不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~ (騎士見習い)
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プロローグ

聴こえてくるのは雄叫びに悲鳴、金属音と多種多様な音が百、千いや万とこの大地に溢れかえっている。その度に俺はこの時代の名を改めて実感する。

 

この時代は姫武将という年端もいかない女性たちが血で血を洗い、天下を統べようとして創られている。軍神に独眼竜や甲斐の虎、相模の獅子、尾張のうつけ者も毛利両川も教科書に載るほどの英傑たちもだ。

 

彼女たちは恋を奪われ、遊戯を奪われる代わりに武力を与えられ、軍略を与えられている。だから自ら、自由を捨てている。それを幸せことだと思っていることに憤りすら覚える。

 

 

───だから、強くなって、俺が彼女たちに恋を与え、遊戯を与える。この時代を少しでも変えるために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも初めまして、俺の名前は……。

 

「その首ィ!頂戴いたす!!」

 

「え!?ちょ待ってくださいよ!今大事なところだから」

 

突如、出現した足軽。はいはい分かりますよ、足軽がなんでいるのか?それはですね……ここが群雄割拠の戦国時代だからなのです!!しかもただいま合戦中の真っ只中。

 

俺の優しい説明を邪魔するように足軽が横薙ぎに振るわれた槍を右手で掴む。

 

「んなっ!?」

 

必死に掴まれた槍を引き抜こうと力を込めているが、びくともしないことに驚きを隠せていない足軽。

 

「何者じゃ貴様ァ!人間の皮を被った鬼か!?」

 

「その質問に答えてあげましょうTime!俺はこの日の本にいる姫武将を片っ端から堕と……いえ、籠ら……でもなく、仲良くなるという野望を叶えるために未来からやってきた男!その名も……不知火 灯(しらぬい あかり)!」

 

全国に一世帯しかいない珍しく痛々しくかっこいい苗字である不知火。灯と書いて『あかり』と読む。そりゃあ初めはかっこいいと思っていたけど、時が経つに連れて、羞恥の方が勝るようになったんですよね。

 

だが、この時代なら俺の名前は大名とか武将っぽくて名乗るのが楽しいぃ!

 

「……そ、そうかい」

 

戦国時代の足軽を引かせてしまったことに心が傷ついてしまった。落ち込んでいる暇もなく、こちらに足軽B、足軽C……以下略が走ってきている。

 

「っとまぁ、そういうことなので俺は野望への第一歩を踏み出すためにお暇させてもらいます。では!」

 

煙玉を地面に叩きつける。視界が一気に真っ白に染まり、足軽たちが浮つく。

 

「こやつ、忍だったか!!」

 

見た目だけなら防具が籠手と脚絆しか装着してなくて、黒の装束を着てるもんね。って、これまるっきり忍者じゃん!え、えぇ~今更気づく足軽Aダメダメですやん。忍者なのに忍ばなかった俺も悪いのかもしれないけどさ。

 

 

実際、戦闘になっても勝ちは見えてますけどね。こちとら、数年前から未来から来たおかげで甲賀に伊賀、戸隠、真田、百地、霧隠、挙句の果てには風魔の人達と命懸けで修行してきたのですから。とまぁ、詳しいことはまたいずれ語るとしましょう。

 

身を隠すために雑木林に入り、木々の枝を足場にしながら駆ける。陽の光を葉で塞いでいるためか、湿気が強く薄暗い。

 

「自己紹介も済んだし、さて、どこの姫武将と仲良くなろうかなぁ?」

 

甲斐の武田信玄は凄まじい巨乳と聞く。風林火山の『山』という字の意味はおっぱいを指しているという噂もチラホラと。それとは逆に小田原城を居城とする北条氏康は難攻不落の城の城壁のように絶壁貧乳とも聞く。

巨乳を揉みたい、埋まりたい、吸いたい。だが、貧乳は感度が高いっていうし……。悩みどころだ。

 

 

 

苦悩している内にいつの間にか薄暗い雑木林の終点であろう山道が見えてきた。山道に近づくに連れて微かに声が聞こえてくる。

 

不審に思い、最大限音を殺しながら移動し、ちょうど山道付近の巨木の枝が山道の真上にあるため、そこに止まる。

 

「どうかそこを通させてください。私は今から奥州へ産物を売買するために赴きたいのです。ですからそこを」

 

「そうかいそうかい。そりゃあご苦労さんなこった。だがな、この道を通りたきゃあ通行料を払って貰わなきゃ困るわけよ」

 

「……生憎、金銭は奥州へ赴くための最低限のものしかありません。払いたくても払えないのです……」

 

「それりゃあ残念だ。あんたらはもう山道の中腹まで来ちまってるんだわ。だからその分はきっちり払って貰うぜ……体でな!」

 

茂みに隠れていた山賊?が出てきて数が数倍に増えた。

 

人助けにベタもクソもないんだろうけど、ここまでテンプレなのを見ると逆に萎えるというかなんというか。だがしかし!!めっさ可愛いやないか!!あの娘!ってな訳でお助け料は……。

 

「君の体で!!」

 

思いっきり枝を踏み台に飛び出す。衝撃で巨木が揺れ、葉が散る。

湿っている地面だけあって着地による反動はあまりないが、周囲に落ち葉が舞う。

 

「あ、貴方様は……?」

 

「不ぬ「誰じゃァァ!!わしらの邪魔をしやがって!」

 

この時代の輩は空気を読めないの?

 

「てめぇらこそ邪魔を済んじゃねぇ!!!俺の名前は不知「ガキの癖に強気じゃねぇかよ!」

 

またしても邪魔をされ、俺の中の何かが壊れた。

 

「俺の名前は不知火 灯じゃァァあ!!!」

 

 

 

 

怒りで我を忘れるというけど、実際記憶には残ってるもんだよ。さすがに女性の前でR18なことはできないから籠手のみで殴る殴る殴る殴る殴るを繰り返していた。

その結末としては、ボロ雑巾になり果てた山賊たちというわけなんだが。

 

「ありがとうございます。ほんと、なんてお詫びをしたらよいのか……何か私にできることはありませんか?」

 

き、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!落ち着け俺。クールになれクールになるんだ。こんな絶好な機会を逃す手はない。本心をそのまま伝えるんだ。

 

「あなたが無事であるのならそれが俺にとっての最大の褒美です」

 

「ふぇ!?で、でもそれだ……」

 

人差し指で商人娘の口を止める。

 

「男が女性から貰っていいのは愛だけです」

 

「な、なら!貰っていただけませんか?……私の愛を」

 

貰いたい!!でも、でも、でも、でも、でも、折角野望への第一歩を踏み出したばっかりなんだ!こんなところでゴールなんてダメだ!!

 

「それはできま……せ……ん。あなたには俺よりも相応しい人が必ずいます」

 

「……分かりました。すみません私の我が儘に付き合わせてしまって…」

 

女性を泣かせるのは俺の信念に背く行為。だから。

 

「仮にもし、次あなたと出会い。あなたの気持ちが変わらないのであればその時はしっかりとあなたの気持ちにお答えします」

 

「はい分かりました!」

 

「では、俺はやるべきことがあるので……。さらば!」

 

一吹きの風と共に姿を消す。今日の夜は後悔で悶えるんだろうなぁ~。

 

「またどこかで」と、風に乗り聞こえてきたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

行き先は決まった!!

 

「奥州の独眼竜!!待ってろよぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。
今後は時系列めちゃくちゃなので気にせず読んでてくださいお願いいたします。

とまぁ次回は奥州の独眼竜とのことで、ロリロリ行くぜよ!


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邪気眼龍政宗ちゃん

「やっと着いたぁぁ!!」

 

さすが奥州!見事なまでに何もない。だがそんなところだからこそ、美少女がより美しく見えるに決まってる。まぁ現実としては、今の奥州は伊達政宗が突然奥州平定をしようと、各地を攻め込んでるらしいし、それを食い止めようと最上家が対抗してるのだが……ぶっちゃけ関係ない!

 

 

道中は大した感想を抱かないまま伊達政宗がいるであろう不気味で怪しげな屋敷につく。

 

十字架が逆さまに刺さってるぞ。か、かっちょえぇ~!神への冒涜を恐れない心、俺の好感度がグイングイン上がってる。

 

だがまぁ、伊達政宗が住んでいる屋敷を探すまでに、不思議な噂を聞いた。南蛮人のような風貌だの、あんち・くらいすとや黙示録と痛い中二病用語が並んでいた。驚きビックリな噂の中でも一際、際立ったのが……。

 

 

──邪気眼龍政宗──

 

えっ?あの奥州の独眼竜ってイジメられてんの?と思ってしまった。クラスにいる中二病への陰口のような二つ名をお持ちのようです。それと、伊達政宗は幼女ちゃんらしいです。

 

 

「ま、会ってみなきゃ分からないか」

 

 

怪しげな屋敷へ入るのは、一種のホラーゲームの主人公気分である。バイオでハザードなことが起こらないことを願うしかない。

 

「侵入者発見」

 

言葉が聞こえた瞬間に、右足で思いっきり踏み込み、前方に体から突っ込むように飛び退く。恐る恐る後ろを振り返ると、露出したおっぱいが見えていた。真面目に語るとあと一瞬遅かったら彼女が切っていたのは空ではなく俺の首だった。

 

「今のを避けるなんてすごい」

 

「いやいやそんなことありますよ。いきなり切りつけてきた君は誰かな?」

 

「……伊達成実」

 

ああ確か伊達政宗の従兄弟だっけ。正確には従姉妹というわけか。つまりは伊達政宗と年齢がほぼ一緒なのだが、胸にある豊満なおっぱいに将来を期待せざるを得ない。

 

「なんで俺襲われなきゃいけないの?悪いことした記憶ないんだけど……」

 

「姫の屋敷の前で怪しげな行動をしていた。それと名前を知らない人は敵と姫は言ってた」

 

簡潔に言うと、不審者ってことなのか。失礼だなあんなマナーを弁えてない連中と一緒にされては困るな。こっちは紳士的に行動しているぞ。

少しピンチっていうのは感じ取れるんだけど、成実ちゃんからはおバカな匂いがぷんぷんするんだよね。

 

「それもそうだね。俺は不知火 灯よろしく。ほら、これで敵じゃないでしょ?オレハキミノ、テキジャナイ。ナカーマ」

 

「うん。もう敵じゃない、名前覚えたから仲間。」

 

そう言うと刀を鞘に戻す。

あら♡本当におバカだったわ。もう、それこそ不審者に何をされるか分からないわね。

 

「成実ちゃん、その肩にぶら下げてる虫かごは何?」

 

「ん?ああこれ?虫を採るため。私、虫が好きだから今日も虫を採るついでに姫のところに行ってきたんだ」

 

そうだ、と成実ちゃんはガサゴソと小さな巾着袋を漁ると茶色の物体を出してきた。長い脚に触覚、グロテスクな目……イナゴの佃煮である。

 

「栄養満点、食べれば健康間違いなし。仲間だからあげる」

 

ふっ、いくらこの時代の人でも虫を食べるというのは抵抗があるだろう。けれど俺は地獄のような修行の一環に《放送禁止》の姿煮や《自主規制》の活き造りと思い出すだけでゲロりそうになる。

 

「いただきます。………ん!うまいな」

 

「灯とは仲良くなれそう」

 

とっても満足気な成実ちゃんの表情に少しばかりの幸福を感じる。

 

「んじゃ、お礼に虫が溢れんばかりに群がる蜜の作り方を伝授させてやろう」

 

「ほんとか!?」

 

「ほんとだとも!」

 

今度は俺が荷物を漁る。そして、必要なものを取り出し地面に置く。

酢に酒、砂糖にすりおろしたリンゴ。夏休みの自由研究がこんなとこで役に立つとは……。

 

「それをどうするだ?」

 

「なんと……混ぜて巾着袋の中に入れる!」

 

「な、なにィィ~~!?」

 

「そして虫がいそうな所の木にくっつける!」

 

「おおッッ~~!!」

 

あまりにも良い反応をしてくれるから熱烈に説明してしまった。やれやれ、困ったもんだよ。

 

「早速仕掛けに行こう!灯」

 

虫が絡むとハイテンションになる辺り年相応で可愛らしいな。

 

ん?何か忘れてる気がするが大丈夫だろう。たぶん。

 

「朝から我の屋敷の前で騒いでるのは誰だ!!」

 

不気味なあの屋敷から金髪左目眼帯ロリっ子もとい伊達政宗が現れた。

 

不知火 灯はどうする……?

 

①抱きつく

 

②ハグする

 

③モフモフする

 

 

クソっ!なんだこの究極の選択肢は!俺にこんな試練を与えるなんて仏様はドSだぜ!こうなったら……。

 

①抱きつく ←

 

②ハグする ←

 

③モフモフする ←

 

 

①、②、③に決定!!!

 

 

「可ァァ愛いィィよォォ!!!うりうり~」

 

「うにゃぁぁ!!誰だお前はやめろ離せ~!!おい成実見てないで助けろ!!」

 

あ~いい匂いするし柔らかいし幼女って国の宝なのかもしれない。どさくさに紛れて胸に手を伸ばす。

 

「ふみゃ!?」

 

南蛮合羽を着ているおかげでおっぱいの感触が分かりやすい。発達してないにしても柔らかさがあり、突起を軽く指の腹で擦ると硬さがましていた。小さくても女なのか……なるほど。

 

「にゃんか変な感じがする~」

 

「姫の嫌がることしちゃダメ」

 

まるで、優しく注意するかのように鞘から抜き放たれた刀を上段から一気に振りおろしてきた。

 

「手加減してちょうだい!!」

 

政宗ちゃんを離し片足だけ膝立ちのまま白羽取りをする。刀身を挟んでる両手は手汗で大変な事になってしまっている。ぬるっと滑り落ちそう……。

軽く振りおろしてるつもりなのだろうが、天性の才能故か速度と力は鋭く強い。そこらの侍を二回り以上も凌雅している。

 

「し、しししし成実、我ごと切る気か!死んでもおかしくにゃかったぞ!!」

 

「大丈夫、このくらいなら灯が何とかしてくれるから」

 

「成実ちゃん、実力を買ってくれるのはありがたいけど、次からは実力行使じゃなくて口頭注意を先にしてくれると助かるよ」

 

こんなことを毎度毎度されたら精神的にもたない。

 

「姫、注意したなら早く帰ってきてくだ……って!?何があったんですか!?」

 

政宗ちゃんが現れたところからまたしても人が現れる。おお、もしや奥州一美男子と名高い片倉小十郎、本人なのかな。

 

片倉小十郎が絶句し壮大なリアクションをするのは当たり前だろう。だって、目の前には大事な主である政宗ちゃんが成実ちゃんに切られそうなのを俺が守ってるんだから。驚かない方がすごい。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、成実どのももう少し平和的に注意できないんですか」

 

「申し訳ない」

 

ご立腹な小十郎くんに目に見えて落ち込んでいる成実ちゃん。

小十郎くんのおかげて場が丸く収まり、あらためて俺は不気味な屋敷の中に入った。

 

「姫ももう少し落ち着いてればこんなことにならなかったんですからね」

 

「にゃんで我が怒られなきゃにゃらんのだ!元を辿れば、いきなり抱きついてきた、こ奴が元凶だ!」

 

クゥ~!正論すぎて何も言い返せないぜ!

 

「ほう……姫に抱きついたと」

 

目の色素が消えゆらりゆらりと近寄ってくる。怖い怖い、ヤンデレってこんな感じなん!?

そして射程圏内に入ってからのベアクローをくらう。頭蓋骨が軋み、嫌な音が屋敷内に響く。やはり政宗ちゃんのお傍付きだけあって力量はまずまずだな。うむ。

 

「って痛い痛い!!ごめんさないもう二度としませんから!!許してください!!」

 

ふっ、と頭蓋骨の圧迫が消え、手が放される。

 

「ハァ……分かりました。今後は変な気を起こさないようにお願いしますよ」

 

小十郎くんマジ天使!

無事にお許しがでたのだが、ここで気になることが一つ!

 

「……もしかして小十郎くんって女?」

 

「なななななな!!??なんでそんなことを!?!?」

 

「なんでって言われても、ん~匂いと手の柔らかさ、後は……胸かな」

 

いくら男装しても女の子特有の匂いと柔らかさって消せないもんだよね。それにサラシを巻いてるんだろうけど俺の目は誤魔化せないだなぁ~。

んまぁ、否定しない辺り当たってたか。

 

「こ、小十郎。こ奴は以前話した相良良晴をも超える変態なのかもしれん。ククク……これも世界の終末が近づいてるというわけか」

 

「さすが灯、小十郎の男装を見抜くなんてすごい。理由は最低だけど」

 

ここまで俺の理由が不評だとはな。かっこよく言った方がよかったのか。『君のおっぱいが囁いてきたんだよ』あ、ますます変態っぽくなっちゃった。

 

「おホン!ま、まぁ理由はどうであれボクの男装を見抜いたのは評価します。だけど、この事実はここだけの話にしてくれませんか?ボクも訳あって男装をしてるんで……」

 

「うん別にいいよ。女の子を脅すのは趣きがないからね」

 

「本当にいいんですか?こう、何か要求とかしないんですか?」

 

「逆に小十郎ちゃんはどんな要求を想像してたのかな~?」

 

「あ、いや、それは……」

 

頬を紅潮させ頭から湯気が出そうなほどあたふたしてしまった。小十郎ちゃんは多分、恥ずかしながらも精一杯ご奉仕するタイプだと思います。

 

「我の予想だと、小十郎は口では嫌がるが、体は正直だなと言われて恥辱を味わうと考えたぞ」

 

「だ、だから姫はなんでそう親父っぽいことを言うんですか!幼女らしくしてください!」

 

誰が幼女だ~!と文句を垂れているが無視する小十郎ちゃん。政宗ちゃんもなかなか、やるじゃないか。

 

「変なことを考えたら容赦無く切りますからね」

 

これは警告ではなく脅しだ、と小十郎ちゃん。の目は語っていた。

 

「ん、ところで我はお主の名を知らん。この天下覆滅のあんち・くらいすと、邪気眼龍政宗に名を名乗ることを許そう」

 

素晴らしいほどに痛い、中二ネーミングを偉そうに名乗っているところがギザ可愛ゆす!どうやら、邪気眼龍政宗は陰口ではなく本人が自ら名乗ってました。

 

「あらためて、不知火 灯。不滅を知る火の灯りで不知火 灯って言うんだ。よろしくね政宗ちゃん、小十郎ちゃん。」

 

「ええよろしくお願いします灯どの」

 

政宗ちゃんの返しが聞こえず見てみたら震えていた。

 

「か…かっ……かっこよいではないか灯!!なぜ今までそんな、いかした名を隠していたのだ、不滅を知る火の灯り、我の心をガッシリ掴んだぞ!」

 

お気に召したようでなにより。今さっき思いついたのが好評価でよかった。これで閑古鳥が鳴くことになったら奥州から出ていったね。

 

「ククク不知火 灯。我は貴様を気に入ったぞ!」

 

「はっ!身に余るありがたき言葉、感謝の言葉もありません」

 

名前だけで好感度がグインと急上昇である。今日ほど名前に感謝した日はないだろう。

 

 

 

どうやら、内容秘密である俺の野望の話や越後から来た、かねたん?とかいう真面目な子の話で結構な時間話していたらしく陽が暮れていた。窓からは夕陽の光が差し込んでいる。

この時代の自然は現代と比べ物にならないほどに神秘的で幻想的である。

 

「それじゃあ私は帰る」

 

「気をつけるのだぞ成実」

 

「成実どのまたいつでもいらしてくださいね」

 

「じゃあね成実ちゃん」

 

扉を開ける寸前に動きを止めた成実ちゃん。忘れ物かなにかかな?

 

「そうだ灯。教えてくれた蜜を帰るついでに塗るから早朝に一緒に見に行かないか?」

 

どこか期待したような目で俺を見る。

 

「もちろん喜んで行くよ」

 

「そうか。じゃあまた」

 

ホッと安堵したあと無邪気に喜んだ顔を見せ屋敷から出ていった。

 

「灯どのは今夜の下宿先はどうなってるんですか?」

 

夕陽のせいなのか分からないが顔が赤い小十郎ちゃん。

 

「参ったことに下宿とかまったく決めないまま、奥州に来ちゃったから困ってるんだよね」

 

「それならそうと早く言えばよいものを。今夜だけとは言わん、灯の野望とやらが済むまで泊ってよい。この我が認める」

 

「姫の言う通りですよ。どうぞ好きなだけいてください」

 

この二人の優しさにそれこそ感謝の言葉もなかった。それと、俺の野望のゲスさに罪悪感が芽生えてしまう。

 

「よろしく頼むよ。二人とも」

 

奥州民としての優しさなのかそれともこの二人だからこその優しさなのか、ともあれ宿ゲット!

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。

灯くんは政宗ちゃんに成実ちゃん、小十郎ちゃんと攻略していくつもりです。まだ出てませんが愛姫は確定として義姫をどうするかはめんどくさかったら書かないかもしれません。

読んでくださってありがとうございます。では、また!


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伊達成実ちゃんってクールなバカって感じで可愛いよね!

奥州についてすぐ、伊達政宗ちゃんたちに会えたし、ちっぱい触れたしで良いこと尽くしだった一日。夕暮れ時に成実ちゃんと約束した昆虫採集のため起床したのが深夜三時である。成実ちゃんの登場を待つべく屋敷の扉の外で待つ。

二度寝をしたい!だが、成実ちゃんと成実ちゃんのおっぱいのためなら一週間は不眠不休でいけるぜ!

 

現代の東北に位置することだけあって、気温は他の地域と比べ低い。その分、空気が澄んでおり空に浮かぶ星が煌びやかに映えている。

 

「こんな夜遅くにどうしたの?小十郎ちゃん」

 

俺の台詞を言い終えると屋敷の庭にある不気味な彫刻から姿を表した小十郎ちゃん。

 

「気配を最大限消したつもりなんですが、さすがですね灯どの。初対面の時といい、灯どのは他の武士とは別格の気がしてたんですが……どうやら間違ってなかったようですね」

 

「俺が他の武士と別格なのは破廉恥なことに関してだな!」

 

「そうやってすぐに誤魔化す辺り、怪しいですね。灯どのは何者なんですか?もし、灯どのが姫に危害を加えると者ならば容赦なく、ボクが斬ります」

 

良い目だ。大切なものを守るために命を懸けている者にしかできない目、迷いも躊躇いも感じさせない彼女には嘘をつくことすら叶わないだろう。

 

「仮に俺が政宗ちゃんの敵だとしたら、周りにいるのも襲ってくるのかな?」

 

気配だけなら五、六人はいる。木の陰、屋敷の屋根と様々だが、一人一人は手だれの者だと気配の消した方で分かる。

 

「ますます灯どのの正体が気になってきましたよ」

 

音もなく小十郎ちゃんの脇に七人の忍が現れる。一人見落としてたか……。

 

「はぁ~分かったよ。黒脛巾組と今ここで争うのは得策とはいえないしな。

正直に言うよ。俺は忍だ、警戒しなくて大丈夫どこにも仕えてないしがない忍だから」

 

俺の言葉で納得がいったように相槌を打つ小十郎ちゃん。

 

「あなたたちは灯どのをどう判断しますか?」

 

忍にも意見を求めるあたり、頭も切れて冷静な証拠。たった一人で政宗ちゃんの身を守ってるだけあるね。こういうのとは敵として戦いたくはないものだな。

 

「そうですね、一つだけ分かったことがあります。………彼は良い人ということです」

 

代表で小十郎ちゃんの質問に答えた忍の予想もつかなかった答えに場が静まり返ってしまった。

小十郎ちゃんもポカーン開いた口が閉じていない。

 

「へ?……なんで良い人と分かるんですか?」

 

かろうじて我に帰った小十郎ちゃん。

 

「彼は、いや灯どのは我々の組織名を読めるのですよ!!片倉様ですら最初は読めずに苦笑い。他の地域にいる忍には同情をされる始末。だから、我々の組織名を読める人は良い人に決まってるんです!」

 

他の忍も各々の辛い記憶を思い出しているらしく啜り泣いている。

こんな可哀想な忍を初めて見たよ。

 

「もういいです、下がっていてください」

 

御意と皆、一瞬でその場から消える。切り替えの早さに感心する。

 

「さっきの彼らの言葉は忘れてくれて結構です。やっぱり結局はこうなるのですね」

 

そう言うと鞘から刀身を抜き出す。ありゃありゃ?これはもしかしてバトルパート突入ですか?

 

「いざ!尋常に勝負!」

 

「一体何をしてるの?喧嘩?」

 

お手製の虫あみを担ぎ、これまたお手製の虫かごを両肩に二つずつ垂らしている。どんだけ仕掛けたんだろうか……。だけどナイス登場!ヒロインは遅れてやってくるんだね!

 

「んな!?成実どの、なぜこんな時間にここへ!?」

 

「灯と虫を採る約束してたから。帰る時に言わなかった?」

 

「あっ……!」

 

真面目そうに見えて少し抜けてるんだね。

 

「でも、良い機会です。成実どのは灯どのをどう思っているのですか?」

 

「好きだよ。とっても好き」

 

「す、すすす好き!?ボクが聞きたかったのは敵か味方かって、ことです!………えっと、好きって祝言をする方の好きってコトですか?」

 

やはり小十郎ちゃんは乙女だね。そっち方面のことは気になっちゃうお年頃なのかな。男装してるのが勿体無いぐらいだよ。

 

「私は別に灯と祝言を挙げてもかまわない」

 

「「ゲホッゲホッ!!」」

 

成実ちゃんの爆弾発言に同じタイミングでむせる俺と小十郎ちゃん。突然すぎて子供の名前を考えちゃったよ!!

 

「これで満足?じゃ、行こ!灯!」

 

手を引っ張られ走るというよりも駆けるといった方が正しいスピードで屋敷をあとにした。

後ろから覗く成実ちゃんの顔はほんのり紅に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

「ほんと分かんない人ですね。でも、敵じゃないのは確かですね」

 

突然現れて、ボクたちに足りない何かを補ってくれるような……そんな気がする。抜いてあった刀身を鞘に納め、姫が寝ている寝室へと移動するため、屋敷の中に入る。

 

「灯は我が野望を邪魔する者だったのか?小十郎よ」

 

「姫!?起きてらっしゃたのですか!」

 

扉を開けた目の前に腕を組んで立っているのは、ボクの主である伊達政宗その人である。

一時期、姫のために堺へと赴かせたのですが、たまたまそこで出会ったという尾張のうつけ姫の猿。通称、相良 良晴のせいで姫はますます南蛮の書物の影響を受けてしまわれた。逆に自分の最も嫌悪していた左眼の瞳を無事に克服し帰って来てこられました。

 

 

「突然抱き枕が消えれば不審に思って起きるのは当然であろう。それに……勝手に消えて寂しかったんだぞ!!」

 

「申し訳ありません姫!」

 

「よい、許す。それで、灯はどうなんじゃ?」

 

「ボクが思うに灯どのは敵ではありません。ですが、邪な気持ちがあるのは確かです」

 

「それなら問題ないにゃ。ふにゃぁ~、我は眠いからべっどで寝るぞ小十郎」

 

大きな欠伸を一つし目を擦っているところを見ると、限界なんですね。

 

「それだけですか?姫。ボクの意見なんかで決めてしまわれてよろしいのですか……?」

 

「何を言っておる。小十郎の意見だからこそ我はこうして、安心して眠りにつくことができるのだ。これからも信頼しておるぞ小十郎」

 

何でこういう時だけ姫はボクの心を掴むことを言うんですかね。普段は手に余ることばかりなのに……本当に卑怯な方です。だからこそ、この命を懸けて守ろうと決意できたんです。

 

「御意!」

 

 

 

 

 

 

 

駆けること5分。木々が生い茂っている林へと着いた。成実ちゃんが言うにはこの林は虫がたくさん来るらしい。暗くて足元が安定しない地面をスイスイと進む成実ちゃんを必死に追いかける。

やっぱり慣れてるなぁ~。

 

 

「ねぇねぇ成実ちゃん。仕掛けっていくつ付けたの?」

 

「一つ」

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

ものすごく俺が教えた蜜を信じてくれているよ。これでもし一匹もいないような状況だったら、切腹するしかないな。

 

「ほらあれ、見えてきた」

 

周りの木よりも一回り大きい木が強い存在感を醸し出していた。物音で虫が逃げないように音をたてずにゆっくり、抜き足忍び足と近づいていく。

成実ちゃんはロウソクに火を灯し蜜を塗ったであろう箇所を照らす。

 

「「お、おぉ~~」」

 

声を殺しながら二人で感嘆の声を挙げる。

うじゃうじゃといるいる。どす黒い虫から蛍光色の虫と多種多様な虫が黄色く染まっている蜜の箇所に群がっている。

 

「さすが灯!!本当にありがとう!!」

 

感極まって成実ちゃんは俺の頭を掴み胸に埋めてくる。歳に似合わないほど成長したおっぱいは柔らかく、程よい弾力の感触が顔に伝わる。だがしかし!ホールドしてる腕の力は強く、頭蓋骨がきしみ始めている。まさに天国と地獄。

 

「いえいえどう致しまして。さっ、採集しよう」

 

「うん」

 

ホールドから解除されおっぱいの感触を惜しみつつ離れる。そして、ゆっくり虫を傷つけないように掴み、虫かごに入れていく。

 

一匹、また一匹と順調に数を減らしていく。

数分経つとすべて採り終わり、虫かごはパンパンに膨らんでいた。

 

「こんなに採れたのは初めて!やっぱり灯はすごい!」

 

「いや~それほどでもあるよ。じゃあボチボチと帰ろっか」

 

駆けてきた方向に歩きだす。だが、足音が自分のしか聞こえないことを不自然に思い、後ろを向くと成実ちゃんは、じ~とさっきの大木の上を見ていた。

 

「どったの成実ちゃん?」

 

「あれ見て」

 

指差す箇所を見上げると立派な角を持つ鈍い光沢を放つ黒い物体がいた。それは、現代の子供なら喉から手が出るほど憧れる虫……ヘラクレスオオカブトである。

 

それにしても変である。ヘラクレスオオカブトは中央アメリカから南アメリカの熱帯に生息しているはずである。風土的に日本にいる訳が無い。

 

「ちょっと採ってくる」

 

「え、うん」

 

う~ん、南蛮船の船に紛れ込んだのか、それとも、どこぞの商人が買ったが逃げてしまったのか……分からない。

 

「採れ……きゃあぁぁぁ!!!!」

 

突然何かが地面に落ちる音が聞こえ、そっちに顔を向けると。

 

「し、し、しししし成実ちゃん!!!???」

 

考え事に集中していたために、クソっ!

 

近づこうとしたが、手で制される。

 

「大丈夫。足場を踏み間違えて落ちただ、痛っ!」

 

何事もなかったよう立ち上がるが右足から崩れ落ちる。

 

「大丈夫じゃないだろ!診せて!」

 

成実ちゃんの足を伸ばし、太腿から下に下がるように押していく。

 

「ここは?」

 

「大丈夫」

 

「じゃあここは?」

 

「痛っ!」

 

右足の足首に痛みがあるらしく、触診するとくるぶしが腫れていた。

 

「骨は折れてないよ。捻挫だね」

 

着ている着流しの袖をちぎり、足首を固定する。まぁ、無いよりはマシだな。

 

「まだ痛むでしょ?」

 

「ううん大丈夫」

 

そう言い、立ち上がろうとするが痛みに堪えられず崩れ落ちそうになるのを支える。

世話の焼ける子だよ、まったく。

 

「全然大丈夫じゃないでしょ。ほら、おんぶするから乗って」

 

成実ちゃんの目の前でしゃがみ、おんぶの体制をとる。素直に乗ってくれないだろうと思っていたけど、文句の一つも言わずに体を預けてくれた。

 

一拍おいてから立ち上がり、足首に衝撃がいかないように注意しながら歩く。

 

「……ごめんなさい」

 

「ダメ、許しません。女の子なのに危ないことをする子は許さない。でも、今後危ないことをしないって言うなら許す」

 

「約束する。だから許して」

 

「分かった許します」

 

ありがとう、と、か細い声で囁く成実ちゃん。

 

会話もなく屋敷まで半分といったところで、成実ちゃんが話し出す。

 

「私は奥州の間だと虫めづる姫って呼ばれてるんだ。確かに虫は好きだよ、でもその影響で色んな噂がある。触れれば寄生虫に寄生させるとか、村の作物が凶作だったりすると私がイナゴの群れを連れて荒らしたとか」

 

突然、語られていく伊達成実の話。あえて、感情を表に出さず静かに耳を傾ける。

 

「私は……変なんだろうか?」

 

ずっと隠していた自分の悩みを吐露する成実ちゃん。普段の成実ちゃんを知らない俺にとっては、どう返せばいいか分からない。だけど、そんなのは関係ない。今の俺の気持ちをそのまま伝えればいい。それだけ。

 

 

「成実ちゃんの歳で虫が好きっていうのは他の女の子からしたら変なのかもね」

 

でもね、と間をあけて続きを語る。

 

「自分の好きなことを我慢して着飾ってる女の子なんかよりも、自分の好きなことを目一杯してる成実ちゃん方が俺はすごく魅力的に見えるよ」

 

「……うん」

 

返事をしたあと、顔を背中に埋める成実ちゃんの体温を背中に感じつつ、夜明けに昇る太陽とともに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───灯を好きになって良かった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




成実ちゃん無事に攻略!

次回は誰だろうか?では、また!


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ボクっ娘小十郎ちゃん

成実ちゃんとの虫取りも終わって、政宗ちゃんの屋敷で寝ること数時間。

 

「起きてください灯どの!」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

睡眠という欲求を突然奪われてしまった。これは性的欲求で解決するしかないじゃないか。

チキンハートの俺にはそんな勇気もなく、渋々起き上がると。右手に柔らかい感触があるのに違和感を持つ。

 

さっきから小十郎ちゃんの顔がドス黒い笑顔の理由を半ば理解しつつ、右側を見ると。

 

「すぅ~……すぅ~……」

 

やっぱりかぁ~~!!成実ちゃんがいた。もちろん、右手の柔らかい感触はおっぱいでした。とりあえず二揉み、三揉みする。

 

「ん、んう。……あ、灯おはよう」

 

寝起きの無邪気な笑顔を見た俺は罪悪感で死にたくなった。

 

「灯どの、僕がいるのによくあんなことができましたね。さすがですね」

 

「ん?なんのことかな?」

 

「しらを切るつもりですか!?僕は見てましたよ、灯どのが成実どのの……ち、乳房をも、もも揉んでいたじゃないですか!!!って何を言わせるんですかぁ!!!」

 

最後まで言わせることができた達成感に満ちながら、小十郎ちゃん渾身の全力パンチを食らった。

 

 

 

 

 

 

「ほんともう、あなたという方は何でいつもいつも破廉恥なことばかりするんですか…」

 

半ば呆れながらそんなことを言われてしまう。

ちなみに今はみんなで仲良く朝食タイムである。

 

「まぁよいではないか、小十郎。灯も心の奥にあるびーすとを解き放っておるのだからな」

 

朝からとばすね~政宗ちゃんは。それもそうだよね!男は皆、心の奥に獣を飼ってるんだからね。俺のが特別凶暴なだけだから実質、俺は無罪!

「姫は灯どのに優しすぎます」

 

「逆に小十郎、お主が厳しすぎではないか?未来の病気『つんでれ』というものではないか?」

 

「なんですか!?『つんでれ』って!?」

 

おうおう、まさかツンデレって言葉が存在してるのか。たぶん、織田家の猿の影響かな。会ってみたいもんだな同じ未来から来た同士で。

 

「見た目がつんつんして中身がでれでれしている者のことらしいぞ」

 

「よく分かりませんが、とても不愉快な言葉です」

 

恒例になりつつある、二人の会話を聞きながら食べていると袖をくいくいと引っ張られる。

 

「どったの成実ちゃん?」

 

「……なんでもない」

 

朝起きてからどことなくぎこちない成実ちゃん。女の子の日なのかな?

 

「ハッハッハ!!まぁよいではないか小十郎。男装を見破った殿方と祝言をあげると願っていたのだろう」

 

「な、ななななんで僕が灯どのとし、しし祝言を挙げなければいけないんですか!!!」

 

焦ってる小十郎可愛ええわぁ~。やっぱ僕っ娘最高ぉぉ!!

 

「お食事中のところ申し訳ありません政宗様」

 

政宗ちゃんの隣に現れた黒脛巾組。

 

「どうしたのだ?そんな取り乱して」

 

「はっ!早急の知らせで地方の豪族がこちらに向けて進軍中とのこと!」

 

政宗ちゃんのことだから豪族ぐらい抑えていると思っていたんだけど、誰かが焚きつけたのかな?

 

「ふむ。どうする小十郎?」

 

「僕の指揮のもと進軍します。よろしいですか?」

「かまわん!」

 

ここぞという時の決断をできる政宗ちゃんはやはり将の器だと分かってしまう。

楽しい朝食から一転、殺伐としたことになってしまったがこれもこの時代の運命か。

 

「んじゃ、俺も参加させてもいいかな?」

 

「ええ、もちろんですよ灯どの。ぜひ共に戦いましょう」

 

え、ええ~~ここはダメですとか言ってくれると思ってたのに。にしても、小十郎ちゃんの笑顔が怖いです。

 

「灯。危ないよ」

 

そうそうこんな反応を待ってたんだよ。

 

「一宿一飯の恩は返さなきゃいけないからね。すぐ帰ってくるよ」

 

「約束……だよ?」

 

「うん約束」

 

昨日の夜からキャラが崩壊してるのだが、これはこれでものすごく良い感じだよ成実ちゃん!!ブヒれるよ!

 

「では、出陣!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奥州の土地にまったく詳しくないため木々に囲まれた盆地としか言えない場所の両端に各陣の本陣が展開されている。

 

せっせと小十郎ちゃんは部隊に指示を飛ばす。

 

戦場に着いて一時間もしない内に両者の兵が配置についているが兵の数を見るに三百は差がある。

 

「どうちて俺が先陣にいるのかな?」

 

「どうしてって、片倉様直々にこうするように言われたので」

 

黒脛巾組を束ねる組頭の一人、世瀬蔵人。

きめの細かい黒髪を一本に結ぶポニーテール。鼻から下は黒のマスクで隠しているが、それだけでもその凛々しい美しさが伺える。

 

「私としては灯どのの力量を見極めるいい機会ですので!」

 

こちらを体を向け、期待に満ちた目をしながら両手を胸の前で握っている。

 

「いや、そんな期待されても……」

 

「で、ですよね。私みたいな名も知られていない忍に見せるモノなんて……ないですよね」

 

まったく忍らしくないほど、感情が出やすい娘である。顔半分隠れていても分かるもん。

 

「そんなわけないない!見せちゃうよ!俺がズッコンバッコンしてるところをバンバン見せちゃうよ!!」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

法螺貝の鈍い音が響き渡る。蔵人ちゃんの目がさっきと別物となる。真剣で殺意に満ちた目に変わる。

 

「始まります」

 

この言葉と共に、俺は装束の中に隠し持っていたものを取り出す。

 

「そ、それっ───」

 

豪族軍が雄叫びをあげ突撃してくる。先陣である俺が動かないのを不審に思う足軽たちだが、しょうがないよね。

 

「破裂したくないし!」

 

両手にいくつもの爆弾(30%増量中!!)を抱え、右手で全力で投げ込む。

 

敵軍の先陣が次々と崩れていく。爆風による衝撃で馬から落ちる者や爆弾によって生まれた穴に落ちる者。隠し味に入れといた千本で怯む者たち。

 

「やっ~ておしまぁ~い!!!」

 

「「「アラホラサッサー!!」」」

 

とりあえず仕込んどきました。暇だったので。

 

「さ、さすがです灯どの!!忍ならではの暗器に思いもしない爆弾での先制不意打ち!!くぅ~!!この卑怯具合かっこいいです!!」

 

嬉しいけど褒められてる気があまりしないな。まぁ、でもお気に召したらしく、ぶんぶんと拳を振っている。

 

「蔵人ちゃんは作戦通り、敵情報を撹乱しとしてくれるかな?」

 

「お任せあれ!」

 

謙遜していたが組頭だけあって能力は高く、一瞬で目の前から去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に分かんない方ですよ灯どのは。先程入った情報だと敵先陣部隊を半壊させたとか……。それに、いつの間にか兵に変な掛け声を教えたりと分からないことだらけですよまったく。

 

 

ま、ままままぁ、伴侶にするかな、ななんて関係ないですし!いくら武術、戦術、人望に優れてるからって僕の気持ちがまだ……その、整理できてる訳じゃないです!!

 

「──さま!──片倉様!!」

 

「あっ、どうしました?」

 

考え事に夢中で呼ばれてることに気づかないなんて。武士失格です。きっと、弛んでる証拠なのかもしれないですし。

 

「それが……灯どのの姿が突然戦場から消えました」

 

「んなっ!?……はぁ~何でこう、思い通りに動いてくれないんですか、あの人は……」

 

考えるだけで頭が痛くなってきましたよ。

 

「分かりました。では、各陣大きく展開しながら敵を包囲するように、と伝えてください」

 

半ばため息が漏れつつ、最終局面に入った戦に詰みの一手を加える指示をする。

 

「御意」

 

はてさて、灯どのは本当にどこに行ったんでしょうか?落ち着きなく歩きながら思考を回転させている今の状況を総大将らしくないと、情けなく思うが、なんとも言えない感情を胸に抱きながら灯どののことを考える。

 

「失礼!」

 

思考の泥沼に落ちる寸前に、新たな情報を持った伝令の二人が本陣に入ってくる。

 

「戦況は落ち着きましたか?」

 

「はっ!敵陣営はほぼ壊滅。勝利はもう確信であります」

 

「そうですか。ですが、油断は禁物です。いつ、どこで戦局がひっくり返るか分かりませんので油断せずに降伏まで持って行ってください」

 

二人の伝令が後ずさり始めるのを見て、二人を背にするように屋敷の方角を見る。

これが終わったら、灯どのをことをもっと知らなきゃダメみたいですね。自分には似合わない言葉だと内心、苦笑してしまう。

 

「ええ、そうですな片倉様。油断は禁物ですな」

 

「なぜなら、この一瞬の油断のせいで戦局がひっくり返るんですから」

 

二人の殺気に気づいて、咄嗟に振り向いた時には遅かった。小太刀を抜き放ち、僕が柄を握った時には二つの鋭い光沢を放つ刃がバツ印を描くように交差しようとしていた。

 

 

こんなことなら、男装をせずに一人の女の子として暮らしたかったな……。ふっ、と横切る叶わない願い。未練を残しながら目を見開いた瞬間──

 

「───恋を知らないまま君を死なすわけにはいかない」

 

明るく照らし出す灯のように僕の目には両手に小太刀を持ち、二つの刃を弾く、彼の姿が映し出された。

 

「なんで……?」

 

「呼ばれた気がしたからね」

 

そんな理由じゃないような理由で命を救われるなんて……少し悔しい気持ちがあります。けど、灯どのがいると自然と心が安らぐのは何ででしょうか?

 

「チッ!おい、どうする!」

 

「落ち着け。すぐに殺せばいいだけだ」

 

はじかれた小太刀を持ち直し、再度斬りかかってくる。さっきまでと違い、攻撃に時差がある。

 

「一つ……恋を知らない女の子を殺そうとしたことを許さない」

 

冷たく怒り顕にしてる灯どのは先に来た小太刀の刃を折った。精鋭と呼ばれるような彼らだが、相手が悪すぎた。彼らと灯どのには超えられない壁が二つも三つもある。

 

「二つ……騙し討ちという形で姫武将を問答無用で殺そうとしたことを許さない」

 

次に来た小太刀を左手に持っている小太刀で止める。

 

「最後に……」

 

右手に持っている小太刀で一人を横一閃で切り伏せ、もう一人は後頭部を捕まれ地面に叩きつけられ、頭蓋骨が割れる音が鳴った。

 

「俺の大事な人を殺そうとしたことを絶対に許さない」

 

『大事な人』その言葉に心がトクンと高鳴る。姫にも何度も言われていたのに、彼から言われると言葉の意味も重みが別物になってしまう。

 

「怪我、してない?」

 

「は、はい。本当にありがとうございます、灯どの。僕が不甲斐ないばかりに御迷惑をおかけしました」

 

「小十郎ちゃんが無事で良かったよ。でも、これからは少なからず黒脛巾組を数人付けといた方がいいよ」

 

先程までの殺気も怒りもどこへ行ったのか、いつものような暖かい無邪気な笑顔の彼に戻っていた。

 

「すいません嘘をつきました。外傷はないのですが、何故か心が痛いんです。今までに感じたことのない心地よい痛みで……戸惑っているのです」

 

どんな名医でもこの痛みは決して癒すことができない。でも、灯どのなら治せてしまう……そんな感じがする。

 

───だから。

 

「この正体をゆっくりでいいので、知っていきたいんです。あなたのお側で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場の荒れ果てた大地に一輪の花が咲いている。いつも俺は戦場の姫武将を見てそう思ってしまう。

 

そして、今ここに大事な人のために咲くことを拒否し続けていた花が美しい花弁を咲かせた。

 

「俺はそろそろ奥州から出ていくつもりなんだ」

 

「ど、どうしてですか!?」

 

「どうしてかって聞かれれば、自分の野望のため、としか答えられないんだよね」

 

『私のような女の子を───』断片的に思い出すあの時の記憶。忘れない。忘れない。忘れない。何度も体にも心にも刻み込んだ。

 

「教えてはくれませんか?野望を」

 

「俺の野望は世の姫武将に恋と遊戯を教える、たったそれだけ」

 

「ふふっ、灯どのらしいです。それならしょうがないですね。……いつかは教えてくださいよ、野望の原点を」

 

「ああ、約束するよ」

 

 

戦は片倉小十郎によって、まったくと言っていいほどの被害で済み完勝に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──灯どの、その野望が叶ったら……

私に恋を教えてくれませんか?──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。
自分のバトル描写のしょぼさを思い知りながら書いております。

次回で奥州編を終わらせるかもしれません。気が向いたら特別編という形で書きたいと思っております。

では、騎士見習いでした


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さらば奥州

完勝で終わった合戦だったが、その後が俺にとって本番と言っても過言ではない程の混沌と化していた。

 

「この一日でいったい何が起きたのだ?我は混乱しておるぞ」

 

 

合戦が終わったその日の夕食。仲良くいつもの位置について料理に舌鼓を打とうと考えていたのだが、混沌の元凶とも言える二人が俺の隣をガッチリマークして座ったのである。

 

 

「ん~~俺も知りたいんだよね」

 

半ば検討がついているんだが口に出すとの自分の首を締めることになりそうなので秘密にするしかない。にしても……。

 

 

「小十郎離れて。灯が苦しそう」

 

「いくら成実様の頼みでも聞けません。それなら成実様が離れたらいいんじゃないんですか?」

 

「うぅ~~!!」

 

「むぅ~~!!」

 

 

絶賛目の前で火花を散らしあっている政宗ちゃんが混乱している元凶の二人。片倉小十郎と伊達成実である。

 

修羅場すぎて辛い。ついでに言えばお互い腕を組む力が強すぎて骨が軋んでいて辛い。

 

 

「さすが灯様、男よりも虫好きの成実様だけでならず、片倉様をも手篭めにするとは恐れ入ります!!」

 

 

もう忍ぶことさえしなくなった蔵人ちゃんはキラキラした尊敬の眼差しを天井からぶら下がりながら向けていた。呼び方も様になってしまったし。

 

 

いつの間にかすごい懐かれてしまっていた。帰り際の本人曰く『戦場で初っ端から爆弾を使う極悪非道な忍なんて初めて見ましたよ!!!一人の忍として一生ついて行きます!!』と俺の爆弾を使ったという罪悪感を引きちぎりながら褒めちぎられた。

 

 

「分かりました。そこまで言うのなら戦いましょう」

 

「受けて立つ」

 

闘志丸出しで立ち上がる二人を止めようとするが、怖くて声が出せないよぉぉ~~。

由々しき事態ではないと察した政宗ちゃんはピリピリとした空気の中、意を決して立ち上がる。

 

 

「こ、こら!!お主らいい加減に「黙って(ください)!!………ひっく、えぐっ、も、もう我は知らない!!大嫌いっだ!!うえぇ~~ん!!」

 

 

結果ガチ泣きである。

 

「お~よしよし怖かったねぇ~俺は政宗ちゃんの味方だからねぇ~」

 

「あ、あ、あ"か"り"ぃ"~~!!」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を着流しに顔を埋めてくる。高かったのになぁ~これ。でもまぁ、幼女から出る液体のすべてはご褒美って言うしね。

 

「で、何で勝負するの?剣術?武術?」

 

腕を組み、おっぱいをその上に置いている……だと!?こ、これは微乳小十郎ちゃんへの挑発なのか!!

 

「いえ、そんな殺伐とした勝負ではありません。勝負内容は簡単………灯どのの《───》をどちらが先に昇天させるかです」

 

小十郎ちゃんの心の自制心なのか色々なモノが外れてしまったらしい。今まで抑えていた欲望をすべてぶちまけている。

 

「どうしたのだ灯?耳など抑えて、何も聞こえないであろう」

 

政宗ちゃんには卑猥な言葉を聞いて欲しくないの!!純粋な中二病でいて欲しいの!

 

「乗った」

 

「乗らないでくださいお願いします。成実ちゃん」

 

バトル形式で俺の日本刀を昇天させるってさ、必ずへし折れるフラグが建ってるもんきっと。

 

「さすが灯どのですね。上の口ではなく下の口ではないとダメ、ということですね」

 

辛うじて発言の恥ずかしさに頬が紅くなっているが、脳内はピンクを通り越して深紅に染まっている。

 

「灯。小十郎には口が二つあるのか?」

 

「ハハハッそんなわけないよ。小十郎ちゃんのちょっとした冗談だよ」

 

クッ、これ以上政宗ちゃんのいる前でそんなこと言わせない!

 

「待ってくれ小十郎ちゃん、成実ちゃん!!」

 

「灯、何で先に小十郎の名前を出したの?なんで……?」

 

ふえぇぇ~~ヤンデレてるよぉ~。

助けを求めるため蔵人ちゃんの方を見ると……親指を立てていた。

 

「グッ!じゃねぇよ!!」

 

クナイに怒りを込めて投げつけるが余裕な表情で掴まれてしまう。ぐぬぬ、ムカつく。

 

「待ってくれ!二人とも」

 

とりあえずやり直してみる。

 

「止めないでください。これは僕にとって人生がかかってるんです!」

 

「灯と結ばれるのは私」

 

俺の意志はないと……。

 

「気を取り直して奉仕勝負!始めっ!!」

 

獣のような鋭い目で迫ってくる。強姦ってこんな気持ちなのね。

 

「待て待て待て待て待て!!!来ないでぇ~」

 

のそりのそりと重い空気を纏いながら一歩また一歩と、ついには目の前にやってきた。

 

必死に手で着流しを抑えるが奥州を代表する姫武将二人がリミッターが外れた状態で奉仕をしにくるため呆気なく着流しは奪われてしまった。

 

「拒絶してますけど灯どののココは違うみたいですよ」

 

「これが灯の……ゴクリ」

 

息を荒らげながら俺の息子を見る二人。

 

「ごめん二人とも!!」

 

こんな機会滅多にないけど、政宗ちゃんの目の前でこんなことする訳にはいかない!!

咄嗟に睡眠薬を液体状にした秘薬を二人にかける。

 

「ひゃっ!なんですかこれは」

 

「ベチョベチョ……」

 

全身に白い液体を纏わせてしまったせいで、ますますエロいことになってしまった始末。だが、これで大丈夫。

 

「うっ、急に眠気が……」

 

「すぅ~すぅ~」

 

ふぅ~一安心。政宗ちゃんの方を見ると蔵人ちゃんが目と耳を塞いでいてくれていた。よかったぁ~蔵人ちゃんは空気が読めるんだね。

 

「蔵人が我の目と耳を塞いでいた間にいったい何が起きたのだ?」

 

「ううん何でもないよ。二人とも疲れてたんだよきっと」

 

「そうであったか!そうかそうか、今日はゆっくりと休むがいい!!」

 

穢したくない……この笑顔。

 

小十郎ちゃんと成実ちゃん、政宗ちゃんを寝床に連れていき終わる。

 

さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり返る。これも今日で最後か……寂しいねぇ~。

 

「でもまぁ、やるべき事をやろうかな」

 

いつもの黒装束に着替え、腰に小太刀を二本。体の至るところに暗器を忍ばせる。

「さて、行きますかね」

 

屋敷の扉を開けると夜の冷たい風が吹き抜ける。

 

「お供しますよ灯様」

 

月明かりに照らされている箇所に黒き葉を周囲に纏わせ参上したくの一。

 

「蔵人ちゃんは伊達家の忍でしょ?いいのかな、俺と来ても?」

 

「そこは問題ありません。政宗様からの許可は得てますから」

 

抜け目ないなぁ~と関心する。

 

「んじゃ、行こっか。蔵人ちゃんが来れば百人力だしね」

 

たった一人の姫武将のために命をかける。悪くは無いな俺らしくって……。

今宵は満月、黒き二人は闇に紛れることをせず、淡々と目的地まで駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら~凄い警備ですねぇ」

 

出羽国を国とする最上義光の城、山形城。本丸、二の丸、三の丸が円心円状に輪郭する構造。

 

「だね。まるで俺たちがこの数日の間に来るのを見越したような感じだよ」

 

普通の警備ではありえないほどの兵士、松明の数。そして、微かにだけど城周辺には忍がいるな。

 

「最上義光に何をするつもりで?暗殺ですか?」

 

「違う違う、ただの話し合いだよ。ま、あっちの対応次第でそうなるかもしれないけど」

「悪い顔してますよ」

 

おっと、ついつい顔に出ちゃったか。

朝になる前にサクサク行くかな。これといって注意すべき箇所がないため本番は天守閣に登ってからだろう。大した緊迫感を覚えず、澄み切った頭で片手に爆弾を持つ。

 

「準備はいい?」

 

「いつでも大丈夫です!」

 

勢いよく攻め込む反対側へ爆弾を全身全霊全力で投げつける。携帯サイズの大筒が欲しいこの頃。

そう思っているうちに城外はざわつき、敵襲だのなんだの爆弾を投げた方に集まっていく。

 

監視が消えたことを確認した後、蔵人ちゃんとアイコンタクトをし、茂みから足音と気配を殺し城壁を登る。

 

真近で城を見るのは久々で改めてこの時代の建築技術に感嘆する。この一番上で見る景色はさぞや絶景だろうな。

 

 

天守への道筋は頭に叩き込んでいるため最短ルートを突っ切る。途中何人もの兵士と遭遇したが、声を挙げさせる前に殺す。

 

二の丸を超え、そろそろ爆弾による陽動も気づかれている頃合だと思いつつ、目前に迫る天守を目指す。

 

「順調ですね」

「ここまではなっ!」

 

突然の飛来物を小太刀で弾く。

 

「面倒臭いのと遭遇しましたね」

 

「ああまったくだよ。最悪な登場だ……」

ここへ忍び込むのにおいて一番会いたくない者が一人だけいた。

 

「義姫どの」

 

角のような髪飾りに活発さを漂わせる凛々しい顔立ち。まったく、政宗ちゃんの母親には見えないよ。

 

「あたしの名前を知ってるんだね。名を名乗りな」

 

「初めまして不知火 灯と申します。最上義光に用がありここに来ました」

 

「ふ~ん、さっきの騒動はあんたらの仕業ってことかい。あたしとしては通してあげたいんだけど、正規の手順じゃないから追い返させてもらうよ」

 

さすがに一人での登場ではなく義姫の背後に最上義光の直属であろう四人の忍が現れる。

 

「ど、どうしますか灯どの?いくら私でも四人相手は嫌なんですけど」

 

「無理じゃなくって嫌なんだ……。それじゃあ時間稼ぎよろしく」

 

「えっ……?ちょ!待ってくださいよ!!」

 

俺が動き出すのと同時に義姫たちも動き出す。義姫との距離が5メートル未満になった瞬間、義姫が地面への踏み込みを強め、土に割れ目がでながら一気に零距離となる。

 

「チッ……!!」

 

右手から放たれる掌打を小太刀で受け止めながら、勢いを殺すため真後ろに重心を置き、吹き飛ばされるように装う。

 

「なんて威力なんですか、ッ!」

 

受け止めた小太刀は折れていた。

 

「灯って言ったけ?良い腕前だね」

 

こんな鬼みたいに強いのに妹属性持ってるとか信じられないんだけど。

 

「鍛えてますから」

 

もう一回と言わんばかりに、狼のような速さで迫ってくる。迎え撃つのは危険だと考えるが、敢えてカウンターを狙いに行く。

 

またもや踏み込みを強め一気に距離を縮め、空中での回し蹴りがくる。タイミングを合わせ右脚を掴み力の方向に逆らうことをせず、そのまま投げ飛ばす。

 

投げ飛ばしただけで威力はないが、それで十分。

着地地点を見極め、数歩手前に止まるが義姫は重心を真下に置き、俺が立っている真上から落ちてくる勢いを利用した踵落としを繰り広げる。

 

「アグッ!!」

 

人間離れした運動能力に驚愕しつつ、腕を頭の上で交差し防ぐ。落石してくる強大な岩に当たったような衝撃で骨の髄まで痛みがくる。

 

押し切ろうとする義姫は脚に力をさっき以上に込めてくることによって、俺の足場が凹んでいく。

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

交差していた腕を思いっきり広げ、義姫を遠ざける。

 

「戦線を退いたとはいえ、まだなまってないもんだね」

 

楽しんでいるらしく笑顔が見られる。戦で咲く花もあるって言うけど、きっとこの人のことを言うんだろうな。

 

あんまり使いたくなかったけど、使わなきゃ倒させるのは俺だし、出し惜しみしてる場合じゃないか!

 

「ふぅーー!!!!」

 

肺の中の空気を入れ替えるように深い深呼吸をする。精神を研ぎ澄まし、視界を広げる。

 

先程までなかった風が吹き始める。

 

「風魔流忍術──影縫いの術」

 

満月ということで義姫の影が濃くしっかりと地面に写っている。その影をクナイで刺す。他の流派も使える影縫いの術だけど、風魔の術は一線を画している。

 

おっと、某忍者漫画のマネじゃないぜ。ちゃんと存在してるからね!!

 

「か、体が動かない……!!」

 

詳しいことはよく分かんないけど、とりあえず相手の動きを止めるとしか言えない忍術なんだよね。それでも精神と神経を容赦なく削っていくため、使うのはあまり気が進まない。

 

「遠慮なく気絶してもらいます」

 

鳩尾に拳を突き立てようとした瞬間……義姫の右拳が顔のすぐ横を通り過ぎた。掠った頬は切れており、血が流れる。

 

「化け物か何かですか?義姫どのは?」

 

「ははっ、それはお互い様だろ。だけど、あたしの降参だよ。あの一撃にかけたんだけどね~。もう動けやしないよ」

 

女性の言葉を信じるがもっとうの俺は蔵人ちゃんの方を見る。

飽くまで逃げに徹していたらしく、目に見える外傷はなくあるとすれば装束が軽く切れて、マスクが外れているぐらいだった。

 

「あれ?もしかして政宗のところの忍じゃない」

 

「気づかれちゃいましたか~~あちゃ~」

 

 

まったく残念がってる仕草を見せない。

 

「ってことは、またあの人が何かしたんだね。通りな、そしてちょっとお灸を据えてくれない?」

 

義姫どのの術を解き、お安いごようと、一言告げてから天守を登る。

蔵人ちゃんを連れていて正解だと思いながらも月明かりで黒光りする瓦を蹴る。

 

天守の中にはたった一人だけいた。

 

「お初にお目にかかります。最上義光どの」

 

「ハッハッハ!!噂程度なら貴様のことを知っているぞ。政宗たちが気づかなかったのは無理はないがな」

 

盃に酒を注ぎ、飲み干す。その一連の動作だけで大名の品格を感じさせる。

 

「噂……ですか」

 

「風魔に伊賀、霧隠と名のある流派を極めたっていう化物みたいな忍がいるってな。んまぁ、俺は単なる作り話と思っていたんだが、まさか実在するとはな……感動するべきか後悔するべきか……

 

「俺のわけないじゃないですか。俺はしがないただの忍ですよ。そんな大それた者じゃありません」

 

「ほう、否定するか。だが意味は無いぞ。そこにいる世良蔵人がたった二人で城に踏み込むという自殺行為に手を貸したのが何よりの証拠だ」

 

俺は後ろにいる蔵人ちゃんに目で問いかける。

 

「その忍の噂は忍の中でも有名な話です。ただ、世間に広まってる噂の中で一つだけ広まっていない噂があります」

 

「初耳だな、それは」

 

「ええ、それもそのはずです。風魔小太郎、服部半蔵、霧隠才蔵、百地三太夫、猿飛佐助など他にも数名いますが、といった戦国の世に名を轟かせている忍たちによって秘匿にされていたことがあります」

 

自分のことなのに不思議な気持ちとなる。とぼけていたが、戦国の世に広まっている噂のほとんどが真実である。

 

「姫武将というこの国の文化を壊そうとしている、と」

 

「つまりは、この戦国の世を終わらせようとしているのか。そんな奴に会えたなんて、今日は良い日だ」

 

どんどん話が違う方向に傾いている気がするから、ここらで軌道を併せる。

 

「最上義光どの。豪族を焚きつけて攻めさせたのはあなたですよね?」

 

正直に名乗り出るはずがないのは分かっている。証拠を出さないまま、犯人はお前だ!、なんて言って、はいそうですっていうような犯人はいないだろう。

 

「まったくもってその通りだ」

 

「証拠ですか……って認めちゃうんですか!?」

 

義姫の兄だけあって性格が似ている。

 

「まぁその方がありがたいんですけどね」

 

いつの間にか夜が明けてきている。残された時間はあと僅か。

 

「捲し立てるようで申し訳ないですけど、俺から一つ忠告を……次、俺の大切なものにちょっかいを出したら問答無用で殺しにいきますね」

そう言い残し、蔵人ちゃんとともに天守から立ち去る。

この程度でやめるような人じゃないだろうけど、それでもほんの僅かでも抑止力となるのなら本望。後は政宗ちゃん次第。

 

「俺も恐ろしいものに目をつけられたもんだな。ハッハッハ!!」

 

そんな高らかな陽気な笑い声が聞こえてきていた。

 

 

 

 

城から離れるべく駆ける。

 

 

「灯様はこれからどうするんですか?」

 

「とりあえず近場の越後かな。蔵人ちゃんはどうするの?」

 

「灯様についていきますよ。あっ、政宗様からの許可はもらっていますので気にせず」

 

「抜かりないことで……」

 

夜明けの陽の光を全身で浴びながら、奥州へ別れを告げる。

 

さらば!奥州

 

 

 

 

 

「やっぱり行っちゃいましたか」

 

「寂しい」

 

「そうへこたれるでない。またすぐ会えるに決まっておる。その前にだ!我をハメようとした最上義光を打ち取るぞ!」

 

 

二人の姫武将の凍りついた心は春の訪れを感じたのかのように溶けきっていた。

 

 

そして、ここに一人。奥州の支配者として名乗りを上げるのもまた、時間の問題である。

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。多少無理矢理感がありますが気にせずに。
次は越後ということでよろしくお願いいたします


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越後の軍神 上杉謙信ちゃん

ついにキタキタキタキタキターー!!!越後ですよ!越後といえば、美味しい酒に米。そして越後美人であ~る!!

その中でも越後の軍神やら龍、毘沙門天の生まれ変わりと日の本で呼ばれている上杉謙信は想像を絶するほどの神聖的な雰囲気を持つ美女らしい。

 

「謙信ちゃんに会いたくてウズウズするね蔵人ちゃん!」

 

「私も同種にしないでください灯様。それに、仮にも毘沙門天の生まれ変わりですよ。手なんか出したら生きて帰れません」

 

「手はダメなら俺のナニは大丈夫ってこと?」

 

「………はぁ」

 

奥州を離れて一週間経つけど、蔵人ちゃんの俺への態度がだんだん悪くなってるんだけど。無言の溜息ほど傷つくものはないよ。

 

それよりも越後入りしてから二日。走りや馬を交互に使いながら謙信ちゃんのいる春日山城の目前である城下町のとある団子屋に入り浸っている。

 

 

運良く俺の謙信ちゃんへのラブコールが民に聞こえてない。団子屋の団子をお茶と共に味わっていると、突然、辺りが騒ぎ出した。歓声とも呼べるような騒ぎように、

 

「見てくださいあれを」

 

歓声の元となっている者を蔵人ちゃんがしめす。

そこには勇ましい顔つきの少女が猛々しい馬に乗って闊歩していた。

 

「……ってあれ?灯様どこですか?」

 

 

気がついたら体が動いていた。悪気はない体が勝手に動いていた。つい間がさして。数々の性犯罪者の言い訳を脳内に浮かべてしまっていた。

 

「君が兼続ちゃんだね!噂通り真面目そうに見えて抜けてそうな感じだね!」

 

馬の行く手を遮り、兼続ちゃんの前に立ちながら言ってしまっていた。蔵人ちゃんの方を見ると、頭を抱えて他人の振りを貫き通す意志がひしひしと伝わってくる。

 

「な、なんですか!!突然現れたと思ったら人を貶すその無礼は!!よりにもよって謙信様の懐刀である私に向かって!」

 

「自分で懐刀って言っちゃうなんて可愛いなぁ」

 

「んなっ!?まだ口が減らないと。なら刀の錆にしてくれます!」

 

顔を真っ赤にして斬りかかっくる兼続ちゃん。数回の会話のキャッチボールで命が絶たれてしまう状況を作る自分の才能が怖いぜ!

やっぱりこういう娘は怒らせると可愛いタイプだね。

 

とまぁ、そんな安心するような状況ではなく、馬の背を踏み台にし空中から振り落とされる兼続ちゃんの刀を紙一重で左側に反り避ける。

 

かわされても焦る様子を見せず、着地と共に横なぎの二太刀目を繰り出される。今度は避ける間もないため渋々、右の袖口から暗器の一つである忍び鎌を取り出し鎖の部分で受け止めるとカキンッと金属同士がぶつかる音が辺りに響き渡った。

 

「チッ、忍でしたが。ここでの戦闘は少々、部が悪いのでひとまず預けておきます。運が良かったですね」

 

刀を鞘へと納めふと馬に跨り、何事もなかったかのように春日山城へ進みだして行った。

 

「ふぅ」

 

「ふぅ、じゃないですよ。野次馬が集まってきたじゃないですか」

 

呆れに呆れているためなのか笑顔の蔵人ちゃん。言った通り、周りには騒ぎを聞きつけた野次馬や武士が増えつつある。人気のない場所に移動するべく、早着替えの術!でとある町娘とその彼氏を演じながら移動した。

 

「ほんっとに馬鹿なんですか?灯様は!」

 

「どうどう、落ち着いてよ。何も考えなしで飛び出したわけじゃないんだから、ね?」

 

「ほぉ、先程の欲望丸出しの行動のどこに考えがあったと?」

 

疑い100%でこちらを見てくる蔵人ちゃんに胸元に入れておいたモノを見せる。

 

「……櫛、ですか……?」

 

「そう。ちなみに兼続ちゃんの着物と胸当ての間にあったので盗りました」

 

「で、その櫛をどうすると?」

 

ま、来れば分かるよと言い残し、春日山城へと歩きだす。

 

 

 

 

 

 

 

「此度は私の大切な櫛を届けてくださり誠に感謝しておりま、す!!」

 

優しい優しい俺と蔵人ちゃんは櫛を届けに来たと称し、こうして春日山城の城内に入り、兼続ちゃんと二度目の再開をしている。

 

「ちょ、灯様。直井様の額に青筋が見えているのですが……」

 

耳元でひっそりと囁いてくる蔵人ちゃんの生暖かい息をこそばゆいと感じながら、

 

「どうにかなるよ」

 

「──分かりました。信じますからね」

 

そう言って離れる。

わざとらしく咳払いをして話しだす。

 

「いえいえ我々としては当然のことをしたまでですよ。にしても大切な櫛をなくしてしまって、さぞかし慌てられたでしょう?」

 

「え、ええ。どこぞの馬の骨かすら分からない貴様らのような忍のせいで、ね!」

 

今にも斬りかかってきそうな兼続ちゃん。だが、客室のため下手に振り回し部屋のどこかに傷の一つでも付けると、ただならぬ事態になるため我慢している。

それに、他の者から見れば俺たちは紛失したモノを届けた心優しき男女である。か擦り傷でも兼続ちゃん自身の品格の失ってしまう。

 

「言いたいお礼は山ほどありますが、その前に名と目的を」

 

怒りの目から見極める目と変化した兼続ちゃん。突然の質問だが、答えなければ切り捨てられるだろう。

 

「俺の名は!不知火 灯」

 

「私は世瀬 蔵人です」

 

「不知火?世瀬?聞いたことがないですね。どこの忍で?」

 

名が知られていないという事実を悲しむべきか、忍べていることに喜ぶべきか、微妙な気持ちにいる。

 

「どこにも属してない報酬さえいただければ何でもする雇われ忍です。ただいま募集中です」

 

「なるほど。……名乗らせてこちらが名乗らないのは無礼ですね。私の名は直江 兼続」

 

愛の兜で有名な部将である彼女。愛の前は義を重んじており、今では忠誠心、慈愛、友情とこの戦国の世には珍しい人物である。それに加え、知恵も武も優秀と非の打ち所がない。

 

「よろしく兼続ちゃん」

 

「気安く名を呼ぶな」

 

「兼続ちゃん兼続ちゃん兼続ちゃん兼続ちゃん兼続ちゃん兼続ちゃん兼続ちゃん」

 

届け!俺の想い!!

 

「申し訳ありません、うちの灯様が」

 

「いえ、世良どのも大変な苦労をしていると痛感します」

 

「「はぁ……」」

 

何この空気?まるで俺が悪いやつみたいじゃないか!

 

「騒がしいわね兼続。お客かしら?」

 

一切気配を感じることができず、戸が開く。部屋に入ってきたのは雪のように白い肌に見るものすべてを虜にする紅い瞳。思考するまでもなく、彼女が毘沙門天の化身。上杉 謙信、本人であると分かった。

 

だが、俺は不思議と彼女を毘沙門天の化身というよりも白兎という例えが頭に浮かんでしまった。

 

「どうかしたの?」

 

一体どれだけの時間が経っただろうか?彼女に魅入ってしまい体感で何分も見ていたような錯覚に陥っていた。横を向くと蔵人ちゃんも俺と同じような状態となっている。

 

「ど、どどどどうして謙信様がこちらに!?」

 

「あら、いたら迷惑だったかしら?」

 

「い、いえ!そんなことありません!」

 

ありがと、とクスクスと笑い戸を閉めた。

 

「は!一体私は……?」

 

戸を閉める音がスイッチとなったのか蔵人ちゃんはようやく我に帰った。

 

謙信ちゃんは洗礼された動作で兼続ちゃんの隣りに座り、今までのいきさつを身振り手振りで教える兼続ちゃんを生暖かい目で見ながら、茶菓子をリスみたい食べる蔵人ちゃんの頭を撫でながらお茶を啜る。

 

 

「兼続が迷惑をかけたわね礼を言うわ」

 

「いえいえ困ったらお互い様ですよ。謙信ちゃん」

 

「んなっ?!謙信様に向かって、け、謙信ちゃんなどと……無礼にも程があります!!」

 

怒りが頂点に達したらしく畳に置いていた刀を掴み取ろうとしていた。

 

「刀を置きなさい兼続。謙信ちゃん……初めてかしらそんな名前で呼ばれるなんて。灯、あなたの好きなように呼びなさい」

 

何か言いたそうな顔をしていた兼続ちゃんだが、渋々といった様子で中腰だった体勢を元の体勢に戻し、刀も言われた通り置いた。

 

「ついでに申しますと。ある一定期間、俺たちを雇ってくれませんか?」

 

「いいわよ」

 

何も考える仕草をせず、即決で決める謙信ちゃん。裏切りを全く恐れていない辺りは化身としての証なのかな。

 

 

許しをこえば必ず許す、何度も何度も。繰り返すうちに敵の心が折れ、二度と戦をしようと考えなくなる。謙信ちゃん自身は善意なのだろうが、敵からしたら圧倒的な地力の差を見せつけられるだけ。

その行動一つ一つが越後内部の敵を絶やし、兵の士気を上げ未来では敵なしと謳われていたほどの大名となったのだろう。。

 

 

「兼続。あなたはこの二人とともに行動し三日後に越後へ攻めてくる武田の部隊を迎え撃ちなさい」

 

早速こき使う気の謙信ちゃんだが、手柄を挙げられる機会を得られたのは大きな。にしても、川中島以外でも武田と戦っていたなんてな。意外だ。

 

「はっ!この兼続、必ず勝利してみせます!」

 

返事を聞くと謙信ちゃんは一言二言残し、どこかへ行ってしまった。

 

「では、早速ですが……」

 

腰に隠し持っていたらしい短刀を一瞬にして抜き放ち、俺めがけて投げ飛ばす。至近距離、そして鍛えられた肉体によって短刀は素早い蝿をも空中で仕留めるほどの速さで額に飛んでくる。どんな手練(てだれ)でも絶命するだろう。

 

 

───が、それはただの手練の話である。

 

「──俺は遥かその上にいる」

 

避ける時間もない、小太刀などで守る時間もない。なら、弾けばいい。

 

口に含ませていた小さな鉄球を勢いよく吹き出し、短刀の刃の先端に当てると、数回転した後、畳に突き刺さった。

 

「灯様を舐めないでください。あなたごときが殺せるのなら私がすでに殺してます」

 

兼続ちゃんが短刀を投げたのと同時に兼続ちゃんの背後に回った蔵人ちゃんはとても冷たい表情で首元にクナイ突きつけている。

 

「参りました……」

 

脱力したように崩れ落ちる兼続ちゃん。交戦の意志がないと知った蔵人ちゃんはクナイをしまい、元の明るい表情に戻る。

 

「蔵人ちゃんは俺を殺そうとしてたのかな?」

 

「嫌だなぁ〜言葉の綾ですよ。一応、技術的な面では憧れてますから」

 

さっきの攻防で蔵人ちゃんの残酷な一面を垣間見た気がしたが、まぁいいや。

 

完璧なタイミングでの奇襲を破られたのが悔しいのか、俯きながら肩を震わせている兼続ちゃんに刺さりっ放しの短刀を手渡そうとすると、

 

「さぞかし厳しい鍛錬を積んだのでしょう!!不肖、直江 兼続御見逸れしました。先程までの無礼、深く反省しております!よろしかったらこの、わたくしめに稽古の指導をお願いします。灯先輩!」

 

興奮した様子で捲し立てられてしまい、聞き取るのが大変だったが。まぁ理解した。

 

ある程度、武を極めたと思っていたが上には上がいることを知り、益々極めたいということである。つまり、クソ真面目な娘だということ。

 

「さすがに無償とは言いません。周りのお手伝いぐらいはさてももらいます。」

 

「例えば?」

 

「炊事家事洗濯に買い出し、寝付けないのならば添い寝でもなんでも。……あまり体には自信がないのですがお背中を流すぐらいはできます。」

 

「ふっ、そこまでの情熱があるのならいいだろう!!俺の稽古は厳しいぞ兼続ちゃん!俺は案外寝付けない!!」

 

ん?ロリコンだって?そんなもん奥州にいた頃以前に捨てているわ!!

 

「……体が発達してる成実様はまだしも、年相応の体型をしている兼続どのに手を出すのわ……あれですね」

 

気合いに燃えた兼続ちゃんと熱く手を握り、互い意志を滾らせている時に不意に放たれる冷たい蔵人ちゃんの一言がチクッと刺さる。

 

「何を言ってるんだい!蔵人ちゃん!」

 

「いや、まぁそれを知っててお供してますけど……行き過ぎはよくないですからね」

 

ありがたい指摘を胸に水性ペンて刻みながら頷く。

 

「さぁ灯先輩!いつ稽古をします?今ですか!」

 

この空気の読めなさは真面目の証拠である兼続ちゃん。

 

「じゃ、明日からでよろしく」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

添い寝とかお背中を流すとか……うぅ〜思い出すだけで恥ずかしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




兼続ちゃん可愛いんじゃぁぁー!!


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真面目っ娘 兼続ちゃん

 

朝靄で視界がほんの少し見づらくなっているがそれ以上に日の出の光が眩しく、起床してから時間が経っていないせいで目には絶大なダメージを受ける。

 

 

城の庭園というのに今まで興味を持つことがなかった。いや、見る機会がないといったほうが正しいのか。そんな俺にも春日山城の広い庭園には感銘を受けてしまう。

年代を感じさせる松の木、人の手で造られたとは思えないほど精巧な池に川。時間帯によってこの景色もまた様変わりすると考えれば、悪くはないと思った。

 

 

「ん、あそこかな」

 

 

縁側を歩くと、木も草もない一帯が見えてきた。人間台の丸太がいくつも立っており、一つ一つに日々の努力が見て取れるほど、打ち込まれており、所々割れてたりしていた。

 

一人、武具を身につけ空気と一体化するかのように目を閉じ脱力し精神を研ぎ澄ます者がいた。

 

 

「おはようございます灯先輩。今日はよろしくお願いします」

 

「おはよう。じゃ、早速だけど……始めよっか」

 

 

昨日のお返しとばかりに卍手裏剣を三枚ほど投げ込む。一枚一枚に別の回転を加え、左右と正面の三方向からの攻撃をどう対応するのか、見物である。

 

本当に昨日の恨みがないかって?もちろんないですよ。女の子に何をされようが俺にとってはご褒美に変わりないね!

このくらいの攻撃で死ぬなら、所詮はその程度としか言えない。でもまぁ、もしものために危うかったらそれなりの対処法があるのでご心配なく。

 

 

「せやっ!!」

 

 

気合いの入った掛け声とともに右からくる卍手裏剣をたたき落とす。息つく暇もなく、続いて左の卍手裏剣を水流の流れのような動きで受け止める。最後の正面は背中を反らし、避ける。

 

 

わざと視認できるぐらいの時間差で投げたが、その時間差を一瞬で読み取り、動作に写す力量は素晴らしいの一言に尽きる。

 

 

「すごいすごい!さすが兼続ちゃんだね」

 

「いえ、そんなことないですよ」

 

謙遜をしているが実力はもう十二分に分かった。本能的に動く成実ちゃんとは正反対で冷静な判断によって動く兼続ちゃんは、相手としては戦いたくないものである。

 

「さぁ!どんどん来てください灯先輩!」

 

もう、俺の稽古必要なくね?

 

「えっ〜と、手合わせ……する?」

 

「………する!!」

 

水を得た魚のように大喜びする兼続ちゃん。こうなったら、汗だくにしてやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

結果としてはもちろん全勝ですよ。暗器を使いまくるのは可哀想だから小太刀だけでひたすら闘いました。

 

「手も足もでないってこのことなんですね。今日はありがとうございました」

 

汗で張り付いている布地が体のラインを丸分かりにしている。発達段階なのだが、控えめなおっぱいが艶かしいぞこの野郎!

 

「こちらもありがとうございました」

 

本当にごっちゃんです!

 

「湯を沸かすので、先にどうぞ」

 

「ああ、ありがとう。」

 

言うの?言っちゃうの?俺!胸に秘めた想いを兼続ちゃんへ解き放つ。

 

「背中流してくれるよね……?」

 

「……え?」

 

「え?」

 

まさか!?という顔をされてしまい、返答に困る。自分で決めたことは守るのが武士というものだよ。

 

「いいよね?」

 

「けど、その、ごめんなさい!」

 

純情な娘に告白したかのようなやり取りだが、振られた以上に絶望が俺を襲う。

 

「武士に二言はないのですが……まだ、は、恥ずかしくて。無防備な姿を見せるほど灯先輩のことを知らないわけですし……」

 

「知らない?なら、これから知っていけばいい」

 

手をぎゅっと握り、諭す。

 

「いや、ですが……」

 

恥ずかしさと困惑で目がものすごい速さで泳いでいる。ふむ、こいうのも悪くないかも。

 

「あまりうちの兼続をいじめるのはよくないわよ」

 

またしても気配を感じとることができなかった。厚手の布を纏う謙信ちゃんが微笑んでいた。

 

ここまで気配がないと試したくなるんだよな〜。体の相性とかそっちじゃないですよ。ただ純粋な実験ですです。

 

「大丈夫なのですか!?外に出られて!」

 

「今日は調子が良いの。このくらいならあまり問題じゃないわ」

 

謙信ちゃんは現代でいうアルビノのため日光を苦手としており、普段は毘沙門堂に篭っている。

 

「兼続ちゃん。悪いけどお風呂沸かしてきてくれるかな?」

 

「え、あ、はい」

 

俺の態度の変わりように拍子抜けしたようにぎこちない返事をする。謙信ちゃんの身を案じてか、足取りは重たさを感じさせていた。

 

「何か私に用があるの?」

 

「用というより試したい、こと?かな」

 

風遁の術で強い一風を吹かせる。

 

風で人を切るとか想像するかもだけど、現実は風を吹かせるのが精一杯なのですよ。

 

「きゃっ」

 

突然の強風で素が出てしまっている謙信ちゃんに萌えながら、足音、気配、消せるもの全てを消す。がら空きの背後に回り小太刀で切り裂こうとする……が、

 

「嘘だろ……」

 

攻撃を受けたわけではない。かといって何をされたかすら俺には検討もつかなかった。小太刀が触れる瞬間、説明ができない力で吹き飛ばされた。

 

「誰も私を殺すことはできないわ」

 

「……何をしたんだい?」

 

地面に倒れた状態のまま聞く。

 

「ただ殺気をそのまま返しただけ。私の意志とは関係なくよ。私が毘沙門天になってから自然とこうなったの」

 

 

なるほど。これですべての合点がいく。

 

謙信ちゃんには殺気がないのだ。悟りを開いたとでもいうのか、人が誰しも持つ殺気を。だから、俺は気配を感じとることができなかった。

 

「でも、灯が私を本当に殺すつもりなら灯は死んでいたわね」

 

実験という形だったため、殺すつもりの殺気を出さなかったのが救いだったわけか。だが、あの殺気だけで節々の打撲に右肩の脱臼って恐ろしいな、まったく。

 

「試したいことはこれだけかしら?なら、毘沙門堂に戻らせてもらうけど」

 

「本題はここからだから待って待って」

 

脱臼した右肩をはめながら、土埃を払う。

 

「謙信ちゃんは本当に武田が攻めてくると思ってるの?」

 

「思ってないわ。だからこそ戦うの、彼女の名を語る不届き者と」

 

 

いらない心配だったらしい。甲斐の虎こと信玄ちゃんに会えないのは残念だが、近いうちに会えると思う。

 

「私は戻るわね」

 

毘沙門堂の方向に歩き出す謙信ちゃんの背中を見ながら、独り言を言う。

 

「俺は神も仏を信じない。だから毘沙門天の存在も絶対に信じない」

 

一瞬止まりかけた謙信ちゃんだが、信じる信じないは灯の自由よ、とその背中が語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでこんなに青痣ができていたと」

 

兼続ちゃんが用意してくれた湯に浸かって、これまた用意してくれた美味しい朝食を摂り、蔵人ちゃんに看病されているのが今の状況である。

 

「もうちょっと優しくしてくださ痛いっ!」

 

「刀傷の方がこの何倍も痛いんですから我慢してください」

 

薬草をすり潰してできた液体を青痣の部分に塗られていく。

 

「まさに神業って感じですね。もしかして、毘沙門天の化身だったりしちゃうんじゃないんですか?」

 

「本当に存在するならこの世はとっくのとうに平定されて平和な国になってるよ。そういう蔵人ちゃんはどうなんだい?」

 

「信じてないに決まってるじゃないですか、っと!」

 

「あがっ!」

 

手当が終わった合図らしく、青痣をある程度の力で叩かれ悶絶である。

神仏を崇める人たちの大半は心の拠り所を求める者達や何かにすがらなければ、戦国の世で生活をするのは困難だと考えているのが主な理由だと思う。

 

「明後日の戦までに完治することを願っていてくださいね」

 

「あいあいさ〜」

 

 

 

 

 

いつの間にか戦当日である。

 

兼続ちゃんの稽古に城内探索、情報収集に費やした結果。まぁ充実した一日だったと思う。 それと怪我の方は蔵人ちゃんの手当のおかげで完治した。

 

「馬は楽でいいねぇ〜」

 

「ですねぇ〜」

 

忍は駆ける駆けるの連続だから滅多に馬は使えない。それに金銭が高いし……。

蔵人ちゃんと二人乗りでのほほんと先陣を進む。右隣にはもちろん今回の戦の総大将を務める兼続ちゃん。

 

「もう少し緊張感というものを持ってください灯先輩、世瀬どの」

 

嘘かどうか分からないが、仮にも武田との戦、ピリついて当然か。

これから向かう戦場は山!互いに山の両端に本陣を置き、山中での戦いになるだろうとby.兼続ちゃん

 

「あまりはしゃぐなよ小僧」

 

「相変わらず段蔵姉さんは厳しいなぁ」

 

一瞬霧がかかったと思ったがすぐに消え、左隣にすらっと伸びた長い脚に鎖帷子で妖艶さを漂わせるおっぱい。長い髪を掻き上げる仕草は大人の女性を感じさせる。越後の忍、加藤段蔵である。

 

 

「うっせ!喉元掻っ切るぞ」

 

 

この通り口が悪く、血気盛んな忍。性格に比例して凶暴なため実力は忍の中でも飛び抜けている。

 

え?なぜ知ってるかって?そりゃあ、俺が修行中にお世話になった忍の一人である。段蔵姉さんの指導は『死』と同意義だった。

 

「仲間割れは洒落になりませんからやめてくださいお願いします」

 

思い出す辛い修行の日々。睡眠中にも殺されかけ、用意された飯は猛毒が入っていたり、たまに手合わせする時の武器に毒が塗られてたりと思い出すだけで涙が出てきてしまう。

 

「まぁいい。鍛錬は積んでるようだし、合格」

 

霧が消えた瞬間に投げ込まれていた針を指から離し、地面に捨てる。

 

「えっ!?えっ!?灯様は段蔵ど様とどんな関係なんですか!!??」

 

「う〜ん師弟かな」

 

「嘘……」

 

何かにショックを受けたらしく顔が真っ暗闇のように暗くなってしまった。

 

「灯様と段蔵様は師弟灯様と段蔵様は師弟灯様と段蔵様は師弟。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。あの灯様がんなわけない」

 

後ろでぶつぶつと呪詛のように呟き続ける蔵人ちゃんが不気味でしょうがない

 

「段蔵、武田の様子はどうでした?」

 

「ありゃあ偽物だったな。武田の軍にしては力強さがこれっぽっちも感じられなかった」

 

予想通りってことかな。

 

 

「謙信ちゃんの強敵(とも)を名乗る奴らと戦うことになったけど、兼続ちゃんどうする?」

 

 

「もちろん……降伏するまで叩き潰します!!」

 

「さっすが!」

 

「あ〜!血が騒ぐぜ。邪魔したら容赦無く殺すからな灯」

 

「全力で支援させてもらいます段蔵姉さん」

 

この空気に乗り遅れた蔵人ちゃんは小さな拳をたて、小さな声でがんばろっと言ってましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 




加藤段蔵が女…はい私の趣味です。

灯が下品というコメントがありましたが、んまぁ自分を偽ることを嫌いなため欲望にも素直って感じですね。男としてやりたいことを代わりに灯がやる!それを一つのテーマにしてます。

それと、姫武将たちを輝かせるスパイスってことでよろしくです。


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蔵人ちゃんは地雷持ち

「斥候部隊の情報によると偽物武田軍の一部は慎重な足取りでゆっくりと山中を進軍してます。そして残りは山の右端と左端に分かれているため、進軍経路全てに敵軍がいることになります」

 

本陣の中央に設置された机に置かれている地図で詳しい状況を教えてくれる兼続ちゃん。

 

「敵軍の狙いとしては私が兵の大半を使って一点突破を試みたら他の二軍が、がら空きとなった本陣に突撃することだと。

なので、我々は軍を平等に分け敵軍を各撃破した後、三方向からの強襲という形をと考えてます」

 

 

もし仮に三方向のどちらかが敗れればこちらも危うい。だが、上杉軍は屈強な兵ばかりである。毘沙門天のためなら命をも捨てる覚悟で戦う兵たちに負けはないだろう。

 

いるかいないか分からないモノのために戦う彼らを俺は正直よく思ってない。

 

 

「んまぁ一番妥当なのは分かるが、それだと負けるぜ兼続」

 

「なぜですか段蔵?」

 

「今さっきウチの忍が偽物の援軍らしいのがこっちに進軍してるって伝令がきてよ。このままじゃウチらが攻め切る前に援軍が到着してお陀仏になるってわけだ」

 

戦いが好きだからといっても段蔵姉さんはわざわざ死ぬような戦をしない。勝てる戦だからこそ、安心して人を殺めて楽しむことができるとよく言っていた。

 

「段蔵姉さんは何か思いついたんだね。快感を味わうための布石を」

 

「ったりめぇだろ馬鹿か?死ぬか?。まぁお前がいるからこそできる作戦だ。嫌とは言わせねぇからなってか言ったら殺す」

 

たった一つの質問で二回も殺害予告をされてしまうなんて……鬼畜すぎる。

 

「言いません!言えません!言う気になりません!」

 

「よし、なら聞きな。作戦はこうだ!」

 

段蔵姉さんの作戦を簡潔にまとめると……。

 

俺と蔵人ちゃん、段蔵姉さんの三人で敵の援軍に奇襲→全滅させる→戻って味方の加勢。

 

 

「はぁ……そんなの無理に決まってるじゃないですか。期待した私が馬鹿でしたよ」

 

「は、はぁ!?兼続おまっ、決めつけるんじゃねぇよ!聞かなきゃ分からないからね!」

 

そこまで否定されることに慣れてない段蔵姉さんはあまりのことに素?が出てきてしまっていた。

 

「じゃあ聞きますけど、灯先輩、蔵人どの。できますか?」

 

「その前に、段蔵姉さん援軍はどのくらいですか?」

 

人数によって返答は変わるからね。

 

「五百ぐらいだな」

 

「つまり、一人頭二百人ちょっとですか………」

 

「ほら、無理ですよ!段蔵!二百なんて人間業じゃありません!」

 

う〜んそんな多勢と戦ったことがないから分からないけど。

まぁ──

 

「できるかな」

 

「灯先輩もできるって……え、えぇぇぇ!?!?できるんですか!?」

 

「確信はないけどやってみなきゃ分からないしね。ね、蔵人ちゃん」

 

「加藤段蔵様との共闘だなんてこんな機会二度と来ないと思いますのでやる気満々ですよ!」

 

普段なら絶対に拒否するはずなのに……。一緒に旅してから一番の良い笑顔をしてるなんて認めないぞ俺は!

 

俺らの返答に大満足の段蔵姉さんはドヤ顔であった。

 

「ほら見ろ!あたいの作戦は実行可能なんだよ」

 

「ん、んん〜〜。分かりました、その作戦でいきましょう。では、頼みましたよ」

 

渋々折れた兼続ちゃんは眉間を抑えながら各部隊に指示を出し始めたのを合図に俺ら三人は敵援軍に奇襲を仕掛けるために動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜〜幸せです〜あの加藤段蔵様とこうしていられるなんて夢みたい」

 

木々に飛び移りながら移動しているが、この台詞を聞くのはこれで五度目である。

 

「えっ〜と世瀬蔵人って言ったけ?」

 

「……は、ハイ!!ソノトオリデス」

 

ものすごい緊張具合ですな。こんな蔵人ちゃん眼福眼福。

 

段蔵姉さんから話しかけるのは別段珍しくなく、人を寄せ付けない一匹狼っぽさがあるけど、実際は味方にはオープンな節がちょくちょくある。

 

「確か、奥州の黒なんちゃら組に属してたよな」

 

「………」

 

「お、お〜い蔵人ちゃん。大丈夫?」

 

ふるふると顔を横に無言で振る。あっ、段蔵姉さん地雷踏みましたなこれは。

知っての通り、日の本一読みづらい組の名前を持っているため黒脛巾組は自分たちの組の名前を覚えられないことにすごい絶望を覚えるのである。

 

「だ、だいじょぶ……でず、グスッ」

 

「わわわ悪い!わざとじゃないんだ。泣くなって、な?思い出した黒巾着組だろ?ほら正解だ!」

 

「黒脛巾です………ヒグッ。あれ?な、涙がと、止まりらないッエグ」

 

「おおおおい灯!何とかしろ!?あたいじゃ無理だ。なだめろ早く!殺すぞ!」

 

相変わらず俺への当たりが強すぎてこっちも泣きたくなってしまった。

ちなみに!段蔵姉さんは口が悪いけど、そのせいで人を泣かせてしまった時は全力で謝罪してくる心優しい人なんだよ!

 

段蔵姉さんの頼みを無下にできないので了承して立ち止まっている蔵人ちゃんに駆け寄る。

 

「段蔵姉さんも悪気があったわけじゃないからねぇ〜、よしよし。大丈夫だよ蔵人ちゃん俺がちゃんと黒脛巾組って名前をしっかりと覚えさせるから泣かないでねぇ〜」

 

「あ、か、りさまぁぁー!!!やっぱり変態でゲスで変わった人だけど、根は良い人ですよぉー!!」

 

抱きついてくる蔵人ちゃんを優しく迎える。まぁこれで蔵人ちゃんが俺のことをどう思ってるのか分かったよ。人の本心って聞いちゃうと案外、傷つくものなんだね。シクシク……。

 

「本当にすまなかったな世瀬。反省してる」

 

「い、いえ謝らないでください。今は黒脛巾組ではなく不知火忍軍ですから」

 

「今さっき考えたような組を作らないでくれよ蔵人ちゃん。嬉しさで悶えるじゃないか」

 

それから何回も謝る段蔵姉さんに混乱する蔵人ちゃんでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いるいる絶好の獲物が」

 

戦場となる山へ行く道は一つしかなく、見つけるのは簡単だった。悪びれもなく武田の旗を掲げながら進軍しているのは滑稽を通り越して可愛らしく見えてきた。

 

「ここまでくると見事だね」

 

「龍と虎に宣戦布告してるようなものですからね」

 

約五百の戦力を楽観的に眺めながら機を伺ってると、

 

「皆のもの霧が出てきたぁ!足場に注意し進軍せよぉ!!」

 

言われて見れば霧が出てきており、時間が経つに連れて濃くなっている。

さっきから段蔵姉さんの気配が感じられないと思ったら……。よっぽど溜まってたんだろうな。

 

「あ、あの灯様。霧で兵士達が覆われてから悲鳴が聞こえてくるのですが」

 

「段蔵姉さんの仕業だよそれ」

 

段蔵姉さんの忍術はまさに暗殺に特化したものである。いかなる場所でも霧を発生させることができ、霧が発生している間に事の全てが終わる。

段蔵姉さんが暗殺した現場は妖や祟りなどと間違えられ怪談のネタにもなってるとかなってないとか。

 

そして、殺された者の血によって霧は紅く染まり出す。

 

「さて、俺たちも行くかな」

 

「御意」

 

爆風で霧を消すわけにはいけないので今回は爆弾なし。代わりに折りたたみ式薙刀で戦いましょう。

 

さすがに敵襲には気づかれているため、視界が効いている敵兵が刀で切りつけてくるのを薙刀の柄で受け止める。鍔迫り合いに持ち込もうと近づいてくる兵士の腹を蹴り飛ばす。

 

「よっと、ほっと、えっほ」

 

後ろから切ったり、首の骨を折ったりと着々と数を減らしいていく。

 

「あはははっ!!!お前ら気合入れろぉ!」

 

段蔵姉さんは絶頂の真っ只中で返り血なんてお構いなしで次々と刺殺したり、撲殺したりしている。ふえぇ〜装束から血が滴り落ちてるよぉ〜。って、そろそろかな。

 

「蔵人ちゃん!引き上げるよ!」

 

体感であと五分もすれば霧が晴れるだろう。この残り時間はとても危険で、下手したら俺らも死んでしまう。

 

眺めていた位置に戻ると、すぐに蔵人ちゃんもやって来た。

 

「んもぉどうしたんですか?折角乗ってきたところなのに」

 

「気持ちは分かるけど見てればわかるよ」

 

ヒュンヒュンと何かを飛ばして空を切る音が何十回も聞こえてくる度に微かに光を反射する糸が見えている。

ついに霧が晴れると、死体の山が出来ていた。それでも、全体の半分程度である。三人がかりにしては少ないけど。

 

 

「たったこれだけの間に我が軍が半壊だと!?ゆ、許せん!!」

 

目の前の光景を信じられないがための怒り。きっと大将の彼には、まだ余韻に浸っている段蔵姉さんしか見えてないのだろう。全軍に数十m先の段蔵姉さん向けて突撃命令を出した瞬間、決着は着いた。

 

「さよならだ」

 

指には第二関節まで糸が何十本も巻かれてその一本一本が周りの木々に刺さっているクナイと繋がっていた。

手を握り、糸を引っ張りながら交差するだけの動作で俺の視界は一瞬で地獄絵図と化した。

 

「段蔵姉さんの『綾取り』は見てて気分が滅入ってくるよまったく」

 

「夢に出てきそうです……」

 

鋭利な糸によって首が挟まりそのまま首を落とされる。少人数ならまだしも百を超えてくると不気味でしょうがない。

 

先程までの雄叫びが消え失せ悲鳴を挙げる暇もなく、残りの兵すべてが死体となった。……せめて安らかに眠ることを……。

 

「兼続のところへ戻るぞお前ら」

 

 

現代の史実では暗殺、潜入などの優れた技術から『飛び加藤』と称されているが、実際は『(首)飛び加藤』から長い年月をかけて改変されたと俺は思っている。

 

 

 

 

 

 

兼続ちゃんのところへ加勢しようとしたが、本陣に到着した時には決着が着いていた。

 

 

「さすが兼続ちゃんだね。すごいすごい」

 

ぽんぽんと頭に手を置く。

 

「……ありがとうございます」

 

俯きぬがらお礼を言われる。にしてもさっきから段蔵姉さんの機嫌があまり宜しくないのです。やっぱり出番がなかったことにお怒りっぽい。

 

「偽物の武田軍でしたが問い詰めたところ武田に悪い印象を与え、その結果戦になり互いに共倒れするように仕向けようとしてたらしいです」

 

「もうちょっとマシな作戦を考えてから攻めたら良いのにね」

 

それができないから攻めてきたのだろうけど、この戦がなかったら段蔵姉さんに会えなかっただろうから一応は感謝している。

 

「では、帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦後で疲れてるところを来てくださってありがとうございます灯先輩」

 

庭園の石橋に立っている少女。髪を垂らし、寝間着の姿であった。その姿は月明かりよりも美しいと感じてしまう。

 

「どうしたの兼続ちゃん?夜の密会とか?」

 

「違います。真面目な話です」

 

真面目な話をしようとする人に冗談を言うほど俺も馬鹿じゃないので、真面目にこれから聴くつもりである。

 

 

「灯先輩の力量を見込んで頼みがあるんです」

 

「頼みね。暗殺?情報の撹乱とかかい?」

 

どれも外れらしく肯定がない。言うのを躊躇っているのか裾を握り締めている。それでも意を決したのか、どこまでも見通すような真っ直ぐな目が俺の目と合う。

 

「どうか!毘沙門天を殺してください!」

 

耳を疑った。兼続ちゃんは自身の主君を殺してくれと俺に頼み込んできた。少なくとも彼女は謙信ちゃんには相当な忠義を示してるのに。

 

「そのまんまの意味で受け取っていいのかい?君は謀反を起こすような人だとは思わなかったけど」

 

「ははっそうですよね。……けれど、私が主君として忠義を尽くしていたのは今の謙信様ではありません。もっと人間らしさが残っていた謙信様です。最近では尾張の織田信奈が名を上げてきてから益々変わっています。まるで、自分の存在を確かめているかのように……」

 

一番近い彼女だからこそ気づいた謙信ちゃんの異変。誰かに頼らなければならないほど思い詰めてたんだろう。

 

「だから、だからどうか……お願いします」

 

どれほど悩んで、悔やんで、傷んだのか……。忠義に厚い彼女が味わった痛みは想像をすらできない。だけど、本当の忠義とはなんなのか。

 

頭を下げながら涙で濡らしている顔を優しく上げる。

 

「君のしようとしていることは正しい。何でもかんでも主の言う通りにするような家臣はただの操り人形だ。でも、君は違う!涙を流すほど迷った末に自分の意思を貫いた。君は正真正銘、謙信ちゃんの懐刀だよ」

 

「灯先輩………あなたと会えてよかったです」

 

涙を拭いながら、悲痛の表情から安堵の表情に変わることに安らぎを覚える。

 

「その言葉はまだ早いよ兼続ちゃん。ちゃんと殺すことができたらね」

 

「ってことは……」

 

「もちろんその頼みは俺たちが全力で達成するよ」

 

「俺たち?」

 

「ね!蔵人ちゃん」

 

茂みから面倒くさそうにとろとろ現れる。もうちょっとマシな登場できないかな?

 

「はいはい分かりましたよ。やりますよやればいいんですよね!!」

 

半ばやけくそ気味だけど気にしない気にしない。

 

「じゃ、後はお任せ下さい。直江 兼続どの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵襲!敵襲じゃあぁ!!」

 

 

その夜、毘沙門堂は炎上し深紅に染まっていた。火をつけた犯人は、あろうことか燃え盛る毘沙門堂に仁王立ちし響き渡る声で、

 

「俺の名は不知火 灯だ!!!!」

 

 

たった一言で彼は越後のすべてを敵に回したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

灯先輩なら変えてくれる。この越後を──

 

だって、私の先輩ですから!

 

 

 

 

 

 




越後編はもう後半まで来ました!

さて、どうなる灯!


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毒舌忍者 段蔵姉さん

俺が段蔵姉さんと会ったのは何年も前だった。

 

出会う前の俺は大切なモノを失い絶望の淵に追いやられ、生気が吸い取られたかのように全身を引きずりながら目的なく歩き続けてた。

 

だがすぐに限界がきた。食料が尽き、一文無しとなり後は死を待つのみだった。どこだか分からない場所で倒れ、刻一刻と近づいてくる死期に怯えながら拳を強く握る。

 

「まだ……まだ……何もできてないんだよ……」

 

立ち上がろうとするが、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。自分の無力さを痛感し、嗚咽が漏れる。

 

「クソ……死にたくない」

 

その言葉と同時に周りには霧が発生し始めた。

 

「生きたいのかお前は?」

 

人の声がした。視線を様々な方向に向けるが、どこにも人らしき影も形もなかった。幻聴だとしても言ってやるよ。

 

「生きたい!生きなきゃいけないんだ!」

 

「そうか……なら生きろ!」

 

消えかける意識の中、多分幻覚なんだろうな。霧の中から突然現れた女性。彼女が持つ獣のような鋭い目が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここは……?」

 

覚醒してない頭で状況を把握しようとする。

 

「足は……ついてるな」

 

よかった。どうやら死んでないみたいだ。確認もできたところで体を起こし、辺りを見ると、年季の入った木造の一室にいるらしい。

 

「やっと起きたか。丸二日もお前は寝てたんだぞ」

 

襖を開いて現れたのは、

 

「あなたは確か俺の幻覚に現れた女性……痛っ!」

 

いきなり殴られた。それも篭手をしてる手で!

 

「誰が幻覚だ?目を覚まさせる一発を御見舞してやろうか?」

 

「いやもう食らってるんですけど……」

 

「まぁ耐久性はあるんだな」

 

話が噛み合ってないと思うんだけど。耐久性って何?

 

「名前はなんて言うんだ?」

 

「不知火灯です」

 

「灯な。あたいは加藤段蔵だ」

 

加藤段蔵って忍の名前だった気がするのだが。本人だとしたらまさか女性だったとはな……。

 

「話しは後だ。ほら食え」

 

差し出されたお盆には湯気が立ち込める山菜の味噌汁にきゅうりの浅漬けや玄米といった献立に空腹だった腹が鳴る。

 

「い、いいんですか?俺が食べて?」

 

「生きたいんだろ?なら食え……」

 

「ありがとうございます!」

 

箸を掴み、掻き込む。この美味しさを伝える言葉が見つからないことを悔しいと思いながらも箸を進める。

 

「死んでも知らないけどな」

 

「えっ?」

 

食べてる手を止める。いや止まってしまった。そのまま俺は目覚めてすぐ意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

『どうして私を救ってくれなかったの?』

 

『俺に力がなかったから……』

 

『灯がそう思うのならその通りだよ。なら、これから頑張って強くなって姫武将のみんなに与えていってね』

 

『うん。死ぬ気でやるよ。必ず俺が恋と遊戯を与える。だって……君との最後の約束だしね』

 

『そうそう。普通なら私が灯に悪夢を与える役割だったんだろうけど、気が変わったんだよね』

 

『ほんと君は自由だね』

 

『ははっそうかも。だからさ灯!がんばって!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここは……?」

 

目が覚めると………以下略。

 

「おっ、生きてたか。なら合格」

 

「助けておいて殺す気だったんですかぁこの鬼畜ぅ!!!???」

 

頬に何かが掠ったと思ったら、壁には一本のクナイが刺さっていた。

 

「これから師匠となる相手に向かって言う台詞じゃねぇよな?」

 

「はい!これからよく分からないですがお願いします!段蔵姉さん!」

 

「お前を立派な忍にしてやるからな灯」

 

 

俺が食べた食事には悪夢を見せる毒薬を盛っていたらしく、意志が弱ければそのまま痛みすら感じず死ぬらしい。そして心の底にある願いをうなされるように呟くという便利な毒薬。

 

俺は強くなりたいという願いを聞かれてしまった訳だけど、結果的には想いと意志の強さを気に入れられて段蔵姉さんの修行を受けられるようになったしね。

 

 

 

こうして生きていられたのはやっぱり……俺はまた君に救われてしまったんだね。

 

悪夢をも気分で変えてしまう彼女の自由奔放な姿を俺は思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

とまぁこんな感じかな。段蔵姉さんは俺にとっては命の恩人であり、初めての師でもある。そんな特別な女性。

修行内容は現代のゆとり生活に慣れていた俺には本当に血を吐いてしまうほどの厳しい修行だった。その内の二割ぐらいは毒舌による精神的ダメージであった。

 

 

修行の最中に落ち武者に襲われた時、俺に見せてくれたのが『綾取り』だった。残酷な技だけどその中に美しさを感じてしまった俺があの時いた。

 

 

そして、段蔵姉さんの修行の日々が半年ほど経った時、俺は決意した。

 

『段蔵姉さん!俺はもっと色んなことを学びたいんです!自分の野望のために!』

 

恩を仇で返すような突然の一言を段蔵姉さんは怒る仕草一つせず。

 

『そうか。お前の好きにしな。だけど、条件がある───』

 

今なら段蔵姉さんが出した条件を果たせる気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毘沙門堂が燃えた次の日。越後全土ではある話題で持ちきりだった。

不知火灯という余所者が神聖な毘沙門堂を燃やした。って話題でね。兼続ちゃんは今回のことのすべてを俺に任せてくれるって言ってくれたし、できる限りの支援をすると約束した。

つまりは俺とその仲間の蔵人ちゃんはただの凶悪犯になった。

 

「いや〜こんなに早く広まるなんてね」

 

木を隠すなら森の中。城下町を仲良く変装しながら、ずっとできないでいた観光中です。

 

「そうですね……あっ……また私たちの手配書だワーイ」

 

町中に貼りめぐられている俺たちの手配書。特徴をよく捉えてるね。やっぱりこの時代の人はすごく器用だ。

予想の範疇を超えたらしく蔵人ちゃんはさっきからこんな感じで落ち込んでます。

 

「あ〜〜!!灯様がここまで馬鹿だなんてぇ〜!!毘沙門堂は炎上ッ!人々の心も炎上ッ!私の心情ッ!分かりまぁ〜すか?あーい♪」

 

ストレスが貯まりすぎてしまったらしく、まだこの時代に存在しないラップを刻んでいる。挙句の果に……。

 

「洋洋♪血絵螻蛄(チェケラ)♪」

 

ウインクしながらラッパーのポーズをとっていた。何この天使!?めっさ可愛いんやけどぉぉーー!!!

奇跡が起きたんだなきっと!生きててよかったです!

 

「あと五時間ぐらい続けて欲しいんだけど。そういうわけにはいかなくなったんだよね」

 

明らかに一般民とは雰囲気が異なるのが少なくとも六人はいる。気づかれまいと気配を消そうとしたり、自然な動作を心掛けているのだろうけど、俺から見ると不自然過ぎて困るよ。

 

「八つ当たりしたいので殺ってもいいですよね?」

 

「よくないよくない。連中は偵察が目的だろうから今騒動を起こすのは得策じゃないよ」

 

「は〜い」

 

偵察してる奴らが嫉妬するほど仲良く観光しました!不知火灯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凶悪犯として過ごす初めての夜。生きてる内にしたいことの一つである焚き火を森の中でする。夕食用に買っていた新鮮な魚を串に刺して火の周りを囲っている石と石の間に突き刺す。

風で揺らめく火をボーと見つめて時間を潰す。

 

「ほら焼けたよ……たぶん」

 

自分の目を信じて、見た目的に一番焼けてるであろう焼き魚を蔵人ちゃんに差し出す。

 

「あっ、こっちの方を貰うので大丈夫です」

 

人の厚意をここまで冷たく跳ね返されることに悲しみよりも先に尊敬してしまった。そのことを口に出さず渡そうとしていた焼き魚を口に運ぶ。

 

「食材そのものの味ってこのことをいうんだねぇ」

 

「ほんのり香る磯の香りが魚の新鮮さを物語ってますねぇ」

 

一匹じゃ物足りなく、一匹、また一匹と食べ進むと、

 

「囲まれてるってのに大した余裕だな灯ぃ!!」

 

上を見上げると木の枝に乗っている段蔵姉さんがいた。その他の忍たちは俺たちを円状に囲うように均等な幅で位置についていた。

 

「余裕もなにも結局は俺と段蔵姉さんの一騎打ちですよね?なら囲まれたとしても被害なんてありませんよ」

 

「一騎打ちってことは覚えてたんだな」

 

「もちろんですよ。忘れるはずがないです」

 

「ならいい。おい、あたいは灯と殺り合うからお前らは世瀬の相手でもしてろ」

 

何人もの忍が蔵人ちゃんへ視線と殺気を向ける。

 

「どうして毎回こんな目に……」

 

文句の一つ二つ~十つぐらい言うのだろうけど今日の蔵人ちゃんは一味違う。なぜなら……

 

「黒脛巾組の忍五十名を率いる組頭!世瀬蔵人がお相手してあげますよ!!八つ当たり相手を探してたから良い機会に巡り会えましたよまったく」

 

まぁ、こういうことです。

いつまでもこんな調子でいると段蔵姉さんに殺られかねないので集中する。精神が統一すればするほど、目の前にいる段蔵姉さんがどれだけ大きな存在なのかを実感してしまう。

できることなら戦いたくない。けど、それだとあの日の条件を果たせない。

 

 

『次会う時はあたいを超えるほど強くなりな』

 

 

今夜果たしてみせます段蔵姉さん!

 

「俺はあなたを超えます!」

 

「来い!灯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数回、刃を交じり合うだけで肉体、精神的疲労が凄まじい。段蔵姉さんの武器のいくつかは毒が塗ってあるため掠った瞬間に負けが決定する。そのため一回一回の攻撃には全神経を集中して対処しなければならない。

 

 

「正念場はここかな」

 

 

段蔵姉さんの姿が消え、代わりに霧が現れる。見慣れた光景なのだが、一つだけ納得できないことがある。

霧が濃くなるまでの時間が異常に短いのである。通常なら十五分ほどでピークに達するが、今回は一分もかからずに視界が白く覆われるほどではあった。

 

「悪いが早いところ決着をつけてやるよ灯」

 

声で位置を探ろうとしても全方向から等しい大きさで聞こえてくる。与えられた時間はごく僅か。

 

通常の攻撃をしてくるのか、それとも綾取りなのか。どちらか一方の対処をしなければ死ぬだけ。

 

もしかしたら考えることなんてないのかもしれない。あれだけの時を過ごしてきたんだ。きっと段蔵姉さんは全身全霊の力で俺を殺しにくるなら、することは一つに決まっている。

 

 

「降参するなら今のうちだ」

 

霧が晴れると周辺全域を包むように糸が何十本も宙に浮いている。首には何本も巻かれていた。全てを合わせれば、数は昨日の戦闘時の倍はあると思う。その分、評価されてると喜びを感じる。

 

 

「命乞いの余裕を与えるなんて、らしくないじゃないですか」

 

「ふん。唯一無二の弟子の命乞いぐらいは汲んでやらなきゃ罰が当たっちまうと思ってな」

 

「そんなことしなくても大丈夫ですよ。俺は死にませんから」

 

そうか、と呟き手を体の方向に引っ張り、糸は音をたてて限界まで伸びた。

 

「満足して死ね」

 

装束越しの首に巻かれていた糸が急激に絞まり、肉を押しつぶしながら切断しようとしてくる。だが、三センチほど絞まるとそれ以上進まず、ただ圧迫してるだけであった。

 

「な、なんで切れねぇんだ!?」

 

何度も力を込めてるのだろうけど一向に進む気配はなく、ギシギシと擦れる音が反響するだけである。

 

「何をした!灯!」

 

「簡単です。ただ相殺しただけ、それだけです」

 

完全に緩みきった首元の糸を小太刀で削り切り、首を覆う布を下におろす。

中から見えるのは、何重にも巻かれた糸。

 

「手に入れるのに苦労したんですよ、これ。観光する目的と併用してこの糸も探してたんです」

 

もう必要のない首の糸も外し、地面に落とす。首に出来た痣を摩りながら一点を見据える。

 

「成長したな灯。……だが、まだ終わってないからな!」

 

周辺に浮いている糸が突然、鞭のようにしなりだす。一本一本の糸が意志を持ってるかのように不規則な動きが、続けて繰り出される。

互いの糸がぶつかり合い、反動でまた違う糸にぶつかるという無限ループの繰り返し。おかげで一歩も動けなくなった。

 

「あたいのとっておき、『揺り籠』だよ」

 

「ほんと人が悪いですよ。隠し玉を持ってるなんて聞いてませんよまったく。」

 

「隠し玉の一つや二つ無きゃ忍なんて名乗れないと思っとけよ灯」

 

揺り籠の面積がじょじょに小さくなりすぐに体のあちこちに接触し切り傷となる。

こんな時にもまた思い出す。

 

『不知火って燃え尽きない火ってことでしょ?ならカッコイイじゃん!不知火灯って!』

 

君の勘違いのような言葉で自分の名前が好きになった。だからこそ、君のためであり俺のためでもある。この技々を創り上げた。

 

「不知火忍法───」

 

俺だけの技。数々の修行を経て、たくさんの忍に教わりできた集大成。

 

 

 

「──永炎(えいえん)!!!」

 

 

 

掌に灯すのは紅に色めく赤ではなく、人々を暖かく包むような橙色。灯した火を間近まで迫った糸に優しく灯す。

 

「燃え尽きろ」

 

言葉と同時に一瞬にしてすべての糸に燃え移る。

 

「んなもん消してやるよ」

 

地面に叩きつけたり、風の勢いを使って消そうとするが、弱まることなく燃え続ける。

 

「あ〜あ、こんな隠し玉持ってるとか予想外だわ。負けたよ」

 

糸はすべて灰となって燃え尽きた。見届けた段蔵姉さんの表情には悔しさの感情が見て取れなかった。

 

「だけど、ちゃんと条件を果たしてくれて、あたいは嬉しいよ」

 

代わりに今まで見たこともないぐらい優しく、慈愛溢れる穏やかな表情だった。

 

 

「最初に比べると本当に見違えたもんだよ」

 

「こうなれたのもすべて段蔵姉さんのおかげですよ。段蔵姉さんがいなかったら今の俺はいませんでした」

 

「ふふっありがと」

 

まるで息子を見るかのような目。きっと、俺は目の前の光景を一生忘れないと思う。

 

 

 

「灯様ぁこっちは片付きましたよぉ〜」

 

ヘトヘトな蔵人ちゃんが空気を読まず来た。

 

「う、うんまぁお疲れ様」

 

どうやら殺してないらしく返り血がついてない。こちらもこちらで優しい娘だね。

 

「やっぱりお前らは良い相棒どうしだな!」

 

 

笑いながら言う段蔵姉さんの言葉を反対する蔵人ちゃん。

 

 

──もう霧は晴れたよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は最高の弟子だよ灯!」

 

 

 

 

 

 

 




灯の技は某忍者漫画にもありますが、決して意図的にやってないんで、よろしくです(∩´∀`@)⊃


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謙信ちゃんマジ神ちゃま!!《前編》

 

 

 

今朝方、私のところに早急に届いた一報を謙信様へ伝えるべく寝室へ赴く。

毘沙門堂が燃え尽きた今、謙信様は城の中にある一室で過ごされてる。本来なら天守を自室にするのが普通なのだが、生まれ持った真珠のような白い肌のせいで日光が天敵であり、そのため日光が当たらない城の中心部を毘沙門堂の修復が終わるまで使用する形となっている。

 

 

「失礼します。早急の報せを伝えにきました」

 

「ご苦労ね。どんな内容なのかしら」

 

掛けてある日の本の地図を見ていた視線が私の方に注がれる。何度見ても神聖な美貌の前に私は飲まれたくなる。だが、そんな時間もなく必死に思考を戻す。

 

 

「はっ。昨夜、依然逃走中の不知火灯の手によって加藤段蔵が敗れました」

 

灯先輩の力を信じてなかった訳ではないが、まさか段蔵を倒すほどの実力を持っていたことに驚きを隠せなかった。

 

「あの段蔵が負けたのね。…ふふっ、毘沙門堂を燃やすだけの実力はあったってことかしら」

 

 

私と同じ驚きの気持ちを持ってるのだが、それ以上に強敵が目と鼻の先に現れたことに喜びを隠しきれてない謙信様。私利私欲のために血を流すことを嫌う人なのだが、姫武将としての相なのか自分の実力を存分に出し切ることに少しばかりの快感がある。

 

 

「兼続、戦の準備を整えなさい。灯の行動によって民は皆、怒りによって暴れかねない。だから、収めるためにも彼の首が必要だわ」

 

「分かりました。至急準備します」

 

「それと毘沙門天として私が直々に先陣に立ち灯を討つ。彼の居場所が分かりしだい出陣をする」

 

謙信様の言う通り、今の民は血眼になって灯先輩を探している。手柄を取るためでない、自分の信仰している神が侮辱を受けた仕返しと言うのだろうか。温厚な越後の民は武器を取り団結している。

 

 

「では、分かりしだいお伝えします」

 

 

部屋から出て私は戦の準備を片手間に夜を待った。

覚悟はしたが未だに消えない主君を裏切ったという罪悪感。彼は言った。

 

君は正しいと。

 

なら、答えは戦いのその先にあるのだろう。私は強く決意し、約束の場所へ歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

情報の交換のため灯先輩とは毎日、丘の上にある杉の巨木を待ち合わせ場所として用いている。

 

「待ったかな?兼続ちゃん」

 

何も無いところから突撃現れた忍が二名。不知火灯と世瀬蔵人。この二人に私は元の越後に戻すために依頼を申し出たのだ。

 

「大丈夫です。あまり時間がないため打ち合わせをしましょう。謙信様も信玄公との戦みたいに本気ですから」

 

「そりゃあ嫌だなぁ。謝ったら許してくれるかな」

 

「私も嫌なんですけど、帰っていいですか?奥州が恋しいです」

 

 

本気か冗談なのか判断できないんですけど。この人たちはまったく……。よく段蔵に勝てたものです。

 

 

「戦の準備はもうできています。後は灯先輩がどこで戦うかを決めてくれれば舞台は揃います」

 

 

どこを選んでも灯先輩の不利ということに変わりない。例え越後以外を選んだとしても、謙信様は毘沙門天の加護の元、天候をも味方につける。桶狭間の戦いの織田信奈のように。

 

 

「どこで、か。う~ん」

 

「奥州がいいと思いますよ!」

 

「却下」

 

 

なんと言うか。この二人は本当に仲が良いですね。出会ってまだ一月も経ってないと言うし……。不思議です。

 

灯先輩の考えも纏まったようで口が開く。そして、発された言葉に私と蔵人どのは声がでなかった。

 

「あれ?聞こえなかった?ではもう一度。川中島で戦うことにするよ!」

 

 

「聞こえてましたよ!!川中島ぁ!?馬鹿ですか先輩は!川中島は信玄公との合戦をするための場所であり、両者からすれば運命の地と言っても過言ではないのですよ!!」

 

 

本当に本当に馬鹿な人かここにいる。すべて灯先輩に任せると言ったのは私ですけど、まさかここまで酷い考えに至る人だなんて……。

 

 

「ほら蔵人どのも灯先輩に文句を言ったらどうですか?溜まってますよね」

 

「灯様、あなたという人は……最っ高です!!ココ最近思ってたんです。私も忍として何かしら名が轟くことをしたい、と。川中島で戦うなんて偉業を成し遂げられれば私もきっと!!」

 

 

ダメですねこの人も。明後日の方向を見ながら目を輝かせてしまっている。やっぱり類は友を呼ぶと。はぁ……。

 

 

「どうせ言っても無駄ですね。分かりました。私も覚悟を決めます。本当に川中島でよろしいですね?」

 

「「もち!!」」

 

 

こうして越後の未来を左右する合戦が幕を開ける。

 

 

 

 

ううあぁぁ!!馬鹿馬鹿!!灯先輩の考え無し!よくよく考えれば信玄公にも喧嘩を売ってるってことになるじゃないですかぁーー!!もしも万が一の時があれば灯先輩に責任を取ってもらいますからね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はてさて蔵人ちゃん準備は整ったかな?」

 

夜明けが迫り、川中島へ移動するべく身支度を整える。

 

「もちろん。ありとあらゆる暗器を忍ばせてますよ」

 

 

ものすっごいテンションが上がってるけど後々自分の無謀さに絶望しなきゃいいけど。まっその時はその時だね。

 

「じゃ!出発進行!」

 

「おーー!!」

 

 

小一時間かけて川中島に着く頃には陽が昇っていた。陽射しを全身に浴び気持ち良く伸びる。

 

川中島はその名の通り、いくつもの川によって土地が分断され島のようになっている。簡単に言えば扇状地みたいなものである。

 

この地で雌雄を決する戦いが何度も繰り広げられたのかと思うと吸っている空気が重く硬く感じてしまう。

 

──嫌いじゃないなこの空気は。

 

兼続ちゃんもちゃんと仕事をしてくれたようで、俺たちの反対岸には続々と越後の兵を率いて先陣に立つ謙信ちゃんがいた。

 

 

「痛たたっ、お腹が苦しいよぉ~」

 

「そうか。なら肘じゃなくてお腹を抑えようね」

 

「くっ、私としたことが混乱の余り肘を抑えるなんて……」

 

こんなしょうもない仮病を使い始めた蔵人ちゃんを子供に言い聞かせるように指摘する。

さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら……。

 

「もうどこへ行ったんだい?今朝のやる気は?」

 

「奥州へ行きましたので取りに帰ります。では!グベッ」

 

往生際が悪く、何とも自然に退散しようとする。とりあえず装束の襟を掴んで止める。顔をのぞき込むと今にも泣きそうな蔵人ちゃんに申し訳ないと思いつつゾクゾクしている。

 

「だってぇ~一部隊だけかな、って考えてたのに見てくださいよ!あの数!大まかに数えるのすら嫌になりますよ」

 

 

それはごもっともな意見である。正直、三千はくだらない兵の数に内心、気が滅入っている。士気も高く、ガシャンガシャンと互いの武具が当たる音が雷鳴のように鳴り響く。

 

 

「よりにもよってここを選ぶなん──「元は毘沙門堂を焼かなきゃこんなこんとになんなかったんですよ!」

 

謙信ちゃんが何か言った気がするけど、被って聞こえないや。

 

「よりにもよってここを選ぶなん──「蔵人ちゃんだって焼きましょ!焼きましょ!って盛り上がってたじゃん。手のひら返しもいいところだね」

 

次は俺がやってしまった。ごめんちゃい謙信ちゃん。

 

 

「よりに──「今度という今度は怒りましたよ!」

 

「上等!かかってこいや!」

 

温厚な俺でもこの理不尽さに腸が煮えたぎってるよ。川中島で戦う?んなもん今はどうでもいい!

 

「ふっ、ふふふふふっ。そう……ここまで私を苔にするなんて怒りを通り越えて笑えてきたわ。はははっ!」

 

「け、謙信様落ち着いてください!!冷静に行きましょう」

 

「──全軍、突撃ぃ!!!」

 

 

謙信ちゃんが発した命令によって突撃してくる上杉軍。んなまさかぁ、と思いつつ蔵人ちゃんと一緒に上杉軍を見ると……突撃していた。互いに顔を見合わせ、

 

 

「ゆ、夢ですよね……?灯様」

 

青ざめた表情で同意を求めてくるが、残念ながら夢でも何でもない。それを分からせるために両頬を引っ張る。

 

 

「にゃにしゅるんれすか!?」

 

「ね、痛いから夢じゃないでしょ」

 

「!?……ま、分かってましたけどね。グスン」

 

とまぁ、いちゃこらしている間に距離がみるみるうちに狭まる。ついにこちらの岸に地を踏みしめようとした瞬間。

 

 

「ったく世話のかかる弟子だな」

 

 

口元を歪めながら颯爽と現れたのは、我らが頼れるくの一。段蔵姉さん!!

 

「きゃーー!!段蔵様ぁ!!」

 

ぶんぶんと興奮のあまり左右の腕を振り回す蔵人ちゃん。痛い痛い!当たってるよ!君!

 

「なんでここにいるんですか段蔵姉さん?」

 

「協力しに来たんだよ。どこぞの愛の武将に話を聞いてな」

 

 

兼続ちゃんの有能具合に感服してしまう。これは事が終わったら撫で撫でしてあげよう。と死亡フラグを建築する。

 

 

「ありがとうございます。早速ですが、雑兵の相手任せました」

 

段蔵姉さんの登場により兵は怯み止まったが、謙信ちゃんは緩めることなく単騎で俺に突っ込んでくる。段蔵姉さんが来たのは想定外だったけど、それはそれで助かった。

 

術の範囲に謙信ちゃんが入り、精神統一、心頭滅却!煩悩だけは残しとく。

 

「不知火忍法──炎禍」

 

 

周りを囲うようにして一陣の炎が奔る。いくら能力が優れても多勢に無勢である。なら、段蔵姉さんの時と同じように一対一に持ち込めば勝機は必ずやってくる。

 

 

「消えない炎。初めて見るわね」

 

兵たちと切り離されたこの状況でも余裕の表情を浮かべ、紅葉を見るかのように見渡す。

 

 

「でも、灯が死ぬと見れなくなるのが残念だわ。降伏すれば許すわ。どうかしら?」

 

「お断りするよ。降伏なんてしたら俺を信じてくれる人に示すがつかない。それに、やられたらやり返すのが流儀だからね」

 

「なら仕方が無い。あなたを滅する」

 

 

殺気はやはり感じない。だが、闘争心に駆られているその瞳と闘気を肌と目で受け止め、両手に小太刀を携える。

 

「いざ!」

 

「尋常に!」

 

「「勝負!!」」

 

 

 

語られなかったもう一つの川中島の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ見守ることしかできませんが灯先輩、どうか謙信様をお願いします。

 

 

 

 




ラストは無理矢理感があるのはしゅみましぇん!!!!
このくらいで切らなきゃ8000はこえると思うので、つい。


そしてお気に入り100突破しました。ありがとうございます。これからも読者さんの応援を胸に切磋琢磨していきますのでよろしくお願いいたします。


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謙信ちゃんマジ神ちゃま!!《後編》

 

 

俺と謙信ちゃんを見守るかのように周りを囲っている炎は燃えている。だが、その炎を鎮火しようと、先程までの快晴が錯覚だと勘違いするほどに空は雲で黒く覆われ、ぽつぽつと雨雫が落ちてくる。

 

ある者は生まれながらにして天を味方につけ、地を知り尽くす。つまり、無意識だろうと天地を肉体の一部としている。今、この戦国の世に存在するその者ら。天下人《織田信奈》、甲斐の虎《武田信玄》そして──

 

 

『越後の龍《上杉謙信》』

 

その一人が今、自分の肌と同じような白馬に乗り俺の方へ槍の切っ先を向け突撃してくる。馬の突進を避けると隙をついての槍が俺の心臓を狙って襲いかかる。

 

 

「ふっと」

 

 

両手に持つ小太刀で受け、弾く。そこから、馬の動きとは思えない急激な方向転換により、無防備な俺の腹に槍の石突きが吸い込まれるようにめり込む。

 

 

「かはッ……!」

 

肺の中の空気が全て押し出されたかのようだ。呼吸しようにもできない、体をくの字に曲げながら顔を上げる。

 

 

「もう次はないわよ」

 

 

謙信ちゃんはそう言い残し、一定に開いていた俺との距離を詰める。彼女と馬の動きはまさに人馬一体。

 

まるで日本版ケンタウロスだな。良い比喩だなと自分で自分を褒めながら、呼吸が元に戻るのと同時に装束から巾着袋を取り出す。

 

「ほら!お小遣いだよ!」

 

開け口を開けたま空中に振り撒くと巾着袋からは灰色の粉が前方に舞う。

 

「目くらましのつもり?そんなの意味無いわ」

 

構わず突っ込んでくる。そして、そのまま灰色の雪の中に入った瞬間、両手に持つ二つの小太刀を力強くぶつけ合わせる。金属同士がぶつかり合うことによって生じる火花を点火源とする。

 

灰色の雪はたちまち火に変わり、極小規模の爆発を起こす。突然の爆発によりパニックを起こした馬は甲高い鳴き声を響かせながら、縦横無尽に暴れるように駆ける。

 

 

「所詮は動物ってことだよ。君みたいに生まれ持った本能に抗えるような動物は少ないんだよ」

 

 

「じゃあ灯はどっちなのかしら、抗えるの?抗えないの?」

 

爆発する時、咄嗟に馬から降りていたのだが、鎧や皮膚には煤が付着していない。

 

 

「……実際試してみたらどうかな?」

 

 

お互い武器を再度握りしめ、走り出す。

 

「はっ!」

 

射程距離的にも謙信ちゃんが大きく有利なため、一筋の線を描く高速の突きを刃で受け流しながら距離を詰める。そして、右手に持つ小太刀で斜めから振り上げるようにして切りつけようとするが、自分の武器である槍を捨て、後ろへ跳んで避けられる。

 

 

「久しぶりね、人から放たれた攻撃を避けるのは。この数日の間に悟りでも開いたのかしら?そうでもしない限り無理だと思うのよ……殺気を込めずに攻撃をしてくるなんてことわね。あなたは抗えるのね」

 

 

「何も開いてないし、抗えもしないよ。後悔をしたくないから踏み出せる。誰にでも出来ることをしてるに過ぎない。

殺気を出さないのは君を殺すつもりはないだけ。だから、殺さず殺す」

 

 

「あなた自分で言ってることが矛盾してるって気づかないの?殺さず殺す?その時点であなたに私は殺せないわ」

 

 

腰に携えた太刀を抜き放ち隙のない構えをとりだす。

 

 

「でも俺には──それを可能とする力が今はある!」

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の前にいる忍。その名を不知火灯という。腕前は申し分なく、この戦乱の世でも肩を並べる者は少ないだろう。そんな彼に会った時から少しばかりの興味が湧いていた。

 

なぜだろうか?この戦乱の世に生を受けてから私が興味を持ったのは片手の指で足りるぐらいだと思う。だからこそ私は理由を知るべく考えた。でも、分からなかった。

 

毘沙門天としての私を否定し、挙句の果てには毘沙門堂を燃やした。だけど、彼を憎む気にはなれなかった。なぜだろうか?

 

その答えを知るべく彼の二本の小太刀を受け止める。

 

 

「あなたは何者なの?」

 

受け止めた小太刀を弾き、右足で踏み込み上段から振り下ろす。

 

 

「ただの忍、って答えは求めてないんだよね。なら、こう答えるよ。全国の姫武将に恋と遊戯を与える者だと」

 

後ろへ飛ぶ形で避けられだが踏み込んだ右足をそのまま蹴り、追撃する。

 

「そんなのただの迷惑よ。恋?遊戯?そんなの誰も求めてないわ」

 

腕を弓の弦のように引き、矢を射出するが如く勢いで突く。彼の足が地面に着く前に私の切っ先が彼の体を貫こうとするが、右手の小太刀を地面に刺し、突き刺さった小太刀の頭に着地してから再度、後ろへ避けられる。

 

咄嗟の危機回避能力に戦闘技術は、やはりずば抜けて突出している。

 

 

「まぁ確かに求めてない姫武将もいるだろうけど、少なくとも、謙信ちゃん。君は求めてると俺は思う」

 

 

彼は何て言ったのだろうか?私が恋と遊戯を求めてる?冗談でも笑えないことを真剣に言ってきた。

 

 

「……っざけ、る、……ふざけるな!!私は生涯不犯となり物欲を捨ててまで毘沙門天と成り、亡き父親の罪を償うために義の戦いに身を投じてるのだ!!それを今更、私が恋と遊戯を求めてる?馬鹿にしないで!そんなもの私には必要ない!」

 

 

距離を一気に縮め、怒りに任せ刀を振るう。消えろ消えろ消えろ!!私の中の毘沙門天として心が彼は危ないと警告する。

 

 

「お願いだから消えて!」

 

 

私の悲痛の叫びを刀に乗せて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて痛々しい表情をしているんだ。彼女と刀を交じる毎に気持ちが流れ込むようにして心に刺さる。

 

 

「お願いだから消えて!」

 

 

頭上から振り下ろされた斬撃を小太刀一本で受け止めるが、今までと比べ物にならないほどの力によって小太刀が折れる。

ざしゅ!と肉を裂かれる痛みが全身を走る。口からは吐血し、まるで鉄を食わされてると思うほど、鉄の味が口に広がっていく。

 

 

「今のはさすがに効いたよ」

 

 

傷口を押さえ、気絶することを拒否する。

 

「このままじゃ本当に死ぬのよ?だから、諦めて」

 

「それは無理だよ。傷を負ってもないのにそんな苦しい顔をする君を放っておけないからね。げほッげほッ、それに刀を交えて分かるんだよ。君の本音が聴けてないってさ」

 

一言いう毎に唾液の代わりを務めるかのように血が流れ込む。意識も朦朧としているが関係ない。

 

 

「だから言ったでしょ!さっきの「毘沙門天としてじゃない!人間である上杉謙信!君の言葉を聴きたいんだ!!」

 

 

人から産まれてきた時点で人となる。どのような人生を歩もうと人が神仏になることはできない。なら、彼女のどこかに人間としての自分がいるはず。

 

 

「わ、私は物心つく前から毘沙門天として生きてるの。人間である私は存在しない」

 

 

この戦場にこだまするほどの大声で言葉にしたかったが俺の代わりにその言葉を紡ぐ者がこの戦場にはいる。

 

「いい加減にしてください!私が心からお仕えした謙信様はそんなんじゃありません!」

 

 

雨に濡れた黒髪はより艶が増し、彼女の象徴たる愛の兜も水が滴っている。

 

「かね…つ、ぐ……?」

 

信じられないという表情で体を兼続ちゃんのところに向き、固まっている。

 

「もう我慢の限界です!私は謙信様の家臣であっても毘沙門天の家臣ではありません!ずっと、ずっと私は謙信様の命令に従いたかった!」

 

 

一歩、また一歩と消えない炎へ近づく。

 

 

「なぜ私に毘沙門天として命令を下すのですか!謙信様は私のことが嫌いなんですか?」

 

 

輪の中に入ろうと炎に臆することなく体を投げ入れる。消えないだけであって、一般的な炎と大して変わらないはずなのに退くことをせず、歩む足を止めない、熱で皮膚が焦げ、肉が焼けているのに関わらず炎の中を歩き切った。

 

「ど、どう、なんです……か?ヒクッ、けんしん、さまは、わたしのことを……」

 

 

雨なのか涙なのか見分けがつかないほど兼続ちゃんの顔は濡れていた。

 

 

「そんなわけないじゃない!」

 

 

謙信ちゃんは沈むようにその場に座りこみ、

 

「怖かったのよ!あなたや越後のみんなが毘沙門天としての私だからこそ忠義を尽くしてくれてるんじゃないかって。もしも人間としてなら離れてしまうのかと思うと、怖くて怖くて。もう一人ぼっちは嫌なの」

 

 

人離れした能力と容姿を持つからこそ、人を惹き付ける。そのことが彼女を追い込み、成れるはずのないモノに成ろうと今日まで必死に努力してきた。

忠義に厚い大名は逆にその忠義によって苦しんだ。まったく可笑しな話だね。

 

 

「謙信様。私はいや、私たちは今日この日まで謙信様自身に仕えてきたんです。離れるなんてことはありません。謙信様の願望が叶えることができるその日まで一蓮托生です。だから、一人にしません。させません!」

 

 

真面目というかなんというか。愛と義を貫いている兼続ちゃんだからこその嘘偽りのないドストレートな言葉はきっと、誰よりも謙信ちゃんの心に響いてるだろう。

 

 

「そう……全部私の勘違いだったのね。ふふっ、何だか不思議な気分ね。あれだけのほつれがこんな簡単に解けるなんて。ありがとう兼続」

 

 

再び立ちが上がる謙信ちゃんには先程とは別物の意志が混じってることが俺には分かる。

 

「不知火灯。私からあなたに依頼するわ。私を殺しなさい」

 

「いいのかい?折角こうして分かり合うことができたのに、それを無駄にするなんてもったいない」

 

 

「いいの。これで私も長年続いた呪縛から解き放たれるの。最後は人間らしく逝きたいのよ。お願いできるかしら?」

 

 

「ああその依頼受けさせてもらう。だけど条件を一つだけ、毘沙門天として最後まで闘ってくれ、負けっぱなしは性に合わないからさ」

 

 

ええ、いいわと満足気な声で返される。俺も地面に刺さりっぱなしの小太刀を引き抜く。

 

お互い、再び己が武器を手に取り構える。迷いが消え、逝くべき道を進む決意をした今の謙信ちゃんが強さのピークだと、分かる。

 

傷は止血したとはいえ、いつ開いてもおかしくない。血は兵糧丸で少しは補えるとしても実力の半分出せるかどうかである。それでも、負ける気はしなかった。

 

 

いつの間にか雨は止み、雲の隙間から陽射しが射した時、まったく同じタイミングで地を蹴り、炎の中心で刀を交えた。衝撃で空気が震え、川に波紋ができるほどの一撃。

受け、弾き、斬る。単純で繊細な攻防が何度も続く。だが、実力者同士の闘いは一瞬で決まる。

 

陽射しが謙信ちゃんを照らされたことで、光の眩しさで目を細めた隙とも呼べないような、ほんの一瞬。体を空中で捻るように回転し、しゃがみこむように切り落とす。咄嗟に受け止めようとした謙信ちゃんの刀は無情にも、受け切ることができずに一閃された。

 

 

「最後の最後で天はあなたに味方したのね。ちょっと悔しいけど、ありがとう。灯」

 

謙信ちゃんはそのまま後ろへ倒れた。依頼はこれで達成された。人間としての彼女の笑顔を俺はそれこそ神のような美しさを感じてしまった。

 

そして最後の力を振り絞り、あることをしてから、その場で崩れ落ちた。

 

 

 

こうして、とある忍と上杉謙信による川中島の戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

これで良かったのよね。きっとそう。だって、悔いはないもの。

 

「──さま!───さま!」

 

誰かの声が聞こえる。とても義に満ち、愛に満ちている心優しき彼女の声に似ている。

 

「謙信様!謙信様」

 

声の主は私を呼んでいた。死んだはずの私に何の用があるのだろうか?不思議なことに四肢の感覚がある。死というものを経験したことがないから、普通なのかしら?それでも、声の主を知るべく開かないはずの目を開く。

 

最初は焦点が合わずぼやけていたが、次第に見えるようになり声の主を見ることができた。

 

「兼続?なぜあなたが」

 

彼女に膝枕をされているのか、目の前には兼続の顔があった。

 

「目を覚ましたのですね!よかった……」

 

訳が分からない。確かに斬られて死んだはずのなのに。あの一閃の跡に沿って血が付着し、軽く斬られただけなのはどういうことなのか。

 

「なぜ私は生きているの?死んだはずよ」

 

「何を言ってるのですか。謙信様は生きてますよ。死んだのは毘沙門天です」

 

 

見てくださいと、肩を借りて数歩歩くとそこには真っ二つに斬られた私の鎧が置かれていた。生きている衝撃で鎧がないことに気が付かなかったが、それでもまだ、分からない。

考えていると補足するように兼続が口を開いた。

 

「灯先輩のおかげで毘沙門天は斬られ、倒れたかと思ったら灰となって消えたのです」

 

彼女に似合わない不適な笑みを見て合点がいく。

 

「そう、これが灯の言っていた殺さず殺すってことなのね」

 

鎧の近くで世瀬蔵人の膝を枕にして満面の笑みで気を失っている彼に微笑む。彼の実力だからこそできる芸当。あの時斬ったのは毘沙門天。だから、人間である私は生きている。

 

「本当に面白い。兼続、帰るわよ。彼を連れて、私たちの家に」

 

今までの私だったら言うはずの無い言葉。だけど、兼続は見たことのない笑顔で、

 

「はい!謙信様!」

 

と返事をしてくれた。

 

 

そして、毘沙門天としての私に別れを告げながら川中島をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

心が暖かい。心が安心する。心が癒される。これが、恋なのかしら?灯──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





苦手な戦闘描写とその他諸々とあり、疲れました。段蔵姉さんの影が薄い?それは幻覚です。書かれてないだけで必死に頑張ってたですよ。

では、次回は越後編の最後です。よろしくお願いいたします。


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さらば越後

あの一騎打ちから三日。旅をしてから蓄積されてきた疲労を全て抜くかのように睡眠という名の底なし沼に浸かっていた。いくら身体的能力が優れていても、俺の体はまだ、この世に順応してないことが今の状況でよく分かったのが大きい収穫かもしれない。

 

俺が目覚めてからは蔵人ちゃん、兼続ちゃんに謙信ちゃんや段蔵姉さんと一気に押し寄せてきたが、申し訳ないと思いつつ退室していただいた。だって……傷口が開くほど騒がれるんだもん。

 

 

「みんな元気そうで何よりだ」

 

「これでも心配したからな。交代でずっと看病してたんだから、ちゃんと礼ぐらい言っとけよ」

 

「そうだったんですか。って、なんでいるんですか段蔵姉さん?出ていったはずじゃあ」

 

「あれは残像だ」

 

さっすが段蔵姉さん!忍術をこれでもかっ!というぐらい無駄遣いするなんて、流石の一言に尽きてしまう。

でも、段蔵姉さんもこの度のことで大分丸くなったと思う。前なら、この状態でも問答無用で毒舌や手裏剣を雨のように浴びせてくる。

 

 

「にしても、だ。女のためにここまでするなんて、気持ち悪りぃし変態を通り越して変人だぞ」

 

 

前言撤回。毒舌だけは浴びせてきました。ううっ……良かれと思ってしたことなのに、挫けそうだよ。

 

「だけど、良くやったな」

 

 

ふわっ、と微かに椿の香りが鼻腔をくすぐり、段蔵姉さんの柔らかい体に包まれる。

 

「はい。ありがとうございます」

 

もし、俺に姉がいたら彼女みたいな人がいいな。家族というのに今更ながら愛着が湧いてきてくる。もう二度と会えない現在の家族を思いながら、

 

「段蔵姉さん。それ以上力を入れられると傷が……」

 

 

自分の力強さを忘れて強く抱いてくれるのは嬉しいこと限りないのだが、万力で締め付けられてるようで、骨がきしみ出してしまっている。

 

「わ、悪い悪い。慣れてなくてな。んじゃま、兼続たちが気づき始めただろうから、出てくわ」

 

「はい。ではまた」

 

入口ではなく天井裏から出ていくと、すれ違いのように兼続ちゃんが入口の襖を勢い良く開ける。段蔵姉さんがいないことに気づいて慌てて来たらしく、息荒げに辺りを見渡している。

 

 

「はぁはぁ。だ、段蔵はど、どこへ?」

 

「いや、ここには誰も来なかったよ」

 

「そ、そうですか。療養中なのにお騒がせしてすみません。……あ、湯が沸きましたのでよろしかったら入ってください。疲れを流すには良いかと」

 

濡れた手ぬぐいで体は拭いてもらっていたのかもしれないけど、紳士として俺の息子を綺麗にしとかなければな。さ、さすがに寝てる間に息子も拭かれてない……よな………。

 

「じゃあ早速、入らせてもらうよ」

 

「では、着替えを後で持っていきます」

 

「ありがと。それと、兼続ちゃんは俺が寝てる間に恥部を見てない……よね……?」

 

これから放たれる一言で俺の人生がかかっていると言っても過言ではない。脂汗が額から滲み出ながら言葉を待つ。

 

「……………」プイッ

 

顔を赤く染め高速で背けた。全て言わずとも分かる。俺の……負けだ。

 

 

「……うわっっっっん!!!」

 

 

全力疾走で入浴へ向かった。

 

「あ、灯先輩ぃぃ!!大丈夫ですぅ!!ほんの少しほんの少しだけですからァァ!!」

 

ピタッと止まり、兼続ちゃんの方へ向き直る。

 

「そのほんの少しが俺の自尊心を刈り取ったんだよ」

 

さらば!我が自尊心!ようこそ!羞恥心!

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜〜生き返るぅ。やはり風呂は日本の嗜みだよまったく」

 

 

檜100%の湯船はもう最高でござる。大名によっては入浴という習慣がない人もいるらしいが、現代っ子の俺にはなくてはならないものである。

謙信ちゃんは体を清めるという意味合いもあって、神聖な場の一つでもあるここも趣深く造られている。

 

シャンプーやボディソープといった物はもちろんなく、この時代は手ぬぐいを用いる垢取りで体を綺麗にする。

 

「灯先輩。お背中を流しにきました」

 

「ん〜ご苦労さまぁ〜」

 

 

扉が開き、布で体を覆いながら恥じらう清純派姫武将の兼続ちゃんがいた。

 

んんんん!!??

 

 

「なななんでいるの!?」

 

「お礼の代わりと申しますかなんというか……いいから!お背中を流させてくれなきゃ切腹します!」

 

なんという横暴な脅し文句なんだ、と衝撃を受ける。それ以上の衝撃を俺に与えるかのようにひらり、と兼続ちゃんの体を覆っていた布が下に落ちる。

 

目に見えるのはこの時代には存在しない、伝説であり誉れである一品。

 

「す、スクール、み、水着…だと…?」

 

紺色のパツパツとした素材が控えめな胸の形をくっきりと写し出し、エロい。言葉にしたいが俺の国語力ではエロいとしか言いようがない。

 

「それをどこで!」

 

「なんでも尾張の未来人が造らせたという衣服の一種らしく、たまたま尾張からきた商人から買取りました。なんでも、殿方は喜ぶといお聞きして」

 

相良良晴。君とは良い酒を飲みかわせそうだよ。ああ、相良。君に早く会いたいよぉ〜〜。

 

だが、理性の化け物ではない俺には正直もう我慢の限界である。ロリコン?ここは戦国時代。そんな言葉はあと数百年は待ってから言うんだな!

 

目から虹彩が消えていることを自覚しながら、一歩、また一歩近づく。

 

「ツッ〜〜〜!!!あ、ああ灯先輩!みみ見えてますよ、隠してくださいその……固そうなものを!!」

 

 

プチんと何かが切れた。

 

 

「ちっぱい。生JC。スク水。清純。後輩。──万歳!!!」

 

 

襲いかかる寸前に何者かが現れ、意識を奪い取っていった。

ううっ〜理想郷がぁ〜。意識は温泉に浸かるかのように沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「スク水!!」

 

魔法の言葉を唱えながら目覚めると見知らぬ一室にいた。

 

「あら、お早いお目覚めね。どう、疲れはとれたかしら?私の大事な家臣を襲う元気があるのだから取れてない方が可笑しいわね」

 

城下町を一望できる窓の縁に琵琶を片手に持ちながら座っていた。夕陽に照らされるその白銀の髪は琥珀色に輝き、一本一本の髪が一つの宝石のように思えてしまう。

 

「やっぱり謙信ちゃんだったんだ、あれ。兼続ちゃんの件は悪いと思ってるけど、俺も一応男だし……ね」

 

「ふ〜ん。なら、今この一室には私と灯の二人しかいないわよ。襲ってみる?今なら抵抗しないし、逆に快楽に満ちた表情で灯の子種で孕みたいって言うけど」

 

 

思うのだが、小十郎ちゃんもとい真面目やエロいことに関心がない人ほど、解き放たれるとお構いなしでエロ発言してくるよね。まぁギャップがあって良いんだけどさ。

 

「喉から手が出てくるほど魅力的だけど野望のためにお断りさせてもらいます」

 

残念ね、と案外簡単に引き下がったことを何故か悔しいと思ってしまった。

 

「なら、こっちに来てちょうだい。あなたに見て欲しいのよ。私の父、長尾為景から私に受け継がれ、そしてあなたが毘沙門天から解き放ったこの国の姿を」

 

この国に来てから一望する機会はなかった。一時は嘘と陰謀が渦巻く国だった。そこから義を重んじる国となった。

 

座っている謙信ちゃんの隣に立ち、窓から見渡す。生涯、織田信長じゃなくって織田信奈に支配されることのなかった国を。

 

「ああ。とっても美しいよ」

 

「ふふっ、そう言ってくれると思ってた」

 

子供のような無邪気な笑顔を浮かべる彼女もこの景色に見劣りしないぐらい美しかった。

 

「腰を折るようで悪いんだけど。俺としてはまだ終わってないんだよね。むしろここからが本番というか」

 

「詳しく聞かせてもらえないかしら」

 

 

いくら家臣たちに上杉謙信という存在を再認識させても、それではダメである。いつの世も国を動かしているのは大名でも天皇でもない。国に住まう、民である。民なくしては国は成り立たず。

 

だから、越後の民に上杉謙信は毘沙門天の化身ではない。列記とした女の子であることを伝えなければ、今までの努力が泡となってしまう。

 

そのことを簡潔に謙信ちゃんに伝える。

 

「その通りね。でも、これは私たちの問題であってこれ以上灯に頼るのは一国の長として申し訳ないわ」

 

「いやいや。乗りかかった船は最後まで乗るのが俺の主義だから。それに、元はといえば俺が毘沙門堂を燃やしたのが原因な理由ですし」

 

「それを言ったら、私が兼続たちの気持ちを汲むことができずにいたのが問題だわ!」

 

ムッ、なかなかしつこいですな。意地っ張りというかなんというか。これが本性だと思うと可愛らしく思えてしまうのが男の性なのかもしれない。

 

「んっ、そういえば毘沙門天を倒した時の報酬を貰ってなかったなぁ。はぁ、越後の上杉謙信ともあろう者が恩人に報酬を献上しないとは、世も末だね」

 

 

「クッ、そ、それは卑怯だぞ灯」

 

「卑怯で結構。忍ですから」

 

「………分かった。よろしく頼むわ、鬼畜変態忍者さん」

 

内心、お怒りっぽい謙信ちゃんだけど拗ねてるようできゃわわ!!

 

ま、まぁ。本筋的なところは全部謙信ちゃん次第。俺はただ結果への道標を示すだけ。進むのは謙信ちゃん。

 

ってことで、思い立ったが吉日。早速行動を開始しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜たくさんだねぇ」

 

「招集をかけて丸三日ですからね。越後の民の大半は来てるんじゃないですか」

 

蔵人ちゃんと天守閣から見渡すと、数千規模の民たちがひしめき合っている。謙信ちゃんというか毘沙門天の信仰度合いが良く分かるよ。

 

「肝心な上杉謙信はどこに?」

 

「そろそろ来るんじゃないかな」

 

城下町に急遽造らせた十メートルほどの土台。それを中心として囲うように民たちは集まっている。

 

「ごめんなさい少し手間取って。もういつでも行けるわ」

 

鎧に身を包んでなく、繊細な造りをした十二単に身を包んでいる彼女はまさしく姫そのもの。

見蕩れてしまうが蔵人ちゃんから繰り出されたつねりで正気に戻る。

 

 

「あまり見ないでくれるかしら……。私自身、この格好に戸惑ってるの」

 

 

目を泳がせながら、もじもじする謙信ちゃん。

彼女を勇気づけるように、跪き左手を胸に右手を差し出す。

 

「参りましょう姫。さぁお手を」

 

柔らかく温かい手が触れる。

 

「ありがと」

 

手を握りながら立ち、お姫様抱っこをすると、

 

「きゃ!」

 

このたまに出る可愛らしいところが謙信ちゃんに萌える一つだね。

 

そのまま土台まで屋根から屋根へと飛び、ものの数分で土台の上に降ろす。突然十二単姿で現れた謙信ちゃんに驚く民たち。

 

「俺の役目はここまで。がんばってね謙信ちゃん」

 

「灯も野望を叶えなさい。そしたら、また遊びに来てちょうだい。今よりも一層美しい町々があなたを出迎えてくれるわ」

 

「そりゃあ楽しみだ」

 

 

笑顔で答え、その場から消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後まで聞かなくて良かったんですか?灯様」

 

「ん?ああ、大丈夫。素直な気持ちほど説得力があるものはないから」

 

「そんなもんですかね」

 

「うん」

 

 

城下町を抜け駆けていると、

 

「灯ぃせんぱぁぁい!!!ありがとぉございましたぁ!!それとぉ!いってらっしゃぁぁい!!」

 

声を響かせようと口を大きく開ける可愛い可愛い後輩からの言葉を受け取る。

 

「いってきまぁぁす!!!」

 

見送られながら、蔵人ちゃんから質問がでる。

 

「次はどこへ行くんですか?」

 

「次は───甲斐!!」

 

 

 

 

聞こえるはずのない謙信ちゃんの声が聞こえた。大衆に向けてなのか、それとも特定の人物へ向けての言葉なのか。

 

きっと、彼女しか知らないだろう。

 

 

 

『私は恋を与えられた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。

越後編終了です。

続いては甲斐の虎こと武田信玄!!


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甲斐の虎 武田 信玄

甲斐の国の領主、甲斐の虎こと武田信玄。上杉謙信との死闘を何度も繰り広げる実力の持ち主であり、現代でも有名な『風林火山』を立て、この群雄割拠を生き抜いている大名。

 

ちなみに武田信玄は日の本一のおっぱいの持ち主だと言われてるんだよね!!しかも、武田四天王っていう武田信玄の選りすぐりの美少女たちがいるらしいし!

 

「あ~~早く会いたいぃ」

 

「はいはいそうですね。それよりもこの道で合ってるんですか?」

 

「大丈夫大丈夫まかせんしゃい」

 

心配そうにこちらを見つめているが、本当に合ってるのである。

竹林が辺りに広がり、隙間を縫うようにして日光が漏れている。時折吹く風によって笹の葉同士が擦れ合い、ざざーと心地の良い音が耳に入る。数多くの枯れた笹の葉が地面に落ち、何層も重なっているため柔らかい足場を歩く。

 

景観を堪能したいところなのだが、生憎にも怪しい気配が一つ。視界も良くないが、まぁそのくらいはしょうがない。蔵人ちゃんも気づいてはいるが、俺に任せるらしく、大したリアクションもせず、俺の後に付いてくる。

 

 

「お命頂戴いたす!!」

 

 

野太い野郎の声かと思ったが一文字一文字がまるで音楽家の演奏のように魂に訴えかけてくる少女の声が殺伐とした発言をしながら襲ってきた

 

「あぶなッ!」

 

正体も武器も曖昧のまま咄嗟に避ける。

 

 

「ムッ、その身のこなし只者ではないな!!」

 

 

艶のある黒い髪を高い位置で結び、これまた心をくすぐるポニーテールとなっている。キリッとした、つりあがった目からは常夏の太陽のように熱い熱い闘志が燃えていた。

少女の両手にはただの槍かと思ったが、刃は幹のように左右から細長く優美な刀のように湾曲した刃の枝を持ち、真っ直ぐにのびた剣状。いわゆる、『十文字槍』である。

 

 

「まぁまぁ落ち着いてよ、ね?俺たち悪者じゃないよ。旅人だよ。ちょっと甲府の城下町に行きたくて、この竹林を通らせてもらってるんだよ」

 

「ああ、そうであった………いや!お命頂戴いたす!」

 

「今、完全に納得しようとしてましたよね?」

 

「うん、してたね」

 

「ち、ちちち違う!今日ここを通る者を倒せなどと言われてたことを忘れていて思い出したわけでないぞ!!」

 

 

丁寧なご説明ありがとうございます。獲物を絞ったような命令だけど、まぁ今はそんなことより再び構えをとった少女の対処といきましょう。

 

「覚悟っ!」

 

踏み出しと共に枯れた笹の葉が舞い、十文字槍を俺の上半身目掛けて薙いでくる。まぁ普通に跳んで避け、振り切った後の刃に着地する。

 

「まだまだぁ!!」

 

俺を振り落とそうと大きく揺らし、刃から離れたのを狙い、貫くようにして穿いてくる。風圧で周辺に笹の葉がまたしても舞うがその分威力がとんでもないという信号でもある。普通の槍とは要領が違うため、枝のような刃にも気をつけなければならない。

 

蔵人ちゃんに助けてもらえれば万々歳だけど……。

 

「あっ!タケノコ!」

 

絶賛採取中である。

 

一つ忘れていると思うけどここは竹林。先程の薙ぎは少女の実力の基、竹に阻まれなかったが、今は違う。

すぐ近くにある竹に手を伸ばし、体を持ち上げる。枝刃によってすぐに切り落とされたが、少女の方に竹を落とし、視界を塞ぐ。

 

「こんなもの紙切れ同然!」

 

たった数秒しか姿を眩ませることができなかったがそれで十分。

 

「ど、どこに消えた!?」

 

「どこでしょうかね」

 

隠れ身の術ですよ。当然、声も反響して全方位から聞こえます。

 

「出てこぉぉい!!!」

 

滅茶苦茶に振り回すが、

 

「ん~それは無理な相談かな。ほらほらぁ~」

 

ボソッと蔵人ちゃんの方角から「大人気ない」と聞こえた気がしたけど、んなわけないか。

 

「そこだけ笹が舞っていない!」

 

的確な一突き。ほうほう、わざと笹の葉を散らせて俺の位置を特定したということか。案外、頭も切れるのね。

でも……。

 

「そんなんで破れるほど甘くないよ」

 

少女が突いた箇所は何もなかった。唖然とした表情を隠せない少女。

 

「目のつけ所は悪くないけど、もっと創意工夫をしなきゃ」

 

後ろに回り込み十文字槍をボッシュート!!

 

「か、返せぇ!!その槍は命と同義なのだ!!」

 

半泣きで訴えかけてくる少女にゾクゾクしながら、辺りを見渡し一箇所に手裏剣を投げる。空を切るはずの手裏剣は金属に弾かれたような甲高い音をたて、地面に落ちた。

 

「ったく、全部お前の仕業だろ?佐助」

 

竹林に紛れるようにして色づいた緑色を主体とした忍装束。ふんわりと弧を描くような長い茶髪に、これまたやんわりとした雰囲気を醸し出す糸目からは殺気やら闘志やらとは真逆の場所にいそうな人だが、何を隠そう、彼女こそが武田が誇る真田忍軍隊長、猿飛佐助である。

 

 

「あちゃ~気づかれてたかぁ。ちなみにいつからかな?私の隠れ身は完璧だったと思うんだけどなぁ」

 

「この可愛い少女が、竹林を通る者を倒せなんて命令をされた時点で大体憶測がつく、それに甲斐の知り合いはお前しかいない。つまり、どこかにお前がいるってことだ」

 

ずっと放置していた蔵人ちゃんがチョンチョンと肩をつつき、誰?という目線を送ってきた。それを察してか、佐助がすぐに口を開く。

 

「初めまして真田忍軍隊長の~猿飛佐助です。そしてぇ~灯くんがさっきまで闘ってたのが~お館様から面倒を見るように預かった───」

 

「真田幸村でございます!!以後、お見知りをおきを!!」

 

佐助の紹介を受けるよりも先に怒涛の勢いで話だした彼女。真田幸村。

 

十文字槍の時点で薄々気づいていたけど、熱い子だねぇ。ここら辺の気温が二、三度上がってるに違いない。

 

 

「んでんで、その隣が世瀬蔵人?ちゃんだっけ」

 

「あ、はい。そうです。本当に猿飛佐助どのですか……?」

 

「そうだよぉ」

 

佐助が肯定した瞬間に蔵人ちゃんが俺の肩を掴み、背を向けるようにしてコソコソと質問してくる。

 

「こんなにフワフワしてるのが猿飛佐助どのなんですか灯様?」

 

「段蔵姉さんみたいなのは比較的少ない人種だしね。佐助みたいに特殊な人が結構いるんだよ。忍も十人十色ってこと」

 

「なるほど。想像とは違って残念です」

 

 

相談が終わったことを確かめてから佐助は話だした。

 

「灯たちはお館様に会いに来たんだよねぇ。案内するから付いてきてね」

 

なかなかにスムーズに進み、色々と勘ぐるが無駄骨

かなと思いながらも竹林を抜けていく。

 

ぴょこぴょこと俺の顔を見てくる熱い瞳の幸村ちゃんなのだが、普段の俺ならお茶目なイタズラの一つや二つを軽くこなすのだが、とんでもなく面倒なことになると第六感が告げてくるのである。それでも、無視は良くないと鞭を打ちつつ口を開く。

 

「どうかしたかい?幸村ちゃん」

 

話しかけてもらったことが余程嬉しかったのか目を大きく開く、もしも獣耳とか付いていたらピンッと立っているのかもしれない。

 

「あ、いや!強さの秘訣を教えてもらいたいなどという甘い考えなんて持っていないので気にせず!」

 

これはこれで有りだなと新たな属性に感動する。

 

「さっきの闘いについて話さない?」

 

「も!もちろんです!灯兄さん!」

 

「ぐふっ!」

 

い、今なんと!?

 

「灯兄さんどうしたんですか?」

 

 

精神的攻撃で吐血する寸前である。お兄ちゃんではなく兄さんと呼ぶ辺りがこれまた絶妙なモノ。

 

「幸村どの!待ってください!灯様は……灯様は……兄さんなんて呼ばれたら吐血するほどの変態なんです!!だから、もう少し休憩を挟んでから兄さんと呼んでください!」

 

心の中で親指を立てるべきか下にして立てるべきなのか迷うのだが、今回は命を救われたよ。

 

 

蔵人ちゃんのおかげで落ち着きを取り戻し活気溢れる城下町へと再び歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

領主の性格、生き様は城下町の民たちに深く影響すると聞いていたが、正にその通りだと、この数週間で知ることが出来た。武田信玄の城である躑躅ヶ崎館の城下町も言わずとも領主の性格を引き継いでいると思う。

 

 

 

「うまっ!出来損ないのうどんかと思いましたけど人も食べ物も見かけによらないんですね!!」

 

 

甲斐の名物のほうとうを咀嚼しながら盛大に俺の顔に食べかすが撒き散らされる。

 

「そうそう人も食べ物も見かけによらないんだよ。つまり、俺も心の底は善人ってことだよ」

 

食べかすを拭き、俺もほうとうを啜る。

 

「灯くんが善人とか、ないな~い」

 

「じょうだんにしても笑えないですよね~」

 

「あ、あれ?このほうとうって、こんなに塩味効いてたっけ?」

 

塩辛食って喉が乾いたよまったく。な、泣いて、ないんだからね!

 

「灯兄さんはとても良い人です!この真田幸村が断言します!」

 

「ゆぅぅきぃぃむぅぅらぁぁちゃぁぁん!!」

 

 

嬉しさで血流が逆流するかと思ったよ。この嬉しさを表現するべく幸村ちゃんに抱きつき、絹のような手触りの黒髪を撫でる。ついでに頬ずりでぅえす!

 

「や、やや!?わ、わ私はぶ、武士である、ゆえ、こここのような、ことハハ………」

 

 

ショートしたように崩れ落ちてしまった。どこかで見たような光景。

今まで男性と接したことがなかったからだろうか、きっと抵抗が少ない。なら!俺がしっかりお兄さんとして頑張らなければ!

 

 

 

 

 

 

 

ついに武田信玄に会えました!やっぱり生で見ると半端ないほどの巨乳いや爆乳です!はぁ~うずくまりたい。

 

 

「おい、うちの幸村に手を出した不届き者。覚悟はできてんのか?ああっ!?」

 

「手を出したというか、感極まって……つい」

 

「んなことはどうでもいいんだよ!打ち首の準備が整ってるがどうする?」

 

 

幸村ちゃんに抱きついたじゃん→たまたま信玄ちゃんいるじゃん→ブチ切れられてこうなってます。城の中ですよもちろん。

 

 

「それだけはご勘弁を」

 

目が本気の信玄ちゃん。本当に打ち首にされちゃうのを必死に阻止しようと手を縛られたまま土下座をする。

 

「信玄様、このぐらいにしときましょう。折角の佐助の友人を雑に扱ってはいけませんぞ。この者が真田様に惹かれるのも無理はないですからな」

 

 

どことなく俺に近い何かを持っていると思われるこの人が、軍師の山本勘助。

 

「それよりも勝頼様はどこですかな?この山本勘助にとって勝頼様に合わなければ一日が始まりせぬ」

 

「はぁお前のその変態じみた性癖を何とかしろ」

 

山本勘助さんに湧く親近感はこれだったのか。全力で弁解してる勘助さんを見ながら、手首の関節を外し、縄から脱出でござる。

 

 

「あれれぇ灯様の縄が解けてますね」

 

嘲るような表情でやすやす味方を売るぐらいちゃんである。隣にいただけの蔵人ちゃんは蛇口のように嘘を垂れ流し、私は止めました、だの、いつかはやると思ってたたんです、だの、ゲスにもほどがある。

 

 

「ほほぉこの状態で逃げ出そうとは大した忍だな」

 

「ううっ、謙信ちゃんのところに永住したいよぉぉ」

 

ガタッと物音をたて信玄ちゃんはふんぞり返った態度を突如、期待に溢れた目でこちらに詰め寄ってくる。

 

「お前!謙信と会ったのか!?」

 

「会ったというか死闘を繰り広げたというか、複雑なところです」

 

おっぱい近いおっぱい近いおっぱい近い。

 

「んだよ、そういうことは早めに言ってくれなきゃ困るんだよ。そうか、謙信と闘ったのか。なら、話しは別だ。歓迎するぞ、不知火灯。ようこそ甲斐の国へ」

 

よく分かんないがハッピーエンド?

 

 

「事前に佐助から細かく聞いていてな。でもお前が悪いんのには間違いない。幸村を汚そうとするから、つい、な」

 

姫武将の中でも喜怒哀楽が激しい人だな。歓迎されているらしいし甲斐でもの一時を楽しむとしますか。

 

「さぁて蔵人ちゃん覚悟はいいかい?いくらなんでも今回は………ゆるさない」

 

「灯様!野望のために今日からがんばりま!しょう!陽も沈んで来たことですし、明日はなにをするか、な!か!よ!く!話し合いましょう」

 

「…………」

 

「……だ、だってぇ、いつも、いつも、私は灯様のせいで、グスっ、酷い目にあってるんですよ……ヒクッ、エグッ──」

 

 

ガチ泣きされてしまった。半分は冗談だったのに……。

 

 

「ごめんね蔵人ちゃん。こんなに思い悩んでいたなんて、一番身近にいる女性を悲しませるなんて……俺は最低だ」

 

「そんなことないですよ!私も悪いんです。灯様は立派な人です」

 

「──蔵人ちゃん」

 

「──灯様」

 

 

こんな茶番に付き合ってくれた甲斐の皆様ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

佐助が言うには、謙信に勝ったんだっけか。

 

──もしかしたら天命動かす者なのかもな、アイツ同様に──

 

 

 

 

 

 




ついに甲斐編突入!!

不定期更新になると思うのでよろしくお願いします。


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武田四天王はキャラの宝庫

信玄ちゃんの誤解も解けて、屋敷の一室で気持ち良いお布団で眠りにつくことができたのだが……。

 

「本当にこの男が上杉謙信を打ち負かしたなんて信じられません。とりあえず逃げましょう」

 

「……逃げちゃ……だめ」

 

「その通りですわ。人は見かけによらないのが、この戦国の世の掟。華麗に仕留めましょう」

 

「私が編み出した暗殺術をこの場でようやく披露できますっ!あっ、……」

 

「「「しぃ~~」」」

 

「すみません」

 

 

おそらく俺の布団を四人で座って囲ってるのだろう。小鳥のさえずりと共に晴れ晴れとした朝を迎えようとしたところにコレです。

襖が開いた時に臨戦態勢に入ったけど、女の子の香りがしたから寝たふりをした俺の下心が憎い!

 

 

「さて、起きてないらしいので。ここは私の小刀で」

 

「いいえ、わたくしの真紅の美しき扇子で」

 

「……わたしの……金槌……で」

 

「だからこの内藤修理による暗殺術で」

 

 

「「「「ムッ」」」」

 

 

勝手に人の命で喧嘩しないでよぉ。はぁ蔵人ちゃんとか助けに来てくれないかなという雀の涙ほどの期待をしながら薄目で目を開ける。

 

『人気ですね』

 

と書かれた用紙を天井から顔を覗かせながら見せてくる。この娘はいつもいつも……人を怒らせるのが得意なんだから。

怒りのあまり、体をビクッとしてしまった。

 

「「「「ッッ!!!」」」」

 

 

バレたかな?とドギマギしてると、

 

「そろそろ限界です。同時に殺りましょう」

 

「よろしくてよ」

 

「……しかたない」

 

「協調が大事だよね」

 

 

どうしても俺を殺したいらしい。

 

「「「「せ~~の!!」」」」

 

「ちょっと待て待て!!!」

 

顔面をめがけて振り下ろされる凶器を寸前のところで顔を逸らして避ける。

 

「もうなんなの?!人が気持ち良く寝てるところを襲うって!夜這いなら大歓迎だけどさ!」

 

つかさず起き上がり、部屋の隅に移動し距離をとる。寝室で一人の男と得物を持つ四人の女性が互いに緊迫するというシュールな状況。

 

「あ、あああなた!?!?そ、そそのけ、汚らわしいお、汚物をしまいなさい!!!!」

 

ん?このロリお嬢様は俺のどこを見て汚らわしいと言ってるん……。

 

「あ&●そ@#%=+!!????」

 

着流しで寝ていたためか咄嗟の素早い動きのせいで俺の息子がおはよう、となっていた。口をぱくぱくさせ顔を真っ赤にしている。まるで俺が変質者みたいじゃないか!!

 

何事もなかったようにすっ、と身だしなみを整える。

 

「……なぜ、俺の命を狙う」

 

「なに、何でもなかったように振舞ってるんですか!?こんな、変態と同じ空間に居たくないです!逃げましょう!本当に逃げましょう!」

 

「やめて!そうでもしなきゃ恥ずかしさで悶えちゃう!もうちょっとだけ!もうちょっとだけ一緒に居ようよ」

 

穴があるなら入りたい。ないなら自分で掘って入りたいよ。

 

「……大丈夫。立派…だった」

 

「こ、この内藤修理も同感です!」

 

なんて、ええ子たちなんや。ロリお嬢様は叫んですぐ気絶しちゃうし、真面目ちゃんは今にも逃げ出そうとしてる。

 

「は!よくもこのわたくしに!ゴニョゴニョを見せましたね!」

 

「ん?ゴニョゴニョとはなんだい?」

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 

刃の付いた扇子で涙目になりながら殺しにかかってくる。単調過ぎる攻撃を軽く右に避け、扇子を持っている右腕を掴む。

 

「くっ、離しなさい!穢れてしまうわ。……グスッ、おねがい…します。ヒクッ」

 

本当に俺が穢らわしいことをしてるみたいじゃないか。他の三人が今にも襲いかかろうと目から色素が消えている。

 

「はぁ…こんなとこ信玄ちゃんに見られたら一環の終わりだよ。まったく」

 

「そうか、なら終わりだな」

 

「あはっ♪おはよぉ灯くん。朝から盛んだね~」

 

襖が開き、青筋を浮かべる信玄ちゃんとニコニコと笑顔を浮かべる佐助がいた。

 

「勝手に入るなんて礼儀がなってないよ!二人ともぉぉ!!」

 

「てめぇに言われたくねぇよ。なかなか起きねぇから起こしに来たら、ウチの可愛い家臣を強引に屈服させようとしてるとは、な」

 

信玄様!と四人の女の子たちは声を揃えるように呼ぶ。天井からはお疲れさまです、と労いの言葉をかけてくれる天使がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「誠に申し訳ありませんでした!!!!」」」」

 

 

死刑執行される前に蔵人ちゃんが誤解を解いてくれたおかげで救われました。何でも、昨日のお詫びということらしい。

 

 

「すまねぇ灯。こいつら、どうにも先走って勝手に行動するんだわ。ここはあたしの顔に免じて許してくれねぇか?」

 

潔く頭を下げる信玄ちゃんを見て、自分たちのしたことの重大さに気づいた四人は目に涙を浮かべ、おどおどしている。

 

 

「いやいや気にしてないから。ほら、俺もロ……昌景ちゃんを泣かせちゃったからお互い様ってことで」

 

ここで一つ説明しとくと、俺を襲ったのは武田四天王という信玄ちゃんが実力と可愛らしさで選んだ四人です。

 

 

 

武田四天王のアイドル的存在、ひまわりのような華やかさを持つのが高坂昌信。小姓あがりらしく、防御戦が得意。口癖は「逃げましょう」

 

 

四天王最強といわれる山県昌景。小動物のような小柄なのだが、猛将である。貴族意識高め系女子である。

 

 

のろま~な雰囲気を持つのが馬場信房。近接戦闘では不死身と恐れられるほど強いという、ギャップの持ち主。

 

 

そして、影が薄く、存在感がない、キャラが薄い、地味という残念な娘である内藤昌豊こと内藤修理。

 

 

「ありがとな灯。……いきなりで悪いが、灯以外出ていってくれ。今から大事な話を灯としたい」

 

 

突然の真剣な表情に空気がピリついたが、慣れているのか四天王のみんなは御意、と一言だけ残し、部屋から退出した。

 

「蔵人ちゃんもよろしく。心配いらないから」

 

少し名残惜しそうにこちらを少し見たが、珍しく素直に出ていってくれた。

 

人が減り、静けさが増した一室。

 

「単刀直入で聞く。灯、お前は………未来から来たのか?」

 

 

前振り通りの単刀直入の質問。たった一言で俺の心臓は鷲掴みされたかのように締め付けられる。

 

『未来』そう、俺は未来から来たんだった。この戦国の世での日々が血のように濃いものだったからか、それとも俺の体が今に慣れてしまったのか、忘れていた。自分が未来から来た者だと。

 

「勘助。入れ、説明をしろ」

 

もともとこの話をするつもりだったらしく、勘助さんは、すぐに入ってきた。

 

「どうも、勘助さん」

 

「やや、灯どの。噂通りの腕前、しかと見届けさせてもらいましたぞ。まさか、冷静ではないにしろ昌景どのの一撃を防ぐとはなかなか」

 

「なるほど、今朝のことは勘助さんの策略という訳ですか。まったく、軍師はみな、食えない人ばかりで疲れますよ」

 

四天王のみんなに俺を悪人と吹き込んだのは勘助さんと確信する。困ったことに名を知られているとは喜ぶべきか悲しむべきか、忍ばなかったことを後悔する今日この頃。

これまた、食えない顔を浮かべ一つの水晶を取り出した勘助さん。

 

「突然だかな、宿曜道というものを用いて私は人の《天命》、つまり《運命》《宿命》を占うことができるのだ。これは抗うことのできない絶対的なモノ」

 

「その宿曜道ってやつで俺の天命?というのを占ったんですか」

 

「許可なくしたことは詫びよう。だが、灯。貴様からは相良良晴と同様の何かを感じてな」

 

大人しくしてることに飽きたのか信玄ちゃんはおもむろに立ち上がり、

 

「つまり!灯、お前は相良良晴と同じ天命を動かす者なんだよ。天命を動かすってことは未来から来たってことなんだよ」

 

半ば強引のまとめ。しらを切ることは簡単だろう。だけど、本気で問いかける人に本気で答えないのは俺のプライドが許さない。

 

 

「──未来から俺は来た。これで十分だろ?」

 

 

きっと心のどこかでは未来から来たということを嫌悪してるのかもしれない。この世で何が起きても、『未来』という逃げ道が示されていることに。

 

「そうか。なら、あたしの忍になれ。良晴には何度も軍師になれって誘ったんだが、いい返事が貰えないんだわ。ったく、あのうつけ姫のどこに惹かれるんだよ……」

未来から来たという衝撃発言をしたのにもかかわらず、信玄ちゃんは大したリアクションもしなかった。

それにしても、だ。なんとも分かりやすい相良良晴への好意に俺と勘助さんは温かい目で見守ってしまう。

 

「信玄ちゃんって相良良晴に恋をしてるんだね」

 

「………へ?ば、バカ野郎!!そそんなんじゃ、ねぇ!!」

 

甲斐の虎も恋の前では可愛らしい猫。ものすごく話が逸れていることを好都合だと思っていると、残念ながらすぐに修正されてしまった。

 

「あたしのことはいい!で?忍になるのか?ならないのか?」

 

「腕の立つ忍は重宝されますしな。ぜひとも仕えてほしいものですな」

 

 

すいません、と言いながら立ち上がる。

 

「俺にはまだ、やるべきことがあります。ですから……「種馬としての仕事もあるぞ」本当ですか?」

 

部屋から出る一歩手前でこれ以上ないほどの魅力的な発言に頭よりも先に体が反応するという擬似反射神経が作動してしまった。

 

「食いついたな」

 

「食いつきましたな」

 

やめて!そんな蔑む目で見ないで!だって、お年頃なんだもん。

 

「ごほん!し、しゃぱり、むぅりです!す"み"ま"せ"ん"」

 

 

下唇を全力で噛み締めながら誘いを断る。

 

「い、いや無理ならいい。その、悪かったな」

 

「灯は真の男ですな」

 

罪悪感を感じた信玄ちゃんと俺に生きざまを感じた勘助さんを背に部屋から出た。

 

 

 

種馬になりてぇぇぇぇ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷前の石階段に座ってため息をつく。

 

「……種馬」

 

未練たらたら過ぎて心がどん底。佐助や蔵人ちゃんに冗談抜きで心配され、本当のことを言えず曖昧に答えてその場を去った。

 

「馬がどうかなされましたか?灯兄さん」

 

「うひゃ!!」

 

「ひゃ!び、びっくりしました」

 

「ごめん。いきなり話しかけられて驚いてね。馬?聞き間違いだよきっと」

 

種馬なんて言葉はこの先一生知らなくていい。

 

竹林での一戦以来、懐かれてしまった。『幸村は強い奴にはとことん甘えてくるぞ』と注告ような情報提供なのか半々の事を信玄ちゃんが言っていた。

 

「灯兄さん。幸村は今、とっても怒ってます」

 

「嫌なことでもあったの?」

 

「ムッ…覚えてないんですか。今日は……稽古をつけてくれると昨夜、約束してくれたじゃありませんか!幸村はずっと待ってましたよ……」

 

 

はい、確かに約束してました。朝からがやがやしてたからすっかり忘れてしまっていた。俺としたことが、一生の不覚。

 

「ほんっとにごめん!」

 

「ふんっ……」

 

完全に不貞腐れてしまっている。可愛いからこのままにしたいが、そういうわけにもいかないので、どうにか解決策を模索してると……

 

 

きゅるる、とこれまた可愛らしい音が幸村ちゃんのお腹から聞こえてきた。

 

「ち、違います!お腹が減ったからではありません!体が食糧の供給を求めているだけです!」

 

 

全く同じだとツッコミを入れようと思ったが、幸村ちゃんとの会話のおかげで気持ちが晴れてきた。お礼という意味合いを込めながら、

 

「俺、腹減っちゃったから、これから城下町の方で何か食べない?今日のお詫びも兼ねて。もちろん、奢ってあげるから」

 

 

立って、尻の埃を手で払いながらそう言うと、ガバッと抱きついてくる。身長の差で腹部にヘッドバットを叩き込められたが自然体となる。

 

「嬉しいです!……あっ、幸村も大人気なく怒ってしまってすいません。灯兄さんの予定を考えず先走った幸村が悪かったです」

 

喜怒哀楽が激しい幸村ちゃん。笑顔になったと思ったら突然、しょんぼりするのが無邪気な少女だと実感する。

 

「ううん、そんなことないよ。今回のことは水に流そっか。俺、昨日来たばっかりだから、幸村ちゃんに案内任せてもいいかな?」

 

「はい!もちろんですっ!とっても美味しい食事処がありますよ。さっ早く行きましょう」

 

ようやく日が暮れ始め、山越しに見える夕日を見ながら、まるで本当の兄妹のように仲良く手を繋ぎ、一段ずつ石階段を降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも騎士見習いです。長くなってしまうので途中で切ってしまいました。すいません。できる限り早く投稿するのでよろしくお願いします。


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昌信ちゃんは若奥様

 

「フンフンフ~ン♪」

 

 

機嫌がピークらしく鼻歌を奏でながら城下町を歩く幸村ちゃん。仕事が終わった商人や武士、外から来た者が吸い込まれるように現代でいう外飲みの居酒屋に入っていく。ここには階級差別という概念がないように思う。

 

「あっれぇ?あひゃりしゃま、だ!」

 

「幸村もいるね。なになに?犯罪行為の最中だったぁ?」

 

蔵人ちゃんと佐助が呑んでいた。しかも、蔵人ちゃんはかなり酔っているのか舌が回っていない。

多分、沈んでいた俺と会ってすぐに飲みに来たのだろう。忍が平気な顔をして酒を飲んでいる姿は残念極まりない。

 

「むもぉ、あひゃりしゃまが甲斐に来てきゃらまったく、かまってくれなくて、悲しいんです~」

 

訴えかけるように泣きながら俺の両肩に手を置く。にしても……酒臭ッ!!どんだけ飛ばして飲んでたんだよ。

 

「はいはいごめんねごめんね。一時も蔵人ちゃんを忘れたことなんてないからねぇ」

 

「ほんひょれぇすか?」

 

「あたりまえだろ」

 

ムへへぇと顔をだらしなくニヤけて、撫でろ!と強要しようと言わんばかりに右手を掴み、自分の頭へと持っていく。

ちゃんと意図を汲み取った俺は、やれやれ系男子のように、やれやれと言いながら頭を撫でた。

 

「ウへへぇきもちぃ」

 

一つだけ言っておく。

 

──めっさっ!きゃわいんだけどぉぉぉ!!!

 

ちょっと、これからは酒を一升ぐらい携帯しよう。

 

 

「おい、佐助。こんなに蔵人ちゃんをかわ……酔わせたんだから、お前が責任取れよな」

 

「分かってるって。想像以上にお酒に弱くってさすがに罪悪感湧いてきたしね。酔っぱらいのことは私に任せていいけど、そっちの不機嫌な姫様は任せたよぉ」

 

「は?何を言っ……oh……」

 

着流しの袖を千切らんとばかりに掴んでいる幸村ちゃん。十文字槍があったら串刺しにされているぐらい、不機嫌になっていた。

 

「さ、さっ!幸村ちゃん!行こっか」

 

「……はい」

 

 

酔っぱらった蔵人ちゃん以上に面倒になりそうだが、自分で撒いた種ぐらいは自分で刈り取らなきゃいけないよな。

再度、不機嫌な姫様の手を握りながら、歩きだそうとすると、

 

「ろこ行くんですかぁ!あひゃりしゃま」

 

 

首元にクナイを突きつけてくる。ふっ、酔っぱらっても的確に頚動脈を狙うか、さすが忍。と褒めたいところだが、酔っぱらっている分、歯止めが効かない予感がビンビンする。

 

 

「く、くく蔵人ちゃん!?」

 

「どこにいくんですか?かまってくれないんですか?さっきの約束は嘘ですか?どうしてですか?嫌いになったんですか?どこが嫌なんですか?言ってくれませんか?どうすればいいんですか?」

 

 

「……あ、ははっ。いやぁ冗談はよくないよ。ほんと……笑えないんで勘弁してください」

 

 

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

これからは何があろうと蔵人ちゃんに酒を飲ませたりはしない!

 

 

「さ、佐助ぇ助けてくれ。責任持ってくれるんだろ?」

 

「ん~~そう言われてもねぇ。はぁ、ダメもとだけど。──蔵人ちゃん、落ち着こう。ね?」

 

 

グニャと首がホラー映画のように曲がり、殺る気満々の瞳がなだめようとしている佐助に向く。どんな表情になっているのか分からないが佐助の額からは汗が浮き出ている。

 

 

「なんで佐助さんが口出しするんですか?殺しますよ?それより……」

 

 

前置きと同時に再びグニャと首が戻り、俺と目が合う。蛇に睨まれた蛙のように指一本、毛一本も動かせなかった。

 

 

「灯様ァ。知ってますか?ここをプスってすると綺麗な赤い赤い雨が降るんですよ」

 

人差し指で一本の線をなぞるように頚動脈を撫でる。

 

「へ、へぇ。じゃあ濡れたくないし、傘を取りに行くから、俺はこの辺でドロンしますよ。忍だけに……」

 

 

あまりの危機的状況に自分でもドン引きするぐらいの冗談を言ってしまう。空気は逆に凍りつく。あっ、死にたくなってきた……。

 

 

「皮一枚没収です灯様」

 

 

スベることの代償がとてつもなく大きいらしい。

 

だが、そんな中ようやくヒーローもといヒロインが現れた。

 

「それ以上の暴動は目に余ります。蔵人どの。灯兄さんが困ってます」

 

 

怒りを顕にした幸村ちゃんはクナイを持つ蔵人ちゃんの右手の手首を掴み軋むような音を立て、俺の首から引き離す。

 

「なんです、この手は?痛いじゃないですか。離してくれませんか?」

 

「灯兄さんを諦めたら離します」

 

「生意気な餓鬼は嫌いです。もう一度だけ言いますよ。離してくれません……か?」

 

幸村ちゃんに離していい、と口を開こうとした瞬間。

 

「嫌です!」

 

「分かりました。コロシマス」

 

標的を幸村ちゃんに変え、掴まれていない左手でクナイを新たに持ち、一切の躊躇いもなく頚動脈を狙い、突き刺そうとする。幸村ちゃんも左手で小刀を抜き、刺し違える覚悟で蔵人ちゃんの心臓目掛けて突き刺そうとする。

 

 

「やめろ」

 

「いい加減にしよっか」

 

 

風の如く速さで俺と佐助で両者を引き離し、抑える。さすがに大切な人同士が傷つくのは見ていられる光景ではない。

 

「幸村、お館様が掲げている風林火山は戦術に関してだけじゃないよ。精神に関しても言えるの。冷静に考えその場だけの状況で行動しない。動かざること山の如し!」

 

「すいません。この幸村、熱くなりすぎました」

 

「まぁ大好きな人の危機だったんだもんね。しょうがないちゃあしょうがないけどね」

 

「さ、佐助!!」

 

 

あっちはあっちでまとまったらしい。やっぱり温厚な佐助にはこういう役が向いてるな。けど、蔵人ちゃん相手には無理か。今にも振りほどこうと関節を外したりしてるし。

 

 

「蔵人ちゃん。今回はいくら酔ってたっていってもやりすぎ。反省してる?」

 

「してます」

 

「分かった。もう一度襲ったら色んな意味で覚悟してね」

 

注告とさりげないセクハラを言い残し、離す。

 

 

「……酔いを冷ましてきます」

 

そう言うと蔵人ちゃんは俺と幸村ちゃんが歩いてきた道を辿るようにして歩いていった。後を追うようにして佐助も歩き出した。

 

時々見せる蔵人ちゃんの冷酷で冷血で残忍で残酷な顔。きっと、いつも蔵人ちゃんを見てて勘違いしていた。忘れていたのだ、忍は皆、そういう生き物だということを。

 

んまぁ、そんなんで嫌いになるなら最初から一緒に旅なんてしてないしね。

 

 

「さて、気を取り直してご飯食べに行こっか」

 

「あ、はい」

 

「さっきは助けてくれてありがとね幸村ちゃん。君は立派な武将だよ」

 

「い、いえ。気づいたら体が動いていたんです。そんな大したことじゃないです。それに………」

 

ボソッと幸村ちゃんが何かを言った気がしたが、聞き返す前に焦るようにして手を引っ張られてしまった。

 

 

──灯兄さんが好きだから

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ着きましたよ!ここが、この幸村が絶賛するところです」

 

長屋にしか見えない建物に入っていく幸村ちゃんについていく。

 

「ご飯食べに来ましたよ!!」

 

「あんたまた来たの?そろそろ金をとるわよ」

 

幸村ちゃんが絶賛する場所には武田四天王である高坂昌信こと昌信ちゃんがいた。質の良い服を着ているのかと思ったが、百姓の母親のような平凡で地味目、破けている部分を縫い直した箇所がある。

 

「それはないですよ!ここでの食事は幸村の数少ない楽しみの一つなんですから」

 

「はぁ……分かった。それで?何で変態忍者がここにいるわけ?」

 

 

明らかに嫌そうな目でこちらを見る。まったく予想していなかった展開。

 

「幸村ちゃんがとっても美味しいご飯が食べれる場所があるって付いてきたら……ここでした」

 

「ふ~ん。ゆきむ……らって、勝手に人の家にあがるなぁ!ちょ、……もう。今回だけだから。あんたも食べていいわよ」

 

「ありがと昌信ちゃん」

 

女の子の家だというのにまったくドキドキしないという異常現象が現れている。だけど、昌信ちゃんの手作り料理が食べるからそんなこと気にしない気にしない!!

幸村ちゃんグッジョブ!

 

 

……と思っていたが。

 

 

「もう少しでご飯だから、みんな座りなさい。ほら!グズグズしない!」

 

 

広い居間には五人男の子と三人の女の子。計八人の一部の子供が遊んでるというより、暴れていた。その中には幸村ちゃんも含まれている。

 

そして何故か俺はご飯の準備を手伝わされていた。

 

「ま、昌信ちゃんってこ、子持ちなの!?」

 

 

信じられない光景に驚きすぎて震えが止まらず、手の震えで野菜が綺麗に切れるぐらいである。さすがに人妻相手は俺には大幅にハードルが高い。

 

 

「んなわけないでしょ!色々と複雑なのよ。ほら、切った野菜は鍋に入れてちょうだい」

 

 

子持ちじゃないことが分かったことだし、新婚プレイを楽しもうじゃないか!

せっせと、十一人分の料理を次から次へと作っていく昌信ちゃんは姫武将ではなく、ただの女の子にしか見えない。

 

「ねぇねぇお兄ちゃんは昌ねぇとどんな関係なの!」

 

「もちろん昌信ちゃんは俺のこい「そっから先を口にしたら、あんたをバラバラにして犬に食わせる」って関係なんだよ」

 

「つまり……恋人だね!」

 

うんうん。さっきの会話で恋人っていう結果に至る辺り、この娘は将来有望だな。

てなわけで、キラキラとした目で興味深々に関係を聞いてくる女の子は八人の子供のうち長女で、名前は菜々ちゃん八歳!

 

 

「なんでそうなるのよ……。いいからできた料理から運んでちょうだい」

 

「は~い」

 

 

なんというか、ほのぼのしてますな。暖かいというかなんというか。

 

「灯ももういいわよ。ご苦労さま」

 

「はいは~い」

 

もう、このやり取りが新婚過ぎて悶絶ですわ!!

 

 

 

 

「みんな、それでは。いただきます」

 

「「「「いただきます!!!」」」」

 

 

合掌がし終わったと同時に食卓が戦場へと変わった。交じり合う箸と箸。その光景に呆気にとられていると、たちまち、おかずは元からなかったかのように、消え去り、茶碗に盛られていた玄米は強奪された。主に……

 

「さて、返して貰おっか?幸村ちゃん。拒否するなら今、咀嚼してるのを口移しで頂くよ」

 

「ばっびまだすせん」

 

 

飛び散ってる飛び散ってる。頬張りながら顔を赤くされても困るんですよ。はぁ、これは諦めかな。

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 

 

いつの間にか終わっていた夕食であった。さすがに幸村ちゃんから飛び散った食べかすを食べるような底辺の変態ではない俺は大人しく後片付けを手伝った。

 

 

「一口も食べれてないわね。その顔を見ると」

 

一緒に皿洗いをしているのだが、ある程度は変態忍者やら鬼畜変態忍者やらと変態という認識が緩和され、警戒心なく接してくれるようになった。

ちなみにお腹いっぱいになった幸村ちゃんは子供たちと寝ている。

 

 

「油断してたよ。食べ盛りの子供っていうのを……」

 

「ふふっそれはご愁傷さまね。安心して、そう思って、残しといたわよ。あまり量はないけど」

 

な、なんてできた嫁なんだ……。

 

「昌信ちゃん、愛してる」

 

「はへぇ?……ッツ!ふ、ふざけてるとあげないわよ!!」

 

とか言いながら準備をしてくれている昌信ちゃんは女神かもしれない。

 

 

「は、はいこれ。っていっても居間には幸村たちが寝てるし……そうだ、縁側でもいいかしら?」

 

 

「それはまた乙なものですな」

 

軽くあしらわれながら、ようやくありつける食事を食べるべく、移動する。

 

 

 

 

とっくに陽は落ちており、夜になっていた。夜風が気持ちよく吹き、仲良く昌信ちゃんと隣合わせで座る。

 

「では、いただきます」

 

「めしあがれ」

 

 

みずみずしい大根の漬物を食べる。シャキシャキした歯ごたえはこれまた絶品である。次に山菜の和え物。

 

「どう?」

 

「美味い。家庭的なご飯は久しぶりだからとっても美味い」

 

それなら良かった、と昌信ちゃんが微笑む。初めてみた昌信ちゃんの笑顔はやはり可愛かった。

 

とりあえず、酒を取り出す。

 

「……どこからそんなの出したのよ」

 

「忍の服の下は何でも入ってるんだよ。武器も非常食も薬もね。昌信ちゃん、一日お疲れ様でした」

 

これまた取り出したおちょこを昌信ちゃんに渡す。

 

「あまり酒は飲まないのだけど、折角だしね」

 

そう言うと、渡したおちょこに酒を入れてあげる。そして、くいっ、と飲み干す。

 

「ほら、あんたも」

 

可愛い子に注いでもらえるなんて、また酒が美味くなると思いながら注いでもらった分を飲む。

 

 

「あえて踏み込むけど、あの子供たちはどうして昌信ちゃんと暮らしてるんだい?見たところ血縁関係じゃなさそうだし」

 

分かりやすく表情を曇らせた。

 

「無理強いはしないつもりだけど、少なくとも子供たちと接している時の昌信ちゃんは後ろめたさを感じてるように見えるんだよね」

 

「その通りよ。素の私で接したあげたいけど、心のどこかで感じてる」

 

月を見上げ、意を決したように真剣な眼差しで俺の方に顔を向ける。

 

「あの子達は戦で親兄弟を失った孤児。それも私が総大将として指揮をとった戦でね。あの子達はたまたま私が引き取ったかと思ってるけど、違う。意図して私が引き取ったの」

 

「その責任をとるために子供たちを?」

 

「そうかもしれない。でも、あの子達は私と同じなのあの頃の私と」

 

百姓あがりの彼女にとって兵として駆り出された親兄弟や村の仲間が帰ってこないのは普通のことだったのかもしれない。だからこそ、彼女は同じ痛みを持つ子供たちを引き取り、育て、傷を舐めあう。

 

 

「私はどうしたらいいと思う?ねぇ灯」

 

「どうするもなにもないよ。君は優しい。その優しさがあるから今の子供たちがある。後ろめたさなんて感じずに家族のように接すればいい。君がみんなを守ればいい。大切な人を失う悲しみを二度と味わせなければいいんだよ。

どれだけ罪の意識があってもあの子達はきっと、そんな道理を無視して接してくれるよ。君に引き取られ、生活してるうちに子供たちは君を家族だと思ってるよ。そうだよね?」

 

菜々ちゃんが後ろに立っていた。最初から気配には気づいていた。それに、菜々ちゃんにしか出せない答えがあると思うから。

 

「どこから聞いてたの?菜々」

 

眼光が鋭く、菜々を射抜くようにして見つめる。一瞬、後ずさった菜々ちゃんだが、

 

「最初からだよ。昌ねぇごめんね。そんなこと思ってたんだね。本当にごめんね、苦しませて。で、でもね、私は……ううん。私たちは昌ねぇを恨んでなんかいないよ。」

 

「な、なんで!?私は……あなたたちの家族を、こ、殺したようなものよ!」

 

 

耐えられず昌信ちゃんは自分でも言いたくない言葉を口にする。きっと、責められたいのだ。

 

「そうだったとしても、私たちは昌ねぇを嫌いになったりしないよ。昌ねぇは私たちにまた居場所をくれたんだもん」

 

そんなことない、と頭を抱えながら泣きながら、懇願するかのように言う。菜々ちゃんはそっと、近づき、昌信ちゃんを抱きしめる。

 

 

「ありがとう昌ねぇ。昌ねぇは私たちの家族だよ。どんなことがあったとしても、家族だからね」

 

「で、でも……「口ごたえ禁止!」はい」

 

 

どうやら、時として妹は姉より強い時があるらしい。あまりの気迫に俺と昌信ちゃんは目を見開き、驚く。あまりのことに昌信ちゃんは反射的に返事をしていた。

 

 

「だから、さ。これからもよろしくね。昌ねぇ」

 

 

無邪気な笑顔。もしかしたら、どんなありがたい言葉よりも、よっぽど、菜々ちゃんの笑顔の方が力があると俺は思った。

 

 

「うん。よろしく」

 

 

もっと複雑なことになるかと思ったが、俺の心配が杞憂であったということだ。

 

「お兄ちゃんもこれからよろしくね。昌ねぇと結婚するんでしょ?」

 

 

純粋無垢100%の瞳で問いかけられる。たった数時間で菜々ちゃんの中で俺は昌信ちゃんの恋人から婚約者までランクアップを果たしたらしい。

 

どうせ、また昌信ちゃんが全力否定するんだろうなぁ、とお決まりのネタを期待するように視線を向ける。ぱっちりと目が合って数秒。

 

 

「そ、その。あ、あの。……よろしく灯」

 

 

一体俺は何をよろしくされたのだい?はい、もYES!、もOK、も喜んで、も言えずにいると。

 

「す、すぐにってわけじゃないわよ!そのあのほのへぇ~と」

 

「落ち着きなはれ」

 

「あう……」

 

 

ポンと頭に手を置く。艶のある髪はとても気持ちよく触れ続けていたかった。

 

「俺は全国の姫武将に恋と遊戯を与えなきゃいけない。その野望のために返事はできない。ごめん」

 

 

「はぁ……灯らしい野望ね。応援をしていいのか複雑だけど……待ってる。ずっと」

 

「私も待つよ。お兄ちゃん」

 

 

 

もう二度と味わうことがないと思っていた家族の愛。思い出させてくれたことを感謝し、俺は頷いた。

 

 

 

 

 

 

あ、ちなみに寝ている幸村ちゃんを背負って城に帰りました。昌信ちゃんたちも色々と話したいことがあると思うし、お邪魔虫はすぐ退散。

 

可愛い寝顔のお姫様を起こさないようにゆっくり、ゆっくりと歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──もしかしたら家族になるのかもしれない。

 

なら、練習しなきゃ。

 

返事待ってるから『あなた』

 

 

 

 

 

 




武田四天王の高坂昌信ちゃんがこの話の主役というわけで、とても大変でした。だって……原作にまったく出てきてないんだもん!残りの三人も頑張りますのでよろしくお願いします。



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昌景ちゃんは女王様

「灯兄さん朝ですよ。起きてください」

 

天使の囁きと聞き間違えてしまうぐらい天使で天使な天使すぎる声にモーニングコールをされる。

 

「幸村ちゃん、おはよう。よく眠れたかい?」

 

「はい。わざわざ昌信どのの家から送って下さりありがとうございます。その、なんというか……寝顔とか見ました……か?」

 

「昨日の夜は幸村ちゃんを寝室の布団に置いて、そのまま隣で寝たから、たったの一時間しか寝顔が見れなかったよ」

 

自重?そんなもの俺には存在しません。

 

「一時間!?な、なんでそんなに見るのですかぁ!ううっ……。そ、それでどうでしたか?」

 

驚いて怒って恥ずかしがる。と忙しい幸村ちゃん。布団の毛布で顔の下半分を隠し、躊躇いがちに感想を聞いてくる。

 

 

「毎朝見たいと思いました」

 

 

毎朝三時間見て十五分のインターバルを置いた後、二時間見たい。と言いたかったのだが、さすがに犯罪だと思い苦渋の末、心にしまいました。

 

感想を聞いた幸村ちゃんは顔を俺から背けるように立ち上がり

 

「……け、稽古の時間ですので失礼します!灯兄さん!」

 

よく分からないけど怒ってなさそうだし。良かった良かった。

 

 

 

そして一人だけになり、ようやく本題に移れる。

 

「コホン。蔵人ちゃん出てきなさい」

 

案の定、天井の一部が外れて中から蔵人ちゃんが気まずそうにのそのそ出てくる。そのまま自然に正座して俯く辺り、反省はしているようだった。

 

「何が言いたいか分かるよね?」

 

「……いや、ちょっと記憶が抜けてまして。飲み過ぎたのかなぁ~~」

 

 

前言撤回。反省はしてないと思われる。

 

「なら、昨日のことを俺の口から一字一句間違えずに再現してあげよっかな」

 

「堪忍してください!覚えてます!覚えてますから。昨日は私が悪かったです。許してください灯様ァ!」

 

懇願するようにしがみついてくる。

 

「はぁ…。俺はいいけど、ちゃんと幸村ちゃんに謝るんだぞ。互いに死にかけてたんだから」

 

「分かりました……いってきます」

 

少し不貞腐れてるようなので

 

「昨日みたいに悪酔いしないなら今日は俺と飲みに行こっか蔵人ちゃん」

 

「い、いいんですか。禁酒とか命じなくていいんですか?」

 

「欲望を抑えるのは体に毒だからね」

 

「あ"がり"ざま"ぁ!飲みましょ!吐くまで今日は飲みましょう!」

 

「軽く飲むだけだからね。ほら、さっさと仲直りしてきなさい」

 

先程までの不貞腐れはどこえやらというぐらいランランと立ち上がる。

襖を開けてピタッと突然、蔵人ちゃんの手が止まった。

 

「もしもですよ。もし、あの時私が幸村どのを殺していたら灯様はどうしてましたか?」

 

あまり答えたくない質問なのだが、本人の雰囲気から真剣味を感じ、戸惑いつつも考えることはせずに思ったことをそのまま口にする。

 

 

「そうだね。俺の命で蔵人ちゃんを許してもらうかな」

 

俺の答えに蔵人ちゃんは襖から手を離し勢いよくこちらに向き直る。

 

「そんなことは私が許しませんよ!なんで灯様が死ななきゃならないんですか」

 

今までの言動からこの反応は素直に嬉しい。

 

「だって女の子は命はこの世の何よりも大切なものだしね。自分一人の命で蔵人ちゃんが救えるなら安いもんだよ」

 

何かに気づいたらしく蔵人ちゃんは額に手を置き、軽くため息を吐く。

 

「灯様はそういう人でしたね。忘れてました。不躾な質問をしてしまいすいません。えっと、いってきます」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

どうやら自己解決したらしく蔵人ちゃんの顔は少し綻んでいた。

今度こそ一人になってしまったので、城下町へ出発!!

 

 

 

 

 

 

 

自由気ままに城下町を歩いていると見覚えのある人物が店に並んでいる野菜を見極めていた。集中しているせいか、それとも俺の存在が彼女にとって空気と同じのか近づいていっても気づく素振りを見せずにいた。

 

 

「昌景ちゃん何してるの?」

 

昌景ちゃんこと山県昌景。武田四天王の一人で風林火山の『火』を担当する火のごとく苛烈に敵を攻め立てる四天王最強の実力者であり、四天王一の小柄。ちなみに騎馬隊の色である真紅は彼女の考案だそうです。

 

「見て分かりませんの?野菜の品定めですわ。………って!へ、変態露出鬼畜忍者!?!?な、なぜここにいるんですの!?」

 

変態、鬼畜、露出と散々な言われようで心が傷ついていく。どうやら昌景ちゃんは『攻め』だけではなく『責め』にも長けていた。

 

「ぶらぶらしてたら見つけちゃいました。まさに運命だね」

 

「殺意の湧く冗談はやめてほしいですわ」

 

 

ツンデレお嬢様って最高だぜ!しかもロリッ娘ときたもんだ!信玄ちゃんが手元に置きたくなる気持ちよく分かります。

 

 

「昌景ちゃんって良いとこのお嬢様だと思ってたけど庶民的だね」

 

「ふんっ。勝手な想像を押し付けるのはよしてほしいですわ変態忍者」

 

「その呼び名は色々と誤解を招くので違う呼び方はないかな。お兄ちゃんとか御主人様とか」

 

「想像の次は性癖を押しつけてくるんですの。あなたなんて豚で十分ですわ!醜い豚よ!」

 

さすがにそこまで言われると俺も……。

 

「はい!私は昌景様の醜い豚です!」

 

 

従順なる下僕になるしかないじゃないか!

 

「分かればよろしいですわ。さぁ豚、この荷物を持ちなさい。私に奉仕できることを光栄に思いなさい」

 

「は、はい!」

 

丁度いい力加減で頬をネギで叩かれる。

 

「豚なら豚らしく鳴きなさい。理解したかしら?」

 

「ぶひい!」

 

「ふふっ、いい子ね」

 

 

昌景ちゃんものりのりで俺としては嬉しいこと限り無し。この一連のやり取りでお嬢様ではなく女王様としての才能を開花させつつある。

互いにwin-winの関係で楽しんでる時に何か固形物が落ちる音をすぐ近くで聞こえた。

 

「ま、昌景どの、な、何を言ってるん…ですか……!?灯兄さんを、豚って」

 

 

俺と昌景ちゃんは聞き覚えのある声に冷や汗を垂らしながら声の方向へ向く。そこには、

 

「ゆ、幸村はどうしてここにいるんですの!?」

 

「どうしてと言われましても修業後のご飯を……。それより、さっきの会話はなんですか?灯兄さんを豚って呼んだり、灯兄さんも灯で豚のマネをするし……」

 

状況が飲み込めずに頭がパンクしている。が!暴走したように逃げ去っていく。

 

「待ってくれ幸村ちゃぁぁん!!」

 

無情にも俺の思いは届かず、幸村ちゃんは忍顔負けの速さで消えていった。

 

 

やってしまったと後悔していると胸ぐらを掴まれる。今にも泣きそうなほど目に涙を溜めて、爆発寸前といった様子でふるふると震えていた。

 

「ど……どうしてくれるんですの!あれだと私があなたを豚と呼んで楽しんでいると勘違いされてしまうじゃない!」

 

 

「え?違うの?」

 

べしんっ!とまたもやネギで叩かれ心地よい音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでどうしよっか?」

 

片手で持たされた荷物をもう片手でネギで叩かれた頬を擦りながら歩く。

 

「どうするって誤解を解く以外ありませんわ。作戦を練るために嫌々あなたと一緒に歩いているんですのよ」

 

 

「至極恐悦でございます。お嬢様」

 

 

「分かればよろしいのよ。この豚!……ではなく灯」

 

 

やっぱり気に入ってたみたいです。そのことを指摘するとまたネギで叩かれかねないので大人しく言葉を飲み込む。

 

 

「初めにすることは幸村を探すことですわね。心当たりは?」

 

「いくつかあるけど、もっと確実な方法ならあるよ。知りたい?」

 

「もったいぶらず言いなさい」

 

「匂いで探します」

 

想像通り、脱兎のごとく距離をとられる。そして汚物でも見るかのような目で見てくる。

 

「犬!あなたは犬よ!変態犬!」

 

 

「そんなこと言っていいのかなぁ~。別に~俺は誤解を受けたままでも構わないしぃ。むしろ嬉しいしぃ~」

 

 

「ッッッッ!!!!分かりましたわ!非礼を詫びますわ」

 

この上ない嫌な顔をされてしまう。そんな昌景ちゃんに免じて匂いを嗅ぐ。

人にはそれぞれ固有の匂いが存在する。嗅覚以外の機能を停止させることで極限まで一つの感覚を尖らせる。

 

 

「クンクン。こっちだワン」

 

何か言いたげな表情だったけど無視して幸村ちゃんを追う。

 

「匂いが強くなってきたワン。この先すぐのところにいるワン」

 

「よくやりましたわ!犬!」

 

城下町の近くを流れる川の岸に幸村ちゃんはいた。たぶん、相談しようにも誰に相談していいか迷った挙句、悩んだ。ってところかな。

 

「見つけましたわよ!幸村」

 

獲物を捉えたようにギラギラと眼光を鋭くする昌景ちゃん。

 

「知りません、昌景どのが灯兄さんを豚と罵って快楽に満ちた顔をしてたなんて知りません!」

 

自分から自白してくれてありがたい。今にも襲いかかりそうな昌景ちゃんを手で制して、俺が誤解を解こうと幸村ちゃんに近づく。

 

 

「幸村ちゃん聞いてくれ。あれは俺と昌景ちゃんの絆を深めてたんだよ。相手を罵ることで真の絆が築かれるんだよ!」

 

自分でも何を言ってるのか分からない。アドリブには弱いことを知りました。

 

「そうだったんですか……。な、なら!この幸村も灯兄さんを豚!と呼びます。昌景どのだけ抜け駆けはさせません」

 

どうやら事態はますますややこしくなってしまったようだ。俺だけ。

 

昌景ちゃんは呆れ、幸村ちゃんは今も豚、豚野郎、と必死に絆を深めてくれている。

 

「灯。私は何も悪いと思ってないのだけれども、とりあえず、ごめんなさいですわ。」

 

「いや、自業自得だよ。これは」

 

 

深くため息をつくと、やれやれといった様子で昌景ちゃんは、素直に罵詈雑言を繰り返している幸村ちゃんの方へ向く。

 

「幸村。灯が言ったことは嘘ですわ」

 

 

昌景ちゃんの言葉と共に幸村ちゃんは石像のよう固まっていた。

 

 

「相手を罵って絆が深まるわけないですわ。さっきのは灯の冗談。本当はちょっとした喧嘩みたいな、ものかしら」

 

 

目線をこちらに向け、同意を求めてくる。なぜ俺はこんな簡単な言い訳すら思いつかなかったのか。くっ、幸村ちゃんが可愛いせいだ!

 

「そうだったんですか。でも、灯兄さんが嘘をつくなんて酷いです」

 

「ごめんね幸村ちゃん。後で抱擁してあげるよ」

 

 

反省という言葉を知らないんですの?と昌景ちゃんから一言言われ、足を踏まれる。

 

 

 

「抱擁は後でしてもらいます灯兄さん!心がスッキリしたので御館様のところへ戻ります!では!」

 

 

嵐のように騒ぐだけ騒いですぐに立ち去ってしまってた。抱擁するのは確定らしい。

 

そして残ったのは静けさだけだった。

 

「ん~どうしよっか?」

 

「そうですわね。お昼でもどうかしら?」

 

「喜んでお供させていただきます。お嬢様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──次は踏んであげようかしら。ふふっ

 

 

 

 

 




お久しぶりです。騎士見習いです。
なんとか投稿することができました。これからも不定期なのでよろしくお願いします。

武田四天王編は一旦終わりだと思います。


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ほんわか忍者 佐助

「それでは!かんぱぁぁい!!」

 

酒器を掲げ、打ち付ける。かこん、と鈍めの音を響かせる正体は『枡』である。軽めに飲むという今朝の発言を覚えているのか疑いたくなるほど挑戦的な飲み方をし、ぐびぐびと飲んでいる。

 

 

「くぅぅぅ~~身に染みますぅ~~」

 

 

全身を震えさせ体全体で美味しさを表現している。そんな無邪気な動作を見ると指摘する気力も削がれてしまう。相変わらず蔵人ちゃんには甘いな、と反省しながら俺も枡を傾ける。

初めて飲んだ頃と違い、今は清酒の美味しさを知っている。あ、ちなみにおつまみはスルメと豆腐、煮物です。

 

 

「いやぁ灯様も良い飲みっぷりですね。やっぱり、強いほうですか?」

 

 

「強いほうだと思うよ。段蔵姐さんとか師匠の飲み相手になったりしてたから飲み慣れてるんだよね。初めは不味いし喉は焼ける、翌日は吐き気と頭痛が酷かったり散々だったよ。」

 

 

そのおかげで今、こうして楽しい時間を過ごせてるから後悔はない。

 

話は変わりますけど、と前置きをする蔵人ちゃん。

 

 

「次はどこに行くんですか?灯様のことだから、そろそろ甲斐を出発すると思ってるんですけど」

 

 

奥州からずっと一緒にいるだけあって俺の考えてることが筒抜けになりつつある。近い内にこの溢れんばかりの蔵人ちゃんと一夜を過したい欲求も理解してくるに違いない!

 

 

「やっぱり相模ですか?ここから近いですし。ま、まぁ相模と言えば『風魔』ですしね。あ、いえ、会いたいなぁ、なんて全く考えてませんから」

 

 

後半の私欲は無視するとして、近いという利点、そして北条氏康ちゃんは貧乳!!絶対零度のような冷たい目つきは癖になるとかならないとか。とても、行きたいけ……

 

 

「俺自身も残念だけど相模には次行かない。次は──尾張に行きます」

 

 

「と、言いますと。織田信奈ですか。これまた癖がありそうな……」

 

 

この先の展開を想像してなのか表情が若干面倒くさそうになっている。

 

俺の本当の目的は未来人である相良良晴。未来からの知識を用い、織田信奈の天下統一事業の一片を担っている。

 

──相良良晴はこの時代に何を求めるのか

──相良良晴はこの時代に何を与えるのか

──相良良晴はこの時代に何を成すのか

 

同じ未来から来た俺は真意を聞く義務があると思う。

 

 

 

「あまり面倒ごとは起こさないようにするから。尾張には知り合いがいるしね」

 

 

「尾張に知り合いって……その方は忍ですか?」

 

 

枡に入っている清酒の水面に映る自分を見ながら修行時代を思い出す。

 

 

「普通の姫武将。今はそれなりに良い地位に付いてるんじゃないかな。尾張に行ったら紹介するから」

 

 

この話に一区切りついたので俺の方の本題に入る。追加の酒を頼もうとしている蔵人ちゃんに鋭い視線を向ける。

 

 

「幸村ちゃんと仲直りした?」

 

 

発せられるはずだった言葉を飲み込んだ蔵人ちゃんはギギギ、と錆び付いてるかのような硬い動きでこちらを向く。

 

 

「………一応……したと、思います」

 

 

本人が謝罪なのかすら不確かだということがあるのだろうか………?

詮索しようにも俯いていられると表情が読み取れないので嘘か真実か見分けることができない。

 

 

「コホン。まあ謝罪らしいことはしたと思うから、その件は終わりにしよう……か、な」

 

 

甘い言葉を餌に蔵人ちゃんの様子を見る。

 

ふむ、反応がない。これは初めてのパターンだ。いつもなら『ほんとですか!いやっほぉぉ!!祝い酒飲みましょ!!!』ぐらい言っても不思議じゃないんだけどな。

 

突然、蔵人ちゃんは両肩を細かく刻むように震えている。

 

 

「あら、灯と世良じゃない」

 

 

声をかけてきたのは昌信ちゃんである。それだけでなく隣には昌景お嬢様に幸村ちゃんがいた。いつもと違い服装は軽装で体のラインがはっきりしていて実にエロい。

 

「昌信ちゃん大丈夫なの?!奈々ちゃん心配してない!?」

 

 

「大丈夫よ。勘助様が見てくださってるから。月に一回、こうやって羽目を外しているの。普段は一人なんだけど、偶然幸村と昌景と会ったの。それと、奈々たちの心配してくれてありがとう。……あなた」

 

 

「ははっ、気が早いよ昌信ちゃん」

 

 

「あら、そうかしら?私はいつでも夫として迎えて何でもしてあげる覚悟はあるわよ」

 

 

挨拶のような会話で互いに笑い合い、ほのぼのとした一時を味わう。

 

 

「ちょ!この、ぶ…ではなく、灯!私を無視するとは良い身分ですわね」

 

 

俺と昌信ちゃんのイチャラブ空間を消し去るかのように昌景ちゃんが割って入ってきた。とても不機嫌で危うく豚と俺を呼ぶ寸前であった。

 

 

「ごめんごめん。昌景ちゃんも飲みに?」

 

 

「そうですわ。昌信がしつこく誘ってくるから仕方なく付き添っただけですけど」

 

 

先程の言葉と噛み合わない結果に混乱するが、ツンデレな昌景ちゃんだから、きっと、昌信ちゃんが飲みに行くことを知って、遠回しに行きたいって伝えたのだろう。

 

 

さて、俺が今、一番心配なのは幸村ちゃんである。普段なら俺の胸に飛び込むぐらい、はしゃぐはずなのに。それと、謝罪した者とされた者が一堂に会している状況に緊急事態発生の予感を感じる。

 

 

「蔵人どの!」

 

 

いきなり呼ばれ、蔵人ちゃんの体は大きく跳ねる。そして、ゆっくりと顔を上げ幸村ちゃんの方を見る。なぜか、顔は真っ赤であった。だが、その赤みは酔いによるものではない。

 

 

「この幸村、蔵人どのを勘違いしておりました!今朝方の蔵人どの思い、確かに幸村の心を撃ち抜きました!ですが、幸村も負けません!これからは同じ目的を持った友として高め合っていきましょう!」

 

 

 

う~ん話がまったく見えてこない会話に俺を含め昌信ちゃん、昌景ちゃんはついていけてなかった。

 

 

「えっ~と、幸村ちゃん。今朝は蔵人ちゃんと何があったの?」

 

 

疑問を投げかけると幸村ちゃんは目を輝かせ、自慢でもするかのように成長中の可愛らしい胸を張る。

 

 

「ふふん。それはですね!蔵人どのと幸村がどれだけ灯兄さんを「あぁぁーー!!!やめてくださいぃいーー!!!」」

 

 

思い出したかのように蔵人ちゃんは頭を抱えながら上下左右に振り、ますます顔が赤く染まる。

 

 

「幸村どの!あれは二人だけの秘密だと言ったじゃないですか!」

 

 

「恥ずかしがることなんてないですよ!蔵人どのから、あんなに灯兄さんの良いところを表した言葉を聞いたら……もう!」

 

 

「熱いも想いも関係ありません!!やめてくださぁぁいぃ!!」

 

 

流れる動作で地面へと倒れ込み、その場を耕すような勢いで転がっている。やめてぇ~、だの、その場の勢いぃ~、だのと悶えている。

 

 

「あ、そうそう灯」

 

 

蔵人ちゃんを気にせず昌信ちゃんが思い出したかのように話し出す。

 

 

「佐助から言伝預かっててね。たった一言『遊ぼ』だってさ。意味分かる?」

 

 

『遊ぼ』その一言はとても懐かしい響きだった。記憶を呼び起こしながら立ち上がる。折角、楽しくなりそうだった飲み合いをやめなければいけないことが残念だが、

 

 

──行くしかないか。

 

 

 

「ごめん!これから行かなきゃいけない所があるから先に失礼するよ。一緒に飲んで、みんながベロベロになって警戒心が消滅したのを見計らって☆※♂§★●なことをしたかったけど、また後で!!」

 

 

これ以上ない嫌悪を抱いてる表情で見送られながら俺は佐助の元へ向かった。

え?みんな正直者好きだよね?確実に色んなものに引っかかる言葉を言ったのがダメでした?

 

 

 

 

 

 

「はぁ……あんな忍のどこを好きになったのか自分を疑いたくなるわね。はぁ。あなたもでしょ?ね?世良……いや、蔵人ちゃん」

 

 

変態忍者は颯爽と消え、あたしが蔵人ちゃんに問いかけると、

 

 

「ふぇ……?!?!す、すすす好きになんてなってませんよ!!…………私には今のこの気持ちがなんなのか分からないです……。胸が締め付けられるような、この気持ちが………」

 

 

「あら、そんなことも分からないなんて無知ですわね。それはムぐぐぐぐ」

 

 

お邪魔虫を黙らせるために口を手で塞ぐ。目で合図を送り、喋るなと警告する。大人しくなったことを確認した後、手を離す。

 

 

「はいはい。野暮は良くないよ昌景。ごめんなさい、あなたが灯を好きだなんて、あたしの思い違いだったわ。……蔵人ちゃん、その気持ちは、きっと、これからの灯との野望の旅で答えがでるはずだから。今は忘れて、あたしたちと飲みましょ!!!」

 

 

本人が違うというのなら、それは違う。でも、時が経ち、自分の本当の気持ちに気づいた時、やっと女の子になれる。

 

近すぎるが故に気づけない。

 

近いようで遠い、というのはまさに今この目の前の状況なんだろうな。

 

 

「主人!お酒お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹やぶに一人、ポツリと佇む。町での騒ぎの後だと一層静けさが際立つのを感じる。

いつぶりだろうか。佐助との修行で使っていた場所。あの頃は段蔵姐さんとは違う辛さをここでは味わった。目を閉じ、夜風に揺れる笹の葉が織り成す一連の音を聴く。

 

 

「もうちょっと遅く来ると思ってたんだけど、早く来るなんて関心関心」

 

 

目を開け、陽気な声の方向を向く。月明かりに照らされながらゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。

 

 

「それが人を呼んどいて待たせる人の台詞じゃないと思うけどね」

 

 

「あははっ。それはそうかも」

 

 

ごめんね、と謝られながら目の前に到着する。

 

 

「そろそろ甲斐から旅立つでしょ?」

 

 

「そのつもりだよ。それを予測して呼び出したって訳だろ。しかも俺にしか通じない言葉を使って」

 

 

「余計な邪魔を入れないための保険だよ保険。だって、今からすることは邪魔者なしの真剣な試験なんだから」

 

 

そうだな、と真剣な声音で返す。それを心の準備はできていると受け取った佐助も滅多にしない忍の表情に変わる。

 

 

「今回は餓死するまで終わらないからね。───それじゃあ始めよっか。『かくれんぼ』」

 

 

 

 

 

「一、二、三………」

 

 

『かくれんぼ』子供たちの遊びの一つとして親しまれている。ルールは簡単。隠れる者と見つける者の二役に分かれる。見つける者を鬼と呼ぶ。鬼は目をつぶり十を数え、それから隠れている者を見つける。誰もが知っていることだ。当然、時間が経てば勝敗がどうであれ終了する。

 

だが、佐助の『かくれんぼ』は違う。見つかるまで終わらない。修行時代に挑戦したが何も食わず、事前に渡された水だけで一週間探し続けたが、佐助の『技』よって誰を見つけるのか分からないまま倒れた。

 

 

「九、十。もういいかい?」

 

 

いいよぉ~と全方位から反響するように聞こえてくる。

普通はこのやり取りで大まかな居場所を把握できるけど、やっぱり期待するのは良くないな。佐助から教えてもらったけど、いざ使われると厄介極まりない。

 

 

「さて、どうしますかな」

 

 

 

人を見つける原則として気配、息遣いを聞くことが必要だと、俺は学んだ。けど、佐助には通用しない。彼女には気配が存在しない。謙信ちゃんのように殺気がないから気配を感じることが出来ないとは違う。

 

 

───彼女は生まれつき存在感がない。

 

 

世間一般では影が薄いと言われることだが、忍として極めた佐助の存在感は『消す』ではなく『消滅』すると言った方が正しい。時間が経つにつれて佐助の存在自体を忘れてしまう。記憶から佐助を忘れてしまう。誰を見つけるのか分からなくなるが、探さなければいけない、という呪縛に囚われ続ける。

 

不思議極まりないが身を以て知っているので否定することができない。

 

 

なら、記憶から消える前に探せばいい。……が、それは無意味である。存在を認識できなければ、視覚で捉えることは無理である。

 

 

「俺は誰を探して……違う、佐助を探してるんだ」

 

 

数分経った時、俺の記憶が消え始めた。

予想以上に記憶の消滅が早い。あっちも本気ってことか……。けど、焦る必要はない。佐助がどこにいるのか、確実という訳では無いけど、きっと彼女はそこにいる。

 

 

軽い動作で後ろに振り向く。当然のように佐助の姿なんてなかった。だが、俺は何もない空間をそっと、ガラス細工を触るように優しく抱きしめる。

 

始めは温度も質感も何も感じなかった空間が次第に熱を持ち、柔らかい感触に変わり、見慣れた人物が浮き上がってきた。

 

弧を描く長い茶髪の女性も俺の腰に手を回し互いに密着するように抱き合う形になっている。

 

存在感がない故に彼女は誰よりも孤独の辛さを知っている。

 

 

「お前はあの頃、ずっと俺を見守ってくれてたんだろ?」

 

 

修行時代、毎度毎度、佐助はタイミング良く現れる。思い返してみれば偶然では片付けられないことがあった。俺が孤独や後悔の念で押しつぶされそうな時に限って、姿を見せ何気ない会話で気を紛らわせてくれる。

 

何度も彼女に救われてきた。

 

 

「あはは~気づかれちゃったかぁ~」

 

 

愛らしい糸目でこちらを見て、照れ笑いを浮かべる佐助。彼女の周りの空気が太陽の陽射しのようにポカポカとほんわかしていく。

 

 

「遅いぐらいだろ。修行の時に気づかないなんて鈍感!って説教受けるかと思ったけど、何もしないでいいのか?」

 

 

「何もって……今こうして灯の心音をすぐ近くで聞いてるよ~。それだけで十分。説教はまた今度」

 

 

なるほど、説教は確定だと。

 

 

「俺の心臓がこうして動いていられるのは『彼女』がいたからだよ」

 

「まだ……ううん。忘れられるはずないもんね。命の恩人を……。……敵を」

 

 

先程と変わって寂しげな表情をこちらに向けてくる。言いたいことは分かる。

 

 

「命の恩人か……それもある。けど、彼女は何もない俺に───恋を教えてくれた。だから、復讐をする。これから進む道が人から外れる道だろうと、ね」

 

 

そっか、と納得するように回されていた腕の力が解け、互いに向き合える距離になる。

 

 

「灯は試験に合格した。だから、もう師弟関係なんてない。灯にどうこう言う権利もないけど、一人の女性として……」

 

 

温かく、柔らかい確かな感触が俺の唇に触れる。咄嗟のことに思考が回らなくなり何もできなかった。普段から誤魔化すような笑顔を浮かべる佐助からは想像できないほどの真っ赤に染まった顔。

 

永遠にも感じられる時間が静かに流れていき、名残惜しさを残すように終わりを告げる。

 

 

 

「存在感がない私はずっとずっと寂しくって現実から消えたかった。でも、君と出会ってから気付かされた。存在感がない私の存在を認めてくれる人たちがすぐ近くにいたことを」

 

 

能天気とか思っていた俺には彼女が語る言葉は驚きだった。

 

 

「君は、忍として人を殺めることしかできなかった私に遊戯を教えてくれた。お館様や幸村、武田四天王のみんなとの楽しい毎日をくれた。それから、君への感謝は私にとって恋に変わった。だから……だから……」

 

 

彼女の目から涙がこぼれる。たくさんの感情が渦巻いているに違いない。

 

「佐助、聞かせてくれよ」

 

 

ただ一言。彼女の心に灯火を灯すように優しく。

 

 

 

「私は─────」

 

 

 

目元をゴシゴシと擦り、涙を拭く。顔に負けないぐらい真っ赤に腫れた目元。だけど、笑顔だった。

 

竹林の隙間を縫うように差す月光が彼女を照らしていた。

 

誰もが思うだろう。今の彼女は『かぐや姫』のようだと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──私はずっと、君のために存在していくよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ども、騎士見習いです。クリぼっちで悲しくって一人寂しく書き上げました。

拙い文章でしょうが、年末年始の暇つぶしぐらいに読んでください。

次回で甲斐編は終了です。灯の修行時代編は書くかは微妙です。

では、あらためまして読んで下さってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

感想、意見もよろしかったら気軽にどうぞ。





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さらば甲斐

「来るもの拒まず。去るものは人によっては拒む!それが武田の流儀だッ!」

軍配を突きつけながら悪い笑みを浮かべる信玄ちゃん。

お別れを言いに来たら最後の最後でとてもめんどくさいことになりつつあ〜る。俺と同じことを思ったらしく蔵人ちゃんの顔はげっそりしていた。

 

 

「勝千代ちゃん酷いよ!ここは気持ちよく送り出してよ!」

 

「灯様の言う通りですよ!勝千代様」

 

 

「ッッ〜!!お、お前ら勝千代って呼ぶな!!」

 

 

顔を赤くしプルプルと震えている激カワ信玄ちゃん。

 

「あぁ〜〜!!もういい!骨の一本や二本は覚悟しろよ!」

 

 

突如バトルモードに入ってしまい、視線を上に向ければ嵐のような周りを巻き込む勢いで軍配が振り落とされてくる。

 

「灯様ッ!!」

 

 

必死な蔵人ちゃんの声を支えにし右拳で軍配を殴る。接触した瞬間木の板でできた床はひび割れ襖は吹き飛ばされる。手甲をしているにも関わらず骨の髄まで痛みが響く。

 

 

「こんなの喰らったら死んじゃうよ信玄ちゃん!?」

 

「なぁに受け止めたんだ。気にすることはない」

 

 

極端すぎる結果論に苦笑しながら左拳を打ち上げるように軍配を突く。軍配が信玄ちゃんの手から離れ浮き上がる。一息つきたいと思った瞬間に左から首を狩るように刃が不気味な光沢を放ちながら向かってきていた。

先程まで何もなかった空間から短く切られた茶色の髪が現れたと同時に佐助が現れた。

 

 

「油断禁物だよ」

 

 

今まさに死にかけているが心の中は焦っていなかった。刃が届こうとした時にガキン、と鉄同士がぶつかり合う鈍い音が響く。

 

 

「佐助どの髪型変えました?とてもお似合いですよ」

 

 

間一髪のところで頼れる相棒!!

 

 

「どうも、ありがとっ!」

 

 

佐助は勢い良く後ろに飛び置き土産と言わんばかりに手裏剣を投げてくる。蔵人ちゃんの襟元を掴み手裏剣の軌道から外れるように移動させ、的が消えた手裏剣は床に突き刺さった。

 

 

「あたしを忘れるなよ」

 

 

信玄ちゃんの手には軍配ではなく刀が握られ、先程と同じように切り裂くように上段からの一撃がくる。手甲で受け止められるわけが無く万事休すかと思う一面。だが、違う。

 

 

「んな!?」

 

 

本来なら俺を真っ二つにしている筈の刀が寸前のところで何かに阻まれたかのように止まる。

 

 

「段蔵姉さんから教わっといてよかったよ」

 

 

信玄ちゃんの刀の刃は蜘蛛の糸のように張り巡らせられた何本もの糸が絡まっていた。気にせず押し込もうとするが壁に阻まれているかのように動かせずにいた。

 

 

「ふ〜ん、私の前で段蔵の技を使うなんてさぁ〜。殺される度胸があるってことだよね?」

 

 

さすが犬猿の仲だけあって技を見ただけで佐助らしからぬ凄まじい殺気を放つ。

さすがに馬鹿正直に相手をするのは骨が折れると思い、

 

 

「修行の成果を見せる時だよ!蔵人ちゃん!」

 

 

「がってん!」

 

 

蔵人ちゃんの両手にはいくつもの煙玉が握られ一斉に部屋一面を白く染めた。

 

 

「そんな子供騙しが効くと思っているのか?」

 

「もちろんそんなの百も承知だよ」

 

 

これだけ部屋に粉が舞っている状況ならやることは一つしかないでしょ!懐から火打石を取り出し後先考えずに発火する。

城全体が震えるような爆音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

城下町の家々の屋根を足場にぴょんぴょんと飛んで移動する。

 

「いやぁ〜成功したねぇ」

 

 

「あれだけの実験の成果が出てきて良かったですね」

 

 

暇つぶしの一環として粉塵爆発の絶妙な威力を検証に検証を重ねた結果、死なずかつ逃げることのできる身体の状態を保つ爆発を生み出した。だが、欠点が一つだけある……めちゃくちゃ痛い!二度としたくないね!

 

 

「めんどくさいのも終わったわけですし、ちゃちゃっと甲斐から去りましょ」

 

 

蔵人ちゃんの言葉を肯定してあげたいところだが、そうは問屋が卸さない。待っていたと言わんばかりに目の前に立ちはだかる四人組がいる。

 

 

「遅かったわね」

 

「ここからさきはぁ〜」

 

「通しませんわよ!」

 

「……え?、内藤修理には台詞はないんですか!?」

 

 

ふ、不便すぎるよ修理ちゃん……。目からこぼれ落ちそうな涙を我慢する。

 

 

「お見送りってわけじゃなさそうだね」

 

「もちろんですわ。無駄なお喋りをして頭を叩き割れないように注意しなさいな」

 

 

意味ありげな言葉を言い放つや、ほんの少し視界が暗くなり、目の前にいたはずの一人がいないことに気づく。ゴンっ、と鈍い音がしたと同時に頭に信じられないほどの激痛が走る。視界はチカチカと真っ白く覆われ糸が切れた糸人形のように力なく倒れる。

 

 

「灯様!灯様!しっかりしてください!」

 

 

元気に返事をしてあげたいところだけど脳震盪を起こしてるらしく体に思うように力が入らない。どれだけ修業を積んでも万能になれるわけではない。

 

う〜ん数分は復帰できないかなぁ〜。ごめんね蔵人ちゃん。

 

 

 

 

女性に対しては注意力がお粗末になるのがこんなところで仇になるなんて……。

一秒でも早く復活するように額に薬草を塗る。先程よりも表情が少しだけ穏やかになったように感じ一安心する。灯様だから数分で動けるようになる。その間に……

 

 

「殺す」

 

 

血が冷たく感じる。五感が研ぎ澄まされる。標的は四人。右手にクナイを持ち臨戦態勢をとる。

 

 

「あちゃ〜遅かったかぁ〜」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえる。爆発に巻き込まれたはずの佐助どのが焦げ臭さを残しながら現れた。

 

 

「まさかこんな短時間で追いつかれるとは思いもしませんでしたよ」

 

 

「ふふん。真田忍軍を舐めてもらちゃあ〜困るよ〜。そこで伸びてるのと違って油断はしないからね」

 

 

きっと今頃灯様はぐうの音も出ないで反省してると思う。そんなことを思っていても今の状況か絶望的なのは変わらない。

 

 

「信玄様は後のことは任せると私に一任してくださった。さて、蔵人ちゃん。5対1だよ?大人しく投降してくれると助かるんだよねえ」

 

 

「そうですね。そうした方が互いに良い結果になるでしょうね」

 

 

「うんうんそうそう。話が早くて助かるよ。私でも蔵人ちゃん相手だと手加減できずに殺しちゃうかもしれないから」

 

 

「でも……今は違います。灯様の影響で私も底意地の悪さが染み付いちゃいましたよ。万に一つの可能性があるのなら私は死なない程度に頑張るんです!」

 

再び構え直し数分間の時間稼ぎをするために全神経を研ぎ澄ませる。

 

 

「そっかあ〜。それなら……死なないように気をつけてね」

 

 

前から四人。後ろから一人。腕の一本を覚悟し受け止めることに全てを注ぐことを意識する。

技量と速さから佐助どのの攻撃が先に来ると予測したが私の考えを読んだように武田四天王の時間差攻撃に合わせるようにクナイと手裏剣を放ってくる。

 

全てを避けることはできない。佐助どのの攻撃だけを受けることだけは気持ちが許さない。だから心の中で灯様に謝りながら向かってくるクナイと手裏剣を撃ち落とすのと同時に受けるはずだった攻撃箇所から鈍器と金属がぶつかる音が二箇所から聞こえた。

 

 

「未来の夫の野望には彼女が必要不可欠なのよ。それに……」

 

「ここで見捨てたら彼女の初々しい恋の先行きが気になって夜も寝れませんわ」

 

 

昌信さんの短刀が木槌を止め、昌景さんの鉄扇が石つぶてをはじき返す。今の光景に危機が去ったのか安堵していいか分からない。

 

 

「あれれぇ?これはどういうことかなぁお二人さん?」

 

「どうもこうも、さっき言った通りよ」

 

 

私の初々しい恋? ち、ちがっ、!?言葉の意味を理解した瞬間、頭が沸騰しそうになる。

 

 

「いやぁ〜まいったまいった。でも、これで五分五分といったところかな」

 

 

「ふんっ。相変わらず思ってないことを言うわね。佐助の相手、任せてもいい?蔵人ちゃん」

 

 

「もちろんです!」

 

 

互いに敵対する者と向き合う。一瞬でも目を逸らしたら確実に殺られると長年の経験が警告を出す。灯様が言ってた通り、殺意を感じないのが不気味でしょうがない。次の瞬間、目を離していないにも関わらず目の前から佐助どのが消える。

 

 

「はっ!」

 

 

振り返りながら何も無い空間を斬りつけると確かな手応えを証明するように甲高い金属音が響く。そして姿を現す。

 

 

「あれれ?どうして分かったのかな?」

 

 

「簡単な話ですよ。今この場には戦意、警戒心などなど多くの気配がビンビン伝わってるんですよ。そんな場所に突然、気配がない異物が紛れ込めば一瞬で分かりますよ」

 

 

半分ぐらいは死を覚悟してたけど、ものは試しようってことですね。

 

 

「だてに奥州の黒脛巾の組頭をやってるだけあって一筋縄にいかないねえ。……うん、楽しくなってきたねぇ」

 

 

どこにいるかが分かっても、どこから刃が向かってくるかは読めない。さっきのは運が良かっただけで次はどうなるか分からない。

 

 

「そ〜ろそろ灯が復活するだろうけど、灯と協力して私を倒しちゃうのかな?」

 

 

灯様となら倒せる可能性が高い。自ら殺されるような馬鹿な手段をとるような私じゃない。でも、

 

 

「勝算がなくても全力が出せる今の機会を逃したくない」

 

 

 

 

「よしっ!なら蔵人ちゃんに任せちゃうかな」

 

 

なんだか懐かしい気がする。そう思えるほど、ずっと一緒にいたからなんだろうか。それでも、彼の言葉は熱を帯びていて、私の心を暖める。

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ〜〜復活じゃ〜!!」

 

 

 

 

額からは血が垂れているがスゴく痛い。周りに誰もいなかったら悶えてるがカッコ悪いところは見せられないので我慢。

 

 

「それじゃあ蔵人ちゃん。佐助をよろしく!」

 

 

「いやぁ〜やっぱり一緒にどうです……か?」

 

 

先程までの威勢はどこへやら。

 

「お断りしますぅ〜。それに、どうやら俺を待ってる人がいるらしいし、ね」

 

 

視線を佐助に向けるとニヤリと俺の予想を肯定するように笑みを浮かべる。

 

「今のあの娘は以前よりも格段に強いから気をつけるんだよぉ〜灯。さてさて蔵人ちゃん、互いに殺しの限りを尽くすぞぉ〜。おぉ〜!」

 

 

「嫌です!お断りです!帰ります!」

 

 

真反対の心境の二人を放っていくのが少しばかり心配だが行くしかない。

 

 

「んじゃ、がんばって蔵人ちゃん」

 

 

怨嗟のような恨み言が聞こえてきたが無視して走り出す。

 

「昌信ちゃん、昌景ちゃん。本当にありがとう」

 

 

通り過ぎざまに一言、感謝の念を伝える。それだけで二人には全てが伝わったのか分からないがそれでも、鼓舞するかのように金属音を響き渡らせた。

 

 

 

 

 

 

最初に通った竹林には十文字槍を携え今までとは違う覚悟を持った黒髪ポニーテールの幸村ちゃんが待ち構えていた。

 

 

 

「素直に通してはくれなさそうだね。幸村ちゃん」

 

 

「当たり前です灯兄さん。ここを通りたかったら私を倒してください!」

 

 

未熟な者が成長していくのを見るほど楽しいことはない、と師匠たちが言っていた。こうして実際に自分の目で時が刻むごとに成長する彼女の姿を見ると師匠たちの気持ちがよく分かった。

 

今まさに、未熟な火は炎となり、いつの日か炎焔へと成長するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯様がいるってことは勝ったんですよね?」

 

 

甲斐から離れ、尾張へ向かう道中に無事にボロボロになった蔵人ちゃんが座り込んでいた。

 

 

「ん〜それはどうかな?」

 

 

「なんですかその曖昧な答えは……。ま、まさか逃げてきたんじゃ!?」

 

 

「大丈夫!大丈夫!それはないから!!試合に勝って勝負に負けた、かな。ま、まぁ!蔵人ちゃんは無事に勝ったんでしょ?」

 

 

半ば強引に話題を逸らしながらも気になる蔵人ちゃんのことを聞く。

 

 

「最後の最後に情けをかけてもらいましたが。勝ちは勝ちです」

 

 

想像を絶する戦いがあったんだろうと脳内で補足する。

 

 

「灯様ぁ〜疲れたからおんぶしてください」

 

 

普段なら断るところだけど今日ぐらいはワガママの一つぐらい聞いてあげることにしよう。急ぐ旅でもないわけだし。

 

 

「ほれ、どうぞ蔵人ちゃん」

 

 

本当にしてくれるとは思っていなかったらしく、きょとん、と目を丸くしていた。自分から言っときながら恥ずかしがってる蔵人ちゃんだが、素直におんぶされてくれた。

ほのかな暖かさを背中で感じながらゆっくりと歩き出す。

 

 

「それじゃあ行こっか。いざ!尾張へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また挑みに来て欲しい。それまで決着はお預けかな』

 

 

『絶対に挑みます!そ、それで灯兄さんを倒したら……しし、しししゅ、祝言を行います!!ま、負けたら、お嫁さんになります!!』

 

 

 

思い返すだけで大胆なことを言ったと思う。目標であり愛する人でもある彼にいつか追いつける日を夢に見る。

 

 

──共に人生を歩ませてください

 

 

 

 

 




甲斐編が終了しました!後半はやや駆け足でしたが灯と蔵人ちゃんがどんな闘いをしたのかは想像で楽しんでください。け、決して書くのが疲れたなんてありませんから!!

さて、ついに物語は尾張!乞うご期待!!


では、あらためまして読んでくださってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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