IS~漆黒の雨と白き太陽~ (鈴ー風)
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記憶語り
記憶 『落』下


他の作品が絶賛スランプ中の中、何故か書けた新作。
「ISオールヒロイン化計画」三作目はラウラ!原作とは少し違う「人間」らしいラウラを少しでも気に入ってもらえたら幸いです。

では、どうぞ!


 

 

 ドイツ軍の産み出した『試験管ベビー』、分かり易く言い換えれば、遺伝子強化試験体(ホムンクルス)

 

 私は、そういう存在らしい。鉄のカプセルから生まれ、戦いの為に、殺戮の為に育てられた存在。命じられるままに幾百、幾千の命を奪う存在。

 それが私―――――ラウラ・ボーデヴィッヒという存在らしい。

 

 生まれながらにして、読み書きを覚えるように武術を覚え、暗器の使い方を覚え、食事をするように、人を殺した。

 私は優秀だったらしい。常に教官たちの期待を上回る結果を出し、常に頂点に君臨し続けた。別にそれを望んだわけじゃない。ただ、周りに望まれるまま、求められるままに進んだ結果こうなっただけだ。そこに私の意志は無い。

 いや、これに限ったことではない。最初から、私の意志など存在しなかったのだ。ただ命じられるままに、求められるままに戦い、奪い、殺す。そんな道具(もの)であれば良かったのだから。

 

 しかし、その単調な日々は唐突に終わりを告げた。

 マルチフォーム・スーツ『IS』―――――《インフィニット・ストラトス》の導入によって。

 

 既存の兵器が軒並み鉄屑(スクラップ)と化す程の力を秘めたその兵器は、瞬く間に世間を斡旋し、軍事力としての転用も容易に行われた。私の属するドイツ軍にも即座に導入され、『IS配備特殊部隊』なるものまで組織された。

 その一つ、「シュヴァルツェア・ハーゼ」。私は、そこの部隊長になった。かなりの手練れも混じる中で明らかに最年少の私が選ばれたわけだが、今までの戦歴を鑑みれば妥当なのだろう。特に疑問も持たなかったし、興味も無かった。ただ、今までと変わらない殺戮の日々(にちじょう)が繰り返されるだけだ……と。

 

 しかし、その考えは意外な形で裏切られた。

 

 『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』。思考能力と演算処理能力を大幅に向上させ、より効率的にISを使用するために体内に埋め込んだ生体ナノマシン。理論上、移植手術による危険や不適合は無く、ドイツ軍全体の大きな戦力上昇が期待された。

 

 ―――――はず、だった。ただ一人を除いて。

 

 この力は肉体、精神共に大きな負担を被る。そのため、普段は制御装置(リミッター)が作用し、その力を行使する時のみ、左目は淡い光を放つ金色になる。だが、私の左目は、手術の後からずっと淡い光を放ち続けている(・・・・・・・・・・・・・・)

 不適合は無いと言われた手術で、私は適合しきれず、制御装置(リミッター)が正常に作用しなかったのだ。常に大きな負担を抱えたままで、今までのような結果が出せるわけもなく、私の戦績は目に見えて落ち込んでいった。部隊の者たちにも蔑まれ、笑われ、私は孤立した。

 

 そして、私は教官達から『欠陥品』の烙印を押された。

 

 戦うために作られ、戦うために育てられた。そして今、私は戦いを奪われた。

 

 無となった。

 

 初めて、私は自分の考えを、意志を持った。全てを無くして、空っぽになって、初めて自我を持つなど皮肉なものだと、乾いた笑みさえ出てきた。

 もはや軍に私の居場所はなく、かといって他に当てなど無い。ただ、逃げるように軍を後にした。体一つで、初めてまともに見る基地の外を放浪した。空っぽの心のまま、何も考えず、何も感じず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が経ったのだろう。日は既に深く傾き、辺りは闇に包まれようとしている。私は、広い平地の中にあった木組みの長椅子に腰を下ろし、ただただ虚ろに地面を眺めていた。

 ここに来るまでの道中、ずっと考えていたこと。

 私は何故生まれたのか。……戦うためだ。

 私は何故作られたのか。……兵士として育てるためだ。

 私は何故捨てられたのか。……戦えなくなったからだ。

 

 戦うために作られた。しかし、今はもう戦えない。家族と呼べる者は無く、友も無く、生きていた理由すら失った。

 

「……ならば、私は、私という存在は何だ?」

 

 地面を眺めながら、蚊が鳴くようなか細い声で自問をする。

 しかし、自答は出ない。

 

「私は、一体何なんだ……」

 

 乏しい頭で、様々な考えを巡らせる。しかし、最後に到達する答えは全て同じ、残酷なもの。

 

 私が私である根幹(ルーツ)が壊れた今、私の存在は『無価値』である、と。

 

「あ………」

 

 涙。

 自覚し、受け入れてしまった私の頬を、熱いものが流れた。指で触れると、触れた指には液体が付着していた。

 

「あ、ぅあ……」

 

 この数年間生きてきて、初めて流した涙というもの。これまで幾多の相手を潰し、淘汰し、排除しても流れなかったもの。それを見た瞬間、何も感じなかったはずの心に、言い表せない感情が一気に溢れ出してきた。

 他人に自己の存在を否定され、自身もまた、それを認めてしまった。認めた瞬間に感じた、胸が締め付けられるような感覚。

 恐らく、これが「痛み」という感情。

 恐らく、これが「辛い」という感情。

 ……恐らく、これが「悲しみ」という感情。

 

「あ…あぁぁぁ……うあぁあ……」

 

 私は暫くの間、膝を抱えて泣いていた。必死に声を噛み殺して。

 恐らく、人間として当たり前に感じることのできる感情を、私は全てを失って、初めて感じることができた。しかし、それを素直に喜べる感情は、もうどこにも無かった。

 恐らく、遅すぎたのだ。私はもはや、軍人としても、人間としても大きな欠陥を抱えてしまった。

 そこでふと、腰に装備していたあるものに気づいた。不意の襲撃に備えて常に携帯していた―――――小型のナイフ。

 不意に、私の頭をある考えがよぎる。今までに何度か、目にした行為。追い詰めた敵が、最後にとった行為。

 

「私、は……」

 

 手が、ナイフへと伸びる。右手で抜いたそのナイフを両手でしっかりと持つ。その刃は、真っ直ぐに自身の喉元に向いている。ここまでしても、恐怖心は生まれなかった。思うのは、「ああ、これで全部終わるんだ」という、諦めの感情。後は、ただ手を進めればいい。貫けばいい。それだけで、全てが終わる。

 

 なのに。

 なのに、手が動かない。震える。死への恐怖など無いはずなのに、それなのに、何故か手が動かない。

 

「……ああ、そうか」

 

 そこまで来て、ようやく分かった。私はやっぱり恐れていたんだ。死への恐怖ではない、もっと根本的な、人が誰でも持ちうるであろう恐怖。

 

「私は、一人で消えるのが怖かったのか……」

 

 他人の思惑によって産み出され、他人の思惑によって捨てられた。結局、私は誰からも「人」として見てもらえなかった。道具であった頃はそれでも良かった。しかし、人の感情を持った私は、生物が感じるその根本的な恐怖に囚われてしまった。今一人で消えてしまったら、本当に自分が無価値だと認めてしまうことになるから。

 

「は、はは……あははは……」

 

 理解すると、笑っていた。手に持ったナイフを落とし、それにすらすぐに気づかず、泣きながら、静かに笑っていた。

 

「誰か……」

 

 不意に。

 

「助けて……」

 

 不意に、求めた。

 

「誰か、助けて……」

 

 当たり前の、人間らしい感情を。

 生きることも消えることも受け入れられない少女のか細い声が、とっくに辺りを支配した闇に吸い込まれていく。

 ―――――はず、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かいるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇に吸い込まれ、消え行くだけのその声を拾い上げる者が、闇の中から現れた。

 

「ぁ………」

「…というか、よく見たらまだ子供じゃないか。こんな時間に何をしている?」

 

 目の前の女性、闇に溶け込むような黒髪の女性は、訝しげに私を見ると、何かに気づいたように言葉を続ける。

 

「……お前、ドイツ軍の人間か?」

 

 恐らく、私の服装を見て判断したのだろう。軍支給の軍服のままだったから。

 だが、今の私はドイツ軍では無い。人かどうかすら、怪しいのに。暫し答えに悩んだ末、こう答えた。

 

「…『元』、軍人だ」

 

 その短い答えから何かを感じたのか、その女性は少し黙り、辺りに沈黙が訪れた。

 

「……どうやら、何か訳ありのようだな。私でよければ話を聞こう」

 

 沈黙を破り、女性がそう言うと、私のぼやけた視界に、手が映った。私のものではない、その女性の手。

 

「名を聞いていなかったな。よければ教えてもらえないか?」

 

 名前を、聞かれた。私が、人であるための最後の証。驚いて顔をあげると、女性は、優しく微笑んでいた。それが、初めて「私」という存在を肯定された気がした。

 

「ラ、ウラ……ラウラ・ボーデヴィッヒ…です……」

 

 つっかえながら、「人としての私の名前(ラウラ・ボーデヴィッヒ)」を伝える。その間、その女性は、ずっと微笑んだままで……

 

「ラウラというのか。私の名は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ならはっきりと言える。あの日、全てを失った私は、あの人に出会わなかったらきっと、人として大事なものさえ無くし、壊れていただろう。どうなっていたかは、今となっては考えたくもない。

 それに、あいつ等に出会うことも無かった。騒がしく、くだらない、軍人の緊張感からはあまりにもかけ離れた、しかしどこか落ち着く生温い日常を感じることも無かった。

 何より、あいつに恋をすることも無かった。私の常識に土足で踏み込み、勝手に壊していき、私に「ただの普通の女の子」だと(のたま)った、超がつくほどに馬鹿で、優しくて、とても愛しいあいつに。

 あの人は私に全てをくれた。家族を、友を、愛情を、戦いの兵器ではない、普通の人間としての、当たり前に感じるべき喜びを。

 

 その人の名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名は、織斑千冬だ」

 

 織斑、千冬。

 




まずは第一話終了。
といっても、まだ本編には入りません。もう少し続きます。続きも、できるだけ早く書き上げますので、楽しみにしていてください。

次回、記憶 『紆』余曲折

ではまた、次回で!


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記憶『紆』余曲折

いやー……参ったね。
久しぶりに書かなきゃと思って開いたら、もう二年も経ってたよ。いるか分からないけど、この作品を待っててくれた方々、本当にすみませんでした。

とはいえ、再開します。千冬さんにお持ち帰り(物理)されたラウラは一体どんな話を繰り広げるのか。お楽しみください。

では、どうぞ( ゚д゚)ノ


 

「まあ、とにかく入れ」

 

 あれから暫く経って、私はアパートの一室に通された。どうやら、織斑千冬と名乗るこの女性の部屋らしい。

 

「お前は話そうとしないが、何か事情があるのは察した。戻りたくないのならここに居ればいい」

 

 そう言って、織斑千冬は部屋へと入っていく。

 とは言っても、さほど広くもない部屋が幾つもの段ボールで圧迫されていて、家具も殆ど無い。生活感は皆無に等しい。少なくとも、二人で暮らせる余裕など無いだろう。

 

「む、どうした?確かに散らかってはいるが、座る場所くらいは……」

 

 入り口で立ちつくす私の目の前で、織斑千冬ががさがさと物をどかし始めた。が、狭い部屋で荷物をただどかしても、別の場所が圧迫されて結局どこかが埋まる。ただの(いたち)ごっこだ。

 ……はぁ。

 

「お?」

 

 織斑千冬の眼前の物を拾い、そのまま近くの段ボールの封を切る。

 

「ここにいろと言われても、この有り様じゃいるに耐えない。まずは片付けろ」

「ぐ、言ってくれるな……越してきたばかりでは仕方無いだろう」

 

 そう言われて、部屋をぐるりと見回してみた。

 

「いつ越してきた」

「……一昨日だ」

「では、なぜ片付けもせずに酒ばかり飲んでいる?」

 

 部屋の隅に、無造作に袋に纏められているビールらしき空の容器があることは見逃さない。故に、一瞬で確信した。

 

「……な、なんだ。人の顔をじろじろと」

「家事が苦手なんだろう?お前」

「ぐふっ!?」

 

 どうやら図星のようだ。

 

「…に、苦手なものは苦手なんだ。ここに来る前は、家事は全て弟がやっていて、私はさせてももらえなかったんだからな」

 

 何気なく。本当に何気なく言ったのであろう言葉。だが、今の私には、その言葉がとても遠く、とても眩しく……

 

 とても、憎らしい。

 

 

「………そうか」

「待て、どこに行く?」

 

 踵を返し、部屋を出ようとする私の肩を、織斑千冬が掴む。その力は存外強く、振り払えそうにはない。

 

「出ていく。別にここに留まる理由も、義理もない」

「待て、留まるために片付けようとしたのではないのか?」

「単に見るに耐えなかっただけだ。片付ける義務などない」

 

 肩を掴まれたまま、心に渦巻いている不快なもやもやを吐き出す。言葉を、感情を吐き出す度、私自身困惑を隠せない。

 

「片付けなら、その弟とやらにやってもらえばいいだろう」

 

 私は何故、こんなことを言っている?

 

「お前には家族がいるのだから」

 

 何故、こんなにも苛立っている?

 

「私とお前は、何の関係もない、ただの他人同士なのだから」

 

 何故、こんなにも胸が痛い?

 

「だから、もう……」

 

 ああ、そうか。これか。

 

「他人の私に、関わるな」

 

 ―――私は嫉妬しているんだ。織斑千冬の、彼女のいる「家族」に。

 

「………」

 

 織斑千冬は答えない。代わりに、ゆっくりと肩に込められた力が抜けていく。

 ああ、これで一人だ。

 また、一人だ。

 本当に、一人だ。

 心の中で、渇いた笑みが浮かんでくる。そうさ、私は嫉妬しているんだ。私にはない「家族」というものに。私は羨ましいんだ。私にはない、「家族」というものが。

 いくら望んでも、人でない私が到底得られるはずもないもの。そんなものを欲しがって、改めて、私はなんて弱かったんだと思う。生まれた一つの根幹が崩れ落ちただけでこの体たらくだ。

 私は―――

 

「ふんっ!」

「っだっ!?」

 

 私の頭に、渾身の拳が降り下ろされた。

 

「どうだ?少しは効いたか」

 

 両手で頭を抑え、うずくまる私の頭上からやけに得意気な声が聞こえる。…直接脳が揺さぶられる感覚など初めてだ。とにかく痛い。

 

「なっ…なにをするぅ……」

 

 理不尽な一撃に、涙を浮かべながら抗議の意を示す。が、当の本人はどこ吹く風。清々しい表情を浮かべていた。

 

「何、目の前でガキが一丁前に生意気を言っていたんでな。お仕置きしたまでだ」

 

 そう言って、握った右拳を左右に振った。

 

「…さっきも言ったが、私はお前の事情なぞ知らん。ついでに言えば、赤の他人がどうなろうと知ったことでは無い。……だがな、私はどうでもいい人間に世話を焼くほど(・・・・・・・・・・・・・・・・)聖人じみていない(・・・・・・・・)

「え…」

「自分でもよく分からんがな、あの時のお前はどこか似てたんだよ。私の愚弟にな。それで気になったんだよ」

 

 私が、似ている?お前の弟とやらに?

 

「…ラウラ、といったか。お前自身がどう思おうが、お前はまだまだガキだ。そして、私は仮にも大人だ。ガキは何も考えず、迷惑でもかけていろ。それを受け止めてやるのが、大人としての責任だ」

 

 こいつは、違う。今までの奴らとは違う。こいつは、この織斑千冬という人間は、「私」を見ようとしている。軍人としてでなく、紛い物の出来損ないでもない、何もない「私自身(ラウラ・ボーデヴィッヒ)」を見ようとしてくれている。

 射抜かれるような鋭い視線の中に、私が諦めた光を見た気がした。

 だから。

 

「わ…」

 

 手を、伸ばしてみたくなった。

 

「私、は……」

 

 手に入らないと思っていた。

 

「私は……」

 

 その、「光」へと。

 

「私は…私が、欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ……言えたじゃないか」

「あ……」

 

 いつの間にか伸ばしていた右手は、しっかりと織斑千冬に掴まれていた。それはさっきのような力はなく、ただ手を添えるだけのような掴み方だった。

 

「苦しいなら、全部吐き出せ。私でよければ聞いてやる」

 

 暖かさすら感じるその言葉が胸に染み渡っていく。そうして、私は話した。私のこと、軍のこと、変色した金色の目のこと、私の、出自のことを。胸のつっかえを吐き出すかのように。

 

「……」

 

 織斑千冬は何も言わない。両目を閉じたまま、何かを考えているように黙ったままだ。

 

「……」

 

 そして、黙っていたかと思うと、おもむろに立ち上がり、部屋の隅に置かれている段ボールを漁り始めた。

 

「確かこの辺に…ああ、あった」

「何を…」

 

 続きを口にする前に、織斑千冬が本のようなものを持ってきた。これは…

 

「これは何だ?」

「アルバムというものだ。これを見ろ」

 

 そう言われ、アルバムとやらに貼られている一枚の紙切れを見せられる。そこには、今より少し若く見える織斑千冬本人と、織斑千冬によく似た少年が写っていた。

 

「この少年が……」

「そうだ。弟の一夏だ」

 

 弟だというその少年のことを語る織斑千冬は楽しそうで。余計に心が痛くなる。

 しかし、当の本人は気にも止めずにアルバムとやらをめくっていく。すると、幾枚もの紙切れの中に、ある共通点を見つけた。

 

「おい、もしかしてお前……」

「気づいたか」

 

 アルバムとやらにところ狭しと並べられたその紙切れには、様々な年代や表情の織斑千冬やその弟が写っている。

 しかし、どの紙切れにもその二人しか写っていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 他の誰かが写っているものは、一枚たりともない。

 

「何故、お前らしか写っていない?」

「簡単なことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達にはいないんだよ、親というものがな」

 

 さらりと、息を吐くかのように紡がれた言葉に、織斑千冬の表情は笑っているようで……乾いているようにも見えた。

 

「私が中学の頃に事故で、な。二人とも忙しく世界を飛び回っていた身でな、まともに旅行に行った記憶すらない。だから、写真など残っていない有り様でな」

 

 吹っ切れた、といった様子で話す織斑千冬だが、その言葉を聞いている間、私はずっと心に激しい痛みを感じていた。心臓に直接杭を打ち込まれているかのような、がんがんと鳴り響くような痛み。道具としての、嘗ての私なら、この痛みが何なのか知るよしは無かったのだろう。しかし、曲がりなりにほんの少しとはいえ人の心を持った今の私には分かる。

 

 この痛みは、後悔だ。

 

 私は、織斑千冬の心に土足で踏み込んでしまった。誰しも辛い記憶はあるはずなのに。知られたくないことが、話したくないことがあるはずなのに。私が、身をもって知ったばかりのはずだったのに。

 思い至ると、後は溢れてくるだけだ。

 

「…お、おい」

「……すまん」

 

 私の両の目からは、止めどなく涙というものが溢れてきた。後悔で潰れそうな程苦しいのに、弁解したいのに、口が言うことを聞かない。私はただ、せめて謝罪することしか出来なかった。

 

「……顔をあげろ」

 

 そう言われ、涙にまみれた顔をあげると、困り顔の織斑千冬が頬を掻いていた。

 

「…そんなことを言わせるために見せたわけでもないんだがな。まあ、何だ」

「………?」

「あー……つまりだな、私が言いたかったのは、今の私はお前と似た境遇だということだ」

「私とお前が…似た境遇……」

「そうだ。試験管がどうのということは良く分からんが、『親』がいないということは同じだ。そして、一つだけ違うことがある。『家族がいる』ということだ」

「……」

 

 そうだ。私には家族がいない。そして、織斑千冬には弟という家族がいる。それだけは、何があっても―――

 

「―――だが、それさえも同じにしてしまえるとしたら?」

「は……?」

 

 訳の分からない発言に呆けていたら、妙にしたり顔の織斑千冬がその先を話す。

 

「簡単なことだよ……ラウラ」

 

 そう言って、織斑千冬は手を差し出す。

 

 

「私と共に住む気はないか?ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 その声は、とても優しいものだった。

 

「お前と…一緒に……?」

「そうだ。血の繋がりもない、赤の他人同士だが……お前が望めば、『家族の真似事』くらいはしてやれる。仮初めとはいえ、お前に『家族』を作ってやれる。……どうだ?」

 

 織斑千冬は問い掛ける。しかし、私は、その言葉を聞くよりも先に、織斑千冬の手をとっていた。それは無意識のもので。

 

「……どうやら聞くまでも無かったようだな」

 

 それでも、繋いだ手は暖かくて。

 

「歓迎しよう。我が()ラウラ(・・・)ボーデヴィッヒ(・・・・・・・)

 

 歪む視界の中で聞いた姉の声(・・・)は、とても、暖かいものだった。

 

「よろしく、お願いします……姉、さん」

「うむ。こちらこそ、ラウラ」

 

 戦うために生み出され、全てを無くして捨てられて。

 その先で、大切なものを手に入れました。偽物だけど、とても大切で、忘れられないものを。

 

 今日。私に、『家族』が出来ました。

 

 




と、いうわけで本編とは少し違ったラウラと千冬さんの関係、どうでしょうか?少しでも気に入って貰えたら、そして続きが気になって貰えたら幸いです。

次回、記憶『羅』刹

ではまた、次回で!


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