【主人公】戦場起動【喋らない】外伝 (アルファるふぁ/保利滝良)
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大陸歴


大陸歴0年

あまりにも巨大な物体が、太平洋上に突如浮上した

 

 

大陸歴1年

各国連盟はこの巨大物体に、『大陸』という仮称を付けた

 

 

大陸歴3年

人類は準備期間を経て、大陸へと進出する

 

 

大陸歴10年

各国連盟は、数十回にも及ぶ調査隊派遣において、ついに大陸の調査を断念

事実上、大陸が国家の手の届かぬただ一つの地となった

 

 

大陸歴11年

世界中から、数多の組織が大陸を狙い始めた

一人の政治家の命を消してまで、その暴走は止まらなかった

 

 

大陸歴13年

ついに、大陸へ組織が侵攻した

 

 

大陸歴15年

大陸からもたらされたオーパーツ、通称『大陸の謎』により、画期的な兵器が開発される

 

それは地上の王者の異名を持つ戦車の優位性を全て奪い去って余りある戦闘能力を持っていた

それは従来の兵器と比べて破格のコストで生産できた

それはその姿形から様々な戦況に耐えうるポテンシャルを秘めていた

それは『人型機動兵器』

その誕生である

 

 

大陸歴25年

人型機動兵器は、大陸の外でも生産されるようになった

ごく僅かな数であったが、その性能は最早国家を脅かせるものであった

 

 

大陸歴28年

そして一つの組織が、他の組織を排除する

『オーストラリア』という国家として認められたその組織は、人型機動兵器によるとてつもない武力を持っていた

やがて大陸へ渡った組織同士の争いは、公的に『オーストラリア建国戦争』、俗的には『大陸争乱』と名付けられる

 

 

大陸歴30年

オーストラリアが輸出品として人型機動兵器をばらまく

衝撃を受けた各国政府は人型機動兵器の開発に着手するも、技術的ハンデからオーストラリアに大きく遅れをとる

 

 

大陸歴32年

人型機動兵器を生産している『クロノスインダストリ』から、『死神の名を持つ機体』のデータの一部が発売される

これにより、世界中の人型機動兵器関連の技術が、武器として自立できるほどに成長した

 

 

大陸歴35年

人型機動兵器が、世界中の国で正式採用される

同時期、人型機動兵器によるテロリスト壊滅が行われていた

 

 

大陸歴36年

ユーロユニオンがいくつかの国へ宣戦布告

これに対してロシアやアメリカなどが徹底抗戦の為他の国家への協力をあおぐ

しかし、他の国の大半が自国の損耗を嫌いこれを拒否

『第三次世界大戦』となりかけたこの戦争は、後に『鉄人戦争』と呼ばれるようになっていく

史上初の、人型機動兵器を使用した国家間の衝突が、始まった

 

 

そして大陸歴38年

オーストラリア建国から約10年

人型機動兵器生誕から20年余り

一人のパイロットが、初陣を飾った

 

 

 

 

 

 

 

 



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例の変態企業
クロノスインダストリ㈲の日常



シリーズ化させます(迫真)



 

ここはとある会社のオフィスの一角 ある男が数字や文字を入力されたパソコンとにらめっこしていた

HMMAS 人型機動兵器とも呼称されるこの新時代の戦争道具は、新しすぎて尚且つ特殊なために様々な運用法が常に模索されていた

何パターンもの戦闘シミュレーションやテストが行われ、その度に莫大な金が費やされた 成功したものはあったが、失敗したものも当然あった

今の彼は、死ぬほど徹夜をして本当にHMMASを有効活用できる戦法をイメージしている途中だったのだ

「あー、ダメだ!全く思い付かない!」

ついに痺れを切らした男が、デスクに倒れかかる

それを見た上司は、肩を竦めながらその男に近付いた

もたれかかる男の顔の真ん前にノンシュガーコーヒーを置いて、上司が聞いた

「ウィルソン、一体どうした?」

「あ、センパイ!」

ウィルソンと呼ばれた男は、コーヒーカップをひっつかんだ

そして、半分喚き散らすように吐露した

「人型機動兵器ってのは、効率的な運用がわからない訳でしょう?それを考えてたんですよぉー・・・わざわざ三徹もして!もう探しても探してもいいのが浮かばなくって・・・」

そのまま黒い液体を一気飲みする

話を聞いた上司は、かなり呆れ果てたような表情で部下を睨んだ そして、さも当たり前のように言った

「人型機動兵器の効率的な運用だぁ?んなもんどんな作戦でも遂行できる機体を作れば考えなくてもいーじゃねーか 我が社の最高傑作がそうだった」

ウィルソンはコーヒーを吹き出した

パソコンが茶色に染まる

「あああっ!そうですよね!なんで気付かなかったんだろー!」

「な?簡単なことだったろ」

「センパイ流石です!」

そして二人は、タナトスを讃えながら笑い合った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィルソンはパソコンの画面をじっと見つめていた まるでメイク中のマダムが鏡を覗くかのように

マウスでシークバーを弄りまわし、停止ボタンを押したり巻き戻しボタンを押したりスロー再生ボタンを押したり、とんでもなく必死に動画を見ていた

「お前、今度はどうした?」

「あ、センパイ」

振り向いたウィルソンの目の前には、上司がコーヒーを片手に立っていた 立ち上る湯気に、眼鏡が曇る

「パイロットってよく死にそうッスよね」

「なら自分で戦うHMMAS作ればいいだろ、アホか」

「そう思ったんスよ で、これ」

ウィルソンは指で画面を指差した

「なんだこれは」

「実戦データッスね」

「やっとデータ採れたのか」

「開発に一週間掛かるとは思ってなかったもんで・・・」

部下のダメダメっぷりに心底呆れつつ、上司は呟いた

「俺だったら三日でできる そんなんだからお前は・・・」

「私なら2時間で出来上がるわね」

デスクの下から、長い髪の美少女が現れた

それに驚いて椅子から転げ落ちるウィルソン コーヒーを落としかける上司

「ワシは十分で作り上げられる」

今度は白髪の老人がダッシュで突っ込んできた 名札には『代表取締役』とプリントしてあった

「じゃあ皆でもっといいの開発しましょうよ!」

「いいなそれ」

「さんせーい」

「社全体で支援しよう」

そして、ウィルソンの一言でその場の誰もが沸き立った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、くそー」

「どうしたのウィルソン君?」

「あ、セリアさん」

ウィルソンが呻いた いつも通りある難題を解決しようとしていて、そして行き詰まったのだ

そこへ、先日机の下から生えてきた美少女な先輩が訪れた

「いえ、タナトスを完成させるプロジェクトで、色んな問題をなんとかしようとしたんですがね・・・」

「それで?」

自販機で買ってきた炭酸飲料の蓋を開けながら、セリアが相槌を打つ

興味を持ってくれたようだ

「質量保存の法則は捩じ伏せられましたが、慣性の法則が上手く突破できないんですよぉ」

「情けないわね、もうちょっとなんとかならないの?」

首を横に振りながら、セリアが言った その手に握られたペットボトルの中身が、白い泡を発生させている

若干涙目になりながら、ウィルソンはノートにペンを走らせる

「そう言われたって・・・」

「じゃあ賭けをしましょう」

弱音を吐きかけたウィルソンの唇を人差し指で抑え、セリアは優しく宣言する

「ジェノサイドタナトスを完成させることができたら、貴方のお願いを何でも聞いてあげるわ」

瞬間、ウィルソンの目が血走った

立ち上がり、興奮ぎみに捲し立てる

「本当ですか!?」

「本当よ?」

「会社の今までの開発商品の超詳細データとか、他社の機体のありったけの情報とか、オーストラリアHMMAS視察の旅とか用意してくれますか!?!?」

「もちろん」

「大陸の謎のこととか死神の傭兵の戦闘記録の全てとか細かく教えてくれますよね!!!???」

「お安い御用だわ」

「よーし、がーんばーるぞおおおおおお!」

セリアのペットボトルを奪い取って中身を二秒で飲み干した後、ウィルソンは再びパソコンに食らい付いた

 

 





続きます(震え声)


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こちらはサンプル動画となります

 

世界中の国々が注目するものが、この世界にはある

人型機動兵器 その名の通り、人間と酷似したフォルムを持つ陸上兵器である

これまでの戦争における陸戦の主力兵器である戦車を凌ぐ性能を誇り、さらに低コスト 他国の侵略に怯える、もしくは虎視眈々と他国を襲おうとする国々にとっては、どうしても目を離せない存在であった

AGW-16虎徹 人型機動兵器発祥国オーストラリアから様々な国が買い求めた、人型機動兵器だ

この虎徹を必死に解体、研究し、各国は人型機動兵器を自らのモノにしようとした 初めて手に取った技術やテクノロジーに、様々な国が頭を抱えた

そんな彼らの元に、一つの映像が届いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロー、エブリワン こちらクロノスインダストリ

ヴァーミリオン社から独立した、いわば新興企業というものだ

そして我々は、貴殿方の欲しがっている物品について誰よりも詳しい 貴殿方の買い付けたその虎徹の開発元たるオーストラリアと同じくらい詳しい

かつてオーストラリアが『大陸』と呼ばれていた頃、我々は一機の人型機動兵器を開発した

タナトス そう名付けられた機体は、我々の派遣した傭兵とともに大陸で無数の戦果を挙げた

ところでこれを見ていただきたい これはかつて大陸に存在した組織である革命者の基地だ 虎徹より性能の高い人型機動兵器が大体三十ほど配備されている

そしてこれから、この基地が壊滅する

・・・戦闘が終わった

この映像は、タナトスの機体に取り付けられたカメラで撮影されたものだ 我々の製品がすべてにおいて大陸の他の人型機動兵器の追随を許さない性能を持つことを、認識できたと思う そう、我々の開発した人型機動兵器だ 我々なら、虎徹を三十機纏めて殲滅できる性能の機体を用意することができる

我々には技術がある データもあれば資金もある 資源があり土地がある 人員、工場、弾薬、エアコンの効いたオフィスとビフテキの美味い社員食堂もある そして一応売り物もある

だが我々にはたったひとつ足りないものがある それは顧客だ それは貴殿方だ

このタナトスのスペックデータと我々の開発した新型機体ハーキュリーのデータをまとめて百万ドル それが我々と貴殿方の契約の証だ

ハーキュリーは十メートル程度の作りの簡素なものだ 貴殿方がこの機体を解析すれば、貴殿方だけで新しい人型機動兵器を楽に開発できるだろう 一から虎徹を調べるより早く安く済み、さらに高性能な機体を作る基礎になる

無論、直接我々から人型機動兵器を買い付けてもいい 残念ながら現在の我々には、タナトス一機しか『売り物』がないが、貴殿方のオーダーさえあればいかなる機体も作り上げることができる

つまり、貴殿方は我々に小金を送るだけで、世界最強の人型機動兵器を作り上げた会社と繋がりを持つことができるのだ そしてこの映像は、かなり多くの方々に送った

さて、その内何人が我々と契約するだろうか タナトスのデータとハーキュリーのデータ、この二つを利用した人型機動兵器が貴殿方の敵が手にしたら?もしくは、我々の作り上げた機体が貴殿方の敵の戦力となったなら?

今回の映像はサンプルとなる 貴殿方はこのホットなアダルトビデオを買い付けるだけで、世界を牛耳る可能性を持つ 我々は貴殿方が良き顧客となってくれることを心から願う

『お客様に最高の戦争を!』クロノスインダストリから

 

 

 

 

このアメリカンジョーク混じりの映像サンプルが、各国に衝撃を与えた 彼らが世界最先端と思っていた虎徹は、ただの雑魚に過ぎなかったのだ

世界中の国々がクロノスインダストリからハーキュリーのデータを買い求めた いくつかの国家はオーダーメイドの人型機動兵器の注文を真剣に考えている

大陸歴32年、世界は人型機動兵器による戦乱へと転がっていく

 

 





恐ろしい会社ですわホント
鉄人戦争の開戦を後押しするとは

あ、ちなみにタナトスが売れてハーキュリーが売れない理由は、ハーキュリーが試作段階の未完成機だからです


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ネタ系のお話
猫起動



おまたせっ♪



 

ホワイトボードにペン先が走る インクで描かれた軌跡は文字となって意味を持たされた

楔作戦 そう書かれた字の下には、重要度を表す二本線があった 

ボードには緑色の曲がりくねった線がある その中に、大小様々な丸が点在している

そう、この緑色の線の内部はブルターニュ半島 フランスの領内にある丘の多い地域だ

「ここにいるアメリカ軍部隊を叩く」

ドラグ1ことサクラはそう言った その一言に対し、ドラグ2が手を上げる 意見があるようだ

「丘の上にある敵拠点には敵HMMASが30以上確認されています、これをどう攻略するのですか?」

現在ドラグーン分隊が共に行動しているフランス第七陸上機械化師団には、人型機動兵器は10ほどしかいない ドラグーンを含めても16である

この差は大きい 突き詰められた現代の戦争において数はとても大きな意味を持つ

約二倍の数の敵機が相手には、とてもではないが不利である

「我々が囮になり、敵を誘き出す 我々とは真逆の方からフランス現地軍が空中から降りてきて・・・攻め落とす訳だ」

ボード上に線をたくさん走らせながら、ドラグーン分隊とフランス現地軍の動きを表現する 大きい丸は北から、小さい丸は南東から

それぞれフランス第七機械化中隊とドラグーン分隊のことを指していた それに囲まれている磁石は、十中八九件のアメリカの拠点なのだろう

「チャフとECMとフレアと諸々を盛大にぶちまけて敵の目を叩き潰し一気に接近、二手に別れて攻撃開始だ」

その言葉と同時に、サクラは磁石を摘まんでホワイトボードから外した

今度はドラグ3が手を上げる

「二手に別れるってんなら、どんな編成にするんで?」

「ドラグ4とドラグ5は私と共に来い もう一方はドラグ2が指揮を執れ」

「了解しました」

簡潔に答えた ドラグ2の眼鏡が照明を反射する

「以上だ、なにか質問は」

誰も声をあげない 質問がない証拠である

サクラはスポンジでホワイトボードを撫でる 線はみるみるうちに消えた

「ドラグ6はここに残れ 他は解散!」

テントから四人が立ち去る 足早に去った他の隊員を無言で見送ると、ドラグ1はドラグ6に膝に座るよう促した

「にゃおーう」

他の四人が立ち去った後、一人指示を待つドラグ6 物静かなものだが、まだ新兵であるのだ 彼にとっては初めての対HMMAS 戦となる

「心配はするな、落ち着いてやれば死にはしない・・・はずだ」

パイロットスーツ姿のドラグ6に、ラークロスタは言う 少々歯切れが悪いのは、確約できないのを彼女自信知っているからだ

ドラグ6の喉を撫でながら、ラークロスタは表情を暗くした

戦場では落ち着いてやっても死ぬときはある

臆病なくらいが、生き残ることが多い しかしそんな弱気なことを言えば士気に関わる

上官としても、一人の人間としても、彼女はやや未熟なのだ

「スターライトを信じろ それが一番、鉛玉を食らわずに済む方法だ」

「みゃおお」

ドラグ6の鳴き声に、ラークロスタは微笑んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャフ到達五秒前・・・四!」

ドラグ2がシールドを構えた カウントダウンが一つ減る

「みゃあっ」

ドラグ6もシールドを前に突き出した

戦端は既に切られている 敵拠点からの砲撃をシールドで防ぎつつ、前進

チャフがばら撒かれれば砲撃は止むだろうが、チャフがばら撒かれてから動くのでは遅い 敵が電子攻撃に対応してから懐に潜り込んでも数により袋叩きである

だからチャフが機能した状態による攻撃で、一気に潰すしかない

「うにゃー」

ドラグーン分隊が勝利するには、敵の攻撃を掻い潜りながら接近する必要がある

「三・・・ぐっ、クソ!」

ドラグ3のシールドに榴弾が直撃する

スターライトのシールドは左腕のハードポイントに接続する追加装甲だ 衝撃を受け止めきれないときは片手を道連れにしてしまうときがある

そう、シールドは衝撃を殺しきれなかった ドラグ3のスターライトの左手が機能不全を起こし始めている

食らった反動で大きくのけ反るスターライト しかし、踏ん張ったお陰で転倒はしなかった

幸いだったのはミサイル攻撃が少なかったことだろうか 対策はしていないわけではないが、対地ミサイルの雨は流石のHMMASもひとたまりもない

時折飛んでくるものも、精々二発や三発程度 スターライトの機動性なら難なく避けられる

今まさに飛んできた弾頭を左にかわしたドラグ2が、カウントを読み上げた

「二・・・一・・・!」

ドラグ2が言い終わると同時、ミサイル攻撃は完全に止まった

チャフが起動したのだ

ドラグ5が撃ったチャフを詰めた砲が敵拠点に到達したのだ

レーダーに頼って遠距離から余裕綽々に砲撃していた敵は、今、目を一瞬にして潰されたことになる

ドラグ6がカメラアイを点滅させた

「にゃおおー!」

の合図である

三機のスターライトがブースターを全開にした ジェット戦闘機の足下にも及ばぬものの、地上戦力としてはその機動力は圧倒的だ

「エンゲージ!」

ドラグ3が叫んだ しかし無線機がチャフとECMで封殺されている今は、それはただの独り言になる

しかしドラグ3の一言は無駄ではなかった 三機のHMMASの目の前には、あたふたと飛び出してきた三機のHMMAS

敵の機体はライフルを向けようとするが、その前にドラグ2が動いた

敵機の銃口が横に動く その一動作が終わることはなかった

ドラグ2のスナイパーライフルが、胸部に直撃したからである

食らった反動で後ろに倒れた味方機を見て、残りは完全に浮き足立った

「うみゃあ」

ドラグ6が両手のライフルを連射する 直線的で単純な撃ち方など、横に移動すれば避けられる

しかしドラグ3はそれを狙っていた

「食らえってんだ、この!」

ブースターで横に動いた敵の、曲線を描く胸部に、ショットガンが撃ち込まれた 凄まじい音をたてて風穴が穿たれる

残り一機がそれにライフルを向けるが、ECMがロックオンに影響を与えていた マニュアル照準で動き回る敵に武器を当てるなど、不可能に近い

しかし、ドラグ6はそれをやってみせた

敵を撃破した直後で隙のできたドラグ5 それを狙う隙だらけの敵機

ドラグ6はその敵機に、右手のライフルを撃った 腹部に命中

特殊ライフルの弾が、爆発する

閃光 爆ぜる敵機

「みゃーお」

ライフルを下ろし、ドラグ6機が足を止めた

だがスターライトが突き飛ばされたようにふらつく マシンガンを肩に食らったのだ

マズルフラッシュが連続し、弾丸が飛んでくる

ドラグ6に当たったのはまぐれだったのか、やや離れた位置の敵の攻撃はそれほど正確ではない

左手のシールドで弾を受けつつ、スターライトはブースターを吹かす

Gがパイロットを襲う 足が地面から離れる

接近し、ドラグ6はライフルを撃った

左手のライフルは敵の機体のコクピットを貫通 背中から鉄の粒が飛び出す

そんな状態で生きられるものなど存在しない

尻餅をつくように崩れ落ちた敵

「にゃあ」

銃創からこぼれ落ちるのは、オイルではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く・・・ここまでか・・・?」

サクラ・ラークロスタ少尉はコクピットに開けられた穴から外を覗き見た その左肘から先は、無い

右手でコンソールを操作しようとするが、目当てのコンソールが穴になっているのに気付き、乾いた笑いを上げる

「・・・?」

突然、コクピットの穴が広がった気がした

そしてハッチが開く ドラグ6の耳が顔を覗かせた

「・・・助かったよ」

新人パイロットの肩越しに見えたスターライトの損傷は酷いものだった 二回目の戦闘であそこまでボロボロなのは笑える

自分でもそこまで酷くはなかった

無線機から声が響いてきた

「こちらドラグ2、敵拠点の制圧を確認 ドラグ1、応答を」

「ああ、ご苦労 よくやった」

ドラグ6が慎重にサクラの傷跡を舐める 左手を失った人間を雑に扱うことはできない

サクラは無線機に応答を続ける

「しかし、負傷してしまってな」

「ドラグ4とドラグ5はどうしましたか?」

「先に行かせた 私を置いていけと言っておいた」

猫は手当てを続けている あまりの怪我に脳が処理を断念したのか、痛みは感じない

傷の断面すらボロボロなサクラの片手 ドラグ6は応急手当に手こずった

その様子を横目に、サクラは言った

「新入りは?」

「それが戦闘の混乱で見失ってしまい・・・」

「それなら、私の隣で頑張ってくれている」

「了解です それから一つ」

ようやく痛覚が戻ったのか、じわじわと痛みが甦る

それに顔をしかめながらドラグ1は聞いた

「どうした」

「労ってやってください」

ため息のようなものをしながら、サクラは呟いた

「ああ」

ちらりと、ドラグ6を見る

通信の内容など聞いていないかのごとく、一心不乱に包帯と消毒綿を使用している

「では、通信終了」

「ああ、通信終了」

 

 

 

 

 

 

「まったく可愛いなぁお前はぁ」

無くなった左手の代わりに、サクラは右手でドラグ6を抱えた

「これからも頑張れよぉ~」

顔を綻ばせながら、ラークロスタは部下の毛並みを堪能した

「うにゃー」

 



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第零章 目覚めよ鼓動と目を開き
【一歩】



始まりました前日談
主人公竜ちゃんの、訓練生時代でございます



 

青い空、白い雲 雲を繋ぐ飛行機雲

熱い太陽が遠慮なく紫外線を降らせ、アスファルトの上の集団をじりじり焼いている

「おーし、走り込みはここまで!各員着替えて八番ガレージへ!」

厳つい顔の教官が、腕を組みながら怒鳴り付ける

甘ったれた新兵には、キツいくらいの言葉が丁度いい 少なくとも、もっとキツい場所への耐性はできる

ここはユーロユニオン合同の訓練施設 毎年沢山の兵士を鍛え上げ、戦場へ送り出している

米露に対して開かれた戦端は、みるみる加速した 新兵器・人型機動兵器も投入され、ここではその慣熟のための訓練も行う 初陣に出る新兵一人一人が全力で戦い生き残れるように、トレーニングは熾烈さを極めた

「では一番、六番、九番、十四番、二十八番、三十六番!ウィンストーンに搭乗、模擬戦区間で待機!残りの三十人も模擬戦区間東の壁でけ見学!もたもたするなッ!!」

六機のHAMMASの前に、それぞれ一人ずつヒヨっ子が集う 彼ら全員、既にパイロットスーツへの更衣は済んでいた

ウィンストーンの背中側へ続く階段を登り、背中のハッチへと滑り込む ハッチを過ぎると、狭いコクピットがあった

シートへ座り、ベルトを絞める 操縦悍に手を、ペダルへ足を置く そして頭上にポツンと備え付いた、虎模様のボタンへと手を伸ばした

ボタンを押した瞬間、コクピットの計器が一気に全て起動する モニターも点き、ウィンストーンの頭部からの映像がくっきりと写し出された

「全機、機体のシステムは起動できたな?」

教官の声が耳を叩く これから彼の指示通りに、HAMMASに乗った訓練を行うのだ

オペレートを聞き逃したら、後で何が起こるか

「では一番の機、ルートは知っているな?模擬戦区間へウィンストーンを歩行させろ 他五機は指示があるまで待機!」

警告音と、赤ランプの明滅

一番遠いところにいるウィンストーンの前方、ガレージの大扉がスライドしていく 外部からは、関係者以外の退去命令のアナウンス

照り付ける太陽光を浴びて、訓練機は一歩を踏み出した

出口の向こうへ消える一番機

他の五機も、教官の指示通りガレージを出ていく

そして、最後の一機の番

「六番の機、出ろ」

モニターに写るのは、開放される扉 それに向かって、一歩、二歩と歩を進める

確かな歩み

二分ほどウィンストーンを歩かせると、コンクリートの塀を抜け、視界の先に広大な土地が現れた ここが、模擬戦区間である

既に他の五機は待機していた 慌てず、歩みを続けてそれに合流する これでウィンストーンが六機揃った

チラリと視界を遠くに投げると、頑丈そうな建物に無数の人影があった 見学を命じられた他の新兵であろう

「貴様ら、今回は優秀な成績の六人による模擬戦だ!」

同期達を眺める暇もなく、教官のどら声が通信機から流れ出た

「ペイント弾を三発受けたら負け!自分以外は全員敵だ!戦闘開始は一分後、それまで好きに散っていろ!始まったら敵を撃て!わかったなッ!」

ウィンストーンが走り出す 他の五機は散り散りに離れた

教官のカウントダウンがゼロとなる

「戦闘開始!!」

HAMMASは、右手に握ったアサルトライフルを構えた

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦区間東の宿舎 今回の模擬戦の特等席だ

その特等席の中のさらにプレミアシート、監視塔にて二人の女性が双眼鏡片手に下を見ていた

「いいパイロットが見出だせると良いですね、バレンタイン准将」

黒髪の女性が、隣の小柄な女性に訊ねる 模擬戦だというのに、双眼鏡を通したその眼光は鋭い

「宝石の原石は、最初は醜いものよ」

一方、子供とすら言えるような体型の女性は、リクライニングにもたれている 双眼鏡越しでも、あまり模擬戦に興味を示していないのがわかる

「そうなると、原石が見付かるかは見る側の責任になるわ 頑張りなさい、サクラ少尉」

名を呼ばれた黒髪の女性は、その表情に真剣さを増した

 






戦場駆動に引き続き始まった、戦場起動前日談
まだ続きます!


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【奮闘】

 

「へっへっへ、いたいた・・・丸見えだぜ」

訓練生十四番は、建物に隠れながら遠くの様子を眺めていた そこには、自らが乗るのと同じウィンストーン

彼の戦法は極単純 後方からの闇討ちである

なにも真っ正面からぶつかり合う必要はない 使うべきなのは頭と、知恵だ 例えどんな卑怯な手であろうと勝てば良い

戦争とはそういうものだ これは模擬戦だが

「まずは一機・・・?」

障害物から身を乗り出してウィンストーンに銃を向けさせた その時、十四番は先程までいた別のウィンストーンがいないのに気付いた

余所見した瞬間に逃げられたか 否、ウィンストーンはそこまで素早くない 一瞬で見失うほどのスピードは出せない

「くそ、どこだ どこに行きやがった!」

獲物がいなくなったことに苛立ちながら首を振り回すも、左右の地平線には遮蔽物を除きなにもない 後ろも同じく

では、あのウィンストーンはどこへ行ったのだろうか

十四番が首を捻ると、地面に黒い影が浮かんだ 自分のものとも、近くの遮蔽物代わりの建物のものでもない

それは、別の存在の影であった

「しまっ・・・」

上か そう気付いたのは遅すぎた

ブースターでウィンストーンの頭上に浮かんでいたウィンストーンは、しっかりと狙いを定めたアサルトライフルを撃った

トリガーと連動し、三発の弾が順番に飛び出し、十四番の機体へ当たる

弾けた弾丸から、真っ赤な塗料が溢れ出た

ちょうど三発 十四番の失格である

被弾の反動により尻餅をついたウィンストーンを見下ろす、別の訓練生の機 その肩にある6の文字

十四番は、それが訓練生六番のものであると思い出した

 

 

 

 

訓練生一番のウィンストーンが、アサルトライフルを三発撃つ 三点バーストによって放たれた弾だったが、全て地面に当たる

目標には命中せず

「当たらないっ!」

訓練生一番が歯噛みする 汗が額から滲み、パイロットスーツの中を湿気させる そんな状態が、彼からさらに冷静さを奪う

操縦レバーを握り締め、右に左に動かす 機体の脇をすり抜ける敵の弾にヒヤリとした

残弾は残り少なく、既に失格判定の三発にはリーチがかかっている 油断したらすぐに終わりだ どうしてこんなにもピンチなのか

「九番を仕留めるのに、消耗したからか!」

同期の中で三本指に入る自分へ弾を二度直撃させた訓練生のことを思い出し、一番は舌打ちする 今さら言っても遅いが、奴とはもう少しスマートに戦うべきであった

そんなことを気にしていても仕方がない また引き金を引く

「当たれよ!チィッ!」

ウィンストーンの横ステップ 三点バーストはまたもや直撃ゼロ

「そんなぁ!」

ついに一番が弱音を吐く その瞬間、ウィンストーンの顔へペイント弾が叩き込まれた

一発の赤色がHAMMASのヘッドをこれでもかと汚す

手も足も出ぬまま停止した一番は、自らを倒したウィンストーンを見上げた

「三十六番・・・」

 

 

 

 

出会い頭に二十四番を瞬殺し、三十六番はブースターを起動した

 

 

 



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【起動】

 

弾けるペイント弾 塗料が地面を染める

ブースターを吹かして、三十六番の射撃を避け続ける

二十四番の機体が倒れているこの地点で、最後に生き残った訓練生二人が戦う

三十六番がアサルトライフルを撃った バースト射撃で放たれる三発の弾が、真っ直ぐ六番の機体へ飛んでいく

一発目は当たらず 二発目はかわされる が、三発目が胸部を叩いた

色が散る

あと二発 六番はあと二発食らえば負ける

三十六番のウィンストーンはもう一度銃を撃つ 今度は三発全部避けられる

六番は二十四番の近くに向かった

遮蔽物にするつもりなのだろうか だが、無様にも弾をもう一度食らう

脚に絡み付くペイント

三十六番は無傷だ 避け続けるとしてもこの差は大きい

最早六番に勝ち目はないように思えた

 

 

 

 

「これは決まったかもね」

監視塔頂上の部屋から様子を眺めていたバレンタイン准将は、首を横に振って言った

「今やられてる子、もう無理よ どうしようもないわ」

「いえ、最後まで見届けましょう」

「サクラ少尉?」

不思議そうな表情でバレンタインは隣の部下を見る 実戦にて戦場に立つ彼女だからこそ、六番の置かれているこの状況がどんなものかわかると思ったが

だがサクラ・ラークロスタは言う

「次に何が起こるか完璧にわかるなんて、そんなことはあり得ません 特に、戦場では」

そう呟くと、サクラは双眼鏡に目を戻した

「ふぅん・・・そうね、最後まで見届けましょうか」

納得したように頷き、バレンタインもまた視線を訓練場へ戻した

その時、戦いが動いた

 

 

 

 

それは一瞬だった

三十六番のウィンストーンがアサルトライフルを向けた時、六番のウィンストーンは二十四番の機体から武器をもぎ取っていた

三十六番にやられた二十四番は、指示があるまで動けない 当然やられる前まで握っていたアサルトライフルもまだ持っていた 六番はそこに目を付けた

この局面に来てもペイント弾を一発も食らっていないということは、それだけの回避力がある証拠 無駄玉をいくら使っても当たらない

ならば、武器の数を増やせばどうか

元々持っていたアサルトライフルを右手に、新たに手に入れたアサルトライフルを左手に持ち、ウィンストーンは飛んだ

ブースターが焔を吐き出し、HAMMASを空へ飛ばす

空中へ武器を向けた三十六番 その視界には、弾の雨が見えた 両手の銃から飛んでくる、途絶えることのない弾丸の雨 武器を降ろして回避に専念する

だが、空中から絶え間なく撃ち込まれるペイント弾は装甲を叩いてくる 一発、二発

そして三発

回避が間に合わない 弾幕は三十六番を打ち、ついにその機体に三ヶ所の汚れ跡を叩き付けることに成功した

着地する六番のウィンストーン 三十六番の機体は、敗けを認めたように立ち止まった

「そこまでぇーッ!」

通信機越しのどら声 耳をつんざくそのボイスが、終了を宣言した

恐らく、六番だけでなく他の五人にもこの一言は伝わっている

つまりは、訓練が終了したのだ

鋼鉄の巨人達の戦いは、ここに終結した

 

 

 

 

 

格納庫に六機のHAMMASが並ぶ 全機ペイント弾をどこかしらに食らい、汚れだらけだ

その汚れた機体達の中に、六番の機体があった

ざわざわと騒ぎ立てる訓練生達の視線を一身に受ける

「おい、六番」

通信機から教官の声 いつもの指導している時とは違う、どこか優しさを感じる声音

その声音を維持して、教官は言う

「さっきの訓練、お偉いさんや実戦部隊の指揮官も見学に来ていたんだが・・・」

歯切れの悪い言葉遣い やがて教官が意を決したように言葉を紡いだ

「彼らからスカウトが来てる どうだ?受けるか?」

六番は、答えない ウィンストーンも、動かない

ただ、静かに佇むのみである

 

格納庫の向こう、両手にアサルトライフルを持ったHAMMASを、遠くから眺める二人の女性があった

 



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【死神】
とあるご家庭にて



何故この話をこの日に?と思う方もいるかもしれません
しかし今日は、《いい夫婦》の日です



 

木目を意識した模様の階段を、一人の少女が駆け降りる

可愛らしいリボンが付いたスカートは、柄付きのシャツとよく似合う 背中で揺れるリュックには、エレメンタリー・スクールの名札 その少女は小学生ということだ

二階から降りてきた少女は、ダイニングのドアを開けた

「おはよっ」

天真爛漫な笑顔が、朝日に照らされている

「おはよう、メリル パパが朝ごはん持ってきてくれるからね」

椅子に座ってコーヒーを飲む母親は、元気な娘に微笑んだ 揃えたブロンドは、母娘のお揃いだ

「はぁい!」

元気な返事をしてから、メリル・レイクは椅子に座った テーブルの脚の隣に、背負ったリュックをそっと降ろす

すると、その目の前に湯気の立つフレンチトーストが置かれた

置いてくれた男に、メリルは笑顔で言う

「ありがと、パパ!」

漆黒のパイロットスーツを着たメリルの父は、娘がパンをかじる姿を見つめている スモーク仕様のフルフェイスに、朝日が反射していた

エプロンを揺らしつつ、妻の所へもフレンチトーストを置く

「ふふ・・・ありがとう、いただきます」

コーヒーカップを皿の脇に置いて、ミシェルは笑った

今度は妻の食事を少し眺めてから、男は踵を返した キッチンのヨーグルトと野菜ジュースを持ってくるためだ

トレーに乗ったヨーグルトと二つのコップを運ぶ 幸せそうな妻子の表情は、キッチンの向こうからも見えた

「それでね、先生がね」

「うん、うん」

「昨日もこれやってたな?って言ったの!」

「えぇ、気付いてなかったの?」

時々話し声と、笑い声も聞こえる

足取りも軽く、トレーも軽く感じる

かつて、『死神の傭兵』と呼ばれ、今もなお『大陸の死神』と呼ばれ恐れられるパイロットは、最高の幸せを、その身に感じていた

 

 

 

 

太平洋上に突如現れた謎の巨大物体 それは『大陸』と名付けられた

大陸は各国政府の目が届かぬ唯一の土地となり、広大な土地や採集されるロストテクノロジーを求めて幾つもの組織がこぞって奪い合った

最終的に生き残った組織が『オーストラリア』を名乗り、現在に至る

組織による大陸での苛烈な戦いは『大陸争乱』と呼ばれ、そこで生まれた新兵器HAMMASは今もなお戦場にて活躍している

さて、その大陸争乱では、当時人型機動兵器と呼称されていたHAMMASを駆る『傭兵』がいた 自由に雇い主を選んだ彼らは、その戦力で戦場の花形となっていった

現在は活動を辞めたり、既に死亡していたりでほとんどいなくなってしまったが

そんな傭兵の中で、最も活躍した者がいる

『死神の傭兵』 そう呼ばれ恐れられたパイロット 戦場全てを薙ぎ払い、立ち向かう者全て焼き払い、どんな逆境も楽々と振り払った、最強のパイロット

大陸争乱を知る者ならば、恐れぬ人物など一人もいない

そんなパイロットが、いた

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!」

まず、小学校に行く娘を見送った リュックが背中で跳ねている

元気でエネルギッシュな笑顔を浮かべ、メリルは軽やかに走っていった

「じゃあ、行ってきます がんばってくるね」

スーツに着替えた妻は、左手に摘まんだ車のキーを振った 彼女の仕事は宝石の卸売り、その会社の社長だ

職場へ向かうために自動車へ足を運ぶ前に、ミシェルは振り向いた

「メリルもいないし、ね?ダメかな・・・」

唇に指を当てて、下目遣いにヘルメットを見詰める

エプロンを揺らして、死神はバイザーを開けた

二人の顔が、少しずつ近付く 鼻と鼻が触れ合う

そして、見詰める瞳が潤う

「んっ・・・」

数秒の静寂の後、夫婦は少しだけ離れた

「じゃあ、行ってきます ね?」

ミシェルはそう言って、車に乗り込んだ

妻の車が道路へ向かったのを確認し、パイロットスーツは家へ戻った

古今において死神と恐れられた一人の男は、幸せの絶頂にあった

 

 





ツヅキマスヨ!


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レイク家の一日


実は主人公としては竜ちゃんより目立っていると思う死神君



 

朝、陽が顔を照らして眩しい時間

メリル・レイクは朝食をとって、バス停の前にいた 学校のバスは定刻どおりにやって来るので、遅刻は厳禁なのだ

ベンチに座って待つ 早寝早起きしたお陰で、今日も遅刻せずに済みそうだ メリルのしたり顔が朝日に照らされる

数分もかからずにスクールバスはやってきた 鞄を背負って乗り込む

バスの中でメリルは、朝日の当たらない席を選んで座った 眩しくて目が開けられないのが、彼女にとって嫌なことだ

バスは次のバス停で止まる 他の生徒が騒がしく乗り込んできた

その中に、メリルの友人がいた

「おはようメリル!」

「おはよう、サリー!」

挨拶を交わした二人の少女は、隣同士の席で暫く談笑した メリルの金髪とサリーの赤髪が、朝陽を透かしながら揺れる

しばらく楽しいお話をしていた二人の話題は、昨日の宿題へと移行した 鞄を開けたメリルは、自信満々に作文を取り出す

「これが、『私の大切な家族』だよ!」

「すごーい、枠一杯まで文字が入ってるー!沢山書けたんだね」

文字数の多さに驚くサリーに、メリルは照れ臭そうに笑った

「だって、本当に大切で、本当に大好きだから!」

 

 

 

 

 

 

 

昼、太陽が中空の頂点に達する時間 ミシェル・レイクはワークデスクの上にある写真に微笑みかけた

スタンド付きの透明なケースに入ったそれには、人物の幸せそうな姿があった

「ふふふ・・・思い出すなぁ、色々」

写真は二枚あった

片方は、家族全員の写真 遊園地で、係員に頼んで撮影したものだ

風船を持っているメリルの背丈に合わせて、両親はしゃがんでいる

もう片方は『大陸』で仕事をしていた、今より若い頃のミシェルとその夫の姿だ この頃二人はまだ結婚を考えるような間柄ではなく、ただの仕事上のパートナーのような雰囲気だった だがミシェルは、この頃から彼に惹かれていたのだ

そういえば、プロポーズしたのはどちらからだったろうか そんなことを考えていると、突然声をかけられた

「社長・・・レイク社長!」

「あっ、ああ、ごめんなさい つい・・・」

「いえ、やる事が無いから暇だっていうのは問題はないですけど・・・でも今からこちらをお願いします」 

ミシェルの会社の社員は、書類を置いた

ミシェルのいるここは、彼女が立ち上げた宝石の卸売業社である 『大陸』時代で築き上げた努力と根性と財力と事務処理能力を遺憾無く発揮し、ミシェル・レイクは会社を凄まじい勢いで回している

おかげで、有能すぎる彼女のペースに着いていけない社員も続出しているのは、少々の笑い話だ

「はい、わかりました すぐにやっておくわね」

書類を手に取ったミシェルは、部下が社長室を出てからまた写真に目をやった そして、家族のことを思い出し、幸せを噛み締めた

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、日が沈み始める頃 黒いパイロットスーツの男が玄関のドアを開いた

振り向いて内鍵をしっかりと閉め、両手の紙袋を揺らしながらダイニングへ入る パンパンに膨らんだ袋には、食材がたんまりと詰まっていた

食卓に紙袋を乗せ、中の食材を一つ一つ手にとって置いていく 量が量なので、落ちたりしないよう気を付けながら隙間なく置いていく

今朝家族団欒の場となっていたテーブルは、紙袋の中身によってスーパーマーケットのような有り様となった 空になった紙袋を破いて丸めて、ゴミ袋の中へ放り込んでおく ちなみに燃えるゴミ回収の日は明日なので、忘れないようにしておく

続いて冷蔵庫のドアを開き、食材を突っ込む 元々中にあった食べ物は一旦外に出し、買ってきた物をどんどん入れていった

「ふぅ、ただいまー」

その作業をしているうち、玄関が開く音がした 妻か娘かわからない 二人とも声も顔も似ている

作業の手を止めて出迎えに行く前に、夕飯の食材をキッチンに置いておく 今日一日、家族はお腹を空かせているだろう

冷蔵庫から取り出したのは、少々古くなった魚だ よく火を通しておこう

世界で一番大切な家族のために 食中毒は許さざるものだから

 

 





メリルちゃんは超母親似です


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一本の電話

 

夕食が終わり、家族は皆就寝前の時間を楽しみ終わった メリルはもう自室で眠っているだろう

メリルの父親はリビングにいた 椅子に座り、何かを片手に握っている

その物体から放たれた光が、証明の消されたリビングの中で、唯一フルフェイスヘルメットを淡く照らしている

持っているのは、通信用の道具 しかし普通の携帯ではなかった ごつごつとした外見の、やたらと重そうな無線機であった

彼はこんなものを常用しているわけではない いつもは一般の携帯電話メーカーのスマートフォンを使用している

なので今使っているのは、常用外の通信装置だ

ではどうしてそんな穏やかではない物品があるのかと言うと、持ち主に対して穏やかではない用件がやって来ることがあるからだ

無論、そんな用件がそう沢山舞い込むことはない 大陸争乱の頃なら兎も角、死神の傭兵の主戦場であるオーストラリアはもう平和になったのだ 精々、二年に一度あるくらいだ

最後に出撃したのは、三年か四年ほど前の、国際連合によるテロリスト殲滅作戦の時だ どこの国も部隊を送れない状況で、タナトスが呼び出され、莫大過ぎる報酬と引き換えにテロリストの潜伏先を焼き払った

それ以来、依頼は来ていない

だが、果たして今のこの通信の用件に心当たりが無いと言えば嘘になる 現在、米露の同盟とユーロユニオンが対立し、戦争を引き起こしている 恐らくこの用件は、その戦争に関係しているのだろう

武骨な通信機のボタンを押すと、メールメッセージが表示された 案の定、死神の傭兵への依頼文だ 差出人ユーロユニオンの某准将

依頼内容、米軍バミューダ駐留艦隊の撃滅

追記、この作戦は、このおろかな戦争を終わらせる一手となる

「・・・行くのね?」

可憐な声と同時に、部屋の電灯が明かりを灯した

リビングのドアを後ろ手に閉めながら、ブロンドの美女が悲しそうな顔をした ミシェルの視線には、握られた通信機

彼女は大陸争乱の際、タナトスのオペレーターとして様々な戦場を駆け巡っている が、ミシェル自身は争い事を嫌い、傭兵が傷付くことを恐れていた それは、二人が結ばれてからも変わらない

優しく、寄り添う そしてお互いに支え合い生きていく それがミシェルの望みであり、願いである

「・・・わかったわ 用意するわね?」

だがミシェルは同時にこう想っていた

彼が変わらないでいてくれるなら、共にいてくれるなら、支え合ってくれるなら、死神でいてほしいと

「私の死神さん、一緒に戦いましょう」

その微笑みに、死神の傭兵は頷いた

 

 

 

 

 

 

 

深夜、海に面した巨大なガレージ 多くの人々が寝静まって尚、その建物は煌々と明かりを放っている 否、このガレージに明かりが点いたのは、僅か数時間前のことだ

内部では、複数の人間が工具や何かの機械を持って行き来している 作業員の着ているツナギには、『ラドリー修理工廠』のロゴが刺繍されていた

「ラドリーおじちゃん!サラ姉ちゃん!セーナ姉ちゃん!」

フリルとリボンのあしらわれたワンピースを着たメリルが、ガレージ中央にいる三人に声をかけた

初老の男性、ラドリーが首をすくめる

「俺はもう少し仕事がある 構ってやりたいが二人とも、メリルを頼んだ」

「あいよー、任されました」

「オッケ さあメリルちゃん、お姉さん達に着いてきてね」

スレンダーな作業員がメリルの手を取り、背の低い作業員が手招きをする 二人とも女性で、作業員連中の中では上の権限を持っているらしかった

メリルはそれを知らず、無垢な表情で問う

「どこ行くの?」

「子供は寝てなきゃいけない時間だからね」

「ささ、向こうにベッドがあるよ~ 明後日にはパパもママも帰ってくるからね」

二人の女はメリルを連れて、ガレージから出ていった

それを見届けると、ラドリーはため息をつく

「いきなり叩き起こされて仕事とはねえ・・・ホーネットクルー、まだまだ硝煙から程近いってか?」

自嘲気味な物言いは、どこか懐かしげな色を持っていた 久しぶりに会った友人達とセッションを楽しむような、そんな気軽さがあった

「ジャスミンは別の仕事、ジョナスンとディアーズはユーロユニオンとこか 同窓会にしちゃ寂しいもんだ えぇ?旦那さんよ」

ラドリーの目の前には、カバーをかけられた巨大な物体が鎮座している 作業員は寄って集ってカバーを剥がし、中身を照明の下に晒した

次に、その中身に、クロノスインダストリから貸与された巨大ブースターユニットをドッキングさせる 試験品を使わせてくれるマッドサイエンティスト集団に、初老の整備士は形だけの礼を言っておいた

「通信機テスト、完了 カメラ異常無し 情報リンク確認」

横を見ると、ヘッドセットやインカムを付けたミシェルがいる その表情は真剣そのものだった 機器の具合をチェックし、通信機で交信を行っている

「内部システムオールグリーン コクピット異常無し ブースターユニットとの接続良好」

唐突に、ガレージの内部にエンジンの始動音が鳴り響く その音は段々と大きくなり、発音の間隔は短くなっていった 耳栓すら突き破るような爆音が、建物を物理的に揺らす

それは、レース前のアイドリング

「タナトス、発進してください!」

ミシェルのその一言を聞き遂げて、漆黒の人型機動兵器が明るみ始めた空へと飛んだ ブースターユニットから吐き出される焔が大気を揺らしていた

オペレーターの仕事を続けるミシェルをよそに、ラドリーは煙草を懐から取り出した そして呟いた

「おお、神よ 罪深き彼と我らを助けたまえ」

あの機体の名前はタナトス 大陸争乱にて、パイロット共々に最強の名前を欲しいままにしていた、大陸の死神である

 





死神君は戦ってナンボなところがありますから・・・


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【再臨】

 

米国バミューダ諸島駐屯艦隊旗艦巡洋艦カルフォルニアのブリッジ 艦隊総司令のオッズナードは歯を食い縛った 豊かな口髭に脂汗が垂れて、愉快な光沢を写している

怒号や指示の飛び交うなか、ブリッジクルー達はそれぞれの持ち場で慌ただしく動いていた 座りながら外部への指示を行っているオペレーター、艦内へ戦闘準備の指令を行う連絡官 走り回っているのは、伝言として寄越された人間だろうか

「おい、一体どうなっている!」

通話を切った連絡官に肌が触れそうなくらいに近付き、オッズナードは問う この艦隊の最高指揮官に詰め寄られた憐れな彼は、震えるような声で答えた

「た、たった一体のHAMMASにを、げ、迎撃できません!」

「なんということだ・・・!」

 

 

 

 

 

 

洋上を猛スピードで滑空する機械のカタマリ 一機の人型機動兵器が、巨大なブースターユニットの先端にちょこんと飾りのようにくっついている

「一時方向、上方から敵ステルス戦闘機接近 数は四」

狭いコクピットの内部に、清涼感を与えるように響く可憐な声 オペレーターの指示の通り、レーダーには敵の存在を示す光点があった

ステルス機というものは本来レーダーに写らないよう細心の注意を以て設計されている 開発者のその目論見通り、ステルス機はほとんどの状況で敵のレーダーに表示されずに戦える

だが、その隠密性にも限界がある 量子レーダーという特殊なレーダーならば、このステルス機の存在を関知することができるのだ この人型機動兵器には量子レーダーが積まれており、結果、ステルス戦闘機が近付くことを察知できる

そして戦闘機が近付いてくることがわかれば、パイロットにとっては十二分であった

その機体の全身は、暗闇のように黒かった その機体の頭部は、静脈血のように赤かった 右手に大筒のようなバズーカ、左手に巨大なガトリングを持たされ、装甲だらけのごつごつとした体躯

タナトス

ギリシアの死を司る神の名と、死神というの通り名とを持った、人型機動兵器

ステルス戦闘機がタナトスを発見し、ロックオンし、ミサイルを放った 音速を軽々と突破した誘導弾は、真っ直ぐに敵へと突き進む

「ミサイル接近!」

オペレーターの報告 パイロットは操縦悍を軽く動かした

タナトスの左腕が動く ガトリングの銃身が、回り、回る 巨大な発射音が鳴り、一発一発が戦車砲に匹敵する弾がいくつも吐き出された

愚直に人型機動兵器へと突き進んでいたミサイルは、ガトリングの弾により粉砕された

次にタナトスは右腕を上げた レーダーの示す方向、視界の遥か向こうにいる戦闘機部隊に向けて

引かれるトリガー 火を吹くバズーカ

熱源接近を探知したか、ステルス戦闘機はそれぞれ別方向に散開した だが無駄だった 一機に直撃したバズーカの弾は大爆発を起こし、爆風や衝撃波を見境なく撒き散らした

残りの三機はその余波から逃れられなかった あるいは破片で主翼を砕かれ、あるいは爆風で揚力やバランスを失い、ゆるゆるとした軌道で海面へと落ちていった

「敵ステルス戦闘機、反応消失」

タナトスはこの交戦で傷一つ無かった むしろ、強力な敵戦闘機を四機撃破し、これから相手にする米国艦隊の戦力を削いだ結果になる

ブースターユニットの吐き出す炎の勢いが強まった 機体にぶつかる風の勢いが増す だが問題はない、タナトスはその程度で動かなくなるほど柔らかい機体ではない

「十一時方向、ステルス戦闘機 数十三」

再び現れたステルス機 レーダーとオペレーターはそれを正確に伝える

タナトスのカメラアイが煌々と光を放つ 一段の加速と共に、黒い死神は更に加速した

 

 

 

 

 

 

「ハントラプターズ、全機応答ありません!」

「イエローライトニング、反応消滅!」

「空母ナスティス、次機発進まで残り五分!」

「敵機、艦隊接触まで残り百キロメートルを切りました!」

凶報の連続 思考停止しそうになる頭を無理矢理働かせ、艦隊総司令として厳とした態度をとる

だが、その姿勢がいつまでもつか、彼にもわからない

「全艦、接近する敵HAMMASへ砲撃を開始せよ!」

オッズナードはよく張る声でそう命令を下した クルー各員はその命令に了解の意を返すとすぐに動きを開始した

ブリッジの外から駆逐艦メイルレンを始めとした味方艦の主砲が鎌首をもたげるのが見える どれもこれもHAMMAS一機には大袈裟なサイズの砲だった

「準備完了次第、ミサイルと共に斉射ぁ!」

火線が飛び回る 目標は迫り来る敵

たった一機のみ

「初弾命中ならず!次弾命中ならず!」

「対空ミサイル、二十発全弾迎撃されました!」

「艦隊各艦から通信!ワレ命中弾ナシ!全て同じ報告!」

しかし相手はこちらの攻撃をものともしない 回避して撃ち落として、悉くを無効化する

オッズナードはまた冷や汗をかいた

最早敵は目と鼻の先だった あと少しもしないうちに艦隊へ直接攻撃ができる距離に来る そんな距離では戦闘機など出撃次第鴨撃ちにされるだろう

大型砲も同様に使えない 流れ弾で味方に被害が出る

ことここに来て、オッズナードは一つの可能性に行き着いた 余りにも荒唐無稽な噂話を思い出した

死神の傭兵

かつて様々な組織が武装を用いて紛争を起こしていた無法地帯だったオーストラリアにて、何者にも従わず、自らの武力のみで生き残ってきた者達 その中で、最強と呼ばれたパイロット

「ふざけるな、あれはお伽噺ではないのか!」

だがそれは、現実として目の前に迫っていた

「目視確認!」

監視員の一声 現れる黒い影

今度こそ、信じるしかなかった

タナトスだ

 

 

 

 

 

 

 

オペレーターが一言

「ブースターユニット、パージします」

それと同時に接続が外れ、背部に背負っていた噴射機の塊が自由落下を始めた その下には、広い甲板の空母

タナトスの背中から外れた大型ブースターユニットは、勢いよく敵空母へ突き刺さる それは質量と残存燃料で出来た大きな火炎瓶として威力を発揮した

爆発

パイロットは振り返らなかったが、後ろでは空母の甲板が燃え盛る鉄板と化しているだろう ブースターユニットには機密保持として自爆機能が備わっていたので、もしかしたら致命傷を与えたかもしれない

何はともあれタナトスは艦隊の内部に食い込んだ 艦砲射撃によって肩の装甲を少し破砕されたが、被害はそれだけ

この距離なら、敵はもう強力な砲やミサイル、戦闘機を使えない 大火力武器は誤射が確実に起きる 戦闘機は発進する前にやられる

そして接近戦で使える小口径砲ではタナトスの装甲は抜けない 一挙に集中して削られれば不味いだろうが、機動兵器が定点に留まることはない

この艦隊は、詰んだ チェック・メイトだ

オペレーターが指示を下す

「攻撃を・・・いや、待ってください 敵の軍艦から通信が・・・」

「そこの人型機動兵器!私の話を聞いてほしい!交渉を始めよう!」

ある程度歳を重ねたような男の声 無線通信機から流れてくる言葉

「私は、この艦隊・・・バミューダ諸島駐屯艦隊の司令官、ダニエル・ランドルフ・オッズナード大佐だ!」

オッズナードと名乗った米軍の将校は、タナトスのパイロットが静寂を保っていることを肯定の意と解釈したようだ 彼は朗々とした声で話を続ける

「君の予想通りだとは思うが、我々には君に太刀打ちする能力がもうない 降伏しよう そちらの条件を呑む!部下の命はどうか残してほしい!」

オッズナードは決意を込めた声で言う

「私の命はどうなってもいい だがせめて、部下は捕虜としてでも生き残らせてほしい!君たちがどんな団体であれ、無闇に殺すことが最終的な目的では無いはずだ 要求を呑む用意はある!交渉を始めよう!」

嘘偽りなき心からの言葉 恐らく言っていることに虚偽はない 艦隊は動きを止めており、攻撃の気配はない

突然の降伏の申し入れ

「ど、どうしますか?相手は降伏すると、言っています・・・交渉に応じますか?」

オペレーターは、パイロットに判断を委ねた この海域の運命が、タナトスのコクピットに収まる一人の男にあった

少しだけ、辺りが静まった

波は穏やかで、風も収まり、天は青く、海も青い

弾もミサイルも飛ばず、軍艦の群れはゆらゆらと浮かび、乗組員達は何も言わずにタナトスの方を向いている

少しだけ、周辺を静寂が支配した

黒い死神は、両手に持った武器の先端を下に降ろし始める

バズーカと、ガトリングを、下へと向け始めた

銃口は何もない海面に向けられ、そして次の瞬間タナトスのすぐ近くにいた駆逐艦に砲口を定められた

死神の傭兵はバズーカを叩き込んだ

 

 

 

 

 

 

「なんてこった!なんてこった!」

「奴はこの艦隊全部を潰す気だぞ!」

「反撃開始、撃ち落とせ!死神を倒せ!」

駆逐艦メイルレンが大口径の攻撃に木端微塵と化した瞬間、艦隊の各砲撃手は直ぐ様近くの機銃の銃座に飛び付いた 照準を黒い敵に合わせてトリガーを押す

秒速数百発の弾丸が他方向からたった一機を襲う 避けられる物量でも速度でもない だからだろうか、HAMMASは避けなかった

装甲に阻まれて虚しく散る無数の弾 頭、肩、足、腕と次々に突き刺さる が、それらは全て雨水でも弾くように効かない

反撃のガトリングが大回転した メイルレンの同型艦に大きな穴が沢山空き、焔と黒煙が吹き上がる 駆逐艦がまた一隻、船首を天に向けゆっくりと海底へ誘われていった

 

各艦は後方へ後退を始めた タナトスの通常時最大速力は時速七百キロを超えない 逃げることもできるかもしれなかった

だが黒い死神は逃げ出す敵を見逃さない

タナトスの肩部装甲が一部だけ開いた 中から顔を覗かせるのは、ずんぐりとしたロケット弾頭

後部へ点火 発射 飛行 最後に着弾

タナトスが狙ったのは艦隊最後方の艦だった ロケット砲によるダメージで機関に障害が生じ、その場に停止した 一隻二隻だけではなく、最後方周辺にいた艦の悉くにロケットが撃ち込まれた

逃走を図る艦の障害となった艦 逃げ道を塞がれているところへ、タナトスは追撃をかける

 

イージス艦から発射された短距離ミサイルをブースターによる蛇行機動でかわした人型機動兵器は、空母ナスティスに急接近した

「早く発進を・・・ぐわぁっ!」

タナトスは空母の上でスクランブルしようとしていた戦闘機のキャノピーを踏み潰した 赤黒い液体がこびりついた足裏を引き、ステルス機特有の滑らかな装甲に爪先を突き入れた

ローキックを受けた戦闘機は空母から滑り落ち、海中へ没した

沈むステルス戦闘機 見下ろす人型機動兵器

振り向く死神

「わあぁっ来るなぁ来るなぁ!」

乗員が悲鳴をあげるのを防弾ガラス越しに見ながら、タナトスはナスティスのブリッジを蹴り折った

 

深刻でない損傷を受けた戦艦から、なんとか生き残ったクルー達がゴムボートで逃げ出した 彼らが戦場になった海域を見回すと、辺り一面から煙や炎が伸びていた

「酷い、こんな・・・」

「一方的だ」

「無事な船はあるのか、生きている味方はどこだ?」

生存者が周囲を見回す

彼らはすぐ、あるものを見付けた それは自分達に近寄ってくる、黒い物体だった

そんな馬鹿な

こんな遭難者同然の、生身の人間さえ標的なのか

タナトスがガトリングを撃った 戦車砲と同等の威力を持つ連射型武装が大量の弾をゴムボートに吐き出す

生身の人間に使うべき武器では、当然なかった

 

燃え盛り、沈んでいくバミューダ諸島駐屯艦隊の艦たち あれら一つ一つが、軍人の魂であり、国家の誇りだった

それなのに、その魂や誇りを嘲笑うように、黒い敵機はいとも簡単に軍艦を破壊していく

悪夢とは、このことか

オッズナードはカリフォルニアのブリッジの目の前に立つ黒い人型機動兵器を見詰めながらそう感じた

全てがスローモーに見える 血相を変えて逃げようとする部下、自分の腕を引いて逃がそうとするクルー、そして銃口を向けてくるタナトス

顎髭を涙で濡らしながらオッズナードは思い出していた 彼が神童と言われていた頃、父親がよく聞かせてくれた言葉だった

死に抗える物は存在しない

このタナトスが、この戦場における死そのものだとしたら その思考に至った刹那、彼は炎に包まれた

死にゆく意識の中で彼はこう呟いた

奴こそが、死の象徴なんだ

 



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ある一家の幸福


前作主人公って響きが好きです
いかにも強そう



 

とある場所の大型ガレージ 一機の人型機動兵器が眠っている

戦場から戻って着たからかその所々には傷があった その周りにツナギを着たメカニック達がいる

「修理費は向こうの依頼主が全額持ちだぁ!無駄遣いしまくっても良いからとっとと済ませろよ!」

初老の男がメカニック達に指示を出す ラドリーである

本人も工具を持って整備に加わろうとしたラドリーだったが、声をかけられて振り向いた

「サラ、それにセーナか、メリルはどうした?」

「もう帰らせたわよ、整備長」

「お守りは完遂したから、仕事に戻るんだよ~っ」

二人の女性だった サラとセーナ そういえばこの二人はいつも一緒にいる

自分も長いことこの二人と一緒にいるよなと思うと、なんだか不思議な気分になる 仕事上仕方ないことにだが

「そうか、そりゃお疲れさん ふーむ、それにしても最近暇なもんだなぁ」

「いやいや、これから一仕事あるのにその台詞はないでしょ」

セーナのツッコミはもっともだが、ラドリーは現在と一昔前をどうしても比べてしまう 『大陸』では今より大分忙しかった気がする

あの時、現在は大陸争乱だのオーストラリア建国戦争だの言われているあの頃 共に戦場を駆け抜けた彼らも、今ではそれぞれに平和を謳歌している

世間では国家同士で紛争を始めているが、ラドリーは直接その渦中にはいない だから、まるで今が昔より平和だと感じるのだ

「もう、そんな風に昔と今を比べてたら、本当におじいちゃんになっちゃうよ?」

「ははは、そりゃあ困るな 俺はまだまだ現役だぞ」

サラの一言も心中では笑えない 一番忙しい時期からもう十年は経っている 

仕事をしてないとすぐに老いさばらえてしまいそうだった

静かに佇む一機のHAMMASを見上げる 闇のような黒い全身に、血のような暗い赤の頭部

死神と呼ばれた機体、タナトス

「そういえばコイツ、かなり整備性悪かったよな?」

「今さらそう言ったってどうにもならないよ」

「そうそう 皆で頑張って整備しようね~」

これから待つ幾星霜の作業に身震いしつつ、ラドリーは工具を持ち上げた

 

 

 

 

 

夕焼けの橙に染まる空の下 三人の家族が手を繋いでいた 昼間と比べて、その家族の影は長かった

微笑みを浮かべて娘を見る母親

静かに歩む父親

両親を交互に見て、無垢な笑顔を振り撒く娘

「強くてかっこいいパパが大好き!」

メリルは言った 彼女の父は深く頷いた

「優しくてきれいなママが大好き!」

メリルは言った 彼女の母は何度も頷いた

仕事帰りの父親、それを支える母親、二人の帰りを喜ぶ一人娘 何の変哲もない平和な一家の姿が、そこにはあった

 





これにて【死神】は終了です!
前作と変わらぬ、そして前作と変わった彼の姿、如何でしたでしょうか?


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