東方幻想物語 (空亡之尊)
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序章
始まる物語


???side

 

 

人生というのは本当に何が起こるか分からないものだ。

 

今朝の天気予報で今日は一日快晴だと言っていたのにも拘らず、家を出てすぐバケツをひっくり返したような大雨が降り出したり。

大学では気さくな教授に教材を運ぶのを手伝わされ、その挙句に非統一性魔法世界論などというものを小一時間程度聞かされた。

カフェテラスでは不良オカルトサークルの後輩二人に遭遇してしまい、そのうちの一人に言いくるめられてケーキセットを奢る羽目になった。

そして、帰りになった時、年末のバーゲンセールで驚愕の9割引きで買った傘が盗まれるという今日一日で最悪の出来事が起こったと思っていた。

 

しかし、最悪な出来事というのはそう簡単に尽きないものらしい。

そんなことを走馬燈のように思い出しながら、俺は鉛色の空を見つめた。

 

雨にすれたいつもの通学路、色の薄れた赤い血の海の中心に俺は壁に寄り添いながら座っていた。

出血しているだろう俺の腹部からは未だに生暖かい血が流れ出ている。

雨に打ち続けられている所為か、はたまた出血のし過ぎなのか、身体が冷たかった。

これが夢ならと……心のどこかで思ってしまうが、近くに捨てられた血塗れたナイフと腹部に残る痛みがそんな希望論を完全論破した。

 

 

「あ~あ、ツいてないな」

 

 

俺は弱々しく呟いた。

本当ならこの後、〇ニメイトに寄って東方の限定フィギアを買おうと思ったのに、とんだ厄日になってしまった。ああ、来週は予約していた東方の同人誌が届くはずだったのに、残念だ。

あ、そういえば寮の部屋にあるUSBメモリ、中身を見られたら御代までの恥が! ………って、俺の血筋は御代までもないか。HAHAHA……あれ? 雨が目に入って前が見えないな。

 

そんな事を考えていると、俺の視界を少しの暗がりが包んだ。

視線を動かすと、そこには一人の女性が傘を差して俺を見下ろすように立っていた。

肩まで伸びた長い茶髪、白いロングスカートに黒いコートを羽織っており、素敵な赤い瞳が特徴的だった。

 

 

「御機嫌は如何?」

「どうかな。死に際に女神さまが迎えに来てくれたのは嬉しいけど」

「ふふ、そんな傷なのに随分と余裕なのね」

「美しい女性には失礼の無いように、それが俺の信条ですからね」

「そう」

 

 

女性は少し悲しげな表情を俺を見下ろした。

 

 

「女神様、殺人犯がこの辺りをうろついているかもしれません。早くここを離れた方がいい」

「自分のことよりも、他人を心配するのね」

「死に逝く奴にできるのは、今を生きる奴の幸せを願うことだけですよ」

 

 

俺は多少無理をしながらにっこりと笑った。

男としての意地なのか、なぜか目の前にいる彼女を悲しませたくなかった。

 

 

「貴方は、死ぬのは怖くないの?」

「怖いに決まってよ。でも、だからって何もできないじゃないか」

「そうね」

「あゝ、こんなことなら岡崎教授へのレポート出しとけばよかったな。

 それと、宇佐見やメリーちゃんにももっと上等のケーキをおごってやれば………」

 

 

俺は笑みを浮かべているが、瞳からは絶え間なく涙が溢れ出ていた。

死ぬのが怖くない人間なんていない。例えそんな人間がいたとしたら、それはもはや人間ではないだろう。そう、それは最早、『化物』だ。

 

 

「あ~あ、本当に今日はツいてないな」

「生きたい?」

「ああ」

「なら、貴方の願い、特別に二つ叶えてあげるわ」

 

 

彼女は俺の近付くと雨や血で濡れているにも拘らず、俺を抱きしめた。

それはとても暖かく、なぜか懐かしい感じがした。

 

 

「あはは……あんた本当に女神様かよ」

「いえ、私は……」

 

 

彼女の言葉を最後まで聞こうとするが、急に瞼が重くなってきた。

眠るように意識が遠のいていく中で、雨の降りしきる音と彼女の優しげな声が最期に聞こえた。

 

 

「神無の神子、巡り巡って現世に戻る時、幽明境を分かつ、

 果てしなく永い悠久の中で、我が愛しき想いをもって、その魂を転生させる。

 願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、素晴らしき出会いに恵まれますように………。

 そして叶うなら、この先の苦難を乗り越えるために、彼に絶えない絆があらんことを…………」

 

 

その日、俺の、神無 優夜(かみなし ゆうや)の人生は終わった。

だが、それと共に俺の新たな物語が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

???side

 

 

さて、ご存知の方々は知っていると思いますが、これも一応“第一話”。

初めて読んでくださる方のために改めてご挨拶さえていただきます。

私(わたくし)、今作の駄作者こと、『空亡之尊(そらなきのみこと)』と申します。

まあ、呼びやすく空亡、罵ってくれる方は駄作者で結構です。

 

第一話はごく在り来たりな転生ものの話でした。

僕も初めはこんな感じだったんですけど、序盤に行くにつれて東方要素が薄れてきて、今では東方要素を含んだオリジナルとなりつつあります。

そこで、ここからはそう言うのをご承知の上、読んでいただきたいと思っています。

 

こんな物好きの在り来たりでどこか可笑しな物語に、最後までお付き合いしてくれたら幸いです。

では、改めまして『東方幻想物語』の、はじまりはじまり~………………。

 

 

 

 

 





空亡「さて、始まりましたね」
優夜「周回プレイってこういうことを言うんだな」
空亡「うるさい。それより、色々変更してるのでそこら辺は意識してくださいよ」
優夜「いや、俺この後の展開知ってるんだけど」
空亡「……仕方ない。次回から記憶処理でもしておきますか」
優夜「物騒だなおい!」
空亡「さて、では次回予告に行きますか」
優夜「改変してもそこは同じかよ」


次回予告
主人公、落ちる。優夜「やっぱり同じか!?」
東方幻想物語・序章、『目覚めろ、その魂』、どうぞお楽しみに。


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目覚めろ、その魂

神無 優夜side

 

 

前略。

天国で楽しく暮らしているだろう両親、お元気ですか?

親父の女好きに母さんに迷惑を掛けていませんか?

母さんはそんな親父に嫌気がさして喧嘩などしていませんか?

 

二人がいなくなって早くも三年が経ちましたが、俺は相変わらず元気です。

大学では変な人が多いけど退屈せずに過ごしています。

今では全力を捧げるほどの趣味も持っていますから、毎日が楽しかったです。

 

そんな俺ですが、今、澄み渡る大空をパラシュートなしでスカイダイビングしています。

もしかしたら、しばらくしてそっちの方に行くかもしれませんので、用意しておいてください。

 

 

「……って、どうしてこうなった」

 

 

俺は体を捻って寝転ぶような体制を取ると、頭の中で色々と整理し始める。

まず、俺は誰かも解らない奴にナイフで刺されて瀕死になった。そこで走馬燈を眺めていると一人の女性が現れた。その女性と話していると抱きしめられて眠った。そして今に至る。

 

 

「訳が分からね……」

 

 

結論、訳が分からないことがよく分かった。

まあ、さっきから落下している間に感じている相対風の感覚が夢ではないことを物語っている。

そう、この感覚は高速道路で窓から手を出した時に感じられるおっ……いや、こんな事を言うのはよしておこう。健全なこの作品が穢れてしまう。

そんな一人茶番を脳内で繰り広げていると、下の方から光が見えた。

 

 

「ん?」

 

 

首を傾けてみてみると、そこには太陽があった。

不思議に思って首を元に戻すと、そこにも太陽はあった。

再び首を傾けてよく見てみると、それが大きな湖の湖面に映った太陽だと気付いた。

その時、俺の頭にこの先に待ち受ける出来事がある程度の予想できた。

 

 

「えーと、確か水面にダイブするときは腹じゃなくて足か手から……」

 

 

そんな事を考えていると徐々に水面が近付いてきた。

予想以上に速い着水に戸惑っていると、俺は咄嗟に水泳の飛び込みの体勢を取った。

運が良ければ腕の骨折、悪ければ本当にあの世に逝く羽目になりそうだ。

 

 

「ええい、ままよ!」

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

「………はっくしょ!」

 

 

静かな夜の湖に大きなくしゃみの声がこだました。

結局、あの後湖へダイブしたが幸い怪我はなく、その代償に夜の冷たさを更にも増して全身に感じる結果となった。

目の前には自分で起こした焚き火があるが、濡れた身体に夜風の鬼畜コンボは俺には効果抜群すぎる。だからと言って今着ている服を脱ぐつもりはない。

 

 

「……というか、俺の服」

 

 

俺は焚き火に照らされる自分の姿を改めて確認する。

白いシャツに黒いズボン、黒いロングコートと黒いフィンガーグローブを身に纏っていた。

死んだときは普通の服装だったはずなのに、なんでよりにも俺が自作した服を着ているのか、本当に訳が分からなくなってきた。

 

 

「まあ……そんなことより、ここは何処だ?」

 

 

服が乾いてきた頃に、俺は周囲を見渡して小さく呟いた。

周りには鬱蒼と生い茂った森ばかり、空には無数の星々と大きな三日月が輝いている。

これだけで分かる事と言えば、天高く立ち並ぶビルがある都会よりは空気が綺麗だということと、俺の知っている世界ではないということだった。

 

 

「ここは過去か、それとも平行世界か……」

 

 

俺の問いに応えてくれる声は聞こえない。

これが某二次創作投稿サイトの作品なら、その可能性も無きにしも非ずなんだよな。

教授やアイツならこんな状況を楽しんだりできるだろうけど、今の俺には不安で胸が一杯だ。

 

 

「俺のUSB、覗かれてないよな……」

 

 

そんな俺の不安にツッコミを入れるように、近くの草むらが揺れた。

風が吹いて揺れただけかと思ったが、それを否定するように草むらが不自然に揺れた。

気になって近付くと、草むらがピタッと止まった。それでも好奇心が抑えられない俺は恐る恐る歩み寄り、草むらへと手を伸ばした。

 

次の瞬間、俺の勘がこの先にいる危険を察した。

すると、草むらの向こうから黒い光の弾のような物が俺に向かって飛び出してきた。

 

 

「――っ!?」

 

 

俺は咄嗟に後ろに跳んでそれを避けると、草むらの先を睨みつけた。

今の攻撃で全てを察した。そこには何かが居て、加えて確実に俺の命を狙っている。

 

 

「……残念」

 

 

草むらの向こうから落胆したような声が聞こえると、そこから一人の女性が現れた。

金髪のロング、白い長袖のシャツに黒い上着と黒いロングスカート、頭には闇色のリボンが付けられている。見た感じは美人なお姉さんだが、その周りに纏った殺気は明らかに人外だった。

彼女は獲物を狙う獣ような目つきで俺を見つめると、口元をニヤッとさせた。

だが、それ以上に驚愕していた俺は咄嗟に声を上げた。

 

 

「久しぶりにご馳走にありつけたわ」

「マジか………『ルーミア』、しかもEX」

 

 

天国の両親へ、

俺はどうやら東方projectの世界に来たようです。

あと、どうやら食べられるみたいです。性的な意味ではなく物理的な方で。

 

 

 




空亡「これが、彼の初めての出会いだった」
優夜「初めてがいきなりルナティックなんですけど」
空亡「もしかしたら仲間になるかもしれませんよ?」
優夜「この出会いでそうなったらある意味奇跡だよ」
空亡「そうですね。奇跡、ですね」
優夜「なんか含みのある言い方だな」
空亡「そんなことないですよ」


次回予告
物語もままだまだ序盤、だというのに始まったのは死のリアル鬼ごっこだった。
東方幻想物語・序章、『戦わなければ生き残れない』、どうぞお楽しみに。



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戦わなければ生き残れない

神無 優夜side

 

 

真夜中の森、月照らす下に二つの影が走り抜けた。

一つは黒い服装に身を包んだ少女が手から黒い弾幕を放ちながらもう一つの影を追いかけている。

もう一つは俺、少女から逃げるように木々を合間を走り抜け、弾幕を次々と避けていく。

背後から迫り来る恐怖に、俺には背後を振り向く勇気はなかった。

 

 

「逃がさないわよ」

「ああ、どうしてこうなった!?」

 

 

俺は走りながらそう叫んだ。

とりあえず情報を整理しよう。まず、ここは『東方project』の世界だという事が分かった。

そして、楽しそうに殺気を振り撒きながら俺を追いかけてきているのは『ルーミア』本人だ。

しかも二次設定だけの存在でもある『EXルーミア』、状況は大体分かった。

 

ルーミアが居るということは幻想郷? いや、EXだから随分と過去の世界か。

他の二次創作小説だと諏訪大戦だったり、平安時代だったり、挙句は月の民が地上に居た頃の話だったりと、とにかく時代の特定が難しい。

そんな事が分かったとしても、今の俺には意味の無いことだ。

 

色々な事を考えていると、後ろからの攻撃がより一層増してきた。

さっきから転倒目的で足元を狙ってきたり、近くの木を撃って進路を妨害したりと、やることが小賢しくなってきた。本人はとても楽しそうですけどね。

 

 

「あはは♪ 待ちなさい」

「くそ、好きなキャラに会えて嬉しいけど食い殺されるのは御免だ!!」

「ただの人間が逃げられるわけないでしょ?」

「くっ、本当ならカッコイイ言葉で言い返したいけど、今は逃げるのが優先だ」

「――それはどうかしら?」

 

 

一瞬、彼女の声色が何かを察して嬉しそうに呟いた。

草むらを抜けようと一気に足を踏みしめて速度を上げると、予想外の出花事が起きた。

 

 

「きゃっ!」

「なっ!?」

 

 

草むらを抜けると、そこに居た少女とぶつかってしまい、二人揃って転倒してしまった。

一瞬、長い黒髪と紅い瞳が見えた気がしたが、そんな事を気にしている暇はなかった。

 

 

「いたたた……大丈夫?」

「は、はい」

「つ~かまえた♪」

「「あっ/ひっ」」

 

 

ルーミアの楽しげな声に俺は唖然とした声を、少女は悲鳴のような声を上げた。

彼女はこれを知っていたのか。なるほど、確かに動きを止められたな。

 

 

「さて、これでお終いね」

「そうみたいだな」

「ふふ、今日は良い夜ね。ご馳走が二つなんて」

 

 

ルーミアは月の光に照らされながら無邪気に微笑む。

 

 

「命運尽きたか」

「そう落胆しないで。貴方には選択肢があるわ。

ここでその女と一緒に食われるか、それを犠牲にして私から逃れるか」

「随分と気前がいい選択肢だな」

「私だって人間一人食べられれば満足なのよ」

 

 

ルーミアは冗談交じりにそう告げる。

ここで話に乗れば俺の命は助かる。だが、その代わりに見ず知らずの少女が食われてしまう。

 

 

「さあ、どうする?」

「確かに、あんたの話に乗れば俺は死なずに済むのかもしれない」

「そうよ。それにそこの女とは赤の他人、選択肢は決まっているようなものね」

「ああ」

 

 

俺はそう言って地面に腰を抜かしている少女に向かって歩み寄った。

少女は恐怖で瞳に涙を溜めながら身体を震わせている。話を聞いて自分の末路を悟ったのだろう。

俺はそんな彼女を一瞥すると、彼女の手を引いて自分の元に抱き寄せた。

 

 

「……決して振り返るな」

「え?」

 

 

俺は彼女の耳元でそう囁くと、彼女の身体を反転させて突き放した。

 

 

「走れ!」

 

 

俺はあらん限りの声でそう叫んだ。

少女は俺の事を一瞥するが、俺が満面の笑みを浮かべると彼女は前に向き直って走り出した。

彼女の背中を最後まで見送り、振り返るとルーミアが面白うに俺を見つめていた。

 

 

「それが、貴方の答えね」

「ああ。女性は大切にしないと罰が当たるからな」

「でも良かったわ。残ったのが食べ応えのありそうな人間で」

「そいつはどうかな? ここから鬼ごっこ再開でも俺は構わないぜ」

「それはもう飽きたわ。運動するのも十分だし」

 

 

彼女はそう告げると、そこを中心に真っ暗な影が鋭利な刃物のようになって俺に向かってきた。

咄嗟にそれを避けるが、周りの森の暗がりからも影が伸びて俺に迫ってくる。

イメージするなら、〇の錬金術師のプラ〇ドみたいなものだ。ちなみに俺のお気に入りだ。

次々とそれを避けていくが、避けた先には彼女が待ち構えており、俺の首を握り締めた。

 

 

「これで本当に終わりね」

 

 

ギリギリと握られた手に力が込められていく。

呼吸ができなくなり、彼女を剥がそうとする力もだんだんと無くなっていく。

 

 

「貴方との鬼ごっこ」

 

 

彼女の手に闇で作られた黒い剣が握られ、その剣を天高く振り上げる。

だが俺は、不謹慎にも月明かりを背にするその剣が美しいと思ってしまった。

 

 

「楽しかったわよ!」

 

 

彼女が振り上げた剣を振り下ろす。

今からありつける食事に胸を躍らせる彼女の表情は狂気に歪んだ。

 

終わるのか? さっき死んだばかりというのに、もう終わってしまうのか?

絶対に嫌だ。まだ死にたくない。まだこんな所で終わりたくない。まだ、まだ俺は!!

 

 

「終わって………たまるか!!!」

 

 

その瞬間、俺の右手が突然光り出した。

光に目が眩んだのか、振り下ろそうとした彼女の剣が止まった。

その隙を見逃さなかった俺は彼女の腕を掴んで引き寄せると、勢いよく頭突きをかました。

 

 

「なっ!?」

 

 

予想以上の威力にバランスを崩した彼女の手が首から離れた。

地面に着地して首を摩る。少し痕が付いたが、命があっただけまだマシだ。

 

 

「何だったのよ、今のは」

「奥の手だよ」

「そっちじゃないわよ。さっきの光よ」

「さぁな」

 

 

俺がそう答えると、なぜか右手に違和感を覚えた。

よく見てみると、いつの間にか一本の日本刀が握られていた。

意外にも手に馴染んでいるものだから気付かなかった。手に馴染むって何だよ。

 

 

「ったく、ご都合主義の展開。嫌いじゃないわ」

「なんでいきなり女口調なのよ」

「気分だよ。それより……」

 

 

俺は日本刀を彼女に向けて自信満々に告げた。

夜空に浮かぶ三日月のように口端を吊り上げ、真っ赤な瞳を輝かせる。

 

 

「こんなにも月が綺麗なんだ。本気で遊ぼうぜ?」

 

 

 





優夜「ご都合主義かよ」
空亡「せめて予定調和って言ってくださいよ」
優夜「意味は同じだろ?」
空亡「まあ、そうですけど。嫌いじゃないんですよね?」
優夜「ああ。使い古されたような王道の展開とかマジで好物だ」
空亡「じゃあ文句なしということで、次に移りましょうか」
優夜「そういえば、俺って意外とピンチなんじゃ………?」


次回予告
月明かりの下、人間と妖怪の最初の戦いが始まった。
東方幻想物語・序章、『運命の切り札で斬り開け』、どうぞお楽しみに。



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運命の切り札で斬り開け

神無 優夜side

 

 

月照らす下、対峙する俺とルーミア。

彼女は剣を握り締めると地面を蹴り、俺の懐に踏み込んできた。

俺は咄嗟に刀でそれを防ぐと、刃と刃が互いに火花を散らせた。

 

 

「その力、貴方何者?」

「通りすがりのただの人間だ。恐らくは」

「なら試してあげるわ。本当にただの人間か、そうでないか!」

 

 

彼女がそう言って距離を空けると、それと同時に周りの暗がりから実体を持った影がその形を刃にして俺に向かってきた。

俺は影の一つ一つの動きを見切ると、それら全ての攻撃を刀で受け流していき、それで出来た隙を狙って影を根元から斬り裂く。切り離された影は塵となって風に乗って消えていった。

塵となる影の先では、ルーミアが面白そうに笑みを浮かべていた。

 

 

「なるほど。ただの人間にしては良い腕ね」

「これでも伊達に剣術を習ってきたわけじゃないんでな」

「ふふ、俄然食べたくなってきたわ」

「良薬は口に苦し、って言葉を身を持って味あわせてやるよ」

「その頃には貴方はとっくに私の胃の中よ」

 

 

彼女はそう言って宙に浮くと、腕を大きく振り払って目の前に弾幕を展開した。

夜符『ナイトバード』、平面2Dなら避けやすいんだけど、生憎と現実は3D、弾幕は壁のように俺の目の前に迫ってきている。これが二次元との差ってやつか。

俺は弾幕の合間を次々と避けていくが、俺はある勘違いをしていた。

次の弾幕を避けようとしたその時、その合間からさっきの影の刃が飛びだしてきたのだ。

咄嗟に刀を盾にしてそれを防ぐが、避けるタイミングを逃して弾幕に吹き飛ばされてしまう。

 

 

「ったく、回避不能かよ。原作なら起訴も許さない」

「さすがに身体だけはただの人間みたいね」

「当たり前だ」

「なら、あと何分持ち堪えられるのかしらね」

 

 

彼女はそう言って両手を広げると、手の先から闇色のレーザーを放った。

月符『ムーンライトレイ』、原作なら2本のレーザーが自機を挟み込むように展開されるだけの比較的簡単なスペカだが、現実とはここまで厳しいものなのだろうか。

放たれたレーザーは2本ではなく10本、しかもそれぞれが四方八方をの逃げ場を失くすように展開されている。この後のことを考えて、どうやって避けろと!?

レーザーは互いに交差し合いながら上下左右に動きだすと、またもその間から影の刃が至る所から迫ってきた。

 

 

「ただの人間に本気出し過ぎ!?」

「獅子は兎を狩るにも全力を出すのよ?」

「だからってオーバーキルすぎるだろ!?」

 

 

レーザーの隙間へと上手く避けていくが、影の刃からは逃げられず、影は俺の胸を一突きした。

しかし、その攻撃は俺の身体を傷付けず、代りに不自然な金属音が胸の辺りから響いた。

俺は動きの止まった影を斬り裂くと、胸の辺りを探った。

そこから出てきたのは俺と長年連れ添ってきたスマホだった。背面には去年アニ〇イトで買った陰陽玉のシールが貼ってある。しかし、画面には傷が付いた様子もない。

 

 

「そんな鉄くずに邪魔されるなんて」

「ああ。まったく、運が良いぜ」

「でも、次はそういかないわよ」

「そうだな。……ん?」

 

 

その時、スマホの電源がひとりでに点いた。

そこには『好きなキャラを選んでください』という言葉と、東方のキャラの名前が作品別で表示されていた。

 

 

「なんだ、これ」

「よそ見をしている暇はないわよ」

 

 

突然のことで俺が唖然としていると、ルーミアは剣を構えて俺に向かって飛んで来た。

俺は迷い無く『ルーミア』を選択すると、突如俺の持つ刀が光り出した。

光が納まると、刀は黒い刀身へと変わり、鍔には原作の赤いリボンが巻かれている。

咄嗟に刀を前に構えると、俺の背後から別の影の刃が飛び出し、ルーミアの攻撃を防いだ。

 

 

「私と同じ能力!?」

「どういうことだよ」

 

 

『ルーミア:闇を操る程度の能力』

 

 

スマホの画面にはそんな説明が表示されていた。

推測だが、もしかしたら今のこの状態ならルーミアと同じ能力が使えるってことだろう。

 

 

「とりあえず、使わせてもらうぜ」

 

 

俺は刀を構えて彼女の下へと走りだすと、周囲の暗がりから影の刃が飛び出し、ルーミアに向かって一斉に突き刺す。

彼女は自分の影でそれらを防御し、それを振り払って俺の影を退けるが、そこには俺の姿はすでになかった。

 

 

「隙ありだぜ、お嬢さん」

「なっ!?」

 

 

影で目の前を覆っている隙に、俺はルーミアの背後へと移動していた。

それに気付いた彼女は再び影を展開するが、一瞬の差で俺は彼女の下へと歩み寄り、影ごと斬り抜けた。

 

刀は再び光となって消えると、俺は後ろを振り返って彼女へと視線を向けた。

そこには膝を着いて地面についているルーミアの姿があった。

 

 

「勝負あり、だな」

「そうね」

 

 

彼女は満足そうな笑みを浮かべてその場に座り込んだ。

だが、体力の限界が来ていた俺もその場に倒れそうになりながらもその場に仰向けに倒れた。

 

 

「ははっ、どうやら俺も限界が来たらしい」

「今なら簡単に食べれるかもね」

「それは勘弁してもらいたい」

「冗談よ。私は強い相手には牙を向かないわ」

「これでも結構ギリギリだけどね」

「まだ何か隠してそうで後が怖いのよ。少なくともそう感じるわ」

 

 

彼女は小さく笑うと、立ち上がって俺に背を向けて歩き出した。

 

 

「じゃあね。名前も知らない人間さん」

「神無 優夜だ。そっちも一応名乗ってくれないか?」

「知っているとは思うけど、ルーミアよ」

「そうか。やっぱり……」

「なんで私のことを知っていたのかは聞かないでおいてあげるわ」

「そうしてもらえると助かる」

「それじゃあ、また会いましょう。ユウヤ」

 

 

彼女は俺に手を振ると、森の暗がりの中へと消えていった。

それを見送ると、俺は仰向けに寝転がった体勢で目の前に広がる夜空の景色を眺めた。

 

俺は寝転びながらこの数時間の出来事を思い返してみた。

殺されたかと思えばいきなり東方の世界に飛ばされ、ルーミアの晩飯になりそうになるし、何故か変な能力が身に付いてしまい、そして今に至ってしまったというわけだ。

不安とか恐怖とかが俺の胸の中で未だに渦巻いているが、それ以上に思っていることがあった。

 

 

「会えるかな……」

 

 

それはこれから先に待っているだろう未来への好奇心だった。

憧れていたキャラに会えるかもしれない。そう考えるだけでも期待で胸が躍る。まあ、その前に生きていけるかどうかが問題だ。蓬莱の薬でも飲もうかと本気で考えている。

これが本当にあの女神さまのお陰なら、今度会ってお礼でも言いたいな。

 

 

「そういえば、あの子は大丈夫かな?」

 

 

俺は逃した少女の事をふと思い出した。

ルーミアからは何とか逃げられたと思うけど、この森の中には他の妖怪もいただろうし、何とか逃げていてくれればいいんだけどな。

 

 

「とりあえず、寝るか」

 

 

妖怪に襲われる危険など忘れ、俺はそのまま眠りに着いた。

起きたら街を探しに行こう。そしてここが本当にどこなのかを確かめに行こう。

 

 

 

 




空亡「一応、これで序章は終わりですね」
優夜「最初にしては上々だな。二週目だけど」
空亡「言わないでください。これでも初期よりは上がったんですよ?」
優夜「別にどこも変わってないよな」
空亡「うっ………いや、ちゃんと探せば文章がちょっと違う」
優夜「それをどうやって判別するんだよ。もう前のは消すんだろ」
空亡「そ、それは……(;^ω^)」
優夜「まあ、今後に期待するか」
空亡「うちの子がいじめてくる件について」
優夜「茶番だからな」


次回予告
その昔、この地球には現代よりも高度な技術を持った人間が住んでいた。
東方幻想物語・神代編、『始まりの街』、どうぞお楽しみに。


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第1章『美しくも穢れた月』
始まりの街


神無 優夜side

 

 

ルーミアとの戦闘から一夜明け、俺は朝日の光で目が覚めた。

身体を起こした俺は大きく伸びをすると、寝惚け眼を擦りながら周囲を見渡した。

 

 

「……やっぱり夢じゃないか」

 

 

安心したような、それと共に少しだけ落胆したような声で呟いた。

憧れの東方の世界に居るのは非常に喜ばしいことだが、絶賛迷子中の俺はこの森を抜けなければ、原作キャラに出会うという目的も果たせずに野垂れ死ぬことになりそうだ。

それだけは何とか避けなければならない。それで終ったら一番恥ずかしいからだ。

 

 

「……こっちに行ってみるか」

 

 

俺は意を決してその場から立ち上がると、自分の勘を頼りに歩き出した。

果たしてこの決断が吉と出るか凶と出るか、はたまた鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだ。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

しばらく歩き続けた結果、出てきたのは街でした。

正確に言うなら巨大な都市、しかも俺が居た時代の物よりも遥かに発展しているように見える。

俺はその光景を見て、今がどの時代かということを確信した。

 

 

「月の民が地上に居た頃……神代の時代か」

 

 

神代の時代、簡単に言えば日本神話の発端となった時代の事を表す言葉。

天照の岩戸隠れ、因幡の素兎、天津神の国譲り、富士山と八ヶ岳の背比べ、それらの日本神話の出来事が起こったのが時代のことを指し、最初の天皇である神武天皇が即位するまでの時代だ。

そして、原作では月夜見が地上を離れ、月に移住するのもこの時代。

目の前にこんな街が残っているということは、今はまだその時期ではないということだろうか?

そんなことを推測しながら立ち惚けていると、俺はある異変に気付いた。

 

 

「……ん?」

 

 

俺が街の入り口へと視線を向けると、そこには警備兵らしき男たちが数十人ほど並んでいた。

手に持たされた銃はすでに俺へと照準を向け、男たちの瞳には敵意しか見受けられなかった。

とりあえず何か言い訳を考えようとすると、隊長らしき男が声を上げた。

 

 

「そこのお前、何者だ」

「いやだな~皆さんと同じここの住人ですよ」

「ならば何故、郊外にいる」

「実は薬の材料を探しに森に入ったら迷子になってしまって」

「妖怪には出遭わなかったのか」

「これでも足には自信があるんで、死ぬ気では知ったら逃げれました」

「ちなみに、郊外への外出許可証は?」

「その妖怪に追いかけられている最中に失くしちゃいました。てへっ」

「………そんなものは存在しない」

「……………………ありゃ?」

「全員構え!」

 

 

隊長の掛け声に全員が引き金に指を掛けた。

くっ、なんて高度な誘導尋問だ。岡崎教授の講義に10回遅刻してその度に誤魔化してきた俺の話術がこうも簡単に見破られるなんて。あのお方、只者じゃない!?

俺は身構えながらスマホへと手を伸ばす。最悪、強行手段を使わざるを得ない。

いつ戦闘が行われるか分からないそんな殺伐とした空気を、一人の女性の声が勝ち割った

 

 

「そこまでよ」

 

 

その声に男たちの身体が僅かに揺れた。それは畏怖によるものだとすぐに分かった。

徐々に足音が聞こえてくると、男たちはその張本人の道を開けるために左右へ退けていく。

 

やがて声の主である女性が姿を現すと、俺は目を見開き、そして2度目の衝撃を喰らった。

後ろで三つ編みをしている長い銀髪、左右で赤と青に分かれた特殊な配色のフリルの付いた半袖とロングスカート、頭には赤い十字マークが入った青いナース帽、雰囲気からして周りの男たちよりもより一層恐れを抱きそうになる。

彼女は隊長の真横を通り過ぎると、俺の目の前に立ち止った。

 

 

「はじめまして。侵入者さん」

「いや、侵入どころか街に入ってすらいないんですけど」

「あらそうなの。なら、どう呼んだ方がいいかしら?」

「まずは自分から名乗るのが礼儀だが、美しい女性に無礼はできないな。

 俺の名前は神無 優夜、そこの森で迷子になっていたただの人間だ」

「お世辞がお上手ね。私は八意 ××、言いにくかったら永琳で構わないわ」

 

 

永琳はそう言うと社交辞令的な笑みを俺に向けた。

八意永琳、神代の時代から生きている永遠亭の医者。様々な薬を作ることができ、また、知識の高さから月の頭脳とまで呼ばれた原作でも屈指の強キャラだ。

今は不自然なくらい友好に接しているが、裏では何か考えているのではと疑心暗鬼に陥ってしまいそうになる。

俺は歓喜と少しの警戒を抱きながら彼女を見つめていると、彼女は後ろへと振り返った。

 

 

「隊長さん、この人を案内してもよろしいかしら?」

「……八意様直々にですか?」

「ええ。少しばかり話をしておきたいことがあるのよ」

「よろしいのですか。そんなどこの誰かも分からぬ輩を」

「神無 優夜、森で迷子になっただけの人間でしょ?」

「……やれやれ。まったく貴女は」

 

 

隊長は頭を抱えながら首を振った。

月の民の中でも上部に立つ八意永琳、その信頼と恐ろしさには一介の隊長さんも敵わないらしい。

というより、隊長さんからは苦労人のオーラを感じる。普段から無理に付き合ってるんだろうな。

 

 

「ですが、何かあった時には責任はご自分で取ってください」

「大丈夫よ。その時は今開発している新薬の実験に使うから」

「それならいいです」

「……さあ、行きましょうか」

「ちょっと待て、今聞き捨てならない単語が聞こえたんだが!?」

「心配しないで。あくまで、“何かあった時”よ」

 

 

そう言ってニッコリと笑みを浮かべる永琳。

とりあえず、この人には逆らうのはやめておこう。流石に度を超えたSは専門外だ。

 

俺は彼女に言われるがままその後を付いて行った。

街に入り、大きな通りを歩いて行くと、周囲の人達からの視線が気になった。

他の人達と比べれば奇妙な服装をしているが、原因はおそらく彼女だろう。恐らくこの頃から有名な彼女だ、その人物が男を連れて歩いているところを見かけたら気になるに決まっている。

 

しばらく歩いて街の中心部まで来ると、そこにある大きな建物へと入っていった。

時代に似合わないエレベーターで上の階へと上がり、そこにある一室へと俺は通された。

 

 

「ここよ」

「ここって、もしかして永琳の家?」

「家というより、この階全部が私の所有物よ」

「うわぁ……」

 

 

改めて永琳の凄さが分かった俺は部屋の中を進んでいく。

山に積まれた資料、色とりどりの液体が入ったビーカーやフラスコ、その部屋に似合わないのに置かれた弓。なるほど、確かに永琳の部屋だ。

 

 

「なあ、永琳」

「なに?」

「どこに連れていく気だ?」

「言ったはずよ。少しお話がしたいって」

「それならあの場でも良かったはず。こんな所まで連れてくる義理もないだろ」

「意外とそういうところも考えるのね」

「もしも俺が凶悪な妖怪だったらどうするんだ?」

「それも言ったはずよ」

 

 

彼女は扉の前まで歩くと、振り返って俺の瞳を見つめた。

信用なんてしてない。敵意があれば容赦なく殺す。そんな志向が読み解けるような瞳をしていた。

原作を知らなかったとしても、この人には敵わないことは本能で解っただろうな。

 

 

「怖いな」

「まあ、自分をそんな風に言う奴が凶悪な妖怪なわけがないと思うけどね」

「つまり自分はイケメンだと思っているナルシストはそんなにカッコ良くないのと同じ」

「どういう例えよ」

「思った事を言ってみただけだ」

「はあ……まあ、入りなさい」

 

 

永琳は呆れながら扉を開けた。

そこに待っていたのは、意外にも早い再会だった。

 

 

 

 





空亡「タイトルがド○クエのの一番初めの街みたいですね」
優夜「それを自分で言うか?」
空亡「これでも考えたんですけどね」
優夜「今更どうしようもないだろ」
空亡「それもそうですね。それに、重要なのは中身ですし」
優夜「そこまで変わってもないけどな」
空亡「文章力が上がっても、こればかりはどうしようもないですよ」
優夜「まあ、記憶処理の所為でこの先の展開が思い出せないけどな」
空亡「それが一番ですよ」


次回予告
運命的な出会いというものは、まあ王道でしょうかね?
東方幻想物語・神代編、『運命の再会』、どうぞお楽しみに。


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運命の再会

神無 優夜side

 

 

扉を開けた先に居たのは、一人の少女だった。

美しい黒髪のロング、月の刺繍がされた黒い着物、紅いリボンが頭に付いて、綺麗な紅色の瞳をしている。しっかりとしているように見えるが、頭にあるアホ毛がいい感じに和らげてくれている。

俺は一目見てその少女の事を思い出した。

 

 

「あ、あの時の子」

「い……生きてたー!」

 

 

少女を見て驚いていると、いきなり俺に抱き着いてきた。

一瞬だけ「何この展開……!?」と思ったが、予想以上の威力が腹部に直撃すると、俺は溜まった空気を吐き出しながら床に押し倒された。

リアルで勢いよく抱きつかれると意外と痛いんだな………この時ほど二次元と現実の違いを痛感させられることは無いだろう。多分、きっと、恐らく…………そう信じたい。

 

腹部の痛みと床の冷たさを痛感していると、俺の頬に涙が落ちてきた。

よく見ると、目の前の少女が涙をボロボロと流しながら俺を見下ろしている。しかも至近距離。

 

 

「えーと、何で泣いてるの?」

「だ、だって、あの妖怪に食べられたのかと思って……」

「まあ、普通はそう思うよね」

「それで私、あの街に戻って、でも助けを呼ぶことも出来なくて……」

 

 

少女は涙を流しながらそう語る。

自分だけ助かったことによる後悔に耐えられなかったのか、彼女の目は涙を流し過ぎて真っ赤に腫れていた。きっと、俺が彼女と同じ立場だったらこうなっていただろうな。

俺は起き上がると、未だに涙を流し続ける彼女の涙を指で拭った。

 

 

「泣くなよ。可愛い御顔が台無しだぜ?」

「だって……」

「まあまあ、俺はこうして生きてるんだし、それでいいでしょ?」

「でも!」

「それに、俺は君にそんな事を思われるほど良い人間じゃないよ」

 

 

俺は申し訳なさそうに目を伏せながら話す。

俺はあの時、ルーミアの問いかけに一瞬だけ迷ってしまった。彼女を助けるか、自分が助かるかの単純な二択に………。

もしも、あの時の選択肢を間違っていたら、俺の人間としての心は死んでしまったのかもない。

 

 

「結局、自分が一番かわいいんだよ。そういう人間なのさ」

「そんなこと………」

「でも、ありがとう。元気な姿を見れただけで、俺は満足だから」

 

 

俺は満面の笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。

彼女は少して臭そうに顔を俯かせるが、口元が嬉しそうに笑っていた。

うん。やっぱり女性は泣いている顔より、笑っている顔の方が100倍可愛い!

 

 

「……そろそろいいかしら?」

「「……え?」」

 

 

俺と少女はづ時に視線を向けると、部屋のソファに座っている永琳が居た。

そういえば、永琳の案内でここに来たんだっけ…………やばい、本気で忘れてた。

 

そして俺は今の状況を冷静かつ客観的に捉えてみた。

押し倒されている、互いの顔が至近距離、そして何故か漂っている桃色の雰囲気。

この状況を理解するのに、お互い時間は掛からなかった。

俺と少女は顔を真っ赤にすると、急いで立ち上がって永琳の向かいのソファへと腰掛けた。

 

 

「あははは…………お恥ずかしいところを」

「良かったのよ? そのままでも」

「冗談を。そんな黒い殺気を出されたらビビッてなにも出来ねえよ」

「まあいいわ。アナタは私の助手を助けてくれた恩人だから」

「助手?」

 

 

俺は永琳の言葉に疑問を抱き、隣に座っている彼女に視線を向けた。

 

 

「そう。この子は私の助手、昨晩は新薬に必要な材料を取りに行ってもらってたのよ」

「なるほど。通りであんな危険地帯にいたわけだ」

「貴方も人の事は言えないけど、そんな所に一人で行かせた私にも責任はあるわ」

「せ、先生は悪くないですよ。……嫌われ者の私が悪いんです」

 

 

最後の言葉、小さくて聞き取り辛かったが、なぜか彼女が悲しげな表情をしていた。

 

 

「さて、ここから本題だけど」

「え? お礼だけじゃなかったのか?」

「それだけなら入り口で済ませてるわよ」

「それもそうだな」

 

 

ここに来るときに永琳に言った台詞がブーメランとして帰ってきた。

 

 

「で、俺に何かあるのか?」

「率直に言うと、ここに住みなさい」

「すみません。もう少し詳しくお願いします」

 

 

言葉だけを聞いたら嬉しさが有頂天だが、相手が相手だけに慎重になる。

もしかしたら新薬の実験とかそういう類の関係で俺を捕えておきたいとかいう理由なのか!?

この世界に着て三度目のピンチ、俺の物語はこれで終わってしまうのか。

 

 

「純粋に貴方に興味があるのよ。その身一つで妖怪を退けた貴方という存在にね」

「……妖怪ならアンタでも倒せるだろ」

「そうね。でも、私ではそこらの雑魚が限界よ。でも、貴方が出遭った妖怪は違う。

 この子から容姿を聞いて、それがこの辺で噂されている人喰いだということは分かった。

 正直言って、助けたお礼に骨だけでも拾いに行こうかとも考えていたわ」

 

 

さらっと死亡確定みたいな事を言っているが、あのルーミア相手なら当然の考えだ。

 

 

「でも貴方は生きていた。それも満身創痍ではなく、冗談を飛ばせるほど余裕を持っていた」

「一晩も寝れば誰だって冗談を吐けるよ」

「それでもよ。妖怪に引けを取らない人間、興味が湧かないわけないでしょ」

 

 

永琳は俺に熱い視線を向ける。

調べ甲斐のある対象を見つけた研究者の目をしている。なんともまあ、恐ろしいものだ。

 

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「居てくれるだけで構わない。ただ、私の『ワガママ』には付き合ってもらうけど」

「その『ワガママ』ってのは?」

「さあ、住んでみればわかるんじゃないかしら」

 

 

俺と永琳は互いを見据えながらただ黙った。

この話に伸るか反るか………愚問だ。そんなの答えは一つに決まっている。

 

 

「いいぜ。その話、乗った」

「本当にいいのかしら?」

「どうせ宿無しなんだ。野宿より牢獄の方が居心地いいぜ」

「ヒドイ言い方ね。これでも人並みには扱うつもりよ」

「そうじゃなかったら意地でも逃げるつもりだ」

「その時は楽しみね」

 

 

永琳は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「良かったわね」

「な、何で私に言うんですか?」

「あら、好きな人と暮らせるのが貴女の夢でしょう?」

「そうですけど………。あ、いや、貴方の事がその、好きというわけでは……」

 

 

顔を真っ赤にしてあたふたしている少女を、永琳はそれを見て無邪気に笑っていた。

なるほど。この時代で言う、鈴仙ポジションか。泣けるな。

 

 

「あ、そう言えば貴方たち自己紹介がまだだったわね」

「言われてみれば、そうですね」

「それじゃあ俺から。俺は神無 優夜、よろしく」

「わ、私は……」

 

 

少女は手をもじもじとさせるが、意を決して俺の手を握った。

 

 

「夢燈、夢燈 月美(むとう つきみ)です。よろしくお願いします!」

 

 

 

 





空亡「さて、この章のメインヒロイン登場ですね」
優夜「………………」
空亡「どうかしましたか? そんなにボーっとして」
優夜「いや、なんでもない」
空亡「あ、惚れましたね?」
優夜「………そうかも」
空亡「ですよね~。優夜の好みドストライクですから」
優夜(ただ、なんだろうな。このどうしようもなく感じる嫌な予感は)
空亡(本当、このあとがきは残酷ですよね)


次回予告
彼が持つ能力は、まだ存在しないはずの、幻想少女たちの能力………。
東方幻想物語・神代編、『幻想の能力』どうぞお楽しみに。


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幻想の能力

神無 優夜side

 

 

永琳の世話になって早二ヶ月、色々あったが俺はまだ生きている。

この街に住む為に永琳が上のお偉いさんたちに許可を取ってくれたおかげで、俺は何とかここで暮らせてもらっている。話によれば研究対象として匿っていると聞いたが、真意は彼女のみぞ知る。

ここでの性格は技術が元の時代より進歩しているという点を除けば、そんなに変わりなかった。

ただ、余所者というのと、あの八意永琳と一緒に住んでいるという理由で周りからの視線が痛い。

 

だが、ここにきて大変だったのはむしろ彼女の俺に対する扱いだった。

例えば、何も知らない俺に“ただの飲み物”と偽って“実験中の薬”を飲まされた。その後、俺は一週間程目を覚まさなかったらしい。ちなみに、暮らし始めて初日の出来事だ。

その後も彼女の気紛れで死の淵に立たされたりもしたが、俺は今日もなんとか生きている。

 

そんな俺は、郊外で一人、刀を片手に素振りをしていた。

目の前に落ちてきた木の葉を斬り裂くと、周りには真っ二つに斬れた木の葉が散らばっていた。

 

 

「これぐらいでいいか」

 

 

俺は刀を納めると、近くの岩に腰かけた。

昔から剣術を教わっていたが、ここ最近まではご無沙汰だった。

この前のルーミアとの戦いでそのブランクを感じた俺は一ヶ月前から稽古をしているが、まだまだ純粋に彼女と剣術で勝負できるほどには届いていない。

 

 

「やっぱり、これをどうにかしないとな」

 

 

俺はポケットからスマホを取り出した。

画面には中央にたった一つ、真っ白な本の形をしたアプリだけが表示されている。

そこをタップすると、あの時見たメッセージと東方の作品欄が出てきた。作品を選択すると、それに登場したキャラの名前が登場順に並べられている。

 

ここ二ヶ月、俺はこれについて自分なりに調べてみた。

まず、キャラを選択すると俺が持つ刀がそれをイメージした形へと変わる。ルーミアなら黒い刀、他にも試してみたが、それは今後の展開で明らかにしてく。

 

そして、同時にそのキャラの『程度の能力』や弾幕を使うことができる。ルーミアの闇を操る程度の能力では影を刃にして操り、そして原作でもあった周りに暗闇を纏うことも出来る。

 

 

「これが俺の能力なのかな……」

 

 

俺はスマホを眺めながら呟いた。

そうだとしたら名前はどういう風に付ければいいのだろうか?

ハッキリ言って俺のネーミングセンスはおぜう様並、後々後悔するような予感しかしない。

ここはあえて平凡そうな名前にしておこう。どうせ名前なんて飾りだけなんだし。

 

 

「……『幻想を形にする程度の能力』、これにしよう」

 

 

なんか若干厨二っぽい感じになったが、これの方がしっくりくる。

これで求聞史紀に載せられても恥ずかしくない。……会えるかな、あっきゅん。

そんな事を考えていると、いつの間にか空が黄昏色に移り変わろうとしていた。

 

 

「そろそろ帰らないと…………永琳に殺される」

 

 

冗談ではないトーンで呟くと、俺は岩から立ち上がって帰路へと着いた。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

家に無事辿り着いた俺だが、現在永琳と対峙していた。

その間では月美が俺と永琳を交互に見ながらあたふたしている。

 

 

「永琳」

「……なによ」

「俺に何か言うことは無い?」

「さあ?」

「そうか。なら、俺が言わせてもらおう」

「あ、あのユウヤさん」

「いいのよ月美。言わせてあげなさい」

「でも」

「さあ、言いなさい。優夜」

「じゃあ、言わせてもらうけど…………どうして部屋が散らかってんだよ!?」

 

 

俺は部屋を見渡しながらあらん限りの声で叫んだ。

山に積まれた資料、謎の液体が入ったビーカーやフラスコ、そして足の踏み場もない資料の山脈。お世辞にもこれが女性の部屋だとは到底思えない。

 

 

「初日に俺が片付けの忘れたのか?」

「いや、まあ、あれについては正直感謝しているわ」

「だったら、もう一度あんなことにならないように整理整頓するのが常識だよな」

「でも、研究に没頭していると周りが見えなくなって」

「嫌でも資料の山が目に入るんだけど。ってかこれ、俺が飲まされた薬のじゃん」

「それに、私だったらある場所くらいは把握してるし」

「そういう問題じゃねえよ。共同生活しているこっちの身にもなってくれ」

「いや、でもここは元々私n「あ?」………すみません」

 

 

俺は殺気全開で彼女を睨みつける。

あの月の頭脳に正座させているのは妙な気分だが、叱る立場として臆するわけにはいかない。

 

 

「ユウヤさん、まるでお母さんみたいですね」

「男なのに無駄に家事が上手いのよね。信じられないわ」

「一ヶ月でここまで散らかせる永琳の方が信じられないよ」

「あはは……」

「とりあえず、この部屋が片付くまで俺は料理当番から抜けるから」

「「え!?」」

「それじゃあ、俺はもう寝るから。ああ~疲れた」

「待ってください! ユウヤさんが作ってくれなかったら私たち飢え死にします」

「そうよ。この家でまともに料理できるのは優夜しかいないのよ」

「二人には自分で作るという発想はないのか」

 

 

俺は呆れながら自分の部屋へと戻って行った。

後日、見違えるほど綺麗に掃除された部屋と真っ白に燃え尽きている二人の姿を見た。

 

 

 

 





優夜「能力名が中二臭くなってるぞ」
空亡「やっぱり、こっちの方がかっこいいと思いまして」
優夜「いいのかよそれで」
空亡「そうは言うがな大佐」
優夜「誰が大佐だ」
空亡「人は誰しも厨二病を患うんです。今更どうかしようなんて間違ってますよ」
優夜「だめだこいつ、何とかしないと」
空亡「まあ、今更変更なんてしませんけどね」
優夜「もうヤダこの駄作者」


次回予告
永琳の紹介で出会ったのは二人の姉妹、しかしそこでは一波乱の予感が。
東方幻想物語・神代編、『綿月の姉妹』どうぞお楽しみに。


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綿月の姉妹

神無 優夜side

 

 

この世界に着て四ヶ月が過ぎた。俺はまだ生きている。

今日は永琳に連れられて、街の中央に位置するある屋敷を訪れていた。

立派な屋敷なのでどこかの名家なのはわかったが、表札を見て苦笑いしか浮かばなかった。

 

 

「永琳、ここは?」

「私の教え子がいる家よ。どうせだから紹介しようと思って」

「そうですか」

 

 

俺は表札に書かれた『綿月』の二文字がどうしても気になった。

永琳の教え子、苗字が綿月、名家っぽい立派な屋敷、もうあのチートな姉妹しか思い浮かばない。

 

 

「まさかここでとは」

「何か言った?」

「いや。それより早く行こう」

「ええ。案内するから着いて来て」

 

 

俺は言われるがまま彼女の後をついて行く。

幾つもある部屋、広い庭、長い廊下、飾られた高そうな品々、いかにも名家って感じだ。

 

 

「掃除するのが大変だな」

「着眼点がそこなのね」

「一人暮らしだったからな。それに、掃除が大変な同居人もいるし」

「居候の分際で言いたい放題ね」

「今日はごはん抜き」

「悪かったわ。だからさっきのは取り消して」

「プライドはないのか、天才よ」

「プライドでお腹は膨れないわ」

「ごもっともで」

 

 

そんな会話をしていると、彼女の足がとある部屋の前で止まった。

 

 

「ここよ」

「なんともまあ、和風ですね」

「どこもそんなものよ」

「確かに」

「……入るわよ」

 

 

永琳が襖を開くと、そこには二人の少女が正座をして待っていた。

一人は薄紫色の長い髪を黄色のリボンで纏めているポニーテール、白くて半袖・襟の広いシャツの上に赤いサロペットスカートのような物を着ている。生真面目そうな雰囲気がする。

もう一人は腰ほどもある長さの金髪、白くて半袖・襟の広いシャツの上に青いサロペットスカートのような物を着ている。隣の子と違って、柔らかそうな雰囲気がする。

二人は永琳の方を見ると礼儀正しくお辞儀した。

 

 

「ようこそいらっしゃいました。八意様」

「今日はどのようなご用件で?」

「私のところに居候している子を紹介しに来たのよ。ついでに貴女たちの事もね」

「永琳、この子たちは?」

「紹介するわ。この子たちが私の教え子、綿月 豊姫と同じく依姫よ」

「はじめまして、綿月 豊姫です」

「……同じく、依姫です」

 

 

そう言って二人は俺に挨拶した。

綿月姉妹、東方儚月抄で紫たちと戦った月の使者。姉の豊姫は森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす扇子であの八雲紫を言詰めた強者、妹の依姫はその身に八百万の神を自身に宿らせてその力を振るう強者。歴代キャラの中でもぶっちぎりのチートキャラだ。

 

 

「ご丁寧にどうも。俺は神無 優夜、ただの人間だ」

「噂は本当だったみたいですね」

「どういうことかしら?」

「大方、永琳がよそ者の男を匿ってるって話だろ」

「八意様ってそういうのには縁がないお方なので、正直今日は驚きました」

「こっちもですよ。こんな美しいお嬢さんたちを紹介してもらえるなんて」

「あら、お世辞が上手なのね」

「残念ですが、これでも嘘を吐くのが大の苦手なんですよ」

「面白い人ね」

 

 

豊姫は楽しそうに笑ってくれている。

天真爛漫というより、絡みやすい性格をしているお蔭で話がしやすい。

この時点でこの二人がいるということは、もしかしたら…………。

 

 

「おい、貴様」

 

 

そんな事を考えていると、突然依姫から声を掛けられた。

声の感じからして少し機嫌が悪いような、そんな気がする。

 

 

「なんだ?」

「貴様のような奴が何故、八意様の近くにいる」

「ちょっと、依姫?」

「どういう意味だ」

「貴様からは穢れを感じる。それもそこらの妖怪とは比べ物にならないほどにな」

 

 

依姫は殺気を放ちながら俺を睨みつける。

穢れ、作中では生きる為に争いが始まり、物質や生物から永遠が失われ、そして死ぬことを月の民は穢れと呼ぶ。

彼女が俺から感じるのは、恐らく生への執着、死にたくないという想いだろう。

 

 

「それを感じたアンタは、どうするつもりだ」

「今すぐにでも追い出したいところだ。あの女と同じで」

「……おい、もしかして月美の事か?」

「貴様もあの女と同じ穢れを感じる。だからこそ気に食わない」

「てめぇ………」

「二人ともやめなさい」

 

 

対峙する俺らの間に永琳が割って入る。

 

 

「依姫、いくら貴女でも私の客人を侮辱するのは許せないわ」

「ですが八意様」

「いいよ永琳。正直、こいつが言ってることは正しい」

「優夜……」

 

 

俺は永琳の肩を叩いて横切ると、依姫の目の前に歩み寄る。

 

 

「依姫、俺がそんなに気に入らないか?」

「ああ。穢れの塊のような貴様が八意様の近くにいることが許せない」

「だったら、一つ勝負しようぜ」

「なに?」

「単純だ。一対一の真剣勝負、お前が勝ったら俺は街を出て行く」

「もしも貴様が勝ったらどうするつもりだ?」

「さっきの言葉を訂正してもらう」

 

 

俺は依姫へとそう言った。

俺の事をどれだけ言われようとかまわないが、月美のことまで言われると怒りを抑えられない。

 

 

「……いいだろう」

「依姫!?」

「決まりだ。いつにする?」

「今からでも構わないぞ。場所は庭でいいか?」

「構わない」

「なら、着いて来い」

 

 

依姫はそう言って部屋を出ると、俺はその後をついて行く。

その道中、永琳と豊姫に話し掛けられた。

 

 

「優夜、貴方……」

「ごめん永琳。面倒なことになって」

「それはいいけど、気を付けた方がいいわよ」

「家族だからというわけじゃないけど、依姫は強いわ。ここは」

「悪いけど、これは俺が持ちかけた喧嘩だ。他言無用で頼む」

「でも、このままだと最悪死ぬわよ」

「その心配はしておいた方がいいな」

「だったら」

「頭に血が上って危うく殺しそうだからな」

「「!?」」

 

 

俺は湧き上がる殺気を押さえながら歩みを進めた。

原作でもチート扱いの依姫、だからと言って負ける気なんてさらさらない。

 

 

チートにはチートを、勝たせてもらうぞ。依姫。

 

 

 

 





空亡「さて、公式チートの依姫さんに喧嘩を売ったわけですが」
優夜「負ける気なんてさらさらない」
空亡「でしょうね。なら、せいせい頑張ることですね」
優夜「先を知ってるくせによく言うぜ」
空亡「よくぼろが出そうにはなりますけどね。まあ、そこは御愛嬌」
優夜「なんでこんな奴がうちの作者なんだろうな」
空亡「辛辣ですね。そういうところが好きですけど」
優夜「野郎に好かれる趣味はない」
空亡「奇遇ですね。僕もですよ」


次回予告
神の依代の姫よ、ひとつ踊りませんか? 彼は口元をニヤッとさせた。
東方幻想物語・神代編、『似た者同士』、どうぞお楽しみに。


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似た物同士

神無 優夜side

 

 

この屋敷に着て初めに目にしただだっ広い庭。そこに俺と依姫は立っていた。

互いに殺気を発しているが、お互いそれに退くことなく相手を見て対峙している。

依姫の手には原作で見たことのある長い刀が握られている。

 

 

「初めに言っておく、逃げるなら今のうちだぞ」

「易しいな。喧嘩を売ったのは俺の方なのにか?」

「いくら穢れた貴様でも、殺してしまえば八意様が悲しむ」

「ただし、殺さないから永琳の傍から離れろと?」

「それを了承するのなら私からは手を出さない」

「なるほど。嘗められたものだな」

 

 

俺は怒りを噛みしめながら右手を握り締めると、刀を召喚した。

 

 

「ふざけるなよ。こっちははなからそんな事どうでもいいんだよ」

「なに?」

「こっちが喧嘩を売ったのは月美への言葉を訂正させるためだ」

「……元から負ける気などないような口ぶりだな」

「そういうことだよ。神様に頼らなきゃ戦えないようなお嬢様に負けるかよ」

 

 

俺は挑発するように口元をニヤッとさせる。

案の定、その言葉にキレた依り姫は握り締めた拳を震わせている。

 

 

「なるほど………そんなに死にたいか」

「死ぬかよ。お前の口から謝罪の言葉を聞かなきゃいけねえのに」

「なら、やってみろ。穢れた人間!!!」

「ああ、やってやるさ。依り代のお姫様!!!」

 

 

互いに踏み込むと、一瞬で距離を詰めて刀を振り下ろした。

鍔迫り合いになると、互いに弾いて間合いを空け、互いに向けて斬撃を放った。

刃と刃がぶつかり合い、だだっ広い庭には激しい金属音が一種の音楽のように鳴り響いた。

 

 

「中々やるな」

「三ヶ月も特訓したんだ。それなりには動けるさ」

「だが、ただの人間に私が負けるものか!」

 

 

依姫が俺の刀を弾くと、彼女の周りに只ならぬ気を感じた。

 

 

「燃やし尽くせ! 『火之迦具土』」

 

 

その瞬間、彼女の持つ刀に激しい炎が纏った。

彼女が刀を振るうと、炎の嵐が激しく燃え盛りながら俺に向かって迫ってきた。

俺は何とか炎の隙間を掻い潜りながら避けていくが、彼女はそんな隙さえも逃がさないように俺に斬りかかってくる。

燃え盛る炎の刃を受け止めると、その熱が俺の刀に伝わって力が入らない。

 

『神霊の依代となる程度の能力』、八百万の神を宿し、その力を使うチート級の能力。

原作じゃ霊夢や魔理沙でも歯が立たなかった最強の能力、どうやって立ち回ろうか?

 

 

「ふふっ」

「どうした? 負けを認めたか」

「いや、本当に面白いなと思ってさ」

「なに?」

「主人公でも倒せなかったチート、俺が倒せたらどうなんだろうなって思ってさ」

「何を訳の分からないことを」

「訳が分からなくなるのはここからだぜ、依姫!」

 

 

俺はポケットからスマホを取り出して起動させる。

炎に対するのはすでに決まっている。選択するのは『チルノ』だ。

 

 

『チルノ:冷気を操る程度の能力』

 

 

刀が光りだすと、刀の刀身に冷気が纏い、鍔がチルノの羽根みたいになっている。

刀が変わった瞬間、周囲の温度が一気に下がり、周りを囲んでいた炎の勢いを殺していった。

冷気を纏った刀を依姫へと振り払うと、激しい吹雪が巻き起こり、依姫の炎を瞬時に凍り付かせた。

 

 

「っ!?」

「さっすが最強、➈のでも使い方次第で神を上回るか」

「何だ、そのふざけた能力は」

「お前の神様よりもよっぽど愛している奴等の力だ」

「神より優れた力なんて……そんなものはない!」

「だったら証明してみな」

「雷鳴よ轟け! 『建御雷神』」

 

 

空が曇天に染まると、依姫へと稲妻が落ちた。

落ちた稲妻を彼女のは全身へと纏わせると、目にも止まらぬスピードで俺の背後へと回った。

咄嗟に刀を後ろに回して攻撃を防ぐが、今までの斬撃に速さが上乗せされ威力が増したのか、たった一振りで吹き飛ばされてしまった。

吹き飛ばされている途中に彼女は異常な速さで先回りをし、俺が飛んでくるのを待っていた。

 

 

「速さなら断然これだよな」

 

 

俺は刀を地面に突き刺してその場に留まると、『射命丸 文』を選択した。

刀の形状が薙刀へと変わり、持ち手には鴉の羽根のような飾りが付いている。

 

 

『射命丸 文:風を操る程度の能力』

 

 

「刀が変わった……」

「さあ、スピード勝負と行こうぜ」

「迅き雷に追いつけるものか」

「疾い風なら追いつけるかもしれないぜ」

 

 

俺はその身に風を纏い、依姫へと向かって走り出した。

依姫はそれを迎え撃つかと思ったが、自身も雷を纏って俺に向かって走り出し、互いに交差した。

疾風と迅雷のぶつかり合い、庭全体を駆けまわってもそれは抑えきれず、やがて屋敷の壁を壊して外へと出てた。

 

勢い任せで攻撃をしていた俺たちは街にある広場へと辿り着いた。

能力が途切れると、傷だらけで息を切らしながらお互いを睨みつけていた。

 

 

「やるじゃねえか。神様も」

「貴方も凄いですよ。ここまで互角に渡り合えるなんて」

「ああ。ただ、互角じゃお前に勝てない」

「私も同じ考えですよ。八意様の教え子として、負けるわけにはいきません」

「なら、最後の一勝負と行くか」

「臨むところ」

 

 

依姫はそう言って満足げに笑みを浮かべると、刀を俺に向ける。

 

 

「慈母の光明よ、照らせ! 『天照大御神』」

 

 

依姫の背後に一人の女性の姿が見えたと思うと、彼女から超高密度の光が放たれた。

俺は刀を左手に持ち変えると、スマホを片手に『霧雨 魔理沙』を選択する。

刀は一丁の銃へと変わり、銃身には『Barrage power!!! (弾幕はパワーだぜ!!!)』と書かれている。

 

 

『霧雨 魔理沙:魔法を使う程度の能力』

 

 

「火力勝負ならこっちも負けねえぜ」

 

 

俺が引き金を引くと、銃口からマスパの威力を超えるレーザーが放たれた。

互いの攻撃がぶつかり合うと、その衝撃で周囲に凄まじい風が巻き起こった。互いに一歩も譲らないと、レーザーが競り合い、俺と依姫のはその攻撃に最後の力を込める。

 

 

「「負けるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

「何か言いたいことはあるかしら?」

「「すみません」」

 

 

屋敷へと連れ戻された俺と依姫は正座させられていた。

目の前には決して笑っていない笑顔で俺たちを見下ろしている豊姫の姿がある。

 

 

「屋敷の壁を壊すぐらいはまだよかったけど、広場の方まで被害を出すのはダメだったわね」

「あはは……申し訳ない」

「つい戦いに熱が入って周りが見えなくなっていました」

「だからって衝撃波だけで地面を抉るのはどうかと思うわよ」

「消滅するよりはまだマシだったかと」

「何か言ったかしら?」

「いえ。だからそのこの世で最も危険な扇子をこっちに向けないで下さい。お願いします」

 

 

俺は必死に土下座をすると、その隣で見ていた永琳が溜息を吐いた。

 

 

「プライドはないのね」

「プライドを捨てることで生きられるのなら、俺は喜んで捨ててやる」

「格好つけた言葉を言ってるようだが、やってることは格好悪いぞ」

「まあ、反省しているみたいだし、これで許しますわ」

「「ありがとうございます」」

 

 

俺と依姫は揃って頭を下げた。

 

 

「依姫」

「なんでしょうか、八意様」

「貴女、楽しそうだったわよ」

「え?」

「優夜と戦っている時に見せた生き生きとした顔、とても良かったわよ」

「え? え?」

 

 

依姫は混乱している。

永琳はそれを見て楽しそうに微笑んでいる。……明らかに楽しんでいる。

 

 

「それじゃあ、戻るわよ。優夜」

「爆弾置いて帰る気かよ。……ああ、それじゃあ、俺はこれで」

「ええ。またいつでもいらしてください」

「……この決着はいつか着ける」

「俺もそのつもりだよ。じゃあな」

 

 

俺は永琳の後を追ってその場を立ち去った。

滅茶苦茶な出会い方をしたが、何とか仲良くなれたような気がする。

 

後日、依姫から月美に対しての言葉の訂正しに出向いてきた。

俺は嬉しかったのだが、それを機に何故か決闘を申し込まれるようになってしまった。

一難去ってまた一難、なんだかこの感じがずっと続きそうな気がするのは俺だけなのだろうか?

 

 

 





優夜「なんだろうこの世界に来てから強敵としか戦ってない気がする」
空亡「あはは………。言われてみればそうですね」
優夜「しかもあれ、どうせ全力じゃないんだろ?」
空亡「まあ、相手を嘗めていたという点では全力ではありませんね」
優夜「やっぱり、まだまだだな」
空亡「ちなみに、神の力に対して相対する能力で挑んでましたね」
優夜「ゲームでも相性の有る無しで難易度が変わるからな」
空亡「まあ、それでも引き分けたんですから上々ですよ」
優夜「納得いかねえ」


次回予告
月美の遊び相手、それは誰しもが知る物語の姫君だった。
東方幻想物語・神代編、『蓬莱の姫君』、どうぞお楽しみに。


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蓬莱の姫君

神無 優夜side

 

 

この世界に着てもう六ヶ月、もうすでに死にそうだ。

永琳から薬の実験台にされるのを避けるために逃亡し、依姫からは問答無用で決闘を申し込まれてそれから逃亡し、豊姫はどこで嗅ぎ付けたのか俺の手料理を食べようと迫ってきた。

厄介事が一つから三つに増えた所為で、俺の苦労はアニキもビックリの天元突破寸前だった。

 

 

「……ということだから、月美~、癒してくれ~」

「きゃっ!? いきなり抱きつかないでください」

 

 

俺は近くで資料の整理をしていた月美に後ろから抱き着いた。

彼女の顔が若干赤くなっているが、可愛いので離す気が全く起きない。

 

 

「これくらいは許してよ~。月美だけが俺の癒しなんだから」

「これは喜んでいいんですか?」

「いいと思うよ~」

「何バカなことしてるのよ」

 

 

二人でそんなやり取りをしていると、ドアの前に呆れ顔の永琳が居た。

 

 

「おかえーりん」

「何よそのふざけた挨拶は」

「今考えた。いいと思わない?」

「思わないわ」

「おかえりなさい。先生」

「ただいま。……それより、いつまで抱きついているのよ」

「ふぇ!? あ、ユウヤさん離れてください!」

 

 

月美は咄嗟に俺の襟元を掴むと、計り知れない力で俺を投げた。

漫画みたいに資料が宙へと舞い、俺は壁に打ち付けられて資料の山の中で伸びた。

 

 

「強い(確信)……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。問題ない」

「そう。頼みたいことがあるのだけど」

「アンタの所為でこうなったんだろ!? 少しは心配しろ」

「丈夫なのは良く知ってるわ」

「悪魔! サイコパス! BB「スッ……」おk、悪かったから弓を無言で構えないでくれ」

「解ればよろしい」

 

 

永琳は弓を仕舞った。

女性に対して年齢関連の悪口は死亡フラグ、どこに行っても同じだな。

 

 

「月美、“姫様”が貴女を呼んでるわ」

「私、ですか?」

「それと、優夜もよ」

「俺も? というか“姫様”って?」

「行けばわかるわ。月美、案内してあげなさい」

「はい。それでは、行きますよ」

「待って、実は身体中が痛………ちょ、引っ張らないで………折れる!?」

 

 

俺は月美に引っ張られて部屋を後にした。

この街で“姫様”と呼ばれる人物、もしかして………!?

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

月美に連れてこられた先は、綿月家とは違う屋敷だった。

永琳の話によれば、ここの地区には街の権力者やそれに関係する家柄が住んでいると聞いている。綿月の屋敷もそうだが、なんでこうも和風なのが多いのだろうか?

 

 

「とりあえず、入りましょうか」

「“姫様”に呼ばれるなんて、月美も意外とすごいのか?」

「そんな事ありませんよ。ただ“姫様”の遊び相手として勤めているだけですよ」

「その割には優遇されているみたいだけど?」

「……わかりません」

 

 

そんな話をしながら屋敷を歩いていると、ある事に気付いた。

たまに通りかかる使用人が月美を見ながらヒソヒソと話している。そいて、その目は蔑んでいた。

月美もそれには気付いているようだが、いつもと変わらない笑顔で俺に話している。

 

 

「着きましたよ」

「ああ……」

「どうかしましたか?」

「いや、月美に見惚れてただけだよ」

「はいはい。いつも冗談はいいですけど、“姫様”には失礼の無いようにお願いしますね」

「俺を誰だと思ってるんだよ」

「ユウヤさんですよ。良くも悪くもね」

「え、それってどういう意味m「姫様、入りますよ」おい!」

 

 

月美が襖を開けると、そこには一人の少女が座っていた。

腰よりも長いストレートの黒髪、上には手を隠すほど袖の長いピンク色の服、下には日本情緒を連想させる模様が金色で描かれている赤いスカートと白いスカート、見るからに和風という言葉が似合いそうな格好だ。

俺はその姿を見て言葉を呑み込むと、彼女に向かってお辞儀をした。

 

 

「はじめまして、姫様」

「はじめまして、優夜」

「どうして俺の名前を?」

「噂で聞いたわ。永琳と住んでいる異邦人、依姫と引き分けた化物ってね」

「嬉しいやら悲しいやら。でも、姫様に覚えてもらえるのは嬉しい限りですね」

 

 

俺は彼女に向かって微笑むが、なぜかその表情は不機嫌だった。

 

 

「話に聞いてたのと違うわね」

「なにがですか?」

「身分に構わず気さくに接してくれる。そう永琳に聞いてたわ」

「こういうのはお嫌いで?」

「ええ。なんだか壁があるみたいでいやなのよ」

「そうか。なら………」

 

 

俺は彼女の目の前まで歩み寄って腰を下ろすと、一枚のハンカチを取り出した。

頭上に?マークを浮かべる姫様と月美、俺はそれを尻目にハンカチを手に被せる。すると、一呼吸の間を置いてハンカチを取ると、俺の手に一輪の花が握られていた。

 

 

「わっ!」

「ふふっ、どうだ。お姫様」

「今のは?」

「ちょっとした手品だよ。折角であった記念に、どうぞ」

 

 

俺は花を彼女に渡した。

 

 

「そうだ。できれば名前を教えてくれないか?」

「蓬莱山 輝夜よ」

「輝夜か。これからよろしく」

「よろしく」

 

 

俺が輝夜の手を握ると、彼女は微笑んでくれた。

蓬莱山輝夜、原作ではかぐや姫と同一人物とされており、天真爛漫な性格をしているお姫様だ。自分から蓬莱の薬を飲んで後々追放されるが、本人の性格上、むしろ楽しんでいる。

そんな彼女も、周りにいる奴等の自分への態度に不満はあるのだろう。だから俺の平伏した態度がお気に召さなかった。

 

 

「まったく、俺としたことが女性を悲しませるなんて、一生の恥だな」

「ユウヤさんはいつも恥の上乗りをしているような気がするんですが?」

「月美、最近俺に対して口悪くなったよね?」

「気のせいですよ」

「それはツンデレと捉えて構わないかな」

「何ですかそれは」

「ツンデレ、それは萌えの頂点にして男共の苦くも甘い属性の一つ」

「言ってることが理解できません」

「なら教えてあげよう。まずはツンデレによる需要と供給から」

「知りたくないですよ」

「ふふっ」

 

 

俺と月美が漫才を繰り広げていると、それを見て輝夜が楽しそうに笑っていた、

 

 

「そういえば、輝夜と月美って仲良いのか?」

「私がに行っているのよ。月美は数少ない私の友達だから」

「へえ~やっぱり凄いじゃん」

「私なんかが友達なんて、姫様に迷惑が………」

「何度も言ってるでしょ。私が決めたことなんだから、貴女は気にしなくていいわ」

「ですが」

「それに、私がその程度で人の縁を切るほど弱くはないわ」

「か、輝夜ちゃ~~~~~~~ん(涙)」

 

 

月美は泣きながら輝夜に抱きついた。

月美には何か事情がありそうだが、輝夜はそんな事を気にせずに接してくれている。恐らく、事情を知っているからこそ輝夜は月美と友達になっているんだろうな。

 

そんな二人を見ていると、俺はどうやら邪魔のようだ。

俺は二人の邪魔にならないように部屋を出ようとすると、輝夜に呼び止められた。

 

 

「どこに行くの?」

「こんな空気に男一人は耐えきれないからな。外で待ってるよ」

「そんなこと言わずに。一緒に遊びましょう」

「遊ぶって、何を?」

「花札ですよ」

「和風通り越して古風だなおい」

「やらないの?」

「やるに決まってるだろ。これでも俺は花札なら負けたことないぜ」

「相手が居なかったというオチはいいですよ」

「なぜバレた!?」

「そんなことはいいから、早く始めるわよ」

 

 

その後、俺の圧勝で二人から何度も挑まれる結果となった。

輝夜に会えたのはいいが、月美の事情について疑問が残ってしまった。

 

 

 

 





空亡「タイトルで分かっていたと思いますが、察しの通り輝夜さんです」
優夜「ちなみにここの輝夜ってどんなキャラで行く気だ?」
空亡「まあ、この作品は原作リスペクト主義ですから」
優夜「その言葉、最後まで覚えてろよ」
空亡「すでにいろいろとキャラ崩壊はしてますけど、とりあえずNEATではないですね」
優夜「あ、そうなんだ」
空亡「しかし、この時点で優夜の顔馴染みも凄い事になってきましたね」
優夜「なぜだが、これ以上凄い事になりそうな、そんな予感がする」
空亡「でしょうね」


次回予告
お姫様は籠の中、彼女は外の景色を見つめ、自由な外へと憧れを抱く。
東方幻想物語・神代編、『退屈な鳥籠』、どうぞお楽しみに。


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退屈な鳥籠

神無 優夜side

 

 

突然だが、みんなはこういう経験はないだろうか?

親が大事にしている高級そうな壺や趣味の物を不慮の事故で壊してしまったことなど。

素直に謝れば許してくれるかもしれないが、それが叶わない時のお仕置きを考えれば必死に隠したくなるだろう。

なんでこんな話をしているのかというと、今まさに俺がそんな状況だからだ。

 

話をしよう(指パッチン)、あれはかれこれ二時間前。

俺がいつものように永琳の部屋で寝ていると、寝相が悪くて近くの棚を思いきり蹴ってしまった。その衝撃で、その上に置いていた永琳の弓が真っ二つに折れてしまったのだ。

焦った俺は何とか直そうとしたが、どの能力も役には立たなかった。

修復不可能だと悟った俺は、それを隠すために郊外の森へと向かい、地面に埋めた。

 

現在、俺はその帰りで、これからどうするか考えていた。

 

 

「永琳は大きな仕事があるからってしばらく帰らない。その間に何と――うおっ!?」

 

 

考えながら街を歩いていると、不意に襟を掴まれて路地裏へと引きずり込まれた。

俺は咄嗟にその手を振り払い、路地裏の壁にその人物を追い詰めた。

 

 

「………え?」

「久しぶりね。ユウヤ」

 

 

意外、その人物はこの前出会ったばかりの輝夜だった。

俺は彼女のから少し距離を置くと、一応事情を聴いた。

 

 

「ところで、どうしてお姫様がここにいるんだ?」

「抜け出してきたのよ。どうせ屋敷には誰もいないし」

「月美はどうしたんだ?」

「今日はお偉いさんに呼ばれてるわ。なんでかわからないけど」

「そうか。で、暇つぶしに街に来たと」

「そう。でも、なぜかみんな私のことをじろじろと見るのよね」

 

 

輝夜は困ったように溜息をついた。

屋敷の使用人の様にパッとしない着物だが、彼女から溢れ出る高貴な雰囲気は隠せていなかった。やはりというか、こういう人には変装は無意味だな。

 

 

「とりあえず、家まで来るか? その恰好じゃ差がありすぎて逆に目立つ」

「どういう意味よ」

「可愛いお姫様には相応しい服装があるって意味だよ。まかせろ」

「可愛い、ね」

「お世辞だと思うか?」

「そうなの?」

「悪いな。ほめるのは得意だが、お世辞や嘘は苦手なんだよ」

 

 

俺はそう言うと、輝夜の手を取って家へと向かった。

あまり目立たないように、路地裏や『サニーミルク』の能力を使って、無事辿り着いた。

 

 

「意外と片付いてるのね」

「ほとんど俺がやってるけどな」

「ああ~永琳ってそういうところは無頓着なのよね」

「まあ、ごはん抜きって言ったら素直に片付けてくれるけど」

「貴方くらいよ、あの永琳に言うこと聞かせれるのは」

「アンタほどじゃねえよ」

 

 

俺はお茶を淹れると、輝夜の前へと出した。

 

 

「それにしても、不思議よね」

「何がだ?」

「永琳もだけど、あの綿月姉妹とも仲が良いらしいじゃない」

「片は決闘、片は俺の料理が目当てだけどな」

「それでもよ。特に、穢れが嫌いな依姫があそこまで貴方に執心なのは目を疑ったわ」

「そういうもんかね」

 

 

俺はそう言って自分で淹れたお茶を一口飲んだ。

 

 

「羨ましいわね」

「鳥籠の姫様には屋敷は狭いか?」

「そうね。本当なら、今にでも屋敷を出ていきたいわ」

「それはそれは」

「でも、今の私にはそんな勇気もないわ」

 

 

輝夜は呆れるように小さく笑うと、お茶を一飲みした。

 

 

「いっそ、貴方が攫っていってくださらない?」

「悪いな。それだと俺もここを離れないといけなくなる」

「離れたくない理由でもあるというの?」

「ああ。だから、輝夜の頼みは断らせてもらう」

「残念。貴方となら退屈せずに済みそうと思ったのに」

「気が向いたら遊びに行ってやるから、そう不貞腐れるな」

 

 

俺は輝夜の隣に座ると、頭を優しく撫でた。

 

 

「ずるいわね」

「悪いな」

「あ~あ、フラれちゃったわ」

「人聞きの悪いこと言うなよ」

「その通りじゃない」

「お前な………」

「ふふ♪」

 

 

輝夜は悪戯に笑う。

 

 

「ところで、貴方と月美ってどこまで行ってるの?」

「期待してるところ悪いが、俺と月美はそういう関係じゃねえよ………まだ」

「あんなに仲が良いのに、意外と奥手なのね」

「真剣に想うと臆するもんなんだよ」

「腰抜け」

「うるさい」

 

 

俺は彼女から目を逸らした。

まあ、ここまで言っててなんだが、俺は月美のことが好きだ。

『Like(好き)』ではなく『Love(愛してる)』の方だ。一目惚れというべきか、とにかく彼女のことは大好きだ。

しかし、うまく想いを伝えようと思うと臆病な自分が出てきて、いつもの調子で彼女のことをからかってしまう。

 

 

「やっぱり傍目からでもわかるのか」

「月美のことで依姫と喧嘩したんでしょ? 解らないと思った?」

「それもそうだよな」

「まあ、どっちもどっちでしょうね」

「え?」

「なんでもないわ」

 

 

輝夜は意味深に笑うと、話を切り替えた。

 

 

「ところで、気になったんだけど」

「どうした?」

「永琳の弓がないわよね」

「!?」

「あれって、永琳が妖怪退治するときに用いっていたのに、どこにいったのかしら?」

 

 

輝夜はわざとらしく俺を見る。

明らかに犯人が解ってる目だ。解っている上で無知を装っている質の悪い人だ。

 

 

「バレたらどうなるかしらね?」

「何が望みだ?」

「ふふ、冗談よ。別に永琳に告げ口しようなんて思ってないわ」

「どうだか」

「なら、代わりの物を明日持ってきてあげるわよ」

「そんなものあるのかよ」

「当然よ。だってあれ、私が永琳にあげたものだから」

「マジか……」

 

 

なんだか罪悪感が込み上げてきた。

やっぱり、素直に永琳に謝っておいた方が……。

 

 

「丁度良かったわ。永琳から新しいのに代えたいって言われてたのよね」

「………………え?」

「じゃあ、永琳には古いのは回収したから後日新しいのを送るって伝えておいてね」

「お、お前……!?」

「私に弄ばれてどうかしら?」

「輝夜あああああああああ!!!!!」

 

 

一瞬でも沸き上がった俺の罪悪感は、怒りでどこかへと消えていった。

その日、俺は輝夜がこういう性格だということを心底思い知らされた。

 

 





空亡「続いて輝夜さんの話でした」
優夜「あのお姫様、行動力がすごいな」
空亡「元気がよくていいじゃないですか。僕では無理ですけど」
優夜「だろうな」
空亡「しかし、最後は彼女にしてやられましたね」
優夜「冒頭で必死に隠蔽しようとしていたのがなんだか恥ずかしい」
空亡「過去というものはバラバラにしても、石の下からミミズのように這い出る」
優夜「ジョ○ョの名言、なんで出した」
空亡「いつかこの言葉の意味を、君が理解するからですよ」


次回予告
忘れていたが、この時代にも神はいる。太陽と闘いと月の、三貴子が。
東方幻想物語・神代編、『三柱の神様』、どうぞお楽しみに。



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三柱の神様

神無 優夜side

 

 

この世界に着てもう八ヶ月、もうだいぶ慣れてきた。

永琳の新薬の実験にも耐性が付いてきたし、依姫との決闘も余裕が出てきて楽しめてきたし、豊姫には率直な料理の感想が聴けるから嬉しいし、輝夜とも偶にだが暇潰しに付き合ってやっている。

 

そんな日常の中、俺はまた一人で刀の修行をしていた。

依姫の相手をしている所為か、以前よりも腕が上がったような気がする。

おそらくルーミア以外の妖怪なら難なく退けるだろう。でも、まだまだだ。

 

そんなことを考えていると、珍しく人の気配を感じた。

振り返ってその気配がした方へと視線を向けると、そこから一人の青年が現れた。

後ろで一つ結びにした金髪、動きやすい黒い袴を身に纏っており、紅い瞳にツリ目が特徴だった。

青年は俺を見ると、睨みつけながら口を開いた。

 

 

「……誰だ?」

「それはこっちのセリフだ」

「こんな街外れの森の中にいるなんて普通じゃねえよな」

「同じ事を言わせるな。こっちのセリフだ」

「妖怪にも見えねえし………でもこんな奴街にいたか?」

「こっちも同じだよ。てめえなんか見たこともねえよ」

「んだと?」

 

 

互いに殺気がぶつかり合い、一触即発の雰囲気になる。

なんだか解らないが、どちらも互いの第一印象が気に入らないらしいな。

 

 

「てめえ名前は?」

「そっちが先に名乗れ」

「誇り高き我が名を教える資格なし」

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。人間」

「そういうアンタは神様か? 笑わせるなよ」

 

 

互いに睨み合うと、同時に地面を蹴った。

握りしめた拳が同時に放たれると、見事に互いの頬にクロスカウンターが決まった。

 

 

「くっ……」

「くそ……」

 

 

互いに一歩下がると、再び拳を放とうと踏み込む。

青年はまっすぐ放つが、俺はそれを避けて懐に潜り込み、青年の顎に向けてましたからアッパーをぶちかました。

 

 

「嘗めんなよ」

「この野郎……!!」

「何をやってるのよ。二人とも」

 

 

青年が分ちぎれて俺に向かって来ようとしたとき、聞き慣れた声がそれを止めた。

声がした方へと視線を向けると、そこには永琳と見知らぬ女性がその隣に立っていた。

長い黒髪、白衣と緋袴の上に千早を羽織っており、首には太陽の首飾りを付けている。

その女性を見て、青年の表情が見る見るうちに青ざめて言っているのに俺は気付いた。

 

 

「あ、姉貴……!?」

「貴方、こんなところで何してるの?」

「い、いや、俺は」

「今日は永琳のところに行く予定でしたよね」

「そうだったような……」

 

 

女性は見れば美しい笑みで問いかけているが、その奥には底知れない殺気を感じた。

さすがの俺でもその殺気には足が震えそうになる。そんな俺に、その女性は俺に歩み寄ってきた。

 

 

「すみません。不肖な弟がご迷惑をおかけして」

「いえいえ。こっちも熱くなって二発も殴ったんで、むしろ俺の方が謝らないと」

「え? 殴ったの?」

「ああ。見事に俺の拳が決まった」

「意外と痛かった」

 

 

青年はさっき殴られた顎を擦りながらそう答えた。

それを観て、永琳は目を見開いて、黒髪の女性は「あらあら……」と少し笑っていた。

 

 

「とりあえず、悪かったな」

「……いいよ。俺も大人げなかった」

「今度はちゃんと決着つけてやるよ」

「望むところだ」

 

 

俺と青年は互いの手を取って笑い合った。

これで場所が夕暮れの河原ならどこぞの青春漫画のワンシーンみたいだったなと、俺は思った。

 

 

「そうだ。なんで永琳たちがここに?」

「約束の時間になっても来ないその人を探しに来たのよ」

「で、ついでに俺も見つけたと」

「丁度良かったわ。貴方とも話をしてみたかったのよ」

「姉貴、こいつのこと知ってるのか?」

「知ってるというより、随分前に一度戦ったわよ」

「戦った?」

 

 

俺は彼女の言葉に首を傾げた。

俺が相手をしてる奴といえば依姫しかいないはずだけど、どういうことだ?

 

 

「永琳」

「解ってる。とりあえず、街に戻るわよ。話はそれから」

 

 

永琳は俺の肩に手を置くと小さな声で「とんでもないわね……」と、呆られながら言われた。

状況を理解できないまま、俺は街に戻ることにした。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

部屋に入ると、一人の少女がソファに座って静かにお茶を飲んでいた。

長い銀髪、蒼色の着物の上に白い羽織を羽織っており、首には月の首飾りを付けている。

観たこともないはずなのに、俺はなぜか既視感を抱いていた。

 

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 

俺は何気なくソファへと腰かけると、その隣に永琳、向かい側に客人たちが並んで座った。

 

 

「とりあえず、優夜にはこの三人のことを紹介しておくわ」

「なんとなく予想はつくけど、三貴子の方々だよな?」

「よくわかったわね」

「永琳の態度を見てれば気付くって。それに、さっきの天照の言葉で思い出したし」

 

 

前に戦った。その言葉で思い浮かんだのは依姫との闘い。

最後に天照之大神を呼び出した時に見たあの姿と、今俺の目の前にいる彼女が合致した。

 

 

「さっき俺が殴ったのが『須佐之男』、そこにいるのは『月夜見尊』、でいいんだよな?」

「……殴られたんだ」

「うるせえ。ちょっと油断してただけだ」

「慢心して負けたら世話ねえぞ?」

「うっ……」

 

 

須佐之男はバツが悪そうに目を逸らした。それを観て月夜見が小さく笑う。

なんだかこうして見ていると普通の兄妹にしか見えないんだよな。

 

 

「それで、そこの美しい貴女が『天照之大神』というわけか」

「この三人を前にしても物怖じしないのね」

「俺は良くも悪くも平等なんだよ」

「……結構残酷なのね」

「さすが月の女神、そう捉えてくれるか」

「……まあね」

「随分と仲が良いわね」

「もしかして惚れたか?」

「……何言ってるのよ」

 

 

月夜見はそう言ってそっぽを向いた。

 

 

「そうだわ。貴方のお話、聴かせてくれないかしら?」

「俺の事なんて話すほどないんだけどな」

「あの依姫と互角に渡り合えるんだ。何もないはずないだろ」

「俺ってどういう扱いなんだよ」

「聴きたい?」

「アンタに聴いたらろくでもなさそうだ」

「それはどういう意味かしら?」

「あ、いや、あはは……」

 

 

 

「……賑やかね」

 

 

輪から外れた月夜見は、その光景を見て小さく笑った。

まるで何かを懐かしむように。

 

 

 

 




優夜「どうしてこうなった」
空亡「ははは。二次創作だからね」
優夜「それを言われると言い返せえな」
空亡「いいじゃないですか。かの有名な三貴子と会えるなんて」
優夜「だからって、いきなりこの方々かよ」
空亡「古代スタートだとよくあることですね」
優夜「……なんだかこの先でよくない事でも起きそうな予感が」
空亡「あはは………そんなまさか」


次回予告
これから語るは、とある少女の誰にも語られなかった想い。
東方幻想物語・神代編、『月美の独白』、どうかお楽しみに。


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月美の独白

夢燈 月美side

 

 

私は穢れた存在、災いを呼ぶ忌み子………そう呼ばれてきた。

 

穢れに染まった外の世界で、私は拾われた。

人間と妖怪の骸の中、私だけが生き残っていた。生き残ってしまった。

 

記憶を失くしてしまった私には、街で頼れる人なんていなかった。

むしろ、どこの誰かも分からず、穢れた外の世界から来た私を、周りの人達は避けていた。

無意味に暴力を振るう人、蔑みの目を向ける人、存在すら認めようとしない人、色々な人達を見てきた。

 

そんな行き場のない私を、あの人達は拾ってくれた。

永琳先生は、行き倒れていた私を介抱してくれた上に、助手として雇ってくれた。

輝夜ちゃんは、私の事情を知っても態度を変えず、友達になってと言ってくれた。

でも怖かった。いつか見捨てられるのではないかと、でもそんなことは無かった。

 

だから、あの時だけは死を覚悟した。

人喰いと有名な妖怪、その妖怪に追われていた男性、その人は今までの人達と同じで私を見捨てるのではないかと思った。

やっと人を信じられるようになったのに、また見捨てられるのが、それが何よりも怖った。

 

けれどその人は、自分が死ぬかもしれないのに私を救ってくれた。

心配して後ろを振り返った時も、あの人は笑っていた。心配しなくてもいいよと言っているようだった。

私は逃げた。街に辿り着いても、頼れる永琳先生は「諦めなさい」と首を振った。

この時、私は初めて人を見捨てた。その痛みは自分が一番知っているというのに。

 

罪悪感に耐えきれずに一晩中涙を流したが、その人は何事も無かったかのように私の前に現れた。

彼は私が見捨てたことなんか気にしていなくて、むしろ私が無事だったことを喜んでくれた。

嬉しかった。それと共に、別に気持ちがあった。一体何だったのだろう?

 

それから彼、ユウヤさんと一緒に過ごしていくうちに彼のことがよく分かった。

冗談が大好きで、女性に優しくて、面倒事だと思っても最後まで付き合ってくれる。

そんな彼に、私はいつの間にか惹かれていた。

 

永琳先生や輝夜ちゃんに話してみても、みんな妙にニヤニヤしてる。

「貴女が一番いいと思う選択をしなさい」、二人揃って同じ事を言った。

 

今の私にはこの気持ちが何なのか分からない。

でも、ユウヤさんと居ると心が落ち着く。それは今まで似なかった感覚だった。

いつまでも一緒に居たい。そんなささやかな願いを、私は今日も祈っていた。

 

 

 

               少 女 祈 祷 中

 

 

 

ユウヤさんがこの街に来て十ヶ月、私の周りはいつの間にか騒がしくなっていました。

永琳先生は彼にまた新しい薬を試して、その反応を見て考え込んだり、楽しんでいます。

輝夜ちゃんは新しい遊び友達ができたおかげで、前よりもよく笑うようになりました。

豊姫様は彼の料理の感想を楽しげに話し、依姫様はよく私の前で愚痴るようになってきます。

三貴子の方々もよく遊びに来られては、彼の話題でよく盛り上がっています。

 

そのすべてに、ユウヤさんがいる。

彼のおかげでみんなが笑うようになった。あの堅実で有名な依姫様さえもです。

 

毎日がお祭り騒ぎの様に退屈しない日常。

孤独だった昔では考えられないような楽しい日々を、私は噛みしめていた。

ユウヤさんと出会えて、私は良かった。でなければ、こんなに笑うこともなかったのだから。

 

でも、私はそんな彼に一線引いていた。

それは私が忌み子だから、人を不幸にする穢れた存在だから。

だから、私はあの人の傍にいられない。隣に立てる資格もないと、自分に言い聞かせた。

 

それなのに、私は彼と一緒に郊外の森にいた。

彼が時折夜の郊外に出ていくのは知っていた。だから、それが気になって後を付けた。

その後すぐに見つかって、どうせだから一緒に来るかと勧められた。

 

私は断ることなく、彼についていった。そこで私は、彼の知らない顔を見た。

いつも見せる明るい笑顔とは裏腹に、刀を振るう彼の表情は真剣そのものだった。

でも、その瞳はなぜか楽しそうに見えた。鍛錬に勤しんでいるというのに、まるで無邪気に遊ぶ子供のように目を輝かせていた。

 

 

「ユウヤさんって、意外と強いんですよね」

「そうか?」

「依姫様は街で随一の剣士です。それに引き分けるユウヤさんは十分凄いですよ」

「自覚はねえな。あの時は頭に血が上ってたし」

「永琳先生に聞きましたけど、どうしてあんなことを?」

「お前が侮辱されるのが気に食わなかった」

「え?」

 

 

彼は刀を振りながらそう答えると、私は驚いた。

 

 

「依姫はお前を穢れた存在って言ってからな。それがどうしても許せなかった」

「いえ。あの方が言ったことは正しいですよ」

「月美?」

 

 

彼は刀を振るのをやめると、私は俯きながら語った。

 

 

「私は、昔ここで拾われました。人間と妖が死んでいるその中で、生き残りとして。

 けれど私にはそれまでの記憶はなく、周りの人達はそんな私を忌み嫌いました。

 災いを呼ぶ忌み子、私が何も悪いことをしていなくても、そう周りから呼ばれました」

「だから永琳や輝夜にあんな態度だったのか」

「はい。拾ってくれた恩や、友達になってくれた恩はもちろんあります。

 でも、私なんかの所為で二人に迷惑が掛かるのが嫌なんです」

 

 

妖怪は人を襲い、喰らうことで恐れられている。だが、人間は同族で傷付け合い、そして心を殺していく。妖怪なんかよりよっぽど恐ろしいのは、人間なのだ。

彼は私の話を聴くと傍に歩み寄り、そっと頭を撫でた。

 

 

「そう言うけどさ。二人はそんな事一言も言って無いぜ」

「ユウヤさん………」

「お前の幸せを他人に決めさせるな。自分の幸せは、自分で決めろ」

「簡単に言ってくれますね」

「こういうのは優しく言っても無意味だからな」

「ふふ。ユウヤさんらしいですね」

 

 

その時、私はようやく自分の気持ちに気付くことができた。

私は、この人のことが好きなんだ。この人の優しさに惹かれて、隣にいたいと思うからこんなに苦しんで………でも、私にはこの想いを彼に伝えられるの?

 

 

「さて、それじゃあ帰るか」

 

 

ユウヤさんはそう言って踵を返して歩き出す。

その時、私は咄嗟に彼の手を掴んでいた。

 

 

今まで私は自分から幸せを掴もうとしなかった。それは私が忌み子だから、幸せになってはいけないと自分自身に言ってきたから。

もしかしたら拒絶されるかもしれない。今よりも遠くに離れてしまうかもしれない。それは怖い、でも、ここで何も伝えられないと一生後悔する。そう感じていた。

だからお願いです。私の想いを、伝えていいですか?

 

 

「ユウヤさん、私は……貴方のことが好きです」

「月美」

「嫌われてもいいです。でも、これだけはちゃんと伝え――っ!?」

 

 

話をしている途中で、私はいきなり彼に抱きしめられました。

突然のことであっけにとられていると、耳元で彼の囁きが聴こえました。

 

 

「ありがとう。俺も月美の事、ずっと好きだった」

「え?」

「一目惚れってやつかな。気持ちを伝えるのにずいぶんかかっちゃったけど」

「じゃあ、今まで私にちょっかい出してきたのは」

「少しでも気を引こうと思ってたけど、あれくらいしか俺にできなかったから」

 

 

そう話すからの耳は、恥ずかしいのか赤くなっていた。

それを見ていると、さっきまで悩んでいたことがなんだかバカらしくなってきました。

 

 

「ふふ」

「どうした?」

「いえ、幸せすぎて泣きそうになってるだけです」

「そうか。実は俺も同じだ」

「お互い様ですね」

「ああ」

 

 

互いに顔を見合わせて笑いあうと、二人の影は一つに重なった。

どうか、この幸せがいつまでも続きますように…………私はそう願っていました。

 

 

 

 




次回予告

物語は問題なく進行する。

しかし、物語はとある不穏分子によって狂わされる。

東方幻想物語・神代編、『月移住計画』、どうぞお楽しみに。


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月移住計画

神無 優夜side

 

 

この世界に着てもう一年が過ぎようとしている。

時の流れとは随分と早いもので、交友関係もだいぶ落ち着いてきた。

永琳には前ほど実験に付き合わせられることもなくなったし、依姫や豊姫とは永琳の代役として指南することになった。輝夜とは遊び相手として月美と一緒に暇つぶしに付き合わされている。三貴子とはたまにだがよく話すようにもなったもんだ。

 

そして今は、いつもの様に郊外の森で稽古に励んでいた。

妖怪が襲ってこないかと思われるが、なぜかここ最近妖怪たちが大人しい。

嵐の前の静けさ、というよりはモンハンで言う古龍討伐の時に他の敵がいないみたいな状況だ。

だが、それだとまるで妖怪どもに恐れを抱かれるほどの存在が近くにいるってことだろうか。

 

 

「今日のところは早めに帰るか」

「それは残念。もっと見てみたかったのに」

 

 

街へ戻ろうと振り返ると、そこには一人の青年が岩の上に座っていた。

俺と同じ黒髪、黒いスーツの上に白いロングコート、白い帽子を被っている。

俺を見てニヤニヤと笑うその彼を、俺は本能的に警戒した。

 

 

「誰だ?」

「ふふ、ただの一般人ですよ」

「ただの一般人がこんな所にいるはずねえだろ」

「それもそうですね」

 

 

彼はクスクスと笑う。

 

 

「それより、君はこの世界を楽しんでいるかい?」

「どういう意味だよ」

「元の世界よりは刺激的でしょって意味だよ」

「……お前、何でそれを」

「人間ってのはいつも見てて面白いから、その一環ですよ」

 

 

彼はそう言うと岩から降り、俺に背を向けた。

 

 

「殺し殺され死に晒せ、脆い人間は笛の音で躍る演者に過ぎない。

 穢れに満ちた哀れな少女は、最期の最後、誰の為に死ぬのかな?」

 

 

詠うように語る言葉を最後に、青年は森の奥へと消えていった。

そんな彼の後ろ姿を、俺は見送ることしかできなかった。

 

いつの間にか俺は郊外の街の入り口へと戻ってきていた。

そこには、いつかであった警備隊の隊長さんが立っていた。

 

 

「いつもお勤めご苦労さんです」

「なんだお前か」

「素っ気ないな。まあ、前よりは話してくるからいいか」

「お前は相変わらず稽古の帰りか」

「そう。街の中じゃ被害でそうだから」

 

 

俺はケラケラと笑いながら隊長さんにそう言った。

稽古をしているうちに隊長さんとは少しだが仲良くなり、今では彼の愚痴を聞きながら飲み屋で呑んだりしている。ちなみに、本名は『天野 田力』というらしい。

 

 

「もう、その心配はいらなそうだ」

「どういうこと?」

「実は上の方で、月へと移住するという計画が持ち上がっているらしい」

「月へ?」

「ああ。何でも近々、大規模な妖怪の群れが攻め込んでくるらしい」

「それで月へ逃げようって魂胆か」

「月には穢れが無い。まさに一石二鳥の考えなのだろう」

 

 

月移住計画、月夜見が計画した大規模な移住計画。どこの二次創作でもそれは持ちあがるが、それと共に起こるのが妖怪の群集が攻めてくること。

原作での名称は無いが、二次創作では『人妖大戦』として語り継がれる。

だが、その際にはいつもその主人公が取り残されている。ほとんどが不老不死なんだけどね。

しかし、そう語る隊長さんは、なぜか表情が優れていない。

 

 

「隊長さん、何を悩んでるんだ?」

「……少し悪い噂が出回っているんだ」

「もしかして警備隊は取り残して囮にするってやつか?」

「それだけなら私一人残って部下を助けるが、そうではないらしい」

「どんな噂だよ」

「実はな………」

 

 

その時、街の方から警鐘が鳴りびいた。

 

 

『緊急事態、緊急事態、妖怪の群れが接近中。ただちに住民は中央の広場へ避難してください。

緊急事態、緊急事態、妖怪の群れが接近中。ただちに住民は中央の広場へ避難して…………』

 

 

「どうやら、その近々が今日らしいな」

「こっちにも連絡があった。さっきの警報通り、警備隊を含めた住民は広場に集まれとのことだ」

「俺が言うのも何だが、戦わないのか?」

「妖怪の群れはまだ遠くにいるらしい。今から準備すれば間に合うとの事だ」

「そういうことか」

 

 

無駄な戦いを避けるあたり、ここの世界はまだマシらしい。

俺は広場へ向かおうとしたが、隊長さんは立ち止っていた。

 

 

「どうしたんだ?」

「何時はさっきの噂だが、お前の所にいるあの女が関係している」

「月美が………?」

「上の奴等は、アイツを囮にする気だ」

 

 

隊長の言葉に、俺は耳を疑った。唖然としていた俺は、隊長に詰め寄った。

 

 

「どういうことだよ、月美が囮って!!」

「言葉の通りだ。上の奴等はアイツの穢れを利用して時間を稼ぐつもりだ」

「穢れを?」

「アイツが身に纏っている穢れ、それをエサにして妖怪の群れを惹きつけようとしているらしい」

「どういう意味だよ。月美にそんな力は………」

「実際に何度も事例があった。過去に行った郊外での実験、それで結果が出ている」

「過去……もしかして、月美が見つかった時の話か!?」

「ああ。どうやら彼女には妖怪を惹きつける力があるようで、上の奴等はそれに目を付けた。

 いつか訪れる大規模な襲撃、それのほんの少しばかりの時間稼ぎ、それに利用するためにな」

 

 

隊長は神妙な面持ちでそう語る。

月美に聞いたこれまでの経緯、周りからの目、それに耐えてきたこと。

それがすべて上にいる自分勝手な奴等の所為で狂わされたと知ると、俺は激しい憤りを感じていた。

しかし、俺はそこで一つの疑問が浮かんだ。

 

 

「隊長さん、何でアンタがそこまで知っているんだ?」

「俺はあの時その場にいた。たった一人の生き残りだ。上の奴等は気付いていないがな」

「なるほど」

「彼女は郊外にある高原に連れていかれたはずだ」

「アンタはどうする?」

「俺には護るべき部下がいる。悪いが」

「いいよ。アイツは俺が助ける。任せろ」

「悪いな。何もできずに」

「いいよ。それより、永琳はこのことを知っているのか?」

「知らないだろうな。知っていれば反対するはずだ」

「どこまでも汚いな。人間ってのは」

 

 

俺は隊長に教えてもらった場所へと走り出した。

一の犠牲で全が助かるのは御免だ。一も助けて全も助けるのが俺の信条だ。

 

 

「このまま見捨ててたまるか………!!!」

 

 

 

 

 

???side

 

 

誰もいない高原に一人、彼女は立っていた。

彼女は知っていた。自分がこの日のためだけに生かされてきたということを。

妖怪を引き寄せる力、それを知った月の民は彼女を時間稼ぎとして利用した。

 

彼女は抵抗することなくこの場に連れてこられたが、彼女の周りにはその月の民たちがいた。

どれもこれも、刀で斬られて息絶えた屍へと成り果てていて、もう誰も生きてはいない。

その中心に立つ彼女は、汚れてしまった自分の手を見た。

 

 

「……こんなんじゃ、もうあの人には会えませんね」

 

 

彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

愛する人と別れるのは悲しい、けれど、今の自分は穢れてしまった存在。

今も、あの日も、彼女は自分を穢して、こうして生きてきた。

 

 

「ならば………せめて、あの人たちだけでも」

 

 

彼女は意を決して歩き出した。

向かってくる妖怪たちを街から離すために、自分へと引き寄せるために。

それが、穢れた自分にできる最後の役目だと、彼女は心に思った。

 

 

「さようなら……」

 

 

 

 




次回予告

物語に這い寄る渾沌の影、

それは更なる絶望と終ることのない悲しみを運んでくる。

東方幻想物語・神代編、『渾沌の邪神』、どうぞお楽しみに。


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渾沌の邪神

神無 優夜side

 

 

月移住計画が始動する中、俺は月美の下へと急いでいた。

彼女がいるという高原まで、俺はがむしゃらに走り続けた。

 

 

「月美……!!」

「よくもまあ、無駄なことをしますね」

「――っ!?」

 

 

そう言って俺の前に現れたのは、ついさっき森で出会った青年だった。

彼は帽子を脱いで俺の方へと向くと、張り付けたような笑顔を浮かべた。

 

 

「どうも。そんなに急いでどこへ行くおつもりで?」

「てめぇには関係ないだろ。死にたくなかったらすぐにでも街に戻りな」

「そうですか。ご親切に、ありがとうございます」

「……悪いが、俺は急いでるんだ」

 

 

俺はそう言って青年の横を通りすぎた。

すれ違う一瞬、彼は口の端を釣り上げて楽しげな声で俺に言った。

 

 

「無駄ですよ。どうせ彼女は助からない」

「……なんだって」

 

 

俺は咄嗟に足を止めると、背中合わせに青年に尋ねた。

まるで何かを知っているような口ぶり、もしかしてこいつが隊長の言っていた………。

 

 

「まあ、その隊長という人の言っていた人物であることには間違いないですね」

「……っ!? なんで」

「貴方の考えなんて、まるっとお見通し、ってやつですよ」

 

 

顔だけこちらに向けた青年はニコッと笑う。

嘲笑うようなその言動に、俺は妙な不気味さを感じていた。

 

 

「しかし哀れですよね。人と少し違うだけで、同じ人間から化け物を見るような目を向けられる。

 やっと掴んだ幸せというものも、人間の手によって奪われ、そして殺されて果てて無くなる。

 まったく、こんな筋書きを考える人は一体どんな思考をしているのでしょうね?」

「何が言いたいんだ、てめぇ」

「要するに、決められた運命は変えられないってだけですよ」

「長々と駄弁りやがって、五文字で説明しろ」

「彼女は死ぬ」

 

 

その瞬間、俺は振り返ると同時に奴の顔面めがけて殴り掛かった。

しかし、まるで見えない壁に阻まれているように、俺の拳は奴の目の前で止められた。

 

 

「くそ……!」

「暴力はいけませんね。貴方らしくない」

「てめえは何なんだ。月美に何をする気だ………答えろ!!」

「知りたければ教えてあげますよ」

 

 

青年は俺の目の前まで顔を近付かせると、狂気に歪んだ瞳で語った。

 

 

「夢燈月美は郊外の森で街の調査隊によって“偶然”見つかった。

 そして“偶然”彼女が持つ穢れに妖怪が惹かれることが解った。

 その所為で彼女は孤独になり、それを“偶然”知った八意永琳が引き取った。

 それからしばらくして、彼女は“偶然”君と出会い、そして恋に落ちた。

そして今、月へと移住しようとする人間の前に“偶然”妖怪の軍団が押し迫ってきている」

 

 

繰り返される偶然という一言に、俺は嫌な不安を抱いた。

それさえも読み取ったのか、青年は微笑みながらこう告げた。

 

 

「けれどこんな言葉もありますよね。『偶然はそもそも存在せず全てが必然である』と」

「てめぇ、まさか……!?」

「その“まさか”、ですよ」

 

 

青年は口端を三日月の様に釣り上げる。

 

 

「筋書きはここまで順調に進んだ。後は彼女が死ぬことでこの物語は完成する」

「ふざけるな!!!」

 

 

俺は再び奴に殴りかかるが、拳は届かない。

諦めずに何度でも拳を放つが、どれもこれも奴の目前で止められる。

息も絶え絶えになり、俺は力尽きてその場に膝を着いてしまった。

 

 

「呆気ないですね。まあ、今の君ではそれが限界ですか」

「黙れよ……」

「はいはい。しかし、ここで終わってはいずれにせよ彼女は死にますよ」

「そんなことは解ってる……てめえの目的は何だ、答えろ」

「黙れと言ったり答えろと言ったり、自分勝手なお人ですね」

「ふざけるなよ……!!!」

 

 

俺は睨みつけるように奴を見上げた。

対して、青年は俺を蔑むように見下している。

 

 

「暇つぶしに付き合ってもらっているだけですよ」

「なに?」

「人が小説を書くように、僕も筋書きを描いてそれを演じてもらっているだけですよ。

 もっとも僕が描くシナリオのほとんどは、BADENDで終わる三流の脚本ですけどね」

「貴様ぁ!!!!!」

 

 

俺は激昂し、刀を取り出して奴の身体へと斬りかかった。

しかし、奴も同じ刀を出して容易くそれを受け止めた。

 

 

「甘い」

 

 

その一言と同時に、奴は懐からデザートイーグルを取り出し、銃口を俺に向けて引き金を引いた。

俺はその場で身動きできなかったが、銃弾は俺の頬を掠めて横切った。

 

 

「冗談です。君は殺しはしませんよ、まだね」

「どこまでコケにすれば気が済むんだよ!!」

「無論、僕が飽きるまで。だから僕を退屈させないでよ?」

「ふざけやがって………何様のつもりだ!!」

「神様だよ。君が最もよく知る外なる神、這い寄る混沌だよ」

「なに……!?」

 

 

這い寄る混沌、俺はその名前をよく知っていた。

旧支配者の一柱、顔がない故に千の貌を持ち、狂気と混乱をもたらす為に自ら暗躍し、人間や他の邪神さえも冷笑するなど、クトゥルフの邪神の中でも特異な地位に属する邪神。

それが今、俺の目の前にいるというのか?

 

 

「ありえないって顔をしてるね」

「まあな」

「でも、今はそれを確かめる時間もないよね」

「……そうだな」

「せっかくだから、最後にお別れの言葉でも伝えてくるといいよ」

 

 

そう言って奴は俺の目の前から姿を消した。

どこを見渡しても、そこに奴の姿はなかった。

 

 

「余裕なのが余計に腹立つぜ……!!!」

 

 

俺は奴に対する怒りを一度鎮めると、再び走り出した。

奴の言葉がどこまで本当なのかはわからない。でも、今はそんなこと関係ない。

月美の下へ急がなければ、もう妖怪の気配がすぐそこまで迫ってきているのだから。

 

 

「月美……」

 

 

 

 

 

???side

 

 

かくして役者は舞台へと上がった。

穢れた少女は自らを犠牲にして民を救おうと決意する。

少年は愛した少女を救うために走り出した。

けれどそれは報われぬ悲しき物語。

気紛れな邪神が描いた救いようのないBADEND。

報われぬ最期に、少女は何を想って死んでいくのだろうか?

精々その結末に絶望してくれ、僕の愛しき友よ

 

 

 




次回予告

孤独に生きてきた少女、

彼女はこの短い物語(じんせい)の中で、

かけがえのない者たちに出会い、

最期に、愛する者の腕の中で何を想うのだろう?

東方幻想物語・神代編、『穢れの少女』


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穢れの少女

神無 優夜side

 

 

街から離れたところに何もない高原がある。

そこには植物は育たず、荒れ果てた大地のみが存在する。

人間どころか妖怪すらも立ち寄ろうとしないその場所に、白い着物を纏った彼女は立っていた。

 

 

「やっぱり、来たんですね」

 

 

彼女は俺に背を向けたまま、そう言った。

期待通りの喜びと、期待が外れてほしかった悲しみを含んだ声だった。

 

 

「帰るぞ。月美」

「すみません。それはできません」

「どうしてだ?」

「私は、この時のために生きてきたんですよ」

 

 

彼女はいつもと同じ声でそう言った。

 

 

「おそらく、今迫ってきている妖怪の群れは止められない。

 無理に対抗しようとすれば、尋常じゃないほどの被害が出るでしょう」

「だから、自分が囮になってみんなを助けるってか?」

「一を犠牲にして全を助ける。私をここに連れてきた人はそう言ってました」

「くだらねえ。そんなので助かっても、俺たちは」

「いいんです。これは私の運命ですから」

「そんな運命、俺が――」

 

 

彼女の下へと一歩踏み出すと、その瞬間、俺の首筋に刃が突き付けられた。

血塗られた刀身、その先には白い着物のを赤く染める返り血が、彼女の姿を彩っていた。

 

 

「どうですか? これでも私は穢れていませんか?」

「お前……どうして」

「これが私なんです。生きるために穢れて、死ぬために穢れたこの姿が、本当の私なんです」

「知るかよ……!! どんなに穢れていても、お前はお前だ。俺が愛した――」

「もういいんです。ほんのひと時でも、私は幸せでしたから」

 

 

彼女は俺にえっがおを向けると、踵を返して歩き出した。

 

 

「月美!?」

 

 

俺は彼女へと手を伸ばすが、地面から突き出した無数の刃によって阻まれた。

それは俺の能力で変化する刀の形状にそれぞれ似ていた。

 

 

「勝手ながらユウヤさんの力を使わせてもらいました」

「随分と自分勝手だな………」

「そうでもしないと、貴方が私を止めちゃうから」

「そこまでして、お前は護りたいものってなんだよ」

「大切な人を守りたい。永琳先生や輝夜ちゃん、そして貴方を。

 私には今まで何も無かった。そんな私にみんなは優しくしてくれた。その恩を返したい。

 街の人達は憎いけど、見捨てれば私は同じになってしまうから、その人たちも救いたい。

 できればユウヤさんは逃げて。それだけで、私は嬉しいですから。だから、お願い………」

 

 

月美はそう言い残して歩き出した。

向こうからは魑魅魍魎の妖怪の群れが押し寄せてくる。

俺は必死に手を伸ばすが、周りに突き刺さった刀や剣がそれを邪魔する。

 

 

「さようなら、ユウヤさん」

 

 

遠ざかっていく彼女を、俺はただ見ることしかできない。

手を伸ばしても、彼女は手を伸ばしてくれない。俺は、何もできなかった。

 

 

「素敵だ」

「え?」

「やはり人間は、素晴らしい」

 

 

俺たちしかいないはずの高原に、第三者の声が響いた。

それは喜びや怒りや哀しみや楽しさを混ぜたような、気味の悪い声だった。

 

その瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。

銃弾は月美の胸に直撃し、血飛沫を上げて彼女は地面へと倒れた。

その瞬間、周りを囲んでいた刀や剣が光となって消えると、俺は彼女へと駆け寄り、抱き寄せた。

 

 

「月美、月美ッ!!」

 

 

何度呼びかけても反応が無い。

撃たれた箇所からはいまだに生暖かい血が流れ出てる。

 

 

「くそ………!!」

 

 

俺が殺気に満ちた視線を向けると、そこには奴が居た。

銃を構え、不敵に笑い、狂気に瞳を歪ませていた。

 

 

「哀れな少女は命を落とし、穢れた民は無事月へと逃げる。といったところかな」

「貴様……!!!」

「言っただろ。君はは彼女を助けられない。運命は誰にも変えられないって」

「黙れ!!! よくも、よくも月美を!!!」

「君はいつもそうだ。たかが人が一人死んだ程度で激昂する」

「ふざけるな!!!!!」

 

 

俺の腕の中で消えようとしている命、俺は後悔することしかできなかった。

助けることができたはずなのに、手が届いたはずなのに、俺は何も出来なかった。

そんな時、俺の頬を優しげな手がそっと撫でてくれた。

 

 

「月…美……?」

「大丈夫です。ユウヤさん、大丈夫ですから」

「でも……お前を……」

「どうせ…死ぬつもりだったんです……このくらい、平気ですよ」

「喋るな! まだお前を助ける手が……」

「もう……いいんです」

 

 

力なく紡ぐその言葉に、俺は涙を流した。

消えようとする命を助けられない無力な自分を、俺は心の底から呪った。

何が程度の能力だ………大事な時に何もできない、そんなもの今は何も役に立ちはしない。

 

 

「ごめん……ごめん………!!」

「ユウヤさんは…何も悪くないです……悪いのは……私です」

「幸せにするって決めたのに、一生愛するって決めたのに、なのに………!!」

「私は幸せでしたよ………先生や輝夜ちゃんと出会えて、依姫様や豊姫様とも仲良くできて………ずっと孤独だった私には……十分すぎるほど…幸せな時間でした。

 でも…何より幸せだったのは………こんな私でも、心から愛してくれる人に出会えたことです」

 

 

月美からだんだんと力が抜けていくのを感じた。

それは、もうすぐ彼女の命の燈火が消えようとしていることを意味していた。

 

 

「月美…」

「最後に、一ついいですか?」

「なんだ?」

「キス……してくれませんか?」

「いいぜ」

「ありがとう………ございます」

 

 

月美は嬉し涙を流すと、俺はその口に口付けをした。

鉄のような味がしたが、甘い口付けはそんな事を微塵も感じさせなかった。

そんな時、彼女の身体が光に包まれていき、やがてそれは光の粒子となって散らばった。

光は俺の中へと吸い込まれるように消えていくと、それと同時に様々な記憶が流れ込んできた。

それは月美の記憶だった。辛い記憶、忘れたい記憶、楽しかった記憶、そして俺との記憶。

取り込んだ命が俺の中で生き続けている。そう、これが俺の本来の能力、あの人と同じ能力。

 

 

「『命を受け継ぐ程度の能力』、まるでアー〇ードの旦那だな………」

 

 

腕の中には彼女の姿はもうなくなっていたが、そこには紅いリボンと一本の刀が残されていた。

鞘に月下美人が供えられた一本の刀、俺はそれを握り締めた。

 

 

「月美、受け取ったぜ」

 

 

俺は立ち上がると、目の前にいる奴へと視線を向けた。

奴は俺の姿を見て、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。

 

 

「ククク……ようやく目醒めた。神無の御子」

「黙れ……今お前と話している暇なんてねえよ」

「おお恐い。たかが刀一本で、僕に勝つ気ですか?」

「勝てるかどうかなんて関係ねえ。ただ、一発ぐらいは殴らせてもらう」

「殺れるものなら、殺ってみることですね」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 

俺はそう言って紅いリボンを腕に巻くと、スマホを取り出した。

画面には新しいメッセージが表示されている。

 

 

『夢燈 月美:絆を紡ぐ程度の能力』

 

 

俺は一呼吸整えると、刀を握り締め、そして唱えた。

この刀の名前を、彼女から託された力を、そして俺が信じるモノを………!!!

 

 

「絆を紡げ!!! 夢刀『月美』」

 

 

 

 




次回予告

月美が残したのは、護るための刃彼女の存在の証だった。

彼女の命は優夜と一つになり、これからも生き続ける。

彼は邪神の前に立ち、その刃を振るう。

東方幻想物語・神代編、『人と妖の戦』、どうぞお楽しみに。


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人と妖の戦

神無 優夜side

 

 

月の民もいなくなった地上、そこに残った俺と奴と激戦を繰り広げていた。

俺は『月美』を構えて奴に斬りかかるが、奴は不敵な笑みを浮かべながら剣を薙ぎ払って土煙で目潰しすると、その向こうからデザートイーグルの引き金を引いた。

『月美』で銃弾を防ぐが、その隙を突いて奴は俺の背後に回り込んで剣を斬り払った。俺は咄嗟に振り返って斬撃を相殺した。

 

 

「ははは♪ どうやら一筋縄ではいかないみたいだね」

「お前だけは殺す。俺の手で必ず」

「そうだね。僕もそう思ってくれる方が助かるよ」

「てめぇ……!!!」

「だけど、今はその時じゃない」

「なに」

 

 

その時、俺と奴の間に割り込むように深紅に染まった大鎌が振り下ろされた。

危険を察した俺は後ろに跳んでそれを避けると、そこには一人の女性が立っていた。

長い黒髪、鮮血の様に真っ赤なドレスと瞳、紅いリボンが巻かれた黒い帽子を被っている。

女性は俺を一瞥すると、奴の方へと視線を向けた。

 

 

「まったく……こんな所で遊んでいるなんて」

「おや、もうお迎えですか」

「勝手に動き回られたら迷惑なのよ」

「なるほど。では帰ることにしましょうか」

「そんなことさせるか」

 

 

奴へと向かおうとしたその時、遠くの方から魑魅魍魎のうめき声が大地を振るわせた。

 

 

「どうやら、貴方の相手は僕ではないようですね」

「そうみたいだな。くそ」

「あの軍勢に、君は勝てるかな?」

「言われなくても分かるだろ?」

「ふふ、それじゃあ、次会う時を楽しみにしているよ」

「次会ったらぶっ殺す」

 

 

奴は俺の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべると、闇に溶けるように消えていった。

いつの間にか俺の目の前には目を血走らせた妖怪の軍勢が押し迫り、その一部が俺に襲い掛かる。

俺は刀を構え、一瞬でそれらを斬り抜ける。

 

 

『レミリア・スカーレット:運命を操る程度の能力』

 

 

斬り抜けた瞬間、スマホで『レミリア』を選択すると、刀が赤い光に包まれた。

刀は槍へと変化し、紅い光を纏った長さ2mほどの巨大な武器へとなった。

 

 

「避けてみろ……」

 

 

槍を構え、妖怪の群れへと向かって投げると、槍が30本へと分かれ、妖怪の群れを次々と貫いた。『スピア・ザ・グングニル』を連続で放っているものと考えた方がいいだろう。

避けるタイミングや場所、それら全ての運命は視えている。外すわけがない。

放たれた槍を追いかけるように走ると、地面に突き刺さった槍を引き抜いた。

 

 

『フランドール・スカーレット:ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』

 

 

槍は剣へと変化し、刀身にゆらゆらと燃える炎を纏った武器へとなった。

本家のレーヴァテインとは違うが、こいつら程度なら十分過ぎるほど心強い。

 

 

「壊れろ……」

 

 

俺は目を閉じると、暗闇の中に無数の『目』が見えた。

ありとあらゆるモノの力が最も緊張している『目』、それに力を加えるだけで脆く破壊される。

妖怪の群れに向かって走り出すと、その『目』ひとつひとつを片っ端から斬り裂いた。剣を納めると、斬り裂かれた妖怪は真っ二つになって消え去った。

 

あれだけやっても、減ったのは10分の1程度。まだまだ、先は長そうだ。

 

 

「その分、まだ楽しめるってわけだけどな」

 

 

『西行寺 幽々子:死を操る程度の能力』

 

 

剣が扇子へと変化し、その周りには桜の花弁と蝶が舞っている。

ちなみに模様は原作同様、御社車が描かれたカリスマ扇となっている。

 

 

「美しく優雅に……」

 

 

扇子を構え、舞を踊るように扇子を振るうと、桜の花弁が舞い、蝶は妖怪へと飛んでいった。

ゆらゆらと飛んでいった蝶は、妖怪たちの目の前まで行くと花火のように爆ぜながら花弁の弾幕を展開した。

しかし、その弾幕を避けた妖怪たちは一斉に俺に向かって襲い掛かってきた。

 

 

『藤原 妹紅:老いることも死ぬこともない程度の能力』

 

 

扇子が燃えるように消えると、その炎は俺の脚へと纏った。

元といえる武器が無い所為でもあるが、このスタイルの方が妹紅らしいといえる。

 

 

「火の粉は振り払う……」

 

 

襲い掛かってきた妖怪を踏み台にして上空へ避けると、妖怪たちは何も無い地面に着地した。

キョロキョロと見渡している堕ち神へ、俺は上空で体勢を整え、地上にいる妖怪の群れへと足を突きだして急降下した。いわゆる、〇イダーキックだ。

蹴りが妖怪の群れへと直撃すると、それと同時に足に纏った炎が地面へと伝わり、火柱を上げながらその周りを燃やし尽くした。

 

 

『東風谷 早苗:奇跡を起こす程度の能力』

 

 

炎は風に乗って俺の手元に集まると、紙幣の付いた日本刀へと変わった。

刀身には呪詛のような物が刻み込まれており、神々しい力が宿っている。

 

 

「刮目しろ……」

 

 

刀を構えると、俺は妖怪の群れへと向かって走り出し、地面ごと斬り裂いた。

それを6回繰り返すと、地面には六芒星の模様が刻み込まれ、それが光り出すと周囲一帯をすさまじい風が吹き荒ぶった。妖怪たちはそれによって粒子レベルまで分解された。

 

攻撃が終わると、目の前にまた妖怪が迫ってきていた。

 

 

『古明地 こいし:無意識を操る程度の能力』

 

 

刀は小太刀へと変化し、柄からは青色のコードが俺の腕に巻き付くように絡まっている。

無意識に潜り込んで寝首を掻っ切る。深秘録でそういうことやってたのが影響してるな。

 

 

「無意識を捉えられるかな………」

 

 

俺は口元をニヤッとさせると、その場から姿を消して妖怪の攻撃を避けた。

見失った妖怪は周囲を警戒するが、認識されることなく動き回る俺を見つけることはできない。

雑踏に紛れるように群れの中へと潜り込むと、小太刀で次々と妖怪の首を掻っ切った。

 

その時、堕ち神の刃が俺の胸を貫いたが、スマホには新たな表示がされていた。

 

 

『封獣 ぬえ:正体不明にする程度の能力』

 

 

小太刀は弓へと変化し、赤い線と青い線が交差するように模様が描かれている。

原作のトライデントかと思ったけど、鵺を射抜いた弓とは………少し皮肉だな。

 

 

「見つけてみろよ………」

 

 

俺はニヤリと笑うと、その姿は煙に消えた。

妖怪は再び俺を見つけようと見渡すが、無慈悲な一矢がその身体を射抜いた。それを利用し、俺は次々と妖怪の身体を弓矢で射抜いていく。

 

周りの妖怪たちを蹴散らすが、まだまだ数は残っている。

体力の限界を感じた俺は呼吸を整えようとした。その一瞬の隙を突いて妖怪が襲い掛かってきた。咄嗟に刀で防御しようとするが、妖怪は影の刃によって斬り裂かれた。

 

視線を向けると、そこには剣を構えたルーミアが立っていた。

 

 

「大丈夫?」

「ああ。人間の身ではこれが限界らしい」

「それはそうよ。あんな強大な力、普通の人間が使えば気を失ってもおかしくないわ」

「ここまで連続で使えるのは“月美”のお陰だよ」

「あの時の子ね。貴方の中からそれを感じるわ」

「でも、このままだと俺が死にそうだ」

「その割には策がありそうな顔付きね?」

「一発逆転の策はあるけど、最悪お前まで巻き込む」

「別に構わないわ。それとも、私がそれで死ぬとでも?」

「………解った。なら、行くぜ」

 

 

俺は『月美』を抜刀して月に掲げると、月の光が刀身を照らす。

ルーミアは俺と背中合わせに立つと手を掲げ、その手の中に黒い闇を塊を収束させていく。

そういえば、こういう時って名前が必要かな? だとしたら、初めて自分で名前を付けるか。

 

 

「………『幻想交響曲』」

「………『終わりの闇』」

 

 

俺が刀を振り下ろすと、スマホの画面を覆い尽くすように数々のメッセージが表示される。

その瞬間、ありとあらゆる武器が周りに出現すると、それら全てが意志を持ったかのように妖怪たちへと向かって飛んでいき、斬り裂き、貫き、粉砕し、撃ち抜き、燃やし、凍らせ、吹き荒ぶった。

 

ルーミアは収束させた闇を握り潰すと、そこを中心に視界を覆うような闇が広がった。

俺の目には見えなかったが、俺の武器とは違う音が聞こえた。それは何かが貪るような音だった。肉を千切り、血を啜り、骨を砕く、闇の先では惨状が広がっているだろう。

 

 

人と妖との戦いは、これにして終わりを告げた。

 

 

 

 




次回予告

誰にも知られず、一つの物語が終わった。

人を捨てた人間と、妖を裏切った妖怪。

これからどう物語が進むのだろうか?

東方幻想物語・神代編、『悠久の始まり』、どうぞお楽しみに。



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悠久の始まり

神無 優夜side

 

 

闇が晴れると、そこには無数の武器が地面に突き刺さり、妖怪が串刺しにされていた。

その傍には無残に食い散らかされた妖怪の残骸が転がっている。ルーミア、恐ろしいな。

 

武器と妖怪は散りのように崩れると、風に乗って消えていった。

それを見た俺は溜息を吐き、その場に座り込んだ。

 

 

「ようやく終わった」

「お疲れ様。人間のくせによくやったわ」

「妖怪に負けてられるか。それに、アイツの手下なら尚更俺が仕留めなきゃな」

「恨みが濃いわね。そんなに好きな人を殺されて悔しい?」

「当然だ。これで何にも感じない方がおかしいよ」

「人喰いの私にはわからないわね」

 

 

ルーミアはそう言うと、俺の背中に寄り添うように座った。

 

 

「アンタはこれからどうするつもり?」

「とりあえず、あのふざけた邪神をぶっ殺す」

「人間はいつもそうね。復讐するか諦めるか、どっちかしかできないなんて」

「人間なんてそんなものだ。でも、それでも人間だ」

「確かに。化物を倒すはいつだって人間だものね」

「まさかお前からその台詞を聴くとは」

「これでも人間は好きなのよ。諦めないところとか、他人を守るところとかね」

「それってもしかして、あの時の俺も含まれてたりするのか?」

「さあ? どうかしらね」

 

 

彼女は誤魔化すように小さく笑った。

 

 

「でも、私でもわかるけど、アイツは強いわよ」

「知ってる。(TRPGリプレイで)何度も殺されかけた」

「なら、どうする気? 今のまま戦いを挑んでも返り討ちに遭うのが末路よ」

「ああ。そこでルーミア、お前に頼みがある」

「何かしら?」

「俺の特訓に付き合ってくれ。頼む」

 

 

俺は背中合わせでそんな頼みをした。

俺一人の努力でアイツに追いつくのは無理がある。なら、俺より強いルーミアに特訓の相手をしてもらって自分の力を高めるしかない。それが、今考えられる最善策だ。

だが、それは彼女が了承してくれればの話。望みは薄そうだ。

 

 

「良いわよ」

 

 

返ってきた答えは意外にも呆気なかった。

 

 

「いいのか?」

「どうせここには人間もいなくなったし、暇を潰すには丁度いいわ」

「それもそうだが。なんか他に企んでるだろ?」

「実わね、私貴方に惚れちゃったのよ」

「え?」

 

 

予想外の言葉に俺は一瞬ドキッとなってしまった。

月美の時は勢いで感じなかったが、こうもはっきり言われると何だか照れる。

 

 

「え、えーと」

「ちなみに、惚れたといっても良い意味で捉えないでよね」

「どういうことだ?」

「貴方は私の獲物。貴方が死ぬ時は、私が骨の髄まで喰い尽くしてあげるわ」

「随分とまあ、情熱的な愛情表現ですね」

 

 

どうやら、彼女に負ければ人生終了(ゲームオーバー)待ったなしらしい。

この時、頼む相手を間違えたのではないかと本気で悩んだものだ。

 

 

「でも、新しい人間が現れるまで時間が掛かるのよね?」

「少なくとも数億年も先の話だろうね」

「それまで特訓するにしても、時間が余るわね」

「それに、月美の命を取り込んだとしても、俺がそこまで死なないという保証もないしな」

「どうする気よ?」

「考えはある。輝夜の能力を使うさ」

「街にいたお姫様の能力よね。確か永遠の須臾を操る能力とか」

 

 

そう。輝夜の能力は『永遠と須臾を操る程度の能力』。

永遠とは不変であり、歴史のない世界。未来永劫全ての変化を拒絶する。永遠を持ったものはいつまでも変わる事が無く、干渉される事も無い。永遠亭が老朽化をしていなかったのはこの能力のお蔭である。

須臾とは、認識出来ない程の僅かな時間の事。言葉としては1000兆分の1であることを示す数の単位だが、この場合では認識不能の時間の最小単位。他人には認識できない時間を行動することができる。

 

 

「どうやるのよ?」

「細かい説明はできないから端折ると、別の空間で特訓して、その間に歴史が進むのを待つ」

「もっと詳しく話しなさいよ」

「例えば、その空間で1日程度修行したら外では100年経ってる。つまりはそういう事」

「そんな事できるの?」

「実際にやった。試用で1時間居座って外に出たら半月経過してた」

「それは凄いわね」

「その代り、永琳にめちゃくちゃ怒られたけどな」

 

 

俺はあの時の事を思い出し、その時射抜かれた腕を摩った。

しかし、そのお蔭で『逆版・精神と時の部屋』が完成した。そう考えれば安い代償だ。

 

 

「本当に反則よね。空間まで操るなんて」

「そこまで大したこともねえよ」

「あら、どうして?」

「これを使うと、俺の能力の大半が失われてしまう」

「それって………特訓する意味あるの?」

「ある。俺は能力に頼らずに刀で戦えるようになりたいんだ」

 

 

能力に頼れば、その分俺の元の剣術が鈍ってしまう。ならば、これを機に剣術を鍛え直す。

能力の方については、東方Project LOVEの精神があれば本能でなんとかできると思っている。

 

 

「勿体ないわね。その気になれば代償無しで時を進めることも出来るはずなのに」

「妥協はしたくない。それに、剣術を捨てると『月美』を使える機会が減るからな」

「………人間っておかしいわね。死んだ人のために頑張るなんて」

「そんなものだよ。人間って生き物は」

「ふふっ、退屈はしなさそうね」

 

 

背中合わせでも彼女が笑っているのが分かった。

しかし、その時俺は違和感に気付いた。

俺の背中に当たっている彼女の背中が、身長の割には小さく感じられた。いや、それよりもさっきから話し声が幼くなっているような気がする。

俺がゆっくりと振り返ると、俺はあまりの衝撃に目を見開いた。

 

そこに居たのは小さくなったルーミア、いやむしろ原作通りの姿だった。

リボンが黒だったり、少しジト目だったりと相違している部分もあるが、普通のルーミアが居た。

彼女は驚きで固まっている俺を見ると、首を傾げた。

 

 

「どうかしたの?」

「い、いや、それはこっちの台詞………」

「ん? ああ、この姿のことね」

「どうしたんだよ。EXからNormalになって」

「意味は分からないけど。さっきの攻撃で闇を使い過ぎた所為ね」

「どこぞの信仰足りなくてちんちくりんな巫女さんみたいな原理だな」

「………まあ、どうせすぐに元に戻るわ」

 

 

彼女は呆れたように溜息を吐くと、俺に背を向けた。

うん。完全に俺の発言に一々反応するのが面倒になったと見える。

しかし、原作キャラで特に好きなルーミア。それを目にして俺の理性は耐えられるわけはなく、俺は彼女に抱き着くと頭をわしゃわしゃと撫で回した。

 

 

「きゃ!! な、何してるのよ!?」

「ああ~♥ 可愛い、抱き心地良い、可愛い、髪サラサラ、可愛い、可愛い!」

「ちょっと、可愛い可愛いって連呼しないで!! あと離して!!」

「い~や~だ~! 折角のチャンス、ここで掴まなくていつ掴むか!」

「被害に遭ってる私はとてつもなく迷惑なんだけど?」

「俺は幸せでヘヴン状態の階段駆け上がりそう」

「人の話を聴けえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

「うぅ……穢された」

「誤解を招くようなこと言うなよ!?」

「うるさい!!」

「まあまあ。俺が作った飴あげるから許して?」

「ぐすっ………」

 

 

目じりに涙を浮かべた彼女は俺から飴の包みを受け取ると、それを口に入れた。

それが気に入ったのか、彼女は美味しそうに微笑みながら頬に手を当てている。

………やばい。俺の理性がもう限界に近い。しかし、ここで襲うと(運営に)消される。

俺は頑強な精神で耐えると、その場から立ち上がった。

 

 

「さてと。それじゃあ、行きますか」

「最後に一つ聞きたいけど、いい?」

「なに?」

「あの邪神を殺したとして、その後はどうするの?」

 

 

彼女の俺にした質問、それはどこの漫画でも良く聞く言葉だった。

復讐を目的と生きるが、復讐の先にあるものは何も無い。もしも、俺が奴を殺した時、俺が次に目指す目的は何なのか。それを聞きたいのだろう。

俺は一瞬の躊躇なく、即答で答えた。

 

 

「もちろん。新しい恋をして、家庭を持って、平凡に幸せに暮す。ただそれだけだ」

「………そう。安心したわ」

「あ、ちなみにルーミアがお嫁さんでもいいぜ?」

「バカなこと言うんじゃないわよ。………早く行くわよ」

「釣れないな~」

 

 

俺は残念そうに言うと、スマホを起動させた。

すると、俺とルーミアを包み込むように、光が地面から溢れだした。

 

 

「それじゃあ、数億年分付き合ってもらうぜ」

「いいわよ。貴方が生きるその先、見届けさせてもらうわ」

 

 

お互いにニヤリと笑い合うと、光に包まれてその場から消えた。

人間も、妖怪も、全てがいなくなったこの地の物語はこれにて終わり。

 

 

再び物語で出会えることを、心待ちにしております。

 

 

 

 




空亡「さて、これにて第一章はおしまいです」
優夜「こういう路線で行くのか」
空亡「ほかの方々の物に比べれば、まあオリジナリティ溢れるものだと思いますよ?」
優夜「だろうな。邪神が出てくるものなんてそんなに無い………はずだ」
空亡「まあ、まずは失踪しないようにしませんと」
優夜「完結させないと後味悪いからな」
空亡「それまで、読んでくださる方が多くなればいいなとは思います」
優夜「そうなればいいけどな」


次回予告
時代は移り変わり、荒れた大地が緑に生い茂る頃、旅は始まる。
東方幻想物語・大戦編、『新たな旅路の始まり』、どうぞお楽しみに。


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第2章『願いを託した星』
新たな旅路


???side

 

 

むかしむかし、この地で大きな戦いがあった。

 

それは、独りの『人間』と一人の『妖怪』と穢れによる戦だった。

 

愛しい人を亡くした人間は、その悲しみを拭うために彼女のから生まれた穢れを殺し尽した。

 

一人ぼっちになった妖怪は、退屈しのぎにとお気に入りだった人間と一緒に穢れを喰い尽くした。

 

穢れは消え、人間と妖怪は姿を消した。

 

誰も知らない物語、知る者などいない御伽話、されども語り継がれる伝説の昔話。

 

そして今、再びあの男が帰ってくる。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

人妖大戦から数十億年が経過した後、あの高原にて。

真っ青な草原が地平線の向こうまで広がり、気持ちの良い風が草を揺らしている。

 

そんな草原のど真ん中、地面の空間が円を描いて光り出した。

その空間から俺が仁王立ちでせり上がっていく。……そう、ガイナ立ちだ。

 

 

「待ちに待った時が来た。

 多くの英霊(主にニコ厨の禁断衝動)が無駄死で無かった事の証の為に、

 再び俺の理想(原作キャラに出会う)を掲げる為に、星の屑成就(主に邪神を殺す)の為に、

地上よ、私は帰ってきた!!!」

「うるさい」

「いたっ」

 

 

両腕を掲げて叫ぶと、傍らにいたルーミアに引っ叩かれた。

 

 

「何するんだルーミア」

「いきなり耳元で叫ばれたら叩きたくもなるわよ」

「解ってないな。こういう時はこういうネタを叫ばないといけないんだよ」

「なんで私が説教されてるのよ」

「それが俺だからだ‼」

「訳が分からないわ」

 

 

ルーミアはやれやれと溜息を吐きながら首を振った。

これが一般人とオタクの違いというものか。なんとも世知辛い世の中だ。

例えるなら、大和と聞いて戦艦と答えるか嫁と答えるかというものだ。ちなみに響が好きです。

 

 

「それより、ここがあの戦場なのね」

「ああ。時間が合っていればあれから数億年も経ってる筈だ」

 

 

俺は相変わらず照らし続ける太陽を睨みながらそう言った。

『逆版・精神と時の部屋』に入って一年程度、こっちの世界では数億年分の時間を潰し、その間に特訓して何とか体一つでも戦えるようになった。最悪、剣術だけでもルーミアと渡り合えるまでにはなった。

 

 

「さて、これからどこに行く?」

「北に行く。そこに行けばなんとかなりそうな気がするし」

「ふざけた奴だけど、貴方の勘を信じてみるわ」

「ありがとな」

 

 

恐らくここが京都の大学と同じ位置なら、諏訪の国がある長野県の場所はここから北になる。

諏訪の国ならケロちゃんがいるだろうし、あの人の性格ならなんとか話も出来るだろう。

 

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「それより聞きたいんだけど、幼女化はいつでもなれるのか?」

「死ね」

 

 

ルーミアの影から刃が伸びて俺の身体へ斬りかかった。

俺は間一髪でそれを避けると、避けた先でルーミアが剣を俺に突き立てていた。

 

 

「今度ふざけたことを聞くと喰うわよ?」

「おお、こわいこわい。でも残念だな~」

「……そんなに好きなの?」

 

 

剣を消したルーミアは少し悲しそうな顔でそう尋ねた。

 

 

「その、今の私って可愛くないのかな………」

「ルーミア?」

「今の忘れて。ちょっとふざけただけよ」

「そうか」

「さて、貴方の言った通り北に向かいましょう」

 

 

ルーミアは笑みを浮かべると、俺の先へと歩き始めた。

さっきの彼女の言葉が気になった俺は、彼女に追いつくと後ろから頭を撫でた。

 

 

「ふぇ?」

「確かに俺は小さいルーミアが好きだけど、今のルーミアも好きだぜ」

「な、なによ」

「大人っぽくて綺麗だし、何だか頼れるし、何よりも胸が大き………冗談だから怒んないで」

「はあ………」

「まあ、そういうわけで、俺はどんなルーミアでも好きだから」

 

 

俺はルーミアの頭をわしゃわしゃと撫でると先へと歩き出した。

 

 

「月美の事が好きなんじゃなかったの?」

「確かに好きだ。今でもな」

「なら、そんな言葉軽々しく口にするんじゃないわよ」

 

 

ルーミアは優しく微笑むと俺の頭を叩いて歩き出した。

 

 

「軽々しく口にするな、か……」

 

 

俺は腕に巻いた紅いリボンを見つめながら小さく呟いた。

誰かを好きになるってことが今まで無かった所為で気付かなかったが、どうやら俺は月美に感じたことをルーミアにも感じているようだ。

ギャルゲーでもハーレムエンドを目指す方だが、現実にその立場となると、何だか複雑だ。

 

 

「あ~あ、月美に浮気者って言われるかもな」

 

 

俺は紅いリボンを握り締めながら前を向くと、ルーミアの後を追って走り出した。

目指すは神主さまの聖地、ケロちゃんのいる場所、諏訪の国へといざ行こうか。

 

 

 

 




空亡「始まりましたね、新章」
優夜「最初と比べて手抜きな感じがするけど?」
空亡「ネタが思い付かないんですよ。古代スタートが少ないですから」
優夜「パクリかよ」
空亡「リスペクトです。それを言うとニャル子さんとか銀魂なんてパクリの金字塔」
優夜「あの方々とこんな二次創作を一緒にするな。後で叩かれる」
空亡「まあ、自虐ネタはここまでにして」
優夜「おい」
空亡「新章は諏訪大戦、ユウヤの無双は見れるのか?」
優夜「書けるモノなら書いてみろ」
空亡「ヒドイ!?」


次回予告
森を彷徨う優夜とルーミア、そこで出会った人物とは?
東方幻想物語・大戦編、『特訓の成果』、どうぞお楽しみに。



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特訓の成果

神無 優夜side

 

 

諏訪の国へと旅立って一週間、俺とルーミアは森の中を彷徨っていた。

一応俺は飲まず食わずでなんとか意識は保っているが、腹ペコのルーミアは空腹でここ最近ずっと機嫌が悪い。最悪、俺が食料になる日も近いだろう。

 

 

「ああ……肉が喰いたい。美味しい人肉が」

「俺だって空腹を我慢してるんだ。お前も頑張れよ」

「何で人間の貴方がそこまで耐えられるのよ」

「半月を水と塩だけで乗り切ったあの頃に比べればまだマシだ」

「……ごめんなさい」

「謝るな。何だか自分が惨めになる」

「やっぱり貴方を見ていると我慢できないわ」

「おい‼ 俺の話は聞き流したのか!?」

「だから先に言ったのよ。………ごめんなさい」

「洒落にならないからやめてくれ」

 

 

そんな会話をしていると、近くの茂みが不自然に揺れた。

俺とルーミアは足を止めると、茂みを凝視して互いに顔を見合わせた。

 

 

「なあ、ルーミア」

「なに、ユウヤ」

「俺さ、前にも同じことがあったんだよね」

「それは奇遇ね。私もよ」

「俺の場合は、茂みの中から人喰い美少女が出てきたんだよね」

「私の場合は、茂みから出たら美味しそうな獲物が居たのよね」

 

 

互いに互いの視点からの出会いを思い出した。

ってか、ルーミアからしてやっぱり俺は美味しそうな獲物だったのかよ‼

二人で茂みを見つめていると、茂みの中から何かが飛びだした。

俺は刀を取り出し、ルーミアも剣を取り出し、二人揃って戦闘態勢を整えた。

 

 

「いたた……」

 

 

そこに居たのは、意外にも人間の美少女だった。

長い金髪にツーサイドアップ、裾や袖に星の模様が描かれた白い着物、首には星の首飾りを付けている。なんだか雰囲気がヤ〇ちゃんに似てる気がする。………物凄く黒服のゴスロリを着せたい。

転んだ少女は立ち上がると、埃を叩いて顔を上げた。

 

 

「……こんにちは?」

「……こんにちは。お嬢さん」

「お嬢さんじゃありません。これでも二十歳です」

「なるほど。合法ロリか」

「意味が分かりません」

「コイツの言うことは大半は聞き流した方がいいわ」

「そのようですね。ところで、貴方達は?」

「あ~実は俺たち旅の者で、この近くに寝泊まりできるところはないか探してるんだ」

「だったら、この近くに私が住む村があります」

「そうか。それなら案内を」

「今は無理ですよ。だって……」

 

 

少女が視線を茂みの方へと向けると、そこから幾つもの影が飛び出してきた。

それは薄汚れた銀色の毛並みをした狼だった。しかし、その身には淀んだ妖気を纏わせている。

狼共は囲うように周りをゆっくりと歩いて俺らを睨みつけている、

 

 

「私、追われてますから」

「その割には落ち着いてるわね」

「毎度のことなので慣れました」

「ちなみに、なんで貴女はこの森に?」

「姉が風邪なので、その薬の材料を採りに」

「姉想いな良い子ね」

「そんな良いものでもないですよ」

 

 

そう呟いた少女の顔に、少し闇が見えた。

訳ありみたいだが、今はそんな事を勘ぐっている場合じゃないな。

相手は狼の妖怪が10匹程度、初戦にしては悪くも無い相手だろうな。

 

 

「ルーミア。その子を連れて逃げてくれないか?」

「あら? もしかしたら美味しく頂くかもしれないわよ」

「するつもりならわざわざ言わねえだろ」

「それもそうね。……それじゃあ、行くわよ」

「……アナタはどうするの?」

「俺はこいつらを倒してから追いつく」

「というわけよ。行くわよ、お嬢さん」

「お嬢さんじゃありません」

 

 

少女はルーミアに抱きかかえられると、森の奥へと消えていった。

俺の一人で戦った方が効率がいいからな。それに、少女にトラウマは抱えてほしくない

狼はルーミアたちを追おうとして俺に背を向けて走りだそうとするが、それは目の前に飛んで来た刀によって阻まれた。

 

 

「無視するんじゃねえぞ。駄狗」

 

 

俺は狼共に向かって中指を立てて挑発する。

すると狼共は俺の方へと向き直り、喉を醜く鳴らしながら俺に牙を向けている。

普通の犬畜生なら意味はないが、中途半端に知性のある妖怪なら単純に引っかかる。

 

 

「さて、相手になってもらうぜ」

 

 

俺が口元をニヤッとさせると、狼共は俺に向かって飛びかかってきた。

俺は姿勢を低くしてその下を走り抜けると、地面に突き刺さった刀を引き抜いて構えた。

 

 

「一瞬で決めるぞ、月美」

 

 

狼共が地面に着地した瞬間、俺はその場に足を踏みしめて一気に加速する。狼共は一斉に振り返るが、その隙を突くように一筋の剣閃が狼共の身体を斬り抜けた。

 

 

「―――『舞月』」

 

 

刀を振って血を落として鞘へと納めると、狼共はバラバラに斬り裂かれてただの肉片となった。

生々しい肉片と吐き気を催す様な血の臭い、それが自分の手で作り上げたかと思うとゾッとした。

 

 

「あの子が見たらトラウマ待ったなしだな」

 

 

そんな事を思いながら、俺は二人が向かった方向へと歩き出した。

俺の出会いは森の中でしかないのか………………人生もワンパターンだな。

 

 

 

 

 




空亡「文章力が徐々に下がっていく」
優夜「今に始まったことでもないだろ」
空亡「しかし、これではいけないですよね」
優夜「まあ、素人でこれだけやれてるからいいと思うけどな」
空亡「先人様のを見て勉強しているんですけど、やっぱり駄目ですね」
優夜「今まで似ないからな。こんなテンプレ」
空亡「テンプレ言わないでください。これでも悩んでいるんですから」
優夜「そして、本編の話はまったくでなかったな」
空亡「あ」


次回予告
妖怪を退けた優夜、彼が森を抜けるとそこには目的地である諏訪の国があった。
東方幻想物語・大戦編、『諏訪の国へ』、どうぞお楽しみに。



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諏訪の国へ

神無 優夜side

 

 

狼の妖怪を退治した後、俺は二人が逃げた方向へと歩いた。

そういえば、この先に少女が住む村があるって言ってたっけ? まずはそこに向かうのが良いだろう。

 

しばらく歩き続けていると、ようやく森を抜けることができた。

しかし、俺の視線の先では槍を持った衛兵の人達に囲まれたルーミアと少女の姿が見えた。

なんだろう。数十億年前の俺の立場を思い出させるような構図だ。………ワンパターンだと叩かれるな、これ。

 

 

「妖怪がこの村に何の用だ‼‼」

「だーかーら、この子を連れて逃げてきただけだってさっきから言ってるでしょ?」

「妖怪の言うことなど信じられるか」

「どうせ俺たちを食うために来たんだろ」

「しかも人質まで用意しやがって」

「………これだから人間は嫌いなのよ」

 

 

声や雰囲気から、ルーミアがキレる寸前ということは分かった。

しかも背後に伸びた影は衛兵の死角になるように、徐々に刃の形へと変わっていっている。このままいくとルーミアの人喰いバイキングが始まりそうだ。

俺はルーミアの傍まで行くと、彼女の頭へと垂直に手刀を落とした。

 

 

「いたっ」

「何やってんだよ」

「あ、無事だったんですね」

「まあね。それより、どうしてこうなった?」

「村の中に入ろうとしたら気付かれたわ。何でか分からないけど」

「妖気ダダ漏れだ。気付かれて当然」

「今度から気を付けるわ」

「そんなことより、この状況をどうするつもりですか?」

「お前はどうにかできないのか?」

「どうにかできたらこんなことになってませんよ」

 

 

少女はやれやれと首を振った。

衛兵としての正義感か、それともただの臆病ゆえの偏見か、何よりもこれでは話にならないな。

俺の説得ロールなんて初期値だしな。これではこのまま詰んでしまう。

確か前回は、一触即発の雰囲気の中、永琳が出てきて仲裁してくれたっけか。ふとそんな事を考えていると、衛兵の一人がルーミアに向かって槍を突きだした。

ルーミアは咄嗟に自分の影でそれを防ごうとするが、それよりも先に俺がその槍を受け止めた。

 

 

「なっ‼」

「俺の連れに何してんだ」

「何を言っている‼ そいつは妖怪だぞ!?」

「それがどうした。コイツがお前らを襲ったか? 目の前で人を食ったか?」

「そ、それは」

「俺は偏見とか差別が大嫌いなんだ。もしもそれで人を傷付けてみろ………」

 

 

俺は槍を握った手に力を込めると、それが音を立てて折れた。

 

 

「ひっ」

「殺さない程度に叩きのめしやる。覚悟しろよ」

 

 

殺気の籠った瞳で衛兵を睨みつけると、そいつは腰を抜かした。

最近、自分が人間離れして着ているように感じるが、能力使える時点で人間じゃねえよな。

 

 

「まったく、情けないね」

「ん?」

 

 

そう言って衛兵たちの背後から出てきたのは、見たことのある女の子だった。

金髪のショートボブ、青と白を基調とした壺装束によく似た服とミニスカート、頭には蛙の目玉のような物が付いた市女笠的な物を被っている。見た目は幼女の筈なのに、何故かそれから漂うのは恐れというより畏れを感じた。

女の子は衛兵が開けた道を堂々と歩くと、俺の目の前へと寄ってきた。

 

 

「うちの兵が失礼をしたね。あ、私は洩矢諏訪子、この辺りを治めている神だよ」

 

 

そう言って諏訪子はニコニコと微笑んだ。

洩矢諏訪子、今の時代はミシャクジ様という土着神として崇り神を束ねて洩矢の国を築いたという過去を持っている。金髪合法ロリなんて希少種がこの時代に居たことに俺は今、神様に感謝の意を称えたい。

 

 

「まったくだ。ルーミアの可愛い顔に傷が付いたらどう責任を取るつもりだ」

「そうだね。妖怪といえど、無抵抗の女に武器を向けるのはいけないね?」

 

 

諏訪子が衛兵を睨みつけると、衛兵たちは怯えながらも平謝りをして村の方へと戻って行った。

月の都の警備隊とは違って意志が弱いな。……隊長さん、元気にしてるだろうか?

 

 

「本当、旅人には失礼なことばかりだね」

「気にするな。少し間違えれば連れがアイツ等を殺してたかもしれないからな」

「気付いてたのね」

「気付かない方がおかしいだろ」

 

 

俺はルーミアの額をデコピンで弾いた。

それを見て、諏訪子はくすくすと楽しそうに笑っている。

 

 

「仲が良いみたいだね」

「それなりに長い付き合いだからな」

「人間と妖怪が長い付き合いか。なんだか訳がありそうだね」

「特にないわよ」

「そうかい」

「相変わらずですね。洩矢様」

 

 

ケラケラと笑っている諏訪子に、少女が歩み寄る。

 

 

「あ、何でアンタがここに?」

「姉さんへの薬の材料を採りに行った帰りですよ」

「そうかい。なら、早く行ってやりな」

「そのつもりですよ。……それでは、私はここで」

 

 

少女は俺らに一礼すると、足早に村の方へと向かっていった。

 

 

「あの子も相変わらずだね」

「知り合いなのか?」

「うちの巫女だよ。さっき言ってた姉も同じだけどね」

「巫女、ね……」

 

 

そういえば、東風谷早苗の家系って先祖代々から諏訪子の巫女だったっけ。

そうなると、さっきの子は早苗の祖先ということになるのか。すげー。

 

 

「ま、ここで立ち話も何だし、うちにでも来なよ」

「いいのか?」

「勿論。それに、どうやらここに用事があったみたいだしね」

「用事ってほどもねえよ。ただ一目見たかっただけだよ。諏訪の崇り神様を」

「で、どうだった?」

「可愛い。この一言に限る」

「アンタはいつも通りね」

「はは、その感想は意外だったね」

「子供に欲情する変態なだけよ。神様は気を付けてね」

「その時は返り討ちにするよ」

「頼もしい神様だこと」

「諏訪子でいいよ。その方が親しみやすいし」

「……分かったわ。諏訪子」

「百合もいいかもな」

「「なんなのよ、アンタは」」

 

 

そんな会話をしながら、俺たちは諏訪子の家、守矢神社へと向かった。

目的地には無事に着いたが、果たしてこれからどうしようか?

 

 

 

 




優夜「ケロちゃん登場……って、これもどこかで見た気が」
空亡「テンプレっていいですよね」
優夜「おい」
空亡「まあ、できるならこれっきりにしたいですよ」
優夜「そうしてくれ。でないと読者に飽きられるぞ」
空亡「今更ですね。でも、今回は手抜き感が半端ないと思いますよ?」
優夜「本気出せよ。テニスを語る修造みたいに」
空亡「無理ですよ……」


次回予告
諏訪子に案内された優夜一行、そこで出会ったのは二人の巫女だった。
東方幻想物語・大戦編、『洩矢の巫女』、どうぞお楽しみに。



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洩矢の巫女

神無 優夜side

 

 

諏訪子に案内され、村の中を歩いて行く俺とルーミア一行。

月の民の街に比べれば見劣りするが、これはこれで雰囲気が俺好みだから丁度いいと思った。

しかし、村のに棲む住人は遠巻きながら俺らを、特にルーミアを見て少し怯えている様子だ。

 

 

「ごめんね。何だか嫌な思いをさせて」

「そんなことないわ。当然の反応よ」

「ルーミア……」

「いちいち気にしてたら人喰いなんてやっていけないわよ」

 

 

気丈に振舞っている彼女だが、それが無理をして騙っているということはすぐに分かった。

いくら人喰いと言っても、心のどこかでは仲良くしたいという想いもあるのだろうか。

そんな中、通りすがった村人や子供たちは諏訪子に挨拶をして通り過ぎていく。

 

 

「それより、諏訪子は人気者なのね」

「うぐ……ルーミアに言われるとなんか申し訳ないような」

「そんなんじゃないわよ。ただ、崇り神なのに慕われるのねと思ってね」

「まあ、これでも伊達に神様はやっていないってことよ」

「小さいのによく頑張るな」

「うるさい‼ これから信仰を集めれば大きくなるわよ」

「信仰ってそういうものじゃないだろ!?」

 

 

そんな会話をしていると、大きな神社の前へと辿り着いた。

諏訪神社、今目の前にいる諏訪子が祀られている神社、ちなみに前世では本家本元の神社に行きました。東方ファンなら一度は拝みに行きたいものだからな。

しばらく眺めると、諏訪子が神社の母家へと案内してくれた。

 

 

「さあ、上がって上がって」

「お邪魔します」

「思ったよりも普通で安心した」

「どんなのを想像してたのよ?」

「聞きたい?」

「いや、そこまで」

「残念」

「さて、それじゃあお茶でも用意してくるよ」

 

 

そう言って諏訪子は部屋を出て行った。

部屋に取り残された俺たちはぼーっと天井を眺めていた。

 

 

「奇遇ですね」

 

 

しばらくしていると、部屋にあの少女が入ってきた。

手にはお盆の上に三杯のお茶と茶菓子が乗っていた。

 

 

「貴女は……」

「洩矢様からいきなり用意してくれって頼まれたから何かと思えば」

「何か悪いな」

「いいですよ。私はここの巫女、貴方たちはお客様ですから」

 

 

少女は少し笑みを浮かべながらお茶と茶菓子をテーブルに並べた。

その時、ほんの少し薬の匂いがした。

 

 

「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや。それより、まだ名前を聞いていなかったなと思ってな」

「そう言えばそうでしたね。状況が状況でしたし」

「名前は、言わなくても知ってるわよね」

「ユウヤさんにルーミアさんですよね。聴いてました」

「なら……」

「諏訪子様ー? どこですかー?」

 

 

俺が少女の名前を聞こうとしたその時、能天気な声と共に襖が開いた。

そこに居たのは、少し風邪気味に顔を赤くした少女の姿だった。

髪の左側を一房髪留めでまとめて垂らしている緑髪のロングヘア、白と青を基調した巫女装束(何故か腋の部部はない)、頭には蛙の髪飾りを付けている。なんとも常識をかなぐり捨ててそうだと思ってしまった。

少女は寝惚け眼で部屋を見渡すが、そこには当然諏訪子の姿は無い。

 

 

「あれ~? いないですね」

「諏訪子ならここにはいないよ」

「あ、そうなんですか~。ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 

緑髪の少女は手稲に頭を下げる。

すると、何かをふと思ったのか顔を上げた。

 

 

「ところで、どちら様ですか~?」

「まあ、そうなるよな」

「能天気な頭をしてるわね」

「そう言うな。俺は神無 優夜、こっちはルーミアだ」

「どうも。私は東風谷 叶恵(こちや かなえ)と申します」

「ただの旅人だけど、諏訪子にここへと招待されたわ」

「そうなんですか~。それは大変ですね」

「旅と言っても、始めたのは最近だけどな」

「でもいいですね。私もいつか旅に」

 

 

叶恵が言葉を紡ごうとしたその時、俺たちの背後から異様な殺気が放たれていることに気付いた。

目の前の叶恵の表情は凍り付き、あのルーミアさえも額に冷や汗をかいている。

恐る恐る後ろを振り返ると、そこには金髪の少女が無表情でこちらを見つめていた。

 

 

「……姉さん、何でここに居るんですか?」

「え? いや、体調も良くなったからそれを報告しようかと」

「私の目から見ても、体調が優れているようには見えませんが?」

「そうだけど、巫女としての仕事が」

「今日ぐらいは仕事を休んでください」

「で、でも……」

「休んでください」

 

 

少女から放たれる異様な威圧感に、俺も叶恵も逆らえる気が起きなかった。

無表情な女の子が怒るとその迫力は普通の何倍にも増して恐ろしいとはよく言ったものだ。

すると、何かを感じたのか諏訪子が急いで部屋へと戻ってきた。

 

 

「何事!?」

「「あ、洩矢様/あ、諏訪子様」」

「って、また叶恵が怒られてるだけか。心配して損したよ」

「どういう意味ですか!?」

「前にも同じことがあったからね。あの時は敵が攻めてきたかと思ったよ」

「それほどですか?」

「殺気だけなら私よりも上だよ。アンタは」

 

 

諏訪子はそう言って少女と叶恵の頭を叩いた。

見ているだけならのどかな光景だが、先ほどの殺気が凄すぎて俺の思考が若干停止していた。

 

 

「ユウヤさん、大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫だ」

「ごめんね。この子、怒ると手が付けられなくなるんだよね」

「人の事を子供みたいに言わないで下さい」

「子供みたいなものでしょ。アンタも叶恵も」

「確かに子供ね。それも仲の良い姉妹」

「ルーミアさんも何言うんですか‼」

 

 

目の前で繰り広げられているなんとも面白い光景、それを見ていると自然と笑みが零れる。

あの時は、俺と永琳と月美しかいなかったけど、やっぱり人が多いと賑やかでいいな。

 

 

「まったく、これだから姉さんや洩矢様は」

「良い家族だな」

「……家族、ですか」

「ああ」

「そうですか」

 

 

少女は顔を逸らすが、口元が嬉しさで緩んでいるのがよく分かった。

 

 

「ところで、名前聞かせてくれるか?」

「そうでしたね。何だかここしばらく一緒に暮らすらしいですし」

「それ初耳なんだけど」

「洩矢様の独断だそうです」

「自由だな、ここの神様って」

 

 

少女は俺へと向き直ると、ニッコリと微笑んだ。

 

 

「とりあえず…………天宮 星羅です。しばらくよろしくお願いします」

 

 

 

 




空亡「まあ、よく在る展開ですね」
優夜「いやいや、俺もよく分からないんだけど」
空亡「知っている名前が出ましたけど、それは後ほど」
優夜「それより、早苗ちゃんの祖先って言うからには性格似てるね」
空亡「のほほんとしているけどねは真面目な子です」
優夜「うちにもいたよね?」
空亡「あの子は別格です」
優夜「おい」
空亡「さて、これから優夜はどのルートを進むのか?」
優夜「まるでギャルゲーのルート選択みたいな字面だな」
空亡「初見におすすめなのは星羅さんですよ」
優夜「おい」


次回予告
人間をやめた優夜は、人の中で何を思い、何を見出だすのか?
東方幻想物語・大戦編、『化物の想い』、どうぞお楽しみに。


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星屑の想い

神無 優夜side

 

 

諏訪の国で暮らし始めて三か月が過ぎた。

以前の街での暮らしに比べると質素になった上に静かになったが、実験台や決闘相手にされることもなく平和に過ごすことができている。

諏訪子は俺が作る料理が気に入ったようでよくつまみ食いに来る。叶恵は俺たちの事情も聞かずに優しく接してくれている。

 

俺は現状で満足しているが、ルーミアは違った。いつも何処かへふらっと出て行っては気紛れに帰ってくる。まるで猫だ。るーみにゃだ。

 

 

「まあ、原因は見当ついているんだよな」

 

 

俺は村の街道を歩きながら溜息を吐いた。

神社への帰り道、村の人達からの視線がどうも気になる。

ここに来た時から感じていたことだが、どうやらルーミアと仲良くしていることが原因のようだ。

本来合見えない人と妖、それが一緒に旅をしているというのが他の人から見れば奇妙らしい。

実は俺は妖怪の大将だとか、この諏訪の国を滅ぼしに来たとか、ありもしない噂話まで出回る始末だ。

諏訪子もどうにかしようとしてくれているが、人の口には戸が立てられない上、人が抱いた疑念というのはそう簡単に拭いきれない。

 

 

「……俺も人間から見れば化け物か」

 

 

俺は腕に巻いたリボンを握り締める。

俺はあの日、月美の命をこの身体に取り込んだ。そのお蔭で俺の身体は老いることが無くなり、寿命も人間の比ではなくなった。

だが、それと同時に俺は色々なモノを引き換えにした。愛する人と、人間としての生を…………。

 

 

「俺は……人間なのか、それとも」

「何をぶつぶつと呟いているんですか?」

 

 

道のど真ん中で突っ立っていると、聞き慣れた声に呼びかけられた。

視線を向けると、そこには白いナデシコの花を持った星羅が立っていた。

心配そうに見つめる彼女に、俺は思考を切り替えて笑顔を浮かべる。

 

 

「な~んにも。今日の夕飯は何にしようか考えてたんだよ」

「その割には深刻そうな顔をしていましたけど?」

「実はケロちゃんの食事に唐辛子を仕掛けようかと思ったんだけど」

「そんな事をしたら怒られますよ」

「好奇心と恐怖、その感情が俺の中で戦っているんだ」

「心配して損しました」

 

 

星羅は溜息を吐いた。

咄嗟に誤魔化したとはいえ、彼女に心配を掛けるのは俺の信条に反する。

俺がどう思われようといいが、彼女たちに迷惑が掛からないか、それだけが心配だ。

 

 

「それはそうと、その花はどうしたの?」

「これからちょっとした用事なんです。ユウヤも付いてきますか?」

「いいの?」

「構いませんよ。ただ、うるさかったら置いていきます」

「……ああ」

 

 

俺は星羅の後をついて行く。

いつもは俺から話し掛けても素っ気ない態度で軽くあしらわれるが、今日はなんだか機嫌がいいように見える。

時折見える嬉しそうな表情、それほど楽しみな用事がこの先にあるのだろうか。

彼女は神社へと進むが、その歩みは神社の裏手へと回り、やがて広い空間へと出た。

 

そこには小さな石碑があった。

名も彫られてなければ、ちゃんとした職人が造ったわけでもない不恰好な石碑。

しかし、それは石碑というよりはむしろ、誰かの墓のように思えた。

星羅は石碑に歩み寄ると手に持っていた白いナデシコの花を供えた。

 

 

「ここは私の両親のお墓みたいです」

「みたい?」

「洩矢様はそう言ってました。真意のほどはどうでもいいですけど」

「いや、それより星羅の両親って」

「いないです。私が生まれて間もない頃に病で死んだそうです」

「そうか」

「父は洩矢様と親交が深かったようで、死ぬ間際に私をあの方のところに預けたそうです」

 

 

星羅は手を合わせながら俺にそう語った。

そういえば、星羅が度々どこかへ出かけることがあったが、ここに来ていたという事か。

 

 

「私は、この生活で寂しいと感じたことはありません」

「え?」

「両親の顔も知らない私にとって、洩矢様は私の母親みたいなものですから」

「……母親、ね」

「まあ、昔はそんな風に思っていたんですけど、今は手の掛かる妹みたいですよ」

「人の事は言えないだろ」

「どういう意味ですか?」

「気にしないで」

 

 

俺は笑って誤魔化すが、横からジト目で睨みつける星羅を見て少し恐怖した。

しかし、会って間もない俺をこの場所に連れてくるなんて、一体どうしたのだろう。

俺が頭を捻らせて考えていると、星羅の小さく囁く声が聞こえた。

 

 

「嫌われ者なのは私も同じですよ」

「え?」

「何にもない私が洩矢様の巫女なのが気に入らなかったり、巫女として優秀な姉さんと比べられたりと、私も色々と村の人達には嫌われているんですよね」

「………どの時代も人は同じってわけか」

「そうかもしれません。でも、だからこそ同じ立場のユウヤの事が分かるんですよ」

「俺と星羅じゃ事情が違うだろ」

「そうかも。それでも、似た者同士というのは心強いものですよ?」

 

 

星羅は口元をニヤッとさせながら笑いかけた。

普段からは想像もつかないが、なんとなく心の中の邪魔な物が外れたような気がした。

 

 

「そうだな。ありがとう、星羅」

「どういたしまして。悩みがあるなら相談してください。力にはなりますよ」

「そうするよ」

「それじゃあ、帰りましょうか。洩矢様も心配してますから」

「ああ」

「……じゃあね。お父さん」

 

 

星羅は小さく呟くとその場から去っていった。

俺は少し嬉しそうに頬を緩ませながらその後を追っていった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

星が輝く晩、俺は静かになった村の中を歩いていた。

別に夢遊病だとかの類ではないが、俺は昼間の出来事で気掛かりなことがあった。

それは村の人達の視線の中に一つだけ、まったく違うものが混じっていた。

 

 

「そこにいるんだろ。邪神様」

 

 

道の真ん中で立ち止まり、俺は殺気を込めた声で呟いた。

すると夜の暗闇の中から一人の少女が現れた。

 

煌くような水色の髪のショートヘア、海のように青い瞳、白いサマードレスに麦わら帽子を被っている。この時代では見かけることの無い姿だが、俺にはその少女がただの人間とすら思えなかった。

少女は俺を見上げるように麦わら帽子のつばを上げると、海色の瞳を俺に向けた。

 

 

「初めまして。イレギュラーさん」

「イレギュラーとは失礼だな。邪神様」

「それも失礼よ。私にだってこれでも名前はあるのよ」

「姿を見て想像できるよ」

「あら、やっぱり人間って色々知っているのね」

「当然だろ………クトゥルフの娘、『クティーラ』」

 

 

俺がその名を呟くと、彼女は楽しそうに笑った。

『クティーラ』、旧支配者であるクトゥルフの娘であり、旧支配者復活の鍵でもある邪神の一柱。

クトゥルフ神話ではそこまで登場していないが、結構重要な立ち位置。

 

そんなことより、『這い寄る渾沌』に続いて『秘密の姫』か。この分だと『生ける炎』や『名状しがたきもの』まで出てきそうだ。

 

 

「娘さんが俺に何の用だ」

「“アイツら”が言っていた人間がどんな物か気になっただけ」

「随分と暇な奴が多いんだな。邪神ってのは」

「そんなものよ。だから、人間が構ってくれるように“アイツ”は動く」

「傍迷惑な話だ。お遊びならお前らだけでやってろ」

「そういうわけにはいかないのよ」

 

 

彼女は俺に背を向けると暗闇の中へと歩いて行く。

 

 

「おい!!」

「“アイツ”は今回も動くわ。その時、貴方は今の大事なものを守れるかしら」

「なに………」

「楽しみにしてるわ。“神無ノ御子”」

 

 

彼女はそう言い残して暗闇の中へと消えていった。

もはやここが東方の世界なのかどうかも忘れる程だが、もう俺には後戻りも出来ない。

もしも今回、這い寄る渾沌が動くのなら、今度こそ止めてみせる。

 

 

 

 




二人「「これって東方だったよね?」」
空亡「書いてる途中で気付きました。原作キャラが一人もいない」
優夜「名前だけだからね。しかも何故か邪神の一人追加だし」
空亡「まだまだ増えますよ~」
優夜「そのうち俺のSAN値が直葬しそうだ」
空亡「大丈夫ですよ。神話技能のお陰で邪神を見ても無事ですから」
優夜「そういえば、無駄に探索者シートまで作ってるんだったな」
空亡「今度番外編に載せましょうか?」
優夜「そんな事より本編進めろ」


次回予告
人は闇を恐れ、やがてその闇は妖へと変わり、人を喰らう。
東方幻想物語・大戦編、『闇に怯える』、どうぞお楽しみに。



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闇に怯える

ルーミアside

 

 

この国に来てもう数ヶ月が過ぎた。

ユウヤはみんなに忌み嫌われていると知っても尚、相変わらず人助けなどしている。

初めの頃は根も葉もない噂が村の中で絶え間なく話されていたが、今はそんな声も徐々になくなっていき、今では評判も良くなっている。

 

しかし、相変わらず私に対しての声はひどいものだ。

ここ最近、近辺で闇を纏った妖怪が人間を襲っていると噂さているが、その犯人が私ではないかとあらぬ疑いを掛けられている。

今は諏訪子たちがどうにか無罪を主張してくれているけど、それもいつまで保つか分からない。

 

 

「いっその事、このまま出て行こうかしら」

 

 

ふと、私は夜空に浮かぶ月を眺めながらそんな事を呟いた。

本来私は人間の中には居てはいけない妖怪、アイツの隣にいるのだって、私がアイツを食べる時を待っているだけ。

こんな理由だけでここに居るのも、人の声が嫌になるくらいなら、いっそ昔のように気ままに旅をして人を喰らって生き続けた方が良いに決まっている。

 

でも、そしたらアイツはどんな顔をするだろうか?

居なくなって清々したとでも心無い事を言うのか、それとも少しでも悲しんでくれるのかしら?

 

 

「……どうかしてるわね」

 

 

まるでアイツが悲しんでくれるのを期待しているみたいだ。

私にはそんな事を願う資格も無いのに………………………。

 

村はずれの森の中で夜空を眺めていると、視線の先に人が立っているのが見えた。

叶恵だった。いつもの巫女服に片手に持っている御札からは霊力を感じる。

叶恵は周りに誰かいないか見渡しているが、どうやら私には気付いていない様子。

私は気付かれないように歩み寄ると、挙動不審な彼女の肩を叩いた。

 

 

「ひゅい!?」

 

 

可愛い悲鳴を上げながら彼女は尻餅をついた。

瞳に涙を浮かべながら私を見上げるその姿に、私は少し微笑ましく思えてしまった。

 

 

「る、ルーミアさん!?」

「ごめんなさい。驚かせたかしら」

「驚かせないで下さいよ~。心臓が止まるかと思いました」

「その時は美味しく頂くわ」

「ひぃ」

「冗談よ。それより、こんな時間にどこに行く気かしら?」

「そ、それは………」

 

 

叶恵はバツが悪そうに顔を背ける。

彼女が持つ御札を改めて見て、私は察した。

 

 

「妖怪退治なんて、貴女の分野じゃないでしょ」

「……解っています。でも、私がやらないといけないんです」

「巫女だから、かしら?」

「そうです。けど、それだけが理由じゃありません」

「何かしら?」

「………ルーミアさんが犯人ではないことを証明したいからです」

 

 

叶恵は私の目を見つめながらそう答えた。

いつか私が見たお人好しな人間の同じ、真っ直ぐな意志を持った瞳だった。

 

 

「貴女じゃ無理よ」

「それでも、これ以上ルーミアさんが悪く言われるのは我慢なりません」

「妖怪だから当然よ」

「妖怪も何もありません。私は家族が悪く言われるのはもう嫌なんです」

「家族、ね………」

 

 

私には、目の前の彼女が何を言っているのか理解できなかった。

妖怪と人間は闇と光と同じく合見えない存在、それを家族を言い切る彼女。

少なくとも、私のことを家族だなんて呼ぶ人間がもう一人いた事には驚いた。

 

 

「光は闇を恐れ、闇は光を嫌う。しかし、光は闇を創る権化でもある」

「え?」

「人間という光がるからこそ、私達妖怪という闇がある。妖怪は人間の影なのよ」

「影、ですか?」

「悲しみ、怒り、妬み、恨み、憎しみ、恐怖、それらの感情に影響されて妖怪は生み出される。

 中には人間の抑え込んだ感情によって強い力を持った妖怪も生み出されるわ」

「……つまり、人間がいる限り、妖怪も消えないと?」

「そういうことね。暮れない昼が無ければ、明けない夜も無いのよ」

「でも、何で今その話を」

「それは―――」

 

 

その時、周りの暗がりから幾つもの黒い球体が飛び出し、私と叶恵に向かって牙を剥けた。

私は“既に”周りに配備させていた影の刃で叶恵を守り、私は剣を召喚して黒い球体を弾いた。

 

 

「人間の勝手な想像で同じ形をした妖怪が増えるってことよ」

「これは……!?」

「私と同類、ただ暗闇を纏っただけの人喰い妖怪よ」

「わ、私も戦います」

「必要ないわ」

「え?」

 

 

私は剣と影の刃を振り払い、黒い球体を次々と斬り裂いた。

黒い球体は小さな破片となって崩れ去るが、その破片は地面に落ちることなく、私の目の前に収束されるように集まっていく。

やがて、巨大な黒い球体へと形を変えると、その側面に無数の目玉が浮かび上がり私を睨んだ。

 

 

「ひっ!!」

「やれやれ。どうやら頭が弱くて解からないみたいね。格の違いというのを」

「る、ルーミアさん?」

 

 

私はクスリと笑うと、黒い集合体は無数の目玉を血走らせながら私に向かってきた。

危険を察して身を縮める叶恵、私は襲ってくる集合体を見つめながら微笑を浮かべる。

 

 

「……童が」

 

 

私が小さく呟くと、黒い集合体の動きが止まった。いや、止めさせた。

月明かりに照らされた木々の影から伸びた“影”が黒い集合体に巻き付いていた。

黒い集合体は無数の目を私に向けるが、それが何かを懇願しているように見えた。

 

 

「叶恵」

「は、はい」

「妖怪ってのはね、怖れられてこそ存在できる脆い生き物、人間なんかよりよっぽど弱いのよ」

「妖怪が、ですか?」

「妖怪は人間の弱い部分が集まってできた物。コイツは私のという暗闇を恐れた人間たちによって生み出された存在、言うなれば村の人間から見た私の姿なのよ」

「これが……ルーミアさんの姿」

 

 

叶恵は目の前にいる黒い集合体を見る。

人間とは遠くかけ離れた姿、気が遠退きそうになる殺気、人を喰らいことしか考えられない本能。

運が悪ければ、私もこの有様になっていた可能性もある。

対峙する妖怪(人)と妖怪(化物)、それが同一の存在ということを彼女は理解した。

 

 

「どう。これでも私は貴女にとって大事な家族かしら?」

 

 

私は意地悪な問い掛けをした。

妖怪という異様な存在は人間には受け入れられることは無い。

すべてを受け入れるなど、夢のまた夢、幻想よりも遠い理想の話だ。

 

彼女は私と黒い集合体を交互に見ると、その重い口を開いた。

 

 

「馬鹿なこと言わないでください」

「そうよね。結局私みたいな人食いが、人間と暮らそうだなんt」

「ルーミアさんは私の大事な家族だということは変わりません」

「え?」

 

 

言い放たれたのは思いもよらぬ言葉だった。

 

 

「人間だって姿や性格が違う人だっています。妖怪もそれと同じです。

 その妖怪は無暗に人を喰らいますが、ルーミアさんはそんなことしません。

 それに、ルーミアさんがこの森に入った村の人達を助けていること、私知ってますから」

「……誰から聞いたのよ」

「勿論、助けられた人達からです。よくお礼を言いに来てくださるので」

「姿は見せていないはずなのにね」

「それでも見ているんですよ。人間っていうのは」

「そう……」

 

 

それを聞いた私は、嬉しくて笑ってしまった。

気紛れでやってきたことを認められ、目の前の少女からはここに居て良いと言われた。

今まで悩んでいたことが一瞬にして馬鹿らしくなった。……これも、アイツの影響かしら。

 

 

「ありがとう。叶恵」

「いえ」

「……アナタにも言っておくわ。ありがとう」

 

 

私は目の前の同類にそう言った。

同類の無数の目が次々と閉じていく。まるで私に身を委ねるように、安らかに眠るように。

私は同類へと手を添えると、私の影に溶けるように姿を消した。

 

 

『―――――。――』

 

 

その時、声が聞こえた。

幼子のような陽気で無邪気な明るい声が。

 

 

「さて、帰りましょうか」

「はい。早く帰らないと星羅にバレますからね」

「心配ないわよ」

「どうしてですか?」

「神社の方から物凄い殺気を感じるのよ。アレは多分怒ってるわね」

「え?」

「さあ、早く帰りましょうか」

「は~い」

 

 

さっきまでとは別の意味で涙を流す彼女の後を、私は付いて行った。

私のその道中、最後に聞こえた言葉を思い出した。

 

 

「『ありがとう。母上』、か」

 

 

 




空亡「さて、今回はこのような感じでしたが」
優夜「珍しく俺の出番はなしか」
空亡「たまにはそう言うのも良い物ですよ」
優夜「まあ、俺は良い物見れたから別に気にしてないよ」
空亡「男同士の友情もいいですが、女同士の友情もいいですね」
優夜「この作品にそういう場面ってないでしょ」
空亡「まあ、男性キャラの出演は当分ないですからね」
優夜「俺はむしろ女性をもっと出してもらいたい」
空亡「そんなこと言ったら怒られますよ」
優夜「誰に?」
空亡「う~ん、正妻?」
優夜「え?」


次回予告
これから先の事で思い悩む優夜に、諏訪子様から嫌な提案が?
東方幻想物語・大戦編、『蛙な祟り神』、どうぞお楽しみに。



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蛙な祟り神

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、俺はいつものよ間に神社の上で寝転がっていた。

前回、クティーラに遭遇してから、俺は色々な事を考えていた。

邪神や神話生物、この世界は思っていた以上に狂気に溢れているみたいだ。………胃が痛い。

しかもこの後諏訪大戦もあるからな………問題が山積みだ。

 

 

「ああ………ダメだ。追いつかねえ」

 

 

色々と考えるが、打算的な解決法が見つからない。

東方の原作知識、クトゥルフ神話の知識、どれも備わっているが、知識だけでどうにかなるほど現実は甘くない。それはとっくの昔に経験済みだ。

頭で理解しても、それにまだ追いつけていない。まったく情けないぜ。

 

 

「これでアイツの仇なんか討てるか………」

「なーに思い悩んでるのよ」

 

 

そう言って俺を見下ろしたのは、諏訪子の顔と帽子の目玉だった。

 

 

「ケロちゃんか」

「その呼び方やめてくれないかな」

「可愛いと思うんだけどな」

「神様をあだ名で呼ぶその度胸は凄いと思うけどね」

「俺にとって神様なんてふざけた存在だからね」

「う~ん。強く否定できないね」

 

 

諏訪子は苦笑いしながら俺の隣に座った。

 

 

「ところで、何を悩んでるの?」

「神様をぶち殺す最善策はないかと」

「私何かしたっけ!?」

「ケロちゃんじゃないよ。何かしたとしても可愛いから許すし」

「それはよかった」

 

 

諏訪子は安堵の溜息を吐いた。

 

 

「でも、神様を殺すのは容易じゃないよ」

「それが解ってるから悩んでいるんだよ」

「でも意外だね。君でもそういう事を考えるなんて」

「みんなのいないところじゃないと、こんな事考えられないから」

「たしかに、今の君はちょっと怖いかも」

 

 

そう言いながら、諏訪子は立ち上がって俺の前に歩み寄った。

 

 

「気晴らしにちょっと付き合ってよ」

「唐突だな」

「色々と考えがまとまらない時には身体を動かすのがいいんだよ」

「まあ、いいけどさ。で、何する気?」

「ちょっと試合をね」

「あはは、ご冗談を」

 

 

いや、実は俺も気付いてしまっていた。

彼女が気晴らしに付き合っていった時点でこうなる展開になる事ぐらい。そして、割と本気で戦う気満々だというのがその雰囲気からうかがえる。

でも諏訪子ってEXボスだし、しかもこの頃って全盛期だし、俺の力もまだ不完全。

あれ? 今の俺って負け要素しか持ってなくね!?

 

 

「ケロちゃん、折角だけどこの話」

「ああ…それと、私が大事にとっていた甘味を食べたのって君だよね?」

「え?」

「いや……叶恵から聞いたら一緒に食べたって白状してね」

「あ、もしかして気晴らしというのは俺じゃなくてケロちゃんって事!?」

「そういうことだね♪」

 

 

諏訪子からドス黒いオーラを纏った白い蛇が目に見える。

これだとまるで蛇に睨まれた蛙だ。甘味ひとつでここまで怒れる神様はこの人ぐらいだ。

これでは戦闘を避けられない。もう腹を括るしかないだろう。

 

 

「いいぜ。こうなったら自棄だ」

「それはこっちの台詞だよ!!」

 

 

諏訪子は手元に鉄輪を出現させると、俺に向かって振り下ろした。

俺はそれを白刃取りで受け止めると、それを押し退けて空中へと放り投げた。

 

 

「やる気になったね。そうじゃないと本気でやれない」

「負けるつもりはないけどね」

 

 

俺は押し退けた諏訪子を追って屋根から飛び降りた。

しかし、彼女は地面に降りながら幾つもの鉄輪を俺に向かって投げつけた。

回転しながら迫ってくる鉄輪、俺はそれらを見切ると『月美』を召喚してすべて叩き落とした。

 

 

「危ないな」

「その刀、不思議な感じがするね」

「ただの刀ってわけじゃないからな」

「その刀はまるで……いや、そんな事はどうでもいいね」

「ん?」

「それより、私の鬱憤を晴らさせてもらうわよ」

 

 

意味深な発言をにおわせるが、それを有耶無耶にするように手のひらを合わせた。

境内に拍手の音が響き渡ると、諏訪子の周りの地面から白い靄で出来た蛇が数匹顔を出した。

祟り神『赤口(ミシャグジ)さま』、東方非想天則の中でも超火力を誇るスペルカードだ。

 

 

「いくよ」

 

 

諏訪子はニヤッと笑うと、周囲にいたミシャグジさまが俺に向かって襲い掛かってきた。

全席の力だけあって逃げ道なんてない。ここは一か八かの一点突破、それが最善策だろうな。

 

 

「そうか……そういうことか」

「ん?」

「色々考えるより、俺はこういうバカな思考の方があってるってことか」

「なにを」

 

 

警戒して眉をひそめる諏訪子、俺はそれに対してニヤッと笑った。

だらりと『月美』を下げ、迫りくるミシャグジさまを待ち受ける。失敗したら痛いだろうな。

徐々に距離が縮まっていき、あの赤い口が俺を呑み込もうと大きく開かれる。

 

 

「―――『裂月』」

 

 

ミシャグジさまの口が俺を覆い尽くす瞬間、その身体を真っ二つに斬り裂くように剣閃が走り、そこから幾つもの剣閃が広がりミシャグジさまの身体をバラバラにした。

白い塵となって消えるミシャグジさまを見て、諏訪子は驚愕の表情を浮かべている。

 

 

「うそ……」

「まだやる?」

「……そうこなくちゃ!!」

「ふふ、それじゃあ」

「何やってるんですか、二人共」

「「あ、え?」」

 

 

本格的に戦おうとしたその時、割り込むような声が聞こえた。

それと同時に、俺と諏訪子は名状し難い恐怖を感じてしまった。

恐る恐る振り返ると、そこには村での買い物を終えて帰ってきた星羅の姿があった。

 

 

「ただいまです。お二人共」

「お、おかえり星羅」

「さて、いくつか聞きたいことはありますが……無駄に神力を使わないで下さい」

「待って、一応言い訳はさせて」

「どうせ、甘味を横取りされてそれに怒って喧嘩を吹っ掛けた。そういうところでしょ」

「うぐ……」

 

 

的確に図星を突かれた諏訪子は口端を引き攣らせた。

一応間柄は義母と義娘ということだが、こうしてみると立場が逆に思える。

 

 

「ところ変わってユウヤ」

「はい?」

「その喧嘩を買ったアナタも同罪ですよね」

「いやいや、何で俺まで」

「ユウヤが甘味を食べなければこういうことにならなかったはずですから」

「……言い訳が思い付きません」

「無駄な抵抗はやめておくことですね」

「「(今の貴女に口で勝てる気がしません!?)」」

「それじゃあ、お二人共ここしばらく甘味抜きです」

「「ええ!?」」

 

 

こうして俺と諏訪子の対決は、星羅の乱入により引き分けとなった。

そして、ここしばらく俺らの地獄の様な日々を過ごすことになった。

 

 

 

 

 




空亡「全盛期の諏訪子様と互角って……」
優夜「俺の方が驚きだよ」
空亡「まあ、そのお蔭で優夜が吹っ切れたようで安心しました」
優夜「いい話にしようとしているけど、八つ当たりされただけだよな」
空亡「勝手に甘味を食べる方が悪いでしょ」
優夜「叶恵め……俺を売りやがって」
空亡「好感度が低かったみたいですね」
優夜「やっぱり叶恵ルートに入ればよかった」


次回予告
動き出し歴史の歯車、先に待つのは史実通りの敗北か?
東方幻想物語・大戦編、『祟り神の覚悟』、どうぞお楽しみに。



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祟り神の覚悟

神無 優夜side

 

 

この諏訪の国へ来て早くも一年が過ぎた。

村の人達とも交流が深まり、今ではよく手伝いに呼ばれたりして大変でもある。

ルーミアも、妖怪として警戒されることもなくなり、最近は子供たちの遊び相手と忙しい。

諏訪子や叶恵はここに永住する気はないかと聞いてきたが、俺の目的の為にそれは断らせてもらった。ちなみに星羅は何故か残念そうにしていた。

こんな日常が続けばいいと思うが、その願いが叶えられることは無いだろう。

 

とある昼下がり、俺が日向ぼっこしていると神社の中からとてつもない殺気を感じた。

気になって中に入ると、そこには諏訪子と叶恵と星羅の三人が机を囲んで座っていた。机の上には一通の手紙が置かれている。

諏訪子は歯を食いしばりながら怒りの表情を浮かべ、叶恵は横目でそれを見ながらおずおずしている。星羅はその中でも冷静に手紙を見つめている。

 

 

「どうかしたの?」

「あ、ユウヤさん」

「……まるで鬼の形相だね、ケロちゃん」

「これで怒らないほうがおかしいですよ」

 

 

星羅が俺に手渡した手紙、差出先は………案の定、大和の国の神からだった。

内容は、諏訪子が納めるこの国を無条件で受け渡せとの事。もしも、これを拒むのなら、全勢力を持って侵攻する。なんとも解り易い脅迫状だ。

 

 

「諏訪大戦、か」

 

 

諏訪大戦、それは原作をやっている者なら誰もが聞いたことのある言葉だ。

この時代、破竹の勢いで勢力を拡大していた大和の神々は、全ての国々を統一するという大望のため、諏訪の国をも併呑しようとした。

それに対抗して諏訪子は迎え撃つが、その圧倒的な軍勢に負けを認めた。

いわばこれは勝敗が見えている負け戦、果たして俺はこれを彼女たちに教えるべきなのだろうか。

 

 

「諏訪子………」

「私は嫌だからね。この国を渡すなんて事」

「だが、大和の神々の軍勢はこっちを大きく上回るぞ」

「それでも、私は」

「それで、どれくらいの人間が死ぬと思ってる」

 

 

俺は残酷にもそのセリフを言ってしまった。

何よりも民の事を思っている諏訪子だ、その民の事を大事に思っていれば子の台詞は残酷にも彼女の心を揺さぶる。

それが解っていて、俺はこの言葉を彼女に投げかけてしまった。

もう誰にも傷付いてほしくない。負け戦だと解っていて、それを正直に話せない臆病な俺が放った最低最悪の台詞。

諏訪子は言葉を呑み込む。叶恵も一緒になって俯いている。しかし、星羅は違った。

 

 

「私は、戦うべきだと思いますよ」

「星羅……?」

 

 

星羅は諏訪子へと顔を向けると、真っ直ぐその瞳を見つめた。

 

 

「ここは貴女の国です。それはこの国も誰もが理解しています。

 たとえこの国が大和に侵略されようと、民の心は貴女を信仰し続けます。

 それは崇り神の恐怖があるからではありません。みんな、貴女の事が好きだからです。

 神としての権力に溺れることなく、民のことを第一に思う。そんな貴女が好きだからです。

 だから、お願いです。この国を自分勝手な想いで見捨てようとしないで下さい。洩矢諏訪子様」

 

 

星羅は言い終わると、深く頭を下げた。

彼女はずっとこの国と諏訪子を傍から見てきた。それは良いところも悪いところも、すべてひっくるめて見つめてきたこと。

どれだけ自分が悪く言われようと、どれだけ自分の神がダメでも、彼女はこの国を想っていた。

ああ、どうやら俺は大切なことを忘れていたようだ。

 

 

「そうだな……星羅の言う通りだ」

「ユウヤ」

「諏訪子、さっきの俺の言葉は忘れろ」

「え? でも」

「大丈夫だ、問題ない。俺にいい考えがある」

「ユウヤさん?」

 

 

簡単な事だったんだ。どうして忘れていたのか疑問に思うぜ。

どれくらいの人間が死ぬ? そん事を言った自分を今すぐにでもぶん殴りたい気分だ。

圧倒的戦力差、負けが決まった戦争、だがいかなる予定調和でも異端が関わればすぐに崩れる。

 

 

「諏訪子、この戦い……俺も参加させてもらうぜ」

「ちょ、何言ってんの!?」

「簡単だ。犠牲を出さないための最善策、それは俺と諏訪子だけでいいってことだ」

「そ、そんなの無謀です‼ 相手はあの大和の神々ですよ」

「叶恵、多分こいつはそれが解っていてこの提案をしているんだよ」

「でも、いくらなんでもそれではユウヤさんが」

「大丈夫、俺、強いから」

「そういう問題では」

「無駄よ。どうせ何言っても聞きやしないわよ」

 

 

叶恵を宥めるように頭を撫でたのは、ルーミアの手だった。

 

 

「ルーミア」

「話は聞いたわ。どうせだから私も参加するわ」

「いいのか?」

「言ったはずよ。貴方を喰うのは私、途中で行き倒れたら骨も残さず頂くわ」

「それは怖い。なら、死なないように気を付けなきゃね」

「まあ、後ろを守るぐらいはやってあげるわ」

「ありがと」

 

 

ルーミアは優しく微笑んだ。

 

 

「まったく、何でも勝手に決める居候人だね」

「でも、なんだかユウヤさんらしいです」

「たしかに。これだと神様としての威厳もあったもんじゃないね」

「言葉一つで心揺れていた人が言う台詞じゃないですね」

「星羅、アンタは少し辛辣すぎると思うよ」

「自分を見直してから言ってください」

「は~い」

「ふふっ、諏訪子様も元気が戻ってよかったです。星羅、ありがとう」

「巫女として、神を支えるのは当然ですよ」

 

 

星羅は叶恵に頭を撫でられながら恥ずかしそうに顔を背けた。

これでいつもの雰囲気に戻ったが、問題はこの先ってわけになるよな。

 

 

「とりあえず、行くか」

「行くって、どこへ?」

「決まってるだろ、大和の神のところだ」

「え?」

「戦う覚悟はできたんだ。あとはあちらさんに意思表明でも出してこようかな」

「でも敵地に行くのは危険ですよ」

「できるだけ対話で終わらせてくる。最悪、戦争始まる前にこの戦い終らせる」

「どうせなら私も同行するわよ?」

「一悶着起きる可能性があるから却下」

「なら、いい土産でも持って帰ってくることね」

「考えておく」

 

 

俺はスマホを起動させ、とある項目をタップした。

すると俺の手元に一振りの鎌が現れた。ちなみに段ボール製では無いようで安心した。

 

『小野塚 小町:距離を操る程度の能力』

 

 

「それじゃあ、宣戦布告に行ってきますか」

 

 

 

 

 

???side

 

 

「『神無ノ御子』が動いたわ」

 

 

赤いドレスを身に纏った女は上の空を見つめながらそう言った。

 

 

「読み通り、大和の神のところに向かったようですね」

 

 

黄色いチャイナドレスを着た女は黒い扇子の陰で笑った。

 

 

「……何故、ワザワザ敵地ニ?」

 

 

紳士服を着た男はぎこちない動きで首を傾げた。

 

 

「そういう人なんですよ、彼は」

 

 

そして、渾沌の邪神は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 




空亡「さて、いよいよ諏訪大戦が始まります」
優夜「このまま原作通りに事が運ぶ、わけないよな」
空亡「当然。できればどこにもない宴会にしたところで素が、果たしてどうなるやら」
優夜「別に構わないぜ。片っ端から蹴散らすだけだ」
空亡「どうでしょうかね。何せ次回でるのは」
優夜「嫌なフラグを建てた気がする」
空亡「杞憂ではないことを断言しますよ」
優夜「……orz」


次回予告
大和の国へと宣戦布告をしに出向く優夜、そこに待ち構えていたのは!?
東方幻想物語・大戦編、『戦争の布告』、どうぞお楽しみに。



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戦争の布告

神無 優夜side

 

 

こまっちゃんの能力で瞬間移動した俺は大和の国へと辿り着いた。

そこは諏訪の国よりも栄えていて、街も賑わって平和そのものという印象を受けた。

こんな国を納めているのが戦争を仕掛けてきた馬鹿だというのはにわかに信じがたい話だ。

まあ、俺はここに“対話”しにやってきたんだ。戦闘をするつもりなど毛頭ない。

 

俺は気持ちを落ち着かせると、街の通りを堂々と歩いて行った。

街の人々は俺を一目見ると道端へと退き、遠巻きに俺を見つめている。珍しい服の所為でもあるだろうが、抑えられない殺気が一般人でも解るぐらい漏れているようだ。

 

通りを歩いて行くと、そこには大きな神社があった。

守矢神社よりも大きく、見ただけでも参拝客が溢れかえっている。

その中に、複数の気配がした。それは間違いなく神の気配だった。

俺は参拝客をかき分けて本殿へと向かい、賽銭箱の前へと辿り着いた。

 

 

「諏訪の国からの使者だ。是非とも手紙の返事を聴かせたい。通してもらえるか」

 

 

俺の言葉に境内にいた参拝客がざわざわと騒ぎ始めるが、それを鎮めるように本殿の扉が開いた。

そこには下っ端と思われる神が俺を出迎えてくれた。

 

 

「諏訪の国からの使者というのはお前か?」

「ああ。そちらのお偉いさん方に凶報をお届けに来た」

「こっちだ」

 

 

下っ端神様はそう言って本殿の奥へと消えていく。

俺は大人しくその後について行った。意外と物分かりが良さそうな下っ端でよかった。

 

 

「ところで、お前は何者だ?」

「ただの人間だよ。あんたら神様に比べたらね」

「その割には堂々としているな。これからその神様に会うのに」

「物怖じしてたら話にならないからね」

「随分と肝の据わった人間だ」

 

 

下っ端神様はクスリと笑うと、とある部屋の前に立ち止った。

 

 

「ここだ」

「ありがと」

「一つ警告しておく。長生きしたいのならあまり怒らせない方がいいぞ」

「ならこっちも言っておくぜ。俺を怒らせたら存在もろとも消し去るぞ」

 

 

俺は殺気全開でそう答えると、襖を勢いよく開けた。

そこには複数人の神様が円卓を囲んでいたが、内数名はその瞳に恐怖を抱いていた。

 

 

「だ、誰だ貴様は!?」

「諏訪の国からの使者だ。何度も言わせるな」

「貴様、我らに向かってなんて口に利いている!?」

「黙れよ。自意識過剰な駄神が俺の目の前で煩く騒ぐな。ぶち殺すぞ」

 

 

俺の言葉に周りの神たちは押し黙る。

俺は他人を見下す奴は嫌いだ。その上、自意識過剰な奴はもっと嫌いだ。

そんな中、俺の殺気にも言葉にも動じていない人物が三人いた。

 

長い黒髪に紫色の瞳、白衣と緋袴の上に千早を羽織っている。太陽の首飾りを付けた女性。

長い銀髪に青色の瞳、蒼色の着物の上に白い羽織を羽織っている。月の首飾りを付けた少女。

後ろで一つ結びにした金髪と紅い瞳、動きやすい黒い袴を身に纏っている。ツリ目が特徴の少年。

 

黒髪の女性は立ち上がると、俺の方へと歩み寄ってきた。

 

 

「お久しぶりですね。ユウヤさん」

「久しぶりだな。天照、それに月夜見と須佐之男も」

「……久しぶりです」

「久しぶり。元気にしてたか?」

「まあな」

 

 

三人は人懐っこい笑顔を浮かべながらそう言った。

日本の神の代表格である三貴子、天照、月夜見、須佐之男。

実際にあったのはこれが初めてだが、依姫との決闘で何度か手合わせしたことがある。

ちなみに天照は面倒見がいいお姉さん、月夜見は物静かな妹、須佐之男は手を焼く弟って感じだ。

 

 

「今も依姫に手を貸しているのか?」

「今はそんなに使われないかな。そんな機会なんてないだろうし」

「そうか。少し安心した」

「……優夜、それよりも話すことがあったんじゃないの」

「だな。そのためにここに来たんだし」

「話は分かっているわ。今回の件でしょう」

 

 

天照はすべてを察したように優しく語り掛けた。

 

 

「ちなみに、やめる気はないのか?」

「残念だけど、無いわ」

「それまでしてこの国を統一したいか」

「当然よ。でも、できれば無駄な争いはしたくないわ」

「俺はしたいけどな」

「……須佐之男は黙ってて。今はお姉ちゃんがはしてるから」

「はいはい。でも、優夜はやる気だろ?」

 

 

須佐之男は俺に向いてニヤリと笑った。

伝承通りの戦闘狂だな。さっきから戦いたいって云う感情がひしひしと伝わってくる。

だが、俺はここに戦闘をしに来たんじゃない。

 

 

「天照、諏訪子からの返事は予想できるだろ」

「要求は呑まない。そのようですね」

「ああ。ちなみに、戦うのは俺と諏訪子と連れを合わせて三人だ」

「おいおい。本気か? こっちは少なくとも十万はいるぜ」

「そこに居る雑魚連中ばっかりなら俺一人で余裕だ」

 

 

俺は視線を巡らせながら黙って俺を睨んでいる神どもを一瞥する。

須佐之男はそれを見て溜息を吐くが、月夜見はそっと肩を置いて宥めた。

 

 

「……話は分かったけど、それだけじゃないよね?」

「ああ。最後に一つ提案がある」

「なんでしょう」

「諏訪子とそちらの神の一人との一対一の決闘、その勝敗で戦争を終わらせたい」

「なんだって?」

「勿論無条件じゃない。残りの雑魚共は俺が一手に引き受ける。それでいいだろ?」

「なんて無茶苦茶な……」

「これが被害を出さないための最善策だ。飲まないのなら、ここで終わらせる」

 

 

俺は手元に刀を召喚して天照の喉元に刃を突き立てる。

月夜見はムスッとした表情で俺を睨み、須佐之男は腰に掛けた剣へと手を伸ばした。

天照はそんな状況でも顔色一つ変えずに俺の瞳をじっと見つめている。

 

 

「相変わらず、優しいですね」

「お前に刃を突き立てている張本人に言う台詞かよ」

「本気なら、今頃私の頭と胴体はおさらばしてます」

「それもそうだな」

 

 

俺は笑って刀を納める。

 

 

「で、どうなんだ?」

「わかりました。それで手をうちましょう」

「姉貴!?」

「……それでいいの?」

「どっちにしても、彼とは戦う運命よ。なら、被害が出ない方法を選ぶわ」

「甘いな。それでいいのかよ」

「……そう言いながら、須佐之男は優夜と戦えるのがうれしいクセに」

「うるさい」

 

 

小さく笑う月夜見に、須佐之男はそっぽを向いた。

 

 

「どうやら話はまとまったようだな」

「ええ。では後日、約束は守るつもりですよ」

「大人しく聞けばいいけどな」

「安心しろ。そこら辺は俺が何とかするから」

「……いつもよりやる気、今の須佐之男なら言うこと聞くと思うよ」

「なるほど。なら、頼むぜ須佐之男」

「お前とは決着を付けたいからな」

 

 

須佐之男はそう言って部屋から出て行った。それを追って天照も出て行く。

それに伴って次々と神共が部屋から出て行く。残ったのは俺と月夜見だけとなった。

 

 

「月夜見、聞きたいことがある」

「……永琳たちなら心配ない。月の方で元気にやってる」

「そうか……」

「……ねえ、みんなのところには戻らないの?」

「悪いな。今更、俺はあの場所に戻れない。アイツの仇を討つまでは」

「……月美の事ね」

「ああ。それに、永琳とはまたすぐに会えそうな気がするから」

「……?」

 

 

俺はニヤッと笑うと月夜見の頭を撫でた。

彼女は恥ずかしそうに顔を背けると、部屋を出て行った。

部屋に残ったのは俺一人、……どうせだから“あの台詞”を言ってみるか。

 

 

「よろしい、ならば戦争だ」

 

 

 

 




優夜「終わった……」
空亡「珍しく沈んでますね」
優夜「マジかよ。俺の相手って三貴子かよ。勝てるかよ」
空亡「どこかの野菜王子みたいになってますよ」
優夜「お前、俺をどこまで追い込む気だよ?」
空亡「絶望の淵まで」
優夜「鬼だな」
空亡「……あ、次章のボス決定したかも」
優夜「墓穴掘った……!?」


次回予告
戦争の濁流の堰は切って落とされ、史実を歪める虐殺は始まる。
東方幻想物語・大戦編、『戦火の乱舞』、どうぞお楽しみに。



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戦火の乱舞

神無 優夜side

 

 

諏訪大戦当日、俺と諏訪子は国と国との間にある平原で待っていた。

時刻は草木も眠る丑三つ時、できるだけ村の人達に知られたくないので時間を指定した。

乾いた風が二人の間を吹き抜けると、諏訪子は真剣な面持ちで俺に問いかけた。

 

 

「ユウヤ、一つ聞きたいんだけど」

「なに?」

「なんで私が一対一の決闘することになったのよ」

「この国の王は諏訪子だ。美味しいところはお前に譲るよ」

「でも、その代わりユウヤが」

 

 

俺は諏訪子の言葉を遮るように帽子を押さえた。

 

 

「な、なにするのよ」

「心配すんなって。俺、強いから」

「その自信はどこから湧いてくるのよ」

「お前に勝ったあの時から」

「アレは引き分けだったでしょ!?」

「いや、あのままいけば俺の勝ちは確定だった」

「いいや、あれから私の逆転劇が始まるところだったんだよ」

「違うあれは」

「何やってんのよ二人共」

 

 

諏訪子と言い争っているとルーミアの操る影に頭を叩かれた。

視線を向けると、そこには溜息を吐くルーミアと星羅、そして叶恵がいた。

 

 

「なんでお前らまで」

「諏訪子様たちが戦いに行くのに、自分たちだけ安全な場所にいるのは嫌ですから」

「私は止めたんですけど、姉さんはこういうことになるという事を聞きませんから」

「でも、星羅もまんざらではありませんでしたよね?」

「……仕方なくです。それに、私もユウヤや洩矢様のこと心配でしたし」

「素直じゃないわね、このお嬢さんは」

「うるさい」

 

 

星羅は溜息を吐いてそっぽを向くと、俺と視線が合った。

彼女は若干顔を赤くさせると俺の下へと早足で歩み寄ってきた。

 

 

「ユウヤ、少しお願いがあります」

「なに?」

「少し屈んで下さい」

「ん? まあいいけど」

 

 

俺は彼女の視線を合わせるように屈む。

すると、彼女の唇が俺の唇と触れた。それは一瞬だったが、確かに感じた。

 

 

「え?」

「前払いです。必ず生きて帰ってきてください」

「……ああ」

「星羅、私の前でよく堂々とできたわね」

「これから素直になる第一歩ですかね」

 

 

星羅はクスリと笑った。

そんな時、遠くの方から大和の神々の軍勢が侵攻してくるのが見えた。

 

 

「さて、そろそろ行くか」

「さっきよりもやる気になってるわね」

「そんなに嬉しいのかい?」

「当たり前だ。それに、約束は絶対に破りたくないからな」

「そうね。なら、こっちは諏訪子の護衛でもしておくわ」

「頼むぜ。こっちは適当に周りの雑魚を殲滅するだけだ」

「ユウヤ、頼んだよ」

「そっちこそ。最後の最後に負けるなよ」

「言われなくても」

「必ず帰ってきてくださいよ。でないと、怒りますからね」

「気を付けてくださいね~」

「「「おおう‼」」」

 

 

星羅たちに別れを告げると、俺たちは歩き始めた。

諏訪大戦、果たしてその敗北の歴史を俺は代えられるのだろうか。

 

 

 

             少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

目の前に立ちはだかったのは十万を超える神々の軍勢。

それに対してこちらは人間が一人、妖怪が一人、神様が一柱、勢力差は火を見るよりも明らかだ。

軍勢を成している神々の中には俺たちを見喰出し、嘲笑っている者が多い。

 

 

「所詮、人間も神様も変わらねえってことだ」

「だね。同じ神様として恥ずかしいよ」

「ちなみに、あれは食べていいのかしら?」

「殺すのは屑だけにしろよ。まだ見込みのありそうなのは今後が期待できるからな」

「良いこと言ってるのに、前半が物騒だね」

「俺も所詮は人間ってことだよ」

「都合がいいね」

「そういうもんだよ」

 

 

俺はニヤッと笑い、手元に刀を召喚する。

ルーミアは静かに目を閉じると、周囲の影が刃となって神共へと突き立てる。

 

俺は悪意に満ちた笑顔を浮かべると、神共へと向かって走り出した。

神共からすれば、たった一人の人間が十万もの神の軍勢に挑むなど自殺行為。

それを哀れや愚かだと笑うが、そのうちの数十人の神の首が宙高く斬り飛んだ。

俺は刃に付いた血を振り払い、その光景を見て目を開いて怖気づく神共に向かって微笑む。

 

 

「さあ、豚のような悲鳴を上げろ」

 

 

旦那のセリフを言い放つと、俺は刃を神共に向けた。

人ならざる異様な殺気を目の当たりにした神共は恐怖で逃げ出そうとする。

ちなみに、さっき笑ったやってた奴は全員皆殺しだ。人間を嘗めた礼はたっぷりとしてやる。

 

 

「――『殲月』」

 

 

俺は神の群れへと突っ込むと、一気に加速して一陣の風のように神共を通り抜ける。

その一瞬、きらりと輝く剣閃が神共の身体に一線を描くと、綺麗な血飛沫を拭きながら倒れていった。それを何度も繰り返して斬りつけながら神共を殲滅していく。

吹き上がる血飛沫はまるで桜の花弁のように散る。

 

 

「大和の神もこの程度か?」

 

 

挑発的な俺の言葉に、周りの神共は逆上した。

自分らよりも見下した人間に逆に見下され、そのうえ蹂躙されている。

神様としてのプライドが微レ存なら、怒りに任せてこっちに突っ込んできてくれた方がいい。

 

怒りに我を忘れる神共は、その手に持った剣を振りかざしながら俺に向かってきた。

俺は刀を垂らしてそれを迎え撃つと、剣が振り下ろされる直前にその神を斬り捨て、次々と向かってくる神共を殺陣の要領で薙ぎ倒していった。

 

次々とできていく血の海と屍の山、その光景はあまりにも狂気的だったのに、俺は何にも感じていなかった。目の前で死んでいるのに、自分が殺しているのに、何も感じていない。

あ~あ、これじゃあまるで、本物の化け物じゃねえか。

 

その時、俺の頬を鋭い風が切り裂いた。

小さく流れる血の筋を撫でると、風が吹いてきた方向へと視線を向けた。

そこに居たのは剣を構えた須佐之男、それに寄り添う天照と月夜見の三人の姿があった。

 

 

「随分と好き勝手やってるな。優夜」

「まあな。散々嘲笑った人間に殺される屈辱ってのを身をもって教えてやってるから」

「変わりましたね。前までの貴方はそこまで命を踏みにじる人ではありませんでしたよ」

「変わるものさ。大事な人を目の前で殺されればな」

「……今のユウヤはまるで化け物よ」

「化け物か……神様に言われたらもうダメだよな」

 

 

俺は気が狂ったように大笑いした。

今の今まで殺そうとして奴と同じ化け物に成っちまった。もう笑う以外なにもないな。

息を切らしながら笑い終わると、俺は三人に向かって視線を向けた。

 

 

「ありがと、少し暴走してた」

「狂ったり笑ったりと、忙しい奴だな」

「うるさい。それより、諏訪子はもうあっちに行ってるのか?」

「ええ。今は神奈子ちゃんと戦ってる」

「神奈子……八坂の軍神か」

 

 

八坂神奈子、諏訪子と肩を並べる神として有名。原作で神奈子はこの戦いで諏訪子に勝利し、守矢神社の祭神となっている。技術革命が好きだということで、原作でも色々と厄介事を巻き起こしている。また守矢の仕業か。

 

 

「……本当、色々知ってるのね」

「まあね。そんな事より、三人もやることがあるんじゃないの?」

「解ってるならいい」

 

 

須佐之男は剣を振り上げると、俺に向かって剣を突き出した。

 

 

「三対一ってのは嫌だが、受けてもらうぜ」

「元からそのつもりだ。全員いっぺんに掛かってきな」

「言っておきますが、手加減なんてできませんよ」

「こっちの台詞だ。ようやく本気出せそうだからな」

「……ちなみに、私たちが勝ったらいう事を聞いてもらうよ」

「なら、俺が勝ったらそれと同じで頼むぜ」

 

 

俺は刀を三人に向かって突き立てる。

化物と化した人間が三貴子に挑むか…………面白そうだな。

 

 

 

 




空亡「さて、予想通りの無双状態ですね」
優夜「たまに俺のキャラが分からなくなる」
空亡「戦闘になると豹変します」
優夜「嫌な設定だ」
空亡「それより、お次は三貴子との戦闘です」
優夜「他のところでもこんな鬼畜バトル見たことないんだけど?」
空亡「これでも手を抜いてます。これ以上の修羅場はこの先いくつもあります」
優夜「俺は生き残れるだろうか……」


次回予告
神産みで生まれた三柱の神、人の身で果たしてどこまで行けるのか?
東方幻想物語・大戦編、『太陽と闘いと月』


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太陽と闘いと月

神無 優夜side

 

 

諏訪大戦のど真ん中、俺は三貴子と対峙していた。

天照大神、太陽の神格にして最高神、その力は他二人よりも遥かに凌駕している。

須佐之男、髪の中でも純粋に戦闘力が高く、子供っぽいところもあるがかなりの戦闘狂。

月夜見尊、色々と謎の多い神だが、油断ならない相手ということには変わりない。

これ、なんて無理ゲーだよ。普通に考えたらゲームオーバー決定だろ。

 

 

「行くぜ‼」

 

 

須佐之男は勢いよく飛び上がると、俺に向けて剣を振り下ろした。

俺はそれを軽く受け流すが、負けじと須佐之男は乱暴に剣を振るって応酬してくる。

剣の使い手だけあって、依姫との相性は良いほうだったが、何度も相手していればその行動を覚えるのも簡単だった。

だが、須佐之男が持っている剣、どう見ても『天叢雲剣』なんだよな。

 

 

「一応聞きたいんだけど、それってもしかして」

「この剣か? こいつは『天叢雲剣』、少し前に手に入れた神器だ」

「マジかよ。後でちょっと触らせてくれ」

「え?」

「これでも刀とか剣を集めるのが趣味だったからな。是非ともその神器もほしい」

「お前、人格揺れすぎだろ」

「そうだ。この気持ち、まさしく愛だ‼」

 

 

俺はできる限りの声で愛を叫ぶと、須佐之男は後ろへと飛んで身を引いた。

その瞬間、前の方から視界を覆い尽くすほどの弾幕が展開された。それは天照と月夜見の弾幕だった。ただでさえ一人一人が強力なのに、それが同時に来るとなると避けるにも防ぐにも困難だ。

弾幕を斬り払って弾くが、弾幕の向こうから須佐之男が剣を突きだして俺の刀を弾き飛ばした。

 

 

「しまっ!?」

「もらった」

「――とでも言うと思ったか?」

「なに?」

 

 

『星熊 勇儀:怪力乱神を持つ程度の能力』

 

 

弾き飛ばされた刀が光となって弾けると、俺の拳へと集まった。

武器というわけではないが、力が漲ってくる感じだ。

 

追撃を仕掛けようとする須佐之男に向けて、剣を間一髪で避けると、俺は拳を突き上げて腹部にアッパーカットを放った。

須佐之男は顔を歪ませると、勢い良く地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。

 

 

「決まった……」

「くそ……なんて力だ」

「怪力乱神の力、流石の須佐之男でも少々痛かったか?」

「嘗めるなよ」

「……落ち着いて。逆上しても勝てないよ」

「うるさい。そのくらい分かってる」

「なら、一人で突っ走らないでよ」

「ああ」

「うわ……なんか俺が悪者みたい。一応主人公なのに」

 

 

哀しみで頬を濡らしていると、再び弾幕が展開された。

月のような輝きを放つ弾幕、勢いや強さはそこまで無いものの、密度が濃い所為で視界が遮られている。まるで弾幕で目隠しされている気分だ。

弾幕の壁を斬り裂くと、その小さな隙間から月夜見の姿が見えた。

その周りには光を帯びた小さな勾玉が個々に浮かせ、その勾玉は俺に向かって飛んで来た。

その速さは銃弾のそれを同じで、弾幕の隙間を掻い潜りながら俺を狙ってくる。

見た目が完全に某神ゲーのが勾玉装備なんだが、これ関係あるのかな。

 

 

「というか、意外と戦闘できるんだな」

「……これぐらいできないと月の民を束ねられない」

「ごもっとも。だが、これで負ける気もしねえけどな」

 

 

『八意 永琳:あらゆる薬を作る程度の能力』

 

 

勾玉を弾くと刀が光に包まれ、その形を弓へと変えた。

一見すればただの弓矢だが、矢の方には様々なバットステータス付与の薬が付与されている。

 

俺は弾幕の僅かな隙間から月夜見の姿を覗き見て、弓矢の狙いを定めた。

勾玉の弾丸が俺の頬を掠めると同時に、その一瞬を突いて弓矢を放った。

放たれた弓矢は一直線に月夜見へと飛んでいくと、俺と同じ様に頬を掠めた。

 

 

「ちっ」

「可愛い顔に傷をつけるのは、やっぱり嫌なもんだ」

「……そんな余裕、今に言えなくなるわよ」

「そうかな」

 

 

俺はニヤッと笑うが、妙な違和感を感じた。

その場には天照が居なかった。圧倒的な存在感を放つ彼女が居ないのに全く気付かなかった。

さっきの目隠しの弾幕は天照を俺の視界から外す役割もあったようだ。

だが、それなら彼女は今どこにいるのだろうか? こういう時の定番は―――――!?

 

 

「後ろだよな」

「当たりです」

 

 

後ろを振り返ると、そこには鏡を胸に抱えた天照が立っていた。

天叢雲剣、勾玉、となればあの鏡は八咫鏡だろうな。正に三種の神器ってわけか。

しかも天照がしようとしていること、あれは以前依姫との戦いで放った光線の前準備だ。その証拠に鏡を中心に力が集まっていくのが目に見える。

マスパに匹敵、いやそれ以上の威力を持つ閃光。ここは避けた方がいいかな。

そう思ったが、いつの間にか左右に須佐之男と月夜見が待機していて、俺の逃げ道を塞いでいた。

 

 

「悪いが、逃がさねえぜ」

「……こう言うのはちょっと嫌だけど、勝つためにはしょうがない」

「いいぜ。プライドで勝利は掴めない。結局勝つのは貪欲な奴だけだ」

「そうですね。神なんて名乗っても、所詮醜い生き物です」

「けど、俺はお前ら好きだぜ。変に人間染みてる方が共感できるからな」

「ありがとうございます。でも、もう止められませんよ」

「なら、遮るだけだ」

 

 

『サニーミルク:光を屈折させる程度の能力』

 

 

俺は刀を宙へと放り投げると、太陽のキーホルダーが付いた短剣へと変わった。

スマホの説明を見る限り、どうやらこの能力は重複できるみたいだ。今度試してみるか。

 

 

「そんなもので防げるとでも?」

「甘く見るなよ。俺が好きなのは弱者が強者に勝つ下剋上だ」

「なら、やってみなさい」

 

 

鏡に集められた力が眩い光を放つと、閃光となって一気に放出された。

威力はファイナルマスパ並みといったところか。これで防げなかったら消し炭確定だな。

だが、ここで退いてたら男が廃る。ここは度胸でどうにかやるか。

 

 

「さて、そう言えばそれって太陽の光だよな?」

「え?」

「太陽の光なのかって聞いてるんだよ」

「そうだけど」

「なら、勝ちだな」

 

 

俺は短剣を差し出すと、太陽の飾りが光り出した。

閃光が俺を包み込んだ瞬間、目の前に透明な壁が現れて閃光がありとあらゆる方向に屈折した。

幻想少女大戦永で見たイベントだが、本当に効果があるとは思わなかった。

渾身の一撃をあっさりと防がれた天照は、目を見開いて俺を見つめている。

 

 

「さて、まだまだ続けるか?」

「当然だ。こっちも神としての威厳があるんだ」

「……こんな戦いでも、負けるわけにはいかない」

「そうね。もう、これは私たちの我が儘。気が済むまで殺り合いましょう」

「まったく、どいつもこいつも……」

「神がやることは訳が分からないよね~」

「「「「――ッ!?」」」」

 

 

突然割り込んできた妙に明るい声、それはもう聞き慣れてしまったものだった。

視線を向けると、そこには死体の山に腰かけた『アイツ』が無邪気に笑う姿があった。

 

 

「お前…………ニャルラトホテップ」

「やあ。元気にしてるかな」

「お蔭様でな」

「それより、こんな所で悠長に殺し合いをしてる場合か?」

「なに?」

「今頃、私の眷属が動いているはずよ。……君の愛する人を殺しにね」

「――ッ!? お前、まさか!?」

 

 

奴は口元をニヤッとさせると、遠くから異様な殺気を感じた。

それは怒り、悲しみ、そして果てしない憎悪、それらが交り合ったような気持ちの悪い感覚。

その中に一握り、良く知っている神の力を感じた。この感覚は…………。

 

 

「諏訪子……!?」

「ふふ……行かなくていいのかな?」

「お前……‼」

 

 

俺は怒りに任せて奴に刀を向けるが、その前に須佐之男が斬りかかった。

しかし、奴は涼しげな顔でそれを受け止めると欠伸を一つ掻いた。

いつの間にか周りには天照と月夜見が殺気全開で構えていた。

 

 

「ふぁ~あ。なに? 僕と彼の邪魔をしないでくれる?」

「うるさい。何だかお前を見ていると腹が立つんだよ」

「何より、貴方は部外者ですからね。少し話を聴かせてもらいます」

「……私は、ちょっと恨みがある」

「これはこれは。東方の神は随分と荒っぽいんですね」

「お前ら」

「……優夜は早く行って。ここは私たちがやるから」

「月夜見」

「……もう、後悔はしないで」

「――解った。ありがとな、お前ら」

 

 

俺はそう言ってその場から立ち去った。

一瞬、奴が声にならない言葉で小さく口遊んだような気がした。

 

 

「心せよ旅人よ。夜明け前が最も暗いのだと」

 

 

 

 




次回予告

歪んだ歴史、繰り返される悲劇、忌まわしき神話生物………………

苦戦を強いられる彼の耳に届いたのは、かつて愛した人の声だった。

東方幻想物語・大戦編、『忌まわしき狩人』



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忌まわしき狩人

神無 優夜side

 

 

その場に辿り着いて感じたのは、異様な違和感だった。

先ほどまで青空から太陽が照らしていたはずなのに、今は闇夜の深い暗がりに包まれている。

周りには諏訪子と神奈子が戦った痕が残っているが、それ以外にも鉤爪のような痕が残っていた。

そんな地面に諏訪子が傷付いた状態で倒れ込んでいた。

 

 

「諏訪子‼」

 

 

急いで走り寄り諏訪子を抱き起すと、苦しそうに目を開けた。

 

 

「ユウ……ヤ……」

「喋るな。誰がこんな事を」

「黒い…蛇……翼を持った…………怪物だ」

「翼を持った黒い蛇…………!?」

 

 

俺は咄嗟に上を向いた。

そこには闇夜の暗がりだけだが、俺の目には“その姿”が視えた。

乾いた風が暗闇を吹き流すと、弱まった太陽の光によって“その姿”をあらわにした。

 

それは常識の外、日常から遠く離れた姿だった。

長く伸びたその姿は黒い蛇だったが、不気味に脈を打つ数本の腕、漆黒の闇夜に羽ばたく大きな蝙蝠の翼、そして顔と思われる部分はドクロの様になっており、俺らを見下している。

『忌まわしき狩人』、ニャルラトホテップの猟犬、人を殺す事を愉悦なお遊びにしか考えていない神話生物。高い知能を持っており、人と話すことも可能らしい。

本来存在してはいけない者。そんなものを見てしまった俺はその場から動くことができなかった。

 

 

『ようやく来たか。神無の御子』

「……猟犬がこんな所に何の用だ」

『決まっている。玩具で遊ぶためだ』

「それならそこらの妖怪で勝手にやってろ」

『アイツ等はダメだ。少々いたぶっても壊れないが、どうも醜い。

 だが、人間は壊れる時に様々な表情を見せてくれる。それが何より楽しいのだ』

 

 

狩人は無邪気に翼をはためかせながら宙を舞う。

その時、狩人が巻いていた尻尾から何かが落ちた。それは星の首飾りだった。

首飾りが落ちた先には、星羅と叶恵が血塗れになって倒れていた。

 

 

「星羅……叶恵……‼」

 

 

俺は急いで二人の傍へ駆け寄った。

二人の巫女装束は無残にも斬り裂かれ、その傷口からは血が流れ出て、穢れなき純白を朱に染めていた。

二人共、もう息をしていなかった。遅かったのだ。また、俺は大切な者を失ってしまった。

 

 

「また……俺は……」

『残念だったよ。その玩具で遊べなくて』

「なんだと……」

『主の命令では、できるだけ綺麗なまま殺せとのことだったからな。

 いつもの様に絞め殺せなかったのは残念だったが、そこの神と遊べたのでまあ良いか』

「どこまでも思考が化物染みてるな。お前らは」

『たかが領地の為に争う人間や神に比べれば可愛いモノだよ』

 

 

狩人は喉声を鳴らしながら嘲笑う。

 

 

『さあ、どうする?』

「決まってる。お前を殺すさ」

『面白い。ならば、やってみろ』

 

 

狩人は勢い良く滑空すると、俺に向かって鉤爪が付いた腕を振るった。

咄嗟に刀で防ぐが、長い胴体に生えた腕は狩人が横切るだけでその分攻撃が連続して当たる。

まるで音楽を奏でるように鳴り響く金属音、それに紛れて狩人の笑い声が交る。

 

 

『こんなものではないぞ』

 

 

狩人が通り過ぎると、俺の目の前に紫色の弾幕が迫ってきていた。

それは団子のように連なっていたが、うねうねと動きながら俺を追尾してきた。それはまるで蛇のようだった。

蛇のような弾幕は必要以上に俺をつけ回すが、いくら斬り払っても前の部分が消えるだけで追跡を逃れることができない。

 

 

「嫌味な弾幕だな」

『地べたを這いつくばれ、人間』

「そうは、いかねえんだよ!!」

 

 

俺は刀を狩人に投げつけるが、直撃しても弾き返されてしまった。

全く手ごたえが感じられない。刃物にはそれなりには耐性があるようだ。

 

それからも弾幕に翻弄されていると、背後から狩人の鉤爪によって斬り裂かれた。

痛みでその場に立ち止ると、その隙を突いて弾幕の大群が俺へ集中した。

一気に畳み込まれ、体力を持ってかれた俺はその場に膝を着きそうになる。しかし、その時しかいの端に狩人の顔が見えた。

瞬間、俺の身体に狩人が巻き付き、この身体を宙高く持ち上げた。

 

 

「か……はっ……」

 

 

強く締め付けられている所為で上手く声が出せない。

肺が圧迫されるような感覚、溜めこんだ空気が一気に放出されるようで気持ちが悪い。

身体を動かそうとしても、狩人の鉤爪が俺を逃さないと食い込ませている。

 

 

『これがお前の限界だ。人間』

「く……そ……」

『愛する者も守れず、強者に敗れる。それが絶望だ』

「まだ……俺は……」

『往生際が悪いな。あらばいっその事、一思いに殺してやろう』

 

 

狩人は更に力を加えて締め付ける。

いたる所から骨が軋む音がし、もう声を出すことも出来なくなった。

この場合、死亡描写は骨がむき出しになった残酷なハリネズミ状態だっけ。それは嫌だな。

 

 

(あ~あ、俺の人生、ここで終わりか)

『何やってんですか。ユウヤさん』

 

 

朦朧とする意識の中、声が響いた。

それは懐かしい声だった。もう聞けないと思っていた声だった。

 

 

『私の知っているユウヤさんは、こんな所で終る人ではありません。

 それに、ユウヤさんは決して約束を破るような酷い人でもありません。

 私が愛したユウヤさんは、いつでも笑ってみんなを受け入れてくれる優しい人です。

 だから、諦めないでください。私やあの人が愛したユウヤさんは、誰よりも強い人ですから』

「……つき……み…」

 

 

途切れそうになる意識の中、はっきりとその声は聞こえた。

諦めるな……ここで終わる人じゃない……か。いかにもあいつが言いそうな言葉だ。

 

 

「これで負けたら、男が廃るな……‼」

『終わりだ。神無ノ御子』

「それはどうかしら?」

 

 

その時、地上から影の刃が伸びてきて狩人の身体を貫いた。

一瞬の隙を突かれた狩人は奇声の様な悲鳴を上げ、その身体に込める力が弱まった。

狩人の拘束から解けた俺はそのまま地面に向かって落下していくが、真下に展開された影がネットの様になって俺を受け止めた。

 

 

「いたっ」

「大丈夫、のようね」

 

 

叩きつけられた頭を押さえて起き上がると、そこにはルーミアが立っていた。

彼女の服には食べこぼしのように血のシミが付いている。神様も大損害だな。

 

 

「俺は大丈夫だ。それより」

「解ってるわ。あの邪神の眷属よね」

「そうだけど、悪いが俺に譲ってくれ」

「言われなくてもそのつもりよ」

「その代り、四人を頼む」

「……ええ」

 

 

ルーミアは周囲に影を展開させると、それらが星羅と諏訪子を抱えた。

彼女はそれを確認すると、叶恵を抱きかかえた。

 

 

「……死なないでよ」

 

 

ルーミアはそう言い残してその場から立ち去った。

残ったのは満身創痍な俺と、夜空に翼をはためかせている狩人のみとなった。

 

 

『クソ……忌々しい闇め』

「忌まわしき狩人に言われるなんてな」

『黙れ。貴様を殺し、あの神もろとも殺してくれる』

「悪いが、そんなことはもうさせねえよ」

『減らず口を………身の程を知れ』

「身の程なら十分に弁えてるぜ」

 

 

俺は口元をニヤッとさせながら腕を天高く掲げる。

その手には、彼女がいつもつけていた星の首飾りが握られている。

 

 

「星羅……お前の想い、俺に預けてくれ」

 

 

俺の言葉に応えるように、星の首飾りが光り出し、一丁の銃へと変わった。

黒いデザートイーグル、銃身には白い文字で『Marksman of an addict bullet (魔弾の射手)』と書かれている。

 

 

「いい趣味してるよ。まったく」

『貴様……!』

「さあて、久しぶりに本気で行こうか」

 

 

俺は銃口を狩人へと向ける。

 

 

「――星を翔ろ‼ 綺刀『星羅』」

 

 

 

 




次回予告

狩人と再び会いまみえる優夜。

星羅から託された絆と想いを胸に、

物語の主人公は重い引き金を引いた。

東方幻想物語・大戦編、『外さない恋の魔弾』


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外さない恋の魔弾

神無 優夜side

 

 

夜の暗がりに包まれた戦場、そこに俺と狩人は対峙していた。

忌まわしき狩人は黒い翼をはためかせ、幾つもある鉤爪をギラリと光らせている。

俺は手にした銃の銃口を狩人へと合わせ、ゆっくりと引き金に力を入れていく。

 

戦場を包み込む静寂、それを先に破ったのは風を切る音と銃声だった。

狩人は翼を大きく広げ、鉤爪を構えながらもうスピードで俺に向かって滑空してきた。

咄嗟に銃弾を放つが、俺の射撃の腕では狙いを捉えることができず、そのまま銃弾は避けられてしまった。

 

 

『そんな銃弾が当たるものか』

「どうかな?」

『なに?』

 

 

俺がニヤッと笑うと、もう一発銃弾を放った。

狩人にはそれは当たらなかった。だがその上空で何かが弾ける音がした。それは今撃った銃弾が最初の一発に命中し、それが弾けて粉々になった音だった。

 

 

『一体何を……』

 

 

次の瞬間、弾けた銃弾から無数の光が降り注いだ。

その光景はまるで流星群の様に、夜空から無数の星々が流れ落ちてくるように見えた。

流星群の弾幕は狩人を逃さぬように、避けられないほどの広範囲に降り注ぎ、そして狩人の体力を徐々に削っていった。

 

一瞬の出来事で思考が混乱する狩人は地面に落下しそうになるが、力を振り絞って再び空に飛び上がって持ち直した。

 

 

『今のは……!!』

「『魔理沙』の能力だ。飛びまわるお前には丁度よかっただろ」

『ふざけた真似を』

「言っておくが、まだまだあるぜ」

 

 

俺は再び銃口を狩人に向ける。

今ので分かったが、どうやらこの銃の状態だと俺の能力は銃弾に作用されるらしい。

一部のキャラは選択不能になっているが、その分使い勝手が良い物になっている。

 

狩人はさっきの攻撃で頭に血が上っているのか、俺に向かって弾幕を放ち始めた。

蛇行しながら俺に向かって飛んでくる団子状に並んだ紫色の弾幕、俺は息を落ち着かせて狙いを定める。

 

 

『レティ・ホワイトロック:寒気を操る程度の能力』

 

 

俺は迫り来る弾幕に向けて銃弾を放った。

雪の結晶のエフェクトをばら撒きながら銃弾は弾幕へと直撃すると、弾幕は空中で凍り付いた。

それからも次々と弾幕を回避しながら銃弾を撃ち込んでいき、やがて周りには団子状に並んだ丸い氷のオブジェが空中で静止していた。

 

 

「ざっとこんなものか」

『まさか』

「さてと、こっちもそろそろ反撃させてもらうぜ」

『相変わらず口が減らぬ人間だ。余程死にたいと見える』

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」

 

 

俺は空中に静止した凍った弾幕を足場に、狩人へと向かって走り出した。

狩人は上空で鉤爪が付いた腕を広げて俺を待ち構えると、周囲の弾幕を粉々にしながら俺に向かってきた。

狩人との距離が縮まり、鉤爪が振り下ろされる瞬間、俺はその場から跳び上がって狩人の真上を飛び越えた。

 

 

『伊吹 萃香:密と疎を操る程度の能力』

 

 

狩人の背後を取った俺は引き金を力一杯引いた。

銃口から一発の銃弾が放たれると、狩人に当たる寸前に幾つもの小さな銃弾となってその身体を捉えた。

幾つも分散した銃弾は正確無比に狩人の腕を根元から吹き飛ばすと、撃ち落された腕は塵となって消えていった。

 

 

「これでどうだ?」

『嘗めるな、人間‼』

 

 

狩人は長い胴体を翻すと俺の脚へと巻き付き、振り回した後に上空へと放り投げた。

 

 

「うおっ‼」

『上空ではお前に逃げ場は無い。諦めるのだな』

 

 

狩人は放り投げた俺へと向かって猛スピードで突っ込んでくる。

今度こそ巻き付かれた一巻の終わり、そして俺にはこの空中で逃げる手段などほぼ皆無。

一見すれば絶望的だが、生憎、今の俺には絶望している暇はないんだ!!!

 

 

「まだ終わってねえよ」

『馬鹿が。たった一丁の銃で我を倒せると思っているのか』

「だったら増やすまでだ」

『なに?』

「忘れたのか? 俺にはまだ刀が残っているのを」

 

 

俺はニヤッと笑うと、スマホを操作した。

すると地面に突き刺さっていた刀が光となって俺の手元に戻ってきた。

 

 

『風見 幽香:花を操る程度の能力』

 

 

俺の手元に現れたのは白銀のコルトパイソン、銃身には『Flowering of the fantasy(幻想の開花)』と書かれている。

俺はデザートイーグルとコルトパイソンを両手に構え、狩人へと狙うを付ける。

構えは、ウイングゼロカスタムのツインバスターライフルの撃ち方で。

 

 

「標的、忌まわしき狩人」

『貴様ああああああああ‼‼‼‼』

「ターゲットロック………………お前を殺す」

 

俺は静かに呼吸を整えると、一気に引き金を引いた。

その瞬間、二つの銃口から閃光が放たれた。星と花のエフェクトを散らしながら飛んでいく閃光は狩人の身体を一瞬にして包み込み、爆音を上げ、煙を撒き上げた。

煙が晴れると、狩人は地面に落ちていた。そして、俺を見上げていた。

 

 

『まさか……この私が』

「人間を甘く見るな」

『何故……負けたのだ』

「たった一つのシンプルな答えだ。――お前は俺を怒らせた」

『そうか……』

「最後の手向けだ。受け取れ」

 

 

俺は最後の力を振り絞って引き金を引いた。

放たれる閃光を前に、狩人は眠るように頭を地面に伏せた。

狩人の身体が閃光に包まれて消滅していく中、俺の耳にアイツの声が聞こえてきた。

 

 

『さらばだ、神無ノ御子よ。先に辺獄で待っているぞ』

 

 

まるで俺を嘲笑うようなその声は、光の中に消えていった。

地面に着地した俺の目の前には、閃光が直撃した痕しか残っていなかった。

 

 

「終わったか……」

「そのようですね」

 

 

振り返るとそこには奴が居た。

服には所々血が付いているが、それらがすべて返り血だというのは奴の余裕の表情を見てわかる。

いや、俺がそれ以上に狂気に感じているのは、コイツが自分の眷属の最後を見て何も感じていないことだ。

 

 

「お前……」

 

 

その時、俺の頬を一発の銃弾が掠めた。

俺一瞬思考が混乱したが、それは紛れもなく奴から放たれた物だった。

奴は俺を明らかに睨んでいた。今までヘラヘラと笑っていたアイツが俺に見せた、殺意のある目。

 

 

「ユウヤ、一つ勘違いしないでくれますか。

 僕は人間なんてただの暇つぶしの相手としか認識していない。言い方を変えれば玩具です。

 君らか見れば僕は狂気に満ちた邪神だろうけど、僕たちだって人間と同じなんだよ」

「同じ……」

「同族を殺されれば頭に来る。仲間を殺されれば復讐をする。家族を殺されれば我を失う。

 結局のところ、人間も妖怪も化物も神話生物も邪神も、根本的なところは変わらないってこと」

 

 

静かに語る奴は銃を下ろすと、俺に背を向けた。

 

 

「これで君と僕は御相子、というほどじゃないけど、殺す理由が増えた」

「増えたってことは、もうすでに理由はあったってことか」

「まあね。何せ君たちはこの世界のイレギュラーだからね」

「イレギュラー?」

 

 

俺はその言葉に聞き覚えがあった。

そう、数日前にクティーラが俺を見て呼んだ言葉だった。

 

 

「イレギュラーって何の事だよ。それに、俺の他にもいるのか!?」

「本来ならこの世界に、並行世界にすら存在しない人物、それを僕はイレギュラーと呼んでいる」

「俺が、そのイレギュラー」

「そう。そして『穢れの巫女』と呼ばれる存在してはいけない人間、それを僕は排除する」

「どうしてそんなことを」

「イレギュラーをすべて排除した時、どんなことが起こるのか。それを見てみたいんだ」

 

 

奴は俺を見てニヤッと笑った。

俺と月美、そして星羅は元々この世界に存在してはいけない存在。そんな事を急に言われても、俺の思考は追いつくことができずにいた。

 

 

「ところで、そろそろ僕も名前を名乗っておくよ。本名じゃ呼びにくいからね」

「どうでもいいよ」

「そう言わずに、実は結構気に入ってる名前なんだよ」

「まあいいけどさ」

「ふふ」

 

 

奴は嬉しそうに微笑む。

 

 

「『明星 美命』、そう名乗らせてもらうよ」

「美命……」

「それでは、また会いましょう。神無ノ御子」

 

 

美命はそう言い残し、闇に溶けるように消えていった。

その場に一人残された俺は、疲れ果ててその場に倒れ込んでしまいそうになるが、寸前で何とか踏みとどまった。

 

 

「まだ……やることはある」

 

 

俺はゆっくりと歩みを進めた。

大切な奴等を、助ける為に。

 

 

 

 

 




空亡「……信じられるか、これが銃撃戦初めてなんて」
優夜「いや、これでも銃を扱うの最初なんだけど」
空亡「初心者が飛んでいった銃弾を狙い撃つことできませんよ」
優夜「そこはやっぱり、俺の秘めたる才能ということで」
空亡「否定できない自分が歯がゆい」
優夜「でも、武器二つを扱えるのはありがたいね」
空亡「皮肉にもニャル様と同じですけどね」
優夜「狙っただろ」
空亡「さあ?」


次回予告
奇跡とは願っても叶わない、だからこそ残酷なのだ。
東方幻想物語・大戦編、『残酷な奇跡』、どうぞお楽しみに。



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残酷な奇跡

神無優夜side

 

 

忌まわしき狩人を倒した後、俺は満身創痍の状態で洩矢神社へと辿り着いた

道行く人達から心配の声を掛けてもらったが、俺は一目散にみんなが待つ神社へと向かった。

守矢神社へと辿り着いた俺は、境内にルーミアが立っていることに気付いた。

 

 

「ルーミア……」

「二人なら部屋よ」

「ありがとう……」

 

 

俺がルーミアの横を通り過ぎる時、彼女は俺の肩に手を置いて引き止めた。

 

 

「なんだ」

「言っておくけど、希望は持たないことね」

「わからねえぞ。奇跡も魔法も、いつの時代はあるもんだからな」

「え?」

 

 

俺はルーミアに優しく微笑むと、二人がいる部屋へと向かった。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

俺は二人がいる部屋の前へと辿り着いた。まるでそこだけが別の空間のような冷たさを感じた。

襖を開けると、そこには二人が布団に眠るように横たわっていた。

二人の傍に近寄り、冷たくなった頬をそっと撫でた。

眠るように死んでいるその表情は、無神経にも美しいと思ってしまった。

振り返ると、そこには傷だらけとなった諏訪子が呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「諏訪子……」

 

 

諏訪子はおぼつかない足取りで二人に歩み寄ると、崩れるように膝を着いた。

その瞳からは涙が零れ、畳に一滴づつ落ちていく。

 

 

「叶恵……星羅……私は」

「諏訪子の所為じゃないだろ」

「ユウヤ……でも私は、この二人を守れなかった」

「それを言うなら俺も同じだ。忘れていたからな」

「なんで、この二人なんだよ……」

「アイツは見たいんだよ。人が絶望した表情を、その時の殺気を」

「歪んでるね」

 

 

怒り、恨み、呆れ、それらがその一言に尽きた。

だが、俺にはそれだけではないような気がしてならない。アイツにはまだ裏がある気がする。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ?」

「もう、二人は起きないのかな」

「……諏訪子」

「もう、優しく起こしてくれたり、口煩く説教もしてくれないのかな」

「星羅が聞いたら怒るぞ」

「それでもいい。それで二人が起きてくれるのなら」

 

 

諏訪子は涙を浮かべながらそう呟いた。

家族を失う悲しみは良く知っている。それは神様でも人間でも変わらない。

 

 

「なあ、諏訪子。奇跡は信じるか?」

「なに、言ってるの?」

「神様でも奇跡は信じるのかなって思ってな」

「そうだね。この二人が起きてくれるのなら、私は奇跡を信じるよ」

「決まりだな」

 

 

俺はスマホを取り出して操作すると、『早苗』を選択した。

 

 

「何してるの?」

「できるかどうかは分からないが、とりあえずやってみようかなって思った」

「だから何を!?」

「見せてやるよ。こんなご都合的な奇跡もあるもんだってな」

 

 

紙幣の付いた日本刀が手元に現れると、俺はそれを床に突き刺した。

その瞬間、眩い光が周囲を包み込むと共に優しい風が俺の頬を撫でた。

しばらくして光が納まると、刀は淡い光となって俺の手元から消えた。

 

 

「何が、起こったの?」

「やっぱりか……」

「え?」

 

 

その時、二人の瞳がうっすらと開いた。

二人はゆっくと起き上ると、諏訪子に向けて一言。

 

 

「「おはようございます」」

 

 

それは彼女がもう聞けないと思っていた言葉だった。

彼女は歓喜や困惑だったりと感情が迷子になっているが、瞳からは溢れんばかりの涙が流れていた。

 

 

「叶恵……」

「はい」

「星羅……」

「なんですか。そんなだらしない顔して」

「う、うあああああああああああああん」

 

 

諏訪子は感極まって二人に抱き着いた。

叶恵は優しく微笑み、星羅は恥ずかしそうに頬を赤く染めている。

その光景を見て俺も涙が出そうになるが、俺には伝えなければいけないことがある。

 

 

「星羅……」

「ユウヤ、解ってますよ」

「そうか。すまないな」

「いいですよ。こうやって“最期”に会えただけ、私は満足ですから」

「“最期”? どういうこと」

 

 

諏訪子は不安に瞳を揺らしながら俺へと尋ねた。

叶恵はその事に気付いているのか、哀しそうな瞳で俺を見つめていた。

 

 

「諏訪子、悪い。さっきの失敗したみたいだ」

「え? でも、二人はちゃんと」

「星羅だけ、もう命が残ってないんだ」

「それって、どういうこと」

 

 

星羅はあっさりと言い放った。

 

 

「私は本来存在してはならない人間。だから奇跡も見放した」

「そんなの、星羅は関係ないじゃん!?」

「そうかもな。でも、叶恵は生き返られたんだ」

「え?」

「奇跡は気紛れだからな。星羅は無理でも、叶恵を選んだ」

「そんな……」

 

 

二兎を追う者は一兎をも得ず、嫌なくらい胸に来る言葉だ。

穢れの巫女である星羅が今生きてるのは、その奇跡のほんの少しの気遣いかもしれない。

こんな中途半端な奇跡で満足できるはずもないが、今は少し感謝している。

 

 

「諏訪子、叶恵、すまないが」

「言わなくてもいいよ。ただ、少しだけでも話をさせて」

「ああ」

 

 

「洩矢様。ごめんなさい」

「何でアンタが謝るんだよ」

「巫女の役目も果たせず、今までの恩も返せずに先逝くことへの謝罪です」

「そんな事か。私はそんなの今まで求めたことないよ」

「そうですね。でも、母親の役に立ちたいと思うのは娘として当然ですから」

「だったら、親より子供の方が先に死ぬんじゃないわよ。馬鹿」

「ごめんなさい。お母さん」

 

「星羅」

「姉さん」

「……言葉は、いらないわね」

「はい。もう、解ってますから」

「……勝ち逃げなんて、ズルいわよ」

「ごめんなさい。お姉ちゃん」

 

 

諏訪子と叶恵はそれぞれ話し終わると、俺の横を通り過ぎていった。

二人は俺に微笑みかけると、声にならない言葉で『頼んだ』と言っていた。

 

 

「頼んだ、か」

「好き勝手ばっかり言ってくれますね。あの人達は」

「まあ。でも、俺は星羅と二人きりで嬉しいからいいけど」

「正直ですね。羨ましいです」

「星羅も十分素直になったよ」

「そうですかね」

「ああ」

「それなら良かったです」

 

 

星羅はにっこりと笑った。

この会話をしている間に、残された時間は少ないというのに、彼女はいつもと変わらない。

まるで死ぬのが怖くないみたいじゃないか。まるで、アイツみたいじゃないか………………。

 

 

「あ~あ。なんで、俺はアイツを愛してしまったんだろうな」

「ユウヤ?」

 

 

星羅のことも好きなのに、俺の記憶に月美の影がいつも見える。

アイツの事を一生愛そうと想ったはずなのに、星羅のことも愛したい。こんなだと、どっちかを傷付けてしまう。それだけは嫌だ。

 

 

「こんなんじゃ、星羅を愛せないな…………」

「……別に、それでも良いんじゃないんですか?」

「え?」

「どっちか選ぶのが嫌なら、どっちも選べばいいんですよ」

「でも、それじゃあ」

「ユウヤは、私とその人の事を愛しているんですよね?」

「ああ」

「なら、どっちも愛してください。少なくとも私はそれでかまいませんから」

「星羅」

「そして、貴方の事ですからこれからも誰かを愛すことがあるでしょう。

 その時は、その人の事も愛してやって下さい。

 優しい貴方ならできるはずです。全員が幸せになれるような、そんな選択を」

 

 

星羅は俺の手を握りながら優しく励ましてくれた。

全員が幸せになれるような選択。それはいつかルーミアに話したギャルゲーのハーレムエンドそのものだ。誰一人傷付くことなく、みんなが笑って終れるような結末。

現実だからって諦めていたが、もうそんなもの関係ない。

 

 

「常識に囚われるのはこれで終りだ」

「その目を見て安心しました」

「ありがとう。星羅」

「いいえ。こちらこそ、ユウヤには感謝しきれません」

「言うな。……別れが辛くなるぞ」

「構いません。私は、貴方を愛したことに後悔を残したくはしたくありませんから」

「……ったく、こんな時に…っ素直になるな…よ」

 

 

俺は涙を隠すように星羅の前に跪くと、彼女の手を取り、掌に口付けをした。

彼女の身体は、もうすでに光に包まれ始めているが、彼女にはどうでもいいことのようだった。

 

 

「掌への口付けは懇願、貴方らしいですね」

「約束する。絶対にお前を幸せにしてやる。必ず」

「ありがとう。でも、復讐にだけ生きないでください」

「解ってる。お前は、傍で見守っててくれ」

「はい。それでは」

「ああ」

「「さよなら、愛おしい人よ」」

 

 

星羅は最期に微笑むと、光となって消えていった。

光は優しい風に乗って天高く舞い上ると、流れ星のような軌跡を描きながら俺に吸い込まれた。

それと共に流れ込んでくる星羅の今までの記憶、二度目になるともう慣れてきた。

そして、俺の手には彼女の星の首飾りだけが残った。

 

 

「残るのは一つだけ、なんとも寂しいな」

 

 

俺は首飾りを強く握りしめると、俺はあらん限りの声で嘆いた。

それは諏訪の国に響き、夜空の星が一つ、流れ落ちたらしい。

 

 

 

 




次回予告

東方幻想物語・大戦編、『想い風と共に』



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想い風と共に

神無優夜side

 

 

諏訪大戦から数日が過ぎた。

邪神の介入により勝敗は有耶無耶になってしまったが、諏訪子の話を聴かせてもらうと、どうやら負けたらしい。歴史は変えられず、結果は俺が知る通りとなってしまった。

 

しかし、原作通りというか、諏訪の民達は大和の神を受け入れなかった。

祟り神である諏訪子の恐怖、というのは表向きの理由。本心は諏訪子以外の神を信仰するつもりはないのだろう。本当に恵まれているな。羨ましいよ。

大和の神々はこの事態に頭を悩ませたが、天照が妙案を思い付いた。

それは名前だけの神を立て、国内では諏訪子の名を、国外では神奈子が支配しているかのようにするというものだった。諏訪子はそれでいいと納得していた。

 

そして俺は今、神社の鳥居に座って空を見上げていた。

あれから俺はずっと空を見上げて過ごしている。軽く廃人状態だ。

 

 

「ああ……やる気が出ねえ」

「やる気が無いのはいつもの事でしょ」

 

 

顔を横に向けると、そこには諏訪子が立っていた。

 

 

「隣、いいかな?」

「いいよ」

「ありがとう」

 

 

諏訪子はそう言って俺の隣に座ると、俺と同じ様に空を見上げた。

 

 

「そういえば、さっき神奈子と少し話したんだよね」

「どうだった?」

「う~ん。何だか私と価値観がずれてるというか、意見が合わないというか」

「そうか。それならいい関係を築けそうだ」

「普通は逆じゃない?」

「少しばかり喧嘩する方が良い友情が芽生えると思うよ。いわゆる腐れ縁だ」

「そんなものなのかな……」

「大丈夫だよ、諏訪子なら」

 

 

俺は彼女の頭を撫でた。

いつもなら嫌がるはずなのに、今日は少し嬉しそうに顔を俯かせている。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「何だ?」

「ちょっとした昔話なんだけど、聞いてくれる?」

「……いいよ。どうせ暇だから」

 

 

俺がそう言うと、諏訪子は静かに語り出した。

 

在るところに一人の神様がいた。

神様は祟り神として国を治めていたが、民から怖がられてきた。

畏怖による支配ではなく、敬愛による信仰を得たかった神様は、ひとりで悲しんだ。

 

それから時が流れ、やがて国も大きくなり、民たちも増えていった。

そんな時、彼女の前に一人の青年が現れた。

 

初めは熱心な参拝客としてしか見ていなかったが、

青年は祟り神である彼女に臆することなく親しく接した。

それは神様にとって初めてのことだった。

そして、神様の胸の内には密かに芽生えるものがあったとか。

 

それからさらに時が経ち、二人は親密な関係になった。

まあ、お互いには『初めできた友人』と『信仰している神様』というだけだったとか。

それでも、傍から見ればそれは『恋人同士』にしか見えなかったという。

 

しかし、そんな二人の幸せは、長くは続かなかった。

神様が青年が来るのを待っていると、民の一人からある知らせを聞かされた。

それを聞いた神様は急いで彼の下へと向かった。

だが、そこに居たのはもう起きることない眠りに着いた青年の姿だった。

 

話によれば、森の中で妖怪に襲われて殺されたらしい。

普通なら遺体すら残らないのだが、珍しいことにその身体には外傷はなかった。

しかし、彼女にとっては些細なこと。

大切な人を亡くした哀しみを、神様は生まれて初めて味わいました。

 

悲しみに暮れる神様は、ある悩みを抱えていました、

それは自分が彼の子供を授かっているという事でした。

 

神としての過ちを犯した彼女は、その子供を自分の巫女として育てました。

決して自分の娘とは語らず、娘には両親が死んだと騙りました。

 

そして最期のその時まで、真実を語ることはありませんでした。

 

 

「めでたしめでたし、ってそんな話じゃないか」

 

 

諏訪子は笑いながらそう言った。

だが、その瞳からは一筋の涙が流れている。

 

 

「悲しい話だな」

「結局、神様は意気地なしだったんだよ。

 大切な人を失う悲しみを二度と味わいたくないから、その子を娘として見なかった。

 でも母親として接することも出来ず、だからって神様として威厳を持つ事も出来なかった。

 そのせいで、今まで辛い思いをしてきた。でも、それを助けることも護ることも出来なかった」

 

 

その声はだんだんと弱々しくなっていく。

この話の神様は、今も後悔している。その娘に何も出来なかったことを。

そして、目の前で消える命を救うことも出来なかったことを。

 

 

「私は最後まで」

「ああ、諏訪子は」

「「……母親失格だよ」」

 

 

ああ、空はこんなにも晴れ渡っているのに、どうして雨が降っているのだろう。

 

そんな時、鳥居の下からルーミアの声が聞こえた。

涙を拭いて見下げると、旅の支度を済ませた彼女と、それを見送るように叶恵が立っていた。

 

 

「ユウヤ、もう行くわよ」

「ああ。……諏訪子」

「解ってるよ。アンタたちにはやらなきゃならないことがあるんでしょ」

「そうだな」

「それを止める権利は私にはないよ」

「ああ」

 

 

俺は俯く彼女頭を最後に撫でると、鳥居から飛び降りた。

 

 

「行かれるんですね」

「いつまでも世話になるわけにはいかないからな」

「私はそのままとどまってもいいわよ。叶恵も料理も美味しいから」

「なら、ここで別れるか?」

「でも貴方ほどじゃないから、残念ながらついて行くわ」

「それは残念です」

 

叶恵は本当に残念に、だが笑いながらそう言った。

今思えば、星羅がいなくなってから少ししっかりし始めたような気がする。

 

 

「私だって、立ち止まるわけにはいかないんです」

「え?」

「だから、ユウヤさんも前を進んでください。たまには後ろ振り向いても良いので」

「……ありがとう。叶恵」

 

 

俺は彼女の頭を優しく撫でた。

彼女は前に進んでいる。だったら、俺も立ち止まるわけにはいかないな。

 

 

「それじゃあ、また会おうぜ」

「はい」

「少しは妖怪退治できるように頑張りなさいよ」

「うぅ……それは精進します」

 

 

俺らは叶恵に別れを告げ、鳥居をくぐって階段を降りていく。

そんな俺らを、諏訪子はただじっと見送るだけだった。

 

その時、俺はある事を思い出した。

これが救いになるのか分からない。でも、気付いたからには伝えなければならない。

 

 

「諏訪子‼」

「な、なに?」

 

 

俺は振り返って鳥居の上に座っている彼女を見上げた。

 

 

「諏訪子、星羅はお前が母親って事、気付いてたみたいだぜ」

「え?」

「俺が神社の裏にある墓に案内された時、アイツは言ったんだよ」

「何を……」

「『じゃあね、お父さん』」

「……!?」

 

 

諏訪子は何かに気付いたように目を見開いた。

 

 

「おかしいよな。あの墓には両親が眠っているはずなのに、アイツは父親しか呼ばなかった」

「あ……う……」

「それってさ、多分気付ていたんだと思うぜ。ずっと前から」

「でも……あの子は……」

「言えるわけないだろ。……アイツは素直じゃないからな」

 

 

俺は振り返って諏訪子に背を向ける。

 

 

「本当、誰に似たんだろうな」

 

 

俺はそう言い残してその場から立ち去った。

こんな言い方しかできないが、これで良かったんだろうか。

 

 

「随分と不器用なのね」

「うるさい。あんまりこういうのには慣れてないんだよ」

「素が出てるわね」

「……悪かったな。不器用で」

「でも、それもたまにはいいかもね」

「なんでだよ?」

「ユウヤ‼‼」

 

 

俺がそう言うと、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると鳥居の上に諏訪子が立っていた。彼女は大きく息を吸うと、あらん限りの声で叫んだ。

 

 

「うちの娘を、よろしく頼むわよ‼‼」

 

 

それは、アイツの神様として、母親としての、最愛の言葉だった。

 

 

「ああ‼‼ 任せろ」

 

 

そうだ。約束したんだ。星羅の事を幸せにしてやるって。

そのためにも俺は前に進む。たとえこの先が過酷な旅路だとしても、俺は進む。

 

 

「決心は付いたわね」

「ああ。悪いが、この先も付き合ってもらうぜ」

「元からそのつもりよ」

「そうか。なら、地獄の果てまで付いて来いよ」

「当然」

 

 

俺とルーミアは再び歩き出した。

動き出した物語は止まらない。なら、最後まで演じきるまでだ。

 

 

 

 




空亡「さて、無事諏訪大戦編は終わりましたね」
優夜「最後の最後に臭い終わり方だね」
空亡「まあ、自分はこう言うのは嫌いじゃないですからね」
優夜「ところで、次はどうする気だ?」
空亡「時期的に何も無いので幕間でもしようかと」
優夜「時間稼ぎかよ」
空亡「まあ、ほんの少し、貴方に関わるんですけどね」
優夜「え?」
空亡「さて、それでは今回はここまで。次回をお楽しみに」


次回予告
星々の瞬くある日、少年は懐かしい夢を見たんだって。
東方幻想物語・幕間、『とある少年の記憶回想・星願い』。



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第3章『幾星霜を経た命』
とある少年の記憶回想・願い星


神無 優夜side

 

 

夕暮れに染まる街に、パンダマストと放課後のチャイムの音色が鳴り響く。

二つの音色が合わさった不協和音が俺の耳を劈くように鳴り響く。

不本意ながら俺はその騒音に目を覚ました。そこは俺がよく知る教室だった。

もう放課後ということで誰も教室には居なかった。残っていたのは俺だけだった。

 

 

「……帰るか」

 

 

俺はそう言って席を立ちあがると、欠伸を掻きながら教室を出た。

その時、俺の目の前を本の山が通り過ぎた。

 

 

「ん?」

 

 

まだ夢を見ているのかと、自分の頬を抓った。……痛い。

どうやら夢ではないようだが、その所為で余計さっきの光景の不可思議さが増した。

俺は廊下に出て本が通り過ぎた方へと視線を向けた。

 

そこには一人の少女が本の山を抱えながら歩いていた。

小柄な少女は自分の背を軽く超す本の山を抱えながらもその歩みはきちんとした。

どこぞのドジっ子のようにフラフラとしているわけでもなく、姿勢を伸ばしてちゃんと歩いている。

 

それを見て放っておけないと思った俺は彼女を追いかけた。

しかし、大量の本の山を抱えてるにも拘らず、彼女の歩みは速かった。

というか、明らかに俺の存在に気付いているよね。さっきから早歩きだし。

 

 

「待ってよ。委員長」

 

 

俺はそう言って彼女を呼び止めた。

彼女はピタッとその場に立ち止ると、不機嫌な顔を俺に向けた。

 

 

「何か用ですか。神無くん」

 

 

委員長は「またか」とでも言いたそうな顔でそう言った。

彼女は『天宮――』、うちのクラスの委員長ということでみんなからは『委員長』と呼ばれている。

傍から見ても堅物そうだが、金髪のロングに小柄な体型ということでみんなからはマスコットみたいに可愛がられている。

 

 

「いや~。委員長が大変に見えたから手伝おうかと」

「結構です。このくらいのことくらい慣れていますから」

「そう言わずに。同じクラスの仲間だろ?」

「見返りは何ですか?」

「当然。ToLoveるのヤミちゃんコスをお願い」

「だったらいいです」

 

 

委員長は呆れながら溜息を吐いた。

まあ、こう言った具合に彼女からは少し距離を置かれている。

 

 

「まあ、それは冗談として」

「冗談には聞こえませんでしたよ」

「それより手伝うよ。困った女の子を放っておくわけにもいかないからな」

 

 

俺は委員長にそう言うが、彼女は俺の事をじっと睨んでいる。

やっぱり怒らせたのは間違いだったかな?

 

 

「……いいですよ。少し走った所為で私も疲れましたから」

「あはは。ごめん」

「まったく。普段からそういう行動を取ればモテると思うんですけどね」

「お? それってもかして俺の事を」

「それは無いです。はい、これが貴方の分です」

 

 

そう言って委員長は本の山を手渡した。

……ん? これってもしかして。

 

 

「委員長。もしかしてこれ全部?」

「そうですよ。生憎と、私は遠慮というものを知らないので」

「意外と面白いね。委員長」

「無駄口叩いてないで行きますよ」

「は~い」

「ちなみに、場所は図書館ですからね」

「……え? 図書館って別の棟だよな?」

「さて、そこまで頑張ってくださいね」

「……oh」

 

 

俺は委員長に言われる通りに隣の棟まで二十冊もの本を持って歩いた。

思った以上に重かったけど、委員長はこれ持って走ってたのかと思うとゾッとする。

しばらくして図書館に辿り着くと、俺は近くの机に本を下ろした。

 

 

「お……重かった」

「情けないですね」

「意外と委員長が力持ちだということがよくわかった」

「少しは力をつけておかないと、嘗められますから」

「何に、とは聞かないよ」

「それでは、本の整理にも付き合ってもらいますよ」

「ここまで来たら最後まで付き合うさ」

「……ありがとうございます」

「いいってことよ」

 

 

俺は委員長の指示に従って持ってきた本を本棚に納めていく。

ほとんどが歴史に関わるものだったが、その中に諏訪に歴史に関するものがあった。

気になって読む耽っていると、すぐ横から視線を感じた。

そこには委員長が笑っていない笑みを浮かべながら俺の事を見ていた。

 

 

「……ごめん」

「いいですよ。それで終わりみたいですから」

「だったら睨ま意ないでくれよ」

「睨んでませんよ。ただ、貴方も歴史に興味があったんですね」

「興味というより、ゲームの元ネタみたいのを見て興味を持っただけだ」

「それで歴史を調べるというのは、ある意味感心しますよ」

「今度そのゲーム教えようか?」

「………考えておきます」

 

 

委員長はそう言って笑うと、近くにあった恋愛小説を手に取った。

 

 

「今はこんな本まで図書館にあるんですね」

「ラノベも借りられるようになって、俺は嬉しいよ」

「ところで、貴方はこういったゲームもするそうですね」

「恋愛ゲームのこと?」

「そうです」

 

 

委員長は小説を流し読みしながら話を続ける。

 

 

「複数の女性から好かれるというのは、男としてどう思っていますか?」

「まあ、プレイヤーとしては嬉しいけど、悩みどころでもあるな」

「どうしてですか?」

「だってさ、全員の好感度をまんべんなくしてからハーレムエンドに行かなくちゃいけないしさ」

「その中から一人を選ぶっていう選択肢はないんですか?」

「生憎と、俺は根っからのハーレムエンド主義者だ」

「変わってますね」

 

 

委員長は小説を読み終わると、本棚に戻した。

 

 

「では、現実なら貴方はどういう選択をしますか?」

「………そうだな。誰か一人を選ぶなんて俺にはできないな」

「なぜですか?」

「それぞれの人とは思い出がある。その思い出を壊しそうで、俺は怖いんだと思うな」

「臆病ですね」

「他人が傷付くよりも、自分が傷付くのが怖いんだよ。最低な奴さ」

「そうですね。でも、私は貴方のそういうところは好きですよ」

「ありがと、委員長」

 

 

夕暮れの図書館に、二人の楽しげな声が響いた。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「嫌な夢を………」

 

 

誰もいない暗がりで、彼は小さく呟いた。

彼が見ていたのは、遠い昔に忘れたはずの記憶だった。

 

 

「もう、アイツ等の名前すら思い出せない………」

 

 

彼は頭を抑えると、乾いた笑みを浮かべた。

永い永い時間の中で、彼の記憶は徐々に風化していっていた。

 

 

「全てが終わる時、残っているのは俺は、それともアイツか」

 

 

彼はそう言って窓の外に映る月を眺めた。

月はいつもの様に、淡い光で夜を照らしている。

 

 

 

 

 

???side

 

 

………神無優夜………記憶修復率………17%完了………

 

 

『天宮――』に関するすべての記憶………Code:【願い星】

 

 

………記憶の回収………最優先………邪神の排除………最優先

 

 

夕暮れ…………見覚えのある顔………人を愛すること…………仲間

 

 

………すべてを傷付けても、すべてを愛せるのか

 

 

 

 

 





空亡「少し修正しました」
優夜「こっちの方が雰囲気でてるな。内容は変わってねえけど」
空亡「複数の女性を愛するのは、ハーレムルートの醍醐味ですけどね」
優夜「お前、ギャルゲー一度もしたことないだろ」
空亡「そうですけど………某生徒会のギャルゲー好きの副会長を見てたら、ね?」
優夜「俺って、アイツの人の性格が素に近いんだよな」
空亡「頑張ってハーレムエンド目指してくださいね」
優夜「それが言いたかっただけか」


次回予告
おさらい、というより能力に関するちょっとしたまとめ回。
東方幻想物語・幕間、『パーフェクト能力解説』、どうぞお楽しみに。



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パーフェクト能力解説

神無 優夜side

 

 

諏訪の国を旅立って早数ヶ月、俺とルーミアは日本某所の樹海の中にいた。

理由は主に二つ。ひとつは、今の時点での目的地がはっきりとしていないという事。

竹取物語も始まっていなければ、太子様も生まれていない。実は行く宛てはあるのだが、その前に確認しておきたい事があるので、今はここに居る。

そして二つ目の理由、それは…………………………………………

 

 

「狙い撃つぜ‼」

 

 

俺は片手に構えた銃でルーミアを狙い撃った。

銃弾は狙い正確に彼女の身体を捉えるが、彼女の身を守るように影がそれらを斬り落とした。

俺が小さく舌打ちをすると、影は刃の形となって俺の方へと向かってきた。

俺はその場に立ち止ると、片手に持った刀を影に向かって投げつけた。

 

 

『ルーミア:闇を操る程度の能力』

 

 

引き金を引くと、銃口から黒い光を纏った銃弾が直角に曲がりながらルーミアへと飛んでいく。

投げられた刀が次々と影の刃を斬り落としていくと同時に、銃弾は彼女へと向かっていく。

しかし、それは易々と彼女の持つ剣によって弾き落とされた。

俺はすぐさま次の銃弾を放つが、一気に俺の下へと詰め寄った彼女は俺の首に刃を突き付けた。

 

 

「勝負ありよ」

 

 

そう言って彼女は不敵に笑った。

影の刃が俺の周りを包囲し、逃げ場などどこにも用意していない。

投げた刀も、周りの影たちが巻き付いている。剣を変えようとしても無駄だろう。

大人しく負けを認めた俺は銃を手放して両腕を上げた。

 

 

 

             少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

ルーミアに敗れた俺は焚き火の前でぶっ倒れていた。

そして、彼女は嬉しそうに俺が狩ってきた獲物を頬張っていた。

誰だよ。今回の勝負で負けた奴が今日の夕食を狩ってくるって決めた奴は!?

 

 

「ああ……クソ」

「ご苦労様」

「今回はいけると思ったのに」

「今日は相性が悪かったわね」

 

 

彼女はそう言いながらも遠慮なく獲物を食い続ける。

そう。今回は相性が悪かった。……だからと言って負けた理由をその所為にしたくはない。

 

 

「アンタの実践、いつまで続ける気?」

「無論。納得がいく組み合わせを見つけるまでだ」

「はあ……」

 

 

彼女は溜息を吐いた。

これが俺らが来の樹海に留まっている二つ目の理由。

ここならルーミアと本気で戦える上に、誰にも邪魔されずに俺の能力を試せるからだ。

 

 

「でも不思議よね。その能力」

「まあ。他人の力を借りているから、素直に喜べないけどね」

「ふ~ん」

「どうせだから、俺の能力についてのおさらいと変化したことについて話しておこうか」

 

 

俺はそう言って高らかに指を鳴らした。

すると周囲が舞台の書き割りの部屋のようにバタンと倒れ、そこはいつの間にか真夜中の教室。

ルーミアは教室の中心にポツンと置かれた机に座り、突然のことに目を点にしている。

そして教室の電気が一斉に点くと、教卓には黒ぶち眼鏡とスーツを着た俺が立っていた。

 

 

「ようこそ。優夜のパーフェクト能力教室へ」

「とりあえず色々と突っ込みたいことがあるのだけど」

「そこ。質問等がある場合は挙手でお願いします」

「……………………はい」

 

 

ルーミアは不満そうに俺を睨みながら手を上げた。

 

 

「ルーミアくん。何ですか」

「この部屋は何?」

「ふふふ。これはありとあらゆる能力を駆使して創り上げた固有結界の一つ」

「固有結界……?」

「その名も『なぜなに東方教室』、と言ってもただ説明するだけの教室だ」

「教室がどういうものか分からないけど、能力の無駄遣いというのはこういう事を言うのね」

 

 

ルーミアは呆れながらも感心しているようだった。

名前を『ドキドキ深夜の個人授業』にするかで悩んだが、この名前で良かっただろう。多分。

 

 

「とりあえず、今日は俺の能力について説明しておく」

「できるだけ手短にお願いね」

「はいはい。では、まず最初に俺の能力の特性についておさらいだ」

 

 

俺はそう言って後ろの黒板に能力名を書いた。

 

 

「俺の能力は『剣を創る程度の能力』、これは知ってるな?」

「ええ。実際に目の前で発現させられたからね」

「これは俺の持つスマホと連動して、選んだキャラの能力が反映される特殊な能力だ」

「私のものを選んだ場合は剣自体が変わった上に、私と同じ能力を使えたのよね」

「そう。これは能力に応じて剣の形が変わる。短剣やら弓やら、その身に纏うものもある」

「名が体を表してないわね」

「それは重々承知してる。でも、俺が話したいのはここからだ」

 

 

俺は能力名の下に矢印を三つ描いた。

 

 

「この能力の使い方は三つある」

「三つ?」

「まず素手の状態、この場合はルーミアが言ったような、様々な形で能力を使うことができる」

「それは今までのと変わらないわね」

「そして銃を持った状態、この場合は能力を封じ込めた銃弾を撃つことができる遠距離型」

「さっきはその所為で私に負けたけどね」

「それについてはおいおい説明するとして、三つ目の使い方だが」

 

 

俺は矢印の先に簡易な人型と銃の絵を描き、残った矢印の先には刀を描いた。

 

 

「三つ目は刀に能力を宿すことができる。これで全部だ」

「素手の状態とどう違うのよ」

「簡単に言えば、素手、夢刀『月美』、綺刀『星羅』の三つに分類される」

「え? でも今まで『月美』の状態でも剣が変わっていたような」

「いや、その時はちゃんと区別してるぞ。気になる人は読み返してみよう」

「誰に向かって言ってるのよ」

 

 

俺は彼女のツッコミを尻目に、黒板を叩いて回転させる。

すると裏返った黒板にはびっしりと『程度の能力』の一覧が書かれていた。

 

 

「え? 何これ」

「現時点で俺が使える能力、その一覧だ」

「……改めて貴方が化物だという事が分かったわ」

「実際、用途に困るものもあるから複雑だ」

「まあ、確かに使い道が無いわね」

 

 

ルーミアは能力一覧を眺めながらそう呟いた。

まあ、能力と言っても戦闘だけに付かわけじゃないからな。その辺りはおいおい考えていこう。

 

 

「さて、ここまで説明したのは俺の能力の新たな可能性を見出したからだ」

「またロクでもない事を考えてそうね」

「十中八九当たってると思う」

「え?」

「実は今の時点で最大三つの能力を発動することができる」

「……それはありえないわよ」

 

 

ルーミアはそう言って俺を睨みつけた。

 

 

「能力って言うのは一人につき一つが限界よ。それが人間であれ、妖怪であれ一緒よ」

「そうだ、それが普通だ。能力は命一つでも大きすぎ、それを複数持つ事はまず不可能だ」

「解っているのなら、今の話は無理だっていうことも」

「でも、俺にはその不可能を可能にする“本来の能力”がある」

「本来の能力?」

 

 

俺は再び黒板を反転させると、そこには俺の能力の名前が記されていた。。

 

 

「『命を受け継ぐ程度の能力』?」

「元々、さっきまで説明していた能力は俺自身ではなく、このスマホのに宿った能力だ。

 実際、道具に能力が宿っていることもあるからな。その線は確実だと思う」

「で、その『命を受け継ぐ程度の能力』っていうのは?」

「簡単に言えば、相手の命を取り込み、その命の強さによって寿命や能力を得ることができる」

「つまり、貴方の中には月美と星羅、その二人の命が宿ってるということね」

「まあ、そう言うことになるな」

 

 

でも、折角受け取った命、そう易々と失うわけにもいかにけどな。

そして、今の話を聴いたルーミアは何かに気付いた。

 

 

「もしかして、能力を同時に使用するって」

「そう。今の俺の命は三つ、それだけあれば同時活用も可能だろ?」

「……無茶苦茶な理屈ね」

「まあ、人生が楽しくなるコツは少しばかりの好奇心が必要なのさ」

「あっそう」

 

 

ルーミアはジト目で俺を見つめる。

ただでさえ強力な能力もあるが、これだけじゃあの邪神たちに太刀打ちできない。

少しでも強くならないと、俺はアイツ等に顔向けできない。

 

 

「ちなみにこれからは組み合わせやら実践やらでしばらくここに暮らす羽目になるから」

「うん。それはなんとなく予想できてたわ」

「そういうわけだから、最後まで付き合ってもらうよ」

「臨むところよ。こっちも色々な能力を見られてうれしいわ」

「退屈にはさせねえよ」

「楽しみね」

 

 

俺とルーミアは二人顔を見合わせながらニヤッと笑った。

傍から見たらこの光景、ホラーゲームの一場面にしか見えないな。

 

 




空亡「今回は少し遊び過ぎましたね」
優夜「久しぶりに俺のキャラが発揮されたような気がする」
空亡「シリアスとギャグの境界線はちゃんとしてますものね」
優夜「今回は俺の能力の再確認と新たな可能性を見つけたってことでいいだろう」
空亡「ようやくこっちも本気が出せる」
優夜「前から考えていたもんね」
空亡「さあ、これから楽しくなりますよ」
優夜「はあ………」


次回予告
自分は何者なのか、それは太陽の神様に聞いても分からない。
東方幻想物語・幕間、『天照之大神の憂鬱』、お楽しみに。



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機械仕掛けの邪神

神無 優夜side

 

 

諏訪の国から随分と歩いた先に、広い草原があった。

そこにはかつて月の民の街があったが、民はそれを捨てて月へと旅立った。

邪神との出会い、愛するとの別れ、そして俺自身の始まりの地だ。

 

 

「またここに戻ることになるとは」

 

 

何も無い草原、夜の風が静かに草を揺らしている。

何で俺がここに来たのか、それは俺でも解らない。

ただ、何かに誘われるように、俺は無意識にここに来てしまった。

 

感傷に浸るのもいいが、今はやるべきことをしよう。

そうじゃないと、あの時の事を思い出してしまう。無力な自分を………。

 

その時、目の前にいつの間にか男が立っていた。

障害物もないこの草原で、俺が気配を察することもなく、男は突如として現れた。

 

 

「……誰だ?」

「…………………………」

 

 

男は俺をじっと見つめたまま微動だにしない。

オールバックにした黒髪、この時代には似つかわしくない燕尾服に黒い帽子を被っている。

表情は視えないが、人間味が無い。まるでショッピングモールに置いてあるマネキンのようにも見えた。

男は帽子をくいっと上げると、ガラスのような無機質な瞳で俺を睨みつけた。

 

 

「……貴様ガ、神無 優夜」

「ああ、そうだ。そっちこそ誰だ」

「“ロード・アヴァン・エジソン”……ソレガ名前」

 

 

その名前に、俺は心当たりがあった。

桜井光の作品『紫影のソナーニル』に出てきた発明王の名前。

経歴はトーマス・エジソンとほぼ同じだが、機械の様に冷酷な男として描かれている。

だがその実の正体は………!?

 

 

「お前、まさか……!?」

「……任務開始(ゲームスタート)」

 

 

アヴァンはそう呟くと、問答無用で俺に向かって殴りかかってきた。

俺はそれを横飛びで避けるが、奴の拳が地面に叩き付けられた瞬間、大きな地響きと共に奴を中心からクレーターが広がった。

薊との喧嘩である程度の耐久力があるとはいえ、いくら俺でもあれは耐えきれない。

 

 

「問答無用ってわけかよ」

「……私ハ、アノ方ノ命ヲ実行スルダケ」

 

 

アヴァンの手元が月明かりで光ると、俺は咄嗟にその場から離れた。

その直後、見えないワイヤーが俺の居た場所へと一斉に伸び、空気を斬り裂いた。

見えないワイヤーはそれだけで行動をやめるわけもなく、まるで生き物のように俺を追いながら草を斬り裂き、空気を縛る。

 

 

「無表情な男……ワイヤー……やっぱりお前は」

「……私ノ本当ノ名ハ」

「「チクタクマン」」

 

 

ニャルラトホテプの化身の一つにして、機械の身体を持つ邪神の一柱。

その時代に合った機械の姿を形取り、ありとあらゆる機械を自由自在に操るモノ。

ワイヤーの巣を張る機械の蜘蛛、『I Dream of Wires』ではそう表現されている。

ちなみに、TRPGのデータでは金力は人間の数十倍もある。文字通り化物だ。

 

 

「よりにもよって、次にあったのがお前かよ」

「……目障リナバグ、ココデ排除スル」

「ったく、俺だけを殺す機械かよ」

 

 

俺はワイヤーを避けながら『月美』を手元に召喚した。

月明かりを頼りにワイヤーの姿を捉えると、それを刃で弾き返す。

その隙に俺は奴と距離を一気に詰めると、横薙ぎに振り払った。

しかし、奴は斬撃が当たる寸前に俺の上を飛び越えて避けた。同時に『月美』の刀身に何本ものワイヤーが巻き付いていた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

アヴァンがワイヤーを手繰り寄せると、『月美』は俺の手から離れて空中高くへと放り投げられた。

俺は咄嗟に『星羅』を取り出し、奴に向かって銃弾を放つ。

銃弾は真っ直ぐ飛んでいくが、目の前に広げられたワイヤーがそれら全てを防いでしまう。

どこぞのゴミ処理係みたいなことしやがる………‼‼

 

 

「なら‼」

 

 

『星羅』から無数の銃弾が放たれると、それぞれが各々の軌道を描きながらアヴァンへと向かう。魔力を宿した銃弾の全方向同時射撃、避けれる物なら避けてみろ…………‼‼

 

 

「……クダラナイ」

 

 

奴は無機質な声でそう呟いたまま、その場から微動だにしない。

避けるまでもない、俺にそう言っているように見える。

全方向から迫る銃弾が、奴の身体を捉えた。しかし、銃弾は奴に届くことは無かった。

月明かりにワイヤーが一瞬だけ照らされると、すべての銃弾を同じタイミングでワイヤーが真っ二つに斬り裂いた。斬り裂かれた銃弾は奴の殻を避けるように地面に着弾する。

 

 

「……無駄」

「マジかよ」

 

 

呆然とする俺に向かって、アヴァンは距離を詰めて拳を放った。

俺はそれを何とか受け流して体勢を崩させるが、奴は崩れた体勢から回し蹴りを放ち、俺の身体を見事に捉えた。

言い様のない痛みが全身を駆け巡るが、俺は足を踏んじばってその場に留まる。

その場で膝を着く俺に、奴は無表情で俺を見つめる。

 

奴はそう言うと、ポケットから一本のUSBメモリを取り出し、自分の首に差し込んだ。

すると、メモリは光の粒子となって奴の身体に吸い込まれるように消えた。

 

 

「今のは……!?」

「……先に地獄に行って、遊んで来い」

 

 

その瞬間、奴を中心に蒼い炎が広がった。

炎は俺の下まで飛んで来たが、熱くはなかった。だが、同時に全身の力が抜けた。

なんとか倒れそうになる身体を必死に支えるが、奴は左脚に蒼い炎を纏わせながら俺に向かって飛び蹴りを放った。

まともな防御も出来なかった俺は、その力に負けて吹き飛ばされる。

 

 

「くっ……今のは……」

「……シブトイ。マダ生キテイルノカ」

「今の感じ……薊と同じ……」

「……厄介ナ能力ヲ使ワレル前ニ潰シタマデダ」

「マジかよ……まんまエターナルじゃねえか」

 

 

俺は何とか立ち上がるが、さっきの攻撃の所為で身も心もボロボロだ。

防御力ゼロの相手に必殺技ぶつけるなんて、結構えげつないことしやがるぜ。まったく。

さて、思った以上に絶体絶命だな。

こうなったら、咲夜の能力で逃げるしか………。

そう思ってスマホを取り出すが、なぜか電源が入らずに画面は真っ暗なままだ。

 

 

「……!?」

「……スマートフォンガ使エナケレバ、貴様ノ能力ハ封ジレル」

「そこまで……お見通しかよ」

「……所詮、貴様ハソノ程度。アノ方ノ足元ニモ及バナイ」

 

 

あの方か………確かにそうかもな。この程度に負けるようじゃ、あいつには勝てない。

でも………………だからって………‼‼

 

 

「だからって、ここで諦めてなるかよ………‼‼」

「……復讐ノ為ダケニ、命ヲ無駄ニスルノカ」

「復讐じゃない。ただアイツを一発ぶん殴りたいというただの我が儘だ」

「……ナラバ、ソノ願イニ果タセヌママ、死ネ」

 

 

アヴァンをそう告げると、ワイヤーを俺に向かって放った。

空気を斬り裂きながら、網目状に織り込まれたワイヤーが俺に迫ってくる。

ご丁寧に俺がギリギリ逃げられない範囲まで広げている。完全に息の根止めるつもりだ。

 

 

「……どうしようかな」

「――まだ諦めてないの?」

「誰が諦めるか‼‼」

「――気に入った。今回は特別だよ」

「特別……? いや、それよりもだr」

 

 

次の瞬間、指を鳴らす音と同時に一陣の風が吹いた。

風のお陰でワイヤーの軌道が若干ズレた。その隙に俺は咄嗟に範囲外へと逃げた。

 

 

「……ッ、逃ガスカ」

「邪魔はさせん」

 

 

アヴァンが再びワイヤーを放とうとする時、突如奴の目の前に火炎弾が放たれた。

燃え盛る炎が奴の行く手を遮るが、俺の頭は今の状況に追いつけていなかった。

 

 

「どうなってる………」

「惚けてるのもいいけど、今は逃げるよ」

「え?」

 

 

声のした方へと視線を向けようとすると、俺は腕を掴まれた。

その瞬間、吹き荒ぶ様な風が俺を包み込んだ。

 

 

「……貴様等ガ、何故」

「悪いけど、こっちの“切り札”をそう簡単に殺させないよ」

 

 

愉しげな少女の声がそう答えると、風が勢いを増した。

奴がワイヤーで炎と風を振り払うと、そこには誰もいなくなっていた。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

俺が次に目を覚ましたのは、月明かりに照らされる湖の畔だった。

俺が初めてこの世界に来た時と同じ場所、そしてルーミアと出会った場所。

 

 

だけど、俺の目の前に居るのは、知らない少女達。

“炎のように燃え盛るような紅い髪の少女”と“黄色の衣に身を包んだ少女”だった。

 

 

 

 

 




空亡「さて、突然乱入したこの話、どうでしたか?」
優夜「これ、次の蓬莱編のじゃなかったっけ?」
空亡「そうしようと思ったら、話と脱線してしまうのでこっちに持ってきました」
優夜「ああ、後で次回予告の方も書きなおさないとな」
空亡「そうですね。ああ、次回は少し面白い話になりますよ。きっと」
優夜「話の最後で如何にも邪神っぽい二人がいる時点で察してる」
空亡「それでは、楽しみにしていてくださいね」
優夜「原作迷子、まだ続きますってか」


次回予告
明かされる衝撃の真実、邪神たちの思惑とは?
東方幻想物語・幕間、『這い寄る渾沌の影』、どうぞお楽しみに。



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這い寄る渾沌の影

神無 優夜side

 

 

チクタクマンこと、アヴァンとの戦闘から逃れた俺は湖の畔にいた。

どうやら目の前に居る少女達に助けられたようだが、どの顔も初めて見る奴だった。

 

一人は鮮やかな紅い髪のポニーテール、炎の様に赤い瞳、黒いショートパンツに赤いノースリーブのシャツ、その上に黒いジャケットを羽織っている。何だかさっきから俺の事を睨んでいて怖い。

もう一人は後ろでまとめた綺麗な金髪の三つ編み、透き通る碧の瞳、緑色の風の模様が入った白いワンピースに、黄色いローブを羽織っている。こっちは俺の方をニコニコとした表情で見ている。

 

とりあえず、この状況を把握したい。

 

 

「あ、あの……」

「なんだ?」

「君らは、一体………?」

「……別に怪しいものじゃない」

「いや、傍から見たら結構怪しいと思うよ。僕たち」

「ん、そうか?」

 

 

黄衣の少女にそう言われた紅髪の少女は首を傾げた。

………何だかこのやり取りだけ見ると、そこまで危険視する相手でもなさそうだ。

そう思って緊張が解けたのか、俺はその場に座り込んでしまう。

 

 

「っと」

「どうやら警戒は解いてくれたみたいだね」

「気張りすぎるのもあれだからな。それに、助けてもらった恩もある」

「甘い奴だ。そんなだからあの“ニセモノ”n………イダダダダダ‼」

 

 

紅髪の少女の言葉を遮るように、ポニーテールを引っ張った。

 

 

「悪口が過ぎるよ。僕はむしろ褒めたいぐらいのに」

「褒めるって?」

「君は最後まで諦めなかった。だから僕たちが助けた。そうでしょ?」

「痛い(>_<)……‼ 分かったから、その手を離してくれ」

 

 

黄衣の少女がポニーテールから手を離すと、紅髪の少女は痛そうに髪を撫でる。

 

 

「さて、とりあえず初めましてかな。神無 優夜」

「俺の事を知ってるってことは、邪神か」

「そう。『名状しがたきもの』と『生ける炎』、それだけで分かるでしょ?」

 

 

黄衣の少女の言葉に、俺は思い当たる者がいた。

『名状しがたきもの』ハスター、クトゥルフと対立する風を司る邪神。

『生ける炎』クトゥグア、ニャルラトホテップと対立する炎を司る邪神。

どちらもクトゥルフ神話の中で代表的な邪神であるが、何かと人類と敵対しているイメージが強かったりする。それを言うとほとんどの邪神が当てはまるわけだが。

 

 

「そんなお二人が、どうして俺を助けた?」

「さっきも言ったけど、君が気に入ったから。ではダメかい?」

「悪いが、邪神の言うことはそう簡単に信用したくない」

「なんだと‼ 助けてもらっておいてその口の利き方は」

 

 

紅髪の少女が俺に掴みかかろうとするが、黄衣の少女がの手がそれを遮った。

 

 

「おい」

「こう言われても仕方ないですよ」

「だからって」

「僕たちがここに来た目的を忘れてないよね?」

「……ったく、わかったよ」

 

 

紅髪の少女は俺を睨むと、後ろへと下がった。

 

 

「さあ、どこから話しましょうか」

「なら、俺を助けた本当の理由を教えてくれ」

「いいでしょう」

 

 

黄衣の少女はそう言うと、俺の目の前に腰を下ろした。

 

 

「単刀直入に言うと、君には“彼”を殺してもらいたいんだ」

「彼って、美命のことか」

「そう。“彼”の行動は目に余る上に、少々度が過ぎていますからね」

「なんでだ? 仮にも同じ邪神だろ?」

「それが違うんですよね。これが」

「なに?」

「アイツは“本物”を似せただけの“ニセモノ”だってことだ」

 

 

後ろで木に寄り掛かっていた紅髪の少女がぶっきら棒に答えた。

 

 

「ニセモノ? どういうことだ」

「言った通り“彼”は“ニセモノ”。ただし、その力は“本物”と同等ですけどね」

「ちょっと待て。解るように説明してくれ」

「そうですね。ならば、ちょっとした“お話”でもしましょうか」

 

 

そう言って黄衣の少女は語りだした。

 

 

「君は“コックリさん”を知っていますか?」

「ああ。一時期俺の地元でも流行ったからな。それがどうした?」

「ではこんな話を知っていますか? コックリさんとTRPGがよく似ていると」

「その話なら知ってるさ。俺がクトゥルフ神話TRPGにはまった起源だからな」

 

 

俺は彼女の言葉で、あの動画の話を思い出した。

人は怖い話を好む。恐怖の神々を想像し、時にはゲームのキャラとして体現する。

TRPGとコックリさんが似ているのは、怖いもの見たさに霊を呼び出し、紙に書かれた文字の上でゲームのキャラとして遊ぶ。そんなところだろう。

 

 

「だが、恐怖の本質はコントロール不能の想像力。人の想像を超えた存在だ」

「あの動画では、TRPGをした人間の下へ呼び出された邪神が人を攫っていた」

「コックリさんと似ていると言ったのは、遊び半分で“そういう存在”を引き寄せること」

 

 

黄衣の少女はポケットから黄色の10面ダイスを取り出すと、掌で弄ぶ。

 

 

「“彼”は元々、とあるシナリオに登場する『ニャルラトホテプ』だった。

 性格は世間でよく聞くように、面白半分に混乱と破滅をもたらす狂った邪神。

 配下には忌まわしき狩人、チクタクマン、膨れ女、赤の女王、などなど。

 まるでテンプレの様な設定。だけど、それが始まりだった」

 

 

黄衣の少女はダイスを弄ぶ手を止める。

 

 

「そのシナリオをプレイした人間が次々と死んでいき、死のシナリオと噂された。

 けれど、怖いモノに興味を抱く人間は絶えず、やがて一人の邪神を生み出してしまった」

「それが、アイツか」

 

 

俺はいつかルーミアから聞いた話を思い出した。

人間の勝手な想像で妖怪は生まれる。暗闇を恐れる人間がルーミアを生み出したように。

だから、アイツも同じだ。『ニャルラトホテプ』という邪神を想像し、恐怖したことで生まれてしまった。

例え本物ではないとしても、アイツは紛れもなく『ニャルラトホテプ』だ。

 

 

「“彼”をこのままのさばらせておくわけにもいかない。だから」

「俺にアイツを殺してほしわけか」

「はい。これ以上、世界を壊されてしまうと僕たちも嫌だからね」

「遊び場を奪われて迷惑してるってわけかよ」

「そういう事です。これまで破壊された世界の数を聞きたいですか?」

「別にいいよ。どうせ、いままで食ったパンの枚数くらいだろ」

「だとすれば、彼は洋食派のようですね。しかも一日三食」

 

 

黄衣の少女はそんな皮肉を口にする。

あっちからすれば、新参者が調子に乗っているから始末してほしいって所か。

そんな事、頼まれなくても最初からそのつもりだっての。

 

 

「さて、他に聞きたいことは?」

「じゃあ………アイツの目的は何なんだ?」

「目的なんてないですよ。彼はただ遊びたいだけですから」

「どうして、俺なんだ」

「それは君自身が一番良く知ってると思いますよ?」

「俺が?」

 

 

黄衣の少女は立ち上がり、俺を見下ろしてこう言う。

 

 

「君、自分の前世をちゃんと思い出せますか?」

「それは………」

 

 

俺は、その問いに答えられなかった。

最近になって、前の記憶が薄れてきた。それと同時に、知らない記憶が脳裏をよぎった。

まるで記憶が上書きされるように、俺の記憶がどんどん消えていく。

 

 

「君は思い出さなくてはいけない。本当の自分を」

「……そうかよ。俺もただの一般人じゃなかったってことか」

「ええ。だからこそ、ここに来た」

「どうやら、アイツには色々と聞かなくちゃいけないらしいな」

 

 

俺はそう言って立ち上がる。

 

 

「………最後に一ついいか?」

「何でしょう?」

「アイツがニセモノなら、“本物”は今どこにいるんだ?」

「――本物なら既に出会っているはずですよ。物語の一番初めにね」

「え?」

「では、僕たちはこれで」

 

 

黄衣の少女はそう言い残すと、風に紛れて二人の邪神は姿を消した。

残った俺は、夜空に浮かぶ月を見つめる。

 

 

「物語の始め………ああ、そういうことかよ」

 

 

どうやら、俺と邪神との戦いは、あの日死んだときから始まっていたようだ。

これからの事に不安を感じながら、俺は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 




空亡「ここにきての新事実、どうでしたか?」
優夜「とりあえず、色々設定詰め込み過ぎ」
空亡「恐らく、今月中で一番頑張ったところだと思います」
優夜「というよりこれ、お前が昔作ろうとしたCoCのシナリオだよな」
空亡「若さゆえの過ちを、ここで晒してやろうかと」
優夜「それよりも、何だか俺の事もとんでもないことになってないか?」
空亡「貴方にこの言葉を送りましょう。設定は生えるもの」
優夜「そんな設定、今すぐにでもぶち殺す」
空亡「まあ、そんなわけで。より一層、クトゥルフ色の濃い作品になってきましたね」
優夜「タグに追加しておかないとな」
空亡「あらすじも付け加えておかないといけませんね」


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境界線上の二人

神無 優夜side

 

 

月の景色というのはいつの時代も変わらない。

数億年前の街で見た時も、前世の街中で見た時も、数百年前に神社から見た時も、同じだった。

俺はそんな事を思いながら月を眺めていた。

 

諏訪大戦が終わって早数百年、俺は己の修行の為にとある山の麓にある樹海に移住していた。

ルーミアに四六時中と修行に付き合ってもらい、一緒に狩猟したりなどして暮らしていた。

何事も無く数百年も過ごしたが、俺の中では何一つ進展しなかった。

あれから邪神たちの動向も分からず、ただ修行するだけの日々が通り過ぎただけだった。

 

 

「あ~あ、何しているんだろ、俺」

 

 

俺は溜息を吐きながらそう呟いた。

最初は東方の世界に着たことではしゃいでいたはずなのに、いつの間にか愛した人の仇を討つために邪神を相手にしているんだよね。

本当に、どこから俺の目的がずれてしまったのだろうか。それすら分からなくなってしまった。

 

そんな思考に思い耽っていると、俺の耳に不自然な音が聞こえてきた。

落ち葉を踏む複数の足音、少女の荒い息遣い、獣のような喉を鳴らす音、普段の子の樹海では聞くことの無い音が俺の耳に入ってきた。

 

 

「方向からして、こっちに向かってくるか」

 

 

俺は『月美』を取り出して向かってくる“何者”かを待ち続ける。

 

 

 

 

 

???side

 

 

運が悪い。

その言葉しか私の頭には浮かばなかった。

 

私の後ろには大きな角を持った牛の様な妖怪が私を追ってきている。

本当なら“私の能力”ですぐにでも退治したいところだけど、まだ使い方がよく分からない。

ああ、ここに妙な人間が住んでいるって噂を聞いて着てみたのに、まさか他の妖怪の領域に入ってしまうなんて、運が悪いという他ないわ。

 

そんな事を考えていると、私は足元の木の根に引っかかってしまい、前のめりに転んでしまった。ここまで来ると自分でも情けなく感じてしまう。

打ってしまった鼻を押さえながら起き上ると、後ろから荒々しい息遣いが聞こえた。

振り返るとさっきまで追いかけてきていた妖怪が私の目と鼻の先にいる。

 

ここで死ぬのかな?

ただの興味本位で来たという理由だけで、勝手に領域に入ったというだけで、私は殺される。

逃げたいのに、身体が動かない。足枷でもはめられたように身体がいう事を聞かない。

 

牛の妖怪は徐々に私との距離を詰めると、私に向かって飛びかかった。

私は現実から背を向けるように目を瞑る。

 

しかし、妖怪の攻撃はいつまで経っても私に届かなかった。

私は恐る恐る目を開けると、そこには不思議な光景が広がっていた。

 

人間が、たった一人の人間が、牛の妖怪の攻撃を片手で止めていた。

妖怪は鼻息を荒くしながら足を踏ん張っているが、人間は涼しげな顔でそれを受け止めている。

 

 

「女の子に手を出す奴には、容赦なしだ」

 

 

人間はそう言って片手を離すと、もう片手に持っていた“刀”を抜いた。

軽くあしらわれた妖怪は激昂して再び襲い掛かるが、私や人間からしたら大きな隙だった。

 

 

「――『弥生』」

 

 

人間は刀を下に垂らすように構えると、刃を上にして斬り上げた。

鋭い一閃が妖怪の身体の中心を走ると、血飛沫を上げながら真っ二つに分かれて倒れた。

 

黒い服装に身を包んだ不思議な人間は刀を鞘に納めると、私の方へと振り返った。

月明かりに照らされる純粋な黒髪、穢れの無い紅い瞳、私はその姿に見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

「妖怪同士とはいえ、幼女を襲うのは如何なものかね」

 

 

俺は目の前に横たわる妖怪の亡骸を見てそう呟いた。

幼女は襲うものではなく愛でる者、YESロリータ、NOタッチだ。

しかし、事情も聴かずに一方的に殺したのはまずかったかな。話せば意外といい奴だったかもしれないし。

仕方ない、ここは素直に手を合わせて祈っておこう。

 

 

「……すまないな。安らかに眠っててくれ」

 

 

俺は名も知らぬ妖怪へと謝罪の言葉を呟き、静かに背中を向けた。

さて、目の前には涙目の金髪の幼女、そして刀を携えた見知らぬ男(俺)、うん、傍から見たら俺が不審者だよな。

この現場をルーミアに見られたら問答無用で殺されそうだ。

 

そういえば、俺はこの子にどういう風に見えているんだろうか?

危機から助けてくれたヒーローか、それとも妖怪よりも怖い化け物か。

どちらにせよ、このまま黙っておくのも悪いしな、何か話した方が…………。

 

 

「あの……」

「なに?」

「た、助けれてありがとう」

「ああ、どういたしまして。どこか怪我してないかい?」

「大丈夫。それより、聞きたいことがあるのだけど」

「ん?」

「ここに人間が住んでるって話を聴いたのだけど」

 

 

少女は俺にそう尋ねる。

ここに住んでる人間って、明らかに俺しかいないよな。

ここ数百年間で人間を見たこともないし、何より妖怪すら見るのも久しぶりな気がする。

 

 

「え~と、ちなみにどういう奴なのか聞いてたりする?」

「妖怪と一緒に暮らしている変わった人間、かしら」

「変わった人間ね…………確かにその通りだね」

 

 

人間は何年経っても変わらない。

数億年前から、数百年前から、何一つ変わらない。

妖怪を恐れるのが人間の性だとすれば、それを悲しむ俺はどっちなんだろうな。

俺は目の前の少女に問いたいが、この答えは自分で探すとしよう。

しかし、この少女はどうして俺の事を……?

 

 

「ねえ、君は何でその人を?」

「……会ってみたいと思ったの。妖怪と仲良くしている人間なんて珍しいから」

「もしかして、君も人間が好きだったりするの?」

「……うん」

 

 

少女はコクリと頷いた。

この子、どこかで見たことがあるような気がすると思うけど、誰だろうか?

頭の中で検索するが、金髪の少女なんてもう既に出会ったから正直分からない。

まあ、そう簡単に原作キャラに出会うはずもないし、気のせいだろう。

 

 

「できれば、話してくれるか。何でその人に会いに来たのか」

 

 

俺は少女の目線に合わせるように腰を屈めた。

少女は目を見開いて俺の事を見つめていると、小さな声で話し始めた。

 

 

 

 

 

少女side

 

 

私は他の妖怪とは違う理由だけでよく除け者にされたり、苛められることがあった。

仲間意識の高い妖怪にとって、どの種族にも属さない妖怪の私は異端だった。

そして中途半端な能力を持っている所為で、ますます周りの妖怪たちからの風当たりも強かった。

 

それが悲しくて泣いていた時、私は人間の子供たちに声を掛けられた。

「一緒に遊ばないか」、その一言は妖怪である私にとって予想外の言葉だった。

あの時の私は流されるがままだったけど、今思えば生まれ始めて楽しかった時間だった。

 

でも、楽しい時間というのは長くは続かない。

大人たちは私を見つけると、子供たちから私を引き離した。

そして私に言った。「人間と妖怪が仲良くしているなんてあり合えない」と。

私はその言葉に傷付き、その場から逃げるようにして去った。

 

人間からも妖怪からも除け者にされた私は行く宛てもなく放浪した。

その時、私の耳に入ったのが“妖怪と一緒に暮らしている人間”の情報だった。

最初は耳を疑ったが、もしもそんな人間がいるのなら会ってみたい。

 

会って確かめたかった。

人間と妖怪が共存できるのか、互いに受け入れることができるのかを。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

ここまで話を聞いた俺は、ある事に気付いた。

誰にも受け入れられず、独りでいることを恐れた。まるで昔の俺のようだった。

もしかしたら、俺になら受け入れてもらえると思ってここに来たのかもしれない。

妖怪にも人間にも受け入れてもらえない、その孤独を埋めるために。

 

 

「そうか、君も独りなんだね」

「……うん」

「なら、独りぼっち同士、仲良くしようか」

「え?」

「と言っても、うちには口うるさい人喰い妖怪が居るんだけどね」

「誰が口うるさいって?」

 

 

その時、俺は背後から頭に拳骨を落とされた。

頭を押さえながら後ろに振り返ると、そこにはルーミアが立っていた。

 

 

「いつまで経っても戻ってこないから心配して来たら…………ついにやったわね」

「ついにって、どういう意味だよ」

「数億年前、私が幼くなった姿を見て興奮していたのは誰かしら?」

 

 

ルーミアは決して笑っていない笑顔を俺に向ける。

確かにそんな記憶があるが、無防備な少女に襲い掛かるほど俺は人間捨ててない。

それに、ルーミアは一つ大きな勘違いをしている。それは‼‼

 

 

「俺はロリが好きなんじゃない、可愛い女の子が好きなんだ‼‼」

「あっそう。そんなことより、その子どうするの?」

「俺の言葉は完全に無視ですか。まあ、いいけどね」

 

 

ルーミアは俺の隣を通り過ぎると、少女の下へと歩み寄った。

 

 

「はじめまして。私はルーミア、人喰い妖怪よ」

「妖怪……」

 

 

少女はルーミアの事をまじまじと見つめている。

ルーミアも少女の事を品定めするように見つめている。

なんとも言えない沈黙がその場を支配するが、ルーミアは俺の方へと振り返った。

 

 

「この子、どうするの?」

「いつものふざけた答えと珍しく真面目な答え、どっちがいい?」

「後者で頼むわ」

「それなら、俺はできれば一緒に旅をしたいかな。人生経験ということで」

「本当に真面目な答えね。でも、いいの?」

「独りぼっちは寂しいんだよ。どこかの魔法少女が言ってた」

「そう……。私は別に構わないわ」

 

 

ルーミアは少女の事を一瞥すると、その場を立ち去る。

この子に対して特に興味もなさそうだったが、大丈夫だろうか。

 

 

「あ、あの」

「なに?」

「えっと…………」

 

 

少女はおどおどとした様子で俺に何か言おうとしている。

そう言えば、一緒に暮らす以前に、この子の意見を聞くのを忘れていた。

もしかしたら、さっきの俺の行動を見て怖がらせてしまっているかもしれない。

 

 

「ああ、ごめんね。勝手に話を進めて」

「いえ、私も元からそのつもりでここに来たから」

「それって、つまり」

「ご迷惑でなければ、貴方の傍に置いてもらえませんか?」

 

 

少女はそう言って頭を下げた。

この行為はただの偽善かもしれないが、それで一人の少女を救えるのなら偽善でも構わない。

それに、同居人が増えた方が賑やかで楽しそうだ。

俺は少女の頭を撫でると、少女は嬉しそうに笑った。

 

 

「こっちこそよろしくね」

「ありがとう。あっと……」

「そういえば名前を言ってなかったね。俺は神無優夜、気軽に呼んでよ」

「ユウヤ……」

「君の名前は?」

 

 

「……です」

「え?」

「……“ゆかり”です」

 

 

少女は、顔を赤らめながらそう答えた。

ははは、どうやら俺はとんでもない妖怪を仲間に加えてしまったようだ。

 

これだから、人生は面白い!!!

 

 

 

 





空亡「さて、どうやらとんでもないことになりました」
優夜「タイトルで出てくることは察してたけど、まさかロリ紫とは」
空亡「時期的にはまだ誕生して日が浅いですからね。胡散臭さはゼロです」
優夜「もはやゆかりんのアイデンティティが無くなっているような」
空亡「純粋な紫さんでもいいと思いますけどね」
優夜「俺としては後々の展開が気になるんだけど」
空亡「ふふ、一味違うのもまた面白みがあっていいでしょう」


次回予告
樹海で出会った少女に誘われるユウヤ、それはとある妖怪の罠だった。
東方幻想物語・邂逅編、『芽吹いた太陽の花』、どうぞお楽しみ。

現在投稿中
再び振出しに戻った物語、果たして今度こそ完結できるのか!?
東方絆紡録~異変~、こちらもお楽しみに。



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芽吹いた太陽の花

神無 優夜side

 

 

前回のあらすじ、“ゆかり”が仲間になりました。

まさか金髪の少女があの八雲紫ご本人だと知った時は本気で驚いた。

 

しかし、彼女と出会って数日、彼女に関して色々な事が分かった。

まず、妖怪として誕生してからまだ日が浅く、自分の能力を満足に扱いきれていない。

スキマ妖怪特有の『境界を操る程度の能力』、まだ幼い彼女には大きすぎる力だ。

とりあえず今は俺の八雲紫の能力を使って修行している。本来は立場が逆のような気もする。

 

なんというか、出会うのが早過ぎた。この言葉に尽きる。

だけど、彼女の意外な面も見れたし、これはこれで面白いから退屈せずに済む。

それに、ルーミアもなんだか気に掛けてるようだし、仲違いしないで良かったと思っている。

 

さて、ところで今俺は何をしているのかと言えば、今日の食糧調達だ。

だが、獲物となるような動物は見つからず、川で魚釣りをしても一向に掛からない。

今日はどうも厄日らしい。このままではルーミアに喰われる(物理的)。

 

 

「どうにか食料を確保しなければ」

 

 

自分の命の心配をしながら歩いていると、目の前を少女が通り過ぎた。

視線を向けると樹海の向こうに走っていく少女の姿が見えた。

幻覚かと思い、そのまま小屋に帰ろうとしたが、少女の手にはある物が握られていた。

 

それは月美から受け取ったリボンだった。

慌てて確認するが、腕に巻いていたはずのリボンがそこにはなかった。

いつの間に盗られたのか分からなかったが、こうなった以上、あの少女を追うしかない。

 

 

「……誘ってるみたいだな」

 

 

俺は少女に導かれるようにその後を追った。

ここ数百年間、樹海の中で生活をしてきた所為か、この辺の地理にも詳しくなっていた。

少女が向かっているのは山とは反対側の方向、確かこの先には小さな村があったはずだ。

村の子…………でもなさそうだし、何だか不気味だ。それに、俺は全速力で追っているというのに少女との距離が縮まらない。

不思議に思いながら走っていくと、ようやく樹海を抜けて村のあるところへと辿り着いた。

 

しかし、そこは村と呼ぶには程遠いほど廃れていた。

燃やされて真っ黒な炭と化した家屋、あちこちに散らばっている骨と化した人の亡骸、廃村という言葉を具現化したような光景が広がっている。

 

 

「見ない間に随分と変わったな……」

 

 

俺は寂れた廃村の中を歩ていく。

荒れ果て具合から見て妖怪の仕業だというのが分かるが、何か不自然だ。

白骨化した亡骸もあるが、腐敗すら進んでいない亡骸もある。それと崩壊した家屋や亡骸には植物の蔦が巻き付いており、いたる所に野花が咲き誇っている。

まるで植物に襲われたかのような有様だ。でも、そんな事をする妖怪なんて……………………。

 

しばらく歩いていると、目の前にリボンが巻かれた花を見つけた。

黄色い花をつけたオトギリソウ、その茎に月美のリボンが巻かれていた。

わざとらしい配置だと思いながらも、俺はその花へとゆっくり歩み寄った。

リボンを取ろうと手を伸ばしたその時、地面から植物の根が槍のように突きだしてきた。

 

 

「……やっぱりか」

 

 

あらかじめ予想していた俺は身体を右にずらしてそれを回避すると、花に巻かれていたリボンを回収した。

その瞬間、地面から次々と蔦が這い出てくると、俺に向かって一斉に襲い掛かってきた。

 

 

「オトギリソウの花言葉は『敵意・恨み』、感情がもろバレだぜ」

 

 

俺は『月美』を構えると、迫り来る蔦を斬り落としていく。

間違いない。ここにある亡骸はこの地にいる妖怪に殺された者達だ。

俺が出遭った少女、それを囮にしてここに誘い込み、油断しているところを一気に喰らう。

まるで食虫植物みたいなやり方だが、実際こうやって罠にかかった人間は大勢いるようだ。

 

 

「問題は、本体がどこにいるかだ……」

 

 

俺は蔦を斬り払うと、前へと走り出した。

恐らくこの蔦は能力によって操られているだけ、本体となる妖怪は別の所にいるはずだ。

本体を叩けば一気に勝負は付く。だが、こういうタイプは見つけにくいと相場が決まっている。

気長に探すのもいいが、さっきから蔦に混じって草花まで俺に向かって襲い掛かってくる。お陰でさっきから花びらや花粉が宙を舞って大変だ。花粉症の人には地獄だな。

 

 

「とりあえず、村を一周すれ……ば…」

 

 

速度を上げようとした時、激しい目眩が俺を襲った。

それだけじゃない、頭痛、手足の痺れ、吐き気、呼吸困難、ありとあらゆる症状が出ている。

一心不乱に迫り来る蔦や花を斬り伏せていくと、その中に気になる花を見つけた。

ジキタリス、スズラン、トリカブト、スイセン、毒を持つ花の花びらだとすぐに分かった。

 

 

「さっきから攻撃に花を混ぜていたのはこの為だったのか…………」

 

 

毒の影響で行動できない俺は、ついに地面へと膝を着いた。

その隙を逃さまいと、蔦が俺の手足へと巻き付き空中へと持ち上げた。すると地面から大きなラフレシアの様な花が出現し、その中心には牙が付いた口が俺を待っている。

 

 

「くっ……この状況、俺を喰う気か……エロ同人誌みたいに‼ エロ同人誌みたいに‼」

 

 

なんてふざけた事を思っていると、蔦の拘束が解かれ、口を開けた花へと落とされる。

毒の所為で身動き一つ取れないが、毒には毒なりの使い方もある。

ぶっつけ本番で使うのも躊躇われるが、こうなれば自棄だ。

俺は何とか動く左手でスマホを取り出し、『メディスン』を選択する。

 

 

『メディスン・メランコリー:毒を操る程度の能力』

 

 

能力の発現を確認すると、俺は体中に蔓延する毒を極限まで薄める。

何とか自由に行動できるようにはなったが、地面の食人花は俺を喰らおうと身構えている。

このまま自由落下で喰われるのなら、その前に倒す‼

 

 

『魔砲の開花:霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、風見幽香』

 

 

俺の手にデザートイーグルとコルトパイソンが握られる。

いつか忌まわしき狩人に使ったマスタースパークに似せた技、それに改良を加えたものだ。

さあ、俺が導き出した能力の組み合わせ、初公開と行かせてもらうぜ。

 

 

「ぶちかませ‼ 『トリニティドライヴ』」

 

 

銃口に七色の魔法陣が浮かび上がると、食人花に向かって七つの魔法陣が並んだ。

引き金を引くと、二つの銃口から閃光が放たれ、魔方陣を通り抜けながら威力を増し、食人花を覆い尽くした。

俺が地面に無事着地すると、食人花は奇声を上げながら燃え尽きた。

それを見届けて後ろに振り返ると、そこにはあの時の少女が立っていた。

 

 

「みーつけた」

 

 

俺は少女に微笑みかけるようにそう言った。

少女は俺を睨みつけると、足元から草花が生えてきた。

 

この妖怪は恐らくここに住んでいた人間の怨念が集まったモノ。

村の住人は妖怪に襲われ全滅、その恨みや未練がこの妖怪を生み、ここに訪れる人間を養分として生き長らえてきた。

生まれて間もないのか本能に忠実だ。それ故に、俺への敵意が凄まじい。

だが、俺に子供を苛める趣味は無い。ここは大人しく逃げさせてもらうとしよう。

 

 

「お前のすることに文句はない。ただ、次俺に同じことをすれば容赦はしねえからな」

 

 

俺は少女を睨み返すと、その横を通り過ぎた。

今日は骨折り損、疲れた上にこの後人喰い妖怪から逃げる作業が始まる。

 

 

 

 

 





空亡「お疲れさまでした」
優夜「うん。あのさ、今って邂逅編だよね?」
空亡「そうですよ?」
優夜「原作キャラとの出会いがテーマだよな?」
空亡「はい」
優夜「原作キャラで花の妖怪って…………あの人だよね?」
空亡「合ってると思いますよ」
優夜「……つまり俺は初対面で目を付けられたということか」
空亡「再会するのが楽しみですね」
優夜「終わった……」


次回予告
死を恐れるのは悪いことじゃない、なら、不老不死なることは悪いことなのか?
東方幻想物語・邂逅編、『生きて後悔しろ』、どうぞお楽しみ。



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生きて後悔しろ

神無 優夜side

 

 

突然だが、ふと最近思ったことがある。

それはこの世界でいくらの年月が経っているのかということだ。

諏訪を旅立ってからこの樹海に何百年も暮らしているが、外の方は何時代なのかもわからない。

俗世を忘れて生きているわけではないが、俺はそんな事が気になった。

原作では諏訪大戦というイベントが印象に残りやすい所為で、その後の出来事の印象は薄い。

 

つまり、何が言いたいのかというと、暇だ。

ルーミアとゆかりは山へ狩りに、俺は小屋の中で留守番をしている。

ここで俺が川に出も行けば何か始まるのかもしれないが、正直動きたくない。

ああ、このままではニートになってしまう。………あ、もうなってたか。アハハ♪

 

 

「………虚しい」

 

 

机に突っ伏していた俺は深い溜息を吐いた。

その時、静かな小屋の中にドアを叩く音が響いた。

ルーミアかと思ったが、彼女なら何も言わずにドアを蹴り開ける。つまり来客だ。

こんな寂れた樹海の中に誰かいるのも不思議だが、ここを訪れるのもまた不思議だ。

最低限の警戒をしてドアへと近付くと、静かにそのドアを開けた。

 

そこには一人の女性が立っていた。

自分の姿を他人に見られないようにするためか紫色のフードに身を包んでいるが、なぜかその人物が女性だと俺は気付いた。

この上なく怪しいが、今の俺は来るもの拒まず。とりあえず話だけでも聞いてみよう。

 

 

「こんにちは、お嬢さん。こんな辺鄙なところに何の御用ですか?」

「あの、ここに古くから住んでいる人間がいると聞いてきたのですが」

「古くからね………こんな所に住んでいる物好きなんて、俺ぐらいしかいないけど?」

「では、アナタがその人物ということですか?」

「そうなるね。まあ立ち話も何だし、中に入ってゆっくりしてよ」

 

 

俺は彼女を小屋の中へと通すと、椅子に座らせた。

緊張しているのか、彼女は小屋の中をキョロキョロと見渡ている。とりあえず悪い人間ではなさそうだ。

俺は湯呑にお茶を淹れると、彼女の目の前に差し出した。

 

 

「はい。喉乾いたでしょ?」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても、よくこんな所まで来たものんだね」

「恐縮です……」

 

 

彼女は小さく会釈すると、湯呑に口を付けた。

 

 

「どう、美味しい?」

「はい、とても」

「それは良かった。大変だったでしょ、この森を歩くの」

「妖怪に見つからないように来るのには苦労しました」

「それはそれは…………そんな苦労をして俺に会いに来たのには何か理由があるんでしょ?」

「はい。その……」

「あ、ちなみに俺の名前は神無 優夜、よろしく」

「では、優夜さん……貴方は不老不死なんですか?」

「そうだよ」

 

 

彼女から尋ねられた質問に、俺は呆気なく答えた。

彼女がその事をどこで知ったのかは俺には正直どうでもいい。それを知った上で俺に会いに来た理由、今の俺はそれだけが知りたい。

 

 

「隠そうともしないんですね」

「意味の無いことはしたくないしね。それに、俺は君がここに来た理由が知りたいんだ。

 不老不死の化け物に、一体何の御用があるのか。まあ、話相手が欲しいだけなんだけどね」

「変わった人ですね」

「必死に人間ぶってるだけだ」

「やはり、不老不死というのは苦しいものなんですか?」

「苦しいよ。特に俺はその代償に大切な奴を二人も亡くしてしまった」

「大切な人、ですか」

「ああ。お陰で俺はその二人の命で不老不死だ。皮肉なことにな」

 

 

俺は瞼を閉じると、その裏にあの二人の面影が思い浮かぶ。

後悔なんてないはずなのに、やっぱりこういうところが俺の弱いところだな。

 

 

「まあ、極論すると不老不死なんて寂しいだけだ」

「寂しい、ですか」

 

 

彼女は顔を俯かせ、そのまま黙り込んでしまった。。

しかし、彼女が纏っているコート、どこかで見たような気がする。

仏教文化の重みを知らしめるような捨て身の攻撃をしてきそうな…………それは某ギャグマンガの太子様か。

…………そういえば、今の時代は東方の太子様の全盛期か。

 

 

「一度お会いしてみたいものだな」

「どうしましたか?」

「いや、巷では聖徳太子の話をよく聞くなと思ってね」

「聖徳太子ですか。優夜さんも興味があるんですか?」

「興味というより、ちょっと聞きたいことがあるだけなんだよね」

「聞きたいことですか?」

「……人を裏切って手に入れた物は如何なもなのかなってな」

「――!?」

 

 

俺の言葉に、彼女の動きが止まった。

聖徳太子こと豊聡耳神子、彼女は死ぬことを恐れ、道教を信仰した。しかし無理な錬丹術により、水銀などの毒で身体を壊してしまう。死を恐れた彼女は尸解仙になることを決意する。

だが、それは多くの人々を騙し手に入れた不死の命、俺ならそんなものは御免だ。

 

 

「死ぬのが怖くない人間なんていない。それを感じない奴は人間じゃない。

 でも、だからってそれで自分を慕ってくれている民の心を裏切る言い訳にはならない」

「……もしも、その方が後戻りも出来ない所まで来ていたら、どうするんですか」

「ならそのまま突き通せ。少なくとも、一人や二人は付いてくる馬鹿がいるのならな」

 

 

物部布都と蘇我屠自古、神子と一緒に尸解仙になる道を選んだ従者たち。

不老不死になったとしても、傍に誰かがいるだけで少しは違うのかもしれないな。

思えば、ルーミアが居なければ俺は今頃廃人になっていたのかもしれない。

 

 

「まあ、少しは罪悪感があるのなら、この言葉を送りたいよ」

「何ですか?」

「後戻りできないのなら、先に進んでから反省して後悔しろ。

 裏切った人々の事を思いながら日々を暮せ、それに報いるために精一杯生きてみろ。

 どうせ不老不死になるのなら、そのくらい悔やむ時間なんて捨てるほどあるのだから」

 

 

俺は目の前の彼女にそう言った。

実際、あれから俺の時間は吐き捨てるほどあった。限りのない時間というのは退屈だった。

だから、アイツ等との想いや記憶を失くさないように、俺はアイツ等を思い続けながら今を生きている。受け取った命を、一つも失わないようにな。

 

 

「……身に余るお言葉、ありがとうございます」

「ただの人間の戯言だと思って聞き流してよ」

「いえ、やはり貴方に会いに来てよかった」

「迷いは晴れましたか? 太子様」

「はい」

 

 

そう言って彼女、豊聡耳神子は席を立った。

 

 

「優夜さん」

「何?」

「もしも、私が次に目覚めた時には、友として会いに行ってもよろしいですか?」

「構わないよ。まあ、その時まで俺が生きていればの話だけどね」

「そうなることを願っていますよ」

 

 

彼女は最後に優し気な笑みを浮かべるると、その場を後にした。

物語は史実通りに進行する。だが、何故か俺には言い表せないような違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

ここは本当に、東方の世界なのか?

 

俺の問いかけに、誰も答えてはくれない。

 

 

 

 

 





空亡「二作同時進行、きついです」
優夜「あっちの方は原作迷子だし、こっちは有名な人に出会うし、大変だね」
空亡「互いに干渉しないように作ってますけど、これが結構大変で」
優夜「なんでよりにもよってこの時期に」
空亡「十月って神無月じゃないですか」
優夜「……それだけ?」
空亡「それだけですけど?」
優夜「……やれやれ」


次回予告
不老不死とは幸福なのか? 死にたいと願う姫は今日も自分を殺す。
東方幻想物語・邂逅編、『死にたがりの鬼姫』、どうぞお楽しみに。



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死にたがりの鬼姫

神無 優夜side

 

 

「うーん……咲夜と輝夜で、時間操作系が被るな」

 

 

俺は机の上に置いたメモ用紙に線を引いた。

机に散らばったメモの山、それら全てには俺が考えてきた能力の組み合わせが記されていた。

中には実用を考慮して採用したのもあれば、組み合わせが不完全で却下したものもある。

ちなみにほとんどの組み合わせがカップリングやグループなどを参考にしている。これでも東方関連の同人誌は網羅しているからな。

 

 

「ただいま~」

「おかえり……って、これはまた」

 

 

疲れ果てて帰ってきたルーミアを見ると、ボロボロになっていた。

前まではここらの妖怪相手に喧嘩を売られて返り討ちしてきたが、ここ最近になってその頻度が増したような気がする。

それに、彼女がここまでボロボロになっているのも珍しい。ここ最近はずっとこの調子だ。

 

 

「あーもう‼ あの鴉、いつか焼き鳥にして喰ってやる‼‼」

「荒れてるね」

「当たり前よ。いつもいつも私が獲物を取ろうとするときに邪魔するんだから」

「まあ、丁度ここが縄張りなんだから仕方ないでしょ」

「ムカつくわ……」

 

 

ルーミアはフラフラとした足取りでベットに向かうと、そのまま倒れるように身を委ねた。

最近はこの辺りにある山に天狗が住み付くようになり、ルーミアはそこの天狗と喧嘩をしている。

彼女と互角に渡り合うあたり、実力は相当なものだろう。

 

 

「次会ったら絶対潰す」

「まあ落ち着いてよ。そうカリカリしてるとこっちの身が保たないよ」

「なら何か食べさせて」

「ストレスによる過食か…………太らないようにね」

「うるさい」

 

 

ルーミアに追い出されるように小屋から出ると、俺は樹海の奥へと向かった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中          

 

 

 

出掛けて数分後、俺の目の前に少女が居た。

黒く長い髪、縁起が悪そうな白装束、幼くも可愛らしい顔立ちをしている。

こんな樹海の中に子供が居るのは不可思議なことだが、今の状態を見れば妙に納得がいった。

彼女の首に縄が巻かれており、近くの木の枝から吊るされている。簡単に言えば、首吊りだ。

 

 

「こんな子供が自殺か……この頃から世も末だったんだな」

 

 

まさか自分の目で首吊りの現場を見ることになるなんて、思っても見なかった。

このまま知らぬ振りをしていくのもいいが、“人間”として見過ごすことも出来ない俺は、足元に落ちていた小石を拾い上げると、それを縄が巻かれている木の枝へと投げた。

枯れかけていたのか、木の枝はあっさりと折れると、少女の身体は地面へと落下した。

 

 

「痛っ!?」

「え?」

 

 

重力の法則で背中から思いきり地面に激突した少女から声が聞こえた。

おかしい。彼女からは生きている気配を感じなかった。だから死んでいるモノと思ったのに、何で今の彼女からはその気配があるんだ?

俺の行こうとは裏腹に、少女は背中をさすりながら立ち上った。

 

 

「あ~あ、また死ねなかった。首吊りもダメだったか」

「あ、あの~」

「ん? なんじゃ、お主は?」

「俺は神無 優夜、通りすがりの人間だよ。君は?」

「我か? 我は薊(あざみ)、ここらに棲む妖怪だ」

 

 

そう言って少女、薊は自己紹介した。

この辺りに棲む妖怪となると、近くの山を縄張りにしている鬼や天狗の仲間か。

見る限り白狼天狗でも鴉天狗でもないし、よく見たら頭に小さな角が見えるから鬼か。

 

 

「それにしても、鬼が自殺だなんて、妙な事をするね」

「我の暇潰しみたいなものだ。人間が気にするな」

「暇つぶしって、いくら妖怪でも命ぐらいは大切にしろよ」

「悪いな。我の命なんて、そこらの畜生より軽いのだ」

「どういう意味だよ」

「お主に話す道理などない。それが解れば我には関わるな」

 

 

そう言ってその場を立ち去ろうとする彼女の目には、深い闇が見えた。

 

 

「待てよ」

 

 

俺は急いで彼女の手を掴むが、その時手に違和感を感じた。

思考がそちらに傾くと、薊の殺気を込めた鋭い視線が俺に突き刺さった。

 

 

「――触るな。人間風情が」

 

 

瞬間、いとも簡単に俺の手は払い除けられてしまった。

 

 

「――嘗めるなよ。餓鬼が」

 

 

互いにキレやすい性格の所為か、俺と薊に敵意が芽生えた。

俺は払いのけられた身体を立て直すと、彼女に向かって蹴りを放った。

彼女は片腕で防ぐと、それを弾いて俺との距離を一気に詰める。

今から防御しても間に合わないと察した俺は拳を握り締めて彼女へと放つ。

 

その瞬間、彼女が不気味に微笑んだ。

 

 

「――解り易い奴だ」

 

 

彼女は“右手”を前に突き出し、俺の拳を受け止めた。

その瞬間、俺の全身の力が弾けるように消えた。

 

 

「――ッ!?」

「歯を食いしばれよ最弱(にんげん)。我の最強(こぶし)は少し響くぞ」

 

 

彼女は俺の拳を握り締め、引き寄せるように自分へと腕を引くと、俺の顔面を殴った。

衝撃で俺は後ろに仰け反り、何とかその場に留まるが、口からは血が流れている。

 

 

「お主、人間じゃないな」

「生憎と、こっちも半分不老不死なんだよ」

「人間の身でありながら永遠の命を得たか。さぞ嬉しいだろうな」

「嬉しくもねえよ。他人の命を糧にしてるんだからな」

「人間みたいな事を言うのだな」

「これでも心は人間だ。それだけは何も変わらねえ」

 

 

俺は口元をニヤッとさせた。

 

 

「面白い奴だ。人間にしておくのが勿体ない」

「それはどうも」

「気に入った。お主となら楽しく戦えそうだ」

 

 

薊は新しい玩具を見つけた子供のように純粋に目を輝かせた。

だが、その奥には底なしの殺意と闘志が秘められている。

 

 

「悪いな。命を粗末にするのは嫌なんだよ」

「ふん。不死の癖に命を大事にするか」

「俺は一生懸命に生きる奴が好きなんだ。だから神様も不死も嫌いだ」

「信仰する神も居ないか、まさに“神無”だな」

「くだらない洒落だな」

「案外、間違いでもないだろうけどな」

 

 

薊は意味深に微笑む。

 

 

「それでは、我はここで失礼する。命が惜しかったらもう関わるな」

「生憎と、負けたままは格好悪いからな、明日にでも仕返しに行ってやる」

「いいだろう。その代り、私の縄張りに入るからには“歓迎”するぞ」

「こっちはアンタが何で死にたがりたいのか知りたいだけなんだけどね」

「私の下まで辿り着いたら、話してやってもいいぞ」

「いいぜ。また明日、ゆっくり話でもしようぜ」

「そうだな。その時はゆっくりと話しをしよう」

 

 

立ち去る際、彼女は楽しそうに笑っていた。

 

会って間もない少女の為に面倒事に舞い込むか、俺も相当お人好しだな。

でも、何で鬼である彼女が自殺紛いな事をしていたのか、それが気になる。

 

 

「またルーミアに怒られるな、こりゃ」

「当然でしょ」

「居たのかよ……」

 

 

俺の背後の暗がりに、ルーミアは居た。

 

 

「心配になって来たのよ。どうせアンタの事だから、面倒事に巻き込まれるだろうと思って」

「はいはい。すみませんね、毎度面倒事を持ち込んで」

「別にいいわよ。私も最近退屈していたところだから」

「でも、不死の鬼なんて俺の記憶にはないんだよな」

「知らないのに喧嘩を売ったのね。よりにもよってアイツに」

「え?」

「今さっきアンタが喧嘩を売ったのは」

 

 

その時、俺は気付いた。

この世界は俺が知っている東方の世界に似て非なる歴史があるのだと。

 

 

「“最強”と謳われている鬼の姫君、『悪鬼羅刹』の薊よ」

 

 

 

 

 




空亡「さて、次回から妖怪の山に突撃ですね」
優夜「ここに来てオリキャラか」
空亡「この時代だとほとんどの原作キャラは居ないですからね」
優夜「二次創作で難しいところだな。原作キャラの登場する時代は」
空亡「まあ、これを超えれば何とか軌道には乗れますから」
優夜「とにかく、フラグの一つでも回収してくれ」


次回予告
過ぎたお人好し、けれど、命知らずの少年は前へと進む。
東方幻想物語・邂逅編、『命知らずの攻防戦』、どうぞお楽しみに。



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命知らずの攻防戦

???side

 

 

遥か昔、木花咲耶姫と岩長姫という神様の姉妹がいました。

咲耶姫は自分たちが住む富士山こそが日本で一番高い山だと自負していましたが、岩長姫は八ヶ岳という山の方が高いと妹に言いました。

それを聞いた木花咲夜姫は本当に高いのはどちらなのか、山頂から水を流して高さを測りました。

結果、八ヶ岳の方が高いということが証明されました。

最も美しい自分より高い山など許せない、激昂した咲耶姫は八ヶ岳を八つの峰に割りました。

岩長姫は妹の行動に嫌気がさし、醜くなった八ヶ岳へと移り住みました。

 

今でもこの伝承は現代に残っているが、この話には続きがあった。

岩長姫は不変と永遠を司る神、その力のお陰で、醜くなる前の八ヶ岳、その姿を残した。

誰からも忘れ去られたその山は、いつしか忘れ去られた者達が流れ着く理想郷へと組み込まれた。

やがて八ヶ岳という名前され忘れられ、いつしかその地に住む人達からこう呼ばれるようになった。

 

『妖怪の山』、と。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

翌日、俺とルーミアは『妖怪の山』の山道を歩いていた。

樹海の中では気にもしなかったが、季節はいつの間にか秋になっていたようで、山道の腋には彩りよく染まった楓や紅葉の葉が舞っていた。

 

 

「いや~いい景色だね」

「ホントね。たまには紅葉を肴にしてお酒でも飲みたいわね」

「なら今度一緒にする?」

「考えておくわ。まあ、少なくとも今は散歩を楽しみましょう」

「は~い」

 

 

俺は紅葉の景色を眺めながら山道を歩いて行く。

ここが相手の領地だというのに呑気なものだと自分でも思うが、これぐらい余裕を持っていかないとバカにされる。ルーミアなんて、鼻歌唄いながら軽い足取りで進んでる。

 

まあ、こんな見え見えの行動をしてるとすぐに見つかるわけで。

俺とルーミアは足を止めると、周囲を確認するように目配せをした。

 

 

「狗が50、鴉が20、随分と大所帯だな」

「ああ。随分と早かったな」

「薊に『侵入者が居れば全力で排除しろ』とでも言われたんでしょうね」

「忠実な狗に賢い鴉が相手か。骨が折れるぜ」

 

 

俺らの周りには武装して敵意をむき出しにした白狼天狗と鴉天狗の集団。

ここは相手の領地なだけあって、あちら側に分がある。このまま戦えば苦戦を強いられるのは間違いない。なら、どうするか。

 

 

「ルーミア」

「なに?」

「一気に走るぞ」

「滝ね」

「そこなら視界も良い」

「それに頂上に行くには最短ね」

「そういうこと」

「なら、行くわよ‼」

 

 

互いに単調な会話を済ませると、俺は『星羅』を取り出し天狗たちの足元へと発砲して落ち葉を宙に舞わせた。

視界を奪われた天狗たちに一瞬の好きが生まれ、俺とルーミアはその瞬間に包囲網を突破した。

後ろから鴉天狗の一人が俺を追うように指示を出すと、すぐに体勢を整えて俺らを追ってくる。

 

 

「「さあ、鬼ごっこの始まりだ」」

 

 

一目散に滝へと向かう俺たちへと、天狗たちは後ろから弾幕を放って妨害してくる。

弾幕を避けて走り続けると、いつの間にか俺たちの両脇に白狼天狗が並走していた。

白狼天狗たちは刀を抜くと、俺たちに向かって一切の躊躇なく斬りかかってきた。

俺は白狼天狗を踏台にして上に飛び、空中で反転して刀に向かって発砲し、刀を破壊した。

 

しかし、俺に上には鴉天狗が葉扇を構えて待ち構えていた。

回避できない空中、鴉天狗は勝ち誇ったかのような憎たらしい笑みを浮かべていた。

その時、俺を踏台にしてルーミアが飛び上がると、鴉天狗の上を勝ち取った。

目を見開いた鴉天狗を、邪悪な笑みを浮かべたルーミアは剣を叩き付けて地面に叩き落とした。

 

 

「やっぱり、ここで一気に叩く」

「その方がいいわ。それに、まだ“アイツ”が来ていない」

「なら、大人しく眠ってもらおうか」

 

 

『狂気に至る毒:鈴仙・優曇華院・イナバ、八意永琳、メディスン・メランコリー』

 

 

俺の手元に目が赤いドクロマークの付いた弾倉が現れると、それを『星羅』に装填する。

鈴仙の波長を操って相手を眠らせる効果、それに加えて永琳とメディスンの神経毒、これらを混ぜた特殊弾頭、これで天狗共も一発だ。

 

 

「狂い眠れ。『永久睡眠‐ドリームポイズン‐』」

 

 

銃弾を天狗たちの中心に打ち込むと、そこから毒々しい霧が散布された。

霧を吸い込んだ天狗たちは咳き込み、やがて次々と地面に倒れ、その場に立つ者は一人もいなくなった。

 

 

「流石ね」

「まあね」

「アンタの事だから即死性の毒でも良かったような気が」

「これからは殺さずでもでも始めようかなと思ってね」

「この前、妖怪退治してたわよね?」

「人に害する奴は別、悪い奴には地獄で償ってもらう」

「怖い人、でも嫌いじゃないわ」

「ありがと」

 

 

そんな話をしながら歩みを進めていくと、いつの間にか滝壷の辺りへと辿り着いた。

見上げると、滝口から勢い良く河川が流れ落ちているのが良く見える。

 

 

「それとお願いなんだけど」

「なに?」

「できれば滝の上まで運んでくれない?」

「能力の一つに飛べるのが有ったでしょ?」

「無駄な力を使いたくないんだよね。だ・か・ら、お願い」

「今回だけよ」

 

 

ルーミアに手を掴まれると、そのまま滝の上へと飛んでいった。

首だけ動かして下の景色を見ると、日本で一番高い山だということがよく分かる。

 

滝の上に辿り着くと、そこには二人の女性が待ち構えていた。

左目を隠すように伸びた長い黒髪、東方香霖堂でみた天狗装束を身に纏い、背中からは大きな黒い翼が生え、手には葉団扇を持っている。髪の隙間から見える笑顔から底知れない恐怖を感じる。

もう一人は白い髪の長いポニーテール、片方の彼女と同じ装束に身を包み、白い犬耳と薄汚れた尻尾が生え、腰には日本刀が帯びている。傍らの彼女と違って無言の圧力を感じる。

只ならぬ雰囲気を香持ち出している二人の女性に、俺は久しぶりに冷や汗をかいた。

 

目の前の二人に俺が警戒していると、鴉天狗の女性が口を開いた。

 

 

「ここに待機していて正解だったみたいね」

「まるでここに来ることが分かっていたみたいな口振りだな」

「薊から聞いた限りじゃ、先行した奴らがやられるのは想定内だったからね」

「仲間を信用していなかったのか?」

「違うわ。貴方の事を少し信じてみたのよ」

「俺を?」

「薊が興味を惹いた人間、その人ならここまで来るだろうとね」

 

 

鴉天狗の女性は俺を見てそう答えた。

天狗という妖怪は他者を見下す傾向があるが、彼女は俺の事を過小評価することなく見ていた。

薊の事を信頼しているからこそなのか、元からそういう性格なのか、俺には計りきれない。

それよりも、さっきからルーミアが彼女の事を睨んでいる。

 

 

「ルーミア?」

「あら、貴女もいたのね。人喰い」

「またアンタに会うとは思わなかったわよ。鴉天狗」

「悲しいわね。私とよく遊んでくれる数少ない友達なのに」

「誰が友達よ。ちょっかいばっかりかけてくるだけの傍迷惑な邪魔鴉が」

「酷いわ。折角暇な時間を使って遊んでやっているというのに」

「アンタね……」

 

 

ルーミアが額に青筋を浮かべると同時に、妖気が膨れ上がる。

そういえば、ここ最近喧嘩をしている鴉天狗が居ると言っていたが、恐らく彼女の事だろう。

ルーミアから見れば傍迷惑な邪魔者、彼女から見れば遊び甲斐のある玩具、因縁の仲だと言われても納得だ。

 

 

「ところで、侵入者さん。貴方の名前を聴かせてもらえるかしら?」

「神無 優夜だ。薊から聞いてるだろ」

「ええ。そして、その彼が着たら全力で相手をしてやってと頼まれてるわ」

「やれやれ、話をするだけで随分と面倒なことだな」

「悪いわね。こっちも仕事なのよ。ね?」

「……(こくり)」

 

 

鴉天狗の彼女の言葉に、白狼天狗の女性は静かに頷いた。

先ほどの会話から存在感が薄いが、初めの時から俺の事をじっと睨んでいる。

敵意を向けられているのは分かっているが、何か別のモノを視ているような、そんな感じがした。

 

 

「あ、そう言えばこちらも自己紹介しないと失礼よね?」

「いちいちこっちを見ないでくれるかしら。鬱陶しい」

「怖いわね。まあ気を取り直して、私は『射命丸 凪(なぎ)』、位は大天狗よ」

「………『犬走 楓(かえで)』、警備隊隊長です」

「………マジかよ」

 

 

二人の苗字には聞き覚えがある。

原作キャラと同じ苗字、その時点で只者とは思えないが、二人から感じる妖気は俺が出遭ってきた妖怪の中でも断トツに強いものだ。

この二人を相手にするのは少し骨が折れそうだ。

 

 

「ユウヤ、頼みがあるわ」

「なに?」

「凪は私に任せて。ここで鬱憤を晴らしたいわ」

「感情に呑み込まれないようにね」

「解ってるわ」

「相談は終わりかしら?」

 

 

俺とルーミアの会話を聞き終えた凪が声を上げた。

 

 

「ああ」

「それでは、ここからは仕事に取り掛からせてもらおうかしら」

「………侵入者は排除するのみ。それが薊様の客人なら尚更の事」

「私には何も関係ないんだけど、個人的な恨みを晴らさせてもらうわ」

「悪いが、こっちもただで帰る気はない。無理にでも通らせてもらうぜ」

 

 

俺は『月美』を構え、

ルーミアは黒い剣を構え、

凪は翼を広げ、

楓は刀を抜く。

 

秋風が吹く妖怪の山で、奇妙な共闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




空亡「さて、次回に備えないと」
優夜「おい。何打ぁ聞き覚えのあるような苗字なんだけど?」
空亡「本当なら本人でもよかったのですけど、紫さんが幼いのでそれに合わせようと」
優夜「にしても、絶対に強いだろ。あのルーミアを弄ぶほどだし」
空亡「ここでイベントでもないとつまらないですからね」
優夜「中ボス戦ってわけかよ。ラスボスまで体力もつかな?」


次回予告
心を折られる優夜、心を弄ばれるルーミア、二人は敗北を知ることになる。
東方幻想物語・邂逅編、『千手の白狼、神速の鴉』、どうぞお楽しみに。



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千手の白狼、神風の鴉

神無 優夜side

 

 

「さあ、遊んでもらうわよ」

 

 

凪が葉団扇を横薙ぎに振るうと、目に見えない真空波が俺たちの足元へと飛んで来た。

河川に直撃した真空波は大きな水飛沫を上げ、俺たちの視界を遮った。

それと同時に、刀を構えた楓が一気に距離を詰めて俺へと斬りかかった。

『月美』でそれを防ぎ、鍔迫り合いに持ち込まれると、隣に居たルーミが凪へと突っ込んだ。

 

 

「あら、相手をしてくれるの?」

「言ったでしょ。鬱憤を晴らすって」

「面白いわね」

 

 

二人は互いに笑うと、空中へと飛んだ。

騒がしいのがいなくなると、鍔迫り合い越しに楓が話し始めた。

 

 

「………まったく、あの人は」

「面白い奴じゃねえか。俺と話が合いそうだ」

「………似てますからね」

「それじゃあ、こっちはこっちで楽しもうか」

「………侮らないでくださいよ。神無殿」

 

 

楓は刀を持つ手に力を込めると、力任せに『月美』を弾いた。

 

 

「そっちもな」

 

 

俺は体勢をすぐに立て直すと、楓の懐へと踏み込んだ。

俺は『月美』の刃を河川に沈め、『弥生』を放つ構えを取る。

 

 

「………次、逆風」

「え?」

 

 

楓はニヤッと笑い、俺の放った『弥生』を軽い足運びで後ろへと退いた。水飛沫が上がった先では、楓が何食わぬ顔で立っている。

彼女が口にしたのは剣術における九方向のうち、下段から刀を斬り上げる技。俺の『弥生』は彼女から見ればそれによく似ている。

俺の次の行動を読んでいた、そう表す他なかった。あの時、俺ができる行動は限られていたが、それを一つに絞って回避するなんて、並大抵のことじゃない。

 

 

「お前、結構強いだろ?」

「………伊達に警備隊長をしていませんよ」

 

 

楓は表情を緩めることなく、ただ俺の事をじっと見ている。

もしかしたら、俺の行動を先読みしているのかもしれない。なら、その上を行くしかない。

俺は『月美』を鞘に納めると、楓へと向かって走り出した。

 

 

「………次、突進からの居合切り」

「――『如月』」

 

 

案の定、俺の行動は読まれていた。

楓は俺に向かって走り出すと、俺が『如月』を放つと同時に俺を踏台にして跳んだ。

 

 

「かかったな。――『陸月』」

 

 

俺はその場で踏み止まり、『月美』を瞬時に持ち変えて背後の空中にいる楓へと突きを放つ。

『如月』が読めていたとしても。こっちまでは読めていないはずだ。避けられる物なら…………。

 

 

「………次、振り向かずに刺突」

「なに……!?」

 

 

楓は空中で振り返ると、回転する力を加えて『月美』を叩き伏せる。

バランスを崩した俺は急いで振り向くがが、目の前に楓の刀が迫っていた。咄嗟に後ろに飛んで回避するが、刃は俺の頬を掠めた。だが、俺は頬の痛みなど気にならないほど困惑していた。

全て読まれていた。『如月』による陽動から『睦月』による奇襲まで、先手を読まれていた。

 

 

「なんでだよ………俺の心でも読んでるのか?」

「………読んでいるのは心ではありません。『一手』ですよ」

「一手?」

「………次の相手の行動、その何手先を読む力、それが私の『千手先を読む程度の能力』です」

「『千手先を読む程度の能力』って、マジかよ」

 

 

将棋の達人は何手先を見据えて打つというが、それが戦闘で活かされればどういう事になるのか。

相手の行動を先読み、回避するのも攻撃するのも容易になる。つまり、俺が今相手をしているのはそういう人だということだ。

 

 

「………貴方ほどの人なら、私には勝てませんよ」

 

 

楓は静かにそう言うと、俺に向かって斬りかかり、怒涛のように刀を振るった。

俺はそれらを防いでいくが、心の中で動揺していた。行動が読まれる。それは剣術を使う者として致命的だ。

打算する策も思い付こともなく、俺の背後にはいつの間にか道はなかった。

正攻法も通じない上に、千手も先を読まれれば裏をかいて攻撃も出来ない。完敗だ。

その時、俺の心が折れると同時に『月美』が弾き飛ばされた。

 

 

「しまった!?」

「………やはり、人間は心が弱い」

 

 

楓は悲しげな声で俺にそう言うと、俺を思い切り蹴った。

後ろに飛ばされた俺は滝へと突き落とされた。見上げると、そこには悲しげな眼をした楓が居た。

それは失望したような目だった。それはそうだ、たった一つの要因だけで心が折れてしまったのだから。

俺は歯ぎしりをしながら滝壷へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

ルーミアside

 

 

「さあ、楽しみましょうか」

 

 

大きく翼を広げた凪は愉しげに笑う。

私はコイツを見ているといつも不愉快になる。

私と対峙してもふざけた様子でおしゃべり、本気を出すことなく手抜きをして私と戦う。

性格が気に入らない。それもあるが、生理的にこいつを受け入れたくないと私の中で思っている。

 

 

「ところで、気になったんだけど。彼とはどういう関係?」

「ユウヤの事かしら? アイツとは特に何も無いわよ」

「何も無いわけないじゃない。人間と妖怪、合間見えない存在なのよ?」

「今はそんなこと関係ないわ」

 

 

コイツと話していると心をかき乱される。

私は剣を構えると。凪へと下へと距離を詰めて勢い良く振り下ろした。

しかし、そこには彼女の姿はなかった。ただ、黒い羽根が舞っているだけだった。

 

 

「闇の妖怪と奇妙な人間、面白い組み合わせよね」

「――!?」

 

 

後ろに振り返ると、そこにはいつの間にか凪が移動していた。

『神速の凪』、それが彼女の通り名、その名の通り彼女の速さは折り紙付きだ。

私もその速さにはいつも手を焼いている。

 

 

「ねえ、できれば二人の馴れ初めでも教えてくれないかしら?」

「うるさいわね。無駄話なんて」

「――そう?」

 

 

その時、私の頬を鋭い風が掠めた。

私の目に彼女は居なかった。いつの間にか、私の背後に彼女は居た。

瞬きをする暇もなかった。それなのに、私は彼女の動きを追えなかった。

 

 

「私が本気なら、今の一瞬で貴女を殺せるわよ?」

「ふざけないで」

「悪いけど、今回はおふざけナシ。なにせ仕事だからね」

「とても仕事熱心な天狗には見えないけど?」

「ふふっ、嘗めないでよ?」

 

 

私は振り返ると同時に剣を薙ぎ払うが、また高速で移動されて避けられてしまった。

その瞬間、私の背中を風の刃が直撃し、大きく仰け反った。

何とか空中で踏み止まるが、彼女の姿は未だ確認できない。

 

 

「ちょこまかと………」

「さっきから動きが悪いわね。いつもならもう少し遊べるというのに」

「知らないわよ」

「もしかして、彼の事が気になるのかしら?」

 

 

凪の嘲笑うかのような声だけが聞こえてくる。

たしかに、ユウヤの事を気にすることもあるが、自分でもそこまで気にしている様子もない。

でも、いつもより動きが鈍いという事は私でも解ってる。

嫌なところを指摘され、私の心はより一層かき乱される。自分でも冷静さを保つので精一杯だ。

 

 

「図星なのね。今のでよく分かったわ」

「黙れ……‼‼ アンタには関係ない」

「そうかしら? 私は興味があるわ。妖怪を受け入れる人間なんて珍しいもの」

「うるさい………」

「やっぱり気が合うのかしら、ひとりぼっちの化け物同士ってのは」

「うるさい‼‼」

 

 

その時、私が抑えていた感情が爆発した。

自分の事をバカにされるのは構わない、でも、アイツの事を言われるとなぜか感情が抑えられなかった。彼女に幾度も負けるのは、主にその事が原因でもある。

私は影の形を刃に変え、凪の軌道を追った。だが、冷静さを失った私がそれに追いつけるはずもなかった。

その時、視界の端にユウヤが滝へと落ちていく光景が見えた。

 

 

「ユウヤ!?」

「よそ見をしている暇はないでしょ」

 

 

凪は私の影を移動する風圧だけで影を消し飛ばし、私の首を掴んだ。

一瞬の好き、いや、それ以前に彼女に勝てる要素がなかった。

 

 

「っ……!?」

「やっと怒ってくれたわね。彼に感謝しなくちゃ」

「な…ぎ………‼‼」

「貴女は闇の妖怪、闇は人間に限らず妖怪も畏怖する恐怖の象徴。

 だけど、今の貴方からは微塵も恐怖を感じない。牙を抜かれた狼と同じよ」

「くっ………」

「そんな貴女が私に勝てるはずもないわ」

 

 

凪は悲しげな声でそう呟くと、私を川へと投げ飛ばした。

 

 

「さよなら。人間に恋をした哀れな妖怪」

 

 

彼女は小さく囁くと、葉団扇に集めた風の塊を私へと放った。

風の刃が私の身体を切り刻む中、凪が私を見下しているのを最後に、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 





次回予告
敗北した二人は、自らの弱さを悟り、再び立ち上がる。
東方幻想物語・邂逅編、『型破りな人間、人恋し妖怪』、どうぞお楽しみに。



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型破りな人間、人恋し妖怪

神無 優夜side

 

 

俺は、負けたのか?

滝壷へと真っ逆さまに落ちている俺は、そんな事を考えていた。

 

千手先を読む剣の達人、犬走 楓に敗れた。

今まで無敗だった俺が初めて負けた。いや、今までが運が良かっただけだ。

偶然能力を手に入れて、運良く使いこなして、ただ都合の良いように物語が進んでいただけだ。

本当なら、俺はあの時、ルーミアに出会ったあの時に死んでいるはずだったんだ。

 

ああ、東方の世界だヤッホーっと喜んでいたあの頃が懐かしい。

でも、時計の針は戻らない。死んだ者は生き返らない。それが世界の理だ。

なら、俺が今することは何だ? それは目の前の障害を乗り越えて彼女の所まで行くことだ。

 

だが、どうすればいい。千手先も読まれるとなると対処のしようが無い。

 

 

『私のことを見ても動きは読めないわよ』

 

 

その時、俺の脳裏にルーミアとの記憶が思い浮かんだ。

それは何気ない日常の会話、忘れていた記憶の断片だった。

 

 

『いや、だってさ、ルーミアが操る影って避けにくいじゃん』

『だからって、私の動きを観察しても無駄よ』

『何でだ? あれってルーミアが操ってるんだろ?』

『前まではそうだったんだけど、今は違うのよ』

『違う?』

『簡単に言えば、あの影にも自我あるのよ。ただ、動きは私とは別だけどね』

 

 

記憶はそこで途切れたが、俺はその先の言葉を憶えていた。

そして俺は口元をニヤッとさせた。

 

 

 

 

 

ルーミアside

 

 

私が、恋……?

流れる川の冷たさを感じながら、私はそんな事を考えていた。

 

神速の通り名を持つ天狗、射命丸 凪に負けた。

今まで何度か戦うことがあったが、ここまで完膚なきまでやられたのは初めてだった。

彼女が言う通り、私は弱くなってしまった。それは自分でも解ってる。

そう、私があの時、数億年前にユウヤと出会ったあの時からだ。

 

人を喰うことさえしなくなり、いつの間にか人間と仲良くなりたいと思うようにもなっていた。

ああ、そうか、一目見た時から好きなってしまったんだ。妖怪なのに人間に恋をしたんだ。

だから、私は心にもない嘘までついて、私はアイツの傍に居ることを選んだ。

 

もう私に迷いはない。今度こそ、彼女を倒す。

 

 

『またコテンパンにやられたみたいだな』

 

 

その時、いつかユウキと話した会話が思い浮かんだ。

それは何気ない日常で交わしたどうでもいい会話だった。

 

 

『うるさいわね。今度こそ目にもの見せてやるわよ』

『意気込むのはいいけど、ルーミアとその天狗、相性悪いでしょ?』

『そうだけど……』

『まあ、戦い様によっては完封できるけどね』

『アンタの能力は多種多様だものね』

『う~ん、今度俺も手合わせしようかな。うちのルーミアをイジメた仕返しに』

 

 

そこで私の記憶は途絶えたが、その時の話の内容は憶えていた。

そして私は口元をニヤッとさせた。

 

 

 

 

 

第三者side

 

 

滝壷を見下ろす楓に、一仕事終えた凪が近付く。

 

 

「そっちは終わりましたか?」

「………期待外れだった」

「おや、あんなに楽しみにしていたのに、残念ですね」

「………そちらは?」

「楽でしたよ。ああ云う相手には物理よりも言葉が聞きますからね」

「………趣味が悪いですね」

「まあ、これで仕事は終わりですし、薊に報告でも」

 

 

二人が踵を返して飛び妥当としたその時、楓の耳に不自然な音が聞こえた。

それは滝の音だったが、不自然な音だった。まるで“滝を何かが昇ってくるような”音だった。

 

 

「楓?」

 

 

その時、凪も何かを感じた。

それは楓が感じている者とは違い、心の奥底から湧き上がってくるような感じだった。

本能的に湧き上がる不安、それは恐怖だった。

 

 

「これは………!?」

「………まだ終わっていませんね」

 

 

二人は背中合わせに構えると、水飛沫と共にその二つは二人の目の前に現れた。

楓の目の前には、滝を昇りきってきたユウヤが、清々しい表情で彼女を見ていた。

凪の目の前には、黒いオーラを纏ったルーミアが、禍々しい笑みを浮かべていた。

 

 

「「さあ、疾風怒涛の後半戦だ」」

 

 

二人は水飛沫を上げながら凪と楓に走り寄るが、彼女らは攻撃が来る直前に上空へと逃げた。

二人の刃が並行するようにすれ違うと、それと同時に視線を交わし頷いた。

ユウヤはルーミアの手を掴むと、走った勢いと振り返り様の遠心力を使ってルーミアを上空の凪と楓へと投げた。

ユウヤの手にはスマホが握られ、そこにはまだ発動中の能力が表示されている。

 

 

『水を得た伝説:河城にとり、わかさぎ姫』

 

 

「洗い流せ。『水龍式逆燐フォール』」

 

 

ユウヤが川に手を付けると両脇から二本の水柱が逆巻きながら上空にいる二人へと向かった。

それを読んでいた楓は水柱を斬り伏せ、下にいるユウヤへと斬りかかる。

凪は葉団扇を振るって風圧でそれを弾き飛ばすと、目の前にいるルーミアに風の塊を放つ。

だが、二人(ユウヤとルーミア)は二人(凪と楓)の意表をついた。

 

 

『小野塚 小町:距離を操る程度の能力』

 

 

瞬間、ユウキとルーミアの立ち位置が逆になった。

ユウキは凪の風を受け止めると、それを地面に向けて叩き伏せた。

ルーミアは楓の刀を受け止めると、それを力任せに弾き飛ばした。

 

 

「ルーミアを散々コケにしてくれた礼、その身で味わってもらうぞ」

「人間風情が、図に乗らないことね」

 

「ユウキを滝から落としてくれた礼、八つ当たりだけど返してあげるわ」

「……動きが丸見え」

 

 

凪は持ち前のスピードで空中を縦横無尽に飛びまわりながらユウキを翻弄する。

楓は刀を構えると、ルーミアの動きを千手先まで見通す。

 

ただ相手が変わっただけ、神速のスピードと千手見通す目を封じることはできない。

だが、二人には確信があった。長年連れ添ってきた相棒なら、目にもの見せてくれると。

 

ユウキは『月美』から『星羅』へと持ち変えると、凪へとその銃口を向ける。

ユウキが引き金を引くと、一発の銃弾が光の軌跡を描きながら放たれた。銃弾は真っ直ぐ飛ばず、曲線を描きながら動きまわる凪の後を追い、その銃弾は見事彼女へと命中した。

 

 

「いくらスピードが速くても、俺の銃弾は逃しはしない」

「なんで……!? 私の動きに追いつくなんて」

「確かに、動きでお前に追いつくのは無理だが、『星羅』の前ではただの鬼ごっこだ」

「そんな……!?」

 

 

ルーミアは静かに瞳を閉じると、自分の影を刃へと変えた。

ルーミアが影に指示を出すと、影は刃を突き立てながら楓へと向かった。楓はルーミアを見て動きを読もうとするが、影の刃はルーミアの意志とは関係なく無茶苦茶な軌道で楓を責め立てる。

 

 

「いくら相手の動きが読めても、複数同時は無理があるようね」

「……なんで、貴女の手が見えないの!?」

「それはそうよ。私の影は私の指示なしでも動く、以前取り込んだ仲間のお陰ね」

「……そんな」

 

 

ユウヤとルーミアはすれ違う時にハイタッチすると、互いに元の相手へと歩み寄る。

 

 

「流石ユウヤ、狙い通りね」

「そっちこそ。期待してよかったぜ」

「……いつですか。こんな手をの使う相談をしたのは?

「そうよ。あれから貴方たち二人が話す余ぶりなんて」

「嘗めるなよ。こっちは長年連れ添ってるんだ」

「お互いの考えなんて、嫌というほど理解してるわ」

 

 

敗北の苦汁を味わい、自分自身と向き合った今の彼らに、常識は通用しない。

そんな状況だというのに、二人は心の底から興奮した。

退屈なこの山で飢えていた彼女たち、その目の前に現れたやり甲斐のある相手、これ以上彼女らが望むモノはなかった。

 

 

「………こんなに楽しいのは久しぶりです」

「いい眼になったじゃねえか」

「………感謝します、神無殿、いや優夜」

「その言葉は、勝負がついてからだぜ‼」

 

 

ユウヤは『月美』を構え、楓に向かって走り出した。

彼のスマホにはいつの間にか新たなメッセージが表示されていた。

 

 

『妖怪風靡:射命丸文、犬走椛』

「決める。『花鳥風月』」

 

 

水飛沫を上げながら距離を詰め、一瞬にして神速に達した斬撃は彼女を捉える。

だが、その行動は楓に読まれ、彼を飛び越えることによっていとも容易く斬撃を避けた。

偶然か必然か、それは最初の構図によく似ていた。

 

 

「二度目も失敗ね」

 

 

楓は空中で振り返ると、刀を高く掲げて振り下ろした。

しかし、その攻撃は届くことなく、直前に振り返った彼の刀によって受け止められた。

 

 

「同じ芸じゃつまらないよな」

「読んでいたの……!?」

「言ったはずだ。これで決めると」

 

 

ユウヤはそう言って彼女の刀もろとも弾き飛ばす。

しかし、彼の刀はその衝撃で手元を離れてしまい、空中へと放り投げられた。

刀を拾おうとすれば隙が生まれる、そう考えた楓は水飛沫を上げながらその場に踏み止まると剣を構えて彼と距離を詰める。

 

 

「これで……‼」

「読んでたぜ」

「なに?」

 

 

ユウヤの口元がニヤッと笑った。その台詞は千手先を読む彼女のへの意趣返し。

彼は腰に携えていた鞘で楓の攻撃を防ぎ、それを再び弾き返す。

そして、二人の間に『月美』が落ちてくると、彼はそれを手に取り、楓との距離を詰めた。

咄嗟の事で先を読めない彼女は刀で迎撃するが、『月美』によっていなされると、斬り抜けるように鞘からの一撃を腹部に受けた。

楓は満足げに笑うと、水飛沫を上げながら川に倒れた。

 

 

「安心しろ、峰内だ」

 

 

ユウヤはそう言って『月美』を鞘に納めた。

 

 

「楓!?」

「よそ見をしている場合じゃないでしょう」

 

 

楓の方へと向いた凪へと、ルーミアは仕返しと言わんばかりにその胸ぐらを掴んだ。

 

 

「いくら神速でも、動けなければただの鴉ね」

「いい気になるんじゃないわよ。腑抜けた妖怪風情が」

「ようやく本性が出れ来たわね。でも、それじゃあ足りないわ」

 

 

ルーミアは邪悪な笑みを浮かべる。

それはかつて、人喰いとして人間や妖怪に恐れられてきた闇の妖怪が見せた笑みだった。

彼女の顔を直視した凪は、心の奥底から恐怖が込み上げた。

散々煽ってきたルーミアに対して恐怖を抱くのに、彼女の鴉天狗としてのプライドに傷をつけた。

 

 

「ふざけるんじゃないわよ‼‼」

 

 

凪はルーミアの腕を振り解くと、葉扇子を振り払って風の刃を放った。

しかし、それは目の前に展開された闇の翼によって防がれると、四方八方へと弾き返された。

 

 

「お遊びはここまでにしておきましょう」

「戯言を……‼‼」

「本当の宵闇の恐怖、味あわせてあげるわ」

 

 

ルーミアが口元をニヤッとさせると、背後から真っ暗な闇が広がった。

危険を感じた凪は逃げようとするが、それは瞬く間に闇は二人を包み込んだ。

 

視界を支配するのは何も見えない闇、それは人間に限らず妖怪すらも怖れる正に畏怖の象徴。

例え力の強い妖怪であろうと、暗闇による不安や恐怖は簡単にはぬぐいきれない。

視界が閉ざされたこの空間、相手を感じることも出来ず、どこから攻撃されるかもわからない。

神速の二つ名を持つ鴉天狗でも、無音の闇の世界ではただ闇に振るえる女の子でしかなかった。

 

その時、凪の肩に何かが触れ、小さく笑うように呟いた。

 

 

「ねえ、アナタは食べても良い妖怪?」

 

 

在り来たりな台詞、だが暗闇の中で崩れそうになっていた彼女の心には充分だった。

限界に達した彼女の心は悲鳴を上げ、目を白黒させるとその場で気を失った。

 

 

「殺さなかっただけ、私の情けよ」

 

 

ルーミアは髪を掻き上げて余裕の笑みを浮かべた。

 

 

 

凪と楓を倒した二人は、互いに顔を見合わせると再び歩みを進めた。

 

 

 

 

 





空亡「というおとで、中ボス戦は終了」
優夜「絵に書いたようなリベンジ戦だったな」
空亡「相性が悪いのなら、相手を変えて戦えばいい」
優夜「できれば俺が正面から勝ちたかった」
空亡「いいじゃないですか。最後にカッコ良く決められたわけですし」
優夜「納得いかない」
空亡「まあまあ、次回からはこの章のラストバトルですよ」
優夜「薊、か」


次回予告
妖怪の山の頂上へと辿り着いた優夜、そこで彼は鬼姫の悲しき過去を知る。
東方幻想物語・邂逅編、『鬼姫よ何を思う』、どうぞお楽しみに。



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鬼姫よ何を思う

神無 優夜side

 

 

鴉天狗の凪、白狼天狗の楓を倒した俺とルーミアは山頂へと向かって歩みを進めていた。

紅葉彩る山道、鴉天狗も鬼も出てこないその道中は、あまりにも不自然で不気味だった。

しかし、木々の物陰からはたしかに妖怪の気配は感じられる。

 

 

「見られるわね」

「ああ。でも襲ってはこないみたいだな」

「誰だって下手に命を落としたくないわ」

「妖怪に恐れられるって、あんまり嬉しくないな」

「……私は、気にしないわ。ユウキがどんな人でも」

 

 

そう言ってルーミアは俺の腕に抱き着いてきた。

さっきから思っていたが、やけにルーミアが積極的になったような気がする。

もしかしてさっきの戦闘でどこか頭でも打ったのだろうか?

 

 

「あの、ルーミア?」

「なに?」

「その、大丈夫? 結構やられてたみたいだけど?」

「心配ないわ。これでも妖怪は丈夫なのよ」

「そうか」

 

 

何だかいつもと違う様子で調子が狂う。

なんだろう、いつもの俺なら素直に喜ぶのに、どこか照れくさく感じてしまう。

そしてなんだか、周りからの視線から殺気と嫉妬を感じてるのは気のせいだろうか?

しばらくそんな調子で歩いていると、山の頂上に辿り着いた。

 

 

「やれやれ、見せつけてくれるね」

「…………薊」

 

 

そこには薊が岩の上に座って待っていた。

肩まで伸びた長い黒髪、黒と赤を基調とした少し大きめな和服に紅い帯。昨日出会った時とは違い、その雰囲気は生き生きとしている。

彼女は俺を見下ろしながら、待っていたといわんばかりに口端を吊り上げた。

 

 

「少し遅かったみたいだね。どうだい、強かっただろ?」

「強過ぎるだろ。普通だったら俺死んでるぞ?」

「その時は、お主の力がその程度だったと諦めるしかないな」

「言ってくれるな」

「当然だ。お前は“弱者(にんげん)”だからな」

「はははっ。“強者(ようかい)”らしい言い方だな」

 

 

俺は彼女の皮肉など気にせず、そう言い返す。

本当は何故死にたがるのか聞きに来ただけだけど、どうやらそれだけでは終われそうにないな。

 

 

「ルーミア」

「解ってる。邪魔はしないわ」

「ありがとう」

「気を付けなさいよ。相手は鬼の中でも最強なのだから」

「精々死なないようにするさ」

「死なないでよ」

 

 

ルーミアはそう言ってその場から後ろに下がった。

俺は意を決して一歩前に踏み出すと、薊は満足げに笑みを浮かべながら岩から降りた。

 

 

「ここでは場が悪い、もう少し広い所に移るか」

「ああ」

 

 

俺は薊に着いて行くと、そこは何も無い更地の場所へと案内された。

そういえば、守矢神社はまだ移っていないから妖怪の山には湖も無いのか。

 

 

「さて、お主がやる気になったのならもう言葉は不要だな」

「その前に、俺がここに来た目的だけでも果たさせてもらうぞ」

「……ああ、そう言えばそんなこと言っていたな。何だ?」

「なんで、お前はそんなに死にたいんだ?」

 

 

薊は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、俺に向けて語った。

 

 

「我はただの鬼だった。だが、昔は今よりも弱かった。

 人間には無意味な暴力を振るわれ、同族には鬼の面汚しだと蔑まれてきた。

 そんなある時、我がいた住処に人間が攻め込んできた。当然、あっさり退治されたよ。

 けれど、酷かったのはその後だ。同族は我の命を差し出すという条件で命乞いをした。

 絶望したよ。仲間に裏切られ、嫌いな人間に殺される。そんなのは嫌だった。

 だからあの時、私は生きたいと願った。そこから私の運命は変わった」

 

 

薊は虚空を見つめながら語る。

どこにでもあるような不幸な話、俺はそれ聴くことしかできなかった。

 

 

「人間に首を落とされた時、私は死ななかった。

 混乱した人間は手に持つ武器で私を幾度となく殺したが、私は死ななかった。

 何度か殺されていくうちに私の意識は途切れ、次に目を覚ました頃には周りに誰もいなかった。

 地面には苦悶の表情で死んでいる人間と、血だまりに沈む同族の骸があった。

 私が全員殺した。それを理解するのに時間は掛からなかった。

 元々鬱陶しい思っていた自分がいたんだ。同族を殺しても不思議じゃなかった」

 

 

薊はそう言って乾いた笑いを溢す。

 

 

「それから時間が無駄に過ぎていくにつれて、我は今の地位に至るということだ」

「不死なら倒せないからな。自然と下に集まるってことか」

「元々群れるのは好きではなかったが、良い退屈しのぎにはなった」

「退屈しのぎか…………なら、死にたいと願ったのは何故だ」

「その答えは…………」

 

 

薊は静かに目を閉じると、彼女の妖気がだんだんと大きくなっていくのを感じた。

すると、彼女の姿が大きく、いや、成長していくように見えた。

身長は俺と同じぐらいまで伸び、髪も膝の辺りまで伸び、着ていた和服は少し窮屈そうに着崩れている。

やがて目の前には、先ほどの少女と出はなく、美しい女性が立っていた。

 

 

「答えは……戦ってから聞いてもらおうか」

「これはまた、魅力的な女性が現れたものだな」

「惚れたか?」

「そうだな。こういうのはお互いをもっと知ってからの話だな」

「ならば……‼‼」

 

 

彼女は一瞬で俺へと接近すると、戦意に満ちた笑みを俺に向けた。

 

 

「拳で語るとしようか‼‼」

 

 

彼女は拳を握り締めると、空気を斬り裂きながら俺の顔面に向けて右拳を突き上げてきた。

俺は一歩下がってそれを間一髪で避けるが、追い打ちを掛けるように彼女は向かって左から回し蹴りを放った。

寸前腕で防御するが、勢いを殺しきれずに土煙を舞わせながら吹き飛ばされしまった。

 

 

「――っ‼‼ 流石、鬼の怪力だな」

「どうした? お主の力はその程度か?」

「なんの、まだ始まったばかりだぜ」

「そうだな。そうでなくては困る」

 

 

彼女は愉しげに笑う。

純粋な力比べで俺が勝てる要素は無い。だからと、殴り合いの喧嘩に『月美』と『星羅』を使いたくない。

ここは正攻法じゃなく、小細工ありで戦うしかない。

 

 

「悪く思うなよ……‼」

 

 

『藤原 妹紅:老いることも死ぬこともない程度の能力』

 

 

俺は妹紅の能力を発動させると、足に炎を纏わせると同時に走りだした。

タイミングを計って飛び上がり、低軌道から彼女へと飛び蹴りを放った。

彼女は避ける素振りもなく、俺の蹴りが直撃した。と、思った。

 

 

「なるほど、それなりには能力を持っているようだな」

 

 

彼女は俺の脚を左手で受け止め、纏っていた炎を消し去った。

 

 

「なっ……!?」

「だが、その程度だ」

 

 

彼女は俺の脚を掴んだまま振りかぶると、力任せに放り投げた。

咄嗟に空中で体勢を立て直して薊へと視線を向けるが、彼女はすでに俺の背後へと回り、息つく間もなく俺に蹴りを放った。

一瞬で地面に叩き付けられ、身体中に激痛が走った。

 

 

「…ってぇ。マジかよ」

「おいおい、この程度でまだ死ぬなよ?」

 

 

視線だけ向けると、数歩先で薊が見下すように俺を見ていた。

さっきの蹴りを受け止められたのもそうだが、何かおかしい気がする。

左手で受け止められたと同時に纏っていた炎が消えた。まるで打ち消されるように。

初めにあった時もそうだ。あの左手に受け止められた時、俺の全身の力が抜けた。

 

 

「もしかして………いや、考えるより実行か」

 

 

『十六夜 咲夜:時を操る程度の能力』

 

 

薊の見えないところで咲夜の能力を発動させると、周囲の時を止めた。

しかし、周囲の景色が一瞬モノクロに暗転するが、それは薊を中心にガラスが割れるように砕けて打ち消された。

そして、確信した。この感じ、俺が良く知っているラノベの主人公と同じ能力………‼‼

 

 

「幻想殺し(イマジンブレイカー)、いや、この名前は色々と危ないな。

 ここの流儀で名付けるなら、『あらゆる能力を殺す程度の能力』、かな?」

「ほぅ、我のこれをそう呼ぶか。なかなか面白いところもあるな」

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

 

俺は頬を引き攣りながら笑みを浮かべた。

能力を無効化する力、なるほど、だからあの時俺の身体から力が抜けたのか。

 

 

「これで何故、我が最強などと呼ばれているのか分かっただろう?」

「ああ。ほとんどの妖怪は何かしら能力がある。それを殺されれば後は純粋な力比べ」

「特に、能力に頼る奴は触れただけで戦意喪失してしまってつまらないものだ」

「なるほど。でも、完全には殺せないみたいだな」

 

 

薊の能力は一時的に消滅させるもの。でなければ、俺は出遭った時に死んでいるはずだ。

しかし、あの主人公はそれだけの能力だけで乗り切ってきたが、今は状況が違う。

鬼としての純粋な力、それに加えて小細工の通じない能力、まさに詰みだな。

 

 

「さて、お喋りはここまでにしようか」

「俺はこのまま話し合で終わりたいんだけどな」

「……ならば、そのふざけた口が利けぬほどぶちのめすまでだ」

 

 

薊は見るからに殺気がダダ漏れしている。

今まで他人の能力でその場を凌いできた俺、それを封じられてしまった。

これでは美少女が好きなだけの、ただの不死身なだけの人間だ。

こういう時に必要なのは、策というより、相手の意表をつく奇策だ。

 

 

「今まで力押しだったんだ。たまにはこういうのもいいか」

 

 

俺は身体に着いた土を振り落とすと、改めて薊に面と向き合った。

さて、それでは俺の演劇を始めようか。

 

 

「さあ、この神無優夜、物語始まって以来の大ピンチ。

 果たしてここからどう巻き返すのか? 最強の鬼姫にどう打ち勝つのでしょうか?

 ここからは逆転を掛けた俺なりの奇策をご覧いれましょう。

 では、今回はここで一旦幕を引き、次回から華麗なる逆転劇を演じてみせましょう」

 

 

 

 





次回予告

能力を殺し、純粋な力だけで相手を圧倒する鬼姫、薊。

最強と名高い鬼の姫に対し、最弱の優夜は一発逆転の奇策を演じる。

果たして、最後に立っているのはどちらなのか?

東方幻想物語・邂逅編、『最強と最弱』、どうぞお楽しみに。


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最強と最弱

神無 優夜side

 

 

――八ヶ岳、いや、妖怪の山の山頂にて

そこでは一人の人間(ばけもの)と一人の鬼(ばけもの)が戦っていた。

 

 

『ルーミア:闇を操る程度の能力』

 

 

俺は能力をは続させると、自分の影から刃の形をした影を撃ちだした。

薊は刃を避けて見切ると、左で振れると同時に影は砕け散った。

 

 

「これがお前の言う奇策か?」

「いやいや、お客様。これはまだまだ前座、本番は後に用意してある」

「なら、精々それまで殺されぬようにな‼‼」

 

 

薊は地面を蹴って俺との距離を詰める。

 

 

『パチュリー・ノーレッジ:魔法を操る程度の能力』

『古明地 こいし:無意識を操る程度の能力』

 

 

咄嗟に俺は薊との間に炎の壁を隔てるが、彼女が差し出した左手によって消し去られる。

炎の壁が消される一瞬の隙に発動させ、薊から姿を消した状態でその場から離れたが、数秒のタイムラグでその能力も解除された。

 

 

「逃げようとしても無駄だ‼」

「悪いが、俺にはこの手しかないんだ」

 

 

『洩矢 諏訪子:坤を操る程度の能力』

『永江 衣玖:空気を読む程度の能力』

 

 

薊が次の行動に移る前に、彼女の足元の土を操ってその足を捕まえる。

動けないところへ、上空から大きな雷を落とす。

 

 

「そんなもの」

 

 

彼女は左手で雷を軽くいなすと、足元の地面を殴って土の拘束を解いた。

 

 

「なるほどね……」

「お主、何を狙っている」

「奇策を練ってるに決まってるでしょ?」

「まどろっこしいことなどせずに、正々堂々と戦えないのか?」

「“最弱”が“最強”に勝つにはどうしても必要なんだよ」

「それまでに死ねば無駄になるがな」

「言ってろ」

 

 

『河城 にとり:水を操る程度の能力』

『チルノ:冷気を操る程度の能力』

 

 

能力を発動させると、薊の身体もろとも川が呑み込んだ。

川は弾け飛ぶように飛沫を上げると、そこには平気な顔をして立っている彼女の姿がある。

薊が俺に向かって走りだすと同時に、周囲に飛び散った水を凍らせて氷柱を作り、向かってくる彼女に向かって放った。

 

 

「無駄だ‼」

 

 

薊は放たれた氷柱を次々と払い除けながら、その勢いを乗せて殴りかかってきた。

俺は避けようと足を運ぼうとした時、足元の水溜りで足が滑って体勢を崩したが、偶然にもその攻撃を避けられた。

 

 

「運がいい奴め」

「ああ、確かに“運”は良いな」

「でも、次はどうかな?」

「さあな?」

 

 

『小野塚 小町:距離を操る程度の能力』

『霧雨 魔理沙:魔法を使う程度の能力』

 

 

俺は能力を使って薊との距離を空けると、マスパのような魔法を放った。

閃光が彼女を包み込むが、やはりというかそれは簡単に打ち消された。

 

 

「これでもダメか……」

「呆れたな。奇策と言っても、結局は能力に頼るのか」

「おや、もう飽きた?」

「言っただろう。呆れたのだ」

 

 

薊は心底愛想が尽きたかのように溜息を吐く。

 

 

「さっきから他人の能力ばかり多用して、情けない」

「まあいいじゃないか。全部、俺が愛してやまない奴等の力なんだ」

「くだらない。いくら他人を頼ろうと、好いていようが、結局残るのは自分だけだ」

「その言い方だと、自分も同じ経験をしたみたいになるな」

「…………!?」

 

 

俺の言葉に、薊の目が見開いた。

 

 

「なんとなく、お前が死にたがる理由は予想が付いていたさ。

 周りが死にゆき、自分だけ置いていかれる。それに耐えきれなくなっただけだろ」

「何を分かったような口を…………‼‼」

 

 

薊は怒りをあらわにして俺に殴りかかるが、感情高ぶりすぎて空振りする。

 

 

「不老不死の難儀なところは、他人と一緒の時間を歩めないこと。

 それに耐えられるのは、強い心を持った奴か、心さえ持たない化け物かだ」

「それならば、私は心の無い化け物になりたかった‼‼」

 

 

薊の猛攻は止まらないが、俺はそれを易々と避ける。

 

 

「孤独に耐えられなくなったお前が選んだのは、死ぬことへと執着だった。

 戦うことで自分を殺してくれる相手を求め、暇潰しと言って自分の命を殺す。

 最強の鬼姫と呼ばれ様が、やってることは餓鬼の現実逃避だったというわけか」

「うるさい‼‼」

 

 

薊の怒りを乗せた拳を右手で受け止める。

拳を突き出した状態で静止する彼女から、涙交じりの声が聞こえた。

 

 

「お前に何が分かるというんだ。

 私の元に集まった者共が時が経つにつれて置いていく苦しみが、

 愛した者の死に際を何度も目の当たりにする悲しみが、

 妖怪である私の気持ちを、人間であるお前に何が分かるというんだ‼‼‼」

 

「知るかよ。他人の気持ちなんて誰にも分からない。

 だがな、お前の下に集まった奴等はどんな思いで傍に居たのか、

 お前を愛した奴が最期にどんな思いで死んでいったのか、

 お前はそいつらの気持ちを、一瞬でも理解しようとしたのか‼‼‼」

 

 

俺はあらん限りの声で激昂すると、薊の拳を離した。

 

 

「俺は弱いからな。他人の力に頼らなければまともに戦えない“最弱”だ。

 愛した奴の命を取り込んでまで生き続けているどうしようもない化物だ。

 だがな、俺は不老不死だからって、この命を一個たりとも無駄にするつもりはない。

 俺はあいつ等の心を、この先の未来まで持っていってやる。

 その日が来るまで、俺は一度たりとも死んでたまるか。命を、燃やしてたまるか‼‼‼」

 

「なら、証明してみせろ。

 私の無限にある命と、お前の尊くも数少ない命、どちらが強いかを」

 

 

俺と薊は互いに睨み合いながら対峙した。

一陣の風が、何も無い更地の山頂へと紅葉を届けてやってくる。

一枚の紅葉が風に弄ばれ、やがて力を失くしてゆらゆらと地面に落ちてくる。

ゆっくりと左右に揺れながら、紅葉は、地面へと、落ちた。

 

それを合図に、俺と薊は互いに向かって走りだした。

 

 

「さあ、見せてみろ。お前の奇策を‼‼」

「ここからが本番、本当のステージだ」

 

 

『フランドール・スカーレット:ありとあらゆるものを壊す程度の能力』

 

 

俺は薊の足元の地面へと視線を向け、『目』を自分の手元へと手繰り寄せる。

俺は『目』を思い切り握り潰すと、周囲一帯の地面が崩壊し、紅葉が宙を舞った。

 

 

「なっ!?」

「お前の能力の弱点は、間接的な物には作用できないこと」

「くっ……それがどうした‼‼」

 

 

薊は崩れた地面をものともせず、俺には走り寄った。

彼女の拳の射程圏内、おまけに崩壊した地面の所為で回避できそうにない。

 

 

「お前の奇策もここまでか」

「いや、お前は常に」

「奇策に嵌ってるんだよ」

「――なに!?」

 

 

薊は急いで振り返ると、目を見開いた。

なにせ、“目の前にいる俺”とは別に、“彼女の背後に俺”が立っていたからだ。

俺は動揺で隙ができた彼女へと拳を突き出し、その身体を吹き飛ばした。

土煙の舞う中、彼女はゆっくりと身体を起こした。

 

 

「な、何が起きた……」

「簡単な事だ。お前に気付かれないように正体を隠し、

 そして能力を使って、ある物を俺に化けさせた。実に簡単なトリックだ」

「能力を使ってだなんて…………私の能力で打ち消されるはず」

「それはお前に直接作用した時だけ。俺が使ったのは物に対してだ」

 

 

『封獣 ぬえ:正体を判らなくする程度の能力』

『二ッ岩 マミゾウ:化けさせる程度の能力』

 

 

そう。原作幻想殺しでも、間接的な物に対しての効果発揮されない。

だから俺はフランの能力で地面を崩壊させると同時に、ぬえの能力で俺の正体を判らなくし、マミゾウの能力で周囲に舞っていた紅葉を俺に化けさせた。

 

 

「くそっ……紅葉に自分を化けさせるとはな」

「ぶっつけ本番でも行けるもんだぜ」

「運が良かったな。でなければこの策は使えなかっただろう」

「本当に運が良かっただけだと思うか?」

「なに?」

「言ってなかったが、俺は能力を三つまで同時に発動することができる」

「それがどうした、確かに今まで複数も使ってきたが」

「その中には戦闘向きじゃない能力もあるんだよな。

 人を幸福にするもの、風水を操るもの、そして奇跡を起こすモノとかね」

「……!? まさか」

 

 

薊は何かに気付いたように声を上げる。

俺はそれを見て口元をニヤッとさせた。

 

 

「そう。すでに使ってたんだよ。

 “幸運にもあのタイミングで奇跡的に紅葉が俺の元に来るように”」

 

 

『因幡 てゐ:人間を幸運にする程度の能力』

『物部 布都:風水を操る程度の能力』

『東風谷 早苗:奇跡を起こす程度の能力』

 

 

俺は戦いの最中で、この三つの能力を所々に紛れさせていた。

てゐと布都の能力を媒介として、早苗の能力でジャストタイミングで奇跡を起こさせた。

所々で幸運が働く場面があったが、それは副作用のような物だ。

 

 

「これが俺の、いや、俺たちの奇策だ」

「……ははっ、まさかこの我が一本取られてしまうとは」

「案外、人間の悪知恵もバカにはできないだろ?」

「そうだな。だが、この程度で思い上がるなよ。たかが私一発入れたくらいで」

 

 

薊は肩を鳴らすと、埃を払って再び構えた。

 

 

「次で決める……‼‼」

「こっちの台詞だ」

 

 

『夢燈 月美:絆を紡ぐ程度の能力』

『天宮 星羅:星を描く程度の能力』

 

 

俺は能力の全てを右腕に集中させると、薊に向かって走りだした。

薊も自信の力を込めた一撃を放つために拳を握り締めると、俺に向かって走りだした。

互いに向かって走り出し、その距離が零に到達するとき、俺は右の拳を薊に放った。

薊はそれを見切ると、容易くそれを受け止めようと左手を突きだした。

 

 

「悪いが、その攻撃は無駄だ」

「何勘違いしてやがる。俺はそれを待っていたんだぜ」

「何を惚けたことを」

「例えどんな能力でも、お前にはそれを難なく殺せる力がある。

 逆に言えば、どんな弱い能力でもその結果は同じだという事」

「何が言いたい‼‼」

「つまり、こういうことだ‼‼」

 

 

俺の右手が薊の左手に受け止められる。。

その瞬間、俺の右手に宿っていた能力が消え去る。

 

能力を殺す時、薊には一瞬の隙ができる。

それが渾身の一撃と思っているのなら、その時に生じる油断は大きい。

だから、俺はそれを狙った。渾身の一撃と錯覚させ、左手を差し出させるのを。

 

 

「結局のところ、能力に頼っていたのは、紛れもないお前自身だったということだ」

「くっ……‼」

「さあ、お返しの時間だ」

 

 

俺は彼女の左手を払い除けると、彼女へと一歩踏み込む。

 

 

「――っ!?」

「歯食いしばれよ最強(おにひめ)、俺の最弱(さいきょう)はちっとばっか響くぞ‼‼‼」

 

 

空気を斬り裂きながら放たれた拳は、確実に薊の顔面へと突き刺さり、崩れた地面へとその身体を叩き付けた。

何の能力も無い、最弱の人間の拳が、最強と謳われた鬼姫を、倒した。

 

 

「言っておくが、俺は左利きだ。憶えておけ」

 

 

俺は地面に大の字で伸びている薊にそう告げると、同じように地面に倒れた。

 

 

「どうだ? 俺の拳、お前に響いたか?」

 

 

 

 

 

 




空亡「さて、これで今回のラストバトルは終了です」
優夜「ライダー映画ばりのラッシュにどこかで聞いたことあるような台詞」
空亡「後者の場合、なんか訴えられそう」
優夜「その時は違うパターンを考えておくんだな」
空亡「結構このシーン気に入ってるのに」
優夜「俺の方は殴られ過ぎて全身が痛い」
空亡「しばらくは休んでおくんですね。でないと、腕壊しますよ」
優夜「お前が言うと冗談に聞こえねえ」


次回予告
いつもと買わぬ日常、誰にでも等しく月の明かりは二人を照らす。
東方幻想物語・邂逅編、『盃に映る逆さの月』、どうぞお楽しみに。



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盃に映る逆さの月

神無 悠月side

 

 

いつもと変わらぬ日常、俺は小屋の中のベットで横になっていた。

薊の攻撃を受けた俺の身体は流石に無事では済まず、所々の骨が折れていた。

あれから一週間、安静にはしているが、暇で暇でしょうがない。

本当なら無茶をしてでも身体を動かしたいが、ルーミアに怒られるので我慢している。

仕方がないので、俺は日課である能力の組み合わせを考える。

すると、小屋のドアが開いた。そこには林檎を片手一杯に持ったゆかりがいた。

 

 

「ユウヤさん、林檎取ってきたわよ」

「お、ありがとう、ゆかり」

 

 

紫は林檎を近くの机に卸すと、俺の寝るベットの横の椅子に座った。

最近はお目付け役としてゆかりが俺の近くによくいることがある。

不自由な俺の世話をしてくれたりもするが、主に俺が考えた能力の組み合わせを見て色々と意見してくれたりもする。

紫は原作でも頭がいい方だったけど、ゆかりからはたまにその片鱗を垣間見える。

 

 

「ところで、ユウヤさん」

「なに?」

「小屋の前にこんなものが」

 

 

ゆかりはそう言って一通の手紙を俺に手渡した。

差し出し人の名前は書いていないが、なんとなく嫌な予感がした。

とりあえず手紙の内容を見てみることにした。

 

 

「『今宵、貴様を攫いに来る。薊』…………え?」

 

 

その一文を読み終えたと同時に、小屋のドアが勢い良く開けられた。

 

 

「久しぶり~元気してたかい?」

「……凪さん、うるさい」

 

 

そこに居たのは、鴉天狗の凪と白狼天狗の楓だった。

久しぶりに見る顔だと思ったが、俺はすでにこの後の展開が予想できた。

 

 

「ゆかり、今こそ修行を成果を見せる時だ。俺を此処ではない何処かへ送ってくれ」

「む、無理よ‼ ユウヤさんが教えてくれた『スキマ』の使い方、まだ全然なのに」

「くっ、どうやら俺はここまでのようだ」

「え~と、話は終わりましたか?」

「ああ。どうせ、薊の命令なんだろ。さっさと連れていってくれ」

「……潔くて助かる。まあ、安心しろ。取って食いはしない」

「もしもの時は全身の骨が砕けても逃げさせてもらうだけだ」

 

 

俺はベットから立ち上がると、壁に掛けてあるコートを羽織った。

 

 

「ユウヤさん……」

「大丈夫、ルーミアにもそう伝えておいてくれ」

「それじゃあ、行きますよ」

「ああ。どこへでも連れていけ」

 

 

凪は俺の手を握ると、風を巻き起こしながら空へと飛び立った。

薊直々に呼び出しということだけど、さて、どうなるかな?

期待と不安を胸に、俺は神速を体感しながら妖怪の山へと向かった。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

「しかし、まさか薊に勝つなんてね」

「……正直、予想外だったです」

 

 

二人は俺の前を歩きながらそう言った。

周囲はいつの間にか夜の暗がりに包まれ、月の灯りだけが夜道を照らしていた。

 

 

「ヒドイ言い方だけど、相手が相手だしね」

「でもまあ、こっちはお礼を言わなきゃいけないわね」

「なんでだ? 仮にもお前らの大将、同時に友人をぶん殴った奴だぞ?」

 

 

俺のがそう尋ねると、二人が静かに語りだした。

 

 

「……私たちは薊が不老不死になる前からの付き合い。

 だから、自殺癖や自暴自棄になった理由もよく知っていた」

 

「妖怪の落ちこぼれ同士、仲が良かったんだけどね。

 時間が流れるにつれて、アイツは生きることの意味を失っていったわ」

 

「……友人である私たちがどうにかしなければいけなかった。

 でも、どんな言葉を薊にぶつけても、廃れてしまった心には響かなかった」

 

「かといって、力ずくで言うこと聞かせようとしても無理だった。

 能力を殺す力に加えて鬼の怪力、私たちじゃ相手にすらならなかった」

 

 

二人は表情をこちらに一切向けず、語り続ける。

友人の苦悩、それを解決できなかった二人の気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

 

「……でも、それを貴方が救ってくれた」

「アイツが最弱といっていた人間が、最強である鬼の姫に勝った」

「……お蔭で今じゃ、貴方に勝つまで死ぬ気はないみたい」

「マジか。流石に何度もアイツの相手をするのは嫌だぞ」

「諦めることね。鬼に惚れられると、逃れられないわよ」

 

 

二人は振り返ると、俺に向けて悪戯な笑みを浮かべた。

 

 

「やれやれ。面倒なのはルーミアだけで十分なのにな」

「うっ……ところで、ルーミアさんは元気?」

「元気だな。って、さん付け?」

「いや、その……。私も少し図に乗りすぎたというか、喧嘩を売る射手を間違えてたわ」

「……あれ以来、暗闇が怖くて夜は私と一緒寝てるのよね」

「ちょっと、楓!?」

「意外と可愛らしいな」

 

 

そんな会話をしながら歩いて行くと、あの日戦った山の頂上へと辿り着いた。

月明かりを遮るものはなく、その下にはただ一人、薊が俺を待っていた。

 

 

「遅かったな」

「悪い。話に花が咲いててな」

「まあいい。凪、楓、ご苦労」

「は~い。後はと二人でごゆっくりと」

「……失礼する」

 

 

二人はそう言ってその場を立ち去るが、スレチが一瞬、凪にウインクされた。

何を期待してるのか知らないが、とりあえず俺は薊の隣に歩み寄った。

 

 

「随分と楽しそうに話したみたいだね」

「世間話は必要だろ? 少なくとも寡黙は俺のキャラじゃない」

「だろうな。その減らず口、戦ってる最中一言も黙らなかったものな」

「相手を知るにはまず会話から。お陰でお前に勝てたからな」

「まったく、お主は退屈させないな」

 

 

薊は小さく笑うと、その場に座り込んだ。

俺も同じように地面に腰を下ろすと、薊は瓢箪を取り出し、大きな盃へと注いだ。

 

 

「飲むか?」

「いや、遠慮しておく」

「下戸か。つまらないな」

「酔って襲い掛かるかもしれないぞ?」

「……それもいいかもな」

「え?」

「冗談だ。気にするな」

 

 

薊はそう言って笑うと、盃に注いだ酒を一気に飲み干した。

 

 

「良い飲みっぷりだな」

「世辞はいい。恥ずかしくなる」

「嘘は言ってないぜ。それよりも、随分と丸くなったな」

「お主のお陰だ。長年付けられていた枷がようやく外れたような気分だ」

「それは良かった。美人を殴るという愚行をした甲斐があったというものだ」

「何だお主、ああいうのが好みだったのか?」

「いや、特に子の身ってのもないけど。女を殴るのはこの世で最低な事だからな」

「意外とそう言うところはきちんとしておるのだな」

「意外って何だよ。普段からお前の目には俺がどういう風に見えてるんだ」

 

 

俺は溜息を吐くと、両手を広げて夜空を見上げるように寝転んだ。

隣では薊がそれを見て愉快そうに笑う。

 

 

「お主は変わってるな」

「変わってる、か」

「人間なのに妖怪と共に暮らし、不死なのに命を大切にして、

他人の悩みに土足で踏み込んで、人間の癖に我に説教をし、挙句の果てには殴った」

「後半だけ聞くと、どう考えても悪いのは俺だよな」

「まあ、最初に喧嘩を売ったのは我だ。結果がどうであろうと、それを責める気はない」

「今日はその事を伝えたかったのか?」

「いや、それだけじゃない」

 

 

薊は盃に映る月を見つめながら静かに語る。

 

 

「お主と戦ってよく分かった。我はただ、逃げていただけだ。

 他の者が死んでいく悲しみや、自分という『化物』という存在から、目を背けていた」

「目を背けていた所為で、近くにいた友人のことも見えなくなっていたか」

「ああ。思えば、凪や楓はずっと我の隣にいた。

 出来損ないだったとしても、不死になっても、アイツ等だけはずっと傍に居てくれた。

 なのに、我はそんな大切な事すら目を背け、今日まで生きてきた。まったく情けない」

 

 

薊は自分を嘲笑うと、夜空の月を眺める。

 

 

「独りでは生きていけない。それは人間も妖怪も同じだという事をお主に教えられた」

「そんなつもりはなかったんだけどな。まあ、終わり良ければ総て良し、か」

「ああ、もう自分を殺すのは終わりだ。これからはこの命が尽きるその時まで、生きる」

 

 

薊はそう言って、俺に微笑んだ。

 

 

「鬼姫も、笑えば案外可愛いじゃないか」

「おうか。なら、いっそのこと我の婿にならんか?」

「え?」

 

 

咄嗟に起き上がって薊の方を見る。

 

 

「お主は我を倒した男、それに不死だ。婿にするには申し分ない」

「おいおい。鬼が酒に酔うなよ」

「酔ってはおらん。いや、今宵は酔っているのかもしれないな、この月夜に」

 

 

薊はそう囁くと、俺に覆いかぶさるように押し倒した。

至近距離で見ても依っている気配はない。というより、いつの間にか大人化してる!?

 

 

「ところで優夜、お前に届けた手紙の内容を覚えておるか?」

「そういえば、攫いに来るとか書いてたな」

「鬼は気に入った人間を攫う。それをいつまでも見ておきたいからね」

「俺は観葉植物か何かか?」

「いや、我の婿だ。そう決めた」

 

 

流石に冗談かと思ったが、彼女の目が本気だとそうもの当たっている。

どうにかして逃れようと必死に足掻いても、鬼の力には敵わない。

 

 

「さて、では頂くとしようか」

「何を!? 今の俺から何を奪う気だ!?」

「……それを我の口から言えというのか///」

「そこ照れるのかよ。ってか、そういうことする気かよ!?」

「なに、痛いのは我だけだ」

「いやいや、そんなことしたらこの作品がR-18に飛ばされるから‼‼」

「知るか。我だって※※※を●●●して×××したいぞ」

「やめろ‼‼ それ以上口にすると小説自体が亡くなる‼‼」

「うるさいやつだ。まずは――」

「――まずはその口を黙らせるわ」

 

 

薊を遮ったその声の主、視線を向けるとそこにはルーミアが居た。

満面の笑みを浮かべた彼女、その足元には目を回している凪と楓が転がっている。

どうやらルーミアに鎧袖一触されたようだ。なんと恐ろしい。

 

 

「ゆかりに優夜の行き先を聞いてやってきたら、どうやら面白い事になってるわね」

「誰かと思えば、優夜と共に暮らしている人喰い妖怪か」

「アンタね、私の優夜に何しようとしてるのよ」

「言われなくとも、見て解かるだろう」

 

 

薊は俺から離れると、ルーミアに歩み寄る。

流石鬼姫、俺でもビビるくらいの殺気を出しているルーミアに物怖じしていない。

 

 

「…………優夜」

「はい、なんでしょうか」

「無理矢理か、同意か、その答えによっては死体が増えるかもしれないわ」

 

 

ルーミアの雰囲気からして、どうやら下手な回答をすると終わりみたいだ。

ここは薊に悪いが、正直に言わせてもらおう。

 

 

「……無理矢理です」

「解ったわ。とりあえず、この鬼からね」

「ほう、我に喧嘩を売るか。人喰い」

「当然よ。ユウヤは私の物よ。鬼姫」

「そうか。ならば、お主から奪うしかないな」

「ふざけた事を言うわね。不死だからと言って油断しないことね」

「我より年増なお主に負けるとでも思っているのか?」

「―――殺すわよ、餓鬼」

「―――やってみろ、影法師」

 

 

 

「モテる男はつらいわね」

「他人事だな」

「……とりあえず、見物しておこうか」

「巻き込まれる前に逃げるのは?」

「鬼ごっこが始まるだけよ。大人しくしておきましょう」

「そうだな」

 

 

その夜、妖怪の山の頂上で不死の鬼姫と常闇の妖怪の激戦が夜通し繰り広げられた。

結果は引き分けとなったが、山のあちこちが削られるという被害が出た。

 

この時、俺ははじめてルーミアが本気になったところを見た。

正直言って、今の俺じゃあ勝てる見込みはなさそうだ。

 

 

夜空に浮かぶ月は、下で起こっている修羅場など関係なく、静かに照らし続ける。

 

 

 

 




空亡「優夜は章ごとにフラグを建てるようです」
優夜「好きで建ててるわけじゃねえよ」
空亡「いいですよね~」
優夜「目の前で繰り広げられる修羅場ほど怖いものはないぞ」
空亡「この感じだと、ルーミアさんの実力って今のところ最強ですよね」
優夜「正直、薊よりルーミアの方が強い」
空亡「大丈夫かな……」


次回予告
時が経ち、ついに舞台は日本最古の物語へと突入する。
東方幻想物語・蓬莱編、『Eへの始まり/旅立ちはいつなのか』、どうぞお楽しみに。



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第4章『明日照らす焔の光』
Eへの始まり/旅立ちは突然に


神無 優夜side

 

 

八ヶ岳の麓、静かな樹海の奥で二つの影が走っていた。

 

一人は俺、木々の合間を走り抜けながら並行して走るもう一人の影へと『星羅』の銃弾を放つ、銃弾は真っ直ぐ向かうが咄嗟に開いた『スキマ』の中へと消えた。

それと同時に、俺の周囲に幾つもの『スキマ』が展開されると、そこから殺気の銃弾が俺に向かって飛んで来た。俺はそれを『月美』で叩き落しながら銃弾を放つ。

 

もう一人は少女、余裕そうに微笑みながら『スキマ』を盾にするが、放たれた銃弾は軌道を変え、『スキマ』を避けながら目標に向かう。

少女はあたふたしながら銃弾を避け、やがて銃弾に足を取られて尻餅をついて転んだ。痛そうにしながら少女が顔を上げると、俺が銃口を彼女の額に付けていた。

 

 

「勝負ありだな、ゆかり」

「……参りました」

 

 

ゆかりは残念そうに顔を俯かせながら両手を上げて降参した。

彼女と出会ってもうすぐ100年程度、能力を十分に扱えるようにもなり、今では背も俺と同じくらいに成長した。幼かった面影はなくなり、今は少し大人びている。

関係上は師弟みたいな感じなのに、なぜか娘の成長を見ている気分になる。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、ゆかりも大きなったなと思っただけだ」

「ユウヤの前ではまだまだ子供よ」

「……そうだな。ほら、手を貸せ」

 

 

俺はゆかりの手を握ると、引っ張って起き上らせた。

今ではたまに演習などをして互いに鍛え合っているが、やっぱり彼女のが強いと感じる。

流石原作では最強と謳われていることだけはある。そのうち俺も抜かされそうだ。

 

 

「さて、そろそろ帰るか」

「はい」

「しかし、『スキマ』の使い方もだいぶう上手くなったな」

「先生の教え方が上手いお陰よ」

「元はゆかり自信の力だ。俺はただの偽物だ」

「偽物でも本物を超えることだってあるわ」

「言うようになったな。まあ、その方がゆかりらしいか」

「どういう意味よ」

「知らない方が良いこともある」

 

 

俺は笑って誤魔化すと、歩みを進めた。

そういえば、今俺は歴史のどこにいるのだろうか?

太子様が尸解仙になったのは今から80年程度前、時間軸から推測すると次は竹取物語。

だが、その出来事が起きた時期は曖昧だ。今都に行っても、すれ違う可能性がある。

 

 

「さて、どうするかな」

 

 

そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか小屋の前に辿り着いていた。

仕方ない。考えるのは明日にでもして、今日は行くり眠ろう。意外とさっきの演習で体力を使いすぎた。

俺は行くりとドアを開けて小屋の中に入ろうとした時、異様な光景を目にした。

 

満面の笑みを浮かべたルーミアの前に、薊と凪が正座させられている。

俺の思考が一瞬停止したが、すぐさま外に出てドアを閉めた。

 

 

「ゆかり、俺疲れてるのかも」

「大丈夫。私にも同じ光景が見えたわ」

「あれってどういう状況なんだ? 凪ならともかく、薊まで」

「どうせユウヤ関係だと思うわよ」

「ああ……それじゃあ、俺は今夜野宿するから。ルーミアには」

「私にはそう伝えておいてとでも言う気かしら?」

 

 

振り向くとそこには、笑顔の(決して笑っていない)ルーミアが立っていた。

 

 

「お帰りなさい。優夜、ゆかり」

「ただいま」

「た、ただいま~」

「さて優夜、これがどういう状況なのか教えてあげましょうか?」

「いや、俺は別に」

「…………………………(無言の圧力)」

「はい、お願いします」

 

 

ルーミアに首根っこを掴まれると、そのまま俺は小屋の中へと引きずり込まれた。

ゆかりは「相変わらずね」と呟きながらその後について小屋に入った。

俺は正座する二人の真ん中へと移動すると、言われ前に正座した。

 

 

「って、これってどういう状況なの?」

「まず私が優夜さんに面白い情報があると伝えようとやってきて」

「それに我が付いて行き、そこの人喰いにどこにいるのか尋ねた」

「そこで私は答えず、そのまま戦闘。そして二人まとめて倒して、今は反省中よ」

「凄い解り易いけど、若干一名巻き込まれてる人がいるよね」

「私はただ情報屋として仕事しただけなのに……とほほ」

「昔の鬱憤を晴らしただけよ」

「うぅ……あの頃の私に忠告したい」

 

 

凪は俺の隣で深い溜息を吐いた。

 

 

「まあ、今はこうやって反省しているわけだし、もう許したら?」

「ユウヤがそう言うのなら、仕方ないわね」

「本当ですか!? ありがとうございます、ルーミアさん、優夜さん」

「じゃあ、我のことも」

「ユウヤの事を諦めるのならね」

「それはできない相談だな。あやつはいつか我の婿にする」

 

 

そう言って薊は俺の腕に抱き着く。

 

 

「……わかったわ。でも、決めるのはユウヤ自身だから。そこは分かってほしいわ」

「ああ。無理矢理婿にしても、どうせ逃げられるだろうからな」

「なんだろう、勝手に話が続いてる」

「というわけだ。いつまで待っておるぞ、ユウヤよ」

「はいはい。まあ、今は友達から始めようか」

「おう」

 

 

薊は嬉しそうに微笑むと、俺の手を取って握手した。

こう見てれば普通に可愛いんだけど、戦闘公と酒癖が悪いのはどうにかしてほしい。

 

 

「ところで、凪が持ってきた面白い情報って何?」

「そうでした。いや~色々な事があったのですっかり忘れてました」

「で、何なの? くだらないことだったら暗闇に」

「それだけは勘弁して。まあ、面白いといっても、人間が勝手に騒いでるだけなのよね」

 

 

凪はそう言うと、立ち上がって語りだした。

 

 

「ここから南に行った都に、それはそれは見るも麗しい絶世の美女が居るそうよ。

 何でもその少女は竹から生まれ、またその竹から小判や豪華な着物が出てきたという。

 少女を養った老夫婦はそれを元手に都に屋敷を建て、今はそこで暮らしている。

 人間たちはその少女の美しさに見惚れ、今では求婚する貴族たちが押し寄せている。

 その少女の名前は『なよ竹のかぐや姫』、人間の間で話題になってる、いわば時の人ね」

 

 

凪は分かりやすく語ると、そこで話をやめた。

間違いない、この話は竹取物語そのもの。しかも、どうやら輝夜はもう都にいるらしい。

 

 

「どうですか? 優夜さんも気になりません」

「絶世の美女、ね。まあ、どうせ行く気でしょ?」

「まだ何も言ってないけど?」

「見ればわかるわよ。そのかぐや姫に何かあるんでしょ」

「ああ、もしかしたら俺の知り合いかもしれないからな」

「なら、決まりね。ゆかりも来るかしら?」

「聞かれるまでもなく、私は二人について行きますよ」

 

 

二人はそう言うと、俺の手を取った。

俺はそのまま立ち上がると、薊と凪へと振り返る。

 

 

「ま、そうことだから。しばらく留守にする」

「う~ん、どうやら何か訳ありみたいですね」

「まあな。それに、そういう理由じゃなくても、美女なら一度は見てみたいからね」

「お主は一ヶ所に留まるより、自由に旅していた方が性に合っているのかもな」

「そういうことだ。まあ、気が向いたら帰ってくることもあるかもしれないけどな」

「その時は旅の話でも聞かせてくれ。酒の肴にはなると思うからな」

「ああ。それまで、元気でな」

 

 

俺はそう言って小屋を出ると、そこには楓が立っていた。

 

 

「あ」

「……二人を追って来れば、まさかな」

「悪いな。俺にも目的があるんだ」

「……分かっている。ただ、これだけは約束しろ」

「なんだ?」

「……いつか、もう一度私と戦ってくれ。あのままでは剣士の名折れだ」

「ああ。それまで、楓も元気でな」

「……優夜こそ」

 

 

俺はみんなに別れを告げ、その場を後にする。

お供に常闇の妖怪とスキマ妖怪、退屈しない旅になりそうな予感だ。

 

 

「さあ、目指すは都。麗しのかぐや姫だ」

 

 

 

 

 




空亡「ようやく突入しました。竹取物語こと蓬莱編」
優夜「時間経過が百年単位か。俺って今いくつなんだ?」
空亡「少なくとも億は越えてますよ。多分輝夜さんの次です」
優夜「節分の豆がたらふく食えるな」
空亡「なにくだらないこと言ってるんですか」
優夜「ところで、タイトルが見たことあるようなのになってるけど?」
空亡「今回からちょっと変えてみました。ちなみにEは『Eternal』です」
優夜「永遠か……もしかして不老不死と掛けてるのか?」
空亡「その通り。今回からそういう風な感じでタイトル付けますから、お楽しみに」


次回予告
都を目指す一行はなぜか竹林で迷子。そこで優夜は人間に捕まった妖怪に出会う。
東方幻想物語・蓬莱編、『Lに迷わされ/彷徨って竹林』、どうぞお楽しみに。



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Lに迷わされ/彷徨って竹林

神無 優夜side

 

 

かぐや姫の噂を聞いた俺とルーミアとゆかりは、姫が居る都へと向かっていた。

凪からは妖怪の山の麓から南に行くと都に辿り着くと教えてもらった。

あそこから南だと、現代では静岡県の比奈地区と呼ばれる所に行き着く。あそこは古くから竹取物語発祥の地とも云われている。と、昔見たネットに書いてあった。

それが本当なのかどうなのか分からないが、とりあえずそこを目指している。

 

そして今、俺たちは『竹林』の中を歩いている。

 

 

「ねえ、ゆかり」

「なんですか?」

「かぐや姫って美味しいのかしら?」

「食べたら都中の人間に追いかけられますよ」

「それは嫌ね。観光する余裕がないわ」

「観光って」

「あれから人類も発展したことだし、美味しいものでもないか見てみたいのよ」

「相変わらず、食い意地は張ってますね」

「当然よ。人間を食べない分、そういうので補わないと」

「大変ね」

 

 

俺の後ろでは女性陣二人の他愛のない会話が行われていた。

前までは二人旅だったけど、一人加わると場の雰囲気が一気に変わる。

お陰で俺は目の前の問題に集中できる。そう思った時、ゆかりから声を掛けられる。

 

 

「……ところで、ユウヤ」

「なに?」

「私たちは都に向かってるのよね?」

「そうだけど?」

「旅立ってから一週間は経ちますよね?」

「そう……だね」

「この竹林に入ってから何日経ちましたか?」

「………………三日です」

「「「………………………………」」」

 

 

全員の足が止まり、その場が沈黙に包まれた。

竹が風に揺れる音と虫の鳴き声がいい具合に聞こえてくる。

それと同時に全員の腹の音が鳴る。そして、二人の不満が爆発した。

 

 

「一体いつまで迷ってるんですか!? ただの竹林にここまで迷うってあり得ないですよ‼‼‼

方向音痴にもほどがありますよ‼‼ なんで空を飛んでいこうとしないんですか、バカですか」

 

「優夜、歩くのは私も我慢できる。でもね、ごはん抜きって言うのはさすがに私でも耐えられないわよ‼‼ もうさっきから二人がただの喋る肉にしか見えないんだけど、どうする?」

 

「二人とも落ち着いて。ゆかり、俺の背中叩かないで。ルーミア、腕食べないで」

 

 

俺は混乱する二人を何とか宥める。

実はこの竹林に入ってから俺たちは迷いに迷って、現在迷子三日目だ。

その間、食べ物にありつけるはずもなく、ただ俺の勘任せでここまで来た。

 

 

「なんで……なんで飛ぼうとしないんですか」

「いや~旅の醍醐味ってある気だと思うから」

「それで飯が食えるのなら、私はもう何も食べない」

「ルーミアが私たちを喰うのも時間の問題ね」

「それだけは阻止したい。けどさ、二人とも飛べる?」

「「無理です/無理ね」」

 

 

二人は力なくそう答えると、その場に座り込んだ。

これはどうやら相当お疲れのようだ。もう歩く力も無さそうだ。

その時、竹林の先で何かが走るのが見えた。もしかしたら、食べられるような動物がいるのかもしれない。

 

 

「仕方ない、二人はここに居て」

「どうする気ですか?」

「ちょっと狩ってくる」

「本当? いってらっしゃ~い」

「ちゃんと戻ってこれます?」

「大丈夫、お前らの所にはちゃんと戻ってこれる自信はあるから」

「それならいいですけど。気を付けてください」

「ああ」

 

 

俺は二人をその場に残し、さっきの影が走っていた方向へと走りだした。

さて、吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

「ありのまま起こったことを説明するぜ。

俺は獲物を追って竹林を走っていると思っていたら、いつの間にか竹林に仕掛けられていたトラップに襲われ、妖怪兎たちから弾幕を放たれていた。

俺も何を言っているのかよくわからない。超能力とか程度の能力とか、そんなちゃちなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいもの片鱗を味わったぜ…………‼‼」

 

 

俺は走りながらポルナレフ状態で事のあらましを説明した。

さっきから俺の背後では竹槍が飛び交い、俺の真横からは弾幕が舞っている。

 

 

「どうしてこうなった‼‼ というより、やっぱりここだったか‼‼」

 

 

俺は目の前に空いた落とし穴を飛び越え、直地すると同時に走る。

俺の推測が正しければここは『迷いの竹林』、妖怪兎が住み付く迷路のような竹林だ。

原作では永遠亭があるはずだが、現時点では何も無い。

なのに、なんで竹林の中にこのようなトラップがあるのか? 答えならすぐに出た。

 

 

「あの兎詐欺の仕業か……‼‼」

 

 

俺は『星羅』の銃弾で周りの妖怪兎たちを撃退しながら走る。

あの兎詐欺ならこんなのを用意していても不思議ではない。どうせこれも、侵入者撃退用のトラップに過ぎない(殺す気MAX)。

とにかく、大元のボスを突き止めるのが先だろう。

 

 

「ったく、こっちはただでさえ腹減ってるんだぞ‼‼」

 

 

 

                少 年 祈 祷 中

 

 

 

数多のトラップを潜り抜け、妖怪兎たちを撃退した俺。

その先には当然あのう詐欺あ待ち受けているのだろうと思っていた。

しかし、この世界は俺の期待の斜め上を行くようだ。

 

 

「命だけはお助け下さい‼‼」

「……今日の夕餉は兎鍋ですね」

 

 

そこには二人の人物がいた。

一人は少女、癖っ毛のある短めな黒髪、裾に赤い縫い目のある桃色の半袖ワンピース、兎のような耳と尻尾がある。少女は視えない糸で逆さ吊りされながら涙を流している。

一人は青年、後ろにだらりと垂らしたポニーテールに藍色の髪のセミロング、男物の着物の上に黒い羽織を着ている。青年は目の前の処遇をどうするのか検討している。

この異様な光景を見た俺の思考は一時停止していた。

 

 

「………どういうこと」

「…? おや、どうやら迷い人がもう一人いたみたいですね」

 

 

俺の事に気付いた青年が視線をこちらに向ける。

 

 

「どうかしましたか?」

「いや、目の前の事に頭が追いついてないだけだ」

「そうでしたか。なら簡単に説明しますと、僕を殺そうとした悪い妖怪を捕えました」

「死ぬほど解り易いな」

「誤解だって‼‼ 別に殺す気は」

「その割には無数の鋭利な竹槍が飛んで来たような気がしますけど?」

「そ、それは……」

 

 

少女はバツが悪そうに目を逸らす。

 

 

「まあ、本人が悪気が無いって言ってるんだ。許してやれよ」

「……相手は妖怪ですよ? 正気ですか」

「反省してるなら妖怪も人間も関係ねえよ。それに、少なくとも俺は正気だ」

「……面白い人ですね」

 

 

青年が面白そうに笑うと、少女を吊るしていた糸が一瞬光った。

糸が緩み、少女は地面に落とされた。糸は青年の手元へと戻った。

 

 

「妖怪を助ける人間、なかなか面白い」

「それはどうも」

「興味が湧きました。都に寄ることがあれば、また会うかもしれません」

 

 

青年はそう言ってその場を立ち去った。

俺はそれを見送ると、地面に落とされた少女へと歩み寄った。

 

 

「いたた……酷い目に遭った」

「大丈夫か?」

「……ありがとう。お陰で助かった」

「どういたしまして」

「あんた、人間じゃないでしょ?」

「あ、やっぱり解る?」

「人間にしては長生きしてる感じがするし、なにより妖怪と一緒に旅してるでしょ」

「よく知ってるな」

「ここに入って三日も彷徨ってれば、ね」

「うっ……」

 

 

もはやこの竹林の中ではもう有名になっているようだ。

 

 

「でもまあ、助けてくれたお礼にここから出るまで案内してやるよ」

「本当か?」

「恩人には嘘をつかない。私の流儀だよ」

「そうか。……あ、そういえばまだ名前を言ってなかったな」

「律儀だね~」

「俺は神無 優夜、ただ長生きが特徴の人間だ」

「因幡 てゐ、この竹林の所有者だよ」

 

 

 

 

 




空亡「というわけで、キリの良い所で今回は終わりですね」
優夜「またオリキャラか」
空亡「今回恋に落ちるのはこの方です」
優夜「おい。冗談じゃねえぞ」
空亡「冗談だったらこんなこと言いませんよ」
優夜「ふざけるなよ‼ 俺はこれでもノーマルだ‼」
空亡「解ってますよ。だからこそ面白いんじゃないんですか?」
優夜「くそ……なんでコイツが作者なんだ」
空亡「誤解してるようですけど、俺は薔薇より百合の方が好きですからね」
優夜「知るか‼‼」


次回予告
てゐの案内で竹林を抜けた優夜達、都に辿り着くと思わぬ出会いが待っていた。
東方幻想物語・蓬莱編、『旅するS/記憶を刻む者』、どうぞお楽しみに。



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旅するS/記憶を刻む者

神無 優夜side

 

 

因幡てゐと出会った俺は、彼女の案内で竹林を歩いていた。

後から合流したルーミアとゆかりは、その後ろをついてきている。

 

 

「悪いな。道案内してもらって」

「いいよ。優夜には借りがあるし」

「今度は何をしたのよ?」

「怖い人間に退治されそうなところを助けてあげた。ただそれだけだ」

「お人好しですね。まあ、そこがユウヤの良いところね」

「ゆかりは一言多い」

 

 

俺は振り返ってゆかりを睨みつけるが、本人はそっぽを向いて俺から目を逸らす。

そのやり取りを見て、てゐは面白そうに笑う。

 

 

「ふふ、本当に妖怪と仲が良いんだね」

「まあな」

「だとすると、やっぱりあの噂もまんざら嘘ではなさそうだ」

「噂?」

「“妖怪と共に暮らす人間、あの最強の鬼姫を倒す”。私達妖怪の間では有名だよ」

「いつの間にそんな噂が流れたのよ」

「大元は凪だろうな。アイツ噂好きだし」

「薊も苦労してるわね」

 

 

ここには居ない二人の事を思いながら、俺たちは歩みを進める。

しかし、どこに行っても“妖怪と共に暮らす人間”という肩書は外れないな。

 

 

「いっそのこと、妖怪と人間が共に暮らせるような理想郷があればいいんだけどな」

「え?」

「無理だよ。人は妖怪を恐れ、退治する。妖は人間を襲い、喰らう。それが世の摂理よ」

「まあ、そうなんだけどさ。…………ん? ゆかり、どうかしたか?」

「い、いえ。なんでもないわ」

「そうか」

 

 

ゆかりは何やら考え事をするように俯いていたが、気のせいだったのだろうか?

そんな事を考えながら歩いていると、竹林の奥から光が差し込んだ。

 

 

「もう出口だね。ようやく道案内はお終いか」

「ありがとな。助かった」

「どうってことないよ。私も、噂の人間に会えてよかったし」

「また会うときがあれば、その時はゆっくり話でもしようぜ」

「そうだね。楽しみにしておくよ」

 

 

てゐはそういって別れを告げると、その場を立ち去った。

よく見ると、彼女の周りの影から妖怪兎たちが顔を出し、小さく手を振っている。

遭難したり罠仕掛けたりとひどい目にあったが、中々いい出会いがあった。

 

都に辿り着いた俺たちは門を潜り抜けると、そこには久しぶりに見る人ごみがあった。

百数年も樹海に引き籠っていた所為か、少し人酔いしそうになったが、何とか立て直す。

 

 

「さて、ここからはやっと都か」

「とりあえず、何か食べたいわ」

「この先に甘味処があるわ。間違いない」

「空腹で嗅覚が鋭くなってやがる」

「最古参の妖怪の威厳なんてないわね」

「威厳でご飯は喰えないわ」

「いい台詞だ。感動的だな。だが無意味だ」

 

 

俺はルーミアにそう告げた。

もう夕暮れなのか、遠くでは鴉のなく声が聞こえてくる。

 

 

「なんでよ?」

「よく考えてみろ。俺たちは今まで樹海の中で過ごしてきた」

「そうね」

「旅に出た時に持っていた金はその時点で雀の涙程度だ」

「……あ」

「そして三日前にそれが尽きた。これがどういう事か分かるか?」

「………一文無し、ということね」

 

 

ゆかりは溜息を吐き、頭を抱えた。

このままでは飯にあり着くどころか、宿に泊まることも出来ない。

 

 

「……………さい」

 

「やばいな」

「こうなったら、何か売ってお金を工面するしか」

 

「…………ください」

 

「売るものって何かあったっけ?」

「この際、ユウヤの服でも売ったら?」

「嫌だよ。この服結構気に入ってるんだから」

 

「………えてください」

 

「それよりも、さ」

「それよりもじゃないわ。重大な問題よ」

「いや、さっきから何か聞こえない?」

「そういえば、さっきから女性の叫ぶような声が」

「捕まえてください‼‼‼」

 

 

俺たちは声のした方へと視線を向けた。

その時、俺のすぐ横を不審な男が走り抜けた。視線の先には追いかける女性の姿があった。

ああ、これはよくあるひったくりイベントか。とりあえず、イベントは回収しないと。

俺は咄嗟に男の襟首を掴むと、その場に留まらせた。

 

 

「何しやがる‼‼」

「悪いけど、お前の持ってるその手荷物、置いていってもらおうか?」

「うるせえ‼‼」

 

 

男は俺を振り解くと、そのまま殴りかかってきた。

しかし、薊と何度か組み手をしていた俺から見れば、眠っちまいそうな動きだった。

俺はそれをひらりと躱すと、足払いをして男を浮かせて、無防備な顔面を殴って地面に叩き付ける。男はその一撃で完全に意識を刈り取られた。

 

 

「女性から奪っていいのは心だけだ。憶えておけ」

「くさい台詞ね。でも、嫌いじゃないわ」

「手加減していたとしても、結構ヒドイですね」

「悪い奴には鉄拳制裁、もちろん二人にもね」

「この人だけは怒らせてはいけないということは分かるわ」

「アレは痛いわよ。一日中痛みが残ったわ」

 

 

ルーミアが昔を思い出して頭を摩っていると、追いかけていた女性が走り寄ってきた。

後ろで一つ結びした紫色の髪、若草色の長着の上に袖の部分に花が描かれた黄色の着物、頭には山茶花の髪飾りをつけている。幼さの残るその女性は息を切らせていた。

女性は顔を上げると、俺の手を取った。

 

 

「そこの男を捕まえてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ。困っている女性を放っておくことも出来ませんから」

「なんてお優しい方。何かお礼は………」

「結構ですよ。貴女からはその感謝の心だけで十分です」

 

 

俺は女性にそう言って微笑みかける。

 

 

「カッコ付けて……」

「こういう人だったのね……」

「お前ら、少し黙ってろ」

 

 

後ろでは連れの二人が不満そうに陰口をたたいている。

たまにはいいだろうが。女性に対しての第一印象は何よりも大事なんだよ……‼‼

それを見て、女性は袖で口を隠しながら笑う。

 

 

「ふふっ。面白い方々ですね」

「ったく、せっかく紳士的に対応してたのに、どうしてくれる」

「アンタには似合わないわよ」

「うるさい。……すまないな、こんな礼儀知らずな連れで」

「酷いわね。真実を言っただけでこの言い様」

「女性に対しての態度がなってませんね」

「お前らな……」

 

 

俺は二人に向かって睨むが、二人は左右を向いて俺から目を背ける。

 

 

「まあまあ。良ければお礼がしたいので、近くの宿で一度お話しませんか?」

「いいのか?」

「はい。私の大事なものを取り返してくれたお礼ですし、なにより」

「なにより?」

「貴方たちの事が気に入りました」

 

 

女性は笑顔でそう言った。

どうやら、面白い人と出会ったのかもしれない。

 

 

「わかった。お前らもいいよな?」

「とりあえず、私はご飯を奢ってくれるのならいいわ」

「まあ、都に関して知らないことも多いですし、今はそうしましょう」

「というわけだ。それじゃあ、お言葉に甘えるぜ」

「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

 

女性はそう言って歩きだすが、少し進んだところで立ち止まって振り返った。

 

 

「そう言えば、まだ名前を伺っていませんでしたね」

「そうだな。俺は神無 優夜、旅をしているただの人間だ」

「ルーミアよ。この人の相棒みたいなものよ」

「ゆかりです。二人の弟子みたいなものよ」

「なんだか賑やかですね」

「さて、こっちも名乗ったんだ。次はそっちからだぜ」

「そうでしたね……」

 

 

女性は振り返ると、俺たちに頭を下げて名乗った。

 

 

「ちょっとした興味で旅をしております、稗田 阿礼と申します。以後お見知おきを」

 

 

これが阿礼との出会いだった。

 

 

 

 

 




空亡「やってきました、都」
優夜「ひったくりイベントからの出会いって、ベタすぎるだろ」
空亡「王道も邪道も、僕は等しく愛してますから」
優夜「答えになってない」
空亡「まあ、それより、阿礼さん登場ですよ。初代稗田ですよ」
優夜「チッ……ロリコンめ」
空亡「ちなみにタイトルはSavant(サヴァン) 、あっきゅんの二つ名からですね」
優夜「記憶力が優れた記憶障害の名前か……」
空亡「この家系の人は障害ではないんですけどね」
優夜「人物的には癖があって面白いんだけどな」


次回予告
稗田阿礼と出会い、共にかぐや姫の屋敷と向かうが、そこにはあの青年が!?
東方幻想物語・蓬莱編、『巷で噂のP/在り来たりな物語』、どうぞお楽しみに。



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巷で噂のP/在り来たりな物語

???side

 

 

稗田阿礼、

『古事記』の編纂(へんさん)に携わったとされる生没年不詳の人物。

優れた記憶力を持ち、天武天皇から『帝紀(皇室の系譜図をまとめたもの)』と『旧辞(各氏族伝来の歴史書と目される書籍)』を読み習うことを命じられた。

その後、元明天皇の時代に『古事記』の編纂に参加することを命じられた。

 

その人物像は未だ不明で、藤原不比等説や女性説などがある。

どうやらこの世界では女性説が有効であるようだ。

 

そして、これからの歴史に深く関わる人物でもある。

 

 

 

神無 優夜side

 

 

俺たちは阿礼の案内で都の宿屋に連れてこられた。

あれから彼女に夕飯を奢ってもらい、この宿に泊まれるように手配までしてもらった。

彼女には二階の客室で待っているように言われ、俺は部屋から夜空に浮かぶ月を眺めていた。ちなみにルーミアとゆかりは別室にいる。

竹林に迷ったり、ひったくりを捕まえたりとしていたら、もう夜になっていた。

そんな風に考えながら月を眺めていると、部屋の襖が開いた。

 

 

「阿礼か。もういいのか?」

「はい。しばらくの間、ここに泊まっても良いようです」

「悪いな。宿屋の手配までしてもらって」

「気にしないでください。私が勝手に焼いたお節介ですから」

「なら、遠慮なくその言葉に甘えるぜ」

「ありがとうございます」

 

 

阿礼は嬉しそうにお辞儀をすると、俺の向かい側へと座った。

 

 

「ところで、もう旅の疲れは取れましたか?」

「ああ。あの二人は飯が食えて満足してるし、俺は素敵なお嬢さんに会えて満足だ」

「お世辞が上手なんですね」

「これでも嘘は滅多に吐かないんだけどな。まあ、仕方ないか」

「面白い人ですね。これまで貴方みたいな人には出会ったことないですよ」

「嫌だったか?」

「少し謙遜してるみたいで嫌ですね」

「なら、やめるか。嫌がることはやりたくないからな」

「ふふっ。おかしな人ね」

 

 

阿礼は楽しそうに笑う。

 

 

「阿礼はさ、どうしてこの都に?」

「そうですね………自分の目でこの国を見てみたいと思ったからですかね」

 

 

阿礼はそう言うと、静かに語りだした。

 

 

「私は昔から、見た物聞いた事をすべて覚えるほど記憶力が優れていました。

 そこを今の天皇様に認められ、今まで大事な書籍などを記憶してきました。

 でも、私はこの国の事をこの目で見たことも、耳で聞いたこともありませんでした。

だから、天皇様にお願いして思い切って旅に出てみました」

 

 

阿礼は眩しいほどの笑顔でそう言い切った。

彼女の話は史実通りだが、その環境に甘んじるだけではなく旅に出たか。

なるほど。思ったよりも度強あるな、この娘。

 

 

「さて、それじゃあ次はユウヤさんの番ですよ」

「俺の話を聞いても鬱になるだけだぞ?」

「それでもいいですよ。私は知らないことを知りたいんです」

「そうか。なら話でもしようか、永い時間を生きた『化け物』の物語を」

 

 

俺は意を決して彼女に語り始めた。

遥か昔に月の民が地上に居た事、ルーミアとの出会い、月美との思い出、邪神との邂逅、諏訪の国での出来事、星羅との思い出、諏訪大戦、ゆかりとの出会い、薊との喧嘩……。

どこにでもあるような在り来たりな物語を、阿礼は静かに聞いていた。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

「……そして、現在に至る」

 

 

俺の話が終わると、俺は彼女へと視線を向ける。

呆れているか、そう思っていたが、彼女は俺の手を取ると目を輝かせた。

 

 

「あ、阿礼?」

「凄いです‼‼ ユウヤさん」

「え?」

「愛する人の為に命を大切にしているその姿、とても素敵です‼‼」

「い、いや、他に思うことはないの? これでも不死というか、化け物なんだけど」

「化け物なんかじゃありません。ユウヤさんは人間です」

「まあ、種族的にはそうなんだけど。不気味とか思わないの?」

「いいえ。それよりも、私はもっとユウヤさんの話が聞きたくなりました」

 

 

俺が何を言おうと、阿礼はそれを否定する。

今までこんな反応をする人間に出遭ったことが無かったからか、少し照れ臭かった。

 

 

「そのさ、阿礼」

「なんですか?」

「いや、ちょっと……顔が近い」

「……あ、す、すみません‼」

 

 

阿礼は俺と顔が近いことに気付き、顔を赤くしてすぐさま離れた。

さすが阿礼乙女、一応心は乙女だったか。

 

 

「失礼しました。少し興奮して……」

「いや、気にしてないからいいよ」

「でも、話が聞けて良かったです」

「そうか? 在り来たりな復讐の物語だった気がするけど」

「いいえ。少なくとも、私はそう思いませんよ」

 

 

阿礼はそう言うと、立ち上がった。

 

 

「今夜はありがとうございました」

「いいよ。眠る前の御伽話としては最低だった気もするけどな」

「ふふっ。そうですね、まだ心が興奮して眠れそうにありません」

「なら、ご一緒に月見でもいかがですか?」

「遠慮しておきます。……そうでないと、この胸がはち切れてしまいそうなので」

「そうか」

「それでは、また明日」

「ああ」

 

 

彼女はそう言って部屋を出ていった。

静かになった部屋の中、俺は再び月を眺める。

久しぶり人とこうやってゆっくり話した。それが嬉しかった。

 

 

「あ~あ、こっちも眠れねえな」

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

翌日、俺たちと阿礼は都の通りを歩いていた。

結局、あれから一睡もできなかった俺は大きな欠伸を掻いた。

 

 

「ふぁ~……」

「みっともないわね」

「うるさい。元から不眠症なんだ、少しは気を遣ってくれ」

「そんな設定有りませんよね?」

「ああ、無いよ。だからそんな目で見ないでくれ」

 

 

相変わらず連れの二人は俺に冷たい。

まあ、普段からこんなやり取りしてるから、もう慣れたようなものなんだけどな。

 

 

「でも、まさか阿礼まで噂のかぐや姫に会いに来てたなんて」

「はい。噂に聞く絶世の美女、是非ともその姿を私の心に刻み込みたいと思うので」

「絶世の美女、ね……ふっ」

「どうしてユウヤが笑ってるのかしら?」

「いや、なんでも…………ん?」

 

 

俺は視線の先に、見たことのある姿があった。

それは昨日竹林で出会った青年だった。その人物は何やら貴族みたいな恰好をした男と一緒に目の前の屋敷に入っていった。

 

 

「あいつは……」

「あ、あそこがかぐや姫が居る屋敷ですね」

「へえ~……やっぱりというか、立派な屋敷ね」

「というか、私たちが入れるかしら?」

「大丈夫です。私の連れということであれば、何とかなるでしょう」

「やっぱり凄いわね。天皇の舎人って」

「覚えるだけしかない、窮屈な仕事ですけどね」

 

 

阿礼は皮肉を吐きながら歩いて行くと、屋敷の前に居る人間と話をし始めた。

しかし、さっきの奴、貴族の傍に居たってことは従者なのか? 少し妙だな。

考え事をしてる間に、阿礼の話が終わると、俺たちも屋敷の中へと案内された。

 

印象と言えば、ただ広いだけとしか思わなかった。

阿礼もゆかりも、同じことを思っていたのかもしれない。だが、ルーミアは何か気付いていた。

 

 

「――優夜、気付いた?」

「――ああ。屋敷中に見えない糸が張られてる」

「――これって、昨日話してた奴の」

「――間違いない」

 

 

俺は歩きながら糸に触れる。

ピアノ線のように細いが、ワイヤーの様な硬さもある。普通ならこんなのが引っ掛かれば誰でも気付くが、触れたことすら分からないように巧妙に張られている。

こんなの人間業じゃないが、周囲からはルーミアとゆかり以外の妖力は感じない。

 

 

「――まあ、何かあれば俺が何とかする」

「――無理しないでよ。腕、まだ完治してないんでしょ」

「――ばれたか」

 

 

俺は咄嗟に腕を押えた。

実は、薊との喧嘩から、利き腕である左腕の調子が悪い。

日常生活には支障はないが、戦闘となると思うように動かせない。

 

 

「――その時は、私が代わりになるわ」

「――それはありがたいな」

「お二人共、さっきから何をコソコソと話しているのですか?」

「いや、かぐや姫ってどんな人なんだろうと思ってな」

「呑気に鼻の下を伸ばしてる馬鹿を叱ってただけよ」

「あはは。仕方ないですよ、男の人達みんなが夢中になるお方ですから」

「……むぅ」

 

 

阿礼は笑っているが、ゆかりは不満そうに俺の事を睨んでいる。

自分だけ蚊帳の外なのが気に入らないのだろうか、さっきから視線が痛い。

 

そんな事をしていると、とある部屋へと辿り着いた。

そこには、五人の貴族とさっきの青年がいた。

 

そして、奥には…………数億年ぶりとなる姫の姿があった。

 

 

 

 

 





空亡「阿礼さんの描写って、参考にできるようなものが無いから困りますね」
優夜「この世界じゃ、面白みを求めて旅をしているって感じだな」
空亡「ま、初代の方は短命じゃなかったって言う、設定なんですけどね」
優夜「今後の辻褄合わせか」
空亡「幻想郷年表通りやらないと、何かと狂いますからね」
優夜「ところで、やっぱりアイツ出てくるの?」
空亡「ええ。楽しみですか?」
優夜「アイツが人間なのか疑わしくなっただけだ」
空亡「一応人間なんですけどね。ウォルター的な」
優夜「半分人間越えてるじゃねえか」


次回予告
友との本当の再会を果たすために、優夜はかぐや姫の難題に挑む。
東方幻想物語・蓬莱編、『五人のF/知られざる難題』、どうぞお楽しみに。



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五人のF/知られざる難題

???side

 

 

竹取物語

日本最古の物語であり、『物語の祖(おや)』と呼ばれている。

成立年、作者共に不明、遅くても平安時代初期(10世紀半ば)までには成立されたといわれている。

内容は竹取の翁が光り輝く竹から掌程度の大きさの少女をを見つけ、家に持ち帰った老夫婦はその少女を実の娘のように大事に育てる。

それから翁が竹取に出掛けると、光る竹の中から金が出てくるようになり、それから老夫婦の家は豊かになった。

少女は時が経つにつれどんどん大きくなり、僅か三ヶ月で二十歳ほどの娘へと成長した。

老夫婦は竹から出た金を元手に都に住処を移し、またその少女に「なよ竹のかぐや姫」という名前を授けた。

この世のものとは思えない美しさを持つかぐや姫の噂は都中に流れ、男共は姫の姿を見ようと必死になった。その中には恋い焦がれ、求婚する者もいた。

やがて野次馬の足は遠のき、最後に残ったのは五人の貴族。石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂となった。

 

かぐや姫は、その五人に対して『五つの難題』を申し渡した。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

「まさか、ここで再会するとは思いませんでしたよ」

「それはこっちの台詞だ」

 

 

俺は今、かぐや姫がいる部屋の前で竹林で出会った青年と話していた。

何故こうなったのかは、その場にいた貴族たちの邪魔者を見るような視線に耐えきれなかったからだ。ったく、どの時代にも嫌な奴はいる者だな。

部屋の中からは貴族たちがかぐや姫に対して必死に求婚している。いい歳した大人がみっともない

 

 

「しかし、貴方もかぐや姫に求婚を?」

「冗談言うなよ。こっちはただ、世間様が騒ぐかぐや姫の姿を拝みに来ただけだ」

「そうですか。でも、まさかあの稗田阿礼様の連れだったとは」

「彼女とは都で出会って、なし崩し的に仲良くなったんだよ」

「面白い人ですね。どうやら、僕の糸にも勘付いていたみたいですしね」

 

 

青年はその手から伸びている糸を撫でる。

 

 

「それは?」

「『光糸(こうし)』、僕が創った特別性の糸ですよ」

「目に視えず、なおかつ硬い、いや、問題はそれを巧妙に張る本人の技術か」

「お目が高いですね。まあ、ここに張っているのは状況を把握するためですけどね」

「糸に引っ掛かれば侵入者がどこにいるのか分かるってわけか」

「僕は弱いですから。いち早く逃げるために、策は練っておかないと」

「どこ口が言いやがる」

 

 

俺は青年を睨みつける。

本人は弱いと言っているが、着物越しでもその身体付きは認識できる。

こいつは強い。恐らく、そこらの妖怪なんて目じゃないほどだ。

 

 

「さて、そろそろ戻りましょうか」

「ああ」

 

 

俺たちはそこで話を終えると、部屋へと戻った。

そこには、頭を悩ませている五人の貴族達がいた。

俺は近くで座っていた阿礼達に歩み寄り、小声で事情を聴いた。

 

 

「どうしたんだ?」

「実は、かぐや姫があの人達に難題を出して」

「それを見事達成した人と結婚するって話なんだけど」

「それが、どれもこれも無理難題なのよ」

 

 

三人は困ったような顔でそう答える。

恐らく、それは龍の頸の玉、仏の御石の鉢、火鼠の皮衣、燕の子安貝、蓬莱の玉の枝といった『五つの難題』のこと。

どれもこれも御伽話でしか聞いた個の内容なものばかり、実際にあるかどうか…………。

しかし、貴族たちはそれでも探すだろう。結末を知っている俺からすれば、可哀想に見える。

 

 

「………あの」

「ん?」

 

 

突然、奥から聞きおぼえのある声が漏れた。

それは部屋の奥で顔を隠して座っている彼女、かぐや姫からだった。

 

 

「貴方は、他の皆さんのように求婚をしに来たのではないのですか?」

「あはは。まあ、確かにほとんどの男性はそれが目的で来るでしょうが、生憎違います」

「それでは、なぜここに?」

「俺はただ、貴女の願いを叶えたいと思ってるだけですよ」

「願いですか?」

 

 

かぐや姫から疑問の声が上がる。

 

 

「そう。外に出たい、美味しいものを食べたい、友達が欲しい、何でも構いません」

「それで、私が貴女の事を好きになるとでも?」

「いいえ。俺はただお節介がしたいだけ、鳥籠に囚われた姫君を助けたいだけです」

 

 

俺は彼女の目の前まで歩み寄って腰を下ろすと、一枚のハンカチを取り出した。

頭上に?マークを浮かべる姫様と皆の衆、俺はそれを尻目にハンカチを手に被せる。

すると、一呼吸の間を置いてハンカチを取ると、俺の手に一輪の花が握られていた。

 

 

「……!?」

「ふふっ。どうですかな、お姫様」

「それは……」

「ちょっとした手品だよ。再会した記念に、どうぞ」

 

 

俺は彼女にその花を手渡した。

彼女はそれを受け取ると、頬に一筋の涙を流していた。

 

 

「それじゃあ、俺はここで失礼しますよ」

「待って」

 

 

俺がその場から立ち去ろうと思った時、かぐや姫が呼び止めた。

 

 

「貴方にも、難題を出すわ」

「その報酬は、なんですかな?」

「……貴方の願いを、なんでも叶えます」

「そうか。ところで、その難題は?」

「半月の弓、というのはどうでしょう」

「半月の弓ね………いいぜ、その難題受けて立つ」

「期待してますよ」

「ああ」

 

 

 

こうして、俺はかぐや姫から難題を出された。

俺はかぐや姫に別れを告げ、その場を立ち去る。

置いてけぼりの貴族たちや阿礼たちの中で、ただ一人、あの青年だけが俺の事を面白そうに見ていた。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

その日の夜、俺は夜度の部屋で三人の女性に詰め寄られていた。

ルーミアは笑っていない笑顔を浮かべ、ゆかりは呆れたような表情を浮かべ、阿礼は一人だけ目を輝かせている。なんだろう、嫌な予感がする。

 

 

「優夜、あれは何だったの?」

「いや……ほら、第一印象って大事じゃない」

「だからって、あれだけの人の前でよく平然と」

「あはは………まあ、かぐや姫が楽しんでくれたからいいじゃないか」

「そうですよ。それより、あれってどうやったんですか?」

「ふふふ、そう簡単に手品の種を教えたら面白くないだろ?」

「今はそういう話をしてる場合じゃないでしょ」

 

 

ルーミアは溜息を吐くと、改めて話を切り出した。

 

 

「……で、どうするのよ?」

「半月の弓って、聞いたことないのですけど」

「私もです」

「俺もだ」

「え? 知ってるんじゃないんですか!?」

「知るわけないだろ。なにせ、取って付けたような名前だからな」

「その割には、それが何か知っているみたいでしたけど?」

「心当たりはあるからな」

 

 

下弦の弓、恐らくそれは永琳の弓の事だろう。

あの形は弓張月(半月)が元になってるし、何より彼女と俺が共通して知っている物だからな。俺が本物の神無 優夜か試すつもりか。

 

 

「となると、少し遠出になるな」

「どこに行く気ですか?」

「俺とルーミアが最初に出会った場所だ」

「……どうしてそこに?」

「あの場所になら何かあるかもしれないからな」

「よろしければ、一緒に」

「いや、今回は俺一人で行く。みんなは都に残っててくれ」

「いいんですか?」

「なに………ちょっとした、帰省だよ」

 

 

俺は三人にそう告げると部屋から出ていかせた。

目的地は月の民の街があった場所、俺の物語が始まった場所だ。

そんな事を思い出しながら月を眺めようと、俺は宿から出て都の通りへと出た。

すると、そこにはあの青年が俺の事を待っていた。

 

 

「お前……」

「夜分遅くに月見ですか。なんとも風情がありますね」

「何しにきやがった」

「酷い言い方ですね。これでも貴方には興味があるんですよ」

「興味、ね………」

 

 

俺は青年の事を警戒していた。

もしかしたら、あの貴族たちに雇われて俺を襲いに来たのかもしれない。そう思った。

 

 

「安心してください。別に僕は貴方に危害を加えるために来たわけではありませんよ」

「どうだかな」

「信用がないですね。僕はただ、お礼に来ただけですよ」

「お礼?」

「貴方のお陰で五人の貴族たちは躍起になり、ありもしない物を探しに動きだした」

 

 

青年はそう言いながら口元をニヤッとさせながら笑う。

 

 

「お前、一体何者なんだ?」

「それはこっちの台詞ですよ。神無 優夜さん」

「何で俺の名前を」

「そこの宿の主人に聞いただけですよ。名前を知らなと何かと不便ですからね」

「なら、お前の名前も教えてもらおうか」

「いいですよ。それに、貴方の誤解も解かないといけないですし」

 

 

青年はそう言うと、髪留めを外した。

藍色の髪が月明かりに照らされながら舞うと、青年は俺へと向かってこう言った。

 

 

「僕の名は『愛識 光姫(いとしき こうき)』、藤原氏に仕える者です」

「藤原って、いや、それよりも!?」

「ええ、こう見えても僕、女ですよ」

 

 

そう言って青年改め、少女は悪戯な笑みを浮かべた。

この数奇な人生で類を見ないほど、俺は驚きに満ちていた。

 

 

「そういうことなので、以後よろしくお願いします。ユウヤさん」

 

 

 

 

 





空亡「ふふ、というわけで改めて主要人物が登場ですね」
優夜「良かった……本当に良かった」
空亡「一部の人の期待を裏切るのは非常に申し訳ないんですけどね」
優夜「腐ってる……」
空亡「しかし、かぐや姫はやっぱり憶えていたみたいですね」
優夜「第10話でやった奴をそのままだからな。自分でも粋なことをしたと思ってるぜ」
空亡「昔の思い出ですからね」
優夜「ああ。そして、今度は思い出の品を求めて旅ってわけか」
空亡「楽しみですね」


次回予告
かつて月の民が見捨てた街に、優夜は弓を埋めた。それを今、取りに行こう。
東方幻想物語・蓬莱編、『Mを求めて/意外な同行者たち』、どうぞお楽しみに。


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Mを求めて/意外な同行者たち

神無 優夜side

 

 

かぐや姫から五つの難題を申し渡された貴族たちは動きだした。

大伴御行は『龍の頸の玉』を求め、龍退治へと海へ出た。

石作皇子は『仏の御石の鉢』を求めるが、大和の国の山寺へ偽物を探しに出た。

阿倍御主人は『火鼠の皮衣』を求めるが、唐の商人から買い取った(偽物)。

石上麻呂は『燕の子安貝』を求め、燕の巣を探しに行った。

車持皇子は『蓬莱の玉の枝』を求めるが、都の職人に贋作を作らせる。

 

結末を知っている身としては、なんとも可哀想に見える。

まあ、俺もその一人に数えられるわけなんだよな。

 

俺がかぐや姫から申し渡されたのは『半月の弓』、つまりは永琳の弓だ。

もう本物は当の本人が持っていると思うのだが、実はこれがもう一つあったりする。

数億年前、うっかり壊してしまった物があの場所に埋まっている。

永琳にはバレなかったが、笑い話で輝夜に話した覚えがある。

 

これは俺が『神無 優夜』である事を証明する難題だ。

ちゃんと顔合わせするためにも、この難題、解いてみせる。

 

 

「………と、決意したはずなんだが」

「どうかしましたか?」

 

 

俺は隣を歩く人物を睨む。

そこには愛識 光姫が、何食わぬ顔で、さも当然のように歩いていた。

何故こうなったのか、実は昨晩の話に遡る。

 

 

 

少 年 回 想 中

 

 

 

自分の名前と女であることを明かした光姫は、俺に微笑みを向ける。

今までが今までだったからか、その笑みの奥に何か企みがあるように見える。

 

 

「ところでユウヤさん、一つ頼みを聞いてくれませんか?」

「なんだよ」

「貴方の難題、僕にも手伝わせてくれませんか?」

「は?」

 

 

それは意外な言葉だった。

 

 

「お前、藤原の従者って言ってたよな?」

「確かに藤原不比等、今は車持皇子と名乗ってますけど、その方の従者ではありますね」

「普通なら、そっち側につくはずだろ」

「そうなんですけど、僕は面白いほうについて行く性質なので」

「面白いって」

「あのかぐや姫が貴方を見て動揺した。その真意をこの目で確かめたいのですよ」

「好奇心旺盛だな」

「知りたがりなだけですよ」

 

 

彼女はそう言うと、俺に歩み寄り顔を近付ける。

相手の吐息が掛かるほどの距離に迫られ、心なしか心臓が高ぶっている俺が居る。

 

 

「……それに妖怪と旅する人間がどんな人なのか、それも知りたいですからね」

「お前……!?」

「僕もそれなりに勘が鋭いんですよ」

「驚いたな。ってことは、俺の事もか?」

「ええ。普通の人間は違う、ということだけですけどね」

「そうかよ。ったく、賢しい奴は嫌いだ」

「それほどでも」

 

 

彼女は嬉しそうに笑う。

俺もいろんな人間や妖怪を見てきたが、彼女の言葉一つ一つが信じられない。

普通なら女性に対してここまでの感情を抱くことは無いはずなのに…………。

 

 

「どうしますか?」

「ちなみに断ったら?」

「秘密です」

「おお、怖い怖い」

「……僕は知りたいんですよ。貴方という人物を」

 

 

彼女は今までの張り付けたような笑みではなく、真剣なまなざしで俺を見る。

その目は、俺がいつも見ていた目とよく似ていた。

 

 

「わかった。その代り、今の言葉の意味を教えてもらうぞ」

「……いいでしょう。その約束、守りましょう」

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

こうして、俺は光姫の旅の同行を認めた。

ルーミアたちとは宿屋で別れたが、こんななら誰か一人でも連れてくればよかった。

ちなみに、今はあの竹林の中を歩いている。

 

 

「まさかもう一度ここに来るとは」

「貴方と出会った思い出の場所ですね」

「何言ってんだよ。それより、迷わないのか?」

「僕はここらの地理には詳しいですからね。半日もあれば抜けられますよ」

「半日……だと……!?」

「こんな所で迷うのは、方向音痴くらいですよ。きっと」

 

 

彼女はあっさりとそう言い放つ。

悪意があれば怒れるのに、無意識で言っているから怒れない。

ここで怒ったら墓穴を掘るだろうし、コイツ、根っこから腹黒いな。

 

 

「ところで、一つお聞きしたいのですけど?」

「なんだよ」

「貴方の連れって三人だけでしたよね?」

「ああ。ルーミアとゆかり、阿礼はたまたま出会っただけだ。それがどうした?」

「……じゃあ、さっきから僕たちの後ろからつけてきているのは誰でしょうね?」

 

 

俺と光姫が同時に足を止めると、後ろの方で一瞬遅れて足音が聞こえた。

俺もさっきから感じてはいたが、妖怪でもないし、とにかく竹林を出てから確かめる気ではいた。

しかし、光姫を見ていると本当に人間なのか疑問に思えてくる。

 

 

「――ちなみに、心当たりは?」

「ありますけど、どこで嗅ぎ付けたんですかね。藤原氏にすら教えてないのに」

 

 

光姫は嬉しそうに笑うと、振り返る。

俺も振り返ると、竹の影に一人の少女が隠れていた。

 

 

「知り合いか?」

「ええ。そうですよね、“妹紅”」

「え?」

「……バレちゃったか」

 

 

竹の影から現れた少女は照れ臭そうに頬を掻いた。

綺麗な短い黒髪、動きやすいミニスカートのような着物を着ている。

少女は俺の事を一瞥すると、光姫の下へと駆け寄った。

 

 

「光姫、どこに行くの?」

「少しこの方と旅に出るだけですよ」

「旅?」

「かぐや姫の難題、その手伝いですね」

 

 

光姫がそう言い聞かせると、少女は俺へと視線を向ける。

 

 

「光姫」

「解ってますよ。この方は『藤原 妹紅』、藤原氏の娘ですよ」

 

 

光姫はそう言って妹紅を紹介した。

原作とは容姿が違う所為で認識するのが遅れたが、よく見ると『小説版:儚月抄』の挿絵で見たことがある。そういえば、妹紅って蓬莱の薬を飲む前は黒髪だったっけ。

そんな風に考えていると、妹紅に不審な目で見られていることに気付いた。

 

 

「どうかした?」

「貴方も、かぐや姫に求婚したの?」

「いや。お姫様の遊びに付き合ってるだけだ」

「そうなの……」

 

 

そう言って妹紅は光姫の影に隠れた。

思いっ切り警戒されているな。まあ、仕方ないか。

 

 

「仲が良いみたいだな」

「教育係みたいなものですからね。父親より顔を合わせてますし」

「どちらかというと、妹紅の従者ってことか」

「そうなりますかね。まあ、あんな人の下で働くよりは幾分マシですけど」

 

 

光姫はそう言って悪態を吐いた。

どうも彼女、藤原不比等の事を良く思ってないみたいだ。

そんな彼女が何故従者なんかをしているのか、旅の途中で聞いてみるとしよう。

 

 

「ねえ、光姫」

「なんですか?」

「私も、付いて行ってもいいかしら?」

「……どうしてですか?」

「貴女といた方が楽しいから………じゃ、だめ?」

「僕は構いませんが、決めるのは彼ですよ」

 

 

光姫は俺へと視線を向ける。それに合わせてもこうも俺を見る。

ああ、なんで俺の元にはこういう面倒が舞い込むのだろうか。ある意味ありがたいとは思っている自分がいて、少しムカつく。

 

 

「わかった。でも、条件がある」

「なに?」

 

 

俺は妹紅の前に膝を下ろすと、一枚のハンカチを取り出した。

頭上に?マークを浮かべる妹紅、俺はそれを尻目にハンカチを手に被せる。

すると、一呼吸の間を置いてハンカチを取ると、俺の手に一輪の花が握られていた。

 

 

「……!?」

「この花を受け取ってくれませんか?」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

妹紅は驚きながらも、その花を受け取った。

俺の中では女性にはこれが一番受けがいい。陳腐な手品でも、少しは笑顔になれるから。

 

 

「貴方、名前は?」

「神無 優夜、普通よりも少し長生きな人間だ」

「優夜……よろしくね」

 

 

妹紅は笑顔で俺にそう言った。

 

 

「良かったですね。お友達ができて」

「うん」

「それじゃあ、行くか」

「そういえば、どこに向かう気ですか?」

「どうせだ。今までの道順を逆に辿るさ」

「ふふっ。どうやら、退屈せずに済みそうですね」

「その言葉、二度と忘れるなよ」

 

 

さて、意外な同行者を連れた俺の旅、無事に事なきを終えられるのか?

まずは、久しぶりにあの神様にでも会いに行くか。

 

 

 

 

???side

 

 

「ふ~ん。面白い事になってるわね」

 

 

遠くの山で、鴉がニヤリと笑った。

 

 

 

 





空亡「さて、かぐや姫の難題……と呼べるのでしょうか?」
優夜「ある意味難題だろ。俺以外なら」
空亡「まあ、そうですね。しかし、退屈しないたびになりそうですね」
優夜「光姫のことはある程度予想してたが、まさか妹紅まで」
空亡「藤原氏の従者ですからね、妹紅を出さないわけにもいかないでしょう」
優夜「その割には主に忠実じゃないみたいだが?」
空亡「それに関しては今後の展開をお楽しみください」
優夜「相変わらずネタバレに関しては口が堅いな」
空亡「そのネタバレでしばらく遊べましたけどね」
優夜「頼むから、もうああいう冗談はやめてくれ」
空亡「善処します」


次回予告
旅路の思い出は楽しい事ばかりじゃないが、昔馴染みの顔に会うと嬉しくなる。
東方幻想物語・蓬莱編、『お気楽なG/奇妙な顔合わせ』、どうぞお楽しみに。



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お気楽なG/奇妙な顔合わせ

神無 優夜side

 

 

永琳の弓を求め、旅をしてきた俺と光姫と妹紅。

最短ルートで月の民の街があった場所へと向かっているが、今は少し寄り道をしている。

歩きっぱなしの旅の疲れを癒すのと、昔の顔馴染みと再会するためだ。

 

 

「というわけで、やってきました諏訪」

「諏訪ですか……前から来てみたかったんですよね」

「光姫が話してた諏訪大戦のこと?」

「ええ。何でも大和の神の軍勢にたった三人で立ち向かったという話がありますからね」

「一人は神様で、一人は妖怪、一人は人間だったっけ」

「ええ。その中でも人間の方は三貴子と戦って引き分けたらしいですね」

「凄い‼‼」

「まあ、最後は一対一の決闘で諏訪側は負けてしまいましたけどね」

「ソウダネ~」

 

 

俺は二人の話から耳を逸らしながら街道を歩いて行く。

ああ、やっぱり伝わってるのか。しかも、天照たちと戦ったことまで伝わってるのかよ!?

諏訪子に会うとき、あの戦いがどんなふうに伝えられてるのか聞いておこう。

光姫と妹紅が楽しげに話していると、目の前に見覚えのある社が見えてきた。

 

 

「着いたか」

「守矢神社、ですか」

「優夜、どうしてここに来たの?」

「ここに知り合いが居るんだよ。少し変わったね」

「もしかして、神様とでも言うんじゃありませんよね?」

「やっぱり、お前の勘は凄いな」

 

 

俺は嬉しそうに笑みを浮かべながら、階段を上がっていく。

二人は互いに顔を見合わせて首を傾げると、俺の後に着いてくる。

階段を登っていくと、境内から女性の鼻歌が聞こえてきた。

階段を登りきると、そこには見覚えのある姿があった。

 

 

「あら、参拝客の方ですか?」

 

 

境内で掃除をしていた少女は、俺たちへと笑顔を向けた。

その面影は、かつてこの守矢神社に仕えていた巫女、東風谷 叶恵によく似ていた。

 

 

「まあ、そんなところだ」

「ん? 貴方、もしや神無 優夜さんですか?」

「そうだけど……どうして名前を?」

「あの、諏訪子様から客人がここに来ると聞いてたので」

「諏訪子が……?」

 

 

何で諏訪子が俺がここに来ることを知ってるんだ?

いくら神様でも、あいつにそんな事は出来ないはず。考えられる可能性としては、

 

 

「誰かが教えたか」

「さて、それは誰でしょうね」

「ん? その声は」

 

 

頭上から聞き覚えのある声が聞こえ、俺は咄嗟に空を見上げた。

すると、一陣の風と共に黒い羽根を羽搏かせながら、その女性は俺の前に降り立った。

 

 

「お久しぶり。優夜」

「凪か。意外な再会だな」

 

 

そこに現れたのは射命丸 凪だった。

意外な人物の登場に少し困惑する俺だったが、すぐ後ろから嫌な予感をがした。

 

 

「ふふふ………面白い」

「え?」

「噂に聞く鴉天狗、よもやここで出会うことになるとは。なんたる僥倖(ぎょうこう)」

「どうなってんの?」

「ああ、光姫って見たこともないものを見るとこうなっちゃうのよ」

「ふふ、自分が乙女座である事をこれほど嬉しいと思ったことはない」

「どこかのブシドーみたいなこと言ってるよこの人」

「こういう人だから」

 

 

妹紅も呆れて溜息を吐いている。

見た目嫌味なクールキャラかと思ったのに、中身は残念なのか。

ああ、光姫に対してギャップ萌を感じてしまう自分が憎い。

しかし、なんで凪が守矢神社にいるんだ?

 

 

「何だか騒がしいと思ったら、もう来たのね」

 

 

呆れたような声、けれど、どこか嬉しそうな感情が含まれていた。

声のした方へと視線を向けると、そこには久しぶりに会う小さい神様が笑っていた。

 

 

「久しぶりだな。諏訪子」

「元気にしてるみたいだね」

「ああ、それなりにな。所で一ついいか?」

「話なら家の中で聞くよ。旅して手疲れてるでしょ?」

「……そうさせてもらうか」

 

 

俺は諏訪子の後に着いて行った。

凪のことも色々聞きたいが、今は再会した喜びでも噛みしめておこう。

 

 

 

             少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

諏訪子に案内されたのは、かつてみんなと食事を囲んだ居間だった。

ただ、あの時とは違って、なんとも珍しいメンバーが集まっているわけだが。

 

 

「さて、再会の印に気の利いた言葉でも言いたところだが」

「何か言いたいみたいね」

「……なんでアンタがいるんだ?」

 

 

俺は当然のように座っている凪へと視線を向けた。

俺が知ってる限りじゃ、守矢神社との関連性ってないはずなのだが。

 

 

「ああ……実は貴方の事を知っておこうと思って、ここに来たのよね」

「そういえば、随分前に俺の旅の話もしたっけ」

「で、その時偶然出会った諏訪子と仲良くなったのよ。以上」

「解り易い説明ありがとう。ついでに、何で俺がここに来ることを知ってた?」

「それは監視してて、行き先とか考えたらここに来るだろうなって思っただけよ」

 

 

凪はそう言いながら卓袱台の上に置かれたお茶を飲んだ。

今サラッと監視とか言われたんだけど、まさか、コイツ………‼

 

 

「凪、まさか薊に」

「言わないで」

「仮にも大天狗なのに、お前それ」

「ええそうよ‼ 使い走りよ‼ あの人、自分が暇だからって私に押し付けて」

「お、落ち着け」

「あの一件で下の子たちからの信頼も失くしてるっていうのに……もうやだ、あの上司」

 

 

凪は卓袱台に突っ伏したまましくしくとなき始めた。

上からも下からも圧迫されて、まんま中間管理職の悩みだな。

とりあえず、今はそっとしておこう。

 

そして、もう一つ、俺が気になっていることがある。

それは目の前に座っている諏訪子の隣にいる女性だった。

サイドが左右に広がった紫がかった青髪のセミロング、白色のゆったりとした長袖の上に赤い上着と臙脂色のロングスカート、背中の注連縄が無かったら気付くのに遅れたが、間違いなくあの人だ。

 

八坂 神奈子、諏訪子が一対一の決闘をして勝った神だ。

原作じゃ風神録以降の異変で度々関わって、また守矢かという言葉が出るほどだ。

軍神とまで呼ばれたほどだから、偉そうにしてるのかなと思っていたが………………。

 

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 

大人しい。大人しすぎる。

さっきから視線を向けるたびに逸らされるし、むしろ怯えられてる!?

いくら原作と違うところがるからって、ここまで来たらダメだろ。

 

 

「……俺って何かしたっけ、諏訪子」

「ああ。神奈子の事? 実は私も違和感があるのよね」

「いつも通りってことじゃないみたいだな」

「原因は優夜というより、昔のあの戦いだね」

「え?」

 

 

昔のあの戦いって、十中八九諏訪大戦の事だよな。

あの時は神奈子に出会ってない………いや、まさか。

 

 

「アンタ、あの三貴子の知り合いな上に戦ったって言われてるらしいじゃない」

「嘘はないな。」

「その所為で神奈子が謙遜してるのよ」

「ああ………」

 

 

俺は改めて神奈子へと目を向ける。

よく考えれば、俺は神奈子の上司と知り合い。その上、あの戦いでは神共相手に無双してたものな。こんな反応されて当然か。

 

 

「そういえばあの三人って結構偉いんだったな。あの調子だから忘れてたわ」

「天照、須佐之男、月夜見のことをそこまで言えるのはアンタだけだよ」

「あはは………あ」

 

 

その時、俺は冒頭の話を思い出してしまった。

思い出してほしい、光姫がここに来た時の会話を、覚えてない人は上スクロールだ。

俺は隣にいる光姫へと視線を向けると、彼女は笑っていた。

 

 

「ふふ、やっぱり貴方について来て正解でした」

「ああ、これはヤバい」

「鴉天狗に諏訪の神、それだけでも十分なのに。やはり君は面白い」

「……怖い」

「光姫、あまりこの人達に迷惑かけない」

「解ってます。解ってますけど、ああ、この感情をどこにぶつければ」

 

 

目を輝かせながら俺の事を見つめている光姫。

世が世ならマッドサイエンティストになってただろうな。

 

 

「なんだか賑やかになったね」

「ルーミアたちの代わりに静かになると思ったけど、こっちの方が面倒だな」

「いいじゃないか。周りがうるさいくらいがちょうどいいもんなんだよ」

「そうか……諏訪子はどうなんだ?」

「見ての通り、と言いたいけど。神奈子がこんな調子じゃ説得力無いね」

 

 

諏訪子は横目で神奈子を見る。

 

 

「う、うるさい。お前と私じゃ事情が違うんだ」

「こっちはそういう事情無しで仲良くしたいんだけどな。ね、神奈子」

「え、いや、その………はい」

「あはは‼‼‼ あの神奈子がここまで縮こまるなんて、笑える」

「……んだと‼‼ 黙って聞いてれば好き放題言いやがって、この両生類」

「はっ、事実を言われて怒るなんて、相変わらず短気だね」

「頭に来た。表に出ろ‼‼」

「いいわよ。日頃の恨み、ここで発散させてもらうわ‼‼」

 

「どうしてこうなった」

「十中八九、優夜の所為ね」

「神同士の戦い、是非とも拝見したいですね」

「危ないよ。光姫」

「こっちはこっちで楽しんでやがる」

「何を言う。たった一度の人生、楽しまなければ大損だぞ」

「そういうものかな」

 

 

目を輝かせながらそう語る彼女が、少し眩しく見えた。

でも、たまにはこうして息抜きをするのも悪くはないな。

 

ちなみに、神奈子と諏訪子の喧嘩は、途中で神社を破壊しそうになったので俺が止めた。

 

 

 

 

 




空亡「再び登場、諏訪子様に凪さん」
優夜「えらく懐かしいのが出てきたな」
空亡「このまま行くと出番なさそうだったので、出してくれと」
優夜「大変だな」
空亡「大変なのは、原作キャラよりオリキャラの方が影が濃いんですよ」
優夜「凪は愚痴るし、光姫はなんだか分からないテンションだしな」
空亡「完璧な人間はいないってことで、ここは一つ」
優夜「うち一人は大天狗だけどな」
空亡「さて、次回はあの人が登場」
優夜「あの人?」
空亡「ヒントは、邪神」
優夜「え?」


次回予告
本当の自分とは何なのか? 夢と現実も狭間で、彼は葛藤する。
東方幻想物語・蓬莱編、『紅い髪のC/胡蝶の夢』どうぞお楽しみに。、



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紅い髪のC/本当の記憶

???side

 

 

夢を見た。けれど、それはあまりにも現実味を帯びた夢だった。

 

ネオンの光で満ちる街を見下ろすように建てられた、街外れの教会。

教会の中はステンドグラスの色鮮やかな光に照らされ、それはとても美しかった。

 

そこに、少女達が居た。いや、倒れていた。

血だまりに沈む少女達を、俺は見ていることしかできなかった。

 

奥で男が笑っている。楽しそうに狂った笑いを上げている。

どうやら少女達を殺したのはこの男らしい。だが、月明かりの影で顔が見えない。

 

まだ息がある少女は、必死に男に手を伸ばしている。

何か言っているみたいだが、俺にもその男にも声は届かない。

 

目障りだと思ったのか、男は手に持っていた銃を少女へと向けた。

そして…………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

嫌な夢を見た。それはそれは気味の悪い夢を。

今思いだすと、何故か胸が締め付けられているようで苦しい。

隣を見ると、光姫が静かに寝息を立てて寝ていた。妹紅は何故か布団があらぬところへと行っていた。

 

 

「………気晴らしに月でも眺めるか」

 

 

俺は妹紅に布団を掛けると、外に出た。

夜空にはまだ月が出ているが、ここからでは良く見えない。

俺は鳥居の方へと足を運んだ。だが、そこには先客がいた。

 

紅いポニーテールを靡かせ、林檎を齧っている少女の姿がそこにあった。

 

 

「お前は………」

「久しぶりだな。神無」

 

 

振り返った彼女は、口元を吊り上げた。

『生ける炎』の呼び名を持つ邪神、クトゥグア。

以前、チクタクマンから俺を助けてくれた恩人の一人で、終始俺の事を気に入っていない様子だったのを覚えている。

容姿を簡単に表すなら、佐倉〇子を大人にしてみたような姿をしている。ちなみに胸も、

 

その時、俺に向かって林檎が投げられ、見事顔面に命中した。

 

 

「いたっ(> <)」

「今余計な事を考えただろ?」

「すみません(T_T)」

「ったく、早く上がって来い」

 

 

俺は落ちた林檎を拾い上げると、鳥居の上に登った。

隣では彼女がラズベリーを口にしていた。

 

 

「お前も食べるか?」

「いや、俺はこっちの林檎でいい」

「そうかよ」

 

 

月を眺めながら、俺と彼女は黙々と食べた。

なぜだろうか、前にもこんな事をしたような記憶がある。

 

 

「偶には月美をするのも悪くはないな」

「どちらかというと、月より団子でしょ?」

「違いない。でも、誰かと一緒に見る月は綺麗なものだ」

「ああ、そうだな」

 

 

俺は芯だけになった林檎をゆらゆらと揺らしながら月を眺める。

 

 

「なあ、アンタは知っているのか。俺の事」

「ああ、知っている。けど、今は話せない」

「なんでだ?」

「今のお前じゃ、この真実を受け止められない。それだけだ」

「それだと余計気になるな。俺の本当の記憶」

「怖くはないのか?」

「主人公には暗い過去が付き物。それを乗り越えてこそ真の主人公、ってね」

 

 

俺は無邪気な笑顔を彼女に向けた。

怖くない。と言えば嘘になるが、知らずに生きるよりは何十倍もマシだ。

それに、さっきの夢も気になる。アレはただの夢じゃない、確かに俺が見た記憶だ。

どこから嘘で、どこから本当なのか、もうそれすら分からなくなってきた。

 

 

「ところで、アンタは何でここに?」

「『風歌(ふうか)』から、お前に届け物だってさ。ったく、俺を何だと思ってるのか」

「風花?」

「ああ、今のお前は知らなかったんだっけな。あの時、一緒に居た奴さ」

「名前もあったんだな」

 

 

アイツといい、邪神もいやに普通の名前を名乗るんだな。

もう少し厨二臭いかと思った俺の思考は間違っているのだろうか?

 

 

「本名じゃ何かと呼びにくいからな、それに…………いや、いいか」

「ちなみに、アンタは?」

「『深紅(みく)』だ。女々しい名前で嫌気がさすぜ」

「そうかな? 俺は可愛いと思うよ、その名前」

「………二度も同じ台詞、か」

「何か言った?」

「何も」

 

 

深紅は誤魔化すように笑うと、俺に何かを投げ渡した。

それは土に汚れた弓袋だった。中には、真っ二つに折れた弓が入っていた。

間違いない。遥か昔に俺の手違いで折ってしまった永琳の弓だ。

 

 

「ん? これは」

 

 

袋の中に、何かは言った。

それはTRPGで使うような赤色の10面ダイスだった。

 

 

「俺からの贈り物だ。もしもの時に役に立つ」

「もしもって」

「そうだな。お前が復讐に我を失うような愚か者じゃなかったら」

「なんだ、このダイスが応えてくれるってのか?」

「まあ、そういうところだ。試しに振ってみろ」

「と言っても、俺ってダイス運悪いんだよな」

 

 

俺はダイスを鳥居の上で転がすと、あの独特のダイス音が鳴った。

 

 

「1Ⅾ100、結果は97。ファンブルか」

「何してんだよ」

「ここでファンブル、この後不運な出来事になるかも」

「まだその時じゃないってことか。時期尚早だったか」

「帰るのか?」

「お前みたいに暇じゃないんだよ」

 

 

彼女はそう言って俺の手から林檎の芯を奪い取る。

 

 

「お姫様の遊びに付き合うのもいいが、気を付けろよ」

「何をだよ?」

「この世界は普通とは違う世界線だ。お前の原作知識なんて無意味と思うほどな」

「そんなこと、とっくの昔から気付いてる」

「なら、一つだけ悪いことを教えてやる」

 

 

彼女は口元をニヤッとさせると、手に持った林檎の芯を燃やした。

 

 

「愛識 光姫、アイツは殺される」

「なんだと……!?」

 

 

メラメラと燃える林檎は燃え尽き、灰となって崩れた。

 

 

「全てのイレギュラーが消えた時、何が起こるか。アイツはそれを知りたいんだ」

「イレギュラーって、まさか光姫も」

「せいぜい、頑張れよ。神無」

 

 

彼女はそう言い残すと、鳥居から飛び降りた。

下を見ても、そこには彼女の姿はどこにもなかった。

 

 

「光姫が……?」

 

 

彼女の言葉の真意は、俺にはわからない。

ただ、どうやら光姫にも、何かある事は確かだった。

 

 

「ファンブルの結果は、こういう意味かよ」

 

 

俺は受け取ったダイスを握り締め、相も変わらず照らし続ける月を仰ぎ見た。

 

 

 

 

 

???side

 

 

彼と別れた後、深紅はとある場所に訪れていた。

そこはかつて“美命”が一番最初に滅ぼした世界だった。

 

廃墟となった街を見下ろすように建てられた、街外れの教会。

教会の中はステンドグラスの破片が地面に散らばり、かつての面影などどこにもなかった。

 

その奥の会衆席に、風歌はいた。

 

 

「どうだった?」

「相変わらず、女に振り回されてたよ」

「やっぱりね。でも、安心した」

「それと、頼まれてた物も渡してきた」

「ありがとう。わざわざ行ってくれて」

「どうせ暇なんだ。これくらいやるさ」

 

 

深紅はそう言うと、風歌の隣に座った。

 

 

「……随分とここが気に入ってるんだな」

「まあね。ここには“彼”も来ないから」

「滅んだ世界なんて眼中に無いってわけか」

「それは、僕たちも同じでしょ」

「……そうだな。結局は同じか」

 

 

深紅は会衆席に寄り掛かると、穴が開いた天井を仰ぎ見た。

 

 

「神無の記憶が戻った時、どうなるんだろうな」

「わからないよ。それこそ、神のみぞ知るってやつじゃないのかな」

「それ、皮肉ってるつもりか?」

「そうだよ。所詮、僕たちは邪神。自分たちの事しか考えない自己中心的な生き物さ」

 

 

風歌は立ち上がると、祭壇に飛び散っているステンドグラスの破片を拾い上げる。

 

 

「彼の記憶はこのステングラスの様に粉々になってる」

「修復するには、破片をすべて集める必要があるか」

「でも、破片を集めるたびに浮かび上がるのは、とても残酷な真実」

「果たしてステンドグラスが完成した時、そこに出来上がるのは何なのか?」

「答えは、神のみぞ知る」

 

 

廃墟となった世界で、二人の邪神は空を見上げた。

そこにいるはずもない神に、まるでその答えを求めるように。

 

 

 





空亡「さて、ここからどうなるのでしょうね」
優夜「目的は案外あっさりと終ったが、嫌な台詞残していきやがって」
空亡「止められますか? たとえ変えられぬ結末でも」
優夜「最後まで何が起きるか分からねえのが、人生の良い所だろ」
空亡「そうですね。まあ、期待してますよ」
優夜「どっちの期待なのかは聞かないでおくぜ」


次回予告
不老不死の苦しみを知る者は、そうなろうとする娘に何を伝える?
東方幻想物語・蓬莱編、『不死を恐れるP/藤原の娘』、どうぞお楽しみに。



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不死を恐れるP/藤原の娘

 

 

神無 優夜side

 

 

深紅から永琳の弓矢を受け取った翌日、都に変えるために光姫を探していた。

しかし、今朝から神社内を探しているが、どこにも姿はない。

目的の物は手に入ったし、都に帰りたい。というより、ルーミアとゆかりに会いたい。

 

 

「ったく、どこに行ったんだ?」

「光姫なら神社の蔵で読みものしてるわよ」

「そうか、ありがとう」

 

 

俺は蔵へ行こうと踵を返すが、一瞬遅れて声の主に気付いた。

もう一度振り返ると、賽銭箱の上に腰掛けるように、妹紅が座っていた。

 

 

「何してるんだ?」

「暇だからここで光姫の事を待ってるだけだよ」

「てっきり一緒にいるものかと思ったよ」

「難しい話は苦手なの。それに、今の光姫は私なんて目に入ってないみたいだし」

「そうか」

 

 

俺はそう呟くと、妹紅の隣に座った。

 

 

「っと」

「光姫を呼びにいかなくてもいいの?」

「調べ物の邪魔はできないからな。それに、今日は妹紅と話したいと思ってね」

「変わった人ね。光姫がご執心なのもなんだか分かるわ」

「褒め言葉として受け取っておくぜ」

「褒めてないわよ」

 

 

妹紅は楽し気に笑う。

 

 

「ところで、光姫とは付き合い長いのか?」

「うん。数年前にウチに来て、お父様の付き人なんかをしてたわ」

「それで今は教育係か」

「光姫から言ったらしいわ。理由は聞いてないけど」

「……百合か?」

「どういう意味かは知らないけど、多分違うと思うわ」

 

 

妹紅は小さく笑う。

 

 

「ねえ、優夜はかぐや姫の事をどう思ってるの?」

「そうだな………確かに美しいとは思ってるけど、好きという感情はないな」

「そう……少し安心したわ」

「なに? もしかして俺に惚れてた?」

「そんなわけないでしょ。ただ、気になっただけよ」

「そんなこと言って、本当は?」

「何も無いわよ」

 

 

怒った妹紅は俺の足を思い切り蹴った。

その痛みで悶絶しそうになるが、何とか耐えてみせる。

ただ、女の子の蹴りとは思えないほど威力があった。もこたん恐るべし……‼

 

 

「そういえば、優夜は神様なの?」

「昨日の話か。………どうかな、これでも人間なんだけど」

「なら、不老不死なの?」

「そうだな。まだ一度も死んでないから、不死の実感はないんだけどね」

 

 

でも、確かに俺の中には『月美』と『星羅』がいる。

俺が一度死ねば、この中の魂が一つ消える。それだけは、どうしてもできない。

いくら不老不死でも、命は大事しないと。二人に顔向けなんてできない。

 

 

「妹紅は、不老不死に興味とかあったりするの?」

「まあ、人間誰しも死ぬのは怖いわ。死ぬことが無くなれば、怖いものなんてないから」

「いや、それが結構怖い物だってあるんだぜ」

「例えば?」

「死にたいと思っても、死ねないことだな」

「それは………確かに恐いわね」

 

 

どこかの完全生命体じゃないけど、死にたくても死ねないのはある種の拷問だ。

痛みや苦しみから逃れるための死、前世では嫌というほど見てきたからよくわかるよ。

しかし、妹紅から不老不死の話を聞かれるとは、ある意味驚きだった。

 

 

「なあ、妹紅」

「なに?」

「不老不死の怖いところは、自分が人間なのか信じられなくなっることだ」

「今の優夜みたいに?」

「ああ。人よりも永く生き、容姿も変わることもない。傍から見れば、化物だ」

「解ってる。世の中には妖怪よりも、人間の本心の方が怖いってことくらい」

「俺が絶望していないのは、そういう人間に出遭わないようにしてきたからだ」

 

 

そうだ。俺が諏訪から旅立って、八ヶ岳の樹海に籠った理由。

修行なんて言っていたが、本当は怖かったんだ。人間に化け物として見られることが。

どこかの村に留まれば、原作の妹紅と同じ結末を辿ってしまう。俺はそれを恐れた。

復讐のために生きてても、やっぱり臆病者なんだな、俺は…………………………………

 

 

「妹紅は、復讐のために全てを捨てることはできるか?」

「わからない。でも、復讐心は何よりも行動を生むって、光姫が言ってたわ」

「アイツ、何を教えてるんだよ」

「色々よ。私が一番気に入ってるのは妖術とか蹴り技かな」

「もはや何者なんだよ」

「興味がある事に対して熱心に追求するただの暇人だって言ってた」

「暇人がそんな領域に到達できねえよ」

 

 

聞けば聴くほど、愛識光姫という人物がよく分からなくなってきた。

だからだろうか、何故かアイツの事をもっと知りたいと思ってきた。

 

 

「ところで、さっきの質問だけど。私なら迷わず捨てるわ」

「その心は?」

「私なら、復讐する相手の悔しがる顔を見るまで決して諦めないからよ」

「もし、それで俺と同じ不老不死になったらどうする?」

「その時は、化け物としての自分を認めて人と関わらないかな。私って臆病だから」

 

 

妹紅はそう言って笑った。

結末を知る者としては、彼女の事が気になっていた。

もしも、俺がここで何かを伝えれば、妹紅の未来を変えることができるのだろうか?

そんな考えさえ抱いてしまう。

 

 

「妹紅……実は」

「ああでも、不老不死になった時の楽しみもあるかな」

「え?」

 

 

妹紅は賽銭箱から降りると、照り付ける太陽を見上げた。

 

 

「優夜のみたいに、人間とか妖怪とも仲良くなれたらいいなって」

「俺みたいに?」

「だって、人間とも妖怪ともどっちつかずなら、そういうこともあるでしょう?」

「そうだけどさ………もっと考えることあるでしょ」

「う~ん………あ、優夜みたいに数百年後の歴史とかも間近で見れるかもね」

「いや、そういうことじゃ………」

「そう思うとちょっと楽しみだな………不老不死っていうのも」

 

 

妹紅は楽しそうに笑いながら、俺に笑顔を向ける。

能天気というか、後の事を深く考えてないというか、良くも悪くもアホだと思った。

こっちが必死に悩んでいるのが、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 

「はあ………不死なんてなるもんじゃねえのに」

「そうかもね。でも、悲観したままじゃ人生楽しくないでしょ」

「それもそうだな。まだ二十歳にもなってないようなお嬢さんに教えられるとはな」

「優夜は難しく考え過ぎなのよ。たまには肩の力を抜かないとね」

「そうだな………」

 

 

俺は小さく笑うと、賽銭箱から席を立った。

いつも俺は何でも深く考えてしまう癖がある。折角の人生、楽しまなきゃ損だ。

 

 

「さて、これでようやく心が落ち着いたぜ」

「そういえば、ずっと気になっていたんだけど」

「なんだ?」

「優夜、もしかして光姫の事が好きなの?」

「……………………え?」

 

 

俺はその一瞬、妹紅が俺に言った言葉が理解できなかった。

 

 

「光姫って私意外とあまり喋らないのに、優夜と話してる時は楽しそうなんだし」

「いや、それなら聞くべきは光姫だろ」

「でも、優夜だって光姫と話してるときの方が何だか楽しそうに見えるわよ」

「え、いや、俺は………」

 

 

俺は否定の言葉を必死に探すが、何故か出てこなかった。

今思えば、俺が人を好きになった時の感情は最後まで解らなかった。

気付いた時には遅かったからか、こうやって指摘されるとどう反応すればいいか困る。

 

 

「優夜?」

「ふ、ふふふ、ばれてしまったか。だが、妹紅のことも俺は好きだぜ」

 

 

俺は誤魔化すようにそう言った。

その場しのぎの苦肉の策だが、これで妹紅の気が紛れれば…………………………………

 

 

「……そうか、お前はそういう奴なんだな」

 

 

だが、この時の俺の考えは甘かった。

妹紅は明らかに怒ってるし、何でだろうか背後には炎を纏った鳳凰が見える。

どこで選択肢を間違ったのだろうか?

 

 

「も、妹紅?」

「まずはその舌の根から焼き尽くしやる‼‼」

 

 

その後、境内の掃除に来た巫女さんに俺は真っ黒に燃やされた状態で見つかった。

そして俺は学んだ。女は怒るととんでもなく怖い。

 

 

 

 

 





空亡「もこたん凄い」
優夜「いや、それよりも妖術教えてる光姫がすごい」
空亡「いいじゃないですか。別にそんなこと」
優夜「そんなことで片付けるな」
空亡「だて………東方ですよ?」
優夜「………納得しかけた自分が憎い」
空亡「でも、まさかここまで解り易い反応を見せてくれるとは」
優夜「な、なんのこt「光姫さんが好きなんですね~」ああ、言うな‼‼」
空亡「女たらしが、今更弁解なんて必要ないんですよ」
優夜「分かってるけど、目の前でそう言われると恥ずかしい」
空亡「この人、結構純情なんですよね~」


次回予告
二度の恋をし、二度の別れをした彼は、三度目の恋をどう思うのか?
東方幻想物語・蓬莱編、『Tな口付け/あなたを想い気持ち』、どうぞお楽しみに。



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Tな口付け/あなたを想う気持ち

神無 優夜side

 

 

風の噂というものは、どこまででも流れてくる。

それは諏訪の国でも同じこと、村ではかぐや姫に求婚した貴族たちの事を噂していた。

 

石作皇子は『仏の御石の鉢』を持ってきたが、言わずもがな贋作だとばれてしまった。しかし、鉢を捨てられてもかぐや姫に言い寄った。このことから面目ない事の『恥(鉢)を捨てる』といった。

 

阿部御主人は『火鼠の皮衣』を唐の商人から買い取ったが、燃えないはずの皮衣はいとも容易く燃え尽きた。阿部が因んでやり遂げられなかったことを『敢え(阿部)無し』と言った。

 

大伴御行は『龍の頸の玉』を探しに海に出たが嵐に遭い、重い病をかかって両目が李のように腫れてしまった。世間の人々は龍の珠ではなく、目に李のような球がある。ああ食べがたいと言った。これから『ああ堪え難い』と云うようになった。

 

石上麻呂は『燕の子安貝』を探して、大八洲という名の大釜が据えてある小屋の屋根に上って子安貝らしきものを掴むが、誤って落ちてしまい腰を溜めてしまう。しかし、掴んだ物は燕の卵だった。これから期待外れなことを『甲斐(貝)なし』といった。

 

残ったのは俺と車持皇子こと藤原不比等だけとなった。

幸い、藤原の情報はまだ聞いてないと思うから、まだなのだろう。

 

都へと帰る用意を済ませると、俺は諏訪子がいる湖へと訪れた。

 

 

「短い間だったが世話になったな」

「構わないよ。こっちも久しぶりにユウヤの顔が見れて嬉しかったよ」

「それは良かった」

 

 

俺はそれだけを告げると、光姫と妹紅が待っているところへと向かう。

その時、諏訪子が俺を呼び留めた。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ?」

「アンタさ、あの子に惚れてるのかい?」

「……別に、誰があんな男装趣味の奴なんかに」

「図星だね。それに、私は名前は言ってないよ?」

「うぐ……」

 

 

諏訪子は俺に悪戯に笑った。

妹紅にも言われるし、それに加えて諏訪子にまで、俺ってそんなに解り易いのかな。

 

 

「どうなの?」

「……ああ、好きだよ。でも、俺はアイツの事を何も知らない」

「知らないのなら、今から知ればいいだけ。違う?」

「そうだけどさ。ある意味、初めて見るような奴だからさ」

「弱気ね。そんなアンタに一つ助言しておくよ」

 

 

諏訪子は俺の元へと歩みると、俺を見上げた。

 

 

「私みたいな後悔はするな。それだけだよ」

「………ありがたい言葉、痛み入るぜ」

「どういたしまして。さあ、行ってきな」

「ああ。また会うときは、面白い話でも持ってくるぜ」

「楽しみにしてるよ」

 

 

再会の約束をすると、俺は諏訪の国を出た。

後悔するな、そうだな。この一件が終わったら、告げてみるか。

そう思いながら、俺は二人のところへと歩みを進めた。

 

 

 

               少 年 祈 祷 中

 

 

 

都へと戻る途中、俺たちはとある村に立ち寄って宿を借りた。

光姫たちとは部屋が分かれたが、一人でゆっくりするには申し分ない。

その晩、俺は部屋からいつもの様に月を眺めていると、襖が開いて誰かが入ってきた。

 

 

「夜分遅くに失礼しますよ」

「………ああ。光姫か」

「なんですか? 今の間は」

「いや、ごめん」

 

 

普段と違って浴衣に髪を下ろしている所為か、一瞬誰だか分からなかった。

でも、よく見るとやっぱり美人なんだよな。男装させるのが勿体と思うくらい。

 

 

「髪を下ろしただけでこうも印象が変わるものなんですね」

「光姫の場合、中性的な顔だから余計に分かりにくいんだよ」

「なるほど。今度から変装するときの参考にしておきますね」

「変装って、もはや何者だよ」

「あくまで、ただの人間ですよ」

 

 

光姫はにっこりと頬むと、俺の目の前に座った。

こうしていると、やっぱり光姫も女性なんだなと思ってしまう。

 

 

「何じろじろと見てるんですか?」

「悪い……」

「まったく、これだから男は嫌いですよ」

「そこまで言うか」

「容姿だけ良ければ他はどうでもいい。そんな風にしか見てないですよ」

 

 

光姫はそう言うと不機嫌そうに俺から目を逸らした。

彼女が感情を露わにしているところを、俺は初めて見た。

 

 

「ねえ、ユウヤさん」

「なんだ?」

「守矢神社で調べている時に見つけた書物に書いてあった事ですが」

「ああ、諏訪大戦の話ならあんまり覚えてないから無理だぞ?」

「いえ、その事ではなく。昔から諏訪に伝わる物語についてです」

「物語?」

 

 

光姫が話し始めたのは、俺が諏訪を出てしばらくして作られた短い御伽話だった。

内容は、俺とルーミアが諏訪に居た時のことを御伽話風にまとめたような物だった。

俺が人助けをしたことや、ルーミアが他の妖怪たちから人間を守っていたことなどだ。

 

その中で、諏訪大戦の話も描かれていた。

だが、その戦いで諏訪の神の巫女、星羅が死んだ時のことも描かれていた。

 

 

「これによれば、その時の人間は、この巫女の事を愛していたみたいですね」

「ああ、そうだな」

「どんな方だったんですか?」

「どんな奴か………物静かで、怒ると怖かったな」

「………本当に愛してました?」

「愛してたさ。だから、アイツの良い所も悪い所も、弱さも強さも知れたんだ」

「強さ……」

「国の人間に嫌われても、それを恨まずに国の事を想ってた。誰よりも強い奴だ」

 

 

国の人間と馴染めずに落ち込んでいた俺を慰めてくれた。

戦争に踏み出すことのできない諏訪子を必死に説得した。

今でも鮮明に思い出すことができる。俺にとってかけがえのない、アイツとの記憶だ。

 

 

「羨ましいですね。そうやって心を許し合える人がいて」

「お前もいないのか? そういう人間が」

「いませんよ。だって、僕自身が人の事を信じていないんですから」

 

 

光姫は悲しげな眼でそう言った。

 

 

「人を信じても、いつかは裏切られる。裏切られるのなら、僕は人を信じない」

「悲しいな。そんな人生」

「他人に何を言われようが、これが僕の本心ですよ」

「それも嘘なのか?」

「どうでしょうね。もはや自分の言葉すら、真実か嘘なのか分からなくなってきました」

 

 

光姫は面白そうに笑う。

 

 

「それに比べて、貴方はいつも正直に人を信じている」

「俺はいつだって人を信じる。この気持ちが何万回裏切られようが、それは変わらない」

「本当に、純粋と言っていいほどのお人好しですね」

「見直したか?」

「ええ。騙すにはいいカモということがね」

「おい」

 

 

光姫は少し笑うと、窓から月を眺める。

 

 

「しかし、貴方と一緒に居ると、調子が狂います」

「なんだよ急に」

「僕は普段、必要な用事以外は誰とも話さないんですよ。妹紅は別ですけど」

「妹紅に聞いたよ。寡黙というより、他人を避けてるようだってな」

「でも、貴方といると自分の事をつい話してしまいそうになる。それが不思議だった」

「同じひねくれもの同士、惹かれ合うのかもな」

「惹かれ合う、ですか」

 

 

光姫は思い耽るように溜息を吐くと、俺の方へと近寄ってきた。

彼女は俺の懐まで来ると、俺を見上げながらじっと見つめている。

 

 

「どうした?」

「ユウヤさん」

「はい」

「恋というのは、どういう感情なのでしょうかね」

「さあな。この人と一緒に居たい、この人は自分の物っていう、単純な感情かな?」

「そうですか…………なら」

 

 

光姫はニヤリと笑うと、俺の腕を掴んで引き寄せた。

その時、彼女の唇が俺の耳へと触れた。

 

 

「……!?」

「貴方と一緒に居る時の私の感情は、まさにそれですね」

「お、お前」

「それではユウヤさん。良い夢を」

 

 

光姫は何事も無かったかのように俺の元から離れると、そのまま部屋を出た。

一瞬の出来事で呆然としていた俺は無意識に自分の耳に手を当てた。

 

 

「あいつ、意味解ってるのか………///」

 

 

恐らく今の俺の顔は真っ赤に違いない。

こんな姿、誰にも見られたくないと思ったが、窓から見える月は終始俺を覗いていた。

 





空亡「さて、折り返し地点につきましたよ」
優夜「今回は長いな」
空亡「思った以上に話のネタが出てきたので」
優夜「最初のころに比べると結構長くなったよな」
空亡「おそらく、この作品で一番長い章ですよ」
優夜「どうしてこうなった」
空亡「それより、光姫さんとなんか良い雰囲気ですね」
優夜「うるさい。どうせからかってるだけだろ」
空亡「どうでしょうかね~?」


次回予告
都へと戻ってきた優夜、彼は数億年を超えた再会を果たす。
東方幻想物語・蓬莱編、『姫様のC/幾億年越しの再会』、どうぞお楽しみに。



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姫様のC/幾億年越しの再会

神無 優夜side

 

 

都へ戻ってきた俺たちは、各々の場所へと帰っていった。

光姫と妹紅は藤原の屋敷へと、俺はルーミア達がいる宿屋へと向かった。

二週間ぶりにみんなと会えるのを楽しみにするが、どんな反応をされるだろうか。

阿礼は土産話を聞きたいだろうし、ゆかりは怪我の心配とかしてそうだ。ルーミアは、アイツには何も言わなくても分かるだろ。

 

そんな事を思いながら、俺はみんながいる部屋の戸を開けた。

 

 

「ただいまー‼ 主人公のご帰還だ……ぞ…………」

 

 

その時、戦慄が走った。

部屋の中ではルーミア、ゆかり、阿礼の三人が布団をかぶって寝ていた。

それだけを見るとなんとも仲睦まじい光景の筈だが、何故か布団の外に宿屋の浴衣が脱ぎ捨てられていた。ちなみに、三人の普段着はちゃんと畳まれて部屋の端に置かれている。

この状況、健全な野郎なら分かると思うが、完全にあの後にしか見えない。

 

 

「………落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。

 もしかしたら一糸纏わぬ姿で寝ただけかもしれない。ほら、このところ暑かったし」

 

 

俺は自分に言い聞かせながら落ち着きを取り戻す。

そうだ。ここで変な誤解をするのはもはや定番だろ。

隣の部屋から色っぽい声がして、覗いたらマッサージしてただけという、あれと同じだ。

あらぬ誤解で三人を怒らせるのもまずい。ここは一度部屋を出て落ち着こう………。

 

 

「………ぁら、帰ってきたのね。ユウヤ」

 

 

部屋を出ようとすると、寝惚けたルーミアが欠伸を掻きながら起き上った。

俺は変なものは見まいと、そのまま背を向けたまま彼女に返事を返す。

 

 

「あ、ああ。意外と早く用事が終わったからな」

「そうなのぉ………良かったわね」

「かぐや姫の所に行く前に寄ったんだが、元気そうで何よりだ」

「まあね。昨日の夜もみんな元気だったのよ」

「へ、へえ~…………(昨日の夜って何だよ!?)」

「ゆかりは初心で面白かったけど、阿礼が結構手慣れてて驚いたわね」

「良かったね………(ダメだ、どうしても思考があっちに行ってしまう‼‼)」

「ユウヤもいればもっと楽しめたのに」

「あはは、それは残念だったな………(消え去れ煩悩、じゃないと消されるぞ‼‼)」

「よかったら今夜、相手してくれるかしら」

 

 

背中を向けていて見えないが、ルーミアは立ち上がると俺に抱き着いて耳元で囁いた。

 

 

「―――」

「……!?」

「楽しみにしてるわ」

「……わかった」

 

 

俺はルーミアにそう言って部屋を出る。

湯っくとした足取りで宿屋を出ると、押さえていたものを爆発させるように走り出した。

 

 

「そのままの意味だったのかよ、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼‼‼‼」

 

 

その日、俺はかぐや姫の屋敷へと向かって走った。

そうでもしないと、俺の理性というか色んなものが破裂しそうだったからだ。

しかし、ルーミアって色々食べるんだな(意味深)。

 

 

 

               少 年 爆 走 中

 

 

 

息を切らしながら辿り着いたかぐや姫の屋敷。

屋敷の人間に用件を伝えると、快くかぐや姫のいる部屋へと案内された。

 

 

「貴方で最後ですね」

「最後ってことは、車持皇子はもう来たのか?」

「はい。昨日、蓬莱の玉の枝を持ってここに来られました」

「でも、贋作だったんだろ?」

「ええ。姫様も本物と思っていたのに、あろうことかそれを造った職人が乗り込んできて」

「それは大変だったな」

「でもあの方、おかしな事を言っていましたね」

「おかしなこと?」

「たしか、『アイツが金を払ったはずだ‼』って、怒鳴っていましたね」

「アイツ……もしかして」

「着きましたよ」

 

 

考える間もなく、かぐや姫のいる部屋の前に辿り着いた。

案内してくれた女性は頭を下げてその場を立ち去ると、俺は意を決して襖を開けた。

そこには以前見た時と同じ、部屋の奥に扇子で顔を隠したかぐや姫が座っていた。

 

 

「二週間ぶりですね。かぐや姫」

「ええ。随分と遅かったですね」

「ふふ、旅の途中に懐かしい顔に会いましてね。つい楽しくて」

「懐かしい顔、ですか」

「ええ。その所為か、昔の友人を思い出しましたよ」

「そう………」

 

 

かぐや姫は、暗い声でそう頷く。

 

 

「何かと人の事を薬の実験体にしようとするけど、本当は面倒見のいい薬師。

 いつも仕事のことしか考えない堅物だけど、みんなを守るために頑張ってた隊長さん。

 人一番プライドが高くて、他人にも自分にも厳しいけど、本当は心優しい妹。

 いつも俺の料理を食っては訓練もサボるけど、本当はみんなの事を大切にしている姉」

 

 

俺は、あの時居た奴等のことを話していく。

かぐや姫は、その話を黙って聞いていた。

 

 

「それは、とてもいい御友人たちですね」

「あ、一人大切な奴を忘れてた」

「え?」

「我が儘で怠惰だけど、一人の少女との友情を大切にしてくれたお姫様、とかな」

「……っ!?」

 

 

彼女の扇子を持つ手が震えていた。

 

 

「なあ、かぐや姫」

「なによ……」

「俺は貴女に言われた通り、半月の弓を持ってきました」

「ええ……これで間違いないわ」

「なら、俺の願い。というより、言いたかった事を言ってもよろしいですか?」

「ええ、構わないわ」

 

 

俺は息を整えると、数億年越しに友人に贈る言葉を、彼女に伝える。

 

 

「数億年ぶりだな、輝夜」

「……ユウヤっ‼‼」

 

 

その時、彼女は扇子を投げ捨てると、俺の胸に飛び込んできた。

俺はそれを受け止めると、優しく抱きしめた。

 

 

「ユウヤ……本当に、ユウヤなの……」

「ああ、俺だよ」

「あの時……私、何も……月美も、貴方も、街に残ったって……」

「はいはい。まずは落ち着け、絶世の美女の顔が台無しだぜ?」

「だって……だって……」

 

 

彼女は俺の胸の中で泣いていた。

あの日、俺たちを置き去りにしたことを後悔していたのだろうか。

まあ、仕方ない。悪いのは輝夜でも、永琳でもない。悪いのは、気が付けなかった俺だ。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ?」

「頭、撫でて……///」

「え?」

「月美が……貴方に撫でられると落ち着くって言ってたからよ」

「そうか……」

 

 

俺は少し笑うと、輝夜の頭を優しく撫でた。

輝夜は嬉しそうに頬を赤く染めると、俺の胸に顔を埋めた。

 

 

「ユウヤ」

「今度は何だ?」

「お話、しましょう」

「ああ、そうしよう」

「月で私が犯した罪の話を」

「俺の在り来たりなお話を」

「「今はただ、聞いてもらいたい」」

 

 

再会を喜ぶ二人は、互いに顔を合わせると嬉しそうに笑った。

しかし、この物語の終結までの時間は、刻一刻と迫ってきていた。

 

 

 

 

 

???side

 

 

藤原の屋敷に、光姫は居た。

彼女は怒りで我を忘れている不比等から逃れるように、姿を消していた。

ここへ来た目的は置き忘れた自分の荷物を取りに来たのと、不比等の様子を見るためだ。

 

 

「怒ってる怒ってる。こりゃあ相当恥をかいたみたいですね」

 

 

光姫はその様子を見て笑っていた。

悪戯が成功した子供が見せる、無邪気な笑みを見せながら、彼女は笑う。

 

 

「何でも他人任せにする貴方が悪いんですよ。少しは石上麻呂を見習わないと」

 

 

光姫は手に持った『蓬莱の玉の枝』の贋作を見つめる。

彼女はこの代金を払う筈だったが、あえて払わずに、優夜の旅に同行した。

彼の旅にも興味があった。それと同時に、不比等からの目を外す必要もあった。

 

 

「……どうですか? こんなちっぽけな悪戯の為に、僕は貴方に仕えたんですよ」

 

 

届くことの無い声で、光姫は語り掛ける。

彼女は初めて不比等を見た時から思っていた。

たった一人の少女を蔑ろにしていたこの男に、いつか痛い目を見せてやると。

 

 

「さて、用の済んだら後は去るのみ」

 

 

光姫は踵を返し、屋敷を背にして歩きだす。

 

 

「本当に本当に、なんて遠く長い回り道だったんでしょうね」

 

 

光姫が目を閉じると、そこには一人の少女の面影が浮かんだ。

 

 

「妹紅、さよならですね」

 

 

光姫はそう呟くと、その場から立ち去った。

そして、新たな復讐の炎が、人知れずに燃え上がろうとしていた。

 

 

 

 





空亡「昨夜はお楽しみだったようです」
優夜「消されるぞ。消すぞ」
空亡「制限に掛かるギリギリのラインを踏んでますからセーフです」
優夜「アウトだよ。スリーアウトで試合終了だよ」
空亡「そんなことより、ようやく再会できましたね」
優夜「話を変えるな。………まあ、輝夜と会えたのは嬉しかったな」」
空亡「あそこまで懐かれていると、何だか兄妹にも見えそうですね」
優夜「手の掛かる妹には違いないけどな」
空亡「さて、物語はここからが本番ですよ」
優夜「嫌な予感しかないぜ」


次回予告
かぐや姫は月から追放されたが、彼女は穢れた地で懐かしき友との再会を果たした。
東方幻想物語・蓬莱編、『竹取物語R/小望月の会合』、どうぞお楽しみに。



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竹取物語R/小望月の会合

神無 優夜side

 

 

「……ってね、だから私能力を使ってあの帝とか言う奴から逃げたのよ」

「それは大変だったな」

「ホントよ。まったく、これだから男ってのは。あ、ユウヤは違うと思ってるわよ」

「わざわざ言わなくていいから」

「あとね、男で思い出したけど、月で……」

 

 

輝夜はそう言いながら永延と愚痴をこぼしている。

あのシリアスな流れから、どうしてこうなったんだ?

 

しかし、彼女の話を聞いていて大体の事情は察した。

輝夜が月での退屈に嫌気がさして蓬莱の薬を服用した事、それが原因で月から追放され、この地上の地に流れ着いた。

 

月での話といえば、輝夜と同じく蓬莱の薬を服用した月の女神の代わりに玉兎たちが薬を搗いているらしい。これは恐らく『嫦娥』のことだろう。

噂では、月の都には口にするだけで事態を逆転させる神霊がいるらしい。当てはまるものと言えば『稀神 サグメ』だな。

 

月でも色々と動きはあるようだが、当の本人はそれにまるっきり興味はないらしい。

まあ、あまり俺には関係ない事だからいいんだけどな。

 

 

「それで………って、聞いてるの?」

「ごめん。色々と考え事してた」

「考え事ね……何だか月美に似てるわね」

「月美に?」

「ええ。あの子、考え事したら周りが見えてなかったもの」

「そうか」

 

 

月美に似てるか、なんだか複雑な気分だな。

 

 

「でも、驚いたわね。貴方が生きてたなんて」

「まあ、あれから数億年も経っていれば普通死んでるだろ」

「それもあるけど、永琳に貴方たちの事を聞いたから」

「月美を囮にして妖怪を引き寄せたことか?」

「……ええ。知っていれば、私にも何か」

「過去は変えられない。それは俺が一番良く知ってる」

「ユウヤ……」

 

 

俺は腕に巻いた月美のリボンを握り締める。

過去を変えることはできない。だから、俺は前にだけ進み続けることを決めたんだ。

 

 

「暗い話はこのくらいにして、愚痴の続きと行こうか」

「そうね。それじゃあ、月での貴方の話でもしようかしら」

「なに、その無駄に着色されて語り継がされてそうな言い方は」

「あながち間違ってないわね」

 

 

輝夜は楽しそうに笑うと、語り始めた。

 

 

「貴方と月美がいないことを知ったのは、月に着いた時だったわ。

 心配した永琳が探していた時、警備隊長が話し掛けてきたわ」

「そこで、俺が月美の所に行ったのを教えたのか」

「ええ。月美が囮にされていることを知らなかった永琳は驚いてたわ。

 警備隊長はそれでも話を続け、最後に『すまなかった』と言って去っていったわ」

「そうか。隊長さんには悪いことしたな」

「永琳はこんな事をした上の連中を訴え、私同様地上に追放させたわ。

 けど、大切な家族を二人同時に失った彼女は、見ている私も辛かったわ」

 

 

輝夜はそう言って、俺が持ってきた永琳の弓をなぞる。

永琳にとって、俺と月美は家族だったのか。そう思ってくれただけで、俺たちは嬉しかった。

できることなら、この喜びを当の本人に伝えてやりたいと思った。

 

 

「この話が月の民に伝わって、涙する人も多かったそうよ」

「意外とそこんところは普通だな」

「今じゃ、“たった一人の少女の為に妖怪の軍勢に挑んだ男”として語られてるわ」

「何その恥ずかしい語り継がれ方。もうちょっと無かったの?」

「ちなみに、その半生を綴った本が今の月では流行してるわ。出版は永琳本人よ」

「あの人何やってるの!?」

「依姫はその本を買って三日三晩泣いたそうよ」

「もう、月の住人たちが分からなくなってきた」

 

 

俺は項垂れるように部屋の床に寝転がった。

なんだか、月に行っても変わらない連中で一安心したというか、なんというか。

まあ、心配するだけ無駄だったというわけだな。

 

 

「ところでユウヤ」

「なに?」

「私、月から追放されたって言ったわよね」

「ああ。言ったな」

「実はね、今度の十五夜の満月に、月から使者がやってくるわ」

「連れ戻しに来るってわけか?」

「ええ。大方、私の身体が目当てなんでしょうけど」

「誤解を招く言い方はやめろ」

「あら、貴方になら誤解されも構わないわよ」

「寝言は寝てから言え。グータラ姫」

 

 

俺は彼女の額をデコピンで弾く。

輝夜は痛そうに額を抑えるが、少し嬉しそうに頬を緩ませた。

 

 

「やっぱり、貴方と話してると楽しいわ」

「それは光栄だな」

「優夜、私ね」

「帰りたくないんだろ」

「……!?」

 

 

俺は彼女の気持ちを汲み取って、その言葉を投げかけた。

話をしていてよく分かる。輝夜がこの地上に残りたいってことくらい解る。

 

 

「輝夜、俺がここに来た時に言った台詞を覚えてるか?」

「……私の願い、叶えてくれるというの?」

「ああ。ただ、その願いは自分の言葉ではっきりと俺に伝えてくれ」

 

 

答えは分かっている。でも、その言葉は彼女から聞かなくてならない。

そうでないと、彼女がここに残る意味が無くなってしまう。

 

 

「私、この地上に残りたい。だからユウヤ、お願い、力を貸して‼」

 

 

それは、彼女の心からの願いだった。

その言葉を聞きたかった俺は、口元をニヤッとさせた。

 

 

「お安い御用だ。この神無 優夜、全身全霊を持って月の使者からお守りします」

「ふふっ、その言い方、似合わないわよ」

「だろうな。まあ、雰囲気だけでもいいだろ」

「普段の貴方がいいわ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」

 

 

俺と輝夜は互いに顔を見合わせると、嬉しそうに笑った。

 

 

「さて、それじゃあ、準備するとしますか」

「あ、ユウヤ」

「なに?」

「実は、その、永琳も来るのよ」

「ああ、やっぱり?」

「うん。その時は」

「心配するな。それに、永琳ならどうするか分かってるから」

「え?」

 

 

原作なら、という考えじゃない。

俺が知ってる永琳なら、恐らく輝夜の側につくはずだと確信している。

 

 

「じゃあ、準備が整ったらまた来るぜ」

「待って、ユウヤ」

「今度は何?」

「貴方も、不老不死なのよね」

「ああ。まあ、回数制限ありだけどな」

「もしかして、月美もその中にいるの?」

「……いや、あるのはアイツから貰った命だけだ。意志は――」

「そうなの……ごめんなさい、こんなこと聞いて」

「いや、気にするな。それに、もしかしたら俺が気付いてないだけかもしれない」

 

 

俺はそう言って胸を握り締める。

もし、アイツの意識があるのなら、俺には何ができるだろうか。

……考えるのはよそう。今は、輝夜のことに専念するとしよう。

 

 

「さて、今度の満月の晩、楽しいパーティーにしようか」

 

 

俺はまだ見えぬ月に向かってニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「……なるほど。そんな関係だったんですね」

 

 

かぐや姫の屋敷を覗く影、それは光姫だった。

藤原不比等の元から去った彼女は、優夜の行動を追っていた。

それは興味本位なのか、はたまた、彼に特別な想いを抱いての行動なのか。

 

 

「しかし、かぐや姫が月に帰るですか。今の妹紅はどう思うでしょうね」

 

 

妹紅は家族に恥をかかされたと思い込んで、かぐや姫を恨んでいる。

幸いにも光姫の事は知られていないが、復讐の矛先は輝夜へと向いていた。

 

 

「……全部思い通り、ですか」

 

 

光姫はそう言ってその場を立ち去った。

恐らくこの話は都中に伝わり、かぐや姫を好んでいた帝の兵が動くだろう。

その時の騒ぎに乗じて、恐らく“彼等”は動きだすだろう。

 

 

「穢れた夜に囚われし月の姫君よ、貴女はこの地が美しいと思うのか」

 

 

 

 

 





空亡「さて、ようやく竹取物語も終わりですね」
優夜「今度は永琳か……」
空亡「今思うと、第1章ではお世話になってますからね」
優夜「今更会うのが怖いぜ」
空亡「言っておきますけど、このイベントだけは避けられませんからね」
優夜「まあ、とりあえず輝夜からの願いはちゃんと叶えないとな」
空亡「相変わらず、女性には弱いですね」
優夜「今更だ」


次回予告
竹取物語は終盤、月からの使者が輝夜を連れ帰ろうと地上へ降り立つ。
東方幻想物語・蓬莱編、『再会のE/十五夜の刺客』、どうぞお楽しみに。



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再会のE/十五夜の刺客

神無 優夜side

 

 

輝夜と別れた日の夜、俺は宿屋の一室でルーミアとゆかりと三人で話していた。

話の内容は、十五夜の夜に来る月の使者への対策だった。

 

二人に事情を話すと、ゆかりは数億年前に人間が存在していたことに驚いたが、ルーミアは途中からかぐや姫が輝夜だということに気付いていたようだった。

 

 

「月の民ね……妖怪に怯えて逃げただけの奴等が随分と調子乗ってるわね」

「そう言うな。普通の人間にとって妖怪は恐怖そのものだ。逃げるのも無理ない」

「遠回しに、貴方普通じゃないっているような物よ」

「今更だろ」

「そうね」

「でも、あの月に人が住んでるなんて、まるで御伽話ね」

「事実だ。実際に、輝夜はそこから来てるからな」

「月か……」

 

 

ゆかりはぶつぶつと呟きながら顔を伏せた。

何か考え事をしているように見えるが、なにやら嫌な予感がした。

厳密に言うなら、数百年後に月に向かって宣戦布告して土下座するような未来が見えた。

 

 

「しかし、あのお姫様、なんでまた蓬莱の薬なんて飲んだのよ」

「本人はただ地上に来る口実が欲しかっただけだよ」

「そんなことの為に命を捨てるなんて、意味が分からないわ」

「鳥籠の中で一生を過ごすくらいなら、籠の外の広い世界で永遠を過ごしたかったんだよ」

「不死の貴方でもそう思うものかしら?」

「少なくとも、籠の中は嫌だな」

 

 

俺が輝夜の立場だったら、多分同じことをしただろうな。

だから、彼女の意思を尊重するためにも、十五夜の襲撃は何としても阻止する。

 

 

「月の民に目に物見せてやるか」

「ええ。数億年も忘れていた妖怪も恐ろしさ、思い出させてあげるわ」

「何だか二人共、楽しそうですね」

 

 

当たり前だ。募りに募ったこの想い、思う存分八つ当たりさせてもらう。

今度の満月の晩が楽しみでたまらない。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

十五夜の満月にかぐや姫が月に帰る。そんな噂が都中に広まった。

翁は帝に兵を賜るよう奏上すると、およそ二千ほどの兵が輝夜の屋敷へと派遣された。

 

俺とアゆかりは輝夜の護衛の為に『スキマ』の中から屋敷を監視、ルーミアにはもしもの時のために別の場所で待機してもらっている。

屋敷の中には帝の兵が今か今かと、敵いもしない月の使者を待っていた。

 

 

「さて、本当なら楽しく月美と洒落込みたかったんだけど」

「たかが女性一人にここまでやるなんて、人間ってよく分からないわ」

「そういうもんだよ。世界の全てを敵に回しても、護りたいものだってあるしな」

「そういうものかしら」

「ゆかりもそのうち解かる時が来るさ。人を愛するってことがね」

「愛する、か………」

 

 

ゆかりはそう呟くと、何故か俺の方を見つめた。

するとその時、屋敷の方で動きがあった。

 

 

「――ゆかり」

「――ええ」

 

 

俺たちは『スキマ』から出ると、屋敷の中庭へと駆けだした。

その道中、帝の兵はみんな深い眠りに襲われて地べたに横たわっていた。

 

 

「この感じ、眠り薬か」

「わかるの?」

「遠い昔、知り合いに一服盛られたからよく覚えてる」

「何よその知り合い」

 

 

そんなことを話しながら中庭へと到着すると、物陰に隠れて中の様子を見た。

そこには、物語序盤で見たことあるような警備兵らしき奴等が数十人と、見覚えのある人物が二人、警備隊長と永琳だ。そして、その前には輝夜が立っていた。

 

 

「姫様、お迎えに揚がりました」

「追放しておいてよく言うわね」

「仕方ありません。蓬莱の薬を服用することは禁忌、いくら貴女でも」

「例外はない。なら、どうして連れ戻しに来たのかしら?」

「それは……」

「よしなさい。これ以上言っても無駄よ」

 

 

口ごもる隊長さんに、永琳は冷たく言い放った。

 

 

「相変わらずね、輝夜」

「あの時も言ったはずよ。私はこの地上を見てみたいって」

「それで、満足したかしら?」

「全然。見て周るどころか、この都からさえまともに出れてないわ」

「それじゃあ、月に居た頃と何も変わらないわね」

「そうね。でも、月なんかよりここの方がよっぽど居心地は良かったわ」

 

 

永琳の言葉に、輝夜は負けじと言い返す。

 

 

「まあ、これ以上話を続けても平行線よ」

「ええ。なら、力づくにでも」

 

 

隊長の合図で後ろにいた兵共が動きだす。

二人の表情からして、上の命令で無理矢理やらされてるっぽいな。

それを理解してるのか、輝夜は二人の隙を作るためにこんな言葉を放った。

 

 

「自分勝手すぎるのよ。少しはユウヤを見習ったらどうなの?」

 

 

輝夜のその言葉に、前に居た二人の目が見開いた。

 

 

「今よ‼」

 

 

輝夜の合図で俺とゆかりは物陰から飛び出した。

目にも止まらぬ速さで輝夜を捕まえると、俺とゆかりは目を見開いている二人の肩を踏台にして屋敷の屋根へと跳び上がった。

 

 

「言われたとおりにやったぜ、輝夜」

「流石ね。で、この女は誰?」

「それは後で説明しますわ。今は逃げますわよ」

「ユウヤは?」

「俺はここで足止めしておく。事が済んだら、向かうから」

「解ったわ。無理しないでね」

「言われなくても。ゆかり、頼んだぜ」

「ええ。それじゃあ、行くわよ」

 

 

ゆかりは輝夜の手を引くと『スキマ』の中へと消えていった。

 

 

「貴様、姫様をどこへやった‼‼」

「素直に教えると思うか? 悪いが、俺もそこまでバカじゃねえんだ」

「黙れ。穢れた地上の民が、我々に干渉するな‼‼」

「我々ね……ククク」

 

 

俺は下にいる月の民たちに背中を向けたまま、肩を震わせて笑う。

 

 

「何がおかしい‼‼」

「負け犬の遠吠えを聞いて笑えないはずがないだろ?」

「なんだと‼‼」

「命が惜しくて地上を捨て、月に逃げた奴等が、地上の民を侮辱するな」

 

 

俺はキレ気味に『月美』を召喚する。

それを見て、隊長と永琳から驚きの声が上がった。

 

 

「……!? その刀」

「もしかして、いや、そんなまさか……!?」

「夢だと思うなら頬でも抓ってみろよ。永琳、それに隊長さん」

 

 

俺はそう言って、夜空の月を背にして振り返った。

二人は驚きと嬉しさの表情を浮かべていたが、俺の目に映ったのは容赦なく銃口を向けている兵士共だった。

まあ、あそこまで派手に煽れば当然の結果だ。輝夜を追わせなかっただけでも十分だ。

 

一瞬の迷いなく、静かな夜を撃ち破るような銃声が響いた。

永琳が何か言ってるように見えるが、放たれた銃弾は俺に向かって飛んでくる。

俺は銃弾を避けると同時に屋根から飛び降りた。

 

 

「――鈍いんだよ」

 

 

地面に着地した瞬間、俺は未だに銃を屋根へと向けている兵士共に向かって走りだした。

『月美』を腰に携えると、鞘を支え、鍔へと手を添えた。

 

 

「――『葉月』、『如月』」

 

 

兵士共の前で一瞬足を止めると、そこから一気に加速して兵士を斬り抜けた。

その場を静寂が包み込むと、一拍遅れて兵士の銃が破壊され、そのまま地面に倒れた。

『葉月』で兵士の銃をバラバラに斬り裂き、『如月』で兵士を峰内で仕留めた。

その流れで、俺は永琳も一緒に気絶させた。もちろん、最低限の力を使ってな。

俺は『月美』を鞘に仕舞うと、呆然と立ち尽くしている隊長に話し掛けた。

 

 

「さて、これでようやく落ち着いて話ができるな」

「お前、生きていたのか」

「生憎と、死ねない理由ができたからな」

「そうか。だから、姫様はあんな事を」

「それよりも、アンタに一つ頼みがある」

「姫様を見逃せ、そうだろ?」

 

 

隊長は始めから分かっていたようにそう言った。

 

 

「ああ。アイツは自由になりたいんだ。今更鳥籠の中に戻らせてたまるかよ」

「だと思った。安心しろ、上には何か言っておく」

「ありがと。それともう一つ、永琳も連れて行っていいか?」

「構わないだろう。本人もそのつもりだったからな」

「やっぱり?」

「ああ。姫様の返答次第ではこの地に残るつもりだったらしい」

「永琳らしい」

 

 

俺は気絶している永琳をお嬢様抱っこする。

 

 

「隊長さん、色々とありがと」

「礼はいい。それに、これでようやく俺も罪滅ぼしができた」

「もしかして、俺と月美の事を」

「……気にするな。お前らを見捨てた時点で、俺も共犯者だ」

 

 

隊長さんはそう言って俺に背を向ける。

 

 

「さて、後は姫様たちと好きな所に行け。もう邪魔する奴等は居ないからよ」

「ありがとう、隊長」

「礼を言うのはこっちだ。お陰で、憎まれ役をやらずに済んだ」

「そうか。なら、これで本当にお別れだな」

「ああ。最後にお前に会えてよかったよ。優夜」

「俺もだよ。田力」

 

 

俺はそう言うと隊長に背を向けてその場を後にした。

 

 

「――気を付けて。貴方の大事なものに這い寄る狂気に」

 

 

それはたしかに隊長さんの声だったが、どこかが違った。

空耳だと思い、俺は永琳を抱えたまま輝夜たちのところへと向かった。

 

 

 





空亡「これで、竹取物語は事実上の終わりですね」
優夜「永会陰は分かってたけど、まさか隊長さんまで出てくるとは」
空亡「あの頃のメンバー層でですね。綿月姉妹は除いて」
優夜「あの二人が来たら俺でも勝てる気しねえよ」
空亡「ほぼチートに染まってきてる人が何言ってるんですか」
優夜「でも、あの二人が出てこないというと、やっぱり?」
空亡「そのうちやりますよ。月面戦争」
優夜「こっちが終わっても、苦労が絶えることはなさそうだ」


次回予告
再会を果たすユウヤ達、だが、その裏では復讐の物語が始まろうとしていた。
東方幻想物語・蓬莱編、『物語のK/再会、そして復讐』、どうぞお楽しみに。



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物語のK/再会、そして復讐

神無 優夜side

 

 

月の使者を退けた俺は、永琳を抱えてみんながいる宿屋へと向かった。

ゆかりには輝夜を宿屋まで送るように言ってあるし、念の為にルーミアにはその護衛を任せてある。隠れるには打ってつけだ。

宿屋が見えてくると、開いてある二階の窓から入った。

そこには輝夜とゆかり、そして厳戒態勢だったルーミアが待ち構えていた。

 

 

「っと、無事帰還」

「早かったですね」

「意外にも話が分かる奴で安心したぜ」

「それは良かったわね」

「こっちは大丈夫だったか?」

「人っ子一人来やしなかったわ。残念」

「残念がるな。むしろ無駄な被害が出なくて安心だ」

「久しぶりに食べれると思ったのに」

 

 

サラッと恐ろしい事を言っているルーミアは一旦無視して、俺は永琳を敷いてあった布団へと寝かせた。

 

 

「これでひと段落付いたな」

「大丈夫なの?」

「気を失ってるだけだ。目立つような傷も負ってない」

「一瞬で意識を刈り取ったようね。相変わらず、見事な手並ね」

「その代り、周りにいた兵共にはきつめに叩いておいた」

「怖いのはどっちかしらね」

「どっちもですよ」

「言うようになったわね。ゆかり」

「何百年も一緒に居れば私も言うようになるわよ」

 

 

ルーミアとゆかりは互いに顔を見合わせて少し微笑むと、その場から立ち去ろうとする。

 

 

「おい、どこに行く気だ?」

「折角の再会、邪魔者は大人しく退散しておくわ」

「積もる話もあるでしょうし、何より、三人でいた方が話も弾むでしょう」

「だから、私たちは外で見張ってるわ」

「……ありがとう」

 

 

二人が部屋を出ていくと、永琳が小さく唸った。

 

 

「う……う~ん」

「永琳‼」

「あ…れ、輝夜……? ここは、どこ?」

「宿屋だよ。月の都には在るかどうかわからないけどな」

「あそこにだって宿屋はあるわよ、ユウヤ。…………え?」

 

 

永琳は急いで起き上ると、隣にいる俺を凝視した。

それはまるで亡霊でも見たかの御ように、信じられないものを見ているような目だった

 

 

「ユウヤ、なの……?」

「ああ。正真正銘、神無 優夜、(数億数千数百)20歳だ」

「生きてるのよね……?」

「俺が幽霊に見えるのか? 何なら足でもm」

 

 

俺が話している途中、いきなり永琳が俺に抱き着いてきた。

輝夜の時はそこまで感じなかったが、永琳に抱きつかれると何だか恥ずかしい。

 

 

「本当に……本当に生きてる……」

「酷いな。こうやって触れられるんだ、生きてるに決まってるだろ」

「でも……あの時、貴方が月美の為に残ったって……」

「残ったさ。結局、助けられずにこうやってのうのうと生きてるけどな」

「そう……なの……でも、良かった。生きていてくれて」

 

 

俺の耳元で、永琳のすすり泣く声が聞こえる。

普段の彼女からは想像できない姿だが、こうも俺の事を思っていてくれて嬉しかった。

傍で見ていた輝夜も、つられて涙を流していた。

 

 

「よかったわね、永琳」

「輝夜、ズルいわよ。黙っていたなんて」

「ふふ、こういう反応を見たかったのよ」

「え? ……あ///」

 

 

自分が今抱き着いていることに気付くと、永琳は急いで俺から距離を取る。

目は涙を流して赤く腫れていたが、それよりも頬の方が赤く染まっていた。

 

 

「……ご、めんなさいね。つい」

「いいよ。俺も永琳に会えて嬉しかったから」

「相変わらずね。でも、安心したわ」

「それはどうも」

「ところで、私と一緒に着ていた他の人達は?」

「それなら隊長さんが連れて帰ったよ。輝夜のことも諦めるってさ」

「そうなの……」

「永琳は、ここに残る気だったんだろ?」

「ええ。輝夜の言葉次第でね」

 

 

永琳はいつもの調子に戻ると、輝夜の方へと向いた。

 

 

「永琳……」

「いくら自由の身でも、世間知らずな姫様の世話は必要でしょ?」

「ありがとう。永琳」

「こっちこそ、お陰でもう一度ユウヤに会えることができたわ」

「いや~そう言ってくれると嬉しいな」

「……喜んでくれているところ悪いけど、少し話を聴かせてくれる?」

「話?」

「貴方、私たちと同じなんでしょう」

 

 

永琳の言葉の意味、それは多分、俺が不老不死になっていることに感付いたのだろう。

まあ、不老不死でもないと数億年も生きてられねえよな

 

 

「いいぜ。どうせだ、俺のこれまでの旅路でも話そうか」

「あら、それは楽しみね」

「ぜひ私たちも」

「聞きたいですね」

 

 

そう言ってルーミアとゆかりと阿礼は、部屋の襖を開けて顔をのぞかせた。

 

 

「お前ら、一度聞いただろ。あとルーミア、お前聞かなくても知ってるだろ」

「おさらいって必要じゃない?」

「納得いくようないかないような………」

 

 

まあ、これ以上言っても退く気はないだろう。

仕方なく、俺はこの場にいるみんなに今までの旅の系譜を話した。

この都に来てからこの話をするのが多くなってしまった。まあ、昔を思い出すことは悪いことじゃない。

 

ただ、その度に思うのは、アイツの顔がいつも思い浮かぶことだ。

復讐から始まった俺の物語は、最後にはどこに辿り着くのか、それをいつも考えた。

 

 

「というわけで、現在こうやってお前らに話してるんだ。わかった?」

「改めて聞くと、結構長い時間旅してるわね」

「ユウヤさん、辛い人生を送ってきたんですね」

「何度聞いても涙が出てきます……」

「あの三貴子と互角に戦うって、ユウヤも人間辞めてるわね」

 

 

話が終わると、各々の反応を見せた。

その中で、永琳は顔を俯かせていた。

 

 

「永琳?」

「ごめんなさい。月美の事を思い出したら」

「仕方ないよ。死んだ奴は戻ってこないんだから」

「そうね。でも、あの子が最後に想いを伝えれただけでも嬉しいわ」

 

 

十分に伝わったさ。今でも、月美の言葉は忘れられない。

いや、月美だけじゃない。これまで出会った人達の事を、一瞬たりとも忘れるものか。

 

 

「ところで、一つ気になったのだけど」

「なんだ、輝夜」

「私たち、どこに住めばいいのかしら?」

「それなら心配するな、すでに宛てはある。だろ、ゆかり」

「ええ。頼まれた通りに声を掛けたわ」

「なら安心だ」

「……見ない間に、随分と人望に恵まれたわね」

「人望というより、妖望だろうな」

 

 

これまであった人間の知り合いなんて、阿礼ぐらいだぞ。

仕方ないといえ、このままだといつか俺も妖怪に認定されそうだ。

 

 

「さて、今日のところはここでお開きにするか」

「そうね。こっちも色々ありすぎて疲れたわ」

「念の為に、輝夜と永琳はルーミアたちと寝てくれ。俺は」

「そう言うと思って、もう一部屋借りておきましたよ」

「悪いな、阿礼」

「いいえ。こんな面白い事に巻き込んでくれただけで、私は満足ですよ」

「アンタも大概だな」

 

 

俺はそう言って部屋を出ていこうとすると、ルーミアは小さな声で囁いた。

 

 

「――アンタも少し休んでおきなさい」

「――まだ安心できねえよ。アイツ等の事だからな」

「――その時は私が相手をするわ」

「――だけど」

「――夜は妖怪の時間、人間は寝る時間よ」

「――そうさせてもらうか」

 

 

ルーミアに説得されて部屋を出ていくと、俺は隣の部屋で片膝を立てて床に座り背中を壁に押し当てながら寝入った。

原作じゃ妹紅がすぐ起きやすい体勢だと言っていたけど、俺…眠りが……深い…………。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「かぐや姫は月へと帰り、帝には蓬莱の薬が贈られた。

 しかし、真実は全く違い。かぐや姫は地上に残り、そして、蓬莱の薬は―――」

 

 

深い深い竹林の奥、彼女は夜空の月を見上げた。

 

 

「家族に恥をかかされた妹紅は、かぐや姫に復讐するために蓬莱の薬を奪ってしまう」

 

 

まるでその出来事を実際見てきたかのように、彼女は呟く。

 

 

「かぐや姫も、竹取の翁も、五人の貴族も、月の使者も、そして妹紅も、

 全ては“彼”の描いたこの狂った物語の上で踊る役者に過ぎなかった」

 

 

彼女は瞳に怒りを孕みながら、目の前に居る人物へと向けた。

 

 

「一つお聞きしたい。アナタは、なぜあの人をそこまで追い詰める?」

 

 

彼女の問いかけに、目の前の男は何一つ答えない。

 

 

「聞いても無駄、ですか。なら」

 

 

彼女は小さく笑うと、目の前の男にこう言った。

 

 

「せめて、僕と最期まで踊りませんか? チクタクマン」

 

 

彼女の言葉に、目の前の男から始めて声が漏れた。

 

 

「……イレギュラーは排除する。あの方の為に」

 

 




空亡「さあ、ここから終盤ですよ」
優夜「永琳とは無事再会、だがこのまま終わるはずもないか」
空亡「裏では彼女の復讐が始まろうとしています」
優夜「明日の出来事なのに、何で今なんだよ」
空亡「テンポ良くするためですよ」
優夜「不定期更新が何を言う」
空亡「まあ、そこは気にせず、次回に乞うご期待」
優夜「さて、どうなることやら」


次回予告
復讐に駆られた者の末路は悲惨だ。二人の復讐の果てに、何があるのだろうか?
東方幻想物語・蓬莱編、『Oを乱す人形/復讐、そして別れ』、どうぞお楽しみに。



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Oを乱す人形/復讐、そして別れ

神無 優夜side

 

 

十五夜から一夜が明けた。

都中ではかぐや姫が月に帰ったという話題で持ちきりだ。

最後に輝夜は蓬莱の薬を帝に残したが、それは史実通りに富士の山で焼くことになった。

今はそれを持った岩笠とその月人の兵士たちが富士に向かっている。

そして、恐らくもこうも、その後を追っているに違いない。

 

それに、光姫のことも気になっていた。

光姫は蓬莱の玉の枝の贋作に対する支払いをしていなかった。

その所為で史実通り、怒った職人たちは直談判しに輝夜の屋敷に居た藤原不比等へと代金を請求しに来た。

不比等は輝夜の前で恥をかき、それから表に顔を出すことをしなかった。

光姫はその事を咎められる前に姿を消したらしく、今どこにいるのか分かっていない。

 

日が暮れて、夜が訪れても、俺の心はまだ迷っていた。

 

 

「……俺は、どうしたら」

「ったく、どこで油を売ってるのかと思ったら、ここにいたのか」

 

 

声のした方へと目を向けると、そこには深紅が窓枠に座って林檎を食べていた。

 

 

「お前、か……」

「元気がないな。まあ仕方ないか」

「何しにきやがった」

「何も、ただお前の様子を見に来ただけだ」

 

 

深紅はそう言うと、林檎を一口齧った。

 

 

「しかし、人間の復讐心って言うのは面白いよな」

「……?」

「自分の家族に恥をかかした相手に対して、ちっぽけな悪戯で仕返そうとする。

 子供らしい考えと行動だが、それが自分の人生を狂わせるなんて、思わねえよな」

「妹紅の事か」

「復讐という感情は人を動かす原動力にもなるが、同時に身を滅ぼす毒にもなる」

「それ、もしかして俺に言ってるのか?」

「復讐と深く結びついてるお前には丁度良い話だろ?」

 

 

深紅は食べ終わった林檎を床に置くと、懐からもう一つの林檎を取り出した。

 

 

「お前は“ニセモノ”を殺すために旅をしているようなものだ。違うか?」

「そうだな」

「なら、その復讐の果てに、お前は何を見ている?」

「俺は………」

 

 

その時、俺は咄嗟に言葉が出なかった。

昔ならこんな質問なんて笑って返せたはずなのに、今の俺には何も答えられない。

 

 

「人は小さなきっかけ一つで聖人にも狂人にも変わる。

 俺が視たいのは、復讐の先にある自分を見つけている人間の姿だ。

 復讐の執念に囚われず、自分の意志を持った、そんな人間が俺は好きなんだ」

 

 

そう語る彼女の瞳は、何よりも純粋だった。

邪神とかそういうのは抜きで、彼女は心からそう思っているようだった。

 

 

「邪神らしくない発言だな」

「人間と同じで、邪神にもいろいろいるんだよ」

「そうか………ふふ」

「気は晴れたか?」

「ああ。ありがとう」

 

 

深紅に説教されたお陰か、俺のするべき事が見えてきた。

 

 

「復讐に駆られる主人公なんて格好悪いからな、俺はお人好しなお調子者が似合いだ」

「……そうだな」

「とりあえず、妹紅の事は出来る限り支えてやる。光姫は今からでも探してくる」

「そういう単純な考え方、俺は嫌いじゃないぜ」

 

 

深紅は口端を吊り上げて笑うと、手に持っていた林檎を燃やして灰にした。

 

 

「そんなお前に一つ残念な知らせだ」

「なんだ?」

「この近くの竹林で“ブリキ野郎”が誰かと戦ってる」

「チクタクマン……!? いや、それより」

「戦ってる相手が誰なのか、想像にお任せするぜ」

 

 

深紅に教えられなくても、俺はその相手が誰なのか察した。

 

 

「待ちな」

「何だよ、早くしないと光姫が……‼」

「最後に忠告しておく」

「忠告?」

「復讐に我を失うな。怒りに身を任せれば、お前はまた同じ失敗を繰り返す」

「どういう意味だよ」

「その時になればわかる。さあ、急ぎな。もう時間はないだろうからな」

 

 

深紅はそう言って窓から飛び降りる。

最後の忠告の事を胸に仕舞うと、俺は急いで竹林へと向かった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

十六夜の月が竹林を照らされるお陰で、足元は幽かに見える。

ただでさえ迷いやすい竹林の中を、俺は必死になって走っていた。

 

 

「どこに……‼ アイツと、光姫は……‼」

 

 

その時、俺の耳に小さな音が聞こえた。

それはチクタクと秒針が振れている様な、不気味な音だった。

忘れもしない、数百年前に聞いたチクタクマン特有の機械音だ……‼

 

 

「こっちか‼」

 

 

俺は急いで音が聞こえた方向へと走った。

走っていく途中、周囲の竹林が鋭利な刃物で斬られたかようになっていた。

チクタクマンのワイヤーと光姫の光糸、それぞれが争った後だった。

余計な事に、竹には血が飛び散ったような跡がある。嫌な予感が頭を過る。

 

 

「俺は……また……‼」

 

 

不安を拭い去るように、俺は走った。

そして、ようやく俺は光姫の下へと辿り着いた。

 

 

俺が辿り着いた時、そこには無残な光景が広がっていた。

片は邪神、チクタクと音を鳴らしながら、月明かりに照らされたワイヤーは生き物の様に不気味に揺らめき、目の前の少女を無機質な瞳で見下している。

片は人間、途切れ途切れの息を吐きながら、月に照らされた光の糸は彼女を捕える蜘蛛の巣のように散らされ、目の前の男を弱々しい目で見上げている。

 

 

「光姫‼」

 

 

俺の声に気付いた光姫は、ボロボロになった身体をこちらに向けた。

それと同時に、アヴァンも俺の方を見た。

 

 

「ユウヤ…さん……」

「……来たか、神無優夜」

「てめぇ……アヴァン‼」

 

 

俺は『月美』を召喚すると、アヴァンに向かって斬りかかった。

しかし、それは軽く躱されると、周囲に漂っていたワイヤーが一斉に俺に向かって襲い掛かってきた。

次々と迫り来るワイヤーを刃で弾くが、何十本のもあるワイヤーの余波が徐々に俺の身体を斬り裂いていく。

 

 

「くっ……」

「……好都合だ、ここで二人まとめて消せる」

「ったく、意外と流暢に喋れるようになたな‼」

「……まあな」

 

 

アヴァンはワイヤーを操作すると、『月美』の刀身と俺の腕にワイヤーを巻き付けた。

その瞬間、互いに逆方向に引っ張られて『月美』から手を離してしまった。

 

 

「くそっ……‼」

「……お前は何も変わっていないな」

「なんだと…‼」

 

 

俺は『星羅』を取り出し、照準をアヴァンへと向ける。

銃声と共に放たれた銃弾は周囲の竹に着弾すると、跳弾の様に角度を変えて奴の身体へと飛んでいく。

 

 

「……無駄だ」

 

 

アヴァンはワイヤーを自分の周囲に広げると、銃弾と共に周囲の竹もろともバラバラに斬り裂いた。その攻撃は、俺と光姫にも及ぼうとしていた。

 

 

「この野郎‼」

 

 

俺は咄嗟に光姫を抱えると、ワイヤーが飛んでくる範囲外へと跳んだ。

その時、俺の負傷していた左腕が悲鳴を上げた。

 

 

「……っ!?」

「……隙アリ」

 

 

その隙を見逃さなかったアヴァンは、ワイヤーを一点に集めて俺に放った。

俺は光姫を放り投げるとバランスを崩し、放たれたワイヤーが俺の右足を掠めた。

お陰で致命傷は負わずに済んだが、思ったよりもワイヤーの切れ味が良かったようで、俺の右足からは血が流れていた。

 

 

「……これで、もう逃げられないな」

「卑怯な真似しやがって」

「……殺し合いに卑怯なんて言葉はない」

 

 

アヴァンは一歩、また一歩と、俺に歩み寄ってくる。

逃げられない獲物を前にして、狩人は勝ち誇るかのように目の前に立つ。

ここで終わる。数百年前と同じと思いを、俺は抱いた。

 

 

「……惨めだな」

「ああ、そうだな」

「……数百年前の決着、ここで終わらせる」

 

 

アヴァンは哀れみの目を俺に向けると、手刀を天高く掲げた。

この状況で助かる見込みなんてない。ならば、せめて潔く死を受け入れよう。

 

 

「ごめん……月美……星羅……」

 

 

悔しさで涙があふれたが、俺は最後まで笑っていた。

そして、アヴァンは容赦なく、手刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

「――死なせはしませんよ……ユウヤさん」

 

 

 

 




次回予告

在る世界で、一人の少女は邪神に殺された。

少女は復讐と、愛していた少年のために、この物語の舞台へと上がった。

最期に、少女は少年に想いを伝えられるのか?

東方幻想物語・蓬莱編、『受け取ったJ/別れ、そして覚醒』


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受け取ったJ/別れ、そして覚醒

‐回想‐

 

 

私は、一度死んだはずだった。

良く当たるという天気予報が外れ、肩を濡らしながら帰ったあの大雨の日に。

不気味な秒針の音を鳴らす男に、心臓を素手で突き貫かれて死んだはずだった。

あり得ないと思った。でも、自分が殺されたという実感はあったんだ。

雨で濡れた通学路に横たわりながら、すぐに訪れるであろう死を待っていた。

でも、私の前にあの女は現れて、僕にこう言ったんだ。

 

 

「お前の大事な奴を助けたくはないか?」

 

 

ガサツな物言いだったが、なぜかその声を聴いてると安心した。

でも、私の大事な人って誰だろう? 思い出そうとすると、一人の男の姿を思い浮かべた。

名前も、顔も、その人がどういう性格だったのかも分からない。

でも、不思議とその人の事を思うと、無いはずの胸が苦しくなった。

 

 

「このまま仮初の人生を終わらせるか、それとも残酷な真実を知るために生きるか。

 どちらかを選べ。だが、どちらにせよ楽な人生は送れないと思え。いいな?」

 

 

随分身勝手な選択だと思った。

でも、もしその言葉を信じるなら、私は真実を知りたい。

たとえどんなに残酷でも、そこに真実があるのなら、私は命なんて惜しくない‼

 

 

「死に損ないが命が惜しくないというか。なら、望み通り叶えてやるよ」

 

 

女性は私の胸に手を置いた。

身体が冷え切っていた所為なのか、その手はとても暖かかった。

私は眠るように瞼を閉じると、最後に彼女の声が聞こえた。

 

 

「……すまないなが、アイツを助けてやってくれ」

 

 

その声はどこか悲し気だった。

 

しばらくして目が覚めると、私は竹林の中で目を覚ました。

起き上がって周囲を確認すると、私は無意識に自分の胸へと手をやった。

あの時負った怪我はなかったが、今でもあの貫かれるときの感覚は鮮明に覚えていた。

夢はない。なら、今私がいる場所はどこなのか?

 

三日三晩、竹林の中を彷徨い歩くと、ようやく街が見えてきた。

しかし、そこは街と呼ぶには、どうも時代が違っているように感じた。

幸い、なぜか私は着物を着ていたお陰で違和感なく街に入れた。そして、気付いた。

ここは奈良時代初期、加えるなら、竹取物語より少し前の世界だった。

 

 

「驚いたか?まあ、そりゃそうだろうな」

 

 

振り向くとそこには、紅い髪を靡かせた女性が林檎を頬張りながら立っていた。

その声は、紛れもなくあの女性の声だった。

 

そして、彼女は語った。

私の本当の記憶を思い出さないといけないと、

この世界でとある人物に出会わなければいけないこと、

そして、私を殺した神話生物、チクタクマンに目に物見せることだった。

 

 

「馬鹿馬鹿しい話だともうか? でも、お前はすでに二度死んでる。

 お前は真実を知ることを願った。なら、お前はアイツに会わなくちゃいけない。

 思い出さないといけない。アイツの為に、お前は邪神と相乗りする勇気はあるか?」

 

 

彼女は林檎を私に投げ渡した。

本当の記憶とか、神話生物だとか、何一つ分からない。

でも、これだけはたしかに理解してる。

 

 

「私は“あの人”の為なら、自分の命なんて惜しくない」

 

 

顔も名前も思い出せないけど、“あの人”は私にとって大切な存在だった。

“あの人”の為なら、“あの人”に出会うためなら、私は邪神の遊びに付き合ってやる。

 

 

「最期まで付き合いますよ。“あの人”の為に」

「偏執症、ある特定の物に異常に執着する永久的狂気、お前にはピッタリだな」

 

 

そして、“僕”は“あの人”の為にこの世界で死ぬ決意をした。

それから数年後、僕(私)はようやく、彼と出会うことができた。

 

 

 

 

 

愛識 光姫side

 

 

「――死なせはしませんよ……ユウヤさん」

 

 

チクタクマンの振り下ろそうとする腕を、私は光糸で食い止めた。

糸が私の手に食い込み、真っ赤な鮮血が糸を赤く染めるが、私はそれを決して離さない。

 

 

「……貴様」

「まだ……私は生きてますよ」

「……死に損ないが」

 

 

チクタクマンは悪態をつくと、私に向かってワイヤーを放った。

避けることのできない私は、襲い掛かるワイヤーに斬り裂かれ、その痕からは流水の様に血が流れていくのを感じた。

だが、まだ私の糸は、奴の腕に深く深く食い込んでいた。

 

 

「……なぜ、まだ離さない」

「離す……? 何を言ってるんですか……」

 

 

私は笑った。

傷だらけになりながらも、死ぬ一歩前だとしても、それでも私は笑う。

 

 

「腕が千切れようと……脚を失おうと……私はお前を決して逃さない」

「……何がお前をそこまで狂わせる?」

「狂わせたのは貴方でしょ? お陰で、こっちは永久的狂気ですよ」

 

 

私は全身の力を振り絞って、奴を手繰り寄せる。

僅かに抵抗するチクタクマンだが、徐々にその足はこちら側へと引き摺っていた。

 

 

「でも…感謝してます。お陰で、私は…彼にまた会えた」

 

 

忘れていた私の大切な人、その人にまた会えた。

相変わらずお人好しで、人に愛されて、愛することに鈍感だった。

そして思い出した。何で私たちが“二度”死んだのかを。

この事を伝えられないのは残念だけど、でも、彼ならきっと辿り着いてくれる。

 

 

「……だから、あの人の…邪魔はさせない‼‼」

「……ならば、ここで死ね‼」

 

 

痺れを切らしたチクタクマンは、再びワイヤーを私に放った。

今度は私の身体を真っ二つに斬り裂くように、光の軌跡を描く刃となって私に向かってきた。

今度こそ真だと思ったが、私にはもう悔いなんて………………………………………………

 

 

「……ああ、せめて…………最後に」

 

 

ワイヤーが私を斬り裂こうとしたその時、私の目の前に影が立ちふさがった。

影は全てのワイヤーを片手で受け止め、月明かりが静止するワイヤーを照らした。

 

 

「……貴様…!?」

 

 

チクタクマンは、目の前の人物を見て悪態を吐いた。

だが次の瞬間、彼は一瞬でその距離を詰めると、奴の顔面を思い切りぶん殴った。

その衝撃でチクタクマンは数十m先まで吹っ飛ばされると、動きを止めた。

 

 

「ユウヤ…さん」

 

 

ああ、やっぱり凄い人だな。

あんなにボロボロなのに、よくもまあワイヤーを受け止めて、その上あのチクタクマンを真正面からぶん殴るなんて、やっぱり尊敬しますよ。

彼はフラフラとした足取りで私へと歩み寄ると、静かに膝を着いた。

 

 

「光姫……」

「なんですか、ユウヤさん」

「俺は、何も覚えてないんだ」

「ええ、知ってます」

「俺さ、絶対お前らの事を思い出すから」

「そうしてもらわないと、天宮さんと夢燈さんにも失礼ですからね」

「だから、お前まで…………」

 

 

彼は静かに泣いていた。恐らく、僕の死期を悟ったからだろう。

そういうとこ所は勘が鋭いんだから、まったく困った人ですよ。

でも、だからこそ、この人には立ち止まってほしくない。

 

 

「ユウヤさん……私、嬉しかったんですよ。また、貴方と会えて。

 私も忘れていましたけど、こうやって思い出すことができたんですから。

 ユウヤさんだってすぐ思い出せます。何より、他の皆のことも救ってやってください」

「わかった……だから………‼」

 

 

ああ、もう目の前が霞んできた。

もう言葉もろくに話せない。えも、せめて、あの日伝えられなかった言葉を……………

 

 

「ユウヤさん…?」

「なんだよ」

 

 

私はなんとか動く腕で光糸を操ると、彼を私の元へと手繰り寄せた。

その時、私は彼の首筋へと口付けした。

 

覚えていますか?

キス22箇所の意味、昔私が教えたんですよ?

首筋は執着、最後まで私らしく、貴方への想いを伝えられましたか?

 

 

「……愛してます…………ユウヤさん」

 

 

私の命は、そこで終わった。

最期に彼の腕の中で感じたのは、お人好しで優しい温もりだった。

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

――また守れなかったな。

 

 

真っ暗な空間に、嘲笑うような声が響いた。

 

 

――お前ら違う世界の人間は死ぬ、それがここのルールだ。

――そうか………

――絶望したか?

――いや、俄然やる気が出てきたよ。

――へえ………

 

 

俺はその言葉に、笑って答えた。

 

 

――例え助からない命でも、俺は最後まで抗ってみせるさ。

――結局、傷付くのは自分だぞ?

――それでも、俺は進む。そう約束したんだ。

――それがお前の答えか。神無 優夜。

 

 

すると、俺の目の前に紅く揺らめく炎が燃え上がった。

 

 

――いいぜ。その復讐よりも熱く燃える決意、気に入った‼

――それはどうも。

――光姫の想い、無駄にするんじゃねえぞ。

 

 

炎が消え、真っ暗だった空間が晴れると、そこはあの竹林だった。

光姫の身体は光の粒子となって空へと舞い上がると、儚く消えていった。

 

 

「……貴様…‼」

 

 

背後では、怒りをあらわにしたチクタクマンが起き上がる。

怒りをあらわにしたいのはこっちの方だが、今の俺は一味違う。

 

俺の手元には、光姫が残した糸と、深紅から受け取ったダイスがあった。

ダイスは紅い光を帯び、まるで燃えているようだった。

 

 

「ひとっ走り付き合ってくれよ、光姫。

 そして、力を貸してくれ、深紅‐クトゥグア‐‼‼‼」

 

 

俺の声に応えるように、ダイスが光を放つと、俺の周囲を炎が包み込んだ。

すると、黒いフィンガーグローブが紅く染まり、そこには光糸が仕込まれていた。

それだけではない、俺の黒いコートも、炎のように赤く染まっていった。

光糸で炎を振り払うと、アヴァンの目が驚愕に満ちていた。

 

 

「その力……まさか、神降ろし………‼」

 

 

俺は左手の人差し指と中指でアヴァンを指さして言う。

 

 

「俺は自分の罪を数えた。さあ、次はお前の罪を数えろ」

 

 

 




次回予告

十六夜の月が照らす竹林の下、

機械仕掛けの邪神との最後の戦いが始まる。

受け取った命、燃え上がる焔、そのすべてをぶつけろ‼

東方幻想物語・蓬莱編、『JOKERは常に自分の手の中に』



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JOKERは常に自分の手に

神無 優夜side

 

 

「行くぜ、深紅」

『――ああ、行こうか‼‼』

 

 

互いに鼓舞すると、俺たちはアヴァンへと向かって走りだした。

光姫の命を受け取ったお陰か、傷は完治している。これなら満足に動ける筈だ。

アヴァンは目の前の状況に困惑していたが、スイッチを切り変えるようにその雰囲気が一変した。

 

 

「……殺す」

 

 

アヴァンは静かにそう言い放つと、俺に向かって走りだした。

互いに距離を詰めると、アヴァンは俺に殴りかかった。俺はそれを紙一重で回避すると、その流れでガラ空きとなった奴の背中へと回し蹴りを直撃させた。

攻撃で怯んだアヴァンはすぐに振り返って俺に拳を突きだすが、蹴りでそれを振り払う。

そのまま旋風脚を奴の身体へと連続で当て続けると、最後は前蹴りで決めた。

 

 

「……その攻撃は」

「ああ、光姫の蹴り技だ」

「……何故お前が」

「俺の能力を忘れたのか?」

「……吸収した者の命、しいては記憶まで自分の物にしたのか」

「吸収じゃねえ、受け取ったんだよ」

 

 

俺はアヴァンへと指を突き立てる。

 

 

「確かに俺は他人の命を取り込んで生きてる。

 だがな、俺はこの命を、ただの残機なんて一度も思った事はねえ。

 こいつらから受け取った記憶も、想いも、全部まとめて背負ってるんだ。

 それを物同然としか見ていないお前なんかに、俺は負けられねえんだよ‼‼‼」

「……ふざけたことを‼」

 

 

アヴァンは俺たちに向かってワイヤーを放った。

今までなら避けるなり防ぐなりしていたが、今のコイツにはそんな考えなんて無かった。

 

 

『――優夜、身体貸せ‼』

「ああ、いいぜ」

 

 

俺がそう答えると、俺と深紅の意識が交代した。

それと同時に、俺の左腕から紅く揺らめく炎が燃え上がった。

 

 

「燃やし尽くす‼」

 

 

深紅は迫り来るワイヤーに向かって火炎弾を放った。

火炎弾がワイヤーに直撃すると、爆発と同時にその軌道を逸らした。

 

 

「……!?」

 

 

全く予期していなかった真正面からの攻撃に、アヴァンはただ目を見開くことしかできなかった。

爆発に紛れながらアヴァンへと接近すると、再び左腕に炎が纏った。

 

 

「この一発は、光姫の分だ‼」

 

 

思い切り振り下ろされた拳が、アヴァンの顔面を捉えた。

鈍い金属音が竹林の中に響き渡ると、殴られた衝撃でアヴァンは吹っ飛ばされた。

 

 

「これで借りは返したぞ、光姫」

『――その台詞、まだ早いと思うぜ』

「だろうな」

 

 

俺たちが見つめる先では、操り人形のような不気味な動きで起き上るアヴァンがいた。

相変わらず無表情だが、ガラスの瞳からは底知れぬ殺気を感じた。

 

 

「……その力、まさしく神降ろし」

「ああ。コイツには元かその素質があった。だから俺たちが手を貸した」

「……なぜ、邪神が人間に手を貸す?」

「お前らニセモノにはわからないだろうな。特に、殺人人形のお前にはな」

「……黙レ‼‼ 私ハ、人形デハナイ‼‼」

 

 

怒り狂ったアヴァンの表情が、殺意に満ちた表情へと変わった。

次の瞬間、深紅は後ろに向かって跳んだ。すると、俺たちが居たその場に霧スの銃弾が撃ち込まれた。

 

 

『――銃弾?』

「周りを見てみろ」

 

 

周囲を見渡してみると、そこにはいくつかの人影があった。

それは良く見ると、昨日の晩、輝夜を連れ戻しに来た月の使者たちだった。

だが、その目には生気はなく、心臓と思われる場所には大きな風穴が開いている。

 

 

『――なんでこいつらが』

「おおよそ、あの姫様を捕まえる別動隊だったんだろうな」

『――通りで、アイツ等にしては守りが手薄だったわけだ』

「あのガラクタ野郎、ワイヤーで死体も操れるからな」

『――まさに機械仕掛けの邪神、人間はただの玩具ってわけかよ』

 

 

月明かりが照らすワイヤーが使者たちを操り、俺に向けて再び銃弾を放った。

まるで人形劇のマリオネットの様に、意志のない人形に成り果てている。

深紅は銃弾を見切って回避するが、数十人からの一斉攻撃に押されそうになっていた。

 

 

「おい、こういう時どうすればいい‼」

『――あんた、邪神だろ』

「ハジキと多人数相手は苦手なんだよ‼」

『――なら、俺に変わって。丁度、良い装備もあることだし』

「なるほど。いいぜ」

 

 

銃弾の雨あられの隙を突いて交代すると、俺はフィンガーグローブを締め直す。

 

 

「――光よ導け、護刀『光姫』‼」

『藤原 妹紅:老いることも死ぬこともない程度の能力』

 

 

俺はグローブから光糸を取り出すと、自分の周囲に展開した。

何十本もの光糸が宙を漂うように俺の周りを囲むと、向かってくる銃弾をすべて弾き落とした。

 

 

「……貴様‼」

「てめえの真似だ。ありがたく思え」

「……だが、その糸では耐えきれないはず」

「ああ、だから妹紅の能力を使わせてもらった」

 

 

俺は元々妹紅の能力を、ただ炎を付与させることでしか活用しなかった。

だが、本来の能力は永久に耐えることの無い不老不死、そこで俺は思い付いた。

不老不死の概念も、物に適応させられるんじゃないかってな。

案の定、『月美』に使ったら、薊にへし折られても壊れた部分が徐々に再生していった。

 

 

「もっとも、俺の刀にはそれぞれ相性があったが、『光姫』と妹紅の能力は絶品だ」

「……斬ってもすぐに再生する糸」

「キル〇キルを参考にさせてもらったぜ。ここまで来たらパクリやパロディ上等だ‼‼」

「……だが、貴様の能力は封じられて使えないはず」

『――おいおい、こっちは本物の邪神が付いてるんだ。ニセモノの力なんか通じねえよ』

「……訳が分からない連中だ…………理解不能だ」

 

 

アヴァンは頭を抱えながら俺に殺意の目を向けると、指を鳴らした。

その瞬間、周りの使者たちが銃を乱射しながら俺に向かって走ってきた。

『光姫』で銃弾を防ぎながら近付いてきた使者たちを受け流すと、ある事に気付いた。

彼らの背中に、小型の時限爆弾が張りつけられていた。そして、奴の手にはスイッチが‼

 

 

「……吹っ飛べ」

 

 

カチッという音と共に、俺の近くにいた使者の五人が爆発した。

だが、飛び散ったのはグロテスクな血肉ではなく、機械の部品の様な金属片だった。

 

 

「これって……‼」

『――あの野郎、死体の身体を改造してやがったな』

「……どこまでも気が狂った奴だな‼」

 

 

『紅 美鈴:気を使う程度の能力』

 

 

俺は美鈴の能力で『光姫』の強度を上げると、網目状に織り込んで目の前に展開した。

爆風と飛び散った金属片が向かってくるが、展開された網の防がれて地面に落ちた。

 

 

「……隙ありだ」

 

 

アヴァンの声が響くと同時に爆炎が晴れると、そこには残り全ての使者が俺の周りに集まっていた。爆発の中を突っ切て来たからか、原形すら留めてないものもいる。

周囲に不気味な機械音が響き渡るが、アヴァンの声だけははっきりと聞き取れた。

 

 

「……これだけの数、防ぎきれまい」

『――甘いな』

「……なに?」

『――人間はそう簡単に諦めない。何故なら、人間は俺たちと違って策を練るからだ』

「……策、だと?」

「ネタ晴らしすんじゃねえ…………よ‼」

 

 

俺は『光姫』を手繰り寄せると、周りにいた使者たちが空中高くへと吊り上げられた。

彼らの足元や身体からは、『光姫』の糸がまるで貫通しているように繋がっていた。

 

 

『霍 青娥:壁をすり抜けられる程度の能力』

『悪戯三月精:サニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルド』

 

 

「さっきの爆発の隙に、周りにいた奴等のあちこちに糸を仕掛けておいて正解だったな」

「……同時に四つの能力を」

「光姫のお陰だ。これが終わったら、また組み合わせを考える日々が始まるぜ」

「……貴様なんぞに、明日はない‼」

 

 

怒りでスイッチを握り潰すと、頭上に吊るされた使者たちが一斉に爆発した。

爆炎が周りの竹林に燃え移り、暗い暗い夜を赤く照らす。

 

 

「どいつもこいつも、役に立たないガラクタばかり‼‼」

「てめえが好き勝手に作ったものをガラクタ呼ばわりか。哀れだな」

「黙れ‼ 俺は、あの方の為に完璧でなくてはならないんだ。アイツ等と一緒にするな‼‼」

「同じだよ。他人を巻き込んで自分勝手に狂って、はっきり言って迷惑なんだよ‼‼」

「ダマレダマレダマレ‼‼ アノカタヲ、キサマゴトキガブジョクスルナ‼‼‼‼‼‼‼」

 

 

アヴァンは怒り狂い、その姿はもはや人と呼ぶにはあまりにも哀れだった。

奴は懐から白いUSBメモリを取り出すと、それを力任せに握り潰した。

すると、その破片は光の粒子となって奴に吸収され、その身体に蒼い炎を纏った。

 

 

「永遠、ニ、地獄、ヲ、彷徨エ、神ナシ、ユウヤアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼‼‼」

 

 

奴の殺気と共に、蒼い炎は天高く燃え上がる。

俺は『光姫』の糸を手元に戻すと、哀れみの目でアヴァンを見つめる。

アヴァンは天高く跳び上がると、蒼い炎を纏ったキックが俺に炸裂し、吹き飛ばされた。

余裕綽々と地面に着地するアヴァンは、その場を去ろう為に背中を向けた。

 

 

「……俺、ノ、勝、チダ‼‼」

『――そいつは、どうかな‼‼』

 

 

響く深紅の声、その声で振り返ったアヴァンは目の前の光景に目を見開いたことだろう。

そこには、渾身の一撃をまともに受けても尚、立ち上がっている俺が居たからだ。

 

 

「……な、ナゼ!?」

「あまり、人間を嘗めるなよ」

「……貴サマ、の、ドコに、そんな力が」

「何度倒れても、俺は何度でも立ち上がる。それが俺の、力だ‼」

 

 

俺の声に応えるように、スマホに新しいメッセージが表示される。

 

 

『Final Joker―――Code:【ブレイブフェニックス】』

 

 

「……キ様は、きサマは一体何者ダ‼」

「通りすがりの破壊者だ。憶えておけ」

 

 

俺はアヴァンへと向かって走りだすと、地面を蹴って高く跳び上がった。

それと同時に、紅い炎が俺の足に纏うと、その形は不死鳥を模したものへと変わった。

 

アヴァンはすべてを悟ったように微笑を浮かべると、回避することなくキックが炸裂した。

奴を通り抜けるように着地すると、俺は背中を向けたまま奴に向かって親指を立てる。

 

 

「俺の勝ちだ。アヴァン」

「……その…ようだな。これが…………死か」

「てめえみたいなのが死んだらどうなるか分からねえが、これだけは言っておく」

「……俺も、貴様に向けて最期の手向け他の言葉を送ろう」

 

 

「「先に地獄に逝って、楽しんで来い/先に地獄に逝って、待ってるぜ」」

 

 

俺が親指を下に向けた直後、俺の背後でアヴァンは爆発した。

辺りに金属片が飛び散るが、それらは灰となって風に乗って消え去る。奴が被っていた黒い帽子だけが、ひらひらと落ちてきた。

 

 

最期に、心を持たぬ機械仕掛けの邪神は笑っていた。

 

 

 

 





次回予告

少女は復讐のために罪を犯した。

それは歴史には残らぬ殺しの罪、そいて彼女は死ねない罰を背負った。

一度死んだ不死鳥は、再び飛び立てるか?

東方幻想物語・蓬莱編、『明日へのL/不死鳥の涙』



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明日へのL/不死鳥の涙

神無 優夜side

 

 

アヴァンを倒した俺は、傷付いた身体で富士山へと向かっていた。

ルーミアたちのところに戻ろうとしたが、何故か、俺の足は富士山へと向かった。

 

 

『――本心じゃ、気付いてるんだろ?』

 

 

未だに俺の身体の中にいる深紅は、呆れながらそう言った。

どうして俺が妹紅の下に急いでいるのか、そんな事解ってる。

今この時に、アイツの傍に居てやりたい。そう思ったからだ。

 

 

『――人を殺し、不死に成り、それでも不死鳥は生きようとするのか』

「生きなくちゃいけないんだよ。それが、殺した者への最大の償いだ」

『――あんな餓鬼に、その罰は重すぎるけどな』

「だから、少しでもその重荷を背負ってやれるように努力はするさ」

『――お人好しめ。いつか後悔するぞ』

「後悔なんざ、いちいち気にしてたら後が絶たねえんだよ」

 

 

俺は深紅の言葉を拭い去るように走りだした。

後悔なんかしてる暇なんてない。後悔するのは全てが終わったその時にしてやるさ‼‼

 

それからしばらく走っていると、富士山の麓へと辿り着いた。

そこで、俺は木に寄り掛かって座っている少女を見つけた。

俺は立ち止り、その少女に向けて声を掛けた。

 

 

「……妹紅」

「ゆう…やぁ……」

 

 

妹紅は、涙を流しながら俺に顔を向けると、俺の胸に飛び込んできた。

着物はボロ布のように擦り切れ、目は涙で腫れていた。

だが、それ以上に目を奪ったのは、真っ白に染まった彼女の髪だった。

 

 

『――蓬莱の薬による副作用だな』

「副作用、ね……」

『――普通の人間なら当然の結果だ。輝夜や永琳は例外だけどな』

「……そうか」

『――まあ、老いることないが、ある程度までは成長するだろう』

 

 

深紅は他人事のようにそう語る。

帝が処分しようとしていた蓬莱の薬、それを妹紅は飲んでしまった。

輝夜へのちょっとした復讐心が、彼女を永遠に生き続けさせる罰を背負わせてしまった。

 

 

「私…かぐや姫に……仕返しで……不老不死の……でも人を……私………‼‼」

 

 

妹紅は途切れ途切れに言葉を紡ぐが、どれもまともに話せていなかった。

輝夜に恥をかかされた藤原不比等。妹紅はその仕返しと、輝夜が残した蓬莱の薬を奪おうとした。その道中で岩笠に助けてもらうが、咲耶姫によってお付きの兵士は殺される。

その帰り、妹紅は自分の本来の目的を思い出し、岩笠を蹴飛ばして蓬莱の薬を奪った。

これが、俺の知る限りの妹紅の経緯だ。

 

歴史に残らない事件、それを妹紅は犯してしまった。

不老不死、人を殺し、様々なことが立て続けに起きて、彼女の心は混乱していた。

俺は妹紅を抱きしめると、頭を優しく撫でた。

 

 

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いてくれ」

「私……人を殺して、不老不死に……」

「ああ、わかってる」

「私……どうなっちゃったの? 化け物になっちゃったの?」

「化け物、か。確かに、人から見れば不老不死は化け物同然だ」

「じゃあ……私、もうみんなのところには帰れないね」

 

 

落ち着きを取り戻した妹紅だが、その代わりに背けられぬ現実が突き付けられた。

戻れぬ日常、それを理解してしまった。いや、遅かれ早かれそれはいずれ知ることになる現実だ。ここで受け止めれられるか、それで彼女の運命が変わる。

 

 

「優夜は……私の事、どう見える……?」

「妹紅は妹紅だ。化け物でも人間でもない、藤原妹紅だ」

「髪、お婆ちゃんみたいに白くなっちゃった……」

「似合ってると思うぜ。俺、白髪も好きだから」

「人に嫌われて、みんなにも迷惑が掛けて、退屈で死にそうになるかも……」

「そればっかりは、耐えろとしか言い様がねえな」

「なによ、結局何一つ励ましになってないじゃない…………」

 

 

妹紅は小さく笑うと、俺から離れた。

その表情は、もう悲しみや後悔などの感情はなくなっていた。

 

 

「優夜と話していたら、何だか自分がバカらしく思えてきたよ」

「そうだろうな。不老不死なんて、バカなことしか言い様がないからな」

「でも、優夜はそれでもこうやって笑顔で生きてる。それが一番羨ましいよ」

「俺はただ、無理にでも明るく振舞ってないと、何だか押し潰されそうだからな」

 

 

俺の笑顔なんて、ただの仮面だ。

その奥では、独りになることに怯えている、ただの臆病者だ。

だからだろうか、明るいと指摘されると素直に喜べない。

 

 

「優夜は凄いよ。だから、私も覚悟を決めるわ」

「覚悟?」

「ええ。生きれるまで生き続けて、この目で歴史を見続けていきたい」

「それは、なんとも途方のない覚悟だな」

「そのついでに、優夜が一人になったら、私がいつまでも付いていてあげるわ」

「……嬉しいこと言ってくれるな」

「だって、優夜くらいしか、その時生きてる知り合いはいないでしょうし」

「言ってくれるな。まあ、それだけ余裕があれば心配することもないか」

 

 

俺は妹紅にそういうと、彼女は夜空の月へと目を向ける。

 

 

「それに、いつまでも情けない姿を光姫に見せられないわ」

「お前、どうしてそれを」

「光姫が言ったのよ。今日、自分は死ぬかもしれないって」

「アイツ、そんな事を言ってたのかよ」

「うん。だからね、解るの。もう、あの人はこの世にいないって」

 

 

妹紅は月を眺めているが、一筋の涙が彼女の頬を伝った。

 

 

「光姫には色々とお世話になったけど、そのお礼も言えなかった」

「本当に、仲が良かったんだな」

「ずっと一人だった私の、初めての友達(かぞく)だから」

「なら、せめてその言葉、アイツに向けて言ってやったらどうだ?」

「聞こえるかな……」

「聞こえるさ。案外、草葉の影から見てるかもしれないぞ」

「そうだね」

 

 

妹紅は深呼吸をして生きを整えると、精一杯の声で叫んだ。

 

 

「光姫‼‼ こんな私に今までよくしてくれてありがとう‼‼‼

 私、もう死ねなくなっちゃったけど、光姫の分まで必死に生きるから‼‼

 だから、私のことは心配しないで、安心してね‼‼

 ……っ、さようなら………………私が信じた、たった一人の、家族…………っ」

 

「……だとよ、光姫」

 

 

俺は胸を握り締めると、そう呟いた。

光姫の命は俺の中にいるが、その命が涙を流しているようだった。

光姫、お前にも聞こえたんだな。友達(かぞく)がお前に送った言葉が。

 

 

「スッキリしたわ。ありがとう、優夜」

「いいよ。それより、俺からもお前に言っておきたいことがある」

「なに?」

「お前の罪を忘れるな、それがお前にできる岩笠への償いだ」

「わかった。そうだ、アイツの墓作ってやった方がいいかな」

「そうだな。ついでに連れの兵士共の墓も作ってやるか」

「私、そこまで話した憶えないわよ?」

「勘だよ」

「光姫みたいな事を言うのね」

 

 

妹紅はそう言って笑った。

彼女の笑顔を見ていると、これ以上俺が干渉する必要もないと思った。

 

 

「ところで、これからどうするつもりだ?」

「……この身体じゃ都に戻れないし、旅にでも出るわ」

「大丈夫なのか?」

「これでも、光姫には色々と習っているのよ」

「アイツ、貴族の娘に何教えてたんだ」

「健康に気を付けて長生きすることって言ってたわ」

「……まあ、健康は大事だよな」

「大事ね」

 

 

そんな他愛な会話をしながら、俺たちは富士山へと向かう。

 

その後、富士山の麓に名前も書かれていない墓が建てられたという。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「どうでした? 彼らは」

「とりあえず一件落着だな。これで記憶も三つ目だ」

「残り四つ、それまで今は様子見ね」

「だが、それをあのニセモノに奪われたら」

「大丈夫よ。きっと」

「どこまでお前はそう楽観的なんだよ」

「貴方の無駄に熱い性格よりはマシだと思います」

「なんだと!?」

「それより、僕らはただ見守りましょう」

「ったく……」

「最後に残るのは絆紡か、それとも渾沌か…………」

 

 

 

 

 





空亡「さて、これでこの蓬莱編も終わりですね」
優夜「妹紅が元気になってよかったぜ」
空亡「さあ、次回はみんなとの別れを二話に分けてお送りします」
優夜「そうだよな……もう、そんな時間か」
空亡「輝夜さんと永琳さん、阿礼さん、妹紅さん、そして……」
優夜「他にいたか?」
空亡「いえ、これは次々回のお楽しみにしておきましょう」
優夜「なんだよ。相変わらずもったいぶるな」
空亡「別れの言葉は、彼女自身が伝えないといけないですからね」


次回予告
出会いがあれば別れもある。その別れが辛いのは、その人との絆が深い証拠だ。
そして、少女の旅立ちに、彼は何と言って送りだすのだろうか?

東方幻想物語・蓬莱編、『竹取物語のE/また出会うその日まで』
           『Fにさよなら/旅立ちに涙はいらない』



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竹取物語のE/また出会うその日まで

神無 優夜side

 

 

竹取物語を中心に起こった今回の騒動は、無事終わりを迎えた。

 

都ではかぐや姫の話題で持ちきりだったが、一週間もしないうちにその話は途絶えた。

人の興味や関心なんて、所詮はこんなもの。次の話題が広まるまで、この都は少し静かになるだろう。

 

輝夜と永琳は身を隠すために、あの竹林に移り住むことにした。

念の為にてゐに相談してみたが、理由を聞かずに許可してくれた。思えば、俺の話を聞いていた時点で何か企んでいるようにも見えた。

ちなみに、住居の方は薊に頼んで鬼たちに建ててもらうことになった。一応、俺への借りを返すためと言っていた。借りなんて貸した覚えはないはずなんだけどな。

 

阿礼は俺たちの旅に同行しようとしていたが、俺が止めさせた。

彼女には彼女の場所がある。それに、俺たちの旅は彼女には荷が重すぎるからだ。

最初は残念がっていたが、とある約束をすることで彼女を説得した。

いつか俺の話を元にした物語を書きたいと言っていたが、それを見ることはできるのだろうか? 少しだけ、彼女との再会の楽しみが増えた。

 

妹紅は当分の間は人目を避けて生きていくと言っていた。

光姫から教わったことを生かして、各地を転々としながら旅をしていきたいとも言っていた。とても元貴族の娘とは思えないほどの行動力だ。

彼女には輝夜の事を黙っていたが、いつか二人が出遭った時、できるだけ仲良くできるように仲裁はしたいと、そう思った。

 

ここからは、それぞれの別れ際の会話を載せていきたいと思う。

 

 

「何から何まで、本当に世話を掛けるわね」

「いいよ。昔の借りを返しただけだ」

 

 

俺は永琳にそう言った。

どこにも行く場所がなかった俺によくしてくれた恩は、今でも忘れない。

そして、色々な薬の実験体にされて生死の境を彷徨ったことは、今でも忘れない。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ? 輝夜」

「その……いえ、なんでもないわ」

「え? 何なの、気になるじゃん」

「何でもないって言ってるでしょ」

 

 

輝夜はそう言って俺から背を向けた。

思えば、彼女と出会ったのは月美との接点があったからなんだよな。

お陰で、こうやって仲良くなることも、彼女の性格を知ることもできた。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ?」

「私、ユウヤの事が」

「待った」

 

 

俺は輝夜の言葉を遮ると、彼女に言った。

 

 

「輝夜、悪いが俺はまだ旅を続ける。まだやらきゃいけないこともあるからな」

「………そう、よね。ごめんなさい」

「でも、俺からの難題を解いてくれるっていうのなら、考えてやるぜ」

「え?」

「輝夜が持ってる蓬莱の玉の枝、その花が咲いた時、お前の想いに応えてやる」

「花が、咲いた時………?」

 

 

俺は輝夜にそれだけを告げると、その場から立ち去った。

蓬莱の玉の枝こと『優曇華』は穢れによって実を付け、花になる特殊な植物。

でも、これから彼女たちは身を隠すために永遠亭に閉じこもるだろう。そして、輝夜の能力で屋敷総てが永遠に保たれる。

優曇華の花は咲くことは、当分後の話になってしまうだろうな。

我ながら、嫌な無理難題を吹っ掛けたものだ。でも、それまで俺は死ねないな。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

「いや~お世話になりました」

「ああ、身体には気を付けろよ?」

「わかってますよ」

 

 

阿礼は笑って言っているが、どこか元気がなかった。

 

 

「ユウヤさん」

「ん?」

「私、旅をして良かったと思います」

「面白いものが見れたからか?」

「それもありますけど、一番は貴方に出会えたことですね」

 

 

阿礼はそういうと、俺の事を見つめた。

 

 

「人の身分とか、妖怪だとか、そんなのに囚われない貴方が眩しく見えます」

「そう素直に褒められると、少し照れるな」

「貴方を見ていると、いつの日か人間と妖怪が共に暮らせる未来がくるような気がします」

「………そうだな」

「だから、その未来がきた時のために、私も少しばかり努力しようと思います」

「よければ、聞かせてくれるか?」

「う~ん、たとえば妖怪の特徴とかを詳しく書いて、それに対処するための方法などを書きたいですね。それと、友好的な妖怪には直接話を聞いてその良い所を載せたいです」

 

 

楽しそうに話す阿礼の姿を見ていると、俺は自然と笑みがこぼれた。

幻想郷縁起の起源は、案外阿礼の趣味で始まった物の延長線じゃないかと思えてきた。

でも、そのお蔭で俺は東方の人物たちの良い所を知ることができた。阿求の性格は、もしかしたら阿礼の性格をそのまま受け継いだのかもしれないな。

 

 

「阿礼」

「はい?」

「その話、今度会った時にたくさん聞かせてくれ」

「はい。でも、その時私死んでるかもしれませんね」

「だったら、お前の生まれ変わりを探すさ。お前なら、死んでも覚えてそうだからな」

「そうですね。もしも生まれ変われるのなら、その時はまたお話ししましょう」

「ああ、約束だ」

 

 

俺と阿礼はそういうと、指切りをした。

寿命の短い稗田の娘、俺が初めてまともに出会った、人間の友人よ。

今度再会したときは、どうか、こんな俺の事を憶えていてください。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

「おーい、妹紅」

「やっと来た。いつまで待たせるのよ」

「いいじゃねえか。どうせ行く宛てだって決まってないんだろ?」

「そうだけど………人に見られるのはちょっと」

「そういうところは可愛いのに」

「余計なこと言うと燃やすよ?」

 

 

妹紅は右手に炎を出しながら俺を睨みつけた。

蓬莱人になったお陰か、以前よりも妖術が扱いやすくなったらしい。

俺にとっては有難迷惑な話なのだが、妹紅には十分過ぎるほど役に立つだろう。

 

 

「ところで、こんな所に呼びだしたのは?」

「ああ。光姫からお前に渡したいものがあったらしい」

「光姫から?」

 

 

俺はそう言って、妹紅に風呂敷に包まれた物を渡した。

光姫の記憶に、妹紅に渡したいものが屋敷にあると教えられ、さっき屋敷に侵入して取ってきたところだ。意外にも警備が薄くて助かったぜ。

 

妹紅が包みを広げると、そこには白いカッターシャツとサスペンダーが付いた赤いもんぺに、赤い線が入った白いリボンが複数入っていた。

どう見ても原作の妹紅の衣服だ。もしかして、作ったのか………!?

 

 

「これって………」

「光姫からの贈り物だろうな。動きやすいように作られてるし」

「なんで……」

「いつか妹紅が家を出た時のために、贈ろうとしてたからじゃないのか?」

「私のために、こんな」

「今は着れないかもしれないが、いつか着てみたらいいんじゃないか」

「そうするよ。光姫が残してくれたものだもの、大切にするよ」

 

 

妹紅はそう言って笑った。

光姫には前世の記憶があったが、それを抜きにしても、妹紅のへの気持ちは本物だった。

あいつも、いつか妹紅と旅に出ることを願って、これを作ったのかもしれない。

いつか、これを着た妹紅と再会するときには、どうか彼女が笑顔で溢れていますように。

 

 

 

 





空亡「別れはつらいですね」
優夜「ああ。輝夜には無理難題を押し付けてしまったしな」
空亡「そうとも限らないですよ。原作では時間が動きだしますから」
優夜「その時はもう……」
空亡「それに、阿礼さんとの約束はいつか果たせますよ」
優夜「生まれ変わりだけどな。でも、その時俺の事を覚えてるか」
空亡「忘れられそうにないですよね。君みたいな人」
優夜「余計なお世話だ」
空亡「妹紅さんは……まさかの光姫さんからのプレゼントですか」
優夜「俺も見てビックリしたよ。ちゃんと夜なべして作った記憶があるのにも」
空亡「誰かさんと同じでスペック高いですね」
優夜「誰のことだろうな」



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Fにさよなら/旅立ちに涙はいらない

神無 優夜side

 

 

それぞれとの別れを終え、俺たちは都を旅立とうとした。

その直前、俺はゆかりに呼び出され、月がよく見える宿屋の屋根へと向かった。

そこには、俺の事を待っていたゆかりがいた。

 

 

「待たせたな」

「いいえ。呼び出したのは私ですから」

「どうしたんだ。愛の告白ならいつでも受け付けるぜ」

「それは嬉しいですけど、今は違います」

 

 

ゆかりは真剣な面持ちで俺を見つめる。

わかってんだよ、ゆかりがこれから言おうとしてることくらい。

でも、どこかで怖がっている俺が居る。でも、今はそれを殺してみせる。

 

 

「ゆかり」

「はい」

「今から俺は茶化さない。だから、伝えたいことがあるなら言ってくれ」

「ありがとう、ユウヤさん」

 

 

ゆかりは、静かに話し始めた。

 

 

「私、ユウヤとルーミアを見ていてずっと考えてた。

 人間と妖怪、互いに共に暮らせるにはどうしたらいいのか。そんな事を考えてた。

 人間からも、妖怪からも嫌われていた私を、二人は受け入れてくれた。

 人間も妖怪も嫌いだったけど、二人と過ごしていくうちにその見方も変わっていった。

 人間も妖怪も違いなんてない。ただ、どっちも歩み寄ろうとしないだけなんだって」

 

 

ゆかりは深く深呼吸をすると、意を決して俺に言った。

 

 

「だから、私………人間と妖怪が共に暮らせるような世界を作りたい‼‼

 憎むことも、差別することも、退治されることもない、そんな幻想の様な理想郷を」

 

「だが、その理想を叶えるのは困難な道のりだぜ?

 人は妖怪を憎み、退治する。妖怪は人間を見下し、喰らう。

ゆかりがやろうとしてるのは、そのルールを変えることになる」

 

「わかってる。でも、ユウヤにそう言われても諦めたくない。

 やっと見つけた。私が本気でやりたいこと、それが二人に向けての恩返しだから。

 その為なら、私はこの世の理であろうと破ってみせる。

 それが、この数百年間で貴方から教わった覚悟、これだけは譲れません」

 

 

紫はそう言い切った。

初めて出会った時は、孤独を埋めるために俺のところに来たか弱い少女だったのに。

今目の前にいる少女は、自分の夢の為ならルールさえ破ろうとする覚悟を決めている。

子供は親の知らぬ間に成長するというが、まさかそれを自分が味わうとは思わなかった。

さすが、俺とルーミアに何百年も付き合ってきただけあるぜ。

 

 

「いいぜ、やってみろ。お前の夢、俺は応援するぜ」

「ユウヤ………」

「その代り、ちゃんと完成したら俺らの事呼んでくれよ」

「当たり前よ………」

「なら、俺らはここで別れきゃな。お前の夢に、俺らは関われない」

「ええ。貴方は、貴方の旅を続けて」

 

 

ゆかりはそう言って俺に背を向けた。

背を向ける時、ゆかりは涙を堪えていた。

ゆかりはいつも泣く時、俺に背を向けていた。泣いている姿を視えたくないからと。

そんなの、俺だって同じだ。泣いてる姿なんて、お前らに見せられるか。

俺は紫に歩み寄ると、後ろから抱きしめた。

 

 

「……ゆかり」

「なん…ですか?」

「今まで、俺たちといてくれてありがとう」

「水臭いですね。私は……ユウヤさんたちと……一緒に居られて………ッ」

「わかってるさ。だから、お前に贈るものがある」

 

 

俺はゆかりから離れると、指を鳴らした。

その瞬間、ゆかりの服が紫を基調としたドレスへと変わった。

 

 

「これって?」

「俺が密かに作ってたお前の衣装だ。他にもチャイナ風のもあるぞ」

「なんで……服なんか」

「いつまでも質素な着物じゃ、折角の美人が台無しだからな」

 

 

俺は最後に、リボンの巻かれたナイトキャップの帽子をゆかりに被せた。

 

 

「可愛い娘が一人立ちするんだ。ちゃんとした姿で送り出したいだろ?」

「どうして………そこまで、貴方は優しい……のよ」

「さあな。ところでゆかりにはちゃんとした名前がなかったよな」

「……うん。自分で適当につけたから」

「なら、ついでに名前も付けてやるか」

 

 

俺は一呼吸置いて、彼女に言った。

 

 

「八雲 紫、それがお前の名前だ」

「八雲………紫………」

 

 

八雲は幾重にも重なった雲の事を指し、彼女にはいくつもの苦難を乗り越えてほしい。

重なった雲から差し出す光のように 希望をあきらめずに立ち向かっていってほしい、どこかの小説の受け売りだが、そんな思いも込められている。

紫を見ると、帽子の深く被って顔を隠していた。その下からは涙が流れていた。

 

 

「なんで……っ、貴方の前では泣かないって……決めたのに………っ」

「泣けるうちに泣いておけ、この先、素直に泣ける事なんてないだろうからな」

「ユウヤっ‼‼」

 

 

紫はそう言って俺の胸に跳び込んでくると、大声で泣いた。

念の為に結界を張って周囲に音を漏らさないようにしているが、それでも足りないと思うほど、紫はは泣いていた。

 

 

「立派な淑女がなんて様だ。まだまだ紫も子供だな」

「だって………」

「これで会うのが最後じゃないんだ。いつかまた会えるさ」

「約束ですよ」

「ああ。お前も約束しろよ、夢を叶えてみせるって」

「はい。それまで、ユウヤさんたちもお元気で」

「言われるまでもねえよ」

 

 

俺は紫に気付かれないように、涙を流した。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

都を出た竹林の中で、俺とルーミアは静かに歩いていた。

旅の高間が一人減るだけで、こんなにも寂しいものだったなんてな。

ルーミアなんて、さっきから一言も喋らずに俺の前を歩いている。

 

 

「娘が出ていって静かになっちまったな、母さん」

「誰が母さんよ」

「お、やっと話してくれた。一人で黙っていたらなんだか寂しんだよな」

「アンタは、いつも通り元気なのね」

「いつまでもクヨクヨしてられないからな」

「……羨ましいわ」

 

 

ルーミアはそう言ってその場に立ち止った。

 

 

「ねえ、ユウヤ」

「なんだ?」

「私ね、最初はゆかりの事が気に入らなかったのよ。

 赤の他人が、私とユウヤの間に勝手に入られてきたみたいで、何だか嫌だった。今思うと、大人げのない嫉妬を抱いていたんだたわ。

 でも、あの子と一緒に過ごしていたらそんな気持ちなんて自然と消えていって、いつしか妹みたいに可愛がってた。きっと、妖怪同士で惹くものがあったんでしょうね」

 

 

ルーミアは静かに語り続ける。

今まで知らなかった彼女の心情、俺はそれを黙って聞いていた。

 

 

「ゆかりから自分の夢を聞かされたとき、私は何も言えなかった。

 励ます事もできないまま、あの子は私から離れてしまったわ。

 本当はもっと言いたいこともあったのに、何も伝えられなかった」

 

 

その時、ルーミアの地面に涙が落ちた。

 

 

「………お前が泣くなんて、珍しいな」

「何の事かしら? 昔、紫が作ってくれた料理を思い出して涎が出ただけよ」

「良い話で終わろうとしてるのに、なに雰囲気ぶち壊してやがる」

「アンタには言われたくないわ」

 

 

ルーミアは振り返り返りもせず、再び歩きだした。

最古参の人喰い妖怪のプライドは、彼女に泣くことを許さなかったのかもしれないな。

 

 

「しかし、どいつもこいつも素直じゃないよな。………なあ、紫」

 

 

俺は独り言を大きな声で口遊むと、ルーミアの後を追った。

その時、俺の後ろで声を殺して泣く声が聞こえた。

 

様々な人と出会い、そして別れを経験した。

旅立ちに涙はいらない、いつか再会するその日まで……………………………………………

 

 

 

 

 




空亡「これに手蓬莱編、無事完結です」
優夜「紫が出ていって少し寂しくなったな」
空亡「彼女には彼女のやるべきことがある。ただそれだけですよ」
優夜「本編でも言ったけど、娘の独り立ちを後押しする父親の気分だな」
空亡「ほんとうに、おかしな気分ですよね。独り身の僕には想像もできません」
優夜「こうなると、俺って幻想郷誕生の起源みたいになってね?」
空亡「そうなりますね。そのうち神様として崇められそうですね」
優夜「それについては遠慮したいぜ」
空亡「さあ、次回は妖桜(あやかしさくら)編………の前に」
優夜「前に?」
空亡「そこまでの数百年間を描く探訪編を、短い間お楽しみください」


次回予告
とある舞台が始まる前の日、少年は舞台の上の少女が眩しく見えた。
東方幻想物語・探訪編、『とある少年の記憶回想・愛き光』、どうぞお楽しみに。



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幕間『東奔西走なんのその』
とある少年の記憶回想・愛き光


神無 優夜side

 

 

夕暮れに染まる街に、パンダマストと放課後のチャイムの音色が鳴り響く。

二つの音色が合わさった不協和音が俺の耳を劈くように鳴り響く。

不本意ながら俺はその騒音に目を覚ました。そこは俺がよく知る教室だった。

もう放課後ということで誰も教室には居なかった。残っていたのは俺だけだった。

どうやらHRに眠りこけてしまい、そのまま取り残されてしまったようだ。

 

 

「………帰るか」

 

 

俺は席を立つと、教室を出ようとドアを開けた。

その時、目の前に見覚えのある少女が立っていた。

 

 

「お前……」

「待ってましたよ。優夜さん」

 

 

そう言って愛識はニコッと笑った。

彼女は『愛識――』、俺よりも学年は一つ下で、入学した時から面倒を見ている手の掛かる後輩だ。

掴みどころのない性格で、突拍子もない発言をすることを除けば、それなりに可愛いと思っている。

 

 

「なんで愛識がいるんだ?」

「なんでって、今日は私の用事に付き合ってくれる約束だったじゃないですか」

「そうだっけ……?」

「やっぱり、あの時私の話を聞き流していたみたいですね」

「ごめん」

「まあ、今回だけは許してあげますよ」

 

 

愛識はそう言って笑った。

なんというか、彼女を見ていると俺より年下とは思えない時がある。

そういった雰囲気の所為か、一部の男女からは人気が高かったりする。

 

 

「それじゃあ、さっそく付き合ってもらいますよ」

「失礼ついでに、その用事って?」

「演劇部の舞台装置の修理ですよ。まったく、面倒な用事です」

「それ、俺が行く意味あるのか?」

「一人でいてはつまらないでしょう?」

「……そうだな」

 

 

俺は諦めるように溜息を吐いた。

経験上、彼女にこれ以上口答えしても勝てる気はしない。

 

 

「行きますよ」

「はいはい」

 

 

俺は彼女に手を引かるまま、舞台装置がある体育館へと向かった。

今日は室内の部活動がいない所為か、誰もいない体育館が少し物寂しく思えた。

 

 

「そういえば、今度の演劇ってどんなのやるんだ?」

「竹取物語ですよ」

「あれって演劇にする意味ってあるか?」

「なんでも、今年は少しアレンジするみたいですよ」

「それはそれで楽しみだな」

「私は興味ないのであまり期待はしないですよ」

 

 

素っ気ない会話をしながらでも、愛識は舞台装置を無事直した。

どうやら背景を吊るすワイヤーが壊れていたらしいが、彼女には朝飯前だったようだ。

 

 

「これで私の用事は終わりですね」

「そうだな」

「ところで、演劇で少し思い出したことがあったんですけど」

「なんだ?」

 

 

愛識は舞台の上に立ったまま、俺を見下ろした。

 

 

「第四の壁、って言葉を知ってますか?」

「ああ、知ってるさ。舞台の役者と観客を永遠に隔てる透明な壁の事だろ?」

「そうです。役者は舞台の上の物語を演じ、観客はそれを見て楽しむもの」

 

 

愛識は舞台の上をゆっくりと歩き回りながら話しを続ける。

 

 

「観客は舞台に上がることを許されず、目の前の役者とは違う世界だと自覚する。

 役者は舞台を降りことを許されず、目の前の観客を決して意識してはいけない。

 互いが互いに干渉することを禁忌とした。その暗黙の了解が第四の壁ということです」

「まあ、確かに恋愛ゲームだと次元の壁を感じることがあるよな」

「それと同じですよ。ゲームのキャラは私たちを認識できない。そういう設定ですから」

 

 

愛識はそう言って立ち止まると、舞台の上を見上げた。

 

 

「優夜さん、貴方は自分がどっちの立場だと思いますか?」

「ただ見ているだけの観客か、それとも舞台を演じる役者か、ってことか?」

 

 

俺がそういうと、愛識は舞台の上から俺に視線を向ける。

 

 

「私は思うんですよね、今この瞬間も私たちは観客に見られている役者ではないか。

 パソコンに台詞が書きこまれ、それをただ喋っているだけの、一人のキャラクター。

 もしも、一つのパソコンに刻まれたデータが自分の全てだとしたら、どう思いますか?

 それを自覚してしまった一人の役者は、一体どうすればいいと思いますか?」

 

 

愛識の言葉に、俺は迷い無く答えた。

 

 

「もしも俺らが物語の登場人物に過ぎないのなら、俺はそれを演じ切るだけだ」

「単純ですね。もし、その先に避けられぬ結末があったらどうするんですか?」

「乗り越えてやるさ。この物語の作者がどんな奴だろうと、俺は最後まで付き合うさ」

「たとえその先が救いようのないBAD ENDでもですか?」

「そこで物語が終わるのなら、作者の物語がそこまでだったってことだ」

「それが、貴方の答えですか」

「ああ」

 

 

愛識は小さく笑うと、舞台の上から飛び降りた。

 

 

「第四の壁が破れるということがありますが、果たして優夜さんにできるでしょうか」

「さあな。それさえも作者の演出だったらどうする?」

「その時は、大人しく掌の上で踊りましょうか」

「ダンスは苦手だ………」

「今度お教えしましょうか?」

「断らせてもらう」

「つれない人ですね」

 

 

夕暮れに照らされる体育館に、二人の笑う声が響く。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「………これで、記憶が三つか」

 

 

暗闇に包まれた屋敷に一人、彼は静かに呟いた。

 

 

「………深紅、なんでお前達が手を貸すんだ」

 

 

彼は頭を押さえながら怒りを露わにする。

いつも人間を嘲笑う邪神は、怒りを抑えるのに必死だった。

 

 

「邪魔はさせない………“最後の一人”になるのは俺だ」

 

 

彼は立ち上がると、小さな声で口遊んだ。

 

 

役者よ

役者よ

なぜ抗う

作者の心が分かって

おそろしいのか

 

 

 

 

 

 

???side

 

 

………神無優夜………記憶修復率………39%完了………

 

 

『愛識――』に関するすべての記憶………Code:【愛き光】

 

 

………記憶の回収………最優先………邪神の排除………最優先

 

 

本当の記憶…………役者と観客………空想の産物…………忘れた名前

 

 

………現実と幻想を隔てる壁は、壊された

 

 

 

 

 




空亡「記憶回想二回目、いかがでしたでしょうか」
優夜「やっぱり、解るのはここまでか」
空亡「いくら記憶を受け告げるといっても、重要な部分は隠しておかないと」
優夜「それにそても、第四の壁か」
空亡「結構重要なんですよね。なにせ、現実と幻想を隔てる壁ですから」
優夜「まあいいさ。どちらに背よ、全部思い出してスッキリさせる」
空亡「その果てに待つのは、果たしてどんなエンディングでしょうね?」


次回予告
旅での出会い、しかし、稀に奇妙な出会いというものもあるそうで……?
東方幻想物語・探訪編、『鯉は故意に恋に落ちる』、どうぞお楽しみに。



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故意に鯉は恋に落ちる

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、俺とルーミアはいつもの様に決闘していた。

理由は新しく手に入れた繊刀『光姫』の能力を試すためと、食糧調達係を掛けた戦いだ。

 

 

「ぼーっとしてる暇はないわよ」

 

 

ルーミアは余裕そうな笑みを浮かべながら俺に斬りかかってきた。

俺はそれを横に移動して避けると、斬り下ろした剣の向きを変えて横薙ぎに振るった。

そこまで読んでいた俺は『月美』で受け止めると、片手に持っていた『星羅』を彼女に向ける。

 

銃声と共に銃弾が放たれ、ルーミアの眉間に向かって飛んでいく。

だが、それは彼女が操る影によって受け止められると、剣所は剣に力を込めて俺を弾き飛ばした。

 

ルーミアの後ろに伸びた影の刃は、弾き飛ばされた俺を追うように向かってきた。

地面に手をついて勢いを殺すと、向かってきた影を凌いでいく。

その時、『月美』が俺の手元から弾き落とされた。ルーミアはニヤリと笑ったが、同時に隙ができた。

 

 

「――『長月』」

 

 

俺は『月美』の柄を足で蹴ると、ルーミアへと向けて蹴り飛ばした。

影の合間を潜り抜けながら彼女へと向かっていくが、彼女の剣によって軽く弾き返され、宙へと舞った。

 

 

「それでお終いかしら?」

 

 

勝ちを確信したルーミアは、影の刃を一斉に俺に突き立てた。

迫り来る刃を前に、俺はニヤリと笑った。

 

 

「俺の新武器の実用テストだって言ったよな?」

 

 

俺は手元の糸を指で操ると、宙を舞っていた『月美』が急降下しながら影を斬り裂いた。

それを見て、ルーミアはむっとした表情をした。

 

 

「その『糸』……」

「どうだ? 『光姫』にもこういう使い方があるんだぜ」

「刀を飛ばして隙を誘い、その隙を突く。なんともアンタらしい戦い方ね」

「本当ならルーミアに向けて攻撃したかったんだけど、どうやら調整不足みたいだ」

「それでもまだ不完全なのね」

 

 

俺は地面に突き刺さった『月美』を回収すると、巻き付けていた『光姫』の糸を解いた。

『光姫』の使い方は後の課題にするとして、後はこれに合う能力探しだな。

 

 

「というわけで、今回は俺の負けだな」

「今回も、でしょ」

「そうだな」

「近くに川があったから、そこなら調達できるんじゃないの?」

「わかった。あまり期待するなよ」

 

 

俺はルーミアにそう告げると、食糧調達へと向かった。

以前は川での収穫成功率はゼロだったが、果たして今回リベンジなるか!?

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

川釣りを始めて早一時間、魚を入れるための壺には一匹も獲物は入っていない。

釣り竿は風に揺られる意外に揺られることは無く、静かな時間だけが流れていた。

魚の気配はなんとなく感じているのだが、掛からないと釣れない。

 

 

「……何かいい方法はないか」

 

 

その時、俺はとある二次小説の話を思い出した。

たしか、俺と同じ転生者で、魚が中々かからないのに痺れを切らして、直接釣り針を肴に引っ掛けて釣るという神業をやった人がいた。

だが、いくらなんでも俺にはそんなのはできない。諦めかけようとしたその時、俺はある事を思い付いた。

俺は釣竿を横に置いて立ち上がると、息を整える。

 

 

「……よし、行くぜ」

 

 

俺は『光姫』から糸を取り出すと、それを川へと向かって放った。

魚の位置は把握している。あとは、魚が逃げる前に糸を巻き付け、そして一気に‼

 

 

 

「釣り上げる‼」

 

 

両手を振り上げると、糸の一本一本に巻き付いた川魚が水飛沫を上げながら宙を舞った。

本来ならこういう使い方をするのは罰当たりだろうが、これだけは言わせてもらう。

光姫、ありがとう。……………俺は糸を操って釣り上げた川魚を壺の中に入れていく。

 

その時、川魚の中に一匹だけ種類の違う魚が混じっていた。

よく見ると、それは赤い色をした立派な鯉だった。

 

 

「鯉って、確か食えたはずだよな………」

 

 

ふと、そんな事を思い浮かんでしまった。

確かアジア圏内でよく食べられているらしいが、味がまあまあらしい。

このまま持ち帰って食べても、上手くないのなら死に損になってしまう。

しかもこの鯉、俺の呟きを聞いてから必死に地面の上を跳びはねている。

 

 

「冗談だよ。誰もお前を食べやしないって」

 

 

俺は鯉を持ち上げると、川へと戻した。

鯉は何か言いたげに俺の方を見上げている。

そういえば、こういう時に譲歩する能力があったはずだ。

 

 

『古明地 さとり:心を読む程度の能力』

 

 

「悪かったな。大丈夫か?」

『何で私を逃したんだ』

「鯉は食べても不味いって評判だからな」

『正直嬉しくはないな。……というより、私の声が聞こえるのか』

「ちょっとした手品だよ」

『おかしな人間だ』

「おかしな鯉に言われてもな」

 

 

俺はその場に腰を下ろすと、鯉は俺に向かって話しかける。

 

 

『なあ、お主のさっきの釣り方は何だ?』

「あれか? 驚いただろ」

『ああ。危うく死ぬところだった』

「大袈裟だな。まあ、ちょっと加減を間違えてたら真っ二つに」

『おい、今何と言った!?』

「いや、気にするな。結果だけを見ていればいいんだ」

『無茶苦茶な奴だ』

 

 

鯉の溜息が聞こえてくる。

 

 

「しかし、お前も相当変わり者だな」

『お主みたいな人間に興味を持つ鯉など、私ぐらいだろう』

「で、何が気になったんだ?」

『お主、見たところ旅人だな。なら、さぞ食い物に困っているはずだろう?』

「まあな。お陰で釣りに一時間も費やしてしまった」

『それなら、私のことも食べるのが普通ではないのか?』

「俺の連れなら迷い無くそうするだろうけど、俺はアイツとは違うからな」

 

 

俺は鯉へと笑みを向ける。

 

 

「お前みたいな立派な鯉、食べるのは勿体ないからな」

『立派、か』

「ああ、少なくとも俺から見たらお前は綺麗だぜ」

『ふふ、お主にそう言われるとなんだか嬉しいな』

 

 

鯉は上機嫌に尾ひれを揺らしている。

 

 

「さて、俺はもうそろそろ帰るか」

『そうだな。私も自分の住処に帰るとしよう』

「今度は悪い人間に捕まらないようにしろよ」

『お主も、罪のない鯉を食べようとするなよ』

 

 

俺がその場から立ち上がると、鯉が最後に呼び止めた。

 

 

『ところで、お主の名は何という?』

「神無 優夜、お前は?」

『生憎と、呼ばれるような名はない』

「だったら付けてやるよ。これも何かの縁だ」

『ますます風変わりな男だ』

「そうだな………龍鯉ってのはどうだ?」

『りゅうり?』

「中国に滝を登った鯉は龍になるって伝承がある。それをもじって龍鯉」

『龍鯉か、気に入った』

「なら、また会おうぜ、龍鯉」

『ああ、またな、優夜』

 

 

俺たちは互いにそう言って別れた。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

その夜、ルーミアに龍鯉との話を聞かせると、呆れたような声でこう言われた。

 

 

「ユウヤ、またやったのね」

「何がだ?」

「その鯉、どんな感じだったの」

「妙にじじい口調の似合う奴だったな。似てるとすれば薊だな」

「で、性別は」

「う~ん……話してる感じの声は女性みたいだったな」

「………やっぱりね」

「だから、さっきから何だよ?」

「アンタが気にするようなことでもないわ」

「そうか……」

「ところで、次はどこに向かうの?」

「そうだな………佐渡なんてどうだ?」

「理由は?」

「なんとなく」

「だと思ったわ」

 

 

俺とルーミアは黙々と塩焼きにした川魚を頬張り続けた。

 

 

 

 

 

「――まさか、鯉にまで嫉妬するような日が来るなんて」

 

 

 

 





空亡「今回はちょっとした息抜き回でしたね」
優夜「さとりの能力って便利だな」
空亡「まあ、動物の他にも人間の心も読めますからね」
優夜「だけど、戦いではあんまり使いたくないな。自分の勘で戦いたい」
空亡「その方が性に合ってますからね」
優夜「しかし、鯉にも面白い奴が居るんだな」
空亡「こういうキャラは今後も出てくるかもしれませんよ?」
優夜「どこで出せるんだよ……」


次回予告
旅路の一本道、されど狐と狸のお戯れにはご注意を………?
東方幻想物語・探訪編、『狐と狸のバカ試合』、どうぞお楽しみに。


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狐と狸のバカ試合

神無 優夜side

 

 

佐渡へと向かう俺とルーミアは、とある山の裏にある道を歩いていた。

周りには聞きが生い茂るだけの一本道だが、何だかあの世へと行く道にも思えた。

 

 

「薄気味悪い道ね」

「そうだな。出店の一つでもあれば楽しいのに」

「それはそれでどうなのよ。もしもここがあの世への道だとして」

「わからねえぞ。出店で生きる楽しさを思い出して生き返るかもしれない」

「偶にアンタは面白い事を思い付くわね」

「そうでもしないと、旅が面白くないだろ?」

「そうね」

 

 

そんな話をしながら道を歩いている途中、道端に倒れている地蔵を見つけた。

よく見ると、誰かに意図的に倒され様だ。

俺は近くに歩み寄ると、地蔵を元の場所へと戻して手を合わせた。

 

 

「まったく、罰当たりなことしやがる」

「悪戯好きな妖怪の仕業ね。やることが小さいわね」

「折角だからお供え物をしておくか。旅の無事を祈って」

「私たちなら、ある程度の災難でも乗り越えられると思うのだけど」

「そこに突っ込むなよ」

 

 

俺は近くの茶屋で買った団子を地蔵さんにお供えした。

 

 

「さて、行くか」

「勿体ないわね」

「そういうこと言うと、罰が当たるぜ」

「地蔵の罰なんてたかが知れてるわ」

 

 

ルーミアはそう言いながら先へと行ってしまう。

俺は最後に地蔵に手を合わせると、すぐに彼女の後を追った。

しばらく歩いていくうち、ルーミアが口を開いた。

 

 

「ところで、気になったんだけど」

「なんだ?」

「さっきから妙に霧が深いような気がするのよね」

「霧?」

 

 

ルーミアにそう言われて周りを見てみると、周りには霧が掛かっていた。

雨が降っていたわけでも、標高が高いわけでもない。確かに妙だ。

 

 

「さっき言ってた妖怪の仕業かもな」

「なら、面倒なのに見つかる前に早くここを抜けましょうか」

「………ああ」

 

 

そう言って俺たちは先が見えぬ一本道をひたすら走った。

しかし、どこまで走ってもきりか消えず、道も終わらない。

まるで何処かのゲームでよく在るような無限ループに嵌っているような感覚だ。

 

俺たちは立ち止ると、もう一度周りを見渡した。

霧の掛かった白い景色の中に、あの時俺が起こした地蔵があった。

その前には俺がお供えした団子もちゃんとあった。

 

 

「やっぱり、ループか」

「化かされるのは嫌いね。バカにされるみたいで」

「とりあえず、戻ってみるか」

「そうしましょうか」

 

 

来た道を戻ろうと振り返ったその時、進んでいた方向に二つの道が現れた。

どっちの道の先に深い霧が掛かっていて、何があるのかもわからない。

 

 

「これはこれは、随分と親切だな」

「どういうことよ」

「正解の道を選べば脱出成功ってことだろ」

「くだらないわね」

『そんなこと言わないでおくれよ。常闇の妖怪さん』

『そうそう。そこの永生きな人間みたいに遊びに付き合っておくれよ』

 

 

そんな声が聞こえた先に目をやると、それぞれの道から二つの影が現れた。

右の道からは白い毛並みの狐、左の道からは茶色の毛並みの狸が歩いてきた。

二匹はそれぞれの道の前に座ると、俺たちをじっと見つめる。

 

 

『お初にお目にかかります。神無 優夜様』

「どうして俺の名を?」

『お主の話は妖怪の間で名高いからな。よく耳にするよ』

「ロクな噂じゃなさそうね」

『諏訪大戦の英雄、鬼姫を素手で倒した強者、かぐや姫を攫った男、などなどですね』

「最後、色々と間違ってるぞ」

『まあ、そんな話は今は関係ない。そうだろう?』

 

 

じじい口調の狸は笑う。

 

 

「そうね。とりあえず………」

 

 

ルーミアは眉を顰めると、彼女の足元の影が狐を斬り裂いた。

 

 

「アンタらを殺して術を解こうかしら」

『それはそれは、随分と横暴な答えですね』

「……なんですって?」

 

 

斬り裂かれた狐の身体が煙のように消えると、いつの間にか元の場所に座っていた。

本物じゃないのは考えなくても分かっていたが、ルーミアは思った以上にご立腹のようだ。

 

 

「アンタたちを倒して進むのは無理なのはよく分かった。用件は何だ?」

『簡単な事、私たちと一勝負してくれませんか?』

「勝負?」

『そう身構えなくても、勝負といっても単純ななぞかけじゃ』

「なぞかけね………」

「そんなことのために私たちをここに………」

『まあまあ、最近退屈続きだったから、たまには遊びたいと思っていいじゃろ?』

「迷惑極まりないわね」

『で、どうです? 受けてみますか?』

「ああ、こっちも何も無い旅は面白くないからな。どうせだから付き合ってやるぜ」

『流石、話の分かるお人ですね』

 

 

尻尾を振って喜ぶ二匹、隣にいるルーミアは不機嫌そうだ。

 

 

「まあ、息抜きだと思って付き合おうぜ」

「面倒なのによく絡まれるわね」

「ふふ、これも旅の醍醐味だ」

 

 

ルーミアの頭を撫でながら言い聞かせると、観念するように溜息を吐いた。

 

 

『さて、それでは始めましょうか』

「ああ、どんとこい」

『では……………』

 

 

『ここに二つの道があります』

『一つは正しい道、もう一つは永遠に迷い続ける道じゃ』

『正直者は正しい答えを、嘘つきはその名の通り嘘をつきます』

『質問は一度まで。答えが決まればその道に進むこと』

『さあ、このなぞかけが解けますか?』

 

 

二匹は小さく笑う。

さて、俺はこの問題の答えはすでに分かっているが、ルーミアはどうだろうか?

 

 

「………やっぱり、本体を見つけて倒した方が手っ取り早いわね」

 

 

うん。ルーミアは頭を使う問題は苦手らしい。

りあえず、無駄な被害が出る前にカタを付けるとしよう。

 

 

「それじゃあ、俺から………狐に質問だ」

『何でしょう?』

 

 

俺は左の道を指差すと、狐に問いかける。

 

 

「この道が正しかった場合、お前は『はい』と答えるか」

『それは………』

「付け加えるなら、『はい』か『いいえ』で答えよ」

 

 

俺からの質問に、狐は悔しそうな表情を浮かべている。

 

 

「どういう意味よ、今の質問」

「簡単だ。今の審問では嘘つきも正直者も同じ答えになる。

 俺が質問してるのは正解の真意ではなく、狐の答えについての問いかけだからだ」

 

 

昔趣味で買った小説の引用だが、理屈は十分に理解できる。

嘘つきの矛盾、自分の答えを聞かれると、結局は真実を語らざるを得なくなる。

 

 

「さて、答えを聴かせてもらおうか」

『まかさ、そんな質問を思い付くとはな』

「どうせなら二人いっぺんに答えて良いぜ。まあ、同じだろうけどな」

『狐と狸をコケにするとは………』

「言っておくが、遊びには本気で付き合うのが俺の流儀だ。悪く思うなよ」

『『………負けました』』

 

 

二匹が観念したように項垂れると、周りの霧が徐々に晴れていった。

目の前には一本道と、見知らぬ女性2人が地面に膝を着いて座っていた。

二人は顔を上げると、俺を見て溜息を吐いた。

 

 

「これほどまで一方的にやられたのは初めてだな」

「仕方ないわ。どっちも同じ答えになる質問なんて、誰が考えるのよ」

「まあ、難しいほうで質問させてもらったが、意外とあのなぞかけ穴があるんだぜ」

「らしいぞ。『ソウカ』」

「そうみたいね。『コノハ』」

 

 

二人は互いに肩を置いて慰め合っている。

狐と狸って仲が悪いイメージがあったんだけど、何だか仲が良さそうだな。

 

 

「だいたい、あの神無を相手にするのがそもそもの間違いだったのよ」

「だから儂はやめておこうと言ったのに、まったく聞き分けのない狐だな」

「あら、結構乗り気で考えてましたよね」

「最初に言いだしたのはお主の方であろう?」

「こんな欠点だらけのなぞかけを考えたのはぬしでしょう?」

「「…………………………」」

 

 

一触即発の雰囲気が漂い始めた。

ああ、この二人の関係性が一瞬で分かったような気がする。

でも、それ以上に危険視しなければいけないことが一つだけあった………………。

 

 

「ねえ、アンタたち」

「なんじゃ、今忙s――」

「悪いけど邪魔h――」

 

 

二人が振り返ると、そこには怒りが有頂天に達したルーミアが仁王立ちで立っていた。

みるみるうちに二人の表情が青ざめていき、冷や汗も流れている。

 

 

「無駄に歩かされた挙句に遊びに付き合わされて、こっちの都合とか考えなさいよね」

「い、いや、それは、その………」

「わ、悪かったわ。だ、だからここは穏便に」

「とりあえず……………」

 

 

ルーミアは眩しいほどの笑顔を二人に浮かべると、とても明るい声でこう言った。

 

 

「いっぺん、死んでみる?」

 

 

その後、二人がどんな目に遭ったのかはご想像にお任せしよう。

ちなみに、この話は次回に続く。

 

 

 





空亡「なんというか、この回に一番頭使いました」
優夜「なんでよりにもよってあの謎解き出したんだよ」
空亡「この幕間って一応息抜き回ですから、そういうのとは無縁にしたかった」
優夜「だからって、他の小説の引用はまずいだろ」
空亡「これでも結構省いてるんですよ。本編だと二ページ使ってますし」
優夜「てめえの小説のジャンル、偏りすぎなんだよ」
空亡「でも、幸福って義務ですよね?」
優夜「その台詞だけで小説特定できる奴はまず居ねえよ」
空亡「……僕たち、あとがきで何してるんでしょうね」
優夜「茶番だろ」


次回予告
狐と狸に出会ったユウヤ達、二人は佐渡へ向かうために歩みを進める。
東方幻想物語・探訪編、『渡舟は六文銭で』、どうぞお楽しみに。


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渡舟は六文銭で

神無 優夜side

 

 

前回のあらすじ、狐と狸になぞかけを挑まれたが難なくそれをクリアした。

こういうのをするのは初めてだからか、何だか新鮮だ。

 

さて、その二人は今現在ルーミアからの仕置きを受けて並んで正座している。

あれからルーミアの説教に加えて影からの攻撃で彼女たち二人の身も心はボロボロだ。

一応心配していたが、妖怪なだけあって意外と二人とも無事そうだ。

 

 

「無事ならいいか」

「よくないわよ」

 

 

右に座っている女性、『ソウカ』は目に涙を浮かべながら言った。

肩まで伸ばした長い白髪、着崩れた巫女服の上には蒼い羽織を羽織っている。着崩れた部分からは肩や胸らへんが露わになってる所為でまともに直視できない。だが、頭に生えた白い狐耳と、後ろで揺らめいている九本の尻尾が何よりも目を引いている。

 

 

「本気でやってあげてないだけまだ良い方よ」

「やれやれ、思った以上に厄介な奴を相手にしたもんじゃな」

 

 

左に座っている女性、『コノハ』は溜息を吐いて首を振った。

赤み掛かった茶色の長い髪、黄緑色の紋付羽織で、下に黒の長着を着ている。首には焦げ茶色と白の市松模様柄のマフラー、前髪には木の葉の髪留めを付けている。当然のように頭には狸の耳、後ろには一回り大きな尻尾が生えている。

 

二人共原作のキャラではないが、妖気からして強い部類の妖怪であることはたしかだ。

 

 

「聞き忘れてたけど、アンタたちは何者?」

「見たところ、ただの悪戯好きな狐と狸じゃねえよな」

「うぅ……申し遅れました。私は九尾の狐の『天狐 蒼香(あまぎつね そうか)』」

「儂は佐渡を根城にしている化け狸の『八百狸 木ノ葉(やおり このは)』じゃ」

 

 

二人はそう言って互いに自己紹介した。

九尾の狐に佐渡の化け狸、聞けば聴くほど妙な組み合わせだ。

 

 

「二人ってどんな関係なんだ?」

「腐れ縁ですよ。子供頃から化かし合いばっかりやって、今でもこうして競ってるの」

「今では互いに立場も偉くなったが、偶に抜け出してこうして遊んでるというわけだ」

「まあ、周りにこのことがバレたら大騒ぎでしょうけどね」

「大変ね。上に立つ者の立場ってのは」

「慣れれば楽しいものですよ。下の者達の成長とか見れて」

「うちの若いのも、将来が楽しみな奴が居るからの」

「そういうものなのね」

 

 

ルーミアは興味なさそうに振舞っているが、内心では少し羨ましそうな表情をしていた。

 

 

「ルーミアにはそういうのは向かないだろうな」

「わざわざ言われなくても分かってるわよ」

「今は二人だけで十分、だろ?」

「そうね。周りにがうるさかったら調子が狂うわ」

「本当に仲が良いようですね。お二人共」

「なるほど。妖怪に好かれる理由もなんとなく分かるな」

 

 

二人は俺たちの方を見て感心するように頷いている。

 

 

「さて、俺たちは旅を続けるが、お前達はどうする?」

「そうですね。私達はもう少し遊んでいくとしましょうか」

「懲りない奴等ね。まあ、精々退治されないようにすることね」

「また出会うことがあるなら、その時は旅の話でも聞かせてもらおうかの」

「わかったよ。じゃあ、二人とも気を付けて」

「ええ。そちらこそ、道中には妖怪に気を付けて。なんてね」

 

 

蒼香はそう言って笑うと、二人の姿が煙のように消え去った。

俺たちは再び佐渡に向かうために、歩き始めた。

その時、地蔵の横にある卒塔婆に何かの名前が書いてあるのに気付いた。

 

 

「…季…映…? ダメだ、読めない」

「ユウヤ、早く行くわよ」

「わかった。………じゃあな」

 

 

俺はそう言い残すと、その場を後にした。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

一週間後、佐渡へと渡る渡船場。

そこにはいくつもの渡船があったが、どれもこれも渡し賃が高い。

まあ、本土から佐渡まで最短でも32km、それなりに労力の掛かることなのは俺でも理解している。

 

 

「さて、どうするか」

「せっかく溜めたお金は美味しい物を食べるために使いたいわ」

「そうだな。だとすると、一番安いのを見つけるしかないな」

 

 

守銭奴の思考に陥っていると、渡船場の奥にポツリと一つだけ小舟が浮かんでいた。

気になって近くに歩み寄ると、その近くの河原に赤い髪の女性が寝ていた。

 

 

「女性の船頭なんていたのね」

「こうなったら、この女性に乗せていってもらうか」

「まあ、むさ苦しい男よりは幾分マシね」

「と、いうわけで、お~い」

「……ぅん? 誰だい、あたいの睡眠をじゃあすんのは?」

 

 

女性は欠伸を掻きながら起き上ると、寝惚け眼を擦りながら俺らへと向いた。

 

 

「おや? お客さんかい。これは失礼したね」

「いや、気にしないで。それより、ちょっとお願いしてもいいか?」

「いいよ。どこまで行くんだい?」

「佐渡の島までだ」

「構わないよ。ただ渡し賃の方だけど」

「多少高くてもいい。いくらだ?」

「一人六銭、それでいいよ」

「「え?」」

 

 

俺とルーミアは自分の耳を疑った。

いや、六銭って、その値段だと数cm漕いだだけで終わるぞ‼

 

 

「もしかしてからかってる?」

「あはは、やっぱりそう思うか。でも、本気だぜ」

「なんでそんなに安いんだよ」

「まあ、あたいは商売がしたくて船頭をやってるわけじゃないしね。本当なら金なんて」

「それでも六銭は安すぎる。何か裏でもあるのか?」

「あると言えばある。あたいの船に乗った奴は死ぬっていう、根も葉もない噂がね」

「根も葉もない噂、ね」

 

 

おそらく、無償同然で船頭をやっている彼女に対して他の船頭が流したデマだ。

いくら安くても、悪い噂があれば人は乗らない。なんともまあ、小さい人間だな。

 

 

「まあ、働き詰めよりこうやってのんびりできるのはありがたいんだけどね」

「そうか。なら、久しぶりに働いてもらうとするか」

「お? さっきの話を聞いても乗る気かい?」

「ああ。今の俺達には命よりも金の方が心配なんでね」

「面白い兄さんだ。気に入ったよ、乗りな」

「ありがと」

「こっちこそ。久々に仕事のし甲斐があるよ」

 

 

そう言って船頭は舟に飛び乗った。

それに続いて、ルーミアが飛び乗る。

短い船旅の無事を祈りながら、俺は舟に飛び乗る。

 

 

「そうだ。折角だから名前、教えてくれないかい?」

「いいぜ。俺は優夜、通りすがりの旅人だ」

「ルーミアよ。ユウヤと一緒に旅してるわ」

「あたいは小町、見ての通りしがない船頭だよ」

 

 

互いに自己紹介が終わると、小町の舟はゆっくりと動きだした。

佐渡に渡るまで、俺たちは楽しく語り合った。

 

 

 

 

 

???side

 

 

「さて、神無は佐渡に向かったようね」

 

 

邪神が巣食う館の一室で、彼女は妖しく光る水晶を眺めていた。

そこには、舟の上で楽しく談笑しているユウヤ達が映っている。

 

 

「呑気なものね。本当にアヴァンがやられたのか疑うわ」

「残念ながら本当よ。“膨れ女”」

 

 

彼女、“膨れ女”の背後に紅いドレスの女が立っていた。

かつてユウヤの前に現れた“赤の女王”、どちらも這い寄る渾沌の配下だ。

 

 

「その呼び方やめてくださらない? 可愛くないわ」

「そうだったわね。“黒扇”」

「なにかしら?」

「アイツの行動を見てるってことは、今度は貴女が動くのかしら」

「どうかしら。でもアヴァンを殺した実力、ちょっと見てみたいわね」

 

 

そう言うと黒扇は黒い扇子を広げ、テーブルの上を横切らせると、そこに四枚のカードが現れた。

それぞれ、『渾沌・窮奇・檮杌・饕餮』と書かれている。

 

 

「すでにペットたちは外で遊ばせてる。後は獲物が着くのを待つまでよ」

「趣味が悪いわね。」

「ふふ、佐渡の島では今頃どうなっているかしらね」

 

 

黒扇は楽しそうに笑う。

 

 

「さあ、中国で悪神と称される『四凶』、貴方に敵うかしら?」

 

 

 





空亡「以上、オリキャラと原作キャラによく似た人でした」
優夜「どうせこれ以上語る気はないんだろ」
空亡「すぐに再登場しますから、その時にでも」
優夜「オリキャラの二人って、もしかして藍様とマミゾウに関係あるのか?」
空亡「まあ、そうですね。木ノ葉はマミゾウさんの上司みたいな立場です」
優夜「じゃあ蒼香は?」
空亡「さあね?」
優夜「語る気ねえのか」
空亡「その通り、ですね」
優夜「やれやれ、ただでさえ不安だというのに」


次回予告
彼が行く先で災厄は待ち受けるのか、それとも彼が行くから災厄が訪れるのか?
東方幻想物語・探訪編、『訪れる災いたち』、どうぞお楽しみに。



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訪れる災いたち

神無 優夜side

 

 

何事も無く佐渡島へと辿り着いた俺たちは、小町と別れて島を歩くことにした。

佐渡島はカタカナの『エ』みたいな特徴的な形をしているが、今俺たちは中央に位置するところをぶらぶらと歩いている。

 

 

「意外と何も何も無いわね」

「何も無いだろうな」

「じゃあ、何でここに来ようと思ったのよ」

「旅の目的もないからな。暇潰し日本全土でも旅しようと思ったからな」

「その行動力には恐れ入るけど、付き合わさられるこっちの身にもなりなさい」

「次はどこに行こうか」

「美味しいものがあるならどこでもいいわ」

「あら、ここにも美味しいものは意外とありますわよ」

 

 

俺たちの会話に割り込んできた声、聞こえてきた方へと向くとそこには意外な人物が立っていた。

白い毛並みの尻尾を九本も持った狐、天狐 蒼香がそこにいた。

 

 

「お久しぶりですね。神無さんに、ルーミアさん」

「蒼香、どうしてお前が」

「ふふ、友人のうちに遊びに来るのに理由はいりませんわ」

「ここって狐一匹いない狸の王国って有名なはずなんだけど」

「確かに、狐は居ませんね。でも、そんなことは気にしないわ」

「ブレない奴ね。バレたら大変よ」

「それがこやつの良い所じゃよ」

 

 

蒼香の横にいつの間にか、ここ佐渡の化け狸である木ノ葉が木に寄り添っていた。

 

 

「またお前らと会うとはな」

「儂の庭にわざわざ来るとは、これも何かの縁かの」

「偶然よ。コイツの気紛れで寄っただけよ」

「まあ、そうだな」

「どうせだから、木ノ葉の隠れ里にでも寄って行ってみてはいかがかしら?」

「隠れ里?」

「ただの化け狸の集落じゃよ。そんな期待されても何も無いのはお主が知っておるだろ」

「あら、折角の客人を退屈させたまま帰られるのは失礼だと思うのだけど?」

「………まったく、お主には口で何を言っても無駄だな」

「うふふ♪」

 

 

蒼香は嬉しそうに笑い、木ノ葉は呆れて溜息を吐いている。

この二人の関係は古くからの腐れ縁というよりは、少し仲の悪い姉妹のように見える。

何だか二人を見ていると羨ましく思えてくる。

 

 

「ところで、あれからどうなの?」

「ああ~実はあれから何人か化かしていたのだけど……」

「何かあったのか?」

「偶然通りかかった妖怪に返り討ちに遭ってしまってな、逃げて帰ってきたところじゃよ」

「お前ら、結構強いはずだよな」

「それ以上に強かったってことじゃよ。たしか、ルーミアと同じ髪の色をしておったな」

「それって………」

 

 

ルーミアと俺には心当たりがあった。

そういえば、アイツも幻想郷作りのために各地を飛びまわってるのか。

 

 

「なるほど。俺らのいない場所でも頑張ってるみたいだな」

「知り合い?」

「俺の弟子みたいなもんだな」

「なるほどね。今後は気を付けるとしましょうか」

「根は優しい奴だからさ。何かあれば頼りにはなると思うぜ」

「覚えておくわ」

 

 

そんな他愛のない会話をしていると、頭上を大勢の野鳥が通り過ぎていった。

丸で何かから逃げるように、一目散に飛んでいっている。

 

 

「何だか騒がしいな」

「そうだな。………不吉だ」

「いつもみたいに狸たちがへまやってるってわけでもなさそうね」

「だとすると、何かしらね」

 

 

その時、俺達がいるすぐ横の草むらが不自然に揺れた。

咄嗟にその場にいた全員が警戒するが、そこから出てきたのは一匹の狸だった。

真っ先に木ノ葉が駆け寄ると、狸は力尽きるように地面に倒れた。

 

 

「大丈夫か‼」

「狸、よね」

「そうね。それも木ノ葉のところの若い奴ね」

「そいつがどうしてこんな所で………」

「俺が聞く」

 

 

俺は『さとり』の能力を発動させると、狸の傍に歩み寄って心を読んだ。

 

 

『……里が…化け物に………みんなが……』

「わかった。だから、今は休んでいろ」

『あり………がとう……』

 

 

そこで狸の声は聞こえなくなった。

どうやら眠ってしまったらしいが、心まで相当疲れ切っている様子だった。

 

 

「どうだった?」

「里が襲われているらしい。詳しいことは行ってみないとだな」

「悪いが、儂は先に行く」

 

 

木ノ葉は我先にと里がある方向へと走っていった。

 

 

「里の事になると周りが見えてないわね。まったく」

「私たちも急ぎましょうか」

「ああ」

「里へは私が案内するわ。ついて来て」

 

 

蒼香の先導で里へと向かおうとしたその時、俺の視界に妙なものが映った。

 

 

「美命……っ!?」

 

 

それは間違いなく美命だった。

奴は俺を一瞥すると、木々の暗がりの向こうへと歩いて行ってしまった。

まるで俺を誘っているような雰囲気だったが、どこか違和感を感じていた。

だが、ただの他人の空似とは思えない。

 

 

「ルーミア」

「わかってる。私も見たわ」

「里の方は任せるぞ」

「そっちこそ、気を付けて」

 

 

俺は狸を道の端に隠すように寝かせると、美命が歩いて行った方へと走った。

もしも、本当にアイツなら、今ここで決着を…………‼

 

 

 

 

 

???side

 

 

里へと向かったルーミアたちは、そこで里を荒らす三匹の化け物を目の当たりにした。

それは妖怪と呼ぶにはあまりにも凶暴で、それと同時にあり得ない姿形をしていた。

 

翼を生やした虎の化け物、人面と猪の牙を持った化け物、仮面を被った羊の化け物。

どれもこれも妖怪とは違い、悪意に満ちた邪気を漂わせていた。

 

 

「こいつらが、里を……」

「余所者にしては、随分と好き勝手やってくれたみたいね」

「この感じ………邪神の配下ね」

 

 

対峙する三人の妖怪と、四凶と呼ばれる三柱の悪神。

 

 

そして、優夜が追った先では、海岸の前に一匹の化け物が待っていた。

目はあるが閉じており、長い耳と尻尾を持った犬のような化け物だった。

 

 

「てめえ、美命はどこだ」

「そんなものは居ないよ」

 

 

化物は三日月のように口を吊り上げて笑う。

 

 

「お前、何者だ?」

「四凶、そう言えばお前らにでもわかるだろう?」

 

 

四凶、中国で災いの象徴と呼ばれる四柱の悪神をそう呼んでいる。

誠実な人間を喰い、悪人へと貢物を送る『窮奇』。

野原を好き勝手に暴れ、争いでは死ぬまで戦う『檮杌』。

財を貪り、食物を喰い、魔をも喰らう『饕餮』。

 

 

「善人を忌み嫌い、悪人に媚びる『渾沌』。それが俺だ」

「他の三柱は村ってわけか」

「一番面倒そうなのを俺が引き受けることにしたんだよ」

「お前一柱で何ができるって言うんだ」

「何って、そりゃあ………」

 

 

その瞬間、俺の背後から何かが襲ってきた。

咄嗟に避けた俺は顔を上げると、そこには信じられない者がいた。

 

 

「………俺?」

 

 

真っ黒に塗り潰されたような姿の俺が、そこに居た。

 

 

「さあ、始めようか。自分との戦いだ」

 

 

渾沌が三日月のように口を吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 





空亡「さあ、次回は張り切っていきましょうか」
優夜「また面倒なのが来やがったな」
空亡「ちなみにイメージの方は『シアンのゆりかご』の画像を元にしてます」
優夜「お前あそこの画像好きだよな」
空亡「東方影法師で俺の心はもう虜になりましたよ。まったく」
優夜「そういえば、ここに出てくる邪神や神話生物ってそこからもってきてるのか」
空亡「文字で表現するのが一番の難問ですけどね」
優夜「ところで、ここでこんな話して大丈夫なのか?」
空亡「………大丈夫だ、問題ない」
優夜「ダメなフラグだよ、それ」


次回予告
人生は歩き回る影法師、人間は自由意思も実体もない、哀れな役者に過ぎない。
東方幻想物語・探訪編、『心の奥に潜むモノ』、どうぞお楽しみに。



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心の奥に潜むモノ

神無優夜side

 

 

佐渡島の海岸、そこでは俺と“俺”が対峙していた。

真っ黒なペンキで塗り潰したような姿と、目が金色に光っている事以外を除けば、それは紛れもなく俺自身の姿だ。

“俺”は先ほどから何一つ喋らないが、それがかえって不気味に感じた。

 

 

「コイツは………」

「“影”だよ。紛れもなく、お前のな」

 

 

俺と“影”の中間に立つ渾沌は、そう答えた。

視線を動かして俺の足元を見ると、そこには俺の影がどこにもなかった。

 

 

「影か……なんとも安直な展開だな」

「だからこそ、面白いのだろ」

 

 

渾沌の言葉で“影”は真っ黒な刀身の刀を構えると、俺に走り寄って斬りかかった。

俺はそれを『月美』で受け流すと、がら空きになった身体へと刃を薙ぎ払う。

だが、その一撃は“影”がもう片方の手に持った鞘で防がれてしまった。

 

 

「……『皐月』」

「コイツ……!?」

「言っただろ。そいつは“影”、お前の癖も技もすべてお見通しだ」

「……『弥生』」

 

 

受け止めた体勢からもう片方に持っていた刀が死角から、目にも止まらぬ速さで斬り上げられた。

俺は咄嗟に後ろに下がってそれを避けるが、すぐさま刀を持ち変えると、今度は一歩踏み込んだ。

 

 

「……『卯月』」

 

 

下に向けた刃が斬り下ろされるが、俺はそれを『月美』で弾き返す。

逃げていては追い込まれる。そう思った俺は海岸の砂を巻き上げて“影”の目を封じた。

その隙に俺は奴の背後に周ると、がら空きになった背中に狙いを定める。

 

 

「――『水無月』」

 

 

俺は『月美』を構え、Ⅹ字を描くように斬り裂いた。

しかし、俺は自分の剣術を忘れていることに気付かされる。

斬撃が完全に決まったと思われたが、背後に回された刀によって受け止められていた。

 

 

「……『神無月』」

「コイツ、そこまで………!?」

「何度も言わせるなよ」

 

 

渾沌の笑いに共鳴するかのように、背面受けから俺の刃を弾き飛ばすと、すぐに振り返って俺に向かって猛攻を仕掛けてきた。

 

 

「影は誰よりも自分の近くに存在するモノ、故に自分よりも良く知っている」

「だから……っ、俺の剣術も……行動も分かるってわけか………っ‼」

 

 

次々と押し寄せるように迫り来る斬撃の連続に、俺はただそれを防ぐことしかできない。

 

 

「ああ。だから言わせてもらおう、お前ではその“影”には勝てない」

「そういう自分は高みの見物か………っ、良いご身分だな‼」

「そう言いながら、俺に攻撃してこないのは少し褒めてやるよ」

「そいつはどうも‼」

 

 

俺は一瞬の隙を突いて、“影”の刃を受け止める。

だが、刀に込める力は“影”の方が圧倒しており、逆に追い込まれた。

 

 

「無駄だ。いくらお前でも、“影”には勝てない」

「どうだろうな………」

「何?」

「自分の弱さを認めれば、案外どうにかなるもんだぜ………‼」

「そこの“影”に弱さなどない。あるのはお前を知り尽くした戦闘の情報だけだ」

「それを聞いて安心したぜ」

 

 

俺はニヤッと笑うと、その瞬間に『月美』を弾かれて後退した。

 

 

「……『師走』」

 

 

一瞬で距離を詰められるが、俺はわざと防御の体勢を取った。

 

 

「……『霜月』」

 

 

狙い通り、“影”はもう片手に持った鞘で『月美』を払い除ける。

そして、奴はすかさず刃を構えて俺に向かう。

 

 

「……『睦月』」

 

 

狙い誤らず放たれた渾身の刺突が俺の身体を貫いた。

突き刺された黒い刀に血が伝わり、砂浜へと赤い雫が落ちた。

 

 

「呆気ない者だな。まあ、これで黒扇様の機嫌も良くなるだろう」

 

 

渾沌は背中を向け、その場を立ち去ろうとする。

 

 

「さて、他の連中の様子でも見に行くか。なあに」

「次にお前が言う台詞は」

 

「『あんな雑魚共に手を焼く奴等でもないだろう』、だ」

「あんな雑魚共に手を焼く奴等でもないだろう……ハッ‼」

 

 

急いで後ろへと振り返る渾沌、そこには意外な光景が広がっていただろう。

 

 

「――『葉月』」

 

 

俺は『月美』を死角から斬り上げると、肩に突き刺さった刃を真っ二つに叩き斬った。

その反動で“影”は後退りすると、俺は刺さった刃を引き抜いて海辺へと投げ捨てる。

 

 

「悪いが、俺の仲間を甘く見るんじゃねえぞ、渾沌」

「お前‼」

「思った通りのパターンで攻めてきてくれて助かったぜ。お陰で致命傷は避けられた」

「さっきの攻撃を誘うために、あえてあんな手を」

「俺なら防御を破って刺突する。けれど、あの位置なら狙えるのは肩だけだったからな」

「自分の思考を逆手に取ったのか」

「俺の事なら、この世で誰よりも俺が良く知ってる。だからこそ、突け入る隙がある」

 

 

再び“影”に向き直ると、黒い刀は完全に再生していた。

“影”は居合の構えをとると、俺に向かって走りだした。

俺もそれに対抗するように、『月美』を鞘に納め、柄に手を掛けて待ち構える。

 

 

「本物の剣術を見せてやる……‼」

「……『如月』」

 

 

互いの距離が零になった瞬間、鞘から刃が抜かれ、互いの身体を剣閃が走った。

ひと時の静寂の後、静止した時間の中で“影”の方から黒い血飛沫が噴き出した。

 

 

「――如月『血閃』」

「同じ技で、“影”が負けただと」

「同じじゃねえよ」

 

 

俺は血に濡れた『月美』の刀身を渾沌に見せた。

 

 

「お前、自分の血で刀の摩擦係数を減らしていたのか」

「ああ。昔見たアニメの影響でな。今の状況なら、多分出来るんじゃねえかと思ってな」

「馬鹿だ。そんな事をすればお前の身が」

「何言ってやがる。俺は不死身だぜ?」

 

 

振り返らずに鞘を後ろに回し、“影”の不意打ちを瞬時に防ぐ。

 

 

「それにこの程度の傷、ルーミアのに比べればまだマシなんだよ」

 

 

俺は鞘で刃を滑らせるように受け流すと、『月美』を構える。

 

 

「――水無月『双流』」

 

 

振り返ると同時にⅩ字に斬り裂くと、流れるように鞘で十字に斬り裂いた。

“影”は後退りして俺から距離を取ると、懐から黒い銃を取り出した。

 

 

「ようやく本性が現れたな、渾沌」

「黙れ。流石にこの距離では避けられまい」

「どうかな?」

 

 

俺が笑うと同時に、銃弾は放たれた。

相手の距離は2m前後、普通ならこの距離は避けきれない。

 

 

「普通なら、な」

 

 

俺は銃弾の軌道を読むと、瞬時にそれを避けて“影”の背後へと回った。

 

 

「予測線を予測して避ける。名付けて――文月『見斬』」

「どうして、“影”が追いつけていない」

「当たり前だ。影なんて後を付いて回るだけ、追い越すことなんてできやしない」

「あり得ない。そいつにはお前の全てを」

「それは“前”までの俺のだろ。“今”の俺は“前”よりも強くならなきゃいけないんだよ」

「人間風情が」

「その人間の恐ろしさ、その目に焼き付けろ」

 

 

“影”は振り返ると、手にからワイヤーを広げて俺に向かって放った。

俺は咄嗟に後ろに跳んでそれを避けると、空中で『月美』を構え、狙いを定める。

奴は空中にいる俺に向けて、再びワイヤーを放つ。

 

 

「――弥生『流れ星』」

 

 

空中からワイヤーを斬り裂きながら斜めに急降下すると、“影”の身体を斬り抜けた。

だが、これで終わる俺の剣術じゃない‼

 

 

「継続技――卯月『天昇り』」

 

 

振り返り、刃を上に向けた状態で地面を踏みしめると、そのまま跳び上がると共に“影”の身体を斬り上げ、空中高くへと撃ち上げた。

 

 

「継続技――睦月『我狼』」

 

 

空中高く跳び上がり、刺突の構えを取ると、斜め下にいる“影”に向けて一点の迷いなく突き抜けた。

“影”は空中で弾けるように消し飛ぶと、その場には何も残らなかった。

 

『月美』を振るって黒い血を振り払うと、鞘に納めた。

周りを見ると、渾沌の姿は消えていた。どうやら取り逃げられてしまったようだ。

俺は深い溜息を吐くと、ルーミア達がいる里の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

ルーミアside

 

 

「こんな奴等、手を焼くほどでもなかったわね」

 

 

私は瓦礫となった家にふんぞり返りながらつまらなそうに呟いた。

地面には先ほどまで戦っていた…………もとい、一方的に虐殺してやった化け物共の亡骸が横たわっていた。

翼をもがれて斬り裂かれた虎の化け物、牙を折られて細切れに解体された猪の化け物、もはや原形すら分からないほど滅多打ちにされた羊の化け物…………………………………。

 

 

「どいつもこいつも見かけだけね。期待外れも甚だしい」

「私たちが加勢するまでもなかったわね」

「恐ろしい妖怪じゃ。敵にはしたくないものだ」

「そんなこと言ってないで、アンタたちは怪我してる奴等の手当てでもしてなさい」

 

 

私は影を操りながら逃げ遅れた里の住人を一ヶ所に集めている。

狸ばっかりかと思ったけど、人間も混じっているようだった。

 

 

「何で人間が……」

「人間相手でも親交を深めようと考える奴が居てな、その影響じゃよ」

「あら、いつの間にか面白い事を思い付く子もいたのね」

「人間との共存も、案外悪くないかもしれないぞ」

「そういうものかしら」

「そういうものよ、多分ね」

 

 

私は澄みきった青空を仰ぎ見ながら、静かに目を閉じた。

ああ、早く来てくれないかしら………ユウヤ。

 

 

 

 





優夜「おい、ちょっと待て」
空亡「なんですか?」
優夜「俺がこれだけ頑張ったのに、ルーミアの奴あれで終わりかよ」
空亡「いや、だってあれ書こうとしたら何行で終わったと思います?」
優夜「いや、知らねえけど」
空亡「無駄話を抜いたら、なんと五行ですよ」
優夜「………強すぎる」
空亡「当初はこんなに強くするつもりなかったんですけどね。ルーミア愛って凄い」
優夜「俺の頑張りって何なんだ………」


次回予告
戦いはあっさりと終わりを告げ、通りすがりはまた旅に身を投じる。
東方幻想物語・探訪編、『前途多難な旅』、どうぞお楽しみに。


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前途多難な旅

神無 優夜side

 

 

里へと辿り着いた俺の目の前に広がっていたのは、信じられないような光景だった。

いや、四凶の奴等が暴れ回って家々が壊されているのはある程度予想は付いていた。それについては巻き込んでしまって悪かったと思っている。

だが、俺の目の前にはそんな事すら霞んで見えてしまうような出来事が起きていた。

 

 

「おねーちゃん遊んでー♪」

「ぼくもー」

「私もー」

「い、いや、ちょっと待って………‼」

 

 

ルーミアの周りに子供たちが群がり、影に乗って遊んでいた。

普段から人とある程度距離を、特に子供には自分から近付こうとしなかった彼女が困りながらも子供たちの相手をしていた。

 

 

「これはまた、鳩がマスパを受けた気分だぜ」

「どういう意味じゃよ」

「驚きすぎて目の前の光景が理解できてない」

「ああ~あれは私たちも見て驚いたわね」

 

 

いつの間にか隣に居た蒼香と木ノ葉は微笑ましい顔でルーミアを見ていた。

 

 

「そういえば、ここに居た化け物はどうなった?」

「彼女が一人で片付けたわ。私たちはその間怪我人の手当てをしてるだけだった」

「流石ルーミア。やっぱり俺より強いな」

「そっちはどうだった?」

「一匹居たが逃げられた。まあ、もうここには来ないから心配するな」

「そう何度も来られてはこっちが困るわい」

 

 

木ノ葉はそう言うと、怪我人の手当てへと戻った。

 

 

「彼女、凄いわね」

「ルーミアの事か?」

「ええ。いくら最古参とはいえ、三体の化け物を瞬殺、私には彼女が怖いと思ったわ」

「だろうな。俺からすれば、目指すべき目標でもあるんだけどな」

「肝が据わってるわね。いつか、彼女の闇に食われるわよ」

「全てが終わった時は、そういう終わり方もいいかもな」

 

 

俺はまんざらでもないように呟くと、子供たちと戯れるルーミアを見つめる。

 

 

「不思議よね。あの子たち、彼女の闘う姿に見惚れちゃったそうよ」

「なるほど。カッコいいお姉さんは子供には人気だからな」

「そうだけど。私と木ノ葉は恐怖を抱いたのに、あの子たちとは何が違うのかしら」

「無知は恐れを知らず、博識は恐れを知りすぎる。多分この言葉のままだよ」

「なんとなく理解できるわ」

 

 

蒼香は小さく笑うと、その場から立ち去った。

この世の黒く汚れた部分を見てきた俺たちは恐れを知り、それに恐怖を抱く。逆に恐れも悪意も知らぬ子供は、何も感じず、無邪気に笑う。

この世の理なんて、複雑に見えて結構単純な創りをしているものだ。

故に、たった一人の邪神の介入で壊れるほど、世界という舞台は脆いのだ。

 

しばらくすると、疲れ切ったルーミアが俺の隣に腰を下ろした。

 

 

「あ~疲れたわ」

「お疲れ様」

「あ、ユウヤ。無事だったのね」

「まあな。そっちは随分と楽しそうだったじゃねえか」

「楽しくないわよ。さっきの化け物よりも疲れたわ、まったく」

 

 

そう言ってルーミアは地面に仰向けになった。

 

 

「そういう割には、口元が緩んでるみたいだけど?」

「………そういうところはよく見てるのね」

「まあね。本当はどうだったんだ?」

「………楽しかったわ。とても、ね」

 

 

ルーミアは虚空を見つめながら、小さな声で答えた。

 

 

「闇なんてない純粋な心、見てるだけで気分が悪くなるわ」

「闇の妖怪に子供の光は相性が悪いみたいだな」

「ああいうのを見ているとね、自分の中でも抑えられなくなるのよ、人喰いの衝動を」

「衝動、か………」

「私は人喰い妖怪、人を喰わずにはいられない。人間が息をするのをやめられない様に」

「でも、お前は」

「もちろん、人を喰う以外にも私が生きる方法はあるわ。だけど」

「決してその性からは逃れられない」

「そういうことよ」

 

 

ルーミアは立ち上がると、木陰から影が俺の元へと伸びてきた。

影はゆっくりと俺の頬を撫でると、人懐っこそうに俺の腕に巻き付いてきた。

 

 

「塵も積もれば山となる。小さな闇でも、集まれば目の前が視えない闇を創りだせる」

「どういう意味だ?」

「この言葉の意味は、いずれ解かるわよ」

 

 

ルーミアはそう言ってその場から立ち去った。

彼女の闇はどこまで深いのだろうか、俺にはその答えを知ることはできなかった。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

四凶の襲撃から数日後、里は以前の活気を取り戻していた。

主に俺の能力で復興を手伝ったが、それ以上にここの住人たちが精一杯頑張ってくれた。

里の皆に感謝される裏で、ルーミアは子供たちの遊び相手として日が暮れるまで付き合ってくれていた。

 

そして、佐渡を旅立つ日、蒼香と木ノ葉が見送りしてれた。

 

 

「もう行くのか?」

「ああ。これ以上世話になるわけにもいかないからな」

「ここに永住すれば退屈しそうにないのに、残念ね」

「こっちの身が持たないわよ。察しなさい」

「残念だな。ガキたちは泣いておったぞ?」

「………悪かったわね」

 

 

ルーミアはそっぽを向くと、小さな声でそう言った。

 

 

「寂しくなるわね」

「お前とはまたどこかで会いそうな気がするけどな」

「そうね~今度は日ノ本の帝でも誑かそうかしら」

「その時は俺が退治してやるよ」

「それは怖いわね。この子とは数百年後に取っておきましょう」

 

 

蒼香は面白そうに笑う。俺はそれを見て溜息を吐く。

その時、遠くの方から舟を漕ぐ音が聞こえてきた。

 

 

「さて、迎えの舟が来たみたいだな」

「別れが惜しくなるわね」

「いつかまた会えるだろ。生きていればな」

「そうだな。その時は、またゆっくりと話でもしようか」

「ええ。そうしましょう」

「じゃあ………」

 

「「「「また、どこかで」」」」

 

 

偶然出会った狐と狸、少しの間だけだったが、また友達できた。

さあ、次はどこへ行こうか?

 

 

 

 

 

???side

 

 

とある館の一室から、カードを千切る音が響いていた。

しかし、それと同時に化け物の悲鳴が館にこだましていた。

部屋には一人、黒扇が自分のカードを一枚ずつ楽しそうに千切っていた。

床にはすでにゴミとなった『窮奇』、『檮杌』、『饕餮』のカードが散らばっていた。

 

 

「さて、役立たずへの罰はこの位でいいかしら?」

『………なぜ、俺も殺さない』

 

 

テーブルに置かれた一枚のカード、『渾沌』は彼女にそう尋ねた。

 

 

『神無の始末に失敗したのは事実、それは知っているだろう』

「ええ。ずっと見ていたもの。尻尾を巻いて逃げてくる様もね」

『アンタに慈悲の心なんて無いのは知っている。どうして俺に』

 

 

渾沌の言葉を遮るように、カードを端が綺麗に裂けた。

 

 

『………!?』

「随分と勝手な事を言うわね。下僕の分際で」

 

 

苦痛の声を必死で堪える渾沌に、彼女は冷たい口調でそう言った。

 

 

「アンタたちは五百年前から変わってない。なにも分かってないわ。

 私の前に現れ、調子に乗って喧嘩を売った結果が、今のアンタたちの姿よ。

 あの邪仙の娘のように、大人しく尻尾巻いて逃げていれば良かったのにね♪」

 

 

彼女は三日月のように口端を吊り上げ、残酷に笑う。

 

 

「でも、まだまだ利用価値はある。それに協力してもらうわ」

『なるほど………それは、死ぬよりも残酷だ』

「ええ。素敵でしょ?」

 

 

彼女はそう言って微笑むと、渾沌のカードは瞬きする間もなく切り刻まれた。

バラバラになった四枚のカード、その破片を拾い上げる。

 

 

「さて、お次は“負け犬の狩人”にでも協力してもらおうかしら♪」

 

 




空亡「さあて、言っておきますがまだまだ続きますよ?」
優夜「珍しいな。いつもならここで終わりなのに」
空亡「あと四話程度はありますよ。いくらなんでも短いですからね」
優夜「こうやって徐々に長くなるのか」
空亡「慣れてきましたから」
優夜「ところで、次の相手が何だか不穏なんだけど?」
空亡「まあ、面白い事になるとだけ言っておきましょう」
優夜「嫌な予感がする………」


次回予告
数百年前の諏訪大戦、そこでの嫌な記憶というものは、あの大地に根付いていた。
東方幻想物語・探訪編、『因果は解かれず』、どうぞお楽しみに。



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因果は解かれず

神無 優夜side

 

 

旅の途中、俺とルーミアは久しぶりに諏訪へとやってきた。

諏訪子は生憎留守中だったが、神社の巫女さんが快く家の中に招き入れてくれた。

ルーミアは近くの森で妖怪相手に“肩慣らし”してくると言って、そのまま別れた。

そして、俺はというと…………………………。

 

 

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 

 

神奈子と二人で卓袱台を挟んでお茶を啜っていた。

お互い何も喋らないまま、ずっとこんな状態が続いている。

やっぱり、今でも俺の存在は神様の中でも恐れられているようだ。

詳しくは東方幻想物語『戦火の乱舞』を見てくれ。

 

そんな重苦しい沈黙を破ったのは、意外にも彼女だった。

 

 

「………あの」

「なに?」

「その、すまない」

「何で謝るのさ」

「貴方と会ってから私はこんなだから、気に障っていないかと思って」

「気にしてないよ。それより、あの軍神が俺なんかに気を使うのがね」

「貴方も知っているだろ。最高神の顔見知り、神の軍勢相手に一人で圧倒した人間」

「それだけ聞くと、昔の俺って結構無茶なことしてたんだな」

「貴方は神の中でも最も恐れられ、それと同時に畏れられている存在なんだよ」

 

 

神に畏れられてるか、何だか妙な気分だな。

とある少佐は言ったが、神の正気を証明できるものはどこにいるのかという言葉。

神の上に立つ者は誰もいないという言葉を皮肉った言葉だが、この世界では神の正気すら証明しそうな人物がごまんと居そうだな。

 

 

「神様なんて、結局はそんなものか」

「そんなものだよ。自分より上には頭が上がらない、人間と一緒さ」

「人間よりたちが悪いのは、自分より下には態度がデカい所か」

「言い返す言葉もないな」

 

 

神奈子はそう言って苦笑いした。

お、初めてかもな、彼女の笑うところを見るのは。

 

 

「うん。やっぱり笑ってる方が好きだな」

「す、好き!?」

「ああ。女性は笑ってる方が綺麗なんだよ」

「そ、そうなのか」

「そうなのだ、ってね」

 

 

俺は彼女にそう言って微笑んだ。

 

 

「ところで、一つ聞いてもいいか?」

「なんだ、改まって」

「その、月夜見様と会ってはいないか?」

「月夜見と? なんでまたアイツの名前が」

「いや、噂程度なのだが、月夜見様が行方不明だと聞いたのでな」

「アイツがね………どうせ息抜きでたそこらをぶらついてるってオチだろ」

「それならいいのだが、あの方の考えは天照様でも分からないというからな」

 

 

彼女は溜息を吐きながら頭を抱えた。

そういえば、月夜見って他の二人に比べて何考えてるのか俺でも解らないものな。

まあ、どうせアイツの事だ。何事も無かったかのようにふらっと戻ってくるだろ。

 

 

「まあ、上の奴の行動なんて案外単純なものだろ」

「そういうものだろうか………」

「神奈子は堅すぎるんだよ。もう少し肩の力を抜けよ」

「いや、それでは威厳が」

「他人ならいざ知らず、俺や諏訪子たちに対して威厳も何もねえだろ」

「それもそうだな」

 

 

彼女は諦めたかのように苦笑した。

 

 

「貴方を見てると、神なんてちっぽけに見える」

「そんなものだろ。髪だろうと人だろうと、人一人救えなかったらどっちも同じだ」

「それは………」

「なんてな。ちょっと悪ふざけが過ぎたな」

 

 

俺は立ち上がると、部屋を出ようと襖の前で立ち止まった。

 

 

「悪い、やっぱり俺はまだ神様の事がどうも苦手らしい」

「………何が貴方をそこまで苦しめるんだ?」

「さあな。もしかしたら俺の記憶が戻れば、それも分かるかもしれない」

「そうか。ところで、どこか行くのか?」

「どうせだから、俺もこの辺りで特訓してくる」

「なら気を付けろ。この近辺で妖怪に出会ったら不幸になるっていう噂があるから」

「不幸なこと、ね………まあ、気を付けるさ」

 

 

俺はそう言い残して、その場から立ち去った。

不幸を招く妖怪………まさか、ね。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

諏訪から少し離れた森の中、俺は件の妖怪を探していた。

村の人達の話によれば、その妖怪は森の奥で独りでいるらしい。

直接襲われたということは無いが、その妖怪に出会うと皆不幸に見舞われるらしい。

 

 

「俺の勘が正しければ…………ここだな」

 

 

草むらを抜けた先、そこには近くの山から流れている小さな川があった。

その畔に一人、異様な雰囲気を纏っている少女が座っていた。

後ろからサイドにかけて胸元で一本にまとめた緑髪、ゴスロリ風の赤いワンピース、頭にはフリル付きの暗い赤色のヘッドドレス、腕にはそれと同じリボンが巻かれている。

俺は彼女を見て、誰なのか理解した。

 

 

「鍵山雛………」

 

 

鍵山雛、厄を溜めこむ八百万の神、俗に言う厄病神だ。

自分に集まった厄はそれは本人の意思に関係なく、無差別に人を不幸にする。

本来の性格は明るく人懐っこいはずなんだが、どうも様子がおかしい。

周りの風景がどす黒く見ててしまうほど、彼女の厄はとても濃かった。

 

 

「一体………」

「――‼」

 

 

その瞬間、彼女から真っ黒な弾幕が俺に向かって放たれた。

咄嗟に俺はそれを紙一重で避けると、そこに真っ黒な蛇の形をした影が俺に体当たりしてきた。

直前に腕で防御したが、その衝撃で近くにあっ木まで吹き飛ばされてしまった。

しかし、今の蛇………まさか‼

 

 

「忌まわしき狩人………‼」

『神……なし……ノ……ミコ』

 

 

忘れもしない、数百年前に星羅の命を奪い、俺がとどめを刺した神話生物だ。

なるほど。なんとなくだが、どうやら今回の件の仕組みが分かってきたぜ。

 

そんな事を考えてる間にも、弾幕と狩人の怨念は攻めてきた。

ただでさえ密度の高い弾幕の中を、狩人の怨念はそれをもろともせずに俺へと体当たりしてくる。

 

 

「そうは行くか‼」

 

 

俺は『月美』を構えると、向かってくる狩人を一刀両断に斬り裂いた………はずだった。

 

 

『……甘…イ』

「なに……!?」

 

 

アイツは鬼灯の様に目を紅く光らせながら俺を笑っていた。

狩人の身体は真っ二つになった。だが、今のアイツの身体は黒い影のようなもの。

奴は俺の両脇を真っ二つのまま通り過ぎると、背後で身体を再構築し、俺の背中へと体当たりした。

 

 

「………!?」

 

 

死角からの攻撃に、俺の身体は弾幕の中へと吹き飛ばされた。

弾幕はパチパチと弾けながら俺の身体を痛めつけていくが、俺は『月美』を地面に突き刺してその場に踏み止まる。

 

 

「どうしたものかな」

 

 

実体のない怨念、対策は一応あるが、今の奴には見切られるのがオチだ。

どうにかしてアイツの隙を作り、そこの一瞬で勝負を着けなければならない。

するとその時、俺と雛の間に季節外れの紅葉が視界を覆うように現れた。

 

 

「こっちに来て」

 

 

俺は考えるまでもなく、その声の聞こえた方向へと走った。

近くの草むらまで行くと、そこから二本の異なる腕に捕まれて草むらの中へと引きずり込まれた。

 

 

 





空亡「ということで、忌まわしき狩人の再登場です」
優夜「死んでも尚、ってことかよ」
空亡「雛さんを出したのは、正直言って無理やりです」
優夜「出せる限りの原作キャラを登場させるってノルマ、まだやるつもりかよ」
空亡「重要キャラはいいんですけど、他のキャラってどこで出すか悩むんですよ」
優夜「まあ、詳細なんて無いからな。そこら辺はお前の技量だろ」
空亡「ああ……厄い」


次回予告
災厄となって現世に留まった狩人よ、使われるお前の姿は哀れだな。
東方幻想物語・探訪編、『災厄の取り扱い注意』、どうぞお楽しみに。



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災厄の取り扱い注意

神無優夜side

 

 

前回のあらすじ、狩人の怨念と遭遇。

そして、今俺は謎の声の所へと言ったらなぜか草むらの中に引きずり込まれてしまった。

何を言っているのか分からないが、俺も(ry

 

 

「なんだよいきなり!?」

「しー‼ 見つかるわよ」

「貴女も静かにしてなさい」

 

 

草むらの向こうで狩人の怨念が俺の事を探していた。

俺たちは互いに口を塞いで、狩人が通り過ぎるのをじっと待った。

 

 

「……もう行った?」

「そのようね」

「意外と諦めがいいんだな」

「呑気ね。さっきまで危なかったのに」

「そっちこそ。隠れる気があるなら少しは静かにしていてくれ」

「一理あるわね」

「姉さんまで、酷い」

 

 

こんな状況だというのに、少女達はマイペースにじゃれている。

一人はフェーブの掛かった金髪のボブ、赤い上着に裾に掛けて赤から黄色へと移り変わるグラデ―ション生地のロングスカート、頭には楓の髪飾りを付けている。

もう一人はカールした金髪のボブ、黄色い上着に黒いロングスカートとオレンジのエプロン、頭にはブドウの飾りが付いた赤い帽子を被っている。

 

もちろん、俺はその姿に見覚えがあった。

 

 

「ところで、アンタたちは?」

「あ、そういえばまだ言ってなかったわね。私は秋 穣子」

「その姉の秋 静葉よ。貴方は?」

「神無 優夜、ただの通りすがりだよ」

 

 

やっぱり、この二人は秋姉妹だった。

姉の秋 静葉は紅葉を司る神、妹の秋 静葉は豊穣を司る神、二人は秋の神様だ。

一部の農民(ファン)からは熱狂的信仰を集めている、まあ東方でも有名な姉妹だ。

でも、その二人がどうしてここに?

 

 

「その名前、どこかで聞いたことがあるような………」

「き、気のせいだろ。それより、何でアンタたちがここに?」

「それについては、あの子を止めてからでいいかしら」

「鍵山雛のことか」

「知ってるの?」

「まあ、厄病神だってことだけだがな」

「本当の事だけど、今は少し違うのよね」

「どういうことだ?」

 

 

俺は二人に尋ねた。

すると、彼女らは今に至るまでの経緯を語り始めた。

 

 

「私たちは住処を求めて各地を旅していて、ここには偶然立ち寄ったのよ」

「雛は厄を集める能力があるから、ここの厄も彼女に吸い寄せられるように集まったわ」

「でもその中にアイツの、狩人の怨念も混じっていた。それで乗っ取られたってわけか」

「以来、なりふり構わず厄を撒き散らしてるわ」

「それは面倒だな。早く何とかしねえと」

「無理よ。近付こうにも、あの怨念が邪魔してくるのよ」

「まあ、実態も無い怨念に攻撃もしようがないからな………………ん?」

 

 

怨念に攻撃………いや、できるのが一つあったな。

でも、その為には狩人の死角に潜り込む必要がある。

 

 

「二人共、頼みがある」

「何か策があるって言うの?」

「ああ。そのために、お前らに協力してもらう」

「言っておくけど、私たちに戦うほど力はないわよ」

「それでもいい。アイツの目くらましのために弾幕を張ってくれ。できるだけ多く」

「それだと貴方が」

「構わない。気合で避けてやるさ」

「無茶言うわね。できるの?」

「気合避けは俺の十八番だ。少しは信頼しろ」

「………わかった。穣子も、いいわよね」

「人間に頼るのも何だけど、この人なら何とかしてくれそうな気がする」

「じゃあ、頼むぜ」

「ええ、行くわよ‼」

 

 

草むらから二人が飛びだすと、狩人の目の前に彩り豊かな弾幕が展開された。

俺はワンテンポ遅れて飛びだすと、弾幕の配置を確認してその間を素早く潜り抜けていく。

 

 

「上上、下下、右左右左………‼」

 

 

最短ルートで狩人の背後へと回ると、俺は『光姫』に『霊夢』の能力を加える。

弾幕で視界が覆われているうちに、俺は紅く光る『光姫』の糸を狩人に向かって放った。

しかし、その寸前で俺に気付いた狩人は素早くそれを避け、そのまま俺に向かって飛んで来た。

 

 

「優夜‼」

「避けて‼」

『……終わ……リダ』

「残念だったな」

 

 

俺はニヤッと笑うと、もう片手に隠し持っていた『星羅』を狩人に突き付ける。

 

 

『宮古 芳香:何でも喰う程度の能力』

 

 

「こいつなら、神霊でも怨念でもひとたまりもないだろ?」

『……キ……様‼』

「あばよ、哀れな狩人」

 

 

乱れ撃つように放たれた銃弾の雨は、狩人の身体に無数の風穴を開けた。

狩人は地面に落ちる前に真っ黒な塵となり、跡形もなく消え去った。

それと同時に、雛は糸が切れた人形のように地面に倒れた。

俺は咄嗟に彼女の身体を受け止めると、静かに地面へと下ろした。

 

 

「これで一件落着だな」

「大丈夫なの?」

「ああ。しばらくすれば目が覚めるだろ」

「良かった………」

「それじゃあ、俺はもう行くぜ」

「え? もう行っちゃうの」

「元を辿れば俺が原因なんだ。ここに居るべき人間じゃない」

「でも、雛を救ってくれたのは事実よ」

「そうかもな。ああ、そうだ。住処にするなら妖怪の山が最適だと思うぜ」

 

 

彼女たちにそう言い残すと、俺はその場から立ち去った。

狩人の怨念、もしかしたらまたアイツの仕業かもしれない。

 

 

「――これ以上関係ない人達を巻き込みたくない」

 

 

俺はそんな事を呟きながら、諏訪へと戻って行った。

一刻も早く、この戦いに決着を付けたくなった。

 

 

 

 

 

???side

 

 

邪神が住まう館の一室、黒扇の部屋。

そこには二人の邪神が場違いで古びたブラウン管テレビの光景を見ていた。

 

 

「へえ~意外とああいう使い方もあるのね」

「あまりアイツを侮らない方がいい。チクタクマンと同じ運命を辿るわよ」

「侮るなんて失礼ね。私、あの子のこと気に入ってるのよ?」

 

 

赤の女王を見ながら、彼女は楽しそうに微笑んだ。

 

 

「でも、やっぱりアイツは役に立たなかったわね」

「もう少し善戦するかと思ったが、やはり神無も成長しているということね」

「人間って本当に不思議よね。たった数百年見ないだけで進化しちゃんだもの」

「だけど、それと同時に愚かよ」

「ええ。だからこそ、あの人は人間が大っ嫌い」

 

 

黒扇はクスクスと笑いながら、手に持っている継ぎ接ぎだらけのカードを見つめる。

 

 

「世界を何億回滅ぼしても、あの人の“世界”に対する怒りは収まらない」

「あの方の障害となる人物は誰であろうと、私たちが潰さなければならない」

「その為に、少しでも彼の心に絶望と怒りを……」

 

 

継ぎ接ぎのカードは黒い光を纏うと、黒扇の手元から飛び立っていった。

それと同時に、テレビのチャンネルが砂嵐を挟んで替えられた。

 

 

「さあ、貴女はどんな風に遊んでくれるのかしら?」

 

 

そこに映っていたのは、森の中を一人で歩く、紫の姿だった。

 

 

 

 





空亡「意外とあっさり終わりました」
優夜「キャラの登場が無理矢理だな」
空亡「なんとでも言いなさい。こうなった意地ですよ」
優夜「どうどう………ところで、この章で終わりか?」
空亡「いえ。実は最後の二話、紫さんのお話です」
優夜「大丈夫か?」
空亡「まあ、幻想郷への足掛かりとでも言いましょうかね」
優夜「ちょっと気になるな」
空亡「まあ、次回のお楽しみということで」


次回予告
人と妖、退治する者と喰らう者、その境界は未だ崩れず、狭間で彼女は迷う。
東方幻想物語・探訪編、『夢物語で終わらせない』、どうぞお楽しみに。


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夢物語で終わらせない

八雲 紫side

 

 

あれからいくら時間が経ったのか、私にはわからない。

降りしきる雨に打たれながら、私は木に寄り掛かりながらそんな事を思った。

 

優夜さんの元から離れ、自ら掲げた理想郷設立の為に、私は日本全土を東奔西走した。

でも、誰も私の話に耳を傾けてはくれない。人間も妖怪も、誰一人………。

それどころか逆に攻撃され、反撃したら恐れられて、はいお終い。

それもそうだ。私は人間から嫌われ、妖怪からも蔑まれれた存在だったのだから。

 

私がやっていることは無駄かもしれない。

人間と妖怪が共に暮らせる世界なんて、幻想物語(ゆめものがたり)なのかもしれない。

 

でも、諦めるわけにはいかない。

あの人と約束したんだ。いつかその理想郷をその目で見せると、実現させてみせると。

 

すべてを受け入れるというのは、とてもとても残酷な話。

それでも、拒絶された者達の心の拠り所になれるのなら、私は耐えてみせる。

 

それが、私があの人にできる唯一の恩返しなのだから………………。

そこで私の意識は途切れた。

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

「………ここは?」

 

 

目を覚ました時、私がいたのはあの雨の森の中ではなく、どこかの屋敷の一室だった。

寝かされていた布団から起き上がると、私は自分の服装が仕立ての良い着物に変わっていることに気付いた。

 

 

「どうなってるのよ………?」

 

 

私は今自分が置かれている状況に混乱していると、何の前振りもなく襖が開いた。

 

 

「あら、お目覚めになりましたか?」

 

 

襖を開けて現れた少女は、私を見て微笑んだ。

私は少女の姿を見て目を見開き、そしていつか出会った少女の名前を口にした。

 

 

「あ、阿礼……!?」

「え?」

「あ、いえ………何でもないわ」

 

 

少女が目を丸くした直後、私は適当に笑って誤魔化した。

なんてことを言いだすのよ、あれから百年も経ってるのに阿礼がいるはずないのに。

でも、目の前の彼女はあの日一緒に居た稗田阿礼の面影を重ねてしまう。

 

 

「ところで、ここは何処かしら?」

「ここは私の屋敷です。森で倒れているところを、屋敷の人間が見つけました」

「そうなの。悪いわね」

「いいえ。困っている人を見捨てられなかっただけです」

「優しいのね。でも、気を付けないといけないわよ」

「なぜですか?」

「もしもその助けた人間が妖怪だったら、今頃貴女も食べられてるだろうから」

「それは怖いですね」

 

 

言葉ではそう言っているが、彼女は一切怖がってなどいない。

怖さを知らない子供だからというわけじゃない、本当に妖怪を恐いと思っていないようだ。

肝が据わってる。そんな言葉が私の脳裏をよぎった。

 

 

「そういえば、私の服は………」

「はい。雨で汚れているようだったので、洗ってあります」

「何から何まで悪いわね」

「気にしないでください。ところで、あの服はどこで仕立てられたんですか?」

「大事な人からの贈り物よ。私の命の次に大事なものよ」

「………それは、素敵ですね」

 

 

彼女はそう言って微笑んだ。

あの人から受け取ったもの、失くしてなくてよかった。

 

 

「あの………」

「なに?」

「お名前、お聞きしてもよろしいですか?」

「……八雲 紫よ」

 

 

私がそう答えると、彼女は目にも止まらぬ速さで私に近付いた。

 

 

「やっぱり‼ 記憶にある通りだったんですね‼」

「え? どういうこと、記憶? いえ、それより何で私の名前を………」

 

 

興奮して私の手を握ったまま目を輝かせている。

なんだか、見れば見るほど阿礼と同じね。まるで他人とは思えないわ。

 

 

「ねえ、色々と聞きたいことはあるのだけど」

「はい。何でしょう?」

「貴女、名前は?」

「これは失礼しました。私、稗田家の今代当主をしております、稗田 阿一と申します」

 

 

彼女、阿一は私から離れると礼儀正しく頭を下げた。

稗田家の当主、阿一…………やっぱり、阿礼の子孫だったのね。

 

 

「通りで、よく似てるわけね」

「そんなに阿礼様と似てますか?」

「ええ。よく似てると思うわ」

「何だか照れますね」

 

 

阿一は照れ臭そうに頭を掻いた。

でも、やっぱり私にはいくつも疑問に思うところがあった。

 

 

「そういえばさっき、記憶にある通りって言ってたけど、どういう意味かしら?」

「あ、それはですね。私、どうやら先代様の生まれ変わりみたいで、その記憶を受け継いでいるみたいなんですよ」

「本当かしら? 実は阿礼がこっそり書き残した書物を見たとかじゃないでしょうね?」

「本当です‼ その証拠に、紫さんと先代様しか知らないことも覚えているんですよ」

「たとえば?」

「………優夜さんがかぐや姫の難題で旅に出ていた時、ルーミアさんを加えた三人で夜に」

「わかったわ。貴女の話を信じましょう」

 

 

私は阿一の肩に手を置いてその後の言葉を止めた。

何故だか分からないけど、これ以上言われると私たちの存在が消されそうだわ。

でも、どうやら本当みたいね。わざわざあの子がそんな出来事を書き残すなんてことしないでしょうに。………でも、ある意味忘れたい出来事よね。

 

 

「その記憶、どこまで覚えてるの?」

「途切れ途切れですけど、優夜さんという方との記憶が一番鮮明に覚えていますね」

「ふふ。それは面白いわね」

「私もいつか会ってみたいです」

「そうね………都合がいい時に会わせられるかもね」

「是非‼」

「はいはい。解ったから、そんなに顔を近付かないで」

 

 

阿一を遠ざける時、私はある事に気付いた。

 

 

「ね、ねえ。貴女、私のことを知っていたのよね?」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「……なら、何で私を“受け入れたの”?」

 

 

私は阿一にそう尋ねた。

私を妖怪だと彼女は知っていた。それなのに、何で彼女は私を受け入れたの?

その屋敷の人間も、私の特徴くらいは知っていたはずなのに、何で助けたの?

今まで拒絶され続けてきた私には、目の前の優しさが怖かった。

 

私の不安をよそに、阿一は呆気ない声で答える。

 

 

「そんなの、紫さんが優しい妖怪だって知ってるに決まってるじゃないですか」

「え?」

「周りの迷惑なんて考えない他の妖怪ならともかく、紫さんは人間が大好きな妖怪だって、先代様も理解していましたから。それを私たちは信じたまでです」

「呆れるくらいお人好しね」

「それでも、私たちは構いません。すべてを受け入れていきます」

「受け入れるというのは、残酷な話よ?」

「そうかもしれませんね」

 

 

阿一は、私の言葉を理解したうえでそう答えた。

ああ、まだ私の知らないところでは、こうやって私の事を信じてくれる人間がいたのね。

これも、あの人のお陰かもしれないわね。

 

 

「本当、敵わないわね」

「そうだ。折角だから人里の方を見ていきませんか?」

「人里?」

「ええ。先代様の頃は小さな集落だったんですけど、今では立派な村なんです」

「まさに人間が暮らす里なのね」

「たぶん、紫さんも気に入ると思いますよ」

「そうね。しばらくの間、見て周ろうかしら。でも、大丈夫かしら」

「心配ありません。私を信じてください」

 

 

無い胸を張ってそう言い張る彼女を、私は信じてみることにした。

そうね、私が他の誰に信じられないとしても、私は人を信じてもいいわよね。

 

 

「わかったわ」

「では、替えの服を」

「いいわよ。私の服があるわ」

 

 

私は『スキマ』を開いて、その中からもう一つの服を取り出した。

それを見て、再び阿一の目が輝きだした。

 

 

「何ですかそれ!?」

「ああ、これはね」

「私にも見せてください‼」

「ちょ‼ そんなに近付かないで」

「いいじゃないですか。私との仲ですし」

「一応初対面でしょうが‼」

 

 

なんというか、良い意味でも悪い意味でも、やっぱりこの子は阿礼の子孫なのね。

あの頃、阿礼に引っ付かれていたあの人の気持ちがよく分かったわ。

 





空亡「今回は紫さんがメインですね」
優夜「まさか俺の出番なしがまた来るとは」
空亡「まあ、今回の話は幻想郷創立への第一歩みたいな感じですから」
優夜「もう、原作無視なんだな」
空亡「今更ですよ。まあ、そこら辺は調整しますよ」
優夜「しかし、まさか紫がいる場所って……」
空亡「勘がいい人は気付くかもしれませんね」
優夜「だんだんと原作に近付いてきたな。永かった」
空亡「安心するのは早いですよ。なにせこの作品ですから」
優夜「また一波乱ありそうだな」


次回予告
少女が夢見た理想郷、それを護るも壊すも、自分が決めること。
東方幻想物語・探訪編、『まだ見えぬ理想郷』、どうぞお楽しみに。


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まだ見えぬ理想郷

八雲 紫side

 

 

阿一の質問攻めから難を逃れた私は、人里の通りを歩いていた。

彼女の話では、阿礼の居た頃は小さな集落程度しかなかったようだが、それから流れ者達が集まってきて、ここが気に入って永住すようになり、いつの間にか一つの里として機能するようになったらしい。

 

ここには人間が生活するには純な施設がたくさんあった。

新鮮な食材が店先に並んでいる八百屋、真新しくできたばかりの道具屋、彩り豊かな花が並んだ花屋、少し怪しげな本屋、団子が美味しいと評判の甘味処などがあった。

 

それだけを見れば、どこにでもあるような在り来たりな村だった。

でも、その中でも今までの村とは明らかに違うものが一つだけあった。

 

それは、私を見るみんなの目だった。

今までは私の事を妖怪だと知ると、怖れと不審を抱いた目を私に向けてきた。

でも、ここの人達は私が妖怪だって知っている(恐らく阿一の仕業だろう)うえで、私に親切にしてくれた。

 

八百屋の夫婦からは、今朝獲れたばかりの梨を貰った。

道具屋の主人からは、は開店祝いだからと綺麗な扇子を貰った。

花屋のお姉さんからは、あの人の刀に付いていた月下美人の種を貰った。

本屋の老人からは、昔阿礼が書いたとされる本を受け渡された。

甘味処のおばさんからは、お腹が減ってるだろうからと三色団子を貰った。

 

それからも、私が街を歩く度に道行く人から色々なモノを貰った。

嬉しい半分、今までこういう扱いをされていなかった所為でどう対応したらいいか困っていた。

しばらくして、私は人里の入り口近くの休憩所に腰を下ろした。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

私は項垂れながらそう呟いた。

あの人との特訓は妖怪の私でもそれなりにきつかったけど、今回のは身体的というより精神的に疲れたわ。

もう、今私が感じているのが夢じゃないかと疑いたくなってきた。でも………………。

 

 

「夢なら、醒めないでほしいわ………」

 

 

私はそんな言葉を呟いてしまった。

ここは私が創ろうとしている理想郷に最も近いものだった。

人が妖怪である私を受け入れてくれている。それが何よりも嬉しかった。

これが本当に夢なら、もう目を醒ましたくない。そんな傲慢な想いを抱いてしまった。

 

 

「こんな程度なのかしら、私の理想は………」

 

 

自分に問いかけても、その答えは誰も返してはくれなかった。

 

その時、異様な殺気を感じた。

その殺気は里の外れから感じたが、明らかにこちらに向かってきている。

皮肉にも、気分が悪くなるような殺気が、これが夢ではないと証明してくれた。

 

 

「……良かった」

 

 

私はそう呟くと、その場から姿を消した。

スキマを通じ、その殺気の張本人がいる場所へと移動した。

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

スキマを通り抜けた先で待ち受けていたのは、異様の化け物だった。

私よりも一回り大きい図体を持った猪の身体と二本の鋭い牙、前足と思われる部分には仮面を付けた羊と翼が生えた虎が引っ付いていた。そして、顔と思われる部分には口を吊り上げた黒い犬のような物が浮き出てていた。

 

 

「あの人の話だと、こういうのを『きめら』って言うらしいわね」

『ヴ………神……ナシ………どこ……?』

 

 

異様の化け物から、呻くような声が響いた。

神無の名前を知っているということは、どうやらただの化け物ではなさそうね。

 

 

「貴方、この先に何の用なの?」

『黒…か………メイレイ……さと………人間……コロス』

「なんですって?」

『……邪魔…だ』

 

 

化物は静かに囁くと、猪の部分が咆哮を上げた。

私は身構えると、化け物は地面を踏みしめて走りだし、巨体とは思えないほどの速さで私に向かってきた。

私はそれを紙一重で回避すると、化け物は周りの木々を軽々と薙ぎ倒しながら突進を続ける。アイツが速さに身体が付いていけていないのが救いね。

 

 

「これなら余裕ね」

『嘗め……ルナ………‼』

 

 

化物はその場で転回すると、今度は虎と羊が咆哮を上げた。

すると、羊からは氷柱のように尖った氷の塊が、虎からは真空波のように鋭い風の刃が私に向かって放たれた。

私はそれらを目視で見切ると、最低限の動きでそれら全てを避ける。

あの人達との実践に比べれば、こんな弾幕なんてまだまだ薄いわ。

 

 

『貴……サマ』

「貴方がどんな存在なのかは私は知らない。

 あの人とどんな因縁があるのかなんて私が知るはずもない」

 

 

あの人は、数億年も前から苦しんできたと言っていた。

それは多分、今も変わらない。この空の下で、また悩んでいるに違いない。

 

 

「でも、貴方がこの先の人達に危害を加えるというのなら………」

 

 

そうだ。だから私は、理想郷を創ろうと思ったんだ。

あの人の苦しみを和らげるために、あの人の本当の笑顔を見たい為に………‼

それが美しくも残酷な幻想だとしても、私はこの思いを諦めるなんてしたくない。

 

 

「私は、貴方を殺す」

 

 

この先には、私の理想に近付くために希望があるのだ。

その希望を、みんなの笑顔を、こんな奴に壊されてたまるものですか‼

 

 

『ならば………ヤッテミセロ‼』

 

 

継ぎ接ぎだらけの化け物は、それぞれ地面が揺れるほどの咆哮を上げた。

すると、化け物の周りに無数の弾幕が展開され、私に向かって一斉に放たれた。

私はそれを回避しようともせず、その場に佇む。

 

 

『死…ネ』

「いいえ。死ぬのは貴方よ」

 

 

私はそう言って目の前にスキマを開いた。

無数の目がこちらを覗き込む不気味な空間、その空間は弾幕の雨をすべて呑み込むとその口を閉じた。

弾幕を防がれた化け物は、激昂して私に向かって再び突進してきた。

 

 

「無駄よ」

 

 

私はスキマを化け物の周りへと幾つも開いた。

ぱっくりと開いたスキマは、化け物を取り囲み、化け物はその場に縛り付けられたかのように動かなくなった。

これはまだ私の術の中でも試作の物、それ故にまだ名前も無い。

そうね。あの人流に名付けるのなら…………。

 

 

「紫奥義『弾幕結界』」

 

 

開かれた隙間から、無数の弾幕が容赦なく放たれた。

取り囲まれた上に、逃げ道すら存在しないスキマの結界、そこから相手に放つ弾幕の雨、私の考えた名前も案外いい線いってるわね。

目の前で力尽きようとする化け物に、私は最後の言葉を手向ける。

 

 

「美しく残酷なこの大地から往ね。名も知らぬ化け物よ」

 

 

私は彼に背中を向けると、スキマに入ってその場から去った。

最期に、あの化け物は何を思ったのか、私は分からない。

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

化物退治を終え、私は人里の方へと戻ってきた。

本当なら、このままここを去ろうと思ったけれど、さっきの戦いで私の決心がついた。

私が阿一の屋敷へと戻ると、彼女は自分の部屋で書物に筆を滑られていた。

 

 

「あ、紫さん。戻られたんですね」

「ええ。忘れ物を取りにね」

「どうでしたか?」

「素敵なところだったわ。私なんかを受け入れるなんて」

「紫さんだけじゃないですよ。友好的な妖怪には、基本的に優しいんですよ」

「それは見てみたかったわね」

 

 

私は嬉しそうに笑った。

すると、阿一は何かを思い出したかのように私にある物を渡してきた。

 

 

「紫さん、これを」

「なに?」

「ある人から先代様へ、いえ稗田へと向けた手紙です」

「阿礼へ?」

 

 

彼女が差し出したのは、古びた手紙だった。

阿礼が受け取ったとすると、百年も前の物だろう。

私はそれを受け取ると、その手紙の内容を読んだ。

そこに書かれていたのは、意外な人物からの阿礼に向けた頼み事だった。

 

 

「優夜………さん」

「ええ。神無優夜さん、そに人からの手紙です」

 

 

そこには、次の事が書かれていた。

 

 

『阿礼、そして阿礼の子孫たちへ

 これを読んでいる頃には、お前は死んでいるかもしれない。

 あえて俺は阿礼にこの手紙を送る。たとえ、これを読んでいるのが生まれ変わりでも。

 

 さて、突然だが、お前は人間と妖怪が共に暮らせる世界を信じられるか?

 人は妖を恐れ、妖は人を襲う、それは神様でも変えられない世界の理だ。

 俺の友人は理に背いてでも、人間と妖怪が共に暮らせる世界を創ろうと頑張っている。

 

 生憎と、俺ではそれを手伝う事は出来ない。

 だから、お前に頼みたい。俺がこの長い人生で出会った、人間のお前に頼みたい。

 どうか、お前の前にその友人が現れたら、その夢の実現を手伝ってほしい。

 

 あいつは心が優しい。だが、それゆえに躓くこともあるだろう。

 その時、あいつの傍に誰かがいてくれれば、心が折れることは無いと思う。

 実際に、俺も同じだった。ルーミアが居てくれたから、俺は今もここに居る。

 

 恩着せがましい頼みではあるが、どうかあいつの助けになってくれ。

 たとえそれが、美しくも残酷な幻想だったとしても…………………………。

                              神無優夜より』

 

 

そこで手紙は終わっていた。

読み終わったころ、私の頬を無意識のうちに涙が伝っていた。

 

 

「これ…は……?」

「先代様は優夜さんと別れた時、渡されたものです」

「でも、私があの人に話したのは」

「解っていたのかもしれませんね。貴女の夢を、それといつの日か私と再会することを」

 

 

阿一はそう言って微笑んだ。

あゝ、やっぱりあの人は何もかもお見通しなのね。

私の夢も、決意も、いつもいつもあの人に背中を押してもらっている。

 

 

「本当、敵わないわね」

 

 

私は涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。

……もう迷いはない。いえ、ここまで来て迷うことなんて許されないわね。

 

 

「阿一」

「はい」

 

 

私は、阿一に目を真っ直ぐ見据えた。

彼女は、私の紡ごうとする言葉を待っている。

私はその期待に応えなければいけない。この子と、あの人の為にも。

 

呼吸を整え、私は迷いのない声で言った。

 

 

「私の理想の為に、手を貸してくれませんか?」

 

 

まだ見えぬ理想郷、その実現のために、私は一歩踏み出す。

人間から信じられる前に、私が人間を信じる。それが最初の一歩だ。

 

 

 

 

 




空亡「これで、探訪編は無事終わりです」
優夜「紫も頑張ってるな」
空亡「ちなみにこの手紙、阿礼との別れ際にさりげなく渡してるんですよ」
優夜「……ちなみにそれに付いての描写は無い。完全な後付けだ」
空亡「感動が台無しですね」
優夜「まあ、これからも紫の物語は続くってことでいいだろ」
空亡「打ち切りにはしないですからね」
優夜「はいはい。ところで、次回からは本番か」
空亡「それが、妖桜編はもう少し後になりそうです」
優夜「マジか」
空亡「その前に、ちょっとコラボを挟みますけどね」
優夜「……どうなることやら」


次回予告
未定。「おい‼」


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外伝『ブレイクタイム』
大晦日コラボ・前日談


 

空亡「さてさて、今年ももうすぐ終わり。

   とりあえず、百均で辛さ三倍のカラムーチョと炭酸飲料を探さないと……」

優夜「こっちはこっちで大変だというのに、呑気に年越し準備かよ」

空亡「うるさいですね。こっちだって本当なら終わらせて本編に移りたいですよ」

優夜「本編て、じゃあ俺たちの物語って何だよ」

空亡「本編再構築のための土台作りです」

優夜「知りたくもない事実を知ってしまったぜ」

空亡「どうせ後で分かる事ですし、遅かれ早かれですよ」

 

優夜「ところで、お前コラボ依頼したらしいな」

空亡「まあ、僕が投稿した時からお世話になってる方々ですからね」

優夜「その割にはお前感想書いてねえよな」

空亡「ゔ……ひ、一人だと何を書けばいいか分からなくて」

優夜「変なところで素の部分が出るな」

空亡「来年からは書こうと思いますよ。はい」

優夜「不安だ」

 

空亡「そんな事より」

優夜「そんなことじゃねえだろ」

空亡「まあまあ。コラボの方でしたらもう書き終えてますよ」

優夜「早いな。その速さをこっちの方にも回してくれ」

空亡「まあ、僕には足りないのは情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ」

優夜「そして何よりも、速さと文才が無い」

空亡「ということですね」

 

優夜「で、どうしてこんな話を投稿してるんだ?」

空亡「まあ、予告はしておこうかと」

優夜「クリスマスに何一人で寂しい事やってんだよ」

空亡「メニークルシミマス」

優夜「直訳だと、たくさん苦しみます」

空亡「ちょっと街に出掛けてリア充共にプレゼントしてくる」

優夜「やめとけ」

空亡「離せ。どうせクリスマスなんてソシャゲのイベントでしかないんだ‼」

優夜「限定カードが出ないからって怒るなよ」

 

空亡「さて、茶番はここからだ」

優夜「ここからかよ。って、これ新喜劇のネタだろ」

空亡「やっぱり一番面白いのは茂〇さんだよね?」

優夜「知るか。それより予告しろよ」

空亡「急いては事を仕損じますよ?」

優夜「年越しとクリスマスへの憎悪しか語ってねえぞ」

空亡「それより、予告はいりま~す」

 

 

 

 

 

多元世界、それは今は僕たちが過ごす世界とはまた別に存在する無数の世界。

ゲームの選択肢次第でストーリーやエンディングが変わるように、僕たちの世界にも違う選択肢をしていた世界、『If(もしも)の世界』がある。

 

今回お話するのは、選択肢どころか物語自体が違う世界。

禁忌を犯し、魔神と成った少年の、現在へと至るまでの世界。

記憶を操り、楽園から追放され、どん底で生きたいと願っていた少女の世界。

転生され、邪神との戦いに巻き込まれた少年の、旅の終わりまでを紡ぐ世界。

 

これらが交り合う選択肢など存在しない。

だが、どこぞのバカの突拍子もない考えの前では、世界の法則など簡単に破られる。

 

午前の部『禁忌の魔神』、午後の部『忘却の魔女』

 

それでは、どうぞお楽しみに。

 

 



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禁忌との邂逅

大晦日コラボ企画・午前の部。
鈴華さん作。『東方禁初幻譚』の主人公とヒロインが登場。
ちょっと笑えるような、そんな物語をどうぞ………………。




???side

 

 

多元世界、それは今和僕たちが過ごす世界とはまた別に存在する無数の世界。

ゲームの選択肢次第でストーリーやエンディングが変わるように、僕たちの世界にも違う選択肢をしていた世界、『If(もしも)の世界』がある。

 

今回お話するのは、選択肢どころか物語自体が違う世界。

禁忌を犯し、魔神と成った少年の、現在へと至るまでの世界。

転生され、邪神との戦いに巻き込まれた少年の、旅の終わりまでを紡ぐ世界。

 

この二つが交り合う選択肢など存在しない。

だが、どこぞのバカの突拍子もない考えの前では、世界の法則など簡単に破られる。

 

今宵の物語は、“禁忌の魔神”と“通りすがり”との邂逅のお話。

読者も、作者さんも、どうか最後までお付き合いください。

 

では、始まりはじまり……………………。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

出会いというものは、いつも突然に、それと共に素敵に訪れるものだ。

この世界で初めて出会った人喰い妖怪が、今では俺の旅の仲間として隣に居る。

今までもそんな風に出会ってきたが、今回はまあ、面白い出会いだったと言おう。

事の始まりは俺がルーミアと別れ、旅の途中でとある村に立ち寄ったところから始まる。

 

俺は村で評判だという甘味処で団子を頬張っていた。

たまに喉を詰まらせてもいたが、そこはお茶で流し込んで事なきを得ていた。

このところ、色々な事がありすぎてのんびりできる時間もなったが、こういう平和な時間を過ごしていると心が安らいだ。

 

 

「あ~この時間がいつまでも続けばいいのに」

 

 

そんな事を呟いて空を見上げた、その時だった。

空に摩訶不思議な穴が開き、そこから二人の男女が落ちてきた。

 

綺麗な長い黒髪、苔色がメインの短めな浴衣を着ており、紫の帯を巻いている。巫女のようだが、何だか色合いが派手というか、目のやり場に困る人だった。

男でも見惚れるほどの金髪、黒い衣に身を包み、左目は赤く、右目が金色のオッドアイ。中性的な顔立ちだが、彼からは俺と似たようなものを感じた。

 

目の前の光景に呆然としていた俺は、何もなす術なく二人の下敷きになった。

その重みで店前の長椅子は真っ二つの壊れ、俺はその中心で息も絶え絶えに言った。

 

 

「お、親方………空から、男と女が………‼」

「いたた………大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない、問題あり………」

「そこまで口が利けるなら心配する必要ないだろ」

「だったら早く降りてくれ………」

 

 

俺は二人をどかすと、立ち上がって砂埃を叩いて落とした。

同じく二人も、痛そうに背中を押さえながら立ち上がった。

 

 

「いつつ………何でこういうなるんだ」

「おかしいですね。確かに博麗神社に繋いだはずなのに」

「やっぱりお前と買い物に行くんじゃなかった」

「財布を忘れたカルマが悪いですよ」

「うぐ………」

 

 

少女に反論され、青年はバツが悪そうにそっぽ向いた。

しかし、さっきの会話でどうも聞き捨てならない言葉が出てきたんだよな。

 

 

「あの、お二人さん?」

「ん、誰だお前?」

「人の上に勝手に落ちてきてお前は無いだろ」

「あはは………すみません」

「まあ、いいんだけどさ。奇跡的に団子も無事だったし」

「あ、美味しそうですね」

「よければお一ついかが?」

「遠慮なく頂きます」

「アンタもどうだ?」

「ありがたいが、俺は早く家に」

「まあまあ………」

 

 

俺が指を鳴らすと、一瞬のうちに壊れた長椅子が復元した。

その光景を目にした二人は、驚くことなく、ただ俺を見据えた。

 

 

「お互い、時間には余裕があるんだ。ゆっくりしていこうぜ」

「お前……」

「そうそう。俺は神無 優夜、ただの通りすがりだ。アンタたちは?」

「………『カルマ』だ」

「『博麗 麗夢』です」

「カルマに麗夢か。よろしく」

 

 

俺は二人に優しく微笑むと、長椅子に腰を下ろした。

麗夢、カルマ、俺の順で座ると、店員に追加で団子を注文した。

 

 

「さて、それじゃあ、何から話す?」

「とりあえず、ここがどこなのか知りたいですね」

「生憎と俺にもこの村の名前は分からないが、少なくとも幻想郷じゃないないな」

「幻想郷の事をご存知なんですか?」

「知ってるよ。でも、アンタたちの知ってる幻想郷とはちょっと違うな」

「どういう意味だ?」

「とりあえず、俺の身の上話でも聞いてくれ」

 

 

俺は注文してやってきた団子を手に取ると、これまでのいきさつを語り始めた。

ルーミアとの邂逅、月の民の街で一年間、邪神との出遭い、人妖大戦の裏。

諏訪の国での暮らし、諏訪大戦、三貴子との戦い、狩人との戦闘。

紫の出会い、妖怪の山での攻防、薊との一騎打ち。

かぐや姫の難題、妹紅たちとの旅、月の使者の迎撃、チクタクマンとの対決。

小説投稿サイトに投稿すれば70話近くの話を、俺はカルマたちに話した。

 

 

「ということで、本当なら幻想郷自体まだないはずなんだよな」

「そういうことですか」

「恐らく、何かの手違いで『こちら側』に来ちまったんだろうな」

「そう考えるのが妥当か」

「災難だな。まあ、どうせ時期が来ればすぐに戻れるって」

「何でそう言い切れるんだよ?」

「コラボ回の最後っていつもこういうもんだろ?」

「何言ってるんですか……」

 

 

呆れる麗夢の横で、カルマはずっと何かを考えているようだった。

 

 

「ところで、二人ってどういう関係?」

「ああ、それは」

「よくぞ聴いてくれました‼」

 

 

カルマを押し退け、麗夢は目を輝かせながら身を乗り出した。

 

 

「ちっ、麗夢‼」

「カルマとは互いに愛を誓い合った」

「誓った覚えはない」

「お風呂だって一緒に」

「お前が勝手に入ってきただけだろ。後すぐに追い返した」

「行ってらっしゃいの接吻も」

「してない」

 

 

麗夢の一人が足りに、カルマは次々と突っ込んでいく。

この時点で二人の関係性が見えてきた。要するに真〇とニャ〇子か。

しかし、カルマを見ているとまんざらでもないように見える。ああ、ツンデレか。

 

 

「カルマ」

「なんだ?」

「ツンデレが許されるのは女の子と男の娘だけだ」

「随分前の夢で同じような言葉を聞いた事あるぞ。何だよツンデレって」

「ツンデレ、それは萌えを語るに欠かせない最も重要な属性だ」

「お前も面倒な奴だな」

「優夜さん。そのツンデレについて詳しく」

「いいぜ。まずツンデレとは………」

「もう嫌だ、こいつら………」

 

 

俺と麗夢に挟まれ、カルマは溜息を吐いて俯いた。

 

 

「羨ましいよ。こんなに想ってくれる人がいるんだから」

「鬱陶しいだけだ」

「酷い言い方だな。そんなんじゃ、嫌われるぞ?」

「いつもの事ですから平気です」

「ったく、見せつけてくれるな」

「ふふ~ん。いいでしょう」

「抱きつくな‼ 離れろ‼」

 

 

腕に抱きつかれれていやがるカルマだが、無理に振り払おうとしていない。

本気で引き剥がそうとするなら能力でも使えばいいと思うのに、やっぱりツンデレだな。

 

 

「さて、もうそろそろだな」

「え?」

「あ、カルマ」

 

 

よく見ると、二人の足元から姿が消えていっていた。

もうすぐ終わりみたいだ。テンプレと言われても仕方ねえな。

 

 

「短い間だったけど、楽しかったぜ」

「こちらこそ。焔に良い土産話ができました」

「それは良かった」

「じゃあ」

「ああ、最後にちょっと」

 

 

俺はカルマから少し離れて麗夢に手招きすると、小さい声で話しかける。

 

 

「――諦めずに頑張れよ」

「――ありがとうございます」

「――伝えられるうちに伝えておかないと、後悔するからね」

「――参考にしておきます」

「おい。何コソコソ話してるんだ?」

「何でもないです」

「彼女とられて嫉妬とは醜いぞ?」

「うるせえ、ド低能」

 

 

カルマに睨まれながらも、俺は口元をニヤッとさせる。

 

 

「やっぱり、弄り甲斐があるな」

「こっちはお前らの所為で胃が痛いよ」

「大丈夫だろ。魔神様なら」

「魔神でも元は人の子だ」

「それもそうだな」

 

 

俺はカルマを見て笑うと、カルマは呆れて溜息を吐いた。

 

 

「そうだ。最後に一つアドバイスだ」

「なんだよ」

「人の好意は素直に受け取れ。変な意地張ってると、いずれ後悔するぜ」

「まるで体験談だな」

「まあ、今のうちにありがたみを感じるんだな」

「……善処する」

 

 

カルマが小さく笑うと、徐々に体が光に包まれていく。

 

 

「お別れだな」

「どうせまたすぐに会えるさ」

「私もそんな気がします」

「そんな簡単に会えるかよ」

「解からねえぞ? 忘れた頃にまたコラボするかもしれねえし」

「最後の最後までメタいですね」

「それが俺だからな」

 

 

俺は二人に向かって笑った。

 

 

「また会おうぜ。禁忌の魔神に博麗の巫女」

「ああ。またな、通りすがりの旅人」

「今度会うときが楽しみです」

 

 

その言葉を最後に、二人の姿は光となって消えていった。

 

次に目を覚ますと、そこは旅の途中で訪れた大草原の上だった。

隣ではルーミアが俺の腕に噛り付きながら、幸せそうな顔で寝息を立てていた。

あれが夢だったのか、それとも現実だったのか、それは分からないが……………。

 

 

「お前らとの絆は、確かにあったようだ」

 

 

『カルマ:禁忌魔法を使う程度の能力』

『博麗麗夢:歪める程度の能力』

 

 

スマホに表示されたその名前だけが、アイツ等との繋がりの証のようだった。

さあ、次はどこを旅しようか。

 

 

交わるはずのない世界で紡いだ絆、それは触れてはならない禁忌の邂逅だった。

 

 

 

 

 




空亡 「そういうわけで、今回のゲストはカルマさんと麗夢さんです」
カルマ「家に帰ったと思ってのに、なんでまたここに」
麗夢 「駄作者さんに頼まれてここに繋ぎました」
空亡 「ご協力ありがとうございます。お礼の方は後ほど」
カルマ「おい、何を要求した」
麗夢 「秘密です♪」

空亡 「ええ、お二人を知らない人の為に軽い説明を。
    博麗 麗夢さん、あちらの世界の博麗の巫女さんです。
    主人公であるカルマさんにベタ惚れで、酔うとよく脱ぎます。
    補足、ドSです。うちの主人公も被害に遭いました。
    カルマさん、ツンデレな魔神様。以上」

カルマ「おい‼」
麗夢 「まあ、間違ってはいませんね」
カルマ「それが主人公に対しての説明か……‼」
空亡 「ここで普通の扱いを受けれると思ったら大間違いですよ」
カルマ「優夜の奴、よく我慢できるな」
優夜 「諦めてるだけだよ。………あ、駄作者ジュース取って」
空亡 「ただいま~」
麗夢 「扱いが雑ですね」

空亡 「本当ならこのコラボ回、ユウヤとカルマさんのバトルでした」
麗夢 「何で変更したんですか?」
空亡 「正直言って、こっち側を贔屓してしまう可能性があったのでボツ」
カルマ「やっぱりそう言う感情は湧くのか」
空亡 「これでも大切なウチの子ですからね。情は移りますよ」
優夜 「その割には死亡率がすごいけどな」
空亡 「うるさい。良い話で終わらせろ」

麗夢 「なんだか、賑やかですね」
カルマ「漫才だな。いや、悠月と月美と美羽を合わせたら五人組か」
二人 「「誰が超〇塾だ‼‼」」
カルマ「言ってねえよ‼」
麗夢 「トリオだ……」

空亡 「さて、茶番はこのくらいにして、今回は本当にありがとうございました」
カルマ「最終的には俺の胃が限界まで痛みつけられただけだな」
空亡 「竹林のいい薬師を紹介しましょうか?
麗夢 「後で寄りましょうか。お土産話も持って」
カルマ「こいつらは…………はぁ」

空亡 「そういうわけで、鈴鹿さん、本当にありがとうございました。
    またコラボできる日を楽しみに待っております。それでは皆様」
優夜 「よいお年を‼」
空亡 「あ、それ俺の台詞‼」




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忘却の魔女

大晦日コラボ企画・午後の部

マツタケさん作、『東方忘却記』のボス?が登場。

力を失った魔女と通りすがりの旅人との、とある雨の日の物語。

(東方忘却記のネタバレが含まれます。ご注意を)



???side

 

 

多元世界、それは今和僕たちが過ごす世界とはまた別に存在する無数の世界。

ゲームの選択肢次第でストーリーやエンディングが変わるように、僕たちの世界にも違う選択肢をしていた世界、『If(もしも)の世界』がある。

 

今回お話するのは、選択肢どころか物語自体が違う世界。

記憶を操り、楽園から追放され、どん底で生きたいと願っていた少女の世界。

転生され、邪神との戦いに巻き込まれた少年の、旅の終わりまでを紡ぐ世界。

 

この二つが交り合う選択肢など存在しない。

だが、どこぞのバカの突拍子もない考えの前では、世界の法則など簡単に破られる。

 

今宵の物語は、“忘却の魔女”と“通りすがり”との邂逅のお話。

読者も、作者さんも、どうか最後までお付き合いください。

 

では、始まりはじまり……………………。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

女の心と秋の空、ふとそんな言葉が思い浮かんだ。

人の心や愛情などが変わりやすいことにたとえた言葉だが、本当にその通りだ。

先ほどまで晴れ渡っていた空も、今はバケツをひっくり返したような大雨が降っている。

 

道行く人々は雨宿りする為に、急ぎ足で駆けていく。

それに比べて、俺は寄り道して買った唐傘を差してゆっくりと歩いていた。

 

 

「また面倒なことになったな」

 

 

俺は雨の中を歩きながらそう呟いた。

さっきまでルーミアと一緒に歩いていたはずなのに、この村に来てから突然姿を消してしまった。そういえば、雨が降り出したのもこの村に来てからだった。

何だか面倒事に巻き込まれたような気がしながらも、俺は村を歩きながら彼女を探した。

 

そんな時、俺の視界の先に一人の少女が映った。

降りしきる雨の中、民家の壁に寄り掛かりながら座っている町娘が居た。

俺は彼女の傍に歩み寄ると、彼女は虚ろな目で俺を見上げた。

 

 

「……あら、どちら様ですの?」

 

 

小さな声で彼女はそう尋ねた。

奇妙なお嬢様口調だが、身体がやせ細り、ボロボロの着物を纏ったその娘が、よく物語で見るような『貧民街に流れ着いた落ちぶれたご令嬢』のように見えた。

 

 

「……見世物じゃないんです。用が無いなら帰ってくれませんこと?」

「別にいだろ。俺に帰る場所なんてねえよ」

「奇遇ですね……私もですわ」

 

 

彼女がそう言って笑うと、小さくくしゃみをした。

 

 

「っくしゅん。失礼」

「いや。それより、ちょっといいかな」

「なんですの?」

「お人好しとして、少しお節介させてもらうぜ」

「え?」

 

 

俺は彼女を抱き上げると、彼女は驚いて固まった。

 

 

「な、なにを……!?」

「この近くに宿屋ってあったっけ?」

「それならこの道の先に………って、それより」

「なら、行くぞ。風邪引いたら大変だからな」

「ちょっと‼ 話を聞きなさい‼ はな、離しなさーい‼」

 

 

俺は腕の中で暴れる彼女に耐えながら、宿屋へと走った。

奇妙な出会いというものは、いつもこんな雨だった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

村にあった小さな宿屋、そこの一室で俺は降りしきる雨を眺めていた。

しばらくして、風呂から上がった彼女が襖を開けて入ってきた。

 

 

「久しぶりに生きた心地がしましたわ」

「それは良かった。あのまま濡れていたら冷えるからな」

「そんなこと、もう慣れましたわ」

 

 

彼女は綺麗になった黒髪を掻き上げると、俺と対面するように座った。

 

 

「貴方、少し変わっているわね」

「何がだ?」

「私みたいな小汚い娘を助けるなんて、変としか言いようがありませんわ」

「雨の中に捨てられた子猫を拾うのと同じだよ」

「何が望みですの?」

「何も望まねえよ。ただの村娘に過度な期待はしない」

「あら、てっきり夜のお相手の為に助けたのだと思いましたわ」

「そんなこと考えるかよ。………これでも俺は一途なんだ」

「純粋なこと。なら、何で助けたの?」

 

 

彼女の言葉に、俺は深い溜息を吐いた。

 

 

「同情だよ。それ以外に何かあるか?」

「正直ですね。そこまではっきり言われると、納得せざるを得ないわね」

「気に障ったか?」

「いいえ。まだこの世界にも、貴方のようなお人好しがいる事に、むしろ喜んでるわ」

 

 

彼女は無駄に上品な仕草で笑った。

 

 

「一つ、名前をお聴きしても?」

「神無 優夜だ。ただの通りすがりだよ」

「私は『月詠 鈴芽』、今はしがない村娘ですわ」

 

 

俺と鈴芽は、互いに顔を見合わせてそう答えた。

 

 

「面白い人ね」

「ん?」

「言動や素振りから見ても、私に対して嘘なんて吐いていない」

「普通は見てわかるモノじゃないだろ」

「解かるわよ。今まで人を騙してきた詐欺師ならね」

「詐欺師、ね………」

「ここは一つ、滑稽な御伽話でもしましょうか」

 

 

鈴芽はそういうと、楽し気に、哀し気に、語りだした。

記憶を操る魔女の話、魔女は記憶を書き換えることで望んだ物はすべて手に入れてきた。

貴族の裕福な暮らし、村娘の平穏な暮らし、占い師として頼られる暮し、何もかも魔女が望むままだった。

魔女にとって能力を使うことがいけないことだと思うことは無かった。人間が四肢を使うのと同じ様に、それが魔女に取って自然だったから。

 

しかし、魔女は気付いてしまったのだ。自分だけが狂っていたと。

独りで世界を傍観し、勝手に見切りをつけ、無様に踊り続けていた。ただの道化だと。

もう何もかも、どうでもよくなった魔女は、すべてを洗い流すような雨を降らした。

魔女は理想郷を守る賢者に倒され、能力を封じられると、その身一つで追放された。

 

 

「めでたしめでたし。如何でしたか?」

「哀れな結末だな」

「そうですね。お蔭で今は生きるのに精一杯ですよ」

 

 

鈴芽はまるで他人事のように鼻で笑う。

 

 

「結局、私は記憶が宿った人形に囲まれて生きてきたに過ぎなかった。

 八雲紫や幽々子、それに夢で見た魔神と名乗る彼の方が、人間染みてましたわ」

「だろうな。自業自得だ」

「ええ。では、お次は貴方の物語をお聞かせ願えませんか?」

「いいぜ。在り来たりな物語ならな」

 

 

俺は記憶を辿るように、静かに話し始めた。

この世界に転生し、ルーミアに殺されそうになりながらも、必死に生き延びたこと。

月の民が居た街では永琳や月美に世話になり、そこで個性的友人ができたこと。

邪神によって愛する者を失い、不老不死の力を手にしてしまったこと。

 

数億年の時を経て、諏訪の国で諏訪子や星羅たちと仲良くなったこと。

大和の神の軍勢に一人で挑み、三貴子と互角に戦ったこと。

そこでまた、俺は大切な者を一つ失ってしまったこと。

 

八ヶ岳の樹海でゆかりと出会い、俺たちと共に暮らしたこと。

鴉天狗と白狼天狗に一度負けるも、最終的にはリベンジしたこと。

力を無効化する鬼姫と一対一で戦い、苦戦の果てに打ち勝ったこと。

 

 

都へと向かい、そこでひったくりに遭った阿礼と出会ったこと。

光姫や妹紅と一緒に、難題の弓を探しに行く旅に出たこと。

月の使者から輝夜を守り、友との再会を果たしたこと。

そして、また俺は大事なものを守れずにいたこと。

 

 

「こうして俺の旅はまだ途中、ってわけだ」

「やっぱり面白い人ですね」

「気に入ったか?」

「ええ。私の知らない世界というものが、他には在ったんですね」

「まあ、平行世界だからな」

「ですわね」

 

 

互いの不幸自慢を騙り尽した俺たちは、お互い黙り込んでしまった。

静かなこの部屋に、激しい雨足の音だけが響いていた。

 

 

「なあ、鈴芽は雨を降らして記憶を消そうとしたんだよな」

「ええ。そうですよ」

 

 

俺は窓の外で振り続ける雨を見つめ、そう尋ねた。

鈴芽は「何を今更……」とでも言いたいように、ぶっきら棒に答えた。

 

 

「俺は雨に打たれていると、嫌なことを全部忘れられてスッキリするんだよな」

「それはよく言いますね。もっとも、嫌な記憶はそう簡単に消せないものですけど」

「でもさ、雨でも一つだけ隠してくれるもんがあるんだよな」

「なんですか?」

「涙だよ。泣いてる姿を見られなくない奴は、大抵雨の所為にして誤魔化すんだよ」

「初耳ですわね。そんな話」

 

 

鈴芽は目を逸らした。

 

 

「あの時、お前が消したかったのはみんなの記憶か?

 それとも、今まで共に過ごしてきた、友との記憶だったのか?」

「さあ? それは神のみぞ知るってことで、どうですか?」

「ああ。いいぜ」

 

 

俺は口元をニヤッとさせながら、彼女に微笑んだ。

 

 

「本当に面白い人、もっと早く出会いたかった」

「俺もだよ。お互い、出会いには恵まれないな」

「同感です。以前の私なら、貴方とはもっと話が合ったような気がしますわ」

「なら、次会った時は、もっと面白い話でもしようか」

「そうですね。次があったら」

 

 

鈴芽はそう言って笑うと、窓の外へと視線を向けた。

俺は振り返って外を見ると、雨が止み、空には綺麗な虹が掛かっていた。

俺と彼女は窓から身を乗り出してそれを見つめると、日の光に当たって彼女の瞳は黄金色に輝いていた。

 

 

「綺麗ですね」

「ああ、綺麗だな」

「それでは、もうお別れですね」

「ああ。そうみたいだ」

 

 

日の光をに照らされて、俺の身体が徐々に消えていってるのが分かった。

それと同時に、彼女も消えようとしていた。

 

 

「今度は、幻想郷で会えるのを楽しみにしてますね」

「戻る気かよ」

「ええ。紫に会ったらまず、思う存分暴れてやりますわ」

「程々にな」

 

 

俺と鈴芽は、互いに見合わせて笑い合う。

 

 

「………貴方との出会い、忘れはしないと思いますわ」

「俺は決して忘れねえよ。お前が居たという事を」

「では最後に………貴方は、一体何者なんですか?」

「――通りすがりの破壊者だ、憶えておけ」

 

 

互いに別れの言葉を交わすと、日の光に導かれるように姿を消した。

次に目が覚めると、俺は何も無い大草原でルーミアと一緒に寝ていた。

あれが夢だったのか、それとも現実だったのか、それは分からないが……………。

 

 

「お前のことは死んでも忘れねえだろうな」

 

 

『月詠 鈴芽:記憶を操る程度の能力』

 

 

スマホに表示された名前、それが彼女との絆の証のようだった。

さあ、次はどこを旅しようか。

 

 

交わるはずのない世界で紡いだ絆、それは決して忘れられぬ思い出となった。

 

 

 




空亡「えぇ……とういうわけでゲストの月詠鈴芽さんです」
鈴芽「なによ、そのやる気のない紹介は?
   この私がこんな年末なのに何一つ掃除されてない部屋に来てというのに」
空亡「おい、それ以上俺の部屋の事で語るな。これでも片付けた方だ」
鈴芽「うわ、埃が……」
空亡「リアルな方で引くな‼」

鈴芽「さて、それでは前の二人同様に私の事を紹介して頂戴」
空亡「ワガママ、エセお嬢様、オタク知識に浸食されつつある変な子、以上」
鈴芽「忘却『フォーゲット……」
空亡「はいはい。そんな反則級のスペカはアマノジャクで使ってください」
鈴芽「いや、それよりもさっきの紹介は何よ?」
空亡「あちら側にいるという貴方のご友人たちに聞いてみた印象です」
鈴芽「友人?」
空亡「左から良也さん、古河音さん、紫さん」
鈴芽「紫いいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

空亡「しかし、意外とシリアスな話になってしまいました」
鈴芽「貴方、さっきのことをまるで無かったかのように」
空亡「知りませんでした? あの空白で一時間は経過してるんですよ」
鈴芽「どうでもいい所で明かされる、どうでもいい真実ね」

空亡「そんな事より、やっぱりギャグ回の方が良かったかな?」
鈴芽「例えば?」
空亡「優夜の歌声から始まるドタバタコント」
鈴芽「それ、ウチの作者がよそ様とのコラボでやった奴よ」
優夜「一万年と二千年前から、愛してるううううううううううう」
鈴芽「いきなり歌いだした!?」
空亡「八千年過ぎた頃から、もっと恋しくなった…………はい」
鈴芽「え、いきなりマイク渡されても――一億と二千年経っても」
三人「「「愛してるううううううううううううう」」」
鈴芽「って、何やらせるのよ‼」

空亡「さて、鈴芽さんのノリツッコミも堪能できました」
鈴芽「おかしいわ。私は本来ゲストの筈なのに、作中でも強いキャラなのに」
空亡「こっちの世界では無力ですね。後でマツタケさんに謝っておかないと」
鈴芽「もう嫌……家に帰りたい」

空亡「あはは……マツタケさん、コラボありがとうございました。
   また機会があれば、今度は面白可笑しくしたいです。それでは皆様」
優夜「良いお年を」
空亡「またか!?」



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第5章『桜散らす名無しの風』
邪神と屈辱と失われた力


神無 優夜side

 

 

草木も眠る丑三つ時、月照らす樹海で俺と邪神と戦っていた。

 

迫り来る無数の赤黒い触手、俺はそれを『月美』で斬り払いながら距離を取っていた。

一瞬の隙を突いて『星羅』で彼女を狙撃するが、それは彼女の黒い扇子で弾かれる。

『光姫』で触手の動きを封じようと思っても、思った以上の力ですぐに振りほどかれる。

 

俺の方が一方的に攻撃しているのに対して、彼女は表情を変えず、楽しげに笑っていた。

それを見て俺は余計に苛立ち、距離を詰めようと彼女に向かって走る。

 

一気に距離を零にすると、俺は彼女に向けて刃を振り下ろした。

しかし、それは彼女の下まで戻ってきた触手の束によって防がれた。

 

 

「これで終わりかしら? 神殺し」

「うるせえ……‼」

 

 

火花を散らしながら競り合う向こうで、彼女は笑う。傲慢に不遜に、ただ笑う。

闇夜の中でもはっきりと解る肩まで伸びた長い黒髪、裾に行くにつれて暗くなっていっている黄色のチャイナドレス、両手には血飛沫の模様が描かれた黒い扇子を持っている。

 

 

「こんなのじゃ、あの人を倒すなんて夢のまた夢ね」

「黙れよ……膨れ女‼」

 

 

俺は触手を押し込むが、一向に均衡は彼女に傾いたままだった。

膨れ女、ニャルラトホテプの化身の一人、黒い扇の女神、五つの口が奏でる凱歌。

華麗で気品ある女性見えるのは仮の姿、本性は人を貪る凶悪な邪神だ。

 

 

「言っておくけど、私の名前は『黒扇(くろか)』よ。憶えておきなさい」

「知るかよ……‼ それより、聞きたいことがある」

「何かしら?」

「てめえ……いったいどれだけの人間を喰らいやがった」

 

 

俺は彼女にそう問いかけた。

彼女からは異様なほど血の匂いがした。それも動物のではなく、人間の血の匂いだ。

彼女はわざとらしく考える仕草をすると、口元をニヤつかせてこう答えた。

 

 

「貴方は、今までに食べた食材をいちいち憶えているのかしら?」

「……!?」

「たしか、こう答えるのが常識なのよね?」

 

 

月明かりに照らされて、彼女の口元が露わになる。

そこには、鮮やかな赤い血が彼女の口にべったりと着いていた。それは返り血などではなく、つい先ほどまで誰かを喰らっていたという証拠だった。

見せつけるように彼女は笑うと、ハンカチで口に付いていた血を拭き取る。

 

 

「それにしても、実際に見ると意外といい男ね」

「なに……?」

「『あの人』の魅力には到底及ばないけど、わざわざ会いに来た甲斐はあったわ」

「じゃあ、なんでお前は人を……」

「ふふ。こうやって挑発すれば、貴方も本気になってくれると思ったからよ」

 

 

彼女は嬉しそうに笑いながら、触手で俺を弾き飛ばした。

仰け反った俺に追い打ちを掛けるように、鎌の形をした触手が猛攻を繰り出してきた。

 

 

「何が目的でお前は……‼」

「目的なんて無いわ。ただ、貴方と話したいだけよ」

「そんなことの為に、お前は……‼」

「手段の為なら、目的なんて選ばないどうしようもない奴が居るってことよ」

 

 

まるで簿風のように絶え間なく繰り出される鎌の連撃に、俺は徐々に押され始めてきた。

だがそれ以上に、彼女の発する言葉一つ一つが気に障って集中できていなかった。

 

 

「でも、人を食べるのは私の日常だから、意味が無いわけでもなかったわね」

「うるせえ……‼」

「その中でも女の子は特に美味しわよ。あの柔らかい肉の触感、堪らないわ」

「うるせえよ……‼」

「死に際に泣いて命乞いをする姿なんて食べちゃいたいくらい愛らしいののよね。

 まあ、そう思った時にはすでに私が食べているのよね。あゝ、なんというジレンマ」

「うるせえって言ってるだろ‼‼」

 

 

俺は触手を弾くと、至近距離で『星羅』の引き金を引いた。

銃弾は彼女の周りを変則的な軌道で飛びまわり、彼女の背後に着弾した。

だが、それでも彼女の笑みは崩れない。それどころか、銃弾は彼女の身体を突き破って俺の肩へと被弾した。

 

 

「……!?」

「言ってなかったけど、私を殺すには工夫がいるわよ」

「はあ……はあ……」

 

 

俺は息を切らしながら肩を抑える。

生暖かい血が絶え間なく流れ、腕を伝って地面へと流れ落ちていく。

 

 

「それにしても、貴方を愛した女も不幸よね」

「なんだと……‼」

「貴方が居なければ、苦しんで死ぬこともなかったのに」

「黙れ‼ 殺したのはお前らだろ……‼」

「そうね。なら、何で私達を殺しに来ないのかしら?」

「なに……」

「本気で殺したいなら、貴方のご自慢の能力で私たちを探すのなんて可能よね?」

「それは……」

 

 

思ったように声が出ない、言葉を吐き出そうとしても、本能がそれを止める。

彼女は俺に首を掴むと、近くにあった大木へと俺を叩き付ける。

 

 

「夢にまで見た人に会えて嬉しかった? 仲良くお話できて楽しかった?

 カッコ良く戦えて満足した? 悲劇の主人公を演じてみんなに同情はしてもらえた?」

「……!?」

「愛する者の命の上に立って、のうのうと生きるのは楽しかった?」

「そんな……こと……」

「ない? そうよね、貴方は人でもなければ化け物でもない。それを受け入れたのよね」

 

 

彼女の手に力が入り、ギリギリと首を絞めていく。

 

 

「人間からも妖怪からも慕われて、さぞ良い気分だったんでしょうね。

 お陰で人間の間では英雄、妖怪からは最強と畏怖されている。滑稽な話よね」

「くっ……て、めぇ……」

「貴方が戦う理由は、そこに復讐するべき相手がいるから。

 自分が周りを不幸にすることを知っても尚、貴方は復讐を続ける。

 他人の命より復讐を優先するような奴が、綺麗事で偽善を騙らないでほしいわね」

「違……俺は…」

「貴方は英雄でも最強でもない。愛する人一人も救えない、ただのちっぽけな人間よ」

「うる、せえ……」

 

 

彼女は俺に顔を近付けると、狂気に彩られた目で俺を覗き込む。

彼女の声を聴いていると、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。

 

 

「愛する人を奪われた哀れな旅人。苦しみを背負ったまま、貴方はどこへ向かうの?」

 

 

『月美』『星羅』『光姫』が光となって消える。

 

 

「復讐のために生きている貴方には、あの人を殺した後に何が残るというの?」

 

 

呼吸が乱れ、目の前が霞んでいく。

 

 

「幻想のように明るい希望を抱いても、この先には絶望しか待っていないというのに」

 

 

彼女の言葉は、猛毒のように俺の心を蝕んでいく。

手も足も、刃や言葉さえも彼女には全く届くことは無い。

 

 

「全部忘れて楽になりさない」

「全部……忘れる……」

「辛い思い出も、見苦しい偽善も、無駄な復讐も、実らない恋も、全部捨てなさい」

 

 

彼女はそういうと、俺に口付けをした。

口の中に甘い血の味がすると、俺の意識が暗闇に沈んでいく。

 

彼女が口を離すと、俺はその場に力無く座り込んだ。

そのとき、彼女の手には月が描かれた黒いカードが握られていた。

 

 

「貴方から奪ったのは、今まで紡いできた人との繋がり。

 忘れたいと願ったの貴方、でも、貴方の罪が消えることは一生無い。

 まあ、今の貴方には何も理解できないでしょうね。私が何者か、自分の生きた意味も」

 

 

彼女はそう言ってその場を立ち去った。

 

 

「誰だよ……アイツは……?」

 

 

見知らぬ女性が立ち去った後、俺は後ろに倒れた。

なぜか肩には銃弾の痕、身体中には斬り裂かれたような跡があった。

どうしてここに居るのか、何でこんなに疲れているのか、何もわからない俺は眠るように目を閉じた。

 

 

 

 

 

???side

 

 

暗い暗い樹海の奥、そこに黒扇はいた。

手には先ほど優夜から奪った記憶のカードと、黒いスマホが握られている。

 

 

「何を考えているの」

 

 

彼女の背後に、赤の女王が現れる。

その表情は、どこか焦っているようだった。

 

 

「何って、ゲームよ」

「ゲーム?」

「そう。今まで単調だった物語に、少しだけ刺激を加えただけよ」

「勝手な事を……『美命』にバレたらどうするつもり?」

「そこは貴女が上手くやって頂戴。私はやるべきことがあるから」

 

 

黒扇は彼女にカードを投げ渡す。

 

 

「どうしてこれを私に?」

「私にはそんな記憶いらないわ。持ってるだけで目が痛くなるんだもの」

「要らないのなら捨てばいいでしょ」

「嫌よ。何処かの誰かがこれを見つけたら、偶然、奇跡的に彼のところに辿り着くわ」

「そんなご都合的な事は起きないわよ」

「解からないわよ。現実は小説よりも奇なり、ってね」

「くだらないわね」

「まあそれの処分は貴女に任せるわ」

 

 

黒扇は暗闇の中へと消えていく。

 

 

「それでもその記憶が彼の下に辿り着くようなら、それは奇跡だと私は思う。

 貴女が私を裏切るなんて、そんな事はありえない。少なくとも私はそう思っているわ」

 

 

黒扇はそう言い残し暗闇へと姿を消した。

 

 

「遠回しすぎるのよ。バカ」

 

 

赤の女王はそう呟きながら月を見上げた。

 

 

 

 

 




今回からはタイトルをオーズ風に、というよりバカテスですね。
まあ、そんな事は置いといて、次は居はかなりの急展開。
心を掻き回され、邪神に敗北し、記憶を奪われたユウヤ。
果たしてこの先彼を待ち受ける運命とは?
偽りの邪神たちが企む本当の目的とは?
そして僕は、この一人きりであとがきが務まるのか?
そこんところも、乞うご期待してくれれば幸いです。では、ごきげんよう


次回予告
記憶を奪われ、目覚めた場所は屋敷の中、そこで出会った少女との一波乱。
東方幻想物語・妖桜編、『忘却と出会いと双花の少女』、どうぞお楽しみに。



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忘却と出会いと双刀の花

???side

 

 

夢を見ていた。とても嫌な夢だった。

 

俺が居たのは、夕暮れの光が差し込む教室だった。

後ろには無造作に机が積み立てられ、今にも崩れてきそうな微妙なバランスを保っている。

 

残っているのは俺が今座っている席と、左右横一列に並べられた六つの空席だった。

席にはそれぞれ『月』『星』『光』『花』『雨』『日』と書かれた名札が置いてあった。

 

誰もいない教室で、俺は黒板に映り出される映像を見ていた。

フィルムロールの音と、カチカチと目に障る古びた映像、まるで一昔前の映画館だ。

 

 

この世界で初めてルーミアと出会い、月美に一目惚れした……………………………削除。

月の都で永琳と出会い、それから綿月姉妹と輝夜と友人になった……………………削除。

明星美命と名乗る邪神と出遭い、初めて俺は愛する者を失った………………………削除。

諏訪の国に向かう途中で星羅と出会い、二度目の恋をした……………………………削除。

諏訪子や叶恵たちと共に暮らし、ルーミアも人間に馴染んできた……………………削除。

諏訪大戦で三貴子と神々の軍勢と戦い、俺は人として見失う…………………………削除。

突如乱入した忌み嫌う狩人に星羅を殺され、俺は二度目の失恋をした………………削除。

チクタクマンと遭遇し、風歌と深紅から真実を語られる………………………………削除。

樹海の中で紫と出会い、娘ができたように嬉しかった…………………………………削除。

妖怪の山で天狗たちと戦い、鬼姫である薊と喧嘩した…………………………………削除。

都に向かう途中で竹林で迷い、そこで光姫と出会う……………………………………削除。

都で阿礼と出会い、噂のかぐや姫と対面すると難題を出される………………………削除。

難題探しに光姫と妹紅が同行し、二人の仲を羨ましがる………………………………削除。

輝夜を護る為、月からの使者を退き、永琳と再会を果たす……………………………削除。

チクタクマンにリベンジするが、そこで光姫を失ってしまった………………………削除。

紫が理想郷を創るためにと、俺のもとから離れていった………………………………削除。

旅路の途中で蒼香と木ノ葉と出会い、佐渡の島で影と戦う……………………………削除。

 

 

今までの物語の映像が映し出される度に、ノイズと砂嵐が記憶を消去する。

そして、黒扇との戦いが映し出され、最後に彼女の顔が画面に近付いてきたところで映像は終わった。

 

一本の映画が終わったような悲壮感が漂う中、黒板に最後の一言が映し出された。

 

 

『貴方は一体誰ですか?』

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

夢が終わると、俺は見知らぬ部屋で目を覚ました。

起き上がろうと手をつくと、腕に小さな痛みを感じた。

 

 

「いつっ……怪我、してたのか」

 

 

俺は“いつできたのかもわからない腕の怪我”を抑える。

周りを見渡してみると、そこは風情のある和室だった。枕元には俺の物だと思われる黒い服が置かれていた。

 

 

「とりあえず、着替えるか」

 

 

嫌な夢を見た所為か、着ていた浴衣が寝汗でびっしょりだった。

俺は立ち上がって浴衣を脱ぎ捨てると、自分の服に手を伸ばした。

その時、部屋の襖が静かに開かれた。

 

 

「すみません。起きてま……!?」

 

 

襖を開けて現れた少女と一瞬目が合うと、彼女は何も言わずに襖を閉めた。

俺はゆっくりと視線を下げると、自分が下着しか履いてない事に気付いた。

 

 

「……最悪だ」

 

 

俺は最悪の初対面に涙しながら着替えることにした。

着替えが終わると、再び襖が開かれ、そこから声がした。

 

 

「あ、あの……もうよろしいですか?」

「ああ。大丈夫だ。もう着替えたよ」

 

 

俺が返事をすると、安堵の溜息の後に少女が部屋に入ってきた。

左目を隠すように伸びた黒髪のロング、桜吹雪が描かれた黒い着物、髪には桜の花を模した髪飾を付けている。見た目大人しそうな印象を抱いた。

少女に話かけようとすると、目にも止まらぬ速さで彼女は床に座った。

 

 

「すみませんすみません‼ 着替え中に部屋に入ってしまい、あろうことか裸体を見てしまったというのに謝罪もせずに黙って部屋を出ていってしまい誠に申し訳ありません‼

 本当なら切腹でもしてお詫びしたいのですが、お嬢様に強く止められているので、こうなったら私の貧相な体を見てお相子ということにしてください‼ お願いします‼」

 

 

そう言って彼女は自分の着物に手を掛ける。

俺は急いで彼女の手を掴んでその手を止める。

 

 

「いやいやいや‼ 早まらないで‼」

「止めないでください‼ これしか詫びる方法が」

「いいって‼ 別に俺の身体なんか見ても減るもんじゃないから」

「それでも、覗いてしまった罪は消えません‼」

「だからってアンタの身体を見ても……」

 

 

俺は自然と彼女の胸へと視線を落としてしまう。

あ、F…………って、違う違う。何を考えてるんだ俺は‼

 

 

「やっぱり脱いで詫びるしか……‼」

「やめろ‼」

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

「すみません。取り乱して」

「いや、いいんだ」

 

 

落ち着きを取り戻した少女と俺は、正座して二人向き合っていた。

それにしても焦った。危うくこの作品がR18に………………作品って何だ?

 

 

「どうかしましたか?」

「いや」

「まさか、私を取り押さえる時にどこか怪我を‼」

「だから、何でそうも悪い方向に解釈するんだよ」

「すみません………私、昔っからこういう性格で」

「謝り癖にもほどがあるだろ」

「本当にすみません」

 

 

彼女はそう言って頭を下げて土下座する。

なんだか、見てると可哀想というか、可愛いとも思えてきたな。

まあ、俺に女を卑下する趣味は無い……はずだ。

 

 

「頭上げろよ。俺は土下座されても嬉しくねえよ」

「なら身体で……」

「そういうわけじゃねえよ。何でもすぐに謝るなよ」

「うぅ……すみません」

 

 

顔を上げても、彼女は涙目で謝った。

その時、俺の記憶の“誰か”と面影が重なったが、すぐに消えた。

そのお蔭か、さっきから感じていた違和感の正体がやっと解った。

 

 

「大丈夫ですか?」

「心配ねえよ。それより、いくつか聞いてもいいか?」

「はい。答えられることなら何なりと」

「なら、ここは何処だ?」

「平安京から少し離れた所にある屋敷です。私はここのお嬢様の従者をしています」

「そうか。俺が前に居た場所は分かるか?」

「貴方が居たのは樹海ですね。偶然通りかかったここの庭師の方が運んで来たんです」

「樹海……なるほど」

 

 

どうして俺がここに居るのかという疑問は解けた。

あとは…………っと、俺としたことが、一つ思い出した。

 

 

「名前」

「え?」

「アンタの名前、聞いてなかっただろ?」

「あ、そういえばそうでしたね。慌てていて忘れてました」

「俺は……神無 優夜。ただの……いや、なんでもない」

 

 

俺の自己紹介に首を傾げるが、彼女はにっこりと微笑んで言った。

 

 

「『双花 桜良(ふたば さくら)』です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 




自分の知らぬ間に、次々と記憶が消されていくのは怖いもの。
他人との記憶が消える中、彼は一人の少女と出会った。
それは今まで出会ってきた少女達とよく似ていた。
結末を忘れたまま、彼は彼女にどんな想いを抱くのか。
白紙に戻される物語、自分が何者なのか、それを見つけられるのか。
そんな事よりも、桜良の胸が大き――ゴフッ。


次回予告
自分の置かれている状況に焦るユウヤの前に、一人の剣士が現れる。
東方幻想物語・妖桜編、『記憶と焦りと堅物な剣士』、どうぞお楽しみに。


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記憶と焦りと堅物な剣士

神無 優夜side

 

 

俺と桜良は互いの自己紹介を終えると、俺は彼女にいくつか質問することにした。

 

 

「ところで悪いが、いくつか質問していいか?」

「はい。何でしょうか?」

「ここは何処だ?」

「平安京から少し離れた所にある小さな屋敷です。私はここのお嬢様に仕えています」

「そうか……ついでに聞くが、俺ここに来る前に居た場所は分かるか?」

「居たというか、樹海の中で倒れているのをここの剣士が見つけたと言ってました」

「樹海……倒れていたってことは、“誰か”と戦っていたというか」

「その用ですね。何せ見つけた時は身体中傷だらけでしたから」

「なるほど。だいたい解った」

 

 

俺は腕の傷を押さえながらそう呟いた。

そういえば、気を失う寸前にチャイナドレスを着た奴が何か言ってたっけ。

あれから記憶が朧げだが、今の俺の状況は理解できた。

 

 

「あ、あの」

「なんだ?」

「こういうことを聞くのは野暮だと思いますが、樹海で一体何が?」

「知らねえよ。俺だって“どうしてこうなっているのか”知らねえんだよ」

「どういうことですか?」

「詰まる所、俺は記憶喪失らしい」

「え、いや、そんなはず」

 

 

桜良は疑いの目で俺を見る。

まあ、確かにこんな冷静な記憶喪失者は未だかつていないだろうな。

でも確かに、俺の記憶は一部だけだが喪失している。それも最も重要な記憶を。

 

 

「人との繋がりの記憶………」

「え?」

「俺が今まで出会った奴等との記憶が無いんだよ」

「出会った方との記憶?」

 

 

記憶にはいくつもの種類がある。

言葉で表現できる意味記憶、物事を本能的に覚えている手続き記憶などがある。

俺が失ったのは体験や出来事の記憶を司るエピソード記憶だ。それも、人との関わりや、今まで出会ってきた人達との思い出だけが消えている。

解り易く例えるなら、本のタイトルを憶えていてるが、その内容はまったく覚えていないということだ。

どっかの幻想殺しさんも同じ経験をしていたが、俺のもそれと同じだと思ってくれ。

 

 

「ったく、最悪だ」

「あの……大丈夫ですか? 顔色が優れないようですけど」

「言った通り、最悪だ。人の顔も名前も、思い出も全部無くなってやがる」

「大切な記憶なんですか?」

「ああ。頭から消えても、心にはちゃんと残ってるんだよ。こういうのは」

 

 

名前も顔も思い出せないが、確かに俺はこれまでの旅路で大切な奴等と出会ってきた。

本当は思い出したくない記憶かもしれない。これは自分から望んだの事かもしれない。

でも、心に残っているという事は、少なくともそいつらの事は忘れたくなかったはずだ。

だから、思い出さなくてはいけない。

 

 

「桜良、悪いが世話になった」

「え? ちょっと待って」

 

 

俺は立ち上がると、桜良の横を通り過ぎて部屋を出る。

部屋を出た先は中庭に通じており、中庭を囲むような形で廊下が存在した。

 

そして、俺が居る場所とは反対の所に一人の青年が居た。

後ろで一つ結びにした白い髪、緑色の羽織の下には黒い袴を穿いている。腰には普通より刀身の長い刀と、もう一本の刀が携えてあった。そして傍らには白い半霊が浮いている。

青年と目が合うと、俺と彼は平行に距離を保ちながら廊下を歩く。

 

 

「桜良殿が騒がしかったから何かと思えば、もう目が覚めたのか」

「お蔭様で。アンタが俺を助けてくれた剣士か?」

「左様。人知れず鍛錬に勤しんでいたら、まさか死体を見つけるとは思わなかった」

「死んでねえよ。これでもまだ生きてる」

「そうか。ところで、何を急いでいる?」

「教える義理はねえよ」

「助けた者に対しての礼がなってないのではないか?」

「それは悪かったな。じゃあ言っておくぜ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

廊下の端から端へと移動しながら、俺と剣士と会話を交わす。

彼から漂う鋭い殺気、一触即発の空気の中、俺は拳を握り締める。

 

剣士の辺の半分に到達すると、庭師が先に動いた。

俺との距離を一気に詰めると腰に携えた刀へと手を添えると、俺へと居合切りを放った。

寸前のところでそれを見切った俺は姿勢を低くして避けると、拳を剣士の腹部へと放った。

俺のストレートで吹っ飛ばされると、剣士は刀を地面に突き刺して勢いを殺した。

 

 

「中々いい反応だな」

「殺気があからさま過ぎだ。今から襲うぞと言ってるようなもんだ」

「そうか。それなら仕方ないな」

 

 

剣士は刀を引き抜いて一振りすると、俺を見つめる。

俺は廊下から途に降りると、中庭の中央へと歩み寄る。

 

 

「さて、いきなり襲い掛かってどういうつもりだ?」

「それは今話さいとならぬか?」

「ああ。お前を倒した後には聞けないからな」

「なら、これが終わった時に話すとしよう」

 

 

剣士はそう云うと、再び俺に向かって走り出した。

呆れて溜息を吐いた俺はスイッチを切り変え、俺と剣士に向かって走りだす。

 

 

「ああ……あの人のの悪い癖が」

 

 

桜良が頭を抱えて見守る中、剣士は走った勢いを付けて刃を横薙ぎに振るった。

俺は急ブレーキをかけて後ろに仰け反ってそれを回避すると、後ろ手を着いてそのまま曲線を描くようにサマーソルトを庭師に放った。

しかし、剣士も寸前のところで後ろに下がってそれを避ける。

 

剣士は後ろに下がると反動を付けて俺にもう一度斬りかかる。

地面に足が付いたと同時に俺は回し蹴りを放って刀の軌道を逸らすと、そのまま続けて蹴りを放つ。

だが、剣士は刀を右手から左手に持ち変え、蹴りが入る寸前に防いだ。

 

 

「剣士としては中々だな」

「そう言ってもらえて恐縮だ」

「俺、アンタみたいなやつは嫌いじゃないぜ」

「お主こそ、その性格の割には真っ直ぐな戦い方をするな」

「うるさい。それより、さっさと終わらせようぜ」

「ああ。仕掛けたからには、勝たせてもらう」

「はっ。売られた喧嘩は、倍にして返すぜ」

 

 

互いに睨み合うと、後ろに跳んで距離を置いた。

次の一手に全てを賭けるように、俺は拳を握り締め、剣士は居合いの構えを取る。

冬の風が中庭に吹いたが、今の俺たちには寒さなんて感じる暇もなかった。

沈黙が続く両者、何かのきっかけ一つで動く用意はできていた。

 

 

「うぅ……二人とも怖いです………へ、へっくち‼」

 

 

桜良のくしゃみが中庭に響いた瞬間、俺たちは互いに向かって走り出した。

刹那のすれ違い、その一瞬で勝負が着いたくと、互いに背を向けて動きは止まった。

剣士の手には引き抜かれた刀、俺の頬にはその斬り傷が浮きあがった。

 

 

「勝負ありだな」

 

 

剣士が勝ち誇ったように刀を鞘に納めようとした時、彼は目を見開いた。

俺はその反応を感じながら、口元をニヤッとさせた。

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

俺は手に持った長刀を一振りして肩に置いた。

 

 

「いつの間に……」

「すれ違う瞬間に抜刀術の応用で引き抜いた。そして斬った」

 

 

長刀を剣士に投げ渡すと、受け取ったと同時に彼の服の袖が綺麗に斬れた。

俺は頬の斬り傷から出た血を指で拭き取ると、俺はニヤッと笑った。

 

 

「これでお相子だな」

「ふふ。まさか相手の刀を利用するとはな」

「そうね~私も初めて見たわ」

「普通はねえよ………って、え?」

 

 

声がした方へと視線を向けると、いつの間にか少女が座っていた。

ウェーブの掛かった桃色の髪のロング、桜花の柄が描かれた青い着物を纏っていた。

まるで今にでも消えそうだが、確かに生きている彼女に、俺は見惚れていた。

少女は柔らかな笑みを浮かべると、俺に歩み寄って近付いてきた。

 

 

「貴方、強いのね。うちの剣士に勝つなんて」

「勝ってないだろ。引き分けだ」

「いえ。本気だったら貴方は勝ってたわ。貴方もそれが解ってるでしょ?」

「……お嬢様の想像に任せます」

「らしいわ」

 

 

彼女は扇子で口を隠しながら楽しそうに笑った。

剣士の方も、何も言えずにただ困ったようにそっぽを向いていた。

 

 

「そうだ。貴方、名前は?」

「神無 優夜、アンタは?」

「私は『西行寺 幽々子』、こっちの剣士は『魂魄 妖忌』よ」

「幽々子に、妖忌か」

 

 

俺は二人を交互に見つめ、違和感を抱いた。

二人の名前を、どこかで聞いたことがあるはずなのに、やはり思い出せなかった。

 

だがこれだけは解かる。俺はまた面倒事に巻き込まれるだろう。

 

 

 

 





さて、いかがでしたでしょうか?
これまで関わってきた人達との記憶を失くしてしまった優夜。
その事に焦り、周りが見えなくなるのは、昔から変わらないところですね。
いきなり名も知らない剣士に勝負を挑まれるも、戦い方はその身体が憶えていた。
自分を憶えていても、他人を忘れた主人公は、何を求めるのか?
そして、彼はまた面倒事に巻き込まれる。


次回予告
一つの屋敷に集った奇妙な顔ぶれ、そこで優夜は何を知る?
東方幻想物語・妖桜編、『剣士と庭師と死に誘う姫君』、どうぞお楽しみに。


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剣士と庭師と死に誘う姫君

神無 優夜side

 

 

妖忌との戦闘後、俺は幽々子に連れられて彼女の部屋へと通された。

やはりお嬢様だからだろうか、他の部屋と比べて広い。しかし、ただ広いだけでどこか物寂しく感じたのは気のせいだろうか。

 

 

目の前には美味しそうに饅頭を頬張る幽々子と、その左隣で桜良も饅頭を食べ、右隣では妖忌がお茶を飲んでいる。なんとも和やかな光景だ。

俺は出されたまんじゅうを食べながら、幽々子に話しかけた。

 

 

「なあ、幽々子」

「な~に?」

「何で俺を此処に連れてきた?」

「何でって、お話したいからよ」

「話って……これでも記憶喪失だから面白い話なんて聞けねえぞ?」

「いいのよ。私は話相手が欲しいだけだから」

「だったらそこの二人でもいいだろ?」

「それもそうなんだけど~」

 

 

幽々子の言葉に、両隣の二人はそっと目を逸らした。

 

 

「妖忌はいつも鍛錬で相手にしてくれないし、桜良はいつも謝ってばかりでお話しできないのよね~」

「お前ら……」

「それは幽々子様を護るためにやむを得なく……」

「うぅ……お嬢様がそんな事を思ていたなんて、すみませんすみません」

 

 

両社それぞれの言い分を聞き、俺と幽々子は溜息を吐いた。

まあ、妖忌は根っからの剣士みたいだから解かるが、桜良の方は性格が問題だな。

ただでさえ主人と従者の関係だ。無意識に距離が空いているのかもしれない。

 

 

「まあ、そういうわけだからしばらくの間だけでもいいから私の話し相手になって♪」

「いや、でも俺は……」

 

 

俺は彼女の頼み事に返事をするか迷った。

俺がここに居れば、俺から記憶を奪ったアイツがまた現れるかもしれない。

幽々子たちを、俺の勝手な事情に巻き込みたくない。そう思った。

 

 

「迷っているのか」

「え?」

 

 

俺の心境を読んだように、妖忌はそう言った。

 

 

「なんで、そう思った?」

「お主が部屋から出てきた時の顔を見てそう思ったんだ」

「部屋から……じゃあ、俺に喧嘩を吹っ掛けたのは」

「お主が何で悩んでいるのかを、斬って知りたかったのだ」

「どういう意味だよ」

「真実は眼に見えない、耳に聞こえない、真実は斬って知るもの。らしいです」

「だから戦って俺の心を知りたかったっていう事か」

「妖忌さんの悪い癖です」

「刃を交わし合えばその者の事が分かる。そう考えているからな」

「一歩間違えたら辻斬り魔だな」

「何を‼」

「やめなさい」

 

 

身を乗り出そうとする妖忌の頭を、饅頭を咥えた幽々子が扇子で叩いた。

ああ、妖忌が痛そうに頭を押さえている。桜良はそれを見てその周りで困惑としている。

 

 

「ま、まあ……お主と戦って分かったこともある」

「なんだ?」

「何の為に戦っているのか、お主はそれを見失っている」

「戦う意味、ってことか……」

 

 

妖忌にそう言われ、俺は記憶を辿る。

戦う意味、確かに今の俺には、俺の記憶を奪った奴を見つけ出す以外に目的は無い。

けれど、それで終りなのか? 俺にはもっと重要な事があるんじゃないのか?

何の為に戦っていたのか、誰を護ろうとしたのか、俺は思い出さなくてはならない。

 

 

「急いては事を仕損じますよ。ユウヤさん」

「解ってるよ。解ってる、でも、俺はもう……」

「他人を巻き込みたくない。ですか?」

「……どうしてそう思った?」

「ユウヤさん、妖忌さんと戦う時にわざわざ私から距離を置いてましたから。

 多分無意識ですけど、私が戦いに巻き込まれないようにしたんだと思ってます」

「買い被るな。さっき出会ったばかりの人間を、信じすぎだ」

「でも、私はユウヤさんのことを信じてますから」

 

 

桜良は無邪気な笑顔を俺に向けた。

なんでだろうな。コイツとは初めて会う筈なのに、どうして懐かしいと思うのだろう。

俺の忘れた記憶によく似た人がいるのか、それとも………………。

 

 

「なあ、幽々子」

「なに?」

「俺はここに居て良いのか? お前らに迷惑を掛けるかもしれないのに」

「構わないわ。この屋敷は、三人だけでは広すぎるわ」

「え?」

「それに、面倒事なら私も負けてないと思うわよ?」

「どういう意味だよ」

「幽々子様、それは」

 

 

妖忌は幽々子を心配そうに見つめるが、桜良が俺に問いかけた。

 

 

「この屋敷で気付いたことは無いですか?」

「……そういえば、お前ら以外に人の気配がしないな」

「そうです。この屋敷に仕えていた人たちは、みんな離れていってしまいました」

「何があったんだ?」

「……お嬢様、良いですか?」

「ええ。遅かれ早かれ、この人にも知ってもらわないと」

 

 

幽々子は悲しげな眼でそういうと、三人は語りだした。

 

 

「すべての始まりは、お嬢様の御父上である歌聖の死から始まりました。

 あの人は生前までこよなく愛していた桜の木の下で死ぬことを望みました。

 望みは叶いましたが、それからその桜に不可解な出来事が起きるようになりました」

「不可解な出来事?」

「あの方は多くの人に慕われ、死しても尚ここに訪れる者は多かった。

 だが同時に、来る者は皆あの方が死んだ桜の木の下で自害していった。

 その桜は次第に死んだ者の生気を吸い取り、今では妖怪と成り果てている」

「妖怪の桜……」

「その影響で、私は無意識に人を死に誘う能力が憑りついた。

 周りの人達は私のことを恐れてここを出ていったってことよ。

 唯一、能力が効かない妖気と桜良が残り、この屋敷はこんなにも寂しくなったのよ」

 

 

語り終わった三人は揃って溜息を吐いた。

半人半霊の剣士に気の弱い庭師、そして死に誘う姫君、なんとも濃いメンバーだ。

なんとなくだが以前もこれ以上に濃い奴等と面識があるような気がする。記憶を失っても、そこら辺の既視感は心に残っているということだろうか。

 

 

「さて、ここまで聞いても、貴方程度で迷惑に思うとでも?」

「思わねえよ。こっちの方がよっぽど面倒じゃねえか」

「なら、さっきの答えを聞いてもいいかしら?」

「いいよ。助けてもらった上に、身の上話を聞いたんだ。恩返しはするさ」

「ふふ♪ ありがとう」

 

 

幽々子は扇子で口を隠しながら笑う。

 

 

「とりあえず、俺にできる仕事はあるか?」

「あら、何もそこまでしなくても」

「居候する身なんだ。何かしないと気が済まない」

「変なところで意地を通す奴だな」

「これでも根は真面目なんだよ。自分で言うのも変な話だが」

「でも、この屋敷に居ても特にすることもないですよね?」

 

 

そこに居た全員が腕を組んで考えていると、沈黙を破るように誰かの腹の音が響いた。

俺は反射的に幽々子を見たが、彼女は隣へと目を向けていた。

 

 

「桜良……」

「あ、あはは……そう言えばもうお昼でしたね」

「そうだったな。今日の当番は誰でしたか?」

「あ、私ですね」

 

 

桜良が手を上げると、その他の二人の動きが止まった。

表情は平常を保っているが、まるで何かに怯えるように身体が小刻みに震えていた。

なんだろう、こういう光景をラノベで………………あ(察し)。

 

 

「桜良、俺が代わりにやるよ」

「「え?(歓喜)」」

「え? いいんですか?」

「一部の記憶以外なら問題ないから。それに、アンタらにもお詫びしたいんだよ」

「なら任せますね。あ、台所は部屋をで左です」

「解った」

 

 

その後、俺が作った料理を食べた幽々子から、しばらくの間ここの料理係を任されるようになった。ちなみに妖忌は滅茶苦茶喜んでいた。

 

後から聞いた話だが、桜良の料理は破滅的らしく、食った後は三途の川が見えるとか。

もはや生物兵器だな。どうやったらそんなもの作れるんだよ。

 

 

 

 

 





不思議な屋敷に迷い込んだユウヤは、そこで三人の人間と出会った。
真実は斬ってみなければわからないという、ちょっと危なそうな堅物な剣士。
可愛らしいがちょっと気弱で、自分を卑下する庭師。
そして、陽気で掴み所のない性格をした屋敷の主は、死に誘う姫君だとか。
毎年春には満開になる西行妖は、人を殺す死神へと変わる。
そんな場所で、優夜は一体何を見つけることができるのか?
そして、どこに行っても料理担当になるその運命を変えられるのか?


次回予告
平安京へと出掛けたユウヤは、そこで彼は不思議な仙人と死体に出会う。
東方幻想物語・妖桜編、『妖怪と噂と道を外した仙人』、どうぞお楽しみに。



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妖怪と噂と道を外した仙人

神無 優夜side

 

 

幽々子の屋敷に居候して数日が経った。

これと言って記憶が戻る気配もなければ、アイツが現れる気配もない。

妖忌の朝練に無理矢理付き合わされ、幽々子の話相手として聞き役に徹したり、桜良の料理改善の為に何度も死の淵を彷徨ったりと、退屈はしない日々を送っていた。

 

そんなある日、屋敷に在る食材が底を尽きた。

三人に相談すると、三人とも都に行くことを遠回しに嫌がっていた。

まあ、この屋敷の噂を考えれば無理もないか。仕方ない、俺が言ってくるとしよう。

再和にも、幽々子の親父さんが残してくれた財産は余裕に在る。余計な事は考えずに済みそうだ。

 

そういうことで平安京にやってきたわけだが、少し予想外だった。

食材を買いに行っても、店先の人は通常通り。むしろ顔が良いとかなんとか言われて安く売ってもらった。

てっきり邪険に扱われると思っていたが、今の都はそれどころではないらしい。

 

なんでも、ここ最近この都で妖怪騒ぎが後を絶たないらしい。

帝が雇った陰陽師も、皆次の日には物言わぬ屍となって見つかっているとか。

 

 

「物騒な世の中だな。あ、お姉さんお団子一人前」

「は~い」

 

 

都で美味しいと評判の甘味処に立ち寄り、俺は店先に座って休憩していた。

道行く人達を眺めていると、みんな心なしか怯えているように見えた。

妖怪に怯えるのは人の性だが、何故か俺の心はもやもやとした嫌な気分になる。

 

 

「人間と妖怪、か……」

「まあ、これが普通の光景でしょうね」

「人間は妖怪を忌み嫌い、退治する。妖怪を人間を襲い、恐れられる。ってことか」

「そういうものね。故に、あの理想郷は幻想的に見えるのね」

「理想郷……」

 

 

俺は自分がいつの間にか会話していることに気付き、すぐ隣を見た。

そこにはいつの間にか女性が団子食べながら座っていた。

ウェーブのかかったボブの青髪。髪の一部を頭頂部で∞の形に結い、袖が膨らんだ半袖の水色のワンピースを着て、結い目にはかんざし代わりに鑿(のみ)を差している。どこか妖しい感じの人だと直感がそう告げた。

 

 

「初めましてかしら。神無優夜様」

「アンタが言うなら初めてだな。何処かの誰かさん」

「『霍 青娥』ですわ。貴方の事は随分昔に太子様からお伺っていますわ」

「太子?」

「おや? 豊聡耳神子様を忘れですか?」

「ああ。ちょっとした事情でな、出会った奴等の記憶が無いんだよ」

「それはそれは……」

 

 

青娥と名乗った彼女は、面白そうに口を歪ませた。

何故だろうか。彼女とは本当に初めて出会ったはずなのに、俺の本能が無意識に警戒している。もしかしたら、彼女の悪評をどこかで聞いたことがあるのか?

 

そんな事を考えていると、青娥の隣にもう一人女性がいることに気付いた。

肩程度の長さの暗い藤色の髪、袖が広口の赤い中華風の半袖上着に黒色のスカートを履いており、星型のバッジが付いた、青紫色のハンチング帽を被っている。顔に御札を張ってるのと血色が悪くて物静かなところ以外は普通に見えた。

 

 

「もしかして連れか?」

「ええ。『宮古芳香』、私の可愛い」

「死体か」

「よくお分かりで」

「記憶を失っても、生者と死者の見分けぐらい付く」

「ふふ。流石、太子様が褒めていただけはありますね」

 

 

青娥は芳香を自分に抱き寄せると、頭を優しく撫でた。

芳香と目が合うと敵意の籠った目で睨み返されたが、怖いとすら思えなかった。

 

 

「ところで、さっきの話なんだが」

「理想郷の事ですか?」

「ああ。話だと、人間と妖怪が暮らしてるみたいな言い方だったから」

「その通りですよ。人間好きなスキマ妖怪が、人間と協力して創ったらしいです」

「不思議なこともあるんだな。で、実際はどうなんだ?」

「これが意外にも上手くいってるようで、その妖怪も、伊達じゃないそうです」

 

 

青娥は運ばれてきた団子を頬張りながら語ってくれた。

最初は人間だけが住む小さな里だったが、スキマ妖怪がその土地を納める人間の祖先と仲が良く、里の人間も妖怪に対して多少友好的で、理想郷の要となる場所を探していた彼女がそこを選んだ。

 

彼女は行き場を失くした他の妖怪を受け入れ、里の人間もそれを受け入れた。噂によれば、数百年前に鬼退治の被害に遭った鬼たちも移り住んでいるとか。

しかし、理想郷に害なす者は彼女によって排除される。

 

そんな彼女の力を盤石にしたのは、数日前に起こった月への侵攻だった。

増長した妖怪たち、それらが住まう場所を求めに彼女は月へと侵攻することを提案した。彼女は地上と月を繋げて向かったが、結果は敗戦。妖怪たちは全滅した。

しかし、この影響で各地の妖怪たちは自分の領域から出ることは無くなった。それと同時に、彼女の力は人間と妖怪に知れ渡り、理想郷を護る抑止力となった。

 

 

「この話の裏では、力を増して厄介になった妖怪を一掃するのが目的だったと噂されてますね。結局は、理想郷なんて誰かの犠牲の上に立つ、血に汚れた夢でしかないんですよ」

「そうかもしれないな。でも、それをお前が言えないだろ?」

「ごもっとも。陰口なら、そこらの子供でも言えることですからね」

 

 

青娥はそう言って一緒に頼んでいたお茶を一口飲んだ。

 

 

「妖怪と言えば、この都で噂される妖怪についてご存知で?」

「いや。ただ、陰陽師が何人か殺されたってだけだな」

「実はですね、妖怪騒ぎと陰陽師の死、関連性は無いに等しいですよ」

「どういうことだ?」

 

 

青娥は一呼吸置くと、俺に聞こえるギリギリの声で語る。

 

 

「羅生門から聞こえる歌、貴族だけを狙う妖狐の盗み、もう一人の自分。

妖怪騒ぎと言っていますが、私から見れば所詮はただの悪戯です」

「しかし、現に帝は腕の立つ陰陽師を呼んだ。なんかおかしいな」

「殺された場所はそれとは関係のない場所。都を囲む東西南北で死体は見つかった」

「東西南北……四神相応に当てはまるな」

「都の人間は妖怪がやったと思っているようですが、私は違うと思っています」

「なぜそう言い切れる?」

「勘、と言えば納得してくれますか?」

 

 

青娥はにっこりを笑いながら俺にそう言った。

ふざけた回答だと思うが、俺は今の彼女の言葉を信じたかった。

 

 

「勘なら仕方ない」

「お人好しですね。そんなでは、すぐに騙されますよ?」

「アンタみたいな人に言われると、説得力が違うな」

「ふふ。それじゃあ、私たちはここで失礼します」

 

 

青娥が立ち上がると、隣に居た芳香もその後に続いて立ち上がる。

 

 

「神無様」

「なんだ?」

「記憶というものは、案外単純なものでもないようです」

「どういう意味だ?」

「うちの芳香も、御札を剥がすと生前の記憶になぞって行動する。

 頭は腐って憶えることも苦手なのに、昔の記憶だけは鮮明に覚えている」

「たしかに、記憶ってのはよく分からないものだな」

「だから、貴方様の記憶も、案外あっさりと戻るかもしれませんね」

「そうだと良いんだけど」

「それでは、私はこれで。また会いましょう」

 

 

青娥はそう言ってその場を後にして立ち去った。

芳香はその後ろを雛鳥のようについていく。なんだか微笑ましい光景だった。

 

 

「妖怪とは別の何か……」

 

 

この都には、妖怪以上に厄介な奴が潜んでいるということだろうか。

もしかしたら、そいつが俺の記憶を………………。

 

俺は一抹の不安を抱きながら、屋敷の帰路へと着いた。

 

 

 

 

 





意外と絡みが無かった邪仙とキョンシーのお二人。
彼女は優夜の事を太子様から聞いていたみたいですが、果たしてどんな話やら。
しかし、都で起こっている謎の殺人。妖怪以外の者の仕業だとか。
次回からは少しばかり、その妖怪たちとの邂逅と再会。
話が変わりますが、どうやらどこかで人間と妖怪が共に暮らす理想郷があるようです。
彼はその話を聞き、何を思ったのでしょうね?


次回予告
羅城門の鬼の歌、それはまだ来ぬ待ち人の為に…………ほら今夜も聞こえてくる。
東方幻想物語・妖桜編、『羅城門と後悔と泣いた童子』、どうぞお楽しみに。



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羅城門と後悔と泣いた童子

神無 優夜side

 

 

茨木童子、酒呑童子や星熊童子に並ぶ、平安時代に京都で暴れ回ったという鬼の一人。

源頼光の鬼退治から難を逃れ、羅城門に住み付くがすぐにバレ、腕を斬り落とされたという話が有名だ。

 

そして今、俺が居るのはその羅城門の下。

ここに夜な夜な鬼が歌を詠っているという、奇妙な噂がある。

俺はその真相を探るべく、この場所へと足を運んだ。

 

真夜中の羅城門は、昼間と違って灯りもない所為か、より一層不気味に見えた。

羅生門では、ここの二階には餓死した人間の死体があるというが、今はどうなんだろう。

そんな事を思いながら、俺は羅城門の二階へと昇っていく。

 

二階へと辿り着くと、そこには人間の死体が山のように在った。

しばらく進んでいくと、足元に何かが当たった。いや、考えなくても分かる。

俺が足元を見ると、そこには刀を持った骸骨が倒れていた。どうやら下人のようだ。

 

 

「まさか、な……」

 

 

俺は骸骨を部屋の端へと寄せると、さらに先に進んだ。

二階の最奥部へと辿り着くと、そこには一切の光もなく、暗闇だけが存在していた。

だが俺にはわかる。この暗闇の奥に、鬼がいる。

夜の風が、月を隠していた雲を吹き払うと、その光が羅城門を照らした。

 

月明かりによって暗闇が取り払われると、そこ奥に隻腕の女性の姿を露わにした。

酷く痛んだ長い桃色の髪、ボロボロになった茨模様が入った赤色の着物、腕には千切れた鎖が付いた鉄輪がはめられている。そして頭には二本の角が生えていた。

彼女は壁に寄り掛かりながら虚ろな目で、俺の事をじっと見つめていた。

 

 

「誰?」

「ただの通りすがりだ。アンタは?」

「ただの鬼。それ以外は無いわ」

「そうか」

「貴方も、私を退治しに来たの?」

「いや、俺はアンタに会いに来ただけだ」

「鬼に会いにね………変わった人」

「よく言われる」

 

 

俺は彼女の傍に歩み寄ると、隣に腰を下ろした。

 

 

「この羅城門、住み付くには不憫すぎないか?」

「住めば都よ」

「うまいこというな。でも、死体ぐらいは片付けておけよ」

「勝手に増えていくのよ。ここは」

「そうかよ。不幸なことで」

 

 

辺りに散らばる骸骨に目を配りながら、俺は静かに黙祷した。

それが終わると、俺は密かに持ってきた酒を取り出した。

 

 

「呑むか?」

「気が利いてるのね」

「俺は呑めないからな。せめてアンタにやろうと思って」

「ふふ、それじゃあ遠慮なく頂くわ」

 

 

彼女に酒瓶を渡すと、彼女はそれを見つめたまま俺に問いかけた。

 

 

「貴方は、怖くないの?」

「ないな。これでも俺、人間より少し変わってるから」

「そう……ここのところ、夜も物騒なのは知ってるでしょ」

「心配されなくても、俺はそう簡単に死なねえよ」

「人間の中にも変わった奴が居るのね」

「そうか?」

「ええ。この前なんて、殺しが在った所を歩いてたら妙なお札が貼ってあったわ」

「御札?」

「ええ。白い虎が書かれたのが都の西に貼ってあったわ。他にも龍とか鳥とか」

 

 

白い虎……それに各地で張られている絵の描かれた御札。

もしかしたら、何かの手掛かりになるかもしれない。

でも、今はそういう話より、彼女の事をもっと知りたかった。

 

 

「ところで、アンタはどうしてここに?」

「逃げてきたのよ。仲間を見捨ててね」

 

 

彼女は自傷するように笑う。

 

 

「退治されていく仲間を見て、怖くなって逃げたのよ」

「まあ、妖怪でも死ぬのは怖いよな」

「ええ。でも、今はその時の後悔で胸が締め付けられるわ」

「仲間を見捨てた自分が許せないってか?」

「そうよ。一緒に過ごしてきた仲間より、私は自分の命を優先した」

「それが普通だ。問題は、それを後悔するか、できないかだ」

「人間にしては厳しい言葉ね」

「鬼に遠慮なんて必要ないだろ?」

「その通りね」

 

 

彼女そう言って笑うと、酒を一気に飲み干した。

 

 

「良い飲みっぷりだな。流石鬼」

「お世辞なんていいわ。それより、一つ聞いてもいいかしら?」

「なんだ?」

「都良香、この名前に聞き覚えはない?」

 

 

その名前に、俺は当然覚えがあった。

都良香とは、平安時代に存在した漢詩歌人である。

一説では彼女が羅城門で漢詩を詠んだところ、そこに住み付いていた鬼が対称となる歌を詠った事で有名だ。鬼を感心させるほどの歌人、そう云われている。

そしてその鬼というのが、俺の目の前に居る茨城童子だ。

 

 

「知ってるよ。百年以上も前に存在した、有名な歌人だ」

「そう………有名だったのね」

「気霽れては風新柳の髪を梳る。氷消えては波旧苔の鬚を洗ふ」

「それは」

「都良香と羅城門の鬼が詠んだ歌だ」

「少し違うわね。私が詠ったのは『水消えては波は旧苔の髪を洗ふ』よ」

「そうなのか。やっぱり人の言い伝えってのは案外あてにならないな」

「そうね」

 

 

彼女はそういうと、嬉しそうに笑った。

 

 

「あの人も、貴方と同じで私をちっとも怖がろうとしなかったわね」

「そうだろうな。でなきゃ、こんなところには来ないだろ」

「不思議よね。妖怪は人間い怖がれるのが当たり前なのに」

「誰かが勝手に決めた理なんて、所詮そんなものだ。いつかは誰かが破るさ」

「人間も妖怪も、どっちも変わらないって言うことね」

「変わらねえよ。どっちも一長一短、似たり寄ったりの臆病者だ」

「なら、貴方はどっちなのかしら?」

「俺は人間だよ、お嬢さん。他の人間より永く生き過ぎただけのな」

 

 

俺は彼女にそう言って笑いかけた。

彼女もそれにつられて楽しそうに笑みをこぼした。

 

 

「面白い人。薊様が言ってた人間によく似てる」

「薊?」

「鬼の頭よ。と言っても、今は旅に出てどこにいるかもわからないけどね」

「えらく自由気ままな鬼だな」

「そういうお方なの」

 

 

彼女は楽しそうに笑う。

 

 

「薊様は不死である自分がどうしようもなく嫌いだった。

 暇潰しと言って自分から命を絶つが、それでも死ぬことは決してなかった。

 そんな時、あの方の前に人間が現れた。人間は薊様に命を大切にしろと説教した。

 人間も同じく不老不死だったが、薊様と違って自分の命を大切にしていた。

 対局する二人は、山の頂で決闘をした。初めは薊様の優勢だったが、人間もあらゆる手を使って戦い、薊様の心を徐々に開いていき、最後には己の拳で決着を付けた」

 

 

俺はその話を聞いて、無茶苦茶な人間も居たものだと思った。

それを語る彼女は、何だか初めて見た時より無邪気に笑っていた。

 

 

「人を侮るな。弱いからこそ知恵を使い、繋がりを大切にする。それが人間だ」

「その言葉は?」

「薊様がいつも言っていた言葉、人間に負けた自分が言うと説得力があると言っていた」

「まあ、確かにそれに反論はできないな」

「ちなみに薊様はその人間に惚れたようで、旅もそれが原因だとか」

「鬼に惚れられる人間ね………一度お目にしたいぜ」

 

 

俺は立ち上がると、その場を去ろうと歩き出す。

 

 

「そうだ。アンタの名前、聞いてもいいか?」

「『茨木 華扇』、臆病者の鬼よ」

「華扇か。最後にアンタに伝えておくことがある」

「何?」

「アンタの仲間、理想郷というところで静かに暮らしてるらしいぞ」

 

 

俺はそれだけを伝えると、その場を立ち去った。

 

 

「それは、良かった……‼」

 

 

後ろでは、華扇が声を殺して泣いていた。

彼女にも涙が流れるうちは、彼女の心は化け物ではない。

真の化け物というのは、喜びも悲しみも感じず、涙を流すことのできない哀れな存在なのだから。

 

 

「鬼の目には涙、か」

 

 

 

 

 





羅城門へと逃げた鬼は、自分の臆病さに後悔した。
仲間を見捨て、生き延びた罪は、一生消えることは無い。
しかし、それは一人の少年と出会うことで変わった。
仲間が生きている。それを聞いて彼女は涙を流した。
例え恐ろしい妖怪と謳われようと、その心は人間と変わりないのだ。
妖怪のように残酷な人間もいれば、人間のように臆病な妖怪もいる。
ならば、彼は一体どんな心を持っているのだろう?


次回予告
もう一人の自分、それは鏡に映る偽りの姿。されど心は真実を語る。
東方幻想物語・妖桜編、『月明かりと鏡と鵺的な本心』、どうぞお楽しみに。



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月明かりと鏡と鵺的な本心

神無 優夜side

 

 

都で起こっている妖怪騒ぎ、もう一人の自分。

ここ最近、都で『もう一人の自分』の被害に遭ったという人間が多い。『もう一人の自分』についての話は様々で、自分の知らない所で悪事を働く、自分の本心をべらべらと語る、などなど…………。

 

話的には都市伝説のドッペルゲンガーに似ているが、あれとは違う意味で恐ろしい。

噂では帝もその被害に遭ったようで、『もう一人の自分』が都で好き放題に遊んでいたという。これでは、帝も面子丸潰れだ。

 

しかし、話を聞いていくうちに『もう一人の自分』の特性がよく分かった。

それは、元となった本人の本当の性格が表に出るというものだった。

現に『もう一人の自分』に出会った人間の中に、悪人だった奴が人助けをしていたり、守銭奴の貴族が貧しい人間に金を分け与えていた。

 

人の本性、それを良くも悪くも象った『もう一人の自分』。

悪でもなければ善でもない存在を、人は皮肉にも『妖怪』と呼んでいる。

 

 

「まったくおかしい話だよな」

『ああ。そうだな』

 

 

月明かりの下、俺は『もう一人の自分』と向かい合っていた。

『俺』はいつもと同じ格好で、同じように笑いながらそう言った。

自分の顔を客観的に見ると、なんだか奇妙な気分になるな。

 

 

「今回の一件、お前が主犯じゃないんだろ?」

『さあ? 俺はあくまで「俺」、「俺」の事以外は分からねえな』

「だろうな。まあ、主犯は慌てふためく人間を見て楽しんでんだろ」

『それなら分かる。今もこのやり取りを見て興味津々だ』

「ああ。なにせ、こんなにも平然としてる人間、どこにもいないだろうからな」

『同感だ』

 

 

俺と『俺』は互いに見合って笑い合った。

コイツも俺自身、面白い事にはとことん付き合い、馬が合えば一緒にふざける。

所詮、俺の本性なんてこんなもの。日々日常、本心むき出しにして生きてるからな。

 

 

『そして「俺」は、今でも目を背けるんだな』

「……やっぱり、そうくるか」

『解ってるだろ。俺は「俺」だぜ?』

 

 

『俺』は口元をニヤッとさせながら笑う。

そうだ。俺は知りたかったんだ。俺の本性が、どこまで俺を知っているのかを。

頭にはない記憶を、目の前の『俺』がどれだけ憶えているのか。それが目的だった。

 

 

『お前は思い出したくないんだよ。記憶を』

「思い出したくない?」

『そう。これはお前が選んだこと、自分から思い出を捨てたんだ』

「俺が……」

『そうだ。「俺」は罪を咎められ、否定することもできず、毒に身を委ねた』

「なるほど。記憶を失ったんじゃなくて、俺が捨てたのか」

 

 

『愛する者の命の上に立って、のうのうと生きるのは楽しかった?』

 

 

そんな記憶が俺の頭を過った。

心に深く刻まれた言葉、それは俺を嘲笑うような問い掛けだった。

 

 

『「俺」は愛する人を失った』

「そうだ。その命で俺は、今を生きている」

『その愛した人の名前を、思い出を、笑顔を、「俺」は憶えているのか?』

「憶えていない……思い出せない」

『そんな大事なものまで忘れるなんて、本当に情けないな』

 

 

『俺』は俺を見て嘲笑う。俺は頭に手を当て、月を見上げた。

呆れた。無理矢理奪われたと思っていたが、俺は自分から思い出を捨てたのか。

俺の罪がどんなものかなんて知らない。むしろ俺はそれを捨てたんだ。

でも、『本性』は憶えている。罪を忘却しても、その罪が許されることは無いのだと。

 

 

「呆れるぜ。本当に……」

 

 

忘れて楽になると考えていた俺。でも、それでも俺は苦しんでいる。

いらないデータを一斉に削除して、自分でも知らず知らずのうちに大事なデータまで削除してしまった。昔の嫌な経験を、俺は思い出した。

 

 

「ありがとよ。『俺』」

『どういたしまして「俺」』

 

 

『俺』が笑顔を浮かべると同時に、俺は思い切り拳を奴に叩き付けた。

すると、『俺』の身体にひびが入り、そこから蜘蛛の巣ように広がり、最期には綺麗なガラスの音を立てて砕け散った。

 

地面には紫色のガラスの破片が落ち、その上を一人の少女が歩いてきた。

右の後ろ髪が外に跳ねている黒髪のショートボブ、裾の短い着物の上に黒い羽織を身に纏っている。背中には鎌の様な赤い羽根と、矢印の様な青い羽根が生えている。

少女は俺の方を見ると、興味津々に笑った。

 

 

「あらら。お気に入りの奴だったのに」

「悪いな。これが俺なりのけじめのつけ方なんだ」

「でもお兄さん、中々面白いね」

「それはどうも。お前こそ、面白い手品だな」

「暇潰しに思い付いたのを人間相手に試してただけよ」

 

 

少女は鏡の破片を拾い上げると、破片は影も形もなく消え去った。

 

 

「紫色の鏡は偽りの姿と真実の心を写す。だから人は無意識にそれを嫌う」

「だから、人間が自分の本性と対面した時、どういう反応をするかを観察してたのよ」

「それで、どうだったんだ?」

「面白かった。この一言に尽きるね」

 

 

少女はそう言って笑うと、店が閉まった甘味処の長椅子に腰を下ろす。

 

 

「表では人の良い人間、悪事を働く人間。でもそれは鏡に映った偽りの姿。

裏では人を見下す人間、本当は優しい人間。それは鏡に映った真実の心。

 人間は上っ面だけを見て生きてるけど、一度その人の本性を目の当たりにすれば、その態度や感情は大きく変わる。妖怪よりも、人間の方がよっぽど不思議な存在よ」

 

 

少女は語り終えると、俺へと目を向ける。

 

 

「でも、お兄さんはその本性と真正面から立ち向かった」

「立ち向かうなんて、俺はただ確かめたかっただけだ」

「でも多くの人間は、『もう一人の自分』を見てもそれが自分だと認めなかった」

「まあ、人に見られたくないものを胸張って見せられないものさ、人間ってのは」

「生き辛い生き物だね。まったく」

 

 

少女は溜息を吐いた。

妖怪にここまで言われるとは、人間もまだまだだということだろう。

 

 

「しかし、まさか私の術を破るとは思わなかったわ」

「いや~自分にムカついて殴っただけだよ」

「え?」

「ほら、本当なら俺自身を殴りたいけど中途半端に手加減しそうだったから」

「そんな理由で……私の術が……」

 

 

少女は見るからに落ち込んだ。羽根もゲッソリと項垂れている。

一応見下していた人間にこうもあっさりと破られれば、まあ落ち込むだろうな。

俺は彼女の頭に手を置くと、優しく撫でた。

 

 

「何してるの……?」

「慰め」

「うぅ……屈辱だ」

「まあまあ、その屈辱を乗り越えれば楽になる」

「乗り越えた奴だけがそういう台詞を言えるのよ」

「これは手厳しい」

「でも、そういう台詞は嫌いじゃないわ」

 

 

少女はにっこりと笑った。

 

 

「ところで、一つ聞きたい」

「なに?」

「ここ最近起こってる殺し、何か知ってるか?」

「あれね。解ってるとは思うけど、私達妖怪の仕業ではないわ」

「何でそう言い切れる?」

「妖怪なら自分から名乗りを上げる。その方が恐れられるからよ」

「なるほど」

 

 

妖怪は怖れられれば恐れられるほど、その強さを増す。

青娥が言っていたことは、どうやら間違いではないみたいだ。

 

 

「それに、わざわざこの都の東西南北の場所で殺すなんて、面倒なことはしないわよ」

「だろうな。お前らはそういうのは面倒臭がるしな」

「まあ、私たちは気ままに悪戯しておくとするわ」

「調子に乗ったら俺が退治してやるから。安心しろ」

「それは洒落にならないわね」

 

 

彼女はそう言って立ち上がった。

 

 

「あ、そういえば名前、聞いてなかったね」

「神無 優夜だ。君は?」

「『封獣 ぬえ』、悪戯好きな妖怪だよ」

「鵺なのに名前はぬえ……安直すぎないか?」

「適当でいいのよ。名前なんてそう呼ばれることもないんだから」

 

 

ぬえは小さく笑うと、俺に背を向けて歩き出した。

 

 

「それじゃあね。優夜」

「ああ。機会があったらまた会おうぜ」

「その時は面白い話、期待してるよ」

 

 

鵺はそう言い残すと、黒煙となって闇の中へと消えていった。

俺はその場で踵を返し、痛む拳をさすりながら屋敷へと帰っていった。

 

 

 

 





紫色の鏡の都市伝説、今時信じている人はいるのでしょうか?
もしも二十歳になる方が居るのでしたら、一応「白い水晶」も書いておきます。
しかし、ぬえさんも困った方ですよね。自分そっくりの影なんて。
僕は鏡で自分を見るのさえ嫌いだというのに、ゾッとしない話ですね。
まあ、実際に被害に遭った人もいないので良い方ですが、面白いですよね。
人が最も恐れるのは、心ない嘘よりも、真実なのかもしれません。
案外、どこかにいるかもしれませんよ? 自分の本音を語る、もう一人の自分が。
ほら、アナタの傍にも………………なんて。陳腐ですね。


次回予告
一匹の狐の義賊行為、それは衰えた母の為、その母はかつて彼と出会った妖狐だった。
東方幻想物語・妖桜編、『逃走と慰みと狐の母娘』、どうぞお楽しみに。



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逃走と慰みと狐の母娘

神無 優夜side

 

 

突然だが、俺は今絶体絶命のピンチだ。

実は俺は自分の世界の崩壊を防ぐために九つの世界を旅していていたが、その正体は世界征服を企む悪の首領で、仮面ライダーを………ってこれは元ネタだ。おのれディ〇イドオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼

 

とまあ、くだらない茶番はこのくらいにして、本当に俺はピンチだ。

金髪少女をお姫様抱っこし、後ろからは百人隊のように大勢の男共が追いかけてくる。

これだけ見ると俺の方が悪者のように見えるので、簡単に事のあらましを説明したい。

 

あれはいつもと変わらぬ昼間のことだった。

俺は幽々子に頼まれてうどん用に油揚げを買いに都まで来たのだが、その店がなかなか見つからず、小一時間ほど彷徨っていたところでようやく目的の店を見つけた。

 

油揚げは無事に変えたのだが、その後に向こうから走ってきた少女が俺にぶつかって尻餅をついてしまった。これでもフェニミストな俺は少女に手を貸して起こした。

「大丈夫か?」と声を掛けると、「すみません」とだけ言って足早に走り去っていった。

 

妙な虚しさで黄昏ていると、少女が来た道から数人の男共が俺を横切っていった。その時「ガキ」「見つけろ」「殺せ」という物騒な単語が聞こえた。

直感で察した俺は男共を呼び止めると、少女が向かった方向とは全く別の道へ逃げたと嘘を吐いた。それに騙されて男共はそっちへと走っていった。

 

俺は急いで少女を追うと、そこでは既に別で動いていた男共が少女の手を掴んでいた。

涙ぐむ少女、それを見て怒りが有頂天に達した俺は走った勢いを付けて男に飛び蹴りを喰らわせた。

吹っ飛ぶ男、それを見て目を見開く周りのその他、そして俺を見る少女の瞳。

 

一瞬の間が開くと、周り胃に居た男共が俺に襲い掛かってきた。

俺は向かってくる男共の攻撃を受け流しながら拳や蹴りを撃ち込むと、物の数分でその場に居た奴等は片付けた。

 

俺が少女の方に振り返ると、怯えて膝を震わせていた。

あゝ、完全に恐がらせてしまった。と、この時の俺は強く反省した。

だが、後悔してる暇はなく、さっきの男共に加えてまた別のグループが集まってきた。

 

俺は怯える少女に優しく微笑みかけると、そのまま抱きかかえた。

お姫様抱っこされて目を白黒する少女、俺はそれに構わずに一目散に逃げた。

その後を追いかけるように、男共は群衆となって俺を追いかけ始めた。

 

そして、現在進行形でこうなっているというわけだ。

だから俺は悪くない。悪いのは少女に乱暴しようとする醜い男共だ。

 

 

「あ、あの」

「なに?」

「何で私を助けて……」

「なんとなく」

「なんとなく!?」

「少なくとも、義賊なんかしてる君には驚かれたくないけどね」

 

 

俺は少女にそう言った。

ここ最近起こっていた貴族を狙った盗み、その犯人はこの子だと思った。

 

 

「アイツ等、どっかの貴族の護衛だろ?」

「何でそれを?」

「一度アイツ等に喧嘩売られた時にそういう事を言ってたのを思い出した」

「よくそれで私が義賊なんて」

「アイツ等にこうも追いかけられる理由なんて、そういうことしかねえからな」

 

 

俺は口元をニヤッとさせると、足を踏みしめる。

 

 

「掴まってろよ」

「え?」

「さあ、振り切るぜ‼」

 

 

俺は思いっ切り地面を蹴り、脇道へと飛びこんだ。

迷路のように入り組んだ路地裏を、俺は迷うことなく全力疾走した。

当然、それに付いて来れるはずもなく。いつの間にか俺の背後は静かになっていた。

それと同時に、抱きかかえた少女も目を回して静かになっていた。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

しばらくして辿り着いたのは、都の西側にある民家。

比較的に貧しい人達が住むここを、周りの奴等は貧民区と呼んでいる。

俺はそのうちの一軒の戸を開けると、そこには一人の女性が布団で寝ていた。

 

 

「おや。珍しい来客ね」

 

 

布団から起き上がった女性は、顔をこちらに向けた。

 

 

「アンタが、この子の母親か?」

「そうよ。……気絶してるようだけど、怪我はないみたいね」

「すまん。ちょっと追っ手を振り切るのに全力出し過ぎた」

「構わないわよ。そのくらいで気を失うその子が悪いわ」

 

 

彼女は楽しそうに笑った。

俺は少女を彼女の横に寝かせると、その時彼女の違和感に気付いてしまった。

 

 

「なあ、アンタ」

 

 

俺が目を凝らして彼女を見ると、その背後にゆらゆらと揺らめく九本の尻尾が見えた。

銀色の狐の尻尾、妖力は衰えているが、彼女は立派な九尾だった。

 

 

「どこで気付いたんだ?」

「実は、この子を見た時に懐かしい気配を感じたんだよ」

「それを辿って、ここに着いたってことかい」

「ああ。でも、目的はもう一つあるんだ」

「なんだい?」

 

 

俺は自分の記憶が一部失っていることを伝えた。

彼女はそれを黙って聞いていてくれた。

 

 

「つまり、私のところに来ればその手掛かりが掴めると」

「まあ、俺の思い過ごしかと思うけどな」

「それでもいいさ。アンタは私の娘を助けてくれたのだから」

「そんな事………」

 

『他人の命より復讐を優先するような奴が、綺麗事で偽善を騙らないでほしいわね』

 

 

ふいにそんな言葉が俺の頭を過った。

吐き気を模様すような感覚、その言葉は俺の心臓を掴んでいるようだった。

彼女に悟られまいと平然を装うが、彼女は俺の事を抱きしめた。

 

 

「え……?」

「何をそんなに怯えてるの?」

「俺は……アンタが言うような立派な人間じゃない。

 復讐に憑りつかれて、他人の命を見捨てた。偽善も騙れないどうしようもない奴だ」

 

 

俺は無意識にその言葉を紡いでいた。

記憶はないのに、言葉だけが出てくる。その言葉は、懺悔のようだった。

彼女は俺の言葉を聞くと、静かに語りだした。

 

 

「昔、私の親友が住む島が凶悪な化け物に襲われたことがあった。

 その時、偶然訪れた旅人はそれを助けようとしたけど、その旅人は復讐の相手を見つけてどこかへと行ってしまった。

 襲われた島は旅人の連れが救ってくれたけど、旅人はその事を悔やんでいた。

 他人の命よりも、復讐を優先してしまった。旅人は島の人達と距離を置き、何も告げずに去ってしまった。

 でも、だれも旅人の事を攻めようとしなかった。むしろ感謝したかったのよ」

「どうしてだ? そいつは誰一人救っていないのに」

「いえ。救うっているのよ。たった一人だけど」

 

 

彼女は俺の事を見つめる。

 

 

「島の危機を教えてくれた子、その子は旅人に救われたのよ」

「でも、それだけじゃ」

「いいじゃない。復讐の事で頭一杯なら、旅人はその子も顧みずに行っていたわ」

「だが……」

「人なんてそんなもの。いくら偽善を並べても、本心は嘘を吐けない。

 復讐というものは、自分の決着がつくまで終わらない。なら、終わらせてから罪を償えばいい。悪いと思ったのなら謝ればいい。貴方には、皮肉にも時間が余ってるのだから」

 

 

彼女はそう言って笑った。

そうか。俺は罪を悔やんだだけで、償おうとはしなかった。

復讐することだけを考えて、何もしてこなかった。たしかに、それは偽善ですらない。

今更自覚しても、記憶は戻らない。でも、やるべきことは見つけた。

 

 

「ありがとう」

「ふふ。衰えた狐でも、これくらいはできるわ」

 

 

彼女はそう言って笑った。

 

 

「そうだ。まだ名前を聞いてなかったわね」

「……神無 優夜。アンタは?」

「天……いえ、もうどうでもいいわね」

「どうした?」

「なんでもないわ。私の本当の名前は『琥珀』、この子は『藍』よ」

「琥珀か……よろしくな」

「ええ。こちらこそ、よろしくね。優夜」

 

 

俺と琥珀は互いに笑い合った。

その後、都での妖怪騒ぎが一つ消えた。

 

 

 

 





秘との繋がりは忘れても、罪の意識だけは忘れず。
復讐に憑りつかれた哀れな彼は、その事をずっと憶えていた。
しかし、彼が出会った九尾の狐は、そんな彼を許した。
例え復讐に目が眩んでいても、人を助けることを忘れない彼の優しさに知っていたからだ。
そしてまた、彼は一つ思い出した。


次回予告
失った記憶の中には、一体どんな人との思い出があるのだろうか?
東方幻想物語・妖桜編、『友人と爛々と失くした記憶』、どうぞお楽しみに。


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友人と繋がりと忘れた名前

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、俺は屋敷の屋根の上で昼寝していた。

春眠暁を覚えず、春の陽気な日差しが俺を夢の世界へと誘った。

 

そんな時、下の方で楽しそうに話す声が聞こえてきた。

気になってそっと覗き込むと、そこには幽々子が誰かと話していた。

日傘を差していてその人の姿は見えなかったが、声からして女性だということは解った。

 

 

「珍しいな。客人なんて」

 

 

知っての通り、ここに客人なんてまず来ない。

死を呼ぶ妖怪桜、それを恐れて誰も近寄ろうとしないのだから。

しかし、正面の玄関から入れば俺でも気付いていたはずなのに、おかしい。

その時、俺は桜良の話を思い出した。

 

 

「その人、何もない所からいきなり現れるんですよ」

「瞬間移動か何かか?」

「それとは違いますね。なんというか、空間を割って、そこから出てくる感じです」

「よく解からねえな。とりあえず、妖怪か?」

「妖怪ですね。でも、胡散臭いことを除けば、お嬢様の良いご友人ですよ」

 

 

あの時は桜良は嬉しそうに話していた。

幽々子の数少ない友人、是非ともお会いしたいところだが、楽しい会話を邪魔したくない。

ここは改めて、次の機会に幽々子に頼んで顔合わせするとしよう。

俺は再び昼寝に戻ろうと寝転ぶと、目の前に藍の顔が覗き込んだ。

 

 

「……藍?」

「あの、お暇ですか?」

「見ての通り暇だ。何か用か?」

「いや、その、用と言うほどじゃ……」

 

 

藍はそわそわとしながら俺を何度も見つめる。

あれ以来、琥珀と藍と仲良くなり、度々この屋敷を訪れるようなった。幽々子たちからは珍しい来客として、快く迎え入れている。

俺は起き上がると、落ち着かせるために藍の頭を撫でた。

 

 

「とりあえず、落ち着け」

「は、はい」

 

 

藍は大きく深呼吸をすると、俺の隣へと座った。

 

 

「あの、ユウヤさん」

「なんだ?」

「この前は、助けていただいてありがとうございました」

「どういたしまして。こっちも、藍と琥珀に会えて良かったよ」

 

 

藍と出会わなかったら、俺は琥珀に慰めてもらうこともできなかったからな。

今思うと、俺は初対面の相手に抱き着かれたのか。しかもこの子の母親に。

 

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

 

 

何だか後になって複雑な状況だったなと、改めて認識した。

 

 

「ところで、一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「藍と琥珀がしてた義賊行為、あれっていつから始めたんだ?」

「都に来た頃ですから、百年くらい前ですね」

「なんでまた義賊なんか」

「気紛れ、お母様はそう言ってました。本心がどうかなんて、私には」

 

 

藍は顔を俯かせた。

気紛れ、その言葉に隠れた意味は、俺も彼女も解からない。

 

 

「じゃあなんで、藍がその後を継いでいるんだ?」

「私はお母様に憧れてます。伝説の九尾の狐、その後を追うことが私の生き甲斐です」

「だから、琥珀がやっていた義賊を、アイツの代わりにやっていたという事か」

「幸いにも、貴族たちが幻術に掛かりやすかったお陰で、今まで上手くいってたんです」

「でも、あの日は違った」

「はい。護衛についてた一人にバレて、必死逃げていたらユウヤさんに出会いました」

「まだまだ。そこら辺は未熟だな」

「お恥ずかしい限りです」

 

 

藍は恥ずかしそうに笑って誤魔化した。

 

 

「ユウヤさん、私からも聞いていいですか?」

「なんだ?」

「何でユウヤさんは、ここの人達は私やお母様を受け入れてくれるのでしょう?」

「何でって言われても……正直、俺もこうもすんなりいくとは思わなかった」

「えぇ……」

 

 

期待していた答えと違っていたのか、藍は冷めた目で俺を見る。

 

 

「まあ、ここに居る連中は普通じゃねえからな」

「そうなんですか?」

「ああ。ここの主の幽々子は妖怪桜に呪われ、妖忌は剣でしか語れない堅物、桜良が料理をしたらあの世行き。そして俺は人との思い出を忘れたお気楽で永生きな人間だ」

 

 

改めて説明すると、本当に濃いメンバーだな。

俺の境遇なんて目じゃないくらいだろ。それより桜良の説明は雑だったな。

 

 

「改めて聞くと、凄い人達なんですね」

「そう。だから、今更妖怪が一人二人来たところでどうってことないんだよ」

「そういうものなんですかね?」

「そういうものだ。世の中には人間と妖怪が共に暮らす理想郷があるくらいだからな」

「聞いたことがあります。素敵ですよね」

 

 

藍は目を輝かせながら言った。

やっぱり、中にはこういう風に憧れを持つ奴もいるってことか。

 

 

「人間と妖怪か……」

 

 

『だから、私………人間と妖怪が共に暮らせるような世界を作りたい‼

 憎むことも、差別することも、退治されることもない、そんな幻想の様な理想郷を』

 

 

憶えの無い言葉が、俺の頭に響いた。

一瞬、金色の髪の少女が見えたが、顔まではよく見えなかった。

けれど、彼女からは覚悟を感じた。絶対に成し遂げてみせるという、強い覚悟を。

 

 

「……俺にも関係があるのか?」

「どうしました?」

「すまん。ちょっと日差しが目に入って眩んだだけだ」

「そうですか……あ、そういえば」

「ん?」

「ユウヤさんって、お母様と一度会った事がありますか?」

「どうだろうな。忘れているかもしれねえけど、アイツは何も言わないからな」

 

 

そういえば、琥珀が俺の名前を聴いた時に少し嬉しそうだったのを思い出した。

しかし、あれから俺とは普通に話してる程度で、昔の話なんてしない。

俺の過去を知っているかもしれない。ならなぜ、彼女は教えてくれないのだろう。

 

 

「今教えたら、意味がないからよ」

 

 

声がした方へと振り返ると、そこには琥珀が立っていた。

 

 

「琥珀……」

「お母様‼ お身体の方は」

「大丈夫よ。伊達に九尾の狐を名乗ってないわよ」

「そういうのは今関係ないです」

 

 

余裕そうに笑う琥珀に対して、藍は子供らしく覇気もなく怒っている。

もう見ていると、やっぱり母娘なんだなと思う。

 

 

「琥珀、さっきの言葉は」

「聞いての通り。私が教えたら意味がないでしょ?」

「つまり、アンタと俺は一度出会ってるのか」

「ええ。そして藍は貴女の娘よ」

「え!?」

「おい」

「冗談よ。会った頃には藍を身籠ってたわ」

「心臓に悪い冗談はやめろ。お陰で藍なんて固まってるぞ」

 

 

視線を向けると、藍が放心状態で地面に座っていた。

まあ、いきなり衝撃の事実を耳にすればこうなるよな。

 

 

「まだまだね」

「悪趣味だな」

「いいのよ。これくらいのことに慣れておかないと」

「身も蓋もない備えだな」

「それより、記憶はどれほど戻ったのかしら?」

「……嫌な記憶だけはよく思い出す」

 

 

俺は自分を嘲笑う。

思い出す記憶は、まるで俺に立ち向かえと言わんばかりに厳しい言葉を投げかける。

 

 

「琥珀、俺はお前から見て良い人間だったか?」

「私にはわからないわよ。貴方と旅はしてないから」

「そうか……」

「でも、貴方は誰よりも人間らしかった。それだけは言えるわ」

「人間らしい……これでも一応人間なんだけどな」

「あら。それは失礼したわね」

 

 

琥珀は無邪気に笑った。

そうだ。俺の記憶は自分で取り戻す。答えは自分で導いてこそ意味があるからな。

 

 

「ありがとな。琥珀」

「ここに住まわせてもらってる恩返しよ。気にしないで」

「……ところで、何しにここに来たんだ?」

「偶には太陽の下で寝るのも悪くないかなってね」

「そうかよ。好きにしろ」

「好きにさせてもらうわ」

 

 

互いにそう言って屋根に寝転ぶと、二人静かに眠りに落ちた。

 

 

 

 





人との繋がりの記憶を失おうと、優しさを忘れないお人よし。
そんな彼が妖狐の娘を助けたのは、いつもの気紛れだった。
それは記憶が同だとかの話じゃない。彼自身の本心からの行動だ。
彼は自分を知る者と出会うだろうが、決して自分からそれを聞こうとしない。
他人から与えられた記憶なんて、他人から見た自分でしかないのだから。
はたして彼の思い出は、いつになったら戻るのか?


次回予告
八人の正直者は、一人の嘘吐きによって殺され、楽園には誰もいなくなった。
東方幻想物語・妖桜編、『童歌と災厄と名も無き風』、どうぞお楽しみに。



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童歌と災厄と名も無き風

???side

 

 

とある楽園に『8人の正直者』が居た。

 

最も正義感の強い『君』は目の前に在った七色の宝石を取ろうとして、首を斬られた。

『正直者』は1人減り、7人となった。

 

最も風変わりな『君』は『邪神』に連れられ、その行方は誰も分からなくなった。

『正直者』は1人減り、6人となった。

 

最も大人びた『君』は退屈なパーティに飽きて外に出たら、首を斬られてしまった。

『正直者』は1人減り、5人となった。

 

最も親しい『君』は次々と友達が消えていく恐怖に耐えられず、首を吊った。

『正直者』は1人減り、4人となった。

 

最も泣き虫な『君』は『邪神』に捕えられると、暗闇の中から二度と帰ってこなかった。

『正直者』は1人減り、3人となった。

 

最も怖がりな『君』は背伸びして苦いだけの珈琲を飲むと、眠るように死んでしまった。

『正直者』は1人減り、2人となった。

 

最も愛しい『君』は仲間を疑っていたが、木に打ち付けられて光を失った。

『正直者』は1人減り、1人になった。

 

最も優しい『君』がすべてに気付いた時には、もうすべてが終わっていた。

『正直者』はすべて死に、『邪神』が残った。

 

最後に残ったのは、『8人の正直者』の墓標と『嘘吐き』だけとなった。

『嘘吐き』は勝利の余韻に笑いながら、楽園を去った。

 

そして、楽園には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

神無 優夜side

 

 

俺が目を覚ました時には、まだ真夜中だった。

さっきまで見ていた、いや、聞いていた夢の内容が、俺の心に染みついていた。

 

 

「クソッ……」

 

 

俺は布団から出ると、気晴らしにと外へ出た。

すると、夜の涼しい風が俺の髪を撫でた。それと同時に、小さな花びらが俺の髪に付いた。

手に取ってみると、それは桜の花びらだった。

 

 

「まだどこも咲いてないのに……?」

 

 

俺は風が吹いてきた方向へと視線を向けると、花びらを握り締めた。

誘わるように歩きだした俺の足は、幽々子が言っていた“あの桜”へと向かっていた。

 

しばらくして、俺は一本の桜の樹の下へと辿り着いた。

巨大な幹には注連縄が巻かれ、見上げれば夜空の景色すら覆い隠すほど桜の葉が生い茂っていた。これが妖怪桜じゃなかったら、さぞ美しい桜だっただろう。そう思った。

 

 

「桜の木の下には死体が埋まっている。なんともよく聞く話ですね」

「その理由は、桜の周りを掘り起こすことなんて滅多にないから。だろ?」

「だから、埋蔵金やら知られたくない秘密を隠すには最適な場所です」

「美しさと醜さは紙一重、か」

 

 

俺はそこまで話し、すぐ隣へと視線を向けた。

そこには黄色いローブを身に纏った一人の少女が、俺と同じ様にこの桜を見上げていた。

 

 

「お久しぶり、と言っても憶えていませんか」

「ああ。でも、何故だかアンタといると懐かしい気分になる」

「気のせいですよ。僕は貴方とこの世界では二度目ですから」

「含みのある言い方だな」

「妄言です。気にしないでください」

 

 

彼女はそう言うと、小さく笑った。

その面影に、俺は誰かと重ねていた。俺が知る中で、最も泣き虫だったアイツに……。

 

 

「この桜は、何を想って咲くのでしょう?」

「え?」

「元はただの、咲き誇り、散るが定めの桜の木。けれど今は咲くことさえ許されない」

「満開になれば人を殺す妖桜、誰も望んでないのに妖怪と成ったこいつは、哀れだな」

 

 

一人の人間の死によって歪められた桜の運命。愛でられることもなく、咲くことを望まれぬ哀れな桜。お前は何の為に、咲き続けるのか?

 

 

「貴方と同じですよ」

「俺と同じ?」

「人並みの幸せがあったのにも拘らず、誰かの勝手な都合で歪められたその運命。

 望まぬ出会いと復讐を幾度も経て、貴方は一体何の為にそこまで苦しみますか?」

 

 

彼女は俺を見つめてそう言った。

彼女から見れば、哀れなのはどうやら俺も同じことらしい。

 

 

「何のために戦っていたなんて、“今の俺”が知るわけもない。

 でも少なくとも俺は、通りすがったところで困っている奴が居たら助けるまでだ」

「復讐で周りが見えなくなっていた貴方が言うと、滑稽ですね」

「そうだな。これからは気を付けないと」

 

 

その前に、復讐の理由も思い出さないといけないな。

そう思うと、俺は小さく笑った。

 

 

「アンタと話していると、色々悩んでたのがバカらしくなってくるな」

「そういうものですよ。貴方は逆上しやすいですけど、冷静な人ですから」

「意外と俺の事を知ってるんだな」

「言葉が過ぎましたね」

 

 

彼女は踵を返すと、その場から立ち去ろうと歩き出す。

 

 

「一つ聞いてもいいか?」

「答えられる範囲でしたら」

「俺が記憶を取り戻した時、アンタは俺の味方か? それとも」

 

 

俺が言い終える前に、彼女は振り返った。

 

 

「味方です。誰が何と言おうと、僕たちは最後まで貴方の味方ですよ。ユウヤさん」

 

 

そう言って微笑むと、風が吹くと共に彼女はその場から姿を消した。

握っていた手に違和感を覚え、手を開いて見てみると、そこには黄色い10面ダイスが握られていた。

 

 

「風が吹けば花が散る。その風は、この桜も散らせることも出来るのか」

 

 

俺は最後に西行妖を見上げると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

???side

 

 

崩壊した最初の世界、そこに彼女は訪れていた。

向かったのはあの教会ではなく、廃屋と化した教室だった。

 

教室は酷く荒れ果て、机や椅子はすべて壊れているか、埃を被っているかだった。

割れた窓からは、暗雲が空を包み込む光景が視え、彼女はそれを見て歯ぎしりした。

 

その教室の席に、もう一人の来客が居た。

 

 

「久しぶりね。風歌」

「……赤の女王」

「私の名前は『紅月(あかつき)』よ、忘れたの?」

「そうだったですね」

 

 

風歌は申し訳なさそうにそう言った。

紅月は優しく微笑むと、教卓の埃を払ってその上に腰掛ける。

 

 

「どうだった?」

「……記憶が戻ってきてます。この分だと次の満開には」

「そう……意外と回復が早いのね」

「でも、本当にこれで良かったのかしら?」

 

 

風歌は教卓の目の前の席に座ると、不安そうに顔を伏せた。

それを見て、紅月は溜息を吐く。

 

 

「もう戻れない所まで来てるのよ。私たちは」

「でも、今なら残りの彼女たちも死なずに……」

「無理よ。今のユウヤでは『美命』を倒せない」

 

 

はっきりと断言する紅月の目は、真剣そのものだった。

それは一番近くで見ているからこそ言える絶対的な自信の表れだった。

言い返すことのできない風歌は、悔しそうに顔を背けた。

 

 

「本物の邪神も、所詮はその程度なのね」

「意外でしたか?」

「いいえ。改めて貴方達が“人間らしい”と思っただけよ」

「人間らしいですか…………その言葉がどれだけ僕たちを苦しめてきたか」

 

 

風歌はそう言って笑うと、穴の開いた天井を見上げる。

 

 

「僕たちは所詮、落ちこぼれです。人間に染まった、邪神の成れの果て。

 この世界の崩壊と、六兆五千三百十二万四千七百十の平行世界を護れなかった」

「よくもまあ、その度に『美命』に挑んだわね」

「それぐらいしかできなかっただけです」

「でも、今回は違う。そうでしょう?」

「ええ」

 

 

風歌の目に光が戻る。

 

 

「彼から始まった物語、幕を引くのはあの人の役目です」

「長い夢の終わり。そろそろ見れるかしらね」

「やるしかないんですよ。殺された8人の正直者の為に」

 

 

二人は立ち上がり、互いに見つめ合う。

 

 

「この舞台に上がった以上、途中で降りることは許されない」

「例えどんな犠牲を払おうと、僕たちはやり遂げなければいけない」

「“8人の正直者”と“嘘吐き”、その決着が終わるまで」

「この物語は終わらない」

 

 

風歌と紅月は、揃って同じ席へと視線を向けた。

そこは窓際の席にも拘らず、一切の被害も見当たらない不自然な場所。

 

その席の上には、古びたノートが一冊置かれていた。

表紙には、題名が記されていた。

 

 

CoCシナリオ

『幻想交響曲』

 

内容

『とある街で起きた奇妙な殺人事件、それは街に昔から伝わる童歌に准えたものだった』

 

著者

『神無 優夜』

 

 

 

 





正直者たちは死んでいった。一人の嘘吐きによって。
それは一人の少年が気紛れに描いた単なる物語でしかなかった。
童歌は無邪気に謡われる。嘘吐きは楽しげに笑い、楽園を破壊した。
そこには偽物や本物など関係ない。純粋な悪意だけがそこにある。
はたして、すべての物語が紡がれたとき、彼の瞳は何を見る?

さて、ここからどうやってフラグ回収しよう………?


次回予告
己が剣を振るう理由はただ一つ、己が主を護る盾となるため。
東方幻想物語・妖桜編、『雨と迷いと護るための剣』、どうぞお楽しみに。



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雨と迷いと護るための剣

神無 優夜side

 

 

とある雨の日、俺は妖忌に連れられて森の奥へと連れられてきた。

そこは人気が無く、噂では妖怪ですら近寄らないと言われている曰付きの森だった。

幽々子や桜良の話によれば、ここは妖忌が剣の鍛錬する場所としてよく訪れているという。

唐傘を差して歩く俺の頭の上では、ぱらぱらと静かな音が鳴っている。

 

 

「いつもこんな所で修行してるのか」

「まあな。ここ最近、都付近で化け物による殺しが多いからな」

「ああ、あれか。妖怪たちに聞いても正体は掴めてないからな」

「本当に仲が良いんだな」

「話してみれば案外良い奴等だぜ」

「そうかもな」

 

 

妖忌は小さく笑った。

 

 

「ところで、なんでこんな場所で修行を?」

「周りに人がいては無駄な被害が出そうだからだ」

「どういう意味だ?」

 

 

妖忌はその場に立ち止ると、腰に携えた楼観剣を構えた。

降りしきる雨に打たれながら、彼は勢い良く抜刀した。すると、目の前に振っていた雨がその一刀によって斬り裂かれ、また眼前の木々は放たれた真空の刃によって斬り倒された。

抜刀した刃を鞘に納めると、彼は振り返った。

 

 

「なるほど。確かに人がいたら被害が出そうだ」

「ここには人も来なければ妖怪もいない。拙者の技を磨くのには最適な場所だ」

「しかし、まさか雨どころか空気まで斬るのか。恐ろしいな」

「雨を斬るには二十年修行する。空気を斬るには五十年修行する。そう教わったからな」

「人間なら頑張ればできそうだな。俺も出来るかな?」

「できるだろうな。優夜殿なら」

 

 

妖忌は振り返ると、そう言って微笑んだ。

いつも仏頂面だが、こうやって笑うと案外カッコいいんだよな。

 

 

「どうかしたか?」

「いや。俺が女だったらお前に惚れてるだろうなって、思っただけだ」

「……悪いが、拙者にはそういう趣味は」

「安心しろ。俺にもそういう趣味は無い。普通に女性が好きだ」

「それは良かった」

 

 

妖忌は安堵の溜息を吐いた。

なんというか、やっぱり気真面目だな。

 

 

「なあ、優夜」

「なんだ?」

「さっきの話の続きだが、時を斬るには何年修行すればいいと思う?」

「時か……人間の寿命では無理があるけど、頑張れば百年か?」

「惜しいな。正解は二百年だ」

「二百年か。遠いようで、短いな」

「拙者とお主なら、どっちが先に到達できるのだろうか」

「試してみるか?」

 

 

俺は妖忌に向けてニヤッと笑うと、彼も嬉しそうに口元が緩んだ。

すると、妖忌は白楼剣を俺に突き出した。

 

 

「この二振りの刀は、本来なら魂魄の家系にしか使えぬはずの家宝だ」

「よくあるよな。でも、案外誰も使おうとしないだけっていうのがオチだろ?」

「かもしれない。しかし、お主はそれをいとも簡単に引き抜いた」

「俺なら楼観剣を使ってもアンタと互角に戦える。そう思ってるのか」

「どうだ?」

「いいぜ、乗ってやるよ」

 

 

俺は唐傘を天高く放り投げると、妖忌が白楼剣を俺に投げ渡した。

それと同時に、妖忌は俺との距離を詰めるともう片方の刀、楼観剣を抜刀した。

咄嗟に白楼剣で居合切りを受け止めると、そのまま抜刀して零距離で刺突する。

しかし、それをいち早く察した妖忌は一瞬で俺との距離を空け、刺突を避けた。

 

 

「ちっ……タイミングが」

「やはり、か」

「何が『やはり』だよ」

「ただの独り言だ。気にするな」

「気にするに、決まってるだろ‼」

 

 

刺突した体勢から白楼剣を左手に持ち変えると、一歩踏み込んで妖忌との距離を詰める。

下から斬り上げようとする俺に対して、妖忌はそれを迎え撃つように楼観剣を斬り下ろした。

二つの剣戟がぶつかり合うと、その衝撃で降りしきる雨が一瞬吹き飛ばされる。

 

繰り返される刃と刃のぶつかり合いは、物静かな森に激しい金属音を掻き鳴らしていた。

 

 

「ところでさ、妖忌」

「なんだ。戦ってる最中に」

「気になったんだけど、なんでお前は幽々子に仕えてるんだ?」

「今聞くことか?」

 

 

刃は弾き合い、一旦距離が空けると、すぐさま鍔迫り合いを始める。

 

 

「こういう時しか聞けねえからな」

「まったく。どこまでも陽気な奴だ」

「で、どうなんだよ」

「あの方に仕えてるのは、拙者なりのけじめだ」

「けじめ?」

 

 

競り合いから妖忌の楼観剣を押し返すと、そのまま懐に入って斬り込む。

だが、それを読んでいたかのように鞘で迎撃され、こっちも鞘でそれを防ぐ。

 

 

「その昔、拙者はただ自分の剣の腕を自慢するだけの流浪人だった。

 負け知らずだった拙者は、ある日妖怪との戦いに敗れ、あの屋敷の前で倒れた。

 その時に介抱してくださったのが、幽々子様と桜良殿だった」

「意外とアンタも無茶してたんだな」

「若気の至りだ。あの頃は自分が強ければ何でもできる気だったからな」

「青いね~」

 

 

鞘と刀の二刀流で攻防を続けながら、俺と妖忌は呑気に語り合う。

 

 

「あれからだろうか。誰かの為に剣を振るおうと思ったのは」

「それは今でも変わらねえのか?」

「ああ。例え幽々子様が死に誘う亡霊と成ろうと、拙者は最期まであの方を護る盾になる」

「盾、か。どちらかと剣じゃないのか?」

「無益は争いはもうやめたのでな。今は外からの力を防ぐだけで十分だ」

 

 

白楼剣で俺の斬撃を受け流すと、鞘で俺の腹部を斬り抜けた。

そのまま俺の背後に斬りかかるが、俺は白楼剣を背中に回してそれを受け止める。

 

 

「あくまでもアンタは、幽々子を護る盾なのか」

「拙者はあの方が何に成ろうと、この身を尽くして付き従う所存だ」

「それがたとえ、人を死に誘う亡霊でもか?」

「愚問だ。一度拾ってもらったこの恩は、一生を尽くして償うのが道理というものだ」

 

 

妖忌の気迫に押されると、俺は後ろに跳んで距離を置いた。

それと同時に、俺は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「そうか……そうなのか……」

「どうした?」

「いや。本当にカッコいいな。アンタは」

「いきなり何を」

「いやさ。何かを護るために剣を振るう。俺はそれが出来なかったんだ」

 

 

『貴方は英雄でも最強でもない。愛する人一人も救えない、ただのちっぽけな人間よ』

 

 

呪のようにその言葉が俺の脳裏で再生される。

そうだ。俺は戦ってたんだ。愛する者を護るために、それがいつの間にか復讐する執着した。

目の前の者よりも、俺は復讐にばかり囚われていた。

攻めるだけの剣ではなく、ただ護るだけの盾、それが俺の求めようとした物かもしれない。

 

 

「ありがとよ。妖忌」

「何だかよく解からないが、迷いは晴れたようだな」

「ああ。お陰で見失いかけてたモノを思い出した」

「それは良かった」

「礼にとっておきの奴を見せてやるよ……」

 

 

俺は白楼剣を鞘に仕舞い、その場に突っ立った。

構えなんて無い無防備な体勢、それを見て妖忌は目を細める。

 

 

「何のつもりだ?」

「さっきから俺ばかり攻撃してからな。今度はこっちが受けて立つぜ」

「何をするつもりかは知らないが、遠慮なく行かせてもらう‼」

 

 

妖忌は白楼剣を鞘に納めると、俺に向かって走ってきた。

一歩、また一歩と、俺はその歩幅を見計りながら、妖忌の攻撃が来るのを待った。

互いとの距離が零となる時、俺は白楼剣を抜刀する。遅れて妖忌の手から楼観剣も抜刀される。

 

一瞬だけ速く抜刀された白楼剣は、妖忌の白楼剣の刃の上を滑るようにして攻撃を受け流すと、同時にその威力を完全に殺し、そのまま妖忌の身体を横薙ぎに斬り裂いた。

斬り抜けたと妖忌は、俺の背後で膝を着いた。

 

 

「今のは……」

「『月華』、相手の攻撃から派生する反撃の型だ」

「あの無防備の体勢からよく」

「アンタよりも速く刀を抜くのに集中してたからな、これくらい安いもんだ」

「最後の最後まで、恐ろしい奴だ」

「お褒めに預かり、恐悦至極」

 

 

俺は白楼剣を鞘に納めると、振り返って妖忌に返した。

 

 

「やっぱり、俺にはその刀は合わねえな」

 

 

俺はそう言ってニヤッと笑った。

 

 

 

 





彼が持っていた刀は、いつしか復讐に穢れていった。
その現実を突き付けられ、彼は受け取った刀をすべて失ってしまった。
しかし、忘れかけていた刃を振るう理由は、案外簡単なものだった。
大切なものを護りたいという想いが、彼に刀を与えたということを。
徐々に思い出されていく記憶の中で、彼は一抹の不安を抱き始める。


次回予告
裁かれぬ罪は、時として自分を戒める罰となり、少女を苦しめる。
東方幻想物語・妖桜編、『菖蒲と墓標と双つの罪』、どうぞお楽しみに。



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菖蒲と墓標と双つの罪

神無 優夜side

 

 

とある昼下がり、屋敷でのこと。

俺がいつも通り縁側で昼寝をしている時に、彼女はやってきた。

 

 

「あの~ユウヤさん?」

 

 

呼びかける声に反応して身体を起こすと、そこには桜良がいた。

相変わらず物腰が低く、弱々しく見える。………可愛い。

 

 

「どうしたんだ? 料理ならまた今度に」

「い、いえ。今日は違います」

「じゃあ、何なんだ?」

「あ、あの………できればその、都に」

「都に?」

「都に、花を買いに行きたいので、付いて来てくれませんか?」

 

 

桜良はそう言うと、潤んだ目で俺を見つめる。

俺としては別に構わないので、断る理由なんてなかった。

 

 

「いいぜ。俺もゆっくり見て周りたいしな」

「ありがとうございます。折角お昼寝してたのに」

「気にするなよ。たまには身体を動かさないといけないしな」

 

 

俺はそう言って桜良の頭を優しく撫でた。

しかし、桜良が自分から都に行きたいなんて、それも花を買いに。

食材を買いに行くのも遠回しに拒んでいたのに、もしかして何かあるのだろうか。

その時は無理な詮索をしなかったが、彼女の表情がなぜか暗かったのを、俺は気付いていた。

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

やはりというか、予想はしていた。

都の人達からの視線、それは俺の後ろについている桜良へと向けられている。

あんなにも頑なに拒んでいたのは、十中八九これだろう。

 

 

「………ません」

「え?」

 

 

後ろで俺の服の裾を握ったまま、桜良は今にも消えそうな声で言った。

 

 

「私たちの所為で……ユウヤさんまで」

「気にするなって言っただろ。こういうのには慣れてる。………はずだ」

「でも……」

 

 

裾を握る手に力が籠る。

元の性格の所為か、自分の所為で俺まで蔑まれると被害妄想してるのだろう。

これはいくら言っても無駄だ。なら、一刻でも早く桜良の用事を終わらせよう。

 

 

「花屋、着いたぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

桜良はそう言って俺から離れると、目の前にある花屋へと入っていった。

それからしばらく経つと、花屋から彼女が出てきた。その手には菖蒲が握られていた。

 

 

「菖蒲?」

「ええ。私たちが好きな花なんです」

「そうか……」

「あの、ユウヤさん」

 

 

桜良は俺を見つめると、こう言った。

 

 

「迷惑ついでにいいですか?」

 

 

 

少 年 少 女 祈 祷 中

 

 

 

桜良に連れられてやってきたのは、都の先ある一本道だった。

真昼だというのに、周りに植えられた桜の木々が日差しを遮って薄暗かった。

こんな所に何があるのかと思っていると、辿り着いたのは墓標が建てられた寂れた場所だった。

 

 

「ここは……」

「今では西行妖の所為で死んだ者を、ここに埋葬しているんです」

 

 

そう言って、桜良は墓地の奥へと進んでいく。

いつも弱気な彼女が、なぜか今は殺気立っているように見える。

そんな風に思っていると、一つの墓標の前に桜良は立ち止った。

いや、墓標と呼べるものなのか。そこには一振りの刀が地面に突き刺さっていた。

 

桜良は菖蒲を墓標の前に供えると、手を合わせた。

俺も手を合わせるが、心の中では少し困惑していた。

 

 

「桜良、この墓は?」

「私の……家族の墓です」

「家族の?」

「ええ。でも、不思議なことに誰もこの存在を知らないんです」

「え?」

 

 

桜良は立ち上がると、静かに語り始めた。

 

 

「とあるところに、双子の姉妹がいました。二人は生まれてからずっと一緒でした。

 ある時、二人は剣術を学びはじめ、やがて互いに正反対の剣を極めました。

 『姉』は己の力を証明する『殺人剣』を、『妹』は人を助ける『活人剣』を。

 二人の剣は対立し、やがて離ればなれになりました。

 そして『姉』が人殺しの罪を犯しましたが、なぜか『妹』がその罪を被り、殺されました。

 しかし、不思議なことに次の日から『妹』の事を憶えている人はいなくなりました。

 残った『姉』は、『妹』が居たという記憶を残し、そしてその罪と罰を背負いました」

 

 

語り終えた彼女は、俺に尋ねた。

 

 

「ユウヤさん。もしも、罪人の罪を肩代わりしようとする人間が一人います。

その人は、自分が死ぬかもしれないのに、どんな気持ちで罪人の罪を背負うんでしょうか。」

「多分、そいつはその罪人の事を心の底から愛してるからだ。死んでほしくないからだ」

「でも、その罪人は殺されて当然のことをした。それでも、その人は罪人を愛せますか?」

 

 

背中を向けてそう言う彼女に、俺は答える。

 

 

「ああ。命より大切なものなんて無いって言うが、他人の為に命を張る奴だって居るんだ。

 その罪を背負い、代りに自分が死んだとしても、生き残った奴には自分の分まで生きていてほしんだ。それで、その罪を少しでも償おうとする心があれば、その人も本望だろ」

「罪を償う……ですか」

 

 

彼女は小さく笑うと、俺に振り返った。

 

 

「今日は私に付き合ってくれて、ありがとうございました」

「いいよ。居候させてもらって何もできないのは嫌だからな」

「ふふ。ユウヤさんはいつだって私たちを助けてくれてますよ」

「そうか?」

「ええ。お嬢様も笑うことが多くなりましたし、妖忌さんも少し柔らかくなってきました。

 私も、少しずつですが料理の方も上達してきました。ユウヤさんには感謝しきれませんよ」

「そこまで言ってくれると、少し照れるな」

 

 

俺は照れ臭そうに頬を掻いた。

それを見て、桜良は楽しそうに笑った。

 

 

「ところでさ、桜良は幽々子とどれくらいの付き合いなんだ?」

「そうですね………親に捨てられた頃ですから、かれこれ十年ですね」

「十年か……結構長いんだな」

「長いですよ。だからこそ、あの人の傍を離れられないんです」

 

 

桜良は妹の墓標を見つめた。

 

 

「今の幽々子が死に誘う亡霊でも、あの人は私たちの恩人です。

 彼女に拾ってもらわなければ、私たちは生きてはいなかったのだから。

 例えそれで自分が死んだとしても、私はあの人を恨んだりはしない。

 最期まで私は笑います。道化のように、涙での別れなんて、私には勿体ないですから」

 

 

そう言って桜良は俺に歩み寄ると、胸ぐらを引っ張って俺の唇を奪った。

突然のことで呆然としていると、桜良は唇を離した。

 

 

「お前……‼」

「次の満開、私は死ぬかもしれません」

「そんな事」

「ないかもしれない。でも、もしそうならば、私は悔いの無いように死にたい」

「それが、これなのか?」

「どうでしょうね。ただの気紛れかもしれません」

 

 

桜良はそう言って微笑むと、俺の横を通り過ぎた。

その時、彼女がどこか悲しそうだったのが、気になった。

呼び止めようと振り返っても、もうその場には桜良はいなかった。

 

春の訪れを告げる風だけが、寂れた墓地に吹いていた。

振り返ると、墓標の前に供えられた花が風に吹かれて揺れていた。

 

 

「双子の物語、か……」

 

 

俺は不安を振り払うように、その場から逃げるように去った。

そして、忘れていた“その時”が、徐々に近付いてきているのだった。

 

 

 

 

 

???side

 

 

ユウヤ達が去ったその墓地には、誰も知らぬとある噂があった。

 

それは、この墓地の先にある人知れる広場に、一本の桜の樹が在るという。

 

広場を囲むように普通の桜の木は植えられているのだが、それらよりも一際美しい桜がある。

 

とある噂では、ある歌聖が死ぬ間際まで愛した桜と同じ苗木だとか。

 

知る者によれば、その姿は西行妖と瓜二つと言われるほどだった。

 

ここは罪を犯した者が眠る地、それ故に誰も好き好んで近寄ろうとしない曰付きの場所。

 

ちなみに、桜の根は大きい物で5mも地面の中に張られるそうです。

 

もしかしたら、人知れずこの桜はその怨念を取り込み、成ろうとしているのかもしれません。

 

人を死に誘う、“もう一つの西行妖”に。

 

その傍らで、黒い扇子を持った女性は妖艶に笑う。

 

 

 

 

 

春は始まりの季節、だが同時に終わりを告げる季節ともいう。

 

その終わりは、着々と近づいてくる。

 

 

 

 





これは誰も知らぬ御伽噺の一つ。
哀れな姉妹の物語、だがそれはまた別のお話で語るとしましょう。


次回予告
あの日、俺は大切なものを自分で傷つけた………。
東方幻想物語・妖桜編、『最下位と信頼と蘇る記憶』、どうぞお楽しみに。



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再会と信頼と蘇る記憶

神無 優夜side

 

 

今更でなんだが、俺は記憶喪失だ。

これまでの事であまり違和感が無いので忘れていると思うが、これでも結構重傷だ。

と言っても、自分の名前も憶えているし、どういう存在なのかも憶えている。もちろん、前世での知識もある。なら問題は無いとみんな思うだろう。

 

だが、俺が忘れたのはこれまでの対人関係だ。別に顔を忘れるとか名前を憶えていないとか、そんな簡単な話ではない。

人間誰しも、誰かとは出会うものだ。街を歩くだけでも、人ごみというものは存在し、そこには確かに人がいる。その人達全員の顔を憶えるなんてのは不可能だ。でも、そこに人が居たというのは記憶している。

 

俺の場合は、そこに人が居たという記憶すらない。

例えるなら記憶の中の俺は、世界でたった一人だ。そこには他の誰も存在しない。

そこに人がいなければ何も始まらない、何も起きない、何も終わらない。つまり、そこから先の記憶というものが存在しないのだ。

訪れた土地は憶えている。だが、そこで何をして、誰と出会ったのかを、俺は憶えていない。

 

だから、俺の以前を知る者に出会った時、どうすればいいのか解からない。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

それは突然現れたというべきか。

俺はいつもの様に屋敷の屋根の上で昼寝をしていると、急に腹部に何か重たいものが落ちてきた。

一瞬、三途の川で豊かな胸の死神が昼寝しているのが見えたが、何とか生きている。

 

 

「ったく……誰だよ。桜良か、それとも藍……」

 

 

俺が起き上がると、俺に馬乗りしている紫のドレスを着た金髪の女性と目が合った。

 

 

「ようやく見つけたわ。ユウヤ」

 

 

彼女は嬉しそうに目に涙を浮かべると、俺に抱き着いた。

記憶を失くしているからか、それとも相手が一方的に知っているなのか、俺には解からない。

さっきの話の続きだが、こういう状況になった時はどうすればいいのか分からない。

 

 

「とりあえず、離れてくれるか?」

「あ、うん……」

 

 

彼女は素直に俺から離れてくれ、俺の目の前に座った。

でも、その表情は嬉しさで緩みっぱなしだった。

 

 

「良かったわ。貴方が急に行方不明になったと聞いて、みんな大慌てだったのよ」

「あの、実は」

「ルーミアなんて、ここ一ヶ月必死に探し続けてたのよ。本当、どうして今まで」

「おい……」

 

 

俺は彼女の肩を掴むと、彼女は話すのをやめた。

そして、何かに気付いたようにその目は少しづつ、不安になっていく。

 

 

「優夜……?」

「悪いが、俺はアンタを憶えていない」

「え? それって……」

「落ち着いて聴いてくれるか?」

 

 

俺は無理をした笑顔で彼女にそう言った。

そして俺はこれまでの経緯を語ることにした。彼女を含めたこれまでの人との関わりの記憶をすべて失った事を、何一つ包み隠さず。

それを聞き終わると、彼女の表情は険しい物に変わっていた。

 

 

「そういうことだったのね」

「ああ。悪いな、折角喜んでたってのに」

「いいのよ。でも、通りでこれまでの貴方と何かが違うと思ったわ」

「そうなのか?」

「解るわよ。これでも貴方と一緒に過ごしてたのよ?」

 

 

彼女は、胡散臭そうに笑いながらそう言った。

でも、その目には少しの哀しみが見え隠れした。

 

 

「でもそうなると、貴方の記憶を奪った邪神を探さないといけないわね」

「いや、これは俺の問題だ。アンタは手を出さないでくれ」

「……やっぱり、貴方ならそう言うと思ったわ」

「え?」

 

 

彼女はそう言うと、俺の隣に座った。

 

 

「貴方はいつでもそう。普段は人に頼ったり、仲間を信頼してくれる。

けど、自分の事となると一人で抱え込んで、他人を頼ろうとしない。

 今回だってそう。自分の復讐に他人を巻き込みたくからルーミアに行き先を告げなかった」

「俺が……」

 

 

その時、俺の脳裏にある場面が流れた。

 

 

 

‐回想‐

 

 

 

そこはとある森の中、俺と見知らぬ女性と何か口論している場面だった。

 

 

『こんな時間にどこに行く気よ?』

『――には関係ないだろ』

『そんな台詞、いくら貴方でも在り来たりね』

『……うるさい』

『この辺りで噂になってる「邪神」の所に行く気でしょ?』

『それがどうした? これは俺とアイツ等との問題だ。お前が口出しするな』

『負けるわよ』

『やってみなくちゃ解からねえだろ』

『いいえ、アンタは冷静じゃないわ。そんなんじゃ、心を揺さぶられるわよ?』

『うるせえよ……』

『ユウヤ‼』

『お前に何が分かるんだよ。人喰い妖怪が』

『……!?』

 

 

彼女の悲しげな顔を最後に、それは終わった。

 

 

 

‐終了‐

 

 

 

「そうだった……」

 

 

俺はあの日、何があったのかを思い出した。

俺の周りで騒がれるようになった邪神の噂、俺はその真意を確かめる為に動いた。

その時、彼女に呼び止められたが、焦っていた俺はその制止を振り切った。

 

 

「俺は、なんてことを……」

 

 

名前も顔も思い出せない。けれど、俺は後悔した。

仲間である彼女に、俺は彼女が傷付く言葉を平気で言ってしまった。

人間でも妖怪でも無い俺が、彼女に人喰いと言ってしまったんだ。

 

 

「最低だな」

「優夜……」

「俺はこんなことまで忘れようとしてたのか。男して最低最悪だ」

「何か思い出したのね」

「ああ。お陰で、色々とやることも出来ちまった」

 

 

記憶を取り戻すこと、そして、彼女に謝ることだ。

許してもらえなくていい。ただ、後悔を残したままにはしたくないだけだ。

 

 

「ありがとう。ええと」

「紫、八雲紫よ」

「ありがとう、紫。大切な事を思い出させてくれて」

「いいのよ。でも、もう自分だけ抱え込むことはしないでよ」

「ああ。そうだな」

 

 

今までは、何でも自分一人だけでなんとかしようとして、そして空回りしてきた。

俺一人の問題だからと、他人を信頼することもせず、その結果が今の俺だ。

 

 

「なあ、紫」

「なに?」

「お前に頼みがある」

「頼み?」

「ああ。ここ最近、都の方で嫌な動きがあるのは知ってるよな」

「知ってるわ。人間でも妖怪でもない、化け物の仕業だって噂になってるわ」

「悪いが、そっちの方をお前に頼みたいんだ」

「私に?」

 

 

紫は意外そうに目を丸くした。

 

 

「記憶が完全に戻ったわけじゃないが、何故だかお前には任せられるような気がするんだ」

「ふふ。やっぱり、貴方は記憶を失くしても相変わらずね」

「どういう意味だよ」

「別に、深い意味なんて無いわ」

 

 

紫は立ち上がると、その目の前に奇妙な空間の裂け目を開けた。

 

 

「ねえ。私からも一つ頼んでいいかしら?」

「なんだ?」

「幽々子の事を、頼みたいの」

「幽々子を?」

「そう。あの子は、人間が背負うには重すぎる荷を科せられた可哀想な子。

 もしも、あの子が自分を見失いそうになれば、その時はどうか助けてあげて」

「どうして、そこまでアイツの事を気に掛けるんだ?」

 

 

紫は振り返ると、俺にこう言った。

 

 

「あの子は、私の大切な親友なの。だから、最期まで笑っていてほしいのよ」

「それがたとえ、残酷な結末でもか?」

「ええ。その時は、私が責任もってあの子をどうにかするわ」

「親友としての役目、か」

「そうよ。私の大切な、桜の様に儚くも美しい人間の親友」

 

 

紫は、嬉しそうに、しかしどこか悲しげな表情で言った。

紫に取って、幽々子は大切な親友。失くしたくない、大切な人か。

 

 

「……なんで、それを俺に?」

「貴方にならあの子を任せられる。そんな確信があるのよ」

「それは、参ったな」

 

 

ここまで期待されていると、俺と彼女がどんな関係だったのか気になる。

だが、今は彼女の事を信じるしかない。同じ過ちを繰り返さぬように。

 

 

「貴方は邪神の事だけを考えて。他の事は、私たちが何とかするわ」

「私、たち?」

「ふふ。貴方が思っている以上に、貴方の事を信頼している人がいるってことよ」

「……そうなのか」

「そうなのよ。だから、貴方は安心して前だけを見ていて」

 

 

紫はそう言って空間の裂け目に入ると、それは次第に閉じていく。

 

 

「また会えて良かったわ」

「俺もだ。理想郷の事、楽しみにしてるぜ」

「……ええ」

 

 

紫は嬉しそうに笑うと、裂け目は完全に閉じた。

 

 

「俺はまだ、一人じゃないのか」

 

 

俺は澄みきった青空を見上げ、静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

八雲 紫side

 

 

「さあ、それじゃあ手当たり次第に声を掛けましょうかね。

 優夜の事を心配していた、これまでの登場人物たちに、ね」

 

 

 

 





徐々に戻っていく記憶、その中には後悔の記憶があった。
復讐に目が眩み、周りが見えなくなり、
今まで旅をしてきた仲間を傷付けたこと、それを思い出した。
再会した少女に、彼はこれからのことを頼んだ。
それは直感で彼女が信頼できると思ったのか、
それとも朧げに彼女のことを憶えていたのか、それはわからない。
そして、また彼女も自分の親友のことを彼に頼んだ。


次回予告
少女は恨んだ、自分を呪う桜を、それを死に際まで愛した父を、この世のすべてを。
東方幻想物語・妖桜編、『桜と嘆きと孤独な姫君』、どうぞお楽しみに。


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桜と嘆きと孤独な姫君

神無優夜side

 

 

とある月夜の晩、俺はあの西行妖の前に来ていた。

なぜここに来たのかは自分でも解らない。自然と俺の足がここに行き着いたのだ。

見上げると、数日前までみすぼらしい葉桜だったのに、今では桜の花が咲き乱れていた。

 

 

「これで五分咲き、か」

 

 

満開になると人を殺す妖怪へと凶変する哀れな桜、その開花が徐々に近付いてきている。

満開までまだまだ先だと言うのに、西行妖から漂う死気は相当のものだった。

無意識に自分を殺そうとする俺の右手を、俺は左手で必死に抑えつけている。もしも刃物を持っていれば、俺は自分の首にそれを当てていたのかもしれない。

 

 

「死に誘う……そういう意味か」

 

 

西行妖は人を殺すのではない。人が自分を殺すように促すだけだ。

心の奥底にある死への欲求、西行妖はそれを呼び起こしているのに過ぎない。

という事は、俺も心の中では死ぬことを望んでいるってことか。皮肉な話だな。

 

 

「結局は、貴方も人の子なのね」

 

 

振り返ると、そこには幽々子が立っていた。

彼女は西行妖を見上げ、哀し気な瞳でそれを見つめていた。

 

 

「幽々子……」

「優夜、人は死んだらどうなるのかしらね」

「さあな。天国か地獄か、それとも何もない場所に辿り着くのかもしれない」

「私はね。みんなこの場所で死ぬのは、あの人と同じ所に行きたいからなのよ」

 

 

あの人、幽々子の父親である歌聖の事だろうか。

 

 

「あの人が死んで、慕っていた人たちはその後を追うようにこの桜の下で死んだ。

 それはもしかしたら、ここで死ねばあの人と同じところに辿り着けると思ったから。

 それがたとえ極楽浄土だろうと、悪鬼が住む地獄でも、あの人達はそこに行きたかったのよ」

 

 

憧れの人に近付きたい、それはその人が死んだこの桜の下で死ぬことだった。

自分たちが慕っていた人と同じ境地に踏み入りたい。そんな思いの結果が、死を望まぬ者の命を無差別に奪う妖桜を生んだという事か。

西行妖は、ここで死んだ者達の身勝手な想いによって生まれた、残酷で哀れな桜なのか。

 

 

「私は、物心がついた時からこの桜が嫌いだった。

 あの人は私よりもこの桜を愛で、自分が死ぬその瞬間までこの桜を想い続けた。

 そして、その桜は私に呪を掛けた。人を近付けさせない、孤独な呪いを。

 私はすべてをこの桜に奪われた。父も、友人も、人生も、なにかも……………………」

 

 

その時だけ、幽々子の目が怒りで揺らいだように見えた。

これまで彼女と過ごしてきて、こんな風に自分の感情を露わにする彼女を見るのは初めてだった。

 

 

「今は桜良や妖忌、優夜がいるけど、それもいつかは終わってしまうかもしれない。

 命がある限り、この桜からは逃げられない。みんな死んでしまう。私にはわかるのよ」

「わからねえぞ。もしかしたら、奇跡が起きて西行妖が普通の桜が戻るかも」

「勝手なこと言わないで‼」

 

 

幽々子は声を荒げた。

 

 

「そうやって優しい言葉で私を慰めても、最期にはみんな私から離れていく。

 私は死へと誘う亡霊だから、私の近くにいるとみんな死んでしまうから…………」

「幽々子……」

「桜良も妖忌も、みんな私の傍に居てくれる。故に怖いのよ。

 もしかしたら、二人も私の元を離れていってしまうかもしれない。

 もしかしたら、私が二人を殺してしまうかもしれない。そう考えてしまうのよ」

「そんな事……」

「貴方に何が分かるの? 希望論しか語らない貴方なんかに、私の苦しみが理解できるの‼」

 

 

俺を睨みつけるその目には、涙が浮かんでいた。

俺は何も言い返せなかった。何を言っても、彼女には届かないと思ったからだ。

 

 

「結局、貴方も他の人達と同じなのよ。同情するだけしておいて、最期には私を見捨てる。

 誰も望んでいないのに、こんな力を手に入れた私を、みんなは置いていくの。

 所詮、私は人を死に誘い、周りを不幸にするだけの亡霊。生きてるのに死んでるのよ。

 妖忌や桜良だって同情しているだけ。紫は同じ人外としか見ていないのよ。

 私はもう、人を殺したくない。いっそ私が死ねば、もう――」

 

 

その時、乾いた音が月夜の晩に響いた。

幽々子は目を見開き、赤くなった頬へと手を当てた。

 

 

「……何するのよ」

 

 

幽々子は俺を睨みつけた。

いきなり頬を叩かれれば、怒るのは当然だ。だが、それは俺も同じだった。

 

 

「いい加減にしろよ」

「なにが……」

「アンタがこれまでどういう人生を送ってきたかんて俺は分からない。

 俺の事をどうこう言おうとそれもアンタの勝手だ。文句なんてねえよ」

「だったら……‼」

「でもな、お前の事を想ってくれている奴等の気も知らないで好き勝手言うのは許せない」

 

 

俺は幽々子の胸ぐらを掴み、睨みつける。

 

 

『例え幽々子様が死に誘う亡霊と成ろうと、拙者は最期まであの方を護る盾になる』

「妖忌は、自分を拾ってくれたアンタを護る為に、その剣を振るうと言った」

 

『最期まで私は笑います。道化のように、涙での別れなんて、私には勿体ないですから』

「桜良は、自分たちに優しくしてくれたアンタを信じて、最期まで付き合うと言った」

 

『もしも、あの子が自分を見失いそうになれば、その時はどうか助けてあげて」

「紫は、妖怪である自分に何隔てなく接してくれるアンタを、助けてくれと言った」

 

 

俺は静かに、けれど怒りを孕んだ声で幽々子に伝えた。

妖忌も、桜良も、紫も、みんな幽々子の事を大切に想っていた。

 

 

「確かにアンタは悲劇の主人公かもしれない。だが、世の中にはそんな物語で溢れてるんだよ‼

 自分一人だけが不幸だと思い上がるな。人に見捨てられることに一々嘆くな。

 嘆く暇があれば、そんなアンタの傍に付き添ってくれている周りの人達の事をよく見ろよ‼

 アンタはただ当たり散らしてるだけだ。本当は独りに成りたくないのに、それを無理矢理一人で抱え込んで、誰にも吐き出すことのできないまま、目の前に居る奴にぶつけているだけだ‼」

 

 

同じなんだ。記憶を失う前の、俺と同じだ。

復讐に憑りつかれ、目の前の者が見えなくなり、その苛立ちを大切な仲間にぶつけた。

今の幽々子は、それと同じだ。本当は自分でも解ってるのに、抱えた物を誰にも話せずにいる。

 

 

「簡単に死ぬなんて言うんじゃねえよ。

 死んだらそこでそいつの役目は終わる。でも残された奴はそれ以上に苦しむんだ。

 護れなかった、早く気付いていれば、そんな無念と後悔だけが残されるんだ」

 

 

俺は下を向き、幽々子に見られないように涙を流した。

何で泣いているのか、どうして俺がこんな話をしているのか、正直俺にも分からない。

でも、俺の記憶は憶えている。残された者の苦しみを、終わらない後悔を。

 

 

「これまで言っておいてなんだが、結局俺は怖いんだよ」

「怖い?」

「ああ。もう、これ以上親しい奴等が死んでいくのを、見たくないんだ」

 

 

俺はそう言うと、西行妖よりかかるように座った。

 

 

「もう……嫌なんだ……」

 

 

数億年前も、数百年前も、二百年前も、募り積もった想いが、今になって溢れてきた。

その姿は、これまでの威勢とは変わり、まるで泣きじゃくる童のようだった。

 

 

「優夜……」

「……笑えるよな。記憶なんて無いのに、想いだけが込み上げてくる」

「それは、貴方がその人達を心から愛していたという証拠よ」

「そう……なのか……」

「そうなのよ」

 

 

幽々子はそう言って、俺の隣まで歩いてくると、腰を下ろして座った。

 

 

「ごめんなさい。私、いつの間にか甘えてたのね。

 本当は分かってた。妖忌も、桜良も、紫も、みんな私の事を想ってくれてるのを。

 みんなが居る今の現実を見ようとせずに、その先の事ばかりしか見えてなかった。

 従者も親友を信じないで、挙句の果てには当たるなんて。こんなんじゃ、屋敷の主失格よ」

 

 

幽々子は笑いながら涙を流した。

 

 

「貴方も、一人で抱え込んで、こんなになっちゃったのね」

「ああ。哀れなもんだろ?」

「お互い様よ。私だって、本当なら大声出して泣きたいわよ」

「それができたら、お互いこんなに苦労しねえだろ?」

「ええ。まったくよ」

 

 

五分咲きの桜の下で、似た者同士の俺たちは涙を流しながら笑った。

 

独りで何もかもを背負いすぎて、周りが見えなくなった馬鹿な者達。

他人に気付かされて、その大切さを改めて知った。

 

 

「優夜」

「なんだ?」

「私は、西行妖との決着を付ける」

「どうやって?」

「屋敷残っていた書物に在ったのよ。この桜を封印する方法が」

「その口振りだと、ロクなことじゃないんだろうな」

「ええ。貴女に死なないでくれって言われたばかりなのに、こんな話をするのは気が滅入るわ」

「構わねえよ。幽々子が想った事なら、俺はそれに反対する気はない」

 

 

幽々子が決めたことを、俺は止めることはできない。

今の彼女には、さっきまでの自棄になっていたのとは違い、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。

俺にできるのは、その覚悟を最期まで見届けることだ。もう、あんな泣き言は言わない。

 

 

「ありがとう。貴方と出会えてよかったわ」

「こちらこそ。お陰で大事なものを見失いかけていたことに気付いた」

 

 

桜が咲き誇るこの季節、俺はいつも楽しみにしていた。

けれど今は、そんな思いはなかった。

 

 

「願わくば、どうか終わりを告げる桜よ、咲かないでくれ……」

 

 

 

 





彼女は恨んだ、自分を苦しめる桜良を、自分を蔑ろにした父を、
そして、自分の意志に関係なく周りを不幸にする己自身を………。
それを不幸と嘆くのは彼女の勝手だ。だが、世の中はそんなものであふれている。
去って逝く者を見送るより、傍にいてくれる者に目をやることを、彼女は忘れていた。
それを気付かせてくれた彼のために、彼女は自分の因縁に決着をつける決心をした。
たとえそれが、自分の命を落とすことでも、彼女に後悔はないだろう。


次回予告
物語の裏で蠢く邪神の影、それは図々しくも玉座に座り、狂気に笑う。そんな裏話。
東方幻想物語・妖桜編、『月と嘘吐きと三つの終焉』、どうぞお楽しみに。



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月と嘘吐きと三つの終焉






???side

 

 

「月、というものは昔から不思議なことに縁があるとは思いませんか?

 黄泉の国から帰ってきた伊邪那岐が、左目を洗った際に生まれた月の神格、月夜見尊。

 それを始め、かぐや姫の故郷やら、兎の餅つき、満月は人を狂わせる、月を見ると狼になる。人は手が届かないものだからこそ、それを美しいと評する。

 なんともファンタジーでメルヘンチックなお話でしょうね。僕はこういうのが好きなんです」

 

 

邪神が住まう館、その大広間で『彼』は舞台の台詞回しのように語っていた。

その目の前には、ボロボロとなった一人の女性が膝を着いて息を切らしている。

 

 

「でも、そんな人間は見るだけでは飽き足らず、ついにはその月に辿り着いた。

 しかしそこには、かぐや姫も兎もいなければ、幻想的な物なんてない寂れた土地。

 人は知れば知るほど、その幻想を壊され。ついにはその月を住処にしようとまで考えだした。

 子供のように純粋な好奇心は一度壊されると、それは大人の邪悪な欲望に成り果てる。

 人間の探求心とは時に素晴らしいが、時には残酷だ。僕はそれが悲しいと思っているよ」

 

 

心にもないその台詞で、『彼』はわざとらしく悲しげな表情で語る。

目の前にいる女性は、その様子に苛立っているが、それを止める力も無かった。

 

 

「君だってそう思うだろ? 昔から手の届かないところで人を見下してきた月の神、月夜見尊」

 

 

『彼』は彼女の目の前に歩み寄ると、楽しそうに見下した。

彼女はかつてユウヤと一戦交え、天照や須佐之男並ぶ月の神、月夜見尊。

 

しかし、今のその姿は、神と呼ぶにはあまりにも悲惨だった。

身に纏う衣服は無数の斬り傷と弾痕によって廃れ、彼女が武器として使っていた勾玉は大広間に床一面に破片となって砕け散っていた。

 

それに対して、『彼』はまったくの無傷だった。

天照や須佐之男に戦闘能力は劣るとはいえ、彼女は最高神の一柱。

普通ならばこんな一方的にやられることは無いはずだった。そう、普通ならば。

 

『彼』は視線を合わせるように屈むと、彼女に語り掛けた。

 

 

「それにしても派手にやられたね~。綺麗な顔もこんなに傷だらけ」

「……うるさい……まだ、終わってない」

 

 

月夜見は立ち上がると、息を切らしながらも『彼』を見下ろしながら睨みつけた。

その目には、まだ確かな意志を宿していた。

 

 

「しぶといね。これで僕に挑むのもう何回目だっけ?」

「……貴方が、過去に滅ぼした世界と同じですよ」

「それでも、“今回”は随分と多いよね」

「……余裕面している貴方が気に食わないだけです」

 

 

月夜見は笑ってそう答えるが、もう戦う力などない事は明らかだった。

『彼』は呆れて溜息を吐きながら立ち上がると、背中を向けて歩き出し面倒臭そうに頭を掻いた。

 

 

「本当。よくここまで僕の邪魔をするね。君ら“本物の神”は」

「……ニセモノにこれ以上、暴れられては迷惑なのよ」

「その台詞、もう何度目だっけ。忘れちゃったよ」

「……うるさい」

 

 

月夜見の周りに弾幕が展開されると、それが一斉に『彼』へと向かって放たれた。

しかし、それら全ての弾幕は『彼』に到達することなく“消滅”した。

 

 

「……!?」

「無駄無駄。そんな弾幕で僕を殺すなんて、那由多の一つも存在しないよ」

「……化け物が」

「そうだよ。僕は化物だ。何か文句でも?」

 

 

『彼』は何事も無かったかのように大広間の奥にある玉座へと座り、そう言った。

そこには人を嘲笑うような悪意はなく、さも当然のことのような、純粋な言葉だった。

 

 

「それに、化物と云えば優夜だってそうでしょう」

「……彼は関係ないわ」

「関係あるでしょ。だって僕も君も、大好きな人なんだから」

「……貴方と一緒にしないで‼」

 

 

詰め寄ろうとした月夜見の足は、彼女の意志とは関係なくその場に踏み止まった。

彼女の足元を見ると、大広間にできた周りの影から不自然な細長い影が彼女の影に伸びていた。

まるでその影が彼女自身の自由を奪っているように見えた。

 

 

「今の自分の立場を考えなよ。月夜見ちゃん」

「……くっ」

「僕が上、君は下。それ以上の無茶をするのなら、僕は容赦なく君を喰らう」

 

 

狂気に歪む『彼』の口元に、鋭い牙が見えた。

月夜見は悪態をつくと、心を落ち着かせた。

 

 

「……調子に乗って」

「フフフ。怒った顔よりも断然素敵ですよ」

「……くだらない台詞はもう聞き飽きたわ」

「そうですか。なら、彼の話でもしましょうか」

 

 

『彼』は嬉しそうに微笑むと、楽しげに語りだした。

 

 

「彼、どうやら今までの対人関係の記憶がないらしいですよ」

「……なんですって」

「膨れ女……黒扇が彼と一度戦って、その見返りにと記憶を奪ったみたいです」

「……どうして、そんな」

「僕にも分かりませんよ。なにせ、彼女と紅月は独断行動が多いですからね」

 

 

『彼』はまるで他人事のように笑って話す。

 

 

「……まさか、それを知っても尚黙認してるんですか。貴方が」

「僕としては、今後の展開が面白くなると思ってるから、特に何も言わないよ」

「……一体、貴方は何がしたいんですか」

「僕は“ただ遊びたい”だけ。目的なんて、そんなもの世界が滅んだ時にもう無くなってるよ」

「……狂ってる」

「狂ってる? 何を今更。六兆五千三百十二万四千七百十年ほど言うのが遅いよ」

 

 

『彼』は笑う。小太りな少佐の様に、狂気的に笑う。

 

 

「まあ、話を戻すとしよう。彼は今、西行寺幽々子の所にいる」

「……西行寺、というとあの妖桜」

「そう。それに加えて黒扇が平安京で面白い舞台を準備している」

「……記憶を失った今の彼に、なにをしようと」

「どうだろうね。むしろ、記憶が無いからこそ活路があるのかもしれないよ?」

「……本当に、貴方は彼のなんなの?」

「僕は優夜、優夜は僕。とでも言えば納得してくれる?」

 

 

『彼』はそう言った。

その言葉の意味を、月夜見は嫌と言うほど理解していた。

 

 

「僕はね、ユウヤの事が大好きなんだよ。心の底から愛しているとでも言っていい」

「……気味が悪いですね」

「まあそう言わずに。僕が何で今まで世界を壊してきたか、それは彼に在る」

「……どういう意味ですか?」

「僕はこの手で“一度”彼を殺した。その所為で、僕は暴走して自分の世界を壊した」

「……知ってます。それが始まりだと」

「でも、僕が望んだのは彼と共に生きること。殺してしまえば、いくら邪神でも元には戻せない」

「……神は万能ではない。それは貴方にだって言えることですね」

「そう、だから探した。手に入れた邪神の力で、数多の平行世界を渡った。けれどダメだった」

「……え?」

「これまでの世界に、彼は居なかった。無数にある平行世界に、彼は存在しなかったんだよ」

「……まさか‼」

「察しの通りだよ。彼のいない世界に価値なんて無い。ゴミ同然だよ」

 

 

『彼』はそう言い捨てた。

『彼』によって滅ぼされた世界か無数にあり、そのどれも悲惨なものだった。

戦争による国々の滅亡、災害による世界の破壊、邪神降臨による破滅、どれも『彼』が引き起こしたものだ。

それら全てを起こした理由が、たった一人の人間が存在しなかったから。

 

 

「……そんな理由の為に、世界は」

「どこの世界にも五月蝿い奴等が居たよ。もちろん君もね」

「……覚えてますか」

「ああ。なにせ、君だけが平行世界の記憶を共有してるんだもの。さすがの僕も驚いた」

「……それはどうも」

「でも、今回は少し安心してもいいよ。なにせ、彼がいるんだから」

「……もしも彼がこの戦いで死ねば、貴方は」

「滅ぼすよ」

 

 

即答だった。一瞬の考えもなく、『彼』はそう言い切った。

 

 

「言ったよね。意味なんて無い」

「……身勝手な人間ですね」

「その身勝手な人間を作りだした神々が、それに振り回されてるってわけか。笑えるね」

「……ふざけないで」

「まあ、今は見守ろうよ。月夜見ちゃん♪」

「……『嘘吐き』が」

 

 

月夜見は『彼』を睨んだ。

優夜によく似た『彼』の笑顔が、とてつもなくイラついたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、物語はすでに最終局面へと移行する。

満開になる時を待つ西行妖、都で蠢く四神の影、そして彼を待つ邪神の姿。

三つの出来事が重なる時、それは終わりへと誘う鎮魂歌が始まる。

 

 

「さあ、始めましょうか。優夜」

 

 

 

 




嘘吐きは笑う。自分が愛するものを見つめ、その姿を見て楽しむ。
自分勝手な思いで世界を滅ぼしてきた彼はの、本当の目的とは?


次回予告
西行妖の開花、平安京の影、そして桜良の決意、終焉へのカウントダウンが始まる。
東方幻想物語・妖桜編、『運命と想いと桜舞う月夜』、どうぞお楽しみに。



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運命と想いと桜舞う月夜

神無 優夜side

 

 

今年の春、桜前線は異常ナシ。

都に行っても、満開になった桜を見て人々は飲んで歌えやのどんちゃん騒ぎをしている。

いつもならそれに便乗してバカ騒ぎをしていたというのに、この屋敷だけは雰囲気が違った。

 

西行妖は今のところ八分咲き、幽々子たちの見立てでは今夜には満開になるという。

満開になれば人を殺す妖怪桜、妖忌たちは必死に耐えてきたが、今回はそうもいかないらしい。

ここ最近起こっていた都での殺し、その生気がどういうわけか西行妖が吸収し、以前よりも妖力を増したらしい。

 

妖忌たちはそれでも、覚悟を決めてこの屋敷に残っている。

紫も、今は西行妖を封印する手段を一つでも多く探していると言った。

そして、幽々子はいつも通り、あの桜の前で思い耽っている。

 

今の俺には、彼女たちの助けにはなれない。

このまま、俺は傍観者としてすべてが過ぎるのを見守ることしかできない。

 

 

「ったく……」

 

 

誰もいない屋敷の中庭で、俺は悪態を吐いた。

なにも出来ない俺に立シテ、俺は苛立ちと同時に焦りを感じていた。

幽々子が言っていた西行妖を封印する手段、それが気になっていたからだ。

 

 

「俺は知ってる……知ってる筈なんだ」

 

 

失った記憶の中に、俺はこの先の結末がある。そんな気がする。

だが、それを思い出しても、俺は止めることができない。

幽々子の行動を、俺は止めることなんてできない。

 

 

「俺はただの傍観者、見ることしかできない卑怯者か」

「卑怯者なんかじゃありませんよ」

 

 

声がした方へ振り向くと、そには桜良が立っていた。

 

 

「桜良……」

「人間は誰しも運命からは逃げられません。死は必ずやってくるものです」

「それが、幽々子の死が今という事か?」

「はい。今を止めても、この先があります。それは終わらないイタチごっこです」

「なら、俺に幽々子を見殺しにしろって言うのか?」

「残酷に言えば、そうですね」

 

 

桜良は悲しげに笑った。

いつもと様子が違う彼女に対して、俺は無性に怒りが込み上げてきた。

 

 

「お前、本当にそう思っているのか」

「ええ。そうですよ」

「幽々子のことが大事じゃなかったのか?」

「もちろん大事です。でも、私にはそれ以上に大切な者を守らなければいけない」

「どういう意――」

 

 

その時、俺の目の前を鋭い剣閃が迫ってきた。

俺は咄嗟に後ろに下がってそれを避け、顔を上げるとそこには桜良の姿はなかった。

瞬間、俺の後ろから首に掛けて強い衝撃が走った。

 

 

「――!?」

 

 

意識を刈り取られそうになるを必死に耐えるが、俺は地面に倒れてしまった。

見上げると、そこには桜良が俺を見下ろすように立っていた。

 

 

「なん…で……」

 

 

途切れそうになる意識の中、桜良は懐から椿の髪飾りを取り出した。

彼女はいつもいつも左目を隠していた髪を掻き上げると、髪飾りでその髪を留めた。

 

 

「すみません。“先輩”」

 

 

彼女は今にも泣きそうな目でそう言った。

消えていく意識の中、彼女の左目の色だけは憶えていた。

椿の様に、紅く赤く染まった瞳。それは俺がかつてこの目に焼き付けた忘れられない瞳だった。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

目が覚めると、俺は中庭で仰向けで倒れていた。

少し痛む首筋を押さえながら立ち上がると、気を失う前の記憶が蘇った。

咄嗟に俺は空を見上げると、もうすでに金色に輝く月が真上に昇っていた。

 

 

「桜良……」

 

 

薄々気付いていた。彼女も同じだと。

俺が愛した女性はみんな、どうしてなのか死ぬ運命にある。

記憶が戻ったからじゃない。心でそう理解していたんだ。その事実から目を逸らしていただけだ。

 

記憶を失って初めて実感した。俺はすべてから目を逸らしていた。

自分からも他人からも真実からも世界からも、俺の後悔と言う記憶がそれに目を塞いでいた。

 

 

「……ったく、呆れるぜ」

 

 

俺は今迷っていた。

そのうち、西行妖が活動を始めるだろう。それと同時に、邪神も動きだす。

おそらく、桜良が向かったのは邪神の方だ。それ以外、俺には考え付かない

 

なら、俺はどうすればいい? 桜良を追うか? 幽々子を助けるか?

無理だ。どちらかを助ける為には、どちらかを見捨てなければならない。

それ以前に、俺に何ができるって言うんだ。死ななことしか覚えていない俺に、何ができる?

するとその時、俺の背後に誰かが立っていることに気付いた。

 

 

「妖忌……」

 

 

それは、いつものように楼観剣と白楼剣を携えた妖忌だった。

その表情は、いつもよりも険しく、既に始まろうとしている惨劇の開始を物語っていた。

 

 

「もう、始まったのか」

「ああ。西行妖が開花し、幽々子様も姿を消した」

「そうか」

「それに、都の方でも何やら動きがあったようだ」

「そうか……」

「お主は何をしておるのだ?」

「わからねえ。もう何をすればいいのか分からねえよ」

 

 

俺は自棄になり、薄ら笑いを浮かべながら妖忌に言った。

何の為に戦えばいいのか、何を護ればいいのか、もう何がなんだかわからない。

いっそこのまま、俺も終わってしまいたい。

 

 

「優夜……」

 

 

妖忌はそれ以上語らず、ただ見守っているだけだった。

 

 

「妖忌、俺はどこで間違ったんだ」

「さあな。拙者が分かるのは、今のお主はこの程度の死気で自分を殺すということだ」

「そうみたいだ。無意識に自分を殺すってのは、こういう感覚なんだな」

「拙者は止めん。ここでお主が死ねば、所詮その程度だったということだ」

「言ってくれるな。でも、ありがとよ」

 

 

俺はまた迷っている。

助けられない命を救うのかと、自分を傷付けてまでも進み続けるのかと。

呆れたもんだ。幽々子に偉そうに言っておいて、別れを怖れているのは俺の方じゃねえか。

 

俺は小さく笑うと、握りしめた拳を自分の頭にたたきつけた。

目が眩むような衝撃で体がよろめくが、そのお陰で俺の頭がスッキリした。

 

 

「迷うのはやめだ。考えるのは俺らしくない」

「迷いは晴れたか?」

「ああ。それに、よく考えたら俺って死のうと思ったら四回殺さなきゃいけないからな」

「それは………長いな」

「だろ? 四回も死の瞬間を迎えるのはちょっと嫌だな」

「………なんだか、初めて会った時よりも生き生きしてるな」

「まあな。余計なものは全部捨てることにした」

「そうか。なら、桜良殿のことは任せるぞ」

「幽々子はどうする?」

「案ずるな。場所は分かっている」

 

 

妖忌は踵を返すと、俺に背を向けた。

 

 

「優夜」

「なんだ」

「桜良殿を頼んだ」

「どうせ助けられねえぞ。それでもか?」

「助けてくれとは言わん。ただ、その散り様はお主が見届けてやってくれ」

「酷いこと言うよ。俺に愛した奴の死を見届けろってか」

「“迷い”が無いお主なら、もう答えは分かっているだろ」

「答え、ね」

 

 

今まで俺な何度も愛する人と別れを経験してきた。

だから理解している。何もできずに大切な者を失うのは、最も後悔するってことを。

 

 

「変えられぬ結果ならば、最期まで足掻いてみせろ。それが今のお主にできることだ」

「わかったよ。……どうせ一度は捨てた命だ。最期まで燃やしてやるよ」

「その心意気があれば、案外いい結末になるかもしれないな」

「希望論を語る余裕なんてねえよ。どうせ失うのなら、最期は笑って見送ってやる」

 

 

これから死ぬ奴にできるのは、そいつが安心して逝けるように笑うことだけだ。

涙の別れなんて悲しいからな、最期くらいは道化のように笑って見せるさ。

 

 

「悪いが幽々子の方は」

「拙者が行く。これでも長年仕えてきた従者だからな」

「最悪、幽々子も死ぬかもしれないぞ」

「解っている。西行妖をこの目で見たその瞬間から、その時が来るのは覚悟していた」

「そうか。杞憂だったな」

「どうせだ。これまでの恨みつらみを幽々子様にぶつけてやる所存だ」

「ははっ。妖忌らしくねえな」

「最後くらいは素直になりたいだけだ」

「そうかよ」

 

 

俺は妖忌に背を向けると、月の浮かぶ夜空を見上げた。

 

 

「お互い、死ななかったらまたここで会おうぜ」

「ああ。その時は、ゆっくり語り合うとするか」

 

 

互いに背中を合わせ、そして各々が想う人のところへと走り出した。

 

 

 

 

 

???side

 

 

あるところに、双子の姉妹が居た。

姉は己の力を証明する為、人の命を奪う殺人剣を極めた。

妹は弱き者たちを護る為、一殺多生の活人剣を極めた。

 

二人は対立し、やがて離ればなれとなる。

 

ある日、妹は人斬りという無実の罪を被った。

罪人は囚われ、やがて怒れる人々の手によって殺された。

 

だが、奇妙なことに、その日から罪人が居たという記憶は消え伏せてしまった。

ただ一人の家族である、双子の片割れだけがそれを憶えていた。

 

彼女はその足で向かっていた。

彼を待っている邪神の下へと、その二振りの刀を持って。

 

 

「死ぬのは怖い……」

 

 

彼女の手は震えていた。

この先に待ち受けているのは、自分の死だと確信しているからだ。

 

 

「でも、罪を償えずに死ぬはもっと怖い……‼」

 

 

彼女は死ぬ覚悟を瞳に宿し、その足を速めた。

 

 

「――一緒に戦って。菖蒲」

 

 

 

 





ついに始まった終わりへの鎮魂歌。
西行妖は開花し、都には四つの邪な影が、そして彼を待つ邪神。
死に誘う姫君は自分の運命との決着をつけるために、
双花の少女は目を逸らし続けてきた自分の運命に立ち向かう。
迷いが晴れた彼は、再び自分の運命に向き合うために、走り出すのだった。


次回予告
彼の前に立ちはだかる邪神の手先、それを救ったのは彼のよく知る闇だった。
東方幻想物語、妖桜編、『四神と仲間と血染めの桜』、どうぞお楽しみに。


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四神と仲間と血染めの桜

神無 優夜side

 

 

屋敷から飛び出し、俺は都へと急いだ。

今のところ、そこから嫌な気配が嫌と言うほど感じる。

もしかしたら、邪神もそこに居るのかもしれない。だとしたら、桜良もそこに。

都へと辿り着き、羅城門を抜け、都の大通りを走っていると、嫌な気配を感じた。

 

俺はその場に立ち止り、周囲を見渡した。

真夜中とはいえ、そこには不自然なほど人の気配が無かった。

まるでゴーストタウンの様な不気味な雰囲気の中、俺に向けられる殺気だけがそこにいる存在を証明していた。

 

 

「――来るか」

 

 

周囲に気を張り巡らせていると、突如頭上から無数の火球が大通りに降り注いだ。

俺はそれをいち早く察すると、火球の雨を掻い潜るように走りだした。

それに続いて、今度は俺より一回り大きな氷柱が、その火球の合間を縫うように落下してきた。

火球と氷柱の僅かな隙間を掻い潜りながら、俺はそれらを行っている元凶を探した。

 

その時、俺の進行方向から凄まじい突風が吹き荒れた、俺の脚を止めた。

それと同時に、激しく光る稲妻が俺に迫るように次々と周囲に落とされた。

突風で足止めされていると、火球と氷柱と稲妻が俺に向けて集中砲火された。

それら全てが直撃すると、激しい爆発が俺とその周囲を包んだ。

 

間一髪で突風から抜け、直撃を避けた俺だったが、爆発の衝撃で身体のあちこちに傷を負った。

予想以上の威力、恐らく直撃していたら俺の命は持たなかっただろう。

 

 

「ったく、最初っから飛ばしてくれるな」

 

 

俺は悪態をつき、黒煙が晴れた先へと視線を向けた。

大通りの前後、そして俺の左右に並ぶ家々の上に、そいつらは囲むように立っていた。

 

東方地方に伝わる姿形をした雷を纏う青い龍、その手には蒼く光る宝玉を持っている。

凶暴な目つきと鋭い牙を持つ風を纏う白い虎、その口には白く光る宝玉を咥えている。

孔雀の様に派手な尾が付いた炎を纏う赤い鳥、その足には紅く光る宝玉を持っている。

その身体に蛇が巻き付いた冷気を纏う黒い亀、蛇の口には黒く光る宝玉を咥えている。

 

 

「四神が勢揃いか。皮肉なもんだ」

 

 

この平安京は中国の四神相応を参考にして造られた。

その都に、その四神は現れた。しかし、邪な神の下僕として俺に立ち塞がるために。

 

 

「悪いが、てめえらに構ってる暇はないんだ。通らせてもらうぞ」

 

 

その場を突っ切ろうと走り出そうとした時、俺は自分の足に違和感を抱いた。

よく見ると、俺をその場に留めるように氷塊が俺の足を地面にと一緒に凍らせていた。

 

 

「まさか、さっきの爆発で……」

 

 

気付いた頃にはもう遅かった。

身動きの取れない俺へと、再び奴等は攻撃を仕掛けた。

青龍は雷の塊を、白虎は風の塊を、朱雀は炎の塊を、玄武は氷の塊を、俺へと放った。

 

避けられない。そう諦めかけたその時、俺の目の前を黒い影が覆った。

その影は全ての攻撃を受け止めると、それをそのまま四神へと弾き返した。

予期せぬ反撃に、四神は避けることもできずに直撃すると、身体をよろめかせた。

 

俺は何が起こったのか分からず唖然としていると、懐かしい声が聞こえた。

 

 

「まったく。アンタの行くところは面倒事が絶えないわね」

 

 

呆れるような、でも少し嬉しそうな声。俺が振り返ると、そこに彼女は居た。

金色の髪を靡かせ、影を自由自在に付き従える常闇の妖怪、俺の大切な仲間。

彼女は俺の目の前に歩み寄り、微笑みかけた。

 

 

「久しぶり。ユウヤ」

「ああ。久しぶりだな」

「聞いたわよ。記憶、無いんでしょ」

「まあな」

「だったら。私のことも忘れてるわよね」

「忘れてた。でも、思い出したよ」

「たとえば?」

「あの日、お前に酷い事を言ったな」

「さあ? 憶えてないわ」

「俺は憶えてる。だから、ちゃんと謝りたかった」

「律儀ね。わざわざそんなことまで覚えてるなんて」

「当たり前だ。お前は俺にとって、大切な相棒だからな」

「……相棒、ね」

 

 

彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。

 

 

「だったら、その相棒に心配かけるんじゃないわよ」

「ごめん。許してくれるか?」

「そうね。じゃあ」

 

 

彼女は俺の服の襟を掴むと、引き寄せて俺の唇を奪った。

しばらく間彼女はそれを堪能すると、満足そうに口を離した。

 

 

「これで許してあげる」

「お前、なんで」

「いい加減、少しは気付きなさい」

「それって……」

「あおの~お二人さん?」

 

 

俺とルーミアが声のした方へと顔を向けると、そこにはスキマから体を半分出した紫が居た。

なぜかその顔が赤いが、まあそこは追及することもないだろう。

 

 

「どうしたの? 紫」

「告白するのはいいけど、今はそんな場合じゃないでしょう」

 

 

紫が扇子で示す先には、先ほど反撃を喰らった四神が起き上がっていた。

その目は怒りに燃えており、俺たちへと殺意を向けている。

 

 

「ユウヤ、ここは私達に任せて先に行きなさい」

「頼むぜ。俺は桜良を」

「あの子なら、都の外れにある墓地、その先の広場よ」

「ありがとう。それと紫、お前に頼みがある」

「幽々子の事なら任せて。あの子が何をするのか、もう解ってるから」

 

 

紫は扇子を握り締め、その想いを堪えていた。

西行妖の封印する方法、それを紫も理解している。理解しているからこそ辛いのだ。

 

 

「紫」

「なに?」

「お前なら大丈夫だ」

「でも、失敗すれば」

「恐れるな。そんなんじゃ、出来ることも出来ねえぞ」

「そうは言っても、私はユウヤとは」

 

 

俺は紫の言葉を遮るように頭を優しく撫でた。

 

 

「お前しかできないんだ。紫」

「ユウヤ……」

「覚悟したからには『前のめり』だ。倒れるとしても、ただでは倒れるな。相手に噛り付け」

「前のめりに……」

「ああ、お前ならできるさ。お前はアイツの、幽々子の親友なんだろ?」

 

 

俺はそう言って微笑んだ。

変えられぬ結末だとか、救えない終わりだとか、そんなものは関係ない。

問題は、どこまで抗えるかだ。無様でもいい、醜い姿を晒してでも、少しでも良い結果にする。

それが、こんな俺が唯一出来ることだ。

紫の瞳には、もう迷いはない。そこには確かな覚悟があった。

 

 

「解ったわ。ユウヤ」

「よし。それじゃあ行くか」

 

 

俺は踵を返し、目の前の道を見る。

行く手には体勢を立て直した四神の姿、本気で俺を先に行かせたくないようだ。

 

 

「ユウヤ、道は私たちが切り開く」

「だから、安心して後ろは任せて」

「ああ。頼りにしてるぜ。ルーミア、紫」

 

 

俺は覚悟を決め、四神へと向かって走り出した。

青龍、朱雀、玄武が天に吼えると頭上から稲妻と火球と氷柱が降り注いできた。その合間を縫うように、白虎が俺に向かって走り出した。

 

紫はその手に持った御札を俺に向けて投げると、そこから結界が周囲に展開され降り注ぐ稲妻と火球と氷柱から俺を護った。

白虎は風の様なはやで俺に向かって走ると、そこから飛びかかってきた。俺はその下をスライディングすように滑り込むと、空中にいる白虎をルーミアが黒い剣で撃ち落した。

 

今度は青龍が俺に向かって飛んでくると、俺は底から飛び上がって青龍の背へと乗った。そこから迷わず青龍の尾へと向けて走りだすと、稲妻を次々と落としてきた。

威一人を避けながら走り続けると、その先では朱雀がその口に炎を集めて待っており、それを俺へと放った。前からは火球、頭上からは氷柱、後ろからは稲妻が迫る。

 

 

「紫‼ 結界を俺の足に集中させろ‼」

「解った‼」

「ルーミア‼」

「皆まで言わないでも」

 

 

ルーミアは空中に飛び上がり、その手に黒い球を作りだすと、それを青龍に向かって放った。

俺は青龍の尾から勢いよく飛び上がると、結界で強化された足で火球を蹴り返した。火球は燃えるような尾を引きながら下で待機していた玄武へと直撃した。

それに動揺して動きが一瞬止まった朱雀に、俺と落ちてきた氷柱を再び蹴り返し、それを朱雀の身体へと突き刺した。

 

地面に横たわる四神たち、それを尻目に俺は先へと走りだす。

紫は幽々子の下へと急ぐため、スキマを使って西行妖へと向かう。

ルーミアは、まだ完全に倒れていない四神を相手にするため、この場に残った。

 

 

さあ、ここからだ‼

 

 

 

 

 

???side

 

 

桜舞散るとある場所。

そこは西行妖に殺された者を葬るための墓地だったが、その先には一際大きい桜の木がある。

周囲を桜に囲まれた美しい広場、その奥に花びらを紅く光らせる妖艶な桜の木が在った。

 

その傍らに彼女、膨れ女こと黒扇は立っていた。

これから来るであろう待ち人に想いを馳せ、今か今かとその殺意を抑えるのさえ忘れていた。

 

その時、一人の人間の足音がゆっくりと黒扇に近付いてきた。

しかし、それは彼女が待っていた人間のものではなかった。

 

 

「この桜は、かつて西行妖と同じ苗木ものだった。

 今では誰もこの桜の存在は知らない。あった事すら覚えていないのよ。哀れなものね」

 

 

黒扇はそう言い、その桜を優しく撫でた。

 

 

「西行妖は人間の生気を取り込んで妖桜へと変貌した。

 でもこの桜は、ここに眠る罪人の怨念を取り込んでここまで成長した」

 

 

舞散る桜吹雪の中に、その桜の紅い花びらもともに舞う。

まるで人間の血に染められたかのような花びらは、他の桜よりも美しかった。

 

 

「貴女がどうしてここに来たのかは理解してる。

 愛識光姫という例外が存在した時点で察するべきだった。記憶を持ってる者が他にもいると」

 

 

黒扇は振り返り、その人物へと目を向けた。

その人物は二振りの刀を携え、彼女を見つめていた。

 

 

「愛する者の為に、貴女はまたその手を汚すのね」

「二度も失ったこの命、どうせなら、あの人の為に使いたいですからね」

「みんな同じことを言うのね」

 

 

黒扇は呆れるように、でもどこか楽しそうに笑う。

 

 

「羨ましいわ。正直者は」

 

 

 

 





思い出していく大切な仲間たちの記憶。
ユウヤは信頼する仲間に、自分の後ろを任せた。
一人は西行妖を止めるため、一人は四神から都を護るために。
三つの出来事が同時に進行される中、黒い扇の邪神と双花の少女が対峙する。


次回予告
覚醒した西行妖、それに立ち向かう紫と妖忌、そして幽々子が見せた笑顔の裏には?
東方幻想物語、妖桜編、『親友と主と笑顔の別れ』、どうぞお楽しみに。



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主と親友と笑顔の別れ

八雲 紫side

 

 

私の目の前に、そいつは居た。

今まで幾度となく人の命を奪い、一人の娘の人生を狂わせた妖怪桜。

憎らしいほど盛大に咲き誇り、その周りには白い魂魄が無数に漂っていた。

あれはおそらく、西行妖によって殺され者たちの怨霊、それが溢れ出ているのだ。

望まぬ死によって現世に未練がある者もいれば、自らその桜の下で死んでいった身勝手な人間の、その魂が私の周りを漂っている。

 

怨霊は生者を憎み、あちら側へ引きずり込もうとする。

あらかじめ、私は西行妖の周りに結界を張り、そこから怨霊が出ることを防いだ。

しかし、西行妖に蓄えられた妖力は凄まじく、怨霊だけでも抑えるので精一杯だった。

 

 

「どうしてまた、ここまで強く」

「原因は、都で起きていた殺しだろうな」

 

 

傍らにいた幽々子の剣士、妖忌はそう言った。

 

 

「殺し……そういえばあったわね」

「おそらくは、その死者の怨念を西行妖が吸収したのだ」

「すべてはこの日の為、って言う奴かしら」

「だろうな」

 

 

二人揃って、西行妖を見つめる。

人間の勝手な想いを吸収し妖怪に成り果て、その上今度は邪神に利用される。

私は今まであの桜に怒り負抱いてきたはずなのに、なぜかその桜が哀れだと思ってしまう。

 

 

「……終わらせてあげないとね」

「そうだな。幽々子様の苦しみ、そして西行妖の苦しみも」

 

 

私は御札を取り出し、妖忌は楼剣剣と白楼剣を構える。

今は西行妖の下までスキマは繋げない。ならば、この怨霊の群れを突破するしか方法は無い。

 

 

「道を切り開くのは任せるわ。辻斬り剣士」

「なんだ、その不名誉な呼び名は!?」

「あら。初対面で突然斬りかかってくるなんて、正に辻斬りじゃない」

「当然だ。幽々子様が妖怪と話しているのを見れば、退治するのが拙者の役目だ」

「その後、幽々子に怒られたわよね。『私の友達に手を出さないで』って」

「あの時の幽々子様は怖かったな」

「あの時の貴方の怒られている様は面白かったわ」

「胡散臭い年増妖怪が」

「堅物な剣士よりはマシよ」

 

 

互いに好き放題言い合っていると、怨霊共が私たちに向かって襲い掛かってきた。

その瞬間、私はスキマを開いてそこから弾幕を撃ちだして怨霊を足止めすると、妖忌がその隙に目にも止まらぬ速さで怨霊共を一網打尽に斬り裂いた。

 

 

「幽々子の下に行くまで、貴方達には構ってられないのよ」

「悪いな怨念たちよ。浮かばれぬのは拙者でも理解している。だが」

「「今は、無理にでも押し通る‼」」

 

 

私と妖忌は西行妖へと目標を定めると、地を蹴った。

私たちは次々と迫り来る怨霊を払い除けながら突き進んだ。

この先に必ずいる、私(彼)の親友(主)の下へ、一刻でも早く辿り着くために。

 

怨霊の包囲網を抜けた先、そこには妖艶に咲き誇る西行妖と幽々子が居た。

彼女は市に装束のような白い着物を身に纏い、その手には短刀が握り締められていた。

そして、私たちが来た事を察すると、彼女は笑顔で振り返った。

 

 

「紫……妖忌……」

「待たせたわね。幽々子」

「遅くなり、申し訳ありません」

「いいのよ。来てくれると信じてたから」

 

 

幽々子は赤く腫らした目で笑った。

きっと、私たちが来るまでに涙を枯らしておきたかったのね。

 

 

「幽々子」

「な~に?」

「普通は、ここで今までの思い出とか私の想いを話すところよね」

「そうね」

「でも、そんなことはしないわ。お互い、言わなくても解かるから」

「ええ」

 

 

本当は、言いたいことがある。

私だって、本当なら彼女には死なないでほしい。全力で彼女を止めたかった。

でも、これは彼女が決めたこと。私がその後始末をしなければいけない。

こんな所で迷っていたら、その彼女の想いも、ユウヤの願いも無駄になってしまう。

 

 

 

「妖忌」

「なんですか?」

「今まで、私の為に剣を振るってくれたわね」

「拙者は、それ以外にできることもありませんでしたから」

「でも、今まで迷惑かけてきたから、何か言うことは無い?」

「拙者からも言いたいことは多々ありますが、今言うと怒られそうですのでやめておきます」

「どんなこと言う気なのかしら? 気になるわ」

「そうですね。明日になればお話ししますよ」

「……意地悪ね」

「幽々子様ほどではありませんよ」

 

 

妖忌は笑った。今まで我が儘を聞いてきた彼なりのお返しなのね。

幽々子は少し悲しそうに、笑ってくれた。

 

 

「紫」

「なに?」

「ありがとう。私の親友でいてくれて」

「こっちこそ。こんな胡散臭い妖怪の私の親友になってくれて、感謝してるわ」

「紫の話はいつでも面白いもの。月での戦いとか、優夜との話とか」

「そんなことも話したわね」

「いつか貴女の理想郷にも、行ってみたかったわね」

「そうね。あそこなら、すべてを受け入れてくれるのに」

「でも、それはとてもとても残酷な話よ」

「その通りね」

 

 

でもね、今の私にとって、貴女を失うことが最も残酷な話なのよ。

貴女だって分かってるくせに、最期までそうやって笑ってくれるのね。

 

 

「そういえば、優夜と桜良は居ないのね」

「あの二人は……」

「いいの、解ってるわ。でも残念ね、お別れを言えないのは」

「私から伝えておくわよ」

「そうしておいて。……最期に、お礼だけは言いたかったわね」

 

 

幽々子は西行妖を見上げると、その手に持つ短刀の刃を首に押し当てる。

 

 

「私は、何の為に死ぬかしら?

 この苦しみから解放されるために死ぬのか、西行妖を封じる鍵として眠るのか。

 どちらにせよ、これは私の最期の我が儘。みんなの想いを踏みにじる、最低な行いよ。

 でも私は先に逝くわ。後の事は任せるわよ、私の頼れるお堅い剣士と、大切な妖怪の親友」

 

 

彼女は最期に優しく微笑むと、短刀で自分の首を斬った。

致命傷となる傷から鮮血が舞い、その足元に散る桜を血で染めると、彼女の身体は地面に倒れた。目を逸らしたい光景だった。でも、私は親友の最期を見届けなければいけない。。

凄惨な死に方とは裏腹に、血の海に横たわる彼女は、安らかな笑みのまま息絶えた。

 

言葉にならない想いが込み上げてくる。今にでも泣き叫びたかった。

妖忌は彼女から目を逸らすように顔を上げた。その瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。

泣いている暇は無い。彼女の死を無駄にしないためにも、私が西行妖を封印しなければならない。

 

私が幽々子の遺体に歩み寄ろうと一歩踏み出した。

 

 

「……っ!? 紫殿‼」

 

 

妖忌は声を枯らしながら叫んだ。

振り返ると、彼の視線が私や幽々子の先を視ていることに気付いた。

視線をそちらへと向けると、西行妖から伸びた蔓が幽々子の遺体に巻き付き、自分の下へと引き寄せた。

 

 

「幽々子っ!?」

 

 

私が手を伸ばすと、それを阻むように図太い木の根が地面を突き破って現れた。

幽々子の遺体が西行妖に縛られると、それと同時に桜一つ一つが黒く染まっていく。

まるで彼女の血で穢されていくように、西行妖は墨染めの桜へと変貌していく。

 

 

「これが本当の………西行妖の姿」

「美しさの欠片もないわね」

 

 

墨染の西行妖はその巨大な木の根や蔓を狂ったように振り回しながら私たちへと襲い掛かる。

私はスキマや結界を用いて防御し、妖忌は刀でそれらを切り払っていくが、規則性も志向も一切感じられない、まさに無差別に行われる攻撃に、私と妖忌は徐々に追い詰められる。

 

いや、追い詰められていたのは私たちの心。

表面上は平然を装おうと、幽々子の死を目の当たりにして、動揺していた。

理解しているからこそ、焦りが生じ、そして、西行妖は黒く光る桜の花びらを周囲に舞わせているのに気付かなかった。

 

西行妖の花びらが一ヵ所に収束していくと、それが塊となって私へと放たれた。

周りにいた怨霊がそれに巻き込まれると、その姿は一瞬にして消滅するほどだった。

死へと誘う力が凝縮された攻撃、防ぐこともできないと察した私はスキマを開こうとする。

 

 

「………っ!?」

 

 

だが、私の足元には蔓が巻き付き、その場から逃がさぬようにしていた。

避けられない。スキマを開く隙も無い。なら、死ぬしかないのか?

親友に後を任されたばかりだというのに、私は何もできずに終わるの?

嫌……そんなのは嫌‼ 約束を守れぬまま、夢を果たせぬまま死ぬなんて、絶対に嫌‼

 

だが、無情にも死の塊は私に襲い掛かる。

私は避けらぬまま、反射的に目を閉じた………………。

 

 

 

 





己の不幸を呪った少女は、その命を賭して西行妖を封印する。
しかし、邪神の策略はそれすらを凌駕し、西行妖は墨に染まる。
完全覚醒した西行妖を前にして、紫になす術はあるのか?


次回予告
四神に立ち向かうルーミア、それでも難なく退ける彼女に最大の危機が。
東方幻想物語、妖桜編、『連携と無双と神々しき龍』、どうぞお楽しみに。


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連携と無双と神々しき龍

ルーミアside

 

 

ユウヤと別れた後、私は都に残って四神の相手をしていた。

四神はそれぞれの得意な技を使いながら、互いに連携を取っていた。

青龍の稲妻、朱雀の火球、白虎の突風、玄武の氷柱、一人で相手にするには厄介な相手だった。

 

普通、妖怪は単体で行動することが多い。

群れを持っていたとしても、連携を取ることはまずない。

妖怪と言うのはどいつもこいつも自信家。自分一人で何でもできると思っているものが大半よ。

だから私は、妖怪が集団で攻めてくる時は要となっている奴を最初に倒し、集団を崩壊させる。

そうすれば後は適当に誘導して同士討ちを狙い、その隙に倒せばいいだけの話。

 

でも、こいつら四神はそれとは全く違う。

それぞれが上級妖怪以上に強いのもあるけど、何より互いが互いをちゃんと認識している。

そのお蔭で、互いの攻撃を隙を埋めたり、自分を囮にして他の奴等に攻めさせたりする。

ユウヤと楓を除いて、これまで戦ってきた奴等の中では最強ね。

 

 

「でも、諦めるわけにはいかないのよ」

 

 

私は迫り来るありとあらゆる攻撃を、自分の影を盾にすることで防いだ。

あの日、私はユウヤに一目惚れした。それから奇妙な腐れ縁で、ここまでやってきた。

数ヶ月前、彼が私の目の前から居なくなった時は不安で胸が苦しかった。

殺されるはずはない。そう思っていた私はこの国を必死に探し回った。

寝ることも食べることも忘れ、ようやく彼が見つかったと紫に聞いた時は、嬉しさで泣いてしまうほどだった。

 

 

「人喰いが……よくもここまで堕ちたものね」

 

 

私は呆れて、でも嬉しそうに笑った。

こんな私でも、一人の男のためにここまで来た。

叶わぬ願いだとしても、私はできる限り、彼の傍に居たいと思った。

だから、その時間を少しでも取り戻すために、私は目の前の邪魔者を排除する。

 

 

「さあ、遊びましょう♪」

 

 

私は口端を三日月のように吊り上げ、目を光らせた。

その瞬、私を覆っていた影が鋭い無数の針となって四方八方に伸びた。

青龍と朱雀は空に飛び上がって影の針を避け、白虎は影の針に貫かれる。玄武はその硬い甲羅に閉じ籠って一度身を守るも、残った影を収束させて巨大なドリルにすると、甲羅ごと貫いた。

貫かれた白虎と玄武はそのまま私の元へと引き寄せられ、影が引き抜かれると同時に、私の黒い剣の一振りによって、白虎は横一閃に、玄武は縦一閃にと、その身体を一刀両断された。

 

 

「残り二匹……」

 

 

剣に付いた血を振り払うと、私は上空にいる青龍と朱雀へと狙いを付けた。

それを察したのか、二匹はそれぞれ稲妻と火球を私に向かって放ってきた。

私はそれを剣や影で次々と斬り払うと、私は自分の足元の影を刃にして上空の二匹へと放った。

青龍はその細長い身体に回避が追いつかず、影の刃に尾から頭に掛けて切り刻まれると、力尽きて地面に墜落した。

 

 

「残り一匹……」

 

 

朱雀はそれぞれ逃げるように高速で飛びまわるが、それを超える速さで無数の影の刃が複雑に絡み合いながら朱雀の後を追う。

朱雀は迫り来る影の刃に火球を放つと、その隙に急降下してその追跡を逃れる。

それと同時に、私は自分の背中に影を集め、翼へと変化させると、朱雀へと向かって飛びたった。

空中で弾幕と火球が入り乱れ、互いに誘発しながら真夜中の空を明るく照らした。

私が地上へと降り立ると、朱雀は大きく鳴き声を上げると、その身に纏う炎をより強くさせ、私に向かって捨て身の特攻を仕掛けてきた。

 

 

「勇ましいわね。嫌いじゃないわ」

 

 

私は剣を構えると、炎を纏った朱雀へと向かって飛び上がった。

満月を背景に、私と朱雀が互いにすれ違う。私の身体には炎が燃え移り、朱雀の身体は私の一閃によって斬り裂かれ、地面へと堕ちていった。

 

民家の上に着地すると、私は眼下に広がる四神の亡骸を見下ろした。

突き刺されて真っ二つに斬り裂かれた白虎、甲羅ごと貫かれて真っ二つにされた玄武、尾から頭まで無数に切り刻まれた青龍、そして燃え尽きて命の絶えた朱雀。

多少時間は掛かったけど、何とか倒すことができた。

 

 

「さて、どうせだから紫の手伝いに……」

 

 

勝利の余韻に浸り、その場を立ち去ろうとした時、私の視界の端で何かが光った。

よく見るとそれは、朱雀が持っていた紅い宝玉が地面に転がったまま淡い光を帯びていた。

それだけではなく、他にも蒼、白、黒の宝玉も同じ様に光を帯びていた。

 

 

「嫌な予感がするわね」

 

 

私の予想を嘲笑うかのように、四つの玉は四神の亡骸を吸収すると、宙へと浮かび上がった。

宝玉を囲むように空中に結界のようなものが描かれると、やがて周囲を眩い光が包み込んだ。

 

思わず私は影で目を覆った。光が納まり、影を退けると、そこには信じられない者がいた。

神々しいまでの光を纏った金色の龍、四神の更に頂点に立つ神、黄龍がそこにいた。

その大きさは私よりも数百倍はあり、先ほどまでの四神とは比べ物にならないほど巨大だった。

神々しいまでの光を纏ったその姿、巨大な手には先ほどの宝玉が握り締められている。

 

 

「本命登場ってやつかしら」

 

 

武者震いを起こす右腕を抑えつつ、私は薄ら笑いを浮かべた。

黄龍はその巨大な口を大きく開けると、そこに力が集まりだした。それは正に、今から攻撃を仕掛ける為の溜め、それも四神のとは比べ物にならないくらい強力な攻撃だと私は悟った。

私は影を翼に変え、都へと被害が行かないように空中へと飛び上がった。

黄龍は力を集め終わると、空中にいる私へと向けて激しい閃光を放った。

それはかつてユウヤが見せた『マスタースパーク』よりも数百倍の威力と範囲があり、全力でその範囲から避けるのがやっとだった。

閃光は空の彼方まで撃ち上がると、雲を突き抜けて宇宙(そら)へと消えていった。

 

 

「洒落にならないわね」

 

 

次の攻撃が来る前に勝負を着けなければ。

そう思ったその時、激しい突風にあおられて地面に激突すると、私の頭上から稲妻と火球と氷柱が降り注いできた。

咄嗟に影で全て防ぐが、先ほどよりも威力が増しており、簡単に突き抜けてきた。

思わぬ不意打ちで地面に横たわると、見上げた先には先ほど倒したはずの四神が蘇っていた。

黄龍によって甦らされ、その力は以前よりも上がっているようだった。

 

 

「万事休すね……」

 

 

私は立ち上がるが、すでに黄龍は迎撃の準備を終わらせていた。

放たれる破壊の閃光、私は諦めるように目を閉じた……………………。

 

 

 

 

 

神無 優夜 side

 

 

幾つもの忘れていた記憶が、走馬燈のように駆け巡る。

それは時間を遡るように、現在から過去へと移り行く。

 

旅路の途中で琥珀と木ノ葉と出会い、佐渡の島で自分の影と戦った。

妹紅が不老不死になったが、彼女は前を向いて生きると言った。

輝夜を護る為、月からの使者を退き、永琳と再会を果たす。

都で阿礼と出会い、噂のかぐや姫と対面すると難題を出される。

妖怪の山で天狗たちと戦い、鬼姫である薊と喧嘩した。

諏訪大戦で三貴子と神々の軍勢と戦い、俺は人として見失った。

諏訪子や叶恵たちと共に暮らし、ルーミアも人間に馴染んできた。

月の都で永琳と出会い、それから綿月姉妹や輝夜と友人になった。

 

そして、この世界で初めてルーミアと出会った。

忘れていた俺が言えたことじゃないが、思えば、アイツとはずっと一緒に旅を共にしてきた。

奇妙な出会いだったが、今では後ろを任せられる大切な仲間だ。

 

そういえばさっき、アイツ俺に………………。

 

 

「……後で憶えてろよ」

 

 

俺は口元をニヤッとさせると、桜良の下へと更に急いだ。

 

 

 

 





本来、人に崇められるはずの神は邪神の下僕と化した。
それに対し、人に怖れられるはずの妖怪は人を護るために戦う。
彼女は圧倒的な力で四神をねじ伏せるも、その先には四神の長が待ち構えていた。
全てを包み込む閃光に、彼女の闇はかき消されていく。


次回予告
運命に弄ばれた少女は、最後に何を残して散っていくのか?
東方幻想物語、妖桜編、『殺しの罪と生きる罰と双花の散り様』、どうぞお楽しみに。



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殺しの罪と生きる罰と双花の散り様

‐回想‐

 

 

――彼女の話を聞いて、私も記憶が蘇る。

 

私と菖蒲は、ずっと一緒だった。

生まれるのも、親に捨てられても、幽々子の屋敷に引き取られるのも一緒。

菖蒲はいつも何かに怯えているみたいに気が弱く、私がそんなあの子をいつも護ってきた。

 

そして、剣術を習い始めるのも、同じだった。

私は気の弱いあの子を護るために、あの子は私の真似事だと言った。

思えば、そこから……いえ、この世界に生まれた時から私たちは狂っていた。

 

私は強さを求め、剣を極めようとしていたはずが、強者を倒す事で快楽を憶えるようになり、いつしか己の欲望に塗れた殺人剣を生み出した。

菖蒲は私の考えに対して、正反対の考えを導き出した。それが、一つの悪を殺して多くの者を活かすという、一殺多生の活人剣を生み出した。

 

全く正反対の思想、もちろん私の剣はすぐさま否定され、菖蒲の剣は周囲から賞賛された。

今まで私が守ってきたのに、あの子はいつの間にか私を追い越して、先に行ってしまった。

自分の居場所を失い、菖蒲にも必要とされない、そう思うとあの屋敷に居るのが辛くなった。

 

私は屋敷を出て、都のとある廃家に移り住んだ。

初めは何も不自由はなかった、だけど次第に生活は厳しくなる一方だった。

そんなある日、私の元に一つの依頼がやってきた。

 

それは都で悪事を働いている貴族の暗殺、つまり人斬りの依頼だった。

報酬も出るようで、生活に困っていた私は、やむを得ずそれを受けた。

人斬りに抵抗はなく、依頼は案外あっさりと終わった。

 

それからも次々に依頼が舞い込んでくるようになった。

殺しの剣が人々に求められていると、私はどこかで錯覚してしまった。

それ故に、自分でも歯止めが効かないところまで突き進んでしまった。

 

そんなある日、私の元にまた依頼が舞い込んできた。

私はいつも通り、誰もいない夜道でその人物を待ち伏せ、斬りかかった。

だけど、私の予想を裏切り、その人物は私を互角に斬り合った。

“まるで昔からずっと一緒に剣術を見てきたような”、そんな太刀筋だった。

 

私はその場で依頼を諦め、住処である廃家へと逃げた。

初めてだった。負けるのも、逃げるのも、死ぬのが怖いと思うのも。

もうすぐ私を捕まえに人が来る。そうすれば、私は殺されるだろう。

死刑がないこのご時世、何人もの人を殺した罪人を生かしておくはずもない。

罪人は“誤って”殺してしまった。その言葉で済まされるのだ。

 

恐怖に震えていると、一人の少女が入ってきた。

菖蒲だった。あの日、屋敷を出てから一度も顔を合わせる子のなかった妹が立っていた。

あの子が私に歩み寄ると、その服装が私と瓜二つだということに気付いた。

あの子は私を抱きしめると、耳元で小さく囁いた。

 

 

『大丈夫。私たちは双子だよ。きっと誰にも、解らない』

 

 

それが、菖蒲との最後の言葉だった。

私はその言葉が理解できぬまま、廃家の押し入れに無理矢理仕舞われた。

その後、都の人々がやってきて、あの子を連れ去っていった。人斬りを犯した罪人として。

私は必死に叫んだ。けれど、押し入れの外には聞こえず、開けることも出来なかった。

連れていかれるあの子の姿も見えぬまま、私は押し入れの中で子供のように哭いた。

 

翌日、菖蒲の遺体は墓地で見つかった。

桜が舞い散るその場所は、人が死ぬにはあまりにも美しすぎる場所だった。

私があの子の身体に触れると、知らないはずの記憶が逆流するように蘇った。

 

思い出した。自分が何者だったのかを。

一度“嘘吐き”に殺され、二度目は膨れ女に喰われて殺された。

あの子が怯えていたのは、また殺されるのではないかという恐怖だった。

誰にも理解されない恐怖を、あの子は私にも話すことなく、ずっと耐えてきたのね。

ああ、だからあの子は私の剣を否定した。殺されるの恐怖を、誰よりも理解していたから。

 

私は菖蒲の姿を目に焼き付けた。

自分の力に溺れて人を殺し、最後には自分の大切な者を失った。これが私の罪。

私の記憶と罪を背負わせて死んだあの子の代わりとして生きる。それが私の罰。

 

私は菖蒲の遺体を埋め、墓標を立てた。

そして誓った。あの子が成し遂げようとしたことを、私が代わりにやってみせる。

その日が来るまで、私は愚かな道化を演じ続けるわ。

 

 

 

 

 

双花 桜良side

 

 

私は自分の仇である膨れ女の前に立っていた。

彼女は私で不満だったみたいだけど、今は殺す気だというのがよく解かる。

彼女の背後にあるもう一つの西行妖が、血染めの花弁を舞わせていた。

 

 

「……貴女は、何の為にここに来たの?

 自分の代わりに死んだ妹の無念を晴らすために、私を殺すの?」

「そんなのじゃないわ。そんな事をしても、私が死ぬ運命は変えられない」

「ならば、どうしてここに?」

「言ったでしょう。愛する人の為に自分の手をまた汚すと」

 

 

私は小さく笑うと、突如吹いた風によって桜が散り、そして舞った。

その瞬間、私は黒扇との距離を一気に詰めると、両手の刀で斬りつけた。

だが、それは彼女が持つ黒い扇子によっていとも容易く受け止められた。

 

 

「ここで私を倒せば、ユウヤが傷付かなくて済む。なんとも単純で愚かな考えね」

「そうね。私程度が、貴女に勝てるなんて那由多の一つも考えてないわ」

「なら、どうして自分から残り少ない寿命を削りに来るのかしら?」

「決まってる。あの人の為に、少しでも貴女を手負いにする。それが私の役目よ」

 

 

両手の刀で黒扇の扇子を弾き飛ばすと、刀を横薙ぎに振るった。

彼女は上半身を置きく仰け反れせてその斬撃を避けると、そのままバック転するように刀を空中高く蹴り上げた。

宙を舞う扇子と二振りの刀、私はすぐさま跳び上がって自分の刀を取り戻そうとした。

だがその時、木の根のような黒い触手が私の足に巻き付いて、飛ぶことができずに地面に転んだ。

扇子は黒扇の手に戻り、二振りの刀は地面に交差するように突き刺さった。

 

 

「くっ……」

「やれやれ。油断も出来ないわ」

「相変わらず卑怯な手を……」

「勝つためには手段を選ばない。例え一度は殺した人間が相手でもね」

「ごもっともね」

 

 

私は近くに落ちた刀を手に取って立ち上がると、足に巻き付いた触手を斬る。

お互い全くの無傷、このままだとあの人が来てしまう。なんとかしなくちゃ………………。

 

 

「ところで、何か誤解しているようね」

「なにがよ」

「元より『双花 菖蒲』という存在はこの世界に無いわ」

「どういう意味よ」

「貴女が死ぬ直前に発症した永久的狂気、それは『極度の恐怖症』。

 目の前の出来事から目を逸らし、その場か逃げようと自分の本能が恐怖に負ける」

「それがどう……か……」

 

 

私は黒扇の言葉を聞いて、ある事に気付いてしまった。

その瞬間、鋭く尖った触手が私の目の前まで迫ってきた。

咄嗟に刀でその軌道を逸らすが、次々と触手は私に対して襲い掛かる。

 

 

「動揺したってことは、気付いたわね」

「……恐怖症、その最も効率的な回避の仕方は、目を逸らすこと」

「人は危険な状況に直面した時、もう一人の自分を作りだし、恐怖をその人格に押し付ける」

「よく在る話。でも、この場合は」

「貴女はこの狂気的な世界から目を逸らすために、もう一人の人格をその死の間際に創り出した。

 それが功を奏してか、本来の記憶と運命を背負い、その人格は貴女の双子として生まれた。

 それが『双花 菖蒲』。貴方と同じ、この世界に存在するはずもない人間だったってことよ」

 

 

触手の向こう、黒扇は黒い扇子片手に笑うと、触手が私の身体を貫いた。

心の動揺によって生まれた一瞬の隙、そこを一気に突かれた。

 

 

「か、はっ……!?」

「そもそも存在しない人間、人の記憶から消えるのも当然ね。

 妹が被った罪は、結局貴女に向けられ、あやふやで不確かな記憶としてこの世に残った。

 つまり、双花菖蒲のやったことは、無駄だということね。なんとも哀れで救い様の無い物語」

「そん…な、こと……」

 

 

触手が引き抜かれ、血飛沫が桜と共に舞う。

その場に倒れそうになる身体を無理に持ち直すと、ふらふらになりながら黒扇に向かって走った。

行く手を触手が遮るが、それらを斬り払いながら、私は彼女の眼前まで辿り着いた。

私が残る全ての力を使い、双振りの刀を彼女に振り下ろした。

しかし、その刃は彼女には届くことなく、虚空を切った。

 

 

「――ごめんなさい」

「……!?」

「せめて、楽に殺してあげたかった」

 

 

悲しげに囁く黒扇は、その本性である“五つの口”で私に喰らい付いた。

その時の彼女の表情は、嘘偽りはなく、本当に悲しんでいるようだった。

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

私が墓場へと引き返すと、そこにはあの人が立っていた。

ところどころに傷痕を負い、手首には刀で斬りつけたような跡まであった。

彼の事だから、白楼剣で自分を斬って、迷いを断ち斬ったのかもしれない。

 

それよりも、全部思い出したわけでもないのに、ここまで来てくれたんですね。

相変わらず、凄い人です。それほどの勇気が私にもあれば、なんて贅沢は言いません。

だって、泣き虫で臆病な私でも、あの邪神に立ち向かえたんですから。

 

あの人は私に歩み寄ると、優しく抱きしめてくれた。

温かい………全てを包み込んでくれる優しい温もり、私には勿体ないです。

でも、それを振り解く力なんてもう無い。今はこれを堪能させていただきます。

 

ああ、そうだった。渡す物があるんだった。

私は彼に、さっきの戦いで黒扇から取り戻した彼のスマホを受け渡した。

そういえば、このスマホ。私と一緒に買いに行ってくれましたよね。

貴方は憶えていなくても、私は憶えています。だって、大切な思い出ですから。

 

あゝ、こんなことをしていると、もう眠くなってきました。

最期に、貴方に伝えたいことがあるんです。ずっと前から想っていたこと。

私は彼の髪を手繰り寄せると、その髪にそっと口付けをした。

 

髪へのキスは、思慕。

ずっとお慕えしてた優しい先輩、私の迷いを断ち斬ってくれた旅人さん。

その想いを、私は全部伝えられましたか?

 

あゝ、今にも涙が溢れてしまいそうだ。

でも、泣いてしまったらあの人の決心を鈍らせる。だからせめて、最期は笑おう。

私は道化、後悔の無いように、不安も無いように、哀しみも無いように、ただ笑うのみ。

 

さようなら、私の愛しい人よ。

孤独な私に手を伸ばしてくれた、優しくも儚い人よ。

 





少女は怖がりだった。
狂気に彩られた神を見て、彼女はもう一人の自分を創って目を背けた。
しかし、記憶を封じてもその恐怖は付きまとい、彼女を駆り立てた。
だから彼女は刀をとった。恐怖をぬぐうために彼女は刃を振るった。
そして、彼女はその恐怖に立ち向かい、今宵命を散らせた。
彼女が最期に残したのは、運命に立ち向かう勇気だったのかもしれない。


次回予告
全ての記憶が元に戻ったとき、彼は再び邪神の前に立ち、答えを導きだす。
東方幻想物語、妖桜編、『目先の欲と本当の俺と三つの延長戦』、どうぞお楽しみに。



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目先の欲と本当の俺と三つの延長線

神無 優夜side

 

 

「また失ったわね」

 

 

悲しげな声が俺の耳にこだまする。

俺の目の前には、紅く光る血染めの桜と妖艶に微笑む黒扇の姿があった。

 

 

「哀れなものね。記憶が戻っても、結果は同じ」

「同じじゃねえよ。もう、以前の俺とは違うんだ」

「何が違うの? 結局、貴方は愛する人をまた守れなかった」

 

 

怒りを孕んだその声は俺を責め立てる。

俺の手には、桜良が取り戻してくれたスマホと、彼女の髪飾りを握り締めていた。

 

 

「不思議ね。あの子の身体は骨の髄まで食らってあげたのに」

「そうだな。俺のもとまで来たアイツは、魂だけだった」

「でも、貴方はこうして彼女から受け取った。魂だけの存在となってもね」

「アイツなりのけじめだったんだろ。ご丁寧に別れの言葉まで言って消えやがった」

「そう……関係ないけど、美味しかったわよ。とてもね」

「最後の晩餐にはちょうど良かっただろ」

 

 

俺は静かな怒りを滾らせながら、黒扇を見つめる。

 

 

「いくら不老不死だろうと。いくら強い能力があろうと、貴方はただの人間」

 人間は神に勝てない。運命には抗えない。それがよく解ったでしょう?」

「たしかに、俺は今の状況に甘えていた、人間でも妖怪でもない中途半端な存在。

 護るものも守れず、私情で我を忘れる、どうしようもない馬鹿だよ」

「なら、貴方はどうするの?」

「そんなこと、前から決まってた」

 

 

俺は髪飾りを握り締め、目の前を見つめる。

 

 

「考えるのはもうやめた。俺は俺の好きなようにやるさ」

「……は?」

 

 

俺の回答が予想外だったのか、彼女は理解しがたいような声を出した。

 

 

「今思えば、途中から余計なものがどんどん増えていったんだよな。

 ニセモノの邪神とか、復讐だとか、挙句には手には俺の記憶を取り戻せなんてな。

 俺はただ、この世界で自由気ままに美少女に会えればそれで良かったのに、ほんと」

 

 

俺の言葉に、彼女は困惑していた。

それも当然だろう。愛する者を失った直後に、復讐が馬鹿馬鹿しいと言っているのだから。

いや、それ以前に、自分の使命すら余計なものだと吐き捨てている。いくら聡明な彼女でも、俺の言葉の意図を理解できない。

 

 

「だから、俺は今から目先のことしか考えないようにした」

「目先の事って……、馬鹿にしてるの?」

「馬鹿にしてねえよ。本気も本気、本気と書いてマジだ」

「だったら、なんでそうも平然としてるのよ。桜良を殺されて悲しくないって言うの?」

「悲しいさ。でもな……」

 

 

俺はそう言って、彼女を睨みつけた。

その時、彼女は俺を見て後退りをした。

 

 

「……なんなのよ、その殺気は」

「涙を流すのは後でもできる。悲しみに暮れるのも後回しだ。

 でもな、今はお前にを全力でぶん殴りたい。今はやることは、それだけで十分だ」

 

 

目先の事に必死になれば、なるようになるのが人間だ。

後の事なんて終わってから考えればいい。その先の事なんて、誰にも分からねえんだから。

それに、邪神とか復讐とか、そんなものに縛られるような人間じゃないんだよ。

 

思い出したよ。数億年も昔に置き去りにしてきた、俺自身の記憶。

 

 

「俺はアニメや漫画やゲームが好きで、コスプレ衣装作りが趣味で、守銭奴なのに甘い物好きで、美少女好きなニコ厨で、フェニミストなお人好しで、そして何より東方を愛しているただの人間だ!!

 その俺の前に、俺の幸せを邪魔する奴が居るのなら、たとえ邪神でも運命でもぶち殺すだけだ」

 

 

俺の言葉に、彼女は目を見開いた。

以前とは違う俺を見て、彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。

 

 

「貴方、一体何者なの?」

「通りすがりの人間だ。憶えておけ」

 

 

俺の言葉に応えるように、ポケットから二組のダイスが飛びだしてきた。

深紅から貰ったダイスと、風歌から貰ったダイスだった。

 

 

――まったく、目先のことしか考えないですか。

――いいじゃねえか。そういう考え、俺は好きだぜ。

――貴女は元から後先考えない人ですから、まあ似合いますね。

――んだと!!

――二人共、喧嘩するなら後にしてくれよ。

 

 

ったく、こんな大事な場面だというのに、緊張感がない奴等だ。

邪神と云うのは、どいつもこいつも自分勝手だな。

 

 

――そうですね。喧嘩なら後でいくらでもできます。

――今は、目の前のアイツをぶちのめす。そうだろ?

 

 

紅く揺らめく炎を、吹き荒ぶ風を纏いながら、ダイスは光を帯びる。

 

 

「お前らがやれって言うのなら、それがお前らが本当にやりたいことなんだよな。

 一緒に戦ってくれ、菖蒲、桜良!! そして行くぜ、深紅‐クトゥグア‐、風歌‐ハスター-!!」

 

 

ダイスを握り潰すと、砕ける音ともに炎が巻き起こり、風が吹き荒ぶった。

桜良の髪飾りは二振りの刀となり、それぞれ鞘に桜と菖蒲の花が描かれている。

フィンガーグローブには炎のように紅く、コートは風歌と同じように黄色一色に染まる。

俺がコートをはためかせると、吹き荒ぶ風と燃え盛るの炎が周りの桜を一斉に舞わせた。

 

 

「それが、邪神の神降ろし」

「人間も邪神も助け合いでしょ」

「おっしゃる通りね」

 

 

その時、幽々子の屋敷から凄まじい妖力が感じいられた。

それと同時に、都の方から空にめがけて巨大な閃光が放たれた。

 

 

「どうやら、あっちの方でも本番に入ったみたいね」

「みたいだな。でも心配はいらねえな」

「あら、いくら常闇の妖怪と妖怪の賢者でも、あの子たちには敵わないわよ」

「たしかにな。アイツ等一人一人の力じゃ無理だ」

「どういう意味よ」

 

 

理解できない彼女を尻目に、俺は空に向かって思い切り叫んだ。

 

 

「どうしたル紫、もう終わりか? だらしないな」

「……!」

「ルーミア、お前はそこで終わりか? 俺との約束を果たすまで、死ぬんじゃねえぞ」

「貴方、何を言って……」

 

 

その声は虚空へと消えると、西行妖と都の方から凄まじい妖力を感じた。

それは彼女にも伝わったようで、驚きで目を見開いている。

 

 

「貴方、一体何をしたというの?」

「何もしてねえよ。ただ、アイツ等を焚き付けただけだ」

「……でも、もう西行妖と黄龍は止められない」

「止めてみせるさ。俺の仲間と、俺の紡いできた絆がな」

「なんですって?」

「言っただろ。助け合いだって」

 

 

俺はいつもの様に口元をニヤッとさせて言った。

 

 

「さあ、目を見開きな。ここからが延長戦だ」

 

 

 

 





次回予告

本当に自分がやりたかったこと、それを思い出した優夜。

その瞳は真っ直ぐ前を見つめ、その心には一点の曇りもなかった。

そして、彼の叫びは諦めかけていた仲間の心へと響いた。

墨染の桜、四神の長、黒い扇の邪神、それらすべてを打ち倒せ!

さあ、ここからは本当の延長戦だ。

東方幻想物語・妖桜編、『散る桜と散らぬ命と西行妖の封印』
           『五柱の神と五つの絆と完全な闇』
           『邪神と覚悟と受け取った力』



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散る桜と散らぬ命と西行妖の封印

八雲 紫side

 

 

『どうした紫。もう終わりか? だらしないな』

 

 

ふと、そんな言葉が私の頭に響いた。

そして不思議なことに、来るはずの痛みも衝撃も一向にやってこなかった。

瞑っていた目を開けると、そこには桜吹雪が舞う中、結界を目の前に張った一人の女性がいた。

 

 

「大事なところで油断するなんて、理想郷の賢者もまだまだね」

 

 

銀色の髪を揺らしながら振り返った彼女は、そう言って私に微笑んだ。

その姿に、私は見覚えがあった。旅を始めて間もない頃、その道中で出会った狐と狸の二人組。

旅人を困らせていた二人を懲らしめて、その折に仲良くなった、自由奔放な九尾の狐。

 

 

「貴女は……たしか琥珀!」

「お久しぶりね。紫」

「どうして貴女が」

 

 

私が身を乗り出した時、琥珀の結界を西行妖の木の根や蔓が叩きつける。

 

 

「悪いけど、今はそれよりこの場を何とかしましょうか」

「……解ったわ」

 

 

私はスキマを使って西行妖から少し離れた場所へと移動し、今は琥珀が張った結界の中に集まっている。

 

 

「ざっと結界はこんなものかしら」

「衰えても、九尾の力は未だ存命のようね」

「世辞はいいわ。どうせ数分も持たないから」

「なら、早急に対策を立てる必要があるわね」

「どうする気だ? 紫殿」

「どうするもこうするも、方法は一つよ。妖忌」

「……やはり、か」

 

 

妖忌は訝しげに西行妖を、いや、西行妖に寄りかかるように眠る幽々子を見つめる。

 

 

「西行妖には幽々子の体が必要よ」

「だろうな。幽々子様も、それが分かったうえで自害した」

「反対しないのね」

「あの方が自分で選んだ道だ。拙者がどうこう言える立場でもない」

「そうね。でも、まずは幽々子を取り戻さないと」

「それじゃあ、助っ人がいるわよね」

「え?」

 

 

琥珀が向けた視線の先から、二人の少女が現れた。

一人は桃色の髪をした隻腕の少女と、もう一人は黒い髪の奇妙な羽根を持った少女だった。

 

 

「琥珀様、言われた通りに都のあちこちに結界を張りました」

「ったく、何で私達がこんなことしなくちゃいけないのよ。人間なんてほっとけば」

「そう言うなよ、ぬえちゃん。お前とは佐渡島の若狸の共通の知り合いだろ?」

「何でそこでマミゾウが出るんだよ。関係ないだろ」

「ふてくされるな。そこの鬼姫の部下みたいに素直に従っておくれよ」

「そうだ。仮にも九尾の狐、格上の相手には礼儀を払うものだ」

「よく分かってるわね、華扇ちゃん。後で美味しいお酒、一緒に呑みましょう」

「喜んで御相席します」

「あ、ずるい‼ 私も混ぜろ‼」

「調子の良い人ですね。まったく」

 

 

三人が各々話を繰り広げていると、二人の少女が私に歩み寄る。

 

 

「初めまして。茨木 華扇と申します」

「あ~、私は封獣 ぬえ。まあよろしく」

「え、ああ、よろしく?」

 

 

私はあまりにも自然に溶け込んでくる彼女たちに驚きを隠せずにいた。

それを察したのか、華扇は優しく微笑みかける。

 

 

「安心してください。私達、これでも優夜さんに少しお世話になったんです」

「ユウヤに……?」

「はい。あの人には、感謝しきれない恩がありますから」

「まあ、私としては面白そうな人間って認識しかしてないけどね」

「そう……また、面白い人達と知り合いになったのね」

「こいつらは私の旧友の身内だからな、無理いって手伝ってもらったんだよ」

「琥珀さんの防御結界を、都中に張っただけですけどね」

「お陰でこっちはくたくたなのに、何あの化け物」

 

 

ぬえは目の前に佇む西行妖を見て面倒臭そうな表情を浮かべた。

 

 

「疲れているところ悪いが、お主らに頼みがある」

「まさか、アイツを倒せとか言うのなら私今すぐ逃げるよ?」

「心配はするな。ただ、時間を稼げ」

「時間、ですか?」

「そう。紫があれを封印する準備が整うまで間、私達が食い止める」

「うわぁ……思った以上だな」

「無理強いはせん。逃げたければ逃げろ。誰も責めない」

 

 

琥珀がそう言うと、二人は前に足を踏み出し、琥珀の隣に立って西行妖を見つめる。

 

 

「そこまで言われて逃げたら、妖怪の名折れだね」

「ですね。まあ、もう私は逃げるつもりなんて無いですけどね」

「妖怪にしては、中々人情がある奴等だな」

「半分人間の癖に、生意気言うんじゃないよ」

「ははっ。それだけ活気があれば、西行妖に殺される心配はないな」

「悪いですけど、私にもやるべきことはあるんです。こんな所で負けてられないですよ」

「その意気込み、嫌いじゃないな」

 

 

妖忌、華扇、ぬえの三人は西行妖と対峙する。

琥珀は、私に歩み寄ると、そっと抱きしめた。

 

 

「……大丈夫よ」

「琥珀?」

「この子の苦しみを、終わらせてあげて」

「……解ったわ」

 

 

私はそう言うと、西行妖に立ち向かおうとする四人に向けて言った。

 

 

「お願い、私に力を貸して」

「……愚問だ。あの桜を止めるのが、我が主からの最期のご命令なのだから」

「妖忌……」

「あの子には少しだけ世話になったからね。老体の身でも、やれるところまではやるさ」

「琥珀……」

「あんな妖怪が居ては、おちおち花見も出来ませんからね。片腕でもやってみせますよ」

「華扇……」

「まあ、人間に悪戯できなくなるのは嫌だからね。手伝ってあげるよ」

「ぬえ……」

 

 

四人は結界の外へと出ると、西行妖は墨染の花びらをを舞わせながら、木の根や蔓や枝を不気味に動かしながら待って待ち受けていた。その周りには、怨霊たちも漂っていた。

 

 

「最初の時間稼ぎは拙者たちがやる。紫殿はその隙に封印の準備を」

「解った。それができ次第、私は幽々子のもとへ向かう」

「その時は道は、私たちが切り開くわ」

「それまで、頑張りますよ」

「やれやれ………それじゃあ、行くよ!」

 

 

西行妖はその木の根や蔓を地面にたたきつけると、私たちへと向かって襲い掛かってきた。

四人はそれぞれ木の根の刺突や蔓の巻き付きを軽々と回避していきながら弾幕を放つ。

妖忌は斬撃で蔓を斬り、華扇は木の根を足刀で断ち、琥珀は御札を投げつけ、ぬえは蛇のように曲がる弾幕を放つ。

西行妖は痛みを感じるのか、悲鳴を上げる代わりに怒り狂うようにその攻撃は激しを増す。

 

 

「真正面からではキリがないな」

「やはり、直接叩くしかないわね」

「でも、どうすれば?」

「それなら、私の出番だね」

 

 

ぬえはニヤリと笑うと、黒煙を西行妖の方へとまき散らした。黒煙によって四人の姿が見えなくなると、西行妖は再び花びらを収束させて黒煙を吹き飛ばした。

しかし、もうその場には妖忌だけが取り残され、他の三人の姿はなかった。

西行妖は敵を見失い木の根を傾げるが、目の前の妖忌に目標を定めると木の根を槍の様に尖らせて妖忌に向かって刺突する。

妖忌はそれを受け止め、地面を滑りながら押し込まれるが、彼はその場で踏みとどまってニヤリと笑う。

 

 

「もう少し周りを広く見ることだな。西行妖よ」

『――? ――!?』

 

 

突如、西行妖の木の根や蔓が狂ったように暴れだした。

西行妖の周りを赤い格子のような結界が囲っており、その隙間を縫うように無数のレーザーが放たれ、西行妖の本体を隅々まで痛めつけていた。

その格子の結界の上に、琥珀とぬえが腰かけて西行妖を見下ろしていた。

 

 

「よそ見はダメだよ。妖怪桜さん」

「紫、準備の方は?」

「もうできたわ。後は……」

 

 

私は結界から出ると、西行妖に捕らわれた幽々子を見つめる。

 

 

「直接、あの子に」

「道は拙者が切り開く」

 

 

妖忌は木の根を斬り策と、私と一緒に走り出した。

襲い掛かる木の根の刺突や蔓の巻き付き、花弁のような弾幕を避けながら、私たちは突き進んだ。

西行妖の目の前まで辿り着くと、妖忌は楼観剣と白楼剣を鞘に納め。居合の構えをとる。

 

 

「妖忌、幽々子を」

「解っている……!」

 

 

妖忌は地面を踏みしめすべての力を剣に込めると、西行妖へと目標を定める。

だが、その軌道上に怨霊の群れが立ち塞がり、妖忌は舌打ちをする。

 

 

「ちっ、これでは……」

「――行きなさい、芳香」

「はーい」

 

 

その声は楽しそうに返事すると、私の後ろから飛び出し、怨霊の群れをすべて喰らった。

無邪気にも食事を楽しむように、目の前のキョンシーは怨霊を平らげたると、私の横を走り去っていった。振り向くと、そこには一人の女性が立っていた

 

 

「青娥ー。言われた通り食ったぞー」

「いい子ね。美味しかった?」

「うん♪」

「貴女は……?」

「通りすがりの仙人です。お気になさらず」

「なんでここに」

「こちらにとって迷惑な存在だったから、だから手を貸したまでですわ」

 

 

仙人と名乗る彼女はそう言って微笑を浮かべると、私に背を向けて歩き出す。

 

 

「彼にもよろしくと伝えてください」

「彼……って、まさかユウヤ?」

「ふふ。飽きない人ですね」

 

 

彼女はそう言い残し、その場からキョンシーを連れて姿を消した。

まったく、私の知らないところでよく知り合いを増やすわね。

 

 

「気を取り直して………行きなさい、妖忌!!」

「言われなくても!!!」

 

 

妖忌は地を蹴って一瞬で加速すると、西行妖に向けて突進する。

花弁の弾幕が彼に容赦なく降り注ぐが、それをもろともせず、彼は目にも止まらぬ速さで白楼剣を抜刀し、西行妖を斬り抜けた。

一筋の剣閃が西行妖に走ると、幽々子を捕らえていた蔓が切れ、地面へと落ちていく。

 

私は幽々子の体を受け止めると、優しく抱きしめ、その耳元で私は封印の言葉を囁く。

 

 

「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ………」

 

 

斬り抜けた妖忌は楼観剣を天高く掲げると、そこに妖力を収束させ、巨大な光の刃を創り上げる。

 

 

「その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする」

 

 

さらに、西行妖の頭上に華扇が飛び上がり、天高く掲げたその脚に妖力を込める。

 

 

「願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ………」

 

 

二人は妖力を最大限まで溜めると、妖忌はその刃を横薙ぎに払ってその本体を斬り裂き、華扇は渾身の踵落としでその本体を真っ二つに切り裂いた。

まるで血飛沫の様にその身の桜を散らす西行妖は、最期に薄紅色の美しき姿へと戻った。

 

 

とめどなく溢れる涙が、私の頬を伝う。

これまでの彼女の思い出が、苦しみが、絶望が、西行妖と一緒に散っていく。

次に貴女に会う時は、私のことを憶えていない。それなら、また始めからやり直しましょう。

 

 

「そして、叶うなら………もう一度、私の友達になってください。儚き桜の姫君よ」

『――ふふ。言われなくても、そのつもりよ』

 

 

優しげな声は、西行妖の封印とともに消えていった。

その夜、西行妖と共に散った少女は、安らかな笑みを浮かべてこの世を去った。

 



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五柱の神と五つの絆と完全な闇

ルーミアside

 

 

『ルーミア、お前はそこで終わりか? 俺との約束を果たすまで、死ぬんじゃねえぞ』

 

 

ふと、そんな言葉が頭に響いた。

それと不思議なことに、来るはずの痛みがなぜか一向に訪れない。

目を開けると、そこには黄龍に対して左手を突き出して立っている一人の少女が立っていた。

 

 

「この程度の相手に苦戦するとは、お主も情けないな」

 

 

月明かりに照らされる黒髪を揺らしながら、彼女は私に振り返った。

その姿を、私は憶えていた。かつてユウヤが真っ向から勝負して打ち破った鬼の長。

相手の能力を殺し、純粋な力のみで戦う、不老不死の鬼姫。

 

 

「薊……!」

「どうした? まるで幽霊でも見たかのような目をしおって」

「アンタ、生きてたのね。てっきり旅の途中で野垂れ死んでるかと思ってたわ」

「馬鹿言うな。我が死ぬことなんぞ絶対にない」

「そうだったわね」

 

 

薊の隣へと歩み寄ると、空を見上げる。

神々しい光を放つ黄龍の周りには、青龍・朱雀・白虎・玄武の四神が佇んでいる。

 

 

「黄龍に四神、結構危ない状況だな」

「これでも一度は殺したんだけど、どうやらあっちもしぶといみたいね」

「だろうな。仮にも神、そう簡単には倒れてくれんだろ」

「それなら、倒れるまで何度でも殺すまでよ」

 

 

私は黄龍を見ら見つけると、それに応えるように黄龍は天高く吠えた。

それを合図に、四神が一斉に私たちの方へと襲い掛かってきた。

私は周囲に影を展開してそれを待ち受けるが、薊は腕組みをしたまま意味深に笑った。

 

その時、私の背後から何かが放たれた。

一つは鉄輪、空気を斬りながら投げられたそれは青龍の身体に深い傷を負わせた。

一つは弓矢、狙い誤らず放たれたそれは白虎の左目に深々と突き刺さった。

一つは炎の弾、闇夜を明るく照らすそれは朱雀と玄武に直撃すると爆発した。

突然の攻撃で後退りする四神の背後で、黄龍だけが静かに私の背後を見つめていた。

 

 

「やれやれ、都から強い神力を感じたかと思ったら、また面倒なことになってるわね」

「あの人が行く先々ではいつもこんな音が起こってるのね。ある意味退屈はしなさそうね」

「でも、神様相手に喧嘩を売るのは、あの人らしいわね」

 

 

私が後ろを振り向くと、そこには見覚えのある面々が立っていた。

洩矢諏訪子、八意永琳、藤原妹紅、昔からユウヤと深く関わってきた人たちが並んでいた。

 

 

「久しぶり。ルーミア」

「諏訪子、なんでアンタがここに」

「紫っていう妖怪に言われたのよ。ユウヤの助けになってくれって」

「紫が?」

「そう。他の二人も同じだと思うわよ」

 

 

諏訪子は後ろ指を指して笑った。

 

 

「永琳……妹紅……アンタたちまで来るなんてね」

「まあ、ユウヤには返しきれない恩があるから。これくらいわね」

「私も同じよ。数億年前の借りは、私の一生を使ってでも清算するつもりよ」

「つまり、ここにいる奴ら全員あやつのことが好きだってことだな」

「あぁ、なるほど」

「「「なんでそうなるのよ!?」」」

「お、息が合ってるわね」

 

 

そうやって三人をからかっていると、後ろの方が妙に静かだということに気付いた。

振り返ると、苛立つ四神を黄龍が無言の圧力で無理やり押さえつけていた。

まるで私たちの会話を邪魔させないように、準備が整うまで待っているかのようだった。

 

 

「ご丁寧に待ってくれてるわね」

「邪神の手先だといっても、さすがは四神の長ってことね」

「正々堂々と、というわけか」

「ならば、その心意気には全力で応えるとしようかの」

「やれやれ。どいつもこいつも血の気が多いわね」

 

 

私はそう言って小さく笑うと一歩前へと出て、五人横一列に並ぶ。

 

 

「適当に、玄武は我が相手になる」

「なら、炎繋がりで朱雀は私が」

「動きが速そうな白虎は私が適任ね」

「余った青龍は私が引き受けるとするよ」

「……黄龍は、私が仕留めるわ」

 

 

それぞれの相手を決め、四人は四方へと散らばった。

四神はそれを見ると、光の球となってその後を追った。

その場に残された私と黄龍は、ただ静かにその時を待つ。

 

 

 

 

 

???side

 

 

青龍と諏訪子は都から東にある鴨川へと移動した。

静かに流れる夜の川に、雷を纏う龍と諏訪の祟り神が対峙する。

 

青龍は夜空に吠えると、彼女の頭上からいくつもの稲妻を落とした。

諏訪子は空へと飛んでそれを避けると、すかさず鉄輪を青龍に向けて投げた。

だが、青龍はその身体を大きく仰け反らせると、その回転で鉄輪をいとも容易く弾き返した。

戻ってきた鉄輪を受け止めると、それと同時に稲妻が彼女に頭上から降り注いだ。咄嗟にそれを避けて地面へと着地すると、諏訪子のいた場所とは遠い所で稲妻が落ちる。

その瞬間、川を伝って稲妻の電撃が彼女の足を止めた。

 

 

「いつっ……忘れてた」

 

 

一瞬足が止まった諏訪子へと、青龍はいくつもの稲妻を収束させた攻撃を頭上から落とした。

彼女はそれを避けることができず、稲妻の瞬きに包まれ、川は落雷の衝撃で天高く撒き上がった。

諏訪子の帽子がゆらゆらと舞い落ちる。相手を仕留めたと喜ぶ青龍は空で優雅に舞った。

 

 

「何を喜んでるのかな?」

 

 

余裕そうにそう囁いた彼女は、帽子を掴んで青龍を見つめた。

青龍の目に映ったのは、軽傷で済んでいる諏訪子の姿と、その背後にある大木だった。

彼女の能力は『坤を創造する程度の能力』、地を自在に操る彼女は雷撃が来る直前に大木を創造し、避雷針として先ほどの雷撃を避けた。

真っ黒に燃え尽きた大木は音を立てて崩れ落ちると、諏訪子はニヤッと笑う。

 

 

「私をこんなにして………祟るわよ?」

 

 

その時、青龍は彼女の周りにいるものに気付いた。

赤い瞳を持つ巨大な白蛇の群れが、青龍のことを睨んでいた。

青龍はその場から逃げ出さそうと空へと逃げるが、その行く手を岩の壁が遮る。

逃げ場を失くした青龍は、背後から迫る白蛇の群れに噛みつかれると、諏訪子の下へと引き寄せられる。そして、その視界を暗闇が包んだ。その中で、彼女の声が響く。

 

 

「私(蛙)に睨まれて、龍(蛇)が逃げられるとは思わないでよね」

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

永琳と白虎は都より西にある山蔭道へと移動した。

月の光の満足に届かぬ森の中、風を纏う白虎と月の天才が対峙する。

 

白虎は天高く吠えると、風を刃の様にして永琳へと放った。

永琳は静かに弓を構えると、風の刃を紙一重でかわしながら弓矢を放った。

白虎は自身に風を纏わせると、弓矢をいとも容易く避け、彼女の周りを走り始めた。

弓矢で追撃をするが、薄暗い森の中と白虎の並外れたスピードで狙いを定められずにいた。

その時、永琳の足を風の刃が斬り裂いた。

 

 

「しまっ……‼」

 

 

その場で足を止めてしまった永琳を見て、白虎は更に自身のスピードを上げた。

白虎が纏う風は周りに小さな旋風を作り、その中にできた真空が刃となって彼女に襲い掛かる。

一方的に攻撃され、身体が切り刻まれていく中、彼女はニヤリと笑った。

 

 

「……もうそろそろね」

 

 

彼女が呟いたその時、周囲にできていた旋風が徐々に止んできた。

それは白虎の走るスピードが徐々に落ちていき、息は今にも絶えてしまいそうなほど弱っていた。

彼女の能力は『あらゆる薬を作る程度の能力』、物語始めの一撃に遅効性の毒を仕込ませ、その毒が今になって白虎の身体に完全に回った。

永琳は徐々に治っていく自信の傷をなでながら、静かに呟く。

 

 

「不老不死でも、痛いものは痛いのよね」

 

 

白虎はやがてその場に立ち止まり、息を切らしながら彼女を見つめる。

もう走ることも、風も操れない、白虎は徐々に蝕まれていく意識の中で懇願する人見を向ける。

永琳はその場に弱々しく倒れた白虎に歩み寄ると、弓矢を白虎の眉間へと定める。

しかし、放つ寸前に狙いを変えると、弓矢は白虎の胴へと深々と突き刺さった。

 

 

「せめて、最期くらいは安心して楽に死になさい」

 

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

妹紅と朱雀は都より南にある巨椋池へと移動した。

水面に月が映る寂れた池に、炎を纏った朱雀と流離いの蓬莱人が空で対峙する。

 

朱雀は天高く鳴き声を上げると、妹紅へと向かって突進してきた。

妹紅もそれに応えるように、朱雀に向かって真っすぐ飛んでいく。

朱雀はその鉤爪で彼女を引っ掻くと、身体に傷を負いながらもサマーソルトでやり返した。

互いに捨て身覚悟の接近戦、朱雀は鉤爪や至近距離からの火球で妹紅を追い詰め、それに対して彼女は蹴り技や炎の妖術を使って迎撃する。

 

 

「意外と楽しいわね。殺し合いも……」

 

 

妹紅は拳銃の構えで炎の弾を撃ち出し、朱雀はその口ばしから火球を吐き出して距離を離した。

妹紅と朱雀は再び炎を撃ち出すと、それが鳳凰の姿形へと変化し、互いに向かった。

互いの炎がぶつかり合い、激しい爆発と衝撃が空に響き渡り、妹紅と朱雀は池へと落ちていった。

 

 

「まだ……まだ終わってねえぞ!」

 

 

巨椋池の水を突き破り、二つの炎の柱が天高く燃え上がった。

炎の柱が消えると、光が収束して妹紅と朱雀がその姿を現した。

妹紅に不死身の存在、細胞一つでもこの世に残っていれば、永久に死滅することはない。

互いに互いの強さは十分理解している。ならばと、二人は対峙したまま構える。

 

 

「燃やし尽くす………!」

 

 

妹紅は天高く雄たけびを上げると、その背中に真っ赤に燃え上がる炎の翼を生やした。

それを見た朱雀は自身の纏う炎を最大限まで燃え上がらせると、妹紅へと特攻を仕掛けた。

彼女再び炎の弾を撃ち出し、炎の鳳凰を形作った。すると、彼女は炎の鳳凰へと突っ込み、その炎をより一層燃え上がらせ、朱雀へと突貫する。

二つの火の鳥が互いに激しく競り合うと、妹紅の拳から炎の鳳凰が朱雀の身体を突き抜けた。

 

 

「安らかに眠れ………」

 

 

少 女 祈 祷 中

 

 

 

薊と玄武は都より北にある船岡山へと移動した。

都を見下ろす小さき山の頂に、冷気を纏う玄武と不死身の鬼姫が対峙する。

 

 

「悪いが、早く済ませるぞ」

 

 

薊は退屈そうにそうつぶやくと、玄武へと向かって歩き出す。

威嚇するように玄武の蛇が喉を鳴らすと、冷気が巨大な氷柱となって薊へと放たれた。

しかし、それを彼女は右手で軽く払いのける。まるで目の前の邪魔な虫を追い払うように容易く。

彼女の左手には『あらゆる能力を殺す能力』があるが、そんなものを使わずとも彼女は強かった。

やがて玄武の目の間へと辿り着いた彼女は、玄武の身体を掴んだ。

 

 

「――貴様なんぞに用はない」

 

 

薊は玄武の身体を天高く放り投げると、拳を握りしめ、落ちてくる玄武を思いきり殴った。

喰らった衝撃はどこへも逃げず、内側から玄武は破壊され、甲羅も粉々となって地面に落ちた。

薊はそれに目も触れず、都へと目を向けた。

 

 

「後はお主だけだ。頼むぞ、ルーミア」

 

 

 

 

 

ルーミアside

 

 

四人と四神が去ってしばらくした後、変化が起きた。

黄龍が持っていた四つの宝玉にひびが入り、やがて粉々となって崩れた。

 

 

「どうやら、仲間がやってくれたみたいね」

 

 

黄龍は動揺する素振りもなく、宝玉を持っていた手を握りしめた。

怒りも悲しみも感じられないその雰囲気に、私は黄龍へと憐れみを抱いた。

邪神に心を奪われ、混沌をもたらすだけとなった四神の長、なんとも可哀想なものね。

 

 

「せめて最期くらいは、派手に行くとしましょうか」

 

 

私は周囲の影を自分の下へと集め、黄龍を迎え撃つ。

黄龍は天高く昇り月に吠えると、その口に光が収束していく。

一撃必殺の閃光、まともに喰らえばひとたまりもないことは私でもよくわかる。

でも、私にはそれを受け止めなければならない。黄龍の悲しみもろとも、ね。

 

 

「闇は光が強いほど深く、そして大きくなる。アンタ(光)で、私(闇)を照らしてみせなさい」

 

 

私は黄龍に向かってそう叫ぶと、黄龍は私に向かって閃光を放った。

閃光が雲を突き抜け、私へと直撃し、その衝撃で周囲のものは風圧によって吹き飛ばされた。

周囲にあるすべての影をかき集め、それを目の前に展開して閃光を防ぐが、それでも閃光の威力を全く殺せず、徐々に影は崩れ始め、光が私を蝕み始める。

 

 

「――まだまだね。やっぱり、私の光は……」

 

 

私の背後には閃光によって生まれた巨大な影が広がる。

その影はどこまでも長く、そして先も見えないほど深く黒い闇、それを私の手に収束させる。

光がある限り闇はある。影は絶えることなく私の手へと収束し、徐々に閃光は輝きを失くす。

そして、閃光が途絶えると、私の手の先にはすべてを悟った瞳をした黄龍が見えた。

 

 

「全てを包み込め――『空亡』」

 

 

私は収束させた闇を開放すると、それが漆黒の閃光となって黄龍を包み込んだ。

光を喰らい、星を喰らい、月をも喰らう、どこまでも暗い闇が空を覆い隠した。

 

 

 



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邪神と覚悟と受け取った力

神無 優夜side

 

 

桜吹雪が舞う広場で、二つの影は対峙する。

二柱の邪神を纏った俺は、その手に双振りの刀を構える。

血染めの西行妖を背にして笑う黒扇は、その手に黒い扇子を構える。

遠くでは妖力のぶつかり合いが繰り広げられ、ここにまでその余波が伝わってくる。

 

 

「あっちもこっちもお祭り騒ぎだな」

「随分と余裕ね。一度私にボロ負けしてるくせに」

「そう言うなよ。そこからのリベンジ戦はむしろ王道だろ?」

「……漫画の様に、現実は甘くないのよ!」

 

 

黒扇が扇子を俺に向けて振り下ろすと、赤黒い触手が地面を突き破って俺に襲い掛かってきた。

俺は直前まで触手を引き寄せると、左の刀で触手を受け流し、右の刀で触手を斬り裂いた。触手は斬られたところから血飛沫を上げると、黒い塵となって消える。

以前戦った時は鋼のように硬かったあの触手が、今はいとも簡単に切断できた。

 

 

「まさか、それを斬るなんて」

「嘗めるなよ。この刀には、二人の想いがこもってるんだ」

「……それだけじゃないみたいね」

「ああ。察しの通りだよ」

 

 

スマホの画面には『妖夢』の名前と能力が表示されている。

俺は双振りの刀を逆十字に重ね合わせると、彼女に向かって言う。

 

 

「散刀『桜良』と咲刀『菖蒲』に、斬れないモノなんてねえんだよ」

「なら、その言葉がどれだけ本当なのか………」

 

 

黒扇は笑うと、彼女の周りから無数の触手が這い出てきてその先端が俺へと向けられる。

 

 

「試してあげるわ」

 

 

黒扇の合図で、無数の触手が俺に襲い掛かる。

彼女の能力は『剣術を扱う程度の能力』、これを双振りの刀に付与させることによって発動させた。

活人剣と殺人剣を極めた二人の剣技を合わせた攻防一対の型、ありがたく使わせてもらうぜ。

俺は『菖蒲』で向かってくる触手を受け流し、『桜良』で次々とその触手を真っ二つに斬り裂く。

斬り裂かれた触手は血飛沫をあげ、黒い塵が桜吹雪と一緒に舞う。

それを見て、彼女はなぜか笑っていた。

 

 

「それでいい……でも、まだまだよ」

 

 

次に黒扇は扇子を振り上げると、背後の血染めの西行妖が妖しく光りだす。

すると、風が吹き荒ぶようにその花びらが散ると、風に乗って花びらが俺へと降り注ぐ。

嫌な予感を察した俺は花びらを避けるように移動すると、次の瞬間、血染めの西行妖から全方向へとレーザーが放たれた。

直前で俺はそれを避けると、その衝撃で地面に落ちた花びらが再び舞い上がった。

 

 

「本家本元と同じかよ」

『――まあ、別個体とはいえ同じ「西行妖」だからな』

『――いや、むしろこっちの方が厄介ですよ。何せ取り込んででいるのは怨念ですから』

「その上、八分咲きでもない満開。避けるのに苦労しそうだ」

「なら、そのまま当たって死んでくれるかしら?」

「ご冗談を。俺はまだまだ死ぬ気なんてねえんだよ」

 

 

桜吹雪の弾幕を切り払うと、俺は黒扇に向かって走り出した。

だが、その行く手を阻むように無数の触手がその先端を槍の様に尖らせながら俺に襲い掛かる。

 

 

「風歌、頼むぜ」

『――解りましたよ』

 

 

風歌と意識を交代すると、俺の脚に風が纏った。

瞬時に触手を避けるルートを頭で構築すると、風歌はニヤリと笑った。

 

 

「振り切る!」

 

 

地面を蹴ると同時に風が巻き起こり、その風圧で周りの花びらが再び舞い上がる。

風歌は触手が攻撃してくるタイミングを把握すると、まるでそよ風の様に触手の隙間を容易く通り抜けていく。

風を司る邪神なだけあって、その身のこなしは捕まえられぬ風のように滑らかだった。

 

 

『――このまま一気に……!』

「無駄よ。その刀じゃ私を殺せない」

 

 

黒扇のもとまで辿り着くと、俺(風歌)は双振りの刀で彼女を『×』に斬り裂いた。

だが、刃は彼女の身体をすり抜けるように通り過ぎる。すると、彼女は扇子を大きく扇ぐように俺を薙ぎ払うと、その衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

受け身をとって彼女へと目を向けると、やはり以前のように傷一つ負っていなかった。

 

 

「どういう手品なんだよ」

『――さあね。僕たちもこれがよくわからないんですよ』

『――手応えがねえから、幻かなんかか?』

「多分な。………ん?」

 

 

その時、懐にしまったっていたスマホが光っていることに気付いた。

取り出すとそこには、一人の女性の名前が表示されていた。

 

 

「こいつは………」

『――どうやら、打開策はありそうですね』

「ああ。こいつの能力ならいける気がするぜ」

『――なら、次は俺が行くぜ』

 

 

深紅と意識を交代すると、再び前へと向かって走り出す。

 

 

「何度来たって無駄だと……」

 

 

触手が襲い掛かるが深紅は力任せに斬り裂き、桜吹雪の弾幕も炎を飛ばして燃やし尽くす。

そうこうしてる間に、黒扇の下へと辿り着く。

 

 

「さて、次はどうするのかしら?」

 

 

余裕綽々と両手を広げる黒扇に、俺はニヤリと笑う。

意識を俺に戻し、風歌の力で双振りの刀に風を纏わせる。

 

 

『西行寺幽々子:死を操る程度の能力』

 

 

能力を発動させると、モノクロに映る光景の中に赤く光る『点』が見えた。それは有機物・無機物が持つ死、幽々子の能力ならそれを観ることができる。要するに直○の○眼だ。

 

 

『Final Joker―――Code:【散桜、旋風慚悔】』

 

 

風を纏った刀身で、俺は『点』に向けてありったけの斬撃を叩き込んだ。

真空波となった風が双振りの刀の斬撃と折り重なり、彼女の『点』を隅々まで切り刻んだ。

 

 

「『――――――――――!?!?!?!?!?』」

 

 

声にならない悲鳴が、血染めと西行妖と黒扇と重なって反響した。

血染めの西行妖には、彼女の身体と同じ傷が刻まれ、俺のことを恨めし気に睨んでいた。

 

 

「まさか、その方法で来るとはね」

「幽々子からの最後の助けだ。ありがたく使わせてもらったぜ」

「ふふ。でも、私を殺すには至らなかったわね」

「殺さねえよ。本気でかかってこねえアンタに、全力も出せるかよ」

「なんですって?」

 

 

黒扇は傷跡を抑えながら俺を見る。

 

 

「さっきから妙なんだよ。以前戦った時と違って覇気がねえ」

「ふふ。そうかしら?」

「ああ。俺を殺す気で来てるってのに、アンタの心はここに在らずだ」

「気のせいよ。私は……」

「自分を犠牲にしてでも何かを果たそうとしている。俺にはそう見えるぜ」

 

 

俺の言葉に、黒扇は言い返そうとはしなかった。

 

 

「知ったような口を……私は貴方を殺そうと」

「そこからがおかしんだよ」

 

 

邪神たちにとって俺は忌むべき存在、殺すべき対象だ。

だが彼女は俺に余裕で勝っておきながら殺そうとはしなかった。

それに今思えば、あの時俺に言った言葉は、どれもこれも悪意に満ちていなかった。

まるで、俺の悪いところを言って、それを反省しろとでも言っているようだった。

始めから殺す気ならば、こんな回りくどい手なんて使わない。なら、彼女の目的は何なのか?

 

 

「教えてくれ、アンタは俺に何をさせようとしている」

「……うるさいわね」

「黒扇」

「何も知らない貴方が、すべての始まりである貴方が、勝手なことを言わないで!!!」

 

 

黒扇は激昂するように叫ぶと、その身体は黒い液体となって地面に溶け始めた。

彼女は解け始めた自分の手を見て乾いた笑みを浮かべた。

 

 

「そういうこと……通りで私を野放しにしてたのね」

「黒扇!!」

「結局、私も『美命』の道具だったのね。……あゝ、ニャルラトホテップ様」

 

 

液体となった彼女は地面を這って血染の西行妖へと吸収されると、地面が激しく揺れだした。

俺は咄嗟に血染の西行妖から距離をとると、その姿が異形のモノへと変わり始めた。

 

大樹は地面から浮き上がり、血に染まった花びらはすべて散り、その枝はあの赤黒い触手のように変わり、一本一本が意思を持ったようにうねうねと蠢き、その姿を本来のモノへと変えていく。

西行妖だったものはやがて触手で埋め尽くされ、本来あるべき姿へと変わり果てた。

上半身には無機質のように白く、黒い目に瞳孔は紅く染まっている女性。その下には赤黒い触手が絶えず蠢き、左右には鎌の形をした一回り大きい触手が数本生えていた。

女性は俺を見るとニヤリと笑い、両腕と胴体に五つの切れ目が入り、そこが口のように裂けた。

ギラリと光る鋭い歯、その奥では充血した目が見える。まさに五つの口を持つ邪神そのものだ。

 

 

「これが、膨れ女の本当の姿」

『美命……殺ス……』『ニャル様……救ウ……』『暁月……オ願イ……』

『桜良……ゴメンネ……』『優夜……助ケテ……』

 

 

五つの口からそれぞれ言葉が奏でられる。

恨み、愛、願い、懺悔、そして救いを求める声がこだまする。

これまで彼女がため込んできた思いが、理性という制御から解放され、絶え間なく繰り返される。

自分のことを『美命』の道具だと言っていた彼女は、最期に愛した者の名前を口ずさんだ。

 

 

「あれじゃあ、まるで」

『――暴走してますね』

『――あの野郎、黒扇に仕掛けてたな』

「無理矢理にでも戦わせるってか」

『――でしょうね。美命ならやりかねません』

「美命なら、ね……」

 

 

俺は『桜良』と『菖蒲』を構え、暴走する膨れ女と対峙する。

彼女の瞳には何も映っていない。あるのは抑え切れる感情の衝動だけ。

 

 

「終わらせてやるよ。お前らの永い夢を」

 

 

俺は膨れ女へと走り出した。

膨れ女は左右の鎌の形をした触手を振り上げると、俺に向かって振り下ろした。

俺はその場で飛んで避けると、その上に乗って本体へと目指す。周りの枝分かれした触手を伸ばして俺を狙い撃ちしてくるが、俺は大きな触手の上を飛び移りながら駆け抜ける。

やがて本体を目の前にとらえると、俺は双振りの刀を構える。だが、膨れ女はニヤリと笑う。

彼女の五つの口がそれぞれ大きく開くと、俺の中の深紅が叫ぶ。

 

 

『――ユウヤ、来るぞ!』

 

 

その瞬間、目の前から観えない何かが放たれた。

俺は咄嗟に大きく横っ飛びに避けると、俺の背後にあった桜の木が丸ごと消失した。

まるで食われように、跡形もなく、その場にはそれがあった痕跡一つ残っていない。

 

 

「グラ○ニーかよ……」

『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』『殺ス……』

 

 

膨れ女は鎌の形の触手を再び振り下ろす。

今度も飛んで避けると、なんと横から別の触手が俺を薙ぎ払う。俺は『桜良』を盾にして防ぐが衝撃で飛ばされ、何とか受け身をとるも、更に別の触手によって今度は逆側から追撃される。

その追撃も咄嗟に『菖蒲』で受け止めるが、残り全ての鎌の触手が俺に振り下ろされた。

双振りの刀ですべて受け止めるが、膨れ女はまた五つの口を大きく開き始める。

 

 

「まず……っ!?」

 

 

気付いた時にはもう遅く、一瞬で俺の視界はブラックアウトした。

膨れ女は自分の触手ごと、俺を飲み込んだのだ。

 

しかし、不思議なことに俺はまだ生きている。

目を凝らしてみると、俺は真っ暗な空間に立っており、周囲には肉片や桜の残骸、鎌の形の触手など、これまで彼女が食らってきた物がそこら辺に散らかっていた。

どうやら本家と同じように、ここは膨れ女の腹の中らしい。なんとも不気味だ。

 

しかし、このままではどうにもできない。

そんなことを考えていると、俺の目の前に光る物が見えた。

刃が砕けたボロボロの二振りの刀、俺がそれに手を触れると、わずかな温かさを感じた。。

 

 

「まだだ。まだ終わらねえよ!」

 

 

俺を中心に、風が吹き荒び、炎が舞い、それらは混じり合い、真っ暗な空間を明るく照らした。

コートが黒に染まり、その背中に黄色い風と揺らめく炎の模様が描かれる。

 

 

「風歌、深紅、行くぞ」

『――二柱同時使用なんて、無茶しますね』

『――反動で動けなくぞ?』

「知るかよ」

 

 

俺はスマホを取り出すと、『幽々子』の能力を選択した。

目の前には、紅く光る彼女の『死』がある俺はそれに向かって走り出す。

 

 

「こいつで終わらせる」

 

 

『Final Joker―――Chord:【バーストストリーム】』

 

 

『桜良』に風が、『菖蒲』には炎が纏った。

風と炎を纏った斬撃が乱舞し、間髪入れずに同じように纏った蹴りを入れる。

最後に『×』に交差させて斬り裂くと、『死』は消え去り、暗い空間が徐々に崩壊し始めた。

 

 

「参ったわね。ここまでやるなんて」

 

 

振り返ると、そこには満足そうに微笑みを浮かべる黒扇が立っていた。

 

 

「やっぱりすごいわね。人間ってのは」

「アンタは、なんでこんなことを」

「さあ? 私たちはただ、絵空事の世界で気ままに生きたかっただけよ」

「都合のいいことを」

「そうね。でも、私も解放されるわ」

 

 

黒扇は笑う。それは悪意のない無邪気な笑みだ。

 

 

「教えてくれ、アンタたちは一体」

「悪いけど、私からは言えない。それを知るには、まだ貴方は弱い」

「言ってくれるな」

「それほど、貴方にとっては残酷な話なのよ」

「そうかよ」

 

 

俺はこれ以上聴くことを諦めた。

まあ、俺には無駄に永い時間が残ってるんだ。ゆっくりと探すとしよう。

 

 

「そうそう、私、占いが得意なのよね」

「初耳だな」

「どうせだから最後に貴方の次の行き先を占ってあげる」

 

 

黒扇はカードの束を取り出すと、適当に一枚引いた。

 

 

「あら、貴方地獄に行くみたいよ」

「遠回しに死ねってことか?」

「いえ。ただ、面白いことになるのは必須ね」

「なんだよそれ」

 

 

あきれて笑っていると、黒扇の身体が光に包まれていく。

 

 

「ユウヤ」

「なんだ?」

「私は多くの罪を犯した。私利私欲のために多くの人を殺したわ」

「そうだな」

「でも、私は後悔していない。あの方のためなら、私はこの命すら惜しいから」

「そこまで愛してるのか」

「ええ。だから、貴方に頼みたいのよ」

「頼み?」

「……あの方を、ニャル様をあの『嘘吐き』から救って」

 

 

彼女はそう言い残し、光となって消えた。

彼女が最期に流した涙が暗い地面に落ちると、そこから闇が晴れていった。

眩い光に目を覆うと、気付いたらあの桜舞う広場で一人で立っていた。

 

 

「これにて一件落着………か」

 

 

終わりを告げるように、東の空から太陽が昇っていく。

悲しみの夜が明け、その光は地面に突き刺さったボロボロの二振りの刀を照らした。

 

 

 

 





次回予告

戻ってきた日常、だが失ったものは二度と返らない。

それでも、彼らは前に歩き出さなければいけない。

狂っていた少年は、思い出に別れを告げ、旅立つ。

東方幻想物語・妖桜編、『出会いと別れとそれぞれの旅立ち』。



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出会いと別れとそれぞれの旅立ち

神無 優夜side

 

 

黒扇との決戦が終わり、数日が過ぎた。

あの後、俺は神降ろしの反動で気を失い、次に目を覚ましたのは幽々子の屋敷だった。

俺が起き上がると、傍にいたルーミアに抱き着かれた。どうやら一日中俺を介抱してくれてたらしい。

俺は彼女の頭を撫でていると、騒々しい足音と共に部屋の襖が開かれた。そこに現れたのは薊だった。彼女は俺に抱き着いているルーミアを見ると、有無を言わさず飛びかかった。

しかし、それはルーミアの影によって軽く弾かれ、拘束されて地面に縫い付けられた。

俺は再会の喜びよりも、ルーミアがまた強くなっていることに驚いた。

 

しっばらくして、紫から各個での出来事を聴いた。

幽々子の死、西行妖の異常な活発化、その助けに琥珀や華扇、ぬえたちが来てくれたこと。

幽々子の遺体は西行妖の封印の媒体として、今はその下で今も眠っている。

願うことなら、それが二度と目覚めぬようにと、紫は言った。

 

都の方は琥珀が張ってくれた防御結界によって守られ、被害はなかったらしい。

都の人々は黒扇の術に掛かっていたようで、誰一人としてあの夜のことを憶えていないという。

助けに来てくれた諏訪子や永琳、妹紅は俺によろしくと言伝を頼んで帰っていったらしい。

ちなみに薊は帰る場所なんてないといっていたが、いきなり現れた楓に捕まって妖怪の山へと帰っていった。

 

そうそう。それから、都から妖怪たちは姿を消した。

華扇は自分を見つめ直すといって、どこかへと旅立っていった。

ぬえは面倒事はもうごめんだと、友人がいるという佐渡島へと向かった。

琥珀はもう少し静かに暮らせるような場所を探しに、藍と一緒に旅に出ていった。

 

ここしばらくの間、いろいろな出会いと別れを経験し、俺はあの墓場へとやってきた。

もう一つの西行妖があった場所、そこには桜良と菖蒲の刀が交差するように突き刺さっていた。

 

 

「なあ、風歌」

『――なんですか?』

「桜良と菖蒲は、元々は一人の人間だったんだよな」

『――ええ。菖蒲という人格は、邪神から身を護るために生まれたただの変わり身だった。

 ですが、何の影響なのか、この世界で双子として転生した。前世の記憶をすべて持ってね』

 

 

風歌は憐れむような声でそう言った。

 

 

『――ただでさえこの世界の住人ではない桜良の、その中にいた二重人格。

 それが死ねば、元の人間と戻り、その存在はなかったものとして世界に除外される。

 それが功を奏したのか、桜良が犯した人斬りの罪まで、綺麗に消えてしまいました』

「そして桜良は、全部知ったうえで菖蒲を演じてきた。少しでも彼女が存在を残すために」

『――まあ、料理の腕は破滅的でしたけどね』

 

 

風歌は笑いながらそう言った。

 

 

『――桜良が殺人剣に執心だったのは、心に邪神への恐怖があったからかもしれませんね』

「無意識に身を護ろうとして、その対象がいつの間にか人間に向けられたのか」

『――最も怖がりな正直者、まさしくその名に相応しい狂気ですよ』

「ふざけるなよ。狂気に相応しいも何もあるか」

 

 

俺は拳を握り締め、静かに怒った。

 

 

『――これで、残る邪神は赤の女王と這い寄る混沌のみ』

「なあ、お前はアイツの正体を知っているのか?」

『――知っています。ですが、応えられません』

「俺が知るにはまだ早いってことか?」

『――そうですね。こればかりは、貴方の足で辿り着てほしいです』

「解ったよ。まあ、それでも俺は気ままに旅を続けるさ」

『――目先のことですか。相変わらず貴方は僕たちの予想を裏切ってくれる』

 

 

風歌は嬉しそうに呟くと、そのまま俺の中から消えていった。

俺は墓標に手を合わせると、その場を去っていく。

 

 

 

少 年 祈 祷 中

 

 

 

俺は枯れ木となり果てた西行妖へと足を運んだ。

そこには、旅の支度を終えた妖忌が立っていた。

 

 

「よう。もういいのか?」

「ああ。拙者はこの剣があれば十分だからな」

「まあ、荷物が多くちゃ苦労するからな」

「そういうことだ」

「で、なんでここに?」

「お主を探しに、それと最後にこの桜を見てから旅立とうと思ってな」

 

 

妖忌はそう言って西行妖を見上げる。

 

 

「なあ、優夜」

「なんだ?」

「拙者はしばらく腕を磨く。また大切なものを失わないように」

「気をつけろよ。俺みたいになったら、お先真っ暗だぜ」

「善処する」

「ああそれと、お前も所帯持ったりとかしろよ? 堅物以外ならいい男なんだから」

「余計なことを………言われなくてもそのつもりだ」

 

 

妖忌は照れ臭そうに笑うと、俺に背を向ける。

 

 

「優夜よ。拙者はまたここに戻ってくる。今度は、主を最後まで護る盾としてな」

「楽しみにしてるよ。その時は孫の顔でも見せてくれよ」

「気が早い奴だ。こんな堅物を好きになる物好きはそう居ないだろ」

「解らねえぜ? 人生は何が起きる解らない。それが面白いんだから」

「心に留めておくよ」

「そうしとけ」

「……また会うその時は、互いに全力で試合をしたいな」

「……先にくたばるなよ」

「……お主こそな」

 

 

妖忌は俺の横を通り過ぎる。

 

 

「「また会おう、親友(とも)よ」」

 

 

妖忌はそう言い残し、その場を去っていった。

 

 

「さて、俺もそろそろかな」

「優夜ー‼」

 

 

遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。

また俺の旅が始まる。今度は、復讐とか使命とかに囚われず、気ままに楽しもう。

俺は腕に巻いた月美のリボンを握りしめる。

 

 

「月美、また一人増えるけど、仲良くしてくれよ」

 

 

かつて死に誘う姫君が住んでいた屋敷は、もう誰もいない。

堅物な剣士も、罪と罰を背負った庭師も、記憶を失くしていた通りすがりも、皆旅立っていった。

残るのは、枯れた桜の樹と陽気に飛び回る胡蝶だけだった。

 

 

 

 

 

???side

 

 

誰もいない森の奥深く、そこに赤の女王こと暁月はいた。

その手には、黒扇から受け取った黒いカードが握られていた。

 

 

「結局、このカードが貴女の遺品になっちゃったわね」

 

 

彼女は悲しげにそう呟くと、カードが光りだした。

それは形を変えていくと、カードはやがて一冊の小さな本へと変わった。

歌のがその本を開いて読んでみると、そこにはこれまでの彼の物語が小説風に描かれていた。

優夜視点のものもあれば、ルーミアや紫の視点からも書かれている。

 

 

「遊びが過ぎるわよ」

 

 

記憶を抜き取ったのは真っ赤なウソ、本当は記憶を封じ、彼の心の変化によって解除されるものだった。この本は、彼の記憶と連動させることにより、リアルタイムで彼の物語を描いていくもの。

今まさに、彼は西行妖の前から旅立ったところを文面に表していた。

最期の最後まで、彼女はただ気ままに遊んでいただけだったのだ。

 

 

「まったく、世話が焼けるわね」

 

 

彼女はため息を吐き、暗闇中へと消えていく。

彼女が持つその本のタイトルは………………………『東方幻想物語』。

 

 





優夜「あとがきよ、俺は帰ってきた!」
空亡「おかえなさい。これで真面目なあとがきを考えないで済みます」
優夜「ふふ。ここからは俺もようやく本気でふざけられるというわけだ」
空亡「しかし、これからどうします?」
優夜「え?」
空亡「次の章まで、少なくとも五百年は必要ですよ」
優夜「あ~次はあのお嬢様か」
空亡「それに設定が色々生えてしまったせいで、過去の話との繋がりは不安定です」
優夜「まさか……」
空亡「もちろん、物語の再構築、始めます」
優夜「本編の二の舞だけは勘弁してくれよ」
空亡「大丈夫ですよ。ちょっと話を盛り込んだり、文章を変えたりするだけですから」
優夜「心配だ」





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