ちょっとこのバカどうにかしてください!」

 

俺が聞き返そうとした時、お呼びが掛かってしまった。

 

「っと、詳しく聞きたいが後だな。行くぞ」

 

『え、ちょ!まっ…』

 

ぐずるイースを無理やり引っ張って連れて行く。元の場所に戻ると何やら必死にナオトがアンクルへと説明をしていた。

 

「──というわけで俺の嫁はリューズ一択なわけ、な?センス良いだろ?だからね?俺をお父さんと呼ぶのは良いけどこっちの地雷女はお母さんって呼んじゃだめだよ?非常に心外なことに夫婦って事になっちゃうからね?」

 

『…?おとうさんって呼んじゃダメなの?』

 

「ううん、いいんだよ?お父さんそう呼ばれてゾクゾクしちゃったから」

 

「「うわぁ…」」

 

俺とマリーちゃんの声が重なる。

 

『……?』

 

アンクルはナオトの説明を聞いて何がいけないのかよく分からなかったのか首を傾げる。するとふいに立ち上がりマリーちゃんの下に駆け寄り抱き着いた。

 

「ああ!ずるいぞマリー!そこ変われ!」

 

「うっさい!近寄るんじゃないわよ変態!」

 

マリーちゃんの足技がナオトを直撃する。ナオトの悶絶姿を見ながらリューズちゃんが言葉を発する。

 

『ナオト様、その機械への愛情は変態的な美徳ではありますが厳しくするときは厳しくしませんと…』

 

「お前さんら、今の状況理解してんのか…?」

 

ハルタ―さん、ごもっともです。

 

「あー、アンクル?少しいいか?」

 

『ヒッ!?』

 

アンクルはマリーちゃんの後ろに隠れ、俺は思いっきり怖がられた。え?なんで俺そんなに怖がられてんの?と思ったらアンクルの視線は俺の背後に向かっていた。

 

『……』

 

視線の先にはイースがいる。これはよっぽどだな。

 

『…大丈夫ですよアンクル』

 

するとリューズちゃんが聞いたことないような優しい声音で言った。

 

『あそこにいるのは私の姉です。あなたに危害を加えることはありません』

 

『おねえちゃんの、おねえちゃん?』

 

『ええ、そうです。姉さん、自己紹介を』

 

リューズちゃんに促されてイースは恐る恐ると言う風に前に出る。アンクルはマリーちゃんの服を強く握り締め顔半分を残す形で隠れる。イースは何度か口ごもったがやがて決意を固めたのかアンクルを直視する。

 

『…初めましてかな?あなたの姉になるinitial-Yシリーズ監督機、イースです』

 

アンクルはなお隠れている。

 

『…アンクル、あなたを助けてくれた方ですよ?確かに少々…いえ、非常にやり過ぎた感がありましたが』

 

イース、マジで何した。

 

『──あなたを助けるために自らの心を殺してまで動いてくれた方です。ほら、言う事があるでしょう?』

 

…こうしてみるとちゃんと‟姉”してるんだな、リューズちゃん。アンクルはおずおずと顔を出しては引っ込めるを繰り返し、やがて伏し目がちにイースを見てポツリと言った。

 

『…initial-Yシリーズ肆番機、アンクルです。あの…助けてくれて、ありがとうございました』

 

…ま、これから長い付き合いになるんだから今はこれでも大丈夫だろ。本当ならもう少し時間を上げたいがそうも言ってられない。

 

「流れをぶった切るようで悪い。アンクル、いいか?」

 

『…おにいさん、だれ?』

 

「俺はハヅキ、イースのマスターで恋人だ。でだ、アンクル、君にはすまないけどマスター登録をして欲しいんだ」

 

『おにいさんはわたしのマスターになりたいの』

 

「いや、俺じゃなくて「はいはいチョーなりたいです!」…ナオト」

 

俺は顔を引き攣らせてナオトを見る。あとでシバくの確定。

 

『…うん、わかった』

 

アンクルはマリーちゃんから離れた。その途端、アンクルから一切の表情が消えた。

 

「ッ…!」

 

──これだ、これがまだ俺から警戒を解かせない原因だ

 

「…イース、これが?」

 

『…そう、これがアンクルちゃんのマスター認証だよ』

 

 

 

『マスター認証条件確認──設問、〔わたしは何者か〕』

 

 

 

「…よし、リューズちゃん!」

 

『──了解しました』

 

「え?なに…モガッ!?」

 

俺の合図と共にリューズちゃんがナオトの口を塞いだ。

 

「モガ!?モガガガ!?(訳:ちょ!?リューズ!?)」

 

『申し訳ありませんナオト様。今この時ばかりはお許しを』

 

「モガーーー!?(訳:えーーー!?)」

 

ナオトが状況が読めずに目を白黒させる。すまん、許せ。

 

「さて、頼んだよ」

 

「…はい」

 

そうして歩み出たのはマリーちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は感情と言うものが一切抜け落ちたアンクルの前に立った。始まりはハヅキさん達と合流した時の京都だった。私の前に出された紙切れ、それは耳が異常に良いナオト対策のものだった。私に渡された紙にはこう書いてあった。

 

[アンクルのマスターになってくれ]

 

最初から興味が無かったと言えば噓になる。これでも時計技師の端くれだ、いつかはその全てを解き明かして自分の技術として吸収したいと思っていた。

 

…だけど、それは余りにも高い壁だった。脳を拒否し、常識を破り捨て、物理法則に真っ向から喧嘩を売るような技術のカタマリ。それを理解しようなど私には百年経とうが不可能だと思った。そしてそれを行う気も失せてしまった。時に怒り、時に笑い、人と同じように感情を…心を持つような存在をただの自動人形(オートマタ)と割り切ることが出来なかった。もしこれがリューズだけだったらまだ怒り任せに割り切れたかもしれない。だけど彼女、イースのせいでそれも出来なくなった。あの短い学校生活の中で彼女と幾度と無く接した。学校そのものはくだらないものだったがそれでもあの短い期間で私が飽きずに済んだのは彼女のおかげだろう。私は全然違う筈なのにイースに私の親友である()()を重ねてしまう事もあった。そう、人間と同列に扱ったのだ。いくら彼女が意味不明な技術の結晶であっても、私はもう前の価値観に戻ることは出来ない。

 

──…ああ、なんだ。そういう事か

 

ふと、ストンと私の中に落ちてきたものがあった。あの紙を受け取ってから私の中で引っかかっていたものだ。これはあの二人と同じところに進む事になる。

 

「はぁ、まだまともな人でいたかったんだけどなぁ」

 

「なんかひどい暴言を聞いた気がするぞ」

 

「モガッ(訳:同じく)」

 

──…上等、今の視点から見えないってんなら上にも下にも行ってやるわよ!

 

私はしゃがんでアンクルと目の高さを同じにする。相変わらず無機質で感情の無い目だ。だが、それがどうした!

 

『…設問、〔わたしは何者か〕』

 

アンクル、私はあなたを()として理解してみせるわ!

 

「あなたは一人の女の子よ、アンクル」

 

カチリ、と何かがはまるような音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イースから事前にどんなマスター認証なのか聞いていた。それについての答えはすぐに分かったし、ナオトもすぐに気付いただろう。だが俺はあえてマリーちゃんにアンクルを任せたかった。これから先テロリストとして俺達は扱われる。その時にinitial-Yシリーズがそばにいるいないでは雲泥の差がある。決してハルタ―さんを軽視している訳ではない。だが事実としてその性能はずば抜けていい。何より、マリーちゃんは俺達の中で一番成長が出来るだろう存在だ、そこに精神的にも未熟である()()()()()()()をそばに置けば互いに良い成長が出来るのではないかと思ったのだ。

 

「モガガ…プハッ!ちょちょちょ先輩!どういう事っすか!!」

 

「あん?」

 

「なんでマリーにアンクルちゃんをマスター登録させたんすか!Why!?」

 

「なんでって…お前にはもうリューズちゃんがいるだろ?何浮気しようとしてんだよ」

 

「いやいやいや!お父さんとしてでしょ!?俺そうアンクルちゃんに言われてたじゃないすか!?」

 

「それを言うならマリーちゃんはお母さんって呼ばれてたぞ?」

 

「むぐ!?」

 

すごい渋面をしてるな。

 

「で、でも!マリーなんかに任せたらとんでもない地雷女になっちゃいますって!」

 

「お前に任せるよかマシだと思うが?」

 

「──ちょっとハヅキさん?その言い方じゃあ私とそこのバカがほぼ同列に聞こえちゃうんですが?」

 

「ああ!?俺とお前が同列なわけないだろこの泥棒地雷原女!!」

 

「ほほほ、確かに私とあんたが同じな訳無いわよねナオトくん?低脳なあんたが私に勝とうなんて100年経ってもあり無いわ」

 

「んだとぉ!?」

 

「なによ!?」

 

「…ガキかお前ら」

 

「ハルタ―さん、俺らまだ高校生です」

 

「ああ…そういやそうだったな」

 

いやまぁ気持ちは分かりますけどね?

 

「さて、とにもかくにも条件は揃った。さっさとあのデカブツを地に沈めましょう」

 

俺はアンクルちゃんのもとに向かって歩き、止まった。

 

「…イース、どういうことだ?」

 

「ハヅキさん?」「先輩?」

 

俺の硬い語気に二人の口喧嘩が止まった。だが俺は気にも留めずにイースを見る。その目は鏡の様に俺を映すのみだ。

 

「…なんで、アンクルが元に戻ってない?」

 

「え…」

 

マリーちゃんがアンクルちゃんを覗き込む。

 

「あ、アンクル…?」

 

『──命令をどうぞ』




明日の10時にもう一話上げます!


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停止

この話でいったんクロプラは更新停止します。次はクロプラのアニメ放送中になりますかね?まぁもう一作の進み具合によりますのであしからず…


 マスター認証からアンクルちゃん…いや、アンクルはその人格を戻すことは無かった。変わらずの無機質な瞳のままだった。そう、アンクルの‟兵器”としての本来の姿だ。

 

「イース、説明しろ。俺はお前からマスター認証についての事しか聞いてないぞ。これはどういうことだ?」

 

『…何度も言ってたはずだよ?initial-Yシリーズ肆番機〔撃滅するもの(トリーシュラ)〕アンクルは‟兵器”として設計されたって』

 

「…‟兵器に”意思はいらないって事かよ」

 

ギシリ、と空気が軋む気配が場を支配する。ハヅキが本気で怒っている。その怒りはこの場の誰でもなく遥か過去の‟あの人”に向いている様に感じた。

 

「俺は、‟兵器”を手に入れたくてこの騒動を起こしたわけじゃねぇんだぞ…!」

 

──優しいなぁ…

 

私は場にそぐわない、嬉しい気持ちを持った。私達はどこまで行っても無機質な機械であることに変わりはない。だけどハヅキやナオト君、そしてマリーちゃんは私達を‟人”として扱ってくれる。私はリューズちゃんを見た。薄い表情だけど、そこには確かに姉としての‟願望”が見える。

 

──お願い、‟兵器”として生まれてしまったアンクルちゃんを、‟人”にしてあげて…!

 

 

 

 

 

 

 

 

心の底から腹立たしい。仲間になった直後にその力を行使させようとした俺が言えた筋合いじゃないかもしれない、だがそれでも‟ただの女の子”にすることじゃない。ハッキリと言えば今すぐにでもこんなクソみたいな設定をした‟Y”をぶん殴りたいがそれは叶わない。だから俺は言った。

 

「…君が決めろ、マリーちゃん」

 

アンクルのマスターであるマリーちゃんに俺は任せた。何もできない俺は誰かに託す事しか出来ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハヅキさんからまるで突き放すように言われた言葉に私は凍り付いた思考を溶かした。確かに人として接してやると誓った矢先にアンクルはその人間性を一切放棄したのだ。とんだ裏切りだ。

 

「なぁリューズ、これってマリーが選択を間違えたとかじゃねぇのか?」

 

『いえ、マリー様は正解を導き出しています。姉さんが言っていたようにアンクルは‟兵器”です。ですのでそこに自由意志は必要ありません』

 

「ふざけ『お言葉ですが』…!」

 

『ナオト様、ハヅキ様、そしてマリー様。お忘れでありませんか?私達は人ではなく自動人形(オートマタ)です』

 

リューズの冷然とした言葉に私はどこか納得していた。たとえどんなに人に姿を似せてもその体は無数の歯車によって構成されている。どんなに足掻こうとそこには越えられない壁が隔てられているのだ。

 

「だからって…」

 

『私はナオト様とハヅキ様、ついでにマリー様なら()()()()()()()()()()()と思っております』

 

技師としての私はその言葉に自信を持って頷ける。最適なタイミング、最適な出力、最適な攻撃優先順位を指示できるだろう。万一違えたとしても元軍人のハルタ―がいる。盤石だ。でも…だけど…私はそれが心底──

 

「「気に入らない…!」」

 

呻くように絞り出された声はナオトと被った。私はついナオトを見る。浮かんでいる表情は憮然。きっと私も同じ表情をしているだろう。

 

「ものすごく腹が立つわ」

 

「兵器だからって意志を持つな?ふざけんな!」

 

「あくまで‟設計目的(コンセプト)”が兵器であるだけ、それ以外はれっきとした淑女(レディー)よ!」

 

「どう見たってかわいい女の子だろ!異論反論抗議口答えその他一切受け付けねぇ!」

 

くるりと私とナオトは向き合った。

 

「あらナオト奇遇ね、同じ意見だわ」

 

「まったくだな、一生に一回あるかないかだろこんな事」

 

私はリューズに首を向けて質問をする。

 

「リューズ、私の命令はアンクルにとって絶対なのよね?」

 

『…はい、マスター登録されているマリー様の命令は絶対です』

 

「OKよ。だったら…命令よ、アンクル」

 

『はい──命令をどうぞ』

 

私はアンクルの無機質な目を真正面から見据えて言う。

 

「──女の子になりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‟兵器”は自分のマスターである少女の命令の意図が理解できなかった。

 

『───エラー、命令の意図が不明です、詳細を要求します』

 

「そのまんまよ。女の子として、やりたいことをしなさい」

 

『はい───当機はアンクルとしての機能を全うします』

 

「あーーもう!!違うわよ!!」

 

少女はガシガシと頭を掻きむしった。すると少女の隣に居た敵性反応の無い少年が言った。

 

「あのね、アンクルちゃんがしたい事をすればいいんだよ?」

 

その言葉に‟兵器”は更にエラーを起こした。

 

『ナオト様、今のアンクルに自由意志はありませんよ?』

 

「ある」

 

『…根拠はおありで?』

 

「あの仮面だ。あの仮面がある間アンクルちゃんからはずっと異音がしていたんだ。そして今もしてる」

 

「でしょうね。ひっっっじょうに頭が疲れるけどよく考えれば分かることだわ」

 

『どういう事でしょうか』

 

「もしアンクルが仮面をしていた時から自由意志が無いとすれば私達はとっくの昔に死んでいるからよ。アンクルほどのオーバーテクノロジーの集合体が私達の行動パターンを読み切れずにみすみす見逃すはずが無い。これは第一級時計技師(マイスター)の視点から断言できるわ」

 

「つー訳でアンクルちゃんには自由意志がある!証明終了!」

 

「だからアンクル、あなたにもわかりやすく言ってあげる。今すぐに自由意志の情報開示をしなさい」

 

分からない。

 

『はい───、詳細を確認、それは自己判断で行動せよ、という事でしょうか?』

 

「あなたがしたい事をしなさい」

 

『はい───、それは全ての機能制限(リミッター)を解除せよとの事でしょうか?』

 

「まぁそうなるかな?」

 

分からない。

 

『感情制御回路の開放、自由思考ルーチンの解凍、意見提唱の許可という事で───』

 

分からない分からない分からない分からない分からない─────……

 

「ありとあらゆる自由行動思考の許可よ!あなた(アンクル)のしたい事をしなさい!」

 

分からない────────────────────────────────────────────────いい、の?

 

 

 

 

 

『……なんでも、いい、の?』

 

「当然よ」「もちろん」

 

ゆらゆらと視界が揺れる。

 

『……本当、に?』

 

「ええ」「当たり前だろ?」

 

『──…許可が、欲しい』

 

「「え?」」

 

『泣いていいって、許可が、欲しい』

 

依然とエラーは発生している。でも、それでも流れ出る()()は止まらなかった。

 

「…ええ、許可するわ」

 

途端、目から涙が零れだす。表情機構が不能を起こす。

 

『もっと、許可、欲しい…』

 

「なんでも言いなさい」

 

ゆるゆると手を伸ばした。

 

『触っても、いい…?』

 

「いいわよ」

 

マスターが……おかあさんが手を伸ばしてくれた。ゆっくりとその胸の中に進んでいく。

 

『謝っても、いい…?』

 

「そうしたいなら、そうしなさい」

 

感情回路を制御できずにエラーを起こしたままおかあさんの胸に顔を埋めた。嗚咽が零れてしまう。

 

『ごめんなさい…ごめんなさい…』

 

()()()は、我慢できずに大声を上げて泣いてしまう。でも、それが嬉しくて、とても嬉しくて、おかあさんの中でずっと泣いてしまった。

 

『ごめんなさい…ごめんなさい……ありがとう…』

 

「…どういたしまして」

 

今、わたしはとても幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった、アンクルの胸元のキューブが突如捻転を始めた。その場にいた全員が何事かと体を強張らせたが、同時に現れた空間の波紋から一つの何かが出てきたのだった。

 

「…こりゃ、全身義体(サイボーグ)か?」

 

訝し気なハルタ―の言葉がその場の全員の気持ちを代弁していた。それもそのはずだ、それは人間と言うにはあまりにも欠損が激しかった。まともに原型が留めているのは胸部と頭部、それに右腕くらいのものだった。

 

「すげーな、このオッサンまだ生きてるよ」

 

「生きてるっていうには何とも言い難いが…」

 

一早くこの全身義体(サイボーグ)の状態を把握したナオトとハヅキが感嘆を表した。

 

「この特徴的な静音機構(ロイヤル・オーク)からしてオーデマ製だと思うけど…アンクル、これどうしたの?」

 

『ぐす…えっとね…しまってた』

 

「しまってたって…」

 

簡潔な事実のみを言ったアンクルにマリーはつい苦笑をしてしまう。

 

「あーと、とりあえずマリーちゃん。そいつ直せるか?」

 

「応急処置程度なら…アンクル、見てなさい、お母さんが凄いところ見せてあげる!」

 

『?…うん!』

 

「ぐぬぬ…」

 

早くも母性を発揮しているマリーに一言申したいナオトだったがアンクルの嬉しそうな顔に何も言えなかった。

 

『ナオト様…やはりそちらのご趣味が…』

 

「まってリューズすごい誤解をしてる!」

 

『?おとうさんなにしてるの?』

 

「アンクル、見ちゃだめよ」

 

ぎゃあぎゃあ騒いでいるナオトを尻目にマリーは手慣れた手つきで余分な部分を除外し必要最低限な部分を脳殻へと繋いでいく。そしてゼンマイの回転数を上げると…

 

「───っ、ぎっ────」

 

男は目をカッと開けて覚醒した。

 

「どんなものよ!」

 

『おかあさんすごい!』

 

ふふんと胸を張るマリーにアンクルは純粋な称賛送った。

 

「が、──ここは?」

 

「あー、聞こえます?」

 

ハヅキが質問をする。

 

「あん?ボウズ誰だ?てか俺は死んだんじゃ…」

 

そう言っていた男の目がある一点で止まった。

 

「あんた、ヴァイネイ・ハルターか!いやまさかあんたに会えるとはな!」

 

男の言い分にハルターは顔を顰める。

 

「若造、俺は自分の事を名乗らない輩と話す気はねぇぞ」

 

「おっとそりゃ失礼!偽名で済まねぇがベルモットだ!」

 

「偽名ね、秘匿工作員か、たいして珍しくもねぇが…なぜ機械お嬢さん(アンクル)の格納庫に居やがった」

 

「格納庫?いや何がなんだか…それよりもサインをくれねぇかね?スカボローフェア事件以来あんたのファンでな!」

 

「スカボローフェア事件?」

 

「気にすんな、カビの生えた古い話だ」

 

ナオトの疑問にハルターは素気無く返す。

 

「あ?待てよ…あんたがいるって事はブレゲのお嬢さんもいるのか?」

 

「なに?私に用?」

 

ひとしきりアンクルに褒められたマリーは満足げな表情で会話に混ざってきた。

 

「なるほどなるほど…という事は通信は無事届いた訳だ」

 

瞬間、マリーの表情は般若へと変わった。

 

「…ああ、あんたがあのクソふざけた通信を送ってきたのね?」

 

声はとても低く自分に向けられていない筈のハヅキとナオトは背筋に冷たい物を感じた。

 

「まぁな、おかげで最高の仕事をしてくれた様じゃないか」

 

「えぇえぇ、ほんと大変な仕事をしたわよ…で、覚悟はできてんでしょうね?」

 

「もちろん、とりあえずケツ振っておねだりしてみな」

 

「───────────────!!」

 

「待て待て待て!落ち着いてマリーちゃん!」

 

「ハヅキさんどいて、そいつ殺せない」

 

「殺す以前にまだ大仕事が残ってんだから無駄な労力を使おうとしないでくれ!あとアンクルちゃんも見てるんだぞ!?」

 

ハヅキの言葉にピタリと動きを止めてマリーはアンクルを見た。アンクルはどうしたらいいのか分からずにおろおろとしていた。

 

「──────────命拾いしたわね」

 

「おーおっかね。で、そこのボウズ。デカい仕事ってのはなんだ?」

 

「まだあのデカブツを地の底に沈めるって仕事が残ってるんですよ」

 

「─────────なんだと?」

 

ハヅキの言葉にベルモットはふざけた雰囲気を一変させた。

 

「おい、一体何をしたんだ?」

 

「まず軍をぶつけて足止め、そのあとアイツの足元をぶっ壊す手段を確保した後実行に移そうと…」

 

「よりにもよって軍をぶつけたってのか!」

 

あまりの剣幕にハヅキを含め全員が驚く。

 

「な、なんだよ。足止めですよ?それが一体…」

 

「馬鹿野郎!!戦力分析は正しいがあっちの責任者をしらねえのか!?」

 

「責任者?たしか名前は…」

 

「比良山ゲンナイ…電磁技術の研究者にして()()()()()()()だ!その影響力はいまだに根強い!」

 

そこまで言った時、裏で生きていたハルターがいち早く気付いた。

 

「まさか…」

 

その直後、下から突き上げるような衝撃が全員を襲った。

 

「な、なに!?」

 

「───────嘘だろ!?」

 

ナオトが目を見開いて驚愕を露わにした。一拍遅れてハヅキも喘いだ。

 

「あいつが、八束脛が地下を食い破って昇って来てやがる!」

 

「なんですって!?」

 

「でも、なんでだ!?まだ交戦中だったはずじゃ…」

 

『ハヅキ、もしかしたら…』

 

イースが顔を少し引き攣らせて言った。

 

 

 

 

 

『────内通者がいたんじゃない?』

 

 

 

 

ハヅキは一瞬、呼吸を止めてしまった。ハヅキは無意識のうちに軍が全員八束脛と敵対していて必死に戦っていると思っていたのだ。だがもし、裏切り者が居たら?その分相手の行動を把握できてかつ自分達の行動を早くできるのではないか?

 

その思い込みが致命的な差を生んでしまった。

 

「っ!イース!固有機能で今すぐに撤た…」

 

瞬間、ハヅキは脳を焼かれるような痛みを感じた。呼吸も、喋ることも、体を動かすことも何も出来なくなる。それはナオトも同じだった。耳を押さえて蹲ってしまう。

 

『ハヅキ!』『ナオト様!』

 

イースとリューズが二人に駆け寄るが次の瞬間スイッチが切れるように崩れてしまう。いや、二人だけではない。アンクルも、ハルターも、ベルモットも、機械で出来たなにもかもが──────────────機能停止(ブラックアウト)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中で一面に映し出されたモニターの前で沢山の部下に囲まれた男は、目に憤怒と憎悪を宿らせ呟いた。

 

「地を這う凡俗の意地を知るがいい──────‟Y(怪物)”め」

 

男…ナオトが大深度地下層で会った八束脛の総責任者、比良山ゲンナイはモニターに映し出された秋葉原を睨みつけていた。その先に‟Y(見浦ナオト)”を見据えて。




比良山ゲンナイの肩書は本文から推測したオリジナルです。

ではまた、次の章で会いましょう!


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三感の超越者編
赫怒


やぁやぁ、しばらく出さないと言いましたがお仲間が登場してくれたお陰で創作意欲がむくむくと沸きましてね…書いちゃいました!


 真っ暗な部屋の中、金髪の少女マリーは虚ろな目をしたまま壁に背中を預けていた。その手には一本のドライバー…否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が握られていた。マリーの周囲には全身から煙を噴くハルター、目を見開いたまま動かないベルモット、空気が揺らぐほどに赤熱した床に沈むリューズ、外に影響は出ていないが内部が超高熱になっているアンクル、まるで空気が抜けたかのように所々の人工皮膚が凹んでいるイース、気絶し床に横たわるハヅキとナオト。

 

 そんな死屍累々の光景にマリーは死んだように嗤っていた。朧気ながらにマリーは一体何があったのかを理解していた。唯一正常な人間であるマリーが無事で、歯車で出来た自動人形(オートマタ)全身義体(サイボーグ)、超感覚を持つ二人が気絶した訳、その事実に嫌でも答えは辿り着き、どうしようもない絶望に叩き落される。

 

「───ぅあ……熱ッ!?」

 

奇声を上げてナオトが起き上がった。反射的に普段は自身の聴覚を抑える熱くなってしまったヘッドホンを投げ捨てた。

 

「なんだコレ…ヘッドホンが超うるせえ!!」

 

苦痛に顔を歪めたナオトは死んだように自分を見つめるマリーを見て、当然の疑問を聞いた。

 

「な、なにが起きた…」

 

マリーはゆるりと嗤って答える。

 

「いい質問ね、現状をいっぺんに説明できるわ……推測だけど、‟電磁パルス”を喰らったのよ」

 

「デンジ……なんだって?」

 

普段ならここで怒鳴り散らすところだったがもはやその気力もないマリーは溜息一つ吐いて自身の手にあるドライバーを掲げた。

 

「何もかもが壊れたって言えば伝わる?歯車はすべて磁気を帯び、極小の粒子歯車(ナノ・ギア)導線(ワイヤー)、ゼンマイ等繊細な部品は溶解したわ」

 

それでもいまいち理解できなかったのかナオトは怪訝な顔のままだ。

 

「もっとわかりやすく言うなら──手足捥がれた状態で砂漠に放置されてるようなものよ。私達は何かをする手段を根こそぎ奪われたの、この部屋から出るという手段でさえ、ね」

 

マリーはそれこそ自分の手足が持っていかれたような気分だった。必死に学び、手に入れた技術は残さず封じられ、自身の存在を否定された。失意のどん底だ。

 

「──な!リューズ!」

 

突然、ナオトの悲鳴にも似た声が部屋に響いた。その視線の先には赤熱した床に沈むリューズがいた。ナオトは慌ててリューズを抱き起こそうと飛びつき、

 

「熱ッ!!」

 

今度こそ悲鳴を上げた。

 

「なあアンクルは!?ハルターのオッサンは!?先輩とイースは!?」

 

「…聞いてなかったの?言ったでしょ?──全部壊れたって」

 

ナオトは愕然とし、強く歯ぎしりをした。

 

「ふざっけるなよ!!」

 

ナオトはマリーに掴みかかった。

 

「だったら早く修理しなきゃ…直せるんだろ!?」

 

「…ええ、磁気抜きさえすればね」

 

「だったら───」

 

「───どうしろって?」

 

マリーの静かな気迫の乗った声音にナオトは圧された。

 

「無知って幸せよね…いい?あれだけの強力な電磁パルスによって着磁されたものを脱磁するにはね、電気が絶対に必要なのよ!!あのクソッタレな国際条約に真っ黒なクソみたいな電磁力がね…!」

 

ナオトはマリーの剣幕に手を離した。

 

「あんたの耳なら聞き取れるでしょ?区画(グリッド)・秋葉原の歯車が根こそぎぶっ壊れたって事が…そんな中、どうやってこの部屋から出て、脱磁装置を調達できるか懇切丁寧に教えてくれるかしら?」

 

マリーはそう言って泣きそうになった顔を隠すように俯いた。マリーの言葉に事態の重さをじわじわと実感していく。するとナオトは唐突に部屋中を見渡してある一点に目を止めた。

 

「マリー」

 

「…何よ」

 

「あの窓から出れるか?出れるよな?」

 

ナオトが指差した先には採光用の窓があった。

 

「ここは建物の八階よ?まさかスパイ映画の如くロープでも調達して出ようっての?」

 

「そのまさかだよ」

 

ナオトは徐に椅子を持ち出して窓ガラスに叩きつけだした。マリーは咄嗟の事に唖然とするがナオトは気にすることなく何度も叩きつける。すると何回目かに窓ガラスが割れた。

 

「よし、マリー、ロープになりそうなものってある?」

 

「え?ええ…一応あるわよ」

 

「じゃあそれ結んで長いロープ作ってくれ」

 

ナオトはそう言うと赤熱した床に横たわるリューズへと近づく。

 

「──ちょ!?あんた何するつもりよ!?」

 

「リューズを動かす」

 

「ばか!ちょっと待ちなさい!」

 

マリーは慌てて近場に落ちていた分厚い手袋と大きめの布を投げ渡した。

 

「リューズの下の床が目に見えるほどに赤くなってるってことは軽く数百度になってるってことよ!?そんなもの素手で触ったら時計技師としては死んだも同然なのよ!?リューズが大切なのは分かるけど少しは自分も大切にしなさい!」

 

ナオトは渡された手袋と布を片手にポカンとした表情を浮かべた。

 

「…なによ?」

 

「え!?いや、何でもないぞ!サンキューマリー」

 

リューズの元に向かうナオトを見ながらマリーは先程までの自分を振り返り頭を抱えた。

 

(…まったく、らしくなかったわね)

 

ナオトの直感じみた…事実直感なのだろうが、その行動力にマリーは感嘆していた。なまじ知識がある分事の重大さを深く感じていたが、仮にナオトが自分と同じぐらい知識があったとしてもきっとナオトは今と同じ行動をするだろう。足りない知識は行動で補い、決して思考を止めない。今できることを愚直に必死に探す。…とてもではないがマリーには早々に真似は出来なかった。

 

(ううん、違う。私も出来る、でもそこに至るのがあまりにも遅いだけ)

 

それもきっかけがなければ無理だっただろう。そして今ナオトはそのきっかけをくれた。

 

「…癪だけど、手助けされたわね。目を覚ましなさいマリー・ベル・ブレゲ、この状況を打破するために頭を回しなさい!」

 

マリーは今できることをするために部屋の中を駆け回った。

 

 

 

 

 

 そんなマリーをナオトは横目に見ながらどこかホッとしたように見ていた。

 

(マリーの奴、本当はとんでもなくすごい癖に時々訳わかんない事で悩むんだよな)

 

ナオトはそんなことを考えつつも手袋をはめ、布を背中に羽織る。その状態のままナオトはリューズを背中に背負った。

 

「ぐぅ…!」

 

分厚い手袋と布越しでも感じる高熱に顔を歪めながらもリューズを最も冷えている床まで移動させる。

 

「よし、これで…」

 

「ナオト、ロープが出来たわよ」

 

「よし、じゃあそれを下まで垂らそう…って、長さ足りなくね?」

 

「この部屋にあるロープになりそうな物じゃこれが限界だったのよ。ああもう、こんな時せめてアンクルかイースが起動してたら…」

 

「あ、それなら大丈夫だぞ」

 

「は?」

 

ナオトの言葉にマリーは疑問符を浮かべるが直後音声が響いた。

 

『───磁場消失確認。緊急シークウェンス終了。通常シークウェンス起動開始』

 

『───着磁パーツ交換完了。内部限定空間変換終了。通常シークウェンス起動開始』

 

アンクルとイースの目が開く。

 

『びっくり、した』

 

『うう…気持ち悪い…』

 

「は!?うそでしょ!?」

 

「よかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!アンクルちゃん動いてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

アンクルが動いていたことにナオトは涙を浮かべ抱き着いた。

 

『お、おとうさん、どうした、の?』

 

「何でもないぞぉ!いやーもう!アンクルは良い子だなぁ!」

 

「ちょっとナオト!説明しなさい!」

 

「アンクルとイースはずっと動いてたんだよ。だから俺は自殺しないでいたんだからな!」

 

「う、動いてた?あの強力な電磁パルスを喰らっておいて?一体どうやって…」

 

『えっとね、‟びりびり対策”で…緊急‟かねつ”しーくうぇんす?に、入って…』

 

かねつ、その言葉を聞いてマリーは気が遠くなりかけた。確かに冷静ではなかった。だから思いつきもしなかったが流石にその方法はどうなのだろうか。

 

()()()()……キュリー温度で磁界消失って、噓でしょどうやったのよそんなのぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

詳しくは省くが簡単に言えばとても熱くすれば磁界は消失させることが出来る。だがそんなことをすれば普通は精密機械である自動人形(オートマタ)は壊れる。ましてや一度は確実に磁気を帯びて停止してるはず、そんな中どうやって稼働していたのか。マリーはまたもや見せつけられた常識と物理法則を無視した現実に眩暈がするがかろうじて飲み込んだ。

 

「い、イースはどうやって…?」

 

『私は狭間世界にストックしてある歯車をこっちの世界に持ってきて着磁したやつと交換しただけだよ』

 

イースはしばらく口をもごもごさせるとぺっと複数の歯車や導線を吐き出した。

 

『あースッキリした。やっぱり磁力を帯びたパーツは気持ち悪いね』

 

「え、えぇぇ…」

 

マリーはイースが軽々と別世界からパーツを持ってきたという発言にもはや一周回って呆れてしまった。つい先程思考を止めないと宣言したばかりだったが早速守れそうにない。

 

『で、今どんな状況?』

 

「…最悪に近いです」

 

マリーは現状で分かっていることを出来る限り伝えた。区画(グリッド)・秋葉原が磁力を帯びて壊れたこと、その余波で手持ちの道具が一切使えないこと、リューズが動いていないこと、ハルターとベルモットが機能停止している事、…ハヅキが意識を取り戻していないこと。

 

『そっか…』

 

イースは横たわっているハヅキを前に呟くようにそう言った。その手は優しく頬を撫でている。

 

『…大丈夫、ハヅキは絶対に目を覚ます』

 

強い声でイースは言う。

 

『まずはここから脱出だね。順番に皆を下に降ろしていこっか。最初にマリーちゃんとナオト君を降ろして、その後にハルターさんを降ろして…』

 

「え?あ、はい…」

 

『?どうしたの?』

 

「い、いや…その、ハヅキさんが心配じゃないのかと…」

 

『心配だよ?でも言ったでしょ?ハヅキは絶対に目を覚ますって』

 

その顔は穏やかに微笑んでいた。

 

『やるべき時にやることやっておかないと後でハヅキに怒られちゃうしね。まぁ…』

 

「ヒィ!!」

 

突然ナオトが引き攣った声を上げながら飛び上がった。マリーは思わず後ろにいたナオトを見たがそこにはガタガタと震えているナオトとアンクルがいた。ナオトは両手で耳を押さえアンクルはナオトの背後に隠れ怯えていた。

 

「ちょっとナオト、どうしたの───」

 

ナオトが必死に後ろを見ろと仕草で合図していた。同時にアンクルは後ろを見ないでと言うように首をふるふると横に振っていた。その顔は今にも泣きそうだ。

 

「?───ッ!?」

 

マリーはつい振り返ってしまった。そして後悔する。

 

 

 

イースが笑っていた。とても綺麗に笑っていた。百人が見れば百人が見とれるような笑みだ。……目、以外がだが。その目はハヅキをこんな目に合わせた奴を千度殺そうと赦さないとでも言うように凄絶な意思を感じさせるものだった。

 

『───ハヅキをこんなことにした産業廃棄物(八束脛)生ゴミ(比良山ゲンナイ)は〔自主規制(ピーー)〕するけどね?』

 

この瞬間、滅多に意見の合わないマリーとナオトは同じことを思った。

 

 

((絶対に先輩/ハヅキさんとイースは怒らせないようにしよう……))

 

心胆から冷え上がった二人であった。ちなみにアンクルは気絶しそうになりしばらくイースを怖がったそうな。




このあとどうにか二人を怒らせないようにしよう同盟が結ばれたとかなんとか…


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見てわかる爆弾には触れないようにしましょう

興が乗った、反省も後悔もしてない!


はっきりとしない意識と視界の中、秘密工作員のベルモットは意識を覚醒し始めた。

 

───…なんだ、ここ?

 

「なんで…なんでこんなところが合流地点なのよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「うわぁ…目に毒だなこりゃ。アンクルちゃん?目隠しといてね?」

 

『…?うん、わかった』

 

───うるせぇガキどもだな…こっちは気持ちよく寝てんだから静かにしてくれよ…

 

『もう入ってきちゃったから今更だけどマリーちゃん、ここ本当に合ってるの?』

 

「そうなんでしょうね!だってコンラッド先生がわざわざ出迎えて下さったんだから!」

 

「あのじいさん何者なんだよ」

 

「私が尊敬する一級時計技師(マイスター)…と言いたいわ」

 

「自信失くしてんじゃん」

 

「うるさい!これ以上言うなら解体(バラ)すわよ!?」

 

『いい感じに動揺してるね~』

 

───…どういう状況だこりゃ?

 

ベルモットは現状の把握に困難した。マリー達の会話から誰かの隠れ家に合流できたのだろうと推測できる。

 

───にしてもなんで視界が戻らねぇんだ?接続が上手くいってないのか?

 

「ああもう!とにかくさっさとこいつを叩き起こすわよ!」

 

その言葉と共にベルモットは自分の頭が持ち上げられたように感じた。

 

───なんだ?何をされるんだ?

 

疑問符を頭に浮かべながら漠然とした恐怖を感じていると、

 

「グギィッ!!?」

 

神経を強制接続される痛みに悲鳴を上げる。

 

「あら、ようやく起きたのね」

 

「何しやがるこの腐れビッチ!…って、あ?」

 

なにやら様子がおかしい、ベルモットは自分の声が妙に高く聞こえた。

 

「ん?」

 

目線を下に向けるとぴったりと貼り付くようなボディスーツを押し上げる豊かな双丘。

 

「んん?」

 

顔を横に向け、ガラスに写った顔は金髪碧眼の美人。…どう考えても女性の体だった。

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

たまらず絶叫したベルモットを非難するものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり仰天した後ベルモットはじっとりとした目でマリーに質問した。

 

「で?こりゃ一体どういうことだ?なんで俺がナイスバディな別嬪さんになってやがる」

 

「ちょうどいい全身義体(サイボーグ)が無かったのよ、だからそこらへんに転がってる一番性能のいい自動人形(オートマタ)繋いだわ。泣きながら這い蹲って感謝なさい」

 

「待て待て待て!自動人形(オートマタ)に繋いだだと!?正気かてめぇ!」

 

全身義体(サイボーグ)自動人形(オートマタ)は根本的に違う。全身義体(サイボーグ)は人体の‟機構”を再現するものであり、自動人形(オートマタ)は人体の‟機能”を再現する。それは謂わば脳の有無による違いだ。普通生身の脳を自動人形(オートマタ)に繋げば脳は拒絶反応を起こし最悪の場合重度の後遺症を残してしまう。だが、

 

「あら、なにか問題でもあった?」

 

ベルモットの事を一切心配していない口調。それは自分のした仕事に対しての絶対的な自信だ。それを聞いたベルモットは自分に一切の不調を感じないことから追及してもしょうがないと割り切った。

 

「ホント、イカれてるぜ、嬢ちゃん」

 

「あ、そう。今更ね」

 

付き合いの短いベルモットは気付かなかったがマリーの返答にナオトとイースは少し驚いた。あのマリーがイカれてるという発言を受け入れたのだ。その変化が良いものかどうかは分からないが何かが確実にマリーの中で変わっているのだろう。

 

「マリー先生」

 

マリー達がいる部屋の外からこの隠れ家を提供したコンラッドが姿を現す。

 

「コンラッド先生、ハルターはどうでしたか?」

 

「知り合いの闇医者にも見せましたがこれと言った異常は見受けられなかったそうです。生命維持装置には繋いであるのでひとまずは大丈夫でしょう」

 

「そうですか…」

 

『ハヅキは?』

 

「…彼は分かりません。どうやら脳に相当大きな負荷が掛かったそうで多少のダメージがあるそうですな」

 

重い沈黙が場に漂う。マリーもナオトも俯き唇を噛み締める。

 

『そっか…うん、了解』

 

イースは気丈に言う。

 

『ハヅキはその程度じゃどうにもしないよ。ご両親の問題もあるしずっと寝てるはずは無いから』

 

この場の誰よりも圧し潰されそうであろうイースは微笑み、断言する。

 

「…ええ、そうですね」

 

「先輩は大丈夫だ、うん」

 

マリーとナオトも強く頷いた。

 

「それで、これからどうすんだ?」

 

「まずあの兵器の動向がどうなのか知りたいわね…」

 

「それなんだけどあおのデカブツ、しばらく動かないぞ」

 

「…どういう事よ」

 

「ハッハー、ボウズ、可愛い顔して発想がエグイな!だが適格だぜ?」

 

「男とオカマで納得してんじゃないわよ」

 

「俺はオカマじゃねぇ、よしんばオカマだとしてもそうしたのはお前さんだビッチ」

 

ガンッという音と共にベルモットが仰け反る。マリーがスパナを正確に最も力が乗る位置にぶん投げたのだ。

 

「さ・っ・さ・と・説・明・し・ろ」

 

「お~イテテ…簡単に言っちまえばチェスでキングの目の前にいきなりクイーンが出てきたようなもんだ。国際条約真っ黒の代物がぽっと沸くはずが無い、それはつまり政府が容認したうえで開発しあまつさえその制御下から離れてるってこった。これが各国に知れ渡ってみろ、世界中から非難の雨霰だぜ?」

 

「国家転覆の危機って訳ね…これが仕組まれたってことは相当用意周到じゃない…」

 

「それだけじゃない」

 

ナオトが淡々と言う。

 

「なんですって?」

 

「さっきは‟動かない”って言ったけどあいつらは同時に‟動けない”んだ。多分さっきのデンジパルス?って言うのでエネルギーを使い切ったんだと思う。そんで今も常に8%近くを消費しながら充填してる」

 

「まだ何かやらかすってこと?」

 

「これはテロじゃないんだぜ嬢ちゃん、───クーデターだ。奴ら政府が自滅するのを待って、まだ何かやらかす気だ」

 

「…政府が‟神の杖(トール・ワンド)”なんていう馬鹿な選択をしないことを願うわ」

 

マリーは最悪の結末を脳裏に思い浮かべながら吐き捨てるように言った。その時今まで口を閉ざしていたイースが口を開いた。

 

『…ナオト君、あれが動き出すのがあとどれぐらいか分かる?』

 

「え?えーと、先輩のご両親の設計図と区画(グリッド)・秋葉原で聞いた音から逆算すると…約54時間って所です」

 

『そっか…』

 

「まてガキ、今なんつった?設計図?それに先輩のご両親だぁ?」

 

「あのデカブツに使われてる動力はハヅキさんの両親が設計した‟神連・伊波式電磁動力”ってやつなのよ、全体に合計20000個もの動力がそれぞれを補助、増幅させる異色の機構をしているこの場においては何よりも厄介な代物よ」

 

「おいおいマジかよ…よりにもよって神連か…世界最高峰の時計技師による超変態動力システムってだけで絶望的だな」

 

『でもそれをどうにかする術をハヅキは見付けてた』

 

イースの言葉に全員がそちらを向く。

 

「ど、どうやって…」

 

『ごめん、分かんない。聞く前にハヅキが意識失っちゃったから…』

 

「どうにかして起こせないのかよ、この際手荒な手を使ってでも…」

 

マリーとナオトは‟あ、やばい”と思ったが時遅くベルモットの眉間に破壊の矛先が突き付けられていた。

 

『───今、ハヅキに何しようって言った?』

 

部屋の中はまるで極寒の様に空気が冷え込んだ。超高振動を起こしているスピアが突き付けられているベルモットはその一瞬だけで走馬燈が何度も駆け巡り気を失う一歩手前まで持ってかれた。なんとか意識を繋ぎ止めゆるゆると両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「───オーケー、俺は何も言ってないぜ?」

 

『そう………気を付けてね?いま私作られてから一番機嫌が悪いからうっかり〔自主規制(ピーー)〕して〔自主規制(ピーー)〕しそうになっちゃうから』

 

それを聞いたベルモットはおろかマリーにナオト、そしてコンラッドは顔を青褪めさせ冷や汗をだらだらと背中に搔いていた。

 

「あ、あーそうだ!アンクルちゃんお外に買い物に出かけようか!1000年も好きなこと出来なかったんだからな!」

 

『おでかけ…!』

 

冷え込んだ空気の中ナオトがなんとか絞り出した提案にアンクルは顔を輝かせた。

 

「ちょ!わ、私も行くわよ!アンクルの正式なマスターは私なんだからね!」

 

「えぇ~…」

 

マリーの言葉に心底嫌な顔をするナオト。

 

『おとうさん…おかあさんと一緒、いや?』

 

「全然嫌じゃないぞ~!アンクルの笑顔のためならお母さんと一緒にどこまでも行ってあげよう!」

 

手の平クルクルである。

 

『私はここに残ってるね、ハヅキから離れたくないしちょっとやることもあるから』

 

「分かりました」

 

「ふむ、外出ですか。ならば変装が必要ですな」

 

コンラッドはそう言うと指を鳴らした。

 

「え?」

 

ドドドと言う音と共に一人の女性が入ってきた。

 

「私の出番ですねコンラッドせんせっ!生身の人間を飾るのは久々なので気合を入れちゃいます!」

 

「え、ちょ、あーーーーーーーー!」

 

ナオトは訳も分からないままに部屋の奥に連れていかれた。

 

「…私達も着替えましょうか、アンクル」

 

『うん』

 

結局何とも言えない空気のままその場はお流れとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナオト君とマリーちゃん、それとアンクルちゃんが外に出かけてから私はコンラッドさんに工房を借りた。

 

「どうぞ、ここなら好きに使って貰って構いませんぞ」

 

『うん、ありがとう』

 

「何かありましたらお呼びください」

 

そういうとコンラッドさんは工房から出て行った。

 

『さてと…───簡易転移(ショートカット)、狭間世界より現出』

 

そう言った瞬間目の前の作業台に千を超える部品が何もない空間から現れる。これらはすべてある予防策のために使う特殊な部品群だ。

 

『ハヅキは許さないだろうけど…ごめんね』

 

そうして私は自分と言う存在を…ハヅキの愛してくれたイースと言う存在にメスを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何時間経っただろうか、私は自分に手を加えてから微動だにせずに横たわっているハヅキのそばから離れることは無かった。その手を握り続け、安心すると言ってくれた振動を聴かせ続ける。…振動は変わってしまっているどきっとハヅキなら分かるはず。そうしているとカツカツと足音が聞こえてきた。

 

『…あれ?マリーちゃん?ナオト君たちは?』

 

「ちょっと私だけ先に戻ってきました。ナオトは‟勝ち目を探してる”とか言ってそのままアンクルと一緒にまだ外にいます」

 

『いいの?仮にも指名手配されてるんだよ?』

 

「だから大っ変不本意ながらアンクルを残してきたんですよ!それよりもイースさん、ちょっと手伝って貰っていいですか?」

 

『うん?何をするの?』

 

「リューズを直します」

 

『パーツは?』

 

「そこらへんにいくらでも転がっているでしょう?」

 

コンラッドさんの言っていた男性向けの高級自動人形(オートマタ)の事かな?

 

『いいの?これ高いんでしょ?』

 

「こんなろくでもない違法部品だらけのガラクタなんてどうでもいいです。それに高いと言ってもせいぜい数百万でしょう?安いもんです」

 

…流石お嬢様、価値観が違った。

 

『コンラッドさんご愁傷さまです…』

 

「イースさんはそのガラクタを解体(バラ)してもらっていいですか?単一の部品にまでお願いします」

 

マリーちゃんはリューズちゃんを作業台に寝かせながら溶解した部分を綺麗に切り取っていく。全体の二割くらいだろうか?腹部を中心に溶解していた部分はがらんどうになった。

 

「おや?マリー先生帰っていましたか」

 

「コンラッド先生、このガラクタ使いますね」

 

「は?使うとは?」

 

「リューズの修理にです。ざっと…27体解体(バラ)します」

 

「え、ちょ…」

 

「じゃ、イースさんお願いします」

 

『ごめんなさい、コンラッドさん』

 

私は振動を止めたスピアを振るい十秒ほどで全ての部品を解体し終える。

 

「はが…!?」

 

「おう、じいさんどうし…あらら」

 

騒ぎを聞いたのかベルモットさんも様子を見に来た。そしてその惨状に苦笑いを浮かべる。

 

「まぁなんだ…酒には付き合うぜ?」

 

「その気持ちだけ受け取っておこう…」

 

一体いくらの損失なんだろう…

 

『それにしてもマリーちゃん、リューズちゃんの構造は知ってるの?』

 

「元々リューズはブレゲの所有でした、ですのでいつかは動かしてやろうと何度もばらしては組み立てるを繰り返してたので粒子歯車(ナノ・ギア)の配列まで暗記してます」

 

その言葉にベルモットさんが反応する。

 

「おいおいマジかよ、億単位のパーツの位置を全部把握してるってのか?」

 

「この程度、あのバカの耳とハヅキさんの腕に比べたら児戯よ」

 

その言葉にコンラッドさんとベルモットさんは唖然とする。だけどそれは序の口だった。

 

「さて、いくわよ」

 

瞬間、無数の歯車が宙を舞った。




なんか書きやすいんだよね、クロプラって


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歴史の転換点

2017年5月5日、そして11月18日。お気付き頂けただろうか?半年、半年も更新をしていなかったのだ。
いや、ちょっと新年度を舐めてました。最初の一月でお、大丈夫かなと思った矢先一気に来ましたよ…もう一気に書く気が失せまして…でもハーメルンよ、私は帰ってきた!

と、言うわけで長らくお待たせしました、最新話です!


 俺とアンクルちゃんはおでかけから帰ってくるなり目を剝いた。

 

───空気が軋んでいた。

 

歯車が、導線(ワイヤー)が、円筒(シリンダ)が、螺子(スクリュー)が、ありとあらゆる時計部品が空中を舞い、空中で組み立てられ、横たわるリューズの中に納まっていく。呼吸、筋肉の収縮、骨の軋み、本来なら聞くに堪えない人間の発するすべての音が完璧に調和し奏でる音楽は正しく神の交響楽団だった。

 

「ようボウズ、随分と可愛い恰好してるじゃねえか」

 

「あれは、どれくらい…」

 

「…心中察するぜ───四時間だ、四時間ぶっ続けで作業してる。あの嬢ちゃん本当に人間か?」

 

確かにそれは疑ってしまっても仕方が無いだろう。俺だって疑ってしまう。まだ人型のオルゴールだと言われた方が納得できる。

 

『おとうさん、これが…‟てんさい”?』

 

「ああ…そうだよ…」

 

アンクルの言葉に言葉にナオトはそう答える。その表情は隠しきれない悔しさが滲んでいた。

 

(ああ、知ってたさ、マリーがどうしようもないほどに天才だって事なんて)

 

少しずつ、だが確実に直っていくリューズと直しているマリーを前にナオトは歯が砕けんとばかりに食い縛っていた。

 

(でも、それでも…)

 

俯いたナオトにアンクルは心配そうな顔を向け、ベルモットは話しかけずにそっとしておいた。

 

(そこにいるのが、なんで俺じゃない…!)

 

ナオトにはマリーがどうしようもなく遠くにいるように思えた。遥か先、自分では決して追い付けない高みにいた。

 

「━━ハァッ!糖分きれた!チョコ、チョコはどこ…」

 

マリーは大きく息を乱しながら床に倒れこんだ。そんなマリーにアンクルが買ってきたチョコを片手に近寄っていく。

 

『おかあさん、これ…』

 

「ん?あら、帰って来てたのね。お帰りなさい。あとアンクル、チョコありがとね」

 

『うん、ただいま!どういたしまして!』

 

「ついでにナオトも」

 

「ついでってなんだよ…」

 

ナオトは憮然とした様子で答える。マリーはそんなナオトの様子に疑問符を浮かべるがナオトの耳にここ数時間無かったヘッドホンを見付け3人で出かけていた時に言っていた事を聞いた。

 

「…探し物は見つかった?」

 

「ああ、それは後で言うけど…マリー、一つ聞いていいか?」

 

「なに?あ、作業は続けるわよ?」

 

「ぜひそうしてくれ…どうやってリューズを直してんだ?リューズ部品の代替品なんて市販じゃ手に入んないだろ?」

 

「そうでもないわよ?あんたが直した虚数運動機関(イマジナリー・ギア)なんて言う不条理以外ならどうとでもなるわ。リューズは元々私の実家であるブレゲ家が管理していたのよ?いつか動かしてやろうと何回も解体(バラ)しては組み立てたからその構造は粒子レベルで覚えてる…ってこれ数時間前も言った気がするわね。とにかく、そこらに転がってる無駄に質の良いジャンクから必要なパーツを取り出して応急処置程度は出来るわ」

 

マリーの言葉は一見簡単に出来ると言っているように聞こえるが実際はとんでもなく高度な事だ。同じ規格の量産品ならともかく単一品(ワンオフ)、それもinitial-Yシリーズともなると全く同じ部品は存在せず、大企業の専用の機械が無ければ再現出来ないようなものばかりの物を、マリーは自身の記憶を一部たりとも疑わずに、違法人形から取り出した部品一つ一つを()()()()()イースに1/1000単位で削るように指示した。…寸分の誤差無く、だ。

 

「ただ残念だけど最終的な調整はあんたに任せるわ。なんでも聴けるけったいな耳を持っていない私じゃこれが限度だからね」

 

ナオトは小さく頷いたがその耳は直すところがほとんど無いということを聞き取っていた。

 

「ハルターのおっさんは?」

 

「…そっちは義体が手に入らなくて後回し」

 

これは正確では無い。実はマリーは一度音声装置にハルターの脳殻を繋いでいた。だが反応が無かったのだ。例え正規の手順を踏んだとしても生身の脳を移植するのはそれなりのリスクがある。機材がほとんど無い状態で脳殻を取り出し、更にそれ以前には電磁パルスによる大規模なダメージを負っている可能性もある。最悪もしかしたら━━

 

「マリー?」

 

ナオトの声にマリーはハッとして頭を振り最悪可能性を振り払った。

 

「なんでも無いわ、それよりも手伝ってくれない?共振接続ムーブメントを三本欲しいんだけど」

 

「…悪い、出来ない」

 

「?じゃあ回路だけで良いわよ、それなら━━」

 

「それも無理だ。俺には…マリーがやっていることがなんにも理解できない」

 

ナオトの言葉にマリーは訝しげに言う。

 

「はぁ?なんでよ。こんなの、あの幼稚な教材を読むだけでもできる作業よ?」

 

「分からなかったんだよ!ボロボロになるまで読んでも、どれだけ沢山の本を読んでも作業一つ理解出来なかったんだよ!」

 

ナオトのそれはもはや慟哭だった。何も出来ない自分への怒り、自分に出来ないことをしているマリーへの八つ当たり、情けないとは思っているが吐き出さずにはいられなかった。

 

「…あんた、そんなのでどうやってリューズを直したのよ?」

 

「手探り」

 

「なんですって?」

 

マリーは思わず作業の手を止めた。リューズの機構は一級時計技師(マイスター)の中でも限り無く頂点に近いマリーでさえ複数回解体、修復を繰り返してようやく暗記したほどの複雑さを持っている。それを手探りで直したというのはあまりにも荒唐無稽だった。

 

「片っ端から気持ちの良い音になるまで試したんだよ」

 

(ナオトの異常聴覚は私の想像を遥かに超えてる。当然リューズの構造も私よりもできているはず、だと言うのに教材が理解できない?もしかして───)

 

マリーは得も知れない冷たさを背筋に感じた。

 

(───もしかして、ナオトは何か根本的にとんでもない勘違いをしてるんじゃ…)

 

ナオト、そしてハヅキと出会ってから幾度となく感じた驚愕と悪寒、マリーは自分も一歩そこに踏み出したと思っていたがどうやら入り口にも立てていないことに気づき始めた。生唾を一つ飲み込む。

 

(いえ、今は考えない方がいい)

 

「まぁ、いいわ。それで?散歩のときに言ってた探し物、それは見付かったの?」

 

「ん?ああ。本当は先輩に意見を聞きたかったんだけど…今は寝てるし俺の考えだけ言うよ」

 

ナオトは被っていたパーカーのフードを取る。その両耳には新調したヘッドホンが付けられていた。自分にできること、勝ち目を探す事を終えた少年は不敵に笑う。

 

「"天御柱(アマノミハシラ)"を、日本の象徴を乗っとるぞ」

 

その言葉を聞いたマリー、ベルモット、アンクルはキョトンとした。そして現状最もナオトと思考の近いベルモットがその意味を理解して笑う。

 

「アッハッハッハッハァ!!最高だなナオトちゃんよぉ!お前さんみたいのがこんな極東にいるなんて思いもしなかったぞ!」

 

『おとうさん、すごい…!』

 

マリーは未だにポカンとしていたがやがて全容を理解する。

 

「…東京の各区画(グリッド)大支柱(コア・タワー)を統括する国家区画中枢管理制御塔(オロロジカル・コントロール・タワー)"天御柱"、この国の人が最も神聖視する場所を占拠するって言うの?」

 

マリーは自分の頬が引き攣っているのを感じた。

 

「テロの実行犯は俺達ってことになってる、だったら纏めてあのデカブツも電磁パルス攻撃も、俺らがやったことにすれば良い」

 

その発想はあまりに犯罪的で、英雄的だった。

 

「マリー、俺はリューズと先輩をこんなにした連中を丸ごと茹で揚げるぞ」

 

マリーは無表情でそれを聞いていた。

 

「ナオト、あんたのそれはここ千年の歴史で最も罪深いことをするって言うのは理解してる?」

 

「当然」

 

ナオトはマリーの問いに即答する。そんなナオトにマリーは深い、本当に深い溜め息を吐く。

 

「あんたの事、いつも頭が狂ってると思っていたけど、今ほどそれを強く感じたことはないわ」

 

「おい」

 

ぶすっとした顔でナオトが言う。

 

「だけど、それって最っっ高に気持ち良さそうね」

 

無表情から一転、ニヤリとマリーが笑う。

自分達がやることは間違いなく世紀の大犯罪であり、どうしようもない悪だ。

だけど、面倒くさいカビの生えた奴らの企みを根こそぎ掻っ攫い、メチャクチャにするのは控え目に言って最高だ、そうマリーは思う。

 

「あんたのそのトチ狂った作戦、乗ったわ!ここにいる全員、どうしようもない馬鹿の集まりよ!だったら、」

 

「めんどくさいモンは全部無視して俺達がやりたいことをやるだけだ」

 

動く。世界が、積み上げられた歴史が、ここにいる小さな存在によって動き始める。ベルモットは強くそう思った。

 

「いいね、裏で生きてきた俺が、歴史の変わる瞬間を目にできそうだ」

 

タバコが最高にウマイぜ、そうぼやいてベルモットは二人の会話に混ざった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうやらマリーちゃん達が動くみたいだよ、ハヅキ』

 

私の握ったハヅキの手から血の流れる感覚が伝わってくる。それはハヅキが生きている証拠だ。ちょっと疲れたから眠ってるだけ。きっとすぐに目を覚ます。

 

『早く起きないと、仲間外れになっちゃうよ?』

 

ぎゅっと握ったその手を私は額に押し付ける。祈りに似たそれは私の本心だ。

 

『待ってるから』

 

ぎゅっと目を瞑った私はそのまま祈り続けた。

 

 

だから気付かなかった。私が握っていない方のハヅキの手がピクリと動いていたことに。




リハビリ兼ねての投稿でしたので何かありましたら御一報のほどよろしくお願いします。m(_ _)m


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