魔法少女リリカルなのは ~悪を断つ剣~ (ダラダラ@ジュデッカ)
しおりを挟む

プロローグ

※注意!

このSSは完全な妄想と勢いで出来ています。また、多少キャラが崩壊するやもしれません。

それでも宜しければ続きをどうぞ。


 時は新西暦と呼ばれる時代へと突入していた。

 旧暦である西暦2015年より始まり、早百年余りが経過。人類は、時代の経過と共に進化し続けていた。

 

 しかし―――人間という知性のある生命体である限り、互いの衝突は昔と変わることがなかった。

 時には、地球外生命体の進行や謎の侵略者と戦わざるを得ない状況にもなったが、戦いのほとんどは地球人同士である事が圧倒的に多い。

 本来は同じ人種である地球人であるはずなのに、互いが戦いあって多くの血を流す。悲しき性であり、それは新西暦と年号が変わった今でも、決して変化する事はなかった。

 

 『スペースノア級万能戦闘母艦参番艦』。通称、クロガネと呼ばれる船――いや、それは船というより、文字通りの巨大な戦艦か――が、太平洋の海底に存在した。

 現在も艦はゆっくりとした速度――それでも、通常の漁船など相手にならないほどだ――にて潜航している。

この戦艦も、元を辿れば「地球脱出用」、あるいは「地球防衛用」に建造された艦。

 というのも、スペースノア級の戦艦に与えられた役目というのが正にそれであり、一言で言い表すならば『大抵の事は何でもこなせる万能艦』といった認識でもあながち間違ってはいない。

 スペースノア級はクロガネを含めて四つ程存在するのだが、クロガネの特徴はなんといっても艦首だろう。

 というのも、クロガネの艦首は巨大なドリルの形をとっている。正式名称は「超大型回転衝角」といい、これによって巨大なバリアや隔壁を突破する際に使用される。

 通常の艦では到底真似できないような作戦行動がこのクロガネでは出来る事により、他のスペースノア級よりもやや特殊な運用方法を用いることが出来る。

 

 そのクロガネの艦内で、一心不乱に木刀を振り続ける男がいる。

 

 何者も決して近づけぬ威圧感。

 木刀から繰り出される鋭い太刀。

 昔の日本にいたと言われる武士にも近い雰囲気を持ち、それを証明するかのような強靭な肉体。

 そして、男の銀色にも近い髪から降り注ぐ大粒の雫が地へと落ち、消えていく。

 

「…………」

 

 男は、声も上げることなく木刀を振るう。

 しかし、声を上げずとも彼が如何に真剣に、そして集中して木刀を振るっているのかは十分に分かる。いや、彼が自然に纏わせている雰囲気からしてみても、そのような事は口が滑ってでも言えないだろう。

 無駄のない動きで木刀を振るっていたが、やがて男は静かに木刀の構えを解く。

 隙が全く見当たらない動きで、男は構えを解き、木刀を逆手に持つ。あれだけ激しく動き回っていたにも関わらず、呼吸一つ乱す事はなかった。

 

「相変わらず、素晴らしい動きだな。流石は我が友、というべきか」

 

「……レーツェルか」

 

 男の後ろから労いの言葉を掛けてきたのは、レーツェルと呼ばれた金髪の男。目元にサングラスをして少々怪しげな雰囲気を醸し出している彼だったが、男は「いや」といって否定する。

 

「お前にとってはそう見えるかもしれんが、俺にとってはまだまだ足りん」

 

 それは、謙遜でもなく本心から出た言葉であろう。長年、男の親友であるレーツェルには、すぐに分かった。

 男の様子を見て、その後でこのような言葉を聞けば、普通の剣士は腰を抜かすかもしれない。それほど、完成された動きに、言い表せない凄みを男は持っている。

 しかし、それでも男にとっては「まだ足りない」という。だからこそ、こうして今日も鍛錬に励んでいるのだろう。

 その答えも彼らしい、とレーツェルはフッと鼻で笑った。やけに気障ったらしかったが、それもレーツェルの特徴の一つである。

 

「だからこそ、今も剣を振るう、か」

 

「それが我が使命だからだ。鍛錬も怠けているようでは、如何なる事態にも対応できん」

 

「フッ……。お前らしい答えだな、ゼンガー」

 

 ゼンガー。レーツェルの口から、男の名が零れる。

 彼の名はゼンガー・ゾンボルト。彼もまた、新西暦における戦場の数々を駆け巡った一人である。

 自身を「悪を断つ剣」と称し、いついかなる時も己が剣で状況を打破してきたとんでもない人物。

 傍から見れば非常識に限りなく近い人物であるが、彼の活躍を目の当たりにした人間ならば、「親分だからしょうがない」と割り切れる程だ。

 ちなみに“親分”とはゼンガーの愛称だ。意外にゼンガー自身も気に入っているらしい愛称であり、呼ばれたところで怒りもしないし、それどころか素直に応じてくれる。

 とてもではないが、初対面の人間からしてみれば恐れ多い事に違いない。寧ろ、気軽にそう呼んでいいのかさえ気を使うほどなのだが。

 

「時にゼンガー。兼ねてより行っていたダイゼンガーの再調整が終わったようだ」

 

「そうか」

 

 ゼンガーは頷き、目元を閉じる。腕組みをする姿が随分と様になっていた。

 レーツェルのいうダイゼンガーとは、何も「大きいゼンガー」という英語をそのまま和訳した物ではない。所謂「機動兵器」の名称だ。

 ダイゼンガー—―――正式名称はDGG(ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン)の略称で、命名したのは勿論ゼンガー・ゾンボルト。

 このダイゼンガーは従来の機動兵器とは違ってDML(ダイレクト・モーション・リンク)システムを採用しており、パイロットの動作と機体を一体化させる事が出来る。つまり、ゼンガーの動きそのものが機体に直接ダイレクトされており、文字通り手足として扱う事が可能なのだ。

 そのダイゼンガーも以前の度重なる激戦にて損傷しており、この度クロガネの整備班スタッフが再調整を行っていたのだ。

 今回、レーツェルがゼンガーの元に訪れたのもその事を伝える事だった。もう一つの目的として、久しぶりに親友の鍛錬姿でも見ていくか、という事柄も存在したが。

 

「鍛錬で疲れているところ悪いが、整備班からの要望でな。一回搭乗して機体の様子を見て欲しいそうだ」

 

「ああ、分かった。すぐに向かう」

 

「助かる。では、私はブリッジの方で様子を伺うとしよう」

 

「ああ」

 

 そういって、レーツェルは踵を返して歩き去っていく。

 彼――レーツェル・ファインシュメッカーという――は、クロガネの艦長でもある。ひとたび戦場に赴くとゼンガー同様に機動兵器に搭乗して戦場を駆け巡るが、普段はクロガネの艦長としての職を全うしているのだ。

 現在、クロガネは海中を潜航中だ。ダイゼンガーを始動させるには別に海中でも構わないが、一旦浮上させるつもりなのだろう。その為か、彼の足も少し早足になっていた気がした。

 

「さて……」

 

 一息ついたところで、ゼンガーは立て掛けてあった真剣を手に取る。

 勿論この刀は真剣そのもので、鍛錬に扱う事もある。また、嘗てはこの真剣と共に機体に搭乗し、戦場を駆け巡っていた時もある。

 鞘に納められた剣は、刀身が美しく、鋭い。刀なのだから当たり前だというツッコミがあるかもしれないが、他の刀と見比べて惚れ惚れしてしまいそうな綺麗な刀だ。

 その刀を右手に、左手には先ほど鍛錬でも扱っていた木刀を手にし、ゆっくりと動き出そうとしたその時だ。

 

「むっ……?」

 

 運命というものは、本当に気紛れなものであろうか―――。

 

 ゼンガーが“何か”に気付いた時には、全てが遅かった。

 相手が悪意のある人間、あるいは異形のものならば、ゼンガーは即座に真剣を鞘から解き放ち、文字通り一刀両断していただろう。

 だが、ゼンガーが感じた気配というのは、“生き物”などではなかった。突如として自身の真後ろに人一人は入れるような黒い穴が開いており、穴はまるで餌を求める怪物のように、ゼンガーの体を引き寄せる。

 

「くっ……! なんだ、これは…っ!」

 

 不意を突かれた形となったゼンガー。いくら強靭な肉体を持ち、今までどんな相手にも屈しなかったゼンガーだったが、やはり彼も“人間”なのだ。

 

「ぬ…ぬおぉぉぉ!!」

 

 両足で踏ん張って耐えようとして見せたが、その甲斐なくゼンガーは穴の中へと吸い込まれていく。

 少しでも時間があれば、真剣を鞘から解き放ち、地に突き刺して絶えてみせる芸当も出来たはずなのだが、それほど一瞬の出来事だったのだ。

 

「くっ……! 無念……!」

 

 遂に、ゼンガーの体が完全に穴の中に吸い込まれ、その場から姿を消してしまう。

 突如として現れ、ゼンガーを吸い込んで行った黒い穴は、まるで目的を果たしたかのように収束していき、やがて消える。

 

 その場に残ったものは何もなく、異様な静寂のみが室内には存在するのみだった―――。

 

 

 




こんな感じですが、何かございましたらご連絡ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 忘れられない、出会い

ちょっと展開が速いかもしれませんが……何かございましたら、ご指摘お願いいたします。


「くっ……! 一体、何が起こったのだ……」

 

 ゼンガーが目を開けた時、己が瞳の中に映ったのは薄暗い暗闇だった。

 先の黒い穴の中で目が覚めたか? いや、それにしては不思議と居心地が悪くなく、またあの時感じた異様な気配もない。

 では、ここは何処なのか。ゼンガーはゆっくりとした動作で立ち上がると、周囲を警戒しながらも見渡して様子を探る。

 空を見上げればやけにドス黒い雲で覆われた空が見え、少し遠くの方には暗闇を照らすかのように街灯が灯っている。

 ゼンガーのいる場所はやや薄暗い場所であったが、少し歩けば道は街灯が照らしてくれる。しかし、ゼンガーの頭の中では別の事が考えられていた。

 

(周囲から察するに、ここは艦の中ではなく地上か……。あの穴は、空間転移の類だというのか……?)

 

 自身の経験上、そう理解する他なかった。

 ゼンガー自身も一度空間転移というものは体験しているものの、今回の一件にはあの時と同じような感覚が得られなかったため確証こそなかったが、事態を察するにそういう事らしい。

 そうでもなければ、今までクロガネの中にいたはずのゼンガーがいきなり地上に飛ばされたという事態が説明できないのだ。

 

(通常転移ならばクロガネと連絡を取ればよいだけだ。が……嫌な予感がする)

 

 試しに、念のため持っていたレーツェルとの通信機を稼働させ、彼との接触を試みてみる。

 だが、稼働させた通信機はうんともすんとも言わず、耳を当てても反応すらしない。この辺りで電波障害でも発生しているのか? と聞かれれば、このような何の変哲もない場所でそれはないだろうということは容易に判断できる。

 この事態に、ゼンガーの眉間が僅かに寄せられる。嫌な予感というものが—――こういう形であるが、どうやら当たってしまったようだ。それと同時に、さてどうすると自分に問う。

 

 今、自分は追われの身にある。もっとも、それは表向きの理由なのだが、地球連邦軍からは裏切り者のレッテルを張られている以上、彼等に助けを求めるという手段は無理な話だ。

 ここが何処なのかも未だはっきりせず、更にはクロガネとの連絡手段もない―――。これは、相当参った事だ。更に。

 

「むっ、不覚……! まさか、我が剣がここにはないとは……」

 

 苦虫を潰したような、そんな表情を浮かべて悔しさを露わにするゼンガー。

 それもそのはずで、穴に吸い込まれる前に確かに持っていた愛用の真剣が、今彼の手元にはないのだ。

 幸いな事に、木刀だけは己が手の中にあるが、常に持っていた真剣だけが見当たらない。辺りを見渡すが、それらしきものすら見当たらない事態だ。

 

「…………」

 

 真剣がない事は、確かに痛い。ゼンガーにとっては由々しき事態な事も間違いないだろう。だが、だからといっていつまでもその事を引き摺っている訳にもいかなかった。

 ゼンガーは木刀を左手に持ち、ようやく歩き始める。

 何はともあれ、ここが一体何処なのかを調べなければならない。真剣の事は確かに気になるが、無い物を強請ったところで仕方がない。未練がない、といえば嘘になるが。

 

「む……?」

 

 ようやく歩き出したと思いきや、ゼンガーはまたしても足を止めた。

 一体何があったのか、と聞かれれば、目に映りこんできたのは一人の少女が走っていくのが見えた。年はまだ小学生くらいの、至って普通の少女が。

 周囲の様子から察するに―――いや、地上で暗いと言えば夜に間違いないのだが――こんな時間帯に出歩くような年頃ではない筈だ。ましてや、少女などと。

 確かに少し不思議には思ったが、だからといって少女を追うなどという考えには至らない。至ってしまっては、非常に危ない臭いがプンプンするが。

 それはともかく、あまりあり得ないかもしれないが、ゼンガーの経歴上、無暗に他人と接することは非常に危険な行為だ。ましてや、一般人を巻き込むなどと。

 ゼンガーは、再び歩き始める。少女が走り去っていった方向とは別の方向に。しかし―――。

 

「……!」

 

 ゼンガーが咄嗟に振り向く。理由は、近くで轟音が鳴った為だ。

 地震? 違う。あれは、大木が倒れたような鈍い音だ。

 更に悪い事に、ゼンガーが振り返った方角は、先ほどの少女が走り去っていった方。まさか、少女と先ほどの轟音が関係あるとでもいうのか?

 

「……行ってみるか」

 

 再び、嫌な予感がゼンガーの中で駆け巡る。

 しかし、行かなければならないという声もまた、ゼンガーの中には存在するのだった。もしも、あの少女に何かあったのならば、放ってはおけまい。

 ゼンガーは、木刀を片手に握り、走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 少女には、確かに聞こえた。

 「僕に少しだけ、力を貸してください」と。

 夢でも見た、そして昼間にも聞こえた謎の声。最初は空耳でも聞こえたのかと思った。だが、先ほど家にいた時、その声ははっきりと少女の耳に届いたのだ。

 後は、無我夢中で走った。家族を心配させる事は分かっている。でも―――どうしても、自分がいかなければならない気がした。

 

 少女は、真っ直ぐな子だ。そして、優しかった。誰かが自分に助けを呼んでいるのならば、少女が動かない訳がないのだ。

 危険といっていたが、それは一体何なのか。それすら分からないまま、少女は気が付けば「槙原動物病院」の前まで来ていたのだ。

 ここまで一切立ち止まらず、全力疾走。元々体力に自信のない彼女は、少し息を荒げていた。

 早く行かなくちゃ―――。そう思い、槙原動物病院へ近づこうとした時だ。

 

「ううっ…!」

 

 耳がキーンとなって、不快な音が少女を襲う。

 風がざわつき、木々が揺れる。なおも収まらない耳鳴りに、少女は耳を押さえていた。

 

「また…この音?」

 

 不快な音は更に続く。

 その時だ。今までざわついていた筈の風がぴたりと止む。そして、あり得ない事に周囲は薄紫の色へと変色していく。

 とてもではないが、自然の中で起こる現象としては不可思議極まりない。そして、周囲に電気も、風も、生き物も。全ての気配が消えるような感覚が、少女にはどうしてか理解できた。

 それと同時に、耳鳴りがとうとう止む。はっと気づき、少女が顔を上げた瞬間、今度は妙な声が聞こえてきた。

 人ではない、何か異質な声。理解できずに立ち尽くしていると、今度は激しい音と共に、病院の中から何かが飛び出してくる。

 

「あ、あれは!」

 

 飛び出して来たものを、少女が確認した途端、咄嗟に声を出した。

 病院の中から出てきたのは、小さいフェレットのような生き物。首のあたりに赤い宝石のようなものを付け、四本の足で素早く動く。

 少女はフェレットに駆け寄ろうとしたが、その前に高速で動くものがフェレットに襲い掛かる。

 その“黒っぽい何か”は、凄まじい勢いで病院の敷地内にある一本の木に突撃すると、木をいとも簡単にへし折ってしまう。

 

「な、何!?」

 

 驚く少女。驚かない方がおかしいので、これは普通の反応といえよう。

 しかし、少女の目に映ったのは、木が折れた衝撃で投げ出される形で空中に浮かぶ一匹のフェレットの姿。このままでは危ないと思い、少女は無意識のうちに手を伸ばしていた。

 すると、フェレットは折れた木を足場にして、跳躍し、少女の胸の中に飛び込んでいく。瞬間、今の今までフェレットがいた場所が凄まじい音と共に壊れる。

 

「一体なんなの!?」

 

 状況が理解できない少女。無理もない話であるが、先ほどの“黒っぽい何か”は壊れた残骸の中で身動きが取れないのか、もぞもぞと動いている。

 その様子を見る限り、あまり知世は高くないようだ。しかし、あの巨体からしてあの場所から這い出てくるのは時間の問題であろう。

 

「来て…くれたの?」

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 いや、もはや目の前にあること自体がいまいちよく理解できないでいた少女であったが、またしてもその“理解できないこと”が増えたのだ。

 なんと、急に少女に話かけてきたのは、あのフェレットだったのだ。その声を聞くなり、少女は固まってしまったが、すぐにハッとなり、またしても驚く。

 

「しゃ、喋った!? な、なんで!? どうして!? マジックか何かなの!?」

 

「いや、どうしてと言われても……」

 

 あまりの驚き様に、フェレットは何処か困っていた様子だった。いきなり動物が喋り始めるという事自体、驚かない訳がないのだが。

 

「ともかく、今はこの場を離れよう。また、あいつが動き出す前に……」

 

「う、うん!」

 

 言われて、少女は立ち上がり、フェレットを手にしながら病院を後にする。

 門を潜って再び走り始めた頃、後方でこの世のものとは思えない呻き声のようなものが聞こえたが、少女は構わず走り続けた。

 とてもではないが、逃げるほかない。だが、何処に? あんな化け物から、一体何処に逃げればよいのか。ともかく、遠くへ、遠くへと走り出す。

 

「一体、何がどうなってるの!? 私、全然理解できないよ~!」

 

「確かに、いきなりの事で混乱していると思う。でも、僕の声が聞こえるということは、君には資質があるという事なんだ。だからこそ、少しだけ君の力を借りたいんだ」

 

「資質? それってどういう―――」

 

 事、と続けようとした矢先だった。

 

「危ない、逃げて!」

 

「え……?」

 

 フェレットが気付いた時には、既にあの“黒っぽい何か”が少女たちに向かって突撃してきている最中だった。

 もう追いついたのか、という事など思う事が出来ず、少女はあまりの速さに息を吞む。そして、恐怖からか足が動かなかった。

 当たり前だ。まだ、小学生の少女である。恐怖に体が怯えてしまうのは、必然の出来事だ。

 

 死ん―――じゃうの……?

 

 あの体当たりをまともに当たってしまっては、とてもではないが子供の体など一溜まりもない。

 家族の皆に、金髪と黒髪の少女達の笑顔が、少女の脳裏に鮮明に思い出される。

 

 ――――こんなところで死ぬなんて、絶対に嫌!

 

 そう、少女が思った瞬間だった。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 “何か”が、吠えた。

 瞬間、それまで近づいてきていた“黒っぽい何か”の前に見たこともない男が現れ、手にしていた刀のようなもので“黒っぽい何か”を真っ二つに斬り裂く。

 斬り裂かれた“何か”の残骸は少女の左右両方向へと墜落していき、激しい音と共にその場へと転がっていた。

 

「え……ええ~!?」

 

 戸惑いに近い声を上げ、キョロキョロと左右を見渡す少女。

 いきなり何かの声が聞こえたかと思えば、今度はあの“黒っぽい何か”が真っ二つになり、落ちてきた。またしても理解できない事態が増え、少女の頭は更に困惑する。

 

「ど、どういう事なの~!?」

 

「そんな……。生半可な攻撃じゃ、“―――”にはダメージが与えられない筈…。いや、それよりどうして生身の人が結界の中に……?」

 

 困惑しているのは、どうやら少女だけではないらしい。

 事情を知っていそうなフェレットまで、今回の事態は想定外だったらしく、何事かを小さく呟いていたが、フェレットの目線は突如として現れた人物へと向けられていた。

 

「……無事か?」

 

「は、はいっ!?」

 

「無事か、と聞いている」

 

「は、はい! 私は大丈夫です!」

 

「そうか……。ならば、いい」

 

 自分でも恥ずかしいくらいに素っ頓狂な声を上げたのが自覚できたが、男は気にせず、少女の無事を確認しただけだった。

 

「むっ……?」

 

 しかし、男は異変に気付いたらしく、手にしていた刀―――いや、よく見るとあれは木刀だ―――を構え、少女の前に立つ。

 少女は男の構えに、何事かと辺りを見渡す。すると、先ほど男によって真っ二つに斬り裂かれた筈の“黒っぽい何か”が、もぞもぞと不気味に動きだし、再び一つに集まっていくのが、少女の瞳の中に映りこんできた。

 

「この気配―――妖魔のものか……?」

 

 気配から察するに、そう思う他ない。

 斬っても再生する能力――なるほど、これは厄介極まりない。しかし―――。

 

「何度蘇ろうと、我が一刀にて斬り裂くのみ!」

 

 男が“黒っぽい何か”に言い放つと、大地を蹴りつけ、とても人間とは思えないスピードで突撃し、もう一度“黒っぽい何か”を木刀にて一刀両断する。

 両断された“黒っぽい何か”は、奇妙な液体を散らして両断されたが、まるで攻撃など聞かないとばかりにもう一度再生する為に体を寄せ合っていく。

 

「くっ……! 埒が明かないか……!」

 

 斬っても再生していく。ならば、また叩き斬るしかない。

 強烈な一撃を食らわせ続けるが、またしても再生していく。いたちごっこの様にも思えるそれをしばらく見ていた少女と一匹のフェレットだったが、フェレットは少女の顔をもう一度見上げ、語りかける。

 

「あの人は、確かに強い。でも、ただ強いだけじゃ駄目なんだ」

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「うん……。あまり、君に迷惑はかけたくないんだけど……資質を持った君なら、あれを封印する事も出来る筈なんだ」

 

「ふう……いん?」

 

「そう。あれの名前は“ジュエルシード”。その一つ一つが強い「魔力」の結晶体で、放っておいたら大変な事になる。だから……」

 

 フェレットの言いたいことを簡単に要約すると、“ジュエルシードを封印できるのは君しかいない”、という事だろう。

 いくらあの男が強くて、何度も何度も斬り裂いたところで、それでは駄目なのだ。キチンと、あるべき姿に返さねば、あれが収まる事は永遠にないに等しい。

 少女はフェレットを見直すと、彼に尋ねる。

 

「それは……私だけが出来る事なの? 私じゃなくちゃ……駄目な事なの?」

 

「本来なら、僕が封印する筈だったんだ……。でも、今の状態ではどうしようもないんだ。だから、君の力を借りたい。お礼なら、何でもするっ! だから……!」

 

 現状では、自分にしか出来ない―――。だったら、私も何かしなくちゃいけない。

 少女の決意は固まり、こくりと一回だけ首を縦に動かす。承諾の意だ。

 少女が承諾してくれた事に、フェレットはほっと内心で胸を撫で下ろす。いや、どうしても嫌だというのならば、この体がどうなろうと、フェレット自身で封印を行っていただろう。

 いわば、これは賭けだ。それも、今後を左右する大きな賭け。

 しかし、少女が“力”を使うためには少し時間が必要だ。フェレットは、男の方に向き直り、彼に向けて現状だせる声を振り絞って言い放つ。

 

「そこの貴方! もう少し……もう少しだけ、それを引き付けてください! 勝手なお願いには違いないのですが…どうか、もう少しだけ、僕たちに時間を!」

 

「……承知!」

 

 フェレットの声に動ずることなく、男はただ一言だけで了承の意を伝える。

 そして、彼は少女とフェレットの前に仁王立ちすると、木刀を固い筈のコンクリートに突き刺し、“黒っぽい何か”を睨みながら、高々に名乗る。

 

「聞け、この世の物ならざらぬ妖魔のものよ!」

 

 彼の咆哮に、“黒っぽい何か”は何も答えない。ただ、彼から発せられる凄まじい覇気に、やや押されているのか、今までのように突撃しないでいた。

 

 

 

「我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! この先を通ろうというのならば、我が木刀にて一刀両断に斬り伏せてくれよう!」

 

 

 

 男―――ゼンガー・ゾンボルトは木刀を両手で持ち、高らかに構える。

 

 

 これが、少女とゼンガーの忘れられない最初の出会いとなった―――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 初めての実戦

前回の続きですが、あまり話は進みません。二話連続でこんな話を投稿してしまって申し訳ない……。


 

「我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! この先を通ろうというのならば、我が木刀にて一刀両断に斬り伏せてくれよう!」

 

 高らかに名乗りを上げ、悠然と木刀を構えるゼンガー。

 眼前に存在するのは、ゼンガー曰く「妖魔」なるもの。というのも、これはゼンガーの経験上に似たようなもの―――正確にいえば、姿形は違うのだが―――に遭遇しているからである。

 それは、人間側は妖機人と呼んでいるこの世ならざらぬ怪物の事もその一種。一度、テスラ・ライヒ研究所にも出現した事もあるそれは、多大なる被害をもたらして去って行った。

 更に、アインストと呼ばれた異形の化け物共。これらとの戦闘を行ったという経験があるからこそ、ゼンガーは決して臆せずに立ち向かえた。

 

 ―――いや、そんな事がなくともゼンガーは立ちはだかっただろう。

 

 経験など、二の次。今は、眼前に存在する異形の化け物を叩き斬るのみ。

 

「いざ……参るッ!」

 

 両足に力を入れ、強く踏み込む。そして、地を蹴り上げると共に“黒っぽい何か”へと突進し、渾身の一撃を叩き込む。

 “黒っぽい何か”には、知性がない。更に、身体の耐久度もないに等しいらしく、ゼンガーの一撃を喰らった後は必ずと言っていいほどに砕け散るのだ。

 しかし、砕けたからといってこいつが死んだわけではない。すぐにバラバラになった体を動かして体を再構築すると、ものの数分で元の姿へと戻る。

 その行為を繰り返して、一体何度目になるのか。指では数えられないくらいに斬って見せたが、それでもこの化け物の再生能力は異常ともいえる。

 もっとも、それまで木刀を振るっているゼンガーも、息切れ一つせず、ケロリとしているのも十分おかしいのだが。

 

「…………」

 

 何度斬っても埒が明かない現状。しかし、あのフェレットには何か考えがあるらしく、ゼンガーに「時間を稼いでくれ」と頼み込んできた。

 何か勝機があるのならば、それに賭けてみるのも面白い。いや、それ以外に方法がないのならば尚更だ。

 ちら、とフェレットと少女の方に視線を送る。

 少女たちは、座り込んで何かをしているが、恐らく勝つための手段を講じているのだろう。

 ならば、尚更ここから先を通すわけにはいかない。ゼンガーは木刀を握り直し、再び“黒っぽい何か”の真正面に立つ。

 

『――――!』

 

「まだ立つ、か。よかろう……何度でも斬り捨てるのみ!」

 

 この世のものとは思えない声を上げて飛びかかってきたが、ものともせずゼンガーは再び“黒っぽい何か”を斬って見せた。

 突撃だけしか出来ないものなど、ゼンガーにとってはどうぞ斬ってくださいと自分から自己主張しているようなものだ。言うまでもなく斬ってやるが、やはり残骸が散らばるのみでここから先には進展しない。

 

(機動兵器を斬り捨てるのならば簡単な事だが……。これは、少し骨が折れるな)

 

 そう、ゼンガーが思った時だった。

 

「……!」

 

 突如、ゼンガーが後ろを振り向く。其処にいたのは、先ほどの少女なのだが、その少女を桜色のオーラが包み込んでいたのだ。

 

「これは……」

 

 オーラが晴れるのは、本当に一瞬の事だった。

 立っていたのは、先ほどの少女。しかし、その姿は白を基調とした服装へと代わっており、更に左手には杖のようなものを持っていた。

 顔を見る限り、同じ少女で間違いない。ただ、先ほどの彼女とは全く違う―――。気配だけでそれを察知するゼンガー。

 

(なるほど……。あれが、『時間稼ぎ』の理由か)

 

 気配が変わった、というよりも、何か特別な力が少女の周りに存在している、といった方がいいのだろうか。

 ともかく、同じ少女でも全く違うという事。だが、少女はいきなり変化した自分の服装を見るなり、やや戸惑った声を出していた。

 

「な、なんなの、これ?」

 

「それは、『魔法』の力。君が持つ資質の力が具現化した形なんだ」

 

「ま、魔法……?」

 

 フェレットの口から発せられた「魔法」という言葉。

 魔法なんて、昔母親に読んでもらった絵本の中でしか聞いたことがない。確かに、魔法があればいいな、なんて思った事ぐらいはあるが、いざ言われるとどうしていいのか分からなくなる。

 状況も理解できず、自分にしか出来ないと言われて、フェレットの言葉通りに難しい言葉を発した後、いきなりこんな姿になった。

 別に、現状を悲観している訳ではない。ただ、与えられた情報が少なすぎて、少女の頭では理解するのに時間が掛かっているだけだ。

 

「ともかく、今はあれをあるべき姿に戻さなくちゃいけない」

 

「でも、どうやって? 私、何にもわかんないよ?」

 

「攻撃や防御みたいな基本魔法自体は、君が心に思うだけで発動する。でも、より強力な魔法……それこそ、強力な魔法を使う場合は、呪文が必要なんだ」

 

「呪文……?」

 

「心を済ませて。そうすれば、君の呪文が浮かんでくるはず」

 

 簡単に言ってくれるが、やってみるしかない。少女は、ふうと深く息を吐くと、集中する為に目を閉じる。

 だが、気になるのはゼンガーという人が自分を守るために今も戦ってくれている事。だから、早くしないと、という焦りの気持ちが、少女の心の中を支配していた。

 そのためか、集中したくともゼンガーの事が気になってしまい、中々集中できない。

 

(早く……早く……!)

 

 そんな状態では、浮かんでくるものも浮かんでこない。思い通りに行かない事に、少女は更に焦りを覚え、いつしか左手に持っていた杖をギュッと強く握りしめていた。

 なかなか目を開けない少女に、フェレットもまた、これはどうしたものか、と考えていた。

 この少女は、焦っている。早くなんとかしなければという思いが強すぎて、集中できずにいることくらいはフェレットの目からしてみても容易に理解できた。

 だが、こちらから彼女にかけてやれる言葉が見つからず、祈るような気持ちで少女を見る事しかできなかった。資質はある。後は彼女の心が落ち着けば、それだけで全てがうまくいくはずなのだ。

 

(早く……早く、しないと……!)

 

 焦燥。そんな言葉が少女には相応しかった。

 集中できない自身への苛立ち。その事から生まれる焦り。悪循環が少女を襲う。

 なんとかしたくても、集中できない。焦ってしまい、心が酷く落ち着かない。そんな状態が、今の少女には襲い掛かっていた。

 そんな状態がしばらく続いただろうか。いや、そえは少女が感じるのは体感だけで、実はほんの数秒だったのかもしれない。ふと、少女の肩がポンと軽く叩かれた。

 

「きゃっ」

 

 小さく悲鳴を上げ、少女は自身の肩を叩いてきた人物の方を見る。

 其処にいたのは、当然というべきか、ゼンガー・ゾンボルト。彼は少女の横に立っており、優しく少女の肩を叩いたのだ。

 今までゼンガーが相手をしていた“黒っぽい何か”は散々ゼンガーに痛めつけられたのか、向こうの方で再生活動を行っている最中。タイミングを見計らい、少女に近付いたのだろう。

 

「何を焦っている」

 

「だ、だって……早くしなくちゃ……ゼンガーさんが危ないと思って……」

 

「俺が、か?」

 

「は、はい」

 

 少し緊張しているのか、少女の声が上ずっているように聞こえた。

 だが、ゼンガーは少女の肩から手を離すと、彼女の前に背を向けて立つ。その後姿を、少女は見上げる形となった。

 

「案ずるな。俺は、この程度では倒れぬ」

 

「で、でも……」

 

 不安なのだろう。声が弱弱しく、震えていた。

 だが、ゼンガーは決して少女の方を振り返らない。自分の性格上、振り返って少女に慰めの言葉を掛ける事の方が難しい。

 だが、それが出来ないからこそ、彼は少女に敢えて背を向けた。そして、彼女にこう告げる。

 

「一意専心だ」

 

「一意……専心?」

 

「左様。俺の事など気にするな。お前は、自分の事だけに集中すればいい。俺は……妖魔のものなどには決して負けん」

 

 一意専心―――。その言葉を聞いた時、少女はハッとした。

 確かに、ゼンガーの事は気になる。早くしなければならないという焦りも当然のようにある。

 だが―――。少女を護るかのように立っているゼンガーの姿を見て、どうした事か、それまで酷く焦燥を覚えていた少女の心がすっと落ち着いた。

 少女は、こう思ったのかもしれない。「まるで、お父さんみたいな人だな」と。

 それが嬉しくて、頼もしくて。そして、心も落ち着いていく。

 

「あの……ゼンガー、さん」

 

「……なんだ?」

 

「私、うまく出来ないかもしれません。でも……もしよかったら、私に力を貸してくれませんか? 不安だけど……ゼンガーさんが一緒なら、なんだって出来るような気がするんです! お願いします!」

 

 もう、少女に迷いはなかった。

 杖を両手でギュッと握り、頭を下げてゼンガーに協力を頼む。少女一人ならば、何も出来なかったかもしれない。

 だが、この男とならば。この人と一緒なら、どんな不可能な事だってできそうな気がする。そう、思えたのだ。

 

「……無論だ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 ゼンガーの答えは、承諾だった。

 少女は彼の答えに表情が明るくなり、同時にホッと胸を撫で下ろす。この状況下でゼンガーが断るとは考えにくいが、それでも可能性がない訳ではなかったのだ。

 ホッとしたのもつかの間。少女は、瞳を閉じて心に意識を集中させる。

 ゼンガーから言われた一意専心の言葉を思い出しながら、少女はもう一度心を集中させるのだった。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「……俺は別に何もしてはないが」

 

「それでも、貴方のおかげですから。僕からもお礼を言わせてください」

 

 フェレットに礼を言われるのは、普通の人間からしてみれば不思議な感覚に違いないのだろう。

 だが、ゼンガーにとっては喋る動物というのは決して珍しくない。なにせ、仲間の一人に喋る猫を連れていた人物がいるのだから。

 こういう場面に限って、常人とは違う反応を見せる。あの部隊の感覚も十分におかしいのだが、その空気に自然と染まっていたゼンガーも、常人とはまた違った感覚になっているのかもしれない。

 ―――もっとも、喋る動物などよりもゼンガーの行動の方がよっぽど非常識であり、見ているだけで腰を抜かすような行動ばかりしているのだが。

 

 さて、少女が集中している間、ゼンガーが何もしない訳がない。

 既に再生が完了している“黒っぽい何か”。真紅の瞳をぎらつかせ、血走った目をこちらに向けている。

 何度もやられているにも関わらず、性懲りもなく突撃してくるのは明白。しかし、ゼンガーは悠然と木刀を構え、対峙する。

 すると、今までゼンガーの後ろにいた筈の少女が、杖を両手で握りしめたまま、ゼンガーの真横に立った。

 その顔は、決意に満ちていた。分からない事は多い。今も、まるで夢でも見ているんじゃないか、という現象が続いている。

 だが、その中でも自分がやらなければならない事がある。それを理解したのか、少女はゼンガーの真横に立ったのだ。

 

「もういいのか?」

 

「はい。初めてだからうまく出来ないかもしれないけど……でも、ゼンガーさんと一緒なら、絶対にうまくいくって信じてますから!」

 

「そうか」

 

 ゼンガーの方を見て、ニッコリ微笑む少女。対して、ゼンガーは瞳を閉じ、何かを待っているようだった。

 微笑む余裕があるのならば、心配など無用だ。

 機は熟したと判断したゼンガーは、カッと力強く眼を開けるや、地を勢いよく蹴り上げ、“黒っぽい何か”へと突撃していく。

 ゼンガーの強い踏み込みに、硬く出来ている筈のアスファルト性の道路にひびが入る。もはや人間業では考えられない力で踏み込んだ彼は、突撃しながら吠える。

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

『――――!』

 

 それが合図だったかのように、“黒っぽい何か”もゼンガーに対して突っ込んでくる。更に、今まで出し惜しんでいたのか、それともゼンガーがださせなかったのかは定かではないが、二本の触手のようなものを出し、ゼンガーに向かわせる。

 両者とも恐ろしくスピードが速い。タイミングを少しでも間違えれば正面衝突をし、いくらゼンガーといえども己が体が持たないほどの衝撃を喰らうだろう。

 しかし、歴戦の戦士がタイミングを狂わすわけがない。絶好のタイミングでゼンガーは渾身の力を込め、木刀を振り下ろす。

 

 

「チェストォォォォォ!!!!」

 

 

 彼は大声で叫んだ。いや、吠えたといった方が表現としては的確だ。

 迷いのない、そして完璧なタイミングで振り下ろされた太刀は、今までと同じように、そして今度は触手ごと“黒っぽい何か”の体を打ち砕いた。

 しかし、今回太刀は今まで以上の力を込めたのか、太刀の衝撃によって大地が割れ、胴体が真っ二つではなく粉々に吹き飛んで行った。

 

「す、すごい……」

 

 呆気にとられたのは少女の方。まだ、これだけの余力を残していたゼンガーの動きに、先ほどの自分の心配や焦りが杞憂だったのだと気付く。

 そして、その事に気付いてしまった少女の顔がやや赤くなった。あんな事で悩んでいた自分が恥ずかしく、そして馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 と、今はその事を恥じている場合ではない。少女は杖を掲げ、“黒っぽい何か”へと向けた。

 

「リリカル、マジカル!」

 

 少女の心の中で浮かんできた言葉。それが、彼女の力―――「魔法」を発動するキーであった。

 

「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 

「ジュエルシード、封印!」

 

 少女は杖を空高く掲げる。

 杖の先についた真っ赤な球体にエネルギーが集まり、それは段々と収束していく。

 

『sealing mode.set up』

 

 真っ赤な球体から英語の様なものが浮かんでくる。

 すると、杖が少しだけ伸びたかと思うと、伸びた部分から光の羽のようなものが出現する。

 一本は短く、もう二本はまるで天使の羽のよう。桜色に染まった羽が杖から飛び出し、少女は杖をクルクルと器用に回転させ、構える。

 すると、杖から光の帯の様なものが伸びていき、またしても再生を開始していた“黒っぽい何か”を的確に捕える。

 それはまるで拘束具(バインド)。厄介であったスピードを拘束された事によって封じられ、成す術をなくす。残された手段は声を上げる事だけだったが、今の状態からしてみれば、情けなく映った。

 その瞬間、“黒っぽい何か”の額に「XXI」の文字が浮かぶ。№21――額に映し出された数字は、それを示していた。

 

『stand by ready.』

 

「リリカル、マジカル。ジュエルシード、シリアル21……封印!」

 

 瞬間、拘束されていた“黒っぽい何か”が、呻き声の様な声を上げ、光の粒子となって消滅していき、残されたのは小さな宝石のようなものだった。

 あれだけ斬っても、砕いても再生を繰り返していた化け物が、こうもあっさり消滅するとは。意外と言えば意外だが、少々拍子抜けしてしまう。

 だが、これでひとまず事態は落ち着いたといってもいいだろう。

ゼンガーは、これ以上この場に留まるのは得策ではないと考え、何も言わずにその場から背を向けて歩き出す。

 少女の名前も知らないが、もう彼女と会う事はないだろう。それに、彼女もゼンガーとこれ以上関わるのは危険に違いない。

 

(事情は知らんが……あの少女ならば、心配ないだろう)

 

 寧ろ、ゼンガーがいなくてもあの場はどうにかなったに違いない。今更になってそんな事すら思ってしまうほど、終わってみれば非常に呆気なかったのだ。

 ゼンガーは、暗闇を利用して姿を消す。少女に悟られないよう、気配を消しながら。

 そして―――二度と、自分と関わらない事を切に願いながら。

 

 

 

「……あれ?」

 

 小さな宝石――ジュエルシードの事だ――を回収した後、少女はようやく気付いた。共に戦った、あの男がこの場から立ち去っているという事を。

 辺りを見渡すが、彼の姿は何処にも見当たらない。どうやら、少女たちがジュエルシードに意識を集中させている間に、ゼンガーはこの場から立ち去ってしまったらしい。

 

「改めてお礼が言いたかったのになぁ……」

 

 肩を落とし、しゅんとなる少女。

 彼の言葉のおかげで勇気づけられた。自分一人だけじゃなく、あの人も一緒に戦ってくれると思っただけで、自然と勇気が沸いたのだ。

 そんな彼―――ゼンガーに、もう一度お礼が言いたかったのに。

 

「ゼンガー・ゾンボルトさん……か。凄い人だったね」

 

「う、うん……」

 

 少女の呟きに、フェレットも首を縦に動かして同意する。

 

(でも……あの時、結界の中に入れたという事は、あの人も少なからず魔力を持っているという事になる。まさか、管理局関係の? いや、それにしてはあの人から魔力の波動を感じられなかった……。覇気みたいなものは前面に出ていたけど……)

 

 フェレットが不思議に思ったのは、その事だった。

 あの時、周囲の人間に被害が及ばないよう、フェレットは結界とよばれるフィールドをこの周囲に張った。そして、それは魔力を持つものしか見えないような特別な結界である。

 それなのにも関わらず、ゼンガー・ゾンボルトはあの結界の中にいた。結界の中に民間人が迷い込むという可能性はなくはないが、それは本当にごく僅かな例だ。

 なりふり構わずに結界を張った訳ではない。キチンと、自分の魔力を行使した上で作った結界だ。

それに、生身の体でジュエルシードの暴走体を圧倒するほどの力を持った人物。

 

(ゼンガー・ゾンボルト……。彼は、一体……?)

 

 この闇夜の何処かに消えた男を、フェレットは訝しむのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 高町なのは

年内の投稿は恐らくこれで終わりかと。

なのはの話し方が少しおかしい気がしますが……。なにか変なところがございましたら、ご連絡ください。


「…………」

 

 昨夜、不思議な現象に遭遇し、見事それを撃退―――といっても、事態を収拾したのは幼い少女であったが―――したゼンガー・ゾンボルトは今、釣りをしていた。

 眼前に広がるは広大な海。青々と輝き、少し耳を澄ませばやや遠くの方で鳥が鳴く声が聞こえる。また、辺りを見渡せば彼と同じように釣りをしている老人達がちらほらと。

 彼等に混じり、釣り糸を海上に垂らし、釣りに耽っているゼンガー。彼の周りだけ妙に浮いて見えるが、当人は決してふざけている訳ではない。

 考えてみれば、現在のゼンガーに所持金なんてない。彼が常に持ち歩いているのは木刀のみ。それに、クロガネの中にいたのだから、それなりの生活は出来ていたのだ。

 更に言えば、クロガネは軍艦であるが、「軍属」ではないという特徴もある。中でもゼンガーは艦長であるレーツェルの親友であり、皆の親分だ。そんな彼から金をとるなんてとんでもない。

 ゼンガーが直接言ったわけではないが、それだけの事を言わせられる実力がある。ゼンガー・ゾンボルトとは、そういう男なのだ。

 

 だからといって、この人物が完全無欠のとんでも超人だという事はない。彼だって、立派な人間である。―――行動はともかくとして。

 勿論、人間だから腹は減る。ただ機体に乗って剣を振り回し、敵機をあれよあれよと壊滅させるだけ、なんて事は決してない。更に言うならば、「腹が減っては戦ができぬ」ということわざも存在する。

 これは、ゼンガーの師であるリシュウ・トウゴウから教わった言葉だ。とんでも超人ゼンガー・ゾンボルトを鍛えた人間だけあって、彼もまた人間離れした行動を取る事もある。いや、取る。

 ―――師も弟子も、揃いも揃って人間離れしてしまうという宿命でも定められているのだろうか。全くもって不思議な現象である。

 

 ともかく。昨日から何も食べていないゼンガーにとって、食糧調達は急務だ。

 その気になれば数日間は何も食べずに過ごす事も不可能ではないが、流石にそれでは移動することも間々ならない。

 ここが日本だという事は昨夜歩き回った結果から判断できている。周りはほとんど日本語で、通常の言語も日本語ばかりだ。ゼンガーも師であるリシュウから日本語を教わっていたので、それほど苦ではなかったが。

 しかし、どうやって自分の居場所をクロガネに伝えようか。それが一番の問題であった。

通信機は故障か何かで役に立たず、静岡にある筈の伊豆基地には寄りつけるはずもない。

 ならばレーツェルの協力者―――彼は、ゼンガーよりも顔が広いのだ―――を探して連絡をとってもらうということも頭の中にはある

 ―――だが、探そうにも現状では何もできない。ならば、まずは腹ごしらえだ。そう思った彼の行動は早かった。

 この町の裏山であろう場所に赴き、まずは竹を見つけた。意外にも竹自体はすぐに見つかり、その中の一本を木刀でなぎ倒した。

 傍から見れば、木刀で斬り裂かれる竹を見ただけで腰を抜かすだろう。しかし、ゼンガーならば造作でもない事だ。

 その竹を手頃な長さに調節して即席ではあるが竿を作ると、ゼンガーはそれだけを持って釣り場へと赴いたのだ。

 餌も糸も持っていなかった彼だが、ちょうどゼンガーと同じタイミングで釣りに来た老人が、ゼンガーの様子を不思議がって話かけてきたのだ。

 其処でゼンガーが現状を話すと、どうした事かゼンガーに釣り糸と餌を分けてくれたのだ。心優しき人もいるのだな、とゼンガーは老人に感謝し、現在に至る。

 

「…………」

 

 胡坐をかいて地面に座り込み、腕組みをしながら獲物がかかるのをジッと待つ。

 しかし、待てども待てども獲物は中々釣れず。こうして待っているだけで、既に四時間は経過しているだろか。

 

「お前さん、なかなか釣れないねぇ」

 

「……ええ。しかし、これも釣りというものです」

 

「そうかい、そうかい。おっ、またかかったようだ」

 

 そういって、ゼンガーの隣で釣り糸を垂らしていた老人―――ゼンガーに釣り糸と餌をくれた老人だ―――が、竿を持ち、獲物を引き上げる。

 この光景も何度見たことか。既に老人のクーラーボックスには何匹もの魚が泳いでいる―――悲惨な結果になっている魚もいるが―――が、ゼンガーは未だにゼロ。

 老人ばかり釣れて、ゼンガーが釣れないという事はどういう事なのか。しかし、だからといってゼンガーが怒る訳でもなく、ただじっと腕組みをしながら待っているのみだった。

 釣りといっても、所詮は時の運。隣が大量だからといって、自分の方にまで来るとは限らない。

ゼンガー自身、何度も釣りは経験している。今更そんな事を考えずとも分かり切っている事なのだ。

 

「…………」

 

「ほっほっ、今日は大量じゃなあ。お前さんも、早く釣れるといいんじゃがのう」

 

「ええ」

 

 隣の老人が得意げに笑んで見せたが、ゼンガーが彼の言葉に動じることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシード―――それは、「ロストロギア」と呼ばれる古代遺産の一種である。

 厳密に言えば、「過去に何らかの要因で消失した世界、ないしは滅んだ古代文明で造られた遺産」。その数多くが、現存技術では到底たどり着けないような高度な技術で作られている。

 昨晩、ゼンガーやあの少女たちに襲い掛かってきたのは、このジュエルシードの暴走体。というのも、このジュエルシードには周囲の生物が抱いた願望により発現するという特性を持っている。

 “黒っぽい何か”――今後は暴走体と表記する―――も、ジュエルシードを発現させてしまった一つの結果。願望、といえば聞こえはいいが、果たして当人の願望が本当に叶えられているのかと問われれば、そうではないというしかない。

 必ずしも、当人が望んだ結果になるとは限らない。それが例え、超古代の技術であったとしても、本質的には何一つ変わっていないのかもしれない。

 

 場所は学校。小学校であろう校舎の中には数多くの生徒達が、授業を受けている真っ最中であった。

 この学校の生徒達は向上意識が強いのか、大半の生徒が教師の話に耳を傾けている。たまに教師の話など聞かず、ノートなどに落書きしている生徒も見受けられるが、それもほんの一部に過ぎない。

 というのも、この小学校―――聖祥(せいしょう)小学校という―――では、それなりの学力が求められている。

 大学までエスカレーター式の学校となっているので聞こえはいいが、その中での競争は中々に厳しい。勉強を少しでも疎かにすれば、当然皆についていけなくなるし、遅れを取り戻すのはかなり大変だ。

 また学費もそれなりに高い。しかし、それだからこそ、学校側は生徒達の未来への可能性を高めるという役割を求められている。

 いわば、名門校だ。そして、その名門の小学校にあの少女もまた在籍していた。

 学校の制服を身に纏い、彼女もまた授業を受けている様子。

 しかし、彼女は耳では教師の話を聞き流す程度にしか聞いておらず、その心は一つの事に集中していた。

 

『―――昨日見たジュエルシードっていうのは、古代遺産の一つというのはさっきも説明したよね。本来は、手にしたものの願いを叶える魔法の石なんだ』

 

 少女の心の中に声が聞こえてきている。

 これは、昨夜も感じた声。あのフェレットの声だ。彼が少女に対して、心の声で話をしている。

 通常ならば考えられない事。それこそ超能力者か何かかと疑われそうだが、別にフェレットとしては難しい事をしている訳ではない。これは、フェレット達のいた世界では当たり前のように行われてきた行為なのだ。

 しかし、少女がそれをやろうにも出来る筈がない。そこで、フェレットは少女に持たせた杖を介して会話を行っている。

 勿論、少女が現在も杖を手に持っている訳ではない。あんな大きいものが彼女の手にあったら、流石に周りが不審がるのは明白だ。

 では、何処にあるのかと問われれば、それは彼女が首から下げている赤い宝石のようなものが“それ”だった。表面上からは見えないが、服の下には確かに赤い宝石がぶらさげてある。

 というのも、あの杖―――名称を『レイジングハート』というらしい―――は、変形する事も可能で、普段は宝石などアクセサリーに姿を変える事で持ち運びが便利になるように作られている。

 杖が宝石に変化してしまった事に、少女は目を丸くした。が、フェレット曰く、「これが普通」との事。

彼の基準を少女側に求めるのは大変酷であったが、それ以上追及する事も出来ず、ただただ現実を受け入れるしかなかったのだが。

 

『願いを叶える……? じゃあ、昨日見た怪物も願いを叶えた結果なの?』

 

『いや……恐らく、あれはジュエルシードが単体で暴走した結果なんだと思う。ジュエルシードは力の発現が非常に不安定で、所有者を求めて力を勝手に使ってしまう事もあるんだよ』

 

 確かに、昨日の怪物はどう見ても願いを叶えた結果ではないだろう。

 あのような怪物になってでもいいから力が欲しい―――なんて願う人間が、この地球上にいるだろうか。

もしかしたらそのような物好きもいるかもしれないが、少なくとも少女にとっては考えられない事だ。

 

『でも、所有者を求めてって事は……誰が触っても暴走しちゃうって事?』

 

『きちんと扱い方を分かっている人が触れば問題はないけど、たまたま触った人や動物なんかがジュエルシードに取り込まれて暴走してしまう、っていうのは大いにある。だから、そうなる前に早くジュエルシードを回収しなくちゃいけないんだ』

 

『結構大変そうだね……』

 

『うん……。僕もこの世界に来られたのはいいんだけど、やっぱり生半可な力じゃ到底かなわない。……今の僕の状態も、ジュエルシードの暴走体にやられた結果だからね』

 

 ――今の状態とは、恐らく怪我をしている事だろうと少女は自分なりに解釈する。

 実を言えば、フェレットが言いたかったのは怪我の事も含めはするが、“何故このような形態状態になってしまったのか”という事だ。

少女の方はフェレットの事実をまだ知らないために、この時は「怪我の事か」と思ってしまったが。

 

『でも、なんでそんなに危ないものが家のご近所に?』

 

『…………僕のせいなんだ』

 

『“ユーノ”君の責任……?』

 

 少女の問いは当然の疑問であった。今までは何も起きなかった筈なのに、何故いきなりそんなものが存在するようになったのかと。

 この問いに、フェレット—――どうやら、名をユーノというらしい―――は、やや間を置き、溜息を吐いてからその事情を話し始める。

 

『僕は故郷で遺跡発掘を仕事としていて、ある日――偶然ではあったけど、調査を依頼されていた古い遺跡の中でジュエルシードを見つけたんだ。それで、調査団に依頼して全てのジュエルシードを保管してもらった……。そこまではよかったんだけど……』

 

『だけど?』

 

『……でも、運んでいた時空艦船が事故か何か―――にあってしまって、ジュエルシードが全て放り出されてしまったんだ』

 

『じゃあ、その放り出された先っていうのか……』

 

『そう。この地球――それも、この“海鳴市”だったんだ。数は21個。2個はどうにか回収できたんだけど……』

 

『じゃあ、あと19個か……。先は長いね』

 

『うん……』 

 

 ユーノは途中で何かを言いかけたが、それは言わずに話を進めた。

 本来ならばこの部分に「人為的災害」と付け加える筈だった。しかし、まだ小学生である少女に人間の歪な部分を聞かせるという事に渋ったのであろう。

 ユーノ自体も、この事故は想定外だった。調査団に頼めば大丈夫。管理局までの護送任務とはいえ、預けてしまえば問題はないはずだ―――という思いが、彼の中にはあったのかもしれない。

 しかし、その考え自体が甘かった。ジュエルシードは“ロストロギア”なのだ。あれを欲するもの、組織は数多くいる。例え、それが自らをも滅ぼすであろう代物だったとしても、魅力を感じないものはいない。

 そういった事もあってか、結果は最悪の方向に転がって行った。そして、今では少女に力を借りる羽目になっている。

 

『でも、話を聞く限りだと、ジュエルシードが散らばった原因ってユーノ君のせいじゃないんじゃない?』

 

『だけど、それを見つけてしまったのは僕だ。それに、あれがロストロギアだという事をもっと自覚していれば……こんな事にはならなかった筈なんだ。だから、僕が見つけなくちゃいけない。そう、思ったんだ』

 

『ユーノ君……』

 

 ユーノの声は、震えているように思えた。

 確かに少女の言う通り、ユーノは正しい手段を踏んだ上でこのような結果になっているため、彼に非はない。しかし、「見つけてしまった」というのが最大の原因となっている。

 責任感が強い子なのだろう。恐らく、自分の体が満足に動くのならば今にでも飛び出していきそうなほど。

だからこそ、ここが異世界だという事を分かっていても飛び込んできた。

 

『真面目なんだね、ユーノ君は』

 

『真面目……? そうかな?』

 

『うん、そうだよ。私だったら怖くてできないよ』

 

 くすりとほほ笑み、教師が黒板に書いた項目をノートに写していく。

 と、暫くペンを走らせたとき。ふと、少女の頭の中に昨日の男――ゼンガー・ゾンボルトだったか――の事が思い浮かび、ユーノに問う。

 

『そういえば、昨日の男の人はなんだったのかな……?』

 

『……正直に言えば、僕も分からない。いや、寧ろびっくりしているといった方がいいかもしれない』

 

『それは私も。だって、あんな怪物を本当に斬っちゃったからね。こう…ズバズバーって』

 

 ユーノも驚いたという事は、こればかりは本当に想定外だというべきだろう。

 いや、誰が予想するだろうか。颯爽と現れ、暴走体を斬りまくるというとんでも行為をした後に、何も言わずに立ち去って行った人物。

 唯一判明しているのが、ゼンガー・ゾンボルトという名前のみ。後は、剣の腕が立つという事ぐらいか。

 

『ちゃんとお礼を言いたかったのになぁ……』

 

(でも、これ以上誰かに迷惑をかけるわけにはいかない……。確かに、あの人がいれば心強い存在にはなってくれるだろうけど……でも、それじゃ駄目なんだ)

 

 残念がる少女とは対象に、ユーノはブンブンと頭を振って「頼る」という選択肢を打ち消す。

 本来ならば、ジュエルシードの後始末はユーノがやらなくてはいけない事なのだ。これ以上、他人に迷惑をかけるという事は、ユーノにとってあってはならない事。

 

 

「……まちさん。“高町なのは”さん?」

 

「は、はいっ!?」

 

 その時、誰かが少女の事を呼んだかかと思うと、少女は驚いた様に顔を上げた。

 瞳に飛び込んできたのは、不思議そうに少女の方を向いている周囲の生徒達。その全ての視線が少女に集まっており、正直恥ずかしい。

 

「え、えっと……」

 

「高町さん、大丈夫ですか? もしかして、具合でも悪いのかしら?」

 

「い、いえ、大丈夫ですっ。ちょっとボーッとしていただけで……」

 

 どうやら何度も少女の事を呼んでいたらしく、教師は心配したような顔で少女の顔を覗きこんできたので、少女は慌てて否定した。

 彼女の慌てふためきように、周りからはクスクスと微かな笑い声が聞こえてくる。

自然と、少女の顔も恥ずかしさからかが赤く染まっていた。

 

「本当に大丈夫ですか? もし具合が悪いのなら、保健室に行ってもいいんですよ?」

 

「いえっ、本当に大丈夫ですから!」

 

「そうですか? でしたら、この問題の答えは何か分かるかしら?」

 

「えーっと……これは―――」

 

 やや顔を赤く染めたまま、少女――――高町なのはは、教師から出された問題の回答を答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。

 ようやく一日の修業が終り、帰路につくなのは。今日は通っている塾も休みの為、少しは体を休める事が出来るのではないか―――と思ったが。

 

(でも、ジュエルシードも探さなきゃ……だよね)

 

 肝心な事を忘れるところだった。ユーノが動けない今、ジュエルシードを探し、それを食い止めには、なのはの力が不可欠。

 ユーノが動けない現状、なのはの力は大いに役に立つ。ユーノとしては心苦しい事に違いないのだが、それでも今は彼女の好意に甘えるしかないのだ。

 

「よーし、やるぞーっ!」

 

「何がやるぞー、よ。なのは、さっきからおかしいんじゃないの?」

 

「たしかに、今日のなのはちゃんはちょっと変かも」

 

 そういって呆れたように話しかけてきたのは、金髪の少女だった。呆れている少女とは違って、クスクスと小さく笑っているのは黒髪の少女。

 金髪の少女の名は、アリサ・バニングス。彼女は、いわゆる名家のお嬢様である。

 いつもは如何にも高級そうなリムジンに乗って通学しているが、こうして歩いて帰る事もある。名家という事もあって、親には少々心配されるものの、友達とこうして歩いて帰る事も必要だと言い張る娘には、流石に勝てなかったようだ。

 そして、黒髪の少女は月村すずかという。彼女もアリサとなのはの親友であり、彼女の家は工業機器の開発製作を営む会社社長の娘である。

 つまり、二人とも金持ちの家の子だ。なのはの家も別に質素という訳ではないが、流石にこの二人には到底及ばない。

 

「えー、別に変じゃないよー。いつもと変わらないと思うけど?」

 

「いや、どう見てもいつもと違うでしょ。授業中は先生に当てられていても上の空だし、今だっていきなりやるぞーっていきなり叫び始めたし」

 

「うーん……言われてみると、そうかも」

 

「でしょ。一体どうしちゃったのよ、なのはは」

 

 訝しげな表情でなのはの顔を伺うアリサ。なのはは彼女に笑い返しながらも、内心は冷や汗だ。

 原因といえば、ユーノと会話していた事か。まさか、あそこまで意識を集中させていたとは思わず、あの時はなのはも驚き、そして恥ずかしかった。

 まだ慣れていないというのが一番大きいな要因だろうが、いつまでもこうだと流石にごまかし切れない。いや、理由を話したところで誰も信じてはくれないだろうが。

 

「で、本当のところはどうなのよ? 一体何が原因よ、なのはをこんな風にした原因っていうのは!」

 

 興奮しているのか、それとも友人であるなのはがこんな事になるとは到底思えないのか、なのはの方に近付いていき、やや強い口調で問い詰めようとするアリサ。

すずかが「まあまあ」といってアリサを宥めているが、なのはは彼女に苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

理由―――話せるものなら、とっくに相談している。しかし、なのはにも「こんな危ない話に関係のない人を巻き込むわけにはいかない」と心の中で思っている。

それは、家族、そして友人。大好きな人たちが危険な目にあうかもしれないなんて考えたくもない。だから、なのはは理由を話せない。話さない。

 

(もっとしっかりしなくちゃな、私……)

 

 迂闊に声に出してしまっては、墓穴を掘るのと同じだ。

 あの場はどうにか収まり、アリサ達とはまた明日といって別れた。しかし、終始アリサからは疑いの眼差しを向けられていた。さて、彼女をどう説得しようかと思っていた矢先である。

 

「あれ…?」

 

 ふと、一人の男の姿がなのはの目の中に飛び込んできた。

 銀髪の髪型に、鋭い眼差し。手には木刀と、何故か竿のようなものまで持っているが、あの姿は間違いなくゼンガー・ゾンボルトの姿だ。

 どうやら、釣りはもう終わったのだろう。これから彼が何処に行くのかは不明だったのだが、なのはの足は気付いた時には彼の方に向かっていた。

 

「あ、あのっ! ゼンガーさん!」

 

「……む?」

 

 ゼンガーの後ろから、誰かが声を掛けてきたことに気が付き、ゼンガーはゆっくりと振り返る。

 振り返ると、正面に人影はない――いや、少し見下ろせば幼い少女がゼンガーを見上げている姿があった。

 

(この少女、昨晩の……)

 

 はぁはぁと息切れしている様子を見ると、どうやらゼンガーを見るなり全力疾走してきたようだ。今は両ひざに手をつき、呼吸を落ち着かせようとしている。

 ゼンガーは彼女が息を整えるのを待った。自分に何か用があるから、こうして走ってきたのだ。それを無碍にすることは出来ないし、またゼンガー・ゾンボルトという男は出来ない性格であった。

 そして、ようやく息を整えたなのはは、ふうと深呼吸をすると、ゼンガーに向かって頭を下げる。

 

「あの、昨日は助けていただいて、本当にありがとうございました!」

 

「その事か……。だが、俺は礼を言われるような事は何一つしていないぞ」

 

「でも、私は貴方に命を助けて貰ったから……そのお礼がしたかったんです。だから……」

 

「そうか…」

 

 何事かと思えば、そんな事かとゼンガーは思う。

 あれはゼンガーが好きで介入しただけで、少女から礼を言われるような覚えはない。確かに、少女が危機に陥っていたのは確かだったが。

 それに、礼を言われて悪い気はしない。が、その言葉に対する答えをうまく導き出せなかった。

 彼は真面目な男であると共に、不器用な男でもあった。こういう時、少女に何をいっていいのか分からない。だが、少女の想いは十分に伝わった。

 

「…………」

 

「え、えっと……」

 

 ゼンガーは沈黙。なのはは、ゼンガーの反応が予想以上に少なくて更に来困惑するしかなかった。

 そういった時間がしばらく続いただろうか。ふと、ゼンガーが口を開く。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

 

「な、名前ですか?」

 

「ああ。いつまでも「お前」では嫌だろう」

 

 ―――自分は何を聞いているのか。ゼンガーは、心の中で自らの失言を悔いていた。

 名前を聞いたところで、これ以後ゼンガーと関わることはないだろう。いや、ない方がいいに決まっている。

 だが、少女は自分の目を真剣に見ており、視線を逸らす事も不可能。

 そうこうしているうちに、少女はゼンガーの目を見ながら名乗る。自らの名を。これから―――ゼンガーが関わっていくことになる、少女の名を。

 

「私は……高町なのは。なのはです!」

 

「なのは……か。よき名だ」

 

「ありがとうございます。えへへ、ちょっと嬉しいかな…」

 

 素直に褒められ、少女―――なのはは、照れたように右頬を人差し指でかく。

 

「……すまんが、俺は行く。あまり、この場に留まっている訳にもいかないのでな」

 

「あ……。すみません、引き留めちゃって…」

 

「いや、いい」

 

 なのはは少し残念そうだったが、それだけ言うと、今度こそゼンガーは踵を返して歩き始める。

 やはり、彼女とは住む世界が違う。彼女が何らかの事件に巻き込まれていても、それは彼女が解決するだろう。ゼンガーが関わり合う必要は、あまりない―――。

 そう思った矢先だ。

 

(あ……!)

 

(むっ……?)

 

 それは、なのはとゼンガーが同時に感じた気配だった。

 何か変な感覚が自分の中を突き動かす感覚。それは一瞬の出来事であっただろうが、その一瞬で世界が止まってしまった様な感覚を覚える。

 歩き出していた筈のゼンガーの足が、ピタリと止まる。そして、彼は後ろにいるなのはの方を振り返ると、彼女に問う。

 

「……なのは、お前も感じたのか?」

 

「は、はい。……って、ゼンガーさんも?」

 

「ああ。奇妙な感覚が一瞬ではあったが、俺の中を過ぎ去って行った……。まさか、同じ感覚を覚えたとはな……」

 

「私達、似た者同士ですね。ふふっ」

 

「……そうかもしれないな」

 

 少し嬉しそうな表情を浮かべ、ゼンガーに語りかけてくるなのは。

 ―――本音を言えば、これ以上彼女に関わるのはどうかと思う。

 しかし、この感覚は昨晩感じたものとほぼ同じ。いや、昨晩はあまり感じなかったが、今は確実に感じたものがある。

 それに、昨日暴れていた怪物と似たようなものが再び暴れるのならば―――ゼンガーは、それを斬らねばならない。

 

 何故ならば、彼は「悪を断つ剣」だからだ。

彼が悪と判断したものは、迷いなく斬る。それも、ゼンガーという男だった。

 

「……見過ごしてはおけん。なのは、お前は……」

 

「私も行きます。それに、私が行かなくちゃ、あれを……ジュエルシードを封印出来ないですから……」

 

「…………」

 

 一理ある。例え、化け物を斬ったとしても、また再生されては元も子もない。

 ならば、彼女に任せて“ジュエルシード”とやらを封印してもらった方が速いのではないか。

 ならば、彼女を護る事もまた一つの使命なのかもしれない。駄目だとわかってはいるが―――見過ごすわけにもいくまい。

 

「……行くぞ」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をし、ゼンガーの後ろを走るなのは。

 そんな彼女のスピードに合わせながら、ゼンガーもまた走る。

 

(……果たして、俺の選択は正しかったのだろうか)

 

 レーツェルが聞けば、どんな顔をするだろうか。

 「お前らしい」といって笑うか。それとも、やや渋い顔をしてゼンガーを窘めるか。恐らくは前者ではあろうが、果たしてそれが正解なのだろうか。

 

(いや、今は何も考えまい)

 

 雑念を振り払い、走るゼンガーとなのは。

 懸念はある、しかし、動かずにはいられないゼンガーであった―――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 負傷

新年一発目ですが……うーん、ちょっと展開が早すぎかな? それに、今回の話もあまり自信なく……。

何かございましたらご連絡ください。


「ぁ……あぁ……」

 

 恐怖のあまり、腰を抜かして座り込む女性。

 女性の顔に浮かぶのは恐怖。そして、自分の目の前で起こった事態が理解できず、眼前にいる存在に怯えていた。

 ―――怯えない方が無理だろう。女性の目の前にいるのは、四つ目の怪物だ。

 全身は黒で覆われ、巨大な獣の形をしている。グルルと女性を威嚇するように声を上げ、口を開けば鋭い牙が垣間見える。

 もはや、それは映画か何かに出てくるようなものだった。

 

 異形の化け物が目の前にいて、今にも自分に襲い掛かってきそうな勢い。

 ああ、誰だってこんな絶望的な状況では腰を抜かすに違いない。それに、彼女は常人なのだ。ゼンガーのように非常識な人間でもなければ、身体が屈強なわけでもない。

 彼女は、至って普通の人間。悲鳴にもならない声を上げたかと思えば、彼女は恐怖のあまり気を失ってしまう。

 そう、この反応こそ正しい。このような化け物に思いっきり突っかかっていくのがおかしいのだ。

 

 が、そんなおかしい行動をする者が一人。彼―――ゼンガー・ゾンボルトは、現場に着くなり木刀を片手に特攻していく。

 

「はぁぁぁ!!!」

 

『―――!』

 

 問答無用。化け物――ジュエルシードの暴走体だ――に特攻していくなり、ゼンガーは雄たけびを上げながら木刀を振り下ろす。

 雄たけび、更には気配を感じ取った暴走体は女性の方からゼンガーの方に向き直り、彼に向かって刃を向ける。

 木刀は真っ直ぐ、そしてかなりの速度で振り下ろされる。しかし、暴走体の方は野性的な感覚があるのか、己が刃で木刀を受け止める。

 

「む……」

 

『グルル……!』

 

 前の暴走体があのような状態だったので、それなりの力は入れているものの、多少力を抜いた。が、獣は難なく受け止めてみせる。

 なるほど、これは手加減などいらないようだ。いや、元々手加減することなど、自分の流儀に反する。

 

「よかろう……。ならば、全力で応えるのみ!」

 

『ウガァァァ!!』

 

 ゼンガーと暴走体の一騎打ちが始まっていたころ、息を切らしながらなのはがようやく追いついた。

 追いついた時には、既にゼンガーと暴走体が戦闘状態。共に考えられないような動きをしていた様子を目の当たりにし、「あはは…」と思わず乾いた声が出た。

 

「えっと……もしかして私、必要ないのかな?」

 

 そんな感想しか出てこない。いや、それも当然ではあろう。

 見ているだけでも次元が違う。そして、人間業とは思えないゼンガーの動き。

 

(どうやったらあんな風に動けるのかな……?)

 

 元々運動が得意な方ではないなのは。ゼンガーの信じられないような動きに、彼女は見惚れていた。

 豪快なれども、動きは凄く滑らか。木刀を振り回している姿も恰好が良く、なのはの目に映っているのは、先ほどの寡黙な人間から格好良くて強い人間になっていた。

 

(お兄ちゃんも剣道をやってるけど、どっちが強いんだろう…?)

 

 正確にいえば、彼女の兄がやっているのは“剣道”というスポーツではない。寧ろ、それはゼンガーが行っているような行為に近いのだ。

 しかし、まだ小学生である彼女に剣道と剣の違いを説いたところで仕方がない。勿論、キチンと教えれば理解するのだが。

 

「なのは! なのはってば!」

 

「え!? あ、ユーノ君。どうしたの?」

 

「どうしたのって……ジュエルシードの事だけど……」

 

「うん……。でも、あの姿を見ていると、私って本当に必要なのかな~って」

 

「え……? 一体何を馬鹿な……」

 

 いつの間にかなのはの足元にいたフェレットことユーノだったが、なのはに指摘されてからゼンガーの方向を見る。

 

「でぇぇい!!!」

 

『グガァ!!』

 

 ユーノの目にも映った、ゼンガーと暴走体の勝負。

 ああ、なるほど。これはなのはが先ほどいった「必要ない」といった事も理解できる。

 ユーノもなのはと最初に出会った時にゼンガーの動きを見ているが、現在はそれ以上の行動力を見せていた。

 跳躍魔法も使用していないのに空高くジャンプし、素早く刃を振るう。暴走体もゼンガーを追うが、見た限りだと軽く捻られているのは暴走体の方だった。

 両腕で振るう木刀は、見た目は木刀でも酷く重い。おまけに破壊力も随分とあるようで、暴走体の頭蓋骨を砕く音も耳に届く。

 だが、ジュエルシードという魔力の石は、曲がりなりにもロストロギアだ。砕かれた部分を再生させるほどの魔力はあるようで、見ているうちにすぐに再生されていく。

 

「…………」

 

「あはは……ユーノ君、口が開いてるよ?」

 

 いや、唖然としない方がおかしいんじゃないのか? とユーノはなのはに問いたかった。更に、ゼンガーは魔法も一切使用していないのに、ああもピョンピョンと空を舞い、地を駆けるのである。

 勿論、なのはも最初は唖然とした。しかし、なのはもこれで二度目であり、彼は「そういう人間も世の中にはいる」のだと割り切る事にしたのだ。

 この割り切り方は、魔法を知らない彼女ならではなのかもしれない。

 ―――勿論、世の中広いといえども、そのような奇想天外の動きをするのは現実的に考えてみても、ゼンガーぐらいなものだが。

 

『ガァ……グルァ!』

 

「これだけ砕いてもまだ立つ…か。その意気やよし」

 

『グゥ……』

 

「だが、俺を倒すには生温い!」

 

 すっかり息が上がってしまっている暴走体。後にユーノが「暴走体でも疲れる事があるのか……」と目を点にしながら呟いたらしいが。

 比べて、吠える元気も有り余っているゼンガー。傍から見ていると、大人と子供の喧嘩のよう。この場合は、人と子犬とでもいえばいいのか。

 

『―――!』

 

「……!?」

 

 しかし、暴走体の右目がなのは達を捉えた事から状況が変わる。

 視線にいち早く気付いたのはユーノであったが、彼が声を上げる前に動き出したのは暴走体の方だった。

 

『グガァァァ!!!』

 

「え……?」

 

 ゼンガーを無視し、なのは達の方に飛びかかかる暴走体。

 獣の本能から、ゼンガーに勝ち目なしと判断した。そして、楽に勝てそうななのはへと飛びかかって行ったのだ。

 

「あ……」

 

「なのは、逃げて!」

 

 ユーノが何か言ったが、今のなのはの耳には聞こえていなかった。

 考える暇すらなかったといえる。暴走体もゼンガーに捻られた事で疲れを見せているものの、走る元気あるし、獲物に飛びかかるくらいのことは出来る。

 ゼンガーの動きに見惚れていたのが仇になったか。急に方向転換してなのはに襲い掛かるのは彼女にとって予想外だった。

 

(え……? なに、身体が動かない……?)

 

 なのはが今感じているのは、恐怖だった。

 化け物が自分に襲い掛かる。二度目の事とはいえ、うまく反応できないのが普通だ。

 逃げなくちゃ殺される。そんな事などとうの昔に理解している。しかし、肝心の体が全く動かないのだ。

 それは、先ほど襲われかかっていた女性と同じだった。極度の恐怖が一気に襲い掛かってくると、人間というものは動けなくってしまう。

 ましてや、魔法を使える事になったとはいえ、なのはは小学生だ。体が出来上がっている訳でもないし、魔法の遣い方を完全に理解しているわけでもない。

 目には涙が浮かび、動けない自分を頭の中で責める。

 

(動いて……動いてよ!)

 

 なのはの願いとは裏腹に、既に暴走体が目の前に迫る。

 

(いや……いやっ!)

 

 こんなところで死にたくはない―――そう思った。

 ―――だが、いつまでたっても暴走体は自分のところに来ない。普通ならば今頃なのは暴走体に噛み砕かれていてもおかしくはない。

 それが、来ない。どういう事なのかと思い、なのはが目を開けると―――。

 

「え……!」

 

『グゥゥ!!!』

 

「くっ……!」

 

 彼女が目を開けたとき、眼前に立っていたのはゼンガーだった。

 彼は、木刀を使わずに己の右腕で暴走体の攻撃を防いでいる。暴走体の鋭利な牙がゼンガーの右腕に食い込み、流石のゼンガーも痛みからか顔を歪ませる。

 

「ゼンガーさん!?」

 

「……俺に構うな! なのは、お前は自分が出来る事をしろ!」

 

「で、でも……」

 

 自分を庇うかのように仁王立ちしているゼンガーの事を心配するなのは。

 当然だろう。自分の体が動かなかった為に、ゼンガーが負傷した。彼女の顔色は蒼白しており、ゼンガーの身を案じている事が分かる。

 しかし、ゼンガーは眉を寄せたかと思うと、暴走体を振り払うように腕を払い、暴走体を吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされた暴走体は四足で綺麗に着地し、再びゼンガーに威嚇を開始。先の息切れは何処へやら、その威勢のいい姿にゼンガーは目を細める。

 

『グルル……!』

 

「……これだけやっても、まだ吠える余裕があるか」

 

『グアァ!!』

 

「相変わらず威勢だけはいいようだな……。しかしっ!」

 

 右腕を負傷しているにも関わらず、ゼンガーは両腕で木刀を構え、暴走体の前に躍り出る。

 

 

「我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! 貴様のような妖魔を、これ以上暴れさせるわけにはいかぬ!」

 

 

 まるで大怪我をしている事を忘れさせるかのような、覇気のある発言だった。

 化け物はゼンガーの咆哮に思わず後ずさり、後ろでゼンガーの背中を見ていたなのはは、涙ぐんでいた目元をぬぐい、首元にかけた宝石――レイジングハートを手に持つ。

 これ以上、ゼンガーだけに戦わせるわけにはいかない。いや、彼自身はなのはに手を出されるのは嫌うかもしれないが、それでも。

 

(レイジングハート……私に力を……ゼンガーさんを助ける力を貸して!)

 

『all right. stand by ready.』

 

 果たして、なのはの思いがレイジングハートに伝わったのか、宝石から文字が浮かび、レイジングハートがなのはの呼びかけに応える。

 その瞬間、彼女の手には杖が握られていた。それは、この間と同じ杖であり、レイジングハートのもう一つの形態。

 

(パスワードもなしに変身を……? やっぱり、彼女は普通の魔術師とは違うのか……?)

 

 なのはが行った行動に、ユーノは目を丸くした。

 本来ならば、呪文を唱えてレイジングハートのような杖―――俗に『デバイス』と呼ばれる―――を出現させるのは通常である。

 しかし、なのはの場合はそれを介さず、いきなりレイジングハートを出現させたのだ。これもまた驚かない筈がなく、ユーノは改めてなのはの中に眠っている力の凄さを思い知らせらされる結果になった。

 

「レイジングハート……。行くよ!」

 

 レイジングハートは何も答えなかったが、なのはには確かに答えたような気がした。

 この前のように防護服は出していないが、杖さえあれば暴走体を封印は出来る。

彼女はゼンガーの後ろでレイジングハートを一回転させると、また昨日のように目を閉じ、集中する。

 

『グルァ!』

 

「やらせはせん!」

 

 気配を感じたのか、暴走体は再びなのはに襲い掛かる。

 しかし、それを護るのは歴戦の剣士であるゼンガー・ゾンボルト。右腕に力が入らないが、それでも左腕一本で木刀を振るい、暴走体を打ちのめす。

 ぎゃんと小さく吠え、暴走体は後ろに後退する。ゼンガーは使い物にならなくなりつつある右腕をぶら下げつつ、木刀を左腕一本で構え、暴走体をけん制していた。

 暴走体は今一番、なのはが危険な存在になりつつあることを感づいていたのだ。しかし、彼女を護るのは先に散々痛めつけられたゼンガーであり、腕を一本負傷させても適わない相手。

 まるでとる手段がなく、威嚇するしか出来ない暴走体。さっさと逃げればいいものの、ゼンガーの凄味が暴走体をも逃げられないようにしているのか、暴走体の足は止まっていた。

 機は今だ。そう悟ったゼンガーは、後ろにいる筈のなのはに呼びかける。

 

「……今だ、なのは!」

 

「はい!」

 

 応えて出てきたのは、杖を持ったなのは。

 レイジングハートを暴走体にかざし、ジュエルシードを封印するために、レイジングハートを起動させた。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

『all right.sealing mode.set up.』

 

 レイジングハートが伸び、桜色の羽が出現する。

 これは、レイジングハートが封印などの最大出力時に変形する形態であり、その名を「シーリングモード」という。

 今のなのはにとってはデバイス自身が勝手に変形している感覚であり、なのはが特別に何かをしているという事はない。

 しかし、今はそんな事などを考えている暇はない。即座にリボン状の拘束具(バインド)を伸ばしていき、暴走体を拘束する。

 

『グ……グァァァ!?』

 

『stand by ready.』

 

「リリカル、マジカル! ジュエルシード、シリアル16……封印!」

 

『sealing.』

 

 なのはが言うと、ジュエルシードの暴走体は光の結晶ともう一つ、子犬の姿に分かれ、別々に分かれていく。

 どうやら、ジュエルシードはあの子犬に反応したらしい。願いを推測するとなると、『強くなりたい』だろうか。獣としては十分すぎるぐらいの強さを持ったが、結果的には暴走体。

 子犬の本能だったのかもしれないが、いずれにせよ、ユーノが言った通りにジュエルシードという代物は厄介極まりないもののようだった。

 

 なのはは、子犬と別れた魔石の方に行き、レイジングハートを魔石の方へと向ける。

 すると、レイジングハートは球体の部分――紅い球体だ――の部分へとジュエルシードを吸い込んでいき、それを収納する。

 

『receipt number XVI.』

 

 これでジュエルシードの封印は完了だ。しかし、なのははそれを見届ける前にゼンガーの元へと走り出していた。

 

「ゼンガーさん!」

 

「ああ……終わったようだな」

 

「そうじゃなくて! ゼンガーさん、凄い怪我ですよ!? 早く治療しないと……」

 

「怪我……? ああ、これの事か。これしきの傷、そのうち勝手に治るだろう。お前が心配する事などない」

 

 暴走体から受けた傷を見て、ゼンガーはそう言ってのける。

 大怪我には違いない。しかし、この痛みにも耐えられるほどの強靭な精神を持っているのもゼンガーだ。

 しかし、先の戦闘で腕すら動かなくなるとは不甲斐ない。これは、まだまだ鍛えが足りぬと思っていたその矢先。

 

「心配しない筈がないじゃないですかっ!」

 

「む……?」

 

「私……凄く心配で…。私があの時、逃げなかったから……動けなかったから、ゼンガーさんがそんな風になっちゃったのかなって思って……だから……!」

 

 気が付けば、なのはは涙を流していた。

 ゼンガーの元に近寄り、自分のせいで負傷したゼンガーの姿を見て自らを責めているのだろう。

それに、いち早くゼンガーの元に駆け寄った事を見ると、彼の事を心配しない筈がないのだ。

 ゼンガーの基準となのはの基準は非常に異なる。ゼンガーがいくら大丈夫だといったところで、なのはにとってゼンガーの怪我は大怪我だ。彼の言うように、これだけの怪我を見て、素直に安心できるような子ではない。

 

「僕から見ても、やっぱり治療した方がいかと思います。その怪我じゃ、まともに剣は触れないと思いますが……」

 

「……そうだな」

 

 ユーノの声がゼンガーに届く。彼は治癒魔法も一応使える事は使えるのだが、まだそれを使用するには力が戻っていない。

 勿論、ユーノとしても治癒魔法を使用したいのは山々ではあるが、これ以上消耗してしまっても仕方がない。

 おまけにゼンガーが全く気にする様子もない事から、本当に彼は大丈夫なのかと思っていたが。

 

「しかし、治療する場など俺にはない」

 

 偉そうにいう事でもないが、それは事実だ。

 今現在、ゼンガーは所持金もない。ゼンガーが平気であっても、多量に出血している点からして早めに止血しなければならないであろう。こんなところで立ち止まっている暇などないのだ。

 

「じゃ、じゃあ! 私の家で治療しますから! だから、早く!」

 

「だが……」

 

「いいから! 早くしないと、ゼンガーさんが大変な事になっちゃいますよ!」

 

「む……」

 

 なのはの必死の叫び。個人的に世話になる訳にはいかないが、必死に呼びかけている少女の声に、応えない訳にはいかない。

 

「……いいだろう。頼む」

 

「はいっ! こっちですから、早く行きましょう、ゼンガーさん!」

 

 ゼンガーの手を引き、なのはは走り出す。

 ゼンガーの腕から相変わらず血が垂れる。しかし、ゼンガーは痛みを我慢しながらも、仕方なくなのはの家に向かう事にした。

 この選択も、果たしていいのか迷っていたが、この時のゼンガーになのはを止める事は出来なかったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 異世界

今回の話は……うーん、正直微妙という感じに。おまけに短い……。

それでもよければ↓をどうぞ。


「とりあえずは……これで大丈夫ですよ」

 

「むっ……」

 

 包帯をきつく縛られ、傷口から全身に痛みが襲う。ゼンガーといえども思わず顔を顰めたが、彼がみっともなく泣きわめくことはなかった。

 場所を移して、高町家。なのはに手を引かれてやってきたゼンガーは、ひとまずこの家で傷口の手当てを受けていた。

 血が一向に止まらず、走りながら「どうしよう」とかなり焦ったようすのなのはに比べて、ゼンガーの方は怪我をしているにも関わらず冷静であった。

勿論、痛みはどんどんと強くなっていたが、この程度の傷など修業時代や、つい最近の激戦で何度もつけられた。―――痛みに慣れるなどとんでもないが、なのはのように焦るほどではないのである。

 ともかく、高町家に半ば強引に連れて来られたゼンガーは、なのはの母親である高町桃子の手を借りつつも、なんとか止血をし、包帯を巻いたといったところ。

 最初は桃子としてもゼンガーも怪我の様子に戸惑いを見せたものの、目の前で血を流している怪我人を見て放置できるような人間ではない。それに、なのはの必死さも相まっていたか。

 

「……恩に着ます」

 

「いえ、困ったときはお互い様ですから。それにしても、どうしてこんな怪我を?」

 

「む……」

 

 やんわりとした笑顔で返した桃子であったが、彼女から問いかけられた質問にゼンガーは口を詰まらせる。

 ―――桃子に説明したところでどうなるというのか。化け物の攻撃から娘さんを救いました、などという言葉を果たして、この女性が信じるであろうか。

 否。例え桃子といえども、“化け物”というワードは信じないであろう。それに、化け物―――ジュエルシードの暴走体の事であるが―――の存在を、桃子に少しでも耳にさせるのはなのはが忍びないであろう。

 現在のところ、魔法に関わった一般人というのはゼンガーとなのはの二人。ユーノはともかくとして、桃子も一般人なのだ。なのはのように魔法の力を持たないし、ゼンガーのように規格外に強いわけでもない。そのような人物を関わらせては大変危険なのは考えなくてもわかる。

 だからこそ、迂闊に化け物などというキーワードを彼女に知らせてはいけない。娘が心配なのはわかるが、今回は事が事だからだ。

 

「え、えっとね、お母さん。この人……ゼンガーさんっていうんだけど、車にひかれそうになった私を助けてくれて……」

 

「車に!? 大丈夫なの、なのは!? 怪我はない!?」

 

 ゼンガーが答えを詰まらせていたところに、助け船を出したのはなのはだ。

 少々事情は苦しいかな? とは思ったが、彼女が思いつく限りはこれくらいしかない。

 しかし、なのはの言葉を受けて慌ててなのはに駆け寄ったのは桃子の方だ。我が子を確認するかのように体のあちこちを触り、そして怪我がないかを確認している。

 当然だろう。我が子――それも最愛の娘が車にひかれそうになったなどと言われれば、心配しない親などいない。

 

(お母さんには悪いけど……巻き込むわけにはいかないから……)

 

 心配している桃子の様子を見て、罪悪感を感じてしまうのはなのはの方だった。

 今、なのはは車にひかれる以上に危険な事をしている。

 でも、それでもやめる訳にはいかないのだ。困っている人―――なのはにとってはフェレットか―――を見捨てておけないのは、親子の似たところなのかもしれない。

 

「家の子を助けていただいて、ありがとうございます!」

 

「……いや、当然の事をしたまでです。礼には及びません」

 

 ゼンガーに頭を下げる桃子。勿論、ゼンガーの言葉に嘘偽りなどなく、これは彼の本心からの言葉。

 それに、ゼンガーとしてはこうして治療してくれただけでもありがたい。それだけの状況に陥っているというのは、考えるだけで中々悲しいものだが。

 

「それでは、これにて。包帯の礼も出来ませぬが……」

 

「いえ、それはこちらの方です。娘を助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 深々と頭を下げられたが、ゼンガーは顔色一つ変えずに踵を返し、歩き出す。

 痛みはなくなっているとは言い難い。しかし、先ほどよりは随分とマシだ。あるのとないのとでは大分違うものである。

 そして、ゼンガーが玄関に出ようとしたその矢先だ。ゼンガーの目に、今日の日付が書かれたカレンダーが映り込む。

 それを、ゼンガーはちらと見た。本来ならば、飛ばされてどれぐらいの日にちが経過したのかを確認する為だけに見たのだが。

 

「………む」

 

 ゼンガーの足が、カレンダーの前で止まった。

 ピクリとも足を動かさず、目線だけはカレンダーに向いている可笑しな状況。おまけに、何か信じられないものでも見ているような、ゼンガーにしてはやや戸惑っているような目付きで、カレンダーを隅から隅まで確認しているように見えた。

 ゼンガーの様子が少しおかしい事に気付いたのは、後ろにいた二人。なのはと桃子は顔を見合わせ、ゼンガーは一体どうしたのかと首を傾げあう。

 

「なのは」

 

「は、はい!」

 

 その時、突如としてなのはの名が呼ばれた。

 驚いたなのはは背筋をピンと伸ばし、直立不動の形をとる。桃子がなのはの姿勢にクスクスと微かに笑ったのは、きっと気のせいではないだろう。

 

「えっと、どうしたんですか……?」

 

「すまんが……今現在の年号、月日を正確に教えてくれ」

 

「え……? それが、どうかしたんですか?」

 

「……頼む」

 

 彼の答えにキョトンとなるなのは。しかし、ゼンガーの方は至って真剣な様子だった。

 一体、月日がどうしたというのか、という疑問を持ちながらも、なのはは彼女にとってごく当たり前の事を口に出す。

 

「えっと、今は――――」

 

 ただし、その言葉が果たしてゼンガーにとって、悪いものになるとは、今のなのはにとっては考えられなかった事であるが。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 気が付けば、日は既に沈みかけていた。

 場所は昼間に気長に魚を釣っていた場所。隣にいた老人は既に其処にはなく、どうやら帰った様子。だが、そんな事などゼンガーにとってはどうでもいい事となっていた。

 

「……なんということだ」

 

 その場に座り込み、頭を抱えながら呟くゼンガー。左手に持った木刀を強く握りしめ、現実が夢であればいいと―――途方もない事まで思い浮かび、その思いを打ち消す。

 

 ゼンガーがあの時、確認した事実。そして、なのはからの発言を聞く限りだと―――どうやら、『ここは、自分の知っている世界ではない』という事が分かった。

 いや、正確には時間軸なのかもしれない。なのは曰く、今の歴はどうやら西暦。西暦といえば、ゼンガー達がいた世界から約200年前なのだ。

 確かに、時間軸が違う、あるいは世界が違うともなれば通信機が繋がらないのは説明できる。理由? 考えるまでもない。この世界に『クロガネ』という艦は存在しないからである。

 更に言えば、コロニーもない。地球連邦もない。世界は未だに統合される事なく、各国家に分かれているという事。

 

(あの時は何とかなったが……今回ばかりはそうもいかんか)

 

 ゼンガーは、他にも異なった世界に飛ばされた経験がある。

 しかし、その時はその世界に次元転移装置などの発達した技術が存在した。だが、現在の地球の技術力では、到底そのような代物を開発する事など不可能に近い。

 これは、どうやら詰んだようだ。帰る手段はなし。誰かを頼る事も出来ない。さて、これからどうすればいいのか。

 

「…………」

 

 腕を組んで考える。が、いい案が思いつく訳でもない。

 時間だけが過ぎていくというのは、酷く虚しい事に違いない。しかし、今のゼンガーにとってはこの無駄に浪費されていく時間も貴重なものだ。

 

「………………」

 

 腕組みをやめ、立ち上がる。

 考えていても仕方がないのは分かっている。しかし、方法がないのも十二分に理解している。

 だが、彼の性分上、ジッとしているのは合わない。彼は左手に木刀を持ちかえ、それを一回だけ振るう。

 

(ここが何処であろうと……俺は、必ず元の世界に帰る。絶対にな)

 

 彼が、この程度で諦める筈がない。目を細め、剣先を見つめる。

 帰る手段がないのであれば、自分で切り開くしかない。今まで、そうやってきたのだから。

 そう、ゼンガーが思った時であろうか。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 後ろの方で息切れする声が聞こえてくる。

 いや、もはや振り返るまでもない。ゼンガーは左手を降ろすと、静かにその場に佇み、待つ。

 すると、先ほどの息切れする声が少しだけ大きくなり、ゼンガーの真後ろで走るのをやめる。それでもゼンガーは後ろを振り返らなかったが、後ろにきた人物――なのはだ――が、ゼンガーに向けて口を開いた。

 

「だ、大丈夫ですか、ゼンガーさん?」

 

「……大丈夫、とは?」

 

「その、フラフラしながら出て行っちゃったから、私、心配になって……」

 

「…………」

 

 それほどまで、ゼンガーが動揺していたという事の表れだろうが、ゼンガーはその時の自分を不甲斐なく思う。

 

 

『例えどんなときでも、心を動かさず、平常心でいよ』。

 

 

 これは、師であるリシュウの言葉である。普通の人間ならば今でも狼狽えていそうな状況下であろうと、決して慌ててはならない。

 その事が出来ていなかった、そして忘れていた自分を責めたのだ。あのような姿を、他人に見せるものではない。更に、リシュウが見ればなんといったであろうか。―――想像するだけでも恐ろしい。

 

「……俺を案じたところで、それは杞憂というものだ。もうじき日も暮れる。早く帰るがいい」

 

「ゼンガーさんにとってはそうかもしれませんけど……でも、私はゼンガーさんが心配で……!」

 

「…………心配など無用だ。家に帰れ」

 

「答えになっていませんよ、それっ!」

 

 敢えて突き放す口調のゼンガーであったが、あの様子を見てしまったなのははゼンガーのようにはいかない。

 まるで信じられないものを見たかのように、高町家を出て行ったゼンガー。どんな時でもなのはを護ってくれたゼンガーの姿はその時はなく、一体どうしたのだろうと不安になった。

 追いかけてみれば、佇みながら何かを考えるゼンガーが目に映り、不安は確信へと変わった。ああ、彼は何か困っているのだと。

 いつも助けられてばかりじゃいけない。そう、なのはは思っていた。

 いつ死んでもおかしくなかった。でも、どんな時でもゼンガーが傍にいた。なのはを必死に守ってくれたのだ。あんな怪我をしてまで、彼は。

 だから、少しでも彼の役に立ちたかった。恩を返したかったのだ。

 

「もう、関わっちゃったから……このままゼンガーさんを放っておくなんて私にはできません。一体、どうしたんですか? 私、何かいけない事を言っちゃいましたか!?」

 

「…………」

 

 ―――そんな事はない。彼女は、真実を告げただけだ。それが、ゼンガーにとっては酷く残酷な現実であっただけの事。

 背中で彼女の言葉を受けながら、ゼンガーは考えていた。どうしたら、この子を納得させる事が出来るだろうと。

 自分が異世界、あるいは未来から来た人間と正直に話すか? いや、それはあまりにも非科学的だ。魔法を使用しているとはいえ、それでなんとかなる代物ではない。

 

「これは、俺の問題だ。お前には関係ない」

 

「……っ。確かに、ゼンガーさんにとっては関係ないのかもしれないけど……。でも……でも、力になりたいんです!」

 

「必要ない。帰れ」

 

 大声をだし、涙ぐむなのは。

 怖いわけじゃない。寧ろ、このままではゼンガーの力にもなれない自分が、悔しかった。知り合って日は浅い。でも、この男をどうしても放っておけない自分がいる。

 お節介? そうかもしれない。それでも―――。

 

「でも……っ!」

 

「…………」

 

 なのはの呼びかけも虚しく、ゼンガーは彼女に背を向けたまま歩き出す。

 そう、これはまさにゼンガー自身の事情。なのはの手を借りるなど―――言語道断。

 

「ゼンガーさんっ!」

 

 彼女の声が聞こえるが、ゼンガーは無視した。

 何か声を掛けるのでもなく、ただ淡々と歩みを進めていく。彼は、不器用な男なのだ。こういう時、ゼンガーも何を言えばいいのか分からない。

 敢えて突き放し、関わらせないようにする。ただ、それだけだ。

 

 後方でなのはが自分を呼ぶ声を発しているが、ゼンガーは一切なのはの方を振り返る事はせず、その場を離れるのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 頼らない

うーん、今回も微妙な話に……。親分、ほとんど出てきませんし。

更に、今回は原作に出てこなかった暴走体も。ということで、今回は話としてはオリジナルです。

少し酷い出来ではありますが、それでも宜しければ↓をどうぞ。


「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 夜。人々が寝静まり、静寂だけが支配する筈の情景に、一人の少女の声が微かに響き渡る。

 周囲に人の気配は全くと言っていいほど感じない。それは、なのはが文字通り一人という事。いや、正確に数えれば一人と一匹か。

 

「なのは、来るよ!」

 

「……っ。レイジングハート、お願い!」

 

『protection.』

 

 レイジングハートを掲げると、このデバイスは主の願いに忠実に答えた。

 なのはの周囲に防御フィールドのようなものを展開させ、主を攻撃から守る。ある程度固いそのフィールドは、敵の攻撃を一切通さない。

 しかし、所詮は防御フィールドを張っただけであり、攻撃に転じている訳ではない。更に言えば、今回のジュエルシード暴走体は今までと一味違った。

 

『―――――!』

 

 初めて出会ったジュエルシード暴走体―――あの、黒っぽい化け物の事である―――と同じか、それ以上の奇声を発した後、暴走体は腕につけてある鋭い針を持ってなのはに何度も突き刺してくるのだ。

 一発一発の攻撃力が高く、それでいて攻撃が中々止まない。なのはも歯を食いしばって耐えているが、耐える事しか出来ない現状に業を煮やしていた。

 

「うぅっ……」

 

「なのは、頑張れ! もう少し耐えれば必ず勝機はある筈だ!」

 

「う、うん……っ!」

 

 根拠のない発言ではあったが、なのははユーノに対して頷くと、レイジングハートを掴む手に力を込めた。

 

 

 

 

 ここで、少し時を遡る。

 

 時間は夕方。丁度、ゼンガーの後ろ姿を見送った後の事であろうか。なのはは、足取り重く帰路についていた。

 彼女の肩には、心配そうな面持ちをしながらなのはを見つめてくる小動物―――ユーノがいる。しかし、彼としても今のなのはになんと話かけていいのか分からずにいた。

 ユーノもゼンガーとなのはの会話は間近で聞いている。なのはの想いは痛いほど伝わってくるが、かといってゼンガーはなのはの手を借りまいとしている。

 ―――常識的に考えれば、それは当たり前の事だ。大人の事情に、子供が気安く入れるわけはない。

それに、ゼンガーの様子を見ている限り、どうも彼の事情というのはただ事ではないらしい。

 

「ねえ、ユーノ君……。私、間違っていたのかな?」

 

「なのは……」

 

 なのはのか細く、気弱な声がユーノの耳に届く。

 周りからすれば全くといっていいほど聞こえないような、そんな小さな声。しかし、彼女の一番近くにいたユーノにはしっかりと聞こえた。

 気が付けば、なのははまた泣いている。ポロポロと涙を流し、それを両手で拭っているのだが、どうしようもなく流れ落ちる雫は止むことはない。

 

「私、ゼンガーさんの力になりたかった……。でも、関係ないって……。私、いつも助けて…ぐすっ、貰ってるから……。だから……」

 

「…………」

 

 困っている時は、頼って欲しい。なのはが言いたいのはその事に尽きるだろう。

 しかし、ゼンガーにも頼れない事情がある。勿論、それは彼なりの考えがあっての事だろうが。

 だが、ゼンガーの言い方はなのはにとって相当響いたようだ。何も事情を話さずに行ってしまったゼンガー。事情を知ったところで、果たしてどうにも出来はしない事は分かっている。

 それでも――――。そんな事は、悲しい事だ。

 

「えっぐ……ぐすっ」

 

「なのは……」

 

 彼女の名前を呼ぶことしか出来ず、ユーノも下を向く。

 なのはを励ますにはどうしたらいいだろうか。言葉をかける? その言葉が見つからない。何か面白い事でもするか? それはいけない。それこそ、空気が読めない奴の典型的例だ。

 ユーノは、結局なのはが家に帰りつくまで、慰めの言葉すらかけることが出来なかった。

 

 なのはは帰りつくなり、桃子の声も聴かずに自室に閉じこもり、再び泣いた。声が響かないように、枕をギュッと掴み、顔を押し付けた。

 泣き止め、泣き止めと心で願う。だが、それよりもゼンガーの後姿と何も答えてくれない彼の姿が脳裏に思い出され、余計に悲しくなってしまう。

 酷い悪循環だと自分でも思う。だが、まだまだ子供なのか、その事を払拭する術を持たなかった。いや、知らなかったといった方がいいのかもしれない。

 まだ、彼女は純粋だ。純粋で、いい子で。我慢する事を知っていても、やはりまだ無垢で。そんな子が、高町なのはという少女だった。

 

 それから、どれぐらいの時間が経っただろうか。ようやく落ちついたであろうなのはにユーノが近づき、ようやく彼女に声をかける。

 

「なのは……。君の想いは、十分あの人に伝わっていたと思うよ」

 

「本当に? 本当に……そう、かな?」

 

「うん、きっとそうだよ。でも、なのはや他人を巻き込むわけにはいかない事情が……多分、彼も僕と同じような事情を抱えているのかもしれない」

 

「事情…?」

 

「うん。―――なんとなくだけど、分かるんだ」

 

 なんとなく、とはいったが、それは自分と似たようなものではないのか、とユーノは考えていた。

 ユーノ自身、誰にも迷惑をかけないように、一人でジュエルシードを探していた。

 結果的にこの様ではあるが、今でもなのはに迷惑をかけまいと一人で探す気はある。いや、本当ならばそうしなければならないはずだったのだ。

 

「確かに、僕とあの人は違う。でも、誰かに―――人様に迷惑をかけたくはないんだよ。これは自分の問題だから、自分で解決しなくちゃって……意地になっているんだ」

 

「でも……! だからって、何も話してくれないのは悲しすぎるよ……」

 

「……そうだね。だけど……それしか出来ないんだよ。僕も、少し前はそうだったから……」

 

 特に、このような少女の力は借りてはならなかった。

 何の問題もなしに、今まで通りの生活を送らなければならないのに。当人は何も思わずとも、それを良く思わない人もいる。

 ゼンガーもユーノも、比較的に不器用な部類に入る。人間、器用に生きられる方が少ないのだから致しかがないが、この二人も中々極度の不器用さだ。

 だから、ユーノもなんとなくであるがゼンガーの気持ちが理解できた。無論、彼の本心を理解するとなればそれこそ至難の技に近いが。

 

「…………ゼンガーさん、大丈夫かな……?」

 

「きっと大丈夫さ。あの人は、強い。僕たちが思っている以上に」

 

「…………うん」

 

 枕を抱えながら彼の事を思うなのは。

 ああ、これは重症だなと思いながらも、ユーノは彼女を励まし続けた。いや、わりと本音で彼ならばなんとかするであろうと考えていたのだが。

 そうこうしているうちに時間はどんどんと経過していく。大体、一時間程経った頃だろうか、ようやくなのはも泣き止み、時折笑顔を見せるようになっていた。

 

「ごめんね、ユーノ君。私、自分でもこんなに泣き虫だなんて思ってなかったよ」

 

「別にいいんだよ、なのは、思っている事を思ったままにしておくと、それは悪い方向に行ってしまう事もあるんだ。素直に吐きだした方がいい時もあるからね」

 

「うん……」

 

 彼の言葉に頷き、少し目を伏せる。

 泣いたこと、そして色々話をしたこともあってか、なんだかスッキリした気がする。確かに、ユーノの言った通りたまには自分の思いを吐き出すというのも悪くはない選択肢ではある。

 というのも、なのはは比較的にため込むタイプだ。嫌な事も然り、疲労も然り。無理をしてでも成すべきことをなそうというタイプである。

 だから、ユーノの言った事を当たり前のように行える性格ではない。いや、全ての人間が彼の言葉通りに出来ると言えば無理な事であるが。

 

 と、その時だった。急に、この前の違和感―――奇妙な感覚とやらが全身を駆け巡る。

 

「これって……」

 

「……うん、ジュエルシードだ。それも、今回のパターンは今までと少し違う……」

 

 険しい表情を見せながら、考え込むユーノ。というのも、狗の様な暴走体の時に感じた違和感とは違い、妙に力が強いのがはっきり分かるのだ。

 ジュエルシード単体の力が強いのか? いや、それとも―――。なんにせよ、嫌な予感がする。

 だが、現場に向かわない訳にはいかない。考え込むユーノを余所に、なのははベッドから立ち上がり、赤くなった目をごしごしと擦る。

 そして、気合を入れる為か、パンパンと頬を二回叩いた。少し痛そうに見えたが、どうやら気合は入ったようで、さっきまでとは違う目付きでユーノに目を送る。

 

「ユーノ君、行こう!」

 

「うん……。でも、今回のジュエルシードには十分注意した方がいいと思う。それに、嫌な予感がするんだ……」

 

「分かった。うまく……出来るようにするから」

 

 ゼンガーさんがいなくても、と彼女は心の中で思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 再び、話を現在に戻す。

 なのはとユーノが相手にしているのは、巨大な蜂のような生命体だった。これも狗の時と同じく、現地の動物―――姿形を見る限り、蜂で間違いはないだろうが――を取り込んで出来た暴走体だとユーノから説明を受けている。

 しかし、今までと違うところはもう一点。この暴走体、なんとジュエルシードが複合しているのだ。言わば、ジュエルシードが二つ同時に発現しているということ。

 こういった件は特例ではなく、当然予想できたことである。しかし、まだ経験不足であるなのはにとっては限りなくキツイ相手に違いないのだが。

 

バリアを張りながら、なのははちらと横の方を見る。

 いつもなら、隣にいる筈の“あの男”が、今日はいない。当然のように剣を振りかざし、化け物共を圧倒していた、あの男が。

 その事を思いだした時、なのははぶんぶんと首を振る。違う、もうゼンガーさんに頼りっぱなしの自分は嫌なのだ、と。

 いつも、迷惑をかけてきた。だから、今度こそは自分の力で―――。

 

 そう、思った時。

 

「なのは、危ない!」

 

「え?」

 

 ユーノの声が聞こえた時、なのはは宙を舞っていた。

 物凄い痛みが、自身を襲う。今にも倒れそうで、強烈な痛みが。感じたことのない痛みが。

 

「あ……ぐっ……」

 

 痛みが襲ったかと思えば、今度は地上に投げ出されるように打ち付けられる。

 痛い。凄く、痛い。もはや言葉にならないほどの激痛がなのはを襲っていた。

足に力が入らないし、レイジングハートを持つ手にも全く力が入らなかった。

 

『――――――!!!』

 

 暴走体は雄たけびのような奇声をあげ、まるで勝ち鬨でも上げているかのようだった。蜂のくせに雄たけびなんぞ上げるか、というツッコミはなしだ。

 それもそうかもしれない。あの暴走体は、硬いはずのなのはの防御フィールドを打ち破ったのだ。

 なのは自身も戦闘に集中していなかったという原因もあったが、それにしても物凄いパワーがあるのだと再認識させられる。

 

「う……ううっ……」

 

「なのは、なのは!」

 

 必死に呼びかけてくるユーノ。だが、彼に返事を返そうにも、あまりの痛さになのはは声すら出す事が出来ない。

 改めて立とうと全身に力を入れるが、いくら魔法の力を頼っていても、所詮は小学生だ。この激痛に耐えられるなど、どうかしている。

 本来ならば気絶していてもおかしくない状況で、意識を保っている方がおかしいのだ。更に、この状況でまだ戦闘を続行しようなどと。

 

「なのは! くそっ、僕の力が完全に回復していたら……」

 

 苦虫を潰したような、そんな険しい顔を浮かべるユーノ。こんな時でも、まだ自らの力が戻っていないのがもどかしい。

 ユーノも攻撃らしい魔法は得意とはしていないが、彼の専門はサポート――つまりは補助魔法だ。それがないのと有るのとでは、やはり大きな差は出来る。

 しかし、今回もそれが使えない。ユーノの想定以上にジュエルシードの発現が多いのと、更に理由をいえば、今回の暴走体はある程度予想はしていたとはいえ、出てくるのが早すぎると思ったものだ。

 

『――――――!!』

 

 暴走体が、なのはに迫る。

 もはや防御フィールド―—―正確にいえば、バリアだが―——も張れないほど疲弊しているなのはを潰す事なんて、この暴走体にとっては朝飯前なのかもしれない。

 暴走体が迫ってくるにも関わらず、それはなのはにとって酷く遅いもののように思えた。まるで、世界がスローモーションになっているかの如く、全ての動きが遅い。

 

――――ああ、私、死んじゃうのかな。

 

 今度こそ、自分は助からない。

 もう、誰も助けてはくれない。敵はあまりにも強く、今の実力では到底適わない。初めて一人で相手にするには荷が重すぎる相手ではあるが、それでも、負けたくはなかった。

 

 でも、身体が動いてくれない。まるで―――あの時と同じように。

 

 怖い。そして、不安だ。

 これまでも危ない目にあってきた。それでも、助けて貰えた。何故か? あの男がいたからだ。

 あの男は、どんな時でもなのはを見捨てない。自分が怪我をしても、なのはを護り通した。

 そんな男がかっこよかった。そして―――この人の、力になりたかった。

 その男は、もういない。頼るんじゃない。自分の力で――――。

 

「う……うううっ! レイジングハートッ!」

 

「なのは……!?」

 

『protection.』

 

 なのはは、持てる力を振り絞って立ち上がると、もう一度正面にバリアを張った。

 レイジングハートもよく応えてくれたといっていいほどで、彼女を護り通す為に最大限の力を使い、フィールドを張る。

 想定外だったのは、暴走体の方だ。暴走体に意思こそないが、簡単に捻りつぶせると思っていた者が、立ち上がりフィールドを張ってきた。

 思いっきりフィールドにぶつかり、弾き飛ばされる暴走体。しかし、複合している事もあってか、頑丈さも増しているようであり、全くダメージが与えられている気がしない。

 

「はぁ、はぁ……はぁ」

 

「なのは、大丈夫なのかい!?」

 

「はぁ……はぁ」

 

「なのは……?」

 

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

(まさか……気力で立っているのか、この子は!?)

 

 ユーノの問いに何も答えない様子から、そう察するしかなかった。

 息は絶え絶えで、見ているユーノからしてみても痛々しい。服装―――現在の服装を、俗に“バリアジャケット”と呼んでいる―――も所々が破れている。

 今回の相手は、なのはにとって荷が重い。ユーノはそう感じていた。いや、それよりもゼンガーという存在がいない事によってこうまでなのはに影響がもたらされるという事も想定外だったのだ。

 何処か、ユーノも安心していたのかもしれない。あんな規格外の行動を見せられていうのもなんだが、彼がいればどうにかなりそうだという事が。

 それが今になって甘えだと気付く。今頃気付いたところで遅すぎなのは分かっているが、それほどまでゼンガーの存在がなのはの中で大きくなっていたという証拠。

 

(僕も、似たようなものだけど……)

 

 考えているうちに、なのはの張ったバリアは消え失せる。

 既に暴走体も体勢を立て直し、構えを見せていた。知性がないのは相変わらずで、どれもこれも突撃馬鹿のように見えるが、それは恐ろしい。

 なのはに、これ以上の力は残されていない。立っているのがやっとの状態であり、魔法を使うなんてとんでもない。

 

「……なのは、ここは退こう。これ以上の戦闘は……」

 

「逃げる……? 嫌だよ、ユーノ君。私、まだ……戦えるから」

 

「無理だ! そんな体で……これ以上戦えるわけがない! 君が死んじゃうよ、なのは!」

 

 こんな時まで、なのはは笑顔を見せながら逃げる事を拒否する。

 笑顔、といっても、果たしてそれが笑顔と呼べるとは言い難い。そんな様子を見ていられないからこそ、ユーノはなのはに一時撤退を進めたのだ。

 しかし、なのはも退かない。震える手でレイジングハートを握りしめ、一歩も退かずに暴走体と対峙する。

 

「なのは!」

 

 ユーノが大きな声でなのはを諌めるが、なのはは聞く耳を持たないようであった。

 妙なところで強情な子だ、とここまでくれば感心してしまう。けれど、これ以上やれば、本当に彼女の身が持たない。それだけは、絶対に阻止しなくてはならない。

 

「なのは、この相手はまだ君が手に負える相手じゃない! だから…」

 

「……駄目だよ、ユーノ君……。ジュエルシードを見逃したら、他の人に迷惑がかかっちちゃうから……。私みたいに、怪我する人が大勢出てくるから……」

 

「でもっ! 君の身体が!」

 

「身体とか、関係ないよ……。私は……大丈夫。それに、いつまでも……ゼンガーさんに頼るなんて、出来ないから」

 

 必死に訴えるユーノを差し置き、なのははあろうことか前進していく。

 一歩一歩と、重い足を前に動かす。何処にそんな体力があるのか分からないまま、ユーノはその場を動く事すら出来なかった。

 

「いつも、いつもゼンガーさんが傍にいてくれた。いつも、私を護ってくれた。庇ってくれた。私は甘えていたんだよ、ゼンガーさんに。

 でも、それだけじゃ駄目だって、最初から気付いてた。だから……!」

 

 すうと息を吸い込み、深く息を吐き出す。

 そして、なのはは暴走体を見ながら、今自分がだせる最大限の声で言い放つ。

 

「だから、私は――――変わらなくちゃいけないのっ!」

 

 そんな事情なんて知るか、と言わんばかりに暴走体は突っ込んでくる。

 後ろでユーノが叫んだだろうか。でも、その声も聞こえなかった。

 立ち尽くすなのは。突っ込んでくる暴走体。結果は言わなくても分かるだろう。正面衝突。耐えられるはずもないなのはは、何処かに吹っ飛ばされて終わりか。

 

 

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。ごめんなさい。でも、なのはは―――。

 

 

 

 なのはが“死”を強く覚悟した、その刹那であった。

 

 

 

『―――――!!!!!』

 

 暴走体が奇声を発し、真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 覚悟を決めながらも、ギュッと目を瞑っていたなのはは暴走体の奇声に慌てて目を開け、状況を確認する。

 目を開けた時―――なのはは、また泣きそうになった。いや、もう既に泣いていたのかもしれない。

 真っ二つに斬り裂かれた暴走体のすぐ傍に、凛々しい背中が見える。

 あの時、何も話してくれなかった背中。寂しささえ覚えたあの背中の持ち主が、自分の目の前にいる。

 

「――――変わる必要など、ない」

 

「え…………?」

 

 彼の声に、なのはは文字通り彼を見た。

 相変わらず振り返る事すらしないその男は、尚も振り返らずになのはに向かって語り続ける。

 

「お前は――――高町なのはは、今のままでいい。無理に変わる必要など……ない」

 

「……………はい!」

 

 なのはにとって優しく語りかけているように聞こえた声に、なのははしっかりと返事する。

 男は、「それでいい」といって木刀を構え、再生活動を完了させた暴走体の眼前に立ち、悠然と構え、名乗る。

 

 

 

「我は、ゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! これ以上の蛮行、決して許しはせぬぞ!」

 

 

 

 その名乗りを聞き、なのはは今度こそ自分でも分かるほどの涙を流した。

 

 さあ、反撃開始だ―——。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 協力

うーん、今回もちょっと雑な展開だな~と。

それでも宜しければ↓をどうぞ。


「我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! これ以上の蛮行、決して許しはせぬぞ!」

 

 木刀を悠然と構え、蜂型のジュエルシード暴走体と対峙するゼンガー。

 昼間に受けた右腕のダメージは勿論完治したわけではない。むしろ、あれだけの傷を負って動ける方がおかしい。

 しかし、なのはを放っておくわけにもいくまい。ゼンガーは右腕から感じる痛みを黙って押し殺し、静かに目を閉じる。

 

『――――!』

 

 暴走体が奇声を上げる。

 何度斬り裂いても蘇る化け物―——まるでアインストと戦った時のよう。あの化け物共も、コアを完全に破壊するまで再生し続ける、まさに異形の化け物であった。

 このジュエルシードの暴走体もまた然り。しかし、アインストの時のように数で攻めて来なければ、図体が大きいからといって彼等から感じた異質な気配はさほどしない。

 

(しかし……だからといって、油断出来る相手ではないのは確かだ)

 

 精神を集中させながらも、ゼンガーは思う。

 これまでゼンガーが相手にしてきたものが異質であっただけで、このジュエルシード暴走体も生半可にかかっていっては危険だ。

 

 慢心こそ最大の敵。常に全力で相手にかかるべし。

 

 師の言葉を自分の心に言い聞かせ、ゼンガーはカッと目を力強く開き、暴走体を睨む。

 

「……いくぞ!」

 

『――――!』

 

 暴走体はゼンガーの咆哮に応えるかのように、両腕の針を振り上げ、突く。

 その攻撃は、確かに速かった。当然、素人ではとてもではないが避けきれるはずもないスピード。それは後方にいるなのはが何度も苦しめられた攻撃。

 

「ゼンガーさん!」

 

 暴走体の攻撃が迫ったとき、なのはが声を上げる。

 あの攻撃を何度も受け止めたからこそ、声を上げずにはいられない。いくらゼンガーが強いとはいえ、生身であんな攻撃を受ければ一溜まりもないからだ。

 しかし。鋭い攻撃のように見えるジュエルシード暴走体の突きも、ゼンガーから見れば遅い。寧ろ、遅すぎて話にならないレベル。

 だから、彼は薙ぎ払うように剣を振るった。回数は一回。それでも、暴走体の両腕が破壊されるような力を込めて。

 

「むん!」

 

『――――!?!?』

 

 刹那、暴走体は何が起きたのか分からなかった。

 ただ一刀、ゼンガーは木刀を振るった。目にも留まらぬ速さにて一閃し、それはまるで当然のように暴走体の両腕を斬り裂き、残骸が地に落ちる。

 自慢の突きが、一介の人間にこうも簡単にやられるものなのか。相手が人間ならば、こんな事を思っただろうか。

 これまでの暴走体に、意識―――いや、感情というべきか―——という概念は存在しなかった。彼等は本能のままに動き、その全てがゼンガーによって叩き斬られてきた。

 この蜂型もまた同様なのか。斬り裂かれた場所をプルプルと小刻みに動かしながら、情けなく奇声を発する事しか出来ない。

 なのはに襲い掛かっていたときは打って変わって、この頽落である。見ている方が先ほどのギャップを感じてしまうほどであり、また、同じ相手にも関わらず実力が違いすぎる事を証明しているようであった。

 

「やっぱり、ゼンガーさんは凄いね……」

 

「なのは!? まだ動いちゃ駄目だ! 君の怪我は……」

 

「……だからって、じっとしている訳にはいかないよ、ユーノ君。ジュエルシードを、封印しなくちゃ、いけないから……」

 

 無理に笑顔を作って笑うなのは。その痛々しさに、何も出来ない自分がユーノは非常に悔しかった。

 なのはが無理をしているのは明らかだ。彼女は隠し通せているつもりなのかもしれないが、彼女は倒れてもおかしくない。それほど、結構なダメージを受けているのだ。

 それを知っているからこそ、ユーノはなのはを休ませたかった。だが、それは出来ない。現状、あの暴走体を封印できるのはこの子しかいないのだから。

 ユーノが出来ない事もないが、なのはに比べれば力が随分と落ちる。更に、力が全然戻っていない事からしても、果たして封印という結構な魔力を使用する大技を使用できるだろうか。―――無論、答えは否だ。

 

「でも、なのはが……」

 

「私は、大丈夫。ユーノ君と……ゼンガーさんが、いるから……。二人がいてくれるから……だから、ね?」

 

「なのは……」

 

 もう、彼女を止める事など出来ないようだと悟る。

 ユーノは、もうなのはを止めようとはしなかった。止めたところでどうしようもない。聞いてくれないのだからしょうがない。

 強情な子だ。でも―——その子が、自分を頼ってくれる。だったら、自分は―——。

 

(僕は―――)

 

 ユーノは、覚悟を決めた。

 必死に戦ってくれる人がいる。見ず知らずにも関わらず、協力してくれる人がいる。そんな人がいるのに、自分だけ何もしないなんて出来ない。

 確かに魔力量は完璧ではない。だが、そんな事は言い訳に過ぎないのだ。今、やらなければならないときに動かないでどうする。

 気が付けば、ユーノはゼンガーの隣に立っていた。剣士とフェレットという謎の組み合わせであるが、そのことにゼンガーは特に言及する事もなかった。

 彼は、ただ木刀を構えるのみ。暴走体も斬り裂かれた両腕を修復し、仕切り直しといった感じか。

 

「中々、しぶとい相手だな」

 

「でも、確実にダメージは与えられている筈です。といっても、肉体はどんどんと再生されているので、微弱なものですが……」

 

「だが、何もしないよりは幾分かましだ、と?」

 

「はい」

 

 ゼンガーの問いに、ユーノは首を縦に動かして肯定する。

 意識がない以上、肉体が修復されてしまえば終了だ。ゼンガーもアインストとの戦闘で十分経験している事で、そういう相手こそ一撃で決めなければならない。

 だが、あの暴走体のコア―——ジュエルシードとやらは“封印”しなければならないのだ。文字通り、そのままの意味で。

 

『――――!!!』

 

 再び、暴走体が襲い掛かってくる。

 性懲りもない奴だとゼンガーは心の中で感心し、木刀を構えたが、その瞬間に右腕から全身に痛みが襲う。

 

「くっ……!」

 

 そう、今まで余裕そうに木刀を振るっていたゼンガーであったが、実を言えばこの右腕の痛みとずっと戦ってきた。

 寧ろ、暴走体との闘いよりも、いつこの右腕が使い物にならなくなるか、という事の方が不安であった。それが、今になってどんどんと痛みだし、昼間に巻いてもらった筈の包帯から血痕が滲み出していた。

 

(……まさか、これほどとは!)

 

 普通に大怪我だったにも関わらず、ここまで動けること自体がはっきり言っておかしい。

 しかし、右腕の痛みは刻一刻とゼンガーに襲い掛かっており、それはゼンガーの反応を幾分か鈍らせる事にも繋がる。

 暴走体も、それを知ってか知らずか、相も変わらず両腕の針で突き刺そうと襲い掛かる。右腕の痛みに若干気を取られてしまったゼンガーは、ほんの少しだけ避けるタイミングを見誤ったのだ。

 

「むっ、しまった……!」

 

 これは不覚を取ったか。ゼンガーがそう思った刹那、突如として隣のフェレットの足元になのはの時と同じような魔法陣が出現したかと思えば、突っ込んできていた暴走体が鎖の様なもので拘束されてしまう。

 

『――――!』

 

「はぁ、はぁ。ま、間に合った……」

 

 辛そうに膝をつき、息を荒げるユーノ。

 どうやら、暴走体を拘束したのはこの小動物の魔法らしい。拘束された暴走体は必死に暴れていた。が、鎖の強度が強いのか、そう簡単に壊れそうにはなかった。

 

「今のは、お前が?」

 

「はい。一応、拘束(バインド)魔法です。本当ならそれほど魔力を使用する事もなく使う事が出来るんですけど、まだ、力が戻っていなくて……完全にはいきませんでしたけど」

 

「いや、助かった。礼を言う」

 

 素直に礼を述べ、左腕に力を込め、振り下ろす。

 左腕一本でも、暴走体の体ぐらい砕くことは出来る。胴体を真っ二つに斬り下ろしたゼンガーだったが、やはり両腕で斬った時の様な威力はないと思う。

 

(だが、このままでは持久戦になるのは必然。ならば―——)

 

 やはり、手っ取り早く封印するのが早いのか。ゼンガーはそう思い、なのはの方をちらと見る。

 すると、なのはもゼンガーの視線に気づいたのか、彼女もまた首を縦に振って肯定した。どうやら自分の出番のようだと察したなのはは、レイジングハートを空高く掲げた。

 

「レイジングハート……行くよっ!」

 

『all right.sealing mode.set up.』

 

 暴走体はまだ修復中で、好機は今だと踏んだ。

 なのはもそれを分かっていたのだろう。レイジングハートをシーリングモードと呼ばれる形態に変形させ、構えた。

 このシーリングモードの狙いは、ある一つの魔法に魔力を全て向けるというもの。

 かなりの上級魔法を使用する際に使用される形態であり、これまでもジュエルシードを封印するときの様な大きな魔力を使用するときはこの形態にしてきた。

 

『stand by ready.』

 

 レイジングハートが起動を完了した事を告げる。

 後は、なのはがコードを述べるのみ。そう、後はそれだけだったのだが―—。

 

「リリカル……マジ……うっ!」

 

 彼女は、辛そうに膝に両手を置く。

 呼吸は荒く、立っている事もやはりやっとの状態に見えるなのは。もはや言葉を口にするのも限界に近いのか、顔を歪ませながら苦しげの様子であった。

 

「なのは!」

 

「むっ……。再生するスピードが速まっている……? いや、こいつは今までとは違うという事か」

 

 まだ二分も経っていないのにも関わらず、暴走体はもう胴体を再生させていた。

 ゼンガーは眉間を寄せ、ユーノは顔を強張らせながら構える。両者ともなのはを庇うような場所に陣取り、決してなのはに手出しはさせぬようにしている。

 その気遣いが嬉しかった一方で、なのはの意識が薄れてきている事をなのは自身自覚していた。

 辛い、苦しい。でも―——でも、やらなければいけない事がある。恐らく、なのはが経っていられる理由としては、それで十分だった。

 

 しかし、暴走体はなのはの回復を待ってはくれない。すぐさま修復を完了させると、なんと暴走体は巨大な羽を出現させ、上空へと羽ばたいていく。

 

「と、飛んだ!?」

 

「……! 用心しろ! 来るぞ!」

 

 何かを感じ取り、ゼンガーが警戒を呼び掛けた瞬間、暴走体は体中から無数の針を出現させる。

 一体何処にそんな数の針を隠し持っていたのかは定かではないが、その針たちの標的は当然のようにゼンガー達であった。

 暴走体は逃げるために飛翔したのではない。針による波状攻撃を仕掛ける為、わざわざ空に上がったのだと気付いた時、既に針は彼等に襲い掛かっていた。

 

「くっ……! 流石にこれは……」

 

「これは僕が防ぎます! 間に合えーっ!」

 

 さしものゼンガーも、これだけの針の雨を掻い潜るなど不可能だ。

 だからこそ、ユーノの補助魔法が光る。疲労感に包まれている体を必死にこらえ、ユーノはもう一度魔法陣を展開させ、なのはとゼンガー、そしてユーノ自身を護る為に半球型のバリアを張る。

 

「くうっ……! 結構、キツい……!」

 

「頑張って、ユーノ君……」

 

「う、うんッ!」

 

 なのはの声に、ユーノは歯を食いしばって堪える。

 尚も止まない針の雨。一秒間に一体何本の針が襲い掛かっているのか、数える事すら出来ないような数の針が降ってきていた。

 ユーノが耐えている間は構わないが、問題はそれが破られた後だ。果たして、ユーノの魔力切れが早いか、それとも針の雨が止むのが先か。我慢比べに近かった。

 

「ううっ……! うっ、おおお!」

 

 気合を入れる為か、ユーノが咆哮を上げる。

 もはや、フェレットが上げていいような声でもなかった訳だが、現状でそんな事を気にするものなど一人もいない。

 尚もユーノを励まし続けるなのはとは対象に、ゼンガーは一心に暴走体を睨みつけていた。

 機が来れば、すぐにでも飛び上がる。しかし、いくらゼンガーが超人染みていたとしても、あの距離まで届くものか、と。

 何か、足場の様なものがあれば。―――いや、そんな魔法のような事なんて。

 

(……魔法、か)

 

 魔法―——ああ、そういえば、彼等が使用しているのも魔法だという。

 俄かには信じがたかったが、この目で何度も目撃していれば信じるほかない。それに、魔法ではなくても、これ以上のヤバいものを何度も見てきたため、彼等の魔法を見たところで、驚きなどさほどなかったのだが。

 

「……ユーノ、といったか」

 

「は、はい? 僕に何か、用ですか?」

 

「うむ。少し、頼みがあるのだが……」

 

「た、頼み……ですか?」

 

 ちょっと今、それどころじゃないという気持ちを押し殺しつつ、ユーノはバリアを張りつつもゼンガーの言葉に耳を傾ける。

 彼の提案を聞いたユーノは、確かに“あの魔法”を使用すればできなくもないと思う。

といっても、あれは遺跡などの足場が悪い時などに使用する作業用結界魔法の為、果たしてゼンガーの踏み込みに堪えられるのかが懸念材料といったところか。

 

「だけど、方法はそれしかなさそうですね……」

 

「―――ああ。やれるか、なのは」

 

「はい。今度は、もう……失敗しませんから」

 

 やや力こそなかったが、しっかり頷くなのはを見て、ゼンガーも頷く。

 少々不安はあるが、やってもらわなければ困る。更にいえばユーノを酷使するような真似であるが、彼の補助魔法は非常に役に立つ。あれに勝つためには、全員が全力を尽くさねばならない。

 そう、決めた時であったか。ようやく、無数の針の攻撃が止む。上を見上げれば、暴走体がその場で鎮座しているようにも見えたが、ゼンガーはすかさずユーノに目線を送った。

 

「はい! これで……なんとかっ!」

 

 今の今までバリアを張っていたユーノであったが、休みまもなくフローターフィールドと呼んでいる魔法―—その姿は、白い魔法陣で、それが空中に浮かんでいる状態―—を出現させる。

 念には念を入れ、四つ同時に展開。すると、ゼンガーはすかさずその魔法陣に飛び乗ると、それをバネにするかのように高く飛び、木刀を構える。

 

『――――!?』

 

 此処まで飛んできたことが意外だったか、暴走体の血走ったような赤い目がギョロリと気味悪く動いた。

 対するゼンガーは木刀を両腕で握りしめる。痛む右腕も何のその。彼は下方から蜂型の胴体を一刀両断に叩き伏せた。

 

「一刀ッ! 両断!」

 

 まるで漢字のカットインでも入っているかのような絵ではあったが、斬り裂かれた暴走体は姿勢を失って重力にひかれて落ちて行く。

 しかし、それでも尚再生しようとする暴走体の執念はハッキリといって清々しいものだ。ただ、暴走体は完全に修復することはなく、地表から飛び出してきた鎖によって捕えられたのだが。

 

「なのは、今だ!」

 

「……うん!」

 

 鎖を出現させたのは、当然ユーノ。なのはに無理をさせられず、尚且つ魔法に長けているとなれば彼しかいないからだ。

 ユーノの顔色が相当優れなくなっていたが、彼は十分やってくれた。ゼンガーが斬り、ユーノが捕え、最後になのはが封印する。―――個々の役割はこうだった。

 ゼンガーの提案とはいえ、なんて事はない。ただ、互いに負傷している以上、こうしてそれぞれが特化した分野で攻めるしかない。

 

(今度こそ……絶対に成功させる!)

 

 もう、失敗は許されない。重い体を動かし、なのはは今度こそ呪文を口にする。

 

「リリカル……マジカル! ジュエルシード、シリアル17、シリアル20……封印!」

 

 同時に二つの封印。これは、なのはにとっても今までにない魔力量を発動せざるを得ない。

 でも、なのはは負けられなかった。限界まで―—いや、限界を突破してまでも、このジュエルシードを封印しなくてはならない。

 無理してくれたユーノに、また助けてくれたゼンガー。彼等の頑張りを、無駄にしたくはないから。

 

「だから、私は―——!」

 

 強く、そう願った時、辺りは光に包まれた―——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いた時、なのはの視界には夜の星空が映り込んできた。

 もう、こんなに夜遅いのか。改めて気づかされる事態に、また家族に見つかって怒られるのだろうな、と思いながらも、彼女はゆっくりと起き上がる。

 既にバリアジャケットは解除されているらしく、服装もバリアジャケットを身に纏う前の姿だ。レイジングハートも待機形態の宝石の姿に戻っており、なのははやったんだと改めて実感する。

 

「……目を覚ましたか」

 

「ゼンガーさん……ずっと、ここにいてくれたんですか?」

 

「ああ……」

 

 どうやら、なのはが気を失っている間、ずっと傍にいてくれたのだろう。ゼンガーは地面に腰掛け、先の戦闘で扱っていた木刀を眺めていた。

 所々に傷がある木刀であったが、今となってはゼンガーの愛刀に等しい。もしも戦場でこれが折れるとしたら、もはやゼンガーに成す術はなくなってしまうだろうが。

 

「その……ゼンガーさん」

 

「む?」

 

「あの、私……うまく出来ていましたか? ちゃんと、上手に……魔法が使えていましたか?」

 

 スカートをギュッと握りしめ、ゼンガーに問うなのは。

 不安なのだろう。誰かに迷惑をかけていないか。失敗していないか。そういった不安も当然あるだろうとゼンガーは思ったが、彼はゆっくりと頷いて肯定する。

 

「ああ……。お前は、俺の目から見てもうまくやっているだろう」

 

「ほ、ホントですか?」

 

「ああ」

 

 そんなことで嘘などつくまい。しかし、なかなかストレートに言われたため、なのはも恥ずかしくなったのか、聞いておきながら目を伏せる。

 勿論、なのははうまくやっている。だが、最終的にこんな幼子の力が失くしてはジュエルシードの暴走体が封印出来ないとなると、情けなくなる。

 

(彼女と同等の力があれば、あるいは……)

 

 ―――いや、それこそ夢物語だろう。そう分かっていながらも、そのように考えざるを得ないゼンガーであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 疑い

……今回も短いです。次回は長くなる予定ですので、ちょっと更新が遅れるかも……。

それでも良いという方は↓をどうぞ。


「ジュエルシード……。願望を叶える石、か」

 

「はい。それを見つけてしまったのは僕で……。だから、僕が見つけださなくちゃいけないんです。この世界に散らばった全てのジュエルシードを」

 

 蜂型の複合型暴走体を封印し、なのはが目を覚ます少し前。ゼンガーは、フェレット―——否、ユーノ・スクライアから事の事情を聞いていた。

 しかし、おかしな話である。これまで幾度もなのは達を助けてきたゼンガーであったが、彼等の事情を知らないまま手を貸し、封印の手伝いをしていたなど。

 もっとも、これはゼンガーがなのは達と極力関わろうとしなかった結果である。

 というのも、ゼンガーはこの時間軸の人間ではない。よって、深く関わることは危険であろうと判断したためであったが、もうその言い訳も通用しないだろう。

 元の世界に帰還する方法が分からない現状、化け物相手に剣を振るうしかなかった。ただ、ユーノの話を聞き、ゼンガーはジュエルシードの能力を知り、思ってしまう。

 

―——もしかすれば、この石を使えば元の世界に戻れるのでは? と。

 

(いや、それは愚かな考えだ。今までの現状を見てきた以上、迂闊にもそのような事は言えまい)

 

 誰もが考えそうな意見を、ゼンガーはすぐに頭の中から打ち消した。

 あれだけの化け物が、ゼンガーやなのはに襲い掛かってきたのだ。それに、これも先ほどユーノから聞いたのだが、ジュエルシード自身も果たして所有者の願いをその通りに叶えてくれるとは限らないのだ。

 その結果、生まれたのがこの二日間で戦った化け物共。現地の生物も取り込むなど、まさしく魔石が暴走した状態となっている。

 

「ユーノ、現在ジュエルシードは幾つ集まっている?」

 

「……まだ、五つほどしか。早く集めないと、またジュエルシードが暴走して、先ほど以上の事態を招く事もあります」

 

「五つ、か」

 

 それはまた、時間のかかりそうな事だ。

 ジュエルシードは全部で21個と聞いた。まだ三分の一も集まっていない現状、やはり時間を意識して探さなくてはならないだろう。

 今回の複合型の更に上が出てくるというならば、それはゼンガーといえど苦戦するかもしれない。

 ―――なのはと同じような自分にも備わっていれば、また違ったかもしれないが。其処までゼンガーも夢を見ている訳ではなかった。

 

「それにしても、どうしてゼンガーさんは僕たちの手伝いを?」

 

「……黙って見ていられなかった、というのが一番の理由だろうな」

 

「僕たちだけでは不安だ、と?」

 

「違うな。幼子があのような化け物と戦っているのを、黙って見過ごすなど、俺には出来ないという事だ」

 

 それも、ゼンガーの本心である。

 元を辿れば異変を感じて来ていただけだが、其処にいたのは小さな女の子。おまけに異形の化け物に襲われている姿に、ゼンガー程の男が見捨てるわけがない。

 その過程で魔法なんて摩訶不思議なものまで目にしたが、それでもなのははまだまだ経験不足。今回もゼンガーがいない間は暴走体に押されていたのだ。

 

「……そう、ですか」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 ゼンガーの答えに、嘘偽りなどはなさそうだった。

 というのも、ユーノとしてはゼンガーを多少なりとも疑っている。それはゼンガーも気付いていたが、あえて彼に追及する事はなかった。

 ただ、疑われる事も当然だろうとは思った。ユーノとなのはが最初に出会った時から現れ、封印の手伝いをして颯爽と去っていく。

 おまけになのはに自分の事情も話さない。あの時はユーノもなのはを慰める役割に回ったが、どうにも疑わしく考えていたのだが。

 そして、今回もまた同様だ。彼は、またしてもなのはの前に現れて超人的活躍をして封印の手伝いをしていた。

 もしも彼がジュエルシードを狙う者の一人だというのならば、ユーノ達を手伝うのも合点がいく。しかし、そうは思いたくない自分もいる。

 

(なのはには悪いけど、もう少し様子を見る事が必要なのかもしれない。もしも、彼が敵に回る様な事があれば、僕は……)

 

 ――――その選択肢は、なのはを悲しませる事に違いないだろう。

 だが、ジュエルシードを悪用させない為にも、そうなった場合は覚悟を決めるしかないと心に誓ったユーノであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ゼンガーさん。今日は本当にありがとうございました。私、ゼンガーさんが来てくれた時、すっごく嬉しかったです」

 

「……そうか」

 

 現在の場所は高町家前。家の電気は既に消えており、なのはの家族は全員寝静まっている頃だろう。

 まさか、なのはが魔法少女なんてしているとは思ってもいないだろうが、もし真相を知ればどう思うだろうか。

 ともかく、ゼンガーはなのはの身を案じてか此処まで送ってきた。ユーノもいるから一人ではないが、ユーノもまた先ほどの戦闘で疲れきっているために、役に立つとは思えないからだ。

 

「では、“また”」

 

「あ……」

 

 言って、ゼンガーはその場を離れていく。

 なのはも改めてお礼を言いたかったが、疲れが溜まっているのかうまく体を動かせない。少しだけ手を伸ばしただけだったが、少し嬉しそうに笑顔を見せ、ユーノに話す。

 

「また、だって。ゼンガーさん、また私たちを手伝ってくれるのかな?」

 

「……多分、そうだと思う。そうだと思うけど……」

 

 ユーノは歯切れ悪く、少し余所を向いて呟いた。

 

「ユーノ君?」

 

「……いや、なんでもないよ、なのは。今日はもう体を休めよう」

 

「うん……」

 

 ユーノの反応を不思議に思いながらも、なのはは家の中へと入っていく。勿論、家族には決してばれないように、重い体を押して裏口に回り、こっそりと入って行ったのだが。

 

 

 さて、なのはを見送ったゼンガーといえば―——これからどうするかを考えていた。

 事情を整理すれば、現在なのは達はジュエルシードと呼ばれる魔石を探している。

この魔石には願望を叶えるという効果があるが、それが所有者の想像しているような願いとは違った形で発現されるという事。

 勿論、これだけの石を放っておく事は危険に違いない。だが、例えゼンガーが見つけ出したとしても、それを封印する事は出来ないという事だ。

 

(ならば、ジュエルシードを見つけ出したとしても、どうする事も出来ないのは明白か)

 

 封印する力を持っていない現状、ゼンガーが例え見つけ出したとしても、どうする事も出来ないのだ。なのはに連絡すれば容易い事なのだろうが、それがもしも昼間だったりすればなのはも迂闊には動けない。

 彼女にも彼女の生活がある。その中でジュエルシードを回収しているのは立派な事ではあるがな、それでも。

 

(元の世界に帰還するにしても、今の俺にその術はなし。ならば、今は俺が出来る手段を講じるしかない、か……)

 

 ジュエルシードを全て回収したところで、ゼンガーに何の見返りがあるのかも分からない。

 ただ集めるだけか? いや、あのような異形の化け物が出現する時点で、答えはもう決まっている。

 

「…………」

 

 春先の冷たい風を受けながらも、ゼンガーは無言で二本の足でしっかりと歩く。

 答えが決まっている現状、動くしかない。封印出来なくても、足止めくらいにはなれる。己が剣で敵を薙ぎ払う事ぐらいは出来る。

 

「俺は……」

 

 事の一件が収まるまで、彼女達に協力する。

 今、ゼンガーが導き出せる答えは、それしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、一週間近くが経過しようとしていた。

 町は今日も穏やかであり、これといった変化はなし。ジュエルシードの暴走体の出現、あるいは個体の反応もなく、回収に至っては滞っていたのだが。

 

「今日もありませんでしたね……」

 

「そう簡単にはいかない、という事か」

 

 深夜に出歩いてジュエルシードを捜索しているのは、なのはとゼンガー、そしてなのはの肩にユーノが乗っている。

 中々見つからない現状にガックリとうな垂れるなのはであるが、ゼンガーは腕組みをしながらその場に仁王立ちし、呟くのみ。

 しかし、こうも見つからないとなると、内心焦りを覚えてくる。暴走していないという事はチャンスに違いない。しかし、反応が微弱な事もあってか、固体の時は見つけ出すのが難しいというのが本当のところか。

 平和な日常なのはいいが、あれを使用して更に混乱が広がるのは頂けない。だからこそ、回収を急ぎたいのだが。

 

「でも、本当によかったんですか? こんな遅くまで協力して貰っちゃって」

 

「構わん。他に、することもないのでな」

 

「それならいいんですけど……」

 

 その言葉は本当なのかな? となのはは思う。

 ゼンガーがこうして協力してくれる事は嬉しく思う。頼もしくて、挫けそうな時も助けて貰った。

 だが、昼夜問わずに彼は捜索しているようであり、本当に大丈夫なのか、迷惑をかけているようではないのか、という事が不安であった。

 彼にも生活がある筈である。といっても、なのははゼンガーの事をほとんど知らないし、ゼンガー自身も自分の事については相変わらず何も語ってくれない。

 それが寂しくもあったのだが、言いたくない事情もあるのだろうと黙っていた。

 

「……どうした、なのは」

 

「え? な、なんですか?」

 

「……いや、何もないのならば構わん」

 

 いつの間にか、なのははゼンガーの事を注視していたようだ。

 指摘されてから恥ずかしくなって顔を微かに赤く染めたが、どうしても彼の事を見てしまう。

 一体、彼は何者なのだろう。どうして、自分たちの協力をしてくれるのだろう。

 何も話してくれないから、彼の事が分からない。少し強引かなと思ったが、津休してみたこともあるが、彼は黙ったままであった。

 ユーノも口に出してはいないが、ゼンガーの事を疑っている節がある。彼自身は気付いていないだろうが、すぐ傍にいるなのははユーノの鋭い目線が時折ゼンガーの方を向いているのを知っている。

 

 折角協力してくれているのに、どうしてそんな目をするのか。これもまた、ユーノに質問した事がある。 彼にそのような質問した時、ユーノは一瞬顔を渋らせたが、急に真剣な眼差しでなのはを見ると、彼はこう言った。

 

「……あんまり言いたくないけど、僕はなのはと違ってあの人―——ゼンガーさんを疑っているんだ」

 

「どうして? ゼンガーさんは私たちの協力をしてくれているんだよ? それに、怪我をしてまで私の事を助けてくれたし……」

 

「確かに、彼は体を張って僕たちの事を守ってくれた。でも、それは僕たちの事を都合よく利用している形なのかもしれない。―――考えたくはないけれど、彼もジュエルシードを狙っているという可能性は決して低くはないと思うんだ」

 

「そんな事ない! ゼンガーさんは!」

 

 と、こんな形で言い合いをしたりもした。

 その後、一日中口をきかなかったりしたが、ともかくなのははゼンガーを信じているという結論に達した。

 ユーノもその時こそ口を紡いだが、やはり彼はゼンガーの事を気にしている。

今も、彼に鋭い目付きを浴びせているのを見ると、何処か悲しくなってきた。

 

(どうして、ユーノ君はゼンガーさんを疑うんだろう……?)

 

 ゼンガーが何も話してくれないからか? でも、彼は自分の事情を話す事を子も飲まない。決して、自分の本心を話してくれないのだ。

 と、そんな事を考えているうちに、なのはは自分の家の前に帰ってきた事に気付く。

 今日も成果なし。一週間もあっという間だな、と思っている矢先、ユーノがなのはの肩から素早く降りていき、ゼンガーの足元で制止する。

 

「ユーノ君?」

 

「ごめん、なのは。僕はもう少し捜索を続けてみるよ」

 

「なら、私も……」

 

「いや、お前はもう休むといい。後は俺達で続ける」

 

 何か、ユーノの意図を察したのか、ゼンガーまでもなのはにこういってくる。

 なんだかのけ者にされたようで流石になのはも反論するように二人に食ってかかる。

 

「私、まだ疲れてません! それに、二人に任せて私は休むだなんて!」

 

「気持ちは嬉しいけど、もう夜中だ。ゼンガーさんもいるし、後は僕たちだけでも大丈夫だから」

 

「でも、ジュエルシードの封印は……」

 

「もしそうなったら、なのはに助けをよぶかもしれない。でも、今は少しでも体を休めた方がいい。この一週間、ほとんど休めてないでしょ?」

 

「でも……」

 

 ちらとゼンガーの方を見る。

 ユーノの言う通り、休めていないのは事実だ。そして、それによって睡眠不足に陥っている事も。毎朝起きるのは辛いし、身体も重い。

 でも、やはらなくちゃいけない事だから、自分にしか出来ないと思っているからこそ、こうして頑張れる。

 

「……なのは」

 

「は、はい」

 

「ユーノの言う通りだ。休めるうちに休んでおいた方がいい、今、お前に無理をされてはこちらも適わん」

 

「う……。で、でも……」

 

「―――気にするな。行くぞ、ユーノ」

 

「はい」

 

 なのはに背を向け、歩き出していくゼンガーとユーノ。

 二人を追いかけたいが、追いかけたところで追い返されるのだろう。其処まで判断し、なのはは溜息を吐く。

 二人の気遣いは嬉しいが、だからといって二人に無理をさせる訳にはいかない。休んでいないのは二人も同じであるし、特にゼンガーの方だ。

 

「…………はぁ」

 

 ―――しかし、なのはは諦める方針を選んだ。深い溜息を吐いて、そのまま家の方に歩き出す。

 本心からすれば、引き続き捜索に参加したい。それでも、先ほどのようにあしらわれてしまうのだろう。

 なのはは、二人にとって切り札にも近い存在だ。前の戦闘の時のように無理をされても困るし、またユーノもゼンガーについていったという事は何か思うところがあったのだろう。

 

「でも…………はぁ」

 

 もう一度深い溜息を吐きながら、なのはは疲れ切った顔で家の中に入っていく。

 今日は、あの二人に任せよう。気遣ってくれたことに感謝しながらも、なのはは疲れた体を動かすのだった。

 

 さて、なのはと別れたゼンガーとユーノであるが、二人は無言であった。

 特に会話する事のない二人であるが、この一見動物と人間のコンビは傍から見ても異様なオーラを感じる。いや、微妙な空気というのか。

 ユーノはゼンガーを今も疑っているが、ゼンガーに至ってはまるで気にしていない様子。思えば、この二人だけで行動したことは今回が初めてかもしれない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 両者共に喋らず、ただ歩く音が微かに響くのみ。

 結局、この日もジュエルシードを発見できず、成果は上げられないのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 理解

うーん、またしても微妙な出来に……。お待たせしたわりには酷い出来ですので、ご注意を。

それでもよろしければ↓をご覧ください。

それから、後書きにアンケート的なものを用意しました。宜しければ答えていただければ嬉しいです。


「すみません、大変お待たせしました」

 

「いえ……」

 

 少し申し訳なさそうに頭を下げた青年―——いや、実際にはそのように見えるだけで、年齢としては三十後半なのだが―—に、ゼンガーはたいして気にしていないという素振りを見せる。

 先ほどまで騒がしたかった店内も、その最もたる理由である子供たちがいなくなったおかげか静けさで寂しいくらいだ。

客席であろうテーブルには自分たちが食べた皿がきれいに片づけられている様子を見る限り、店側にとってはありがたいだろう。

 

「桃子……いえ、妻から話を聞きました。娘を助けてくれたそうで……なんとお礼をいっていいやら」

 

「……。いえ、当然の事をしたまでです」

 

 少し間を置き、そういえばそのような設定になっていた事を思いだす。

 まあ、嘘はついていない。事実、助けたのは本当の事である。ただ、それに至る過程が違うだけの話である。

 

 ―――と、いきなり話を進めたが、今現在ゼンガー・ゾンボルトがいる場所は『翠屋』という喫茶店の中にいる。

 この翠屋は、なんと高町なのはの両親である高町士郎と高町桃子が経営する喫茶店であり、評判も上々との事。今回、なのはの父親である高町士郎が是非ともゼンガーにお礼がしたいとの事で、こうして招かれたのだ。

 他人の好意を無碍には出来まい。ジュエルシード収集も滞っていたゼンガーは、またも釣りに興じていたのだが、なのはから話を聞き、それならばと足を運んだ。

 

「娘を助けてくれたこと、本当に感謝しています。ですが……本当にコーヒー一杯だけでいいのですか?」

 

「無論です。このコーヒー、俺にとっては大変美味ですので」

 

 一言、ゼンガーはそういってコーヒーカップを手に取る。

 彼が頼んだものは、コーヒー一杯。士郎にとっては娘の恩人の為にコーヒー一杯では物足りないだろうと思っていたが、この男は迷うことなくそれを注文した。

 たかが一杯、されど一杯。実に一週間ぶりとなるコーヒーの味にゼンガーは十分すぎるほど満足していた。

 砂糖やミルクなど入っていない、正真正銘のブラックコーヒー。喫茶店だけあって、きちんとした豆で作っているのだろう。普段の大半はインスタントで済ませてしまうゼンガーにとってはこれで十分なのだ。

 

「……そうですか。喜んでいて、こちらとしても嬉しい限りです」

 

 にっこりと、士郎は笑んだ。

 コーヒーだけとはいえ、その味を褒められた事は嬉しい事に違いない。

 そんな士郎の笑顔を読んだが、ゼンガーは変わらずコーヒーを口に含んだ。

 

(…………)

 

 コーヒーを飲みながら、ゼンガーは何かを考える様子が伺える。

 しかし、それを他人に読ませるほど彼も甘くない。一瞬だけ彼は目を閉じたが、その一瞬で彼が何を考えたのかは分からなかった。

 

「……大変、美味でした。では、俺はこれで」

 

「いえいえ。ですが、もう少しゆっくりしていってもいいんですよ?」

 

「いえ……これ以上、甘える訳にもいかないので。それでは」

 

 コーヒーを飲み終えると、ゼンガーは腰かけていた椅子から立ち上がる。

 これ以上、ここに留まる必要もない。そう感じたのか、あるいは何か思うところがあったのか。

 木刀を片手に持ち、士郎に一礼する。士郎は相変わらずにこやかに笑っていたが、その視線がゼンガーの木刀に向けられている事を、ゼンガーはすぐさま悟る。

 いや、悟る―——というよりは、最初からゼンガー自身に興味があったのだろうか。木刀を持って堂々と店に来店してくるゼンガーも現実的に考えてみれば凄いのだが、木刀と同時にゼンガーにも興味を持った様子だった。

 別に、悪意を持っているような視線ではない。ならば何かと問われれば、それは“剣士”として、純粋にゼンガーに興味を持ったといっていい。

 実は、高町士郎という男、元はといえば全世界を渡り歩くSP――いや、ボディーガードの仕事を過去にしていた事がある。

 過去に重傷を負った事で引退したが、全盛期には相当の腕との噂も。そして、彼は永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術という剣術の師範である。いや、あった、というべきなのだろうか。

 

 ―――この永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術というのは、古来より護衛や暗殺術として名を馳せている流派である。

 

 なのはも彼等の流派を聞いたことがあるが、まだ幼い彼女にその本質を理解することは出来ず、また士郎たちも自分たちが行っている剣術の本質を知られたくないようにしていたので、なのはも聞くことはなかったのだが。

 しかし、これは職業柄というものなのだろうか。どうしても興味を持ってしまうのが本音だろうか。

 ゼンガーに興味が尽きない様子の士郎に、ゼンガーも心の中で溜息を吐き、彼に問う。

 

「……先ほどから俺の木刀を見ていますが……何か?」

 

「ああ、いえ。実は、僕も昔は剣術を嗜んでいまして。その経験があるからか、貴方の木刀に興味を持ったんですよ。立ち振る舞いからしても、相当な腕前なのでしょう?」

 

「…………」

 

 嗜む? それは嘘だろうとゼンガーは感付く。この高町士郎という男、こうしてにこやかに笑っているように見えるが、実は何処にも隙を見せていない。

 ゼンガーを警戒している訳ではないが、過去の経験とやらが影響しているのだろうか。底知れぬ実力の持ち主なのだろうと判断した。

 

「……そういう事でしたか」

 

「ええ、そうなのですが……もしかして、不愉快な思いをさせましたか?」

 

「いえ……。その程度の事、構いませぬ」

 

「それならいいのですが。いやあ、悪い癖ですね、どうも。はっはっは」

 

 声に出して笑い、頭をかく士郎だったが、やはり油断ならない相手のように思えてしまうゼンガーだった。

 

 

 

 

 

 

 ゼンガーが翠屋から出て、どれぐらい経ったのだろうか。

 もしかすると、そんなに時間は経っていないのかもしれないし、あるいは思ったよりも時間が過ぎたのかもしれない。

 今、ゼンガー達の眼前に聳えていたのは―——巨大な大木の数々だった。

 なぜこうなったのかといえば、どう説明してよいやら。強いて言うならば、気が付けばこのように大木が伸び、見る見るうちに町の中に生えていったというべきか。

 

 こんな超常現象が突然起きる訳がなく、理由はジュエルシードなのだとすぐに気付いたが、今までのような暴走体ではない事は明らかだ。

 まず、この大木たちはただその場に居座っているように存在するだけで、敵意というもは感じられない。相当ひどい場合は根っこなどを使って攻撃してくるやもしれぬと考えていたが、それは深く考え過ぎだったのか。

 しかし、敵意がなく襲ってくる気配もないとはいえ、これだけの大きさである。更に、その巨大さから海鳴市全体に深刻なダメージを与えており、交通は当然麻痺し、けが人も出ている様子。

 

―———恐れていたことが、遂に現実になったか。

 

 ユーノやなのは、そしてゼンガーも懸念していた他人への被害。それが、こういった形で出てくるとは。

 

「酷い……」

 

「多分、人間が発動させちゃったんだと思う。強い想いを持った者が願いを込めて発動させちゃったとき、ジュエルシードは一番強い力を発動する。だから、この現象もきっとそうだと思うんだ」

 

 先ほど合流したなのはは魔法少女に変身したものの、目の前の光景に唖然とする。ユーノの推測も恐らくは本当だろうが、それにしてもなのはにとってはあまりにもひどい光景だった。

 ゼンガーは目の前の光景を見て、ただただ腕を組んでいるだけだったが、果たしてどうしたものかと考えていた。

 木を斬るだけならば容易い事だ。しかし、これだけ多量の木を斬っていくのは流石のゼンガーも骨が折れる。更に、その本体を探し出すのは至難の技だ。

 それに、ユーノの説を信じるならば、発動させたのは人間という事になる。今までのような蜂や狗といった生命体ではなく、人だ。

勿論、蜂や狗も生き物である。だが、向かってくるのならば正面から斬り伏せるのみだった。

 が、現状はそうではない。だからこそ、ゼンガーは特に動こうとはしなかった。

 しかし、唖然としていたなのははハッと気づく。人間が発動させたジュエルシード―——それは、本来ならば止められた筈だったのだ。

 

 ――――何故ならば、なのはは見ていたのだ。父親である高町士郎がオーナーを務める“翠屋JFC”の一員である少年がポケットにジュエルシードらしきものを入れたことを。

 

 気が付いていた筈なのに。それを気のせいだと決めつけて。

 それがどんなに愚かだったのかを、今更になって思い出す。罪悪感がなのはを襲い、バリアジャケットを強く握りしめる。

 

(私……気付いてたはずなのに……。こんな事になる前に、止められたかもしれない筈なのに……っ)

 

 勿論、だからといってなのはを責めるというのは酷な話だ。

 だが、なのはは無垢だ。無垢ゆえに、責任感も人一倍強い子なのだ。防げた事態を、全て自分のせいだと思い込む。それも、彼女の悪い癖である。

 様子を伺っていたゼンガーだったが、だからといってなのはに声をかける事はしなかった。今、彼女に慰めの言葉など必要ない。それはかえって逆効果にしかならない。

 ならば、何が正しいか。それは、彼女がどのような判断を下すか、どう行動するかということが大事なのだ。

 ―――無論、それを幼き少女に決めさせるのも酷な事である。が、なのはは何かを決意したかのように顔を上げ、それと同時にレイジングハートが輝き始める。

 

「な、なのは?」

 

(何を始める気だ……?)

 

 魔法に関しては素人の為、一体なのはが何をしようとしているのかはさっぱりだ。

 だが、彼女はこの状況を打破する方法を使用するのだろう。―――それを、己のせいだと自身を戒めながら。

 

「ユーノ君……。こういう時、どうすればいいの?」

 

「え?」

 

「答えて、ユーノ君」

 

 突如、そのような質問がなのはからユーノに飛んだ。

 当然、問われたユーノは困惑する。何を始める気なのかも分からず、果たして応えていいものなのか。

 だが、問われたからには応えなければならない。ユーノはなのはの方を見ながら、こう答えた。

 

「えっと、ジュエルシードを封印するには接近する事が必要なんだ。でも、まずはその前に発現の原因となっている部分を見つけ出さない事には……」

 

 そう、それはゼンガーも考えていた事。

 今までの封印は、暴走体の本体を拘束し、出来るだけ近くでジュエルシードを封印していた。だから、今回のパターンも同様なのだと。

 しかし、これだけの数だ。探すといっても一日かかってしまうだろうか。それだけで疲労を積み重ねても致し方がない。

 更にはこの事態を重く見る人物もいるかもしれない。もっと被害が拡大する前に、この事態をどうにかしなければならないのだ。しかし、短時間で解決するにはどうしようもなく大きすぎる。

 

「それを見つければいいんだね?」

 

「う、うん。理屈としてはそうだけど……」

 

「だったら……!」

 

 そういって、なのははレイジングハートを両腕で持ち、構える。

 

『Area Search』

 

 なのはが何をしたいのかはレイジングハートには理解できているようで、応えるかのように光を帯びる。それを確認した上で、なのはは自身の周りに円を描いた。

 すると、桜色の魔法陣が彼女の周りに生成され、彼女はすぐさま目を閉じて呪文を唱える。

 

「リリカル、マジカル。探して、災厄の根源を!」

 

 唱え、なのはは杖をやや下に傾ける。

 すると、何本もの桜色の光が彼女の周囲から出現し、散っていく。桜色の細い光であったが、それは海鳴市全体へと散らばっているようだった。

 

(今の光は……探索系の魔法なのか?)

 

 ゼンガーの予想は、まさに正しい。

 なのはが放った光は、正式には「サーチャー」と呼ばれる多数の端末である。中距離―——といっても、海鳴市全体には行き届く程度の―——の範囲で使用する事が出来、またその端末から送信される視覚情報により、目的のものを発見できるという代物だ。

 そのような魔法も使用できたのか、とゼンガーは思う。今まで使う機会がなかったのか、それとも、今この場で考えて使用したのか。どちらにせよ、探す手間が省けたというもの。

 後はなのはが発見次第、その場所に急行するのみだ。

 

(どこ……? どこなの……?)

 

 一方、なのははサーチャーより送られてくる視覚情報の全てに目を通し、ジュエルシードを発現させた者の場所を探っていた。

 無数の情報がなのはの脳内を駆け巡る。レイジングハートが殆どの情報を処理してくれるおかげでなのはにはあまり負担を掛けずに探すことが出来る。

 よく出来たデバイスに感謝しながらも、今は探す事に夢中だった。もしかすると、今回は本当に自分の手で解決したいと思っていたのかもしれないが。

 そして、遂に見つけた。光り輝く繭のようなものに包まれている何かを。―――あの時の少年と、もう一人の女の子。

 

(やっぱり……。…………)

 

 見つけた事はいい。だが、発現者の正体があの時の少年だと気付いた時、またしても罪悪感がなのはを襲う。

 私がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったのに、と。起こってしまった事は、仕方ないでは済ませられない。そう、なのはは思ってしまうのだ。

 

「見つけたよ、ユーノ君、ゼンガーさん」

 

「ホント?」

 

「うん。すぐに封印するから」

 

 なのはの言葉に、ユーノは慌てて顔を向ける。

 

「な、何を言っているんだよ!? ここからじゃ無理だから、近づかないと……」

 

「出来るよ、大丈夫だから!」

 

 いますぐに封印する? その意図を読めないユーノはなのはを窘めるが、なのはは聞く耳持たず。

 

「……そうだよね、レイジングハート」

 

『Shooting Mode. Set up』

 

 なのはの問いに、レイジングハートは応えるかのように形態を変形する。

 杖が更に伸び、球体を包むように形成されていたパーツは瞬時に分解し、半円月のような形をとった。更に、シーリングモードとは違うのか、桜色の翼は両翼が均等になっている。

 通常形態、シーリングモードとは違う。新しい形態にレイジングハートを変形させたことに、ユーノは何かに気付いたかのようになのはを見る。

 

「なのは、まさか君は……」

 

「そのまさかかもしれない……。でも、絶対に大丈夫だから。私を信じて、ユーノ君」

 

 もう、彼女に何を言っても無駄なのだろう。

 複雑そうな表情を浮かべたユーノであるが、一回だけ静かに頷いただけでそれ以上は何も言わなかった。

 続けて、なのははゼンガーの方を見る。その目は、しっかりとゼンガーを見ており、迷いなど見られない。それだけの決意ならば、口出しなど出来る筈がないではないか。

 ゼンガーもまた、ユーノと同じように頷く。それを見たなのははすうと小さく息を吸うと、レイジングハートを握りしめながら言い放った。

 

「行って! 捕まえて!」

 

 レイジングハートより、一筋の光が出現し、それが伸びていく。

 その先には―——なのはが見つけたジュエルシードの大本。光の繭のような部分に一直線に向かい、包み込む。

 光の繭を覆っていた大木は一筋の光によって消し飛ぶように消滅し、繭だけが残される。だが、これでいい。なのはの言う通り、“捕まえた”形となったのだ。

 

『Stand by Ready』

 

「リリカル、マジカル。ジュエルシード、シリアル10……封印!」

 

 言い放つと、もう一度光が飛び出して一直線に進んでいく。

 これまでの暴走体と同じように木々は修復を始めていたが、もはやそんな事など関係ないかのように伸びていき、直撃する。

 

 その瞬間、海鳴市全体が光に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 時刻は既に夕暮れだった。

 海鳴市は再び平穏を取り戻した。しかし、ジュエルシードによりもたらされた爪痕まで綺麗サッパリ消えるという訳ではなく、その痛々しい光景が目に映る。

 なのはは、やったのだ。だが、これだけの被害を―——人様に迷惑をかけたことを悔いていた。

 

「…………っ」

 

「なのは……」

 

 変身を解いた後、建物の上から見た町内の景色になのはは奥歯を噛みしめ、スカートを力一杯握りしめた。

 ユーノの心配する様な声も聞こえない。悔しくて、悲しくて―——立ち尽くす事しか出来なかった。

 気付いてたのに、分かっていたのに。自分が悪いと己を責める。時間が巻き戻せたら、どんなにいいだろうか。よく確認すれば、こんなことには。

 

「……なのは」

 

「ゼンガー……さん」

 

 彼女の隣にゼンガーが立つと、彼女もそちらに顔を向けた。

 今にも泣きだしそうな少女。しかし、泣くまいと堪えているその顔は、一週間前よりも成長している証なのだろうか。

 いや、それは寧ろやせ我慢か。そのような歳でそんな芸当を覚えたところで、なにもならないというのに。

 

「あの、私……本当は……!」

 

「それ以上何も言うな、なのは。お前はよくやった。今は、それだけでいい」

 

 気付いていた、とでもいうつもりだったのだろう。表情を見ただけでなんとなく察したゼンガーは、なのはの言葉を遮った。

 遮られた事になのは一瞬戸惑ったが、言われた通りにそれ以上何も口には出さず、黙っていた。恐らくは察してくれたのだろうが、それがなのはにとっては少し辛かった。

 

 寧ろ、吐き出させた方が良かったのかもしれない。しかし、それをさせなかったのは、ゼンガーの―——いや、大人の“酷な所”か。

 正直、今回の騒動に関してはゼンガーとしてはなのはの事を理解してやることしか出来ない。

 

不器用ながらも。口下手ながらも。高町なのはに必ずしも彼の真意が理解されまいと分かっていても。

 

彼にはそれしか、出来ないのだ―———。

 




さて、こんなところでやっていいのかも疑問ですが……アンケートです。

内容は、『この作品をどこまでやるか』ということ。リリカルなのはという作品は無印から現在はForceと作品内の時系列で十数年続く作品です。ということで、何処までやったほうがいいのか……という事に作者は悩んでいます。はい、とても。

正直、今のペースで進んでいたら無印が終るのがいつになるのか……といったレベル。いや、これから更新速度は上げる予定ではありますが。

とまあ、建前はともかく。本題に移ります。

①はあ? こんな小説無印で終わりでいいだろ?

②せめて2期までいこう。シグナムと戦わせようぜ!

③いやいや、3期まで行くだろ? ゼンガーおっさんになるけどどうにかして続けるだろ?

④4期いこう。突入する頃には4期も終わるでしょ。

―——はい、以上四点です。感想、あるいはメッセージにてお知らせいただけると嬉しいかと。ではでは、宜しくお願いいたします。

ちなみに期限は3月10日といたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 漆黒の少女

少々、終盤が強引な展開に。それから、またしても原作通りの展開―—いや、ちょっと変えてます、はい。

それでもよければ↓へどうぞ。


 満月の夜―——。

 数日前に平穏を取り戻した海鳴市。いきなりの大騒動に人々は当初戸惑いを見せたものの、今ではすっかり落ち着いている。

 本日の夜も、町の方は明るく、何も知らない無知な人々は其処で生活している。仕事が終わり、飲んでいる者やカップルで歩いている者もいれば、家族連れも。

 皆がそれぞれ、思い思いの生活をしている。それは当たり前の事であり、当人たちも変わらぬ毎日だと“決めつけている”。

 

――――だが、この世界に生きている者全てがそのような生活を送れている訳ではない。

 

 街中にあるビルの屋上。其処に、一人の少女が杖のようなものを持って佇んでいた。

 強い風が少女に吹き付け、髪が揺れる。二つに結んだ髪と漆黒のマントが同時に揺れていた。

 

「……ロストロギアは、この付近にあるんだね?」

 

 少女はぼそりと呟くように声を出したが、少女の辺りに人影は見られない。

あるとするならば、それは後方に控えていた狼のようなレンジ色の生物だけ。

 恐らくは少女と何か関係があると思われるが、少女とはある程度距離を取っているためにいまいち分かり辛い。

 

「形態は蒼い宝石。一般呼称はジュエルシード」

 

 “ジュエルシード”―――そう、彼女は言った。

 なのは達が探している宝石と同じ事を言った彼女は、どうやらこの世界にジュエルシードが散らばっている事を知ってやってきたらしい。

 それは、ユーノが恐れていたもう一つの事態。ジュエルシードの噂を聞きつけ、ここにやってくるという事。

 

「―――そうだね。すぐに手に入れるよ」

 

 また、少女は耳には聞こえない声を聞いたのか、それに応える。

 

 ―――いや、声は確かに少女に届いている。しかし、それが常人には出来ない事であるため、少女には聞こえている声が聞こえないのだ。

 それは、ユーノとなのはも行っていること。なのははレイジングハートを介して行っている行為であり、俗に“念話”と呼ばれる。

 テレパシー、とでもいえば分かりやすいのか。だが、その念話が使えるという事は、この少女もまた、なのはと同様に魔法を使用できるという事だ。

 

 其処まで呟いた彼女は、少しだけ視線を下方に向ける。

 街中にいる家族の姿を見ていた少女の目は、何処か悲しげであった―——。

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました!」

 

「うむ」

 

 元気のいい声が道場のような場所から聞こえる。

 高町家が所有する道場の中に、ゼンガー・ゾンボルトはいた。高町家から借りたのか、胴着に着替えており、その手にはいつもの木刀ではなく竹刀を持っている。

 彼の前には、高校生くらいの少女がおり、彼女の手にもしないが握られている。しかし、その姿はやりきったといったような感じであり、息もまだ整っていない。

 

 何故、ゼンガーが此処にいるのかと聞かれれば、それは高町士郎の誘いだろうか。

 先日、翠屋に招待されたゼンガーであったが、その時にゼンガーに興味を持った。そして、休日である本日に道場に招待し、ゼンガーの力量を測ったのだ。

 まあ、やる事もなし、相変わらずジュエルシード探しも滞っている現状で断る理由もなかった。更に、このような立派な道場で剣を振るうことなど、滅多にない機会でもあるからだ。

 

「いい太刀筋だった。これからも精進すれば、もっと強くなれるだろう」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 少女は嬉しそうに礼を述べる。

 しかし、本当にいい太刀筋だ。が、やはり若さが出ている。しかし、それをゼンガーは彼女には伝えなかった。

 若さが出るのも、今の段階では致し方がない事であろう。寧ろ、この歳で熟練者のような太刀筋をされても困惑する。

 

(……若いころ、俺も師によく言われたか……)

 

 師―——リシュウ・トウゴウに、ゼンガーも何度も言われた事を思いだす。

 彼との手合せは、まるでゼンガーが遊ばれているかのように全く抜けず、また追い詰めたこともない。今より何年か前には、「まだまだ青い』と言われて何度脳天に一撃をくらった事か。

 恥ずかしい話であるが、今でもリシュウには適わない。どんなに年老いても鮮麗な動きをする師の姿に、ゼンガーといえども勝つことは不可能であった。

 そのような事を考えていた矢先、今度は後ろから声をかけられる。ゼンガーが振り向くと、其処にいたのは彼を此処に招いた張本人である高町士郎の姿があった。

 

「いやあ、流石ですね。見ていて惚れ惚れするような動きでしたよ」

 

「いえ……。自分などまだまだ師に比べれば力不足ですので」

 

「お師匠さん……ですか? ちなみに、お名前はなんと?」

 

「―――……リシュウ・トウゴウといいます。我が流派である示現流剣術の達人です」

 

「示現流……? もしかして、あの示現流ですか?」

 

「恐らく、想像している通りかと」

 

 士郎も剣に精通しているのは明らかだ。ならば、示現流の存在も知り得ているだろうとゼンガーは判断し、そう言った。

 

 ―――ちなみに、この示現流と呼ばれる剣術は昔の薩摩藩を中心に伝わって行ったとされている。

 特徴は『一の太刀を疑わず』、『二の太刀いらず』と云われ、髪の毛一本でも早く打ち下ろせと教わるそうだ。まさに一撃必殺の心得に近いもので、これまでのゼンガーの戦いを思い出してみても、彼は一撃でジュエルシード暴走体を打ち砕いている様子が多い。

 

「なるほど……。まさか、貴方があの示現流を使う方だったとは。正直驚いていますよ」

 

「……左様ですか」

 

「ええ。私も名前は聞いたことがあるのですが、実物を見るのは初めてでしたので」

 

 士郎や少女―——本名を高町美由希というらしい―—―が使用する剣術も相当だが、ゼンガーが使う示現流も今の時代となっては使う者が珍しいとされている剣術だ。

 勿論、示現流を伝えている団体もあるし、その家系はまだ続いている。しかし、昔のような勢いは既になく、知る人ぞ知っているかのような代物であるといった方が正しい。

 時代が流れるにつれて、こうした剣術が廃れていくのは悲しきことだ。だが、今のこの時代が剣術を求めていないという以上、致し方ない事なのかもしれない。

 

「しかし、本当にいい太刀筋ですね。よろしければ、今度は長男の恭也とも手合せ願いたいものです」

 

「是非に。俺に出来る事であれば、それぐらいは」

 

 士郎の言った恭也といった人物は、なのはの兄の事であろう。どのような人物なのかは知らぬが、恐らくは士郎の剣術を一番に受け継いでいる子であるのだろう。

 現在はなのはと一緒に出掛けているとの事だが、時間があれば、という事だろう。

 

「では、機会があればその時に。今日は私の我儘に付き合っていただき、ありがとうございます」

 

「……構いませぬ。此方も、このような立派な道場で剣を振るえる事は喜ばしい限りですので」

 

 それは紛れもなく彼の本心だ。それを悟ったのか、士郎は微笑むように笑む。

 またこの場所が使えるのならば、ゼンガー個人としても歓迎だ。士郎の好意的な態度に感謝しながらも、ゼンガーは胴着からいつもの服装へと着替えに行くのだった。

 

 

 

「……なのはも凄い人と知り合っちゃったねー」

 

「ああ。流石はお父さんの娘だよ」

 

 士郎は嬉しそうに笑んでいたが、父が何処か喜ばしげなのも美由希にはなんとなく理解できた。

 普段、高町家は他の剣術と相対せず、独自の手法で鍛錬を積んできた。示現流よりも衰退しつつある御神流であるため、鍛錬の成果を見せる場所もないといえばそうなるが。

 美由希の成長も喜ばしいが、なによりゼンガーの動きを見れた事だ。雰囲気からも感じていたが、予想以上の剣士だという事が先ほどの様子からも伺える。

 といっても、途中からはゼンガーが美由希の稽古をしているような感じになっていたのだが。

 

「どうだった、美由希。ゼンガーさんは」

 

「どうって?」

 

「剣を合わせてみての感想だよ」

 

「うーん、感想ねぇ……。なんというか、全体的に速かった印象かな?」

 

「速かった? 剣の一撃の事かい?」

 

「いや……うん。全部だよ。私が全然ついていけないくらいに」

 

 示現流は一撃必殺の心得。それに加えて、全ての動きが早いとは。もはや、手が付けられるレベルではない。

 勿論、美由希も何年も修行してきた身であり、その辺りの常人よりは剣の腕に関しては一人前である。しかし、ゼンガーの場合は、それ以上―——いや、もはや美由希では手が届かないくらいの領域にいるのではないのか。

 だとすれば、美由希がついていけないと感じたのも納得だ。それほどの剣士なら、士郎自身が手合せしてみたいものだが、生憎体がいう事を聞いてくれない以上、断念せざるをえない。

 

(せめて恭也がいてくれればなぁ……)

 

 この場に息子がいないのは非常に残念に思いながらも、果たして次はいつごろ彼の太刀筋を見れるのかを期待する士郎だった。

 

 

 

 

 

 

 ゼンガーが高町家から離れた丁度その頃だったであろうか。

 月村家敷地内―——。この場所において、一つの現象がおきていた。

 

「にゃー」

 

「…………」

 

「…………」

 

「にゃー」

 

 いや、別にふざけているわけじゃない。今現在、眼前にいる生命体―——いや、猫だ。大きな猫が可愛らしく鳴いているのだ―——を見たなのはとユーノは、呆然と立ち尽くしていた。

 彼等がここにいるのは、月村すずかに御呼ばれされたから。其処には友人であるアリサも同席していたが、話の途中でジュエルシードの気配を察知し、この場所に結界を張った。其処まではいい。

 だが―——結界を張った直後、出現したのは大きな猫だ。のっしのっしと馬鹿みたいに大きな音を立てながらその場を歩き、特に襲ってくる様子もない。

 

「え、えっと、これって……」

 

「う、うん。多分、あの猫の大きくなりたいって願いがきちんと叶えられた結果じゃないかなー? あ、あはは……」

 

 笑いたくなる気持ちは分からない訳ではないが、これまでの現状を見ている手前、きちんと願いが叶えられたことに驚きが半分と戸惑いが半分だった。

 いや、あの猫が願った理由が単純明快だったのも幸いしたのかもしれない。強くなりといったどの程度まで強化していいのか曖昧なものではなく、ただ単純に大きくなりたい、と。

 しかし、このまま巨大化させたままでいいわけがない。首をブンブンと振って我に返ると、なのははレイジングハートを取り出す。

 

「ともかく、元に戻してあげないと……」

 

「うん……。それがいいよ、多分」

 

「にゃーお」

 

 なんとも言葉にし辛かったが、なのはの判断は正しい。

それに、あんな姿で追いかけられるような事があれば、ユーノはペシャンコになってしまうだろう。なのはも同様だが。

 しかし、猫は戸惑った様子もなく辺りをキョロキョロとしているのみ。すずかも困るだろうし、早く戻してやろうとしたその時―——。

 

 突如、黄色色の閃光が飛来し、それは一直線に猫へと向かって行ったのだ。

 

「にゃあああ……」

 

 大きな声を上げ、猫がふらつく。

 それは猫を殺傷する様なものではなかった。しかし、やったのはなのはではないため、なのはは驚いて後方を確認する。

 そして、目を見張った。彼女の瞳に映ったのは、漆黒と衣服を纏い、金髪の髪をした少女。

 黒色の杖を掲げ、それを猫の方に向けている。どうやら猫に光の閃光を放ったのは彼女のようだ。

 

「……バルディッシュ。フォトンランサー、電撃」

 

『Photon lancer. Full auto fire.』

 

 少女が何かを唱えると、バルディッシュと呼ばれた杖から何本もの光の閃光が放たれる。

 その閃光全てが猫に直撃すると、猫は痛みに絶えられなくなったようにその巨体を転ばせる。もはや動く事も出来ず、ぐったりとした様子の猫を見て、なのははすぐさまレイジングハートを握りしめた。

 

「行くよ、レイジングハート!」

 

『Stanby ready.Set up.』

 

 見ていられないと思ったのか、なのはは変身した。レイジングハートもいつもの宝石の形状から杖の形をとる。

 そして、彼女は猫の方に近寄っていく。その道中でレイジングハートが何事かを発した。

 

『Flier fin.』

 

 フライアーフィン―—俗にいう飛行魔法である―——を使用し、なのはは靴の部分に羽を出現させて空を舞う。

 このようなこと出来る魔法というのは本当に便利な物だと感嘆せざるをえないが、なのはは猫を守るようにその前に向かい、光の閃光から猫を護る為に防御魔法を発生させる。

 

「……? 魔導士……? 私以外にもこの世界にいたんだ……」

 

 突如現れ、少女の攻撃を防いだ存在。そのような芸当ができるのは、やはり魔導師しかいない訳だ。

 少しだけ驚きを見せたが、だからといって攻撃をやめる訳ではない。フォトンランサー—――先ほどの黄色い閃光の名である―——は防いだようだが、それは自分の正面にしか防御フィールを張っていない。

 ならば―———。

 

(下方はがら空き、という事になる)

 

 少しだけ軸線をずらし、猫の足元に向けて射撃を行う少女。

 それは見事に猫の巨体に命中する。当たり前のように軸線をずらした様子を見て、なのははハッとした。

 

「下の方に……!?」

 

 いきなりバリア範囲の外を狙ってきた事に、なのはは驚くと同時にもしも自分があの少女の立場ならば同じ事をやるだろうと思う。

 なにも強引になのはを狙う必要などない。対象物は後方にいる猫自身なのだから、なのはを突破するよりも猫にダメージを与える事が本命なのだ。

 その事を頭に入れていなかったなのはは、まだまだ実戦不足だという事を痛感させられる。

 防御魔法を解いてレイジングハートを構えたが、少女は途端に攻撃をやめ、なのはの方へと猛スピードで迫りくる。

 

「えっ!?」

 

「…………」

 

 無言。驚くなのはとはまるで対照的であると同時に、なのはよりも戦闘慣れしているのだろう。

 近づくと同時に、漆黒の杖をなのはに向けて振り下ろす。なのはもハッとなってレイジングハートで受け止めたが、力は向こうの方が上のようであり、なのはが力を入れても押し切られてしまいそうだった。

 

「う……ううっ!」

 

「貴方も私と同系の魔導士……。ロストロギアの探索者か」

 

「だったら、なんだっていうの!?」

 

「……それを貴方に渡すわけにはいかない。だから―——」

 

 少女が杖を力一杯に振り下ろしたが、なのはは空を蹴るようにして後退する。

 力で負けていたのは先も感じていた。だからこそ、後退する準備を進めていたのだが。

 しかし、漆黒の少女はそれを待っていたようで、杖―——バルディッシュを握り直すと、その杖の形状を変化させる。

 

『Scythe form.Setup』

 

 主が指示したのであろうか。バルディッシュの先端部分が四十五度開き、開いた場所から黄色の色をした鎌状の光が溢れだす。

 あの光は、少女の魔力光なのだろう。髪と同じく金色のような黄色を放った光の切っ先は、間違いなくなのはに向けられている。

 

「……っ!?」

 

「申し訳ないけど、ジュエルシードは私が頂いていきます」

 

「そんな……。あれは、危険なものなんだよ!?」

 

「知っている。でも―——」

 

 其処まで言って、少女は口を結ぶ。代わりに飛んできたのは、少女の鎌だった。

 

(は、速い……!)

 

 そう、速いのだ。なのはの肉眼でも確認は出来るが、とにかく動作が速く、隙を見せないように迫ってくる。

 それに、なのはには近接格闘系の呪文を覚えていないという弱点も存在する。先日の大木事件の時のような遠距離攻撃のような呪文は少しだが覚えたが、このような場合に対抗する術を知らない。

 だが、少女が早くてもどうした事か、ゼンガー程の速さはなかった。普段見慣れた速さよりも遅い事は確かだが、それでも見ている事と実際に迫られるのでは訳が違った。

 

『Protection.』

 

 己が主が避けられないと判断したのだろう。レイジングハートはなのはの周りに防御フィールドを張り、直撃はなんとか免れる。

 

「あ、ありがとう、レイジングハート」

 

 お礼を言いはしたが、この位置はまずい。なのはは防御フィールから出て、体勢を立て直す。

 一方、少女もなのはが出たことを確認するや、すぐさま追撃にかかる―———と思いきや、少女は一瞬だけ杖を掲げると、その杖を振り下ろす。

 

『Arc Saber』

 

 構えていた鎌の部分がまるでブーメランのように回転しながら迫ってくる。

 それも、本物のブーメランのように横から飛んでくるものでない。何処か変則的な動きをしながらなのはに襲い掛かってくるため、なのはも避けようがなかった。

 

(なに、これ……? 軌道が読めない……)

 

 元々そういう魔法なのかもしれない。ともかく、これもまた防がなければならないと感じたなのはは、今度は自分の意思でフィールドを展開する。

 が、フィールドを展開して一安心―——という訳にはいかなかった。黄色い刃がなのはのフィールドに直撃した瞬間、まるでフィールドを“噛んでいる”かのような感覚がなのはを襲う。

 

「なに、なんなの、これ!?」

 

 このままではフィールドを抜かれる。やむを得ず、なのははフィールドを捨ててもう一度後ろに後退する。

 だが。それを予期していたかのように、少女がなのはの後ろを取っていた。表情を全く変えず、少女はなのはの後方で杖を握っている。

 

「嘘……?」

 

「“――――”」

 

 気が付いた時には、もう遅かった。

 バルディッシュによる渾身の一撃。それがなのはの背中より叩き込まれた。防衛用として全体にフィールドを張るのも間に合わず、その一撃が加えられたのだ。

 これまでにない痛みと、脱力感がなのはを襲う。体に力が入らず、段々と体が地表に落ちて行く―——そんな感覚だった。

 

(なに、これ……。全然力が入らない……)

 

 なのはは、落とされたのだ。紛れもなく、漆黒の少女の手によって。

 

「なのは!」

 

 なのはが落ちた――――。それは、ユーノも見ていた。すぐさま彼女の落下場所に急行すると、蜂の暴走体の時にゼンガーの足場として利用した魔法“フローターフィールド”を使用して、なのはが地表に落下する前に受け止める。

 ぐったりとして気を失った様子のなのは。彼女を心配そうに見つめた後、ユーノは警戒心を露わにした顔色を窺わせながら、漆黒の少女の方を見る。

 

「…………」

 

「君は……何を企んでいる!? ジュエルシードを使って、一体何をする気なんだ!?」

 

「…………。答えたところで、意味なんてない」

 

 ユーノの問いに、少女は淡々と答えた。

 意味がない、とはどういう事なのか。知る必要がないといった意味なのか、それとも―——。なんにせよ、これ以上なのはを傷つけさせないとユーノは身構えた。

 しかし、少女の標的はもうなのはではない。ジュエルシードを発動させた猫を護る者はもういないのだから、標的が移るのも当たり前の事だった。

 

 ―――もしも、本当に残忍な人物であれば、気を失ったなのはを仕留めるぐらいはするだろう。本当に悪人であるならば、の話だが。

 

『Sealing form..Set up.』

 

 シーリングフォーム―——なのはのレイジングハートのシーリングモードとほぼ同じ位置の形態であろう―——へとバルディッシュを変形させた少女は、その杖からとどめの電撃を放つ。

 

「にゃあああ……」

 

 大きく、そしてか弱い声を上げながら崩れ落ちる猫。今度こそ気を失うと、その猫から弾きだされたようにジュエルシードが飛び出してきた。

 ジュエルシードからは英数字で14の文字が浮かぶ。

 

『Order.』

 

「ロストロギア、ジュエルシード。シリアル14―――封印」

 

『Yes sir.』

 

 本来ならばなのはが行うはずだった好意を、少女が行っている。

 今でこそ気を失っているなのはがこの光景を見たら、どう思うのだろうか。彼女は、何を思うのだろうか。

 ほどなくして封印が終了すると、少女はバルディッシュを持ったまま立ち去ろうとする。が、その前にもう一度気を失っているなのはとユーノの方を向いた。

 

「…………」

 

 警戒心を露わにしているユーノと、なにも応えないなのは。そんな二人の様子に、少女は少しだけ目を伏せたが、そのまま背を向けて立ち去る。

 

 突如現れて、ジュエルシードを持って立ち去っていく彼女の姿に、ユーノは更なる不安を覚える。

 

(また……厄介ごとが増えた、っていうべきかな)

 

 そんな厄介ごとに、後ろにいる少女も巻き込んでいる―———。

 巻き込んでしまったという罪悪感を感じながらも、ともかく人を読んでくるべきだと感じたユーノは、なのはに悪いと思いながらもその場から駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 一方。あの場から立ち去った筈の少女は、未だに月村家の敷地内にいた。

 別に止まるような場所でないところで止まっているのだから、勿論理由がある。というのも、それは眼前にいる人物のせいだろうが。

 

「…………」

 

「…………。気配がしたと思い、来てみれば―——まさか、なのはとは別の魔法少女がいたとはな」

 

「なのは……?」

 

「あの子の名だ」

 

 それまで目を閉じていた人物は、ゆっくりと目を開いてから漆黒の少女の事を見る。

 なのはと同年代であろうその少女は、悲しき瞳をしながら此方を向いている。彼女にも理由があるのだろうが、だからといってこの場を易々と通すほど彼も甘くない。

 

「貴方は……あの子の仲間?」

 

「―――ああ。だからこそ、あの宝石―――ジュエルシードを持ったお前を、見過ごすわけにいかぬ」

 

 木刀を抜き、静かに構える。

 見ただけで分かる、彼の気迫。油断していれば、確実にやられる。そう、少女は悟った。

 

「……邪魔、しないでください」

 

「それは出来ぬ相談だ。この場を通りたければ、俺を倒してから行くがいい!」

 

 そう―———ゼンガー・ゾンボルトは言い放つのだった。

 




アンケートはまだまだ募集しております。宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 剣と魔法

……大変、お待たせしました。最近色々と忙しくて、全然投稿できなかったです……。

おまけに、今回の内容も非常に短いものとなっております。お許しを……。


「…………」

 

「…………」

 

 互いの間に言葉はない。しかし、異様な空気が彼等の間を渦巻いるのは明らかだった。

 漆黒の少女とゼンガー・ゾンボルト。少女は外見からすれば高町なのはと同年代程度の年齢であるが、その本質は魔法を扱う者。更に、なのはと違って魔法に関する知識や練度も高い様子。

 対するゼンガーは、魔法という不思議な力など持たない一般人に等しい。これまでの行動を顧みれば一般人と同じという評価はどうかと思われるのだが。

 しかし、不思議な男に違いない。少女が魔法を扱えると知っていながらも、あえて立ち向かってくる。動じる様子など微塵もなく、少女は若干表情を変化させた。

 

(……魔力を感じない点からして、この人は一般人。そんな人がどうして、私に立ち向かってくるの……?)

 

 なのはの時に感じた魔力など、この男からは皆無。ただ、手にした木刀を少女の方へと向け、臨戦態勢をとっている奇妙な光景。

 魔法を扱わないというだけで少女からしてみればやりにくいというのに。だが、少女もそれとなく感じ取っていた。この男、只者ではないと。

 

(油断したら、こっちがやられる……。でも)

 

 “今ここで邪魔されるわけにはいかない”。

 少女はデバイスであるバルディッシュを構え、地を勢いよく蹴った。

 素早い動作で体を動かし、この場からの逃走を図る。何も戦う事などなく、自分のスピードに追い付けるはずがないと高を括っていた。

 

 ――――が。ゼンガーを“少し雰囲気は違うが、所詮は一般人”と判断した少女の予想は、すぐに裏切られることになる。

 

「―――なっ……!?」

 

「通りたければ俺を倒して行けと言った筈だ!」

 

 これは一体どういう事なのか。少女の目は大きく見開かれ、驚愕の顔色を示した。

 何をそんなに驚くか? いや、当たり前の事だ。ゼンガーは、どうしたことか少女の前に躍り出ると、少女に向けて木刀を突き出したのだ。

 まさに問答無用。ただ、少女も反射神経はいい方のようで、すぐさまバルディッシュにて木刀を受け止める事で直撃は避ける事が出来た。

 

(判断能力はいい方のようだ。しかし……!)

 

 ゼンガーが一瞬だけ顔を顰めたが、少女には彼の顔の変化など気付く様子もない。

 木刀を受け止めた時にギインという鈍い音が己の耳にまで届き、衝撃は両腕にまで伝わってくる。なんて恐ろしい力なのか、と少女は息を吞んだ。

 

「ど、どうして……?」

 

「俺を甘く見たが故の結果よ。その程度の速さで、俺を撒けると思うな!」

 

「っ……!」

 

 ゼンガーを知る者ならば、この程度の動きが当然だろうと当たり前のようにと言い切るのだろう。曰く、「彼は人間を超越している」などと棒読みで言葉を発しながら。もしかすると、なのはにまでゼンガーさんになら出来るかも、と言われかねないのだ。この非常識な男は。

 だが、それは当然少女の知るところではない。彼女はゼンガーとは初対面であり、彼の今までを見てきたわけでもない少女が、彼の力の本質を判断するのは不可能なのだ。

 追いつかれた事だけでも十分に驚愕ものなのだが、少女を捉えたゼンガーは、容赦なく木刀を振るい、少女に次の行動を取らせない。

 

「くっ……!」

 

 戦い慣れている。少女は、ゼンガーの剣を受け止めていてそのように感じた。そして、少女に“容赦”、“情け”という言葉も通用しないという事も。

 それほどに迷いのない太刀筋。なのはを倒された事に対する怒りではない“何か”―――。この“何か”が、少女にとっては分からなかったが。

 

(何者なの、この人……!?)

 

 隙を見せた瞬間、少女に木刀が命中するのは必然だろう。更に、拘束して動きを止めようと思っても、ゼンガーがその動作をさせない。

 後退して間を置く事も出来ないほどの怒涛の太刀が襲い掛かり、一瞬でも気を緩ますことが出来ない。

 息が詰まりそうになるくらい、必死にバルディッシュを振るった。しかし、それでもこの男から逃れる事すら出来ない。

 近接戦闘に関してはそれなりの自信を持っていた少女だが、この現実にはその微かに芽生えていた自信すら失いかける。

 まるで子供と遊ぶかのように、少女と太刀を合わせるゼンガー。普段ならば、最初の隙をついたところで一気に勝負を決める性質なのだが、まるで彼女の腕を確かめるかのように木刀を振るっていた。

 本気を出していないのは百も承知。しかし、少女もゼンガーの斬撃をよく防ぐ。ただでさえ恐ろしく速く繰り出される剣捌きである筈なのに、バルディッシュを駆使してどうにか防いでいた。

 

「なかなかやるようだ。……が、まだまだ足りん!」

 

 だったらどの程度になれば彼に認められるのだろうか、という疑問は尽きない。

 しかし、そのような事を考えている間にも状況は動き、ゼンガーが少しだけ力を込めて振るった木刀は、疲れ切った少女を弾き飛ばすのは造作もない事だった。

 

「うあっ!」

 

 簡単に飛ばされた少女。そのまま地面に倒れ込んだが、すぐに立ち上がって体勢を立て直そうとする。

 しかし、どうした事か足に力が入らない。それどころか片膝までつく羽目になり、息も酷く荒かった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 ゼンガーの攻撃を受け止める事に必死だった少女だが、自分の体力がここまで奪われているとは思わなかった。

 いや。もしかすると、それが狙いだったのかもしれない。ゼンガーからすれば酷く手間のかかるやり方であるが、なのはと同じぐらいの少女を本気で痛めつける事など出来る筈もない。

 ならば、疲れさせて動けなくしてやろうという寸法か。だが、一瞬でも距離を置いたのならばこちらのものだと少女は思う。

 

「バイン—――」

 

「させぬ!」

 

 事は一瞬だった。少女がゼンガーを拘束して動けなくしようとした瞬間、ゼンガーは動いた。

 素早く彼女の首元に木刀を突きつけ、いつでもとどめをさせるという体勢を見せる。その動きがあまりにも早く、まさに鬼神の如く動きだし、少女はまたしても息を吞んだ。

 

「っ……!?」

 

 それがまずかった。ゼンガーの動きに恐怖を感じ取ってしまった少女は、固まってしまったのだ。いや、当然と言えばそうなるが。

 だが、自分がミスを犯してしてしまったというのは分かり切っていた。折角の好機をみすみす逃すとは。

 だが、本気を出して魔法を使ってしまう訳にもいかない。もしかすれば、ゼンガーが大怪我をしてしまうかもしれないし、何より少女自身が一般人相手に魔法を行使したくなかった。

 なのはの場合は、互いに魔法を行できるからやりやすかった。同業者相手ならば、手加減も効く。

 しかし、今目の前に立っている男は、どんなに強かろうが少女からしてみれば“一般人”。そう、普通の人間である。

 

(でも……)

 

 少女にも、果たさなければならない目的がある。

 こんなところで負ける訳にはいかない。そして、やられる訳にもいかないのだ。目的を果たして、そして―———。

 そう思った時、少女の周囲が金色に輝く。すると、彼女の周囲から黄金色の球体が出現した。

 

「む……! 魔法か!」

 

「私は……捕まる訳にはいかないんです。だから……!」

 

 意を決したのか、少女の瞳が変わったのをゼンガーは感じ取った。そして、彼女は魔法―——なのはに向けて使った、フォトンランサーだ―——を出現させた。

 詠唱もなしに行使した点を見るからにして、得意な部類なのだろう。そして、魔導士はあのような魔法を自由自在に動かす事が出来る。

 

「……ファイア!」

 

「ぬう……!」

 

 勿論、当たればどうなるかも分からないような威力。当然、ゼンガーは後ろに下がって回避した。

 フォトンランサーの閃光はゼンガーのいた場所に突き刺さり、黒い跡が出来る。もし本当に当たっていたとなると、想像するのも恐ろしかった。

 ゼンガーの反射神経にも舌を巻くが、この行為は少女にとっては好機だ。彼女は地を蹴って飛び上がると、そのまま背を向けてこの場を離脱していく。

 

「逃がさぬ!」

 

 ゼンガーも少女をこのまま逃がす筈もない。

 飛び上がった少女に追いつこうと走り出すが、少女はまたしても黄金色の閃光を出現させてゼンガーに向かわせる。

 

「私に、関わらないでください……!」

 

「そうはいかぬ! その石をお前に渡すわけにはいかん!」

 

「私にはこれが―——ジュエルシードが必要だから……」

 

 少しだけ目を伏せた少女だったが、すぐにゼンガーに対して背を向け、月村家の敷地内から離脱していく。

 そのスピードは、ゼンガーですら追いつけないほど。追って行ったところで魔法を行使されればどうしようもない。

 

「……逃がしたか」

 

 深追いは無用と判断し、ゼンガーは木刀を収めた。

 なのはとは違う、新たな魔法少女。

 彼女もまたジュエルシードを狙う者なのだとしたら、今後は彼女との接触も増えるという事。

 だが、彼女に対抗できるのは、同じ魔法少女の高町なのはだけという事実。

 

(―――――魔法、か)

 

 自分にはない、力。行使できれば、どんなにいい事だろうか。

 ―――いや、ゼンガーは普通の人間だ。それに、この世界に深く干渉するつもりもない。

 

 だが、しかし。それでも―———。

 

(俺は―———)

 

 ゼンガーの拳を握る力が、少しだけ強くなるのだった―——。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 あの場から全速力で離脱した少女は、海鳴市の外れにいた。

 息は戦闘中よりも荒れており、酷く周囲を気にしている。警戒しているといってもいいが、彼女の周りに人の気配はなく、それを彼女も感じ取ったのか、その場に力尽きたように倒れ込んだ。

 

(どうにか、あの場は凌げたけれど……)

 

 うつ伏せに倒れながら、彼女は思う。

 只者ではないと感じた一般人は、予想以上の動きを見せてきた。あの時、苦渋の決断とはいえ、一般人に魔法を使ったのは本来ならば得策ではない。

 怪我をさせてしまうかもしれない。魔法という存在を知っていたとしても、それは人として許されない行為だ。

 強大な力は、時として一方的な暴力へと変わる。あのまま少女とゼンガーが戦い続けていれば、どうなったか。―――答えは簡単だ。

 彼がいくら強かろうと、魔法という力を持った“人間”には勝てない。そう、少女が本気を出せば、ゼンガーですらどうなるか分からないのだ。

 

(でも、そんな事……出来る訳がない)

 

 それは甘い考えかもしれない。

 だが、本心でもあった。出来るだけ傷をつけたくない。あの子―——ゼンガーが言っていた、なのはという子に対してだって。

 

(でも、もう引き返せない。私には……それしか出来ないから)

 

 少しだけ顔を上げ、右手で草をギュッと掴む。

 

 

(母さん……)

 

 

 頭の中で、少女は母の笑顔を思い出し、目を瞑るのだった―———。

 






さて、ここでアンケートの結果―—は、いうまでもないですね。

え~、はい。かなりの意見が3期まで、ということで。頑張って3期まで続けていこうと思います。

構想は練っていますが、最近多忙な為にいつ完結できるか……。いや、きっとさせてみせますのでその時までお待ちを……。

ではでは、わざわざこんなアンケートに答えていただいた皆様方には本当に感謝しております。ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 決意

「あの杖や衣装、魔法の使い方を見ても間違いはないと思う。あの子は―——僕と同じ世界からやってきた住人だ」

 

「うん……」

 

 敗北の夜。家に戻ったなのはは、ユーノの憶測を聞いている最中でも、その顔色は暗かった。

 脳裏に焼き付いたように鮮明に思い出される光景。なのはよりも遥かに手慣れた魔法の扱い方や戦闘術。ああも簡単にあしわられ、少しだけ悔しかった。

 だが、それ以上に強く残った事は―———何処となく残った、悲しさだった。

 

「ジュエルシード集めをしているうちに、またあの子とぶつかっちゃうのかな……」

 

「考えたくはないけれど、多分……。相手も狙ってくる以上、こればかりはどうしようもないよ……」

 

「…………」

 

 ユーノに聞かなくても、それぐらいは理解できる。

 別に、なのはがあの漆黒の少女に対して恐怖を抱いたわけではない。寧ろ、先ほども感じたような悲しさが溢れてくる。

 同年代の女の子。互いに似たような力を持っているのに、どうしてぶつかってしまうのか。

 目的が違う? では、彼女の目的はなんだ? それはなのはにとって協力できるような理由なのだろうか?

 何も分からないのに、ただ敵対しているから戦う、なんて事はしたくない。少なくとも高町なのはという心優しき少女にとって。

 

(話してみないと、何も分からない。伝わらない―——)

 

 なら、どうしたら伝わるのか? どうしたら、彼女と対等に話が出来るのか。

 

(どうしたら―———いいのかな?)

 

 こればかりは、学校の問題を解くような事柄ではない。正確な模範解答というのはないのだ。

 寧ろ、解答があればどんなに良かったことか。どんなに楽な事か。でも、そんな事じゃいけない。

 

 たくさん悩んで、たくさん考えて。その上で、答えを導きださなければならない。

 

 九歳の少女には、酷な事であろう。だが、その答えを導きだすのも、この少女自身なのだ。

 

(…………私は)

 

 

 

 

 

 

 周囲は禍々しい色に覆われ、空間がウネウネと歪む。

 その中に吸い込まれたら最後、もう二度と日の光すら見る事の出来ないような空間の中に、一つの建造物が浮かんでいた。

 名を『時の庭園』。外見からしてみれば、もはや庭園などという言葉は相応しくない。いや、過去にはこの庭園も美しい緑や花々に囲まれた時期もあったというべきか。

 しかし、時は残酷である。その頃の名残というものは皆目であり、見るに堪えなかった。

 その中の一室に、一人の女の姿があった。広い広間に椅子が一つだけあるという一見殺風景な場所。女はその椅子に座り、肘掛けに手を乗せている。

 無表情で座っているのが逆に恐怖を感じるが、その内心では若干であるが苛立ちを見せていた。その原因は、今現在彼女の目の前にいる黒いローブを被った人物がもっともな原因である。

 普段ならば時の庭園へ入る事も許さず、問答無用で追い返すところだが、今回ばかりは話が違う。ローブを被った人物は、彼女の協力者であり、無下にすることは出来ない。

 だからこそ、苛立ちが止まらないのかもしれない。何処から嗅ぎつけてきたのか、他人の領域に入り込んでくる輩など。

 

「どうやら、本格的に動き始めたようだな」

 

「ええ、そうよ。それが何か?」

 

「いや……。此方の提示した依頼に飛びついてくるあたり、相当焦っているのは見えていたのでな。寧ろ、最初は断られると思っていたが」

 

「ふん……。私が焦っている? 冗談はやめていただきたいわ」

 

 冷めた目でローブの人物を見やる女。

 こいつに自分の何が分かるのか。―――焦っている事は本当の事であるが、だからといって行動しない訳がない。

 そして、やや上から目線で話しかけてくるこいつの存在が、女にとっては煩わしい。見返りが欲しいのか、それとも。

 

「それで、皮肉を言うためにわざわざこんな場所までやってきたのかしら? ご苦労な事ね、貴方も」

 

「フッ、違うな。今回は我々の方でも“イレギュラー”を観測したのだよ。とてつもなく、面倒な“イレギュラー”を」

 

「“イレギュラー”? それが何か問題でも?」

 

「ああ、大いに問題だ。『次元漂流者』――――それが、第97管理外世界に出現したのを“我々”は確認した。それも、ジュエルシードを狙って動いている事も確認済みだ」

 

「――――なんですって?」

 

 女の眉が、ピクリと動いた。

 ジュエルシード。それは、今回もっとも重要視されているロストロギアであり、魔法関係者にしか理解できない話だ。

 こんな異質の場所を構えている点を見てからしても、この女は魔法関係者―——それも、ジュエルシード絡みだろう。

 そして、この男も。深々とローブを被っているおかげで口元しか見せていない。

 だから、女もこいつがどんな人物なのか、という事を知らない。いや、興味というものが沸かないために意味を成さないのだが。

 

「『次元漂流者』――――。一体、何が目的でこの世界に?」

 

「……さあな。意図的に“此方側”に来たか、それとも“飛ばされた”か……」

 

「“飛ばされた”?」

 

「いや―———此方の話だ。気にしなくていい」

 

 “飛ばされた”。このフレーズに女は反応した。

 彼等が語っていた次元漂流者というのは、簡単に説明すれば異なる世界からやってきた人間だということ。

 次元世界が多々あるこの世界では、そういった特殊な人物が迷い込むようにやってくる事も珍しくない。

 “飛ばされた”、という言葉はそういう意味だ。しかし、その人物の目的が目的だけに厄介極まりない。

 

「それで、そんな話を伝えにまた来たというの? 例えその次元漂流者がいようと、管理局の連中が来ようと、考えは変わらないわよ」

 

「分かっている。我々としても、お前に諦めて貰っては困るのだよ。だから―——邪魔者は我々が排除する。お前たちは、引き続きジュエルシード集めに専念してくれれば、それだけでいい」

 

「…………」

 

 都合が良すぎる。そう、女は思った。

 ただの情報屋ではないと思っていたのだが、まさか其処までするとは。いや、何かの組織絡みだという事も感付いてはいたが、それを答える輩だとは思えない。

 ここはやはり、見返りを求めているという事なのだろうか。しかし、女に提供できる情報など―———。

 

(――――――ああ、なるほど。そういう事……)

 

 考えるまでもなく、思いつく。彼等に有意義かどうかは判断しづらいが、求めているのであろう技術は。

 

「ふふ、そういう事ね。“あの技術”が欲しいのならば、勝手に持っていくといいわ。もう、私には必要のないものだから」

 

「……察しが良くて助かる。私も“彼等”の要求通りに事を進めなくてはならないからな。彼等も必死なのだよ。牙を向けられないために、な」

 

 ふっ、と初めてローブの人物が口元を歪めた。それよりも気になるワードは彼等であるが、それは敢えて気に留めなかった。

 だが、やはり狙いは女が完成させた“技術”。より詳細なデータが欲しいと考えたのだろうか。しかし、もうあんなものに頼る事もあるまい。

 そう、ジュエルシードがあれば。あれがあれば、女の願望は適うのだから。

 

「では、貴方の研究の成果は後程、私がありがたく持ち帰らせていただく。彼等も少しは満足するだろう」

 

「貴方が、じゃなくて?」

 

「…………フッ、どうだろうな」

 

 口を歪にしたまま、ローブの人物は答える。本心を明かさない辺り、これ以上追及したところで無駄な努力であろう。

 

「では、失礼させていただく。邪魔者は我々に任せ、安心して事を進めるといい。――――“プレシア女史”よ」

 

 そういって立ち去っていくローブの人物。

 視界から見えなくなるのを待ち、やがて消えたところで女―——プレシアと呼ばれた女は怪訝そうに顔を顰めた。

 

「今更、余計なお世話よ……」

 

 そう、プレシアは一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝。

 

 高町家の道場内。本来ならば恭也や美由希の気合が籠った声が聞こえてくるであろう時間であったが、今朝は声すら聞こえない。

 では、誰がいるのかと問われれば、それは高町なのはとユーノ・スクライア、そしてゼンガー・ゾンボルト。

 二人と一匹は道場内にて正座をし、向かい合っている。こんな朝早くから、一体どうしたのかと家族たちも心配したのだが、なのはから「絶対にのぞかないでね」と念を押されたために、入る事すら出来ない。

 

「なのは、ゼンガーさんと何を話しているんだろうね?」

 

「……さあな。俺にも分からないよ」

 

 膝を抱えて座りながら、美由希は恭也に問う。

 が、恭也も知る由はなく。寧ろ、腕組みをしながら待っている様子だった。が、美由希には恭也が若干苛立っている事も感付かれている。

 恭也にとって、ゼンガー・ゾンボルトという男は何処ぞの馬の骨に等しい。そんな男が大事な妹と話をしているなど―——気になって仕方がない。

 しかし、中の様子を覗く訳にはいかない。―――しっかりと右手に竹刀を持ち、いつでも突撃していける体勢はとっているが。

 

 勿論、恭也の心配は杞憂に等しい。しかし、道場内は比較的静かなものだった。いや、緊張感も織り交じった言い難い雰囲気に近く、この場に侵入する事すら恐れ多い。

 

「……なのは、俺に話とは?」

 

 まず、口を開いたのはゼンガーだ。いきなり呼び出しておいて、何もないという事はないだろう。

 問われ、なのははゼンガーの方を見る。ゼンガーを見やるその二つの幼い瞳は何処か決意の混じったような瞳のようにゼンガーは捉えられた。

 なのははすぅと息を宇井、軽く吐き出す事で心を落ち着かせる。そして、彼女はこのようにゼンガーに言うのだった。

 

「ゼンガーさん、私を……私を、鍛えてください!」

 

「な、なのは……!?」

 

 驚きを見せたのは、ユーノだった。

 まるで信じられないと言った表情でなのはの表情を見たが、なのははそれでも尚、ゼンガーの方を見続けた。

 

「鍛える、とは? 更なる力が欲しいと―———お前はそう望むのか?」

 

「力とか、そういうのじゃないんです」

 

 力ではない―———。ならば、なんだというのか。

 

「では、何の為だ?」

 

「それは……あの子と、話がしたいから。でも、今の私じゃ到底適わないから―——だから、あの子までの実力までは無理かもしれません……。でも、戦い方だけでも知りたいんです!」

 

「…………」

 

 それは、今までの経験から出ている言葉だろう。

 ジュエルシードを集める段階で、なのはとユーノはゼンガーに相当無理を強いた。自分たちが未熟だから、ゼンガーが前に出て戦うのだと。

 それを負い目に感じた事もある。だが、いつしかそれが当たり前の事だと心の何処かで思ってしまう自分が嫌になった。

 そして、ゼンガーを抜いた先日の漆黒の少女との闘い。――――なのはは、何も出来ずに惨敗した。だけど、あの時彼女は聞いたのだ。

 

“ごめんね”と。

 

 敵対している人間に、あのような言葉は普通はかけないものだ。そして、それがなのはの心の中に印象付けられた。

 一体、彼女がどうしてなのはにそんな言葉を掛けたのかが、知りたい。でも、今のなのはにあの子と対等に戦える力もない。

 だから、彼女は決めた。

 

“彼女と話す為に、もっと力が欲しい”と。

 

 それは幼いなのはが必死に考えた結果だ。

 この考えは危ういと他人はいうかもしれない。ゼンガーも反対するかもしれない。それでも―———それでも、決めたことだった。

 

「なのは」

 

「はい」

 

「――――その言葉、本気か?」

 

 なのはを見る目が、一層鋭くなった。

 今までに感じたことのない感じに、なのはの体が一瞬だけピクッと動く。そして、彼はなのはがどの程度決意を固めているのかを試しているのだとも思った。

 本気でない者に、教える事は何もない。だが、なのはも自分が言い出したことは、決して本気じゃない訳じゃない。

 

 だから、彼女は立ち上がる。そして、右手を自分の胸に持っていくと、大きな声で言い出す。

 

 

「私……本気です! 本気じゃなくちゃ、こんな気持ちにならないから……だから、お願いします!」

 

 

 言いきる。力強く、彼女は言いきった。

 ゼンガーは一瞬だけ目を閉じたが、ユーノには彼が少しだけ笑ったかのように見えた。

 小娘と思っていたが、中々筋がある、と。無表情の中にそういった雰囲気を感じ取れたんも驚きだが、ゼンガーという男からそのような気を察せられるのも驚きであった。

 

「――――いいだろう。ただ、無理はさせん」

 

「はい!」

 

 なのはの顔が若干輝く。言い出した時は断られる、なんて事も考えていた。

 だが、彼女も本気だ。その熱意が、彼に伝わってくれたのならば、それでもいい。少しだけ胸を撫で下ろすのと同時に、なのはの眼差しも徐々に変わっていく。

 

 ゼンガーにとって、この選択肢は決していいものではない。

 少女を鍛える―———修羅の道を辿ってきたゼンガーにとって、それは考えたこともない話だった。

 彼女の決意、想いを垣間見た今、それを無碍にすることはゼンガーの意に反する。

 幼子に戦わせるなど言語道断。だが―———現状、止む無しなのか。

 

(…………)

 

 果たして、これでいいのだろうか。

 何度も考えてきたことが、ここでもゼンガーの中で渦巻くのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 刺客

お久しぶりです。最近、全く更新できずに申し訳ありませんでした……。

文章の方は……まあ、お察しです。すいません……。


 

 

 鍛える、と口にするのは誰でも出来る事に違いない。だが、それを継続していくという事は当初考えていた自分を愚かしく思うほど、大変且つ難しい事であるという事を、高町なのはは今更ながらに痛感していた。

 

 先日、高町なのははゼンガー・ゾンボルトに対し“自分を鍛えて欲しい”と言った。

 その願いをゼンガーは承諾したわけだが―——高町なのはが現状持てる体力というものを、ゼンガー・ゾンボルトは見誤っていた。

 

 まず初めに。高町なのはは極度の―——とまではいかないが、本人も自覚しているほどの運動音痴であるということ。

 

 後の世代にこのような事を言えば、誰もが「まさか」と半笑いして否定するに違いないのだが、現状の彼女にとっては誰にも変えようのない事実である。

 これにはさしものゼンガー・ゾンボルトといえども頭を悩ませる。

 そもそも彼の周囲には体育会系の女がほとんどだった事も相まって、女という生き物に対して勝手に彼がそのように思い込んでいただけかもしれないが、あの連中とこの子を比べたところでどうしようもないのである。それはゼンガーも弁えていた筈だが、彼だって予想外という言葉を使うのだ。

 かくいうゼンガーも体育会系―――それも超のつくほど―——―—の男であり、彼の一番弟子であるブルックリン・ラックフィールドも似たようなところがある。

 いや、師であるリシュウ・トウゴウも似たような部類であるため、その環境で生きてきたゼンガーにとって、なんともいえないような気持ちになるのも事実。

 そもそも、ゼンガーに鍛えてもらうという時点で、それなりに覚悟していたなのはであったが、まさか彼女も最初の初日で息を荒げながら大の字になって地面に倒れ込むとは思っていなかったが。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「な、なのは……? 大丈夫……?」

 

「はぁ……はぁ……な、なんとか……」

 

 大の字になって寝転んでいる彼女の右隣で心配するユーノに対し、笑顔を見せるなのは。

 ―——―—だが、その笑顔にも元気というものは何処にも存在せず、ぜーぜーと絶えず息を荒げる彼女にユーノはなんともいえない表情に変わっていた。

 

「…………」

 

「ぜ、ゼンガーさん。わ、私……」

 

「構わん。10分間の休憩をとる」

 

「み、短い……」

 

「不服か?」

 

「いえ、あの……なんでもないです……」

 

 ギロリと、ゼンガーの視線がなのはを捉えた気がしたので、ううと顔を引きつりながらなのはは小さくなってしまう。

 しかし、彼女が不満を漏らすも無理はない。なのはにしてみれば体育の授業でも走ったことのないような距離をいきなり走らされたのだ。それにも関わらず、表情一つ変えずにけろりとしているゼンガーが彼女の瞳からすれば異常というか、まるであり得ないものでも見たかのように見えている。

 やはり鍛え方が違うのか。いや、あんなとんでもない動きを見れば鍛え方なんてまるで違うだろうとと自問自答するものの、魔法を使わずにあれだけ動けるのだから当然だとも思う。

 

 それだけ、彼の異常さを物語っているように改めて感じた訳だが。

 

「あの、ゼンガーさん。いきなり無理をさせない方が……」

 

「……俺なりに無理はさせぬ、と思っていたのだがな。少し予想外だった」

 

「それは……」

 

「分かっている。彼女に見合ったメニューを組んでおこう」

 

 ユーノの言いたいことは分かる。だが、言葉で語らず、背中で語る様な事が多いゼンガーにとって、これがなのはにしてやれる唯一の方法だ。

 彼自身も言ったが、ゼンガーに魔法の知識はない。そして、今の彼女にゼンガーの戦法などを教えたところで、それがなのはにとっては難しく、また実行するには大変難しい。

 彼の考えを理解できるようなものといえば、それはなのはではなく、彼女の兄姉たちであろう。剣術をしている彼等にとってしてみれば実際に剣を振るうゼンガーの考えを理解できるであろうから。

 

「魔法に関してはお前が適任だろう。それに関しては、俺は口を挟まぬ」

 

「……ですが、巻き込んだ身としてはあまりに気乗りできません。なのはは、これからも普通の生活を送っていくはずだったのに……」

 

「それを承知の上で望んだことだろう。ならば、彼女のしたいようにさせればいい」

 

 心の何処かではゼンガーを疑っていても、子供だからか負い目を吐露してしまう。巻き込んだという事に関しては、どうしても自責の念に駆られてしまうのがユーノの心情だ。

 しかし、ゼンガーは言い切った。彼自身、人の決めたことに口を挟まぬ性格であるが故。

 

(しかし、一度手合せした感じでは、なのはが手も足も出ないのは致し方ない。あの少女、なかなかの手練れであるのは違いない)

 

 なのはの戦う理由―——あの、一度は追い詰めた漆黒の少女の事を思いだすゼンガー。

 少し手を抜いていたとはいえ、ゼンガーの剣戟についてきた実力は本物だ。最終的には魔法を行使されて逃げられてしまったが、その点はゼンガーも評価できるほど。

 彼女もジュエルシードを回収している時点で、次も相対する事は必然。現状では漆黒の少女に比べて技量も体力においても劣っているなのはにとって、話をする前に撃墜させられるのがオチだ。

 

(焦ったところでどうしようもない……。が、あまり時間はないか……)

 

 ちら、となのはの方に目線を移す。

 はしたなく大の字になっていた彼女も、ようやく座り込む事が出来ている。とはいっても、まだ息が荒い彼女が、ゼンガーが与えた休憩時間内で回復するとは思えない。

 無理はさせない。だが、甘やかすわけにもいくまい。これはかなりの難題だとゼンガーは改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経過し、世間は連休を迎える。

 年に何度かしかない連休を謳歌するのは実によい事。そして、それは高町なのは達にも同じようにいえる事である。

 

「…………」

 

 他人は連休であるが、現在のゼンガーは毎日が連休に近い。―――決して、ニートという訳ではない。決して。

 

 今日もこうして、水面に浮かぶ釣り糸を見ながら、腕を組む。

 いつもならばなのはの鍛錬に付き合うはずなのだが、今日は違う。というのも、なのは達は海鳴市の中に存在する温泉旅館に行ってしまい、今は町内にはいない。

 実を言うと、ゼンガーも招待されはしたのだが、折角の家族や親戚との小旅行に自分がついていったところでどうしようもないと固辞し、今に至る。

 しかし、温泉という単語には何処か心躍るものがあったと自分でも思う。無論、一瞬だけそう思っただけだが。

 

「…………」

 

 しかし、釣りはいいものだ。こうして心が無心になれるような事が好みのゼンガーにとって、ただ水面を眺めて精神統一するのも悪くない。

 例え、魚が一匹も釣れなくても、それはそれで釣りの醍醐味であろう。

 

「おや、お前さん。今日はどうだい?」

 

「……ご覧の有様です、ご老人」

 

 ゼンガーが釣りをしていると、いつものように現れる老人―——先日、釣り糸と餌を分けてくれた老人だ―——が、彼の隣へと来る。

 もう顔なじみの関係になっており、ゼンガーが釣りをしていると必ずと言っていいほど現れ、迷うことなく隣に座る。

 なんでも、ゼンガーが来てからはよく自分の竿に魚がかかるようになったとの事。かくいうゼンガーはほとんど釣れないときが多いので、老人に横取りされるような形になっているのだが。

 

「お前さんはいつも釣れてないねぇ……。ついてないのかもしれないねぇ……」

 

「…………。そうかもしれません」

 

 少しの間を置き、ゼンガーは呟く。

 ついてない―——こんな場所にいる時点で、ついてないどころの話ではないのは確かなのだが。

 この世界に来て、果たして何日経過したか。元の世界の皆は何をしているのか、いきなり消えて、捜索しているのか……。それとも、「親分なら大丈夫」という何の根拠もない自信で、捜索などとうの昔に打ち切っているのか。

 

(……捜索したところで、俺が此処にいる時点で無駄な話か……)

 

 帰る方法がない時点で、現状は諦めるほかない。そして、元の世界の皆が此方の世界に来ることも適わぬ。八方塞の状態に、ゼンガーといえども嘆息する。

 

「おや、溜息かい? もっと幸せが逃げるぞ?」

 

「その分、ご老人の方に行くかもしれません。自分などので良ければ、ですが」

 

「いやいや、嬉しい事を言ってくれるね。この老いぼれ、最近は調子がいいのもあんたのおかげかもしれないねぇ……」

 

 しみじみと語り、何度も頷く老人。本当に全て持って行かれるのは流石に勘弁だと思いつつも、ゼンガーはもう一度水面に目を戻す。

 

「…………」

 

 相変わらず、ピクリとも動こうとしない釣り糸にゼンガーは内心で小さく息を吐いた。

 

(…………)

 

 ―――――それと同時に、気配を殺し、まるでゼンガーの事を監視している者の存在も見つけていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ。

 老人と別れ、帰路に着くゼンガー。今日の収穫も散々で、此方に来てからはほとんど釣れた覚えがない。海鳴市とゼンガーの相性が悪いのかもしれないと考えたこともあったが、だからといって今更釣り場を場所を変えようとも思わなかった。

 釣り竿を片手に持ち、木刀ももう一方の手に持ち。一見シュールな光景―——職質されないのがまずおかしいが―——をしている彼は、真っ直ぐに人気の少ない山道へと入っていく。

 彼の現在の住処と化している止めhと続く道。最近この辺りに外人が住み始めたと近所の人がうわさをしているようであり、それをきいたなのは達もなんとも言えない表情をしていたとか。

 当の本人は全く気にはしていないのが更に問題であるのだが、彼なりに楽しんでいるという事だろう。現状のサバイバル生活を。

 

 ―――と、余談は此処までいいだろう。

 

 人の気配が完全に消えたところで、ゼンガーは思い立ったように足を止め、今まで肩に乗せていた釣り竿を遠くに投げ捨て、木刀を構えた。

 両手で木刀を握りしめた彼の目は、既に武人の目へと変化している。人を殺せるかのような鋭い目付きで辺りを見渡し、気配を探る。

 

(……あの二人がこの場にいなくてよかった、というべきか)

 

 寧ろ、あの二人の存在こそが、今のゼンガーにとって足手まといになりかねない。

 この辺りを漂うのは、紛れもない殺気。その殺気を放っているのも、四六時中ゼンガーを監視していた連中に違いない。

 最近になってゼンガーの周囲を嗅ぎ出してきた輩であるが、ゼンガーも気配を察しながらも放置してきた。少々危険だと判断はしていたが、あえて泳がせる事で彼等の真意を知りたくもあった。

 そして、彼等はなのはでもなく、ユーノでもなく、ゼンガーだけを注視しているという事が分かった。高町家の周囲に彼等の気配はなく、向けられた視線もゼンガーに対してのみ。

 彼等はうまく隠れているつもりだったようだが、ゼンガーも警戒心は人一倍強い。その程度で隠れたなど、彼からすれば笑わせてくれる。

 だが、ゼンガーを監視しているということは彼等は自分の事を知っているという事になる。という事は、元の世界へ戻るカギを持っている可能性も十分に考えられる。

 

(もっとも、話が通じる相手でもなさそうだが……)

 

 ならば、力ずくで吐かせるしかない。

 

「……さっさと出てくるがいい。俺は逃げも隠れもせんぞ」

 

 人気もなく、薄暗くなっていくこの場所ならば、人一人殺めるならばちょうどいい場所であろう。

 だからこそ、ゼンガーはこの場所を選んだし、此処ならば周囲の木々に邪魔されることも、人目につくようなこともない。少しは大胆な動きも許されるという訳だ。

 さて、後は相手が出てくるだけだが―———ゼンガーの発言に触発されたのか、正面に一人、後方に二人出てくる。

 顔も見えないくらいに黒いマントを深くはおり、手には鋭利な短刀が握られている。やはり、複数であったかと思った瞬間、マントの人物たちは一斉に動き出す。

 

(―――! 意外と速いか!)

 

 タタタと微かに音を立ててゼンガーまで迫ったかと思うと、三体の影は一斉にゼンガーに対して短刀を突き刺してくる。

 予想よりも速い行動にさしものゼンガーも驚いた―——かと思えば、彼は地を蹴って上空に飛び上がると、難なく刃を避ける。

 振り向く際に珍しく振り上げて一人目の頭を蹴りつけ、ふらつかせる。足技など殆ど使用しないが、三対一の状況下である現状では使用せざるを得ない。

 しかし、一体目を蹴りつけたとき、彼は違和感を感じざるを得なかったのも事実だった。

 

(この感触……もしや)

 

 顔をしかめ、蹴りつけた時の違和感を考えようとするが、それよりも先に体が動く。

 ふらついた一人の脇を残る二人がすり抜けるように突進してくる。今度は突き刺すのではなく、斬りつけてくる体制を取っていたので、ゼンガーは木刀にて防ぐ。

 微かに右腕が痛むものの、前程ではない。少しばかり力を入れて押し返すと、今度はゼンガーが彼等に向かい、一人の短刀を木刀にて叩き落とし、もう一人は担当の斬撃を避けてみせると、脇腹に一撃を見舞う。

 それなりの力を入れて一撃を叩き込んだが、相手は呻き声を上げる訳でもなく、軽く吹っ飛んだだけですぐに立ち上がって体勢を整える。“人間”には出来ない行動に、ゼンガーは小さく歯を食いしばった。

 

(小手調べでは通用しないのならば―——仕方があるまい)

 

 ならば、本気を出すしかないか。

 彼はまるで弾丸でも飛んできたかのような速度でに一人に近付くと、渾身の一撃を喰らわす。それは“人のような存在”―――いや、もしかすると人間そのものも砕けるかのような力で木刀を振るうと、右肩から左わき腹にかけて文字通り“砕く”。

 

(やはり、な)

 

 真剣ならばまだしも、木刀で此処まで砕けるという事は、そういう事なのだろう。

 ―――無論、常人にこのような事が出来る筈もなく、彼のような人間にしか出来ない芸当であるが、それは置いておく。

 残りは二人。いや、“二体”というべきか。仲間が再起不能になったのにも関わらず、見向きもしない点は評価した方がいいのかもしれない。

 そう、彼等には仲間を想うという心など必要ない。そんなものなど、彼等には不要であり、必要でもない代物。

 だからこそ、ゼンガーに対する恐怖心もなく、痛みも感じない。ただ、目標を殺す事のみを目的とした人形―————。

 

「……っ!」

 

 向けられた短刀を避け、右腕を砕くように斬り裂き、首元からバッサリと斬りつける。バキッと鈍い音だけをその場に残し、胴体から頭部が離れてその場に転がる。

 頭部が破壊された事により、胴体はもう動かないのか、膝から崩れ落ちるようにして倒れ込む。もはや動かない姿を見ると、どうやらそういう部分だけは人間に似せているのかもしれない。

 ますます悪趣味に感じながらも、残りの一体へと視線を向ける。

 一旦後退して様子を伺っていたが、流石に危険だと判断したか。微かに後ろへと後退している様子があった。

 逃がしては手がかりを失ってしまう。―――――それは、元の世界に帰還する方法だったのかもしれないし、ゼンガーに彼等を向かわせた人物の正体だったのかもしれない———―—それを逃すわけにはいかないと判断し、逃がすまいと駆け出す。

 が。ゼンガーが駆け出した瞬間、今度は真横からもう一体の気配を感じた。

 

(……!?)

 

 木々の影から飛び出してきた一つの影。それは迷うことなくゼンガーに飛びかかり、手にした巨大な剣で斬りつける。

 咄嗟に防御の構えを取ったが、その巨大な剣を受け止めるには不十分だったか。ゼンガーの木刀に披裂が入り、ゼンガーもこれ以上は無理と判断したか、後ろに飛んで後退する。

 

「貴様は……!」

 

「…………」

 

 突如現れた人物もまた、先ほどの者たちと同じくマントで胴体から顔を隠していた。ならば、彼等と同じくこいつもまた同じ存在なのであろうか。

 しかし、それよりも気になるのが右腕に聳えたつようにして立てている巨大な剣。

 その剣に、ゼンガーは何処か覚えがあった。

 

(あれは、“斬艦刀”……? しかし……)

 

 斬艦刀―———それを持っているのは、この世ではゼンガーのみ。

ならば、あれは誰だ? いや、もう一人思い当たる。だが、“彼”はあの時に―——――—。

 

「貴様、もしや……」

 

「…………」

 

 ゼンガーの問いに、何も答えないマントの人物。そのマントの下からは、微かに何かが光るのが見えたような気がした―——。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 勝負

大変お待たせして申し訳ないです。

今回も更に短く、ちょっとあんまりかな……という内容。おまけに久々の随筆な為に文書がおかしいです。

それでもよければ↓の方にどうぞ。


 

「貴様、もしや……」

 

「…………」

 

 突如として現れた“四人目”は、他の三体同様に大きなマントで自身の身を隠すような格好をとっていた。

 そこまでして顔を見られたくないか。いや、姿を見られるとまずい理由でもあるのか。

 考えるたびに疑問しか浮かび上がってこないが、それよりも重要なことがある。その四人目が手にしている刀のことだ。

 いや、それは刀というよりは西洋の巨大な両刃の西洋剣のようなもの。柄だけで人間一人分あるかないかといったその大きな大剣を、ゼンガー・ゾンボルトはよく知っている。

 

 ―——知らないはずがない。それは、自分にそっくりの仇敵が使用していた剣なのだから。

 

 そして、あの刀―———この形の斬艦刀を使用できるのは、この世にただ一人しかいないということも。だが、それを使用していた“彼”は死亡したはず。それも、ゼンガーの目の前においてだ。

 

(では、あの斬艦刀を使っている者は……? 俄かには信じられん……。だが、あの打ち込み……奴以外に考えられん)

 

 ゼンガーへの当てつけか? だとすれば相当趣味が悪い。

 そう、趣味が悪いだけと思えればよいのだが、現実はそうでもないらしい。それは、先ほどの太刀筋から動きなどを鑑みても明らかだろう。

 あの、空間をも裂くような鋭い斬撃。ゼンガーを前にして、不意打ちとはいえ木刀に披裂を入れるほどの一撃。

 ただのパワー馬鹿ならば脅威はない。ただ斬艦刀を無理やり握らされているだけならば、どんなに楽だったか。

 ―――この世には数奇な事もある。そう、ゼンガーが思った時。

 

「――――ッ!」

 

 まるで強風でも吹いたかのような感覚がゼンガーを襲ったかと思えば、今度は大地が震動するほどの一撃がゼンガーを襲う。

 その衝撃を噴き起こしたのが、他ならぬ斬艦刀においての一撃。その刃がゼンガー目掛けて襲い掛かるが、ゼンガーも雑念に身をゆだねていた訳ではない。すぐさま木刀で受け止めるが、相手が斬艦刀では性質が悪い。

 おまけに木刀の方も限界が近づいている。披裂はますます大きく入るのが目に見えており、あまりの力にゼンガーといえども顔を歪める。

 

「ぐっ……!」

 

「…………

 

 相変わらず、何も答えない。他の人形共が同じような形であった為、期待はしなかったが。

 だが、もしも“彼”ならば。果たして、ゼンガーを目の前にして言葉を発しない事はないだろう。

 では、別人か? そう問われれば、答えは―———否である。

 この力強さをゼンガーは知っている。この斬撃の重さを、ゼンガーは過去に感じたことがある。

 このマントの下にいる人物は―——間違いなく、“彼”だ。斬艦刀を見たその瞬間から、ゼンガーは確信していた。

 だからこそ、ここで負ける訳にはいかない。

 

「ぬおおおおっ!」

 

「…………」

 

 渾身の力をもって、相手を押し出す。相手も流石にこのままゼンガーとぶつかり合う事を嫌ったか、一度後ろに退いて間合いをとった。

 間合いを取り、互いに刃を向け合う。まるで合わせ鏡でも見ているかのように、二人の格好は一緒であると、傍から見ればそのような状況下であろう。

 さらに、両者が発する気も相当なものだ。誰も近寄れないようなオーラを充満させながら、両者は向かい合う。

 ここになのはとユーノがいれば、二人は一体どうなったであろうか。―――いや、子供にこのような場をみせるものではない。

 

「……生きていたか」

 

「…………」

 

「あくまで喋らないつもりか。久しぶりに相対したというにも関わらず」

 

「…………」

 

(俺と話す舌などもたぬということか……)

 

 相も変わらず、相手は一言も言葉を発しない。この実力は間違いなく彼のものだが、それは果たして“彼自身”が残っているか、という疑問が新たに生まれる。

 と、ゼンガーが口を止めると、相手は斬艦刀を握りしめ、再びゼンガーに向かってくる。ゼンガーが軽く一蹴した他の三人など、この者に比べれば赤子のようなもの。恐ろしいスピードでゼンガーとの距離を詰め、斬艦刀を振り下ろす。

 もはや、木刀も斬艦刀を受け止めるだけの耐久力などない。むしろ、今までよくもったほうだったが、唯一の武器をこの時点で失う訳にもいくまい。

 本来ならば真っ向から受け止めて斬りあう、いわゆる真っ向勝負がゼンガーのスタイルであったが、この一撃は分が悪いと振り下ろされた斬撃をすかさず右に避ける。

 振り下ろされた斬艦刀は、ゼンガーが立っていた場所を一閃する。地に大きな刃の痕跡が残り、その威力を物語っている。

 しかし、そんなものなど見てはいないのか、ゼンガーは相手の左手側の下方より木刀の一撃を叩き込むために木刀を振るう。

 右腕の痛みが未だひかない為、ゼンガー自身も本調子ではない。全くあの思念体も厄介な傷跡をゼンガーに遺してくれたものだ。

 

「…………!」

 

 だが、相手も流石にその程度の考えはお見通しか。ゼンガーも恐ろしく速いのだが、相手もゼンガーと同じか、それ以上。振り下ろした斬艦刀をすぐさま左側に持っていき、木刀を受け止める。

 

「くっ……!」

 

 ―――斬艦刀さえあれば、互角に戦えるのだが。

 

 このような小細工をしなければならないほど、剣の圧倒的差が生まれている。

 相手は斬艦刀でこちらは木刀。言い訳などしたくはないのだが、ここまで差がつけられれば文句を言いたくもなる。

 元はといえば空間転移に巻き込まれる際に愛用の真剣を手放した自身の未熟さ故か。しかし、ゼンガーもこんなところで死ぬわけにはいくまい。

 難なく受け止められた木刀に、ゼンガーは一瞬だけ目を向けた。

 

(もってあと一撃、といったところか……)

 

 木刀の損傷具合を一目見て、そのように判断する。

 あと一撃。あと一回でも斬艦刀とまともに打ち合えば、この木刀は間違いなく真っ二つに折られる。素人目から見ればもはや使い物にならないほどに酷い有様になっているが、ゼンガーはまだ一撃はもつと判断した。

 さらに斬りかえしてくる前に、ゼンガーは自分から身を引いてもう一度間合いを取る。

 それを察したか、相手も一度崩れた姿勢を立て直すかのようにゆっくりと、そして鋭く斬艦刀の刃を向けた。

 ふう、と一息吐き、呼吸を整える。別段緊張している訳ではないのだが、相手が相手だ。それに、次の一撃がこの勝負最後の太刀であるという事も理解している。

 そして、それは相手も同様だろう。表情こそマントの下に隠れて見えないものの、明らかに先ほどまでと全く違う気を漂わせていた。

 

(やはりな……)

 

 既に確信はしていたが、こうも分かりやすいと笑えてくる。

 例え、“彼”ではなかったとしても、立ち振る舞いや姿勢は全く変わらぬ。

 いや、当然であろう。何故ならば―———自分自身を相手にしているも同然なのだから。

 

「いざ……」

 

「…………」

 

 ゼンガー、そして相手も同様に構える。その姿勢もほぼ同じ。強いて言えば、得物が違うという点か。

 

 

「参るッ!」

 

 

 踏み込んだのは、同じタイミングだった。互いの持てる力を叩き込む。今は、それだけしかなかったのだとゼンガーは思う。

 それは、相手も同様だろう。眼前にいるゼンガーを打ち倒す。それが、恐らくは相手の頭の中にあった内容だろうから。

 

 

 

 

 

 

 ただ―――――この勝負、勝者は明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 マントに身を包んだ人物は、右手に巨大な斬艦刀を手にしながら下方の何かをじっと見ていた。

 その下方にあるものは、人。それは先ほどまでこの人物と剣を打ち合わせていたゼンガー・ゾンボルトである。

 仰向けに倒れている彼はどうやら斬艦刀との打ち合いに負けた後に弾き飛ばした際、一本の木にぶち当たっていた。

 どうやらその時に頭を強く打ちつけたのか、気絶してしまったようで、頭部からは多少の出血が確認される。そして、その右手には刀身が折られた木刀の柄部分が握られていた。

 折られた刀身の方は、何処に飛んで行ったかすら分からない。それほどまでに意識を集中していたのだが、それはさておき、どうにも腑に落ちない点があった。

 

(……何故、とどめをささない?)

 

 この者にも感情があったのか、ということはこの際置いておく。

 この者に与えられた指令は『ゼンガー・ゾンボルトの抹殺』。しかし、それをせずに何故か彼の姿を見下ろす自分の姿が、何処か滑稽に見えた。

 己が使命を果たさなければならないという考えと、それは自分自身が納得できないという二つの考えが渦巻く。

 それが分からなくて、戸惑う。そして、この男の実力は、まだこんなものではないという根拠もない確信が、何処かにあった。

 

「…………」

 

 そのように考えに耽っていると、すぐ傍で気配を感じる。

 そちらの方に少しだけ目を向ければ、其処にいるのはゼンガーが仕留め損ねた最後の一体の姿を確認する。そして、それは自身が助けた機械人形であるとも。

 機械人形といっても、この者達は明確な頭脳を持たない。ただ、設定されてあるAIの指示通りに従う、文字通り使い捨ての機械人形。

 本来ならば、この人形と同様の感情を持ち合わせていなくてはならない筈であるにも関わらず、手を止めてしまった自分は一体何なのだ?

 

(……知っている? こいつを……)

 

 先ほどは何も答える事などなかったが、ゼンガーは自分の事を知っているような口ぶりであった。

 知り合い……なのか? だがしかし、対象目標であるゼンガーのデータは入っているが、未だかつてこの男と戦った覚え、ましてや出会った記憶すら“ない”。

 だが、この男は何かを知っている―———。それは、一体なんだというのか。

 

「…………」

 

 斬艦刀を握る手が、一層力強くなった。

 そう、そのまま大剣を振り下ろしてしまえばいい。余計な感情は不要である。

 ――――いや、元々このような葛藤自体が不要なのだ。何を躊躇している。“任務”こそ絶対だ。

 

「…………っ」

 

 分かっていても、それが実行できない自分自身に苛立ちを覚える。

 知らない筈であるにも関わらず、湧き上がる感情。怒りか? 悲しみか? 失望か?

 

(感情など……)

 

 そんなもの、必要ない。ならば―——。

 

 

 ブン、と得物を突き動かし、斬り裂く。

 しかし、斬り裂く対象であるゼンガーには傷一つついておらず、未だに地に伏せたまま。

 では、何を裂いたか。其処でようやく、自分が一体何を裂いたかを知る。

 

「…………馬鹿な」

 

 この場において初めて呟いた言葉は、感情こそ含まれていないものの、この人物においては驚嘆に近い言葉であった。

 斬り裂いたものは、傍らに控えていた機械人形の首元。綺麗に胴体から離れており、まさに一閃といったような感じか。

 あまりに一瞬のことで、人形の方もまともに反応すら出来なかったのであろう。その場に崩れるようにして倒れてこみ、首から上の部分は少し遠くの方に飛んでいた。

 ゼンガーではなく、味方を斬った自分。一瞬理解に苦しんだが、何を思ったかゼンガーに背を向け、歩き出す。

 

 一体何をしているのか。そういった考えがなかったわけじゃない。だが、この場にいたところで埒が明かない―——そのように判断したのだ。

 そのまま、彼の方を振り返る事はなく。彼はその場を後にしたのだった。

 

 





何故負かしたか? と問われれば、そりゃ木刀でどうやって斬艦刀に勝つんだよ、という話。

納得いかない方も多いとは思いますが、今回はこれにて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 刀

今回も短めで申し訳ありません……。

それでもよければ↓をどうぞ。


「う…ん…」

 

 某日。連休明けの朝であるこの日に高町なのはは、自宅にて目が覚めた。

 しかし、いつものならば決して目覚めのいい朝とは言い難いものの、それなりの寝起き姿を見せていた彼女の姿は何処にもなく、起き上がるのも妙に足取りが重い。

 洗面所に行き、自分の姿を確認する。

 

(―――――)

 

 鏡の前に立っても、彼女の考える事は一つだけ。

 

 ――――それは、先日彼女が出会った、金髪の女の子。

 

 ――――名前も知らないけれど、恐らくはなのはと同じぐらいの年齢で、深くて綺麗な目をした子。

 

 彼女の考える事は、その事につきた。

 月村邸で初めて出会った。そして、旅行先の温泉近くにも、彼女は現れた。

 そのどちらも、ジュエルシードを巡って、彼女達は戦った。結果―——そのどちらも、なのはは負け、ジュエルシードはあちらの手に渡った。

 ジュエルシードがなければ、出会う事などなかっただろうし、そもそもユーノが現れなかったら、高町なのはという少女は、今でも普通の小学三年生といて過ごしていたに違いない。

 それでも、決まってしまった運命を憎むつもりはない。しかし。

 

「だけど……」

 

 ―――――本当に、彼女と戦わなければいけないの?

 

 高町なのはという少女の中に、そのような思いが張り巡らされる事は、いわば必然であったのかもしれない。

 また二人が出会えば、争いは避けられない。分かっている。そんな事、分かっている。だが、割り切れていない自分が此処にいる。

 突きつけられた現実は、まだ九歳のいかない少女にとっては、あまりにも残酷すぎるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 負けた、といえば、この男も同様か。

 場所は高町家の道場内。朝早くからこの場所を訪れ、精神統一でもしているのか、座禅を組んでいる。

 そのただならぬ雰囲気に、なのはの姉である高町美由希と兄である高町恭也も顔を見合わせ、どうしたものかと考え込む。

 

「ん? どうしたんだ、お前達」

 

「ああ、父さん。父さんの知り合いのゼンガー……さんだったかな。その人が道場にいるんだけど……」

 

「ゼンガーさんが?」

 

 恐らくは二人の鍛錬でも見に来たであろう高町士郎が、恭也の言葉を聞いて少し驚く。

 ゼンガーが道場を借りたことはあったが、こんな朝早くからこの場所を訪れる事は今までない。来るとしても、夕方や休日の昼間など、日が照っているうちであった。

 それなのにも関わらず、こんな朝早くから一体どうしたのか? と士郎は少々驚いたと共に、首を傾げたのであった。

 

「ゼンガーさんはまだ中にいるのかい?」

 

「うん。今は座禅を組んでいるようだけど……」

 

「ふむ。ちょっと父さんが様子を見ていよう。お前たちは、気にせず鍛錬に励みなさい」

 

 そういって、士郎は一人で道場に赴き、少しだけ扉を開けて中を伺う。

 道場の様子としては、いつものロングコート風の服装にて道場の真ん中で座禅を組み、異様な雰囲気を発する彼の姿は、正直にいって近寄りがたいものであった。

 しかし、そのただならぬ雰囲気から察するに、恐らくはゼンガーに何かあったのであろう。

 失礼と承知しながらも、士郎は扉を開けて道場の中に入る。靴を脱ぎ、素足となり、道場の中を進んでいく。

 そして、ゼンガーがいる場所より少し離れたところに座り込む。しかし、士郎は座禅ではなく、正座であったが。

 そして、座った瞬間にゼンガーの方が気付いたか、彼からの声が聞こえてくる。

 

「……士郎殿か」

 

「ええ、おはようございます、ゼンガーさん。今日は随分と早いですね」

 

「少し心を落ち着けるために、借用しております。無断で使用していることには、詫びを入れさせていただきたい」

 

「いえいえ。使いたい時はいつでも使っていただいて結構ですよ。その為に、道場のカギはいつでも空いているのですから」

 

 士郎はにこやかに、彼にそういった。

 もっとも、それはゼンガーの実力を認めていると共に、娘の命の恩人という二つが重なっているからである。他人がこの家に上がり込もうものならば、それは恐ろしい目に合う事は一目瞭然か。

 

「お心遣い、感謝いたします」

 

「お気になさらずに。何か、考え事ですか?」

 

「自分とて、考え事の一つや二つはあるもの。決して、万能とはいかないものなので」

 

「ははは、それは確かに。考え事なんて、誰にでもあることですからね」

 

 無論、ゼンガーとて人間である。そして、考えている事は今はただ一つ。

 先日の襲撃の件。恐らくは、旧知の仲であり、顔こそ見ていないが、あの太刀筋からしてみれば、間違いなく“彼”であろう。

 またしてもゼンガーの前に立ち塞がり、勝負を挑んでくる。両者の運命は、まるで決められたかのようだ。

 それでも、現れる以上は相手をするしかない。ゼンガーと“彼”は、もはやそういう関係に近かった。

 

「……では、俺はもう行きます。重ね重ね、感謝いたします」

 

「先ほどもいいましたが、お気になさらずに。ああ、そうだ。少し待っていただけますか?」

 

 ゼンガーが立ち去ろうと立ち上がれば、それを制止する士郎。

 そして一体何をするかと思えば、士郎は道場内の横に立てかけてあった竹刀を二本手に取り、その一本をゼンガーに差し出す。

 

「これは……?」

 

「どうやら久しぶりに体が疼きましてね。もしよければ、お相手していただけますか? もっとも、私も年老いた身ですので、貴方とまともに打ち合えるかは分かりませんが」

 

 笑顔で竹刀を差し出してくる士郎の提案に、ゼンガーは如何するものかと悩む。

 士郎からそのように誘ってもらえるのは嬉しいが、果たしてこれ以上この場に留まっていいものか。そして、今の心境で、ゼンガーの方こそ士郎とまともに打ち合えるかが問題であった。

 恐れはない。しかし、このような心境で剣を合わせるというのは、逆に士郎に対して失礼だ。彼の実力如何よりも、其方の方がゼンガーにとって許されざることである。

 

「どうされました? もしや、遠慮されているのですか?」

 

「いえ……。自分としては大変うれしい提案でありますが、今の状態で剣を合わせたところで、士郎殿に失礼かと」

 

「なるほど。ですが、だからこそ貴方と剣を合わせてみたいと私は思っています」

 

「……?」

 

「私は構いません。思いっきり打ち込んでください。といっても、私も今もてる限りの本気を出させていただきますが」

 

 そういって、ゼンガーに竹刀を持たせる。其処までされれば、ゼンガーが断れるはずもなく、彼は少しだけ首を動かして承諾する。

 その返事を見ると、再び士郎はにっこりと笑んだ。

 

「では、私は着替えてきます。ゼンガーさんはいかがしますか?」

 

「いえ。俺は、これが普段のスタイルですので」

 

「それは失礼しました。では、少し待っていてください」

 

 そういって、士郎は奥の方に向かって行く。

 先日も思ったが、この男は油断ならない相手である。木刀を持っているのはともかく、立ち振る舞いから一瞬のうちにゼンガーの実力を見抜いた男だ。

 剣士同士は引かれ合うとでもいうのか。ともかく、ゼンガーは深く息を吐きだし、士郎が出てくるのを待つ。

 それから何分ぐらい待ったか。着替え終わったのであろう後ろから士郎が声をかけてくる。

 

「お待たせしました、ゼンガーさん」

 

 その言葉にゼンガーが振り返ると、そこには剣道着を着こんだ士郎の姿。

 しかし、先ほどのようなおっとりした雰囲気はまったくと言っていいほど感じられず、寧ろ、闘志が前面に出ているように感じられた。

 自分では年老いたといっていたが、これは大したものだ。もしかすると、ゼンガーの師であるリシュウの覇気にすら匹敵するかもしれないとゼンガーは思う。

 

「士郎殿、本当によろしいのですか?」

 

「構いませんよ。しかし、私も久しぶり過ぎてとてもではありませんが、ゼンガーさんの相手にならないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 今更この男は何を言っているのだろうか。

 しかし、本気でぶつかってこそ剣士としての礼儀。恐らくは気にかけてくれたであろう士郎に対する、せめてもの恩返し。

 

「では……参る!」

 

 ゼンガーが力強く左足を前に出して踏み込んだ瞬間、士郎の目付きが一瞬のうちに変わる。

 真の意味で、剣士としての姿なのであろう。即座にゼンガーの打ち込みを竹刀で受け止めると、素早くゼンガーの剣を打ち払い、今度は士郎が斬りかかる。

 そのスピードは、ゼンガーが予想していたよりもずっと早かった。もしも、彼が全盛期の実力であったとしたらと考えると、背筋が寒くなる。

 しかし、ゼンガーも見切れないほどではない。その斬り込みを防ぎ、今度は士郎と同じように打ち払った上で斬りつける。

 その後も、一進一退の打ち合いが続く。傍から見れば、二人の動作が速すぎて真似できるものではないし、当人達は互いの太刀を見切った上で打ち合う。

 もはや、二人に遠慮という二文字は存在しなかった。実力は拮抗―—といいたいが、ややゼンガーが押され気味か。

 ゼンガーからすれば防戦に回る事が多く、なにより士郎の攻撃が全く緩まない。

 飛ばし過ぎといわれればそうなる。しかし、この打ち合いはどうしたことか、ゼンガーにとって、あの時と同じように思えた。

 “彼”と同じ得物ならば、このような勝負も出来たであろうか。いや、得物の差もあったであろうが、それよりもゼンガー自身の油断が一番の問題であったかもしれない。

 “彼”が生きていたという多少の動揺、一度倒した相手だという油断。この二つこそ、ゼンガーの敗因に等しいと考える。

 慢心――――ああ、そうだ。ゼンガーの心の奥底で、そのような心理状態が働いたに違いない。

 剣士はいついかなる時でも本気で相対するものと、リシュウに教わっていたにも関わらず。

 

(―――――――!)

 

(むっ……?)

 

 今度は、ゼンガーの目付きが変わった事を士郎が感じ取った。

 いや、考え事など晴れたといった方がいいのかもしれない。やはり、彼はそうでなくては彼らしくない。

 そう思った矢先、二人の竹刀が離れて少し間合いがとられる。

 そうなったとき、ふっと士郎の闘気が掻き消える。ゼンガーはピクリと眉を動かしたが、士郎は竹刀を降ろし、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

 

「今日はこのぐらいにしておきましょう。これ以上すると、私も仕事に支障が出てしまいますので」

 

「――――感謝いたします」

 

「いやいや。私も久しぶりに剣を振るえて楽しかったですよ」

 

 ははと笑っていた士郎の姿は、いつも通りの彼であった。

 しかし、あれは凄い気迫であったと今思い返してもそう感じる。

 

「では、俺はこれで」

 

「そうですか? 家でコーヒーでも淹れますが?」

 

「いえ、少し考え事もありますので。此度はこれで失礼したい」

 

「そうですか。ああ、そうだ。もう少し待ってください。ぜひ、ゼンガーさんに渡したい者がありまして」

 

「俺に、渡したいもの?」

 

「はい。私どもが持っていても、もはや使わない代物ですので。少し待っていてください」

 

 そういって、再び引っ込んでいく士郎を、ゼンガーは待った。

 一体、彼のいう渡したいものとはなんなのか。もしや彼の勤める翠屋と呼ばれる場所で使われているコーヒーでも譲ってくれるのだろうか。

 確かにそれはありがたいが、ゼンガーは今もサバイバル生活を送る身。湯を沸かすのも一苦労なのだが、果たして。

 そのような事を考えていると、士郎が奥の方から戻ってくる。その右手に持っている物を見て、ゼンガーは少なからず、内心で驚く。

 何故ならば、士郎が手にしているのは、一本の刀。黒い鞘にその刃を包み込ませているそれを、ゼンガーに差し出したのだ。

 

「どうぞ、受け取ってください。といっても、今の貴方に必要かどうかは分かりかねますが」

 

「しかし……」

 

「貴方は娘の命の恩人です。あの時はコーヒー一杯で構わないといっていましたが、それでは私の心が許さないんですよ。ですから、是非受け取っていただきたい」

 

 少し、ゼンガーは迷い、考える。

 もしや、士郎はゼンガーの心を見抜いたのであろうか。と。そんな超人的な事が出来るとは到底思えないが、木刀が真っ二つに折られた以上、新たな得物を新調しなければならない。

 だからこそ、ゼンガーが扱っていたあの刀が必要なのだが、それが見つからないので苦労している。

 むしろ、この刀は今のゼンガーにとって願ったり適ったりであるが―——どうにも出来過ぎているような気もする。

 しかし、士郎の提案を無視する事も出来ない。だからこそゼンガーは、その剣を手に取る。

 

「ありがたく頂戴いたします」

 

「そう畏まらなくて大丈夫ですよ。古いものではありますし、恩人への敬意という事で」

 

 両手で刀を受け取り、早速、その剣を確認する為に鞘から刀を引き抜く。

 古い物とはいっていたが、それは美しく手入れされている刀身に、ゼンガーの顔が映り込む。形を見れば日本刀で、あまり使いこまれていないのか、新品同様の感覚さえ感じる。

 このようなものを、ゼンガーに送るとは。果たして、士郎の考えがまたしても読めなくなる。

 そして、ゼンガーは刀を両手で持ち、構える。研ぎ澄まされるこの感覚は、間違いなく手に馴染み、懐かしい感覚である。

 そして、彼はその刀を勢いよく振り抜く。

 まるで空間でも切れたかのような、そんな感覚。扱いやすく、軽かった。

 

「―――お見事」

 

 その姿をみた士郎は、もう一度笑むのだった。

 




本気で二人が戦えば、道場とかあっという間に壊れるので、今回はこの辺で。
いつかはそうさせたいですが……まあ、無理かも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 悩み

「いいかげんにしなさいよ!」

 

 それは、温泉旅行から帰ってきてから数日が過ぎた日の出来事。

 なのは達の通っている清祥小学校の教室にて、やや怒気の籠った声が響き渡る。

 周囲の生徒達は一体どうしたものかと声の発言元を覗き込む。其処には、金髪の少女、アリサ・バニングスがある人物の机を左腕で叩いた姿があった。

 そのある人物とは、アリサの友人である高町なのは。授業が終わった後も下を向いて何事かを考えていた様子のなのはは、アリサの声を聞いてようやく視線を上に持ち上げる。

 

 気が付けば、真剣な眼差しでなのはを真っ直ぐに見ているアリサの姿。

 何故、そのような目線で自分を見ているのか分からない。彼女が何事かを尋ねようと口を開こうとしたが、先に言葉を発したのはアリサの方であった。

 

「この間から何を話しても上の空で、ボーっとして!」

 

「あ……うん。ごめんね……」

 

 アリサの言葉に、なのははまたしても下を向いてしまう。

 なのはとしては愛想よく振る舞っていたつもりだったのだが、やはり友人にはばれてしまうものなのだろうか。

 いつも一緒にいるからこそ、分かってしまうような事もある。しかし、なのはの悩みを彼女達に打ち明ける訳にもいかない。

 迷惑をかけたくはない。今なのはが抱えている状況を、彼女達にまで降りかからないようにするためにも、この悩みを打ち明ける訳にはいかないのだ。

 しかし、謝られたところでアリサの怒りが収まる訳ではなかった。

 

「ごめんじゃないでしょ! 私たちと話しても、そんなにつまらないんだったら、一人でいくらでもボーっとしてなさいよ!」

 

「…………」

 

「―――いくよ、すずか」

 

 更に黙り込むなのはを見て、アリサは痺れを切らしたのだろう。傍でどうしたらいいものかと両者を見ていたすずかに一声かけた後、その場から立ち去ってしまった。

 

「あ、アリサちゃん! なのはちゃん……」

 

「……ごめんね、すずかちゃん。今のは、なのはが悪かったから……」

 

「そんな事はないと思うけど……。でも、アリサちゃんも言い過ぎだと思うよ。少し、アリサちゃんと話をしてくるね」

 

「うん……。ごめんね」

 

 そういって、すずかはアリサを追って教室から出ていく。

 怒らせてしまった―——。そして、今も笑顔を出したつもりだったが、それは苦しい笑顔であったと、なのは自身も理解していた。

 すずかの後姿を見送った後、なのははもう一度下を向く。

 

「怒らせちゃったな……。ごめんね、アリサちゃん―—」

 

 本人には聞こえない謝罪。

 面と向かって謝罪しても、今のアリサには火に油を注ぐようなものか。そして、一体何がなのはがそうなってしまった元凶であるのか、追及されてしまう可能性もある。

 打ち明ける訳にはいかず、相談する訳にもいかない。一人で色々な事を抱え込んでしまう悪い癖を持つなのは。

 しかし、そうなってしまうほど、あの漆黒の少女との出会いは彼女にとって運命だったのかもしれない。

 彼女の存在が、なのはの心を占めてしまっている―——。まだ小学生であるなのはにとって、こればかりは難しい問題なのであった。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。高町なのはは、海辺に近い公園のベンチに腰掛け、海を見ていた。

 もうすぐ日暮れ。昼間は輝いていた太陽も、この時間になればまた違ってくる。綺麗な日暮れに対して、なのはの心は反転して暗闇だった。

 アリサとすずかは習い事があると先に帰ってしまい、今はなのは一人。

 休み時間の事、漆黒の少女の事。悩み事がますます増え、下を向いてしまう。

 明日、どんな顔をしてあの二人に会えばよいのだろうか。そして、今夜にでもあの少女と出会ってしまえば、果たしてなのはは戦う事が出来るのだろうか。

 このような心理状況で、なのはは動けるのか。立ち向かえるのか。やると決めたからには、やらなければならない。逃げるつもりもない。しかし―——。

 

「はぁ……」

 

 自然と、ため息が零れてしまう。

 このような悩みを抱えている自分に対してなのか。いや、そうに違いないとなのはは思う。

 心配をかけたくはない。だが、自分一人で解決するにはあまりにも難しい問題であった。

 家族にも、友人にも。更にはユーノにも。自分が弱っている部分を出してしまえば、親身になって相談に乗ってくれるだろう。

 だが、それでは駄目なのだ。この問題は、なのは自身の問題なのだから、彼女自身で解決するのが当然なのだ。

 そう、なのは自身は思っていた。子供であるにも関わらずに、そのような考えが持てるという、大人顔負けの考え。

 だからこそ、下を向いてしまう。甘えればいいのにも関わらず、それを見せない強い子なのだ。

 

「……はぁ」

 

「―――悩み事か、なのは」

 

「……ふえ?」

 

 なんともまあ、素っ頓狂な声を出してしまった。

 しかし、そんな事を気にする前に驚いたのはなのはの方。ハッとなって声がした方向に目線を向けると、其処に立っていたのはいつもの黒いロングコートを身に纏った、ゼンガー・ゾンボルトの姿。

 右手に愛用の釣竿を持ち、やや呑気とも思える姿で登場したゼンガーであったが、なのははやや赤面しながらも、慌てて立ち上がった。

 

「ぜ、ゼンガーさん!?」

 

「ああ。釣りの帰りだったのだが、お前の姿が見えたのでな。驚かせたか?」

 

「び、びっくりはしましたけど……。つ、釣りですか?」

 

「そうだ」

 

 ただ一言でも、やけに重みがある。やや困惑したのか、なのははあははと乾いた笑いが出た。

 しかし、ゼンガーは至って真面目だ。ジッとなのはの方を見ており、その視線が何処かに向くことはない。

 なのはが悩んでいる事など、一目見れば分かるのだろう。達観した大人だという事もあるが、彼もまた一緒に戦う仲間である。

 しかし―——なのははゼンガーに対して笑顔を“作った”。

 

「な、なんでもありませんよ、ゼンガーさん! 今日もジュエルシード探しと修行、どっちも頑張ります!」

 

「ああ……」

 

 一見、元気に見えるなのはの姿。先ほどまでの暗い雰囲気を何処かに吹っ飛ばしたかのように見えたが、それも彼女なりのやせ我慢だろうか。

 素直にその悩みを前面に出せばよいものの、それを良しとしないなのはの性格故だろうか。そんな事をしていては、彼女の心が壊れてしまう。

 壊れていった人間を数多く見ているゼンガー。だが、彼女が何か行動しなければ、ゼンガーとしても動きようがない。

 そして、何が彼女の心に疼いているのかさえ、ゼンガーには分からない。察しのよいゼンガーであるが、だからといって彼女の心の奥にまで勝手に入ろうとは思わなかった。

 

「なのは」

 

「はい?」

 

「――あまり、深く悩むな。その悩みが己を滅ぼす事もある」

 

「…………」

 

 親友ならば、このようなア愛になんと言っただろうか。

 彼女の悩みを聞き、的確なアドバイスを送ったであろうか。それとも、別の方法で彼女を慰めたであろうか。

 しかし、ゼンガーには彼のような器用な事も出来なければ、彼女の為に何かをしてやれることも出来ない。だから、この一言を言って歩き出す。

 なのはは何も答えないが、それでも立ち去っていくゼンガーの姿をじっと見つめていた。

 彼なりに、なのはを案じてくれたのだろう。その気持ちは嬉しいが、だからといってゼンガーにまでこの気持ちを吐露し、心配をかけるわけにもいかないとなのはは思う。

 今までにも迷惑をかけた。いや、今もかけている。だからこそ、これ以上ゼンガーを頼るまいと。

 鞄を持ち、なのははゼンガーと逆方向に歩き出す。その姿に、少しだけ後ろを振り返ったゼンガーは、強情な娘だなと苦笑を浮かべる。が、人に言える立場ではないのは自覚している。

 しかし、それも暫しの間のみ。すぐに表情を真顔に戻すと、また彼も歩き出す。

 ゼンガー自身も自分の問題がある。それに、此方の世界でやらなければならない事も出来た。

 

(奴との決着をつけねばなるまい。次に会った時は、必ずや斬る……!)

 

 その為に、ゼンガーは剣を抜く。

 自身の分身とも言うべき存在を絶つ為に。奴自身を、開放する為に。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の中心部に位置する高層マンション。

 その一室にて、漆黒の少女と獣耳に尻尾と、どう見ても普通の人間ではない女がいる。

 獣耳の女は怪訝そうに眼前の人物を見ており、少女の前へと踏み出して、まるで庇うような立ち位置であった。

 一方の少女は、しっかりと前を向いてはいるものの、どうにもその表情は暗い。何か思い悩む事でもあるのであろうが、今はそのような事など関係ない。

 その眼前の人物―——それは、前にプレシアの前に現れたあのローブの人物であった―—は傍らに同じくローブで身を包んだ巨体の者を引き連れ、その場に立っている。

 

「で、アンタ達は一体何が目的なのさ。いきなりここまで踏み込んできたからには、それなりの覚悟があるんだろうね?」

 

 獣耳の女は、ローブの人物を睨みつけながら構える。どうやらいきなり侵入し、このような状況になっているようだ。

 しかし、未だに侵入者である彼等を攻撃しないのは、拠点であるこの場所を破壊してしまうという危惧からではない。

 ローブの人物の後ろに控えている巨体の者。あれはヤバいと本能が知らせていた。

 獣だからであろうか、ヤバい奴の気配はすぐに分かる。恐らくあれは、今の彼女が挑んでいったとしても、到底適う相手ではないという事を。

 

「そう怖い顔をするな。我々は、プレシア女史から遣わされた援軍だ」

 

「あの女が?」

 

 プレシア。その名前を聞いた瞬間、獣耳の女の表情が更に険しくなった。

 

「母さんが?」

 

 一方、驚いたような声を出したのは、後ろにいた少女の方。母さんというからには、この少女はプレシアの娘なのだろう。

 

「そうだ。どうやら君の母君は心配性らしくてね……。こうして我々を寄越したのだ」

 

「本当だろうね?」

 

「嘘だと思うのならば、プレシア女史に直接確認してみるといい。アルフ……といったかな?」

 

 飄々と述べている点からしても、この人物が嘘をついているとは思えない。

 余計な事をしてくれると獣耳の女―——名をアルフという―—は、内心で舌打ちをしてローブの人物を睨む。

 

「フフッ、確かにお前達からすれば我々は邪魔な存在であろう。だが、プレシア女史もお前達に期待していると同時に、焦っているのだよ。早く、ジュエルシードを回収しろと」

 

「…………」

 

「話によると、まだまだ回収作業が滞っていると聞く。戦力は少しでも多い方がやりやすかろう」

 

「だからって……! これはあたし達の問題だ! 部外者は黙っていてほしいね!」

 

 プレシアからの使いというのが、よほど気に食わないのだろうか。アルフは声を荒げ、今にもローブの人物に掴みかかろうとする勢いだ。

 しかし、後ろに控えている巨体の者がアルフを目で牽制する。恐らく、ローブの人物こそがこの巨体にとって主人なのだろう。

 表情こそ見えないが、物凄い殺気にアルフといえども簡単には動けない。だからこそ、余計に不気味に感じられた。

 

「そう、確かに我々は君たちにとっては部外者だ。しかし、『次元漂流者』が敵にいるのだと聞けば、お前達はどう思う?」

 

「『次元漂流者』だって……?」

 

「ああ、そうだ。“この世界”とは異なる世界からやってきた、異次元からの来訪者。

 それが、お前達と争っている少女の傍らにいる。“フェイト・テスタロッサ”、お前は心当たりがあるだろう?」

 

 フェイト・テスタロッサ。それは、漆黒の少女に向けられた言葉らしい。

 言われて、フェイトは思い出す。初めて、あの少女と戦った時に現れた剣士の事を。

 普通の人間では考えられない程の速度で移動し、自分の速さについてきた男。

 

「あの人が、次元漂流者……」

 

 それならば、少しは納得のいく部分もある。

 魔力を感じずとも動ける驚愕の脚力に、あの力。恐らくは自分たちの使う魔法とは別のものを使ったのだと思えば、あの馬鹿みたいに強い力を行使するのも納得する。

 いや、そう考えるしかない。ただの人間が、自分に追いつく事など不可能なのだから。

 

「フェイト、知ってるのかい?」

 

「うん……。一度、交戦したから」

 

「交戦って、あたしは何も聞いてないよ!? 怪我とかなかったかい?」

 

「それは、大丈夫だから……」

 

 存在のみを知っているのだと思えば、なんとフェイトは交戦済みだというから驚くのは言うまでもない。

 心配そうな様子のアルフに対し、フェイトはその頭を撫でてやって安心させてやった。

 

(魔導士ですら苦戦させる次元漂流者、ゼンガー・ゾンボルト。“この世界”で再び出会うとは、これが因果というものか……)

 

 ローブの人物が、その下で怪しく笑む。

 ゼンガー・ゾンボルト。その名を知っているという事は、必然的に彼を知る人物だという事。

 それが誰だという事は、現在では分からない。ただ、怪しく浮かべるその笑みは、危険な香りを匂わせるのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。