神々の戦争 (tuki21)
しおりを挟む

第1話:這い寄る非日常

 地獄があるならば、ここ(、、)こそがまさにそうだ。

 当時まだ九歳だった岡崎和輝(おかざきかずき)は、その地獄をただ歩いていた。

 上を見て、それから周囲を見た。

 世界は黒と赤に色分けされていた。

 空の黒と、大地の赤。

 周囲は燃えて、燃えて、燃え堕ちて。

 まさしくここは灼熱地獄。罪のある者もない者も、等しく焼け死んでいく。ただそれだけの場所。

 そんな中を、歩いていく。

 まだ十歳にもならない子供の歩幅は小さく、歩みは遅々として進まない。

 その歩みの間にも、あらゆる音が耳に届く。

 呻き声。

 死に瀕した人たちの断末魔、死にきれない人たちの助けを呼ぶ声。救われないことに対する嘆き。

 それと同時に、視界に映るモノたち。

 全て元々人間だったなんて信じられない。もしかしたら今日の昼間、学校から帰る途中にあいさつしたおばさんたちかもしれないなんて信じられない。

 赤ん坊みたいに丸まって、黒く炭化した誰か。全身重度の火傷で、服も癒着してしまったのに痛みで気絶もできず、死ぬまでの呻くことしかできない誰か。

 炎ではなく崩れた瓦礫に潰された誰か。煙に巻かれ呼吸困難になった後に熱を持った空気で肺を焼かれ、苦しみぬいて死んだ誰か。

 すべて、振り切るように無視して先に進んだ。もしかしたら、この地獄に終わりがあるんじゃないかと思って。

 進み、進み、そして倒れた。

 仰向けに倒れ、空を見る。

 熱かった。でも寒かった。当時の和輝には、血を流しすぎたためだとわからなかった。

 苦しかった。喉が渇いて、犬みたいに舌を出した。

 左のほうからがたがたを音がした。身体はほとんど動かなかったので苦労して首だけをその方向に向ける。

 焼け落ちた家が見えた。その中も。

 

「――――――!」

 

 見えた。見えてしまった。

 焼け残った人。たぶん(、、、)女の人。そして、たぶん(、、、)、知ってる人。

 

「おかあ……さん……?」

 

 呟いた声は自分の耳にも聞こえぬほどに小さなもの。だが幼い和輝は己が必死になって歩いていても、結局は同じところをぐるぐる回っていただけだったのだと気付いた。

 なんと滑稽か。地獄から逃げ出そうとして、結局元の場所に戻ってきてしまった。

 逃げ場などない。行ける場所などない。お前はここで、周囲の者たちと同じように死んでいくしかないんだ。

 自分の心の中の冷たい部分がさっきから声を上げている。いつの間にか聞こえてきた、嫌な声。

 ――――楽しい(、、、)楽しいなぁ(、、、、、)。こんな危険はめったにないぞ。ここにいろ。そうすれば、パパやママのところに行けるぞ?

 怪物の声。それから逃げるように、和輝は動こうとした。

 だが動けない。変わり果てた母の姿が、和輝から何か大切なものを奪ってしまったかのようだ。

 肉体は死を受け入れた。だが心はそうではなかった。

 死にたくない。まだ、生きたい。そう叫んでいた。

 そして――――――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 枕元に置いた目覚まし時計がけたたましい音を立てて自分の仕事をこなしていた。

 こうして夢は終わり、岡崎和輝の朝がやってくる。

 

「…………あー」

 

 しばらく無視していた和輝だったが、突発的にやってきた頭痛に顔をしかめ――何しろ、最悪な夢を見た――起き上がる。

 カーテンの隙間から、四月の春の日差しが差し込んできた。

 和輝はそれでもしばらく放心していた。

 ベッドの上に座ったその姿。

 十六か七歳ほどの少年だ。

 百七十センチ少々の身長、精悍な顔つき。それなりに真面目にふるまい、真面目な格好をしていれば、二枚目といってもよかろう。実年齢よりも大人びた雰囲気も悪くない。

 ただ、今は瞼が半分垂れ下がっており、覇気がない。おまけに顔色も悪い。髪もぼさぼさで、その茶色がかった黒い瞳はどこを見ているのかまるで分からない。もっとも、寝起きなのだから仕方のない部分もあるが。

 また、彼には一つ、大きく人目を引く要素があった。髪の色である。

 雪のような白。脱色しているのではない。地毛だ。

 ただ、元々こんな髪の色ではなかったのだが―――――

 

「七年たっても昔のことを夢に見る。我ながら過去を振り切れない男だ」

 

 自嘲気味に笑う和輝。いい加減ボーっとしているのもやめようとベッドから降りたところで、部屋の扉を叩くノックがあった。

 

「兄さん? 起きてますか? 朝食の準備ができましたけれど……」

 

 鈴を鳴らすような可憐な声。和輝は「おーう」とだけ答えた。

 

「悪い、綺羅(きら)。すぐ行く」

 

 言いながら扉を開ける。

 眼前に少女が一人。

 和輝と同じく、十六か七歳ほどの少女。肩にかかるかかからないかくらいの長さのオレンジの髪に、くりくりとした大きな黄色い瞳は青白い和輝の表情を見て、心配そうに瞼を下げたが目をそらすことなくしっかりと彼の顔を見ている。

 礼儀正しくきっちり着こなした和輝と同じ高校の制服姿。すらりとしたスタイルで姿勢がいいためか、凛とした、風雨に負けずに咲き誇る野生の草花のような印象を与える少女だった。

 岡崎綺羅。和輝の義理の妹、そして岡崎家の血のつながった娘。

 

 

 制服に着替えた和輝は一階のリビングに移動。鼻孔をくすぐる朝食の香りに最悪の目覚めからくる最低の気分も徐々に和らいでいく。

 食事に使うテーブルに並べられているのは二人分の朝食。白米を使ったごはんに玉ねぎの味噌汁。これに一品加えて納豆をつけた、軽めでありながらも腹にたまるメニューが岡崎家の朝食の定番だった。

「さ、席についてください、兄さん」

「ああ」

 

 二人して席に。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 ほぼ同時に手を合わせて一礼。それぞれ箸をつけていく。

 しばらくはつけっぱなしのテレビの朝のニュースだけが二人の間を行きかった。

 

「兄さん。……また、例の夢を見たんですか?」

 

 心配げな声音の綺羅。和輝は一瞬食事の手を止め、ため息を共に「ああ」と言葉を絞り出した。

 

「我ながら情けないよ。もうすぐ七年たつっていうのに、いまだに振り切れてない」

 

 約七年前。深夜の、東京のとある住宅街を襲った大火災。

 深夜の出来事故に逃げ遅れ焼かれた者、煙に巻かれ窒息死した者が大勢出ており、結果、死者三百名以上を出した大災害となり、生存者は僅か数十名という最悪の結果となったため、当時は大きく取り上げられた。

 出火原因不明、火元も不明。あまりにも不可解のことが多すぎるこの一件は放火という見方もあったものの、建築物の燃え方があまりにも奇妙であったが故、その可能性も低いのではないか、と結論付けられた。

 誰が信じよう。住宅の全てが、まるで炎の津波でも浴びたかのように上から下に掛けて燃えていたなどと。

 和輝はその火事の数少ない生存者だった。まだ一桁の年齢だった彼はこの災害で両親を失い、施設に預けられ、岡崎の家に引き取られることになったのだった。

 

「そんなの、当然だと思います。だって、兄さんは、それだけの体験をしたのですから……。また父さんに頼んでカウンセリングを受けたらどうですか?」

「大丈夫だよ、綺羅。あれから七年。確かにたまに夢に見るけれど、それだけだ。顔色悪いのだってすぐに治る。悪夢を見る回数だって減ってるし。それに、大丈夫だと思ったから、養父(おやじ)養母(おふくろ)だって、イギリスに行けたんだ」

 

 今現在、岡崎家に両親はいない。彼ら、正確には和輝と綺羅の父――和輝にとっては養父――がイギリスのある大学の教授職についているが、いかんせん彼の生活能力は恐ろしく低かった。ゆえに放っておけなかった二人の母もまた、イギリスについていったのだ。

 そして、血の繋がっていない兄妹の二人だけが岡崎家に住む様になって、もう一年以上たっていた。

 

「それより早く飯食っちまおうぜ。急がないと遅刻する」

 

 もうこの話は終わりとばかりに食事のペースを上げる和輝。兄の強引ともいえる会話のかじ取りに引きずり込まれ、綺羅も食事を再開する。

 そんな二人の耳に、つけっぱなしのテレビのニュースが流れ込んできたが、二人はさして意識することなく食事に集中ていた。

 

 

『○×町で、一週間前から発生している集団昏倒事件の続報です。

 被害者はいずれも正常な脈拍、脳波を保ち、目立った外傷もないにもかかわらず、意識だけが戻っていない状態が続いております。原因不明のウィルスの可能性もあるとのことで、付近の皆様にはくれぐれも注意を呼び掛けており――――』

 

 

 それは、和輝たちの住む街の隣町で起こった出来事だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 星宮(ほしみや)市、それが和輝たちが住んでいる街の名前だ。

 かつては一地方都市にすぎなかったが、五年ほど前から急速に発展し、今ではある業界では有名な街だ。

 その業界とは。デュエルモンスターズと呼ばれるカードゲーム界。

 デュエルモンスターズは世界中の人々から愛されるカードゲームで、登場から十五年の歳月が過ぎた今もなお、その熱は冷めるどころかますますヒートアップしている。今では老若男女、人種や年齢。性別さえ超えて数多くのプレイヤーがおり、カードゲーム人口は空前の右肩上がり。

 そして星宮市はこのデュエルモンスターズを中心に発展した都市で、A~Eの五段階のうち、プロの花形、Aランクプロデュエリストのデュエルの中継をのみならず、切磋琢磨するBランク、未来のトップデュエリストや見込みのある若手プロの試合であるCランクプロのデュエルも余すところなく放映し、一部カードは世界に先駆けて、この街でのみ先行販売されることもある。中にはこの先行販売カードを目当てに外国からこの街を訪れる者もいるほどだ。

 そのため、街頭テレビにはプロデュエリストの演説や中継予定の番組表などが映し出され、何人かの通行人は――通勤途中のサラリーマンでさえも――足を止め、テレビに見入っている。

 和輝も綺羅も、この世界の常識にもれず、デュエルモンスターズのプレイヤーだ。特に和輝は、プロデュエリストを目指している。

 

「兄さん、急がないと、本当に遅刻してしまいますよ」

 

 ほかの通行人と同じく足を止めて街頭テレビに視線を向けかけていた和輝を綺羅が促す。

 

「ああ」

 

 和輝もまた、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら学校へと足を向けた。

 

 

 十二星(じゅうにせい)高校。それが和輝たちの通う高校の名前だった。

 十二の企業が合併した複合企業であり、多くのプロデュエリストのスポンサーでもあるゾディアックの出資を受けた高校のためか、デュエルモンスターズのカリキュラムに特に力を入れており、毎年卒業生の中で、三年間の成績優秀者にはプロへの推薦状をもらえるため、和輝はこの学校への入学を決めたのだ。例え両親とともにイギリスに行くという選択を放棄しても。

 校庭を歩く和輝を見るいくつかの視線。全員先月入学したばかりの新入生たちのものだ。

 当然といえば当然だろう。何しろ高校生なのに白髪なのだ。既に一年を共に過ごした二年、三年の在校生たちには見慣れた色でも、まだ一か月しかたっていない新入生たちには珍しい。

 

「兄さん……」

「綺羅、お前もいちいち反応するな。珍しいのは本当なんだし、目立つから見ちゃっても仕方ないだろ。だからいちいち心配そうな声を出すんじゃない」

「いえ、兄さん。私が心配しているのは、この無遠慮な視線からのストレスに、兄さんが爆発してしまわないかです。中学時代や、小学生時代のころのように」

「喧嘩はもう卒業したっつーの。あんな若気の至り、二度とするか」

 

 微妙に痛いところと消してやりたい過去をつかれて、顔をしかめる和輝。去年も同じようなことを言われたが、結局騒ぎは起こしていないのだから少しくらいは信用してほしいものだ。

 和輝も綺羅も十二星高校の二年生。ただしクラスは違うため、廊下で二人は分かれた。

 

「お」

 

 二年三組、和輝は己の教室に入った時、クラスメイトの中で一際目立つ姿を見た。

 黒髪の群の中、一人だけ、鮮やかな金髪がいた。

 和輝よりも背の高い、百八十センチを超える長身、明るい金に染めた髪に、灰色をした鋭い目つきは餓えた狼を思わせる。学校指定の制服であるが、上着は着ずにワイシャツ姿で第三ボタンまで外した状態。眠いのか半分くらい瞼が落ちた状態で、どこを見ているのかわからない。そのためクラスの喧騒にも加わっていないので、ますます一匹狼の風情が強くなる。

 風間龍次(かざまりゅうじ)。見た目は完全に教師から目をつけられるものだが、これでも成績優秀者で通っている、実に要領のいい少年だった。

 

「おい、起きろ龍次、椅子に体預けたまま寝てるけど半端に姿勢がいいからちょっと不気味だぞ」

「あー」

 

 バンバン机の上を叩かれて、一瞬びくりと体を震わせながら、龍次はその視線の焦点を和輝に合わせた。

 

「……和輝か。いや、ちょっと昨日バイト夜番でな。終わったら朝だった」

「相変わらずバイト掛け持ちかよ。ばれたらやばいんじゃないのか?」

「一応、学校主催の奉仕活動とかにも出て適当にゴマ擦ってるし、ある程度黙認状態だからまぁ何とかなるだろ。つーか、カードの金以外に生活費を稼がにゃならんからこーでもしないと回らねぇんだ。

 ……すまん和輝。マジで眠い。昼まで寝る。確か、今日の午後はデュエルカリキュラムだったろ? それまで体力温存だ」

「あいよ。ノートはあとで見せてやるよ」

 

 サンキュと呟いて、龍次は机に突っ伏した。

 静かな寝息が聞こえてくるころ、教師が入ってきたのだった。

 

 

 昼休みも終わった午後。この時間から十二星高校特有のデュエルカリキュラムが行われる。

 今回は学年別に分かれ、指定の場所でランダムの組合せのデュエル。エントランスホールの電光掲示板に表示された生徒は指定のデュエル場に移動し、デュエルすることになる。

 

「俺は……第六デュエル場か。しかも相手は綺羅」

「俺も第六だ。相手は……知らない奴だな」

 

 電光掲示板で相手と場所を確認した後はさっさと移動するだけだ。

 第六デュエル場に和輝と綺羅は対峙する。周りには対戦待ち兼観戦者の生徒達。彼らが見守る中、和輝と綺羅は対峙した。

 二人の左腕に着けられた機械こそデュエルディスク。これこそが、デュエルモンスターズが世界中で流行した一因である。

 

「そろそろ始めるか、綺羅」

「ええ、兄さん。手加減しませんよ?」

「したら俺が勝つだけだよ」

 

 にっこりと笑い、互いに待機モードのデュエルディスクを起動。折りたたまれていた本体が展開し、モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンとなるスロットが出来上がる。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

和輝LP8000手札5枚

綺羅LP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻だな。召喚僧サモンプリーストを召喚」

 

 和輝の指が五枚の手札からカードを一枚抜き取り、デュエルディスクのモンスターゾーンにセット。カードの絵柄を読み取ったデュエルディスクが、その機能を発揮する。

 和輝のフィールド、先ほどまで無人だった場所に、人影が一つ現れる。

 紫の衣に身を包んだ老人。赤い右目が禍々しく輝くその姿から発される雰囲気はとても人間のものではない。

 立体映像(ソリットビジョン)。これこそデュエルディスクの機能。実際に現実世界に実体化し、戦い合うモンスター、飛び合う魔法、発動する罠は、人々の心を、魂をがっちりと掴んだ。

 

「サモンプリーストの効果発動。召喚成功時に守備表示になる。さらにもう一つの効果を発動。手札のスケープ・ゴートを捨てて、デッキからレベル4モンスター、E・HERO(エレメンタルヒーロー) プリズマーを特殊召喚するぜ」

 

 和輝の手札から魔法カードが一枚、デュエルディスクの墓地スロットに入れられる。それが合図となったか、サモンプリーストがぶつぶつと聞き取れない呪文を詠唱しだし、彼の傍らに幾何学模様で描かれた複雑精緻な魔法円が出現した。

 魔法円はやがて輝きを増し、その中から召喚される影。

 全身を鏡のような反射物でできた無機的な鉱石と有機物の融合体のようなヒーローモンスター。鏡面は、あらゆるものを映し出すか。

 

「プリズマーのモンスター効果発動。エクストラデッキの融合モンスター、超魔導剣士-ブラック・パラディンを提示、その融合素材のブラック・マジシャンを墓地に送る。これでこのターン、プリズマーのカード名はブラック・マジシャンとなるが、今は関係ない」

 

 にやりと、和輝が口の端を釣り上げる。不敵な笑みに綺羅がひくりと頬を震わせた。

 

「サモンプリーストとプリズマーをオーバーレイ!」

 

 和輝の宣言と同時、彼のフィールドの上方に渦を巻くに宇宙を思われる空間が展開、その空間に向かって紫色の光となったサモンプリーストと白い光となったプリズマーが展開した空間に吸い込まれていく。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発。そして和輝のフィールドに新たな影が現れる。

 

「大自然の守護者、能なき者達の導き手! 来たれダイガスタ・エメラル!」

 

 爆発の粉塵から現れる新たなモンスター。

 エメラルドグリーンの体躯を持ち、風を纏った鉱物の戦士。緑の翼を広げ、両手の盾を守護の証とする。

 エクシーズモンスター。二体以上の同じレベルのモンスターを使って行われる特殊なモンスター。その周囲を舞う二つの光の玉は、エクシーズモンスターの(かなめ)、オーバーレイユニットだった。

 

「ダイガスタ・エメラルの効果発動。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、墓地の通常モンスター一体を特殊召喚する。蘇れ、ブラック・マジシャン!」

 

 ダイガスタ・エメラルの周囲を衛星のように旋回する光球の一つが消失する。そして、蘇生の風に運ばれて、墓地から黒衣の魔術師が現れる。

 黒紫に近い衣装と帽子、手にした杖を己の手足の延長のごとく扱いその先端を綺羅に突き付け、その美麗な顔をさらに笑みで彩る。

 ブラック・マジシャン。デュエルモンスターズ最初期から登場するモンスターであり、多くのファンを持つ有名な魔法使い族モンスターだ。

 綺羅の表情がまた一掃険しくなる。

 

「来ましたねブラック・マジシャン。兄さんのエース……」

「俺はカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

 

ダイガスタ・エメラルORU:1個

 

 

「私のターンですね、ドロー!」

 

 ターンは移り、綺羅の元へ。彼女はドローカードを確認し、「うーん」と渋い表情を作った。

 

「来ませんね……。仕方がありません。天空の宝札を発動します。手札の勝利の導き手フレイヤを除外して、二枚ドローします。カードを二枚セットして、モンスターをセット。これでターン終了――――」

 

 しようとした綺羅に対して、和輝が待ったをかけた。

 

「お前のエンドフェイズ、俺はセットしてあった永続罠、永遠の魂を発動。その効果を使用し、デッキから黒・魔・導(ブラック・マジック)のカードを手札に加える」

「あっ」

 

 和輝がデッキから手札に加えたカードを見て、綺羅が思わず声を上げた。

 和輝の、笑みを伴った声が続く。

 

「迂闊だったな、綺羅。俺の場にブラック・マジシャンがいる以上、永遠の魂(このカード)への警戒は怠るべきじゃなかった」

「うぅ……。改めて、ターン終了です」

 

 

天空の宝札:通常魔法

手札から天使族・光属性モンスター1体をゲームから除外し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚する事ができず、バトルフェイズを行う事もできない。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 俄然優位に立つ和輝。一気に攻め込む。

 

「永遠の魂の効果でデッキから千本ナイフ(サウザンドナイフ)を手札に加える。そしてまずは黒・魔・導を発動!」

 

 予定通りに発動される魔法カード。そして和輝のフィールドのブラック・マジシャンが杖を綺羅のフィールドに向ける。

 直後に放たれる黒い旋風が、彼女のフィールドにセットされていたガード・ブロックと奇跡の光臨を破壊。綺羅のフィールドを丸裸にした。

 

「さらに千本ナイフを発動。これで裏守備モンスターを破壊する」

 

 次いで魔術師が見せるは無数のナイフによる投擲。彼の背後に展開されたナイフの群が、ブラック・マジシャンの合図を受けて一斉に綺羅の守備モンスターに殺到。その白刃が裏側守備表示だったアルカナ・フォース0-THE FOOLを破壊。綺羅のフィールドを完全にがら空きにする。

 

「バトルだ。ダイガスタ・エメラル、ブラック・マジシャンの順番でダイレクトアタック!」

 

 二体のモンスターが綺羅へと殺到する。ダイガスタ・エメラルは放ったエメラルドグリーンの光弾が綺羅を打ち付けた。

 

「きゃあ!」

 

 悲鳴を上げる綺羅。とはいえ立体映像なので実際にダメージを受けているわけではない。それでも自分に向けて攻撃してくるモンスターに対して無反応とはいくまいが。

 

「まだだ。まだブラック・マジシャンが残っているぜ!」

 

 続く一撃。ブラック・マジシャンが放った黒い稲妻が綺羅を襲う。

 

「この一撃は、防ぎます! 手札のアルカナフォースⅩⅣ-TEMPERANCEの効果発動! この戦闘ダメージを0にします!」

 

 ブラック・マジシャンの一撃を、綺羅の手札から飛び出した半透明の形容しがたい女性型モンスターが食い止める。これで和輝のモンスターの攻撃は終了と、綺羅がほっと息を吐く。

 だが和輝の不敵な笑みは消えないどころかますます深まった。

 

「攻撃が終わったと思ったか。甘いぜ。手札から速攻魔法、光と闇の洗礼を発動! ブラック・マジシャンをリリースして、デッキから混沌の黒魔術師を特殊召喚! ブラック・マジシャンよカオスの洗礼を受け、新たな進化の扉を開け!」

 

 攻撃を阻まれたブラックマジシャンの身体が、黒と白のマーブル模様の光に包まれ、そのフォルムを変化させた。

 光が弾け飛び、内側から新たな魔術師が現れる。

 二股の帽子、体全体を覆う黒衣にそれらを拘束する無数のベルト。手にした杖を構え、険しい表情を綺羅へと向ける。

 

「バトルフェイズ中に特殊召喚されたモンスターには、まだ攻撃の権利が残されている。混沌の黒魔術師でダイレクトアタック!」

 

 無防備となった綺羅に向けて、混沌の黒魔術師が杖を向ける。

 放たれたのは全てを削り取る黒球。強大な一撃が綺羅に叩き込まれた。

 

「くぅぅぅぅ!」

 

 とはいっても所詮立体映像。リアルな音と光だけで、実際に何か害をもたらしているわけではない。

 

「バトルフェイズ終了、メインフェイズ2に入り、もう一度ダイガスタ・エメラルの効果発動。ユニットを一つ使って、ブラック・マジシャンを蘇生する。エンドフェイズに、混沌の黒魔術師の効果で墓地のスケープ・ゴートを回収、改めてターンエンドだ」

 

 

黒・魔・導:通常魔法

自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が存在する場合に発動できる。相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 

千本ナイフ:通常魔法

自分フィールド上に「ブラック・マジシャン」が存在する場合に発動できる。相手フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。

 

アルカナフォースⅩⅣ-TEMPERANCE 光属性 ☆6 天使族:効果

ATK2400 DEF2400

戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動できる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い、その裏表によって以下の効果を得る。●表:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分が受ける戦闘ダメージは半分になる。●裏:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手が受ける戦闘ダメージは半分になる。

 

光と闇の洗礼:速攻魔法

自分フィールド上の「ブラック・マジシャン」1体をリリースして発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「混沌の黒魔術師」1体を選んで特殊召喚する。

 

混沌の黒魔術師 闇属性 ☆8 魔法使い族:効果

ATK2800 DEF2600

「混沌の黒魔術師」の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。①:このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンのエンドフェイズに、自分の墓地の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。②:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したダメージ計算後に発動する。その相手モンスターを除外する。③:表側表示のこのカードはフィールドから離れた場合に除外される。

 

 

ダイガスタ・エメラルORL0個

 

 

和輝LP8000手札3枚(うち1枚はスケープ・ゴート)

綺羅LP8000→6200→3400手札2枚

 

 

「さ、さすが兄さん。いきなりライフが半分切ってしまいました。ですが、まだまだ私に反撃の目は残されています。私のターン! ドロー!」

 

 シュパッと音が出そうなほど切れのいいドローをした綺羅だったが、まあその表情は晴れない。

 

「ここは、使うしかありませんね。魔法カード、壺の中の魔術書を発動! 互いにカードを三枚ドローです! さらに手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨てて、その枚数分、ドローします。私は四枚捨てて、四枚ドローします」

「俺は今の壺の中の魔術書で手札が増えたから、六枚捨てて六枚ドローだ」

 

 それぞれ、綺羅が堕天使スペルビア、光神テテュス、光神化、リビングデッドの呼び声を、和輝が調和の宝札、貪欲な壺、デブリ・ドラゴン、ブラック・マジシャン・ガール、闇の誘惑を捨てて捨てた枚数分新たにカードをドローする。

 

「来ました! まずは天輪の葬送士を召喚です! その効果で、墓地のFOOLを特殊召喚します!」

 

 綺羅のフィールドに現れたのは、棺桶に頭と両手が生えたような外見のモンスター。そして綺羅の効果発動宣言に従い、ボディである棺桶の蓋が開き、その中からさきほど破壊されたFOOLが守備表示で復活した。

 

「特殊召喚に成功したFOOLの効果が発動します。コイントスを行い、表と裏で効果が決定します」

 

 本来はここでコイントスを行うが、デュエルディスク独自の判定機能が効果を発揮、FOOLのカード画像が時計回りに回転しだす。

 回転はしばらく続き、やがて止まった。

 

「逆位置。よってFOOLは兄さんのカード効果に対象になった時、その効果を無効にして破壊します。さぁ、これが私のデッキのキーカード! 永続魔法、コート・オブ・ジャスティス発動です!」

 

 綺羅のフィールド、その頭上に、天使の輪を思わせる、小さな羽根がついたわっかが出現する。その輪っかから光が降り注ぎ、まるで祝福するように綺羅のフィールドを輝かせた。

 

「さぁ、一気に行きますよ兄さん! ちょっと黙っていてくださいね! コート・オブ・ジャスティスの効果を発動し、手札のアテナを特殊召喚します。

 アテナの効果発動。天輪の葬送士を墓地に送って、墓地から堕天使スペルビアを蘇生、スペルビアの効果で、墓地から光神テテュスを蘇生、アテナの効果で、兄さんに1200ポイントのダメージを与えます」

「な、なんか黙ってるうちにあかんことに!」

 

 変なリアクションをとる和輝。その眼前、白い戦衣に身を包み、断罪の槍と守護の盾を持った女神が、その槍の穂先を突き付ける。

 次の瞬間、槍から放たれた光の矢が二発、和輝に突き刺さった。

 

「ぐぉぉ。地味バーンが効く」

「次は派手に行きます。アテナでブラック・マジシャンを、スペルビアで混沌の黒魔術師を、そしてテテュスでダイガスタ・エメラルを攻撃です!」

 

 綺羅の天使たちの総攻撃が、和輝の陣営に壊滅的な打撃を与えていく。

 三体のモンスターは一方的に破壊され、和輝にもダメージを与える。和輝は、モンスターが破壊されたことで生じた疑似的な突風から顔を庇いながら、険しい表情で言った。

 

「くそっ。混沌の黒魔術師の黒魔術師が場を離れたため、ゲームから除外される……ッ!」

 

 このターンの天使たちの猛攻で、一気に立場は逆転したといっていいだろう。

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

手札抹殺:通常魔法

お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。

 

天輪の葬送士 光属性 ☆1 天使族:効果

ATK0 DEF0

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の光属性・レベル1モンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

アルカナ・フォース0-THE FOOL 光属性 ☆1 天使族:効果

ATK0 DEF0

このカードは戦闘では破壊されず、表示形式を守備表示に変更できない。このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い、その裏表によって以下の効果を得る。●表:このカードを対象にする自分のカードの効果を無効にし破壊する。●裏:このカードを対象にする相手のカードの効果を無効にし破壊する。

 

コート・オブ・ジャスティス:永続魔法

自分フィールド上にレベル1の天使族モンスターが表側表示で存在する場合、手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。「コート・オブ・ジャスティス」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

アテナ 光属性 ☆7 天使族:効果

ATK2600 DEF800

1ターンに1度、「アテナ」以外の自分フィールド上に表側表示で存在する天使族モンスター1体を墓地へ送る事で、「アテナ」以外の自分の墓地に存在する天使族モンスター1体を選択して特殊召喚する。フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 

堕天使スペルビア 闇属性 ☆8 天使族:効果

ATK2900 DEF2400

(1):このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、「堕天使スペルビア」以外の自分の墓地の天使族モンスター1体を対象として発動できる。その天使族モンスターを特殊召喚する。

 

光神テテュス 光属性 ☆5 天使族:効果

ATK2400 DEF1800

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分がカードをドローした時、そのカードが天使族モンスターだった場合、そのカードを相手に見せる事で自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。

 

 

和輝LP8000→6800→6700→6600→6000手札6枚

綺羅LP3400手札1枚

 

 

「どうです兄さん! 逆転して見せましたよ!」

 

 陣営を壊滅させられた兄に対して、綺羅はやや控えめな胸を張って言った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝と綺羅がデュエルカリキュラムで戦っている頃、非日常は確実に迫っていた。

 星宮市にいくつかある、路地裏の一つ。

 

「あっはははははは! どーしたんですかぁ? もう鬼ごっこはおしまいですかぁ?」

 

 どこか甘ったるい、そして、確実に狂気を内包した声が路地裏を駆ける。声を発しているのは二十歳前後と思われる女。

 三つ編みにした黒髪に、黒い瞳、大きな丸眼鏡をかけたその姿は文学少女といった印象が強い。

 が、着ている衣装が、その印象を裏切っていた。

 黒を基調に、白のフリルをあしらったゴスロリドレス。この衣装が、彼女の印象をひどくちぐはぐなものにしている。彼女自身の雰囲気とひどく乖離しているのだ。

 女は一人の青年を追い詰めていた。

 金髪碧眼。百八十センチを超える長身に、異性どころか同性の目も惹きつける美丈夫。着ている物こそ簡素な白いシャツに黒のスラックス姿と平凡なものだが、そんなものでは彼が持つ本質的な輝きを損なうことはない。

 たが、彼の姿はそれでも異様だった。

 一言で言うならボロボロだ。

 シャツの右のわき腹からは血が滲み出ており、白いシャツは半分以上赤く染まっている。額から流れる血が左目を汚し、彼の顔の左半分を朱に染めている。

 それでも、青年はほのかな笑みを崩さなかった。そしてその視線は、女ではなくその背後に注がれていた。

 女の背後、そこにまた、奇妙な影が宙に浮いていたのだった。

 この影もまた、異様な外見だった。

 まず一番最初に目につくのは、異様に長い前髪。荒んだ金髪で、顔がほとんど隠れるほどに長く、辛うじて分かるのは髪の隙間から覗く赤い左目のみ。

 全身を雁字搦めに鎖で封じ込めた黒い甲冑を着込んだ姿で、異様に巨大。何しろ、女の三倍はある巨大さだ。

 腕や肩などに直接時計が埋め込まれており、カチコチとでたらめな時間を刻み、さらに背後には影よりもさらに一回りは巨大な時計の文字盤があった。

 数十を超える時計たちがばらばらの時間を刻み、周囲を威圧するようにカチコチとここだけは規則正しい音を奏でる。

 

 女が言う。

「それにしても情けないですねぇ。仮にも神様でしょぉ? なのに逃げ回ってばっかりでぇ。私のカイロス様とは大違いですよぉ」

『黙っていろ、人形』

 

 カイロスと呼ばれた影が言葉を放った。

 低く、重く、くぐもった声だった。

 

『無様なものだな、ロキよ。我がこうして貴様を襲うがゆえに、貴様は人間どもから離れざるを得なかった。おかげでパートナーとなる人間さえ見つけられず、一方的に嬲られるしかない』

 

 嘲りを多分に込めたカイロスの言葉に、ロキと呼ばれた青年は微笑した。

 

「馬鹿なこと言うなよカイロス。ボクは人間が大好きだ。そんな彼らを不必要に巻き込むなんて、冗談じゃない」

 

 出血のためか声は弱弱しかったが、その瞳の意思は、力は、いささかも衰えてはいなかった。

 

『愚かな答えだ。人間など、神々の気まぐれでいくらでも増減できるというのに。所詮は混ざりもの(、、、、、)か。やれ、人形』

「はぁい、カイロス様ぁ」

 

 カイロスの命令に従い、女が懐からカードを一枚取り出した。

 デュエルモンスターズのカード、カード名は40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス。

 

「いらっしゃぁい、ヘブンズ・ストリングス」

 

 女の呼びかけに応えるかのようにカードが光った。次の瞬間、ロキの眼前に、新たな影が現れた。

 背中の左側から天使のような翼をはやした男性型の機械人形。右手に巨大な両刃剣を備え、首下から左肩までの胴体部が展開し、間に竪琴の弦を思わせる糸が張り巡らされていた。

 デュエルモンスターズのモンスター。だが空気を押しのけて現れたその現実感はどう考えても立体映像のものではない。現実に、モンスターが実体化しているのだ。

 

「いってぇ、ヘブンズ・ストリングス」

 

 女の命令一下、ヘブンズ・ストリングスがその剣を大きく振り上げた。




初めまして。この度こちらの方で小説を投稿させていただきます。
この作品はオリジナル世界、オリキャラのみで原作のキャラは出ません。
また、基本はOCGのカードをメインに使っていきますが、オリカやいわゆる神のカードが多く出てきます。
未熟な面が多くあると思いますが、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:邂逅

 十二星(じゅうにせい)高校、第六デュエル場。

 和輝(かずき)綺羅(きら)のデュエルは終盤に差し掛かろうとしていた、

 互いのライフは和輝が4000、綺羅が2000。現在は綺羅のドローフェイズが終わったところだった。

 

「来た! 来ましたよ兄さん!」

 

 ドローしたカードを確認して、綺羅が喜びの声を上げた。

 

「魔法カード、ハーピィの羽根帚! 兄さんの場の魔法、罠を全て破壊します!」

「げっ!」

 

 発動されたカードは相手の魔法、罠を全て破壊するカード。和輝のフィールド上空に大きな羽箒が出現し、次々と埃やゴミを払うように魔法、罠カードを払い落していく。

 

「そして、永遠の魂が破壊されましたね! これで、永遠の魂三つ目の効果で、兄さんのモンスターは全滅です!」

 

 綺羅の言葉を裏付けるように、和輝の場に残っていたモンスターたちは全て破壊された。

 

「バトルです! 光神機(ライトニングギア)轟龍(ごうりゅう)でダイレクトアタック!」

 

 綺羅のフィールドに唯一残されたモンスター、東洋の龍と天使を組み合わせたような機械の外見を持つモンスターが、ゆっくりと和輝に向けて体を傾ける。

 次の瞬間に加速。その重量を生かした体当たりを叩き込んだ。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおお!」

 

 立体映像(ソリットビジョン)とはいえ、モンスターによるダイレクトアタックは音も光も本物そっくりのリアリティ。思わず声が出てしまうのも仕方がなかった。

 

「これで兄さんのライフは残り1100! あと一息です! 私はこれでターン終了!」

 

 

ハーピィの羽根帚:通常魔法

(1):相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

光神機-轟龍 光属性 ☆8 天使族:効果

ATK2900 DEF1800

このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

 

和輝LP4000→1100手札4枚

綺羅LP2000手札0枚

 

 

「おー、岡崎(おかざき)妹、逆転じゃん」

「兄貴の場には何もないし、このまま行けるんじゃないか?」

 

 すでに自分のデュエルを終えた者や、まだデュエルの出番が回ってこない生徒たちが観戦しつつ戦況を分析し始める。そんな声に交じる龍次(りゅうじ)の姿もあった。

 

「いや、それはどうかな?」

 

 龍次の声に、付近にいたクラスメイト達が視線を向ける。その視線に促されるように言葉を続ける。

 

「確かに一見すると、場に何もない和輝が不利に見えるが、綺羅ちゃんは和輝の布陣を切り崩すために大量のカードを使った。オネストも使わされた(、、、、、)し、手札も零だ。対して和輝はまだ手札に余裕がある。このドローで五枚。今まで温存してきたんだ」

「ってことはつまり――――」

 

 クラスメイトに頷きつつ、龍次は言った。

 

「逆転自体は難しいことじゃない」

 

 

「俺は、ジャンク・シンクロンを召喚!」

 

 ドローフェイズ、スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に入った和輝は、早速カードを繰り出す。

 現れたのはオレンジの膨らんだ服を着て、同じ色の帽子をかぶった大きな瞳をした人型の機械人形。その背に背負ったエンジンが唸りを上げる。

 

「ジャンク・シンクロン効果発動! 墓地からレベル2以下のモンスターを、効果を無効にした状態で特殊召喚する。俺は見習い魔術師を特殊召喚! さらに墓地の光と闇の洗礼を除外し、マジック・ストライカーを特殊召喚!」

 

 空だった和輝のフィールドに、次々とモンスターが召喚される。チューナーと非チューナー、合計レベルは8。

 

「レベル3のマジック・ストライカーとレベル2の見習い魔術師に、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ジャンク・シンクロンが、三つの緑の光の輪となって宙を飛び、その輪をくぐった見習い魔術師とマジック・ストライカーが合計五つの光の玉となり、一列に並んだ。

 

「集いし八星が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 星々の連なりのような光の玉の列が、一際強い輝きを放って辺りを包む。その光の(とばり)を突き破り、現れたのはスターダスト・ドラゴンに酷似したフォルムのドラゴン。違うのは、スターダスト・ドラゴンにはないラインが入っていることと、星屑のような煌めきを発していることか。

 

「さらに俺は魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動! 場の閃珖竜 スターダストと、墓地のブラック・マジシャンを除外融合!」

 

 和輝のフィールドの空間が歪み、渦を作る。その渦に場のスターダストと墓地のブラック・マジシャンが混ざり合う。

 

「星海の竜よ、黒衣の魔術師よ。今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 空間の渦から、新たな影が飛び出す。

 緑の体躯、そして体の表面に無数の魔術文字が刻まれたドラゴン、その背に乗ったブラック・マジシャンの姿。

 

「呪符竜の効果発動。墓地の魔法カード、合計十四枚すべてをゲームから除外し、攻撃力を1400ポイントアップさせる!

 

 バトルだ! 呪符竜で轟龍を攻撃!」

 攻撃宣言が下り、呪符竜のうち、竜の部分が大きく口蓋を開く。

 次の瞬間に放たれる金色の息吹(ブレス)。輝ける黄金の奔流(ほんりゅう)が綺羅のモンスター、轟龍を飲み込んだ。

 

「ああ……ッ!」

「これで終わりだ! 手札から速攻魔法、次元誘爆発動! 呪符竜をエクストラデッキに戻し、ゲームから除外されているスターダストとブラック・マジシャンを特殊召喚!」

「わ、私のモンスターでゲームから除外されているのは、勝利の導き手フレイヤだけです……」

 

 決定的な敗北の前に消沈する綺羅。だが和輝は容赦しなかった。

 

「まだバトルフェイズは続いている。スターダストでフレイヤを攻撃し、ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 これがこのデュエルの決着となる攻撃。スターダストの息吹(ブレス)がフレイヤを吹き飛ばし、ブラック・マジシャンが放った黒い稲妻の束が綺羅を直撃した。

 

「きゃああああああああああああああああああ!」

 

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

見習い魔術師 闇属性 ☆2 魔法使い族:効果

ATK400 DEF800

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。このカードが戦闘によって破壊された場合、自分のデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を自分フィールド上にセットする事ができる。

 

マジック・ストライカー 地属性 ☆3 戦士族:効果

ATK600 DEF200

このカードは自分の墓地に存在する魔法カード1枚をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

閃コウ竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

龍の鏡:通常魔法

自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

次元誘爆:速攻魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を融合デッキに戻す事で発動する事ができる。お互いにゲームから除外されているモンスターを2体まで選択し、それぞれのフィールド上に特殊召喚する。

 

 

綺羅LP0

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 デュエルカリキュラムが終わり、放課後。綺羅と今回のデュエルの反省会を行った後、部活に行った彼女を見送った和輝は、一足早く帰路についた。

 岡崎家では、食事の担当は和輝と綺羅の分担だ。基本的に昼食は学食か前日の残り物で作ったお弁当。朝食をどちらかが作ったら、夕食は作らなかった方が作る。都合の悪い時は変わってもらう。もっとも、朝が弱い和輝はもっぱら夕食専門だが。

 

「さて、今日の晩飯は何にするか、と――――」

 

 和輝の足が止まる。その顔が緊張で強張り、辺りを見回した。その顔が、心なしかかすかに青ざめている。

 春のさわやかな風に載って和輝の鼻孔を刺激する臭い。覚えのある臭い。

 血の臭い。

 

「ッ!」 

 

 考えるよりも先に、体が行動していた。かすかに残っている血の臭いの足跡を追う。

 脳裏にビジョンが走る。七年前の光景。大火災の現場。燃える家屋、崩れ落ちていく死体。

 なぜ今こんなビジョンを見るのか。今では夢以外では見ることもないのに。

 なぜか(、、、)急がなければならないという使命感にも似た思いに突き動かされる。

 だんだん臭いだけでなく、血痕も見えてきた。血の跡を辿っていく。心臓がバクバク言っている。急げと無根拠の声が叫んでいる。直感的に声に従った。

 なぜか(、、、)明らかにやばいことに首を突っ込みかけているというのに、引き返す気になれない。

 なぜか(、、、)誰ともすれ違わない。そのことを疑問に思う余裕もなかった。

 血の跡を追って曲がり角を曲がる。そこに男が一人倒れていた。

 緩やかな金髪と、百八十センチを超える長身の青年。異性どころか同性の目も惹きつける美丈夫。だが今その姿は傷だらけだった。

 赤く染まった右わき腹、額から流れ左目を潰している血、そして何より目に飛び込んでくるのは右肩から左のわき腹に掛けて袈裟懸けにできた切り傷だろう。普通に考えて日本の地方都市でお目にかかる類の傷ではない。

 

「お、おいあんた! 大丈夫か、おい!」

 

 思わず駆け寄った和輝は、青年の身体を抱きあげ、揺さぶる。最初は死んでいるのではないかと思ったが、青年はかすかに呻き声を上げ弱弱しく瞼を上げた。

 目の焦点があっていく。その視線が和輝を見据えた。 

 青年の瞳に宿る理解の光。そして驚き。

 緑の瞳。とても澄み切った瞳。思わず吸い込まれそうになる。同時に、心臓がドクンと高鳴った。なぜだかわからない。和輝の意思を離れて心臓が高揚している。

 

「う……」

 

 呻き声。生きている、意識もはっきりしているようだ。

 

「君、は……、まさか……」

「いいからじっとしてろ! 今、病院に連れてってやるから!」

 

 そう言って青年を抱きあげようとした和輝だったが、他ならぬ青年自身の手によって阻まれた。

 和輝の右腕を掴む男の手。重傷とは思えない力強さに、和輝の眉が驚きに上がる。

 

「病院はダメだ。ほかの人を……、巻き込んでしまう。……君も早く逃げるんだ。ボクといたら……、君まで危険に巻き込まれる……。早く……あいつが……、カイロスが来る前に……ッ!」

 

 青年の言っていることは和輝にはよくわからなかった。だが、

 

「こんな重傷人置いていけるわけないだろ。いいから早く――――」

 

 無理やりにでも青年を病院に連れていこうとした時、それ(、、)が来た。

 

『こんなところにいたか、ロキよ』

「あっははは。見つけましたよぉ?」

 

 享楽的な声と重く深く、そして暗い声が誰もいない路地裏に響く。弾かれたように振り返った和輝が視たのは、一人の女と一つの異形。

 女は、三つ編みにした黒髪に、黒い瞳、大きな丸眼鏡をかけた姿。おとなしい、木陰で本を読むのが何より楽しみな文学少女という風情。ただし身に纏った黒に白いフリルをあしらったゴスロリドレスがその印象を裏切っている。この女が出したであろう正気を外した声も含めて。

 そして異形。女の三倍以上ある体躯、異様に長い前髪、荒んだ金髪、僅かに覗く赤い左目、全身を黒い甲冑で覆い、さらに鎖で雁字搦め。おまけに各所に見えるでたらめな時間を刻む時計と、異形の背後にある一際巨大な時計の文字盤。

 

「な……」

 

 絶句する和輝。突然現れた、明らかに人間ではない異形に言葉もない。

 

「カイロス……ッ!」

 

 ロキと呼ばれた青年が歯噛みする。カイロスと呼ばれた異形の視線が、ロキを、次いで和輝を射抜いた。

 

『ふん。人間か。とるに足らぬくせにやたらと増える。気に入らない。貴様も止まれ(、、、)

「やめろカイロス!」

 

 制止を叫ぶロキの声。だがカイロスは聞かない。カイロスの背後の文字盤、その長針と短針が動きだす。

 次の瞬間、和輝の周囲に、彼の身体を透かすように無数の文字盤が浮かび上がった。

 

「な、なんだ……これ……?」

『この文字盤は貴様の肉体の時間よ。これが止まった時、小僧、貴様の時間も止まる』

 

 カイロスの言っていることは半分もわからない。だが実感できた。

 体の動きが鈍い。和輝の身体から浮かび上がっている時計の針の動きが遅くなるごと、和輝自身の身体の動きがどんどん鈍くなる。

 いや、身体だけではない、思考もどんどん鈍くなっていく。今自分が何をすればいいのか、どう行動するべきなのか頭に浮かんでこない。

 

「あ……」

 

 止まる。という表現が、これほどふさわしい状況もあるまい。時計の針が止まりかける。その刹那、

 

「これを!」

 

 今にも和輝の身体の時間が止まりそうになった時、ロキが和輝に向かって何かを投げ渡した。いかなる偶然か、それ(、、)はするりと和輝の手の中に収まった。

 次の瞬間、硝子が砕けるような音とともに和輝の身体から浮かび上がっていた時計の群が一つ残らず砕け散った。

 

「ッ!?」

「今だ!」

 

 ロキが女とカイロスに向かって右手をかざした。次の瞬間、ロキと和輝、女とカイロスを隔てるように閃光が(ほとばし)った。

 

 

 

 光が収まった時、女は目の前にいたはずのロキと和輝の姿が消えていることに、訝しげに眉をひそめた。

 

「おかしいですねぇ。パートナーの人間と契約していない神様は、その力を使えないんじゃないんですかぁ?」

『あの瞬間、ロキはあの小僧に神のカード(、、、、、)を渡していた。それによって仮にだが、契約が成立した。今あの小僧は神々の戦争の参加者だ(、、、、、、、、、、)。だから我の力も弾かれた。直接害するタイプの力は契約者には通用しないからな』

「なるほどぉ。じゃあ、やり方を変える必要がありますねぇ」

『その通りだ。奴がパートナーを見つけたというなら、真正面からルールに則って潰すだけだ。混ざりものごとき、ましてやそんな奴が選んだ人間になど、負けるはずがない。そうだろう、人形?』

「はぁい。その通りですよぉ、カイロス様」

『行くぞ人形。まずは奴らをあぶりだす』

「はぁい」

 

 カイロスの姿が唐突に消える。実際にいなくなったわけではない。姿を消しただけだ。

 そして、カイロスに人形と呼ばれる女、久々津舞(くぐつまい)(きびす)を返した。その顔にはこれから起こることを想像しての喜悦の表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 舞とカイロスの襲撃から辛くも逃れた和輝とロキ。和輝はロキに肩を貸しながらなんとか落ち着ける場所を探して街を歩いていた。

 

「なぁあんた。大丈夫か? 大丈夫だったら教えてくれ。首を突っ込んだ側から聞いて申し訳ないが、ありゃ一体何なんだ?」

「そう、だな……。一応言っておくけど、信じられないと思うよ?」

「信じられない事態ならもう直面してる」

 

 小さな空地を見つけ、和輝はロキを近くの壁にもたせ掛けさせた。本当はちゃんと治療したいが、この状況で話してそんな暇があるのか。そして、不自然なまでに誰とも出会わないのは何故か。

 

「そうだね……。とりあえず、ボクについて語ろうか」

 

 言って、ロキは自分の胸に手を当てた。心なしか、さっきよりも顔色がよくなっている。いや、心なしではない。あれだけの重傷が、まるでビデオの逆再生のようにどんどん塞がっていくではないか。

 驚愕に絶句する和輝に対し、ロキは明かす。己の正体を。

 

「ボクの名前はロキ。北欧神話にその名を連ねる、神様さ。そしてあいつはカイロス。ギリシャ神話の、神だよ」

「は……?」

 

 確かに異常な事態に次々と直面してきた和輝だったが、一瞬意識が空白になった。神、ゴッドときた。

 さすがにそれは突飛すぎる。今までの異常事態をもってしてもにわかには信じられない単語だ。

 だが、和輝の心臓がまたトクンと高鳴った。心臓の鼓動が、脳裏に走った直感が、信じろと言っていた。

 

 

 ――――ビジョンが走る。赤と黒に色分けされた世界。その中で現れた新しい色。無事だった人。

 

 

「……分かった。あんたの言うことを信じるよ。既に俺の感覚も麻痺してんのかな。だが聞きたい。ここまで関わったんだ。聞かせてくれ。あのカイロスってやつがなんで、一体何が起こっているのか」

「そうだね。巻き込んでしまったし、君ももう、無関係ではいられないし、話すよ。ことの始まりから。なぜボクたちのような神々が、人界をうろついているのかもね」

 

 そしてロキは語りだした。これからの、長い長い、神々の戦争についてのあらましを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:対決

 昔々、それはもう、気が遠くなるほどに昔の話。

 世界には、たくさんの神様がいました。

 神様達は互いに、それぞれの世界と国と家臣と、自分自身を崇める人間達を作りました。

 互いに好き勝手やっていた神様達は、やがて、ふと、一つの疑問に行き当たりました。

 

 

 結局、誰が一番偉いのだろう?

 

 

 誰もが自分こそが最も偉く、そして最も力のある神であると言いました。

 議論は何年も何十年も何百年も何千年も続き、それでも一向に結論が導き出されることはありませんでした。

 そんな時、一柱の神様が言いました。

 

 

 ならば、神々の王様を決めようじゃないか

 

 

 その神様が持ちかけたのは、一番偉く、そして一番強い神様を決めるゲーム。種目を設定し、ルールを設定し、人間の世界に干渉し、神様達は舞台が整うのをじっと待ち続けました。

 それから気の遠くなる、数えるのも億劫になるほどに長い時間が流れ、ついに、ゲームの舞台が整いました。

 

 

 これから幕が上がります。神様の中でも“予選”を勝ち抜いた神様達によって行われる、たった一度、神様たちの競演によって繰り広げられる、ゲームの幕が。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「そして、ボクらのゲームが始まった。ルールも、方法も決めてね。でも現在、神々は人界(じんかい)にみだりに干渉しないことにしているんだ」

「そうなのか?」

 

 疑問顔の和輝(かずき)にロキは首肯。そのまま説明を続ける。

 

「かつての、それこそ神代の時代ならともかく今この現代社会に神は不必要に干渉しない。神の存在証明がそのまま世界の崩壊につながりかねないからね。神々だってせっかくここまで世界が大きくなったんだ。わざわざ混乱と破壊をもたらすようなことは極力(、、)したくないはずさ」

 

 確かに、多くの宗教が世に蔓延るこの時代に神々が降臨すれば世界は混乱の坩堝(るつぼ)となるだろう。

 

「だから、代わりに人間を橋渡しすることにした」

「人間を……。だからあのカイロスってやつに、女が一人付き従っていたのか」

「あれを、付き従っていたというべきかどうか、疑問の余地があるけどまぁその通り。神々はパートナーとなる人間を一人選び、契約を交わす。そのうえで行われるゲーム。それこそ、この世界で人種、国籍、性別、年齢、あらゆる一切を問わず親しまれ愛され、大流行しているゲーム。つまり、契約を交わした人間同士のデュエルモンスターズだ」

「デュエルモンスターズが?」

 

 困惑顔の和輝。それも当然だろう。今までの神々の王を決める戦いとデュエルモンスターズがいまいちつながらない。そもそも、

 

「なんでわざわざ人間が作ったゲームで、人間使って代理戦争みたいなことをするんだ? いやまぁ、人間の世界に不用意な干渉しないからってのは分かったけど」

「逆だよ。人間が作ったゲームに神が目をつけたんじゃない。神々の王を決める戦い、題して神々の戦争のために、デュエルモンスターズが作られたんだ」

「ッ!」

 

 がつんと頭を殴られたような言葉だった。和輝の目が見開かれ、かすかに体がよろける。

 デュエルモンスターズは世界中で愛されている。和輝も、このカードゲームが大好きだ。プロデュエリストを目指すことも、画面の向こう側で活躍する彼らに憧れを抱いた気持ちが理由の一つだ。

 だがその始まりが、まさか神のエゴのためだったとは……。

 しかし同時に、どこか納得できるものでもあった。

 そう、デュエルモンスターズには何故かオカルトの噂が絶えなかった。

 曰く、実際にダメージを与える闇のカード。

 曰く、本当に神が宿ったかのような、不可思議な現象を起こす神のカード。

 曰く、カードの精霊。

 それらはデマと切り捨てられたが、たった一つ、今も声高に真実であると公式に声明されている都市伝説があった。

 デュエルモンスターズの生みの親。クラインヴェレ社の現CEOにしてデュエルモンスターズチーフデザイナー、ルートヴィヒ・クラインヴェレ。

 彼は以前、デュエルモンスターズについて、メディアに向かってこう言っていた。

 

 

――――このゲームは私が開発したものではない。ある日、私の枕元に神々(、、)が下りてきた。私は彼らの言うとおりに、このゲームを作りあげただけだ。

 

 

 そんなオカルト的な話の真偽が、図らずも今、この瞬間に明らかになったのだ。

 

「そんな事実があったなんてな……」

「ショックだったかな?」

「ああ……、さすがにな。けど今は話を続けよう。それで、神は人間と組む。けど人間側はよくそんなことを承諾したな」

 

 和輝の言葉にロキの表情が曇った。

 だがそれも一瞬、ロキの表情は元の説明顔に戻った。

 

「人間側にもメリットはある。まず最大のメリット。それはね、この戦いに勝ち残った一組のうち、神は神々の王になれる。そして人間は、どんな願いも一つだけ叶えてもらえるんだ」

「願いを……? どんなものでもか?」

 

 そう、とロキは頷く。

 

「どんな願いもだ。有史以来、人類が望んでやまなかった不老不死でも、死者の蘇生でも、使いきれぬ富でも、世界征服でも、容姿の変容でも、なんでもあり、だ」

 

 確かにそれは、かなり魅力的に思える。それこそ他を蹴落としてでも掴み取りたい禁断の果実だ。

 そしてそのためならば、どんな非道なこともできるという人間も、いるだろう。

 

「じゃあ、さっきのカイロスってやつと、あの女も、神々の戦争の参加者ってわけか」

「うん。そして、カイロスがボクを襲ったのにも理由があってね。ボクたち神々は、神々の戦争の期間中、人界ではパートナーとなる人間を見つけなければその力を振るえない。

 だからこそ、いち早くパートナーと見つけた神は、ほかの、まだパートナーを見つけていない神を攻撃するんだ。それで致命傷を負わせられればデュエルを介することなく、神を脱落させられる。

 今、ボクは君に神のカード(、、、、、)を渡すことて、君とボクの間に仮契約を結んでいる。だからさっきカイロスたちから身を隠す力を行使できたんだ」

「仮契約……」

「そう、だから――――」

 

 ロキの目が、じっと和輝を見据えた。

 

「君は、ここで降りてもいいと、そう思うよ。超常現象だけじゃない、命だって、かけるんだ」

 それはロキから和輝への真摯な忠告だった。和輝は一瞬沈黙。ロキの忠告に対して何か言おうとして―――――

 

 

『聞こえるか、ロキ? 人間の小僧?』

 

 

 天から重く響き渡る、声がした。

 

「え?」

 

 和輝が周囲を見渡す。だが何もない、誰もない。

 ただし和輝とは対照的に、ロキは険しい表情で中空を睨んだ。

 和輝もまた、ロキと同じ方向に目を向ける。

 そこに、いた。

 中空に浮かぶ、カイロスの姿。ただ、その姿はかすかに透けており、後ろの雲がカイロスの身体を透けて見えていた。

 

「見つかったのか!?」

「いや、違う。カイロスが自分の姿を映像として投影してここいら一帯に見せつけているだけだ。にしても、ずいぶん派手なことをする。人間に見つかってパニックになってもいいと思っているのか? それとも、まさか……」

 

 ロキの顔が青ざめていく。カイロスの映像が言葉を紡ぐ。

 

『聞こえていなくとも見えているだろう? これを』

 

 言って、カイロスの周囲の光景が空に映し出される。

 どこかの学校のようだった。

 そこには、さきほどの和輝と同じく、身体から無数の時計を浮きあがらせた人々の姿があった。

 身体から透けて出ている時計の針は止まっており、人々もピクリとも動いていない。まるで死んでいるようだ。

 

「やっぱり、カイロスめ。人間たちの時間を、手当たり次第に止めているのか!」

「時間を……止める……?」

 

 その時和輝の脳裏のよぎったのは、今朝聞いたニュース。隣町で発生している連続昏睡事件。正常な肉体なのに、意識だけが戻らない被害者たち。

 彼らはカイロスに時間を止められたのだとすれば?

 和輝がその予測をロキに話すと、ロキは黙って首肯、その後こう続けた。

 

「ボクを追っていた時、カイロスはボクが人間に近づくと、その人間の時間を止めていた。ボクに契約をさせないためだ。

 

 けどボクは君と仮契約を交わした。だからカイロスは、今度は真正面からボクら(、、、)を潰すことにしたんだ。そのために――――」

 ロキに言葉の続きは、偶然タイミングがあっただけだろうが、カイロスが告げていた。

 

『この街全員の人間の時間を止めた。さっさと出てくるがいい。出てこなければ、このような事態が起こるぞ』

 

 カイロスの悦楽を秘めた笑み。そして、彼の契約者、久々津舞(くぐつまい)が、やはり常軌を逸した悦楽の笑みを浮かべてやってきた。

 その小脇には、七歳くらいの男の子が抱えられていた。

 そして、カイロスの視線が子供で止まる。次の瞬間、異変が起こった。

 子供の身体から浮かび上がっていた無数の時計。針を止めていたそれらが一斉に、それも目にもとまらぬほどの高速で動きだしたのだ。

 

「あ…………」

 

 子供が小さな呟きを漏らした。だがその呟きさえも置き去りに、彼の時は進む。

 

「やめろカイロス!」

 

 和輝の隣でロキが叫ぶ。和輝は、心臓が痛いくらいにドクンドクンと叫んでいるのを感じていた。

 時計の針が進むにつれて、子供の身体が強制的に成長していく。急に伸びていく背丈、高くなる視野、変化していく体格に戸惑う暇もなく、今度はどんどん老衰していく。

 子供は少年になり、次いで青年に。瞬く間に中年になって初老に変じ、最後には白髪を振り乱し、自力で立つこともできないほど衰えた老人となった。

 さっきまで子供だった老人の口元が動いたが、もごもご言っているだけで言葉にならない。

 やがて、老人は力尽き、その場に倒れ伏した。この瞬間、これ(、、)はもう老人ではなく、ただの乾いた骨と皮の塊に過ぎなくなった。

 さらに時計の針は進む。すると見る見るうちに老人だったものは輪郭を崩れさせ、からからに乾いた紙のように、自然と形を崩していく。

 やがて一陣の風が、原型さえなくなったかつての老人を運んで行ってしまった。

 人が死んだ。ひどくあっけなく。ただの見世物として。

 和輝の心臓が痛いくらいに高鳴っている。ただし恐怖からくる鼓動ではない。体中から怒りが、こんな理不尽を許してはならないという熱い思いがマグマのように湧き上がってくる。

 

「ロキ、もう、うだうだ言うのはやめだ。俺は、こいつを、このカイロスとかいう糞野郎を許せない。俺のほうから頼みたい、あの野郎をぶっ倒すために、協力してくれ」

「…………ボクは、邪神として人間たちの間に広がっている神だよ? 簡単に、信用していいの?」

 

 ロキの最後の質問、そして意思確認。和輝の心の奥底で、怪物が囁く。

 楽しいなぁ、楽しいなぁ。ここで首を突っ込めば、パパとママのところに行けるかもしれないぞ? 務めて無視した。

和輝は首肯。己の左胸に右手を当て、

 

「いいと、そう思う。傷だらけのお前を見つけた時、ほかの人間を巻き込めないからと、病院を断ったお前なら。そして、他ならぬ俺を巻き込まないために、俺を遠ざけようとしたお前なら。俺は信じられる」

 

 そして和輝は、改めてロキと向き直った。右手を差し出し、言った。

 

岡崎(おかざき)和輝だ。よろしく頼む」

「ありがとう、和輝」

 

 名前を預ける。その行為に秘められた信頼に、ロキは笑みを浮かべた。邪神だの、欺瞞の神だの、悪戯の神などと呼ばれる神話の評価から真逆となる、邪気のない笑みだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 カイロスと舞は、とある小学校に陣取っていた。

 放課後なのが幸いして人の姿は少ない。だがまだ居残っていた生徒や、教師などは時間を止められ、リアルすぎる彫像のように佇んでいた。

 

「あはははは、来ましたねぇ」

『手間が省けたな。来なければ次の人間を老い殺すところだった』

 

 和輝とロキは無言。ただ、地面に無残な姿をさらしている男の子に視線を向けるにとどめた。

 

「一つ、聞きたい」

『なんだ?』

 

 怒りを押し殺した和輝の声音。カイロスはその怒りさえも心地いいと言わんばかりに体を揺すらせる。

 和輝の指先が舞を指し示した。

 

「その女、様子がおかしいよな。何かしたのか(、、、、、、)?」

 

 和輝にとって、この質問は重要だった。

 ロキは言っていた。神によっては、人間を完全に道具にしてしまうと。

 洗脳し、自由意志を奪い、自分に都合のいい人形にしてしまうと。

 そしてそう考えるなら、舞のちぐはぐな雰囲気にも納得できる。その狂気的な表情と言動も。

 

『なんだそんなことか』

 

 カイロスは嘆息。そして、言った。

 

『人形の意思などいらん。踊り続けるのに、そんなのは邪魔だだけだ。だから消した、歪めた、洗脳した。それがどうかしたか?』

 

 ある意味、予想通りの回答だった。和輝が握りしめた拳が、白く染まっていく。

 

「よーく分かったぜ。てめぇみたいなやつは、絶対に、ぶっ倒さなきゃならないってな!」

 

 叫び、和輝は左腕に装着していたデュエルディスクを起動させた。カイロスが満足げに笑った。

 

『それでいい。正面から潰してやる。バトルフィールド、展開!』

 

 瞬間、世界が変わった。

 

「ッ!?」

 

 一見すると何の変化もない。だが、それは周囲の景色に限った話。

 今、和輝たちがいる場所は変わらず小学校の校庭だが、和輝たち以外人間が一人もいなかった。

 

「和輝たちがいる空間と、少し位相をずらした空間だ。ここでなら気兼ねなく暴れられる(、、、、、)

『さぁ、始めるぞ人形!』

「はぁい、カイロス様ぁ」

 

 舞もまた、左腕に装着したデュエルディスクを起動する。同時、彼女の胸元から青い光が放たれた。

 光の正体は青い宝石。服を透かし、舞の身体に直接埋め込まれていることを和輝には感じ取れた。

 同時、和輝もまた、己の胸元に疼きを感じた。

 舞と同じように、和輝の胸元からもまた光が発される。ただしこちらは赤い。炎を結晶化したような赤い宝石が、和輝の胸元から服を透かして現れていた。

 この宝石、宝珠こそ、神々の戦争の参加者の証。ここへの移動中にロキより渡された神々の戦争への参加資格だ。

 神と正式に契約を交わした人間は個の宝珠を埋め込まれ、バトルフィールド時に表に出てくるらしい。

 

「気をつけてくれ、和輝。その宝珠を破壊されたら、ボクらの負けだ。ここでの戦い方やルールはやりながら説明しよう」

「分かった。頼むぜ」

「神のカードはすでに君のデッキに入っている。幸運を」

 

 言って、ロキの姿が空気に溶け込むように消えた。カイロスもまた、身を震わせ、

 

『人形、この程度のやつに負けるのは許さんぞ』

「はぁい、カイロス様ぁ」

 

 カイロスの姿も消える。残ったのは二人の人間だけ。

 互いに視線を交わし合う。そして、

 

決闘(デュエル)!』

 

 和輝にとって、神々の戦争の初陣の幕が切って落とされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:機械人形の乱舞

 七年前の東京大火災。そこを生き残った和輝(かずき)

 熱と痛みと疲労と寒気で意識は途切れたが、最後の瞬間まで覚えていたのは、自分は堂々巡りの末、結局地獄の出発点に戻ってしまったことだけだった。

 和輝は気を失った時、明らかに致命傷だった。

 重度の火傷、破片か何かで切ったのか、(おびだた)しい量の血を流し、そんな状態で――子供の足だが――長時間歩いたせいで疲労も蓄積されていった。

 そして結局地獄から抜け出すことができないまま、和輝は意識を失った。

 次に目覚めた時、和輝は病院だった。なぜか、火傷や、致命的な傷を負っていたはずなのに、そのような傷は見られなかった。

 ただ、髪の色だけが、一本残らず白に変わっていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 神々の戦争。神は人間を何とも思わない。だとすれば、目の前の敵、カイロスのように、多くの犠牲者を出す行為を進んで行う神も、もっとたくさんいることだろう。

 許せるものではない。絶対に。

 和輝にとって、絶対に負けられない戦いが始まった。

 

 

和輝LP8000手札5枚

(まい)LP8000手札5枚

 

 

「私の先攻ですねぇ。ギミック・パペット-シザー・アームを召喚しますよぉ」

 

 カイロスの契約者、久々津(くぐつ)舞は、相変わらず甘ったるい声でカードを操る。

 彼女のフィールドに現れたのは、両腕が、それぞれ巨大な鋏の片刃になっている人形モンスター。紫一色で、服も来ていない、シンプルなデッサン人形といった風情の本体に、手首から先が前述した鋏の刃となっている。

 

「シザー・アームの効果でぇ、デッキからギミック・パペット-ネクロ・ドールを墓地に送りますねぇ」

「ギミック・パペットか……」

 

 苦い表情の和輝。知ってるデッキ? とロキの声が脳裏に響く。和輝は突然聞こえたロキの声に驚き、辺りを見回した。

 

(驚かないで。ボクは今姿を消しているけどいなくなったわけじゃない。君だけに聞こえる思念の声だ)

「なるほどな。で、さっきの質問だが……、ギミック・パペット。確かに知ってるデッキだ。前にプロデュエリストが使っている試合を見たことがある。カテゴリーの拡張性は低いが、レベル8のモンスターが並びやすく、従ってランク8のエクシーズが主流になる、厄介なデッキさ。エクシーズ殺しもあるしな」

 

 言っている間に、舞が動いた。

 

「カードを一枚セットしてぇ、ターン終了ですよぉ」

 

 

ギミック・パペット-シザー・アーム 闇属性 ☆4 機械族:効果

ATK1200 DEF600

このカードが召喚に成功した時、デッキから「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 カードをドローした和輝は、一度舞のほうに目を向ける。

 カイロスによって洗脳された女。彼女は完全に神の手駒だ。解放するには、勝つしかない。

 

「クルセイダー・オブ・エンディミオン召喚」

 

 和輝の手札からカードが繰り出され、デュエルディスクがそのモンスターを投影。彼のフィールドに、体の各所に赤い宝珠をつけた青い甲冑を全身に身に着けた魔法使いモンスターが召喚される。

 

「バトルだ! クルセイダー・オブ・エンディミオンでシザー・アームに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、クルセイダー・オブ・エンディミオンが右の(こぶし)をシザー・アームに向かって突き出す。

 次の瞬間、深緑色の魔法陣が展開、そこからエメラルドグリーンの光弾が放たれ、シザー・アームに直撃、派手な音とともに粉砕した。

 

「くぅ……ッ!」

 

 戦闘ダメージが入ると、舞が苦しげに胸を抑えた。

 

(戦闘ダメージのフィードバックだ。受けたダメージが大きければ大きいほど、フィードバックもまた大きくなる。気をつけてくれ)

 

 ロキの説明が脳裏に入る。和輝は苦く重い唾を飲み込んだ。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン 光属性 ☆4 魔法使い族:デュアル

ATK1900 DEF1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、フィールド上の魔力カウンターを置く事ができるカード1枚を選択し、そのカードに魔力カウンターを1つ置く事ができる。この効果で魔力カウンターを置いたターンのエンドフェイズ時まで、このカードの攻撃力は600ポイントアップする。

 

 

和輝LP8000手札4枚

舞LP8000→7300手札3枚

 

 

「私のターンですねぇ、ドロー」

 

 ダメージから回復した舞。彼女は先ほどの痛がり様が嘘のような享楽的な笑みを浮かべ、ドローカードを確認。そして、脳裏に響いてくるカイロスの声に耳を傾けた。

 

(人形、このターンで仕掛けるぞ。いいな?)

「勿論ですよぉ、カイロス様ぁ。だって、そのために前のターン、ダメージ覚悟で仕込んだんですからぁ。墓地のシザー・アームを除外して、墓地からギミック・パペット-ネクロ・ドールの効果発動! ネクロ・ドールを特殊召喚しますよぉ!」

 

 ぼこりと音を立てて、小学校の校庭の地面が一部盛り上がり、地面の下から黒い棺が現れた。

 棺の蓋が、重々しい音を立てて開かれ、中から頭や腕に包帯を巻いた女の子の人形が現れる。

 頭に巻いた包帯からは血が滲み出ており、右目の眼窩(がんか)からも赤黒い血が流れているその有様は不気味というしかなく、残ったガラスの左目からは明らかな意思が窺えた。もっとも、和輝が感じたのはどす黒く形容しがたい、感情ともいえない“何か”だったが。

 

「さらにぃ、ギミック・パペット-ギア・チェンジャーを召喚しますねぇ」

 

 ネクロ・ドールの傍らに、新たなギミック・パペットが現れる。

 外見はネクロ・ドールと比べるとかなり人形から乖離(かいり)している。

 一応二本の足と手はあるが、胴体部は丸々何かのギアになっており、左手がギアのレバーを握っている。

 

「ギア・チェンジャーの効果発動ぅ。このカードのレベルをネクロ・ドールと同じ8にしますねぇ」

 

 舞の宣言と同時、ギア・チェンジャーの左手がレバーを動かす。ガチャンガチャンとギアが切り替わっていき、一回レバーが動かされるたび、ギア・チェンジャーのレベルは一つ上がる。七度目で止まった時、そのレベルは8、ネクロ・ドールと同じだ。

 

「いきますよぉ。ネクロ・ドールとギア・チェンジャーをオーバーレイ!」

 

 両手を広げ、高らかに宣言する舞。彼女の頭上に、渦を巻くに宇宙を思わせる空間が展開する。その空間に、紫の光となったネクロ・ドールと黄色い光となったギア・チェンジャーが飛び込んでいく。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が起こる。その粉塵から、新たな影が見え隠れした。

 

「さぁ出番ですよぉ! 天上の調べを奏でてくださぁい! No.(ナンバーズ)40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス!」

 

 現れたモンスター。背中の左側から天使のような翼をはやした男性型の機械人形。右手に巨大な両刃剣を備え、首下から左肩までの胴体部が展開し、間に竪琴の弦を思わせる糸が張り巡らされていた。

 その翼部分に自身のナンバーである「40」を刻み、周囲に二つの光球を衛星のように旋回させている。

 

(あれは……、ボクに袈裟斬りかましてくれたモンスター!)

「これがギミック・パペットの真骨頂だ。とにかくランク8のエクシーズモンスターを呼びやすい。おまけに打点3000、俺のデッキで超えるのはちょい苦労するぜ」

 

 ひきつった笑みの和輝。その様子を、舞とカイロスが愉快そうに見据える。

 

(攻め時だ人形。あの小癪な小僧を攻め殺せ)

「心得ていますよぉ、カイロス様ぁ♪ バトルフェイズ、ヘブンズ・ストリングスでクルセイダー・オブ・エンディミオンに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、機械人形が関節の駆動音を上げながら和輝のクルセイダー・オブ・エンディミオンに肉薄。手にした肉厚の剣を振り上げる。

 

「確かに打点3000は厄介だ――――。だから、まともに殴り合わない。リバース速攻魔法発動! ディメンション・マジック!」

 

 和輝の足元に投影されたリバースカードが(ひるがえ)る。直後、彼のフィールドにいたはずのクルセイダー・オブ・エンディミオンの姿が消失。クルセイダー・オブ・エンディミオンは、人型の棺の中に収納され、獲物を失ったヘブンズ・ストリングスの剣が空を切った。

 

「ディメンション・マジックの効果で、手札からブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 棺が開かれる。中から現れたのは、黒衣に身を包んだ眉目秀麗な魔術師。右手に手にした杖をくるりと回し、無手の左手の人差し指を立て、チッチッチと挑発するように指を左右に振っている。

 

「ディメンション・マジックの効果によって、ヘブンズ・ストリングスを破壊!」

 

 ブラック・マジシャンの左手がつきだされ、黒色の波動が放たれる。その一撃を受けたヘブンズ・ストリングスが頭部から肩、腰、足と順々に破壊されていく。

 

(なるほど、前のターンにディメンション・マジック(そのカード)を使って追撃しなかったのは、返しのターンで攻撃力3000のモンスターが来るとわかっていたからだね?)

「ギミック・パペットなら知ってるからな。俺が前に見たプロのデュエルも、主軸はヘブンズ・ストリングスの3000打点だった。なら、確実にくる反撃を予測して、ディメンション・マジックは温存しておいたのさ」

 

 そして和輝の狙いは的中した。舞は主力モンスターを早々に破壊されたので、これデュエルの流れは和輝に傾いた。

 かに見えた。

 

「甘い! 甘いんですよぉ! リバースカードオープン! リビングデッドの呼び声!」

「何!?」

 

 返礼とばかりに舞の足元の伏せカードが翻る。直後、先程破壊したはずのヘブンズ・ストリングスが復活。無機質な作り物の双眸を和輝とブラック・マジシャンに注ぐ。

 

「ヘブンズ・ストリングスが破壊されることを見越していたのか!?」

「残念でしたぁ。この程度で止まるほど、私とカイロス様が作ったデッキは温くないんですよぉ! ヘブンズ・ストリングスでブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 もう一度、攻撃宣言が下る。ヘブンズ・ストリングスが一度は空ぶった大剣をもう一度振り下ろす。

 今度は邪魔もなく、杖を盾代わりに掲げたブラック・マジシャンの身体を、杖ごと両断した。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 痛みが走る。和輝の、まさに宝珠が埋め込まれている部分から中心に、痛みが電流の様に走り抜けたのだ。

 

「これが、ダメージのフィードバックか……ッ! 確かに何度も喰らうのは辛いかもな……ッ!」

「安心している暇なんかありませんよぉ? 手札から速攻魔法、パペット・リペアリングを発動! ヘブンズ・ストリングスを破壊して、エクストラデッキからCNo.(カオスナンバーズ)15 ギミック・パペット-シリアルキラーを特殊召喚しますよぉ!」

 

 がしゃんと、見えないハンマーで殴り壊されたように、ヘブンズ・ストリングスが上からの衝撃で破砕される。砕け散った破片が散乱するなか、破片たちがひとりでに動きだして、再び組み合わさる。

 現れたのは、ヘブンズ・ストリングスを遥かに超える巨大な人形。

 金色のボディに血管の用に走る赤いライン。背後には銀色の球体ユニット、そこを中心に左右に開く同じく銀色の翼。その攻撃力は2500とヘブンズ・ストリングスよりは低いが、がら空きの和輝のフィールドに大ダメージを与えるには十分すぎる。

 

「まだバトルフェイズは続いていまぁす。シリアルキラーでダイレクトアタック!」

 

 ダイレクトアタックの宣言と同時、シリアルキラーの口蓋(こうがい)が上がり、口腔内からがしゃんと音を立てて長い砲身のガトリングガンが銃口を覗かせた。

 

(ガードするんだ和輝! 宝珠を守って!)

 ロキの警告が脳裏に走る。弾かれたように従う和輝。シリアルキラーのガトリング砲が火を噴き、広範囲に弾丸の雨が降り注ぐ。和輝はとっさに腕をクロスさせて、宝珠を庇うようにガード。直後、弾丸が和輝に叩きつけられた。

 

「が……ッ!?」

 

 衝撃。そして和輝の身体がふわりと浮き、全身を打ちのめされた痛みとともに宙を舞う。

 墜落。背中から落下した和輝はそこで一回バウンド。さらに背から地面に叩きつけられた。肺の中の空気が吐き出されて呼吸困難になる。

 のたうち回り、何とか起き上がる。

 

「ぐ……。い、今のは、ダメージが実体化したとかそんなじゃあねえ。一体何だ……?」

 

 周りを見れば校庭の地面、弾が着弾した部分が抉れ、弾痕となっている。

 

(この神々の戦争のデュエルが通常のデュエルと違う最大の点だ。ダメージが現実になる。そして、モンスターの攻撃も実体化する。分かりやすく言うなら、質量のある立体映像(ソリットビジョン)かな。これが宝珠に当たると宝珠が壊れる可能性が跳ね上がるから、気をつけて)

「命がけっていった理由が分かった気がするぜ。こりゃ、死にかねない」

「私はぁ、カードを二枚セットして、ターンエンドですよぉ」

 

 

ギミック・パペット-ネクロ・ドール 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK0 DEF0

このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。「ギミック・パペット-ネクロ・ドール」の効果は1ターンに1度しか使用できない。また、このカードをエクシーズ召喚の素材とする場合、「ギミック・パペット」と名のついたモンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

ギミック・パペット-ギア・チェンジャー 地属性 ☆1 機械族:効果

ATK100 DEF100

このカードはデッキから特殊召喚できない。1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上の「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このカードのレベルは選択したモンスターのレベルと同じになる。

 

No.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ

ATK3000 DEF2000

レベル8モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。次の相手のエンドフェイズ時、ストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、破壊したモンスターの数×500ポイントダメージを相手ライフに与える。

 

ディメンション・マジック:速攻魔法

自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する場合、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターをリリースし、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を選んで破壊できる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

パペット・リペアリング:速攻魔法

「パペット・リペアリング」は1ターンに1度しか発動できない。(1):自分フィールドの表側「ギミックパペット」Xモンスター1体を破壊し、エクストラデッキから破壊されたモンスターよりも攻撃力の低い「ギミックパペット」Xモンスター1体を特殊召喚する。

 

CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラー 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ

ATK2500 DEF1500

レベル9モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。選択したカードを破壊する。破壊したカードがモンスターだった場合、さらにそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 

CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラーORUなし

 

 

和輝LP8000→7500→5000手札3枚

舞LP7300手札0枚

 

 

「さすがにこのライフ差はちょっと厳しいな。まぁ、すぐにひっくり返すさ。俺のターン!」

 

 カードをドローした和輝。その脳裏に、ロキの声が届く。

 

(いきなり大ダメージ。さて、どうするの和輝?)

「決まってる。やられたらやり返す。ここからは俺のステージだ! まずは魔法カード、竜の霊廟を発動! デッキからガード・オブ・フレムベルを墓地に送る。さらに墓地に送ったのが通常ドラゴン族なため、さらにもう一枚、ギャラクシーサーペントを墓地に送る。

 ここからだ! ジャンク・シンクロンを召喚! 効果で墓地からガード・オブ・フレムベルを特殊召喚! そして墓地からの特殊召喚に成功したため、手札のドッペル・ウォリアーを特殊召喚するぜ!」

 

 一気に二枚のドラゴン族チューナーを墓地に放り込み、そのうえでチューナーと非チューナーをそろえる、流れるような手並み。

 和輝のフィールドに、オレンジの耐火服の様に着膨れした服を着た機械戦士が現れる。その効果が発動。墓地から硬い甲殻と、灼熱のバリアで体を覆ったドラゴンが引っ張り出される。さらにそのドラゴン、ガード・オブ・フレムベルの傍らに、顔を隠した野戦服姿にライフルを構えた、姿が二重にぶれる(、、、)戦士が現れる。

 三連召喚。だが和輝は止まらない。右手を天へを振り上げ叫ぶ。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 お前がエクシーズで来るならこっちはシンクロだと、そう言わんばかりのシンクロ召喚。三つの緑の光の輪となって宙を飛ぶジャンク・シンクロン。その輪をくぐって二つの白い光星(こうせい)となったドッペル・ウォリアー。そして、白い輝きが辺りを照らした。

 

「集いし五星(ごせい)が、知識と祝福の司書官を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、GO! TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の(とばり)の向こうから、新たな影が現れる。

 学者帽に分厚いハードカバーの本、インバネスをマントのように翻し、バイザーの向こうから鋭い視線が相手を射抜く。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果発動! ドッペルトークン二体を特殊召喚!」

 

 ハイパー・ライブラリアンの両脇に二頭身のドッペル・ウォリアーともいうべきモンスターが現れる。

 

「まだだ! レベル1のドッペルトークンに、同じくレベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 二度目のシンクロ召喚。一つの緑の輪となったガード・オブ・フレムベル、その輪をくぐって一つの光星となるドッペルトークン。光が辺りに降り注ぐ。

 

「集いし二星(にせい)が、新たな地平の導き手を紡ぎだす! シンクロ召喚、駆けろ、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 新たに現れたのは、F1カーの玩具をボディに、手足と頭が生えたようなモンスター。シンクロモンスターでありながらチューナーモンスターでもある、珍しいカードだ。

 

「フォーミュラ・シンクロンとハイパー・ライブラリアンの効果を発動。合計でカードを二枚ドロー!

 

 そして、墓地のクルセイダー・オブ・エンディミオンを除外して、暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚!」

 和輝は止まらない。さらに現れるモンスター。

 

「合計レベル7、また新たなシンクロ召喚ですかぁ?」

「そうだ。見せてやるよ! レベル4のコラプサーペントと、レベル1のドッペルトークンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 三度目のシンクロ召喚。二つの光の輪をくぐった二体のモンスターが四つと一つの光星となり、光の帳を下ろす。

 

「集いし七星(しちせい)が、月華に花咲く十六夜薔薇を紡ぎだす! シンクロ召喚、開花せよ、月華竜ブラック・ローズ!」 

 

 光の帳の向こう側から、大きく翼を広げてやってくるドラゴン。

 血を啜ったような赤薔薇を思わせる姿はブラック・ローズ・ドラゴンを強く想起させる。違うのはオリジナルにはないラインが入っていることくらいか。

 

「ブラック・ローズと、ハイパー・ライブラリアン、コラプサーペントの効果発動! まずブラック・ローズの効果でシリアルキラーをバウンスするぜ!」

 

 和輝の右手の指が鳴らされる。それを合図としてブラック・ローズの翼がはばたかれ、それに伴って赤黒い風が吹く。風を受けたシリアルキラーが吹き飛ばされた。

 

「……本来なら手札に戻りますけどぉ、シリアルキラーはエクシーズモンスター。エクストラデッキに戻りますねぇ」

(姑息な真似をする)

「ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。さらにコラプサーペントの効果でデッキから輝白竜(きびゃくりゅう)ワイバースターを手札に加える。

 そして墓地のコラプサーペントを除外して、ワイバースターを特殊召喚!」

 

 二体のシンクロモンスターの傍らに現れる新たなモンスター。青い体躯に白の外皮、腕を持たないその姿は翼竜(ワイバーン)だ。

 

「バトル! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 舞に向かって和輝の三体のモンスターが一斉に襲い掛かる。微妙に時間差をつけた連続攻撃で、一体を躱したところで残りが捕まえにかかる構えだ。

 と、その時、背景を透過した状態で、カイロスが現れた。

 彼は舞に向かって号令を下す。

 

『防げ人形!』

「了解ですカイロス様ぁ! リバースカードオープン! ピンポイント・ガード! ギア・チェンジャーを守備表示で蘇生しますよぉ!」

「ッ!」

 

 息をのむ和輝。翻るリバースカード。直後に墓地から蘇生させられたギア・チェンジャーのカードが壁として立ちはだかる。

 

「ピンポイント・ガードで特殊召喚されたモンスターは戦闘、カード効果では破壊されない、か。仕方がない。カードを二枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

竜の霊廟:通常魔法

デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送る。墓地へ送ったモンスターがドラゴン族の通常モンスターだった場合、さらにデッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。「竜の霊廟」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

月華竜 ブラック・ローズ 光属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが特殊召喚に成功した時、または相手フィールド上にレベル5以上のモンスターが特殊召喚された時に発動する。相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。「月華竜 ブラック・ローズ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

輝白竜 ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

ピンポイント・ガード:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

 

「さぁてぇ、貴方のステージはこれで終わりですかぁ? だったらお返しに、次は私の人形劇(ギニョール)を見せてあげますよぉ。私のターン!」

 

 ドローカードを確認した舞は、笑みのまま和輝に視線を映した。

 否、和輝に、ではなく、正確には彼が操る月華竜 ブラック・ローズに、だ。

 

「月華竜 ブラック・ローズ。バウンス効果は厄介ですねぇ。特にレベル8を並べる必要のある私のデッキでは。でも、対策なんて簡単なんですよぉ。私は墓地のネクロ・ドールの効果を発動! ヘブンズ・ストリングスを除外して、ネクロ・ドールを特殊召喚しますよぉ!」

 

 再び地面を突き破った棺桶の中から、傷だらけの人形が現れる。和輝は渋い表情。だが、ブラック・ローズの効果は強制効果であるが故に止められない。

 

「……月華竜 ブラック・ローズの効果発動。ネクロ・ドールをバウンスする」

 

 ブラック・ローズの羽ばたきがネクロ・ドールを舞の手札に戻す。

 だが和輝は分かっていた。この展開は舞自身望むところなのだ。その証拠に、舞の笑みはさらに深まっていた。

 和輝としては、ネクロ・ドールとギア・チェンジャー。どちらをバウンスするかの二択ならば、簡単に通常召喚できてレベルを合わせられるギア・チェンジャーよりも、墓地にいてこそ真価を発揮するネクロ・ドールを手札に抱えさせた方が手札で腐るのではないかと思ったのだが……。

 

「そう! そうなんですよぉ! ブラック・ローズは強制効果! どっちを選ぼうがどうにもならない状況ってありますよねぇ! 例えば、手札にこんなカードがあっても、発動せざるを得ませんよねぇ! 手札のネクロ・ドールを捨ててトレード・イン発動ですよぉ。カードを二枚ドローですぅ」

「ッ! こんなことなら、ギア・チェンジャーをバウンスしていればよかったか」

(たらればを言っても仕方がない。どのみちブラック・ローズは新しいヘブンズ・ストリングス辺りに破壊されていただろうしね)

 

 ロキの言う通りだと、和輝は思考を切り替えた。デュエルのプレイは巻戻らない。

 そんな和輝の眼前で、舞が動く。

 

「いいカードを引きましたぁ。相手フィールドにモンスターが存在し、私のフィールドのモンスターがギミック・パペットのみの場合、手札のギミック・パペット-マグネ・ドールを特殊召喚しますよぉ!」

 

 ギア・チェンジャーの傍ら、新たなギミック・パペットが現れる。

 各所に球体関節を持ち、丸型マグネットのような頭部をした表情のない人形。子供が適当にパーツを繋ぎ合わせて作った不細工な手作り人形を思わせる。

 

「ギア・チェンジャーの効果発動。この子のレベルを8に変更しますねぇ。

 そして、ギア・チェンジャーとマグネ・ドールでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚、来てくださいよぉ、二体目のNo.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス!」

 

 二体目のヘブンズ・ストリングスが現れる。だが、いかに攻撃力が高くとも、一体だけでは和輝の布陣を攻略するには至らない。少なくともロキはそう思った。

 だが和輝の見解は違う。和輝はある一つの可能性を思っていた。根拠は舞がトレード・インでドローしたカードを確認した時に見せた、愉悦に満ちた表情だ。

 

「まずは、下準備ですよぉ。ヘブンズ・ストリングスの効果発動ですぅ。オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、このカード以外の表側表示モンスター全てに、ストリングカウンターを乗せますよぉ」

 

 ヘブンズ・ストリングス2号の周囲を衛星のように旋回していた光球の一つが消失し、次の瞬間、己の身体の弦を手にした大剣で爪弾くヘブンズ・ストリングス。そして、上空から細い糸が無数に降り注ぎ、ヘブンズ・ストリングス以外のモンスター――といっても和輝のモンスターだけだが――に引っかかっていく。

 

(これは……)

「ストリングカウンター。これを乗せられた次の相手のエンドフェイズ、つまり次の俺のターン終了時に破壊され、破壊したモンスター一体につき、500ポイントのダメージを俺に与える。が、効果発動までにカウンターの乗ったモンスターを場からどかすかヘブンズ・ストリングスを排除すれば効果を発揮できない。普通はな(、、、、)

「勿論私はそんな面倒な真似はしませんよぉ。手札から魔法カード、RUM(ランクアップマジック)-アージェント・カオス・フォースを発動しますよぉ!」

 

 舞が発動したカードを見て、和輝は舌打ち。表情も険しくなる。

 

「やっぱりか!」

「ヘブンズ・ストリングス一体で、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・カオスエクシーズ・チェンジ!」

 

 舞の頭上に赤い稲妻を迸らせる黒い、穴を思わせる空間が出現し、その空間に紫色の光と化したヘブンズ・ストリングスが飛び込む。そして、虹色の爆発が起こった。

「地獄の旋律を奏でよ悪魔の人形! CNo.(カオスナンバーズ)40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス!」

 虹色の爆発の向こうから現れた新たなギミック・パペット。

 一見するとそれはヘブンズ・ストリングスの面影があった。だがその身体はかろうじて人型を保っているものの、胴体部がほとんど弦と入れ替わっており、片翼も刃を折り重ねたような凶悪な代物に変化、手にした武器は大剣から上下双方に刃がついたダブルブレードへと変化。より攻撃性が増している。

 

「この瞬間、デビルズ・ストリングスの効果発動ですよぉ! 場のストリングカウンターが乗ったモンスターを全て破壊します!」

 

 デビルズ・ストリングスがその身体の弦を爪弾き、歪んだ旋律を周囲にまきちらす。

 耳がいたくなるどころか眩暈さえ覚えそうな魔響に、和輝は短く悲鳴を上げ跪く。

 和輝はその程度で済んだが、彼のモンスターはそうはいかなかった。突然苦しげに呻き、のたうち回り、やがて体内に爆薬でも仕込まれていたかのように、内側から爆発した。

 

「さらにカードを一枚ドロー。そしてぇ、破壊されたモンスターの中で最も攻撃力の高い数値、2400のダメージを受けてくださいよぉ!」

「があああああああああああああああああああ!」

 

 絶叫は和輝のもの。爆発の余波は彼自身を襲い、その身を吹き飛ばす。さらにダメージのフィードバックが宝珠を中心に彼の身体の内外で暴れ狂ったのだ。

 

「ぐ、くそ……ッ! ワイバースターの効果発動! デッキから、二枚目のコラプサーペントを手札に加える!」

 

 舞の背後に半透明のカイロスが出現、止めとばかりに彼女に命令を下した。

 

『いいざまだ小僧。人形、止めをさせ!』

「承知しましたぁ! バトルフェイズ、デビルズ・ストリングスでダイレクトアタック!」

 

 和輝のモンスターは全滅。そしてそのライフも今の一撃で2600にまで落ちた。この一撃を食らえば和輝の敗北だ。

 

(和輝!)

「終わる、かよぉ! リバースカードオープン! ゴブリンのやりくり上手! そしてそれにチェーンして、もう一枚のカード、強制終了を発動! 逆順処理でまず強制終了の処理が入る。ゴブリンのやりくり上手を墓地に送ってバトルフェイズを強制終了。さらにやりくり上手の処理。カードを二枚ドローして、一枚をデッキボトムに」

 

 倒れ伏したまま、和輝はデュエルディスクを操作。カードを発動して攻撃を防ぐ。戻すカードはもちろんコラプサーペント。これで和輝の手札の情報は相手から隠された。

 和輝の眼前で、デビルズ・ストリングスの刃が制止した。舞とカイロスは舌打ち。

 

『チェーンの逆順処理により、強制終了を使ってやりくり上手を墓地に送ったことで、やりくり上手発動時にはすでに一枚、やりくり上手が墓地にある状態になっていたわけか。こすっからい』

「だったらもっと追いつめてやりましょうよぉ。メインフェイズ2、伏せていた闇次元の解放を発動し、ヘブンズ・ストリングスを特殊召喚しますねぇ。この瞬間、墓地のアージェント・カオス・フォースの効果を発動し、墓地からアージェント・カオス・フォース(このカード)を回収しますよぉ。

 そしてぇ、手札から魔法カード、エクシーズ・ギフト発動しまぁす。デビルズ・ストリングスのオーバーレイ・ユニット二つを取り除いて二枚ドロー。カードを一枚伏せて、ターン終了しますねぇ」

 

 

トレード・イン:通常魔法

手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

ギミック・パペット-マグネ・ドール 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK1000 DEF1000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上に存在するモンスターが「ギミック・パペット」と名のついたモンスターのみの場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

 

RUM-アージェント・カオス・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク5以上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」または「CX」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。また、このカードが墓地に存在し、自分フィールド上にランク5以上のエクシーズモンスターが特殊召喚された時、墓地のこのカードを手札に加える事ができる。「RUM-アージェント・カオス・フォース」のこの効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ

ATK3300 DEF2000

レベル9モンスター×3

このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、自分はデッキからカードを1枚ドローする。その後、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスターの内、元々の攻撃力が一番高いモンスターのその数値分のダメージを相手ライフに与える。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。

 

ゴブリンのやりくり上手:通常罠

自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 

強制終了:永続罠

自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 

闇次元の解放:永続罠

ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択して特殊召喚する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊してゲームから除外する。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

エクシーズ・ギフト:通常魔法

自分フィールド上にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合に発動できる。自分フィールド上のエクシーズ素材を2つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングスORUなし

No.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスORUなし

 

 

和輝LP5000→2600手札3枚

舞LP7300手札2枚(うち1枚はRUM-アージェント・カオス・フォース)

 

 

 神々の戦争によるダメージが和輝の身体に蓄積されていく。だが、倒れ伏していた和輝はそれでも立ち上がる。

 ライフ差は厳しい。だが負けられない。

 心臓が力強い鼓動を打ち続けている。負けてたまるかという思いが心の底から湧き上がってくる。

 

「和輝、ずいぶんダメージを受けたけど、大丈夫かい?」

 

 和輝の背後、半透明のロキが気づかわしげに声を駆けてくる。和輝は首を横に振った。

 

「なに温いこと言ってるんだ。勝負は、ここからだ!」

 

 狂笑と嘲笑を浮かべるコンビに対し、和輝は不敵に笑って言い放った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:刻限の鬼械神

 和輝(かずき)(まい)神々の戦争(デュエル)。有利不利を論じるなら、有利なのは断然舞のほうだろう。

 ライフアドバンテージに加え、彼女のフィールドには高い攻撃力を誇るエクシーズモンスターが二体存在している。

 

 楽しいなぁ、楽しいなぁ。この窮地を受け入れれば、パパとママのところに行けるぞ?

 

 和輝の心の奥底から怪物が囁きかけてくる。とにかく無視する。

 和輝は諦めない。あと一撃、ダイレクトアタックを受ければ消し飛ぶライフであろうともそれは変わらない。むしろ不敵に微笑むのだった。

 

 

和輝LP2600手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続罠:強制終了

伏せ 0枚

 

舞LP7300手札2枚(うち1枚はRUM-アージェント・カオス・フォース)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 CNo.(カオスナンバーズ)40 ギミック・パペット-デビルス・ストリングス(攻撃表示、ORU:なし)、No.(ナンバーズ)40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス(攻撃表示、ORU:なし)、永続罠:闇次元の解放(対象:ヘブンズ・ストリングス)

伏せ 1枚

 

 

強制終了:永続罠

自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 

CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ

ATK3300 DEF2000

レベル9モンスター×3

このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、自分はデッキからカードを1枚ドローする。その後、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスターの内、元々の攻撃力が一番高いモンスターのその数値分のダメージを相手ライフに与える。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。

 

No.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ

ATK3000 DEF2000

レベル8モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。次の相手のエンドフェイズ時、ストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、破壊したモンスターの数×500ポイントダメージを相手ライフに与える。

 

 

 カイロスはひどく不機嫌だった。

 原因はもちろん、ロキのパートナーである小僧。

 差は歴然のはずだ。

 ライフ差も、フィールドも、実力も、全て。

 

 なのに諦めない。その姿勢が気に食わない。

『無駄な足掻きだ。さっさと消えろ、小僧。不愉快だ』

「無駄な足掻き……? 本当に?」

 

 不敵な笑みを浮かべる和輝は、カイロスの言葉に対しても一切動じない。カイロスは肩を揺することで嘲笑の形をとる。

 

『現実を見ていないのか? 貴様のライフはあと一撃ダイレクトアタックを受ければまず消し飛ぶ。そんな状態で、なぜ足掻く?』

「確かにお前の言うとおり、俺は今、不利な立場だ。ってことはだ、ここから逆転すれば、思いっきり美味しい(、、、、、、、、、)ってことだろうが。俺のターン、ドロー!」

 

 ドローカードを確認後、和輝は間髪入れずそのカードをデュエルディスクにセットした。

 

「強制終了を墓地に送り、マジック・プランター発動! カードを二枚ドロー!」

 

 鋭い動作でカードをドローする和輝。唯一の防御手段を自ら切り捨てた和輝を、舞が嘲笑う。

 

「いいんですかぁ? 自分を守ってくれる頼りになる盾を自分から捨てちゃってぇ?」

「いいんだよ。守る必要なんかない。攻めるからな! 手札の沼地の魔神王の効果発動! 手札のこのカードを墓地に送り、デッキから融合のカードを手札に加える。さらにデブリ・ドラゴン召喚! 効果で今墓地に落とした沼地の魔神王を特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドのチューナーと非チューナーが揃う。合計レベルは7。

 

「お楽しみはここからだ! レベル3、水属性の沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。四つの緑の光の輪となったデブリ・ドラゴンに、その輪をくぐることで三つの光球となった魔神王。そして、光が辺りを満たす。

 

「集いし七星(しちせい)が、氷獄(ひょうごく)の神槍を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚。貫け、氷結界の龍 グングニール!」

 

 光の向こう側から咆哮と、無数の氷山が隆起する轟音が連続して響く。

 氷山が壁となってそびえたち、一瞬後に内側から粉々に砕かれる。

 中から現れたモンスター。赤みがかった青い身体、四本の足で大地を踏みしめ、翼を大きく広げて咆哮を上げる。その身体から舞い散る氷の欠片が雪のように輝いていた。

 

「く……ッ! グングニール。これで私のモンスターは全滅ですねぇ」

「グングニール効果発動! 手札を一枚捨てて、デビルズ・ストリングスを破壊する!」

 

 和輝の手札からカードが一枚墓地へと送られる。それがエネルギー供給の役割でも持っていたのか、グングニールの周囲の空気が白い冷気によって包み隠され、冷気の中で次々に巨大な氷柱が生成、ミサイルのように一斉に発射される。

 氷の弾幕。避ける暇すらなく全身を撃ち抜かれ、デビルズ・ストリングスは破砕された。

 

「グングニールの効果発動時に墓地に送ったカードは代償の宝札。このカードが手札から墓地に送られた時、俺はカードを二枚ドロー。

 よし。多次元の宝札を発動。このカードの効果はエンドフェイズに発動されるので、その時に説明させてもらう。カードを一枚セットし、魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動! そしてこれのチェーンして、手札から速攻魔法、連続魔法を発動! 手札を全て捨て、龍の鏡の効果をもう一度使用する!」

「連続魔法! ということは――――」

『二連続の融合だとぉ!?』

 

 ご主人様(カイロス)の驚愕を写し取ったかのように、舞の表情もまた驚愕に塗り固められる。

 和輝の頭上に、空間の歪みが渦を作る。

 

「まずはこいつだ。墓地の月華竜 ブラック・ローズとドッペル・ウォリアーを除外融合!」

 

 一組目。頭上の渦に、和輝の墓地からブラック・ローズとドッペル・ウォリアーが吸い込まれていく。

 

「月華の十六夜薔薇よ、二重の戦士よ。今一つとなって波動の竜騎士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!」

 

 渦の中から飛び出した影。

 金縁の青い鎧、広げられた両翼、大地を打ち据える赤い尻尾、肩に担ぐように構えた突撃槍(ランス)。威風堂々とした姿の竜人型の騎士。

 

「次だ! 墓地のブラック・マジシャンと輝白竜(きびゃくりゅう) ワイバースターを除外融合!

 黒衣の魔術師よ、輝ける白き翼竜よ! 今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 二体目の大型融合モンスター。

 全身に金色の、魔術的文字が浮かび上がる緑の竜と、その背に跨るブラック・マジシャン。

 

「呪符竜の効果発動。俺とあんたの墓地の魔法カードを全て除外し、その数×100ポイント攻撃力をアップさせる。除外するのは全部で十枚。よって1000ポイント、攻撃力がアップ!」

 

 攻撃力3900、舞の陣形を壊滅させるには十分だ。

 

「バトル! 呪符竜でヘブンズ・ストリングスに攻撃!」

 

 始まる反撃。まず、呪符竜。ブラック・マジシャンが跨った竜の口が開かれ、そこから金色の息吹(ブレス)が怒涛の勢いで(ほとばし)り、ヘブンズ・ストリングスを飲み込んでいく。

 

「あぁ……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックが舞を襲う。構わず、和輝は追撃をかける。

 

「グングニールでダイレクトアタック!」

 

 二撃目。大きく上体をそらし、冷気の息吹(ブレス)を放つグングニール。舞は胸元を中心に体を丸めながら背を向け跳躍。息吹(ブレス)から宝珠を守るための避け方だったが、背中を冷気が通りすぎる。

 

「ああああああああああああああああ!」

 

 響き渡る女の悲鳴は、いつまでも聴いていたくなるものではない。

 和輝は顔をしかめながら攻撃命令を下した。

 

「最後だ。ドラゴエクィテスでダイレクトアタック!」

 

 残った最後の一体、ドラゴエクィテスは手にした突撃槍を構え、一気に降下。速度を生かした一撃を叩き込もうとする。

 

「それ、は、止めさせてもらいますよぉ。リバーストラップ、ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 ドラゴエクィテスの一撃は、舞を守るように屹立した不可視の壁によって阻まれる。攻撃を弾かれたドラゴエクィテスは空中でくるりと一回点。バランスをとって和輝のフィールドに舞い戻る。

 

「防がれたか。仕方がない。バトルフェイズを終了し、このままエンドフェイズに入る。そしてエンドフェイズに多次元の宝札の効果が発動する。このターン、俺がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した回数分、カードをドローする。俺は三回エクストラデッキからの特殊召喚を行ったので、カードを三枚ドローだ。改めて、ターンエンド」

 

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

沼地の魔神王 水属性 ☆3 水族:効果

ATK500 DEF1100

(1):このカードは、融合モンスターカードにカード名が記された融合素材モンスター1体の代わりにできる。その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。(2):自分メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ捨てて発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

氷結界の龍 グングニール 水属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF1700

チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上

1ターンに1度、手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上のカードを選択して発動できる。選択したカードを破壊する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

多次元の宝札:通常魔法

「多次元の宝札」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):発動ターンのエンドフェイズ、自分がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した数だけ、カードをドローする。

 

龍の鏡:通常魔法

自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 

連続魔法:速攻魔法

自分の通常魔法発動時に発動する事ができる。手札を全て墓地に捨てる。このカードの効果は、その通常魔法の効果と同じになる。

 

波動竜騎士 ドラゴエクィテス 風属性 ☆10 ドラゴン族:融合

ATK3200 DEF2000

ドラゴン族シンクロモンスター+戦士族モンスター

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズ時までそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る事ができる。また、このカードがフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手のカードの効果によって発生する自分への効果ダメージは代わりに相手が受ける。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

呪符竜攻撃力2900→3900

 

 

和輝LP2600手札3枚

舞LP7300→6300→3800手札3枚(うち1枚はRUM-アージェント・カオス・フォース)

 

 

「く……。私のターンですねぇ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認した舞。和輝のフィールドには三体のモンスターがおり、いずれも大型。普通に戦闘で突破するにはやや厳しい。

 

「ここが使い時ですかねぇ。墓地のギア・チェンジャーを除外して、ギミック・パペット-ネクロ・ドールを特殊召喚しますよぉ」

 

 舞のフィールドに何度目かの登場を遂げるネクロ・ドール。地面から現れた棺の蓋が開き、中から包帯を巻いた女の子の人形が現れる。ご丁寧に包帯には血が染みついているおまけつきだ。はっきり言って不気味極まりない。

 

「ネクロ・ドールをリリースし、アドバンスドローを発動しますねぇ。カードを二枚ドロー!」

 

 ドローカードを確認した舞は気に入らないと言わんばかりの目つきで舌打ち。いいカードが来なかったのか。使えるカードだがこの状況では役に立たないカードあったのか。

 

「まぁいいです。どうせ、使わないかもしれませんからねぇ。私はギミック・パペット-ボム・エッグを召喚ですよぉ」

 

 現れたのは、なんというか、言葉に困るモンスターだった。

 オレンジ色の丸顔に髭、金の巻き髪。ただしその顔は胴体も兼ねており、顔側面から腕が、下部から足が生えている。

 

「ボム・エッグの効果を発動しますねぇ。手札のギミック・パペット-ハンプティ・ダンプティを捨て、ボム・エッグのレベルを8にしますねぇ。さらに手札から二枚目のマグネ・ドールを特殊召喚しますよぉ」

 

 瞬く間にレベル8のモンスターが二体揃う。

 

「さぁ行きますよぉ。レベル8となったボム・エッグとマグネ・ドールをオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。

 舞の頭上に、星の煌めきを内包した宇宙を思わせる空間が展開、その中に黄色の光となったボム・エッグと紫の光となったマグネ・ドールが吸い込まれていく。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 頭上の空間から虹色の爆発が起こり、中から巨大な影を出現させる。

 

「出でよNo.15! 無慈悲な殺戮人形、ギミック・パペット-ジャイアントキラー!」

 

 ヘブンズ・ストリングスやデビルズ・ストリングスを遥かに超える、見上げんばかりの巨大な人形。

 漆黒の体色、無表情な顔、さらに人形でありながら全身を糸に吊られた哀れな姿。その額には自身のナンバーである「15」が刻まれていた。

 その周囲を衛星のように旋回する二つの光球。すなわちオーバーレイ・ユニット。

 

「凄いのが出てきたなぁ。あれは――――」

「前に俺が言っていた、エクシーズ殺しのギミック・パペットだ」

「さぁて、じゃあその効果をお見せしましょう! ジャイアントキラーの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、相手特殊召喚モンスターを一体破壊しますぅ! 狙いはぁ、ドラゴエクィテス!」

 

 ジャイアントキラーの周囲を旋回していた光球の一つが消失。次の瞬間、ジャイアントキラーが指先の糸を繰り出し、和輝のドラゴエクィテスを拘束。一気にジャイアントキラーのところまで引き寄せる。

 懐近くまで飛んできたドラゴエクィテスを迎え入れるように、ジャイアントキラーの胸部装甲が弾け飛ぶように外れ、中から上下に噛み合わさるように回転するローラーが覗いた。

 ドラゴエクィテスは抵抗したが抵抗虚しくローラーに飲み込まれた。

 |掘削機に掛けられた岩石のような異様な音が響く《ガリガリガリガリガリガリガリガリ》。続いて肉をひき潰す音が轟き、ドラゴエクィテスは完全に破砕された。

 

「うげ……。ひどい絵面だ」

「ああ。しかしこれでもまだマシだ。ジャイアントキラーが破壊したモンスターがエクシーズモンスターだった場合、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。だからギミック・パペット相手にはエクシーズモンスターを迂闊に召喚できねぇのさ」

「解説どうもぉ。じゃあこの効果は一ターンに二回使えることも知ってますよねぇ? ジャイアントキラーの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、今度はグングニールを破壊しますよぉ!」

 

 先ほどの焼廻し。今度はグングニールが糸に囚われ、ローラーによって挽肉の様にされてしまった。

 これでジャイアントキラーは効果を発動できず、オーバーレイ・ユニットも使いきった。

 だが舞の手札にはあのカード(、、、、、)がある。

 

「手札からRUM(ランクアップ・マジック)-アージェント・カオス・フォース発動! ジャイアントキラーでオーバーレイネットワークを再構築! エクシーズ召喚!」

 

 舞の頭上に、赤い雷を走らせる黒い穴のような空間が展開、紫の光となったジャイアントキラーがその穴に吸い込まれた。

 

「来たれCNo.(カオスナンバーズ)15! 無感情な虐殺人形! ギミック・パペット-シリアルキラー!」

 

 再び現れたシリアルキラー。その無機質な双眸が和輝を見下ろす。

 

「シリアルキラー効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、呪符竜を破壊! そしてその攻撃力分のダメージを与えますねぇ!」

 

 シリアルキラーの口腔内からガトリング砲が出てくる。だが和輝はそれより早く反応した。

 

「リバーストラップ、デストラクト・ポーション! これで呪符竜を破壊し、その攻撃力分俺のライフを回復! これでシリアルキラーの効果は対象不在で不発だ!」

 

 うまく躱した和輝。さらに彼は墓地からカードを一枚抜き出した。

 

「呪符竜の効果発動! 墓地から魔法使い族モンスター、TG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアンを守備表示で特殊召喚するぜ!」

 

 敗北の一撃を躱し、ライフを回復したのみならず、新たな壁も用意する。

 

「一枚の伏せカードで、そこまでしますか……ッ!」

『落ち着け人形。まずは壁を解除しろ』

 

 忌々しげに表情を歪ませる舞の頭上から、カイロスの重くて深い声が響く。

 一転、恍惚とした表情を浮かべ、舞は頷いた。

 

「はぁいカイロス様ぁ。

 バトルフェイズ、シリアルキラーでハイパー・ライブラリアンを攻撃しますねぇ!」

 

 シリアルキラーの口内から現れたガトリング砲が火を噴き、弾丸の雨を撃ちだす。ハイパー・ライブラリアンは抵抗もできず全身を撃ち抜かれ、ずたずたにされてしまった。

 

「ターン終了ですねぇ」

 

 

ギミック・パペット-ネクロ・ドール 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK0 DEF0

このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。「ギミック・パペット-ネクロ・ドール」の効果は1ターンに1度しか使用できない。また、このカードをエクシーズ召喚の素材とする場合、「ギミック・パペット」と名のついたモンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

ギミック・パペット-ボム・エッグ 地属性 ☆4 機械族:効果

ATK1600 DEF1200

自分のメインフェイズ時に手札から「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体を捨て、以下の効果から1つを選択して発動できる。「ギミック・パペット-ボム・エッグ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

●相手ライフに800ポイントダメージを与える。

●このカードのレベルはエンドフェイズ時まで8になる。

 

ギミック・パペット-マグネ・ドール 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK1000 DEF1000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上に存在するモンスターが「ギミック・パペット」と名のついたモンスターのみの場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

 

No.15 ギミック・パペット-ジャイアントキラー 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ

ATK1500 DEF2500

レベル8モンスター×2

自分のメインフェイズ1でこのカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊する。破壊したモンスターがエクシーズモンスターだった場合、さらにそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。この効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

RUM-アージェント・カオス・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク5以上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」または「CX」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。また、このカードが墓地に存在し、自分フィールド上にランク5以上のエクシーズモンスターが特殊召喚された時、墓地のこのカードを手札に加える事ができる。「RUM-アージェント・カオス・フォース」のこの効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラー 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ

ATK2500 DEF1500

レベル9モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。選択したカードを破壊する。破壊したカードがモンスターだった場合、さらにそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラーORUなし

 

 

和輝LP2600→6500手札3枚

舞LP3800手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 ドローカードを確認し、手札に加えた後、和輝は即座に手札からカードを引き抜き、デュエルディスクにセット。既に使うカードを決めていたのだ。

 

「魔法カード、次元連結術式を発動。ゲームから除外されている、レベル7以下の魔法使い族モンスター一体を特殊召喚する。俺はブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 バリンとガラスが砕け散るような音とともに、和輝のフィールドの頭上の空間が割れ、中から黒衣の魔術師、ブラック・マジシャンが現れた。

 

「次元連結術式の効果によって、ブラック・マジシャンモンスターの特殊召喚に成功した時、俺はカードを一枚ドローする。そして二枚目のガード・オブ・フレムベルを召喚!」

 

 再び和輝のフィールドにチューナーと非チューナーモンスターが揃った。合計レベルは8。

 

「性懲りもなくシンクロ召喚ですかぁ?」

「ジャイアントキラーがいるからエクシーズ召喚は使いにくいし、融合召喚は今無理だからな。ここはシンクロでいくぜ! レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 一つの緑の光の輪となったガード・オブ・フレムベルと、その輪をくぐって七つの光星となったブラック・マジシャン。辺りを白い光が満たした。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光の(とばり)の向こうから現れる、スターダスト・ドラゴンに酷似したドラゴン。違うのはオリジナルにはないラインが入っていることと、全身から星屑のような煌めきを振りまいていることか。

 

「バトルだ! スターダストでシリアルキラーに攻撃!」

 

 スターダストが和輝の命令を受け、一声(いなな)いた後、両翼を広げ飛翔、上体をそらして口内に貯めた白い極光の息吹(ブレス)を放つ。

 

「迎え撃ちなさい、シリアルキラー!」

 

 シリアルキラーもまたガトリング砲を放つ。

 両者の攻撃力は同じ。このままだと相討ち。だが――――

 

「スターダストの効果発動! 一ターンに一度、自分フィールドのカード一枚の破壊を防ぐ! 俺はスターダスト自身を選択する!」

 

 スターダストの身体を穿とうと迫る弾丸の群。だがそれを阻むように、スターダストを球状に包み込む薄膜のバリアが張られ、シリアルキラーの攻撃を防ぐ。結果として、スターダストの一撃のみがシリアルキラーの中枢を打ち砕いた。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

次元連結術式:通常魔法

このカードの(2)の効果はこのカードが墓地に送られたターンには発動できない。(1):ゲームから除外されている自分のレベルまたはランク7以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で「ブラック・マジシャン」モンスターの特殊召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動する。ゲームから除外されている自分の魔法使い族モンスター1体を墓地に戻す。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:通常モンスター

ATK100 DEF2000

 

閃コウ竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

「私のターンですねぇ、ドロー!」

 

 ドローカードの確認を一瞥で済ませた舞は、そのまま先ほどアドバンスドローで引いたカードをデュエルディスクにセットした。

 

「魔法カード、希望の宝札を発動しますねぇ。互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードをドローしますよぉ」

 

 発動されたのは、互いのプレイヤーの手札を大量に増やす可能性のあるドローブースト。互いの手札が少なければ自分のみならず相手にも大量ドローをさせてしまう諸刃の剣だ。

 

「けど、そんなカードを握っていたのなら、なんでさっきのターンに使わなかったんだろう?」

「希望の宝札は発動ターンに、ほかのカードの効果でドローできない制約があるんだ。さっきのターン、あの女はすでにアドバンスドローでカードをドローしてしまったから、希望の宝札は使えなかったんだよ」

 

 半透明のまま疑問符を上げるロキに、和輝の解説が入る。ロキがなるほどと頷く。その直後、その表情に戦慄が走った。そしてそれは和輝も同じだった。

 

「くくく……」

 

 顔をうつむけ、肩を震わせて笑う舞。その全身から、えもしれぬ圧力(プレッシャー)と、名状しがたい気配が放たれる。

 否、正確には、舞の全身から、ではなく、その背後、いまだ半透明で戦況を見守っていたカイロスからだ。

 

「和輝、気をつけろ。ここからが本番だ。奴が出てくるぞ……」

 

 警戒心を全開にしたロキの声音、和輝は我知らず硬い唾を飲み込んでいた。

 

「神が来る、ってわけか……」

 

 和輝の呟きを聞きつけて、カイロスが笑い、舞もまた哄笑した。

 

『やっと我が出番だ。遅すぎるくらいだぞ、人形』

「申し訳ありませんカイロス様ぁ。この程度の相手、私だけで十分だと思ったんですがぁ、意外と粘るのでぇ」

『言い訳は聞く耳持たん。さっさとしろ』

「かしこまりましたぁ。まずは墓地のネクロ・ドールの効果を発動。マグネ・ドールを除外して特殊召喚しますねぇ。もっともぉ、この瞬間、手札から速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動しますよぉ!」

「ッ!」

 

 息をのんだ和輝の眼前で、ネクロ・ドールが三体に増えていく。和輝は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「地獄の暴走召喚の効果は俺のフィールドにも効果を及ぼす。が、俺のフィールドにはシンクロモンスターのスターダスト一体のみ。当然、デッキにも手札にも、墓地にもいないから特殊召喚できない」

「そうですねぇ、というわけで、私だけ特殊召喚です。悪いですねぇ。

 さぁて、行きましょうか。三体のネクロ・ドールをリリース!」

 

 三体のネクロ・ドールが一瞬にして白い光の粒子となって消えていく。次の瞬間、舞のフィールドに凄まじい力の「場」が出来上がっていく。

 目に見えない不可視の力が渦を巻き、中心に向かって収束していく。

 舞の叫びが木霊する。

 

「来てください。刻限の鬼械神カイロス様ぁ!」

 

 力が爆発した。和輝はそう感じた。

 そして、ついに力が具現化した。

 その外見は和輝が最初に出会った時と同じ。

 宙に浮いた巨体。異様に長い、荒んだ金の前髪。髪の隙間から覗く赤い目。全身を雁字搦めに抑えつけた鎖に漆黒の甲冑、各所に埋め込まれ、でたらめな時を刻む時計と背後にある一際巨大な時計の文字盤。

 カイロス。ギリシャの神であり、その力は時を操ること、そして機会、即ちチャンスを司ること。もっとも、神話で語り継がれる姿と実際の姿は大きく乖離しているようだが。

 

『たまには自分の力を振るうのもいい。さぁ小僧、我を呼びださせたことを後悔し――――――死ね』

 

 重く深い、カイロスの声音。そして、その傀儡(かいらい)である舞が叫ぶ。

 

「さぁて、カイロス様の効果を発動しますよぉ。一ターンに一度、1000ライフを払うことでこのターンにフィールドから墓地に行った私のモンスターを全て特殊召喚します! 蘇ってくださいよぉ、ネクロ・ドール達!」

『時よ、戻れ』

 

 カイロスの全身から時計が現出、一斉に針を逆に回し始める。そして、時間がまき戻るように三体のネクロ・ドール達が復活する。

 

「次はこれですよぉ。三体のネクロ・ドールでオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発とともに、新たな影が出現する。今まで登場していなかった、最後のギミック・パペットエクシーズモンスターが。

 

「現れよNo.88! 運命を定める人形。ギミック・パペット-デステニー・レオ!」

 

 現れた新たなギミック・パペット。今までのおどろおどろしさと不気味さを併せ持っていたギミック・パペットと違い、獅子の頭部に白を基調としたカラーリング。身に纏った白の衣と合わさって威風堂々とした王道的な美しさと誇り高さを感じさせる。

 腰かけていた椅子から身を離し、手に剣を持ち和輝の前に立ちはだかった。

 

「さぁらぁにぃ、手札から魔法カード、鬼神の連撃を発動しますねぇ。デステニー・レオのオーバーレイ・ユニットを全て取り除いて、このターン、デステニー・レオに二回攻撃を付与しますねぇ」

『まだだ人形。ダメ押しだ』

 

 これで十分とは思わず、カイロスは更なる命令を舞に下す。舞もまた承諾。手札からカードを一枚引き抜いた。

 

「ダメ押しはこれですよぉ。ジャンク・パペット! これで墓地のデビルズ・ストリングスを復活させますねぇ!」

「ッ! これで奴のフィールドには強力なモンスターが三体か……ッ!」

 

 対して和輝のモンスターは閃コウ竜 スターダスト一体のみ。守りにたけたモンスターとはいえ、一体で三体の攻撃を防ぎ切れるか……。

 

「お待ちかねのバトルです! デステニー・レオでスターダストに攻撃ですよぉ!」

 

 一番槍を務めるはデステニー・レオ。手にした剣を振り下ろし、一気にスターダストを狙う。

 

「スターダストの効果発動! 自身を守る!」

 

 間髪入れず和輝が動く。スターダストの身体を包むように張られた球体のバリアー。

 

「甘い、甘いですよぉ! ここで私は――――」

『まだだ、人形。まだ動くな』

 

 何言葉を発しようとした枚はカイロスに止められる。舞はびくりと体を硬直させ、電池の切れた玩具のように一瞬動かなくなる。

 プレイは問題なく続行された。デステニー・レオの剣をスターダストのバリアーが防ぐ。が、この一撃でバリアーは割られてしまった。

 

「ぐぅ……ッ!」

「超過ダメージのフィードバックはきついでしょうねぇ。でもまだ終わりではありませんよぉ? デステニー・レオで二回目の攻撃!」

 

 デステニー・レオの追撃。今度は防げない。振り下ろされた剣の一撃がスターダストを切り裂いた。

 

「がぁ……ッ!」

「まだまだぁ! デビルズ・ストリングスでダイレクトアタックですよぉ!」

 

 舞の猛攻は終わらない。次いで和輝に肉薄してきたデビルズ・ストリングス。させじと和輝はデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 奇跡の残照! これで今破壊されたスターダストを守備表示で復活させる!」

『無駄無駄無駄ァ! 我が効果を発動しろ人形!』

「カイロス様のもう一つの効果を発動しますねぇ! 一ターンに一度、相手のカード効果を無効にできるんですよぉ! 奇跡の残照を無効にしまぁす!」

「な――――――」

『まずい! 和輝!』

 

 カイロスの甲冑に着けられた時計の一つが時を刻むことをやめる。次の瞬間、発動したはずの奇跡の残照の効果が、硝子(ガラス)が砕かれるような音ともに無効化。カードの色が失われ、消滅した。

 そして妨害のなくなったデビルズ・ストリングスの両端剣がブーメランのように投擲される。

 唸りを上げて迫る剣は弾丸もかくやという速度で和輝に迫る。

 

『躱せ和輝! 今の君ならできる!』

 

 半透明のロキの叫びに押されるように、和輝は横っ飛び。直後、和輝の爪先をかすめるように剣が飛んで行った。

 

「か、躱せた!?」

「このバトルフィールド内は神々の戦争参加者の身体能力が強化される。シリアルキラーみたいな範囲攻撃じゃ躱しようがないけど、直接的な一撃なら躱すことはできる!」

 

 確かにロキの言うとおりだ。まさか弾丸に迫る速度で飛んでくる剣を躱せるとは思わなかった。

 

「安心してる場合じゃないですよぉ! カイロス様でダイレクトアタックです!」

『磨り潰してやる。原型が残るか!? 小僧!』

 

 カイロスの重く深く、そして何よりも分厚い声が響く。そして、カイロス背後の大時計を筆頭に、全ての時計の針が高速で動きだした。

 グルグルグルグル回転する長針と短針、それらが文字盤から外れ、短針が五メートルほど、長針が十メートルほどの長さに伸長し一斉に和輝に向かって襲い掛かった。

 逃げ場なしの範囲攻撃。回避は不可能、しかも神の一撃、まともに食らえば胸元の宝珠が砕け散る可能性が高い。

 

「終わりですねぇ!」

 

 嗜虐の表情で笑う舞。だが和輝の瞳に諦めの色はない。

 

「まだ、終わらねぇ! リバーストラップ、ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする!」

 

 和輝を取り囲むように僅かにカーブを描きながら飛来する時計の針たち。それらから和輝を守るように不可視の壁が和輝正面に屹立。直撃を防いでいく。

 だが、防げたのは直撃のみ。和輝からわずかにそれながらも、ほかの攻撃は威力を失っていない。和輝自身には当たらずとも、その周囲の地面に着弾する。

 轟音。空爆を連想させる爆発音が和輝の周囲で連続して起こり、その度に地面が抉られていく。

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 衝撃に翻弄される和輝。辛うじてその場に踏みとどまり、かつ宝珠を抱えるように守って丸くなって耐える。

 

「く、ぐぁ……ッ!」

 

 攻撃が終わり、和輝はなんとか耐えきった。周囲を見れば小学校の校庭は隕石の雨が衝突したかのように乱雑にくりぬかれるように抉られており、唯一、和輝が立っている地点のみが足を踏みしめることができた。

 

「なんて威力だ……、直撃さえしてないってのに」

 

 これが神の一撃かと、和輝が背筋が冷える思いをした。

 

「仕方がありませんねぇ。本当に面倒くさい。カードを一枚伏せて、ターン終了ですよぉ」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

地獄の暴走召喚:速攻魔法

相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

 

刻限の鬼械神カイロス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF3300

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、1000ライフポイントを払って発動できる。このターンにフィールドから墓地に送られた自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する。(4):1ターンに1度発動できる。相手が発動した魔法、罠、モンスター効果を無効にする。

 

No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ

ATK3200 DEF2300

レベル8モンスター×3

1ターンに1度、自分の魔法&罠カードゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、このカードにデステニーカウンターを1つ置く。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。このカードにデステニーカウンターが3つ乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。

 

鬼神の連撃:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するエクシーズモンスター1体を選択し、そのエクシーズ素材を全て取り除いて発動する。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

ジャンク・パペット:通常魔法

自分の墓地の「ギミック・パペット」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを特殊召喚する。「ジャンク・パペット」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

奇跡の残照:通常罠

このターン戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られたモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオORUなし

CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングスORUなし

 

 

和輝LP6500→5800→5100→1800手札7枚

舞LP3800→2800手札1枚

 

 

 神の降臨によって、和輝が窮地に立たされたのは何もフィールドの状況だけではない。神という、人間にとっての絶対者と相対するプレッシャー、それに膝を屈しそうになる。そこから連想されてしまう、自身の死も含めて。

 心の奥底の誰にも触れられない地点で怪物が囁く。

 

 楽しいなぁ、楽しいなぁ、このまま続ければ、きっとパパとママのところに行けるぞ。今だけはその言葉に屈してしまいたくなる。

 

「和輝……」

「大丈夫、だ」

 

 誘惑を振り払って正気を保つ。希望はある。

 さっきガード・ブロックの効果でドローしたカード。これが希望だ。

 神には、神に対抗するしかない。

 

「こいつに、賭けるしかないな……」

 

 言って、和輝は見た。手札に眠る、(ロキ)のカードを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:閉ざせし悪戯神

 和輝(かずき)は無言で、相対する神、カイロスを見上げた。

 そこに存在しているだけで膝を屈したくなる存在感。それは人間が根本的に神の創造物にすぎず、だからこそ、人は本物の神を前にして膝をつき、(こうべ)を垂れ、畏敬の念で崇拝したくなるのだろう。

 だが和輝はそれに抗う。

 目の前の神は人間の命を毛ほども重んじたりはしない。そんな奴に膝を屈するのはごめんだった。

 そして、カイロスを打倒するための光はあるのだ。

 手札を見る。そこにある、(ロキ)のカードを。

 問題があるとすれば――――

 

「ロキ、お前、あまり強くないな……。カイロスと比べるとステータス低いし」

「ボ、ボクの身体には神の血が半分しか流れてないし、心臓も半分だし。仕方がないんだよ」

 

 まぁ何とかなるだろうと、和輝は考える。賭けに出る部分はあるが、それでも、可能性はあるのだ。

 だったら、絶望なんてしている場合じゃない。相変わらずうるさい怪物の声を無視しつつ、和輝はそう思った。

 

 

和輝LP1800手札7枚

場 なし

伏せ なし

 

舞LP2800手札1枚

場 刻限の鬼械神カイロス(攻撃表示)、No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ(攻撃表示、ORUなし)、CNo.40 ギミック・パペット-デビルス・ストリングス(攻撃表示、ORUなし)、

伏せ 1枚

 

 

刻限の鬼械神カイロス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF3300

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、1000ライフポイントを払って発動できる。このターンにフィールドから墓地に送られた自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する。(4):1ターンに1度発動できる。相手が発動した魔法、罠、モンスター効果を無効にする。

 

No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ 闇属性 ランク8 機械族:エクシーズ

ATK3200 DEF2300

レベル8モンスター×3

1ターンに1度、自分の魔法&罠カードゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、このカードにデステニーカウンターを1つ置く。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。このカードにデステニーカウンターが3つ乗った時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。

 

CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス 闇属性 ランク9 機械族:エクシーズ

ATK3300 DEF2000

レベル9モンスター×3

このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のストリングカウンターが乗っているモンスターを全て破壊し、自分はデッキからカードを1枚ドローする。その後、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスターの内、元々の攻撃力が一番高いモンスターのその数値分のダメージを相手ライフに与える。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターにストリングカウンターを1つ置く。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 望みはこのターンのみ。だから、このターンで決着をつける。

 

「俺は、手札の閉ざせし悪戯神(いたずらがみ)ロキの効果発動!」

 

 和輝は手札を一枚、舞とカイロスにも見えるように提示する。

 

「ロキの効果はシンプルだ。選択した相手モンスターの効果を、ターン終了時まで無効にする!」

「な――――」

『何!?』

 

 驚愕の声を出すカイロスの周囲に無数の、幾何学的な魔法陣が展開。そこから紫色の光の鎖が飛び出し、カイロスの身体に次々と巻き付いていく。

 しかし――――

 

「この瞬間、カイロス様の効果を発動! ロキの効果を無効にしますよぉ!」

 

 バチンと何かを弾くような音が響き、次の瞬間、光の鎖が全て砕け散る。

 だがこれでカイロスの無効化効果は発動できない。これこそが和輝の狙いだ。

 

『で、これからどうする? 我を前に、頼みの綱の神を捨てるなど、自殺行為だぞ』

「問題ない。これがあるからな。手札の闇の誘惑を捨て、死者転生発動! 墓地からロキを回収するぜ!」

 

 和輝のデュエルディスクが、今しがた墓地に捨てられた閉ざせし悪戯神ロキを排出、和輝がそれを手札に加え直す。これで神は再び和輝の手中に収まった。

 

「ここからだ! 手札から魔法カード、トライワイトゾーン発動! 墓地のレベル2以下の通常モンスター三体を蘇生させる! 俺は二体のガード・オブ・フレムベルと、ギャラクシーサーペントを特殊召喚!」

 

 三体のモンスターが一気に和輝のフィールドに現れる。

 

『なんと、三体のモンスターを一度にそろえてきたか……』

 

 緊張の雰囲気がカイロスと、彼が操る舞から伝わってくる。和輝もまた、一度だけ息を軽く吸い、吐いた。神の召喚を前に、彼もまた緊張しているのだ。

 

「いくぞ。三体のモンスターをリリース!」

 

 和輝のフィールドの三体のモンスターが全て、白い粒子となって、世界に溶け込む様に消え去る。

 

「来い! 閉ざせし悪戯神ロキ!」

 

 光は即座に力の「場」となり、目まぐるしく力を呼び込む「門」となる。その門が、和輝の召喚に合わせて開かれる。

 ロキが降臨する。

 金髪碧眼、目につくのは幾重にも纏った白のローブ。ローブの中心部、丁度ロキの胸の中心に当たる部分には(こぶし)大の大きさの紫の宝珠。両腕には複雑な刻印が刻まれた金の腕輪。ローブの下は闇を凝縮し、形にしたような紫に淵に金のラインの入った鎧姿。

 和輝の神、ロキが威風堂々と、フィールドにたたずんでいた。

 

「あ…………」

 

 和輝の脳裏を刺激する光景。

 それは記憶。九歳の頃の、七年前の大火災。

 死にかけた和輝が生還できた理由。その答えが、和輝の目の前にあった。

 

「お前が――――――」

「和輝」

 

 和輝の言葉を、ロキが優しく遮る。

 

「今はデュエルに集中しよう。もう、終わらせるんだ」

「あ、ああ……。ロキの効果発動! 召喚時、デッキからカードを五枚めくり、その中からカードを一枚手札に加え、残りを墓地に送る。これが、その五枚だ!」

 

 和輝の指がデッキの上から五枚のカードを一度にめくり、提示する。

 タスケルトン、ブラック・マジシャン・ガール、永遠の魂、モンスター・ゲート、ミニマム・ガッツ。

 

「ミニマム・ガッツを手札に加える!」

「さぁ、和輝。これが君の力だ」

 

 和輝の宣言を受けて、ロキが提示された五枚のカードのうち一枚を手に取り、和輝に投げ渡す。和輝も二本の指で受け取った。

 

「行くぞ、カイロス! 魔法カード、死者蘇生! これでブラック・マジシャンを蘇生! そして、ミニマム・ガッツを発動! ブラック・マジシャンをリリースし、カイロスの攻撃力を0に!」

 

 和輝のフィールドの蘇生された黒衣の魔術師の身体が赤く輝きだす。

 炎のような輝きを身に纏った魔術師が、一個の弾丸となってカイロスに特攻。カイロスが迎撃にはなった長短針の群をかいくぐり、その胸元に直撃する。

 

「がああああああああああああ!」

 

 カイロスの初めて上げる悲鳴。その巨体が大きく揺らぐ。

 

「よし! 和輝、今のカイロスなら、楽に倒せる!」

「ああ。さらにダメ押し! 装備魔法、巨大化をロキに装備し、攻撃力を倍に!

 

 バトルだ! ロキでカイロスに攻撃!」

 ロキの全身から白いオーラが噴き出す。巨大化の影響だ。その両手が胸前の掌をカイロスに向かって突きつける形で掲げられる。

 

「終わりだカイロス! 消えろ!」

 

 そして放たれるのは闇色の閃光。一直線に迫る闇の矢がカイロスを撃ち貫かんと迫る。

 この一撃が入れば5000の戦闘ダメージが発生し、カイロスは敗北する。さらに追い打ちの用に4000のバーンダメージが入る。カイロスの宝珠が割れる可能性は高い。

 

『こんなところで、貴様なんぞに倒されてたまるかぁ!』

「リバースカードオープン! ドレインシールド! その攻撃を無効にして、5000ポイントライフを回復しますよぉ!」

 

 カイロスを守るために翻ったカード。直後、薄い黄緑色のヴェールがカイロスの前面に展開。ロキの闇の波動を受け止め、回復の力に転化。輝ける癒しの雨となって舞に降り注いだ。

 

「残念でしたねぇ! これでロキさんの攻撃は無意味! どころか私のライフを大幅に回復する結果に終わりましたぁ!」

『ミニマム・ガッツの効果はこのターンのエンドフェイズに消える。次のターンに我が貴様を潰して終わりだ』

 

 勝ち誇るカイロスたち。だが和輝の、そしてロキの顔には、絶望はない。寧ろ、勝利を確信した笑みがあった。

 和輝が、人差し指を立てながら言った。

 

「次、か。一つ教えておいてやる。そいつは間抜けの常套句だ。お前らに次なんかあるか! 速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス! ロキの攻撃力を倍にして、もう一度攻撃する!」

「な――――――」

『なんだとぉ!?』

 

 和輝のカードがデュエルディスクにセットされ、ロキの全身から、先程に倍する白いオーラが立上る。

 

「ひ……」

 

 神の威圧感を前に舞が後ずさる。カイロスもまた、圧倒的な攻撃力の差にたじろいだ。

 

「行けロキ! カイロスに攻撃!」

「はぁ!」

 

 再び放たれる黒い極光。ただし、速度も大きさも先ほどの倍以上。カイロスのいかなる防御も全て発動前に潰し、直撃する。

 

『ぐああああああああああああああああああああああああ!』

 

 猛獣の断末魔を思わせる咆哮が轟く。そして、ロキの一撃はそれにとどまらなかった。

 カイロスの背中が盛り上がり、臨界点を超えて破裂。貫通したロキの一撃が、カイロスの後ろにいた舞を狙う。

 

「きゃあああああああああああああ!」

 

 爆発、粉塵、舞の身体が浮き、その胸にあった青い宝珠が粉々に砕け散った。

 

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK2500 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):このカードの召喚に成功した時発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中からカードを1枚選んで手札に加えることができる。残りのカードは墓地に送る。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

死者転生:通常魔法

(1):手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

トライワイトゾーン:通常魔法

自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ミニマム・ガッツ:通常魔法

自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで0になる。このターン、選択したモンスターが戦闘によって破壊され相手の墓地へ送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

巨大化:装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 

ドレインシールド:通常罠

相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分だけ自分のライフを回復する。

 

ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法

モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。

 

 

舞LP2800→7800→0手札1枚

 

 

 舞のライフが0になり、デュエルに決着がついた。

 同時、和輝の胸元で赤い光を放っていた宝珠がその光を消し、和輝の体内に消えていく。特に違和感はない。

 

「大丈夫。君の体組織と一体化しただけで、なんら害はない。神々の戦争の時だけ、表に出てくる仕様だから」

 

 ならいいと、和輝は肩をすくめる。

 和輝はデュエルディスクを停止させ、待機モードに戻す。実体化したロキが傍らに立ち、舞と、そして、どんどん体を薄れさせていくカイロスを見据えた。

 

『お、のれ……。この、我が……、貴様ごとき混ざりものに負けるなど……ッ!』

「混ざりもの?」

 

 カイロスの声音に交じった嘲笑の色に、和輝が眉を潜ませる。するとロキが無表情のまま言った。

 

「ボクのことさ。ボクは神と、その敵対者だった霜の巨人のハーフ。つまりこの身体に神の血は半分しか流れていない。おかげで神としての力は弱いし、馬鹿にされるしでね」

 

 ただ、とロキは続ける。右手を左胸、心臓に添えて。

 

「この身はボクの両親の愛の結晶であり、敵対者であろうとも愛を通して分かり合えるという証だ。だからボクはこの身体に流れる血を誇りに思う。君の罵りは無意味だよ、カイロス。ボクに負けた事実だけを抱えて消えろ」

『うおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 火山の噴火を思わせる断末魔を残して、カイロスの身体が完全に消えた。

 同時に、硝子が砕けるような音が周囲に響いた。周りを見渡せば、小学校の校庭は元に戻っており、まだ残っていた生徒や教師の姿が視えた。

 視線を感じる。彼らの知らぬうちに現れた和輝とロキ、そして気絶している舞を怪しんでいるのだとわかる。

 

「和輝、いったんここを離れるよ。その子を離さないで」

 

 ロキの指示に従い、和輝は舞を抱きあげる。

 ロキが右の指を鳴らす。次の瞬間、校庭を時ならぬ突風が通りすぎた。

 生徒たちの悲鳴が上がり、すぐに収まる。彼らが顔を上げた時、既に二人と一柱の姿はなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 風に包まれたと思ったら、和輝は最初にロキと喋っていた空地へと移動していた。腕の中にはちゃんと気絶した舞の姿もあり、ロキはうっすらと微笑んで膝をついて周囲を見回している和輝を見つめていた。

 

「これは……」

「ボクの神としての力、かな。君と契約したことで、ボクもまた、神の力を扱うことができるとうになった。さっきの風で移動したんだ。あの場所はさすがに目立ちすぎるからね」

 

 確かに、カイロスを倒したことで彼に止められていた時間も動きだし、町の人々も活動を再開している。多少の違和感はあるだろうが、人間、自分の理解の外の事象に対しては常識のフィルターがかかる。大丈夫だろう。

 それよりも、聞きたいことがあった。

 

「ロキ、お前に聞きたいことがある」

「何だい?」

 

 問いを促すロキだったが、その表情は和輝がこれから何を問いたいのか、既に知っている表情だった。

 

「思いだしたことがある。七年前の東京大火災。俺はあの地獄から脱出しようとして、けどできなくて、最後は自分の家のあった場所まで戻ってきちまった…………」

 

 そこでいったん、和輝は言葉を止めた。自分の中で感情と言葉を整理し、一つ息を吐き出す。

 

「あの時、俺は死んでいたはずだ。絶対致命傷を負っていたからな。だがあの地獄で、俺はある人物と出会ってた。

 

 その人物は、金髪碧眼だった」

 記憶は二つ。一つは七年前に見た男。もう一つはさっきのデュエルでフィールドに登場した神。

 この二つは、同じだった。

 

「あれは、お前だったんじゃないか?」

 

 和輝の、確信を込めた言葉がロキに浴びせられる。

 思えば、和輝が初めてロキを見つけた時。初めてロキが和輝を認識した時、彼は驚いていた。和輝を見て。

 その理由もわかる。七年越しの再会。しかも、自分が重傷を負っている時に現れたのだ。神に言うことではないかもしれないが、運命めいたものを感じても無理はない。

 ロキは僅かに沈黙。

 

「そうだね。まぁ、分かっているだろうから、隠す必要もないか」

 

 ため息をとともにロキは肩をすくめた。

 

「七年前。あの火災現場でボクは死にかけた君を見つけた。その時点で君はもう手の施しようがなくてね」

 

 それは和輝の記憶と合致する。確かに七年前の和輝はどう贔屓目に見ても致命傷だった。なのに助かったのは――――

 

「ボクはあの時、このままじゃ死ぬ君を救うために、心臓を半分、君に与えた。死に向かうだけだった君の心臓に、ボクの心臓を融合させた」

 

 ドクン、和輝の心臓が、ロキの台詞に呼応するように高鳴った。ロキの言葉を信じようと思ったのも、これが理由なのかもしれない。

 

「ボクの心臓を半分、君の心臓を融合させた効果は絶大だった。生命の中核である心臓の再生能力が全身に行き渡り、君の傷は瞬く間に治癒。命を救えた。白髪化という代償とともに。

 また、そのせいで、君はボクとつながりを持ってしまった。ボクと出会い、神々の戦争に巻き込まれる運命が、決定してしまったのかもしれないね」

 

 髪をかき上げて苦笑するロキ。和輝は首を横に振った。

 

「そんなことはどうだっていい。けど、やっぱお前が俺の命の恩人か……」

「恩を着せようって気はないよ。あの場で君を見つけたのは偶然だったし、救おうとしたのはボクの意志なわけだから」

 

 と、そこまで行った時、気絶していた舞に変化が起こった。

 

「う……、んん……。私は、一体……?」

 

 身じろぎし、身を持ちあげるまい。頭を振ってぼやけた意識をはっきりさせる。

 

「私……、わた、し、は……」

 

 さっきまでの異様なテンションの高さはどこにもなく、表情も享楽的なものが消え、不安げなもの。彼女から感じられたちぐはぐは印象もなくなっている。

 

「えっと、あなた達は――――」

 

 カイロスが消えたことで洗脳が解け、正気を取り戻した舞だったが、和輝が声をかける直前、瞳の焦点が合わさり、

 

「あ――――――あああああああ!」

 

 突然の悲鳴。自らの頬に両手をあてて、舞が悲痛な叫びを上げる。

 上体をのけ反らせ、瞳は空を、どことも知れぬ、どこへでも行ってしまいそうな、抜けるような青空を見上げながら、喉を震わせて悲鳴を上げ続けた。

 

「な、なんだ!?」

「まずい、これは!」

「わ、私、な、なんて、なんてことを!」

 

 半狂乱になった舞がバリバリと頬を掻き毟りだす。皮膚を破り、血が出て頬を赤く染めてもやめない。慌てて止めにかかる和輝だったが、暴れてうまくいかない。

 

「お、おいあんた! 一体何を――――」

「カイロスと契約している間、彼女は洗脳されていた。だからこそ、カイロスの意思に従っていくらでも残酷なことができた。子供の体内時間を異常に進めるとかね。

 だが今、そのカイロスが消えたことで、彼女の精神を縛り付けていた洗脳が消えた。けれど記憶は残る。カイロスとともに行った、全ての記憶が」

 

 もともと善良だった舞は、この事実を受け入れられず発狂した、ということだった。

 

「何とかならないのか!? これじゃあ――――」

「彼女は一生、この記憶に苦しめられることになる。和輝、そのまま抑えていてくれ」

 

 言われたとおり、和輝は暴れる舞を苦労して押さえつける。ロキは舞の額に手を当てた。

 バチンと、小さな雷が迸り、周囲をほのかに照らした。

 そして舞の身体がぐったりと力を失った。また気絶したのだ。

 

「お、おいロキ。何を……」

「彼女の、カイロスに関する記憶を消した。カイロスとの出来事は、彼女には辛すぎる。今後の人生には必要のない物だ」

「そう、だな……」

 

 意識を失った舞を抱いたままの和輝は、少しだけ複雑そうな表情で頷いた。

 誰にだって消したい過去、忘れたい出来事はある。けれどそれら過去(トラウマ)も全て本人を構成する一部であり、決してなかったことにはできないと考える和輝は、たとえ舞の心を救うためとはいえ、彼女の記憶を安易に弄ることにどこか抵抗を覚えた。

 もっとも、今回のケースは舞の意思や尊厳などまるで無視したものなので、ロキの行為は正しいのだと、そうも思っているが。

 ロキは「これはサービス」といって、舞のひっかき傷だらけになってしまった頬に手をかざす。今度は暖かなエメラルドグリーンの光がともり、彼女の傷を癒していく。

 

「これでいい。後は彼女を病院に連れていって、人間の医者に任せよう」

 

 舞についてはそれでいいだろう。だが、和輝はまだロキに尋ねたいことがいろいろあった。

 神々の戦争についての詳細も聴きたかったし、何より一つ、疑念があった。

 七年前の大火災。不自然な火の周り方。なんとしても聞き出したいことだった。

 そんな和輝の内面をくみ取ったのか、ロキが言う。

 

「さて、和輝。これからボクは神々の戦争のルールについて、君に伝える必要があると思う。どこか、落ち着いて話のできる場所はないかな?」

 

 渡りに船。和輝はそれならと、こう言った。

 

「俺の家に行こう。長い話になりそうだからな」

 

 和輝にとって、今までの日常や現実が激変した一日。この長い一日は、まだ終わらない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:7年越しの真相

 綺羅(きら)は不機嫌だった。

 今日の放課後、兄は確かに、早く帰って今日の夕食の準備をしておくと言っていた。

 なので大会が近く、練習がハードになってきた部活――陸上部だ――で疲れた綺羅は兄が用意してくれる食事を楽しみにしていたのだ。 

 それとも時間的にまだ夕食の準備中だろうか。だったら先にシャワーを浴びるなり、少し早いがお風呂を沸かしてもいいかもしれない。おぉ。我ながらグッドな展開だ

 そんなことをあれこれ考えながら、すっかり暗くなった帰路についた綺羅だったが、いざ玄関のドアノブに手をかけてみると鍵がかかっている。というか家に明かりがついていない。

 漠然と嫌な予感を覚えつつ鍵を使って扉を開けると、案の定、というべきか、嫌な予感が的中したというべきか。兄、和輝(かずき)は帰っていなかった。

 プルプルと(こぶし)を震わせ、綺羅は衝動のまま郵便受けにキックを決めた。スカートが大きく翻ったがもう夜も暗く、どーせ誰も見ていないので構わなかった。

 

 

 そんなわけで、和輝(かずき)が帰ってくるのを怒り心頭気味に待っていた綺羅だったが、実際に帰ってきた兄の姿を見てその怒りは驚愕に変化した。

 まず帰ってきたのが和輝一人だけではなかった。

 もう一人いたのだ。

 金髪碧眼、柔和な笑みがまぶしい美丈夫。着ているのは簡素なシャツとジーンズだがそんなこと問題にならないほど強い存在感を持っていた。

 しかも和輝も謎の男性も、手に買い物袋を多くぶら下げていた。

 

「え、えっと、兄さん。これは一体……? あの、この方は誰ですか?」

「ああ。すまん綺羅。今日の夕食は俺の担当だったのに。実は――――」

「実は、ちょっとした事故に巻き込まれたボクを和輝が助けてくれまして。おまけに病院にまで連れていってくれたのですが、そのせいで妹さんとの団欒(だんらん)の用意が何もできなくなってしまったとのことでしたので、このご恩をお返しするためにも、そして兄妹の時間を奪ってしまった償いのためにも、ここはボクが食事を用意しようと思いまして。

 ――――ああ、ボクとしたことが、申し訳ない。ボクの名前はウトガルザ・ロキ。ちょっとした旅人でして、世界を見て回って、見識を広げているんです」

「はぁ……」

 

 当初の怒りもどこへやら。すっかり戸惑い顔になってしまった綺羅はウトガルザ・ロキこと北欧神話の神、ロキの言葉にたじたじだ。

 

「あー、すまん綺羅。こいつ事故にあったせいで今日の宿とれなかったらしくてさ。これも何かの縁。今日こいつを俺の家に泊めてやりたいんだけどいいか?

 部屋の用意は俺がしておくから。夕食までまだちょっと時間がかかるから、先に風呂沸かして入ってきたらどうだ? 部活で汗かいただろ?」

「あ、はい。分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 結局押し切られた綺羅はくるりと(きびす)を返し、奥へと入っていく。

 残された和輝とロキは視線を交わし合う。

 

「……なんだよ、ウトガルザ・ロキって。しかもキャラ全然違うし」

「古い知り合いの名前。まぁ、とにかく綺羅ちゃんの怒りが収まったようで何よりだよ」

「あいつ意外と押しに弱いからな。さ、まずは飯だ。せいぜい綺羅の機嫌をとろう」

「オーケイだ、和輝」

 

 肩をすくめるロキ。腕に引っ掛けた買い物袋ががさりと音を立てた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 食事の後の客間。

 

「客間っつっても普段使ってない部屋だ。布団でいいか? てゆーか神って寝るのか?」

「基本的に非実体化していればそういう心配はないんだけど、せっかくだし、厚意に甘えるよ。実体化して眠るのも面白そうだ」 

 

 布団に一度寝っ転がったロキはその感触を楽しむ様に手足を伸ばし、猫のように目を細める。和輝は嘆息。自身も布団の上にどっかりと胡坐(あぐら)をかいて一言。

 

「そろそろ本題に入っていいか?」

「ん、ごめんごめん」

 

 起き上がって、ロキもまた和輝と同じように胡坐をかいて座る。

 沈黙が一瞬一人と一柱の間を通り過ぎた。

 ごほんとロキが一つ咳払い。

 

「和輝、君からでもいいよ? 聞きたいことがあるんでしょ?」

 

 話を切り出したのはロキから。和輝はロキの申し出に一瞬身をすくませる。

 

「あー、悪い。先にお前の話からでいいよ。俺もまだ頭ん中ごっちゃになっててさ、ちょっと整理したいんだ。お前に聞くのはその後ってことで」

「そ、じゃ、ボクから、神々の戦争のルールについて説明させてもらうね」

 

 本題に入る。ロキは「先ず一つ」と右手中指を立てた。

 

「神々の戦争の基本ルール。神は人界――君たち人間の世界ね――で、パートナーとなる人間と契約を交わさなければならない。これは誰でもいいってわけじゃなくて、波長が合う人間に限られるね」

「それは聞いた。だから俺と契約したんだろ? で、勝負の方法は人間を使ったデュエルモンスターズ。場所は人のいないバトルフィールド」

 

 そう、とロキは頷き、「二つ目」と中指を立てる。

 

「脱落の条件はこのデュエルでパートナーの胸元にある宝珠が破壊されること。もう一つは、神が死ぬこと」

「死ぬ? そんな簡単に殺されるのか?」

「神々の戦争本戦の期間中、神は人界ではパートナーと契約を交わさない限り神の力を一切使えない。例外は人間への変身くらいかな。そしてパートナーと契約を交わした神は力を使える」

「ああ、だからお前ボロボロだったのか」

「そっ。ボクは未契約状態でカイロスに見つかってね。それで襲撃された。ほんと、君が来てくれなければボクは死んでいたかもね」

 

 三つめ、とロキが薬指を立てる。

 

「デュエルのルールはバトルロイヤルルールが基本となっている。だからバトルフィールドに三人以上の参加者がいる場合は常に相手の把握や乱入に気をつけてね。それと、ダイレクトアタック時、モンスターの攻撃はある程度プレイヤーの意思通りに動く。これも覚えておくと便利だね。まぁ、今日の女の子みたいに洗脳されている場合、直線的な攻撃しかできないだろうけど」

 

 四つ目、とロキは小指を立てる。

 

「ここからはルールというより、特典と、注意事項。神々の戦争で最後まで勝ち残った一組のうち、神は神々の王になれる。そしてそのパートナーの人間は何でも、あらゆる願いを一つ、叶えてもらえる。あ、願いを十個に増やしてくれとか、そういうのはなしね」

「そんなこと言っていたな」

 

 どんな願いでも叶える。いまいちピンと来ない。あまりにも漠然としすぎている。

 

「皆いろいろと願うんじゃないかな。ボクは人間の感情にいまいち鈍いけど、不老不死や使いきれぬ富。或は、誰かを生き返らせるとか」

 

 死者蘇生。確かに、それを求める人間は多い。

 もしもあの時死んだあの人が、今側にいてくれたら。

 もう一度会いたい。そのぬくもりを感じたい。

 そう思わなかった人間がどれだけいる? 他ならぬ和輝も、その一人だった(、、、)のだ。

 

「君もまた、死者蘇生を望むのかい?」

「…………分からねぇな。さっきも言ったが漠然としすぎてる」

 

 和輝は複雑な表情。とにかくもやもやとした感情は棚上げし、続きを促す。ロキは頷いた。

 

「もう一つ、パートナーに与えられる特権がある。これは勝ち残るまでもなく、契約を結んだ時点で行える。それは、デュエルモンスターズのカードの実体化。実はカイロスのパートナーの女の子が召喚したヘブンズ・ストリングスに袈裟切りされてね。一番でかい傷はあれだったんだ」

「カードの実体化か……」

「気をつけてくれよ和輝。そんなことをできる力を得た人間が、力に溺れないでいられるかどうか。神々の戦争でそれを見極めるのって重要だと思うよ」

 

 和輝は沈黙。いきなりそんなことを言われたところで、やはり実際に目にしていない以上ピンと来ない。

 

「まぁ、いい。とにかく、神々の戦争では神だけじゃなくて、人間の方も何かしてくるかもしれないってことか」

「うん。洗脳されている人間も、自発的に力を使う人間も、危険なことに変わりはない」

 

 和輝は思い返す。昼間のことを。

 カイロスと、奴に洗脳された久々津舞(くぐつまい)。あのコンビは人間がどれだけ傷つこうが、命を落とそうがまるでお構いなしだった。

 そんな奴らがまだ大勢いる。そう思うだけで、和輝は握った拳に力がこもるのを感じた。

 

「それともう一つ、注意事項がある」

 

 ロキが親指を立てて言った。

 

「バトルフィールドは位相のずれた空間といっても、君たちのいる現実空間に極めて近い。密接につながっているんだ。だからその崩壊は現実空間に影響を及ぼす」

 

 和輝の肩がピクリと揺れた。来た、と内心で思った和輝はロキに向かって言葉を投げかける。

 

「じゃあ、もしもあの、質量のあるモンスターたちの攻撃が激しすぎて、バトルフィールドが崩壊したら、どうなる?」

「崩壊した影響によって、現実空間もまたダメージを受ける。その形は、災害として現れる」

「災害……」

 

 和輝の表情が険しくなる。

 

「じゃあ、ロキ。聞かせてくれよ。七年前の東京で、バトルフィールドが崩壊しなかったか?」

 

 和輝の脳裏をいくつかの情報が飛び交う。

 七年前の大火災。火元不明、原因不明、上から下に向かって燃えている家屋。そして、死にかけた和輝が出会った神。

 和輝の視線に促され、ロキが訥々(とつとつ)と口を開いた。

 

「君の思う通りだよ、和輝。あの日、東京全土を覆ったバトルフィールドが展開された。

 理由は、神々の戦争本戦出場のある神を巡っての戦いだった」

 

 語るロキの口調は重く、表情は苦い。

 

「その神はあまりに危険すぎた。そしてあまりにも邪悪すぎた。だからこそ、ほかの神もやつを危険視し、例外的にその神を滅ぼすことにした」

 

 そこでロキは呼吸を整えた。よく視れば、掌に汗が浮いていた。

 

「戦いは凄惨を極めた。天界から人界へと逃亡した神をバトルフィールド内に閉じ込められたのは僥倖といえた。その中で行われた神々の戦闘は一切の縛りのない物だった。激しさを超越した戦いに、バトルフィールド自体が耐えきれなかった」

「それで、あの街は、あんなことになっちまったのか」

「一応、言っておくけれど。あれでも被害は小さい方だ。バトルフィールド崩壊寸前、現実世界に溢れだした余剰エネルギーの大半を、スプンタ・マンユという一柱の神が力のほとんどを使って抑え込んだ。もしもそれがなかったら、今ごろ日本という国は世界地図から消滅していたよ」

 

 俯くロキの声に力はない。

 

 

「あれは、本当に二度と見たくない光景だったよ。多くの人間が、わけがわからないまま炎に巻かれて死んでいく。生き残りを探して必死に走ったね。そして、君に出会った。辛うじて生きている君はなんとしても救いたかった」

「だから、心臓を半分くれたのか」

 

 トクンと、和輝の心臓が強い鼓動を一つ打った。

 やはり、あの火災は人知の及ばない力の結果だったのだ。和輝の握った拳が力の込めすぎで白くなっていく。

 七年越しの疑問の解消。だが晴れやかな気分は一切ない。ただ納得はした。そして、やはり自分がこの神々の戦争に参加したのは必然だったのだと、自分でも意外なほどすんなりと受け入れられた。

 七年という月日の経過とカウンセリング。今の家族との触れ合いと友人たちとの交流。それらが和輝の心を癒してくれた結果だ。

 ただあと一つだけ知りたい。納得するために。前に進むために。

 

「今日はここまでかな。さすがに疲れただろ、君も」

「……最後に、一つだけ教えてくれ。お前達が戦った神は、一体どうなった? 名前は?」

「戦いの要になっていたスプンタ・マンユがバトルフィールド崩壊の余波を抑え込むのに必死だったからね、封印することしかできなかった。名前は――――」

 

 ロキはその名を口にする。かつての悲劇の元凶、そして、和輝にとって、決して忘れてはならない名前を。

 

「アンラ・マンユ。この世全ての悪を司る、最悪の神だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:風纏う妖

「へー、いい店じゃねーか」

 

 その日、星宮(ほしみや)市にある某カードショップを訪れた男は、開口一番店内を見回してそう言った。

 時間的に暇だった店長はカウンターから声の方を向き、息をのんだ。

 外国人。逆立てた金髪、青い双眸、黒の革ジャンに銀のチェーンをじゃらじゃらつけたパンツルック。粗暴で傲慢な金の体毛をした烏の風情。

 一目見てがらが悪いと思い、店長は嫌な予感がした。面倒な客はお断りしたい。

 それから男は無遠慮にじろじろと店内をうろつき、カード展示棚の前で足を止めた。

 

「シングルカードの揃えもいい。気に入ったぜ。店主!」

 

 グルンと男の全身が店主を向く。その全身から放たれるただならぬ雰囲気に圧されながら、店主は「何でしょう?」とカウンターから離れる。

 

「ああ、この店の品ぞろえ、気に入ったぜ」

 

 にやりと笑う男。何故か店長は肉食獣に微笑まれている気分だった。

 

「ありがとうございます」

 

 社交儀礼的に頭を下げる。と、その頭に上からかぶせるように男の言葉が続いた。

 

「だから、この店のカード全部オレのモンだ。もらってやるから感謝しろ」

「は? 何を言ってるんだあんた。金を――――」

 

 いきなり何を言いだすのかと、訝しげな表情で顔を上げる店長の眼前に、一枚のカードが突き付けられた。

 破天荒な風。

 次の瞬間、カードから放たれた突風が店長の身体を吹き飛ばした。

 

「!?」

 

 自分の身に何が起こったかもわからぬまま店長の意識は暗転。暴風が店内を荒れ狂い、内部から硝子を割り棚を削り倒す。

 

「神に選ばれてもねぇ凡人が。オレ様に意見する何ざ、傲慢だ。死ね」

 

 そのまま動かなくなった店長をまたいで、男は店内を、そして店のレジなどを物色し始める。

 

「相変わらずだな貴様は」

 

 と、さきほどまで明らかに誰もいなかった空間から、くぐもった男の声がする。

 男の声。というが、人の声かどうかもいささか怪しい。くぐもって歪な声。

 声の主が現れる。異形の者だった。

 ライオンの頭と腕、背中に四枚の翼、蠍の尻尾。ギラギラ輝く双眸に宿った危険な光は欲望か憎悪か、或は怒りか。

 人間とは乖離した異形の存在。人間よりも上位の者。

 神。

 

「そんなに気に入ったか。ワタシが与えた力が。えぇ? ゲイルよ」

 

 ゲイルと呼ばれた男は「当然だ」と頷いた。振り返ったその瞳は力が与える快楽に溺れ、力に魅入られた者が放つ危険で破滅的な光を宿していた。

 

「こいつはご機嫌だ。糞みてーにオレに意見してくる連中を片っ端から潰せる。まったくご機嫌だぜ、パズズよ。

 つーかよ。ホントにこの街に神がいんのか? オマエの言うとおりにやってきたけどよぉ」

「いるとも。だが感じる力が弱いな。あまり力の強い神ではないかもしれないな。ま、神と神は惹かれ合う。街にいればいずれ出会えるだろう」

「ハッ。そいつはいい、ご機嫌だ」

 

 ゲイルは己が契約を交わした神にそう笑いかけた。

 

「弱い奴を痛ぶって潰すってのは、たまらねぇ」

 

 その笑みはまさしく獲物を食らう喜びに餓えた肉食獣のようだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ロキ。

 北欧神話に登場する悪戯の神。本来神々の敵であるはずの巨人族出身でありながら主神オーディンの義兄弟の地位としてアース神族に迎えられた神。

 非常に狡猾で邪悪な神で、彼は自らが企んだ悪戯によって多くの神々や巨人を愚弄し、同時に多くの宝物を神々に提供している。

 また、巨人族の女、アングルボダとの間にフェンリル、ヨルムンガルド、ヘルという二体の怪物と一柱の神を設けている。

 詭弁を弄して神々をけむに巻き、自身が起こしたトラブルを自分で解決したりとトリックスター的な立ち回りを繰り返す。

 災いと貢献をもたらす故に神々にも忌み嫌われる反面評価されることもあり、その能力は一定しない。

 現に北欧神話の主神、オーディンが操るグングニル、戦神トールが振るうミョルニルなど、ロキの悪戯によって神々の戦力が大幅に増強されたのは事実だ。

 だがロキは、最終的に奸計を弄してオーディンの息子、光の神バルドルを殺害。さらに宴の席で神々を侮辱したことによって幽閉され、毒の責め苦を受けた。

 北欧神話の終盤、神々の最終戦争、ラグナロクにて解き放たれ、怪物である息子たち、フェンリルとヨルムンガルドを引き連れて神々に牙を剥いた。

 総じて邪悪な神であり、つかみどころのないトリックスター。

 

「また、とても女好きであり、一説では神話に登場するほとんどの女神と関係を持ったことがある。と」

 

 パタンと呼んでいた本を閉じて、岡崎和輝(おかざきかずき)は机の対面に座る男に視線を移した。

 目立つ容貌の少年だった。

 茶色がかった瞳に、動きやすさを重視したジーンズと長そでのシャツ姿は簡素で、飾り気と呼べるものはほかに何もない。

 ただし、彼を目立たせる大きな要因は髪の色だった。

 雪のような白。脱色したわけでもなく、七年前のある日を境に、この色だ。命の代償に色を差し出した結果だと、本人は最近知った。

 対面の男も、ひどく目立つ容姿の男だった。

 金髪碧眼。異性どころか同性さえも道ですれ違えば振り返る美貌の持ち主。着ている物こそ簡素なシャツとスラックスだが、それさえも彼の美しさと人知を超えた圧倒的な存在感を際立たせるアイテムに見えるようだ。

 が、そんな男、ロキを見る和輝の視線はこの上なく冷たい。

 ロキは和輝の視線に気づき、自分も呼んでいた新聞を閉じて一言。

 

「何かな、和輝?」

「お前悪い奴じゃん」

 

 ストレートな和輝のものいい。ロキは「まぁ普通そう思うよね」と苦笑。

 和輝とロキは休日を利用して、星宮市にある図書館にやってきていた。

 目的は、神話の知識に乏しい和輝に、神話の知識を補填させるため。まずは図書館にある神話関係の本に目を通そうと思ったのだ。

 当然、最初に読むのは自身のパートナーである悪戯の神ロキ。

 正直和輝はロキと来てもピンと来ない。せいぜいゲームでこんな名前があったなぁ程度の認識だ。

 だからロキについてまず調べようとしたのだが……。

 

「まさかの悪行三昧。悪戯ってレベル超えてるじゃないか」

「異議あり。自己フォローになるけど、神話の真実と伝えられた物語は違うものだよ」

 

 ロキがずいっと乗り出して異議を唱える。

 

「そういうものか?」

「君たちが学校で学ぶ歴史だってそうだよ。当時の真実を後世の人々が脚色したことによって微妙に事実とずれている。

 それと同じく、神話もかつての神々の間であった出来事を口伝でしか伝えられなかった。それを後世の詩人が脚色し、より物語として面白い方向性のものに仕上げてしまったんだ。特にボクは神と巨人のハーフ。敵の血を引いているからこの手の悪役(、、)にしたてやすい」

「じゃあ、この本にかかれているような悪戯はしなかったのか?」

「あー、いやー、そーれーはー」

 

 あからさまに目をそらすロキ。和輝の視線の温度がますます下がる。

 

「……一応聞いておきたい。この、光の神バルドルを謀殺したのも事実なのか」

「それは脚色。考えても見てよ、もしも本当にバルドルが死んでいた場合、そのままボク達北欧の神々は最終決戦(ラグナロク)に突入だ。そうなれば神々はほぼ全滅。ボクだってここにいないよ?」

 

 ロキの言うとおりだった。歴史も、神話も、当時の事実と今に伝わっている話が同じとは限らない、ということか。

 

「じゃあ、全ての女神と関係を持っていたとか、そう言うのもお前のキャラ立てのための脚色なのか?」

 

 少し温かみを取り戻した眼の和輝の質問。だがロキは「うぐっ」と潰されたカエルのような声を上げた。

 

「ロキ?」

「あ、当たり前じゃないカ。ボクだってそこまで節操なしじゃないヨ?」

 

 明らかな棒読みのロキ。目も泳いでいる。

 

「…………二度と、綺羅(きら)には近づかないでくれ」

 

 ボクが悪かったよぉ! と――図書館という場所がら、小さな声量だが――悲鳴を上げるロキを無視して、和輝は持ってきた本を小脇に抱えて席を立とうとした。

 と、視線がロキがさっきまで読んでいた新聞に止まった。一週間前の新聞だった。

 

「ところで、なんでそんな新聞を?」

「ん? あぁ、ちょっと気になる記事があってね」

 

 再び席についた和輝に、ロキが「ここだよ」と新聞を開いて記事を指さした。

 アメリカで発症した新種の病気の記事だった。

 爆発的な感染力でアメリカを蹂躙し、猛威を振るって死者も出したという。

 症状は高熱と意識の混濁。抵抗力の低いものはそのまま死亡。深刻な事態としてニュースで騒がれていた。

 それから一週間、伝えられるニュースは発症者の増加のみだ。

 

「そのニュース、気になるのか?」

「ん? まぁね」

 

 新聞を手に取ったロキはあいまいに言葉を濁した。思い過ごしだといいけどという言葉は和輝の耳には届かなかった。

 

「さ、そろそろ帰ろうか。資料は借りていくんだろ? お昼にしようじゃないか。おごるよ」

「ああ。そうだな。綺羅も今日は友達と出かけてるし、久しぶりに外で何か食べるか」

 

 一人と一柱は席を立った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「しかし、お前金なんてなんで持ってるんだ? 神なのに」

 

 食事のために立ち寄ったファミレスにて、和輝とロキは食後のコーヒーを楽しんでいた。

 窓際の席に座り、和輝はふと、素朴な疑問を口にした。

 

「ん? ああ、簡単だよ。ボク、仕事してるから」

「仕事?」

 

 和輝とロキが契約を交わして何日か経過した。その間実体化を解いて和輝にくっついて学校に出向き、授業を聞いている日もあれば、ふらりとどこかに出かけていって夜になったら帰ってくる日もあった。

 

「じゃあ、俺のそばにいない時に仕事してたのか」

「モデルのね。契約者を探している時にスカウトされたんだ」

「モデルの仕事をする神ね」

 

 何ともシュールな絵だと思った和輝だったが、不意に視線を感じ、窓の外を見る。

 

 そこに、いた。

 

 逆立てた金髪、青い双眸、黒の革ジャンに銀のチェーンをじゃらじゃらつけたパンツルック。粗暴で傲慢な金の体毛をした烏の風情の男。

 その背後にはっきりと見える、ライオンの頭と腕、背中に四枚の翼、蠍の尻尾を持つ異形の魔神。

 

「ロキ!」

 

 弾かれたように立ち上がる和輝。ロキもすでに椅子から立ち上がっている。

 突然の客の反応に、近づいていたウェイトレスと周囲の他の客が驚きと怪訝の混ざった表情を浮かべる。

 金髪男が窓に一枚のカードを張り付けるように置いた。

 鎖付き爆弾。

 

「逃げろぉ!」

 

 即座に現状を理解した和輝が店内の人間へと声を上げる。遅かった。

 爆発。

 悲鳴と、物が割れる音、暴風と爆音。そして、人が倒れる音が連続する。

 

「な――――」

 

 一瞬視界を塞がれた和輝。瞑った眼を開いた眼前にはロキの背中。鎖付き爆弾の威力から和輝を守ったのだ。

 和輝は周囲を見て絶句。幸い爆発の直撃を受けた人間はいないが、ガラスの破片で怪我をした者もいるし、何より全員床に倒れていた。

 直後、赤い風が店内に吹き荒れる。異形の魔神が翼をはばたかせたのだと遅れて気づく。

 爆発に加えて突風。悲鳴ももう起こらない。

 

「大丈夫か!?」

 

 和輝は近くのウェイトレスを抱え起こす。ぐったりしているが生きてはいるようだ。外傷はなさそうだが呼吸が弱く、汗がひどい。額に手を当てればひどい熱だった。

 

「まさか、全員……?」

「ご機嫌だ。こいつはご機嫌だぜ」

 

 がしゃりと割れた硝子の破片を踏みしめて、男が入ってくる。

 

「和輝! 神々の戦争の参加者だ!」

 

 警戒の表情を浮かべるロキの叫び。和輝は頷き、ウェイトレスを床に丁寧に下ろす。

 

「……これをやったのは、テメェか?」

 

 和輝は男、というより、その背後の異形の神を睨みつけて言った。

 

「その通り。我が名はパズズ。風と熱病の神だ」

「風と熱病……。じゃあ、この人たちは!」

「それだけじゃないよ、和輝。まさかとは思ったけど、アメリカで起こってる新種の病気の蔓延、あれも君じゃないか?」

 

 和輝の表情がさらに驚愕で固まる。ハッと笑う男と、にやりと笑うパズズ。肯定の証だった。

 

「何故そんなことを?」

 

 ロキの質問に、パズズはまたにやりと笑う。ただ、和輝何となくロキが理由を知っているのではないかと思った。また、パズズの契約者の男も、にやにや笑っている

 

「おーいパズズ、オレァこれからこいつをぶっ潰して-んだがよぉ」

「まて、ゲイル。ワタシにも話させろ」

 

 今にも飛び掛かりそうな男、ゲイルをパズズが制する。パズズは四枚の翼で器用に滞空しながら前に出る。

 

「何故あんなことを? 決まっている。ワタシがゲイルと契約を交わしたのがあの場所であり、あの国は一神教が主流だったからな。腹が立ったから流行らせた」

「一神教が……、主流だったから……?」

 

 回答を聞いた和輝が呆けた顔を浮かべる。

 

「和輝、かつて神々は人を作った。人の前に姿を現していた神代の時代、人の信仰は神の力となり、心地のいいものだった。けど――――」

「あの糞忌々しい一神教の愚か者どもが……ッ!」

 

 パズズの全身から怒気が噴出される。己の怒り、屈辱を口にすることで発散しようとしているのだ。

 

「奴らが! 糞下らない幻想なんぞを担ぎ出し! ワタシを信仰していた民たちを滅ぼした! その挙句がこのざまだ!」

 

 パズズの全身から再び熱病の風が放たれる。何事かと集まりかけた野次馬たちが次々と風を浴び、倒れ伏していく。

 

「やめろ!」

 

 思わず和輝は叫ぶ。パズズは広げた翼をたたんで地面に降りた。

 

「…………神と人の精神性は極めて近い。だから、人間の信仰が神に影響を与えることもあった」

「信仰が、影響を?」

「土着の神なんかがそれに当たる。その土地の人々の信仰によって力を得ていた神々は、後に自分が奉られていた土地が一神教によって侵略され、土着の神が邪神や悪魔としてその在り方を貶められ、歪められていった。

 その結果、邪神となり果ててしまった神が大勢いる。そして彼らはほぼ例外なく人間を恨んでいる。特に一神教圏は生かしておく理由がない」

 

 ロキの声は淡々としているが声音はどこか同情的だ。自身もまた邪神として伝えられている身。パズズの様に悪魔とされてしまった神に近しいと思っているのかもしれない。

 

「忌々しいことだ! 幻想の、いもしない神に縋る滑稽な連中が! ワタシをこのような姿に貶めた! 生かしておく理由などあるはずもない!」

 

 感情を爆発させるパズズ。確かに神の実在がこうして証明されてしまった以上、一神教はその在り方を否定されてしまっている。その、幻想に縋っている人間たちに貶められたことが我慢ならないのかもしれない。

 

「あ、あんたは、そんなことを許せるのか!?」

 

 パズズの時に押され気味の和輝が、今度はゲイルに声をかける。

 今までにやにやと笑っていたゲイルは「ん?」と反応し、

 

「決まってるだろ。ご機嫌だよ」

 

 こともなげに言い放った。しかも心底から楽しげな肉食獣の笑みだ。

 

「ご機嫌?」

「当然だ。オレはパズズと出会って以来最高にご機嫌だ。何しろご機嫌な力を手に入れたからな」

 

 そう言ってゲイルは和輝に見せびらかすように鎖付き爆弾のカードをひらひらと提示した。

 デュエルモンスターズのカードの具現化。神々の戦争に参加する人間の特権の一つだ。

 

「そのためなら何人死のうがしらねーよ。どーせ神に選ばれなかった三下だ」

「な――――――」

 

 絶句する和輝。ロキは険しい表情。

 

「和輝、もう言葉は無駄だ。この人間は、力に魅入られている。野放しにはできない」

 

 和輝も同感だった。怒りに拳を握り締め。鞄からデュエルディスクを取り出して左腕に装着した。

 

「やっとやる気になったかよ」

「バトルフィールド、展開」

 

 パズズの言葉が戦いの幕を上げる。

 和輝たちの周囲に倒れていたはずの人々の姿が消える。正確には、和輝たちが彼らの視界から消えたのだ。

 バトルフィールド。現実空間から生物を排除したような空間が、神々の戦争が行われる決戦舞台。

 和輝とゲイルはデュエルディスクを構える。その胸元に、和輝は赤、ゲイルは黄緑の輝きが灯る。神々の戦争の参加者の証、宝珠だ。

 壊れかけたファミレスから移動した二人。表情は(にら)みつける和輝に対してへらへら笑うゲイルと対照的だ。

 語る言葉はもはやない。和輝もゲイルも無言だ。声を上げるとしたら一言。即ち――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの始まりを告げる言葉のみ。

 

 

和輝LP8000手札5枚

ゲイルLP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻だ! カードとモンスターを一枚ずつセット! さらに永続魔法、補給部隊を発動し、ターンエンドだ」

 

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認したゲイルは嬉しげに口笛を吹いた。

 

「ハッ! こいつはご機嫌なカードを引いたぜ! 強欲で謙虚な壺発動だ!」

 

 発動されたカードの効果で、上からカードが三枚めくられる。和輝の表情は渋い。三つの選択肢の中から好きなカードを手札に加えられるのだから当然か。

 カードがめくられていく。露わになったのは妖仙獣(ようせんじゅう) 鎌壱太刀(かまいたち)、二枚目の強欲で謙虚な壺、激流葬。

 

「鎌壱太刀を手札に加えるぜぇ」

「妖仙獣、か?」

 

 和輝がゲイルのデッキの見当をつける。ゲイルはにやりと笑うだけだがそれがもう肯定の証だ。

 

「知ってるデッキ?」

 

 和輝の背後で半透明のロキが問いかける。が、和輝は首を左右に振った。

 

「よく知らない。ペンデュラム召喚を組み込んだテーマってくらいだ」

 

 和輝の説明が続く中、ゲイルはさらにカードを繰り出した。

 

「永続魔法、炎舞-天璣(テンキ)発動! 発動時の効果でデッキから妖仙獣 鎌参太刀(カマミタチ)を手札に加えるぜ。さらにもう一枚、永続魔法、修験の妖社発動!」

 

 ゲイルが一気に二枚の永続魔法を発動させる。うち一枚、修験の妖社がゲイルの背後、木製の修行場が現れ、そこに火の()いていない蝋燭(ろうそく)の群が並んでいた。

 

「さぁて、ここからがお楽しみでご機嫌な時間だ! 俺は妖仙獣 鎌壱太刀(カマイタチ)を召喚!」

 

 ゲイルのフィールドにモンスターが召喚される。

 風をまとって現れたのは、青い衣を羽織り、いささか特異な形状をした手鎌を手にした二足歩行の(いたち)型獣人モンスター。感情表現豊かな方らしく、銀髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべている。

 

「鎌壱太刀の召喚に成功したこの瞬間、修験の妖社の上に妖仙カウンターを一つ乗せる。そして鎌壱太刀の効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札から鎌壱太刀以外の妖仙獣を召喚できるのよ! オレは妖仙獣 鎌弐太刀(カマニタチ)を召喚!」

 

 修験の妖社の蝋燭の一本に火が灯った。

 

「特殊召喚ではなく召喚。召喚権を行使しないタイプのデッキだから、特殊召喚に頼らないのか」

 

 確かにこれならば強欲で謙虚な壺との相性は抜群だ。ゲイルのフィールドに新たな妖仙獣が現れる。

 青い衣に銀髪は同じ。袴姿に手にしたのは一振りの日本刀。さらにその表情は引き締まっており、質実剛健な侍を思わせる。

 

「そしてこの瞬間、修験の妖社の上に妖仙カウンターが一つ乗り、同時に鎌弐太刀の効果発動! こいつも鎌壱太刀と同じく、手札から妖仙獣を召喚できるのよ! 来な、妖仙獣 鎌参太刀!」

 

 三体目。前二体と違って青い衣をまとっていない、上半身裸に小太刀を構えた鼬獣人。当然、修験の妖社の上に妖仙カウンターが一つ乗せられる。

 

「三体目の鼬か! てことはそいつも――――」

「当然、召喚権を増やす。が、もう妖仙獣の召喚はしねぇ。代わりに永続魔法、修験の妖社の効果発動だ! このカードの上に乗っている妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣モンスターを手札に加える。オレは妖仙獣 閻魔巳裂(ヤマミサキ)を手札に加える。

 さらに鎌壱太刀の効果発動! こいつはオレの場にほかの妖仙獣がいる時、相手表側表示カードを一枚手札に戻せる! テメェの場にある補給部隊を手札に戻すぜ!」

「あっ!」

 

 ゲイルの宣言を命令と受け取り、鎌壱太刀が手にした鎌を振るう。瞬間、風が巻き起こり、和輝の場にあった補給部隊が巻き上げられてしまった。

 

「ちっ。せっかくのドローのチャンスが……」

「ドローの心配をしている場合か? バトルフェイズだ! 鎌弐太刀でダイレクトアタック!」

「何!?」 

 

 壁モンスターを飛び越えて直接和輝に向かってくる鎌弐太刀に、和輝も驚愕の声を上げる。

 

「ダイレクトアタッカーかよ!」

 

 相手のフィールドにモンスターがいても構わず直接攻撃してくるモンスターがデュエルモンスターズには何体かいる。このモンスターもそのうちの一体だったというわけだ。

 

「くっ!」

 

 頭上から振り下ろされた一刀を、和輝は右半身を開くように回避。が、そこで安心はできなかった。振り落とされた刀が和輝の胸元の宝珠めがけて跳ね上がる。

 

「軌道が変わった!?」

「モンスターの攻撃はある程度プレイヤーの人に操れる! 洗脳されていないなら、これくらいはしてのけるよ!」

 

 ロキの警告はいささか遅い。だが和輝は反応した。わざと自分からバランスを崩すことで返す刀を回避。眼前を通過していく白刃を見て、和輝は肝が冷えた。

 

「ケッ、外したか。だがこの瞬間、鎌参太刀の効果発動だ! デッキから新たな妖仙獣、妖仙獣 左鎌神柱(サレンシンチュウ)をサーチ!

 

 まだまだ行くぜぇ? 鎌壱太刀で守備モンスターを攻撃!」

 和輝のフィールドにはまだモンスターがいる。それを狙った鎌壱太刀の鎌の一撃。和輝の守備モンスター、見習い魔術師はあっさりと破壊された。

 

「見習い魔術師の効果発動! デッキから二体目の見習い魔術師をセット!」

「ちっ、リクルーターか。こりゃ、下手につついて藪蛇になるのはごめんだな……。バトルフェイズ終了、カードを二枚セットし、エンドフェイズに俺のフィールドの妖仙獣は全て手札に戻る! 改めてターンエンドだ」

 

 現れた三体の妖仙獣が風のように去り、ゲイルの手札へと舞い戻る。

 

「突風のように現れ、暴風のようにフィールドを荒らし、疾風となって舞い戻る。まさに風を体現したようなモンスターたちだね」

「二回もサーチされてるから、呑気に構えてもいられないけどな」

 

 ロキの言葉に和輝は険しい表情で答える。確かに、バウンスという対処しにくい手段でモンスターを除去してくるのは厄介だと言えるだろう。得に和輝のようにエクストラデッキを多用するデッキには。

 

 

強欲で謙虚な壺:通常魔法

「強欲で謙虚な壺」は1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。(1):自分のデッキの上からカードを3枚めくり、その中から1枚を選んで手札に加え、その後残りのカードをデッキに戻す。

 

炎舞-天キ:永続魔法

「炎舞-「天キ」」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、デッキからレベル4以下の獣戦士族モンスター1体を手札に加える事ができる。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドの獣戦士族モンスターの攻撃力は100アップする。

 

修験の妖社:永続魔法

「修験の妖社」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、「妖仙獣」モンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに妖仙カウンターを1つ置く。(2):このカードの妖仙カウンターを任意の個数取り除いて発動できる。取り除いた数によって以下の効果を適用する。●1つ:自分フィールドの「妖仙獣」モンスターの攻撃力はターン終了時まで300アップする。●3つ:自分のデッキ・墓地から「妖仙獣」カード1枚を選んで手札に加える。

 

妖仙獣 鎌壱太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1600 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌壱太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、自分フィールドにこのカード以外の「妖仙獣」モンスターが存在する場合に相手フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主の手札に戻す。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙獣 鎌弐太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1800 DEF200

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌弐太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカードは直接攻撃できる。その戦闘によって相手に与える戦闘ダメージは半分になる。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙獣 鎌参太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1500 DEF800

「妖仙獣 鎌参太刀」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌参太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカード以外の自分の「妖仙獣」モンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。デッキから「妖仙獣 鎌参太刀」以外の「妖仙獣」カード1枚を手札に加える。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

見習い魔術師 闇属性 ☆2 魔法使い族:効果

ATK400 DEF800

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。このカードが戦闘によって破壊された場合、自分のデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を自分フィールド上にセットする事ができる。

 

 

修験の妖社、妖仙カンター0

 

 

和輝LP8000→7050手札3枚(うち1枚は補給部隊)

ゲイルLP8000手札6枚(うち5枚は妖仙獣 閻魔巳裂、妖仙獣左鎌神柱、妖仙獣鎌壱太刀、妖仙獣鎌弐太刀、妖仙獣鎌参太刀)

 

 

 和輝は険しい表情を崩さない。油断はできないのだ。なにより、目の前の相手、ゲイルとパズズは他者を傷つけることを何とも思っていない。どころか、ゲイルは力を誇示することに酔っている。

 許せるはずがない。止めなければならない。この戦いは、負けられないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:熱病の風魔神

 和輝(かずき)とゲイルの神々の戦争(デュエル)は続く。

 今のところデュエル自体はまだ序盤の探り合い。荒れる(、、、)とすればこれからか。

 だが和輝はこの戦い、負けられないと思っている。

 アメリカで蔓延している病、そして先ほどファミレスで見せた暴虐。

 許せるものではない。なんとしてもここで止めなければ。

 

 

和輝LP7050手札3枚(うち1枚は補給部隊)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 裏守備モンスター(見習い魔術師)×1、

伏せ 1枚

 

ゲイルLP8000手札6枚(うち5枚は妖仙獣 閻魔巳裂、妖仙獣左鎌神柱、妖仙獣鎌壱太刀、妖仙獣鎌弐太刀、妖仙獣鎌参太刀)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続魔法:修験の妖社(妖仙カンター0)、炎舞-天璣(テンキ)

伏せ 2枚

 

修験の妖社:永続魔法

「修験の妖社」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、「妖仙獣」モンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに妖仙カウンターを1つ置く。(2):このカードの妖仙カウンターを任意の個数取り除いて発動できる。取り除いた数によって以下の効果を適用する。●1つ:自分フィールドの「妖仙獣」モンスターの攻撃力はターン終了時まで300アップする。●3つ:自分のデッキ・墓地から「妖仙獣」カード1枚を選んで手札に加える。

 

炎舞-天キ:永続魔法

「炎舞-「天キ」」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、デッキからレベル4以下の獣戦士族モンスター1体を手札に加える事ができる。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドの獣戦士族モンスターの攻撃力は100アップする。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ターンは和輝に移る。彼はドローカードを確認後、それを手札に加え、即座に動いた。

 

「永続魔法、補給部隊を発動し、クラッシュ・マジシャンを召喚」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、十一、二歳ほどの男の子。

 ぶかぶかの青い衣装に身を包み、頭には背の高い黒い帽子。何よりも特徴の身の丈ほどもある巨大なハンマー。ハンマーというよりも、装飾のある小槌をそのまま大きくしたような様子だが。

 

「セット状態の見習い魔術師を反転召喚し、クラッシュ・マジシャン効果発動! 召喚に成功したターン、自分モンスター一体を破壊し、そのモンスターよりも一つレベルの高い同種族モンスターをデッキから特殊召喚できる。俺は見習い魔術師を除外し、デッキからライトロード・メイデン ミネルバを特殊召喚!」

 

 クラッシュ・マジシャンが手にしたハンマーを大きく振りかぶって、見習い魔術師に向かって振り下ろす。

 ぐしゃりとバイオレンスな音が響いた後、飛び散った破片がひとりでに動いて再構成、ライトロード・メイデン ミネルバの姿へと変じる。

 

「補給部隊の効果で一枚ドロー。そして!」

 

 和輝の無手の右手が天に向けて突き上げられた。

 

「レベル3のクラッシュ・マジシャンに、同じくレベル3のミネルバをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑の光の輪となったミネルバと、その輪をくぐって同じく三つの白く輝く光星(こうせい)となったクラッシュ・マジシャン。そして、辺りを白い光が満たした。

 

「集いし六星(ろくせい)が、暴風雨の魔女を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、出でよマジックテンペスター!」

 

 光の(とばり)の向こうから、新たな影が現れる。

 マジックテンペスター。深い青系の民族衣装に動物の骨を加工したような不気味な杖。その周囲を舞う蝙蝠の群。

 

「マジックテンペスターのシンクロ召喚に成功したため、このカードの上に魔力カウンターを一つ乗せる。

 さらにテンペスターの効果発動! このカードの上に置かれた魔力カウンターを全て取り除き、取り除いた数×500のダメージを与える!」

 

 マジックテンペスターが杖を振るい、先端をゲイルに突き付ける。次の瞬間、バスケットボール大の黒い光の玉が弾丸のようにゲイルに向かって発射。胸の宝珠を狙ってまっすぐ突き進む。

 が、ゲイルはその一撃を身をかがめてあっさり回避した。

 

「ハッ! 弾丸並みの速度も軽く躱せる。この身体能力はご機嫌だぜ!」

「そうかよ。俺は墓地のミネルバと見習い魔術師を除外し、カオス・ソーサラーを特殊召喚!」

 

 和輝の墓地から光と闇、二体のモンスターの魂が現れ、混沌の道を紡ぐための(いしずえ)となる。

 そして現れたのは黒いローブに身を包み、光と闇のオーラを両手に宿した魔術師。

 和輝のフィールドに現れたモンスターは二体とも攻撃力2000を超える。ゲイルのフィールドにはモンスターが存在しないので、この二体の直接攻撃を受ければ大ダメージを受けることは間違いない。

 が、ゲイルの表情は不敵な笑みのまま、余裕があった。ならば、その余裕の源は二枚の伏せカード、もしくは、

 

(バトルフェーダーや速攻のかかしのような、手札から相手の攻撃を止められるカード、か)

 

 その可能性は高そうだ。だが――――

 

「踏み込まなければ始まらない、な。ワンダー・ワンドをマジックテンペスターに装備して、バトル! 二体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 和輝の命令を受けて、彼のモンスターたちが一斉にゲイルに殺到する。

 再び闇色の弾丸を放つマジックテンペスター。そして黒い波動を放つカオス・ソーサラー。 

 この攻撃が通ればゲイルに大ダメージを与えられる。もっとも、

 

「通すかよ! 手札のバトルフェーダー効果発動! バトルフェイズを終了し、こいつを特殊召喚だ!」

 

 カチコチと規則正しいメトロノームのような音がフィールドに響き渡った。

 カチコチ、カチコチ。規則正しいリズムが空間に響き渡り、和輝のモンスターたちの動きが止まる。

 気づけばゲイルのフィールドには、メトロノームのような外見をした悪魔が浮いていた。

 和輝の予想通り、ゲイルはバトルフェーダーを握っていた。ならば、使わせたと考えるべきだ。終盤の肝心な時に使われて防がれてはたまったものではない。

 

「バトルフェイズは強制終了。メインフェイズ2に入り、ワンダー・ワンドの効果発動。このカードとマジックテンペスターを墓地に送って、二枚ドロー。カードを二枚セットし、リバースカード、テンペスト・バーン発動!」

 

 和輝の指が己のデュエルディスクのボタンを押す。彼の足元で沈黙を保っていた伏せカードが(ひるがえ)った。

 

「このカードは、このターンに俺のフィールドから墓地に送られたモンスター一体につき、500のダメージを相手に与える。俺がこのターン、墓地に送ったモンスターは全部で四体。2000のダメージを食らえ!」

 

 和輝の墓地から四つの火の玉が出現し、一斉に、軌道を各々ずらしながらゲイルに向かって殺到する。ゲイルは「ご機嫌だぜ!」と口にして後方に跳躍。真っ先に顔面に向かって突き進んできた火球を右手で打ち払い、着地と同時に右足を軸にしてターン。二撃目を回避。

 さらに振り上げた左足で三発目を撃墜後、本命の宝珠狙いの四発目を両腕を宝珠前でクロスしてガードした。

 

「がっ!」

 

 さすがにこの一撃はただ受け止めるというわけにはいかなかったのか、ゲイルの身体が後ろに吹き飛ばされる。

 背中から地面に落ちたが、すぐにばね仕掛けの用に跳ね起きた。

 

「こんなもんか?」

 

 にやりと笑うゲイル。その様子を観察しながら、パズズは内心満足していた。

 パズズはカイロスのように人間(ゲイル)を洗脳したりはしていない。

 波長が合ったパートナーが、どうしても戦闘に不向きな場合は仕方がないが、そうでもないならば基本的に人間の自由にやらせる方針だ。

 その方が攻撃時、防御時にいちいち指示を入れるワンアクションによるライムロスがなくなる。

 勝負を分ける刹那、そのワンアクションが命取りになるような事態を防げるのだ。

 今の状況で言うなら、洗脳された人間はあのような回避はできない。せいぜい宝珠を庇うくらいが関の山だ。

 洗脳された人間は攻撃も防御も単調になってしまうので、人間の手綱を握れるならば、自由意思は尊重してやってもいい。

 

「まだまだ。一気に潰してやる。俺はこれでターンエンドだ」

 

 和輝の言葉に意識を戦いに戻したパズズ。戦いはまだ続く。

 

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

クラッシュ・マジシャン 地属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1300 DEF700

(1):このカードの召喚に成功したターンのメインフェイズに発動できる。自分フィールドの表側表示モンスター1体を破壊し、デッキから破壊したモンスターよりも1つレベルの高い同じ種族のモンスター1体を特殊召喚する。

 

見習い魔術師 闇属性 ☆2 魔法使い族:効果

ATK400 DEF800

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する魔力カウンターを置く事ができるカード1枚に魔力カウンターを1つ置く。このカードが戦闘によって破壊された場合、自分のデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を自分フィールド上にセットする事ができる。

 

ライトロード・メイデン ミネルバ 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK800 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「ライトロード」と名のついたモンスターの種類以下のレベルを持つドラゴン族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。このカードが手札・デッキから墓地へ送られた時、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

マジックテンペスター 闇属性 ☆6 魔法使い族:シンクロ

ATK2200 DEF1400

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く。1ターンに1度、自分の手札を任意の枚数墓地へ送る事で、その枚数分だけ魔力カウンターを自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターに置く。また、フィールド上に存在する魔力カウンターを全て取り除く事で、その個数×500ポイントダメージを相手ライフに与える。

 

ワンダー・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上のこのカードを装備したモンスターとこのカードを墓地へ送る事で、デッキからカードを2枚ドローする。

 

カオス・ソーサラー 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2300 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

テンペスト・バーン:通常罠

(1):エンドフェイズに発動できる。このターンにフィールドから墓地に送られたモンスター1体につき、500ポイントのダメージを相手に与える。

 

 

和輝LP7050手札1枚

ゲイルLP8000→7500→5500手札5枚(妖仙獣 閻魔巳裂、妖仙獣左鎌神柱、妖仙獣鎌壱太刀、妖仙獣鎌弐太刀、妖仙獣鎌参太刀)

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 ダメージを与えたとはいえ、ゲイルの手札には大量の妖仙獣(ようせんじゅう)モンスターが控えている。なら再展開も容易だ。

 

「さぁ再び来やがれ! 妖仙獣 鎌壱太刀(カマイタチ)鎌弐太刀(カマニタチ)鎌参太刀(カマミタチ)を召喚!」

 

 再び現れる刃持つ(いたち)の三兄弟。修験の妖社の蝋燭(ろうそく)が次々に灯っていく。だがこのターン、ゲイルはここで終わらなかった。

 

「さらに最後に召喚された鎌参太刀の効果により、オレはもう一度、新たな妖仙獣の召喚が可能となる! オレはバトルフェーダーをリリースし、妖仙獣 閻魔巳裂(ヤミサキ)をアドバンス召喚!」

 

 バトルフェーダーが白い光の粒子となって消失、代わりに現れたのは、首に数珠を下げた大柄な法師姿の鬼。額から生えた二本の角と、肩に担いだ巨大な片刃の大剣が目につく獣人モンスターだ。

 

「さらに、ここでこいつを発動だ! リバースカードオープン!」

 

 ゲイルの足元に伏せられた二枚のカード、そのうちの一枚が翻った。

 

「妖仙郷の眩暈風! この効果を今見せてやるよ。鎌壱太刀の効果発動! カオス・ソーサラーをバウンスする!」

 

 先ほどと同じバウンス効果。だがカオス・ソーサラーは特殊召喚モンスター。条件さえそろえば何度でも手札から特殊召喚できるため、痛手としてはシンクロモンスターやエクシーズモンスターなどのエクストラデッキから特殊召喚されるモンスターにやられるよりもマシだ。

 そう思っていた。甘い考えだった。

 

「この瞬間、妖仙郷の眩暈風の効果発動! この効果により、手札に戻る効果はデッキに戻る効果となるんだよ!」

「何!?」

 

 和輝は驚愕の声を上げる。次の瞬間、鎌壱太刀の効果によって和輝のカオス・ソーサラーが吹き飛ばされる。ただし、戻るのは手札ではない、デッキだ。これでは再利用も難しい。

 

「くそ……ッ!」

「これで、和輝の場はがら空き……ッ!」

 

 半透明のロキが呻くように言葉を上げる。ゲイルの声が続く。

 

「ご機嫌だぜぇ。永続魔法、修験の妖社効果発動! このカードの上の妖仙カウンターを三つ取り除き、デッキから妖仙獣 右鎌神柱(ウレンシンチュウ)を手札に加える。

 見せてやるよ、オレ様のデッキの真骨頂を! スケール3の妖仙獣 左鎌神柱(サレンシンチュウ)と、スケール5の妖仙獣 右鎌神柱を、ペンデュラムスケールにセッティング!」

 

 ゲイルの手からカードが二枚抜き出され、モンスターゾーンの左右端にある、ペンデュラムゾーンにセットしていく。

 するとゲイルの両隣に薄青い光の円柱が天に向かって突き立つように屹立(きつりつ)し、その中に左鎌神柱――石でできた鳥居の左半分――と右鎌神柱――石でできた鳥居の右半分――が入っており、自然と宙に浮きあがる。

 二本の円柱の間を行ったり来たりする振り子(ペンデュラム)

 

「ペンデュラムゾーンにある右鎌神柱の効果発動! このカードのスケールを5から11に変更! これでオレは、レベル4から10のモンスターを同時に召喚可能となったわけだ!」

「ペンデュラム召喚か……」

 

 和輝の表情に険しい色が浮かぶ。召喚できるモンスターのレベル制限があるとはいえ、大型モンスターをたやすく、しかも場合によっては複数召喚できるのは脅威となる。

 

「ペンデュラム召喚!」

 

 ペンデュラムの向こう側の空間から異界の門が開く。開いた門の向こうから光が一つ、ゲイルのフィールドに降り立った。

 

「さぁ来い厄災の風! 魔妖仙獣 大刃禍是(ダイバカゼ)!」

 

 現れたのは、一言で言えば風でできた巨獣、だろうか。

 和風絵画から抜け出してきたような色彩と、頭に(そび)える一本角。獰猛な赤い双眸。

 

「ペンデュラム召喚、お前のお気に入りだったな、ゲイル」

 

 ゲイルの背後、半透明のパズズの台詞にゲイルは「ああ。ご機嫌な召喚だ」と笑う。

 

「何より見てるやつの驚く顔がいいな。さぁ大刃禍是の効果発動だ! 召喚、特殊召喚成功時に、フィールドのカードを二枚まで手札に戻す! もっとも、今は妖仙郷の眩暈風の効果で、戻るのは手札じゃなくてデッキだがなぁ! オレはテメェの場にセットされてる二枚の伏せカードを選択だ!」

「な!?」

 

 大刃禍是の全身から禍々しい黒い風が吹き荒れる。風は和輝の足元に伏せられた二枚のカードを狙って意志ある者のごとく殺到してきた。

 

「くっそ! チェーンしてリバース速攻魔法、スケープ・ゴートを発動! 俺のフィールドに四体の羊トークンを――――」

「させるかよ! カウンター(トラップ)、妖仙獣の秘技! こいつでスケープ・ゴートを無効にする!」

 

 和輝の足元のカードが翻ったかと思うと、間髪入れずにゲイルの二枚目の伏せカードも翻った。

 

「やばい! これじゃあスケープ・ゴートを無効化されて、和輝を守るものがなくなる!」

「これで終わりだな、ロキの契約者」

 

 半透明のロキが叫び、パズズが不敵に笑う。が、

 

「終わらねぇ! カウンター罠、ギャクタン! 妖仙獣の秘技を無効にし、デッキに戻す!」

「何!?」

 

 和輝の二枚目の伏せカードが翻り、妖仙獣の秘技を打ち消す。結果として、スケープ・ゴートは無事発動され、和輝のフィールドに彼を守るように色とりどりの四体の眠れる羊が現れた。

 

「ちっ、仕留め損なったかよ」

「不機嫌だな、ゲイル」

「当たり前だ! まぁいいさ、バトルだ! 行け! オレの妖仙獣!」

 

 ゲイルの攻撃宣言が下る。同時、彼の妖仙獣たちが和輝の羊たちに殺到する。

 鼬三兄弟が三体の羊を撃破後、閻魔巳裂の大刀が残った一匹を両断する。

 

「ッ! 補給部隊の効果で一枚ドロー!」

「ドローよりもテメェの身体の心配でもするんだな! 大刃禍是でダイレクトアタック!」

 

 羊トークンは全て破壊され、今の和輝はがら空きだ。この一撃は防げない。

 大刃禍是が首を後ろにそらす。それを攻撃の合図と取った和輝は反転。全力で離脱を開始する。

 放たれる竜巻が、奔流となって蛇のようにのたくいながら和輝を目指す。和輝は全力で、わき目も振らずに走った。

 着弾。爆弾の爆発のような轟音が轟き、衝撃波が放射状に広がり周りの建物の硝子を砕き、壁に罅を入れていった。

 

「がぁ!」

 

 直撃はしなかった。が、僅かに足をかすめていった。大型トラックに引っ掛けられたような衝撃に襲われ、和輝の身体が回転しながら宙に浮き、乱暴に背中から叩きつけられた。

 

「がはっ!」

「和輝!」

 

 ロキが叫ぶ。神々は召喚されてでもいない限りデュエルに直接干渉することができない。だから声しか届けることができない。ロキにはそれがもどかしかった。

 

「……問題ねぇ。宝珠は無事だ」

 

 ふらつきながら立ち上がる和輝。その瞳に諦めの色はない。

 

「ケッ。鎌参太刀の効果でデッキから妖仙獣 辻斬風(ツジキリカゼ)を手札に加える。エンドフェイズに閻魔巳裂以外の妖仙獣は手札に戻る」

 

 

妖仙獣 鎌壱太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1600 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌壱太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、自分フィールドにこのカード以外の「妖仙獣」モンスターが存在する場合に相手フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主の手札に戻す。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙獣 鎌弐太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1800 DEF200

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌弐太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカードは直接攻撃できる。その戦闘によって相手に与える戦闘ダメージは半分になる。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙獣 鎌参太刀 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1500 DEF800

「妖仙獣 鎌参太刀」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した場合に発動できる。手札から「妖仙獣 鎌参太刀」以外の「妖仙獣」モンスター1体を召喚する。(2):このカード以外の自分の「妖仙獣」モンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。デッキから「妖仙獣 鎌参太刀」以外の「妖仙獣」カード1枚を手札に加える。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙獣 閻魔巳裂 風属性 ☆6 獣族:効果

ATK2300 DEF200

(1):このカードが風属性以外の表側表示モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時に発動できる。そのモンスターを破壊する。(2):このカードがP召喚に成功した時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。(3):このカードを特殊召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

妖仙郷の眩暈風:永続罠

自分フィールドにレベル6以上の「妖仙獣」モンスターが存在する場合にこのカードを発動できる。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在し、自分のPゾーンに「妖仙獣」カードが存在する限り、フィールドにセットされたモンスター及び「妖仙獣」モンスター以外のフィールドの表側表示モンスターが効果で手札に戻る場合、手札に戻らず持ち主のデッキに戻る。

 

妖仙獣 左鎌神柱 風属性 ☆4 岩石族:ペンデュラム

ATK0 DEF2000

Pスケール:赤3/青3

P効果

(1):自分フィールドの「妖仙獣」モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊できる。

モンスター効果

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手はこのカード以外の自分フィールドの「妖仙獣」モンスターを効果の対象にできない。

 

妖仙獣 右鎌神柱 風属性 ☆4 岩石族:ペンデュラム

ATK0 DEF2100

Pスケール:赤5/青5

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「妖仙獣」カードが存在する場合に発動できる。このカードのPスケールはターン終了時まで11になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「妖仙獣」モンスターしか特殊召喚できない。

モンスター効果

(1):このカードが召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。②:このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手は他の「妖仙獣」モンスターを攻撃対象にできない。

 

魔妖仙獣 大刃禍是 風属性 ☆10 獣族:ペンデュラム

ATK3000 DEF300

Pスケール:赤7/青7

P効果

(1):自分フィールドの「妖仙獣」モンスターの攻撃宣言時に発動できる。その攻撃モンスターの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで300アップする。

モンスター効果

このカードはP召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードのP召喚は無効化されない。(2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、フィールドのカードを2枚まで対象として発動できる。そのカードを持ち主の手札に戻す。(3):このカードを特殊召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

スケープ・ゴート:速攻魔法

このカードを発動するターン、自分はこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。(1):自分フィールドに「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

妖仙獣の秘技:カウンター罠

(1):自分フィールドに「妖仙獣」カードが存在し、自分のモンスターゾーンに「妖仙獣」モンスター以外の表側表示モンスターが存在しない場合、モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

ギャクタン:カウンター罠

(1):罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

 

修験の妖社妖仙カウンター×2

 

 

和輝LP7050→4050手札2枚

ゲイルLP5500手札5枚(妖仙獣 辻斬風、妖仙獣鎌壱太刀、妖仙獣鎌弐太刀、妖仙獣鎌参太刀、魔妖仙獣 大刃禍是)

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを一瞥で確認する。次のターンも、ゲイルはペンデュラム召喚でモンスターを大量展開するのだろう。今の和輝の手札では、それを防ぐことはおろか、波状攻撃に抗うこともできない。

 

「少し強引だが、手札を増やすか。カードガンナーを召喚」

 

 和輝のフィールドに、昔の子供が遊ぶような玩具(おもちゃ)のロボットのようなモンスターが現れる。間髪入れず、和輝は言葉を放った。

 

「デッキの上から三枚のカードを墓地に送って、カードガンナーの効果発動。攻撃力を合計で1500アップさせる」

 

 和輝の狙いは二つ。カードガンナー自身の効果によるバンプアップと、墓地肥し。特に本命は墓地肥しだ。

 墓地に落ちたのはブラック・マジシャン、デブリ・ドラゴン、タスケルトン。最善、とは言えないがまずまずの落ちだ。特に墓地で発動できるタスケルトンが落ちたのは嬉しい。

 

「バトルだ。カードガンナーで閻魔巳裂に攻撃」

「自爆特攻かよ!」

 

 攻撃力で劣るカードガンナーの攻撃。ダメージステップでのカードの発動もなく、カードガンナーが放った砲弾は簡単に躱され、返す刀で閻魔巳裂の大刀がカードガンナーを両断する。

 爆発四散するカードガンナー。和輝にもフィードバックのダメージが与えられる。

 だがそれは和輝も覚悟したことだった。

 

「この瞬間、カードガンナーと補給部隊の効果発動! カードを二枚ドロー!」

 

 和輝の狙いはこのドローだった。多少のダメージは覚悟のうえ、それでも引き寄せたかったのだ。状況打開のカードを。

 だが、和輝の表情は険しいままだ。状況打開のカードをドローできなかったか。

 

「まだ終わりじゃない。墓地の見習い魔術師を除外し、輝白竜(きびゃくりゅう) ワイバースターを特殊召喚。さらに魔法カード、モンスターゲートを発動。ワイバースターをリリースする」

 

 特殊召喚されたばかりのワイバースターが即座に光の粒子となって消える。代わりに和輝のデッキが次々にめくられた。

 スキル・サクセサー、暗黒竜 コラプサーペント、龍の鏡が墓地に送られる。そして、

 

「ライトロード・マジシャン ライラを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 現れたのは白い衣装に身を包んだ光の女魔術師。有用な効果に加え、墓地肥しも行えるモンスターだ。

 

「ワイバースターの効果発動。デッキから二枚目のコラプサーペントを手札に加える。ライラ効果発動。このカードを守備表示に変更し、修験の妖社を破壊する」

 

 ライラが手にした杖から光の矢が迸り、修験の妖社を射抜く。ゲイルは舌打ち。

 

「まぁいいさ。ある程度の働きは果たした」

「闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、コラプサーペントを除外する」

 

 目まぐるしい手札の交換。墓地肥し。和輝の手札が変化していく。

 

(くそ……)

 

 だが和輝の心中は穏やかではない。どうにも今の手札で、次のゲイルの猛攻を防げるかわからない。

 楽しい楽しい楽しいなぁ。怪物の声が聞こえてくる。このまま、運命を受け入れれば、パパとママのところに行けるぞ? 黙れやかましい。

 

「和輝」

 

 悩む和輝の耳にロキの囁きが聞こえてきた。

 

「あん?」

「あのペンデュラム召喚って、神の召喚に最適だと思わない?」

 

 神の召喚。確かにそうだ。一度に大量のモンスターを展開できるのだから、必然、神召喚のためのリリースも集めやすい。

 

「確かにそうだが、それがどうした?」

「神々の戦争で神はやっぱり特別だ。場に出ただけで相手に与えるプレッシャーも、攻撃の威力も桁違いだ。何よりその一撃は宝珠を砕く可能性を跳ね上げる。出せるなら出すと思わない(、、、、、、、、、、、)?」

「…………なるほどな」

 

 ロキの台詞に和輝の脳裏にある賭けとがよぎる。

 さて、可能性はどれくらいか。決して厚い(、、)賭けではない。だが――――

 

「いずれにしても、ほかに手がないんだ。頼むぜ神様よ。俺はカードを三枚セットして、エンドフェイズにライラの効果発動! カードを三枚、墓地に送る!」

 

 ライラの効果が発動し、和輝のデッキから三枚のカードが墓地に落ちる。

 落ちたのはガード・オブ・フレムベル、シャドール・ビースト、ギャラクシーサーペントの三枚。シャドール・ビーストがその効果を発動。和輝はカードを一枚ドローし、改めてターンを終了した。

 

 

カードガンナー 地属性 ☆3 機械族:効果

ATK400 DEF400

(1):1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

輝白竜 ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

モンスターゲート:通常魔法

自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動する。通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する。それ以外のめくったカードは全て墓地へ送る。

 

ライトロード・マジシャン ライラ 光属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1700 DEF200

(1):自分メインフェイズに相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。自分フィールドの表側攻撃表示のこのカードを守備表示にし、対象の相手のカードを破壊する。この効果の発動後、次の自分ターンの終了時までこのカードは表示形式を変更できない。(2):自分エンドフェイズに発動する。自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

シャドール・ビースト 闇属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK2200 DEF1700

「シャドール・ビースト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードがリバースした場合に発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。その後、手札を1枚捨てる。(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

和輝LP4050→3650手札1枚

ゲイルLP5500手札5枚(妖仙獣 辻斬風、妖仙獣鎌壱太刀、妖仙獣鎌弐太刀、妖仙獣鎌参太刀、魔妖仙獣 大刃禍是)

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 ターンはゲイルに移る。和輝のベットは終わった。後は駆けの結果を待つだけだ。

 と、ゲイルがドローカードを確認した瞬間、哄笑を上げた。

 

「カハハハハハハハハ! すげー、すげーぜ! ご機嫌すぎらぁ! そうだよなぁ、これは神々の戦争! これがオレの手元に来るのは必然だよなぁ!」

 

 上体をそらして哄笑を続けるゲイル。その反応から、和輝は賭けに勝ったと確信した。

 

「さぁまずはこいつだ! ペンデュラム召喚! 来やがれ妖仙獣 鎌壱太刀、鎌弐太刀、鎌参太刀! そして魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

 再びゲイルのフィールドに四体ものモンスターが現れる。これで彼のモンスターは五体。和輝を押し潰すには十分といえる。

 

「大刃禍是効果発動! テメェの場にセットされてる三枚のうち右と真ん中を手札に戻すぜ!」

 

 バウンス効果。だが和輝もこれは予測のうちだ。即座に反応し、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「チェーンして、リバースカードダブルオープン! ダメージ・ダイエット、因果切断!」

 

 和輝の場に伏せられたカードが、今まさに大刃禍是によってデッキへと飛ばされそうになった二枚ともが翻る。

 発動したのは、一枚はこのターンのダメージを半減する罠、もう一枚は――――

 

「因果切断の効果! 手札を一枚捨て、閻魔巳裂を除外する!」

 

 カーンという甲高い音がフィールドに響く。そして、ふと見れば閻魔巳裂の上半身がまるで削りと高のように抉れてなくなっていた。

 

「さらに捨てたカードは代償の宝札。その効果によって、二枚ドロー!」

「やるじゃねーか。閻魔巳裂除去するだけじゃなくて、コストを逆用、手札を増やしやがるとはな」

 

 楽しげに笑うゲイル。が、ゲイルはここで終わらせるつもりはなかった。そう、何せこれは神々の戦争。主役が登場しないデュエルはつまらない。

 

「ご機嫌だぜ。オレもとっておきを見せてやるよ。まずは鎌壱太刀の効果! ライラをデッキバウンス!」

 

 ライラの姿が消えていく。和輝にとっては予想通りだ。これは仕方がない。

 

「オレは鎌壱太刀、鎌弐太刀、鎌参太刀の三体をリリース!」

 

 三体のモンスターが白い光の粒子となり、溶けるように消えていく。

 

「さぁ、出番だ。滅ぼせ侵せ! 熱病の風魔神パズズ!」

 

 三体のモンスターは新たな、神々しい力を呼び込む「門」となる。

 門が開かれ「場」が形成され、力が大きくは溢れていく。

 そして顕現する神。

 見た目はデュエル前にファミレスで見たのと同じ。

 ライオンの頭と腕、背中に四枚の翼、蠍の尻尾。ギラギラと憎悪と欲望に染まった双眸(そうぼう)

 パズズ。かつては熱病と風の厄神、またはそれらから家を守る守り神。そして、悪魔に貶められてしまった悪霊の王。

 

「――――神が来たか!」

 

 和輝は目の前の存在から放たれる想像を絶する圧力(プレッシャー)に耐えながらそう言った。ゲイルが「ご機嫌だぜ」と言い、パズズがにやりと笑う。ライオンの頭で人間のように笑うので、不気味でかつ得体の知れない迫力があった。

 

「さて、ワタシの召喚によって、場は傾いたかな?」

 

 パズズは周囲を見渡して、そして和輝を見下ろしながらそう言った。和輝は息を呑んだ。ただ目を向けられただけで心臓を締め付けられる。

 神との相対。どうしても人は萎縮してしまう。

 ただ、この展開は和輝が望んだ通りでもあった。

 神々の戦争の脱落条件は、神が死ぬか、パートナーの胸の宝珠が破壊されること。ただデュエルで勝っても意味はないのだ。

 なので下級モンスター複数による、一撃一撃が軽い攻撃よりも、神によるより広大で大威力の一撃で宝珠を砕くことを目的として、神を召喚する。そんな選択肢も出てくる。

 そして、ゲイルのように力に魅せられたならば、手に入れた力を誇示するために、神をドローすれば召喚すると和輝は踏んだのだった。例え、攻め手を大きく減らしても。

 

「バトルだ! 大刃禍是でダイレクトアタック! ダメージステップに、手札の妖仙獣 辻斬風効果発動! 大刃禍是の攻撃力を1000アップ!」

 

 まず動くのは風の巨獣。その首をそらし、口内から竜巻を放つ。

 ダメージ・ダイエットのおかげで威力は先ほど見た時と比べるとちょうど半分ほど。ただ、和輝は最初の大刃禍是のダイレクトアタックによって足にダメージを受けていた。おかげで機動力が大きく下がっている。

 だから和輝はあえて逃げようとせず、ただ攻撃に対して背中を向け、宝珠を抱きこむ様に体を丸め、覚悟を決めた。

 衝撃。上から押しつぶされる重圧と全身を引き裂かれるような衝撃が和輝を襲った。

 

「があああああああああああああああああああ!」

 

 歯をくいしばっても、口の間から苦痛の声が零れ落ちる。

 だが、宝珠は守り切った。意識も、苦痛が激しかったおかげで途切れていない。

 

「終わりだぁ! パズズでダイレクトアタック!」

「はああああああああああああああああああああああああ!」

 

 だから、続く神の一撃にも反応できた。

 

「――――墓地の、タスケルトンの効果発動! このカードを除外し、パズズの攻撃を無効にする!」

 

 和輝の墓地から黒い豚のようなモンスターが飛び出した。豚が、パズズが放った赤い風を受け止める。

 轟音。そして、触れただけで火傷しそうな熱風が辺りを荒れ狂い、周囲の建物、その外壁の塗装が次々と蒸発し、コンクリートまで変形していく。

 

「ぐううううううううううううううう!」

 

 和輝には熱風は直接届いていない。タスケルトンが、皮膚が焼け肉が溶け、骨だけになっても彼を守ってくれているからだ。

 だが周囲の状況は悲惨の一言に尽きた。アスファルトの表面が泡立ち、溶ける。そんな光景は生まれて初めて見た。

 

「大丈夫だ和輝。パズズの攻撃は君まで届かない」

 

 ロキの台詞が耳に入る。分かっていても肝が冷える。ゲイルは舌打ちしたが、パズズは笑ったままだ。

 

「しゃーねー。バトルフェイズ終了。この瞬間、パズズの効果発動だ!」

「このタイミングでだと!?」

 

 驚愕に目を見開く和輝に対して、パズズは「我が病を受けるがいい!」と両腕を広げた。嫌な予感がひしひしとする。

 ゲイルの声が飛ぶ。

 

「パズズが攻撃を行ったバトルフェイズ終了時、相手のライフを半分にする!」

「な――――」

 

 疫病の風。絶句する和輝。同時にその身体に異変が起こった。

 寒い。そして熱い。意識がもうろうとし、視界が定まらない。今自分が立っているのか、それとも倒れているのかすらも分からない。

 パズズの病。その効能。モンスター効果が、実際に体に影響を及ぼし始めている。

 

「和輝! 気をしっかり持つんだ!」

「!」

 

 ロキの叱咤に、一瞬和輝の意識が覚醒する。

 その一瞬に、動いた。

 

「その、効果に、チェーン! リバーストラップ、活路への希望! 1000ライフを払い、ライフ差2000ポイントにつき、カードを、一枚ドロー! 俺とお前のライフ差は4850! これで、カードを二枚ドロー!」

 

 和輝が、希望を求めてカードをドローする。次の瞬間にパズズの効果が執行。活路への希望発動で減った和輝のライフがさらに半減する。

 

「か……ッ!」

 

 辛うじて二本の足で立つ和輝。その様子にロキはほっとしたように一息吐き出し、パズズが不満そうに鼻を鳴らした。

 

「不機嫌だぜこいつは。ターンエンドだ」

 エンドフェイズ、大刃禍是は自身の効果で手札に戻った。

 

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

因果切断:通常罠

手札を1枚捨てて発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外する。この効果によって除外したモンスターと同名のカードが相手の墓地に存在する場合、さらにその同名カードを全てゲームから除外する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

熱病の風魔神パズズ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF3300

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードが攻撃を行ったバトルフェイズ終了時に発動する。相手プレイヤーのライフを半分にする。(小数点以下切り捨て)(4):???

 

妖仙獣 辻斬風 風属性 ☆4 獣戦士族:効果

ATK1000 DEF0

「妖仙獣 辻斬風」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の「妖仙獣」モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、このカードを手札から捨てて発動できる。その自分のモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。(2):フィールドの「妖仙獣」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。(3):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

活路への希望:通常罠

自分のライフポイントが相手より1000ポイント以上少ない場合、1000ライフポイントを払って発動する事ができる。お互いのライフポイントの差2000ポイントにつき、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

和輝LP3650→1650→650→325手札4枚

ゲイルLP5500手札1枚(魔妖仙獣 大刃禍是)

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 神は強力だ。場にいるだけで感じる圧倒的な圧力、存在感。自分がちっぽけな虫けらになったようにさえ思える。

 心を折りに行くその存在感。だが、神は必ずしも無敵ではない。より高い攻撃力を持ってすればただのモンスターでも打倒可能だ。

 そう思っていた和輝の心の隙間に割り込むように、ゲイルの声が届いた。

 

「テメェがカードをドローしたこの瞬間! パズズのもう一つの効果発動だ!」

「ドローフェイズに発動する効果だと!?」

 

 目を見開く和輝。直後、彼がドローしたカードにまとわりつくように、赤い影が現れた。

 

「これは――――」

「相手がドローフェイズにカードをドローした時、そのカードを確認し、それが攻撃力1500以下だった場合、破壊し、その攻撃力分のダメージを与える。それがワタシの効果だ」

 

 カードにまとわりつく赤い影を引き剥がそうともがいていた和輝の耳に、パズズの声が聞こえてきた。

 

「魔のデッキ破壊ウイルス効果に加えてバーンダメージだと? 理不尽すぎるだろ……」

 

 言いながら和輝はドローしたカードに目を向けた。

 まだカードを確認していないカード。もしもこのカードが攻撃力1500以下で、なおかつ攻撃力325以上だった場合、和輝の敗北が決定する。

 

(糞が! せっかく、攻略のカードが手札に揃ったってのに……ッ!)

 

 ここが最後の勝負の分かれ目だ。和輝はゆっくりと、ドローしたカードを表にした。

 

「――――死者転生。魔法カードなため、パズズの効果対象外だ」

 

 和輝はほっと息を吐く。見ればカードにまとわりついていた赤い影も消えていた。

 

「よし。これでいける! 魔法カード、闇の量産工場発動! 墓地のブラック・マジシャンとガード・オブ・フレムベルを手札に加える。

 そしてこれが勝利の鍵だ! 魔法カード、融合発動! 手札のブラック・マジシャンとバスター・ブレイダーを融合!」

「ここにきて融合だと!?」

 

 ゲイルが目を見開いた。パズズもまた、身をかがめ警戒体勢をとった。

 和輝のフィールド、その頭上の空間が捻じれ、渦となる。その渦に、ブラック・パラディンとバスター・ブレイダーの二体が飛び込んだ。

 

「黒衣の魔術師よ、竜破壊の剣士よ! 今一つに交わり龍殺しの超戦士へと変じよ! 融合召喚! 出でよ超魔導剣士ブラック・パラディン!」

 

 渦の中から光があふれ、一体のモンスターが現れた。 

 ベースはブラック・マジシャン。ただその黒衣はところどころにバスター・ブレイダーの鎧と思われる意匠が施されており、手にした杖もまた、竜破壊の剣へと変じていた。

 

「ブラック・パラディンは全てのプレイヤーのフィールドと墓地にあるドラゴン族の数×500ポイント攻撃力がアップする。この条件に合致するのは、俺の墓地にある四体のドラゴン族のみ。よってブラック・パラディンの攻撃力は2000アップする!」

 

 攻撃力4900。パズズの攻撃力を超えている。

 

「馬鹿な……、こんなことあるわけねぇ!」

 

 ほとんど勝利を確信していたゲイルは表情を硬直させて二、三歩後ずさる。

 

「ワタシを……、神を……ただのカードが超えるか!」

「神だからって過信したな。一つ言っておく、日本じゃあ神殺しなんて珍しくもねーよ。フィクション限定だがな。

 バトル! ブラック・パラディンでパズズを攻撃!」

「くお!」

 

 パズズの翼がはばたかれ、熱望の病をまとった赤い風が吹き上げる。が、

 

「病風を切り裂け、ブラック・パラディン!」

 

 和輝の叫びが轟き、ブラック・パラディンが手にした剣を一閃。赤い風を切り裂いていく。

 切り裂きの力はパズズ本体にも届く。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 神の断末魔。頭頂部から股間に至るまでを真っ二つにされたパズズの身体が上下にずれた(、、、)

 

「か――――――――」

 

 瞬間、その内部からエネルギーが放出。突風という形をとって荒れ狂う。

 爆発。直近の爆発に、ゲイルの身体が翻弄される。

 

「がああああああああ!」

 

 ふっとばされるゲイル。その身体がゴロゴロと地面を転がる。

 だが和輝のモンスターはブラック・パラディンのみ。これで攻撃は終わりだ。

 そう思ったゲイルの眼前に、和輝が発動した速攻魔法が飛び込んできた。

 融合解除。ブラック・パラディンの姿が光の包まれて二つに分離、光が晴れたそこには、ブラック・パラディンとバスター・ブレイダーの姿。

 

「あ―――――」

「バスター・ブレイダーでダイレクトアタック!」

 

 和輝の攻撃宣言を受けて、バスター・ブレイダーが疾駆。手にした大剣を刺突の形にし、肉薄。狙いはゲイルの宝珠。ゲイルも狙いを察知するも、すでに体のバランスが崩れているため、躱せない。

 

「くそがぁ!」

 

 叫びながら両腕を宝珠の前でクロスさせ防御。その防御の上に、バスター・ブレイダーの刺突が炸裂。

 質量を持つとはいえ立体映像(ソリットビジョン)なので実際にゲイルの腕に剣が突き刺さったわけではないが、衝撃は彼の身体を駆け抜ける。さらにバスター・ブレイダーは和輝の意思に従い、刺突の大剣を上に勝ちあげ、ゲイルのガードの腕を強制的に上にあげて崩した。

 

「ぐ……」

 

 ガードを崩され、かち上げの勢いで背中から地面に倒れこんだゲイル。起き上がろうとしたその身を抑えるように、ブラック・マジシャンの杖の先端が宝珠へと突き付けられた。

 完全な詰みの状態だ。

 

「あ、や、やめ――――」

「ダメ押しだ。ダメージステップ、墓地のスキル・サクセサー効果発動。ブラック・マジシャンの攻撃力を800アップ」

 

 ゲイルの懇願はあっけなく無視される。

 直後、ブラック・マジシャンが杖から黒い雷を放った。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 宝珠が砕け散る。断末魔のようなゲイルの叫びがどこまでも響いた。

 

 

熱病の風魔神パズズ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF3300

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードが攻撃を行ったバトルフェイズ終了時に発動する。相手プレイヤーのライフを半分にする。(小数点以下切り捨て)(4):相手がドローフェイズにカードをドローした場合に発動する。そのドローしたカードを確認し、そのカードが攻撃力1500以下のモンスターカードだった場合、そのカードを破壊し、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

闇の量産工場:通常魔法

(1):自分の墓地の通常モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

超魔導剣士―ブラック・パラディン 闇属性 ☆8 魔法使い族:融合

ATK2900 DEF2400

「ブラック・マジシャン」+「バスター・ブレイダー」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードの攻撃力は、お互いのフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。(2):魔法カードが発動した時、手札を1枚捨てて発動できる。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、その発動を無効にし破壊する。

 

融合解除:速攻魔法

フィールド上の融合モンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を特殊召喚できる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

バスター・ブレイダー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2600 DEF2300

(1):このカードの攻撃力は、相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。

 

スキル・サクセサー:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。

 

 

ゲイルLP5500→3100→600→0

 

 

「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁああああああああああああああああああああああ!」

 

 最後までこの結果が信じられないというような断末魔を上げて、パズズが消えていく。

 パズズの完全消滅と同時に、バトルフィールドも消失。二人は現実の空間へと帰還した。

 

「ひ……」

 

 和輝を見るゲイルの瞳にははっきりと恐怖の色が浮かんでいた。

 ゲイルは和輝から逃げるように距離をとり、しまいには耐えきれずに(きびす)を返して逃げ出した。「許してくれ、許してくれ」と台詞を残して。

 

「彼は力に魅せられて好き勝手やってきた。だからいざその力を取り上げられたとき、同じような力を持っている君をとても怖く思ったんだろうね」

 

 ロキの説明に和輝は頷いた。そしてふと思った。

 パズズ。人の手によって神から悪魔へと貶められてしまった存在。彼は一神教の人間に対して強い憎悪を抱いていた。

 ならば、同じく人の手で邪神として語られてしまっているロキは、何を思うのだろう。

 

「ロキ、お前は、お前を邪神として伝えている人間が、憎くはないのか?」

 

 だから聞いてみた。この質問が、ひょっとしたら和輝とロキのパートナー関係に亀裂を入れるのではないかと思いながら、それでも聞かずにいれなかった。

 だが和輝の深刻さに反して、ロキはあっけらかんと「いーや」といった。

 

「ボクが邪神であることはボク自身も自覚していることだからねぇ。自分の意志に反して悪魔にされてしまったパズズとは事情が違う。それにボクは人間が大好きだし、北欧神話におけるボクの立ち位置を気に入っているんだ」

「え?」

 

 疑問符を浮かべた和輝に対して、ロキは笑顔でこう言った。

 

「神々をひっかきまわして回るトリックスター。北欧神話というストーリーを進める狂言回し。格好いいと思わないかい?」

 

 子供じみた台詞に、和輝は思わず吹き出していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:ドラマ撮影を見に行こう!

 とある港の倉庫街。薄暗く、光源は天井から僅かに注がれる電灯の光のみ。

 いかにも怪しげなその場所に、四人の男たちがいた。

 正確には一人と三人。三人のほうは白いスーツに白帽子、顔には黒のサングラスといかにもインテリヤクザ然とした男たち。

 対する一人は上等な三つ揃いのスーツを着込んだ壮年の男。白髪交じりの髪は撫でつけられており、その佇まいから過ごしてきた年月の重さを感じさせる。

 

「例の物は持ってきたのか?」

「勿論ですよ。大谷(おおたに)社長」

 

 壮年の男が言う。重々しい声。三人のうち、真ん中の男が頷き、顎で部下の二人に指図する。右側の男が懐からUSBメモリを取り出した。

 

「敵対企業の情報、苦労しましたよぉ。今後も、あなた方とはより良い付き合いをしたいものですなあ」

 

 ヤクザ特有とでもいうべきか、一度でも関わりを持ったら相手が死ぬまで離さないといわんばかりの、粘ついた口調。壮年の男は鼻で笑う。

 

「仕事分の報酬は払う。最初に言ったとおりにな」

 

 その言葉に真ん中の男が頷き、顎で右側の男に合図を送った。右側の男が壮年の男に歩み寄り、手にしたUSBメモリを渡そうとする。

 その刹那――――

 

「おっとぉ、そいつに手をかけちゃあいけませんぜ、大谷さん」

 

 倉庫の、僅かに開いたっきりだったはずの扉がガラガラと音を立てて左右に開かれていく。

 カッとライトに照らされる倉庫内。男たちはまぶしさに思わず顔を覆った。

 外部から放たれるライトの光。その中から、男が一人現れた。

 アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。腕まくりしたワイシャツ姿。年経てもなお勇猛な闘牛の風情。

 

「次世代型デュエルディスクに関する企業間の開発競争。熾烈を極めてるって噂は耳にしましたが、水面下ではこんな汚いことが行われているとはねぇ。ヤクザ屋さんを使ってライバル会社から開発情報の強奪ですか。いささか、汚すぎやしませんかねぇ?」

 

 どこか余裕を持った口調と態度で、男が倉庫に入ってくる。男の姿を認めた瞬間、三人側――ヤクザたちだ――が身構えた。

 

「デュ、デュエル刑事(デカ)!」

 

 三人とも先程の、どこか余裕があり飄々(ひょうひょう)とした態度はどこへやら。本来の荒々しい気性を露わにしだした。

 

「ハッ。この牛角(うしかど)さんの名前を知ってるか。だったら、説明はいらねぇよな?」

 

 突然の事態に困惑顔の大谷と呼ばれた男――状況からして牛角と名乗った男が警察の人間だということは分かった――は状況についていけず固まっていた。

 そんな中、三人組はさも当たり前の用にデュエルディスクを取り出して腕に装着する。

 

「デュエルモード起動。バトルロイヤルモード・タッグデュエル」

 

 デュエルディスクの音声が高鳴る。また、牛角ももはやそれが法則であるかのようにデュエルディスクを装着した。

 

決闘(デュエル)!』

 

 三対一の変則デュエルが開始された。

 

 

 画面の向こう側で、三対一という圧倒的不利な条件を覆し、牛角警部がヤクザたちに勝利した。

 爆発による轟音と光が辺りを駆け抜け、衝撃によって三人とも派手に吹き飛ばされた。

 

「三対一でも危なげないとか、相変わらず無双状態だな」

 

 デュエルの結果を見て、岡崎和輝(おかざきかずき)はそう言った。

 茶色がかった瞳、風呂上り故に気の抜けた表情、さっぱりしたTシャツにジャージズボン姿とどこまで砕けた格好。今はもっとも目立つ要因の白髪は濡れていて光をわずかに反射し、どことなく銀髪に見えないこともない。

 

「当然です。牛角警部は今までどんな不利な状況からでも逆転してますからね」

 

 ぽつりとこぼれた和輝の感想を耳ざとく聞き取って、義妹(いもうと)綺羅(きら)が注釈を入れる。

 肩にかかるか、かからないかくらいの長さのオレンジの髪。黄色い瞳。今はしっとりと濡れており、バスタオルで乾かしている最中だ。

 ピンクの猫柄パジャマを着て――和輝からすれば少々子供っぽすぎる――、ソファにだらしなく座っている兄と対照的に、椅子にきちんと座っている。

 綺羅の台詞は続く。

 

「そして、このデュエル、牛角警部を演じている俳優の鷹山勇次(たかやまゆうじ)さんの一発撮りなんですよね」

「うん、知ってる知ってる。だって俺もこのドラマ好きだから」

 

 和輝たちが見ているのは、ゴールデンタイムで絶賛放送中の人気ドラマ、デュエル刑事(デカ)。第七シーズンに突入する人気ドラマで、テレビ局からのプッシュも多く、特に主役の牛角警部役を務めている俳優、鷹山勇次は、四十三歳という脂の乗った年齢に加え、その卓越したデュエルの腕前、竹を割ったような本人の性格から人気が高く、実力派俳優の呼び名も高い。

 

「しかもこのデュエル自体、相手側はあらかじめデュエルディスクに細工してデッキの順番とかも決めているけど、鷹山勇次は特にそんなこともしていない。普通のデュエルと同じく素のままで戦って、それでも勝っちまうんだろ?」

「資格持ってないってだけで、実際はプロレベルですよね」

「それも、DやEなんてちんけなレベルじゃなくな」

 

 画面の向こうでは事件は解決。被害者は泣きながら牛角警部に感謝し、警部はそれに対して笑顔で答え、クールに去っていく。スタッフロールが流れ、エンディングの静かで、どこか寂しげな音楽が終わった。

 

「いやー、今週も素晴らしかったです」

 

 満面の笑みで綺羅はそう言った。和輝もこのドラマは好きだが、綺羅は加えて主役を演じる鷹山勇次の大ファンなのだった。

 

「それこそ、日曜が楽しみだな」

 

 苦笑する和輝。今週の日曜日、デュエル刑事の収録が近くで行われるのだ。綺羅はすでに有頂天だ。今日はまだ水曜日の夜だというのに。

 

「今週の日曜、部活なくてよかったな。お前の日ごろの行いかね」

「それかどうかは分かりませんが、とてもうれしいですよ。運命じみたものを感じます!」

 

 大げさすぎるだろと思ったが口にはしない和輝。元々年齢の割に大人びたというか、すました部分の多い綺羅だったが、今は年相応というか、実年齢よりも幼く見える。

 

「まぁ、サインもらえるかどうかは知らんが、運が良ければ生の鷹山勇次が見れるかもな」

 

 はしゃぐ義妹を見ながら、和輝は苦笑してそう言った。

 

 

「人間が人間が作った物語に感動を覚えるのは昔から変わらないようだね」

 

 和輝の部屋。綺羅も自分の部屋に戻った今、和輝の眼前に一人の男が現れていた。

 何もない空間から突然現れた男。

 金髪碧眼。異性どころか同性さえも道ですれ違えば振り返る美貌の持ち主。息を呑む美貌は今、笑みに形作られており、簡素なシャツにスラックス姿でもそれは変わらない。寧ろその簡素さこそが、余計な装飾を削ぎ落した先にある、彼の素のままの美しさを引き立てている。

 和輝と契約した神、ロキであった。

 

「神も、人間が作ったものに感動とかするのか?」

「そりゃあするさ。神と人間の精神は似通っているからね。だから人間が作り上げた芸術に感動する神も多い。勿論質は追求するけどね。あのドラマはなかなか良かった。一話完結であることに加え、レギュラーキャラ同士の関係も初見でもわかるよう気が配られている。そしてドラマも、目玉のデュエルのレベルも高い。当然、役を演じる俳優たちも同じくベテランや実力派ばかり。素晴らしいね」

 

 どうやらロキもまた、デュエル刑事をかなり気に入ったようだ。

 

「それは何より。じゃあ日曜を楽しみにしているんだな」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして日曜日。和輝は早くも後悔していた。

 人でごった返した、和輝も通っている十二星(じゅうにせい)高校。ここが今回の撮影現場だ。これはいい。ドラマの撮影、しかものデュエル刑事だ。人でごった返すのは仕方がない。綺羅がさっきから隣でピョンピョン子供みたいに飛び跳ねて目当ての鷹山勇次を一目見ようと悪戦苦闘してるのも別にいい。ファンの俳優に会えるかもしれないのだ。はしゃぐのも無理はなかろう。

 問題は――――

 

(やー、楽しみだねぇ。しかも本物の鷹山勇次にであるかもしれないんだよね? 一目見てみたいねー)

 

 さっきから和輝の頭に直接語り掛けるような声が響いていることだ。

 もちろんロキだ。実体化を解いて姿を消している時に神が喋ると、その声が全て契約者の脳裏に直接響いてくるのだ。勿論、物理的な音ではないので耳をふさいだりして声を遮ることもできない。

 

「うるせー」

 

 もちろん和輝はそんな相手の脳内に直接語り掛けるようなことはできないので、必然、声が出てしまう。周りから見ればただの独り言である。

 

(いやいや、これは興奮するでしょ? 今日までの間にすっかりはまっちゃったし)

「……俺の部屋に借りた覚えのないレンタルDVDが大量にあったのはそれが理由か。俺がいない間や寝てる間に視聴してやがったな」

(おかげでデュエル刑事はファーストシーズンから劇場版まで、全て制覇済みさ)

「そうか。それは良かったな。帰ったらシーズン1俺に見せてくれ。あのころまだ孤児院にいたからチャンネル争いで負けて見れなかったんだ」

 

 勿論とロキは言う。和輝は嘆息。確かに生の鷹山勇次を見れて、しかもドラマの撮影まで見学できるのだから彼もテンションが上がっている。しかしすぐそばに自分以上にハイテンションの人間――ロキは人ではないが――がいるため、かえって醒めてしまったのだった。

 

「いいよ、ロキ。どこか目立たないところで実体化してもっと近くで見て来いよ。俺ちょっと人ごみにあてられたから、少し休んでるわ」

 

 そう言って人ごみから離れようとする和輝だったが、その前に呼びかけられたので振り返ってみる。するとそこに見知った少年の姿があった。

 百八十センチを超える長身、明るい金に染めた髪に、灰色をした鋭い目つき。金色の体毛の、餓えつつも気高さを感じさせる一匹狼の風情。

 和輝のクラスメイト、風間龍次(かざまりゅうじ)

 

「お、龍次じゃん。どうした?」

「ああ。学校指定のボランティアだよ。今日これから撮影で使う第一デュエル場の清掃のな」

「ボランティアか。バイト三昧のお前からは縁遠い台詞だなー」

「学校指定のボランティアは結構有用だぜ? こまめに参加しておけば一部校則違反も見逃してもらえる。バイト掛け持ちとかな」

 

 確かに、こうして定期的に教師の覚えを良くしておけば、髪の毛の色やバイトの掛け持ちなど、いちいちうるさく言われたくないことも避けられるわけだ。

 

「納得。で、そのボランティアは終わったのか?」

「ああ。で、俺これからバイトなんだけどよ。俺デュエル場の鍵預かってんだよ。これ、この後いったん鍵開けて、撮影が終わったら締めて返さないといけねーんだよな」

 

 龍次の言わんとしていることを察し、和輝はニヤリとした。

 

「それは大変だな。よし、俺が返しておいてやるよ。第一デュエル場だろ?」

「助かるぜ」

 

 和輝と同じく、龍次もニヤリと笑い鍵を和輝へと渡す。

 

「じゃ、後は任せろ」

「よろしくな」

 

 去っていく龍次。和輝は手の中で受け取った鍵――撮影現場一番乗りのチケットともいう――を弄っていたが、綺羅を探そうと辺りを見渡す。

 

「あれ?」

 

 が、綺羅の姿はなかった。どうやら野次馬の中に紛れてしまったらしい。仕方なく、メールだけ送って移動することにした。

 

 

「持つべきものは友達、かな?」

「まーな」

 

 和輝の隣を、実体化したロキがある気ながらそんなことを言う。

 場所はデュエル場へと続く廊下。和輝は龍次から預かった鍵を手に、一足先に第一デュエル場へ行くつもりだった。

 途中、ロキを実体化させたのはいつまでも独り言と思われたくない理由からか。

 

「それにしても胸の高鳴りが止まらないね!」

 

 和輝の数歩先を行きながらロキが言う。その声音は歌うようだ。

 

「撮影現場への一番乗り。ファン冥利に尽きるというものじゃないか?」

「そうだな。そう言ってはしゃいでいるのがファンになって一週間もたっていない奴なので、ちょっと納得いかないが」

「好きになった後からの時間は関係ないんだよ!」

 

 くるりと見事なターンを描いて振り返ってきたロキ。神のテンションの高さに和輝は若干引き気味だ。

 

「ああそう、そうだな。俺が悪かったよ」

「分かればいいんだ――――」

 

 と、不意にロキの足が止まる。それどころか雰囲気が一変した。

 先ほどまで誰が見ても浮かれていた雰囲気は霧散し、表情も緊の一字に引き締められた。

 

「ロキ?」

「和輝。神の気配だ。ちょっと弱いから、残り香かな?」

「こんな場所でか!?」

 

 和輝の表情にも緊張が走る。脳裏をよぎるのはカイロスとパズズ。ともに人間などなんとも思わない傲慢で自己中心的な存在だった。

 もしもこの場にいる神も同じような性格だとすれば、近くに大勢の人間がいる現状、どんな惨事が起こるかわからない。ましてやここには綺羅がいるのだ。

 

「そいつはどこにいる!?」

「この先。多分、その第一デュエル場ってところ」

「くそ! よりによって!」

 

 急がなければ、撮影が始まり、大勢人が集まってきたら大惨事だ。

 走る和輝。デュエル場までたどり着いた時、鍵が開いており、扉が開いていることに気づいた。

 

「非実体化した神が通り抜けて、鍵を開けたんだね」

「つまり、あそこにいるってわけか!」

 

 叫び、デュエル場の中に飛び込む和輝。そして、デュエル場中央に、いた。

 アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。腕まくりしたワイシャツ姿。年経てもなお勇猛な闘牛の風情。

 

「鷹山……勇次……?」

 

 呆然と和輝は呟いた。まさか、彼が神々の戦争の参加者だったとは。

 

「なぜここに……?」

「ん? あ、ここまだ入っちゃ駄目だったかな? 俺の撮影パート終わって、ちょっと暇だったから散歩がてら、下見に来たんだけど」

 

 くるりと振り返った鷹山は、敵意も邪気もない、本当にただ困った表情を浮かべ、そう言った。後頭部を掻くその姿も、やはりいままで和輝が視た神々の戦争の参加者のように、操られた不自然さも、力に魅入られた狂気も見られない。

 

「ん? 君が、いや、貴方が神々の戦争の参加者なのかな?」

 

 和輝の後ろからやってきたロキの質問。鷹山は「お」と口をOの字にして驚いたような表情を作った。

 

「驚いた。こんなところに神がいたのか。神と神は惹かれ合うなんてウェスタも言っていたが、本当だなぁ」

 

 おおらかな人柄は、テレビで見るのと同じに思える。和輝は警戒しながらも、出方を決めかねていた。いっそ、今までの敵の様に問答無用で襲い掛かってきてくれた方が分かりやすかった。

 

「君、十二星高校(ここ)の生徒?」

「え? ええ」

 

 朗らかな鷹山の態度は明らかに敵に出会ったものとは思えない。和輝も戸惑いながらもひとまず危険はないと判断し、怪訝な表情を浮かべたままのロキを手で制して一歩前に出た。

 

「岡崎和輝です。えっと、貴方は神々の戦争の参加者で間違いないんですか?」

「ん? おう。契約した神はウェスタっつって、えーと……、どっかの神様だよ。家だかなんだかの守護神だとさ」

 

 どうやら鷹山は自分の神がどんな神なのかもよく知らないらしい。まぁ、和輝もロキのことをよく知らなかったので、とやかく言うことではないが。

 鷹山の全身が和輝の前に来る。見るからに巨体なので、必然、和輝は首を傾げて上を見上げることになった。

 

「まいいや。けど、問答無用で襲ってこなかったところから、話が通じるタイプみたいだな。で、ちょっと聞きたいんだけど、君は神々の戦争参加者にあったら積極的に戦いに行くタイプかな?」

 

 直接的な質問だ。慎重に応えなければならない。和輝は一度小さく深呼吸し、

 

「誰彼かまわず、四六時中喧嘩か吹っかけてるわけじゃない、ですね。常に襲い掛かられる側だったんで。ただ、俺があった参加者は神に操られてたり、特典の力に魅せられて粗暴になったやつだけでしたけど」

 

 言外に、貴方もそうなのですかという疑問を投げかける和輝の台詞だった。鷹山は「俺もだよ」と言った。

 

「前に一人宝珠を砕いたんだけどな。そいつは神に操られてたよ。力に魅せられたやつにもあったな。あの時は宝珠を砕けなかったが」

 

 おおらかな鷹山の台詞にやはり狂気は感じられない。

 和輝は思う。彼は操られているわけでも、力に魅入られて道を踏み外したわけでもない。ならば、和輝は彼と戦う必要があるのだろうか?

 確かに神々の戦争に参加している以上、敵であることに違いはないだろう。だが、彼は他者を傷つけていない。戦意だって、感じられない。

 そういう相手とに、問答無用で戦いを挑むのか? 和輝は、なんだかそれは違うような気がした。

 

「なるほど。自分から喧嘩吹っかけてるわけでもない、か。いやー、助かるね。撮影中に襲われちゃたまんないし。

 俺から見れば君も後ろの神に操られているような不自然さは感じないなぁ。ついでに、力に魅せられてるってタイプだったら、まず問答無用に襲い掛かってくるかな?」

「まぁ、俺が戦った奴はそうでしたね」

 

 二人の間に戦意はない。人間の同士の会話に割り込むつもりはないのか、ロキは黙ったままだ。

 ただ、その視線はさっきから周囲に向けられている。

 

「ところでさっきから気になっていたんだけど、貴方が契約した神はどこ? 気配を感じないんだけど」

 

 ようやく口を開いたロキ。台詞は神の居場所を問いただすもの。鷹山は困ったように頭を掻き、

 

「それがなぁ、ウェスタはバイクに嵌ってて、今もどこかでツーリング中なんだよ。まぁ、そろそろ帰ってくると思うけどな」

 

 どうやら、かなり自由奔放な神らしい。ロキのようにドラマにハマっている神もいるんだから、人界で趣味を見つける神がいてもいいだろう。

 

「それはまた……、困りましたね」

「てゆーか、戦える状態じゃないっぽいよね。神いないし」

「そーなんだよなー」

 

 相変わらずおおらかな人柄の鷹山を前にして、和輝は考える。

 

「あの、思ったんですけど。俺たちここで戦わなくてもいいんじゃないですか?」

 

 思い切って提案してみることにした和輝。鷹山からは戦意も感じないし、人柄から戦いを好み、周囲の被害を顧みない人間だとも思えない。だったら、無理に戦う必要はないように思うのだ。

 

「なぁロキ、お前は嫌かもしれないけど、俺はやっぱり自分から、やる気もない人間に戦いを仕掛けるのは嫌なんだよ」

「んー。まぁ君がそう言うならボクからは何も言うことはないかな。やる気のない状態で無理矢理戦わせるのはボクの本意じゃないし」

「だがよ岡崎君。君はこの神々の戦争の果てに何か叶えたい願いがあるんじゃないのかい?」

 

 鷹山の言うことはもっともだ。

 神々の戦争優勝者の特権。パートナーの人間はあらゆる願いを叶えることができる。そのために人間はこんな危険な戦いに身を投じるのだ。

 もっとも、和輝はその例外になるが。

 

「それが、まだ決めてないんですよ。願い。だからかな。人に危害を加えない相手にまで、進んで闘う気にはなれないんです。それとも、あなたは願いを叶えるために問答無用で戦いますか?」

「いやー。それが、俺も特に願い決めてないんだよねぇ。元々ウェスタから頼まれたから参加してるようなもんだし」

 

 鷹山の台詞にロキがうんうんと頷いた。

 

「いやー、牛角警部と同じく、おおらかな人だねー」

「お、俺のこと知ってるの?」

「ファンです! サインください!」

 

 ロキは満面の笑みでそう言った。しかもどこからともなく色紙まで取り出している。もしかしたらこれを言うタイミングを計っていたのかもしれない。

 

「お前な……」

「はっはっ。神様にサインをねだられるとは、俳優冥利に尽きるねぇ」

 

 にこやかに笑って鷹山は色紙を受け取ろうと手を伸ばす。その瞬間――――

 

 

「何をしている勇次!」

 

 

 鋭い女の声が場を引き裂くようにあたりに響いた。

 

「!?」

 

 何事かと振り返った和輝の眼前、開いたままの第一デュエル場の出入り口からつかつかと足音を響かせながらやってくる女の姿。

 和輝を超える長身、腰まで届く赤い髪、真っ赤なライダースーツ、吊り上がった赤い双眸。赤尽くしの格好ときつめな印象を与える顔つきから、気性の激しさをうかがわせる。固形化した炎のような風情。

 

「おう……、ウェスタ」

 

 しまったといわんばかりの鷹山。和輝とロキは状況の変化についていけない。

 ウェスタ、即ち鷹山と契約した神は、そのままつかつかと鷹山の前まで歩き、和輝たちに向き直ると、ビシッと音がしそうなくらい鋭い動作で指さした。

 

「どういうことだ勇次! ここに敵がいるではないか! なぜ戦わん!」

「…………」

 

 どうやら、人間たちと違い、神は闘う気満々のようだった。

 

「おいおい待てってウェスタ。彼らとは今は戦わないでおこうと話がまとまったんだよ。前にブッ飛ばした奴見たく力に魅入られているわけでもない。洗脳されてもいない。寧ろ無用な争いを避けようとしているんだぜ? いちいち闘わなくてもいいじゃないか。疲れるし」

「何を馬鹿なことを! 敵を前にしてそんな甘っちょろいことを言っているから、願いも見つからんのだ!」

「いや俺今の生活に満足しているし。四十超えちゃうと願いに賭けるよりも安定した生活求めちゃうんだよ。一部例外除いて」

「なんという覇気のなさか! だいたい、敵を前にして矛を収める理由などない! 背中を見せた途端襲われたらどうする!」

「彼らそんな見境ないわけじゃないぞ。話してみてわかったし」

「それが罠だと何故わからん!」

 

 和輝たちを置き去りに一人と一柱の口論は続く。

 たださすがにあらぬ誤解を与えかねないと思い、和輝も会話に加わることにした。

 

「おいおい待ってくれよ。俺と鷹山さんは今話てたけど、本当に戦う気はないんだよ。なんか和やかな空気になってきたし、これで戦ってもお互いやりにくいし――――」

「信用できるか!」

 

 あちゃーといわんばかりに手で顔を覆う鷹山を尻目に、ウェスタの矛先は和輝に向いた。

 

「知っているぞ、人間。貴様が契約した神はロキだな? 邪神など信用できるか! ましてや、自身の神話の女神のほとんどに手を出した、節操のない男神などな!」

「ぐふっ!」

 

 痛いところを疲れてロキが呻く。ウェスタはさらに言いつのった。

 

「男女間の不和は小さければ家庭を、大きければ国家を切り崩し、やがては騒乱へと発展する。その原因をばらまいた神など信用できるか!」

「ま、待ちたまえよウェスタ! ボ、ボクは避妊はちゃんとしてるってば!」

「そういう問題じゃないんだよロキ。つーか信用されないのお前が原因じゃねぇか!」

 

 まさかの展開に和輝もまた、狼狽え気味だ。

 とにかく現状、せっかくまとまりかけた話がウェスタの登場により、さらにややこしくなってしまった。

 

「すまん岡崎君。ウェスタは決して邪悪な神じゃないんだが、直情径行型というか、気性が激しく、自分の考えを曲げられない性質(たち)なんだ」

 

 苦笑しながらの鷹山。もう話し合いでどうこうという次元ではないのかもしれない。少なくとも、戦い回避の方向に話を持って行けそうにない。

 

「和輝。こうなったらデュエルだ。デュエルでボクらの誤解を解くしかない」

「何さりげなく俺を入れてやがる。お前が、お前だけが! こじれた原因だろ!」

 

 だがもう戦うしかなさそうだ。そうしなければウェスタも納得すまい。誤解云々は別にして。

 それに和輝も一人のデュエリストとして、そしてファンとして、生の鷹山勇次とのデュエルというシチュエーションにわくわくしているのも事実だった。

 持参してきたデュエルディスクを取り出し、左腕に装着する。鷹山もまた、同じくデュエルディスクを装着した。

 

「さぁ、行こうか。バトルフィールド展開!」

 

 ロキの指が鳴らされ、次の瞬間、空気が変化する。

 もともとほかに人のいなかった第一デュエル場なので周囲に変化はない。だが位相の違う空間に二人と二柱は移動した。なのでほかの場所に行っても、他に人はいない。

 和輝の胸元に赤、鷹山の胸元にオレンジの光、即ち宝珠の輝きが灯る。

 

「まぁ、始めるかね」

 

 和輝と鷹山の準備は終わった。神々も姿を消しているため、互いの目に移るのは対戦相手のみ。

 

「悪いな岡崎君。俺のせいで」

「いえ。俺も、貴方と戦えるのは光栄です」

 

 一拍、間が開いた。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの幕が上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:竜騎士顕現

 誰もいない第一デュエル場。対峙する和輝(かずき)鷹山(たかやま)

 すでに神々の戦争(デュエル)は始まっている。あとは、互いに全力を尽くして、雌雄を決するのみ。

 

和輝LP8000手札5枚

鷹山LP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻!」

 

 先攻を勝ち取ったのは和輝。彼は五枚の手札に一つ一つ目をやり、吟味する。

「和輝、大ファンな相手とのデュエルだけど、気を抜かないでくれよ。何しろ相手は資格こそ持っていないものの、その実力はプロデュエリストに匹敵するといわれているんだからね」

「気を抜く? できるわけがないだろ。実力を置いておいても、俺たちほかのデュエリストになくて、鷹山勇次(ゆうじ)にあるものがあるんだ」

「君になくて彼にある物? それはいったい何?」

 

 半透明のロキの疑問が和輝の耳朶(じだ)を叩く。和輝は前を向いたまま言った。

 

「ロキ、お前ゴヨウ・ガーディアンのカードは知ってるか?」

「知ってるさ。デュエルモンスターズの歴史の中に時折現れる、明らかに性能がおかしいカードの一枚だろ? 今は禁止カードだけど、デュエル刑事(デカ)では警視総監から牛角(うしかど)警部に特別にデュエルでの使用許可をもらったカードとして登場して、牛角警部の切り札的カードだ」

「正解。そしてな、ロキ。鷹山さんはファンのイメージを崩さないために、使うデッキはドラマと同じだ。当然、ゴヨウ・ガーディアンは禁止カードだから使用できないはずだよな?

 だが、このデュエル刑事の世界的人気を受けて、国際デュエリスト認定委員会から世界で唯一、禁止カードのゴヨウ・ガーディアンの公式デュエルでの使用を認められているんだ」

「何……だと……?」

「つまりカードアドバンテージの差が、既にあるってことだな。

 

 だから、最初から出し惜しみはしない。俺はカードを三枚セットし、クリバンデットを召喚する」

 和輝のフィールドに現れたのは、クリボーを一回り大きくし、盗賊のような頭巾と眼帯を装着した目つきの悪い悪魔族モンスター。

 

「俺はこのままエンドフェイズに入り、クリバンデットの効果発動。このカードをリリースし、カードを五枚めくる」

 

 クリバンデットの姿が消え、和輝のデッキの上から五枚のカードが自動的に排出される。

 めくられたのはダンディライオン、ドッペル・ウォリアー、闇の誘惑、見習い魔術師、E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストの五枚。

 

「闇の誘惑を手札に加え、残りは墓地に送る。この瞬間、墓地に送られたダンディライオンとシャドー・ミストの効果発動。俺のフィールドに綿毛トークン二体を守備表示で特殊召喚。さらにシャドー・ミストの効果でデッキからE・HERO ブレイズマンを手札に加える。改めて、ターンエンド」

 

 

クリバンデット 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF700

(1):このカードが召喚に成功したターンのエンドフェイズにこのカードをリリースして発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中から魔法・罠カード1枚を選んで手札に加える事ができる。残りのカードは全て墓地へ送る。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

 

「さーて、俺のターンだ。ドロー!」

 

 ターンは和輝から鷹山に移る。鷹山はちらりと和輝を見た。

 いい目をした少年だ。まっすぐで、全力でぶつかることに躊躇はない。好ましい姿勢だ。やはりウェスタの言うような、後ろから襲い掛かるような卑劣漢ではないと確信できる。

 契約した神であるロキも、邪神といわれているがこっちにサインを求めてきたのだ。あのドラマの良さが分かる奴に悪い奴はいない。きっとそうだ。

 

「何をしている勇次。お前のターンだぞ」

 

 半透明のウェスタから叱責を受けた。悪いと思い、鷹山は思考をデュエルに切り替える。

 

「こいつでいくか。ジュッテ・チェイサーを召喚」

 

 鷹山のフィールドに現れたのは、一見するとチューナーモンスターのジュッテ・ナイトに見える。ただ、徒歩だったジュッテ・ナイトと違い、そのモンスターは赤い大型バイクに乗っていた。

 

「ジュッテ・チェイサーの効果発動! 手札からジュッテ・ドッグを特殊召喚!」

 

 左手でバイクのハンドルを、右手で十手を振り回すジュッテ・チェイサー。その姿に率いられるように現れたのは、十手を口に加えた大型犬。吠えることはないが、低い体勢から威嚇の唸り声をあげている。

 

「切り込み隊長みたいな効果、か」

「違いはレベル、として、ジュッテ・チェイサー自体がチューナーってところだね。即シンクロ召喚につなげられる」

 

 ジュッテ・チェイサーのレベルは2、ジュッテ・ドッグは1。合計レベルは3。

 

「レベル3のシンクロといえば、来るね、牛角警部の得意モンスターが」

「ああ」

 

 身構える和輝。それに応えるように、鷹山が笑う。

 

「じゃ、ファンの期待に応えるか。レベル1のジュッテ・ドッグに、レベル2のジュッテ・チェイサーをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。

 二つの緑の輪となったジュッテ・チェイサーと、それをくぐって一つの白い光星(こうせい)となったジュッテ・ドッグ。ジュッテドッグだった光星が、一本の光さす道へと変わる。

 光が満ちる。

 

「桜の代紋その背に背負い、胸に刻むは正義の心! シンクロ召喚、でませいゴヨウ・ディフェンダー!」

 

 光の(とばり)の向こうから現れるのは、二頭身の小柄な影。

 歌舞伎役者のようなメイクと髪型の頭、身体を隠せる巨大な盾を左手に、右手に十手を握り締めたモンスター。その姿は岡っ引きが一番近いか。

 

「この瞬間、シンクロ素材となったジュッテ・ドッグの効果により、俺はカードを一枚ドロー。さらに俺のエクストラデッキにいる残る二体のゴヨウ・ディフェンダーの効果発動! こいつらをエクストラデッキから特殊召喚!」

 

 一体のみだったゴヨウ・ディフェンダーの両脇に、さらに二体のゴヨウ・ディフェンダーが現れる。ゴヨウ・ディフェンダーたちは口々に「御用だ。御用だ!」と言って和輝を威嚇する。

 

「来たよゴヨウ・ディフェンダー。一体出ただけで三体並ぶって凄いよね」

「その分、召喚しにくいレベル3のシンクロモンスターなんだろうけどな。――――来るぞ」

 

 身構える和輝。その眼前で、鷹山が動く。

 

「バトルだ。ゴヨウ・ディフェンダーで綿毛トークンを攻撃!」

 

 エクストラデッキから自身の効果によって特殊召喚されたゴヨウ・ディフェンダーは攻撃できない。ゆえに攻めてくるのはシンクロ召喚されたゴヨウ・ディフェンダー。だが綿毛トークンのステータスは攻守ともに0。撃破は容易。

 案の定、ゴヨウ・ディフェンダーの十手の一撃を受け、綿毛トークンはあっさりと消滅した。

 和輝の狙い通りに。

 

「この瞬間、リバースカードオープン! スピリット・バトン! このカードは戦闘破壊された俺のモンスターと同じレベルのモンスター一体をデッキから手札に加えることができるカード。俺はレベル1の異次元の精霊を手札に加えます」

 

 転んでもただは起きぬとばかりに、和輝もデッキからチューナーモンスターをサーチ。次のターンへの布石を整える。

 

「やっぱり一筋縄ではいかないかねぇ。カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

 

ジュッテ・チェイサー 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK100 DEF300

(1):このカードの召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。(2):???

 

ジュッテ・ドッグ 地属性 ☆1 獣族:効果

ATK100 DEF200

(1):このカードが「ゴヨウ」モンスターのS素材として墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。(2):???

 

ゴヨウ・ディフェンダー 地属性 ☆3 戦士族:シンクロ

ATK1000 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):自分フィールドのモンスターが「ゴヨウ・ディフェンダー」のみの場合、 このカードはエクストラデッキから特殊召喚できる。 この効果で特殊召喚したこのカードはこのターン攻撃できない。 (2):このカードが相手モンスターに攻撃された相手のダメージ計算時に発動する。 このカードの攻撃力はそのダメージ計算時のみ、 フィールドの「ゴヨウ・ディフェンダー」の数×1000になる。 (3):このカードが効果で破壊された場合に発動する。 自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

スピリット・バトン:通常罠

(1):自分フィールドのモンスターが相手によって破壊された時に発動できる。デッキから破壊されたモンスターと同じレベルのモンスター1体を手札に加える。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ターンは和輝に移る。彼はドローカードを確認後、まず最初に手札からカードを一枚引き抜き、デュエルディスクにセットした。

 

「手札から魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札のブラック・マジシャン・ガールを除外する」

 

 手札交換。これによって変化した手札から、戦術を組み立てる。

 

「和輝、鷹山さんのゴヨウ・ディフェンダーは厄介だよ。下手に殴り掛かったら攻撃力3000のカウンターパンチが来る」

「分かってる。だがゴヨウ・ディフェンダーは一体が破壊されれば他のモンスターも全て破壊される。そこが弱点だ。

 俺はジャンク・シンクロンを召喚。効果で墓地からドッペル・ウォリアーを特殊召喚します」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、オレンジの耐火服の様に着膨れした服を着た機械戦士。そしてジャンク・シンクロンが墓地から両手で抱え上げるようにして引っ張り出したのは、顔を隠した野戦服姿にライフルを構えた、二重存在の戦士。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑の輪となったジャンク・シンクロン。その輪をくぐり、ドッペル・ウォリアーが二つの白い光星となる。

 

「集いし五星(ごせい)が、知識と祝福の司書官を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、GO! TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の(とばり)の向こうから、新たな影が現れる。

 学者帽に分厚いハードカバーの本、インバネスをマントのように翻し、バイザーの向こうから鋭い視線が相手を射抜く。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果発動。俺のフィールドに二体のドッペルトークンを攻撃表示で特殊召喚します。そして手札の異次元の精霊の効果発動。ドッペルトークン一体を除外し、このカードを特殊召喚します」

 

 新たに現れるチューナーモンスター。更なるシンクロ召喚に予感に、鷹山は戦意に満ちた笑みを浮かべる。

 

「来るかい、岡崎君」

「はい。俺はレベル1のドッペルトークンに、レベル1の異次元の精霊をチューニング!」

 

 レベル2のシンクロ召喚。先ほどと同じシンクロ召喚のためのエフェクトが走り、辺りが光に満ちる。

 

「集いし二星(にせい)が、新たな地平の導き手を紡ぎだす! シンクロ召喚、駆けろ、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 新たに現れたのは、F1カーの玩具をボディに、手足と頭が生えたようなモンスター。シンクロチューナーだ。

 

「フォーミュラ・シンクロンとハイパー・ライブラリアンの効果発動。カードを合計で二枚ドロー。

 

 そして、レベル5のTG ハイパー・ライブラリアンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 三回目のシンクロ召喚。二つの緑の輪となったフォーミュラ・シンクロンと、その輪をくぐって五つの光星となったハイパー・ライブラリアン。光が辺りを照らして新たに輝く道を作る。

 

「集いし七星(しちせい)が、魔石の力操りし女魔導師を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、現れろ、アーカナイト・マジシャン!」

 

 光の向こうから現れる新たなモンスター。紫の意匠を施された白いローブに身を包んだ女魔術師。その周囲を、ほのかに光るエメラルドグリーンの光が二つ、まるで蝶のように舞い踊る。

 

「アーカナイト・マジシャンの効果発動。このカードの上に魔力カウンターを二つ乗せます。

 そしてアーカナイト・マジシャンのもう一つの効果発動! このカードの上に乗っている魔力カウンターを一つ取り除き、ゴヨウ・ディフェンダーを破壊する!」

 

 和輝の命令を受けて、アーカナイト・マジシャンが手にした杖の先端を真ん中のゴヨウ・ディフェンダーに向けて突き出し、呪文を詠唱。

 次の瞬間、杖の先端から光の矢が放たれ、ゴヨウ・ディフェンダーを貫いた。ゴヨウ・ディフェンダーは盾を掲げることもできず消滅した。

 

「あっちゃー、あっさりやられたな。ゴヨウ・ディフェンダーの効果で、残った二体のゴヨウ・ディフェンダーも破壊だ」

 

 パシンを小気味いい音を立てて右手で額を叩く鷹山。その眼前で、残った二体のゴヨウ・ディフェンダーも次々に破壊された。これで鷹山のフィールドにモンスターはいない。

 だがまだ伏せカードが二枚残っている。可能な限り除去しておきたい。

 

「アーカナイト・マジシャンの効果をもう一度発動! 魔力カウンターを一つ取り除き、俺から見て右側の伏せカードを破壊する!」

 

 再び放たれる光の矢。フリーチェーンのカードかと警戒したが、特に何の変化もなく、鷹山の伏せカードは破壊された。

 次の瞬間、アーカナイト・マジシャンも破壊された。

 

「何!?」

 

 驚愕の声を上げる和輝。鷹山がにやりと笑う。

 

「残念。地雷を踏んじまったな。君が破壊したのは荒野の大竜巻。破壊されたこのカードはフィールドのカードを破壊する」

「見事に地雷を踏んでしまったわけだ」

 

 ロキの言葉に和輝は無言で首肯。

 

「だけど攻撃の手段がなくなったわけじゃない。リバースカードオープン! 闇次元の解放! これでゲームから除外されているブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!」

 

 翻るリバースカード。直後、和輝のフィールドの空間が一部砕け、その向こう側から影が飛び出してくる。

 影の正体は可憐な少女。

 艶やかな金髪、太陽のような明るい笑顔、済んだ宝石のような青い瞳にライトブルーにピンクをあしらった衣装、短めの杖。師匠に当たるブラック・マジシャンが黒の衣装に長めの杖を愛用しているのに対して、ある意味対極的だ。

 

「なるほど。闇の誘惑は手札交換だけでなく、闇次元の解放と合わせて、攻め手を増やす意味もあったわけか」

「そう言うことです。ブラック・マジシャン・ガールでダイレクトアタック!」

 

 鷹山のフィールドにモンスターはいない。ここぞとばかりに動く和輝。だが、

 

「甘いな岡崎君。君が多くの攻め手を用意したように、俺もまた、守り手を残している。墓地のジュッテ・ドッグの効果発動! 相手の直接攻撃時、墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 主人を守る忠義の証か。墓地から蘇るジュッテ・ドッグ。だが壁にしかならない。攻撃目標を鷹山からジュッテ・ドッグに変更され、放たれる黒い、光熱を内包した球体がジュッテ・ドッグに直撃。哀れジュッテ・ドッグは断末魔の悲鳴とともに蒸発した。

 

「自身の効果で特殊召喚されたジュッテ・ドッグがフィールドを離れた時、除外される」

「何とかモンスターは全部潰せたか。俺はこれでターンエンドです」

 

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

異次元の精霊 光属性 ☆1 天使族:チューナー

ATK0 DEF100

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。次のスタンバイフェイズ時、この特殊召喚をするためにゲームから除外したモンスターをフィールド上に戻す。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆7 魔法使い族:シンクロ

ATK400 DEF1800

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

荒野の大竜巻:通常罠

魔法&罠カードゾーンに表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。破壊されたカードのコントローラーは、手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。また、セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。

 

闇次元の解放:永続罠

ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択して特殊召喚する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊してゲームから除外する。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

ジュッテ・ドッグ 地属性 ☆1 獣族:効果

ATK100 DEF200

(1):このカードが「ゴヨウ」モンスターのS素材として墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。(2):相手モンスターが直接攻撃を宣言した時に発動できる。墓地のこのカードを表側守備表示で特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れた時、このカードをゲームから除外する。

 

 

「俺のターンだな、ドロー」

 

 ドローカードを確認後、鷹山は「さて」と言って身構える。

 

「来たか、勇次」

 

 半透明のウェスタが嬉しげにそう言った。鷹山がドローしたカードはゴブリンドバーグ。レベル4モンスター、これが欲しかったのだ。絶妙なタイミングで来てくれた。

 

「俺はゴブリンドバーグを召喚。効果で手札からジュッテ・ナイトを特殊召喚!」

 

 鷹山のフィールドに現れたのは、赤いプロペラ飛行機に乗った、三機編成のゴブリンたち。三機の飛行機はコンテナを吊るしており、そのコンテナが音を立てて地面に落ちる。

 開かれたコンテナから現れたのは、二頭身の体躯にちょんまげ、十手を手にした戦士。

 

「合計レベル6、ついに来るよ、和輝。鷹山さんの、いや、牛角警部の真骨頂が!」

「ああ。まさかこの目で生で拝めるとはな。ピンチなんだが。ちょっと楽しみだぜ」

 

 ファンの反応をする一人と一柱。

 

「じゃあ、ファンの期待に応えないとな。レベル4のゴブリンドバーグに、レベル2のジュッテ・ナイトをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。

 二つの緑の輪となったジュッテ・ナイトと、その輪をくぐって四つの光星となったゴブリンドバーグ。二体のモンスターたちが響き合い、新たな道を作りだす。

 

「御用改めである! 神妙にお縄につけぃ! シンクロ召喚、ゴヨウ・ガーディアン、参上!」

 

 光の向こう側から現れる影。

 歌舞伎役者のような衣装とメイク、背にはバックパック、両手には十手を括り付けた投げ縄。召喚と同時に「御用だ!」と自身の存在意義そのものを叫び、鷹山のフィールドに現れた。

 

「来たよ、ゴヨウ・ガーディアン!」

「ああ。これで俄然俺はやばくなったわけだが、それよりも――――」

 

 和輝の視線がゴヨウ・ガーディアンに吸い寄せられる。ロキもそうだが、心なし輝いている。

 

「光栄すぎるぜ。こう言うのを目の当たりにできるなんて! あ、あのすみません! デュエル中なんですけど、写メ撮ってもいいですか!?」

 

 マナー違反であることは承知しつつも、和輝はそう申し出ずにはいられなかった。

 

「おい貴様! 戦いの際中に何緊張感に欠けたことを――――」

「いいとも。好きなだけ撮りな」

「おい勇次ぃ!」

 

 ウェスタの叫びは全員スルー。和輝は携帯電話を取り出して無心に鷹山とゴヨウ・ガーディアンのツーショットを撮影。満足した後ありがとうございますと清々しいくらいの切れのあるお辞儀をした。

 

「じゃ、続けるぜ。ゴヨウ・ガーディアンでブラック・マジシャン・ガールに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、ゴヨウ・ガーディアンが動く。手にした十手付き投げ縄を手足のごとく操り、ブラック・マジシャン・ガールに向かって投擲。先端の十手が魔術師の弟子に直撃、ブラック・マジシャン・ガールは悲鳴を上げて消滅した。一時的に。

 

「ゴヨウ・ガーディアンの効果発動! 戦闘破壊したモンスターを、守備表示で復活させる!」

 

 ゴヨウ・ガーディアンは逃がさない。例え墓地に行ったとしても追いかけて捕まえる。ゴヨウ・ガーディアンの投げ縄が和輝の墓地に向かって投擲された。

 引き上げられたとき、縄はブラック・マジシャン・ガールの腰に巻き付いていた。

 ゴヨウ・ガーディアンが力を込めて投げ縄を引っ張り上げる。ブラック・マジシャン・ガールが悲鳴を上げて鷹山のフィールドに移った。

 

「だ、大丈夫だ和輝。確かにゴヨウ・ガーディアンの効果は強力で凶悪だけど特殊召喚されるモンスターは守備表示、追撃はない!」

「おいやめろバカ。それはフラグだ!」

「じゃ、そのフラグ、回収しようか。リバースカードオープン! 永続(トラップ)、最終突撃命令! これでモンスターは全て攻撃表示に強制変更!」

 

 翻るリバースカード、直後、鷹山のブラック・マジシャン・ガールと、和輝の綿毛トークンが揃って攻撃体勢をとった。

 

「しまった!」

 

 目を見開き、驚愕の声を上げる和輝。間髪入れず鷹山の声が走る。

 

「バトルフェイズは続いている! ブラック・マジシャン・ガールで綿毛トークンを攻撃!」

 

 寝返ったブラック・マジシャン・ガールに容赦はない。先程ジュッテ・ドッグに叩き込んだものと同じ一撃が今度は攻撃表示の綿毛トークンに叩き込まれる。

 

「があああああああああ!」

 

 ダメージのフィードバックが宝珠を通して和輝に与えられる。ダイレクトアタックを受けた殿と変わらないダメージに、思わず声が出た。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドだな」

 

 

ゴブリンドバーグ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF0

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。この効果を発動した場合、このカードは守備表示になる。

 

ジュッテ・ナイト 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK700 DEF900

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して表側守備表示にする。

 

ゴヨウ・ガーディアン 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚できる。

 

最終突撃命令:永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となり、表示形式は変更できない。

 

 

和輝LP8000→7200→5200手札5枚(うち1枚はE・HERO ブレイズマン)

鷹山LP8000手札0枚

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ゴヨウ・ガーディアンは強力なカードだ。だが単体では耐性も持たないカード。現在の環境ならば倒すことはそう難しくはないはずだ。そして、鷹山が公式デュエルで使用を許可されているゴヨウ・ガーディアンは一枚のみ。

 

「とにかく、この状況を打破しないとまずいね」

「手札は潤沢なんだ。やってやるさ。E・HERO ブレイズマンを召喚!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、背後にブースターのようなパーツを備えた炎のヒーロー。

 

「ブレイズマンの効果発動、デッキから融合のカードを手札に加えます。墓地の見習い魔術師をゲームから除外し、輝白竜(きびゃくりゅう) ワイバースターを特殊召喚します!」

 

 ブレイズマンの傍らに、青い体躯に白い外殻を持った翼竜が現れる。そしてこのワイバースターこそが、ある意味状況打破の切り札だ。

 

「手札の融合を捨て、速攻魔王、超融合発動! 俺の場のワイバースターと、あなたの場にいるブラック・マジシャン・ガールを融合!」

「うお!?」

 

 二人のフィールドのちょうど中間部の空間が歪み、渦を作りだす。その渦は凄まじい吸引力で和輝のフィールドのワイバースターと、鷹山のフィールドのブラック・マジシャン・ガールを吸い込んだ。

 

「魔術師の弟子よ、輝ける白き翼竜よ。今一つに今一つに交わり竜の力得し魔術師へと変じよ! 融合召喚、竜騎士ブラック・マジシャン・ガール!」

 

 歪みの渦から和輝のフィールドに向かって飛びだす一つの影。

 緑の体色をした巨大な竜。そしてその竜に跨ったのは、ブラック・マジシャン・ガール。ただしいつもの衣装ではなく、その身は銀の甲冑に包まれ、杖は剣へと変わっていた。

 

「ワイバースター効果発動。デッキから暗黒竜 コラプサーペントを手札に加えます。そして墓地のワイバースターを除外して、コラプサーペントを特殊召喚します。

 竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの効果発動! 手札のクルセイダー・オブ・エンディミオンを捨てて、あなたのゴヨウ・ガーディアンを破壊!」

 

 竜騎士の一閃が光の線となって走る。次の瞬間、ゴヨウ・ガーディアンの身体が上半身と下半身で両断されていた。

 

「ガードが開いたぞ和輝!」

「ああ。今こそ攻め時だ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 和輝が操る三体のモンスターが一斉に鷹山に向かって襲い掛かる。

 先陣を切るのは竜騎士ブラック・マジシャン・ガール。(またが)っている竜が口腔を開いて、金色の息吹(ブレス)を放つ。

 

「さすがに三体全部は喰らえねぇな。竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの攻撃に対して、リバーストラップ、ガード・ブロック発動! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 竜騎士の一撃は、突如として屹立(きつりつ)した不可視の壁によって阻まれた。おまけにワンドロー献上だ。

 

「防がれた!」

「だが残りはどうだ!? ブレイズマン、コラプサーペントでダイレクトアタック!」

 

 和輝の、残る二体のモンスターが一斉に飛び掛かる。

 一撃目、ブレイズマンの(こぶし)が炎をまとって鷹山の宝珠めがけて繰り出される。鷹山は腕をクロスさせて宝珠をガード。ブレイズマンの一撃を受け止めた。

 

「う……!」

 

 打撃音。炎の拳を、鷹山は生身でガード、しかもそれで体勢が崩れるようなこともない。

 

「うわ、モンスターの攻撃受けきったよ……。さすがだね」

「だがもう一撃残っている。コラプサーペントでダイレクトアタック!」

 

 暗黒竜が一声(いなな)き、鷹山に肉薄する。その尻尾から繰り出される薙ぎ払いの一撃を、やはり鷹山はクロスガードした腕で受けた。

 今度は踏みとどまることができずに後方にふっとぶ鷹山。だが背中から地面に激突したように見えて、その実、ふっとばされた勢いを利用して後転、そのまま立ち上がった。やはり何ともないようだ。

 

「外見からして十分屈強そうだったけど、身体能力が上昇するこのバトルフィールド内じゃここまでになるのか」

 

 呆れとも、簡単とも取れるロキの声音。和輝も内心で首肯した。

 

「メインフェイズ2、レベル4のコラプサーペントとブレイズマンでオーバーレイ!」

 

 和輝のターンはまだ終わっていない。和輝のフィールドの上方に、渦を巻くに宇宙を思わせる空間が展開。その空間に向かって、コラプサーペントは紫の光に、ブレイズマンは赤い光になって吸い込まれていく。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が渦から起こる。そして誕生する、新たなモンスター。

 

「禁断の秘術収めし者よ。禁忌の線上に住みし者。今こそ出でよラヴァルバル・チェイン!」

 

 爆発が巻き起こした粉塵の向こうから現れるのは、ラヴァルの力を取り込んだリチュア・チェイン。炎を全身に纏い、ラヴァルのマークもその身に刻んでいる。

 

「ラヴァルバル・チェインの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキからシャドール・ビーストを墓地に送ります。シャドール・ビーストの効果で、一枚ドローします。カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

輝白竜 ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

超融合:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。自分・相手フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

竜騎士ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆7 ドラゴン族:融合

ATK2600 DEF1700

「ブラック・マジシャン・ガール」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):1ターンに1度、手札を1枚墓地へ送り、フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。その表側表示のカードを破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

ラヴァルバル・チェイン 炎属性 ランク4 海竜族:エクシーズ

ATK1800 DEF1000

レベル4モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●デッキからカード1枚を選んで墓地へ送る。●デッキからモンスター1体を選んでデッキの一番上に置く。

 

シャドール・ビースト 闇属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK2200 DEF1700

「シャドール・ビースト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードがリバースした場合に発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。その後、手札を1枚捨てる。(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

ラヴァルバル・チェインORU×1

 

 

和輝LP5200手札2枚

鷹山LP8000→6800→5000手札1枚

 

 

 竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの登場により、和輝が俄然有利になった。だが和輝の目は常に鷹山の表情と一挙手一投足を観察している。多少有利になったくらいで一気に勝利に持って行けるようならば、彼は資格こそないものの腕前はプロと同レベル、などとは言われない。

 それに、ゴヨウ・ガーディアンを倒されても、ウェスタにも、鷹山にも動揺はなかった。ゴヨウ・ガーディアンは強力なカードだし鷹山の代名詞だが、それが彼の全てではないのだ。

 この戦いは、まだ荒れる。和輝はそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:守護の炎神

 鷹山(たかやま)は内心で笑みを作っていた。

 彼はデュエル刑事(デカ)の撮影中、多くのデュエルをこなした。全てドラマの時間内に終わらせられるよう、常に時間やターン数を気にかけてきた。また、変な膠着状態を作らないように注意も払っていた。

 今はそれがない。何の枷も気負いもない、自由なデュエルができている。

 素晴らしい。そして清々しい。

 それは対戦相手の少年のおかげだろう。

 

「楽しそうだな、勇次(ゆうじ)

 

 ウェスタの声が聞こえる。そうだ、楽しい。今、自分は、このデュエルを楽しんでいる。

 岡崎和輝(おかざきかずき)。久しぶりに、本当に楽しめそうだ。

 

 

和輝LP5200手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ラヴァルバル・チェイン(守備表示:ORU:暗黒竜 コラプサーペント)、竜騎士ブラック・マジシャン・ガール(攻撃表示)

伏せ 2枚

 

鷹山LP5000手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続罠:最終突撃命令

伏せ 1枚

 

 

ラヴァルバル・チェイン 炎属性 ランク4 海竜族:エクシーズ

ATK1800 DEF1000

レベル4モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●デッキからカード1枚を選んで墓地へ送る。●デッキからモンスター1体を選んでデッキの一番上に置く。

 

竜騎士ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆7 ドラゴン族:融合

ATK2600 DEF1700

「ブラック・マジシャン・ガール」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):1ターンに1度、手札を1枚墓地へ送り、フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。その表側表示のカードを破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

最終突撃命令:永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する表側表示モンスターは全て攻撃表示となり、表示形式は変更できない。

 

 

「俺のターン!」

 

 状況は和輝が有利。手札とライフは互角でも、強力なモンスターを従えているからだ。

 だが――――

 

「お、いいカードを引いたぜ。貪欲な壺発動! 墓地のゴヨウ・ディフェンダー二体とジュッテ・チェイサー、ゴブリンドバーグ、ジュッテ・ナイトをデッキに戻し、二枚ドロー!」

「ここにきてドローカードか!?」

「やっぱりここじゃ終わらないね!」

 

 和輝のロキの叫び。鷹山は鋭い動作でカードをドローした。

 

「いいカードだ。魔法カード、調律発動。デッキからジャンク・シンクロンを手札に加え、デッキトップを墓地に送る。お、いい落ちだ」

 

 にこりと笑う鷹山。落ちたのは、ジュッテ・チェイサー。おそらく、二枚目か三枚目だろう。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚。効果でジュッテ・チェイサーを特殊召喚するぞ」

 

 現れたのは、和輝も使用しているチューナーモンスター。これ一枚でレベル5のシンクロ召喚を可能にする便利なモンスターだが――――

 

「ジュッテ・チェイサーはチューナー。チューナー同士ではシンクロ召喚できないよ」

 

 ロキの台詞はルールだ。中にはチューナー同士もシンクロ召喚可能なシンクロモンスターもいるらしいが、少なくともドラマ中、牛角(うしかど)警部はそんなシンクロモンスターは使っていなかった。

 

「その通り。だがね、ロキ君。ジュッテ・チェイサーはその法則の一部捻じ曲げる。ジュッテ・チェイサーはシンクロ召喚時に、チューナーとして扱わないことも可能なんだ」

「な!?」

 

 つまり、今の鷹山はレベル5のシンクロが十分可能だということだ。

 

「ドローブースト引いただけでも凄いのに、一枚だけの墓地肥しがドンピシャで必要なカード!? どんな轟運だよ……」

「これがプロレベルってことか……ッ!」

 

 驚愕するロキと戦慄する和輝。その眼前で、鷹山の右手が天へと大きく振り上げられる。

 

「レベル2のジュッテ・チェイサーにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。

 三つの緑の光の輪となったジャンク・シンクロン。その輪をくぐったジュッテ・チェイサーが二つの白い光星(こうせい)となり、一筋の光となる。

 

「種族は違えど正義の心は皆同じ! 地獄の果てまで追い詰めろ! シンクロ召喚、ゴヨウ・ハウンド、参上!」

 

 光の向こうから咆哮が響く。

 現れたのは、目元にくまどり、ゴヨウ・ガーディアンの衣装を四足獣用にアレンジした服を着た、赤い毛並みの猟犬。

 

「さぁて、バトルだ! ゴヨウ・ハウンドでラヴァルバル・チェインに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、猟犬が身を低くしバネをため、次の瞬間、弾丸のようにラヴァルバル・チェインに向かって肉薄する。

 

「そうは、させない! 手札を一枚捨て、竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの効果発動! ゴヨウ・ハウンドを破壊する!」

 

 和輝の脳裏に、この攻撃を通させてはならないという直感が走った。だからこそ、竜騎士ブラック・マジシャン・ガールで迎撃に出たのだ。

 しかし、

 

「おっと、悪いがこの攻撃は通させてもらうぜ。手札から速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! 竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力を400アップさせる代わりに、効果を無効にする!」

 

 禁忌の聖杯の中身が竜騎士に向かって浴びせかけられる。やはり、鷹山は何が何でもこの攻撃を通したいらしい。

 

「だがそうはさせない! カウンタートラップ、魔宮の賄賂! 鷹山さんにカードを一枚ドローさせる代わりに、禁じられた聖杯を無効にする!」

 

 翻る和輝のリバースカード。これで禁じられた聖杯を無効にできれば、鷹山の思惑を崩すことができる。

 

「仮にも刑事の役をやっている俺が、賄賂をもらうわけにはいかねぇな。カウンタートラップ、ギャクタン! 魔宮の賄賂を無効にし、デッキに戻す!」

「!?」

 

 翻る鷹山の伏せカード。魔宮の賄賂はガラスが砕けるような音を立てて消滅し、結果、禁じられた聖杯の効果は適用され、竜騎士の少女の効果が無効化。障害を潜り抜けたゴヨウ・ハウンドの牙がラヴァルバル・チェインを捕えた。

 

「ぐ……ッ!」

 

 戦闘ダメージのフィードバックが和輝を襲う。痛みに顔をしかめた耳朶を鷹山の声が叩いた。

 

「この瞬間、ゴヨウ・ハウンドの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、墓地からゴヨウモンスター一体を特殊召喚できる! さぁ、再登場はこの時だ! ゴヨウ・ガーディアン!」

 

 ゴヨウ・ハウンドの雄叫びが響き渡り、その声に呼び寄せられるかのように墓地から復活したゴヨウ・ガーディアン。当然、

 

「バトルフェイズ中の特殊召喚なため、ゴヨウ・ガーディアンは攻撃可能! ゴヨウ・ガーディアンで竜騎士ブラック・マジシャン・ガールに攻撃!」

 

 今、竜騎士ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は禁じられた聖杯の効果を受けて3000、攻撃力2800のゴヨウ・ガーディアンでは敵わない。それでも攻撃してきたということは――――

 

「コンバットトリック!」

「正解だ岡崎君! ダメージステップに手札から速攻魔法、ゴヨウ・ラリアット発動! これでゴヨウ・ガーディアンの攻撃力を700アップさせる!」

 

 これでゴヨウ・ガーディアンの攻撃力は3500、竜騎士ブラック・マジシャン・ガールを上回った。

 ゴヨウ・ガーディアンの十手付き投げ縄がうなり、竜騎士の少女を直撃、粉砕する。ブラック・マジシャン・ガールは本体と融合体をゴヨウ・ガーディアンに倒されてしまったことになった。

 

「だ、大丈夫だ! 竜騎士ブラック・マジシャン・ガールは融合召喚でしか特殊召喚できない! いくらゴヨウ・ガーディアンの効果が反則級でも特殊召喚できなければ問題ないよ!」

「だからフラグ立てるのやめろって!」

 

 ロキの戯言(たわごと)は速めに黙らせた方がいいんじゃないだろうか。そんなことを考えていると、鷹山が「じゃ、フラグちょっと回収するか」と言ってきた。

 

「といっても、さすがにその竜騎士を復活させるわけじゃない。ゴヨウ・ラリアットのもう一つの効果。このカードの効果の対象になったゴヨウモンスターが、相手モンスターを戦闘で破壊し、墓地に送った時、相手の墓地からモンスター一体を選択し、守備表示で特殊召喚できる! 俺はTG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアンを特殊召喚させてもらおう!」

「ある意味ゴヨウ・ガーディアン本人よりひどい!」

 

 和輝の叫びは無情に無視された。ゴヨウ・ガーディアンの投げ縄が和輝の墓地に飛び、インバネス姿の司書官を引っ張りだす。

 もともとは守備表示だったはずなのに、最終突撃命令によって強制的に攻撃表示に変更。勿論攻撃も可能だ。

 

「次! ハイパー・ライブラリアンでダイレクトアタック!」

 

 ハイパー・ライブラリアンが手にしたハードカバーの本を開き、その中からエメラルドグリーンに光る光弾を発射。和輝の胸元の宝珠に向かってまっすぐ突き進む。

 

「させない! リバースカード、ピンポイント・ガード発動! 墓地のクルセイダー・オブ・エンディミオンを特殊召喚!」

 一ターン目からずっと伏せていたカードが翻る。次の瞬間、和輝の墓地から彼を守るように、青い甲冑の魔導師が現れる。本来は守備表示だが、最終突撃命令の効果で攻撃表示になる。

「ならクルセイダー・オブ・エンディミオンに攻撃!」

 

 光弾が甲冑魔導士に狙いを変更。直撃するも、クルセイダー・オブ・エンディミオンは微動だにしない。ピンポイント・ガードによって特殊召喚されたモンスターはこのターン、戦闘、カード効果によっては破壊されない。

 

「俺はこれでターンエンド」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

調律:通常魔法

(1):デッキから「シンクロン」チューナー1体を手札に加えてデッキをシャッフルする。その後、自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送る。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ジュッテ・チェイサー 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK100 DEF300

(1):このカードの召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。(2):自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードをシンクロ召喚に使用する場合、このカードをチューナー以外のモンスターとして扱う事ができる。

 

ゴヨウ・ハウンド 地属性 ☆5 獣族:シンクロ

ATK2300 DEF1200

(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地に送った場合に発動できる。自分の墓地から「ゴヨウ・ハウンド」以外の「ゴヨウ」モンスター1体を選択して特殊召喚する。(2):このカードが表側表示で存在する限り、相手は「ゴヨウ・ハウンド」以外の「ゴヨウ」モンスターを攻撃できない。

 

禁じられた聖杯:速攻魔法

フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。

 

魔宮の賄賂:カウンター罠

相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 

ギャクタン:カウンター罠

(1):罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

ゴヨウ・ガーディアン 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、そのモンスターを自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚できる。

 

ゴヨウ・ラリアット:速攻魔法

(1):自分フィールドに表側表示で存在する「ゴヨウ」モンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの攻撃力は、ターン終了時まで700ポイントアップする。(2):選択したモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地に送った時に、相手の墓地のモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

ピンポイント・ガード:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン 光属性 ☆4 魔法使い族:デュアル

ATK1900 DEF1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、フィールド上の魔力カウンターを置く事ができるカード1枚を選択し、そのカードに魔力カウンターを1つ置く事ができる。この効果で魔力カウンターを置いたターンのエンドフェイズ時まで、このカードの攻撃力は600ポイントアップする。

 

 

和輝LP5200→4700→4200手札1枚

鷹山LP5000手札0枚

 

 

「俺のターン!」

 

 あっという間に追い詰められた和輝だったが、その瞳は力を失っていない。ドローカードを一瞥し、そのカードをセット。そして今まで温存していたカードをデュエルディスクにセットする。

 

「希望の宝札発動! 互いのプレイヤーは、手札が六身になるようにカードをドロー、または捨てる!」

 

 今、和輝と鷹山の手札はともに0枚。つまり最大数の六枚のドローだ。一気に戦力が潤う。

 

「これなら―――――。手札から速攻魔法、ディメンション・マジック発動! クルセイダー・オブ・エンディミオンをリリースして、手札からブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドの、青い甲冑を身に纏った魔導士が人型の棺の中に収められる。

 一拍の間。棺が開いた時、そこに甲冑魔導士の姿はなく、代わりに現れたのは、黒衣の魔術師。

 眉目秀麗、長杖を回してキザに決め、チッチッチと立てた人差し指を左右に振り、その後鷹山に向かって一礼して見せた。

 

「ディメンション・マジックの効果で、ハイパー・ライブラリアンを破壊!」

 

 和輝の声が飛び、ブラック・マジシャンが応える。左手を突き出し、闇の波動が放出、無防備に立ったままのハイパー・ライブラリアンを飲み込み消滅させた。

 

「何故ハイパー・ライブラリアンを……?」

 

 鷹山の疑問は当然だろう。彼のフィールドにはブラック・マジシャンよりも攻撃力の高いゴヨウ・ガーディアンがいるのだ。ディメンション・マジックで破壊するならばそちらだ。

 

「戦術ミス、ではないな」

 

 ウェスタの意見に一票だ。だとすれば、

 

「これから、ゴヨウ・ガーディアンを倒す手段があるってことだよな」

「そうです! 俺はガガガマジシャンを召喚」

 

 和輝のフィールド、ブラック・マジシャンの傍らに現れたのは、裾の長い魔術衣装に顔を隠した覆面姿。何より目立つのはその身を装飾している鎖と、背中に刻まれた「我」の一文字か。

 

「ガガガマジシャン! てことは、エクシーズ召喚か!」

「はい! ガガガマジシャン効果発動! 自身のレベルを7に変更。

 ブラック・マジシャンとレベル7になったガガガマジシャンでオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。

 和輝たちの頭上に、渦を巻く銀河を中心とした宇宙のような空間が展開。その空間に紫の光となったブラック・マジシャンとガガガマジシャンが吸い込まれていく。

 

「二体のレベル7モンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発。新たなモンスターが現れる儀式の成功。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 爆発の向こうから現れる新たなモンスター。

 外見はブラック・マジシャンによく似ている。

 ただ肌が浅黒く、金髪は足元近くまで伸びており、衣装の色も黒よりは少し青に近く、そのうえに鎧を思わせる外装パーツが取り付けられていた。当然、その周囲を衛星のように回る二つの光の玉、オーバーレイ・ユニットも健在だ。

 

「幻想の黒魔師効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、デッキから二枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚!」

「手駒を、揃えてきたなぁ、岡崎君」

 

 感嘆とした声音で言う鷹山。その眼前で、光の玉のうち一つが消失、次の瞬間、幻想の黒魔導師傍らに、新たなブラック・マジシャンが現れた。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでゴヨウ・ガーディアンを攻撃! この瞬間、幻想の黒魔導師の効果発動! ゴヨウ・ガーディアンをゲームはら除外する!」

 

 ブラック・マジシャンの攻撃に合わせて、幻想の黒魔導師が杖を振るう。

 次の瞬間、ゴヨウ・ガーディアンの背後の空間が割れ、そこに開いた空間の裂け目が吸引力を発揮。一気にゴヨウ・ガーディアンを吸い込んだ。

 

「なるほど。だからディメンション・マジックの効果でゴヨウ・ガーディアンを破壊しなかったわけか。確かに破壊よりも除外のほうが再利用の手段は限られるからなぁ」

 

 鷹山は苦笑を浮かべる。和輝はここぞとばかりに攻め立てた。

 

「相手モンスターの数が変わったため、戦闘の巻き戻しが発生。改めてブラック・マジシャンでゴヨウ・ハウンドを攻撃!」

 

 再びブラック・マジシャンが動いた。その杖から放たれる雷の群が、ゴヨウ・ハウンドを包囲、殲滅する。

 

「ぐぅ……ッ!」

「次! 幻想の黒魔導師でダイレクトアタック!」

 

 がら空きになった鷹山のフィールドに切り込む和輝。幻想の黒魔導師が杖を振るい、黒い球体を放つ。

 闇を凝縮し、物理的な砲弾に変えた一撃が鷹山を狙って放たれる。

 

「こいつはさすがに食らえねぇな!」

 

 叫び、鷹山はいったんバックステップ。特に助走はいれていないが十メートルは下がった後に左に跳躍。まっすぐ突き進む闇を躱す。闇は、そのまま第一デュエル場の壁に激突。轟音と、何かが溶けるような溶解音を響かせる。

 

「おー、おっかねえ」

「す、すみませんまさかあんな攻撃とは思わず……」

 

 自分が放った一撃の思った以上の威力に恐縮する和輝。鷹山は「いいっていいって」と軽く手を振った。

 

「えーと、俺はこれでターンエンドです」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

ディメンション・マジック:速攻魔法

自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する場合、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターをリリースし、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を選んで破壊できる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ガガガマジシャン 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF1000

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に1から8までの任意のレベルを宣言して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードのレベルは宣言したレベルになる。「ガガガマジシャン」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。このカードはシンクロ素材にできない。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールド上の魔法使い族・ランク6のエクシーズモンスターの上にこのカードを重ねてエクシーズ召喚する事もできる。1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。また、魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。選択したカードをゲームから除外する。「幻想の黒魔導師」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

幻想の黒魔導師ORU×1

 

 

和輝LP4200手札3枚

鷹山LP5000→4800→2300手札6枚

 

 

「俺のターンか、ドロー!」

 

 一ターンで状況を覆られた鷹山だったが、その表情に焦りはない。今のドローも含めて七枚もの手札があるのである意味当然ではあるが。

 

「勇次、いつまで相手に好き勝手させるな。大きな一撃で相手の戦意を挫け」

 

 ウェスタの台詞に鷹山は苦笑。彼女の声音はまだ不機嫌だが、それはロキに対する嫌悪感ではなく、単純に鷹山のライフが和輝を下回っているからだ。

 ウェスタは炎の神格化。元々気性が荒く、悪く言えば直情径行型。だがよくいえば彼女は過去を引きずらない。自分がつけた難癖がこの戦いの発端であることを覚えているかどうか。

 

(ま、覚えていようがいまいが、どっちでもいいさ。岡崎君たちのデュエルは決して邪悪なものじゃない。すでに誤解もとけてるだろう)

「俺は手札の手錠龍(ワッパー・ドラゴン)二体とジュッテ・ナイトを墓地に送り、モンタージュ・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 一気に三枚のカードが墓地に叩き込まれ、鷹山のフィールドに巨大な影が現れる。

 末端肥大型の両腕、白い無表情の仮面をつけたような三つ首、大きく広げられた翼に青をメインにした体色のドラゴン。これもまた、デュエル刑事で牛角警部がよく使うモンスターだ。

 

「モンタージュ・ドラゴンの攻撃力は特殊召喚の際に墓地に送ったモンスターの合計レベルの三百倍! 墓地に送った合計レベルは12! よって攻撃力は――――」

 

 3600、和輝のどのモンスターも圧倒的に上回っている。

 

「く……ッ!」

「バトル! モンタージュ・ドラゴンで幻想の黒魔導師を攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。モンタージュ・ドラゴンが三つ首を一斉にそらし、一斉に白い息吹(ブレス)を放つ。

 モンタージュ・ドラゴンの一撃に、幻想の黒魔導師はなす術なく消滅する。

 

「く……ッ! こりゃ、そろそろやばいか?」

「だけど、まだライフの上では有利。これからだよ」

「カードを一枚セットして、ターンエンド――――」

 

 鷹山のエンドフェイズ、そこに和輝が待ったをかけた。

 

「あなたのエンドフェイズに、伏せていた永続(トラップ)発動! 永遠の魂! これで、墓地からブラック・マジシャンを蘇生!」

 

 翻るリバースカード。そして、幻想の黒魔導師の素材として一緒に墓地に送られたブラック・マジシャンが復活。二体の黒魔術師が揃い踏みとなった。

 

「おっと、こりゃ、反撃の機会を与えちまったか。改めてターンエンドだ」

 

 

モンタージュ・ドラゴン 地属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK? DEF0

このカードは通常召喚できない。手札からモンスター3体を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。このカードの攻撃力は、墓地へ送ったそのモンスターのレベルの合計×300ポイントになる。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

 

モンタージュ・ドラゴン攻撃力3600

 

 

和輝LP4200→3100手札3枚

鷹山LP2300手札2枚

 

 

「俺のターン!」

 

 モンタージュ・ドラゴン。攻撃力3600は、和輝のデッキだと超えるのが少々難しい。単体で、戦闘で勝利するならばやはり呪符竜(アミュレット・ドラゴン)レベルは欲しい。

 

「だが、殴り合うだけがデュエルモンスターズ(このゲーム)の全てじゃない。俺はガード・オブ・フレムベルを召喚」

 

 ブラック・マジシャンの傍らに現れたのは、炎に包まれ、その炎にも焼かれない硬い外皮を持つドラゴンモンスター。レベル1で特に効果も持っていないが、チューナーモンスターという評価点がある。

 

「次は大型シンクロか!」

「はい! レベル7、闇属性のブラック・マジシャンに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。

 和輝のフィールド、ガード・オブ・フレムベルが一つの緑の光の輪となり、その輪をくぐったブラック・マジシャンが七つの光星となる。光星はやがて光り輝く一筋の道となった。

 

「集いし八星(はっせい)が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 光の(とばり)を、暗黒の闇が蹴散らす。その向こうから現れたのは、黒い体色のドラゴン。

 頭部の顔のほかに、腹部にも禍々しい顔を持ち、全体的な体型はやや肥満気味。翼を広げて二重の咆哮を放つ。

 

「ダークエンド・ドラゴン効果発動! 攻守を500下げて、モンタージュ・ドラゴンを墓地に送る!」

 

 攻撃力で敵わないならば、戦闘を介さず、効果で処理してしまえばいい。

 ダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開き、そこから闇の奔流が吐き出された。

 奔流は地面を走り、一直線にモンタージュ・ドラゴンを目指す。モンタージュ・ドラゴンが回避のために飛翔しようとする寸前に、闇が竜を捕えた。

 

「――――――――!」

 

 響く断末魔。闇はまるで無数の手のようにモンタージュ・ドラゴンを掴み、深淵のさらに底へと引きずり込んでしまった。

 

「永遠の魂の効果で、もう一度ブラック・マジシャンを蘇生。

 

 バトル! ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 裂帛の気合いを載せた和輝の攻撃宣言。これが決まれば鷹山のライフは0、和輝の勝利となる。

 だが――――

 

「勇次!」

「おう! リバーストラップ、和睦の使者!」

 

 そうはさせじと、鷹山の伏せカードが翻る。次の瞬間、ブラック・マジシャンが放ったはずの黒雷の群が、まるで幻の様に消失してしまった。

 

「和睦の使者の効果で、俺への戦闘ダメージは0になる」

「さすがはプロレベル。本当に、ここぞってところで粘るね……」

 

 賛嘆の念を込めたロキの台詞に、和輝もまた頷く。そして、この粘りが、勝利を引き寄せる。相対する和輝はかすかな焦燥を感じていた。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

和睦の使者:通常罠

このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 

ダークエンド・ドラゴン攻撃力2600→2100守備力2100→1600

 

 

「俺のターンだ、ドロー。あー、仕方がない。最終突撃命令を墓地に送って、マジック・プランター発動。カードを二枚ドローだ」

 

 ドローカードを確認した鷹山は、さして悩む様子もなく、ドローしたドローブーストカードをデュエルディスクにセット。今まで和輝に攻撃を強要していた永続罠をコストに、手札を潤していく。

 

「――――――――!?」

 

 和輝は、鷹山がドローしたカードを目にして、背中に悪寒が走ったのを感じた。

 

「なんだ……?」

 

 悪寒の正体は分からない。だが次の瞬間、死線をくぐった二回の戦いからくる、直感だと、そう思った。

 即ち、登場しようとしている神の気配だ。今、鷹山は神のカードを引いた。

 

「和輝……」

「分かっている。来るとしたらこのターンだ」

 

 身構える和輝。鷹山は、ドローカードを心なしかゆっくりと手札に加える。和輝の様子を見て、にやりと笑った。

 そして、傍らのパートナーにだけ聞こえる声で言った。

 

「ウェスタ、岡崎君たちは、お前を引いたことに気づいたみたいだぞ」

「死線をくぐった。その事実は思いのほか大きな経験値となってその身に、心に刻まれる。それ故に分かったのだろう。だが、やることに変わりはあるまい?」

 

 そうだなと苦笑する鷹山。そのまま彼は手札からカードを引き抜いた。

 

「魔法カード、死者蘇生発動。墓地のゴヨウ・ディフェンダーを特殊召喚。さらに俺のフィールドのモンスターがゴヨウ・ディフェンダーのみなため、エクストラデッキから残る二体のゴヨウ・ディフェンダーを特殊召喚!」

 

 再び現れる、二頭身に歌舞伎メイク、十手装備のゴヨウモンスターたち。一体場に出るだけで、即座に三体揃う。そう、神のための生贄が、こうもあっさりと揃うのだ。

 

「三体のモンスターが揃った。来るよ、和輝!」

「ああ!」

 

 覚悟を決めた和輝の眼前で、三体のモンスターが光の粒子となって消えていく。

 

「ゴヨウ・ディフェンダー三体をリリース!」

 

 粒子は一か所に集まり、大きな力を迎え入れるための「門」となる。

 

「さぁ、出番だ! 守護の炎神ウェスタ!」

 

 門が、開かれる。

 力の「場」が形成され、新たな神が現れる。

 

「ッ!」

 

 高熱が和輝を叩く。たまらず、手を顔の前にかざして熱波から身を守る。

 燃え盛る炎の髪、雪よりも白い肌に、金色の双眸、そして黄金の袖なしアーマー。肘部分には揺らめく炎。下は黒のロングスカートで、足も見えない。

 ウェスタ。炎の神格化。元々は(かまど)、それが家に発展し、最終的に国家の守護を司る神として奉られるようになった、女神。

 

「く……ッ! やっぱ神は圧力が違うな!」

 

 存在するだけで相手の心を挫く。そんな圧倒的な存在感。そして、その身から放たれる圧力(プレッシャー)。笑いつつも、和輝は頬を伝う汗を止められない。

 

「じゃ、バトルと行こうか、岡崎君。ウェスタでダークエンド・ドラゴンを攻撃」

「はっは! さぁ、行くぞ!」

 

 やたらとテンションを上げて、ウェスタが叫ぶ。

 その全身から激しい炎が吹き上がり、荒れ狂い、巨大な炎の竜巻となる。

 

「な――――」

 

 天井部分を焼き、塗装を剥げさせ、溶解し、穴を開けるでたらめな熱量。炎の竜巻は第一デュエル場内の空気を灼熱に変え――一応、神々の戦争の参加者ゆえか、和輝も鷹山も熱こそ感じるが無事だった――、一瞬だけ停滞。直後、ダークエンド・ドラゴンに向かって進撃を開始した。

 

「き、来た!」

 

 ダークエンド・ドラゴンは抗いとして頭部の口から黒い炎を吹きだす。が、焼け石に水だった。どころか、黒い炎さえも取り込んで、炎の竜巻がさらに勢いを増して進軍。暗黒竜を飲み込んでしまった。

 

「――――――――!」

 

 ダークエンド・ドラゴンの断末魔は炎と風と勢いにのまれて和輝の耳まで届かなかった。ただ、熱波が彼に降りかかる。

 

「く――――、ダメージステップにリバースカードオープン! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 先ほどの鷹山と同じく、和輝の眼前に屹立した不可視の障壁が熱波から彼の身を守る。炎の竜巻は炎の柱となって、天井をぶち抜いて天へと昇っていった。

 

「凄い威力。とてもじゃないけど攻撃力3000の攻撃エフェクトじゃあないね」

「たぶん、鷹山さんがやる気(、、、)だったら、俺への影響はあんなもんじゃなかったと思うぜ。ダイレクトアタックじゃないから比較できないけど、カイロスやパズズに比べると被害範囲も狭いし」

 

 和輝は顔面蒼白になりながらもそう答えた。心は折れていないと、自らを奮い立たせるために。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ゴヨウ・ディフェンダー 地属性 ☆3 戦士族:シンクロ

ATK1000 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):自分フィールドのモンスターが「ゴヨウ・ディフェンダー」のみの場合、 このカードはエクストラデッキから特殊召喚できる。 この効果で特殊召喚したこのカードはこのターン攻撃できない。 (2):このカードが相手モンスターに攻撃された相手のダメージ計算時に発動する。 このカードの攻撃力はそのダメージ計算時のみ、 フィールドの「ゴヨウ・ディフェンダー」の数×1000になる。 (3):このカードが効果で破壊された場合に発動する。 自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

守護の炎神ウェスタ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。???

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

 ウェスタから放たれる威圧感は全く衰えていない。

 だが和輝は前を、ウェスタを見る。口の端を上げて、不敵な笑み付きで、だ。

 

(ほう……)

 

 かすかに感心するウェスタ。以前宝珠を砕いた相手は、自分を姿を目にしただけで心折れていたが、この少年は違うようだ。

 もはやウェスタの中に和輝とロキに対する嫌悪感や疑念はない。あるのはただただ純粋に、力を競いたいという思いだけ。

 

「ロキ」

 

 少年が、己が契約を交わした神へと声をかける。

 

「倒すぞ、この神を」

 

 戦意は十分。不敵に笑える胆力も持っている。なんとまぁ、なかなかいい男になりそうな、将来が楽しみな少年だ。私の契約者には負けるが。

 

「面白い! できるものなら、やってみろ!」

 

 浮かび上がってくる笑みを抑えきれず、ウェスタは喜色を孕んだ声音でそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:炎の選択

 和輝(かずき)の眼前に立つ神、ウェスタ。

 相対した神はこれで三柱目。いずれも心が折れそうな圧倒的な存在感に加え、こちらを圧殺せんばかりの圧力(プレッシャー)を感じる。

 しかし和輝はその場に踏んばる。折れてはならない。負けてはならない。

 不敵に笑え、前を向け、そして、決して後ろに下がるな。下がれば、心折れて、負けるのだから。

 

 

和輝LP3100手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ブラック・マジシャン(攻撃表示)、ブラック・マジシャン(攻撃表示)、永続罠:永遠の魂、

伏せ 0枚

 

鷹山LP2300手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 守護の炎神ウェスタ(攻撃表示)

伏せ 1枚

 

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

守護の炎神ウェスタ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。???

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ターンは和輝へと移る。ふっと息を短く吐いて、手札を見る。そこには、既に(ロキ)のカードがあった。

 カードから、かすかな鼓動のようなものが聞こえてくる。半透明でいちいち賑やかしてくるロキとは別に、カードのほうもこう言っているようだった。

 早く、ボクを戦わせてくれ。と。

 

「オーケイ。いいぜ、お前の出番だ。まずは死者蘇生を発動し、墓地のE・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストを復活!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、長い黒髪に黒いバトルスーツを身に纏った女のヒーロー。もっとも、彼女は戦力ではないが。

 

「シャドー・ミストの効果は発動しない。俺は二体のブラック・マジシャンとシャドー・ミストをリリース!」

 

 三体のモンスターが白い光の粒子となって、世界に溶けるように消えていく。だが「力」は場に残り、上位存在を呼び出すための「門」となる。

 力が集約された門。門が開かれ、新たな「場」が形成、力が具現していく。

 

「さぁ、来い! 閉ざせし悪戯神ロキ!」

 

 力は、さらに人の形をとって顕現した。

 いつもと同じ、金髪碧眼。幾重にも白のローブ姿。ローブの中心部、丁度ロキの胸の中心に当たる部分には拳大の大きさの紫の宝珠。両腕には複雑な刻印が刻まれた金の腕輪。ローブの下は闇を凝縮し、形にしたような紫に淵に金のラインの入った鎧姿。普段飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、神としての威厳と力に満ちたロキの姿だった。

 

「来たかー」

 

 相対する神に対して、鷹山(たかやま)は悠然と構えている。これは、彼が重ねた年月の重さゆえか、それともロキが神の血を半分しか受け継いでいないうえに心臓を半分和輝に与えているので、神としての力の発露がほかの神に比べて弱いのか。

 

「さぁウェスタ! 決着をつけよう! 具体的にはボクと和輝の濡れ衣を払させてもらう!」

「パートナーの少年はともかく、貴様の女癖の悪さは事実だろう!」

 

 ロキの虚言とそれに対するウェスタの正統な怒りは、あえて無視することにする。

 

「ロキの召喚に成功したこの瞬間、ロキと、シャドー・ミストの効果が発動! まずはシャドー・ミストの効果で、デッキからE・HERO プリズマーをサーチ。そしてロキの効果。デッキからカードを五枚めくり、その中の一枚を手札に加え、残りを墓地に送ります!」

 

 和輝のデッキから五枚のカードが一気に引き抜かれ、提示される。

 提示されたのはタスケルトン、輝白竜ワイバースター、ワンダー・ワンド、カードガンナー、虹クリボー。

 

「よっし! 俺はワンダー・ワンドを手札に加えます。そして、永遠の魂の効果を発動し、ブラック・マジシャンを復活」

 

 永遠の魂は、絆は決して色褪せない。死してなお忠誠を見せる黒衣の魔術師が、和輝のフィールドに現れる。

 

「バトル! ロキでウェスタに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下され、ロキが遠心からオーラを迸らせ、両手を前にかざす。

 手と手の合間に、黒い球体が出現、稲妻を放ちながら、力と、威力ごと凝縮されていく。

 

「さあ、受けなよウェスタ!」

 

 黒球が放たれる。大気を削るようにして迫る一撃を前に、鷹山は考えた。

 わざわざ攻撃力で劣るロキでウェスタを攻撃した来たならば、狙うはコンバットトリックだと思うのだが――――

 

(さっきの岡崎君の反応……)

 

 ロキの効果で五枚のカードを見た時に反応。「よっし!」という喝采の声。だが手札に加えたのは何の変哲もない装備魔法、ワンダー・ワンド。あれではブラック・マジシャンはともかく、神であるロキは強化できない。なら、落ちたカードの中に、喝采の理由があるはずだ。

 

(五枚のカードの、どれが――――)

 

 思考は一瞬。そして、鷹山に電撃が走った。

 

勇次(ゆうじ)! 私の効果を! 奴ら、何か企んでいるぞ!」

「いや、そのタイミングはここじゃない」

 

 振り返り叫ぶウェスタに対して、鷹山は冷静だった。彼の言葉を証明するかのように、和輝が動く。

 

「この瞬間、墓地のタスケルトンの効果発動! このカードをゲームから除外することで、ロキの攻撃を無効にする!」

 

 和輝の墓地から飛び出した黒いブタ。それがロキの攻撃からウェスタを庇い、身代わりに直撃。肉も骨も全て溶解し、消えていった。

 

「な―――――、なぜ自分の攻撃を――――」

 

 訳がわからないウェスタ。だが和輝は不敵な表情。そして、ここだ! と叫んで手札から一枚のカードを引き抜いた。

 

「この瞬間、速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス発動! ロキの攻撃力を倍にして、もう一度攻撃できる!」

「なんだと!?」

「これが狙いさ! 和輝!」

 

 驚愕するウェスタ。会心の笑みを浮かべるロキ。和輝が、二度目の攻撃宣言を下した。

 

「ロキで、もう一度ウェスタを攻撃!」

 

 ロキの全身から、さきほどに倍する量の紫のオーラが噴出。オーラは炎の龍となってウェスタに向かって突き進む。

 直撃。黒い炎龍は炎に戻り、巨大な柱となる。

 

「やったか!? いやいや、確認するまでもない。これなら確実さ!」

「お前は敵の回し者かぁ!」

 

 もう突っ込むのも疲れてきた。ロキのフラグは早速回収されるのだった。

 

「なんだ?」

 

 黒い炎が晴れ、爆煙が立ち込める。その向こうから、紅蓮の炎が蛇のようにうねりながらロキを襲う。

 

「え――――」

 

 呆然とするロキ。その上半身と下半身が食い千切られた(、、、、、、、)

 

「ロキ!?」

「こ、攻撃が、完全に入ったのに……」

 

 和輝の眼前でロキは身体が半分に千切られるという衝撃的な退場をした。

 しかも炎の蛇は今度はその標的を和輝に変更、和輝に向かって牙を剥いた。

 

「ッ!」

 

 とっさにバックステップ。追いすがる炎蛇。右足が先に地面につくと同時に強引に方向転換。倒れながらも、蛇の牙を躱した。

 

「さて、説明していいかな?」

 

 完全に爆煙が晴れた時、そこには無傷のウェスタと鷹山の姿。

 否、ウェスタの身体は、薄い朱色のヴェールに包まれていた。そしてその後ろで表側表示になっている伏せカード、攻撃の無敵化。

 

「なんだ……あれは……?」

「俺は、君の二回目の攻撃に対して、まずは攻撃の無敵化を発動した。選択したのは戦闘ダメージの無効化。そしてそれにチェーンして、ウェスタの効果も発動したのさ」

「ウェスタの効果?」

「一ターンに一度、カードを一枚選択する。選択したカードはこのターン、戦闘、カード効果では破壊されない。俺はこれをウェスタ自身に使った。これでウェスタはロキの攻撃から守られ、俺のライフも減らなかったわけだ」

 

 たしかにそうだ。これで和輝の攻撃が不発だった理由は分かった。だが、

 

「それでロキが返り討ちにあった理由が分からない。いや、想像はつく。ウェスタの効果か」

「そう。ウェスタのもう一つの効果はな、戦闘で相手モンスターを破壊できなかった時、そのモンスターをゲームから除外し、元々の攻撃力分のダメージを相手に与えるのさ」

「通りで。俺のライフが残り600しかないわけだ」

 

 苦笑する和輝。だが神を破壊され、彼は今、圧倒的窮地に立たされている。このまま何もしなければ彼の敗北は必至だ。

 

「メインフェイズ2、俺はワンダー・ワンドをブラック・マジシャンに装備して、効果を発動します。このカードとブラック・マジシャンを墓地に送り、二枚ドロー。……カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK2500 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):このカードの召喚に成功した時発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中からカードを1枚選んで手札に加えることができる。残りのカードは墓地に送る。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法

モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。

 

攻撃の無敵化:通常罠

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

守護の炎神ウェスタ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分フィールドのカード1枚を選択して発動できる。選択したカードはターン終了時まで戦闘及びカードの効果によって破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。(4):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊できなかったダメージステップ終了時に発動する。戦闘した相手モンスターをゲームから除外し、除外したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

 

和輝LP3100→600手札4枚(うち1枚はE・HERO プリズマー)

鷹山LP2300手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 ドローしたカードはサイクロン。鷹山としては、追撃できるモンスターが欲しかったが、贅沢は言えまい。何よりサイクロンは有用だ。

 伏せカードがあるが、ウェスタの耐性はほぼ最上位。ならばここは、何度でも壁――または剣――を呼び出せる永遠の魂を取り除くべきだ。

 

「速攻魔法、サイクロン発動。岡崎君、君の場にある永遠の魂を破壊しよう」

 

 一陣の風が竜巻となり刃となって、和輝の場にあった永続罠を切り刻む。永遠の絆とも、忠義の証ともいえる石板が砕け散った。これで、ブラック・マジシャンは何度も蘇ることができなくなった。

 

「バトルだ。ウェスタでダイレクトアタック!」

 

 神が動く。ウェスタは両掌の上に炎を漲らせ、同時にはなった。

 炎は中空で一つにまとまり、全てを焼き尽くし、飲み干さんばかりの轟炎となって和輝に襲い掛かった。

 

「墓地の虹クリボーの効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 和輝の墓地から、ポンという軽やかな音とともに、虹色を基調とした小さな生物が現れる。

 和輝を守るために立ちはだかった小生物は、一瞬にして焼き尽くされてしまった。

 

「ひっどい光景」

「デュエルモンスターズには付き物だよ。自身の効果で特殊召喚された虹クリボーがフィールドを離れたため、ゲームから除外される」

「まだ、敗北を受け入れぬか。お前の守りは全て失ったぞ、契約者の少年。いや、岡崎和輝よ」

 

 ウェスタの声が和輝の耳朶を叩く。そう。虹クリボーを失った時点で、和輝にはもう身を守る手段はない。

 

「お前は、どうするつもりだ?」

「勿論。こっから、逆転する」

 

 前を見る和輝の瞳は力強く、己の勝利を疑っていない。ウェスタは口元に笑みを浮かべた。

 

「面白い。面白いぞ少年! ならば、私を突破してみろ! さぁ勇次、まずはターンを終了するんだ! もうできる事はあるまい!」

「はいよ。俺はこれでターンエンド」

 

 言いながらもやはり鷹山は和輝に対して好感を抱いていた。こんな風に、力に屈さない強い瞳を持つ少年。そんな少年と知り合えたのは幸運だ。

 

 

サイクロン:速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

「虹クリボー」の以下の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつ発動できる。

●相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。この効果でこのカードを装備しているモンスターは攻撃できない。

●相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 勝つために、和輝はカードをドロー。そして、

 

「和輝、勝算は?」

「ある! さっきのターン、鷹山さんが俺の伏せカードを破壊しなかったことが、勝機につながった! 魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動! そしてそれにチェーンして、伏せていたトラップカード発動! マジック・キャプチャー! 手札のプリズマーを捨てて、今発動した龍の鏡を回収する!」

「融合カードを、二連続で使うか!」

 

 どこか嬉しそうな声音の鷹山が叫ぶ。和輝はにやりと笑った。

 

「一体目! 墓地のダークエンド・ドラゴンとE・HERO ブレイズマンを除外融合!」

 

 和輝のフィールド、その頭上に、空間の捻じれのような渦が出現、その渦の中に、和輝の墓地からダークエンド・ドラゴンとブレイズマンが飛び込んでいく。

 

「深淵の暗黒竜よ、炎熱の英雄よ。今一つとなって波動の竜騎士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!」

 

 渦の向こうから現れる新たなモンスター。

 金縁の青い鎧、広げられた両翼、大地を打ち据える赤い尻尾、肩に担ぐように構えた突撃槍(ランス)。威風堂々とした姿の竜人型の騎士。

 だが、これ一体だけではない。

 

「もう一度、龍の鏡を発動! 墓地のブラック・マジシャンと竜騎士ブラック・マジシャン・ガールを除外融合!」

 

 二度目の融合召喚。今度もまた、空間のゆがみに二体のモンスターが飛び込んでいく。

 

「黒衣の魔術師よ、竜騎士の少女よ! 今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 そして現れたのは、全身に金色の、魔術的文字が浮かび上がる緑の竜と、その背に跨るブラック・マジシャン。和輝のデッキのエースカード、ブラック・マジシャンの新たな可能性。

 

「この瞬間、呪符竜の効果発動! 俺と鷹山さんの墓地にある魔法カードを全て除外して、除外した数×100ポイント、呪符竜の攻撃力をアップさせる! 除外したカードの合計は十三枚、よって攻撃力は1300ポイントアップします!」

 

 攻撃力4200の呪符竜。そして、鷹山は「ああ」と頷いた。

 彼には見えたのだ。このデュエルの結末が。

 

「こりゃあ、俺の負けかなぁ」

 

 参った参ったと、鷹山は後頭部を掻く。

 ドラゴエクィテスには、カード効果によるダメージを相手に反射する効果を持っている。

 そして、ウェスタの効果は強制効果。ウェスタが自身の効果で身を守れば、バーンダメージを反射されて鷹山の敗北。

 ウェスタを守らなければ、そのままダイレクトアタックを受けて、やはり鷹山の敗北。

 

「すまんウェスタ。負けちまった」

「いや、まだ負けではない。そうだろう勇次? 宝珠を砕かれなければ、神々の戦争は継続するのだ」

 

 燃え盛る炎の髪を振り乱し、ウェスタは雄々しく笑う。その笑みに引かれ、鷹山も笑った。おおらかな笑みだった。

 

「さぁ、来なさいよ岡崎君!」

「行きます! 呪符竜でウェスタを攻撃!」

 

 竜に跨った魔術師が杖を振るう。応えた竜が(アギト)を開き、内部から黄金の息吹(ブレス)を放つ。

 ここで選択が上がる。鷹山はウェスタの効果を使い、彼女を守るのか、どうか。

 守れば呪符竜はその後の強制効果で排除できる。だが直後、バーンダメージはドラゴエクィテスによって反射され、鷹山の敗北だ。

 守らなければそのままがら空きのフィールドを、やはりドラゴエクィテスによって進軍され、鷹山は負ける。

 ようは、どういう負け方を選ぶか、だ。

 ウェスタが鷹山を振り返る。その眼が言っていた。お前の判断に従うと。

 ふっと、鷹山は口元に笑みを浮かべた。

 

「だったら、これだな。ウェスタの効果発動! ウェスタ自身を守る!」

 

 鷹山の選択の結果。ウェスタを囲む様に薄赤色のヴェールが展開。呪符竜の金色の奔流を防ぎ切った。

 

「この瞬間、ウェスタの強制効果が発動。呪符竜を除外し、その元々の攻撃力分のダメージを与える」

 

 ウェスタが、自信に満ちた身を浮かべて両手を振るう。その動きに合わせて炎が踊り、蛇となって呪符竜を、竜も魔術師ももろともに焼き尽くす。

 炎は消えず、意志ある物のごとく蠢き、和輝自身に向かって襲い掛かった。

 

「ドラゴエクィテスの効果発動! 俺への効果ダメージを、相手に跳ね返す!」

 

 和輝を襲う炎の前に立ちはだかる波動竜騎士。手にした槍を風車のように回転させ、炎を食い止め、あまつさえ、そのまま鷹山に向かって跳ね返す。

 

「これで終わりです!」

 

 ウェスタの炎が鷹山に向かう。なんと、鷹山は腰を据え、迎え撃った。

 着弾、そして、爆発。粉塵が舞い上がり、鷹山のライフを0にした。

 

 

龍の鏡:通常魔法

自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)

 

マジック・キャプチャー:通常罠

自分が魔法カードを発動した時、手札を1枚捨ててチェーン発動する。チェーン発動した魔法カードが墓地へ送られた時、そのカードを手札に戻す。

 

波動竜騎士 ドラゴエクィテス 風属性 ☆10 ドラゴン族:融合

ATK3200 DEF2000

ドラゴン族シンクロモンスター+戦士族モンスター

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズ時までそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る事ができる。また、このカードがフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手のカードの効果によって発生する自分への効果ダメージは代わりに相手が受ける。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

 

鷹山LP2300→1000→0手札1枚

 

 

 バトルフィールドが消失し、和輝と鷹山は元の空間に戻っていた。

 

「どうやら、宝珠は守られたみたいだね。まさかあの炎を受け止めるとは……」

 

 和輝の背後に出現したロキが、呆れと感嘆を混ぜた声音でそう言った。

 ロキの言葉通り、鷹山は自分の宝珠を守り切った。その証拠に、彼の背後には不機嫌な表情を浮かべたウェスタの姿があった。

 

「ま、何とか無事だったな」

 

 朗らかに笑う鷹山。かなりの激闘だったが、彼は一切の疲れをにじませない。寧ろダメージは和輝より多そうなのに、だ。

 

「あの、これで俺たち戦う必要ないですよね? もう、どちらかが脱落するまで戦うってのは―――――」

「心配せずとも、そのようなことは言わない」

 

 不機嫌そうなウェスタだったが、和輝の危惧にはそう答えてくれた。それから和輝に向かって頭を下げた。

 

「すまなかったな、岡崎君。一方的すぎた」

「あれあれあれ? ボクに対する謝罪なくない?」

「黙れロキ。貴様の下半身のだらしなさは真実であろう。よいか岡崎君、この男のようにはなるな。女にだらしない男は滅びの原因だ」

「気をつけます」

 

 「ひどくない!?」というロキの叫びを全員が無視。徐々にざわつき始める廊下の方を見て、鷹山が肩をすくめた。

 

「そろそろ撮影が再開されるな。岡崎君」

 

 和輝に向かって手を差し出す鷹山。

 

「お互い、生き残ろう。神々の戦争について何かあったら、連絡する。」

「はい!」

 

 和輝は差し出された手を握り返した。

 誓いの握手。戦いの合間に歳の離れた友情を結んだ二人は笑顔で交わし合った。

 

 

 ちなみに、ロキと和輝はその後、ちゃんと鷹山からサインをもらえた。しかも和輝は綺羅(きら)の分も貰えた。綺羅の和輝への評価が上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:旧友との邂逅

 夜の街に、轟音が響き渡った。

 続いて閃光。

 天に昇っていく雷(、、、、、、、、)という、異常現象が起こる。

 だが、周辺住民は誰一人反応しなかった。というより、雷が上がった現場周囲の民家全て、電気が消えていた。

 誰もいない。文字通り。

 否、正確にはそこには人影があった。

 四つの人影。だが、そのうち一つは消えかけ、もう一つは地べたに尻をつけ、恐怖の表情を浮かべていた。

 残る二つの人影。

 大柄な青年と、雷を帯電させる男。

 大柄な青年。

 刈り揃えた黒の短髪にダークグリーンの瞳、百九十センチを超える長身に、大きな肩幅。逞しい胸板。筋骨隆々なその体躯は、本来なら見る者を威圧し、圧倒するだろう。驚くべきことに着ているのは黒い学ラン。つまりこの青年はまだ高校生、少年の域だ。

 だが、青年が放つ物静かな雰囲気がその印象を覆している。

 静かで泰然としているその様は何千年と風を受け止め続けた大樹を思わせる。

 帯電する男。

 こちらは雄々しさを大きく感じられる。

 濃い緑の髪、金の双眸、素肌の上に直接羽織った黒の革ジャケットに同じ革製のパンツルック。一見するとただのパンクスタイルに興じる若者といった雰囲気だが、その身体の内側から発せられる人の形には巨大に過ぎる生命のエネルギーは、見る者の目を引き、肝を潰しかねない。

 

「ひ……、ひ……ッ!」

 

 敗れた神々の戦争の参加者、いや、「元」参加者の男は短く悲鳴を上げた。その悲鳴を聞きつけて、一人と一柱が視線を向ける。

 視線を投げられた男はまた悲鳴を上げ、()()うの体で逃げ出してしまった。

 その背中を見送って、青年はため息一つ。

 

「退屈か、烈震(れっしん)?」

 

 傍らの神が成年に問いかける。烈震と呼ばれた少年は無言で首肯。そして言葉を紡ぐ。

 

「ああ。この相手も、歯ごたえのない奴だった。いや、あの男だけではない。神々の戦争、(オレ)はそこに、強者を求めたというのに。いざ闘ってみれば塵芥な雑兵ばかり。これでは自らを高めることもできん。お前の誘いに乗ったのは失敗だったかな、トール」

 

 ため息とともにそう呟く烈震。トールと呼ばれた神は「しゃーない」と肩をすくめた。

 

「何しろ神は百柱もいるんだ。中には見る目のない奴もいる。ついでに、数が絞られていない現在だと、必然的に外れが多いわな」

 

 言いがら、トールは「しかし」と続ける。

 

「この街は悪くないぜ。ほかにも神の気配がする。それに、最近カイロスやパズズなんつー、結構力のある神もこの辺りでやられたって話だ。懐かしい気配もある(、、、、、、、、、)たぶんロキだ(、、、、、、)。案外、この街を拠点に、活動してるのかもな。お前の言う、強者ってやつが」

 

 獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべて、トールはそう言った。烈震は「だといいが」と呟き、ふと周囲に目をやった。

 彼らがいるのはどこかの倉庫。とりあえず、神々の戦争ができそうな広さの場所を選んだだけだ。今日この街に来た彼に土地勘はない。

 

星宮(ほしみや)市。俺を高めてくれる強者がいることを、期待しよう」

 

 烈震の呟きは夜の風に紛れて消えた。ただ、そこにあった切実な“渇き”だけが、生々しくその場に残った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 月日が流れ、月が五月から六月に変化した。

 六月に入ったころから梅雨前線の影響で雨が増え、ここ星宮市の空気も僅かに淀んでいる。

 ただ、今日はそんな雨の合間の晴れ。岡崎和輝(おかざきかずき)は放課後の街を歩いていた。

 人目を引く白髪、茶色がかった黒い瞳、十二星高校の制服姿。目的地は近所の書店だ。

 目的は最近発売した漫画の新刊。雨だといまいち行く気がしなかったが、晴れているなら話は別だ。久しぶりに街を歩いてみたいとも思った。

 特に今日は、和輝と契約を交わした神、ロキがいない。彼は朝から「いい天気だから、ちょっと散歩に行ってくるよ」といってそれっきり帰ってきていない。神は人間とスケールが違うので、神にとって「ちょっと散歩に行ってくる」はそれこそ日にち規模のものなのかもしれない。

 余談だが、和輝は書店で、ロキがモデルをしている写真集が店頭に平積みされているのを見つけ、とても複雑な気分と微妙な顔を作ったが、それはまた別の話だ。

 

「あ……」

 

 書店での目的を達成した和輝は、そのまま家に帰ろうとしていたが、ふと、壁に貼られた張り紙が目について、足を止めた。

 人探しの貼紙だ。行方不明になったのは五月某日、行方不明者は小学一年生の男の子。

 和輝の表情が自然、険しくなる。胸に痛みが走った。

 彼のことは覚えている。和輝が初めてロキ出会った時。その時、時の神カイロスによって、自身の体内時間を強制的に進められ、成長、老化、老衰、そして朽ち果てていった男の子。

 胸の奥から痛みが走る。あのような非道を行う神はこれからも出てくるだろう。神は人間のことを何とも思っていない。だからなんだってできる。無邪気な子供が捕まえた虫を面白半分に嬲り殺すように、人間を弄び、殺すだろう。

 その非道を、許してはならない。

 自然、握りしめた(こぶし)に力がこもった。

 と、

 

「その子供は、知り合いか?」

 

 頭上から、野太く重い声が降ってきた。

 

「!?」

 

 接近に全く気付かなかった。和輝はとっさに振り返り、眼前に、黒い壁がたっていることの気づいて怪訝そうな顔をした。

 ふと見れば目の前のそれは壁ではなく、人の分厚い胸板。視線を上げると広い肩幅が見え、次いで太い首が、そして強面(こわもて)の顔。

 筋骨隆々とした体格、黒い髪にダークグリーンの瞳。巨体でありながら威圧感の少ないその姿は、長い間風雨に耐えてきた大樹の風情。

 

「その子は、知り合いか?」

 

 男が先ほどと同じ台詞をもう一度行ってきた。和輝は内心を押し殺して「いいや」と首を横に振った。

 

「別に。ただちょっと気になっただけだよ。こんな小さな子が、なんで行方不明になっちまったのか、とか」

 

 男の子のことに関しては和輝が、和輝だけが心のうちに留めておくべき事柄だ。ロキにさえ話していない。

 

「そうか」

 

 男は重い声音で深く頷いた。和輝は、この、危険はなさそうだがただならぬ雰囲気の男からさっさと離れようと、「もういいかな?」といってその脇を抜けようとする。その刹那、

 

「てっきり、神々の戦争で犠牲になった子供かと思ったのだがな」

 

 神々の戦争。その言葉に、和輝の足が止まった。

 振り返った和輝の顔には驚愕の表情。それを、男は泰然と受け止めた。

 

「今……」

「神々の戦争と言った。反応したということは、やはり、神々の戦争の参加者だったか。ひょっとしたら、契約した神はロキか?」

 

 神々の戦争の参加者。目の前にいるこの男が? しかも、自分が契約した神の名前までいい当ててしまった。

短い跳躍で男から距離をとった和輝。だが今、傍らにロキはいない。だが、和輝が神々の戦争の参加者だとわかったということは、少なくとも彼のそばには神がいるはずだ。

 この状況は、まずい。和輝の表情に緊張が走った。

 だが、

 

「慌てるな。ここで戦うつもりはない。己にも神は今いないことだしな」

「? それじゃあなんで俺が神々の戦争の参加者だと分かった?」

「気配が違う。なんというかな、じっと見ていると、神と契約を交わした人間はどことなく雰囲気が違うのだ。どうやら、己にしかわからない感覚らしいので、言葉では伝えにくいうえに、感じられるのは己の神と同じ、北欧神話の神くらいだが……」

 

 難しい顔で男はそう言った。和輝はさらに怪訝そうな顔をしたが、実際目の前の男は和輝が神々の戦争の参加者であるといい当てている。信じるしかないだろう。

 もっとも、本当は近くに神を引き連れていて、そんなブラフを仕掛けた可能性もあるが、そんなことをする意味が感じられないので、本当のことを言っていると思ってよさそうだが。ついでに、自分の神が北欧神話の神であるという情報まで提供している。

 

「己の名は黒神(くろかみ)烈震。神々の戦争参加者だ。契約を交わした神はトール。要件は一つ、己と戦ってもらいたい」

 

 ストレートな要求だ。そして妥当な要求だった。和輝は無言。値踏みするように相手を見る。

 

「勿論今すぐではない。時間は今夜。場所は――――そうだな、この近くにある自然公園、でどうだろう? 確か、景楼(けいろう)公園という看板が立っていたはずだ」

「……俺が行くかどうか、わからないが?」

 

 和輝はまだ警戒心を解いてはいない。寧ろ相手のペースに巻き込まれているため、この台詞は足掻きの一手ともいえた。

 だが烈震はこともなげに言い放つ。

 

「その場合、トールにこの街を攻撃させよう。闘神である彼の一撃は、この街にいかほどの被害を及ぼすかな」

「――――!」

 

 ぎしり、と和輝の拳が鈍い音を立てて軋んだ。目が見開かれ、表情が険しいものに変わる。

 

「てめぇ……ッ!」

「冗談だ。気を悪くしたなら謝罪しよう。

 そんなことはしないし、しなくてもお前は来る。そうだろう? お前はそういう男だ。戦場に、恐れることなく飛び込んでいける男だ。無関係のものを無意味に巻き込むやり方に怒りを覚える今の行動で、そう確信した」

 

 もう一度肩をすくめる烈震。和輝は言葉に詰まる。図星だった。先日の鷹山勇次(たかやまゆうじ)の様に互いに戦う気がないならばともかく、挑まれた以上は受けるつもりだった。きっとそれは、ロキも望んでいることだろうから、だ。

 

「ではまた。よき闘争であることを期待する」

 

 詳しい時間を言うだけ言って(きびす)を返す烈震の背中に、和輝が呼び止めの声を放った。

 

「なんで俺の神がロキだとわかった?」

「ああ」

 

 簡単なことだといわんばかりに、烈震は肩をすくめた。

 

「カマをかけた。己の神、トールが知り合いの気配をこの街に感じるといっていたのでな。トールの一番親しい友人といえば、ロキだろう?」

 

 にやりと稚気(ちき)のとんだ笑みを浮かべ、烈震は今度こそ立ち去った。

 和輝ができることといえば、戦いまでにデッキ調整を行うことくらいだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝と烈震が邂逅している頃。

 久しぶりに晴れた一日を散策に費やしたロキは、上機嫌で家路についていた。

 

秋葉原(あきはばら)か、あそこは面白いね。電気系だけかと思ったけど、いろんな文化の坩堝だ。日本人マジ未来に生きてるね。――――面白かったから、今度和輝も誘っていってみよう」

 

 どこかの店の買い物袋を両手に下げて、ロキは満足げな表情でそう言った。

 と、その足が止まる。視線の先には人だかりがあったが、ロキは怪訝そうに首をひねった。

 

「はて、あそこはただの建設現場のはず……、人だかりなんてできないと思うけど」

 

 興味を引かれて足を運んでみると、つなぎ姿で肉体労働に従事している若者たちに混じって、一人異常な膂力で人の何倍も働いている男がいた。

 つなぎ姿は変わらない。染めたわけでもないのに目につく濃い緑色の髪に金の瞳、明らかに日本人離れした双眸。周りの人間と比べても突出した筋肉を持っているように見えないのに、明らかにほかの人間の五倍の量の資材を肩に担いで運び、しかも二人一組で運ぶはずのものさえも一人で悠々と運んでいる。その度見物人から喝采を浴びていた。

 

「おいおい……あれって……」

 

 ロキの表情が引きつった。 

 と、(くだん)の男がロキに気づき、手を振った。それでロキの中の疑念が確信に変わった。

 

「トール……」

 

 それは、かつて神々の世界、天界でロキが唯一、親友と呼べる神だった。

 

 

 トールの仕事は間もなく終わり、二柱の神は近くのバス停に備え付けられていたベンチに座っていた。

 

「カー! この一杯がたまんねぇな!」

 

 トールはつなぎ姿ではなく、黒い革製のジャケット姿になり、ここまでの道中にあったコンビニで買ってきた缶ビールを一気に飲み干してそんなことを言った。

 

「相変わらず見た目に反しておっさん臭いね、君は」

「うるせー。労働の後の一杯は格別なんだよ」

「君は人間の世界にずいぶん馴染んでるね。人間軽視の神が見たらなんていうか」

「テメェだってモデルやってんだろ。写真集まで出しやがって。だいたい、オレは昔っから、人間大好きな変わり者と一緒にいろんなところに行ったし、今更人間どーこーって考えはねぇよ。この人界も面白いしな」

 

 空になった缶を握り潰し、トールは不敵に笑う。ロキも一緒に買っていた缶コーヒーを一杯口に含み、飲み込んだ。

 天界にいた頃、ロキとトールは様々な冒険を経験している。時にロキの知恵で、時のトールの力で、いくつもの苦難を乗り越えてきたのだ。

 

「君もこの街に来たんだね」

「ここは神の気配が濃いな。戦いの空気ってやつが濃い。だから惹かれてくる」

「確かに、ボクの周りでも一か月もしないうちに三戦だ。気配を隠して潜伏している神がまだまだいるかもしれないね」

「あー、まだ残ってる神は全然多いっぽいからな。最初は様子見に徹して隠れ潜んでるやつもいるだろうよ」

 

 二本目の缶ビールを開けてトールは言った。

 神と神は惹かれ合う。とはいえ神はほかの神の気配を敏感に感じ取れるかどうかは個人個人の特性による。大きな力を使えばすぐにわかるが、そうでない場合、そうそうわかるものではない。中には接敵にしてようやく気づく神もいる。

 ロキはふっと表情を改め、真剣なものに変える。

 

「トール、ひょっとして君、ボクと戦いに来た?」

「正確には、お前の契約者と、オレの契約者が戦うな。もう連絡来たぜ。オレの契約者から」

「まったくの勘で言ったのにビンゴかい……」

 

 苦笑を浮かべるロキ。だがそのこめかみには鈍い汗が一筋たれていた。

 ロキは知っている。トールの強さを。そのトールが選んだ契約者。一筋縄でいくとは思えない。

 

「オメーもさっさと帰って確認したらどうだ? 今ごろデッキ調整してるかもしれないぜ?」

 

 子供じみた好奇心とわくわくした気持ちを隠そうともしないトールに、ロキはもう一度苦笑する。この親友はこういうところも変わっていない。

 

「やれやれ。君、相変わらず喧嘩っ早いね。ま、いいさ」

 

 ロキは一足先にベンチから立ち上がった。缶コーヒーを近くのゴミ箱に向けてシュート。カコンと小気味いい音を立てて入った。

 

「じゃ、ボクはこれで帰るよ。また後でね」

「おう」

 

 神二柱は互いにひらひらと手を振って別れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「お、やっぱりデッキ組んでたんだ」

 

 帰宅したロキは机に向かって熱心にデッキ調整を行っている和輝を目撃した。

 

「ああ。オレのデッキはピーキーだから、細かい調整は欠かせない。特に、エクストラデッキ周りはな」

 

 ロキの声に反応するも、和輝の視線は机の上に注がれていた。正確には己のデッキに。

 

「あ、そうだ和輝。デッキの枠がまだ余っているなら、これを入れなよ」

 

 ロキが和輝の視界に入るように、一枚のカードを差し出してきた。和輝は作業の手を止め、そのカードを手に取る。

 

「なんで?」

「神対策」

 

 にっこりと笑って言うロキ。

 手に取ったカードを見た和輝は「なるほどな」と頷いた。

 

「有り難く使わせてもらうよ」

 

 和輝は渡されたカードをデッキに投入。そこでふと、作業を止めて、ロキを見据えた。

 

「なぁ、ロキ。次の相手、お前の親友だよな?」

 

 和輝はロキと契約して以来、神話関係の本、特にロキと縁の深い北欧神話の本を読み漁ってきた。それゆえ、北欧神話の神々の関係性については一通り知っているつもりだ。

 和輝が特に印象に残ったロキの関係者は二柱。

 ロキの義兄弟にして、北欧神話の主神、オーディン。そして、ロキの親友でいくつもの冒険を共に乗り超えた神、トール。いずれもロキにとって代えがたい存在だったろう。

 

「お前、戦えるのか?」

 

 和輝はじっとロキを見据える。もしもここで、ロキがトールとの対決を拒んだのであれば、和輝は戦いの場へは向かわないと決めていた。

 だがロキの答えはイエスだった。戦える。何の躊躇もなく、彼はそう言った。

 

「和輝、ボクには夢がある。神々の王になって、成し遂げてみたいことがある。そのための戦いに、躊躇するつもりはない」

「成し遂げてみたいこと……。聞いていいか?」

 

 和輝は一歩、ロキの内面に踏み込む。はぐらかされるかとも思ったが、ロキは真摯に和輝と向き合った。

 

「人間を、神の束縛から解放すること。自由を与える王になりたいのさ。ボクは醜くて愚かしくて、でも美しくて賢明。そんな人間が大好きだからね」

 

 ロキの笑顔に邪気はない。そこには邪神と呼ばれ、恐れ、蔑まれる男はいなかった。ただ、人間が大好きだと本心から言う男がいるだけだった。

 

「じゃ、そろそろ行こうか?」

 

 時計を見れば、確かに示し合わせた時間が近かった。和輝は「ああ」と返事をしてデッキと手に取った。

 

 

 夜、欠けた月は雲に隠されて、周囲を照らすのは景楼公園の少数の電灯のみ。

 景楼公園は周囲を植樹で覆われた自然公園だが、さすがに空の様子が怪しくなってきた上に光源が少ないので、昼はともかく、夜はあまり人気(ひとけ)がない。

 烈震はその自然公園の中央にたたずみ、瞼を閉じて瞑想中だった。

 己の感覚を一つ閉じることで、周囲の気配をより明瞭に感じることができる。中国の山奥にいた頃、武術の師に手ほどきを受けて以降、毎日行っている習慣だ。日本、特に都市部は人が多いが、中国に比べればかわいいものだ。だからだろうか、心が落ち着く。何よりスモッグの霧がかかっていない。素晴らしい。それに、自分の故郷にいる、そういう感覚があるのかもしれない。もっとも、赤ん坊のころに中国の山奥に捨てられていた烈震に、記憶としての日本の姿などありはしないが。

 と、

 

「烈震、今回は、お前の望みも果たせそうだな」

 

 傍らのトールが笑みを浮かべて言ってきた。烈震は閉じていた瞼を上げ、ちらりとトールを見た。

 

「お前の知り合いの神、か。どんな奴だった?」

「どんな奴、か。そうだな、一言で語るのは難しいが。トリックスターでトラブルメイカー、ついでにトラブルバスター。とにかく複雑な内面を持った奴だよ」

「確かに、一言では説明できそうにない人物像だな」

「ああ。ロキと一緒になってバカやったり冒険したり殴りこみかけたり、色々やったのもいい思い出だ。一回人の妻の髪切りやがった時はガチで殺しにあったこともあったな。ああ、うん。けどまぁ、友人(ダチ)っていやぁ、ロキが最初に思い浮かぶわ」

 

 どこか遠い目をして、トールはそう言った。そこには過去を懐かしむ色もあったが、烈震はあえて触れなかった。

 ただ、一点だけ確認したかった。

 

「そんな相手と、これから戦うが。迷いはないのか?」

「ないね」

 

 即答が帰ってきた。

 

「それどころか楽しみだぜ。どんな奴を契約者にしたのか、興味もある」

 

 トールの答えに烈震は微笑した。結局自分もこの神も、本質は変わらない。

 戦闘中毒者(バトルジャンキー)

 と、

 

「来たみたいだぜ、烈震」

 

 トールが、餌を前にした狼のような笑みを浮かべていった。烈震も、近づいてくる気配に視線を飛ばした。

 岡崎和輝とロキのペア。一人と一柱は落ち着いた仕草でやってきた。和輝は白いジャケット姿、ロキはグレイのワイシャツ姿、だ。

 

「悪い、待たせたか?」

「いや。そんなことはない」

 

 ゆらりと、烈震は和輝に向かって向き直る。泰然とし、揺るがぬ様子の烈震に、和輝はひそかに硬い唾を飲み込んだ。

 

「申し出に応じてくれて、感謝する」

「岡崎和輝だ。パートナーはロキ」

「そうか。改めて名乗ろう。黒神烈震だ。神はトール」

 

 和輝と烈震の背後にそれぞれ実体化する神々。ロキはにこやかに、トールは獰猛に笑った。

 

「語る言葉は、ないかな」

「ああ。さっき語った。オレ達はあれだけでいい。バトルフィールド展開!」

 

 トールが両手を広げて唄うように叫んだ。次の瞬間、自然公園を取り巻く空気が変化。さっきまでかすかに感じられた生き物の気配がなくなった。

 神々の戦争のためのバトルフィールドの構築が完了。デュエルディスクが起動。準備は整った。

 そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:進撃の巨竜

 夜の公園に展開されたバトルフィールド。

 神々の戦争のためのその場所で、対峙するのは二人の少年。

 岡崎和輝(おかざきかずき)黒神烈震(くろかみれっしん)

 互いのデュエルディスクは起動済み、最初の宣言も終了。和輝の胸元には赤の、烈震の胸元には緑の宝珠の輝きが見られる。

 準備万端。後はただ、カードを剣に見立てて雌雄を決するのみ。

 

 

和輝LP8000手札5枚

烈震LP8000手札5枚

 

 

(オレ)の先攻だ。―――――カードを一枚セットし、ターンエンド」

「何?」

「モンスターを出さないの?」

 

 カードを一枚セットしただけでターンを終えた烈震に対し、和輝はわずかな警戒をにじませた怪訝な表情を、半透明のロキは単純に困惑した表情を浮かべた。

 

「どうした? お前のターンだ」

 

 対して烈震は泰然とした姿勢を崩さない。和輝は「そうだな」と気を取り直し、己のターンを開始した。

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 カードをドローした和輝は、思考を再び烈震の行動についてに戻す。

 

「手札事故かな?」

 

 ロキが一番単純な可能性を示した。もっとも、口に出したロキにしても、この可能性は低いだろうと思っていた。ただ、一応一番最初に頭によぎる思考を口にしてみた程度だ。

 

「むしろ、手札に防御なりカウンター用のカードを抱えているか、だ。あの伏せカードがフリーチェーンなら、こちらの攻撃に合わせて発動。あえて無防備になったところで一撃を受け、手札から冥府の使者ゴーズの特殊召喚とかな。もしくは護封剣の剣士で半端な攻撃に対してカウンター、次のあいつのターンで一気に攻勢に出る、か」

 

 いずれにしてもすべて可能性。確かめるには、

 

「虎穴に入らざれば虎子を得ず。踏み込むか。俺はレスキューラビットを召喚し、効果を発動。このカードをゲームから除外して、デッキから魔法剣士ネオを二体、特殊召喚する」

 

 和輝のフィールドに、額にゴーグルをかけ、首からお守りを下げた兎が現れ、すぐに背景に溶け込むように消えていった。

 代わりに現れたのは、金髪に、文様が描かれた鎧を身に纏った剣士が二体、現れる。いずれも右手に剣を、左手の人差し指に、白い光を宿らせている。

 

「魔法剣士ネオ、か。だが、レスキューラビットの効果で特殊召喚するレベル4魔法使いなら、より攻撃力の高いヂェミナイ・エルフがいたはずだが?」

「あっちじゃ属性が俺のデッキと会わなくてな。その結果、こっちになったわけだ。

 

 さぁバトルだ! まずは魔法剣士ネオ一号でダイレクトアタック!」

 和輝の命令が下り、魔法剣士のうち、一体が剣を淡い白い光で輝かせながら地を蹴り、烈震に向かって肉薄した。が、烈震は慌てず、デュエルディスクを操作した。

 

「リバーストラップ発動。針虫の巣窟。デッキから五枚のカードを墓地に送る」

 

 翻ったのは和輝の予想の一つにあった、フリーチェーンの(トラップ)カード。烈震のデッキトップから五枚のカードが一気に墓地に落とされる。落ちたのはカードガンナー、スキル・サクセサー、ボルト・ヘッジホッグ、レベル・スティーラー、ラブラドライ・ドラゴン。次のターンの反撃の布石にはなりそうだが、防御カードはなかった。

 そのままネオの剣が振り下ろされる。烈震はネオの肉薄に合わせて僅かに腰を落とした。避けるのではなく、その姿は迎撃の意思を表していた。

 

「まさか――――」

 

 ロキの声が、僅かに驚嘆を含んでいた。それはある予感のためだ。

 剣が、烈震の左肩口に向かう。が、烈震の身体が僅かに揺らぎ(、、、)、次の瞬間、掲げられた左(こぶし)の甲が剣の側面に添えられ、ほんの少しの力でエネルギーの流れ(、、)を乱された剣撃の軌道が変化、烈震の肩口を狙っていたそれは大きく姿勢が崩れて地面に当たった。

 同時、烈震はさらに腰を落とし、膝を曲げてネオの懐に入りこみ、左肩を使ったショルダータックルを見舞う。

 肉薄の勢いを利用されたカウンターによって、攻撃を仕掛けた側のネオの身体が冗談に様に吹き飛んだ。

 数値の上では、烈震のライフは確かにネオの攻撃力分削られた。だがこれでは、どちらがダメージを負ったのか分からない。

 

「な―――――」

「これは―――――」

 

 驚愕に目を見開く和輝。そして驚嘆と呆れ、そしてわずかな賞賛の念を混ぜた複雑な声音で呟いたロキ。

 確かに驚愕すべき場面だろう。バトルフィールド内故に身体能力が上がっているとはいえ、まさかただの人間が、モンスターの攻撃をいなすばかりか、カウンターでふっとばすなど。

 

「……どっちがモンスターかわからないな」

「……人間の可能性を見たね」

 

 若干思考がフリーズした一人と一柱。その様子を烈震は淡々と見据え、その背後で透けていたトールが爆笑した。

 

「やっぱオマエらも驚くよなー。つか、今まで戦った奴らみんなそうだったわ」

「そりゃ……、そうだろ。まさか――――――」

「まさか、などということは存在しない」

 

 まだ驚愕から立ち直れない和輝に対して、烈震はさもなんでもないことの様に告げた。

 

「己によって、神々の戦争は自己を高める修練の場だ。(おのれ)が身につけた心技体、全てを生かせる場所として。そして、岡崎。お前は、己を高めてくれるか? トールおすすめのロキのパートナーよ。期待している。

 ―――――ゲームの続きだ。己のフィールドにカードがない際に戦闘ダメージを受けたため、手札から冥府の使者ゴーズを特殊召喚する」

 

 烈震のフィールドに、新たなモンスターが現れた。

 肩を晒した軽装鎧に前腕部に刃の付いた篭手を備え、肉厚の大剣を持った男性の騎士。装備したバイザー故に顔は窺えない。

 

「さらに、己のフィールドに、冥府の使者カイエントークンを守備表示で特殊召喚する」

 

 新たに、ゴーズの傍らに現れたのは、漆黒の甲冑をまとった女騎士。ゴーズと違い、手にした剣は普通の長剣だ。

 

「カイエントークンの攻守は己が受けたダメージとなる。よって1700だ」

 

 カイエントークンは守備表示。魔法剣士ネオにとっては超えられない壁になる。

 だが――――

 

ゴーズ(そいつ)が出ることは想定済みだ! 手札から速攻魔法、ディメンション・マジック発動! 攻撃を終えたネオ一号をリリースし、手札からブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 人型の棺が和輝のフィールドに現れ、攻撃を終えた魔法剣士ネオをその中に収納する。棺が次に開かれた時、そこにはネオの姿はなく、代わりに眉目秀麗な、黒衣の魔法使いが存在していた。

 ユーモアと不敵さとわずかな冷徹さを備えていながらもどこかすっきりする淡い笑みを浮かべて、和輝のフィールドの降臨した。

 

「ディメンション・マジックの効果で、ゴーズを破壊。さらにブラック・マジシャンでカイエントークンを攻撃」

 

 パチンと和輝が指を鳴らす。それを合図とし、ブラック・マジシャンが無手の左手をゴーズに向かって突きつけた。

 次の瞬間、突き付けられた左掌から放たれた黒い波動が冥府の使者に直撃。鎧も武器も、その向こうの生身の身体もひっくるめて文字通り粉砕した。

 追撃。黒衣の魔法使いが杖を振るい、その軌跡に沿って黒い稲妻が出現、稲妻は猟犬と化して黒い女騎士に殺到、その全身に食らいついた。

 

「…………」

 

 烈震は無言。しかし彼への道は再び開いた。

 

「ネオ二号でダイレクトアタック!」

 

 がら空きになった烈震のフィールドを、二体目の魔法剣士が突き進む。

 結果は先程と同じ。烈震のライフこそ削れたものの、ネオが振り下ろした一閃は容易くいなされ、カウンターの一撃を受けて吹き飛ばされた。

 

「でたらめに過ぎる……」

「だが、ライフは削っている。前進はしているんだ。バトルフェイズを終了し、手札から魔法カード、馬の骨の対価を発動。魔法剣士ネオを墓地に送り、カードを二枚ドロー。カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

ATK300 DEF100

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。(1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

魔法剣士ネオ 光属性 ☆4 魔法使い族:通常モンスター

ATK1700 DEF1000

 

針虫の巣窟:通常罠

自分のデッキの上からカードを5枚墓地へ送る。

 

冥府の使者ゴーズ 闇属性 ☆7 悪魔族:効果

ATK2700 DEF2500

自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

 

ディメンション・マジック:速攻魔法

自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する場合、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターをリリースし、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。その後、フィールド上のモンスター1体を選んで破壊できる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

馬の骨の対価:通常魔法

効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

和輝LP8000手札3枚

烈震LP8000→6300→4600手札3枚

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 一気にライフを半分近くまで減らされた烈震だったが、彼に動揺は一切ない。それどころか、高揚感すら伝わってきた。これからの戦いに、彼の血が湧き、肉が踊っているのだ。

 

「まずは永続魔法、天輪(てんりん)の鐘楼を発動する。これにより、シンクロ召喚に成功したプレイヤーはカードを一枚ドローできる」

 

 烈震のフィールドに、少女を象った鐘が現れる。両腕が小さな鐘に、下半身が大きな鐘になっており、祝福の音色を奏でる。

 

「デブリ・ドラゴンを召喚。効果でカードガンナーを特殊召喚。さらにカードガンナーの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札のドッペル・ウォリアーの効果発動。このカードを特殊召喚する」

 

 立て続けに烈震のフィールドにモンスターが召喚される。そのどれもが、和輝がシンクロ召喚によく使うモンスターたちだった。和輝の表情が複雑な色を帯びた。

 

「デッキからカードを三枚墓地に送り、カードガンナー効果発動」

 

 カードガンナーの身体が効果を発動しようとするが。デブリ・ドラゴンによって特殊召喚されたモンスターは効果を無効化されている。カードガンナーは一瞬身震いした後に沈黙した。

 だがこれでいい。効果は無効になっていても、効果の発動はできた。当然、発動に伴って発生するコストも払う。この場合はデッキトップから三枚のカードを墓地に送ること。この墓地肥しこそが烈震の狙いなのだ。

 落ちたカードはローンファイア・ブロッサム、ライトロード・マジシャン-ライラ、召喚僧サモンプリースト。

 だが、烈震はここで終わらなかった。

 

「墓地のボルト・ヘッジホッグの効果発動。己のフィールドにはチューナーモンスター、デブリ・ドラゴンが存在しているため、墓地からこのカードを特殊召喚する」

「四体目……」

 

 苦い表情の和輝。その眼前で、針の代わりにボルトを背中から生やしたハリネズミが現れる。

 

「シンクロ召喚、だね……」

「何が来る!?」

 

 身構える和輝とロキ。烈震はゆっくりと指先でカードを操った。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアー、ボルト・ヘッジホッグに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング」

 

 レベルは8。四つの緑の輪となったデブリ・ドラゴン。その輪をくぐり、それぞれ二つずつ白い光星(こうせい)となった二体のレベル2モンスター。そして、一筋の光の道が走った。

 

「連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン」

 

 光が辺りを照らし、その(とばり)を切り裂き、咆哮とともに現れるドラゴンが一体。

 白銀色の体躯、人に近い細身のフォルム、それでいながらも竜としての誇り高さ、強大さ、神秘さを失わない存在感。その姿には力強さ、畏怖、そして何より美しさを感じさせた。

 

「スターダスト・ドラゴン……。和輝が使っている閃珖竜(せんこうりゅう)スターダストの原型、だね……」

「ああ。効果は相互互換だな。もっとも、スターダスト・ドラゴンのほうが、進化や派生のような専用カードが多いが」

「このカードが俺のデッキのエース、そして切り札だ。まずは天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにドッペル・ウォリアーの効果が発動し、ドッペルトークン二体を特殊召喚。ボルト・ヘッジホッグも自身の効果で除外される。

 悪いが己のシンクロはまだ終わらない。手札から速攻魔法、緊急テレポートを発動。デッキからサイコ・コマンダーを特殊召喚」

 

 烈震のデッキから直接フィールドに現れたのは、巨大な砲身がついたUFOに乗った、軍服を着た宇宙人のようなモンスター。見た目に反して種族はサイキック族なので、緊急テレポートでの特殊召喚は十分可能だ。

 

「二回目のシンクロ召喚……ッ!」

「いや、三回だ。そうだろ烈震?」

 

 ロキの戦慄に、トールが応える。にやりと不敵な笑みを浮かべるトールに対して、烈震は僅かに首を傾げて頷いた。

 

「レベル1のドッペルトークン一号に、レベル3のサイコ・コマンダーをチューニング」

 

 今度はレベル4のシンクロ召喚。先ほどのように、緑の輪と白い光星、そして白い光さす道が走る。

 

「連星集結、音子振幅。シンクロ召喚、出でよ、シンクロチューナー、波動竜フォノン・ドラゴン」

 

 新たに現れたシンクロモンスター。青や金などの極彩色に彩られたドラゴン。頭部に稲妻を思わせる突起があり、妙に細い声で吠える。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。フォノン・ドラゴンの効果は使用しない。よってレベルは4のままだ。

 レベル3のカードガンナーとレベル1のドッペルトークンに、レベル4のフォノン・ドラゴンをチューニング」

 

 三回目のシンクロ召喚。前二回と同じシンクロエフェクトが辺りを照らした。

 

「連星集結、廃棄竜起動。シンクロ召喚、出でよスクラップ・ドラゴン」

 

 三体目のシンクロドラゴン。軋んだ咆哮とともに現れたのは、廃材を組み合わせてできた体躯にトタンの翼、白い蒸気を噴き上げるチューブパイプをたらしたその姿はまさに瓦礫、廃棄物の山から生まれた異形のドラゴン。赤く光る双眸が訴えるのは、怒りか嘆きか。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらに墓地のレベル・スティーラーの効果発動。スクラップ・ドラゴンのレベルを一つ下げ、墓地からこのカードを特殊召喚する」

 

 烈震のフィールド、スクラップ・ドラゴンの傍らに現れたのは、大きなテントウムシ。背中に大きな星印があった。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果発動。己の場のレベル・スティーラーとお前の場の伏せカードを破壊する」

 

 スクラップ・ドラゴンがレベル・スティーラーを砲弾にして砲撃。和輝の足元に増えられたカードに着弾。爆破炎上。炎と土砂の柱を上げた。

 

「く……ッ! 次元幽閉が……ッ!」

「バトルだ。スクラップ・ドラゴンでブラック・マジシャンを攻撃」

 

 攻撃宣言を受け、廃材のドラゴンがゆっくりと身を起こす。

 開かれた口内から放たれたのは鉄片交じりの息吹(ブレス)。ブラック・マジシャンは抵抗できず鋼の奔流に飲み込まれてしまった。

 

「くそ……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックは微々たるものだが、発生した痛みに顔をしかめる和輝。だが真の痛みと驚愕はこの後に来た。

 

「スターダスト・ドラゴンでダイレクトアタック」

 

 がら空きの和輝のフィールドに、星屑の竜が迫る。

 上体をそらし、口内に白い輝きを溜め込んでいく。次の一撃に対して和輝が身構えていると、なんと、攻撃を宣言した烈震が大地を蹴り、和輝に向かって肉薄してきた。

 

「何!?」

「なんで――――」

 

 驚愕の和輝とロキ。彼らの思考を置き去りに、烈震がその巨体に似合わぬスムーズな動きでするりと和輝の懐に入ってきた。

 とっさに胸の宝珠の前で腕をクロスさせ、和輝は防御の姿勢をとった。それが功を奏した。

 

「!」

 

 腕が爆発したのかと思った。

 烈震が放ったのは掌底の一撃。バトルフィールドで身体能力が上昇している現状で受けた一撃は、和輝の身体を後方にふっとばした。

 

「な――――」

 

 和輝は声が出ず、ロキも驚愕の一言を漏らすので精いっぱいだった。

 吹き飛ばされた和輝はそのまま空中で見た。スターダスト・ドラゴンが今にもその口腔に溜め込んだ光を解き放つのを。

 空中では自由な動きがとれない。烈震はそれを見越して和輝をかちあげたのだ。タイミングが狂えば自分もドラゴンの一撃に巻き込まれるのに。

 

「くっそ!」

 

 和輝はそれでも空中で強引に身をひねった。とにかく、攻撃を前に宝珠を晒すのはまずい。

 辛うじて迫る極光に対して背中を向けることには成功した。だが直後の衝撃によって和輝は地面に叩きつけられ、さらに息吹(ブレス)と地面の間に挟まれてしまった。

 

「ぐあああああああああああああああ!」

「和輝!」

 

 ロキの叫びが衝撃と轟音、そして光の迸りにかき消された。

 

「生きてるかい?」

「ぐ……、な、なんとかな」

 

 和輝は衝撃に何とか立ち上がった。ダメージはひどい。ただ立ち上がるだけで軋むような激痛が走った。

 楽しい楽しい楽しいなぁ。このままこいつと戦い続ければ、パパとママのところに行けるぞ?

 怪物の声が聞こえてきた。全力で無視した。

 

「は……」

 

 何とか息を吐く。呼吸は痛みを和らげる。ゆえに、乱してはならない。

 和輝の耳にトールの声が届く。

 

「烈震は自分を高めるために神々の戦争に参加した。文字通りの修行だ。モンスターの攻撃を捌く、防御。そして、自身のモンスターの攻撃範囲、タイミングを見切ったうえで相手の懐に飛び込んで、一撃。ってな具合にな。ずっとそうしてきた。イカスだろ?」

「イカレてるよ……」

 

 和輝は辛うじてて吐き捨てた。烈震はスクラップ・ドラゴンのレベルを下げてレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚し、その後カードを一枚セットしてターンを終えた。

 

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

カードガンナー 地属性 ☆3 機械族:効果

ATK400 DEF400

(1):1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

ボルト・ヘッジホッグ 地属性 ☆2 機械族:効果

ATK800 DEF800

(2):自分メインフェイズに発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果は自分フィールドにチューナーが存在する場合に発動と処理ができる。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

サイコ・コマンダー 地属性 ☆3 サイキック族:チューナー

ATK1400 DEF800

自分フィールド上のサイキック族モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ時に1度だけ、100の倍数のライフポイントを払って発動できる(最大500まで)。このターンのエンドフェイズ時まで、戦闘を行う相手モンスター1体の攻撃力・守備力は払った数値分ダウンする。

 

波動竜フォノン・ドラゴン 闇属性 ☆4 ドラゴン族:シンクロチューナー

ATK1900 DEF800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、1~3までのレベルを宣言して発動できる。このカードのレベルは宣言したレベルになる。この効果を発動したターン、自分はこのカードをシンクロ素材としたシンクロ召喚以外の特殊召喚ができない。自分は「波動竜フォノン・ドラゴン」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。

 

スクラップ・ドラゴン 地属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

レベル・スティーラー 闇属性 ☆1 昆虫族:効果

ATK600 DEF0

(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、アドバンス召喚以外のためにはリリースできない。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル5以上のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

 

スクラップ・ドラゴンレベル8→6

 

 

和輝LP8000→7700→5200手札3枚

烈震LP4600手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ライフ差は一気に縮まった。まだ数値の上では和輝が勝っているが、フィールドの状況は完全に烈震に傾いている。

 手からこぼれ落ちそうな勝負の流れ。これを掴み留めるには――――

 

「打って出るしかないよな! デッキトップからカードを三枚墓地に送り、光の援軍を発動! デッキからライトロード・メイデンミネルバを手札に加える。さらに今手札に加えたミネルバを捨てて、ソーラー・エクスチェンジを発動。カードを二枚ドロー。ソーラー・エクスチェンジとミネルバの効果で、合計三枚のカードをデッキトップから墓地に送る」

 

 和輝は次々に墓地を肥やしていく。落ちたカードはガード・オブ・フレムベル、黒白の魔導師、見習い魔術師、ライトロード・マジシャン-ライラ、ゴブリンのやりくり上手、ブラック・マジシャン・ガールの六枚。

 

「もう少し、肥やすか。ライトロード・アサシン ライデンを召喚」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、褐色の肌をした男。

 上半身は衣服は纏っておらず、マフラーのように濃い青い布を巻き、黒のズボンには白銀の腿当てとすね当て、右手に握っているのはやや歪な形状の黄金の短剣。

 

「ライデンの効果発動。デッキトップから二枚のカードを墓地に送る」

 

 和輝のデッキからさらに二枚のカードが墓地に送られる。落ちたのはギャラクシーサーペントと次元連結術式。

 

「墓地の魔法剣士ネオを除外し、暗黒竜 コラプサーペントを特殊召喚する」

「レベル4チューナーと、レベル4モンスター。お前もシンクロか、それともランク4のエクシーズか?」

 

 烈震が静かに、淡々と問いかける。和輝は不敵な微笑で返した。

 

「勿論、目には目を。シンクロいはシンクロさ。レベル4の暗黒竜 コラプサーペントに同じくレベル4のライトロード・アサシン ライデンをチューニング!」

 

 和輝の右手が天へと掲げられ、その仕草に従うように、彼の二体のモンスターもまた宙を舞った。

 まず、ライデンが緑の光の輪となり、その輪をくぐったコラプサーペントが四つの光星となる。

 次いで、光さす道が走った。

 

「集いし八星(はっせい)が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 光の向こう側から、二重の咆哮が轟いた。

 現れたのは、漆黒の体躯に、やや肥満気な胴体。そして本来の頭部の顔とは別にもう一つ、腹部にも顔を持つ闇の竜。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。コラプサーペントがフィールドから墓地に送られたことで効果発動。デッキから輝白竜(きびゃくりゅう) ワイバースターをサーチ。そして墓地のコラプサーペントを除外して、ワイバースターを特殊召喚。

 バトル! まずはワイバースターでレベル・スティーラーを攻撃!」

 

 一撃目。ワイバースターが口からはなった白い光線がレベル・スティーラーを貫き、その小さな体を蒸発させる。熱風が頬を叩いても、烈震は微動だにしなかった。

 

「次だ。ダークエンド・ドラゴンでスターダスト・ドラゴンを攻撃」

 

 二撃目。ダークエンド・ドラゴンの頭部の口から黒い炎が放たれた。

 炎は枝分かれして我先にとスターダスト・ドラゴンに殺到。その身を捕まえ、飲み込み、焼き尽くした。

 スターダスト・ドラゴンは確かに高い防御力を持つがその攻撃力はレベル8にしては低めだ。ならば戦闘破壊は容易。この後はダークエンド・ドラゴンの効果でスクラップ・ドラゴンを墓地に送れば、脅威は去る。

 そのはずだった。

 

「スターダスト・ドラゴンが破壊されたこの瞬間、伏せていたレベル・レジスト・ウォールを発動する。このカードは己のフィールドのレベル7以上のモンスターが戦闘破壊された時に発動し、デッキから破壊されたモンスターと合計レベルが同じになるよう、モンスターを二体以上特殊召喚できる。己はレベル1のスポーア、レベル3のダンディライオン、そしてレベル4の超電磁タートルを特殊召喚する」

「何!?」

 

 和輝は驚愕に目を見開いた。

 その眼前、新たに現れたのは綿毛に愛らしい大きな目がついたようなモンスターと、たんぽぽの花弁のような(たてがみ)をした二足歩行のライオン、そして放電し、尻尾の先にU型磁石をつけた機械の亀。

 一気に三体のモンスターが展開され、和輝は歯噛みした。

 

「これは……、次のターンのシンクロ召喚は防げそうにないね」

 

 ロキの言葉は真実だ。今の和輝の陣営、手札では、次に来るだろう烈震の大量展開、多重シンクロを防ぐことはできない。

 

「なら、当初の予定通りに動くだけだ。バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2に入る。ここで、ダークエンド・ドラゴンの効果発動。自身の攻守を500下げ、スクラップ・ドラゴンを墓地に送る」

 

 ダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開き、そこから闇そのものが怒涛の奔流となって放出される。闇の奔流は地面を走り、スクラップ・ドラゴンを飲み込み、その闇の奥底へと引きずり込んでしまった。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

光の援軍:通常魔法

自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動できる。デッキからレベル4以下の「ライトロード」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 

ソーラー・エクスチェンジ:通常魔法

手札から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローし、その後自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ライトロード・メイデン ミネルバ 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK800 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「ライトロード」と名のついたモンスターの種類以下のレベルを持つドラゴン族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。このカードが手札・デッキから墓地へ送られた時、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

輝白竜 ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

レベル・レジスト・ウォール:通常罠

(1):自分フィールドのレベル7以上のモンスターが戦闘で破壊され、墓地に送られた時に発動できる。合計レベルが破壊されたモンスターと同じになるように、デッキから2体以上のモンスターを特殊召喚する。

 

スポーア 風属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK400 DEF800

このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の植物族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚し、この効果を発動するために除外したモンスターのレベル分だけこのカードのレベルを上げる。「スポーア」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

 

ダークエンド・ドラゴン攻撃力2600→2100守備力2100→1600

 

 

和輝LP5200手札2枚

烈震LP4600→4500手札2枚

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 ドローカードを一瞥で確認した烈震は、即座に行動に出た。

 

「レベル4の超電磁タートルと、レベル3のダンディライオンに、レベル1のスポーアをチューニング」

 

 都合四回目のシンクロ召喚。先ほどと同じシンクロエフェクトが宙に走り、白い光が辺りを満たした。

 

「連星集結、焔王竜(えんおうりゅう)出陣。シンクロ召喚、吠えろ、レッド・デーモンズ・ドラゴン」

 

 光の向こうから現れたのは、人型に近い、悪魔を思わせるすらりとした体型のドラゴン。赤をメインに、黒で周りを固めた色彩に、力強く広げられた両翼、拳は人間の様に五指で握られ、三本角を誇らしげにさらして大きく吠えた。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。ダンディライオン効果発動。己のフィールドに二体の綿毛トークンが特殊召喚される」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンの傍らに、勇ましげな表情をした漫画チックな二体の綿毛が現れる。これもまた、烈震の次なる展開のための一手だ。

 パートナーの頼もしさに笑うトールを背後に置いて、烈震はさらに言葉を重ね、カードを操る。

 

「墓地のスポーアの効果発動。墓地のローンファイア・ブロッサムをゲームから序除外し、スポーア(このカード)を特殊召喚する。この際、スポーアのレベルは除外したローンファイア・ブロッサムのレベル分アップするので、レベルは4となる」

「合計レベルは、6か」

 

 ロキの声が和輝の背中に聞こえる。和輝は苦い表情だった。

 

「レベル1の綿毛トークン二体に、レベル4となったスポーアをチューニング」

 

 二つの光星が光さす道となり、新たなモンスターを紡ぎだす。

 

「連星集結、東洋竜結実。シンクロ召喚、出でよオリエント・ドラゴン」

 

 光の向こうから、咆哮とともに青白い炎が放たれる。炎はダークエンド・ドラゴンを直撃、その身体を焼き尽くした。

 

「な、なに!?」

 

 ロキの驚愕に応えるように、それを成したモンスターが現れる。

 それは、東洋の龍によく似ていた。ただし、東洋の龍には珍しく、足が生えており、背には猛禽類を思わせる翼をはやしていた。

 

「オリエント・ドラゴンはシンクロ召喚成功時、相手シンクロモンスターを一体除外する。カードの知識を仕入れようぜ?」

 

 トールがにやりと笑って説明する。ロキはぐっと言葉を詰まらせた。

 

「トールの説明があったので。次に行こう。ジャンク・シンクロンを召喚。効果で墓地からスポーアを特殊召喚。レベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札からTG(テックジーナス) ワーウルフを特殊召喚する」

 

 現れたのはまたも和輝もよく使っているチューナーモンスター。オレンジの耐火服のようなスーツに身を包み、背中にエンジンを背負って降り立つ、ちょっとコミカルなモンスター。その手が烈震の墓地に突っ込まれ、今二回ほどシンクロ素材になったスポーアを引っ張り上げた。さらにスポーアの傍らに現れたのは、体の各所――特に左腕を重点的に――機械化した人狼(ワーウルフ)。瞬く間にシンクロ素材が揃った。

 

「レベル3のTG ワーウルフに、レベル1のスポーアをチューニング。――――連星集結、魔剣士出現。シンクロ召喚、出でよ魔界闘士バルムンク」

 

 現れるのは鎧状の黒い皮膚にマント姿、剣を備えた剣士。赤く光る眼光が鋭い。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにレベル4のバルムンクに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 烈震は止まらない。シンクロモンスターさえも踏み台にした連続召喚。光のさす道が新たなモンスターを導く。

 

「連星集結、色即是空。シンクロ召喚、出でよクリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 シンクロドラゴンが風を切って夜の自然公園に出現する。

 透き通った青い結晶のような背翼と尾翼に白と黒のストライプカラー、長い尻尾を鞭のようにしならせて烈震のフィールドに現れた。

 

「ドラゴンが、三体か……ッ!」

「やりがいがあるじゃねぇか」

 

 不敵に笑う和輝。だが不利は否めない。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。バトルだ。クリアウィング・シンクロ・ドラゴンでワイバースターに攻撃」

 

 攻撃宣言が下される。クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの全身が淡い緑に輝き、そのまま突撃(チャージ)。猛烈にして無慈悲な一撃が叩き込まれ、ワイバースターは抵抗もできず消滅した。

 

「まだだ! ワイバースターの効果で、デッキから二枚目のコラプサーペントをサーチ!」

「オリエント・ドラゴンでダイレクトアタック」

 

 追撃は容赦ない。がら空きになったフィールドに、和輝めがけて放とうと、オリエント・ドラゴンが口内に青白い炎を溜め込んだ。

 同時に烈震も動きだしていた。先ほどと同じく、まず和輝の動きから自由を奪ったうえで、モンスターの攻撃を当てようというのだ。

 だが――――

 

「ぬ?」

 

 烈震が訝しげに眉を寄せた。その身体が疾走の途中で不自然に停止していた。

 見ればオリエント・ドラゴンも同じだ。今にも口内の炎を放とうとしているところで、動きを止めていた。

 種明かしは単純。和輝が今、手札から発動したカードの効果だ。

 

「……手札のバトルフェーダーの効果発動。バトルフェイズを終了し、このカードを守備表示で特殊召喚する」

 

 カチコチと、規則正しいリズムで左右に揺れるメトロノームを悪魔化したようなモンスター。それが和輝のフィールドに現れ、全ての攻撃を止めていたのだった。

 

「なるほどな。ならばメインフェイズ2、カードを三枚セットする。これでターン―――――」

「まった。お前のエンドフェイズ、俺は伏せいてたトゥルース・リインフォースを発動する。デッキから、ドッペル・ウォリアーを守備表示で特殊召喚する」

 

 和輝も負けない。次の反撃に対する手はずを整えるとばかりに、伏せカードを翻した。

 烈震はにやりと笑った。楽しそうに。ここで終わるはずがないよなと、そう期待を込めるかのように。

 

「面白い。改めて、ターンエンドだ」

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

オリエント・ドラゴン 風属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2300 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のシンクロモンスター1体を選択してゲームから除外する。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

TG ワーウルフ 地属性 ☆3 獣戦士族:効果

ATK1200 DEF0

レベル4以下のモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、自分のデッキから「TG ワーウルフ」以外の「TG」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

魔界闘士バルムンク 闇属性 ☆4 戦士族:シンクロ

ATK2100 DEF800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地からこのカード以外のレベル4以下のモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン 風属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、このカード以外のフィールドのレベル5以上のモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスター1体のみを対象とするモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(3):このカードの効果でモンスターを破壊した場合、このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカードの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

 

和輝LP5200→4400手札2枚(うち1枚は暗黒竜 コラプサーペント)

烈震LP4500手札2枚

 

 

 この相手は強いと、ロキは思った。

 もともとトールが選んだ相手だ、いままでよりも苦戦は必至と思っていたが、想像以上だった。

 シンクロ召喚を自在に使いこなし、数多の竜を従えるのは脅威だ。

 しかし、それでも。自分のパートナーはこの程度で折れない。神の圧力に真っ向から対峙するのだ。高々ドラゴン三匹、なにすることでもない。

 

(でしょ? 和輝)

 

 ロキは反撃の準備を虎視眈々と整えるパートナーに、心の中でそう問いかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:反撃開始

 夜の自然公園。

 昼間は周辺住民の憩いの場として人々に愛される場所であったが、さすがに夜になると人気(ひとけ)も途絶える。

 そんな、本来は無人でもおかしくない公園。だが本来ならあってもいいはずの虫の気配さえない。

 現実空間とは位相の違う、神々の戦争のバトルフィールド。烈震(れっしん)が率いる三体のドラゴンを前に、和輝(かずき)が考えるのはどうやって攻略してやろうか、ということだ。

 神々の戦争(デュエル)はまだ続く。

 

 

和輝LP4400手札2枚(うち1枚は暗黒竜 コラプサーペント)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 バトルフェーダー(守備表示)、ドッペル・ウォリアー(守備表示)

伏せ 0枚

 

烈震LP4500手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 レッド・デーモンズ・ドラゴン(攻撃表示)、オリエント・ドラゴン(攻撃表示)、クリアウィング・シンクロ・ドラゴン(攻撃表示)、永続魔法:天輪(てんりん)の鐘楼

伏せ 3枚

 

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

オリエント・ドラゴン 風属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2300 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のシンクロモンスター1体を選択してゲームから除外する。

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン 風属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、このカード以外のフィールドのレベル5以上のモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスター1体のみを対象とするモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(3):このカードの効果でモンスターを破壊した場合、このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカードの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ターンは烈震から和輝に移る。ドローカードを一瞥で確認後、そのカードを手札に加える。

 和輝の傍ら、半透明のロキが言う。

 

「敵は強大。どうする? 守る? それとも、反撃する?」

「当然反撃だ。ジャンク・シンクロンを召喚。効果で墓地からガード・オブ・フレムベルを特殊召喚する」

 

 先ほど烈震も使った、オレンジの耐火服を着こんだ頭身の低い戦士族モンスターが出現。和輝の墓地に手を突っ込み、炎とその炎でさえも焼き尽くせない硬い表皮を持ったドラゴン、即ちガード・オブ・フレムベルを引っ張り上げた。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。緑の光る輪となったジャンク・シンクロン。その輪をくぐり、ドッペル・ウォリアーが二つの白い光星(こうせい)となる。

 その光星を貫く、光り輝く道。新たなシンクロモンスターを呼び出す道標。

 

「集いし五星(ごせい)が、癒しの(すべ)持つ自動人形(オートマタ)を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、出でよマジカル・アンドロイド!」

 

 光の(とばり)をかき分けて現れたのは、攻撃ではなく、癒しの術を持ったアンドロイド。だがまだ和輝のフィールドにはモンスターが、チューナーと、非チューナーが存在している。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにドッペル・ウォリアーの効果で、俺のフィールドに二体のドッペルトークンが特殊召喚される。

 まだいくぞ。レベル1のバトルフェーダーに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 二度目のシンクロ召喚。先ほどの焼廻しのように、天に光の道が描きだされた。

 

「集いし二星(にせい)が、新たな地平の導き手を紡ぎだす! シンクロ召喚、駆けろ、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 光の向こうからF1カーに手足と頭をつけたような、玩具のようなシンクロチューナーが現れる。勿論、このシンクロチューナーもまた、次なる布石だ。

 

「天輪の鐘楼とフォーミュラ・シンクロンの効果で、二枚ドロー! まだだ! レベル1のドッペルトークン二体に、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング! ――――集いし四星(よんせい)が、魔界の轟く剣士を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、出でよ魔界闘士 バルムンク!」

 

 和輝がシンクロ召喚したのは、先ほど烈震も召喚した黒い剣士。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー」

「確かに、(オレ)のお株を奪うような三連続シンクロは見事だが、それでどうするつもりだ? 今並べたモンスターだけでは、せいぜいオリエント・ドラゴンを倒すのが関の山だぞ」

 

 確かに烈震の言うことは的を射ていた。今の和輝のモンスターでは反撃には程遠い。

 しかし和輝は笑う。堂々と、不敵に。それが相手に伝わるように。

 

「慌てるなよ。今まではお前に合わせてシンクロばかりだったが、俺のデッキはシンクロ特化ってわけじゃないんでね。こんなギミックもあるのさ。手札のコラプサーペントを捨てて、速攻魔法、超融合発動! 俺の場のバルムンクと、お前の場のクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを融合!」

「何!?」

「そう来たか!」

 

 このデュエル初めて、烈震とトールの表情に驚愕が浮かぶ。和輝と烈震のフィールドの、ちょうど中間地点の空間が歪み、渦を作る。その渦に、バルムンクとクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが吸い込まれた。

 

「魔界に轟く剣士よ、美しき翼の竜よ。今一つとなって波動の竜騎士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!」

 

 渦の中から、新たなモンスターが現れる。

 金縁の青い鎧、広げられた両翼、大地を打ち据える赤い尻尾、肩に担ぐように構えた突撃槍(ランス)。威風堂々とした姿の竜人型の騎士。

 

「やってくれたな」

「このくらいはな。ここからが反撃だ。ドラゴエクィテスの効果を発動する。お前の墓地のスクラップ・ドラゴンを除外し、その効果を得る」

 

 ドラゴエクィテスは墓地のシンクロドラゴンをゲームから除外することで、ターン終了までその効果を使用できる。この除外するドラゴン族は相手の墓地でもいいので、場合にもよるが相手の戦力を削ぐこともできる。

 だが和輝よりも先に烈震が動いた。

 

「ならば、その効果発動にチェーン。伏せていたリビングデッドの呼び声を発動。この効果で墓地からスターダスト・ドラゴンを特殊召喚する」

 

 烈震の足元に伏せられた三枚のカードのうち、一枚が翻る。直後、光の粒をまき散らしながら、墓地から星の輝きを秘めた竜が復活する。

 

「?」

 

 訝しげな顔をする和輝。和輝がドラゴエクィテスの効果に選択したのはスターダスト・ドラゴンではなく、スクラップ・ドラゴンだ。リビングデッドの呼び声で復活させるなら、スターダスト・ドラゴンではなくスクラップ・ドラゴンではないのか?

 

(どちらにしろ、スクラップ・ドラゴンの効果は発動できないな。してもスターダスト・ドラゴンで防がれる)

 

 まぁいいと、和輝は思考を切り替えた。できればバックの一枚でも割っておきたかったが、叶わないなら仕方がない。

 

「俺は墓地の黒白の魔導師の効果発動。このカードをゲームから除外することで、俺は手札か墓地のバスター・ブレイダーかブラック・マジシャンを特殊召喚できる。俺は、墓地のブラック・マジシャンを特殊召喚する」

 

 和輝の墓地から華麗に復活を遂げる黒衣の魔法使い(ブラック・マジシャン)。これで和輝の戦力(モンスター)は烈震を上回った。

 レッド・デーモンズ・ドラゴンには波動竜騎士ドラゴエクィテスが。オリエント・ドラゴンにはマジカル・アンドロイドかブラック・マジシャン。残るモンスターでダイレクトアタックまでこなせる。

 

「見事にモンスターを揃えたな。だがそれでも、己の墓地にあるモンスターについては分かっているはずだ」

 

 そう、烈震は前のターンで超電磁タートルを墓地に送っている。このカードは墓地にある時、一度だけだが相手バトルフェイズにゲームから除外することでそのバトルフェイズを強制終了させる。

 

「それでも、お前の盾を一枚剥がせる。ドラゴエクィテスでレッド・デーモンズ・ドラゴンに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、波動竜騎士が手にした突撃槍を構えて突撃(チャージ)。攻撃力で劣るレッド・デーモンズ・ドラゴンはこのまま烈震が何もしなければ破壊されるのを待つだけだ。

 何もしなければ、だが。

 

「墓地の超電磁タートルの効果発動。このカードをゲームから除外し、バトルフェイズを終了させる」

 

 ドラゴエクィテスの一撃は、突如発生した高磁圧の壁に阻まれてレッド・デーモンズ・ドラゴンまで届かない。

 

「カードを二枚セット、エンドフェイズに、マジカル・アンドロイドの効果で600ライフを回復する。ターンエンドだ」

 

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

マジカル・アンドロイド 光属性 ☆5 サイキック族:効果

ATK2400 DEF1700

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分のエンドフェイズ時、自分フィールド上のサイキック族モンスター1体につき、自分は600ライフポイント回復する。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

魔界闘士バルムンク 闇属性 ☆4 戦士族:シンクロ

ATK2100 DEF800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地からこのカード以外のレベル4以下のモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

超融合:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。自分・相手フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

波動竜騎士 ドラゴエクィテス 風属性 ☆10 ドラゴン族:融合

ATK3200 DEF2000

ドラゴン族シンクロモンスター+戦士族モンスター

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズ時までそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る事ができる。また、このカードがフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手のカードの効果によって発生する自分への効果ダメージは代わりに相手が受ける。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

黒白の魔導師 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1700 DEF1600

(1):墓地のこのカードをゲームから除外し、自分の手札、または墓地から「ブラック・マジシャン」、または「バスター・ブレイダー」1体を選択して発動できる。選択したモンスターを特殊召喚する。(2):手札のこのカードを墓地に捨てて発動できる。フィールドの魔力カウンターを乗せることができるカードの上に、魔力カウンターを2つ乗せる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

 

和輝LP4400→5000手札2枚

烈震LP4500手札2枚

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 確認したドローカードを手札に加え、烈震は即座に動いた。その心は高揚し、戦いに猛っていたが、表情はあくまで湖面のように静かだった。彼の内心を推し量れたのは、パートナーであるトールだけだ。

 

「クレボンスを召喚する」

 

 新たに召喚されたのはレベル2チューナーのサイキック族。効果は防御に秀でているが、今烈震はこのモンスターに効果の発動を求めて華なかった。

 

「レベル6のオリエント・ドラゴンに、レベル2のクレボンスをチューニング」

 

 己の道を行くとばかりに、烈震はシンクロ召喚を繰り返す。緑の光の輪となったクレボンス。その輪をくぐり、オリエント・ドラゴンが六つの光星となり、一列に並び、その並びを光の道が貫いた。

 

「連星集結、黒羽現出。シンクロ召喚、はばたけ、ブラックフェザー・ドラゴン」

 

 現れる新たなドラゴン。赤と黒の翼に、黄色い嘴は、ドラゴンでありながら鳥獣の特徴も持っていた。甲高い鳴き声も、ドラゴンの威圧感よりも鳥類の軽快さを思わせる。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。バトルだ。スターダスト・ドラゴンでドラゴエクィテスを攻撃」

「攻撃力の低いスターダストで攻撃、自爆特攻!?」

「いや、あいつの墓地にはスキル・サクセサーのカードがある。ここで使う気だ!」

 

 ロキの驚愕を、和輝の解説がフォロー。その眼前で、スターダスト・ドラゴンが上体をそらし、口内に白い光を溜め込んだ。

 和輝は一瞬、ピクリと指を動かした。デュエルディスクを操作して、伏せてあるカードの一枚を発動しようかどうか迷ったのだ。

 伏せてあるのは聖なるバリア-ミラーフォース-。だがここで発動しても、スターダスト・ドラゴンの効果で無力化される。攻撃手であるスターダスト・ドラゴンが消えても、墓地のスキル・サクセサーは使われずに残っている。結局ほかのモンスターに攻撃されて結果は変わらない。

 ならば使わず、温存しておくべきと考え、和輝はスターダスト・ドラゴンの攻撃を見送った。

 

「行きな烈震! お前の相棒に力を与えてやれ!」

「当然だ。ダメージステップに、墓地のスキル・サクセサーの効果発動。このカードをゲームから除外し、スターダスト・ドラゴンの攻撃力を800アップさせる」

 

 スターダスト・ドラゴンの息吹(ブレス)が勢いを増し、和輝のドラゴエクィテスを直撃。槍も鎧もひっくるめて粉砕した。

 

「くそ! わかっちゃいたけど、厳しいな!」

「厳しい? それは、これからだ。リバースカード、バスター・モード発動。スターダスト・ドラゴンをリリースし、デッキからスターダスト・ドラゴン(スラッシュ)バスターを特殊召喚する」

「な――――」

 

 絶句する和輝。同時に、なぜリビングデッドの呼び声でスクラップ・ドラゴンではなくスターダスト・ドラゴンを特殊召喚したのか、その理由もわかった。このためだ。

 和輝の眼前で、スターダスト・ドラゴンが進化する。

 全体的な印象は、蒼銀の鎧を纏ったスターダスト・ドラゴン、だろうか。全体的にフォルムが一回り大きくなり、翼や胴体部に硬質感が出て、爪も鋭さが増している。

 見た目の凶悪さもさることながら、なりより強力なのはその圧倒的なフィールド征圧力。和輝は「やばい!」と血相を変え、気圧されるように二歩ほど後ろに下がった。

 

「バトルフェイズはまだ続いている。スターダスト・バスターでブラック・マジシャンを攻撃」

 

 烈震に容赦はない。進化したスターダスト・ドラゴンが口内に再び白い極光を溜め込む。

 和輝は苦い表情で、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバーストラップ発動! 聖なるバリア-ミラーフォース-!」

 

 和輝の足元にあるカードが一枚、翻った。直後、彼の眼前に虹色のバリアが出現、スターダスト・バスターの攻撃がこのバリアに当たれば、攻撃は反転、烈震の陣営を襲う。

 だが、

 

「スターダスト・バスターの効果発動。自身をリリースし、ミラーフォースを無効化する」

 

 次の瞬間、今にも攻撃に移ろうとしていたスターダスト・バスターの姿が白い光の粒子となって消える。ほぼ同時、和輝が発動したミラーフォースもまるで発動自体がなかったかのように消滅した。

 

「ミラーフォース、無駄撃ちになっちゃったね」

「仕方がない。ここで一時的でもスターダスト・バスターに退場してもらわないと、守り手が足りなくなってジリ貧だ。一回地獄をくぐることもできなくなる(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 和輝の苦い表情は変わらない。何しろ、烈震のフィールドにはまだ二体のドラゴンが控えているのだ。

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴンでマジカル・アンドロイドを、ブラックフェザー・ドラゴンでブラック・マジシャンを攻撃」

「行っちまえ!」

 

 泰然とし、声を荒げない烈震と対になるように、トールが声を限りに吠える。

 レッド・デーモンズ・ドラゴンの炎の拳がマジカル・アンドロイドを粉砕し、ブラックフェザー・ドラゴンが放った赤と黒の息吹(ブレス)がブラック・マジシャンを消し飛ばす。

 

「く……ッ! こんなことなら、最初のスターダスト・ドラゴンの攻撃の時にミラフォを打っておけばよかったかな」

「ここは相手のキラーカードを引きずり出せたことでよしとしておこうよ」

「エンドフェイズ、スターダスト・バスターは己のフィールドに舞い戻る。己はこれでターンエンドだ」

 

 

クレボンス 闇属性 ☆2 サイキック族:チューナー

ATK1200 DEF400

このカードが攻撃対象に選択された時、800ライフポイントを払って発動できる。その攻撃を無効にする。

 

ブラックフェザー・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2800 DEF1600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分がカードの効果によってダメージを受ける場合、代わりにこのカードに黒羽カウンターを1つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている黒羽カウンターの数×700ポイントダウンする。また、1ターンに1度、このカードに乗っている黒羽カウンターを全て取り除く事で、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、その攻撃力を取り除いた黒羽カウンターの数×700ポイントダウンし、ダウンした数値分のダメージを相手ライフに与える。

 

スキル・サクセサー:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。

 

バスター・モード:通常罠

自分フィールド上のシンクロモンスター1体をリリースして発動できる。リリースしたシンクロモンスターのカード名が含まれる「/バスター」と名のついたモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

スターダスト・ドラゴン/バスター 風属性 ☆10 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。「バスター・モード」の効果及びこのカードの効果でのみ特殊召喚する事ができる。魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する事ができる。

 

聖なるバリア-ミラーフォース-:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 

 

和輝LP5000→4900→4300→4000手札2枚

烈震LP4500手札3枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 ドローカードを確認した和輝は、そのカードを手札に加え、フィールド、墓地、手札に目をやった。

 烈震のフィールドには三体のドラゴン。先ほどより総攻撃力が上がっており、加えてスターダスト・ドラゴン/バスターの制圧力は厄介極まりない。

 

「やっぱ、一回地獄をくぐんなきゃダメだな。俺はカードとモンスターを一枚ずつセットして、ターンエンドだ!」

 

 

「己のターン、ドロー」

 

 守りを固めた和輝。烈震は一瞬、ちらりと和輝を見据えた。正確にはその眼を。

 諦めのない瞳。力のこもった眼差しを返してきた。

 

「――――――」

 

 我知らず、口角をわずかに吊り上げる微笑を作っていた。

 なかなかに手堅い。巨大なドラゴンで攻めても、なお防ぎ、凌ぎ、それでいながら反撃の機会を虎視眈々と狙っている。

 得難い相手だと、そう思う。かつて戦った参加者はこの時点で戦意が萎えていた。そんな相手とは拳を交わし合う価値すらない。

 この男に勝利すれば、自分はまた、一つ上の段階に達することができるのか――――。

 

「おーい烈震。楽しいのは分かるが、思索よりもデュエルに集中してくれ」

 

 トールの声に、微笑は苦笑に変わった。そうだった。今考えるべきは、この相手をいかにして倒すか、だ。

 

(できれば、己の技術も磨きたいな)

 

 ダイレクトアタックを受けるも仕掛けるも、修行になる。だからこそ、烈火のごとき怒涛の攻めを行うのだ。

 

「カードを一枚伏せ、ドラゴラド召喚。効果で墓地からラブラドライドラゴンを特殊召喚する」

 

 苦も無くチューナーと非チューナーのドラゴンが揃う。今度はレベル10、大型の中でも一際でかい(、、、)のがくる。

 

「レベル4のドラゴラドに、レベル6のラブラドライ・ドラゴンをチューニング」

 

 緑の光の輪となったラブラドライドラゴン。その輪をくぐり、白い四つの光星となったドラゴラド。シンクロエフェクトが走り、光の一本道が紡ぎだされる。

 

「連星集結、三槍竜爆誕。シンクロ召喚、蹂躙せよ、トライデント・ドラギオン!」

 

 現れたのは、トライデントの名の通り、三つ首を持つ巨竜。

 真紅の体躯、広げられた巨大な翼、凶悪な面構え。どれをとっても脅威以外の何物でもない。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。トライデント・ドラギオン効果発動。今伏せたカードを破壊する。これにより、トライデント・ドラギオンはこのターン、二回攻撃が可能となった」

 

 攻撃力3000の二回攻撃、同じく攻撃力3000の単体攻撃二回に攻撃力2800の一撃。どれをとっても強力極まりなく、たとえライフが初期値の8000あっても削り取る威力だ。

 

「バトルだ。レッド・デーモンズ・ドラゴンで守備モンスターを攻撃」

 

 烈震の宣言を受けて、レッド・デーモンズ・ドラゴンが燃え盛る右拳を振り下ろした。

 轟音と熱波が辺りを走り、自然公園の木々のうち何本かが余波で薙ぎ倒され、いくつかが枝を揺らし、葉を散らせた。

 

「く……ッ! 破壊されたのはダンディライオン! 効果で綿毛トークン二体を守備表示で特殊召喚する!」

「させん。スターダスト・バスターの効果発動。自身をリリースし、ダンディライオンの効果を無効にする」

 

 スターダスト・バスターの姿が先ほどと同じように、白い光の粒子となって消えていく。同時に、和輝のフィールドに誕生しかかっていた綿毛トークンたちの姿がどんどん薄れていった。

 

「そう簡単に行かせるか! カウンタートラップ、威風堂々発動! スターダスト・バスターの効果を無効にする!」

 

 和輝に足元に伏せられた二枚のうち一枚が勢いよく翻る。

 威風堂々はバトルフェイズ中のモンスター効果を無効にし、そのモンスターを破壊できる。

 これにより、スターダスト・バスターを破壊、ひとまず厄介な制圧力を取り除こうという案弾だ。

 だが――――

 

「甘い。カウンタートラップ、魔宮の賄賂。お前にカードを一枚ドローさせる代わりに、威風堂々を無効にし、破壊する」

「な!?」

 

 烈震に足元に伏せられていたカードが翻り、次の瞬間、今にも効果を発揮しようとしていた威風堂々のカードから色が消えうせモノクロになり、硝子が砕け散るような音を立てて破壊された。

 

「さっきのターン、ミラフォに対して発動できたのに……」

「あの時は俺を仕留めきれなかったからな。野郎、温存してやがったわけだ! スターダスト・バスターの効果も、カウンタートラップには無力だから、それ用にな!」

 

 これで威風堂々の効果は消失、結果としてスターダスト・バスターの効果が適用され、ダンディライオンの効果が無効化。綿毛トークンは和輝のフィールドに現れることなく消えていってしまった。

 

「守りが崩れたな、岡崎(おかざき)

「一気に行っちまおうぜ!」

 

 攻めてが大きくなる烈震と、血気にはやるトール。

 

「ブラックフェザー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 モンスターのいなくなった和輝のフィールドを蹂躙すべく、烈震のドラゴンたちが動きだす。

 ブラックフェザー・ドラゴンがその嘴を大きく開き、放たんとするのは赤と黒が混ざり合った旋風の衝撃波。同時に烈震も地を蹴った。

 狙いはもちろん和輝自身。和輝の動きを制限し、モンスターの攻撃を確実い当てるために距離を詰める。

 だが、

 

「おおおおおおおおおおおおお!」

「!?」

 

 距離を詰めてきたのは烈震だけではなかった。和輝もまた、自ら地を蹴り、烈震に向かって肉薄していた。

 

「だらああああああああああああ!」

 

 姿勢を低くしたタックル。だが烈震の足腰は大地に根が張ったかのようにびくともしない。逆に和輝は服の背中を掴まれ引き剥がされ、投げられてしまった。片腕一本で、だ。バトルフィールドで身体能力が向上しているとはいえ、信じられない膂力だった。

 

「くっそがぁ!」

 

 だが和輝の気迫が己を救った。がむしゃらに伸ばされた指が烈震の服の裾をひっかけた。

 

「!?」

 

 予期せぬ力のベクトルに、さしもの烈震もバランスを崩した。

 もんどりうって倒れる二人。

 

「く――――!」

 

 烈震は舌打ちをこらえながらも思念の命令を飛ばす。このデュエルにおいて、プレイヤーの意思はモンスターの行動に反映される。今にも攻撃しようとしていたブラックフェザー・ドラゴンは首をひねり、狙いを修正。放たれた黒赤の一撃は和輝と烈震ではなく、周囲の木々と地面を薙ぎ倒し、自然公園中心付近にあった噴水を吹き飛ばした。

 

「だ、ダメージは負ったが、ただじゃ転ばねぇ! リバースカードオープン! ダメージ・コンデンサー! 手札を一枚捨て、デッキからナイトエンド・ソーサラーを特殊召喚!」

 

 地面に倒れたままの、和輝が発動させた伏せカードが翻る。

 同時、彼のデッキから飛び出してきたのは、一体の魔法使い。

 ボロボロのマント、歪な大鎌、兎のように長い耳をはやした、男とも、女とも見れる中性的な獣人モンスター。

 

「ナイトエンド・ソーサラーの効果発動。お前の墓地にあるスターダスト・ドラゴン/バスターと、レベル・スティーラーを除外! さらにコストとして捨てたのは代償の宝札。その効果でカードを二枚ドロー!」

「ッ! 己のスターダスト・バスターの蘇生を封じ、さらにコストを利用してのドローとは。抜け目がないな……ッ! だが、己の場にはまだ二回攻撃可能なトライデント・ドラギオンが存在している。この一撃、耐えられるか!?」

 

 跳躍で距離を離した烈震が攻撃命令を下す。まだ立ち上がり切っていない和輝に、躱す手段はない。

 トライデント・ドラギオンが満を持して動きだす。

 三つの口蓋が開かれ、紅蓮の炎が蓄えられた。

 放たれる三重螺旋。炎の熱気を帯びた風が和輝の髪を揺さぶった。

 

「守らせてもらうぜ! 手札の虹クリボーの効果発動! このカードをトライデント・ドラギオンに装備し、攻撃を封じる!」

 和輝はトライデント・ドラギオンに背中を向けたまま、手札からカードを一枚デュエルディスクにセットした。

 三重炎は突如として大量に現れた虹クリボーが作りだした壁によって阻まれた。炎を浴びた虹クリボーたちは連続爆発。爆音はやがて虹色の光に変わり、柔らかいシャワーのように辺りに降り注いだ。

 

「防いだか。さすがだ。己はメインフェイズ2に、アドバンスドローを発動。トライデント・ドラギオンをリリースし、カードを二枚ドロー。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

ドラゴラド 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1300 DEF1900

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力1000以下の通常モンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。1ターンに1度、自分フィールド上のドラゴン族モンスター1体をリリースし、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルは8になり、攻撃力は800ポイントアップする。

 

ラブラドライドラゴン 闇属性 ☆6 ドラゴン族:チューナー

ATK0 DEF2400

 

トライデント・ドラギオン 炎属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2800

ドラゴン族チューナー+チューナー以外のドラゴン族モンスター1体以上

このカードはシンクロ召喚でしか特殊召喚できない。このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカード以外の自分フィールド上のカードを2枚まで選択して破壊できる。このターン、このカードは通常の攻撃に加えて、この効果で破壊したカードの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

 

威風堂々:カウンター罠

バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。相手が発動した効果モンスターの効果を無効にし破壊する。

 

魔宮の賄賂:カウンター罠

相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

ナイトエンド・ソーサラー 闇属性 ☆2 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF400

このカードが特殊召喚に成功した時、相手の墓地に存在するカードを2枚までゲームから除外する事ができる。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

「虹クリボー」の以下の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつ発動できる。

●相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。この効果でこのカードを装備しているモンスターは攻撃できない。

●相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

和輝LP4000→1200手札2枚

烈震LP4500手札3枚

 

 

「やってくれたな。見事にスターダスト・バスターを除去された。これなら、威風堂々で破壊された方がマシだったか」

 

 ため息交じりの烈震の言葉は、純粋な賞賛だった。威風堂々は囮。本命はダメージ・コンデンサーから呼び出すナイトエンド・ソーサラーの効果。除外されてはスターダスト・バスターはもう再利用できない。しようがない。

 

「うまくいったが、一回ダイレクトアタックっつー地獄をくぐらないといけないのが難点だったな」

「ゆえに、己の意表をつくため、あえて自分から向かっていったか」

「偶然の助けがなかったら返り討ちだったよ」

 

 二度も三度もうまくいかないと暗に告げる和輝。それが分かっているなら上々だと、烈震も微笑を浮かべた。自らが強敵と見定めたのだから、これくらいの力量判断はしてもらいたい。

 

「楽しみにしているぞ、岡崎。お前の反撃を」

「ああ。期待してな」

 

 にやりと和輝は笑う。ドラゴンの猛攻は凌ぎ切ったのだ。反撃の刃を届かせるとすれば、ここからだ。

 だから和輝は一度息を吸い、そして言った。

 

「お楽しみは、ここからだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:迅雷の闘神

 唸り声をあげるドラゴンの群。

 和輝(かずき)が対峙する烈震(れっしん)(しもべ)たちだ。

 手強い相手だ。だが今は反撃の“流れ”だ。ならば、臆することなく、立ち向かうだけだ。

 

和輝LP1200手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ナイトエンド・ソーサラー(守備表示)

伏せ 0枚

 

烈震LP4500手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 レッド・デーモンズ・ドラゴン(攻撃表示)、ブラックフェザー・ドラゴン(攻撃表示)、永続魔法:天輪の鐘楼、永続罠:リビングデッドの呼び声(対象:なし)

伏せ 1枚

 

 

ナイトエンド・ソーサラー 闇属性 ☆2 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF400

このカードが特殊召喚に成功した時、相手の墓地に存在するカードを2枚までゲームから除外する事ができる。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

ブラックフェザー・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2800 DEF1600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分がカードの効果によってダメージを受ける場合、代わりにこのカードに黒羽カウンターを1つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている黒羽カウンターの数×700ポイントダウンする。また、1ターンに1度、このカードに乗っている黒羽カウンターを全て取り除く事で、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、その攻撃力を取り除いた黒羽カウンターの数×700ポイントダウンし、ダウンした数値分のダメージを相手ライフに与える。

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローし、引き寄せたのは貪欲な壺。即座に発動し、墓地のマジカル・アンドロイド、バルムンク、ドラゴエクィテス、ジャンク・シンクロン、フォーミュラ・シンクロンをデッキに戻して二枚ドロー。そして、ドローカードを確認後、にやりと口端を吊り上げた。

 

「よっし来た! 墓地のワイバースターとコラプサーペントを除外し、カオス・ソーサラーを特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、黒いローブで身を包み、両腕に紫色のオーラを炎のように揺らめかせた男性の魔術師。

 

「反撃の狼煙(のろし)か、確かに、ふさわしいモンスターを引いてきたようだな……ッ!」

「引き込む力が強いな。ロキがパートナーに選ぶだけのことはあるぜ」

 

 目を軽く見開き、驚きを表現する烈震と僅かな戦慄をにじませるトール。一人と一柱に相対する和輝はさらに突き進む。

 

「カオス・ソーサラーの効果発動。レッド・デーモンズ・ドラゴンを除外する」

 

 和輝の命令が下り、カオス・ソーサラーが手にした両手の紫色のオーラを放出。炎のような揺らめく光はそのまま霧のように爆発的に広がり、意志ある物のごとく蠢き、揺らぎ、レッド・デーモンズ・ドラゴンを捕獲、焼き尽くした。

 

「これで、残るはブラックフェザー・ドラゴンのみ! 俺は、レベル6のカオス・ソーサラーに、レベル2のナイトエンド・ソーサラーをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。

 二つの緑の光の輪となったナイトエンド・ソーサラーと、その輪をくぐって六つの白い光星となったカオス・ソーサラー。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 一筋の光の道が攻勢を貫き、新たなモンスターを呼び出す(しるべ)となる。

 現れたのは、烈震が操っていたスターダスト・ドラゴンに酷似したモンスター。相違点は、オリジナルにはないラインが体に入っていることくらいか。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらに俺は、召喚僧サモンプリーストを召喚する」

 

 追加で召喚されたのは、紫のローブで身を包んだろう魔術師。ぶつぶつと呪文を唱える姿は厳格で老練な僧侶の風情。

 

「サモンプリーストの効果発動。手札の融合を捨てて、デッキからE・HERO(エレメンタルヒーロー) プリズマーを特殊召喚」

 

 現れたのは鏡のような体をしたヒーローモンスター。もっとも、今は攻撃に労力を割くわけではない。

 

「プリズマーの効果発動。エクストラデッキの融合モンスター、超魔導騎士ブラック・パラディンを提示し、その融合素材のバスター・ブレイダーをデッキから墓地に送る。

 そして、プリズマーとサモンプリーストをオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。右手を大きく掲げた和輝の頭上に、渦を巻く光の銀河のごとき空間が展開。同時に、プリズマーが白の、サモンプリーストが紫の光に変じて、上空の空間に向かって飛びこんだ。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 天空の渦から、虹色の爆発が起こった。

 

「研ぎ澄まされた反逆の牙、屈せぬ心! 吠えろダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

 粉塵から咆哮が轟く。

そして現れたのは、全身が僅かに光沢を放つ漆黒のドラゴン。

 歪な牙のような形状の翼に、下顎から突き出した、鋭い爪とも、剣の切っ先、槍の穂先とも見える突起物。そして全身から迸らせる稲妻。

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果発動! オーバーレイユニットを二つ取り除き、ブラックフェザー・ドラゴンの攻撃力を半分にし、その数値分、このカードの攻撃力をアップさせる!」

 

 攻撃力を強奪され、翼による揚力が弱まったブラックフェザー・ドラゴンが大地に体を横たえてしまう。ズンという重々しい音ともに土埃が舞う。

 

「ぬぅ……」

「こりゃやばいぜ!」

「バトルだ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでブラックフェザー・ドラゴンに攻撃!」

「行け! 和輝!」

 

 二人の人間と二柱の神のリアクション。そして、反逆の黒竜が咆哮を上げ、全身に紫電を纏わせながら解き放たれた一本の矢のようにブラックフェザー・ドラゴンに肉薄。下顎の突起を矢の先端に見立てての突撃に、弱り切ったブラックフェザー・ドラゴンは反応できない。

 激突。ブラックフェザー・ドラゴンは苦痛の絶叫を断末魔として果て、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは悠々と和輝のフィールドに戻っていった。

 

「ぐ……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックに胸を抑え、わずかに体をかがませる烈震。その隙を、和輝は見逃さない。

 

「これで、止め! スターダストでダイレクトアタック!」

 

 間髪入れない攻撃命令が下る。スターダストが、威力よりも早さを重視した光の息吹(ブレス)を放つ。

 宝珠狙いの一撃。これが決まれが和輝の勝利。

 だが、

 

「させ――――るかぁ! リバーストラップ発動! 星堕つる地に立つ閃珖(スターダスト・リ・スパーク)! その攻撃を無効にし、カードを一枚ドロー! そして、墓地からスターダスト・ドラゴンを復活させる!」

 

 声を荒げ、気迫を放つ烈震。その気迫に応えるように、墓地から復活したスターダスト・ドラゴンがとどめの一撃になるはずだった攻撃を、身体をはって受け止める。

 

「防いできた。やっぱりトールのパートナー。一筋縄ではいかないか……」

「できればドラゴンの一撃に対してこの身がどう対応できるか試してみたかったがな。このまま敗北になってしまうのはまた勿体ない(、、、、)ので、防がせてもらった」

「…………できれば、ここで決めたかったな。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

カオス・ソーサラー 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2300 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

閃コウ竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

星堕つる地に立つ閃珖:通常罠

「星墜つる地に立つ閃珖」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):特殊召喚された相手モンスターの直接攻撃宣言時、そのモンスターの攻撃力が自分のLP以上の場合に発動できる。その攻撃を無効にし、自分はデッキから1枚ドローする。その後、自分のエクストラデッキ・墓地から「スターダスト」モンスター1体を選んで特殊召喚できる。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン攻撃力2500→3900

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンORUなし

和輝LP1200手札1枚

烈震LP4500→2000手札4枚

 

 

(オレ)のターンだ、ドロー!」

 

 裂帛の気合いとともにカードをドローする烈震。その鋭くも重い動作故に発生した突風が和輝の顔を叩く。

 

「マジかよ、ここまで風が届きやがった」

「彼の闘気の高まりが尋常じゃないね」

 

 唖然とする和輝とロキ。そして、ドローカードを確認した烈震は笑みを浮かべた。今までのような泰然とした笑みではなく、猛き盛る炎のような笑みを。

 

「まずは墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動。このカードをゲームから除外し、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果を無効にする」

「さっきトライデント・ドラギオンの効果で破壊した伏せカードはそいつだったのか! 和輝!」

「おうさ! その効果発動にチェーンして、リバーストラップ、デストラクト・ポーション発動! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを破壊し、その攻撃力分、ライフを回復する!」

 

 攻撃力3900の大型モンスターをあっさり切り捨てた和輝。勿論理由はある。烈震があらかじめ墓地に送っておいたブレイクスルー・スキルを切ってきたのだ。ここが勝負所で、攻撃力が元に戻ったダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを確実に葬る手段があると確信した。

 ならばあえて切り捨て、ライフを回復することで大ダメージを受けても敗北を免れるよう、和輝も動いたのだった。

 

「ライフ回復を優先したか。ブレイクスルー・スキルは対象を失い不発だ。己は金華猫を召喚する! 効果で、スポーアを特殊召喚!」

 

 烈震のフィールドに、全身が漆黒の、ただならぬ気配を放つ猫が現れる。その猫に誘われ、墓地からスポーアが這い出した。

 

「レベル1のチューナーと非チューナー、そしてスターダスト・ドラゴン。まさか!」

 

 和輝の脳裏に電光の様に閃くのは、あるシンクロモンスター。スターダスト・ドラゴンの進化系で、状況次第では大きな爆発力を発揮する。そして烈震のデッキならその爆発力を遺憾なく発揮できる可能性は高い。

 

「いくぞ! レベル1の金華猫に、レベル1のスポーアをチューニング!」

 シンクロ召喚。

 スポーアが変じた一つの緑の光の輪をくぐった金華猫もまた、一つの白い光星となり、その光星を貫く一本の光輝く道が指し現れた。

 

「連星集結、新地平開拓! シンクロ召喚、駆け抜けろフォーミュラ・シンクロン!」

 

 現れたのは、和輝も使用したF1カーに手足と頭をくっつけたようなおもちゃを思わせる外見のシンクロチューナー。

 これで、二枚のドローが確定し、カードアドバンテージが開く。少なくともロキはそう思っていたし、トールもそうするのだろうと思った。

 だが、

 

「天輪の鐘楼と、フォーミュラ・シンクロンの効果によるドローはしない(、、、)

「え!?」

 

 驚愕のロキ。無言の和輝。トールも驚きの表情を浮かべていた。

 だが烈震はこれでいいのだと、即座に次の行動に移った。

 

「レベル8のスターダスト・ドラゴンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 更なるシンクロ召喚。先ほどと同じく、緑の輪、白の光星、光さす道が顕現。辺りを輝きに満たす。

 

「連星集結、流星襲来! シンクロ召喚、現れろシューティング・スター・ドラゴン!」

 

 光さす道の向こうから、大気を切り裂いて現れる巨影。

 白く、ほのかに発光する鎧甲冑を思わせる外骨格、直線型の翼、しなる尻尾、雄々しく力強く、それでいながら美しさを備えたモンスター。

 

「く……ッ!」

 

 現れる巨体に、圧倒されたように和輝は一歩、後ろに下がった。その怯みを見逃さず、烈震がさらに一歩踏み込む。

 

「天輪の鐘楼の効果は使わない。そしてシューティング・スター・ドラゴンの効果発動! デッキからカードを五枚めくり、その中にあったチューナーモンスターの数だけ、シューティング・スター・ドラゴンは攻撃できる!」

 

 言いながら、烈震はデッキトップから五枚のカードを一気にめくった。

 露わになったのは、ゾンビキャリア、TG(テックジーナス) ストライカー、アンノウン・シンクロン、バイス・ドラゴン、死者転生。チューナーモンスターは三枚。三回攻撃確定だ。

 

「連続攻撃効果。そうか、だから彼は天輪の鐘楼やフォーミュラ・シンクロンの効果を使わなかったんだ。チューナーをドローしないために。

 

 しかも今提示されたカードのうち、上三枚がチューナー。もしも天輪の鐘楼やフォーミュラ・シンクロンの効果でドローしていたら、手札にきていた。――――デュエリストとしての直感ってやつかな、凄いもんだ」

 

「そして、厄介だ」

「行くぞ岡崎。シューティング・スター・ドラゴンで閃コウ竜スターダストを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。シューティング・スター・ドラゴンが手足を折りたたんで高速飛行形態に移行。さらに三回攻撃を現すように、本体に加え、その両隣に赤と青一色に光るシューティング・スター・ドラゴンの幻影が現れる。

 飛翔する三体の流星。一気に降下。まず一体目、赤い流星が閃珖竜を目指して突撃(チャージ)

 

「スターダストの効果発動! 自身に破壊耐性をつける!」

 

 走る和輝の声。スターダストが体を丸め、翼を前に折りたたむ。その小さくした体を覆う球状の薄膜のバリアーが展開。迫る赤い流星に対する防御とする。

 

「ダメージステップ、手札から速攻魔法、突進発動。シューティングスターの攻撃力を700アップさせる」

 

 烈震の追撃。迫撃の速度が大きく上昇したシューティング・スター・ドラゴンが、スターダストに迫る。

 激突。

 轟音、衝撃波、そしてなかなか聞く機会のないドラゴンの絶叫を轟かせ、閃コウ竜のバリアーが砕かれ、その巨体が大きく吹き飛ばされる。

 バリアーの破片をまき散らしながら、スターダストは地面に激突、運動エネルギーを殺しきれずにそのまま地面を滑る。

 薙ぎ倒される木々が粉塵を上げ、和輝もまた、頭上に振ってくる木の雨を上昇した身体能力を駆使して回避する。

 

「ッ! スターダストは健在だ!」

 

 和輝の言葉を証明するように、再び空に飛翔する閃珖竜。だが―――――

 

「しかし、二度目は耐えられまい。シューティング・スター・ドラゴンでスターダストに攻撃!」

 

 烈震の気合いが乗り移ったかのような、青い流星の一撃。今度はその身を守る(すべ)がなかったスターダストの身体は貫かれ、消滅した。

 

「がぁ……ッ!」

 

 フィードバックに苦しむ和輝。その眼前、最後の一体、即ち実体のシューティング・スター・ドラゴンが迫る。

 

「シューティング・スター・ドラゴン、ダイレクトアタック!」

 

 大気を押しのける超質量。まともに食らえば宝珠が砕けるのは必然。どころか、命まで落とすかもしれない。

 

「ぼ、墓地の虹クリボー効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚!」

「壁にしかならん! 砕け!」

 

 防御手段はあった。和輝の墓地から飛び出した虹クリボー。この小さな盾が、流星の一撃を防ぎ切った。

 

「くぁ!」

 

 余波に吹き飛ばされ、地面を転がる和輝。倒木にぶつかって止まる。

 

「いってー。だが、耐えきったぜ!」

 

 立ち上がり、にやりと笑う。若いが覇気と自身に満ちた、ふてぶてしい笑み。この闘志に、烈震だけでなく、トールもまた好感を持った。なるほど確かに、この少年はなかなかにわくわくさせてくれる。

 

「自身の効果で特殊召喚した虹クリボーは、フィールドを離れた瞬間除外されるのだったな。己はカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

金華猫 闇属性 ☆1 獣族:スピリット

ATK400 DEF200

このカードは特殊召喚できない。召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。このカードが召喚・リバースした時、自分の墓地からレベル1モンスター1体を選択して特殊召喚できる。このカードがフィールド上から離れた時、この効果で特殊召喚したモンスターをゲームから除外する。

 

スポーア 風属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK400 DEF800

このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の植物族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚し、この効果を発動するために除外したモンスターのレベル分だけこのカードのレベルを上げる。「スポーア」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

シューティング・スター・ドラゴン 風属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3300 DEF2500

シンクロモンスターのチューナー1体+「スターダスト・ドラゴン」

以下の効果をそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。●自分のデッキの上からカードを5枚めくる。このターンこのカードはその中のチューナーの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。その後めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。●フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する事ができる。●相手モンスターの攻撃宣言時、このカードをゲームから除外し、相手モンスター1体の攻撃を無効にする事ができる。エンドフェイズ時、この効果で除外したこのカードを特殊召喚する。

 

突進:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで700アップする。

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

「虹クリボー」の以下の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつ発動できる。

●相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。この効果でこのカードを装備しているモンスターは攻撃できない。

●相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 

 

和輝LP1200→5100→3600→2100手札1枚

烈震LP2000手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンのドラゴンの猛攻を耐えきった和輝。返す刀は強烈である事を証明するために、即座に行動に出た。

 

「墓地の次元連結術式の効果発動!」

 

 効果の発動を宣言されたのはこのデュエルの序盤、四ターン目の和輝のデッキ圧縮によって墓地に落ちた魔法カード。そのカードが今、墓地から取り除かれる。

 

「墓地のこのカードを除外し、ゲームから除外されている魔法使い族モンスター一体を墓地に戻す! 俺はこの効果で、黒白(こくびゃく)の魔導師を墓地に戻すぜ!」

「そのカードは……ッ!」

 

 墓地に戻されたカードを見て、烈震の眼が見開かれる。あれは、さきほども和輝が使ったカードだ。確か効果は――――

 

「墓地のそのカードを除外し、墓地か手札からブラック・マジシャンまたはバスター・ブレイダーを特殊召喚するカード……」

「その通り! 俺は黒白の魔導師の効果を発動! 墓地のこのカードをゲームから除外し、墓地からバスター・ブレイダーを特殊召喚する!」

 

 ズンと大きな音を立てて現れる竜破壊の剣士。

 漆黒の甲冑、目を見張る大剣、威風堂々とした隙のない佇まい。決して折れず、鍛え抜かれた歴戦の武具の風情。

 

「知ってると思うが、バスター・ブレイダーは相手のフィールド、墓地のドラゴン一体につき、攻撃力を500アップさせる。お前のフィールド。墓地のドラゴンは全部で十体、よって攻撃力は5000アップだ!」

 

 攻撃力7600、このまま攻撃し、シューティング・スター・ドラゴンの撃破に成功すれば、そのまま烈震のライフをたやすく0にできる数値だ。

 

「バトル! バスター・ブレイダーでシューティング・スター・ドラゴンを攻撃!」

 

 踏み込む和輝。攻撃命令を下された竜破壊の剣士もまた踏み込む。爆発が起こったかと思うほどの踏み込み。銃弾どころかミサイルもかくやという速度の疾走、そして跳躍。

 まさにその通り名の証明。どんなドラゴンであろうとも一刀両断にする気迫と技量の一撃。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! このカードをゲームから除外し、その攻撃を無効にする!」

 

 烈震が下したのは回避命令。流星の竜はその身を幻のように霞ませる。

 急速に実体感を失っていくシューティング・スター・ドラゴン。その身が周囲の景色に同化するように消えうせた瞬間、バスター・ブレイダーの一刀が下る。

 大地を割る一撃。剣の切っ先から大地に亀裂が走り、吹き荒れる衝撃波が木々を断ち、葉を散らす。

 

「く……ッ! だがこれでシューティング・スター・ドラゴンは無傷! さらに己のエンドフェイズに帰還する!」

「読んでいた!」

 

 烈震の言葉に(おのれ)の言葉を重ねる和輝。その指が手札から一枚のカードを引き抜き、デュエルディスクにセットする。

 

「速攻魔法、異次元からの埋葬! これでシューティング・スター・ドラゴン、虹クリボー、黒白の魔導師を墓地に戻す!」

「!」

 

 防御には成功した。しかしそれさえも和輝の(てのひら)の上。シューティング・スター・ドラゴンが帰還するのはフィールドではなく墓地。結果、烈震は盾と矛を同時に失った。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

次元連結術式:通常魔法

このカードの(2)の効果はこのカードが墓地に送られたターンには発動できない。(1):ゲームから除外されている自分のレベルまたはランク7以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で「ブラック・マジシャン」モンスターの特殊召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動する。ゲームから除外されている自分の魔法使い族モンスター1体を墓地に戻す。

 

黒白の魔導師 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1700 DEF1600

(1):墓地のこのカードをゲームから除外し、自分の手札、または墓地から「ブラック・マジシャン」、または「バスター・ブレイダー」1体を選択して発動できる。選択したモンスターを特殊召喚する。(2):手札のこのカードを墓地に捨てて発動できる。フィールドの魔力カウンターを乗せることができるカードの上に、魔力カウンターを2つ乗せる。

 

バスター・ブレイダー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2600 DEF2300

(1):このカードの攻撃力は、相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。

 

異次元からの埋葬:速攻魔法

(1):除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体まで対象として発動できる。そのモンスターを墓地に戻す。

 

 

バスター・ブレイダー攻撃力2600→7600

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 今は烈震は逆王手をかけられていた。

 彼の眼前に立ちはだかるのは攻撃力7000オーバーの竜破壊の剣士(バスター・ブレイダー)。ドラゴン族に対するキラーカードを打ち破るのはドラゴン族を主軸にしている彼のデッキでは厳しい。魔法や、罠による破壊を狙うしかないが、そのためのカードが手札にはない。

 

「だがよぉ、この状況を打開できる鍵はあるよな?」

 

 半透明のトールの問いかけ。烈震は頷く。一人と一柱の口元には挑戦的な笑み。

 

「そうだ。そのためのカードを、ここで引き当てる。岡崎にできたことだ、己にも可能は道理! 手札から魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のクリアウィング・シンクロ・ドラゴン、フォーミュラ・シンクロン、スターダスト・ドラゴン、シューティング・スター・ドラゴン、ブラックフェザー・ドラゴンをデッキに戻し、二枚ドロー!」

「ここにきてドローブーストか!」

「うっわ、執念? 勝利への欲? なんであれとんでもないね!」

 

 烈震執念のドロー。ドローしたのは―――――

 

「行くぞ岡崎。これから、己の神を見せてやる」

 

 神召喚の宣言。息を呑む和輝とロキ、その眼前で烈震は自身の戦術を広める。

 

「まずは墓地の貪欲な壺を除外し、マジック・ストライカーを特殊召喚。さらに死者蘇生を発動。墓地からデブリ・ドラゴンを蘇生。その蘇生に対して手札のドッペル・ウォリアーの効果発動。自身を特殊召喚する」

 

 瞬く間に烈震のフィールドにモンスターが増えていく。

 北欧のヴァイキングを思わせる角付きの兜をかぶった、二頭身の人形のような戦士、マジック・ストライカー。

 スターダスト・ドラゴンをややデフォルメしたようなドラゴン、デブリ・ドラゴン。

 黒の軍服、ボーガンのような銃器を装備した姿が二重にぶれる(、、、)戦士、ドッペル・ウォリアー。

 三体のモンスターが揃う。神召喚のための生贄が。

 

「見るがいい。己の神を! 三体のモンスターをリリース!」

 

 三体のモンスターが次々と白い光の粒子となって、天へと昇っていく。

 それが新たな、そして強大な力を受け止めるための「場」となり、神聖なる存在を呼び込むための「門」となる。

 

「出でよ! 迅雷の闘神トール!」

 

 天空から青白い雷が降り落ちた。

 轟音。だが一つではない。二つ、三つ、飛んで十。

 落雷の帳を切り裂き、現れる神。

 短く乱雑に切られた緑の髪、挑戦的な金の双眸、前を開いたジャケットのように背中と肩程度しか守っていない緑の鎧、いくつもの雷球が日本の雷神の電電太鼓のようにトールの背後に展開され、右手には妙に柄の短いハンマー、ミョルニル。

 

「来たか、トール!」

「おうよ。ここまで熱い戦いだ、オレにも暴れさせてもらわねぇとな!」

 

 北欧神話に名だたる闘神にして雷神。そしてロキの親友である神が、今、烈震のフィールドに降臨した。

 

「来たぜロキ、お前の親友」

「ああ。相変わらず好戦的だね。あのせいで突っ込まなくてもいいトラブルに突っ込んだこともあったよ。だいたい、ボクが原因だけど」

「お前やっぱ最悪だな!」

「ま、こいつとはいろいろとあった腐れ縁だよ」

 

 和輝とロキの会話に割り込むトール。にやにやと笑いながら――しかし不快な感じは一切しない――ぽりぽりと無手の左手の指で頬を掻く。

 

「思い起こせばいろんな場所に行ったわな。主にロキが原因のトラブルから俺の血が騒いででかくなったトラブルとか」

「そうだね。ボクの些細な火種が、君がかかわった瞬間誰にも消せない大火事になったことも多々あったと思うよ」

 

 語り合う実体化したトールと半透明のロキ。互いに笑顔を浮かべている。同時に戦意も。

 

「こうなった間柄だが――――辛気臭ぇ恨みごとはなしでな。烈震!」

 

 トールがパートナーに呼びかける。これからの展開を。烈震も応じた。

 

「トールの効果発動。相手モンスター一体を選択し、選択したモンスターを破壊、さらに破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える」

「な、なんだと!?」

 

 目を見開く和輝。その眼前、トールの背後に浮遊していた雷球が頭上に集合、寄り集まって一個の巨大な大電球となる。

 

「そーらー、よ!」

 

 投擲。地上付近に出現した太陽を思わせる大電球はバリバリと奇怪な音を立てながらバスター・ブレイダーに向かう。

 大電球の光に照らされるバスター・ブレイダーと和輝。その時烈震は気づいた。大電球を見上げる和輝の口元に笑みが浮かんでいることに。

 

「悪いがこの勝負、勝ったのは俺だ! リバーストラップ、リフレクト・ネイチャー!」

 

 翻るリバースカード。和輝を守るように、蔦が巻き付いた巨大な鏡張りの障壁が屹立する。

 リフレクト・ネイチャーはバーンダメージを相手に跳ね返すカード。このカードは――――

 

「お前の言ってた神対策、ばっちり当たったな、ロキ」

「パズズ、ウェスタとライフに直接ダメージを与える神が続いてたからね。その対策をと思ったら、ビンゴだったみたいだね」

 

 今夜の戦いの前にロキから和輝に渡されたカード、それがこれだった。凶悪なバーンダメージが、そのまま相手を倒す一矢となるように。

 

「や、やろう! オレの攻撃事態を利用するたぁ味な真似を……ッ!」

「これで――――!」

 

 終わり、そう叫ぼうとした和輝は、烈震の眼差しによって止められる。

 敗北ではないと、そう叫ぶ眼差しに。

 

「何を――――――」

 

 和輝の視線が、烈震の足元に伏せられたカードの止まる。

 伏せカードが、翻った。

 

「チェーンして、リバーストラップ、発動。魂の死闘-スピリット・デスマッチ-!」

「な、なんだそのカードは!?」

 

 発動されたのは和輝の知らないカードだった。同時、今にもリフレクト・ネイチャーによって跳ね返されそうだった大電球がぴたりと制止した。

 

「これは……」困惑の和輝。

「スピリット・デスマッチの効果」解説する烈震。

「発動時に自分と相手のモンスターを一体ずつ選択し、バトルを行う。その際、互いのモンスターは破壊されず、戦闘ダメージはお互いに受ける」

「ッ!」

 

 二人のフィールドに存在しているモンスターはトールとバスター・ブレイダーのみ。必然、戦闘するモンスターは決定する。

 そしてバトルが成立すれば互いに戦闘ダメージが下り、二人ともライフは0になる。引き分けだ。

 

「ハッ! なんか出てきて早々しまいとはしまらねぇが。しかたねぇな! 相手が一枚上手だっただけだ!

 

 だがな烈震、それでもテメェは喰いついた。ただの敗北を、引き分けまで持って行った。十分だ。これからテメェは、もっと強くなれるぜ、ここでな」

 いやりと猛々しい笑みを浮かべ、トールはミョルニルを握り締めてバスター・ブレイダーに突貫(とっかん)。竜破壊の剣士の大剣と真っ向から打ち合った。

 閃光、衝撃、爆裂、轟音、そしてもう一度、白い極光が辺りを塗り潰した。

 

 

マジック・ストライカー 地属性 ☆3 戦士族:効果

ATK600 DEF200

このカードは自分の墓地に存在する魔法カード1枚をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

迅雷の闘神トール 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。(4):???

 

リフレクト・ネイチャー:通常罠

このターン、相手が発動したライフポイントにダメージを与える効果は、相手ライフにダメージを与える効果になる。

 

魂の死闘-スピリット・デスマッチ-:通常魔法

(1):自分フィールドと相手フィールドに表側表示で存在するモンスターを1体ずつ選択して発動できる。選択したモンスターを攻撃表示に変更し、戦闘を行う。この戦闘でモンスターは破壊されず、戦闘ダメージはお互いに受ける。

 

 

和輝LP0

烈震LP0

 

 

 デュエル決着と同時に、バトルフィールドが解除されていく。あれほど破壊の限りを尽くされた自然公園は、木の一本も倒れてない平穏無事な本来の姿を取り戻した。

 ボロボロなのは和輝と烈震くらいか。

 和輝はデュエルの最中でのダメージが、烈震は最後の激突の際、攻撃力で劣っていたトールが防ぎ切れなかった攻撃の余波を回避するために、かなり無茶をしたようだ。

 

「勝ちきれなかったか」

「悪いが、己の修行はまだ終わらないのでな。ここでの敗北は望まない」

 

 肩をすくめる和輝と、腕を組む烈震。二人の表情にもう戦意はない。和輝に至っては疲れの色が濃い。このあたりは、二人の基礎体力の差が故か。

 

「お前はこれからどうするんだ?」

 

 デュエルディスクを待機状態にした和輝の問いかけ。烈震は「そうだな」と同じくデュエルディスクを待機状態に移行。

 

「この街にとどまる。元々、引っ越してきたからな」

 

 それに、と続ける。

 

「この街は神々の気配が濃い。神と神は惹かれ合う。これは神々の戦争の大前提だ。だとすれば、ここにとどまることが、己にとって有意義になる」

 

 今しがた戦いが終わったばかりだというのに、もう次の闘争に想いを馳せる烈震。和輝はさすがにそこまでの元気はない。

 

「そうかい。じゃ、俺は帰るから」

 

 だから早々に立ち去りたかった。ロキも「じゃあね、トール」と手を振り、完全に帰宅モードだ。正直、ここで再戦を申し込まれたら主義主張をかなぐり捨てて逃げる所存である。

 

「ああ、ではまた。近いうちに(、、、、、)

「?」

 

 気になる言い回しが最後にあったが今夜の戦いはこれにて幕を下ろした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日。

 しとしとと降る雨が教室の窓を濡らしている。

 十二星高校に登校した和輝は、教室のざわつきに眉をひそめた。

 くみ取れる感情は緊張だろうか。

 

「なんだ? 何かあったのか?」

 

 今日は朝から登校し、しかも起きていた龍次(りゅうじ)の姿を見つけ、和輝はそう問いかけた。

 

「ああ。転校生が来るんだってよ」

 

 クラスの雑踏に混じらない金髪一匹狼は興味なさげに応える。

 

「転校生、ねぇ。どーせかわいい女の子だといいが」

「残念。男だ」

 

 クラスメートの男子が一人割り込んでくる。確か情報通気取りの生徒だった。職員室に紛れ込んで情報を仕入れてくる少年。

 

「じゃあなんでこんなにざわついてるんだよ」

「それが結構危ないっつーか、見るからにその筋っていうか。とにかくやばそうなやつなんだってよ」

 

 演技過剰なクラスメートが自分の身体を抱くようにしてぶるぶる震える。噂や情報だけにしては堂に入った演技だ。

 

「なんか二メートル近い巨体でめちゃくちゃ喧嘩強くておまけに好戦的でとにかくやばいってよ!」

 

 息継ぎなしで喋りまくるクラスメート。元々武闘派で鳴らしていた龍次が興味を持つ。

 

「ほー」

 

 反対に和輝から興味が薄れている。何しろつい昨日、そんな武闘派な人間と人知を超えた争いをしたばかりだ。

 教室の扉が開かれ、教師が入ってくる。生徒たちが次々に自分の席に着席。教室に沈黙が入る。

 

「あー、もう噂になってるようだけど、転校生を紹介します。入ってきなさい」

 

 担任の男性教諭の声が教室に響く。

 ゆっくりと、大型な人影が教室に入ってくる。その全体像が露わになるにつれて、和輝の表情に驚愕が張り付いた。

 

「嘘……」ロキの呆然とした声。和輝も思わずうなずいていた。

「黒神烈震です。よろしくお願いします」

 

 神々の戦争は、いよいよ日常を大きく浸食してきたようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:忍び寄る者たち

 彼女は女神だった。

 戦の女神だ。

 その姿は常にして戦場の誉れ。彼女の姿を見初めし物はその美しさと勇猛さを称える。語りつくす。次代へ継がす。

 しかも彼女は侵略の神ではなかった。

 その存在意義は防衛。他国に攻め込む攻勢の属性は、彼女の同胞の男神が持っていた。

 時が流れ、神々を巻き込んだ戦いが勃発する。侵略も防衛も関係ない戦争が。

 神々の戦争、その本戦。

 神々が住まう天界から人間が運営する――しかし時に神々の干渉を受ける――世界、人界。戦場はそことなる。

 人界に降りれば、神々はその力を自由に行使できなくなる。即急にパートナーを探し出さねばならない。

 そうしなければどんどん不利になる。パートナーを見つけた神に先んじて攻め込まれれば勝ち目はない。

 だが逆に言えば、人界に行くまで、神々は力を使えるのだ。

 ならばこの行動も予測してしかるべきだった。

 神々の戦争本戦に向けて、彼女はほかの十一の神――同じ方向を見て、並び集った同胞たち――と共に降下準備を行っていた。

 そこに襲撃があった。

 正体不明の攻撃。彼女は考えるよりも先に、防衛という自己の存在意義に従って行動した。

 盾を前面につきだして防御。衝撃が体を震わせ、轟音が耳朶を叩いた。

 自分の叫びさえもわからない。ただ、同胞たちに退避を促した。この隙に人界へ行けと、そう叫んだ。

 守る。彼女はこの一点しか考えていなかったし、ほかの同胞たちも彼女の意を汲んでくれるものと信じ切っていた。

 今、彼女は思う。自分はなんと愚かで、無様だったのだろうかと。

 背中に衝撃。何が起こったのか悟った時には、動揺が心に広がった。

 背中を撃たれた。守ろうとした同胞から。

 犯人が誰だったのか、今はともかくその当時は分からなかった。だから混乱した。それが致命的な隙になった。

 動揺が体に伝わる。盾がずれる、ぶれる。攻撃を防ぎ切れなくなる。

 激しさを増す一方の攻撃、ついに防御をかい潜られる。

 胸に激痛と衝撃、そして全身に言い知れぬ不快感が広がった。

 攻撃によるダメージ、そして、そこを起点に広がった呪いによるものだった。

 彼女は堕ちていった。身も心も傷付き呪いに浸され、絶望と失望、そして悔恨と自嘲をミックスさせた複雑な感情を抱えたまま。

 今や並の人間よりも無力になってしまった彼女は、縋る力も身を隠す盾もない。

 あるのは弱い肉体と憔悴した精神。

 堕ちていく。どこまでも。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝(かずき)にとって衝撃の展開だった黒神烈震(くろかみれっしん)の転校。

 当初流れた烈震の、その威圧的な容姿から端を発する、畏怖の象徴ともいえる数々の噂。

 曰く、素手で人間を殺せる。

 曰く、極道とこと(、、)を構えた。

 曰く、一日に一度、血を見ないと気が済まない。

 すべて霧散。寡黙だが真面目な授業態度が教師受けをよくし、孤高だが他者を拒絶しない懐深さがクラスメートの誤解を解き、誰もが嫌がる力仕事を率先する姿から一目置かれるようになる。

 そして何より一番の理由。デュエルが強い。

 デュエリスト養成の側面が強い十二星(じゅうにせい)高校で、デュエルが強いことはそれだけで強力なステータスになる。誰も無視できなくなる。

 烈震の和輝に対する対応は、思いのほか良好だった。

 曰く、「お前は得難い強敵(とも)だ」とのこと。非常に少年漫画的思考と回答だった。

 同時に言外でこうも言っていた。――――だから、今潰すには惜しい。

 敵意なし。ロキとトールの神同士もたわいない話で盛り上がることが多くなった。結果、和輝の戦意はかけらもわかず、なし崩し的に同盟が成立した。

 結果、一度激しくぶつかり合った縁がつながり、何となくつるむようになる。そこに龍次(りゅうじ)も加わる。二人が三人に。

 綺羅(きら)も烈震を知る。三人が、時々四人になる。

 訝しむ龍次と綺羅。初対面の時から以前からの知り合いだったかのように語り合う二人に疑問を持つ。

 烈震曰く、「死力を尽くしたぶつかり合いの果てに、友情が育まれるのは当然のことだ」とのこと。実際、烈震は邪悪な人間ではないし、強大な力を得たからと言ってその力を無力な人々に向けるほど愚かでもない。表も裏もなく、ある意味とても分かりやすいこの巨漢を、少なくとも和輝は嫌いにはなれない。

 なお、「は、激しく!? 一体何を!?」と顔を青くさせたり赤くさせていた綺羅は頭をひっぱたいておいた。

 

 

 そして烈震が受け入れられてからしばらくたったある日のこと。

 朝特有の教室のざわめきに入っていった和輝は、デュエル専門雑誌を読みふけっていた烈震を見つけた。

 

「お前が読んでいるのは何の問題もないはずなのに、どこかシュールだな」

 

 烈震――――黒の短髪、ダークグリーンの瞳、特注の学校指定の制服をそれでも窮屈そうにきっちり着込み、机の上に広げた雑誌を読書中。何千年も風雨にさらされそれでも揺らがない大樹の風情。

 大柄な烈震が雑誌を読みふける様は確かにシュールだが、デュエル雑誌を読むこと自体はやはり不自然ではない。

 

「クラスのまわし読みだ。さっき回ってきた。国守咲夜(くにもりさくや)プロの昨日の結果だ。順当に勝ったようだな」

 

 告げられたプロデュエリストの名前に、和輝は目を細める。

 国守咲夜。Cランクデュエリスト。現在は確か十七歳でプロ二年目。高校三年生で、どこかの高校に通いながらプロデュエリストとして活躍している、新進気鋭の女性デュエリストだと、前に取り上げられていた。

 彼女が注目されたのは、まず第一に、その美しさだろうか。

 雑誌に写真が載っている。

 薄茶色の髪は活動的なポニーテール、青みがかった瞳からはその溌剌さが伝わってくる。服装は動きやすさ優先でタンクトップにデニムのジャケット、ホットパンツなどで、年齢不相応なほどに発達した肉体を隠さず、健康的な色化を惜しみなく発散している。

 そういうスタイルなので男性人気が高く、さっぱりした性格と意外と男前な言動から女性ファンも少なからずいる。

 もう一つの理由は、彼女がプロになった年齢だろう。

 プロデュエリストになる条件は二つ。

 一つは十八歳以上――国によっては高校卒業も加わる――で、プロ試験受験願書を提出し、受験。そこで一定の成績を収めたものがプロに合格する。この方法では咲夜はまだプロになれない。

 もう一つは七人以上のプロデュエリストから推薦状をもらい、特別試験を受験し、それに合格した者の場合、だ。この方法ならば年齢は関係ない。もっとも、実力とは別に、プロとの間にコネが必要になるが。

 咲夜はこの方法でプロになった。そのため、元々の注目度が高く、さらに実力を示してきた。現在Cランクだが、このまま行けばBランク入りは確実視されている。

 プロの世界は才能の世界であるが、平凡な人間はCランクが限界。非凡と平凡の境界線がCランクとBランクであるといわれている。それゆえ、BとCの間には才能のない物には決して超えられない“壁”があった。

 美貌、実力、これで人気が出ないはずがない。現時点ですでに期待の若手プロ筆頭にあげられているが、これでBランク昇格になれば、メディアは今以上に彼女を取り上げるだろう。

 

「次は今週末だったよな。相手は――――アリエティス・ターナープロか」

 

 会話に龍次も加わってきた。

 明るめの金髪、灰色の瞳、着崩した制服姿。人になびかぬ金髪の一匹狼の風情。

 

「元Bランク。出産と育児で休業してたんだよな。その間にランクは下がったが復帰後、瞬く間にCランクまで返り咲いた。今勢いに乗ってるな」

「パティシエ兼任の変わり種プロだったな。デッキはマドルチェ、E・HEROの国守プロにはちと相性悪いか?」

「それに、最近彼女は調子を落としている。この前の相手は格下だったので危なげなく勝っていたが、同格以上相手では不安が残るな」

 

 確かに最近、国守プロの成績は敗北がちらほらある。それに、いつもあった溌剌とした太陽の日差しのような軽い正の気が弱まっている。

 和輝に直感、ありていに言えば、何かに追いつめられているように感じられた。

 

「けどアリエティスプロもまだ復帰したばっかだ。ブランクを完全に乗り超えたかどうか怪しいぜ?」

 

 和輝のフォロー。内心では現状、国守プロが不利だと思いながらも、己の希望を上乗せしておく。

 何しろ、今週末に行われる試合、和輝は観戦チケットを手に入れているのだ。どうせ観戦するなら、応援する方に勝ってほしいと願うのは人情だろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夜。東京都内、どことも知れぬ公園。

 悲鳴、鮮血、どさりと重々しい、かつて人間だった肉塊が落ちる音、そして、

 

「アハ――――、アハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 女の哄笑。

 人影が二つ、どちらも女。

 笑い声を上げる女――――足元まで届く銀髪、右が金、左が黒のオッドアイ、黒いドレス姿、唇に引かれた黒のルージュ、爪に塗られた赤いマニキュア。

 もう一人。黙ったまま、目の前の惨劇を見つめる女。

 二十代前半、ツインテールにした青い髪、青い瞳。男が好みそうな蠱惑的なな体を、着崩しただらしないというより非常に扇情的な着物で包み込む。常にけだるげな雰囲気をまとい、どこか投げやり。風に流されるまま、水に流されるままの枯れ枝の風情。

 茫洋(ぼうよう)とした無我の境地に等しい瞳で見つめるのは、倒れ伏した男女たち。

 彼らは高校の同級生だという。自分たちを固い絆で結ばれた親友同士だといっていた。一緒にいれば楽しく、生きていることを実感できて、何でもできる万能感に満ち溢れていたという。

 そして、互いに殺し合った。不和と争いの女神の、悪意に満ちた悪戯によって。

 少年が少女の上に馬乗りになって首を絞殺したかと思えば、別の少女がこれまた別の少年の頭をそこらの石で殴っていた。

 殺し合いの凶器なんて用意されていない。だって彼らは楽しく遊んでいたら、突然女神の悪戯によって絆を壊され、不和に乱され、殺し合わさせられただけなのだから。

 だからみんな素手で殴り、足りなければ石で殴った。不細工な殺し方。ただただ力任せに殺すだけ。おかげで辺りには折れた歯や引きちぎられた毛髪、零れ落ちた目玉などが転がっていた。

 常人なら目をそらし、嘔吐しかねない光景。だが茫洋とした女は特に反応しない。傍らで哄笑を上げる女に目を向ける。

 

「エリス、もういいの?」

「ええ、オデッサ。やっぱり人間って素敵。口ではどれだけ固い友情、崩れない絆と言ったところで、(わたくし)の前では壊れるだけの砂上の楼閣。とっても愚かで、可愛らしい。最高の玩具ね、人間って」

 

 くすりと笑う女神、エリス。オデッサと呼ばれた契約者は「そう」と気だるげなため息を吐いて全身でやる気のなさを表現。

 オデッサの耳朶を叩く消防車のサイレンの音。どこかで火事が起こったらしい。オデッサは反応さえしない。常に惰性で生きている彼女は物事全てを突き放している。

 

「あら、これは、消防車というやつのサイレンね」

 

 だから反応したのは神のエリス。視線の向こう側、公園の出入り口から現れたのは、二つの人影。これもまた、神と人のコンビ。

 人は三十代後半と思われる大柄な男。角刈り、黒髪、黒い瞳、黒のグラサン、黒服と個性を配した格好。

 神もまた男神。そして大柄。

 鉄錆色の冑――その下の髪は赤茶色のモヒカン型――、同じ色の鎧姿、鎧には棘付スパイク、赤いマントを羽織り、褐色の肌は筋肉が硬質化し第二の鎧と化し、赤い双眸は憤怒と戦意に滾らせている。

 

「ああ、やっぱり。愛しい貴方。アレス」

「今帰ったぞ、エリス」

 

 アレスと呼ばれた神はエリスの熱のこもった台詞に鷹揚に頷いた。

 

兵藤(ひょうどう)、今日はもういい。寝床だけ確保しておけ」

「はい、アレス様」

 

 頷く兵藤。従順なその姿は人形を思わせる。

 と、いつの間にかどこかと電話していたオデッサが、携帯電話を懐にしまい込んで言った。

 

「連絡が来たわ。ターゲットは明日、予定通り会場入りする。狙うならそこにしろとのことよ」

「そう、今まで逃げていた忌々しい小娘も、これで息の根を止められるわね」

 

 喜悦に表情を歪ませるエリス。同じくアレスもまた笑う。

 

「ちょうどいい。炎で焼いて炙りだすか、隠れこんだ巣ごと潰すか。楽しめそうだ」

 

 一人の人間の気だるげな様子を尻目に、二柱の神はどこまでも愉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 時間が経過する。週末、和輝にとっては待ちに待ったといってもいい、プロデュエリストの観戦機会。

 部活のせいで観戦できなかった綺羅(きら)はとても残念そうにしていた。本人曰く「わ、私としたことが……、こんな時に部活だなんて……」とのこと。ここで、部活を休む選択肢が出ないところが彼女の真面目さでもある。

 

「っと、まずは前座試合だな」

 

 前座はEランク同士のデュエルが一戦、CランクプロVSDランクプロが一戦。どちらもランクも低く無名だがプロのデュエルだ、何か得られるものもあるだろう。

 ちなみにロキの姿はない。非実体化すれば会場への出入りは自由自在だが、だからこそ、「まだ時間あるから、ちょっと周囲を散歩してみるよ」といってどこかに行った。和輝も許可を出した。というより、今は完全に意識が試合に向いていた。

 会場入り。チケットを係員に提出して、指定の席につく。

 会場はプロデュエルの試合のほかにほかスポーツの試合、アイドルのコンサートなどに使われる多目的ドーム。

 入場者が続々と入ってくる。皆今日のメインイベントである国守プロVSアリエティスプロの試合が目当て。

 国守プロの男性ファン――和輝含む――多数。アリエティスプロの女性ファン――これは、彼女のパティシエとしての実力も広く知れ渡っているためだ――同じく多数。

 和輝の周囲の席も埋まっていく。漏れ聞こえる会話は国守プロとアリエティスプロ、どちらが勝つか。7:3でアリエティスプロ。かつてBランクプロの実力を知るものと、国守プロのここ最近の不調から、同格以上は今戦う分には厳しいのではないかという意見と、元々後半逆転型、ならばここぞという時、逆境を打ち破ってくれるという希望的観測が入り乱れる。

 ざわつく会場。まだ前試合さえ始まっていないのに興奮が皆に伝播してきたころ、おもむろに場内アナウンスが響く。

 この試合のスポンサーからのあいさつ。和輝も含め、皆がつまらなそうな表情で聞き流そうとしていたが、その男(、、、)が会場入りした瞬間、全員が黙った。

 男、おそらく四十前後。撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 和輝も知っている顔だった。何かの雑誌で見たこともあったし、後攻に入学する時のパンフレットにも載っていた。

 和輝たちも通っている十二星高校の出資者にして、十二の企業が合併した複合企業、ゾディアックの若き社長。

 射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)

 しんと静まり返る会場。射手矢はこれからデュエルが行われるデュエル場の真ん中で歩みを止め、マイクを手にした。

 

「皆さん、境はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 決して張り上げているのではない。寧ろ静かに、淡々としているのに、嫌でも耳に叩き込まれる(、、、、、、)声。

 当たり障りのない挨拶。なのに誰も一言も発しない。黙って聞き入っている。それが義務であるというかのように。そして射手矢もこの沈黙が当然のもののように喋り続ける。

 やがて射手矢の挨拶が終わり、会場を去ると、石化が解けたように会場にざわつきが戻った。

 和輝もほかの観客と同じように息を吐いた。射手矢弦十郎。たしかに十二の企業をまとめ上げた手腕は傑物だ。口調はどちらかといえば柔和だった。

 だがどこか、有無を言わせぬ何かを感じた。同時に、得体の知れない圧迫感(プレッシャー)が放たれているようにも感じられた。

 それが一体どういうこと何かわからぬまま、和輝は時間の経過を待った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:迫る脅威

 多目的ドーム、即ち和輝(かずき)たちがプロのデュエルを観戦するための施設。国守咲夜(くにもりさくや)様と入口に張り紙が張ってある一室。

 そこは今、ひどく緊迫した空気が漂っていた。

 二つの人影。どちらも表情に険がある。

 一人は十七、八歳ほどの少女、もう一人は十歳前後の女の子。

 少女――――薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、見た目の華麗さよりも動きやすさ、活動的な格好を好む気質が露わになったシャツ、ホットパンツ、上着のデニム姿。

 美しく溌剌としているが、今はその正のエネルギーは鳴りを潜め、疲労が窺える顔色に加えて、焦り、そして追われるもの特有の恐怖が垣間見えた。

 女の子――――ウェーブのかかった赤髪、雪のように穢れを知らぬ白肌、黄金色の瞳、小柄な体は花柄のワンピースに包んでいる。未成熟ながらも開花前から美しさが窺える花の(つぼみ)の風情。

 少女のほうがこの部屋をあてがわれた張本人、国守咲夜だ。

 咲夜は険しい表情のまま、今日の新聞を睨みつけていた。

 注目した記事は二つ。一つは、東京某所の公園内で、友人同士のグループが惨殺体で発見されたとこ。現場の状況から、互いに殺し合ったことは分かったが、なぜ突然彼らが殺し合ったのかはわからない。何しろ、日ごろから仲のいいグループと評判で、喧嘩の噂一つ昇らなかったのだ。ましてや殺し合うなどありえないという。

 もう一つ、これも東京都内で起こった、事件とも、事故ともいえない不思議な現象。

 あるマンションの火災事故。ただ奇妙なのは、そのマンションは右半分だけが全焼しているのだ(、、、、、、、、、、、、、)。左半分は全くの無傷。焦げ目一つ付いていない。

 

「どう思う? アテナ」

 

 咲夜が傍らの女の子に問いかける。女の子、アテナは形のいい顎先に指をあて、僅かに思案。

 

「まず間違いなく、どちらも神の仕業だ。そして、確実に追手だ。殺し合いのほうは分からないが、火事はアレスの仕業だと思う」

 

 ぎり、と音がしそうなほど歯を噛みしめる女の子、アテナ。

 アテナもまた神々の戦争に参加する神だ。そして、咲夜はその契約者。

 だがおかしなことがある。

 アテナとはギリシャ神話に登場する、守護に重点を置いた戦いの女神だ。その姿は武具を装備した成人した女性だったはず。けっして、無力な子供ではない。

 

「くそっ! アレスめ……、どこまでも追ってくる……ッ!」

 

 親指の爪を噛み、忌々しげに吐き捨てるアテナ。その様子を、咲夜は痛ましげな目で見つめている。

 咲夜がアテナと出会った時、彼女は傷だらけだった。アテナは手を差し伸べた咲夜さえはねのけ、逃げようとしていた。だがそこで力尽きた。

 気を失ったアテナを介抱(かいほう)し、辛抱強く話を聞き、何とか信頼を勝ち取り、事情を知り、契約を交わした。そのことに後悔はない。傷ついた幼子を放置するなど、彼女の正義が許さない。

契約を交わした後、アテナは言った。もともと自分は成人女性の姿をしていたが、神々の戦争本戦に参加するために人界に降りる直前、謎の敵の襲撃を受け、今の子供の姿になってしまったのだという。

 そして咲夜はプロデュエリストとしての生活を続けながら、アテナを追う「敵」からの逃亡生活を続けていた。

 アテナは子供となってしまったことにより、神としての能力のほとんどを失ってしまっていた。結果、襲われればほとんど一方的だ。

 神々の戦争での脱落ルールは二つ。契約者の宝珠が砕け散るか、神が死ぬか、だ。どうやら、敵――のちに、アテナの話から、同じギリシャ神話のオリュンポス十二神の一柱、アレスだと判明した――は後者の条件を満たそうとしているようだ。

 契約者に神々は直接危害を加えることはできない。だがアレスの契約者は洗脳され、完全な人形となっていた。おまけに相手は体格のいい男。命令の通りに腕力に任せて襲い掛かられれば、咲夜にもどうにもならない。

 結果、圧倒的に不利な逃亡生活はアテナを疑心暗鬼にさせ、さらに子供化してしまったことで力を満足にふるえない事実から、弱気にもなってしまっていた。思考が逃げに固定されてしまっている、ともいえた。

 咲夜も咲夜で、慣れぬ逃亡生活、そしていつ来るとも分からぬ敵の襲撃に、すっかり調子を落としてしまっていた。最近の成績不振はそれが理由だ。

 だが咲夜にアテナを放り出すという選択肢はない。最初に傷だらけの彼女を助けた時から、絶対に見捨てない、最後まで守り抜くのだと、心に決めていた。

 優しさを忘れるな。困っている人には手を差し伸べられる、本当に強い人間になれ。亡き父の言葉だ。

 

「現実問題として、このまま逃げ回るわけにもいかない。けどデュエルに持ち込むことも難しい。八方塞がりだよね。やっぱり、あたし達だけじゃ限界があるよ。誰か、ほかに頼れそうな参加者とか――――」

「ほかのものなど信用できるものか!」

 

 咲夜が言い終わる前に、アテナが叫ぶ。叫びは感情に任せたものだったが、それだけに彼女の内面の悲痛さがよく表れていた。

 咲夜は以前も、誰か信頼できる仲間を見つけるべきだとアテナに言った。だが彼女は言下に否定した。信頼できるものなど、どこにもいない。この戦いは自分以外全てが敵。信頼できない、すれば裏切られる。背中から撃たれるのはもうたくさんだ。本人は認めないだろうが、そう語っていたアテナの肩ははっきり分かるくらい震えていた。

 ぽふっと軽い衝撃。見れば咲夜の胸元に、アテナが抱き着いてきていた。

 

「分かっているのか、咲夜。この戦いに味方なんていないんだ。周りはみんな敵、敵なのだ。背中を見せれば、そんな間抜けを嬉々として狙い撃ち、撃ち洩らせばつけ狙う。そんな連中しかいない戦いなのだ・・・・・・」

 

 アテナの声音には明らかに恐怖が混じっていた。裏切りに加え、自分が今、人間よりも無力な存在であるという現実が、彼女の心に深い傷をつけているのだ。

 

「……うん、そうだね」

 

 力ない声で答える咲夜。同意ではない。だが、ここまで凝り固まってしまったアテナを不振は、咲夜の言葉だけで解きほぐすことはできないのだ。

 

「む!?」

 

 ばっと体を引き剥がすアテナ。その頬がかすかに紅潮しているのは、肉体年齢の低下に合わせて精神まで子供に近づいていることを恥じるためか。

 

「どうしたの?」

「……神の気配がする。奴らか!?」

「こんなところで!?」

 

 即座に警戒態勢に入るアテナと、驚きながらもデッキとデュエルディスクを手に取る咲夜。一柱と一人は周囲を見渡し、

 

「どのあたり?」

「一直線に近づいてくる感じはない。辺りをうろうろしているようだ。……くそ! 神の力が衰えているせいで、うまく感知できん!」

 

 焦るアテナを落ち着かせ、咲夜は考える。今この近くにいる神というのは敵だろうか? 敵だろう。少なくともアテナはそう思っている。

 時間は現在、前座のプロたちのデュエルが始まるかどうかといったところ。抜け出しても問題はない。

 

「どうする、アテナ?」

 

 咲夜は神に問いかけてみた。今まで一方的に攻撃されていたが、こちらから奇襲を仕掛けたことはない。先手をとりデュエルに持ち込めれば、後れはとるまい。

 追加でそのことを説明し、説き伏せる。最終的な判断はアテナに任せるが、咲夜自身の考えは「攻め」だった。

 

「もう、一方的に攻撃されるのはごめんだ。打って出よう」

 

 先ほど一瞬だけ見せた弱気はかなぐり捨て、アテナはそう言った。

 

 

「おい、本当に神がいるのか?」

 

 ドーム外周、不機嫌そうな声音で、和輝は傍らに実体化したロキにそう問いかけた。ロキは「そのはずだけど」と答えた。

 前座一試合目開始直前、和輝の脳内に、直接ロキの声が届いた。

 離れたところに声を届ける念話によって、ロキから「神の気配がする。しかもどうやらこの周辺らしい」という連絡を受けた和輝はプロデュエリストのデュエルの生観戦という機会に後ろ髪を大きく引かれる思いをしながらも席を立ち、ロキと合流した。

 もしも参加者が邪悪な人間である場合、このドームの人間も危険だ。一刻も早く探し出さねばならない。

 だが肝心の神の気配が希薄で、捕まえるのに苦労するらしい。

 

「気配は感じる。けどひどく弱弱しい。この近くにいるのは間違いないんだけど」

「気配を隠しているんじゃなくてか?」

 

 和輝の問いかけ。ロキはうーんと唸った。

 

「分からない。気配を隠しているにしては弱弱しくとも確かに感じるのはちょっと妙だ。もしかしたら、誰かほかの参加者に襲われて、負傷したとか何かして弱っているのかもしれない」

「なるほど……」

 

 周辺は探ったが、外れだった。いるとしたらドームの中、それも、関係者以外立ち入り禁止の領域だと、ロキは言った。

 

「問題は、この先にいる神が敵に襲われて負傷したのか、誰かを襲い、返り討ちにあって逃げ延びてきたのか、それがわからないところだね。前者はともかく、後者だったらどうする?」

「それは――――」

 

 顎に手を当て、何かを考える和輝。その眼前、会場スタッフが「この先、関係者以外立ち入り禁止です」と進み出てきて、その歩みは止まった。

 

「何か御用ですか?」

「あ、えっと……」

「あ、ごめんね、ちょっと邪魔」

 

 前に歩み出てきたロキがスタッフに向かって指を振るった。次の瞬間、スタッフの目がとろんと垂れ下がり、「はい、どうぞ、お通りください」と夢遊病者の独り言のような声音でそう言って、和輝たちに道を譲った。

 

「さ、これで障害はなくなった。行こう」

 

 ロキに促され、和輝もまた奥に進む。日がささなくなり、冷えた空気が通路に流れている。その中を進もうと、足を踏み入れた。

 次の瞬間。

 

「やはり、現れたか!」

「ッ!?」

 

 後ろから声がした。弾かれたように和輝たちが振り返ると、スタッフが塞いでいた出入り口から二つの人影が下りてきた。片方は和輝も知っている、国守咲夜。もう一人は見覚えのない小さな女の子。

 おそらく上階の窓際かどこかで待機していたのだろう。こちらが中に入った瞬間、背後をとり、逃げ道をふさぐ算段だったのだ。そしてそれは見事に的中した。

 

「国守プロ!?」

「バトルフィールド、展開!」

 

 女の子、アテナが叫ぶ。次の瞬間、呆けたまま立っていたスタッフが消えた。違う。自分たちが、消えたのだ。

 バトルフィールド、神々の戦争が行われる、位相の違う世界に。

 

「貴様!」

 

 アテナが指先を和輝に向けて突き付ける。その間に、咲夜は左腕に装着したデュエルディスクを起動。和輝の左腕のデュエルディスクにターゲットロックする。

 

「貴様か、私たちをつけまわしていた奴は! アレスに命令されたか!?」

「あ、アレス? 何言ってるんだ。い、嫌ちょっと待ってくれ、展開がいきなりすぎる! それに何か誤解してないか!? 俺たちはアレスなんて知らないぞ!」

「黙れ! 貴様の後ろにいるのはロキだろう! 奸計と欺きの神が!」

 

 慌てる和輝と一方的に決めつけるアテナ。完全に会話がかみ合っておらず、しかもアテナのほうからは明確な敵意が滲み出している。もっともそれは、手負いの小動物がそれでも捕食者に対して爪を突き立てるような絶望感を感じさせるものではあったが。

 

「もしかして、アテナか? いや、まってくれ。なぜそんな姿に――――」

「黙れ! なぜだと? 貴様らの不意打ちで、このようなことになったのだろう! 卑怯者のアレスに背中を撃たせて!」

「だからそれは誤解だ! 俺はあんたたちのことなんか知らないし、アレスってやつともあったこともない! そもそもここに来たのだって神の気配を感じて、そいつがもし他人を傷つけることを何とも思わない様な奴だったら放っておけないと思っただけだ!」

 

 興奮しているアテナをなだめることは不可能だ。咲夜は一つ、誰にも聞こえないように小さなため息をついて、和輝と向き直った。

 

「ごめんなさい。あたしも、君を完全に信用しきることはできない。何より、誰より、アテナを守らなくちゃならないの」

 

 咲夜の意志も硬い。彼女は和輝がアレスとは関係ないことを理解したうえで、それでも敵かもしれないなら、見逃すわけにはいかないのだ。

 

「……和輝。こうなったらデュエルだ。デュエルで誤解を解くしかないよ。向こうは、っていうかアテナは興奮しきっている。こっちの言葉が届かない。だったら、一度意地でも頭を覚まさせるんだ」

「……糞ったれ!」

 

 ロキの促し。和輝は胸のもやもやと胃からせり上がってくるような不快感を罵倒とともに吐き出した。

 相手はプロデュエリストの中でも期待の若手。どこまで行けるか。思考を切り替えねばならない。

 

(だが、やるしかない)

 

 自分だって、こんなわけのわからないところで負けるわけには、脱落するわけにはいかないのだ。

 和輝の胸元に赤の、咲夜の胸元に桃色の光、即ち宝珠が光る。

 一拍の間。

 

決闘(デュエル)!』

 

 誰も望まない戦いが始まった。

 

 

和輝LP8000手札5枚

咲夜LP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻!」

 

 声を張り上げるのは咲夜。ドローフェイズを消化し、そのままメインフェイズ1に入る。

 

「咲夜! 遠慮はいらん、速攻で畳みかけるぞ!」

 

 デュエル開始と同時に半透明になったアテナが叫ぶ。

 本来守りの女神であるはずのアテナは、今敵意と――本人は認めないだろうが――恐怖で攻めることしか考えられない。よくない兆候だ。しかし咲夜にはどうすることもできない。雁字搦めになっているのは彼女も同じなのだ。

 袋小路の状況の打開は、外部からしか望めない。

 

「咲夜?」

 

 訝しげなアテナの問いかけ。「なんでもない」と首を振る。誤解のまま始まった戦いだが、自分はアテナを守らねばならないのだ。そう誓った。誓いは、約束は破らない。

 

「手札から、融合発動! 手札のE・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストとE・HERO オーシャンを手札融合!」

 

 咲夜のフィールド、その頭上の空間が、渦のように歪む。彼女の手札から飛び出した二体のE・HERO――影のように長い髪をなびかせた黒いバトルスーツの女と、魚人を思わせる体表の海の戦士――がその渦の中に飛び込み、一つに混ざり合った。

 

「絶対零度のヒーローよ、冷たき刃で敵を切り裂け! 融合召喚、今こそ出でよ! E・HERO アブソルート・Zero!」

 

 バキン、バキン! と音を立てて、氷山が屹立。直後、内側から氷の壁が砕かれ、現れたのは、分厚い氷のように白いバトルアーマーを着込んだ氷のヒーロー。属性通りクールでなおかつ無慈悲だ。

 

「シャドー・ミストの効果発動! E・HERO エアーマンを手札に加えて召喚。サーチ効果を発動して、デッキからE・HERO ブレイズマンをサーチ。カードを一枚セットして、ターン終了」

 

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO アブソルート・Zero 水属性 ☆8 戦士族:融合:効果

ATK2500 DEF2000

「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 和輝の声音はやけくそ気味だ。今にも苛立ちで床を蹴り上げそうである。

 

「この状況が気に入らないかい? けれど、誤解を解くためにも、ここで一方的にやられるわけにはいかないぜ?」

 

 アテナと同じく半透明になったロキの言葉。

 

「分かってる。誤解を受けるのも仕方がないとも思ってる。俺が気に入らないのは、鷹山(たかやま)さんに続いて国守プロともデュエルできるって状況で、なんで怯える女の子を攻撃しなきゃならないんだってことだ!」

 

 和輝の怒りはつまりそういうことだった(、、、、、、、、、)。本来手を差し伸べたい相手に刃を――それも全力で――向けなければならない現実。頭で理解していても感情は納得していない。

 ロキの声が耳朶に響く。

 

「どちらにしても、話をするために一度落ち着いてもらわなきゃならない。ウェスタの時みたく、デュエルで語り合うんだね」

 

 ロキの言葉に頷き、和輝は思考を神々の戦争のものに切り替えた。

 この場所、実はかなり厄介だ。スタッフ専用の通路は決して広いとはいえない。こんな場所では満足に回避もできない。

 ならばどうするか?

 

「この場所からの脱出を優先。そのためには、こいつだ! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札から太陽の神官を特殊召喚! さらにチューナーモンスター、ミスト・レディを通常召喚!」

 

 和輝のフィールドに、連続してモンスターが召喚された。

 一体目。褐色の肌にどこかの民族衣装に杖を持った大柄な男。即ち太陽の神官。

 二体目。全身が霧や水のような流体でできた女。はっきり見えるのは女性的なラインの上半身のみで、下半身は雲か霞のように霞んでいる。ある意味名を体で現している。即ちミスト・レディ。

 

「行く! レベル5の太陽の神官に、レベル3のミスト・レディをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの光輝く緑の輪となったミスト・レディ。その輪をくぐった太陽の神官が、五つの白い光星(こうせい)となり、一列に並ぶ。直後に、その光星を貫く光の道が指しこんだ。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、飛翔せよ、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光の帳が、薄暗い通路を満たした。

 

「大型モンスターか!」

「ちょっと待って、こんな狭いところでそんな大型モンスターを召喚したら!」

 

 咆哮が轟く。全ての種族で頂点に立つ、ドラゴンの咆哮が。

 閃コウ竜スターダスト。スターダスト・ドラゴンに酷似したドラゴンは当然のように巨体だ。和輝の高校のデュエル場のような広く、天井も高いならともかく、質量を持つ神々の戦争内では、絶対に室内で呼んでいいモンスターではない。

 案の定、竜の巨体を収めるにはその通路はあまりにも狭すぎた。

 天井が、床、壁が、次々のドラゴンの巨体に押されて(ひび)割れていく。脆いところはすでに崩れ始めていた。

 

「逃げろ咲夜!」

 

 いわれるまでもない。デュエル中であることを忘我し、咲夜はくるりと(きびす)を返してドームから距離をとる。

 ガガン! というひときわ大きな音を皮切りに、滝のような轟音と水飛沫のような粉塵が発生。ドームの一部が崩落したのだと悟った時には、咲夜は轟音で耳をふさがれ、粉塵で視界を奪われていた。

 

「なんてむちゃくちゃな。これじゃああの子、巻き込まれて瓦礫で潰されるんじゃ――――」

 

 若干青ざめた表情の咲夜。だが、その予想は外れる。粉塵を突き破り、美しい竜が飛翔。その足元に和輝がしがみついていた。

 

「なんてむちゃくちゃな……」

「だが確かに理に適っている。あの程度の衝撃でバトルフィールドは崩壊しない。そして、質量を持ったモンスターの陰に隠れていれば降り注ぐ瓦礫も防げる。あの男、戦い慣れているのか……!?」

 

 にやりと笑ってのける和輝。だが内心は冷や汗ものだ。一応、スターダストの巨体なら降り注ぐ瓦礫からも身を守れる算段があったとはいえ、実際に頭と同じくらいの大きさの瓦礫が降ってきたときは肝を冷やした。

 だがそんな内心はおくびにも出さない。あくまでも笑って見せる。獰猛な笑みで隠す。

 

「これで、とりあえず五分か。後は、もうちょっと頭を冷やしてもらうよう努力だ。俺は手札から速攻魔法、緊急テレポートを発動! デッキからレベル3サイキック族、調星師ライズベルトを特殊召喚」

 

 巨体の竜の傍らに現れる小柄な影。

 黒衣、黒髪、赤い瞳、悪魔のようにとがった耳、右目に眼帯、周囲を浮遊する使い魔らしきモノたち。

 

「ライズベルトの効果発動。自身のレベルを一つ上げる。そしてこの効果にチェーンして、墓地のミスト・レディの効果発動。このカードは、墓地にある時、俺の手札かデッキからのモンスターの特殊召喚成功時に墓地から特殊召喚できる。まぁ、この効果で特殊召喚されたミスト・レディがフィールドを離れた時、ゲームから除外されるけどな」

 

 和輝の墓地から霧状になって復活してくるミスト・レディ。再びチューナーと非チューナーが揃った。

 

「もう一度! レベル4となった調星師ライズベルトに、レベル3のミスト・レディをチューニング!」

 

 再びのシンクロ召喚。先ほどの光景の焼廻しのように、緑の輪と光星、そして光さす道が走る。

 

「集いし七星(しちせい)が、月華に花咲く十六夜薔薇を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、開花せよ、月華竜ブラック・ローズ!」 

 

 光の向こうから現れる、ブラック・ローズ・ドラゴンに酷似したモンスター。召喚と同時にその咆哮と羽ばたきが咲夜のフィールドにたたきつけられる。

 

「月華竜ブラック・ローズの効果発動! アブソルート・Zeroを手札に戻す!」

 

 薔薇竜の羽ばたきは赤い風を起こす。風に抗いきれず氷のヒーローが吹き飛ばされた。

 

「―――――本来手札に戻るモンスターも、エクストラデッキから特殊召喚されたモンスターは手札じゃなくてエクストラデッキに戻される。実質的な除去よね。でもただじゃやられない! アブソルート・Zeroの効果発動! 君のフィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

 瞬間凍結。フィールドを離れたはずのアブソルート・Zeroだったが、痕跡として残った冷気が爆発的に膨れ上がり、津波となって襲来。和輝のフィールドを蹂躙せんと迫る。

 

「閃コウ竜スターダストの効果発動! 自身の破壊を防ぐ!」

 

 スターダストが翼を前面に折りたたみ、手足もまた折りたたんだ守備体勢をとる。その身体全体を覆った白いバリアーが、白青の津波から身を守る盾となった。ただし、スターダストだけだ。ブラック・ローズは波に呑まれて凍りつき、粉々に砕け散った。

 

「スターダストは残っている! バトル! スターダストでエアーマンを攻撃!」

 

 生き残ったスターダストの反撃。放たれる光の息吹(ブレス)がエアーマンを直撃、その身を消し飛ばした。

 ダメージのフィードバックが咲夜を襲う。

 

「く……ッ! この程度!」

 

 勝気な様相がよく似合う、昨夜の勇ましい声。同時、彼女の指がデュエルディスクのボタンを押した。

 

「ただじゃやられないっていったでしょう! リバーストラップ発動! ヒーロー・シグナル! デッキからE・HERO プリズマー特殊召喚!」

 

 空に「H」の文字が浮かび上がり、そのサインに導かれてやってきたのは、全身これ鏡といった風体のヒーロー。鋭角なボディラインはあらゆる光を吸収し、様々なモンスターに姿を変えることができる。

 

「なんか彼女、ちょっと勝気になった?」

「あれが本来の国守プロだ。多分デュエルしててテンションが上がってきたんだろうさ」

 

 笑う和輝。そこにファンの女性の本来の姿を見れたが故の歓喜がある事をロキは見逃さなかった。もっとも、戦いの際中に指摘することもなかったが。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 

太陽の神官 光属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK1000 DEF2000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから「赤蟻アスカトル」または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。

 

ミスト・レディ 水属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF1000

(1):自分の手札、またはデッキからモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動できる。墓地のこのカードを特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れた時、このカードをゲームから除外する。

 

閃コウ竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

調星師ライズベルト 風属性 ☆3 サイキック族:効果

ATK800 DEF800

このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを3つまで上げる。

 

月華竜 ブラック・ローズ 光属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが特殊召喚に成功した時、または相手フィールド上にレベル5以上のモンスターが特殊召喚された時に発動する。相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。「月華竜 ブラック・ローズ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

ヒーロー・シグナル:通常罠

(1):自分フィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。手札・デッキからレベル4以下の「E・HERO」モンスター1体を特殊召喚する。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

 

和輝LP8000手札2枚

咲夜LP8000→7300手札2枚(うち1枚はE・HERO ブレイズマン)

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝と咲夜のデュエルは、早くも白熱してきた。

 だがだからこそ、彼らは気づかなかった。本当の脅威は、すぐ間近にまで迫っていることに。

 

 

 ドーム周辺。まさに和輝と咲夜がバトルフィールドを開いたあたり。正気に戻ったスタッフが目にしたのは、異様な風体の四つの人影だった。

 二人が男、二人が女。

 男はどちらも大柄、一人は三十代後半の見た目、角刈り、黒髪、黒い瞳、黒のグラサン、黒服。まっとうな人間の服装とは思えない。

 だがもう一人の男に比べればマシか。

 年齢は三十代後半あたり、髪型をモヒカンにし、鉄錆色の冑を被り、同じ色の鎧姿。まるで古代の剣闘士(グラディエーター)を思わせる。

 そして女の二人組。どちらも異常で妖艶な雰囲気。

 一人。ツインテールにした青い髪、青い瞳。気だるげな雰囲気を着崩した着物が扇情的で蠱惑的。怠惰で退廃的な空気さえも魅力に映る。

 もう一人。足まで届く銀髪に黒のドレス姿。瞳の色は右が金、左が黒のオッドアイ。黒のルージュに爪も赤く塗っている。着物の女と同じく、目を離せないよう艶で蠱惑的、そしてどこか危険な雰囲気。

 

「あの……」

 

 見るからに異様な集団。それでも入口周りのスタッフとしての仕事を果たそうと、仮装集団もどきに近づいていく。

 だが――――

 

「どけ」

 

 鎧の男が右手を振るう。その動きに合わせて、突風が巻き起こった。

 

「え――――――」

 

 スタッフの男は何が何だかわからなかっただろう。彼の感覚では、突然横から突風を受け、身体が巻き上げられた。おそらくそこで意識は断たれたはずだ。

 正確にはその後地面に激突し、蹴られた空き缶の様に転がっていって、やがて動かなくなった。呻き声がかすかに聞こえるので、生きてはいるらしい。

 四人組。否、正確には二人と二柱。言うまでもなくアレスとエリス、そしてその契約者、兵藤(ひょうどう)とオデッサだ。

 

「ふん。間違いない。ここからアテナの気配がする」

「けれど、バトルフィールドをすでに展開しているわね。中で、ほかの神と戦ているようですわ」

 

 アテナの言葉にエリスが返す。エリスは口元に手を当て、何かを思案している。

 

「ふん。関係ない。ならば乱入し、二柱とも葬るだけだ」

 

 あくまでも強気のアレス。人間たちは無言。オデッサは状況を黙って見守っているだけ。兵藤はそもそも洗脳されて人形と化している。

 

「待って、貴方。もっといい方法があるの」

 

 はやる(アレス)(エリス)が制する。

 

「乱入する前に、対戦している参加者同士を分断してしまうの。そして、まず最初にアテナを倒す。次に、残った参加者を、倒すなり、傀儡にするなりしてしまいましょう。参加者に神の力は通用しないけれど、(わたくし)の話術で絡めとってしまいましょう」

 

 不和の女神であるエリスはかつて、神々をも翻弄し、地上に数多の神が介入した大きな戦争を起こさせた。

 トロイア戦争。多くの人間が、英雄が争い、血で大地を染め上げ命を落とした戦争だ。

 その時彼女は、リンゴ一つでその戦争を始めさせたという。

 不和の女神が笑う。そして、作戦を立てた。アレスも笑う。「オレ好みだ」と。

 

「じゃあ、貴方。(わたくし)の案に乗ってくれる?」

「ああ。期待している。兵藤!」

「はい、アレス様」

 

 兵藤が一歩前に出る。既にデュエルディスクを起動。手には魔法カード、オデッサも同じく、デュエルディスクを起動させ、魔法カードを人差し指と中指の間に挟んだ。

 

「震えろアテナ。碌に力も使えぬキサマは、満足にバトルフィールドも展開できないようだ。(ほころ)びが視えるぞ」

 

 神々の目には、アテナが張ったバトルフィールドの入り口が視えていた。ここをくぐればフィールド内に入りこめ、神々の戦争に飛び入り参戦できる。

 だが今、バトルフィールドには亀裂のようなものがあった。綻びだ。アテナが子供の姿になっているため、満足にフィールドを維持できないのだ。和輝がフィールド内のドームを崩したことも無関係ではあるまい。

 今なら、フィールドの外から攻撃を加えられる。

 アレスの右腕に、肉厚の両刃剣が現れる。その剣の表面から炎が噴き出し剣身を覆い、炎の剣と化す。

 

「はぁ!」

 

 アレスの剣が降り抜かれ、炎が怒涛の勢いで、バトルフィールドの綻びに叩き込まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:絶望的な戦い

 和輝(かずき)咲夜(さくや)神々の戦争(デュエル)は二ターン目にして早くも白熱してきた。

 だが二人は気づかない。本当の脅威は、すぐそばまで迫ってきていることに。

 

 

和輝LP8000手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト(攻撃表示)、

伏せ 1枚

 

咲夜LP7300手札2枚(うち1枚はE・HERO ブレイズマン)

場 E・HERO(エレメンタルヒーロー) プリズマー(攻撃表示)

伏せ 0枚

 

閃コウ竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ドローカードはE・HERO クレイマン。

 

(ナイスドロー!)

 

 内心でガッツポーズ。咲夜はちらりとフィールドを一瞥で確認し、一つ頷くと即座に動いた。

 

「ブレイズマンを召喚。効果でデッキから融合をサーチ。さらにプリズマーの効果発動! エクストラデッキからE・HERO グランネオスを提示して、デッキのE・HERO ネオスを墓地に送るよ。これでプリズマーはエンドフェイズまでE・HERO ネオスとして扱われる」

「E・HERO ネオス……、国守(くにもり)プロのエースモンスター」

 

 和輝の表情に警戒の色がありありと浮かんできた。国守咲夜は、E・HEROによる融合と、E・HERO ネオスを用いた戦術で知られているのだ。

 

「いくわよ! まずは場のプリズマーとブレイズマンをオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。咲夜の頭上に渦を巻く、星々煌めく宇宙のような空間が出現。その空間の中心点に向かって、プリズマーが白の、ブレイズマンが赤の光となって飛び込んだ。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が起こる。そして、二体の魂を掛け合わせ、新たなモンスターが現れた。

 

「出でよ大自然の導き手! 希望を紡げ! ダイガスタ・エメラル!」

 

 虹色の向こう側から現れたのは、エメラルドグリーンの鉱石の身体を持ち、翼を大きく広げた戦士。その周囲を衛星のように旋回する光球が二つ、即ちオーバーレイユニット。

 

「ダイガスタ・エメラル効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地のネオスを復活!」

 

 ダイガスタ・エメラルの周囲を旋回していたオーバーレイユニットが一つ消失。同時、咲夜の墓地から勇ましい声とともに復活したのは、昔の特撮ヒーローに酷似したデザインのモンスター。

 白を基調とし、赤いラインで彩られた姿、その胸にある青い宝珠が誇らしげに輝いていた。

 

「来たか、E・HERO ネオス! 次はなんだ? コンタクト融合?」

「これよ! 手札から融合発動! 手札のクレイマンとスパークマンを融合!」

 

 咲夜の頭上、再び空間の歪みが渦を作り、その渦の中に岩のような体をした“土”のヒーローと雷撃を操る“光”のヒーローが飛び込み、一つに混ざり合う。

 

「大地のヒーロー! その雄々しき拳で出来を砕け! 融合召喚、E・HERO ガイア!」

 

 現れる新たな融合ヒーロー。

 黒鉄(くろがね)色の体躯、末端肥大型の両拳、力強さと堅牢さを併せ持つ、大地の力を振るうヒーローの登場だ。

 

「ガイア効果発――――」

 

 発動。といいたかったのだろう。だが咲夜がその言葉を吐くことができなかった。突然の炎が奔流となって、和輝と咲夜を分断するように流れ込んできたからだ。

 

「なんだ!?」「何!?」驚愕と混乱の和輝と咲夜。

「これは――――」困惑のロキ。

「まさか、アレスの、炎……」そして、恐怖に凍りついたアテナ。

 

 炎が二組を分断する。そして――――――

 

 

 バトルフィールド境界面。アレスが放った炎の奔流が収まった後、彼は一歩後ろに引いた。

 入れ替わるように前に出たのはアレスの契約者(にんぎょう)兵藤(ひょうどう)。彼は魔法カードを一枚、人差し指と中指の間に挟んでいた。

 

「魔法カード発動。地割れ」

 

 瞬間、神々の戦争参加者の特権によってカードの効果が実体化。「地割れ」がバトルフィールドを駆け抜けた。

 

 

 突然の炎の奔流によって大きく距離を離すことになった和輝たちと咲夜たち。その二組をさらに引き離すように、大地が割れた。

 

「ッ! 誰かが魔法カードを使ったのか!?」

 

 ロキの推測は意味がない。既に効果は現実化し、皆の頭上――いや、足元――に顕現している。

 

「うお……ッ!」

 

 大地が割れずれ、和輝組と咲夜組との距離がさらに分かれる。和輝はたたらを踏み、断面から遠ざかるように後ろに下がった。

 

 

 和輝たちを地割れが襲った直後、今度はオデッサが前に出た。その手には当然、魔法カード。

 

「地盤沈下、天変地異、発動」

 

 気だるげながらその内側に嗜虐的な愉悦を秘めたオデッサの声音。先の兵藤と同じく、実体化した魔法がさらに綻びが広がったバトルフィールド内を荒れ狂う。

 

 

 ガクンと、和輝は己の視界が急激に下がったことを自覚した。

 

「な!?」

 

 抗えない。とっさに近くのスターダストにしがみつこうとするも、ほぼ同時に上空から雨、火山の噴火のごとき溶岩の奔流、そして竜巻が襲い掛かった。

 

「なんじゃこりゃぁ!?」「カードの実体化!?」

 

 あまりにも現実離れした事態に絶句する和輝。ロキの驚愕の声。そして、天から降り注ぐ天変地異が和輝を完全に飲み込んでしまった。

 

「あ――――――」

 

 あまりのことに咲夜は呆然。その手を、実体化したアテナがつかんだ。

 

「アテナ!?」

「デュエルは中止だ! アレスたちが来た。逃げ――――――」

 

 

「どこに逃げるつもりだ?」

「奈落の底に落ちてしまった坊やは見殺し? 仕方がないかしら、だって、敵なんですもの」

 

 

「!」

 

 覆いかぶさるように響いてきた声に、一人と一柱の動きが止まる。振り向くアテナ。その視線の先に四つの人影。即ち兵藤とアレス。オデッサとエリスの二組の参加者たち。

 

「アレス……、エリス……」

 

 絶望に表情を青ざめさせるアテナ。嘲りの表情を浮かべるアレス。エリスもまた、嘲笑を浮かべている。

 対して、戦意を失わない咲夜が歯をくいしばりながら前に出る。

 視線の先は神々ではなく、その契約者。無表情でどこを見ているかわからない兵藤と、茫洋とした視線を中空に向けているオデッサ。

 咲夜は思う。彼らが洗脳されているのなら、言葉を交わすのは無駄。そして、逃げることはまず出来まい。

 だがここは神々の戦争のバトルフィールド内。勘違いから始まった戦いとはいえ、ロキの契約者の少年とデュエルをしていたのは僥倖だった。そのおかげでこいつらはバトルフィールド内に入ってこざるを得なくなった。

 無言で、デュエルディスクを再起動。デュエルターゲットを、契約者の二人に固定する。

 

「ほう」

 

 面白そうにアレスが目を細めた。エリスも、口角を吊り上げる笑みを浮かべる。どちらも読み取れる感情は同じだった。即ち、愉悦。

 

「面白い、面白いわ。今まで震えて逃げ回るだけだった小兎が、今は勇ましく戦おうというの?」

 

 促されるように、二柱の神のパートナーもまた、デュエルディスクを構える。兵藤に至ってはすでにオートシャッフルを起動。臨戦態勢だ。

 エリスの笑み。「ねぇ貴方。ここは勇敢な少女に報いてあげましょう」

 アレスの笑み。「迅速で徹底的で一方的な蹂躙もいいが、たまにはエリス好みにじわじわと嬲るもいいか」

 嗜虐的な笑みが二重に咲夜とアテナを嬲る。

 

「アテナ、戦おう。相対できるから、今こそ!」

「…………ああ、もう、後には引けん!」

 

 震えながらも勇ましく答えるアテナ。咲夜の胸元に桃色の宝珠の輝きが宿る。兵藤にはエボニーの、オデッサにはオーキッドの輝きが宿る。そして――――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 咲夜たちにとって圧倒的に不利な戦いが始まった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝が意識を失っていたのは、ほんの五分ほどのことだとロキは言った。

 

「多分、バトルフィールドの外から何かしてきたんだろうね。まず間違いなく、カードの実体化だ。くっそ、バトルフィールドの綻びか。アテナめ、そこまで弱っていたなんてな」

「厄介な。偶然こいつを伏せていて助かったぜ」

 

 そう言って、和輝はデュエルディスク――対戦相手だった昨夜の反応はもうロストしていた――の魔法・罠ゾーンにセットされていたカードを手に取った。

 強制脱出装置。

 「地割れ」によって隔離され、「地盤沈下」によって脱出を困難にされ、閃コウ竜スターダストで飛んで脱出する前に「天変地異」で沈められそうになった和輝だったが偶然セットしてあった「強制脱出装置」を発動。その効果の実体化によって、難を逃れたのだ。

 

「けど、おかげでずいぶん離されたな。どこだここ?」

「ドームから結構離れたね」

 

 ロキの声は和輝の位置から若干低い位置から聞こえてきた。それもそのはず、彼は今、地面に両手をついて何かを探るように大地に、そして周囲に目を配っているのだ。

 

「で、何やってるんだロキ?」

 

 咲夜たちの元に戻るでもなく、このまま去るでもないロキに訝しげな視線を送る和輝。ロキは困ったような表情を浮かべて、

 

「実はこのバトルフィールドなんだけどさ、崩れかかってる(、、、、、、、)

「な――――――」

 

 和輝は目を見開き驚愕。事の重大性に戦慄する。

 バトルフィールドの崩壊は、即ち現実世界にも影響を及ぼす。

 和輝の脳裏をよぎる七年前の記憶。東京大火災。そこで失われた多くの命。犠牲者だった和輝が失ったもの、得たもの。

 

「どうすればいい?」

「ボクがこの場にとどまって、フィールドを修復する。その間動けないから、彼女たちのサポートにはいけそうにないね」

 

 すでに和輝もロキも、咲夜とアテナを助けに行くことを決定していた。

 怯えている女神と、彼女を守ろうとする少女。見捨てればさぞかし後味が悪い。

 

「フィールドの修復自体は可能だ。問題があるとすれば、二つ。一つ目はバトルフィールドの修復が終わるまでにアテナのパートナーがやられていないかどうか。アテナたちに向かった敵の気配は二つ。二対一はきつい」

「そっちは多分大丈夫だ。国守プロなら、不利な状況でも簡単にやられないだろ」

 

 デュエルディスクを起動させ、デッキのオートシャッフル機能を使って、和輝は己のデッキを調整、そして前を見た。

 

「そう、なら問題はもう一つの方だね」

 

 修復作業を続けながら、ロキも和輝の視線の先を追った。

 そこに、一人の男が立っていた。

 三十代前半の男、斬り揃えられた黒髪、黒い瞳、どこにでも売っていそうな白いシャツ、ベージュのチノパン姿。

 ただし、恐ろしく無表情。和輝は最初、人形が立っているのかと思った。

 

「何者だ?」

「分からない。神の気配は感じない。けどこの場所(バトルフィールド)にいる以上、ただの人間じゃないね」

 

 そう言っている間も、男は左腕のデュエルディスクを起動。デュエルターゲットを和輝に指定した。

 

「ッ! 逃がさないってことか?」

 

 相手が何者かわからないが、この場にいるということは、カードの実体化も使えるかもしれない。だとすれば放置しておけない。余計な衝撃はこのバトルフィールドの崩壊を早めることになるかもしれないのだ。

 

「やってやんぜ!」

 

 吠える和輝。デュエルディスクを起動させ、一拍の沈黙で場を満たす。

 そして――――――、

 

決闘(デュエル)!」

 

 和輝だけが一方的に、戦いの開始を宣言した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 バトルロイヤルルール。

 プレイヤーは、まだ最初のターンを開始していないプレイヤーに攻撃できない。

 全てのプレイヤーはフィールド(フィールドカードゾーン含む)、墓地を共有しない。

 乱入プレイヤーは、他プレイヤーのターン終了時か、プレイにチェーンする形でのみ、デュエルに乱入できる。

 乱入プレイヤーはプレイにチェーンする形で乱入する時のみ、手札から魔法、罠、モンスター効果を発動できる。ただし、カードをフィールドから離す効果を持つカードは発動できない(この時、乱入プレイヤーのターンはまだ開始していないものと扱う)。

 乱入プレイヤーのターン順は、乱入した際のターンプレイヤーの次の順番にターンが回ってくる。

 乱入プレイヤーは自分の最初のターン、ドローフェイズにカードをドローできない。

 フィールド全体に効果を及ぼすカード効果は参戦しているすべてのプレイヤーに及ぶ。

 タッグデュエルの場合、パートナーのモンスターをリリース、融合素材・シンクロ素材・エクシーズ素材として使用できる。

 自分が伏せた通常魔法、装備魔法はパートナーのターンにも発動できる。

 

 

ターン順

咲夜→兵藤→オデッサ

 

 

咲夜LP8000手札5枚

兵藤LP8000手札5枚

オデッサLP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻!」

 

 咲夜は勇ましく叫び、先攻を勝ち取った。だがその叫びはどこまでも虚勢。

 咲夜の脳裏を様々な思いがよぎる。

 敵。アレスとエリス。今まで幾度も襲い掛かってきた追手。ついにその手が肩に触れた。足を止めさせられた。逃げることはできなくなった。

 アテナ。守るべき存在。守ろうと誓った存在。

 二対一。絶対的に不利な状況。負けられないのに敗色は濃厚。

 ともすれば膝から頽れてしまいそうになる。心を奮い立たせる。恐怖で押し潰されないために。

 

「カードを二枚セット、それからモンスターをセットして、ターンエンド!」

 

 

「オレのターンだな。兵藤、ドローしろ」

「はい。アレス様」

 

 意気揚々と、笑みさえ浮かべたアレスの指示。従順に従う兵藤(にんぎょう)が無表情、静かなアクションでカードをドローする。

 

「モンスターを召喚だ。そして攻撃」

「了解しました。ジュラック・グアイバを召喚」

 

 兵藤=アレスのフィールドに現れたのは、手先や足先、そして背びれに炎をまとわせた、赤や青に着色されたグアイバサウルス。実物よりもややデフォルメされているが、恐竜としての風格は損なわれていない。

 

「ジュラック・グアイバで攻撃」

 

 咲夜のフィールドには二枚の伏せカードがあるが、アレスは躊躇なく攻撃を指示した。二対一の状況故に、たとえ手痛い反撃を受けてもすぐに立て直せると思ったのだ。

 攻撃宣言を受けたジュラック・グアイバが疾走、跳躍。炎を宿した爪を振り下ろした。

 衝撃、そして熱量が咲夜の頬を叩いた。咲夜の守備モンスター、E・HERO シャドー・ミストはあっけなく破壊された。

 アレスが嵩になって吠えたてる。

 

「この瞬間、ジュラック・グアイバの効果発動! デッキから新たなジュラック、ジュラック・デイノを特殊召喚する!」

 

 ジュラック・グアイバの傍らに、新たな炎の恐竜が現れる。

 頭部の小さな角、足先の炎を漲らせたディノニクス。デフォルメされ、やや大きな瞳が咲夜を睨みつける。

 

「こっちのモンスターを減らしたうえに、自分のモンスターは増やしたってわけね。けど、あたしだってただじゃやられない! シャドー・ミストが破壊されたことにより、リバーストラップ、ヒーロー・シグナルを発動! デッキからE・HERO ブレイズマンを守備表示で特殊召喚!」

 

 咲夜も黙ってはいない。彼女の足元に伏せられた二枚のカードのうち一枚が翻り、天に「H」の文字が記される。

 ヒーローたちの交信サインを受けて現れたのは炎のヒーロー。己の身を盾にして咲夜を守ろうと膝をつき、守備体勢をとっている。

 

「ブレイズマンとシャドー・ミストの効果発動! デッキから融合と、E・HERO エアーマンをサーチ!」

 

 咲夜のデッキから二枚のカードが排出され、彼女の手札に加えられる。これで、二枚だった昨夜の手札は四枚にまで回復した。

 

「壁を破壊されても、新たに後続を呼び、さらに少なくなった手札さえ補うか。伊達にプロデュエリストを名乗っているわけではなさそうだ」

 

 相手の抵抗に、アレスは満足げに頷いた。

 

「ならばこちらは攻め手を強化する。バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に入り、レベル4のジュラック・グアイバに、レベル3のジュラック・デイノをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑色の光の輪となったジュラック・デイノ。その輪をくぐり、四つの白い光星(こうせい)となったジュラック・グアイバ。四つの光星はやがて一筋の光さす道となる。

 

「蹂躙せよ、獰猛なる暴君! シンクロ召喚、ジュラック・ギガノト!」

 

 輝かしい光の(とばり)が辺りに落ち、それが荒々しい咆哮とともに引き裂かれる。

 現れたのは、頭部に冠の様に炎を揺らめかせた巨大なギガノトサウルス。

 

「ジュラック・ギガノトは墓地のジュラック一体につき、攻撃力を200アップさせる。今は二体だけなので、400アップにとどまるが、これからどんどん増強していくぞ。カードを一枚伏せ、ターンを終了しろ、兵藤!」

 

 アレスの指示に無言で従う兵藤。咲夜は険しい視線で伏せられたカードを睨みつけた。

 

 

ジュラック・グアイバ 炎属性 ☆4 恐竜族:効果

ATK1700 DEF400

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、デッキから攻撃力1700以下の「ジュラック」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃宣言できない。

 

ジュラック・デイノ 炎属性 ☆3 恐竜族:チューナー

ATK1700 DEF800

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊したターンのエンドフェイズ時に1度だけ、自分フィールド上の「ジュラック」と名のついたモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

ヒーロー・シグナル:通常罠

(1):自分フィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。手札・デッキからレベル4以下の「E・HERO」モンスター1体を特殊召喚する。

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

ジュラック・ギガノト 炎属性 ☆7 恐竜族:シンクロ

ATK2100 DEF1800

チューナー+チューナー以外の恐竜族モンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の「ジュラック」と名のついたモンスターの攻撃力は、自分の墓地の「ジュラック」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。

 

 

ジュラック・ギガノト攻撃力2100→2500

 

 

「次はあたしのターンか、ドロー」

 

 気だるげでどこか突き放したような雰囲気のまま、しかしその仕草はどこまでも(つや)っぽい。カードをドローする仕草もまた。

 

「オデッサ。アレス様に続いて、(わたくし)たちも、攻めて、そして屈服させましょう?」

 

 半透明のエリスの、嗜虐に満ちた言葉。

 頷くオデッサ。「きみがそうしたいなら」そう言いながらカードを繰り出す。

 

「まずはこれ。魔法カード、おろかな埋葬。デッキからトリック・デーモンを墓地に送る。――――――トリック・デーモンの効果発動。デッキからデーモンの宣告を手札に加える」

「デーモンの宣告?」

 

 デッキから排出されたカードを、オデッサが咲夜と兵藤=アレスに向けて提示する。

 提示されたのは間違いなくデーモンの宣告。500のライフコストを払いデッキトップを宣言。当たれば手札に加えられ、外れれば墓地に送られるもの。天変地異のようなピーピングカードがあるならいざ知らず、ただ発動しただけでは無駄にライフを払うことになりかねない。

 

「そうね――――――」

 

 オデッサの指が、自身のデッキにそっと添えられた。

 

「宣言するのは、伏魔殿(デーモンパレス)-悪魔の迷宮-」

 

 デッキトップがめくられ、皆に提示される。

 提示されたのは、まさしく宣言した伏魔殿-悪魔の迷宮-。

 

「正解!?」

 

 驚愕に目を見開く咲夜。こんなのは当たり前だという顔をするオデッサ。そして、得意げに笑うエリス。

 

(わたくし)の契約者、オデッサはちょっと特別な人間なの」

 

 半透明のエリスの得意げな微笑。アテナが苦々しい表情を浮かべる。

 

「……神代の時代から続く、神々の系譜か」

「神々の、系譜?」

 

 アテナの台詞に咲夜が疑問符を浮かべる。

 

「遥かな昔のこと」

 

 エリスが割り込んでくる。さらに話が続く。

 

「神は多くの人間を作りました。いわば人間は神のコピー、現身。だからこそ、神々の力を内包した人間も少なからずいたわけね」

「それが、今の透視みたいな展開につながるわけ?」

「触れたものの内容を読み取る、限定的な透視能力。幾千の月日と世代の重なりが、神の力をここまで後退させたそう、だよ」

 

 気だるげなオデッサが、己の手を見つめながらそう言った。

 

「大したことないけど、ね。さ、続き続き。正解したことで、伏魔殿を手札に加え、発動」

 

 瞬間、周囲の景色が一変する。

 痛ましい破壊跡から一転、現れた景色は非常におどろおどろしい漆黒の城。

 

「この効果で悪魔族の攻撃力が500アップ。さらにマッド・デーモンを召喚」

 

 悪魔の城から悪魔が現れる。

 爆発したような赤髪、痩身、骨のような外装、そして腹部にあるずらりと牙が並んだ大きな口とその口の中にある人間の頭蓋骨。

 

「バトル。マッド・デーモンでブレイズマンを攻撃」

 

 投げやりで突き放した、どーでもよさそうな声音で、オデッサは攻撃を宣言。彼女の命令を受けたマッド・デーモンが腹の口の中にある髑髏をかみ砕き、その破片を弾丸のようにブレイズマンに向けて発射した。

 

「リバーストラップ発動! 攻撃の無敵化! これでこのターン、ブレイズマンを破壊から守る!」

 

 翻る咲夜の伏せカード。直後、防護の力を付与されたブレイズマンが、髑髏の散弾を耐えきった。

 

「くぅ……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックが咲夜を襲う。500程度の低いダメージだが、慣れない痛みに彼女は顔をしかめた。

 

「逃げてばかりの貴様には辛かろうな」

 

 アレスの嘲笑、エリスの微笑。何ほどのこともない。アテナを安心させてやるため、咲夜もふてぶてしく笑う。自分が憧れたヒーローは、ピンチの時に弱気なんか吐かなかった。常に弱者の視線を背中に受けて、それでも強気に笑って見せたのだ。自分だってそれくらいはやってやる。守るべきものがある今は、特に。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

 

おろかな埋葬:通常魔法

(1):デッキからモンスター1体を墓地へ送る。

 

トリック・デーモン 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF0

このカードがカードの効果によって墓地へ送られた場合、または戦闘によって破壊され墓地へ送られた場合、デッキから「トリック・デーモン」以外の「デーモン」と名のついたカード1枚を手札に加える事ができる。「トリック・デーモン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

デーモンの宣告:永続魔法

1ターンに1度だけ、500ライフポイントを払いカード名を宣言する事ができる。その場合、自分のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合手札に加える。違った場合はめくったカードを墓地へ送る。

 

伏魔殿-悪魔の迷宮-:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上の悪魔族モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上の「デーモン」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスター以外の自分フィールド上の悪魔族モンスター1体を選んでゲームから除外し、自分の手札・デッキ・墓地から選択したモンスターと同じレベルの「デーモン」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚する。「伏魔殿-悪魔の迷宮-」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

マッド・デーモン 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1800 DEF0

(1):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。②:攻撃表示のこのカードが攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを守備表示にする。

 

攻撃の無敵化:通常罠

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 

マッド・デーモン攻撃力1800→2300

 

 

咲夜LP8000→7500手札4枚(うち2枚は融合、E・HERO エアーマン)

兵藤LP8000手札4枚

オデッサLP8000→7500手札2枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ドローカードを鋭い眼差しで確認し、咲夜は即座に動いた。

 

「E・HERO エアーマンを召喚!」

 

 新たに現れたヒーロー。飛行型のバトルアーマーにマスク、鍛え上げられた肉体を持ち、空中で一回点の宙返りを決めて咲夜のフィールドに舞い降りる。

 

「エアーマンの効果発ど――――」

 

 発動、と、最後まで言い切ることはできなかった。その前に、エアーマンの全身に漆黒の鎖が巻き付き、雁字搦めにしてしまったのだ。

 

「これは――――――」

「残念でねぇ。(わたくし)のパートナー、オデッサはちゃんと罠を張っていたのよ」

 

 くすくす笑うエリス。投げやりな表情のオデッサ。彼女の足元には、露わになった永続罠、デモンズ・チェーンの姿があった。

 

「デモンズ・チェーン……、それでエアーマンの攻撃と効果を無効にしたってわけね」

「エアーマンの魔法・罠破壊効果でデーモンの宣告でも破壊したかったんだろうけど、そうはさせない」

 

 表情を動かさず、気だるげな声音でオデッサは言った。咲夜は歯噛みし、即座に次の戦術を展開する。

 

「融合発動! 場のエアーマンとブレイズマンを融合!」

 

 咲夜の頭上の空間が歪み、渦を作る。その渦に二体のヒーローが飛び込み、一つに混ざり合った。

 

「燃えろ炎のヒーロー! 熱き心と拳で敵を焼き尽くせ! 融合召喚、E・HERO ノヴァマスター!」

 

 現れた融合ヒーロー、ノヴァマスター。

 赤いマントをはためかせ、炎を思わせる鎧に身を包んだ真紅のヒーロー。大地に着地し気合の声と共に熱波を噴出、気合十分をアピールする。

 

「さらにアサルト・アーマーをノヴァマスターに装備。そしてアサルト・アーマーの効果! アサルト・アーマー(このカード)を墓地に送って、このターン、ノヴァマスターに二回攻撃を付与する!」

 

 気合の雄たけびをあげるノヴァマスター。その全身から炎が闘気となって吹き上がる。

 

「バトル! ノヴァマスターでマッド・デーモンとジュラック・ギガノトを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、ノヴァマスターが跳躍。上空から炎の奔流を発射。奔流は途中でY字に分かれ、それぞれのモンスターに狙いを変更、直撃した。もっとも、ジュラック・ギガノトはともかく、マッド・デーモンは自身の効果で守備表示に変更さえたため、オデッサにダメージはなかったが。

 

「……ッ!」

 

 無言で、かすかに体を震わせる兵藤。だがすぐに体勢を立て直した。

 

「ノヴァマスターの効果でカードを二枚ドロー! カードを一枚セットして、ターン――――――」

 

 エンド、といおうとした。だがそこに、オデッサが待ったをかけた。

 

「待った。きみのエンドフェイズ、あたしは伏せていたデーモンの雄叫びを発動、500ライフを払い、墓地からトリック・デーモンを特殊召喚する」

 

 オデッサの足元にあったもう一枚の伏せカードも翻る。そして墓地から復活するのは小柄な少女型悪魔。キャハハハハと甲高い笑い声を上げてくるりと一回点、着地する。

 

「けどデーモンの雄叫びによって特殊召喚されたトリック・デーモンは何もできずに破壊される。この瞬間、トリック・デーモンの効果発動。デッキからデーモンの将星を手札に加える」

 

 断末魔の寄生を発して、トリック・デーモンの身体が崩壊する。その末期の叫びがデーモンに届き、オデッサのデッキからカードが一枚、彼女の手札に加えられた。

 

「ただでは転ばないのは、向こうも同じか……」

「上等よ。あたしは改めてターンエンド!」

 

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

デモンズチェーン:永続罠

フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、その表側表示モンスターは攻撃できず、効果は無効化される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO ノヴァマスター 炎属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DEF2100

「E・HERO」モンスター+炎属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

アサルト・アーマー:装備魔法

自分フィールド上に存在するモンスターが戦士族モンスター1体のみの場合、そのモンスターに装備する事ができる。装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。装備されているこのカードを墓地へ送る事で、このターン装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

デーモンの雄叫び:通常罠

500ライフポイントを払い発動する。自分の墓地から「デーモン」という名のついたモンスターカード1枚を自分のフィールド上に特殊召喚する。このモンスターは、いかなる場合にも生け贄にする事はできず、このターンのエンドフェイズに破壊される。

 

 

咲夜LP7500手札3枚

兵藤LP8000→7900手札4枚

オデッサLP7500→7000手札3枚(うち1枚はデーモンの将星)

 

 

 咲夜は一切余力を残すようなことはせず、最初から全力でカードを操る。二対一という絶対的に不利な状況を覆すには、それくらいしなければならない。胸に秘めた誓いを抱きよせながら、咲夜はそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:孤独な瞳に見える背中

 子供のころ、亡き父が見せてくれた昔の特撮番組のビデオ。

 咲夜(さくや)が生まれる前の番組で、刑事だった父が、照れくさそうにはにかみながら「お父さん、子供に見せられるの、こういうのしかなくてなぁ」と言っていたのを今でも覚えている。

 番組の内容はまさしく子供受けしそうな昔の特撮番組だ。

 主人公が強大な敵にも怯まず一人でも立ち向かい、弱い者たちを守り、正義を貫き、ついには悪を打ち倒す、勧善懲悪もの。

 当時は父と一緒に見て楽しむだけで、どことなく「かっこいい」と思っていただけだったが、父が殉職してから、一人で何度も同じ番組を見ているうちに、その背中が父と重なった。

 子供のころ、お父さん、こんなヒーローに成りたかったんだ。

 銀行強盗から子供を庇って死んだ父が、恥ずかしげに、そしてどこか誇らしげにそう言っていた。殉職したその姿こそが、ヒーローの姿だったんだと、今なら言える。だから、父のヒーローの背中が重なったことに、さほど驚きは感じなかった。

 己の正義を貫き生きてきたからだろうか。あるいは、幼い咲夜にとって、悪い奴を捕まえてみんなの平和を守る父の姿が原初のヒーローだったからか。

 或は父親譲りの正義感が、彼ら(、、)の尊さを知っていたからか。

 憧れはいつしか誓いになった。

 父のような、そしてあの主人公のような、誰かの希望になれる、誰かを守れる、ヒーローに成りたい。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 二対一とは圧倒的に不利な状況だ。

 手札、デッキ、フィールドにライフ。全てのアドバンテージに初期から倍の開きがある。そこらの常人ならいざ知らず、神々の戦争参加者は並の相手ではない。

 それでも咲夜は退かない。恐怖を抱く心を必死に鼓舞し、守るべきもの、力を失った女神、アテナを守るために、ともすれば崩れ落ちてしまいそうな膝の力を込め続ける。

 

 

咲夜LP7500手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 E・HERO(エレメンタルヒーロー) ノヴァマスター(攻撃表示)

伏せ 1枚

 

兵藤(ひょうどう)LP7900手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 なし

伏せ 1枚

 

オデッサLP7000手札3枚(うち1枚はデーモンの将星)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続魔法:デーモンの宣告、フィールド魔法:伏魔殿(デーモンパレス)-悪魔の迷宮-、永続罠:デモンズ・チェーン(対象なし)

伏せ なし

 

 

E・HERO ノヴァマスター 炎属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DEF2100

「E・HERO」モンスター+炎属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

デーモンの宣告:永続魔法

1ターンに1度だけ、500ライフポイントを払いカード名を宣言する事ができる。その場合、自分のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合手札に加える。違った場合はめくったカードを墓地へ送る。

 

伏魔殿-悪魔の迷宮-:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上の悪魔族モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上の「デーモン」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスター以外の自分フィールド上の悪魔族モンスター1体を選んでゲームから除外し、自分の手札・デッキ・墓地から選択したモンスターと同じレベルの「デーモン」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚する。「伏魔殿-悪魔の迷宮-」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

「オレのターンだ、ドローしろ、兵藤」

「はい、アレス様」

 

 兵藤=アレスのターン。アレスの指示に従うだけの人形と化した兵藤は虚ろな表情のまま、淡々とカードをドロー。アレスのみ、ドローしたカードを確認してにやりと口角を吊り上げた。

 

「手札の究極恐獣(アルティメットティラノ)を捨て、ワン・フォー・ワン発動! デッキからレベル1モンスター、ジュラック・アウロを特殊召喚!」

 

 兵藤=アレスのフィールドに新たなモンスターが現れる。

 卵の欠片をズボンのようにはいた、小さなアウロサウルスの子供。やはり黒、黄色や青などの原色で目に痛い色彩をしており、赤ん坊であるためかジュラック特有の炎は身に纏っていなかったが、代わりに小さな炎を吐いていた。

 

「ジュラック・アウロの効果を発動しろ。自身をリリースし、ジュラック・グアイバを墓地から特殊召喚しろ」

 

 アレスの命令が下り、兵藤が従う。再び現れたジュラック・グアイバが威嚇の咆哮を上げる。

 

「さらにジュラック・モノロフを召喚。そして、伏せていたリビングデッドの呼び声を発動! 墓地の究極恐獣を復活!」

 

 兵藤=アレスの戦術、展開が加速。二体のジュラックが爪を振るい、その奥から、ひときわ大きな咆哮を上げて現れる黒い巨体。

 弾丸さえ無意味と化しそうな固い外骨格、鉄など紙の様に引き裂きそうな鋭い爪、牙、そして何より「攻める」ことに貪欲な双眸。

 捕食者の王たる恐竜の中でも際立って攻撃本能の強い個体だ。

 

「さぁバトルだ! 蹂躙せよ、究極恐獣!」

 

 攻撃宣言が下る。先陣を切った究極恐獣が、貪欲な殺意と食欲をむき出しにしながら疾走。その巨体からは想像もつかぬ速度で距離を詰め、一気に爪を振り下ろした。

 衝撃、轟音。眼前で自身のヒーローがずたずたに引き裂かれる様を、咲夜は目をそらさず見据え続けた。

 

「く……ッ!」

「まだ終わると思ってはいまいな? ジュラック・グアイバでダイレクトアタック!」

 

 咆哮を上げ、ジュラック・グアイバが疾駆。一気に咲夜への距離を詰めてくる。

 

「――――――ッ!」

 

 咲夜の心に恐怖が走った。初めての神々の戦争のデュエル、今まで追い込まれていた憔悴、そして守らねばならぬという気負いと、二対一という不利な状況が相乗的に重なった結果だ。

 だから咲夜は反射的にデュエルディスクのボタンを押してしまった時、「あっ」と声を上げた。発動してはいけないと分かっていたのに(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 リバースカードが発動。トゥルース・リインフォース。その効果が発動してしまい(、、、)、デッキからレベル2以下の戦士族モンスターを特殊召喚せざるを得なくなる。

 

「ハッハハ! これは戦術ミスだな。戦闘で相手モンスターを破壊すればデッキから増援を呼べるジュラック・グアイバ相手に、わざわざ餌を増やしてくれるとはな!」

 

 アレスの嘲笑が耳に痛い。しかし起きてしまった事実は変えられない。咲夜は苦い表情のまま、デッキからクロス・ポーターを守備表示で特殊召喚した。

 

「当然バトルは続行だ。ジュラック・グアイバでクロス・ポーターを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、ジュラック・グアイバの牙が赤いアーマーで防御を固めていた戦士――クロス・ポーター――を噛み砕く。

 

「――――この瞬間、クロス・ポーターの効果が発動! デッキから(ネオスペーシアン)・グラン・モールを手札に加える!」

「しかしこちらもジュラック・グアイバの効果が発動、デッキから二体目のジュラック・アウロを特殊召喚する。

 さぁまだオレのバトルフェイズは続いているぞ? 今度は防げまい! ジュラック・モノロフでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言。今度は咲夜を守るものは何もない。ジュラック・デイノが頭部の冑のような外骨格をつきだして突進してくる。

 

「躱せ、咲夜!」

「ッ!」

 

 アテナの叫びに従って跳躍する。バトルフィールド内で飛躍的に上昇した身体能力が彼女の行動を助けた。

 だがそれでも、完全に躱すことができなかったのは、アレスの侵略の気迫に本人も気づかないうちに圧倒されていたからかもしれない。

 回避が完全に間に合わない。足先がひっかけられた。

 

「ッ!」

 

 咲夜の視界が回転する。どちらが上でどちらが下かわからなくなる。地面に激突したことでようやく止まった。

 

「かはっ!」

 

 肺の空気が絞り出され、悶絶する。自然と溢れてきた涙で視界が滲んだ。

 

「う……」

 

 だがすぐに立ちあがった。ここで倒れたままなどもってのほかだ。この程度の痛み、アテナが自分と出会うまでに味わった苦痛や恐怖と比べたら物の数ではない。何よりここで倒れるなんて、ヒーローにあるまじき失態だ。父だって失望するだろう。そんなのは嫌だ。

 

「立つか。それもいい。メインフェイズ2、レベル4のジュラック・グアイバに、レベル3のジュラック・モノロフをチューニング!」

 

 兵藤=アレスは手を休めない。攻撃の手段がなくなったならば、今度は全体の戦力の底上げに走った。

 先ほどの焼廻しのように、三つの緑の輪っかとなったジュラック・モノロフ。その輪をくぐったジュラック・グアイバが、四つの白い光星となった。

 

「シンクロ召喚、蹂躙せよ、二体目のジュラック・ギガノト!」

 

 咆哮と地響きを伴って、再び現れる大型ジュラック。身体から漲る炎を揺らめかせ、その爬虫類の双眸が咲夜を睨みつける。

 

「さらにジュラック・アウロの効果。自身をリリースし、再びジュラック・グアイバを特殊召喚し、ターンエンドだ」

 

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

ジュラック・アウロ 炎属性 ☆1 恐竜族:チューナー

ATK200 DEF200

このカードをリリースして発動できる。自分の墓地から「ジュラック・アウロ」以外のレベル4以下の「ジュラック」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

ジュラック・グアイバ 炎属性 ☆4 恐竜族:効果

ATK1700 DEF400

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、デッキから攻撃力1700以下の「ジュラック」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃宣言できない。

 

ジュラック・モノロフ 炎属性 ☆3 恐竜族:チューナー

ATK1500 DEF1200

このカードは相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃できる。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

究極恐獣 地属性 ☆8 恐竜族:効果

ATK3000 DEF2200

自分のバトルフェイズ開始時にこのカードがフィールド上に表側攻撃表示で存在する場合、このカードから攻撃を行い、相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ続けて攻撃しなければならない。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

クロス・ポーター 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK400 DEF400

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターを墓地へ送り、手札から「N」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。また、このカードが墓地へ送られた時、デッキから「N」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

ジュラック・ギガノト 炎属性 ☆7 恐竜族:シンクロ

ATK2100 DEF1800

チューナー+チューナー以外の恐竜族モンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の「ジュラック」と名のついたモンスターの攻撃力は、自分の墓地の「ジュラック」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。

 

 

ジュラック・ギガノト攻撃力2100→3100

ジュラック・グアイバ攻撃力1700→2700

 

 

「あたしのターン、ドロー」

 

 やはり淡々と、どこか突き放したようで無関心な気配を満載にしたオデッサのドロー。だがプレイングに容赦はない。

 

「デーモンの宣告の効果発動」

 

 宣言とほぼ同時に、オデッサは己のデッキトップに軽く触れる。その瞬間、オデッサの脳裏に触れたカードの内容が浮かび上がった。

 

「悪夢再びを宣言。――――当然正解、手札に加え、発動。墓地のマッド・デーモンとトリック・デーモンを手札に戻す」

 

 オデッサの墓地から二枚のカードが排出され、それをつかみ取り、彼女は己の手札に加えた。マッド・デーモンはともかく、トリック・デーモンは厄介なサーチ効果を備えている。それでなくとも、単純に相手の手札が増えたというのは歓迎できる事態ではない。

 

「さて、次は何をしましょうか、オデッサ? 嬲っても、加減はしてはダメよ?」

 

 くすくす笑いを含んだエリスの問いかけ。すでに一人と一柱の間で答えは決まっているだろうに、咲夜とアテナを怯えさせるため、嬲るためにあえて言葉に出している。

 

「惰性で生きているし惰性で戦争に参加してるけど、だからって手は抜かないよ。

 次に出すのは、これ。闇の誘惑発動。カードを二枚ドローして、戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモンを除外。それから、トランス・デーモンを召喚」

 

 オデッサの空になったフィールドに新たなモンスターが現れる。

 青紫の身体、やけに細い手足、翼。それに反比例して巨大な頭、痩せ細った貧相な見た目ながらもいやしくも大きな赤い双眸が不気味な悪魔モンスター。

 

「トランス・デーモン効果発動。手札のトリック・デーモンを捨てて攻撃力500アップ。これは、手札からの墓地送りも含めて効果だから、トリック・デーモンの効果も発動。デッキからデーモンの巨神をサーチ」

 

 トランス・デーモンが咆哮を上げる。するとどうしたことか、貧相な体格だった悪魔の筋肉が見る見るうちに膨張し、瞬く間に筋骨隆々な悪魔となった。

 おまけにトリック・デーモンの効果を巧く使い、手札も増強、戦力補充も欠かさない。性格の悪いエリスが選ぶだけあって、実に無駄がないプレイングだ。

 

「バトル。トランス・デーモンでダイレクトアタック」

 

 淡々とした攻撃宣言。だがモンスターの反応は荒々しい。

 甲高い咆哮を上げ、巨大になった翼を大きくはばたかせて飛翔、そこからの急降下を行うトランス・デーモン。その宝珠狙いの爪牙を、今度は反応が遅れなかった咲夜がバックステップで回避。否、一度躱した爪が胸元の宝珠めがけて跳ね上がった。

 

「ッ!」

 

 無関心そうなオデッサの戦意の発露。どことなく距離をとっておきながらも、神々の戦争そのものに対しては本気である証拠だった。

 とっさに両腕を宝珠の前でクロスさせてガードした直後に衝撃。悪魔の一撃が咲夜の身体を軽々を吹き飛ばす。

 バトルフィールド内故に上昇した身体能力がここでも彼女を救った。空中で身をひねり無理な着地を回避。猫のように丸まりながら地面に激突。痛みに悲鳴を上げそうになる。だが衝撃を逃がすことには成功し、そのまま後方に一回転した勢いを利用して立ち上がった。

 

「この、程度!」

 

 ライフは大きく削られた。だが宝珠には傷一つない。まだやれる、やれるのだ。咲夜はそう自分に言い聞かせた。

 

「ん。メインフェイズ2、補給部隊を発動して、手札のデーモンの将星を、自身の効果で特殊召喚」

 

 トランス・デーモンの傍らに現れる新たな悪魔。

 鎧代わりの白い外骨格、紫色の筋肉が張り詰め、全身から稲妻を帯電させた巨躯の悪魔。

 

「デーモンの将星の効果発動。トランス・デーモンを破壊」

 

 デーモンの将星が右手をトランス・デーモンに向けて差し出す。次の瞬間、そこから迸った雷がトランス・デーモンに直撃、トランス・デーモンの断末魔の悲鳴が周囲に響き、焼け焦げたその身体がどっと崩れ落ちた。

 不快げに顔を歪めるアテナ。「自分のモンスターを、あっさりと……」

 反対に、嗜虐的に嗤うエリス。「だって仕方がないことなんだもの。それに、この方が都合がいいの」

 毒を含んだ笑み。オデッサがエリスの台詞を引き継ぐ。

 

「この瞬間、破壊されたトランス・デーモンの効果が発動。除外されていたジェネシス・デーモンを手札に戻す。さらに補給部隊の効果が発動。カードを一枚ドロー」

「とことんまで無駄がないわけね……」

 

 除外されていたカードがオデッサの手札に戻る。おまけに手札も増え、結果、オデッサの手札は減らないどころかむしろ増えた。

 

「カードを一枚セットして、ターン終了」

 

 

悪夢再び:通常魔法

(1):自分の墓地の守備力0の闇属性モンスター2体を対象として発動できる。その闇属性モンスターを手札に加える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

トランス・デーモン 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1500 DEF500

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。手札から悪魔族モンスター1体を捨て、このカードの攻撃力をターン終了時まで500アップする。(2):自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた時、除外されている自分の闇属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

トリック・デーモン 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF0

このカードがカードの効果によって墓地へ送られた場合、または戦闘によって破壊され墓地へ送られた場合、デッキから「トリック・デーモン」以外の「デーモン」と名のついたカード1枚を手札に加える事ができる。「トリック・デーモン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

デーモンの将星 闇属性 ☆6 悪魔族:効果

ATK2500 DEF1200

自分フィールド上に「デーモン」と名のついたカードが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。このターンこのカードは攻撃できず、この方法による「デーモンの将星」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。この方法で特殊召喚に成功した時、自分フィールド上の「デーモン」と名のついたカード1枚を選択して破壊する。また、このカードがアドバンス召喚に成功した時、自分の墓地からレベル6の「デーモン」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。

 

 

デーモンの将星攻撃力2500→3000

 

 

咲夜LP5600→3100手札4枚(うち1枚はN・グラン・モール)

兵藤LP7900手札1枚

オデッサLP7000→6500手札4枚(うち3枚はデーモンの巨神、マッド・デーモン、戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン)

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ライフが半分を切り、目に見えて追い詰められてきた咲夜。負けてたまるかという思いを抱き、状況打開の(すべ)を求めてカードをドロー。

 

「ッ! 頼むわよ!」

 

心を奮い立たせてドローしたカードを、間髪入れずにデュエルディスクにセットした。

 

「コンバート・コンタクト発動! 手札からグラン・モールを、デッキからアクア・ドルフィンを墓地に送って、二枚ドロー!」

 

 ドローカードを確認し、咲夜は「よし!」と喝采を上げた。

 

「戦士の生還を発動して、墓地のE・HERO シャドー・ミストを回収。さらに二枚目の融合を発動! 手札のシャドー・ミストとE・HERO ネオスを融合!」

 

 負けはしないとばかりに、咲夜も融合を発動。彼女の頭上の空間が歪み、渦を作り、その渦に二体のヒーローが飛び込んだ。

 

宇宙(そら)の戦士よ! 剣士の魂その身に宿し、並み居る敵を切り捨てよ! 融合召喚、切り捨て御免、E・HERO ネオス・ナイト!」

 

 渦の中から現れる新たなモンスター。

 ベースはE・HERO ネオス。ただし全体的によりがっしりとした、鎧のような体つきになり、右手に青い剣を、左手に柄の上下に刀身を持った剣を装備し、頭部に青い兜を装備し、その後頭部から橙色の毛髪が膝まで伸びている。

 

「ネオス・ナイトは融合素材となったネオス以外のモンスターの元々の攻撃力の半分、攻撃力がアップする。シャドー・ミストの攻撃力は1000だから500アップ! さらにシャドー・ミストの効果! デッキからE・HERO プリズマーをサーチ!」

「ハッ。鳴り物入りで融合モンスターを召喚したが、攻撃力はたったの3000、その程度ではせいぜいオレのジュラック・グアイバを倒すのが関の山。ダメージも蚊に刺されたようなものだ」

 

 アレスの嘲笑。だが咲夜は不敵な笑みを崩さない。例え虚勢でも、自信をひけらかし、相手に面白くない(、、、、、)を思わせる。

 

「手札からミラクル・コンタクトを発動! 墓地のネオスとグラン・モールをコンタクト融合!」

 

 咲夜の墓地からネオスとモグラの戦士、グラン・モールが飛び立ち、輝かしい白い光と共に一つに混ざり合う。

 

「異星の戦士よ、大地の力を得てどこまでも掘り進む一矢となれ! コンタクト融合! 天元を突破せよ、E・HERO グラン・ネオス!」

 

 そして現れた新たなヒーロー、ネオスの進化の形、その一つ。

 大地のような色合いの体躯、深い緑色のバトルアーマー、硬い岩盤さえも容易く掘り進めそうな右手のドリルと左手の爪。

 

「まだよ! E・HERO プリズマーを召喚し、効果発動! エクストラデッキのE・HERO エアー・ネオスを提示して、デッキからいま戻したネオスを墓地に送る。これでこのターン、プリズマーはE・HERO ネオスとして扱われる! さらにフィールド魔法、ネオスペース発動!」

 

 周囲の景色がまたも変化する。虹色の輝く、上も下もわからぬ宇宙空間のようなフィールドに。

 

「これでネオスとネオスを融合素材にするモンスターの攻撃力は500アップ!」

「ち……ッ! これでネオス・ナイトの攻撃力は3500、グラン・ネオスは3000、おまけにネオスとして扱われているプリズマーも強化されて2200か」

 

 アレスの毒づき。ここぞとばかりに咲夜が攻める。

 

「バトル! ネオス・ナイトで究極恐獣とデーモンの将星を攻撃!」

 

 咲夜の戦意を宿したかのように、ネオス・ナイトが雄たけびをあげて跳躍、手にした剣の上部で究極恐獣を切り捨て、返す刀で下部の刃がデーモンの将星の首を切り飛ばした。

 

「チィ……ッ!」

「ッ! 補給部隊の効果で一枚ドローして、オデッサ」

 

 忌々し気に吐き捨てるアレスと不快げな表情を浮かべるエリス。二柱の神を真っ向から睨みつけ、熱い息を吐きだした。

 

「グラン・ネオスでジュラック・グアイバに攻撃!」

 

 烈火のごとき攻撃宣言。主の熱意を受け取ったかのごとく、手にしたドリルを突き出し、疾走。右手のドリルを前に突き出した姿はさながら一本の矢のごとく。

 ジュラック・グアイバは抵抗しようとしたが、微動だにする間もなくその身体を貫かれた。

 

「……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックに兵藤の身体が震える。咲夜がさらに畳みかける。

 

「まだまだぁ! プリズマーで兵藤にダイレクトアタック!」

 

 姿を写し取る鏡のヒーローが虹色の光線を、兵藤の胸元、アレスの宝珠に向けて放たれる。

 

「躱せ兵藤!」

「はい、アレス様」

 

 頷いた後に兵藤が宝珠を隠すように半身をひねり防御行動をとる。

 被弾。兵藤の巨躯がトラックに激突されたように吹っ飛んだ。

 

「よく宝珠を守った、兵藤。だからサッサと立ち上がれ」

「……はい、アレス様」

 

 ぎこちなく立ち上がる兵藤。さながら壊れた人形が、見えない糸でぎくしゃくと無理矢理動かされる様に見えた。

 

「これが、あたしのフェイバリット! ネオスたちの力! ヒーローの魂! そう簡単に、砕けると思わないで! ターンエンド!」

 

 咲夜のエンド宣言と同時に、プリズマーはネオスの名を失い、ネオスペースの加護を失った。

 

 

コンバート・コンタクト:通常魔法

このカードは自分フィールド上にモンスターが存在しない場合のみ発動する事ができる。自分の手札及びデッキから1枚ずつ「N」と名のついたカードを墓地に送り、デッキをシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 

戦士の生還:通常魔法

(1):自分の墓地の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。その戦士族モンスターを手札に加える。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO ネオス・ナイト 光属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF1000

「E・HERO ネオス」+戦士族モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、このカードの融合素材とした「E・HERO ネオス」以外のモンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。このカードが戦闘を行う場合、相手プレイヤーが受ける戦闘ダメージは0になる。

 

ミラクル・コンタクト:通常魔法

自分の手札・フィールド上・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを持ち主のデッキに戻し、「E・HERO ネオス」を融合素材とする「E・HERO」と名のついた融合モンスター1体を召喚条件を無視してエクストラデッキから特殊召喚する。

 

E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

ネオスペース:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、「E・HERO ネオス」及び「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターは、エンドフェイズ時にエクストラデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

 

E・HERO ネオス・ナイト攻撃力2500→3500

E・HERO グラン・ネオス攻撃力2500→3000

 

 

咲夜LP3100手札0枚

兵藤LP7900→6600→4400手札1枚

オデッサLP6500手札5枚(うち3枚はデーモンの巨神、マッド・デーモン、戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン)

 

 

「オレのターンだ、が……。先立つ手札(もの)がなければどうにもならんな。モンスターをセットしてターンエンドだ、兵藤」

「はい、アレス様」

 

 アレスは攻めなかった。闇雲に攻めてこないのはさすがは戦神、引き際をわきまえているというべきか。

 

(やっぱり、一筋縄じゃ行かないわね……)

 

 そして問題は、ある意味アレスよりももっと厄介な相手、エリスだ。彼女の陣営は手札は盤石、攻めるならここか。

 

 

「あたしのターン、ドロー」

 

 ドローカードの確認を一瞥で終わらせたオデッサは、刺して手札を吟味することもなく、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカード、デーモンズ・ギャンビット発動」

 

 オデッサの足元のカードが翻る。それは咲夜も知らないカードだ。果たしてその効果は。

 

「デーモンズ・ギャンビットの効果。カードを二枚ドローして、その後手札のデーモン一体を破壊する(、、、、)。あたしは二枚ドローの後、手札のデーモンの巨神を破壊する」

 

 二枚のドローの後、オデッサの手札にあったデーモンの巨神が硝子が割れるような音を響かせて砕け散った。

 

「この瞬間、デーモンの巨神の効果発動。手札から戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモンを特殊召喚」

 

 ズンと、空気が重くなった。

 オデッサのフィールド、誰もいなくなっていたはずのフィールドに現れたのは、見上げんばかりの巨大な悪魔。

 城と見紛うばかりの紫の玉座に座り、本人もまた禍々しい、要塞を思わせる鎧姿、心臓部に赤い宝玉、手にしたのは赤い刀身の両刃剣。フシューと兜の呼吸孔から、迂闊に浴びればその部分が腐り落ちてしまいそうな息を吐きだしている。

 

「マッド・デーモンを召喚。ここで伏魔殿の効果発動。ジェネシス・デーモンを選択し、マッド・デーモンをゲームから除外。その後、デッキからジェネシス・デーモンと同じレベル8のデーモン、ヘル・エンプレス・デーモンを特殊召喚」

 

 背景の伏魔殿から異様な光が輝き、その光を浴びたマッド・デーモンが苦悶の叫びを上げて消滅。マッド・デーモンの魂を吸い取った魔城から、新たに現れたのは女性型デーモン。

 一見するとトリック・デーモンが成長し女帝となったように見える。幼いころにあった稚気は消え、代わりにおぞましいほどの妖艶さ、魔力の上昇による死の気配を如実に感じさせる強大さが前面に現れている。

 

「ジェネシス・デーモン効果発動。墓地からデーモンの雄叫びを除外し、ネオス・ナイトを破壊する」

 

 ジェネシス・デーモンが双眸が赤く怪しげに光る。次の瞬間、光を浴びたネオス・ネイトが戸惑う間もなく石化、音を立てて砕かれた。

 

「ネオス!」

 

 咲夜の悲痛な叫び。彼女にとって、父から始めてもらったカードであるE・HERO ネオスと、その融合体は切り札(フェイバリット)でありある意味心の支えだ。だ。負けられない戦いだからこそ、それがあっさりと倒されると心に刺さる。

 

「まだでしょオデッサ。この、壊したくなるほどの可愛らしいお嬢さんに、絶望を突き付けるの。ねぇお嬢さん、貴方のデュエル、映像資料で見せてもらったわ。だから、貴方が一番信頼している子を奪ってあげる(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。」

 

 エリスのサディスティックな笑い。オデッサは一つ嘆息し、次の言葉を宣言した。咲夜にとって、ある種の絶望の言葉を。

 

「デーモンの宣告の効果発動。500ライフを払い、宣言するのは――――堕落(フォーリン・ダウン)

「な――――!?」

 

 咲夜の表情が青ざめる。同時に絶句する。宣言されたのは、デーモンがいる限り相手モンスターを奪い続ける装備魔法。

 

「正解。堕落を手札に加え、発動。装備するのは当然、グラン・ネオス」

 

 グラン・ネオスが頭を抱え膝をつき、苦しみの声を上げた。正義のヒーロー、その心が悪に黒く染め上げられる。その証のように、身体が次第に黒ずんでいく。

 

「グラン・ネオス!」

「いかん!」

 

 咲夜の悲痛な叫び、アテナの切迫した叫び。どちらもグラン・ネオスには届かない。

 正義と悪が反転。陣営が移動され、グラン・ネオスの戦意が咲夜に叩き付けられる。

 

「……ッ!」

 

 この状況は非常にまずい。心のよりどころであったモンスターを奪われたこと、主力を奪われたこと、なにより、自身の防御があまりにも薄いことが咲夜を追い詰め、囲い込む。

 

「あ――――――」

 

 咲夜の、神々の戦争参加者としての部分は、まだ終わっていないと叫んでいた。

 

「ジェネシス・デーモンでプリズマーを攻撃」

 

 ジェネシス・デーモンが手にした剣を一閃。なす術なく両断されるプリズマー。フィードバックのダメージが咲夜を襲い、彼女の守りを完全にはぎ取った。

 

「――――――!」

 

 まだ終わっていない。叫びたくとも、プロデュエリストとしての冷静な咲夜がもう勝つ目がないと告げている。

 孤独(ひとり)では、この状況を打開できないと。

 

「さぁ、終わりね。グラン・ネオスでダイレクトアタック」

 

 エリスの囁き。オデッサが神の言うとおりに命令を下す。

 堕落し、敵となったグラン・ネオス。一切の慈悲も容赦もない、赤く変色した双眸が咲夜を、その後ろのアテナを睨みつけ、肉薄。

 手にしたドリルが唸りを上げる。まともに食らえば挽肉かなと、この場面にそぐわないことを――あるいは非常に合致したことを――ぼんやりと考えた。

 

「咲夜! 何をしている! 避けろ、避けるんだ! 宝珠を破壊されない限り、敗北ではない!」

 

 アテナの叱咤もどこか遠いことのように感じる。守るべき少女の叫び。身体は動こうとしているのに心は諦めてしまった。だから体も心に従って、動けないでいた。

 あるいは、このデュエル、咲夜はネオスを奪われた時点で、その心を折られたのかもしれない。もっとも信頼していたのに、あっさりと奪われたことがショックだったのか。

 呆然と迫るドリルを見つめる咲夜。ふと思ったのは、あの少年はどうなったかということ。

 自分の勘違いで一方的にデュエルを仕掛け、その結果、アレスたちの攻撃に巻き込まれてしまった彼。無事だろうか? 無事であればいいと思う。

 敵であるはずのアテナを慮ってくれた彼なら、この状況でどう動いただろうか。

 関わり合いにならずに逃げただろうか。敵になって、三対一の状況に追い込んだだろうか。

 それとも、ひょっとしたら――――、一緒に、戦ってくれただろうか。

 

「あの子、名前くらい、聞いとけばよかったかな――――」

 

 それが最後の言葉になる、そう思ったが、予期していた痛みや衝撃は来なかった。

 

「え?」「何……?」

 

 呆然と呟く咲夜とアテナ。咲夜の宝珠の手前で、ドリルは不自然に停止していた。

 一瞬、敵がこちらを嬲るために攻撃を止めたのかと思ったが違った。エリスもアレスも戸惑いの表情置浮かべている。

 カチ、コチと規則正しいメトロノームのような音が頭上から届いた。上を見れば、確かにメトロノームのような悪魔がいた。

 あれは――――、

 

「手札から、バトルフェーダーの効果を発動させた。バトルフェイズを終了させた」

 

 声が聞こえた。乱入者の声。足音と共に咲夜と追い越して、彼女を守るように敵の前に立ちはだかる。

 意外と広い背中。そして特徴的な白い髪の少年。最初に見た時内心ちょっと驚いて、それから綺麗だな(、、、、)と思った髪の色。まさしく今、心に描いた少年だった。

 少年が、振り返った。

 

岡崎和輝(おかざきかずき)っつーんだ。覚えてくれたら幸いだ。助太刀させてもらうぜ、国守(くにもり)プロ」

 

 その言葉は――本人は口では否定するだろうが――咲夜が今一番言ってほしい言葉だった。

 

 

デーモンズ・ギャンビット:通常罠

(1):カードを2枚ドローする。その後、手札、またはフィールドの「デーモン」カード1枚を選択し、破壊する。

 

デーモンの巨神 闇属性 ☆6 悪魔族:効果

ATK2400 DEF1600

(1):モンスターゾーンのこのカードが効果で破壊される場合、代わりに500LPを払う事ができる。この効果はこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度しか使用できない。(2):このカードが効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。手札から「デーモン」モンスター1体を特殊召喚する。

 

戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK3000 DEF2000

このカードはリリースなしで召喚できる。この方法で召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になり、エンドフェイズ時に破壊される。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分は悪魔族以外のモンスターを特殊召喚できない。また、1ターンに1度、自分の手札・墓地の「デーモン」と名のついたカード1枚をゲームから除外して発動できる。フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

ヘル・エンプレス・デーモン 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK2900 DEF2100

このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する悪魔族・闇属性モンスター1体が破壊される場合、代わりに自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性モンスター1体をゲームから除外する事ができる。また、フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、「ヘル・エンプレス・デーモン」以外の自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性・レベル6以上のモンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。

 

堕落:装備魔法

自分フィールド上に「デーモン」という名のついたカードが存在しなければこのカードを破壊する。このカードを装備した相手モンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、自分は800ポイントダメージを受ける。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

咲夜LP3100→1300手札0枚

兵藤LP4400手札1枚

オデッサLP6500→6000手札4枚

和輝LP8000手札4枚

 

 

「このデュエル、タッグにさせてもらう。勿論俺は国守プロと組む。さぁ、反撃開始だ」

 

 にやりと、不敵で頼もしく、そしてどこか安心させる笑みを、和輝は浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:守護の戦女神

 間にあってよかった、と和輝(かずき)は思った。

 正体不明の刺客を倒し、急いで向かった甲斐があったというものだ。

 あとは、と、和輝は眼前の神と、その契約者たちを睨みつけた。

 咲夜(さくや)とのデュエル中、問答無用で襲い掛かってきた連中だ。無関係な人や一般人に危害を加えてこなかったとは思えない。そもそも、こいつらは咲夜やアテナを一方的につけ狙い、襲い掛かっている連中だ。彼女たちが自分やロキを敵だと勘違いした元凶だと、そう言う確信があった。

 だったらやることは決まってる。ぶっ倒す。

 

 

咲夜LP1300手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 フィールド魔法:ネオスペース

伏せ なし

 

兵藤LP4400手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 裏守備モンスター×1

伏せ 1枚

 

オデッサLP6000手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン(攻撃表示)、ヘル・エンプレス・デーモン(攻撃表示)、E・HERO(エレメンタルヒーロー) グラン・ネオス(攻撃表示、堕落装備)、永続魔法:デーモンの宣告、補給部隊、フィールド魔法:伏魔殿(デーモンパレス)-悪魔の迷宮-、永続罠:デモンズ・チェーン(対象なし)

伏せ 1枚

 

和輝LP8000手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 バトルフェーダー(守備表示)、

伏せ なし

 

 

ネオスペース:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、「E・HERO ネオス」及び「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターは、エンドフェイズ時にエクストラデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。

 

デーモンの宣告:永続魔法

1ターンに1度だけ、500ライフポイントを払いカード名を宣言する事ができる。その場合、自分のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合手札に加える。違った場合はめくったカードを墓地へ送る。

 

伏魔殿-悪魔の迷宮-:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上の悪魔族モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上の「デーモン」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスター以外の自分フィールド上の悪魔族モンスター1体を選んでゲームから除外し、自分の手札・デッキ・墓地から選択したモンスターと同じレベルの「デーモン」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚する。「伏魔殿-悪魔の迷宮-」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK3000 DEF2000

このカードはリリースなしで召喚できる。この方法で召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になり、エンドフェイズ時に破壊される。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分は悪魔族以外のモンスターを特殊召喚できない。また、1ターンに1度、自分の手札・墓地の「デーモン」と名のついたカード1枚をゲームから除外して発動できる。フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

ヘル・エンプレス・デーモン 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK2900 DEF2100

このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する悪魔族・闇属性モンスター1体が破壊される場合、代わりに自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性モンスター1体をゲームから除外する事ができる。また、フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、「ヘル・エンプレス・デーモン」以外の自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性・レベル6以上のモンスター1体を選択して特殊召喚する事ができる。

 

E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

堕落:装備魔法

自分フィールド上に「デーモン」という名のついたカードが存在しなければこのカードを破壊する。このカードを装備した相手モンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、自分は800ポイントダメージを受ける。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン攻撃力3000→3500

ヘル・エンプレス・デーモン攻撃力2900→3400

E・HERO グラン・ネオス攻撃力2500→3000

 

 

 現在、オデッサのメインフェイズ2

 

 

「乱入者、か。まさかさっきまでアテナと戦っていたやつだとはな」

「初めまして、アレス、エリス。北欧神話のトリックスター、ロキだよ。てゆーかアレスにエリスか、最悪なところが揃ったね」

「契約者の岡崎(おかざき)和輝だ。てめぇらをぶっ倒す」

 

 ふむ、とエリスは頷いた。半透明なまま、ロキと和輝を見る。そして口角を吊り上げた。

 乱入者には驚かされたが問題はない。引き込めばいい。

 

「元気な子。いいわねぇ」

 

 妖艶なエリスの笑み。和輝の背筋に冷たい電流が流れた。

 

「ねぇ貴方。貴方は彼女の味方をするの?」

「状況を見ろ。既にアテナの契約者のライフは風前の灯火、それなのに加勢することに意味があるのか? 貧乏くじを引くだけだぞ」

 

 神たちが口々に和輝の不利を炙りだしてくる。

 狙いは明白。二対二を三対一にしようとしているのだ。

 和輝、ロキは無言。咲夜、アテナ組もまた無言。

 エリスは笑みを深くする。そして思った。突然の乱入には正直面くらったし、アテナたちを守ったのは予想外だったが、この状況そのものは面白い。彼らを自分たちの側に抱き込めば、アテナたちにより深い絶望を叩き付けることができる。

 

「よく考えてみて? 神々の戦争の参加者は全て敵同士。今助けたところでいずれ闘う運命。寧ろ、この戦いの間に救われた恩も忘れて後ろから斬りかかってくるかもしれないわ?」

 

 エリスの言葉はねっとりと、それでいて抗いがたい快楽を伴って、毒のように和輝の心に沁みよった。和輝の身体が僅かに揺れる。まるで彼の内面の葛藤を現しているかのようだ。

 

「和輝、エリスの言葉に耳を貸すな。エリスは不和と争いの女神。ああやって人間同士の疑心暗鬼を煽り、殺し合いをさせて楽しむ最低な奴だ」

 

 ロキの――若干自分を棚上げにした――忠告にも和輝は反応しない。どころか、どこかぼーっとしてるように見える。エリスの言葉が彼の心に侵入し、蹂躙しているのかもしれない。

 

「エリス! 貴様――――」

「おっと、アテナ。貴様の出番はないぞ。今、オレたちはロキとその契約者と話しているのだ」

 

 話を遮ろうとするアテナを、アレスが抑える。夫のアシストに内心にんまりと笑うエリス。

 己の言葉はそれ自体が不和をもたらす毒。人間風情が無防備に浴びれば瞬く間に疑心暗鬼が芽生え、不和に広がり、最終的に殺し合いに発展する。

 その様を見るのがたまらなく心地よいのだ。

 

「だから、提案よ、ロキの契約者。(わたくし)たち三組で、アテナたちを倒しましょう?」

「――――――」

 

 和輝は無言。だがその内面は非常に冷静で、凪いでいた。

 確かに一時(いっとき)、和輝の心にエリスの言葉が忍び寄ってきた。

 だがそれ以上に今、彼の脳裏によぎるのは、ある声だった。

 ――――――楽しいなぁ、楽しいなぁ。あの女の言う通りにすれば、きっととっても楽しいぞ?

 怪物の声。いつも和輝が窮地に立つと聞こえてくる、楽しげな声。いつもは努めて無視するだけだったが、今、この瞬間に関しては話が違う。

 窮地に聞こえてくる、破滅を誘う声。逆説的に、エリスの言葉に頷いてはならないということだ。

 

「エリス、そんなことをしても、あまり意味はないよ?」

 

 和輝の内面を読み取ったかのようなロキの台詞。実際、契約を交わした人間と神は見えないパスで繋がっている(、、、、、、)。和輝からは話していないが、ロキは怪物の声についても知っているかもしれない。あるいは、その正体も。

 和輝は、はっと一つ息を吐き出し、

 

「お断りだ糞婆」

 

 思いっきり小馬鹿にするような声音でエリスの提案を却下した。しかも右手中指を立てるファックサインのおまけつきだ。

 

「な――――――」

 

 断られるばかりか婆扱いされて、さしものエリスも絶句する。くつくつと笑うロキ。

 

「残念だったね、エリス。君のこざかしい戯言は、ボクのパートナーには通用しなかったみたいだよ?」

 

 何か言いつのろうとしていたエリスの言葉に被せるように、ロキの挑発が飛ぶ。エリスの意識が一瞬、口をはさんだ邪神に向かった。

 すかさず切り込む和輝。「それより早くターンを再開しろよ。まだバトルフェイズが終了しただけだぞ? 勧誘が失敗したらせこい遅延行為か?」

 ロキに意識が向いた一瞬の隙を、和輝がつく。エリスの表情が屈辱と憤怒に染まる。

 

「落ち着け、エリス。誘いに乗らない愚か者(、、、)は、切って捨てればいい、そうだろ?」

 

 激昂しかけたエリスをアレスが取りなす。すぐさま態度を翻すエリス。「ええ、そうね、貴方。オデッサ?」

 

「……カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

「俺のターンだ。乱入者の最初のターンはドローフェイズでドローは行えない。このままメインフェイズ1に入る」

 

 ちらりと和輝は、オデッサのフィールドのグラン・ネオスを見た。

 ネオスの融合進化体。咲夜のカードであることは疑う余地がない。

 

「堕落が装備されているから、あれでコントロールを奪われてるんだね。アレスのデッキはモンスターもカードもセット状態だからわからないけど、エリス――正確にはその契約者か――のデッキはデーモンっぽいね」

「グラン・ネオスを奪って、それで止めを刺そうってつもりだったのか。趣味が悪いぜ」

 

 吐き捨てる和輝。咲夜が僅かに肩を震わせた。おそらく、自分が信頼していたモンスターにとどめを刺されそうになった光景を思いだしているのだろう。

 

「気に入らねぇな……」

「え?」

 

 ぼそりと和輝は呟いた。心臓が、応じるようにドクンとはねた。怒りだ。

 

「グラン・ネオス。あの女が使ってていいカードじゃねぇ」

「あ―――――」

 

 咲夜が目を丸くする。アテナも呆然となった。和輝の怒りの原因が、オデッサ=エリスがグラン・ネオスのコントロールを得ていることに起因していると気付いたからだ。

 

「じゃ、どうする?」

 

 分かり切ったことを聞いてくるロキ。和輝は手札からカードを二枚、一気に引き抜いて答えた。

 

「取り返す、それだけだ! 手札を一枚捨て、THE() トリッキーを特殊召喚! さらに手札からモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、今墓地に捨てたミスト・レディの効果発動! 墓地のこのカードを特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドに、顔面に「?」マークがついた頭全体を覆うマスクをかぶった奇抜な衣装の奇術師が現れ、その傍らに霧でできた女のモンスターが現れる。一瞬でチューナーと非チューナーが並んだが、まだだ。

 

「さらに墓地からモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札のドッペル・ウォリアーを、自身の効果で特殊召喚だ!」

 

 三連続特殊召喚。トリッキーとミスト・レディの中間地点に、野戦服に身を包み、顔を隠した状態でボーガンを手にした、姿が二重にぶれる(、、、)戦士、即ちドッペル・ウォリアーが現れる。

 

「一気にモンスターを展開してきた……」

「お前のデッキとは反対の性質だな、咲夜」

 

 アテナの言葉に頷く咲夜。彼女のデッキは融合召喚による大型モンスターを繰り出すことが主眼であるので、シンクロギミックはない。だからこそ、シンクロ召喚に必須な、小回りの利くモンスターの展開は難しい。

 ある意味、和輝のデッキは咲夜のデッキの足りない部分を補える、ともいえた。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のミスト・レディをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑の輪となったミスト・レディ。輪が一列に並び、その輪をくぐったドッペル・ウォリアーが二つの白い光星(こうせい)となり、その光星を、一筋の光の道が貫いた。

 

「集いし五星(ごせい)が、知識と祝福の司書官を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、GO! TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の道はより強く輝き、白い(とばり)となる。

 帳の向こうから現れたのは、学士帽をかぶり、分厚いハードカバーの本を持ち、インバネスをマントのように翻した魔法使い。和輝のデュエルで何度も登場し、展開、ドロー増強の役に立ってきたカードだ。

 

「自身の効果で特殊召喚されたミスト・レディはフィールドを離れた時、ゲームから除外される。そしてこの瞬間、ドッペル・ウォリアーの効果発動。二体のドッペルトークンを攻撃表示で特殊召喚する」

 

 和輝のフィールドに、ドッペル・ウォリアーをスモールサイズにしてデフォルメしたようなモンスターが二体、現れる。これもまた、和輝の展開の基盤だ。

 

「さらに、俺は特殊召喚されたドッペルトークン一体をゲームから除外し、手札の異次元の精霊を特殊召喚する」

 

 さらなる展開。新たなチューナーの出現に、自然、敵の神たちの警戒心が一段階上がる。

 

「いきなり手札を全部使うとか、最初からクライマックスだね?」

「まだまだ続くさ、どこまでもな。俺はレベル1のドッペルトークン一号に、同じくレベル1の異次元の精霊をチューニング!」

 

 連続シンクロ。先ほどと同じシンクロエフェクトが走り、光が辺りを満たした。

 

「集いし二星(にせい)が、新たな地平の導き手を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、駆けろ、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 二体目のシンクロモンスター。F1カーに手足と頭をつけたような、玩具を思わせるモンスター。

 

「この瞬間、フォーミュラ・シンクロンとハイパー・ライブラリアンの効果が発動! 合計でカードを二枚ドロー!」

 

 0枚だった手札が二枚に増える。

 

「手札が増えた……」

「さらに、もう一枚増えるぞ、エリス。フォーミュラ・シンクロンはシンクロチューナー、ならばトリッキーとでレベル7のシンクロが可能だ。加えて言えば、あの男、まだ通常召喚を行っていない。それ以上(、、、、)が出るやも知れんぞ」

 

 手札の差から言っても、たとえ乱入されたとしても自分たちの有利は動かないと思っていたエリスの顔が曇る。反対に、軍神であるアレスの表情は(いわお)のように不動だ。

 

「レベル5のトリッキーに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 三度目のシンクロ召喚。今度はレベル7。二つの緑の輪と三つの白い光星、一筋の光の道。それらが白い輝きへと変じる。

 

「集いし七星(しちせい)が、魔石の力操りし女魔導師を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、現れろ、アーカナイト・マジシャン!」

 

 現れたのは、紫の意匠を施された白いローブに身を包んだ女魔術師。その周囲を、ほのかに光るエメラルドグリーンの光が二つ、まるで蝶のように舞い踊る。

 

「アーカナイト・マジシャンとハイパー・ライブラリアンの効果発動。アーカナイトの上に魔力カウンターが二つ乗り、俺はカードを一枚ドロー。

 ここで、アーカナイト・マジシャンの効果を二回発動! このカードの上に載っている魔力カウンターを二つとも取り除き、堕落と伏魔殿を破壊する!」

 

 和輝の宣言の直後、美貌の魔術師の周囲を旋回していたエメラルドグリーンの光が、自立行動をとるビットと化して空中機動。曲芸並みの軌跡を描きながらオデッサのカードに迫る。

 

「グラン・ネオスはお前には似合わねぇよ! さっさとふさわしい持ち主に返しな!」

 

 アーカナイト・マジシャンの一撃が、堕落を破壊。直後、肌の色も元に戻り、引きずり込まれた悪の道から己を取り戻したグラン・ネオスが咲夜のフィールドに復帰した。

 

「あ……」

 

 取り戻されたグラン・ネオスを見て、咲夜の目が見開かれる。視線が感謝の意を伝えている。

 

「ありが、とう」

 

 まだ戸惑いのある咲夜の感謝。和輝が自分の窮地を救ってくれたこと、味方してくれたことは受け入れているだろうが、さすがにその真意を測りかねているのだろう。いうなれば、距離感がつかめないのだ。

 

(ここは、こっちから距離を詰めてあげようよ)

 

 ロキの念話によるアドバイス。従うことにする。

 

「気にしなくていい。俺自身、敵の戦力を減らしつつ、味方の戦力は増やせるし。何より、あいつらがネオスを使っていることがたまらなく許せない」

 

 あえて味方という言葉を使い、且つ自分の心情を偽ることなく吐露する和輝。そのまま次の行動を示す。

 眼前。二発目の破壊効果を食らった悪夢の迷宮が轟音を立てて瓦解していく中、さらにカードを手札から繰り出す。

 

「ワンダー・ワンドをアーカナイト・マジシャンに装備し、効果発動。このカードとアーカナイト・マジシャンを墓地に送り、カードを二枚ドロー」

 

 さらに手札を補充する和輝。険しい表情のエリス、泰然としたアレス、突き放した表情のオデッサ、無表情の兵藤。敵の反応はそれぞれ違う。

 そんな中、新たに二枚補充した手札を見て、和輝はにやりを笑みを浮かべた。

 

「どうやら、まだまだクライマックスは続くようだ。さぁショウタイムだ! 手札から魔法カード、ミラクルシンクロフュージョン発動! 墓地のアーカナイト・マジシャンとトリッキーを除外し、覇魔導士アーカナイト・マジシャンを除外融合!」

 

 和輝の頭上に空間の歪みが作りだした渦が出現。その渦に、彼の墓地から飛び出した二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「魔石の力操りし女魔導師よ、軽快なる奇術師よ、今一つとなって覇道を納めし魔導師へと変じよ! 融合召喚、覇魔導士アーカナイト・マジシャン!」

 

 融合召喚。新たに現れたのは、白いローブを脱ぎ捨て、中の鎧をさらしたアーカナイト・マジシャン。凛々しい表にさらに漲る膨大な魔力が物言わずともその力を示していた。

 

「覇魔導士アーカナイト・マジシャンの上に魔力カウンターが二つ乗り、それに伴って攻撃力が2000上昇。さらに俺は、ライトロード・アサシンライデンを召喚し、効果を発動する。デッキトップからカードを二枚墓地に送る」

 

 褐色肌の光の暗殺者が出現後、即座に効果を発動。和輝のデッキから墓地へ落ちたのは召喚僧サモンプリーストとタスケルトン。「いい落ちだ」と和輝は笑った。

 

「レベル1のバトルフェーダーに、レベル4のライデンをチューニング!」

 

 四度目のシンクロ召喚。光の道が天に紡がれる。

 

「集いし五星が、癒しの(すべ)持つ自動人形(オートマタ)を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、出でよマジカル・アンドロイド!」

 

 光の向こうから現れる癒しの術を持った自動人形。これで布石はそろった。

 

「バトルフェーダーはフィールドを離れたことでゲームから除外される。そしてハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。

 

 ここで俺は、墓地のライデンとサモンプリーストを除外し、カオス・ソーサラーを特殊召喚!」

 

「まだ出てくるの!?」

 

 エリスの驚愕、アレスの沈黙。どちらも無視して和輝は踏み込む。余力は考えない。とにかく、できる事をできるだけ、速やかにこなす。

 

「カオス・ソーサラー効果発動! ヘル・エンプレス・デーモンを除外する!」

 

 ヘル・エンプレス・デーモンの背後の空間が硝子が砕けるような音を断てて割れ、真っ黒な異空間が大口を開け、その中から黒くて細長い無数の手が出現、その鉤爪でヘル・エンプレス・デーモンを捕え、異空間に放逐してしまった。

 

「さらに覇魔導士アーカナイト・マジシャンの効果発動! 魔力カウンターを一つ取り除き、ジェネシス・デーモンを破壊!」

 

 覇魔導士が放つエメラルドグリーンの光の矢が、まっすぐ突き進んでジェネシス・デーモンの左胸の宝珠に命中。巨躯の悪魔は断末魔の咆哮を上げて消えていった。

 

「……ッ! 補給部隊の効果で一枚ドロー」

 

 手勢を全て破壊され、無人の野と化したオデッサのフィールド。まさに攻め込むタイミングだ。

 

「バトル! ハイパー・ライブラリアン、マジカル・アンドロイド、覇魔導士アーカナイト・マジシャンの順番でエリスのパートナーにダイレクトアタック!」

 

 三連撃。まず最初に、ハイパー・ライブラリアンが手にした本を開き、そこから漆黒の巨大な光球を放つ。光球は決して速い速度ではなかったが、まっすぐオデッサめがけて飛来する。

 

「躱して、オデッサ!」

 

 即座に反応するオデッサ。背後に向かって跳躍。バトルフィールド内によって飛躍的に上昇した身体能力によって、彼女は一気に十メートルほど後方に下がった。そこを狙いすましたかのように、マジカル・アンドロイドが放った白い光がオデッサを襲った。

 

「ッ!」 

 

 とっさに腕で宝珠を守る。次の瞬間、光が物理的衝撃を伴って直撃。ただし威力はさほどでもなかったらしく、オデッサの体躯は軽く突き飛ばされた。

 

「きゃっ」

 

 予想外に軽い衝撃に、かえって小さな悲鳴が漏れ、さらにバランスを崩した。

 尻餅をつき、僅かにあお向け気味になったオデッサの視界に広がったのは、幾筋にも別れたエメラルドグリーンの光線。光線は空中でカーブを描いて雨の様にオデッサに向かって降り注いだ。

 

「り、リバースカード、ガード・ブロック発動! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 思わず声が上ずるオデッサ。彼女を囲む様に透明のドーム型の障壁が展開、エメラルドグリーンの雨を防ぐ傘となった。

 ロキの契約者の少年は、ここで自分を囲い込んで(、、、、、)倒すつもりだった。おそらく、宝珠を効率よく砕くつもりだった。何度も実戦を経た経験値の差。厄介で、危険な相手だ。

 

「攻撃失敗か。カードを二枚セットし、エンドフェイズにマジカル・アンドロイドの効果発動。俺のライフを600回復する。ターンエンドだ」

 

 

The トリッキー 風属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1200

(1):このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚できる。

 

ミスト・レディ 水属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF1000

(1):自分の手札、またはデッキからモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動できる。墓地のこのカードを特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れた時、このカードをゲームから除外する。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

異次元の精霊 光属性 ☆1 天使族:チューナー

ATK0 DEF100

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。次のスタンバイフェイズ時、この特殊召喚をするためにゲームから除外したモンスターをフィールド上に戻す。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆7 魔法使い族:シンクロ

ATK400 DEF1800

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

ワンダー・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上のこのカードを装備したモンスターとこのカードを墓地へ送る事で、デッキからカードを2枚ドローする。

 

ミラクルシンクロフュージョン:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、Sモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):セットされたこのカードが相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆10 魔法使い族:融合

ATK1400 DEF2800

魔法使い族シンクロモンスター+魔法使い族モンスター

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。このカードが融合召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードに乗っている魔力カウンター1つにつき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを1つ取り除く事で、以下の効果を発動する事ができる。●フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。●自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

マジカル・アンドロイド 光属性 ☆5 サイキック族:シンクロ

ATK2400 DEF1700

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分のエンドフェイズ時、自分フィールド上のサイキック族モンスター1体につき、自分は600ライフポイント回復する。

 

カオス・ソーサラー 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2300 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン魔力カウンター×1、攻撃力1400→2400

 

 

咲夜LP1300手札0枚

兵藤LP4400手札1枚

オデッサLP6000→3600→1200手札6枚

和輝LP8000→8600手札0枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 思わぬ助っ人は、相手の布陣を崩し、あまつさえ、あの厄介過ぎるエリスの契約者を追い詰めてくれた。

 何という頼もしさ。共闘することが、背中を預けることが心地いい。

 同時に、負けていられないという対抗意識が湧く。自分だってプロなのだ。いつまでも不利なままで終わらせるものか。

 

「カードを一枚セットして、グラン・ネオスの効果発動! アレスのパートナーの場にいる守備モンスターを手札に戻す!」

 

 グラン・ネオスのドリルが空間を穿つ。穴の開いた空間から発生する吸引力が兵藤の守備モンスターを場外に引きずり込む。

 これで兵藤とオデッサ、双方のフィールドががら空きになった。攻めるなら今。問題は、どちらを攻めるか、だが。

 

「グラン・ネオスでエリスのパートナーにダイレクトアタック!」

 

 選んだのはオデッサ。理由は、先の和輝の攻撃の際にバトルフェーダーのような手札から発動できる防御系カードを発動しなかった。だから咲夜は、彼女の手札にもう防御手段はないと判断した。

 無論、先の攻撃でライフは0にならないのだから、温存した可能性もある。それならばそれで、敵の防御手段を削れる。いずれにしても損はない。

 グラン・ネオスのドリルが唸りを上げてオデッサに迫る。まるで、さきほど操られて己の主に攻撃させられた恨みを晴らすかのような突進。

 だがオデッサは冷静に応じた。

 

「手札のバトルフェーダーの効果発動。このカードを特殊召喚して、バトルフェイズを終了させる」

 

 止められた。だが相手の防御手段は失わせた。

 

「温存していたか、さっきのガード・ブロックで引き当てたか。いずれにしてもうまくはいかんか」

「仕方がないわ。寧ろ防御手段を削れたことを良しとするしかない。これでターンエンド」

 

 

「オレのターンだ、兵藤、ドローしろ」

 

 アレスの命令に契約者にして人形の兵藤が従う。相変わらず無表情でカードをドロー。ドローカードを確認し、アレスはにやりと笑った。

 

「来たか。兵藤、伏せカードを発動しろ」

「はい、アレス様。リバースカード、リミット・リバース発動。墓地からジュラック・アウロを蘇生」

「効果を発動。ジュラック・アウロをリリースし、ジュラック・モノロフを特殊召喚。さらにリミット・リバースを墓地に送ってマジック・プランター発動。カードを二枚ドローだ」

 

 アレスの指示という名の操り糸が、兵藤を動かす。最後の指示に従った兵藤の指が、手札から一枚のカードを引き抜いた。

 

「真炎の爆発発動。墓地から、二体のジュラック・アウロを特殊召喚」

 

 新たに二体のジュラックが現れる。どちらも子供のジュラック。さっきから現れてはほかのジュラックを呼び出すためにリリースされる哀れなジュラック・アウロたち。

 

「ここからだ! 三体のモンスターをリリース!」

 

 アレスの咆哮。同時、彼のフィールドにいた三体のモンスターが白い光の粒子となる。粒子はその場にとどまり、一か所に集中。巨大な力を招き入れる“門”となる。

 

「さぁ! さぁさぁさぁ! ここからだ、ここからがオレの本当の戦いだ! いざ出陣! このオレ、侵略の戦争神アレス!」

 

 門が開かれる。

 (ゴウ)ッ! と炎が噴出し、それが四組の参加者を囲むようにぐるりと円を描く。炎はひとりでに回転し始め、ばっと宙に向かって霧散。炎の飛沫の歓迎を受けて現れたのは、絶句するほど強大な気配。

 三十代前半の外見を持つ大男。鉄錆色の冑、棘付スパイク鎧、黄色のマントを羽織った姿。

 褐色の肌、赤い双眸、左手に円形の盾を、右手に肉厚且つ両刃の大剣を装備し、そのどちらも血で汚れている。

 血と戦、そして侵略の神、アレス。ギリシャ神話の戦争の神。そして、同胞でありながらアテナを敵視する“外れた”神。その攻撃力は4000。

 

「神の登場か。和輝、アレスの言ったことは間違いじゃない。きっとここからが――――」

「本番、ってわけか」

 

 身構える和輝。咲夜とアテナも警戒心に満ちた表情で、アレス=兵藤の一挙手一投足を見守る。

 

「さぁ行くぞ! このオレの力を見せてやろう! 来るがいい、我が雑兵どもよ! オレの空いたモンスターゾーンに、炎隊トークンを特殊召喚!」

 

 アレスが両手を広げる。次の瞬間、彼の両隣に紅蓮の炎が四つ出現。ごうごうと燃え盛る炎は形を変え、やがて人型となった。

 人型はさらにその身に軽装の革鎧を装備し、手に手に武器を持つ。それぞれ剣、槍、斧、そして弓矢。四つの炎の塊は、瞬く間に四人の炎の兵士となった。

 

「兵隊、か。トークンを生み出す効果。攻撃力は――――2000か」

 

 ロキの表情が険しくなる。雑兵の召喚。何の制約もコストもない攻撃力2000のトークンの召喚。確かにそれは強力だが、それだけでこの状況を打破できるかは判断不能だ。だがアレスは自信満々だ。ならば、アレスの効果にはまだ先があるということか。

 

「バトルだ! アレス(このオレ)でグラン・ネオスを攻撃!」

 

 アレスの命令に、兵藤が忠実に応じる。攻撃宣言が下り、カードとしてのアレスが進軍を開始。一足でグラン・ネオスとの距離を詰め、右手の剣を一閃。グラン・ネオスは抵抗の(すべ)なく両断され、上半身と下半身が別れを告げた。

 

「グラン・ネオス!」

 

 ダメージのフィードバックが咲夜を襲う。彼女は顔をしかめながらも踏みとどまって、アレスを睨みつけた。

 だが更なる衝撃が、咲夜のみならず、和輝をも襲った。

 

「この瞬間、アレス(オレ)の効果発動! 戦闘破壊したモンスターよりも低い攻撃力の相手モンスターを全て破壊する! この場合、タッグパートナーである貴様のフィールドも範囲内だ、ロキのパートナー!」

「な!?」

 

 和輝の驚愕を置き去りに、アレスが左手の盾を掲げた。

 一瞬後、盾を中心に炎が放射状に広がる。炎は意志ある物のごとく蠢き、広がり、一瞬にして和輝のフィールドを蹂躙、モンスターたちを焼き払ってしまった。

 

「くっそ!」

「やばっ。がら空きだ!」

 

 和輝と咲夜、二人のフィールドがまっさらになる。しかも、まだ場には攻撃力2000のトークンが四体。

 

「まずは貴様からだ、アテナのパートナー! 炎隊トークン一号でダイレクトアタック!」

 

 咲夜に向かって、剣を手に取った炎の兵士が肉薄。和輝が即座にデュエルディスクに手を伸ばした。

 だが、

 

「待って! 大丈夫、このくらい、あたし一人で何とかなるから!」

 

 咲夜の制止の叫び。和輝の動きをとどめ、それとほぼ同時に自身のデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバーストラップ発動! リターン・オブ・ネオス! あたしの墓地からE・HERO ネオスを特殊召喚し、カードを二枚ドロー!」

 

 翻るリバースカード。そして、墓地にいたネオスが不屈の雄叫びとともに復活、炎隊トークンの前に立ちはだかる。

 

「足掻くか! ならば貴様へのとどめは我が妻、エリスに譲ろう。戦闘の巻き戻しが発生。炎隊トークン四体でロキのパートナーの小僧にダイレクトアタック!」

 

 四体の炎の兵士が一斉に和輝に向かって殺到する。

 

「凌ぎ切って見せるさ! リバースカード、ガード・ブロック発動!」

 

 一手目にして翻るリバースカード。不可視の壁が屹立し、一番先頭の、剣を持った炎隊トークンに激突する。剣の背に続いていた槍、斧の兵隊の進軍が滞る。その隙に和輝はバックステップで距離をとる。

 

「甘い! 二体目の炎隊トークンでダイレクトアタック!」

 

 詰め寄るアレス。空気を裂いて放たれた矢が和輝の足に直撃した。

 

「がっ!」

「和輝!? アレスのやつ、先に機動力を削ぎに来たか!」

 

 膝に矢を受け倒れる和輝。その身に覆いかぶさるように残った二体の炎隊トークンが襲来。斧を持った炎隊の振り下ろしの一撃を転がって辛うじて回避、転がる勢いを使って起き上ったところに、宝珠狙いの槍の刺突が来た。

 

「ッ!」

 

 これまた辛くもそらすことに成功。宝珠は守ったが、代わりに槍の穂先が左肩に激突した。

 

「がぁ!」

 

 跳ね上がる痛みに思わず苦悶の声が漏れた。が、和輝は踏んばり、倒れることはなかった。その瞳の戦意はいささかも陰らない。

 

「こ、この瞬間、リバースカードオープン! ダメージ・コンデンサー! 手札を一枚捨て、デッキからブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!」

 

 翻る和輝の二枚目の伏せカード。同時に現れたのは、青を基調にした、やや露出の高い衣装を着た可憐な魔術師の少女。愛想を振りまくようにウィンクをするが、哀しいかな、この戦場では誰も反応しなかった。痛みに耐えている和輝も含めて。

 

「さらに捨てたカードは代償の宝札。効果を発動し、二枚ドロー!」

「抜け目のない男だ。ターンエンド!」

 

 

リミット・リバース:永続罠

自分の墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

ジュラック・アウロ 炎属性 ☆1 恐竜族:チューナー

ATK200 DEF200

このカードをリリースして発動できる。自分の墓地から「ジュラック・アウロ」以外のレベル4以下の「ジュラック」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

ジュラック・モノロフ 炎属性 ☆3 恐竜族:チューナー

ATK1500 DEF1200

このカードは相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃できる。

 

真炎の爆発:通常魔法

自分の墓地から守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。

 

侵略の戦争神アレス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF2000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分フィールドの空いたモンスターゾーン全てに炎隊トークン(炎族・炎・攻/守2000)を特殊召喚する。このトークンはリリースできない。(4):このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時に発動する。相手モンスターゾーンに表側表示で存在する破壊されたモンスターよりも攻撃力の低いモンスターを全て破壊する。

 

リターン・オブ・ネオス:通常罠

「リターン・オブ・ネオス」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分の墓地の「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。その後、カードを2枚ドローする。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

 

E・HERO ネオス攻撃力2500→3000

 

 

咲夜LP1300→300手札2枚

兵藤LP4400手札2枚

オデッサLP1200手札5枚

和輝LP8600→6600→4600→2600手札2枚

 

 

「あたしのターン、ドロー」

 

 ドローカードを一瞥で確認し、オデッサはそのカードを手札に加え、しばらく吟味するように己の手札を眺めていた。

 

「そっか。じゃ、行き時かな。デーモンの宣告効果発動。500ライフを払って、カードを宣言。あたしは、デーモン・ソルジャーを宣言」

「? ピーピングカードもなく、そんなことをして当たるのか?」

「当たるわ。超能力だって。今まで百発百中よ」

「神の力の残滓、か。たまにいるけど、神々の戦争の参加者にもいたとはね」

「マジか……」

 

 咲夜の言葉に呆れを含みながらも黙る和輝。その眼前、オデッサのデッキトップが露わになる。当然正解かと思いきや――――

 

「デッキトップはヘルウェイ・パトロール。外れたから、墓地に送る」 

 

 外れ。露わになったカードは特に停滞なく墓地へ送られた。

 

「外れた、いや、外したのか?」

「だと思うわ。だってヘルウェイ・パトロールは墓地で効果を発揮するカード。手札に加えるより墓地にいてもらった方がいい」

「で、だ。ここでそんなカードが来たってことは、流れとしては来る(、、)な」

 

 警戒心をむき出しにした表情の和輝。ロキも首肯する。「神が、来るよ」

 さっと全員の顔が引き締まる。二体目の神の気配を感じ、全員が緊張を漲らせた。

 

「墓地のヘルウェイ・パトロール効果発動。このカードを除外して、手札のデーモン・ソルジャーを特殊召喚。さらに手札のデーモンの将星を捨てて、ワン・フォー・ワン発動。デッキからヘル・セキュリティを特殊召喚」

 

 三体目のモンスター。これで、神召喚の地盤は整った。

 

「三体のモンスターをリリース」

 

 そして来る瞬間がやってくる。オデッサのフィールドの三体のモンスターが光の粒子となり世界に溶け込むように消えていく。

 そして、“門”が出現、開かれる。

 

「おいで、不和と争いの女神エリス」

 

 力が顕現する。形容しがたい圧迫感、力の奔流が一気に和輝と咲夜の全身を叩いた。

 

「ッ!」

「二体目か!」

 

 現れる神。

 足まで届く銀髪、右が金、左が銀のオッドアイ、血と埃に塗れた黒い鎧姿、手に身の丈ほどの長さの赤い槍。人々の間に不和をもたらし、闘争を巻き起こし、それを眺めて笑う悪辣な女神の戦闘形態。

 

「うふふ。オデッサ、(わたくし)を存分に使ってみなさいな」

「そうね、そうさせてもらう。エリスの効果発動。相手モンスター一体のコントロールを得る。対象はネオス」

「さぁお嬢さん。再び貴方の大切なカードをいただくわ?」

「ッ!」

 

 再びネオスを奪い咲夜に大きな精神的ダメージを与えようと画策するエリスの笑み。そして、エリスが手にした槍を振り被った。

 

「絆とか、想いとか、そんな不確かで脆い物、簡単に壊せるわねぇ!」

 

 嘲笑と共に槍を一閃。が、次の瞬間、エリスの動きを拘束するように、その全身にエメラルドグリーンの光の鎖が巻き付いた。

 

「え!?」

 

 驚愕のエリス。何が何だかわからない困惑が顔全体に浮かぶ。

 

「その効果、やらせるわけにはいかない。手札から閉ざせし悪戯神ロキの効果発動! このカードを墓地に捨て、エリスの効果を無効にする!」

「何度も君の思い通りにはさせないよ、エリス!」

 

 光の鎖によってエリスの拘束に成功したロキが、にこりと笑って言った。あからさまな挑発だが、エリスはやはり面白くなさそうに、不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「ならば、防御手段だけ奪っておきましょうか。オデッサ」

「そう、エリスがそうしたいならそうすればいい。エリスでネオスに攻撃」

「今度は俺に防がせてもらおう。墓地のタスケルトン効果発動! このカードを除外し、攻撃を無効!」

 

 予定調和的に攻撃は防がれた。だがこれで和輝の墓地にもう防御手段はない。エリスの狙いはそこだった。

 それにしても効果を無効化されたのは忌々しい。エリスは戦闘破壊したモンスターのコントトールを奪う。これさえ無効となったのだ。

 

「ターンエンド」

 

 

ヘルウェイ・パトロール 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1600 DEF1200

(1):このカードが戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。そのモンスターの元々のレベル×100ダメージを相手に与える。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。

 

デーモン・ソルジャー 闇属性 ☆4 悪魔族:通常モンスター

ATK1900 DEF1500

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

ヘル・セキュリティ 闇属性 ☆1 悪魔族:チューナー

ATK100 DEF600

(1):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に発動する。デッキから悪魔族・レベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

不和と争いの女神エリス 神属性 ☆10 幻獣族:効果

ATK3500 DEF3500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手モンスターゾーンのモンスター1体を選択して発動することができる。選択したモンスターのコントロールを得る。(4):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地に送った時に発動できる。そのモンスターを召喚条件を無視して表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK2500 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):このカードの召喚に成功した時発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中からカードを1枚選んで手札に加えることができる。残りのカードは墓地に送る。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

 

咲夜LP300手札2枚

兵藤LP4400手札2枚

オデッサLP1200→700手札2枚

和輝LP2600手札1枚

 

 

「俺のターン、ドロー!

 

 二体の神と相対して、和輝はわずかに身を震わせる。恐怖からではない。心の底からやってやる(、、、、、)という気概が湧いてくる。いわばこれは、武者震いだ。

 ただし手札が心もとない。だから、このカードだ。

 

「カードを一枚セットし、希望の宝札発動! 全てのプレイヤーは手札が六枚になるよう、カードをドローする!」

 

 デュエルモンスターズ中、最強のドローブーストカードの発動。乏しかった手札が一気に潤う。もっとも、それは敵も同じだが。

 

「よっし! 俺は手札から死者転生を発動。手札を一枚捨て、墓地のロキを回収。そして魔法カード、ソウル・チャージを発動! 墓地から二体のモンスターを復活させ、2000ライフを払う!」

「ッ! ここにきて、神召喚のための地盤を揃えたの……!」

 

 忌々しさと驚愕を合わせたエリスの声音。アレスは沈黙。巌のように動かず、和輝の出方を窺っている。

 

「三体のモンスターをリリースし、閉ざせし悪戯神ロキを召喚!」

 

 和輝の場の三体のモンスターが光の粒子となって消えていく。

 そして、三度目の神召喚のための“場”と“門”が形成され、凄まじい力が辺りに荒れ狂った。

 そして、三体目の神が現れる。

 金髪碧眼の美丈夫。幾重にも白のローブを纏い、その下には闇を凝縮したかのような紫の鎧、両腕に複雑な刻印が刻まれた金の腕輪、ローブ中心部、ちょうど胸に当たる部分に拳大の紫の宝珠。

 北欧神話にその名を轟かせるトリックスター、ロキの登場だった。

 

「アレス、エリス、悪いけど、今回ボクは戯言抜きでいかせてもらおうか。さすがに、ちょっと頭にきているからね」

 

 ロキの笑みを伴った台詞に、エリスは不快げに、アレスは「小癪な台詞をほざく」と吐き捨てた表情を作る。

 

「ロキの効果発動。デッキからカードを五枚めくり、そのうち一枚を手札に、残りを墓地に送る」

 

 和輝が己のデッキトップから五枚のカードを一気に引き抜き、提示する。提示されたのはダンディライオン、ダブル・アップ・チャンス、巨大化、クリバンデット、ブラック・マジシャン。

 

「巨大化を手札に加える。残りは墓地送り。この瞬間、墓地に送られたダンディライオンの効果発動。俺のフィールドに綿毛トークンを二体特殊召喚する。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 和輝のエンド宣言に、ロキががっくりと体を(くずお)れさせた。その表情に苦笑が浮かび、和輝を振り返った。

 

「あらら。和輝、ボクの活躍はこれで終わりなの? 啖呵切っておいてこれって、すっごい恥ずかしいよ」

「ソウル・チャージ使ったから攻撃できないんだ。それに今回主役は俺たちじゃない(、、、、、、、、、、、、)。だろ?」

 

 肩をすくめる和輝の抗弁に、ロキはあっさりと納得した。

 そう、この戦いを締めくくるのは和輝ではない。今までずっと闘ってきた小さな女神とその契約者であるべきだ。

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

死者転生:通常魔法

(1):手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

ソウル・チャージ:通常魔法

「ソウル・チャージ」は1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。(1):自分の墓地のモンスターを任意の数だけ対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの数×1000LPを失う。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 

咲夜LP300手札6枚

兵藤LP4400手札6枚

オデッサLP700手札6枚

和輝LP2600→600手札3枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ターンは移行し、咲夜の元に。彼女は熾烈な意思を込めた瞳でカードをドロー。ドローカードを一瞥し、軽く息を呑んだ。

 (アテナ)のカード。子供になってしまい碌に力も振るえないが、デュエルでならばその本来の姿を見せることができる。これで決めろということか。

 そして今は何故か信じられた。ロキのパートナーの少年が伏せたカードは、こちらをサポートするものだと。彼らの心意気が自然と伝わってきた。アテナも何も言わない。彼女もわかっているのかもしれない。彼らは信頼できる。今自分たちは、彼らを信頼していいんだと。(、、、、、、、、、)

 

「魔法カード、コール・ネオスペーシアン発動! あたしのフィールドにネオスがいる時、デッキから二種類の(ネオスペーシアン)を特殊召喚できる! N・フレア・スカラベとN・グローモスを特殊召喚!」

 

 ネオスを支えるように。彼女のデッキからネオスの仲間たちが現れる。炎をまとった昆虫戦士と、白く発行する人型。

 三体のモンスターが揃う。神召喚の準備が終わった。

 

「あたしの場の三体のモンスターをリリース! 来て、守護の戦女神アテナ!」

 

 四体目の神。

 今までの子供の姿ではなく、本来の姿での顕現。

 二十代後半ほどの美女、ウェーブがかかった赤髪、金の双眸、白い肌。その身に纏うは白のローブとその上に装備した朱金色のスカートパーツのある鎧。背中には収納状態のウィングパーツがあり、右手に黄金の槍、左手に十二星座の刻印が入った円形の盾。この盾はかなり大きく、前に突き出せば相手からはアテナの姿が完全に隠れてしまうほどだ。

 アテナ。ギリシャ神話で、アレスと同じく戦争の女神。ただしアレスが進軍のような“攻め”を現すならば、アテナは都市防衛などの“守り”を要とする。

 本来はアレスと同格、或は上回る神格の持ち主だ。だが――――

 

「く……ッ!」

 

 召喚されたアテナの表情は苦しげだ。力の大半を削られ、人間の少女よりも無力な存在となってしまった彼女にとって、デュエルの中限定とはいえ、本来の姿になるのはそれだけで多大な負担なのだ。

 勿論、アレスもエリスも、そのことを見抜いた。ゆえに二柱の神には明らかな嘲笑が浮かんでいた。

 

「無様だな、アテナ。かつて勇猛にして堅牢な守備を誇った貴様が、今では鎧姿で戦場に立つだけで息切れとは」

「あげくこうして今にも膝をつきそう。哀れね」

 

 敵の嘲笑に、アテナは歯噛みして耐える。咲夜は怒りに任せて何か言ってやろうと思い、一歩、僅かに前に出た。

 だが、一人と一柱は予期せぬ言葉に行動を制止させられた。

 

黙れ(、、)!」

 

 和輝の大喝(、、、、、)。神々がその剣幕を受け、ふと黙った。

 

「ぐちゃぐちゃとやかましい。だいたい、お前らは良く吠えられるな。これから負ける癖に」

 

 和輝の挑発と怒りを含んだ言葉が、二柱の神の視線を鋭く、怒りを含んだものに変えた。

 

「言ってくれるな小僧。だが、貴様のロキもまた、貧弱なステータス。一体何ができる? オレ達のターンが回った途端に瞬殺されるぞ」

「ま、確かにボクじゃ正面から殴り掛かっても、君たちには勝てないよね。だけど、さっきも言っただろ? このデュエルを決めるのは、小さくなってしまった女神と、彼女をずっと守ってきた勇敢な女の子だって」

国守(くにもり)プロ! こいつをアシストに使ってくれ!」

 

 肩をすくめるロキと、デュエルディスクのボタンを押し、伏せカードを翻す和輝。そのどちらの思いも受け取って、咲夜は笑った。安心であり、自信であり、そして確かに嬉々を含んだ笑みだった。

 

「咲夜でいいよ。和輝君。そう呼ばせてもらっていい?」

「光栄だね。リバースカードオープン! ミニマムガッツ! 俺の場の綿毛トークンをリリースし、アレスの攻撃力を0にする!」

 

 和輝の場にいた綿毛トークンが雄々しく燃え上がり、一個の弾丸となってアレスに突撃した。

 

「馬鹿な!」

 

 アレスは自分に向かってきた小さな存在に対して剣を振るったが、迎撃できない。弾丸綿毛はするりと剣の一撃を回避しそのままアレスの腹部に直撃、その腹に大きな風穴を上げた。

 

「があああああああああ! こ、こんな、雑魚モンスターに……ッ!」

「神は強力だが無敵じゃない。倒す方法は本人たちが思っているよりも多くあるってことだ!」

「そう、そうね。だからこそ、アテナだって戦える! 今は力も弱くても、ほかの仲間(カード)で補えばいい! O-オーバー・ソウル発動! 墓地のネオスを復活!」

 

 復活する咲夜のフェイバリットカード。ここぞとばかりに和輝のサポートが入る。

 

「リバースカード、巨大化発動! これをネオスに装備!」

 

 ネオスの攻撃力が元々の数値分強化され、5500に。今の咲夜の戦力ならば、二柱の神さえ打倒できる。咲夜が手札からカードを一枚抜き放った。

 

「さらにダメ押し! ニトロ・ユニットをエリスに装備!

 

 バトルよ! これで終わらせる、アテナの脅威を取り除く! アテナでアレスを攻撃!」

 このデュエルの幕を下ろす攻撃が、これから始まる。

 

「はぁ!」

 

 苦痛を押し殺しながらアテナが跳躍。右手の槍を旋回させ、穂先をアレスに。そして――――

 

「滅びろアレス、我が黄金の槍を受けて!」

 

 投擲。一瞬にして音速の壁をぶち抜いた黄金の槍はソニックブームを発生させながら突き進む。

 

「お、おのれ、アテナァ……ッ! ロキの、パートナーさえ現れなければ!」

 

 一転して優位から敗北に突き落とされたアレスは、この現実を認められないかのように恨みごとを漏らす。次の瞬間、黄金の槍が直撃。衝撃と熱波がその断末魔をもかき消した。

 間髪入れぬ和輝の声。「ここで、ミニマム・ガッツの効果発動! アレスの攻撃力分のダメージを与える!」

 アレスの爆発の炎が意志ある蛇のようにうねり、兵藤を襲う。兵藤はまるで人形のように微動だにせず、その一撃を受け入れた。

 胸の宝珠が砕け散る。その様を見て、エリスが悲鳴を上げた。

 

「貴方!」

「夫のところに行きなさい! ネオスでエリスに攻撃!」

 

 動揺が隙となった。隙だらけのエリス肉薄するネオス。光り輝く――まるでネオス自身の怒りをも込めたような――右ストレート。

 ドカン! とダイナマイトが爆発したような轟音とともに、その一撃がエリスの左胸、心臓を貫いた。

 

「か……ッ!」

 

 断末魔さえ短い消滅。咲夜の声が続く。

 

「ニトロユニットのダメージを、プレイヤーに与える!」

 

 ダメ押し。エリスに装備されたニトロ・ユニットに火が点き、エリスの身体が爆発炎上。炎が波となってオデッサに襲い掛かった。

 

「あ、これはダメね」

 

 最後まで茫洋としたオデッサの呟きも、あっさりと飲み込まれ、その宝珠が砕かれた。

 

 

コール・ネオスペーシアン:通常魔法

「コール・ネオスペーシアン」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「E・HERO ネオス」または「E・HERO ネオス」を融合素材としたモンスターが存在する時に発動できる。デッキから「N」モンスター2種類を選択し、特殊召喚する。

 

守護の戦女神アテナ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードの召喚に成功したターン終了時に発動する。このカードを持ち主のデッキに戻す。

 

O-オーバーソウル:通常魔法

(1):自分の墓地の「E・HERO」通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

ミニマム・ガッツ:通常魔法

自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで0になる。このターン、選択したモンスターが戦闘によって破壊され相手の墓地へ送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

巨大化:装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 

ニトロユニット:装備魔法

相手フィールド上モンスターにのみ装備可能。装備モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、装備モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 

兵藤LP0

オデッサLP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:疑心氷解

 勝敗は決した。

 和輝(かずき)とロキ、咲夜(さくや)とアテナのペアが勝利し、兵藤(ひょうどう)とアレス、オデッサとエリスのペアが敗北した。

 消えていく二柱の神たち。アテナをつけ狙い、咲夜ともども憔悴させ、追い詰め、恐怖させた直接の脅威が今消えていく。

 

「お、おの、れ……。この、オレが――――――!」

「嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌! 消えたくない!」

 

 断末魔は最後まで続かない。神々の戦争のルールに則り、なす術なく消えていく。

 やがてアレスとエリスは完全に消滅し、彼らのパートナーだった二人のうち、兵藤はその場で頽れて気絶し、オデッサは相変わらず全てを突き放した茫洋とした表情を浮かべていた。

 

「終わったね」

 

 ロキの呟き。デュエル終了と同時に、バトルフィールドは消滅した。

 

「終わったの……?」

 

 呆然とする咲夜。今までの逃亡と憔悴の日々があっけなく終わりを告げた現実を、やや受け入れがたいらしい。

 

「の、ようだな……」

 

 同じく訝しげなアテナ。彼女もまた、逃亡生活の終わりを受け入れがたいだろう。

 だがその思いが言葉になる前に、和輝が動いた。

 

「ロキ、そっちの、アレスのパートナーは洗脳されてたみたいだから、カイロスの契約者の時みたく、洗脳中にさせられた記憶を消してくれ。」

「分かったよ」

 

 頷いたロキが兵藤の頭に手を当てる。一瞬の光。ただし危険な感じはしない。柔らかくて、暖かい光が、兵藤の頭を包んだ。

 

「記憶操作終わり。これで彼の洗脳期間中の記憶は別のものに書き換えられた」

「サンキュ。さて次は―――――」

 

 和輝の視線が突っ立ったままのオデッサに向かう。兵藤は洗脳されていたのでその期間の凄惨な記憶を消去した。だが彼女は違う。彼女に洗脳された様子はない。ならば、明らかに自分の意思でエリスと契約し、彼女やアレスの所業に手を貸していたのだ。

 

「あんたには、聞きたいことがある」

 

 言ってやりたいことも山ほどあったが、デュエル中でオデッサと相対した時に、この相手にはどんな言葉も行動も無駄だということもわかっていた。

 茫洋として、突き放して、世界と関わってくせに世界との関わりを拒絶するタイプの人間だ。そんな人間は前に見たことがある。まだ子供のころ、岡崎(おかざき)家に引き取られる前、孤児院にいた時、こんな子供がいた。

 こう言うタイプは惰性(、、)で生きる。だからこっちから感情ではなく、ただの質問をぶつければ意外とすんなり喋ってくれる。知っているならば、だが。

 

「何? 何でも聞いてくれていいよ。どうせ惰性だもの。勝者が敗者に何かを要求する。敗者はそれを聞き入れる。うん、とっても惰性」

「あんたの生き方はどうだっていい。けど質問には答えてもらう。あんた等のバックは誰だ? 嘘は無駄だ、うちの欺瞞の神が見破る」

 

 和輝の質問に、背後の咲夜とアテナの表情が緊張に彩られた。

 そうだ。アレスたちを倒したからと言って、それで全てが終わったとは限らないではないか。何しろ、アテナを子供にした神がまだ残っているのだ。

 寧ろしつこくアテナを狙っていたアレスは使い走りで、真に倒すべき敵はその背後にいると考えた方が自然なのではないか?

 

「あー、やっぱそう思うんだ」

 

 オデッサは参ったといわんばかりの台詞と裏腹に、その表情は相変わらず茫洋としていて考えが読み取れない。

 

「いいよ、答えてあげる。といっても、あいつらはあたしの前じゃあまり自分たち以外の神の名前は話さなかったけど、一度だけ聞いたよ。“しぶといアテナめ。クロノス様もしびれを切らしている、ってね”」

「クロノス……」

 

 アテナの表情がさらに険しくなる。

 

「やはりそうか。子供に戻されたということは、私の身体の時間が戻されたということだ。だからもしやと思っていた。こんなことができるのは時の神クロノスか、その弟神のカイロスが真っ先に思い浮かぶ」

「ちなみに、カイロスはボクらが倒してるから、カイロスが黒幕ならその時点で君に掛けられた時間逆行の呪いは解けてるはずだしねぇ、消去法で、クロノスか」

「クロノス、奴は今どこにいる?」

「知らない。契約者も知らない。あったことないから」

 

 怒気を孕んだアテナの問いかけにもけろりとしてオデッサはそう言った。真実だろう。この期に及んで嘘をつく理由がない。

 念のためロキにも確認してみたが、「嘘は言っていないね」という返答だった。

 

「くそ……ッ!」

 

 苛立たし気に地面を蹴るアテナ。敵の正体は分かっても、どこにいるかわからないのであればまた襲われる危険がある。

 

「もう一つ、聞きたいことがある。お前らが襲ってきた時、俺を足止めするためにわけのわからん奴が襲ってきた。あまり強くなかったけどな。ただ一番不可解なのは、そいつは神々の戦争の参加者じゃなかったことだ。どういうことだ? 奴の正体はなんだ?」

 

 和輝の質問に、咲夜とアテナがぽかんとした表情を作った。

 疑問符を頭の上に浮かべた咲夜。「神々の戦争の参加者じゃないのに、バトルフィールド内にいたってこと?」

 にべもなく切り捨てるアテナ。「馬鹿な、そんなの信じられん」

 すかさずフォローに入るロキ。「けど事実だよ。だからこそ聞きたいよね」

 それぞれの視線を受けてたオデッサ。だが彼女は平然とこう答えた。

 

「きみを襲った相手……? なにそれ、あたし知らない」

「ッ! 貴様、この期に及んでシラを切るか!」

「待った、アテナ。この子は嘘は言っていない。本当に知らないんだ」

 

 まさかの情報ゼロ。ロキはじっとオデッサを見つめるが、答えは変わらない。彼女は、嘘は言っていなかった。

 

「聞きたいことは終わった? じゃ、あたしはもう行っていいかな?」

 

 くるりと踵を返すオデッサ。彼女は何の罪悪感も抱いていない。エリスが戯れに仲の良かった友人同士を殺し合わせても、「そういうものだ」としか思わない。徹底して突き放したこの女はどこまで行っても誰とも関われない。本質的には。

 去っていくオデッサを、和輝たちは無言で見送るしかなかった。

 

 

 何はともあれ脅威は去った。少なくとも当面は。そう思いかけたアテナだったが、まだ敵になる可能性が高い連中が近くにいることを思い出した。

 和輝とロキ。

 先程も感じた疑念だ。

 デュエル中にエリスの言っていたことは正しい。この戦いは自分たちのチーム以外は敵同士。なぜ助けたのか? ここで油断させて、背後から強襲するつもりでは?

 だがそんなアテナの疑念とは裏腹に、和輝は思い出したように左手首に巻いた腕時計に目を向け、

 

「よっし! 間にあったぜ咲夜さん!」

 

 と、とても嬉しそうにそう言った。

 

「え?」

「試合だよ試合! アリエティス・ターナープロとの試合! 俺、応援してるから!」

「あ―――――」

 

 試合。ずいぶん昔のことに感じる。確かに、そろそろ前座のデュエルが終わる。逆に言えば、自分の試合開始までまだ少し時間があるのだ。急げば間に合う。

 

「そ、そうだ! いかなきゃ!」

「ま、待て!」

 

 戸惑いを含んだアテナの声に、走りだしかけていた咲夜の足が止まる。和輝とロキも、不思議そうな表情で小さな女神を見つめた。

 

「何故私たちを助けた? 私たちは貴様たちの敵だぞ? 一体何が狙いだ?」

 

 アテナの言っていることは正しい。神々の戦争の勝者は一組。それ以外は全て敵。それは変わらない事実、ルールだ。

 だが―――――

 

「敵、味方の二種類か。それって、疲れないか?」

 

 あっけらかんと、和輝はそう言った。あっけにとられたアテナと咲夜を前に、和輝はなおも続ける。

 

「少なくとも俺は咲夜さんやお前が敵だなんて思えないぜ? 俺は咲夜さんとアテナが戦ってるのを目にして何も考えずに助けようと思ったよ。俺がそうしたいからそうしたんだ」

 

 ますます困惑するアテナ。ロキは苦笑する。咲夜も、どこか朗らかに笑った。

 

「さ、咲夜。何を笑っている?」

「つまりね、アテナ。彼は――――」

「掛け値なしのお人よし。善人ってことだよ、アテナ。ボクのような邪神は信用できなくてもさ、和輝の様な人間は、信じてやってよ。出ないと彼が報われない」

「そ――――」

 

 絶句するアテナ。だが同時に納得した。凝り固まった疑心暗鬼が氷解していくのを感じた。なぜ自分はこうも疑っていたのか? 裏切られたから? それでも(、、、、)信念を曲げずにいるのが守護と正義の女神であるアテナ(じぶん)ではなかったか?

 気づいたら今までの自分がひどく滑稽に思えてきた。背中から撃たれようが子供にされようが、世界に正義はきっとあると、なぜ言いきれなかったのか。思った以上に自分は恐怖し、腑抜けになっていたということだ。

 思わず笑みがこぼれた。

 

「ア――――――ハハハハハハハハハ!」

 

 アテナは笑った。本当に久しぶりに出た、腹の底からの快活な笑みだった。

 

「な、なんだよ?」

「いや、すまぬ。そうか、そうだな。お前の様な奴だっていたのに、回り全てが敵だなどと、正義はないと、思い違いをしていた。咲夜、お前にも世話をかけた。――――――そのうえで頼みたい、これからも、私と共に戦ってくれるか?」

 

 手を差し出すアテナ。咲夜は躊躇なくその手をとった。

 

「勿論! 最後まで関わりぬく。その覚悟がないと最初から手をとらないよ!」

 

 一人と一柱の握手を見て、和輝は満足げに微笑み、ロキは、

 

「ああ、やっぱり人間っていいな。例え神の手だって、簡単に取れてしまう強さ(、、)がある」

 

 そう言って、これまた朗らかに笑った。

 

 

 その後、咲夜は急いで試合会場に向かい。和輝も自分の席についた。

 

「今考えるとすごいことだよなぁ。俺、プロデュエリストとタッグ組んだなんて。しかも―――――」

 

 懐のスマホ。送られてきたメールを見る。別れの直前に、アドレス交換した咲夜のものだ。

 

『今回はありがと。今度はわたしが助けてあげるね☆』

「アドレスまでゲットとか。今日は幸運がありすぎる」

「反動が怖いくらいだね」

 

 和輝とロキの軽口を、場内アナウンスをBGMがかき消した。

 選手入場。音楽に沿って登場する咲夜。強気な笑顔を振りまき、神々の戦争で汚れてしまった服を着替えた姿での登場だ。

 対峙するのは、白いパティシエ服に身を包んだ女性。

 外側にはねた茶色の髪、緑の双眸、パティシエ帽子をしっかりと被り、落ち着いた印象でデュエルディスクを起動。咲夜の対戦相手、パティシエデュエリストのアリエティス・ターナー。彼女にとっての勝負服であるパティシエ衣装での登場だった。

 

「何か、変わったわね。あなた。一皮剥けたというか、吹っ切ったみたい」

 

 登場した咲夜を見て、アリエティスはそう言った。

 笑みで応じる咲夜。「色々積み重なっていた問題が片付いて、すっきりしましたから」

 

「これは強敵ね」

 

 負けるつもりは微塵もないアリエティスは、そう言って笑った。

 アナウンサーの声が響く。

 

『それでは、試合開始ー!』

 

 二人のデュエリストが構える。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

 その日、咲夜はアリエティスプロに快勝。今までの不調を払しょくする、派手な復活劇を披露した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:ある少年と神の出会い

 これは、和輝(かずき)咲夜(さくや)たちの戦いが終わった頃の、ある少年の話。

 

 

 その病院は巨大だった。

 白く、清潔で、死の一切を拒絶するような潔癖さがあった。だがそれでもなお覆いつくせない(、、、、、、、)臭いが感じられた。

 死の臭い。拒絶しようともしきれない、どこにだってあって、どうあっても防げないもの。

 東京都内にあるとある大病院、その正面玄関前。そこに彼はいた。

 明るめの金髪、灰色の瞳、病院ということもあって服装はおとなしめ。群れの中にあっても自己主張を欠かさない孤高な一匹狼の風情。

 風間龍次(かざまりゅうじ)だった。

 

「と、国守(くにもり)プロは勝ったのか。こりゃいい、いい土産話ができる」

 

 くつくつと笑い、龍次は手にしていたスマートフォンをポケットに入れた。右手に色鮮やかな花々を入れた花束を、左手にはこれから見舞う相手が好きなケーキを持って、病院内に入っていった。

 病室は記憶済み。すでに何度も訪れているので迷うこともない。

 すれ違う患者たち。病棟の特色で、皆難病を患っており、表情はどこか暗く、生気がない。清潔なはずの壁、床、天井、空気でさえもどこか淀んでいるように感じる。

 

「…………」

 

 無言で進む龍次。すれ違う看護師の中に見知った顔があれば会釈をするも、自然と表情が強張っていくのを感じた。

 目的の病室の前でぴたりと立ち止まる。と、ノックしようとしてメールの着信。マナーモードにしていたことにわずかに感謝し、確認してみて、嫌な気分になった。

 母親からのメール。内容は当たり障りもない。最近どうか? 元気にやっているか? 学校の成績はどうか? 誰かに迷惑をかけていないか? プロデュエリストを目指せそうか? などなど……。

 余計なお世話だった。そもそも高校の入学式にだって親父共々顔も出さなかったくせに、今更母親面をしないでほしい。学費はともかく、送られてきた生活費には一切手をつけていない現状を知っているはずなのに会いに来ない時点でいかに白々しいかよく分かる。

 メールを削除、一度大きく息を吸って気分を切り替える。スイッチを変える。一応頬に手を振れて表情が強張っていないか確認。改めてノック。

 

「どうぞー」

 

 朗らかな声が返ってくる。その声に安堵して、扉を開いた。

 

「よっ。元気そうだな」

 

 努めて明るく、気軽そうに。自分は何も知らないという風を装って入室する。

 廊下と同じく真っ白な壁、天井。だがほのかに香る甘い香りにかすかに安堵を得る。

 個室の病室。白くて清潔なシーツがかけられたベッドの上には、一人の少女がいた。

 色素の薄い黄色の髪、同じく色素の薄い茶色の瞳。儚げで繊細で、それ故に美しい、精巧に作られたガラス細工の風情。即ち、ふとした瞬間に粉々に砕けて壊れてしまいそう。

 彼女の名前は山吹茜(やまぶきあかね)。入院してからそろそろ一年になろうとしている。

 

「あ、りゅーじ君、やっほー」

 

 入ってきた龍次に気づいた茜はぱたぱたと陽気に手を振る。年齢は龍次と同じはずだが、同年齢よりも擦れている分大人びている龍次と違って、彼女は出会った当初から年齢不相応に子供っぽい。

 

「おーっす。見舞いに来たぜー」

「わっ。珍しい。りゅーじ君最近全然来てくれなかったから寂しかったよー」

「悪いな、何かと忙しいんだ。と、花変えるぜ?」

 

 茜に対して背を向け、窓際の花瓶の花をとりかえる龍次。表情は見られていないはずだ。強張った表情は。

 

「あぁ、そうだ。お前がファンな国守プロな、今日勝ったみたいだぜ。最近不調だったけど、完全復活って話題だ」

「わっ。それ嬉しいな。最近スランプ入ったって言われてて、心配だったんだ」

「心配事が一つ解決してよかったな。じゃ、ついでにお前が喜ぶ話題をもう一つ。土産にケーキ買ってきた。食えよ」

 

 顔の強張りがほぐれたと自覚し、振り返る。渡したケーキの箱を嬉しそうに開く茜を見てどうやら自分の変化はばれなかったようだとそっと安堵する。

 龍次と茜が出会ったのはあるカードショップで開催された小さなデュエル大会でのことだった。

 たまたまバイトもなく、暇を持て余していた龍次は飛び入り参加で決勝まで上り詰めた。

 その対戦相手が茜だった。

 結果は龍次の勝利。だが大会後、子供っぽくて負けず嫌いな茜が再戦を申し込んできた。

 再戦、再戦、また再戦。そのうち意気投合する二人。

 政治家の父と、その愛人の間に生まれ、出自と両親との確執から、すぐにでも家を出たがっていた龍次。

 茜は家族仲は悪くなかったはずだが、父親が病死し、その後母が再婚し、新たな家庭になったことで馴染めず、両親と距離が離れた。

 家庭に不和を抱えた者同士、気が合い、話も弾み、安心した時間を共有できるようになり、次第に惹かれ合った。

 龍次にとって滅多になかった安らぎの時間。友人たちとの語らいで嫌なことを忘れられても付きまとう黒い影のようなものが、彼女といる時は消えているのを感じた。

 だが悲劇は突然訪れた。

 ある日突然、龍次の目の前で倒れた茜。救急車で搬送された病院では極度の衰弱、心肺機能の低下に対処するのに精いっぱいで原因を一切解明できずにいた。

 紆余曲折を経て――龍次も無関係ではなかった――移ったこの病院でもまだ原因は不明。検査と観察(、、)の毎日が始まった。

 茜の顔色はやや青い。それでも普段は特に問題ない。激しい運動はもちろん厳禁だが、こうして喋っている分には健康体となんら変わらない。ただ、心臓の働きにばらつきがあり、時折極端に激しい動悸に襲われたり、反対に極端にゆっくりになってしまっているとこがあるらしい。

 痩身で顔色の良くない、彼女の主治医がしていた話を思いだす。

 いつか、龍次がしばらく茜の見舞いに来なくなった原因になった日のことだった。

 思いだすのは病院の屋上のこと。

 

 

「彼女は、あまりよくない状態だ。もっというなら、いつ死んでもおかしくない」

 

 茜の主治医。医者の不養生を体現したかのように顔色があまり良く無く痩身。咳をしないのが不思議なくらいにひょろりとしていて、強い風に揺れる枯れ木の風情。

 

「どういう意味ですか?」

 

 辛うじて敬語を保ってはいるものの、声に込められた怒気は殺せなかった。

 龍次の怒気を受けても、主治医は涼しげな態度を崩さなかった。

 飄々とした態度。医者が患者やその関係者に対してとるには適切とはいえないものだが、これが彼が医者として生きてきた結果自然と身に着けてしまった(、、、、)態度なのかもしれない。

 どんな患者の生き死にも、動じるに値しないというかのように。

 

「本来は、患者の家族以外に口外しないものなのだが。あまりにあしげく通う君が健気で、同時に哀れに思ってね。彼女の病状を教えることにした。他言無用で頼むよ?」

 

 茜の病気について。そう言われては龍次も黙るしかなかった。黙ったまま先を促す龍次に対して、主治医は軽く頷いた。

 

「山吹茜君。彼女の病気は端的に言って、死にながら生きている状態だ」

「なんだって?」

 

 困惑の表情を浮かべる龍次。「君が混乱するのはよく分かる」と医者は龍次の困惑を肯定する。

 

「私だって最初にこの事実を知った時は驚愕を通り越して呆れたものだ。悪夢だよ、医学界にとっての」

 

 肩をすくめる主治医。そのまま詳細を告げた。

 

「彼女は夜眠った後、心臓が停止している(、、、、、、、、、)

「…………は?」

 

 心臓が停止している。それはつまり、

 

「死んでるってことじゃないんですか?」

「医学的にもそうなるな。心臓が停止している。機械越しではそうだ。間違いなく。なのに奇妙なことに体温は常温通りにあるし、心臓の鼓動はないはずなのに血管は動いている。つまり、心臓が動きを止めているのに血液の流れは変わらないのだ。まるで心臓以外にもう一つ、目に見えない器官があって、それが彼女を生かしているかの様じゃないか。

 そして恐ろしいことに、彼女は朝、自身の意識が目覚めるとともに心臓もまた動きだしている。毎晩だ。これはなんだね? 病気というよりももっと別の何かのように見えるよ」

 

 医者としてあるまじきことだが、と主治医はまとめた。

 

「そんな……」

 

 愕然とする龍次。茜の状況は龍次が思っているよりも複雑で、混沌としていた。それこそ言葉にできないほどに。

 

「そしていつ心臓が止まったままになるのか、誰にもわからない。原因不明、治療法不明。できる事は検査という名の観察、実験。

 ただし、希望はある。茜君の症例は世界でも非常に稀だがほかに皆無ではない。最近になって数例だが同じ症例がある。ここ以外のどこかで、病気の解明が行われるかもしれない」

 

 それが現実的ではないことは主治医自身も分かっていることだろう。それでも可能性は〇ではないのだと、そう言っているのだ。それがどんなに儚くか細いものでも。

 龍次は沈黙するしかなかった。腹の中がぐちゃぐちゃで、何も言葉が出てこなかった。思いっきり叫びたいのか、そうじゃないのかも分からなかった。

 

 

「くん? ……りゅーじ君?」

 

 茜の呼び声で龍次の意識が引き戻された。ハッとした表情をした後、「ああ、悪い」と詫びる。

 

「大丈夫? 調子悪い? ここ病院だから、誰かに診てもらう?」

「バイトが多くてちょっとぼーっとしてただけだよ。心配ない。それより、えーと、確か話の続きだったな。俺の友達(ダチ)の話だったな。和輝だけじゃなくて、最近は烈震(れっしん)ってのもできてな。こいつがまた、世界観間違えてるような堅物とガタイでさー」

 

 龍次はとにかく喋り倒した。喋っていないと不安だった。主治医の言った、二度と目覚めないかもしれない危険を感じて、たまらなく怖かった。

 その恐怖を振り払うように、ただただ喋った。自分の話を聞いて笑ってくれる茜を見て、安堵を得たかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が暮れだしたころ、検査の開始と面会時間の終了を告げられた龍次は病室を辞した。帰る足取りが重いのは、一人になるとどうしても憂鬱と不安が押し寄せ、それに耐えるので精一杯だからだ。

 

「…………畜生」

 

 口から洩れる声が弱弱しい。

 白状しよう。龍次は怖かった。茜の顔を見て、彼女と語らって、そのぬくもりを知って、余計にそう思った。

 次に病院を訪れた時、彼女はもういないかもしれないという恐怖が彼を縛る。

 

「くそ!」

 

 自分にはどうにもできない現実。この現実を打破したくとも手段などどこにもない。祈るくらいしかできない。

 なんとと無力か。政治家である父にも、一度頭を下げた。愛人の息子にも、一応の情はあったのか。それとも、茜の病床を解決できれば、その一因となれるのであれば、次の選挙の時に有利だとでも思ったのか。

 だが結局は無駄だった。その結果が今だ。紹介された病院に入院し、彼女の主治医は世界でも腕の立つ医者だという。

 それでも、何の進展もない。龍次は絶望で目の前が真っ暗になりそうだった。

 

「悩むのならば、道を示してあげましょうか? 少女を思う、美しくも傷だらけな我が子よ、その末裔よ」

「ッ!?」

 

 突然前から掛けられた声に、思わず龍次は立ち止まり、弾かれたように声のした方を見た。

 龍次の前方、一メートルと離れていない場所に、男が一人立っていた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、抑えめの柄をした着流しを見事に着こなして、涼やかな立ち姿でそこにいた。

 龍次は驚愕で呆然としていた。一体いつの間に目の前に立っていたのか? いくら何でもこの距離まで気づかなかったとは思えない。まるで、目の前に突然現れたようだ(、、、、、、、、、、、)

 

「あん、たは……」

「驚くのも無理はないでしょう。ですが落ち着いて聞いてほしい。君がもしも、君の思い人を救いたいのならば、私の言葉に耳を傾けるのは決して無駄ではない」

 

 男の声はとても穏やかで、まるで教師が生徒に教えを施すような誠実さと静けさを持っていた。龍次は自然と男の言葉に耳を傾けていた。

 

「さて、私の話を、聞いてくれますか? これから君に、数多の困難と、確かな希望の道を提示できると思いますよ? そう、君の思い人を救うための方法と、道を」

 

 困難と希望の道。龍次は自然と男の言葉を受け入れていた。特に最後の一言。思い人、即ち茜を救う方法? そんなものが本当にあるのか?

 

「あんたは一体、何者なんだ? 我が子とか、わけのわからないことを言って……」

「ええ、言いました。私が造った国の人々の血を継ぎ、この国に根付いた君は、間違いなく我が子も同然。そういう意味ですよ」

 

 男は柔和に笑い、そして言った。

 

「私は伊邪那岐(いざなぎ)、この日本という国を造り、日に千五百の産屋を作った、国造りの神です」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:望まぬ再会

 日が沈み、世界が夜の闇に包まれた頃、和輝(かずき)はその場所に立っていた。

 その場所は、ひどく冷たく、暗く、寂しかった。

 そこは何もない場所だった。

 立ち入り禁止を示すフェンスに囲まれた土地。ここが東京の区画の一つだとはとても思えない。住宅地からぽっかりと隔離された空間だ。

 かつてあった街並みも、人々の暮らしも、そこでの生活の跡も。何もかも燃え堕ちて、整地されてしまった。

 

「変わったな。ここは……。七年前にあったものは何にもなくなっちまった」

 

 和輝は痛みをこらえるような表情で、寂しさを窺わせながらそう呟いた。

 

「そして残ったのはこれだけ、と」

 

 和輝の背後に実体化したロキが、和輝の隣にあるものに目を向けた。

 慰霊碑だった。“東京大火災被災者の冥福を祈って”と書かれている。

 ここは七年前、東京大火災で燃え落ちた一画だ。また、かつて和輝が住んでいた一画でもあり、同時に、彼が全てを失い、壊れかけた命をロキに拾ってもらった場所でもあった。

 

「ここから、始まったんだな。俺と、神々の因縁が」

 

 和輝の眼前の広がる光景には正しく何もなかった。燃え残った建物は崩落の危険があるとして取り壊され、ただ赤茶けた地面と、黒く焦げたアスファルトがあるだけだった。

 和輝とロキは咲夜(さくや)のデュエルを観戦した後、東京の街を回って、最後に和輝の強い希望でここに来たのだ。

 

「ここだけぽっかりと、空白地帯になっているんだね。新しい建物は立てないのかな?」

「さぁな。ただ、ここを再開発しようって計画はあったみたいだぜ。けどいざ工事を始めようとすると事故が起こったり、現場作業員が謎の体調不良を起こしたりで、結局中止になったらしい。で、慰霊碑だけ立てて、後は基本的に立ち入り禁止だ」

「それは仕方がないね。この場所は今も負の空気、言ってしまえば瘴気のようなものが凝っている。きっと、これは今後何百年とたたないと浄化されないよ」

「お前の力でどうにかならないか?」

「力が強すぎる。それに、同じ邪神の属性を持つボクが下手に手を出せば、かえって活性化しかねない。東京大火災の再来だよ」

 

 そっかと答え、和輝は沈黙した。

 和輝は思う。俺はここで命を得たのだ。隣に立つ邪神の心臓を半分もらうことによって。代償は白髪化、そして――――

 楽しいなぁ、楽しいなぁ! ここはいいなぁ! とてもとても気分がいいなぁ!

 時折騒ぐ怪物の声。窮地でもないはずなのに、さっきからずっと歓喜の(、、、)雄叫びをあげている。

 それを務めて無視して、和輝は続けた。

 

「じゃあ、ここは当分このままか」

「そうだね。けど和輝、君は東京を巡った後、どうして最後にここに来たんだい? ここは君にとって最も忌々しい場所じゃないのかい? 現に君の顔色は悪いよ」

「だから、だ」

 

 我知らず気分の悪さから額に浮いた汗を、服の袖で拭う。

 

「ここで起こったことを繰り返させないために、俺は、もう一度、ここにきて、この光景を目に焼き付けておく必要があったんだ」

 

 神々の戦争では、参加者は現実世界とは違う位相の空間、バトルフィールドで戦う。

 だがこのバトルフィールドが神々の戦争の力の激突に耐えきれなくなった時、フィールドは崩壊、その余波、影響は現実世界に様々な形で現れる。

 例えばそれは、東京大火災という名の災害として、など。

 

「絶対悪の神、アンラマンユ。奴は封印されただけだ、滅びたわけじゃない。当然、神々の戦争の参加資格もまだ持っているだろう。必ず、この世界に奴は現れる。いや、もうその影響は出ているかもしれない」

 

 深刻な表情と声音で言うロキ。その表情は無表情だが口調は真剣だ。いや、いつもどこか飄々としていておちゃらけているこの邪神が、こうも真面目な口調と表情をしている時点で、アンラマンユの強大さ、凶悪さは和輝も感じていた。

 そう、ほとんどの力を削られながらも、なお地獄を作りだした神の力を。

 

「ロキ、やっぱり俺は、これを成した奴を許せない。そして、これと同じことを成そうとする連中がいることが我慢できない。そのために、きっと効率的じゃない行動をとると思う。今日みたいに、感情に任せて首を突っ込むと思う」

「ま、仕方がないね。それにボクは君はそういう人間だから契約を結んだんだ。気にせず好きにやったらいいさ。

 てゆーか今日はボクだってアテナやそのパートナーを助けることに賛成してたしね。ボクだって結構好きにやってるよ」

 

 背中を向けたままの和輝に、ロキは軽く肩をすくめてそう言った。和輝はかすかに肩を震わせた。ひょっとしたら、笑ったのかもしれない、

 それから長い間、和輝は無言だった。ただ握りしめた拳は白く変色し、引き結んだ唇は険しく、その内面を推し量られることを頑なに拒んでいた。ひょっとしたら、この光景を、痛みに抗いながら目に焼きつけ、心にしまい込み、魂に刻もうとしているのかもしれない、

 和輝は何を思ったのか。この、本当の両親も、かつての友人も、知り合いも燃えて、消えてしまった場所で。

 どれくらいそうしていたか、やがて和輝はぽつりと言った。

 

「行こう。風が、冷たくなってきた。連絡を入れたけど、綺羅(きら)が心配する。あいつは、俺が一人で東京に行くことに難色を示していたからな」

 

 踵を返す和輝。だがロキは動かなかった。

 

「待った、和輝。その前にイベント発生だ。神の気配がする。隠そうともしていないね。というより、捕まったのかな(、、、、、、、)、ボクらが。接敵だ」

「ッ!」

 

 弾かれた様にロキの方を振り向く和輝。そしてやってきたのは――――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 龍次(りゅうじ)伊邪那岐(いざなぎ)と名乗った男とともに、さっき出ていったばかりの病院に取って返していた。

 

「さぁ龍次。君の思い人の病室まで案内してください」

 

 相変わらず穏やかで、優しげな、教師のような声音で伊邪那岐は言った。龍次は無言で先を歩く。

 頭の中では、ここに来るまでの道中で伊邪那岐の口から語られたことについて考えていた。

 伊邪那岐は、龍次に神々の戦争について語った。

 神々の間で行われる、人間をパートナーにした代理戦争。そのためにデュエルモンスターズが作られたこと。僅か十五年の歳月で世界中に爆発的に流行したさせたこと。そして今もまだ、その熱は冷めず、どころかますます過熱していくこと。全て神の思惑通りだという。

 普通ならば、こんな話を信じるはずがない。龍次だって、平時であれば一笑に付すだろう。誇大妄想にもほどがある。

 だが今は違った。伊邪那岐の穏やかな話し方が、龍次の疑念と警戒心を解きほぐしたこともあるだろう。初見でわかる、常人とは違う何かを、龍次がずっと感じていたこともあったはずだ。

 そして何より龍次の興味を引いたのは、伊邪那岐が語った、神々の戦争勝者に与えられる商品。

 どんな願いでも一つだけ、必ず叶えてくれるという。

 その言葉と、出会った直後に語った茜を救うことができるかもしれないという言葉。それが龍次が伊邪那岐の話を蹴ることができない理由だった。

 引き込まれる。抗いがたいことだった。

 そして伊邪那岐は言った。自分を、茜のところに連れていってくれと。

 

「私は日に千五百の産屋を作った生命の神。その少女の病状次第では、君が勝ちあがるまでもなく、癒すことができるかもしれない」

 

 その言葉が決定的だった。龍次は承諾し、その後すぐに伊邪那岐のカード、すなわち神のカードを渡され、仮契約とやらをすまさせられた。

 そして今、こうして伊邪那岐を連れて病院にとんぼ返りだ。

 すでに日は暮れている。昼間通った病院の廊下を、もう一度通る。不思議なことに、誰にもすれ違わなかったし、面会時間は過ぎているので、看護師や医者に見つかれば咎められるだろうと思ったのに、そんなこともない。

 

「君が私と仮契約を結んでくれたので、私の神としての力を使えるのですよ。それで、今この時間、この場所には誰も通らないようにさせてもらいました。もっとも、私達が通過した後は、この効力はすぐに消えますので、ご安心を。患者をほったらかしにする医者や看護師、というものは存在しません」

 

 笑みを浮かべ、伊邪那岐は龍次に安心材料を与える。龍次はわずかに首肯し、前に進んだ。

 やがて、目的地、茜の病室にたどり着いた。

 

「ここだ」

「では、行きましょう」

 

 にこりと、こちらを安心させるような笑顔を浮かべる伊邪那岐。その笑顔に背中を押されるように、龍次は眼前の扉を開いた。

 検査を終え、ベッドの上で眠っている茜。込み上げてくる愛おしさを押し殺して、伊邪那岐の方を振り返った。

 伊邪那岐は首肯し、そっと、茜の頬に手をやった。

 目を瞑り、何か、瞑想をするように沈黙する。龍次にはただそれを黙って見ていることしかできなかった。

 

「これは……」

 

 目を開く伊邪那岐。彼は驚いたように目を見張り、茜の身体に手をかざし、移動させた。

 

「どうした?」

 

 ただならぬ様子の伊邪那岐に不安を覚えて、龍次は思わず声を出していた。伊邪那岐は答えず、尚も茜の身体を何か調べていたようだが、やがて姿勢を正し、神妙な表情で龍次の方を向いた。

 

「龍次、良い報告と、悪い報告があります。どちらを聞きたいですか?」

「…………悪い方から頼む」

「分かりました。まず、彼女の症状ですが、これは病気ではありません(、、、、、、、、、)

「え?」

 

 病気ではない? それはどういう意味か? 龍次の困惑が伝わったのか、伊邪那岐が更なる解説を続けた。

 

「彼女の身体を蝕んでいるのは病ではない、呪い(、、)です。神がかけた、死と生を繰り返す円環の呪い。これは、人間の医者にはどうしょうもありません」

「そんな――――」

 

 龍次が足元が崩れ去る気分を感じた。これは病気ではなく、呪い。それも神がかけた呪い。ゆえに医者に治すことはできない。じゃあ茜はなぜこんなところで、ベッドの上で観察対象の様に囲われなければならないのか。彼女は何のために――――

 

「ですが、いえだからこそ、希望はあります」

 

 ぐるぐると悪い方向に流れ込みかけた龍次の思考が、穏やかな、しかし確固たる伊邪那岐の声でせき止められた。視線を向ければ、伊邪那岐は静かに微笑んでいた。

 

「これが神がかけた呪いであるならば、呪いをかけた本人を倒せば呪いは解けます。その時、彼女は健康体へと戻るでしょう」

「治るのか!?」

「勿論です。呪いは解呪条件を満たすか、かけた本人が死ねば効力を失います。この場合、死ぬというのは神々の戦争の脱落、と捉えてもらって構いません。そしてこの神は間違いなく神々の戦争に参加しています。ならば、君が神々の戦争に参加し、勝ち進んでいけば――――」

「いつか、この呪いをかけた相手に会えるかもしれないってわけか」

「あるいは、ほかの誰かが、この神を倒すかもしれません」

 

 龍次の瞳に希望の光が灯った。同時に、表情にも力が戻った。さっきまでの憔悴とした様子が嘘の様に消え去り、腹を決めたもの特有の、大胆さと不敵さが入り混じった、力強い笑みが浮かび上がってくる。

 

「なるほど、な。じゃあ、伊邪那岐、あんたと正式に契約して、戦うってのも、マジでありなように思えてきたぜ、――――いや、違うな。オレにそのことを教えてくれた、希望をくれたあんたに、俺は協力したい。そう思うようになってきた」

「君ならば、そう言ってくれると思っていましたよ、龍次。美しい魂を持つ少年」

 

 柔和に、伊邪那岐は微笑んだ。

 

 

 それから、龍次と伊邪那岐は本契約を結んだ。これで龍次は晴れて神々の戦争の参加者だ。

 

「これからどうするんだ? 俺としては、やっぱ茜に呪いをかけた神を探したいが……」

「私もその方向性で構いませんよ。この呪いをかけた神、私も気になります。何か、引っ掛かりを覚えるといいますか」

 

 顎に手を当てて、伊邪那岐は考え込んだ。そして龍次を見て、言った。

 

「龍次、君に少し、私の力を見せておきましょう。この国、日本を造った神である私ならば、このようなことも可能です」

 

 そう言って、伊邪那岐は目を瞑った。

 精神統一。一種不可侵な神聖さを備え始めた伊邪那岐に、龍次は言葉を発することもできず、ただ息を呑んだ。

 すると、伊邪那岐の全身がほのかに発光し始めたではないか。

 

「な―――――」

 

 龍次の眼前で、伊邪那岐は発行し、燐光がまるで蛍の様に茜の病室を優しく舞う。

 やがて、その燐光も消え失せ、伊邪那岐の発光もやんだ。

 閉じていた瞼を開いた伊邪那岐、その視線がまっすぐ龍次を捉えた。

 

「見つけましたよ、龍次。神を」

「え!?」

 

 契約して早々? そんな疑問符を浮かべた龍次に対して、伊邪那岐は教師のように優しく微笑んだ。

 

「私は日本神話における国造りの神。いわば、この日本は私のホームグランド。ほかの神の感知範囲外から神の気配を辿ることもできます」

 

 それでも、狡猾な神や術に長けた神ならば、その気配を隠し、伊邪那岐の探知を欺くこともできるだろう。だが、

 

「この神はそのようなプロテクトを施していない様子。考えられる理由は三つです。この神は気配を隠すことが苦手なのか、あえて気配を隠さないことで自身を“餌”にし、神をおびき寄せているか。最後の一つは二つ目の理由に若干被りますが、力が強く、わざわざ気配を隠す必要などないもの、です。もっとも、最後の一つの場合、その力を感じられないとは思えませんが」

「つまり、今その見つけた神のところに殴り込みをかけるのは、リスクがあるってことか」

「その通りです。もっとも、奇襲を成功させられるというメリットも当然あります。それに、神の力がいかに強くとも、勝負を決するうえで大きなファクターは、パートナーの人間が握っています。

 神がいかに強大でも、付け入る隙はあります。それに相手はどうやら邪神の属性を持っている様子。もしかしたら、いきなり当たりかもしれませんよ?」

 

 龍次は沈黙。頭の中では伊邪那岐が言ったことを慎重に吟味していた。

 確かに神、ひいては神のカードがいかに強力であろうと、それを操るのは人間だ。使いこなせるかどうかはまた別の話。

 それに龍次自身、一度神々の戦争がどういうものか、その身で味わった方がいい。

 

「行こう、伊邪那岐。これが俺の初陣だ」

 

 龍次の答えに伊邪那岐は満足げに笑い、次の瞬間には、一人と一柱の姿は病室から消えていた。

 

 

 次の瞬間、龍次は自分が空を飛んでいることを自覚した。

 一体いかなる方法か、龍次と伊邪那岐は茜の病室から一瞬にして屋外に出て、さらに目的地である神の気配のする方角に向かって飛んでいるのだ。

 

「ッ!」

 

 驚愕の声を出すよりも早く、効果が始まった。

 着地はひどく静か。だがその直前に、ターゲットの神が気づいた。契約者が振り返る。非常になじみのある白髪の契約者が(、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

「!?」

 

 龍次の驚愕は声にならなかった。着地と同時に二人の視線が交錯した。

 

「龍次……?」

 

 相手は信じられないものを見るような眼でこちらを見た。龍次もまた、同じように呆然とした声音で名前を呟いていた。今、相対している相手の名前を。

 

「和輝……?」

 

 友人同士の、望まぬ対峙。それがここで実現してしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:友情激突

 和輝(かずき)龍次(りゅうじ)が出会ったのは、実を言うと高校に入る少し前、中学三年の春休み、とあるカードショップでのことだった。

 きっかけは些細なこと。その店に売っていたシングルカードの最後の一枚を互いに取りあったという、実に他愛もないものだった。

 ごく自然な流れにデュエルをした。結果は和輝の勝利。だが和輝はそのデュエルに確かな充足感を得ていた。

 和輝は同年代と比べて、明らかにデュエルの腕が秀でていた。よい師に恵まれた結果だろう。

 その和輝をして、龍次は強敵だった。まさかこんなところでこんな強敵と出会えるとは思っていなかった。

 互いに名乗りあい、連絡先を交換した。高校に進学し、成績優秀者がプロに推薦される十二星(じゅうにせい)高校に進学して、互いに再会。驚いたが納得もした。

 和輝は自分の境遇、七年前の東京大火災の生き残りであることを語り、白髪の理由を語った。龍次もまた、己の家庭の事情を語り、入院中の恋人のことを語った。

 お互い、他人には自分から喋ることのないことだった。それだけ気心が知れたということだ。

 いつの間にか、二人は友人になっていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝は呆然とし、龍次と、その背後の伊邪那岐(いざなぎ)を見据えた。

 突然現れた龍次と男、直前のロキの警告。間違いなかった。

 龍次は、神々の戦争の参加者だ。参加者に、なってしまったのだ。

 

「和輝の友人、だったね。ふーん、神々の戦争に参加したんだね。昨日までは神の気配はしなかった」

「龍次の友人が、参加者だったとは思いませんでした。それも、邪神の契約者だとは」

 

 油断のないロキの眼差し、伊邪那岐の言葉。互いに視線をそらさない。

 

「まさか、お前も神々の戦争の能力者だったとはな……。お前の神が、(あかね)に呪いをかけたのか?」

 

 和輝とロキを睨みつけ、龍次はそう問いかけた。和輝は「茜?」と一瞬訝しげな顔を見せたが、

 

「ああ、お前が前に言っていた、入院中の彼女か。彼女が呪われてって、どういうことだよ?」

 

 和輝にはわけがわからなかった。何しろ、いきなり龍次が神々の戦争の参加者として現れただけでも混乱しているのだ。この上さらにそんなことを聞かれても、混乱が加速するだけだ。

 

「何も、知らないのか」

 

 龍次の顔に、失望と安堵の色が一瞬よぎり、すぐに消えた。

 

「ロキ、お前、俺と出会う前に何かしたのか?」

「してないよ。それに、ボク女の子に呪いかけるようなことしないし。というか、する意味がないし理由もないよ」

「なるほど。確かに、君はそう言うでしょうね。ロキ。北欧神話の邪神、欺瞞と悪戯を司るトリックスター」

 

 伊邪那岐の口調も表情も穏やかだ。あるいは、彼は本当にロキが犯人ではないと確信しているのかもしれない。理由は分からないが。

 

「龍次。(ロキ)は術に長け、嘘つきな神です。ですがそれだけにすぐばれる嘘はつかない。まぁ、決して善人ではなさそうですが」

「そう言ってもらえると、安心できるね。ま、ボク自身、ボクが信用されない理由は分かるよ。北欧神話のトリックスター、そこにある悪戯という名の悪意ある行動は、一部過激なものを除いては、かつてボクがなした真実の所業だ」

 

 若さゆえの過ちだったと、照れたように微笑むロキ。その表情に邪気は見られない。伊邪那岐が言っているように、ロキは犯人ではないのかもしれない。

 だが龍次には一つの懸念があった。

 伊邪那岐が言っていた。神は見出した人間が戦いに否定的だった場合、その契約者を洗脳し、自分の手駒にすることがあると。

 そしてそんな行為に手を染める神には、邪神、魔神のたぐいが多いとも。

 だとすれば、目の前の邪神(、、)、ロキは、和輝を洗脳していないといえるのか?

 

「――――――」

 

 龍次は無言で和輝を観察する。彼の言動は龍次の知っているものとなんら変わらない。一見するとなんら洗脳などされていないように見える。

 だが、完全洗脳ではなく、思考の一部、たとえば、ロキを全面的に信じるように、間接的に洗脳されているとしたら? そうなったら、龍次には判断できない。

 

「和輝、お前なんでこの戦いに参加してる? お前に、こんな危険に首を突っ込んででも叶えたい願いがあるのか?」

 

 だから龍次は和輝に問いかけてみることにした。和輝の反応を見て、彼の状態を判断しようと、そう思った。

 

「俺が神々の戦争に参加する理由か。簡単にいえばさ、我慢できないんだ」

「我慢できない?」

「この戦いにはな、龍次。人間なんざ屁とも思わない連中が山ほどいる。そいつらは無関係の人がどうなろうが、何人死のうが知ったこっちゃない。

 なぁ龍次。七年前の東京大火災、あれだって神がらみの事件だったんだぜ? その頃から俺と神々の戦争は因縁が出来上がった。

 そして俺は、こんな地獄を作りだす神を、許せない。そいつらをさ、一柱も残らずぶっ倒さなきゃって、そう思うんだ」

 

 和輝は己の本心を打ち明けた。嘘偽りのない、岡崎(おかざき)和輝が戦う理由。勝者に対する報酬が、何でも叶えてもらえる願いが目当てなのではなく、こうして戦い、無辜の民に犠牲を強いる神を倒すことそのものが目的なのだと、素直に語った。

 龍次は無言。そして伊邪那岐は好感を持ったように、優しく微笑んだ。

 

「志がまっすぐな青年ですね」

「ボクの自慢の契約者さ」

「確かに、洗脳されてるわけじゃなさそうだな」

 

 軽く呟く龍次。その声は和輝にまで届かない。だがまだ釈然としないことがあった。

 

「龍次」

 

 だが和輝が本当に洗脳されていないかどうか、そのことを問いただす前に、和輝の方から声をかけてきた。

 

「お前の懸念は分かるよ。俺が、ロキに洗脳されていないかどうか、心配してくれてるんだろ? お前マジいい奴だからな。だったら話は簡単だ。デュエルをしよう」

「何? 論理が飛躍したぞ」

 

 あっけに取られる龍次に対して、和輝は「そんなことはない」と苦笑を浮かべながら告げた。

 

「デュエルをすれば相手のことが分かる。気持ちが、想いが、自然と伝わってくる(、、、、、、)。マジで戦うデュエルとはそういうもんだ。そうだろ?」

 

 和輝の言うこともわかる。デュエリストなら当然のことだ。龍次ははっと短く息を吐いた。そうだった。自分は神々の戦争に、戦いに来たのだ。うだうだと言葉を交わしに来たわけじゃない。

 

「そう、だな。――――伊邪那岐、初陣だ、至らないことがあるかもしれねぇから、サポートを頼む」

「分かりました。バトルフィールド、展開!」

 

 伊邪那美が叫ぶ。次の瞬間、二組の参加者たちの姿が堅実空間から消え、位相がずれたバトルフィールドへと突入した。

 

 

「これが――――――」

 

 元々人気(ひとけ)がない区画だったが、今では周囲の区画の家々の明かりさえも消えている。

 明かりの消えた街並みに、龍次は何とも言えない表情をした。

 

「始めますよ、龍次。気を緩めないよう」

 

 半透明となった伊邪那岐に言われて、龍次は気を引き締め、デュエルディスクを起動する。和輝もそれに倣う。

 一拍、沈黙が二組の間を流れた。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの始まりを告げる声が上がった。

 

 

和輝LP8000手札5枚

龍次LP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻! 俺はH・C(ヒロイック・チャレンジャー) サウザンド・ブレードを召喚!」

 

 先攻を勝ち取ったのは龍次。彼は己の初手を見た瞬間、間髪入れずにモンスターを召喚した。それはすなわち、彼のデッキで、このカードが初手に来れば動きの始まりは決定していることを示していた。

 現れたのは僧兵をモチーフにしたと思しい、銀色の鎧姿に、背中に無数の刀剣類を背負った戦士。肩に担いだ薙刀を構え、勇ましい声を上げた。

 

「サウザンド・ブレード効果発動! 手札のH・C ダブル・ランスを捨てて、デッキからH・C エクストラ・ソードを特殊召喚し、サウザンド・ブレードを守備表示に変更する」

 

 サウザンド・ブレードが手にした薙刀を頭上で旋回され、雄叫びにも似た声を上げる。その声に導かれるように現れたのは、緑を基調とした軽装鎧に身を包み、両手に剣を持った戦士。サウザンド・ブレードもエクストラ・ソードも、攻撃力は低い。だがこの二体の攻撃力は大して意味がない。重要なのはこれからだ。

 

「レベル4が二体、か。来るね、和輝」

「ああ。龍次の得意技だ」

「俺は! サウザンド・ブレードとエクストラ・ソードでオーバーレイ!」

 

 即ちエクシーズ召喚。二体のモンスターが黄色の光となり、龍次の頭上に展開した、渦巻く銀河を思わせる空間に吸い込まれた。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 頭上の空間から、虹色の爆発が起こる。

 

梵天(ぼんてん)より賜りし神弓は、火天(かてん)を通じ帝釈(たいしゃく)の御子へと受け継がれる。神話よ、蘇れ! 一射必中、H-C(ヒロイックーチャンピオン) ガーンディーヴァ!」

 

 爆発の向こうから現れる新たな影。

 鎧を纏った黒馬に跨り、必中の弓矢を備えた金と黒の鎧姿の戦士。兜の隙間から覗く鋭い眼光が矢よりも先に和輝を射抜く。

 

「この瞬間、エクストラ・ソードをORU(オーバーレイユニット)にしたため、ガーンディーヴァ自身の効果としてその効果が発動。攻撃力を1000アップさせる。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

H・C エクストラ・ソード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

H-C ガーンディーヴァORU×2、攻撃力2100→3100

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 己のターンになり、和輝はカードをドロー。その後スタンバイフェイズを経由し、メインフェイズ1に入る。

 

「さて、ガーンディーヴァの攻撃力は現在3100。戦闘で突破するにはちょっと面倒だね。おまけに効果で特殊召喚したレベル4以下のモンスターは射殺される。君お得意の低レベルモンスターを並べての連続シンクロとかも牽制されちゃうね。どうする? 手はあるの?」

「ある。ガーンディーヴァの穴はレベル4以下のモンスターしか射殺できないことだ。相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札の太陽の神官を特殊召喚! さらにギャラクシーサーペントを召喚!」

 

 和輝のフィールドに二体のモンスターが現れる。

 褐色の肌にどこかの民族衣装に杖を持った大柄な男、太陽の神官と、煌めく星屑のような光を放つ、美しい翼もつ竜、ギャラクシーサーペント。

 チューナーと非チューナーが揃う。合計レベルは7。

 

「レベル7でこの組み合わせ。アーカナイト・マジシャンか、それとも――――」

「お前の嫌いな方さ! 俺はレベル5の太陽の神官に、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。ギャラクシーサーペントが二つの緑色の光る光の輪となり、その輪を潜った太陽の神官が、五つの白い光星(こうせい)となる。

 

「集いし七星(しちせい)が、月華に花咲く十六夜薔薇を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、開花せよ、月華竜ブラック・ローズ!」

 

 光の(とばり)が辺りに降り、その帳を打ち破って現れたのは、ブラック・ローズ・ドラゴンに酷似したデザインのモンスター。違うところは、身体にオリジナルにはないラインがある事か。

 

「月華竜の効果発動! 特殊召喚成功時に、相手モンスター一体を手札に戻す! 消えろガーンディーヴァ!」

 

 和輝の命令を受け、月華竜が両翼を力強くはばたかせる。

 花弁が交わった赤い旋風がガーンディーヴァを捕え、フィールド外へと吹き飛ばす。

 

「チッ! ガーンディーヴァはエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターだから、手札じゃなくてエクストラデッキに戻るな」

「これでお前の場はがら空きだ。ブラック・ローズでダイレクトアタック!」

 

 モンスターがいなくなり、守るもののなくなった龍次のフィールドを、ブラック・ローズが進軍。口内に蓄えた紫色の炎を激流のように解き放つ。

 

「宝珠を守ってください、龍次!」

「おう!」

 

 半透明の伊邪那岐の警告が飛ぶ。龍次は回避を諦め――広範囲のドラゴンの息吹(ブレス)を躱しきることはできないと判断した――、宝珠を守ることに専念する。

 迫る炎に背を向け、宝珠を抱えこむように跳躍。炎が龍次の背中を舐める。

 

「がぁ……ッ!」

 

 激痛と熱さが龍次の脳に叩き込まれた。だが耐える。この痛みは現実だが、意識を繋ぎとめる。なんとしても。

 

「ぐぅ……」

 

 着地は失敗。肩から地面にぶつかるも、その勢いを利用して立ち上がる。

 

「な、なるほどな……。これが神々の戦争。ダメージの実体化、モンスターの具現化。命の危険もあるってのはマジだな。

 

 だがこの瞬間、墓地のサウザンド・ブレードの効果発動! 墓地のこのカードを攻撃表示で特殊召喚!」

 転んでもただでは起きぬとばかりに、龍次も引かない。大ダメージを受けることも構わず、次のターンにつなげるため、モンスターを残した。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンド――――」

「待てよ和輝。お前のエンドフェイズ、俺は伏せていたトゥルース・リインフォースを発動するぜ。この効果で、デッキからH・C アンブッシュ・ソルジャーを特殊召喚する」

 

 痛みにこらえながら、龍次はデュエルディスクを操作。足元に伏せられていたカードが翻り、その効果を発動。デッキから暗視ゴーグルを装備し、暗緑色のマントで暗闇に潜む戦士が現れる。

 和輝の表情が苦いものに変わる。その脳裏をよぎったのは龍次の定番戦術。

 アンブッシュ・ソルジャーは自分のスタンバイフェイズに自身をリリースすることで墓地のH・Cモンスター二体を特殊召喚できる。タイミングが限られるが、今のように相手のエンドフェイズに特殊召喚することに成功すれば妨害もなく安全に効果を使用でき、大量展開が可能となるのだ。

 和輝からすれば歓迎できる事態ではないが、既にターン終了を宣言してしまっているため、できることはなかった。

 

「……改めて、ターンエンドだ」

 

 

太陽の神官 光属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK1000 DEF2000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから「赤蟻アスカトル」または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

月華竜 ブラック・ローズ 光属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが特殊召喚に成功した時、または相手フィールド上にレベル5以上のモンスターが特殊召喚された時に発動する。相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。「月華竜 ブラック・ローズ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

和輝LP8000手札2枚

龍次LP8000→5600手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 逆転への布石を残した龍次は、まるで鞘から刀を抜き放つように勢いよくドロー。そして動きだした。

 

「スタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャーの効果発動! このカードをリリースし、墓地のH・C ダブル・ランス、エクストラ・ソードを特殊召喚!」

 

 こうして龍次のフィールドに、サウザンド・ブレードを含めて三体のモンスターが揃った。

 

「三体のモンスターか。またエクシーズ召喚かな?」

「そうだが、一体だけじゃない。まだ来るぜ、今度はな」

 

 苦い表情の和輝が予言する。その予言を成就させるように、龍次の右手が天に突き上げられた。

 

「ダブル・ランスとサウザンド・ブレードをオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 二度目のエクシーズ召喚。先ほどと同じエフェクトが走り、虹色の爆発が起こる。

 

「曇り無き王の聖剣、数多の闇を切り裂き王道を作りだす! いつか湖の貴婦人の手に返されるその日まで、輝きは消えはしない! 約束された勝利の剣、H-C エクスカリバー!」

 

 爆発の向こうから現れる新たな戦士。

 赤い外装、黒銀の内装鎧の姿は逞しく、また非常に頼もしい。「ハァ!」という勇ましい声と共に剣を振るい、龍次のフィールドに降り立つ。その周囲を衛星のように回る二つの光球。即ちORU。

 

「エクスカリバー、か。有名なカードだよね。ランク4で見ても攻撃力は2000と低いけど、その効果は爆発力が高い」

 

 ロキの解説。龍次がそれに応えるように声を上げた。

 

「その通りだ! 俺はエクスカリバーの効果発動! ORU二つを取り除き、このカードの攻撃力を元々の数値の倍、4000にする!」

 

 エクスカリバーの周囲を旋回していた光球が二つとも消失する。同時、秘めたる力を解放し、体中から赤いオーラを出すエクスカリバー。

 だがこれだけでは終わらない。龍次のフィールドにはまだエクストラ・ソードが残っている。

 

「俺はさらに、手札から二枚目のダブル・ランスを召喚し、効果を発動! 墓地のダブル・ランスを特殊召喚!」

「待て龍次、俺はその効果にチェーンして、永遠の魂を発動! デッキから千本ナイフを手札に加える!」

 

 龍次のフィールドにダブル・ランスが二体揃う。和輝は次に来るモンスターを予測し、待ったをかけた。

 翻ったカードはもっぱらブラック・マジシャンを酷使してきた永続罠だ。だが今、和輝の手札にも墓地にもブラック・マジシャンはいない。

 ただ、次に召喚されるだろうモンスターが和輝の予想通りならば、罠を発動するタイミングはここしかなかったのだ。

 

「気付いたか。だが関係ない! 二体のダブル・ランスとエクストラ・ソードをオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。今度は三体のモンスターを使ったもの。龍次の頭上に展開された空間に、三体のヒロイックモンスターが黄色い光となって吸い込まれた。

 

「大蛇の尾より生まれし神剣、神々、英雄の手を渡り万難排する剣となる! 出でよH-C クサナギ!」

 

 現れる三体目のH-C。橙色の和風甲冑、緑の具足、右手に握る剣はまるで炎が具現化したような、刀身が赤い光でできていた。

 

「エクストラ・ソードを素材にしてエクシーズ召喚に成功したため、クサナギの攻撃力も1000アップ!」

 

 攻撃力4000と3500。これは―――――

 

「ちょっと正面から突破は厳しいかな?」

「ああ。しかもクサナギは罠を封じる。これはやばいぜ」

「行きますか、龍次。ここは攻め時でしょう」

「ああ! バトルだ! エクスカリバーでブラック・ローズを攻撃!」

 

 伊邪那岐の後押しを受けて、龍次が攻撃宣言を下す。命令を受けたエクスカリバーが跳躍。全体重と腕力を乗せた一撃が月華竜を一刀両断する。

 

「が……!」

 

 ダメージのフィードバックが和輝を襲う。呼吸がつまり、視界がかすむ。だがここで身もだえしている場合ではない。急がなければ、追撃が来る。

 

「こ、この瞬間、手札のトラゴエディアの効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 攻勢に転じた龍次の眼前、和輝を守るように、複数の節足の足を持つ異形の悪魔が現れる。

 巨体で、禍々しい。だが――――

 

「壁にしかならねぇ! クサナギでトラゴエディアを攻撃!」

 

 トラゴエディアは手札の数によってステータスが変化する。和輝の手札は一枚のみ。その攻守は600どまり。龍次のモンスターの敵ではない。案の定、トラゴエディアはクサナギによって切り捨てられた。

 

「メインフェイズ2、手札からエクシーズ・ギフトを発動だ。俺の場のクサナギのORUを二つ取り除いて、二枚ドロー。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

H・C ダブル・ランス 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF900

このカードが召喚に成功した時、自分の手札・墓地から「H・C ダブル・ランス」1体を選んで表側守備表示で特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。また、このカードをエクシーズ素材とする場合、戦士族モンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

H-C クサナギ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2400

戦士族レベル4モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。罠カードの発動を無効にし破壊する。その後、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

 

トラゴエディア 闇属性 ☆10 悪魔族:効果

ATK? DEF?

(1):自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×600アップする。(3):1ターンに1度、手札からモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターと同じレベルの相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターのコントロールを得る。(4):1ターンに1度、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。このカードのレベルはターン終了時までそのモンスターと同じになる。

 

エクシーズ・ギフト:通常魔法

自分フィールド上にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合に発動できる。自分フィールド上のエクシーズ素材を2つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

H-C エクスカリバー攻撃力2000→4000、ORU×0

H-C クサナギ攻撃力2500→3500、ORU×1

 

 

和輝LP8000→6400手札2枚(うち1枚は千本ナイフ)

龍次LP5600手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 龍次の怒涛のエクシーズ召喚。相変わらずだと思いながら、和輝は手札を眺める。

 

「ここは、これだな。召喚僧サモンプリースト召喚!」

 

 現れたのは、紫のローブで全身を包みこんだ老人。その効果は説明するまでもない。

 

「サモンプリーストの召喚時の効果が発動。このカードを守備表示に変更。さらにもう一つの効果を発動。手札の千本ナイフを捨てて、デッキからライトロード・アサシンライデンを特殊召喚!」

 

 サモンプリーストが怪しげな呪文を唱えると、彼の眼前に幾何学模様の魔法陣が出現。そこから現れたのは、褐色の肌に金色の刃を持った暗殺者。

 

「チューナーと非チューナー。シンクロ召喚の構えですね」

「ああ。けど、その前にライデンの効果があるな。だろ?」

 

 伊邪那岐と龍次、そろった問いかけ。和輝は苦笑する。「そうだな」と言い、

 

「ライデンの効果発動。さて、墓地に送られるのは何かな?」

 

 和輝のデッキトップから二枚のカードが墓地に送られる。送られたのは代償の宝札とバスター・ブレイダー。

 

「最上級モンスターのバスター・ブレイダーは墓地にいてくれた方がいいけど、地味に便利な代償の宝札が落ちたのは痛いね」

「逆に考えよう。手札コストが必要ない時に引いた時のがっかり感に比べればマシだってな。

 

 俺はレベル4のサモンプリーストに、同じくレベル4のライデンをチューニング!」

 龍次のエクシーズ召喚に対抗するように、和輝はシンクロ召喚を展開する。やはり先ほどの焼廻しのようまシンクロエフェクトが走り、周囲を白い光が満たす。

 

「集いし八星(はっせい)が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 光の向こうから、二重の咆哮が轟く。現れたのは頭部のほかに腹部にも開けたような巨大な口を持つ、闇を具現化したような漆黒のドラゴン。

 

「やっぱそいつか! そりゃ、俺のモンスター殴り殺すより、効果で除去った方が楽だよな!」

「お前とは結構対戦してるからな、こう来たらこう切り返す。みたいなのが確立されてんだよ! ダークエンド・ドラゴン効果発動! 攻守を500下げて、クサナギを墓地に送る!」

 

 和輝の命令が矢のように飛ぶ。命令を受けたダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開き、そこから闇の奔流が出現。一気にクサナギを飲み込んだ。

 苦い表情の龍次。「く……ッ!」

 険しい顔つきの伊邪那岐。「まずいですね。これで罠が解放されました」

 

「行こう和輝!」とロキがはやし立てる。

「ああ!」和輝が応じ、デュエルディスクを操作。もう一枚の伏せカードを露わにした。

「リビングデッドの呼び声! これで墓地の月華竜(ブラック・ローズ)を復活! 特殊召喚時の強制効果で、エクスカリバーをバウンスだ!」

 

 赤い旋風が聖剣の戦士を吹き飛ばす。これで龍時の剣は二本とも折れ、砕けた。

 

「永遠の魂の効果で、デッキから黒・魔・導(ブラック・マジック)をサーチ。

 

 バトルだ! ブラック・ローズでダイレクトアタック!」

 二度目の紫の炎が螺旋を描いて龍次を襲う。龍次はバックステップで距離をとりつつ、被災地区の隣地区の住宅街に逃げ込む。

 直後、壁にした民家に炎が直撃。熱と衝撃が駆け抜けたが、龍次は直撃を免れた。

 

「ッ!」

「龍次!」

 

 だが民家を盾にしたのがまずかった。炎と衝撃に耐えきれず、民家が崩壊。龍次は頭上から降り注ぐ木片を手で払いながら辛うじて脱出した。

 

「無事だったか……」

 

 予想外の展開に、我知らず声を出していた和輝は、思わず安堵の息をついた。

 和輝の安堵を見て、龍次もまた、普段の和輝通りの反応に安堵を覚えた。デュエル中に伝わってくる和輝の感情の発露、戦術の繰り出しも、龍次の記憶とずれがない。

 

「やはり、あの少年はロキに洗脳されているわけではないのでは?」

「だとしても、今更止められねぇよ! 俺にも火が点いちまった! 戦闘ダメージを受けたこの瞬間、墓地のサウザンド・ブレードを攻撃表示で特殊召喚だ!」

 

 何度倒されても、主を守るために仁王立ちするサウザンド・ブレード。だが今回は先程のようにはいかない。

 

「今度は、まだ追撃ができるんだよ! ダークエンド・ドラゴンでサウザンド・ブレードを攻撃!」

 

 和輝は攻撃の手を緩めなかった。攻守が下がってもまだサウザンド・ブレードを打倒する程度には余力を残していたダークエンド・ドラゴンが、頭部の口から黒い炎を吐く。

 炎は大気を焦がす濁流となってサウザンド・ブレードを襲う。

 だが、

 

「この瞬間、手札のH・C ソード・シールドの効果発動! こいつを手札から捨てて、サウザンド・ブレードを守る!」

 

 黒炎は上下に三又に分かれた刃がつけられた盾を持った戦士によって阻まれた。

 龍次が笑う。

 

「俺は確かにサウザンド・ブレードを活かすためにあえてダメージを受けるがよ、そう何度も殴られてやるほどお人よしでもねぇよ! 分かってんだろ!?」

「まぁいいさ。防御カードを使わせたんだからな。俺はカードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

「そしてやられたらやり返すのが俺だ! お前のエンドフェイズに、伏せていたリビングデッドの呼び声を発動! アンブッシュ・ソルジャーを蘇生!」

「ッ!」

「やられたね……」

 

 息を呑む和輝と、苦い表情のロキ。先ほどのダブルエクシーズ召喚がさらに繰り返されるのかと、脅威を感じるも、何もできない状況なのも同じだった。

 

「改めて、ターンエンドだ」

 

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

H・C ソード・シールド 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK0 DEF2000

自分フィールド上に「ヒロイック」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分フィールド上の「ヒロイック」と名のついたモンスターは戦闘では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

ダークエンド・ドラゴン攻撃力2600→2100、守備力2100→1600

 

 

和輝LP6400手札1枚(黒・魔・導)

龍次LP5600→3500手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを一瞥で確認し、龍次はそれを手札にも加えずにデュエルディスクのボタンを押した。既にこのターンの戦術は彼の頭の中で展開されている。

 

「スタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャーの効果発動! 自身をリリースし、墓地からエクストラ・ソードとソード・シールドを特殊召喚!」

 

 もう何度目か、展開されるヒロイック達。すぐさまエクシーズ召喚かと思いきや、龍次はその前に魔法カードを一枚発動した。

 

「対象のいなくなったリビングデッドの呼び声を墓地に送り、マジック・プランター発動! カードを二枚ドロー!」

 

 ドローカードを確認した龍次は「よし!」と喝采を上げる。そして、即座に動いた。

 

「サウザンド・ブレード効果発動! 手札のH・C スパルタスを捨て、デッキからH・C 夜襲のカンテラを特殊召喚!」

「四体のモンスター、か。また連続エクシーズが来るね」

「ああ。迎え撃たねぇとな」

 

 ロキの言葉に雄々しく答える和輝。その口の端は吊り上がり、実に楽しそうだ。

 

「龍次、一気に攻め込みましょう」

「ああ! 俺はソード・シールドと夜襲のカンテラ、エクストラ・ソードとサウザンド・ブレードでダブルオーバーレイ!」

 

 二連続エクシーズ召喚。龍次の頭上に広大な宇宙を思わせる空間が二つ出現し、夜襲のカンテラ、ソード・シールドが黄色の光となってそのうちの一つに飛び込み、残るエクストラ・ソードとサウザンド・ブレードも、同じく黄色の光となってもう一つの空間に飛び込んだ。

 

「二体のモンスターで、それぞれオーバーレイネットワークを構築! ダブルエクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が二重に起こる。そして、その向こうから二体の戦士が現れる。

 

「聖剣の輝きは、決して色褪せない。何度でも! H-C エクスカリバー!」

 

 一体目。先ほどブラック・ローズによってバウンスされた聖剣の体現者。

 

「刃の下に、心あり。闇に紛れ、疾風(はやて)となって敵を討て! 機甲忍者ブレード・ハート!」

 

 二体目のエクシーズモンスター。

 闇を思わせる紫のバトルアーマーに身を包んだサイバー風の忍者。両手に握りしめた太刀を振るい、残像を残さんばかりの速度で跳び回った後、龍次のフィールドに降り立った。

 

「エクストラ・ソードを素材にしたブレード・ハートの攻撃力は1000アップする。手札から魔法カード、戦士の生還を発動し、墓地のダブル・ランスを回収! そしてダブル・ランスを召喚し、効果を発動。墓地にいるもう一体のダブル・ランスを特殊召喚!

 そして、二体のダブル・ランスをオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

「三体目!?」

 

 驚愕の声を上げるロキ。険しい表情の和輝の眼前で、このターン三度目のエクシーズエフェクトが発生。虹色の爆発が起こる。

 

「出でよNo.(ナンバーズ)39! 希望の担い手、ここにあり! その優しき光で弱きものを守り通せ! 希望皇ホープ!」

 

 三体目。月とそこから溢れる月光のような、黄色と白の鎧姿の戦士。背にはウィングパーツ、腰の両脇に片刃の剣をそれぞれ一本ずつ下げ、左肩には自身のナンバーである「39」を刻んでいた。

 

「見ろロキ、あれこそ龍次のデッキの本当の切り札だ(、、、、、、、)。最強の剣であるエクスカリバーと、最強の盾のホープ。厄介なのが並び立った!」

「つまり、いよいよ決めにきているってことか!」

 

 戦慄する和輝とロキ。その一人と一柱を見据え、龍次は叫ぶ。

 

「ブレード・ハートの効果を発動。ORUを一つ取り除き、自身に二回攻撃を付与。さらにエクスカリバーの効果も発動。ORUを二つ取り除き、自身の攻撃力を4000に。

 バトルだ! ブレード・ハートでダークエンド・ドラゴンと月華竜ブラック・ローズに攻撃!」

 

 攻め時とみた龍次に躊躇いはない。彼の命令を受けたブレード・ハートがその身を疾風のごとき速さで移動させ、手にした二刀をそれぞれ一閃。銀の光となった剣筋は何の停滞もなくダークエンド・ドラゴンとブラック・ローズの首を切り落としていた。

 

「がぁ……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックが襲い掛かり、和輝が苦悶の声を上げた。

 

「龍次、この気を逃してはいけません」

「ああ! エクスカリバーでダイレクトアタック!」

 

 よろめく和輝に狙いをつけ、エクスカリバーが剣を振り被った。

 剣身が黄金の光を放つ。振り下ろされた一撃は光の瀑布となった。

 回避は困難。地面を削りながらやってくる、光の壁とでもいうべき攻撃を前に、和輝は苦悶に表情を歪ませながらも伏せカードを翻した。

 

「リバーストラップ発動! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 和輝の眼前に、彼を守るための不可視の壁が屹立。その壁が光の瀑布をせき止める。

 流れを止められた一撃はそのまま左右に割れ、和輝の背後を疾走。地面に大きな傷跡を残した。

 

「躱してきましたか」

「けどこれでもう防御はねぇだろ! ホープでダイレクトタック!」

 

 主の名を受けて、希望を背負った戦士が飛翔。左手で引き抜いた剣を投擲する。

 投擲された剣は回転しながら和輝を襲った。和輝は身を翻して回避。だがそれを見越し、龍次はもう一手進めていた。

 

「ッ!」

 

 剣を投擲した後から距離を詰めていた希望皇ホープ。その姿が和輝の眼前に到達、右手の剣を振り上げた。

 

「くっそ!」

 

 バックステップで回避しようとする和輝。その耳朶に響く半透明のロキの警告。

 

「下がっちゃダメだ! さっきの剣がくる!」

 

 そう、先程投擲された剣が、まるでブーメランのように孤を描いて背後から和輝に襲い掛かっていたのだ。

 前後をはさまれた和輝。この状況から脱出するためには――――

 

「ここだ!」

 

 和輝はあえて前に出た。

 剣を振り下ろすホープ。その手元――すなわち剣の刃が届かない柄部分――に向かって飛びこむ和輝。狙い通り、刃よりも先に柄を握り締めた拳が彼の左肩を強打した。

 

「ぐ……ッ!」

 

 鈍い痛みが和輝の左肩上で爆発する。だがそれだけだ。宝珠を破壊されていないし、刃で切られたわけでもない。

 

「このくらいじゃ、俺には届かねぇぞ、龍次!」

 

 にやりと笑って見せる和輝。その胸の奥から純粋に「楽しい」という気持ちが湧き上がってくる。

 楽しい。それは龍次も同じだった。

 和輝とロキへの疑念はいつの間にか消えていた。今はただ、純粋に戦い抜いてやろうという気持ちしか湧いてこない。ありていに言って、“テンションが上がってきた”。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

H・C 夜襲のカンテラ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF300

このカードが相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを破壊できる。

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

戦士の生還:通常魔法

(1):自分の墓地の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。その戦士族モンスターを手札に加える。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

H-C エクスカリバーORU×0

機甲忍者ブレード・ハート攻撃力2200→3200、ORU×1

No.39 希望皇ホープORU×2

 

 

和輝LP6400→5300→4500→2000手札2枚(うち1枚は黒・魔・導)

龍次LP3500手札1枚

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝と龍次の戦いを、遠く離れた場所、バトルフィールドの端っこで監視している影があった。

 男だ。褐色の肌、ぼさぼさの、汚れた金髪、ギラギラ獣のように輝く緑の瞳、黒のタンクトップの上にフライトジャケットを羽織った姿で、双眼鏡を片手ににやにや笑っている。

 

「いいぞいいぞ!」

 

 男は機嫌がよさそうに、双眼鏡の向こうの光景、否なお激闘を繰り広げる和輝と龍次の姿を眺めていた。

 

「このままあいつらが消耗し尽くしたところで、オレの出番ってわけだ。うまくいけば労せずに二組脱落だ。いいぞいいぞ!」

 

 ひとしきり笑た後、男は下卑た笑みを浮かべて、言った。

 

「世界はまさに、オレのために廻っているようじゃあないか!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:激情の炎

 楽しい。神々の戦争という、通常のデュエルとは違う状況にありながら、和輝(かずき)は素直にそう思った。

 龍次(りゅうじ)とのデュエルはいつもそうだ。烈震(れっしん)とのデュエルにも高揚感を覚えたが、龍次はまた違う。何しろ相手の手が分かる。

 デッキが分かるから、戦術も、繰り出すカードも予測できる。

 お互いに相手の手を読みながらカードを操る様は将棋やチェスに通ずる。

 ありていに言って、テンションが上がってきた和輝は、口の端が笑みに吊り上がるのを自覚しながら、デュエルに没頭した。

 

 

和輝LP2000手札2枚(うち1枚は黒・魔・導(ブラック・マジック))

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続罠:永遠の魂、

伏せ なし

 

龍次LP3500手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 機甲忍者ブレード・ハート(攻撃表示、攻撃力2200→3200、ORU(オーバーレイユニット):H・Cエクストラ・ソード)、H-C(ヒロイック―チャンピオン) エクスカリバー(攻撃表示、攻撃力4000、ORU:)、No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ(攻撃表示、ORU:H・Cダブル・ランス、H・Cダブル・ランス)、

伏せ なし

 

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

機甲忍者ブレード・ハート攻撃力2200→3200、ORU×1

H-C エクスカリバー攻撃力2000→4000、ORU×0

No.39 希望皇ホープORU×2

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 和輝と龍次。二人の戦意の効用を証明するように、それぞれの胸元で輝く宝珠がその光を強めた。和輝が赤、龍次が銀灰色(ぎんかいしょく)だ。

 ドローカードを確認する和輝。ドローしたカードはダーク・バースト。墓地の攻撃力1500以下の闇属性モンスター一体を回収できる魔法カードだ。

 和輝は無言で己の手札、三枚のカードを見据えた。

 永遠の魂の効果でサーチした黒・魔・導、今引いたダーク・バースト。そして、先程のガード・ブロックの効果でドローした希望の宝札。

 希望の宝札は互いの手札が少ない場合、相手にも大量のドローを許してしまう欠点があるが――――

 

「そんなことで立ち止まるのはつまらない(、、、、、)よなぁ?」

「君の好きなように」

 

 にやりと笑う和輝、肩をすくめたロキ。一人と一柱はクスリと笑い、和輝が動いた。

 

「カードを一枚セットして、手札から希望の宝札を発動! おら龍次! お前もドローしな!」

 

 互いの手札が潤っていく。

 

「相手の有利を呼び込むリスクを飲み込んで、使ってきましたか。君の友人は、なかなかの胆力の持ち主の様ですね」

「単に楽しみたいだけかもしれねーけどな」

 

 そして互いの手札が六枚になった。和輝はドローしたカードを一枚一枚吟味し、このターンの戦術を組み立てた。

 

「ふむふむ。この手札だと、カードの効果で希望皇ホープを突破するのは難しいかな?」

「なら、正面から殴り壊すだけだ。手札のブラック・マジシャンを捨てて、ワン・フォー・ワン発動! デッキからレベル1チューナー、ガード・オブ・フレムベルを特殊召喚! さらに永遠の魂の効果で、ブラック・マジシャンを蘇生させる!」

 

 和輝のデッキから飛び出したのは、硬い甲殻によって全身から燃え出す炎からも身を守っているドラゴンと、数多のサポートカードを持つ黒衣の魔術師。だがこれで終わらない。そもそも、今伏せたカードはまだなんの効力も発揮していないのだ。

 

「リバースカード、ダーク・バースト発動! 墓地の召喚僧サモンプリーストを回収して召喚。効果でサモンプリーストは守備表示になる。

 そしてサモンプリーストのもう一つの効果を発動! 手札の黒・魔・導を捨てて、デッキから黒白(こくびゃく)の魔導師を特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドに新たに追加されたモンスター、紫の衣に全身を包んだ老人、サモンプリースト。彼がぶつぶつと何事か呪文を唱えると、幾何学模様の魔法陣が展開。その中から現れたのは、やはり全身をローブで包んだ男。ローブはゼブラカラーで、手にした杖は漆黒。両手を保護するガントレットは純白の魔導師。

 

「何が来る……?」

 

 身構える龍次。その眼前で、和輝は右手を力強く天に向かって突き出した。

 

「レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。ガード・オブ・フレムベルが一つの緑の光の輪に変じ、その輪をくぐったブラック・マジシャンが一つの白く輝く光星(こうせい)となった。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光り輝く(とばり)が、夜の無人街を照らすように降り、その中から現れたのは、スターダスト・ドラゴンに酷似した外見のドラゴン。違うのは、月華竜と同じく、オリジナルにはないラインが入っていることくらいか。

 

「まだだ! 黒白の魔導師とサモンプリーストをオーバーレイ!」

 

 エクシーズ召喚。和輝の頭上に、渦巻く銀河を思わせる空間が展開。その空間に二体のモンスターが紫色の光となって飛翔。空間に飛び込んだ。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 空間から、虹色の爆発が起こる。

 

「研ぎ澄まされた反逆の牙、屈せぬ心! 吠えろダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

 虹色の爆発の向こうから、新たな黒影が現れた。

 歪な牙のような形状の翼に、下顎から突き出した、鋭い爪とも、剣の切っ先、槍の穂先とも見える突起物。そして全身から迸らせる稲妻。

 バリバリという音と共にあげられる咆哮は空気を震わせ、龍次を、伊邪那岐を、その(しもべ)たちを威圧する。

 

「そいつは――――」

「覚えてるか? 俺たちが初めて出会ったあのカードショップで、互いに取り合ったカードだ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン効果発動! ORUを二つ取り除き、エクスカリバーの攻撃力を吸収する!」

 

 和輝の宣言とともに、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの周囲を衛星のように旋回していた二つの光球――ORU――が二つとも消失。次の瞬間、龍次の場のエクスカリバーが苦しげな呻き声を上げて膝をつき、地面に剣を突き立てた。それと反比例するように、和輝のダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは歓喜の咆哮を天に向かってあげた。

 

「これでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力は4500、反対にエクスカリバーの攻撃力は2000にまでダウンだ。さらに今墓地に送られた黒白の魔導師の効果発動。このカードをゲームから除外し、墓地からバスター・ブレイダーを特殊召喚する」

 

 三体目。墓地から蘇るは竜破壊の剣士。全身に固めた鎧姿、肩に担いだ大剣。

 

「これで揃った。バトルだ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでブレード・ハートを攻撃!」

 

 全身から紫の稲妻を放出し、飛翔する反逆の黒竜。

 一直線に、矢のようにブレード・ハートに向かって飛来するダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン。その下顎の突起が一際強力な光を放ち、稲妻を纏う。まるで(やじり)のように。

 

「させるか! 希望皇ホープの効果発動! ORUを一つ取り除き、その攻撃を無効にする!」

 

 ブレード・ハートとダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの間に割り込む希望皇ホープ。ウィングパーツを前に畳む様に展開する。

 激突。反逆の黒竜の雷の一撃が、矢のように希望皇の盾に突き刺さる。

 衝撃が駆け抜け、閃光が周囲を照らす。

 衝撃に弾き飛ばされる希望皇ホープ。だが地面に激突する前にウィングパーツをはばたかせて体勢を整え、そのまま着地。盾にしたウィングパーツも無傷だ。

 

「凌がれた!」

「予測済みだ! まだまだ行くぜ! バスター・ブレイダーで希望皇ホープを攻撃!」

「ホープの効果は一ターンに何度でも使える! もう一度効果を発動し、その攻撃を無効!」

 

 和輝と龍次の叫びがほぼ同時に飛ぶ。バスター・ブレイダーの竜破壊の一撃も、再び希望皇の盾によって阻まれる。

 

「まずいですね。希望皇ホープはORUを使いきった。これでは――――」

 

 伊邪那岐の懸念通りのことが起こる。和輝が、畳みかけるように宣言したのだ。

 

「スターダストで、希望皇ホープを攻撃!」

 

 スターダストとホープの攻撃力は同じ2500。通常は相討ちだがスターダストには己を含め、カードを破壊から守る効果を持っている。

 もっとも、今回はその効果を使うまでもない。

 

「……希望皇ホープのデメリット効果。攻撃の対象になった時点で、このカードは破壊される」

 

 苦々しい表情の龍次。その眼前で、自壊効果を発動したホープの姿が光の粒子となって消えていく。

 

「希望皇ホープの自壊攻撃は、戦闘を介したものではない。戦闘に入る前に発動する。つまり、この時点で相手モンスターの数に変動が起こったわけだ」

「ああ。じゃあ――――」

 

 納得顔のロキ。和輝はここぞとばかりに、もう一歩踏み込んだ。

 

「俺のスターダストは、戦闘の巻き戻しが起こり、攻撃対象を選びなおせるってことだ! スターダストでエクスカリバーを攻撃!」

 

 もう、龍次に防御の手段はない。閃コウ竜が放った光の息吹(ブレス)が大気を焼き突き進み、エクスカリバーに直撃。その身を焼き焦がした。

 

「ぐぅ……ッ! だがこの瞬間、墓地のH・C(ヒロイック・チャレンジャー) サウザンド・ブレードの効果発動! 墓地からこのカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 龍次のフィールドに、もう何度も現れている刀剣類を背負った僧兵風の戦士。このデュエルで幾度となく龍次の展開の基盤となったモンスターだ。

 和輝のフィールドに、もう攻撃できるモンスターはいない。それに龍次のフィールドにはまだ攻撃力3200のブレード・ハートが残っている。反撃は十分可能だし、そのままゲームエンドまで持って行ける可能性もある。

 だが龍次は、その考えが浅はかであり、サウザンド・ブレードの効果を発動し、特殊召喚してしまったことを直後に後悔した。

 和輝が、不敵に笑っていたのだ。思い通りに行ったと、そう感じているように。

 その証拠に、彼は手札からカードを一枚抜き放ち、デュエルディスクにセットした。

 

「速攻魔法、瞬間融合! 俺の場のスターダストとバスター・ブレイダーを融合!」

「ッ! 攻撃の手が、増えた……ッ!」

 

 愕然とする龍次の眼前、和輝のフィールド。そこの空間が歪み、渦を作りだし、和輝が指定した二体のモンスターがその渦に飛び込んだ。

 

「星屑の竜よ、竜破壊の剣士よ。今一つとなって波動の竜騎士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、波動竜騎士 ドラゴエクィテス!」

 

 渦の中から現れる新たなモンスター。

 金の淵が入った青い鎧を身に纏い、力強く翼を広げ、手にした突撃槍(ランス)を操る竜人型の騎士モンスター。その眼光が龍次を射抜く。

 

「まだバトルは続いている。ドラゴエクィテスでサウザンド・ブレードを攻撃!」

 

 和輝の攻撃宣言を受け、波動竜騎士は手にした突撃槍を構え、突撃(チャージ)。大気の壁を突き穿って突き進み、サウザンド・ブレードに激突、衝撃でその身体を真っ二つにしてしまった。

 

「がああ!」

 

 ダメージのフィードバックに、苦悶の声を上げる龍次。だが膝はつかない。にやりと不敵に笑い、まっすぐ和輝を見据える。

 和輝もまた、そんな龍次の姿勢に応えるように、笑った。

 

「メインフェイズ2、ドラゴエクィテスの効果発動。墓地のダークエンド・ドラゴンを除外し、その名前と効果を得る。そして効果発動! 攻守を500ダウンするし、ブレード・ハートを墓地に送る!」

 

 ダークエンド・ドラゴンの名前と能力を得たドラゴエクィテスが、手にした槍を風車のように回転させて、切っ先をブレード・ハートに突き付けた。

 次の瞬間、槍の穂先から暗黒の奔流が溢れ出し、一気にブレード・ハートを闇の深淵へと飲み込んでしまった。

 

「カードを一枚セットし、エンドフェイズ、瞬間融合の効果でドラゴエクィテスは破壊される。ターンエンドだ」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ダーク・バースト:通常魔法

(1):自分の墓地の攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を対象として発動できる。その闇属性モンスターを手札に加える。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

黒白の魔導師 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1700 DEF1600

(1):墓地のこのカードをゲームから除外し、自分の手札、または墓地から「ブラック・マジシャン」、または「バスター・ブレイダー」1体を選択して発動できる。選択したモンスターを特殊召喚する。(2):???

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

バスター・ブレイダー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2600 DEF2300

(1):このカードの攻撃力は、相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

瞬間融合:速攻魔法

(1):自分フィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。この効果で融合召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

波動騎士ドラゴエクィテス 風属性 ☆10 ドラゴン族:融合

ATK3200 DEF2000

ドラゴン族シンクロモンスター+戦士族モンスター

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズ時までそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る事ができる。また、このカードがフィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手のカードの効果によって発生する自分への効果ダメージは代わりに相手が受ける。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン攻撃力2500→4500、ORU×0

 

 

和輝LP2000手札1枚

龍次LP3500→3000→1100手札6枚

 

 

「やってくれるぜ」

 

 いいながらも、龍次は口の端が釣りがるのを自覚していた。ここから逆転してやる。幸い手札はいい。やってやる。

 

「俺の――――」

「オレのターンだ!」

 

 だが、そんな龍次の勢いを削ぐように、新たな声がこの場に響いた。

 

「え?」

「何!?」

 

 あっけにとられる龍次と、緊迫した表情の和輝。対照的な二人の視線の先に、新たな登場人物の姿があった。

 褐色の肌、ぼさぼさの、汚れた金髪、ギラギラと、獣のように輝く緑の瞳、黒のタンクトップの上にフライトジャケットを羽織った姿で、左腕には機動済みのデュエルディスク。そして胸元にはカーキ色の輝き。即ち宝珠。

 この男もまた、神々の戦争の参加者だ。

 

「乱入者、ですか」

 

 伊邪那岐が険しい声音でそう言った。

 龍次ははっと気づく。そうだ、この戦いはバトルロイヤル方式。敵が、目の前で相対している一人だけとは限らないではないか。常に、漁夫の利を狙おうとしている第三者に気を配れと、ここに来るまでの注意事項で伊邪那岐から聞いていたというのに……ッ!

 

「いいぞいいぞ! 二人して消耗している現状、オレにとって最上だ! さぁ、始めるぞ! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札からアンノウン・シンクロンを特殊召喚!」

 

 龍次たちの戸惑いを無視して、男は己の戦術を展開する。現れたのは球体機械にひとつ目の奇妙なモンスター。さらに手札からカードを繰り出す。

 

「闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札のThe big SATURNを除外! さらに手札の|D・D・R《ディファレント・ディメンション・リバイバル》を発動!! 手札を一枚捨て、今除外したThe big SATURNを特殊召喚し、このカードを装備!」

 

 男のフィールド、その空間がバリバリと派手な音を断てて割れた。その割れた向こう側、紫のたゆたう異空間から現れたのは、土星の輪のような光輪を備えた黒鉄(くろがね)色の巨大マシーン。

 

「まだまだぁ! D・D・R発動時に捨てたダンディライオンの効果発動! オレのフィールドに二体の綿毛トークンを特殊召喚! そしてぇ! レベル1の二体の綿毛トークンに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。アンノウン・シンクロンが一つの緑の光の輪となり、その輪をくぐった綿毛トークン二体が一つずつの白い光星となる。

 

「さぁ、のこのこ出てきた間抜けどもを無力な間抜けにしてやれ! シンクロ召喚、霞鳥クラウソラス!」

 

 ケー! という奇声とともに現れる、緑の怪鳥。赤い眼光が鋭く和輝と龍次を睨みつける。

 

「クラウソラス効果発動! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力を0にする!」

 

 ノリに乗った男の叫び。クラウソラスの奇声が響き、空気を震わせ振動をダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンに浴びせかける。反逆の竜は苦しげに悶え、そのまま地に伏してしまった。

 

「く……ッ! やべぇ!」

「クッハハハ! 最高だ! このタイミング、まさにオレのために世界は回っている! ゾンビキャリアを召喚し、レベル3のクラウソラスにレベル2のゾンビキャリアをチューニング!」

 

 二度目のシンクロ召喚。今度はレベル5。

 

「さぁ来い! 幻層の守護者アルマデス!」

 

 光の向こうから現れた新たなモンスター。

 半透明の体躯、白の軽装鎧とローブ。赤く燃え盛る右手に青く凍える左手。静かながらもどこか威圧感のある佇まいのモンスターだった。

 と、男が次の行動に出る前に、和輝が動いた。

 

「何もかもお前の思い通りになるかよ! リバーストラップ、デッドライン・リインカーネーション! このカードは、俺のフィールドのモンスター一体をリリースし、そのモンスターの元々の攻撃力より低い攻撃力のモンスター一体を、デッキから特殊召喚する! 俺がリリースするのは、もちろんダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン。だが! 俺は特殊召喚の権利を龍次に譲るぜ!」

「あぁ!?」

 

 敵を庇う。予想外の和輝の行動に、男は困惑と混乱が入り混じった声を上げた。

 だが龍次は反対に、にやりと笑った。

 以心伝心。和輝の考えが龍次には手に取るように分かった。

 

「そうだな……」

 

 自然、言葉がこぼれた。

 

「こんなわけのわからない奴に横やりされて、頭に来ないわけがねぇよな! こんな糞野郎に、やられるわけにはいかねぇよな! 俺は! デッドライン・リインカーネーションの効果でデッキからH・C ソード・ブレイカーを守備表示で特殊召喚!」

 

 龍次のデッキから、彼を守るために飛び出すモンスター。

 影に隠れるような漆黒のボディアーマーに、赤い眼光。そして両手に装備された普通の刃と櫛状の峰を持つ短剣(ソード・ブレイカー)。ただし今は膝を折って守備体勢だ。

 

「チィ! 何慣れ合ってやがるんだよぉ!」

 

 男は苛立ちを抑えようともせずにそう吐き捨てた。だがこれで、このターン、男は和輝、龍次の両名を仕留めることができなくなった。

 アルマデスの攻撃力では和輝が特殊召喚するブラック・マジシャンを打倒できない。守備表示で出して壁にするにしても、やはりダメージは与えられない。

 バトルフェイズに入ったところを永遠の魂の効果で特殊召喚されれば壁にされる。

 そしてソード・ブレイカーが守備表示でいる以上、The big SATURNで攻撃してもダメージはない。

 

「気に入らねぇ、気に入らねぇんだよ! 敵同士だったろうが!」

 

 男が叫ぶ。和輝は無視。龍次は「横からしゃしゃり出てきたやつが偉そうにしてんなよ!」と中指を立てて挑発する。

 

「くっそが! なんでオレの思い通りにならねぇ! しかたがねぇ。バトルフェイズだ!」

 

 すかさず和輝が言葉を挟んだ。

 

「お前のスタートステップに、永遠の魂の効果発動。墓地からブラック・マジシャンを守備表示で復活させる」

 

 主を守るため、黒衣の魔術師が死の淵から蘇る。予想通りの展開でも、鬱陶しいとばかりに男は地面に唾を吐き捨てた。

 

「うぜぇ、うぜんだよ! バトルだ! アルマデスでブラック・マジシャンをぶっ殺せ! サターン、ソード・ブレイカーを叩き潰せ!」

 

 精神的に幼稚で未熟な部分があるのか、男は髪を掻き毟りながら吠えたてる。

 男の戦意に感応したかのごとく、アルマデスが熾烈な炎と氷の連撃をブラック・マジシャンに叩き込み。The big SATURNがその両腕の剛腕をソード・ブレイカーに叩き込んだ。

 アルマデスの攻撃は成功した。だが、The big SATURNは両腕を振り下ろした姿勢で固まった。

 

「あ? サターン、何してる?」

 

 動かない自らのモンスターに、男は苛立ちまぎれに声をかける。次の瞬間、黒鉄の巨人兵の両腕に亀裂が走った。

 

「は?」

 

 男が呆然とした声を上げる眼前で、亀裂は次々に広がっていき、やがてThe big SATURNの両腕をつかいものにならなくした。見ればソード・ブレイカーは健在。両手の武器を構え、不敵にThe big SATURNを見上げていた。

 

「な、何が起こった!?」

「ソード・ブレイカーの効果だ。こいつは一ターンに一度、戦闘で破壊されず、戦闘ダメージも発生しない。そして、このカードと戦闘を行ったモンスターの攻撃力は半分になる」

 

 龍次の補足が入る。男は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「しかたがねぇ。メインフェイズ2に入り、墓地のゾンビキャリアの効果を発動だ。手札一枚をデッキトップに置き、墓地からこいつを特殊召喚。そして俺はレベル5のアルマデスに、レベル2のゾンビキャリアをチューニング! 来いよ、スクラップ・デスデーモン!」

 

 三度目のシンクロ召喚。今度はレベル7。光の向こうから現れる巨躯。

 廃材の塊で作られた筋骨隆々とした悪魔。狂気の雄叫びを上げ、ほのかに赤く光る双眸で辺りを睥睨した。

 

「ターンエンドだ、糞ったれ!」

 

 

アンノウン・シンクロン 闇属性 ☆1 機械族:チューナー

ATK0 DEF0

「アンノウン・シンクロン」の(1)の方法による特殊召喚はデュエル中に1度しかできない。(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

D・D・R:装備魔法

手札を1枚捨て、ゲームから除外されている自分のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

The big SATURN 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK2800 DEF2200

このカードは手札またはデッキからの特殊召喚はできない。手札を1枚捨てて1000ライフポイントを払う。エンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。相手がコントロールするカードの効果によってこのカードが破壊され墓地へ送られた時、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。

 

霞鳥クラウソラス 風属性 ☆3 鳥獣族:シンクロ

ATK0 DEF2300

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。ターン終了時まで選択したモンスターの攻撃力を0にし、その効果を無効にする。

 

ゾンビキャリア 闇属性 ☆2 アンデット族:チューナー

ATK400 DEF200

(1):このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚デッキの一番上に戻して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻層の守護者アルマデス 光属性 ☆5 悪魔族:シンクロ

ATK2300 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない。

 

デッドライン・リインカーネーション:通常罠

「デッドライン・リインカーネーション」の(2)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動する。リリースしたモンスターの元々の攻撃力よりも低い攻撃力のモンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。(2):???

 

H・C ソード・ブレイカー 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1500 DEF1700

(1):このカードは1ターンに1度、戦闘では破壊されない。(2):このカードの戦闘で発生するコントローラーへの戦闘ダメージは全て0になる。(3):このカードが相手モンスターと戦闘を行ったダメージステップ終了時に発動する。そのモンスターの攻撃力を半分にする。

 

スクラップ・デスデーモン 地属性 ☆7 悪魔族:シンクロ

ATK2700 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 

 

The big SATURN攻撃力2800→1400

 

 

和輝LP2000手札1枚

龍次LP1100手札6枚

男LP8000手札0枚

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローカードを確認する龍次の心の内側に、ふつふつと湧き上がるものがあった。

 怒りだ。この戦いを邪魔したこの男を、徹底的にぶちのめさないと気が済まない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

「貪欲な壺発動! 墓地のエクスカリバー、クサナギ、アンブッシュ・ソルジャー、ブレード・ハート、ソード・シールドをデッキに戻し、二枚ドロー!」

 

 ドローしたカードを確認し、龍次の頭の中には乱入してきた男を仕留める戦術が描かれていた。

 

「龍次、君はどちらを相手にするつもりですか? さっきまで戦っていた岡崎(おかざき)少年? それとも――――――」

 

 試すような伊邪那岐の問いかけ。龍次は苦笑した。彼の台詞を受け取るならば、答えなんて決まっているのに。

 

「伊邪那岐。分かり切ったことを聞くなよ、てゆーかお前だってわかってるだろ? さっきまで戦っていた。そんな言い方をしている時点で、お前の中で()和輝は敵じゃないってことだ。

 俺が今、怒りに任してブッ飛ばしたい相手は一人! 俺たちの戦いに下らねぇ横槍を入れた、せこくて卑しいあの男だけだ! 傷だらけの蘇生発動! こいつは俺の墓地のモンスター一体を蘇生し、俺自身は1000ポイントのダメージを受ける! 俺が復活させるのは、希望皇ホープ!」

 

 龍次の墓地から復活する、守りの力を持つ希望の戦士。だがその代償に、龍次自身は1000ポイントのダメージを受けた。

 が、これは龍次にとってすれば望むところだ。このデメリットも、メリットになるのだ。

 

「この瞬間、墓地のサウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 新たなモンスターが龍次のフィールドに現れる。場にすでに出ていたソード・ブレイカーと合わせれば、エクスカリバーを召喚できる。

 だが龍次はその前に、カードを一枚繰り出し、デュエルディスクにセットした。

 

RUM(ランクアップマジック)-リミテッド・バリアンズ・フォース発動! 希望皇ホープ一体で、オーバーレイネットワークを再構築!」

 

 龍次の頭上の空間に、赤い稲妻を迸らせる紫色をした雲のような空間が展開。その空間中心部に開いた黒い穴に、希望皇ホープが白い光となって飛び込んだ。

 

「赤き異界の力、敵を焼き滅ぼす炎となる! 今、希望は進化する! カオス・エクシーズ・チェンジ! CNo.(カオスナンバーズ)39 希望皇ホープレイV!」

 

 虹色の爆発が起こり、そこから降りたつ影が一つ。

 着地と同時にズシンと重々しい音が響く。

 現れたのは、希望皇ホープの新しい姿。

 希望皇ホープをより鋭角的にしたシャープなデザインだが、カラーリングは白と金を基調としていた姿から一変。黒を基調に、赤のアーマーを装着し、赤く輝く各所の身体を持った、禍々しさと刺々しさが大きく向上されたデザインの、まったく新しい姿の希望皇ホープだった。その足元に突き刺さるように現れたのは、赤い棘十字。これが、CORU(カオスオーバーレイユニット)だ。

 

「ランクアップマジック。ホープレイVか。ずいぶん刺々しいデザインじゃないか」

「さっき言ったろ? 希望皇ホープ、あれこそが龍次の切り札だって。あれがその理由さ、ランクアップマジックによって、最強の盾はその外装を引き剥がし、最強の武器になる」

 

 ロキの声に和輝が応える。その視線の先、誇らしげな笑みを浮かべた龍次の姿があった。

 

「ここで、ホープレイVの効果発動! CORUを一つ取り除き、お前の場にいるスクラップ・デスデーモンを破壊し、その攻撃力分のダメージを与える!」

 

 龍次の叫び。ホープレイVのCORUが消失し、次の瞬間、ホープレイVが手にした剣を投擲。剣は唸りを上げ、回転しながらスクラップ・デスデーモンを捕えた。

 断末魔の咆哮。体を真っ二つにされた廃棄品の悪魔が爆散。投擲された剣は勢いを減じさせずに男へと迫った。

 

「くっそが!」

 

 悪態をつきながら、男は横っ飛びに跳躍。剣を躱す。男の代わりに地面に激突した剣はアスファルトを砕き、破片を飛礫(つぶて)として男に浴びせかけた。

 

「まだだ! 魔法カード、希望再誕発動! 墓地のホープを復活させ、希望再誕(このカード)をORUに!」

 

 墓地から雄々しい声を上げて復活する希望皇ホープ。その周囲を衛星の様に、一つの光球が旋回する。ORUとなった希望再誕だ。

 

「くっそがぁ! さっきから鬱陶しいぞ! なんでオレに気持ちよくてめぇらを倒させねぇ!」

「やられるわけにはいかねぇからだ! お前みたいな三下野郎にはな!」

 

 龍次が感情に任せて叫び、

 

「俺たちの戦いはこれからが盛り上がりどころだったんだ。それを邪魔したあんたを、許す理由が地の果てまで行っても存在しない」

 

 和輝が冷淡な、しかし凍える怒りを乗せて言った。

 二人の怒りを受けて、男が僅かにたじろぐ。その隙を強引につくように、龍次が動いた。

 

「俺は、希望皇ホープ一体でオーバーレイネットワークを再構築!」

 

 希望皇ホープが白い光となって、前方に広がるエクシーズエフェクトの空間に飛び込んだ。

 

「混沌の力、黒鉄の鎧となって困難を断ち切る力となる! 今、希望は進化する! カオス・エクシーズ・チェンジ! CNo.39 希望皇ホープレイ!」

 

 虹色の爆発。その向こうから現れるマッシブな影。

 鎧の色が銀と黒に変質し、フォルムがよりマッシブに、力強くなった希望皇ホープ。混沌の力をその身に取り込み、さらに強化された希望皇ホープの姿。その周囲を、二つの光球が旋回している。

 

「ここで、ホープレイの効果発動! ORUを二つ取り除き、サターンの攻撃力を2000ダウンさせ、ホープレイの攻撃力を1000アップ!

 さらに! 俺は残ったサウザンド・ブレードとソード・ブレイカーでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 聖剣は折れない、砕けない。何度でも光り輝く! H-C エクスカリバー!」

 

 三度目の登場。龍次の攻めの切り札にして、最も頼りになる相棒の姿。

 和輝と出会い、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをまんまと取られ、そのことを悔し気に(あかね)に喋った時、彼女が「しょうがないなあ、りゅーじ君は」と苦笑して、渡してきたのだ。自分のデッキには合わないから、と。

 以来、このカードは龍次のデッキの切り札(フェイバリット)。決して色褪せない、美しく、力強い輝きだ。勇ましく、雄々しい英雄たち。いいだろう、こいつらのように、俺も困難を乗り越えてやる。そしてきっと、茜を救って見せる。

 

「エクスカリバーの効果発動! ORU二つを取り除き、攻撃力を4000に!」

 

 龍次の陣営は、今や非常に大きく膨らんだ。

 

「う、嘘だ。こんなことが……ッ! 世界は、オレのために廻ってるんじゃなかったのかよぉ!」

「終わりだ! ホープレイ、エクスカリバーで攻撃!」

 

 龍次の怒りに任せた攻撃宣言が下る。

 まず、ホープレイが背中のサブアームを使い巨大な両刃剣を天に向かって掲げ、両手に片刃の剣を一本ずつ、三本の剣を自在に操るホープレイ。両手の剣でThe big SATURNをX字に切り裂き、止めとばかりにその四片を大剣の一撃で両断した。

 爆発炎上する黒鉄の機械兵。その黒煙を突き破り、エクスカリバーが男に肉薄。振りかぶった剣の一撃から放たれる光の奔流が、彼を飲み込んだ。

 

「ぎ――――あああああああああああああああああああああああああ!」

 

 男の身体が奔流に飲み込まれ、胸元のカーキ色の宝珠が砕け散った。

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

傷だらけの蘇生:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、自分は1000ポイントのダメージを受ける。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク4のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

CNo.39 希望皇ホープレイV 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2600 DEF2000

レベル5モンスター×3

このカードが相手によって破壊された時、自分の墓地のエクシーズモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す事ができる。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

希望再誕:通常魔法

(1):自分の墓地の「希望皇ホープ」モンスター1体を対象として発動する。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚し、このカードを下に重ねてエクシーズ素材とする。(2):???

 

CNo.39 希望皇ホープレイ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

光属性レベル4モンスター×3

このカードは自分フィールド上の「No.39 希望皇ホープ」の上にこのカードを重ねてエクシーズ召喚する事もできる。自分のライフポイントが1000以下の場合、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、エンドフェイズ時までこのカードの攻撃力を500ポイントアップして相手フィールド上のモンスター1体の攻撃力を1000ポイントダウンする。

 

 

和輝LP2000手札1枚

龍次LP1100→100手札5枚

男LP8000→5300→2700→0手札0枚

 

 

 男の姿が青い燐光に包まれて消えた。宝珠を完全に破壊され、神々の戦争の参加資格を失ったため、このバトルフィールドから強制退去となったのだ。

 和輝は無言で龍次を見ている。まだこのターン、龍次のバトルフェイズは終わっていない。ホープレイVは、まだ攻撃できるのだ。

 

「さて、どうしますか、龍次?」

 

 穏やかな声で、伊邪那岐はそう語りかけた。

 

「まだ、戦いますか?」

「…………」

 

 龍次は無言で己の左胸、心臓の上辺りに手を当てた。

 さっきまでの高揚は、もうなくなっていた。ありていに言って、白けてしまった。

 

「あー」

 

 夜の風が頬を撫でる。六月で、夏が近づいてきている季節だが、夜に吹く風は冷たくて心地よかった。

 

「悪い、和輝。今夜はここまでにさせてくれ」

 

 あっさりと、龍次は戦いを切り上げた。

 和輝は苦笑を浮かべ、「いいぜ」と答えた。和輝には、龍次の回答が予測で来ていたらしい。

 

「あら、思ったよりあっさりと引き下がったね」

「決着つけるなら、もっとちゃんと、な。こんな下らねぇ横槍入ったら、不完全燃焼だしな」

 

 和輝は肩をすくめ、デュエルディスクを停止させた。龍次もまた、同じようにデュエルを中断した。

 乱入によって不完全燃焼、どこかやり切れない部分があるかと思いきや、乱入者を思いっきり叩きのめせた龍次はどこかすっきりしたような笑みを浮かべていた。

 

「悪い、伊邪那岐。神々の戦争を勝ち進むんだったら、俺は和輝と最後まで戦うべきだったかもしれねぇけど。俺は――――」

「分かっていますよ、龍次。君は恋人を救うことを優先したいのでしょう? そのために、友人とは争うよりも手を組みたい」

 

 龍次の意を汲んで、伊邪那岐はそう言った。手を組む。つまりは同盟で、こういうバトルロイヤルルールでは有効な手段だ。

 

「構いません。それに、私自身、君の恋人に呪いをかけた神について、引っ掛かりを覚えます。君の希望を優先しましょう」

 

 神の了承も得た。それから、龍次は己が戦う一番の理由。茜に掛けられた呪いの詳細について語った。魔術にも詳しいロキならば、ひょっとしたら呪いをかけた神について、心当たりがないかという期待もあった。

 

「厄介な呪いだね。その神はおそらく冥府に関係のある神だ。ふん、ボクの娘であるヘルも似たようなことができるだろうけど、彼女はないね。ヘルは神々の戦争に参加していない」

 

 龍次から説明を受けたロキは顎に指をあててそう言った。龍次はわずかな落胆を見せたが、すぐに気を取り直した。

 

「まっ。仕方がないさ。神々の戦争の参加者であることは分かっているんだ。生き残っていけば、いつかは戦うことになる」

 

 気を切り替えた龍次。和輝は龍次に対して、その呪いをかけた神について情報が手に入ったら教えると確約した。

 それから、二人は話を続けた。和輝が神々の戦争に参加してから出会った人のこと、戦った敵のことなど、色々と。

 夜は長い。話は、まだまだ続きそうだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 革靴が立てる音が廊下に反響していく。 

 その男はただ歩いているだけでも、嫌でも人の視線を吸い寄せるような、そんな圧倒的な存在感を醸し出していた。

 薄暗い廊下を歩く男の姿。

 四十前後と思われる年齢。撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 和輝たちも通う十二星(じゅうにせい)高校の出資者であり、国守咲夜(くにもりさくや)のスポンサーであり、十二の企業が合併した複合企業、ゾディアックの社長。

 射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)であった。

 射手矢は最低限の電灯しか灯っていない薄暗い廊下を歩き、その先の扉を開いた。

 東京にあるゾディアック本社、その社長室だった。

 足音を完全に吸収する高級絨毯、落ち着いた色合いの壁紙、部屋の主はあくまでも社長であるとして、自己主張しない、シックな調度品。まさに射手矢という「王」を迎え入れる部屋だった。

 やはり照明は最低限に抑えられており、代わりに天井が採光をとりやすいような造りになっており、天窓から星の光が取り込まれていた。ゾディアック。その名が現すように。

 社長室。本来は射手矢のみが入れ、ほかの人間は許可がなければ入れない。そのはずだった。

 だが今夜、そこに一人、先客がいた。

 社長室にはやや似つかわしくない、神父だった。

 浅黒い肌、銀色の髪は撫でつけられ、一部の隙もなく身に着けられた聖職衣(カソック)は漆黒の銀のラインが入ったもの。金の瞳をらんらんと輝かせ――そして、その瞳の奥には、得体の知れない金色の炎、悪魔のごとき炎を垣間見た気にさせる――、精力と活力に満ちた笑顔で射手矢を出迎えた。

 

「星座たちを束ねし星の王! 十二の星々を従わせし若き社長に祝福を!」

 

 やたらハイテンションな声が射手矢を打つ。射手矢は苦笑。既に来客については事前にアポイントメントがあったのでわかっていた。だがまさか、秘書の案内もなしに社長室に一人入りこんでいるとは思わなかった。

 もっとも、この件について、秘書を責めるわけにはいくまい。目の前の男がその気になれば、今、社内に残っているガードマンや、射手矢の護衛者たち全てに悟られることなくここまで来るのはわけないことだ。

 

「祝福か。うまくいかない状況でも、そうすることで状況好転を呼び込むこともできるわけか。

 ところで、そんなことを言いに来たわけじゃないだろう、ナイ神父?」

「勿論だとも! 実のところ、私は心配している。そして謝罪したい気持ちでいっぱいだ。

 残念なことにアレスとエリスは脱落してしまった。おまけに私が貸し出した私の化身も、あっさりとやられてしまった。戦力を提供できるといったにもかかわらずこの体たらく! 実に嘆かわしい! そして、これで、君たちの同志が消滅してしまったことが気がかりでね」

『貴様に心配されるいわれはない』

 

 と、その場にいるはずのない第三の声が、二人の会話を遮った。

 重厚な声だった。そして何故か二重にぶれた声だった。

 重厚なのは声だけではない。姿は見えぬが、その場にいるだけでわかる圧倒的な存在感。

 

『貴様の戯言繰り言を聞いている暇はない。早く本題に入れ』

 

 その声は天より轟く落雷のようでもあり、地より突き上げる地震のようでもあった。

 

『オレはそんなに気の長い方ではない。くだらない能書きは、自分の命を縮めると知れ』

「まぁ、落ち着き給えよ。クロノス(、、、、)

 

 声だけで圧倒的な「力」を発散する存在に対して、射手矢はそう言った。

 クロノス。それは、オリンポスの神々を襲撃し、アテナを子供の姿にし、止めを刺さんとアレス、エリスをさし向けた黒幕の名ではなかったか。

 ナイ神父と呼ばれた男は、まるでピエロの様におどけた仕草で肩をすくめ、

 

「では本題に入ろう。私の情報の精度はいかがだったかな? アテナのパートナーの割だし。そして乱入してきたロキと、そのパートナーの身元を提供した。

 またもう一つ、新規の情報がある。先ほど契約を済ませたチームなのだが、これがなかなか厄介そうでね。よろしければ、彼らの素性も提供しよう」

 

 ナイ神父は両手を広げ、まるで射手矢を迎え入れるかの様にそう言った。

 

『そして、自分の手を汚すことなく敵を減らそうというのか? そのような真似をされて、黙っていられると思っているのか、このオレが?』

 

 恫喝を含んだ声。だが神父は笑みを浮かべたままだ。

 

「それに君はまだ我々を信用してくれていないようだ。情報提供者。ビジネスをしようなどといっておきながら、商談相手のことは信用しないのかね?」

 

 声に追従する射手矢。ナイ神父は苦笑する。

 

「それはすまないね。何せ我が愛しいパートナーは、人前に出ることを好まない。パーティは隅っこに陣取り、そこで繰り広げられる人間関係のマーブル模様を眺めるのが大好きという変わりものなのだからね」

『それこそ信用ならん。いや、そもそも貴様がここにいること自体、オレは気に入らない。なぁ? 無貌の神』

 

 声から殺意が膨れ上がる。ナイ神父は物理的な圧力さえ伴いそうな殺気を全身に浴び、溶け崩れた(、、、、、)

 

「!?」

 

 予想外の事態に、射手矢の表情が僅かに強張る。それはまるで岩に走ったほんの小さな罅のようだった。

 

「驚いてくれたようで何より。そうでもしてくれないと、こんな小芝居を打った甲斐がない」

 

 溶け崩れ、なんだかよく分からないぶよぶよとした、粘土のような残骸と化したナイ神父。ふと、その残骸から声がした。ただし、聞こえた声は女性のものだ。

 ばっと残骸が飛び散る。そこから出てきたのは一人の女。

 後ろで束ねた黒髪、白い肌、赤い瞳、男物のワインレッドのスーツを着ているが、ネクタイを外し、胸元を大きく開けている。男装でありながらもどこまでも「女」を強調した、妖艶な姿だった。

 

「怒らないでくれ。ぼくのパートナーについては、もっと信頼関係が築けたら紹介するよ。それよりも、ぼくの提案、受けてくれないかな?」

「戦力を提供する代わり、我々にも奴ら(、、)に与してほしい、か」

「いかがだろうか? ぼくが言うのもなんだけれど、神々には人間を憎んでいるものが大勢いる。一神教によって信仰を阻まれ、貶められ、存在を歪められた神々。姿形まで変えられてしまったものは少なくとも、世界を席巻する幻想の教えに憤怒を抱いている神は大勢いる」

 

 そこで、ナイ神父と名乗っていた元男、“無貌の神”は射手矢と、彼の背後にいると思われる声の主を見据えた。

 

「クロノス。君だって、人間には思うところがあるんじゃないのかい?」

 

 無貌の神の問いかけに、声はすぐには答えなかった。

 しかし、

 

『下らんな。いまさらそんな恨みつらみを晴らそうとしてどうなる。やはり貴様とは合わん。情報も、戦力もいらん。オレが貴様に望むことはただ一つ。失せろ。今すぐにな。でなければ、次はパートナーがいようがいまいが、殺すぞ。這い寄る混沌、ナイアルラトホテップ』

 

 その声は今まで通りの重厚さを持っていたが、逆に殺意は込められていなかった。そのことが逆に恐ろしい。燃え盛る激情ではなく、氷点下の敵意が隠されているようで。

 その、言い知れぬ害意を感じ取ったのか、無貌の神ことナイアルラトホテップは肩をすくめた。

 

「残念。ふられちゃった。それじゃあぼくはこれで。武運と幸運を祈っているよ。星座の王、そして、クロノス」

 

 演技がかった一礼を残し、ナイアルラトホテップの姿がまるで幻だったかのように消えうせた。

 騒がしい来客のいなくなった社長室で、射手矢は一つ息を吐いた。

 

『弦十郎。奴は信用できん。ここで切って正解だった』

「君の意見に賛成だ。得体の知れない奴ほどやばい(、、、)。世界中に放った化身による情報収集は敵に回すとこの上なく恐ろしいが、獅子身中の虫になられるよりマシだ。

 なに、私の立場でも情報は集まる。そして戦力ももうすぐ整う」

 

 射手矢の言葉に声は笑う気配を落とした。

 

『そうだ。オレが出向けば必ず呼応する。そのために、ギリシャに行く必要があるがな』

「ちょうど商談がある。まさしく渡りに船だ」

『アテナとロキはどうする? ほとんど余った駒だったとはいえ、アレスとエリスを倒した実力は侮れん。オレがいくか?』

「放っておきなさい。しばらくはね。私怨に凝り固まっていたアレスとエリスは手綱を離したが、彼らももういない。ならば前途有望な若者を、そうやすやすと摘むことはない」

 

 射手矢の答えに「声」はわずかに嘆息した。

 

『弦十郎。オマエとは波長が合ったが、その辺の考えは合わないな。危険な芽は、早めに摘むに限るだろうに』

「私はその芽がつける花を見てみたいんだよ。無論、ついた花が毒花ならば、容赦なく刈り取るがね」

 

 そう言って射手矢は微笑んだ。表面上は柔和な笑みなのに、底の知れない、冷えるような笑みだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:美しさの探究者

 少女は電灯の少ない夜道を、足早に歩いていた。

 十二星(じゅうにせい)高校の制服を着た少女。肩から学校指定のバッグを掲げ、テニスラケットの入ったバッグを小脇に抱えている。

 どこか怯えを含んだ様子で家路を急ぐ。

 部活で遅くなってしまった。大会が近いせいで、練習も熱心だ。それは構わないのだが、いかんせん、今日は熱が入りすぎた。

 時刻は午後九時をもうすぐ回る。辺りに人気(ひとけ)はまったくない。そのことが、少女の不安を余計に駆り立てた。

 暗い道だ。夕方まで雨が降っていたせいか、空気も冷えている。もう七月だといいうのに、半そでの制服の隙間から、ひんやりとした空気が入りこんでいる。

 

「……ッ!」

 

 ぶるりと身震いを一つ。少女の脳裏をよぎるのは、二週間くらい前から話題になっている少女たちの連続失踪事件だった。

 自然己の肩を抱きながら、少女は(かぶり)をふって恐怖を振り払う。

 

「やだやだ。暗いといろんなこと考えちゃう」

 

 ぶるりともう一度身を震わせて、少女は家路を急ごうと、歩を早めた。

 と、その視線の先に人影が一つ。とっさに足が止まった。

 人攫い、そんな言葉が脳裏をよぎったが、人影の正体は女だった。

 華奢な身体つきの女だった。

 雪のように白い肌、森林樹の葉のような緑の髪、木枝のような茶色の瞳、大輪の花のような桃色のドレス。美しいが、こんな小さな路地にはひどく不釣り合いな女だった。ところで、耳が少し尖っているように見えるのは目の錯覚だろうか?

 綺麗な人だな、と。元々の違和感を抱きながらも、少女はそう思った。

 と、女が少女に微笑みかけた。少女は、同性でありながらもあまりにも魅力的すぎる女の笑みにどきりと心臓が跳ね上がった。

 

「え……?」

 

 少女の鼻孔を、甘い香りがくすぐった。次の瞬間、彼女は強い酩酊感に襲われた。

 

「あ、れ……?」

 

 景色が歪む。身体がふわふわと浮いているような奇妙な感覚。ぐにゃりぐにゃり。ああ、何もかもが歪んでいく。地面が、迫ってくる。

 少女が最後に感じたのは、何か柔らかいものに受け止められたという感触だけだった。

 

 

 ゆっくりと腕に中で眠りに落ちた少女を確認して、女は満足げに笑った。

 

「新しい女の子、ゲット、だね。フローラ」

 

 女の背後から新たな声。そして、三つの人影が現れた。

 先頭の一人。浅黒いの肌をした女。

 ばっちりウェーブのかかった黒髪、金の瞳。服、靴、バッグ、指輪全てが有名ブランドのロゴ入りの品で固めた完全武装の黒豹の風情。

 長身で身だしなみに気を使い、ブランド物で完全武装することで己をより良く見せているが、その実長身であること以外は平凡な容姿な女だった。

 

「ええ、ええ。これでまた一つ、美の極致に近づけるわ、アイーダ」

 

 フローラと呼ばれた女が微笑む。人間離れした美貌。その笑み、その視線の先は、アイーダではなかった。

 

「ああ、あああああああ!」

 

 叫びはアイーダの背後。もう二人のうちの一人。

 黒い斑点が浮かぶ青白い肌、青い長髪、黒い瞳、漆黒のスカート、上半身を覆うのは霧のような雲のような液体と気体と固体を混ぜ合わせたような奇妙なドレス姿。人間というよりも、不浄が人間の形を保った、そういう印象だ。

 

「素敵。素敵ぞ……ッ! なぁアイーダ、我が契約者。神々の戦争以上の愉悦を、我は見つけたぞ」

 

 くつくつと女は愉しげに笑う。アイーダもまた、同じように笑った。人間の笑みというよりは、肉食獣が何かの間違いで笑えばこんな顔になる、という感じだった。

 

「ええ、そうね。トラソルテオトル。アタシも最初はなんてえげつないって思ってたけど、今はそうでもないかな。あっは。どーやらアタシも、君等神様に関わって、おかしくなったのかねー」

「この世界は狂っている。おかしくなっている。なら狂えるものこそ正常よ」

 

 フローラが笑う。その視線はアイーダを超えて、彼女の背後にいる四つ目の人物へと注がれていた。

 情愛と、何よりもねばっこくて深い、執着を思わせる眼差しだった。

 四人目の人物。これは、今までと比べてずいぶんおとなしい女性だった。

 年齢はアイーダと同じ二十歳なのだが、三から五歳ほど若く見え、高校生くらいに見える。

 小柄な体躯、色白の肌、首の真ん中あたりできれいにカットした金髪、青い双眸、白のブラウスに青いロングスカート姿の楚々とした女性。何物にも危害を加えられているわけでもないのに怯えているその姿は、生まれたばかりの小鹿の風情。

 地味でおとなし目な女性。だが何か目を引き付ける。例えるならば、道端の石ころが実はダイヤの原石だったかのような、価値を知らぬ者には不要無意味なものでも、価値を知るものにとっては何物にも代えがたい無二の輝きを放つような。そんな、まさに「見る者が見れば」はっとする、そんな素朴で、けれど儚い美しさを備えていた。

 

「ねー、クーデリア。これで君をもっともっときれいにしてあげられるよ」

 

 アイーダがニコニコ笑いながら、肩をすくめるクーデリアを抱きしめた。まるで子供をあやすように。

 

「そう、そうね、クーデリア。神々の戦争における、わたしの大切な、大切な契約者。いいえ――――」

 

 フローラはアイーダの反対側からクーデリアを抱きしめた。三人の、否、二人と一柱の様子を、残る最後の一柱、トラソルテオトルが楽しげに、ほほえましげに笑って眺めていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。あなたに出会えた時点で、わたしは神々の戦争に勝利しているも同然」

 

 フローラも、トラソルテオトルも、神々の戦争の参加者だ。それは語るまでもない。本人たちの言動、そして少女の意識を奪い取った手管といえ疑う余地もない。

 にもかかわらず、フローラは言った。神々の戦争などどうでもいいと。参戦の放棄とも取れる。

 だがこの女神はこうも言った。神々の戦争に勝利したも同然だと。

 

「そう、そうぞフローラよ。お主はそうであろうな。我にとっても神々の戦争はすでに勝利にあるともさ。何しろ、神々の王よりも価値ある物を見据えられるのだから」

 

 フローラにつられるように、トラソルテオトルも笑う。神々の王よりも夢中になれることがある我らは、既に神々の戦争の勝利者も同然と。

 アイーダもまた笑った。ただ一人、クーデリアだけが、一言も喋らず、美しさを大いに内包した顔を曇らせていた。

 フローラが、笑みを持ってクーデリアに言った。

 

「さぁ帰りましょう、クーデリア。この子の魂を、あなたにあげる。それであなたはもっともっと美しくなれる。誰もがあなたを無視できないほどに」

 

 フローラは後ろからクーデリアを抱き、クーデリアの表情を見ようとはしなかった。アイーダもクーデリアに笑いかけ、頭に手を置いて撫でるだけで顔を見ていなかった。そんな二人と一柱の様子を、一歩離れた位置でトラソルテオトルが眺めていた。

 歪で異常で、そしておぞましくも仲睦まじい二組の参加者たち。そこに――――

 

 

「勝利者? じゃあその満足抱いて、くたばれ」

 

 

 新たな声が()()()()()()()()

 

「ッ!」

 

 気づいた時には頭上を抑えられていた。

 頭上を振り仰げば、そこに男の姿。

 人間ではなく、神なのは明らかだった。なぜならその男は、右足に青白く輝く稲光を纏わせ、こちらに向かって蹴りだしていたからだ。

 

「イ・ナ・ズ・マ・キィィィィィック! ってかぁ!」

 

 何やら陽気なことを叫びながら、男の蹴りが降ってくる。二組の参加者は神がそれぞれの契約者を抱えて跳躍。不意の一撃をやり過ごした。

 直後、男が地面に()()する。

 濃い緑の髪に、金色の双眸。素肌の上に直接前の開いた黒のジャケットを羽織り、同じ色のズボン。悪ガキが変わらずにそのまま成長したような、稚気と凶暴さを兼ね備えた男だった。

 そして、そんな神を追い現れたのは百九十センチを超える巨体の少年。

 黒の短髪、ダークグリーンの瞳。十二星高校の制服姿で泰然と立つ、何千年と風雨にさらされてもなおびくともしなかった大樹の風情。

 北欧神話の雷神、トールとその契約者、黒神烈震(くろかみれっしん)であった。

 

「女子失踪事件、犯人はやはり神だったか」

「しかも二柱とは意外だったぜ。糞詰まんねーことしやがって」

 

 落ち着いた声音の烈震と、苛ついたトール。フローラとトラソルテオトルの二柱は、突然の襲撃者に驚いたが、状況は二対一。いかなる理由で現れたか知らないが、自分たちが絶対の有利を築いているならば返り討ちにしてくれる。

 次の瞬間に起こったのは、そんな女神たちの慢心をいさめるようなものだった。

 突然、フローラとトラソルテオトルの身体に、紫色に発光する光の鎖が巻き付いたのだ。

 

「え!?」

 

 突然の拘束に狼狽する女神たち。何が起こったのか、それはおのずと知れた。新たな登場人物が現れたのだ。それも四つ。

 

「やぁ、フローラにトラソルテオトル。おっかないなぁ、女の子たちを攫って何を考えているんだい?」

 

 涼やかな声が頭上から降ってきた。

 見上げれば民家の屋根の上に人影が二つ。やはり神と、契約者。

 金髪碧眼の美丈夫。道を歩けば異性どころか同性さえも思わず振り返ってしまいそうな美貌、着ている服は簡素な白いシャツとジーンズなのに、その美しさ、内面からあふれる無視しようのない存在感は微塵も霞まない。

 もう一人は少年。十二星高校の制服姿、人目を引く白い髪、茶色がかった黒い瞳、今は怒りを抑えたような険しい表情をしている。

 北欧神話のトリックスター、ロキと、その契約者、岡崎和輝(おかざきかずき)であった。

 そして新たな登場人物。それはトールと烈震の反対側の道から現れた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、抑えめの柄の着流し姿の優男と、その傍ら、明るい金髪に染められた髪、灰色の瞳、前二人と同じく、十二星高校の制服姿。

 日本神話、国造りの神、伊邪那岐(いざなぎ)と、その契約者の風間龍次(かざまりゅうじ)であった。

 

「な……」

 

 数の有利が一気に逆転し、絶句するアイーダ。険しい顔のフローラとトラソルテオトル。ただ一人、クーデリアだけが無表情に変化していた。

 

「お前らが何を考えているかは知らないし、興味もない。だが止める。お前らのやっていることを容認できるか」

 

 三組の中から一歩前に出て、和輝がそう言い放った。

 和輝の言葉も頭に入らず、フローラは焦燥に駆られていた。

 三対二。まずい。このまま馬鹿正直に戦えば負けるリスクが高い。しかし逃げようにも拘束されている。どうすればいい?

 

「く……ッ!」

 

 男たちがデュエルディスクを起動しだした。このままバトルフィールドを展開されればせっかく捕まえた娘も解放される。何とかしなければ――――

 

「バトルフィールド展開!」

 

 そしてフィールドが展開された。拘束は消えたがこれでもう逃げられない。これで――――

 

「……させ、ない」

 

 焦りに焦ったフローラの耳朶を、抑揚を欠いた声が打った。

 

「え?」「なんぞ?」

 

 疑問の声を、二柱の女神が上げる。次の瞬間、まるで彼女たちを守るように三つの影が立ちはだかった。

 

「何!?」

 

 驚愕に目を見開く和輝。これ幸いにと、女神たちは各々のパートナーを抱えて離脱した。

 

「待ちやがれ!」

 

 龍次がいの一番に走りだそうとするが、その前に立ちはだかる影。それも三つ。それぞれ表情をそぎ落としたような痩身の男たち。皆一様に左腕にデュエルディスクを装備してた。

 

『デュエルターゲット、ロック』

 

 デュエルディスクの音声メッセージが重奏する。

 

「ロックだと!?」「やっべこっちもだ!」「ぬぅ……ッ!」

 

 和輝、龍次、烈震の三人が強制的にデュエルの場に引きずり込まれる。

 

「和輝! あいつら逃げやがったぞ!」

「だが、(オレ)たちも動けん……ッ!」

 

 三人が歯噛みする。正体不明の乱入者たちは、無表情のままだ。

 

「和輝。多分こいつら、アレスとエリスの時に出てきたのと同じだ! だったら――――」

「デュエルで倒すしかない、ということですね」

 

 ロキの言葉を伊邪那岐が引き継ぐ。トールが笑う。獰猛に、荒々しく。

 

「なら話は簡単だ。やろうぜ烈震!」

 

 神々の戦意が向上。パートナーたちもまた、戦意を滾らせた。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ことの始まりは、十日前に遡る。

 七月に入ってから、星宮(ほしみや)市を中心に、奇妙な事態が発生していた。

 連続女子失踪事件。

 いや、正確には事件といえるかどうかもまだ不透明だ。何しろ、学校も年齢も、性格だってバラバラな少女たちが、何の前触れもなく、家族にも行方を告げずに忽然と姿を消している。にもかかわらず、事件性は認められなかった。連続性があるかもわからない。

 中にはふらりと家出してしまいそうな非行少女もいれば、連絡なく家に帰らないなどありえない、まじめを絵に描いたような少女もいた。

 年齢は中学生から高校生。または大学一年生。だいたい二十歳以下に集中している。何を隠そう、十二星高校からも失踪者が出ているのだ。

 そんなことが続き、学校内でも噂になり始めた。

 

「さて、こんな事態があっても、明確な事件性が認められず、家出が多くなっている程度にしか認知されないね」

「警察ではそうだな」

 

 昼休み。十二星高校屋上。和輝は傍らで実体化したロキの言葉にそう返した。

 昼休みの屋上に人の姿はない。ロキが人払いの結界を張っているためだ。そしてその中で、ロキは言ったのだ。

 この連続失踪は事件であり、背後には神が糸を引いている。と。

 ロキは言う。この一連の失踪は神が何らかの目的で、それも、神々の戦争とは無関係な目的で行っている可能性があるという。根拠はやはり不自然な連続失踪そのもので、デュエルで決着をつけるはずの神々の戦争には、女子を攫うこと自体が本筋から外れるのだという。

 

「女子を攫った具体的な手段は分からないけど、間違いなく神の力だよ」

「あー。その神の力が使えるってことは、もうその神は契約者を見つけているってことか」

「そ。だからこそ、少女たちを攫うのは神々の戦争と関係ないでしょ? 何しろ、デュエルには一切関係ない」

 

 ロキの言うことはもっともだ。だからこそ和輝は相手の狙いが読めなかった。

 

「何故そんなことを?」

「そこまでは。でもこれだけは言えるよ、和輝」

 

 ロキの口調は真剣だ。和輝の表情も、自然険しくなる。神々が絡んだ事件で、人間がどんな目にあうか。まず間違いなく無事ではないだろう。

 

「間違いなく、攫われた少女たちは碌な目にあっていない」

「…………だろうな」

 

 呟く和輝の声音に、怒りが混じる。

 和輝は許せない。この理不尽を。神々の横暴を。傲慢を。

 立ち上がる和輝。その視線が彼の意思を雄弁に物語っていた。

 

 

 その後、和輝は同盟を組んだ烈震と、さらについ最近、神々の戦争に参加し、争い、結局矛を収めた龍次を含め――この三人はすでに友人関係であり、龍次の事情を知った烈震は龍次とも同盟を結ぶことを了承した。龍次もまた、烈震が神々の戦争参加者であることに驚きはしたものの、彼の“浮きっぷり”からその事実はあっさりと受け入れた――、調査に乗り出すことにした。

 ロキの探査術式によって痕跡を洗い出し、伊邪那岐が星宮市内の神の動きを可能な限り探査。トールがあえて力を解放し、挑発行為を働き、下手人たちがどのような行動を起こすのか、反応を見てみた。

 そうしてようやく尻尾を掴んだ。神々の力を必ず使う誘拐の瞬間。人間で言う現行犯として踏み込んだのが昨夜。

 

「けど、結局逃がしちまったわけだ」

 

 苛立たしさを隠そうともせず、龍次がそう吐き捨てた。

 場所は十二星高校の屋上。時刻は昼休み。またしてもロキの張った人払いの結界によって、屋上にいるのは神々の戦争参加者の三人と三柱のみ。

 

「まさかの予期せぬ援軍でしたね」

 

 伊邪那岐は困った表情を浮かべていった。

 

「あいつら一体何なんだ?」

「確かなのは、神と契約していないのに、なぜか神々の戦争のバトルフィールドに入ってこれることだね」

 

 トールの疑問に、ロキが答える。ロキと和輝は以前にもあの謎の男たちと相対したことがあった。

 正確には同一存在ではなく、同じような雰囲気を持った別人だったが。

 

「俺が前にあったのは、もちろん別人だったが、雰囲気は同じだったな。無表情で、人間っていうよりも限りなく人間に近い人形って感じだった」

 

 和輝の所感。ロキもだいたい同意見だった。

 

「けどよー、なんでそんな連中が出てきて、しかもオレたちの邪魔しやがるんだ?」

 

 龍次と同じく、苛立つトール。彼もまた、目の前にした敵を逃がされて立腹だ。

 

「トールよ、問題はそこではない」

 

 今まで黙っていた烈震の冷静な声。場の一同が一斉に彼に注目する。全員の注目を受けながら、烈震は冷静に告げた。

 

「あの二柱の女神を取り逃がしたのが痛恨だ。今度は向こうも警戒するだろう。乱入してきた連中の類似体がまた出てこないとも限らん」

「女神たちの居場所についてはある程度絞れると思うよ」

 

 ロキの進言。彼はくるくると右指の人差し指を回しながら、

 

「追跡の術式を仕込めた。居場所の特定がまだ完全じゃないけど、夜には追撃できる。これで奇襲をかけよう。今度は電撃戦だ。有無を言わせず、あの二柱を戦場に引きずり込む」

「一組、乱入者の足を止める役を負った方がいいでしょうね」

 

 伊邪那岐が口をはさむ。人間たちが頷き、トールが好戦的ににやりと口の端を吊り上げた。

 

「つまりどこに当たっても面白いってことだな」

「できれば、正体不明の乱入者については何らかの情報を引き出せるといいのですが……」

 

 好戦的な――逆に言えば戦えればそれでよさそうな――トールに対して、伊邪那岐がちょっと憂いを込めた声でそう言った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 星宮市にある、とある洋館。辛くも逃げ延びたフローラとトラソルテオトルも、決して楽観視できる状況ではなかった。

 

「まさか、徒党を組んでこちらを潰しに来る神がいるなんて、ね」

 

 疲れをにじませた声音のアイーダ。彼女は髪の中に手を突っ込んでガリガリと頭を掻き毟る。

 紅茶の入ったカップを手に取り、トラソルテオトルが言う。「それに、気になることもあるの」

 

「あの時、わたしたちをロキたちから救った、謎の男たち、ですね」

 

 トラソルテオトルと同じく紅茶のカップを手にしながら、フローラが言う。その腕の中には茫洋とした表情のクーデリア。フローラはクーデリアの頬に指を這わせながら、

 

「一体何者で、何が目的なのかしら? ただわたしたちの手助けをしてくれたとは思えないけれど……」

 

 言葉にしながらフローラは思案する。昨日は本当に危なかった。確かに、あの正体不明の連中が乱入しなければ三対二の不利な戦いを強いられていただろう。この街は芳醇な魂の狩場だが、場所を移した方がいいかもしれない。少し目立ちすぎた。

 

「けーどさー。この街から出てくのもしんどくない?」

 

 フローラの表情から彼女の考えを読み取ったのか、ソファに寝そべった格好になったアイーダが言う。

 

「ふむ……。クーデリアはどう思うのだ? ここはお主の屋敷であろ? 捨てるか否か、最もその権利を持っておる。違うか?」

 

 二柱の神と、一人の人間の視線が、黙示たままのクーデリアに向かう。クーデリアは大きめのソファに体を沈みこませたまま、

 

「わた、し……、ボク、俺、私、ぼぼぼぼぼく、ははははは……?」

「ああ、ダメよ。クーデリアはまだ昨日の娘の魂が定着しきっていないわ。だからしばらくはまだ駄目」

「移動もできないってわけね」

 

 はーとアイーダは大きく息をついた。だが仕方がない。なにしろ、昨日の子の魂を付着させることで、クーデリアはまた一段と美しくなったのだ。目的は達成されていっている。

 今のところ自分たちの目的は順調だ。この街は相性がいい。だから今ここで離れるのには後ろ髪を引かれる思いもある。何より、今、クーデリアは動けない。少なくとも、夜までは待たなければ。そのうえでまた相談しよう。

 

(そう、もうすぐ、クーデリアは誰よりも綺麗になるよ)

 

 アイーダとクーデリアは幼馴染だった。

 社交的で快活な性格のアイーダは友人もたくさんいた。

 反対に、内気で内向的なクーデリアには友人は幼馴染のアイーダしかいなかった。

 対照的な二人。アイーダはクーデリアの手を引いて、どこまでも歩いていけると思った。笑って先導するアイーダと、その後をとことことついてくるクーデリア。それが二人の関係だった。

 だが二人が思春期に入るにつれて、アイーダの方が気づいてしまった。

 自分は派手に着飾っているし、社交的な性格なので人気が出ていたが、どこまで行っても中身は長身であること以外は平凡だ。決して誰もが見惚れるような美人ではない。

 対して、クーデリアは特に己を着飾ることはなかったし、性格もやはり引っ込み思案なままだったが、よく観察すれば、容姿、動作の端端にはっとする美しさを宿すようになった。

 最初に気づいた時、アイーダは羨望と嫉妬を覚えた。やがてそれらの感情が、「もっとクーデリアを美しくしたい」という欲求に変化した。

 ああ、ああ。クーデリア。あたしがあんたを綺麗にしてあげる。この世の誰も無視できない存在にしてあげる。ふらふらとあたしの後をついて回ったあんたがそんな綺麗になったら、あんたをいじめていた連中はどんな顔をするだろう――――

 

「お困りの様ね?」

 

 アイーダの胸中に渦巻く感情が形になる前に、そんな声が彼女の耳朶を打った。

 その場の誰でもない声。フローラとトラソルテオトルが弾かれたように声の方を振り向いた。

 そこに立っていたのは、十二、三歳ほどの少女だった。 

 背中まで届く金の長髪、サファイアを思わせる青い瞳、白いフリルの付いた黒のゴシックドレス姿に加え、頭にも黒と白のカチューシャ。さらに右手にはすべての指に金色の指輪を、左手にも全ての指に銀色の指輪をつけ、赤い靴を履いてトントンと爪先で床を叩いた。

 

「あなたは……」

 

 フローラが警戒心を全開にして問いかける。神が二柱もいる状況で、声を上げるまで誰にも気づかれずにその場にいたなど、人間にできる芸当ではない。

 それに、目の前の少女からは明らかに神の気配が漂っていた。

 

「そんな喧嘩腰にならないで、お姉さま方。あたしはただ、ちょっとだけ手助けがしたいだけ」

 

 言って、少女は微笑む。その両脇に影が立上った。

 影が次の瞬間には人の形をとり、霞が晴れるように影が払われると、そこにいたのは無表情な男が二人。少女の右側が痩身、左側が肥満体。どちらも顔つきも体型も違うのに、やけに似ている印象を覚える。まるで、どちらも大本は同じで、その分体のような、そんな奇妙な印象を抱かせる。

 

「彼らの同類を使って、あたしが助けてあげたのに」

「昨日の乱入者は、お主の差し金か」

 

 トラソルテオトルが目を細める。目の前の少女の狙いを測りかねているのだろう。同時に、彼女の正体も。

 

「何のつもり? 昨日みたいなことをして、あなたにメリットがあると思えないけど?」

「勿論。あたしの契約者のお望み。()は神々の戦争の参加者がくるくると綺麗なマーブル模様を作ってくれる様を、パーティ会場の隅っこで見るのが好きなの。だから、あたしは彼の好きにさせる。そのために動くわ」

「じゃあ、あなたはわたしたちに手を貸してくれるのかしら? 一体どうやって?」

「戦力と、情報を提供してよ」

 

 フローラの質疑に謎の少女はすらすらと答えていく。そして、彼女は口にする情報に、二柱の女神が驚愕し、同時に笑みを作った。

 

「なるほどなるほど……。この情報、本当ならば価値があるなぁ」

「そうだね。クーデリアが動けない以上、あたしらもここを離れられないし。なら、情報に縋っていくのもいいかもしれない。夜には回復するわけだしね」

 

 トラソルテオトルとアイーダは賛成の気配。一人と一柱がフローラに視線を送る。フローラは、ローマ神話の花の女神は、ゆるりと笑った、

 

岡崎綺羅(おかざききら)、それがロキのパートナーの急所となるなら、攻めましょうか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:二面バトル、開始

「あー、今日はここまで。みんな、何か悩みがあるんだったら、先生だったり、親だったり、友達でもいい。抱え込まず、誰かに相談することが大切なんだ」

 

 六時間目の授業終了のチャイムが鳴り、ホームルームの時間になった。壇上の教師が静まり返ったクラス全員に向かってそう言った。

 その後の連絡事項や教師の言葉を聞きながら、綺羅(きら)はそんな、誰かに話せるような悩みならば、誰も彼も失踪したり、家出したりしないんじゃないだろうかとぼんやり思った。

 普段は簡単な連絡事項だけ伝えるのに、こんな人生相談じみたことを言いだしたのは、十日くらい前から続いている、少女の家出、失踪が、いよいよPTAなどでも問題になったからか。

 昨日もまた、十二星高校(うち)の女生徒が一人、家に帰らなかったらしい。

 皆何かしら悩みを抱えているし、それを打ち明けられないものだ。自分だってそうだし、兄の和輝(かずき)だってそうだ。

 兄さん。最近明らかに私に何か隠していますね。勘の鋭い――和輝に対しては、だが――綺羅はそう思う。

 いつからだっただろうか。そう、五月。思いだすのは、あの、とても綺麗な外国の人が、兄の世話になったとかで一晩だけ家に泊まり込んできた時辺り。あそこを契機に、兄の行動に隠し事が窺えるようになったと思う。

 もちろん決定的な物的証拠なんか何もない。が、義理とはいえ妹である綺羅にはわかるのだ。家族の絆、妹の勘とでも言おうか。

 例えば、兄はちゃらんぽらんな見た目に反してデュエルに関しては真摯で真剣なので、定期的にデッキを調整しているのはいつものことだ。ただ最近、それにしても熱がこもりすぎている気がする。まるで、魂をデッキに込めているかのようだ。

 そして部屋を掃除するために訪れてみれば、何故か各国、各時代の神話の本が重ねられていた。読んだ形跡もある。あんなもの、昔に先生のいるイギリス関連の伝承本を呼んだだけでうんざりしていたのに。宗旨替えだろうか?

 そもそも兄さんは――――

 

「おーい、キーちゃーん。ホームルーム終わったよ?」

 

 自分の内側に没頭していた綺羅は、クラスメイトのその一言ではっと意識を取り戻した。

 

「え?」

 

 見渡せば席を立つ生徒たちの姿。前の席の少女がにっこり笑った語り掛けた。

 

「まーた内側にこもっちゃった? ダメだよー、キーちゃん。集中するのはいいけど、周りの音も拾わなきゃ。事故にあっちゃう」

「え、ええ……。そうですね。ご忠告感謝します。けどキーちゃんはやめてください」

 

 自身も席を立ちながら、綺羅はそう言った。やや動揺が隠せていないのは、級友の言葉が身に沁みて、恐縮しているからか。

 

「えー、かわいーと思うよー、キーちゃん」

 

 クラスメイトのあっけらかんとした物言いに顔をしかめながらも、綺羅はこれ以上この話題に触れるのをやめた。やめてくれ、やめないの水掛け論になるのは目に見えていた。

 

「さて、私は――――」

「おにーさんのことで考え事してたのー?」

 

 席を立とうとした綺羅はバランスを崩して椅子から滑り落ちそうになったのを、辛うじて体を支えた。

 ガタン! という音が教室内に響き渡り、まだ残っていた何人かの生徒が何事かとこっちを向いた。

 

「な、なんでもありません!」

 

 耳まで真っ赤になって俯く綺羅。クラスメイトたちは微笑みながら退室していった。

 

「えっと、私はそんなことを考えていたわけではありませんよ?」

「んー。そっかー。じゃそーだねー。それよりキーちゃん、今日暇? 部活ないよね? だったら、遊びにいこー。カラオケカラオケー」

 

 綺羅は迷った。確かに今日は部活も休みだ。そして、今日の家事は兄が担当してくれる。端的に言って、この後はフリーだ。騒がしいのは苦手だが、たまにはいいだろう。念のため、兄にメールで連絡しておこう。

 

「そう、ですね」

 

 綺羅は了承した。これから彼女に襲い掛かる運命を、まだ知らぬまま。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 太陽が沈みかける夕暮れ時、ターゲットの少女を見つけたフローラは、にたりと嗜虐的な笑みを浮かべた。

 学校の友人たちと、カラオケ店から出てきたところだ。四、五人の女子高生たちに混じっても、彼女の存在はひときわ輝いてみた。

 肩にかかるかどうかという長さで切り揃えられたオレンジの髪、大きめの黄色い瞳、十二星高校の制服姿で、クラスメイトのからかい半分の揶揄に困ったような表情を浮かべている。

 ああ、いい。すごくいい。華奢な体躯、儚げな印象は、世話を怠ればすぐに枯れてしまう花々のよう。困ったように、はにかんだように笑うその表情もいい。とてもいい。素朴な、けれど決して折れない野花のよう。クーデリアと同じ、秘めた美しさを感じる。

 はふぅと、フローラはため息を吐いた。切なく、蕩けそうななため息だ。

 その吐息が甘い匂いを発した。花のような、蜜のような、濃密で、無視できない。人間の意識を(とろ)かすような、危険な香りのする息を。

 フローラ、花と淫蕩(いんとう)の女神、その本領発揮。吐息は風に乗り、目をつけた一団の中の少女、綺羅に忍び寄った。

 

 

(あれ……? おかしい……ですね……?)

 

 綺羅は自分の体の異常を自覚した。

 頭がふらふらする。足元がおぼつかず、ふわふわしている。本当に地面を踏みしめて歩いているのか、確信が持てない。おかしい。クラスメイトたちと別れた直後にこうなるなんて。風邪にしてもタイミングが唐突過ぎる。

 

「あ……」

 

 視界が歪む。自分が立っているのか、それとも倒れているのか、それさえわからなくなる。

 

「か……は……」

 

 呼吸が苦しい。視界が暗転する。自分の位置がわからない。とてつもない心細さが襲い掛かってきた。

 

「兄、さん――――」

 

 自然、唇が兄を呼んだ。そこで、綺羅の意識は途切れた。

 

 

 ぐったりとした綺羅を抱きかかえながら、フローラはほくそ笑んだ。この娘の魂もまた、美しい。ロキのパートナーを釣るための餌代わりだったが、思わぬ収穫だ。

 彼女の魂もまた、愛しのクーデリアに与えてあげよう。そうすれば、彼女はもっともっと、美しくなる。

 

 

「かくして、花の女神は目的の少女を手中に収めたのでした、と」

 

 星宮(ほしみや)市にある、とあるビジネスビルの屋上。誰もいないその場所の、転落防止用の柵の上に、その少女はいた。

 背中まで届く金の長髪、サファイアを思わせる青い瞳、白いフリルの付いた黒のゴシックドレス姿に加え、頭にも黒と白のカチューシャ。さらに右手にはすべての指に金色の指輪を、左手にも全ての指に銀色の指輪をつけ、赤い靴を履いた両足をプラプラさせている。

 ほんの少し前に身を飛ばせばそのまま真っ逆さまという状況にも関わらず、少女の表情に恐怖はなく、あるのはただ愉悦のみ。

 フローラとトラソルテオトルの前に現れた、神の少女だった。

 

「ここからフローラとトラソルテオトルは、ロキたちに奇襲をかけるのかしら? それとも投降を呼びかけるのかしら? どちらにしても、()()()好きそうな展開が待っていそうね」

 

 そう言って、少女は()()()()()()()に向かって視線を投げた。腰かけていたフェンスから右手を離し、人差し指でくるくると渦を作ってみせる。

 

「くるくるくるくる。綺麗なマーブル模様を描いてくれるかしら?」

「――――――さて、どうでしょう?」

 

 背後の人物はそう言った。透き通った声。男にも、女にも聞こえる、透明で中性的な声だった。

 

「確かにフローラチームはロキのパートナーに対する切り札を手に入れた。しかしこれはどうでしょう? 悪手かもしれません。切り札は下手なタイミングで握れば逆に、こちらの喉元に突き付けられた刃になる。

 ロキは北欧神話のトリックスター。悪戯の神で策謀に長けた邪神。そんな彼が、見るからに明らかな弱点に対して、何の対策も施していない物でしょうか? 手にした切り札が、実はとんでもない厄ネタだった、なんてことにならなければいいですけどね」

 

 少女のパートナーの言葉は、突如吹いた強風によって引き千切られていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「和輝!」

「うお!?」

 

 夕食の準備をしていた和輝は、突然実体化したロキの叫びに驚き、危うく包丁で手を切ってしまいそうになった。

 

「あっ、危ないだろ! こっちは刃物使ってんだぞ!」

「それどころじゃない。いいか、よく聞いてくれ。()()()()()()()()()()

「!」

 

 和輝の表情が緊に引き締まる。そして、その表情の皮一つ下側に、マグマのような激情を噴出させたことも、ロキには分かった。

 敵は、和輝の禁忌(タブー)に触れた。

 

「昨日の奴らか?」

「ああ、間違いない。()()()()

 

 確信に満ちたロキの声。和輝は「そうか」と答え、エプロンをとって(きびす)を返した。

 綺羅の存在が弱点になる。神々の戦争に参加するにあたって、それは和輝とロキの共通認識だった。

 神々の戦争はバトルロイヤルだ。最終的な決着はデュエルでつける。だが盤外戦術は当然ある。契約前の神を一方的に襲撃し、殺すこともその一つだ。

 そしてもう一つは、契約者の人間を攻めることだろうか。神は契約者を直接害することはできないが、その縁者は話が別だ。

 ならば契約者の家族、友人、恋人を人質にでも取れれば盤外戦術として莫大なアドバンテージがある。相手を動揺させるだけでも十分な成果を上げられるのだ。

 勿論、和輝とロキもそのあたりのことは分かっていた。だからこそ、真っ先に狙われそうな綺羅については、ロキがひそかにある術式を放っていた。

 綺羅の身に危機が迫った時に発動する術で、特性は、襲った相手を()()()()()()()()

 和輝は龍次(りゅうじ)烈震(れっしん)に連絡をとり、自身もデッキとデュエルディスクを手に取って、家を出た。

 

「和輝、これからボクが念話でほかの二組にも状況を知らせる。君は――――」

「ロキ、道案内を頼む。()()()()()()()

「え?」

 

 周囲に気を配り、誰もいないことを確認。後はもう、迷わない。和輝は自分のエクストラデッキからカードを一枚抜き取って、デュエルディスクにセットした。

 

「来い、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 神々の戦争参加者の特権、カードの実体化。

 物理的な質量を備えて、美しい星屑の竜、その亜種が現れる。

 素早くスターダストのせいに乗る和輝。

 確かに、飛行型モンスターを実体化させ、それに乗って空から向かった方がちんたら走るよりも断然早い。だが――――

 

(それを、バトルフィールド内でもないのに市街地でやるなんて。相当キレてるね)

 

 冷静さを欠いているのではないか、そんな思いもある。だが、

 

「行け! スターダスト!」

 

 竜が飛翔する。高度を上げる。街を行きかう人々から和輝とロキの姿が見えないように、高く、高く。

 

(一応、最低限みられないような工夫は行うのか!)

 

 完全に回りが視えなくなっているわけではないらしい。なら安心か? ロキはそんなことを思った。

 

 

 一方、首尾よく綺羅を拉致したフローラだったが、そこから先が問題だった。

 フローラが綺羅を抱えながらアジトである洋館に帰ってきた時、それは起こった。

 気を失っている綺羅の身体から、わさわさと白い光でできた茨が生えだしたのだ。

 

「え!?」

 

 驚愕する暇もなかった。茨は即座にフローラを拘束、その身の自由を奪ってしまった。

 

「な、なにこれ!?」

 

 驚愕はアイーダも同じだ。彼女は帰ってきたフローラを車椅子に座った状態のクーデリア――まだ魂が定着しきっていないので、こうしてアイーダが付き添っていた――を連れて迎えにきていたが、突然の事態の急変に目を丸くしていた。

 

「ぬぅ……。これはまずいぞ。昨夜の邪神の術式か」

 

 トラソルテオトルの声にも緊張があった。

 

「嵌められたってこと!?」

 

 彼女たちは謎の少女の姿をした神の情報に従って、綺羅を拉致した。その結果がこれでは、罠と思っても無理はない。

 だが、

 

「それは違います」

 

 いつの間に現れていたのか、洋館の入り口に、痩身と肥満体の、二人の男が立っていた。

 少女が与えた手駒だ。

 

「ロキが仕掛けていた術式です。おそらく、その少女に危害が加えられたときに自動的に発動する罠でしょう」と痩身の男。

「我らが()()は言っています。その術は少女を遠ざければ拘束は解けると」と、肥満体の男。

 

 痩身の男が綺羅を抱え上げ、離れた。

 

「この少女は我々が、あなたがたの()()()に連れていきます。それよりも、離脱を。すぐにでも追手が来るでしょう」

 

 綺羅がフローラから離れた途端、彼女を拘束していた光の茨が消えた。男たちが人間とは思えない速度で離脱していく。

 花の女神が茨に拘束されるという皮肉に歯噛みしながら、フローラは「そうね」と呟いた。

 

「トラソルテオトル、すぐに準備しましょう。クーデリアの定着ももう終わる。急いだ方がいいわ」

「そうだの」

 

 トラソルテオトルも頷いた。契約者のアイーダに目配せし、移動の準備を始める。

 だが果たして間に合うのか。新たな神の気配はどんどん迫っていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「和輝、それに風間(かざま)君、黒神(くろかみ)君。綺羅ちゃんの反応が遠くに行った。けど、神の反応二つはさっきから移動していない。どうする?」

 

 閃珖竜の背の上で、ロキは中空に向けて語り掛けていた。

 これは彼の通信術式だ。彼の声は今、龍次と烈震の耳に距離を無視して届き、二柱の神と綺羅の現在位置と、周辺の地理映像が立体映像のように脳に届いている。勿論、映像は和輝の脳にも投影されている。

 

『和輝、お前は綺羅ちゃんのところに行けよ。こっちは俺たちが何とかする』

 

 龍次の声が届いてくる。ロキの通信術式は双方向だ。

 

『そうしろ、岡崎。お前は家族を救え。このいけ好かない神々は、(オレ)たちが、倒す』

 

 烈震の力強い(いら)え。和輝は自然、笑みを浮かべていた。この仲間たちの、なんと頼もしいことか。自分一人ではたとえ綺羅を救出できても、神は取り逃がしている。

 

「ああ、頼む」

『承知した』

『任せとけ』

 

 

 烈震は和輝たちとの交信を終了後、足を止めた。丁度、目的の洋館にたどり着いたのだ。

 

「ここか……」

「ああ、間違いねぇ。神の気配がする。それも二つだ」

 

 烈震の傍ら、実体化したトールが不敵な笑みを浮かべた。好戦的なトールのことだ、龍次と合流する前に、たとえ二対一でも殴り込みに行くだろう。そして烈震も、それを止めようとは思わない。

 

「よし、行くか――――」

「させないよ!」

 

 だん! と大きく地面を踏みしめて、洋館の入口から飛び出して来る人影があった。

 浅黒い肌の女。ばっちりウェーブのかかった黒髪、金の瞳。服、靴、バッグ、指輪全てが有名ブランドのロゴ入りの品で固めた完全武装の黒豹の風情。

 トラソルテオトルの契約者、アイーダ。彼女は登場と同時にデュエルディスクを起動させた。

 

「トラソルテオトル!」

「うむ。バトルフィールド、展開」

 

 頷き、トラソルテオトルが両腕を広げた。

 次の瞬間、二人と二柱は現実世界から消え、戦いの舞台、位相をずらしたバトルフィールドへと移動した。

 

 

 一方、洋館の裏口では、魂の定着がほぼ完了したクーデリアを、フローラが連れ出していた。

 疾風(はやて)のように飛びだしていった男たちは、うまい具合に見当違いの方向に行ってくれた。アイーダとトラソルテオトルが表玄関から出てくれたのも陽動になるだろう。

 だからうまくすれば逃げられる――――。

 

「こそこそと裏口からか。ちょっと情けないんじゃないか? 神として」

 

 甘い予想は儚くも打ち砕かれた。

 

「ッ! そうか、やっぱりもう一組もいたわけね……」

 

 険しい表情のフローラ。眼前にいるのは龍次と伊邪那岐のコンビ。

 すると、クーデリアが一歩前に出た。引っ込み思案で、いつもアイーダやフローラの後ろで、不安げな表情をしていた、彼女が。

 

「戦えばいいのよ、フローラ」

 

 その声には自信があふれていた。今まで少女たちから奪った「魂」が定着し、彼女の内面を大きく塗り替えているのだ。

 今のクーデリアは野花ではない。誰もが目を引かれずにはいられない、大輪に咲き誇る黄金の神花だ。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 追い詰められた、そう思っていた。だが違った。今、ここが、完成の時なのだ。

 

「いい! いいわクーデリア! あなたの美しさが今! 開花した! そう、それが見たいの! もっと、もっと見せて! わたしに!」

 

 感極まったフローラの哄笑。応じるように、クーデリアがデュエルディスクを起動させた。

 洋館の表と裏で、神々の戦争が展開された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:餓えた虫達

今回のデュエルは2016年3月31日までのリミットレギュレーション採用の構成となっております。ご了承ください。


 飛翔する、星屑のような光を散らす巨竜の姿。

 和輝(かずき)が召喚、実体化させた閃珖竜(せんこうりゅう) スターダストだ。

 

「いた! そこだ!」

 

 ロキの報告に頷く暇も惜しく、和輝は綺羅(きら)(さら)った男たち――ロキの術によって、追跡は可能だ――の頭上を一度通過。急カーブをし、急降下。実体化を消す過程で飛び降りた。

 ダン! と音を立てて、和輝は男たちの眼前に立ちはだかった。

 

「綺羅を返せ、糞野郎ども」 

 

 怒気も露わな和輝の声音。ほのかな殺気さえ混じっている。

 

「………………」

 

 無言の男たち。だが痩身の方の男は綺羅を離そうとしない。

 

「力づくだな」

 

 和輝は一切躊躇しなかった。交渉の余地などない。要求が通らなければ実力行使。実に短絡的で、和輝らしくない。ただし、その身体の内側からあふれている圧倒的な闘志を除けば、だが。

 

(綺羅ちゃんの身の安全の確保のためならほかのリスクなんて投げ捨てろ、ってことかな。怖いね。視野が狭くなってるけど、その分、心の持ちようがまるで違う)

 

 和輝の背後で実体化したロキは、内心そんなことを考えていた。

 男たちは沈黙を通す。かと思えば、肥満体の男が一歩前に出た。

 

「バトルフィールド、展開」

「ッ!? おいおい、こっちからじゃなくて、向こうからバトルフィールドを展開したぞ!?」

「神々の戦争の参加者じゃないのに、か!」

 

 肥満体の男を中心に、夜の静けさが異なるものに変化した。家々から人の気配がなくなり、その場にいるのは和輝とロキ、そして痩身と肥満体の男二人のみ。

 

「和輝、こいつらが何者かわからない。倒しても()()何も覚えていないだろう。昨日やアテナたちの時と同じように」

「だが、倒さなければ、そもそも綺羅を救えない! やるぞ!」

 

 三人がそれぞれデュエルディスクを起動させる。二対一の変則デュエルだが構うものか。やってやる。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 洋館表口。烈震(れっしん)とアイーダは互いに距離をとりながら、油断のならない眼差しを投げつけ合っていた。

 もちろん場所はバトルフィールド内。神々の戦争は、既に始まっているのだ。

 烈震は緑、アイーダはハシバミ色の宝珠を胸元に輝かせた。まるで二人の戦意の高鳴りのように。

 

 

烈震LP8000手札5枚

アイーダLP8000手札5枚

 

 

(オレ)の先攻でいかせてもらう。モンスターをセット、カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 烈震が敷いた布陣は手堅い守備のもの。情報を一切与えず、それでいて二枚のバックで攻めにくさを強調している。

 

「けど、そんなのすぐに()()()()()()()()()。あたしのターン!」

 

 ターンはアイーダに移る。彼女はドローカードを確認し、笑みを浮かべた。不気味な笑みだ。もしも昆虫が笑うのならば、こんな顔になるだろうか。

 

「あたしは、甲虫装機(インゼクター) ダンセルを召喚!」

 

 アイーダのフィールドに、モンスターが現れる。

 人型のモンスター。黒い上下一体型の全身スーツを身に纏い、その「素体」から、赤い、イトトンボをモチーフにしたと思われる、四枚羽根の装甲を装着。スコープ付きの銃を装備し、片膝を立てた姿勢で制止した。

 

「甲虫装機、だと?」

 

 烈震の表情が険しげに歪む。彼の脳裏に甲虫装機デッキのデータが検索される。

 ヒット。その特性はまさしく飢餓のイナゴの如し。わらわらと湧き出て相手のフィールドを食い荒らし、最終的に数の暴力と一撃の火力で仕留める、危険なデッキだ。

 

「ダンセルの効果発動! 手札の甲虫装機 ホーネットをダンセルに装備! フォームチェンジ・ホーネット!」

 

 アイーダの手札からカードが一枚、デュエルディスクにセットされる。次の瞬間、ダンセルのアーマーが自動的にパージ。パージされたアーマーパーツは即座に粘土の様に形を歪ませ、別のアーマーに変化、再び「素体」に装着された。

 トンボを思わせる赤いアーマーは、今やスズメバチをモチーフにした黄色と黒のアーマーとなった。

 

「これにより、ダンセルはレベルが3上がり、ホーネットの攻守分、攻守がアップする。けどまー、これはおまけ。ホーネットの効果発動! 装備状態のこのカードを墓地に送って、あんたの右側の伏せカードを破壊するよ!」

 

 パチン。アイーダが指を鳴らす。次の瞬間、ダンセルに装備されていたホーネットのアーマーがパージ。パーツは弾丸のように烈震の伏せカードに向けて殺到した。そして、「素体」となったダンセルには再びどこからともなく現れたトンボのアーマーが装備された。

 

「狙いは、外れだ。リバースカード、ダブルオープン。針虫の巣窟、そしてセメタリー・パーティ」

 

 烈震の足元のカードが二枚とも勢いよく翻る。次の瞬間、翻った一枚、針虫の巣窟がアーマーの弾丸に貫かれた。

 

「外れだ。フリーチェーンを射抜いても意味はない。そして針虫の巣窟の効果で、己はデッキトップから五枚のカードを墓地に送る」

 

 烈震が己のデッキトップから五枚のカードを抜き、扇状に開いたうえで墓地に落としていく。

 落ちたのはレベル・スティーラー、ドッペル・ウォリアー、ボルト・ヘッジホッグ、サイクロン、デブリ・ドラゴン。

 

「そして、己のデッキからカードが墓地に送られたことにより、セメタリー・パーティの強制効果が発動。カードを一枚ドローする」

「デッキ圧縮に、ドローブースト。あたしのホーネットの弾丸を躱しただけじゃなくて、リカバリーもしっかりか。抜け目ないねー。

 けどこっちだって抜け目ないさ! ダンセルの効果発動! デッキから新たな甲虫装機、甲虫装機 センチピードを特殊召喚!」

 

 新たに現れる「素体」。その素体に装着される昆虫型のアーマーは、茶色を基調にしたムカデをモチーフとしたもの。

 

「当然、センチピードにも甲虫装機(なかま)を装備する効果が備わっている! あたしは墓地のホーネットを装備! もう一度ホーネットの効果発動! このカードを墓地に送って、あんたの守備モンスターを破壊!」

 

 先ほどの焼廻し。アーマーパージ、変化、再装着。そしてアーマー弾丸の掃射。烈震の守備モンスター、ライトロード・ハンター ライコウを撃ち抜いた。

 

「ライコウか。危ないカードを仕込んでるね。ま、もうその危険もなくなったけど。

 

 この瞬間、センチピードの効果発動! デッキから二枚目のセンチピードを手札に加えるね。

 さ、場を食い荒らしたことだし、次は火力を整えようか! ダンセルとセンチピードでオーバーレイ!」

 エクシーズ召喚。アイーダが右手を勢いよく天へとかざす。次の瞬間、彼女の頭上に渦を巻く宇宙空間を思わせる、煌めきの空間が出現。その渦の中心に、紫の光となった二体の甲虫装機が飛び込んでいく。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が頭上の空間から発生。そして、新たなモンスターを誕生させる。

 

此岸(しがん)と彼岸の旅人よ、天国への道筋をたどり、その瞳に何を映す? おいで、彼岸の旅人 ダンテ!」

 

 爆発の向こうから現れたのは、青年の姿をしたモンスター。赤い、軽装服に、腰には鞘に収まった短剣。青い髪のてっぺんにかかっているのは月桂樹。

 精悍な顔つきは、彼がこれから辿ることになる遥かなる旅路をしっかりと見据えているように見える。その周囲を衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU(オーバーレイユニット)

 

「ここでダンテの効果発動! ORUを一つ取り除き、デッキトップからカードを三枚まで墓地送り! そして墓地に送ったカード一枚につき、500、攻撃力アップ! とーぜん、あたしは三枚のカードを墓地送り!」

「カードガンナーと同じ効果か」

 

 烈震の表情に険しいものが走る。彼岸、というモンスターカテゴリーはよく知らないが、カードガンナーを愛用している烈震だ。その効果の有用性は分かる。デッキ圧縮、墓地肥し。多少運が絡むがマイナスに働くことはほとんどないと言っていい。

 アイーダのデッキから落ちたカードは甲虫装機 ギガマンティス、アーマーブラスト、甲虫装機 グルフの三枚だった。同時に、ダンテの攻撃力は1500アップし2500。最上級レベルに跳ね上がった。

 

「うわっち。アーマーブラストが落ちたか。まーしゃーない。こういうこともあるよね。じゃ、バトル! ダンテでダイレクトアタック!」

 

 ダンテはアイーダの命令を受け、右手を烈震に向けて突き出した。

 

「なんだ?」

 

 半透明のトールの疑問符。次の瞬間、疑問は氷解した。ダンテが翳した右掌から、金色の光線が烈震の胸の宝珠に向けて撃ちだされたのだ。

 

「ビームとな!?」

「む!」

 

 驚くトール。烈震は動揺を押し殺し、普段通り、腰を落とした。

 

「?」 

 

 怪訝顔のアイーダ。そして次の瞬間、烈震は自身の宝珠めがけて伸びてきた光の一撃に合わせて、右拳の甲を光線の側面――こう言う表現が正しいかどうかは疑問が残るが――に当て、そのまま右手に滑らせた。

 そらされた直線の一撃はわずかに軌道を変え、烈震の右手をレールとして滑り、あらぬ方向に飛んで行った。

 驚愕するアイーダ。「はぁ!?」

 困惑のトラソルテオトル「なんだ今のは……、人間が行ったのか……?」

 だが烈震本人はいたって平静。トールもだ。

 

「やはり、攻撃力2000オーバーの一撃を完全に回避することは難しいか」と顔をしかめる烈震。今の一撃は彼の技術でも完全にダメージをそらしきれなかったのか。

「くっ、そ、そんな、つまらない一発芸で……ッ!」

 

 だがアイーダの声は震えている。先ほどの驚愕から、まだ完全に立ち戻っていないのだ。

 

「落ち着けアイーダ。今のは確かに我も驚かされたが、ダメージは通っている。そしてあんな無茶を続けていられるわけがない。いずれ宝珠に直撃する」

 

 トラソルテオトルの指摘が、アイーダを正気に立ち返らせる。はーと一度大きく息を吐き、平静を取り戻すアイーダ。

 

「バトルフェイズを終了。ダンテは自分の効果で守備表示になる。カードを二枚セットして、ターンエンドだよ」

 

 

甲虫装機 ダンセル 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK1000 DEF1800

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードに装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから「甲虫装機 ダンセル」以外の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がる。

 

甲虫装機 ホーネット 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がり、攻撃力・守備力はこのカードのそれぞれの数値分アップする。また、装備カード扱いとして装備されているこのカードを墓地へ送る事で、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

針虫の巣窟:通常罠

自分のデッキの上からカードを5枚墓地へ送る。

 

セメタリー・パーティ:永続罠

「セメタリー・パーティ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のデッキからカードが墓地に送られた時に発動する。カードを1枚ドローする。

 

甲虫装機 センチピード 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK1600 DEF1200

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードに装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから「甲虫装機」と名のついたカード1枚を手札に加える事ができる。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がる。

 

彼岸の旅人 ダンテ 光属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK500 DEF2500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。(3):このカードが墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の「彼岸」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

 

彼岸の旅人 ダンテORU×1

 

 

烈震LP8000→5500手札3枚

アイーダLP8000手札3枚(うち1枚は甲虫装機 センチピード)

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 一気に大ダメージを受けた烈震だったが、彼に動揺はない。ふっと短く呼気を吐き、一気に動く。

 

「さぁ、飛ばすぞ! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札より、TG(テックジーナス) ストライカーを特殊召喚! さらにモンスターの特殊召喚に成功したため、手札のTG ワーウルフを特殊召喚!」

 

 颯爽と現れたSF風バトルスーツに身を包んだ戦士。サイバー・ドラゴンに代表される手軽な特殊召喚モンスター。しかもチューナー。そしてその隣に、身体に機械を埋め込んだ人狼が現れる。

 一瞬にしてそろったチューナーと非チューナーに、アイーダの表情が自然、警戒に引き締まる。

 

「まだだ。マスマティシャンを召喚。効果を発動し、デッキからダンディライオンを墓地に送る。この瞬間、ダンディライオンとセメタリー・パーティの効果が発動。己のフィールドに綿毛トークン二体を守備表示で特殊召喚し、セメタリー・パーティの効果でカードを一枚ドローする。さらに、天輪の鐘楼を発動だ」

 

 あっという間に烈震のフィールドのモンスターゾーンが埋まった。さらに彼のフィールドに、手足と下半身が鐘となった少女像が現れる。

 準備は万端だ。加速が始まる。

 

「これは……、まずいかもね……」

「行っちまえ、烈震!」

「応! レベル3のワーウルフに、レベル2のストライカーをチューニング!」

 

 アイーダがエクシーズならば、自分はシンクロとばかりに、烈震が動く。彼の右腕が力強く天へとかざされる。それの呼応するように、ストライカーが二つの緑の光の輪となり、その輪をくぐったワーウルフが白く輝く三つの光星(こうせい)となった。

 

「連星集結、知識解放。シンクロ召喚、出でよTG ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光が(とばり)となって辺りに降り注ぐ。その向こう側から現れたのは、和輝も使用していた、学資帽にインバネスのようなコートを纏った魔法使い。烈震のシンクロ主体のデッキには凄まじいターボになる。

 烈震は一度、アイーダの様子をうかがう。彼女の足元に伏せられた二枚のリバースカードはなんら反応を見せない。ここまで展開したのだから、召喚反応系の罠ならば既に使っているだろう。

 ブラフの可能性は除外。考えられる可能性は、フリーチェーン、攻撃反応系、そして次のターンの反撃に使う、リビングデッドの呼び声の様なカードか。

 いずれにせよ、妨害されないのなら突き進むだけだ。

 

「シンクロ召喚に成功したこの瞬間、天輪の鐘楼の効果より、カードを一枚ドロー。そして、俺のフィールドにある綿毛トークン一体をゲームから除外し、手札から異次元の精霊を特殊召喚。そしてレベル1の綿毛トークンに、レベル1の異次元の精霊をチューニング!」

 

 二回目のシンクロ召喚。今度は一つの光の輪と、一つの光星が踊る。

 

「連星集結。新地平開拓。シンクロ召喚、駆けろ、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 現れたのは、これまた和輝も愛用している、F1カーに手足と頭が生えたような玩具(おもちゃ)のような外見のモンスター。

 

「フォーミュラ・シンクロン、ハイパー・ライブラリアン、天輪の鐘楼の効果が発動。合計三枚ドロー!

 そして、レベル3のマスマティシャンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

「三回目!」と驚愕するアイーダ。

「いや、まだ()()()()来るぞ」と冷静に指摘するトラソルテオトル。一人と一柱の眼前で星が踊る。

「連星集結、沈黙強制。シンクロ召喚、縛れ、シンクロチューナー、サイレント・ドラゴン!」

 

 新たに現れたのは紫色の外皮に体と同じくらいの大きさの翼を持ち、やけに長い尻尾と赤いベルトで口が開けないよう拘束されたワイバーン。両翼で力強くはばたき、アイーダを睥睨(へいげい)する。

 

「サイレント・ドラゴンのシンクロ召喚に成功したターン、相手は罠を発動できない。さらにハイパー・ライブラリアンと鐘楼の効果で二枚ドロー!」

 

 これで攻撃反応型の罠もない。残るは防御型の速攻魔法だが、そこまで来たらダメージは諦めるしかない。そういう流れもある。

 

「レベル5のハイパー・ライブラリアンに、レベル5のサイレント・ドラゴンをチューニング!」

 

 四回目。今度はレベル10、今までのような、小型の連続シンクロとは一線を画する大型モンスターの召喚。

 

「連星集結、覇龍降臨! シンクロ召喚、裁きを下せ、天穹覇龍ドラゴアセンション!」

 

 光の向こうから、咆哮とともに巨体が現れた。

 全体的に白い体躯、足はなく、下半身がそのまま尻尾になっている、どちらかといえば東洋の龍に近いフォルム、金色に縁どられた翼は鎧のようにも、マントのようにも見え、それを力強く広げている。

 

「ドラゴアセンションの効果が発動するが、それにチェーンし、天輪の鐘楼の効果により一枚ドロー。次にドラゴアセンションの効果。シンクロ召喚成功時、己の手札の数×800ポイント、攻撃力を上昇させる。今、己の手札は六枚。よって攻撃力は4800」

 

 咆哮が轟く。攻撃力4800という圧倒的数値がアイーダを覆う。

 

「ッ! 馬鹿みたいにドローしてたのは、ここでの大火力を出すのが目的ってわけね!」

「そう言うことだ。さらに己は墓地のレベル・スティーラーの効果を発動。ドラゴアセンションのレベルを一つ下げて、このカードを守備表示で特殊召喚する。

 バトルだ。ドラゴアセンションでダンテを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。次の瞬間、ドラゴアセンションが全身を白く輝かせた。輝きはどんどん強くなり、物理的衝撃を持った極光の一撃へと変化。非常に攻撃的な太陽の光のような一撃をまともに受けて、彼岸の旅人はあっさりと消滅してしまった。

 

「け、けどいくら攻撃力が高くたって、これでもう攻撃は終わり! あたしにダメージはない!」

「その考えは脆い! 手札から速攻魔法、グリード・アタック発動! この効果により、ドラゴアセンションはもう一度だけ、続けて攻撃できる! ドラゴアセンションでダイレクトアタック!」

「え!?」

 

 まさかの追撃に、アイーダの表情に亀裂が走る。だが驚愕はさらに続く。何を思ったのか、烈震自身もまた、アイーダの懐に飛び込んできたのだ。

 

「え、何!?」

 

 訳が分からず、アイーダは自分を守るために身構える。が、烈震は彼女の手首を掴み、そのまま己の身体を沈め、背負い投げのようにしてアイーダの身体を放った。投げられた先には、極光を放つドラゴアセンションの姿。

 

「ッ!」

「アイーダ!」

 

 烈震の宝珠狙いの、行動。アイーダにできるのは辛うじて体を丸め、何とかして宝珠を守ることだけだった。

 

「きゃああああああああああああああああああ!」

 

 アイーダの絶叫が響き渡る。だが烈震もトールも特に反応しない。敵対者である以上に、彼もまた、綺羅に危害を加えられていることに加え、多くの少女をその毒牙に掛けたことに対して憤っているのだ。

 

「う……、くそ……、やってくれるじゃないの……ッ!」

 

 アイーダは立ち上がった。

 髪はぼさぼさ、化粧は剥がれ、服は汚れ、擦り剥けたのか、膝は肘に傷もあった。だが宝珠は守ったし、ギラギラと肉食獣の様に輝く双眸が烈震を睨みつけていた。

 

「メインフェイズ2、グリード・アタックの対象となったモンスターは、そのターンの終了時に破壊される。だがこのデメリットはこれで回避する。手札より禁じられた聖衣を発動。これにより、ドラゴアセンションは効果により破壊されない。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

TG ストライカー 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK800 DEF0

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、自分のデッキから「TG ストライカー」以外の「TG」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

TG ワーウルフ 闇属性 ☆3 獣戦士族:効果

ATk1200 DEF0

レベル4以下のモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、自分のデッキから「TG ワーウルフ」以外の「TG」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

マスマティシャン 地属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地へ送る。(2):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

異次元の精霊 光属性 ☆1 天使族:チューナー

ATK0 DEF100

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。次のスタンバイフェイズ時、この特殊召喚をするためにゲームから除外したモンスターをフィールド上に戻す。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

サイレント・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:シンクロチューナー

ATK500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、「サイレント・ドラゴン」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードのS召喚に成功した時、相手は罠カードを発動できず、このカードのS召喚に対してカードを発動できない。(2):自分の手札のモンスター1枚を墓地に送り、以下の効果から1つを選択して発動できる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを上げる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを下げる。

 

天穹覇龍ドラゴアセンション 光属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK? DEF3000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は自分の手札の数×800ポイントアップする。フィールド上のこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードのシンクロ召喚に使用したシンクロ素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。「天穹覇龍ドラゴアセンション」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

レベル・スティーラー 闇属性 ☆1 昆虫族:効果

ATK600 DEF0

(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、アドバンス召喚以外のためにはリリースできない。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル5以上のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

グリード・アタック:速攻魔法

(1):自分フィールドのレベル8以上のモンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターは続けてもう1度だけ攻撃できる。バトルフェイズ終了時に、そのモンスターを破壊する。

 

禁じられた聖衣:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時までそのモンスターは、攻撃力が600ダウンし、効果の対象にならず、効果では破壊されない。

 

 

天穹覇龍ドラゴアセンション攻撃力4800、レベル10→9

 

 

烈震LP5500手札3枚

アイーダLP8000→3200手札3枚(うち1枚は甲虫装機 センチピード)

 

 

「やって、くれるよ本当に……ッ! あたしのターン、ドロー!」

 

 裂帛の気合いとともにドローするアイーダ。その内面はぐちゃぐちゃだ。

 参った。まさか一撃でライフを半分以上持って行かれるとは。おまけに今の一撃はかなり効いた。体中が痛い。もっとも、おかげで気絶せずに済んでいるが。

 

「けどね、邪魔はさせないよ! クーデリアは綺麗になるんだ! 誰よりも、何よりも! どこの馬の骨とも知れない奴らが、邪魔すんな! リバースカード、強化蘇生! これでダンセルを攻守を100、レベルを一つ上げた状態で蘇生させる!」

 

 再び現れるアイーダのデッキの展開の起点。だが今回はそれだけではない。強化蘇生はほかの類似する蘇生型の永続罠にはない利点がある。

 

「ここで、強化蘇生を墓地に送って、マジック・プランター発動! カードを二枚ドロー!」

 

 強化蘇生はリビングデッドの呼び声などと違い、永続罠が除去されても対象となったモンスターはステータスが元に戻るだけで破壊されない。

 

「さぁどんどん行くよ! ダンセル効果発動! 墓地からホーネットを装備! そして装備状態のホーネットの効果発動! 自身を墓地に送って、天輪の鐘楼を破壊!」

 

 先ほどの焼廻し。自らが装備したアーマーをパージ、変化、再装着したダンセルが、再びアーマーをパージ。パージされたアーマーは弾丸となって烈震の大量ドローを支えていた永続魔法を破壊。さらにどこからともなく飛来した新たなアーマーがダンセルの「素体」に装備された。

 なぜ伏せカードではなく、天輪の鐘楼を破壊したのか。理由は簡単だ。アイーダは考える。烈震が伏せたのはまず確実にフリーチェーンだろうと。アイーダの墓地にホーネットがいる以上、最悪一ターンに一度以上は彼のカードは破壊される。ならばその効果を少しでも躱すために、伏せカードは狙われても問題ないフリーチェーンの罠か速攻魔法を伏せるはずだ。

 

「くっそ! やっぱダンセルからホーネットはやべぇな! マジで飢餓のイナゴかよ!」

 

 トールの悪態も無理はない。しかも、ここで終わらないのだ。寧ろここからだ。虫達はここから群れる。

 

「ダンセル効果発動! デッキから甲虫装機 ギガグリオルを特殊召喚!」

 

 現れる新たな「素体」、そこに装着されるバトルアーマーは、黒鉄(くろがね)色。ケラをモチーフにしているが五指は全てドリルに変わり、貫通力、というよりは、削岩機のような様相を呈している。

 

「まだまだぁ! 二体目のセンチピードを召喚して、効果発動! 墓地の甲虫装機 グルフを装備! フォームチェンジ・グルフ!」

 

 現れたセンチピードのアーマーがパージ。アーマーが変形、再装着。テントウムシがモチーフと思われる、赤いアーマー姿。

 

「まーすぐにパージしちゃうけどね。グルフ効果発動! 自身を墓地に送って、ダンセルのレベルを二つアップ! ここでセンチピードの効果発動! デッキから甲虫装機 ギガウイービルサーチ!」

 

 グルフのアーマーは即座にパージされ、元のムカデを模したアーマーが装備される。

 

「さぁ行こうか! お次はこいつ! レベル5になったダンセルと、ギガグリオルでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 再びのエクシーズ召喚。先ほどダンテをエクシーズ召喚した時と同じ空間エフェクトが展開。二つの紫の光となった甲虫装機が渦巻く銀河の中心天に向かって飛翔する。

 

「大自然の強者! 弱肉強食の上に、その白銀(しろがね)の体躯を君臨させよ! 食い尽くせ! 甲虫装機 エクサスタッグ!」

 

 虹色の爆発が起こり、その向こうから現れる新たなモンスター。

 「素体」がまず最初に現れ、次に装着されたのはそれまでのモンスター群とは一線を画するマッシブな白銀のバトルアーマー。モチーフはクワガタで、クワガタムシ最大の特徴である鋏型の顎は両腕に装備された武器として、そして頭部の二本角として再現。雄々しい雄叫びを上げるその姿は「ボス」の風格だ。

 

「エクシーズ召喚した割に、攻撃力は低いな。もっとも、それは甲虫装機全てに言えることだ。厄介な能力を持っていることも含めて、な」

「その通り! エクサスタッグの効果発動! ORUを一つ取り除いて、あんたのドラゴアセンションをエクサスタッグに装備させる!」

「ッ!」

 

 エクサスタッグの周囲を衛星のように旋回していたORUの一つが消失。次の瞬間、エクサスタッグのアーマー各所が展開、そこから強烈な吸引力が発生。吸引の力に捕えられたドラゴアセンションが、細かな光の粒子に変換、どんどんエクサスタッグのアーマーに吸い込まれていく。

 

「く……ッ!」

「ドラゴアセンションはたとえ破壊しても素材を復活させる厄介な効果があるからねー。こうすれば除外完了。まー本来なら、エクサスタッグはこの効果で吸収したモンスターの攻撃力の半分を得るんだけど、元が?じゃ無理だねー。

 でもま、関係ないけどね。手札からRUM(ランクアップマジック)-リミット・オーバー発動! エクサスタッグのORUを一つ取り除き、一つランクが上の同種族モンスターにランクアップ!」

「ランクアップか! しかも、No.(ナンバーズ)のような特定カードではなく、か!」

 

 驚愕に目を見開く烈震の眼前、再びエクシーズ召喚の空間が展開し、一つの紫の光と化したエクサスタッグが空間に向かって飛びこんだ。

 

「モンスター一体で、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズチェンジ!」

 

 虹色の爆発。そして現れる新たなエクシーズモンスター。

 

「大自然の強者! 弱肉強食の上に、その黒金の体躯で君臨せよ! 屠れ、甲虫装機 エクサビートル!」

 

 現れたのは、エクサスタッグと同じく、「素体」にマッシブなアーマーを装備させたモンスター。モチーフは昆虫の王者、カブトムシ。アーマーは黒を下地に金で装甲を増強させた姿。右手にカブトムシ最大の特徴である角を模した思しきランス。羽根はウィングブレードに変更され、無手の左手を力強く握りしめた。その周囲を衛星のように旋回するORUは一つ。ランクアップ前のエクサスタッグのみ。

 

「リミット・オーバーで特殊召喚されたモンスターはエクシーズ召喚扱い。よってエクサビートルの効果発動! あたしは墓地のギガマンティスを装備!

 ついでに言っておくけど、装備状態のドラゴアセンションは相手(あたし)に破壊された。けどさー、間にエクシーズ召喚を挟んでるから、効果発動のタイミングを逃すんだよね! さぁエクサビートル、墓地からギガマンティスをプットオン!」

 

 エクサビートルの咆哮。それに応えるように、アイーダの墓地から這い出してきたのは、緑の、カマキリを模したアーマーを装着した甲虫装機。今回は今までと違い、エクサビートルのアーマーはパージされない。ギガマンティスのアーマーが粒子状に変換。その粒子を吸収したエクサビートルが、ギガマンティスの力も吸収した。

 

「装備状態となったギガマンティスは、装備モンスターの元々の攻撃力を2400にする。さらにエクサビートルは自身の効果で装備したモンスターの攻撃力の半分、攻撃力がアップする。つまり、今のエクサビートルはギガマンティス装備による2400に、その攻撃力の半分1200が追加」

「3600か」

 

 烈震の受け継ぎの台詞に、アイーダは正解とばかりににやりと笑った。

 

「まだまだいくよ! 手札の甲虫装機 ギガウイービルをエクサビートルに装備! これでエクサビートルの元々の守備力は2600になったけど、それは関係ないね。エクサビートルの効果発動! ORUを一つ取り除いて、あたしのギガウイービルとあんたのセメタリー・パーティを破壊する!」

 

 エクサビートルのORUが消失。次の瞬間、装備されていたギガウイービルのアーマーと、烈震の場にあった永続罠が何の前触れもなく硝子が砕けるような音を立てて破壊された。これで烈震は己のドローブーストを全て失ったことになる。

 

「いいねいいね乗ってきた! ギガウイービルの効果発動! 装備状態のこのカードが破壊された場合、あたしの墓地から甲虫装機一体を特殊召喚できる! 蘇らせるのはもちろんこれ! さぁダンセル! もっともっと、あたしのために働くの!」

 

 もう何度目か。何度も何度も呼び出されるダンセル。それでも嫌な顔一つせず、粛々と己の役割を全うする。

 

「繰り返させてもらうよ! ダンセル効果発動! 墓地のホーネットを装備し、ホーネットの効果で墓地送り。そしてレベル・スティーラーを破壊!」

 

 烈震の場の伏せカードには目もくれず、アイーダは最後の壁を破壊する。もはや烈震の伏せカードはフリーチェーンだと確信しているが故の行動だ。

 

「当然、ダンセルの効果を発動。デッキから甲虫装機 アーマイゼを特殊召喚! そして―――――」

 

 新たな甲虫装機を特殊召喚したアイーダが、右手を天に向かって突き上げる。次の瞬間、彼女の頭上にまたしてもエクシーズエフェクトが走った。

 

「ダンセルとアーマイゼでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発。そして現れる巨大な影。

 

「出でよNo.20! 輝ける魂を宿した岩土(がんど)の使徒よ! 蟻岩土ブリリアント!」

 

 現れたのは巨大な蟻の化け物。烈震から見て右羽に自身のナンバーである「20」を刻み、赤い瞳で威嚇するように烈震を睨みつける。

 

「さーてと。そろそろ攻めよっか。ブリリアント効果発動! ORUを一つ取り除いて、あたしモンスターたちの攻撃力を300アップ。

 そしてバトル! あたしのモンスター全てでダイレクトアタック! これで終わり!」

 

 アイーダのモンスターたちの総攻撃。確かにこれらの攻撃が全て通れば烈震のライフは尽きるだろう。

 

「ここで終わるなど、あるものか! リバーストラップ、ダメージ・ダイエット! このターン、己へのダメージを半減させる!」 

 

 烈震の伏せカードが翻る。アイーダの予想通りフリーチェーン。防御型なのも予想していたが、これで烈震の延命は確定してしまった。

 だが攻撃自体が止められたわけではない。そしてこれは神々の戦争。例え相手のライフが残っていようとも、宝珠を破壊できればこちらの勝利だ。

 一体目。まずエクサビートルが手にした右手のランスで突撃(チャージ)をかけてきた。

 弾丸を遥かに凌駕する速度と質量が合わさった超高速、超重量の一撃。烈震はその一撃をそらそうと身を傾ける。

 激突。烈震は左腕全体を使い、突きこまれたランスの側面を殴打。そのまま身を躱そうとしたが、衝撃は殺しきれず、吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 

 近くの民家に背中から突っ込む烈震。そのまま外壁を破壊し庭を突っ切り、最後に壁を破壊して室内に転がり込んでようやく止まった。普通なら死んでいるが、バトルフィールド内で強化された身体能力は体の上部さも強化。さらに参加者以外の「物」は全て――家の様な建造物も――現実空間よりも脆くなっている。その相乗効果で、烈震の身体が潰れた果実の様になることはなかった。

 起き上がった烈震が周囲を見る。どこかの民家のリビングのようで、今の衝撃で家具が散乱。高級そうなテレビが己の巨体の下敷きになってひしゃげてしまっていた。

 

「……ここがバトルフィールド内でよかったな。現実世界だったらとても弁償できん」

「ふざけたこと言ってる場合じゃねぇ! 次が来るぞ!」

 

 トールの警告が飛ぶ。間髪入れずに次の一撃が来た。

 天井をぶち破ってきたのはセンチピード。右拳を振り下ろした一撃を、転がって回避。床に穴が開いた。

 そして、最後の一撃がやってきた。壁を突き破って、ブリリアントが顎をむき出しにして突っ込んできた。

 

 

「どう……?」

 

 民家に突っ込んだ烈震を追って、己のモンスターたちもまた、民家に突っ込んだのを見届けて、アイーダは呟いた。これで相手の宝珠を砕いていればこちらの勝ちだ。

 こちらの攻撃で絶対に耐性を崩しているのだから、攻撃自体は通ったらまともに当たると思うのだが……。

 

「ッ!」

 

 その時、がん! という音ともに無事だった入口扉が内側からぶち破られた。

 なにが、と思ってみると、出てきたのは明らかに吹っ飛ばされたブリリアントだった。

 

「な、なに!?」

「やってくれたものだ。制服の弁償代は貴様当てでいいのか?」

 

 ゆっくりと、家の破片を踏みしめながら出てくる烈震。彼の制服は確かにところどころ敗れていたが、見たところ五体満足、動きに支障は見られない。

 

「化け物じみているね……」

 ひきつった表情で、アイーダはそう言った。一方、烈震のほうは相手にうまく心理的ダメージを与えられたようだと考察する。

 ブリリアントの一撃を躱し、カウンターで蹴りを叩き付けて体を浮き上がらせ、さらに追撃で一撃かましてやったのは、相手にとって予想外だったらしい。

 岡崎の時もそうだったが、モンスターの攻撃を人間が躱す、捌くというのはインパクトがでかいらしい。ならばと今回もやってみたが、思ったより効果が高そうだ。ついでに修行もできて一石二鳥。すばらしい。

 

「く……ッ! メインフェイズ2に、伏せていたもう一枚の永続罠、ヴァリュアブル・フォームを発動。その効果を使って、センチピードをエクサビートルに装備!」

 

 アイーダの陣営の中で最も攻撃力が低いセンチピード。このモンスターを攻撃表示で立たせていることに不安を感じたのか。あるいは烈震の明王のような佇まいに威圧され、圧倒されたのか。モンスターの数を減らしてでも、弱者を狙われることを防ぐことを目的としたか。

 

 

強化蘇生:永続罠

(1):自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。そのモンスターは、レベルが1つ上がり、攻撃力・守備力が100アップする。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

甲虫装機 ギガグリオル 闇属性 ☆5 昆虫族:効果

ATK2000 DEF1300

自分の墓地の昆虫族モンスター1体をゲームから除外する事で、墓地のこのカードを装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体に装備する。「甲虫装機ギガグリオル」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの元々の攻撃力は2000になる。装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

甲虫装機 グルフ 闇属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK500 DEF100

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは2つ上がり、攻撃力・守備力は、このカードのそれぞれの数値分アップする。また、装備カード扱いとして装備されているこのカードを墓地へ送る事で、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、レベルを2つまで上げる。

 

甲虫装機 エクサスタッグ 闇属性 ランク5 昆虫族:エクシーズ

ATK800 DEF800

昆虫族レベル5モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、相手のフィールド上・墓地のモンスター1体を選択して装備カード扱いとしてこのカードに装備する。このカードの攻撃力・守備力は、この効果で装備したモンスターのそれぞれの半分の数値分アップする。

 

RUM-リミット・オーバー:通常魔法

(1):自分フィールドのXモンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターのX素材を一つ取り除き、そのモンスターと同じ種族、族生で一つランクの高いXモンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

甲虫装機 エクサビートル 闇属性 ランク6 昆虫族:エクシーズ

ATK1000 DEF1000

レベル6モンスター×2

このカードがエクシーズ召喚に成功した時、自分または相手の墓地のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードの攻撃力・守備力は、この効果で装備したモンスターのそれぞれの半分の数値分アップする。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、自分及び相手フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚ずつ選択して墓地へ送る。

 

甲虫装機 ギガマンティス 闇属性 ☆6 昆虫族:効果

ATK2400 DEF0

このカードは手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスターに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの元々の攻撃力は2400になる。また、モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた場合、自分の墓地から「甲虫装機ギガマンティス」以外の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。「甲虫装機ギガマンティス」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

甲虫装機 ギガウイービル 闇属性 ☆6 昆虫族:効果

ATK0 DEF2600

このカードは手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスターに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの元々の守備力は2600になる。また、モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた場合、自分の墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。「甲虫装機ギガウィービル」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

甲虫装機 アーマイゼ 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK200 DEF600

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がり、攻撃力・守備力はこのカードのそれぞれの数値分アップする。装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

No.20 蟻岩土ブリリアント 光属性 ランク3 昆虫族:エクシーズ

ATK1800 DEF1800

レベル3モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動する事ができる。自分フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力は300ポイントアップする。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

ヴァリュアブル・フォーム:永続罠

1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスター2体を選択し、選択したモンスター1体をもう1体のモンスターに装備する。●自分フィールド上の装備カード扱いの「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。

 

 

甲虫装機 エクサビートル攻撃力1000→2400→3600→3900、ORUなし

No.20 蟻岩土ブリリアント攻撃力1800→2100、ORU×1

 

 

烈震LP5500→3550→2600→1550手札3枚

アイーダLP3200手札3枚

 

 

 戦況は不利だ。布陣は全滅、ライフは風前の灯火。おまけに相手の布陣は強力だ。だが負けるつもりはない。自分のドラゴンの群を前にしても、岡崎は一歩も退かなかった。ならば自分も、この程度で挫けるものか。

 

「さて――――、ここから覆して見せよう」

 

 烈震は、そう不敵に笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:不浄なる邪女神

「私のターン、レスキューラビット召喚。効果を発動。このカードを除外し、デッキからアレキサンドライドラゴン二体を特殊召喚」

 

 肥満体の男のフィールドに現れた、ヘルメットとお守りをつけた兎が周囲の景色に溶け込むようにして消えていく。代わりに現れたのは、アレキサンドライトでできた体を持ったドラゴンが二体。

 

「バトル、二体のアレキサンドライドラゴンでダイレクトアタック」

 

 無表情、無機質な攻撃命令。だがモンスターの気性は荒々しい。その爪と牙で和輝(かずき)を引き裂こうと、二体のドラゴンが迫る。

 

「手札のバトルフェーダー効果発動! バトルフェイズを終了し、このカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 カチコチ、カチコチ。時を司る悪魔の振り子が、フィールドを制止させる。攻撃を強制的に中断された二体の宝石竜は、ずこずこと引き下がっていった。

 

「メインフェイズ2、二体のアレキサンドライドラゴンでオーバーレイ。No.(ナンバーズ)52 ダイヤモンド・クラブ・キングを守備表示でエクシーズ召喚。ターン終了」

「私のターン、大地の騎士ガイアナイトでバトルフェーダーを攻撃」

 

 肥満体の男に代わって、痩身の男が前に出る。馬上の騎士が放つ突撃(チャージ)がバトルフェーダーを撃破。和輝のモンスターを殲滅する。

 

「ターン終了」

「俺のターンだ!」

 

 二対一という数的不利が、和輝の肩に重くのしかかってきた。

 この二人は強い。昨日の晩倒した奴とはまるで違う。だが――――

 

「肥満体のライフは残り5000、痩身のほうは3000、か。和輝、頑張ってるけど、さすがに二対一は厳しいかい?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。この程度でやられてなんざいられるか! 見てろ、こっから逆転、ショウタイムだ!」

 

 和輝は折れない、屈しない。ここで負けるわけにはいかないという思いと、絶対に勝ち、妹を救うという信念が、彼に膝をつくことを許さない。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 烈震(れっしん)は泰然としながら、これも良い修行になると思った。

 烈震にとって、神々の戦争の勝者に与えられる「なんでも一つ、願いを叶える」という特典には興味はない。ただ己を高める修行をする。相棒のトールも、ただ暴れられればいい、という程度の考えだ。本人も、神々の王の座に興味はないと言っていた。

 烈震は思う。この戦いもまた、(オレ)の強さの糧になると。

 強いことは重要だ。特に烈震はそれがなければ生き残れなかった。赤ん坊のころに中国の山地に捨てられた自分には。

 母のような、姉のような女性(ひと)に拾われなければ、きっと惨たらしい死に方をしただろう。……本人に母というと今でも半殺しにされるが。

 そしてデュエルもまた重要だった。この世界、デュエルの占める割合は大きい。たった十五年で、様変わりしてしまった。価値観も含めて。

 これが神々の戦争のために用意されたお膳立てなのだということはもうわかっているし、トールから言質もとった。

 だが関係ない。強さを、より強い強さを烈震は求める。己を高みに押し上げることのできる強さを。生きるために。

 

 

烈震LP1550手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 

伏せ なし

 

アイーダLP3200手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 甲虫装機(インゼクター) エクサビートル(甲虫装機 ギガマンティス、甲虫装機 センチピード装備、攻撃力1000→2400→3600→3900、攻撃表示、ORU:甲虫装機 エクサスタッグ)、No.20 蟻岩土ブリリアント(攻撃表示、攻撃力1800→2100、ORU:甲虫装機 アーマイゼ)、永続罠:ヴァリュアブル・フォーム

伏せ なし

 

 

甲虫装機 エクサビートル 闇属性 ランク6 昆虫族:エクシーズ

ATK1000 DEF1000

レベル6モンスター×2

このカードがエクシーズ召喚に成功した時、自分または相手の墓地のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードの攻撃力・守備力は、この効果で装備したモンスターのそれぞれの半分の数値分アップする。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、自分及び相手フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚ずつ選択して墓地へ送る。

 

甲虫装機 ギガマンティス 闇属性 ☆6 昆虫族:効果

ATK2400 DEF0

このカードは手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスターに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの元々の攻撃力は2400になる。また、モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた場合、自分の墓地から「甲虫装機ギガマンティス」以外の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。「甲虫装機ギガマンティス」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

No.20 蟻岩土ブリリアント 光属性 ランク3 昆虫族:エクシーズ

ATK1800 DEF1800

レベル3モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動する事ができる。自分フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力は300ポイントアップする。

 

ヴァリュアブル・フォーム:永続罠

1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスター2体を選択し、選択したモンスター1体をもう1体のモンスターに装備する。●自分フィールド上の装備カード扱いの「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する。

 

 

甲虫装機 エクサビートル攻撃力1000→2400→3600→3900、ORUなし

No.20 蟻岩土ブリリアント攻撃力1800→2100、ORU×1

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 フィールドは空。ライフも僅か。逆転の手段は手札(ここ)にはない。にもかかわらず、烈震の心は湖面のように静かだった。

 激高するな。感情の高ぶりは時に思わぬ力を生み出すが、半面、思わぬ隙を作りやすい。得にデュエルでは、その火の心が敗因になることもある。

 冷静に。水の様に冷静(クール)になれ。それができてようやく()()()。師の言葉だ。あの女性は本当に手厳しいと思う。

 その心に加えて実力も備えてようやく一人前。そこから一流への道を歩め。己が知る中で一流のもっとも先を行っている人物だけに、その言葉は重く、険しい。

 

「烈震。どーすんだ?」

「そうだな。この手札では奴のライフまで届かん。なのでこのターンは、()()()()()()()()()()()()()。手札から速攻魔法、緊急テレポートを発動。デッキからレベル3のサイコ・コマンダーを特殊召喚。さらに超電磁タートルを召喚」

 

 烈震のフィールドに揃ったのは、レベル4のモンスターとレベル3のチューナー。意味するところは一つ。それを読み取ったアイーダの表情が渋いものになる。

 

「レベル7か」

「そうだ。レベル4の超電磁タートルに、レベル3のサイコ・コマンダーをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。サイコ・コマンダーが三つの緑の輪となり、その輪をくぐった超電磁タートルが四つの白い光星となる。一際強い白の輝きが辺りを包みこんだ。

 

「連星集結、爆炎開花。シンクロ召喚、爆ぜろ、ブラック・ローズ・ドラゴン!」

 

 光の向こうから轟く咆哮。現れたのは、黒い体躯に血のように、炎の様に真紅の薔薇の花を咲かせたドラゴン。

 

「ブラック・ローズ・ドラゴン効果発動! このカードのシンクロ召喚成功時、フィールドの全てのカードを破壊する! 消えろ!」

 

 ブラック・ローズ・ドラゴンがはばたくと、赤い旋風が発生。さらにブラック・ローズ・ドラゴン自身もまるで花開くようにその身体がほつれ、中から紫色の炎が噴出。赤い旋風と合わさって炎の竜巻となった。炎の竜巻がフィールド全体を荒れ狂い、全てのモンスターを巻き上げ、焼き尽くした。

 

「く……ッ! だけど装備状態のギガマンティスの効果発動! 墓地のダンセルを守備表示で復活!」

 

 全体破壊でも、最低限の壁は残す。ただでは転ばない。死してなお次につながる何かを残す昆虫の矜持の発揮。烈震はそのままフィールドを開けたままターンを終えた。

 

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

ブラック・ローズ・ドラゴン 炎属性 ☆7 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、フィールド上のカードを全て破壊できる。また、1ターンに1度、自分の墓地の植物族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。相手フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して表側攻撃表示にし、エンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。

 

甲虫装機 ダンセル 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK1000 DEF1800

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードに装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから「甲虫装機 ダンセル」以外の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がる。

 

 

「ちぇー。厄介なカードを墓地に置いてくれたもんだよ。あたしのターン!」

 

 ドローカードを確認したアイーダは、先ほどまでの不平はどこへやら、「おっ」と目を丸くし、次いで獲物を追い詰めた肉食獣のようににやりと笑った。

 

「まーこのターンはダメージ与えられないし、じゃあいっそ、場を盤石にしておこうか。

 ダンセル効果発動。墓地のグルフを装備ね。それから装備状態のグルフの効果発動。グルフを墓地に送ってダンセルのレベルを二つ上げる。そしてダンセルの効果でデッキから甲虫装機 ウィーグを特殊召喚」

 

 現れたのは黒のボディスーツ姿の「素体」に、青いハサミムシをモチーフにしたアーマーが装着される。

 

「さらに死者蘇生を発動し、あたしの墓地からギガマンティスを蘇生!」

 

 三体揃うモンスターたち。烈震の表情が自然険しくなり、トールもまた「来やがるぜ、この気配はな!」と烈震に対して警告を飛ばす。

 

「三体のモンスターをリリース! さーおいで! 不浄なる邪女神トラソルテオトル!」

 

 三体のモンスターが光の粒子となり、周囲の景色に溶け込むように消えていく。

 そして、三体のモンスター自体が依代となり、門となり、力の「場」となる。

 ぐるぐる回る力の流れ。自然、烈震の両肩に言い知れぬ重圧がかかる。神の召喚の前触れだと、烈震は思った。

 衝撃。獣の遠吠えのような、少し甲高い音が響き、神が現れた。

 黒い斑点が浮かぶ青白い肌、青い長髪、黒い瞳、漆黒のスカートに、上半身を覆うのは霧のような雲のような、液体と気体と固体を混ぜ合わせたような奇妙なドレス。

 

「さぁさぁさぁ! 我が来たぞ、不浄の女神が! 腐り落ちろ大地。穢れよ大気。全て我がひざ元に這いつくばらせてやろう!」

 

 出現し、笑う女神トラソルテオトル。アステカ神話に名を連ねる不浄の女神が今、烈震の前に立ちはだかった。

 

「トラソルテオトル効果発動! 一ターンに一度、あたしの墓地のモンスター一体を装備できる! あたしは墓地の甲虫装機 ウィーグを装備!」

 

 アイーダの墓地から、半透明状態のウィーグが浮遊してくる。トラソルテオトルはにやりと笑い、そのウィーグ――正確にはその魂――を右手でつかみ取った。

 

「蘇生したモンスターよ、我が喰らってやろう。そうすることで、生前の罪穢れ、浄化してやろう。貴様の不浄を、我が体内に留めおこう」

 

 ぐわ! と大きく開かれる口。トラソルテオトルはウィーグの魂を一飲みにしてしまった。

 

「かかか。なかなかに美味。だが忌々しいのは、このターン、我の攻撃は届かないことか」

「けど、攻撃すれば防御は一枚削れる。バトル! トラソルテオトルでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下される。神が動く。

 

「はは! さぁ死霊ども。どこにもイキバのない哀れな魂よ! 我が弾丸となるがいい!」

 

 トラソルテオトルが両手を広げる。その掌の上に集う無数の黒い塊。それがどこにもいけずに彷徨うだけの魂だと烈震が気づいたころには、魂たちはトラソルテオトルの手によってこねくり回され、砲弾に作りかえられてしまった。

 

「来るぞ烈震!」

「分かっている!」

 

 一人と一柱のやり取りの直後、魂の砲弾が発射。巨大な髑髏の形をした漆黒の砲弾は、恨みがましい咆哮を上げながら烈震に向かって肉薄する。

 

「墓地の超電磁タートルの効果発動! このカードを除外し、バトルフェイズを終了させる!」

 

 烈震の眼前に、彼を守るように電撃の壁が屹立。障壁はバリアーとなって死霊の砲弾を防ぎ、烈震を守った。

 

「これであんたに守りの手段はない。ターンエンドだよ」

 

 

甲虫装機 ウィーグ 闇属性 ☆4 昆虫族:効果

ATK1000 DEF1000

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの攻撃力・守備力はこのカードのそれぞれの数値分アップする。また、モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた時、装備していたモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

不浄なる邪女神トラソルテオトル 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の手札、または墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターをこのカードに装備する。???(4):???

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 神の攻撃は凌ぎ切ったが、依然不利な状況の烈震。ドローカードを確認。顔しかめる。

 

(これではない……)

 

 逆転のための策はある。だがパーツがまだ揃わない。もう猶予はないというのに。

 

「だが耐えるしかない。カードを一枚セットし、カードカー・Dを召喚。効果を発動。カードを二枚ドローし、カードカー・Dの効果で強制ターンエンドだ」

 

 

カードカー・D 地属性 ☆2 機械族:効果

ATK800 DEF400

このカードは特殊召喚できない。このカードの効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。(1):このカードが召喚に成功した自分メインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。その後、このターンのエンドフェイズになる。

 

 

「ちぇっ。ここにきてターンを犠牲にしてもドローの可能性にしがみつくなんて。みっともないねー」

 

 アイーダの台詞は明らかな挑発だった。あるいは、神を前にして心折れない、どころか萎えもせず、乗り越えてやるといわんばかりに相対している烈震に、アイーダ自身が苛立っているのかもしれない。

 一方の烈震は相手が何を言っているかわからない、という表情をしていた。

 

「よくわからないな。可能性があるなら足掻いて何が悪い?」

「何?」

「勝利―――――いや、自分の成し遂げようとすることのために足掻くことの何が悪い? たとえ他人にはどれだけ無様に見えようと、己には関係ない。己は己。常に確固たる(おのれ)の中心部はここにある」

 

 そう言って烈震は己の左胸、心臓のある部分を親指で指さした。

 

「ッ!」

 

 確固たる己。その言葉にアイーダは劇的に動揺した。そんなものが自分にあれば、ブランドもので身を固め、愛想を振りまき、明るく楽しく、周囲に溶け込むよう努力なんてしなかった。

 そして、そんな努力をせず、それでも輝く何かを持っていたクーデリアに嫉妬もしなかった。

 

「ハッ。じゃあその確固たる己とやらで、あたしに勝って見せるんだね! トラソルテオトル効果発動! 墓地のギガウィービルを装備! さらにトラソルテオトルは、自分が装備したモンスターと相手のカードを一枚ずつ、墓地に送ることができる! あたしのギガウィービルと、あんたの伏せカード、消えなよ!」

 

 トラソルテオトルが今度はギガウィービルの魂を墓地から嚥下(えんか)し、その周囲にあふれ出た魂が無数の腕に加工され、一斉に烈震の伏せカードに向かって殺到した。

 

「そう簡単に事を運ばせるものか。チェーンして伏せていた和睦の使者を発動。これにより、このターン、己への戦闘ダメージは全て0になる」

 

 フリーチェーン。ダンセルがまた出てくる可能性がある以上、伏せカードがフリーチェーンである可能性は高かったはずだ。にもかかわらず、アイーダは無理にトラソルテオトルの効果を使用した。まるで力を誇示するように。

 

(これは、まずいかもしれんな……)

 

 トラソルテオトルは内心でそんなことを思った。しかしデュエルは止まらない。最後まで行くしかない。

 

「まぁいいさ。墓地に送られたギガウィービルの効果は問題なく発動する。あたしは墓地からダンセルを守備表示で特殊召喚。ダンセルの効果を発動し、グルフを装備。さらにグルフの効果で、装備状態のグルフを墓地に送って、ダンセルのレベルを二つ上げる。ダンセルの効果でデッキから甲虫装機 ホーネットを守備表示で特殊召喚。ターンエンド」

 

 

不浄なる邪女神トラソルテオトル 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の手札、または墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターをこのカードに装備する。???(4):1ターンに1度、このカードに装備されているカードと相手フィールドのカードを1枚ずつ対象にして発動できる。そのカードを墓地に送る。

 

和睦の使者:通常罠

このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

甲虫装機 ギガウイービル 闇属性 ☆6 昆虫族:効果

ATK0 DEF2600

このカードは手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスターに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターの元々の守備力は2600になる。また、モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた場合、自分の墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。「甲虫装機ギガウィービル」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

甲虫装機 ダンセル 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK1000 DEF1800

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードに装備された装備カードが自分の墓地へ送られた場合、デッキから「甲虫装機 ダンセル」以外の「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がる。

 

甲虫装機 グルフ 闇属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK500 DEF100

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは2つ上がり、攻撃力・守備力は、このカードのそれぞれの数値分アップする。また、装備カード扱いとして装備されているこのカードを墓地へ送る事で、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、レベルを2つまで上げる。

 

甲虫装機 ホーネット 闇属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

1ターンに1度、自分の手札・墓地から「甲虫装機」と名のついたモンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターのレベルは3つ上がり、攻撃力・守備力はこのカードのそれぞれの数値分アップする。また、装備カード扱いとして装備されているこのカードを墓地へ送る事で、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

 

「己のターン! ドローだ! よし、貪欲な壺を発動! 墓地のドラゴアセンション、フォーミュラ・シンクロン、サイレント・ドラゴン、TG ストライカー、カードカー・Dを戻し、二枚ドロー!」

 

 このドローは烈震にとって賭けだった。もう手札に防御系カードはなく。神の攻撃をこれ以上防げない。次にアイーダのターンが渡れば、確実にやられる。

 

「このターンで決めろ、烈震!」

「いわれるまでもない!」

 

 そして、裂帛の気合いを込めてのドローが行われた。

 引いたカードは――――

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在するため、己は手札のバイス・ドラゴンを特殊召喚! ただしこの効果によって特殊召喚されたバイス・ドラゴンは攻守が半分となる。

 さらに墓地のレベル・スティーラーの効果を発動。バイス・ドラゴンのレベルを一つ下げて、レベル・スティーラー(このカード)を特殊召喚する。死者蘇生を発動し、モンスターを蘇生。己はこの三体のモンスターをリリース!」

 

 準備は整った。次々に展開されるモンスターたち。そしてそのモンスターが光の粒子となって消え、天に昇っていく。

 昇天したモンスターたちは神を呼び出す門となる。

 

「現れろ己の神! 迅雷の闘神トール!」

 

 夜空に青白い雷が降り落ちた。

 一つ、二つ、飛んで十。そして現れる神。

 短く乱雑に切られた緑の髪、挑戦的な金の双眸、前を開いたジャケットのように背中と肩程度しか守っていない緑の鎧、いくつもの雷球が日本の雷神の電電太鼓のようにトールの背後に展開され、右手には妙に柄の短いハンマー、ミョルニル。

 

「オレ、参上!」

 

 がっとポージングを決め、トールは大声でそう言った。

 アイーダは怪訝な表情、トラソルテオトルはどこか脱力したような表情。そして肝心の烈震は無表情。三者三様の反応を見て、トールが「カーッ」と大げさに天を仰いで右手で顔も覆った。

 

「情けねぇ。せっかく神が揃ったってのに、この反応かよ」

「……お前の登場シーンが滑ったこともあるがな、トール。まぁいい。気を取り直すぞ。トールの効果発動! 相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える! 己はもちろん、トラソルテオトルを対象とする!」

 

 トールの背後の電球が一斉に上昇、一か所に集まり、太陽の様に発呼する巨大な大電球となった。

 

「オラくらえや!」

 

 トール渾身の一撃。彼の腕の動きに合わせて、大電球が落下してきた。

 

「させないよ! トラソルテオトル効果発動! 自身に装備されているモンスター一体を墓地に送ることで、破壊を無効にする!」

「我を守れ魂の壁よ!」

 

 アイーダの宣言が走り、トラソルテオトルが両手を振り上げる。その動きに合わせ、彼女が取り込んだ魂が天に向かって昇る滝のように展開。トールの大電球から主を守る壁となる。

 

「残念だったねー。さらに墓地に送られたウィーグの効果が発動するよ、トラソルテオトルの攻撃力を、ターン終了時まで1000アップだ」

 

 これでトラソルテオトルの攻撃力は4500。トールを上回った。

 

「オレの攻撃力を超えてきたか」

「問題ない。勝利への道は見えている。トールの効果を発動! 一ターンに一度、手札かフィールド、または墓地の己のモンスター一体をトールに装備させ、その攻撃力分、トールの攻撃力を上昇させる。己はTG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアンをトールに装備させる」

 

 烈震の宣言と同時に、彼の墓地からハイパー・ライブラリアンが半透明応対で出現。次の瞬間には青白く輝く雷の化身となり、トールの肩にまるで羽衣のように羽織られた。

 

「さぁ! これでオレの攻撃力は6400、おめぇを上回ったぜ? トラソルテオトル」

「ぐ……」

 

 トラソルテオトルの表情に苦いものが走る。契約者のアイーダも同様だ。あっさり超えられた神の攻撃力。状況は、一気に敗北に傾いた。

 

「ダメ押しだ。手札から二枚目の緊急テレポートを発動し、デッキからクレボンスを特殊召喚。さらに己のフィールドにチューナーが存在するため、墓地のボルト・ヘッジホッグを特殊召喚。そしてレベル2のボルト・ヘッジホッグに、同じくレベル2のクレボンスをチューニング」

 

 ダメ押しの一発。攻撃力がアップしたとはいえ、トール単独でトラソルテオトルを撃破しただけではアイーダのライフは0にできない。

 

「連星集結、鉄腕錬鉄。シンクロ召喚、出でよアームズ・エイド!」

 

 ダメ押しの一発。モンスターの装備カードとなり、さらに戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える特異なシンクロモンスターだ。

 

「アームズ・エイドをトールに装備。トールの攻撃力1000ポイントアップ。

 貴様たちの敗因は、神を召喚しながら二度も己を討ち損じたことだ。攻めきれなかった事実を悔め。バトルだ! トールでトラソルテオトルに攻撃!」

 

 デュエルの終幕を告げる攻撃宣言が下された。アイーダのフィールドに伏せカードはなく、手札にもこの状況から自身を守る手段は残されていない。

 

「く……、くそ……ッ! こんなところで終わるなんて……!」

 

 アイーダの眼前、右手に禍々しく鋭い鉄鋼、アームズ・エイドを装備したトールが、その手で雷撃の鉄槌、ミョルニルを天に向かって掲げる。

 そのミョルニルから莫大な量の雷が放出される。まるで真昼の空のような光量が周囲を照らす。

 

「誘拐犯の片割れ、これで終わりだ!」

 

 トールの宣言。アイーダの表情が憤怒で歪む。

 

「畜生、畜生……! ここで終わりなんて……。クーデリアを、綺麗に、誰よりも、何よりも綺麗にするんだ! 誰も無視できないように! あたしが見つけた彼女の美しさを知らしめるんだ! 見ろ! これが――――()()()()()()()()()!」

 

 直後、莫大量の雷撃と鉄槌の物理的衝撃がトラソルテオトルを直撃した。

 

「あああああああああああああああああああ!」

 

 甲高い断末魔の悲鳴を残して消えるトラソルテオトル。そして、

 

「アームズ・エイドの効果! 今破壊したトラソルテオトルの攻撃力分のダメージを与える!」

 

 トールが一気に距離を詰めた。ミョルニルを放り投げ、アームズ・エイドを装備した右拳を振り上げる。

 

「作品、か。ま、テメェの感情なんざ知ったこっちゃねぇ。気に入らねぇ誘拐は、ここまでもしてもらうぜ!」

 

 トールの拳が振り抜かれる。拳は寸分(たが)わずアイーダの宝珠を打ち抜き、砕いた。

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

バイス・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:効果

ATK2000 DEF2400

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 

レベル・スティーラー 闇属性 ☆1 昆虫族:効果

ATK600 DEF0

(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、アドバンス召喚以外のためにはリリースできない。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル5以上のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

迅雷の闘神トール 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。(4):1ターンに1度、自分の手札、フィールド、墓地のモンスター1体を対象に発動できる。対象のモンスターをこのカードに装備する(1度に装備できるモンスターは1体まで)。装備したモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力がアップする。

 

不浄なる邪女神トラソルテオトル 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の手札、または墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターをこのカードに装備する。このカードが破壊される時、代わりにこの効果で装備したカードを破壊する。(4):1ターンに1度、このカードに装備されているカードと相手フィールドのカードを1枚ずつ対象にして発動できる。そのカードを墓地に送る。

 

クレボンス 闇属性 ☆2 サイキック族:チューナー

ATK1200 DEF400

このカードが攻撃対象に選択された時、800ライフポイントを払って発動できる。その攻撃を無効にする。

 

ボルト・ヘッジホッグ 地属性 ☆2 獣族:効果

(1):自分メインフェイズに発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果は自分フィールドにチューナーが存在する場合に発動と処理ができる。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

アームズ・エイド 光属性 ☆4 機械族:シンクロ

ATK1800 DEF1200

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚できる。この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。また、装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 

アイーダLP3200→0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:群生する植物

「行け! 波動竜騎士 ドラゴエクィテス! 痩身の男にダイレクトアタック!」

 

 和輝(かずき)の激しい攻撃宣言。少年の命を受け、竜騎士が雄々しい声を上げ、手にした突撃槍(ランス)の切っ先を痩身の男に向ける。

 次の瞬間、大気を削り取るような突撃(チャージ)。その一撃は痩身の男に直撃。その身体を振っとばし、ライフを0にした。

 

「あと一人!」

 

 ロキの声に、力強く頷く和輝。その脳裏を、昨日見た光景がよぎる。

 フローラたちを取り逃がした後、和輝たちはなんとか、彼女たちが拉致した少女たちの“保管庫”を見つけた。

 そう、保管庫、だった。決して、監禁場所などではない。

 まるで人形をゴミ捨て場に捨てるように、打ち捨てられた少女たち。全員、生きてはいるようだ。

 ただし、呼吸をしているだけなのを、生きていると言えれば、だが。

 

「彼女たちには魂がない。これじゃあ起きない。永遠に眠り続けるだけだ」

 

 ロキはそう言った。伊邪那岐(いざなぎ)もまた、険しく、沈痛な表情で首肯した。二柱の神が下した結論は、和輝たちに取って重々しいものだった。

 彼女たちが元に戻れるかどうかは分からない。ロキも伊邪那岐も、フローラと相対するまでわからない。と言っていた。

 ふざけた話だ。人間を、その魂を何とも思っていない神の所業には、毎度のことながら頭に来る。

 こんな非道がまかり通っていることが我慢ならない。ましてや、綺羅(きら)が巻き込まれるなど、絶対に許容できない。

 

「来やがれ! てめぇもぶっ倒してやる!」

 

 残った肥満体の男に向かって、和輝はそう言い放った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 洋館裏口。そこでも戦いは始まっていた。

 神々の戦争。龍次(りゅうじ)とクーデリア。伊邪那岐とフローラ。龍次は銀灰色の、クーデリアがエバーグリーンの宝珠の輝くを胸に宿し、神々のチームが対峙する。

 

 

龍次LP8000手札5枚

フローラLP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻!」

 

 先攻を勝ち取ったのは龍次。彼は初期手札の五枚を一枚ずつ吟味する。と、その耳に、半透明となった伊邪那岐の声が届いた。

 

「龍次。フローラのパートナーですが、明らかに性格が豹変しています。これは、彼女の魂が、フローラによって加工された結果です」

「魂の、加工だと?」

 

 怪訝な表情の龍次、頷く伊邪那岐。

 

「はい。おそらく、フローラの契約者である少女。彼女の魂に、複数の魂が後付けで取り付けられています。混ざり合った魂が、拉致された少女たちのものでしょうね」

「何とかできないのか?」

「現時点では何とも言えません。もっと情報を集めなくては」

 

 舌打ちする龍次。だが文句を言っても始まらない。とにかく、行動しなくては。

 

「俺は、H・C(ヒロイック・チャレンジャー) アーバレストを召喚!」

 

 龍次のフィールドに現れたのは、青い左肩の身を守る軽装鎧に、バイザー付きの青い兜をかぶった戦士。その手には名前通りの巨大な石弓(アーバレスト)

 

「アーバレスト効果発動! 召喚成功時、デッキからヒロイックモンスター一体を墓地に送って、相手に800のダメージを与える! 俺は、デッキからH・C サウザンド・ブレードを墓地に送る!」

 

 龍次のデッキから一枚のカードが排出され、墓地に送られる。次の瞬間、彼のフィールドのアーバレストが、手にした石弓から弓を発射。発射された弓はまっすぐクーデリアの宝珠を狙った。

 

「ハッ!」

 

 おとなしめな少女の印象とは一転、クーデリアは非常に機敏な動作で跳躍し、龍次のモンスターが放った一矢を躱した。

 

「いい、いいわクーデリア。それでこそわたしが苦労して多くの少女たちの魂を与え続けた甲斐があるというもの。そのアグレッシブさ、素晴らしいわ」

 

 自分の思い通りの変貌を遂げた契約者に対して、フローラは満足げに笑う。その有様を、龍次が不快そうに頬を歪めて眺めていた。

 

「けったくそ悪い。カードを二枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 

H・C アーバレスト 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1300

(1):このカードの召喚に成功した時に自分のデッキから「ヒロイック」モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを墓地に送り、相手に800ポイントのダメージを与える。

 

 

龍次LP8000手札2枚

クーデリアLP8000→7200手札5枚

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 勇ましい声と共に、クーデリアがカードをドロー。大きく広げた五枚の手札からカードを一枚、躊躇なく引き抜いてデュエルディスクにセットした。

 

「ローンファイア・ブロッサム召喚、効果を発動。自身をリリースして、デッキから二体目のローンファイア・ブロッサムを特殊召喚」

 

 クーデリアが召喚したのは、植物族最強のリクルーター。植物族ならばレベル関係なしでデッキから特殊召喚できる、非常に強力なモンスターにして、植物族の展開の起点だ。

 

「二体目のローンファイア・ブロッサムの効果を発動。自身をリリースして、三体目のローンファイア・ブロッサムを特殊召喚」

「同じモンスターを何体も……。デッキ圧縮と、墓地肥しが目的ですね」

「ああ。デッキの枚数を減らせば必要なカードを引く確率が高まるし、墓地を肥やせばデュエル中盤から終盤が有利に働くからな」

 

 そうこうしているうちに、三体目のローンファイア・ブロッサムが効果を発動。デッキからギガプラントを特殊召喚した。

 

二重召喚(デュアルサモン)発動。これで増えた召喚権を使って、ギガプラントを再度召喚。効果を使うわ。墓地からローンファイア・ブロッサムを特殊召喚」

 

 凛としたクーデリアの声が洋館裏口に響く。植物の怪物という形容がふさわしいギガプラントが野太い咆哮を上げた。そして墓地からまさしく植物のごとく生えてくるローンファイア・ブロッサム。

 

「ローンファイア・ブロッサム効果発動。自身をリリースして、デッキから姫葵(ひまり)マリーナを特殊召喚」

 

 ローンファイア・ブロッサムが何の前触れもなく発火。自然に炎上したその向こう側から現れたのは、ひまわりの化身ともいえる女神。

 巨大なひまわりの花から生えた緑の髪に褐色の肌の女性。頭にはひまわりの形をした帽子と髪飾り、顔には勝気そうな笑みを浮かべた、まさに太陽のような女性だった。

 

「まだよクーデリア。攻め時なのだから、一気に行きましょう」

「勿論そのつもり。永続魔法、一族の結束を発動。これで私の植物族の攻撃力は800アップ」

「これは……、警戒しなければいけない数値になってきましたね」

「しかも植物ならではの展開力のおまけつきだ!」

 

 険しい表情の伊邪那岐と龍次。そしてクーデリアが動く。

 

「バトルフェイズ、ギガプラントでアーバレストを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。ギガプラントが絶叫を上げ、己の触手を地面へと突き出した。

 次の瞬間、アスファルトを突き破って、地中を突き進んだ触手が槍となってアーバレストの足元から急襲。戦士を串刺しにしてしまった。

 

「が……ッ! だ、だがこの瞬間、墓地のサウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 ダメージのフィードバックが龍次を襲う。よろめき、しかし踏みとどまる龍次。そんな彼に対し、クーデリアは容赦のない追撃を浴びせた。

 

「マリーナでサウザンド・ブレードに攻撃」

 

 今度は花の姫が動きだす。マリーナは右手の指を鳴らし、次の瞬間、彼女の頭のヒマワリが輝きだす。

 まるで太陽の光を吸収、凝縮したような極光。そして放たれたのは、太陽もかくやという熱線。サウザンド・ブレードが浴びればひとたまりもないだろう。

 

「させるか! リバーストラップ、陰謀の盾! こいつをサウザンド・ブレードに装備! これで、サウザンド・ブレード一ターンに一度だけ、戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 熱線を受け、切り裂くは禍々しい紫色のオーラを放つ巨大な盾。背中に数多の刀剣類を持つ戦士、サウザンド・ブレードを完全に守り通した。

 

「ならば、カードを二枚セットして、ターンエンドよ」

「待った。あんたのターン終了時に、俺は伏せていたもう一枚のカード、共鳴召喚LV4を発動。この効果で、俺はサウザンド・ブレードと同じレベル4、戦士族モンスター一体を特殊召喚できる。俺はH・C エクストラ・ソードを守備表示で特殊召喚!」

 

 クーデリアのエンド宣言に、龍次が待ったをかけた。もう一枚の伏せカードが翻り、龍次のデッキから現れたのは、軽装鎧姿の二刀流の戦士。龍次のフィールドに、反撃のための布陣が整った。

 

「改めて、ターンエンド」

 

 忌々し気なクーデリアのエンド宣言。ターンは移る。

 

 

ローンファイア・ブロッサム 炎属性 ☆3 植物族:効果

ATK500 DEF1400

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動できる。デッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する。

 

ギガプラント 地属性 ☆6 植物族:デュアル

ATK2400 DEF1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。自分の手札・墓地から昆虫族または植物族モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

姫葵マリーナ 炎属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF1600

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の自分フィールド上の植物族モンスター1体が戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊できる。

 

一族の結束:永続魔法

(1):自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

陰謀の盾:通常罠

発動後このカードは装備カードとなり、自分フィールド上のモンスター1体に装備する。装備モンスターは表側攻撃表示で存在する限り、1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。また、装備モンスターの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

共鳴召喚LV4:通常罠

(1):自分フィールドのレベル4モンスター1体を対象に発動できる。デッキから対象モンスターと同じ種族のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたモンスターは攻撃できず、S召喚の素材にできない。

 

H・C エクストラ・ソード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 

 

ギガプラント攻撃力2400→3200

姫葵マリーナ攻撃力2800→3600

 

 

龍次LP8000→6200手札2枚

クーデリアLP7200手札1枚

 

 

「俺のターンだ! ドロー!」

 

 先制ダメージは与えたものの、返しのターンで更なるダメージを受けてしまった龍次。

 

「さて、思わぬダメージを受けてはしまいましたが、モンスターは残せました。ならばやることは決まっていますね?」

「ああ。だがまずは準備だ。サウザンド・ブレードの効果発動! 手札のH・C ダブル・ランスを捨て、デッキからH・C クラスプ・ナイフを守備表示で特殊召喚する!」

 

 サウザンド・ブレードが頭上で手にした薙刀を旋回させ、雄たけびを上げる。それが合図となり、龍次のデッキから白い鎧甲冑に身を包んだ戦士が現れた。右手が折りたたみ式の巨大なナイフとなっている。

 

「クラスプ・ナイフの効果発動。デッキから二枚目のダブル・ランスを手札に加える。そして今手札に加えたダブル・ランスを召喚。効果を発動し、墓地のもう一体のダブル・ランスを特殊召喚」

 

 瞬く間に、龍次のフィールドがモンスターで埋め尽くされる。

 

「く……」

 

 険しい表情のクーデリア。昨日までの彼女のイメージからはほど遠い、今にも噛みつきそうな表情だった。

 

「行くぞ! ここからはダブルエクシーズだ! エクストラ・ソードとダブル・ランス、サウザンド・ブレードとダブル・ランスの二組でオーバーレイ! それぞれのモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の頭上に、渦巻く宇宙のような空間が二つ展開。その空間の中心点に、黄色い光と化した四体のヒロイックモンスターたちが二組ずつ飛び込んでいく。

 

「まずはこいつだ!」

 

 虹色の爆発が起こり、強大な力を宿した新たなモンスターが龍次のフィールドに現れる。

 

梵天(ぼんてん)より賜りし神弓は、火天(かてん)を通じ帝釈(たいしゃく)の御子へと受け継がれる。神話よ、蘇れ! 一射必中、H-C(ヒロイックーチャンピオン) ガーンディーヴァ!」

 

 まず一体目。現れたのは鎧を纏った黒馬に跨り、必中の弓矢を備えた金と黒の鎧姿の戦士。兜の隙間から覗く鋭い眼光が矢よりも先に相手を射抜く。ちなみに、エクストラ・ソードを素材にしてエクシーズ召喚に成功しているので、その効果でガーンディーヴァの攻撃力は1000アップして3100になっている。

 そして二体目。

 

「曇り無き王の聖剣、数多の闇を切り裂き王道を作りだす! いつか湖の貴婦人の手に返されるその日まで、輝きは消えはしない! 約束された勝利の剣、H-C エクスカリバー!」

 

 龍次が最も信頼する、彼のデッキの最大火力。赤い外装、黒銀の内装鎧の姿は逞しく、また非常に頼もしい。聖剣の輝きに一点の曇りもない。

 

「エクスカリバー効果発動! ORU(オーバーレイユニット)二つを取り除き、エクスカリバーの攻撃力を4000にまで上昇させる!」

 

 エクスカリバーの周囲を衛星のように旋回していた二つの光球が同時に消失する。ほぼ同時に、エクスカリバー自身の攻撃力が4000にまで上昇。一族の結束で強化されたクーデリアのモンスターたちと比べても、なお上を行く。

 

「バトルだ! エクスカリバーでマリーナを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。龍次が勝負に出た。エクスカリバーが手にした剣を金色の輝かせ、大きく振りかぶる。

 

「行け! エクスカリバー、まずはそのめんどくさいお姫様をぶった切る!」

 

 マリーナはほかの植物族モンスターが破壊されると、報復としてこちらの戦力を削ってくる。厄介なモンスターだ。ギガプラントで復活されるかもしれないが、このまま放置するわけにはいかない。

 

「させるわけにはいかないわね、クーデリア!」

「ええ! リバースカード、シフトチェンジ! 攻撃対象を、マリーナからギガプラントに変更!」

「な!?」

「対象変更カードですか!」

 

 目を見開く龍次と伊邪那岐。そして、エクスカリバーが放った極光の一撃は進路を変更させられ、ギガプラントに直撃した。

 

「ああ……! くぅ……! いや……、こんなの……!」

 

 ダメージのフィードバックに苦悶の声を上げるクーデリア。その時、一瞬だけ彼女の瞳が揺れた。そして、助けを求めるような弱弱しい声音と視線を龍次は読み取った。

 

「伊邪那岐、今!」

「ええ。今、彼女の魂が揺らいだ。無理矢理継ぎ足しされた魂との結合がはがれかけたのでしょう。行けますよ、龍次。ダメージを与え、彼女を揺さぶるんです。そうすれば、彼女をもとに戻せます」

 

 確かにそれは明るい話題だ。神々に翻弄される人間を捨ておけないのは何も和輝だけではない。救えるのなら、救ってやりたい。勿論、罪は罪で、また別の問題だが。

 だが今はそれとは別の問題がある。怒りに満ちたフローラとクーデリアの声が飛んでくる。

 

「この瞬間、マリーナの効果発動。貴方のガーンディーヴァを破壊!」

 

 報復の時は来た。マリーナの全身から炎が噴出し、次の瞬間には赤い激流となって解き放たれた。炎の奔流をまともに食らったガーンディーヴァは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく焼失した。

 

「くそ! バトルを終了。メインフェイズ2、強欲なカケラを発動し、カードを一枚セット、ターンエンドだ!」

 

 

H・C クラスプ・ナイフ 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK300 DEF100

このカードが「H・C」と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚に成功した時、デッキから「H・C」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。「H・C クラスプ・ナイフ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

H・C ダブル・ランス 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF900

このカードが召喚に成功した時、自分の手札・墓地から「H・C ダブル・ランス」1体を選んで表側守備表示で特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。また、このカードをエクシーズ素材とする場合、戦士族モンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

シフトチェンジ:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体が相手の魔法・罠カードの効果の対象になった時、または相手モンスターの攻撃対象になった時に発動できる。その対象を、自分フィールド上の正しい対象となる他のモンスター1体に移し替える。

 

強欲なカケラ:永続魔法

自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、このカードに強欲カウンターを1つ置く。強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 

 

H-C エクスカリバー攻撃力2000→4000、ORU×0

 

 

龍次LP6200手札0枚

クーデリアLP7200→6400手札1枚

 

 

「私の、ターン!」

 

 クーデリアの様子はデュエル開始時に戻っていた。彼女の垣間見えた本音が、フローラによって再び彼女の望むような外皮に塗り固められてしまった。

 

「リバースカード、リビングデッドの呼び声を発動。墓地のギガプラントを特殊召喚。そして、再度召喚。効果発動! 墓地のローンファイア・ブロッサムを経由して、デッキから二体目のギガプラントを特殊召喚!」

 

 二体の植物の怪物がクーデリアのフィールドに現れる。不可解な咆哮が二重に響き渡った。

 

「装備魔法、スーペルヴィスを通常モンスター状態のギガプラントに装備。そして、効果を得たギガプラントで、もう一度ローンファイア・ブロッサムを挟んで、デッキから桜姫(おうひ)タレイアを特殊召喚!」

 

 巨大な桜の花の下半身、藤色の和風の着物姿の美女、黒髪、扇、桜の花の形をした髪飾り。先ほどのマリーナと同じく、花の化身の女神の顕現。

 

「さぁクーデリア。バトルよ、花を散らせる不埒ものに、罰を与えましょう」

「はい、フローラ。スーペルヴィスを装備したギガプラントでエクスカリバーに攻撃します」

 

 フローラの命に従い、クーデリアが攻撃を宣言する。微妙に口調が変わっているのは、変質させられた魂が影響を及ぼしているためか。

 自爆特攻。ここでクーデリアがダメージを受ければ彼女の魂はまた不安定になってしまうかもしれない。だが仕方がない。相手を滅ぼすための犠牲だ。それに、仮に魂の定着が不安定になったとしても、また安定させればいい。何人の少女が犠牲になるか、知ったことか。

 

「龍次!」

「分かってる! リバースカード、強制終了を発動! クラスプ・ナイフを墓地に送り、バトルフェイズを終了する!」

 

 植物たちの進軍は突如として止まる。龍次が突然提示した終了命令に従い、不満そうな様子を見せながらもずこずこと引き下がっていった。

 

「あらあら、臆病なことね。進軍に対して、ちっぽけなモンスター一体の命を対価にとどまってくれなんて」

「仕方がないわ、フローラ。だって彼は今、蹂躙されるしかないんだもの。いろんなものを切り捨てて、細々と延命するしかないわ」

 

 女神と契約者の嘲笑に、龍次はぐっと耐える。今は防御に廻るしかない。悔しいが、手札も貧相、フィールドも制圧されかかっていると在らば、ここは屈辱に歯を食い縛って耐えるしかない。

 

「ターンエンド」

 

 クーデリアのターンが終了すると同時に、エクスカリバーの攻撃力も元の2000に戻った。

 

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

スーペルヴィス:装備魔法

デュアルモンスターにのみ装備可能。装備モンスターは再度召喚した状態になる。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが墓地へ送られた時、自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

桜姫タレイア 水属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF1200

このカードの攻撃力は、自分フィールド上の植物族モンスターの数×100ポイントアップする。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のお互いのフィールド上の植物族モンスターはカードの効果では破壊されない。

 

強制終了:永続罠

自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 

 

桜姫タレイア攻撃力2800→4000

H-C エクスカリバー攻撃力4000→2000

 

 

「俺のターン、ドロー! この瞬間、強欲なカケラの上にカウンターが一つ乗る」

 

 これで次の龍次のターンまで強欲なカケラが残っていれば、龍次はカードを二枚ドローできる。だがそれまでは、今引いた一枚で対処するしかない。

 

「龍次、ここは守りに入るべきです。今の手札では攻めるに攻められない。勝負は、次の君のターンだ」

「そう、だな。俺はカードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 

強欲なカケラカケラカウンター×1

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 相変わらず勇ましい――本人にとっては大いに歪められた――声音と凛とした眼差しで、クーデリアは龍次を見据える。

 ふと疑問に思う。それは、魂を加工されて、どこか心の奥深くに沈み込んでしまったクーデリア自身の魂が感じた疑問だろうか。

 なぜこの少年は、こんなにも一生懸命なのか。見ず知らずの、敵であるはずの自分の魂を解放しようなどと、救おうなどと考えたのか。さも当然のように。

 

「どう、して……」

 

 どうして貴方は私を助けてくれるの? そう問いかけたかった。だがクーデリアの変化を目敏くかぎ取ったフローラが乱入する。

 

「クーデリア?」

 

 いいながら、フローラはクーデリアの魂に後付けされた少女たちの魂を操作。クーデリア本人の意見を封殺し、フローラが望む凛とした、美しい――とフローラは思っている――人格を呼び出す。

 

「何か気になることがあるのかしら? いいえ、ないわよね?」

「おいお前――――」

「ええ、ないわ。なにも」

 

 クーデリアの様子の変化と、――おそらくは――フローラの介入によって無理矢理軌道修正されられた一連の様子を見せられ、龍次は何かを言おうとした。だがそれよりも前に、フローラによって元に戻させられたクーデリアが、龍次の言葉を遮った。

 

「そう。じゃあ、続きよ。敵を倒すの。わたしたちの敵を」

「ええ。そうね。じゃあ、私は再度召喚したギガプラントの効果を発動。この効果で復活させたローンファイア・ブロッサムの効果を経由して、デッキから椿姫(つばき)ティタニアルを特殊召喚!」

 

 新たに現れた花の女神。椿の花から現れる女性の上半身。椿の花の帽子に肩飾り、美しく、棘のある危険な女、という印象だ。

 

「バトル! マリーナでエクスカリバーに攻撃!」

 

 龍次のフィールドに強制終了がある限り、クーデリアの攻撃は届かない。だがそれでも強制終了のコストは有限だ。何度も攻め続ければやがてじ

り貧になり、クーデリアの攻撃は届く。それ以前に、魔法、罠破壊カードを引いてしまえばそれで十分だ。儚い盾は崩壊する。

 

「通さない! リバーストラップ、トゥルース・リインフォース発動! さらにそれにチェーンして、強制終了の効果! 墓地に送るのはトゥルース・リインフォース! 逆順処理で、まず強制終了の効果が発動。トゥルース・リインフォースを墓地に送ってバトルフェイズを終了させる。そしてトゥルース・リインフォースの効果で、デッキからH・C アンブッシュ・ソルジャーを特殊召喚する」

 

 龍次が取った一手は防御だけではなく、次の逆転につながるもの。強制終了がマリーナの放った熱線を退け、次に発動された罠が反撃のための狼煙となる。

 現れたアンブッシュ・ソルジャーは龍次が過去に何度か使った、墓地のH・Cの展開に使えるモンスターだ。

 

「失敗か。けれど私の有利は変わらない。カードを一枚セットして、ターン終了」

 

 

椿姫ティタニアル 風属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF2600

自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動できる。フィールド上のカードを対象にする魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

椿姫ティタニアル攻撃力2800→3600

 

 

「俺のターンだ、ドロー! この瞬間、強欲なカケラの上にカケラカウンターが乗り、効果を発動。このカードを墓地に送って、二枚ドロー!」

 

 立て続けにカードをドローする龍次。このターンが勝負どころだ。ここで逆転のカードを引き寄せることができなければ、ジリ貧で負ける。

 果たして引いたカードは――――

 

「よっしゃぁ! まずはスタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャーの効果を発動! このカードをリリースし、墓地からクラスプ・ナイフ、サウザンド・ブレードを特殊召喚! クラスプ・ナイフの効果で、デッキから三枚目のダブル・ランスを手札に加えるぜ!」

 

 龍次の瞳に力が宿る。耐え忍ぶ時間は終わりだ。ここからは反撃。クーデリアの分厚い布陣を崩す時だ。

 そのためなら、あえて盾を捨て、背水の陣になってやろう。

 

「強制終了を墓地に送り、マジック・プランター発動。二枚ドロー! ダブル・ランスを召喚し、効果発動。墓地のダブル・ランスを特殊召喚。さぁここからだ!」

 

 龍次が叫び、右手を天に向かって掲げた。

 

「二体のダブル・ランスでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エクシーズ召喚。龍次の頭上に、エクシーズ召喚を現す、宇宙の渦のような空間が展開、その空間に、黄色い光と化した二体のダブル・ランスが飛び込む。

 一瞬後、虹色の爆発が起こった。

 

「刃の下に、心あり。闇に紛れ、疾風(はやて)となって敵を討て! 機甲忍者ブレード・ハート!」

 

 爆発の余韻である粉塵を突きやって現れたのは、闇を思わせる紫のバトルアーマーに身を包んだサイバー風の忍者。身をかがめ、両手に握った刀をわずかに月光に反射させる。

 

「まだだ! サウザンド・ブレードの効果を発動! 手札のH・C キドニーダガーを捨てて、デッキから二枚目のエクストラ・ソードを特殊召喚! そして手札から魔法カード、共振装置を発動し、クラスプ・ナイフのレベルをエクストラ・ソードと同じ4にする!」

「レベル4戦士族が、三体……!」

 

 新たなエクシーズ召喚の素材があっさりと揃った。その事実に驚愕するクーデリア、歯噛みするフローラ。それらを前に、龍次は不敵に、ふてぶてしく笑った。

 

「サウザンド・ブレード、エクストラ・ソード、クラスプ・ナイフの三体でオーバーレイ! 三体の戦士族モンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エクシーズエフェクトが走り、虹色の爆発が起こる。粉塵の向こうから、新たなモンスターが現れる。

 

「大蛇より生まれし神剣は表裏一体。怪物を誅せし英雄の手より、万難排する力となれ! H-C ムラクモ、推参!」

 

 現れた姿は、H-C クサナギに酷似していた。ただ鎧の色が青黒く、冑からたなびく飾り紐は緑。手にした剣は水を張ったように濡れた実体剣。両刃で、青色に薄く輝いている。

 攻撃力はクサナギと同じ2500だが、エクストラ・ソードを素材にしたため、上昇して3500だ。

 

「ムラクモの効果発動! 一ターンに一度、ORUを一つ取り除き、魔法、罠カードを一枚、破壊する! これは相手ターンにも使用できる、注意するんだな! 俺はORUを一つ取り除き、一族の結束を破壊する!」

 

 ムラクモの周囲を衛星のように旋回していた光球――ORU――の一つが消失。直後、ムラクモが手にした剣を一閃。斬撃はそのまま光の一撃になり、クーデリアのフィールドの一族の結束を真っ二つにした。

 

「ッ!」

「これでお前のモンスターたちの攻撃力は下がった。さらに俺も一族の結束を発動。俺の墓地もフィールドも、全て戦士族一色。よって攻撃力は800アップだ。さらにブレード・ハートの効果を発動。ORUを一つ取り除き、ブレード・ハートに二回攻撃を付与する。

 バトルだ! ブレード・ハートでマリーナを攻撃!」

 

 一気呵成に攻め立てる龍次。機械の忍がその姿を消失、一瞬にしてひまわりの女神との距離を詰め、手にした刀を一閃。マリーナはX字に切り裂かれて消失した。

 

「ああ……!」

 

 ダメージのフィードバックがクーデリアを襲う。その度、フローラによっていじくられた彼女の本来の魂が顔をのぞかせる。

 

「いた、い……。なに、が……」

 

 たどたどしい声音のクーデリア。龍次はそんな彼女に痛ましげな視線を向けるものの、攻撃の手は緩めない。ここでの情けはクーデリアのためにならない。彼女の身体を雁字搦めに束縛している鎖を断ち切るためには、ここで躊躇してはならない。

 

「……続いて、ブレード・ハートの二撃目でティタニアルを攻撃!」

 

 二の太刀が椿の姫に迫る。ティタニアルは抵抗しようと手を掲げたが、その腕ごと両断された。

 

「あ、う……。誰、か、助けて……。アイーダ、どこ? いつものように、私を助けて……」

 

 親とはぐれた幼子のような様子のクーデリア。だが彼女が名前を呼ぶアイーダもまた、彼女の変質に関わっているものの一人だということを、知らないらしい。あるいは、記憶の混濁でもあるのか。

 

「龍次、それでも私たちにできる事は―――――」

「分かってる。攻撃の手を緩めはしない! エクスカリバーで、スーペルヴィスを装備したギガプラントを攻撃!」

 

 続く一撃。エクスカリバーが放った白銀の一閃が、ギガプラントを頭頂部から真っ二つに両断した。

 

「ああ……!」

「くっ! この瞬間、スーペルヴィスの効果が発動よ! 墓地のギガプラントを特殊召喚するわ!」

 

 痛みにあえぐだけのクーデリアに変わり、フローラがカードの宣言を行う。だが、龍次がそれに待ったをかけた。

 

「悪いが、その効果は通さない! スーペルヴィスの効果にチェーンして、墓地のキドニーダガーの効果発動! このカードをゲームから除外し、お前の墓地のギガプラントを除外する! これによりスーペルヴィスの効果は対象不在により不発だ!」

「あっ!」

 

 龍次の墓地から飛び出した小柄な影が、手にしたキドニーダガーで刺突を繰り出し、クーデリアの墓地からギガプラントを排除した。

 

「ッ!」

「最後だ! ムラクモでタレイアを攻撃!」

 

 ムラクモが水を張った神剣を横一文字に一閃。桜の女神を切り裂く。強固に見えたクーデリアの陣営を、龍次の粘りが切り崩したのだ。

 

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

共振装置:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する同じ種族・属性のモンスター2体を選択して発動する。選択したモンスター1体のレベルはエンドフェイズ時まで、もう1体のモンスターのレベルと同じになる。

 

H-C ムラクモ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4戦士族モンスター×3

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象にして発動できる。そのカードを破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):???

 

H・C キドニーダガー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

「H・C キドニー・ダガー」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドのこのカード以外の「H・C」モンスター1体を対象にして発動できる。このカードのレベルはそのモンスターのレベルと同じになる。(2):墓地のこのカードをゲームから除外し、相手の墓地のカード1枚を対象にして発動できる。そのカードをゲームから除外する。この効果は相手ターンでも使用できる。

 

 

H-C エクスカリバー攻撃力2000→2800

機甲忍者ブレード・ハート攻撃力2200→3000

H-C ムラクモ攻撃力2500→4300

 

 

龍次LP6200手札1枚

クーデリアLP6400→6200→6000→5600→4600手札1枚

 

 

 耐えていた龍次の反撃によって、クーデリアの陣営に穴が開いた。それは同時に、フローラの画策が崩れてきていることも現していた。クーデリアは変質させられた魂ではなく、本来の彼女が戻ってきている。ならば――――

 

「このまま一気に、行かせてもらうぜ!」

 

 龍次は今、自分に傾いている勝負の流れを離すまいと、そう宣言した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:国造大神

 喉が痛い。渇きを覚えたので、唾を飲み込んでみると、鉄の味がした。

 唾を吐けばやっぱり血が混じっていた。どうやら、奴らの攻撃を一発もらった時、口の中を切ったらしい。派手に吹っ飛んで地面を転がったのだから、仕方がない。

 だが、その戦いももう終わりだ。和輝(かずき)は残った己のモンスター、ブラック・マジシャンを見据え、肥満体の男を睨みつけた。

 

「これで終わりだ。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 最後の一撃が下る。和輝の命を受け、ブラック・マジシャンが黒い稲妻の群を放つ。漆黒の雷は一切の慈悲なく肥満体の男を打ち据えた。

 

 

 デュエル終了。不可解なバトルフィールドが解除され、和輝たちは現実空間に帰還した。

 

「綺羅は!?」

 

 デュエル終了後、和輝はまず倒れたままの綺羅に掛けよった。

 綺羅の身体を抱きかかえる。見たところ外傷はない。

 

「大丈夫だ、和輝。間にあった。綺羅ちゃんはまだ何もされていない。気絶しているだけだ。これなら、あとはちょっと記憶を弄って、神々に関する部分だけ、ほかの出来事で補完すればいい。それで綺羅ちゃんの日常は戻ってくる」

 

 ロキの見立てに、和輝はほっと息をついた。綺羅についてはこれで大丈夫そうだ。後でロキに処置を願って、フォローはこちらでしよう。

 

「なら後はこいつら――――」

 

 問題は、綺羅を浚った二人。彼らの目的や、誰の差し金か、なぜバトルフィールドを展開で来たのかなどを聞こうとして振り返った和輝の目に飛び込んできたのは、まるでできの悪いホラー映画のように()()()()()()()()姿()()()()

 

「な!?」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声を上げる和輝とロキ。近寄る和輝を、ロキが制する。一人と一柱の眼前で、痩身と肥満体の男たちは服も含めて、ドロドロに溶け、崩れ、最後には濁った黒い色の泥だまりだけが残った。

 

「混沌、か……、まさか奴がかかわっていたとはね」

「奴?」

 

 ロキの表情は険しい。和輝は今までと一変したロキの様子に眉をしかめた。

 

「知っているのか?」

「ああ。和輝。覚えておくといい。この神々の戦争の中で、一番危険な神はアンラマンユだ。けれど、こいつはアンラマンユとは別ベクトルで()()()奴だ」

「…………そいつの、名前は?」

 

 ロキは一拍おいて、その神の名を告げた。

 

「ナイアルラトホテプ。関わるだけで破滅を呼ぶ邪神だ」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 龍次(りゅうじ)の反撃によって、クーデリアの陣営は崩壊。彼女にダメージを与え、フローラが塗り固めた魂の虚飾は剥がれかけていた。

 

「ああ……、アイーダ、アイーダどこ? 誰か私を助けて。だれ、だれれれれ。わたし、ぼく、おれ、あ、あれ?」

 

 クーデリアの言動が明らかにおかしい。その場にうずくまり、頭を掻きむしっている。

 

「お、おい……」

「魂の剥離によって、彼女の精神が不安定になっているのです。このままでは、彼女の精神が崩壊してしまう」

 

 それはまずい状況だ。何とかできないかと思った時、不意にクーデリアの奇行が停止した。

 

「?」

 

 怪訝な表情を見せる龍次と伊邪那岐(いざなぎ)。その眼前で、ゆらりとクーデリアが立ち上がった。顔を上げた時、彼女には表情という物が抜け落ちていた。

 

「な……」

「さぁ、もう大丈夫よ、クーデリア。あなたは眠っていなさい。あとはわたしがやってあげるから」

 

 表情の抜けた人形と化したクーデリアと、笑うフローラ。何が起こったのか理解した龍次がぎしりと歯を鳴らした。

 

「彼女を完全に洗脳しましたね、フローラ」

「一時的に眠ってもらっただけよ。そう、クーデリアにはこんな過酷な戦いは似合わない。誰よりも、何よりも美しく咲き誇る唯一無二の輝く花であればいいの。それよりも、まだあなたのターンよ、早くターンを進めてくれないかしら?」

 

 悪びれることなく言い放つフローラ。龍次はますます心に怒りの炎を燃え上がらせた。

 

 

龍次LP6200手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 H-C エクスカリバー(攻撃表示、ORU:なし、攻撃力2000→2800)、H-C ムラクモ(攻撃表示、攻撃力2500→4300、ORU:H・C クラスプ・ナイフ、)、機甲忍者 ブレード・ハート(攻撃表示、ORU:、攻撃力2200→3000)、永続魔法:一族の結束

伏せ なし

 

クーデリアLP4600手札1枚

場 ギガプラント(攻撃表示、攻撃力、再度召喚)、永続罠:リビングデッドの呼び声(対象:ギガプラント)

伏せ 1枚

 

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

H-C ムラクモ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4戦士族モンスター×3

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象にして発動できる。そのカードを破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):???

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

一族の結束:永続魔法

(1):自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

ギガプラント 地属性 ☆6 植物族:デュアル

ATK2400 DEF1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。自分の手札・墓地から昆虫族または植物族モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 

「バトルフェイズを終了、メインフェイズ2に入り、エクシーズ・ギフト発動。ムラクモとブレード・ハートから一つずつORU(オーバーレイユニット)を取り除き、二枚ドロー。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「待って、あなたのエンドフェイズに、わたしは伏せていた雑草魂を発動」

 

 龍次のエンドフェイズに待ったをかけたクーデリア=フローラ。彼女の足元の伏せカードが翻った瞬間、信じられない光景が龍次の眼前に繰り広げられた。

 

「何!?」

 

 龍次の驚愕の声が飛ぶ。彼の眼前には、先程確かに破壊したはずのティタニアル、タレイア、マリーナが復活していたのだ。

 

「何が起こった!?」

「雑草魂の効果よ、坊や。このターンに破壊された植物族を、効果を無効にし、攻撃力を0にした状態で特殊召喚するの」

 

 艶やかに笑うフローラ。龍次は歯噛みする。相手にターンを渡すうえで最も重要なのは、言うまでもなく相手モンスターを残さないこと。

 相手の場にモンスターが残らなければ、反撃の手段も限られるためだ。だが、今、クーデリア=フローラのフィールドには合計で四体のモンスターが残ってしまった。次のターン、ほぼ何でもできるのではなかろうか?

 

「くっそ。改めて、ターンエンドだ!」

 

 

エクシーズ・ギフト:通常魔法

自分フィールド上にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合に発動できる。自分フィールド上のエクシーズ素材を2つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする。

 

雑草魂:通常罠

(1):自分植物族モンスターが戦闘で破壊されたターン終了時に、このターンに破壊された植物族モンスターを3体まを対象にして発動できる。対象のモンスターを攻撃力を0にし、効果を無効にした状態で特殊召喚する。

 

姫葵マリーナ 炎属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF1600

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の自分フィールド上の植物族モンスター1体が戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊できる。

 

桜姫タレイア 水属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF1200

このカードの攻撃力は、自分フィールド上の植物族モンスターの数×100ポイントアップする。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のお互いのフィールド上の植物族モンスターはカードの効果では破壊されない。

 

椿姫ティタニアル 風属性 ☆8 植物族:効果

ATK2800 DEF2600

自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動できる。フィールド上のカードを対象にする魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 

 

姫葵マリーナ攻撃力2800→0

桜姫タレイア攻撃力2800→0

椿姫ティタニアル攻撃力2800→0

 

 

「わたしのターンね、ドローよ」

 

 プレイヤーは完全にクーデリアからフローラに移っている。フローラの声に従って、クーデリアが人形となってカードをドロー。確認するのはもちろんフローラだ。

 だがフローラが本格的に動きだす前に、龍次が待ったをかけた。

 

「お前のスタンバイフェイズ、俺はムラクモの効果を発動! 最後のORUを取り除き、お前のリビングデッドの呼び声を破壊する!」

 

 ムラクモの周囲を旋回していた最後の光球が消失。次の瞬間、ムラクモが放った一閃が青い光の一撃となり、クーデリア(フローラ)のリビングデッドの呼び声を破壊。その対象となっていたギガプラントを葬り去った。

 

「よし。これでギガプラントからの植物の再生サイクルは断たれました」

「だが、あいつの場にいるモンスターはまだ三体だ。来るか――――」

 

 予感はあった。まだじかに見たことはなかったが、神々の戦争に参加すると決めた時から、いつか来ることだと、そう確信していた。

 だからこそわかった。空気が変化した。これがまさしく勝負の流れだと、直感的に理解した。

 クーデリア=フローラが動く。

 

「わたしの手札には、これがあるのよ、坊や。魔法カード、壺の中の魔術書を発動。互いのプレイヤーはカードを三枚ドローするわ」

 

 手札増強カード、この土壇場で引き当てたのか、既に手札に抱えていたのか。クーデリアの手札のカードの位置からして、おそらく後者だろうと龍次は思った。

 ドローしたカードを互いに確認する龍次とフローラ。先に笑みを浮かべたのはフローラ。危険であると知りながらも舌の上に載せずにはいられない、毒蜜のような笑みだった。

 

「そうね、やっぱり流れなんて、簡単に手に入れられるものではないの。結局、あなたの抵抗も激流の前の哀れな防波堤でしかない。せいぜい、ほんの一瞬せき止める程度! 三体の植物族モンスターをリリースし――――」

 

 三体の植物の姫たちが一斉に、白い光の粒子に変換され、天に昇っていく。

 そして、昇っていったモンスターたちが、新たな「神」を導く導になり、迎え入れる門となった。

 

「さぁいらっしゃい、このわたし、淫靡なる花女神フローラ!」

 

 光が満ちた。次に龍次の鼻孔を刺激したのは、むせかえるような花の香り。

 クーデリア=フローラのフィールドに現れた神。

 白い肌、大輪の花のような桃色のドレス、森林樹の葉のような緑の髪、木枝のような茶色の瞳、尖った耳。それらを兼ね備えた、美しく、どこか淫靡(いんび)で退廃的な雰囲気を持った女神。

 フローラ。ローマ神話に名を連ねる花の女神。元々はただの花園の女神だったが、後年になってそこに淫靡な印象を付け加えられた女神。ゆえにか、その在り方も歪んでいる。人間の信仰の影響を受けて、神自身も歪に変わってしまった。龍次は知る由もないが、以前和輝と戦った神、パズズと似たような例だ。もっとも、さすがにパズズほど歪んでいないためか、人間に対する憎悪は持っていないようだが。

 

「さぁ、始めましょう。わたしによる、わたしだけの、美しく、そして快楽的な戦いを。

 永続魔法、魂吸収を発動し、フローラ(わたし)の効果発動。墓地の植物族モンスター二体をゲームから除外することで、カードを一枚ドロー。さらにそのカードが植物族モンスターだった場合、攻守のうち高い方の数値分、わたしのライフは回復する。わたしは墓地のローンファイア・ブロッサム二体をゲームから除外して、一枚ドロー。さぁ、何が出るかしら?」

 

 笑みを浮かべたフローラが、クーデリアの身体を操ってカードをドロー。ドローしたカードを確認する。

 

「ラッキーカード。引いたのは紅姫チルビメ。植物族なので、守備力分、2800ライフを回復。ああいけない、忘れるところだったわ。ローンファイア・ブロッサム二体をゲームから除外したから、魂吸収の効果で1000ライフ回復ね」

 

 笑みのフローラ、舌打ちする龍次。せっかく与えたダメージを回復されれば、誰でも不機嫌になる。

 だがこの時龍次は読み違いをしていた。フローラの狙いはライフ回復ではなかった。

 

「この瞬間、フローラ(わたし)のもう一つの効果が発動。ライフが回復した時、その数値分、わたし自身の攻撃力がアップする」

「な!?」

 

 目を見開き、驚愕する龍次。フローラの元々の攻撃力は3000、今回復したライフは合計で3800、即ち今のフローラの攻撃力は――――

 

「6800、簡単に手が届く数値ではありませんね」

 

 伊邪那岐の声も苦いものを含んでいた。確かに、この数値に馬鹿正直にぶつかるのは冒険が過ぎる。

 

「そして、邪魔なもの達を掃除してしまいましょう。ブラック・ホールを発動。フィールドの全てのモンスターを破壊。もっとも、神であるわたしは、フィールドを離れないけれど」

 

 確実に止めを刺そうとしているのか、フローラは容赦なく全体破壊魔法を発動。フィールド全体のちょうど中間点に現れた超高重力領域がフィールドのフローラ以外の全てのモンスターを捕え、中心点に引きずり込んでいく。

 まさしく空に開いた「穴」に吸い込まれるモンスターたち。そこには一切の抗いも意味をなさなかった。

 だが龍次の目も死んではいない。彼はここでもまだ、可能性を残していた。

 

「ただじゃ、やられねぇ! ムラクモのもう一つの効果! このカードが相手によって破壊され、墓地に送られた場合、俺のエクストラデッキからH-C クサナギをエクシーズ召喚し、墓地のムラクモ(このカード)をORUにできる! 来い、クサナギ! 守備表示!」

 

 ムラクモと表裏一体の存在、クサナギが龍次のエクストラデッキより招来。墓地からムラクモが飛び出し、光球――ORUだ――となり、周囲を衛星のように旋回する。

 

「あらかわいい。必死の抵抗かしら? けれど、薄い壁よ。装備魔法、ビッグバンシュートをフローラ(わたし)に装備、そしてクサナギを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下った。フローラが右手を軽く掲げた。

 次の瞬間、龍次は足元に振動を感じた。

 

「なんだ?」

 

 疑問に思う刹那、龍次の眼前、クサナギの足元のアスファルトが隆起し、爆発した。

 

「!?」

 

 アスファルトを突き破り、無数の樹木が乱立。さらに樹木一本一本が寄り集まり、凄まじい大きさの大樹となった。当然、クサナギは樹木の間に挟まれ、貫かれ、圧死した。

 

「がああああああああああああああああああああ!」

 

 ダメージのフィードバックが龍次を襲う。フローラの攻撃力は7200、対して、クサナギの守備力は2400、その差4800のダメージがじかに龍次に叩きつけられたのだ。

 

「あらあら、経験したことのない痛みだったかしら? これはショック死してしまうかもしれないわね」

 

 いまだかつて感じたことのない、凄まじい痛みに地面をのたうち回る龍次と、その姿を見て心底楽しそうに笑うフローラ。龍次は地面に倒れ伏し、ピクリともしない。

 否、僅かに指先が動き、ずるずると、緩慢な動作でデュエルディスクに手が伸び、やがて墓地から一枚のカードをとりだし、デュエルディスクにセットした。

 龍次のフィールドに特殊召喚されたのは、H・C サウザンド・ブレード。ダメージを受けたので、自身の効果で特殊召喚されたのだ。

 

「あら、死んでいなかったのね。なら、もっといじめてあげましょう。わたしの可愛い可愛いクーデリアにしてくれたみたいに。いじめてあげる、殺してあげる。その魂は、わたしの美しさの糧にしてあげる。ターン終了よ」

 

 フローラのエンド宣言。龍次は沈黙し、何の反応も返さないかと思いきや、彼のフィールドに動きがあった。

 フローラの攻撃に対しても反応しなかった伏せカードがゆっくりと翻ったのだ。

 

「エンドフェイズ……、に……、リビング……デッド……の呼び声……を……、発動、した……。俺、は……、墓地から……H・C アンブッシュ・ソルジャーを……、特殊召喚、だ……」

 

 息も絶え絶え、身体は痙攣しており、いつ倒れてもおかしくない。だが龍次は立ち上がった。そして、その眼光はいささかも衰えなかった。

 

「さ、あ……。お前の、ターンは……、終わりか……?」

「……ターン終了よ」

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

淫靡なる花女神フローラ 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の墓地の植物族モンスター2体をゲームから除外して発動できる。カードを1枚ドローする。この効果でドローしたモンスターが植物族モンスターだった場合、そのモンスターの攻撃力か守備力、どちらか高い方の数値分、ライフを回復する。(4):このカードが表側表示で存在する時に自分のライフが回復した時、その数値分、このカードの攻撃力はアップする。

 

ブラック・ホール:通常魔法

(1):フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

H-C ムラクモ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4戦士族モンスター×3

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象にして発動できる。そのカードを破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが相手によって破壊され、墓地に送られた場合に発動できる。自分のエクストラデッキから「H-C クサナギ」1体をX召喚扱いで特殊召喚し、墓地のこのカードを下に重ねてX素材にする。

 

H-C クサナギ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2400

戦士族レベル4モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。罠カードの発動を無効にし破壊する。その後、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

 

ビッグバン・シュート:装備魔法

装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

淫靡なる花女神フローラ攻撃力3000→7200

 

 

龍次LP6200→1400手札4枚

クーデリアLP4600→5600→8400手札2枚(うち1枚は紅姫チルビメ)

 

 

「俺の、ターンだ……。ドロー……!」

 

 意識が朦朧とする。足元が崩れそう。いや、崩れそうなのは俺か。

 

「龍次、こんなことを言っても気休めにしかならないかもしれませんが、気をしっかり持ってください」

「わかって……いる……! スタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャーの……、効果、を、発動! 自身をリリースし、エクストラ・ソード、アーバレストを特殊召喚……!」

 

 息も荒く、しかしだんだん足取りがはっきりしてきた龍次は、ついに背筋をそらして大きく立ちはだかり、フローラを睨みつけた。

 これで、龍次のフィールドに三体のモンスターが並んだ。

 

「俺は、ここで倒れてられるかよ……!」

 

 大きく息を吐く。倒れてたまるか。人間を人形としか思っていない神に、膝を屈するなどあってはならない。

 脳裏を、山吹茜(やまぶきあかね)の顔がよぎった。彼女の笑顔がよぎった。苦しみの顔が、よぎった。 

 許せない。あんな人々を増やすこと自体、あってはならない。

 

「こんな、奴らに、人の心を踏みにじられてたまるか!」

「龍次、行くのですか?」

「ああ! 俺は三体のモンスターをリリース!」

 

 龍次の場の三体のヒロイックが消えていく。そして、代わりに新たな神を導き、迎え入れる門となる。

 

「出でよ! そして、勝利を! 国造大神伊邪那岐(くにづくりのおおかみいざなぎ)!」

 

 神が現れる。

 龍次のフィールドに現れた神、伊邪那岐。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳はそのままに、服装は大きく様変わりしていた。

 一見すると学ランを思わせる黒い素地(きじ)に銀の刺繍が入った、裾の長い、コート状の上着に白い着物姿。得物は槍の様に長く、黒い柄、黒い刀身に両刃の剣。どこか教師然とした懐の深さはそのままに、穏やかさは消え去り、代わりに勇ましさが加わった。これが伊邪那岐の戦闘形態だ。

 

「行きますよ、龍次!」

 

 呼びかける声も凛としていて勇ましい。これこそ本物だ。先ほどまでの歪められたクーデリアの声の調子とはまるで違う。

 

「く……ッ!」

 

 伊邪那岐という、日本神話に名を連ねる主神クラスを前にして、フローラは明らかに気圧されていた。

 

「ふざけないで! 例え神が出たところで戦力差は変わらない! 攻撃力という開きは消えないわ!」

 

 そう、伊邪那岐の攻撃力は3500、フローラの6800を突破できない。

 

「なら、その開きをなくしてやるよ! 伊邪那岐の効果を発動! 一ターンに一度、自分の墓地のモンスター一体を蘇生し、さらにその攻撃力分、俺

のライフを回復する! 俺はH-C ガーンディーヴァを特殊召喚し、その攻撃力分ライフを回復する」

 

 龍次の宣言を受けて、伊邪那岐が手にした剣を風車のように旋回させる。すると陰陽図が浮かび上がる。

 陰と陽、生と死が反転する。

 

「我は日に千五百の産屋を作る神。生まれ育まれる生命よ、黄泉路の向こうより、来たれ」

 

 詠唱終了。そして復活するガーンディーヴァ。

 だがこれは前段階だ。龍次の手札は、ここからフローラ撃破の策を放つ。

 

「魔法カード、エクシーズ・シフトを発動し、ガーンディーヴァを俺のエクストラデッキの希望皇ホープにチェンジし、エクシーズ・シフト(このカード)をORUにする。出でよNo.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ!」

 

 現れたのは、龍次のデッキの隠し玉にして切り札、希望皇ホープ。だがその効果は守備型。無論、龍次もそれは分かっている。彼の狙いは、次の一手だ。

 

「目に物見せてやるぜフローラ! これが逆転の一発! RUM(ランクアップマジック)-ヌメロン・フォース! 希望皇ホープをオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

 龍次の頭上の空間に、赤い稲妻を迸らせる紫色をした雲のような空間が展開。その空間中心部に開いた黒い穴に、希望皇ホープが白い光となって飛び込んだ

 

「赤き異界の力、敵を焼き滅ぼす炎となる! 今、希望は進化する! カオス・エクシーズ・チェンジ! CNo.(カオスナンバーズ)39 希望皇ホープレイV!」

 

 虹色の爆発が起こり、そこから降りたつ影が一つ。

 着地と同時にズシンと重々しい音が響く。

 希望皇ホープをより鋭角的にしたシャープなデザインだが、カラーリングは白と金を基調としていた姿から一変。黒を基調に、赤のアーマーを装着し、赤く輝く各所の身体を持った、禍々しさと刺々しさが大きく向上されたデザイン。その足元に突き刺さるように現れたのは、赤い棘十字。即ちCORU(カオスオーバーレイユニット)

 

「ここで、ヌメロン・フォースの効果発動! このカードの効果でエクシーズ召喚したモンスター以外の表側カードの効果を全て無効化する!」

「な!?」

 

 龍次のフィールドに金と銀を織り交ぜたような光が放たれ、それがフィールド全体に及んだ。次の瞬間、ホープレイV以外の表側カードから、色が失われていった。それは神とて例外ではない。

 

「あ、ああ……。わたしの、力が、失われていく、そんな、ちっぽけなカード一枚で!」

「ヌメロン・フォースは節理書き換えの力。その力の前には神とて例外はない! もっとも、神は相手のいかなるカード効果も一ターンで無効にしちまうから、ただの通常モンスター(バニラ)になるのもこのターンまで。だが――――」

「この一ターンで十分。自身の効果で攻撃力を上昇させている君は、その数値は元に戻った! さらに、今ならば神以外のカード効果での除去も可能!」

 

 ここにきて、勝敗は完全に決した。龍次たちは完全に勝利の流れを掴み取った。

 

「行くぞ伊邪那岐! この戦いに、終止符を打つ!」

「ええ、龍次。そうしましょう。早ければ早いほど、あの契約者のお嬢さんを救える確率が高まる」

「ふざけないで。クーデリアは渡さない。彼女の美しさは誰にも渡さない。そう、彼女は美しい。だからもっと美しくする! 魂まで! 隅の隅まで! 誰からも崇められる至高の花に!」

「ふざけないでください、フローラ。君の言う花は周囲の花々の栄養さえも独占し、枯らしてしまうおぞましい毒花です。もしもそれを美しいと感じるならば――――」

「今のお前が、何よりも醜いぜ! ホープレイVの効果発動! CORUを一つ取り除き、フローラを破壊! その攻撃力分のダメージを与える!」

 

 龍次の命令が下り、ホープレイVが背中のウィングパーツを開いて飛翔。右手の剣を投擲し、間髪入れず新たに出現させた剣も投擲。回転し、迫る剣がVの軌跡を描いた瞬間、フローラを捕えた。

 

「か……!」

 

 手応えあり。フローラの身体に亀裂が走る。

 

「そんな……、このわたし、が、神のカード以外の手に、かかるなんて……」

「人間を、いえ、パートナーさえもただの美品としか見れなかった、君ではそれが必然です」

 

 伊邪那岐の冷徹な宣言の後、フローラの身体がV字に切り裂かれ、爆発炎上した。爆音がフローラの断末魔さえかき消していく。

 

「これで終わりだ! ホープレイVと伊邪那岐でダイレクトアタック!」

 

 人形と化していたクーデリア。その彼女に向かって、二体のモンスターが迫る。

 

「逃げるの、クーデリア! できるでしょ? だってあなたは、わたしが丹精込めているんだもの! できないはずがない! 宝珠が砕けない限り、負けではないの!」

 

 だがクーデリアは動かなかった。うつむいたまま、フローラの懇願とも、命令ともつかない言葉に顔をそむけた。

 どころか、自分から宝珠を伊邪那岐に向かって差し出すように、胸をそらした。

 

「クーデリア!?」

 

 信じられないものを見たようなフローラの悲鳴が響く。クーデリアは何も言わず、伊邪那岐が突き出した刃の一撃を受け入れた。

 宝珠が砕ける。フローラが断末魔の悲鳴を上げた。それらを、クーデリアは黙して受け入れた。

 まるでそれは、神に、親友に振り回された彼女の、物言わぬ唯一の抵抗のようだった。

 

 

H・C アーバレスト 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1300

(1):このカードの召喚に成功した時に自分のデッキから「ヒロイック」モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを墓地に送り、相手に800ポイントのダメージを与える。

 

H・C エクストラ・ソード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 

国造大神伊邪那岐 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚し、対象となったモンスターの元々の攻撃力分ライフを回復する。(4):???

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

エクシーズ・シフト:通常魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスター1体をリリースして発動できる。リリースしたモンスターと同じ種族・属性・ランクでカード名が異なるモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚し、このカードを下に重ねてエクシーズ素材とする。この効果で特殊召喚したモンスターは、エンドフェイズ時に墓地へ送られる。「エクシーズ・シフト」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

RUM-ヌメロン・フォース:通常魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターと同じ種族でランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。その後、この効果で特殊召喚したモンスター以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。

CNo.39 希望皇ホープレイV 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2600 DEF2000

レベル5モンスター×3

このカードが相手によって破壊された時、自分の墓地のエクシーズモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す事ができる。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 

龍次LP1400→3500

クーデリアLP8400→5400→2800→0

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「あーあ、負けちゃった」

 

 とあるビジネスビルの屋上。ビル風が吹き荒むその場所で、少女は屋上の手すりに腰かけて、虚空に向かって足をプラプラと振っていた。

 口調はとても詰まらなそう。子供っぽく頬を膨らませ、どこからとりだしたのか、食べていたポップコーンの箱を中身ごとビルの下に投げ捨てた。

 腰かけている場所さえ考えなければ、可憐な少女だった。

 背中まで届く金の長髪、サファイアを思わせる青い瞳、白いフリルの付いた黒のゴシックドレス姿に加え、頭にも黒と白のカチューシャ。さらに右手にはすべての指に金色の指輪を、左手にも全ての指に銀色の指輪をつけ、赤い靴を履いた両足。

 彼女は人間ではない。神だ。そして神々の中でも一際性質(たち)の悪い神、だ。

 ナイアルラトホテプ。いくつもの化身を持ち、人を欺き、騙り、悪意と冷笑を持って破滅へと導く、最悪の部類に入る邪神だ。

 

「つまんないの。フローラもトラソルテオトルもだらしない。せっかく手に入れた切り札(ジョーカー)を活かす間もなくやられちゃうなんて」

「だから言ったじゃないですか。ロキが、明確な弱点に対して何の対策も施していないはずがないと」

 

 ナイアルラトホテプの背後から声。

 

「それに相手も悪い。ロキだけでなく、伊邪那岐とトールまでいた。武力でも敵わない以上、あの女神たちの敗北は必然でした。手にした切り札は、まさに毒を持っていたわけですね」

 

 声の主は、少女のように美しい顔をした青年だった。

 外見は、おそらく二十歳前後。腰まで伸びる薄紫の髪に紫紺の瞳。華奢な体躯に男物のシャツと薄手のジャケット姿。だが少女のような顔つきに沁み一つない白い肌、そして華奢な身体つきから、青年というよりは、少女が背伸びして男物の服を着て男装しているようにしか見えない。

 

「でもこっちは不満だわ、平月(ひらつき)。あなたの大好きなマーブル模様が見られなくて」

「マーブル模様は見出すものですから。そういう意味では、大変興味深い白と黒を見ることはできましたよ」

 

 青年、平月は興味深げに頷いた。

 

「北欧神話のトリックスター、同じく北欧神話の武神、そして、日本神話の国造りの神。どれも興味深い。そのパートナーも含めて」

 

 一人そう呟く平月。ナイアルラトホテプはそんな契約者の様子を、くすりと笑って観察していた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。ここから先は事後処理に過ぎない。

 フローラたちに拉致された少女たちは無事、魂が元に戻った。伊邪那岐の処置が成功し、クーデリアに後付けで縫合されていた魂の剥離(はくり)に成功。魂は自然と元の肉体を求めて、戻っていった。

 和輝たちは匿名で警察に連絡し、警察は少女たちが打ち捨てられていた場所に急行。無事保護に成功した。

 しかし少女たちの記憶は霞がかかっており、皆事件当時のことは覚えていなかった。これは神による記憶改竄のせいだ。ロキが手を加えたものもあれば、フローラたちが行ったものもある。

 クーデリアとアイーダ。二人の関係については微妙なところだ。クーデリアは神々の戦争参加中、ほとんどの期間をフローラの魂の加工のせいで記憶も定かではない状態だった。

 自分が戦っていたのかどうか、何をやっていたのかさえ覚えているか怪しいものだという。

 だがアイーダは違う。彼女は自分の意思で、女神たちに協力してクーデリアを――本人曰く――美しくしようとしていた。

 二人の関係が今後とも続くかどうかわからない。和輝たちも、そこまで世話を焼く義理はないし、やったことは看過できない。命を見逃し、クーデリアは元に戻した。そこから先は二人次第だ。もう、関わり合いになることもないし、そこまで優しくもない。

 綺羅に関しても、問題はなかった。ロキの記憶改竄によって、彼女は自分が拉致されたことも覚えていない。久しぶりに友達と外出し、遊び疲れて眠ってしまったところを、夕食の時間になっても起きてこなかったことから和輝に起こされた。そういう筋書きにされた。本人は顔を赤面させ「わ、私としたことが……!」と恥ずかしそうに俯いていたが、それはまた別の話だ。

 一件落着。少なくとも、神々の戦争から見るとそうだ。危険な神二柱は退場し、拉致された少女たちも救出された。警察も、少女たちの保護、犯人逮捕を発表した。もっとも、前者はともかく、後者については存在しない人物を犯人に仕立て上げたでっちあげ(カヴァーストーリー)だったが。

 ロキ曰く、「神の力っていうのは、人間の間にも波及している。人間の権力側に、神の協力者として、神々の戦争の後処理をする存在があるんだよ」とのことだった。

 

 

 その日の夜。和輝は自室のベッドに寝転がりながら、考え事をしていた。

 

「ナイアルラトホテプ、か……」

「奴と接点を持ったのは失敗だったかもね。と言っても、たぶんアレスたちの時に出てきた正体不明の男も化身だろうから、いまさら何言っても後の祭りだけど」

 

 心底嫌そうな顔でロキはそう言った。この神は常に胡散臭そうなにやにや笑いを浮かべているので、こんな風に露骨に嫌悪な表情を浮かべるのは珍しい。

 

「嫌いな神か?」

「勿論」

 

 即答した。和輝の質問が終わるよりも前に首肯していた様に見える。

 

「ボクとあいつはある意味似ている。ともに人間が大好きなことも。けれど方向性がまるで違う。ボクは人間()遊ぶことが好きだけど、奴は人間()遊ぶことが好きなんだ。そのニュアンスの違いは天と地だ」

「みたい、だな。そんな危険な神なのか」

「ああ。ある意味、アンラマンユよりもたちが悪い。あいつは人間が悪意の袋小路にはまって自滅していく様を面白おかしく眺めるからね。なんであいつがフローラたちに戦力を提供したのか知らないけど、どーせあの契約者のお嬢さんたちの歪んだ関係を見てゲラゲラ笑いたかったんだろうね。あいつと契約した人間も、たいがい性格悪いと思うよ」

「……お前がそこまで言うってことは相当か。ん?」

 

 その時、ふと和輝は己のデュエルディスクの異変に気づいた。

 デュエル終了後、和輝はデッキも含めた全てのカードをデュエルディスクから外していた。それなのに、一枚のカードがデュエルディスクにセットされていたのだ。

 

「なんだこれ? 白紙のカード?」

「ん? へぇ、もう来たのか。和輝、その状態でデュエルディスクを起動させてみて」

 

 ロキが笑う。怪訝な表情のまま、和輝は言われた通りにした。すると、ブゥンという機械的な音を立てて、立体映像(ソリットビジョン)が起動。現れたのはモンスターの映像でも、魔法、罠のエフェクトでもなく、簡素な文面。それがSF映画の立体映像のように現れていた。

 

 

『神々の戦争参加者の皆さんにお知らせします。

 残り参加者が七十柱となりました。

 残り参加者の皆様、これからもより良い闘争を』

 

 

「これは……」

 

 和輝がメッセージすべてに目を通したの止まっていたかのように、映像は消え、カードは一人でに燃え、どこにも延焼することなく燃え尽きた。

 

「残り、七十組……」

「これで、神々の戦争の序盤は終わりだ。これからはもっと強力で、狡猾な神が相手になるだろう。和輝、覚悟はいい?」

「してもしなくても、状況は待ってくれないだろ」

 

 実感はまだ湧かない。既に全体の三割が脱落しているという事実に。ここまで生き残っているという現実に。

 だが、言えることはある。和輝は不敵に、その言葉を口にした。

 

「やってやる。理不尽な神を、一柱も残さず倒してやる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:ロキ先生の神々講座

「さて、和輝(かずき)。ちょっと話をしようか」

 

 その日の夕食後、自室に戻ってデッキを調整しようかと思っていた和輝に、ロキが実体化し、そう言った。

 

「話?」

 

 怪訝そうな和輝。ロキは「そう」と続けた。

 

「数日前、フローラとトラソルテオトルを倒した後、通知が来ただろ? 神々の戦争、残った神は残り七十柱。序盤戦は終わり、ここからの敵は今まで以上の強敵だ。だからその前に、神について少しレクチャーをしようと思ってね」

「なるほどな」

 

 言って、和輝は部屋の壁時計を見た。ついでに一階に気配を巡らせる。義妹の綺羅(きら)は今、夕食の洗い物中だ。それに、この後のテレビ中継にもまだ時間はある。

 

「そうだな、聞かせてくれ、ロキ」

 

 ベッドの上にどっかりと腰を下ろして、和輝はそう言った。

 

「オーケイ。じゃ、始めようか」

 

 ロキはくるくると右手人差し指で虚空に渦を作りながら、語り始めた。

 

「まず、注意するべきは、徒党を組んでいる神、かな」

「ああ、ありえるな。一定数以下になるまで、非戦の協定を結んで、やばい相手には複数で当たるってことだろ? 俺も龍次(りゅうじ)烈震(れっしん)と休戦してる」

 

 左掌を右手で打つ和輝に対して、ロキは笑みを浮かべたまま――いつもの人を食ったようなにやにや笑いだ――で首を横に振った。

 

「それもある。けどもっと厄介なのはさ、本戦開始前に、裏取引をしている連中さ」

「裏取引?」

 

 怪訝そうな表情を作る和輝に、ロキは「そう」と頷いた。

 

「同じ神話出身の神の中にはね、自分たちの主神を神々の王にして、自分たちをその臣下に加えてもらおうっていう考えの連中もいるのさ。彼らは徒党を組み、一大勢力を築き上げた。正直、ことを構えるには、何らかの策が必須になるね。

 そう言った勢力は、大きく分けて二つ。ギリシャのオリュンポス十二神と、エジプトのヘリオポリス九柱神。またはエネアドと呼ばれる勢力だ。もっとも、こっちに関しては、ほかにもいろいろと、エジプトの神がプラスアルファでいるようだけど」

「オリュンポス十二神ってーと、この前知り合った咲夜(さくや)さんの――――」

「そう、アテナが所属する勢力だ。ま、子供にされるなんてトラブルが起きたことと、彼女自身、後ろから撃たれたこと、アレスが(クロノス)と内通していたことなどが重なって、合流できていないみたいだったけれどね」

「改めて話を聞くと、徒党組んでるってのは厄介だな」

 

 うんざりした口調で、和輝は天井を仰ぎ見た。徒党を組む神。少なくとも、アレスやエリスを見ていると、オリュンポス十二神については信用できない。もちろんアテナや咲夜は別だが。

 ロキの説明は続く。

 

「ヘリオポリス九柱神は太陽神ラーを中心にしていることまでは分かっているけれど、情報が少ない。元々ボク自身、あっち方面の神とは交流が少なくてね。ただ、注意するのはやっぱりラー、そしてセトはかなりやばいらしい。……もともとこの二柱は折り合いが悪いらしいんだけど、どうやって渡りをつけたんだか」

 

 嘆息するロキ。和輝はそれ以上にため息を吐きたい気分だ。

 

「もう一つの、オリュンポス十二神については?」

「そっちはメンバーまではっきりとわかっているよ。まずトップのゼウス。そのゼウスの兄弟で、彼と同等の力を持つポセイドン。ゼウスの妻のヘラ。君も知っているアテナ、アレス。それからデメテル、ヘファイストス、アプロディーテ、アポロン、アルテミス、ヘルメス、ヘスティア。それと、十二神に入ってはいないけど、ゼウスの弟で、やっぱり彼やポセイドンと同等の力を持っている、ハデスがいる」

「そしてクロノス。と」

 

 和輝が補足を入れる。ロキは満足げに頷いた。

 

「徒党にばかり目を向けるのもよくない。単体でもやばい神はいる。そのうち一柱には、君にも因縁がある」

「アンラマンユ……」

 

 その名を告げる和輝の表情が強張る。その名は、和輝にとってひどく因縁深い名前だ。ある意味、今の彼の立ち位置を作った神ともいえる。

 七年前の東京大火災。その元凶。そこで和輝は本当の両親を失い、ロキに心臓の半分を与えられて生きながらえ、今に至る。

 

「アンラマンユは今封印されている。けれどその影響がなくなったわけじゃない。干渉だってできるだろう。そして奴は虎視眈々と、復活を狙っている。その布石をもう打っているかもしれない。決して油断してはいけない、一番危険な神だ」

 

 ロキの言葉に和輝は頷く。この世全ての悪、絶対悪の神。

 

「そして、アンラマンユとはベクトルは違うけれど、同じく危険な神。それがナイアルラトホテプ、冷笑と悪意と混沌の神だ。こいつの盤面には決して上がってはいけない。いたるところに破滅が口を開けて待っている。いいか和輝。こいつと相対する時、絶対に()()()()()()。ゲーム開始時にニヤついているこいつの()()()()()()()()()。戦いはそこからだ」

「ナイアルラトホテプ、もう多くの化身を使ってこっちにちょっかいを出してくるやつだな。邪神ロキ(おまえ)をしてそう言わしめるか」

 

 うんざりとした表情で、和輝は少しだけ過去を回想する。自分と、その邪神の接点を。

 アレス、エリスの時、そして先日のフローラ、トラソルテオトルの時と、和輝たちの邪魔をしてきた、這い寄る混沌の化身たち。

 

「目をつけられたと思うか?」

「言っちゃあなんだけど、ボク、トール、そして伊邪那岐(いざなぎ)。良くも悪くも目立つんだよ。神々同士の思惑じゃなくて、契約者同士の繋がりで同盟結んでいることも含めて」

 

 肩をすくめるロキ。だが和輝は険しい表情のまま、言った。

 

「だったら望むところだ。そのやばい奴が何を考えているのか知らないが、今度こそ尻尾を掴んで、ぶっ潰す」

「そこで厄介な奴に目をつけられたと思わないところが、君の面白いところだよね。とにかくまともに相対することだけは避けなければならないと、覚えておいて」

 

 決意溢れる和輝に対して、ロキは苦笑。「じゃ、話の続きだ」と先を告げる。

 

「さて、ここまでやばい奴らを上げた。こいつらは強さもそうだけど、手管を使ってこちらを追い詰めてきかねない。注意が必要だ。

 ここからは単純に強い連中だ。彼らはおそらく策を使わない。その必要がない」

「つまり、確実にこの戦い上位に残るような連中ってことか」

「その通り。まぁ、この辺の神はメジャーどころも多いけどね。前の説明にも上げたゼウスや、ボクら北欧神話のオーディン、風間(かざま)君の伊邪那岐などの各神話の主神クラス。これはもう一柱一柱が最強だ。各々の神話の頂点だからね。まぁ、伊邪那岐は何故か、自分の力を制限しているみたいだけど。

 それと、これもさっき名前を上げたけど、ラーのような太陽神も強力だ。それに、シヴァ、ヴィシュヌのインド神話の三大神の二柱。残るブラフマーはアンラマンユ封印戦で戦死してしまったが、この二柱は健在だ。

 彼らはもう、他の神と比べても圧倒的なバ火力を持っている。ダイレクトアタックどころか、普通のモンスターへの攻撃の余波で宝珠が砕かれかねないから、注意してくれ」

「なんだその火力。ほかの神と比べても圧倒的すぎるだろ」

「インドだもん。スケールが違う。気になるなら神話を紐解いてごらん。神どころか、その血を受け継いだ人間もやばいぞ。

 っと、話がずれた。今までの神とはちょっと方向性が違うけど、人間の信仰、主に一神教によって貶められ、邪神、悪神のレッテルを貼られた神も厳重注意だ。彼らの多くは人間への憎悪でいっぱいだ。勿論、周囲の人間について一切顧みないことは、君もパズズ戦で学んだはずだ」

 

 一神教の侵略によって、その姿を歪めさせられ、悪魔、邪神に貶められた神々。確かに、彼らの人間への憎悪は深い。それだけに、大量殺戮を進んでやりそうな危うさがあった。

 

「ああ、そうだな……。まとめると、こんな感じか」

 

 和輝は机の上の紙とボールペンを引き寄せ、すらすらと書きこんでいく。

 

 

 神々の戦争、要注意神、種類。

 ●徒党を組む神の勢力(オリュンポス十二神、ヘリオポリス九柱神など)

 ●アンラマンユ、ナイアルラトホテプなど、悪神、邪神、悪意を持った最悪の化身。

 ●各神話の主神、太陽神

 ●インドの二大神

 ●一神教によって貶められた神々

 

 

「ざっとこんなところか」

「うん。おっと、悪い和輝。一つ、とても重要なことを言い忘れていた」

 

 パンと手を叩き、ロキは右の人差し指を立てる。

 

「何をだ?」

「今まで要注意な神について報告したけど、危険なのは神だけじゃないってことさ」

 

 その一言で、和輝にはロキに言わんとすることがすぐにわかった。これは、和輝自身も戦いの中で体感していることだ。

 

「契約した人間が、神々の戦争の特権を積極的に利用して、無関係な人達を傷つける。そういうやつもいるってことだろ?」

「力を持ったら使いたくなるのが人間で、力を求めたくなるのも人間だ。もっと力を、もっと力を。そうして人間は核を手に入れた」

「力に魅せられた人間、か……」

「そして、一番恐ろしいのはね、和輝。そんな、人知を超えた人間が、世界を滅ぼしてもなお余りある憎悪を抱えていた場合なんだよ」

「人間の、憎悪……」

「狂気、憎悪、行き場のない負の感情に具体的な力が宿った時、どうなるかは誰にも予測できない」

 

 ロキの言葉に和輝は背筋が寒くなる思いだった。

 一人と一柱はしばらく黙ったままだった。何も言えない。何も動けない。その沈黙は、和輝があらかじめセットしておいたスマホのアラームがなるまで続いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「~♪、~~♪」

 

 洗い物をしながら綺羅は上機嫌に鼻歌を歌っていた。

 特になにかいいことがあったわけではない。これは彼女の癖みたいなもので、洗い物をしている時、自然と出てしまうのだ。ひょっとしたら、父と一緒にイギリスに行った母の影響かもしれない。母もまた、洗い物の時によく鼻歌を口ずさんでいた。

 幼いころから母の手伝いをしていた綺羅も、自然とそれが移ってしまったのだろう。もっとも、クラスメイトに聞かれた時は顔から火が出るような恥ずかしさを味わったが。そしてそれを聞いた友人が「キーちゃんかわいい癖持ってるねー」と言ってきて、穴があったら入りたい気分になったが、それでもやめることはできそうになかった。苦労する。

 

「と」

 

 余計なことを考えたせいか、洗い物が終わっていることに気づかなかった。綺羅は水道の蛇口を占め、続いて布巾(ふきん)を取り出す。

 そこでふと、綺羅の耳をテレビのニュースキャスターの声が叩いた。 

 キャスターはオーストリア、ウィーンで起こった爆破テロ事件について、落ち着いた声音で語っていた。

 

『オーストリアの都市、ウィーンで起こったテロ事件についての続報です。生き残った目撃者によりますと、爆発の際、巨大なドラゴンの影が視えたと証言している人が数多くいるようです。現地警察は、集団幻覚を起こす薬品を混ぜた爆破テロの可能性があるとして調べております』

 

 ニュースキャスターの淡々とした報告に反して、その内容は凄惨極まりなかった。テレビの向こう側では街頭の監視カメラが偶然納めていた爆発の瞬間の映像を流していた。

 遠方からの映像だ。だがそれでも、現実にあったその光景は生々しく、綺羅の胸を締め付けた。

 爆音。そして一気に巨大な花のような炎が噴き出し、次の瞬間には悲鳴が上がった。その地獄のような光景に、綺羅は思わずチャンネルを変えていた。

 思うのは義兄(あに)のこと。

 彼もまた、七年前に地獄から生還した。それから孤児院で暮らし、岡崎家(うち)の人間になった。彼は七年前のことについて何も話さない。わざわざ思いださせることもないと、こちらも聞かなかった。

 けれどこういう事件のニュースを聞いた時、和輝は必ず顔を強張らせ、憤怒を孕んだ険しい表情をする。

 その様は怖い。同時に哀しくもある。なぜなら綺羅は、和輝が時折東京大火災の悪夢を見てうなされることを知っているからだ。

 子供の様にうなされ、起きた時前後不覚になる姿を見た時は胸が痛かった。最近では落ち着いているが、義兄の胸から地獄の光景は消えることはないだろう。

 やはり自分では、本当の意味で和輝(あのひと)の理解者にはなれないのではないか――――。

 

「と、いけない」

 

 思考の迷路に陥りかけた綺羅は自制する。頭を軽く振って思考を切り替える。テレビのチャンネルを変え、食後の軽いお茶うけと緑茶を用意。

 階段から足音が下りてくる。時間になったので和輝が下りてくるのだ。

 

「おーい綺羅、そろそろだったよな?」

「はい。デュエルモンスターズの全日本大会の決勝戦。七大大会の一画ですからね。見逃す手はありません」

 

 にこりといつもの控えめな笑みを浮かべる綺羅。先ほどまでの煩悶(はんもん)は微塵も感じさせない。我ながらよくできている。そう思いながら、綺羅は和輝が席につくのを待ってから、自分も席についた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話:父からの手紙

 デュエルモンスターズの七大大会とは、国際デュエルモンスターズ連盟が定めた世界規模の大会で、毎年開催される全日、全米、全英のデュエルモンスターズ人口上位三位の都市で開催される大会に、世界大会を加えた四大大会。そして数年に一度開催される、開催地もまちまちのゼアル杯、フォーチュンカップ、ジェネックス杯を加えたもので、プロデュエリストの中でも成績優秀者に参加資格が与えられ、その中から出場の意思を示したプロによる大会だ。

 それぞれの大会の優勝者には、賞金に商品、そして現デュエルキングとのエキシビジョンマッチの権利が与えられる。

 キングと公式の場で戦うには、世界大会を除く六大会で優勝する、世界大会に参加しているキングと当たる。Aランク年間トップを飾る、このいずれかしかないため、参加者は我こそは現キングを倒し、新たなキングにならんと戦意を漲らせる。

 もっとも、定員三十二名と固定されているAランクプロはともかく、ほかのプロは自分のランクのプロリーグ戦と大会日程、開催地との物理的な距離などの兼ね合いがあるので、資格があっても全ての大会に参加できるわけではないが。

 そんな七大大会の一つ、全日本大会の決勝戦の中継が、岡崎(おかざき)家のテレビで繰り広げられていた。

 

 

 対戦するのはAランクの獅子道來(ししどうらい)プロと、対するBランカーのカーラ・ジェミニスプロ。

 プラチナブロンドの髪を短めに刈り揃え、瞳の色は灰色。外国の血が混じっているためこのような髪と瞳の色。そのうえにきっちりとした三つ揃いのスーツ姿。鋭い眼光は今にも獲物に飛び掛からんばかりの獅子を思わせる。

 Aランクプロ、獅子道來。その実力に相応しい圧倒的存在感だった。

 対するカーラ・ジェミニスプロもまた、喰いついていた。

 Bランク上位のデュエリスト。褐色肌に赤いショートヘア、金色の瞳にホットパンツに黒いタンクトップ、腰に上着を巻き付けている姿は活動的で、彼女の気質を良く表しているように見える。

 攻め時ともなれば獅子のように獲物に襲い掛かる激しいデュエルの獅子道に対して、カーラはどちらかといえばショウデュエルタイプだ。観客を湧き上がらせ、パフォーマンスで彼らの目をデュエルに釘付けにする。デュエルは笑顔で、楽しく。それがモットーでもある。

 両者のフィールドの状況は以下の通りだ。

 

 

獅子道LP2300手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ヴァイロン・オーム(攻撃表示)、裏守備モンスター×1

伏せ 1枚

 

カーラLP2000手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン、青:オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン

場 オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン(攻撃表示)、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン(攻撃表示)

伏せ なし

 

 

ヴァイロン・オーム 光属性 ☆4 天使族:効果

ATK1500 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する装備魔法カード1枚を選択し、ゲームから除外する。次の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。

 

オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2400

Pスケール:赤1/青1

P効果

(1):自分フィールドの「オッドアイズ」Pモンスター1体を対象とした相手の効果が発動した場合、そのターンのエンドフェイズに発動する。Pゾーンのこのカードを特殊召喚し、自分のエクストラデッキから「オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン」以外の表側表示の「オッドアイズ」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、エクストラデッキから特殊召喚された表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン 闇属性 ☆3 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの表側表示の「オッドアイズ」Pモンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。自分のPゾーンのカード1枚を選んで破壊し、自分のエクストラデッキから「オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン」以外の表側表示の「オッドアイズ」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

「オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが存在する場合、自分フィールドの「オッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはこのターンに1度だけ戦闘・効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン 炎属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した時、自分のPゾーンのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを特殊召喚する。このターン、このカードは攻撃できない。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手はバトルフェイズ中にモンスターの効果を発動できない。

 

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが存在する場合、自分の表側表示モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。その自分のモンスターの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで1200アップする。

モンスター効果

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):P召喚したこのカードの攻撃で相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。自分のPゾーンの「オッドアイズ」カードの数×1200ダメージを相手に与える。

 

 

 戦況はカーラの方がやや有利か。BランカーがAランカー相手に有利に戦況を運んでいる現状に違和感を覚えるものもいると思うが、Aランクは定員が三十二名と決まっている。それ以上増えることはない。

 そしてBランクとAランクのランク入れ替え戦は、毎年一度、Bランクトップ二名とAランク下位二名で入れ替え戦を行い、そこで勝利したプロがAランクに昇格できるのだ。

 ほかのランクと違って、Aランクは最上級の狭き門。そしてBランク上位はその狭き門を争い、常に戦国時代状態だ。

 ある専門家は言う。Bランク上位のプロとAランクの間には、さしたる差はないだろう、と。

 

 

『さぁ! デュエルモンスターズ七大大会の一つ、全日本大会! くしくも同じスポンサー、ゾディアックを冠するプロ同士の激突です! 現在カーラ・ジェミニスプロのターン! 彼女のペンデュラム召喚によってエクストラデッキから特殊召喚された、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンと、シンクロ召喚されたオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン! メテオバースト・ドラゴンには特殊召喚成功時に(ペンデュラム)ゾーンのモンスターを一体、特殊召喚できますが、使用しませんでしたねぇ』

『ジェミニスプロのPゾーンのカードはどちらも攻撃力が低いですからね。メテオバースト・ドラゴンの攻撃一回分と引き換えにするにはうまみがないとしたのでしょう。加えて、メテオバースト・ドラゴンは場にいる限り、バトルフェイズ中、相手のモンスター効果の発動を封じます。これでは獅子道プロお得意のオネストも通用しません。いい布陣ですよ』

 

 実況の声と解説の声が混ざるのを、和輝(かずき)綺羅(きら)はテレビ越しに聞いていた。

 

「兄さん、どっちが勝つと思いますか?」

「分かりにくいなー。今は明らかにジェミニスプロが押してるし、流れも来てると思う。普通ならこのまま押しきれるだろうけど――――」

 

 和輝は言葉を濁す。やはりそれは、相手が相手だからか。

「Aランクプロ。それだけでもう魔境って感じがしますね」

「Aランクは公式的にはプロデュエリストの世界ランク上位二位から三十三位までだからな。Bランク上位とAランクにそこまで実力差はないっていうけど、俺はそうは思わない。Aランカーは、ちゃちな流れなんか簡単にせき止めて、強引に流れを自分に向けさせるパワーがあると思う」

 

 和輝がそう言っている間に、画面の向こうの試合が動いた。

 

 

「ペンデュラム召喚! エクストラデッキからおいで! EM(エンタメイト)オッドアイズ・ライトフェニックス! 手札からもゲスト! EMハンマーマンモ!」

 

 カーラのフィールド、地上から天をつくようにそびえる光の柱。それぞれ「1」と「8」と刻まれたその柱の間から光が二つ飛び出す。

 光を振り払って現れた二体のモンスター。これでカーラのモンスターは四体。いずれも攻撃力2000クラスだ。

 

「バトル! オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンでヴァイロン・オームを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下される。「この瞬間!」とカーラの声が飛ぶ。

 

「ハンマーマンモの効果発動! 君の場に伏せられたカードをバウンス!」

 

 ハンマーマンモはその四肢を力強く踏み鳴らして大地を揺らす。その揺れが獅子道の伏せカードを捕える刹那、彼が動いた。

 

「……チェーン、リバーストラップ、和睦の使者!」

 

 獅子道の足元に伏せられたカードが、ハンマーマンモが起こした地響きに巻き込ませる寸前に翻り、その効果を発揮する。これでこのターン、獅子道のモンスターは戦闘から守られ、戦闘ダメージも発生しない。現に、オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンが放った灼熱の炎は薄い白いヴェールに遮られ、ヴァイロン・オームまで届かない。

 

「あー残念。しょうがないね、ターンエンド」

 

 

EM オッドアイズ・ライトフェニックス 光属性 ☆5 鳥獣族:ペンデュラム

ATK2000 DEF1000

Pスケール赤3/青3

P効果

(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在する場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。もう片方の自分のPゾーンのカードを破壊し、このカードを特殊召喚する。

モンスター効果

(1):このカードをリリースし、自分フィールドの「EM」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

EMハンマーマンモ 地属性 ☆6 獣族:効果

ATK2600 DEF1800

(1):自分フィールドに「EM」カードが2枚以上存在する場合、このカードはリリースなしで召喚できる。(2):自分フィールドに他の「EM」カードが存在しない場合、このカードは攻撃できない。(3):このカードの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

 

和睦の使者:通常罠

このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 

「私のターンだ」

 

 カーラは思う。今流れは確実に自分にきている。獅子道來は遥か格上の相手だが、この流れを掴み、離さなければ決して通用しない相手ではない。何より、楽しい感情があとからあとから湧き上がっているこのデュエル。最後は勝利で飾ってみたいじゃないか。

 そう思っていた。思い違いをしていた。

 ふと見れば、獅子道の眼が自分を射抜いていた。

 

「!」

 

 視線は弾丸となってカーラを射抜く。瞬間、彼女の背筋を冷たいものがよぎった。そう、背骨が氷柱(つらら)に置き換わったような気分だ。

 

「な―――――」

 

 何? と疑問符を浮かべる暇もない。というか原因は明らかだ。今対峙している獅子道來(Aランクプロ)だ。

 獅子道は周囲を見渡す。ジャイアントキリングを期待する観客の声援が、若干青ざめた表情のカーラに注がれる。

 

「いい空気だ」

 

 呟きは獣のうなり声に似ていた。

 

「カーラ・ジェミニスプロ。貴様のショウデュエルを、私は否定しない。現に観客は貴様のプレイに湧いている。観客に笑顔を。そして楽しみを。素晴らしい考えだ。そのプレイは観客の心を掴むだろう。そのスタンスを貫くために費やされる、貴様の努力にも敬意を表する。だが――――」

 

 獅子道からの圧力が一際強くなる。まるで彼の全身から得体の知れない力が発露され、指先に集中するようだ。

 

「それで掴めるのは心まで! 魂を削る熱狂に、魂を掴み、喰らうような熱狂的な戦いの領域には届かぬ! ドロー!」

 

 刀を鞘から抜き放つような、居合斬りの様な力溢れるドロー。

 

「スタンバイフィズ、ヴァイロン・オームの効果を発動。前のターンに除外しておいた魔導師の力を手札に加える。そしてセットモンスター、名工 虎鉄を反転召喚し、リバース効果を発動。デッキから二枚目の魔導師の力をサーチ。そしてヴァイロン・キューブを召喚」

 

 立て続けのモンスター効果の発動、そして展開、装備の確保に、観客が次に起こることを予想し、固唾(かたず)を飲んで見守る中、獅子道が力強く右手を振り上げた。

 

「レベル4のヴァイロン・オーム、レベル2の名工 虎鉄に、レベル3のヴァイロン・キューブをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑色の光の輪となったヴァイロン・キューブと、それをくぐるヴァイロン・オーム、虎鉄の二体のモンスター。輪をくぐった瞬間に、ヴァイロン・オームは四つの、虎鉄は二つの白い光星となる。

 

「始まりを刻まれし裁きの機械天使よ、今ここに光臨せよ! シンクロ召喚、輝け、ヴァイロン・アルファ!」

 

 光の帳が辺りを包みこみ、その向こうから最初(アルファ)のヴァイロンが現れる。現れた大型シンクロモンスターに、観客が、そして画面の向こうの和輝もまた固まった。

 

「ヴァイロン・アルファとヴァイロン・キューブの効果を発動。まずアルファの効果で墓地の魔導師の力をアルファ自身に装備。さらにヴァイロン・キューブの効果でデッキから団結の力をサーチ。さぁ行くぞ。今手札に加えた団結の力、虎鉄とヴァイロン・オームの効果によって手札に加えた残る二枚の魔導師の力をヴァイロン・アルファに装備」

 

 ヴァイロン・アルファ自体の攻撃力は2200とレベル9のシンクロモンスターにしては低い。だが今は多くの装備カードによるバンプアップで、大幅に膨れ上がっている。

 

 

「え、えっと……。三枚の魔導師の力は効果が重複するから……」

 

 画面の前で、綺羅は混乱した。

 劣勢だったはずの獅子道プロが勝利モードに入ったのはもちろん驚いたが、それ以上にヴァイロンの真骨頂ともいえる爆発的な攻撃力の増加が目の前で繰り広げられているのだ。あまりの展開の速さに、正直ついていけない。

 

「まず、三枚の魔導師の力の効果で攻撃力が2000×3で6000アップ。さらに団結の力で800アップ。最後にヴァイロン・アルファ自身の攻撃力を加えて、9000だ」

「9000!」

 

 綺羅の驚きの声。和輝はじっと画面を見ていた。

 

(凄いなこれ。あの劣勢からの逆転だけじゃあない。今の展開で、観客は完全に湧き上がっている。いや、熱狂している。魂から燃え盛っている。計算してたのかな?)

 

 非実体化したロキの言う通りだった。カメラ越しでも聞こえてくる観客の熱に浮かされたような絶叫。逆転劇からの超攻撃力に、観客は魂まで浸っているようだ。

 二人の眼前で、終わりの瞬間が訪れた。

 

 

「この勝利を、あの方に、私を拾い上げてくれた大恩ある射手矢(いでや)様にささげる。バトルだ! ヴァイロン・アルファでオッドアイズ・ファントム・ドラゴンに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下され、ヴァイロン・アルファが裁きの一撃を下した。極光の一撃はオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを消滅させ、カーラのライフを根こそぎ奪い去っていった。

 

 

名工 虎鉄 炎属性 ☆2 獣戦士族:効果

ATK500 DEF500

(1):このカードがリバースした場合に発動する。デッキから装備魔法カード1枚を手札に加える。

 

ヴァイロン・キューブ 光属性 ☆3 機械族:チューナー

ATK800 DEF800

このカードが光属性モンスターのシンクロ召喚に使用され墓地へ送られた場合、デッキから装備魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

 

ヴァイロン・アルファ 光属性 ☆9 機械族:シンクロ

ATK2200 DEF1100

「ヴァイロン」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分の墓地の装備魔法カード1枚を選択してこのカードに装備できる。装備カードを装備したこのカードは、装備カード以外の魔法・罠カードの効果では破壊されない。

 

魔導師の力:装備魔法

(1):装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールドの魔法・罠カードの数×500アップする。

 

団結の力:装備魔法

装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき800ポイントアップする。

 

 

カーラLP0

 

 

『き、決まったぁぁぁぁぁぁ! 突如として出現した圧倒的な攻撃力によって全日大会を制したのは、獅子道來プロだぁぁぁぁぁぁ!』

 

 実況の声がうるさく響く。綺羅はぽかんとした表情で見ていた。和輝は綺羅がいれてくれたお茶を飲みながら、ふっと息をついた。

 

「ジャイアントキリングならず、だな」

「けど私は、ジェミニスプロの戦い方の方が好きでした。あの熱狂は、どこか怖いです」

 

 テレビ画面越しの熱気に身震いでもしたのか、綺羅は己を抱きしめるように肩を抱いた。

 和輝は、綺羅とは違った。軽く手を左胸に、心臓に当てる。

 鼓動が聞こえる。綺羅は怖いといったが、和輝もまた、あの熱気に充てられたのだ。おそらくそうした人間は多いだろう。特に、プロを目指しているならなおさらだ。

 トッププロの全力。それを垣間見た気がした。

 

『そしてそして! 見事な勝利を飾った獅子道プロには、現デュエルキングとのエキシビジョンマッチが実現いたしました! 開催は七月二十日の午後三時から! 会場は――――』

 

 興奮冷めやらぬ感じのアナウンサーの声を最後に番組が終了した。

 

「エキシビジョンマッチ、ですか。これはテレビで放送されるんですよね?」

「ああ。その予定だぜ。けど、やっぱ生で見たいよな」

 

 エキシビジョンマッチのチケットは対戦者不明のまま先行販売されているが、残念ながらそう簡単に入手できるものではない。和輝も手に入れようと試みたが、無理だった。

 

「あ、そういば」

 

 ぽんと綺羅が手を叩いた。

 

「父さんからエアメールが届いていました。なんか、狙ったようなタイミングですね」

「同感すぎる」

 

 一度奥に引っ込んだ綺羅が、封を開けていないエアメールを持って再登場。和輝に手渡す。

 和輝は持ってきた鋏で封を切った。

 中を取り出すと、まず手紙が目についたので、開いてみる。綺羅と一緒に覗き込んだ。

 

 

 ――――ハロー、愛しの我が子たちよ。元気にしているかね? こっちは元気だよ。何しろ父さんは愛しの母さんと夫婦水入らずだ。これで元気が出ないはずがない。いや、いっそこのまま三人目作成に取り掛かるか!?

 というわけで息子に娘よ。父さんはしばらく帰れないので二人でいるように。ああこちらに来なくてもいい。邪魔するな。そして帰った後、ロンドン土産は新しい家族だ!

 

 

「相変わらずですね」

「相変わらずだな」

 

 兄弟揃って平坦な反応を返しながら続きを読み進めた。

 

 

 ――――それはそれとしてロンドンの、というかイギリスの食事は世界一まずいなどといわれているね。デリケートな私としてはそんな場所で教授職などやった日には一か月で干からびてしまうと危惧したものだがそんなこともなかったよ。母さんの手にかかればまずい料理などできようがないがね! おかげで教授職関係での外食が苦痛でしょうがない。

 ところで母さんといえばやはりいつまでたっても若々しくて父自慢の妻なわけだが、やはりその辺はほかの教職者や学生たちの間でも―――

 

 

「この辺は飛ばしましょうか」

「……そだな、ずっとノロケだし」

 

 兄妹は即座に同意。延々と続くノロケを飛ばして――便せん二枚分くらいあった――本題に移ろうとした。

 

 

 ――――ところで我が子たちよ。君たちはここまで読み飛ばしたね? 私から母さんへの愛の言葉を読み飛ばすとは万死に値するよ? しかし私は現在妻への愛を叫んだのでとても気分がいい。見逃してあげようハハハハハ。

 

 

「読まれてましたね」

「頭いいけどバカだな」

 

 

 ――――さて本題に入ろうか。君たちのことだ。今日この手紙が届く日前後に放送していた全日大会のエキシビジョンマッチのチケットを手に入れようと奔走したものの、その試みはうまくいかなかったことだろう。

 そこで父はこのようなものを用意した。

 

 

「? なんでしょうか……ってこれ!」

 

 驚く綺羅が手にしていたのは、まさに今、話題に出たエキシビジョンマッチのチケットであった。

 

「チケット……、しかも二人分……」

 

 呆然と呟く和輝。まさかの展開に夢ではないかとも思った。

 兄妹は先ほどまでの呆れはどこへやら。慌てて手紙の続きを読みだした。

 

 

 ――――ふふふ、伝わる、伝わるよ子供たち。父への尊敬の念がね。まぁ実を言うと、それは我が友、クリノからもらったものだがね。君たち宛だ。

 

 

「あ、やっぱりご自分で入手したわけじゃないんですね」

「それを言っちゃう素直さがいまいち憎めないよな」

 

 

 ――――感じるよ子供たち。私への尊敬がみるみる萎えていくのがね。

 ああ、それから和輝。これは真面目な話だ。夏休みに入ったから一度、クリノのところに行きなさい。君は何でもないと思っていても、過去の記憶は嫌でも現在を侵略していく。防壁を築くのを忘れてはならない。いずれ対決する時のために。

 

 

 父の手紙はそこで終わっていた。和輝は沈黙。綺羅も、気づかわしげな視線を兄に向けるだけだ。

 

「父さんも心配性だな。俺はもう大丈夫なんだが……」

「いえ、行くべきだと思います」

 

 苦笑する和輝に対して、綺羅が思いのほか強い口調でそう言った。

 

「兄さん、父さんが言うってことは、離れていても兄さんが大丈夫じゃないって、分かっているんだと思います。だから、行くべきだと思います」

 

 綺羅はまっすぐにそう言った。和輝は妹の思いのほか真剣な様子に和輝は驚いたような表情を作ったが、すぐに微笑を浮かべた。

 

「ん。そうだな。そうするよ。だがまずはエキシビジョンマッチだ。せっかく先生がくれたんだ。行こうぜ?」

 

 和輝はチケットをひらひらと揺らしてそう言った。綺羅は笑顔で「そうですね」と答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話:対峙する巨大な壁

 神は言った。お前の願いはなんだ、と

 愚問だった。前から決まっていた。とても単純な願いだった。

 強い奴と、戦いたい。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 七月二十日。その日の学校は終業式。午前中で終了し、生徒たちは夏休みの計画を立てつつ、友人たちと帰路につく。

 

「おーい岡崎(おかざき)! 午後から遊びに行こうぜ!」

「あーすまん! 今日これから予定あるんだ! 悪い、また今度誘ってくれ!」

 

 友人からの誘いを断り、和輝(かずき)は家路を急ぐ。

 

「あ、兄さん!」

 

 綺羅(きら)もまた、友人たちの誘いを断って和輝に合流した。二人して帰宅後、いったん各々の部屋に戻って着替え。昼食を済ませて出かけた。

 目的地は東京、デュエルパレス。東京ドーム並みに巨大な、デュエリストによるデュエリストのための、デュエルの舞台。たいていの大きな大会は常にここで行われ、当然、全日大会もここで行われた。

 ここで今日、先日のデュエルモンスターズ七大大会の一つ、全日本大会を勝ち抜いた獅子道來(ししどうらい)プロとデュエルキング、六道天(りくどうたかし)とのエキシビジョンマッチが行われるのだ。

 和輝たちは思わぬ幸運からこの観戦チケットを手に入れた。となれば、何を置いても見に行きたいのはデュエリストとして当然。二人は昼食を済ませて移動を開始した。

 エキシビジョンマッチ会場であるデュエルパレスは、観戦者の群でごった返していた。

 

「凄い人だかりですね……」

「当然といえば当然だけどな。てゆーかまだ二時前だってのに……。やっぱもっと早くに行くべきだったか」

 

 その後、会場スタッフたちの案内と尽力によって特に大きな混乱は起こらず、和輝たちも特にトラブルなく会場入りで来た。

 だが、問題はそこから先にあった。

 

 

「和輝」

 

 それは、和輝たちが入場し、指定の席を探し当てた後のことだった。

 トイレに立った和輝は、用を済ませた後、廊下に出た時にふいに耳に届いた声に振り返った。

 予想通り、実体化したロキがそこにいた。

 金髪碧眼。異性どころか同性さえも振り返る美丈夫は、笑みを浮かべているいつもの表情を一変させた、真剣そのものな顔つきであっていた。

 

「どうしたロキ? いつになく真剣な顔をして」

「和輝、よく聞いてくれ。この会場に、神の気配がある」

「!」

 

 和輝の表情が一変する。先程までの、ウキウキとした、これからの楽しみを想像してちょっとにやける、緩んだ表情から、神々の戦争に身を投じている間の、険しいものへと。

 

「場所は!?」

 

 和輝の声もまた、険しい。今日、この場所は人が多い。もしも神の契約者が悪意ある人間で、この場の無関係な人々に危害を加えるようであれば、なんとしても止めなければならない。

 

「そう、だね。場所の特定も可能だ。けれどこの神は、ボクも知っている神だ。そして言える。強いよ、いままで戦ってきた神とは、桁違いに」

 

 ロキの表情に笑みはなく、和輝もそれが本気の言葉だと直感的に理解できた。

 心臓が高鳴る。ロキからもらった心臓が。その通りだと、そう叫んでいるようだった。

 

「だけど、そいつや、その契約者が無関係な人に危害を加えるのを、強いからって黙って見ているわけにはいかねぇぜ」

「そうだね。まぁ彼がボクが知っているまま変わっていないならば、無関係な人間に危害を加えるようなことはやらないし、させないと思うけどね」

「まだるっこしいな」

 

 いまいち言葉を濁すロキの態度に苛立ちを感じる和輝。表情も険しく、ロキを問い詰める。

 

「お前の知っている神であることは分かった。そいつが今までとは桁違いに強い神だってことも本当だろうさ。けど、俺に“退く”って選択肢はない。教えてくれ、ロキ。その神は一体誰なんだ?」

「……どうやら、何を行っても止まりそうにないね。――――その神は、オーディン、だよ」

 

 ロキは静かに神の名を告げた。

 

「オーディン、そいつは――――」

「ボクの義兄弟。そして、北欧神話の主神。この前話したよね? 神々の戦争参加者で、単体でも桁違いに強い神、その一柱だ」

 

 確かにそれは今までとは次元が違う。

 以前ロキは言っていた。各神話の主神クラス、太陽神クラスは別次元だと。単一で徒党を組んだ神々に匹敵する、と。

 だが、それでも。

 

「だとしても俺に退く理由はない。確かに、お前の言う通り、オーディンは契約者がもしも外道でも、非道を許しはしないだろう。けど、相手が強いことが分かっているからって、退くようじゃ、意味がない。

 俺はな、ロキ。プロデュエリストを目指している。そしてプロってのは、眼前の戦いから逃げちゃダメだと、そう思う」

 

 まっすぐな眼差しで、和輝はそう言った。ロキはちょっと驚いたように和輝の顔をまじまじと見つめ、次いで笑みを浮かべた。

 

「そう、じゃあ仕方がない。行こう。オーディンの気配は掴んでいる。すぐに――――」

 

 すぐに行こう。邪魔な警備員とかはボクがどけよう。ロキはそう言おうとした。

 だがこの時、和輝とロキは気づいていなかった。自分たちが神の気配に気づいたように、相手もまた、自分たちに気づいたのだということを。

 常に先手をとっていた彼らは失念していた。()()()()()()()()()()()()()

 

「よし、じゃあ行こうぜ、ロキ――――」

 

 和輝は誓って、ロキから目を離していなかった。なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 何が起こったのか、咄嗟に理解できなかった。

 

「なに、が―――――」

 

 何が起こった。何らかの神の力であることは間違いない。分断された。ではどこに? 次々と思考が流れるが、それらはすべてぶつ切りで次へと繋がっていかない。

 端的に言って、混乱状態にあった和輝の耳朶を、カツン! という音が叩いた。

 決して大きな音ではなかった。寧ろ普通の、ただの足音だ。だが決して無視できない存在感を、その音は持っていた。

 反射的に音の方に振り返った。和輝の目に飛び込んできた男の姿を見て、彼は硬直、そして驚愕に目を見開いた。

 清潔に切りそろえられた銀髪に褐色の肌、金色の瞳。がっしりした体つきと眉目秀麗な容姿。纏っているのはジャケットの前を開けた黒の三つ揃いスーツ。ジャケットと同じ黒いベスト、白いワイシャツに青のネクタイ。

 和輝は知っている。『彼』はこのような公式戦。それも優勝決定者とのエキシビジョンマッチには、必ずこのような正装で来る。まさに礼を払う装い、礼装として。それだけ『彼』は優勝者、即ち強者に敬意を払っているのだと、以前雑誌のインタビューで見たことがある。

 彼との邂逅を、プロを目指すのならば、いや、デュエリストならば夢見るのは当然だ。誰だってそうだろう。和輝だって、例外ではない。

 夢のような光景を前に、和輝は震えながら、その名を口にした。男の名を。

 

「デュエルキング……、六道天……」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「なにが……、おきた……?」

 

 ロキは現状が理解できていなかった。

 さっきまで彼はトイレの前の廊下、誰もいなことを確かに確認したうえで、契約者の和輝と会話していたはずだ。

 感じ取ったオーディンの気配。攻めるべきか、退くべきかの選択肢。戦うことを選んだ和輝を若干誇らしく思ったその時だった。

 不意にロキの見ている景色が真横に流れていき、後は何が何だかわからないうちに、デュエルパレスの外まで引っ張りだされていた。

 おそらく魔術的な力と体術の複合だろうと、ロキは思った。

 魔術のみならばロキは感知できた。体術ならばもっと大ごとになっているだろう。複合ならばどうか? 音速超過のソニックブームを巻き起こしかねない速度で相手はロキをかっさらい、そのうえで物理的被害は魔術で防ぐ。これならロキが魔術を感知したころにはすでに拉致されているので意味がない。

 いや、そもそもこんな大がかりなことを成すには魔術、体術、力と魔の両方に通じていなければならない。

 そんな神が、果たしてどれだけいるか。

 

「てゆーかもう犯人は分かっているんだよ」

 

 言って、ロキは振り返る。その“犯人”がいる方向へと。

 

「そうだろ? オーディン」

「ああ、その通りだ。久しいものだな、ロキ」

 

 ロキの視線の先にいる人物は、悠然とたたずんでいた。

 それだけですさまじい存在感だった。

 人間の世界に紛れるためか、それとも別の理由があるのか。格子状の柄が入ったネイビーのスーツ姿に腰まで届く金髪、アメジストをはめ込んだような紫の瞳。ただし右目だけ。左目は黒革に金の金具で止められた眼帯によって隠されている。ロキは知っている。その眼帯の奥にあるはずの眼窩はない。この神は知識のために簡単に左目を捨てたのだ。

 

「さて、お前もまた、神々の戦争に生き残っていたようで、我は嬉しいぞ」

「それはどーも。あ、トールにもあったよ。てゆーか、ボクの契約者の友達だったんだ。今は同盟組んでる」

「それはすごい。トールとお前は神界にいた頃からの無二の親友だったからな。人界でも、そして神々の戦争中でもその友情が続いていることを、素直に嬉しく思う」

 

 ロキとオーディンは、外見上は穏やかに会話を交わす。だが内面はそうでもない。特にロキは焦っていた。

 

(まさかオーディンの方から、こんな速攻をかけてくるとはね……。確かにオーディンは機を見るに機敏に行動できる奴だったし、そのためなら強引な手を打つことを躊躇わなかったけど)

 

 まさかこんなに早く分断されるとは。

 神々の戦争に参加している神は、契約者の人間を直接害することができない。

 だがこれは神のみの話。契約者ならば他の契約者を害することができる。

 和輝は身体能力に秀でた少年だと思うが、上には上が山ほどいる。しかも、契約者の特権であるカード効果の実体化を持ってすれば、奇襲でいかなる相手も殺すことができる。今この瞬間も、和輝が無事である保証もない。駆けつけたいが、オーディンを振り切れるかどうか。

 

「契約者が心配かな、ロキ?」

 

 見透かされた。ロキはあえて肩をすくめ、気楽な調子で「当然だよ」と言った。

 

「だって和輝はボクの契約者だよ? 気になるに決まっている」

「心配するな。我の契約者はデュエル以外の方法で契約者を仕留めるような無粋な真似はしない。そんな()()でもないしな。

 

 こうして我らと契約者たちを分断したのはな、我の個人的な我儘(わがまま)だ。始める前に、お前と話をしたかったのだ」

 

「ボクと? へぇ」

「ああ。お前の契約者の少年にも興味がある。いや、奇縁に、というべきか。七年前のあの日から続いている、な」

「ッ! 和輝のことを、知っているのかい? 千里眼?」

 

 表情を緊の一字に固めるロキに対して、オーディンは苦笑する。

 

「それはヘイムダルの領分だ。我のものではない。だが予想はできるぞ、ロキ。お前は神として、力が弱い。その上さらに心臓を人間の子供を救うために与えた。必然、お前の力はさらに下がった。

 だが、お前は神々の戦争の勝ち抜いている。お前が戦いになっている時点で、お前の契約者は七年前にお前が心臓を与えた子供だと予想できる。つまるところ、彼以外の契約者では、お前はまともに戦えない」

「だから、契約者が七年前、ボクが救った子供だと?」

「違わないだろう?」

 

 オーディンは断定口調だ。それ自体は正解なので何も反論はない。ロキは「その通りだよ」と呆れ交じりのため息とともに言葉を吐きだした。

 

「だけどオーディン、そんなことが言いたくて、こんな強引な手段に訴えたのかい?」

「そんなわけがない。契約者の話はついでだ。興味があるのは事実だが本筋からは外れている。それに、お前が彼について、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 謎めいたオーディンの台詞に、ロキは沈黙し、ようやっと言葉を絞り出した。

 

「そういえば、君は、あの時のボクの行動を見ていたんだったね。君は言っていたね、馬鹿なことはやめろと」

「そうだ。神の心臓を半分移植しても、あの子供が生き延びられる可能性は半々。いやそもそも、わざわざ自分の力を削ってまでそんなのことしたのかと、そう思ったものだ」

「だとすれば、胸を張って答えるよ。それしか和輝を救う方法はなかった。だからやった。それだけさ。だってボクは、人間が大好きだからね! 死にかけている人間を救いたいと思うさ」

 

 一眼を眇めるオーディンに対して、ロキは胸を張り、いっそ快活なほどにそう答えた。ニコニコと笑みを浮かべているが、その姿は己の行為に対する誇りが感じられた。

 

「人間好きは相変わらずか。そんなお前が神々の戦争に勝利した時、一体どんな王になるのだろうな」

 

 それが本題か。ロキは内心でそう呟き、笑顔のまま告げた。己の王のあり方を。

 

「勿論、人間に自由を与える王だよ」

 

 笑みを浮かべたままのロキに対して、オーディンの表情は渋い。

 

「やはり、お前はそう口にするか。昔から変わらず。愚かしいぞ、ロキ」

 

 ロキの願いを、オーディンは切って捨てた。

 

「分かっているのか? 人界は現在、神の干渉を受けている。無論直接的に降臨はしない。だが人類の歴史の節目節目で陰から干渉し、コントロールしてきた。人類が自滅しないように」

「知っている。人間はふとしたことから自滅の道を歩んでしまう脆い生き物だ。だから神はかつては大っぴらに、今は陰ながら干渉し、人間の行く末をコントロールしてきた。だがそこに自由はない。人間の霊は、常に神に縛られている」

「それこそ秩序というものだ。何もかもから解き放たれた混沌は、ただの暴虐でしかない。弱肉強食の世界は、知性なき獣だからこそルールとして成り立つのだ。お前は、そんな人の世を望むのか?」

「否、だ、オーディン」

 

 問い詰めるオーディン。きっぱりと否定するロキ。

 

「ボクは人間を愛している。人間は醜い。浅ましい。愚かしい。美しい。懐深い。賢明だ。分かるかいオーディン? この矛盾を孕んだ魂が。複雑なパズルの様な精神性が。とても面白い。見ていて飽きない。関わって楽しい。そして、時に後戻りをしても、歩みは遅々としていても、一歩一歩、確実に前に進んでいる。

 ――――ボクは、そんな人間が心底から大好きだ。そんな彼らが。いつまでも魂を神に縛られるなんて我慢ならない。人間の、神をも凌駕しかねない可能性を殺している」

「その可能性は、自分自身すら殺す。お前の言う進歩の先に自滅が口を開けていたことを忘れたか? ほんの七十年ほど前のことだぞ」

「核兵器の開発とその使用か。確かに、あれは神が介入しなければ、人類は核戦争で滅んでいたかもね」

「それでもお前は、人間の霊の解放を願うのか? 人間は、我々神が舗装した道を歩むべきだ」

 

 オーディンの主張。だがロキは首を横に振った。

 

「違うね。例えそこが何もない、荒れ果てた大地だとしても、人間は、自分の足で歩くべきだ」

 

 二柱の主張は――――

 

「人間は神の導きがなければ生きられない。神の庇護を離れて歩く先は自滅だ」

「それが人間の意思で、人間の足で歩んだ結果ならば、その滅びも含めて、愛おしい」

 

 どこまでも決して交わらない平行線だった。

 沈黙の後、嘆息するオーディン。「致し方ない」

 同じく肩をすくめるロキ。「平行線だね」

 ならばもう、後は決まっている。

 戦いで、雌雄を決するのだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 六道天の名が世界に知れ渡ったのは、十年前のデュエルモンスターズの世界大会だった。

 当時、六道は十八歳。プロ一年目のEランカーだった。 

 七大大会のうち、世界大会だけは全てのプロに参加資格があり、予選さえ通過すればEランクのような下位のプロでも本戦のトーナメントに出場できた。

 もっとも、普通、プロ一年目の新米が参加するには多くの壁を乗り越えなければならず、現在まで、Eランカーが本戦トーナメントまで出場できた例は六道の一例のみだ。

 その一点だけをとっても、六道はいわゆる注目株だった。

 それがデュエルモンスターズの歴史に刻まれることになったのは、その世界大会二回戦のことだった。

 六道は第一シードの、当時のデュエルキングと対戦した。

 そして彼は勝利した。その後、優勝。新たなデュエルキングとなり、以来十年間。公式戦で負けなしの前人未到の記録を築き上げている。

 全てのデュエリストの頂点であり、目標であり、憧れである。

 そんな生ける伝説が、和輝の目の前にいた。

 

「――――――」

 

 和輝は言葉もない。なぜここに? という疑問が湧き、いつもの和輝ならすぐに答えが出るはずが、混乱で状況判断ができず、呆然自失とするばかりだ。

 

「そう緊張しなくていい。ロキの契約者」

 

 冷静で静かで重い、鉄のような声で、六道はそう言った。それは和輝の更なる混乱を招くのに十分な台詞だった。

 

「ッ!?」

 

 なぜ知っている? そういう疑問は、ようやく少しは混乱から立ち直った頭が自答した。決まっている。目の前の男も、神々の戦争の参加者なのだ。しかも、直前のロキとの会話から考えて、契約した神は――――

 

「オーディンの……契約者……。デュエルキングが……?」

「その通りだ」

 

 絞り出すような和輝の言葉。六道はしっかりと、見間違えようがないほどはっきりと頷いた。

 

「少し待っていてくれ。今、オーディンがロキと話をしている。戦うのは、それからだ」

 

 戦う。デュエルキングが? アマチュアの俺と? 夢のような内容だ。だが現実だ。

 そうだ、神々の戦争なのだ。公式戦じゃあない。そして神々の戦争の参加者という立場は対等だ。

 

「ここは狭い。場所を変えよう」

 

 すでに戦うことを前提に話が進んでいるが、和輝に否はない。一目見た瞬間から、六道が邪悪な存在ではないと思ったが、そもそもそれ以前に、デュエリストで、特にプロを目指す以上、非公式とはいえデュエルキングと戦える機会を逃す者はいない。

 

「ああ、そうだ」

 

 と、ふと何かに気づいたように、六道は足を止めることなく、背中越しに和輝に向かって言った。

 

「少年、一つ聞きたいことがあった。まぁ、私ではなく、オーディンが、だが。彼は今、ロキと旧交を温め合っているだろうから、聞いておいてくれと、言われていたんだった」

 

 何だろうか? 疑問符を浮かべる和輝に対して、六道は告げた。

 

「君は何のために神々の戦争に参加している?」

「――――――――――――」

 

 それは、和輝の真芯をつく質問だった。

 和輝は、神々の戦争に掛ける願いはない。参加したのだって、成り行きだ。

 

「何か、叶えたい願いがあるのか?」

 

 そんなものはない。今だって思い浮かばない。

 

「俺は、別に何か願いを持って戦っているわけじゃない、です」

「そう、か。まぁそうなのだろうな。私と同じだ」

 

 え? と和輝は少し間の抜けた声を六道の背中に向かって放った。

 

「ただ、神々の戦争と言う、常人が決して経験できない戦いがあった。()()()()()()()。強い者と戦える。この胸を熱くさせてくれるのではないか。そう考えた。要するに私の願いは熱くなれるデュエルがしたいこと。この過程こそが私の報酬で、願いなんてものは考えていない」

 

 つまるところ、純粋な戦いを求めて、神々の戦争に参加したということだ。

 ある意味、もっとも純粋で、だからこそ際限のない願いだといえる。

 和輝は、一度息を吐いて気分を切り替える。六道の声音は淡々としたクールなものなのに、その言葉の奥に、マグマの様に煮えたぎった熱い感情を垣間見た気がしたからだ。

 

「最初に戦いに参加したのはなりゆきと、怒りからです」

「怒り?」

「神々の戦争で、人の命を何とも思わない神に対する怒り、そんな奴らを、許してはおけないっていう、俺の中の怒りです。この非道を許すなと、この心臓が言っているからです」

 

 それが和輝の原初の気持ちだ。この気持ちは今も変わっていないし、参加したことに後悔もない。

 そしてもう一つ。

 

「そして俺はロキに借りがあります。七年前から、今に続いている、借りが」

 

 それは、命を救われたこと。死にかけた体を動かしてくれたこと。

 

「あいつは大したことじゃないっていうけれど、俺にとっては、でかくて、ちょっとやそっとじゃ返せない借りなんです。その借りを返すには、あいつがなりたがっている、神々の王にしてやる以外にないと、そう思っています」

 

 前を行く六道の足が止まった。デュエルパレスの外に出たのだと、和輝は遅れて気づいた。

 

「……なるほど。ならなおさら、負けられないわけだな」

 

 二、三歩進む六道。そして、くるりと踵を返し、和輝と向き直った。

 

「例え対峙するのが、デュエルキングでも」

 

 対峙する六道。その背後に実体化するオーディン。

 

「お待たせ」

 

 ロキもまた、いつの間にか和輝の背後に出現していた。

 そう、戦いが始まるのだ。

 

「バトルフィールド、展開」

 

 オーディンの一言の直後、世界が一変。二人と二柱は現実と位相のずれた世界。即ちバトルフィールドへと移行した。

 和輝と六道はほぼ同時にデュエルディスクを起動させる。

 

「エキシビジョンマッチまでまだ時間がある。心行くまで楽しもう」

「俺は、負けません」

 

 一拍の間。そして、

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの幕が上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話:王の力

 和輝(かずき)はデュエル開始とともに己の心臓を抑えた。

 心臓から湧き上がる確かな高揚感。それは心地よく、同時にかすかな痛みも与えていた。

 デュエルキングとの戦い。心躍らないわけがない。同時に、六道(りくどう)と自分にどれだけの差があるのか、見極めなければならない。

 両者の胸元に宝珠が輝く。和輝は彼の滾る思いを代弁したかのような赤。六道は、王者の存在感あふれる、金色。

 

 

和輝LP8000手札5枚

六道LP8000手札5枚

 

 

「私の先攻」

 

 先攻は六道。彼はドローフェイズ、スタンバイフェイズをつつがなく消化し、メインフェイズ1に入る。

 

「まずは、これでいこう。永続魔法、魔神王の契約書を発動。これで私は、融合カードなしで融合召喚が可能となった。

 

 ここで、魔神王の契約書の契約書の効果を発動。手札のDDケルベロスとDDリリスで融合!」

 

「いきなり融合召喚か!」

 

 半透明のロキが叫ぶ。和輝は渋い表情だ。

 

「キングのDDデッキは融合、シンクロ、エクシーズ、そしてペンデュラムといった、エキストラデッキからの召喚方法を全て使える。できることが多すぎるから、その変幻自在な戦法は見る者を魅了するんだ」

 

 和輝の眼前で、六道のフィールドの空間が歪み、渦を作る。その渦に、六道の手札から二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「三つ首の魔犬よ、楽園の毒婦よ。今一つに混ざり合い、新たな王を導け! 融合召喚、燃え上がれ、DDD烈火王テムジン!」

 

 渦の中から巨大な力が現れる。

 新たに現れた融合モンスター、黒い肌に赤い盾と剣、そしてところどころに棘の様な装飾が施された軽装鎧姿。それは防御力を最低限に、攻撃力と速度を高めたような姿だった。その全身からは炎のように揺らめく赤いオーラが立上っていた。

 

「さらに、私は手札から、DDナイト・ハウリングを召喚。効果で、墓地からDDリリスを特殊召喚する」

 

 六道の手は止まらない。新たに現れたずらりと牙が並ぶ巨大な口。目らしきパーツはあるが、それ以外は身体はおろか、顔さえもない奇怪なモンスター。その咆哮が轟くと、それが死者を冥府から目覚めさせる鐘の音となった。墓地から、下半身が茎を、上半身が花弁を模したと思われる、歪な姿の女性型悪魔が現れた。

 

「この瞬間、烈火王テムジンと、リリスの効果発動の権利を得たが、今、その権利は行使しない。このままシンクロだ。レベル4のDDリリスに、レベル3のDDナイト・ハウリングをチューニング」

 

 融合召喚の次はシンクロ召喚。三つの緑の光の輪となったナイト・ハウリング。その輪をくぐり、四つの白い光星となったDDリリス。光星に光の道が走る。

 

「夜の咆哮者よ、楽園の毒婦よ。今一つに響き合い、新たな王を導け! シンクロ召喚、駆け抜けろ、DDD疾風王アレクサンダー!」

 

 光の帳がフィールドに降り立ち、その向こうから現れる新たな王。

 頭頂部が長い兜を被った白い騎士姿。緑のマントを翻し、緑色の風をその身に纏わせている。

 

「DDモンスターの特殊召喚に成功したため、テムジンの効果発動。墓地から、DDケルベロスを特殊召喚する」

 

 アレクサンダーの登場に呼応するように、テムジンが右手の剣を天高くつきあげる。すると、その仕草が何らかのトリガーとなったのか、六道の墓地から、ベルト状の拘束具で拘束された、人間の様な下半身に、三つ首の魔犬の前半分がつなげられた、一般に想像するケルベロスの斜め上を行く異形の怪物が現れた。

 

「さらに、DDモンスターの特殊召喚をトリガーとして、アレクサンダーの効果を発動。墓地からDDモンスター、DDリリスを特殊召喚。自身の特殊召喚に成功したため、DDリリスの効果発動。墓地のDDナイト・ハウリングを手札に戻す」

「また、モンスターが揃った。なるほど、さっきDDリリスを特殊召喚した時に烈火王テムジンの効果を使わなかったのは、新たな展開を考えてのことか」と納得顔のロキ。

「そして、キングの場には二体のレベル4モンスター、つまり次に来るのは――――」

 

 笑みを浮かべる六道。「そう、これだ。DDケルベロスとDDリリスでオーバーレイ!」

 エクシーズ召喚。六道の頭上の空間に、星瞬く広大な銀河のような、渦を巻く空間が展開。その空間の中心点に、二体のDDモンスターが紫の光と化して飛び込んだ。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発が、銀河の中心点から巻き起こる。

 

「三つ首の魔犬よ、楽園の毒婦よ。今一つに重なり合い、新たな王を導け! 破砕せよ、DDD怒濤王シーザー!」

 

 粉塵の向こうから、重々しい足音を響かせて現れる、新たな王。

 濃い青を基調にした重装甲の鎧に身を包んだ、戦車のごとき重装戦士。手にする身の丈よりも巨大な両刃の剣、そして全身からあふれ出る、水をイメージした青いオーラ。

 

「一ターン目から、融合、シンクロ、エクシーズ、か。大盤振る舞いだね」

「しかも手札消費三枚。やべぇぜ」

 

 冷や汗を流す和輝とロキ。その眼前、六道が一枚のカードをデュエルディスクにセットした。

 

「闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、DDナイト・ハウリングを除外。カードを一枚セットし、多次元の宝札を発動」

「あー、あれは、和輝も使っていたねぇ」

「このターンに融合、シンクロ、エクシーズ召喚に成功した数だけ、カードをドローできるドローブーストカード……」

「その通り。私はこのターン、三回のエクストラデッキからの特殊召喚を行った。このままエンドフェイズに移行し、カードを三枚ドロー。ターン終了」

 

 

魔神王の契約書:永続魔法

「魔神王の契約書」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分メインフェイズに発動できる。自分の手札・フィールドから、悪魔族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。「DD」融合モンスターを融合召喚する場合、自分の墓地のモンスターを除外して融合素材とする事もできる。(2):自分スタンバイフェイズに発動する。自分は1000ダメージを受ける。

 

DDD烈火王テムジン 炎属性 ☆6 悪魔族:融合

ATK2000 DEF1500

「DD」モンスター×2

「DDD烈火王テムジン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在し、自分フィールドにこのカード以外の「DD」モンスターが特殊召喚された場合、自分の墓地の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):このカードが戦闘または相手の効果で破壊された場合、自分の墓地の「契約書」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

DDナイト・ハウリング 闇属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK300 DEF600

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は0になり、そのモンスターが破壊された場合に自分は1000ダメージを受ける。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は悪魔族モンスターしか特殊召喚できない。

 

DDリリス 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK100 DEF2100

「DDリリス」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●自分の墓地の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

●自分のエクストラデッキから、表側表示の「DD」Pモンスター1体を手札に加える。

 

DDD疾風王アレクサンダー 風属性 ☆7 悪魔族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

「DD」チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「DDD疾風王アレクサンダー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在し、自分フィールドにこのカード以外の「DD」モンスターが召喚・特殊召喚された場合、自分の墓地のレベル4以下の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

DDケルベロス 闇属性 ☆4 悪魔族:ペンデュラム

ATK1800 DEF600

Pスケール:赤6/青6

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを4にし、攻撃力・守備力を400アップする。

モンスター効果

(1):このカードが手札からP召喚に成功した時、「DDケルベロス」以外の「DD」モンスターが自分フィールドに存在する場合に自分の墓地の永続魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

DDD怒濤王シーザー 水属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK2400 DEF1200

悪魔族レベル4モンスター×2 

「DDD怒涛王シーザー」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。このターンに破壊されたモンスターをバトルフェイズ終了時に、自分の墓地から可能な限り特殊召喚する。次のスタンバイフェイズに自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの数×1000ダメージを受ける。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「契約書」カード1枚を手札に加える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

多次元の宝札:通常魔法

「多次元の宝札」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):発動ターンのエンドフェイズ、自分がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した数だけ、カードをドローする。

 

 

DDD怒濤王シーザーORU(オーバーレイユニット)×2

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ターンは和輝に移る。気合の声を上げ、カードをドロー。必要以上に声を上げているのは、キングとのデュエルの緊張によるものか。

 

「さて、相手は一ターン目から飛ばしてきた。君はどうする?」

「決まってる。守りに入れば俺のライフは一瞬で消し飛ぶ。だから、攻める! 苦渋の決断を発動! デッキから通常モンスター、ギャラクシーサーペントを墓地に送り、デッキから二枚目のギャラクシーサーペントを手札に加える。そして、デッキトップからカードを三枚墓地に送り、光の援軍を発動。ライトロード・メイデンミネルバを手札に加える。

 さらに今手札に加えたミネルバを捨てて、ソーラー・エクスチェンジを発動。二枚ドローし、デッキトップから二枚墓地に送る。さらにミネルバの効果で、追加で一枚、墓地に送る。」

 

 墓地を肥やす。まずは下準備だ。相手はかつてない強敵。だが負けるつもりはない。負けないために、今打てる手は全て打っておく。

 送られたカードは合計六枚。それぞれ千本ナイフ、タスケルトン、ライトロード・アサシンライデン、ガガガマジシャン、スピリット・バトン、ガード・オブ・フレムベル、以上の六枚だ。

 

「なかなかの落ち」

「それくらいしてもらわなければ、戦いに来た甲斐がない」

 

 デュエルディスクを使い、和輝の墓地に落ちたカードを確認したオーディン陣営は、感心するオーディンと、淡々と受け流す六道という構図。和輝は意識してそんな相手チームの様子を頭から締め出す。何しろ、ようやく動く準備が整ったのだ。

 

「行くぜ! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、太陽の神官を特殊召喚! さらにギャラクシーサーペントを召喚!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、褐色の肌にどこかの民族衣装に杖を持った大柄な男。そしてその傍らに、光り輝く美しい身体を持つ、銀河の海を泳ぐ蛇竜。

 

「レベル5の太陽の神官に、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 六道に負けじと、和輝もシンクロに手を出す。

 右手を振り上げる和輝。そのフィールドで走るシンクロエフェクト。二つの光の輪となったギャラクシーサーペントと、その輪をくぐり、五つの光星となった太陽の神官。光の道が、星の行く末を導く。

 

「集いし七星(しちせい)が、魔石の力操りし女魔導師を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、現れろ、アーカナイト・マジシャン!」

 

 光の帳が辺りに降りる。そして現れるシンクロモンスター。

 紫の意匠を施された白いローブに身を包んだ女魔術師。その周囲を、ほのかに光るエメラルドグリーンの光が二つ、まるで蝶のように舞い踊る。このエメラルドグリーンの輝きこそ、彼女のシンクロ召喚時に乗せられる二つの魔力カウンターだ。

 

「アーカナイト・マジシャン効果発動! このカードの上に乗っている魔力カウンターを一つ取り除き、烈火王テムジンを破壊する!」

 

 アーカナイト・マジシャンの周囲を蝶のように舞うエメラルドグリーンの光のうち、一つが主の女魔術師の命に従って弾丸と化す。

 自律ビットのように変幻自在の動きを見せた光弾がテムジンに襲い掛かる。

 

「うん。テムジンは相手によって破壊された時、墓地の契約書を回収できる。けど今、オーディンの契約者の墓地に契約書カードはない。気兼ねなく破壊できるってわけだ!」

 

 ロキの言う通りであり、それが和輝の狙いだ。だが、六道が淡々とデュエルディスクのボタンを押した。同時に、彼の足元に伏せられていたリバースカードが翻る。

 

「チェーン、速攻魔法、契約破棄(リース・ブレイク)を発動。私の場の契約書一枚を破壊し、二枚ドローする。私が破壊するのは、魔神王の契約書。二枚ドロー」

「あ!」

 

 しまったと目を見開く和輝。だがもう遅い。アーカナイト・マジシャンが放ったエメラルドグリーンの光弾がテムジンに直撃。破壊する。

 

「この瞬間、テムジンの効果が発動。墓地の魔神王の契約書を手札に加える」

「なんてこった。相手のカードを破壊したはずなのに、相手の手札が一気二倍になった」

 

 だが今らさ止められない。止まる気もない。

 

「……バックは剥がした。それでいい。それに、今度こそ墓地に契約書は送れないはずだ。俺はもう一度アーカナイト・マジシャンの効果を発動! 魔力カウンターを一つ取り除き、シーザーを破壊する!」

 

 先ほどの焼廻しのように、エメラルドグリーンの光弾が発射。やはり複雑な軌道を描いて、シーザーに直撃、破壊した。今度は六道側に動きはなかった。

 

「次だ! 手札から魔法カード、黒魔術のヴェールを発動。1000ライフを払い、墓地のガガガマジシャンを特殊召喚!」

 

 和輝のフィールド、アーカナイト・マジシャンの傍らに現れたのは、背中に「我」の字が入った黒衣に覆面、チェーンで己を飾った男の魔術師。魔術師というよりは、喧嘩好きな番長、そんな印象だ。

 召喚されたモンスターを見て、ほぅと声を上げる六道。「ガガガマジシャン、次はエクシーズか」

 吠えるように答える和輝。「おうよ! ガガガマジシャンの効果で、自身のレベルを7に変更!」

 これで和輝のフィールドには、レベル7のモンスターが二体。出すにはころあいだ。

 

「レベル7となったガガガマジシャンと、アーカナイト・マジシャンで、オーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 走るエクシーズエフェクト。虹色の爆発が起こり、周囲に音をまき散らす。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 粉塵の向こうから現れたのは、ブラック・マジシャンに酷似したモンスター。違うところといえば、ローブの色が若干淡く、蒼に近くなり、肌の色が褐色になったこと、そしてローブの上から、金に縁どられた藍色の魔導鎧を着込んだことか。

 その周囲に衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU。

 

「幻想の黒魔導師、効果発動。ORUを一つ取り除き、デッキからブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 幻想の黒魔導師の周囲を旋回していた光球の一つが消失。そして、その最後の輝きに導かれるように、和輝のデッキから黒衣の魔術師、ブラック・マジシャンが現れた。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでアレクサンダーに攻撃! この瞬間、幻想の黒魔導師の効果により、アレクサンダーをゲームから除外する!」

 

 杖を手足の様に巧みに、風車のように旋回させ、先端の宝珠をアレクサンダーに突き付けるブラック・マジシャン。その動きに合わせるように、幻想の黒魔導師もまた、杖を繰り出す。

 合体攻撃。ブラック・マジシャンが放った稲妻の群が幻想の黒魔導師の援護を受けて、空間に突き刺さる(くさび)と化す。

 楔がアレクサンダーの背後の空間に着弾。その衝撃が空間自体を破壊、割れた空間が虚ろな穴となり、そこから発生した吸引力がアレクサンダーを捕え、吸い込んでいった。

 

「これでがら空きだ! 和輝!」

「ああ、今が攻め時! 相手モンスターの数が変化したため、攻撃対象を変更! ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 一気呵成に攻め立てようとする和輝。だがその出鼻が挫かれた。攻撃をしようとしたブラック・マジシャン、そして次に控えていた幻想の黒魔導師の動きが止まった。

 

「これは――――」

「手札からバトルフェーダーの効果を発動。このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる」

「残念だったな、契約者の少年」

 

 止められた。渾身の攻めをあっさり躱されて、和輝の瞳が僅かに揺れる。

 思考を切り替える。貴重な手札からの防御カードを潰したのだと、そう考えるのだ。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 声を荒げているのは、気圧されているからでは断じてない。

 

 

苦渋の決断:通常魔法

「苦渋の決断」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地へ送り、その同名カード1枚をデッキから手札に加える。

 

光の援軍:通常魔法

(1):自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動できる。デッキからレベル4以下の「ライトロード」モンスター1体を手札に加える。

 

ソーラー・エクスチェンジ:通常魔法

手札から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローし、その後自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ライトロード・メイデンミネルバ 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK800 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「ライトロード」と名のついたモンスターの種類以下のレベルを持つドラゴン族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。このカードが手札・デッキから墓地へ送られた時、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

太陽の神官 光属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK1000 DEF2000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから「赤蟻アスカトル」または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆7 魔法使い族:シンクロ

ATK400 DEF1800

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

契約破棄:速攻魔法

「契約破棄」は1ターンに1枚しか使用できない。(1):自分の手札、またはフィールドの「契約書」カードを1枚破壊し、カードを2枚ドローする。

 

黒魔術のヴェール:通常魔法

(1):1000LPを払って発動できる。自分の手札・墓地から魔法使い族・闇属性モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

ガガガマジシャン 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF1000

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に1から8までの任意のレベルを宣言して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードのレベルは宣言したレベルになる。「ガガガマジシャン」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。このカードはシンクロ素材にできない。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

幻想の黒魔導師ORU×1

 

 

和輝LP8000→7000手札2枚

六道LP8000手札5枚(うち1枚は魔神王の契約書)

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローカードを確認している六道の耳に、半透明となったオーディンの声が届いた。

 

「やるものだな、あの少年。あの布陣を一ターンで切り返したぞ」

「ああ。少し、楽しい」

 

 六道が穏やかな笑みを見せたのは一瞬。すぐさま無表情に近い、(いわお)のような表情に戻った。

 

「だから、続けるとしよう。永続魔法、地獄門の契約書を発動。効果を使用し、デッキからDDウロボロスを手札に加える」

「また、動き始めるみたいだね」

「ああ。今度は何が出てくるか……」

 

 身構える和輝とロキ。その眼前で、六道はデッキをデュエルディスクから外し、扇状に広げた後、一枚のカードを手札に加えた。

 

「手札のDDD反骨王レオニダスを、ペンデュラムスケール赤にセッティング」

 

 六道のフィールドに、青白く輝く光の柱が二本、屹立する。そのうちの一本に、反骨王レオニダスが収まり、レオニダスの下方に楔形の「3」が表示された。

 

「そして、手札のDDウロボロスの効果発動。手札のDDウロボロス(このカード)を捨て、私のフィールドのDDまたは契約書カードを一枚破壊、そして、デッキからレベル4以下のDD一体を特殊召喚できる。

 私が破壊するのは、ペンデュラムゾーンにセッティングされたレオニダス。効果でデッキからDDラミアを特殊召喚。レオニダスはエクストラデッキに送られる」

 

 スケール破壊。同時に光の柱が消失し、六道のデッキから更なるカードが排出、彼の手札に加えられた。

 新たに現れたのは、葉っぱ、花弁、蛇、女をかけ合わせたような、形容しがたい異形のモンスター。

 

「次。バトルフェーダーをリリースし、DDプラウド・オーガをアドバンス召喚」

 

 六道のフィールドにいたバトルフェーダーが、白い光の粒子となって消えていく。

 そして新たに現れたモンスター。白銀の鉄鋼鎧に身を包み、鎧を赤の戦衣で覆った斧持つ鬼。ステータスは上級モンスターの中でも平凡だが、その本領はスケール8のペンデュラムモンスターであること。そしてその効果か。

 

「プラウド・オーガの効果発動。エクストラデッキから、反骨王レオニダスを効果を無効にした状態で特殊召喚する」

 

 現れたのは、ローマの剣闘士(グラディエーター)が被るような、モヒカン状の冑に、黄金の鎧甲冑、巨大な円形の盾を備え、同じく巨大な剣を振るう殿(しんがり)の王。

 だがそれさえも、六道にとっては己の戦術の一行程に過ぎない。

 

「レベル7、DDD反骨王レオニダスに、レベル1、DDラミアをチューニング」

 

 シンクロ召喚。先程と同じシンクロエフェクトが走り、光の帳が下りる。

 

「スパルタの英霊よ、怨念の母蛇よ。今一つに響き合い、新たな王を導け! シンクロ召喚、出でよ呪血王サイフリート!」

 

 現れる新たな王。青白い肌、白銀の鎧と、銀の髪。赤いマフラーをなびかせ、身の丈ほどの大剣を手足の様に操るその姿は英霊に相応しい。

 

「サイフリート、こいつはまずいぜ」

 

 和輝の表情は苦しげだ。

 サイフリートは一ターンに一度、フィールドの魔法、罠の効果を次のスタンバイフェイズまで無効化できる。これは相手ターンにも使用でき、こいつが居座っている限り、和輝が発動した魔法や罠は無力化される。永続カードならともかく、通常、速攻に分類されるカードは無効化され、そのまま効果を発動できずに墓地送りだ。

 

「牽制としても十分すぎるね……」

「そして何よりやばいのが、まだ終わりそうにないってことだ……ッ!」

 

 戦慄する和輝の眼前で、六道はさらにカードを繰り出した。

 

「再び魔神王の契約書を発動し、効果を使用。墓地のDDD怒濤王シーザーとDDケルベロスを除外融合」

 

 融合召喚。六道のフィールドの空間が歪み、渦を作り、その渦に二体のモンスターが飛び込んだ。

 

舌剣(ぜっけん)鋭き英霊よ、三つ首の魔犬よ。今一つに混ざり合い、新たな王を導け! 融合召喚、破砕せよ、DDD剋竜王ベオウルフ!」

 

 現れる新たな王。

 金の金具で(よろ)われた黒衣を見に纏った、蒼い人狼。武器はない。寧ろ、その爪が、牙が、いかなる名剣をも凌駕する、彼の王の至高の武器か。

 

「バトルだ。サイフリート、ベオウルフでブラック・マジシャン、幻想の黒魔導師を攻撃」

 

 下る攻撃宣言。二体のDDDがそれぞれの獲物に向かって肉薄。サイフリートの剣が、ベオウルフの爪が、二体の黒衣の魔術師を切り裂く。

 

「ぐああああ!」

 

 フィードバックのダメージが和輝を襲う。彼は二、三歩よろめき、踏みとどまった。

 しかし追撃に容赦はない。

 

「プラウド・オーガでダイレクトアタック」

 

 がら空きのフィールドを驀進する鎧の戦鬼。手にした斧が和輝の宝珠を狙う。

 

「終わ……れるか!」

 

 よろめきながらも和輝は動いた。両手を上げ、クロスさせる。直後、振り下ろされた斧の一撃が、頭上にあげた両手にヒット。衝撃が和輝の全身を駆け抜けた。

 

「があああああああああああ!」

 

 激痛に、和輝は膝をつく。通常であれば今の一撃で両手は砕かれるか、切断され、そのまま脳天までかち割れていたことだろう。

 

「ば、バトルフィールドの恩恵ってやつか……」

 

 身体能力の向上、肉体強度の上昇。そして物質の脆さ。それらが重なったおかげで、和輝の両腕はくっついていたし、骨に異常もなかった。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンド」

 

 

地獄門の契約書:永続魔法

「地獄門の契約書」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「DD」モンスター1体を手札に加える。(2):自分スタンバイフェイズに発動する。自分は1000ダメージを受ける。

 

DDD反骨王レオニダス 闇属性 ☆7 悪魔族:ペンデュラム

ATK2600 DEF1200

Pスケール赤3/青3

P効果

(1):自分が効果ダメージを受けた時にこの効果を発動できる。このカードを破壊し、さらにこのターン、LPにダメージを与える効果は、LPを回復する効果になる。

モンスター効果

(1):自分が効果ダメージを受けた時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、受けたダメージの数値分だけ自分のLPを回復する。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分が受ける効果ダメージは0になる。

 

DDウロボロス 闇属性 ☆2 悪魔族:効果

ATK500 DEF300

「DDウロボロス」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):手札のこのカードを墓地に捨て、自分フィールドの「契約書」または「DD」カード1枚を対象にして発動できる。デッキからレベル4以下の「DD」モンスター1体を特殊召喚する。

 

DDラミア 闇属性 ☆1 悪魔族:チューナー

ATK100 DEF1900

「DDラミア」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札・墓地に存在する場合、手札及び自分フィールドの表側表示のカードの中から、「DDラミア」以外の「DD」カードまたは「契約書」カード1枚を墓地へ送って発動できる。このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

DDプラウド・オーガ 闇属性 ☆6 悪魔族:ペンデュラム

ATK2300 DEF1500

Pスケール赤8/青8

P効果

(1):1ターンに1度、500LPを払い、自分フィールドの「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は500アップする。(2):もう片方の自分のPゾーンに「DD」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは5になる。

モンスター効果

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。自分のエクストラデッキから、表側表示の闇属性Pモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「DD」モンスターしか特殊召喚できない。

 

DDD呪血王サイフリート 闇属性 ☆8 悪魔族:シンクロ

ATK2800 DEF2200

チューナー+チューナー以外の「DD」モンスター1体以上

「DDD呪血王サイフリート」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードの効果は次のスタンバイフェイズまで無効化される。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分は自分フィールドの「契約書」カードの数×1000LP回復する。

 

DDD剋竜王ベオウルフ 闇属性 ☆8 悪魔族:融合

ATK3000 DEF2500

「DDD」モンスター+「DD」モンスター

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分の「DD」モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。(2):自分スタンバイフェイズに発動できる。お互いの魔法&罠ゾーンのカードを全て破壊する。

 

 

和輝LP7000→6700→6200→3900手札2枚

六道LP8000手札1枚

 

 

「俺のターン!」

 

 和輝の劣勢は明らか。というより、サイフリートが厄介だ。

 

「あいつが居座っているだけで、こっちの魔法、罠は大半が妨害される。モンスター効果は防げないけど、それを成せるカードが今、手札にはない、と。絶体絶命、かな?」

 

 ロキの言葉は真実だ。和輝の手札二枚では六道の布陣は突破できない。

 

「…………」

 

 無意識のうちに、和輝は無手の右手を己の左胸、心臓のある部分に当てていた。

 ドクンドクン。脈動が聞こえる。まだ諦めていない。自分も、この心臓の半分を担う神も。

 

「ロキ、俺は諦めない。まだこのドローが残っている。少しでも可能性が残っているのなら、俺はそれを手放さない!」

 

 和輝の返答に、ロキは満足げに笑った。この邪神は、和輝の心が抗うことを知っていてこう言ったのだ。そうすれば、和輝がなお奮起すると確信して。

 

「ドロー!」

 

 カードを引く和輝。ドローしたのは――――――

 

「よし! 墓地のアーカナイト・マジシャンとガガガマジシャンを除外し、カオス・ソーサラーを特殊召喚!」

 

 和輝の墓地から二体の魂が取り除かれる。魂はやがて混沌を作りだす場となり、新たな魔術師を呼び覚ます。

 現れたのは混沌の波動を両手に宿した、黒衣のローブを纏った魔術師。引き当てたカードこそが、形勢逆転のための切り札。

 

「引き当てたか」と感心したかのような六道。

「行く!」前に出ようとする和輝。

 

 二人の視線が交錯、そして、

 

「カオス・ソーサラー効果発動! 攻撃を放棄する代わりに、呪血王サイフリートをゲームから除外する!」

 

 サイフリートの背後の空間が割れ、その空間から伸びた無数の黒い腕が竜殺しの英霊を掴み、その何もない亜空間に引きずり込んでしまった。

 

「これでこいつが使える。リバースカード、リビングデッドの呼び声! これでギャラクシーサーペントを復活! そして!」

 

 和輝の右手が天へと掲げられた。

 

「レベル6のカオス・ソーサラーに、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。緑の輪と光星、そしてそれらを貫く光の道が走る。

 

「集いし八星(はっせい)が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 光の向こうから噴き出す闇。現れた、頭部のほかに腹部にも顔を持つ、深淵からの来訪者、即ちダークエンド・ドラゴン。

 

「ダークエンド・ドラゴン効果発動! 攻守を500下げ、プラウド・オーガを墓地に送る!」

 

 ダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開かれ、そこから闇の奔流が溢れ出す。

 闇は地面を走り、プラウド・オーガに向けて突き進み、捉え、飲み込んだ。

 

「――――――プラウド・オーガはペンデュラムモンスター。よって墓地へはいかず、エクストラデッキに行く」

 

 だが六道は訝しんだ。ダークエンド・ドラゴンがいるならば、墓地に送るのはプラウド・オーガではなく、ベオウルフにするべきだ。

 もっというならば、ここで効果を使わず、一度バトルフェイズに入り、ダークエンド・ドラゴンでプラウド・オーガを撃破してから、効果でベオウルフを除去すればいい。

 それをしなかったのは――――

 

「なるほど。手札にシンクロキャンセルがあるか」

 

 読まれていた。だが突き進む。

 

「手札から魔法カード、シンクロキャンセル発動! ダークエンド・ドラゴンをエクストラデッキに戻し、墓地からシンクロ素材となったカオス・ソーサラーとギャラクシーサーペントを特殊召喚!

 そして再びカオス・ソーサラーの効果発動! ベオウルフを除外!」

 

 カオス・ソーサラーが放った混沌の魔術が、人狼の王を捕える。異空間に放逐されるベオウルフ。そして、六道への道が開いた。

 

「再びレベル6のカオス・ソーサラーに、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 二度目のシンクロ召喚。先ほどと同じシンクロエフェクトが走り、光が満ちる。

 

「集いし八星が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 ただし今度は別のドラゴンが現れた。

 閃珖竜スターダスト。攻撃に長じたダークエンド・ドラゴンで相手フィールドを掃除したのならば、次は防御に優れたこのモンスターで、カウンターを警戒しつつの進軍。それが和輝の考えだった。

 

「さらにレスキューラビットを召喚し、効果発動! 自身を除外して、デッキから魔法剣士ネオを二体、特殊召喚!

 

 そして二体のネオをオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 二連続シンクロの次はエクシーズ召喚。虹色の爆発が和輝の頭上で発生、新たなモンスターを生み出す。

 

「大自然の守護者、能なき者達の導き手! 来たれダイガスタ・エメラル!」

 

 現れるエメラルドの身体持つ翼をはやした鉱石戦士。

 

「ダイガスタ・エメラル効果発動! ORUを一つ取り除き、墓地のブラック・マジシャンを復活! 

 

 バトルだ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 三連続攻撃。まずダイガスタ・エメラルが放ったエメラルドの散弾。六道は背後に跳躍しつつ、胸元の宝珠を庇ってガード。散弾から守った。

 

「ぐ……!」

 

 だが当たったことに変わりはない。追撃のブラック・マジシャンが放った黒い稲妻に対しても、同じく宝珠を庇う。

 

「ぬぅ……!」

 

 雷が六道を襲う。確かにいくつかはまともに食らったようだ。だが宝珠は守られた。

 いずれか、攻撃は宝珠に当たっているはずだ。実際、細かい罅は入っている。だが宝珠を砕くまでには至っていない。それは、六道の意思の強さ、戦意の強靭さを表してもいた。

 そして宝珠はたとえ傷つこうとも、砕かれぬ限りデュエル終了後、次のデュエルの時には修復されている。

 

「これならどうだ! スターダスト!」

 

 最後の一撃は竜の息吹(ブレス)。まともに食らえば宝珠を砕ける可能性が一番高い。

 

「当たれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 逆転のチャンス。和輝は声の限り叫んだ。主の意気込みを受けて、スターダストが大きく身をそらし、次の瞬間、金色に輝く閃光を放った。

 六道は短い跳躍からの再度ステップで距離をとる。だがドラゴンの閃光の一撃から逃れられるとは思えない。

 直撃、粉塵が上がり、衝撃が広がった。

 

「これで―――――」

 

 どうだ。そう思った和輝だが、ロキの声が思考を戻す。

 

「ダメだ、和輝。オーディンの気配はまだある。宝珠は砕かれていない。やっぱりライフを0にするような一撃か、神の一撃のような膨大な超火力を叩き込まないと、そう簡単に宝珠は割れないみたいだね」

「俺みたいに背中を向けたりして庇ったのか」

 

 油断なく構える和輝。粉塵が晴れていく。同時に、伏せカードが翻った。

 契約洗浄(リース・ロンダリング)。六道は己のフィールドの契約書二枚を破壊し、2000ライフを回復、カードを二枚ドローした。

 

 

カオス・ソーサラー 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2300 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

シンクロキャンセル:通常魔法

フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターのシンクロ召喚に使用したシンクロ素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚できる。

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

ATK300 DEF100

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。①:フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

魔法剣士ネオ 光属性 ☆4 魔法使い族:通常モンスター

ATK1700 DEF1000

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

契約洗浄:通常罠

(1):自分の魔法&罠ゾーンの「契約書」カードを全て破壊する。破壊した数だけ自分はデッキからドローする。その後、自分はドローした数×1000LP回復する。

 

 

ダイガスタ・エメラルORU×1

 

 

和輝LP3900手札0枚

六道LP8000→6200→3700→1200→3200手札3枚

 

 

 和輝がターン終了を宣言したころ、煙が晴れてきた。俯いた六道の顔が上がった。前髪が払われ、表情が露わになる。

 

「――――――――――――!?」

 

 瞬間、和輝は全身に鳥肌が立った。氷の手で心臓を鷲掴みされたような、凍える感触が駆け抜けた。

 

「あ……」

 

 息と一緒に、意味をなさない呟きがこぼれた。

 原因は明白。和輝は見たのだ。六道の表情を。

 笑っていた。この上なく、悦楽に身をゆだねたような満面の笑みで。この上なく、歪んだ笑みで。この上なく、醜悪で、けれどこの上なく気高くて、そして、名状しがたい“餓え”を感じさせる、そんな、楽しいことに出会えた人のようであり、うまい獲物を前にした獣のようであり、面白そうな人間(おもちゃ)を見つけた悪魔のようであり、飽くなき闘争を求める鬼のような笑みだった。

 

「ロキの少年、名前を聞いてもいいだろうか?」

 

 六道の表情はすでに人間のものに戻っていた。和輝はごくりと喉を鳴らして唾を嚥下(えんか)し、

 

岡崎(おかざき)……和輝……」

 

 何とか答える。もっと堂々とすればいいのに、完全に呑まれていた。

 

「岡崎和輝。覚えておこう。久しぶりに、()を熱くさせてくれた」

 

 ゆらりと、和輝の方に一歩踏み出す六道。和輝は理解した。今まで六道は本気を出してなどいなかった。こちらが全力で食い下がっていても、相手は、まだ本気じゃなかったのだ。

 スロースターター。それが、六道(たかし)のスタイルだったのだ。

 

「だからここからは、俺の本気を、少し見せよう」

 

 戦慄する和輝に、六道はそう言い放った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話:勝利決めし主神

 公式大会で、デュエルキング、六道天(りくどうたかし)がライフ4000を切ったことは、それほど多くない。

 もともと回復のギミックを入れているデッキであることもあるが、彼の布陣を突破することの困難さも示していた。

 そして、4000を切ると、六道は()()()のだ。

 冷静沈着にデュエルをこなすプレイヤーから、冷徹熱狂の、闘神へと。

 

 

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ。このままこいつと戦えば、きっとパパとママのところに行けるぞ?

 危機的状況というわけでもないのに、怪物の声が聞こえてくる。

 逆説。キングが()()()を出した時点で、自分は窮地に立っているのだ。

 じんわりと忍び寄ってくる恐怖を押し殺し、和輝(かずき)は思う。ここからが本番だと。自分は、キングの本気、少なくともその一端を引き出した。

 

「まったく。これが人間かい? 人間にしては、持っている活力というか、オーラが強すぎるな。混血じゃあないのかい?」

「さてな。だが今の六道は間違いなく人間で、そして我の契約者だ、ロキ」

 

 頬から冷や汗が伝う様子のロキと、己の契約者を誇らしげに見据えるオーディン。二柱の神の対照的な対峙を前に、和輝が考えていることは、目に映っていることは、目の前にいる六道のことだけだった。

 神になど()()()()。前だけを見ろ、お前が対戦している相手だけを見ろ。気を引き締めろ。一秒だって油断するな。必死になって喰らいつけ。そうしないと、一瞬で、終わる。

 ともすれば、六道の放つ“気”に当たられて気を失いそうになる気持ちを、和輝は無理矢理奮い起こした。

 

 

和輝LP3900手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト(攻撃表示)、ダイガスタ・エメラル(攻撃表示、ORU(オーバーレイユニット):魔法剣士ネオ)、ブラック・マジシャン(攻撃表示)、永続罠:リビングデッドの呼び声(対象:なし)

伏せ なし

 

六道LP3200手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 

伏せ なし

 

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 

「俺のターンだが、まず一つ、予言しよう」

 

 六道の表情は、先程までの混沌から素のものに戻っている。そのまま、ゆっくりと、よく言い聞かせるように、言った。

 

「俺はこれから、このドローカード一枚で、カオスオーバーハンドレッドナンバーズを召喚する」

「カオスオーバーハンドレットナンバーズ!?」

 

 驚愕に、和輝は目を見開いた。

 カオスオーバーハンドレッドナンバーズ。正確に言うならばオーバーハンドレッドナンバーズ。それは、何年か前の七大大会の賞品だった。

 世界で一枚しかないNo.(ナンバーズ)カードと、その進化体であるCNo.(カオスナンバーズ)。そして、専用のRUM(ランクアップマジック)。この三枚セットが、いつかの七大大会の賞品だった。

 RUMはともかく、オーバーハンドレッドは世界に一枚のレアカードというのもおこがましい逸品だ。

 

「できるわけがない! いや――――」

 

 和輝の言葉が止まる。正確には、ある。たった一枚のカードで、カオスオーバーハンドレッドを召喚する方法が。

 だが、

 

「そんなピンポイントでカードを、あの専用RUMを引けるはずが―――――」

「引ける」

 

 和輝の台詞を遮った六道の声には、自信はなかった。ただ事実を言っている、確信だけがあった。

 

「なんだ……? 彼の右手に、何か得体の知れないオーラが……、いや、計上できない“力”? いやいや、運気が視覚化できるとでも?」

 

 困惑のロキ。その言動は和輝には理解できない。ただ、その眼は、眼前の六道に釘付けだった。

 

「最強デュエリストのデュエルは全て必然、ドローカードさえもその前に(かしず)く! これが王の力、ディスティニードロー!」

 

 まるで鞘から刀を抜き放つかのような、鋭いドロー。そして引いたカードを、六道は公開した。

 

「俺がドローしたのは、RUM-七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)! 俺のドローフェイズに通常ドローしたこのカードを提示し、メインフェイズ1に入り、発動! まずエクストラデッキから、前身となるオーバーハンドレッドを特殊召喚する!」

 

 六道のフィールド、その頭上から光があふれる。雲海を裂き、『箱舟』が現れる。

 

「満たされぬ魂を乗せた箱舟よ、地下深い辺獄より浮上し、現世を渡れ! 出でよオーバーハンドレッド! NO.101 S・H・Ark Knight(サイレント・オナーズ・アーク・ナイト)!」

 

 頭上より現れる巨大な影。それは大雑把に見れば「U」の字に見えなくもない、双胴型の戦艦。球体型の中央艦に、左右に伸びた船首。そしてボディから伸びる多くの棘状のパーツ。そして船体右側に刻まれた、自身のナンバーである101。

「ここからだ! 俺はS・H・Ark Knightをオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! カオス・エクシーズ・チェンジ!」

 S・H・Ark Knightが、光と化して上空の、エクシーズエフェクトが発生した渦の中に吸い込まれていく。

 虹色の爆発、そして――――

「満たされぬ魂の先導者よ、今箱舟より降り立ち、地上の光を砕く闇となれ! 現れろカオスオーバーハンドレッド! CNo.101 S・H・Dark Knight(サイレント・オナーズ・ダーク・ナイト)!」

 箱舟の中央パーツから飛び出す人影。それが地上に降り立つと、その姿が露わになる。現れたのは赤い光が内側から溢れる、漆黒の鎧で全身を覆った槍術師。眼光鋭い視線を和輝に叩きつけ、槍を振るう。そのナンバーは右足のスパイクに刻まれていた。

 

「S・H・Dark Knightの効果発動。お前の場にある閃珖竜スターダストをORUとして吸収する!」

「ッ! チェーン! スターダストの効果を発動し、ブラック・マジシャンに破壊耐性を付与する!」

 

 和輝のスターダストが、S・H・Dark Knightの胸の裂け目に吸い込まれていく。そのまま十字架を模したようなユニット、即ちCORU(カオスオーバーレイユニット)に変換されてしまった。

 

「闇次元の宝札を発動。ゲームから除外されている自分のカード五枚を墓地に戻し、カードを二枚ドローする。俺は除外されているDDD疾風王アレクサンダー、DDD呪血王サイフリート、DDD剋竜王ベオウルフ、DDD怒濤王シーザー、DDナイト・ハウリングを墓地に戻し、二枚ドロー。

 そしてスケール1のDD魔導賢者コペルニクスと、スケール10のDD魔導賢者ニュートンで、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 ペンデュラムカードのセッティング。先程と同じように、六道のフィールドに青白い円柱が二本屹立し、その中に収められる二体のDDモンスター。そしてその下に楔形の数時、「1」と「10」が表示された。

 

「これで俺は、レベル2から9までのDDモンスターを同時に召喚可能となった。

 ペンデュラム召喚! 出でよ異次元の悪魔たち! エクストラデッキからDDD反骨王レオニダス、DDプラウド・オーガを、手札からDDD死偉王ヘル・アーマゲドンを特殊召喚!」

 

 次々と現れるモンスターたち。先程現れ、倒された二体のDDと、さらに追加でもう一体。

 それは上部が短いひし形のような形をした、手も足もない、顔だけがある異様な機械仕掛けの悪魔。宙に浮いており、赤い双眸が無機質に和輝を見下ろす。

 

「ぐ……、やばい!」

「バトルだ。レオニダス、S・H・Dark Knight、二体でブラック・マジシャンを攻撃」

 

 波状攻撃による連撃。ブラック・マジシャンの周囲を薄膜のバリアーが覆う。スターダストが残してくれたそれが、レオニダスの剣撃を防いだ。

 だがそこまでだ。バリアは硝子が砕けるような音を立てて消失。がら空きになったブラック・マジシャンの心臓部を、S・H・Dark Knightの槍が貫いた。

 

「が……!」

 

 ダメージのフィードバックに息が詰まる。

 

「プラウド・オーガでダイガスタ・エメラルを攻撃」

 

 そして、体勢を整える間もなく、プラウド・オーガの斧がダイガスタ・エメラルの鉱石の身体を打ち砕いた。

 

「ぐぁ……!」

 

 痛みに耐える和輝の眼前、攻撃権を残したヘル・アーマゲドンが無慈悲に見下ろしていた。

 

「ヘル・アーマゲドンでダイレクトアタック」

 

 ヘル・アーマゲドンの全身の装甲各所がスライドして展開。そこから覗く砲門が一斉に稼働し、砲門を和輝に向けた。

 砲撃開始。紫色のレーザー砲が和輝めがけ、四方八方から迫る。

 和輝の残りライフは3000、ヘル・アーマゲドンの攻撃力も3000。喰らえば終わる。下手をすれば宝珠も砕けて、神々の戦争脱落だ。

 

「まだ、終われるかぁ! 墓地のタスケルトンの効果発動! このカードをゲームから除外し、ヘル・アーマゲドンの攻撃を無効にする!」

 

 防ぐ和輝。致命の一撃を回避し、何とかライフを守った。

 

「防ぐか。お前の気に当てられて、それでも戦意を失わないあたり、彼も素質はあるな。アマチュアレベルは超えている」

「それぐらいは最低ラインだ。そしてこれで防御カードはない。カードを一枚セットし、ターンエンド」

 

 

RUM-七皇の剣:通常魔法

自分のドローフェイズ時に通常のドローをしたこのカードを公開し続ける事で、そのターンのメインフェイズ1の開始時に発動できる。「CNo.」以外の「No.101」~「No.107」のいずれかをカード名に含むモンスター1体を、自分のエクストラデッキ・墓地から特殊召喚し、そのモンスターと同じ「No.」の数字を持つ「CNo.」と名のついたモンスターをその特殊召喚したモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。「RUM-七皇の剣」の効果はデュエル中に1度しか適用できない。

 

No.101 S・H・Ark Knight 水属性 ランク4 水族:エクシーズ

ATK2100 DEF1000

レベル4モンスター×2

「No.101 S・H・Ark Knight」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの特殊召喚された表側攻撃表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをこのカードの下に重ねてX素材とする。(2):フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードのX素材を1つ取り除く事ができる。

 

CNo.101 S・H・Dark Knight 水属性 ランク5 水族:エクシーズ

ATK2800 DEF1500

レベル5モンスター×3

1ターンに1度、相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターをこのカードの下に重ねてエクシーズ素材とする。また、エクシーズ素材を持っているこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地に「No.101 S・H・Ark Knight」が存在する場合、このカードを墓地から特殊召喚できる。その後、自分はこのカードの元々の攻撃力分のライフを回復する。この効果で特殊召喚したこのカードはこのターン攻撃できない。

 

闇次元の宝札:通常魔法

(1):表側表示でゲームから除外されている自分のカード5枚を対象に発動できる。そのカードを5枚を墓地に戻す。その後、カードを2枚ドローする。

 

DD魔導賢者コペルニクス 闇属性 ☆4 悪魔族:ペンデュラム

ATK0 DEF0

Pスケール赤1/青1

P効果

(1):自分は「DD」モンスターしかP召喚できない。この効果は無効化されない。(2):このカードがPゾーンに存在する限り1度だけ、自分にダメージを与える魔法カードの効果が発動した場合、その効果を無効にできる。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

「DD魔導賢者コペルニクス」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「DD魔導賢者コペルニクス」以外の「DD」カードまたは「契約書」カード1枚を墓地へ送る。

 

DD魔導賢者ニュートン 闇属性 ☆7 悪魔族:ペンデュラム

ATK0 DEF0

Pスケール赤10/青10

P効果

(1):自分は「DD」モンスターしかP召喚できない。この効果は無効化されない。(2):このカードがPゾーンに存在する限り1度だけ、自分にダメージを与える罠カードの効果が発動した場合、その効果を無効にできる。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

「DD魔導賢者ニュートン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードを手札から捨て、「DD魔導賢者ニュートン」以外の自分の墓地の、「DD」カードまたは「契約書」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

DDD反骨王レオニダス 闇属性 ☆7 悪魔族:ペンデュラム

ATK2600 DEF1200

Pスケール赤3/青3

P効果

(1):自分が効果ダメージを受けた時にこの効果を発動できる。このカードを破壊し、さらにこのターン、LPにダメージを与える効果は、LPを回復する効果になる。

モンスター効果

(1):自分が効果ダメージを受けた時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、受けたダメージの数値分だけ自分のLPを回復する。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分が受ける効果ダメージは0になる。

 

DDプラウド・オーガ 闇属性 ☆6 悪魔族:ペンデュラム

ATK2300 DEF1500

Pスケール赤8/青8

P効果

(1):1ターンに1度、500LPを払い、自分フィールドの「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は500アップする。(2):もう片方の自分のPゾーンに「DD」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは5になる。

モンスター効果

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。自分のエクストラデッキから、表側表示の闇属性Pモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「DD」モンスターしか特殊召喚できない。

 

DDD死偉王ヘル・アーマゲドン 闇属性 ☆8 悪魔族:ペンデュラム

ATK3000 DEF1000

Pスケール赤4/青4

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで800アップする。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合、そのモンスター1体を対象として発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、対象のモンスターの元々の攻撃力分アップする。この効果を発動するターン、このカードは直接攻撃できない。(2):このカードは、このカードを対象としない魔法・罠カードの効果では破壊されない。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

 

CNo.101 S・H・Dark KnightORU×2

 

 

和輝LP3900→3000手札0枚

六道LP3200手札0枚

 

 

「ここで終わってたまるかよ! 俺のターン、ドロー! ――――よし! 貪欲な壺発動! 墓地のダイガスタ・エメラル、幻想の黒魔導師、二枚の魔法剣士ネオ、太陽の神官をデッキに戻して、二枚ドロー!」

 

 ドローカードは召喚僧サモンプリースト、そして代償の宝札。

 

「よし! その二枚なら!」

「ひっくり返してやる! 喰らいついてやるよ! 召喚僧サモンプリースト召喚! 効果で守備表示! そしてもう一つの効果を発動! 手札の魔法カード、代償の宝札を捨てて、デッキから超電磁タートルを特殊召喚!」

 

 ローブの老人が怪しげな呪文を呟くと、召喚サークルが出現、その陣の中から現れる、電磁の力放つ機械の亀。どちらもレベルは4、ならば次は――――

 

「代償の宝札の効果で二枚ドロー。サモンプリーストと超電磁タートルでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 走るエクシーズエフェクト。起きる虹色の爆発。現れるは――――

 

「研ぎ澄まされた反逆の牙、屈せぬ心! 吠えろダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

 現れる黒竜。歪な牙のような形状の翼に、下顎から突き出した、鋭い爪とも、剣の切っ先、槍の穂先とも見える突起物。そして全身から迸らせる稲妻。即ち反逆と怨念の竜。

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン効果発動! ORUを二つ取り除き、ヘル・アーマゲドンの攻撃力を半分にし、その数値分、自身の攻撃力をアップ!」

 

 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの周囲を旋回していた光が二つとも消失し、次の瞬間、反逆の竜が放った雷が、ヘル・アーマゲドンに直撃。その攻撃力をダウンさせ、その数値分、自身の攻撃力をアップさせた。ヘル・アーマゲドンの攻撃力を、吸収したのだ。

 

「バトルだ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでS・H・Dark Knightを攻撃!」

 

 全身に紫の雷を纏った牙竜が地面すれすれの超低空飛行で漆黒の槍術師へと迫る。

 だが――――

 

「リバーストラップ、デストラクト・ポーション発動。S・H・Dark Knightを破壊し、その攻撃力分、俺のライフを回復する」

 

 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの突撃(チャージ)は空を切った。目標を失い、たたらを踏むダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン。そのまま空中でバランスをとり、一度上昇、上から再び狙いをつけんと構えた。

 

「デストラクト・ポーションの効果でライフ回復。そしてこの瞬間、S・H・Dark Knightの効果発動。ORUを持っているこのカードが墓地に送られた時、俺の墓地にS・H・Ark Knightがいれば、このカードを特殊召喚できる。蘇れS・H・Dark Knight! 守備表示!

 残念ながら、ヘル・アーマゲドンの自己強化効果は効果解決時に墓地にS・H・Dark Knightが存在しないため、対象不在で不発だ。さぁどうする?」

「そんな効果まで持っていやがったのか!」

「和輝、S・H・Dark Knightは放置できないぞ」

「分かってる! くそ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでS・H・Dark Knightを攻撃!」

 

 攻撃宣言を受けたS・H・Dark Knightが急降下。反逆の牙で今度こそ槍術師を貫いた。

 

「ORUがなければもう復活はないんだろ!?」

「その通り」

「ならこれでいい。めんどくさいモンスターは潰した。まだ、戦いは続く。カードを一枚セットし、ターンエンド!」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン攻撃力2500→4000、ORU×0

 

 

和輝LP3000手札1枚

六道LP3200→6000→8800手札0枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 ドローカードを一瞥後、六道は即座にそのカードをデュエルディスクにセットした。

 

「二枚目のDDナイト・ハウリングを召喚。効果で墓地からDDD呪血王サイフリートを特殊召喚」

 

 また現れた目と口だけの奇怪な怪物。その大口から現れる竜血を浴びた英霊。和輝はうっと声を上げ、表情を歪める。ロキも「嫌なのが蘇ったね」と顔をしかめた。

 

「攻守は0になるけど、効果は使える。まずいぞ」

「いや、それ以上に、キングの場にレベル8モンスターが二体揃った。だったら、ランク8が来る」

「そう言うことだ。墓地のDDラミアの効果発動。俺の場のDDナイト・ハウリングを墓地に送り、DDラミアを守備表示で蘇生。そしてレベル8のヘル・アーマゲドンとサイフリートでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エクシーズ召喚。二つの紫の光となったDDDが、六道の頭上で展開された渦巻く銀河を思わせる空間、その中心に向かって収束、虹色の爆発を起こした。

 

「偉大なる死の王よ、竜血の英霊よ。今一つに重なり合い、新たな王を導け! 光臨せよ、DDD双暁王カリ・ユガ!」

 

 降臨する新たな王。

 巨大で豪奢な椅子に腰かけた巨人。赤銅色の全身鎧、同じ色のフードに隠れその容姿はうかがい知れず、僅かに銀髪がこぼれるのみ。あとは頭部から生えている二本の角が特徴か。

 立ち上がるに値しないとでもいうのか、椅子に腰かけたままで、和輝を睥睨していた。

 

「カリ・ユガのエクシーズ召喚に成功したため、このターン、カリ・ユガ以外のフィールドのカードは効果を無効にされ、発動もできん」

「つまり、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力も元に戻っちまったわけか。

 

 だが無効になるのはフィールドのみ、手札や墓地からの発動は可能だ。そして俺の墓地に何があるか、知らないわけじゃないだろ? このターンで俺は仕留められない」

 

「だがその伏せカードは無効になった。お前はその乏しい布陣でも表情に不安はなかった。必死なだけとも取れるが、その伏せカードが保険の可能性もある。さしずめ、聖なるバリア-ミラフォース―のような攻撃反応のカウンタートラップ、といったところか?」

 

 当たっている。和輝がセットしたのはそのものずばり、聖なるバリア-ミラーフォース-。このターンは発動できないが故に、このターンの六道の攻撃には墓地の超電磁タートルを使わざるを得ない。

 

「カリ・ユガの効果発動。ORUを一つ取り除き、墓地の魔神王の契約書をセット。

 

 バトル。カリ・ユガでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンに攻撃」

 

「ッ! 墓地の超電磁タートルの効果発動! このカードを除外して、バトルフェイズを終了させる!」

 

 和輝は間髪入れずに動いた。攻撃宣言が終わった直後の行動ゆえか、カリ・ユガは動かない。ただ心なしつまらなそうに和輝を見降ろしただけだ。

 

「そう、お前はそうするしかない。ターンエンド」

 

 

DDナイト・ハウリング 闇属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK300 DEF600

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は0になり、そのモンスターが破壊された場合に自分は1000ダメージを受ける。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は悪魔族モンスターしか特殊召喚できない。

 

DDD呪血王サイフリート 闇属性 ☆8 悪魔族:シンクロ

ATK2800 DEF2200

チューナー+チューナー以外の「DD」モンスター1体以上

「DDD呪血王サイフリート」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードの効果は次のスタンバイフェイズまで無効化される。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分は自分フィールドの「契約書」カードの数×1000LP回復する。

 

DDラミア 闇属性 ☆1 悪魔族:チューナー

ATK100 DEF1900

「DDラミア」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札・墓地に存在する場合、手札及び自分フィールドの表側表示のカードの中から、「DDラミア」以外の「DD」カードまたは「契約書」カード1枚を墓地へ送って発動できる。このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

DDD双暁王カリ・ユガ 闇属性 ランク8 悪魔族:エクシーズ

ATK3500 DEF3000

レベル8「DD」モンスター×2

(1):このカードがX召喚に成功したターン、このカード以外のフィールドのカードの効果は発動できず、無効化される。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。(3):このカードのX素材を1つ取り除き、自分の墓地の「契約書」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを自分フィールドにセットする。

 

 

DDD双暁王カリ・ユガORU×1

 

 

「俺のターン! ドロー! ――――――ッ!?」

 

 ドローカードを確認して、和輝は目を見張った。

 ドローしたのは、閉ざせし悪戯神ロキ(神のカード)

 

(ここで、か)

 

 今、和輝の手札はロキを除けば一枚だけ。これでは召喚などできるはずがない。

 だが、和輝の手札にはそれを可能にする、可能性を呼び寄せるカードがあった。

 希望の宝札。お互いのプレイヤーは手札が六枚になるよう、カードをドローできる、デュエルモンスターズ界で最強のドローブーストカード。これを使えば、ロキ召喚の手はずを整えることができるかもしれない。

 不安があるとすれば――――

 

「いや、行くしかない、か。俺は魔法カード、希望の宝札を発動! 互いのプレイヤーは、手札が六枚になるようにカードをドロー!」

 

 これで互いの手札は六枚。そして、ドローカードが、和輝に神召喚の手はずを呼び込んだ。

 

「よし! トライワイトゾーン発動! 俺の墓地から二体のギャラクシーサーペント、ガード・オブ・フレムベルの三体を特殊召喚!」

「ほう、神の生贄を揃えたか」

 

 オーディンが楽し気に目を細める。和輝は、余裕たっぷりのオーディン再度に対し、叫ぶ。

 

「ああそうだ! ロキも出たがってるよ! 俺はこの三体のモンスターをリリース! 閉ざせし悪戯神ロキを召喚!」

 

 和輝のフィールドに存在していた三体のモンスターが光の柱となって天へと昇る。

 発散された力は神を呼ぶための“場”を作り、やがて“門”となる。

 

「さぁ、クライマックスと行こうじゃないか!」

 

 そして現れる神、即ちロキ。

 金髪碧眼、身に纏う幾重もの白のローブ姿。そのローブの中心部、丁度ロキの胸の中心に当たる部分には拳大の大きさの紫の宝珠が輝き、両腕には複雑な刻印が刻まれた金の腕輪、ローブの下は闇を凝縮し、形にしたような紫に淵に金のラインの入った鎧姿。

 ロキは観客に対する道化のようにオーディンと六道に対して一礼する。

 

「来たか、ロキ!」

 

 興奮気味に、半透明のオーディンが言った。彼は半透明の状態で一歩、前に出る。今すぐにでもフィールドに出たいと、そう目で語っていた。

 

「落ち着けオーディン。興奮しても、お前は今場にいない。……すぐに出してやる、待っていろ」

 

 六道の台詞は、そのまま自身にターンが回ってくるのを確信しているものだった。和輝はその事実を口にしているだけと言わんばかりの態度に反感を覚えた。と同時に、ある不安も抱いた。

 

「ロキの効果発動! デッキトップからカードを五枚めくり、一枚を手札に加え、残りを墓地に送る! 頼むぜロキ!」

「勿論だ! 君に勝利を呼び込むカードを!」

 

 ロキが両手を大きく広げる。その仕草に応えるように、和輝のデッキから五枚のカードが飛び出し、空中で停止、その内容をさらけ出した。

 内容は、クリバンデット、巨大化、ワンダー・ワンド、ナイトエンド・ソーサラー、死者転生。

 

「よし! 俺は巨大化を手札に加える。そして速攻魔法、禁じられた聖杯をカリ・ユガに対して発動。これでカリ・ユガの攻撃力を400上げる代わりに、効果を無効化!」

 

 聖杯の中身を浴びて、カリ・ユガは己の効果を失う。これでカリ・ユガの効果によって装備する予定の巨大化を吹き飛ばされる危険はなくなった。

 

「魔法カード、ミニマム・ガッツ発動! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをリリースして、カリ・ユガの攻撃力を0にする!」

 

 和輝のフィールド、反逆の黒竜の姿が炎の様に燃え上がり、一個の弾丸となってカリ・ユガに向かって飛翔する。

 飛翔するダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンがカリ・ユガに直撃。その脇腹を抉りとった。

 

「ロキでカリ・ユガに攻撃!」

 

 ロキの両手からあふれ出た闇が、巨大な弓矢の形を作った。

 張り詰めた弦に番えられた矢が、一瞬の後に放たれる。

 膨大な威力を秘め、凝縮した闇の一撃が、カリ・ユガに迫る。

 

「なるほど、ダメージステップに入る前に禁じられた聖杯を使ったのは、より多くのダメージを与えるためか。だが、それで俺には届かん! 手札からクリボーの効果発動! このカードを墓地に捨て、この戦闘での戦闘ダメージを0にする」

「ッ!」

 

 和輝の不安は的中した。六道に六枚もカードをドローさせたのならば、手札から使える防御カードの一枚や二枚、引き込めるのではないかと。

 そしてその不安は的中した。ロキの攻撃は、六道まで届かなかった。

 ――――――楽しいなぁ、ここまでかなぁ。ここで諦めれば、パパとママのところに行けるぞ?

 ここぞとばかりに怪物が囁いてくる。

 

「和輝! まだ君の攻撃は終わっていない!」

 

 ロキの一括が、和輝を正気に引き戻す。

 

「ああ、そうだ。ミニマム・ガッツ効果発動! キングに3500のダメージ!」

「今度こそ!」

 

 ロキが両手を勢いよく上へと突き出すと、その頭上に彼の身の丈よりも巨大な黒球が生成される。

 

「行け!」

 

 それを投げた。

 ゴウッという音を立てて、黒球が六道めがけて飛来する。

 六道は跳躍。そのうえで両手を宝珠の前でクロスさせた。

 着弾。轟音が辺り響き、地面がめくりあがった。

 だが――――

 

「ダメか……」

 

 痛恨な表情のロキ。和輝も歯を食い縛っている。

 六道は無事だった。どころか、ロキの黒球を、クロスさせた両腕を解き放つように振るい、突き破ってしまった。

 

「戦闘ダメージのフィードバックがあればいざ知らず、ただの一撃で俺は葬れん」

 

 この怪物を、一体どうすればいいのか。デュエルタクティクスもそうだが、肉体の強度がおかしい。バトルフィールドで高められる能力を超えている気がする。

 

「神の血、か? 恩恵は肉体強度の増加」

 

 ロキの呟きに返答はない。オーディンは知っているかもしれないが明確に敵対した以上、情報は渡さないだろうし、六道自身は己の出自にさして興味がなさそうだった。

 

「くそ。もう対抗手段がない。ターンエンドだ」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

トライワイトゾーン:通常魔法

自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK2500 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):このカードの召喚に成功した時発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中からカードを1枚選んで手札に加えることができる。残りのカードは墓地に送る。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

巨大化:装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 

ミニマム・ガッツ:通常魔法

自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで0になる。このターン、選択したモンスターが戦闘によって破壊され相手の墓地へ送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

クリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

(1):相手モンスターが攻撃した場合、そのダメージ計算時にこのカードを手札から捨てて発動できる。その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 

閉ざせし悪戯神ロキ攻撃力2500→5000

 

 

和輝LP3000手札2枚

六道LP8800→4300手札5枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

「さぁ天、六道天! 我が契約者! 我を出せ、我とロキを、相対させよ!」

 

 半透明のオーディンが、興奮抑えきれぬという風に六道に訴えた。六道は無言。だが、確かに頷いた。

 

「慌てることはない。岡崎(おかざき)少年は流れを失った。この戦い、もう何をしても俺の勝ちだ。だから、お前に()()をくれてやろう、オーディン。

 貪欲な壺を発動。墓地のDDD烈火王テムジン、DDD疾風王アレクサンダー、DDD死偉王ヘル・アーマゲドン、クリボー、DDウロボロスをデッキに戻して二枚ドロー。

 手札のDDスワラル・スライムの効果発動。このカードと手札のDDオルトロスを使い、融合カードなしで融合召喚を行う」

 

 まず一手目は融合召喚。六道のフィールドに現れた空間のゆがみが作りだした渦、その中に、二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「変幻自在の原初生物よ、双頭の魔犬よ。今一つに混ざり合い、新たな王を導け! 融合召喚、再び現れろ、DDD烈火王テムジン!」

 

 再び現れる烈火の王。さらに、と、六道が右手を天に向けて突き上げた。

 

「レベル6のDDプラウド・オーガに、レベル1のDDラミアをチューニング。

 (くろがね)の戦鬼よ、怨念の母蛇よ。今一つに響き合い、新たな王を導け! シンクロ召喚、もう一度、DDD疾風王アレクサンダー!

 そして、アレクサンダーのシンクロ召喚に成功したこの瞬間、テムジンの効果により、墓地からカリ・ユガを蘇生させる」

 

 次々に、六道のフィールドに大型モンスターが揃っていく。その有様に、和輝は嫌な予感が止まらない。

 

「セットしていた魔神王の契約書を発動し、効果を使用。墓地のDDD呪血王サイフリートと、DDD怒濤王シーザーを除外融合。

 竜血の英霊よ、舌剣(ぜっけん)鋭き英霊よ。今一つに混ざり合い、新たな王を導け! 融合召喚、出でよ、DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロク!」

「五体目……」

「これは、かなりまずいね……」

 

 なす(すべ)なく見守るしかない和輝たち。そして、ついに()()()が訪れた。

 

「俺は、俺の場にいる五体のモンスター全てを天に捧ぐ!」

「何!?」

「五体のモンスター全てをリリース!?」

 

 驚愕する和輝とロキ。一人と一柱の眼前で、六道のフィールドにいた五体のモンスターが全て、光の柱となって、天へと昇っていく。

 

「さぁ場は用意した。門は開いた! 五つの魂贄にして、出でよ魔と力を極めし北欧の主神よ! 勝利決めし主神オーディン!」

 

 そして、五つの柱が散華するように砕け散り、その破片が雪のように六道のフィールドに降り注ぐ。

 その光の破片を踏みしめて、現れる神。

 腰まで届く金髪に、右目だけ見える紫紺の瞳。通常時は眼帯に覆われていた左目は、今は青白い炎を燃やす眼窩となった。

 身に纏うは金に縁どられた銀色の全身鎧。青い外套をマントのように羽織り、手には赤い、捻じれた禍々しい魔槍、グングニル。

 そのレベルは12、攻撃力は5000。明らかに、ロキや、いままで戦ってきた神とは格が違う。

 北欧神話の主神、オーディン。ロキの義兄弟であり、トールの父。知識に貪欲で、新たなる智を得るためならば躊躇わずに左目を差し出す、常軌を逸した知識欲。自陣の戦力増加のため、地上の英雄たちを暗殺し、エインヘリアルにして自軍に取り込む残虐性。それでいながら、半端者のロキを庇護下にいれる寛容性。様々な要素を併せ持った、複雑怪奇な在り方をした、神。

 

「来たぞ、我は来たぞロキ! お前に会いに! お前と語らいに! そして――――お前を倒しに!」

 

 ロキと会話していた時の冷静で理知的な雰囲気はどこへやら。闘争に彩られたこの場に現れたオーディンは非常にハイテンションで、且つ、むき出しの闘志を和輝たちにたたきつけていた。

 

「これが……、オーディン……。これが……神話の頂点……!」

 

 オーディンから放たれる圧倒的なプレッシャーを前に、和輝は膝が震えだすのを止められなかった。

 

「神にはランクがある。桁外れに強い奴、主神クラス、太陽神クラス。こいつらはカードとしても能力が高い。レベルは12、ステータスも高く、効果も、共通の耐性効果を除けば三つだ。ボクらは二つだから、この差は大きい」

「オーディンは召喚の際、三体以上のモンスターをリリースすることができる。そして、オーディンはこの際にリリースしたモンスターの攻撃力、守備力の合計値を、己の攻守に加算する。

 オーディン自身の攻撃力は5000、加算される数値は13800。よって攻撃力は――――」

「18800……!」

 

 戦慄を込めて、和輝は呻いた。和輝の伏せカードはミラーフォース。神には通用しない。

 このデュエル、和輝の敗北が決定した。

 

「く……、オーディン……!」

「ロキ、我が正しかったな! やはり人間は、神が敷いた道を行くべきだ!」

 

 歯噛みするロキ、勝ち誇るオーディン。主神と邪神の論争に興味はないとばかりに、六道(キング)は一歩踏み出した。

 

「終わりだ。オーディンでロキを攻撃!」

 

 彼我の攻撃力の差は13800、比べるべくもない。

 

「和輝! 君は、ここで終わらせはしない!」

 

 オーディンが身を低く、手にした槍、グングニルを投擲の姿勢に持って行くのを目にしながら、ロキは両手を広げ、和輝を庇う形をとった。

 そこで和輝の思考はオーディンのプレッシャーから逃れた。

 そう、このデュエルには負けた。だが完全敗北ではない。宝珠を守り切れれば、神々の戦争で脱落はない!

 

「耐えきれるか、ロキ!」

「耐えて見せるさ、オーディン」

 

 和輝は踵を返して駆けだした。少しでも距離を稼ぐのだ。次に来るオーディンの一撃から、少しでも遠くに逃げろ。

 みっともなかろうが、無様だろうが、関係ない。

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ! じっとしていれば、きっとパパとママのところに行けるぞ?

 うるさい黙れ。俺はまだ終われないし、ましてや死ぬのなんかまっぴらごめんだ。

 家族を理不尽に奪われる苦しみと悲しみを、岡崎家の人達(新しい家族)に味合わせてたまるか。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 力の限り叫び、和輝は駆ける。その背中を庇うように立ちはだかるロキ。それらをまとめてぶち抜こうと、オーディンは――――

 

「受けよ我が絶対の槍――――グングニル!」

 

 とどめの一撃を放った。

 

 

DDスワラル・スライム 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK200 DEF200

「DDスワラル・スライム」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札に存在する場合、自分メインフェイズに発動できる。「DDD」融合モンスターカードによって決められた、このカードを含む融合素材モンスターを手札から墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。手札から「DD」モンスター1体を特殊召喚する。

 

DDD烈火王テムジン 炎属性 ☆6 悪魔族:融合

ATK2000 DEF1500

「DD」モンスター×2

「DDD烈火王テムジン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在し、自分フィールドにこのカード以外の「DD」モンスターが特殊召喚された場合、自分の墓地の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):このカードが戦闘または相手の効果で破壊された場合、自分の墓地の「契約書」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

DDD疾風王アレクサンダー 風属性 ☆7 悪魔族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

「DD」チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「DDD疾風王アレクサンダー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在し、自分フィールドにこのカード以外の「DD」モンスターが召喚・特殊召喚された場合、自分の墓地のレベル4以下の「DD」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

魔神王の契約書:永続魔法

「魔神王の契約書」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分メインフェイズに発動できる。自分の手札・フィールドから、悪魔族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。「DD」融合モンスターを融合召喚する場合、自分の墓地のモンスターを除外して融合素材とする事もできる。(2):自分スタンバイフェイズに発動する。自分は1000ダメージを受ける。

 

DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロク 闇属性 ☆10 悪魔族:融合

ATK3200 DEF3000

「DDD」モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードが戦闘を行う攻撃宣言時に、このカード以外の自分フィールドの「DD」カードまたは「契約書」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主の手札に戻し、このカードと戦闘を行うモンスター以外の相手フィールドの表側表示モンスター1体を選んで装備カード扱いとしてこのカードに装備する。(2):このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

勝利決めし主神オーディン 神属性 ☆12 幻獣神族:効果

ATK5000 DEF5000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体以上のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードはこのカード以上のレベルまたはランクの神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードの攻撃力、守備力は、アドバンス召喚成功時にリリースしたモンスターの攻撃力・守備力をそれぞれ合計した数値分アップする。(4):???(5):???

 

 

和輝LP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話:遠い背中

 オーディンが放った捻じれの赤槍(グングニル)が、ロキを貫いた。

 瞬間、バトルフィールドに異変が起こった。

 ロキの身体を貫いたグングニルがその場に停止、そして、ロキごと己を中心点に、空間ごと()()()()()()()()

 

「!?」

 

 何が起こったのかわからないまま、空間が歪み、捻じれ、引き千切られていく。

 まるで目に見えない巨大な(アギト)に囚われ、咀嚼(そしゃく)され、嚥下(えんか)されていくように。

 

「ぐああああああああああああ!」

 

 ロキの悲鳴が響く。その中で、バトルフィールドが消失していく。まるで崩壊のようだが違う。これはデュエルに決着がつき、バトルフィールドが消滅していくのだ。

 ただ、オーディンが放った一撃の影響で、消失の仕方があまりにも通常とかけ離れていただけのこと。

 

 

 バトルフィールドから現実空間に帰還した六道(りくどう)は、倒れ伏す和輝(かずき)を見た。

 ピクリとも動かない。

 

「これで終わり、か?」

 

 そう言う六道の声音は、少し残念そうだった。

 そう、六道は実際、残念に思っていた。

 この少年は見所がある。本気を出してからは一蹴されてしまったが、この少年とのデュエルは面白かった。

 血が湧き、肉が踊った。そう、自分はそんな戦いを求めている。

 今は一蹴レベルだが、将来、育てばどうなるかわからない。

 彼の未来はどうなるか。今までの何人かと同じく、ここで道を閉ざしてしまうのか。できればそうなってほしくはないが――――

 

「終わりだ。お前と戦った人間は、たいていここで膝をつく。ごく一部の強者だけが、デュエル中、急激に変わったお前を前にしても立ち上がれる。この少年は、今までの雑兵と変わらなかったということだ」

「――――――誰、が、雑兵、だ……」

 

 吐息とともに放たれたオーディンの台詞に応じる言葉。

 弱弱しいが、確かにそれは六道とオーディンの耳に届いた。

 見れば眼前で倒れ伏していた和輝が、ゆっくりと起き上がろうとしていた。がくがくと四肢を震わせているため、思うように立ち上がれない。まるで生まれたての小鹿か何かだ。

 だが、顔を上げた瞳には、確かに闘志が宿っていた。

 

「そう、そうだ和輝。ボクらは、まだ負けていない」

 

 そして、和輝の傍らに、実体化したロキが現れた。あの、主神の一撃を受けて、それでもロキは和輝(パートナー)を守り切ったのだ。

 

「ほう、我が一撃から、契約者を守り切る。まさかお前がそれをするとはな、ロキ」

「そりゃあボクだって、神々の王になりたい。そのために守るべきものは全力で守るさ。個人的に、人間の世界は気に入っているんだ。まだまだ遊び歩きたいしね」

「真面目にやれ、真面目に。だが、お前が(つい)えなかったことは事実。我とお前の問答の答えも、人の行く末も、まだ定まらぬか」

 

 何か得心したような様子のオーディン。六道は誰にもわからぬほどの微笑を浮かべて、踵を返した。

 

「俺、は……!」

 

 和輝は顔を上げる。なんとか、二本の足で立つことができた。それこそが矜持であると、そう言うように。

 

「今回、その宝珠は見逃そう」

 

 去りゆく六道は、それでも和輝に語り掛けた。

 

「傷を癒せ、痛みをとれ。そして、俺の戦いを見るがいい。このテンションの高まり、高揚感。それを客観的に見られるのは、お前の未来へのいい勉強になるかもしれない」

 

 それだけを残して。六道は今度こそ去っていった。和輝には一瞥もくれずに。

 

 

 デュエルパレスに戻った六道は通路を突き進む。その間に、実体化したオーディンの魔術によって、傷や汚れを落としていく。

 ちなみに実体化したオーディンは格子状の柄が入ったネイビーのスーツ姿に戻っていた。

 

「あ、キング! ヴォーダンマネージャーも!」

 

 今日の試合のためのスタッフが、六道を見つけて駆け寄ってくる。

 

「どうした?」

「もうすぐ試合です。すぐに準備を――――」

「必要ない。俺の準備は万全だ。心持もな」

「今のキングはすでにトップギアだ。獅子道(ししどう)プロならば、持ちこたえられる故に、観客を沸かせるデュエルはできる。なので、さっさと行こう。本番だ」

 

 手短に答える六道と、それをフォローするオーディン。彼は六道と契約してからは、ヴォーダンと偽名を用いて六道のマネージャーをしているのだ。

 

「さぁ、行こうか」

 

 スタッフに案内されながら、六道は己の左胸、心臓部分に軽く手を当てた。

 高鳴っている。今のデュエルで高ぶっている。自覚しているが、自分はスロースターターだ。周囲との実力差のせいか、ついつい“遊んで”しまう。

 だがこの高揚感は嫌いではない。このまま次のデュエルに臨めるというのは、この上ない僥倖に思える。

 口元に自然と浮かんだ笑みを自覚しながら、六道は次のデュエルを待ち望んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 和輝は六道が去った後、力尽きたように膝をついてしまった。

 

「か……は……!」

 

 大きく息を吐き出す。額どころか顔全体から滝のように汗を流し、四つん這いになってあえいでいる。

 

「和輝、大丈夫かい?」

 

 実体化したロキが声をかける。平行して治癒の魔術を発動。和輝の肉体に蓄積されたダメージを癒し、服についた汚れや(ほつ)れを直していく。

 

「ああ、俺は大丈夫だ……。だが……」

 

 和輝の視線が向かうのは、六道が去っていった、裏口。角度のせいか、日の光が入らないそこは今、薄暗く、先が見通せない。

 まるで自分の未来のようだと、そう思った。

 

「あれが、キング……。あれが、頂点の力、か……」

 

 どさりと、膝をつくのも億劫になって、仰向けになる。

 見上げた空はどこまでも高い。手を伸ばしてもとても届かないほどに。

 

「……途中までは、行けると思ったんだがなぁ……」

 

 六道が“変わった”瞬間から、彼の戦術に追いつけなくなった。十年間無敗との差は、大きく、遠い。

 

「それだけじゃない。悔しいが、ボクとオーディンとでは、神としてのランクが違う。カードにもそれは表れていた。ボクが10、オーディンが12。加えて、オーディンには神の耐性効果を除けば三つの固有効果と、5000という、最高レベルの元攻撃力を持っている」

「つまり、タクティクスで負け、カードパワーで負け。ここぞという時に流れを、引きたいカードを引き寄せる、運命力でも負けているってわけか」

 

 完敗だ。そして間違いない。六道(たかし)こそ、神々の戦争における最大の障害だ。

 

「俺は、弱い……!」

 

 和輝の声には悔しさはあったが、哀哭(あいこく)はない。そう、和輝の心は、まだ折れていない。

 しかし、

 

「あいつに勝つには、どうすればいいんだろうか?」

「君が強くなるしかないね。テクニックも、カードも」

 

 そしてボクも、と、ロキは口の中だけで呟いた。

 ロキは、思う。ロキ自身、自分が弱い神であると知っている。神の血が半分しかないのも理由だろうが、それはオーディンだって同じだ。

 

(足りないのは、経験か)

 

 実戦経験が足りない。オーディンの庇護下にいた自分は、トールと共に冒険していた自分は、知恵は回れど、力はさほどでもなかった。そしてそれでよかった。戦うのは自分だけではなかったから。

 これからはそうではいけないのだ。神々の戦争の勝者は一柱。最終的には一人で立ち向かわなければならない。

 

(幸い、ボクは純粋な神じゃない。なら、()はあるはずだ)

 

 神は本来完全な存在だ。ゆえに不死であり、不老であり、そして成長しない。生まれ持った力が何らかの呪いによって、一時的に上下することはあるが。永久的に、力の上限は決められている。生まれた時から完全であるが故に。

 だが、それは純粋な神に限った話。神以外の血。例えば巨人、例えば人間、精霊。あらゆる他種族の血が混ざれば、その限界を超えることができる。

 まして、北欧神話の神は不死ではない。もともと持った不完全性ゆえに、成長の余地はあるはずだ。

 

「さ、和輝。まずは立ち上がろう。そろそろ体の痺れも取れたろ? そのうえで、さっきも言っていたけど、デュエルキングの試合を見に行こう。客観的に相手の試合を観察することも、勝つためには必要さ。どんなに小さくても、姑息でも、次勝つために、できる事は何でもしておこう」

「……ああ、そうだな」

 

 よっからせとおじさん臭いことを言いながら立ち上がる和輝。身体に鈍い痛みはあるが、無視できるレベルだ。

 

「行こうぜ、ロキ。少し寝すぎた。急がないと間に合わない」

「承知」

 

 そう言ってロキは実体化を解いた。和輝は急ぎ、綺羅(きら)が待っている席に向かった。

 

 

 デュエルモンスターズ七大大会。全日大会エキシビジョンマッチ。試合は終始六道がリードしていた。獅子道プロのヴァイロンによる、圧倒的な火力を躱し、いなし、そして、反撃のDDDが大型ヴァイロンを撃破。さらに、ベオウルフやカリ・ユガによって装備魔法をはがされたヴァイロンが蹂躙されていく。

 無理もない。スロースターターのはずの六道の、最初からフルスロットルのデュエルだ。寧ろ獅子道プロは健闘したといえるだろう。

 王の嵐のような攻めを受け、それでもなお倒れず、己の軍勢を焼き払われてもなお屈せず、ライフが尽きるまで抵抗をやめなかった。

 そして終わりがやってくる。

 

「素晴らしい戦いだったぞ獅子道プロ! 先にいいデュエルをしてしまったが、これもまた素晴らしい! ――――だがここまでだ! 俺のターン! DDD怒濤壊薙王カエサル・ラグナロクでダイレクトアタック!」

 

 最後の一撃が下る。獅子道プロのライフが0になり、六道の勝利が高らかに宣言された。

 沸き立つ観客。興奮気味に喚き立てる司会進行役の声を、和輝はどこか遠くで聞いている感覚で聞いていた。

 

「やっぱりデュエルキングは凄いですね、兄さん!」

 

 隣に座っている綺羅もまた、観客と同じく興奮し、兄に声をかけている。

 

「ああ、そうだな。あれが壁なんだ。全てのデュエリストが超えるべき、分厚くて、高くて、硬い……」

「兄さん?」

 

 不審げな義妹を尻目に、和輝はいつまでも、睨むように六道を見ていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 獅子道(らい)は己の無力さを嘆いていた。

 全日本大会に優勝したのはいい。だが次のエキシビジョンマッチで、勝利を射手矢(いでや)様にささげられなかった。

 こんな不敬、不忠はあろうか。必ず勝利を届けると、あの方の前で誓ったというのに……。

 心は悔やんで悔やんで、今にも気が狂いそうだったが、身体は一定の速度で足を動かしていた。

 今、獅子道がいるのはゾディアック本社、その最上階にある社長室へと向かう道だ。

 社長室の扉の前で止まる。一瞬、目を瞑って名目。扉をノックする。

 

「入り給え」

「……失礼します。射手矢様」

 

 一言断りを入れて入室。緊張した面持ちで、獅子道は直立不動のまま、主である射手矢弦十郎(げんじゅうろう)の前に立った。

 見れば、社長室にいたのは射手矢一人ではなかった。社長室の椅子に座っている射手矢を王とし、その傍らに佇む文官の様な男の姿。

 グレイの髪とスーツ、青い瞳、長身痩躯の身体に顔には銀縁眼鏡。見るからに神経質そうな外見の男。神経質に糸を張り巡らせる痩せ蜘蛛の風情。

 知っている男だ。ゾディアック顧問弁護団の筆頭、(はかり)弁護士。確か、射手矢と幼馴染だという。

 

「ああ、よく来てくれた」

 

 社長室の椅子に座り、こちらを見据える射手矢の様子は朗らかだ。

 撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 一切変わらない。獅子道が知る射手矢だ。

 

「デュエルで疲れているところすまないね。今日は、残念だった」

「射手矢様のご期待に添えず、申し訳ございません」

 

 深々と頭を下げる。ほかに言いようがない。

 だがなんだ、さっきから、この部屋に感じる、異常な重圧は……?

 眼前の射手矢からではない。部屋のあらゆる場所から、もっと高みから、ぐるりと見降ろされているような感覚は――――

 

「謝ることなどない。君はよくやった。結果は残念だが、そのことで君を責めはしないよ。それに、君は私が抱えるプロの中で最強だ。その事実は揺らがない」

 

 射手矢は笑顔のままだ。周囲の異様な気配に、彼が感づいていないはずがない。なのに、なぜあんなに平然としているのか――――。

 

「それにしても、デュエルキング。やはり強大な()だ。彼に対抗する力が欲しい。そう、君もその一つだ」

「は? それは……」

 

 どういう意味か。顔を上げた獅子道の目に、異様な光景が飛び込んできた。

 射手矢と秤の背後から、半円状に社長室の中を取り囲む様に並び立つ、十二の影。

 でかい。天井に頭がこすれそうなほどの長身が十二。そして、そこから発せられる、言いようのない圧力。

 これだ、この影たちが、先程感じた重圧の正体だ。

 

「六道天を、そしてほかの多くの敵を倒すために、協力してくれるね、獅子道?」

 

 射手矢の誘い。獅子道の頭は非現実的な出来事によって半ば麻痺していたが、答えは決まっていた。

 もとよりこの身命、全て射手矢に捧げると決めている。何を求められようと、答えは決まっていた。

 

「はい、射手矢様。それがいかなることであろうとも、私の答えは決まっています。あなた様の、お望み通り、私をお使いください、射手矢様」

 

 その場に(かしず)き、獅子道は忠誠を捧げた。

 

「ああ、それでこそ、だ。獅子道、獅子道來。私のナンバーワン。さぁ―――――」

 

 満足げに笑って、射手矢は告げる。

 

「神々の戦争に、殴り込みだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話:再会、ロンドンにて

 七月三十一日。岡崎和輝(おかざきかずき)は己の荷物の点検を行っていた。

 

「パスポートは持った。デッキ、デュエルディスク、着替え、その他諸々の旅支度も持った」

 

 あと必要なのは何だったか。己で作ったチェックリストの項目と実際の旅行鞄の中身を見比べ、確認漏れがないことを確認し、和輝はよしと満足げに頷いた。

 

「旅支度か。人間は相変わらず、身一つで行くってわけにはいかないねー」

 

 和輝の旅支度を見守っていたロキが、にこやかに笑いながら言う。

 

「まーそう言う人もいるかもしれねーけどな。俺ら一般人的感性だと、旅の準備は重要だ。それに、今回俺も綺羅(きら)も、旅に出るんじゃない。ただ、ロンドンにいる両親に会いに行くだけだ――――俺からすりゃ、義理の、だけどな」

「前から気になっていたけど、和輝。君の今の両親って、どんな人なの? この前の手紙見る限り、結構愉快な人みたいだけど」

「エキセントリックだよ。有能だけどな。頭脳も。だからロンドンの大学で教授なんてやってる。しかも、大学側に乞われての登用だ。本当は結構前から呼ばれていたらしいんだけど、俺と綺羅が中学を卒業するまでは待ってくれって、言ってあったんだよ。

 あと、生活力が零どころかマイナスだ。なんで自分の洗濯物も洗えないんだか。だから養母(かあ)さんも身の回りの世話をするためについていった。

 ついでに、二人とも四十超えてるんだけど、まーだ新婚当時みたいに()()()()だ」

「はは。なかなかユニークな両親みたいだね」

 

 なかなかぼろくそに言っているようだが、それでも和輝の声音に侮蔑の色はない。寧ろ――――

 

「好きなんだ、その両親が」

「さて、見解の相違かもしれないぞ」

 

 言いながらも、和輝の表情は穏やかだ。

 

「まぁ、感謝してるよ。あの人達は、七年前に何もかも失った俺に、もう一度家族をくれた。―――――ぬくもりを、くれた」

 

 それっきり、和輝は「話は終わりだ。明日速いから、もう寝る」と言って、電気を消してしまった。

 だがロキは見た。両親への感謝を漏らしたその頬は、気恥ずかしさで赤くなっていたことに。

 

「君もたいがい、素直じゃないねー」

 

 肩をすくめて苦笑して、ロキは実体化を解いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、翌八月一日。和輝たちは晴れてイギリスの地を踏んでいた。

 空港から電車に乗り換えて、四苦八苦しながらもロンドンへ。

 

「はー、つきましたよ兄さん!」

「ああ、ついたな」

 

 初めての海外旅行に興奮気味の綺羅は、テンション高めで――そしてどこか子供っぽく――ぴょんぴょん跳ねながら和輝の数歩前を行く。もっとも、和輝にしてみても、平静を装っているようで、実際は綺羅と同じく初めての海外旅行に、どこか浮足立っているのは否めない。

 

「おーい綺羅。あまりはしゃぐな。まずは養母さんがいるはずの、二人の住まいの番地を確認して、あらかじめ連絡をしてだな――――」

 

 はしゃぐ義妹を諫めるようにそう言う和輝。だが内心、やはりどこか落ち着かない。

 久しぶりに会う両親に対して、若干の照れがあるのか、それとも、両親に会いに行くというのは口実で、本当の目的は別にあることか。

 以前の養父からの手紙にあった言葉。

 ――――夏休みに入ったから一度、クリノのところに行きなさい。君は何でもないと思っていても、過去の記憶は嫌でも現在を侵略していく。防壁を築くのを忘れてはならない。いずれ対決する時のために。

 これについては和輝自身、感じていたことだ。

 七年前の東京大火災。あの炎に包まれた地獄から生還してから、和輝の脳裏に、危機に陥れば消えてくる怪物の声。

 当然、幼い和輝は預けられた孤児院にいた大人たちに、そして岡崎家に引き取られてからは両親に、その怪物について怯えながら説明した。

 施設の大人たちは困惑した。だが、預けられた先の両親は、幼い和輝の話に首肯し、そして、あるいとこのところに連れて言った。

 クリノ・マクベス。今はイギリス、ウェールズ州の森の中に滞在している、養父、岡崎正晴(まさはる)の友人。彼はカウンセラーであった。

 ゆえに、正晴は新しく家族に迎え入れた和輝を、友人と合わせた。

 和輝が今、こうしてまっとうに生活で来ているのは、ここでのクリノとの交流(カウンセリング)の影響が大きい。

 怪物の話を聞いてはいけない。けれど完全に無視してもいけない。いつか対決しなくてはならない。かつて言われた言葉。和輝も、そのいつかがくることは覚悟していた。

 

「兄さん?」

 

 表情が深刻になりすぎていたのか、それとも自分とのテンションの落差に訝しんだのか、綺羅がこちらの顔を覗き込んでいた。和輝は正気に戻り、胸のうちに一瞬膨らんだ不安を打ち消す。

 

「どうしました? なにか、悩みごとでも?」

「いや。何でもない。それよりまずは母さんのところに行こう。で、荷物を置いて来ようぜ」

「あ、それには賛成です。えっと番地は――――」

 

 うまくごまかせただろうか? 内心をひた隠しにして、和輝は生真面目にきょろきょろと周りを見渡す義妹の後についていった。

 

 

 しばらくして、和輝たちは目的の番地についた。ここに今、両親は暮らしているはずである。

 

「ここ、ですね」

 

 ロンドンは昔ながらの古く、趣のある住居の列に加え、押し寄せた近代化の波によって高層ビルも立ち並ぶようになってきている。

 とはいえ、和輝たちが訪れたのはそのような近代化の波とは無縁の、住人よりも歴史のある建物が立ち並ぶ住宅街であった。

 もっとも、周囲と似たり寄ったりの形、色彩の中、表札にはっきりと「岡崎家」と漢字で刻まれているので、見間違えようがないが。

 呼び鈴を鳴らす。しばらく待つ。すると、

 

「はーい」

 

 間延びした声が返ってきた。がちゃりと玄関扉が開かれると、中から出てきたのはイギリス、ロンドンという街に不釣り合いな格好をした女性だった。

 着物姿である。

 長い黒髪、長い睫毛、深い黒瞳と、純和風な大和撫子美人な彼女には、藍色の留袖の着物はよく似合っている。余計な装飾はなく、私用の簡素な着物姿だった。

 何より、若い。きめ細かな肌、枝毛のない黒髪、さらに本人の上品で、それでいてどこか寛容的な雰囲気が、彼女を実年齢以上に若く見せている。

 岡崎正美(まさみ)。彼女こそが和輝を拾ってくれた今の母親にして、綺羅の実の母だ。

 

「あら! あらあらまぁまぁ!」

 

 玄関を開き、和輝たちを確認した母、正美はパンと手を叩いて、満面の笑みでにじり寄ってきて、綺羅を抱きしめた。

 

「綺羅ちゃんに和輝さんじゃないですかぁ。久しぶりですねぇ。本当に。あー、いい匂いだわぁ。ちゃんと体のお手入れは欠かしちゃダメですよ? 女の子なんだから」

 

 ぎゅっと綺羅を抱きしめて、うふふと笑う養母の姿を横目にしながら、和輝はさりげなく距離をとった。

 この母親は間違いなく善性の人間で、養子の和輝も、実子の綺羅も分け隔てなく愛してくれてる。

 いや、溺愛しているといってもいい。夫についてイギリスに行くことを承諾したものの、最後まで子供たちとの別れも惜しんでいた。

 そして、この態度もまた、年齢不相応に若々しい。

 

「あ、あの、母さん。まだ、ドアも閉めていませんし……、その、苦しいです……」

 

 まるで大きめのぬいぐるみのように抱きしめられた綺羅は困惑顔のまま母の背をポンポン叩いて離してくれとアピール。

 

「あら、ごめんなさい綺羅ちゃん。つい嬉しくって――――」

「とりあえず、中に入ってもいいかな? 俺も綺羅も、荷物を置きたいんだけど――――」

「まぁ! まぁまぁ和輝さん。貴男もまた逞しくなって――――」

「一年と少ししかたってないよ」

 

 言いながら、和輝は自分も抱きしめようとしてくる正美の手からするりと逃れる。

 

「まぁ! 和輝さん、どうして逃げるの?」

「照れくさいからだよ」

 

 ささっと距離をとる和輝。そんな息子に不満顔な母はおいておいて、和輝はさっさと家の中に入って荷物を置いていく。

 

「親父は?」

正晴(まさはる)さんならまだ大学ですよ。お帰りは夜だとおっしゃっていましたわ。ですので、それまでのお夕飯の支度を済ませてしまいましょう。今夜は豪華よぉ」

 

 パンと手を叩いて、正美はウキウキ顔でキッチンまで引っ込んでいく。綺羅が「手伝います」とその後を追っていく。

 母子の後姿を目で追いながら、和輝は自分も手伝おうかと思い、後を追おうとする。

 と、何かに気づいたのか、正美がくるりと反転。和輝に向かって数歩歩み寄った。

 

「じー」

「な、何?」

 

 わざわざ「じー」と声に出してこっちを見つめてくる正美に、和輝はたじろいだ。

 

「何か、悩みごと?」

「!」

 

 綺羅もそうだが、やけに勘が鋭い。もしかしたら自分は意外と顔に出やすいのだろうかと、そう考える和輝。

 

「和輝さん。何か、(わたくし)達には打ち明けられない悩みや不安があるのではなくて?」

「そんな、ことはないよ」

 

 嘘だった。見破られていることもわかったが、しかし言えない。

 神々の戦争のことも。そして、六道天(りくどうたかし)のことも。

 そう、和輝は六道を恐れている。あの戦いで、歯が立たなかった自分を歯痒く思っている。強くなろうと誓い、どうすれば強くなれるか考えた。

 だが答えは見つからない。戦術で上を行かれている以上、やはり自分の戦力(カード)を強化するべきか。

 いずれにしても答えの出ない問題に、悩んでいたのは事実だった。

 正美は尚をも和輝をじーっと見つめ。

 

「そうですか。貴男がいうなら、母は何も言いません。ああ、そうだ」

 

 パンと、またしても手を叩いて、正美は和輝に向き直った。

 

「でしたら和輝さん。夕食までまだまだ間もありますし、ロンドンの街を見て回ったらどうかしら? それで、適当な時間に正晴さんの大学に、あの人を迎えに行ってほしいの」

 

 気遣われていることは分かった。正美は母として、息子の悩みを自分では解決できないと悟った。だから、攻めて気分転換だけでもと、そう思ったのだ。

 

(ここはお言葉に甘えなよ、和輝。最近の君は、ちょっと塞ぎ過ぎている)

 

 声なきロキの声が脳裏に響く。

 各人の気遣いに感謝しながら、和輝は母の提案を受け入れた。

 

 

「で、まぁ出てきたはいいけどよ」

「どこに行こうか、迷っていると」

 

 傍らに実体化したロキを置いて、和輝は手持無沙汰になっていた。何しろ、観光と言ってもどこを回ったらいいか、逆にわからないのだ。

 

「ロンドン名所といえば、やっぱり歴史ある建物がいいかな。まずは筆頭、ビッグベン。それからバッキンガム宮殿にタワーブリッジ――別に技名じゃないよ?――。ウェントミンスター寺院にロンドン塔。選り取り見取りだね。ちなみに、ボクの力を持ってすれば瞬間移動で一日のうちに全部回れるよ?」

「歴史的建造物、か。俺はそれよりカードショップに行きたいな。いや、ビッグベンとか、バッキンガム宮殿とか、興味がないわけじゃないが――――」

 

 その時、和輝の耳朶を女の悲鳴が打った。

 

「!」

 

 悲鳴に反応し、和輝が視線を飛ばした先には、日本人観光客の女性が下げていたバッグを奪うひったくりの姿。

 

「待ちやがれ!」

 

 和輝の反応は素早かった。即座に踵を返して疾走開始。ひったくりに向かって走る。

 

「……!」

 

 追う和輝に気づいたひったくりは、速度を速めた。速い。というより、遠い。気づいたはいいが、追うにしては和輝とひったくりとの間の距離は開きすぎてた。

 

「やべぇ、このままじゃ逃げられる!」

「和輝、ボクが――――」

 

 魔術で捕まえよう。ロキはそう言いたかったのだろう。一般人の衆目の前だろうと、彼の技量を持ってすれば偶然――たまたまひったくりが転ぶなど――で済ませられる。

 

「そうか、じゃあ頼む!」

「承知」

 

 今にもロキが魔術を発動させようとしたその直前、ひったくりの真横から割って入る影があった。

 

「そこまでよ!」

 

 影はそのまま、それはそれは見事な飛び蹴りを披露し、ひったくりに直撃。ひったくりは悲鳴を上げて倒れこんだ。

 

「あれは……」

 

 ひったくりを打ちのめし、バッグを取り返したのは、和輝も知っている人物だった。

 背中にかかるかかからないかくらいの薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、左脚部だけ大胆にカットしたジーンズ姿のおかげで、彼女の女性らしい体つきと健康的な色気が彼女自身の自信と共に(かお)ってくる。

 

「あれ? 誰かと思ったら、和輝君?」

咲夜(さくや)さん……」

 

 彼女こそは、かつて戦い、救い、そして和解した神々の戦争の参加者。ギリシャ神話の戦女神、アテナと契約を交わした少女、国守(くにもり)咲夜だった。

 

 

 結局。和輝と咲夜は二人して奪い返したバッグを被害者女性に返し、犯人を警察に引き渡した。

 

「いや、ほんと久しぶり。偶然だね」

「確かに。そうか、咲夜さんは全英大会の予選に出るためにここに来たんだ」

「そっ。全日大会はなんだかんだあって出られなかったからね。ここでリベンジよ」

 

 話す咲夜の表情は溌剌としていて、まさに太陽のような正の気に溢れている。

 これこそが、国守咲夜の本当の姿なのだろう。以前あった時、彼女はアレスとエリスからの必要な攻撃に晒されて、焦燥とすり減らされる神経から、かなり参っていた。全日大会に出場できなかったのもそのためだ。追手から逃れるために、彼女は予選出場をキャンセルした。

 笑う咲夜を見て、改めて和輝は思う。彼女からそんな怯えを取り除けて良かったと。

 

「今度の咲夜はすごいぞ。調子が右肩上がりだからな。本戦出場は確実だろう」

 

 と、そんな二人の間に、新たな声が上がった。

 幼い声だった。というより、子供の声だ。視線を向ければ、いたのはやはり子供。

 ウェーブのかかった赤髪、雪のように穢れを知らぬ白肌、黄金色の瞳、小柄な体は花柄のワンピースに包んでいる。

 未成熟ながらも開花前から美しさが窺える花の(つぼみ)の風情。

 咲夜と契約した神、アテナであった。

 

「おやアテナ。その姿ということは、まだ君の呪いは解かれていないのか」

 

 和輝の隣で実体化していたロキが言う。そう、アテナは本来子供の女神ではない。本当の姿は咲夜を超えるプロポーションの美女だ。

 だが彼女は、神々の戦争本戦開始時、人界に降り立つ直前に奇襲を受け、その際に掛けられた呪いによって子供の姿にされてしまったのだ。この呪いは、かけた本人を倒さなければ解呪されない。

 

「ああ、クロノス。いまだ影も形も見えぬ」

「襲撃とかはあったのかい?」

「いや、アレスたちの一件以来、我々は神と戦っていない。その手のものと思われる奴とも会わなかった」

「ふむ。あれ以来襲撃はぱったりとやんだ、か。クロノス側も、手駒がなくなったのかな?」

 

 ロキは顎に指をあて、何か考え込む仕草をした。

 

「なるほどね。まぁしかし、君たちに危険がないならそれでいいさ」

「そうだな。それに何かあったら言ってくれ。必ず駆けつけるから」

「あ、それはあたしの台詞。メールでもいったでしょ?」

 

 にやりと笑って見せる和輝に対し、ニコリと咲夜が笑う。陽光のように輝いた笑みだった。

 

「…………」

 

 ちょっと見惚れる和輝。

 

「あ、そうだ」

 

 そしてふと思いだす。ここで咲夜にあえたのは偶然だが、そう言えば肝心なことを言っていなかったと。

 

「咲夜さん、Bランク昇格おめでとう」

 

 アレスたちの一件以来、咲夜は調子を取り戻し、連戦連勝。そしてつい先日、昇格試験を無事クリアし、Bランクプロにまで上り詰めたのだ。これでまた、彼女は雑誌に取り上げられるだろう。

 

「あ、ありがと」

 

 素直な賞賛の言葉に照れるように、うつむき加減になる咲夜。

 すかさずロキが言う。「じゃあ、何かお祝いでもしようか」

 

「えぇ!?」

 

 予期せぬ提案に驚く咲夜。アテナはふむと頷き、

 

「ロキよ、お前がそのようなことを言うとはな」

「いやぁ、こうして戦いを通して友情を交わし合った二人だ。それくらいはしてもいいそれに、やっぱりなしえた結果には報奨が必要だろ?」

 

 言うロキには当然別の思惑もあった。

 何しろ最近の和輝は明らかに浮ついている。心ここにあらず、だ。家族にも気取られるほどに、()()()()()

 そんな状態で、ここで咲夜と会えたのは僥倖だ。何しろ和輝は彼女のファンなのだ。そして咲夜の方も和輝のことは決して憎からず思っているのが分かっていた。

 だからこそ、こうしてデートでもさせれば、和輝にとってもいい気晴らしになってくれる。少なくとも一人と一柱、男だけでロンドンをめぐるよりはいいはずだ。

 

「報奨か。まぁでも、ここであったのも何かの縁。咲夜さん、何かしてほしいことあるかな? ……その、できればお手柔らかにお願いしたいけど」

 

 頬を掻きながら、和輝は最後だけ若干弱気に、だがロキの提案を積極的に受け入れた。

 

「そっ。そういうことなら、有り難く好意に甘えようかな」

「ッ!?」

 

 言って、咲夜は和輝の腕を組む。いきなりかかってきた咲夜の体重と、腕にかかる体の柔らかさに、和輝の心拍数は跳ね上がった。特に、咲夜の胸が当たっているのがさらに落ち着かなくさせる。

 

(う、うぉぉ……。ぐ、グレートですよ、こいつぁ……)

 

 降ってわいた幸運が和輝の思考を知っちゃかめっちゃかにする。

 

「むむ」

 

 和輝のヨコシマな考えを電波的直感で受け取ったのか、アテナが渋い表情をするが、ロキがまぁまぁと手で彼女を抑える。

 

「じゃ、和輝君。あたしのショッピングにつき合ってよ。予選は明日からだから、あたし今日はオフなの。マネージャーも撒いてきたし、今日一日、付き合ってよ」

 

 咲夜の体温を感じる。そして、呼吸も。息が耳にかかってくすぐったい。この時、和輝の脳裏には大学の養父のことは完全に消し飛んでいた。

 

「あ、ああ。お安い御用だ」

 

 まだビートを刻む心臓を意識しながら、和輝はそう答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話:新たな力、アナザー・ネオスペーシアン

 率直に言って、咲夜(さくや)とのデートは楽しかった。

 小物類や服などの、咲夜自身とアテナのショッピングにしばし付き合った後、二人と二柱は当初のロキの提案通り、ロンドンの名所を回ることにした。

 ロキの瞬間移動によって移動時間を節約し、とにかく回れるだけ廻ろうという話だ。

 まず向かったのはロンドン最大の見どころ、ビックベン。積み重ねた歴史とその偉容、それでいながらも市民の生活に溶け込んだ奇妙な調和に圧倒され、バッキンガム宮殿の美麗さ、そして勇壮さに見惚れた。

 タワーブリッジを渡ってロンドン塔へ。そこに今なお沈殿している暗く、寒々しい、そして物悲しい思念の数々に、胸をつかれる思いになった。

 そう、二人と二柱の観光は、とても楽しかった。ただ問題もあった。

 

「あっ、こら二人とも、やめなさいってば!」

 

 これで何度目だろうか、と和輝(かずき)は思った。

 場所はロンドン塔。そこで咲夜は些細な(いさか)いから口論に発展した男女の仲裁に入っていた。

 

「あーもう! いい加減にしなさいって! ここは世界遺産、ロンドン塔よ! 喧嘩してほかのみんなの迷惑になるじゃない!」

 

 なお口論の矛を収めようとしない男女の間に割って入り、両手を一生懸命広げて二人の距離を離そうとする咲夜。

 何もこれが初めてではない。ビッグベンでも、バッキンガム宮殿でも、ここに来る前にわたったタワーブリッジでも、彼女は喧嘩や迷子の相手、道案内、ひったくりなど、何か問題が起こるたびに首を突っ込んで、仲裁やことを収め、或は火に油を注ぐかのように余計に騒ぎを大きくした。

 

「咲夜さんって、いつもこうなのか?」

「私も最近知った。何しろ、あったばかりのころは、あんな風に他人を気に掛ける余裕などなかったからな」

 

 売店で買ったアイスを舐めながら、アテナの、どこか諦観の混じった返答を聞き、和輝はなるほどと答えた。というか、ほかに言いようがなかった。

 

「世話好きってことかな。元々姉御肌というか、放っておけないんだろうね。困っている人とか、揉めてる人とか」

 

 ロキもまた、いつものニマニマ笑いを浮かべてそう言った。

 

「もともと正義感が強い、というのもあるだろう。何しろ、私と波長の合う、契約者だからな」

 

 どこか誇らしげに、正義の女神(アテナ)は言う。

 と、その眼前で、トラブルが終わったらしい。男女は咲夜に頭を下げて、腕を組んで仲睦まじく去っていった。

 

「お疲れさま、咲夜さん」

 

 帰ってきた咲夜に、ねぎらいの言葉をかける和輝。

 

「あはは。ごめんね、和輝君。時間とらせちゃって」

 

 苦笑する咲夜。だがそこには何かをやり遂げたという満足げな色がある。

 二人は観光客用に設置されたベンチに座った。

 

「それにしても、昨夜さん、ずいぶんといろんなことに首を突っ込んだね」

 

 これは和輝の素朴な疑問だった。

 再会した時のようなひったくり、或は取っ組み合いになりそうなもめ事を止めに入るというなら、分かる。実際和輝もひったくり犯を捕まえようと動いていた。

 だが咲夜の場合、それが少々度が過ぎている。何しろ、ただのちょっとした口論でも、立ち止まり、じっと観察し、互いに引っ込みがつかなくなって口調も声量も激しくなったら、止めに入るのだ。

 

「うーん。子供のころからの性分なんだよね。今更変えられないっていうか」

「疲れない? そういうの」

「そう感じたことはないかな」

 

 さわやかな顔で笑う咲夜。和輝はなおも問いかけた。

 

「失礼じゃなければ、聞きたいんだけどさ。なんであんな風に、いろんな人たちを助けようとするんだい?」

 

 それは、純粋な興味だった。それに、答えを聞きたいとは思ったけれど、本人が聞かれることを望まないなら、この話はここでおしまい。また二人でロンドンを回ろう。そう笑って切りだすつもりだった。

 だが予想に反して、咲夜は黙り込んでしまった。

 沈黙が二人の間を、一陣の風と一緒に通り過ぎた。これは失敗したかなと、和輝が笑ってごまかそうとしたその時、ぽつぽつと咲夜が語りだした。

 

「あたしね、お父さんがいたの。子供の頃。すっごいちっちゃい頃だったんだけどね」

 

 いた、という過去形の語りで、すでに和輝はある程度事情を察していた。

 黙って先を促す和輝。咲夜はどこか寂しげな微笑を浮かべた。

 

「で、そんな子供のころ、お父さんに見せてもらったビデオがあるんだ。昔の特撮番組で、父さんと並んでみたの。それが絵に描いたようなヒーローでね。弱気を助け、強きをくじく。正義を胸に秘め、悪は許さない。そんな感じ」

「典型的なヒーローだね」

「そ。それに、父さんも警察官だったから。だからかな、子供のころから、ごくごく自然に、()()なりたいって思ってたのよ。弱者の視線を背中に受けながら立ち上がり、なお立ち向かう、呆れるほどの不屈の闘志を持ったヒーローに。

 結局、女のあたしじゃ、どうしても超えられない壁があるって思い知って、警察官の道は諦めちゃったんだけど。ヒーローと同じくらい大好きだったデュエルの道に進んで、いろんな人たちに、勇気とか、希望みたいなものを与えられるといいなって思ったの。それで、プロを目指して、現在に至ります。ってね」

 

 そう語る咲夜の表情は誇らしげで、迷いなど一遍もないと言っていた。

 

「まーそれでも、ちょっとおせっかいかなって思うことはあるんだ。面と向かってそう言われたこともある。けど変わらないし、変われない。これがあたし、国守(くにもり)咲夜なのよ」

 

 咲夜の美しい笑みをまぶしげに眺め、和輝は問いかけた。

 

「……アテナを助けたのも、そのため?」

「もっちろん。結局、あたし一人じゃどうにもならなかったけどね」

 

 苦笑する咲夜。そんなことはないと、和輝は告げた。

 

「あの時俺が間にあったのは、咲夜さんが一人で、潰れず、ずっと闘い続けていたからだよ。その頑張りは絶対に無駄じゃない」

「…………ありがと」

 

 それに、と和輝は続けた。悪魔で咲夜と視線を合わさないのは、照れているからか。

 

「俺もいるんだよ。憧れてる人。その人の背中を見ていたことがあって、その人が成していることを知って、以来、まぁいろんなことが放っとけないって思うことはある。色々と、弱ってる人は」

 

 咲夜さんほど面倒見は良くないし、手を伸ばす勇気もないけどね、と苦笑する和輝。半面、咲夜は和輝の『憧れの人』に興味を抱いた。

 

「へぇ、和輝君にもそういう人っているんだ。誰誰?」

「多分、咲夜さんも知ってる。Aランクのプロデュエリストだし。昔から、いろんな孤児院に出資してるって有名だし」

「あ」

 

 心当たりがあるのか。咲夜は目を丸くし、口を開けた。

 

「レイシス・ラーズウォード。何もかもなくした俺が、とりあえず引き取られた先が、その人が出資してる孤児院だったわけ。昔、一度だけ、挨拶にきてくれたんだよ。その後その人のデュエル見て。あー、思えばあれからかな、漠然とだけど、プロデュエリスト目指そうかって思ったの」

「孤児院に? ひょっとして、聞いちゃいけないこと?」

 

 思わぬ方向に進んだ話の流れに、咲夜は思わず表情を曇らせた。立ち入るべきではない、深く込み入った部分に入ってしまったと、そう思ったのだろう。

 和輝は苦笑。確かに立ち入った部分だが、なに、別段隠すことでもない。それに自分も咲夜の過去を――一端とはいえ――語らせたのだ、自分も語るのは道理が通っている。

 

「ああ、気にしないでよ。咲夜さんの昔話も聞いちゃったし。おあいこ。七年前の東京大火災、あったろ? 俺はそこの生き残りなんだよ。で、救助された後に、レイシスプロが出資していた孤児院に預けられて、そこから岡崎(おかざき)家に引き取られたわけだ。で、今日はロンドンにいる育ての親たちに会いに来たんだ。義妹(いもうと)と一緒にね」

「あ、それで」

 

 自分たちの再会の理由、その一端を知って、咲夜も納得顔だ。

 

「ま、ほかにも理由はあるけど、それが大きいかな」

「ふーん」

 

 言って、咲夜はじっと和輝の顔を覗き込んだ。

 間近に来た彼女の顔に、和輝は心臓が高鳴るのを感じた。

 

「な、なに?」

「んー。今日一日一緒に歩き回って思たんだけど、和輝君、なんか無理してない?」

 

 ぎくりとした。というか、そんなに分かりやすいだろうか、俺は?

 

「あー」

 

 だがここで隠しても意味はあるまい。何しろ、咲夜は綺羅たちと違って事情を知っている。

 それにいい機会かもしれない。龍次(りゅうじ)烈震(れっしん)のようにほぼ毎日のように顔を合わせるわけでもない、適度な距離感にいる咲夜になら、逆に話しやすい。

 

「まぁ、確かに。何かありはしたんだよ。夏休み入った直後にね」

 

 それから和輝はぽつぽつと語りだした。

 デュエルキング、六道天(りくどうたかし)が神々の契約者だったこと。契約した神がオーディンだったこと。そして戦い、負けたこと。

 

「まったく、とんでもねー強さだったよ。あれが今後立ちはだかる壁だと思うと、どうしたらいいかわからなくなるくらいに」

「…………」

「けど、俺が一番恐れているのは、多分、キングに負けたことじゃない。今後、あれくらい強い敵が、無関係な人を傷つけることに何の躊躇もない外道だった時、なんだと思う」

 

 ぽつりぽつり、和輝は語る。己の心中を。自分でもこんなに言葉が出てくることが意外だった。

 

「そんな人に、負けると思うようになっちゃった?」

 

 無言で首肯する和輝。咲夜もまた無言。

 

「ねぇ、岡崎君」

 

 沈黙を破ったのは咲夜から。彼女は意を決したように一つ頷き、ベンチから立ち上がった。

 和輝の方を振り向き、手を伸ばし、

 

「デュエルしよっか?」

 

 そう切り出した。

 

「……なんか、何段階か会話飛んだな」

「まーいーじゃない。デュエルしましょ。気晴らしに」

「気晴らしって……。強引だな、咲夜さん」

「あったりまえじゃない。あたしはおせっかい焼きの咲夜さんよ」

 

 そう言って快活に笑う咲夜。強引に和輝を立たせようと、その手をとって引っ張り上げてくる。

 和輝は苦笑したが、逆らわなかった。そう言えば、ここのところどうすれば六道レベルの強敵に勝てるかばかり考えて、デュエルらしいデュエルをしていない。ふさぎ込んだ心に風を入れるには、こう言う気晴らしはいい。寧ろ、観光よりもよっぽど効果があるかもしれない。デュエリストなんだから。

 

「分かった。やろう。咲夜さん」

 

 それに興味もある。初対面の時は、結局乱入のせいで勝負はお流れになったのだ。咲夜の、プロデュエリストの実力、その身で体験するのだって悪くない。

 

 

「……それはそれとして、ボクら空気だね」

「……神々ですら立ち入れない空気というものを、人間は時々作りだすな」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おばちゃん、スコーンと紅茶ください!」

 

 ロンドン塔の敷地内にある広場。観光客を相手にした売店の一つに、その少女はやってきた。

 可愛らしい少女だった。

 太陽のような笑顔、ウェーブのかかった赤い髪は煌めく聖火の様。黄金色の瞳を細めて作る笑顔は極上の絵画もかくやという代物。

 無邪気さを発散させるその少女に、売り場のおばちゃんはすっかり心を掴まれた。

 

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 思わず声も上ずってしまう。手早くスコーンを手乗りサイズの箱に詰め、紅茶を紙コップに注ぐ。イギリス人としてはこの紅茶の入れ方は邪道だと思うが、野外ではティーカップを、それも観光客が用意するのは難しいので、妥協案だ。

 本当なら箱に入れるスコーンの数は決められているが、サービスだ。通常よりも二個ほど多く入れておく。

 

「はいどうぞ。お嬢ちゃんはかわいいから、サービスよ」

「ありがとう!」

 

 満面の笑みを浮かべ、商品を受け取って少女は駆けていった。その先にいたのは、金髪碧眼の、目の覚めるような美丈夫。何という絵になる二人かと、そんなことを思った。

 

 

 見事おまけに多くのスコーンを手にして帰ってきたアテナを、ロキは呆れたようなまなざしで見据えた。

 

「……アテナ、君、結構子供の状態を利用するね。そのしたたかさは、さすがは戦の女神、っていうべき?」

「だ、黙るがいい! こ、この身体になってから不便なことばかりなのだ。これくらいの役得はあってもいいだろう!」

「まぁ、君がそれでいいならいいよ。ボクから言うことは何もない。それより始まるよ」

 

 ロキの視線をアテナが追う。二柱の神が見つめる先に対峙するのは、二人のデュエリスト。

 和輝と咲夜。デュエルディスクを起動させた二人を見て、観光客たちも何事かと足を止める。

 

「あー」

 

 慣れない視線だ、と和輝は思った。

 確かに学校のカリキュラムで、大勢の生徒の前デュエルをすることはある。

 だが観客は全て見知ったクラスメイト達。このように、まったく見ず知らずの誰かに見られながらの経験は、ない。

 

「? どうかしたの?」

 

 あっけらかんと問うてくる咲夜。彼女に緊張の色は全くない。これがプロとして踏んできた場数の違いということか。

 和輝は一つ息を吐いて、なんだなんだとこっちに注目してくる視線を頭から締め出す。

 

「何でもないよ。始めようか」

 

 二人は距離をとる。

 一拍の間。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 二人の声が、ロンドン塔広場にこだました。

 

 

和輝LP8000手札5枚

咲夜LP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻! マスマティシャンを召喚!」

 

 咲夜のフィールドに現れたのは、小さな丸眼鏡と学者帽をかぶった、白い髭が見事な老人。ステータスはそれほど高くはないが、おろかな埋葬を内蔵し、破壊されてもなおプレイヤーに恩恵をもたらす“できる奴”だ。

 

「マスマティシャン効果発動。デッキからクロス・ポーターを墓地に送るわ。そしてこの瞬間、クロス・ポーターの効果を発動。デッキからA・N(アナザー・ネオスペーシアン)・トルネード・イーグルをサーチするわね」

「A・N?」

 

 聞いたことのない単語に、和輝は訝しげな表情を作った。咲夜は苦笑する。

 

「あ、ごめんごめん。これね、近々発売する予定のカードなの。あたしはスポンサーから、テストプレイも任されてるのよ」

 

 プロデュエリストの中には、スポンサーからの依頼で、発売予定のカードをデッキに入れて回し、その使用具合からこれを市場に流してもいいかどうかを判断する、テストプレイヤーを行うものもいる。

 全てのカードが、とは言わないが、いくつかのカード、特にカテゴリーカードの新規カードは、このような経緯を経て日の目を浴びることもあるのだ。

 

「まぁ、テストプレイはだいたい終わっているから。後は発売を待つだけなんだけどね」

「一足先に、その効果を見せてくれるってわけか」

 

 にやりと、自然と和輝は笑みを浮かべていた。やってやろうじゃないかという気概が湧いてくる。

 

「永続魔法、補給部隊を発動して、カードを一枚セット。ターンエンドね」

 

 

マスマティシャン 地属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地へ送る。(2):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

クロス・ポーター 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK400 DEF400

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターを墓地へ送り、手札から「N」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。また、このカードが墓地へ送られた時、デッキから「N」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

「俺のターン、ドロー」

 

 咲夜が手札に加えた、A・Nという新カード。気になるが、使ってこなかったということは、あれが動きだすのは次のターンから。ならばここは、自分の手を進めるのみ。

 

「手札を一枚捨てて、THE() トリッキーを特殊召喚! さらに今捨てたミスト・レディの効果を発動。手札からモンスターの特殊召喚に成功したため、ミスト・レディ(このカード)を墓地から特殊召喚する!」

 

 顔面に「?」のマークが入ったマスクを被った奇術師と、その名の通り、霧のような半液体、半気体の身体を持った女が、和輝のフィールドに現れる。

 現れたモンスターを見て、咲夜が「あ」と声を漏らした。これらのモンスターは和輝と咲夜が初めて会って、衝突した時に、和輝が最初に並べたモンスターだった。

 

「あれからあまり時間は立ってないのに、なんか懐かしいね」

「確かに。けどここからは違うぜ。バトルだ! トリッキーでマスマティシャンを攻撃!」

 

 まずは数で攻める。和輝の命令を受けて、トリッキーが跳躍。空中で宙返りを決めつつナイフを投擲。ナイフは次々にマスマティシャンに突き刺さり、破壊した。

 

「この瞬間、補給部隊とマスマティシャンの効果で、二枚ドロー! さらにリバースカードオープン!」

 

 マスマティシャンは破壊されるまでがお仕事。さらに、追撃を仕掛けようと息巻いていた和輝に待ったをかけて、咲夜の足元の伏せカードが(ひるがえ)った。

 

「ヒーロー・シグナル! この効果で、デッキからE・HERO(エレメンタルヒーロー) ブレイズマンを特殊召喚! 守備表示! ブレイズマンの効果で、デッキから融合をサーチするわね」

 

 現れたブレイズマンの守備力は1800。攻撃力1300のミスト・レディでは突破できない。

 

「これじゃあ追撃は無理だな。バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に入る。

 俺はレベル5のTHE トリッキーに、レベル3のミスト・レディをチューニング!」

 

 次なる手段はシンクロ召喚。和輝の右手が天に掲げられる。彼の頭上を、三つの緑の光の輪となったミスト・レディが駆け、その輪をくぐったトリッキーが五つの白い光星(こうせい)となる。

 そして、輪の中心、五つの光星を、光の道が貫いた。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 現れたのは、和輝のデュエルでもう何度も登場している、高い防御力を持ったドラゴン族モンスター。オリジナルに当たるスターダスト・ドラゴンにはないラインを誇らしげに晒し、咆哮を上げた。

 

「自身の効果で、ミスト・レディは除外される。カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

The トリッキー 風属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1200

(1):このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚できる。

 

ミスト・レディ 水属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF1000

(1):自分の手札、またはデッキからモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動できる。墓地のこのカードを特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れた時、このカードをゲームから除外する。

 

ヒーロー・シグナル:通常罠

(1):自分フィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。手札・デッキからレベル4以下の「E・HERO」モンスター1体を特殊召喚する。

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

和輝LP8000手札3枚

咲夜LP8000→7500手札6枚(うち2枚はA・N・トルネード・イーグル、融合)

 

 

「あたしのターン!」

 

 ドローカードを確認後、咲夜はニッと笑った。

 

「あたしは、スケール2のA・N・トルネード・イーグルと、スケール8のA・N・バーニング・バタフライを、ペンデュラムゾーンにセッティン

グ!」

「ペンデュラムカードだったか!」

 

 目を見開く和輝。その眼前の咲夜のフィールドに、青白い光の円柱が二本、屹立(きつりつ)する。それぞれの柱には、緑の体色に、先端が黄色い翼を背中から生やした、オウムのような配色の体躯を持った、鷲をモチーフにしたと思われる鳥人(ちょうじん)――即ち、トルネード・イーグル――と、黄色とオレンジの配色と、放漫な胸、くびれた腰、突き出た尻という、メリハリの利いたボディラインを持ち、炎でできた蝶の羽根を広げた、凛とした表情の、情熱的な女性型蟲人(むしびと)――即ちバーニング・バタフライ――が収まり、それぞれ鳥人の下には3、蟲人の下には8を刻んだ楔形の文字。

 

「これであたしは、レベル3から7のモンスターを同時に召喚可能になったわ。

 さぁ行くわよ! ペンデュラム召喚! 手札から、E・HERO エアーマン、N・フレア・スカラベ、E・HERO シャドー・ミストを特殊召喚!」

 

 青い円柱の間から開かれる時空の門。光の縁を描いたそこから、三つの光が飛び出し、咲夜のフィールドに降り立った。

 それぞれ、空の力を用いる風のヒーロー、影に潜み、影を渡るヒーロー。そして異星のヒーローと融合し、新たな力へと昇華する、異星の友人。

 

「シャドー・ミストの効果は使わないわ。あたしのデッキにチェンジ速攻魔法、入ってないし。でもこっちは別。エアーマンの効果で、デッキからE・HERO ネオスを手札に加えるわね」

「ネオス……。咲夜さんのデッキが、いよいよ本領を発揮するわけか」

 

 ネオスはレベル7のモンスター。普通に召喚する分には二体のリリース要員が必要になる。その点ペンデュラム召喚ならばリリース要員を用意に揃えられる。

 咲夜はまだ通常召喚を行っていない。ここで二体のE・HEROリリースし、ネオスをアドバンス召喚。シャドー・ミストの効果で後続をサーチしつつフレア・ネオスにコンタクト融合。

 和輝は咲夜の戦術をここまで予測した。だが、咲夜はその上をあっさりと行った。

 

「トルネード・イーグルのペンデュラム効果! 自分が相手よりライフが低い場合、手札か墓地のE・HERO ネオスを特殊召喚できる!」

「な!?」

 

 予想を上回る展開。咲夜のフィールドに現れる、昔の特撮番組の光の巨人を彷彿とさせる、白のボディに赤のラインが入った威風堂々たる姿。胸の青い宝珠が生命の輝きを放つ。

 

「まだまだ行くわよー! 手札から融合発動! 場のブレイズマンとシャドー・ミストで融合!」

 

 咲夜のフィールド、その頭上の空間が歪み、渦を作る。

 その渦に飛び込む二体のHERO。彼らは一つに混ざり合い、やがて新たな力を顕現させる。

 

「燃えろ炎のヒーロー! 熱き心と拳で敵を焼き尽くせ! 融合召喚、E・HERO ノヴァマスター!」

 

 轟烈なる炎とともに現れる、爆炎のヒーロー。

 赤いマントをはためかせ、炎を思わせる鎧に身を包んだ真紅のヒーロー。大地に着地し気合の声と共に熱波を噴出、気合十分をアピールする。

 

「シャドー・ミストの効果で、デッキからE・HERO アナザー・ネオスをサーチするわ。

 さらにあたしは、場のネオスとフレア・スカラベでコンタクト融合!」

 

 咲夜のフィールドにいたネオスとフレア・スカラベが跳躍。空中で重なり合い、輝かしい白い光と共に一つに混ざり合う。

 

「異星の戦士よ、炎の力を得て悪を滅ぼす剣となれ! コンタクト融合! 燃え盛れ、E・HERO フレア・ネオス!」

 

 そして現れた新たなヒーロー、ネオスの進化の形、その一つ。

 クワガタムシの大顎を思わせる頭部の角、黒い、昆虫の様な体躯と羽根。鋭き(まなこ)で和輝のモンスターを見据え、いったん全身から炎を噴出。気合と自信に満ちた雄叫びを上げて顕現した。

 

「フレア・ネオスはフィールドの魔法・罠カードの数×400ポイント、攻撃力がアップするわね。ここは火力に全振り! バーニング・バタフライのペンデュラム効果! 一ターンに一度、フィールドのネオスかネオスを素材にしている融合モンスター一体の攻撃力を800アップさせる! あたしは当然、この効果をフレア・ネオスに適応。カードを一枚セット、アナザー・ネオスを召喚して、バトルよ! フレア・ネオスで閃珖竜スターダストに攻撃!」

 

 今、フレア・ネオスの攻撃力は5300にまで上昇している。当然、和輝のスターダストでは相手にならない。

 

「一撃は、防ぐ! スターダストの効果発動! 自身に破壊耐性を付与する!」

 

 スターダストの周りを、球状のバリアーが取り囲む。スターダスト自身も翼を体の前に折りたたんで防御姿勢をとった。

 

「それでも、ダメージは通る!」

 

 咲夜の言葉通りの展開が起こった。フレア・ネオスが全身に炎を纏わせ、スターダストに向けて突進。全身を一個の砲弾と化し、激突した。

 轟音発生。周囲の観光客が一斉に注目し、歓声を上げるか、戸惑いの声を上げた。

 激突の衝撃で大きく吹き飛ばされる閃珖竜(スターダスト)。だが球状バリアーは破壊されたものの、スターダスト自身は踏みとどまった。

 そして、和輝もまた、ただ黙って大ダメージを受けたわけではない。

 

「この瞬間、リバーストラップ、ダメージ・コンデンサー発動! 手札の代償の宝札を捨てて、デッキからブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 転んでもただは起きぬとばかりに、和輝の足元の伏せカードが翻る。次の瞬間、彼のフィールドに現れたのは、黒衣に身を包んだ美貌の魔術師。

 華麗に登場し、杖を巧みに旋回させて、いつの間にか集まってきたギャラリーに対して一礼する。

 

「代償の宝札の効果で二枚ドロー。さて、咲夜さん。どっちを狙う?」

「む……」

 

 ここで咲夜は考えた。ブラック・マジシャンは多彩な魔法や罠を絡めて相手を翻弄するカードだ。その人気もすさまじく、青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)と対を成す、デュエルモンスターズでもっとも有名で、人気も高いカードだ。

 伊達にデュエルモンスターズ最初期から何度も再販され、強化カードが今も発売されているわけではない。残すと後々厄介なことになるかもしれない。

 だがスターダストの防御能力も厄介だ。どのみちこのターンで破壊できるのは一体のみ。ノヴァ・マスター以外のモンスターでは攻撃力2500を突破できない。

 ならば――――

 

「決めたわ。ノヴァマスターでスターダストを攻撃よ」

 

 消すのは盾。変幻自在な魔術には、これから対処すればいい。

 ノヴァマスターが跳躍。マントをドリルのような螺旋形状に変化させ、下半身に巻き付けての、回転を加えた炎の蹴りを放つ。

 今度は自身の身を守れず、ノヴァマスターの一撃をまともに受けたスターダストは、胸板を貫かれて消滅した。

 

「ノヴァマスターの効果で一枚ドロー。カードを一枚セットして、ターンエンド。と、ここでエンドフェイズにコンタクト融合体は共通効果としてエクストラデッキに戻っちゃうのよね。

 けど! もうそんな心配もないの。あたしはエンドフェイズ、ペンデュラムゾーンにいるA・N・バーニング・バタフライのペンデュラム効果を発動! コンタクト融合体がデッキに戻るとき、代わりにこのカードを破壊できる!」

 

 バガン! と派手な音を立てて、バーニング・バタフライが砕け散った。

 

 

「なーるほど。コンタクト融合体最大の弱点であるデッキ帰還能力。あのペンデュラムカードはそれを補う効果があるのか」

「バーニング・バタフライだけではない。六属性全てに一体ずつ存在するA・Nは、全て帰還能力の身代わりになるペンデュラム効果とモンスター効果を持っている。これで場持ちが悪いという、ネオス融合体の弱点も多少は補えるというわけだ」

 

 

 ロキとアテナの会話が和輝の耳に入ってくる。確かにその通りだ。つまり、フレア・ネオスは帰還を期待するのではなく、こちらでねじ伏せる必要がある。

 

「改めて、あたしはこれでターンエンドよ」

 

 

A・N・トルネード・イーグル 風属性 ☆4 鳥獣族:ペンデュラム

ATK500 DEF600

Pスケール:赤2/青2

ペンデュラム効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分のライフが相手よりも下の時に発動できる。自分の手札、または墓地から「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。

モンスター効果

(1):???(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

A・N バーニング・バタフライ 炎属性 ☆5 昆虫族:ペンデュラム

ATK500 DEF500

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分フィールドの「E・HERO ネオス」または「E・HERO ネオス」を融合素材とするモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップする。(3):自分フィールドに「N」または「E・HERO」以外のモンスターが存在する場合、このカードのPスケールは4となる。

モンスター効果

(1):???(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

N・フレア・スカラベ 炎属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF500

このカードの攻撃力は、相手フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO ノヴァマスター 炎属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DEF2100

「E・HERO」モンスター+炎属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

E・HERO フレア・ネオス 炎属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。このカードの攻撃力は、フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

E・HERO アナザー・ネオス 光属性 ☆4 戦士族:デュアル

ATK1900 DEF1300

(1):このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードはモンスターゾーンに存在する限り、カード名を「E・HERO ネオス」として扱う。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

 

E・HERO フレア・ネオス攻撃力2500→4900

 

 

和輝LP8000→5200→5100手札4枚

咲夜LP7500手札0枚

 

 

「ペンデュラムカード、A・N……。これが咲夜さんの新しい力?」

「そっ。見事にあたしのデッキの痛いところをカバーしてくれるでしょ?」

 

 その通りだ。そして思う。面白い、と。

 いつしか、かつての苦い敗北から広がるもやもやとした気持ちは消えかけていた。

 今は純粋に、このデュエルを楽しみたい。この布陣を突破してやるという、飽くなき闘争心がめらめらと燃え上がってきていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話:融合乱舞

 新たなカードから繰り出させる咲夜(さくや)のデュエル。

 和輝(かずき)は驚きと、確かな高揚を感じていた。

 そうだ、これは、このデュエルは楽しい。ワクワクする。咲夜が笑顔で、嬉しそうにデュエルをするのでこちらもつられる。

 和輝は自然、己の口端が笑みに吊り上がっているのを自覚した。

 やってやろうじゃないかという気概が湧き上がってくる。これでこそデュエルというものだ。

 

 

和輝LP5100手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ブラック・マジシャン(攻撃表示)

伏せ 0枚

 

咲夜LP7500手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:A・N(アナザー・ネオスペーシアン)・トルネード・イーグル、青:なし

場 E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン(攻撃表示)、E・HERO フレア・ネオス(攻撃力2500→4900、攻撃表示)、E・HERO ノヴァ・マスター(攻撃表示)、E・HERO アナザー・ネオス(攻撃表示)、永続魔法:補給部隊

伏せ 2枚

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

A・N・トルネード・イーグル 風属性 ☆4 鳥獣族:ペンデュラム

ATK500 DEF600

Pスケール:赤2/青2

ペンデュラム効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分のライフが相手よりも下の時に発動できる。自分の手札、または墓地から「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。

モンスター効果

(1):???(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO ノヴァマスター 炎属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DEF2100

「E・HERO」モンスター+炎属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

E・HERO フレア・ネオス 炎属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。このカードの攻撃力は、フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

E・HERO アナザー・ネオス 光属性 ☆4 戦士族:デュアル

ATK1900 DEF1300

(1):このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードはモンスターゾーンに存在する限り、カード名を「E・HERO ネオス」として扱う。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

E・HERO フレア・ネオス攻撃力2500→4900

 

 

「俺のターン!」

 

 カードを、まるで鞘から刀を引き抜くようにドローする。

 

「さて、相手の布陣は強固だね。下級HEROならともかく、二体の炎のHEROはブラック・マジシャンじゃあ突破できない」

「それだけではない。今の咲夜はペンデュラム召喚という新たな力を手にし、それを完全に使いこなしている。はっきり言って、お前の契約者に勝機はないぞ、ロキよ」

 

 ロキとアテナ(ギャラリーたち)がなんか言っているが気にしない。それに、手札も潤沢だ。

 

「そう、ここからは俺のステージだ! ショウタイム! 手札のレベル・スティーラーを捨てて、ワン・フォー・ワン発動! デッキからレベル1モンスター、ガード・オブ・フレムベルを特殊召喚する!」

 

 現れたのは、和輝のデュエルで何度も登場している、レベル1のドラゴン族チューナー。

 

「お、これならレベル8のシンクロモンスターを出せるね。この組合せならダークエンド・ドラゴンかい? けどあのモンスターじゃ、どちらか一体しか排除できないよ?」

「慌てるなよ、ロキ。言ったろ? ここからは俺のステージだってな。まだショウタイムは終わらないぜ。

 墓地のレベル・スティーラー効果発動! ブラック・マジシャンのレベルを一つ下げて、レベル・スティーラー(こいつ)を特殊召喚。さらにライトロード・アサシン ライデンを召喚。ライデンの効果発動。デッキトップからカードを二枚、墓地に送る」

 

 追加されたのは、背中に大きな星型の模様を持つ大きなテントウムシと、褐色の肌をした光の暗殺者(アサシン)。チューナーと非チューナーがもう一組揃った。

 そしてライデンの効果で墓地に送られたのは、輝白竜(きびゃくりゅう)ワイバースターと、マジキャットの二枚。

 

「行くぜ咲夜さん! レベル1のレベル・スティーラーに、レベル4のライトロード・アサシン ライデンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。四つの緑の輪となったライデンと、その輪をくぐり、一つの光星(こうせい)となるレベル・スティーラー。光の道が星を貫き、辺りを光で満たす。

 

「集いし五星(ごせい)が、知識と祝福の司書官を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、GO! TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の(とばり)の向こうから現れる、学者帽にインバネス、そしてハードカバーの本という学者、或は司書官スタイルに加えてその目にかけたバイザーでSF感を演出したモンスター。

 

「あ、いつものだ」

「外野、うるさいぞ。俺は墓地のレベル・スティーラーの効果を発動。ハイパー・ライブラリアンのレベルを一つ下げて、このカードを特殊召喚する。

 そしてレベル1のレベル・スティーラーに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。今度はレベル2、この条件で出てくるモンスターは、和輝のデッキでは一枚しかない。

 

「集いし二星(にせい)が、新たな地平の導き手を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、駆けろ、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 光の向こうから現れる、F1カーに頭と手足をつけたようなモンスター。これもまた、和輝のデュエルで何度も登場しているモンスターだ。

 

「フォーミュラ・シンクロンと、ハイパー・ライブラリアンの効果発動! 合計で二枚ドロー!」

「ほーら、いつものだ」

「だから外野うるさいぞ!」

 

 茶々を入れてくるロキにいつまでも構っていられるほど、和輝も暇ではない。大きく息を吐いて深呼吸。思考を完全にデュエルのものに切り替える。

 

「レベル6になったブラック・マジシャンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!

 集いし八星が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

「三体目!?」

 

 三連続シンクロ召喚に驚きの声を上げる咲夜。周りの観客が歓声を上げる。

 現れたのは、頭部以外に腹部にも顔を持った漆黒のドラゴン。凶悪な二重の面構えが咲夜のモンスターをねめつける。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。……シンクロ召喚はこれで打ち止めだな」

「あら。確かに驚いたけど、ダークエンド・ドラゴンじゃあたしのフレア・ネオスかノヴァマスターのうち、どちらか一体しか倒せないわよ?」

「心配無用だぜ、咲夜さん。俺が打ち止めだって言ったのは()()()()()()()()()。けど、その前にやっぱり一体は倒させてもらおうか。ダークエンド・ドラゴンの効果発動! 自身の攻守を500下げて、フレア・ネオスを墓地に送る!」

 

 和輝の命令が下り、暗黒竜が動く。

 ダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開かれ、そこから闇の濁流が発生。地を這い突き進む奔流をまともに浴びたフレア・ネオスは完全に呑みこまれてしまった。

 

「まず一体。次! 俺は墓地のワイバースターを除外し、暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚! そして、レベル4になったハイパー・ライブラリアンと、コラプサーペントでオーバーレイ!

 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 シンクロ召喚に続き、繰り出したのはエクシーズ召喚。

 和輝の頭上に、渦を巻く銀河のような空間が展開。その空間に、二筋の紫の光となったハイパー・ライブラリアンとコラプサーペントが飛び込んだ。

 

「大自然の守護者、能なき者達の導き手! 来たれダイガスタ・エメラル!」

 

 頭上の空間から、虹色の爆発が起こる。そしてその向こうから現れたのは、エメラルドグリーンの体躯と翼を持つ鉱石の戦士。その周囲を衛星のように旋回する二つの光球は、ダイガスタ・エメラルが持つORU(オーバーレイユニット)

 

「ダイガスタ・エメラル効果発動! ORUを一つ取り除き、墓地のブラック・マジシャンを復活させる!」

 

 復活する黒衣の魔術師。

 

「ブラック・マジシャン。また出てきたけれど、それだけじゃああたしのノヴァマスターは倒せない!」

「勿論。俺の戦術はここじゃ終わらない。墓地のレベル・スティーラーの効果を発動。ダークエンド・ドラゴンのレベルを一つ下げて、このカードを守備表示で特殊召喚する。

 ……これで、ダークエンド・ドラゴンのレベルは7、この意味がわかるかい?」

「……もう一度、エクシーズ召喚ってわけね。今度はランク7」

 

 正解、と和輝は笑う。反対に、咲夜は苦い表情だ。

 

「俺はレベル7となったダークエンド・ドラゴンとブラック・マジシャンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 二回目のエクシーズ召喚。先ほどと同じエクシーズエフェクトが走る。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 虹色の爆発。その向こうから現れたのは、ブラック・マジシャンにそっくりなモンスター。違う点は、肌や衣の色、細かな装飾くらいだろうか。勿論エクシーズモンスターなので、ORUも完備だ。

 

「幻想の黒魔導師効果発動! ORUを一つ取り除き、デッキから二枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 次々に入れ替わり、現れては消え、また現れていく和輝のモンスターたち。まるでマジックショウのような早変わりに、観客は初めは戸惑い、驚き、次第に魅了されていった。

 いつの間にか沸き立つ歓声。正直なところ、和輝はちょっといい気分だった。

 

「これで本当に打ち止めだ。だからここからはバトルの時間だ! ブラック・マジシャンでノヴァマスターに攻撃!

 この瞬間、幻想の黒魔導師の効果発動! ノヴァマスターを除外する!」

 

 ブラック・マジシャンの動きに合わせ、幻想の黒魔導師もまた、杖を振るう。黒い稲妻に先んじて放たれる黒い波動が、ノヴァマスターを捕えた。

 

「ノヴァマスター!」

 

 咲夜の悲鳴。彼女の眼前でノヴァマスターは闇の波動に飲み込まれて消えていった。

 

「相手モンスターの数が変化したことにより、戦闘の巻き戻しが起こる。つまり、今攻撃宣言を行ったブラック・マジシャンはまだ攻撃の権利を残しているってわけだ! 俺はブラック・マジシャンでエアーマンに攻撃!」

 

 今度こそ放たれる黒い稲妻。幾筋にも別れた黒雷が檻となって大空をかけるヒーローを拘束。雷の檻がどんどん狭まり、エアーマンを焼き滅ぼした。なお、この瞬間、補給部隊の効果で咲夜はカードを一枚ドローした。

 

「く……!」

「まだだ! 幻想の黒魔導師でアナザー・ネオスを攻撃!」

 

 再び放たれる闇の波動が、アナザー・ネオスを飲み込んだ。

 

「あたしのモンスターが!」

「これで全滅! けど俺の場にはまだ攻撃可能なモンスターが残っている! ダイガスタ・エメラルでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下り、ダイガスタ・エメラルが右拳を突き出せば、そこから無数のエメラルドの弾丸が吐き出された。

 

「悪いけど、和輝君。君のステージはここで終わり! リバースカードオープン! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 さすがに咲夜もやられっぱなしではない。エメラル渾身の一撃は突如として屹立した不可視の壁に阻まれ、咲夜まで届かない。

 

「攻撃できるモンスターもいねぇし、ここまでだな。カードを二枚セットして、ターンエンド」

「あ、待って岡崎君。君のエンドフェイズに、あたしは伏せていたリミット・リバースを発動して、墓地からクロス・ポーターを復活させるわ」

 

 復活したのはネオスペーシアンのサーチ効果を持った下級モンスター。和輝の脳裏に嫌な予感がよぎったが、できることはない。ターンを終了するしかなかった。

 

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

レベル・スティーラー 闇属性 ☆1 昆虫族:効果

ATK600 DEF0

(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、アドバンス召喚以外のためにはリリースできない。②:このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル5以上のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した時に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。(2):相手メインフェイズに発動できる。このカードを含む自分フィールドのモンスターをS素材としてS召喚する。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

リミット・リバース:永続罠

自分の墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

クロス・ポーター 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK400 DEF400

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターを墓地へ送り、手札から「N」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。また、このカードが墓地へ送られた時、デッキから「N」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

 

幻想の黒魔導師ORU×1

ダイガスタ・エメラルORU×1

 

 

和輝LP5100手札2枚

咲夜LP7500→6800→6200手札2枚

 

 

「あたしのターン、ドローね! メインフェイズ1に入って、クロス・ポーターを守備表示に変更するわ。この瞬間、リミット・リバースの効果で、クロス・ポーターはリミット・リバースと共に破壊されるわ」

 

 硝子が砕け散るような音を立てて、破壊されたクロス・ポーター。一見すると無駄にモンスターを減らしたようだが、これこそが咲夜の狙いだ。

 

「この瞬間、補給部隊の効果で一枚ドロー! さらにクロス・ポーターの効果発動! デッキからA・N(アナザー・ネオスペーシアン) ガイア・ワームをサーチするわね」

 

 咲夜の手札が一気に二枚も増えた。先ほどの和輝のターン開始時は0枚だったはずが、今では五枚だ。

 

「いくらなんでも増えすぎだろ、手札……」

「これくらいしないとね。あたしのデッキ、手札消費もボードアドの消費も大きいからね。あたしはスケール8のA・N ガイア・ワームをペンデュラムスケールにセッティング!」

 

 かけていたペンデュラムスケールが復活する。青い柱が再び屹立し、その中に収められたのは赤茶色の体色をした、デフォルメされたミミズ。目が大きく睫毛があり、メスであるのか、尻尾の先に赤いリボンが巻かれている。

 その下には楔形の「8」をあらわす文字。

 

「これで、再び、咲夜さんはレベル3から7のモンスターを同時に召喚できるようになったわけか……!」

「そっ。だけどその前に、あたしのデッキの主役を登場させなきゃね。ガイア・ワームのペンデュラム効果発動! このカードはあたしのフィールドにモンスターがいない場合、デッキからE・HERO ネオスを特殊召喚できる! さぁ来なさい、ネオス!」

 

 咲夜のデッキから、輝く光とともに現れるE・HERO ネオス。

 

「またネオス……! ってことは!」

「勿論。ネオスなんだから、仲間たちと協力しなくっちゃね! さぁ行くわよ! ペンデュラム召喚!」

 

 再び召喚されるモンスターたち。光に包まれたその姿が、まるで殻を脱ぎ去るように露わになる。

 

「来なさい! まずは手札から、A・N・ピュア・ラブ・リリィ! (ネオスペーシアン)・グラン・モール! そしてエクストラデッキから、A・N・バーニング・バタフライ!」

 

 一気に現れる三体のモンスター。いずれも先ほども現れた炎の蝶、そしてドリルを立てに二つに割ったような肩アーマーをつけたモグラ型の獣人、最後に現れたのは、白い百合の花の様なドレスを着た、黄緑の身体を持つ、人型をした植物と言った女性型モンスター。見た目から連想されるのは、それこそ白百合の妖精、だろう。

 

「ここで、あたしは二体のA・Nのモンスター効果を発動するわ。A・Nはモンスター効果の共通項として、ネオスの帰還の身代わり以外に、自身をリリースすることで、同じ属性のNをデッキから特殊召喚できるの。あたしはこの効果を使用! バーニング・バタフライの効果でN・フレア・スカラベを、ピュア・ラブ・リリィの効果でN・グローモスを特殊召喚!」

 

 二体のA・Nが光輝き、そのフォルムが変化する。

 そして現れたのはネオスの力となる二体のネオスペーシアン。それぞれ炎と光を司る者達。

 

「ここであたしは、手札から魔法カード、スペーシア・ギフトを発動! 今、あたしのフィールドには三種類のNがいるため、三枚ドロー!」

 

 

「うーん、これは和輝、まずいんじゃないかな?」

「いいぞ咲夜! お前のデッキの本領を存分に発揮してやれ!」

 

 

 

 はやし立てる邪神と戦女神。咲夜は苦笑し、「じゃ、行きますか」とさっと前に出た。

 

「行くよ和輝君! あたしはフレア・スカラベ、グラン・モール、そしてネオスの三体で、トリプルコンタクト融合!」

 

 咲夜の右手が天へと掲げられる。それに応えるように、彼女のフィールドにネオスと、二体のネオスペーシアンが天へと飛翔。一つに重なり合った。

 

「異星の戦士よ、大地と炎の力をその身に受けて、マグマのごとく雄々しく、力強く燃え突き進め! トリプルコンタクト融合、E・HERO マグマ・ネオス!」

 

 現れるネオスの新たな形態(フォーム)。全体的にマッシブになったネオスを素体に、グリーンとシルバーの装甲を装着、増強させ、背中にはウィングパーツ。頭部はフレア・スカラベを思わせる、甲虫の黒い頭。グラン・モールを彷彿とさせる、黒い鉤爪が揃った右手に、煮え滾るマグマを彷彿とさせる、左腕。

 

「マグマ・ネオスもフレア・ネオスと同じく、フィールドのカードの数×400、攻撃力をアップさせる!」

「つまり、フレア・ネオスの強化版ってことか!」

「そう言うこと。けど今はまだ、マグマ・ネオスの攻撃力を計上するのはやめておきましょう。フィールドのカードの数は、まだ変わるもの。

 あたしはE・HERO プリズマーを召喚し、効果発動! エクストラデッキのE・HERO グロー・ネオスを提示して、デッキからネオスを墓地に送るわ。これでプリズマーはターン終了時まで、E・HERO ネオスとして扱われる」

 

 咲夜のフィールドに追加された、コピー能力を持つ鏡のHERO。その姿が、E・HERO ネオスと()()()

 

「ネオスとして扱われるプリズマー、そして場にはN・グロー・モス。まさかもう一度!?」

「そう! あたしはE・HERO ネオスとして扱われているプリズマーと、グロー・モスでコンタクト融合!」

 

 二度目のコンタクト融合。今度は二体のモンスターが一つになる。

 

「異星の戦士よ、光の力を受け、万難を排除する輝ける光槍(こうそう)となれ! コンタクト融合! 光よ、満ちよ! E・HERO グロー・ネオス!」

 

 光り輝く向こう側から現れるのは、さらに輝ける光の戦士。

 青白く発光する体躯に、ネオス本来のボディを彷彿とさせるアーマー。ドレッドヘアの様な髪状のパーツに光の仮面。右手には光り輝く槍を持った戦士。

 

「まだ行くわ! 手札から魔法カード、ミラクル・フュージョン発動! 墓地のエアーマンとアナザー・ネオスを除外融合!」

 

 今度は正規の融合。

 咲夜の頭上の空間が捻じれ、渦を作り、その渦に墓地から飛び込む風と光のHERO。そして、二体のモンスターが一体と成る。

 

「輝け光のヒーロー! 打ち捨てられたもの達にも救いの手を差し伸べる! 融合召喚、E・HERO THE シャイニング!」

 

 現れたのは白い身体に金のラインと赤の宝玉パーツを持ち、背部に日輪を思わせる金のリングパーツとその付属である剣状パーツを持ったHERO。

 

「シャイニングの効果! このカードはあたしの除外されているE・HERO一体につき、攻撃力が300アップ! 今除外されているのはノヴァマスター、エアーマン、アナザー・ネオスの三体だから、攻撃力は900アップ! そしてフィールド魔法、ネオスペースを発動!」

 

 周囲の景色が一変する。ロンドン塔の中庭は、今この瞬間、虹色の輝く宇宙の広がる異空間となった。

 

「三連続融合、だと……?」

 

 愕然とする和輝。それに反比例し、盛り上がる観客たち。

 ただでさえ出しにくいコンタクト融合を二連続。それも一体は難易度の高いトリプルコンタクト融合。さらに追加で除外融合と最も相性のいい属性融合E・HERO、THE シャイニング。そしてネオスペースによってネオスのサポートも万全だ。

 これが国守(くにもり)咲夜のデュエル。これがプロのデュエルか。

 和輝がごくりと喉を鳴らした時、咲夜が動いた。

 

「バトルよ! 今、マグマネオスの攻撃力は自身の効果で5200、ネオスペースの効果でさらに500プラスされて、5700加算され、その攻撃力は8700! これで終わり! マグマ・ネオスで幻想の黒魔導師に攻撃!」

「くっそ! リバーストラップ! ダメージ・ダイエット! このターン、俺へのダメージを半分にする!」

 

 和輝のカードが一枚翻り、通常罠だったため墓地に送られた。これにより、咲夜のマグマ・ネオスは攻撃力が400ダウンして8300。まだ圧倒的な数値だが、ダメージ・ダイエットと合わせれば受けるダメージはだいぶ軽減される。

 

「けどダメージは受けるわ! 行って、マグマ・ネオス!」

 

 マグマ・ネオスが左の拳を固め、大地を叩いた。

 荒々しい呼びかけに、大地が雄々しく答える。幻想の黒魔導師の足元の地面が盛り上がり、そこから柱のごとく噴出したのは灼熱のマグマ。

 炎熱の一撃を受けて炭化するまで焼き尽くされた幻想の黒魔導師。半減しているとはいえ、そのダメージは深刻だ。

 

「やべぇ……!」

「続けてグロー・ネオスでダイガスタ・エメラルを、シャイニングでブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 咲夜の追撃が緩むことはない。グロー・ネオスが放った光の槍がダイガスタ・エメラルの心臓を貫き、シャイニングの背部のソードユニットが自立展開し、まさに意志もつ流星のようにブラック・マジシャンを切り裂いた。

 

「く、おお……。なんて怒濤の攻撃だ。俺のモンスターたちが、レベル・スティーラー以外全滅か」

「あたしはこれでターンエンドよ」

 

 受けた被害は甚大だ。だが耐えた。ならば、反撃だ。

 

「待った咲夜さん。咲夜さんのエンドフェイズ、俺は伏せていたもう一枚のカードを発動させる。裁きの天秤を!」

「裁きの天秤!? そのカードは!」

 

 咲夜の目が驚きに見開かれる。和輝がにやりと笑った。

 

「知っているようで何より! このカードは俺のフィールドとカードの数の合計と、咲夜さんのフィールドのカードの合計数の差分カードをドローできるカード! 俺の手札と場のカードの合計は四枚、咲夜さんのフィールドのカードは全部で七枚! よってその差分、三枚ドロー!」

「ッ! もうあたしにできることはないわ。改めて、ターンエンド」

 

 

A・N・ガイア・ワーム 地属性 ☆5 岩石族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2000

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2)自分フィールドにモンスターが存在しない時に発動できる。デッキから「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。(3):自分フィールドに「N」または「E・HERO」以外のモンスターが存在する場合、このカードのPスケールは4となる。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・グラン・モール」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

A・N・ピュア・ラブ・リリィ 光属性 ☆5 植物族:ペンデュラム

ATK300 DEF800

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを破壊し、その攻撃を無効にする。(3):自分フィールドに「N」または「E・HERO」以外のモンスターが存在する場合、このカードのPスケールは4となる。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・グロー・モス」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

N・グラン・モール 地属性 ☆3 岩石族:効果

ATK900 DEF300

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時に発動できる。その相手モンスターとこのカードを持ち主の手札に戻す。

 

A・N バーニング・バタフライ 炎属性 ☆5 昆虫族:ペンデュラム

ATK500 DEF500

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分フィールドの「E・HERO ネオス」または「E・HERO ネオス」を融合素材とするモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップする。(3):自分フィールドに「N」または「E・HERO」以外のモンスターが存在する場合、このカードのPスケールは4となる。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・フレア・スカラベ」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

N・フレア・スカラベ 炎属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF500

このカードの攻撃力は、相手フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。

 

N・グロー・モス 光属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF900

このカードが戦闘を行う場合、相手はカードを1枚ドローする。この効果でドローしたカードをお互いに確認し、そのカードの種類によりこのカードは以下の効果を得る。●モンスターカード:このターンのバトルフェイズを終了させる。●魔法カード:このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。●罠カード:このカードは守備表示になる。

 

スペーシア・ギフト:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する「N」と名のついたモンスター1種類につき、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

E・HERO マグマ・ネオス 炎属性 ☆9 戦士族:融合

ATK3000 DEF2500

「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。このカードの攻撃力は、フィールド上のカードの数×400ポイントアップする。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。この効果によってこのカードがエクストラデッキに戻った時、フィールド上のカードを全て持ち主の手札に戻す。

 

E・HERO プリズマー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1100

(1):1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスター1体を相手に見せ、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから墓地へ送って発動できる。エンドフェイズまで、このカードはこの効果を発動するために墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 

E・HERO グロー・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グロー・モス」

自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。エンドフェイズ時にこのカードは融合デッキに戻る。相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を破壊し、そのカードの種類によりこのカードは以下の効果を得る。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ1に使用する事ができる。●モンスターカード:このターン、このカードは戦闘を行えない。●魔法カード:このカードは相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。●罠カード:このカードは守備表示になる。

 

ミラクル・フュージョン:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、「E・HERO」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO THE シャイニング 光属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DED2100

「E・HERO」と名のついたモンスター+光属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついたモンスターを2体まで選択し、手札に加える事ができる。

 

ネオスペース:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、「E・HERO ネオス」及び「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターは、エンドフェイズ時にエクストラデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

裁きの天秤:通常罠

「裁きの天秤」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):相手フィールドのカードの数が自分の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合に発動できる。自分はその差の数だけデッキからドローする。

 

 

E・HERO マグマ・ネオス攻撃力3000→6700

E・HERO グロー・ネオス攻撃力2500→3000

E・HERO THE シャイニング攻撃力2600→3500

 

 

和輝LP5100→2500→1900→1400手札5枚

咲夜LP6200手札1枚

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ライフは2000を切った。既に一撃で消し飛ぶレベルだ。

 だが裁きの天秤の効果でカードをドローできたのは大きい。今のこの六枚の手札ならば、咲夜の布陣も突破できる。

 

「俺は闇の量産工場を発動し、墓地の二枚のブラック・マジシャンを手札に戻す。そして沼地の魔神王を捨てて、デッキから融合をサーチ。

 そして融合発動! 手札のブラック・マジシャンとバスター・ブレイダーを融合させる!」

 

 和輝の頭上の空間が歪み、渦を作る。その渦に飛び込むのは黒衣の魔術師(ブラック・マジシャン)竜破壊の剣士(バスター・ブレイダー)。二体のモンスターが混ざり合い、一つになって新たなモンスターを生み出す。

 だがそれ対して、咲夜が待ったをかけた。

 

「和輝君の融合にチェーン! 手札の増殖するGの効果発動!」

「な!?」

 

 咲夜の唯一残った手札が墓地に送られる。その瞬間、和輝の表情が凍りついた。

 

「増殖するG……。相手が特殊召喚に成功するたびに一枚のドローを行えるモンスターか。手札から飛んでくる奇襲性の高さ、そして相手の行動を縛る抑止力。さて、和輝はどうするかな?」

「融合にチェーンされている以上、一枚ドローは仕方あるまいが……。ここで進むことをやめるか否かが、勝負の分かれ目だな」

 

 ロキとアテナの考察を尻目に、処理は進んでいく。

 融合の渦の中から現れたのは――――

 

「黒衣の魔術師よ、竜破壊の剣士よ! 今一つに交わり龍殺しの超戦士へと変じよ! 融合召喚! 出でよ、超魔導剣士-ブラック・パラディン!」

 

 新たなモンスターは竜破壊の超戦士。

 ベースはブラック・マジシャン。ただその黒衣はところどころにバスター・ブレイダーの鎧と思われる意匠が施されており、手にした杖もまた、竜破壊の剣へと変じていた。

 

「増殖するGの効果で一枚ドローするわ」

「……。ここで足を止めるわけにはいかない。例えドローさせても。止めれば咲夜さんのモンスターに押し潰される」

 

 ブラック・パラディンは全てのプレイヤーのフィールドと墓地のドラゴン族一体につき、攻撃力を500アップさせる。今、二人のフィールドと墓地のドラゴン族は合計四体。よって攻撃力は4900。足りないのだ。マグマ・ネオスの圧倒的な攻撃力には。

 

「だから進むぜ! デブリ・ドラゴン召喚! 効果で沼地の魔神王を特殊召喚! そして、レベル3の沼地の魔神王に、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 天へと掲げられる和輝の右手。そして四つの緑の光の輪となったデブリ・ドラゴンに、その輪をくぐって三つの光星となった沼地の魔神王。光の道が光星を貫いた。

 

「集いし七星(しちせい)が、氷獄(ひょうごく)の神槍を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚。貫け、氷結界の龍 グングニール!」

 

 光の帳が、急激に屹立する氷の壁によって破られ、その壁もまた、内側から砕かれた。

 そして現れる新たなモンスター。

 赤みがかった青い身体、四本の足で大地を踏みしめ、翼を大きく広げて咆哮を上げる。その身体から舞い散る氷の欠片が雪のように輝いていた。

 ちなみに、沼地の魔神王、グングニールの特殊召喚に成功したため、咲夜はさらに二枚のドローだ。もっとも、和輝もフィールにグングニールが、墓地にデブリ・ドラゴンが追加されたので、ブラック・パラディンの攻撃力は1000アップし、5900になっているが。

 

「グングニール効果発動! 手札からドッペル・ウォリアーとブラック・マジシャンを捨てて、咲夜さんのフィールドにあるマグマ・ネオスとネオスペースを破壊する!」

 

 グングニールの周囲の空気が白い冷気によって包み隠され、冷気の中で次々に巨大な氷柱が生成、ミサイルのように一斉に発射される。

 氷の弾幕が迫り、マグマ・ネオスと、フィールド全体を覆っていた虹色空間そのものが破壊された。

 

「く! 補給部隊の効果で一枚ドロー!」

「バトルだ! ブラック・パラディンでシャイニングを攻撃!」

 

 下る攻撃命令。ブラック・パラディンが杖剣を振り上げる。

 次の瞬間、刃状の波動が駆け抜け、シャイニングに直撃。その身体を存分に切り裂いた。

 

「この瞬間、THE シャイニングの効果発動! ゲームから除外されているエアーマンとアナザー・ネオスを手札に戻すわ!」

「けどまだオレのバトルフェイズは続いている! 速攻魔法、融合解除! ブラック・パラディンをエクストラデッキに戻し、墓地のブラック・マジシャンとバスター・ブレイダーを特殊召喚!」

「!?」

 

 ブラック・パラディンの姿が霞と消え、新たに現れる二体の融合素材モンスター。当然、バトルフェイズ中の特殊召喚なので、この二体は攻撃の権利を残している。

 

「続けていくぜ! バスター・ブレイダーでグロー・ネオスを攻撃!」

 

 バスター・ブレイダーの剣撃。グロー・ネオスは手にした光の槍で抗おうとしたが、一刀目で槍を弾かれ、返す刀で袈裟切りに斬り捨てられてしまった。

 

「これで終わらせる! グングニールとブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 咲夜の場に伏せカードはなく、モンスターもない。そして残りライフは4100。これが決まれば確かに和輝の勝利だ。

 一撃目。グングニールの氷の息吹(ブレス)が咲夜に叩き込まれる。咲夜の悲鳴。そして続く一撃で勝負は決まるのかと、観客が固唾を飲んで見守る中、ブラック・マジシャンの黒雷が咲夜に向けて殺到した。

 

「まだ終わらない! 手札の虹クリボーの効果発動! このカードをブラック・マジシャンに装備!」

 

 黒雷の群がぴたりと停止した。そして次の瞬間消滅する。見れば、小さな悪魔にまとわりつかれたブラック・マジシャンが集中を乱し、術を解いてしまったようだ。

 

「止められたか。仕方がない。俺はこれでターンエンド」

 

 

闇の量産工場:通常魔法

(1):自分の墓地の通常モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

増殖するG 地属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

「増殖するG」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、以下の効果を適用する。●相手がモンスターの特殊召喚に成功する度に、自分はデッキから1枚ドローしなければならない。

 

超魔導剣士―ブラック・パラディン 闇属性 ☆8 魔法使い族:融合

ATK2900 DEF2400

「ブラック・マジシャン」+「バスター・ブレイダー」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードの攻撃力は、お互いのフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。(2):魔法カードが発動した時、手札を1枚捨てて発動できる。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、その発動を無効にし破壊する。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

沼地の魔神王 水属性 ☆3 水族:効果

ATK500 DEF1100

(1):このカードは、融合モンスターカードにカード名が記された融合素材モンスター1体の代わりにできる。その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。(2):自分メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ捨てて発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

氷結界の龍 グングニール 水属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF1700

チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上

1ターンに1度、手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上のカードを選択して発動できる。選択したカードを破壊する。

 

融合解除:速攻魔法

(1):フィールドの融合モンスター1体を対象として発動できる。その融合モンスターを持ち主のエクストラデッキに戻す。その後、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールドに特殊召喚できる。

 

バスター・ブレイダー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2600 DEF2300

(1):このカードの攻撃力は、相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

「虹クリボー」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時に、その攻撃モンスター1体を対象として発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターは攻撃できない。(2):このカードが墓地に存在する場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

和輝LP1400手札1枚

咲夜LP6200→4200→4100→1600手札6枚(うち2枚はE・HERO エアーマン、E・HERO アナザー・ネオス)

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 

「さて、和輝の怒涛の攻撃も、相手のライフを0にはできなかったか。こうなると、増殖するGでドローさせたのはまずかったかもね。もっとも、使ったカードからして、勢いを止めたところで彼女の手勢を処理しきれずにジリ貧だったろうけど」

「ドローの危険を恐れずに向かったことは評価できよう、だが――――」

 

 アテナの視線が冷たく和輝を射抜く。そこからの言動もまた冷たかった。

 

「今回、その行動は蛮勇になってしまったな」

 

 

「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚! 手札からエアーマンとアナザー・ネオス、N・ブラック・パンサーを、エクストラデッキからバーニング・バタフライとピュア・ラブ・リリィをペンデュラム召喚!」

 

 天空に描かれた異世界の扉から、五つの光が飛び立ち、咲夜のフィールドに集結する様を、和輝は驚愕と共に見守った。

 

「五体同時召喚。これがペンデュラム召喚の本領発揮ってことかよ!」

「そして、ここからがあたしの本領発揮! エアーマンの効果でデッキからネオスをサーチ! そして融合を発動! 手札のネオスとエアーマンで融合!」

 

 融合は終わらない。何度でも繰り返される。

 

「嵐のヒーロー! 吹き荒れ、敵を切り裂く刃となれ! 融合召喚! 疾風登場、E・HERO Great TORNADO(グレイトトルネード)!」

 

 現れたのは、黒いマントを羽織り、緑と黄色に、黒のアクセントを加えたストライプカラーの風のHERO。登場と同時に、竜巻が和輝のフィールドに発生した。

 

「これは!?」

「Great TORNADOの効果発動! 君のフィールドのモンスターの攻守を半減!」

 

 HEROが巻き起こした竜巻に切り刻まれ、さらに突風空間に放り込まれて息ができなくなったのか、和輝のモンスターたちが次々と膝をつき、ステータスを半減させた。

 

「やばい……!」

「アナザー・ネオスを再度召喚! そしてピュア・ラブ・リリィのモンスター効果発動! 自身をリリースして、デッキからN・グロー・モスを特殊召喚!

 これが最後! あたしはネオスとなったアナザー・ネオスと、ブラック・パンサー、そしてグロー・モスでトリプルコンタクト融合!

 異星の戦士よ、光と闇の力をその身に受けて、混沌を制する黒白(こくびゃく)の使徒となれ! トリプルコンタクト融合、E・HERO カオス・ネオス!」

 

 新たに現れたコンタクト融合体。

 黒い体躯に白いバトルアーマー。背に生えるは悪魔を思わせる翼。右手の爪は鋭く禍々しい黒、左手の五指は爪こそ鋭いが人の面影を大きく残した白。青い髪をなびかせて、混沌の仮面を被って現れる、光と闇を受け入れたネオスの姿。

 

「これで終わり! カオス・ネオスでブラック・マジシャンに攻撃!」

 

 フィナーレの予感に、観客の興奮が最高潮に達する。

 最後の攻撃宣言。カオス・ネオスの翼が前に折りたたまれ、そのまま重ね合わせた両足を前に、ドリルのように回転しながら和輝のブラック・マジシャンに向かって肉薄。ブラック・マジシャンが張った魔術障壁を貫き、その肉体をもまた貫いた。

 

「ぐ―――――あああああああああああああああああああ!」

 

 

N・ブラック・パンサー 闇属性 ☆3 獣族:効果

ATK1000 DEF500

1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

 

E・HERO Great TORNADO 風属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2200

「E・HERO」モンスター+風属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが融合召喚に成功した場合に発動する。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

 

E・HERO カオス・ネオス 闇属性 ☆9 戦士族:融合

ATK3000 DEF2500

「E・HERO ネオス」+「N・ブラック・パンサー」+「N・グロー・モス」

自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。エンドフェイズ時にこのカードを融合デッキに戻し、フィールド上に存在する全ての表側表示モンスターをセットした状態にする。コイントスを3回行い、表が出た回数によって以下の処理を行う。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズ1に使用する事ができる。●3回:相手フィールド上に存在する全てのモンスターを破壊する。●2回:このターン相手フィールド上に表側表示で存在する効果モンスターは全て効果が無効化される。●1回:自分フィールド上に存在する全てのモンスターを持ち主の手札に戻す。

 

 

和輝LP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話:家族再会

 デュエルの終了と同時に、ロンドン塔の中庭は今、完全に静まり返っていた。

 痛いほどの沈黙。それを不意に破ったのは、観戦していた観光客の中の、子供だった。

 少年の、輝かんばかりの笑顔と、力の限り叩かれる拍手。それに呼応するように、周囲の大人たちも拍手を開始。

 音は伝播し、喜びは伝染し、次第に割れんばかりの拍手と、声の限りの歓声が二人を、和輝(かずき)咲夜(さくや)を包みこんだ。

 

「うお……」

 

 瀑布のような歓声に困惑する和輝。対して咲夜は笑顔で手を振り、観客の声援に応えた。

 

「ほら、和輝君も」

 

 カオス・ネオスにブラック・マジシャンが倒された時の衝撃で、尻餅をついていた和輝に対し、咲夜は手を差し伸べた。立ち上がり、観客の完成に応えろというわけだ。

 

「ん」

 

 答え、和輝は差し出された手を掴んだ。引き上げられるがそこは少女の腕力。和輝自身、足に力を入れて立ち上がった。

 

「ありがとー!」

 

 歓声に笑顔で答える咲夜。和輝も、若干ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、手を振った。

 

「いやー、素晴らしい! 素晴らしいデュエルをありがとう!」

 

 そして、観客たちの中から一人の男が二人に歩み寄った。

 ぱんぱんと、拍手の音が男の歩みに続いていく。

 男の年齢は四十代の前半。百九十センチ近い長身。撫でつけられた灰色の髪に、落ち着きのあるディープブルーの瞳。黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたような英国紳士の風情。

 

「あんたは?」

「何、ただの通りすがりさ。名前はフレドリック・ウェザースプーン。そう、君たちのデュエルに魅せられた、おじさんだよ」

 

 そう言って、男、フレドリックはシルクハットを脱いで一礼する。それはまさに、二人と、二人が見せたデュエルに対する敬意の表れだった。

 

「そう、ありがとう。おじさん」

 

 心地よい笑顔で、咲夜は答えた。そして和輝もまた、表情を和ませた。 

 そう、まさしく二人の、そんな安堵と優越感が混じったような状態を狙っていたのかもしれない。

 続くフレドリックの言葉はナイフとなって二人の喉元に突き付けられた。

 

「気をつけ給えよ。邪悪はすぐそこまで迫っているぞ?」

「!?」

 

 二人の表情に緊張が走る。同時、

 

「へえ、どういうことか、聞いてもいいかな?」

「返答は慎重にな。返答次第で貴様の身体が無事で済むかどうかが決まる」

 

 険を含んだ声が、フレドリックの背後から投げかけられた。

 いつの間に移動していたのか、ロキとアテナが警戒心の籠った視線でフレドリックを見据えていた。

 

「ふむ、北欧神話の悪戯の神ロキと、ギリシャ神話の戦女神アテナか。そう警戒しないでくれまいか?」

 

 フレドリックは両手を上げて“降参”のポーズを作る。そして語る。

 

「それと、私に危害を加えない方がいいだろう。それは明確なルール違反だ」

「……その言いざまからすると、あんたも神々の戦争の参加者か」

 

 和輝は一度短く息を吐き、己の現状を改めて観察したうえで問いかけた。そこに戦意は感じられなかった。

 いきなり声をかけてきたけど何か仕掛けるでもない。この期に及んでデュエルディスクも構えていなければ、神も侍らせてない。そんなフレドリックを見て、少なくとも今、この瞬間、この場で()()()()()来ないだろうと、そう判断した。

 

「その通り。もっとも、私の神は今、席を外していてね。ここに来たのは偶然だが、君たちを探していたのはそうではない」

「あたしたちを、探していた?」

 

 だとすればその目的は何か。猜疑心に溢れた咲夜の問いかけに、フレドリックは「いかにも」と頷いた。

 

()()()()探している。君たちのように、邪悪な存在がいかに強大な力の持ち主でも、決して屈せず、抗うことをやめない正義の心の持ち主たちを」

「その言い方、まるでボクらの今までの戦いを知っているかのように聞こえるね?」

「知っているとも」

 

 牽制も兼ねたロキの台詞に、フレデリックは頷いてみせた。

 

「私の神の能力さ。所謂、千里眼というやつだね。彼の瞳を通じて、私は見てきた」

「へぇ、興味深い神だね」

 

 笑みを浮かべるロキ。その脳裏で何を思っているのか、窺い知れる要素はどこにもない。少なくとも、表面上は。

 

「だから知っている。私は知っている。国守咲夜君。君が子供の姿にされ、無力さと猜疑心で弱っていたアテナを必死に守ってきたことを。

 岡崎和輝君、君が神々の非道に我慢できず、己の信念に従って立ち向かっていることを。素晴らしいことだ。邪悪に屈せぬ心ほど尊いものはない」

 

 そう言って、フレデリックはにこりと笑った。邪念が一切ない、無垢なる笑顔。本心からの笑顔だった。

 

「そして、すぐ近くまで迫っている邪悪が、クロノスというわけかい? 邪悪といえば、アンラマンユもいると思うけれど?」

「かの悪神もまた、非常に邪悪且つ危険な神だ。封印された今もそれは変わらない。何しろ、奴は封印されながらも、その邪悪な触手を世界に伸ばし、闇の一滴を垂らし、狂った悪の芽が芽吹くのを待っているだろう」

 

 ロキの表情に緊と、険が宿る。

 

「君は、どこまで知っている?」

「今はまだ語るときではないな」

 

 間髪入れずに、フレドリックはロキが差し込んだ牽制の刃を躱した。

 

「ではまた会おう。二人とも。その時は、私の神と引き合わそう」

 

 最後に一礼し、くるりと踵を返して去っていくフレデリック。二人と二柱は呆然とその後姿を見送った。

 

「……何だったんだ? あの人」

 

「悪い人には見えなかったけど……」

「分かっているのは二つ」

 

 呆然とした人間二人と、険しい表情のアテナの傍らで、ロキはいつものニマニマ笑いを顔に貼り付けて、ぴっと右手の人差し指と中指を立てた。

 

「今は敵ではないってこと。そしてもう一つ。彼は契約した神は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……貴様の縁者ということは……、北欧神話の神か?」

「たぶんね。参ったな。ボク、あいつとあまり仲がよくないんだよ。何かと目の敵にしてくるし」

 

 ぶつぶつと呟くロキの表情は苦い。

 

「ま、気にしても仕方ないか。外れてる可能性だってある。この答えは次に彼らと相対した時までお預けだな。それに、もういい時間だよ、和輝。そろそろ君のお父さんのところに行かなきゃ」

 

 言われて気付いたが、もう日が暮れる。確かに、いい加減養父(ちち)の大学に向かわなければならないだろう。

 

「あ、もうそんな時間か。ごめん、咲夜さん。俺、もう行かないと」

「ん。そうね、あたしもマネージャーのところに戻らないといけない時間だわ。あ、でもその前に――――」

 

 咲夜が自分のデッキからカードを一枚抜き取った。

 

「これ、あげるわ。今日付き合ってくれたお礼」

 

 差し出されたのは魔法使い族モンスター、マスマティシャン。

 

「いいの?」

「いいっていいって。あたしそのカード複数枚持ってるし。だから、あげるわ。今日の記念とお礼と、まぁいろいろね」

 

 なるほど、と和輝は思う。そしてこちらからも伝えなければならないことがあったのだ。

 

「ありがとう、咲夜さん。色々悩んでたけど、なんかすっきりした」

「――――ん。いい表情ね、和輝君。それでこそよ!」

「また会おう、ロキの契約者よ。こんどは――――戦場でな」

 

 そして最後に、咲夜は彼女に相応しい、太陽のような笑顔を浮かべ、アテナと共に去っていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 養父との再会を控えた和輝は、適当に身だしなみを整えた後、ロキの能力によって瞬間移動。ロンドン塔の中庭から、養父が勤務するロンドンにある某大学へと移動した。

 日が暮れかけているが、キャンパス内にはまだ学生の姿が多く、和輝は道行く学生に声をかけ、四苦八苦しながら岡崎教授の研究室の場所を聞き、それでもなお土地勘のなさからいまいちわからなかったので、直接事務所を訪ね、事務員に場所を教えてもらった。

 

「はい、これ。ここがショーセイ先生の研究室よ。地図書いておいたから」

 

 五十代の、恰幅のいい事務員の女性が手書きの地図を和輝に渡す。和輝は礼を言い、書いてもらった地図に従ってキャンパス内を歩く。

 

「ここか」

 

 たどり着いたのは、六階建ての、ちょっと古びた研究棟。辺りが薄暗くなっているため、外から見るとちょっとした幽霊屋敷だ。イギリスで幽霊と聞くと、少し洒落にならなそうだが。

 見上げればいくつかの部屋の電気はついたままだ。教えてもらった部屋は五階。エレベーターがあるそうなので、それを使って目的の階へ。

 リノリウムの床がカツカツと音を立てる。音が反響していき、照明を抑えられた薄暗い廊下に消えていく様は、なるほどホラー映画のワンシーンといえなくもない。もっとも、非実体化しているとはいえ、傍らに神という、オカルトの最高峰がいる和輝にとって、幽霊などいたところで「だからどうした」という程度だろうが。

 目的のドアを見つけた。部屋に「岡崎正晴(まさはる)」とある。間違いない。

 ノック。「入り給え」返答があったので中に。

 中にいたのは、一人の紳士。

 四十代中ごろの外見。オールバックにした黒髪、赤みがかかった茶色の瞳。左目に銀のフレームの片眼鏡、そのまま夜会に出れそうな燕尾服姿。おまけにちょび髭。

 変わっていないなぁと和輝は思った。イギリスに行った時と同じ、なんだか間違った方向に進んだスタイルは相変わらずだ。この格好がイギリス文化にかぶれて変わったとか、そんなんじゃないのがもう凄い。

 

「む……?」

 

 入ってきたのが和輝だったことが意外だったのか、養父、岡崎正春は一瞬、目を丸くした。

 

「あ――――」

 

 久しぶり。そう言おうとした和輝だったが、有無を言わせぬ勢いで、正晴がつかつかと歩み寄ってきたので、言葉は生み出されず飲み込まれた。

 ツカツカツカ、カツン! わざとかと思うほど大きな足音を立てて、正晴は和輝の眼前で止まった。

 かなり近い。彼我の距離は二センチを切っている。正晴は身長百八十センチを超えているので、百七十六センチの和輝よりも頭半分ほど大きい。正晴の影に体をすっぽりと覆われて、和輝はたじろいた。

 まるでその心の隙をついたかのように、正晴の両手ががっしりと和輝の両肩を掴んだ。

 

「遅いじゃないか、息子よ! 母さんから連絡が来たのに、一向に顔を見せないなんて非道じゃないか。さては放置プレイかね!?」

 

 謎のテンションの高さだった。

 

「待ってくれ、養父さん。養母(かあ)さんが言うには、養父さんは夜にならないと体が開かなかったはずだぜ? で、俺は夕暮れに来た。てことはだ、俺としてはちょっとは待つつもりだったんだけど?」

「馬鹿な!」

 

 愕然とした表情を浮かべて、正晴は和輝の肩から手を放した。

 大仰に手を振り頭を振ってポージングし、

 

「夜にならなければ帰れないなどと、そんなのは時間を作るための口実にすぎんではないか! 私は、久しぶりに息子と一対一の対話ができると、ちょっと楽しみにしていたのに!」

「そもそも、こっちには綺羅(きら)が来る可能性もあったんじゃ?」

「それはない」きっぱりと首を横に振る正晴。

「我が娘の性格は熟知している。彼女は愛しの我が妻を手伝おうとするだろう。我が妻がお前たちを歓迎するために腕によりをかけて、いいか? う・で・に・よ・り・を・か・け・て! 料理を振るまおうとするだろう。心優しい我が娘が手伝わないはずがないし、男子台所に立ち入るべからざると、お前を私の迎えによこすことは必然ではないかね!」

 

 よく分からないが凄い自信で言いきられてしまった。

 

「あ、そう……」

「しかるにだ、和輝。私はお前が父に会いたくてすぐにくると思っていたのに……、何故にここまで遅くなったのかね?」

「あー、観光してた。ロンドンの」

「それはいいことだ。ロンドンは悪い場所ではない。歴史を重ねているだけあってみるべきものはたくさんある」

「……この前手紙でロンドンをこき下ろしていなかった?」

「それは食事の話だとも。今日は母さんの手料理だ。それが最高でないはずがない」

 

 ここまできっぱりと断言されるといっそ清々しい。和輝は「そっか」と黙り、これ以上何も言わないことにした。

 

「ま、いい。それよりも――――」

 

 ポンと、今度は何気ない、まさしく父親が子供にするように、そっと、和輝の肩に手を添えた。

 

「母さんから聞いたが、何か抱え込んでいるものがあるという話だったが、どうもその悩みは君の中では一歩前進したようだね、和輝。だとすれば、私にかました放置プレイも無駄ではなかったというわけだ」

 

 穏やかに笑う正晴。そこに血の繋がりなど関係ない。父として、家族としての優しさが込められていた。

 

「そう、かな……。でもま、ちょっとすっきりしたのは本当かな。色々あったんだけどさ、今日、そんなもやもやしたものを吹き飛ばしてくれた人がいたから」

「ほう、それは興味深いね。和輝、色を知る年頃か!」

「ごめん、そろそろ無視して話進めていいかな? 帰ろうぜ」

 

 「それもそうだね」と言って、先だって歩き出す養父(ちち)の背中を、和輝は何とも言えない苦笑した背中で追いかけた。

 

(あっははは。ちょっと動揺したでしょ、和輝?)

 

 姿を消し、頭の中だけでほざく邪神については完全に無視した。

 

 

 この日、和輝と綺羅は久しぶりに家族の団欒を味わった。それは兄妹二人だけでは決して味わえないものだった。

 いろいろなことを話した。学校のこと、家のこと、綺羅は部活のこと。それに友人関係。和輝は龍次や烈震について話した。綺羅も、クラスや部活の友人について話した。

 それに、久しぶりに食べる養母(はは)の手料理はやはりおいしく、箸が止まらなかった。

 

「あら、和輝さん。そんなに慌てずとも、まだまだ料理はありますよ?」

 

 テーブル中央に盛り付けられた大皿から、次々に料理を小皿に運んでいく和輝に、正美(まさみ)が苦笑する。

 

「そうです、兄さん。もっと落ち着いて、ゆっくり食べてください」

「ハハハ和輝よ、君もまた正直な息子だね。素直に言ったらどうかな? 久しぶりの母さんの手料理に、もう我慢できない! と。私もだ!」

「あんたはいつも食べてるだろう!」

 

 ガチンと箸と箸がまるで剣のように料理の上で打ちあわされる。和輝が取ろうとしたおかずを、正晴が阻んだのだ。

 

「離したまえ息子よ。その肉は私が目をつけていたのだが?」

「何を言っているんだ。もう年なんだから、コレステロールに気を使い、食べ盛りの息子に譲ってはくれないかな?」 

 

 バチバチと見えない火花が父子の間で散る。

 

「もう、兄さんも父さんも、はしたないです」

 

 呆れるのは妹の役割。

 

「いいのよぉ。これくらい。男の人だもの。――――限度を超えなければ」

 

 最後に怖い人ことを言って男たちの火花を沈下するのも、母の務めだ。

 

「だ、大丈夫だとも母さん。私は冷静だよ?」

「冷静に、俺の取り分を奪おうとしないでくれよ」

 

 そして、食事は終わり、夜は更けていく。和輝にとって、今日は素晴らしき一日だった。

 咲夜と再会し、デュエルをし、そして心にかかっていた霧は晴れたと思う。

 そして“家族”と再会し、やはり笑顔を自然と浮かべられる。

 再会続きの一日は、そうして過ぎていった。

 そして、そんな一日の最後に、父は息子に問いかけた。

 

「和輝。デュエルのほうはどうかね? 変わらず、プロを目指す覚悟はあるかね?」

 

 問われ、和輝は思う。

 今日の咲夜とのデュエルは楽しかった。そして、最後に浴びた歓声は、心地よかった。そこにあった笑顔も。

 しばし沈黙する和輝。だが答えは決まっていた。それを口にすることに躊躇いはない。

 

「ああ。俺はやっぱりデュエルが好きだし、良いデュエルは勝敗に関係なく楽しい。ついでに見てる人たちも楽しめれば最高だ。拍手の一つもあるとなお完璧だ」

 

 これを、降りるなんて考えられない。

 そう答える和輝に対して、正晴はにこりと笑った。

 

「その覚悟や良し。それならば、我が友クリノもまた、喜んで君に指導するだろう」

「そう願うよ」

 

 夜は更けていく。明日が早い和輝だったが、それでも、彼は家族との会話を続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話:ウェールズの森で

 ガタン、ゴトン。列車が揺れる。

 和輝(かずき)は電車の窓から外の景色を見据えた。

 目に映る色は白と緑。

 白は一面に漂う霧の色。そして緑はその下、地面に広がる草原だ。

 線路を蹴立てる鉄の車輪。上がる断続音はどこか呼吸めいている。

 そして、霧のヴェールの向こう側、そこに見えるのは、大きな森だ。

 自然と共存し、術の秘奥を納めていった民たちが住んでいたと、そう思える。

「霧に森、か。なんだか魔女とかが出てくるファンタジー世界みたいだな」

「あながち間違いじゃないよ、それ」

 ボックス席の向かいに座るロキが、同じく窓の外の景色を眺めながら言った。

 眉目秀麗な彼の容姿は、乗客の少ない車内では一際よく目立つ。若い白髪という和輝が霞むほどで、同じ車内の人は皆ロキに目をやり、特に女性は何度も視線を送っている。中には熱烈な視線もあるが、ロキはすべて涼しげに受け流していた。

 

「お、今国境を通過したね」

「国境?」

 

 窓の外を眺め、笑みを浮かべるロキが、怪訝な表情を浮かべた和輝を見据えた。

 

「和輝、君、昨日君がいたロンドンや、今日これから向かうウェールズが、同じ国だと思っているのかい?」

「違うのか?」

 

 首を傾げる和輝に、ロキは苦笑。

 

「全部イギリスなのは一緒だけれどね。イギリスは四つの国を一つにまとめたのさ」

 

 窓を開けるロキ。開け放たれたロキから冷たい空気が流れ込んできた。

 

「イギリスの正式名称はグレート・ブリテンおよび北アイルランド連合国。内訳はイングランド、スコットランド、北アイルランド、そして――――」

「これから向かう、ウェールズか」

 

 ロキの台詞を拾う和輝。ロキはよくできましたとばかりに頷いた。

 

「イギリスは森を切り開いた伐採の歴史だけれど、この辺りはまだ森が残っている。アイルランド、ウェールズ、スコットランドなどにいったケルトの民が、イングランドの侵略に抗い、森の民の誇りを守り通したんだろう」

「……なんか、詳しいな、お前」

 

 和輝は不思議だった。ロキは北欧神話の神。ケルト神話とは地域が合わない。なのにここまで詳しいとは、ちょっと意外だった。

 

「ああ、実のところ、ボクら北欧と、ケルトは決して無関係ではないんだよ。神じゃなくて、人間の話だけどね」

 

 難しい表情のロキは、そのまま和輝から視線を外して、言った。

 

「もともと北欧の民もケルトの民も、源流は一つだった。そのうち、ゲルマンとケルトに分かれた。ゲルマンはそのまま流れ、一部が北欧の民になったというわけさ。だから、ちょっとした感傷さ」

 

 そんなものか、と和輝は頷いた。そして思う。これから向かうのは、ウェールズの、とある森。通称、妖精の森。この現代社会でも、妖精が出ると噂される地域だ。

 そこに住むある男に、和輝はこれから会いに行くのだ。

 

 

 クリノ・マクベス。といった。

 幼い和輝に、岡崎(おかざき)の両親が引き合わせた心理カウンセラーだ。

 幼い頃、心の中で囁く怪物に怯えていた和輝は、クリノと出会い、カウンセリングという名の交流を続け、精神的な安定を取り戻し、成長した。もしも彼との出会いがなければ、和輝は今のようにまっすぐ育つことはできなかったかもしれない。

 もしくは、怪物の声に負けて、発狂するか、自殺していたかもしれない。

 ある意味今の和輝を形作るきっかけになった恩人であり、()()でもある。

 今回和輝がイギリスに来た理由は、久しぶりに両親に会うことも勿論あったが、彼に会い、カウンセリングを受けることも目的にあったのだ。

 そして和輝としては、カウンセリングとは別に、もう一つ、クリノに会わなければならない理由があった。

 

「和輝、君は明日クリノのところだろう? 時間は確認したまえよ。あそこは交通の便が良くないからね」

 

 食後のワインを飲んでいた父、正晴(まさはる)がそう告げる。和輝は頷き、

 

「分かってるよ。何度か行ったことあるし。今回は、長くなる。この前のエキシビジョンマッチのチケットをくれた礼も言いたいし」

「何か、相談したいことがあるようだね。ふむ、我が友は今の時期、オフシーズンだし、君のために時間をとることはしてくれるだろう」

 

 グラスの中の赤ワインを飲み干して、正晴はふむと頷いた。

 

「うまいなこれは! 芳醇な甘みが満ち満ちている! 何杯でも行けてしまうぞ! さぁ和輝、綺羅(きら)! 君たちも飲みたまえ! 愛すべき子供たちとの、そして君たちからは尊敬すべき父との再会記念だぶほ!?」

 

 酔っぱらいの戯言は強制的に打ち切られた。未成年の子供二人に酒を勧める正晴に、妻の正美(まさみ)が手にしたお盆で天誅を下したからだ。

 具体的には手にしたお盆で正晴の頭をひっぱたいたのだ。

 

「ダメですよぉ正晴さん。和輝さんも綺羅ちゃんも、未成年なんですから。アルコールを勧めちゃ」

「む、ぅ……。そうだったね、反省しよう」

 

 正気に戻った正晴はそこで和輝に真摯な表情を向けた。

 

「和輝。お前の陰鬱とした気持ちは晴れただろう。だがお前の悩みや、問題の根源は消えていない。そうだな? それは、私たちにも言えぬ問題なのだろう。それは構わない。家族にだって隠しておきたい秘密はある。

 だがそれでも、忘れないでくれ、和輝。相談できずとも、()()()()()()()()()()()()。お前は断じて孤独(ひとり)ではないのだ。誰かが側にいてくれる。その事実だけは忘れないでくれ」

 

 

 甲高いブレーキ音。鉄と鉄が軋みを上げる音に、和輝の意識は現実に引き戻された。

 

「ここだね、和輝」

 

 目的の駅についたことを確認し、席を立つ。ロキもそれに続く。ロキが列車を降りることに残念がる客の視線を感じたが、完全無視だった。

 

「ここからはバスで行くの?」

「いつも近くの村まではバスがある。一日に二本か三本しか来ないけどな。そっからは歩きだ」

 

 なるほどねと頷くロキ。そこから丁度現れたバスに乗って移動する。

 バスから降りて、ここからは徒歩となる。妖精の森に近づくころ、ロキは実体化を解き、姿を消した。

 

 

 目的の森、正確にはその入り口に、一軒の家があった。ごく普通の民家だが、人里から離れたところにあるのでひどく目立つ。

 この森の奥にはとある貴族の血筋が所有している別荘があるらしく、電気も引かれているので、不便はないらしい。

 扉をノック、する前に開かれた。

 

「やあ、待っていましたよ、和輝」

 

 穏やかな声が出迎えた。現れたのは一人の男。

 やや痩せ型、赤い髪は少しだけ伸びているので後ろでくくり、理知的な茶色の瞳をやや細めている。微笑を浮かべたその姿は暖かな森の日差しを思わせ、白いワイシャツの上に黒いマントを羽織った姿は、さながら人里離れて森に隠れ住む隠者、或は賢者の風情だ。

 そして和輝は知っている。肌の質といい、見た目は二十代でも通用しそうな外見だが実際の年齢は岡崎正春(ちち)と大して変わらないということを。

 

「久しぶりです、クリノ先生」

 

 クリノ・マクベス。それがこの男の名前だった。

 

「入りなさい。良い葉っぱが手に入ったので、まずはお茶にしましょう。話は、お茶でも飲みながら、ということで」

 

 ばさりとマントを翻し、クリノが家の中へ。和輝もそれに続いた。

 

(不思議な雰囲気の人だね。まさに森に住む魔法使いみたいだ)

 

 非実体化しているロキの感想は、まさに幼い和輝が抱いた、クリノに対する第一印象そのままだった。

 

 

 クリノが淹れてくれたハーブティーを味わいながら、和輝は家の中を見回してみる。

 といっても、立地条件こそ特殊だが家の内装はごく普通だ。両親が住んでいるロンドンの家と変わりない。

 違う点を上げるとするならば、本棚にある本の種類か。カウンセリングを行っている関係か、人間心理に関する本が多い。

 

「さて、本当に久しぶりですね。最後にあったのは、君が高校に上がる前ですから、二年近く前になりますか」

「本当は、春休みにでも行っておくべきかと思ったんですけどね」

「予定が合わなかったのならば仕方がありませんよ。では、早速ですが、本題に入りましょう」

 

 まだ湯気の上がるカップをおいて、クリノはまっすぐ和輝を見た。

 射抜くような視線を受けて、和輝もまたカップを受け皿の上に置いた。

 かちゃりという、陶器と陶器がぶつかるかすかな音が立つ。

 

「和輝。君にはまだ、内なる声が聞こえますか? 怪物の、声が」

 

 クリノの質問に、和輝は一端黙った。

 呼吸を整え、ハーブティを一口。左胸、即ち心臓に軽く手を当てる。大丈夫、落ち着いている。

 

「はい、聞こえます」

「どういう時に聞こえますか?」

 

 いつの間にか、クリノは片手にバインダーに挟んだカルテを持っていた。和輝の“診察”が始まったのだ。まったく唐突に。

 

「一言で言うなら、危機的状況、ですね」

「それは、ここに来始めた時と同じような?」

 

 和輝は首を横に振った。

 

「あの時とは違います。日常生活では、もう声は聞こえません」

 

 かつては違った。七年前、東京大火災から救出された直後は、それこそ寝ているとき以外、ことあるごとに聞こえてきた。

 階段を降りようとすれば、「ここから飛び降りれば、パパとママのところに行けるぞ?」

 キッチンに入れば、「包丁を手に取れ、そうすれば、パパとママのところに行けるぞ?」

 道を歩いているだけでも、「車の前に身を投げろ。そうすれば、パパとママのところに行けるぞ?」

 日常生活で、少しでも命が危険にさらされる場面があれば、必ず声が聞こえていた。己の内側から届く、怪物の声が。

 

「なるほど……。ではかつてのように、死亡の確率が1%未満でも、必ず聞こえているわけではないと。君を死へと誘惑する怪物の声も、今は遠い。しかしなくなったわけではない。危機的状況……。和輝、君は、()()()()()()()()()()、命の危険を頻繁に感じているのですか?」

 

 クリノの視線は鋭く和輝を射抜いた。

 和輝は息を呑む。怪物の声が聞こえるのは、最近では神々の戦争の最中ばかりだ。命がけの戦いだし、窮地に陥ることだって多い。

 だがそのことを、いくら担当医とはいえ、話せるのだろうか?

 嘘を交えて説明しようにも、クリノに付け焼き刃の嘘が通用するとは思えない。

 考え過ぎるが故に沈黙している和輝を見据え、クリノがぽつりと呟いた。

 

「言えないのは、さっきから君の後ろにいる方が関係しているからですか? 半透明とは、またずいぶん珍しい友人がいたものですね」

「!?」

 

 実体化を解いているロキが見えている。その事実に和輝は愕然とし、思わず椅子から腰を浮かしていた。

 

「先生、先生は……」

 

 神々の戦争の参加者なのですか、そう言おうとした。だがその前にロキから声がかかった。

 

「何故、君はボクを視認できた?」

 

 和輝の脳裏に直接響く念話ではなく、空気を震わせる肉声で、ロキは言う。

 トンと、木床に軽やかな音が立つ。実体化したロキが、足を踏みしめたのだ。

 突然現れた正体不明の男にも、クリノは微動だにしない。微笑を浮かべたままだ。

 

「答えなよ。君からは神の気配がしない。なのに何故、姿を消していた(ボク)の姿を視ることができたんだい?」

 

 穏やかな口調はいつも通りだ。だがロキの表情に笑みは張り付いていない。あのニマニマ笑いは鳴りを潜め、戦場で見せる険を孕んだ表情だ。

 

「そう警戒しないでください。元々、私は人とは違う眼を持っていた。その眼は、この世にあらざるものを視ることができた。それだけです。霊感が鋭いとか、そう解釈していただいても構いませんよ」

「……先生が、よく他人に見えないものを視ることができるって言ってたけど、あれ比喩じゃなかったのか」

「はい。だから和輝。子供の頃の君に幽霊の存在を教えたのは、決して冗談ではなく。本当にあの場に迷える魂がいたということですよ」

「それ言われたら余計に怖いわ!」

 

 思わず突っ込む和輝。ロキは踏むと顎に手を当てて、

 

「神の力を、引いているのかもね。そのせいで普通とはチャンネルの違う眼を持ったんだ」

 

 以前、ロキは言っていた。遥かな昔、人間の中に混じった神々の力。世代を超え、時を超え、その力はどんどん薄れていき、普通の人間と変わらなくなったが、まれに隔世遺伝ともいうべき、特殊な能力を持った人間が現れる。

 以前戦ったエリスの契約者、オデッサのように、クリノもまた、そういう特殊能力を持った人間というわけだ。

 

「先生の浮世離れした雰囲気は、それが原因だったのか」

「まぁ、幼少期はともかく、今は特に困るようなこともありませんよ。人間とそうでないものの区別もつきますし」

 

 穏やかに微笑むクリノの内心は分からない。人間と、そうでない存在を揉み続けた彼の内心は、和輝のごとき若造には計り知れない。

 

「さて、和輝。君の事情は見えませんが、反応から、そこの彼が関わっているようですね」

 

 和輝とロキは目線を交わした。ロキはかすかに頷いた。

 和輝はゆっくりと語りだした。ロキとの出会いのこと、神々の戦争のこと、そして、東京大火災から七年後、ついに自分の肩を掴んだ因縁についても。

 

「神々の戦争、世界中の神話の神による、世界を使ったバトルロイヤル、ですか……」

 

 スケールが大きいですねと、クリノは言う。

 

「ならばやはり、君の心の内側から聞こえる声は、ただの君自身の心の在り方だけ、というわけではないかもしれませんね」

「……けれど、声が聞こえる頻度は減っています。それこそ神々の戦争で、命の危険が、危機的状況が、窮地が、身近に感じるくらいにならないと」

「君が、首筋に死の息吹を感じる。そういう局面で、死に踏み出させる怪物の声が来る、と」

 

 さらさらとカルテに書き込み、クリノはふと和輝を見た。

 

「和輝、君はこの声のビジョンを見たことがありますか?」

「ビジョン?」

「声が聞こえる時、脳裏に映像が見えるようなことは?」

「ない……です……」

「ではイメージは湧きますか? 声から、どんな怪物をイメージしていますか?」

「近いのは、犬、ですね。前身真っ黒い犬。大きさはまちまちです。小犬サイズもあれば、大人よりも大きそうな時もある。そして、異形ですね」

「異形? どのような?」

「目がありません。眼窩はある、けれど眼球がない。代わりにあるのは、人間の様な歯並びをした、口です」

「目の部分が口に成り代わっている、犬。口は犬の口ではないのですね?」

「犬の牙っぽさはありませんでした」

 

 ふむと、頷くクリノ。ロキも静観している。

 

「和輝、君の症状は、過去の経験によるトラウマではない可能性があります」

「え?」

「質問が逆になってしまいましたが、まだ、火事の時の悪夢は見ますか?」

「時々……。綺羅(きら)にも心配されます」

「火事の光景のフラッシュバックが起こることは?」

「ありません」

 

 和輝の答えを聞いて、クリノはふっと微笑んだ。

 

「私から見て、君は七年前から、順調に回復しています。まだ悪夢を完全に振り切ることはできないでしょうが、それも時間が解決してくれます。精神的に見て、君のトラウマは徐々に癒されている。問題は――――」

「怪物の声、だね」

 

 今まで沈黙を続けていたロキが、ここにきて初めて口を挟んだ。

 

「死の誘惑を放ち続ける怪物の声。これが君の深層心理に根付く、無意識に死を求める願望ならば、話は速いんだけどね」

「その場合、本当に危機的状況にならなければ声が聞こえないというのはおかしいのですよ。ロキ君」

 

 カルテをテーブルの上において、クリノはこめかみを軽く掻いた。

 

「本当に和輝が心の奥底、自分でも気づかない無意識の海で死を望んでいるとするならば、その怪物の声はもっと頻繁に聞こえていなければならない。それこそ、ここに来たばかりの頃のように、ちょっとした危険でも囁きが聞こえてもおかしくない。成長とともに精神も安定し、頻度は減ったとしても、例えば、高い所に登った時、不意に“ここから飛び降りたらどうなるだろうか”、そう思うように、怪物の囁きが聞こえてもおかしくはありません。そういうことはありますか?」

 

 和輝は黙って首を横に振った。

 

「なるほど……。和輝」

 

 真摯なクリノの視線が、和輝を射抜く。和輝はまっすぐ、その視線を見据えた。

 

「君の中から聞こえる怪物の声。君はそれを受け入れてはならない。けれど無視してもいけない。いつか、必ず、対決しなければならないから」

「対決……」

「それがどのような形になるのか。私には分かりません。ですか必ず来る。君は、君が生きるため、この試練を乗り越えなければならない」

 

 和輝は沈黙。その胸中を誰にも明かさず、けれど瞳に濁りはない。

 

「はい、先生」

 

 そして不敵に笑う。

 

「負けませんよ、俺は。怪物であろうと、なんであろうと」

 

 その答えを聞いて、くすりと、クリノは笑った。

 

 

 ハーブティーのおかわりを、今度は和輝、クリノ、ロキの二人と一柱で味わう。

 

「さて、和輝。落ち着けたところで、君の目的はカウンセリングだけではないでしょう?」

「はい」

 

 よろしいと言って、クリノは席を立った。いったん奥に引っ込む。

 

「カウンセリング以外にも、目的がある? なんだい?」

「俺が何のためのデッキを持ってきたと思っているんだ? クリノ先生はな、確かにカウンセラーだけど、もう一つ顔があるんだ。それは――――」

 

 お待たせしましたと、クリノが戻ってきた。その手にはデュエルディスクとデッキ。

 

「これが目的でしょう? 私とのデュエル」

「はい」

 

 クリノ・マクベスのもう一つの顔、それは――――

 

「先生は、Aランクのプロデュエリストでもある。イギリスのトッププロ。結構有名なんだぜ」

「医師としての仕事がありますので、最近は、七大大会には、世界大会くらいしか出場しませんけどね」

 

 苦笑するクリノ。ロキは納得したように頷いた。

 

「なるほど。つまり、クリノ先生は君の主治医であると同時に」

「俺の師匠だ。先生、今日こそ、師匠越え、させてもらいますよ。んで、いつかの約束を果たしてもらいます」

「私に勝てたら、あのカードを与える、ですね。構いませんよ。負けるつもりは毛頭ありませんが」

 

 

 外の出た和輝とクリノ。観戦するロキ。適度に距離をとった二人が、デュエルディスクを起動させる。

 

「行きますよ、先生」

「いつでもどうぞ、和輝」

 

 都会と、人の営みから隔絶された森の入り口で――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 師弟の戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話:ペルソナ・と・シャドウ

 ウェールズの森の入り口で、和輝(かずき)はクリノと対峙する。

 クリノとは子供のころから何度もデュエルをした。そして一度も勝ったことがない。会うたびにリベンジしているが、全て返り討ちだ。

 それでも和輝は思う。今度こそ、勝って見せる、と。

 

 

和輝LP8000手札5枚

クリノLP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻! 俺はクリバンデットを召喚!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、クリボーを彷彿とさせる、黒い毛玉の悪魔族モンスター。

 クリボーとの相違点は、まず体の大きさ。クリボーよりも大きく、目つきも鋭い。さらに左目には眼帯、頭にバンダナと、その名の通り盗賊(バンデット)を思わせる風貌だ。

 

「カードを三枚セット。そしてこのままエンドフェイズに入り、クリバンデットの効果発動! このカードをリリースし、デッキからカードを五枚、めくる!」

 

 和輝のデッキの、上から五枚のカードが一気に引き抜かれ、クリノにも見えるように提示された

 提示されたのはブラック・マジシャン、スキル・サクセサー、ライトロード・メイデン ミネルバ、苦渋の決断、グローアップ・バルブの五枚。

 

「苦渋の決断を手札に加え、残りは墓地に送る。そしてここでミネルバの効果が発動。デッキトップからカードを一枚墓地の来る」

 

 追加で墓地に落ちたのはミスト・レディ。墓地で効果を発動するモンスターだ。なかなかの落ちに、和輝は内心でガッツポーズした。

 

「改めて、ターンエンド」

 

 

クリバンデット 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF700

(1):このカードが召喚に成功したターンのエンドフェイズにこのカードをリリースして発動できる。自分のデッキの上からカードを5枚めくる。その中から魔法・罠カード1枚を選んで手札に加える事ができる。残りのカードは全て墓地へ送る。

 

ライトロード・メイデンミネルバ 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK800 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「ライトロード」と名のついたモンスターの種類以下のレベルを持つドラゴン族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。このカードが手札・デッキから墓地へ送られた時、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

 

「では、私のターンですね、ドロー」

 

 穏やかにカードをドローするクリノ。彼は六枚の手札を眺め、

 

「まずは、軽く流しますか。手札から、アンブラル・グールを召喚します」

 

 現れたのは、襤褸(ぼろ)を纏い、紫色の肌をした異形の鬼。顔には仮面を被っており、悪魔的雰囲気をさらに強調させている。

 

「アンブラル・グールの効果発動。自身の攻撃力を0にし、手札からアンブラル・アンフォームを召喚します」

 

 アンブラル・グールの傍らに現れたのは、ガスとゲル状生物の中間とでもいうべき不定形の生物。不気味に輝く青い一つ目が無機質に和輝を見据えていた。

 

「アンブラル・グール、アンブラル・アンフォーム。先生の切り込みコンビ……」

「そして、レベル4のモンスターが二体揃った。戦闘を期待できるステータスじゃないから、次くるとすれば……」

「和輝、ロキ君。君たちの予想通りです。ここから私のデッキの切り込み隊長を呼びましょう。私は、アンブラル・グールとアンブラル・アンフォームでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 クリノの頭上に、渦巻く銀河を思わせる漆黒の空間が展開し、その渦の中心部に、二体のアンブラルが紫の光となって飛び込んだ。

 一瞬後に起こる虹色の爆発は、新たなモンスターの誕生を示していた。

 

「深層心理の海より浮上せしは、機械操る悪戯好きな悪魔の王。汝今こそ顕現し、思うがままに遊べ! キングレムリン!」

 

 虹色の爆発の向こうから現れたのは、本来は大した力を持たぬはずの小悪魔が、何らかの間違いで強大に進化したかのような、巨大な、鬼を思わせる大悪魔。その周囲を衛星のように旋回するのは、エクシーズモンスターの生命線、ORU(オーバーレイユニット)だ。

 

「キングレムリンの効果発動。ORUを一つ取り除き、デッキからカゲトカゲを手札に加えます」

「爬虫類族なら属性もレベルも問わず、何でもサーチできる万能サーチカード。ほんと、破格の効果ですよね」

「ほかの種族では許されない効果でしょうね。それはそれとして、少しつついてみましょうか。バトルです、キングレムリンでダイレクトアタック」

 

 今、和輝のフィールドにモンスターはいない。ダイレクトアタックを受ければ大ダメージは確実だが、伏せカードが三枚もある。それだけあれば防御なり反撃なりできるだろう。だからこそ、クリノは()()()()みるのだ。和輝の反応を見るために。

 

「通さない! リバースカード、永遠の魂! これで俺の墓地から、ブラック・マジシャンを攻撃表示で復活させる!」

 

 翻るリバースカード。直後に和輝の墓地から、彼を守ろうと復活する黒衣の魔術師。その反応に、クリノは満足げに笑った。

 

「ブラック・マジシャン。まだ使い続けていてくれていましたか」

「当然! なんせ、先生に初めてもらったカードですからね。それで、どうします? キングレムリンじゃブラック・マジシャンは倒せませんが」

「勿論攻撃は中断します。カードを二枚伏せ、ターン終了です」

 

 様々な使い道のあるモンスターをサーチできたし、バックも一枚正体を露わにできた。この時点で、クリノにとってキングレムリンは十全の働きをしてくれた。これ以上望むのは酷というものだ。クリノは穏やかな心持ちのまま、ターンを明け渡した。

 

 

アンブラル・グール 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1800 DEF0

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。このカードの攻撃力を0にし、手札から攻撃力0の「アンブラル」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。

 

アンブラル・アンフォーム 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

このカードの攻撃によってこのカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキから「アンブラル」と名のついたモンスター2体を特殊召喚できる。「アンブラル・アンフォーム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

キングレムリン 闇属性 ランク4 爬虫類族:エクシーズ

ATK2300 DEF2000

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから爬虫類族モンスター1体を手札に加える。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

 

キングレムリンORU×1

 

 

「俺のターン!」

 

 ダイレクトアタックを防ぎ、さらに攻撃力でキングレムリンに勝るブラック・マジシャンの召喚に成功した。和輝はフィールドの状況は、客観的に見て自分が有利だと、そう思った。

 だったら、攻める。

 

「苦渋の決断を発動。デッキからギャラクシー・サーペントを墓地に送って、二枚目のギャラクシー・サーペントを手札に加えます。

 墓地の苦渋の決断を除外して、マジック・ストライカーを特殊召喚。さらにギャラクシー・サーペントを召喚」

 

 和輝がモンスターを並べだす。頭身の低い、玩具みたいな外見のモンスターと、世にも珍しくも美しい外見を持つ、銀河の海を泳ぐウミヘビ(サーペント)。チューナーと非チューナーの登場に、クリノの瞳が細まった。

 

「行きます、先生! 俺はレベル3のマジック・ストライカーに、レベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。二つの緑色に輝く光の輪となったギャラクシーサーペント。その輪をくぐり、マジック・ストライカーが三つの白く輝く光星(こうせい)となり、その星たちを、光の道が貫いた。

 

「集いし五星(ごせい)が、知識と祝福の司書官を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、GO! TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン!」

 

 光の帳がおり、向こうから現れる、和輝がよく使うシンクロモンスター。

 学資帽、分厚いハードカバーの本、白いインバネスに未来チックなバイザー。即ちTG ハイパー・ライブラリアン。

 

「ほう、ハイパー・ライブラリアンを出してきましたか。ならば、君がよくやる、連続シンクロですか?」

「それはこれからのお楽しみです。墓地のグローアップ・バルブの効果発動! デッキトップを一枚墓地に送って、このカードを特殊召喚!」

 

 和輝のデッキトップからE・HERO(エレメンタルヒーロー) プリズマーが落ち、それを養分としたかのように、墓地から地面を突き破って現れるは芽を出した巨大な種。ぎょろりと種にある巨大な一つ目が周囲を見渡した。

 

「レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!」

 

 クリノの言ったことをほとんど肯定するように、和輝は動く。もう一度シンクロエフェクトが走り、光が辺りに満ちた。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 現れたのは、これまた和輝のデッキの守備の要。スターダスト・ドラゴンの別の可能性、亜種モンスター。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。さらに永遠の魂の効果で墓地からブラック・マジシャンを復活させます。

 

 バトル! スターダストでキングレムリンに攻撃!」

 今、和輝のフィールドには三体のモンスターが存在し、そのどれもがキングレムリンよりも攻撃力が上だ。まずスターダストの攻撃でキングレムリンを撃破し、続くブラック・マジシャンとハイパー・ライブラリアンの連続攻撃が通れば、クリノのライフはかなり削られることだろう。

 通れば、だが。

 

「勿論通しません。リバーストラップ、怠惰の仮面! このカードの効果で、フィールドの攻撃表示モンスターは全て表側守備表示に変更。さらに戦闘、カード効果で破壊されなくなります」

 

 翻るクリノのリバースカード。彼のフィールドに突如として出現した、何とも無気力な表情の仮面から発せられる魔力に当てられて、永遠の魂の効果で相手のカード効果を受けないブラック・マジシャン以外の全てのモンスターが戦闘意欲を消失し、守備表示に自発的に変更してしまった。

 

「く……! ブラック・マジシャンだけは攻撃できるけど、怠惰の仮面の効果で破壊は無理、ですね」

「それだけではありません。怠惰の仮面のもう一つの効果。自身の効果で三体以上のモンスターの表示形式を変更した時、私は、デッキから仮面と名の付くカードを一枚、手札に加えることができます。私は、仮面魔獣 デス・ガーディウスを手札に加えますよ」

 

 和輝の表情に苦いものがよぎる。もっともそれも当然だ。攻撃は躱され、おまけに新たなカードもサーチされた。このターン、和輝にできる事はもうない。

 

「俺はこれで、ターンエンドです」

 

 

苦渋の決断:通常魔法

「苦渋の決断」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地へ送り、その同名カード1枚をデッキから手札に加える。

 

マジック・ストライカー 地属性 ☆3 戦士族:効果

ATK600 DEF200

(1):このカードは自分の墓地の魔法カード1枚を除外し、手札から特殊召喚できる。(2):このカードは直接攻撃できる。(3):このカードの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

TG ハイパー・ライブラリアン 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

グローアップ・バルブ 地属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK100 DEF100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

怠惰の仮面:通常罠

(1):フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て守備表示にし、このターン、全てのモンスターは戦闘、カード効果では破壊されない。(2):(1)の効果で3体以上の表示形式を変更した場合に発動できる。デッキから「仮面」カードを1枚手札に加える。

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 このデュエル、流れは和輝から離れていったなと、ロキはそう思った。

 今のターン、和輝は主力を並べた。攻撃を仕掛けたのは一気呵成に。それを、躱されたのみならず、新たな戦力の補給も許してしまった。

 これは痛い。攻撃のチャンスを利用されたのだ。このまま勝負全体の流れも、持って行かれかねない。

 

「では、まずはキングレムリンの効果を発動ORUを一つ取り除き、デッキから二枚目のカゲトカゲを手札に加えましょう。そして、暗黒のドルイド・ドリュースを召喚」

 

 クリノのフィールドに追加されたのは、顔全体を覆う仮面に黒衣姿、両手に儀礼用の杖を持った怪しげな魔法使い。見た目を裏切らず、仮面の奥からくぐもった呪文の詠唱が聞こえてきた。

 

「ドルイド・ドリュースの効果発動。そしてそれにチェーンして、手札のカゲトカゲの効果を発動します。逆順処理で、まずカゲトカゲを特殊召喚。さらにドルイド・ドリュースの効果で、墓地からアンブラル・グールを特殊召喚します」

 

 ドルイドの詠唱が効果を発揮する。墓地から復活するアンブラル・グール。そしてドルイドの影の一部が切り離され、それが平面のトカゲの姿をとる。すなわちカゲトカゲだ。

 

「レベル4が三体、揃った」

 

 和輝の声に驚愕が混じる。この布陣の意味を、和輝は知っていた。クリノのデッキで、三体のレベル4を使うエクシーズの存在を。

 

「私は、場の三体のモンスターでオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」 

 

 エクシーズエフェクトが走り、虹色の爆発がクリノのフィールドで起こる。

 

「深層心理の海より浮上せしは、虚構の舞台で踊る聖なる仮面道化。その輝かしき光で一切の影を退けよ! 現れろオーバーハンドレッド! No.(ナンバーズ)104 仮面魔踏士(マスカレード・マジシャン)シャイニング!」

 

 虹色の爆発、その向こうから現れた影。

 白の下地に派手な金のアーマー姿は、煌びやかな宮廷道化師を想起させる。背には青いウィングパーツ、左手には繋がりあった金のリング。

 

「オーバーハンドレッドナンバーズ!? デュエルキングが使っていた、世界で一枚だけのレアカード!」

 

 ロキが驚愕の声を上げる。クリノが苦笑する。

 

「何年か前に、私が参加した全英大会の賞品ですね」

「優勝した先生が手に入れたんだ。で――――」

「子供のころから、和輝が欲しがっているカードです。私に勝てたら、上げるって約束でしたが」

「今まで一度も勝ててない、と」

「……そーだよ」

 

 ふてくされるようにそっぽを向く和輝。クリノは苦笑を強めた。

 

「さて、デュエルを続けましょう。キングレムリンを攻撃表示に変更。そして、キングレムリンに憤怒の仮面を装備します」

 

 キングレムリンの顔面に貼り付けるように装着されたのは、憤怒の形相を浮かべる真っ赤な仮面。仮面を装着した途端、悪魔の全身から赤いオーラが立上った。

 

「憤怒の仮面の発動にチェーン! スターダストの効果を発動! 俺の場の永遠の魂に耐性を付与します!」

「? このタイミングで? どうせならバトルフェイズに入って、相手の攻撃に対して行えばいいのに」

 

 ロキの疑問はもっともだ。が、勿論、和輝にはそうする理由があった。

 

「シャイニングは、ORUを一つ取り除き、バトルフェイズ中に相手が発動したモンスター効果を無効化できる。さらにこっちに800のダメージを与えてくるってわけだ」

「あー、なるほど。それで先にスターダストの効果を発動したわけだね」

「さらに捕捉するならば、和輝の場に伏せられているのは永遠の魂を守るカードではないのでしょう。今、彼が最も困るのは永遠の魂を破壊され、自分の軍勢を壊滅させられること。だからこそ、スターダストの効果で真っ先に守らなければならなかった」

 

 ロキの納得を、クリノが補足し、固めていく。和輝は苦い表情。それはつまり、クリノの言ったことが図星だということだ。

 

「行きますよ、和輝。まずはシャイニングでスターダストを攻撃!」

 

 一撃目。仮面道化が放ったリングがひとりでに分割。宙を舞い、恐るべき切断力を発揮し、スターダストの翼や胴体、首を切り裂いた。

 

「く……!」

「次です。キングレムリンでハイパー・ライブラリアンを攻撃! そしてダメージステップに、憤怒の仮面の効果を発動! 装備モンスターが攻撃する時、相手モンスターの攻撃力を装備モンスターに加えます!」

 

 キングレムリンに装備された仮面から、さらに莫大量の赤いオーラが放出される。同時に、キングレムリン自体も一回り巨大化した。

 

「オネストみたいな効果か! けど、守備表示なら――――」

「ダメージはないと思っているのなら、甘い考えですよ。憤怒の仮面を装備したモンスターは、貫通能力を得ます!」

「!?」

 

 息を呑む和輝。キングレムリンの攻撃力は2300、攻撃対象のハイパー・ライブラリアンの攻撃力は2400。合算されてキングレムリンの攻撃力は4700、さらに貫通ダメージがあるならば――――

 

「2900のダメージを受けなさい、和輝」

 

 キングレムリンの剛腕が、ハイパー・ライブラリアンを粉砕する。和輝のライフが一気に削られた。

 だが――――

 

「この瞬間、リバースカードオープン! ダメージ・コンデンサー! 手札を一枚捨て、デッキからガガガマジシャンを特殊召喚! さらに今捨てた代償の宝札の効果により、カードを二枚ドロー!」

 

 ダメージは受けた。だが転んでもただでは起きない。反撃のための手段は用意しておく和輝。しかも、代償の宝札によって手札の補充も完了だ。

 

「ほう、やりますね。バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に入り、エクシーズ・ギフトを発動。シャイニングのORUを二つ取り除き、二枚ドロー。カードを一枚セットして、エンドフェイズ、憤怒の仮面は自身の効果によって破壊されます」

「なら俺も、先生のエンドフェイズに永遠の魂の効果を発動し、デッキから千本ナイフ(サウザンドナイフ)を手札に加えます」

 

 幸い、ブラック・マジシャンは無事だ。ならば次のターン、せめてシャイニングは破壊しよう。和輝はそう考えていた。勿論、その考えは見透かされているだろうけれど。

 

 

暗黒のドルイド・ドリュース 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1800 DEF0

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地から「暗躍のドルイド・ドリュース」以外の攻撃力または守備力が0の闇属性・レベル4モンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。「暗躍のドルイド・ドリュース」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

カゲトカゲ 闇属性 ☆4 爬虫類族:効果

ATK1100 DEF1500

このカードは通常召喚できない。自分がレベル4モンスターの召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。

 

No.104 仮面魔踏士シャイニング 光属性 ランク4 魔法使い族:エクシーズ

ATK2700 DEF1200

レベル4モンスター×3

バトルフェイズ中に相手の効果モンスターの効果が発動した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。その発動を無効にし、相手ライフに800ポイントダメージを与える。また、1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。相手のデッキの一番上のカードを墓地へ送る。

 

憤怒の仮面:装備魔法

闇属性モンスターにのみ装備可能。(1):装備モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに発動できる。装備モンスターの攻撃力はターン終了時まで、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。(2):装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。(3):装備モンスターが攻撃したターン終了時、このカードを破壊する。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

ガガガマジシャン 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF1000

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に1から8までの任意のレベルを宣言して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードのレベルは宣言したレベルになる。「ガガガマジシャン」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。このカードはシンクロ素材にできない。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

エクシーズ・ギフト:通常魔法

自分フィールド上にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合に発動できる。自分フィールド上のエクシーズ素材を2つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

和輝LP8000→5100手札4枚(うち1枚は千本ナイフ)

クリノLP8000手札3枚(うち2枚はカゲトカゲ、仮面魔獣デス・ガーディウス)

 

 

「俺のターン!」

 

 ライフは削られた。フィールドは蹂躙された。しかし、反撃の手段は残せた。なら攻めろ。決して臆するな。臆すればその瞬間、負けるぞ。

 

「まずは永遠の魂の効果で、ブラック・マジシャンを蘇生させます。そして千本ナイフを発動! これでシャイニングを破壊します!」

 

 和輝のカードがデュエルディスクにセットされた瞬間、彼のフィールドに佇むブラック・マジシャンの背後の空間が歪み、そこから切っ先をクリノのシャイニングに突き付けた無数のナイフが現れる。

 一瞬の間。ブラック・マジシャンが指先でシャイニングを指示した瞬間、空中のナイフが一斉に射出され、シャイニングに着弾。次々に突き刺さり、破壊した。

 

「これで、厄介なモンスターは撃破した。攻撃力でも和輝のブラック・マジシャンはドクター・クリノのキングレムリンを上回っている。今が攻め時だね」

「そうだ! 俺はガガガマジシャンの効果を発動し、自身のレベルを7に変更。そして、レベル7となったガガガマジシャンとブラック・マジシャンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 今度は和輝の手によるエクシーズ召喚。彼の頭上に銀河の渦を連想させる空間が展開され、その中に紫の光となった二体のマジシャンが飛び込む。

 虹色の爆発。そして、新たなモンスターが誕生する。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 現れたのは、ブラック・マジシャンに酷似した外見のモンスター。違う点はローブの色が若干淡く、蒼に近くなり、肌の色が褐色になったこと。そしてローブの上から、金に縁どられた藍色の魔導鎧を着込んだことか。

 

「幻想の黒魔導師効果発動! ORUを一つ取り除き、デッキから二体目のブラック・マジシャンを特殊召喚します!」

「待ちなさい和輝。それは不許可です。手札のエフェクト・ヴェーラーの効果を発動。幻想の黒魔導師の効果を無効にします」

「うわっち」

 

 今にもブラック・マジシャンを召喚するための魔法陣を生成しようとしていた幻想の黒魔導師だったが、魔法陣が唐突に砕け散った。

 だけではなく、幻想の黒魔導師のカードから色が失われた。ソリットビジョンなので実際にカードの絵柄が変化したわけではない。ただ、効果が無効になったことを示すエフェクトだ。

 和輝は歯噛みした。止められた。これで和輝は無駄にORUを消費した。そう見えた。

 だがそうではなかった。和輝は、ちゃんと止められた後のことも考えていた。

 

「ならこっちだ! 永遠の魂の効果で、墓地のブラック・マジシャンを復活させます!」

 

 再び舞い戻る黒衣の魔術師。クリノはほうと口の端を笑みに変えた。

 

「すでに幻想の黒魔導師の効果発動時にコストとして墓地に送っていましたか。効果を止められても、最低限一体はブラック・マジシャンを呼び出せるようにと」

「はい。俺は追加で、クルセイダー・オブ・エンディミオンを召喚し、バトルです。ブラック・マジシャンでキングレムリンに攻撃!」

 

 三体のモンスターによる総攻撃を受ければ、クリノのライフにもかなりのダメージを与えられるだろう。だがクリノは動じず、落ち着いた仕草でデュエルディスクのボタンを押し、トラップカードを発動した。

 

「和睦の使者。残念ですが、和輝。そんな単純な攻撃では私にダメージは与えられませんよ」

 

 翻ったのは、2ターン目にクリノが伏せたカード。瞬間、その効果が発揮される。

 ブラック・マジシャンが放った黒い稲妻の群が、音もなく、まるで攻撃自体が幻であったかのように消滅した。

 

「これでも駄目かよ……。ターンエンドです」

 

 

千本ナイフ:通常魔法

(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊する。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

エフェクト・ヴェーラー 光属性 ☆1 魔法使い族:チューナー

ATK0 DEF0

(1):相手メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン 光属性 ☆4 魔法使い族:デュアル

ATK1900 DEF1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、フィールド上の魔力カウンターを置く事ができるカード1枚を選択し、そのカードに魔力カウンターを1つ置く事ができる。この効果で魔力カウンターを置いたターンのエンドフェイズ時まで、このカードの攻撃力は600ポイントアップする。

 

和睦の使者:通常罠

このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 

幻想の黒魔導師ORU×1

 

 

「私のターン、ドローしますよ」

 

 今現在、クリノの手札はドローカードを除けば二枚。それも内容はカゲトカゲ、そしてデス・ガーディウスと判明している。

 いくらクリノでも、現状、この二枚は単体では使えないカードだ。ドローカード一枚ならば、この状況は覆されないはず。

 和輝はそう思っていた。甘い考え、だった。

 

「手札から魔法カード、壺の中の魔術書を発動しましょう。和輝、君もカードを三枚ドローしなさい」

「はぁ!?」

 

 この局面でのドローブースト。トッププロが当然のように有しているドローの力に、和輝は思わず上ずった声を上げてしまった。

 

「デュエルキングもそうだったけれど、トッププロってのは不利な状況を逆転に持って行くカードを、さも当然のようにここぞというタイミングで引くね」

 

 それこそトッププロが持っている物、というべきか。

 それは当然、デュエルキング、六道天(りくどうたかし)も持っていた力。それはすなわち、和輝がこれから、乗り越えなければならない力だ。

 

「さて、この手札ならば、行けますね。まずは伏せていたエンペラー・オーダーを発動します。

 召喚僧サモンプリーストを召喚。召喚成功時、効果が発動し、守備表示に変更されますが、ここでチェーン、エンペラー・オーダーの効果を発動しましょう」

「ぐ……!」

 

 自身も壺の中の魔術書の効果によってドローできた和輝だが、クリノがさらにドローするつもりであること、すなわち、()()()()()()()()()()()ことを悟り、息を呑んだ。

 

「その表情から察するに、チェーンは挟めないようですね? では続けましょう。エンペラー・オーダーの効果でサモンプリーストの効果を無効化し、一枚ドロー。さらにそれにチェーンして、手札のカゲトカゲの効果を発動。これに対してもエンペラー・オーダーで無効化し、一枚ドローします。このカゲトカゲの効果も、モンスターの召喚時に発動できるモンスターカードですので、問題なく、エンペラー・オーダーで無効化できます。そしてさらにチェーン、サモン・チェーンを発動。これで私は、後二回、通常召喚を行えます」

 

 増えた召喚権。それは同時に、カゲトカゲとエンペラー・オーダーのコンボでクリノの手札が増え続けることを意味していた。

 

「レスキューラビットを召喚。召喚に対してカゲトカゲの効果を発動。その効果発動にチェーンして、エンペラー・オーダーの効果を発動。一枚ドロー。そして、レスキューラビットの効果を発動。自身を除外し、デッキから仮面呪術師カースド・ギュラを二体、特殊召喚します」

 

 首からお守りを下げた兎は出てきた次の瞬間には、周囲の景色に溶け込むように消えた。

 代わりに現れたのは、まさに南米奥地の呪術師あたりが使いそうな、奇怪な仮面をつけ、やはり奇怪な人面を繋げて作った首飾りを首から下げた奇怪なモンスター。ステータス的には見るべきもののないモンスターだが、このカードはあるモンスターの特殊召喚条件につながっている。そしてそのモンスターは、既にクリノの手札に舞い込んでいた。

 

「二体のカースド・ギュラをリリースし、来なさい、仮面魔獣 デス・ガーディウス!」

 

 二体の呪術師が存在自体が幻だったかのように消えうせる。代わりに現れたのは、禍々しくも巨大な影。

 まるで骨と筋肉が逆転したかの様なフォルム、身体の両肩に当たる部分にはめられた嘆き、悲しみ、そして苦しむような表情の仮面、胸部に(はりつけ)にされ、拷問具を装着させられた女性の上半身。そして顔面にもまた、無表情の仮面。

 攻撃力は3300、一気に大型モンスターを投入してきた。

 

「く……!」

「まだですよ、和輝。悪夢再びを発動。墓地のアンブラル・グールとアンフォームを回収し、アンブラル・グールを召喚。当然、カゲトカゲの効果を発動、そしてエンペラー・オーダーで無効化します。

 アンブラル・グール、効果発動。自身の攻撃力を0にし、手札からアンブラル・アンフォームを特殊召喚します」

 

 これで再び、クリノのフィールドにはレベル4のモンスターが二体、揃った。

 

「また、ランク4エクシーズ召喚かな?」

「半分正解です、ロキ君」と、クリノは笑顔で答え、次の瞬間には笑顔が消えた。

「エクシーズ召喚を行う点は正解。ですが、ランク4というのは不正解です。私は手札から、タンホイザーゲートを発動。ともに攻撃力0となったアンブラル・グール、アンブラル・アンフォームのレベルを両者を合わせた数値、即ち8に変更します。

 そしてレベル8となったアンブラル・グールとアンフォームでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 走るエクシーズエフェクト。紫の光となって宙を飛ぶ二体のアンブラル。そして虹色の爆発。

 

「深層心理の海より浮上せしは、恋慕に身を焦がした不義の騎士。裏切りの刃を振るい、同朋の血に塗れ進むがいい、愛の道を! No.23 冥界の霊騎士ランスロット!」

 

 粉塵を切り裂いて、現れるモンスター。

 銀色の甲冑姿は腰のフォルムが異常に細い。それも当然、ランスロットの上半身と下半身をつなげるのは人間で言うならば背骨に当たるパーツのみ。首には長い紫のマフラーを、そして手には細身のレイピアを一振り。その姿は生身の騎士というよりは、中身のない動く甲冑。まさに亡霊騎士だ。

 

「まだ行きますよ。手札のダーク・バーストを捨て、サモンプリーストの効果発動。デッキから仮面魔道士を特殊召喚します」

「まだ来ますか!」

「当然。私もカードがかかっていますので、手加減なんてしませんし、そんなことをすれば君だって怒るでしょう? 全力ですよ。私はサモンプリーストと仮面魔道士でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 深層心理の海より浮上せしは、金剛の身体持つ堅牢なる刃! 汝、盾に、矛に変化し、矛盾を体現せよ! No.52 ダイヤモンド・クラブ・キング!」

 

 現れる新たなナンバーズ。その名の通り、金剛石(ダイヤモンド)でできた甲羅を持った巨大な蟹。素のステータスは攻撃力0、守備力3000と超守備的だが、クリノは攻撃表示で召喚した。

 

「ダイヤモンド・クラブ・キング、効果を発動します。ORUを一つ取り除き、このカードの攻守を逆転させます」

「攻撃力3000か! ランク4で出すモンスターの中じゃ、破格だね」

 

 和輝は無言。クリノの軍勢を前に、言葉もないのだ。

 

「では、バトルです。まずは冥界の霊騎士ランスロットでダイレクトアタックです」

 

 ついに下る攻撃命令。一撃目、冥界の霊騎士ランスロットが身をかがめた一瞬後、その姿が消失した。

 それが、和輝のモンスターたちという物理的な壁を()()()と抜けた結果だと気付いた時には、霊騎士は和輝の眼前で剣を構えていた。

 

「な!?」

 

 驚愕は強制終了させられる。ランスロットが放った刺突の一撃。レイピアの切っ先が和輝の左胸、心臓部に突き立てられた。

 ソリットビジョンでなければ致命傷となった一撃。和輝は思わず後退し、反射的に刺された箇所を抑えた。

 

「まだです。キングレムリンでクルセイダー・オブ・エンデュミオンを、ダイヤモンド・クラブ・キングでブラック・マジシャンを攻撃します」

 

 クリノの攻撃は止まらない。追撃が躊躇なく下される。

 キングレムリンの爪がクルセイダー・オブ・エンデュミオンを引き裂き、ダイヤモンド・クラブ・キングの鋏がブラック・マジシャンを両断した。

 

「くっそ!」

「気を抜くのは速いですよ。デス・ガーディウスでダイレクトアタックです」

「気なんか、抜いてませんよ! 永遠の魂の効果発動! ブラック・マジシャンを守備表示で復活!」

「壁にしかなりませんよ。デス・ガーディウスでブラック・マジシャンを攻撃します」

 

 石板の力によって再び顕現する黒衣の魔術師。だがその次の瞬間には仮面魔獣(デス・ガーディウス)が振り下ろした剛腕を受けて粉砕されてしまった。

 

「……守備表示だったので、ダメージはありませんよ、先生」

「それが残念なことでした。バトルフェイズを終了。ダイヤモンド・クラブ・キングは自身の効果で守備表示に変更されます。カードを一枚セットし、ターンエンドです。そしてこの瞬間、ダイヤモンド・クラブ・キングのステータスは元の数値に戻ります」

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

エンペラー・オーダー:永続罠

(1):モンスターが召喚に成功した時に発動するモンスターの効果が発動した時、この効果を発動できる。その発動を無効にする。その後、発動を無効にされたプレイヤーはデッキから1枚ドローする。

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

ATK300 DEF100

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。①:フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

仮面呪術師カースド・ギュラ 闇属性 ☆4 悪魔族:通常モンスター

ATK1500 DEF800

 

仮面魔獣デス・ガーディウス 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK3300 DEF2500

このカードは通常召喚できない。「仮面呪術師カースド・ギュラ」「メルキド四面獣」の内いずれかを含む自分フィールドのモンスター2体をリリースした場合に特殊召喚できる。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動する。デッキから「遺言の仮面」1枚を装備カード扱いとして対象のモンスターに装備する。

 

悪夢再び:通常魔法

(1):自分の墓地の守備力0の闇属性モンスター2体を対象として発動できる。その闇属性モンスターを手札に加える。

 

タンホイザーゲート:通常魔法

自分フィールド上の攻撃力1000以下で同じ種族のモンスター2体を選択して発動できる。選択した2体のモンスターは、その2体のレベルを合計したレベルになる。

 

No.23 冥界の霊騎士ランスロット 闇属性 ランク8 アンデット族:エクシーズ

ATK2000 DEF1500

レベル8モンスター×2

(1):X素材を持っているこのカードは直接攻撃できる。(2):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。(3):1ターンに1度、このカード以外のモンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動する。その発動を無効にする。

 

仮面魔道士 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK900 DEF1400

このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

No.52 ダイヤモンド・クラブ・キング 地属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK0 DEF3000

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。ターン終了時まで、このカードの守備力を0にし、攻撃力を3000にする。このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。また、エクシーズ素材の無いこのカードは、攻撃された場合ダメージステップ終了時に攻撃表示になる。「No.52 ダイヤモンド・クラブ・キング」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。

 

No.23 冥界の霊騎士ランスロットORU×2

No.52 ダイヤモンド・クラブ・キングORU×1

 

 

和輝LP5100→3100→2700→2200手札6枚

クリノLP8000手札2枚(うち1枚はカゲトカゲ)

 

 

 ロキは思う。さすがに、師匠というだけはある、と。

 六道のような圧倒的な、触れればそれだけで火傷してしまいそうな攻撃性があるわけではない。だがどれだけ息巻いても、一切の手応えを感じさせない、風や水のような、どうあっても触れられない隔絶とした印象を受ける。

 和輝は、この手の間をすり抜けていく風水(かぜみず)を、どのように攻略するつもりでいるのか。ロキは内心で期待する。己の契約者は、ここでなすすべなく終わるほど、味気なくはない、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話:師の背中

 和輝(かずき)とクリノの師弟対決を目の前に、ロキは思う。

 現状、和輝はクリノに圧倒されていると言っていい。これが、和輝とクリノ、ひいてはトッププロとの実力差だろう。

 だがそれはあくまでも現時点では、の話だ。

 ロキは信じている。例え今は及ばずとも、和輝はそこで膝を屈しはしないだろう、と。

 不屈の精神で立ち上がる。今だってきっと、ここままじゃ終わらない。必ず相手に、その秘めたる牙を届かせようとするだろう。

 そして、いつか必ず、その牙は届くはずだ。

 

 

和輝LP2200手札6枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続罠:永遠の魂

伏せ 1枚

 

クリノLP8000手札2枚(うち1枚はカゲトカゲ)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 キングレムリン(攻撃表示、ORU(オーバーレイユニット):)、No.(ナンバーズ)52 ダイヤモンド・クラブ・キング(守備表示、ORU:召喚僧サモンプリースト、)、仮面魔獣デス・ガーディウス(攻撃表示)、No.23 冥界の霊騎士ランスロット(攻撃表示、ORU:アンブラル・グール、アンブラル・アンフォーム)、永続罠:エンペラー・オーダー

伏せ 1枚

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

キングレムリン 闇属性 ランク4 爬虫類族:エクシーズ

ATK2300 DEF2000

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから爬虫類族モンスター1体を手札に加える。

 

No.52 ダイヤモンド・クラブ・キング 地属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK0 DEF3000

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。ターン終了時まで、このカードの守備力を0にし、攻撃力を3000にする。このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。また、エクシーズ素材の無いこのカードは、攻撃された場合ダメージステップ終了時に攻撃表示になる。「No.52 ダイヤモンド・クラブ・キング」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。

 

仮面魔獣デス・ガーディウス 闇属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK3300 DEF2500

このカードは通常召喚できない。「仮面呪術師カースド・ギュラ」「メルキド四面獣」の内いずれかを含む自分フィールドのモンスター2体をリリースした場合に特殊召喚できる。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動する。デッキから「遺言の仮面」1枚を装備カード扱いとして対象のモンスターに装備する。

 

No.23 冥界の霊騎士ランスロット 闇属性 ランク8 アンデット族:エクシーズ

ATK2000 DEF1500

レベル8モンスター×2

(1):X素材を持っているこのカードは直接攻撃できる。(2):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。(3):1ターンに1度、このカード以外のモンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動する。その発動を無効にする。

 

エンペラー・オーダー:永続罠

(1):モンスターが召喚に成功した時に発動するモンスターの効果が発動した時、この効果を発動できる。その発動を無効にする。その後、発動を無効にされたプレイヤーはデッキから1枚ドローする。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 戦況は和輝に圧倒的不利。幾度攻め立てても、クリノはのらりくらりと躱してしまうし、反撃の一撃は手ひどく和輝を痛めつけた。

 だが、いつものことだ。師であるクリノは容赦せず、常に全力でこちらを仕留めにかかってくる。

 そしてそれに抗うのだ。いつも、いつまでも。

 それに状況は不利だが絶望的でもない。先程のクリノのターンに発動された壺の中の魔術書のおかげで、和輝の手札は潤っている。

 戦力は十分にあるのだ。

 

「やってやるさ。俺は貪欲な壺を発動します!」

「――――冥界の霊騎士ランスロットの強制効果を発動します。ORUを一つ取り除き、貪欲な壺の発動を無効にします」

 

 ここまでは予想通りの展開だ、冥界の霊騎士ランスロットの無効化効果は強制効果なので、クリノにも手綱を握れない。そしてこの効果にはもう一つ弱点がある。それは――――

 

「なら、ランスロットの効果にチェーンして、禁じられた聖杯を発動! ランスロットの攻撃力を400上げる代わりに、効果を無効にします!」

「!? なるほど、やってくれましたね、和輝」

 

 冥界の霊騎士の頭上から、穢れた聖杯の中身が降り注ぐ。聖杯の中身を受けた騎士の身体から、その能力が失われた。禁じられた聖杯に対する自身の無効化効果も発動しない。

 

「冥界の霊騎士ランスロットは同一チェーンに自身の効果を二回以上使用できません。つまり――――」

「一度目の無効化効果にチェーンして発動したカード効果は、逆順処理で通る。けれど今回はさらに場合が異なる」

「あっ、そうか。逆順処理でまず禁じられた聖杯の効果が適用され、ランスロットの効果が無効化。その後ランスロットの効果が発動するけど、既に禁じられた聖杯で無効になっているから、効果は発動せず不発。結果として、和輝が最初に発動した貪欲な壺も妨害されずに通るわけか」

 

 パチンと指を鳴らすロキ。正解とばかりにクリノが微笑み、和輝は効果が通った貪欲な壺の効果で、墓地からクリバンデット、スターダスト、幻想の黒魔導師、ハイパー・ライブラリアン、マジック・ストライカーを戻して二枚ドローした。

 

「よし、この手札なら、先生の布陣を突破できる! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、太陽の神官を特殊召喚します。さらに俺の手札からモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、墓地のミスト・レディの効果を発動し、このカードを特殊召喚します」

 

 現れる、褐色の肌にどこかの民族衣装に杖を持った大柄な男と、全身が霧や水のような流体でできた女。ミスト・レディは一ターン目、和輝がクリバンデットの効果で墓地に送ったカードたちだ。和輝は最初の布石を、ここで一気に使うつもりだった。

 

「いきます! レベル5の太陽の神官に、レベル3のミスト・レディをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。三つの緑の輪となったミスト・レディと、その輪をくぐって五つの白い光星となった太陽の神官。そしてそれらの光星を貫く一筋の光の道。

 

「集いし八星(はっせい)が、最果に住まいし極光竜を紡ぎ出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚、光の彼方から現れろ、ライトエンド・ドラゴン!」

 

 光の帳の向こうから現れる新たなモンスター。

 純白の体躯、後光を思わせる金色の輪状の装飾パーツ、天使のような四枚羽根。その姿は西洋のドラゴンのように四肢ある物ではなく、東洋の龍のような、手足のない蛇状のもの。以前から和輝が使っているダークエンド・ドラゴンの対極にいるモンスターだ。

 

「ライトエンド・ドラゴンですか。確かにそのカードならば、私のデス・ガーディウスも破壊できるでしょう。ですが、それだけですか? だとすれば、突破の一手としては足りないですよ」

「分かっています。まだ俺の手は終わっていません。召喚僧サモンプリーストを召喚します。効果で守備表示に変更。効果を発動します。手札のワンダー・ワンドを捨て、デッキからライトロード・アサシン ライデンを特殊召喚します」

 

 再び揃ったチューナーと非チューナー。合計レベルは8。そして、サモンプリースト(非チューナー)モンスターの属性は闇。ならば来るのは――――

 

「なるほど、光と闇の竜を並び立てようというのですね」

「正解です。オレはレベル4、闇属性のサモンプリーストに、同じくレベル4のライデンをチューニング!

 集いし八星が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 ずんと、重々しい音が再び現れた光の帳を押し破る。

 現れたのは、和輝のデュエルに何度も登場している、二つの顔を持つ闇の竜。

 

「さらに! 永遠の魂の効果を発動し、墓地からブラック・マジシャンを復活させます!」

 

 これで和輝のフィールドにはダークエンド・ドラゴン、ライトエンド・ドラゴン、そしてブラック・マジシャンと、攻撃力2500級が三体揃った。

 

「行きます! まずはダークエンド・ドラゴンの効果を発動! 自身の攻守を500下げて、ダイヤモンド・クラブ・キングを墓地に送ります!」

 

 和輝の宣言が飛んだと同時、彼のフィールドのダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開き、そこから闇の奔流が放たれる。

 闇は地面を駆け、ダイヤモンド・クラブ・キングを捕えると同時に中へと沈めてしまった。

 

「なるほど。攻撃力の壁ならば突破できる、が、守備力となるとそうはいかない。だからこそ、君は守備力3000のダイヤモンド・クラブ・キングを先に除去したのですね」

 

 笑みを浮かべるクリノ。その表情は、和輝がどう出るのか、あらかた分かっているかのようだ。

 

「ここからバトルです! まずはブラック・マジシャンで冥界の霊騎士ランスロットを攻撃!」

 

 一撃目。黒衣の魔術師が裏切りの霊騎士に向かって緩やかに移動、手にした杖の先端を突き付け、黒い雷を幾重もの束にして打ち出した。

 雷の群を全身に受け、身体から煙を吹かせて(くずお)れていく霊騎士。その末路を見もせずに、和輝はさらに声を上げた。

 

「次! ダーク・エンド・ドラゴンでキングレムリンに攻撃! ダメージステップに墓地のスキル・サクセサーの効果を発動! ダーク・エンド・ドラゴンの攻撃力を800アップさせます!」

 

 これまた一ターン目、クリバンデットの効果によって墓地に落ちたトラップカード。最初の布石を一気に使う。和輝が決めた方針に迷いはなく、躊躇いもない。

 クリノの伏せカードは反応しない。よって、予定調和通りに破壊されるキングレムリン。その向こうから、和輝はさらに攻撃命令を下す。

 

「ライトエンド・ドラゴンでデス・ガーディウスに攻撃!」

 

 残った最後の一体。光のドラゴンが優雅に、そして雄々しく宙を泳ぐ。

 

「ダメージステップに、ライトエンド・ドラゴンの効果発動! 自身の攻守を500ダウンさせ、デス・ガーディウスの攻撃力を1500ダウンさせます!」 

 

 ライトエンド・ドラゴンの全身から白い光が放たれ、その光を浴びたデス・ガーディウスの身体から見る見るうちに力が失われていった。

 そして、光が物理的な攻撃力を備えた瞬間、デス・ガーディウスの体は砂のように罅割れ、粉々に崩れてしまった。

 

「デス・ガーディウスまでやられましたか。ですが、デス・ガーディウスの効果発動です。デッキから遺言の仮面を発動させます。対象は、ダークエンド・ドラゴン」

 

 クリノのデッキから一枚のカードが飛び出して、実体化する。それは、何とも禍々しい、表情と呼べるものさえ浮かべているのかわからない、歪な仮面。その仮面が和輝のダークエンド・ドラゴンの頭部に装着された瞬間、ダークエンド・ドラゴンは自身が所属する陣営を和輝からクリノに鞍替えしてしまった。

 

「コントロール奪取効果持ちの装備魔法、か。厄介なカードだけれど、これやばくない?」

 

 そう、和輝のフィールドにはもう攻撃可能なモンスターがいない。次のクリノのターン、彼はダークエンド・ドラゴンの効果を使って、ライトエンド・ドラゴンは除去できる。そして、手札次第では更なるモンスターも呼び出せるだろう。クリノのモンスターはランク4のエクシーズモンスターが主流なので、デッキのモンスターも必然、レベル4が主だが、冥界の霊騎士ランスロットの様にランク8も入っているならば、レベル8のモンスターがいても不思議ではない。

 妥協召喚などでリリースなしでも召喚できるレベル8が多くなってきている昨今、いきなりランク8が飛んでくる可能性もあるのだ。

 だが、和輝は不敵な表情を浮かべていた。

 

「俺は、先生とは何度もデュエルしているんだぜ? 遺言の仮面のことだってちゃんと考えてるさ。こんな風にな!

 手札を一枚捨て、手札から速攻魔法、超融合発動! 俺の場のブラック・マジシャンと、先生の場のダークエンド・ドラゴンを融合させる!」

 

 和輝とクリノ、二人のフィールドのちょうど中間地点で、空間の歪みが発生。その渦にブラック・マジシャンとダークエンド・ドラゴンが飛び込み、一つに混ざり合う。

 

「深淵の暗黒竜よ、黒衣の魔術師よ。今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 渦の中から現れる、新たなモンスター。体中に魔術文字が浮かび上がった、緑の体色のドラゴンと、その背に跨ったブラック・マジシャン。

 

「呪符竜の効果発動! 俺と先生の墓地の魔法カードを全て除外して、除外したカード×100ポイント、呪符竜の攻撃力をアップさせます。除外したのは全部で十四枚なので、1400アップで攻撃力は4300ですね。

 そして、まだ俺のバトルフェイズは終了していない。このまま呪符竜でダイレクトアタック!」

 

 がら空きのクリノのフィールド、千載一遇のチャンスに、和輝は踏み込んだ。

 呪符竜のドラゴンの口が大きく開かれ、そこから金色の息吹(ブレス)がクリノに向かって放たれた。

 だが和輝はこのターンで決めるつもりだった。ゆえに、もう一手、手を放った。

 

「この瞬間、俺の墓地のタスケルトンの効果発動! このカードを除外し、呪符竜の攻撃を無効にします!」

「タスケルトン……。そうか、超融合のコストで墓地に……!」

 

 クリノは思う。このタイミングで、わざわざ自分の攻撃を無効にする。その理由は何か。分かっている。手札か、あるいは、一ターン目からずっと沈黙を保っていた伏せカード、どちらかが本命だ。自分のライフを奪い去るための。

 

「タスケルトンによって呪符竜の攻撃が無効にされたこの瞬間、リバースカード、オープン! 速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス! 呪符竜の攻撃力を倍にして、もう一度攻撃します!」

 

 先ほどに倍する莫大な量の金色の奔流が、今度こそクリノを襲う。

 今、呪符竜の攻撃力は9800、この攻撃が通れば、たとえ初期値の8000あるライフを持つクリノといえども敗北する。

 

「素晴らしいですよ、和輝。成長しましたね」

 

 クリノは、弟子の成長を素直にほめたたえた。

 弟子は師を超えるもの。そして、乗り越えられるのは師として最大の喜び。そう、クリノは思っていた。だからこそ、和輝がここまでやったのは見事の一言に尽きた。

 クリノは思う。成長した和輝。自分は彼に敗北するだろう、と。

 だが――――()()()()()()()()

 

「リバーストラップ、発動! 体力増強剤スーパーZ! これで私は、ダメージを受ける前にライフを4000回復します」

「な!?」

 

 驚愕の声を上げる和輝。金色の奔流がクリノを飲み込んだ。

 

「くぅぅぅぅ! さ、さすがにソリットビジョンだとわかっていても、攻撃力9800のダイレクトアタックは堪えますね。ですが、私のライフは残りました。これ以上、追撃はありますか?」

 

 ない。今の全力だ。全ての布石も使いきった。

 

「……ターンエンドです」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

禁じられた聖杯:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時までそのモンスターは、攻撃力が400アップし、効果は無効化される。

 

太陽の神官 光属性 ☆5 魔法使い族:効果

ATK1000 DEF2000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから「赤蟻アスカトル」または「スーパイ」1体を手札に加える事ができる。

 

ミスト・レディ 水属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK1300 DEF1000

(1):自分の手札、またはデッキからモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動できる。墓地のこのカードを特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたこのカードがフィールドを離れた時、このカードをゲームから除外する。

 

ライトエンド・ドラゴン 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の光属性モンスター1体以上

このカードが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力・守備力はエンドフェイズ時まで1500ポイントダウンする。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

スキル・サクセサー:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。

 

遺言の仮面:通常魔法

(1):このカードをデッキに戻してシャッフルする。(2):このカードが「仮面魔獣デス・ガーディウス」の効果で装備されている場合、装備モンスターのコントロールを得る。

 

超融合:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。自分・相手フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法

モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。

 

体力増強剤スーパーZ:通常罠

(1):自分が2000以上の戦闘ダメージを受ける場合、そのダメージ計算時に発動できる。自分は4000LP回復する。

 

 

ライトエンド・ドラゴン攻撃力2600→2100守備力2100→1600

呪符竜攻撃力2900→4300

 

 

和輝LP2200手札2枚

クリノLP8000→7900→7300→7000→11000→2400手札2枚(うち1枚はカゲトカゲ)

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 終わった、と、ロキは思った。

 今のターンで、和輝は勝負を決めるべきだった。あれが最後の勝機だったのだ。ロキは今、完全に勝利の女神が和輝にそっぽを向いてしまったことを理解した。おそらく、和輝もそうだろう。

 

「まずは、エンペラー・オーダーを墓地に送り、マジック・プランター発動。カードを二枚ドローします。そして、二枚目のアンブラル・アンフォームを召喚、その召喚に対して、手札の二枚目のカゲトカゲの効果を発動。自身を特殊召喚します。

 アンブラル・アンフォームとカゲトカゲでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エクシーズ召喚。クリノの頭上に、渦巻く銀河のような空間が展開し、その中に、紫の光となって二体のモンスターが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「深層心理の海より浮上せしは、人を、世界を、神さえ笑う古の邪神! 汝心せよ。破滅は無貌の姿でやってくる! 這い寄れ、外神ナイアルラ!」

 

 虹色の爆発の向こうから現れたのは、異形にして異様な、形容しがたき存在だった。

 タコやイカに類するような軟体生物と思わしき、吸盤の付いたぬらぬらとした体表の身体に、いくつも見える人間のものに近い口。干からびた枯れ枝のような腕、和輝からしても直視したくなくなるモンスターだった。

 

「ナイアルラのエクシーズ召喚成功時の効果は発動しませんが、もう一つの効果は発動しましょう。このカードのORUを全て取り除き、墓地のNo.104 仮面魔踏士(マスカレード・マジシャン)シャイニングを、このカードのORUとします。この瞬間、このカードの属性、種族はユニットにしたモンスターと同じになります」

 

 ナイアルラの周囲を旋回していた光の玉が二つとも消失し、代わりに彼の墓地から飛び出したオーバーハンドレッドナンバーズが新たなORUとなる。その瞬間、異形だったナイアルラの身体が、まるで粘土のように変形し、変形が収まった時にはシャイニングの姿になっていた。

 

「ここで、シャイニングを再利用?」

「念のための処置ですよ。もう発動できるモンスター効果もなさそうですがね。魔法カード、RUM(ランクアップマジック)-リミテッド・バリアンズ・フォース発動! ナイアルラを、ランク5のCNo.(カオスナンバーズ)へとランクアップさせます!」

「ランクアップ! やばい!」

 

 和輝が血相を変えた。だがもう遅い。既に終幕への一手は始まっている。

 

「私は、場のモンスター一体でオーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・カオス・エクシーズチェンジ!」

 

 クリノの頭上に、紫の稲妻閃く暗雲のような空間が展開され、その空間に白い光となったシャイニングが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「深層心理の海より浮上せしは、光り輝く虚飾の舞台より滲み出し、濃く深い真実の影。光が強ければ、影もまた深くなる。光を呑む真実よ、姿を現し世界を嘲弄せよ! 現れろカオスオーバーハンドレッド! CNo.104 仮面魔踏士 アンブラル!」

 

 現れる新たなモンスター。前身のシャイニングから大きく逸脱した姿。のっぺりとしたマスクに悪魔を思わせるウィングパーツ。赤いコート姿と、煌びやかなシャイニングとはどもまでも対照的な、暗色の色彩。その手には身の丈ほどありそうな長さのステッキを持っていた。

 

「さぁ、アンブラルの効果発動です。和輝、君の場にいる永遠の魂を破壊します」

「ッ!」

 

 アンブラルには特殊召喚成功時に、相手の魔法・罠カードを一枚破壊する効果がある。そしてそれが今放たれた。

 アンブラルの翼から蠢いている触手が、一斉に鞭のようにしなり、和輝の永遠の魂に向かって殺到。槍のような鋭さで永遠の魂のカードを貫いた。

 

「く! 永遠の魂の効果により、俺の場のモンスターを全て破壊します。けど、呪符竜の効果で、墓地からブラック・マジシャンを守備表示で復活させます」

 

 これが和輝の最後の守りだ。これが突破されれば、あとは無防備なライフをさらすしかない。

 もしもクリノの手札に、盾を突破した後、和輝を刺し貫く槍があれば――――

 

「いや、あれば、じゃない。あるね」

 

 ロキの断言。和輝も、それは承知していた。何しろ、そういう()()だ。

 

「これで終わりです。私は、墓地のエフェクト・ヴェーラーとカゲトカゲを除外して、カオス・ソルジャー―開闢の使者-を特殊召喚します」

 

 現れたのは、デュエルモンスターズ最初期に登場し、大きな人気を誇った伝説の戦士、カオス・ソルジャー、そのリメイクカード。

 手軽な召喚条件、二つの強力な効果で、古参プレイヤーの心強い味方にも、強大な敵にもなったモンスターだ。それも今では入手困難な幻のレアカードとなっている。

 

「終わらせましょう。開闢の使者の効果でブラック・マジシャンを除外し、アンブラルでダイレクトアタックです」

 

 カオス・ソルジャーが手にした剣を横一文字にふるうと、その軌跡に沿って空間に切れ目が入り、異空間が覗く空間の切れ目が、凄まじい吸引力を発揮、ブラック・マジシャンを捕え、その次元の狭間に吸い込んでしまった。

 追撃にして終わりの一撃が来る。アンブラルが手にしたステッキを槍のように旋回させ、翼の触手も交えて和輝を襲う。

 和輝は動かない。黙して結果を受け入れる。

 触手が和輝を貫き、ステッキが叩きつけられた。

 

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

アンブラル・アンフォーム 闇属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

このカードの攻撃によってこのカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキから「アンブラル」と名のついたモンスター2体を特殊召喚できる。「アンブラル・アンフォーム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

カゲトカゲ 闇属性 ☆4 爬虫類族:効果

ATK1100 DEF1500

このカードは通常召喚できない。自分がレベル4モンスターの召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。

 

外神ナイアルラ 地属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK0 DEF2600

レベル4モンスター×2

(1):このカードがX召喚に成功した時、手札を任意の枚数捨てて発動できる。このカードのランクは、捨てた枚数分だけ上がる。(2):1ターンに1度、このカードがX素材を持っている場合に自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。このカードのX素材を全て取り除き、対象のモンスターをこのカードの下に重ねてX素材とする。このカードの種族・属性は、この効果でX素材としたモンスターの元々の種族・属性と同じになる。

 

RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク4のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

CNo.104 仮面魔踏士アンブラル 闇属性 ランク5 魔法使い族:エクシーズ

ATK3000 DEF1500

レベル5モンスター×4

このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊できる。また、このカードが「No.104 仮面魔踏士シャイニング」をエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、相手フィールド上で効果モンスターの効果が発動した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。その発動を無効にする。その後、相手の手札をランダムに1枚墓地へ送り、相手ライフを半分にする事ができる。

 

カオス・ソルジャー―開闢の使者- 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合に特殊召喚できる。このカードの(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。(2):このカードの攻撃で相手モンスターを破壊した時に発動できる。このカードはもう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 

和輝LP0

 

 

「まぁ、和輝。よくわかったと思いますが、君は私に一ターンしかダメージを与えられませんでした」

 

 デュエルが終了し、再びクリノの家の中に戻った二人と一柱は、改めて淹れてもらった紅茶を飲みながら、先程のデュエルの反省会を行っていた。

 

「一度しかチャンスがなく、それも躱されてしまう。これが、今の君と、トッププロとの力の差です」

 

 和輝は何も言えない。自分でも思っていたからだ。

 

「俺は、どうすれば勝てますかね、そういう連中に」

 

 神々の戦争にはトッププロや、そのレベルの猛者も参加しているだろう。そして、頂点(デュエルキング)も。

 

「先ず君は、捨て身の姿勢を捨てることが重要かもしれませんね」

「捨て身の姿勢?」

「攻め気が強すぎる、と言いましょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、和輝はぐさりと何か心の奥の、脆くて柔らかい部分をナイフで刺されたような気がした。

 守りに入ることを恐れている。そうなのだろうか? 自覚したことはないが――――

 

「守ってばかりじゃ、勝てません」

「けれど攻めてばかりでも、勝てませんよ。今回のようにうまく躱されて、カウンターで痛い目を見ます」

 

 確かに、思い当たることはある。昨日やった咲夜(さくや)とのデュエルも、止めを刺せると全力を注ぎこんだ攻撃を躱され、返しのターンで負けた。

 

「攻め続けることが、勝利を呼び込むことも確かにあります。けれど守りを完全に捨てては斬り捨てられてしまう。格上相手は特にそうです。それに――――」

 

 じっと、クリノは和輝の目を見据えた。

 クリノの目。穏やかで、優しくて、けれど底の底まで見透かしてしまいそうな、深くて、けれど透明な目。

 和輝は戸惑った。攻め気が強いのは元来の性質だし、今更そう簡単に変えられるとも思えないのだが……。

 

「まぁ、あまり考えなくていいですよ。守りに入り続けて、そのままジリ貧になって負ける、ということもありますしね。君はそうなることを恐れているかもしれませんし。

 君は一度落ち着いて、今が全力の出しどころか、それとも余力を残しておくべきか。デュエル中でも冷静に考えてみることですね。テンションに身を任せて勝てるのは、せいぜいCランク上位からBランク下位くらいですよ」

 

 ぐぅの音も出ない和輝。ここ最近の連敗で、特にそう思った。

 クリノは黙り込んでしまった和輝を見て、苦笑を見せる。席を立って、奥に去っていった。

 

「ここ最近の連敗、か。けれど和輝。トップの強さを知るっていうのは重要だよ。壁の高さを知らなきゃ、足掻くこともできやしない」

「分かってるさ」

 

 実際問題、ここからどうするべきか。デッキの強化は急務だと思うが、さて、どのような方向でいくか。

 思ったのは、昨日の咲夜とのデュエル。彼女が出した新カード、即ち、ペンデュラムモンスター。

 確かに、ペンデュラム召喚を使えば、神召喚のための生贄を揃えることも難易度が格段に下がる。それに、元々和輝が多用する融合、シンクロ、エクシーズ召喚もやりやすくなる。

 

「だがなー」

 

 問題としては、ペンデュラムカードは多くがカテゴリー内のカードである、という点だ。

 六道天(りくどうたかし)が使っていたDDなどがそうだ。全てではないが、スケールの高い、よりレベルの高いモンスターをペンデュラム召喚できるカードは必ず、同じカテゴリーのモンスターしかペンデュラム召喚できない縛りがある。

 そうなれば、和輝は己のデッキを完全に切り替えなければならなくなってしまう。

 できればそれはしたくない。ブラック・マジシャンには、思い入れがあるのだ。

 

「君の考えていること、何となくわかりますよ、和輝」

「え!?」

 

 びくりと和輝の身体が椅子から二ミリは浮いた。それほど驚いたのだ。それほど、自分の考えに没頭していたともいえる。

 奥から出てきたクリノが、笑顔でやってきた。その手にはカードファイルが一冊。

 

「和輝、君にこのファイルのカードを上げましょう」

「え?」

 

 言って、クリノがファイルを和輝に差し出した。開いてみると、そこには――――

 

「これ、ペンデュラムモンスター!? それだけじゃない、ブラック・マジシャンの強化サポートカード……」

 

 和輝は渡されたカードに魅入られた。これらのカードを、自分のデッキにうまく組み込み、嚙合わせることができれば、和輝の戦力は飛躍的に上昇するだろう。

 

「いいんですか?」

「もともと次に君とあった時、差し上げようと思っていたカード達です。私のデッキよりも君のデッキのほうが、うまく使えるでしょう。今日は泊りでしょう? 一晩考えて、改良してみてください、君のデッキを、新たな姿に」

 

 にこりと微笑して階段を上っていくクリノに、和輝は「ありがとうございます!」と深く、深く頭を下げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話:死眼神-バロールー

 死が迫ってくる。最初に抱いたのはそういう感想だった。

 

「――――――! ――――――! ――――――――――――!!」

 

 言葉が声にならない。絶叫に邪魔をされて、何も口にできない。

 眼前に広がっている死、死、死―――――。

 皆死んでしまった。メイドも執事も、庭師も護衛者も分け隔てなく。あの目で一睨みされただけで!

 

「あ……あぁ……」

 

 ようやく声が出た。が、今度もまた言葉にはならなかった。

 別荘はすでに死で覆われた。夥しい数の死がこの屋敷を覆ってしまった。

 逃げなければならない。逃げなければ。ああしかし、お父様は無事だろうか? 幼いころから一緒だった、世話係のファティマは? はぐれてしまった。探さなければ。そして、一緒に逃げなければ。

 

「違う。それは違う。父を、友を探すのはいい。だが逃げてはならない。戦わなければ。あの邪悪を打ち倒さなければならない!」

 

 無理。無理無理無理! そんなことできるわけない! だって自分はただのちょっと変わっただけの人間で、あんな怪物を相手になんかできない!

 

「違う。君は力を持っている。あの邪悪を打ち滅ぼせる力を!」

 

 無理! だって力を持っているのは自分じゃない。望まぬうちに契約を結んだ、さっきから()()()()()()()この神なのだ。自分はただ翻弄されるだけでしかない。

 

「エーデルワイス……!」

 

 忸怩たる思いが滲み出る口調で、神が自分の名を口にした。

 後悔、そして謝罪の念がこもっているのが、声音から分かった。

 

「わたし、は……、私はぁ……!」

 

 戦うのが嫌だった。戦いたくなんてなかった。故郷のアイルランドで、人里から離れたあの森の中で、動物と草木に囲まれて、お父様の仕事を継げればそれでよかった。ファティマと一緒に、あの領地を守れればそれでよかったのに。

 何もかもめちゃくちゃになった。この身に神の血が流れていたばかりに。その血を憎む邪神に目をつけられたばっかりに!

 

「すまない、エーデルワイス。だが、私が契約するしないに関わらず、奴は必ず君の命を狙うだろう」

 

 神の言葉に何か反論しようとした時、()()()がやってきた。

 

「どぉぉぉこに行こうっていうんだぁ? エェェェェデルワァァァァイス! エーデルワイス・ルー・コナァァァァァァ!」

 

 ことさらこちらに恐怖を与えようというのか、その男の声は地の底から響くように深くて恐ろしく、這い上がる蟲の大群のようにおぞましい。

 死に満ちた闇の奥から現れたのは、一人の男。

 年齢は四十代の半ば。豊かな波打つ黒髪、豊かな黒髭、中世の貴族を思わせる黒に金の縁取り、銀の刺繍がなされた狩猟服姿。そして血のように禍々しく、妖しく輝く赤い瞳。

 

「叔父……さん……」

 

 震える自分の声を聴きつけたのか、そいつがにやりと笑った。

 

「そぉだよエェェェェデルワァァァァイス。貴様の叔父だ。それが()()()だぁ。こいつが言っているぞ? 叔父の願いだ。お前の死を、私にくれないのかぁ?」

「ひ―――――!」

「バロール!」

 

 怒りを滲ませた声で、傍らの神が前に出る。

 

「ルー。貴様も哀れだなぁ。せっかく己の血を分け与えた人間の一族を育てていたというのに、貴様と最も波長が合った血族が、よりにもよってそのような非戦主義者だとは」

 

 邪神、バロールの声音が変化する。ただただ自分(エーデルワイス)を怯えさせるための、ねっとりとした口調ではなく、本来の口調に。

 

「だが報いだ。かつて、我が血を引きながら、母に唆されるがまま、この命を奪ったな!」

 

 ざわりと、バロールの背後の空間が歪む。

 まるで瞼のような形をした亀裂が空間に走る。否、それは空間の亀裂ではなく、真実、瞼だった。

 無数の闇がバロールの背後に集まる。亀裂を中心に闇が(わだかま)った。

 

「見るな!」

 

 ルーが自分の目線を遮るように前に出た。次の瞬間、何が起こったのかわからない。分かったのは、ルーの苦痛に満ちた声。そして、

 

「エーデル様!」

 

 ずっと隠れて機を窺っていたのか、背後の扉から飛び出してきた何者かが、自分の腰を掴んで引き上げたこと。いつの間にか、腰を抜かしていたらしい。

 

「ファティマ! エーデルワイスを連れていけ!」

「御意!」

 

 苦痛にこらえるルーの命令が、自分の腰に手を回しているのがファティマだと伝えた。

 

「エーデル様、失礼!」

「ファティマ。お父様は? お父様を探さないと!」

 

 とっさに口から出た質問だったが、ファティマは歯を食い縛るような表情を浮かべただけで答えてくれない。

 だが、ああ、それだけでわかってしまった。お父様がどうなったのかが。

 

「逃げるかルーよ! だが無駄だぞ。この屋敷から出られても、この森からは出られない! 我が配下が貴様らを屠るだろう! それがこの、この身体の願いでもあるのだよ、エーデルワイス!」

 

 バロールの哄笑が響き渡る。その背後に、見た。闇から覗く、赤い、紅い、血色をした、死を齎す魔眼を!

 そのあまりの恐ろしさ、おぞましさに、気が遠くなった。

 

「エーデル様! お気を確かに!」

 

 自分を励ますファティマの声。ああ、やっぱり彼女は強いな、どうして私が、(ルー)に選ばれたんだろうと、そんなことを最後に思った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 クリノの許に泊まった翌朝、目覚めてから、和輝(かずき)は何とも言えない胸騒ぎを感じていた。

 身支度を整えた鼻孔を刺激する朝食の香り。

 香りに誘われて、昨日、師であるクリノとお茶を飲んだ居間まで来てみれば、クリノが朝食を用意していた。

 だが、その表情もまた、どこか固い。見れば、既に同席していたロキも、周囲に忙しなく気を配っているようであった。

 

「おはようございます、先生」

「おはよう、和輝。どうやら昨夜は夜更かしをしたようですね。もう九時近いですよ」

 

 言われて気付いたが、テーブルの上に用意された朝食は一人分だ。どうやらクリノとロキはもう、食事を済ませていたらしい。

 

「すみません、先生」

 

 謝罪して席につく。焼きたてのトーストにかぶりつく。うん、うまい。

 

「ところで、先生、ロキも。なんだか妙な感じなんですが」

 

 この胸騒ぎは言葉にし難い。普通は伝わらないだろうが、幸いというべきか、目の前にいる一人と一柱は普通ではない。

 

「ええ。森がざわついています。これはおかしい。少なくとも、昨日、私が就寝するまではこんなことはありませんでした」

「森全体を邪気が覆っているよ。ふん、面白くない事態だ。和輝、どうやら、君が眠りこけている間に、ちょっと厄介な神が出現したようだ」

 

 神の出現。その言葉に、和輝の表情が引き締まる。

 

「……神々の戦争の参加者が、ここに?」

「ほう、君が昨日言っていた、君たちの戦いのことですね、和輝」

 

 穏やかな口調はそのままに、クリノの視線もまた、鋭くなった。

 

「神が何のために? まさか先生を―――――」

「いやぁ、ミスター・マクベスと契約を結ぼうとしてきた、とかじゃなさそうだね。確かに、彼は神の力を引いているみたいだけれど、それだけで契約をしに来るかは別だ。神の力を受け継いでいても、神と波長が合うとは限らない」

 

 だが、こんな不安を煽るような気配を――ロキ風に言うならば、邪気を――放つ神が善なる神であるわけがない。

 間違いなく、邪神の(たぐい)だろう。

 

「先生、俺、行ってきます」

 

 さっさと朝食を胃の中に詰め込んで、和輝は立ち上がった。

 

「そうです、ね。これが君の戦いだというのなら、私は止めません。それに、この森の奥にはコナー家という、貴族の別荘があります。最近、そこに持ち主が滞在しているようなのです。彼らの身に何かあったのかもしれません」

「ならなおさら、放ってはおけません。行くぞ、ロキ」

「オーケイ、行こう」

 

 立ち上がった和輝は一端デッキを取りに割り当てられた部屋に戻り、いつでも戦えるようにデュエルディスクを装着した。

 

「行ってきます、先生」

 

 最後にもう一度、クリノ挨拶をして、和輝はロキを伴って外に飛び出していった。

 

「……神々の戦争、ですか」

 

 一人取り残されたクリノは、ぽつりと呟いた。

 

「古の神々による代理戦争。ならば、かつてこの土地に居たと言われる、自然神たちもまた、参加しているのでしょうか?」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「行け! ブラック・マジシャン、ブラック・マジシャン・ガール!」 

 

 和輝の命令が鬱蒼としたウェールズの森に響き渡る。

 主の命令を受けて、魔術師の師弟がそれぞれの魔法を炸裂。黒い稲妻と、同じく黒い爆裂が混ざり合い、()()()()に直撃した。

 

「―――――――――!」

 

 人間の可聴領域を超えた、獣とも、機械ともいえる甲高い断末魔の悲鳴が多く轟いた。

 そいつは、無理矢理表現しようとすれば、人の形に近づけた山羊、だろうか。

 ねじくれた二本の角を頭に生やし、全身は灰色の体毛でおおわれており、二足歩行を可能にしているが、指はなく、手足には蹄があった。

 そして何よりも、人間にそっくりの形をした瞳。

 そう、それは中途半端に人間に近づけ、人型にした山羊だった。

 

「何だこいつらは……」

 

 倒れ伏した異形たちはそのまま死体をさらしたままだ。かつて戦った、ナイアルラトホテップの化身のように、泡のように、幻のように消えたりはしない。

 

「この前戦った化身とも違うし……」

「こいつらは……邪妖精フォーモリア。ナイアルラトホテップとは違い、とある神の眷属だ」

 

 苦い表情のロキ。まさか眷属を生み出すような力を持っているやつがいるとはと、吐き捨てる。

 

「邪神の、か」

 

 和輝の呟きに、ロキは首肯する。

 

「神の名前はバロール。見ただけで相手を殺す、という魔眼を持つ、やばい神さ。もっとも、神々の戦争の参加者に直接危害を加えることができない以上、その魔眼も和輝には通用しないけど」

 

 和輝の表情は険しいままだ。確かに神は神々の戦争の参加者に直接危害を加えることはできない。

 だがそれ以外の人間はその限りではないのだ。ここにはクリノがいる。見ただけで相手を殺せる、などという最上級に()()()神だ。もしクリノをその目で見た場合、彼がどうなるかは考えるまでもない。野放しにはできない。

 

「どこにいるか、分かるか?」

「それが、この森全体を覆っている邪気のせいで、神の気配を辿れない。言ってしまえば、この森全体から気配がする」

 

 だとすれば、探し出すのは難しいかもしれない。

 

「じゃあ、神を探し出すのは無理か」

「けれど、手掛かりがないわけじゃないさ」

 

 にこりと笑い、ロキは右手の人差し指を裂てた。

 立てた指をくるりとまわし、

 

「フォーモリアたちと遭遇した時のこと、覚えてる? あいつら、二手に分かれたでしょ? ボクらに向かってくるチームと、どこかに向かったチーム。どうしてだと思う?」

 

 少し考える和輝。応えはすぐに思いついた。

 

「伝令役か?」

「惜しい。あいつらは多分、何かを探していたんだと思うよ。偵察隊さ」

「偵察隊……」

「今の衝突はお互いにとって予想外だったと思うよ。予期せぬ遭遇戦だ、フォーモリア共も慌ててたからね。

 さて、状況を整理しよう。今朝がたからこのウェールズの森を邪気が覆った。何のために? 邪神が現れたとしてもここまで力を誇示するとは思えない。ならばそうしなければならなかった理由があるはず。そして、部下のフォーモリアの存在だ」

「大昔ならいざ知らず、神々の戦争の期間中に、部下(フォーモリア)を使って侵攻なんてことはねぇよな。ああ、それで捜索隊か。何か、或は誰かを探すために手を広げたと。森から出ていないみたいだし、その相手はこの森の中にいるってわけだ」

「その通り」

 

 生徒が正しい答えに行き着いた時の教師のように、ロキは頷いた。

 

「じゃあ、その別動隊を追えばいいのか? そうりゃあ、バロールのところに行けるヒントがあるかもしれねぇ」

「勿論、和輝が言ったように、あいつらが伝令役でご主人様(バロール)のところに戻ったかもしれない。だとすれば儲けものさ」

 

 それはグッドアイディアだ。ただし問題がある。

 

「どうやって追うんだよ。この入り組んだ森の中で」

「その点は抜かりなし、さ」

 

 言って、ロキはさっきからくるくるとまわしていた人差し指に注目させた。

 

「あ……」

 

 いつの間にか、ロキの指先からは金色の光る光の糸が伸びていた。

 

「なんだそりゃ?」

「運命の赤い糸」

 

 唐突に、気持ち悪いことを言いだした。

 

「ロキ、今真面目に聞いているんだが?」

「ごめんごめん。ちょっと君の緊張をほぐしてやろうと思ってね。変に気負ったら、これから大変だよ?

 

 まぁ種明かしすると。離脱したフォーモリアたちにくっつけた追跡の魔法さ」

 

「つまり、これを辿っていけば――――」

「あいつらの目的地にたどり着けるってこと。どうする和輝? 行く?」

「当然だ」

 

 即答する和輝。迷う理由などない。この森を覆う邪気の正体。知っていて、そして体感していてこれを見過ごしては、和輝が戦う意味がない。

 

「了解だ。行こう」

 

 そして、和輝とロキは、邪気渦巻くウェールズの森に、本格的に踏み込んだのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話:森の中の出会い

 その館は死に満ちていた。

 ウェールズの森の奥地、コナー家の別荘だった場所だ。

 今、その館に生きている人間はいなかった。

 エーデルワイスがルーと共に逃げ込む際に随伴したメイドや執事も、庭師も。

 そして、現在のコナー家当主である、エーデルワイスの父親さえも。

 かつて当主が私室として使っていた部屋に、人影が一つ。

 豊かに波打つ黒髪、豊かな黒髭、赤い双眸。中世の貴族を思わせる黒に金の縁取り、銀の刺繍がなされた狩猟服姿。目元は前髪と陰に隠れてよく見えない。

 ただし、人の形、皮をかぶっていても、その中身は人間ではなかった。

 邪神バロール。かの魔眼の神こそ、この屋敷の人間を殺戮し、エーデルワイスの父を殺し、ルーを追い詰めた張本人だった。

 今、バロールは戸棚からとってきたワインボトルを開け、グラスの中に注いでいた。

 

「糞忌々しい一神教の教えによれば、このワインとか言う液体は、救世主の血らしいな」

 

 語り掛けるも相手はいない。正確には、バロールの対面に男が座っているが、彼もまた死んでいる。バロールの魔眼によって、その命を刈り取られたのだ。

 バロールは席を立ち、男の許に歩み寄った。

 金髪碧眼。撫でつけられた髪に綺麗に剃られた髭。若草をイメージしたような緑色の貴族服。服の意匠がバロールの服に似ていた。

 

「下らぬ。こんなもの、酒は酒だ。それ以上の価値などないし、付加価値をつけるべきではない。そうは思わんか? 兄上?」

 

 バロールは死体を兄と呼ぶが、もちろん血縁関係などない。

 死体の弟は、バロールの契約者にして今、彼に体を乗っ取られた男、即ちエーデルワイスの叔父だ。

 バロールはくつくつと笑い、グラスの中のワインを一気に飲み干した。

 

「神もまた、酒を嗜むのですね。それとも、貴方が乗っ取った、その身体の趣味趣向ですか?」

 

 バロールの背中に投げかけられる声。振り返れば、いつの間には青年が一人、立っていた。

 おそらく二十歳前後。腰まで伸びる薄紫の髪に紫紺の瞳。華奢な体躯に男物のシャツと薄手のジャケット姿。だが少女のような顔つきに沁み一つない白い肌、そして華奢な身体つきから、青年というよりは、少女が背伸びして男物の服を着て男装しているようにしか見えない。

 這い寄る混沌。無貌の神、ナイアルラトホテップの契約者、黄泉野平月(よみのひらつき)であった。

 

「ナイアルラトホテップの契約者か。何用だ?」

 

 空になったグラスをテーブルの上において、バロールは平月を見据えた。

 その『直死の魔眼』で見つめられても、平月は口元に浮かべた微笑を崩さない。もとより彼は神々の戦争の参加者。で、あるがゆえに、いかにバロールの魔眼とはいえ、参加者には効果がない。

 

「用というほどのものはありません。ただ、手駒が欲しくはないかと思いまして。ルーの契約者、コナーのお嬢さんを捕えるために」

「不要だ。混沌の化身の使い道など、せいぜい我の調整用の人形くらいだ」

 

 つまりデュエルの相手ということだろう。もっとも、相手をすれば漏れなく壊されるのは必定だが。

 と、バロールの周りに闇が(わだかま)り始めた。

 闇は次第に人型をとる。現れたのは、山羊を中途半端に人型に近づけたかのような異形。

 バロールの眷属、フォーモリアだ。

 

「ほう。ケルトの邪妖精。確か、妖精や精霊は神が人界から離れた時に姿を消したらしいですが――――」

「実際は消えたわけではない。見えなくなっただけだ。世界に溶け込んでな。だが今は別だ。ウェールズ(ここ)はケルトと縁深い。だからこそ、我が存在に呼応し、我が眷属(フォーモリア)が実体化する。そして、こいつらが我が手足となる。混沌の下僕よ、貴様はいらん。()く、消えよ」

 

 それは残念と、平月は肩をすくめた。そして、

 

「では、先程の申し出のみ、ご一考ください」

 

 微笑を残して、平月は消え去った。まるで幻のように。

 

「……確かに、我とて一神教の侵略に思うところはある。我がケルトの土地もまた、蹂躙されたからな」

 

 だからこそ、同盟か。バロールはまるで酒に酔う人間の様に、くつくつと肩を震わせて笑った。

 

「その申し入れは惹かれるな。だがまずはルーの抹殺だ。それを成し遂げて、ようやく我の憎悪は晴れる。歪曲されし神々、多神との連合は、それからの話だ」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 エーデルワイスは怯えていた。

 あの館。お父様やファティマ達と逃げ込んだ別荘が、バロールの襲撃を受け、一夜が明けた。

 悪夢そのもののような夜だった。親しかったメイドや、穏やかな庭師のおじさん。ちょっと堅苦しいけれど優しい執事長。

 皆死んでしまった。多分、お父様も。

 残ったのは私と、ファティマと、そしてあと一人。いや一柱。自分が契約した神、ルーのみ。

 着の身着のまま逃げてきたので、何とかデッキだけは持ちだせたが、デュエルディスクは館に置いたままになってしまった。

 どうしよう。どうすればいいのだろう。デッキだけでは意味がない。デュエルディスクがなければ戦えない。

 

(戦う?)

 

 何を馬鹿な。できるわけがない。そんな恐ろしいこと、できるわけがない。

 でも、何もしなければ、自分の大切な人が失われてしまう。

 

「ッ!」

 

 光が翻る。ルーが振るった光の槍が、襲い来る異形の怪物たち、フォーモリアを迎撃。その身を切り裂く。

 絶叫が迸る。その空気の震えが耳朶を打ち、エーデルワイスはさらに身の震えを強くした。

 そして、彼女が恐怖する最大の原因が、いま彼女の腕の中にあった。

 ファティマ。幼いころから一緒だった彼女。そして、別荘脱出の際に自分を庇った、少しだけ年上の女性。

 彼女の容体が思わしくない。別荘脱出後、別荘につないでいた馬を駆り森の中を何とか進んでいたが、馬が倒れ、それにつられるように彼女もまた、突然倒れた。

 熱はない。寧ろ低すぎるほどだ。額に手を当てた途端、氷のような冷たさで驚いた。そう、まるで、死体のように冷たかった。

 バロールの魔眼を浴びたせいだと、ルーは言った。直接バロールの魔眼を見たわけではなくとも、その毒は対象の身体を蝕むのだという。

 即死はしなかった。だがこのままでは、命は危ういと。

 怖かった。この惨状を作りだしたバロールも。ファティマを失ってしまうことにも。そして、戦いの元凶となったルーも。

 このままではいけないとわかっていても、恐怖が心を縛り付ける。勇気を持てないでいた。

 

「逃がさん!」

 

 ルーの声が飛ぶ。一体、この場から離脱しようとしているフォーモリアがいた。この場所を知られるわけにはいかない。全滅させなければと、戦う前にルーは言っていた。

 この場所を知られれば、追手がさらに差し向けられると。だから、報告役は潰さなければならないと。

 だからルーは跳躍た。一気に距離を省略し、光の槍を振るう。

 逃げたフォーモリアが貫かれ、光の熱量に焼かれて消滅する。

 だがこの瞬間、ルーとエーデルワイスたちの距離が離れた。

 その瞬間を狙い、別動隊のフォーモリア三体がエーデルワイスの背後の森から飛び出した。

 

「しまった!」

 

 一歩、間に合わない。フォーモリアの毒牙がエーデルワイスに迫るその刹那、他方向から黒い稲妻が迸り、今にもエーデルワイスを襲おうとしていたフォーモリアに直撃した。

 

「え?」

 

 呆然とした表情のエーデルワイス。ルーも動きが止まる。

 次の瞬間、黒い爆裂が炸裂。残った二体のフォーモリアを吹き飛ばした。

 

「間に合ったか!?」

 

 森の間から白い髪をした一人の少年が、黒衣の魔導師とその弟子を伴って現れた。

 

 

 間にあったか。ブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガール。魔法使いの師弟を引き連れた和輝(かずき)は、まずはそう思った。

 フォーモリアの気配はもうなさそうだし、現に襲われていた少女は事なきを得た。

 気になるのは少女の腕の中で苦し気にしている女性と、彼女を守るようにこちらに立ちはだかった男くらいか。

 少女――――和輝と同じか、少し年下。小柄で華奢な身体つき。ふんわりとした、柔らかそうな金の髪に春の日差しのような金色の瞳。色白の肌に昔の貴族が着ているような、フリル付きでスカートが広がっているタイプの、ライトグリーンのドレス姿。しかし今はそのドレスはところどころ裂けてしまっている。森を歩くような服装でないので、枝か何かに引っ掛けたのだろう。同時にそれは、彼女が切迫した状況であることを現していた。着の身着のまま、何かから逃げるようにここまで来たのだろう。

 豪華さや絢爛さはないが、野に咲く小さな花のような可憐さを持つ少女だった。

 そしてその少女に抱かれている女。

 二十歳前後。ストレートにまっすぐは金色の髪、蒼い服は質素で決して主張の少ないもの。見た目よりも動きやすさを優先としたシャツ+パンツルック。今は額に汗を浮かべ、目を閉じて苦しげに肩を上下させていた。

 自分で起き上る体力もないのか、その身体を完全に少女に預けていた。

 否――――

 

「なに……もの……だ……」

 

 女の口から弱弱しい誰何(すいか)の声が上がる。そのまま起き上ろうとする。

 死人のように肌が白く、今も膝から頽れそうでも、何とか立ち上がり、和輝を睨みつけた。

 一目でわかる尋常でない様子でありながら、なお折れぬ矜持。最後まで主人の盾となることを(いと)わぬ女騎士の風情。

 

「だ、だめよファティマ! 今起き上ったらダメ!」

「も、問題ありません。エーデルワイス様……。ぐ!」

 

 問題はあったようだ。ファティマは慌てた様子の少女に振り返ろうとした瞬間、膝から力が抜けたようにがっくりと頽れてしまった。

 ファティマの身体を慌てて受け止めるエーデルワイス。 

 最後の一人、男に関しては名前も分からぬが正体は知れた。

 

「貴様、何者だ?」

 

 いつの間に移動していたのか、和輝のすぐ隣に現れていた男の声。まるで二人の女性を守るよう。

 横目で見る男。

 三十代半ばほどの外見。エーデルワイスと意匠に共通点のある貴族服姿。短めの金髪に深い海を思わせる青い右目と奥深い森を思わせる緑の左目。今は警戒心ありありの表情を浮かべている。

 

「警戒しないでくれ、おそらくボクらは君たちの敵じゃない」

 

 和輝の後ろ。いざとなれば和輝を庇える位置に、両手を上げた降参のポーズ姿で実体化するロキ。にこりとさわやかな笑顔を浮かべる。

 

「光の槍、そしてケルトの森。君の正体はある意味明白だね。

 初めまして。けれど噂はかねがね。ケルトの英雄神。魔眼の死神、バロールを討ち果たした光の神。長腕のルー。ボクはロキ。いやしくも北欧の主神、オーディンの義兄弟の栄光を賜った、ケチでしがない悪戯の神です」

 

 気取った風に一礼するロキ。そして、その視線をエーデルワイスと、また倒れてしまったファティマに向ける。

 

「どうやら、そちらのドレスのお嬢さんが契約者みたいだね。だとすれば、倒れている女性は危ういな」

「ロキ、ロキか。北欧のトリックスター。そして、敵と内通した女が生んだ、邪神。そう聞いているな」

 

 ルーの目に浮かんだ警戒心は消えていない。だが少し和らいだ気がする。

 それは、和輝がエーデルワイスを救ったことが明らかだったこともあるだろう。そしてロキが己の素性を包み隠さずに明かしたこともあるだろう。

 邪神であれ、相手は礼儀に則った。ならば、疑心を向けるだけでは礼を失する。

 

「我が名はルー。ケルトに連なる神にして、今の使命は魔眼の神、バロールを討つこと。そして、我が契約者、エーデルワイス・ルー・コナーを守ること。ロキの契約者の少年よ、先程はエーデルワイスを救ってもらい、感謝する」

「岡崎和輝だ。よろしくな」

「え、エーデルワイスです。彼女はファティマ。よ、よろしくお願いします」

 

 おどおどしがら、ペコリを頭を下げるエーデルワイス。言いながらも視線は和輝に向けられて、次には苦しげなファティマに向く。

 和輝は二体のモンスターの実体化を解除。デュエルディスクを外し、改めて自分は危害を加えるつもりはないことを提示し、エーデルワイスに向けて微笑した。

 

「俺は元々こっちの人間じゃないんだが、この森を覆った邪気の源を倒しに来た。何か知らないか?」

 

 和輝のその言葉は、エーデルワイスの心を打った。

 恐怖で固まっていた心に、温かい風が吹き込む。自然、涙がこぼれてしまった。安心してしまったのだと気付くこともできず、涙が流れるに任せて嗚咽した。

 驚き、戸惑う和輝。「え、えぇ!?」

 子供みたいにはやし立てるロキ。「あー、和輝なーかしたなーかした!」

 ルーもまた、いきなりのエーデルワイスの涙腺崩壊に一瞬困惑し、次にはその原因に思い当り、苦い表情をした。

 

 

「私の家は、代々ルーの血脈を守ってきました」

 

 泣き止み、落ち着いたエーデルワイスは、状況と事情を尋ねる和輝に対して、ぽつぽつと語り始めた。

 

「すべては遠い未来に行われる、神々の戦争を有利に進めるための、ルーの戦略でした」

「なるほど。神々の戦争で重要なのは、自分と波長の合うパートナーを見つけ出すことだ。その点、自分の血を混ぜた人間たちならば、その血が薄くなろうとも、赤の他人を探すよりもよっぽど波長が合うよね。おまけに、隔世遺伝的に何らかの神の力に覚醒しているかもしれない。人間側の意思を完全に無視しているという点に目を瞑れば、なかなか良くできた策じゃないか」

 

 にやにや笑いのロキ。痛みに耐えるように沈黙するルー。エーデルワイスが話を続ける。

 

「父が当主の代に、神々の戦争は開催されました。けれど、より波長が合い、そして神の力を受け継いでいた私が、ルーの契約者になりました」

 

 神の力。それがどのようなものかわからないが、確かに、普通の参加者にはない要素(ファクター)を持っていれば、神々の戦争をより有利に運べるだろう。

 

「エーデルワイスの資質はすさまじい。彼女の父を上回っていた。そして、デュエルの腕も、鍛えがいのある素質があった。だからこそ、私はエーデルワイスをパートナーに選んだ。彼女の父親も、納得していた」

 

 苦い表情のルー。()()()()()が納得したという言葉から、肝心のエーデルワイスの意思が無視されていたことが窺い知れたが、和輝はそこのことについて指摘しようとは思わなかった。ルーの表情から深い悔恨の念を感じ取れたからだ。

 この神は、エーデルワイスを戦場に引きずりだしたことを後悔している。ならば何も言うことはない。

 

「私は、十六歳の誕生日の時にルーと契約しました。けれど――――」

 

 そこでいったん言葉を止めるエーデルワイス。その小さな肩が震えている。

 

「何かあったんだな? それが、今のこの状況。バロールに関係している?」

 

 穏やかな声音で問いかける和輝。エーデルワイスはこくりと頷いた。

 

「ごめん。辛いかもしれないけれど、話してくれないか? その、本当にきつかったら、何も言わなくていいけど」

 

 気づかわしげに言う和輝。エーデルワイスは「大丈夫、です」と震える声で告げた。

 

「誕生日の日。親戚の人達も集まってくれて。彼らの前でルーと契約しました。けれどその場で、叔父さんから、突然邪悪な気配が膨れ上がったんです」

「バロールだ。迂闊だった。バロールは私の祖父だ。つまり、私の血族ということは、バロールの血族でもある。ならば、バロールと波長が合い、契約者となる人間が出てもおかしくなかった。

 悪いことに、エーデルワイスの叔父は弟である彼女の父に当主の座を奪われたと感じていた。だから、バロールを受け入れたのだろう」

「ルーが言うには、バロールは叔父さんの身体を乗っ取ったのだそうです。それで、叔父さんの内側に潜むことで、直前まで気配を感じ取れなかったと」

「はー。確かに自然神や概念神は、元々があいまいなだけに、人間に憑依することができるよね。洗脳して人形にするよりも、命令のタイムラグがなくなる。その代わり、発揮できる神の力は減少するけど。まぁ、そこは魔眼のバロール。多少落ちても関係ないか」と納得顔のロキ。

「そして、エーデルワイスたちは私と共に逃げ延びだ。このウェールズの森までな。だが……」忸怩とした表情のルー。我が失策を悔いるかのよう。

「昨日の夜。ついに追いつかれました。バロールの魔眼によって、家の人達は悉く……。お父様も、おそらくは……」

 

 俯き、声を震わせるエーデルワイス。その目尻には涙がたまっていたが、和輝は気づかないふりをした。

 

「なるほど」

 

 事情を把握した和輝は頷き、エーデルワイスの俯かれた頭に手をやった。

 

「え?」

「ごめん。やっぱ、辛いこと聞いた」

「いいえ、いいんです」

 

 俯き加減のエーデルワイスだったが、その表情はわずかに緩んでいた。和輝と出会ったことで、ずっと張りつめていた緊張の糸がほぐれ、いい意味で力を抜けたのだろう。

 

「しかし」

 

 そんな二人に、ルーが声を駆けた。

 

「協力してくれるというのならば有り難いが、バロールの因縁は、できればこちらで果たしたい」

「それは――――、彼女にバロールと戦わせるってことかい?」

 

 一歩下がり、傍観者的立ち位置に立つロキの言葉。エーデルワイスがびくりと震えた。

 

「彼女は、そうは思っていないみたいだけれど? ルー、君の失敗はね、エーデルワイスちゃんの性質を無視したことだよ。戦いに向いた素質があっても、本人に戦いを忌避する心があれば意味はない。寧ろ、優れた才は毒にしかならない」

 

 確かに、エーデルワイスは今、怯えている。元々戦いに向いた性格ではないのだろう。それに加えて実家を襲撃され、家族を奪われ、今もまた、親友を失おうとしている。

 彼女の心は今、罅割れ、今にも砕け散ってしまいそうだ。

 そんな彼女に、彼女の恐怖の源、バロールと戦わせようというのは、酷に思える。

 

「そんなことは分かっている! 自分の愚かしさなど、私が一番分かっているさ! だが、だがな。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()

 

 ルーの意思は強固だ。だが彼が声を荒げるたび、エーデルワイスはびくりと体を震わせていた。

 ロキは嘆息し、己が契約者を見た。

 

「……和輝、君はどう思う?」

「俺は――――」

 

 和輝が答えようとした、まさにその瞬間だった。

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な!?」

 

 和輝の胸の奥の奥。真っ暗闇の中に巣食う怪物が、急に笑い出したのだ。

 それは今までの、死への誘惑を語る嘲笑ではなく、自らの喜悦を思わず外に漏らしてしまった。そんな風な、哄笑。今まで一度だってなかった反応だった。

 

「岡崎さん?」

 

 不安と心配がないまぜになったエーデルワイスの声にも、返すことができない。

 胸のうちの哄笑を抑え込み、引っ張られないように踏みとどまる。 

 そして見た。ただ、気配がすると、そう感じた方向を。

 

「ごめん、コナーさん。敵だ。しかも、俺に関係がある」

 

 見据える先、そこから――――

 

 

「ふふふ。神よりも先に、ぼくを見つけましたか。それでこそ、ぼくが目をつけただけはある」

 

 

 森の木々の間から顔を出したのは、少女と見紛う美貌を持った青年。

 冷笑の邪神、這い寄る混沌、ナイアルラトホテップの契約者、黄泉野平月であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話:新デッキ始動

 この敵は、今までと違う。

 和輝(かずき)は初見でそう思った。

 思わず女子と見紛ってしまう、華奢な体躯に美しい顔立ちの青年だった。

 だがそんなのは外見だけだ。悪魔が人間の前に現れる時、しばしば絶世の美形として現れるように、この青年の美しい外見の裏に、どのような深淵が広がっているのか、計り知れない。

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ! キハハハハハハハハ!

 和輝のうちに潜む得体の知れな怪物が、ここまでテンション高く、そしてこちらを死に誘うでもなく、自らの喜悦に従って哄笑しているのだ。こんなことは今までなかった。

 否、一つだけ。東京大火災の跡地を訪れた時のみ、この笑いはあった。それもまた、ここまで自らの愉悦だけを表現したものではなかったが。

 

「初めまして。黄泉野平月(よみのひらつき)と言います」

 

 青年、平月はこちらに一礼した。

 

「黄泉野平月君、ね。君がバロールの契約者なのかな?」

 

 さりげなくエーデルワイスを庇う立ち位置に移動する和輝の姿を横目で見ながら、ロキが質問する。相手がどう出るかわからないので、まずは軽い言葉のジャブでイニシアチブを取りたいがためだ。

 

「いいえ、ぼくはバロールの契約者ではありません」

 

 にこりと微笑を浮かべたまま、平月は答える。そしてその答えに、和輝は警戒の表情を浮かべ、ルーもまた身構えた。

 この、バロールに支配された森に、無関係な第三者が偶然現れる。そんな展開が二度も起こるとは思えない。

 疑惑の視線が集中する中、平月は平然として言った。

 

「ぼくが契約した神は――――」

「おれだよ!」

 

 するりと、その人影は平月の背後から現れた。

 おかしな現象だった。平月の身長は百七十を超えていない小柄なもの。にもかかわらず、現れた人影の身長は百九十を優に超えていた。

 男だった。褐色の肌、ショートカットの金の髪、黒いサングラスで目を隠し、服装は何故かサイケデリックな柄のアロハシャツ。

 

「くっはははは! まったく、今日は僥倖良き日だなぁおい! バロールのところにちょっかいかけに行ってみれば、こんな面白いことが起こった! まさかあの子供が! ()()()()()()()()()()()()()()()()! まったくもって、面白くて予想外で、びっくりだ!」

 

 テンション高めに言いながら、男の姿が()()()()()()()()

 

「!?」

 

 和輝とエーデルワイス(人間たち)から息を呑む気配がした。ロキとルー(神々)は完全に戦闘態勢に入った。

 歪んだ姿は一瞬で元に戻る。ただし、そこにいたのはもう男ではなかった。

 後ろで束ねた黒髪、白い肌、赤い瞳、男物のワインレッドのスーツを着ているが、ネクタイを外し、胸元を大きく開けた、扇情的な女。男装でありながらもどこまでも「女」を強調した、妖艶な姿。

 

「なるほど……、君か、ナイアルラトホテップ。ついに君自身が、ボク達の前に出てきたわけだ」

 

 苦笑したロキが神の名を告げる。

 

「そう、そうだよ、ロキ。フローラとトラソルテオトル、そしてアレスとエリス。君たちとは化身を通して関わってきた。君たちを、化身を通して観察してきた。ここでこうして出会ったのは偶然だが、だからこそ、この偶然を大切にしたいものだよ」

 

 くすくす笑いのナイアルラトホテップ。先ほどとテンションががらりと変わり、高くはないが、本質的に享楽的となっている。

 ナイアルラトホテップ。和輝はその神の名に聞き覚えがあった。

 そう、いつかロキが教えてくれた、要注意リスト筆頭の神。

 

「ああ安心してくれていい。今回ぼく達はバロールの許にいたけれど、彼に協力するつもりはない。彼の復讐は彼自身が果たすだろう」

「だから、ぼくらの目的は、君ではないんですよ。エーデルワイス・ルー・コナーさん」

 

 自分の名前を呼ばれ、エーデルワイスがびくりと震える。そんな彼女の反応を置き去りにして、

 

「ぼくらが興味があるのは――――」

「君なんだよ。岡崎和輝君」

 

 やはり和輝の名前も知られていた。驚くことではない。化身を通して、それくらいの情報は仕入れているはずだ。

 和輝にとって疑問なのは、なぜ自分にそこまで興味を持ったのか、だ。

 ナイアルラトホテップの化身と戦ったのは大きく分けて二度。一度目はともかく、二度目の時はほかに龍次(りゅうじ)烈震(れっしん)もいた。

 なぜ彼らではなく、自分に興味を持ったのか。

 

「なかなか光栄なことを言うね。だがなんで俺に興味を持ったのか、よかったら教えてくれないか?」

 

 視界の端で、ロキが「話に乗るな」と言わんばかりの表情をしていた。和輝も、それは分かったし、この青年との会話を続けるのは得策ではないと思っていた。

 だが、心のどこかで、()()()()と言っていた。

 平月から逃げるな。ナイアルラトホテップから逃げるな。過去から逃げるな。そして――――

 

 ――――聞け、聞け! 楽しい楽しい楽しいなぁ! 奴の話を聞け! そうすれば、()()()()()()()()()()

 

 やはりいつもと違う誘いの文句を口にする怪物の声。そこから逃げるなと、和輝の心の奥の奥は言っていた。

 

「ええ、勿論。岡崎和輝さん。貴方が、七年前の東京大火災、その唯一の生き残りだからですよ」

「何……?」

 

 和輝は最初、平月の言っていることが理解できなかった。

 より正確に言えば、言いたいことが理解できなかった、と言った方がいいか。

 

「……ありえない」

 

 断言する声はどこか弱弱しい。何故か心臓がうるさいくらい鼓動をがなり立てていた。ロキの心臓、神の心臓が。まるで、これ以上は聞くなというように。

 

「あの火事は確かに凄まじい数の死傷者を出した。けれど、生き残りは、助けられた人は俺のほかにもいたはずだ。同じ病室にだっていたんだ」

 

 和輝の声は冷静だ。だが心は必死だった。必死に、否定したがっていた。

 

「ええ、ええ、その通りです。ではより正確に言いなおしましょう」

 

 我が意を得たりとばかりに、平月が笑う。背後のナイアルラトホテップも、嫌な笑みを浮かべていた。

 ドクンドクン。和輝の心臓が高鳴る。痛いほどの鼓動の強さだった。

 

「正確には、今現在、生きている被災者は貴方だけだ、ということです」

 

 ドクン! ひときわ高く、強く心臓が鳴った。

 

「どういう……意味だ……」

 

 和輝は自分が立っているのかわからなくなった。ぐらりと地面が揺れたように感じる。錯覚だと、動揺しているからだと言い聞かせて何とか踏みとどまる。

 そう、今揺れてはならない。一人ではないのだ。自分が揺れたらエーデルワイスは余計に恐怖に縛られてしまう。

 

「言葉通りです」喋りたがりの平月は、にこやかに笑みながら続ける。

「七年前の東京大火災。そこから救い出された人々は、早くてひと月、長くとも三年以内に、皆発狂、または自殺しています。今も生き残り、なおかつまっとうな生活を送れているのは、貴方だけなんですよ。岡崎さん」

「馬鹿な……」反論しようとする和輝。だが言葉が出てこない。自然、右手が左胸、心臓部分を掴んでいた。

「彼らは皆、今わの際や正気の瀬戸際で、こう言ったそうだよ」

 

 なまめかしい女の声が耳元に吹きかけられる。反射的に振り払う。くすくす笑うナイアルラトホテップが、ステップを踏んで下がった。

 何かを叫ぶロキ。「……!」だが聞こえない。和輝の耳には届かない。

 ナイアルラトホテップが笑みとともに告げた。

 

「頭の中で、怪物の声が聞こえる。楽しい楽しいと、笑いかけている、と」

 

 その一言が和輝の心臓を鷲掴みにした。

 

 

 エーデルワイスは困惑と恐怖のただなかにいた。

 ただでさえバロールの襲撃から一夜明けて、失ったもの、失われんとしているものが多すぎる。その上和輝と出会い、少し安心したと思ったら新たな神とその契約者の登場だ。

 しかもその神は、初見でわかる邪悪な存在。しかも狙いは和輝だという。

 岡崎和輝。さっき出会ったばかりの少年。けれど彼がこの事態の解決に乗り出していると言ってくれた時、嬉しかった。自分は一人ではないのだと、そう思えたからだ。

 だが今、彼は苦しんでいる。その理由は自分には理解できないが――そもそもアイルランドで、しかも人里離れた暮らしをしていたエーデルワイスは日本で起きた東京大火災も知らない――、黄泉野平月と名乗った契約者と、ナイアルラトホテップの言葉が、彼を追い詰めているのは明白だった。

 恐怖がひたひたと忍び寄ってくる。

 どうすればいいのか。怖くて動けなくなる。

 

「目をそらしてはならない、エーデルワイス」

 

 傍らのルーの声。言われて気付いた。自分は、知らず知らずのうちに目を瞑りかけていた。

 

「今、彼は戦っている。その戦いから、目をそらしてはならない」

 

 言われ、和輝の背中に目をやる。

 彼は震えていた。けれどそれは恐怖からではなく、痛みから。

 今、彼は突き付けられた言葉に、自分が依って立つ部分を揺らされているはずだ。

 動揺していないはずがない。恐怖していないはずがない。

 けれど、それでも、彼は膝を折らない、屈しない。

 ああ、なんと強い。いまだに恐怖に雁字搦めにされている自分とは大違いだ。

 

「そう、彼はいろいろと難儀な性格でね」にやにや笑いのロキが後ろにいた。

 

 にやにや笑っているのに、不思議と不快感はない。それは、彼が浮かべている笑みが嘲笑ではなく、どこか賛美を含んでいるからだろうか。

 

「しかし今回は相手が悪い。これ以上は見逃せないね。和輝!」

「ッ!?」

 

 びくりと和輝の身体が震えた。完全にロキたちが意識の外にいたからだ。

 

「前に言ったろ? ナイアルラトホテップ(そいつ)の盤上に乗るなって。対象法は一つ。何かやる前にぶん殴れ、だ。というわけで――――バトルフィールド、展開」

 

 パチン。ロキの指が鳴らされる。瞬間、世界が変わった。

 バロールの邪気に満ちていた森は元の静けさを取り戻し、フォーモリアたちの気配も遠ざかった。

 そして、

 

「え、ファティマ?」

 

 いまだエーデルワイスの腕の中にはファティマがいた。本来神々の戦争の参加者ではない彼女は、このバトルフィールド内に入れないはずなのに。

 

「サービス。あのまま元の現実空間に彼女を置いておくわけにもいかないしね」

 

 ウィンク付きで肩をすくめるロキ。エーデルワイスはわずかに安堵の吐息を漏らした。この状況でファティマと離れてしまうのは不安でたまらない。

 エーデルワイスの視線の先、和輝が大きく息を吐いた。自分の胸の中に広がる不安や恐怖を押し出すように見えた。

 

「どうやら、あの少年は勝利したようだ。突き付けられた情報、現実から生じる、不安や恐怖に。状況は違えども、君の身を縛っているものと、似ているな」

 

 やっぱり、やっぱりそうだった。そして彼は勝った。

 なぜだろう。自分と彼はあまり年が変わらないはずなのに、恐怖に立ち向かうその背中は、とても大きく見えた。

 

 

「ああ、大丈夫だ。ロキ。そう、そうだな。俺達はここに、この森を覆う邪気を取り除きに来たんだ。でないと、先生の身が危ない」

 

 わずかに(かぶり)を振って、和輝は己のスイッチを切り替えた。動揺も不安も、恐怖も。さっき息と一緒に吐き出した。

 

「逃がさねぇよ、黄泉野」

 

 和輝は視線を平月に向け、睨みつける。

 デュエルディスクを起動。対戦相手を平月に指定。もう逃がさない。

 

「確かに、バトルフィールド内に閉じ込められた以上、デュエルの勝敗が決しなければ出られません。もっとも、ぼく自身、貴方に興味があります。その実力も、知ってみたい」

 

 にこりと笑い、平月もまた、デュエルディスクを起動させた。

 

「バロールの許に行くために、お前は邪魔だ」吐き捨てるように言う和輝。

「邪魔者扱いですか、ショックですねぇ」苦笑する平月。

 

 両者の間に沈黙が走る。

 和輝の胸元に赤の、平月には虹色の宝珠が宿る。

 耳が痛くなり、エーデルワイスの心臓が締め上げられるような沈黙。それは――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 始まりの言葉で突き破られた。

 

 

和輝LP8000手札5枚

平月LP8000手札5枚

 

 

「ぼくの先攻です」

 

 先攻を勝ち取ったのは平月。ドローフェイズを消化。そのままメインフェイズ1に入る。

 

「まずは、このカードを発動しましょう。闇くらましの宝札。この効果で、互いのプレイヤーはデッキトップからカードを五枚墓地に送り、その後カードを二枚ドローします」

「大量の墓地肥しに加えて、強欲な壺と同じ枚数のドロー……」と呆れ顔のロキ。

「インチキカードだなおい」同じく呆れ顔の和輝。

「いえいえ、このカードは恩恵も大きいですが、代償もまた大きいのです。このカードを発動したターン、ぼくはほかにカードを発動できず、カード効果も発動できない。さらに戦闘も行えず、召喚、反転召喚、特殊召喚もできません」

 

 ほとんどの行動の制限と引き換えに、ドローと墓地肥しを送るカード。また、

 

「この制約は発動プレイヤーであるぼくだけのもの。対戦相手はその限りではありません」

「つまり、俺はカード効果も使用できるってわけか」

 

 その通りと言わんばかりに笑みを浮かべ、頷く平月。そして互いのデッキから、まずは五枚のカードが墓地に送られた。

 平月のデッキからは幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイルが三枚、そして幻影騎士団ダスティローブ、幻影騎士団フラジャイルアーマー。

 和輝のデッキからはダンディライオン、スキル・サクセサー、マジキャット、強欲なカケラ、マジシャンズ・ローブ。

 幻影騎士団。フィールドだけでなく、墓地からも効果を発動する、予期せぬ二の矢を持つカテゴリーだ。和輝はわずかに眉をひそめたものの、すぐさま思考を切り替え、やるべきことをやることのした。

 

「この瞬間、墓地に送られたダンディライオンの効果発動。俺のフィールドに、綿毛トークン二体を守備表示で特殊召喚する」

 

 うまいこと墓地に落ちたカードを利用する和輝。彼のフィールドに勇ましい表情をした小さな綿毛が二体、現れた。

 

「おや、逆用されてしまいましたか。まぁ仕方がありません。では、二枚ドロー。さて、このターン、ぼくができる事と言ったらこれくらいですね。カードを三枚セットして、ターンエンドです」

 

 ほとんどの行動を禁じる闇くらましの宝札だが、唯一の例外がある。それがセットだ。全ての情報を隠すことを強要するその効果は、まさしく闇くらましだ。

 

 

闇くらましの宝札:通常魔法

「闇くらましの宝札」は1ターンに1枚しか発動できない。このカードを発動するターン、自分はモンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚は行えず、ほかのカードと効果を発動できない。(1):すべてのプレイヤーはデッキからカードを5枚墓地に送る。その後、カードを2枚ドローする。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 平月のカードのおかげで思わぬ墓地肥し、そして手札増強ができた。無論それは相手も同じであるが、今の手札ならば、この新たなデッキの性能を試すには十分すぎる。

 何よりも、新しい戦術を披露できる。

 

「俺は、スケール1の星読みの魔術師と、スケール8の時読みの魔術師で、ペンデュラムスケールをセッティング! これで、俺はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能になった!」

「へぇ」

 

 平月が興味深そうに眼を細める。その眼前、和輝のフィールドに、青白い光の円柱が二本立ち、その中に二体の魔術師が収められる。

 星読みの魔術師の下に楔形の「1」の数字が、時読みの魔術師の下には「8」の数字が現れる。

 

「ははっ。早速、お師匠さんにもらったカードを使うのかい?」

「ああ。出し惜しみはなしだ。何しろ、俺の新しいデッキ、そしてそこに組み込まれた戦術の、お披露目だからな!」

 

 そして和輝がバッと右手を天に向けて突き上げた。

 高らかに、告げる。

 

「振り子は触れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! 手札より出でよ、曲芸の魔術師! そして、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 和輝の頭上に開く、光の(サークル)。そこから二筋の光が流星のように放たれ、和輝のフィールドに着地。現れたのは、いかにもサーカスのピエロといった風情の魔術師と、赤と緑の二色(ふたいろ)(まなこ)を持ったドラゴン。翼はなく、二本の足で大地を疾駆する地竜だ。

 

「ペンデュラム召喚……。以前、化身を介してみたデュエルでは使用しなかったカードですね」

「前の時はデッキには入っていなかったからな。これが、こいつらが、俺の頼れる新戦力だ! 俺はさらにグローアップ・バルブを召喚。さぁ行くぜ!」

 

 バッと、和輝の右手が天に向かって振り上げられた。

 

「レベル1の綿毛トークン二体と、レベル5の曲芸の魔術師に、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。グローアップ・バルブが一つの緑色の光輪となり、その輪をくぐった二体の綿毛トークンがそれぞれ一つずつの光星となり、曲芸の魔術師が五つの光星となる。

 合計八つの光星を、一筋の光の道が貫いた。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光の帳の向こう側から飛翔してきたのは、スターダスト・ドラゴンに酷似したデザインを持つ竜。オリジナルとの違いは、身体の各所に入ったラインか。

 また、和輝がすでに何度も使っているように、自軍のあらゆるカードを一度だけとはいえ破壊から守れるその防御能力はやはり有用だ。

 

(ペンデュラム)モンスターの曲芸の魔術師は表側表示のままエクストラデッキに行く。このままバトルだ! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 まず切り込み隊長に選んだのは二色の眼持つ竜。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンは大地を踏みしめ疾駆。いったん跳躍し、その口内から螺旋を描く炎を放つ。

 平月の伏せカードは三枚。普通に考えれば罠が発動するだろう。だが、時読みの魔術師のP効果により、相手はPモンスターであるオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃時には、ダメージ計算終了時まで罠を発動できない。速攻魔法を伏せていても、今度は星読みの魔術師のP効果がその発動を阻む。つまり、ここで攻撃するのに、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンは最適だということだ。

 だが――――

 

「なるほど。ですがそう簡単に事は運ばせませんよ。墓地から罠カード、幻影騎士団シャドーベイルの効果を発動。相手ダイレクトアタック時に、このカードを守備表示で、モンスターとして特殊召喚します。さぁ、来なさい。三体のシャドーベイル!」

 

 無人の野を行くがごとくだったオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃は、突如として現れた三体のモンスターによって阻まれた。

 青白い炎の(たてがみ)を持った黒馬に跨った黒い騎士。これが三体。いずれもステータスは貧弱だが、三枚も並べば立派な盾になる。

 

「……時読みの魔術師のP効果で防げるのは罠カードの発動だけ。効果の発動までは阻めない」

「けれど、攻撃まで止められたわけじゃあない、よね?」

 

 その通りだ。半透明のロキの言葉に頷き、和輝は構わず攻撃命令を続行。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの螺旋の炎が一体目のシャドーベイルを撃破した。

 

「自身の効果で特殊召喚されたシャドーベイルは、フィールドを離れた時に除外されますね」

「次! スターダストで二体目のシャドーベイルを攻撃!」

 

 和輝は攻撃の手を緩めない。スターダストが上体をそらし、口腔に光の粒子を溜め込む、今にもその焦熱の一撃を叩き込もうとした刹那、虚空より飛来した半透明の剣がスターダストの胸板に直撃、その身を縫い付けてしまった。

 

「これは――――」

「Pモンスターではないスターダスト対象ならば、このカードが使えます。永続罠、幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)。このカードの対象となったスターダストは、攻撃できず、攻撃対象にならず、効果も発動できません。シャドーベイルには使い道がありますからね、守らせてもらいますよ」

「残念でしたー」

 

くすりと笑う平月。あからさまに嘲笑するナイアルラトホテップ。攻撃が通らなかったことに、エーデルワイスは不安げな表情を見せた。

 

「……カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

星読みの魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2400

Pスケール赤1/青1

P効果

(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのPモンスター1体のみが相手の効果で自分の手札に戻った時に発動できる。その同名モンスター1体を手札から特殊召喚する。

 

時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。

 

曲芸の魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK800 DEF2300

Pスケール赤2/青2

P効果

「曲芸の魔術師」のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのモンスターが効果で破壊された時に発動できる。Pゾーンのこのカードを特殊召喚する。

モンスター効果

(1):魔法・罠カードの発動が無効になった場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが戦闘で破壊された時に発動できる。このカードを自分のPゾーンに置く。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

グローアップ・バルブ 地属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK100 DEF100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

幻影騎士団シャドーベイル:通常罠

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力は300アップする。(2):このカードが墓地に存在する場合、相手の直接攻撃宣言時に発動できる。このカードは通常モンスター(戦士族・闇・星4・攻0/守300)となり、モンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する(罠カードとしては扱わない)。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻影霧剣:永続罠

フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。「幻影霧剣」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、対象のモンスターは攻撃できず、攻撃対象にならず、効果は無効化される。そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「幻影騎士団」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

「ぼくのターンですね」

「さて、和輝。これは少々まずい状況かもね」

 

 ドローする平月を見据えながら、ロキはそう呟いた。和輝も首肯した。

 

「シャドーベイルはフィールドを離れた時に除外されるが、フィールドにいてフィールドにいない時は、その限りではない」

「エクシーズモンスターの、ORU(オーバーレイユニット)、だね。あれはフィールドにいるのにフィールドにいない扱いだ。そのまま素材として取り除かれた場合、ゲームから除外されず墓地に行く」

「そしてまた、俺のダイレクトアタック時に壁として再利用できるってわけだ」

 

 無駄のない使い方だ、と吐き捨てる和輝。その眼前で、平月が動いた。和輝が予想した通りの動きだった。

 

「ぼくは、シャドーベイル二体でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 まるで指揮者のように両手を広げ、平月は高らかに告げた。さながら呪文を詠唱するように。

 平月のフィールド、二体のシャドーベイルが紫色の光となって、上空に展開された渦巻く銀河のような空間に飛び込んだ。

 

「恩讐の彼方より、来たれ反逆の牙よ! 漆黒の殺意をその身に宿し、己が復讐を成し遂げよ! 来たれダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

「なんだと!?」

 

 虹色の爆発。その向こうから現れたのは、和輝も使っているエクシーズドラゴン。

 漆黒の体躯、全身から迸る紫電、顎の下に生えた、槍のような突起、禍々しく刺々しい翼。尻尾が力強く地面を叩く。その周囲を旋回する二つの光球、即ちORU。

 

「さらに墓地のダスティローブの効果を発動。このカードを除外し、デッキから新たな幻影騎士団、ラギッドグローブを手札に加え、召喚します」

 

 平月のフィールドに現れた新たなモンスター。

 見た目は完全な人型ではなかった。下半身はなく、青白い炎が尻尾のように揺蕩っているのみ、黒ずんだ鎧姿、やけに巨大な、しかしぼろぼろ(ラギッド)なグローブ。表情のないほの暗い顔、頭から角のように生えている炎。

 

「そして、伏せていた永続罠、闇次元の解放を発動し、除外されている幻影騎士団ダスティローブを特殊召喚します」

 

 今度現れたのは、その名の通りボロボロに汚れたローブ。中に入っているのはやはり下半身のない、無表情の鬼火のような何か。

 そして重要なのが、どちらの幻影騎士団もレベル3であること。これでランク3のエクシーズ召喚の準備が整った。

 

「次です。ぼくはラギッドグローブとダスティローブでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 

 先ほどと同じくエクシーズエフェクトが走り、虹色の爆発が辺りを照らす。

 

「恩讐の彼方より、来たれ復讐の刃! 剣折れ、命尽き果てようとも、汝の怨嗟は尽きはしない! 来たれ幻影騎士団ブレイクソード!」

 

 新たに現れたのは、幻影騎士団のエクシーズモンスター。

 黒鉄(くろがね)色の鎧姿。下半身はなく、同じく黒鉄の馬と一体化したケンタウロススタイル。生身の肉体はなく、甲冑の隙間から漏れ出る鬼火のような青白い炎が、怨嗟の糸に操られて動く、生ける鎧(リビングアーマー)のように見えた。手にした切っ先の折れた剣が禍々しい邪気を放っている。

 

「ラギッドグローブを素材にしたため、ブレイクソードの攻撃力は1000アップします。さらにブレイクソードの効果を発動! ORUを一つ取り除き、ぼくの場にある対象のいなくなった闇次元の解放と、貴方のフィールドの伏せカードを破壊します!」

「スクラップ・ドラゴンのエクシーズ版かよ!」

 

 毒づきながらも、和輝はデュエルディスクのボタンを押した。彼の足元の伏せカードが翻る。

 

「チェーンして、セットしてあったデストラクト・ポーション発動! スターダストを破壊し、その攻撃力分、俺のライフを回復する!」

 

 硝子が砕け散るような音を立てて破壊されるスターダスト。攻撃にも防御にも使えないのなら、いっそ破壊し、ライフ回復に充てようという判断だった。

 そしてもちろん、和輝の狙いはそれだけではない。

 

「相手ターンに俺の魔法、罠が発動したこの瞬間、墓地のマジシャンズ・ローブの効果発動! このカードを、守備表示で特殊召喚する!」

 

 和輝のフィールドにぼんやりと現れる青白い人影。ただの人影ではなく、その影はブラック・マジシャンのローブを纏っていた

 

「ほう、相手ターンでも動きを止めませんか。ですがぼくもまた、止まりません。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果を発動します。ORUを二つ取り除き、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を吸収します」

 

 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの全身から放たれた紫電が茨のようにオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを捕え、その力を奪う。

 

「さらに、ぼくのフィールドに幻影騎士団が存在することにより、幻影騎士団サイレントブーツを自身の効果で特殊召喚。そして伏せていた幻影騎士団トゥーム・シールドを発動。このカードもまた、発動時にモンスターカードとなります」

 

 平月のフィールドに、次々とモンスターが展開される。サイレントブーツも、トゥーム・シールドも、ともにレベル3。

 

「来るよ、もう一度!」ロキの警告が走る。平月が両手を優雅に広げた。

「サイレントブーツとトゥーム・シールドでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 三度目のエクシーズエフェクトが走り、虹色の爆発が噴出。

 

「恩讐の彼方より、来たれ煉獄の旅人! 打ち捨てられし地を放浪し、汝の真実を見出すがいい! 出でよ彼岸の旅人ダンテ!」

 

 赤い軽装服姿。腰にナイフ、鞄、頭には月桂樹の冠姿。墓地肥しとバンプアップ可能な有能エクシーズモンスター。

 

「ダンテの効果発動。ORUを一つ取り除き、デッキトップからカードを三枚墓地に送り、攻撃力を1500アップ」

 

 墓地に落ちたのは、幻影騎士団ダーク・ガントレット、幻影騎士団クラックヘルム、幻影騎士団シェード・ブリタイカンだった。

 

「ならその効果にチェーンして、マジシャンズ・ローブの効果を発動。手札を一枚捨てて、デッキからブラック・マジシャンを守備表示で特殊召喚する。さらに今捨てた代償の宝札の効果で、二枚ドローだ」

 

 和輝も負けていない。やられっぱなしではいられないとばかりにマジシャンズ・ローブの効果を発動。デッキから現れたのは、和輝のデュエルに何度も登場している、黒衣を身にまとった美貌の魔導師。

 

「いいですね。ブラック・マジシャン。貴方のデッキのキーカード。早速呼び込みましたか」

「けれど残念。その状況では壁にしかならない。だよね?」

 

 ねっとりと、美女の姿をしたナイアルラトホテップが笑う。和輝は無言、ロキも無言。一人と一柱の表情から内心は読み取れない。

 そして、観戦していたエーデルワイスは不安げで、ルーは険しい表情だ。

 

「まぁ、ここは攻めの一手でしょう。バトルフェイズに入ります。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃!」

 

 歌うような攻撃宣言が走る。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが全身に紫電を纏い、飛翔。上空高く舞い上がり、一気に急降下。一個の巨大な弾丸と化した反逆の竜が、顎の下の突起を穂先に変えて突撃(チャージ)。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが放った抵抗の螺旋炎を貫き、その身さえも貫いた。

 

「がああああああああああああああああああああ!」

 

 2500のダメージフィードバック。事前にデストラクト・ポーションで回復していたので、ライフこそ初期値の8000に戻るだけだが、ダメージまで消せはしない。

 

「――――!」

 

 和輝の背後で、エーデルワイスが息を呑んだ。押し殺した悲鳴の気配。それが、膝をつきかけた和輝を奮い立たせた。

 膝をつくな、不安な姿を見せるな。俺の背後に何がいる? 不安で怯える女の子一人残して倒れるほど、男として情けなことはない!

 

「こ、こんなもの。へでもねぇぜ」

 

 にやりと笑ってみせる。あわよくば、相手に精神的プレッシャーがあればいいと、そう思った。

 だが平月もナイアルラトホテップも、それで動揺するほど軽い相手ではない。にやりと笑う和輝に対して、平月が慈愛さえ見える笑みを、ナイアルラトホテップが愉悦の笑みを浮かべた。

 

「意地を張るのも大変ですね。もっと猛攻に耐えたら、もっと意地の張り甲斐があると思いますよ? ダンテでマジシャンズ・ローブを、ブレイクソードでブラック・マジシャンを攻撃します」

 

 続く攻撃。ダンテが放った光の波動がマジシャンズ・ローブをあっけなく貫き、マジシャンズ・ローブは自身の効果によって除外された。

 さらにブレイクソードが下半身の馬を使って疾走。一瞬で距離を詰め、ブラック・マジシャンが何かをやるよりも早く、手にした剣を一閃。杖ごと胴を両断した。

 

 

 なんてことだろう。デュエルを観戦していたエーデルワイスは、和輝が敷いた布陣があっさりと瓦解していくのを見て、愕然とした気分に陥った。

 大型のドラゴン二体も、黒衣の魔法使いも、全て、全てた。平月のモンスターたちによって、一方的に打倒され、叩き伏せられ、蹂躙された。

 エーデルワイスはデュエルの手ほどきこそ受けていたが、その相手はファティマや家の人間ばかりで、地力はあれど実戦経験は少ない。ゆえに彼女は、初めて目にする「敵」とのデュエルに、完全に足がすくんでしまっていた。

 どうする、どうすればいい? 自分なんかが彼の助けになれるんだろうか? バロールに襲われた時だって、怖くて震えていることしかできなかったのに?

 

「怯えることはない、エーデルワイス」

 

 頭上からルーの声がかけられた。ファティマを抱えて腰を落としていた自分の背後で、腕を組んだ姿勢のルーが言う。

 

「見ろ、あの少年は戦士だ。戦士は怯えの表情を浮かべない」

 

 言われて、和輝の顔を見てみる。確かに、彼は自分のように怯えてはいなかった。どころか、ふてぶてしく笑ってさえいたのだ。

 

 

 和輝は口の端を吊り上げ、笑みを作った。精一杯ふてぶてしく見えるように、だ。

 

「その笑みもまた、意地の結果ですか?」

「さてどうだろうな?」

 

 不敵に返す。とにかく笑え。デュエリストなら、ピンチの時だろうと、なんだろうと。ふてぶてしく笑え、力強く。自分は大丈夫だと意地を張り続けろ。

 

「――――――バトルフェイズを終了します。この瞬間、ダンテは自身の効果で守備表示に変更されます」

「なら、俺もバトルフェイズ終了時に、手札のクリボーンの効果を発動だ。このターンに破壊されたブラック・マジシャンを復活させる」

 

 再び和輝のフィールドに現れるブラック・マジシャン。先程の破壊された様子さえも、何かのイリュージョンであるかのようにチッチッチと舌を鳴らして立てた人差し指を振り子のように左右に振った。

 

「なるほど、キーカードはそう簡単には手放さない、というわけですか。カードを二枚セットして、ターン終了です」

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

幻影騎士団ダスティローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK800 DEF1000

「幻影騎士団ダスティローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドに攻撃表示で存在する場合、フィールドの闇属性モンスター1体を対象として発動できる。このカードを守備表示にし、対象のモンスターの攻撃力・守備力は相手ターン終了時まで800アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団ダスティローブ」以外の「幻影騎士団」カード1枚を手札に加える。

 

幻影騎士団ラギッドグローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK1000 DEF500

「幻影騎士団ラギッドグローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードを素材としてX召喚した闇属性モンスターは以下の効果を得る。●このX召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は1000アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団」カードまたは「ファントム」魔法・罠カード1枚を墓地へ送る。

 

闇次元の解消:永続罠

(1):除外されている自分の闇属性モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊され除外される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

幻影騎士団ブレイクソード 闇属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF1000

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分及び相手フィールドのカードを1枚ずつ対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):X召喚されたこのカードが破壊された場合、自分の墓地の同じレベルの「幻影騎士団」モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしか特殊召喚できない。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

マジシャンズ・ローブ 闇属性 ☆2 魔法使い族:効果

ATK700 DEF2000

「マジシャンズ・ローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手ターンに手札から魔法・罠カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する。(2):このカードが墓地に存在する状態で、相手ターンに自分が魔法・罠カードの効果を発動した場合に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻影騎士団サイレントブーツ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK200 DEF1200

「幻影騎士団サイレントブーツ」の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「幻影騎士団」モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「ファントム」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

 

幻影騎士団トゥーム・シールド:通常罠

(1):このカードは発動後、通常モンスター(戦士族・闇・星3・攻/守0)となり、モンスターゾーンに攻撃表示で特殊召喚する(罠カードとしては扱わない)。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの表側表示の罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

彼岸の旅人 ダンテ 光属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK500 DEF2500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。(3):このカードが墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の「彼岸」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

クリボーン 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

(1):自分・相手のバトルフェイズ終了時にこのカードを手札から捨て、このターンに戦闘で破壊され自分の墓地へ送られたモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):相手モンスターの攻撃宣言時、墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「クリボー」モンスターを任意の数だけ対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンORU×0、攻撃力2500→3750

幻影騎士団ブレイクソードORU×1、攻撃力2000→3000

彼岸の旅人ダンテORU×1

 

 

「心配することはないぜ、コナーさん」

 

 できるだけ頼もしく見えるよう声を作って、和輝は背後のエーデルワイスに声をかけた。

 

「デュエルをしているとな、このくらいは日常茶飯事さ。見てな――――」

 

 にやりと笑う。少女の不安や怯えを、取り除けるように。

 

「こっから逆転さ」

 

 肩をすくめて、何でもないというように言って見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話:闇のカード

 ここから逆転する、と和輝(かずき)は言ってみたが、その胸中では違和感を覚えていた。

 たいてい――これは神々の戦争に限らず――、デュエルをしている場合、相手の胸中が何となく伝わってくることがある。

 もちろん言語化できないあやふやなものなので、だからどうしたというわけではない。

 洗脳でもされていない限り、人の感情が強く表に出てくる神々の戦争では特にそうだ。

 だがこいつからは、この黄泉野平月(よみのひらつき)からは、何も感じない。

 人間と戦っているというよりも、人の形をしているだけの不定形の何かと戦っているかのようだ。

 

 

和輝LP8000手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:星読みの魔術師、青:時読みの魔術師

場 ブラック・マジシャン(攻撃表示)

伏せ なし

 

平月LP8000手札1枚

場 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン(攻撃表示、攻撃力2500→3750、ORU(オーバーレイユニット):)、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ブレイクソード(攻撃表示、攻撃力2000→3000、ORU:幻影騎士団ラギッドグローブ、)、彼岸の旅人 ダンテ(守備表示、ORU:幻影騎士団トゥームシールド)

伏せ 2枚

 

星読みの魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2400

Pスケール赤1/青1

P効果

(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのPモンスター1体のみが相手の効果で自分の手札に戻った時に発動できる。その同名モンスター1体を手札から特殊召喚する。

 

時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

幻影騎士団ブレイクソード 闇属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF1000

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分及び相手フィールドのカードを1枚ずつ対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):X召喚されたこのカードが破壊された場合、自分の墓地の同じレベルの「幻影騎士団」モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしか特殊召喚できない。

 

彼岸の旅人 ダンテ 光属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK500 DEF2500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。(3):このカードが墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の「彼岸」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンORU×0、攻撃力2500→3750

幻影騎士団ブレイクソードORU×1、攻撃力2000→3000

彼岸の旅人ダンテORU×1

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 裂帛の気合を込めて、カードをドローする。エーデルワイスの不安を取り除くためにも、宣言通りこのターンで逆転まで持って行くつもりだった。

 

「さて、先程、コナー家のお嬢さんに、ここから逆転だと、おっしゃっていましたね」

 

 お手並み拝見とでも言いたげな微笑を浮かべて、平月が声をかけてきた。

 

「それもまた、貴方の意地ですか?」

「ああそうだ。それに、その意地を張り通すだけの自信もあるときたもんだ。

 ここからはギアを上げるぜ。ひとっ走り付き合えよ! 再び開け異界の門! ペンデュラム召喚! 現れろ俺のモンスターたち! エクストラデッキから、再び現れろ、曲芸の魔術師、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン! そして手札より出でよ、インフルーエンス・ドラゴン、凶星の魔術師!」

 

 天空より飛来する四つの光。光が晴れた時、既に一度現れた二色の眼の竜、軽業師の様な魔術師に加え、蒼い体躯に無機質な翼をはやした、竜人型のドラゴン――インフルーエンス・ドラゴン――と、ガスマスクの様な仮面に北斗七星と、それに寄り添う赤い凶星、アルコルを象った装束に身を包んだ魔術師――凶星の魔術師――が現れた。

 

「まずはこいつだ。レベル5の曲芸の魔術師に、レベル3のインフルーエンス・ドラゴンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚。緑の輪と白い光星、それを貫く光の道という、いつものシンクロエフェクトが走り、光の帳が辺りに落ちる。

 

「集いし八星(はっせい)が、覚醒へと至った魔導の(ともがら)を紡ぎ出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚、(まじな)いを唱えよ、覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)!」

 

 光の向こうから現れる人影。

 白い、ロングコートのような衣装に、白い鎧姿。時計の文字盤を二つに割ったような意匠の二振りの剣。涼やかで物静かな、覚者を思わせる佇まいの魔法使い。

 

「覚醒の魔導剣士が魔術師Pモンスターを素材にS召喚に成功したため、効果発動! 墓地の代償の宝札を手札に加える。

 さらに凶星の魔術師の効果発動! 手札を一枚捨て、俺のPゾーンの時読みの魔術師を破壊! そして一枚ドロー! さらに代償の宝札の効果で、追加で二枚ドロー!」

「おやおやおや、一気に三枚もドローとは。ディスアドバンテージがほとんどないね」

 

 呆れたような、感心したような声音のナイアルラトホテップ。平月もまた、「ギアを上げると、言っただけのことはありますね」と警戒の表情を作った。

 

「おいおい、これで終わりなわけがないだろう? 俺はさらに慧眼の魔術師をPゾーンにセッティングし、P効果を発動! Pゾーンの慧眼の魔術師(このカード)を破壊し、デッキからスケール8の竜穴の魔術師をPゾーンにセッティング!」

 

 時読みの魔術師が破壊されたと思ったのもつかの間、新たな魔術師、慧眼の魔術師も、青白い円柱の内部に自身のスケールである「4」を刻む間もなく破壊。新しく現れた寡黙な竜角の魔術師――竜穴の魔術師――の下に、「8」のスケールが表示された。

 

「竜穴の魔術師のP効果発動! 手札の相克の魔術師を捨て、あんたの右側の伏せカードを破壊する!」

 Pゾーンにいる竜穴の魔術師が、手にした杖を振るう。次の瞬間、平月の足元に伏せられたカードのうち、和輝から見て右側のカード、幻影翼(ファントム・ウィング)が音もなく朽ち果てるように破壊された。

 

「む……」怯む平月。

「オーケイ、ガンガン行っちゃおうよ、和輝!」はやし立てるロキ。

「おうよ!」応じる和輝。

「墓地のグローアップ・バルブの効果発動。デッキトップを墓地に送り、自身を特殊召喚。お、運がいいな。今墓地に送られたライトロード・メイデンミネルバの効果発動。さらにデッキトップからカードを一枚、墓地に送る」

 

 墓地に送られた黄泉路の魔術師を一瞥する和輝。この次以降のターンでとれる行動を頭の中に入れつつ、行動を続ける。

 確かに、昨日クリノに言われたとおり、全てを攻めに注ぎ込んだ場合、守りがおろそかになるだろう。実際、クリノの時も、六道(りくどう)の時も、一気にライフを削り切ろうとして決められず、逆転された。

 だからこそ、次の反撃に備えた一手を脳内で構築しつつ、動く。

 

「レベル7のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!」

 

 今度もまた、レベル8のシンクロ召喚。光の帳が辺りに満ちる。

 

「集いし八星が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 現れたのは、腹部と頭部、二つの顔を持つ、悪魔のごとき禍々しい暗黒竜。これもまた、閃珖竜スターダストと同じく、何度も和輝のデュエルに登場したドラゴンだ。

 

「さらにマジシャンズ・ロッドを召喚し、効果を発動。デッキから永遠の魂を手札に加える。ワンダー・ワンドをブラック・マジシャンに装備し、ダークエンド・ドラゴンの効果発動! 攻守を500下げ、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを墓地に送る!」

 

 パチン。和輝の指が弾かれる。それを合図にし、ダークエンド・ドラゴンの腹部の口が開かれ、そこから闇の奔流が放たれた。

 莫大量の闇は地面を走り、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンに肉薄。翼を使って上空に逃れようとする反逆の竜を、地面を走る闇が触手を伸ばし、捕え、引きずり落とし、飲み込んだ。

 

「バトル! 覚醒の魔導剣士でブレイクソードを攻撃!」

 

 和輝の攻撃宣言が下る。同時、地を蹴ってふわりと宙を駆ける魔導剣士。手にした二刀の剣が翻り、ブレイクソードに迫る。

 だが覚醒の魔導剣士の攻撃力は強化されたブレイクソードに届かない。

 

「自爆特攻、いや。確か一ターン目、闇くらましの宝札の時に墓地に落ちたのは――――」

「こいつだ! ダメージステップに墓地のスキル・サクセサー効果発動! このカードをゲームから除外し、覚醒の魔導剣士の攻撃力を800アップさせる!」

 

 攻撃力3300、彼我の戦力差は逆転した。覚醒の魔導剣士が放った剣閃がブレイクソードを切り刻む。

 ここぞとばかりにロキが叫ぶ。「まだまだ! もう一発さ!」

 応える和輝。「分かってる! 覚醒の魔導剣士のモンスター効果発動! 今戦闘破壊したブレイクソードの元々の攻撃力分のダメージを食らいやがれ!」

 和輝の叫び。応じるは二刀流の魔導剣士。

 二本の剣が白い輝きを放つ。

 次の瞬間、剣士が輝きの剣を振るい、その軌跡にとって、剣撃が()()()

 飛ぶ斬撃は白い光の一撃となって平月に直撃した。

 

「がっ!」

 

 平月の短い悲鳴が和輝たちの前方に流れていく。

 吹き飛ばされ、木々を薙ぎ倒して吹っ飛ばされていく平月。派手な音が連続して響き、倒壊した木々が地響きを立てる。

 

「んー? 今、彼避けるそぶりも見せなかったねぇ」

 

 粉塵舞い上がる中、怪訝な顔でロキが言う。ナイアルラトホテップは無言。ただその美貌に薄く、怪しげな笑みを貼りつかせているだけだ。

 

「いや、まったく。ひどい目にあいました」

 

 パンパンと体についた埃を払いながら、平月が戻ってきた。見たところ宝珠は無事だし、細かい裂傷はあれど、動きに支障をきたすような怪我をした様子はない。バトルフィールド内では身体能力の向上に加え、身体が頑強になるので、今の一撃も耐えられたのだろうか?

 

「さて、ブレイクソードは破壊されてしまいましたが、最後の効果が発動しています。ぼくの墓地からダスティローブとラギッドグローブをレベルを4にして、守備表示で特殊召喚します」

 

 幻影騎士団は倒れない。死してなおつながる結束は、魂だけとなっても紡がれ、同胞を呼ぶ。これでまた、平月の壁は厚くなった。

 

「和輝。引っかかる点はあるのかもしれないけれど、まだバトルフェイズは続いている。押し込んでしまえ」

「……そうだな。バトルを続けるぜ。俺はブラック・マジシャンでダンテを、マジシャンズ・ローブでダスティローブを、そして凶星の魔術師でラギッドグローブを攻撃!」

 

 続けざまの三連撃。ブラック・マジシャンの黒い稲妻が、マジシャンズ・ローブの白い稲妻が、そして凶星の魔術師が放つ青白い炎が、それぞれの対象モンスターを撃破する。

 これで一応は、平月のフィールドはがら空きになった。だが彼にはまだ盾がある。墓地から蘇る、不屈の盾が。

 

「ダークエンド・ドラゴンでダイレクトアタック!」

「当然、墓地のシャドーベイルの効果を発動し、二体のシャドーベイルをモンスターとして特殊召喚します」

 

 再び現れる亡霊騎士。そのうち一体が、ダークエンド・ドラゴンが頭部の口から放った黒い炎を受けて爆発炎上する。

 

「メインフェイズ2、ワンダー・ワンドの効果発動。このカードとブラック・マジシャンを墓地に送って、二枚ドローする。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

曲芸の魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK800 DEF2300

Pスケール赤2/青2

P効果

「曲芸の魔術師」のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのモンスターが効果で破壊された時に発動できる。Pゾーンのこのカードを特殊召喚する。

モンスター効果

(1):魔法・罠カードの発動が無効になった場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが戦闘で破壊された時に発動できる。このカードを自分のPゾーンに置く。

 

インフルーエンス・ドラゴン 風属性 ☆3 ドラゴン族:チューナー

ATK300 DEF900

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する事ができる。選択したモンスターはエンドフェイズ時までドラゴン族になる。

 

凶星の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1800 DE300

(1):1ターンに1度、手札を1枚捨て、自分または相手のPゾーンのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、自分はデッキから1枚ドローする。

 

覚醒の魔導剣士 闇属性 ☆8 魔法使い族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「覚醒の魔導剣士」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):「魔術師」Pモンスターを素材としてこのカードがS召喚に成功した場合、自分の墓地の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

慧眼の魔術師 光属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1500 DEF1500

Pスケール赤5/青5

P効果

(1):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「EM」カードが存在する場合に発動できる。このカードを破壊し、デッキから「慧眼の魔術師」以外の「魔術師」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

(1):このカードを手札から捨て、自分のPゾーンの、Pスケールが元々の数値と異なるカード1枚を対象として発動できる。そのカードのPスケールはターン終了時まで元々の数値になる。

 

竜穴の魔術師 水属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK900 DEF2700

Pスケール赤8青8

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードが存在する場合、手札のPモンスター1体を捨て、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

モンスター効果

なし

 

グローアップ・バルブ 地属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK100 DEF100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

ライトロード・メイデンミネルバ 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

ATK800 DEF200

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の「ライトロード」と名のついたモンスターの種類以下のレベルを持つドラゴン族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。このカードが手札・デッキから墓地へ送られた時、自分のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

マジシャンズ・ロッド 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF100

「マジシャンズ・ロッド」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。(2):このカードが墓地に存在する状態で、自分が相手ターンに魔法・罠カードの効果を発動した場合、自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。

 

ワンダー・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上のこのカードを装備したモンスターとこのカードを墓地へ送る事で、デッキからカードを2枚ドローする。

 

スキル・サクセサー:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。

 

幻影騎士団ダスティローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK800 DEF1000

「幻影騎士団ダスティローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドに攻撃表示で存在する場合、フィールドの闇属性モンスター1体を対象として発動できる。このカードを守備表示にし、対象のモンスターの攻撃力・守備力は相手ターン終了時まで800アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団ダスティローブ」以外の「幻影騎士団」カード1枚を手札に加える。

 

幻影騎士団ラギッドグローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK1000 DEF500

「幻影騎士団ラギッドグローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードを素材としてX召喚した闇属性モンスターは以下の効果を得る。●このX召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は1000アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団」カードまたは「ファントム」魔法・罠カード1枚を墓地へ送る。

 

幻影騎士団シャドーベイル:通常罠

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力は300アップする。(2):このカードが墓地に存在する場合、相手の直接攻撃宣言時に発動できる。このカードは通常モンスター(戦士族・闇・星4・攻0/守300)となり、モンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する(罠カードとしては扱わない)。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

和輝LP8000手札2枚

平月LP8000→7700→5700手札1枚

 

 

「凄い……」

 

 和輝の逆転を見て、エーデルワイスは我知らず呟いていた。胸が高鳴る。これは恐怖からではない。高揚からくる鼓動だ。

 これが、デュエル。

 エーデルワイスは今、初めて目の当たりにする、本気の戦い、相対者同士の魂が激突する儀式に見入っていた。

 和輝の背中を見る。神々の戦争に関わっている一点から、エーデルワイスはデュエルがあまり好きではなかった。

 父の命で学び、ファティマに誘われて練習がてらプレイしていた。

 だがバロールの恐怖によって、デュエルそのものに忌避感を抱いていたのは事実だ。

 その忌避感が、今は徐々に氷解していっている。和輝が不敵に笑う、その姿を見たからだと、自然と分かった。

 そして、憧れた。ああいう風になってみたい。逆境でも、誇り高く胸を張れるように――――。

 いつしか自然に、エーデルワイスはそう思っていた。

 

 

「ぼくのターンですね、ドローします」

 

 ライフもフィールドも逆転されたとはいえ、平月の表情に焦りの色はない。にこりと笑い、戦場を見据える。

 

「ほーうほほーう。ずいぶんへこまされたものだねぇ」

 

 背後から、ナイアルラトホテップが笑う。その姿がまた変わっていた。

 今度の姿は黄色の髪、青い瞳、恰幅のいい身体を黒いタキシードに詰め込んだ壮年の紳士。顔に柔和な笑みを浮かべ、言う。

 

「さてさてさーて。どうするどうするどうするね? 平月」

「決まっています。逆転に次ぐ逆転。これぞデュエルの醍醐味ですよ。強欲で貪欲な壺を発動します。デッキトップからカードを十枚、裏側のまま除外し、二枚ドロー」

「新登場したドローソースだけど、相変わらず、ふざけた効果だよねぇ」

「かの禁止カード、強欲な壺に匹敵する、な」

 

 あきれ顔の和輝とロキ。一方平月は、ドローした二枚のうち、一枚を眺めて思案する。

 サイクロン。言わずと知れた魔法罠破壊カード。

 和輝が前のターンに伏せたカードは、マジシャンズ・ロッドの効果でサーチした永遠の魂の可能性が高い。前のターン二枚ドローのためとはいえ、攻撃力3000のブラック・マジシャンを切り捨てたことからも、その推測の根拠を強めていた。永遠の魂によって何度でも復活できるなら、ブラック・マジシャンの切り捨てはなんら痛くもかゆくもない。

 

「ま、使ってみればわかりますね。サイクロン発動。貴方の伏せカードを破壊します」

 

 ヒュンと風切り音が響く。疾風の刃が和輝の足元の伏せカードを切り裂こうと迫る。だが――――

 

「これが、永遠の魂だと思ったか? 外れだぜ! チェーンして砂塵の大竜巻発動! お前の伏せカードを破壊する!」

「む――――」

 

 目を丸くする平月。その眼前で、和輝の足元の伏せカードが翻る。

 発生する砂交じりの竜巻が。サイクロンと交錯。平月の伏せカードめがけて迫る。

 

「ならばこちらもチェーン。対象となった幻影騎士団ダーク・ガントレットを発動。発動時の効果により、デッキから幻影剣(ファントム・ソード)を墓地に送ります」

 

 互いの対象カードが翻り、効果を発揮。そして互いに破壊された。結果、二人のカードは無駄うちに終わった。

 否、和輝のほうはそうでもない。

 

「砂塵の大竜巻の効果により、手札の魔法、罠を一枚セットするぜ」

 

 今度こそが本命、永遠の魂か。平月はそう考えた。

 

「ほーうほーうほほーう。うまく誘導されたな平月ー。どうするね?」

「だったら、こうするまでです。墓地の幻影剣の効果を発動。墓地のこのカードを除外し、ぼくの墓地から幻影騎士団フラジャイルアーマーを特殊召喚します。

 そして、フラジャイルアーマーとシャドーベイルでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エクシーズエフェクトが走り、二体のモンスターが闇属性を表す紫の光の変換。頭上の渦巻く銀河のような空間に向かって飛びこんだ。

 

「恩讐の彼方より、来たれ魔曲の指揮者! 禍々しき指揮棒(タクト)を操り、世界を絶望の音色で包め! 来たれ交響魔人マエストローク!」

 

 虹色の爆発。その向こうから現れたのは、指揮棒を思わせる剣を手に取り、燕尾服を思わせる戦鎧に身を包んだ青年の姿をした魔人。その周囲を衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU。

 

「まだ行きますよ。墓地の幻影霧剣と幻影翼の効果発動。墓地のこれらのカードを除外し、墓地から幻影騎士団ダスティローブ、幻影騎士団ラギッドグローブを特殊召喚。

 そして、二体の幻影騎士団でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れよ、二体目の幻影騎士団ブレイクソード!」

「ッ! そいつは!」

 

 破壊されれば同胞を墓地より引きずり出し、自身の効果で相手のカードも破壊できるランク3モンスター。しかも、今回もまた、ラギッドグローブを素材にしたことで、攻撃力が1000アップしている。

 

「ブレイクソード効果発動。ORUを一つ取り除き、ぼくのマエストロークと、岡崎さんの伏せカードを破壊します。もっとも、ぼくはマエストロークの効果を発動しますがね。破壊の代わりにORUを一つ取り除きます」

 

 再び閃くブレイクソードの破壊の力。それにより、今度こそ和輝の伏せカード、永遠の魂が破壊された。そして、マエストロークは自身の力によって、破壊を免れた。

 

「くそ!」

「やはり、今度こそ永遠の魂を伏せていましたか。では、マエストロークのもう一つの効果を発動しましょう。ORUを一つ取り除き、凶星の魔術師を裏側守備表示に変更します」

 

 マエストロークのタスク型の剣が振るわれる。次の瞬間、凶星の魔術師の周囲を闇が覆っていく。

 闇が晴れた時、魔術師の姿は裏側守備表示に変更されていた。

 

「これは、まずいかな? 攻撃力のダウンしたダークエンド・ドラゴンじゃブレイクソードの敵じゃないし、凶星の魔術師は裏守備になっちゃったからマエストロークで撃破される」

 

 ロキの言うことはもっともだった。だが彼も和輝も、失念していた。ここで、平月の展開が終わったわけではないということを。

 

「まさかこれで終わりだとでも? 先ほどの岡崎さんの展開、戦術、攻撃への返礼です。ぼくの展開もまだ終わりませんよ。墓地のサイレントブーツの効果を発動します。このカードを除外し、デッキからRUM(ランクアップマジック)-幻影騎士団ラウンチを手札に加えます。さらに魔法カード、死者蘇生を発動。墓地からダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを蘇生。そして、今手札に加えた幻影騎士団ラウンチを発動! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをランクアップさせます!」

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのランクアップ体だと!?」

 

 驚愕の声を上げる和輝。それもそのはず、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのランクアップ体。それは、和輝も知らないカードだったからだ。

 レアすぎて存在が確認されていなかったか、あるいは最近新たに生産されたカードなのかは定かではないが、とにかく平月が発動したカードが効力を発揮する。

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 

 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの身体に罅が入った。罅はどんどん大きくなり、黒竜の全身を包み込む。

 一瞬の沈黙。次の瞬間、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの身体が砕け散り、中から新たなドラゴンが姿を現す。

 

「恩讐の彼方より、来たれ怨嗟の黒竜! その力で数多の生命を塵芥と変え、何者もいなくなった大地で孤独な鎮魂歌を奏でよ! 来たれダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴン!」

 

 現れたドラゴンは、全体の印象はダーク・リベリオン・レクイエム・ドラゴンと似通っていた。

 より攻撃的になったフォルム、ステンドグラスを思わせる色彩と材質の、無機質な両翼。骨を思わせる白い外骨格が追加された姿は、より禍々しさが強調されている。

 

「攻撃力3000、いや、そいつがダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの進化体ってことは、当然――――」

「はい。効果の方も共通、どころか、強化されていますよ。それを今お見せしましょう。ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンの効果発動! ORUを一つ取り除き、覚醒の魔導剣士の攻撃力を0にし、その数値分、自身の攻撃力をアップさせます!」

「!?」

 

 愕然とする和輝の眼前、漆黒の魔竜が放った黒い雷が、覚醒の魔導剣士を捕え、その力を奪い取る。

 これで覚醒の魔導剣士の攻撃力は0。半面、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力は5500にまで上昇した。

 

「さて、これで貴方の軍勢を殲滅するに足る戦力は整いましたが、まだですね。どうせなら徹底的にやりましょう。

 墓地のダスティローブの効果を発動。このカードを除外し、デッキから二枚目のサイレントブーツをサーチ。自身の効果により特殊召喚します。そして、ネクロ・ガードナーを召喚。サイレントブーツとネクロ・ガードナーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 四体目のXモンスター。その正体は――――

 

「恩讐の彼方より、出でよ影の魔軍! その分身は眷属となり、世界を埋め尽くすだろう! 来たれNo.(ナンバーズ)48 シャドー・リッチ!」

 

 現れたのは死神然としたモンスター。赤いボロボロのローブに骨だけの身体、そして身の丈ほどの大鎌。鎌に自身のナンバーである48。

 

「これで軍勢は整いました。それでは、バトルです。シャドー・リッチで裏守備表示の凶星の魔術師を、マエストロークでマジシャンズ・ロッドを、それぞれ攻撃します」

 

 第一波は二体の低攻撃力Xモンスター。シャドー・リッチの鎌が、マエストロークの剣が、それぞれの標的を容赦なく切り裂く。

 

「く……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックに顔を顰める和輝。だが真のダメージはこれからだ。

 

「次ですよ。ブレイクソードでダークエンド・ドラゴンを、そして、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンで覚醒の魔導剣士を攻撃です」

 

 第二波が迫る。ブレイクソードの剣撃がダークエンド・ドラゴンの首を切り落とし、次にダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンのステンドグラスのような翼から、紫の光線が発射される。

 光線は一度天高く突き上がり、急反転。流星のように覚醒の魔導剣士へと降り注いだ。

 

 

「があああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 激痛が和輝の全身を貫いた。

 心臓を、脳を、骨の一本一本、神経の一つ一つを焼き尽くすような激痛に、頭が真っ白になる。何が起こったのか理解するより先に、身体がぐらりと傾いた。

 和輝の主観では、地面が急に近づいてきた。客観的には、なすすべなく倒れるだけだった。

 

「あ――――――か――――――?」

 

 何が起きたのか? 和輝は理解できなかった。過去にも神々の戦争で、大ダメージを受けたことはあった。ダイレクトアタックは意識が飛びそうだったし、ダメージのフィードバックも、受ける数値が大きければ大きいほど痛みもまた大きくなった。

 5500のダメージ。ああ確かに、意識が飛びそうになるほどだろう。

 だが、これはいくら何でもおかしい。ここまでのダメージのはずがない。激痛で意識が遠ざかる。そして、そこから更なる激痛の波が押し寄せ、無理矢理覚醒させられた。

 気絶の覚醒のループループ。モンスターが完全に破壊され、痛みが余韻だけを残すようになっても、まだ立ち上がれなかった。血液が残らず電流に変わったかのようで、体中が痺れて思うように動けない。無様に末端部だけを蠢かせるその様は、さながら手足をねじくらせた焼死体か。

 

「和輝! しっかりするんだ!」

 

 ロキの声が脳内に響く。が、声は和輝にとって意味をなさず、ただ脳内をガンガンと反響するノイズに過ぎなかった。

 やめてくれ。頭が痛いんだ。これ以上響かせて、余計に痛くしないでくれ。

 ドクンドクン。心臓の鼓動が弱まってしまう。これ、は、死――――――――――――

 

「岡崎さん!」

 

 エーデルワイスの悲痛な叫びが耳朶を打つ。それが、空白(ブランク)の意識だった和輝の覚醒を促した。

 

「グ……お……」

 

 何とか四肢に力を入れる。相変わらず無様にふるえていたが、何とか肘を立て、体を上に持ち上げる。

 ガリガリと何度か地面をこすりながらも、何とか爪先で地面をひっかけ、膝を立て、もっと体を持ち上げる。

 

「なん……だ……。この……ダメージ……は……?」

 

 それが和輝の疑問だ。いくらなんでも、受けたダメージが大きすぎる。体が動かなくなるほどとは、どう考えてもおかしい。神々の戦争のダメージに上乗せされて、何らかの力が働いたとしか思えない。

 

「ほう、耐えましたか。さすがさすが。七年前、そして今に至るまでの闘いの日々、どうやら、岡崎さんは生き残ることに特化しているようだ」

 

 驚嘆と賛嘆の念を惜しまず、拍手さえして見せる平月。そのまままるで生徒を指導する教師のように、右手の人差し指を立て、くるくるとまわして渦を作り始めた。

 

「察しの通り、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンはただのカードではありません。聞いたことがありませんか? 実際に対戦相手にダメージを与える、闇のカードの存在について」

 

 それは、デュエルモンスターズにまつわるオカルトの噂の一つだった。

 カードの精霊、神のカードのような曖昧なものではなく、ネット上では実際に被害が出たという情報もある、前記二つよりはいくらか情報源のある噂だった。

 

「つまり、君が使ったダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンは闇のカードで、今の和輝のダメージはバトルフィールド内のダメージと、闇のカードのダメージの相乗効果ってわけかい?」

「そうそうそうなのだよ」答えるナイアルラトホテップ。にやにや人を食った笑いを消さず、

「それにしても、それにしても素晴らしい! 何しろ、ほかの参加者はこれを食らった瞬間、心臓麻痺でぽっくり逝ってしまったからね! すごいすごい!」

 

 楽しそうに、嬉しそうに手を叩きはやし立てるナイアルラトホテップ。やっと体に力が戻ってきた和輝は、「ふん!」と気合の声を上げて体を完全に持ち上げ、笑い、拍手をやめないナイアルラトホテップを睨みつけた。

 

「ふざけた野郎だ。ぜってぇぶちのめしてやる」

「はっはー。その気概もまた面白い」

 

 和輝の殺気が籠った眼差しにも動じず、ナイアルラトホテップは笑いをやめない。しかもどこから取り出したのか、箱いっぱいのポップコーンを取り出して食べだす始末だ。

 

「じゃ、君の逆転劇を、最前列で鑑賞させてもらおう」

 

 どこまでも人を食った混沌の邪神の姿。和輝は大きく息を吐き出しその姿をシャットアウト。デュエルに思考を集中させる。

 

「ぼくはこれでターン終了です」

 

 

強欲で貪欲な壺:通常阿呆

「強欲で貪欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

サイクロン:速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

砂塵の大竜巻:通常罠

(1):相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。その相手のカードを破壊する。その後、手札から魔法・罠カード1枚をセットできる。

 

幻影騎士団ダーク・ガントレット:通常罠

(1):デッキから「ファントム」魔法・罠カード1枚を墓地へ送る。(2):自分フィールドにカードが存在しない場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に墓地で発動できる。このカードは効果モンスター(戦士族・闇・星4・攻300/守600)となり、モンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する(罠カードとしては扱わない)。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。(3):このカードの効果で特殊召喚したこのカードの守備力は、自分の墓地の「ファントム」魔法・罠カードの数×300アップする。

 

幻影剣:永続罠

フィールドの表側表示モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。「幻影剣」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):対象のモンスターの攻撃力は800アップし、戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊できる。そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「幻影騎士団」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻影騎士団フラジャイルアーマー 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF2000

「幻影騎士団フラジャイルアーマー」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドの表側表示の「幻影騎士団」モンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):墓地のこのカードを除外し、手札の「幻影騎士団」カードまたは「ファントム」魔法・罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

交響魔人マエストローク 闇属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK1800 DEF2300

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の「魔人」と名のついたエクシーズモンスターが破壊される場合、代わりにそのモンスターのエクシーズ素材を1つ取り除く事ができる。

 

幻影霧剣:永続罠

フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。「幻影霧剣」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、対象のモンスターは攻撃できず、攻撃対象にならず、効果は無効化される。そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「幻影騎士団」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻影翼:永続罠

「幻影翼」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は500アップし、このターンに1度だけ戦闘・効果では破壊されない。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「幻影騎士団」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

幻影騎士団ダスティローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK800 DEF1000

「幻影騎士団ダスティローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドに攻撃表示で存在する場合、フィールドの闇属性モンスター1体を対象として発動できる。このカードを守備表示にし、対象のモンスターの攻撃力・守備力は相手ターン終了時まで800アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団ダスティローブ」以外の「幻影騎士団」カード1枚を手札に加える。

 

幻影騎士団ラギッドグローブ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK1000 DEF500

「幻影騎士団ラギッドグローブ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードを素材としてX召喚した闇属性モンスターは以下の効果を得る。●このX召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は1000アップする。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「幻影騎士団」カードまたは「ファントム」魔法・罠カード1枚を墓地へ送る。

 

幻影騎士団ブレイクソード 闇属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF1000

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分及び相手フィールドのカードを1枚ずつ対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):X召喚されたこのカードが破壊された場合、自分の墓地の同じレベルの「幻影騎士団」モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしか特殊召喚できない。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

幻影騎士団サイレントブーツ 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK200 DEF1200

「幻影騎士団サイレントブーツ」の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「幻影騎士団」モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「ファントム」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

 

RUM-幻影騎士団ラウンチ:速攻魔法

(1):自分・相手のメインフェイズに、自分フィールドのX素材の無い闇属性Xモンスター1体を対象として発動できる。その自分のモンスターよりランクが1つ高い闇属性Xモンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚し、このカードを下に重ねてX素材とする。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、自分フィールドの闇属性Xモンスター1体を対象として発動できる。手札の「幻影騎士団」モンスター1体を、そのモンスターの下に重ねてX素材とする。

 

ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク5 ドラゴン族:エクシーズ

ATK3000 DEF2500

レベル5モンスター×3

(1):このカードが「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン」をX素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を0にし、その元々の攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。●相手がモンスターの効果を発動した時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。その発動を無効にし破壊する。その後、自分の墓地のXモンスター1体を選んで特殊召喚できる。

 

ネクロ・ガードナー 闇属性 ☆3 戦士族:効果

ATK600 DEF1300

(1):相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 

No.48 シャドー・リッチ 闇属性 ランク3 アンデット族:エクシーズ

ATK1800 DEF0

レベル3モンスター×2

相手ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。自分フィールド上に「幻影トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守500)1体を特殊召喚する。また、自分フィールド上に「幻影トークン」が存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象にできない。このカードの攻撃力は、自分フィールド上の「幻影トークン」の数×500ポイントアップする。

 

交響魔人マエストロークORU×0

ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンORU×1、攻撃力3000→5500

幻影騎士団ブレイクソードORU×1、攻撃力2000→3000

No.48 シャドー・リッチORU×2

 

 

和輝LP8000→7800→6900→1400手札1枚

平月LP5700手札0枚

 

 

「俺のターン!」

 

 ドローしたカードを睨むように見るも、和輝の手札に逆転の手段はない。

 

「俺は補給部隊を発動し、エクストラデッキから四体のモンスターを守備表示でペンデュラム召喚! これでターンエンドだ!」

「ならば、貴方のエンドフェイズにシャドー・リッチの効果を発動しましょう。ORUを一つ取り除き、ぼくのフィールドに幻影トークンを一体、守備表示で特殊召喚しますよ」

 

 和輝の壁として現れる曲芸の魔術師、時読みの魔術師、慧眼の魔術師、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。完全な防戦一方の構えだが、和輝に諦めの感情はない。

 今勝てないのなら、守りを固めろ。凌げ、防げ、とにかく、死なないことだけを考えろ。

 反撃の機会を信じ続けろ。耐え続けろ。そして最後に、その牙を敵の喉元に突き立てろ。

 和輝は勝つための道筋を必死に模索していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話:繋ぐ道筋

「ぼくのターン! 幻影トークンを攻撃表示に変更し、バトル! 行きなさい、ぼくのモンスターたち!」

 

 平月(ひらつき)の攻撃命令が下る。号令一下、彼のモンスターが一斉に和輝(かずき)のモンスターに殺到する。

 マエストロークの指揮棒(タクト)型の剣が時読みの魔術師を切り裂き、シャドー・リッチの大鎌が慧眼の魔術師を両断し、ブレイクソードの剣が曲芸の魔術師の首を落とした。

 そして極めつけ、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンが放った紫の光の奔流がオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを飲み込み、消滅させた。

 

「糞ったれ! 補給部隊の効果で一枚ドローだ!」

 

 全滅だ。全て守備表示でP召喚していたので問題ないが、戦況は確実に和輝に不利に働いていた。

 

「最後です。幻影トークンで、岡崎(おかざき)さんにダイレクトアタック!」

 

 がら空きになった和輝のフィールドを、出来損ないの影絵のようなモンスター――幻影トークン――が疾走。鉤爪のように見える右腕らしき部分を振り下ろした。

 

「くっ!」

 

 とっさのバックステップで回避。着地と同時に視線を幻影トークンへ。追撃が来るかと身構えたが、トークンはその場でくるりと反転、ふわふわと浮遊して平月のフィールドに戻っていった。

 

「メインフェイズ2に入ります。ブレイクソードの効果を発動。ORU(オーバーレイユニット)を一つ取り除き、ぼくの場の幻影トークンと、岡崎さんの竜穴の魔術師を破壊します」

 

 ブレイクソードの二度目の効果が発動。翻った剣の一閃が、平月のフィールドの幻影トークンと、和輝のPゾーンにあった竜穴の魔術師を両断、破壊した。

 

「ターン終了です」

 

 

 平月の猛攻により、和輝の壁はあっさりと瓦解した。和輝は苦虫をかみ殺したような表情を浮かべる。

 戦況は、はっきり言って和輝に不利だ。ついにライフは三桁に突入したし、Pスケールも崩された。これでは次のターン、壁を呼んで命をつなぐこともできない。

 絶体絶命の四文字が頭をちらつく。

 それでも和輝は膝を折らない。いつしか口の端に笑みが浮かんだ。

 これはエーデルワイスを不安にさせてはならないという心持に加え、相手に与えるプレッシャーでもある。

 俺はまだ戦える。俺はまだ、力を残しているぞ。そう訴えているかのようだった。

 

 

和輝LP1400→900手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:星読みの魔術師、青:なし

場 永続魔法:補給部隊

伏せ なし

 

平月LP5700手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 交響魔人マエストローク(攻撃表示、ORU:なし)、幻影騎士団ブレイクソード(攻撃表示、攻撃力2000→3000、ORU:なし)、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴン(攻撃表示、攻撃力3000→5500、ORU:ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン)、No.48 シャドー・リッチ(攻撃表示、ORU:幻影騎士団サイレントブーツ、)、

伏せ なし

 

星読みの魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2400

Pスケール赤1/青1

P効果

(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのPモンスター1体のみが相手の効果で自分の手札に戻った時に発動できる。その同名モンスター1体を手札から特殊召喚する。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

交響魔人マエストローク 闇属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK1800 DEF2300

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の「魔人」と名のついたエクシーズモンスターが破壊される場合、代わりにそのモンスターのエクシーズ素材を1つ取り除く事ができる。

 

幻影騎士団ブレイクソード 闇属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF1000

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分及び相手フィールドのカードを1枚ずつ対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):X召喚されたこのカードが破壊された場合、自分の墓地の同じレベルの「幻影騎士団」モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしか特殊召喚できない。

 

ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク5 ドラゴン族:エクシーズ

ATK3000 DEF2500

レベル5モンスター×3

(1):このカードが「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン」をX素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を0にし、その元々の攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。●相手がモンスターの効果を発動した時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。その発動を無効にし破壊する。その後、自分の墓地のXモンスター1体を選んで特殊召喚できる。

 

No.48 シャドー・リッチ 闇属性 ランク3 アンデット族:エクシーズ

ATK1800 DEF0

レベル3モンスター×2

相手ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。自分フィールド上に「幻影トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守500)1体を特殊召喚する。また、自分フィールド上に「幻影トークン」が存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象にできない。このカードの攻撃力は、自分フィールド上の「幻影トークン」の数×500ポイントアップする。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 和輝はドローカードを一瞥で確認。すぐさまそのカードをデュエルディスクにセットした。

 

「闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、暗黒竜コラプサーペンを除外する。さらに調和の宝札を発動。ガード・オブ・フレムベルを捨てて、二枚ドロー」

 

 立て続けに発動されるドローカード。それだけ和輝が手詰まりであり、逆転のカードを手にしようと足掻いているのが分かった。

 

「ここにきてドローブーストの連続かぁ。残念だ。ここは一発で決めてほしい。そんなに可能性とやらに縋りたいのかね? みっともない。無様だ。醜い。哀れだ。そういうのを、悪あがきというのではないかね?」

 

 ナイアルラトホテップのヤジが飛ぶ。だがエーデルワイスは、ドローして、ドローを積み重ねて、可能性に縋る和輝の姿をみっともないとは思わなかった。

 和輝の目に絶望はない。彼は信じているのだ。可能性を突き詰めていけば、必ず勝利への道筋が見えるのだと。

 勝利。そのために今できる事を精一杯やって、足掻いているその姿を、エーデルワイスはナイアルラトホテップが言うように醜いものだとは思わない。寧ろ、可能性という、先の見えない暗闇に必死に手を伸ばし続けるその姿は勇気に触れていた。

 ひたむきに、ただ前だけを見据えて可能性を掴みにかかり続けるその姿を――――

 

「貪欲な壺発動。墓地のスターダスト、覚醒の魔導剣士、ダンディライオン、相克の魔術師、クリボーンをデッキに戻して二枚ドロー!」

 

 美しいと思った。

 

 

 貪欲な壺によるドローカードを確認し、和輝の動きが止まった。

 静かに目を閉じる。和輝の頭を駆け巡るのは、今の手札で取れる戦術。

 どう展開し、どう攻撃し、相手がどう対処するのかをシミュレーションする。

 こちらの攻撃に対して、相手の防御手段は何か。思考し、想定し、そして確定させる。

 その結果、勝利までたどり着けるか否か。

 勝利は是か非か。

 和輝の結論は、是だった。

 

「さてさてさーて。三連続ドローして、可能性に縋って、果たして勝利への道は見えたかね?」

 

 にやにや笑いで、ナイアルラトホテップが言う。ポップコーンを頬張るその姿に、和輝は不敵な笑みで答えた。

 

「ご期待に応えてやるよ。ここからは俺のステージだ!」

 

 宣言と同時、和輝はデュエルディスクにカードをセットした。

 

「まずは墓地の強欲なカケラとワンダー・ワンドを除外して、黒魔術の継承を発動。デッキから黒の魔導陣を手札に加える。

 そしてペンデュラム・コールを発動! 二枚目の代償の宝札を捨てて、デッキから過去視の魔術師と降竜の魔術師を手札に加える! さらに代償の宝札の効果で二枚ドロー!」

「ほう。ここにきてさらにサーチカードを二連発ですか。おまけに更なるドロー」

 

 顎先に指をあて、鑑賞するかのように平月が言う。ナイアルラトホテップは無言だが、ポップコーンを頬張り、コーラを飲んで興味津々といった風に和輝の一挙手一投足を観察している。まるで面白い映画を鑑賞しているかのようだ。

 和輝はそれらをすべて無視し、手を推し進める。

 

「スケール8の過去視の魔術師を、Pゾーンにセッティング! これで俺は再び、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能となった!」

 

 和輝のPスケールが再び完成する。星読みの魔術師の相方に選ばれたのは、左目に金属製の眼帯をした、黒いローブを身にまとった浅黒い肌の老魔術師。白い髭が口元を隠し、露わになっている銀色の瞳が鋭い眼差しで平月を見据える。

 

 

「振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、竜穴の魔術師、時読みの魔術師! 手札からはせ参じよ、降竜の魔術師、バスター・ブレイダー!」

 

 天空に描かれた光のアークが、異界への門を作りだす。

 門を通じて現れる五つの光。

 光が晴れた時、そこにはこれまで登場した一体のドラゴンに二体の魔術師に加え、黒鉄(くろがね)色の鎧に身を包んだ竜破壊の剣士と、まるでベルトを紡ぎ合わせたような独特な形状の衣装に、同じく独特な形状の魔女帽子、杖姿の魔術師が現れた。

 平月たちが何かを言うよりも早く、和輝は手を推し進める。もうこれ以上、あのコンビに余計な口は挟ませない。

 

「黒の魔導陣を発動。発動時の効果でデッキトップ三枚を確認する。――――俺は、カードテキストにブラック・マジシャンの表記がある、ティマイオスの眼を手札に加える。

 竜穴の魔術師とバスター・ブレイダーでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 このデュエル初の、和輝によるエクシーズ召喚。和輝の頭上に、平月が何度も展開させた渦巻く銀河を思わせる空間が展開。その空間に、降竜の魔術師が紫の、バスター・ブレイダーが黄色の光になって飛び込んだ。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 虹色の爆発が起こり、現れたのはブラック・マジシャンに酷似した、しかしブラック・マジシャンとは違う、青みがかったローブを纏った褐色の肌をした魔導師。その周囲を衛星のように線化する二つの光球は、ORUだ。

 

「幻想の黒魔導師の効果発動! ORUを一つ取り除き、デッキから二枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

「おっと、そうはさせませんよ! ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンの効果発動! ORUを一つ取り除き、幻想の黒魔導師の効果を無効にし、さらに墓地からダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを守備表示で特殊召喚します!」

 

 和輝のカードさばきに、平月が待ったをかけた。同時、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンのステンドグラス状の翼が怪しげな光を放つ。

 光を受けた幻想の黒魔導は苦しげに胸を抑えて呻きだし、やがて硝子が砕けるような音を立てて破壊されてしまった。

 そして破壊された幻想の黒魔導の転生体とでもいうように、平月の墓地から、彼のダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが復活してしまった。

 また、補給部隊の効果で、和輝も一枚のドローを得た。

 

「モンスター効果の妨害だけじゃなくて、墓地からのモンスター蘇生効果も持っていたのか……」と苦い表情のロキ。

「俺のエクシーズ召喚は実質無駄うちか」と、同じく表情を歪める和輝。

「貴方の場には黒の魔導陣がある。あれはブラック・マジシャンが場に出るたびに、こちらの戦力を削ってくる。残念ながら、ぼくの場に魔法、罠を除去するカードはありませんので、こうしてブラック・マジシャンを呼び出す危険性のあるモンスター効果を潰させてもらいます」

 

 平月の言うことはもっともだ。みすみすアドバンテージを取られる様なカードを放置はしないだろう。ましてやブラック・マジシャンは和輝のデッキの主力モンスター。このカードの派生やコンボカードがデッキの中枢を担っているのだ。

 だから止めた。その判断は間違ってない。

 だが――――

 

「俺の策は一つじゃねぇんだよ! 墓地の黄泉路の魔術師の効果発動! このカードを除外し、墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚! そしてこの瞬間、黒の魔導陣の効果で、ブレイクソードを除外する!」

「ッ!?」

 

 布石はすでに打たれていた。和輝の墓地から復活したブラック・マジシャン。次の瞬間、黒の魔導陣のカードの絵柄にある魔法陣が黒い光を放つ。

 光がどんどん強くなっていき、それが臨界に達した瞬間、平月のフィールドに異変が起こる。ブレイクソードの全身が突如として黒く変色していき、黒が全身を浸食した瞬間、ブレイクソードの体は塵のように崩れ落ちてしまった。

 

「ブレイクソードを……。攻撃力5500のダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンは脅威ではないと?」

「さてな。そいつを派手に倒した方が、盛り上がると思ってね。まず一体目だ。次はこいつだ! 手札から魔法カード、ティマイオスの眼を発動! ブラック・マジシャンを墓地に送り、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)を融合召喚!

 黒衣の魔術師よ、伝説の竜の力を経て、魔導を司る竜へと変じよ!」

「ならば――――――、ぼくはティマイオスの眼にチェーンし、シャドー・リッチの効果を発動! ORUを一つ使い、幻影トークンを守備表示で特殊召喚します!」

 

 竜の咆哮が轟き渡る。森の中に現れたのは、緑の体躯に金色の魔術文字が浮かぶドラゴンと、その背に跨ったブラック・マジシャン。即ち呪符竜だ。

 

「呪符竜の効果発動。俺とあんたの墓地の魔法カードを全て除外する! 除外した枚数は全部で十二枚。よって呪符竜の攻撃力は1200アップし、4100になる」

「それでもぼくのダーク・レクイエムには及びませんよ?」と平月。

「そうそうその通り! さぁどうするのかねロキの契約者君! 君のステージはここで終わりかね?」とナイアルラトホテップ。どちらも和輝はにやりとした笑みで応じた。

 

「ああ。確かに今のままじゃ、俺のモンスターたちはダーク・リベリオンの進化体には勝てねぇ。だがな――――」

 

 一拍の沈黙。にこやかな笑みを崩さぬ平月に向けて、言い放つ。

 

「なら別のをもってくりゃいい。魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動! 場のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと、墓地の降竜の魔術師を除外融合!」

「これが勝利の鍵ってね!」

 

 和輝のフィールドに、空間の捻じれのような渦が展開され、彼の墓地とフィールドから飛び出した二体のモンスターが、その渦の中心に飛び込んだ。

 

「二色の眼持つ竜よ、竜の魂持つ魔術師よ! 今一つに交わり神秘の瞳持つ魔導竜へと変じよ! 融合召喚、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 渦から現れる新たなモンスター。

 ベースはオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに間違いない。赤を基調にした体躯に、角の代わりに体から金色のリング状のパーツを備え、右目は金属製の眼帯で隠し、首にもリングパーツが追加されている、全体的に、オッドアイズのフォルムよりもスマートな印象を受けた。

 

「ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン……。しかも素材に使ったのは――――!」

 

 平月の表情が変わる。にこやかな笑みを消し、険しいものになった。和輝は勝利を確信した笑みを浮かべる。その背後、半透明のロキも同じだ。

 

「バトル! まずは時読みの魔術師で幻影トークンを攻撃。そしてルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。一撃目として、時読みの魔術師が放った光弾が幻影トークンを直撃。断末魔さえ上げさせずに消滅させた。

 そして動きだす神秘の眼持つドラゴン。跳躍し、リングパーツの中心部から虹色の光が放たれる。

 

「この瞬間、融合素材となった降竜の魔術師の効果発動! ルーンアイズの攻撃力を倍にする!」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの背後の輝きがさらに強くなる。

 虹色の光の奔流が、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンを飲み込まんと迫る。

 

「そうはさせませんよ。墓地のネクロ・ガードナー効果発動! 自身を除外して、ルーンアイズの攻撃を無効にします!」

「そうはさせねぇ! 過去視の魔術師のP効果発動! 一ターンに一度、相手の墓地で発動する効果を無効にする!」

 

 和輝と平月の攻防はあっけなく集結する。過去視の魔術師の眼光鋭く引かった瞬間、平月の墓地にて今にも効果を発動しようとしていたネクロ・ガードナーの姿が消失。ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンを守る壁が消失した。

 直撃。

 復讐と鎮魂の黒竜の身体に、徐々に罅が入ってくる。罅はどんどん大きくなっていき、やがて全身に至った瞬間、ダーク・レクイエム・エクシーズ・ドラゴンの身体が硝子のように砕け散った。

 

「く……!」

「この程度で終わると思うなよ! レベル5以上の魔法使いを素材にしたルーンアイズは、相手モンスターに三回攻撃が可能となる! 俺はルーンアイズでシャドー・リッチとダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを攻撃!」

 

 ルーンアイズの両脇に、先程と同じ虹色の光が収束される。

 光が解き放たれ、虹色の奔流が二連で放たれる。

 光の二連撃が、シャドー・リッチとダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを飲み込んだ。

 

「ぐぁ……!」

「おっ。ダメージが通ったね」

「だから、ここで決める! 呪符竜でマエストロークを攻撃!」

 

 神秘眼の魔竜(ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン)と入れ替わりに前に出る竜を駆る魔術師(アミュレット・ドラゴン)

 ブラック・マジシャンの杖がマエストロークを指し示す。

 照準完了。次の瞬間、ドラゴンのアギトが開かれ、そこから黄金の奔流が放たれた。

 竜の息吹(ドラゴンブレス)の一撃がマエストロークに直撃する。マエストロークは断末魔の言葉を上げることもできずに消滅した。

 

「ぐ……。がは……!」

 

 連続攻撃によって、ついに平月が膝をついた。だが和輝のフィールドに、もう攻撃可能なモンスターはいない。

 一気呵成の攻めもここまでか。息を呑んで和輝のデュエルを見守っていたエーデルワイスも、彼女の背後で静観していたルーもそう思った。

 そしてそれは、対戦相手の平月とナイアルラトホテップもだった。

 だが和輝だけは違った。そして、彼の契約者であるロキも。

 ここで平月を逃がすという選択肢など、初めからなかったのだ。

 

「逃がさねぇ! 速攻魔法、次元誘爆! ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンをエクストラデッキに戻し、除外されている降竜の魔術師とオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの姿が蜃気楼の様に消え去り、代わりに現れたのはルーンアイズの融合素材となったドラゴンと魔法使い。

 これで和輝に攻撃手段が増えた。だがゲームから除外されたモンスターを持っていたのは和輝だけではない。次元誘爆の効果はプレイヤー全てに及ぶ。当然、平月も、除外されているモンスターを特殊召喚する権利を有している。

 

「残念ですが、岡崎さん。貴方の槍が増えても、ぼくの盾も増えるんですよ、次元誘爆の効果で、除外されていたブレイクソードとサイレントブーツを、守備表示で特殊召喚します!」

 

 これで和輝の攻撃手に合わせ、平月の盾も二枚追加。これでは平月のライフを削れない。

 

「残念残念残念だなぁ! これでは君の剣は届かない。何枚も何枚も張られた平月の盾は分厚いぞ!」

 

 

 ナイアルラトホテップの嘲笑が響く。エーデルワイスはそんな中、怯えもせずに和輝の背中に見入っていた。

 不思議な少年だ。自分よりちょっとだけ年上の少年。彼はこんな状況でも諦めを知らず、恐れを知らず、困難に抗い続けた。

 今ならルーの言うこともわかる。これが勇気で、これが、邪悪と戦うということなのだ。

 ああ、ああ。散々逃げてきた私だけれど、今からでも、このように在ることができるだろうか? 彼のように、大切なものを害されまいと、立ちあがれるだろうか?

 

 

「俺の剣が届かない? そんなわけがない。寧ろお前の盾の脆さを心配するんだな! 速攻魔法、エネミーコントローラー! サイレントブーツを攻撃表示に変更する!」

「なんと―――――!?」

 

 これぞ勝利の鍵。コネクターを接続され、コントロールを強制的に奪われたサイレントブーツが攻撃表示に変更させられた。その前に立つ、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。

 

「これで終わりだ! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでサイレントブーツを攻撃! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの効果で、あんたへの戦闘ダメージは倍になる!」

 

 無防備なサイレントブーツめがけて放たれる螺旋の炎。一切の停滞がない灼熱の一撃がサイレントブーツを貫き、その背後にいた平月さえも飲み込んでいった。

 4600もの超過ダメージが平月を襲う。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 あげられた絶叫は、あたかも断末魔のようだった。

 

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

調和の宝札:通常魔法

手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

黒魔術の継承:速攻魔法

「黒魔術の継承」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分の墓地から魔法カード2枚を除外して発動できる。「黒魔術の継承」以外の、「ブラック・マジシャン」のカード名または「ブラック・マジシャン・ガール」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。

 

ペンデュラム・コール:通常魔法

「ペンデュラム・コール」は1ターンに1枚しか発動できず、「魔術師」PモンスターのP効果を発動したターンには発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。カード名が異なる「魔術師」Pモンスター2体をデッキから手札に加える。このカードの発動後、次の相手ターン終了時まで自分のPゾーンの「魔術師」カードは効果では破壊されない。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。

 

竜穴の魔術師 水属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK900 DEF2700

Pスケール赤8青8

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードが存在する場合、手札のPモンスター1体を捨て、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

モンスター効果

なし

 

バスター・ブレイダー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2600 DEF2300

(1):このカードの攻撃力は、相手のフィールド・墓地のドラゴン族モンスターの数×500アップする。

 

降竜の魔術師 闇属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2400 DEF1000

Pスケール赤2青2

P効果

(1):1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの種族は相手ターン終了時までドラゴン族になる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカードの種族はターン終了時までドラゴン族になる。(2):フィールドのこのカードを素材として融合・S・X召喚したモンスターは以下の効果を得る。●このカードがドラゴン族モンスターと戦闘を行うダメージステップの間、このカードの攻撃力は元々の攻撃力の倍になる。

 

黒の魔導陣:永続魔法

「黒の魔導陣」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、自分のデッキの上からカードを3枚確認する。その中に、「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カードまたは「ブラック・マジシャン」があった場合、その1枚を相手に見せて手札に加える事ができる。残りのカードは好きな順番でデッキの上に戻す。(2):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が召喚・特殊召喚された場合、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

黄泉路の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1700 DEF1600

「黄泉路の魔術師」の効果は1ターンに1度しか使えない。(1):墓地のこのカードを除外して発動できる。自分の墓地から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ティマイオスの眼:通常魔法

このカードのカード名はルール上「伝説の竜 ティマイオス」としても扱う。「ティマイオスの眼」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの「ブラック・マジシャン」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを融合素材として墓地へ送り、そのカード名が融合素材として記されている融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

龍の鏡:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、ドラゴン族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

AT3000 DEF2000

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」+魔法使い族モンスター

(1):このカードは、「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」以外の融合素材としたモンスターの元々のレベルによって以下の効果を得る。●レベル4以下:このカードは1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。●レベル5以上:このカードは1度のバトルフェイズ中に3回までモンスターに攻撃できる。(2):フィールドのP召喚されたモンスターを素材としてこのカードが融合召喚に成功したターン、このカードは相手の効果を受けない。

 

過去視の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1800 DEF900

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):1ターンに1度、相手が墓地からモンスター効果を発動した時に発動できる。その効果を無効にし、ゲームから除外する。

モンスター効果

(1):このカードが手札からのP召喚に成功した場合、自分の墓地のPモンスター1体を対象に発動できる。対象モンスターを手札に加える。

 

次元誘爆:速攻魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を融合デッキに戻す事で発動する事ができる。お互いにゲームから除外されているモンスターを2体まで選択し、それぞれのフィールド上に特殊召喚する。

 

平月LP5700→5200→4000→1600→0

 

 

 デュエルの決着がつき、バトルフィールドが解除される。

 和輝たちは元のウェールズの森に戻ったことを確認し、倒れ伏したままの平月に歩み寄る。うつ伏せに倒れているので、宝珠が砕かれているのか確認できないため、じかに確認しようと思ったためだ。

 

「どうだロキ? 宝珠は割れているか?」

「さてどうだろう。ナイアルラトホテップの気配は感じないけれど、化身の多いあいつは元々気配を消すことに長けてるからなぁ」

 

 ぼやきつつ、ロキは平月の身体を「よっこらせ」と仰向けに変える。

 ゴロンと仰向けになった平月の身体。その顔が――――()()()()()()()

 

「え?」

「は?」

 

 困惑の和輝とロキ。だが変化はさらに続く。

 顔のない平月の身体が、次第に纏っていた衣服ごとドロドロと溶けだしていくではないか。

 

「これは――――」

「化身、だったのか?」

 

 驚いたのは和輝たちだけではなく、エーデルワイスやルーも同じだった。

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 どこからともなく轟く哄笑は、ナイアルラトホテップのもの。

 声は続く。

 

「見事! 見事なり! だが残念。今君が倒した平月は平月にあらず! 化身に彼のガワをかぶせて遠距離から操作していたのさ! だが楽しめた。実に楽しめた! そしてここまでだ! ここは退こう! そして君たちはバロールと相対するだろう! せいぜい綺麗で魅力的で、どこか妖しげなマーブル模様を作りだしてくれたまえ!」

 

 ナイアルラトホテップの哄笑はそれっきり終わった。後には奇妙な静寂だけが残った。

 そんな中、いち早く立ち直ったのは和輝だった。

 思考をこの後のバロール戦へと切り替える。

 そう、平月との戦いはいわば余計な寄り道だったのだ。本命はまだ控えている。

 ケルトの邪神、バロール。直死の魔眼を持つこの魔神を打ち倒さなければ、この森に安息はない。

 

「行こう。バロールの許へ――――ッ!?」

 

 進もうとした時だった、和輝の全身に痺れるような痛みが走った。

 

「何……?」

 

 思わず膝をつく和輝。心配そうに駆け寄るエーデルワイス。その耳朶に、去ったはずのナイアルラトホテップの声が聞こえた。

 

「ああ、ああ、ああ! 言い忘れていたが、ロキの契約者君。君が喰らった闇のカードは特に力が強い一枚だ。デュエルが終わったくらいで回復はしないよ」

 

 置き土産のようなナイアルラトホテップの言葉。和輝は体中に力を込めて何とか立ち上がる。

 デュエル終了後、思いだしたかのように断続的なダメージが体を縛る。さらに麻痺したみたいに痺れが続いている。この状態でもう一戦は辛い。

 だがやるしかない。バロールを倒さない限り、クリノが危険にさらされる。

 

「じっとしていてください、岡崎さん」

 

 と、和輝が悲壮な覚悟を決めている傍らで、エーデルワイスが彼の肩をそっと抑えた。

 

「コナーさん?」

「お願いです。少し、じっとしていてください」

「あ、ああ」

 

 言われた通りじっとする和輝。エーデルワイスが目を瞑り、祈るように和輝の身体に手を添える。

 するとどうしたことか。和輝の身体に接触していたエーデルワイスの掌が、ほのかに光り始めたではないか。

 驚いた和輝の眼前で見られる輝きは、優しげな陽光に似ていた。

 そしてさらに驚いたことに、全身の痛みが徐々に引いていったのだ。

 

「これは……」

「治癒能力です。私が授かった、神の力」

 

 確かにこれで体は多少楽になった。だが痛みは引いても痺れは取れない。依然不利なのは間違いないが、さっきまでと比べればだいぶマシだ。

 

「助かった。これなら――――」

 

 戦える。そう言おうとした和輝を遮って、エーデルワイスが言った。

 

「岡崎さん、お願いがあるんです」

 

 そして少女は口にする。己の決意を。胸に秘めた、この思いを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話:挑む眼差し

 コナー家の別邸で、バロールは一人椅子に腰かけながらワインを嗜んでいた。

 グラスの中の、血のように赤い赤ワインを一息に飲み干す。神である己は、人間が作った酒に酔うということはない。だが長い年月をかけて熟成されたこの飲み物の味を感じることはできる。このワインは、バロールの好みに合致していた。

 沈黙しながら、バロールは待っていた。

 気配を感じる。神の気配だ。しかもこれは、自分がよく見知っている気配。

 忘れがたい怨嗟を思わずにはいられぬ気配だ。

 近づいてくる。我が宿敵が。我が孫が。

 ルーが。

 

「来るか、ルー」

 

 呟くバロールの口元には微笑。笑みは次第にこらえきれぬように大きくなっていく。

 深く、広く、歪に。

 

「いいぞ。来い、来いバロール。我に殺されに来い。かつて経た我が死を、今度はお前自身が体験するのだ。

 待ちわびた。待ちわびたんだ。一度死んだこの身を蘇生させるのは、大変な痛苦だった。この痛みを、この苦しみを、この冷たさを。貴様に味合わせなければ、黄泉還った意味がない」

 

 椅子から立ち上がる。既にバトルフィールドは展開されている。

 バロールに左腕嫌みが集う。闇は次第に硬質化し、デッキを装填した、漆黒のデュエルディスクに変化した。

 準備完了。後は待つだけだ。

 来る、来る、来る。来た。

 

 

「行け! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 

 声と共に、螺旋を描いた炎が邸の壁に激突、粉砕する。

 衝撃と熱が駆け巡る。バロールは空になったグラスを投げ捨て、右手を振るう。黒い風が巻き起こり、炎を遮断した。

 扉の向こうから現れるのは、二柱の神と、その契約者である二人の人間。

 ルーとエーデルワイス。それに和輝とロキであった。

 

「やれやれ。ノックというものを知っているか? お前達人間が編み出した、相手の存在を確かめる礼儀作法のはずだが?」

「だから、こうしてノックしてやっただろ? 特大のをよ」

 

 舞い上がる粉塵を払いのけるように、服を叩くバロールに対して、実体化させたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの背中に跨った和輝がにやりと笑う。

 和輝とエーデルワイスは大地を走る能力に特化したドラゴンであるオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに跨ってここまで来たのだ。勿論、エーデルワイスの案内付きで、だ。

 

「だがエーデルワイス。この期に及んでお前はその男の影に隠れるのか? ならば、その男が殺されなければ、お前はルー共々、その命を我が前には差し出さんのか?」

「いいえ、いいえ違います。バロール」

 

 すっと、エーデルワイスが前に出た。そこには相変わらず脅えがある。足は震えているのがスカートの中にあっても分かる。

 だがその瞳。キッとまっすぐバロールを見据えるその眼差しが、違った。

 別荘から逃亡する前の、怯え、竦み、そして逃げるだけの小娘のものではなかった。

 

「……本当いいのか? コナーさん」と、何かを確認する和輝。

「……はい。お願いします。岡崎さん」と決意を秘めた表情で頷くコナー。

 

 和輝は無言で己のデュエルディスクを外す。モンスターゾーンにセットされていたオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを取り除き、デッキも外してエーデルワイスに手渡した。

 エーデルワイスは和輝から渡されたデュエルディスクを受け取る。その重みを嚙みしめるようにいったん手に取って、自身の左腕に装着した。

 

「バロール。貴方の相手は、私です!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「岡崎さん、お願いがあります。バロールとの戦いは、私にやらせてほしいんです」

 

 ウェールズの森の中で、エーデルワイスは決意を秘めた眼差しで和輝にそう言った。

 

「……本気なのか? さっき俺の戦いを見ただろ? あれが神々の戦争だ。それでも戦うのかい?」

「……はい。それが私の、宿命だと思いますから」

 

 和輝はしばし無言。だがやがて口を開いた。

 

「俺は、本当に怖いのならば、戦わなくてもいいと思っていた。

 ……けれどな、コナーさん。逃げようとしても、怖がっていても、戦わなくっちゃならない瞬間ってのは必ず来ると思うんだ。俺が、非道な神を放っておけないと思ったように。コナーさんにとって、それがバロールなんだろう」

 

 和輝には半ば分かっていた。神々の因縁。ルーとバロールは、エーデルワイスがどれほど拒絶しようと、必ず戦わなければならない宿命なのだと。

 その運命を乗り越えることができてこそ、きっと、エーデルワイスの人生は始まるのだ。

 家族を奪われ、友を死の淵に立たされた恐怖を、ここで乗り越えなければ、エーデルワイスの人生は闇に覆いつくされてしまう。

 

「……分かった。なら、バロールは君に任せよう。けれど、怖くはないのか? 俺が思うに、バロールってのはルーに一度殺されているんだろ? その恨みは深く、硬い。きっと奴はデュエル中、コナーさんを痛めつけに来るぜ?」

「それでも、私が戦わなければならないと思うんです。けど、まだ怖いです。勇気が足りません」

 

 震えるエーデルワイス。当然だろう。和輝もたいがいだったが、初陣の相手が最上級に凶悪な邪神なのだ。対してエーデルワイスは今まで平和に、おとなしく暮らしていた少女に過ぎない。恐れるなという方が無理だろう。

 

「だから、岡崎さん。お願いがあります。勇気をください。――――岡崎さんのデュエルディスクを、貸してください」

 

 それはエーデルワイスがデュエルディスクを今持っていないこともあるだろう。別邸脱出の際にデッキはなんとか持ちだせたが、デュエルディスクまでは無理だったのだ。

 そして彼女自身にとってもっと重要なのは、お守り代わりだろう。

 最後まで諦めずに足掻き続け、ついには勝利を得た和輝の姿。それを美しいと思った彼女は、自分の足りない勇気を、その憧憬にも似た想いで埋めようというのだ。

 

「和輝」

「分かっているから、言わなくていい。ロキ」

 

 苦笑するロキを背後に、和輝は頷いた。

 

「なら、君に託すよ。コナーさん」

 

 こうしてエーデルワイスは和輝のデュエルディスクを借り受け、バロールとのデュエルに挑むことになったのだった。

 全ては、己の運命を乗り越えるため。今なお命を脅かされている、大切な人を守るために。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

決闘(デュエル)!』

 

 

エーデルワイスLP8000手札5枚

バロールLP8000手札5枚

 

 

 コナー家の別荘で始まった神々の戦争。互いの胸元に、エーデルワイスは黄色、バロールは緑青(ろくしょう)色の宝珠を輝かせる。

 先攻を勝ち取ったのはバロール。ドローフェイズを消化し、手札からカードを繰り出す。

 

「我のターンからだ。まずはこれで行こうか。ヴェルズ・カストルを召喚」

 

 バロールのフィールドに召喚されたのは、半身を暗黒の力、ヴェルズに浸食されたセイクリッドの戦士。光の力を反転させられ、浸食拡大に貢献する哀しき人形。

 

「ヴェルズ・カストルの効果により、我はヴェルズの召喚権を得た。新たにヴェルズ・サラマンドラを召喚。

 ヴェルズ・カストルとヴェルズ・サラマンドラでオーバーレイ! 二体のヴェルズでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 早速動くバロール。彼の頭上に渦巻く銀河を思わせる空間が出現。その空間に、二体のヴェルズモンスターが紫の光となって飛び込んだ。

 

「侵略の使徒よ、ここに来たれ。汝の波動は強者を侵す毒とならん。出でよ、ヴェルズ・オピオン!」

 

 虹色の爆発が起こり、その向こうから、漆黒の巨体が現れた。

 

「コナーさん!」

 

 和輝の警告が飛ぶ。それもそのはず。バロールのフィールドに召喚されたドラゴンは巨体なため、家の中に収まるサイズではなかったのだ。

 表情をこわばらせながら退避するエーデルワイス。既にオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃によって半壊していた屋敷が完全に崩壊。天井は崩れ、壁は倒れていく。

 舞い上がる粉塵。元々外側にいたエーデルワイスや和輝は少し避難するだけで済んだが、エーデルワイスの表情は沈痛なものだ。バトルフィールド内なので、通常の現実空間には――バトルフィールドが崩壊さえしなければ――影響がないとはいえ、自分が身を置いていた場所が崩れ去っていくのは辛いらしい。

 そして現れるバロールの(エクシーズ)モンスター。

 素体は氷結界の龍の一体、グングニール。それが邪悪なる波動によって変質させられた姿だ。赤みがかかった、美しく青い身体は漆黒に染め上げられ、その瞳は憎悪と破壊衝動に支配され、全身からは禍々しい黒いオーラを立ち昇らせていた。また、身体の形状も悪魔的かつ恐怖を与えるよう歪められていた。

 

「ヴェルズ・オピオン効果発動。ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、デッキから侵略の汎発感染を手札に加える。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

ヴェルズ・カストル 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1750 DEF550

このカードが召喚に成功したターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体を召喚できる。

 

ヴェルズ・サラマンドラ 闇属性 ☆4 恐竜族:効果

ATK1850 DEF950

自分の墓地のモンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで300ポイントアップする。この効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

ヴェルズ・オピオン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2550 DEF1650

レベル4「ヴェルズ」モンスター×2

(1):X素材を持っているこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、お互いにレベル5以上のモンスターを特殊召喚できない。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから「侵略の」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

 

ヴェルズ・オピオンORU×1

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 カードをドローし、それを手札に加える。エーデルワイスは左手にかかる重みを感じていた。

 和輝のデュエルディスクだ。自分が使っているものよりも少しサイズが大きい。

 

(男の人、って感じですね)

 

 どことなく守られているようで安心する。頼もしささえ感じるのだ。

 いまだ戦いは怖い。しかし、その怖さを祓ってくれる勇気が湧いてきた。

 ならば、戦える。

 

「私のフィールドにモンスターが存在しないため、フォトン・スラッシャーを特殊召喚します!」

 

 剣閃がいくつも翻り、闇を切り開く。

 現れたのは青白く輝く光の身体を持つ剣士。サイバーチックなアーマー姿に片刃の実体剣。条件はあれど、レベル4以下で攻撃力2100は十分な数値だ。

 もっとも、攻撃力2100では、攻撃力2550のヴェルズ・オピオンには敵わないが。

 

「バトルです! フォトン・スラッシャーでヴェルズ・オピオンに攻撃!」

 

 だがエーデルワイスは攻撃を宣言した。攻撃宣言に従い地を蹴り、疾走するフォトン・スラッシャー。その剣が閃く。

 もちろん、このまま攻撃を続行しても攻撃力で下回るフォトン・スラッシャーは返り討ちだ。自爆特攻しても意味がない以上、考えられるのは――――

 

「コンバットトリックか。少しは考えるじゃないか、エーデルワイス」

「その通りだ! 行け! エーデルワイス!」

「はい! ダメージステップに、手札から速攻魔法、フォトン・トライデント! フォトン・スラッシャーの攻撃力を700アップ!」

 

 フォトン・スラッシャーの武器が剣から穂先が青白く光り輝く三又槍(トライデント)に変化。即座に戦法を変えたフォトン・スラッシャー。手にした槍でヴェルズ・オピオンを貫いた。

 

「この瞬間、フォトン・トライデントの追加効果! 貴方の伏せカードを破壊します!」

 

 エーデルワイスの声が飛ぶ。バロールが伏せたカードはヴェルズ・オピオンの効果でサーチした侵略の汎発感染だろう。あれはヴェルズに魔法や罠に対する完全体制を付加する厄介な速攻魔法だ。潰せるうちに潰すに限る。

 ヴェルズ・オピオンを貫いた槍を引き戻し、フォトン・スラッシャーが跳躍。そのままトライデントを投擲。槍の三本の穂先がバロールの足元に伏せられたカードを貫いた。

 

「え!?」

 

 驚愕の声を上げ、目を見開くエーデルワイス。その眼前で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ど、どうして……?」

「残念だったな、エーデルワイス。お前が破壊したのは暗闇の(かいな)。セットされたこのカードが破壊されたため、相手のモンスターを一体破壊、さらに我は一枚ドローだ」

「……やられたな。サーチしたからといって、イコールでそのカードを伏せたとは限らない。先入観で行動すると痛い目にあう典型だな」と和輝。

「けれど仕方がない。だって彼女はこういった実戦経験が薄い。経験不足は、こういう駆け引きに不利だ」とロキ。

「エーデルワイス。まだ君のターンは終了していない。まだモンスターを召喚していないのだ。ショックを振り切れ、体勢を立て直すんだ」とルーの励まし。

「……モンスターをセットして、ターン終了です」

 

 

フォトン・スラッシャー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK2100 DEF0

このカードは通常召喚できない。自分フィールドにモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。(1):自分フィールドにこのカード以外のモンスターが存在する場合、このカードは攻撃できない。

 

フォトン・トライデント:速攻魔法

自分フィールド上の「フォトン」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は700ポイントアップし、守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。また、選択したモンスターが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊できる。

 

暗闇の腕:通常罠

(1):セットされたこのカードが破壊された時に、相手モンスター1体を対象に発動する。そのモンスターを破壊し、自分はカードを1枚ドローする。

 

 

エーデルワイスLP8000手札3枚

バロールLP8000→7750手札4枚(うち1枚は侵略の汎発感染)

 

 

「我のターンだ! レスキューラビットを召喚し、効果発動。自身を除外し、デッキから二体のヴェルズ・ヘリオロープを特殊召喚する」

 

 守勢に回ったエーデルワイスに対し、バロールはここぞとばかりに攻め立てる。

 現れたのは、本来は慈愛と正義の心を持つ温厚な種族であるはずのジェムナイト。だが邪悪なる意思に支配され、その先兵へと変えられたその姿は黒く歪み、瞳は殺戮の愉悦に濁った赤い色。全身から禍々しいオーラが立上っていた。

 

「バトルだ。ヴェルズ・ヘリオロープで守備モンスターを攻撃」

 

 エーデルワイスのフィールドに伏せカードはない。踏み込むヴェルズ・ヘリオロープに対して彼女は息を呑むことしかできない。

 剣閃が走り、一刀がエーデルワイスの守備モンスター、フォトン・サークラーを破壊する。

 

「次だ。二体目のヴェルズ・ヘリオロープでダイレクトアタック」

 

 無人の野を行くがごとく進軍するヴェルズ・ヘリオロープ。その剣がエーデルワイスを捕えた。

 

「宝珠を守れ! エーデルワイス!」

 

 ルーの叫びが走る。エーデルワイスは咄嗟に宝珠と、デュエルディスクを抱え込むように身を縮めた。

 直後に背中に激痛が走った。剣で切り付けられたのだ。

 歯を食い縛って、悲鳴を耐える。ここで声を上げてしまったら、心まで罅割れてしまうと思ったからだ。

 そして、歯を食い縛って耐えるエーデルワイスを、バロールが満足げに眺めていた。

 

「それでいい、それでいいぞエーデルワイス。簡単に倒されては詰まらん。この五体を引き裂かれた痛苦、この程度の痛みで晴らせるとは思わんことだ。

 メインフェイズ2、二体のヴェルズ・ヘリオロープをオーバーレイ! 二体の闇属性モンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 ――――侵略の使徒よ、ここに来たれ。汝の波動は進軍を侵す毒とならん。出でよヴェルズ・ナイトメア!」

 

 二度目のX召喚。虹色の爆発の向こうから現れたのは、XX-セイバー ボガーナイトの変わり果てた姿。

 外見、装飾やマントの構図等に類似点が見られるが、印象は反転し、邪悪なる先兵と化してしまった。攻撃力が低いので、守備表示でのX召喚だ。

 

「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

ATK300 DEF100

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。(1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

ヴェルズ・ヘリオロープ 闇属性 ☆4 岩石族:通常モンスター

ATK1950 DEF650

 

フォトン・サークラー 光属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは半分になる。

 

ヴェルズ・ナイトメア 闇属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK950 DEF1950

闇属性レベル4モンスター×2

相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。その特殊召喚したモンスターを裏側守備表示にする。

 

 

ヴェルズ・ナイトメアORU×2

 

 

エーデルワイスLP8000→6050手札3枚

バロールLP7750手札3枚

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 カードをドローし、それを確認するエーデルワイス。背中は実際に剣で斬られたわけではないが、痛みと衝撃は本物だ。ともすれば痛みで乱れてしまいそうな呼吸を、ルーに言われたとおり深呼吸で整える。

 

「落ち着いて……。落ち着いて……」

 

 そう、まず落ち着くことが肝心だ。そのうえでフィールドを見てみればいい。

 バロールのフィールドのモンスターは、ヴェルズ・ナイトメア一体のみ。このカードの守備力は1950。並の下級モンスターでは突破できず、上級モンスターを特殊召喚しようとすれば、効果によって裏守備にされて足止めされてしまう。

 だが今引いたこのカードならば――――

 

「そう、突破は可能です。私は、フォトン・クラッシャーを召喚!」

 

 エーデルワイスのフィールドに現れたのは、緑の鎧を着込んだ、隻眼の大男。手にした鎚を振り回し、エーデルワイスを守るように立ちはだかる。

 

「このままバトルです! フォトン・クラッシャーでヴェルズ・ナイトメアに攻撃!」

 

 勇ましい攻撃宣下が走り、フォトン・クラッシャーが手にした大槌の一撃を振り下ろす。轟音とともに潰されるヴェルズ・ナイトメア。

 ここで終わり。そうバロールが思った瞬間、ルーの声が迸った。

 

「いまだエーデルワイス! その速攻魔法を使うのだ!」

「はい! フォトン・クラッシャーの攻撃が終わったこの瞬間に、手札から速攻魔法、銀河超越(ギャラクシー・ストライド)発動! フォトン・クラッシャーをリリースし、デッキから銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を、効果を無効にして特殊召喚します!」

「む――――――」

 

 フォトン・クラッシャーの身体が青白い光に包まれる。光はどんどん強くなり、やがて戦士の輪郭も見えなくなっていく。

 するとどうしたことか、戦士の輪郭が崩れ、形を変え、ドラゴンのフォルムへと変化していく。

 光が水飛沫のように弾けた。現れたのは、青白く輝く体に、瞳に銀河を宿した巨大で、力強く、そして美しいドラゴン。

 

「まだバトルフェイズは続いているぞ、エーデルワイス! 追撃だ!」

「はい! 銀河眼の光子竜でダイレクトアタック!」

 

 上体をそらし、口内に青白い輝きを蓄えるドラゴン。放たれた青の一撃がバロールを直撃。バロールの身体はわずかに残った別荘の壁をぶち抜き、その向こうのウェールズの森へと吹き飛ばされていった。

 

「よっしゃぁ! いいぞコナーさん!」

 

 拳を握りガッツポーズを作り、喝采を上げる和輝。事実、バロールはドラゴンの一撃をまともに受けたうえに大きく吹き飛ばされた。

 確かに、まともに食らった以上、宝珠が砕けていてもおかしくない。

 だが次の瞬間、そんな和輝の喝采は驚愕に変わる。

 バロールが吹き飛ばされていった方向から、闇の奔流が溢れ出した。

 轟と溢れる濁流の中から悠然と歩み出てくるバロールの姿。その胸に輝く宝珠には傷一つない。

 

「あれをまともに食らって、宝珠に傷一つないのか」

 

 呆れたようなロキの呟き。バロールは笑う。

 

「宝珠の硬度はすなわち、そのままプレイヤーの意志の強さを表す。我が身は一度滅ぼされた。その時に体験した死を思えば、あの程度のダメージ、いかほどの通用も感じぬ」

 

 にやりと、威嚇するように笑うバロール。怯みかけるエーデルワイス。

 

「大丈夫だコナーさん! 数値の上ではちゃんとライフは削れてる! 並大抵の攻撃で宝珠を砕けないのなら、神の一撃に賭ければいい!」

「あの若者の言う通りだ、エーデルワイス。ただのモンスターの攻撃は無防備に受けても無事だろう。だが、神たる我が一撃ならば話は別だ。必ずや、彼奴めの宝具を砕けるだろう」

 

 和輝の励ましの言葉が、エーデルワイスに暖かなものを与えてくれる。

 確かに彼の言う通り、ダメージは与えた。ライフの上ではこちらが有利になった。加えて銀河眼の光子竜は攻撃力3000の強力なモンスターだ。効果こそ無効になっているが、その矛の鋭さに翳りはない。

 

「私は、カードを一枚伏せて、ターン終了です」

 

 

フォトン・クラッシャー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK2000 DEF0

このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 

銀河超越:速攻魔法

「銀河超越」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分モンスターゾーンのトークン以外の攻撃力2000以上の「フォトン」モンスター1体をリリースして発動できる。デッキから、「銀河眼の光子竜」1体を効果を無効にして特殊召喚する。

 

銀河眼の光子竜 光属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

(1):このカードは自分フィールドの攻撃力2000以上のモンスター2体をリリースして手札から特殊召喚できる。(2):このカードが相手モンスターと戦闘を行うバトルステップに、その相手モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターとフィールドのこのカードを除外する。この効果で除外したモンスターはバトルフェイズ終了時にフィールドに戻り、この効果でXモンスターを除外した場合、このカードの攻撃力は、そのXモンスターを除外した時のX素材の数×500アップする。

 

 

エーデルワイスLP6050手札1枚

バロールLP7750→4750手札3枚

 

 

「では私のターンだ、ドロー」

 

 大ダメージを受けたはずのバロールは、それでもなお平然としていた。この程度のダメージは歯牙にもかけぬということか。

 くつくつ嗤うバロール。彼はエーデルワイスと、彼女を守るように立ちはだかっている銀河眼の光子竜を見据え、

 

「銀河眼の光子竜か。面白いカードだ。強力なステータスと防御よりだがやはり厄介な効果を持っている。もっとも、今その効果の方は錆付いているがな。そのカードが、お前が最も信頼するモンスターか、エーデルワイス?」

「……その通りです。これは、お父様が私にくれたカード。敵を倒す剣となり、その身を守る盾になるだろうと」

 

 悲し気に目を伏せるエーデルワイス。その胸中を、亡き父との思い出がよぎる。

 幼いころ、神々の戦争のことも知らなかった、まだ無垢な子供だった頃に、彼女は父からこのカードをもらったのだ。

 思えば父はこの時すでに、エーデルワイスの運命を知っていたのだろう。だからこのカードを託したのだ。そう思える。

 そして、そんなエーデルワイスの様子を見て、バロールは笑った。禍々しく、陰惨に。

 

「そうか、そうかエーデルワイス。それを聞けて嬉しいよ。その絆、奪えるからなぁ。我は永続魔法、魂吸収を発動。さらにヴェルズ・ケルキオンを召喚する」

 

 バロールのフィールドに現れたのは、元々はセイクリッド・ハワー。だがその姿は、リチュアの力、そしてヴェルズの力を吸収し、さらに高められた姿。ヴェルズを吸収したためか、その姿はセイクリッドの輝きを残しつつも、ヴェルズの闇に染まっている。

 

「ヴェルズ・ケルキオン効果発動。墓地のヘリオロープを除外し、もう一体のヘリオロープを回収する。魂吸収の効果で我がライフが500回復する。さらにケルキオンの効果により増えた召喚権を使い、ヘリオロープを召喚する」

 

 瞬く間に二体のヴェルズがバロールのフィールドに揃った。その布陣を見て、そしてエーデルワイスのモンスターを見て、和輝が血相を変えた。

 

「まずい!」

 

 だが和輝が焦ったところで仕方がない。何しろ、彼女の伏せカード次第で、対応できるかどうかが決まるからだ。

 バロールがにやりと笑う。

 

「我は、ヴェルズ・ケルキオンとヴェルズ・ヘリオロープをオーバーレイ! 二体のヴェルズモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 虹色の爆発。そして巨躯が新たに現れる。

 

「侵略の使徒よ、ここに来たれ。汝の波動は主従を侵す毒とならん。出でよヴェルズ・バハムート!」

「やっぱり……」

 

 苦々し気に呟く和輝。彼とロキの眼前で、巨躯が形を成した。

 それは元々は氷結界の龍ブリューナク。青く美しかった神竜は、今や黒く禍々しい邪龍へと成り果てた。

 そして邪悪なる意思に汚染されようとも、その凶悪な効果に翳りはない。

 

「ヴェルズ・バハムート効果発動。ORUを一つ使い、手札のヴェルズ・ゴーレムを捨て、銀河眼の光子竜のコントロールを得る!」

「ッ!? そんな……!」

 

 驚愕で目を見開くエーデルワイス。その眼前、漆黒の邪龍から放たれた邪悪なる波動が銀河眼の光子竜を捕え、汚染し、その支配下に置いた。

 陣営を離れる、エーデルワイスが最も信頼したドラゴン。その現実に、彼女の心が軋む。

 そして戦況もまた、極めて悪くなった。

 何しろ、バロールのモンスターの総攻撃をまともに受ければエーデルワイスのライフは風前の灯火。そもそもドラゴン二体の攻撃だ。宝珠が砕けても不思議はない。

 

「喰らうがいい、エーデルワイス。二体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 二体のドラゴンが、華奢な少女を蹂躙しようと動きだす。

 そんな、絶体絶命なエーデルワイスを庇うように、小さな影が飛び出した。

 

「――――――手札から、クリフォトンの効果を発動します! 2000ライフを払い、このターン、私はダメージを受けません!」

「よし! 凌いだ!」と和輝。

「だけど戦況は芳しくない。何とかしないと……」と険しい表情のロキ。

 

 とにかく、防御は間にあった。2000ライフを払ったが、本来受けるダメージに比べれば安いものだ。

 

「凌いだか。まぁそれならばそれで構わん。我はこれでターンエンド――――」

「この瞬間! リバードトラップ、裁きの天秤を発動! 私の手札、フィールドのカードは一枚。貴方のフィールドのカードは四枚。その差三枚、ドローします!」

 

 これはエーデルワイスにとって、起死回生に繋げる逆転の一手だった。

 布陣は相変わらずバロール有利。だがここで逆転につながるカードを引ければ、手札の数で大きく優位に立てる。

 そのはず、だった。

 

「おや、カードをドローしたなエーデルワイス。ならばこの瞬間、手札から速攻魔法、鏡面の宝札を発動だ。このカードはなエーデルワイス、相手がカードをドローした時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え――――――」

 

 喜びを溢れさせようとしていたエーデルワイスの表情が凍りついた。

 逆転の一手のカードはそのまま、自身を敗北に突き落とす敗着の一手だったのではないか、そうとさえも思えた。なにしろ、優位に立てると思ったハンドアドバンテージすら失ったのだ。

 

「もう何もないようだな。では、改めて、ターンエンドだ」

 

 

魂吸収:永続魔法

このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、1枚につき500ライフポイント回復する。

 

ヴェルズ・ケルキオン 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF1550

自分の墓地の「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体をゲームから除外する事で、自分の墓地の「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。「ヴェルズ・ケルキオン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、この効果を適用したターンのメインフェイズ時に1度だけ発動できる。「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体を召喚する。このカードが墓地へ送られたターンに1度だけ、「ヴェルズ」と名のついたモンスターを召喚する場合に必要なリリースを1体少なくする事ができる。

 

ヴェルズ・バハムート 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2350 DEF1350

「ヴェルズ」と名のついたレベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。手札から「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体を捨て、選択した相手モンスターのコントロールを得る。

 

クリフォトン 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカードを手札から墓地へ送り、2000ライフポイントを払って発動できる。このターン自分が受ける全てのダメージは0になる。この効果は相手ターンでも発動できる。また、このカードが墓地に存在する場合、「クリフォトン」以外の「フォトン」と名のついたモンスター1体を手札から墓地へ送って発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。「クリフォトン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

裁きの天秤:通常罠

「裁きの天秤」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):相手フィールドのカードの数が自分の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合に発動できる。自分はその差の数だけデッキからドローする。

 

鏡面の宝札:速攻魔法

「鏡面の宝札」は1ターンに1度しか発動できない。(1):相手がカードの効果でカードをドローした時に発動できる。相手がドローした枚数分、カードをドローする。

 

 

ヴェルズ・バハムートORU×1

 

 

エーデルワイスLP6050→4050手札3枚

バロールLP4750→5250手札3枚

 

 

 最悪のタイミングでのドローブーストを許してしまった。

 おそらく、バロールはエーデルワイスが伏せたカードが裁きの天秤だと読んでいたのだ。

 手札の一枚はクリフォトン。防御をそれ一枚に任せるならば、伏せカードは反撃の一手、或はその布石。一枚のカードで逆転できる伏せた方がいいようなカード――つまり通常魔法以外のカード――は少ないので、頼るのならばドローブースト。手札も減っている、相手のカードは増えている。そんな状況から導き出したのだろう、エーデルワイスの伏せカードが、裁きの天秤であると。

 戦術は完全にバロールがエーデルワイスの上を行っている。

 並の腕前ならばここで諦めるだろう。心が折れるだろう。事実、エーデルワイスの心には暗い影が忍び寄っている。

 だが、その闇を祓う声があった。

 

「落ち着くんだコナーさん! 今の手札でできることを考えるんだ! 今の手札でできることがないならば、足りないパーツを思い描け! それを引きさえすれば、状況を変えられるんだ!」

 

 和輝の声。ああそうだ。自分は一人ではないのだ。

 エーデルワイスは思う。彼が見守っている。あの、最後まで諦めなかった少年が。

 彼の声を受けて、彼のデュエルディスクを使っている。なら負けるな。ここで膝をつくことだけはするな。前を見据えろ。

 恐怖を感じながら、それでもエーデルワイスは、まっすぐバロールを挑むように見据えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話:死線の魔眼神

 子供の頃から、叔父さんのことはあまり好きではなかった。

 それは初めて会った時に見た、彼の目が原因かもしれない。

 

「初めまして、エーデルワイス」

 

 そう言った叔父さんは笑っていた。けれど目が笑っていなかった。それが異常に怖かった覚えがある。

 後になって、叔父さんは弟であるお父様が当主の座についたことで恨みに思っていたらしいと、屋敷のメイドたちが噂しているのを聞いた。

 気を許せない身内ほど厄介なものはない。いつ背後から刺されるか、常に警戒しなければいけないから。

 あの笑わない目を見てから、私は叔父さんが怖かった。

 けれど、そう、一度だけ――――

 たった一度だけ、叔父さんを怖くなかった時があった。

 あれはそう、ちょうどこのウェールズの森の別荘でのことだった。

 たぶん、お父様と些細なことで喧嘩したんだと思う。それで家を飛び出した。結果迷子になった。

 暗くなって周囲を把握できなくなって。

 怖くて動けなくて。

 泣きたくて。でも泣けなくて。

 子供心のちっぽけなプライドが、泣くことを許さなくて。

 私は大丈夫だと言い聞かせて。

 そして、木の根本で独り、震えていて。

 そんな時だった。

 

「ここにいたのか、エーデルワイス。探したぞ」

 

 そう声をかけたのは、叔父さんだった。

 彼は私の手を取って優しく立たせてくれた。

 誰かが来てくれた。その事実に心が決壊し、涙が止まらくなった。

 覚えている。その時に負ぶってもらったぬくもりを。あの安心感を。

 ああ、なのに。なぜこんなことになってしまったんだろう――――――。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

エーデルワイスLP4050手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 なし

伏せ なし

 

バロールLP5250手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 ヴェルズ・バハムート(攻撃表示、ORU(オーバーレイユニット):ヴェルズ・ヘリオロープ)、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)(攻撃表示)、永続魔法:魂吸収

伏せ 1枚

 

 

「私のターンです」

 

 カードをドローする前に、エーデルワイスの動きが止まった。

 その頭は今現状を認識し、どうすれば打破できるかを必死に考えていた。

 まず、バロールの伏せカードは侵略の汎発感染で確定している。手札0枚から三枚ドローで、今のバロールの手札は完結していることから間違いない。

 そしてバロールのフィールド。ヴェルズ・バハムートに、銀河眼の光子竜。どちらも残せない。

 単純に打点の高い銀河眼に、まだORUを一つ残しているヴェルズ・バハムート。どちらかを残せばたちまちこちらの戦線は崩壊させられるだろう。

 だが肝心の自分の三枚の手札に、モンスターはいない。これでは敵モンスターを倒すどころか、次のターン生き残れるかも怪しい。

 無言で、和輝(かずき)の言葉を思い出す。

 この手札で何ができるのか、足りないピースはなんなのか?

 分かっている。足りないパーツ。求めるカードは頭に浮かんでいる。

 あとはそれを引くだけ。引くだけだ。

 小さく息を吐く。デッキに手をやる前に、デュエルディスクに触れた。勇気が欲しくて。和輝のような、屈しない心が欲しくて。

 そうすると安心できた。同時に勇気が湧いてきた。

 

「ドロー!」

 

 その安心感を胸に秘めたままドロー。引いたのはフォトン・パイレーツ。何の変哲もないモンスターカード。だがこのカードこそ、エーデルワイスが欲した最後のピースだった。

 

「来てくれた。ありがとうございます、私のデッキ! 私はフォトン・パイレーツを召喚し、効果を二回発動します! フォトン・サークラーとフォトン・スラッシャーを除外し、フォトン・パイレーツの攻撃力を2000アップ!」

 

 フォトン・パイレーツ――青白く光る身体、赤黒い海賊風アーマーパーツ、同じく青白い光を発するサーベル二刀流の海賊モンスター――が現れ、エーデルワイスの墓地から飛び出した怨念を吸収、自身を強化する。勿論、魂吸収の効果でバロールのライフが回復してしまうが、構っていられる状況ではない。

 ともかく、これでフォトン・パイレーツの攻撃力は3000。ヴェルズ・バハムートは撃破できるし、銀河眼の光子竜相手でも相討ちまで持って行ける。

 もっとも、攻撃するならばヴェルズ・バハムートが優先か。ヴェルズ・バハムートならば一方的に破壊できるし、モンスターを奪われる心配がなくなる。さらに貧弱な攻撃力に戻ってしまうとはいえ、モンスターを残せるのは大きい。

 

「永続魔法、補給部隊を発動し、バトルです! 私は、フォトン・パイレーツで、銀河眼の光子竜を攻撃!」

 

 だがエーデルワイスが選んだのは銀河眼の光子竜。銀河眼の光の一撃が口腔内から放出される。光の一撃に対し、フォトン・パイレーツが剣を投擲。直後に海賊が竜の一撃を受けて消滅。だが海賊が放った剣の一撃が竜の喉元に直撃、貫き、その巨体を頽れさせた。

 壮絶な相討ち。その瞬間、エーデルワイスが動いた。

 

「補給部隊の効果で一枚ドロー! そしてこの瞬間、速攻魔法、銀河再誕(ギャラクシー・リ・バース)発動! 今破壊された銀河眼を復活させます! 返してもらいますよバロール! 私の銀河眼の光子竜を!」

 

 再びエーデルワイスのフィールドに現れる銀河眼の光子竜。その威容を誇り、咆哮が、まるでエーデルワイスに攻撃させたバロールに対する怒りの声のようにも聞こえる。

 

「まだバトルフェイズは続いています! 銀河眼の光子竜でヴェルズ・バハムートを攻撃!」

 

 バロールの伏せカードが確定している以上、彼にこれを防ぐ手段は乏しい。

 そしてバロールは何の反応も見せず、ヴェルズ・バハムートが破壊されるのをただ黙って見ていた。

 

「ふん、この程度のダメージ。毛ほども感じん。そもそも我がライフは逆に増えているぞ、エーデルワイス」

「……それでも、貴方の布陣を壊滅させた事実は変わりません。カードを二枚伏せて、ターン終了です」

 

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

フォトン・パイレーツ 光属性 ☆3 機械族:効果

ATK1000 DEF1000

自分のメインフェイズ時に自分の墓地の「フォトン」と名のついたモンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。「フォトン・パイレーツ」の効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

銀河再誕(ギャラクシー・リ・ボーン):速攻魔法

(1):フィールドの「ギャラクシー」または「フォトン」モンスターが戦闘で破壊された時に発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):???

 

 

エーデルワイスLP4050手札0枚

バロールLP5250→6250→5600手札3枚

 

 

「我のターンだ、ドロー」

「逆転した、けれど……」

「ああ。バロールの余裕が崩れていない。あの手札で、この盤面だってひっくりかえせるって思ってるんだ」

 

 ロキと和輝の言葉。それを裏付けるように、バロールは口の端を笑みに吊り上げた。

 

「礼を言うよエーデルワイス。我がフィールドを空にしてくれて。おかげてこいつを召喚できる。来い、ダーク・クリエイター」

 

 バロールが召喚したのは、ヴェルズモンスターではなかった。

 もともとは創生神だったが、光の神は闇に堕ちた。

 前身は漆黒に染まっており、畳まれた翼は開かれ、目は狂気に染まっている。だがその効果はいささかも衰えていない。

 

「さて、これから展開するぞエーデルワイス。ついて来れるか?

 ダーク・クリエイター効果発動。墓地のヴェルズ・ナイトメアを除外し、ヴェルズ・ケルキオンを蘇生させる。

 ヴェルズ・ケルキオン効果発動。墓地のヴェルズ・サラマンドラを除外し、ヴェルズ・カストルを回収。さらにケルキオンの効果によって増えた召喚権を使い、ヴェルズ・カストルを召喚。カストルの効果によって増えた召喚権で、ヴェルズ・サンダーバードを召喚する」

 

 瞬く間に三体のヴェルズが揃ってしまった。あっという間にあふれかえった軍勢に、エーデルワイスが言葉を失った。

 

「三体のレベル4モンスターが並んだね。焼け野原なフィールドから、大したものだ」とロキ。

「そしてこれはまずい。コナーさんの伏せカード次第だが、オピオン、バハムートとくれば、次に来るヴェルズXモンスターは決まってる。浸食された神竜最後の一体だ」

 

 和輝の独白を聞き届けたのか、それに応えるようにバロールが笑った。

 

「我はヴェルズ・ケルキオン、カストル、サンダーバードの三体をオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 X召喚のエフェクトが走る。バロールの頭上に展開された、渦巻く銀河のような空間。その空間に向けて、紫の光となった三体のヴェルズが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「侵略の使徒よ、ここに来たれ。汝の波動は城を侵す毒とならん。出でよヴェルズ・ウロボロス」

 

 爆発の向こうから現れる巨躯。

 もともとは氷結界の龍トリシューラ。やはり美しくも恐ろしかった蒼銀の姿は黒く変色しており、ドロドロと腐敗したような、禍々しく、おぞましい姿へと変異していた。

 

「ヴェルズ・ウロボロス効果発動。ORUを一つ使い、銀河眼の光子竜をバウンスする」

「あっ!」

 

 エーデルワイスが声を上げた時にはもう遅い。彼女の銀河眼の光子竜はまるで上空に穴が開いたかのように、何かに吸い込まれるように消えていく。行先は墓地ではなく、エーデルワイスの手札。これで彼女は再び頼りになる盾も矛も失ってしまった。

 

「いかん!」

「遅い、遅いなぁルー。今更焦っても、遅すぎる。バトルだ! ヴェルズ・ウロボロスでダイレクトアタック!」

 

 バロールの攻撃宣言が下る。堕ちた邪龍が三つの(アギト)を開き、そこから三重螺旋の闇の吐息(ダークブレス)を放つ。

 飲み込まれればひとたまりもない一撃。それを凌いだのは、目に見えぬ不可視の障壁だった。

 

「リバースカード、ガード・ブロック発動! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 闇の奔流から身を守ることに成功したエーデルワイス。だがまだバロールの攻撃を全て防いだわけではない。

 

「躱したか。では次はどうだ? ダーク・クリエイターでダイレクトアタック!」

 

 ダーク・クリエイターが両手を胸の前にかざす。すると、両掌の間に黒い球が作りだされる。大人一人が立ってもなお余裕で収まりそうな大きさの黒球が、一気に放たれた。

 躱すのも困難な致命の一撃。だがそれさえも防がれる。エーデルワイスの伏せカードが翻ったのだ。

 

「リビングデッドの呼び声発動! 墓地からフォトン・クラッシャーを特殊召喚します!」

「壁にしかならん! 粉砕しろ、ダーク・クリエイター!」

 

 構わず攻撃続行。黒球の一撃を受けて、フォトン・クラッシャーが消滅する。

 

「……ッ! 補給部隊の効果で、一枚ドロー!」

 

 悲鳴を押し殺すエーデルワイス。その様を見て、バロールが鼻を鳴らした。

 

「まぁいい。そうやって足掻く姿を手折るのもまた一興。嬲りがいがある。我はこれでターンエンドだ」

 

 

ダーク・クリエイター 闇属性 ☆8 雷族:効果

ATK2300 DEF3000

このカードは通常召喚できない。自分の墓地に闇属性モンスターが5体以上存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、自分の墓地の闇属性モンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

ヴェルズ・サンダーバード 闇属性 ☆4 雷族:効果

ATK1650 DEF1050

魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、自分フィールド上のこのカードをゲームから除外できる。この効果は相手ターンでも発動できる。この効果で除外したこのカードは次のスタンバイフェイズ時にフィールド上に戻り、攻撃力は300ポイントアップする。「ヴェルズ・サンダーバード」の効果は1ターンに1度しか発動できない。

 

ヴェルズ・ウロボロス 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2750 DEF1950

レベル4モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。以下の効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限りそれぞれ1度しか選択できない。

●相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

●相手の手札をランダムに1枚選んで墓地へ送る。

●相手の墓地に存在するカード1枚を選択してゲームから除外する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 

ヴェルズ・ウロボロスORU×2

 

 

エーデルワイスLP4050→3750手札3枚(うち1枚は銀河眼の光子竜)

バロールLP5600→6100→6600手札2枚

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 勇ましく叫んで、カードをドローするエーデルワイス。その耳朶に、半透明のルーの声が届く。

 

「エーデルワイス、状況は不利だ。銀河眼の光子竜は手札にいても腐るだけの最上級モンスター。さらにバロールのモンスターは二体とも放置できん。かといって、守りに徹してもいずれ削り切られるぞ」

「ええ、分かっています。ルー。けれど大丈夫です。銀河眼は……、私が最も信頼するモンスターは、たとえ手札に戻されても、私を助ける手段を残してくれました。

 私は、銀河眼の光子竜を捨て、トレード・イン発動! カードを二枚ドローします!」

 

 レベル8の銀河眼が手札に来たからこそ、エーデルワイスは更なるドローが可能となった。銀河眼の光子竜は、自身が戦力にならない状況でも、こうしてエーデルワイスのために突破口となってくれたのだった。

 

「よし、これならいけます! フォトン・サンクチュアリ発動! 私のフィールドに、二体のフォトントークンを特殊召喚します。さらにこの二体のトークンをリリース! フォトン・カイザーをアドバンス召喚!」

 

 新たに現れたのは、フォトンモンスター共通の、青白く発光する体に青を基調にした鎧姿。大剣に盾と、他のモンスターよりも重厚感のあるいでたちは皇帝(カイザー)の名にふさわしい。

 

「フォトン・カイザーの効果発動! デッキから二枚目のフォトン・カイザーを特殊召喚! さらに銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を発動! 墓地の銀河眼の光子竜を復活させ、このカードを装備します!」

「三体の、レベル8モンスター」

 

 エーデルワイスのフィールドに居並ぶモンスターたちを前に、バロールがこのデュエルで初めて、警戒に満ちた表情を浮かべた。

 彼は分かったのだ。この局面から出てくるモンスターが。その強力性が。

 

「行きますバロール! これが今の私の全力です! 二体のフォトン・カイザーと、銀河眼の光子竜をオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 ばっと右手を大きく天へとかざすエーデルワイス。彼女の頭上に、今までバロールが散々使ってきたエクシーズエフェクトが展開。渦巻く銀河のようなその中心点に、白い光となった三体のフォトンモンスターが飛び込んでいく。

 

「逆巻く銀河よ。今こそ我が力となりて、化身の龍となってこの地に来たれ! これが私の祈り。私が出せる全て! |超銀河眼の光子龍《ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン》!」

 

 虹色の爆発、その向こうから赤い光が目を焼かんばかりの強さで輝く。

 炎のように力強い姿が顕現する。

 今までの青白い輝きから一転、攻撃的なまでに赤く輝く体に、翼の根本から生えた二つの首を追加した、三つ首姿。元となった銀河眼の光子竜と比べ、一回りも二回りに巨大になり、轟く咆哮は天を裂き地を砕かんばかりだ。

 

「よっし! 攻撃力4500!」と歓声を上げるロキ。

「しかも超銀河眼はエクシーズに対して多大な効果を上げる。その上――――」ぐっとガッツポーズをとる和輝。そして、

「はい! 岡崎さんが言おうとしていた通り、超銀河眼が銀河眼の光子竜を素材にX召喚された時、このカード以外の表側表示カードの効果を無効にします! 超銀河眼、その大いなる咆哮で、魔を祓ってください!」

 

 エーデルワイスの願いに応えるように、超銀河眼が咆哮を上げる。

 咆哮は空気を震わせ、衝撃が全体に伝播。次の瞬間、超銀河眼の光子龍以外の全てのカードが色を失った。

 

「さらに、超銀河眼の光子龍のもう一つの効果発動! ORUを一つ使い、相手XモンスターのORUを全て吸収! さらに吸収したORU一つにつき、攻撃力500アップ! 加えて、吸収したORU分攻撃できます!」

「今、バロールのフィールドにあるORUはヴェルズ・ウロボロスの二つだから、攻撃力1000アップに加えて二回攻撃だ。行け、コナーさん!」

 

 和輝の声援がエーデルワイスの背中を押す。

 勇気づけられ、エーデルワイスは一歩、前に出た。

 

「バトルです! 超銀河眼の光子龍で、攻撃!」

 

 超銀河眼の光子龍は二回攻撃が可能。さらにバロールのモンスターは二体のみ。伏せカードは脅威ではなく、最早この攻撃を止める手段はない。

 超銀河眼の光子龍が上体をそらし、三つの口内に光を溜め込んだ。

 放たれた三連の光は一つに重なり合い、混ざり合う。

 まるでドラゴンの怒りを表したかのような赤く輝く極光の一撃。

 光の大瀑布がバロールのフィールドに直撃。彼のモンスター、ヴェルズ・ウロボロスとダーク・クリエイターはなすすべなく飲み込まれ、消えていった。

 

「が――――ああああああああああああああああああ!」

 

 バロールの絶叫が轟く。ダメージのフィードバックは強烈で、さしものバロールも苦痛による絶叫を抑えきれなかったのだ。

 光の瀑布が終わる。見ればバロールはよろめいていた。しかしそれでも、膝はつかない。どころか、くつくつと肩を震わせて笑ってさえいた。

 

「これだ……。この痛み、死に至る苦しみ……。これこそ、お前たちに味合わせてやりたいものだ。ルー、エーデルワイス……!」

 

 痛みに歪めながらも、なお笑みを浮かべるバロール。その凄惨な、鬼気迫る表情に、エーデルワイスは気圧された。

 

「エーデルワイス、大丈夫だ。このデュエル、我らに有利だ。このまま押し切るぞ」

「……はい、そうですね、ルー。バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に入り、墓地のクリフォトンの効果を発動します。手札のフォトン・サテライトを捨て、墓地のクリフォトンを回収。ターン終了です」

 

 

トレード・イン:通常魔法

(1):手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

フォトン・サンクチュアリ:通常魔法

このカードを発動するターン、自分は光属性モンスターしか召喚・反転召喚・特殊召喚できない。①:自分フィールドに「フォトントークン」(雷族・光・星4・攻2000/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは攻撃できず、S素材にもできない。

 

フォトン・カイザー 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK2000 DEF2800

このカードが召喚・反転召喚に成功した時、自分の手札・デッキから「フォトン・カイザー」1体を特殊召喚できる。

 

銀河零式:装備魔法

「銀河零式」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分の墓地の「フォトン」モンスターまたは「ギャラクシー」モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。装備モンスターは攻撃できず、効果も発動できない。(2):装備モンスターがバトルフェイズに戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊できる。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。このカードを装備していたモンスターの攻撃力は0になる。

 

超銀河眼の光子龍 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

ATK4500 DEF3000

レベル8モンスター×3

「銀河眼の光子竜」を素材としてこのカードがエクシーズ召喚に成功した時、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を無効にする。1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上のエクシーズ素材を全て取り除き、このターンこのカードの攻撃力は取り除いた数×500ポイントアップする。さらに、このターンこのカードは取り除いた数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

 

 

超銀河眼の光子龍ORU×4

 

 

エーデルワイスLP3750手札1枚(クリフォトン)

バロールLP6600→3400→650手札2枚

 

 

「我のターンだ。くくっ」

 

 カードをドローしたバロールは、笑った。

 この圧倒的窮地で、風前の灯火のライフで、なお笑うのだ、この邪神は。

 それが、ただの虚勢であるとは、この場の誰も思わなかった。

 同時に、和輝はある可能性を感じていた。それは神々の戦争を戦い抜いてきた彼だからこそ感じる、予感ともいえるものだった。

 

「さて、いささか心もとない手札なのは事実。補充しておこう。終わりの始まりを発動。墓地のヴェルズ・オピオン、ヴェルズ・バハムート、ヴェルズ・ゴーレム、ヴェルズ・ウロボロス、ダーク・クリエイターを除外し三枚ドローだが、ここはもっとドローしておこう。終わりの始まりにチェーン、連続魔法。手札を全て捨て、制約とコストを踏み倒し、終わりの始まりの効果だけをもう一度発動する!」

「つまり、六枚のドローということか」

 

 ルーの声音は険しい。エーデルワイスも、声にこそ出さないが、不安げな表情を浮かべた。

 一気に六枚のカードが、バロールのデッキから引き抜かれる。「くはっ」とバロールが笑みをこぼした。

 

「コナーさん!」すかさず叫ぶ和輝。続けざまに言う。「バロールはこのターン、神を召喚するつもりだ!」

「え!?」

 

 驚くコナー。だが反対に、バロールはさらに笑みを深くした。

 

「なるほどなるほど。さすがは歴戦の戦士、といったところか、ロキの契約者よ。その通り、見せてやろう、我が真骨頂を!

 まずは死者蘇生を発動! 墓地のヴェルズ・ケルキオンを蘇生し、効果発動! 墓地のヴェルズ・ヘリオロープを除外し、ヴェルズ・カストルを回収する」

 

 困惑するエーデルワイス。「待ってください! ヴェルズ・カストルは今、超銀河眼の光子龍の効果によって、このモンスターのORUとして吸収されているはずです!」

 すでに答えにたどり着いているルー。「連続魔法だ、エーデルワイス。連続魔法発動時に捨てた手札、あれが二枚目のヴェルズ・カストルだったのだ」

 正解とばかりに牙のように鋭く尖った犬歯を見せるバロール。「その通りだ。そしてヴェルズ・ケルキオンの効果によって増えた召喚権を使い、ヴェルズ・カストルを召喚。さらにカストルの効果によって増えた召喚権で、ヴェルズ・オ・ウィスプを召喚する」

 

 瞬く間に揃えられる三体のモンスター。しかもバロールはまだ、ルール上の召喚権を残している。今までの連続召喚は、全てヴェルズの効果によって増えた、ヴェルズモンスターのみを召喚できる権利なのだ。

 

「……来る」

 

 和輝の呟きが聞こえたかどうか、そのタイミングに応えるかのように、バロールが声高らかに宣言した。

 

「我は三体のヴェルズをリリース!」

 

 その瞬間、エーデルワイスはぞくりと背中に悪寒を感じた。

 それが何なのか、その正体を理解する前に、バロールのフィールドに異変が生じた。

 バロールのフィールドの、三体のモンスターの身体が瞬く間に黒ずんでいき、人型の灰のように崩れ去ってしまった。

 

「ッ!」

 

 重圧が場を支配する。三体のモンスターの命を依代に、大きな力がやってくるのを感じた。

 

「来るぞ、エーデルワイス」

 

 ルーの警告。その直後に――――

 

「来たれ我が分身、我が力! 死線の魔眼神バロール!」

 

 神が、顕現した。

 膨大な力が一点に収束。収束地点は、エーデルワイスと対峙していたバロール。

 その身体が闇に包まれる。闇が硬質化し、形を成した。

 姿はそのままに、バロールの格好が変化する。

 狩猟服を思わせる貴族服は完全に消え去り、代わりに身を覆っているのは漆黒の鎧。

 ところどころ爪や牙を思わせる角がかみ合ったような装飾が施された鎧姿になり、胸の部分に赤く輝く大きな眼、復讐心に燃える、紅い隻眼だった。

 

「ああ、ああエーデルワイス。我が死が言っているぞ、我が魂が言っているぞ! 五体を引き裂いたルーを殺し、その契約者を殺し、契約者の親類縁者も皆殺しに知ろと! そこまでしてようやく、ようやくだエーデルワイス。ようやく我が魂の渇きは潤うのだ!」

 

 歓喜とも、怒りともつかぬ声音で叫ぶバロール。

 だがそれはあまりにも身勝手な理論だ。復讐心とさえ呼べない。

 

「勝手をほざくなバロール! 貴様の怨嗟も、怒りも知ったことか! それらが、エーデルワイスから家族を奪い、今また、大切な友を奪おうとする理由にはならん!」

 

 ルーの怒りの叫び。だがバロールは全く意に介さない。歪んだ復讐心を鎧と共に身にまとった邪神に、一切の声は届かない。

 

「聞こえん、聞こえんなぁルー! 貴様の言葉など、我が経験した死の前にはぬるま湯の如し! さぁルー! エーデルワイス! 我が前に散れ! 死に絶えろ! バロール()の効果発動! エーデルワイス、貴様が頼りにしている超銀河眼の光子龍を破壊する!」

 

 ぎょろり。バロールの胸、その直死の魔眼が蠢き、エーデルワイスの超銀河眼の光子龍を見据えた。

 

「見ろ、視ろ、観ろ! 我が眼を魅ろ! これこそが我が力だ。我が下す死だ!」

 

 次の瞬間、まったく、何の前触れもなく苦しみもがき出す超銀河眼。その身をかがめ、翼はたたまれ、地に倒れ伏した。

 

「な――――」

 

 何が起こったのか。エーデルワイスがそれを理解する前に、超銀河眼の光子龍の姿はまるで灰のように崩れ去ってしまった。

 

「超銀河眼!」

 

 悲痛な声で叫ぶエーデルワイス。言葉の続きを、バロールの哄笑が遮った。

 

「まだだ。まだだぞエーデルワイス。我が効果が、単純なモンスター破壊であるはずがなかろう。我が追加効果。我が効果で破壊したモンスターと同じ攻撃力の死眼トークンを特殊召喚する! 来たれ、超銀河眼の現身よ!」

 

 バロールの傍らに現れる巨体。その姿はまさしく今破壊された超銀河眼の光子龍。

 否、それを果たして、超銀河眼の光子龍と呼んでいいものか。

 色彩が違う。それはいい。全体的に灰色がかったカラーリングになっているが、それは偽物なのだからと納得できることだ。

 もう一つの異変こそが問題だった。超銀河眼の光子龍の全身の至る所に、ギョロギョロと周囲を忙しなく観察するように蠢く、無数の赤い眼球が生えていたのだ。

 まるで妖怪百目のようなそのグロテスクなあり様に、エーデルワイス、和輝、ルー、ロキ(二人と二柱)は嫌悪に顔を歪めた。エーデルワイスに至っては青ざめた表情で口元を抑えている。

 

「エーデルワイス、青ざめるのはまだ早いぞ? バロール()のもう一つの効果! 一ターンに一度、相手墓地のモンスター一体を装備し、その攻撃力分、我が攻撃力を上昇させる! この意味が分かるな、エーデルワイス? 当然! 我はお前の墓地の超銀河眼の光子龍を装備する!」

 

 エーデルワイスが体を強張らせ、表情を引きつらせるよりも先んじて、バロールが動いた。

 ガチガチガチと、何かをかみ合わせるような音が響く。

 音の出所はバロールの鎧、その腹部。まるで牙と牙を打ち鳴らしているような、耳障りな音が続き、次の瞬間、バロールの腹部が()()()と開いた。

 それはまるで口のようだった。否、()()()ではなく、真実口だったろう。

 ずらりと上下に並んだ鋭い牙、その奥に続く暗く深い、口内。今にも生臭い臭いが漂ってきそうな、怪物の口の中。

 そして、大きく開かれたその口が、目に見えず肌にも感じない吸引力を発揮したのか、エーデルワイスの墓地から半透明の――いわゆる、霊体だろうか――超銀河眼の光子龍が引きずり出され、そしてバロールの大口の中へと吸い込まれてしまった。

 バリバリと響く咀嚼音。嚥下したのか、ゴクリという音まで続いた。

 

「これで我が攻撃力は8000だ。

 さぁバトルと行こう! 我自身でダイレクトアタックだ!」

 

 バロールの背後に赤い闇が集う。闇は即座に硬質化し、巨大な槍の形をとった。

 槍の穂先がエーデルワイスの心臓を指す。

 

「エーデルワイス!」

「は、はい!」

 

 ルーの切羽詰まった警告によって、まだどこか呆然としていた――当然と言えば当然だ。己の最強のカードがあんな無残な目にあったのだから――エーデルワイスは弾かれたように反応する。

 バロールの槍が放たれる直前、エーデルワイスは唯一の手札を翻した。

 

「て、手札のクリフォトンの効果発動! 2000ライフを払い、私へのダメージを防ぎます!」

 

 直後、バロールの赤槍が放たれる。槍の穂先に立ちはだかる小さな守護者、クリフォトン。

 衝撃。クリフォトンは必死の形相で、神の一撃に耐える。全ては己の主、エーデルワイスを守るため。

 衝撃、閃光、そして轟音が辺りに満ち、周囲を薙ぎ倒す。

 屋敷の残骸が吹き飛ばされ、木々が倒れ、地響きを上げていく。

 

「ぐ……!」

 

 その場に伏せて耐える和輝。見ればエーデルワイスも突風でかき上げられる髪を手で押さえながら、何とか踏みとどまっていた。

 

「くくく。もうこれで、その小さな守護者も使えないな。お前のライフは2000を切った。エーデルワイス、次が、お前が迎える最後のターンになりそうだな。我はカードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

死線の魔眼神バロール 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を対象に発動できる。対象モンスターを破壊し、そのモンスターの元々の攻撃力、守備力の死眼トークン(神属性・幻獣神族・レベル10・ATK/DEF?)を1体特殊召喚する。(4):1ターンに1度、相手の墓地のモンスター1体を対象にして発動できる。対象モンスターをこのカードに装備し、このカードの攻撃力は装備したモンスターの攻撃力分アップする。

 

 

死眼トークン攻撃力4500、守備力3000

死線の魔眼神バロール攻撃力3500→8000

 

 

エーデルワイスLP3750→1750手札0枚

バロールLP650手札1枚

 

 

 バロールの哄笑が轟く。神の登場で、戦況は一気にバロールに傾いたと言っていいだろう。

 で、ある以上、バロールの優位は揺るがない。

 

「これは、ボクらが戦う必要が出てきたかもね」

 

 戦況を見守るロキの呟きが、虚しく消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話:今はさよならを

「これは、ボクらが戦う必要が出てきたかもね」

 

 ロキのそんな台詞を聞きとがめたのは、もちろん隣にいた和輝(かずき)だった。

 

「おいロキ。何馬鹿なこと言ってやがる」

 

 憤怒というよりも、呆れを含めて、和輝は言った。

 

「見ろ。コナーさんの目はまだ諦めてねぇ。彼女が諦めないから、俺も諦めない。彼女が勝つ未来を諦めない。信じるさ」

「……なるほど、悪かったよ、和輝。君の信頼に唾を吐いて。――――それにしても、絶望的状況でも心を折らない強さ、屈しない精神。それでこそ、人間は素晴らしい」

 

 ロキの台詞の後半部分は、誰の耳にも届かず、千切れて消えた。

 

 

エーデルワイスLP1750手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続魔法:補給部隊(効果無効化)

伏せ なし

 

バロールLP650手札1枚

場 死線の魔眼神バロール(超銀河眼の光子龍装備、攻撃表示、攻撃力3500→8000)、死眼トークン(攻撃力4500、攻撃表示)、永続魔法:魂吸収(効果無効化)

伏せ 3枚(うち1枚は侵略の汎発感染)

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 手札は0、ライフも2000を切ったため、クリフォトンで身を守ることももうできない。

 絶体絶命、危機的状況だ。だが、エーデルワイスは諦めない。

 勇気をもらった。背中を押してもらった。だからこそ、ここで、諦めて膝をつく姿だけは見せられない。

 

「メインフェイズ1開始時に、貪欲で無欲な壺を発動します! 墓地の二枚のフォトン・カイザー、そして銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)をデッキに戻して、二枚ドロー! ――――モンスターをセット。さらに墓地のクリフォトンの効果を発動。手札のフォトン・スレイヤーを捨てて、このカードを手札に加えます。ターン終了です」

 

 

貪欲で無欲な壺:通常魔法

メインフェイズ1の開始時に自分の墓地から異なる種族のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを2枚ドローする。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

 

「我のターン! この期に及んでクリフォトンを手札に加えるか、エーデルワイス。そんなにしてまで、その小さな守護者に縋りたいのか? 無駄だ。もはやライフが足りん。これでは我が攻撃は防げぬ、ライフは消し飛び、お前は死ぬ。ルーと共に!」

「――――――そう、思うのなら。攻撃すればどうですか、バロール?」

 

 口元に笑みを浮かべて、エーデルワイスは言った。

 見え透いた挑発だが、エーデルワイスが恐怖を感じていることはすぐにわかる。声は震えているし、ロングスカートなため見えないが、きっと膝も笑っているだろう。肩だって、今も小刻みに震えている。

 気丈な虚勢。その怯えを心地よいと思いながら、くつくつとバロールは笑う。

 

「ならば望み通りにしてやろう。二枚目のヴェルズ・ケルキオンを召喚し、効果発動。墓地のヴェルズ・オ・ウィスプを除外し、ヴェルズ・サンダーバード回収。再召喚。

 さらに(バロール)の効果発動。エーデルワイス、お前の墓地からフォトン・クラッシャーをいただこう」

 

 バロールの手勢が増え、さらに攻撃力は1000の大台に乗った。

 

「バトルだ。死眼トークンで守備モンスターを攻撃」

 

 一歩、前に出る、超銀河眼の光子龍を模した死眼トークン。本物にはありえない、無数の赤い目がギョロギョロと蠢き――生理的嫌悪感を催させる光景だった――、ターゲット捕捉。無数の視線が一斉にエーデルワイスの守備モンスターに向けられた。

 次の瞬間、全ての眼球から赤い光線が放たれる。

 レーザー光線。それらは放物線を描いてエーデルワイスの守備モンスターに殺到。

 着弾。じゅっという蒸発音を上げて、守備モンスターはその姿を見せる間もなく焼き尽くされた。

 

「こ、この瞬間! セットしていた銀河魔鏡士(ギャラクシー・ミラー・セイジ)の効果発動! デッキから二枚目の銀河魔鏡士をセットします!」

 

 エーデルワイスの守備モンスターは、リバース時に回復とリクルートを兼ねたモンスター、銀河魔鏡士。ただし、今エーデルワイスの墓地にギャラクシーモンスターは存在しないため、ライフ回復は起こらず、新たな銀河魔鏡士のリクルートのみが適用された。

 舌打ちするバロール。今、既に墓地にギャラクシーモンスターである銀河魔鏡士がおかれたのだ、ここで二枚目の銀河魔鏡士を破壊すれば、一枚目の効果によって除外されるので後続は出ないが、ライフは回復される。

 そうなればエーデルワイスのライフは2250。手札のクリフォトンの効果も使えるのだ。

 

「……ヴェルズ・ケルキオンで攻撃」

 

 バトルフェイズは続行される。ヴェルズ・ケルキオンが放った黒い光弾の雨を受け、二枚目の銀河魔鏡士が撃破された。

 

「ッ! 銀河魔鏡士の効果で、私のライフは500回復します! ――――これで、クリフォトンのコストは確保できました」

 

 気丈に笑って見せるエーデルワイス。だが彼女本人の心境は生きた心地がしなかった。バロールがモンスター破壊カードを繰り出していれば、ライフが足りず、役に立たないクリフォトンを抱え、一斉攻撃で彼女のライフは0になっていた。バロールに死眼トークン。超攻撃力の猛攻を前にすれば、宝珠を守るどころか命さえ失っていたかもしれないのだ。怯えてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「バトルだ。(バロール)で裏守備の銀河魔鏡士を攻撃!」

 

 言うや否や、バロールの背後の空間に、紅い球体が出現した。

 大きさはバスケットボールほど。そして、その周囲を囲む様に、楕円形の赤い線が引かれた。それはあたかも、球体を眼球にした瞳のようだった。

 瞳、即ち赤い球体が、()()()()と蠢いた。

 エーデルワイスは確信した。これはまさしく目が。こちらを見据える、バロールの死の視線。

 

「消えろ」

 

 冷たい一言。次の瞬間、背後の巨大眼から赤い光線が発射。光線はエーデルワイスに向かう。

 

「手札のクリフォトンの効果発動! 2000のライフを払い、ダメージを0に!」

 

 慌てて手札のクリフォトンを切るエーデルワイス。直後、彼女を守る小さな盾となったクリフォトンに、紅い光が直撃。光はいくつにも拡散し、周囲を薙ぎ払っていく。

 

「気をつけろ和輝! 流れ弾とはいえ、ここは神々の戦争、バトルフィールド内。宝珠に当たって砕ければ、脱落。悪ければ死ぬぞ!」

「分かってる!」

 

 ロキの警告。和輝は咄嗟に伏せて、衝撃をやり過ごした。

 

「く――――! コナーさんは!?」

 

 がばっと体を上げてエーデルワイスの方を見やる和輝。エーデルワイスもやり過ごすことに成功したらしく、その胸元の宝珠の輝きはいささかも曇らない。

 

「ふん。メインフェイズ2、ヴェルズ・ケルキオンとヴェルズ・サンダーバードをオーバーレイ。二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚。

 ――――侵略の使徒よ、ここに来たれ。汝の波動は異能を侵す毒とならん。出でよヴェルズ・タナトス」

 

 走るエクシーズエフェクト。起こる虹色の爆発。現れたのは魔轟神獣ユニコロールと魔轟神レイジオンが合体し、ヴェルズ化した異形のモンスター。もっとも、見た目はユニコロールの上に跨ったレイジオン、といった感じなのだが。

 そして、万が一の反撃を警戒してか、ヴェルズ・タナトスは守備表示でX召喚された。

 

「ターンエンドだ」

 

 

銀河魔鏡士 光属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK0 DEF800

リバース:自分は自分の墓地の「ギャラクシー」と名のついたモンスターの数×500ライフポイント回復する。また、リバースしたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキ・墓地からレベル4以下の「ギャラクシー」と名のついたモンスター1体を選んで裏側守備表示で特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 

ヴェルズ・タナトス 闇属性 ランク4 悪魔族:エクシーズ

ATK2350 DEF1350

闇属性レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このターン、このカードはこのカード以外のモンスターの効果を受けない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

死線の魔眼神バロール攻撃力8000→10000

 

 

エーデルワイスLP1750→2250→250手札0枚

バロールLP650手札1枚

 

 

「私のターンです」

「まだ無駄なことを続けるのか、エーデルワイス」

 

 エーデルワイスがカードをドローする前に、バロールが嘲りの声をかける。

 

「無駄……?」

「そう、無駄だ。状況を見ろ」バロールは一度右手を軽く振って、周囲を見ろと示唆し、「我がフィールドには神。攻撃力は10000、さらに伏せカードが三枚だ。内訳を教えてやろうか? 一枚はお前も知っている、侵略の汎発感染。残りはドレインシールドと神風のバリア-エア・フォース-。下手に攻撃しても無意味だ。

 おまけにお前のフィールドには効果を失った補給部隊のみ。手札はなく、ライフも500を切った。これではさすがにクリフォトンも使えまい。

 剣になりえる銀河眼は、一枚はバロール()が喰らい、一枚は自らデッキへと戻した。これをなんというかわかるか? 袋小路だ。お前に希望はない。だがなおお前は足掻くか? 無様に、醜く、哀れで愚かしい。嬲るのも一興と思っていたが、こうまで往生際が悪いとさすがにイラついてくる」

 

 バロールは唾棄するようにそう言い切った。

 醜い。無様。バロールの台詞はここに来るまでの間に邂逅したあの邪神、ナイアルラトホテップと同じだ。

 あのおぞましき混沌の邪神もまた、和輝の足掻きを、希望に向かって突き進む姿を、醜いと断じた。

 

「バロール。貴方は、精一杯ライフを守る私の行いを、醜いと、そう断じるのですね」

 

 エーデルワイスの問いかけに、バロールは「いかにも」と首肯した。

 

「当然だ、エーデルワイス。無駄なことに時間を費やすなど、非効率を通り越して不条理だ。お前の、お前とルーの、できる事はただ一つ。何もしないことだ。それで次の我のターン、お前たちに引導を渡し、死を渡し、我が復讐は完結する。

 だから、だからこそだ、エーデルワイス。何もせず、死を、我を受け入れろ。そうすれば、多少は、その死を美しくしてやろう。美しく、飾ってやろう」

 

 バロールの言葉がエーデルワイスの精神に沁み込んでくる。

 普通の人間ならば、この声だけで心が折れるだろう。

 死へと誘う魅了の言葉。抗うにはこの言葉は甘く、苦く、そして重すぎる。

 これが醜いことならば、無様なことならば、哀しいことならば、抗わずに受け入れることこそ正解ではないか?

 ここで、何もしなければ、父のもとに、みんなの許に逝ける。ファティマも、きっとすぐ来てくれる。

 ぞわぞわと闇が忍び寄る。けれど――――――――

 

 

 あの背中を、綺麗だと思った。

 

 

 エーデルワイスは微笑した。開花する蕾のような笑み。小さな、けれど力強い笑み。

 

「私はそうは思いません。足掻くことは醜いと、貴方は言いました。それのどこが悪いのでしょう。

 足掻くということは、絶望していないことの証明。希望に向かって、歩き続けていることの証。私はそう思います。人を殺す諦めを乗り越えて、意志を持って前に進む。それを、その姿を――――私は、とても綺麗だと思います」

 

 ちらりと和輝を見る。そして思う。

 自分はまだ、彼のように凛として立ちながら、希望に向かって手を伸ばすことも、歩くことも覚束ない。

 けれど、諦めてなるものかという気持ちだけは持っているつもりだ。

 

「だから私は諦めません。私も、美しい在り方を目指したいから。――――――ドロー!」

 

 ドローカードを確認。それを、バロールにも見えるように翻す。

 

「希望の宝札! 互いに、手札が六枚になるようにドローします! これが、私が引き寄せた可能性です!」

 

 足掻いて足掻いて、引き寄せたのは最強のドローブースト。バロールの表情が驚愕に固まる。

 

「これは――――流れが変わったね」

「ああ。行けるぜ、これは」

 

 感心したようなロキの呟きと、ぐっと拳を握り締めた和輝の台詞。それらを背に受けて、エーデルワイスは六枚のカードを一気にドロー。

 そして――――

 

「これが、可能性に手を伸ばした、私の希望です! 魔法カード、未来への思い発動! 私の墓地から、フォトン・スレイヤー、フォトン・パイレーツ、フォトン・サテライトを、効果を無効にし、攻撃力を0にした状態で特殊召喚します!」

 

 掴み取った可能性は、形となってエーデルワイスのフィールドに現れる。

 皆全てレベルの違うフォトンモンスターたち。

 

 

「確かあれは、発動ターン中にX召喚を行わないと、4000のライフを失うカード。彼女はこのターンにX召喚をするつもりか?」

「いや、たぶん違う。三体のモンスターを揃えたこの状況なら、何もX召喚にこだわる必要はない」

「それはつまり」一度息を呑むロキ。「神の召喚。このターンで勝負を決める、捨て身の戦術」

「それが、コナーさんの覚悟だ」

 

 決着はこのターン。凌げばバロールが勝利し、エーデルワイスの目論見が成就すれば、彼女の勝利だ。

 

「行きます! 私は三体のモンスターをリリース!」

 

 エーデルワイスのモンスターたちが、白く輝く光の粒子となって、天へ昇っていく。

 それは供物。あるいは門。強大な存在を迎え入れる、大いなる門。

 すなわち、神の降臨だ。

 

「この戦いに終止符を打つために、来てください! 光の英雄神ルー!」

 

 三つの命は門となって新たな力を招き入れた。

 輝きが辺りに満ちる。たまらず全員が目を瞑る。

 光に目が慣れた時、そこにいたのは雄々しい神。

 

 外見年齢は三十代から四十代の男性神。短めの金髪、深い海を思わせる青い右目と奥深い森を思わせる緑の左目。身に纏っているのは深緑色のボディスーツと、その上に纏った、関節の可動域が広く設計されている金縁銀色の全身鎧。

 左手には五角形型の盾を装備しており、中央に日の光を浴びて育つ新緑の構図になっているレリーフが刻まれている。

 右手には、身の丈ほどの大きさの、五条に枝分かれした黄金の槍。この槍こそが、光の神ルーが操り、かつてバロールを葬った神の槍、ブリューナク。

 

「ルー! 現れたか!」

 

 憎悪に歪むバロールの表情。だがルーはバロールに背を向け、エーデルワイスに向き直った。

 

「エーデルワイス。すまない。私は君に詫びなければならない」頭を垂れ、続ける。「私は、君たち一族の、君の意思を無視して戦場に立たせた。立つことを強要した。人間が、それに恐怖を感じることなど思いもせずに。それは神の傲慢であり、私の愚かしさだ。許してほしい、とは言わない。だが、こうして君の前で戦うことは――――」

「許します。ルー。私の方こそごめんなさい。私は怖かった。戦うことも、戦わずに何もかも失われてしまうことも。足掻き、もがくことも」

 

 ルーの言葉を遮って、エーデルワイスは頷いた。そして、告げる。ちらりと和輝を見て、

 

「けれど今は違います。今、私は最後まで足掻くことをとても尊く、美しいものだと思います。今はまだ、そんな大それたものではないと思いますけれど、それでも、一歩、踏み出せました。だから、ルー」

 

 そこで一拍、言葉を止めた。息を吸い、告げる。

 

「私と一緒に、戦ってください」

「承知!」

 

 膝を上げ、今度こそ、ルーはバロールと正面から向き合った。無視された形になったバロールは、歯ぎしりをし、顔面に憤怒の形相を張り付けていた。

 

「己の母親に唆され、言われるがままに我を殺し! そして今、再び我が前に立ったかと思えば、今度は背を向け我が存在を足蹴にするか! ルー!」

 

 バロールの怒りはここに至って物理的なプレッシャーさえ放っているようだった。相対しているエーデルワイスはもちろんのこと、和輝の身体にもびりびりとした衝撃が叩きつけられた。

 

「く……!」

「バロールの憎悪は天井知らずだ。それこそ死ぬまで、いやさ、死んでも消えやしない。だが、そろそろ幕引きだろうね」

 

 和輝を庇うように一歩前に出たロキが、にやりを笑みながら言う。さっきまで自分も戦う必要があると言っていた邪神と同一神とは思えない、すでにエーデルワイスとルーの勝利を確信しているかのような言い草だった。

 

「バロール! 貴様との因縁も、ここまでだ! 蘇ったというのなら、今一度、その憎悪ごと死に帰るがいい!」

「ほざけルー! 貴様の攻撃力では我に届かん。攻撃力を上げ、我を上回ろうとも、我が伏せカードの一枚はドレインシールド。その攻撃を無効にし、あとはお前達が自滅するのを見届けるまでだ!」

 

 吠えるバロール。その全身から赤黒いオーラが溢れ出す。まさしく、かの邪神の憎悪、憤怒の漏出のように。

 祖父に当たる邪神の憎悪を一身に受けて、それでもルーはひるまない。己の槍、ブリューナクを構え、パートナーに語り掛ける。

 

「エーデルワイス、決着の時だ。終わらせよう」

「行きます、バロール。叔父さん。これで、終わらせます! ルーの効果発動! 一ターンに一度、相手フィールドのカードを五枚まで破壊できます! 私が破壊するのは、バロールと死眼トークン、そして三枚の伏せカードです!」

「な――――――」

 

 ルーの効果を前に、絶句するバロール。「決着の時だ、バロール!」と叫び、手にした槍、ブリューナクを自らの頭上に向かって投擲するルー。

 投擲された光の槍は中空で一旦停止、その後、穂先をバロールに向けた瞬間、バコンと音を立てて、()()()()

 一瞬、槍自体が砕けたように見える。それは半分正解だ。もっとも、砕けたという表現は語弊があり、実際は外装を――あるいは、拘束具を――パージしただけだ。

 そして現れる。かつて魔眼の邪神、バロールを葬ったブリューナクの真の姿が。

 五つの穂先がそれぞれ独立した光の槍。もっとも、それは槍という形状を放棄し、ただ敵を貫くだけの穂先のみを巨大化させた光の束。その様は空に固定された弾丸、或はまさに流星、だ。

 ルーの右腕が、天へと掲げられる。

 

「行け、ブリューナク! 悪しき魂を貫き穿て!」

 

 腕が振り下ろされた。

 ブリューナクの五条の穂先が、まさしく流星となってバロールのフィールドに飛来した。

 まず、三枚の伏せカードが瞬く間に破砕され、次いで超銀河眼の姿を模した死眼トークンもまた、光の一撃を受けて蒸発した。

 最後の一発。ブリューナクがバロールに直撃した。

 

「ぬがああああああああああああああああああ!」

 

 だがさすがはバロールというべきか。彼は防御が間にあった。

 両手でがっしりと、光の一撃を受け止めた。

 衝撃、轟音、閃光。そして、バロールの身体がずるずると、後ろに下がっていく。

 神としての矜持ゆえか、バロールはなお吠える。

 だがすでに決定してしまったカード効果に抗うことはできない。

 ついにバロールの防御が破られる。限界を超え、そして完全に光が直撃した。

 

「あああああああああああああああああああ!」

 

 断末魔の咆哮。バロールの身を覆っていた漆黒の鎧が全て剥がれ、残ったのはエーデルワイスの叔父の身体、即ち対峙した当初の、狩猟服に似た貴族服姿。

 だがその様は大きく変わっていた。憔悴し、肩で息をしたその姿はまさに息も絶え絶えといった風情だ。

 

「お、のれ……。ルー。だが、我はまだ、倒れん。まだ我がフィールドには守備表示のヴェルズ・タナトスがいる。我を……」

「いいえ、終わりです、バロール。ルーはこのターン、自身の効果によって破壊したカードの数まで、一度のバトルフェイズに攻撃できます!」

「つまり、五回の攻撃か!」と和輝。

「これは、決まりだね」とロキ。

 

 絶句するバロールを尻目に、ルーが跳躍。

 一撃目、左手に装備した盾から抜き放った光輝く剣身を持つ神剣、フラガラッハ。その一閃がヴェルズ・タナトスを両断し、バロールの守りを完全に剥ぎ取った。

 

「お……おのれ……」

 

 歯ぎしりするバロール。ここに至って、形勢は逆転し、勝敗は決まった。

「魔弾、タスラム、展開」

 

 ルーの鎧の各所がスライドし、展開。そこから無数の光の玉が放たれた。

 光球はそれぞれ意志ある物のごとく独立して稼働。ビットとして飛来し、バロールの周囲を取り囲む。

 

「ブリューナクよ!」

 

 今度は拘束解放状態ではない、五条の槍を手に取って、ルーが一歩、前に踏み出す。既に周囲をタスラムで囲まれているバロールに、避ける手段はない。

 

「おのれ……、おのれルー! またしても、またしても我を殺すか!」

「そうだ、バロール。貴様が邪悪を振りまく限り、私は何度でも殺そう! これで二度目だ!」

 

 ブリューナクの穂先をバロールに向けての突撃(チャージ)。その一撃は寸分たがわず、バロールの――その依代であるエーデルワイスの叔父の――胸元、即ち宝珠を貫き、縦に砕いた。

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

未来への思い:通常魔法

自分の墓地のレベルが異なるモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は0になり、効果は無効化される。その後、自分がエクシーズ召喚を行っていない場合、このターンのエンドフェイズ時に自分は4000ライフポイントを失う。また、このカードを発動するターン、自分はエクシーズ召喚以外の特殊召喚ができない。

 

光の英雄神ルー 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK4000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手フィールドのカードを5枚まで選択して発動できる。選択したカードを破壊し、このターン、このカードは破壊したカードの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。(4):???

 

 

バロールLP0

 

 

「が……は……」

 

 宝珠を貫かれたバロールはすでに敗北が確定し、神々の戦争脱落が決定している。

 その証拠に、バロールの身体は依代にした人間ごと、まるで炭化したようにボロボロと崩れ落ちていく。

 

「体が……」

「人間の身体に憑依したためか。憑依した時点で依代の人間はすでに死んでいて、こうして今、肉体も崩壊するのだ」

 

 息を呑むエーデルワイスに、ルーが説明する。二人と二柱の眼前で、バロールの身体がどんどん崩れていく。

 

「おの、れ……。ここまで、か……。おのれ……おの……」

 

 足が、膝が、腰が、胸が、腕が、肩が、どんどん崩れていき、喉も罅割れ、声帯も死に、何も言えなくなり、最後に残った、恨みがましい眼差しを送る両目も消え去って、ついにバロールは、その痕跡さえも残さずに消滅した。

 

「終わった、ね」

 

 ロキのその一言が、このウェールズの森での死闘の終幕を告げた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 バロール討伐から、一夜が明けた。

 和輝たちは一旦クリノの家に引き返し、和輝の事情説明を聴いたクリノはすぐに状況を理解し、まずは和輝の無事の生還を祝い、次いで、エーデルワイスたちに一晩の宿を提供した。

 全てが終わった。だが全てが元通りになったわけではない。

 唯一、最も近しい人の一人であったファティマの命は救えた。だがそのほかの、屋敷にいた執事やメイド、それに父親も、全て死に絶えた。

 その悲しみはエーデルワイスの慎ましい胸を張り割かんばかりの悲しみを彼女に与えたが、彼女はそれに耐えた。

 

「これからどうするんだ、コナーさんは」

 

 出発の朝、和輝はエーデルワイスにそう告げた。

 今日、和輝は日本に帰る。そして、エーデルワイスもまた、ファティマと共に故郷のアイルランドに変えるのだという。

 

「はい。お父様が亡くなられたので、次のコナー家当主は私です。だから、まず親戚の方々に今回のことを説明し、コナー家を立て直し、そして、神々の戦争に参加することを、表明したいと思います」

 

 そう告げるエーデルワイスの瞳に怯えはない。バロールを倒したことが、彼女にとっていいきっかけになったのかもしれない。

 無論、多くを失った彼女の前途は多難だ。口で言うほど簡単なことではあるまい。

 

「コナー家について、私ができることはありませんが、神々の戦争、そのための戦い力を伸ばすことはできます」

 

 これはクリノの言だ。彼はしばらくこのウェールズの森ではなく、エーデルワイスにくっついてコナー家の本邸に行くのだという。

 それはエーデルワイスが神々の戦争に生き残れるよう、デュエルの指南をファティマから依頼されたこともあるが、親類縁者を失ったエーデルワイスの心のケアも含まれるだろう。立ち上がれたとはいえ、彼女が受けた傷は深い。

 コナー家についてはファティマが、デュエルについてはクリノが、彼女を支えてくれるだろう。

 故に和輝はあまり心配していなかった。ただ静かに「そっか」とだけ答えた。

 

「ああ、何か辛いこととか、困ったこととかあったら、連絡をくれ。力になれるかは分からないけど、駆けつける」

「いいえ、岡崎さん。今度は私が、岡崎さんを助けに行きますよ」

 

 あえておどけて言う和輝。別れはしんみりするよりも陽気な方がいい。これは、孤児院を出て岡崎家に預けられることになった時に学んだことだ。

 「そうかい」と和輝は微笑する。

 エーデルワイスも微笑した。そして最後に、「岡崎さん、お願いがあります」と告げた。

 

「私のことは、エーデルと読んでください。親しい人はみんなそう呼ぶんです」

「――――了解だ、エーデルさん。俺のことも和輝でいいよ」

「はい。和輝さん」

 

 お互いに微笑む二人、そして、

 

「じゃ、また」

「はい。また」

 

 再会を約束し、別れた。

 エーデルワイスはアイルランドに戻り、家のことや、戦いのことで手一杯になるだろう。

 和輝もまた、日本に戻れば新たな戦いの日々が始まる。

 だが、神々の戦争を続けていく限り、いつかはまた会えるだろう。

 だから、今はさよならを。それぞれの日々に戻るのだった。




OCGでは新ルールが敷かれましたが、本作品はマスタールール3のままの予定です。リンクカードについても今のところは未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話:大人たちの思惑

 東京都新宿区某所

 夜の帳が落ちてしばらくした後、時刻は午後十時を過ぎたあたり。

 ふだんの新宿はまだまだ眠らず、多くの人々が行き交い、それぞれの娯楽に興じている頃だろう。

 だが、今宵この場には人気は皆無だ。

 無人の大通り。街の光はなく、車の一台も通らない。

 常識ではありえない超常現象。無人の歓楽街はあまりにも現実感がない。

 だがそれも当然。この場は現実世界ではない。そこから位相がずれた異世界だ。

 神々の戦争のバトルフィールドであった。

 そして、大通りの真ん中で、一人の男が佇んでいた。

 清潔に切りそろえられた銀髪に褐色の肌、金色の瞳。第三ボタンまで開けた白いワイシャツに、簡素な黒のスラックス。首には金のネックレス、左手に銀色に鈍く輝く腕時計。

 現デュエルキングにして、北欧神話の主神、オーディンの契約者、六道天(りくどうたかし)

 彼は憤怒を抱きながら、周囲を見回した。

 今日はオフの日で、一人静かに酒でも飲もうと、行きつけのバーで静かなひと時を満喫していたのに、いざ帰ろうとした時になって、いきなり神々の戦争を挑まれたのだ。

 相手は三人。全員プロデュエリストで、六道の記憶が確かならば全員Cランカー。

 オーディンの魔術によって酔いを醒まし――もともと酒には強い方だ。足元もふらつかず、思考に霞もかかっていなかったが――、戦闘開始。

 そこまではいい。神々の戦争で、しかも三対一。相手は完全に格下だが、ここまで特異なシチュエーションならば、多少は()()と思っていたが、その期待はあっけなく裏切られた。

 相手はデュエル開始と同時に、己のターンを進めるよりも先に、バトルフィールド内で向上する身体能力をフルに使い、姿を隠してしまった。

 デュエルディスクの反応を見る限り、ターンを進める意思はあるようで、彼らのフィールドの状況はモニターできる。

 だが肝心の相手の位置が分からない。

 狙いは分かっている。神々の戦争は宝珠が砕かれなければ脱落しない。ゆえに、自分たちの姿を隠し、六道側から宝珠を狙われないようにしたのだ。

 実に浅はかで、姑息で、醜悪な思想だ。敵の前に姿を現す度胸もない者が、戦場に身を置くなど。

 

「だがどうするつもりだ? このままでは敵の宝珠は砕けんぞ」

「問題はない。何も、な」

 

 そこで一つ息を吐く六道。ちらりと周囲を睥睨。

 

「三人いれば、勝てると思ったか?」

 

 次の瞬間、オーディンは見た。六道の全身から、言い知れぬ(プレッシャー)が放たれる。

 オーディンは目を見張った。六道の全身から、まるで怒涛のように漂いだす気はバトルフィールド全体を包み込んでいく。

 この手のことができる人間はいないわけではない。威圧感、俗に言う「気を当てる」というやつだ。

 だが相手が眼前にいるならば、それひとつで相手の行動を縛ることもできようが、その応用でバトルフィールド全体を包み、同時に、その“気”に返ってきた反応から、相手の位置を把握しようとしているのだ。

 やがて、六道の視線が、無人のビルを向いた。

 

「そこか」

 

 呟き、そして動いた。

 

 

 六道と相対した三人のうち一人は、ビルの窓から静かに六道の様子を窺っていた。

 大通りに佇んで動かないデュエルキングの姿に、男は内心でほくそ笑んだ。

 いかにキングと言えども三対一で、しかもこうして姿を隠せばそう簡単にこちらに攻撃は当てられまい。

 あてずっぽうで当てられるほどこの場は狭くはない。それに遮蔽物だって多いのだ。このまま数の有利を維持しつつ、相手を削っていけば、勝てる。

 そう、勝てるのだ。あのデュエルキングに。

 そんな未来予想図を思い浮かべて、男は口角を吊り上げた。

 笑い声が漏れないよう注意しつつ、肩だけを震わせて、笑う。 

 その笑みが凍りついたのは、全身を悪寒が貫いたからだった。

 

「なんだ?」

 

 背骨が氷柱に変わったような悪寒に全身が震えた。何が起こったのかわからない。そして彼は知らない。知りようがない。今この瞬間に、六道がバトルフィールド全体を気で包み込んだことに。

 電子音。デュエルディスクからの音に、男がびくりと体を震わせた。

 デュエルディスクの反応を見た。

 

「な――――」

 

 息を呑んだ。いつの間にか、デュエルキングのフィールドがモンスターで埋まっていた。

 P召喚を主軸に展開したのだと気付いた次の瞬間には、もう仲間の一人のライフが0になっていた。

 神が叫んでいる。宝珠が砕かれたと。

 状況に頭の理解が追い付かないうちに、もう一人、消えた。こちらも宝珠が砕かれた。

 ここに居てはまずい。ようやく焦燥にかられた時にはもう遅かった。

 轟音を上げ、床がぶち抜かれた。

 

「あ――――」

 

 男が呆然とした声を上げる。一階から一直線に天井を――床を――ぶち抜いて、現れたのはDDD死偉王ヘル・アーマゲドン。

 そしてそれに捕まったデュエルキングの姿。その背後に浮かび上がる(DDD)たち。

 

「ひ……」

 

 悲鳴が上がった。もう遅かった。逃げられない。

 

「予想以上に、つまらない戦いだったな」

 

 デュエルキングの声。退屈さを隠そうともしない、失望の声音。

 男は心底後悔した。たった三人で、こんな化け物に挑むべきではなかった。

 

 

 バトルフィールドが消滅していく。

 デュエルはあっけなく終わり、三柱の神が消滅。参加者がまた減った。

 だが六道の胸に達成感はない。あるのはただただ広がる失望感。

 今夜の戦いもまた、心躍るものではなかった。

 頂点に立って、挑戦者を待って。それが楽しければそれでいい。

 だが今回みたいな雑魚はごめんだった。

 戦うならば、心を燃やしたい。熱くなりたい。燻ぶらせたまま、滾ることなく冷え切るのは嫌だ。

 六道天は戦いを望む。心躍る戦いを。強い奴と、戦いたい。切実にそう思った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 イギリス、ロンドン。とある、世界的に有名な探偵と非常に因縁深い通り(ストリート)を、その男は歩いていた。

 四十を少し過ぎたあたり。撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 まさに紳士を体現したかのような人物。

 足取りは軽く、ステッキこそ手にしていなかったものの、もしも手にしていればぐるんぐるん軽快に回していたことだろう。

 彼はかつて、ロンドン塔の中庭でデュエルをしていた和輝(かずき)咲夜(さくや)のデュエルに居合わせ、歓声の中彼らに近づき、謎めいた、意味深な言葉を放ち、去っていった。

 名を、フレドリック・ウェザースプーンといった。

 

「さてさて、世界は回り、ピースは集まった。されど悪徳は蔓延り、正義の炎は細くか弱い。この流れ、はたしてどうしたものか」

 

 足が止まる。目的地に着いたのだ。

 ウェザスプーン探偵事務所と看板を掲げられたのは、一見するとアパートのように見える。これもまた、かの名探偵にあやかったのだ。ここは事務所であり、実際の活動拠点はロンドン市内の別の場所にある。

 階段を上っていく。その間も言葉は止まらない。

 

「集う悪逆に対して、対抗する力はまだ弱い。我が友クリノが鍛え上げることができた正義はまだ一つ。いや――――もう一つ、現在鍛えている最中か。

 ほかはどうだろうか? 盾もつ正義の女神、戦を好む雷神、国造りの大神。彼らの契約者の実力は? やはり、一度確かめてみたい。私が行くのもいいが、他の誰かが行くのもいい。

 やはり日本に行くべきか。敵の動きは予想以上に速い。此方も迅速に事を運ばねば……」

 

 苦渋に満ちた表情を浮かべるフレデリック。そして、苦痛を吐き出すように、呻くように、言った。

 

「クロノス。奴は強力すぎる。そして、危険すぎる……」

 

 気づけば階段を上り切り、事務所扉の前に。

 事務所の扉を開けると、そこに男が一人。

 否、それは正確には人間ではなかった。

 外見は二十代後半。短めの銀髪に赤い瞳。銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、黒のレザーパンツのパンクルック。そんなあり様でもなおわかる、鍛え抜かれた体躯。そして二メートル近い長身ゆえに、縦にも横にも広い。幾年月も変わらぬままそこにある壁の風情。

 今、その男は自分にあてがわれた革製の椅子の上に沈み込むように身を預け、右目のみを瞑っている。開かれたままの左目はどこを見るでもなく、焦点があっていない。

 その様は片目を開けているが、瞑想しているかのよう。ここではない、どこか遠くを見ているような、俯瞰した視点を感じさせる。

 そしてその肩に、奇妙なものがあった。

 一見すると昆虫のように見えたがそうではない。

 確かに昆虫のような羽と節足を持っているが、本体部分は無数に寄り集まった眼球に見える。

 眼球に羽根と足をはやした異形の何か。決して人界に存在するはずのない生物だ。

 

「ヘイムダル。千里眼の様子はどうだね?」

 

 目の前に異形を気にも留めず、フレデリックは男に声を駆けた。

 ヘイムダルと言ったか、この男。

 その名は、神の名だ。

 北欧神話に名を連ねる、門番と見張りの神。

 そして、和輝が契約を交わした神、ロキの宿敵にしてライバル。

 

「問題ない」

 

 右目を瞑ったまま、ヘイムダルが答える。巌が動くような、重々しい声音。

 

「おれの千里眼は万象一切、どこにいようとも目標を見出す。ゆえに情報収集には最適と、そう言ったのはお前だ、フレデリック」

「そうだ、その通りだ。しかしこれは神々の戦争。神々の中には、君の千里眼さえも欺くものがいる。そうではないかな?」

「……エジプトの神々のことか」

 

 ヘイムダルは苦々しげにそう言った。

 今、ヘイムダルの肩に止まっているのは、いわば彼の千里眼を具象化した端末の一つだ。

 彼はこのような偵察ユニットを無数に召喚し、世界各地に放ち、映像情報と音声情報をユニットを通してリアルタイムで把握、解析、分類している。

 いわばこの千里眼ユニットは超高性能、超小型のドローンのようなものだ。

 まさしく世界レベルの偵察者(ワールド・ピーピングトム)。ヘイムダルはこの端末を使って世界中の神々の戦争参加者の動向を探っている。フレデリックが和輝や咲夜について知っていたのも、彼らのデュエルの顛末について知っていたのも、全てはこの能力のおかげだ。

 ヘイムダルはフレデリックと契約して以降、こうして神々の戦争の全体を俯瞰して状況把握に努めている。

 

「エジプトの神々、正確にはメトロポリス九柱神は、おれが千里眼を使い始めた時から消息不明だ。バトルフィールド内にこもっているとしたら、その入り口を見つけない限り中を探索できない」

「手詰まりか……。アンラマンユについてはどうかね?」

「封印地点から動いてはいない。だが()()()()()()。しかし封印されている以上、神々(おれたち)は手出しできない。奴の干渉を防ごうにも手立てがない」

「世界に放たれる悪の種子。その一滴は、やはり大いなる危機の前触れとなるか。邪神、悪神の悪意、怨恨が増幅されている一因だね」

 

 苦い物を飲み込むように、フレデリックはそこでいったん言葉を切った。自分でティーポットから紅茶を注ぎ、一口。

 

「やはり今一番警戒すべきは、クロノスか……。だが、力が足りない。私たちには、圧倒的に戦力が足りない」

「レイシス・ラーズウォードは今だ動けず、穂村崎(ほむらざき)だけではな。せめてシヴァの契約者が協力してくれればよかったが……」

「彼は彼で我が強い。こちらの要請に頷くときはよほどのことが起こった時だけだろうよ。ラインツェルン君は近々日本に向かう。やはり私も向かうよ。我らが見出した正義の種を、潰させるわけにはいかない」

「貴様が見出した正義、か。その中には当然、ロキもいるのだろう? 正確にはその契約者だが」

「――――やはり、因縁が足を引っ張るかね?」

 

 ロキとヘイムダルの確執――実際はそんな生ぬるいものではない――を、ヘイムダル本人から聞いているフレデリックは、ヘイムダルが内心、ロキの契約者、即ち和輝に協力を要請することに対して反対ではないかと、そう思っていた。

 だが、ヘイムダルは首を横に振った。

 

「おれとて神だ。目前の脅威に対して私情、私怨を優先させるほど狭量ではない。必要と在れば、世界に牙剥く邪悪を討つためであれば、おれはロキと手を組むことだって(やぶさ)かではない」

「そうか。それは頼もしいな。では、私は依頼主にメールを送ろう。君の報告を添えてね」

 

 そう言って、フレデリックは奥へ去っていった。本人が言うように、これからメールを作成し、送信するのだろう。

 一柱残されたヘイムダルは、椅子に腰かけたまま、閉じていた右目を開いた。

 

「詳細不明のメトロポリス九柱神、散漫ながらも活動している邪神、悪神など、人間を恨む神々、この世全ての悪、アンラマンユ。そして、クロノス。多くの問題が、神々の戦争には蔓延っているな」

 

 ヘイムダルの呟きは、彼以外誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 デュエルモンスターズの歴史は、十五年と意外に短い。

 だがその十五年――正確にはもうすぐ十六年だ――の間に、このゲームは世界中に広がった。

 あまねく国に、あまねく年代の人間に。瞬く間に。

 そこには勿論、神々の戦争に使うために行われた、神々による介入があっただろう。

 だがやはり、このゲームが人々の心を掴んだのは、ある人物の存在が大きい。

 ルートヴィヒ・クラインヴェレ。

 彼こそがデュエルモンスターズの生みの親。ドイツに本社を築く、クラインヴェレ社CEOにしてチーフデザイナー。

 

 ――――このゲームは私が開発したものではない。ある日、私の枕元に神々が下りてきた。私は彼らの言うとおりに、このゲームを作りあげただけだ。

 

 これは、彼、ルートヴィヒがメディアに向けた公式声明。彼は神々の宣告通りにこのゲームを作り上げたと。

 神々の戦争の参加者は知っている。彼の言葉は、嘘偽りなく、真実だと。

 

 

 ドイツ某所、クラインヴェレ社本社、社長室。

 その日、クラインヴェレ本社の社長室は証明が落ちており、窓にはカーテンが敷かれていて、ひどく暗かった。

 光源は一つ、パソコンのモニターの光のみ。

 暗闇の部屋の中、その男はモニター前に陣取って、じっと、自身に送られてきたメールを見ていた。

 公的な記録によれば、彼は今年五十七になる。還暦近いその身体はまだまだ衰えを見せず、三つ揃いのスーツの上からでもわかる筋肉は鎧のごとく壮健。白いものが混じっているものの、灰色の髪はやはりまだ若々しく、髪と同じ色をした鋭い双眸は力を失っていない。

 さながら今なお森中を駆け、獲物を駆る瞬間を待ち望む灰色狼の風情。

 彼こそが“帝王”、ルートヴィヒ・クラインヴェレその人だった。

 

「…………」

 

 ルートヴィヒは自身へと届けられたメールを食い入るように見つめていた。

 じっと、じぃぃっと。メールの文面一言一句を、目に、脳に、魂に、刻みこもうとするかのように。

 やがて、その重厚な見た目に違わぬ、重々しい声を上げて頷く。

 

「……そうか、神々の思惑が入り乱れているな。邪神、悪神の動きも気になるが……、やはり問題はギリシャ。だが――――」

 

 そこで、ルートヴィヒは何かに苦しむかのように顔をしかめた。

 

「ぐ……、む……」

 

 苦悶の声が、噛みしめた唇の間から漏れる。体を震わせ、胸に手を当てた姿は病気のようだが違う。

 しばらく内側からの衝動に耐える。

 頭の中に声が響く。自分を誘う悪の声。自分を、堕落させる、衝動。それらを必死に抑える。

 契約を交わした神は、己を内部から崩壊させようとしている。堕落させようとしている。

 今も感じる。一秒ごとに、自分がぐずぐずに溶けていく危機感。自分がどんどん削られて、なくなっていく恐怖。

 それらをかみ殺す。

 

「貴様の、貴様の好きにはさせんぞ……。テスカトリポカ……」

 

 ルートヴィヒの呻くような抵抗の台詞を、神はせせら笑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ギリシャ某所

 人のいない空間。即ちバトルフィールド内で、その轟音は起こった。

 轟音、次いで閃光、そして衝撃波が飛び、周囲の建物が薙ぎ倒された。

 粉塵が舞い上がり、収まる。その時にはもう、とある勝負の決着がついていた。

 

「が……。おの、れ……」

 

 消えゆく神。その足元には気を失った契約者の姿。

 神々の戦争の決着だ。常との違いは、その数か。 

 神と契約者。合わせて九組が、今この場で消滅したのだ。

 今、最後の一柱が消えようとしている。

 

「おのれクロノス! それは、そいつらはなんだ!」

 

 弾劾とも取れる声を上げる、消えゆく神。かけられる声は、二重になって聞こえた。

 

『無様だな、ポセイドン。だがそれがいい。貴様らオリンポスの神々の、屈辱に塗れ、地に這いつくばるその姿を、オレはずっとずっと見たかったぞ』

 

 嘲笑の声を上げるは巨大な神、クロノス。そして、その背後に付き従う影。クロノスを含めれば、その数実に十二。

 クロノスに向かい、消滅寸前の神、ポセイドンはなお立ち向かおうと一歩踏み出す。

 だが無理だった。足が消滅していた。ゆえに、その場に転んでしまった。無様に、哀れささえ思わせる様に。

 

『アレスは裏切り、アテナは戦力外。おまけにリーダーのゼウスとは合流できず仕舞い。その有様で、オレに見つかったのが貴様らの不運だったな。もういい、消えろ。すぐに貴様の兄、ゼウスも送ってやろう』

 

 嘲笑のクロノス。ポセイドンは気絶した契約者に最後に目をやって、屈辱に身を震わせながら消滅した。

 バトルフィールドが消えていく。後に残ったのは、敗北し、宝珠を砕かれて消滅した、アテナ、ゼウスを除いたオリンポス十二神の九柱の契約者たち。

 

「いやはや。終わったね、クロノス」

 

 姿を消した(パートナー)に声を駆けるのは、王の気風を備えた男。

 撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 十二の企業が合併した複合企業、ゾディアックの社長。射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)であった。

 

「さて、これで君の復讐は終了かな?」

『馬鹿を言うな。まだアテナとゼウスが残っている。なればこそ、今度こそ捻り潰すだけだ』

「確かに。ゼウスはともかく、アテナは私が出資しているプロデュエリストが契約者。国守(くにもり)君なら、明日にでも攻められるだろうね」

『ゼウスの居場所を探ることも忘れるな。いつでも潰せるアテナよりも、奴のほうが先だ』

 

 己の復讐心を隠そうともしないパートナーに、射手矢は苦笑する。背後に控える十一人を目にして、微笑し、

 

「捕えたハデスはどうするね? まだ契約者を見つけていない以上、神の力は使えないんだろう? 殺すのはたやすいはずだが?」

『いいや、取り込む。力を丸々我が物にする以上、時間はかかろうが、一度は喰らった神性よ。またモノにしてくれる』

 

 クロノスの言葉に射手矢は「それはそれは」と苦笑する。と、射手矢のデュエルディスクに反応があった。

 

「おや、喜びたまえよクロノス。神々の戦争、進展があったぞ」

 

 白紙のカードを手にした射手矢。それをデュエルディスクにセットする。

 立体映像(ソリットビジョン)が起動。何のエフェクトも起きず、ただ簡素な文面だけが表示された。それを見て、クロノスは――非実体化のまま――笑い、背後の十一人もまた、笑った。

 

 

『神々の戦争参加者の皆さんにお知らせします。

 残り参加者が五十柱となりました。

 残り参加者の皆様、これからもより良い闘争を』

 

 

「残り半分。我らで潰そうじゃあないか」

 

 射手矢はそう言って、笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話:横浜狂騒曲

 横浜中華街。

 昼間でも人通りが途絶えることなく、常に往来が繰り返され、人々の生活感があふれかえっている繁華街。

 それは夜になっても全く衰えることなく、むしろますます盛況さを増している。

 特に今は夏休み期間の真っ最中。お盆も近く、休暇を取った社会人、絶賛夏休み中の学生も、中華街に繰り出している。

 夜の中華街。行き交う往来。その中で、彼の姿はひときわ目立っていた。

 二メートル近い体躯。それも縦だけでなく、横にも大きい、筋骨隆々とした体格。

 黒の短髪、ダークグリーンの双眸は鋭い。特注の大柄の、黒地に金色の龍の刺繡が入った中華服を身にまとった姿は、見る物を威圧する一方、攻撃的な印象はない。幾年月風雨に晒されても揺らがない大樹の風情。

 黒神烈震(くろかみれっしん)であった。

 彼は目的地に向かって黙々と進む。

 泰然とした姿勢のまま進んだ先は、一軒の中華料理店。

 かなり大きな店舗で、手広く商売しているらしい。その分値段も高級だが、客のプライバシーを完全に保証する謳い文句もあり、企業関係者や、場合によっては官僚も利用することもある、らしい。

 もっとも、烈震にとってそんな()()()謳い文句など興味はない。

 入店すると、深いスリットの入ったチャイナドレスに身を包んだ女が寄ってきた。席の案内をしに来たのかもしれないが、手で制する。

 

「食事をしに来たわけではない。奇龍(クイロン)に用がある。李趙鮮(りちょうせん)の使いの者だ」

 

 ざわり。店内の、客以外の人間の雰囲気が一変した。女は硬い表情のまま「少々お待ちください」とややぎこちなく言って奥に引っ込んだ。

 代わりに現れたのは、烈震と同じくらいの身長をした、黒服、サングラスの巨漢が三人。全員、大陸系の顔立ちだ。

 男たちに促されて、店の奥へ。烈震を待っていたのは、殺気立った男たちの群。中には青龍刀やら拳銃なんかをこれ見よがしに持っている男もいた。

 武器を持った男たちに囲まれて、入口の扉は閉められた。絶体絶命な状況で、面倒なことになったと、烈震は思った。

 

 

 烈震の事情。彼が修羅場に訪れることになった理由を探るには、半日ほど時間を遡る必要がある。

 その日、烈震が横浜、中華街を訪れたのは、旧知の人間に呼ばれたからだった。

 雑踏をかき分けて、寂れた路地裏に入る。

 居並ぶ中華料理店の狭間にある安アパート。その一室。今、尋ね人はそこにいるという。

 彼女の実力と立ち回りならば、こんなところではなく、それこそ一軒家でも立てられそうだが、どうやらよっぽどのっぴきならない事情があるらしい。

 アパートの一室。教えられた部屋番号を確認して、ノック。

 返事はないがどうせ在宅中だ。鍵も開いていたのでさっさと中に入る。

 

「やぁ烈震。待っていたよ」

 

 にやにやと口元に笑みを浮かべた女が一人、殺風景なリビングの真ん中で、パイプ椅子に座っていた。

 長身だ。百八十センチ近い。すらりとしたモデル体型は美しい。

 年齢は不詳。外見は二十代後半から三十代前半。ただ、彼女の外見年齢は十年くらい前から変わっていない。

 墨を落としこんだようなショートの黒髪、猫の様な金色の瞳、深いスリットの入った、緑の短めのチャイナ服。胸は控えめだが全体的にほっそりとしており、やはり理想的な体型だろう。体のバランスがいいのだ。

 いつも咥えている煙管を今日も持ち、椅子の上で足を組んでみせる。堂々とした姿でそうされると、安っぽいパイプ椅子が、まるで豪奢な玉座のように見えてくる。

 妖艶なのに思慮深く、それでいて稚気に富んだチシャ猫の風情。

 彼女の名前は李趙鮮。その昔、まだ赤ん坊だった烈震を拾い、ここまで育ててくれた人の一人。

 烈震に武術を教えてくれた恩人であり、父親代わりだった師父が死んだ後も後見人となってくれた、女性。姉の様であり、母親のように思っている。もっとも、前者はともかく、後者は言った瞬間拳が飛んでくるが。

 烈震は一礼し、

 

「お久しぶりです。趙鮮小姐(シャオチエ)

「ああ。お前も壮健そうで何よりだ。烈震」

 

 言って、女、趙鮮は立ち上がり、烈震を見つめる。

 

「相変わらず鍛錬を続けているな。酔狂なことだ。ここはもう、お前がいた中国の山奥ではないし、師父は鬼籍に入った。もう、お前を縛るものは何もないのに」

「武は(オレ)の一部。己の指針。今更切り離せはしません」

「…………そうか。難儀だなお前は。律義ともいうが。――――それにしても、神々の戦争は順調に生き残っているみたいじゃないか」

 

 くつくつと笑う趙鮮。その視線が烈震から僅かにそれ、彼の背後を見据えている。

 誰もいないはずの空間。だが声が聞こえた。烈震でも趙鮮でもない、三つめの声が。

 

「へぇ。オレのことが分かんのか」

「神の気は独特だ。目を凝らせばだいたいわかるさ」

 

 声は虚空から。だがすぐにその主が実体化した。

 濃い緑の髪に、金色の双眸。素肌の上に直接前の開いた黒のジャケットを羽織り、同じ色のズボン。どんな名刀をも凌駕するかのような鋭い眼差しに、いたずら小僧のような茶目っ気のある笑みを浮かべた口元。

 烈震と契約を交わした神、北欧神話の雷神、トールである。

 

「おっかねぇ姉ちゃんだ。さすが、オマエを育てただけはあるな、烈震」

「ああ、そうだな。――――それで、小姐。要件は? よく考えれば、貴女がこんな殺風景なところにいるのはおかしい。享楽家で浪費家な貴女なら、もっと豪勢なマンションにでも住んでいるかと思いましたが」

「何気に言いたい放題言ってくれるな、烈震。だが聞き流してやろう」

 

 そう言って、趙鮮は一端煙管を咥えた。

 吐き出された紫煙が天井までのぼり、部屋の中に甘い匂いが漂う。

 

「実は今、金に困っていてね。色々あって、口座が凍結されたんだ」

「――――何をやらかしましたか」

 

 烈震の表情が緊張で険しくなる。その様はさながら爆弾処理真っ最中の処理班か。

 

「そうだな。順を追って説明するよ。まず師父の葬儀を済ませた後、お前がトールと契約して――――」

「誰がそんな遡って説明しろと言いましたか。それから己と一緒に日本に渡って、己は星宮市に行った。で、貴女はふらりと消えた。それから?」

「冗談だよ。そんなカッカするなって。なんかいいことでもあったのか? まぁいい。それからまぁ、故郷の匂いのするここに来たのが三か月前。で、私はここで非合法の掛けデュエルで蓄えを持つことにした。

 連戦連勝。それはもう気持ちいいくらいに勝ったんだが。いささか勝ちすぎた」

「……胴元に目をつけられましたか」と呆れ顔の烈震。

「その通りだ。悪いことに、掛けデュエルを取り仕切っていたのはここいら一帯を仕切るチャイニーズマフィア。名は奇龍。本国中国からこっちに進出してきたやり手さね」と、くつくつ笑う趙鮮。己の現状を真剣に受け止めてるとはとても思えない態度。そのまま話を続ける。

「で、まぁ勝ちすぎた私は警告を受けたわけだ。ほどほどに負けろと。冗談じゃないと突っぱねたら実力行使に出てきた。まぁ、拳銃持った男が何人いようが、物の数じゃないがね」

「すげー姉ちゃんだな」呆れ顔がトールにも伝染した。

「己も困っている」烈震は呆れを通り越して諦め顔だ。

「話を戻すぞ」趙鮮は子供のような仏頂面を作って続けた。

「結局ピストルマンたちはさっさと撃退したのだが、厄介なのがいてね。私は這う這うの体で逃げ出したわけだ」

「厄介な相手?」

 

 烈震はそこで眉根を寄せた。彼は李趙鮮の武術の実力を知っている。何しろ、子供の頃から鍛錬で一度も有効打を浴びせたことがないのだ。

 そんな彼女が逃げるので精いっぱいだった。少し前の烈震なら趙鮮の冗談か、どんな達人かと思うところだが今は違う。

 烈震は知っている。世界には、人間では絶対に敵わない超常の存在があることを。

 

「まさか――――」烈震の反応に気をよくしたように、趙鮮は口角を笑みの形に吊り上げた。

「神だ。奇龍のトップ、即ち大老の孫娘が、契約者だった。さすがの私も神には勝てず、命からがら逃げだして潜伏生活さ。いつどこで奇龍の目があるかわからないから口座も利用できないときたもんだ」

「……で、己の頼みたいことは、神の撃破ですか」

 

 うん、そう。と趙鮮は首肯した。烈震は肺の中にたまった空気を一気に吐き出す。再び息を吸った時に煙を吸ってしまったので、少々嫌な気分になった。

 

「おい烈震。この姉ちゃんけっこー剛毅だが、神が絡むんならオレが出るのは必然だぜ」

「分かっている。己は神々の戦争を戦え、小姐は身の安全と現金を得られる。と」

「そういうことだ。互いに利があり益がある。それにな烈震。引き受けてくれたら、私からの多大な感謝の言葉が得られるぞ」

「空虚すぎるんで、いりません」

 

 言って、烈震は立ち上がった。どの道彼がこの姉変わりの“頼み事”を断れたことはないし、神々の戦争が絡んでくるなら是非もない。

 烈震はゆっくりと踵を返した。敵を知るため、まずは奇龍について少し調べてから行動しようと思ったのだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、烈震は奇龍が拠点としている中華料理店を来訪。堂々と李趙鮮の名前を出して、ありていに言って「喧嘩を売った」のだ。

 室内ではありえない雷光が走る。男たちの悲鳴が連続し、倒れていく。

 原因は烈震の背後に実体化したトールが放った雷撃だ。勿論死なないように手加減したが、これでしばらくは起きないだろう。

 一応言っておけば、最初は烈震も己の身体と武術で相手をしていた。彼からすれば神が出張るまでは人の、自分の力だけで荒事を切り抜けるつもりだった。そのほうが修行になるからだ。

 だがいかんせん、わらわらと湧いてくる雑兵に飽きが来た。そもそもどいつもこいつも武器に頼るばかりでてんでなっちゃいない。

 ゆえに烈震はトールに頼み、雷撃で一掃してもらったのだ

 

「オレが言うのもなんだが……。乱暴だな、烈震」

「数だけが多い連中の相手は面倒だ。この方が手っ取り早い。それに、見分けはできた」

 

 烈震の視線の先にいたのは、二つの人影。

 一人は少女。もう一人は妙齢の女。

 少女のほう――――雪のように白い肌、そして同じ色の腰まで伸びた髪。血の結晶のように赤い双眸。朱色のチャイナドレス姿の、紅白少女。

 美しい少女だった。どこかミステリアスで、それが、彼女の外見がアルビノであることも一因だろう。

 幻想的で妖艶で、美しくもどこか陶器めいた非人間性。人形のごとき姿の少女。

 そしてその少女と寄り添うのは、間違いなく人間ではなく、神。

 中華の貴族服に結わえた黒髪、蝋のように白い肌。黒い瞳。羽根扇子を持ち、それで口元を隠している。だが、鋭敏な烈震の嗅覚は、扇子の奥から獣の口腔のような生臭さを感じ取っていた。同時に、聴覚は猛獣特有の息遣いを。

 

「お前たちが、この奇龍大老の孫娘と、契約した神、か」緊張感を滲ませて、烈震が問いかける。

「そうだぞ。わたしは小雪(シャオシュエ)。よろしくな」少女――――小雪はあっけらかんと答えた。やや幼さの残る口調と声色。

虎虎虎(こここ)……。(わらわ)西王母(セイオウボ)……。なかなかに良き魂じゃ。喰いでがありそうだの」神、西王母は口元を扇子で隠したまま笑う。

「西王母。中国の嬢ちゃんにお似合いの、中国の神か」とトール。

 

 西王母は中国に伝わる神で、その口は人間ではなく、虎のものだという。この獣の匂いはそれかと烈震は内心で首肯した。

 

「己の要件は決まっている。李趙鮮。彼女の身の安全だ」

「それを決めるのは、おじいさまだ。わたしでも、おまえでもない」

 

 烈震の要求に対して、小雪はにべもない。彼女はそもそもと続けた。

 

「こちらのシマを荒らしたのは趙鮮だ。あいつはちゃんとこっちの言う通り、適度に負けることを受け入れれば、こんなこじれることはなかったぞ」

「だが、あまりにも鼬ごっこだ。趙鮮は自分の意見は曲げず、雑兵は蹴散らすし、お前が来れば逃げるぞ」

「だからどうした。雑兵が何人蹴散らされようが、死のうが、それは死んだやつが弱かったからだ。そしてわたしは弱い奴の処遇に興味はないぞ」

 

 小雪は取り付く島もない。奇龍との衝突は趙鮮にも非はあると烈震は思っているので、あまり強く出られない。そもそも烈震は勝全全に巻き込まれたのだから、平和的な解決に固執する必要はない。

 面倒な手順を踏まず、神々の戦争で目の前の神を脱落させれば、彼らに趙鮮を害することはできまい。

 また、小雪はどこか非人間的だ。チャイニーズマフィア。そこに属して育ってきたからか、どうにも死生観がシビアでドライだ。

 弱いものにはいささかの興味も示さず、ゆえに生死も頓着しない。

 年齢は烈震と同じか、少し上くらいなのに、この歪さはなんだ。

 

「平行線か。ならば是非もない。神と神が出会ったのだ、やることは一つ」

 

 言って、烈震はデュエルディスクを起動させた。そして、トールがバトルフィールドを展開させた。

 火蓋が切って落とされるまで間もない。そう思った刹那だった。

 

「な――――」

 

 烈震は完全に虚を突かれていた。デュエルディスクの起動時に、一瞬、彼は小雪から視線を外してしまったのだ。

 笑う西王母。その傍らにいたはずの小雪の姿がない。

 どこに? そう思った瞬間、反射的に烈震は反応していた。

 烈震の懐に潜り込む小雪。顔に無邪気な笑みを貼り付かせたまま、右手の抜き手を放つ。

 鋭い一撃だ。この娘、神との契約など無くとも、十分練度の高い武を納めている。

 こちらの眼球くらいは抉りそうな一撃を、首をひねって回避。さらにバックステップで距離を開け、右足を振り上げる。

 空を切った。小雪は抜き手の一撃が躱されたと見るや、反撃を予期して天井近くまで跳躍。そこ場から――烈震からすれば頭上から――右足を鞭のようにしならせて蹴りを放つ。

 これを烈震は左腕でガード。不意打の衝撃から立ち直っていた彼はここで相手を捕まえた。空いた右手で小雪の足を掴んだのだ。

 

「お」若干驚いた風の小雪。

虎虎(ココ)ッ!」感心したような西王母の笑い。二つを置き去りに烈震は力任せに小雪の軽い身体を振り回し、手を放した。

「おー」契約者が不意打ちを受けたというのにまるで危機感のないトールは口をOの字にして砲弾のように飛んで行った小雪を眺めた。

 

 小雪の身体は烈震が入ってきたドアをぶち破った。烈震が後を追う。

 

「おまえ強いな! わたしは嬉しいぞ!」

 

 本心から嬉し気な小雪の声が廊下の暗がりから聞こえてきた。

 烈震は声を追い、客を迎える、今は無人の店内を通り過ぎ、店の外に出た。そこには口元を扇子で隠した西王母と、両手を広げる小雪の姿。小雪もまた、左腕にデュエルディスクを装着し、起動させていた。

 

「つよいやつ、わたしは好きだ。楽しめるからな」

 

 笑う小雪。その胸元に朱色の宝珠が出現する。烈震の胸元にもまた、緑色の宝珠が灯った。

 

決闘(デュエル)!』

 

 もやは是非もない。こうして、横浜の夜での戦いの火蓋は切って落とされたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話:横浜竜決戦

 十六年前。

 李趙鮮(りちょうせん)がその声を聴きつけたのは本当に偶然だった。

 当時彼女は人里離れた中国の山奥で暮らしており、そんなところにはありえない声だった。

 赤ん坊の泣き声だった。

 当時を振り返って、趙鮮が思うことは、この泣き声は母恋しさに、寂しさに泣いているのではない。生きたいと願い、自分はここにいるのだと誰かに知らせるためのものだったと、そう思っている。

 だから声のする方に歩いていき、そして見つけた。

 毛布にくるまれて、泣き続ける赤ん坊。

 赤ん坊の素性を示すものは何もなかった。ただ、赤ん坊は日本人らしいこと。前日に麓の村に日本人の女が滞在しており、早朝に立ち去ったのだということ。そしてその女は、確かに赤ん坊を連れていたこと。それらを根拠に、その女が捨てた赤ん坊だろうと結論付け、その女のの苗字、黒神(くろかみ)をもらい、名前は師父と相談して、烈震(れっしん)とつけた。

 日本人である烈震が生きていけるように、趙鮮と師父は武術を教えた。

 食事を管理し、日々のスケジュールを管理し、徹底的に肉体を作り上げた。

 烈震は一言も弱音を吐かなかった。ただ黙々と、水を吸う布のように、教えた武を吸収していった。

 烈震は強くなった。そしてただただストイックに強さを求め続けた。

 師父が病死した後も、それは変わらなかった。勉学に打ち込んでも、彼の基本は武術にあり、己を強くすることにあったと、趙鮮はそう見ている。

 

「そして烈震は、今では神々の戦争と言う超常の戦いに繰り出した……」

 

 一人。隠れ家の安アパートの一室で、趙鮮は誰にともなくそう呟いて、咥えていた煙管を離して、肺いっぱいに溜め込んだ紫煙を吐き出した。

 紫煙をくゆらせて、趙鮮は退廃的な雰囲気を纏う。

 

「烈震。お前が強くなったのは生きるためか? それとも、師父や私に、筋がいいと褒められたからか? どちらにせよ、一途というか、愚直というか……。難儀だよお前は。本当に……」

 

 誰もいない一室で、趙鮮はそう言い果てて、新たな紫煙を吐き出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 横浜中華街。夜のバトルフィールド内で、誰もない戦場で、烈震と小雪(シャオシュエ)は対峙していた。

 

「黒髪烈震だ」

「くろかみか。覚えたぞ」

 

 互いに名乗りは上げた。胸元の宝珠を輝かせて。既に準備は万端。あとは雌雄を決するのみ。

 

 

烈震LP8000手札5枚

小雪LP8000手札5枚

 

 

(オレ)の先攻。永続魔法、天輪(てんりん)の鐘楼を発動」

 発動された永続魔法。烈震のフィールドには、下半身と両腕が鐘楼になっている少女像が出現する。これは(シンクロ)召喚が行われる度、そのプレイヤーに一枚ドローの恩恵を与える永続魔法だ。TG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアンと違い、相手にも恩恵を与えてしまうのが難点だが、烈震のデッキの回転数を上げる重要なカードでもある。

 

「飛ばすな、烈震」と半透明のトール。そういえばと彼は言葉を紡ぐ。

「ここに殴り込む前に趙鮮の姉ちゃんからカードもらったろ? あれデッキに入れたんか?」

「ああ。使う機会があるかどうかわからないがな。決まれば悪くないカードだ。

 ――――クリッターを召喚。さらに速攻魔法、緊急テレポートを発動し、デッキからクレボンスを特殊召喚する」

 

 烈震のフィールドに現れる二体のモンスター。三つ目の悪魔と、目を隠し、道化じみた笑いを浮かべるサイキックモンスター。早速烈震のフィールドにチューナーと非チューナーが揃った。

 

「レベル3のクリッターに、レベル2のクレボンスをチューニング」

 

 烈震の太い右腕が天へと(かざ)される。彼の頭上、星空の下で二つの緑の光輪となるクレボンス。その輪をくぐったクリッターが、三つの白い光星へと変じる。

 

「連星集結、輪廻流転。シンクロ召喚、生命(いのち)を紡げ、転生竜サンサーラ」

 

 光が辺りに満ちて、現れたのは紫の体躯をし、その身に生命の鼓動を宿した翼竜型ドラゴンモンスター。破壊された際に効果を発動し、墓地から新たなモンスターを蘇生させる、ステータスも効果も守備的なモンスター。当然守備表示でのS召喚だ。

 まずは様子見、というところか。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにクリッターの効果で、デッキからジャンク・シンクロンを手札に加える。カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

クリッター 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF600

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの発動ができない。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

クレボンス 闇属性 ☆2 サイキック族:チューナー

ATK1200 DEF400

このカードが攻撃対象に選択された時、800ライフポイントを払って発動できる。その攻撃を無効にする。

 

転生竜サンサーラ 闇属性 ☆5 ドラゴン族:シンクロ

ATK100 DEF2600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「転生竜サンサーラ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードが相手の効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合、「転生竜サンサーラ」以外の自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

 

「わたしのターンだな。ドローするぞ」

 

 ターンは烈震から小雪に移る。彼女の耳に、半透明になった西王母(セイオウボ)の声が届いた。

 

虎虎(ココ)……。どうやら相手もまた、シンクロ使いの様子。これは好都合だわいな」

「うん。楽しくなりそうだ。わたしは手札の炎竜星―シュンゲイを捨てて、ワン・フォー・ワン発動。デッキから光竜星―リフンを特殊召喚するぞ」

 

 現れたのは、白地に金の縁取りの体躯を持つ、シャチホコみたいな外見をしたモンスター。見た目はドラゴン族に近いが、違う。

 ドラゴンより一段高みに至った種族、幻竜族だ。

 

「竜星、か……」

 

 小さく呟く烈震。そのまま頭の中で検索をかけてみる。

 ヒット。全てのカードを知っているわけではないが、カテゴリーの特徴は破壊されたことをトリガーに下リクルートや相手ターンでのS召喚など、転んでもただでは起きないカテゴリーだった。

 

「メンドクセー奴らってことか」

 

 半透明のトールの台詞は実際その通りだが、あまりにも飾らない。もっとも、烈震はこの好戦的で大雑把な神の性格を好んでいるが。

 

「死者蘇生を発動。墓地のシュンゲイを特殊召喚するぞ」

 

 金色のシャチホコ幻竜の傍らに現れたのは、獅子のような頭と(たてがみ)を持った赤い体躯の幻竜族。

 

「行くぞ! くろかみ! レベル4のシュンゲイに、レベル1のリフンをチューニング!」

 

 右手を勢いよく天へと掲げる小雪。彼女の頭上で、先ほどのターンの烈震の行動の焼廻しが起こる。

 一つの緑の輪、そして四つの白い光星。それらが光の道に貫かれる。

 

「天に輝く五つ星。集って混ざって上下に意思伝える咆竜とならん。星よ、堕ちよ。シンクロ召喚、源竜星―ボウテンコウ!」

 

 光の帳の向こうから現れたのは、金色に鈍く輝く体を持つ、狛犬のような幻竜族モンスター。攻撃力は0だがその分守備力が高い。さらにシンクロチューナーという特色を考えれば、さらなる展開をしてくると予想できた。

 

「S素材になったシュンゲイの効果で、ボウテンコウの攻守500アップ。さらにボウテンコウの特殊召喚に成功したから、効果が発動するぞ。デッキから竜星の具象化を手札に加えるぞ。あ、忘れるところだった。鐘楼の効果で、わたしも一枚ドローだ」

虎虎(ココ)。そちのおかげで小雪は手札が増強で来た。礼を言うぞ」

 

 西王母のあからさまな挑発。烈震は無言。もとより相手にもメリットがあることは承知の上で、天輪の鐘楼を発動したのだ。ドローしたければすればいい。相手が駆使する戦術を、此方のドラゴンが蹴散らす。烈震はいつだってそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。

 

「水竜星―ビシキを召喚。そしてレベル2のビシキに、レベル5のボウテンコウをチューニング!

 ――――天に輝く七つ星。集って混ざって凶暴極まる殺戮竜とならん。星よ、堕ちよ。シンクロ召喚、邪竜星―ガイザー!」

 

 新たに現れたのは、紫色の体躯をした見るからに凶暴で禍々しい幻竜族。攻撃力は2600。レベル7のSモンスターとしては合格点。だが烈震のサンサーラの守備力と同じ。これでは破壊できない。

 

「鐘楼の効果で一枚ドロー。ボウテンコウの効果で、デッキから秘竜星-セフィラシウゴを特殊召喚するぞ」

「フィールドを離れただけでデッキから特殊召喚。おまけに特殊召喚だけでサーチ、だと? なんという効果を詰め込んだモンスターだ……」

「凄いだろ? 竜星の回転エンジンだぞ。ここで、ガイザーの効果発動だ。わたしの場のセフィラシウゴと、おまえの場に伏せてあるカード、わたしから見て左側のカードを破壊する」

「スクラップ・ドラゴンと同じ効果か……」

「自分の対象が竜星族で限定されてしまっているけどな。さ、いけ、ガイザー。同胞を喰らって敵に害を成せ」

 

 パチンと小雪が指を鳴らすと、それを合図としたガイザーが咆哮を上げる。

 まず、先程特殊召喚されたばかりのセフィラシウゴをその手で鷲掴みにし、大口を開ける。

 次の瞬間に起こることは予定調和だ。ガイザーがその牙をセフィラシウゴに突き立て、同胞の肉を引き千切る。

 セフィラシウゴを喰らってエネルギーに変換。そのままに解き放つ。

 解き放たれたエネルギーは紫色の怨霊弾と化し、烈震が伏せていた次元幽閉を吹き飛ばす。

 

「……次元幽閉ならば、竜星のリクルート効果を抑制できると思ったが……。無駄だったか」

「もともとガイザーは相手カードの対象にならないから、無駄だぞ。そして、(ペンデュラム)モンスターのセフィラシウゴは表側のままエクストラデッキに行く。

 永続魔法、竜星の気脈発動。わたしの墓地には二種類以上の竜星がいるから、竜星の攻撃力は500アップ。バトルだ。ガイザーでサンサーラを攻撃」

 

 今やガイザーの攻撃力は3100。烈震の伏せカードは沈黙し、邪竜の爪の一撃を受けたサンサーラは断末魔の咆哮を上げながら引き裂かれた。

 

「この瞬間、サンサーラの効果発動。墓地からクリッターを守備表示で特殊召喚する」

 

 サンサーラの命が輪廻の輪に加わり、流転し転生する。墓地から復活したのはサーチ効果を持つ三つ目悪魔。烈震も、転んでもただでは起きない。

 

「カードを二枚セットして、ターン終了」

 

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

光竜星―リフン 光属性 ☆1 幻竜族:チューナー

ATK0 DEF0

「光竜星-リフン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「光竜星-リフン」以外の「竜星」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが墓地に存在し、自分フィールドの「竜星」モンスターが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合除外される。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

炎竜星―シュンゲイ 炎属性 ☆4 幻竜族:効果

ATK1900 DEF0

「炎竜星-シュンゲイ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「炎竜星-シュンゲイ」以外の「竜星」モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。(2):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに発動できる。自分フィールドの「竜星」モンスターのみをS素材としてS召喚する。(3):このカードをS素材としたSモンスターは、攻撃力・守備力が500アップする。

 

源竜星―ボウテンコウ 光属性 ☆5 幻竜族:シンクロチューナー

ATK0 DEF2800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分は「源竜星-ボウテンコウ」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。

(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「竜星」カード1枚を手札に加える。(2):1ターンに1度、デッキから幻竜族モンスター1体を墓地へ送って発動できる。このカードのレベルは、墓地へ送ったモンスターと同じになる。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動できる。デッキから「竜星」モンスター1体を特殊召喚する。

 

水竜星―ビシキ 水属性 ☆2 幻竜族:効果

「水竜星-ビシキ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「水竜星-ビシキ」以外の「竜星」モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。(2):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに発動できる。自分フィールドの「竜星」モンスターのみをS素材としてS召喚する。(3):このカードをS素材としたSモンスターは、罠カードの効果を受けない。

 

邪竜星―ガイザー 闇属性 ☆7 幻竜族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「邪竜星-ガイザー」の(2)(3)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードは相手の効果の対象にならない。(2):自分フィールドの「竜星」モンスター1体と相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。(3):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから幻竜族モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。

 

秘竜星-セフィラシウゴ 地属性 ☆6 幻竜族:ペンデュラム

ATK0 DEF2600

Pスケール赤7/青7

P効果

(1):自分は「竜星」モンスター及び「セフィラ」モンスターしかP召喚できない。この効果は無効化されない。

モンスター効果

「秘竜星-セフィラシウゴ」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがP召喚に成功した時、または自分のモンスターゾーンのこのカードが戦闘・効果で破壊された時に発動できる。デッキから「竜星」魔法・罠カードまたは「セフィラ」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

 

竜星の気脈:永続魔法

(1):自分の墓地の「竜星」モンスターの属性の種類の数によって以下の効果を得る。

●2種類以上:自分フィールドの「竜星」モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。

●3種類以上:自分フィールドの「竜星」モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを墓地へ送る事ができる。

●4種類以上:相手はモンスターをセットできず、相手フィールドの表側表示モンスターは全て攻撃表示になる。

●5種類以上:このカードを墓地へ送って発動できる。フィールドのカードを全て破壊する。

 

 

邪竜星―ガイザー攻撃力2600→3100

 

 

「己のターンだ。ドロー」

「あの嬢ちゃんも回してきたな」

「ああ。だが己も止まらん。リバーストラップ、強化蘇生発動。墓地のクレボンスをレベルとステータスをアップさせて特殊召喚する。さらに墓地からモンスターの特殊召喚に成功したため、手札のドッペル・ウォリアーを、自身の効果により特殊召喚する」

 

 まず烈震のフィールドに現れたのは、先程も登場したチューナーと、和輝(かずき)もよく使う戦士族モンスター。

 野戦服姿にボーガンに似たライフル装備の兵士(ソルジャー)。即ちドッペル・ウォリアー。

 

「レベル3のクリッターに、レベル3となったクレボンスをチューニング。

 連星集結、赤翼咆哮。シンクロ召喚。猛れ、レッド・ワイバーン!」

 

 現れたのは、炎の冠のようなトサカと翼を持った翼竜。その名の通り赤い体躯をし、身を逸らして夜空を彩る。

 

「天輪の鐘楼によって一枚ドロー。クリッターの効果により、デブリ・ドラゴンをサーチ。レッド・ワイバーン効果発動」

「よっし! レッド・ワイバーンの効果はフィールドで最も攻撃力の高いモンスターを破壊する! こいつは対象を取らないから、ガイザーの耐性も意味をなさないぜ!」

「そういうことだ。行け、レッド・ワイバーン!」

 

 烈震の咆哮のような命令が轟き、レッドワイバーンが答える。

 翼竜の咆哮。大気を震わせる衝撃とともに放たれた炎の一撃がガイザーを直撃。包み込んで焼き尽くし、その際の圧倒的な熱量が周囲のビルの窓ガラスを割り、破片を雪のように降らせた。

 月明かりに反射するガラスの破片群。幻想的だが危険な光景の、その直前、小雪は動いていた。

 

「レッド・ワイバーンの効果にチェーンだ。流星の具象化!」

 

 小雪の足元に伏せられた二枚のカードのうち、一枚が翻る。が、それだけだ。何のエフェクトもフィールドに現れていない。

 直後に炎がガイザーを焼き尽くす。……小雪の望んだ通りに。

 

「ガイザーの効果発動。それにチェーンして具象化の効果発動だ。まず具象化の効果で魔竜星―トウテツを、その後ガイザーの効果で宝竜星-セフィラフウシを、それぞれデッキから特殊召喚するぞ」

 

 沈黙を保っていた小雪の永続罠が効果を発動。ガイザー自身のリクルート効果と合わせて、一気に二体の流星が小雪のフィールドに現れる。

 一体目。赤い紋様の入った黒い体躯。四本脚に二本の腕と、ドラゴンとケンタウロスを掛け合わせたような姿。全体に“魔”を漂わせた幻竜族。即ち魔竜星―トウテツ。

 二体目。石造のような灰色の体。そこだけ生物的な白い両翼の幻竜。即ち宝竜星―セフィラフウシ。

 

「セフィラフウシの効果で、トウテツをチューナー化するぞ」

「おい烈震。オレ達はさっき一体倒したはずなのに、なんか二体に増えてんぞ。目の錯覚か?」

「現実だ。トール。己の目にも一体倒したら二体出てきた。リクルーターが主体なのだ。仕方がない。気にせず行くとしよう。一体ずつ潰していけばやがて零になる。

 ジャンク・シンクロン召喚。効果でクレボンスを特殊召喚。レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル2のクレボンスをチューニング」

 

 楽し気に烈震の様子を見守る小雪を無視し、烈震は己の戦術を展開する。

 二度目のS召喚のエフェクトが走り、光が辺りを照らし上げる。

 

「連星集結、魔剣士出現。シンクロ召喚、出でよ魔界闘士バルムンク!」

 

 光の向こうから現れる鎧状の黒い皮膚にマント姿、剣を備えた剣士。だがこれもまた、次なるシンクロのステップに過ぎない。

 バルムンクの傍らに、現れたのはドッペル・ウォリアーをデフォルメし、ミニマムにしたようなモンスターが二体。即ちドッペルトークン。

 

「天輪の鐘楼の効果で一枚ドロー」

「まだだ! いったれ烈震!」

「分かっている。レベル4のバルムンクとレベル1のドッペルトークンに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング」

「三連続シンクロか!」

「ほう、こ奴、なかなかやりおるの」

 

 驚き、そしてどこか楽し気な雰囲気の小雪と西王母のコンビ。彼女たちはこの戦いを心底から楽しんでいる。命もかかっているのに。

 だがそれは、この場を修行と感じている自分も同じかと、烈震は内心で自重した。

 

「連星集結、廃棄竜起動。シンクロ召喚、出でよスクラップ・ドラゴン!」

 

 起動音とともに現れるは、廃材を組み合わせて出来上がった異形のドラゴン。赤く輝く発光体の双眸が小雪を睨み、どこか軋んだ咆哮が無人の横浜の夜に轟く。

 

「おー、三連続! すごいな!」

「その三連続の成果が、お前に牙を剥くのだ。まずは鐘楼の効果で一枚ドロー。スクラップ・ドラゴン、効果発動。己のドッペルトークンと、お前の伏せカードを破壊する」

 

 スクラップ・ドラゴンがその身にドッペルトークンを取り込み、体内で砲弾として成形、口腔から射出する。

 砲撃は大気の壁を突き破り、衝撃波(ソニックブーム)で周囲の電柱や無人の車を薙ぎ倒しながら小雪の伏せカードの向かって驀進する。

 

「対象となった竜魂の幻泉をチェーン発動だ。墓地のボウテンコウを復活させる」

虎虎(ココ)! これはこれは、厄介なものを踏んでしまったな。小僧っ子」

 

 険しい表情の烈震は何も言わない。トールもまた、歯噛みこそすれやはり何も言わない。今何を言っても意味はないからだ。

 復活するボウテンコウ。その際の効果が発動し、小雪はデッキから竜星の軌跡をサーチ。直後、スクラップ・ドラゴンが放った“砲弾”が竜魂の幻泉を破壊。轟音と共に永続罠が破壊され、対象となっていたボウテンコウも竜魂の幻泉の効果によって、破壊される。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。当然効果が発動する。そしてもう一枚も。

 

「ボウテンコウの効果発動だが、今回はそれだけではないぞ。ボウテンコウの効果にチェーンして、墓地のリフンの効果も発動だ! わたしの場の竜星が戦闘やカード効果で破壊されたため、このカードを特殊召喚するぞ! さらにボウテンコウの効果で、デッキから二枚目のシュンゲイを特殊召喚だ」

「ぬぅ……!」

 

 烈震の表情が寄り険しくなる。カードを一枚破壊すれば相手モンスターが増えた。これが何度も続くのであれば、確かに鬱陶しい。

 

「だが進むしかない。己のやることは変わらない。バトルフェイズだ。レッド・ワイバーンでリフンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。同時、赤き翼竜が咆哮を上げ、翼をはばたかせて飛翔。上空から一気に降下し、口内に溜め込んだ炎を解き放とうとする。

 だがその刹那、小雪が笑顔と共に宣言する。

 

「甘いぞくろかみ! この瞬間、わたしはトウテツの効果を発動する! セフィラフウシに、チューナーとなったトウテツをチューニング!」

「相手ターンでのS召喚か!」

「これが、竜星のもう一つの真骨頂……ッ!」

 

 トールが驚愕し、烈震がぎしりと歯を軋ませる。扇子で口元を隠して笑う西王母。そして小雪が天高らかに、声高く叫ぶ。

 

「天に輝く八つ星。集って混ざって水天逆巻く輝竜とならん。星よ、堕ちよ。シンクロ召喚。輝竜星―ショウフク!」

 

 烈震のターンにもかかわらず、新たに現れる竜星。

 黄土色の体躯、獅子を思わせる顔面、そして雄々しく太い角をした幻竜。低く唸り声を上げ、烈震、トール。そして彼のモンスターたちを威嚇する。

 なお、セフィラフウシは自身の効果により、小雪のデッキボトムに戻った。

 

「なんだ……このモンスターは」知らぬモンスターの召喚に自然、警戒心をあらわにする烈震。

「この瞬間、ショウフクの効果発動だ。

 このカードのS素材の元々の属性の数まで、フィールドのカードをデッキバウンスできる。ショウフクの素材は地属性のセフィラフウシと闇属性のトウテツ。よって二種類までバウンスできる。

 わたしは、スクラップ・ドラゴンとレッド・ワイバーンをバウンスするぞ。あと、トウテツを素材にしたから、コントロールも変更されないぞ」

「な――――――――」

 

 烈震のドラゴンたちが、夢幻のように消えうせる。自身の主力があっさりと除去されて、烈震は愕然とした。

 

「やべぇぜ烈震。壁がなくなっちまった」

「……だが、耐えるしかない。それに、反撃の機会は必ず来る。己はカードを三枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

強化蘇生:永続罠

(1):自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。そのモンスターは、レベルが1つ上がり、攻撃力・守備力が100アップする。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

レッド・ワイバーン 炎属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、このカードより攻撃力が高いモンスターがフィールドに存在する場合に発動できる。フィールドの攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

竜星の具象化:永続罠

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動できる。デッキから「竜星」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分はSモンスター以外のモンスターをエクストラデッキから特殊召喚できない。

 

宝竜星-セフィラフウシ 地属性 ☆3 幻竜族:ペンデュラム

ATK1500 DEF0

Pスケール赤1/青1

P効果

(1):自分は「竜星」モンスター及び「セフィラ」モンスターしかP召喚できない。この効果は無効化されない。

モンスター効果

「宝竜星-セフィラフウシ」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがP召喚またはデッキからの特殊召喚に成功した場合、「宝竜星-セフィラフウシ」以外の自分フィールドの、「竜星」モンスターまたは「セフィラ」モンスター1体を対象として発動できる。このターン、その表側表示モンスターをチューナーとして扱う。この効果を発動したこのカードは、フィールドから離れた場合に持ち主のデッキの一番下に戻る。

 

魔竜星―トウテツ 闇属性 ☆5 幻竜族:効果

ATK2200 DEF0

「魔竜星-トウテツ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「魔竜星-トウテツ」以外の「竜星」モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。(2):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに発動できる。自分フィールドの「竜星」モンスターのみをS素材としてS召喚する。(3):このカードをS素材としたSモンスターは、コントロールを変更できない。

 

魔界闘士 バルムンク 闇属性 ☆4 戦士族:シンクロ

ATK2100 DEF800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地からこのカード以外のレベル4以下のモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

スクラップ・ドラゴン 地属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、シンクロモンスター以外の自分の墓地に存在する「スクラップ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

竜魂の幻泉:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。特殊召喚したそのモンスターの種族は幻竜族になる。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。

 

輝竜星―ショウフク 光属性 ☆8 幻竜族:シンクロ

ATK2300 DEF2600

チューナー+チューナー以外の幻竜族モンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した時、このカードのS素材とした幻竜族モンスターの元々の属性の種類の数まで、フィールドのカードを対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻す。(2):1ターンに1度、自分フィールドのカード1枚と自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのフィールドのカードを破壊し、その墓地のモンスターを特殊召喚する。

 

輝竜星―ショウフク攻撃力2300→2800

 

 

「わたしのターンだな。ドローだ」

 今、烈震のフィールドにモンスターはいない。伏せカードが三枚あるのが気になるが――――

 

虎虎虎(コココ)……。ここが攻め時なのは変わらぬ。で、あれば。踏み込むしかあるまい?」

「うん、そうだな。くろかみがどう動くか、興味があるぞ。

 わたしレベル4のシュンゲイに、レベル1のリフンをチューニングし、二枚目のボウテンコウをS召喚だ! ボウテンコウの効果で、デッキから竜星の凶暴化を手札に加えるぞ。さらに鐘楼の効果で一枚ドローだ。

 さっきは使わなかったが、ボウテンコウのもう一つの効果だ。デッキからチューナーモンスター、獄落鳥を墓地に送るぞ。これでボウテンコウのレベルは8になる。

 風竜星-ホロウを召喚。レベル1のホロウに、レベル8になったボウテンコウをチューニングだ!」

 

 鮮やかに、流れるように捌かれるカードたち。そして、八つの光の輪を通って一つの光星となった九つの輝きが光の道によって貫かれる。

 

「天に輝く九星(ここのほし)。集って混ざって天翔ける鳳凰竜とならん。星よ、堕ちよ。シンクロ召喚。幻竜星―チョウホウ!」

 

 現れたのは、鳳凰を思わせる姿をした幻竜。今まで出たどの竜星よりもレベルの高い、レベル9のSモンスター。その動きに合わせて、身体から光の粒子が粉雪のように散る。

 

「くろかみ、一つ教えておくぞ。チョウホウがいる限り、お前はチョウホウのS素材竜星。即ち風と光属性モンスターの効果は使えない。そしてホロウを素材にしたため、お前から魔法の効果も受けない。

 そしてボウテンコウと鐘楼の効果だ。鐘楼の効果で一枚ドロー。ボウテンコウの効果でデッキから宝竜星-セフィラフウシを特殊召喚。

 ここで、ショウフクの効果発動だ。セフィラフウシを破壊し、墓地のシュンゲイを特殊召喚。さらに竜星の具象化の効果で、デッキから闇竜星―ジョクトを特殊召喚するぞ」

「まずいぞ烈震。敵の手が止まらねぇ。このままじゃ、サンドバッグだ」

「……だが、現状己に妨害の手段はない。ならば迎え撃つのみだ」

 

 二枚――うち一枚はデブリ・ドラゴン確定――を見据え、烈震は鋭い眼差しで小雪と、彼女のフィールドを見据える。その心には細波ひとつ立っていない。

 そんな烈震を、西王母は生きのいい獲物を見る料理人のような目で見つめ、小雪は純粋な喜びを前面に押し出した表情で迎えた。

 次々に現れる竜星たち。何度も復活している炎の流星に加え、新たに現れたのはチューナーでもある闇の竜星。

 貝とカエルの中間点のような姿で、四肢で大地を踏みしめ、威嚇の唸り声をあげる。

 

「まだまだ行くぞ。レベル4のシュンゲイに、レベル2のジョクトをチューニング。来い、メタファイズ・ホルス・ドラゴン!」

 

 三回目のS召喚。現れたのはホルスの黒炎竜の身体が白銀に輝いた姿。黒炎竜が肉の身体を脱し、より高位の存在、幻竜へと至った姿だ。

 

「鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにシュンゲイを素材にしたため、攻守500アップ。

 そして、メタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果発動だ。くろかみ、散々使わせてもらったがもう十分だ。メタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果で、天輪の鐘楼の効果を無効化する!」

「げっ!」

 

 嫌な顔をするトール。烈震は無言だが、険しい表情は変わらない。自分のデッキの回転の要が、相手に散々利用された挙句斬り捨てられたのだから当然だが。

 

 

風竜星―ホロウ 風属性 ☆1 幻竜族:効果

ATK0 DEF1800

「風竜星-ホロウ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「風竜星-ホロウ」以外の「竜星」モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。(2):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに発動できる。自分フィールドの「竜星」モンスターのみをS素材としてS召喚する。(3):このカードをS素材としたSモンスターは、魔法カードの効果を受けない。

 

幻竜星―チョウホウ 光属性 ☆9 幻竜族:シンクロ

ATK2800 DEF2200

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手はこのカードのS素材とした「竜星」モンスターと元々の属性が同じモンスターの効果を発動できない。(2):S召喚したこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキからチューナー1体を手札に加える。(3):1ターンに1度、相手フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された時に発動できる。そのモンスター1体と元々の属性が同じ幻竜族モンスター1体を自分のデッキから守備表示で特殊召喚する。

 

闇竜星―ジョクト 闇属性 ☆2 幻竜族:チューナー

ATK0 DEF2000

「闇竜星-ジョクト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「闇竜星-ジョクト」以外の「竜星」モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。(2):自分フィールドにこのカード以外のモンスターが存在しない場合、手札の「竜星」カード2枚を墓地へ送って発動できる。デッキから攻撃力0と守備力0の「竜星」モンスターを1体ずつ特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに除外される。

 

メタファイズ・ホルス・ドラゴン 光属性 ☆6 幻竜族:シンクロ

ATK2300 DEF1600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した場合、そのS素材としたチューナー以外のモンスターの種類によって、以下の効果をそれぞれ発動できる。

●通常モンスター:このターンこのカードは自身以外のカードの効果を受けない。

●効果モンスター:このカード以外のフィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。その効果を無効にする。

●Pモンスター:相手フィールドのモンスター1体を相手が選び、自分はそのコントロールを得る。このターンそのモンスターは攻撃できない。

 

 

幻竜星―チョウホウ攻撃力2800→3300

メタファイズ・ホルス・ドラゴン攻撃力2300→2800守備力1600→2100

 

 

 小雪のフィールドに存在する、三体の大型幻竜族モンスター。その牙が、爪が、烈震に対してさらされる。

 だが烈震は臆さない。彼は黙したままゆっくり足を肩幅まで開き、腰を落とす。

 迎え撃つ気だ。そのことに気づき、トールはにやりと笑う。この状況で、無防備を晒し、それでも心折れない。さすがだ。だからこそ、オレのパートナーに相応しい。彼と選んだことを誇りに思う。

 また、笑ったのはトールだけではなかった。

 小雪もまた、迎え撃つ大勢の烈震に対して、満面の笑みを浮かべた。

 

「すごい! すごいなくろかみ! おまえは強い。こんな状況でも心折れなかったことがその証明だ! だからくろかみ。()()()()。まだ終わってくれるな。もっと、もっと楽しもう! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 小雪の腕が振るわれる。幻竜たちが咆哮を上げて、烈震に牙を剥いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話:横浜空騒ぎ

 夜の横浜中華街。星輝く無人のバトルフィールドで、今三体の大型幻竜が烈震(れっしん)を見下ろしている。

 輝竜星-シュウフク、幻竜星-チョウホウ、メタファイズ・ホルス・ドラゴン。それぞれの総攻撃力は8900。全て受ければ烈震のライフは0になる。悪ければ宝珠を破壊され、神々の戦争脱落。最悪死ぬかもしれない。

 だが烈震は恐れない。ゆっくりと腰を落とし、両足を肩幅まで広げ、迎え撃つ構えをとる。

 小雪(シャオシュエ)が、まるで子供が友達と遊ぶような、無邪気さを含んだ声音で攻撃命令を下す。

 動きだすモンスターたち。

 まず最初に動いたのはメタファイズ・ホルス・ドラゴン。両翼を広げて飛翔。上空で、口から青白い炎を放つ。

 炎は一直線に烈震へは向かわなかった。メタファイズ・ホルス・ドラゴンは首を左から右に振り、その輝跡に沿って炎もまた動く。結果、横一文字の薙ぎ払いが発生。バトルフィールド内の建物を蹂躙していく。

 

「ッ!」

 

 息を呑み、烈震は地を蹴った。彼の頭上から雨のように降ってくるのは元は民家やビルだった瓦礫。拳大のものから、大人一人分はありそうな巨大なものまで、有象無象の区別なく降り注ぐのを、烈震はあるいは前後左右のステップで回避し、回避しきれないものは拳を振るって破壊する。バトルフィールド内での身体能力向上の恩恵をフルに使って、生き残る道を探す。

 同時に、烈震の頭の片隅は小雪の狙いを計っていた。

 この一撃は陽動及び牽制だ。瓦礫の雨を降らせ、自分の注意を頭上に向けさせる。また、回避に専念しなければならないため、必然、多方面への防御がおろそかになる。分かっていても対処できない。それがこの状況だ。

 で、あれば、次に来るのは二体目のモンスターの攻撃。それも、今度は直接当てに来るだろう。

 そう思った直後、烈震の頭上を影が覆った。

 見上げれば大人が三人は後ろに隠れられそうな大きな瓦礫が降ってきた。どうやら、瓦礫の雨とホルスの炎によって、うまい具合にここにおびき寄せられたようだ。

 

「烈震、瓦礫を砕け!」

 

 トールの叫び。言われるまでもない。烈震は足を止め、左足で大樹の根のようにアスファルトを踏みしめ、右足をロケットのように“発射”する。

 垂直蹴り。跳ね上がった右足の蹴りが、落ちてきたコンクリート片に激突、亀裂を走らせて砕く。

 

「な――――――」

 

 目を見開く烈震。その眼前には、二体目の幻竜。輝竜星―ショウフクの姿。

 ショウフクは竜でありながら器用に拳を作っていた。ブレスによる遠距離攻撃ではなく、距離を詰めて直接仕留めに来たか。

 

「やばい!」

 

 トールが叫ぶが遅い。空気を押しのける超重量の拳が迫る。

 まともに当たれば叩き潰される。だが烈震の右足はまだ地についていない。

 

「ままよ!」

 

 烈震は左足だけで膝を曲げて跳躍し、両腕をクロスさせて宝珠を守った。

 

 

 小雪は烈震の動きを感嘆の念とともに見つめていた。

 やはりくろかみは凄い。あの瓦礫の雨を躱し、砕き、そして今、ショウフクの一撃に対しても対処して見せた。

 だがさすがにここまでだ。ショウフクの一撃は直撃は免れたが、完全回避は不可能だ。そう言うタイミングだった。

 

虎虎(ココ)。よもや宝珠を守るとは、驚きよ」

 

 西王母の言葉に、小雪は内心で首肯した。その眼前で、幻竜の一撃を躱しきれなかった烈震の身体が宙を舞った。

 

 

 衝撃と共に自分の身体が洗濯機に放り込まれたようにめちゃくちゃに回転していることを、烈震は認識した。

 認識したがどうにもならない。地面なのか壁なのか分からないところに体を打ち付けて、それでも回転は止まらない。

 痛み、そして回転からくる平衡感覚へのダメージが、三半規管に異常を生じさせ、烈震の意識を刈り取っていった。烈震の視界が真っ暗になった。

 意識が闇へと落ちていく。ここで気絶をするのは絶対にまずいと思っても止められない。

 

「寝るな烈震! 寝たら死ぬぞマジで!」

「――――――ッ!」

 

 脳裏にガン! と来る声。トールのものだ。

 耳元に怒鳴られるよりも頭に()()大声は、普段ならうるさいだけだ。

 だが今は違う。深いところに落ちかけた意識が覚醒。歯を食い縛って無理矢理目線を上に向けると、そこには今にも黄金色の炎を口から放とうとしている幻竜星―チョウホウの姿。

 

「手札から! クリボールの効果発動! 手札のこのカードを墓地に送り、チョウホウを守備表示に変更する!」

 

 己に活を入れるように、大声を上げる烈震。気付け代わりの大喝が、半覚醒状態の意識を完全覚醒させる。

 放たれた黄金の炎を受け止める丸くて小さな影。金色のボールに大きな目と手足をつけたクリボーモンスター。即ちクリボールが、必死の形相で主である烈震を守っていた。

 炎はクリボールに当たっていくつにも枝分かれ、周囲の看板や家々を穿つが烈震には一切届かない。

 攻撃終了と同時に、チョウホウは守備表示に変更される。とにかく、受けたダメージは大きかったが、三連続攻撃は凌ぎ切った。小雪のフィールドにはもう攻撃できるモンスターが存在せず、バトルフェイズは終了。既に烈震にダメージは負わせられないようだ。

 が、小雪は嬉しげだった。

 

「すごい! すごいすごい、本当にすごいぞくろかみ! まさか本当に生き残るとは! 断言しよう。おまえは強い! わたしは強い奴は大好きだ! だから、もっともっと、楽しもう! 遊ぼう! わたしはカードを三枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 小雪のターン終了宣言。それに合わせて、烈震の場に伏せられた三枚のうち、一枚が翻った。

 

「遊ぼうか。いいだろう。だが遊ぶには(オレ)の手札は心もとなさすぎる。ゆえに、これを使わせてもらおう。リバースカード、ショック・ドロー。このターンに己が受けたダメージ1000ポイントにつき、カードを一枚ドローする。己が受けたダメージは合計5600。よって五枚ドローだ」

「……まさか、このために二度もダイレクトアタックを受けたのか? 虎虎虎(コココ)。何とも剛毅な男よ」

 

 驚きと呆れを含んだ西王母の台詞。小雪はなおさら顔を輝かせるだけだった。

 

 

クリボール 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。その攻撃モンスターを守備表示にする。(2):儀式召喚を行う場合、必要なレベル分のモンスターの内の1体として、墓地のこのカードを除外できる。

 

ショック・ドロー:通常罠

「ショック・ドロー」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードはターン終了時にのみ発動できる。このターン受けたダメージ1000ポイントにつき、カードを1枚ドローできる。

 

 

烈震LP8000→5200→2400手札6枚(うち1枚はデブリ・ドラゴン)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 永続魔法:天輪の鐘楼(効果無効化)、永続罠:強化蘇生(対象なし)

伏せ 2枚

 

小雪LP8000手札6枚(うち1枚は竜星の輝跡)

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 輝竜星-シュウフク(攻撃表示、攻撃力2300→2800、コントロール変更無効)、幻竜星-チョウホウ(守備表示、攻撃力2800→3300、魔法無効、風、光効果無効)、メタファイズ・ホルス・ドラゴン(攻撃表示、攻撃力2300→2800)、永続罠:竜星の具象化、永続魔法:竜星の気脈

伏せ 3枚

 

 

「さぁて、大ダメージを受けてまで五枚もドローしたんだ。反撃開始と行こうぜ、烈震!」

「無論だ。(オレ)のターン! ドローだ!」

 

 裂帛の気合を込めて、カードをドローする烈震。ドローカードを確認。即座に丁度いいとばかりに即座にデュエルディスクにセットする。

 

「場の対象と失った強化蘇生を墓地に送り、マジック・プランター発動。カードを二枚ドロー。

 ハーピィの羽帚を発動。お前の魔法、罠。破壊させてもらう!」

「む! そ、それは困る。チェーンしてダメージ・ダイエットを発動。これでこのターン、わたしが受けるダメージは半分になるぞ」

 

 どこからともなく現れた羽帚が、小雪の魔法・罠ゾーンを無慈悲に払う。表側表示だった竜背の具象化、竜星の気脈、そしてチェーン発動したダメージ・ダイエットと、伏せられたままの竜星の凶暴化、砂塵のバリア-ダスト・フォース-が破壊される。

 これで小雪のバックは全て割れた。であれば、攻めるチャンスだ。

 

「まずは下準備。アースクエイク発動。フィールドのモンスターを全て守備表示に変更する。もっとも、己のフィールドにモンスターはいないため、必然、守備表示になるのはお前のモンスターだけだがな。

 さらに相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札からバイス・ドラゴンを攻守を半減させた状態で特殊召喚する。そして、この特殊召喚に、手札の速攻魔法、地獄の暴走召喚をチェーン。デッキから、残る二体のバイス・ドラゴンを特殊召喚する」

 

 瞬く間に、烈震のフィールドに紫の肌をした、人間のような五指を持つ筋骨隆々としたドラゴンが三体現れる。居並ぶドラゴンたちを見て、小雪が残念そうに呟いた。

 

「わたしのフィールドのモンスターは全てエクストラデッキから特殊召喚されているから、地獄の暴走召喚の効果で特殊召喚できないな……。だがくろかみ、モンスターを並べても、それだけでは勝てないし、突破もできないぞ」

「言われるまでもない。そして、慌てる必要はない。まだ己のターンは途中だ。デブリ・ドラゴンを召喚。チョウホウがいるため、効果が無効となり墓地からの吊り上げはできないが、チューナーとして使うならば問題はない。己はレベル5のバイス・ドラゴンに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 S召喚。天に四つの緑の輪となったデブリ・ドラゴン。その輪をくぐって、バイス・ドラゴンが五つの白く輝く光星となって一列に並ぶ。

 光星は光の道に貫かれ、辺りを照らす。

 

「連星集結。暗黒星雲襲来。シンクロ召喚。闇にて包め、ダーク・ネビュラ・ドラゴン!」

 

 光は瞬く間に黒く塗り潰された。

 光を喰らった暗黒の向こうから現れたのは、夜空よりもなお暗い、太陽の光を閉じ込めて逃がさぬ黒曜石のような質感の黒い体躯、紫の双眸、全体的にのっぺりとしている、岩石が寄り集まったような外骨格、やけに突起が大きい両肩。二足歩行型だがその姿はやはり不気味で得体の知れない。

 地球上の生物との類似点は少なく、外宇宙からの飛来生物、と言った方がしっくりくる。

 レベル9、攻撃力3200と、縛りのないカードの中ではかなりステータスは優良だ。

 

「S召喚に成功したので、手札からシンクロ・マグネーターを特殊召喚する。さらに己のフィールドにレベル8以上のSモンスターが存在するため。同じく手札からクリエイト・リゾネーターを特殊召喚する。次だ! レベル5のバイス・ドラゴンに、レベル3のシンクロ・マグネーターをチューニング!

 ――――連星集結、焔王竜(えんおうりゅう)出陣。シンクロ召喚、吠えろ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 ゴウ、と炎が彩り、圧迫感が周囲に発生。現れたのは悪魔のごとき外見、容貌をした獰猛なるドラゴン。吠え猛り、五指を握り締めて全身を震わせる。

 

「もう一度! レベル5のバイス・ドラゴンに、レベル3のクリエイト・リゾネーターをチューニング! 連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン!」

 

 三体目のSモンスター。今度現れたのは星屑の煌めきを振り零す美しきドラゴン。悪魔竜と対照的に、その姿は流麗にして清澄。

 

「三体のドラゴンか! さっきのわたしのターンに対する返しとしては最高だな! やっぱりおまえは凄いぞ、くろかみ!」

「だが。この状況は少々まずい……」

 

 無邪気に喜ぶ小雪に対して、西王母はさすがに危機感を持っている。半透明のトールはにやりと笑い、烈震を煽る。

 

「いけ、行っちまえよ烈震! わざわざ大ダメージまで喰らってドローして、バックも剥がして大型揃えたんだ。ここでいかなきゃ男じゃねぇ!」

「騒がずとも、行くさ。バトルだ! レッド・デーモンズ・ドラゴンでチョウホウを攻撃!」

 

 下る攻撃宣言。同時、レッド・デーモンズ・ドラゴンが咆哮を上げ、翼を大きく広げて飛翔。右拳を大きく突き出した。

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴンの効果発動! 相手守備モンスターを全て破壊する!」

 

 急転直下の悪魔竜。その炎に包まれた右拳が隕石のごとき勢いでチョウホウに叩きつけられた。

 頭上からの一撃を喰らったチョウホウはそのまま地面にめり込み、消滅。だがレッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃はここで終わりではない。チョウホウを物理的に叩き潰した“着弾点”から衝撃波が走り、炎の渦となって残る二体のモンスター、ショウフクとメタファイズ・ホルス・ドラゴンを捕えた。

 二重に轟く断末魔。炎に囚われ、内外問わず炙られ、焼かれ、燃やし尽くされた二体の幻竜は虚し気な断末魔の余韻を残して消滅した。

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴンの効果をフルに使うために、アースクエイクやクリボールでわたしのモンスターを守備表示にしたのだな。だけど、わたしの幻竜はSモンスターでも破壊時に効果が発動する! 破壊されたショウフク、チョウホウの効果発動!」

 

 小雪は夜に叫んだ。が、返ってきたのは沈黙だけだった。本来であれば、破壊された二体の竜星の効果が発動するはずだ。

 

「あれ?」

「残念だが、墓地へ、お前の声は届かない。ダーク・ネビュラ・ドラゴンが己の場にいる限り、相手は墓地で発動するカード効果を発動できない。今破壊された竜星たちの効果は全て墓地で発動するもの。よってダーク・ネビュラ・ドラゴンに阻害される。暗黒星雲の闇が、死者に沈黙を強いるのだ。

 まだバトルフェイズは続いている。ダーク・ネビュラ・ドラゴン、スターダスト・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 先ほどの意趣返しとばかりに、裂帛の気合の乗った攻撃宣言。

 まず動いたのはダーク・ネビュラ・ドラゴン。その前身から暗紫色の光を点らせ、レーザーのように放つ。

 いくつも多発的に放たれたレーザーは夜空に弧を描き、矩形を作って小雪に迫る。雨霰と降り注ぐはずのレーザー群はその量が減少している。おそらく小雪が発動したダメージ・ダイエットによるものだろう。ダメージ半減、イコールで攻撃量半減というわけだ。

 そして、次々に降り注ぐ光の槍群を、小雪は軽快なフットワークで躱す。

 背後にバックステップ、ターン、時にはバック宙を決めて次々に躱していく。

 凄まじい身体能力だが、デュエル開始前に烈震に肉薄した格闘能力と、全ての身体能力が向上するこのバトルフィールド内ならば不思議ではない。

 やがて光が収まる。ダーク・ネビュラ・ドラゴンの攻撃が終わったのだ。

 

「お?」

 

 だが小雪は驚いたような声を漏らした。彼女の周囲は砕けた瓦礫の破片が多くある地点。先ほど烈震が耐え忍んだ場所だった。

 誘導された。西王母が歯噛みした時には、既にことは終わっていた。

 小雪が今いる地点で待ち受けていたスターダスト・ドラゴン。既に口内に光を溜め込み、攻撃準備は完了だ。

 

「宝珠を守れ、小雪!」

 

 すでに逃げる時間はない。だから西王母はそう言うしかなかった。それが精いっぱいだった。

 スターダスト・ドラゴンの口内から光が放たれる。

 ドラゴンブレス。白い輝きを持つそれが、小雪に直撃する。

 轟音、閃光。そして衝撃波が辺りを走り、瓦礫の欠片たちを吹き飛ばす。

 

「く――――――あ――――――!」

 

 轟音に切れ切れになっているが、小雪の苦鳴が聞こえる。確実に当たっている。

 本当ならば烈震もまた小雪に肉薄し、その格闘術で小雪の体勢をさらに崩して、宝珠を晒させたうえでダメ押しの一撃を加えたかったが、まだ先ほどのターンのダメージが残っているので無理な相談だ。

 スターダスト・ドラゴンの攻撃が終わる。着弾地点にいた小雪はあお向けに倒れていた。

 大きな怪我はないが全身に打撲や打ち身の痕があり、チャイナドレスも何か所か破けている。

 が、宝珠の輝きに翳りはない。罅は入っているが、砕けてはいないため、神々の戦争も脱落していないし、彼女の“意気”も挫けてはいない。

 戦いは続く。だから烈震は躊躇せず、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「ダメ押しだ!」

「ああ。リバースカードオープン! バスター・モード! スターダスト・ドラゴンをリリースし、デッキよりスターダスト・ドラゴン/バスターを特殊召喚する!」

 

 翻るリバースカード。そして、スターダスト・ドラゴンが進化、強化される。別モンスターへの進化のため、攻撃権も残っている。

 当然追撃。烈震は容赦なくスターダスト・ドラゴン/バスターでダイレクトアタックを宣言した。

 二度目のドラゴンブレス。先程と同じ衝撃、閃光、轟音が夜を引き裂く。

 攻撃がやむ。粉塵が上がり、消える。そして、爆心地には小雪の姿。

 

「かふ……」

 

 咳き込み、その身体は揺らいでいる。が、宝珠は以前砕けず、足取りにも危うさはない。戦いは続行だ。

 

「危なかったぞ、くろかみ。事前にダメージ・ダイエットを発動していなければ、今ので負けていた」

 

 ゆらりと動く小雪の姿は幽鬼のごとく。額を切ったのか、血で顔の左半分を汚しながら、紅白の娘はやはり無邪気に笑う。

 

「くろかみ、やはりお前は強い。強い奴は好きだ。わたしより強いならば、もっと好きになるぞ? 次は何を見せてくれる?」

「生憎だが、攻撃手段はもうない。メインフェイズ2に入り、アドバンスドロー発動。レッド・デーモンズ・ドラゴンをリリースし、二枚ドロー。ターンエンドだ」

 

 

マジック・プランター:通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

ハーピィの羽根帚:通常魔法

(1):相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

アースクエイク:通常魔法

フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て守備表示にする。

 

バイス・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:効果

ATK2000 DEF2400

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 

地獄の暴走召喚:速攻魔法

(1):相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ダーク・ネビュラ・ドラゴン 闇属性 ☆9 ドラゴン族:シンクロ

ATK3200 DEF2200

チューナー+チューナー以外のドラゴン族モンスター1体以上

(1):このカードが表側表示で自分モンスターゾーンに存在する限り、相手は墓地で発動するモンスター効果を発動できない。

 

シンクロ・マグネーター 地属性 ☆3 機械族:チューナー

ATK1000 DEF600

このカードは通常召喚できない。自分がシンクロモンスターのシンクロ召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。

 

クリエイト・リゾネーター 風属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK800 DEF600

自分フィールド上にレベル8以上のシンクロモンスターが表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

バスター・モード:通常罠

自分フィールド上のシンクロモンスター1体をリリースして発動できる。リリースしたシンクロモンスターのカード名が含まれる「/バスター」と名のついたモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

スターダスト・ドラゴン/バスター 風属性 ☆10 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。「バスター・モード」の効果及びこのカードの効果でのみ特殊召喚する事ができる。魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースする事でその発動を無効にし破壊する。この効果を適用したターンのエンドフェイズ時、この効果を発動するためにリリースされ墓地に存在するこのカードを、自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。また、フィールド上に存在するこのカードが破壊された時、自分の墓地に存在する「スターダスト・ドラゴン」1体を特殊召喚する事ができる。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

烈震LP2400手札2枚

小雪LP8000→6400→5150→3650手札6枚(うち1枚は竜星の輝跡)

 

 

「わたしのターンだな、ドローだ!」

 

 大ダメージは与えた。それは間違いない。ゲーム的にも、肉体的にも。

 だがそれでも小雪は無邪気そうな笑顔をやめない。彼女は楽しんでいる。この戦いを。ゲームを。ひょっとしたら、殺し合いを。

 異常だ。だが烈震はそれに対して嫌悪の情を持たない。自分だって似たようなものだ。

 壊れているのだ。どちらも。だったら、とことんやろうじゃないか。

 

「おい烈震。気づいているかもしれねぇが」

 

 トールが神妙な表情で語りかけてくる。烈震は無言で首肯した。分かっている。空気が変わった。夏に似つかわしくない冷えた空気だ。首元に白刃を当てられているかのような、ひりひりとした空気。これは――――

 

「神が、来たな。少なくとも、奴の手札に神がいる」

「わたしは、魔法カード、竜星の輝跡を発動するぞ。さぁくろかみ、どうする?」

 

 今、小雪はあからさまに誘いをかけてきた。

 烈震のフィールドにスターダスト・ドラゴン/バスターがいる以上、不用意なカードの発動は止められる。

 だが止められるのは一度だけ。まず囮で効果を無駄うちさせて、本命のカードを発動させる可能性は高い。

 が、その囮が問題だ。

 竜星の輝跡はドローブーストカード。ここでカードをドローさせるにはいかにもまずい。

 烈震の直感は、今小雪の手札に神はあると言っている。そしてそれが間違いないならば、疑問として、その神を彼女の手札で召喚できるかどうかだ。

 手札が七枚――神、そして確定の竜星の輝跡を除けば五枚――もあればできそうだが、できない場合だってある。

 その本来手札にないはずの神召喚のための手段を、このドローで呼び込んでしまったら?

 やはりここを見逃す手はない。

 

「スターダスト・バスターの効果発動。自身をリリースし、竜星の輝跡を無効化する」

 

 これで正解のはずだ。少なくとも、ドローを見逃すのはやはりまずい。烈震はそう思った。

 にこりと、小雪が笑った。

 

「やはり使ったなくろかみ! それを待っていた。おまえがスターダスト・ドラゴン/バスターの効果をさっさと使ってくれることを! シャッフル・リボーン発動! 墓地からガイザーを効果を無効にして特殊召喚! さらに、スケール1の宝竜星-セフィラフウシと、スケール7の秘竜星―セフィラシウゴを、ペンデュラムゾーンにセッティング! これでわたしは、レベル2から6のモンスターを同時に召喚可能だ!」

 

 小雪の両脇に、青白い光の柱が屹立する。柱の中に収まった二体のモンスター。その下に刻まれた楔型文字のような数字。片方が1、もう片方が7。

 

「さぁペンデュラム召喚! エクストラデッキからセフィラシウゴとセフィラフウシ。そして手札から地竜星-ヘイカンを特殊召喚だ!」

 

 柱の間を揺れる振り子。描かれるアーク。開かれる異界の門。現れたのは三体の竜星。

 お膳立ては揃った。生贄と、追加攻撃の戦力。十分だ。

 自然、烈震の身が引き締まる。これから現れる完全未知の脅威に対して、身構える。

 

「セフィラシウゴの効果で、デッキから二枚目の竜星の気脈を手札に加えるぞ。行くぞくろかみ! わたしの全力を見せてやる! セフィラフウシ、セフィラシウゴ、ヘイカンの三体をリリース!」

 

 三体の竜星が、世界に溶けるように光の粒子となって消えていく。三体のモンスターの生贄が、大いなる力となって、“神”を迎え入れる“場”となる。

 そして、神が現れる。

 

「出てきて喰らえ。そして笑え! 大食女帝神西王母!」

虎虎虎(コココ)。久しぶりに喰い出のありそうな男どもよ」

 

 現れた西王母。姿はデュエル開始前に見たものと変わらない。

 中華の貴族服に結わえた黒髪、蝋のように白い肌。黒い瞳。羽根扇子とその奥から聞こえる獣の吐息、そして臭い。

 

「来やがったぜ、神が!」

「く……ッ!」

 

 警戒心をあらわにするトール。烈震は歯噛み。だが神に対する警戒心は途切れさせない。

 

「さぁ! 西王母の効果発動だ! 説明が面倒なので省くが、要するにスクラップ・ドラゴンと同じだ! わたしはわたしのがガイザーと、おまえのダーク・ネビュラ・ドラゴンを選択! ()()()()()()()西()()()()

「おうさ。では、いただくとするか」

 

 西王母が口元に当てていた羽根扇子を投げ捨てる。

 露わになる口元。ずらりと並んだ虎の牙、虎の口。その口が大きく開かれる。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な―――――」

「味方を食ったぁ!?」

 

 ()()()()()()()()()。咀嚼音が鳴り響く。西王母の人ものではありえぬ牙が、ガイザーの肉を裂き、骨を砕いていく。

 嚥下の音が響く。邪竜の踊り食いという見たこともない知りたくもない光景は、烈震の心に衝撃を与えた。身体がかすかに震える。馬鹿なと思う。まさか。この己が恐怖しているなど――――。

 

「さぁ、西王母。二皿目だ。いけ!」

「うむ」

 

 おかわり開始。西王母は地を蹴り、今度はダーク・ネビュラ・ドラゴンに肉薄。その爪で押さえつけ、牙で頭に喰らいついた。

 ドラゴンの悲鳴が夜に轟く。生物的な肉感を持っているかどうかも怪しい暗黒星雲のドラゴンだったが、その頭部が齧られて、欠ける。そのまま食事は続く。

 ゴリゴリゴリゴリ。何かの拷問シーンかと思える凄惨な光景が眼前で繰り広げられ、烈震は絶句し、小雪は目を輝かせた。

 

「呆けてる場合じゃねぇぞ烈震! 壁が消えた! 神の攻撃が来る!」

 

 トールの叫びが烈震を正気に引き戻す。そうだ。呆けている場合はない。西王母の攻撃力は3000。幸いこちらのライフよりも下だ。死に物狂いで躱せ。そして、次の攻撃に備えろ。

 

「この瞬間、西王母の効果が発動するぞ! 西王母は、モンスターが破壊された時、その都度破壊されたモンスターの元々の攻撃力分、攻撃力がアップする! 今破壊されたのはガイザーの2600とダーク・ネビュラ・ドラゴンの3200。だから合計5800攻撃力アップだ。さらにガイザーの効果発動! デッキから龍大神を守備表示で特殊召喚だ!」

「な―――――」

「んだとぉ!?」

 

 攻撃力8800、今の烈震のライフどころか初期ライフも一撃で消し飛ぶ。また、ガイザーの効果で特殊召喚された龍大神も侮れない。あのカードいる限り、烈震は特殊召喚に成功する度にエクストラデッキからカードを墓地に送らなければならない。S召喚主体の烈震のデッキでは厳しい。

 

「西王母でダイレクトアタック!」

 

 西王母の手が伸ばされる。それは攻撃ではなく、獲物を押さえつけるために手を伸ばした程度だったが、烈震は死に物狂いで背後に向かって跳躍した。

 だがただ逃げるだけでは意味がない。敗北から逃れられない。ゆえに、烈震はデュエルディスクのボタンを押した。

 

「我が天命、この一枚に賭ける! リバースカードオープン! 針虫の巣窟!」

 

 翻るリバースカード。墓地肥しのための罠。その狙いを小雪はすぐに看破した。

 

「なるほど。墓地に送られる五枚のカードの中で、墓地で発動する防御カードがあることに賭けるんだな! いいぞくろかみ! おまえが弱ければ、ここで終わる。だが強ければ、運命が、お前を生かす!」

「言われるまでもない。見るがいい、これが己の天命だ!」

 

 叫び、烈震はデッキトップからカードを五枚、一気に引き抜いた。

 引き抜いたカードを提示する。

 救世竜 セイヴァー・ドラゴン、超電磁タートル、、ギャラクシー・サイクロン、冥府の使者ゴーズ、セメタリー・パーティ。

 

「ビィィィンゴ!」

 

 テンションが高まったトールが叫ぶ。烈震もまた、声を高らかに叫んだ。

 

「墓地に送られた超電磁タートルの効果発動! このカードを除外し、バトルフェイズを終了させる!」

 

 バチリと電磁の壁が烈震を守る盾となる。西王母は伸ばした手を弾かれて不機嫌気味に唸った。まるで空腹の人食い虎そのままの風情。

 

「生き残ったかくろかみ! さすがだな! わたしはカードを一枚セットして、竜星の気脈を発動。ターン終了だ」

 

 エンドフェイズに墓地から復活するスターダスト・バスター。だが特殊召喚のため、龍大神の効果の網にかかった。烈震はエクストラデッキからエンシェント・フェアリー・ドラゴンを墓地に送った。

 

 

竜星の輝跡:通常魔法

「竜星の輝跡」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分の墓地の「竜星」モンスター3体を対象として発動できる。そのモンスター3体をデッキに戻してシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

シャッフル・リボーン:通常魔法

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(2):自分フィールドにモンスターが存在しない場合、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに除外される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし、その後自分はデッキから1枚ドローする。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を1枚除外する。

 

地竜星-ヘイカン 地属性 ☆3 幻竜族:効果

ATK1600 DEF0

「地竜星-ヘイカン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「地竜星-ヘイカン」以外の「竜星」モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。(2):1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズに発動できる。自分フィールドの「竜星」モンスターのみをS素材としてS召喚する。(3):このカードをS素材としたSモンスターは、戦闘では破壊されない。

 

大食女帝神西王母 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを1枚ずつ選択して発動する事ができる。選択したカードを破壊する。(4):フィールドのモンスターが破壊された時に発動する。破壊されたモンスターの元々の攻撃力分、このカードの攻撃力はアップする。

 

龍大神 光属性 ☆8 幻竜族:効果

ATK2900 DEF1200

(1):相手がモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動する。相手はエクストラデッキのカード1枚を選んで墓地へ送る。

 

針虫の巣窟:通常罠

(1):自分のデッキの上からカードを5枚墓地へ送る。

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

 

大食女帝神西王母攻撃力3000→8800

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 裂帛の気合を込めて、烈震はカードをドローした。

 アクションの際に爪先が何かを蹴った。

 中華料理に使われる円卓。どうやらいつの間にか初期位置の中華料理店――正確にはその跡地――まで戻ってきていたらしい。

 それかける思考を戻す。今はデュエルに集中する時だ。

 敵の神は強大だ。攻撃力8800は今の烈震のデッキでは出せそうもない。

 攻略手段は二つ。禁じられた聖杯やブレイクスルー・スキルのようなモンスター効果を無効にするカードで相手の攻撃力をデフォルト(3000)に戻す。ただし、今の烈震の手札にそれらのカードはない。

 では取れる選択肢は二つ目のほうだ。即ち、()()()()()()()

 神はあらゆるカード効果によってフィールドを離れない。ただ一つ、例外は同じ神によるモンスター効果のみ。

 それを、やる。

 

「ソウル・チャージ発動! 墓地からサンサーラとクリッターを特殊召喚し、2000ライフを失う」

 

 これで烈震のライフは残り400、ついに三桁に突入した。

 だが構わない。既にライフは即死圏内(キル・ゾーン)に突入していたのだ。今更三桁になろうが、一撃で吹き飛ぶ現状に変わりはない。さらに龍大神の効果でエクストラデッキから天穹覇龍ドラゴアセンションを捨てても全く問題ない。

 それより重要なのは、此方も三体のモンスターを揃えたこと。

 

「三体のモンスターをリリース! 現れろ迅雷の闘神トール!」

 

 雷が地上から天空に向かって迸る。

 自然現象に真っ向から唾吐く行為。そして、テンション高めの笑い声。

 現れる神、北欧神話の、雷纏う戦いの神、トール。

 乱雑に切られた濃い緑の髪、金に輝く眼。前を開いたジャケットのように、背中と肩しか守っていない鎧姿。その周囲を回るいくつもの雷の球体、右手に握られた柄の短いハンマー、即ちミョルニル。

 

「クリッターの効果で金華猫を手札に加える。ソウル・チャージの効果でこのターン、己はバトルできない。だがトールの効果の前では関係ない! トール効果発動! 相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える! 当然、破壊するのは西王母だ!」

 

 トールが嬉々として無手の左手を天に翳す。雷撃がそこに集まり、バリバリと音を立て、光を週にばらまく。

 やがて出来上がる大電球。

 

「ウラァ!」

 

 それを、トールはまるでサッカーボールのように蹴りだした。だが、次の瞬間、大電球が急速に萎みだした。

 

「な!?」

 

 目を見開くトール。烈震の目は小雪が翻したカードを見た。

 

「ブレイクスルー・スキル発動だ。トールの効果を無効化するぞ!」

 

 トールの大電球がついに消えた。烈震の攻撃手段は失われた。

 

「……まだだ。まだ終わりではない。そのために――――すまん、トール」

「あ? なんだそれ。なんかすげー嫌な予感が――――」

「二枚目のアドバンスドロー発動。トールをリリースし、二枚ドローする」

 

 あー! というトールの悲鳴を徹底無視。このままトールが突っ立ていても役に立たない。ならば一縷の望みをかけるために斬り捨てる。神とはいえ、所詮は力だ。固執するのは間違っている。

 ドローカードを確認し、そのうちの一枚をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「一時休戦を発動。互いに一枚ドローし、次のお前のターン終了時まで、互いにダメージを受けない。

 ――――墓地のギャラクシー・サイクロンの効果発動。このカードを除外し、Pゾーンのセフィラシウゴを破壊する」

 

 ガラスが砕け散るような音が響き渡り、青白い柱の一本が倒壊。スケールが崩された。

 

「ターンエンドだ」

 

 

ソウル・チャージ:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。(1):自分の墓地のモンスターを任意の数だけ対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの数×1000LPを失う。

 

迅雷の闘神トール 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。(4):1ターンに1度、自分の手札、フィールド、墓地のモンスター1体を対象に発動できる。対象のモンスターをこのカードに装備する(1度に装備できるモンスターは1体まで)。装備したモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力がアップする。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

ギャラクシー・サイクロン:通常魔法

「ギャラクシー・サイクロン」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

一時休戦:通常魔法

お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。

 

 

「わたしのターンだな、ドロー。ターンエンドだ」

 

 あっさりとターンを明け渡す小雪。もっとも、手札もドローした一枚のみで、ダメージも与えられないのならば仕方がないのかもしれない。どのみち烈震は竜星の気脈によってモンスターを守備表示で召喚して逃げることはできないのだ。じっくりと、仕留めるつもりなのかもしれない。

 そしてそのことは烈震にもわかっていた。

 次がラストターンだ。

 

「己のターン! ドロー!」

 

 すでにキーパーツは揃いつつある。

 神は倒された。だがそこで烈震の戦力が底をついたわけではない。

 まだここに来る前、趙鮮から渡されたカードがある。

 だがそのカードを召喚するためのパーツが足りない。

 必要なのはあと一枚。これ以上の延命は期待できない以上、ここで引き当てるしかない。

 烈震がカードをドローした姿は、さながら日本刀を鞘から抜刀する、居合のごとき気迫と洗練さだった。少なくとも、それを見ていた小雪はそう思った。

 沈黙。一陣の風が二人と二柱の間を駆けていく。

 

「ゆくぞ! シャッフル・リボーン発動! 墓地より蘇れ、スターダスト・ドラゴン!」

 

 咆哮と輝きをまき散らし、星屑の竜が墓地より舞い上がる。その双眸が敵を睥睨する。なお、龍大神の効果により、烈震はオリエント・ドラゴンを墓地に送った。

 

「スターダストか! だがそのモンスター単品では、わたしの神を倒すことはできないぞ!」

「いいや。倒せるさ。雷神では届かなかった。故に見せよう。救世の輝きを! 己は金華猫を召喚! 効果で特殊召喚するのはこいつだ! 蘇れ、救世竜 セイヴァー・ドラゴン!」

 

 烈震のフィールドに現れるモンスターたち。そしてエクストラデッキからレッド・ワイバーン、を墓地に送った。

 レベル8、レベル1、レベル1。合計レベルは10。だがセイヴァー・ドラゴンは特定のSモンスターのS素材にしかできない。

 だがその点は関係ない。セイヴァー・ドラゴンの制約はすでに潜り抜けている。

 

「行くぞ! レベル8のスターダスト・ドラゴンと、レベル1の金華猫に、レベル1のセイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

 

 烈震の右腕が天高く掲げられる。その瞬間、セイヴァー・ドラゴンが真っ先に飛翔。その姿が半透明になるとともに巨大化していき、その中に入りこみ、八つと一つの光星となったスターダスト・ドラゴンと金華猫。十の輝きを光の道が貫く。

 

「連星集結、救世竜光来! シンクロ召喚、来たれ救世の具現! セイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 輝きの向こうから、更なる高貴なる光が現れた。

 兜のような形状の頭部、光り輝く光沢のある体躯、大きく開かれた四枚の翼。スターダスト・ドラゴンの進化系の一つ。救世の力を得て更なる形態へと進化した。

 

「龍大神の効果により、ブラックフェザー・ドラゴンを墓地に送る。そして!」

 

 烈震の咆哮のような叫び。空気の振動が小雪と西王母を叩く。その気迫に、一人と一柱は確かに気圧された。

 

「セイヴァー・スター・ドラゴンの効果発動! 西王母の効果を吸収する!」

「な―――――」

 

 絶句する西王母。その眼前、セイヴァー・スター・ドラゴンの全身が白く輝いていく。

 

「あ……ぐ……。力が、抜ける……!」

 

 顔を歪ませ、苦悶の声を上げる西王母。その左膝がついに地面についた。その力が消失していくのが彼女にもわかった。傍らで見ている小雪にも。

 

「西王母の効果はセイヴァー・スター・ドラゴンが得た。その効果を発動する! 己の場の天輪の鐘楼と、西王母を破壊する!」

 

 セイヴァー・スター・ドラゴンの輝きがさらに強くなる。白い極光はやがて灼熱の力を持ち始め、烈震のフィールドの効果を失った永続魔法と、神である西王母を捕え、焼き尽くす。

 

()虎虎(ココ)……ッ! まさか、まさかこのような手段で妾を突破するとはの……」

「神といえどもこの場では一枚のカードにすぎん。効果を失えば神以外の手で破壊も可能! さらに己は墓地のブラックフェザー・ドラゴンとエンシェント・フェアリー・ドラゴンを除外し、混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-を特殊召喚! 龍大神の効果でクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを墓地に送る」

 

 これで詰みだ。西王母は倒され、奪った効果によってセイヴァー・スター・ドラゴンの攻撃力は6800。さらに守備表示の龍大神は混沌帝龍によって葬られる。

 小雪に防御の手段はない。あとは烈震の攻撃宣言が下るのを待つだけだ。

 

「やっちまえ烈震!」

「言われるまでもない。バトル! 混沌帝龍で龍大神を攻撃! そしてセイヴァー・スター・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 ついに下る攻撃命令。混沌帝龍の一撃が龍大神を撃破。がら空きの小雪のフィールドを、足をたたみ高速飛行形態に移行したセイヴァー・スター・ドラゴンが進む。

 大気を切り裂く飛翔。頭上を通り過ぎ、遅れてやってきたソニックブームに煽られる髪を抑えた小雪は、その時視線を確かに頭上にやっていた。

 それが間違いだった。

 

「?」

 

 攻撃が来ないことを疑問に思った小雪だったが、視線を下に戻した時、己の失敗と敗北を悟った。

 

「くろかみ――――」

 

 烈震が、いつの間にか距離を詰めていた。その時小雪は悟った。セイヴァー・スター・ドラゴンがこちらの頭上を通ったのはやはり攻撃ではなかった。

 あれは運搬だ。セイヴァー・スター・ドラゴンにしがみついていた烈震を、此方に運ぶためのもの。そして自らの巨体をアピールすることで、烈震の存在を隠した。

 

「決着だ。小雪」

 

 低く、硬い、有無を言わさぬ烈震の声音。その巨体から信じられない滑らかな動作で小雪の懐深くに潜り込む。

 肩が当たる。そんな些細な認識の直後、衝撃。

 腹部で爆弾が爆発したような一撃。烈震が自分をカチあげたのだと、小雪が理解した時にはすでに彼女の身体は数十メートル上空にある。

 

「は――――」

 

 息が詰まる。烈震の一撃が効いている。おまけに自由の利かない上空。これは躱せない。

 

「わたしの、負けだな」

 

 直後、折り返してきた全身を白い光で包み込んだセイヴァー・スター・ドラゴンが激突。小雪の宝珠を砕いていった。

 

 

金華猫 闇属性 ☆1 獣族:スピリット

ATK400 DEF200

このカードは特殊召喚できない。(1):このカードが召喚・リバースした時、自分の墓地のレベル1モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは除外される。(2):このカードが召喚・リバースしたターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

救世竜 セイヴァー・ドラゴン 光属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK0 DEF0

このカードをシンクロ素材とする場合、「セイヴァー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

 

セイヴァー・スター・ドラゴン 風属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3800 DEF3000

「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+「スターダスト・ドラゴン」+チューナー以外のモンスター1体

相手が魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した時、このカードをリリースする事でその発動を無効にし、相手フィールド上のカードを全て破壊する。1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、その効果をエンドフェイズ時まで無効にできる。また、この効果で無効にしたモンスターに記された効果を、このターンこのカードの効果として1度だけ発動できる。エンドフェイズ時、このカードをエクストラデッキに戻し、自分の墓地の「スターダスト・ドラゴン」1体を選択して特殊召喚する。

 

混沌帝龍-終焉の使者- 闇属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合のみ特殊召喚できる。このカードの効果を発動するターン、自分は他の効果を発動できない。(1):1ターンに1度、1000LPを払って発動できる。お互いの手札・フィールドのカードを全て墓地へ送る。その後、この効果で相手の墓地へ送ったカードの数×300ダメージを相手に与える。

 

 

小雪LP0

 

 

 デュエルの決着がつき、バトルフィールドが消失する。散々に破壊されたバトルフィールドだがあそこは位相の違う仮想空間。現実世界には何の影響もない。バトルフィールドが崩壊しない限りは。

 烈震は自分が現実世界に帰還したことを知った。

 周りを見渡せば、気絶したはずの奇龍(クイロン)の面々が復活していた。トール自身手加減していたとはいえ、タフな連中だ。

 周囲には困惑の波が広がっていた。原因は明白。さっきまで確かに存在し、自分たちの――正確には小雪の――強力な味方だった神、西王母の気配が消えているのだ。

 

「お前たちが頼りにしている神はたった今、己が討ち取った。ここまでだ」

 

 そう宣言してやると困惑は動揺に昇華された。

 

「馬鹿な……!」

 

 叫んだのは老齢の男。彼こそが奇龍の大老だろう。だが現実を突き付けられ、男は言葉を失った。

 後の反応はと、烈震は敗れた小雪を見た。

 するとどうしたことか、小雪は頬を赤らめて、するりと烈震に近寄ってきた。

 まるで風に舞う花弁のように、警戒心の隙間を通り抜けて、彼女は烈震に近づいた。

 完全に不意打ちだった。勝負後の残心を忘れたわけではなかったが、虚を突かれては駄目だ。反応できない。

 そのまま小雪は両腕を烈震の首に絡め、大柄の彼に飛びつくように地面から足を離し――――

 

 烈震にキスをした。

 

「!?」

「なんとぉ!?」

 

 いきなりの展開に、烈震の頭が追い付かない。唇に触れている柔らかい感触と、此方の唇を割って、歯を押し上げて入ってくる舌の感触に、自分が今何をされているのかわかった。

 確かに突飛な娘だとは思ったが、いくらなんでもいきなりすぎないだろうか? ムードも何もあったもんじゃない。

 

「烈震、烈震。混乱するな。現実見ろ現実」

 

 黙っていてくれ。

 

「いきなり何をする?」

 

 問い詰めてみるが、小雪はにこりと笑っただけだ。まさに年相応の少女のように。無垢に、無邪気に。

 そして言った。

 

「――――おまえの子を産みたい」

 

 ざわり。周囲の男たちが小雪の爆弾発言にあんぐりと口を開け、目を見開く。大老に至ってはその場で痙攣し始めそうな勢いだ。

 

「お前は――――」

「わたしは強い男が好きだ。くろかみ、おまえは強い。だからわたしはおまえが好きだ。わたしより強い奴にあったのも初めてだしな。うむ――――ふつつかものだが、よろしくたのむ」

「ま、待て。己は武の道に生きる身。そのような――――」

 

 あたふたする烈震。ゲラゲラ笑うトール。怒るもの、呆れるもの、はやし立てるもので大騒ぎなチャイニーズマフィアたち。横浜の夜は戦場からたちまち空騒ぎの場へと変貌した。

 

 

 この後は愚にもつかない大騒ぎが繰り広げられたが、顛末だけを上げるならば、烈震は目的を達した。

 烈震自体は神を打倒でき、趙鮮は許された。さらに烈震と小雪のについては大老も半ば諦め気味になり、むしろ烈震のような強者を取り込めるならば重畳。それが孫娘が惚れているならば文句なしとなった。

 烈震は文句ありありだったが、意外と乗り気な趙鮮も加わり、さらに今後の神々の戦争に向けての戦力強化を行う必要もあり、彼はもう少し、横浜に滞在する羽目になった。

 滞在中は趙鮮と手合わせをしたり奇龍からカードの提供があったり小雪に付きまとわれたりといろいろなことがあったが、それは別の話である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話:暗雲

 夜の星宮(ほしみや)市内、とあるカードショップ。そこでは今一つの勝負の決着がつこうとしていた。

 

「はい、H-C(ヒロイックチャンピオン) エクスカリバーで攻撃。俺の勝ちです」

 

 このショップでは客の要望に応えて店員がデュエルの相手をすることもある。敗北した客は悔しげに呻き、「まだデッキ調整が万全じゃないかー」と呟いて席を立った。

 残った店員。明るい金髪、鋭い目つきの灰色の双眸、黒のタンクトップに白いジャケット姿。金色の体毛の、餓えつつも気高さを感じさせる一匹狼の風情。

 風間龍次(かざまりゅうじ)であった。

 龍次は客が帰った後、テーブルの上のカードを片付ける。

 悪くない相手だった。だがどこか物足りない。詰めが甘いというより、考え方の幅が狭かった。

 

「あ、風間君。今日はもう上がっていいよ。ご苦労様」

 

 店長の言に従い、龍次も席を立つ。挨拶をして店を出る。帰り道、考えることは神々の戦争のこと。

 悪友である和輝(かずき)が言っていた。

 彼は言っていた。終業式の日に戦った、神々の戦争の参加者のことを。

 六道天(りくどうたかし)、現デュエルキング。公式戦十年無敗のまさに生ける伝説。プロアマ問わず、全てのデュエリストの頂点。

 それが、神々の戦争に参加している。その事実だけで胃の中に鉛の塊を飲み込んだような不快感が湧き上がる。

 ただでさえこちらは神々の戦争に勝ち抜く以外にやるべきこと、やらなければならないことがあるのに、そんな問題まで浮上されたらたまったものじゃない。

 強くなりたい。もっと、たとえどんな相手だろうと、動揺しないくらいに。

 

「ん?」

 

 熱帯夜の夜道を通り、額に汗しながらアパートに戻った時、龍次は郵便受けに封筒が入っているのを見た。

 差出人の名前を見る。途端、彼の表情が渋面に覆われた。

 差出人は母。横に父の名前もある。

 政治家の父、その愛人の母。籍を入れていない両親。その関係の歪さには早くから気付いていた。

 どこか寂しげに笑う母の顔。滅多に会えない父。そんな生活が嫌で、高校進学と同時に一人で暮らしていくことを宣言。母はやはり寂しげな微笑のまま了承。父に至っては「そうか。好きにしろ」この一言だけ。あとは全部金を通したやり取り。

 生活費、学費、それらが仕送られるだけ。

 学費はともかく、生活費には手をつけなかった。成長するに従って龍次の心にむくむくと膨らんでくる反骨心がそれを許さなかった。

 いつも寂しげに、弱弱しく笑いながら、店が忙しいからとこちらと向き合わない母。そもそもろくにあったこともなく、幼い頃の印象から常に「冷たい」以外感じない父。うんざりだった。

 プロデュエリストを目指すのも、そうすれば早く自立できるからにすぎない。

 もちろんデュエルは好きだ。実力もあって、楽しい。だが、やはり龍次にとって、デュエルは自分が生活するための糧。未来へ進むための拠り所。そんな部分があった。

 部屋の中に入る。暗がりの中手探りで進み、電気のスイッチを入れる。出迎えるもののない、遊びもない殺風景な独り暮らし用の部屋。

 締め切っていたため淀んでいる空気を無視してエアコンのスイッチをオンに。床に直接座り込んで、封筒を開封。

 中には手紙が一通。内容は―――――

 

「ああ、そういえば、そろそろ俺の誕生日か」

 

 自分でも忘れていた事実。生まれた日を祝う、そんな当たり前のことも、面と向ってやったことは少ない。

 無言のまま、手紙を封筒にしまった。そのまま封筒ごと手紙を破ろうとして、ふと中にまだ何かは言っていることに気づいた。

 

「なんだ?」

 

 取り出してみる。それは一枚のカードだった。

 デュエルモンスターズのカード。しかもヒロイックモンスター。どこから知ったのか、両親――あるいはどちらか片方――は、自分のデッキを知っているらしい。

 両親からの誕生日プレゼント。

 龍次はまた渋面を浮かべる。封筒の上に重ね、一緒に破ろうとして、手を止めた。

 沈黙。結局、龍次は大きなため息を一つ吐き、封筒とカードを机の上に放った。

 なんだか疲れた。早く眠りたいと思ったが。明日は用事がある。東京まで行かなければならない。億劫そうに立ち上がり、シャワーを浴びに向かった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、龍次は東京都内の某病院に足を運んでいた。

 目的はもちろん、彼の戦う理由である少女、山吹茜(やまぶきあかね)への見舞いであった。

 もう慣れてしまった病院の潔癖なまでに白い壁の廊下を通り、しんと静まり返った空気に嫌なもののを感じつつ、目的の病室の前で止まる。

 深呼吸を一つ。ノックする。返事があったので、中に入った。

 

「おーす、茜」

 

 エアコンの利いた固執。窓から日の光が入ってくる。そこに彼女はいた。

 色素の薄い黄色の髪、同じく色素の薄い茶色の瞳、年齢不相応に幼い感じのするクリーム色の猫柄パジャマ。儚げで繊細で、それ故に美しい、精巧に作られたガラス細工の風情。龍次の記憶通りの姿の彼女がそこにいた。

 

「いらっしゃい、りゅーじ君」

「おう。また来たぜ」

 

 努めて元気な声を出して右手を上げる。全然心配なんかしていない。心を痛めてなんかいない。だからお前は何も気にせず、能天気に笑っていてくれ。そう願いながら、病室に備え付けられたパイプ椅子を引っ張り出して、彼女のベッドの傍らに座る。

 日に当たらない、透き通るような白い肌。頬、顎のライン、うなじ。

 前見た時よりもやせ衰えているように見える。

 以前聞いた茜の症状を思いだす。夜、寝ている間、彼女の心臓は止まっている。

 ()()()()()()()()()()()()。これは病気ではなく、どこかの糞ったれな神がかけた呪いだと、伊邪那岐(いざなぎ)は言った。

 超常存在である神による呪いならば、心臓が止まって本来ならば脳に血液が行かず、脳死してしまうよう状態でも何の問題もなく()()()、朝になれば心臓が再び鼓動を開始していても不思議はない。

 だが、その状態がいつまで続くのか分からない。

 今日、病室に来る前に主治医から聞いた言葉を思い出す。

 あの、医者のくせに不健康そうな、死神のような男はこういった。

 

 ――――彼女と同じ病状の方々が、ここのところ相次いで死亡している。

 

 胃の中に大きな鉛の塊を飲み込んだ気分だった。それを強いて押しのける。せめて茜の前では笑顔でいようと努める。

 

「今日はお前に見せたいものがあってな。ちょっとこいつを借りてきた」

 

 言って、取り出したのは病院で貸し出しているノートPC。見せたいのはインターネット上で公開されている動画。

 内容はAランクプロデュエリスト同士のリーグ戦。その対戦カードを見て、茜は目を輝かせた。

 

「あ。穂村崎(ほむらざき)プロのデュエル!」

「おう。国守(くにもり)プロもそうだけど、穂村崎プロもお前ファンだもんな」

「えー。りゅーじ君だってそうじゃない。同じ希望皇ホープ使いだもんね」

「俺の場合はヒロイックのほうが比重は多いよ。それより、始まるぜ」

 

 フルスクリーンにした動画が再生される。観客の歓声と、アナウンサーの絶叫。会場の熱狂が画面を通り越してこちらにまで届いてきそうな盛り上がりを見せていた。

 そして、悠然と現れるデュエリストたち。 

 一人は男。東洋系の顔立ち、細面、墨を落としこんだような黒い瞳、オールバックの、同じく黒い髪、喪服のようなダークスーツ。百九十センチオーバーの長身だがやせた印象は一切なく、むしろしなやかに、力強くがっしりとしている。何度も叩かれ、鍛え上げられた刀剣の風情。

 スコルピィ・ホークダウン。外見は東洋系だが、国籍はカナダで、このような名前となっている。元々大陸系の血が入っていたが、先祖がどこかでカナダに移民したのだという。以前インタビューで、自分は先祖の血が色濃く表面化したと言っていたのを龍次は思いだした。

 

「スコルピィプロ。この人こえ-んだよな。何かプロデュエリストっていうより、殺し屋みたいで」

「うーん。私もちょっと怖いかも。穂村崎プロ大丈夫かなぁ。こんな怖そうな人と」

「いやまぁ、別になぐり合うわけじゃないけどな。お、来たぜ」

 

 歓声がひときわ高くなる。スコルピィプロの対岸、青コーナーから入場してくるは長身の女。

 長身だがスコルピィプロほどではない。せいぜい百八十センチ前後。ウェーブのかかった灰色の長髪、右目が金、左目が青のオッドアイ、蒼い男物のスーツ姿、凛とした顔立ちと背筋を伸ばした佇まい。冷厳で泰然とした騎士の佇まい。。

 穂村崎秋月(しゅうげつ)。それが彼女の名前。そして茜が一番ご執心な、女性プロトップ。さらに言えば龍次にとっては一種の目標ともいえる人物だった。

 何せ彼女のデッキはもっともスタンダートな【希望皇ホープ】。ヒロイックを軸にしながらもホープを切り札に据えている龍次にとっては参考になるデュエルも多く、どんな劣勢にも威風堂々とし、さらに逆転劇を成し遂げるその姿は多くのファンの心を掴んだ。茜は言うに及ばず、龍次もそうだ。

 アナウンサーが興奮気味に両デュエリストを紹介。派手な火花が実際に柱のように吹き上がり、観客のボルテージは最高潮に。

 デュエル開始の宣言が成され、戦いが開始された。

 

 

 デュエルは一進一退だった。スコルピィプロがBF(ブラックフェザー)デッキを駆り、果敢に希望皇ホープを攻めるが、穂村崎プロもうまくかわす。

 だがついに防御が崩れた。シンクロモンスターによる攻勢を受け、ライフが大幅に削られた。

 

「ああ!」

 

 画面の向こうで茜が悲鳴を上げた。龍次も、このネット配信は茜と一緒に見ようと思っていたので結末は知らない。ハラハラしながら試合を見守った。

 

『あーと! これは強烈ー! ABF(アサルトブラックフェザー)-驟雨のライキリの一撃が決まったー! これで穂村崎選手の残りライフはついに300! 手札は一枚のみ! いよいよ崖っぷちだ―!』

 

 画面の向こうで興奮した様子のアナウンサーの声が響き渡る。ハラハラする茜。固唾を飲んで見守る龍次。

 だが、追い詰められた穂村崎プロに焦燥の色はない。寧ろ、この上なく楽しそうに笑っている。その姿は何もかもの理不尽を殴って退けそうな、圧倒的な頼もしさに満ちていた。

 

「崖っぷち? いいじゃないか。それでこそ燃えるというものだよ、君。私のターン!」

 

 にこりと笑う穂村崎プロ。そして、そのままドローした。

 

輝望道(シャイニング・ホープ・ロード)発動! さぁ蘇れ墓地のモンスターたち! そして希望を紡げ! 来たれ新たな光を纏いし、希望の使者! SNo.(シャイニングナンバーズ)39 希望皇ホープONE!」

 

 観客席から瀑布のような絶叫が迸る。光とともに現れる新たなホープ。その効果が発動。スーパーノヴァもかくやという莫大量の光を放ち、スコルピィプロの場にいた三体の(シンクロ)BFを光の粒子まで分解、消滅させ、ついでに900ポイントのダメージを与える。

 あとは簡単だ。巨大化を装備させ、ホープONEでダイレクトアタック。まさかのディスティニードローから勝負を決めた。

 

「やったー!」

 

 パソコンの前で茜が歓声を上げる。龍次も声にこそ出さなかったが小さくガッツポーズを作った。

 

「いやー、すごいデュエルだったねー、りゅーじ君」

「ああ。まさに手に汗握ったぜ。エンターテイメントの最高峰だよ」

 

 それから二人は取り留めのない、他愛ない話をした。

 二人の時間は瞬く間に過ぎていった。

 夕暮れが病室に入りこむ。眩しそうだったので、龍次は席を立って窓際により、カーテンを閉めた。

 

「日が暮れてきたな。もう面会時間も終わりかね」

 

 退出しようとする龍次を、茜が引き止めた。

 彼女は震える唇でこういった。

 

「ごめん、りゅーじ君。難しいかもしれないけど、今夜は一緒にいて」

 

 龍次は茜の声音に含まれた恐怖を感じ取り、眉根を寄せた。

 

「どうした?」

「うん……、なんだか、怖いの」

 

 茜の瞳、そこに映る恐怖は本物だ。

 

「病気のせいか? それで、弱気になってんのか?」

 

 問いかけてみるが、茜は首を横に振った。

 

「違う、と思う。最近ね、よく感じるの。()()()()()()()()()()()

 

 不安交じりの、嗚咽とも取れる声音の茜の言葉。龍次は硬直した。

 脳裏をよぎるのは、いつかの夜に戦った、神々の戦争の参加者。

 フローラと、その契約者の少女。彼女は花の女神フローラによってその精神を侵され、確固たる自己を塗り潰され、蹂躙されていた。

 どこかの神による呪い。それが茜の病気の正体だ。ならば、その呪いがついに彼女の心を侵食しているのではないだろうか?

 

「不安なんだよ、りゅーじくん」

 

 震える指で、龍次の服の裾を掴む茜。置き去りにされるのを怖がる幼子のよう。龍次はその手を優しくとった。

 

「オーケイ、分かったよ。今日は一緒にいてやる。だから安心してな」

 

 できる限り優しい笑顔で、龍次は言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話:宿敵

 日が暮れて、夜の帳が落ちてきた。

 暗闇に包まれた外。黒の時間がやってきた。

 龍次(りゅうじ)(あかね)の主治医の協力を取り付け、面会時間終了後の看護師の見回りをやり過ごした。

 今、看護師の巡回はない。蛍光灯の光も最小限に抑えられた夜の病院、その廊下。そこは昼間とは受ける印象がまるで違った。

 潔癖なまでに、病的なまでに白かった壁は微弱な光のせいで余計に闇を増したようだ。

 今にも、背後から物言わぬ死神の足音が聞こえてきそうなほどに。

 

「龍次、立ち止まっている場合ではありませんよ」

 

 声は龍次の背後から。先程まで確実に誰もおらず何もなかった空間に、男が立っていた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、涼し気な蒼氷色(アイスブルー)の瞳、質素な色合いの着流し姿。

 龍次が契約を交わした神、伊邪那岐(いざなぎ)だ。

 

「伊邪那岐……。昼間も実体化しなかったのに、どうした?」

「君も、気づいているのでしょう? 彼女、山吹茜さんと言いましたか。彼女が残ってくれと言ったのは、おそらくその身を蝕む呪いに関係があるでしょう」

 

 無言で首肯する龍次。自分が自分でなくなると、茜は怯えていた。ならば、この呪いについて、何か変化があったのかもしれない。

 

「くれぐれも用心してください。場合によっては、呪いを与えた神との対決が待っているかもしれません」

 

 伊邪那岐の言葉は龍次の表情を引き締めるのに十分だった。

 

「……やっぱり、お前もそう思うか?」

「確証があるわけではありません。神の気配を感じるわけでも。しかし、そう、()()()()()()()()()()()()

 

 伊邪那岐の言っていることは直感と変わらない。だが龍次はそれを一笑に付すことはできなかった。なぜなら龍次自身、どんどん広がっていく不安の暗雲を振り払うことができないでいたからだ。

 

「行こう」

 

 慎重に足を進める龍次。一つ頷いた伊邪那岐は実体化を解いた。

 茜の病室の前にたどり着く。足が止まる。

 控えめなノック。返事はない。

 

「茜。入るぞ……?」

 

 夜の病棟、そこに無断でいる事実が、龍次の声を潜めさせた。周囲に誰もいないことを確認後、ゆっくりとドアを開いた。

 明かりはついていない。そのことを不審に思うよりも前に、龍次の目はベッドの上に釘付けになった。

 夕方、閉めたはずのカーテンは開かれており、窓も開いていた。風が吹き込んでくる。そして、月明りも。

 茜はベッドの上にいた。ただし、その身体は無事とはいえない。苦しげに胸を抑え、ベッドの上で苦悶での表情を作っていたのだ。

 

「茜!」

 

 叫び、龍次は茜に駆け寄った。

 

「りゅーじ……、君……」

 

 茜の声音は苦しげだ。必死に揺れる瞳で龍次を見つめる。

 

「怖いよ……、りゅーじ君……。わたしが、なくなっちゃう……」

「茜! 待ってろ、今誰か読んでやるから!」

 

 龍次はパニックになりそうな心を必死で押さえつけ、ナースコールに手を伸ばす。だがその手を掴むものがあった。

 

「え……?」

 

 呆けたよう龍次の声。視線の先には、ナースコールへと伸ばされた彼の手を握る、茜の姿。

 

「茜?」

「いけない、龍次!」

 

 状況を飲み込めなかった龍次の耳朶に、伊邪那岐の切迫した声がかけられる。次いで体を強引に引き離された。実体化した伊邪那岐が、茜から龍次を引き剥がしたのだ。

 勢いよく体を振られて、龍次はベッドから転落、硬い床に尻餅をついた。

 地面に近い目線から、ベッドの上の茜を見上げる龍次。月明りに照らされる茜。外見は変わらず、子供っぽいパジャマ姿なのも変わらない。なのに、その身に纏っている雰囲気が一変していた。

 子供っぽくも確かに感じていた昼の気配、生の実感はどこかへ消し飛び、代わりに夜の気配を、背筋が凍えるほどの死を纏っていた。

 

「これは……まさか……。いや、やはり……」

 

 伊邪那美の声音に緊張と険の要素が混ざる。立ち上がった龍次の眼前、ベッドの上の茜から、赤黒いオーラが噴き出した。

 

「これは――――」

「この気配。そして、夜のみ死する人間。ヒントは十分すぎるほど提示されていました。ただ、私がそれを認めたくなかっただけ。

 いつから、君は彼女を契約者としていたのです。死者の国に囚われた女神。そして我が妻。伊邪那美(いざなみ)

 

 空気が凍った、そう、龍次は感じた。くすりと、茜の口元が笑みに変化した。裂けたような、三日月のような笑み。妙に赤くて艶めかしい唇。ぞわりと龍次の背を悪寒が走った。

 同時に、以前伊邪那岐に聞かされた話を思いだした。

 伊邪那岐の妻、伊邪那美。国を生み、神を生み、そして、息子、火の神迦具土神(カグツチ)を生んだ際の火傷が原因で死亡。死者の国、黄泉国の住人となり、夫である伊邪那岐と別離した神。

 夫と離縁することになった伊邪那美は叫ぶ。「あなたがこんなひどいことをするなら私は1日に1000の人間を殺すでしょう」と――――。

 

 

「ええ、ええ、やっと、その名を呼んでくださいましたね。伊邪那岐様」

 

 茜がそう言った。だが茜の声に重なるように、もう一つの女の声が龍次の耳に聞こえてきた。

 理性的で冷静て、穏やかな声。そのはずだ。だが龍次の脳裏を駆けたのは、そんな貞淑そのものと言った印象ではなく、そのテクスチャを剥がした下にある、泥のような何かだった。

 ()()()。龍次はそう思った。

 あるいは人はこう表現したかもしれない。情念と。

 

「伊邪那美……。彼女を解放しなさい」

「いいえ、それはできません。伊邪那岐様。だって彼女は、やっと見つけた(わたくし)のパートナー。貴方様も知っておいででしょう、伊邪那岐様? 私は神であり、死者でもある。ゆえに契約者に生きている人間は向かない。だから、私が使っている間、死んでいただきたいのです」

「夜、心臓が止まっている病気。いや、呪い……。それはお前がばらまいていたってわけか。そして、茜以外の契約者候補を殺したのか!?」

 

 龍次の怒りの叫び。伊邪那美は何故か悲し気に首を振っただけだった。

 

「はい。哀しいことですが、私の願いを叶えるためには、仕方のないことなのです。彼女に苦しみを強いていることは哀しい。そして心苦しい。同時に、多くの方々を死なせたこともまた、心苦しい。けれど仕方がありません。だってこうしないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、殺したわけではありません。私は、私が治める国に彼らを招待したにすぎません」

「何を……言って……」

 

 伊邪那美の言葉は龍次の理解を超えていた。

 伊邪那岐に振り向いてもらうために、人を殺した。その言動が理解できない。

 

「伊邪那美……。私は後悔しています。君をそのような姿にし、君をそのように歪めてしまったことを」

 

 沈痛な面持ちの伊邪那岐。彼はそのまま言葉を紡いだ。

 

「死した君を迎えに行くのが遅れ、君は死者の国の食べ物を口にしてしまった。そして私は、君を置き去りにしてしまった。逃げたのだ。君に背を向けて。文字通り、住む世界が違ってしまったから。

 だが伊邪那美。私の罪と、君の罪は別物です。君が日に千の命を奪おうとも、それで私を引き留めることはできない。そんなことをすれば、私の心は君から離れていくだけだ」

「ああ、ああ伊邪那岐様。哀しいことをおっしゃいますね。()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 会話が全く成立しない。伊邪那岐がどれだけ論理的に言葉を並べても、伊邪那美はそれらをすべて死へと直結するよう曲解する。そして、その女神が今、茜を捕えて離さない。龍次の一番大切な少女を。

 その事実が彼を怒りに駆り立てた。

 

「伊邪那岐。茜はどうすれば解放される?」

「彼女を、伊邪那美を、神々の戦争で打倒すしかありません」

「つまり、倒せってことだな!」

 

 龍次は叫んだ。もう我慢の限界だった。

 

「デュエルだ伊邪那美! お前を倒し、茜を解放する!」

「ああ、哀しいです。伊邪那岐様。もう離れ離れは嫌です。死者(わたくし)生者(あなたさま)の世界に居られないのなら、神々の王となり、この世を死者の国へと変えましょう。全ての生者が等しく死者になる。そうなれば、私と貴方様を引き裂く要因は何もない。永久(とこしえに)に共に在りましょう!」

 

 言って、茜の身体は窓から躍り出た。月光を浴びながら、真っ逆さまに落ちていく。その下は確か病院の駐車場だったはず、と龍次は頭のどこか、辛うじて残っている冷静な部分で思った。

 

「茜!」

「追うのです、龍次! 私が受け止めます」

 

 頼むと残し、龍次も躊躇なく開け放たれた窓から跳躍した。

 着地は宣言通り、伊邪那岐によって受け止められた。そして見た、眼前、茜の背後に現れる影の正体を。

 振り乱した地面まで届く黒髪、肌は骨のように白く、唇と瞳だけが妙に赤い。黒を基調に赤い彼岸花の模様が入った着物姿。

 伊邪那美だ。そして伊邪那美から伸びる無数の黒い糸のような光が、いつの間にかデュエルディスクを左腕に装着していた茜の身体の各所に巻き付いていた。まさに操り人形(マリオネット)のように。その事実が、龍次の怒りをさらに加速させた。

 

「龍次。冷静に。沈着に。でなければ、勝てる戦いも勝てません」

「わかってる。行くぞ伊邪那美! お前を倒し、茜を救う!」

 

 微笑する伊邪那美。龍次の胸元に銀灰色の宝珠の輝きが宿り、操り人形と化した茜の胸元には彼女の姓と同じ、山吹色の宝珠が輝きを放っていた。

 互いのデュエルディスクを起動させる。

 

決闘(デュエル)!』

 

 龍次にとって、負けられない戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

龍次LP8000手札5枚

伊邪那美LP8000手札5枚

 

「俺の先攻! 俺は手札からH・C(ヒロイック・チャレンジャー) ダブル・ランスを捨てて、H・C クレイモアを特殊召喚! こいつは手札からヒロイックを一枚捨てて、特殊召喚できる!」

 

 龍次のフィールドで先陣を切ったのは、黄色の全身鎧、冑、そして筋骨隆々の体躯をした戦士。手には己の名と同じ得物、クレイモアを携えていた。

 

「さらにクレイモアの効果発動! 一ターンに一度、墓地のヒロイックモンスター一体を指定し、そのモンスターと同じレベルのヒロイック一体を手札に加える! もっとも、その代償に、俺はこのターン、相手に戦闘ダメージを与えられないが、一ターン目じゃ関係ねぇ。俺は墓地のダブル・ランスを指定し、デッキからH・C サウザンド・ブレードを手札に加え、召喚!」

 

 龍次のデッキから一枚のカードが排出される。カードを手に取る龍次、それを、手札に加える間もなくデュエルディスクに叩き付けるようにセット。現れたのは僧兵をモチーフにしたと思われる、銀色の鎧姿に、背中に無数の刀剣類を背負った戦士。肩に担いだ薙刀を構え、勇ましい声を上げた。

 

「さて、ここでサウザンド・ブレードの効果を使えば、一気に三体のモンスターを展開できますが?」

 

 口調から、明らかに熱くなっている龍次に対し、伊邪那岐が水を向けた。彼からの言葉に対し、龍次は首を横に振った。

 

「いや、それだとヒロイックしか特殊召喚できない。俺がこのターン、特殊召喚するモンスターはあと一体。それはヒロイックじゃない。こいつさ。俺はクレイモアとサウザンド・ブレードでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の右手が天高く振り上げられる。彼の頭上に背後に星が輝く宇宙空間の様な空間が展開し、そこに黄色の光となった二体の戦士族モンスターが飛び込んでいく。虹色の爆発が起こった。

 

「出でよNo.(ナンバーズ)39! 希望の担い手、ここにあり! その優しき光で弱きものを守り通せ! 希望皇ホープ!」

 

 爆発の粉塵を突き破り、現れたのは月とそこから溢れる月光のような、黄色と白の鎧姿の戦士。背にはウィングパーツ、腰の両脇に片刃の剣をそれぞれ一本ずつ下げ、左肩には自身のナンバーである「39」を刻んでいた。

 希望皇ホープ。龍次のデッキのエース、H-C(ヒロイック・チャンピオン) エクスカリバーと並ぶ、守りの要にして、盾の内側に隠された凶悪無比なパイルバンカー。だが先攻一ターン目に召喚するならば、期待するのはやはりホープの防御能力だろう。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

H・C クレイモア 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF0

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):手札の「ヒロイック」カードを1枚捨てて発動する。手札からこのカードを特殊召喚できる。(2):1ターンに1度、自分の墓地の「ヒロイック」モンスター1体を指定し、そのモンスターと同じレベルの「ヒロイック」モンスター1体をデッキから手札に加える。この効果を発動したターン、相手が受ける戦闘ダメージは0になる。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

No.39 希望皇ホープORU(オーバーレイユニット)×2

 

 

「私の手番ですね。ドロー致しましょう」

 

 ドローと言っても実際に動かすのは伊邪那美自身の身体ではなく、茜のもの。醜悪な人形劇に、龍次の頬が僅かに痙攣する。怒りを抑えきれないでいた。

 

「龍次、落ち着いてください。怒りは君自身の感情の鎖を引き千切り、その身を敗北の奈落へと突き落とします」

 

 伊邪那岐の落ちついた声が聞こえてくるが、あまり効果はなかった。

 

「この手札では、いささか心許ないですね。ここはこれで行きましょう。手札抹殺を発動致します」

 

 手札交換のカードが発動される。茜が焦点を結ばぬ瞳のまま、五枚の手札を無造作に墓地に放り込んだ。龍次も二枚の手札を墓地に捨てる。

 落ちたカードは龍次がH・C ビッグ・シールド、アサルト・アーマー。伊邪那美が馬頭鬼、不知火の宮司(みやづかさ)、不知火の隠者(かげもの)、ゴブリンゾンビ、不知火の鍛師(かなち)

 

「不知火の武士(もののふ)を召喚致します」

 

 伊邪那美のフィールドに現れたのは、柄頭や刀身に怪しげな白や赤い炎を宿らせた二振りの刀を持った武士然とした男。精悍な顔つき、丁髷といかにも戦士族といった趣だが、その種族はアンデット。即ち、死者だ。

 

「不知火……」

 

 龍次の声音に困惑が混じる。知らないカテゴリーのカードだったからだ。いかに龍次が勉強家だとしても、デュエルモンスターズのカード数は膨大。全てのカテゴリー、全てのカードを把握することができるとすれば、それはこのゲームの創造主、ルートヴィヒ・クラインヴェレくらいだろう。

 龍次の困惑を受け取って、伊邪那美が艶然と微笑んだ。

 

「ええ、ええ、その通りです。彼らこそ黄泉国の住人。黄泉国の戦力。私の愛しい愛しい臣下です。不知火の武士の効果を発動致します。墓地のアンデット族一体を除外し、攻撃力を600アップさせます。私は不知火の宮司を除外致します」

 

 これで不知火の武士の攻撃力は2400。ホープにはわずかに届かない。それ以前に、ホープにはORUを使うことで相手の攻撃を無効にできる。

 だがその程度のことは当然、伊邪那美も分かっている。彼女の狙いは、ホープを戦闘で倒すことではない。

 

「龍次! ホープが!」

「ん? 何――――?」

 

 伊邪那岐の叫び、それに反応し、龍次が希望皇ホープの方を見る。するとどうしたことか。ホープの全身が炎に巻き付かれ、炎上しているではないか。

 

「これは――――」

「これぞ、除外された不知火の宮司の効果で御座います。このカードはゲームから除外された場合、相手の表側カードを一枚、破壊できるのです」

「その効果でホープを破壊したってわけか」僅かに舌打ちする龍次。

「不知火。どうやら除外されることによって効果を発動することがキーとなっているカテゴリーの様ですね。それも、能動的に除外できそうだ」と伊邪那岐。その予想は当たっており、龍次はさらに苦々し気な表情を作った。

 

 では次の一手です、と伊邪那美が微笑む。

 

「墓地の馬頭鬼の効果を発動致します。このカードを除外し、不知火の隠者を特殊召喚致しましょう。

 隠者の効果発動です。私のフィールドにいるアンデット族一体をリリースし、守備力0のアンデットチューナーを特殊召喚します。私は隠者自身をリリースし、デッキから妖刀-不知火を特殊召喚致します」

 

 一体の不知火モンスターを挟み、伊邪那美のフィールドに特殊召喚されたのは、一振りの刀。

 美しくも妖しい一刀で、浮き出る波紋はどこか魔的で、全体から青白い炎が立上っている。見ればその刀は不知火の武士が持っている青白い炎を上げる刀と同じものだった。

 

「バトルフェイズに参りましょう。まず一刀目。妖刀-不知火でダイレクトアタックです」

 

 ついに進行が開始された。まず先陣を切ったのは、担い手のいない妖刀。空中を自在にミサイルのように飛来する妖刀を、龍次は体を開くように跳躍して回避。地面に手をついて着地する。

 だがその眼前、刀を上段に構えた不知火の武士の姿があった。

 

「不知火の武士でダイレクトアタックです」

 

 遅ればせながら伊邪那美の声が届く。

 振り下ろされる一刀は、龍次の宝珠を狙ったものだった。だが、龍次はほんのわずか体の軸をずらした。

 武士の刀は吸い込まれるように龍次の左肩を直撃。激痛と、焼け付く痛み双方が龍次の脳を貫いた。

 

「―――――――――――!」

 

 龍次は少なからぬ努力を要して悲鳴を噛み殺した。こんなところで悲鳴なんか上げたくないという、彼の意地だった。

 

「こ、この瞬間。墓地のH・C サウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 そして龍次もやられっぱなしではない。彼の墓地から復活する数多の武器を背負った戦士。攻撃表示だが、伊邪那美のモンスターはすでに攻撃を終えている。ダメージこそ受けたが、龍次はモンスターを残した状態で自分のターンを開始できるのだ。

 

「それは残念です。いいえ、哀しいです。抗うということは、私の国に入る気がないということ。()()()()です。私はただ、伊邪那岐様に去ってほしくないだけなのに。

 メインフェイズ2に入り、レベル4の不知火の武士に、レベル2の妖刀-不知火をチューニング致します」

 

 意味不明な論理を振りかざしながらデュエルを続ける伊邪那美。彼女のフィールドの妖刀が二つの緑の光の輪となり、その輪をくぐった武士が四つの白い光星となる。輪と光星を、光の道が貫いた。

 

「黄泉路は炎によって彩られる。死出の道を遡り、来たれ刀神。啜れ血潮を。シンクロ召喚。刀神(かたながみ)-不知火!」

 

 現れたのは、見た目は不知火の武士そのものだった。だが鞘に納められていた青白い炎を放つ刀は抜き放たれ、その背後で燃え盛る青白く発光する炎は、髪を結い、陣羽織に身を包んだ美丈夫の姿となっていた。まるで悪霊か、守護霊かといった趣だ。

 

「カードを一枚伏せて、手番終了と―――――」

「待ちな。まだターンを終了してもらっちゃ困る。お前のエンドフェイズ、俺は伏せていたトゥルース・リインフォースを発動! デッキから、H・C アンブッシュ・ソルジャーを特殊召喚する!」

 

 相手ターンにもかかわらず、二体目のヒロイックが龍次のフィールドに現れる。この二体は次の彼のスタンバイフェイズには三体になるであろう。龍次の意志は折れずその瞳は諦めを知らない。

 

「ああ、分かります。負けられないというなら、そうですよね。だって貴方様は愛しい少女を救いたいのですから。私の国から、連れ出したいのですから」

 

 悲しげに、或は寂しげに微笑する伊邪那美。その姿がさらに龍次の怒りを焚き付ける。怒りに狂わんばかりの龍次。伊邪那美は改めて、己のターン終了を宣言した。

 

 

手札抹殺:通常魔法

(1):手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする。

 

不知火の武士 炎属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1800 DEF0

「不知火の武士」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の墓地のアンデット族モンスター1体を除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで600アップし、このターンこのカードがモンスターと戦闘を行った場合、そのモンスターはダメージ計算後に除外される。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが除外された場合、「不知火の武士」以外の自分の墓地の「不知火」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

不知火の宮司 炎属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1500 DEF0

「不知火の宮司」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。自分の手札・墓地から「不知火の宮司」以外の「不知火」モンスター1体を選んで特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、フィールドから離れた場合に除外される。(2):このカードが除外された場合、相手フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

馬頭鬼 地属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1700 DEF800

(1):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、自分の墓地のアンデット族モンスター1体を対象として発動できる。そのアンデット族モンスターを特殊召喚する。

 

不知火の隠者 炎属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK500 DEF0

「不知火の隠者」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドのアンデット族モンスター1体をリリースして発動できる。デッキから守備力0のアンデット族チューナー1体を特殊召喚する。(2):このカードが除外された場合、「不知火の隠者」以外の除外されている自分の「不知火」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果の発動時にフィールドに「不知火流 転生の陣」が存在する場合、この効果の対象を2体にできる。

 

妖刀-不知火 炎属性 ☆2 アンデット族:チューナー

ATK800 DEF0

「妖刀-不知火」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合、チューナー以外の自分の墓地のアンデット族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターとこのカードを墓地から除外し、その2体のレベルの合計と同じレベルを持つアンデット族Sモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

刀神-不知火 炎属性 ☆6 アンデット族:シンクロ

ATK2500 DEF0

アンデット族チューナー+チューナー以外のアンデット族モンスター1体以上

自分は「刀神-不知火」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。

???

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

龍次LP8000→7200→4800手札2枚

伊邪那美LP8000手札3枚

 

 

「俺のターン! スタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャー効果発動! このカードをリリースし、墓地のH・C クレイモアとビッグ・シールドを特殊召喚!」

 

 二体のヒロイックモンスターは一体が消失し、二体が墓地から復活した。一ターン目に登場したクレイモアと、黒鉄(くろがね)色のバトルアーマー、筋骨隆々な体躯、マスク姿にその身を隠すほどの菱形の大盾を構えた二メートルほどの巨漢。即ちH・C ビッグ・シールド。

 

「ここで、手札のH・C スパルタクスを捨てて、サウザンド・ブレードの効果はつど――――」

「いいえ。いいえ。そうは致しません。私はサウザンド・ブレードの効果にチェーンし、刀神-不知火の効果を発動致します。ゲームから除外されている馬頭鬼をデッキに戻し、その攻撃力以下の攻撃力を持つ貴方様のモンスターを、全て守備表示に変更いたします」

「な!?」

 

 驚愕の声を上げる龍次。そして、守備表示を晒してしまう彼のモンスターたち。これは痛い。なぜならば――――

 

「サウザンド・ブレードの効果は発動後、自身を守備表示に変更するところまでです。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それでいながら、発動コストの手札のヒロイックは捨てられる。くそ! 俺は損しただけかよ」

 

 結局、サウザンド・ブレードによってモンスターを特殊召喚することはできなかった。

 だがまあいい。それならそれで、他にやりようはあるのだ。龍次はすぐさま次のモンスター展開へと着手した。

 

「クレイモアの効果発動! 墓地のダブル・ランスを選択し、デッキから2枚目のダブル・ランスをサーチ。そして召喚! 効果で、墓地のダブル・ランスを特殊召喚!」

 

 これで龍次のモンスターは五体。攻め時であった。

 

「行くぜ! クレイモアと二体のダブル・ランスでオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 大蛇の尾より生まれし神剣、神々、英雄の手を渡り万難排する剣となる! 出でよH-C クサナギ!」

 

 X召喚のエフェクトが走り、虹色の爆発から現れたのは、橙色の和風甲冑、緑の具足、右手に握る剣はまるで炎が具現化したような、刀身が赤い光でできた刀を携えた鎧武者。相手の罠を切り捨てる龍次のXヒロイックモンスターだ。

 

「さらにサウザンド・ブレードとビッグ・シールドでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 曇り無き王の聖剣、数多の闇を切り裂き王道を作りだす! いつか湖の貴婦人の手に返されるその日まで、輝きは消えはしない! 約束された勝利の剣、H-C エクスカリバー!」

 

 三体目のXモンスターが現れる。虹色の向こうから現れた、赤いバトルアーマーに身を包み、鋭き眼光を放ち、余計な装飾を配した、実用一点張りの剣を携えた戦士が威風堂々と雄叫びを上げて龍次のフィールドに現れた。

 

「エクスカリバー効果発動! ORUを二つ使い、攻撃力を4000にアップ! バトルだ! エクスカリバーで刀神-不知火に攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、エクスカリバーが剣を上段に構え、地を蹴って跳躍。夜の闇を切り裂くように、戦士の剣身が光を放つ。

 大上段からの一刀が、一気に振り下ろされた。

 

「いけません。墓地の不知火の鍛師を除外し、リバーストラップ、不知火流 火鼠の型を発動致します。このカードは相手モンスターの攻撃力を半分に――――」

「通さねぇ! クサナギの効果発動! ORUを一つ使い、今発動された罠を無効! さらにクサナギ自体の攻撃力を500アップ!」

 

 伊邪那美が発動した伏せカードは、クサナギが放った横一文字の一閃によって文字通り効果を発揮する前に切り払われた。クレイモアの制約効果によって戦闘ダメージは与えられないが、相手の罠を無効化するクサナギはいるだけで牽制になりえる。

 妨害はなくなった。今こそエクスカリバーの一刀が刀神に吸い込まれた。

 金属音。本来であれば攻撃力4000のエクスカリバーに2500の刀神は太刀打ちできない。防御のために掲げた刀ごと一刀両断されてもおかしくない。

 だが。刀神-不知火はエクスカリバーの一撃を受け止めた。

 

「残念、残念です。私が発動した火鼠の型は確かに無効化されました、ですが、私の真の狙いは其方ではないのです。私がやりたかったことは、不知火の鍛師を除外すること。このカードは除外されれば、そのターン、私のアンデット族モンスターに戦闘耐性を付加するのです」

「つまり、それでこちらの攻撃を躱したというわけですか……」

「その通りです、伊邪那岐様」

 

 伊邪那岐に話しかけられて嬉しいのか、伊邪那美は無垢に笑った。しゃれこうべが何かの間違いで笑ったようにしか、龍次には見えなかった。

 戦闘ダメージは与えられないのでこれ以上の攻撃は意味がない。結局、龍次はカードを二枚セットして、ターンを終了した。

 

 

刀神-不知火 炎属性 ☆6 アンデット族:シンクロ

ATK2500 DEF0

アンデット族チューナー+チューナー以外のアンデット族モンスター1体以上

自分は「刀神-不知火」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。(1):1ターンに1度、除外されている自分のアンデット族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをデッキに戻し、その攻撃力以下の攻撃力を持つ相手フィールドのモンスターを全て守備表示にする。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが除外された場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は500ダウンする。

 

H・C ダブル・ランス 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF900

このカードが召喚に成功した時、自分の手札・墓地から「H・C ダブル・ランス」1体を選んで表側守備表示で特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。また、このカードをエクシーズ素材とする場合、戦士族モンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

H-C クサナギ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2400

戦士族レベル4モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。罠カードの発動を無効にし破壊する。その後、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

不知火流 火鼠の型:通常罠

(1):自分の墓地の「不知火」モンスター1体を除外して発動できる。相手フィールドの表側攻撃表示モンスターの攻撃力を半分にする。(2):???

 

不知火の鍛師 炎属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1000 DEF0

「不知火の鍛師」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「不知火の鍛師」以外の「不知火」カード1枚を手札に加える。(2):このカードが除外された場合に発動できる。このターン、自分のアンデット族モンスターは戦闘では破壊されない。

 

 

H-C クサナギ攻撃力2500→3000、ORU×2

H-C エクスカリバー攻撃力2000→4000、ORU×0

 

 

「私の手番ですね。ドロー致しましょう」

 

 結局伊邪那美のモンスターを減らすことができなかった龍次。そこには忸怩たる思いがあった。そんな龍次の心情を知ってか知らずか、伊邪那美は虚ろな表情の茜の後ろで微笑していた。いっそ優雅にさえ見えるその笑みが、龍次はとにかく気に入らなかった。

 

「では、ユニゾンビを召喚致しましょう」

 

 現れたのは肩を組み、ユニゾンで何やら熱唱している二体のゾンビ。本人たちは気持ちよく歌っているのだろうが、いかんせんゾンビであるため、声帯まで壊死してしまって聞こえるのは歌声というより不気味な唸り声が重なって余計に気味が悪いだけであった。

 

「ユニゾンビ効果を発動致します。デッキから馬頭鬼を墓地に送り、ユニゾンビのレベルを一つ上げます。さらに今墓地に送った馬頭鬼の効果を発動致しましょう。このカードを除外し、墓地からゴブリンゾンビを特殊召喚致します」

 

 レベル4チューナーとなったユニゾンビ。そしてフィールドから墓地に送られればデッキから守備力1200以下のアンデット族をサーチできるゴブリンゾンビ。二体のゾンビが揃った以上、やることは一つ。

 即ち(シンクロ)召喚しかない。

 

「参ります。レベル4のゴブリンゾンビに、レベル4となったユニゾンビをチューニング」

 

 先ほどと同じSエフェクトが走り、白い(とばり)が場に満ちる。

 

「黄泉路は炎によって彩られる。死出の道を遡り、来たれ戦神(いくさがみ)。踏み荒らせ、無辜なる民を。シンクロ召喚。戦神(いくさがみ)-不知火!」

 

 現れたのは、流れるような白髪、炎のような陣羽織姿、その上に纏った黒い鎧、右手に青白い炎を宿した刀を、左手に赤い炎を宿した刀を持った美丈夫。怜悧沈着な瞳が龍次を静かに見据えていた。

 

「戦神-不知火とゴブリンゾンビの効果を発動致します。まずゴブリンゾンビの効果で、デッキからゾンビ・マスターを手札に加えさせていただきます。さらに戦神の効果。特殊召喚成功時、私の墓地のアンデット族一体を除外し、ターン終了時までですが、その攻撃力分、このカードの攻撃力を上昇させます。私は不知火の武士を除外し、戦神の攻撃力を1800アップさせます。

 ああ、この瞬間、除外された武士の効果を発動致しますね。墓地の不知火の隠者を手札に加えることにいたします」

 

 攻撃力4800、既にエクスカリバーを超えた数値だ。だが伊邪那美はさらに畳みかけてきた。

 

「そして、墓地の不知火流-火鼠の型の効果を発動致しましょう。墓地のこのカードを除外し、相手フィールドモンスターの攻撃力を1000ダウンさせます。参ります。戦神-不知火でエクスカリバーを、刀神-不知火でクサナギを、それぞれ攻撃致します」

 

 不知火流 火鼠の型の効果によって、龍次のフィールド、エクスカリバーの攻撃力は3000に、クサナギの攻撃力は2000に下がっている。伊邪那美の二体のモンスターの攻撃を受ければ龍次のモンスターは全滅。彼は大いに劣勢に立たされてしまう。

 

「龍次。君の伏せたカードを考慮するならば、今ここでその二体を失うのは得策ではありません。ゆえに、守るべきです。二体のXモンスターを!」

 

 伊邪那岐の助言が飛ぶ。彼は知っている。龍次のデッキ構築を傍で見ていたからだ。彼が伏せたカード、デッキに眠っているカード、この逆境を覆す手段を――――

 

「分かってる! 俺は、墓地のH・C ビッグ・シールドの効果を発動! このカードをゲームから除外することで、俺の場のヒロイックモンスターはこのターン、戦闘、カード効果で破壊されない!」

 

 龍次の墓地から一枚のカードが取り除かれる。次の瞬間、半透明の菱形の大盾――H・C ビッグ・シールドの盾だ――がエクスカリバーとクサナギの前面に展開。振り下ろされ、薙ぎ払われる炎熱の刀から龍次の二体のH-Cを守った。

 一撃目。炎神-不知火が青と赤の炎に彩られた二刀をクロスさせ、X字にエクスカリバーに叩き付ける。

 聖剣の名を冠した戦士は、前面に展開された盾によって致命傷を免れる。だがダメージは消えない。龍次は体の内側から襲い来る焼けるような痛みに耐えねばならなかった。

 

「く……! 負けるかよぉ! 互いに戦闘で破壊されなかったこの瞬間、リバーストラップ、ヒロイック・リベンジ・タクティクス発動! デッキからH・C エクストラ・ソードとH・C 早駆けのファルシオンを墓地に送り、H・C スリーハンドレッド・テルモピュライを手札に加える!」

 

 龍次は痛みに耐えながらも、次のターンの反撃の手段を整える。墓地を肥やし、欲しいカードをサーチ。その姿勢に危険なものを感じた伊邪那美は切なげなため息を零した。

 

「ああ、哀しいです。生命力に満ちた少年が、私の国を否定し、私から彼女を奪おうとする。それは、駄目です。困ります。やはり、貴方様を、我が国の住人にするしかありません。刀神-不知火でクサナギを攻撃します」

 

 まったくもって支離滅裂な伊邪那美の言動――たぶん龍次を殺すと言っている――。続く炎と刀の連撃も、クサナギは墓地の同胞が張ってくれた盾によって防ぎ切る。

 

「この戦闘ダメージにより、俺は墓地のサウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

「その抗いが、私にとっては悲劇です。カードを一枚伏せて、手番を終了いたしましょう」

「さっきの焼廻しで悪いが、おまえのターンはまだ終わってもらっちゃ困るんだよ! リバーストラップ。リビングデッドの呼び声を発動! 蘇れアンブッシュ・ソルジャー!」

 

 龍次は負けない。屈しない。抗い続ける。神の思惑によって人生を左右された茜を解放するために。そして、この死人の女神によって無慈悲且つ無意味に命を奪われた、呪いの犠牲者のためにも。

 伊邪那美は改めて、ターンを終了した。

 

 

ユニゾンビ 闇属性 ☆3 アンデット族:チューナー

ATK1300 DEF0

「ユニゾンビ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。手札を1枚捨て、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。(2):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。デッキからアンデット族モンスター1体を墓地へ送り、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分のモンスターは攻撃できない。

 

ゴブリンゾンビ 闇属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1100 DEF1050

(1):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた場合に発動する。相手のデッキの一番上のカードを墓地へ送る。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。

 

炎神-不知火 炎属性 ☆8 アンデット族:シンクロ

ATK3000 DEF0

アンデット族チューナー+チューナー以外のアンデット族モンスター1体以上

自分は「戦神-不知火」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分の墓地のアンデット族モンスター1体を除外して発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、除外したモンスターの元々の攻撃力分アップする。(2):フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合、除外されている自分の守備力0のアンデット族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを墓地に戻す。

 

不知火流 火鼠の型:通常罠

(1):自分の墓地の「不知火」モンスター1体を除外して発動できる。相手フィールドの表側攻撃表示モンスターの攻撃力を半分にする。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。相手表側表示モンスターの攻撃力を1000ポイントダウンする。この効果はこのカードが墓地に送られたターンには発動できない。

 

H・C ビッグ・シールド 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK0 DEF2000

(1):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。このターン、自分フィールドの「ヒロイック」モンスターは戦闘、カードの効果によって破壊されない。この効果は相手ターンにも使用できる。

 

ヒロイック・リベンジ・タクティクス:通常罠

(1):自分の「ヒロイック」モンスターと相手モンスターが戦闘を行い、どちらも破壊されなかった時のダメージ計算終了時に発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター2体を墓地に送る。その後、デッキから「ヒロイック」モンスター1体を対象にし、そのモンスターを手札に加える。

 

 

龍次LP4800→3000→2500手札1枚(H・C スリーハンドレッド・テルモピュライ)

伊邪那美LP8000手札4枚(うち2枚はゾンビ・マスター、不知火の隠者)

 

 

「俺のターン! スタンバイフェイズにアンブッシュ・ソルジャーの効果発動! このカードをリリースし、墓地からH・C エクストラ・ソードと早駆けのファルシオンを特殊召喚する!」

 

 一体を犠牲に、二体のヒロイックを展開する龍次。

 緑を基調とした軽装鎧に身を包み、両手に剣を持った戦士。即ちエクストラ・ソードと、水色の軽装鎧姿、身軽さを何よりも信条とした軽装甲の戦士。手には己の名を冠した武器、ファルシオン。即ちH・C 早駆けのファルシオン。

 

「まだだ! 俺はエクスカリバーとクサナギをリリース! H・C スリーハンドレッド・テルモピュライをアドバンス召喚!」

 

 二体のXヒロイックモンスターが光の粒子となって夜に消え、代わりに現れたモンスターはH・C スパルタスによく似ていた。

 違う点はより強靭な肉体を持ち、より太い槍、大きな盾を備え、後頭部からは髪のように、背中からはマントのように、真紅の炎を吹きだし、たなびかせていた。

 

「スリーハンドレッド・テルモピュライの効果発動! 俺のライフが相手よりも2000以上少ない場合、召喚成功時にカードを二枚ドローする!」

 

 召喚されたスリーハンドレッド・テルモピュライが雄たけびを上げる。雄叫びが祝福となって主である龍次の耳に届き、彼に二枚のドローという実益を与えた。

 さらに龍次は声を張り上げた。

 

「スリーハンドレッド・テルモピュライのもう一つの効果! 相手より3000以上ライフが低い場合、このカードをリリースし、墓地から二体のヒロイックを特殊召喚できる! 蘇れ、スパルタス、クレイモア!」

 

 

H・C エクストラ・ソード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 

H・C 早駆けのファルシオン 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1300

このカード名の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):自分フィールドに「ヒロイック」モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):このカードを素材とした「ヒロイック」エクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。

 

H・C スリーハンドレッド・テルモピュライ 炎属性 ☆8 戦士族:効果

ATK2300 DEF3000

このカード名はフィールドに1体しか表側表示で存在できない。このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードのアドバンス召喚に成功した時、自分のライフが相手よりも2000ポイント以上低かった場合に発動できる。カードを2枚ドローする。(2):自分のライフが相手よりも3000ポイント以上低い場合に発動できる。このカードをリリースし、墓地から「H・C スリーハンドレッド・テルモピュライ」以外の「ヒロイック」モンスター2体を特殊召喚する。(3):このカードが表側表示で存在する限り、相手はほかのモンスターを攻撃できない。

 

H・C スパルタス 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1000

1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時にこのカード以外の自分フィールド上の「ヒロイック」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このカードの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで、選択したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

 

 龍次の脳裏には、この後の行動はすでにシミュレーション済みだった。それほど難しいことではない。ここまでお膳立てを整えれば、あとは宣言するだけだ。 

 たった一言。新たなX召喚を宣言すればいい。

 だがその一言が、龍次には重かった。

 龍次のエクストラデッキには、新たなカードが投入されていた。

 投入するつもりなど無かった。デッキケースに入れて持ってきたのはそう、きっと気の迷いだ。

 

「いいえ、龍次。今そのカードを使うべきです」

「伊邪那岐……」

 

 迷う龍次の耳朶を、伊邪那岐の導くような声音が打った。

 

「君は両親からの誕生日プレゼントであるそのカードを使うことに抵抗を覚えているのですね。ですがあえて言います。そんな葛藤は、犬にでも食わせなさい」

「え?」

「迷うことは大事だと思います。しかしそれも時と場合によります。龍次、今、君は迷ってはいけない。君の最優先事項は、伊邪那美に囚われている彼女を救うこと。そのために利用できる戦力は、躊躇なく使いなさい。でなければ、きっと後悔します」

 

 私のように、と、伊邪那岐は最後の部分だけ口の中だけで呟いた。だからその言葉は龍次の耳まで届かなかったはずだ。

 だが何かを感じ取ったのか、龍次は何か言いたげに伊邪那岐に視線を向けたが、言葉を飲み込み、違う言葉を吐きだした。

 

「だな。ありがとう、伊邪那岐。迷いは晴れた。俺は――――大丈夫だ」

 

 一拍の間。龍次は勢い良き右腕を振り上げた。

 

「俺は! 場のモンスター全てでオーバーレイ! 五体の戦士族モンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の頭上に展開する銀河のごとき異空間。そこにそれぞれの属性に対応した光となって、戦士たちが次々と飛び込んだ。

 宇宙開闢の光、ビッグバンを思わせる虹色の爆発が起こる。

 召喚されるのは、前夜両親からもらったカード。誕生日プレゼント。まるで今日この時に必要になると予見していたかのような、強力なカードだった。

 

「それは世界に穿たれた楔。最果てに(そび)える大いなる塔。そして反逆の徒を穿つ註罰の槍! 来たれ輝ける聖槍よ! No.86 H-C ロンゴミアント!」

 

 龍次の声が高々にバトルフィールド内に木霊した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話:小さな希望

 龍次(りゅうじ)が怒りに任せ、大切なものを救うために己の葛藤をも蹴飛ばして戦っている最中、現実側の病院駐車場には、ある人物が来訪していた。

 

「ああ、今着いたよ、フレデリック。残念だがもう始まっている。伊邪那岐(いざなぎ)のパートナー。風間(かざま)龍次君と言ったかな。阿手蔵(あてくら)議員の息子さんだとか」

『認知はされていない。彼は議員の愛人の子供だ。まぁ彼の出自についてはこの際重要ではない』

「分かっているとも」

 

 頷いたのは女。

 ウェーブのかかった灰色の長い髪、金色の右目と青い左目のオッドアイ、蒼いスーツに身を包んだ麗人。冷厳で泰然とした騎士の佇まい。

 Aランクプロデュエリスト、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)

 電話の相手はイギリスロンドンに事務所を構える探偵、フレデリック・ウェザースプーン。彼は以前、ロンドンでデュエルを行った和輝と咲夜の前に現れ、今は神々の戦争の参加者として、北欧神話の神、ヘイムダルと契約を結び、水面下で動いていた。

 穂村崎は病院の駐車場を見やる。

 余人の目には何も映らないが、そこは現実空間と位相を異にする異空間、バトルフィールド内で今まさに神々の戦争が行われ、龍次が大切なものを取り戻そうと戦っている場所だった。

 

「いずれにしてもこれは彼の戦いだ。私が手を出すとしたら、それはもう本当に彼一人の力ではどうしようもない時か――――」

『風間君が倒れ切ってもなお立ち上がろうとするとき、だね?』

「人の言葉尻を捕えるのは好きではないな、フレデリック」

 

 では、と穂村崎は電話を切った。一息ついて一言。

 

「戦いは続いているね。さて、私は手を出すべきではないな。何しろ、これは風間龍次という少年の、小さな、だが大事な一戦だ。例えここで彼の命運が尽きようとも、戦いが終わるその瞬間まで、私は傍観者でいるしかないのだろう。――――――辛いな、それは」

 

 穂村崎の呟きは夏の夜風に千切れて消えた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 出産の際、我が子からあふれ出た炎に焼かれて、妻が死んだ。

 その時伊邪那岐は怒りにかられ、息子、加具土命の首を切り落とした。

 妻を失い、子を殺した伊邪那岐は己のしたことを悔い、妻を失ったことを嘆き、悲しんだ。

 悲嘆にくれた伊邪那岐は妻、伊邪那美(いざなみ)に会いたくて、会いたくて、会いたくて。

 だから黄泉国に渡った。

 地上と黄泉国をつなぐ通路を探し当てて、黄泉平坂を駆け抜けて、妻を迎えに行った。

 だが全ては遅かった。伊邪那美はすでに黄泉国の食物を口にしてしまい、死者の一員となってしまった。

 地上と黄泉国。文字通り住む世界は分かたれた。そのことを理解した伊邪那岐は、哀しみ縋る妻に背を向けて去っていった。

 逃げたのだ、と伊邪那岐は述懐する。

 己は、世の理を超えて妻を抱きしめることもできず、ただ逃げたのだ。住む世界が変わったと理由をつけて。

 逃げて、逃げて、逃げて。黄泉国へ通じる道を封じて。

 悲嘆にくれて、狂い果てた伊邪那美を止めるならば、どうすればいいのか。目に見えた答えに縋ることさえできずに、伊邪那岐はパートナーの戦いを見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 バトルフィールド内。夜の闇が周囲を食い尽くすその場に、真昼の太陽を思わせる白の光が現出した。

 光は周囲の闇を圧倒し、駆逐する。そしてその光の中から現れる戦士の姿。

 白を基調にした金縁の鎧。威風堂々とした立ち姿は王のそれに通じ、手にしたのは赤い柄に黄金の穂先を持つ槍。この槍こそが逆賊を註した聖槍の名を持つヒロイックの由来であろう。その周囲を衛星のように回る五つの光球、即ちORU(オーバーレイユニット)の数こそが、このモンスターが規格外であることを指している。

 そして、自身のナンバー、「86」は左腿に刻んでいた。

 これが、新たな龍次の切り札。そして、彼の両親が、彼のために送ってくれたカード。複雑な思いをあえて棚上げし、龍次は勝利のため、(あかね)を救うため、このカードを使うことを決意したのだった。

 

「ロンゴミアントは所有するORUの数によって効果が追加される特殊な(エクシーズ)モンスターだ。だがその前に、俺はロンゴミアントのX召喚に、H・C エクストラ・ソードとH・C 早駆けのファルシオンを素材にしている。この二体を素材とした時、ロンゴミアント自身の効果として発動するモンスター効果がある!

 まず、エクストラ・ソードを素材としたため、ロンゴミアントの攻撃力は1000アップ! さらにファルシオンを素材にしたため、俺はカードを一枚ドロー!」

「よし! 龍次、これで君の手札は四枚。そして、ロンゴミアントは二つ以上のORUを持っている時、攻撃力が1500アップします。エクストラ・ソードを素材にした分の1000と合わせ、その攻撃力は4000」

「ああ。そして一つ以上のORUで戦闘耐性を、三つ以上で、自身以外の効果を受け付けない!」

 

 伊邪那岐の歓声交じりの声に呼応して、龍次もまた声を高める。それらを前にして、茜を操り人形にしている伊邪那美は哀しげに吐息した。

 

「哀しいです。貴方様は愛するものを救うという大義名分のために、(わたくし)を害そうとしてるのですね。ひどいです、哀しいです。私はただ、伊邪那岐様と一緒に居たいだけなのに。貴方様も、愛する少女と一緒に私の国の住人になればすべて丸く収まるのに」

「ほざけ! お前を倒し、茜を救う! お前が死人だというなら俺が再び黄泉の国に叩き込んでやる! お前が犠牲にした全ての人に地獄で詫びろ!

 ロンゴミアントの効果発動! このカードが五個以上のORUを持っている時、一ターンに一度、相手フィールドのカードを全て破壊できる! 消し飛べ死者ども!」

 

 龍次の一括が伊邪那美の戯言を文字通り吹き飛ばした。そして彼の命令が轟き、ロンゴミアントが黄金の槍を横一文字に薙ぎ払った。

 瞬間、轟音が鳴り響き、衝撃が目に見えぬ波となって走り、伊邪那美のフィールドを蹂躙した。

 衝撃波は黄金の色を帯びた波となり、伊邪那美のモンスター、刀神-不知火、戦神-不知火を飲み込んでいく。

 その直前、伊邪那美はデュエルディスクのボタンを押したが、エラーのブザーを聞いて眉をひそめた。

 

「これは――――、なぜ、リビングデッドの呼び声の効果が発動しないのでしょう?」

「ORUを四つ以上持っているロンゴミアントがいる限り、お前はモンスターを召喚、特殊召喚できない! モンスターを特殊召喚するリビングデッドの呼び声は不発になったのさ!」

「ああ、ああ―――――。私は哀しい。私の国への道が閉ざされてしまった。ひどいです。貴方様もまた、私を拒む、私を阻む、生者の国で、私から離れていくのですね。どうして誰も私の国に来ることを忌避するのでしょう?残酷です。

 仕方がないので、戦神-不知火の効果を発動致します。フィールドのこのカードが戦闘、カード効果によって破壊された場合、除外されている守備力0のアンデット族一体を墓地に戻します。私は不知火の鍛師を墓地の戻しましょう」

「残酷だぁ? 当たり前だ。お前が殺した人たちも、茜も! 生きてるんだよ! 生きたいと思ってんだよ! お前の恋慕を否定する気はねぇ。だから伊邪那岐を愛しているのも本当なんだろう。けどそのための行動がめちゃくちゃだ! 多くの生命を巻き込んで! 国ごと呪って! そんな行動を、認められるわけねぇだろうが! 受け入れられるわけねぇだろうが!」

 

 これで伊邪那美のフィールドはがら空きだ。そして龍次のフィールドにはまだ攻撃していないロンゴミアント。

 千載一遇のチャンス。龍次はこのまま攻撃すればどうなるか、結末を考えられる精神的余裕もないまま、目の前にぶら下げられた好機という名の餌に狗の様に喰いついた。

 

「待ちなさい龍次! 今怒りに任せて攻撃してはいけない!」

 

 伊邪那岐の警告が飛ぶ。だが龍次の耳には入っていなかった。

 

「ロンゴミアントで、ダイレクトアタック!」

 

 烈火のごとき怒りを燃料に、龍次は怒号とともに攻撃宣言を下した。

 主の意志を、心を受け取り、ロンゴミアントが動く。

 身をかがめ、槍を投擲の姿勢に持って行く。

 一瞬の沈黙の後、その槍が放たれた。

 音さえ置き去りにする一瞬の後、轟音と衝撃波が周囲をかき乱し、無形の牙や爪で傷をつけていく。

 肝心の槍は光の矢となって空気を焦がしながら突き進む。

 ここで、龍次のヒートアップした頭は急速に冷えていき、そして彼にとって絶対にあってはならない事実に行き着いた。

 今の茜は操り人形だ。そんな彼女が、果たしてダイレクトアタックを躱せるのか?

 できるわけがない。人形と化した茜は立ったまま、ロンゴミアントの一撃を受けるだろう。伊邪那美が茜の身体を操り、回避させない限り。

 そして今のところ伊邪那美が動く気配はなかった。そして龍次は見た。伊邪那美の口角が、かすかに笑みの形に吊り上がっていることに。

 龍次は直感的に理解した。この女は茜を逃がすつもりはない。寧ろこうして盾にして、龍次が苦悩するのを楽しんでいるのではないか?

 宝珠が砕ければ神々の戦争に脱落するというひどくまっとうなリスク管理も、この女神は行わないかもしれない。何しろ、ここまで見て誰の目にも明らかな事実が一つあった。

 

 伊邪那美は、狂ってる。

 

「ッ! ロンゴミアント、攻撃をやめろォォォォォ!」

 

 思わず龍次は叫んでいた。だが一度放たれた攻撃が消滅することはない。しかし所有者の意志は攻撃に介入で来た。光の槍による極大光の一撃は急激にカーブ。まっすぐの軌道から右にそれた。

 直後、光の一撃は茜の傍を通り過ぎた。

 ぞっとする龍次。その余波が茜の華奢な体を、それこそガラス細工のように粉々に砕いてしまうのではないかと、そんな光景を幻視してしまったのだ。

 結論を言えば、龍次の危惧は杞憂だった。攻撃を逸らすことにギリギリで成功したのだ。夢遊病者のようにゆらゆらと体を揺らしている茜は無傷だった。

 

「茜……」

 

 少女の無事を確認し、龍次はほっと安堵の息を吐いた。だがすぐに気を引き締める。戦いはまだ続いている。茜を救うまで、決して気を緩めてはならない。

 だが、言語にできない不安の暗雲は、静かに、だが確かに、龍次の心に広がっていった。

 

「俺は、これでターンエンドだ」

 

 

No.86 H-C ロンゴミアント 闇属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK1500 DEF1500

戦士族レベル4モンスター×2体以上(最大5体まで)

(1):相手エンドフェイズ毎に発動する。このカードのX素材を1つ取り除く。②:このカードが持っているX素材の数によって、このカードは以下の効果を得る。

●1つ以上:このカードは戦闘では破壊されない。

●2つ以上:このカードの攻撃力・守備力は1500アップする。

●3つ以上:このカードはこのカード以外の効果を受けない。

●4つ以上:相手はモンスターを召喚・特殊召喚できない。

●5つ以上:1ターンに1度、相手フィールドのカードを全て破壊できる。

 

 

No.86 H-C ロンゴミアント攻撃力1500→4000、ORU×5

 

 

龍次LP2500手札4枚

伊邪那美LP8000→4000手札4枚(うち2枚はゾンビ・マスター、不知火の隠者)

 

「私の手番ですね、ドロー致します」

 

 ライフを一気に半減されても、伊邪那美の態度に変化はない。ただ物憂げな表情と仕草で、淡々と、しかし容赦なく戦術を披露するだけだ。

 そして伊邪那美の戦術は、何も盤上のことだけではない。

 伊邪那岐の視線が龍次を捕えた。

 

「攻撃を、逸らしましたね。分かります。ええ、とても。愛する人は傷つけられませんよね。決して」

 

 伊邪那美の声音には理解と共感があったが、龍次にはそれが吐き気を齎す雑音にしか聞こえない。目の前の女とは徹底的に価値観が合わない。見ているものが、感じているものが、住んでいる世界がまるで違う。

 

「黙れよ。お前」

 

 嫌悪感も露わに吐き捨てる龍次。彼の姿を、背後の伊邪那岐は哀しげに見つめる。否、哀しげに見つめているのは、龍次ではなく、その向こう。今もなお、本当に哀しげな表情で、嘆きの言葉を口にするかつての妻、伊邪那美だった。

 

「伊邪那美。君の哀しみを私にぶつけるのは分かる。しかし他のものを巻き込んではいけません。ましてや、私の契約者の精神をいたずらに追いつけることは許しませんよ」

「……哀しいです、伊邪那岐様。私は貴方様にも、貴方様の契約者にも、私の国に来て、私と共に暮らしてほしいだけなのに」

「何度でも言ってやる。お断りだ。そして茜も、おまえの国に連れていかせない」と龍次。その怒りは秒単位で膨らんでいく。

「早くターンを進めろよ」と最後に吐き捨てた。

「ああ、哀しいです。ですがその論理には頷きましょう。とはいえ、その聖槍の担い手が放つ楔により、私ができることはほとんどありませんね」

 

 今のロンゴミアントが龍次のフィールドに存在する限り、伊邪那美はモンスターの召喚、特殊召喚はできず、さらにロンゴミアントはほかのカード効果を受け付けず、戦闘では破壊されない。そして攻撃力は4000ある。

 このターンの終わりにORUが一つ取り除かれるので、その数が四つになるから、もう一度伊邪那美のフィールドが更地にされることはない。もっとも、それもORUを補充されなければの話だが。

 

「ここはこう致しましょう。一時休戦を発動致します。出番を終了致します」

 

 伊邪那美のエンド宣言。この瞬間、ロンゴミアントのORUは一つ取り除かれて四つになった。

 

一時休戦:通常魔法

(1):お互いのプレイヤーは、それぞれデッキから1枚ドローする。次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。

 

 

「俺のターンだ!」

 

 ドローカードを確認するが、龍次は憤りを鎮めることに苦労していた。せっかく攻撃力4000、完全耐性のロンゴミアントの召喚に成功しても、何のダメージも与えられない現状がもどかしい。そして仮にダメージを与えられたとしても、茜を狙い、彼女の身体を傷つけず、宝珠だけを破壊することができるかどうか。龍次は決断できずにいた。

 だがそれでもターンは進めなければならない。スタンバイフェイズが終了し、メインフェイズ1に移行する。

 

「一方的に攻めてきて、反撃で焼け野原にされた途端に一時休戦かよ。勝手だな」

「龍次。とにかくターンを進めましょう。このターン、伊邪那美にダメージを与えられないのは仕方ありません。次の彼女のターン終了時に彼女は召喚制限の楔から解放される。ですがそれまでは、反撃に出ることはできません」

 

 伊邪那岐の声が龍次の冷静さを蘇らせる。息を吸うのではなく、吐くことに集中する。長く息を吐いて、必要な分だけ吸う。

 少し落ち着いた。

 

「カードとモンスターを一枚ずつセットして、ターンエンドだ」

 

「私の手番ですね。――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何?」

 

 ロンゴミアントが場に出ていようとも、モンスターはセットできたはず。だが伊邪那美はそうしなかった。

 ロンゴミアントのORUが三つになる。だがもう、伊邪那美に一時休戦の守りはない。そして、今一度ロンゴミアントのダイレクトアタックを受ければ、伊邪那美のライフは0になる。

 龍次は伊邪那美を睨みつけた。その瞳が語っている。貴方様はこの少女を殺せますか? と。

 伊邪那美は龍次が攻撃に苦心していることを知っている。

 愛しい存在を傷つけなければならない苦悩を知っている。知っていて、分かっていて、いま彼女は平然と茜を盾にしている。

 あまつさえ、伊邪那美は言い放った。

 

「ああ、素晴らしいです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ご安心くださいませ。例え愛しいものに殺されたとしても、貴方様の魂は天ではなく、私の国に来る。そこで永久に、私と暮らすのもよいでしょう」

 

 するりと茜に近づいて。その頬に指を這わせる。後ろから抱きすくめる。虫の集合体が人間の形をしたおぞましい何かが茜の身体の上を這いまわっているのを見るような嫌悪感が龍次の胸の奥から湧き上がってきた。

 爆発寸前という絶妙なタイミングで、冷水を浴びせかけるように伊邪那岐が声をかけてきた。

 

「龍次。あらゆる私的感情を介したうえで客観的に言うならば、攻撃すべきです」

「な――――」絶句する龍次。構わず伊邪那岐が言葉を紡ぐ。

「まず伊邪那美は狂っていますが冷静です。無防備を装ってはいますが、その実、生き延びるための手段は手にしている。端的に言ってしまえば手札誘発の防御カードを握っているはずです。前のターンでも、きっとそういうカードを握っていた。握っていて、ぎりぎりまで見せなかった。そうすることでこの今後のの精神的優位を手にしようとしていた。結果論ですが、そうでしょう。

 そして、ここで攻撃を躊躇してしまえば、伊邪那美はその防御手段を握ったままになってしまう。それはもしも今後このデュエルの勝敗を決する場面で、必ずこちらの不利になります」

 

 伊邪那岐は感情論を配した論理で龍次に冷静さを促した。龍次もまた、教壇の上で抗議する教師然とした伊邪那岐の言葉に冷静さを取り戻す。

 確かに、伊邪那美は言動こそ狂気に染まっているが、プレイングはまっとうで、容赦のないもの。とても狂人ができるものではない。先ほどのターンも、伊邪那岐の言う通りならば数ターン先の優位不利も考えていることになる。

 ならば防御カードはほぼ確実に握っているだろう。

 それでも暗い影が心に忍び寄るのを止められない。恐怖を振り払えない。

 もし、伊邪那美の態度の全てが狂気によって彩られた本物だったならば?

 もし、伊邪那美がハッタリをしているだけで、本当は防御カードなど持っていなかったら?

 一度でも考えてしまえばその恐怖を振り払えない。

 選択肢は二つ。進むか退くか。

 硬く目を瞑る。瞼を開いた時、龍次は決断した。

 

「ロンゴミアントで、ダイレクトアタック!」

 

 選んだのは進むこと。ロンゴミアントが主の命令を受けて、一度身を低くかがめた。

 次の瞬間、疾走開始。一個の弾丸のような、怒涛の突撃(チャージ)。そのまま茜の胸元、光り輝く宝珠を狙ってまっすぐ突き進む。

 伊邪那美は指令を発する。人形となった茜は表情一つ変化させず、手札を一枚提示した。

 

「手札の不知火の巫女(ふじょ)の効果を発動致します。手札よりこのカードを捨てて、このバトルフェイズを終了させていただきます」

 

 ロンゴミアントの動きが空間に縫い留められたかのように停止する。攻撃はかわされたのだと悟った龍次は舌打ちをこらえ、メインフェイズ2でセットしていたH・C ソード・ブレイカーを反転召喚。H・C 夜襲のカンテラを召喚し、二体のモンスターでH-C ガーンディーヴァをX召喚。カードを二枚伏せて、ターンを終了した。

 

 

不知火の巫女 炎属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK500 DEF0

このカード名の(1)の効果はデュエル中、1度しか発動できない。このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時にこのカードを手札から捨てて発動できる。バトルフェイズを終了する。(2):このカードがゲームから除外された場合に発動できる。カードを1枚ドローする。

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

No.86 H-C ロンゴミアントORU×3

 

 

「わたしの手番ですね、ドロー致します」

 

 結局、龍次は伊邪那美の召喚を制限しながらも、攻め込むことができなかった。龍次は下唇を噛みしめ、伊邪那岐は沈黙した。一人と人柱は感じている。今、勝負の流れは自分たちから相手に流れたと。

 

「ああ。哀しいです。その強力な聖槍の化身が、私の契約者を殺そうとする」

「茜じゃねぇ。ぶっ倒すのはお前だ!」

 

 思わず叫ぶ龍次。だが伊邪那美は意に介さない。彼女は彼女の内面世界のみを見ている。

 

「そんな、恐ろしい槍も、此方の出鼻を射抜いてくる矢も、全て、()()()()()()()()()()()()()

 

 何を? そう問おうとした龍次は、自分のフィールドに異常が起こっていることに気づいた。

 龍次のフィールド、そのモンスターの数が増えていた。

 ロンゴミアント、ガーンディーヴァ。その二体の傍らに、もう一体。

 裾がぼろぼろの、黒い着物を着た老人。肩に一枚は織物をし、白髪交じりの黒髪をなびかせて、ゆらりと、まるでそこにいるのが当たり前のようにじっと佇んでいた。

 

「なんだ? こいつは――――――」

 

 得体の知れない老人。老人はゆっくりと、龍次の二体のヒロイックに歩み寄っていく。

 何をするつもりか。懐から取り出した棒を手に、老人は一歩一歩近づいていく。

 カチンと音がした。老人が手にしているのは棒ではなく、鞘に収まった刀。仕込み杖だと気付いた。

 

「やめろ!」

 

 叫ぶ龍次。だが止められない。老人の手から刀が閃いた。

 一閃。二閃。白銀の煌めきの後、その首を切断された二体のH-Cが消滅した。

 

「馬鹿な! ガーンディーヴァはともかく、ロンゴミアントはまだORUを三つ持ってる! 効果は受け付けない!」

「哀しいです。勘違いされてしまっています。私が()()()()()()()()()()特殊召喚したのは、神出化生(しんしゅつけしょう)ぬらりひょん。このカードは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「リリース、か……ッ!」

「確かに、それならばあらゆる効果を受け付けないロンゴミアントも排除できますね。溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムの特殊召喚と同じく、リリースはコストですから。効果ではない以上、ロンゴミアントの耐性も無意味となる」

 

 愕然とする龍次と伊邪那岐。伊邪那美の声がさらに続く。

 

「ですがぬらりひょんは相手のモンスターをただ安全に除去するだけではありません。ぬらりひょんは自身の特殊召喚時にリリースしてモンスターの数だけ、相手にドローの恩恵を与えます」

「今、リリースされたのは二体。俺は二枚のドローか」

 

 手札が増えたのは嬉しいが龍次としては攻めの要であるロンゴミアントを排除されたのが痛い。ぬらりひょんの守備力は3000あるが、わざわざこちらによこしたのだ。当然、ぬらりひょんを除去する手段は持っているだろう。

 龍次の考えを証明するように、伊邪那美が動いた。

 

「永続魔法、魂吸収を発動致します。墓地の妖刀-不知火の効果を発動致します。このカードと戦神-不知火を除外し、エクストラデッキから炎神(ほむらがみ)-不知火を特殊召喚致します」

 

 一拍の間。そして朗々と伊邪那美の声が夜に響き渡る。

 

「黄泉路は炎によって彩られる。死出の道を遡り、来たれ炎神。滅ぼせ。命を、文明を。疑似シンクロ召喚、炎神-不知火!」

 

 ゴウと熱波を伴って炎が迸る。炎の帳の向こうから現れたのは、今まで守護霊か何かのように不知火モンスターの背後や傍らに現れていた亡霊の正体。

 赤く光る馬に跨った陣羽織姿の美貌の将軍。

 まとめあげた白銀の髪、鎧付きの陣羽織、右手に握るは青白い炎を発する刀。その攻撃力は3500、レベルは10。これが、不知火モンスターの最上位だと、龍次は直感的にそう思った。

 

「二体のモンスターが除外されたことにより、私のライフが回復致します。さらに特殊召喚成功時に、炎神-不知火の効果が発動致します。私の墓地か、除外されているアンデットSモンスターを任意の数エクストラデッキに戻すことで、戻した数だけ相手フィールドのカードを破壊できるのです」

 

 伊邪那美の墓地か除外ゾーンにあるアンデットSモンスターは二体。

 つまりこれで龍次の場に居座るぬらりひょんは除去できるし、たとえぬらりひょんを破壊しなくても三枚のうち二枚の伏せカードを割られることになる。

 

「さすがにこれを通すわけにはいきませんよ、龍次」

「分かってる! これで止めるさ! リバースカードオープン! ブレイクスルー・スキル! これで炎神-不知火の効果を無効にする!」

 

 翻るリバースカード。龍次のトラップは成功し、炎神-不知火はこのターンのみ、効果を失った。

 

「哀しいです。このように抵抗されてしまうなんて。伊邪那岐様どころか、その契約者様も、どこまでも私を拒むのですね。ですが私は求めます。伊邪那岐様を。私の国に来てくれる方々を。

 伏せていた不知火流 輪廻の陣を発動致します。そして、不知火の宮司を召喚し、効果で手札の不知火の隠者を特殊召喚致します」

 

 現れる死出の国、黄泉路の宮司と隠者。また嫌なカードの組合せだ、と龍次は思う。実際に伊邪那美は実に嫌な動きをして見せた。

 龍次は確かに炎神-不知火の効果を止め、カードを守った。だがそれがどうしたと、伊邪那美は言っているようにカードを手繰る。

 

「不知火の隠者の効果を発動致します。不知火の宮司をリリースし、デッキから二枚目のユニゾンビを特殊召喚。効果を発動致します。手札のゾンビ・マスターを捨て、ユニゾンビのレベルを一つ上げます」

 

 再び揃うアンデット族のチューナーと非チューナー。合計レベルは8。またレベル8S不知火、戦神-不知火が現れるのか。そう身構える龍次だったが、その考えを見透かし、否定するかのように伊邪那美が笑う。

 

「レベル4の不知火の隠者に、同じくレベル4のユニゾンビをチューニング」

 

 S召喚のエフェクトが走る。天へと飛翔する二体のアンデット。ユニゾンビが四つの()()光の輪となり、その輪をくぐった隠者が同じく四つの黒い光星へとなり替わる。

 四つの星を貫く赤黒い――まるで血に染まった路面――光の道。不吉な夕焼けのような光が辺りを照らす。

 

「黄泉路は闇に包まれる。死出の道を遡り、来たれ(おぞ)ましき蛆蝿の王よ。喰い散らせ、あらゆる命を。シンクロ召喚、魔王龍 ベエルゼ!」

 

 夕焼け色の帳を食い破り、現れるは漆黒のドラゴン。

 どことなく蠅の顔面を思わせる胴体、尻尾の下半身、肩から生える餓えた双頭、胴体の上から直接生えた人間の女性部分。異形で異常な悍ましく恐ろしい、まさに魔王の名を冠するにふさわしい最凶のドラゴンが降臨した。

 

「魔王龍 ベエルゼ!」と伊邪那岐。

「攻撃力3000の上に戦闘や効果に対する破壊耐性まで持っていやがる。こいつは、やばい……!」慄く龍次。戦慄を有した一人と一柱を前に、伊邪那美は笑う。

「宮司の効果で隠者は除外させます。そしてこの瞬間、隠者の効果を発動致します。本来ならば、帰還できる除外不知火モンスターは一体のみ。ですが私のフィールドに不知火流 転生の舞がある場合、その数は二体に増えます」

 

 訝し気に目を細める龍次。「転生の舞? そんなもの、お前のフィールドにはないだろう」

 険しい表情で首を横に振る伊邪那岐。「いいえ、龍次。伊邪那美のフィールドにはすでに転生の舞は存在しています。彼女が発動した永続罠、不知火流 輪廻の陣。あれは魔法&罠ゾーンにあるかぎり、転生の舞として扱われます。つまり、彼女の隠者は二体特殊召喚の条件を満たしている」

 伊邪那岐の言葉は現実に肯定される。伊邪那美のフィールド、除外されていた不知火の宮司と不知火の武士が特殊召喚された。勿論、隠者の効果による帰還だった。

 

「不知火流 輪廻の陣の効果を発動致します。除外されている妖刀-不知火と隠者を墓地に戻し、一枚ドロー致します。龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動致します。墓地の宮司と巫女を除外し、ドラゴン族融合モンスターを融合召喚致します」

 

 伊邪那美のフィールドの空間が歪み、渦を造る。その渦の中に、墓地から飛び出した二体のアンデット族が吸い込まれていく。

 

「黄泉路は闇に包まれる。死出の道を遡り、来たれ冥府の河渡る禍々しき龍よ。六文銭を踏み散らし、御魂を喰らえ。融合召喚、冥界龍 ドラゴネクロ!」

 

 現れる三体目の大型モンスター。

 大きく広げられた悪魔のごとき翼、尻尾の下半身、筋肉と骨が逆転したかのような体格、禍々しい顔つきのしゃれこうべのような顔、超高密度の骨そのもののような外骨格。

 攻撃力3000、ベエルゼと同等の強力モンスター。さらに除外融合のため、魂吸収の効果で伊邪那美のライフも回復している。

 しかも伊邪那美のデッキの場合、もう一つ動きがあった。

 

「除外された宮司と巫女の効果を発動致します。宮司の効果でぬらりひょんを破壊。さらに巫女の効果でカードを一枚ドロー致します」

 

 守備力3000の壁(ぬらりひょん)は龍次の予想通り、あっさり破壊された。さらに一枚のドローなので、たった一枚のカードから大型モンスターを召喚し、壁を破壊し、さらに消費した手札も補充した。本当に無駄がない。

 しかも厄介なことに、この長い伊邪那美のターンはまだ終わりではないことだ。

 

「レベル4の宮司と武士で、オーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 次なる召喚はX召喚。誘いの頭上に渦巻く銀河のような空間が展開、その中に赤い光となった二体の不知火モンスターが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「黄泉路は骨によって築かれる。死出の道を遡り、来たれ骸の巨獣よ。その骨鳴らす音が多くを狂わせる。エクシーズ召喚、鎧骨(がいこつ)大帝ガシャドクロ!」

 

 爆発の向こうから現れたのは、見上げんばかりの巨大な人骨。理科室にあるような骨格標本をそのまま馬鹿で隠したようなシンプルな代物。ただし伽藍洞のはずの眼下にはギョロギョロと蠢く二つの眼球がある。

 

「ガシャドクロの効果を発動致します。一ターンに一度、ORUを一つ使い、除外されている自分のアンデット族モンスター一体をデッキに戻すことができます。この効果で、馬頭鬼をデッキに戻します。

 さらにガシャドクロ二つ目の効果を発動致します。このカードをアンデット族一体の装備カードとできます。私はガシャドクロを炎神-不知火に装備いたします」

 

 いきなりガシャドクロの巨体が揺れる。崩れ去る。

 轟音と共に自らバラバラに分離した骨の巨人。その骨の一つ一つが意志あるもののように浮遊、飛来し、炎神-不知火の元に集結。次々に組み合わさり、重ね合わさって骨でできた大鎧に組み上がる。

 炎神に装備された大鎧。これにより、炎神―不知火の攻撃力は1500アップして5000の大台に。一撃で龍次のライフを消し飛ばすには十分な数値へと至った。

 

「バトルです。炎神―不知火でダイレクトアタック」

 

 進撃が始まる。骨の大鎧を身にまとった炎神が馬を駆って無人の野となった龍次のフィールドを踏破。一気に距離を詰めて龍次本人に肉薄してくる。

 この一撃を受ければ龍次のライフは0になる。下手をすれば宝珠を砕かれ、神々の戦争脱落どころか死ぬかもしれない。というか、伊邪那美は龍次を茜もろとも自分の世界、死後の世界の住人にする気満々なのだから、殺意は十分すぎる。

 

「龍次、防御を!」

「分かってる! リバースカードオープン! エクシーズ・リボーン! 墓地の希望皇ホープを復活させて、このカードをORUに!」

 

 翻るリバースカード。蘇る希望の担い手、No.39 希望皇ホープ。その身に宿る衛星のような光、即ちORUは一つ。それだけでは伊邪那美の軍勢を退けるには足りない。ホープの効果で防げる攻撃は一度だけ。それ以降は攻撃対象にされただけでホープは自壊する。

 紙にも等しい防御。だから伊邪那美は攻撃を続行した。

 迫る炎神。龍次は叫んだ。声の限り、力の限り。

 

「希望皇ホープの効果発動! ORUを一つ使い、炎神-不知火の攻撃を無効にする!」

 

 ホープの背中のウィングパーツが前面に展開。あらゆる攻撃を通さない鉄壁の盾へと変貌する。

 炎神の太刀が希望の盾によって弾かれる。だがこれでホープのORUは0。あとは無力。

 本来ならば。

 

「今です龍次! 最後の伏せカードを!」

「ああ! モンスターの攻撃が無効になったこの瞬間、リバース速攻魔法オープン! ムーンバリア! このまま、お前のターンを強制終了させる!」

 

 ターンの強制終了。まさかの展開に、伊邪那美の目が丸く見開かれた。

 そしてこれはチャンスでもあった。今、伊邪那美の手札は一枚、伏せカードはない。つまり次の龍次のターン、龍次は誰にも妨害されずに動け、攻撃を防がれる心配も薄いということだ。

 

 

神出化生ぬらりひょん 闇属性 ☆8 アンデット族:効果

ATK0 DEF3000

(1):このカードは相手フィールドのモンスターを全てリリースして相手フィールドに守備表示で特殊召喚できる。(2):このカードがこのカードの(1)の方法で特殊召喚に成功した時に発動できる。この効果を発動したプレイヤーはデッキからリリースしたモンスターの数ドローする。

 

魂吸収:永続魔法

このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、1枚につき500ライフポイント回復する。

 

炎神-不知火 炎属性 ☆10 アンデット族:シンクロ

ATK3500 DEF0

アンデット族チューナー+チューナー以外のアンデット族モンスター1体以上

自分は「炎神-不知火」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。自分の墓地のカード及び除外されている自分のカードの中から、アンデット族Sモンスターを任意の数だけ選んでエクストラデッキに戻す。その後、戻した数だけ相手フィールドのカードを選んで破壊できる。(2):自分フィールドのアンデット族モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりに自分の墓地の「不知火」モンスター1体を除外できる。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

不知火流 輪廻の陣:永続罠

(1):このカードは魔法&罠ゾーンに存在する限り、カード名を「不知火流 転生の陣」として扱う。(2):1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分フィールドの表側表示のアンデット族モンスター1体を除外して発動できる。このターン、自分が受ける全てのダメージは0になる。●除外されている自分の守備力0のアンデット族モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスター2体をデッキに戻してシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

魔王龍 ベエルゼ 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF3000

闇属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードは戦闘及びカードの効果では破壊されない。また、このカードの戦闘または相手のカードの効果によって自分がダメージを受けた時に発動する。このカードの攻撃力は、そのダメージの数値分アップする。

 

龍の鏡:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、ドラゴン族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

冥界龍 ドラゴネクロ 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK3000 DEF0

アンデット族モンスター×2

このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。このカードと戦闘を行うモンスターはその戦闘では破壊されない。また、このカードがモンスターと戦闘を行ったダメージステップ終了時、そのモンスターの攻撃力は0になり、そのモンスターの元々のレベル・攻撃力を持つ「ダークソウルトークン」(アンデット族・闇・星?・攻?/守0)1体を自分フィールド上に特殊召喚する。「冥界龍 ドラゴネクロ」は自分フィールド上に1体しか表側表示で存在できない。

 

鎧骨大帝ガシャドクロ 闇属性 ランク4 アンデット族:エクシーズ

ATK0 DEF1500

レベル4アンデット族モンスター×2

(1)1ターンに1度、このカードのX素材を一つ取り除いて発動できる。自分の墓地か、ゲームから除外されている自分のアンデット族モンスター1体をデッキに戻してシャッフルする。(2)自分のメインフェイズ時、自分フィールド上のこのモンスターを、攻撃力1500ポイントアップの装備カード扱いとして自分フィールド上のアンデット族モンスターに装備できる。また、装備モンスターが破壊される時、代わりにこのカードを破壊する。

 

エクシーズ・リボーン:通常罠

(1):自分の墓地のXモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、このカードを下に重ねてX素材とする。

 

ムーンバリア:速攻魔法

(1):モンスターの攻撃が無効になった時、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●このターンのエンドフェイズになる。

●自分フィールドの「希望皇ホープ」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで元々の攻撃力の倍になる。

(2):自分フィールドの「希望皇ホープ」XモンスターがX素材を1つ取り除いて効果を発動する場合、取り除くX素材の代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

 

炎神-不知火攻撃力3500→5000

 

 

龍次LP2500手札4枚

伊邪那美LP4000→5000→5500→6500手札1枚

 

 

 状況は圧倒的不利。だが希望は残った。戦うための意志を両足に込めて、龍次は立つ。立ってまっすぐ伊邪那美を睨みつけた。倒すべき敵を。次いで茜を見つめた。救うべき少女を。

 

「まだ、俺負けてない。死んでない! 伊邪那美、お前を倒すまで、俺は死ねない!」

 

 拳を握り締め、龍次は叫んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話:国呪大神

 状況は最悪だ。

 炎神-不知火、魔王龍 ベエルゼ、冥界龍 ドラゴネクロ。どれも超上級モンスターであり、龍次(りゅうじ)のモンスターはORU(オーバーレイユニット)を失った希望皇ホープ一体のみ。

 極めつけに、残りライフは一撃で消し飛ぶ程度。ああ、これは絶体絶命というやつだろう。

 だが龍次は膝を屈しない。屈するわけにはいかない。

 伊邪那美(いざなみ)を打倒する。(あかね)も救う。どちらも遂げてみせる。それまで心臓は動き続けるし足は立ち続ける。

 そして拳を握り続ける。

 戦意は消えない。闘志は消えない。戦い続けてやる、どこまでも。

 

 

龍次LP2500手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 No.39 希望皇ホープ(守備表示、ORU:なし)、永続罠:リビングデッドの呼び声(対象:なし)

伏せ なし

 

伊邪那美6500手札1枚

場 炎神-不知火(攻撃表示、鎧骨大帝ガシャドクロ装備、効果無効、攻撃力3500→5000)、魔王龍ベエルゼ(攻撃表示)、冥界龍ドラゴネクロ(攻撃表示)、永続罠:不知火流 輪廻の陣、永続魔法:魂吸収、

伏せ なし

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 ドローしたのは貪欲な壺。迷わず発動し、エクスカリバー、クサナギ、ロンゴミアント、ガーンデーヴァ、スパルタクスをデッキに戻して二枚ドロー。そのドローも鋭く、まるで鞘から研ぎ澄まされた刀を抜くように思えた。

 ドローカードを確認。そして、沈黙。だが龍次の瞳に光明が見えた。今、彼の脳裏でこのターンの戦術が展開され、その結果がシミュレートされている。そして、行けると踏んだ。

 

「このターン、ここで反撃にでるぞ、伊邪那岐(いざなぎ)!」

「ええ。その手札でまずするならば、やはり炎神の無力化でしょう」

「ああ! 俺は手札から速攻魔法、月の書を発動し、炎神-不知火を裏側守備表示に変更する!」

 

 炎神の姿が、正確にはそれを投影していたカード自体が()()()()()()。パタンと横側に閉じて、裏側守備表示に。同時に、対象が裏側になったことで装備状態だったガシャドクロが破壊され、墓地に送られた。

 また、表側でなくなった以上、炎神-不知火の効果も発動されない。破壊の身代わりはできない。

 

「ああ、哀しいです。そうまでして貴方様方は――――――――」

「お前の御託はもうたくさんだ! 魔法カード、RUM(ランクアップ・マジック)―リミテッド・バリアンズ・フォース発動! 希望皇ホープを、オーバーレイ!」

 

 龍次の頭上、X召喚のエフェクトを表す、渦巻く銀河のような空間が展開され、その中に、白い光となった希望皇ホープが飛び込んだ。

 

「一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! エクシーズ召喚!

 赤き異界の力、敵を焼き滅ぼす炎となる! 今、希望は進化する! カオス・エクシーズ・チェンジ! CNo.(カオスナンバーズ)39 希望皇ホープレイV!」

 

 虹色の爆発を貫いて、現れる新たなホープ。

 希望皇ホープをより鋭角的にしたシャープなデザイン。カラーリングは白と金を基調としていた姿から一変。黒を基調に、赤のアーマーを装着し、赤く輝く各所の身体を持った、禍々しさと刺々しさが大きく向上されたデザインの、まったく新しい姿。その身に十字架をより鋭角にしたようなCORU(カオスオーバーレイユニット)

 

「ホープレイVの効果発動! ORUは墓地のムーンバリアを除外して肩代わりし、裏守備表示の炎神-不知火を破壊する!」

 

 ホープレイVがウィングパーツを広げて飛翔。手にした剣を投擲する。

 空を割く剣の一振り。剣身が炎を噴き上げ、灼熱の弾丸となって飛来。裏側守備表示となり、炎神-不知火でもない誰かさん(アンノウン)となったセットモンスターに直撃。爆発炎上。

 対象が裏側守備表示だったため、攻撃力も無判定。0として計算され、伊邪那美にはダメージはいかない。

 だがそれは龍次も承知していた。それよりも、裏側にすることで炎神-不知火の身代わり効果の発動を防ぐこと、そしてガシャドクロを排除してやはりガシャドクロの身代わりを防ぐことの方が重要だった。

 ここぞとばかりに、龍次は畳みかける。このターンで伊邪那美の、黄泉路の軍勢を滅ぼさなければならない。そうしなければジリ貧で負ける。だから踏み込んだ。力強く、荒々しく。

 

「墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動! このカードを除外し、ベエルゼの効果を無効!

 さらに戦士の生還を発動! 墓地のH・C ダブル・ランスを回収し、召喚! 効果で墓地にいる、もう一体のダブル・ランスを特殊召喚する!

 盾は力を発揮した。次は剣の番だ! 俺は二体のダブル・ランスでオーバーレイ! 二体の戦士族で、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 聖剣は折れない、砕けない! 俺が戦う意志を失わない限り! 輝き続けろ、H-C エクスカリバー!」

 

 現れる赤い戦士。手にした剣を振るい、二つのORUを衛星のように旋回させる。ここに、龍次のデッキのエースが二体ともそろった。

 

「エクスカリバー効果発動! ORUを二つ取り除き、エクスカリバーの攻撃力を倍にする! そしてエクシーズ・ユニットをホープレイVに装備! これにより、ホープレイVは自身のランク×200、1000ポイント攻撃力をアップ!」

「これで準備は整いましたね、龍次」

「ああ。バトルだ! ホープレイでベエルゼを、エクスカリバーでドラゴネクロを攻撃!」

 

 一気呵成に攻め立てる龍次。主の命を受けた二体の戦士が地を蹴った。

 ホープレイVが飛翔し、エクスカリバーが地を駆けた。

 天地からの挟撃。ホープレイVの二刀の剣が振り下ろされ、ベエルゼの身体をVの形に切り裂く。

 次いでエクスカリバーが跳躍。大上段から剣を振り下ろす。

 縦一文字に走る剣閃。一瞬の停滞の後、ドラゴネクロの身体が左右にずれ、そのまま頭頂部から尻尾の先まで、一刀両断にされた。

 

「これで、俺はターンエンドだ!」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

月の書:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを裏側守備表示にする。

 

RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク4のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

CNo.39 希望皇ホープレイV 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2600 DEF2000

レベル5モンスター×3

このカードが相手によって破壊された時、自分の墓地のエクシーズモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す事ができる。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

エクシーズ・ユニット:装備魔法

エクシーズモンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は、装備モンスターのランク×200ポイントアップする。また、自分フィールド上の装備モンスターがエクシーズ素材を取り除いて効果を発動する場合、このカードは取り除くエクシーズ素材の1つとして扱う事ができる。

 

CNo.39 希望皇ホープレイV攻撃力2600→3600

H-C エクスカリバー攻撃力2000→4000

 

 

龍次LP2500手札2枚

伊邪那美LP6500→7000→7500→6900→5900手札1枚

 

 

(わたくし)の手番ですね。ドロー致します」

 

 契約者であり操り人形でもある(あかね)にカードをドローさせる伊邪那美。

 ドローしたのはマジック・プランター。今彼女のフィールドに表側で存在している不知火流 輪廻の陣をコストにすれば二枚ドローができる。この局面で最上のカードだ。

 

「まず、輪廻の陣の効果を発動致します。除外されている不知火の巫女と宮司を墓地に戻して一枚ドロー致します。さらに輪廻の陣を墓地に送り、マジック・プランターを発動致します。カードを二枚ドロー」

 

 ターン開始時には一枚だった伊邪那美の手札は、今は四枚。龍次は苦い表情になり、伊邪那岐もまた、表情を難しいもとへと変えた。敵の手札が増えることを歓迎するプレイヤーはいない。

 そしてそんな一人と一柱の思惑を脇に置いて、伊邪那美は心底から()()()()()()

 伊邪那岐は自分を見てくれない。視線は向けている。だがそれはただ伊邪那美が伊邪那岐の前に立っているからにすぎない。視線を向けいることは見ていることとは違う。違うと、伊邪那美は思っている。

 現に伊邪那岐は自分の傍ではなく、対面にいて、敵対している。契約者の少年と共に。

 それが、とても哀しい。どうして一緒にいられないのか。神話の時代からずっと、ずっと、狂おしいほどに求めているのに。

 日に千の命では引き留められなかった。万の命でも同じかもしれない。今度できる産屋は一万五千か、二万か。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何の根拠もなければ意味さえもないただの突拍子もない思いつきだったが、伊邪那美は天啓を受けた予言者か宗教の始祖のように瞳を潤ませて、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

 

「なんだ……?」

 

 その様子を、龍次が訝しげに観察する。見てはいけない深淵の底の底を見たような気がして、思わず顔を背けていた。

 

「そうですね、それが伊邪那岐様の望みならば、それで貴方様が振りむいてくれるのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや会話さえまともに成立するかどうか怪しい精神汚染っぷりに、龍次は怒りさえ通り越して妙な虚しささえ感じ始め、伊邪那岐はより一層哀し気に顔をしかめた。

 

「とはいえこの手札では盛り返すのは難しいですね。哀しいです。モンスターをセットし、カードを一枚セット。これで手番を終了致しましょう」

 

 

マジック・プランター:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 ドローカードを確認した龍次は、一瞬硬直した。このタイミングで()()カードが来るかと、そう思った。

 引いたのは、国造大神(くにつくりのおおかみ)伊邪那岐。神のカードだ。

 

「龍次。私を召喚してください」

「伊邪那岐?」

伊邪那岐(わたし)を召喚したら、その操作を任せてください。私のダイレクトアタックで、彼女を傷つけずに、宝珠だけを破壊します」

「……できるのか?」恐る恐る聞く龍次。

「はい」真摯に頷く伊邪那岐。

「なら、頼むぜ、伊邪那岐。お前に賭ける」

「任せてください」

 

 信頼を込めた龍次の言葉に、伊邪那岐は自信を込めて頷いた。それで十分だった。

 迷いはない。伊邪那岐を信頼し、彼の攻撃が茜を傷つけないという前提の下、動くことにした。

 

「なら、まずは壁を潰す! ホープレイVの効果発動! ORUを一つ使い、伊邪那美のセットモンスターを破壊する!」

 

 三度ウィングパーツを広げ、飛翔するホープレイV。その手から二振りの剣が投擲されようとした刹那、伊邪那美の足元に伏せられたカードが翻った。

 

「哀しいです。二度も同じ手が通用すると思われているとは。永続罠、デモンズチェーンを発動致します。ホープレイVの攻撃と効果を封じます」

 

 虚空より走る闇の鎖が、投擲姿勢に入っていたホープレイVを拘束する。ホープレイVの呻き声。ガチャガチャと抵抗の音を響かせるが、それも無意味となる。

 龍次は即座に頭の中を切り替えた。壁の排除は防がれた。ならもっとも原始的な方法で壁を潰す。即ち、戦闘だ。

 

「死者蘇生を発動! 蘇生したモンスターと、ホープレイV、エクスカリバーの三体をリリース!」

 

 神への供物、生贄は揃った。三つの魂が光の柱となって天へと昇り、強大で偉大な力を受け入れる“場”を形成する。

 そして門が開かれる。神が通る、神代からの出入り口が。

 

「来い! 国造大神伊邪那岐!」

 

 三つの柱が一つに重なり合って混ざり合い、花開くように弾けた。

 現れる神。

 外見は腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、黒に銀の刺繍が入った裾の長いコート状の上着、その下に白い着物姿。黒い柄色をした、槍のように柄の長い黒い刀身の両刃の剣。

 日本神話に名を刻む国造りの神。伊邪那岐はまっすぐに、薄青く輝くその双眸を妻であった伊邪那美に向けた。

 

「伊邪那美。君から私への罰ならば、甘んじて受け入れよう。だが君が多くの無辜の民を害するならば、次は私の手で、君を冥府へと叩き込む」

 

 敵意さえ込めた伊邪那岐の宣言。だが伊邪那美はその言葉を受けてもなんら反応は変わらなかった。いや、そもそも、己の内部で世界が完結している彼女に対し、外からのあらゆる言葉は届くまい。例え、伊邪那美にとって最愛の夫であるはずの、伊邪那岐の言葉であっても。

 

「哀しいです伊邪那岐様。どうして私に武器を向けているのですか? そんなこと、一度だってなかったのに。貴方様は、私に背中を見せてばっかりでしたのに」

 

 伊邪那美はすでに自分の世界に没入している。龍次は頭を振って怒りを追い出し、プレイに集中することにした。後のことは伊邪那岐に任せる。

 

「伊邪那岐の効果発動。墓地のホープレイVを特殊召喚し、その攻撃力分、ライフを回復する」

 

 墓地より蘇り、剣を構えるホープレイV。当時に龍次のライフも回復した。

 だが足りない。伊邪那岐の攻撃力は3500。ホープレイVで壁を破壊し、伊邪那岐でダイレクトアタックを決めたとしても、伊邪那美のライフを削り切れない。そしてライフを0にできない一撃だと、例え神の攻撃でも宝珠を破壊できるかどうか……。

 

「大丈夫です、龍次、私の効果を。それで伊邪那美のライフを射程に収めることができます」

「ああ、そうだな。俺は最強の盾をホープレイVに装備! これにより、ホープレイVは自身の元々の守備力、つまり2000攻撃力がアップする! さらにここで伊邪那岐の効果発動! 一ターンに一度、ターン終了まで自身以外の俺のモンスターの攻撃力分、攻撃力アップ! これはモンスターのステータスの加減も加味される。つまり攻撃力4600になったホープレイVの攻撃力が、そのまま伊邪那岐にプラスさせるわけさ!」

 

 これで伊邪那岐の攻撃力は8100。オーバーキルも可能となった。そして相手のライフを0にする場合、ライフとダメージの差が大きければ大きいほど、宝珠を砕ける可能性も高くなる。

 茜を救う千載一遇のチャンス。龍次は勢い込んで宣言した。

 

「バトルだ! まずはホープレイVで守備モンスターを攻撃!」

 

 龍次の攻撃宣言が下り、ホープレイVが雄々しい応答の声を上げて飛翔。急滑降からの唐竹割で、伊邪那美の守備モンスターを一刀両断にした。

 

「ああ、哀しいです。それではいけません。守備モンスターはピラミッド・タートル。効果を発動し、デッキから二枚目のピラミッド・タートルを守備表示で特殊召喚致します」

「リクルーター……」

 

 苦々しげな表情を浮かべる龍次。相手の守備モンスターがリクルーターでは、単純にこちらの手数が足りない。圧倒的攻撃力も、貫通効果を持っていなければ意味はない。

 嫌な感じだった。伊邪那美は実際、守勢に回ることも多い。布陣を突き崩されることだってざらだ。だが、此方が大きく攻め込もうと踏み込むタイミングに限って、絶妙な防御手段を用意しているように思える。

 全てが見透かされているような不快感と不安が龍次の胸に宿る。強いて無視する。

 いずれにせよ、このターンに伊邪那美を仕留めることは叶わない。大きく息を吐いて感情を鎮める。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「ああ、哀しいです。貴方様の思惑通りにはまいりません。貴方様の手番終了時に、伏せていた速攻魔法、怨盆(おぼん)の迎え火を発動致します。私のフィールドに、迎え火トークンを二体、特殊召喚致します」

 

 伊邪那美のフィールドに、ぼうっと揺らめく青白い炎が二つ現れた。炎には恨めしそうに龍次を見つめる二つの黒い目が合った。

 

「怨盆の迎え火の効果はまだ終わっていません。トークンを生成し、さらにデッキよりアンデットモンスター一体を手札に加えることができるのです。私は、国呪大神(くにのろいのおおかみ)伊邪那美を手札に加えます」

 

 絶句する龍次。「な―――――――」

 困惑する伊邪那岐。「待ちなさい。それは君自身、即ち、神のカードのはず! 神のカードの種族は幻獣神族なのだから、そのカードで手札に加えられるわけがない!」

 蠱惑的に笑う伊邪那美。「いいえ、いいえ違うのです、伊邪那岐様。確かに私は神であり、幻獣神族でもありますが、属性は死者。つまりアンデットなのです。これを言い換えるのならば、こうでしょうか。

 国呪の大神伊邪那美(わたくし)の種族は幻獣神族であり、またアンデット族でもあるのです。これはルール効果。例えデッキにいても適用されます」

 

 歯を軋ませる龍次。つまりこのターン、伊邪那美は龍次たちの渾身の一撃を防いだだけでなく、デッキから神を呼び、さらに神召喚のための生贄さえも揃えたわけだ。

 そして、手札が0枚の龍次に次の伊邪那美のターン、神召喚を防ぐ手立てはない。

 

「これはこれで、ターンエンドだ……」

 

 

デモンズ・チェーン:永続罠

フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、その表側表示モンスターは攻撃できず、効果は無効化される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

国造大神伊邪那岐 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分の墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚し、対象となったモンスターの元々の攻撃力分ライフを回復する。(4):1ターンに1度、自分メインフェイズ1に発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカード以外の自分モンスターゾーンのモンスターの攻撃力の合計分アップする。

 

最強の盾:装備魔法

戦士族モンスターにのみ装備可能。(1):装備モンスターの表示形式によって以下の効果を適用する。●攻撃表示:装備モンスターの攻撃力は、その元々の守備力分アップする。●守備表示:装備モンスターの守備力は、その元々の攻撃力分アップする。

 

ピラミッド・タートル 地属性 ☆4 アンデット族:効果

ATK1200 DEF1400

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

怨盆の迎え火:速攻魔法

このカードを発動するターン、自分はアンデット族モンスターしか召喚・反転召喚・特殊召喚できない。(1)自分フィールド上に「迎え火トークン」(アンデット族・炎・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。その後、デッキからアンデット族モンスター1体を選択して手札に加える。このトークンはアンデット族モンスター以外のアドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 

国造大神伊邪那岐攻撃力3500→8100

CNo.39 希望皇ホープレイV攻撃力2600→4600

 

 

龍次LP2500→5100手札0枚

伊邪那美LP5900手札2枚(うち1枚は国呪大神伊邪那美)

 

「わたしの手番ですね、ドロー致します」

 

 (シン)と、辺りは静まり返っていた。

 龍次は無言。伊邪那岐もそれは同じ。夜闇の中、艶然と微笑む伊邪那美の赤い唇だけがやけに目に付く。

 

「参ります。私は三体のモンスターをリリースし――――」

 

 ばしゃりと水音が響く。伊邪那美のフィールドにいた三体のモンスターが軒並み赤黒い液体となって地面にぶちまけられた。

 ぼこぼこという音がどこかから漂いだし、次の瞬間、間欠泉のように赤い液体が噴出した。

 まさしく地獄の血の池が逆流してきたかのようなあり様が龍次たちの眼前で展開される。肉が爛れ落ちたような腐臭まで漂いだし、龍次の鼻孔を刺激して胃の中がひっくり返ったような不快感を与えた。

 

「今こそ降臨の時、私自身、国呪大神伊邪那美を召喚致します」

 

 現世に現出した血の池の底から、大質量の何かが出現した。

 女だった。否、これこそ伊邪那美の真の姿かと、龍次は思った。

 異形の女だった。

 白い肌にぴたりと張り付く死に装束のような白い着物姿。人間の姿はそこまでだ。下半身はまるで別物だった。

 無数の赤ん坊の頭のような肉塊が重なりあった赤黒い異形。骸骨の手足を想起させる節足の足、髪の毛も幾房かが合体して手のような形状になり、さながら地獄の怨霊そのもの。顔に髑髏の仮面を斜めにひっかけているのもそれに拍車をかける。

 

「伊邪那美」沈痛な表情の伊邪那岐。妻の変わり果てた姿を見て、夫は何を思うか。

「これは……」絶句する龍次。かつては夫と共に国生みの神であった女神は、今は見ただけで生理的恐怖と嫌悪感を催させる怨霊と異形の神となった。

国呪大神伊邪那美(わたくし)が場に出たことで、永続的な効果が発揮されます」

 

 一人と一柱の反応を認識しているのかいないのか。場に出たことで何かが切り替わったのか、いっそ淡々と、伊邪那美は己のターンを進める。その有様がさらに自分の世界にのみ没頭しているようで、龍次の背筋を寒くさせた。

 

「ぐ……!」

 

 突然苦悶の表情を浮かべて膝をつく伊邪那岐。伊邪那岐だけではない。ホープレイVもまた、苦しげに呻いてその場に膝をついてしまった。

 状況を理解できない龍次。「なんだ!? どうした!?」

 微笑む伊邪那美。「国呪大神伊邪那美(わたくし)が場にいる限り、貴方様のモンスターは攻撃表示ならば攻撃力が、守備表示ならば守備力が、その元々の数値分ダウン致します。つまり、最強の盾を装備しているホープレイVは2000の攻撃力を有したままですが、伊邪那岐様の攻撃力は0となってしまいました」

 

 もともとの攻撃力分のダウン。つまり何らかの方法でモンスターを強化しなければ、伊邪那美に一方的に蹂躙される餌でしかない。

 

「では、私は国呪大神伊邪那美(わたくし)のもう一つの効果を発動致します。1000のライフと引き換えに、貴方様のフィールドのカードを全て、墓地に送ります」

「なんだと!?」

 

 目を見開く龍次の眼前で、彼のフィールドに血の池が展開。そこから次々に現れる黒い手がかぎ爪を使って龍次のモンスター、ホープレイVと伊邪那岐を捕まえる。

 

「ぐ!」

「伊邪那岐!」

 

 足掻く伊邪那岐。だがどうすることもできない。場に出ている以上、神とはいえカードに過ぎない。カード効果には逆らえない。

 

「我が幾千の呪言。決して尽きることはありません」

 

 うっすらと伊邪那美の声が届く。それを最後に、伊邪那岐は地面の底へと飲み込まれてしまった。

 

「伊邪那岐!」

「大丈夫、です。カードの私が除去されただけ、私は大丈夫」

 

 声は龍次の後ろ。そこにいつも通り、半透明の伊邪那岐はいた。だが心なしか消耗しているようで、声には抑えきれぬ疲労と苦痛の色が混じっていた。

 そして龍次自身、他人の心配をしている暇はない。

 もう龍次の場に身を守るカードはない。伊邪那美の攻撃力は4500だから、この一撃でライフが0になることはない。だが宝珠が砕かれればそこで終わるし、何より、神の攻撃を無防備に受けては、そもそも命が持たない。

 この一撃は躱さなければならない。なんとしても。

 だが続く伊邪那美の行動は、そんな龍次の希望をちっぽけなものだと嘲笑し、砕いた。

 

「手札の黄泉醜女(よもつしこめ)黄泉軍(よもついくさ)の効果を発動致します。これらのカードは国呪大神伊邪那美(わたくし)が場に存在している限り、手札か墓地から特殊召喚できるのです。さぁ黄泉路を遡り、来たれ我が下僕(こくみん)達」

 

 伊邪那美の両隣に一体ずつ現れる影。

 一体目。女の姿。だが肌は腐敗し黒ずんでおり、身に着けてる白井市に装束が余計に浮いている。髪は伸び放題で地面についており、顔は皮膚が崩れ落ち、濁った眼球だけがギョロギョロと周囲を睥睨する。――――黄泉醜女。

 二体目。赤黒い大鎧を着込んだ鎧武者。顔の皮膚、筋肉は完全に落ち切って骨だけになっており、右手に大太刀を、左手に長槍を持った二メートルを超える巨体の鎧武者。――――黄泉軍。

 攻撃力は黄泉醜女が2000、黄泉軍が2500。龍次のライフを削り切るには十分すぎる。

 

「では、最後のバトルと参りましょう。黄泉醜女、黄泉軍、そして国呪大神伊邪那美(わたくし)の順でダイレクトアタックです」

 

 一手目、黄泉醜女の髪が意志あるもののように蠢き、互いに絡み合って七匹の蛇のようになって龍次に襲いかかった。

 必死に避ける龍次。だが七方から迫る牙は躱しきれない。肩に、背中に、右足に髪の蛇がかすめていく。

 

「ぐっ!」

 

 黄泉醜女の攻撃に、龍次は膝をついてしまった。その隙を逃さず、黄泉軍が肉薄。長槍を捨てて大太刀を袈裟懸けに振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 膝をついた状態では万全に避けられないと悟った龍次は両手を頭の上でクロスさせた。

 直後に激痛と灼熱感が龍次を襲う。龍次は歯を食い縛って耐えた。そして渾身の力を込めて大太刀を跳ね除けた。

 ここで諦めてはならない。膝を屈したままでいてはならない。何しろ次に来るのこそ本命。神の一撃だ。この一撃をまともに受ければ宝珠が砕けることは必至。そうなれば龍次は神々の戦争から脱落し――死ぬかもしれない、という考えはもう度外視していた――、茜を救えない。

 その結末だけは避けなければならなかった。そのために、必死に意識をつなぎとめてデュエルディスクのボタンを押した。

 

「お、俺が戦闘ダメージを受けたこの瞬間! 墓地のH・C サウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 墓地より復活する、数多の武器を背負う戦士。攻撃表示なので伊邪那美の攻撃を受ければ龍次のライフは当然0になる。だがここでモンスターを特殊召喚できるのは大きい。屈辱的だが、サウザンド・ブレードを盾にしてこの場を切り抜けるしかない。これは、何も龍次だけではなく、伊邪那岐の考えでもあった。激痛に苛まれながらも、龍次はしっかりとパートナーの言葉を聞いていたのだった。

 そして、続く現象がまたしても龍次の希望をへし折った。

 地面から沸き立つように現れた無数の黒い手が次々にサウザンド・ブレードの身体を掴み、地面に、より正確には墓地に引きずり込んでしまったのだ。

 

「な――――」

 

 絶句する龍次。眼前の光景を愕然と、信じられないものを見るかのように目を見開いてただただ見ていることしかできなかった。

 

「哀しいです。とても哀しい。私が顕現した以上、貴方様に生死の自由を与えることはないというのに。私がいる限り、黄泉返りなどさせません」

 

 つまり墓地からの特殊召喚の封印だ。サウザンド・ブレードは特殊召喚できず、再びいるべき場所、墓地へと送られたのだった。

 その事実が判明する時には、既に龍次は限界だった。

 決して負けられない戦いと、敗北を避けられない決定的で絶望的な状況。絶え間なく心身を苛む激痛が、最後の希望を砕かれたことで一気に龍次を覆った。緊張が緩み、意識が急速に遠のいていく。龍次に抗うすべはなかった。

 

「哀しいですが、これで終わりです」

 

 最後の、神によるダイレクトアタックが宣言された。伊邪那美の下半身――という表現が適切かわからないが――肉塊が蠢き、一斉に口らしきものを開く。

 

『おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!』

 

 何重にも鳴り響く巨大な赤ん坊の泣き声。そしてその鳴き声の奥から、血のような赤い濁流が吐き出され、龍次と、抗いの言葉を叫ぶ伊邪那岐を飲み込んでいった。

 

 

国呪大神伊邪那美 神属性 ☆12 幻獣族:効果

ATK4500 DEF4000

このカードはルール上、アンデット族としても扱う。このカードは特殊召喚できない。このカードは3体以上のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードはこのカード以上のレベルまたはランクの神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、1000ライフを払って発動できる。相手フィールドのカードを全て墓地に送る。(4):このカードが表側表示でモンスターゾーンに存在する限り、相手は墓地からモンスターを特殊召喚できない。(5):このカードが表側表示でモンスターゾーンに存在する限り、相手表側攻撃表示モンスターの攻撃力は元々の攻撃力分ダウンし、相手表側守備表示モンスターの守備力は元々の守備力分ダウンする。

 

黄泉軍 闇属性 ☆7 アンデット族:効果

ATK2500 DEF2100

(1):1ターンに1度、自分モンスターゾーンに表側表示の「国呪大神伊邪那美」が存在する時に発動できる。手札、または墓地からこのカードを特殊召喚する。(2):このカードが破壊され、墓地に送られた時に発動できる。デッキから「黄泉軍」一体を手札に加える。

 

黄泉醜女 闇属性 ☆5 アンデット族:効果

ATK2000 DEF1500

(1):1ターンに1度、自分モンスターゾーンに表側表示の「国呪大神伊邪那美」が存在する時に発動できる。手札、または墓地からこのカードを特殊召喚する。(2):このカードが破壊され、墓地に送られた時に発動できる。デッキから「黄泉醜女」一体を手札に加える。

 

 

龍次LP0

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京都内某所。

 十二の企業が合併した複合企業、ゾディアック本社内、社長室。

 足音を完全に吸収する高級絨毯、落ち着いた色合いの壁紙、部屋の主はあくまでも社長であるとして、自己主張しない、シックな調度品。

 そしてこの部屋の主は、泰然と腰の後ろで手を組んで窓際に佇んでいた。

 四十前後と思われる年齢。撫でつけられた藍色の髪、ブルーの双眸、グレイのスーツ、日本人離れした彫の深い顔つき。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 彼こそがゾディアック社長にして、和輝(かずき)や龍次たちが通う高校、十二星高校の出資者。そして神々の戦争の参加者、クロノスの契約者、射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)だった。

 

『今、大きな力がはじけたな。神の力だ。それも邪神の』

 

 射手矢の背後で二重に轟く声がした。まるで釣り鐘が重々しくしゃべったような重厚感のあるその声に、射手矢はやはり重々しく頷いた。

 

「ああ。伊邪那美だろう。相対しているのは伊邪那岐だ。どうやら決着がついたようだ。さてどうなったか、興味はあるな。だが今はもっと興味があることがある。そうだろう?」

 

『ああ。そうだな』

 

 笑う気配が伝わってくる。だがクロノスは強大な力を持つ神だ。それが笑うならば空気の振動は軽い地震程度にはなる。びりびりと社長室の窓が震えた。

 

『オレがオレの同胞を解き放った影響だな。多くの精霊、妖精、怪物どもが目覚め始めた。奴らは神々程の万能性、絶大な力はないが、人間を操ることができるだろう。バトルフィールドに入り込むことも』

「手駒にできそうかね?」

『ギリシャ地方出身ならばな。さすがにほかの地域は無理だ。其方はより密接にかかわる神の支配下になるだろう。いずれにせよはっきりしていることは一つ。神々の戦争は、新たな局面を迎えるわけだ。オレ達が動くからな』

 

 クロノスの言葉に、射手矢は満足げに頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話:運命の分かれ道に立つ死神

 死が怒濤となって龍次に襲い掛かった。

 赤黒い濁流は地獄の血の池が現世に顕現したかのよう。

 轟音を立て、強大な攻撃力を伴って龍次がいた所を襲う。

 音が激しすぎて龍次の存在を証明できない。彼の生死を確認できない。

 勝利した伊邪那美(いざなみ)はゆっくりと力を操作。血の濁流を徐々に消していく。

 台風などで河川が氾濫しても、水は決して留まり続けず、必ず引くということを証明するかのように、血は消えていく。

 伊邪那美は目を眇めて前を見ている。バトルフィールドはまだ維持されている。

 伊邪那美の眼前に龍次(りゅうじ)伊邪那岐(いざなぎ)の姿はなかった。

 代わりに女が一人、立っていた。

 百八十センチオーバーと、女性にしてはかなりの長身。ウェーブのかかった灰色の長髪、金色の右目、青色の左目、男物の青いスーツ姿。凛とした背筋を伸ばした、冷厳で泰然とした騎士の佇まい。

 現役Aランクプロデュエリスト、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)

 

 新たな登場人物に、伊邪那美は憂いを秘めたため息を出した。

 

「哀しいです。どうしてうまくいかないのでしょう。(わたくし)は私の望み通り、多くの住人を造りたいだけ。伊邪那岐様と一緒に居たいだけなのに」

「君の願いが多くの人々にとって害となり危機となるからだよ、伊邪那美君」

 

 狂った女神を前にしても、穂村崎の泰然とした佇まいは崩れない。

 伊邪那美は哀しげな表情を崩さない。彼女は真実悲哀を感じているし、だから、次に現れた存在に対しても表面上は変化がなかった。

 上から現れる影。まるで羽毛のように軽やかに穂村崎の背後に着地した。

 三十代前半の外見年齢、二メートルを超える巨体の男。

 黄金の鎧、炎を具現化したような赤いマント、短く刈り込んだ炎のように赤い髪、深い知性をたたえた紫の瞳。永久に燃え盛りながらも決して周囲に害を及ぼさない奇跡の炎の風情。

 間違いなく人間が内包するエネルギーを大きく超えた存在。即ち神。

 だが男の燃え盛りながらも決して周囲を害さない在り方よりも、伊邪那美の目は彼が小脇に抱えた少年と、少年の背後に降り立った神に注がれた。

 彼こそがさっきまで戦っていた少年。伊邪那美が誰よりも愛してやまず、何よりも求める夫、伊邪那岐の契約者にして、伊邪那美の契約者(にんぎょう)である(あかね)の恋人。

 そして、伊邪那岐。

 伊邪那美の夫。会いたくて、会いたくて。死んでもなお会いたかった恋慕の対象。

 だからこそ哀しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 男に抱えられたまま、龍次は朦朧とした声音で呟いた。

 

「な、なんで穂村崎プロが……」

「おや、私を知っているのかね? これは奇遇。実は私も君のことを知っているんだよ、風間龍次君」

 

 思いもしなかった展開に呆然とする龍次に、穂村崎は微笑み、ウィンクを一つ。それでいながら油断ならぬ佇まいで伊邪那美と対峙する。

 男が大きく鼻息をを鳴らした。

 

「我を無視してこの少年を見るか。とことん不敵だな。好意は抱かぬが」

 

 龍次を下ろした神は見た目通り重厚なバリトン声でそういった。その身から放たれる闘志が伊邪那美に打ち付けられる。

 伊邪那美の視線が男に向けられる。男は自分に視線が向いたことに満足げに頷き、次いで胸を逸らした。

 

「貴殿らに聞かせよう。我の名を! 我はマルス! ローマに名を刻みし軍神! こちらは我が契約者、穂村崎秋月! 我の契約者らしく、巧緻に長けた女傑よ!」

 

 マルス。ローマ神話に名をとどろかせた軍神。勇猛果敢で知られ、勇敢な戦士、青年の理想像として語られる、主神並に崇拝される大いなる神でもある。

 

「マルス。ここは私に任せてくれたまえ。さて、伊邪那美君。残念ながら君の目論見は成就しない。なぜなら君がさっきまで戦っていた彼は我々が守る。彼らにまだ死なれてはならないからね。つまり、君はここで目的を達成したいならば、我々とも戦わなければならないわけだ」

 

 二連戦。神々の戦争のルールならば、どこかのタイミングで乱入することもできた。

 そうなれば実質二対一。しかし伊邪那美のフィールドは整った状況でもある。

 穂村崎とマルスはライフと手札のアドバンテージよりも、差がついたフィールドアドバンテージの不利さを重視し、乱入は控えた。

 同時に一人と一柱は同意していた。

 この戦いは龍次のものだ。余人が乱入し、邪魔をしていいものではない。もしも乱入してしまえば、龍次の矜持は大きく傷つけられるだろう。それは良くない。矜持は重要だ。戦士であればとくに。なぜならそれは、立って戦うという簡単なようでその実非常に困難なことを成し遂げる支えとなるからだ。

 

 龍次と伊邪那岐は無言。場の主導権はすでに穂村崎とマルスが握っている。ゆえに、敗れたコンビは救出者に場の掌握を委ねた。もっとも、伊邪那岐は忸怩たる思いであろうし、龍次は己に対する失望と屈辱でそれどころではないだろうが。

 

「哀しいです。私は私の望みを叶えたいだけだというのに、どうしてうまくいかないのでしょう?」

「ならばどうするのかね? 私たちを倒して、もう一度君の目的のため、邁進するか?」

 

 誰とも共有できない悲しみに浸る伊邪那美に、穂村崎は不敵な笑みを浮かべて言葉を投げかけた。伊邪那美は応じない。

 

「哀しいです。今夜目的を達せられないことが……」

 

 目を伏せる伊邪那美。その視線が今度は東の地平に注がれる。

 いつの間に時間が立っていたのか、既に空は夜の黒から朝焼けの薄紫色が広がりつつある。

 東の地平から太陽が現れようとしているのだ。

 夜、即ち死者の時間は終わりを告げ、昼、即ち生者の時間がやってくる。

 伊邪那美は神だが、同時に死者でもある。それはカード化した時にも影響しており、神の種族である幻獣神族であると同時にアンデット族でもあった。

 デュエルではメリットかもしれないが、神々の戦争では彼女に最大の枷がある。

 死者である伊邪那美は、契約者を死者しか選べず、生者の時間である昼間、太陽が昇っている間はまともに行動できない制約があるのだった。

 

「今宵はここまで。失礼いたします」

 

 ぺこりと一礼。直後、伊邪那美と茜の足元から無数の黒い手が出現した。まるで地獄の亡者達が同胞を引きずり込もうとするかのように。

 

「茜!」

 

 その時場の主導権を譲っていた龍次が声を張り上げた。状況の変化を静観していた彼であったが、茜が手の届かないことに行ってしまうという恐怖から動かないわけにはいかなかった。

 デュエルのダメージが残っている。敗北した影響か、身体に力が入らない。

 

「行くな! 茜!」

 

 だから叫ぶことしかできなかった。そしてすでに己の意志がない茜は龍次の言葉にも反応しない。

 

「それでは伊邪那岐様。次こそは互いに私の国で暮らしましょう。それまでご壮健で」

 

 一礼後、茜と伊邪那美の身体が完全に黒い手に覆われた。黒い手のドーム二つはそのままばしゃりと水音を立てて崩れ、地面の底まで沈んでいった。

 後には伊邪那美も、茜もいない。

 東の空がどんどん明るくなってきた。朝が来たのだ。

 だが朝日は龍次にとっての希望とはなりえなかった。伸ばした手は何もつかめず、大切なものを取り戻せなかった無力さを噛みしめながら、龍次はその場で苦悶の声のような低い慟哭を漏らした。それは聞きようによっては嗚咽にも聞こえた。

 うずくまる龍次。伊邪那岐はそんなパートナーに声をかけてやりたかった。だが今、自分が龍次にかける言葉が存在しないことも分かっていた。敗北した者同士が再起を誓うのは正しいことだろうが、時には傷のなめ合いとなってしまう。

 今、龍次は慰めも激励も必要としてはいまい。

 今彼の心の中にあるのは無力な自分への怒りだ。

 

「怒りは重要だ、少年。人が人として生きる上で一番重要かもしれない」

 

 かつかつかつと靴音を響かせて、穂村崎は膝をついたままの龍次の前に立った。

 龍次は顔を上げない。俯いたままだ。穂村崎は構わず言葉を紡いだ。

 

「君は今、混乱している。しかししなければならないことまで忘却するほど呆けているとは思わない。だからこのまま言い続けることにしよう。

 私がここにいる理由、君を助けた理由は今はおいておきたまえ。私から君に言えることは一つだが、まずは聞くべきことを一つ。風間龍次君。君は――――」

 

 一息入れる。次の言葉が少年にきちんと伝わるように。

 

「伊邪那美の契約者を、救いたいかね?」

「―――――ああ、救いたい。助けたい。当たり前だ」

 

 呟くような龍児の返答。だが龍次は(かぶり)を振って自分の答えを否定した。

 

「俺は茜ともう一度会いたい。話したい。触れていたい……」

 

 絞り出すように言う龍次。うむと穂村崎は頷いた。

 

「青い春だねぇ。それだよ少年。君の本音が聞きたかった。そしてその弱音を吐けたことで君は完全に倒れ切ったのだ」

 

 倒れた人間はまず倒れ切らなければならない。そうしなければ立ち上がることもできない。倒れてくれなければ助け起こすこともできないのだ。

 そして龍次は今倒れ切った。

 

「だが現実、今の君たちでは伊邪那美君には敵わないだろう。精神的優位、戦術的優位、そして何より、切り札たる神の優位性。それらが全て伊邪那美君に傾いている」

 

 沈黙する龍次と伊邪那岐。龍次もそうだが伊邪那岐も分かっていた。

 今の自分は伊邪那美に及ばない。この、自らの力を封じている自分では――――

 淡々とした声で続ける穂村崎。「そして今の君たちだけでは、これらの要因で開いた差を埋められない」

 割って入るマルス。「力不足は哀しいな。無暗に振るわれる力は愚かな暴力にすぎぬが、及ばぬ力は無力で惨めよ。丁度、今の貴殿らのように」

 焚き付けるようなセリフに、龍次の型がピクリとはねた。

 

「分かっている。そんなことは……。だがそれでも俺は……、戦わないわけはいかない。ここで、こうして膝を屈したままでいるわけにはいかない……!」

 

 振り絞った声。五指は握りしめられ、膝に力が戻ってきた。

 大地を踏みしめる。体に残ったままのダメージを無視して起き上がろうとする。

 がくんと身体が傾いた。戦いのダメージは深刻で、意志だけでは体は従ってくれない。

 

「ではどうする? 伊邪那美君との差を埋めるためには力が必要だ。その力を、君はどこで手に入れる?」

 

 促されている。穂村崎の台詞にそう感じながらも、龍次はもう一度からに力を込めて体を持ち上げた。

 ふらつく体。だが今度こそ立ち上がれた。穂村崎と龍次の視線がかち合う。人間の対峙に、神々は一切口を挟まない。ただ成り行きを見守っている。これは、契約者たちが決める道だと、二柱ともが無言のうちに悟っていた。

 

「俺は弱い。けど力が必要なんだ。だから――――お願いします、穂村崎プロ。あなたに、俺の師匠になってほしい。初対面のあなたに、それも神々の戦争では本来敵同士であるはずなのに、こんなことをお願いできる立場ではないのですが――――」

「いいや、そんなことはないさ」にやりと口角を吊り上げた笑みを浮かべる穂村崎。

「君は君の目的のため、恥も外聞も捨てて、私に頼るという。素敵じゃあないか。そういう向こう見ずは好きだよ。――――君の覚悟は見せてもらった。私も私達の目的のために、君に協力しようじゃないか」

 

 笑顔で指しだされた手。昇る朝日を浴びながら、龍次はその手を取った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 八月某日、東京都内某所。

 三車線の道路の左車線を走る大型のバンが一台。

 灰色の車体の運転席には大柄の男。

 四十代前半。アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。腕まくりしたワイシャツ姿。年経てもなお勇猛な猛牛の風情。 

 隣の助手席に座っている女もまた、人目を引かずにはおれない。

 炎のような赤い髪、ルビーを固めたような赤い瞳、ワインレッドのスーツ姿とどこまでも赤尽くし。さらに整っているが荒い気性をう伺わせる目つきの悪さ。まさしく人の形をした美しき炎のごとく。

 男の名は鷹山勇次(たかやまゆうじ)。神々の戦争の参加者である。

 隣の女の名はウェスタ。鷹山と契約を交わした神であった。

 鷹山は六月に七シーズン目を終えた連続ドラマ、デュエル刑事(デカ)の主演俳優であり、役名の牛角(うしかど)警部のイメージを崩さぬような言動を心掛けるファンを大切にする好漢。

 少し前まではデュエル刑事の世界に進出する人気から国際デュエリスト認定委員会から唯一、禁止カードだったゴヨウ・ガーディアンの公式デュエルでの使用を許可されていた。

 そして新たな功績として、国際デュエリスト認定委員会とデュエルモンスターズのゲームに関する一切の権利を持つ会社、クラインヴェレ社に掛け合い、ついに召喚条件の変更と引き換えに、ゴヨウ・ガーディアンを禁止カードから解放することに成功、これにより、いわゆる「牛角警部デッキ」というファンデッキを、公式デュエルの場でも使えるようにした。

 彼の行動は称賛を浴び、近頃公開される劇場版デュエル刑事の興行収入も上がると業界関係者は見ている。

 また、彼らはかつて一度、十二星(じゅうにせい)高校をまさに今回の映画撮影のために訪れ、そこで和輝(かずき)、ロキのペアと神々の戦争で争ったことがあった。

 デュエルは和輝が勝利した。だが鷹山の宝珠は砕かれず、残りの神の数が五十を切った今でも、こうしてしぶとく生き残っているのであった。

 

「おーいウェスタ。いい加減機嫌治せよ」

 

 制限速度を守りながら、鷹山は助手席で仏頂面を浮かべるウェスタに苦笑した。

 

「誤解するな、勇次。別に不機嫌になってなどいない。ああいないとも」

 

 表情からも声音からも、ウェスタが不機嫌なのは誰の目にも明らかだった。ただ本人が認めていないだけで。

 ウェスタの不機嫌の理由もまた明白。彼女は真っ赤なライダースーツに身を包み、大型バイクにまたがってツーリングをすることを人界での趣味としているが、最近それができずに鬱憤がたまっているのだ。

 理由はパートナーにあり、鷹山がデュエル刑事の新作映画のPRのため、多くのテレビ番組に顔を出すようになった。

 所謂番宣で、今日もバラエティ番組に出演し、主演俳優として劇場版デュエル刑事のPR活動に精を出してきたところだった。

 契約者に付き合って非実体化状態とはいえ鷹山に付き従っていたウェスタは、結局景気よくバイクを走らせることもできず、日々鬱憤を溜め込んでいた。

 

「だから、俺のことはいいから、走ってこいって」あきれ顔の鷹山。

「そうはいかん」頑固に首を横に振るウェスタ。

「今、世界はどうもきな臭い。いやな気配が漂っている。魔物や精霊、妖精の類が実体化し始めている。奴らは面倒だ。力は神に及ばぬが、神々と同じく人間を使い、バトルフィールド内に侵入し、そして神々の戦争参加者を襲うだろう。デュエルでな。

 つまり、神々の戦争はイレギュラーな事態に陥っているのだ。そんな時に、己の個人的欲求のために契約者のもとを離れる神などいるものか」

 

 ウェスタは生真面目にそう言った。あまりにも真面目なパートナーのいいように、鷹山は苦笑を浮かべる。

 とはいえその気遣いには素直に感謝しているのだった。

 ウェスタは炎の神格化だが、その本質は守護だ。だからイレギュラーな事態に対して鷹山の身を案じる。そして炎だからこそ、その気性の荒さが現れる。

 

「そして、その行動は正しかった。そうだな?」

 

 ウェスタの声音が鋭くなる。パートナーの気配の変化を察して、鷹山の表情もまた変化した。

 俳優でありサービス精神に溢れた好漢ではなく、神々の戦争に参加する戦士の顔に。

 

「場所は?」

「そこの交差点を左に曲がれ。すぐそこに気配がプンプンする。だがこれは神というには少々異質すぎる。明らかに神クラスの力だが――――」

「行ってみりゃわかるさ」

 

 ハンドルをきり、言われた通り左折。減速、停車。車から降りる鷹山とウェスタ。その眼前に一人の男の姿。

 針金のようにひょろりと細長い体躯。ウェーブがかかって海中で揺らめくワカメのような黒髪、黒い瞳、喪服のようなダークスーツ、左腕に不釣り合いなデュエルディスク。黒尽くしで不吉極まりない格好。

 否。鷹山の記憶に男の姿が引っ掛かった。そして記憶が確かならば、男が来ているスーツはそのままシンプルで喪服のはず。

 

「まさかあんたが敵だとはな。ちょっと意外っつーか、逆に納得っていうか……」

「私をご存じで? 嬉しいですね」

 

 にこりと親しみの籠った笑顔を浮かべる男。ただし目が笑っていないので余計に不気味。人間大の黒猫が意地悪く笑ったような印象を受ける。

 

「そりゃあ知ってるさ。Bランクプロデュエリスト。山羊孝(やぎまなぶ)。多分あんた、プロん中でいっとう嫌われてるんじゃないか?」

 

 つられるように口角を吊り上げる鷹山。山羊と呼ばれた男は嘆くように(かぶり)を振った。

 

「そうなのです。なんででしょうね? 私は皆さんのことが大好きなのに」

 

 不吉な外見に似合わず人間好き。以前鷹山が読んだデュエリストの雑誌のインタビューでそう言っていた。

 Bランクプロデュエリスト、山羊孝。戦績は中堅。大勝もしなければ大負けもしない。調子のいい時も悪い時も、大体Bランクの真ん中あたりをうろうろしている。

 なので通常のデュエルならばあまり警戒されない。

 ただし、ある状況ではその評価は全く当てにならない。

 それはBランク上位のプロが今期は調子がよく、Aランクへの昇格権を手に入れるための試合だったり、逆に成績不振が続き、BランクからCランク降格への瀬戸際の崖っぷちでの試合だったり、あと少しで栄光への階段を登れる場合、或は挫折への奈落へ転落する場合、山羊プロの強さは一変する。

 その強さが大いに上昇。栄光を阻み、奈落へと突き落とす。

 相手の進退がかかった時のみ、神がかり的な強さを見せる男、山羊。ついたあだ名は「運命の分かれ道に立つ死神」。

 

「そしてそんな不吉の代名詞みたいなやつが、俺の前にやってきたってわけか。まさかあんたも神々の戦争の参加者だったなんてな」

「正確には違いますが、まぁいいでしょう。なにせ――――」

 

 周囲の空気が一瞬にしてきり変わる。

 喧騒がなくなる。人の気配が消える。

 神々の戦争のバトルフィールドが展開された。

 山羊が左手のデュエルディスクを起動させた。

 

「こんなことができますので」

「確かに、こうして戦いの場を用意できるってことは、ただものじゃないし、何より俺にはもう逃げ場はないってわけだ。ウェスタ。車からデュエルディスクを取ってくれ」

「ああ。こうまでされては戦うほかあるまい。得体の知れぬ相手だ、油断するな」

 

 言って、ウェスタは車から鷹山のデュエルディスクを取り出し、投げ渡す。受け取る鷹山。にやりと好戦的な笑みを浮かべる。

 

「誰に言ってんだ。俺はいつだって、デュエルには真面目に取り組んでるぜ?」

「私生活でもそうしてくれると、有り難いがな」反論をおいて、ウェスタの姿が消える。実体化を解いたのだ。

 

 沈黙が二人の人間の間に流れる。二人の胸元に宝珠が輝く。鷹山はオレンジ。山羊は()()。そして

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの幕が上がった。

 

 

鷹山LP8000手札5枚

山羊LP8000手札5枚

 

「先攻はいただきますよ。私のターン」

 

 先攻を勝ち取ったのは山羊。ドローフェイズ、スタンバイフェイズを消化。メインフェイズ1へと入る。

 相手の挙動を見守っていた鷹山の脳裏に、半透明のウェスタの声が響いた。

 

「やはり彼奴の神は得体が知れぬ。間違いなく神性存在の気配は感じるのに、一切姿を見せないのは気にかかる。決して油断するな」

 

 分かってると返答したとほぼ同時、山羊に動きがあった。彼のプレイングが始まったのだ。

 

「では、手札から魔法カード、おろかな埋葬を発動します。デッキから墓地に送るのは、ダンディライオン。この瞬間、ダンディライオンの効果が発動。私のフィールドに綿毛トークンを二体、守備表示で特殊召喚しますよ」

 

 ポンポンと軽快な音を立てて、山羊のフィールドに勇ましい表情が張り付けられたアニメチックな綿毛が二つ、現れる。

 綿毛トークンは特殊召喚されたターンはアドバンス召喚のリリースにはできない。だがそれ以外の制約は一切ない。S召喚の素材にするもよし、アドバンス召喚以外のリリースに使ってもよし。汎用性の高さは折り紙付きだ。

 鷹山の表情が険しくなる。プロデュエリストの中には試合用とプライベートでデッキを分けている者もいるが、もしも山羊がそういうタイプではなかったならば、通常召喚権を残してのモンスター二体が場に並んだのは()()()。最悪、次の自分のターンで()()()()()()()()()

 

「そして、D-HERO(デステニーヒーロー) ダイヤモンドガイを召喚します」

 

 三体目のモンスター。ダイヤモンドを模したバトルアーマーを着込んだ闇属性のHERO。攻撃力は低い。だがこのモンスターの真骨頂はステータスではない。

 

「D-HERO……。お前さん、使ってるデッキは公式戦と変わらないのかい」

「勿論。私はこのデッキを、D-HEROを使い続けますよ。私を前にした相手の運命を決めるために」

 

 勝利して栄光を掴むか。敗北して大きなものを失うか。運命の分かれ道にぽっかりと開いた大口の罠。それが山羊という男にして彼が扱うデッキ、D-HERO。

 

「ダイヤモンドガイの効果発動。デッキトップをめくり、それが通常魔法ならば、次の私のターン、コストも制約も度外視して効果の発動が決定します。さぁ、早速運命の分かれ道ですね」

 

 めくられるデッキトップ。提示されたのはデステニー・ドロー。D-HEROおなじみのドローソース。

 

「おやおや、どうやら今この瞬間、運命は貴方の敗北に傾いているらしい。次の私のターン、デステニー・ドローの発動が確定しました。

 私は二体の綿毛トークンとダイヤモンドガイをリリース。さぁ現れなさい、D-HERO ドグマガイ!」

 

 山羊のフィールドの三体のモンスターが闇に包まれて消える。闇が繭のように凝縮し、やがて解れ、中から新たなモンスターが姿を現した。

 悪魔のような禍々しい翼、肩部分に棘をはやした禍々しい鎧、一対の角をはやしたヘッドアーマー。右手にアーマーから直接突き出た両刃の剣。

 禍々しさと刺々しさを前面に押し出した凶悪極まりない外見のD-HERO。その外見に相応しく、攻撃力は3400、3000ラインを超えている。

 

「ドグマガイ。そりゃそうだよな、三体のモンスターをあえて揃えたんだ。そりゃ、でるよな、そいつが」

「次のターン、貴方は4000ライフのビハインドを背負います。不利な状況はますます貴方を敗北の運命に引き寄せます。カードを一枚伏せて、ターン終了です」

 

 

おろかな埋葬:通常魔法

(1):デッキからモンスター1体を墓地へ送る。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

D-HERO ダイヤモンドガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1600

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。自分のデッキの一番上のカードをめくり、それが通常魔法カードだった場合、そのカードを墓地へ送る。違った場合、そのカードをデッキの一番下に戻す。この効果で通常魔法カードを墓地へ送った場合、次の自分ターンのメインフェイズに墓地のその通常魔法カードの発動時の効果を発動できる。

 

D-HERO ドグマガイ 闇属性 ☆8 戦士族:効果

ATK3400 DEF2400

このカードは通常召喚できない。「D-HERO」モンスターを含む自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。(1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した場合、次の相手スタンバイフェイズに発動する。相手のLPを半分にする。

 

 

「ハン! いいように言ってくれるじゃねぇか。だったら俺としちゃあこう言い返すしかないな。その運命、覆してやるよ!」

 

 ねっとりと絡みつくような声音の山羊に対して、鷹山は断ち切るようにそういい放った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話:不変なる法定巨神

 東京都内某所。誰もいなくなったバトルフィールド内で、対峙する男が二人。

 アメフト選手を思わせるがっしりとした体つきの男、鷹山勇次(たかやまゆうじ)

 対するは対照的に針金のようにひょろりと細長い体格の男。山羊孝(やぎまなぶ)

 二人の戦いは始まったばかりで、山羊が言うような運命はまだ確定していない。

 ゆえに鷹山は不敵に笑う。敗北な運命など笑い飛ばしてやると言わんばかりに。

 

 

鷹山LP8000手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 なし

伏せ なし

 

山羊LP8000手札1枚

場 D-HERO ドグマガイ(攻撃表示)

伏せ 1枚

 

 

「俺のターンだな、ドロー!」

「スタンバイフェイズ、ドグマガイの効果が発動。貴方のライフを半分にしますよ」

 

 瞬間、鷹山を強烈な倦怠感と脱力感が襲う。

 呻く鷹山。巨体がぐらりと傾く。だが踏みとどまった。脂汗を流しながらも不敵に笑ってみせる。

 

「この程度、軽い軽い」

「しかし失ったライフは軽くないのでは?」

「確かにこの序盤から4000ビハインドは痛いが、なに、そんな状況からの逆転もまた燃えるものだ。俺はゴブリンドバーグを召喚! ゴブリンドバーグ効果発動! 手札からジュッテ・ナイトを特殊召喚!」

 

 鷹山のフィールドに、三機編隊のプロペラ機に乗ったゴブリンたちが現れる。三機の飛行機は協力して下部からワイヤーでコンテナを一個吊っていた。

 コンテナが投下される。

 着地するコンテナ。その中身が開かれ、現れたのは岡っ引きをデフォルメしたようなモンスター。

 あっという間にチューナーと非チューナーが鷹山のフィールドに揃う。しかも、ジュッテ・ナイトの効果はドグマガイに対して有効だ。

 

「ジュッテ・ナイト効果発動! ドグマガイの表示形式を守備表示に変更するぜ」

 

 ねばつくような倦怠感を跳ね除けるように、声を張り上げる鷹山。彼の気迫に答えたか、ジュッテ・ナイトが大声を上げて投げ縄を投擲。縄のわっか部分がドグマガイの首に掛かる。

 力の限り縄を引くジュッテ・ナイト。空中のドグマガイを引きずり下ろし、無理矢理守備表示に変更させた。

 

「ここからだ! レベル4のゴブリンドバーグに、レベル2のジュッテ・ナイトをチューニング!」

 

 鷹山の右腕が振り上げられる。宙に飛び立つ二体のモンスター。ジュッテ・ナイトが光を放つ緑の輪となり、その輪をくぐったゴブリンドバーグが四つの白く輝く光星となった。

 光星を光の道が貫く。

 

「御用改めである! 神妙にお縄につけぃ! シンクロ召喚、ゴヨウ・ガーディアン、参上!」

 

 光の向こうから現れるモンスター。

 歌舞伎役者のような衣装とメイク、背にはバックパック、両手には十手を括り付けた投げ縄。召喚と同時に「御用だ!」と自身の存在意義そのものを叫び、盛大に見えを切る。

 

「ほう、来ましたか、ゴヨウ・ガーディアン。確かに、ジュッテ・ナイトの効果で私のドグマガイは守備表示に変更され、その守備力は2400。攻撃力2800のゴヨウ・ガーディアンならば打倒できますね。ですがドグマガイは特殊召喚モンスター。一度墓地を経由し、特殊召喚するゴヨウ・ガーディアンの効果ではその特性上、ドグマガイのコントロールを得ることはできませんよ」

「慌てんなよ。俺のメインフェイズ1はまだ終了しちゃいないぜ。手札から魔法カード、岡っ引き参上! を発動!

 こいつは俺の場に攻撃力2800以上の地属性、戦士族Sモンスターが存在する時、俺の墓地から地属性、戦士族チューナーとチューナー以外の地属性、戦士族モンスターを一体ずつ特殊召喚できるのさ。俺はゴブリンドバーグとジュッテ・ナイトを特殊召喚。

 もう一度この組み合わせだ! レベル4のゴブリンドバーグに、レベル2のジュッテ・ナイトをチューニング!

 異形の身体に正義の魂。悲哀も憤怒も踏み越えて、進め己の信じる道を! シンクロ召喚。出あえ、、ゴヨウ・プレデター!」

 

 光の向こうから現れるは悪魔じみた容貌に羽衣じみた帯を纏い、十手を手にした異形の戦士。獣、悪魔じみた姿だが、ゴヨウ・ガーディアンと同じく、正義の心は失ってはいない。

 

「バトルだ! ゴヨウ・ガーディアンでドグマガイを攻撃!」

 

 バトルフェイズ突入。まず一手目。ゴヨウ・ガーディアンが縄付き十手を鎖鎌か鎖付きの鉄球のように投擲、十手の先端が見事ドグマガイを捕え、粉砕する。

 がら空きのフィールド。肩をすくめる山羊。「ですがドグマガイは自身の召喚条件以外では特殊召喚できません。先ほども言いましたが、ゴヨウ・ガーディアンと言えども、特殊召喚できなければ奪えません」

 委細構わずウェスタが声を張り上げる。

 

「たとえモンスターを奪えずとも、相手の場はがら空きだ! 今だ勇次! 攻めろ攻めろ!」

「あいよ。ゴヨウ・プレデターでダイレクトアタック!」

 

 ゴヨウ・ガーディアンと同じ十手を振りぬくゴヨウ・プレデター。その一撃が、腕をクロスさせて宝珠を庇う山羊に直撃する。

 

「ぐ……!」

 

 吹っ飛ぶ痩身。背中から倒れて地面を滑る。

 

「きつい一撃ですね。ですが、私もやられてばかりではいませんよ。リバーストラップ、ダメージ・コンデンサー発動。手札を一枚捨て、デッキからV・HERO(ヴィジョンヒーロー) ヴァイオンを特殊召喚します」

 

 翻るリバースカード。後続として山羊のフィールドに現れたのは、ディープパープルのスーツに軽装アーマーを装着したモノアイレンズ装備のHERO。単眼がほのかに紫の光を発し、じっと鷹山を見つめる。

 

「捨てた手札は代償の宝札。よって二枚ドロー。さらにヴァイオンの効果により、デッキからE・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストを墓地に送ります。そしてこの瞬間、シャドー・ミストの効果により、デッキからE・HERO エアーマンを手札に加えますよ」

「……手札コストはそのままドローに利用し、実質マイナスをプラスへ変えたうえで、壁を用意したか」半透明のウェスタが唸る。

「それだけじゃない。ヴァイオンの効果でデッキ圧縮。さらに墓地に送ったシャドー・ミストの効果を利用して新たなモンスターをサーチ。実に無駄がないぜ」賛嘆の念を惜しまない鷹山。しかもと続ける。

「手札に加えたのはエアーマンだ。あいつはサーチ効果の方が主に脚光を浴びてるが、場にいる自分以外のHEROの数まで相手の魔法、罠を破壊できる。つまり俺は、カードのセットを牽制されたわけだ」

 

 口角をわずかに上げた笑みを浮かべる山羊。山羊の戦術、思考を鷹山がトレースしたことで、彼は満足感を得ていた。

 山羊孝。葬儀屋の生まれたゆえに、死生観が独特で、転じて人間の運命に分かれ方に興味を持った。

 運命を前に抗う人間に好感を抱いた。抗って運命を覆す姿に称賛を惜しまない。運命に敗れて失墜していく姿を愛おしさを込めて見送った。

 屈折した感情は胸の中に秘めたまま、山羊は鷹山を見据えていた。

 

()()()()()()()()()()()! カードを一枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 

ゴブリンドバーグ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF0

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。この効果を発動した場合、このカードは守備表示になる。

 

ジュッテ・ナイト 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK700 DEF900

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して表側守備表示にする。

 

ゴヨウ・ガーディアン 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

地属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。そのモンスターを自分フィールドに守備表示で特殊召喚する。

 

岡っ引き参上!:通常魔法

このカード名は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに攻撃力2800以上の地属性、戦士族Sモンスター、または融合モンスターが存在する時に発動できる。墓地から地属性、戦士族のチューナーとチューナー以外のモンスター1体ずつを特殊召喚する。このカードを発動したターン、Sモンスター以外のモンスターは攻撃できない。

 

ゴヨウ・プレデター 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2400 DEF1200

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「ゴヨウ・プレデター」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターがプレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

V・HERO ヴァイオン 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1200

「V・HERO ヴァイオン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「HERO」モンスター1体を墓地へ送る。(2):1ターンに1度、自分の墓地から「HERO」モンスター1体を除外して発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「V・HERO ヴァイオン」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「HERO」モンスター1体を墓地へ送る。(2):1ターンに1度、自分の墓地から「HERO」モンスター1体を除外して発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

 

鷹山LP8000→4000手札2枚

山羊LP8000→5600手札3枚(うち1枚はE・HERO エアーマン)

 

「では、私のターンですね。ドロー。さて、前の私のターンに発動が確定していたデステニー・ドローの効果により、コストと制約を踏み倒し、二枚ドロー」

 

 通常のドローと合わせてこれで三枚のドロー。六枚に増えた手札を吟味し、山羊はこのターンの戦術を決めた。

 そして内心で思う。()()()()()()()()()()()()()()()。敗北の運命に、鷹山は抗えるだろうかと。

 そんな内心はおくびにも出さずにカードを繰り出した。

 

「墓地のドグマガイを対象に、オーバー・デステニーを発動。デッキから二体目のダイヤモンドガイを特殊召喚します。さらにダイヤモンドガイの特殊召喚にチェーンし、手札から速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動。デッキと墓地から、残るダイヤモンドガイを特殊召喚しますよ」

 

 一気に展開してきた。ウェスタは唸り声を上げ、鷹山も渋面を造る。

 

「俺の場にもモンスターが二体いるが……、こいつらはSモンスターだから、特殊召喚できないな」

「つまり、私だけが特殊召喚できるわけです」

 

 山羊のフィールドに現れる三体のダイヤモンドガイ。すかさず効果を発動する山羊。デッキトップから三枚のカードがめくられる。

 一枚目、融合準備、二枚目、デステニー・ドロー、三枚目、終わりの始まり。二枚がヒット。しかもどちらもドロー強化。

 呻きを上げるウェスタ。「また当たりだと? 一体どうなっている」

 鷹揚に頷く鷹山。「奴曰く、運命が俺の敗北に傾いているんだろ。だから奴に流れが行く」

 微笑する山羊。「その通りです。そして、敗北の運命は今にも貴方の肩を叩こうとしている。彼の手から逃れられますか?E・HERO エアーマンを召喚します」

 

 山羊のフィールドに現れる、飛行型のバトルアーマーを装備したマスクヒーローが現れる。選択の瞬間が訪れた。

 

「エアーマンの効果を発動しますが、何かチェーンはありますか?」

「――――いいや、何もないぜ?」

「では、サーチ効果を選択します。デッキからD-HERO Bloo-Dを手札に加えますよ」

 

 目的のカードを手札に加えながら、山羊は意外な思いを禁じえなかった。

 てっきり鷹山はフリーチェーンのカードを伏せていると思ったのだ。山羊の手札に魔法、罠を破壊できるエアーマンがある以上、カードを伏せても破壊される危険が高い。

 ならばその破壊を躱せるフリーチェーンだと。

 あるいは、破壊されることをトリガーとして効果を発動するトラップかとも考えられるが、こうしてサーチ効果を選択した以上、それも無意味。

 

(まぁ、いずれにしろ、このターンの私の行動が変わるわけではありませんが)

 

 鷹山が何を思って何を仕掛けようと、自分は変わらない。ここで防がれるも反撃を受けるも、自分が勝つも負けるも、全ては運命が()()なっただけ。

 

「ヴァイオンの効果発動。墓地のドグマガイを除外し、デッキから融合のカードを手札に加えます。

 そして、融合発動! 私の場の二体のダイヤモンドガイを融合!」

 

 山羊のフィールド、その頭上に発生した空間の歪みが渦を描いた。その渦に二体のダイヤモンドガイが飛び込んだ。

 

「運命を司る戦士たちよ、今ここに一つに交わり、宿業を率いる新たな運命を現出させよ! 来なさい、D-HERO ディストピアガイ!」

 

 渦の中から現れる新たな戦士。

 青いバトルスーツ、黄色を基調にしたアーマー。マスクの額部分には赤い大きな「D」の文字。イギリスをイメージするカードの多いD-HEROの中では珍しい、アメコミチックな配色のスーツ姿のモンスター。

 

「ディストピアガイの効果発動。墓地のダイヤモンドガイを指定し、貴方に1400ポイントのダメージを与えます」

 

 ディストピアガイが右掌を大きく突き出す。次の瞬間、掌から放出される紫の波動。

 波動は一条のレーザーとなって鷹山に直撃。鷹山は左手を掲げてガード。宝珠を守る。

 

「ぐ……ッ! こ、これで俺のライフは残り2600か。だんだん、厳しくなってきたな」

「運命が、敗北という土産を持って貴方の肩を叩こうとしていますよ。私はエアーマン、ヴァイオン、ダイヤモンドガイの三体をリリースし、D-HERO Bloo-Dを特殊召喚します!」

 

 三体のモンスターが、まるで紙片のような粒子となって溶け消える。

 新たに現れたのは、HEROと言うにはあまりに禍々しい外見をしていた。

 悪魔のような翼、赤黒い鎧、ドラゴンの大顎(おおあぎと)を思わせる右手、悪魔の五指を思わせる巨大な左手、背から伸びる鋭利なパーツは何かをつかみ取らんとする三本爪の巨大な手を思わせる。

 Bloo-D。D-HEROの中でも極めつけに強力な一体とされているモンスター。

 

「Bloo-Dがいる限り、貴方のモンスター効果は無意味。さらにBloo-Dの効果発動。ゴヨウ・ガーディアンをこのカードに装備させます」

 

 ばさりと大きく翼を広げたBloo-D。そのまま宙に浮き、翼から異様な赤い光を放ち始める。

 光は触手のようにゴヨウ・ガーディアンへと伸び、その身体を捕え、引き寄せ、翼の中に吸収する。まるで喰らうように。

 翼に取り込まれたゴヨウ・ガーディアンは、顔の輪郭だけを翼の表面に浮き上がらせていた。苦悶の表情を。

 

「Bloo-Dはゴヨウ・ガーディアンの攻撃力の半分、つまり1400ポイント攻撃力がアップします。

 神剣-フェニックスブレードをディストピアガイに装備し、ディストピアガイの効果を発動。このカードのステータスをもとの数値に戻し、ゴヨウ・プレデターを破壊します」

 

 ディストピアガイの左手が突き出される。掌から放たれる黒い球体が弾丸のような勢いで放たれ、ゴヨウ・プレデターを直撃する。心臓を撃ち抜かれたゴヨウ・プレデターは苦痛の声を上げて膝をつき、消滅した。

 

「これで終わりですか? Bloo-Ddeダイレクトアタック」

 

 山羊の命令が走り、Bloo-Dの翼から針のように細く鋭い血のように赤い光が無数の放たれる。

 赤い雨が敵意を持って鷹山を襲う。

 

「勇次! なんとかしろ!」

「何とかしましょう。リバーストラップ! ピンポイント・ガード発動! 墓地からジュッテ・ナイトを守備表示で特殊召喚するぜ!」

 

 翻るリバースカード。山羊は驚きに目を丸くした。

 

()()()()()()

 

 発動したのはフリーチェーンでも破壊をトリガーにする罠でもなく、攻撃反応型。これではもしもエアーマンの効果で魔法、罠を選択されていたら、なすすべなく破壊されたはずだ。

 苦笑を浮かべる山羊。「てっきりフリーチェーンでないならば、破壊をトリガーにするカードを伏せていたと思っていましたよ」

 にやりと笑う鷹山。「言ったろ? あえて伏せるってよ。それと、ピンポイント・ガードで特殊召喚されたモンスターはこのターン、戦闘でも効果でも破壊されないぜ」

 ふふんと、笑って見せるウェスタ。「つまり防御は万全というわけだ。さぁどうする運命論者」

 山羊は苦笑を深めた。このターンでは決まらなかった。完全に裏をかかれたが悔しさはない。ただ、運命はまだ鷹山に敗北を突き付けなかった、それだけだ。

 敗北の手を逃れた鷹山。ならば、掴み損ねたその手はどこへ行くのか? 自分か? それもいい。それが運命ならば受け入れよう。

 

「カードを二枚伏せて、ターン終了です」

 

 

デステニー・ドロー:通常魔法

(1):手札から「D-HERO」カード1枚を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

オーバー・デステニー:通常魔法

(1):自分の墓地の「D-HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルの半分以下のレベルを持つ「D-HERO」モンスター1体をデッキから特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。

 

地獄の暴走召喚:速攻魔法

(1)」:相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

D-HERO ディストピアガイ 闇属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2400

「D-HERO」モンスター×2

「D-HERO ディストピアガイ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分の墓地のレベル4以下の「D-HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードの攻撃力が元々の攻撃力と異なる場合、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、このカードの攻撃力は元々の数値になる。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

D-HERO Bloo-D 闇属性 ☆8 戦士族:効果

ATK1900 DEF600

このカードは通常召喚できない。自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手フィールドの表側表示モンスターの効果は無効化される。(2):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを装備カード扱いとしてこのカードに装備する(1体のみ装備可能)。(3):このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの元々の攻撃力の半分だけアップする。

 

神剣-フェニックスブレード:装備魔法

戦士族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。自分のメインフェイズ時、自分の墓地に存在する戦士族モンスター2体をゲームから除外する事で、このカードを自分の墓地から手札に加える。

 

ピンポイント・ガード:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

 

D-HERO Bloo-D攻撃力1900→3300

 

 

鷹山LP4000→2600手札2枚

山羊LP5600手札0枚

 

 

「俺のターンだ!」

 

 猛攻を防ぎはしたものの、鷹山が不利である現状は変わらない。

 

「凌ぎはしたが、まだ我々が不利だな。打開策はあるのか?」

「さてな」

 

 深刻そうなウェスタの声に反して、鷹山はどこか気楽だ。

 目くじらを立てるウェスタ(パートナー)をなだめるように、鷹山は「まぁまぁ」と言い、

 

「まずはこいつで運試しと行こうじゃないか。デッキトップからカードを十枚除外し、強欲で貪欲な壺発動。カードを二枚ドロー!」

 

 今、鷹山の手札に状況打開のすべはない。

 だが他ならぬ対戦相手の山羊が、この状況を覆してくるだろうと確信していた。

 先ほど鷹山は敗北の手を振り払った。ならば、ここからは逆転してくるだろう。そういう()()だ。

 

「よし。これならいけるな。まずは禁じられた聖杯を発動! Bloo-Dの攻撃力を400アップさせる代わりに、効果を無効にする!」

 

 穢れた聖杯の中身を浴びせかけられ、Bloo-Dは苦悶の呻きを零して失墜した。見ればBloo-Dのカードイラストは色を失ったモノクロになっていた。

 

「そして、Bloo-Dの効果によって装備されていたゴヨウ・ガーディアンは対象不適格なため、破壊される。これで準備は整った。死者蘇生発動! 墓地からゴヨウ・ガーディアンを特殊召喚。さらにレベル6のゴヨウ・ガーディアンに、レベル2のジュッテ・ナイトをチューニング!」

 

 天へと飛翔する二体のモンスター。先ほどと同じS召喚のためのエフェクトが走り、真昼の陽光のような白い光が辺りを満たす。

 

「その身に宿すは正義の心。不変不倒の意志を胸に、闇夜を進め! シンクロ召喚、ゴヨウ・キングここに見参!」

 

 光の向こうから現れるモンスター。

 歌舞伎のような白い髪、メイク、衣装を模したと思われるアーマー、手には十手を模した巨大な刀。大見得を切って場に降臨した。

 

「まだ行くぞ! 手札から魔法カード、ミラクルシンクロフュージョン発動! 墓地のゴヨウ・ガーディアンとゴヨウ・プレデターを除外融合!」

 

 先ほどの山羊のターンのコピーのように、今度は鷹山のフィールドに空間歪曲の渦が現れる。その中に飛び込む二体のゴヨウモンスター。

 

「正義を背負って夜を行け! その正義は玉座に会っても色あせない! 融合召喚、来たれゴヨウ・エンペラー!」

 

 現れた融合モンスター。

 玉座に座り、白化粧を施した古代中国の皇帝風モンスター。玉座に坐したまま山羊を見据える。

 

「バトルだ! まずはゴヨウ・キングでBloo-Dを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、ゴヨウ・キングが地を蹴って跳躍する。

 上空からの落下速度を加味した大上段の一撃がBloo-Dに直撃、頭頂部から股間まで一気に両断した。

 

「まだまだ! ゴヨウ・エンペラーでディストピアガイを攻撃!」

 

 一気呵成に攻め立てる鷹山。ゴヨウ・エンペラーが玉座に座ったまま空中浮遊で移動。その口から赤い炎を吐いた。

 

「おっと、此方の攻撃をただ受けるだけではいけませんね。というわけで、リバーストラップ、デストラクト・ポーション発動。ディストピアガイを破壊し、その攻撃力分、私のライフを回復します」

 

 翻るリバースカード。破壊されるディストピアガイ。回復する山羊のライフ。鷹山は口笛を吹いた。

 

「なるほど。ゴヨウ・エンペラーも勿論破壊したモンスターのコントロールを奪取する効果を持っている。俺のゴヨウモンスターに破壊されるくらいなら、自分から破壊して追撃を防ぐことを優先するわけだな。例えダイレクトアタックを受けても。ならその通りにするか! ゴヨウ・エンペラーでダイレクトアタック!」

 

 がら空きになった山羊のフィールドを、ゴヨウ・エンペラーの炎が舐める。山羊は地面を転がって回避。その際に背中を焼かれたがくぐもった声が漏れるだけだった。

 

「熱いですね……。ややつらいですよ。燃えていなくて幸いでしたが」

「それだけで済ますか。宝珠にも傷一つなしとはね」

「つまり、奴と奴の神を打倒するにはオーバーキルレベルのダメージか、(わたし)によるダイレクトアタックが理想だな」

 

 ウェスタの言葉に頷く鷹山。彼はカードを一枚伏せて、ターンを終えた。

 

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

「強欲で貪欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

禁じられた聖杯:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時までそのモンスターは、攻撃力が400アップし、効果は無効化される。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ゴヨウ・キング 地属性 ☆8 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

チューナー+チューナー以外のSモンスター1体以上

(1):このカードが相手モンスターに攻撃する攻撃宣言時に発動する。このカードの攻撃力はダメージステップ終了時まで、自分フィールドの戦士族・地属性のSモンスターの数×400アップする。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●破壊したそのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。●相手フィールドの表側表示モンスター1体を選んでコントロールを得る。

 

ミラクルシンクロフュージョン:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、Sモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):セットされたこのカードが相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

ゴヨウ・エンペラー 地属性 ☆10 戦士族:融合

ATK3300 DEF2500

戦士族・地属性のSモンスター×2

(1):このカードまたは元々の持ち主が相手となる自分のモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。破壊したそのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。(2):相手がモンスターを特殊召喚した時、自分フィールドの戦士族・地属性のSモンスター1体をリリースして発動できる。そのモンスターのコントロールを得る。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドの全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

 

ゴヨウ・キング攻撃力2800→3200

 

 

鷹山LP2600手札0枚

山羊LP5600→8400→7500→4200手札0枚

 

 

「わたしのターン、ドロー。前のターンに発動が確定していたデステニー・ドローと終わりの始まりを、コストと制約を度外視して効果のみを発動。合計五枚、ドローします」

 

 ドローフェイズのドローも含めて合計六枚のドロー。鷹山とウェスタからすれば決して望ましい展開ではないが、どうあっても止められない以上挟む口も睨みつける目も必要ない。ただ粛々と事実を受け入れ、相手の行動に対してどう対処するかをシミュレーションし、実際に行動に移すだけだった。

 

「まずは下準備と行きましょう。墓地のフェニックスブレードの効果発動。私の墓地から二体のダイヤモンドガイを除外し、このカードを手札に戻します。

 大欲な壺を発動。除外されている二体のダイヤモンドガイとドグマガイをデッキに戻し、一枚ドロー」

 

 沈黙が両者の間に落ちる。ニコリと笑みを浮かべる山羊。身構える鷹山とウェスタ。鷹山は次に来るだろう山羊の攻勢に備え、山羊は次に展開する己の布陣、戦術を脳内で再確認する。

 

「フィールド魔法、フュージョン・ゲート発動。さらにリバースカード、チェーン・マテリアル発動。これで私はこのターン、戦闘の放棄と引き換えに手札、フィールドのみならず、デッキ、墓地のカードも融合素材にできます。さらにフュージョン・ゲートがある限り、融合のカードさえ必要ない。

 行きますよ。私はデッキのD-HERO ドグマガイと、墓地のD-HERO Bloo-Dを除外融合! 来なさい究極にして終焉のD! Dragoon D-END!]

 

 フィールド魔法の発動により、融合召喚のエフェクトであった空間の歪みによって生じた渦が常に山羊の頭上に展開する。その渦に飛び込む二体のD-HERO。そして新たなDが現れる。

 ドラゴンの頭部を模した胸部装甲、同じくドラゴンの牙と上顎もした左手の盾、爪を模した右手の剣、翼も、冑も、全身のアーマーの意匠も、全てドラゴンを模している。まさしく人が思い浮かべる最強の生物種、最高の「D」を表しているといえよう。

 その効果は強力で、チェーン・マテリアルのデメリットもものともしない。

 

「これはまずいぞ勇次!」

 

 ウェスタの叫び。以心伝心に鷹山(パートナー)が応じる。

 

「分かってるさ! ゴヨウ・エンペラーの効果発動! ゴヨウ・キングをリリースし、Dragoon D-ENDのコントロールを得る!」

 

 陣営を山羊から鷹山に移すDragoon D-END。その代償に鷹山のフィールドから消えるゴヨウ・キング。

 ゴヨウ・キングを失ったのは痛いが、代わりに相手の切り札の奪取に成功したのでこれで良しとすべきだ。鷹山は理屈でそう考えたが、やはり引っ掛かりを覚えた。

 Dragoon D-END。強力なモンスターだが、その存在は()()

 今日の環境ではまずでない素材師弟の融合モンスター。そして素材そのものも特殊召喚モンスターで、召喚条件が揃わなければ手札で腐るだけのモンスターだ。

 当然、D-ENDの素材モンスター二体はデッキに一組ずつしか入れられないはずだ。それ以上入れればデッキのバランスを崩してしまう。

 そのはずだった。

 鷹山の背筋に冷たい汗が伝わり落ちる。常識で、この痩身の死神、不吉が人の形をしたような男を計れるとは思えなかった。

 そしてそれは事実だった。

 

「確かに一組目は奪われてしまいましたね。ではもう一度フュージョン・ゲートの効果発動。デッキのBloo-Dとドグマガイを除外融合! 来なさい、二体目のDragoon D-END!」

 

 空間の歪みから現れる新たなDragoon D-END。まさかの二体目の超上級融合モンスター。

 

「二体目だと!? 馬鹿な、デッキのバランスを大きく崩すだろうに!」驚愕のウェスタ。

「そうでもありませんよ。そのバランスも含めて、全て運命の流れの中です」微笑する山羊。

「…………」鷹山は沈黙。心なしか口元に浮かべた不敵な笑みが引きつっている。

「なので、()()()()()()()。デッキからBloo-Dとドグマガイを除外融合! さぁ来るのです、三体目のDragoon D-END!」

 

 高らかに宣言する山羊。その頭上の空間が歪み、渦を造り、三体目のDを産み落とす。

 

「三体目、お前さん、ずいぶん重たいデッキをぶん回したもんだな」

「これもまた、運命の流れ、ですかね。Dragoon D-ENDの効果発動。貴方が奪い取った私のDragoon D-ENDを破壊します」

 

 山羊のフィールドに居座るDragoon D-ENDの胴体部にある竜の口が開かれる。

 覗く砲口。その向こう側から赤い輝きが蓄えられた。

 不吉と強大さ、何とも言えぬ破壊力を蓄えた一撃が放たれんとする刹那、鷹山は迅速に動いた。具体的にはデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! エクストラ・コンバート! 俺の場のゴヨウ・エンペラーを破壊し、代わりにエクストラデッキからゴヨウ・ディフェンダーを守備表示で特殊召喚する!」

 

 翻るリバースカード。次の瞬間、玉座に坐したゴヨウ・エンペラーの姿が幻のように掻き消え、代わりに現れたのは歌舞伎化粧に丁髷、右手に十手、左手に身の丈ほどの大盾を備えた小柄な戦士。守備表示のため、身を縮めて盾を前面に押し出している。

 

「ゴヨウ・エンペラーが俺の場を離れたため、Dragoon D-ENDのコントトールはお前さんに戻る。そしてエクストラ・コンバートの効果で特殊召喚されたモンスターはこのターン、戦闘、カード効果では破壊されない。つまりDragoon D-ENDの効果も無意味ってわけだな」

「そしてマテリアル・チェーンの制約によって、私はこのターン、攻撃を行えない。であれば、仕方ありません。

 ()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()!」

 

 鷹山とウェスタの目が見開かれる。その眼前、変化が現れた。

 供物として捧げられる三体のモンスター。Dragoon D-END達はまるで子供がでたらめに紙を丸めたように()()()()()()になり、屑籠に放り込まれたように異空間――あるいは墓地――へと投げ捨てられた。

 

「来なさい、不変なる法廷巨神テミス!」

 

 そして現れる神。だがその姿はあまりに異端だった。

 十メートルを超える巨体なのは言い。確かに巨大だが、そういう神もいないわけではないだろうし、普段、人の姿を取っていてもいざその姿を解けば怪物めいた姿の神もいるだろう。

 だがどんな神も生物的なものだった。

 しかしこれは違う。

 女神であることは分かる。人間と同じ顔があるからだ。

 ただその顔は無機質だった。人間よりも陶器の人形という印象が近い。

 陶器のように白い肌、球体関節。裁判官が着るような黒い法衣で全身をすっぽり覆い、手以外の肌は見えない。銀色の冑、目にはグレイのバイザー。口元だけが唯一のおしゃれというようにピンクのルージュがひかれている。両肩に身の丈ほどのバカでかい円形の盾。その盾は背中から伸びる鈍色のロボットアームにつながっており、おそらくそれで自在に動かすのだろう。

 機械仕掛けの人形、そんな印象を抱かせる、あまりに異質、異端な神を前に、鷹山は絶句する。

 だが絶句し、さらに強烈なショックを受けていたのはパートナーのウェスタだった。

 

「馬鹿な……、ありえない……」

「ウェスタ?」

 

 鷹山の訝しげな呼びかけにも、ウェスタは答えない。半透明の姿のまま、わなわなと震えている。

 

「奴は、()()()()()()()()()()()()()!」

「どういうことだウェスタ?」相棒の困惑についていけず、問いただす鷹山。

 

 苦い表情を作って、ウェスタは語る。

 

「間違いない。神々の戦争の参加者の中に、テミスという名の神はいない。貴様、何者だ!?」

「テミスはテミス。それ以上のものではありません。それ以外のものでもありません」

 

 誰何の声への返答は清廉な音色のオルゴールが人語を話したような耳に心地よく、しかし機械的で冷たい声音。テミスと名乗る神がその唇を小さく動かしたのだ。

 激高するウェスタ。「聞きたいのはそういうことではない! 神々の戦争の参加者ではない、しかし神性存在である貴様。貴様は何故人界にいる!?」

 淡々と返答するテミス。「お答えする義務はありません」

 なおも言いつのろうとするウェスタを、山羊が遮った。

 

「埒があきませんね。ではこうしましょう。私はテミスがなぜここにいるのか応えることができます。私に勝てたならば、その答えをお教えしましょう」

「シンプルだな。そして手っ取り早い」

 

 応じたのはウェスタではなく、彼女のパートナーの鷹山。彼はにやりと笑い、

 

「そういうことだウェスタ。勝てば色々得られる。シンプルで、戦いの基本原則だ。ルールに従おうぜ?」

 

 不機嫌に唸るウェスタだったが、やがて了承した。テミスに語るつもりがない以上、パートナーから聞き出すしかない。例えテミスが脱落しようとも、なぜ彼女が人界にいるのか、その理由は知っておくべきだ。

 

「それで? お前さんのターンの途中だったが、終了かい?」

「いいえ。カードを一枚伏せます。これでターン終了です」

 

 

終わりの始まり:通常魔法

自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、自分のデッキからカードを3枚ドローする。

 

大欲な壺:速攻魔法

「大欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体を対象として発動できる。そのモンスター3体を持ち主のデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

フュージョン・ゲート:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、ターンプレイヤーは手札・自分フィールド上から融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、その融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。

 

チェーン・マテリアル:通常罠

このカードの発動ターンに自分が融合召喚をする場合、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・デッキ・フィールド上・墓地から選んでゲームから除外し、これらを融合素材にできる。このカードを発動するターン、自分は攻撃する事ができず、この効果で融合召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 

Dragoon D-END 闇属性 ☆10 戦士族:融合

ATK3000 DEF3000

「D-HERO Bloo-D」+「D-HERO ドグマガイ」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。(1):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊し、表側表示モンスターを破壊した場合、その攻撃力分のダメージを相手に与える。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分スタンバイフェイズに自分の墓地の「D-HERO」カード1枚を除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。

 

エクストラ・コンバート:通常罠

(1):自分モンスターゾーンに存在するエクストラデッキから特殊召喚されたモンスター1体を破壊し、そのモンスターよりもレベルの低いモンスター1体を、エクストラデッキから特殊召喚する。この効果によって特殊召喚されたモンスターはこのターン、戦闘、カードの効果によって破壊されない。

 

ゴヨウ・ディフェンダー 地属性 ☆3 戦士族:シンクロ

ATK1000 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦士族・地属性のSモンスターのみの場合に発動できる。エクストラデッキから「ゴヨウ・ディフェンダー」1体を特殊召喚する。(2):このカードが攻撃対象に選択された時に発動できる。このカードの攻撃力はそのダメージステップ終了時まで、このカード以外の自分フィールドの戦士族・地属性のSモンスターの数×1000アップする。

 

不変なる法定巨神テミス 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):???(4):???

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 神が出てきた以上、鷹山にはもう後がない。ライフも2000を切っているので、なおさらこのターンで何とかしなければならないだろう。何しろ次の山羊のターンには、ほぼ確実に三体のDragoon D-ENDが復活する。そうなれば物量で押し負ける。

 だが現状、鷹山の手札は0枚。このドローに文字通りすべてがかかっている。

 デッキトップからカードを引く。確認するまでの間が妙に長く感じられた。

 だが、次の瞬間、鷹山の胸に去来したのは確かな安心感だった。

 感じたのは神の気配。共に戦ったパートナーの現身であるカード。

 確認するまでもない。鷹山もまた、この土壇場で神を引き当てたのだ。

 

「ゴヨウ・ディフェンダーの効果発動! エクストラデッキから二体目のゴヨウ・ディフェンダーを特殊召喚! さらに二体目のゴヨウ・ディフェンダーの効果発動! 三体目のゴヨウ・ディフェンダーを特殊召喚!

 これで準備は整ったぜ! 三体のモンスターをリリース!」

 

 立て続けに特殊召喚されたモンスターたちが、次の瞬間には消えていく。

 光の粒子となって消えていくモンスターたち。モンスターの命が場を作り、門となる。

 そして、神が降臨する。

 燃え盛る炎の髪、金色の双眸に黄金の袖なしアーマー。肘部分には揺らめく炎。黒いスカートパーツで足は見えない。まさしく燃え盛る炎が人の形をとったが風情。

 降臨した神、即ちウェスタが叫ぶ。

 

「テミス!」

 

 テミスは沈黙。バイザーの向こうの瞳は何を思っているのか、まるで伺えない。鷹山はバイザーの奥にはガラス玉がはまっているのではないかと思った。

 沈黙にも構わず、ウェスタが続ける。

 

「貴様がなぜそこにいるのか、今はすべて心から追い出そう。我が一撃で、屠るまでだ! 勇次!」

「おう! ウェスタでテミスに攻撃!」

 

 パートナーの意を組んで鷹山の号令が飛ぶ。ウェスタは全身に炎を纏わせ、一気呵成に咆哮を上げて突進した。

 一個の弾丸と化したウェスタ。その超高熱、高質量、超加速の一撃に対して、テミスは背中のロボットアームを起動。左右の盾を前面に展開した。

 激突。轟音が迸り、熱波が目に見えぬ波となって放射状に放たれた。

 

 だが攻撃力はウェスタはテミスに劣っている。ウェスタの一撃はテミスの防御を抜けられず、逆に衝突のダメージでウェスタの炎は燃え散った。しかしウェスタ本人は無事だ。これはウェスタの効果による。

 

「この瞬間、ウェスタの効果発動! このターン、ウェスタの破壊を無効にする! ぐぅ!」

 

 痛みに顔を顰める鷹山。ウェスタを守れても、ダメージがなくなったわけではない。フィードバックは当然、鷹山を襲う。

 だが鷹山は痛みをねじ伏せ、吠えた。

 

「さらにこの瞬間、ウェスタのもう一つの効果発動! テミスを除外し、その攻撃力分のダメージを与える!」

 

 テミスの盾と盾の隙間に、ウェスタが手をかけた。

 徐々に盾の壁が左右に開かれる。開いた盾の間から顔を覗かせるウェスタ。その顔がにやりと笑みを浮かべた。

 

「消えろ、テミス!」

 

 ウェスタの全身から再び炎があふれる。炎はいくつも鎌首をもたげる蛇のようにテミスに襲い掛かり、次々にその身体に噛みついた。

 

「ッ! リバーストラップ、ダメージ・ダイエット発動! このターン、私へのあらゆるダメージを半減させます!」

「それがどうしたぁ!」

 

 小細工など意味はないとばかりに叫ぶウェスタ。炎が完全にテミスを飲み込んだ。

 一匹の大蛇となった炎が、今度は山羊を襲う。

 疾走、跳躍し、逃げる山羊。だが炎は追いかける。

 地表を舐める炎。山羊は間一髪、地面を転がって宝珠への攻撃は避けた。

 

「ぐぅ……!」

 

 ただし避けられたのはそこまで。炎の蛇の牙は確かに山羊の背中をかすめた。

 背中からはね起きた痛みに身悶えする山羊。ともあれ宝珠は無事だ。ならばまだ戦える。

 否――――

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「鷹山勇次さん。敗北の運命が、貴方を捕まえました」

「ッ!?」

 

 驚愕に目を見開く鷹山。その胸の宝珠に今、深々と白銀の刃が突き立っていた。

 

「勇次!?」

 

 驚愕はウェスタも同じ。同時に疑問もあった。

 確かに自分はテミスを倒したはず、なのになぜ鷹山の宝珠に刃が突き刺さり、あまつさえ、彼のライフが0になっているのか。

 刃の正体は両刃の剣。使い手はいない。

 

「テミスは法と定理の神です。ゆえに、テミスを場から排除することは法の否定、理の破壊になります。それは決して許されない罪状です」

 

 人語を話すオルゴールのような耳に心地よく、しかし冷たい声音。テミスのものだ。

 テミスの姿は見えない。ただ声だけが響く。当然と言えば当然、テミスはウェスタによってゲームから除外されているのだ。フィールドにだっていやしない。

 

「テミスの効果ですよ」

 

 そして解説は山羊の役目。彼は薄い微笑を浮かべながら告げた。

 

「テミスはフィールドから離れた時、攻撃力分のダメージを与えます。つまり貴方は3500のダメージを受け、ライフは0になったのです」

「なるほど、な……」

 

 苦痛に脂汗を流す鷹山は、納得したように頷き、がっくりと膝をついた。

 

「勇次!」

 

 敗北のショックよりも、ウェスタはパートナーの身を案じた。

 鷹山は薄れゆく意識の中、ウェスタに大丈夫だと使えたかった。

 声を出したくて息を吸ったが、肺がうまく動かなかったから声が出なかった。そのことを残念だと思った。

 ガラスが割れるような音を立てて、宝珠が砕け散った。ウェスタは最後まで鷹山を気遣っていた。

 結局、パートナーに気の利いたことを言えずに別れることになってしまい、そのことを鷹山はひどく残念に思って、彼の意識は闇に堕ちた。

 

 

不変なる法定巨神テミス 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードがフィールドを離れた時に発動できる。このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。(4):???

 

 

守護の炎神ウェスタ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分フィールドのカード1枚を選択して発動できる。選択したカードはターン終了時まで戦闘及びカードの効果によって破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。(4):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊できなかったダメージステップ終了時に発動する。戦闘した相手モンスターをゲームから除外し、除外したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

 

鷹山LP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話:予兆

 ドイツ某所。クラインヴェレ社本社、応接室。

 

「久しいな」

 

 親愛の気持ちを込めてその言葉を放ったのは、初老だが、それを感じさせない、力強い印象の男だった。

 三つ揃いのスーツ姿、白いものが混じっていても老いた印象を与えない灰色の髪、鋭い光を放つ、髪と同じ色をした瞳。今なお森中を駆け、獲物を刈る瞬間を待ち望む灰色狼の風情。

 彼を知るものは世界に多くいるだろう。デュエルモンスターズが世界を席巻している現代ならば。

 ルートヴィヒ・クラインヴェレ。デュエルモンスターズの生みの親にして、クラインヴェレ社CEO。それが彼であった。

 

「ああ、本当に久しぶりだ。メールでの連絡ではなく、こうして直に君に会うのはね。友よ」

 

 応える声にも親愛の情がありありと伺えた。

 応える男もまた壮年だが、ルートヴィヒに比べれば二十近く若い。

 四十を少し過ぎたあたり。撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳に、フロックコートときっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 彼の名はフレデリック・ウェザースプーン。神々の戦争の参加者にして、今は大いなる災厄、蠢動する邪悪に対抗するため暗躍している身だ。

 

「そちらのお嬢さん(フロイライン)は?」

 

 出迎えた友人が一人ではなかったことに気づき、ルートヴィヒは片眉を上げた。

 年若い少女だ。フレデリックよりもさらに二十以上年下。

 十六、七ほどの少女。

 背中の半ばまで伸ばしたややピンク色に近い紫の髪に、可愛いと言うよりも綺麗な、凛とした顔立ち。青い瞳は宝石のように透き通っており、それに魅せられるものもいるかもしれない。

 透き通るように白い肌を覆っているのは白地の長袖のブラウスに膝のあたりまでの長さの青いスカート。首から銀の十字架を下げ、ほとんど飾り気のない意匠の服装でありながら、十字架と、両耳につけたダイヤのピアスだけが唯一の装飾品だった。

 気高くもすました白鳥の風情。

 少女はソファから立ち上がり、優雅にスカートの端を指で摘まんでわずかに上げて、お辞儀した。

 

「お初お目にかかりますわ。わたくしの名はカトレア・ラインツェルン。この度神々の戦争の参加者の一人に任命され、さらにウェザースプーン卿のめがねにかない、ここにいます」

「ほう、ラインツェルン。イギリスに根差した一族だったな。そのような方まで参加しているとは、やはり神々の戦争は老若男女、人種、地位の高低問わずあらゆる種類の人間が選ばれるようだ」

「若輩の身なれど、この身果てるまで戦う所存ですわ」

 

 にこりと、可憐でありながらも不敵な微笑を浮かべるカトレアに対して、ルートヴィヒは好ましそうな笑みを浮かべて右手を差し出した。

 

「それは頼もしい。それに澄んだ、良い目をしている。君ならば信用できそうだ」

「そう言っていただき、光栄の至りですわ」

 

 差し出された手を握るカトレア。ルートヴィヒが失礼に当たらない程度に力を入れてカトレアの手を握った。

 カトレアは握られた手からルートヴィヒの熱が伝わってくるのを感じていた。初老の身からあふれ出る熱情。だが決して不快ではない。感じるのは目の前の男が抱く哀切の願い。即ち、世界を覆う邪悪の黒雲を払ってくれという、切実な感情。

 二人と一人はソファに腰かけた。少しして、秘書が三人分のコーヒーを運んできた。

 

「さすがに、本場の英国人たちに馳走できるような上等な紅茶はなくてな。コーヒーで我慢してくれ」

「気にすることはないよ、友よ」

 

 フレドリックは運ばれてきたカップを手にとって、まずコーヒーの芳香を十分に楽しんだ。

 一口口に含み、その味にも満足した。

 ちなみに、フレデリックはそのままブラックで飲んで満足げにほほ笑んだが、同じくブラックで飲んだカトレアは顔をしかめた。

 

「おや、ラインツェルン君。ブラックは苦手かね? だったら砂糖とコーヒーを入れよう」

「ひ、必要ありませんわ!」

 

 ぶんぶんと首を横に振って、カトレアはもう一杯コーヒーを口にした。

 孫のほど年の離れた少女の意地っ張り具合に微笑んだルートヴィヒだったが、次の瞬間、不意にその身をくの字に折った。

 

「ぐ……。く……!」

ルートヴィヒさん(ヘル・ルートヴィヒ)!?」

 

 突然の事態にカトレアは立ち上がって狼狽の声を上げる。人を呼ぼうと駆け出しかけたところ、苦しんでいるルートヴィヒ自身が止めた。

 

「心配ないよ、お嬢さん(フロイライン)。私から主導権を奪おうと画策する邪神が、嫌がらせをしているのさ。もう落ち着いた」

 

 取り出したハンカチで首筋の汗を拭き、ルートヴィヒはソファに沈み込むように腰かけた。

 確かに、彼の言うとおり、ルートヴィヒの呼吸は安定してきいた。

 カトレアが安心してソファに座りなおしたタイミングで、フレデリックが口を開いた。

 

「……もう、時間がないのかね?」

「ああ……。実にふがいないが、もう保ちそうにない。」

 

 ルートヴィヒはそう言って、己の右手に視線を注いだ。

 右手の五指を開いたり閉じたりしながら、自嘲気味に笑う。

 

「すでにこの体と精神のほとんどは、邪神の支配下にある。十五年前より啓示を受け、デュエルモンスターズを完成させて、しばらく。およそ十余年。この身にすくう邪悪は病魔のように私を食い破ろうと虎視眈々と潜伏していた。そしてついに、その牙は私の魂に届いた」

「……どうにも、ならないかね?」

「無理だな」

 

 痛ましげな視線を送るフレデリックに対して、ルートヴィヒは力なく(かぶり)を振った。

 

「昼間はまだいい。私の身体も、精神も、私のものだ。彼奴は白き太陽を嫌っているからな。だが夕暮れからは、別だ。

 白き太陽は地平線のかなたに消え、黒き太陽が、夜の時間がやってくれば、そこからは彼奴の領域だ。私は私でいられなくなる。そしてその時間は、どんどん長くなってきている。今では昼でも夜でもない、夕方の時間帯でも意識が飛ぶことがある」

 

 語るルートヴィヒの声には明確な恐怖があった。

 右拳を握り締める。軋んだ音が静かな応接室に響いた。

 

「案ずるな、フレデリック。この身が完全にかの邪神のものとなった時、その時の処置はすでに依頼している」

「デュエルキング、六道天(りくどうたかし)か」

 

 六道の名に、カトレアがかすかに息をのんだ。

 当然といえば当然か。六道天は全デュエリストの羨望の的にして、頂点を目指すもの全員の前に立ちはだかる巨大な壁だ。本気で上を目指してるものならば、その名を聞けば身構えるのは当然。

 

「その通りだ。彼と私は表向き、プロデュエリスト契約を結んでいるが、実際は私が彼に彼の望む戦いの場を提供しているに過ぎない。互いが神々の戦争に参加することになった後もそれは変わらない。ただ、一般の常識から外れた戦いを提供する機会が増えただけに過ぎない。

 そして六道にはすでに私について語っている。テスカトリポカ、奴の好きにはさせん。最終的にこの身が完全なる悪に傾けば、六道に引導を渡してもらうさ」

「……そう、か。君が覚悟を決めているならば、私から言えることはない。君の願いは私が引き継ぐよ。邪悪を断つ正義を集めることを」

「進捗はどうか?」

「順調さ。ここにいるラインツェル君を含め、多くの若い力に目をつけている。近々、本格的な接触を図る」

「急いでくれ。私が私でいられる間に、正義はあるのだと、邪悪に負けぬと、その確信を持ちたい」

 

 懇願のようにも聞こえるルートヴィヒの言葉に、フレデリックは力強く頷き、席を立った。

 

「君の願いをかなえられるよう、努力しよう」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 その知らせを受けた時、和輝(かずき)は衝撃を受け、居ても立ってもいられず家を飛び出した。

 驚き、目を丸くする綺羅(きら)に遠出をすること、理由は「友人が怪我で入院した」ことを告げて、家を出た。

 バスと電車を乗り継いで、ついたのはある病院だった。

 東京都内某所にある病院。かつて、それこそ東京大火災から生還した直後などは、東京都内に入るのさえ恐怖と嫌悪感からくる震えでできなかったが、今はそんなことはない。

 教えられた病院にたどり着いた。面会であることを入口で告げ、エレベーターの中へ。

 ほかに相乗りする客も、医者も、入院患者の姿もない。

 無言のままエレベーターが上がっていく。和輝は沈黙。姿を消してはいるが、同行しているロキも沈黙していた。

 やがてエレベーターが目的の階についた。そのまままっすぐ、記憶した番号の病室に向かう。

 白い壁、白い天井、リノリウムの冷たい床。徹底して、病的なまでに、不浄を排除した清潔な空間。

 目的の病室の前で立ち止まる。個室だ。事前に言われた通り目立たず、しかし必要以上にこそこそせず、普通に、何気なく病室までやってこれた。その事実にわずかな安堵を感じ、ほっと一息ついた。

 ノック。

 

「開いてるよ」

 

 重厚な声が返ってきた。「失礼します」と告げて入室した。

 病室の中には白いシーツがかけられたベッドが一つ。その上に男が一人、退屈そうに寝そべっていた。

 ベッドが小さく思える、大柄な男だった。

 四十代前半。アメフト選手のようながっしりとした体つき、白いものが混じった角刈りの黒い髪と茶色の瞳。入院着姿でもわかる頑健さ。年経てもなお勇猛な猛牛の風情。 

 かつて和輝と戦い、その実力を認め合った中にして、()神々の戦争の参加者、鷹山勇次(たかやまゆうじ)だった。

 

「鷹山さん。怪我は大丈夫なんですか?」

「大したことないさ。あばら何本かに、罅が入っただけだ」

 

 おおらかに笑う鷹山。その拍子に傷が痛んだのか、顔をしかめた。

 

「本当に大丈夫ですか?」

「怪我は本当に大丈夫さ。大丈夫じゃないのは、俺の相棒が消えちまったって現実に、どう向き合うかってところでな」

 

 部屋の空気が変わる。和輝は表情を引き締めた。

 

「連絡を受けた時は驚きました。ウェスタが敗れ、鷹山さんが神々の戦争から脱落したと」

「しかも気になるのが、戦った相手が神々の戦争に参加していない神だそうじゃないか」

 

 実体化したロキが言う。いつも口端に浮かべていたにやにや笑いも、今は鳴りを潜めている。彼なりに気を使っているのだろうし、事はおちゃらけた雰囲気を許さない。

 

「そうだ。ウェスタはそう言っていた。名前は、テミスって言ってたな。倒したと思ったら重たい反撃を喰らう、やばい奴だった」

「テミス、ね……」

 

 ロキは何かを思案するような顔で沈黙した。和輝はロキの様子がおかしいことに気づいていたが、あえてこの場では何も言わなかった。

 

「岡崎君」

 

 会話が僅かに途切れるタイミングで、鷹山から切り出した。

 

「神々の戦争に異変が起こっているのは間違いない。参戦していないはずの神の存在がその証拠だ。これから、おそらく戦いはもっと変質していくと思う。俺からこう言うのは変かもしれないが――――命を大切にな。どんな願いも、思いも、命があってこそだ」

 

 鷹山の言葉に、和輝はなんと返答したら困った。何しろ、彼には神々の戦争で叶えたい願いはないからだ。

 正確には願いを明確に決められないでいる。

 無欲な参加者。ただ彼が戦うのは、神々とその契約者による非道、外道が我慢ならない。悪意がもたらす理不尽で傷つく人を見たくないからだ。

 そして、七年前、死ぬはずだった和輝を、心臓を半分捧げてまで生き延びさせてくれた変わり者の邪神、ロキに、その時の借りを返すためだ。

 それはある意味とても強欲な願いかもしれないが、それは神々の戦争に立ち上がった褒美として叶えるものではない。なぜならその時点で、和輝の願いはもう叶っているのだから。

 

「まぁ、死なないように気を付けますよ」

 

 だから結局和輝は、そんな当たり障りのないことしか言えなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ロキの様子がおかしいことには、和輝は当然気づいていた。

 イギリスから帰国して少ししたあたりから、ロキはどこかピリピリしていた。

 理由を聞いてもはぐらかすばかりで暖簾に腕押し糠に釘。何ら有用な情報は得られなかった。

 だがさすがにそろそろはっきりとさせなければならない。

 

「おい、ロキ」

 

 切り出したのはもちろん和輝。夕食後、和輝は自室でロキに問いかけた。

 

「お前最近様子がおかしくないか? 何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

「おっと。単刀直入だね。まあいいか」

 

 肩をすくめて嘆息するロキ。ここいらが頃合いかと呟く。

 

「実際鷹山さんの話は深刻だ。何しろ、神々の戦争本戦にいないはずの神がいるんだからね。アンラマンユが封印されている現状、イレギュラーは歓迎しがたい」

「つまり、お前にとって歓迎しがたいイレギュラーが、今神々の戦争で起こっているんだな?」

「いくつかね」

 

 口元の微笑は絶やさないが、深刻な口調のままロキは言う。

 

「和輝、今、人界には嫌な“気”が流れ込んでいる」

「気?」

「そう。言い方はいろいろあるけれど、神々は(マイナス)の波動と呼んでいるね。人の世で言うならばそれは時代や国によって変わるけれどだいたい意味は同じだ。

 例えば陰の気。例えば瘴気。それこそ国や地域によって変わってくるけれど根源の意味は同じ。魔の気配。()()()()()()の総称だ」

「それが流れ込んでくると、どうなる?」

「世が乱れる。とても大きく」

 

 ごくりと唾を飲み込む和輝。正直言えばロキの言っていることはよく理解できないが、それでも彼の口調の真剣さが事態は深刻な方向に転がり込んでいると感じさせた。

 

「具体的には?」

「人界に住む人間たちの目に見える形では、世界中で大きな災害や大規模な事故。目を覆いたくなるような紛争が立て続けに起きるだろうね。もちろん、人心が乱れるからどこそこの国の政府が転覆しただとか、どこかの街でテロが起こっただとか、負の波動に当てられた人間による犯罪行為やクーデターも増えるだろう。とにかく、世界中に流れる血の量が増えるのは間違いないね」

「……止められないのか?」

「残念ながら」

 

 ロキの返答を受けて、和輝は自分でも知らないうちに拳を握り締めていた。

 みしりと右拳が軋んだ音を立てる。

 和輝の脳裏をかけるのは七年前の東京大火災。炎と闇と、そして死が満ちたあの地獄。あれもまた、神の行いが原因だった。

 絶対悪の神、アンラマンユ。人知れず行われた神々の戦闘行為。東京のバトルフィールドを舞台にした戦いは熾烈を極め、ついにバトルフィールドが崩壊。その代償は、和輝たちが眠る現実世界に押し付けられた。

 バトルフィールドからあふれ出た炎が東京を襲い、大災害として土地を覆った。

 炎の波は魔神の舌となって地上を舐め、家を、人を、土地を焼き、そのせいで火災現場は今もって復興のめどはたっていない。

 あんなことが、今度は世界中で起こる可能性がある。それを止めるすべとてないままに。

 ロキは和輝の内心に沸き起こる怒りについて、気づきながらも言及しなかった。その怒りもやるせなさも、すべて自分で受け入れて、飲み込まなければならないことだ。余人が干渉していいことではない。少なくともロキはそう思っていた。

 ゆえにロキはただ淡々と、事実だけを告げた。

 

「神々の戦争は、これから大きく動くと思う。和輝、どのような事態になっても、決して冷静さを失うことはやめてくれよ?」

「――――――わかってるさ」

 

 幸いというべきか、まだ世界には大きな変化も、その兆候も見られない。それは同時に、今和輝たちに何かできるわけではないということだ。

 じたばたしても始まらないならじたばたしない。慌てるのも、足掻くのも、その時が来てからでいい。

 と、その時、おやとロキが声を漏らした。

 

「誰か上がってくるね。てゆーか、綺羅(きら)ちゃんか」

 

 ピクリと和輝の眉が上がる。心得たとばかりにロキが頷き、姿を消した。直後、控えめなノックの音が和輝の部屋のドアを叩いた。

 

「兄さん? いらっしゃいますか?」

「ああ。どうした?」

 

 失礼しますの一言ともに、義妹がドアを開いて子猫のように顔を出した。

 

「エアメールが、兄さん宛に届いていました」

「俺宛? 父さんか、先生か?」

「いいえ。初めて見る名前でした」

 

 疑問符を頭に浮かべながら、和輝はとりあえず綺羅から手紙を受け取った。

 綺羅が去った後、差出人の名前を見る。確かに、覚えのない名前だった。

 

「誰だ? フレドリック……ウェザースプーン……?」

 

 記憶に検索をかけてみても、ヒットしない。どこかで聞いたことがあるような気もするが、全く覚えがないような気もする。正直よくわからない。ひょっとしたら名前を聞いたのかもしれないが、印象に残っていない。

 

「覚えていないかい、和輝?」

 

 解答は和輝の記憶の中ではなく、隣に座る邪神から来た。ロキは真面目な顔で、和輝が手にしたままのエアメールを指さした。

 

「この名前、ボクは覚えているよ」

「どこかであったか?」

「会ったとも。まぁ君が忘れてしまったのも仕方がないか。会話は少なめ、翌日には師匠のところに行って、さらにその次の日にはウェールズの森でバロールとの死闘だ。ちょっと後にあったイベントが濃すぎたね」

 

 師匠、ウェールズの森。それがキーワードとなって、和輝の記憶が繋がった。

 

「思い出した。イギリスの、ロンドンだ。咲夜(さくや)さんとデュエルした後に話しかけてきたおっさんだ」

 

 ロンドンで教授職をしている養父と、彼についていった養母。二人を訪ねてロンドンを訪れた時、和輝は偶然、同じく神々の戦争に参加し、アテナの契約者となったプロデュエリストの少女、国守(くにもり)咲夜と再会。それを祝してデュエルを行った。

 そのデュエルが終わった後、二人に声をかけてきた英国紳士、それがフレデリックだった。

 彼は和輝たちのこれまでの戦いを二人の前で語り、そして邪悪が迫っていることを伝えて去っていった。

 印象に残る出会いだったのだが、和輝はその後今の両親との再会。翌日、師でありカウンセラーのクリノ・マクベスに会いにウェールズの森に行き、さらにその翌日には復讐に猛り狂うバロールと彼に狙われたルー。そしてルーの契約者のエーデルワイスの戦いに首を突っ込んだのだった。

 そんな戦いの連続のせいで、フレデリックのことをすっかり忘れてしまったのだ。

 

「待て。あのおっさん、なんで俺の実家の住所知ってるんだ?」

「君の戦いの詳細を知っていたんだ、それくらい朝飯前だろう。それに、彼が契約した神がボクが思っている奴なら、こんなことは芸当とさえ呼べない。あの覗き魔(ピーピングトム)ならね」

 

 手紙の内容は、冒頭に突然の手紙に対する謝罪と社交辞令的な挨拶の言葉が続く。

 

「んー。いったい何のための手紙だろう?」

「本題はここからだな」

 

 続きに目を通して、和輝とロキの表情が引き締まった。

 手紙を通して、フレデリックは語る。

 

『突然の手紙、驚いたことだろう。しかしいろいろ言いたいことは省いて私から言える警告は一つ。邪悪な軍勢が、ついに本格的に動き出した。近々私は日本に来る。そして君の前に現れるだろう。

 正義の心を持つ少年よ、そこで、私が知ることを語ろう。その力、正しいことのために使われることを願っている』

 

 手紙を読み終えて、和輝とロキはしばらく無言だった。どちらともなく、感じていたのだ。

 戦いが、今までの比ではない、大きな戦いが迫っていると。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話:待ち人来る

 星崎(ほしざき)市。

 東京都にほど近いその街の特色といえば、やはりデュエルモンスターズか。

 プロデュエリストの排出経験もあり、優秀なデュエルカリキュラムを誇る高校、十二星(じゅうにせい)高校をはじめ、全国放送されにくいCランク以下のプロのデュエルの放送。さらに世界に先駆けてデュエルモンスターズのカードの先行販売など、デュエルに関する様々な方面に力を入れている。

 そのため海外からも先行販売のカードを求めてこの街を訪れる者もいるほどだ。

 だから、この街に外国人がいてもさほど不自然ではない。

 にもかかわらず人々の衆目を集めたのは、路上にたたずむその少女が凛としており、かつ、内面からあふれる輝かんばかりの生気と、気品を、道行く人々がおのずと感じ取ったからかもしれない。

 事実、その少女は美しかった。

 雪のように白い肌、その肌を包み隠すのは白地の長袖ブラウス。ピンクに近い紫の髪に、サファイアのごとき青い双眸。飾り気のない衣服の中でひそやかに存在を主張する首から下げられた銀の十字架。そして両耳に、十代の少女からすればいささか高価なダイヤモンドがあしらわれたピアス。

 気高くもすました白鳥の風情。

 カトレア・ラインツェルン。神々の戦争の参加者であった。

 彼女は雑踏に目を向けるでもなく、ただじっと、カードショップの前で腕を組んでたたずんでいた。

 足元にはデュエルディスクとデッキ、それに今買ってきたカードパックが入ったバッグ。そのままじっと待っている。

 

「暑い……ですわ……」

 

 ただし、その可憐な唇が口ずさんだのは貴族的優雅さとはかけ離れていた。額には汗を浮かばせ、垂れた一筋が彼女の頬を伝って顎から落ちてい置く。

 

「噂には聞いていましたが、これがニホンの夏……。想像を絶していますわね、これは……」

 

 もう一度店内に入ろうかと思う。エアコンのきいたほど良い空間は、今にして思えばひどく懐かしい。

 

(だから、中で待ってましょうといったのに)

 

 カトレアの脳裏に直接届く声。彼女にしか聞こえない神の声。

 

「いいえ、モリガン。買い物を済ませ、デュエルする予定もない以上、速やかに立ち去るのがマナーというもの。それに店内にいてはウェザースプーン卿がわたくしを見つけられませんわ」

 

 聞き耳を立てているものなどいるはずもなかろうが、それでもカトレアは小声で神に返答した。

 たださすがにこの暑さはきつい。日本の夏には死者も出るという。これ以上待ってもフレデリックが現れないならば、どこか喫茶店にでも非難すべきか。

 カトレアがそう考え始めたころ、彼女の待ち人が雑踏の中から現れた。

 

「やぁラインツェルン君。待たせたね」

 

 やってきたのは撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 フレデリック・ウェザースプーン。北欧神話の千里眼の神、ヘイムダルと契約を結んだ、神々の戦争の参加者だ。

 待ち人来る。だがカトレアはきっとフレデリックを睨みつけ、

 

「遅いですわ! こっちはあと少しで干上がってしまうところでした」

「本当に申し訳ない、ラインツェルン君。しかし、長くなりそうだから喫茶店にでも入って待っていてくれといったはずなんだがね?」

「その場合、ウェザスプーン卿がわたくしを見つけられないかもしれないじゃありませんか」

 

 カトレアからすれば至極当然のことを言ったが、フレデリックはなぜか目をそらした。

 

「君というやつは、ずいぶんと生真面目な……。道路側の席に座るとか、いろいろと方法はあるだろうに……。まぁいい。近くの駐車場に車を置いてある、行こう」

 

 そう言ってフレデリックは歩き出す。カトレアも長い髪を翻して後に続いた。

 

「しかしなぜわざわざレンタカーを? わたくしの家の車で来ればよろしいじゃありませんか。運転手もおりますし」

「うん、君は知らないかもしれないが、日本でリムジンというのは珍しいんだよ。特にここのように、都心からやや離れたような街だとね。それに、ハンドルは自分で握るに限る」

「それともう一つ、なぜわたくしがオカザキカズキの相手をするのではなく、貴方が直々に相手をするのですか?」

「彼に期待をかけているから。この目で彼の実力を見たいから。彼の成長のきっかけを与えられればいいと思っているからだよ」

 

 カトレアは不機嫌に頬を膨らませた。気品に満ちた振る舞いはすでに陽炎のようにはかなく消えて、年齢よりも子供っぽい、むきになりやすい内面が僅かに覗いた。

 

「不満かね?」

「当然です! その男にウェザースプーン卿がそこまで気に掛ける何かがあるのですか?」

「それを確かめに行くのさ」

 

 不満げなカトレアと、その怒りを笑って流すフレデリック。そんな様子で、二人は去っていく。目的地は決まっている。フレデリックの予想が正しければ、待ち人はその場に向かうはずだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 星崎市の往来を行く神々の戦争の参加者は、フレデリックとカトレアだけではなかった。 

 その少年はひどく不機嫌そうな表情をしていた。

 人目を惹く少年だった。

 高校生ぐらいの年齢に反した、白い髪、茶色がかった黒い瞳。真夏の日光ゆえか、少し日に焼けた肌。もともと二枚目と言っていい精悍な顔つきだが、今は暑さにうんざりしたような、それでいて別の要因も重なった不機嫌そのもののイライラ顔なため、とても異性の心をつかめるとは思えない。日焼け対策か、白のジャンパーを羽織った状態で両手をポケットに突っ込み、荷物の入ったバッグを肩に下げた状態で目的地に向かって歩を進めていた。

 その隣を歩く男もまた、人目を惹く美貌の持ち主だった。

 隣を歩く少年と違い、涼し気な微笑を浮かべた顔、金髪、碧眼。地味だが、いや地味だからこそ若者の美貌を引き立てる白のワイシャツに簡素なスラックス姿。装飾品の類は一切ないが、自分の美貌さえあればほかの装飾品など必要ないとばかりだ。

 いうまでもなく、岡崎和輝(おかざきかずき)とその契約者、北欧神話の邪神、ロキだ。

 一人と一柱の前には一匹の、奇妙な虫のような生物がいた。

 昆虫のようにも見えるが、実在の昆虫と比べればずいぶんグロテスクだ。

 昆虫のような羽と節足はいいが、それらが生えている本体が無数に寄り集まった眼球なのだ。

 真昼間の部屋の中にこの異形が入ってきた時、最初和輝は驚いたものだったが、ロキは笑っていた。

 彼には心当たりがあったのだ。このような偵察機を操る神の存在に。

 その名はヘイムダル。北欧神話に名を連ねる神の国の番人にして見張り役。そしてロキと因縁浅からぬ相手だ。

 今、和輝とロキはヘイムダルの偵察ビットを案内役にして、いずこかに行こうとしていた。

 場所は分からない。先導するビット、つまりはヘイムダルの意思次第だ。

 和輝は無言で歩を進める。彼の行動といえば、時折肩にかけたバッグの位置を直すくらいだ。バッグの中にはデュエルディスクとデッキが、戦うための武器と生命線が入っているので、決して手放せない。

 

「ねぇ和輝。いい加減機嫌直しなよ」

「……俺は別に怒ってなんかいない。この顔は生まれつきだ」

「その言い方がすでに不機嫌の証拠なんだってば」

 

 呆れたようにため息をつくロキ。

 和輝が不機嫌な理由を知るには、時間を遡る必要があった。

 

 

 岡崎家、和輝の部屋にヘイムダルの偵察ビットが来訪した後のこと。

 

「この気持ち悪いのはなんだ?」

「和輝、招待状だよ、こいつは」

 

 空中で停滞して羽以外微動だにさせないビットを指さして、ロキは微笑んだ。戦いの予感を覚えたのだ。

 

「正直に言うとね、こいつを放ってきたのはヘイムダル。ボクの知り合い。ほら、君にエアメール送ってきた英国紳士がいただろ?」

「フレデリック・ウェザースプーンってやつか」

 

 正解、というようにこくりと頷くロキ。その右手人差し指が持ち上がり、くるくると回され空中に渦を作る。

 

「あの紳士が契約した神が、ヘイムダルだ。気配の残滓からほぼ間違いないだろうなって思ってたけど、この趣味の悪いドローン君を見て確信した。目的はまぁ、この前エアメールにあったことだね」

「じゃあ、お招きにあずかるか」

 

 そう言って、和輝は立ち上がった。調整済みのデッキとデュエルディスクをバッグに突っ込み、外出用のジャンパーを羽織る。

 この時点では和輝は戦いに赴く冷静さを保持しており、特に不機嫌だったわけでもない。

 彼の感情が乱されたのはこの後だ。

 和輝は階段を降り、一回でテレビを見ている義妹の綺羅(きら)に声をかけた。

 

「綺羅、悪いがちょっと出かけてくる」

 

 びくりと肩を震わせる綺羅。そのまま慌てたように立ち上がり、和輝に近づいてきた。

 

「兄さん」

「な、なんだ?」

 

 義妹の様子にただならぬものを感じて、和輝はまじまじと綺羅の顔を見た。

 潤んだ瞳、思いつめたような表情。いつもの綺羅とは様子が明らかに違う。

 

「どうした? なにか、相談事でもあるのか?」

「相談事があるのは、兄さんじゃありませんか?」

 

 踏み込んだ言葉。和輝が何か言う前に、綺羅はさらに踏み込んでくる。

 

「兄さん、兄さんが何か私に言えないことを抱えていることは分かります。分かるんです。分かってしまうんですよ」

「綺――――――」

「私だけじゃありません。父さんも、母さんも、兄さんが何か抱え込んでることに気づいているんです。けれどお二人は兄さんのこと信頼していて、兄さんが打ち明けないのはその方がいいと判断したからだ。本当に抱えきれなくなった時、あの子は話してくれる。そういう子だから、心配しすぎてはいけないって、そう言ってて。でも私は不安で――――」

 

 綺羅の胸の内から、感情が堰を切ったように零れ出して止まらなくなっていた。和輝は困惑した。綺羅がここまで思い詰めているとは思わなかったのだ。

 あるいは家族として予感があったのか。和輝の外出がただの外出ではないことを直感的に理解していて、だから今までため込んだものがあふれ出してきたのだろうか。

 

「兄さん。兄さんはどこかに行ってしまうのですか? どこか、とても遠いところに」

 

 和輝は嘆息した。家族にここまで心配をかけさせ、それに気づかなかった俺は死ぬほど低能だなと自嘲しつつ、綺羅の頭に手をやった。

 

「バーカ言ってんじゃないよ。俺はどこにも行かない。俺は、家族を置いて消えたりしない。お前を置いていったりしない。心配すんな――――って言っても無理かもしれないけど、それでも心配するな。お前は俺が帰ってくるって信じてくれてればいい。安心しろ、この約束は破らないさ」

 

 できる限り優しい声音で、和輝はそう告げた。

 綺羅はしばらく沈黙してうつむいていたが、やがて目尻を拭って顔を上げた。

 

「取り乱して、申し訳ありませんでした、兄さん。出かけに引き留めてしまって――――。行ってらっしゃい」

 

 それだけ告げて、綺羅は踵を返して奥へと引っ込んでしまった。和輝は沈黙したまま玄関をくぐった。

 

 

「家族を悲しませた。それだけで俺は自分(てめぇ)が許せねぇ」

 

 隣を歩くロキの顔を見ず、呟くように和輝はそう言った。ロキは何も言わない。ただ肩をすくめるだけだ。

 やがて一人と一柱の足が止まる。先導していたビットが動きを止めたからだ。

 和輝たちの前に広がるのは、和輝が通う高校、十二星(じゅうにせい)高校だった。

 

「うーん。相手はこっちのプライベートのことを知り尽くしているみたいだねぇ」

「予想できたことだ。行くぞ」

 

 先に立って歩きだす和輝。ロキも後に続く。十二星高校の敷地内に入った時、すでに和輝の表情は平時のものに戻っていた。戦いを前に乱れた精神状態をフラットにしたのだ。

 今は夏休み期間中で、しかも今日はどの部活も休み。本来なら学校自体門が閉まっているはずなのだが、なぜか開いていた。

 がらんとした無人の学校。これが夜なら立派なホラーだが昼間だとただうら寂しいだけだ。

 無言で進む和輝とロキ。特に表情を見せない和輝と対照的に、ロキはいつものにやにや笑いを浮かべている。

 和輝たちの前方を、再び動き出した偵察ビットが先導する。その道案内に従いながらも、和輝は目的地がどこか把握していた。

 やがて目的の場所につく。和輝の予想通り、デュエル演習場だった。

 

「やあ岡崎和輝君。待っていたとも!」

 

 パン! 大きく手を打つ音が一人も観客のいないデュエル演習場で、男と少女が和輝を待っていた。

 男――――撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 この姿を見て思い出した。そう、確かに彼はロンドンの街で自分に接触を図ってきた。

 もう一人は知らない。

 白地の長袖ブラウス、青のスカート。ピンクに近い紫の髪に、サファイアのごとき青い双眸。飾り気のない衣服の中でひそやかに存在を主張する首から下げられた銀の十字架、両耳のダイヤのピアス。

 自分と同い年くらいの少女で、かわいらしさよりも凛とした勇ましさ、美しさを感じさせる少女。

 なぜか少女はこちらを睨んでいる。初対面の人間にこんな怒気をぶつけられる覚えはないだけに、和輝は内心で困惑した。もっとも、その困惑はかけらも表情には出さなかったが。

 

「待っていた、か。確かに」

 

 ひとまず少女の存在を棚に上げて、和輝はフレデリックと相対した。

 少女と違い、フレデリックはデュエル場の中に入っている。和輝もデュエル場に向かって歩を進める。

 

「エアメールまで送って存在を知らせて、今日はグロテスクな案内役だ。何が目的なんだい?」

「うむ。端的に言うと――――戦いに来た」

 

 空気が変わる。闘気が満ちる。

 ふと、フレデリックがくるりと振り返って少女の方を指示した。

 

「彼女はカトレア・ラインツェルン。私たちの仲間だ」

「私たち、ね」

 

 複数形の意味をもちろん和輝は承知している。カトレアは腕を組み、足を横に広げた仁王立ちスタイルで和輝を睨みつけている。その力強くも決して不快ではない視線に、和輝は苦笑した。

 

「まぁいいさ。で、本当に戦いに来ただけか?」

 

 ロンドンで、わざわざこちらに警告し、エアメールでも忠告めいたことを告げた紳士。それが本当に戦いに来ただけとは思わない。

 

「すべては終わった後のことだ。勿論、君が立っていれば、の話だがね――――バトルフィールド展開」

 

 瞬時に世界が切り替わる。位相のずれた仮想空間、バトルフィールドに入り込み、世界から人が消え、残ったのは実体化したままのロキと、和輝。フレデリックとカトレアだけだ。

 

「ふん、ヘイムダルの奴、ボクのことは見えているだろうに実体化しないとは、根暗な奴め」

「お前が挑発したり喧嘩吹っ掛けたりしているから、うざったくて顔を出さないんだろ」

「さて、ヘイムダル。ああいわれているが何か感想は?」

(必要ない。おれが顔を出そうが出すまいが、これからなすことは変わらぬし、結末次第ではそのまま顔を見ずにロキは脱落する)

 

 フレデリックの頭の中だけで、ヘイムダルの声が響く。ここまで姿を見せないパートナーの姿に苦笑しつつ、神と人間の精神構造の差異の少なさを面白いものだと内心で笑みを浮かべた。

 

「オカザキカズキ。ウェザースプーン卿が見出したという正義、力。見極めさせてもらいますわ」

 

 睨みつけるような表情はそのままに、カトレアは呟く。小さな呟きだったので、その声は人間たちには届かなかった。

 

「勝ったら、いろいろと教えてもらうぜ」と和輝。

「ずるい言い方だ。誰が勝ったらなのか指定していないのが、特に」苦笑するフレデリック。

 

決闘(デュエル)

 

 戦いは、静かな言葉で幕を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話:戦士の行軍

 十二星(じゅうにせい)高校内、デュエル場。

 誰も立ち入る者のないバトルフィールド内で、新たなに神々の戦争が始まった。

 対峙する和輝(かずき)とフレデリック。 

 互いの胸にともる宝珠の光。和輝は赤。フレデリックは杜若(かきつばた)色。

 始まりの言葉はすでに下された。であれば、残るは雌雄を決するのみだ。

 

和輝LP8000手札5枚

フレデリックLP8000手札5枚

 

「私の先攻のようだね。ふむ、モンスターをセット。面白みのない一手だが、これでターンエンドだ」

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 自信に満ちた佇まいとは裏腹に、大人しいフレデリックの布陣。和輝はドローしたカードを手札に加え、思案を巡らせる。

 そんな和輝の隣に、半透明のロキが現れた。

 

「さて、バックはなし。攻めるチャンスだけれど、どうだろうか?」

「罠か、それとも舐めているのか。まぁ、踏み込めばわかるさ。俺はマスマティシャンを召喚」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、ローブ姿に学者帽、丸眼鏡の老人。ロンドンで咲夜(さくや)からもらったカードだ。

 

「マスマティシャンの効果発動。デッキからブラック・ファミリアを墓地に送る。そしてこの瞬間、墓地に送られたブラック・ファミリアの効果が発動する。このカードが墓地に送られた場合、俺はデッキからブラック・マジシャンモンスター一体を手札に加えることができる。俺はブラック・マジシャンを手札に加える」

 

 和輝のデッキから手札に、彼のエースにしてフェイバリットモンスターが加えられた。エースを手札に加えた和輝を、フレデリックは楽し気な笑みで見据えた。

 

「早速君のフェイバリットが手札に舞い込んだわけだ。さて、次は何かな? イギリスのウェールズで、我が友クリノから貰ったペンデュラム召喚かね? スケールが8のモンスターがいれば、今手札に加えた君のエースも召喚できるしね」

 

 我が友クリノ。聞き捨てならない台詞が飛んできたが、和輝の心にはさざ波一つ立たなかった。

 幼いころはカウンセラー、今はデュエルの師であるクリノ・マクベス。彼の私生活は謎だから、目の前の男のような謎めいて胡散臭い友人を持っていたとしても不思議はない。それにしても世界は狭いと、そう思うだけだ。

 

「俺はスケール4の猿渡の魔術師と、スケール8の牛刺(ぎゅうし)の魔術師で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 和輝の左右に、青白い光の柱が立ち昇る。

 柱の中にはそれぞれのPモンスター。

 一本目には猿の耳を模した装飾がついたカチューシャを頭につけ、明るい緑の生地に黄色い花を咲かせた丈の短い着物姿で大胆に足を晒し、茶色の髪、黄色い瞳の女魔術師、即ち猿渡の魔術師と、その下方にある楔文字の「4」。

 二本目の柱。牛の角を模したアクセサリーを頭につけた長髪黒髪、金の瞳、臙脂色の着流し姿に閉じた扇子を手にした雅な雰囲気を醸し出す男、即ち牛刺の魔術師と、その下方に楔文字で「8」。

 どちらも魔術師というには和風な出で立ちで、どちらかといえば巫女や陰陽師という雰囲気だ。

 

「これで俺は、レベル5から7のモンスターを同時に召喚できる!

 振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! 手札より現れよ、ブラック・マジシャン!」

 

 和輝の頭上に異界の門が開き、光が一筋、彼のフィールドに舞い降りる。

 現れたのは和輝のデュエルで何度も登場している魔法使い族モンスター。眉目秀麗な顔、黒衣姿。手にした杖を己の身体の延長のように自在に操り、不敵な笑みを浮かべる。

 

「バトル! ブラック・マジシャンで攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。ブラック・マジシャンが杖の先端をフレデリックの守備モンスターに向ける。

 一瞬後、黒い稲妻が幾筋も迸り、矢のように守備モンスターに突き刺さった。

 黒い閃光がデュエル場を席巻する。その光景はすさまじいが、いくら見た目が派手でも、守備モンスターへの攻撃は基本的にダメージにはならない。

 そのはずだった。

 

「グフゥ!?」

 

 だがダメージのフィードバックが見えざる矢となってフレデリックの胸に突き刺さった。

 

「なぜ、ウェザースプーン卿にダメージが?」

 

 観戦してきたカトレアが疑問の声を上げる。痛みに呻き声をあげるフレデリックも視線で同様の疑問を和輝に対して投げかけた。

 

「牛刺の魔術師のP効果だ。こいつが俺のPゾーンにいる限り、俺の魔法使い族モンスターは全て、貫通効果を得る。つまり、ブラック・マジシャンの攻撃力2500は、今や鋭く思い槍ってわけだ」

「な、なるほどね。確かに不意を突かれた。だが私の守備モンスターは素早いモモンガ。その効果を発動し、まず1000ライフを回復する。さらにデッキから残る二体の素早いモモンガを裏守備状態で特殊召喚しよう」

 

 ダメージは軽減された。さらに壁が増えた。普通に考えれば実に鬱陶しい展開だ。

 

「さて、倒したと思ったら相手モンスターが増えた。嫌になるよね」とロキ。

「ならその盾もぶち抜くまでだ。マスマティシャンで攻撃!」

 

 マスマティシャンが手にしたロープをふるい、黄色い光線を放つ。光の一撃が二体目の素早いモモンガを打ち貫き、貫通ダメージがフレデリックを襲う。

 

「はぁ、やれやれ。これでは身が持たないね」

 

 室内ゆえに外していたシルクハットを団扇代わりに仰ぐフレデリック。ダメージは確かに通っているし、バトルフィールドでのデュエルである以上、ダメージを感じているはずなのに、最初の不意打ち以外、彼にはダメージらしいダメージがない。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

マスマティシャン 地属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地へ送る。(2):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

ブラック・ファミリア 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK500 DEF0

このカード名の(1)、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に送られた場合に発動できる。自分のデッキから墓地から「ブラック・マジシャン」モンスター1体を手札に加える。(2):???

 

猿渡の魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK500 DEF2500

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):???

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターの攻撃対象となった時に発動できる。このカードを手札に戻す。

 

牛刺の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1900 DEF1900

Pスケール8

P効果

(1):自分の魔法使い族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

モンスター効果

なし

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

素早いモモンガ 知属性 ☆2 獣族:効果

ATK1000 DEF100

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。さらにデッキから「素早いモモンガ」を任意の数だけ裏側守備表示で特殊召喚できる。

 

 

和輝LP8000手札3枚

フレデリックLP8000→5600→6600→5200→6200手札4枚

 

「私のターンだ、ドロー!」

 

 テンションが上がってきたのか、フレデリックの声音が跳ね上がる。これはフレデリックが「熱くなってきた」証拠だ。そしてテンションが上がり、エンジンがかかってくるほど、フレデリックのデッキは回り、強くなる。そのことをカトレアは知っていた。

 

「まずは永続魔法、天輪の鐘楼を発動しよう」

「あのカードは――――」知り合いのカードに軽く眉を上げるロキ。

「烈震も使っているな。S召喚の度に一枚ドロー。相手にも恩恵があるとはいえ、これにターン制限ないのは何かの冗談だとしか思えん」と顔をしかめる和輝。

「理解しているようでなによりだね。というわけで、()()()? まずはセット状態の素早いモモンガを反転召喚。さらにジャンク・シンクロンを召喚し、効果発動! 墓地から素早いモモンガを、効果を無効にした状態で特殊召喚!

 まだまだ。手札のボルト・ヘッジホッグを捨てて、クイック・シンクロンを特殊召喚! そして墓地のボルト・ヘッジホッグを、自身の効果により特殊召喚!」

 

 裏側守備表示の素早いモモンガ一体のみだったはずのフレデリックのフィールドが、いつの間にかモンスターで埋まった。

 まさしく瞬く間としか言いようのない展開に、和輝は言葉を失い、そんな彼の様子を見て、溜飲が下がったといわんばかりに得意げな表情を作るカトレアであった。

 

「さぁ準備は整った。前座はこれで終わり、メインの役者()を呼び出そう! レベル2の素早いモモンガに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 二体のモンスターが天へと飛翔する。

 ジャンク・シンクロンが三つの緑の光の輪となり、その輪をくぐった素早いモモンガが二つの白い光星となる。光星を光の道が貫き、白い光がデュエル場内に満ちる。

 

「開け白の門! 来たれ絆紡ぎし(くろがね)の戦士! シンクロ召喚。君に決めたよ、ジャンク・ウォリアー!」

 

 現れたのは、青紫色の体躯を持つ鋼の戦士。背中のブースターを吹かし、メタリックなボディに反した大きな目を持つ意外に愛嬌のある顔。空中でくるりくるりと旋回し、右拳を大きく突き出したポーズを決めてフレデリックのフィールドに降り立った。

 

「鐘楼の効果で一枚ドロー。ジャンク・ウォリアーの効果発動だ。私の場のレベル2以下のモンスターの合計攻撃力は1800、よってジャンク・ウォリアーの攻撃力は1800アップし、4100だね」

「攻撃力4100……。神に匹敵する、大台だね」

「もちろんこれで終わるほどつまらなくはないとも! 私はボルト・ヘッジホッグと素早いモモンガでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 今度はX召喚。フレデリックの頭上で、渦巻く銀河のような空間が展開、渦の中央に二体のレベル2モンスターが黄色い光となって飛び込む。

 直後、虹色の爆発が起こった。

 

「開け黒の門! 来たれ大空を渡る雄大なる翼! エクシーズ召喚。君に決めたよ、ダイガスタ・フェニクス!」

 

 爆発の向こうから現れたのは、青白い炎を全身にまとわせたプテラノドンのような形状をした怪鳥。大きな嘴を開いて一声鳴き、フレデリックのフィールドで滞空する。

 

「ダイガスタ・フェニクスの効果発動。ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、フェニクス自身に二回攻撃効果を付与。そして今ORUとして使ったのはボルト・ヘッジホッグ。私の場にはいまだチューナーモンスター、クイック・シンクロンが健在なので、効果で自身を特殊召喚。

 次はこれだね。レベル2のボルト・ヘッジホッグに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 二度目のS召喚。先ほどの焼き回しが走り、光が満ちる。

 

「開け白の門! 来たれ鋼鉄の狂戦士! シンクロ召喚。君に決めたよ、ジャンク・バーサーカー!」

 

 咆哮とともに現れたのは、返り血を全身に浴びたような朱に染まった鎧に、鬼面のような冑姿の戦士。狂戦士(バーサーカー)の名にふさわしい巨大な斧を携えて、大地を踏みしめ血に飢えた雄叫びを上げた。

 

「鐘楼の効果でドローだ。そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地のジャンク・シンクロンを除外し、ブラック・マジシャンの攻撃力をジャンク・シンクロンの攻撃力分ダウン!」

 

 つまり1300ポイントダウンし、ブラック・マジシャンの攻撃力は1200。一気にこの場で最弱のモンスターとなってしまった。

 

「ちょっと待った! 伏せのないこの状況って、相当まずくない!?」

 

 悲鳴のような声を上げるロキ。和輝は無言。だが表情は険しく、状況が彼にとって芳しくないことは明らかだった。

 

「さぁウェザースプーン卿。今こそ攻勢の時ですわ」

「いよいよバトルといこう! ジャンク・ウォリアーでブラック・マジシャンを、ジャンク・バーサーカーでマスマティシャンを攻撃!」

 

 カトレアの囁きが聞こえたわけでもないだろうが、フレデリックは指でターゲットを指し示し、攻撃を宣言した。

 攻撃宣言を受け、フレデリックのモンスター達が疾駆する。

 ジェット噴射の速度も加算したジャンク・ウォリアーの拳がブラック・マジシャンを穿ち、有り余る膂力を持って振り下ろされたジャンク・バーサーカーの斧がマスマティシャンを両断した。

 ダメージのフィードバックが和輝を襲う。

 

「ぐ……ッ! マスマティシャンの効果でカードを一枚ドロー!」

「だがこれで君を守るモンスターはいない。ダイガスタ・フェニクスでダイレクトアタック!」

 

 天井付近まで舞い上がったダイガスタ・フェニクスが一転、急降下で和輝に向かって弾丸のごとき速度で降ってくる。

 

「これが通れば、オカザキカズキのライフは残りわずか。やはりウェザースプーン卿が目をかけるほどの人物ではなかったということですわね」

「この瞬間! 手札の落龍の魔術師の効果発動! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時、自分フィールドのカード一枚を破壊することで特殊召喚できる! 俺は猿渡の魔術師を破壊し、落龍の魔術師を特殊召喚! さらに破壊された猿渡の魔術師のP効果発動! Pゾーンのこのカードが破壊された場合、俺のモンスターゾーンに特殊召喚できる! 猿渡の魔術師を守備表示で特殊召喚する!」

 

 鼻を鳴らしたカトレアに対する声なき返答のように、和輝は吠えた。同時、彼のフィールド、青い円柱の一本が折れ砕け、新たに赤い、ドラゴンの鱗を全身に生やした竜人型のモンスターが現れる。

 赤い鱗、縦に開いた瞳孔を持つ黄色い瞳、しかし人に近い体躯を覆うのは紫のローブ。樫の木でできた杖を手に、ひげは生えていないが、男の魔術師然とした姿だった。

 さらに先ほどまで円柱の中にいた猿耳をつけた魔術師が、身軽な動作で和輝のフィールドに降り立った。

 

「ほう、その効果ならば、もっと早いタイミングで効果を発動していれば、より少ないダメージでこの場を切り抜けられたはずだが……、それだと、君が残せるモンスターの数は0になるね。つまり、多少のダメージを覚悟しても、君は次の反撃のための手段を整えたわけだ」

「御託はいい。まだターンを続けるのか? それとも終了するのか?」

「短気は損気、そんな言葉を知っているかね? カードを一枚セットして、ターン終了だよ」

 

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

クイック・シンクロン 風属性 ☆5 機械族:チューナー

ATK700 DEF1400

このカードは「シンクロン」チューナーの代わりとしてS素材にできる。このカードをS素材とする場合、「シンクロン」チューナーを素材とするSモンスターのS召喚にしか使用できない。(1):このカードは手札のモンスター1体を墓地へ送り、手札から特殊召喚できる。

 

ボルト・ヘッジホッグ 地属性 ☆2 機械族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分メインフェイズに発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果は自分フィールドにチューナーが存在する場合に発動と処理ができる。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

ジャンク・ウォリアー 闇属性 ☆5 戦士族:シンクロ

ATK2300 DEF1300

「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は、自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分アップする。

 

ダイガスタ・フェニクス 風属性 ランク2 鳥獣族:エクシーズ

ATK1500 DEF1100

レベル2モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の風属性モンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

ジャンク・バーサーカー 風属性 ☆7 戦士族:シンクロ

ATK2700 DEF1800

「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

自分の墓地に存在する「ジャンク」と名のついたモンスター1体をゲームから除外し、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。選択した相手モンスターの攻撃力は、除外したモンスターの攻撃力分ダウンする。また、このカードが守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

 

落龍の魔術師 闇属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2700 DEF2300

Pスケール1

P効果

なし

モンスター効果

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。手札からこのカードを特殊召喚する。その後、自分フィールドのカードを1枚破壊する。(2):???

 

猿渡の魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK500 DEF2500

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):Pゾーンのこのカードが破壊された場合に発動できる。このカードをモンスターゾーンに特殊召喚する。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターの攻撃対象となった時に発動できる。このカードを手札に戻す。

 

 

ジャンク・ウォリアー攻撃力2300→4100

 

和輝LP8000→5100→3900手札2枚

フレデリックLP6200手札2枚

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「岡崎君。一つ聞いていいかね?」

 

 反撃に移ろうとした和輝に、フレデリックの声が投げかけられた。和輝の手が止まる。

 

「なんだよ?」

「君は、どんな願いを抱いているのかね? 良ければ教えてほしい」

 

 願い。いったい何のことを言っているのか、和輝は一瞬分からなかった。

 

「ほら、和輝。最初に言ったろ? 神々の戦争に優勝したチームへの賞品だよ。神は神々の王に。そしてパートナーの人間には、どんな願いだってかなえられる権利を手にすることができる。あの紳士は、その権利に何を願うのか、そう聞いているんだよ」

 

 そうだった。普段意識していないことだから、つい忘れてしまいがちだ。

 フレデリックが首肯する。

 

「ふむ。その反応を見る限り、君に願いはないのかね?」

「悪いかよ」

 

 肯定と同じ返答。カトレアが僅かに眉を上げる。フレデリックは微笑を浮かべた。半ば答えを予期しながら、フレデリックはさらに続きを促した。

 

「ではなぜ? なぜ君は戦うのかね? 命までかけて」

 

 和輝は最初沈黙を貫こうとした。そんなことまで語る義務はないと思ったし、そう簡単に明かしてもいい心情でもない。

 だが、傍らでロキが囁いた。

 

「和輝、ここは正直に答えよう」

「何?」

「彼はこちらを試している。実力だけじゃない、多分、その心も。こちらがどんな信念を持っているか、どんな志を胸に抱いてこの戦いに参加しているか。正確には、ボクじゃなくて、君の、内心を知りたがっているんだと思う」

 

 和輝は視線をロキからフレデリックに移した。フレデリックは微笑しながらこちらの答えを待っている。和輝は小さく息を吐き出した。

 フレデリック・ウェザースプーン。邪悪について忠告してきた男。正体不明、目的不明。わかっているのはヘイムダルの契約者ということと、ほかにも仲間がいるということだけ。

 

「……俺は、我慢ならないだけだ」

「我慢がならない? 何に対して?」

「神々がもたらす理不尽に対して」

 

 いったん言葉を切る和輝。脳裏をよぎるのは七年前の、炎に包まれた地獄の光景。

 それらを胸に抱いたまま、告げる。

 

「七年前、それまでの俺の一切合切が燃えてなくなった。神の圧倒的な力と理不尽な精神は、そういう災厄を簡単に振りまける。そして、それを是としているばかりか、積極的に行おうとしている神がいる」

 

 例えばカイロスのように。アレスやエリスのように。

 

「また、神々の戦争の参加者になって、特権によって力を得て、それで好き勝手に多くの人を傷つける人間がいる」

 

 例えば、パズズの契約者のように。

 

「そんな奴らがのさばっている現状が、俺には我慢できない」

「だから、君は神々の戦争に参加したと? 理不尽を打ち砕くために?」

「悪いかよ?」

「いいやまったくちっとも」

 

 (かぶり)を振るフレデリックの口元には微笑が刻まれている。嘲笑ではない。それは賞賛の笑みだった。ただ、相対している立場上、表立って称えないだけだった。

 

「素晴らしいことだ。数多の人間が世にいるが、そのように正義を根にして動ける人間はそうはいない。勿論悪行を見過ごせない人間はいるが、それでも大抵は自分の欲望――願いともいうね――が第一だからね」

「褒めても何も出ないぞ」

「何かを出してほしくて言ったわけではないよ。さ、中断して済まなかったね。ターンを続けてくれ」

「勝手に質問して、勝手に打ち切って。あまりいい気はしないが、まぁいいさ。俺は苦渋の決断を発動。デッキからギャラクシーサーペントを墓地に送り、二枚目のギャラクシーサーペントをデッキから手札に加え、召喚。

 行くぞ――――。レベル5の猿渡の魔術師に、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 和輝の右手が天へと突きだされる。シンクロエフェクトが再び発生し、白い光が辺りを包む。

 

「集いし七星(しちせい)が、魔石の力操りし女魔導師を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、現れろ、アーカナイト・マジシャン!」

 

 光から現れる女魔導士。ゆったりとしたローブをわずかに揺らし、凛とした視線をフレデリックのフィールドに向ける。

 

「鐘楼の効果で一枚ドローだ。S召喚成功時に効果発動。アーカナイト・マジシャン(このカード)の上に魔力カウンターを二つ置く。そして上に載っている魔力カウンター一つにつき、アーカナイト・マジシャンの攻撃力は1000アップする。

 ここで、アーカナイト・マジシャンのもう一つの効果発動! このカードの上に乗っている魔力カウンターを一つ取り除き、あんたの場に伏せカードを破壊する!」

 

 アーカナイト・マジシャンが手にした杖を前方に向ける。杖の宝珠がエメラルドグリーンの光を放つ。

 何もなければこのままフレデリックのリバースカードが破壊されるだろう。だがフレデリックが先に動いた。

 

「では、アーカナイト・マジシャンの効果にチェーン! 手札を一枚捨て、リバース速攻魔法、ツインツイスター! 君のPゾーンに残っている牛刺の魔術師を破壊しよう! さらに捨てたカードはダンディライオン。その効果を発動し、私の場に綿毛トークン二体を守備表示で特殊召喚しよう!」

 

 フレデリックの伏せカードが翻った瞬間、一陣の突風が和輝のフィールドを通り抜ける。突風は旋風の刃と化し、和輝の場の青白い光の円柱を根元から破壊、瓦解させる。当然、円柱の中にいた魔術師ももろとも破壊された。

 舌打ちする和輝。「スケールが完全に崩されたか!」

 呆れるロキ。「おまけに、コストにしたダンディライオンは効果でトークンを残す。リカバリーも完璧ってわけだね」

 頷く和輝。「だがこれでバックはない。俺はもう一度アーカナイト・マジシャンの効果を発動! このカードの上に乗っている魔力カウンターを一つ取り除き、ジャンク・ウォリアーを破壊する!」

 

 先ほど不発した魔力の本流は、今度は邪魔されることなく目標を包み込み、崩壊するように破壊した。

 

「ふむ。ジャンク・ウォリアーが破壊されたか。攻撃力4000オーバーの火力は貴重なのだがね」

「涼しい顔してよく言うよ」

「なら、今度こそ苦い顔をしてもらおう。俺は墓地のブラック・ファミリアの効果を発動! 墓地のこのカードをゲームから除外し、俺の墓地からレベル7以下の闇属性魔法使い族一体を特殊召喚できる! 俺はブラック・マジシャンを復活!

 ここで、ブラック・マジシャンとアーカナイト・マジシャンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 S召喚の次はX召喚。和輝の頭上に渦巻く銀河のような空間が展開され、そこに白と黒の光に分かれた二体のレベル7魔法使い族モンスターが飛び込む。

 一瞬後、虹色の爆発が起こった。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 爆発の中から現れる新たなモンスター。それはブラック・マジシャンに酷似したモンスター。違うところといえば、ローブの色が若干淡く、蒼に近くなり、肌の色が褐色になったこと、そしてローブの上から、金に縁どられた藍色の魔導鎧を着込んだことか。

 

「魔力カウンターを失い、攻撃力の下がったアーカナイト・マジシャンをうまく再利用したものだ。何がうまいって、ランク7Xモンスターの召喚に成功しただけでなく、さらに新たな魔法使いを展開できるのだからな!」

「あんたのカード知識に合の手を入れるつもりはない。幻想の黒魔導師の効果発動! ORUを一つ使い、デッキから二枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 幻想の黒魔導師の周囲を衛星のように旋回する光の玉の一つが消失し、代わりに和輝のデッキから新たな黒の魔術師が現れた。二体目のブラック・マジシャンも、一体目と同じく気障な笑みを浮かべて指をふるった。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでジャンク・バーサーカーを攻撃! そしてこの瞬間、幻想の黒魔導師の効果発動! ジャンク・バーサーカーを除外する!」

 

 攻撃命令を受けたブラック・マジシャンが杖を手に進み出る。次の瞬間、ブラック・マジシャンが良く放つ黒い稲妻が繰り出されるかと思った。

 だが違った。ブラック・マジシャンは囮。真の攻撃はその背後に控えていた幻想の黒魔導師。手にした杖をふるうと、ジャンク・バーサーカーの背後の空間に亀裂が発生。亀裂はどんどん広がっていき、ついに空間そのものがガラスが砕け散るような音を立てて破壊され、驚異的な吸引力がジャンク・バーサーカーを捕え、空間の向こう側へと引きずり込んでしまった。

 

「むぅ……!」

「相手モンスターの数が変更されたため、戦闘の巻き戻しが起こる! ブラック・マジシャンで綿毛トークンを攻撃! さらに落龍の魔術師でダイガスタ・フェニクスを、幻想の黒魔導師で残った綿毛トークンを攻撃する!」

 

 和輝のフィールドの魔法使い族たちが次々に杖をかざす。

 がブラック・マジシャンが放った黒い稲妻が綿毛トークンAを焼き焦がし、続く幻想の黒魔導師の赤紫の炎が激流となって綿毛トークンBを焼き尽くす。

 さらに落龍の魔術師が放った水流が莫大量の質量となってダイガスタ・フェニクスを捕え、沈め、圧壊させた。

 

「見事に反撃してきたものだね!」

「これくらいはする。伊達に神々の戦争で生き残ってきたわけじゃない。カードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 

苦渋の決断:通常魔法

「苦渋の決断」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地へ送り、その同名カード1枚をデッキから手札に加える。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆7 魔法使い族:シンクロ

ATK400 DEF1800

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

ツインツイスター:速攻魔法

(1):手札を1枚捨て、フィールドの魔法・罠カードを2枚まで対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

ブラック・ファミリア 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK500 DEF0

このカード名の(1)、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に送られた場合に発動できる。自分のデッキから墓地から「ブラック・マジシャン」モンスター1体を手札に加える。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。自分の墓地からレベル7以下の闇属性・魔法使い族1体を特殊召喚する。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

 

和輝LP3900手札2枚

フレデリックLP6200→5000手札1枚

 

 

 よもやフレデリックの猛攻を紙一重で躱すばかりか、反撃の手段もしっかり整え、実際に盤面をひっくり返して見せるとは。まさに肉を切らせて骨を断つ。和輝のそんな戦術に、カトレアはかすかな驚きを得ていた。

 確かにこの少年は戦力として期待できそうなタクティクスを有しているようだ。

 だがそれで彼を認めるかといえばそうではない。全てはこのデュエル中で見出されることだろう。

 

(なんだか、ずいぶん偉そうだけれど、私が見たところ、彼の実力は相当なものよ。同年代のアマチュアでは相手にならないでしょうね)

「わたくしはプロではありませんがオカザキカズキに負けるつもりはありません!」

 

 姿を見せぬ神のからかい半分の言葉に、本気で憤慨して反論するカトレアであった。

 

 

「私のターンだ、ドロー!」

 

 何やら喚いているカトレアが気になったが、どうせ契約した神(モリガン)にからかわれたのだろう。

 

(なかなかやるな、ロキの契約者。それに、いい正義を持っている。ふん、アンラマンユがもたらした災厄の現場にいて、なおかつロキが心臓を半分与えた人間というから、その悪性に毒されているかと思ったが、なかなかどうして、まっとうに育っているではないか)

「本人の気質、そして周りの人々の献身的な努力の結果だろうね。彼の善性は得難いものだよ。

 さぁ! デュエルを続けよう! 私は貪欲な壺を発動。墓地の三枚の素早いモモンガ、ダンディライオン、ダイガスタ・フェニクスをデッキに戻して、二枚ドロー!

 さぁどんどんギアを上げていくよ。()()()()()()()? 死者蘇生発動! 甦れクイック・シンクロン!」

「ここしかないな。チェーンして手札の増殖するGの効果発動! このターン、あんたがモンスターを特殊召喚するたび、俺は一枚ドローする!」

「牽制としては十分だろう。しかし私は止まらんよ。チューニング・サポーターを召喚し、機械複製術を発動。デッキから、残る二体のチューニング・サポーターを特殊召喚する」

 

 フレデリックのフィールドに現れる二種類のモンスター。テンガロンハットにマント、リボルバー拳銃と西部劇のガンマンの様な出で立ちのロボットと、なぜか中華鍋を頭にかぶった忍者風のロボット。後者のチューニング・サポーターに至っては残る二体もデッキから出撃してきた。

 

「レベル1のチューニング・サポーター三体に、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 フレデリックの右手が勢いよく天を衝く。次の瞬間、五つの緑の輪となったクイック・シンクロン。その輪をくぐった三体のチューニング・サポーターがそれぞれ一つずつ、白い光となる。

 

「開け白の門! 来たれ雄々しく吠える鋼鉄の破壊者! シンクロ召喚、君に決めたよ、ジャンク・デストロイヤー!」

 

 光の向こうから現れる黒鉄(くろがね)色の巨躯。X字のウィングパーツ、太くたくましい左右の上腕と、それを補助するやや細身の下腕二つ。雄々しくそそり立つ角のような額当て。重厚にして俊足の爆撃機の風情。

 

「S素材となった三体のチューニング・サポーター、そして天輪の鐘楼の効果で、四枚ドロー! さらにジャンク・デストロイヤーの効果! 岡崎君、君のフィールド、蹂躙させてもらう! ブラック・マジシャン、落龍の魔術師、伏せカードを破壊する!」

 

 ジャンク・デストロイヤーの両上腕、そして右の下腕に白い光が灯る。

 光は砲弾となって、ジャンク・デストロイヤーの腕の振りに合わせて放たれ、熱量を伴った一撃が和輝の二体の魔法使いと、伏せカード、永遠の魂を打ち砕いた。

 

「ぐ、くそ……! だがこの瞬間、落龍の魔術師の効果発動! このカードが破壊されたとき、俺のPゾーンの空いたところにこのカードをセットできる! 当然、スケールスケール1の落龍の魔術師をセッティング!」

 

 崩れたはずの円柱が再び建立される。中におさめられたのは落龍の魔術師。

 

「リカバリーはそこまでかね? ならばもう一歩、踏み込もうか! 手札からシンクロキャンセルを発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、S素材となったクイック・シンクロンと三体のチューニング・サポーターを特殊召喚しよう!」

 

 再びフレデリックの場に現れる、クイック・シンクロンと三体のチューニング・サポーター。げっとロキが呻き声を漏らす。

 

「これまずいんじゃないかな? これでまたフレデリック氏はカードをドローするよ」

「だが俺だって増殖するGの効果でドローできている」

「だがそのドローの大半は、次の君のターンにならねば使えまい? 手札誘発が増えてきても、まだまだ絶対数は少ないからね! 使えるのなら使えばいい。君の隠し玉を一つ削げる。私は再びレベル1のチューニング・サポーター三体に、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!

 開け白の門! 来たれ戦士たちを束ねし鋼の王! シンクロ召喚。君に決めたよ、ロード・ウォリアー!」

 

 現れる新たなSモンスター。

 金の鎧にマント状のリアパーツ、威風堂々とした佇まいは王の名にふさわしい。

 

「ロード・ウォリアー効果発動! デッキからレベル1チューナーモンスター、ジェット・シンクロンを特殊召喚!」

 

 ロード・ウォリアーが背部のマントパーツを取り外し、それを上空に掲げて見せた。するとマントから光が溢れ出し、光はやがて道となった。

 その道を通って現れたのは、ジェットエンジンに手と頭をくっつけたようなチューナーモンスター。

 勿論、フレデリックがただモンスターを特殊召喚し、和輝に一ドローを進呈するはずがない。

 

「墓地のジャンク・ウォリアーをゲームから除外し、手札から輝白竜(きびゃくりゅう)ワイバースターを特殊召喚!」

 

 非チューナーモンスターが現れる。それは和輝も使っている光放つ翼竜。

 

「レベル4のワイバースターに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング!」

 

 一つの緑の輪、四つの白い光の星。それを貫く一筋の光の道。

 

「開け白の門! 来たれ音速轟音の戦士! シンクロ召喚。君に決めたよ、ジェット・ウォリアー!」

 

 現れたのは、漆黒のボディをした、ジェット機が変形したロボット、といった出で立ちのモンスター。戦士族だが、機械的な無表情で、デュエル場の天井付近で滞空しつつ、腕を組んで和輝を見下ろした。

 

「鐘楼の効果で一枚ドロー。ワイバースターの効果でデッキから暗黒竜コラプサーペントをサーチ。

 そしてS召喚に成功したため、ジェット・ウォリアーの効果発動! 幻想の黒魔導師を手札に戻す! もっとも、Xモンスターである幻想の黒魔導師が戻るのは、手札ではなくエクストラデッキだがね!」

 

 ジェット・ウォリアーの姿が幻のように掻き消える。

 どこに行ったのか。和輝が周囲を見渡した刹那には、もう音速の戦士は幻想の黒魔導師の背後に回り込んでおり、その身を羽交い締めにしていた。

 何をする気か。和輝の疑問はすぐに解消された。そのままジェット・ウォリアーは天高く上昇し、どこまでもぐんぐん上っていき、ついに天井を突き破った。

 なお上昇を続ける二体のモンスター。このまま成層圏に行きついてしまうのではないかと思ったあたりになって戻ってきた。ただし、ジェット・ウォリアーだけが。幻想の黒魔導師はフィールドに帰還することかなわず、和輝のエクストラデッキに戻ってしまった。

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

増殖するG 地属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。①:このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、以下の効果を適用する。●相手がモンスターの特殊召喚に成功する度に、自分はデッキから1枚ドローしなければならない。

 

チューニング・サポーター 光属性 ☆1 機械族:効果

ATK100 DEF300

(1):フィールドのこのカードをS素材とする場合、このカードはレベル2モンスターとして扱う事ができる。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

機械複製術:通常魔法

(1):自分フィールドの攻撃力500以下の機械族モンスター1体を対象として発動できる。デッキからその表側表示モンスターの同名モンスターを2体まで特殊召喚する。

 

ジャンク・デストロイヤー 地属性 ☆8 戦士族:シンクロ

ATK2600 DEF2500

「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを選択して破壊できる。

 

落龍の魔術師 闇属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2700 DEF2300

Pスケール1

P効果

なし

モンスター効果

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。手札からこのカードを特殊召喚する。その後、自分フィールドのカードを1枚破壊する。(2):このカードが相手によって破壊された場合、自分Pゾーンに空きがあるなら発動できる。このカードを空いたPゾーンにセットする。

 

シンクロキャンセル:通常魔法

フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターのシンクロ召喚に使用したシンクロ素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚できる。

 

ロード・ウォリアー 光属性 ☆8 戦士族:シンクロ

ATK3000 DEF1500

「ロード・シンクロン」+チューナー以外のモンスター2体以上

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。デッキからレベル2以下の戦士族・機械族モンスター1体を特殊召喚する。

 

ジェット・シンクロン 炎属性 ☆1 機械族:チューナー

ATK500 DEF0

「ジェット・シンクロン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「ジャンク」モンスター1体を手札に加える。(2):このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚墓地へ送って発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

輝白竜ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

ジェット・ウォリアー 炎属性 ☆5 戦士族:シンクロ

ATK2100 DEF1200

「ジェット・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

「ジェット・ウォリアー」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがS召喚に成功した場合、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主の手札に戻す。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドのレベル2以下のモンスター1体をリリースして発動できる。このカードを墓地から守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

 瞬く間に潰滅する和輝の軍勢。今、彼のフィールドには一枚のカードもない、正真正銘の丸裸。これは実にまずい状況であった。

 そして和輝のライフは残り3900。フレデリックのモンスターの総攻撃力は5100。この攻撃を受け入れてしまえば和輝のライフは尽きる。場合によっては宝珠も砕かれるかもしれない。

 絶体絶命。そんな言葉がお似合いな状況であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話:千里眼の番神

 和輝の眼前で展開されるモンスターたち。

 ロード・ウォリアーとジェット・ウォリアー。その合計攻撃力は5100。二体のダイレクトアタックをまともに受ければライフ3900の和輝のライフは根こそぎ吹き飛ばされる。

 悪いことに和輝のフィールドにはもうカードがない。絶体絶命というやつだった。

 

「さて、いよいよバトルフェイズに入ろうか! 覚悟はいいかね岡崎君? この攻撃、躱せなければそこで終わると思いたまえよ。ジェット・ウォリアーでダイレクトアタック!」

 

 無論、相手のダイレクトアタックを前にして、和輝が油断していたわけでなはい。

 むしろこれ以上ないほど警戒し、身構えていた。

 にも拘らず、()()()()()()

 ジェット・ウォリアーの初動を感じ取れず、気付いた時、和輝は腹部に激痛を感じていた。

 

「が……!」

 

 呼気が漏れる。視線を下に向ければ、ジェット・ウォリアーの右足が槍のように伸ばされ和樹の右わき腹に突き刺さっていた。

 衝撃が遅れてやってくる。和輝の身体が後ろに吹っ飛ばされる。一度床に背中から激突し、バウンド。今度はうつ伏せ状態で倒れた。

 

「ぐ……お……」

 

 まったく予想外の一撃。しかしそれでも和輝はさすがといえた。宝珠狙いを蹴りに対してわずかに体をそらし、バックステップによって宝珠への直撃は回避した。気付き、気付かずを超えた、戦いの経験から来る反射の領域の行動。それが和輝を救ったのだった。

 

「なんだ……今のは……」

「レッスン1。神々の戦争において、相手へのダイレクトアタックは特別な意味を持っている」

 

 驚愕と疑問が脳裏に渦巻く中、和輝の耳朶をフレデリックの言葉が叩いた。

 

「何?」

「モンスターの動き、攻撃の激しさ、鋭さ。それらは全て、プレイヤーの意志、つまり精神の力に左右される。これもその応用だよ。大事なのは精神の力。激情に任せて攻撃するのではなく、ね」

「……神々の戦争は奥が深いな。闇のカードや、こんな戦い方もあるとはね」

「確かに。そして分かったことが一つ。あの男、こっちの宝珠をわざと外しやがった」

 

 苦い表情の和輝。フレデリックは相変わらず内面を知らせない笑みを浮かべたままだ。

 

「ちなみに精神の力は防御にも転用できるよ。試してみるかな? ロード・ウォリアーでダイレクトアタック!」

 

 ロード・ウォリアーがマントパーツを取り外す。光が走り、今度作り出したのは道ではなく、巨大な剣。光の剣を、大上段から振り下ろす。

 速く、重い。だが今度は和輝も動けた。モンスターの攻撃を感じ取れないなら、プレイヤーの行動を観察すればいい。和輝はフレデリックの攻撃宣言が終わるより速く、手札からカードを抜き放っていた。

 

「手札の虹クリボーの効果発動! このカードをロード・ウォリアーに装備する!」

 

 剣を振り下ろしたはずのロード・ウォリアーの動きが止まる。戦士の眼前に小さな悪魔が現れ、必死に主人である和輝を守るようにロード・ウォリアーにまとわりつく。

 

「おっと、生命線は確保していたか。それでこそ。私は、カードを四枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

「虹クリボー」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時に、その攻撃モンスター1体を対象として発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターは攻撃できない。(2):このカードが墓地に存在する場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

和輝LP3900→1800手札7枚

フレデリックLP5000手札6枚(うち1枚は暗黒竜コラプサーペント)

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 和輝がカードをドローする様子を観察しながら、フレデリックは隣で新たな気配が立つのを感じていた。

 見なくてもわかる。そこに立っているのは男。

 縦にも横にもでかい大柄な男。短めの銀髪に赤い瞳。左目は黒い眼帯をつけており、銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、黒のレザーパンツのパンクルック。

 無論、フレデリックが契約を交わした神、ヘイムダルであった。

 

「おやヘイムダル。ついに姿を現したかね」

「ああ」

 

 笑みを浮かべたフレデリックの問いかけに対し、ヘイムダルは巌のように表情を変えず、ただ首肯した。

 

「ロキは相変わらず本気なんだかそうじゃないのかわからんが、少なくとも契約者の少年に対しては本気が伝わってきた。そこに敬意を払うのはおれとしては当然のことだ」

 

 ロキとヘイムダル。この二柱の因縁は神話の時代から続いている。

 北欧神話。ロキは悪戯の神として多くの悪事をこなし、オーディンの息子であるトールと多くの冒険を経験した。

 ヘイムダルは神々の国、アースガルズの門番でもあった。

 本来なら交わらない関係だったが、ロキの悪戯が度々度を越し、ヘイムダルと相対することもあった。

 例えば、ロキが愛の女神フレイヤから秘宝、ブリージンガメンの首飾りを盗んだ際、これを奪還しに出動したヘイムダルと散々()()()()()

 以来二柱の関係はこじれにこじれ、事あるごとに衝突、または殺し合いの一歩手前まで行き、オーディンやトールに力づくで止められたこともある。もっとも、もともと冒険でも荒事をトールに任せていたロキは、まともに戦わず幻惑し、罠にはめてヘイムダルの戦力を削ぎにかかってきていたので、生粋の武人であるヘイムダルにはそれも気に入らない。

 何も正々堂々戦えとは言わないが、不意打ち、奇襲、罠があまりにも悪辣で、閉口する以外になかったのだ。

 北欧神話に語られる『ロキの口論』でも散々に侮辱され、そして人界に語られる北欧神話では、ついに最後の戦い、神々の黄昏(ラグナロク)にてロキとヘイムダルは雌雄を決することになった。

 ヘイムダル個人としては、人間の間で伝えられるこの物語の自分の役割がロキの宿敵なのはともかく、その結末が引き分けというのも面白くない。

 

「なーんか、気難しい顔して過去回想とかしてそうだなぁ」

 

 対するロキの方は、姿を現したヘイムダルに対して不平たらたらだった。この二柱仲悪いなと内心で思ったが、和輝は言葉には出さずにカードを操ることに集中した。余計なことを考えていては一瞬で()()()()()()()。フレデリックはそういう強敵だった。

 

「手札からガード・オブ・フレムベルを捨て、調和の宝札を発動。カードを二枚ドロー!

 よっし! 死者蘇生発動! 墓地より甦れ、ブラック・マジシャン!」

 

 和輝の墓地から再び現れる黒衣の魔術師。だが今更攻撃力2500の通常モンスターが出てきたところで、戦況を変化できるとは思えない。ジェット・ウォリアーはともかく、ロード・ウォリアーには敵わないし、そもそもフレデリックの場には四枚の伏せカードがある。やみくもに攻撃しても罠に嵌り、虎穴に入った哀れな獲物のように返り討ちに会うのが関の山だ。

 否。ブラック・マジシャンがいる。その事実がフレデリックのあるカードの存在を思い当たらせた。

 おりしも前のターン、ジャンク・デストロイヤーの効果で破壊した永続罠、永遠の魂。あのカードがあるならば、当然あの魔法カードもデッキに入っているはず。

 そしてフレデリックの懸念は次の瞬間、現実のものとなった。

 

「魔法カード、黒・魔・導(ブラック・マジック)発動! あんたの魔法、罠をすべて破壊する!」

 

 和輝がカードをデュエルディスクにセットした瞬間、ブラック・マジシャンが手にした杖を構えた。

 放たれたのは黒い球。紫色の雷を帯電させた球体はまっすぐ突き進み、ブラック・ホールのような引力でフレデリックの魔法・罠ゾーンにあるカードを飲み込み始めた。

 

「ただバックを割られただけにするのは嫌だね! チェーンして、伏せていた非常食を発動! 非常食を除く四枚の魔法、罠全てを墓地に送り、ライフを4000回復! さらに今墓地に送られた一枚はリミッター・ブレイク。その効果で、デッキからスピード・ウォリアーを守備表示で特殊召喚させてもらうよ」

 

 フレデリックのライフが大幅に回復し、さらに壁とはいえ、モンスターが一体増えた。決して望ましい成果ではなかったが、とにかくフレデリックのバックは剥がせた。つまり、

 

「攻勢の時間だね! 行っちゃいなよ、和輝」

「おうともよ! デブリ・ドラゴンを召喚し、効果発動! 墓地から増殖するGを特殊召喚する。そして、レベル2の増殖するGに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 和輝の右手が力強く天を衝く。彼のフィールドに、四つの緑の輪となったデブリ・ドラゴンとその輪を潜って二つの白い星となった増殖するGが光に包まれる。

 

「集いし六星が、神秘を内包せし東洋龍を紡ぎ出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚、荒波立てろ、オリエント・ドラゴン!」

 

 現れたのは、どことなく孔雀や鳳凰を思わせる翼の形状をした、鋭い爪もつドラゴン。その名の通り、オリエンタルな香り漂う姿をしている。

 

「オリエント・ドラゴン効果発動! あんたの場にいるジェット・ウォリアーを除外する!」

「おっと、それは困るな。手札のエフェクト・ヴェーラーの効果発動! オリエント・ドラゴンの効果を無効にしよう!」

 

 止められた。ジェット・ウォリアーは墓地から自己再生できるので、できれば除外しておきたかったが、事はそう簡単に運ばないようだ。

 

「止まるなよ和輝! 今攻めないと、次のミスターのターンでぶっ叩かれるぞ!」

「わかってる! 魔法カード、融合発動! 俺の場にいるブラック・マジシャンとオリエント・ドラゴンを融合!」

 

 和輝の頭上の空間が歪み、渦を作る。そして和輝のフィールドに存在していたブラック・マジシャンとオリエント・ドラゴンが、その渦に向かって飛び込んだ。

 二体のモンスターが渦の中で溶け合い、混ざり合う。

 

「黒衣の魔術師よ、東洋の神秘龍よ。今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 渦の中から新たなモンスターが現れる。

 それは体中に魔術文字が浮かび上がった、緑の体色のドラゴンと、その背に跨ったブラック・マジシャン。和輝のデュエルで度々登場する、彼の火力面を支える一体だ。

 

「呪符竜の効果発動! あんたの墓地にある死者蘇生を除外し、呪符竜の攻撃力を100アップさせる!」

 

 たった100ポイントの強化。これでは呪符竜の攻撃力は3000止まり。ロード・ウォリアーと相打ちだ。

 だがフレデリックは和輝の思考を読んでいた。なぜ彼がこのような中途半端な強化をしたのか、その理由を察していた。

 

「最大火力を捨ててまで、攻め手を増やすか……!」

「ただの力押しじゃあ、意味はなさそうだからな! 俺はスケール8の跳兎(はねうさぎ)の魔術師を、Pゾーンにセッティング!」

 

 和輝の右側には落龍の魔術師が収まった円柱があった。今、空だった左側に、再び光の円柱が立ち昇る。

 浮かび上がった数字は「8」、中に納まったのは白い肌、赤い瞳をした男の子。

 頭に白い兎の耳、背中にはウサギのしっぽを模したと思われる丸い、すっぽりと中に隠れられそうなほど大きな飾り。額にゴーグルをかけ、利発そうな笑みを浮かべ、簡略化された白に銀糸があしらわれたローブに、半分ほどに切り詰められた魔法の杖。

 魔術師であるが、活発な子供の面も残した少年だった。

 

「跳兎の魔術師のP効果。このカードがPゾーンにセットされたとき、反対のPゾーンにあるPカードを破壊できる。俺は落龍の魔術師を破壊する」

 

 ガガン。派手な音を立てて円柱が崩れ落ちる。フレデリックはややわざとらしく驚いて見せた。

 

「ふむ。わざわざ完成されたスケールを崩すとは。つまり君の手札には新たなPモンスターがいるということだね?」

「こたえる意味は感じないな。どうせ見せるし。俺はスケール1の白羊の魔術師をセット!」

 

 崩された円柱がまたしても立ち昇る。

 今度おさめられたのは、もこもこの羊の毛皮を全身にまとった、眠そうな顔をした少女。首には鈴を下げ、右手に樫の木でできた杖を、頭の羊の角に紫のとんがり帽子をひっかけている。

 

「刻まれたスケールは1と8。よって俺は、レベル2から7のモンスターを同時に召喚できる!

 振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! まずはエクストラデッキから猿渡の魔術師と牛刺の魔術師、さらに落龍の魔術師を。そして手札からオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを俺の舞台に呼び込むぜ!」

 

 和輝の頭上に開いた光の門。そこから四つの輝きが地上、即ち和輝のフィールドに向かって降り立った。

 現れた三体の魔術師と、一体の地上疾走型のドラゴン。

 

「P召喚も交えて、一気に展開してきたか。この少年、やはり機を見ている。今が攻め込む最大の好機だと、確信しているようだぞ」

 

 満足げに語るヘイムダル。そうだろうとフレデリックは頷いた。

 そして和輝のこの展開を予想していた探偵と神と違い、カトレアは純粋に驚いていた。

 バック四枚というのはどうしても動くのに躊躇する布陣だ。それを吹き飛ばし、のみならず、自在にPカードを操り、S召喚から始まり融合召喚をしてのけた。

 であれば、ひょっとしたらもう一つ、X召喚の行えるかもしれない。

 P召喚は後に融合、シンクロ、エクシーズにつなげやすいが、そのすべてを一ターンでこなすというのか、この少年は。

 

「白羊の魔術師のP効果! このカードは一ターンに一度、俺の場の魔法使いかドラゴン族モンスター一体のレベルを一つ、上げるか下げることができる! 俺はレベル5の猿渡の魔術師のレベルを一つ下げて4にする。

 レベル4となった猿渡の魔術師と牛刺の魔術師をオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 カトレアの予想は的中した。和輝の頭上に、渦巻く銀河のような空間が展開され、その渦に紫の光となった二体の魔術師が飛び込んでいく。

 

「星を読む瞳。時を観る眼。大いなる彼方より、来たれ星刻の魔術師!」

 

 虹色の爆発が起こり、その粉塵の向こうから現れる新たな魔術師の姿。

 それは時読みの魔術師と星読みの魔術師がそれぞれ腕につけていた装具を左右の手に備えた、瞳のみが覗くフードで顔を隠した魔術師。その外見はまさしく時読みと星読み、二体の魔術師の特徴を合わせたようだ。

 

「バトルだ! 呪符竜でロード・ウォリアーを攻撃!」

 

 ついに下される和輝の攻撃命令。呪符竜、正確にはブラック・マジシャンが乗ったドラゴンが大口を開き、そこから金色の炎を放つ。

 対してロード・ウォリアーは巨大なドラゴンに臆することなく地を蹴り、マントパーツを外し、光の剣を形成。一気に躍りかかった。

 炎を切り裂く光の剣。だが炎もまたロード・ウォリアーを飲み込み、その身を苛み続ける。

 ついに光の剣が炎を貫いて呪符竜に届いた。

 喉を貫かれたドラゴンは苦痛の絶叫を上げて地に倒れ伏す。だがそこで、戦士もまた地面に膝をつき、がくりと力尽きた。

 壮絶な相打ち。だが、モンスターの数が減ったのはフレデリックのフィールドだけだった。

 和輝のフィールド、そこにはさっきまでドラゴンの上に乗っていたブラック・マジシャンの姿があった。

 

「呪符竜の効果発動! 破壊されたため、墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 チッチッチと舌を鳴らし、指を振る黒魔術師。

 

「まだバトルは続いている。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでジェット・ウォリアーを、星刻の魔術師でスピード・ウォリアーを攻撃!」

 

 怒涛の攻撃宣言。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが地を蹴って疾走、跳躍。滞空するジェット・ウォリアーの上を取って、螺旋を描く炎を吐き出した。

 ガードするジェット・ウォリアー。だが螺旋の炎はジェット・ウォリアーの体内に潜航し、貫通し、爆散させる。

 

「ぐふぅ! 戦闘ダメージの倍加は殺意マシマシだね!」

 

 ふざけた物言いのフレデリックの眼前で、光の矢を雨のように放つ星刻の魔術師の攻撃が、スピード・ウォリアーを穿つ。

 がら空きのフィールド。しかし和輝のフィールドにはまだ、ブラック・マジシャン、落龍の魔術師が攻撃の権利を残している。

 

「ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 一瞬、和輝は先ほどフレデリックがやったように、精神を研ぎ澄ましたあの一撃ができないかと考え、やめた。今いきなり新しい概念を取り入れたところで、ぶっつけ本番だ。うまくいくほど世界は都合がよくはない。それに、余計なことを考えながらの攻撃はそれこそ威力減衰につながる。

 ゆえに、和輝はいつも通り、攻撃を宣言した。

 一撃目。黒衣の魔術師が無手の左手をフレデリックへと掲げ、黒い波動を放つ。

 フレデリックはよけるそぶりは見せず、ブラック・マジシャンの攻撃を受けた。

 衝撃が轟音となってデュエル場内を駆け抜け、紳士の身体が後方に後ずさった。

 が、杜若色の宝珠は無傷。

 

「罅さえ入ってない? 和輝、手加減した?」

「なわけあるか」

「レッスン2。言ったろう? 精神の力は防壁にも転用できると。宝珠の強度もまた、プレイヤー次第さ。動揺し、追い詰められれば脆く、山のように泰然自若としているのならば、硬くなる。

 ちなみに私程度では神のダイレクトをまともに受ける自信はないが、飛びぬけた資質や肉体強度の持ち主なら、神のダイレクトでさえも防いでしまうかもね。例えば――――デュエルキングのように」

「ッ!」

 

 和輝の脳裏をよぎったのは、六道天とのデュエル。確かに彼は3500のバーンダメージに対して小動(こゆるぎ)もしなかった。残り五十組。ああいうのがごろごろいるのだろうか。

 考える和輝の耳朶を、フレデリックの声が叩いた。

 

「立ち止まっている暇があるのかね? 私のフィールドにカードが存在しない時に戦闘ダメージを受けたため、手札の冥府の使者ゴーズを特殊召喚! さらに冥府の使者カイエントークンを、守備表示で特殊召喚だ!」

 

 フレデリックを守るように和輝の前に立ちはだかる男女の騎士。男の方は赤い髪に黒のバイザー、防御力よりも敏捷性を重視したと思われる軽装鎧に身を包み、肉厚の片刃の大剣を携えていた。

 対して女の方は素顔を晒し、冑、鎧、長剣姿。静かな、しかし冷たい表情で和輝を見据える。

 

「やっぱり、防御札を隠し持ってたよこの紳士!」

「覚悟の上だ。落龍の魔術師でゴーズを攻撃! さらにこの瞬間、俺は星刻の魔術師の効果を発動! デッキからライトロード・メイデンミネルバを墓地に送り、落龍の魔術師に破壊耐性を付加する! さらにミネルバの効果で、デッキトップ一枚を墓地に送る!」

 

 星刻の魔術師が、落龍の魔術師に対して薄緑色のヴェールのようなバリアーを貼る。落龍の魔術師は杖をふるい、激流を発生させた。

 激流は荒ぶる龍のようにくねり、唸りを上げて冥府の使者の傍らに迫る。

 ゴーズは大剣を投擲したが、直後に激流に流されてしまった。ゴーズが投げ放った剣の一撃は、しかし星刻の魔術師が張ったバリアーによって落龍の魔術師には届かない。

 

「メインフェイズ2に入り、星刻の魔術師のもう一つの効果を発動。ORUを一つ使い、デッキから三枚目のブラック・マジシャンを手札に加える。そして闇の誘惑を発動、カードを二枚ドローし、ブラック・マジシャンを除外する。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

調和の宝札:通常魔法

手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

黒・魔・導:通常魔法

(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

非常食:速攻魔法

(1):このカード以外の自分フィールドの魔法・罠カードを任意の数だけ墓地へ送って発動できる。自分はこのカードを発動するために墓地へ送ったカードの数×1000LP回復する。

 

リミッター・ブレイク:通常罠

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分の手札・デッキ・墓地から「スピード・ウォリアー」1体を選んで特殊召喚する。

 

スピード・ウォリアー 風属性 ☆2 戦士族:効果

ATK900 DEF400

(1):このカードの召喚に成功したターンのバトルステップに発動できる。このカードの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

オリエント・ドラゴン 風属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2300 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のシンクロモンスター1体を選択してゲームから除外する。

 

エフェクト・ヴェーラー 光属性 ☆1 魔法使い族:チューナー

ATK0 DEF0

(1):相手メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

跳兎の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1300 DEF2100

Pスケール8

P効果

(1):このカードがPゾーンにセットされた時に発動できる。反対側のPゾーンのPカードを破壊できる。(2):???

モンスター効果

なし

 

白羊の魔術師 闇属性 ☆2 魔法使い族:チューナー・ペンデュラム

ATK900 DEF1300

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、自分の表側魔法使い族モンスターまたはドラゴン族モンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターのレベルを1つ上げるか下げる。

モンスター効果

(1):???

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

星刻の魔術師 闇属性 ランク4 魔法使い族:エクシーズ

ATK2400 DEF1200

レベル4「魔術師」Pモンスター×2

このカードは上記のカードをX素材にしたX召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。自分のデッキ・墓地のモンスター及び自分のエクストラデッキの表側表示のPモンスターの中から、魔法使い族・闇属性モンスター1体を選んで手札に加える。(2):1ターンに1度、自分のモンスターゾーン・PゾーンのPモンスターカードが戦闘・効果で破壊される場合、代わりに自分のデッキから魔法使い族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

冥府の使者ゴーズ 闇属性 ☆7 悪魔族:効果

ATK2700 DEF2500

自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

星刻の魔術師ORU×1

冥府の使者カイエントークン攻撃力・守備力2500

 

 

和輝LP1800手札1枚

フレデリックLP5000→9000→8200→5700手札4枚(うち1枚は暗黒竜コラプサーペント)

 

「私のターンだね、ドローしよう!」

 

 

 テンションがどんどん上がっているフレデリックを見つめながら、カトレアはやや呆然としていた。

 驚いた。あの少年、オカザキカズキ。彼は何度窮地に立たされても、そのたびに反撃し、盛り返してきた。

 プレイスキル、というよりは、プレイヤー本人の人間力によるものか。

 フレデリックは探偵で、その情報収集能力は群を抜いている。それはカトレア自体、彼女自身の経験からよくわかっている。

 

「オカザキカズキ……。七年前の生き残り」

 

 東京大火災と呼ばれる災害。この世全ての悪、アンラマンユと神々との戦闘行為。

 激化する戦いは位相の異なる空間、バトルフィールドを崩壊させ、その余波で東京都内に未曽有の大火災を引き起こした。

 もしもこの世全ての善、スプンタマンユ女神がアンラマンユの災厄を一身に引き受けなければ、被害はもっと広がっていただろう。

 多くの被災者が自殺したり発狂する中、ただ一人、今もまっとうな日常生活を送れている少年、それが和輝だった。

 カウンセリングが功を奏したのだろう、良き家族に拾ってもらえたのだろう。偽りのない、真実の愛情を長年にわたって受けたのだろう。

 しかしそれらは立ち直るための手助けにはなるが、全てではない。

 和輝が今こうして立ち直っているのは、彼自身の精神的な強さ。

 心の強さ。認めざるをえまい。

 

「しかしそれとデュエルの実力はまた別、このターン、ウェザースプーン卿は神を召喚してきますわ」

(わかるの?)

 

 脳裏に、自分だけに聞こえる神の声。それに頷きながら、カトレアは自信をもって言い放った。

 

「流れが、そうと告げていますので」

 

 

「では行くよ岡崎君! まずは希望の宝札を発動だ! 互いに手札が六枚になるよう、カードをドロー!」

 

 テンションに任せて、フレデリックはカードをドローする。同時に、彼は鼓動を感じていた。

 

「来たかね、ヘイムダル」

 

 神の鼓動。確認するまでもないことだったが、ほかのドローカードも知りたかったので、引いたカードたちに目を向ける。

 予想――フレデリックにとっては事実確認だ――通り、神のカードが舞い込んだ。このデュエル全体の流れが、神を呼ぶ方向に行っていたのだ、ここで来るのは必然といえた。

 

「フレデリック。もういいだろう。おれを出せ。ロキと決着をつける」

「高ぶっているね、ヘイムダル。まぁいいさ。私は墓地のワイバースターを除外し、暗黒竜 コラプサーペントを特殊召喚する。さらに墓地のジェット・シンクロンの効果発動! 手札を一枚捨て、このカードを特殊召喚だ!」

「来るね、これは……」

 

 揃う生贄たちを前にして、ロキが呟いた。和輝も同意を示すように頷く。

 三体のモンスター。即ち三体の生贄。

 神が来る。ロキの宿縁の相手、ヘイムダルが。

 フレデリックが告げる。

 

「さて岡崎君。せっかく私の戦いに付き合ってくれたのだ。最後まで見て行ってくれたまえ。これが最後のレッスンだ! 私の場の三体のモンスターをリリース!」

 

 フレデリックのフィールド、三体のモンスターが光の粒子となって世界に溶け込むように消えていく。直後、まるで見えない手で押さえつけられたかのような重圧が和輝を襲った。

 

「な、なんだ!?」

 

 それが神降臨の前触れなのだと。気付いたの時には、フレデリックの声が朗々と響いていた。

 

「来るがいい、見るがいい、そして勝つがいい! 君こそが、神々の国より地平を見定める番神! 角笛を鳴らせ、戦の時はきた! 降臨せよ、千里眼の番神ヘイムダル!」

 

 神が現れる。

 レザー製品のパンツルックは解除され、代わりに全身を包むのは黒塗りに金の縁取りがなされた全身甲冑。左目の眼帯は外されており、赤、青、黄、金、銀など、刹那ごとに色の変わる複雑な色彩の左目が露出していた。

 背には武骨そのものといった大剣を背負い、右腰に下げているのは小振りな角笛。

 北欧神話の門番、ヘイムダルの降臨だった。

 神の出現によって、バトルフィールド全体が呼応するように鳴動する。

 

「く……! さすがは神、召喚されただけでこの威圧感か!」

「元が堅物だからね! それにしてもヘイムダルの奴、ボクの記憶よりもずいぶん力を高めているじゃないか!」

「当然だ、ロキ。おれとて北欧の神。不死を捨てた代わりに高みに登れる可能性を手にしている。ロキ、貴様もそれを求めているのだろう?」

 

 和輝は困惑したような眼差しでロキを見た。ロキは沈黙。

 ほかの多くの神話の神々と違い、北欧神話の神は不死ではない。死んでも自力で復活できるわけではない。その不完全性ゆえに、成長の可能性があるのだ。

 

「君は、進化を可能にしたのか」

 

 ロキの声音に忸怩たるものがあった。

 悔しいのだ。六道天とオーディンのコンビと戦い、敗北して以来、和輝は試行錯誤を繰り返し、デッキを強化、戦術も練り直している。

 だが自分はどうだろう? いまだに自分の境界から一歩も外へ行けない自分は――――――

 

「では行こうか! なぁヘイムダル!」

「ああ。フレデリック、まずは――――」

「わかっているよ。だが順番がある。まずはリリースされたコラプサーペントの効果を発動だ。デッキから二枚目のワイバースターを手札に加える」

「準備は整ったな?」

「段取りができてきて助かるよ。今手札に加えたワイバースターを墓地に送り、ヘイムダルの効果発動! 手札を一枚捨て、私のデッキ、墓地、エクストラデッキから、可能な限りモンスターを特殊召喚する!」

「な――――――」

「んてでたらめな効果!」

 

 絶句する和輝と驚愕の声を上げるロキ。一人と一柱の反応違いを楽しみながらも、フレデリックのフィールドに顕現したヘイムダルは、腰に下げた角笛を手に取った。

 角笛、神々の狼煙、ギャラルホルンは、ヘイムダルの手に移ると見る見るうちに巨大化していく。

 角笛に口をつけたヘイムダル。その見た目にふさわしい肺活量をもって、地の果てまで届けとばかりに大音量を轟かせる。

 

「ヘイムダルの効果により、墓地からロード・ウォリアーを、そしてエクストラデッキからニトロ・ウォリアー、マイティ・ウォリアー、そしてスターダスト・ウォリアーを特殊召喚しよう!」

 

 角笛の音色に率いられて、現れる戦士たち。ダメ押しとばかりに、フレデリックは手札からカードを繰り出した。

 

「永続魔法、連合軍を発動。さらに装備魔法、団結の力をヘイムダルに装備。これで、私の戦士たちの攻撃力は800アップし、ヘイムダルは4000アップだ」

 

 ギャラルホルンによって駆け付けた戦士たちの攻撃力は軒並み3000を超えた。そして、それらを率いるヘイムダルに至っては8000だ。

 

「さて、厳しいね」

「攻撃力だけならもっと上の神はいた。が、数ってのは厄介だな」

 

 神はただ場にいるだけで絶大な存在感を放つ。圧力、といってもいい。相対しているだけで神経が鑢に掛けられたような苦痛が続く。

 それに加え、フレデリックのフィールドには四体のSモンスターが存在している。この一斉攻撃を受ければ、和輝などひとたまりもあるまい。

 

「バトルだ! スターダスト・ウォリアー、ニトロ・ウォリアー、ロード・ウォリアー、マイティ・ウォリアーでそれぞれ君のモンスターを攻撃しよう!」

 

 進軍開始、和輝はいち早くデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバーストラップ発動! スピリット・バリア! モンスター同士で発生する俺への戦闘ダメージを0にする!」

「だがそれは、ダイレクトアタックのダメージを0にはできまい。私のモンスターの数は五体、君は四体。盾の数が足りないぞ!」

 

 分かっている。だがそれでも、ここで何もせず手をこまねいていては和輝のライフはダイレクトアタックを迎える前に尽きる。

 和輝の周囲を、薄緑色のバリアがドーム状に包み込む。

 直後、一方的な蹂躙が始まった。

 スターダスト・ウォリアーの拳がブラック・マジシャンを粉砕し、ニトロ・ウォリアーの鉄拳が星刻の魔術師を爆殺し、ロード・ウォリアーの光の大剣がオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを両断し、最後に、マイティ・ウォリアーのガントレットが落龍の魔術師を叩き潰した。

 

「マイティ・ウォリアーの効果発動! 今戦闘破壊した落龍の攻撃力の半分、1350のダメージを受けてもらうよ!」

 

 フレデリックがぱちんと指を鳴らすと、マイティ・ウォリアーが巨大な腕であるガントレットの拳を和輝に向けて突き出した。

 すぐさまその場から飛びのく和輝。直後、マイティ・ウォリアーのガントレットがロケットのように発射され、さっきまで和輝が立っていた個所に激突。床に放射状に罅を作った。

 

「くそ……!」

「気を抜くな和輝! 次が来る!」

 

 ロキの警告が飛ぶ。分かっている。これでもう盾はない。次は、神の攻撃が来る。備えなければ。

 

「何か守備の手段があるかね? なければ君の負けだぞ! ヘイムダルでダイレクトアタック!」

 

 ヘイムダルが一歩前に出る。重々し音とともに大剣を右手に握りしめる。

 一歩一歩、大地を打ち鳴らすように歩む。

 

「ヘイムダルの千里眼は対象のあらゆる行動を見逃さない。ただ物理的に逃げるだけじゃ攻撃は躱せない。つまり、何らかのカードを使ってヘイムダルの攻撃事態を無効にしなければ、宝珠を砕かれるのは必至だ! さぁどう来るかね岡崎君!」

 

 ヘイムダルは何も言わない。ただわずかに口角を吊り上げる渋い微笑を浮かべた。

 そして、ついにヘイムダルの足裏が大地から離れた。

 爆発したかのような轟音が沸き起こり、空気を穿つ矢となって駆けるヘイムダル。空気の振動がデュエル場全体を震わせる。

 

「まだ――――終わらねぇ! 跳兎の魔術師のP効果! 俺のライフが0になるダメージを受けるとき、Pゾーンのこのカードを破壊し、受けるダメージを0に! さらにカードを一枚ドローする!」

 

 和輝のPゾーン、即ち光の円柱の中にいた少年魔術師が、主の窮地にいてもたってもいられなくなったというように円柱から飛び出し、ヘイムダルの前に両手を広げて立ちはだかった。

 ヘイムダルの大剣が振り下ろされる。衝撃が走る。が、和輝は無傷。跳兎の魔術死の身を挺した献身が、彼を救ったのだ。

 

「さすが。しかしヘイムダルのもう一つの効果発動! ヘイムダルは一ターンに一度、相手のエクストラデッキを確認し、その中からカードを三種類まで、ゲームから除外できる!」

「なんだと!?」

 

 エクストラデッキへの干渉。しかもノーコスト。その希少な効果に、さしもの和輝も驚愕を隠せない。フレデリックの眼前に、和輝のエクストラデッキの情報が開示される。

 

「ふむ……。これにしようか。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン、閃珖竜スターダスト、波動竜騎士ドラゴエクィテス。この三枚を除外するよ。カードを一枚伏せて、ターン終了だ」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

千里眼の門戦神ヘイムダル 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK4000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。自分のデッキ、墓地、エクストラデッキからモンスターを可能な限り特殊召喚する。(4):1ターンに1度、相手のエクストラデッキのカード3種類まで選択して発動できる。選択したカードをゲームから除外する。

 

ニトロ・ウォリアー 炎属性 ☆7 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF1800

「ニトロ・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分のターンに自分が魔法カードを発動した場合、このカードの攻撃力はそのターンのダメージ計算時のみ1度だけ1000ポイントアップする。また、このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊したダメージ計算後に発動できる。相手フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して攻撃表示にし、そのモンスターにもう1度だけ続けて攻撃できる。

 

マイティ・ウォリアー 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2200 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。

 

スターダスト・ウォリアー 風属性 ☆10 戦士族:シンクロ

ATK3000 DEF2500

Sモンスターのチューナー+チューナー以外のSモンスター1体以上

(1):相手がモンスターを特殊召喚する際に、このカードをリリースして発動できる。それを無効にし、そのモンスターを破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。(3):戦闘または相手の効果で表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動できる。エクストラデッキからレベル8以下の「ウォリアー」Sモンスター1体をS召喚扱いで特殊召喚する。

 

連合軍:永続魔法

自分フィールド上の戦士族モンスターの攻撃力は、自分フィールド上の戦士族・魔法使い族モンスターの数×200ポイントアップする。

 

団結の力:装備魔法

(1):装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールドの表側表示モンスターの数×800アップする。

 

スピリットバリア:永続罠

自分フィールド上にモンスターが存在する限り、このカードのコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。

 

跳兎の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1300 DEF2100

Pスケール8

P効果

(1):このカードがPゾーンにセットされた時に発動できる。反対側のPゾーンのPカードを破壊できる。(2):相手の攻撃、またはカード効果によって自分のライフが0になる場合にPゾーンのこのカードを破壊して発動できる。その攻撃または効果によって受けるダメージを0にし、カードを1枚ドローする。

モンスター効果

なし

 

 

和輝LP1800→450手札7枚

フレデリックLP5700手札0枚

 

 

 ヘイムダルの軍勢。それらを前にして、和輝の戦線はあまりに心もとない。しかも業腹なことに、ここにきて自分の、カードとしてのスペックにロキは強い不満を持っていた。

 自分がもっと強ければ、和輝ももっと楽ができるだろうに。自分がもっと頼れるのなら、和輝も戦術を組みやすいだろうに。

 己の非力を、ロキは誰にも言わず、薄笑いのような笑顔で鎧ったまま、心中で罵っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話:進化

 ロキが思うに、ヘイムダルは神話の時代から自分を敵視していた。

 ヘイムダル、北欧神話の神々の国アスガルドと守護する門番、そして、大神オーディンの息子。

 同じ息子であるトールと違い、ヘイムダル厳格な性格で、悪く言えば融通が利かなかった。

 それ故に、本来神々と敵対している巨人族の血を引いた半神のロキがオーディンの庇護下に入り、あまつさえ、義兄弟の契りを交わしたことが気に入らなかったのかもしれない。

 ロキも悪戯の神なだけあって奸智にたけた悪行の数々で神界を混乱させていたのだから、ヘイムダルが敵視する理由は分かる。

 あるいは嫉妬か。ヘイムダルはアスガルドの門番として、神界と北欧の人界を隔てる虹の橋、ビフレストのたもとに居を構え、そこで見張り番をしていた。

 そのため彼は常に一柱のみで生活しており、ほかの神々との接点が少なかった。

 それは当然、実父であるオーディンとも。

 (オーディン)の近くにいられるほかの実兄弟――例えばトールのような――の立場を羨んでも、それが憎悪に代わることはなかっただろう。

 だが、赤の他人であるはずのロキが、義兄弟としてオーディンの庇護を受け、我が物顔でその隣に居座るのは我慢できなかった。だからことあるごとに衝突した。ロキはそう考える。

 おお、おおヘイムダル。白きアース神。その清廉な異名に背く醜い嫉妬の感情を発露させるか。

 だが、ロキはその醜さこそが好ましい。

 実に人間的だ。そしてロキは人間が大好きだ。人間的な神も。

 だから、ヘイムダルがどう思おうと、ロキは彼のことが嫌いではなかった。

 ただし、どうにも負けたくないという気持ちはあった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 現在の状況を、和輝は冷静に把握した。

 自分の手札は七枚。潤沢だ。だがいかに豊富な手札でも、現状を打破できなければ意味はない。残念だが和輝の手札に、現状打破及び逆転のための切り札はない。

 フレデリックのフィールドに目を向ける。

 正体不明の伏せカードが一枚。そして永続魔法、連合軍。

 もっとも厄介なのは彼のモンスターたちだろう。

 Sモンスターのウォリアーたち。特にスターダスト・ウォリアーがいるため、実質和輝の特殊召喚は一回封じられたに等しい。

 そして、それら戦士たちを統率する神、ヘイムダル。

 たった一枚の手札をコストに、無数のモンスターを出現される効果、そしてこちらのエクストラデッキに干渉する効果。今は装備魔法、団結の力の効果により、攻撃力を8000にまで上昇させている。

 分厚い布陣、高い壁。

 何としても乗り越えたい。和輝はそう思う。

 現状を打破するためにはドローに賭けるしかない。

 だが何を引けばいい? あるいは、神のカード(ロキ)ならこの状況から逆転できるかもしれない。あの、召喚時限定だが、墓地肥やしとサーチを兼ねた効果で、望みのカードを引くことさえできれば。

 

(だが、それは運だ)

 

 和輝とて、多くの戦いを経験してきた。だからわかる。今、戦いの流れはフレデリックのものだ。

 今までも、ロキの不確定なサーチ効果に頼り、逆転してきたことはある。

 だがそれは流れが和輝に傾いていると、意識的にせよ無意識的にせよ確信があったからできたことだった。

 まして今は考える余裕ができてしまった。あれよあれよという間に敗北、というわけではないので、いやでも敗北と、神々の戦争脱落が頭にちらつく。

 

「くそ……!」

「己の力に自信が持てないかね?」

 

 和輝の心の動揺に対して、フレデリックの言葉がするりと差し込まれた。

 

「なんだと?」

「この状況から君が勝利するには、スターダスト・ウォリアーの効果による特殊召喚への軛を掻い潜ったうえで、私のライフを0にしなければならない。それには圧倒的な攻撃力が必要だ。

 その火力をどうやって捻出するか? そして、攻撃するモンスターはどうするか? そもそも、キーカードをこのドローで引けるのか? 悩みは尽きないね」

 

 フレデリックの言葉一つ一つが、和輝の不安を突いていく。

 

「それでは君はこれ以上戦えないよ。ここで私と、ヘイムダルに倒された方が、命を落とさずに済む」

「言ってくれるぜ……」

「和輝。とにかくできることをやろう。まずはドローしてからだ」

「――――それでは現状は変わらない」

 

 巌を削ったかのごとき声が差し挟まれた。

 ヘイムダルが、フレデリックのフィールドにいたままに声をかけたのだ。

 

「何が言いたい? ヘイムダル」訝しげに問いかけるロキ。

「神の成長とは、なんだ?」応えず別の問いを投げかけるヘイムダル。

「神は、ただ戦い続ければ強くなるが、それがイコールで成長になるとは限らない。秘められた力の開眼。新たな進化。それをなすに必要な事柄はなんだ?」

 

 誰かに言い聞かせているようにも、独白のようにも聞こえる、機械のような声音のヘイムダル。和輝はますます困惑した。

 だがロキはそうではなかった。

 

「和輝、恐れることはないよ」

 

 穏やかなロキの声。和輝は、己のパートナーの声音にこもった確信めいた感情に眉をひそめた。

 先ほどまで、和輝と同じく、ロキもまた、焦慮の念を感じていたはずだ。ヘイムダルの効果に、フレデリックの攻勢に。

 だが今は違う。凪のように穏やかだ。

 

「ロキ?」

「カードを引こう、和輝。大丈夫。君の不安を払しょくしよう」

「不安要素が分かるのか?」

「だてに君と長いこと戦ってるわけじゃない。密度の問題だけれどね。けれど分かるよ。君は、ここで(ボク)を引ければ、逆転の可能性があると考えている。しかし、ボクの効果ゆえに、不安を持っている。違うかな?」

 

 和輝は言葉に詰まった。その沈黙が何よりの答えだった。

 苦笑するロキ。己の弱さはパートナーの足を引っ張ることが多いらしい。

 ロキは力の弱い神だ。少しばかり頭が回るからといって、それがカードに反映されればピーキーな性能の、やや不安定なものでしかない。トールやオーディンのようなまっとうな戦闘神の方が、単体の力は圧倒的に上で、使い手としても安心できるだろう。

 ロキはそうではない。そしてそれでいい。

 ロキは思う、自分は単体で強力である必要はない。ただ、和輝を勝たせられればいい。

 

 ――――それでもお前は、人間の霊の解放を願うのか? 人間は、我々神が舗装した道を歩むべきだ。

 

 かつて、オーディンはロキにそう言った。それに対してロキは何と答えたか。

 覚えている。胸を張って答えたのだ。

 

 ――――違うね。例えそこが何もない、荒れ果てた大地だとしても、人間は、自分の足で歩くべきだ。

 

 それが答えだ。人間は、自分の手で勝ち取るべきだ。

 神々の戦争。多くの神が絡むまさしく終末的戦い。

 だが、それでも、勝つのは和輝(にんげん)であるべきだ。(ロキ)である必要はない。

 だから自分は強くなくていい。ただ、和輝がより勝ちやすいよう、手助けできればそれでいい。

 和輝は自分の意志で戦い、自分の手で勝利を掴むべきだ。

 そう思った時、ロキは確かに、己の中の何かが変わったことを悟った。

 

「和輝、ボクは弱い。この場で神のカード一つで逆転できるような力はない。だから、()()()()()()()。ボクを使って、いかに勝つか、選択肢を間違えないようにね」

 

 それっきり、ロキは沈黙した。和輝は、ロキの意図がいまいちわからない。しかし、彼の言葉を聞いているうちに、胸中で渦巻いていた不安は薄れていた。

 

「言ってくれるぜ、邪神さま。じゃあ、やってやるよ!」

 

 和輝の視線がまっすぐフレデリックを射抜く。

 力強い眼差しだった。恐れを振り払った、瞳だった。

 

「俺のターン!」

 

 そして和輝は声高に宣言した。

 

「ドロー!」

 

 心臓の鼓動を感じた。

 自分の心臓だと、和輝は確信した。

 心臓部に手を当てる。その鼓動が伝えていた。和輝が今引いたカードが何なのか。

 確認するまでもない。和輝は、ロキを引き当てたのだ。しかも、改めて目で確認して、和輝は驚いた。思わずロキを見る。

 

「これは――――――」

「そう、ボクらの成長の証、かな。さぁ和輝、見せてくれ。不安を払拭された君が、どう逆転するのか」

 

 微笑を浮かべるロキ。和輝はにっと口角をわずかに吊り上げた、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

 

「ああ、いいぜ、ロキ。お前の期待に応えてやる。よーく見てな! まずはサイクロンを発動! フレデリックさんよ、あんたの伏せカードを破壊する!」

 

 一陣の風が、和輝が繰り出したカードから発生した。風は瞬時に無形の刃に代わり、フレデリックの足元に伏せられたカード、神の警告を切り刻んだ。

 

「おっと。神の警告を破壊されたか、これでは展開を許してしまうかな?」

 

 いまだ自身のフィールドに相手の特殊召喚を牽制するスターダスト・ウォリアーを抱えながら、いけしゃあしゃあと言うフレデリック。だが和輝もそれは分かっている。わかったうえで、彼は次の行動に出た。

 

「あいたPゾーンに、スケール8の時読みの魔術師をセッティング! 再びスケールは成った。これで俺はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能! ペンデュラム召喚だ!」

「ここは止めようか! スターダスト・ウォリアーの効果発動! 自身をリリースし、君のP召喚を無効にする!」

 

 光の粒子となって消えるスターダスト・ウォリアー。その粒子が濃霧となって和輝のフィールドに立ち込め、異界へと開く門を封じ込めた。

 沈黙。だが和輝は笑っていた。フレデリックも微笑していた。

 フレデリックは和輝の狙いを見抜いていた。

 和輝のP召喚は囮。展開をどうしても阻害するスターダスト・ウォリアーの効果を無駄打ちさせるためのものだ。この後、本命の展開が待っているのだろう。

 しかしそれはあくまでその可能性がある、というだけだ。実際はP召喚が本命で、本命があると思わせることこそブラフ。ここでスターダスト・ウォリアーの効果を使わなければ、和輝の戦術は滞りなく進み、逆転を許したかもしれない。

 すでにフレデリックはデュエルの流れが変わりつつあることを肌で感じていた。いつまでも自分の優位が手元にあると思うほど、フレデリックは楽観的ではない。

 和輝のP召喚が囮であれ、本命であれ、どのみちフレデリックに選択肢はなかった。本命の可能性がちらつく以上、止めないわけにはいかないのだ。

 今の短い攻防で、フレデリックはそこまで考えていた。もっとも、そんな様子はおくびにも出さないが。

 

「これで、これを止められない! 手札から魔法カード、トライワイトゾーン発動! 俺の墓地から二体のギャラクシーサーペント、そしてガード・オブ・フレムベルを特殊召喚する!」

 

 これが本命だとばかりにカードをセットする和輝。その眼前に現れるレベル2以下の通常モンスターたち。小さくて、弱くて、けれどこの場で和輝の逆転を力強く手助けしてくれる存在だった。

 

「三体の生贄をそろえたか」

「来るか、ロキ……!」

 

 ぎらりと、ヘイムダルが半透明のロキを睨みつける。すでに場の空気は神の登場に慄然とし、対戦者の二名も、観戦している一人も、緊張に身を固めていた。

 

「行くぜ! 俺は場の三体のモンスターをリリース!」

 

 三体の下級モンスターが瞬時に分解、神を呼ぶ門へと置換される。

 そして現れる和輝のパートナー。

 だが何かが違っていた。

 外見は同じだ。整った容貌も、黄金を(くしけず)ったような髪も、エメラルドのごとき碧眼も、幾重にも纏われた白のローブも、そのローブの中心部にはめ込まれた紫の宝珠も、両腕に備えられた読めない文字の刻まれた金の腕輪も、何一つ変わるところはない。

 だが、一目見れば変わったとわかる。それは外見的な変化ではなく、ロキの内側から来るもの。内包する力、オーラが違うというべきか。

 

「これ、は……」

 

 観戦していたカトレアの声がかすれた。姿を消しているモリガンも、目を見張っているのが気配で伝わった。

 フィールドで剣を構えたヘイムダルはほうと呟いた。

 

「己の境界を崩し、殻を破ったか」

「見事、というしかないね」とフレデリック。

 

 和輝はロキを見ていた。正確にはそのカードを。

 以前とステータスが違う、前は攻撃力2500だった。今は3000に上昇している。神として見ればそれでも低い。三体ものモンスターを使ったにしてはやはり攻撃力は低い。

 しかし関係なかった。この効果なら、和輝次第でどんなことでもできる。

 

「しかしおかしいね。ロキ君には召喚成功時に墓地肥やしとサーチを兼ねた効果があったはずだが?」

「その不安定な効果は、もう古いよ」

 

 疑問を呈するフレデリックに対して、ロキは人の悪い微笑で答えた。ロキの視線を受け、和輝は頷いた。

 

「これが新しいロキの効果だ! 一ターンに一度、デッキからカードを一枚手札に加える! 俺は巨大化を手札に加える!」

「万能サーチ!? 確かに正統進化と言えるが、何という効果だね……」

「ボクが君たちに勝つ必要はない。ボクの力はサポートでいい。あとは和輝が勝ってくれるさ」

 

 だろ? とウィンクをするロキ。和輝も不敵な笑みを浮かべてそれに答えた。

 

「まずはその期待に応えるぞ、ロキ。俺は巨大化をロキに装備する! 俺のライフはあんたを下回っている。よってロキの攻撃力は倍だ!」

 

 ロキの全身から白いオーラが放出される。実際にロキの身体が大きくなったわけではないが、その身から放たれる力は確実に二倍になった。

 

「だがそれでも攻撃力は6000止まり。ヘイムダルの攻撃力は8000だよ?」

「かまわない。ジャンク・アタックをロキに装備。――――ロキでヘイムダルを攻撃!」

 

 狙うは本丸。和輝はほかのモンスターには目もくれず、ロキに攻撃を命じた。

 

「攻撃力で劣る状態で、攻撃だと?」

 

 剣を構えたヘイムダルの眉が顰められる。考えられるのはダメージステップで攻撃力を増減させるコンバットトリックか。

 ロキが笑みを浮かべたまま、右手で拳銃の形を作った。

 

「ばーん」

 

 間の抜けた声のゆびでっぽう。だが放たれた魔力の塊は本物だ。弾丸をはるかに凌駕する漆黒の魔弾が、音速を超過してヘイムダルに迫る。

 だがそこでの和輝の行動はさらに奇抜で、フレデリックとヘイムダルの思考の間隙を突いたのだった。

 

「この瞬間、墓地のタスケルトンの効果発動! このカードを除外し、ロキの攻撃を無効にする!」

 

 和輝の墓地から飛び出した大きな豚のモンスターが、ヘイムダルの盾となって破壊された。

 己の攻撃を己で止める。その不可解な現象よ。

 驚くカトレア。「ちょっと待ちなさい! タスケルトンなど、いつの間に墓地に!?」

 瞬時に理解したフレデリック。「そうか、ライトロード・メイデンミネルバの効果の時か。あの時に墓地に送ったデッキトップが、タスケルトンだったのだな!」

 にやりと笑うだけの和輝。だがこの場合、沈黙は何よりも肯定の証だった。

 

「タスケルトンによってロキの攻撃は無効化された。よってこの瞬間、このカードの発動条件が満たされた! 手札から速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス発動! ロキの攻撃力を倍にしたうえで、もう一度攻撃を行う!」

「ッ!? これが狙いか!」

 

 歯噛みするヘイムダル。ロキは先ほどに倍するオーラを放出させ、両手を上へと掲げた。

 ロキの両掌の上から、太陽のごとき熱量を発する黒球が出現する。そのままロキは全身で振りかぶって黒球をヘイムダルに向かて投げつけた。

 

「ぐおおおおおおおおおお!」

 

 大剣を盾にして、ヘイムダルはロキの黒球を受け止める。だが攻撃力が違う。8000では12000に敵わない。次第に抗しきれず、ついに押し切られた。

 黒球に飲み込まれたヘイムダル。ダメージのフィードバックがフレデリックを襲う。

 

「そして、ジャンク・アタックの効果で2000のダメージ。私のライフは0になる、か……。見事だ、岡崎君」

 

 目を瞑るフレデリック。それが決着の言葉となった。

 

 

サイクロン:速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。

 

トライワイトゾーン:通常魔法

自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター3体を選択して発動する。選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):1ターンに1度、自分のデッキからカードを1枚手札に加えることができる。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

巨大化:装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 

ジャンク・アタック:装備魔法

装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法

モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。

 

 

フレデリックLP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話:もたらされた情報

 バトルフィールドが消え去る。これは即ち、神々の戦争の勝敗が決したということだ。

 0になったフレデリックのライフ。しかしロキの一撃はヘイムダルを打倒し、フレデリックのライフを0にはできたものの、その宝珠を砕くことはできなかった。

 

「いやぁ、見事見事。まさに見事な、神の成長、そこからのコンボだった」

 

 デュエル場で、敗者であるフレデリックの拍手が響いた。

 予想外の勝敗に驚愕の表情を浮かべるカトレア。和輝は大きく息を吐き出し、呆れたような、疲れたような笑みを浮かべた。

 

「よく言うぜ。あんたは本気を出していなかっただろう。あんたがその気なら、もっと早い段階でスターダスト・ウォリアーを呼んでこちらをけん制できただろうし、希望の宝札だって、こちらの手札をわざわざ増やすために発動したとしか思えないぜ。手札のコラプサーペントを特殊召喚してから使った方が、もっと手札を稼げただろう。ほかにもあんたが手を抜いたという根拠を上げようか?」

 

 デュエルディスクを停止させて、デッキを回収しながら言う和輝に対し、今度はフレデリックが苦笑を浮かべる番だった。

 

「いや、結構だ。失礼したね、岡崎君。何を隠そう、私は今のデュエルでの目的は、君に勝つことではない」

「和輝に一つ上のステージの戦い方を教えること、そして、ボクの成長を促すこと、かな?」

 

 デュエル終了と同時に私服で実体化したロキが、笑みを消した表情で言う。ロキもまた、己がフレデリックとヘイムダルの思惑通りに動かされたことを悟っていた。

 怒りはない。ヘイムダルたちはあくまできっかけを与えたにすぎず、ロキが成長できたのはロキ自身の精神的向上に起因するし、和輝の勝利もまた、和輝の実力だ。本気を出していないかもしれないが、フレデリックもまた必死だった。少なくとも、勝ちを譲られたとはロキは考えない。

 

「おれはどちらでもよかったのだ」

 

 戦闘態勢を解き、通常時の姿を現したヘイムダル。

 短めの銀髪、赤い右目、左目に眼帯。銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、同じ色のレザーパンツ姿。

 

「フレデリックはお前の契約者に目をかけていた。おれの千里眼を介して収集した情報の中で、特に目についたそうだ」

「一体何にだよ」訝し気に眉を顰める和輝。

「むろん、理不尽を、暴力と、不条理を許さぬ君の心意気にだよ!」

 

 パンと大きく手を打って、フレデリックが言う。彼はゆっくりと踵を返した。

 和輝に背中を見せながら、告げる。

 

「ついてきたまえ。夏休み中とはいえ、いつまでもデュエル場を無断で使っているわけにはいかないだろう?」

 

 無言でフレデリックに続くカトレアとヘイムダル。和輝は疲れたように深く息を吐き出し、ロキは肩をすくめて後に続いた。

 

 

 校門をくぐった和輝を待っていたのは、一台の黒塗りのリムジンだった。

 

「……マジか」

 

 庶民感覚が骨の髄まで染みついた和輝は、初めて間近で見たリムジンに言葉を失っていた。

 そして決して小市民とは言えないカトレアはさも当然のように、優雅ささえ感じさせる動作で執事の男――撫でつけられた灰色の髪と同じ色の瞳をした老紳士――の一礼と音を立てないドアの開閉に従い、「ありがとうセルバン」と答え、車内に入った。

 その堂に入った動作に、和輝があっけにとられていると、傍らのフレデリックが「ハンドルは自分で握りたいのだがね」と呟きながらドアを潜った。

 早くしろと言わんばかりの二人の視線――神はロキ以外、姿を消していた――を受けながら、和輝もまた、リムジンの中に入った。

 車内とは思えぬ広々とした空間の中、落ち着かなげにシートに座る和輝。ソファのような感触に軽く目を見開く。

 隣に座るロキ。ほかの人間三名と同じく、彼もまた悠然とシートに腰かけた。

 車がゆっくりと走り出す。

 

「さて、いきなり本題に入ろうか」

 

 流れゆく街の景色を横目に眺めながら、最初にフレデリックが切り出した。

 

「今、神々の戦争に異変が起こっていることは知っているかね?」

「……なんでも、本来神々の戦争本戦に参加していないはずの神が、人界に存在しているとか」

「その通り。話が早くて助かるよ」こくりと頷くフレデリック。

「わざわざそんな話題を振ったということは、その正体についてもつかんでいるのかな?」腕を組んで、ロキが言葉を投げかける。

 

 にやりと笑うフレデリック。さながら事件関係者を集め、全員の前で己の推理を披露する探偵のように――そしてそれはある意味正しい――大仰な仕草で両手を広げた。

 

「勿論だとも」

「わたくしたちは、元々ウェザースプーン卿の呼びかけに答え、邪悪に対抗するため団結しましたが、現在はこの最大のルール違反を犯した神について追跡、調査し、その戦力を探っていたのですわ」とカトレア。

「そして、その正体は?」

 

 前のめりになる和輝。彼は己の知り合い、鷹山勇次(たかやまゆうじ)を、テミスと名乗る謎の神に倒されている。

 神々の戦争に参加していないはずの神。その謎を解き明かし、そして、できれば鷹山の仇を取ってやりたい。

 和輝の内心を知ってか知らずか、フレデリックは重々しく頷き、笑みを消して答えた。

 

「ティターン神族、というのを、聞いたことがあるかね?」

 

 初め、和輝はその言葉にピンとこなかった。

 

「聞いたことがあるよ。ギリシャ世界の神。正確には、その敵対者だね」とロキ。

「ゼウスを筆頭にしたオリンポス十二神。彼らと敵対し、そして打倒された神々。そのリーダーはゼウスの父親にして前・ギリシャの主神、クロノス」

「クロノス? まて、クロノスってのは、アテナを子供の姿にしたやつだよな? そんなに強力な神なのか?」

「違うよ、和輝。ギリシャ神話に、クロノスと名の付く神は二柱いる。

 一柱目はボクたちが戦ったカイロスの兄にして、時間を司る神。もう一柱が、今話題になっているティターン神族の長。農耕の神さ」

「人間にとっては、その二柱は同一視されることもあるね」とフレデリック。言葉の続きをカトレアが引き継ぐ。

「めぐる季節を把握する必要のある農耕は、突き詰めれば時間と切り離せぬ間柄。ゆえに、人々の間ではその二柱が混同され、同一視され始めたのですわ」

「だが本質的には別の神だ。融合することはない、はずだった」

 

 ありえないことを口にするもの特有の、苦い声音のフレデリック。

 

「はずだった。その言い方からだと、二柱のクロノスは融合しているように聞こえるけれど?」

()()ではない。しているのだよ。もっとも、融合といいはしたが、実際には吸収だ。農耕の方のクロノスが、時間のクロノスを吸収し、その力を己のものとしたのさ」

「つまり、アテナを子供にし、アレスとエリスの裏で糸を引いていた黒幕のクロノスは、実際には農耕の神の方だが、時間の神の方の力も使えるってことか? その力でアテナを子供の姿にしてしまった」

「その通りだよ、岡崎君」

 

 沈黙が、車内に満ちる。それを破ったのはロキだった。

 

「神が神を吸収する、か。普通なら何を馬鹿なというところだけれど、クロノスじゃあねえ。確か、彼は一度自分の子供たちを喰らったことがあったよね? その逸話が吸収の能力に変換されたわけだ。時と農耕のクロノスは人間たちに同一視されている。その影響を受けていれば、吸収はしやすいだろうね」

「ロキ君。君の考察は的を射ていると思うよ。さてこれがクロノスに関する異変の()()だ。二柱分の特性を持つ一柱の神」

「もう一つ、これが本当に厄介なんだよな?」

 

 言葉を挟み込む和輝。彼は知りたかった。クロノスについての能力的秘密ももちろん有用な情報だったが、それ以上に、今起こっている神々の戦争の異常の方に、心を惹かれた。

 無理からぬことだった。実際にクロノスに襲われ、彼の配下に付け狙われたアテナと咲夜。彼女たちの苦悩を和輝はどうしても共有できない。

 和輝にできることは、せいぜい、この情報を咲夜に伝えることくらいだ。それにしたって、だからと言って何ができるとも言えない。

 それにもう一つ。クロノスが絡んでいることが明確になった以上、神々の戦争に起こっている異常事態についてもっと深く知ることは、アテナたちの倒すべき敵、クロノスについて知ることにつながる。まずは敵を知らなければならない。

 

「殿方ならば、少し落ち着いてほしいですわね」

 

 思考も姿勢も前のめりになった和輝を制止するカトレアの声。冷静さを欠いていたことを自覚した和輝は「すまない」と謝罪した。

 なぜか得意げに胸をそらすカトレア。だが彼女が続く言葉を口にする前に、ロキが「なるほどねぇ」と言葉を差し込んだ。

 

「読めてきたよ。時間のクロノスを吸収した農耕のクロノスはひそかに己と内通していたアレス、エリス夫婦と呼応して、人界に赴こうとしていたオリンポス十二神を襲撃。アテナを子供の姿にし、皆を散り散りにした。その後、彼は自分の配下を復活させようとしたね?」

 

 ロキの視線がフレデリック、カトレア両名を射抜く。

 

「復活。つまりティターン神族は死んだわけじゃないのか?」

「死んだんだよ」

 

 和輝の質問にあっけらかんと答えるロキ。和輝はますます混乱する。

 

「和輝、ウェールズの森で出会ったバロールを思い出してごらんよ。彼は過去に一度、孫のルーに殺されている。なのに、今はこうして神々の戦争に参加していた。神って言うのはね、基本的に不死なんだ。正確には、死んでもまた、時がたち、蘇生のための力を蓄えられたら、復活するんだ。

 かつて一神教の救世主が、死したのち、三日後に蘇生したという逸話がある。皮肉にも、一部の神々が憎んでたまらない一神教のこの一節は、ほかならぬ、神の特性を言い当てていたのさ」

「ティタノマキア、と呼ばれる戦いだ」

 

 車内に備え付けのクーラーボックスから取り出したミネラルウォーターを飲んで舌と唇を湿らせて、フレデリックが言った。

 

「ギリシャ世界で巻き起こった大いなる戦いだ。

 ゼウス率いるオリンポスの神々と、クロノス率いるティターン神族。神々の力をフルに発揮した、破壊と再生を繰り返した空前絶後、想像を絶する戦いは十年に及んだ。そしてついに決着がついた。ゼウスがティターン神族の首魁、クロノスを打倒したのだ」にこりと笑うフレデリック。

「北欧神話のような、一部例外を除いて、神は基本的に不死です。そのためティターン神族はオリンポス十二神に打倒され、魂は肉体ごと深淵(タルタロス)に封印されました」自身の髪を指で弄びながら、カトレア。

「しかし、クロノスだけはそうではなかった。逃れたんだね?」確信を突くロキ。

「その通りだ。クロノスだけは、死して後の封印から逃れた。そして復活し、力を蓄え、そして、時のクロノスを吸収し、ついに復讐のための行動に移ったのだ」

「それが、自分の配下の復活、ってことか」

 

 和輝の結論に、フレデリックは正解とばかりに頷いた。

 

「かつて己の同胞が封印された因縁深き土地、ギリシャ。そこでクロノスは深淵に封印させたティターン神族を復活させた」

「目的はオリンポス十二神への復讐、かい?」

「そして、神々の戦争に勝利するための戦略だろう。相手より多くの戦力を集め、集団で叩く。勝利への布石だね」

 

 ロキの言葉にフレデリックは頷いた。相手よりも多くの戦力を用意するのは戦略の基本で、それを行えない弱者が、奇策でその差を補うのだ。

 あるいは、心意気かと、フレデリックは内心で独り言ちる。ちょうど傍らで、クロノスのやり方に内心で憤っているカトレアのように。

 

「つまりクロノスは、自分の部下を復活させて配下に加えているんだろ? それは神々の戦争のルールに抵触しないのか?」

「しないね。神々の戦争には、封印されたものを復活させて手駒にしてはいけないなんてルールはない。もっと言えば、勝利条件と敗北条件以外は特に設定されてもない。何でもありさ」

「もちろん、不当に戦力を増やすことも含めて、ね」

 

 肩をすくめるロキ。苦い笑みを浮かべるフレデリック。和輝も憤懣やるかたないといった表情を浮かべた。

 

「じゃあクロノスは、ティターン神族を復活させて、かつて自分たちを打倒したオリンポス十二神に復讐するつもりなのか?」

「いや、その目的はすでに果たされている。オリンポス十二神はギリシャにて、潰滅した。生き残ったのは戦いに参戦できなかったアテナとゼウスのみ。アレスの裏切り、守護の要だったアテナの不在、何より強力なけん引力を誇り、主神の地位に見合った実力を備えていたゼウスを欠いたことが痛かった。ポセイドンだけではティターン神族に抗しきれず、残らず脱落し、十二神には入っていなかったが、クロノスの息子にしてゼウス、ポセイドンの弟、ハデスは囚われた。息子を喰らった逸話を拡張し、クロノスはハデスをも取り込むつもりかもしれない。

 そして一応の目的を果たしたクロノスは、神々の戦争に勝つために動き出すだろう」

 

 ロキの表情に「険」の文字が宿る。

 

「なるほど、ちょっと疑問に思ったことがある。神々の戦争で脱落した神は五十柱。いくら何でもペースが速すぎると思ったんだ。オリンポス十二神。一勢力が軒並み潰滅したというなら、話は分かる。クロノス、確かに注意が必要だ。そして、ティターンの復活が影響しているのかな? どうも人界で不穏な気配が蔓延しだしている」

「前に言ってたな、そんなこと」

 

 和輝の言葉にうなずいたのは、ロキではなくフレデリックだった。

 

「アンラマンユの封印が緩んでいるのか、神ではないが、それに匹敵する力を持った怪物や、精霊、妖精の類の活動が活発になってきている。ゼウスが派手に動けない今、ギリシャの怪物たちはクロノスに従うだろう」

「敵は、神やティターンだけではないということですわ」

「……ねぇ、ミスター・ウェザースプーン」

 

 改まった調子でロキが問いかけた。

 

「何かな?」

「全くの勘だけれど、君たちはひょっとして、クロノスの契約者も突き止めているんじゃないかな? 違うかな、探偵殿?」

 

 沈黙。しかし口角を吊り上げたフレデリックの笑みが、百の言葉よりも雄弁にイエスと物語っていた。

 

「一体それは?」

「君にも縁ある人物だよ、岡崎君」

 

 和輝の動きがぎくりと止まる。自分の身近に、強大な敵がいた。その予想が彼に冷や汗を流させた。

 

「落ち着いて、和輝。君の身近な人間ならボクが気付く。探偵殿が言っているのは物理的な縁じゃなくて、立場的な縁じゃないかな?」

「その通りだ、ロキ君。クロノスの契約者、それは、十二の企業が合併した複合企業、ゾディアック。そのCEOにして多くのプロデュエリストのスポンサー、さらに、十二星高校をはじめ、多くのデュエリスト養成校に出資している男」

「あ」

 

 そこまで言われれば和輝にも理解が及ぶ。十二星高校入学パンフレットにも顔写真が乗っていたし、咲夜の試合を観戦しに行った時も、挨拶にきていた。ロキが神の気配を感じなかったのは、その時はクロノスと離れていたのだろう。

 おそらくその時に、クロノスはギリシャへと赴き、ティターン神族を復活させていたのだろう。

 

射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)。それがティターンの契約者だ」

 

 納得いく人物だった。

 射手矢は多くのプロデュエリストのスポンサーになっている。その一人にも咲夜がいた。

 

「疑問には思っていた。何故咲夜さんの行く先々でアレスたちの襲撃があったのか。情報は漏れて当然だ。スポンサーなら咲夜さんのスケジュールだって知っている。その情報を、アレスたちに漏らしたんだ」

 

 神々の戦争はイレギュラーにして新たな局面に移行しつつある。その事実を、和輝は改めて痛感した。

 リムジンが止まる。窓の外を見れば岡崎家の家の前だった。

 

「話はここまでのようだね」

 

 言外に降りろと言われたと察し、和輝は腰を上げかけた。それに待ったをかけたのは、隣のロキだった。

 

「最後に一つ、聞いてもいいかな?」

 

 ロキの口元にな笑みが浮かんでいた。しかし目は笑っていない。これからの質問に対して虚偽は許さないと、神の圧力をかけているようだった。

 

「答えられることならば」

「神が契約した神はヘイムダルだろ? なのにずいぶんギリシャ世界の事情に詳しいじゃないか。クロノス、ティタノマキア、ティターン神族、オリンポス十二神の現状。()()()()()()()()()()()()()北欧神話の神々が、なぜギリシャ神話の深部まで知ることができたのか」

 

 不穏な沈黙が車内に満ちる。カトレアがこめかみに一筋汗を滴らせた。

 

「いるんだろ? 情報提供者。それもギリシャ神話の深部に精通した、ティタノマキアの当事者が。そして、現在神々の戦争に参加している神の中で、そこまでの事情通は二柱。アテナと、もう一柱。ボクの勘ではこちらだね」

 

 そこで一呼吸分、ロキは間を開けた。ロキが言わんとしていることに気づいた和輝は息を飲んだ。

 

「いるんだろ、君たちの陣営に。ギリシャ神話の主神、雷を従える大いなる神。ゼウスが」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京都内某所。

 屋上からの風を感じながら、その男はふてぶてしくにやりと笑っていた。

 ひどく野性的な男だった。

 180センチを超える長身、浅黒い肌、黒い総髪、黄色い瞳。鋭い犬歯。第三ボタンまで外したシャツにダメージジーンズ姿。知能を持つ黒獅子の風情。

 

「いい風じゃねェかオイ」

 

 男の喉から低く、どう猛な声が漏れる。笑うと鋭い犬歯が牙のように覗く。

 そのまま男の右手が左胸、心臓部に添えられる。

 

「今日はオレの心臓の調子も悪くねェ。こういう時、誰かと戦えりゃァ最高なんだがな」

「そうそううまく事が運ばんのが世界だな」

 

 屋上部の扉が開かれ、大柄な男が現れた。

 外見年齢三十代前半。二メートル二十に達する巨体、荒々しい金髪に白い肌、奥に炎がちらつく氷河のような青い瞳。筋骨隆々で引き締まった体は野性味を帯びていながら、本人の性質ゆえか、どこか気品さえ感じさせる。

 眉目秀麗、というわけではないが、全身から満ち溢れる活力と底知れぬ胆力、そして絶大なる自信。それらが混然一体となった名状しがたい魅力。野性的なセクシーさを漂わせていた。

 金髪の男に視線を移し、色黒の男はスンスンと引くつかせた。

 

「ンダァゼウス? また香水の匂いが変わったなあ」

「今夜の女は情熱的だった。悪くない。惜しむらくは、人間では吾輩の全力運動に耐えられないことだな。常に気を使わなければならん」

「お盛んなこって」

「貴様もやってみろ、狩谷(かりや)。生を実感できるぞ」

「オレの生の実感は、快楽じゃなくて痛みだよ」

 

 にやりと獣のように笑い、狩谷と呼ばれた男はゼウスに向かって歩を進めた。

 

「ガキの頃から付き合ってる心臓の熱と、体が雑巾のように絞られそうな激痛。ンでもって、そのあとにくる体が氷に代わったかのような冷たさ。全部、全部だ、ゼウス。全部がオレが生きている証だ。

 テメェのように子孫でも遺そうかと思ったこともあったがな、ありゃだめだ。オレはオレだ。何も残せない、引き継がせられない。オレは一代で生まれ、一代に終わる。オレの命のリミットはオレだけが使い切る」

 

 そう締めくくり、狩谷は笑う。禍々しくもどこか気高さを感じさせる、絶滅種の狼のような笑みだった。

 

「ゼウス! テメェと因縁深い神、クロノス。そいつとの戦いが、オレの命の使い時かもしれねぇな」

 

 声は風に乗って飛んでいく。

 どこまでも、どこまでも。誰の耳にも届かないままに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話:風間龍次、修行中:前編

 クロノスによる神々の戦争から逸脱した行動。

 復活するティターン神族。増える敵、強大な敵。詳細不明の勢力、そして、いまだ動きを見せぬエジプトの神々。

 数多の謎、思惑が交錯する神々の戦争。

 和輝(かずき)はその戦いを前に覚悟を決め、デッキの調整に余念がない。

 だが戦っているのは和輝だけではない。

 彼の仲間たちもまた、邪悪と戦う運命の渦中に身を投じようとしていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夏場にも拘らず、軽井沢(かるいざわ)の澄んだ空気は肌に心地よく、夏場でも冷たくて気持ちいい。

 だからこそ、この場は避暑地として人々に愛されるのだろう。

 だが、そんな自然の恩恵を、風間龍次(かざまりゅうじ)は全く享受できていなかった。

 龍次の眼前に、一人の戦士が立ちはだかっていた。

 良く見知った戦士だった。

 月光を固形化したような、白と黄色の鎧。肩に担いだ片刃の大剣。凛々しく威風堂々とした佇まい。その左肩に「39」のナンバー。

 No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ。

 龍次のデッキの切り札モンスター。だが今、対峙するホープは彼のものではない。

 龍次の対岸、ホープを従えた女性デュエリストが、自信に満ちた笑みを浮かべている。

 百八十センチ前後と、女性としては高めの身長。ウェーブのかかった灰色の長髪、右目が金、左目が青のオッドアイ、蒼い男物のスーツ姿、凛とした顔立ちと背筋を伸ばした佇まい。冷厳で泰然とした騎士の風情。

 Aランクのプロデュエリストにして、現・龍次の師匠。穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)であった。

 

「さぁ、行くぞ風間君。これでラストだ! 希望皇ホープでダイレクトアタック!」

 

 凛とした声が軽井沢の澄んだ空気の中に響き渡る。

 直後、希望皇ホープが背中のウィングパーツを展開し、飛翔する。

 思わず上を見る龍次。見上げた先、ホープの姿が太陽の黒点へと隠れた瞬間、急転直下に接近してくる戦士の姿を確認、認識したときには立体映像(ソリットビジョン)の剣が右肩から左脇にかけて袈裟懸けに通り抜けていった。

 

「うお!?」

 

 驚く龍次。左手につけたデュエルディスクが、ライフが0になったことを告げる電子音を上げていた。

 

「くそ!」

 

 伊邪那美(いざなみ)に敗北し、大切な存在を救えなかった龍次は、己の弱さを払拭すべく、その場を訪れた穂村崎に教えを乞うことにした。

 穂村崎は龍次を軽井沢にある自身の別荘に招待した、

 そこで龍次は穂村崎の教えを受けることになった。

 そして分かったのは、穂村崎の強さだ。

 Aランクのプロデュエリスト。世界にも三十二人しかいない、超一流の実力者。その実力を肌で痛感できたのは大きい。

 何しろここまで三十二戦して、一度も勝てていないのだ。強すぎる。いいところまで行っても、デスティニードローで逆転されてしまう。

 SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング。その圧倒的パワーと突破力で逆転を許してしまう。ライトニングを警戒すれば今度はONEで吹っ飛ばされるし、ほかにもホープの派生でガンガン攻め込まれる。

 

「元は防御型のカードなのに、進化派生型のカードが悉く超攻撃的なのはなんでなんだ」

「さて、それは作ったクラインヴェレ社に問い合わせてみないことには分からないね。まぁ――――何かを守るためには、力が必要なのかもしれない」

 

 デュエル敗北後、背中が汚れるのも構わずに地面に大の字になって仰向けに寝ている龍次の頭上から、苦笑気味の穂村崎の声が降ってきた。

 

「俺、強くなってるんですかね?」

「ここに来た時よりは確実に強くなっているさ」

 

 敗北を重ねている龍次に、実感はなかった。

 

 

 ある日、こんなことを言われた。

 

「ここ数日のデュエルで、現時点の君の実力は分かった。残念ながら、今の君は私のいる領域(Aランク)には届かない。なのでその実力を引き上げるために、君のデッキの方向性を決めようか」

 

 昼食後のコーヒー――龍次が淹れた。弟子期間中の掃除洗濯、炊事は龍次の仕事だ――を飲みながら、穂村崎がそう切り出した。

 対面に座る二人。テーブルの上には龍次のデッキが扇状に広げられていた。

 

「方向性?」

「私とのデュエルで君も学べるものがあるだろう。なので、ここらで一つ、根本的な解決を図ろうと思ってね」

「それが、俺のデッキの方向性?」

 

 そう、と穂村崎は頷いた。扇状に広げられた龍次のデッキを眺め、穂村崎はふむと頷いた。

 

「ヒロイック。よくまとまっている。しかし戦闘に関係する効果が多いため、必然、モンスターの破壊も戦闘に頼ることになる」

「まぁ、戦士族ですしね」

「戦士族はガチンコが多いからね。君がヒロイックを使い続けるなら、魔法や罠で除去手段を増やす方向にもっていこう」

 

 そこでいったん沈黙。穂村崎がテーブルの上で腕を組み、その上に顎を乗せてずいっと前のめりになった。ちょっと気おされて、龍次は僅かに上半身を後退させた。

 

「さぁ選択だぞ、風間君。君は、ヒロイックを使い続けるかね? 伊邪那美相手に大敗を喫してしまった、ヒロイックを」

 

 龍次は無言で、己のデッキを見つめた。

 ヒロイック。その意味は勇ましい、雄々しい、英雄的など、華々しいものだ。

 ヒロイック・チャレンジャー。挑戦するもの。

 ヒロイック・チャンピオン。勝利者。

 龍次がこのデッキを使い始めたのは、単純に戦士族モンスターが好きだったことに加え、その意味が気にったからだ。

 勇ましく戦い、いかなる困難にも打ち勝つ屈強な戦士たち。

 

「使い続けますよ。ヒロイックを。俺はこのカテゴリーが気に入ってますし、あいつも、(あかね)も好きだって言ってくれてましたしね」

 

 山吹(やまぶき)茜。龍次が戦う理由。そして伊邪那美の契約者。彼女を取り戻すため、今龍次はここにいるのだ。

 そのために強さを求める。だがどんな強さでもいいわけじゃない。己の意地を、矜持を貫き通し、そのうえで茜を救える。都合がいいかもしれないが、そんな強さを求めた。また彼女に、笑ってもらいたいから。

 

「そうか。ならば君の選択を尊重しよう。では次だ」

 

 そう言って、穂村崎は龍次のエクストラデッキから三枚のカードを抜き出した。

 希望皇ホープ、ホープレイ、そしてホープレイV。

 

「君のデッキの切り札、だね。エースとしてはもちろんH-C エクスカリバーだが、隠し玉的な切り札はこの二枚。防御の要の希望皇ホープに、相手を破壊し、大ダメージを与えるホープレイV。逆境で力を発揮するホープレイ。彼らをまた、使用していくかね?」

 

 選択、パート2。龍次は黙って三枚のホープを見つめた。

 ヒロイックと同じく、これもまた、思い入れ深いカードだ。

 希望皇ホープ。あれは茜から誕生日プレゼントにと貰ったカードだった。どんな辛いことがあっても、その手に希望を抱き、胸に消えぬ光を灯せるるように。そんな、子供じみたおまじない。だが今はそれに縋るしかすべがなかった。

 

「使い続けますよ。ヒロイックも、ホープも。それでこそ俺だ。そんな俺だから、茜を救いたいんです」

 

 龍次の返答に、穂村崎は満足げにほほ笑んだ。

 

「上出来。では、その考えに沿って君のデッキを強化しよう。

 ただ、残念ながらヒロイックは戦闘に特化している分、拡張性に薄い。だからここは、ホープを隠し玉ではなく、もう少し前面に押し出してみよう。私のカードを君に進呈する。存分に強化するといい。アドバイスくらいはしてあげられるが、最終的には君が決めるんだ」

 

 そして龍次のデッキ強化が始まった。

 昼夜を通しての試行錯誤、トライアンドエラー。勿論弟子入りした以上、師匠の身の回りの世話もしなければならない。

 慌ただしく動きながらも龍次の頭では己のデッキの強化案がいくつも並べられ、その中で無理のあるものが淘汰させ、無理のないものの中からさらに厳選される。

 完成すれば今度は穂村崎とデュエルをして、実戦での運用性を確かめた。旨く回らなければまたやり直し。とにかくその繰り返しだった。

 

 

 またある日、来客があった。

 

 それは、見るからに紳士然とした男だった。

 撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベスト。玄関口に立った男はシルクハットを外し、穂村崎に対して一礼した。

 

「久しぶりだね、穂村崎君。そして、初めまして、風間龍次君。私はフレデリック・ウェザースプーン。君については、まぁ、そこそこ知っているよ」

 

 最初は初めて見るキャラクターに気圧された龍次だったが、すぐに伊邪那岐の警告を聞き入れ、表情を険しくした。即ち、目の前の紳士から神の気配を感じると。

 だが龍次の警戒は師によって解かれた。

 

「安心したまえ風間君。彼は私の友人さ。久しぶりだねフレデリック。さぁ龍次君、これから神々の戦争に関する大事な話がある。そのため、紅茶を用意してくれたまえ」

 

 そして龍次、穂村崎、フレデリックの人間三人と、伊邪那岐、マルス、ヘイムダルの神三柱を交えた話が交わされた。

 フレデリックが告げた話は、彼が和輝やロキにしたのと同じだった。クロノスと、彼の部下、ティターン神族の復活から始まる神々の戦争全体に波及する異常事態について。

 すでにギリシャのオリンポス十二神は壊滅状態であり、クロノスの契約者の正体、即ちゾディアックCEO、射手矢弦十郎にも言及された。

 

「クロノス、ティターン神族、射手矢弦十郎……」

 

 あまりに奇想天外な新ワードの続出に、龍次も沈黙した。

 悩める弟子に、師匠は苦笑して言った。

 

「全て本当のことだよ、風間君。神ほどの力は持たないが、怪物や妖精が跋扈し始めたことは依然話しただろう? きっと、ティターン神族の復活も無関係ではないはずだ。神々の戦争は、この戦いは、凄まじい速度で加速していく。その行きつく先が、誰にも予測できないほどにね」

 

 沈黙する龍次。その内面で気持ちの整理がつく前に、状況の方が先に動いた。龍次の心情整理を、世界は待ってくれなかった。

 

「敵だ」

 

 簡潔極まりないヘイムダルの言葉が、その場に緊張をもたらした。

 

「ふむ。数は?」

 

 ただ一人、例外的に落ち着いてカップから立ち上る湯気を顎に当てていたフレデリックが聞く。ヘイムダルは簡潔に答えた。

 

「三つ。さらに遠くに一つ。この遠くの一つが司令塔だな」

 

 ヘイムダルがそう言った時、世界が変わった。

 がらりと変わる世界。即ち位相の違う空間、バトルフィールドが展開されたのだと、その場にいる全員が気付いた。

 と、三人と三柱の頭上が陰った。まだ昼間で、夏の日差しが別荘の中に降り注いでいるにもかかわらず、だ。

 

「ッ!」

「散れ!」

 

 マルスの怒号。即座に反応したのは神々だった。

 怒号を発したマルスはそのまま傍らの穂村崎を抱きかかえて離脱。ヘイムダルも、フレデリックの襟首を掴んで身を翻した。

 だが龍次だけは位置が悪かった。窓からも、部屋の出入り口からも遠い壁際。ゆえに彼のみ、反応が遅れた。

 直後、轟音が破砕となって降り注いだ。上から何かとてつもなく巨大なものが鉄槌のごとく振り下ろされた。

 砕かれる屋根、壁、家具、ガラス。別荘そのものが大雑把に破壊された。

 

「風間君!」

 

 マルスに連れられて離脱した穂村崎が、悲鳴に近い声を上げた。いつもどこか余裕を持ち、飄々としている彼女にしては珍しい、明らかな焦りを帯びた声音だった。

 マルスの手で地面に卸されるや否や、穂村崎は倒壊した別荘へと駆け出した。その肩を力強い手が掴む。

 

「マルス! 何故邪魔をする!?」

「落ち着け秋月。そのようなことをしなくてもよい。あの小童は無事だ。伊邪那岐がいる。いざとなれば彼奴が救う。それよりも、敵に集中した方がいい」

 

 ローマの戦神の忠告に、穂村崎は駆けだしかけた足を止めた。

 確かにマルスの言う通りだろう。穂村崎はいったん大きく息を吸い、吐いた。冷たい空気を取り込んで頭を冷やすのだ。

 龍次の安否は不明だが、伊邪那岐を信じるしかない。フレデリックとヘイムダルの姿も見えない。彼らは彼らで、敵を倒しに行ったらしい。

 

「行くぞ秋月。迎撃だ。我らは、我らの敵を。それぞれがそれぞれの仕事を果たせば、勝利は向こうからやってくる」

 

 落ち着いた声音のマルスに言われては、冷静にならざるを得ない。穂村崎は先ほどの動揺、焦燥が嘘のように余裕を含んだ笑みを浮かべた。

 額にかかった前髪をかき上げて、言う。

 

「そうだね、では、私たちはこの無粋な襲撃者を排除しに行こう」

 

 

 落ち着いた穂村崎が動き出す。そして誰もいなくなったの別荘、その瓦礫の一部が、下側から吹き飛ばされた。

 

「無事ですか、龍次?」

 

 瓦礫から顔を出した伊邪那岐が、傍らのパートナーに目を向ける。龍次は不機嫌そうな表情だったが、肯定の返事をした。

 

「最悪だ。せっかくの飲みかけの紅茶とお茶請けが台無しだ」

「それは仕方がありません。その不満は怒りに変えて、敵にぶつけましょう」

 

 すでに問答無用で圧し潰しに来た以上、友好的な展開になるはずがない。龍次は頷き、左腕に装着したデュエルディスクの動作に支障がないことを確認し、伊邪那岐の誘導に従って気配のする方に向かって走り出した。

 

「三方の気配のうち、別荘後方、右側にはすでにマルス、ヘイムダルが向かいました。ならば私たちは、残る一つ、正面に行きましょう」

「高みの見物を決め込んでいる相手のところにはいかないのか!?」

「距離があります。ここから追っても取り逃がしてしまう。ならば――――」

「いずれぶつかること確定の敵を、早めに潰しておこうってことか。いいぜ、新しいデッキも試してやる!」

 

 にやりと好戦的な笑みを浮かべ、龍次は走る。その様子を見て、伊邪那岐は安堵していた。

 伊邪那美に敗北してから揺れていた龍次の精神、それが安定を取り戻している。いいことだ。動揺した精神では勝てる戦いも勝てない。

 そんな冷静な計算をしている自分に嫌気がさしながらも、伊邪那岐はパートナーの背中を見守ったのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 龍次が目にした相手は、女だった。

 龍次と同じくらいの、少女。長袖の白いワイシャツ、紫のロングスカート、黒のタイツ。清楚な印象を与える格好だがその表情がその印象を大きく裏切っている。

 ウェーブがかかった茶色の髪、艶やかな光を放つ金色の瞳。赤いルージュを引いた唇は艶めかしく、背筋が官能でぞくりとする。

 一見すると純情、清純といった彼女だったが、その内面は淫靡で退廃的だ。このちぐはぐさ、噛み合わなさは――――

 

「洗脳、ですね」

 

 嫌悪感を露わにして、伊邪那岐が言った。龍次もその可能性を考えていたので、自然、茜を思い出して表情が険しくなる。

 

「わたしの相手は貴様か、伊邪那岐の契約者君」

 

 にやりと、少女が笑う。やはりその笑みは少女本来のものとは思えない。

 

「てめぇ、その子に何をした!」

「簡単なことだ」

 

 笑う女。蛇が笑えばこうなるだろうかと、熱くなりかけた頭で龍次は思う。

 

「この娘はわたしと波長が合った。だが戦いには向かない。だから眠ってもらっているのさ。そして、その体をわたしが使っている。精神を、魂を握りつぶして操り人形にするよりは人道的だと思うが?」

 

 神々の身勝手な理論を振りかざされて、龍次は怒りで拳を握り締めた。拳がみしりと軋んだ。

 龍次の怒りが爆発する前に、伊邪那岐が割り込んだ。

 

「君は何者ですか? 神の気配は感じませんが」

「わたしはラミア。今はクロノス様に仕える一介の悪霊(エンプーサ)だよ」

「ラミア……。そうか、ギリシャ神話の怪物」

「その通り。悪い子はいないかな? いればこのラミアが連れ去り、喰ろうてくれよう―――――とね。そうやって、親はわたしを使って子供たちを脅すのさ」

「だが今は、ただの怪物ってわけか」

「神が私を変え、人が望み、わたしは怪物へと歪み果てた。ならばあとは、怪物らしく暴れるだけだ。さしあたって――――」

 

 女、ラミアが左手のデュエルディスクを起動させる。臨戦態勢に入ったのを見て取って、伊邪那岐も姿を半透明のものに変えた。

 

「貴様を、喰らおうか」

「――――お断りだ!」

 

 叫び、龍次もまた、デュエルディスクを起動させた。

 龍次の胸元に銀灰色の宝珠が輝いたが、ラミアの胸元には何も輝かなかった。

 訝しむ龍次。「宝珠が、ない?」

 自嘲するように笑うラミア。「わたしたちは神ではないからね。宝珠はない。砕かれる心配はないが、やはり神ではないので存在の力が弱い。だから、一度でもデュエルで敗北すればこうして人界には干渉できなくなる。一回で終わり、コンテニューはない」

 頷く伊邪那岐。「そして神でもないため、自身の分身である神のカードも持たない。そこが、彼女たちのような怪物や精霊と、神性存在であるティターンとの違いでしょう」

 

「さぁ、始めよう!」

「いいぜ、まずはお前を倒し、敵の数を減らす!」

 

 準備は万端。繊維は万端。ならばあとは――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦うだけだ。

 

 

龍次LP8000手札5枚

ラミアLP8000手札5枚

 

 

「わたしの先攻だ。フィールド魔法、召喚制限-エクストラネットを発動しよう」

 

 二人の頭上を、薄い網目状の光が覆う。ドームのような巨大なネットのお出ましだ。

 

「エクストラネット……。エクストラデッキからモンスターの特殊召喚に成功した時、成功したプレイヤーから見た相手はカードを一枚ドローするフィールド魔法でしたね」

「目的は、牽制か? 確かに俺のデッキはエクストラデッキを多用するから、攻めようと思えば必然的に相手の手札を増やしちまう」

「同時に、彼女のデッキはあまりエクストラデッキに頼らないのかもしれません。そうであれば、こちらのエクストラデッキからの召喚を牽制でき、こちらが攻勢に出れば、手札を増やせる。どう転んでも()()()

 

 龍次と伊邪那岐の考察を肯定するかのように、ラミアは口元に微笑を浮かべた。

 

「モンスターをセット。カードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

召喚制限-エクストラネット:フィールド魔法

(1):自分または相手がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した場合にこの効果を発動する。そのモンスターを特殊召喚したプレイヤーから見て相手は以下の効果を適用できる。

●デッキから1枚ドローする。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローしたカードを確認して、龍次は考える。

 相手、ラミアのデッキはまだ情報が少ない。せいぜい主力、もしくは切り札はメインデッキに入っていることと、今までの敵と違い、神のカードは持っていないことは分かる。

 とはいえ待ちの姿勢を取られている以上、こちらから打って出て、膠着状態を打破したい。

 

「ならば、()()()()みましょう」

「ああ。了解だ。相手フィールドにのみモンスターが存在するため、俺は手札から、H・C(ヒロイックチャレンジャー) 強襲のハルベルトを特殊召喚! さらにH・C ダブル・ランスを通常召喚!」

 

 龍次のフィールドに現れる二体のモンスター。紫のバトルアーマーに身を包み、手には自らの名を現す武器、ハルベルトを装備した屈強な戦士と、同じく名が体を現した、二本の槍を持つ戦士。

 

 

「このままバトルだ! 強襲のハルベルトで、守備モンスターに攻撃!」

 

 攻撃宣言を受けて、戦士が地を蹴って駆ける。

 疾風のごとき速さから振り下ろされるハルベルトの一撃が、見事にラミアの守備モンスターに下った。

 

「ぐぁ……!」

 

 ダメージのフィードバックがラミアを襲う。強襲のハルベルトは貫通効果を持っているので、生半可な守備モンスターは壁どころかかえって己のライフを傷つけてしまう。

 

「相手に戦闘ダメージを与えたこの瞬間、強襲のハルベルトの効果発動! デッキからH・C サウザンド・ブレードを手札に加える!」

「そうか。だがわたしの守備モンスターはレプティレス・ナージャ。このカードは戦闘で破壊されないし、このカードと戦闘を行ったモンスターはバトルフェイズ終了時に攻撃力が0になる。

 そして戦闘ダメージが発生したことで得をしたのは貴様だけではない。わたしはお前の攻撃に合わせ、永続罠、ダメージ=レプトルを発動していた。この効果により、デッキからレプティレス・スキュラを攻撃表示で特殊召喚する」

 

 レプティレス・スキュラの攻撃力は1800、攻撃力1700のダブル・ランスでは敵わない。

 仕方なしに、龍次はバトルフェイズを終了した。そしてこの瞬間に、レプティレス・ナージャの効果が発動。強襲のハルベルトの攻撃力は0になった。

 

「攻撃力0のモンスターを晒したままターンを終えるのは危険ですね」

「ああ。仕方がない。メインフェイズ2、俺は強襲のハルベルトとダブル・ランスをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 攻撃力0を晒し続け、相手に攻撃のチャンスを与えるくらいならば、あえて一枚のドローを進呈してでも、強力なモンスターを残す。それが龍次の選択だった。

 

梵天(ぼんてん)より賜りし神弓は、火天(かてん)を通じ帝釈(たいしゃく)の御子へと受け継がれる。神話よ、蘇れ! 一射必中、H-C(ヒロイックーチャンピオン) ガーンディーヴァ!」

 

 X召喚のエフェクトが走り、虹色の爆発が起こる。現れたのは鎧を纏った黒馬に跨り、必中の弓矢を備えた金と黒の鎧姿の戦士。兜の隙間から覗く鋭い眼光が矢のように鋭い。

 

「エクストラネットの効果で一枚ドローだ。礼を言うよ」

「いらねぇよ。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

H・C 強襲のハルベルト 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF200

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。(3):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。デッキから「ヒロイック」カード1枚を手札に加える。

 

H・C ダブル・ランス 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF900

このカードが召喚に成功した時、自分の手札・墓地から「H・C ダブル・ランス」1体を選んで表側守備表示で特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。また、このカードをエクシーズ素材とする場合、戦士族モンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

ダメージ=レプトル:永続罠

1ターンに1度、爬虫類族モンスターの戦闘によって自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つ爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

レプティレス・ナージャ 闇属性 ☆1 爬虫類族:効果

ATK0 DEF0

このカードは戦闘では破壊されない。このカードがモンスターと戦闘を行ったバトルフェイズ終了時、そのモンスターの攻撃力を0にする。また、自分のエンドフェイズ時、フィールド上に表側守備表示で存在するこのカードを表側攻撃表示にする。

 

レプティレス・スキュラ 闇属性 ☆4 爬虫類族:効果

ATK1800 DEF1200

このカードが戦闘によって攻撃力0のモンスターを破壊した場合、そのモンスターを墓地から自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

H-C ガーンディーヴァORU(オーバーレイユニット)×2

 

 

龍次LP8000手札3枚

ラミアLP8000→6200手札2枚

 

 

「では、わたしのターンだな、ドロー」

 

 一枚ドローを献上したが、ガーンディーヴァは一ターンに一度、レベル4以下のモンスターの特殊召喚に対して牽制の効果を持つ。うかつにモンスターを特殊召喚すれば、必中の矢でズドン、だ。

 

「しかし、ガーンディーヴァの矢は特殊召喚したモンスターしか狙わない。わたしはレプティレス・バイパーを召喚しよう」

「チューナーか」

 

 龍次の表情が引き締まる。エクストラネットのドローをものともしない、ということか。

 

「レベル4のレプティレス・スキュラに、レベル2のレプティレス・バイパーをチューニング」

 

 ラミアのフィールド、レプティレス・バイパーが二つの緑色の光の輪となり、その輪を潜ったレプティレス・スキュラが四つの白い光の玉となる。

 星のように輝く光球を、光の道が刺し貫いた。

 

「我が毒は力なきものを屠る。弱者よ、食われ腐り果て、我が糧となれ。シンクロ召喚、レプティレス・ラミア!」

 

 現れたのは、ひどく醜悪なモンスター。

 蛇の尻尾の下半身、女の身体、ドレス、そして、首か生えた五つの蛇の首。

 シャーシャーと五つの蛇頭がそれぞれ五方向から威嚇の声を上げている。

 

「醜いだろう? まるでこのわたしのようじゃないか」

 

 可憐な少女の顔で、ラミアは自嘲気味に笑った。

 

「どこが、お前みたいなんだ?」

「それはそうだろう。わたしを含め、人間、特に一神教に異端の烙印を押され、神の座を追われたもの、怪物として狩られたもの。倒される側に回ってしまったものは大勢いる。人間の観測が、わたしたちをこのような化け物に変えたのさ」

 

 淡々としていながらも、どこか悲哀と、そして消えぬ恨みを感じさせるラミアのセリフに、龍次は返す言葉もなかった。

 だから、言葉を放ったのは龍次ではなく、伊邪那岐だった。

 

「確かに、そういう面もあるでしょう。しかし君もまた、怪物であることを是とし、そう在り続けたのではありませんか? 在り方に抵抗せず、受け入れてしまった。だからこそ、英雄に倒される側になってしまったのではないのですか?」

「知った風な口を利く。だが、もはやどうでもいいことだ。過去に思いを馳せるほど、暇ではない。デュエルを続けよう。

 レプティレス・ラミアの効果発動。S召喚成功時、君のフィールドの攻撃力0のモンスターを全て破壊する」

「攻撃力0? そんなモンスター、俺のフィールドにはいないぜ?」

 

 デュエルの中ならば言えると、龍次が嘲るようにそう言った。が、その笑みが凍り付いたのは次の瞬間だった。

 

「そうかね? では、()()()()()()。ラミアの効果にチェーンし、リバーストラップ、おジャマトリオ発動。お前のフィールドに、三体のおジャマトークンを特殊召喚する」

 

 龍次のフィールドに現れたのは、ビキニパンツ以外何も身に着けていない、素っ裸リーチ状態の不細工な顔つきの獣人(?)三体。無駄にポージングを決めて龍次に暑苦しい笑みを向ける。

 

「うげ」

「嫌悪感を示している場合ではありませんよ、龍次。このトークンたち、全て攻撃力0です!」

 

 にやりと笑うラミア。指を弾いた瞬間、レプティレス・ラミアが蛇の頭を蠢かし、鞭のように俊敏な動作で三つの首が動いた。

 刹那、三体のおジャマトークンは蛇の牙に捕らわれ、哀れにも咀嚼されてしまった。

 

「おジャマトークンが破壊されたため、お前に合計900のダメージ。さらにわたしは三枚ドローだ。――――いいカードを引いた。永続魔法、一族の結束を発動。これでわたしの爬虫類族モンスターは全て、攻撃力800アップだ。レプティレス・ナージャを攻撃表示に変更。

 バトルだ。レプティレス・ラミアでガーンディーヴァを攻撃!」

 

 攻撃宣言を受けて、レプティレス・ラミアが嬉々とした咆哮を五重に上げた。

 蛇の首が鞭のようにしなり、その牙が一斉にガーンディーヴァへと殺到する。その瞬間、龍次が動いた。

 デュエルディスクのボタンを押し、足元に伏せていたカードを翻す。

 

「ここだ! 手札を一枚捨て、サンダー・ブレイク発動! 一族の結束を破壊する!」

 

 雷光一閃。迸る雷が神速の槍となってラミアのフィールドの永続魔法を突き穿った。

 次の瞬間、ラミアのレプティレスたちが大きくパワーダウン。龍次は敵の布陣の主力(レプティレス・ラミア)よりも、800という馬鹿にできない数値を供給し続ける一族の結束を破壊することは選んだ。その判断は正しい。結果として、ガーンディーヴァが相打ちで終わったとしてもだ。

 もっとも、そううまく事は運ばなかったが。

 

「ならば、ダメージステップ、手札から速攻魔法、禁じられた聖衣を発動! ガーンディーヴァの攻撃力を600ダウンさせる!」

 

 ここにパワーバランスは一変した。矢による迎撃を行っていたガーンディーヴァの攻撃はレプティレス・ラミアの鱗によって弾かれた。そして五つの頭がガーンディーヴァを文字通り()()()()()()()

 

「ぐっ! だがこの瞬間、墓地のH・C サウザンド・ブレードの効果発動! 攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 仁王立ちし、龍次を守るように立ちはだかるのは、背中に無数の刀剣類を背負った、僧兵チックなヒロイック。そのモンスターを見て、ラミアが眉をひそめた。

 

「今発動したサンダー・ブレイク。その時の手札コストとして、すでに墓地に送っていたか。抜け目のない男だ。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

レプティレス・バイパー 闇属性 ☆2 爬虫類族:チューナー

ATK0 DEF0

このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上の攻撃力0のモンスター1体を選択してコントロールを得る事ができる。

 

レプティレス・ラミア 闇属性 ☆6 爬虫類族:シンクロ

ATK2100 DEF1500

「レプティレス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上の攻撃力0のモンスターを全て破壊し、破壊した数だけ自分のデッキからカードをドローする。

 

おジャマトリオ:通常罠

(1):相手フィールドに「おジャマトークン」(獣族・光・星2・攻0/守1000)3体を守備表示で特殊召喚する。このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。「おジャマトークン」が破壊された時にそのコントローラーは1体につき300ダメージを受ける。

 

一族の結束:永続魔法

(1):自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

サンダー・ブレイク:通常罠

(1):手札を1枚捨て、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

禁じられた聖衣:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時までそのモンスターは、攻撃力が600ダウンし、効果の対象にならず、効果では破壊されない。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

 

龍次LP8000→7100→6500手札3枚

ラミアLP6200手札3枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認した龍次の目が細められた。こくりと一人頷く。

 

「そろそろ、エンジンも温まって来たころだ。永続魔法、エクシーズ・チェンジ・タクティクスを発動。そしてアステル・ドローンを召喚!」

 

 レベル4のモンスターが二体。すでに先ほども見せた布陣。ラミアは軽く身構えた。

 

「サウザンド・ブレードとアステル・ドローンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 出でよNo.(ナンバーズ)39! 希望の担い手、ここにあり! その優しき光で弱きものを守り通せ! 希望皇ホープ!」

 

 虹色の爆発を突き抜けて現れたのは、月とそこから溢れる月光のような、黄色と白の鎧姿の戦士。背にはウィングパーツ、腰の両脇に片刃の剣をそれぞれ一本ずつ下げ、左肩には自身のナンバーである「39」。

 龍次のエースの片割れ、希望皇ホープ。

 

「ここで、アステル・ドローンとエクシーズ・チェンジ・タクティクスの効果により、500ライフを払い、合計でカードを二枚ドロー!」

「だがわたしもエクストラネットの効果で一枚ドローだ」

 

 好きにさせる。とにかく、ここは攻める流れだ。

 

「手札のZW(ゼアルウェポン)極星神馬聖鎧(スレイプニール・メイル)をホープに装備する!」

 

 龍次のフィールドに、鎧がパーツごとに分解され、それぞれが合致、接続され、馬のオブジェを形作ったものが現れる。

 オブジェが一瞬のうちに分解、まさしく鎧のパーツとなり、ホープに装着。鎧との相乗効果で、ホープの身体が一回り大きくなったように見えた。

 ZW、これこそが新たに龍次が入手した力、新しい、ホープのサポートカードたち。その一端を、ここに解き放つ。

 

「これでホープの攻撃力は1000アップ。バトル! 希望皇ホープでレプティレス・ラミアに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下るや否や、ホープが背中のウィングパーツを展開して飛翔。上空からの急降下の勢いを追加した大上段からの斬撃で、レプティレス・ラミアの中央の頭と尻尾の先までを一刀両断した。

 

「ぐぅ……! だがこの瞬間、ダメージ=レプトルの効果で、デッキからレプティレス・ガードナーを特殊召喚する」

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

エクシーズ・チェンジ・タクティクス:永続魔法

自分フィールド上に「希望皇ホープ」と名のついたモンスターがエクシーズ召喚された時、500ライフポイントを払い、このカードの効果を発動できる。デッキからカードを1枚ドローする。「エクシーズ・チェンジ・タクティクス」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

アステル・ドローン 地属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF1000

このカードをエクシーズ召喚に使用する場合、このカードはレベル5モンスターとして扱う事ができる。また、このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

ZW-極星神馬聖鎧 光属性 ☆4 獣族:効果

ATK1000 DEF1000

自分のメインフェイズ時、手札または自分フィールド上のこのモンスターを、攻撃力1000ポイントアップの装備カード扱いとして自分フィールド上の「希望皇ホープ」と名のついたモンスターに装備できる。装備モンスターが相手に破壊される事によってこのカードが墓地へ送られた時、自分の墓地の「希望皇ホープ」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。「ZW-極星神馬聖鎧」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

 

No.39 希望皇ホープ攻撃力2500→3500、ORU×2

 

 

龍次LP6500→6000手札3枚

ラミアLP6200→4800手札4枚

 

 

「さて、龍次。君の新しいデッキ、どこまで通用するか、試してみましょう」

 

 伊邪那岐の言葉に、龍次は無言で頷いた。せっかくAランクプロに弟子入りしてまでデッキ、タクティクスを強化したのだ。ならば、その真価を引き出したい。そう思う龍次を止めることはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話:風間龍次、修行中:後編

 復活したティターン神族。それに呼応するように活動が活発になってきた妖精、悪霊、怪物の百鬼夜行。

 そして今、軽井沢で修行中の龍次(りゅうじ)の許に、その魔手が伸びてきた。

 三方で繰り広げられる三つの戦い。それを俯瞰する視線が二つあった。

 人影は二つ。男と女のもの。

 人間と、神のもの。

 一人は人間。グレイの髪、スーツ、青い瞳、長身痩躯、銀縁眼鏡。神経質に糸を張り巡らせ、巣の中心で獲物がかかるのを待つ痩せ蜘蛛の風情。

 男は双眼鏡を片手に、三方で行われているデュエルを観戦していた。

 デュエルの展開を確認しながら、忌々しげに呟いた。

 

「予定通りにいかないというのは気分が悪い。本来、あそこには風間(かざま)龍次と穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)しかいないはずだった。だから、私は三体の怪物を率い、私自身も後詰として出てきた。だのにあれはなんだ? なぜヘイムダルの契約者がいる?」

「偶然、でしょう」

 

 返答は男の傍らから。

 女だった。ただし、人間ではなく、神なのはその内包するエネルギーでよくわかった。

 蔓草を編んででできたドレスを身にまとい、足元まで届く薄茶色の髪、幾千年を得た緑樹のような碧眼。透き通るように白い肌はしみ一つなく、しかし全体からは陶器のような作り物めいた美しさではなく、樹齢千を超える大樹や、満開の桜並木など、自然のみが見せることのできる美しさで溢れていた。

 女神が一歩、男に近づく。異変はその時起こった。

 女神の歩みに合わせて、大地の草が急激に育ち、繁茂したのだ。

 

「レア」

 

 振り返る男は、白磁の美貌を持つ女神の名を紡いだ。

 レア。ギリシャ神話にその名を刻む神。その正体はゼウスやその兄弟の母にして()()()()()()()。そして、ティターン神族の首魁、クロノスの妻であった。

 

「どうしました? 貴方は出ないので? 秤さん」

 

 穏やかなレアの声。秤と呼ばれた男、その正体はレアの契約者にして、ゾディアックの顧問弁護団のリーダーだった。

 秤はレアの質問に対して、首を横に振った。

 

「伊邪那岐、マルス両名にぶつかる為の人選だ。ここにヘイムダルが加わった以上、この戦力では倒しきれまい。リスクは極力排除する。リスクを覚悟するときは、そういう機会を見極めるべきだ」

「では、彼らは無意味に戦っているのですか?」

「そんなことはない。敵の戦力分析の役には立つ」

 

 冷徹に、三体の怪物たちを捨て駒にした秤は、傍らにたたずむレアにこう問いかけた。

 

「私からも一つ聞きたい」

「なんでしょう? (わたくし)に答えられることならばよいのですが」

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 帰ってきたのは沈黙。しかしそれも長くは続かなかった。大きく息を吐き出して、レアは言った。

 

「それは、(わたくし)が夫を裏切るかもしれない、ということですか?」

 

 問いかけに、秤は沈黙で答えた。レアはもう一度ため息をついて、

 

「確かに、(わたくし)はかつて、我が子を喰らう夫の暴虐に耐え切れず、ゼウスを匿いました。そのことがのちに夫が敗れ去る原因になると、薄々感じていながら。

 結局夫の陣営に加わった(わたくし)でしたが、あの時は、確かに母として感情に突き動かされるままに行動しました。これは夫や、ティターン神族への裏切りと言われても仕方のないこと。

 ですが夫は、そんな(わたくし)を許し、あまつさえ、共に戦うことも許してくれました。この恩を、どうして忘れられましょう。故に、封印から目覚めた後、(わたくし)は決めました。かつては母として行動した。ならば今回は、妻としてのみ、行動しようと」

「……しかしお前は、ゼウスからの恩情で、封印されたのは肉体だけ。精神はオリンポスの神々と交流を持てたはず。当然、我が子らも」

「だからこそ、です」

 

 疑問を呈する秤に対して、レアはあくまで穏やかにほほ笑んだ。

 そして、言った。

 

「そこまで我が子に、そしてオリンポスの神々に仕えたのです。ならば今度は夫に身命を捧げねば、不公平というものでしょう?」

「…………なるほど」

「不安は分かります、秤さん。貴方の友人。即ち我が夫、クロノスの契約者。彼を案じているのでしょう? ティタノマキアの時のように、土壇場で(わたくし)が裏切るのではないかと。その不安は、晴れましたか?」

「そうだな」

 

 微笑で見守るレアに対して、そっけなく秤は言った。

 

「その言葉は信じられるだろう。こう見えても弁護士だ。人――お前は人間ではないが――の言葉に潜む嘘には敏感だ。私の経験と勘は言っている。お前の言葉に、嘘はないと」

「ありがとうございます」

 

 感謝の念を込めて、レアは一礼したのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 龍次とラミアのデュエルは続く。

 現状、優勢なのは龍次だろう。切り札の一つである希望皇ホープの召喚に成功しているし、ホープもZW(ゼアルウェポン)を装備し、強化されている。

 とはいえ油断はできない。龍次は確信していた。ラミアはまだ切り札を隠し持っているし、それが出てくるのはそう遠くないと。

 

 

龍次LP6000手札3枚

デッキ40枚

エクストラ13枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン No.39 希望皇ホープ(攻撃表示、ZW-極星神馬聖鎧装備、攻撃力2500→3500、ORU:H・C サウザンド・ブレード、アステル・ドローン)

魔法・罠ゾーン 永続魔法:エクシーズ・チェンジ・タクティクス

 

ラミアLP6200→4800手札4枚

デッキ27枚

エクストラ15枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン レプティレス・ナージャ(攻撃表示)、レプティレス・ガードナー(守備表示)、フィールド魔法:召喚制限-エクストラネット。

魔法・罠ゾーン 永続罠:ダメージ=レプトル、伏せ1枚

 

 

「私のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認した時、ラミアの目が細められた。

 その口の端が笑みに吊り上がる。

 

「来たか。私はレプティレス・ガードナーとレプティレス・ナージャをリリース! 現れよ我が切り札! 全てを吹き飛ばす大いなる神! 地縛神 Ccarayhua(コカライア)!」

 

 リリースされたモンスターが光の粒子となって消える。

 入れ替わるように現れたのは、まさしく十五メートルは越える、見上げんばかりの巨躯だった。

 巨大な影。それは、二足で立ち上がった超巨大なトカゲだった。

 全体的に影のような漆黒の体色。そこに緑のラインが入り、手は人間のような五指、細身の身体に対してやや大きめの頭部。大きく開かれた口にはずらりと、トカゲにはありえない牙が生え揃っていた。

 

「地縛神……だと? なんだそのカードは!?」

 

 龍次の知らないカードだった。知らないが、しかし理解できたことが一つあった。襲撃の際に穂村崎の別荘を瓦礫の山に変えた巨大な影。アレの正体は()()だ。こいつだったのだ。

 そして、わざわざアドバンス召喚までし、切り札とまで豪語するのだ。いかなる効果を持っているのか。

 

「いいことを教えてやろう。地縛神はフィールド魔法が存在しなければその存在を維持できず、自壊する。だがその反面、効果は強力だぞ? Ccarayhuaで、()()()()()()()()()!」

「なんだと!?」

 

 今だ龍次のフィールドには希望皇ホープがいる。にもかかわらず、巨大な影はじろりと龍次を睨み、そのままホープを無視して突き進んだ。

 

「攻撃力2800で、ダイレクトアタッカー!?」

「くっ! 希望皇ホープの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ取り除き、その攻撃を無効にする!」

 

 ホープの周囲を衛星のように周回していた光の玉の一つが消費される。掛け声とともに跳躍したホープが、背中のウィングパーツを盾として展開した。

 

「そうはさせんよ。リバーストラップ、ブレイクスルー・スキル! ホープの効果を無効化する!」

「な!?」

 

 目を見開いた龍次の眼前。ホープの姿が突然停止する。

 当然、防御も間に合わない。大雑把にオオトカゲの尻尾が振るわれる。

 確かに大雑把だが、大きさが違いすぎる。もはや悪意を持った台風のような一撃が龍次を襲った。

 ガードはした。だが尻尾の横殴りの衝撃を殺しきれず、龍次の身体は宙を舞った。

 滞空は一瞬。衝撃と激痛、そして浮遊感を覚えた時には背中から落下していた。

 

「がは!」

 

 肺の中の空気が残らず吐き出された。地面が土で助かった。コンクリートだったらただでは済まなかった。

 

「無事ですか龍次!?」

「なん、とか……、な……」

 

 必死に空気を貪って、息も絶え絶えだったが、龍次は立ち上がった。まだ体に痺れた感覚が残っているが、いつまでも寝ているわけにはいかない。

 だが、完全に立ち上がった瞬間、膝から急に力が抜けてしまった。

 

「な、に……!?」

 

 痺れだけでなく、体から力が、活力が抜けていく感覚。これは一体何のか。ダメージ以上に困惑する龍次の耳朶を、ラミアの声が叩いた。

 

「どうかな? 闇のカードによるダメージは。体から精気が抜けていくようだろう?」

「闇の、カード……。そんなオカルト話が、真実だったなんてな……」

 

 デュエルモンスターズに伝わるオカルト話、その一つ。使用すると、実際に肉体にダメージを与える闇のカード。

 イギリス、ウェールズの森の中で和輝も味わった脅威が今、龍次にも襲い掛かったのだった。

 確かにこれはきつい、それが龍次の本音だった。だが寝てなどいられない。まして自分が契約した神は伊邪那岐。生命の司る国造りの大神。闇のカード何するものぞ!

 

「戦闘ダメージを受けたため、墓地からH・C サウザンド・ブレードを攻撃表示で特殊召喚する!」

「ッ! いくらモンスターを並べても無駄だ。何しろ、私のフィールドのモンスターが地縛神のみの時、君のモンスターは攻撃できない。攻撃事態封じられているのだ。これはもう、逆転は難しいだろう? カードを二枚伏せて、ターン終了だ」

 

 そう言いながらも、ラミアは一瞬龍次から放たれる圧力に気圧されたようだった。

 

 

地縛神 Ccarayhua 闇属性 ☆10 爬虫類族:効果

ATK2800 DEF1800

「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、このカードがこのカード以外の効果によって破壊された時、フィールド上のカードを全て破壊する。

 

 

龍次LP6000→3200手札3枚

ラミアLP4800手札2枚

 

 

「やばいモンスターが出てきたが、ここから切り返すさ。俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認した時、龍次は一瞬息を飲んだ。

 RUM(ランクアップマジック)-リミテッド・バリアンズ・フォース。それがドローしたカードだった。

 

「このタイミングで、ですか。できすぎたものですね」

「確かに。だが願ったりだ。装備したZWが無駄になるのはちょいと痛いけどな。RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース発動!

 俺は、希望皇ホープをオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築!

 赤き異界の力、敵を焼き滅ぼす炎となる! 今、希望は進化する! カオス・エクシーズ・チェンジ! CNo.(カオスナンバーズ)39 希望皇ホープレイV!」

 

 龍次のフィールドの希望皇ホープが白い光となり、頭上に展開された赤紫の稲妻たなびく暗雲に満たされた空間に飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こり、新たなモンスターが現れる。

 希望皇ホープをより鋭角的にしたシャープなデザイン、白と金を基調としていた姿から一変。黒を基調に、赤のアーマーを装着し、赤く輝く各所の身体を持った、禍々しさと刺々しさが大きく向上された、希望皇ホープの進化態。

 すなわち、CNo.39 希望皇ホープレイV。

 

「エクシーズ・チェンジ・タクティクスの効果発動。500ライフを払い、カードを一枚ドロー!」

「だがこちらも、エクストラネットの効果で一枚ドローだ」

 

 にやりと笑うラミア。龍次は知ったことかとばかりに、一歩踏み出した。

 

「そのデカ物を吹き飛ばしてやる。ホープレイVの効果発動! CORUを一つ取り除き、Ccarayhuaを破壊! その攻撃力分のダメージを与える!」

 

 ホープレイVの前面に整列していた鋭角な十字架ユニットの一つが消失する。ホープレイVが飛翔し、上空から二本の剣を投擲した。

 破壊のエネルギーをたっぷりと蓄えた剣。当たればどれほど巨大なモンスターだろうと無意味。

 

「そうはさせんさ。リバーストラップ、デストラクト・ポーション発動! Ccarayhuaを破壊し、その攻撃力分、私のライフを回復する!」

 

 果たして、龍次の目論見は儚く崩れた。突然内側から破裂した巨大なトカゲ。赤黒い血と臓物を、ラミアはまるで祝福の雨を受けているかのように全身で浴びた。

 ダメージは回避した。だがそれだけがラミアの狙いではなかった。

 

「この瞬間、Ccarayhuaの効果発動! 自身のデメリット効果以外で破壊された時、フィールドのカードを全て破壊する!」

「なんだと!?」

 

 目を見開く龍次の眼前で、Ccarayhuaの死体が、黒い台風と化し、フィールド全体を蹂躙した。

 

「この瞬間、セットしていたZ-ONE(ゼット・ワン)の効果発動。墓地からエクストラネットを手札に加える」

「全体破壊……。豪快な効果ですね」

「ああ。苦労して破壊したらこれだ。しかしこれで相手の場はがら空き。攻め入るチャンスだ」

「その通りです。ガンガン行きましょう」

 

 伊邪那岐の言葉に背中を押され、龍次は笑みを浮かべた。

 

「了解だ! 二枚目のダブル・ランスを召喚し、効果発動! 墓地のダブル・ランスを復活! 二体のダブル・ランスをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! もう一度、現れろ俺の希望! No.39 希望皇ホープ!」

 

 再び現れる希望皇。その背の翼を広げ、雄々しい眼差しはラミアを捉えて離さない。

 

「俺のライフは今、お前よりも2000以上低い。よって手札から、ZW-荒鷲激神爪(イーグル・クロー)を特殊召喚し、効果発動! このカードをホープに装備させる!」

 

 特殊召喚された、鷲を模したオブジェ。オブジェ形態のそれが分かれ、ホープに向かって集結。剣に代わる近接武装、即ち両手装備の(クロー)へと変わる。

 

「ホープの攻撃力は2000アップ! バトルだ。希望皇ホープでダイレクトアタック!」

 

 ラミアのフィールドは完全な無人の野だ。飛翔し、まさしく鷲のような鋭さと容赦のなさで、ホープが両手の爪を交錯させながら一閃。ラミアの身体に叩き詰めた。

 

「うぐ―――――ああああああああああああ!」

 

 絶叫を上げながら、ラミアの身体が吹っ飛ばされた。

 地面に激突、勢いは殺しきれず、そのまま地面を削る等に滑って行った。

 

「しまった! やりすぎた!」

 

 ラミアはあくまでも憑依しているだけ。痛みは彼女自身が感じているだろうが、傷つく肉体は何の関係もない不運な少女なのだ。自重し、加減しなければならない。この場合、火のように激しい龍次の闘争本能が仇になったのだった。

 むくりと、ラミアが起き上がった。

 

「やって……くれたな……。この借りは返すぞ」

 

 憎悪を込めた言葉を浴びせられ、一瞬だけ龍次が怯む。だがすぐに気を取り直してプレイ再開。カードを一枚伏せて、ターンを終了した。

 

 

RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース:通常魔法

自分フィールド上のランク4のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターよりランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

CNo.39 希望皇ホープレイV 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2600 DEF2000

レベル5モンスター×3

このカードが相手によって破壊された時、自分の墓地のエクシーズモンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す事ができる。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

Z-ONE:通常魔法

セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動する。自分の墓地から永続魔法またはフィールド魔法カード1枚を選択して手札に加える。

 

ZW-荒鷲激神爪 風属性 ☆5 鳥獣族:効果

ATK2000 DEF1200

自分のライフポイントが相手より2000ポイント以上少ない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。自分のメインフェイズ時、フィールド上のこのモンスターを、攻撃力2000ポイントアップの装備カード扱いとして自分フィールド上の「希望皇ホープ」と名のついたモンスターに装備できる。また、このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、1ターンに1度、相手フィールド上で発動した罠カードの効果を無効にする。「ZW-荒鷲激神爪」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

 

希望皇ホープ攻撃力2500→4500、ORU×2

 

 

龍次LP3200→2700手札1枚

ラミアLP4800→7600→3100手札4枚(うち1枚は召喚制限-エクストラネット)

 

 

「私のターンだ、ドロー」

 

 ライフ差はわずか。手札こそラミアが圧倒的に上だが、フィールドの状況は龍次に傾いている。このまま攻めきれれば龍次の勝利は揺ぎ無いが――――

 

「地縛神が消えたと、安心しているか? そんなはずがない。私は再びフィールド魔法、エクストラネットを発動する。そして死者蘇生を発動。甦れ、地縛神 Ccarayhua!」

 

 咆哮を上げ、再び見上げんばかりの巨躯を持つオオトカゲが顕現する。緑のラインを薄く発光させ、影のような黒い体躯から、ぎょろりとした大きな目で龍次をねめつけている。

 

「また出やがったか!」

「そう簡単に、主導権は握らせない。もっとも、これで終わりかもしれんがね。墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動! このカードをゲームから除外し、希望皇ホープの効果を無効にする!」

 

 ホープの身体に源流が走る。再び麻痺したように体を硬直させた希望皇ホープ。盾を失った龍次に対して、ラミアはまさしく獲物にとびかかる蛇のように俊敏に吠えた。

 

「さぁ終わりだ! 地縛神 Ccarayhuaでダイレクトアタック!」

 

 再び動き出す巨大トカゲ。その巨体からは想像もつかない敏捷性を発揮し、地に手足をつけた四足状態で腹這いになり、大きく口を開けた。

 

「ッ!」

 

 ずらりと並んだ鋭い牙が龍次の眼前に現れる。その奥から鞭のようにしなって襲い掛かるは長くて太い、神の舌。

 

「終わりにはならねぇよ! リバースカードオープン、ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 トカゲの舌は、突如として屹立した目に見えない壁に当たって弾かれた。ドローカードを見た龍次の目が鋭い光を放った。

 

「そううまくはいかないか。だが地縛神がいる限り、お前の攻撃は封じられたも同然だ。カードを一枚伏せて、ターン終了」

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローする龍次を見下ろして、Ccarayhuaが咆哮を上げる。足掻くな人間と、そう言っているかのようだった。

 なめるなと、その圧力を跳ねのける。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「龍次、このターンで――――」

「ああ、決めるぜ! RUM-ヌメロン・フォース発動! もう一度、希望皇ホープをオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築!」

 

 希望皇ホープが、再び白い光となり、龍次の頭上に展開された渦巻く光輝く空間へと吸い込まれていった。

 虹色の爆発が起こる。

 

「白き異界の力、滅びを切り裂く刃となる! 今、希望は進化する! カオスエクシーズチェンジ! CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー!」

 

 噴煙を突き破って現れたのは、新たなホープの形。

 ホープレイVにあった禍々しさは完全に消え去り、勇者然とした姿。

 白をベースとしたアーマー、燃え上がる炎のような真紅の腕、さらに二本の、同じく真紅の補助アーム。ウィングパーツを力強く広げ、四本の腕それぞれに剣を持った姿は仏敵を打ち滅ぼす仁王の如し。その左肩には赤く刻まれたナンバー、39。

 ヴィクトリーの名の通り、勝利を掴む戦士の姿だった。

 

「ヌメロン・フォースの効果発動! このカードの効果による特殊召喚に成功したホープレイ・ヴィクトリー以外の表側表示のカードの効果を全てに無効にする! 当然、地縛神もその限りではない!」

「つまり、これで地縛神にも攻撃できるということです!」

 

 ぐっと拳を握り締め、龍次は吠える。いつの間にか右拳を前に突き出していた。

 

「行け! ホープレイ・ヴィクトリーで地縛神 Ccarayhuaを攻撃!」

 

 攻撃命令を受けて、ホープレイ・ヴィクトリーが飛翔。一気にCcarayhuaとの距離を詰める。

 

「ホープレイ・ヴィクトリーの効果発動! ORUを一つ使い、ヴィクトリーの攻撃力をCcarayhuaの数値分、アップさせる!」

 

 邪神の抵抗などまるで意に介さず、ホープレイ・ヴィクトリーは突き出される腕を掻い潜り、舌を斬り落として頭上に位置する。

 一瞬の停滞。そして四本の腕と四つの剣で、一気にその体を縦に切り裂いていった。

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 ダメージのフィードバックを受けて、たまらずラミアが絶叫を上げる。

 だが踏みとどまる。悪霊に身を落としても、かつては土着の女神であったという矜持が、彼女に膝を付かせなかった。

 

「この瞬間、Ccarayhuaの効果発動! 全て吹き飛べぇ!」

 

 再び黒い嵐が吹き荒れ、フィールドを更地に変えた。

 

「この瞬間、セットしてあった黄金の邪神像の効果発動! 私の場に、邪神トークンを守備表示で特殊召喚する!」

 

 つまり壁だ。だが関係ない。すでに勝負は決まっている。

 

「Ccarayhuaの破壊を見越していたか。()()()()()()()()()()() 手札から速攻魔法、エクシーズ・ダブル・バック発動! 墓地からホープレイ・ヴィクトリーとホープレイVを特殊召喚!」

「な、なんだと!?」

 

 驚愕に目を見開くラミア。その眼前で、二体のホープが現れる。その剣の切っ先が、ラミアに突き付けられた。

 勝敗は決した。最早ラミアになすすべはない。

 

「終わりだ! 行け! ホープたち!」

 

 下る攻撃宣言。そして、ホープレイVが邪神トークンを両断し、ホープレイ・ヴィクトリーの剣がラミアに振り下ろされた。

 

 

RUM-ヌメロン・フォース:通常魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターと同じ種族でランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。その後、この効果で特殊召喚したモンスター以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。

 

CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2800 DEF2500

レベル5モンスター×3

このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●このカードが相手の表側表示モンスターに攻撃宣言した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。ターン終了時まで、その相手モンスターの効果は無効化され、このカードの攻撃力はその相手モンスターの攻撃力分アップする。

 

黄金の邪神像:通常罠

セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、自分フィールド上に「邪神トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守1000)1体を特殊召喚する。

 

エクシーズ・ダブル・バック:速攻魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスターが破壊されたターン、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に発動できる。自分の墓地から、そのターンに破壊されたエクシーズモンスター1体と、そのモンスターの攻撃力以下のモンスター1体を選択して特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 

 

ラミアLP0

 

 

「か……は……。ここまで……か……」

 

 ラミアのライフが0になり、勝敗は決した。

 それはラミアの消滅も意味していた。事実、龍次の目にもラミアの存在そのものが、憑依していた少女から剥がれ、世界に消えていくのが見えていた。

 

「口惜しい……。おのれ……おのれ……!」

 

 最後まで、恨み言を口にしたまま、ラミアは消えた。糸の切れた操り人形のようにふっと倒れこんだ少女を、龍次は慌てて抱き留めた。

 胸の鼓動を感じた。生きている。呼吸も、脈も正常。気を失っているだけのようだ。

 

「よかった」

 

 救えた。その事実が何より励みになる。

 だしぬけに拍手が聞こえた。振り返れば、こちらも敵を撃破した穂村崎とフレデリックの姿があった。

 拍手をしていたのはフレデリックだ。彼は拍手をやめえると、

 

「見事だったね、風間君」

 

 祝福の言葉を送った。いつの間にいたのか気付かなかったが、どうやら途中から龍次のデュエルを観戦していたらしい。

 龍次は呆れとも、疲れとも取れると息を吐き出した。

 

「残念だが、風間君。敵も動き出した以上、修行はここまでだ。デッキの動きも悪くなかったし、新しいホープもさっそく使いこなしている。ならば、あとは実戦で鍛えるだけだよ」

 

 穂村崎の言葉に、龍次は力強く頷いた。

 大きな戦いがある。それはきっと、すぐ近くだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話:黒神烈震、強敵に出会う:前編

 それは、和輝がクロノスとティターン神族のことを知り、龍次がまだ何も知らずに軽井沢で特訓中の、ちょうど間のことだった。

 

 

 横浜中華街。その入り口。

 黒神烈震(くろかみれっしん)とその姉弟子であり、今は唯一肉親と呼べる女性、李趙鮮(りちょうせん)は向かい合っていた。

 ぺこりと頭を下げ、烈震が言う。

 

「趙鮮小姐(シャオチエ)、お世話になりまし……た?」

 

 お世話になりました。そう言おうとしたのだが、冷静に考えてみると烈震は趙鮮に呼びつけられたおかげで中国マフィアとのごたごたに巻き込まれたり、さらに厄介な問題を抱え込むことになったり、結構踏んだり蹴ったりだった。

 だから最後につい本音が漏れて疑問形になってしまった。

 そんな弟分に対して、趙鮮は大人らしく怒ることはせず、苦笑で済ませた。

 

「ま、実際世話になったのはこちらだな。今回は助かったよ、烈震。人の世のことなら大抵渡り歩く自信はあるが、神が絡むとね。人の身ではどうにもならん」

「今後は、自分の行動も顧みてくれるとありがたいですね」

 

 呆れと親愛の情を混ぜ込んだ複雑な声音で言う烈震に対して、趙鮮は「考えておこう」と本気度がいまいちわからない態度で返した。

 そういえばと、趙鮮が続けた。

 

「確か、八月の二十四日からだったな、七大大会の一つが始まるのは」

「ああ、今年はジェネックス杯でしたね。ジェネックス、ゼアル、フォーチュンの三大会は、数年に一度ですし」

「そして今年はジェネックス杯。毎回趣向が変わる面白い大会だ。前々回みたいに、プロアマ合同の大会になるかもしれないぞ」

「詳細の告知はまだですからね。皆、首を長くして待っていますよ」

 

 もしもプロアマ合同の大会だったなら、己の力を知るために、さらなる高みを目指すべく、烈震は参加するだろうな、趙鮮は顔に出さずそんなことを思った。

 そして、チシャ猫のような笑みを浮かべて、(たず)ねた。

 

「ところで、烈震。()()、どうするつもりだ?」 

 

 呆れ顔で趙鮮が指さしたのは、烈震の腕だった。

 正確には、そこに絡みついている少女だった。

 雪のように白い肌、そして同じ色の腰まで伸びた髪。血の結晶のように赤い双眸。朱色のチャイナドレス姿の、紅白少女。

 烈震が横浜で戦った、女神、西王母(せいおうぼ)の元契約者にして中華街の地下で蠢く中国系マフィア、奇龍(クイロン)の首領の孫娘である少女。

 名を、小雪(シャオシュエ)、といった。

 烈震は激闘の末西王母を打破、小雪は神々の戦争から脱落し、ただの少女に戻ったのだが、その際に烈震にとって予想外のことが起こった。

 なんと、デュエルに敗北した小雪が烈震に惚れてしまったのだった。

 

 お前の子を産みたい。そんな、凄まじい殺し文句とともに彼女は烈震の横浜滞在中、ずっと付きまとっていた。

 同時に、孫娘を取られた形になる奇龍だったが、強いものが婿になるならそれも良しとし、烈震との仲を認め、応援するスタンスをとった。

 趙鮮も面白がるだけなので、烈震は完全に四面楚歌、逃げ場などなかった。

 そして奇龍は女だけでなく、カードという利益まで烈震に提供し、彼を逃がさないようあの手この手で手綱をつけに来た。

 実際、助かったのだ。激化していくだろう神々の戦争に対し、趙鮮から指導を受け、奇龍が提供したカードで、間違いなく烈震のデッキは強化された。

 同時に雁字搦めにされつつある自らの将来に、烈震は何を思うか。

 烈震はそっと自らの腕に絡みついている小雪の肩に手を当てた。

 少し力を込めて、やさしく引き離す。

 

「小雪、よく聞いてくれ」

「なんだくろかみ? 結婚の日程を決めるのか?」

「落ち着いて聞いてくれ。(オレ)はまだ結婚の適応年齢に達していない。だからまだお前とは結婚できない」

「なんと! それは盲点だった」

「そして己はまだ、己の納得した男になっていない。その強さを、高みを手にしなければ、己は己の人生に納得できない。それでは、お前と結婚するという新しい道を進めない」

「よく分からないが、法が邪魔をして、まだ結婚できないのか? そして、それまで待っていてほしいのだな?」

 

 完全には烈震の言いたいことは伝わらなかったが、彼は「そうだ」と頷いた。烈震の頷きに、小雪は心底嬉しそうに笑った。

 

「わかった! 待ってるぞ! また会おう、くろかみ!」

 

 年齢不相応に無邪気に、幼く笑い、ぴょんと軽く跳んで、烈震の頬に口づけた。

 

「待たな!」

「……ああ、また会おう」

 

 小雪の突飛な行動にやや面喰いながら、辛うじて、烈震はそれだけを言えたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 星宮(ほしみや)市にある家に着いた時はすでに夜になっていた。

 何ということのない、築二十年ばかりの安アパート。

 風呂、トイレは辛うじて部屋ごとにあるが、洗濯機は部屋の外で共同。大柄な烈震からすればやや狭い玄関に、畳の匂いが漂う小振りな部屋。

 一人暮らしで、あまりものを持たない烈震は、それでも問題ないと思っている。

 自分の部屋の前で足を止める。鍵を取り出そうとし、その動きが止まった。

 眉を(ひそ)める。その傍らに新たな気配が現れた。言うまでもなく、烈震と契約を交わした神、トールだった。

 

「人の気配がするが、来客の予定が?」とトール。

「そんなものはない」首を振る烈震。

「んじゃ、不審者か」

 

 トールの行動に迷いはなかった。彼は一歩後ろに下がり、玄関扉を蹴破ろうとした瞬間、扉の向こうから慌てたような声があった。

 

「ま、待ってくれトール君! 私だ、怪しいものではない!」

「ん?」

 

 どたばたと中で音がして、扉が開かれた。

 確かに、現れた顔は烈震の見覚えがある顔だった。

 撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒のフロックコート、きっちりと着こまれたベスト。室内なのでいつもかぶっているシルクハットは外している夏真っ盛りだというのにそのスタイルを崩さないあたり、筋金入りの紳士なのだろう。

 フレデリック・ウェザースプーン。探偵であり、ヘイムダルの契約者であり、神々の戦争にイレギュラーを持ち込んだ邪悪に対抗すべく暗躍している紳士でもあった。

 

「久しぶりだ、ミスタ・ウェザースプーン。己を星宮市(この街)に呼び込んで以来か」

「息災で何よりだ、黒神君。君の強さを求める求道者的信念に翳りがないことを喜ばしく思うよ」

 

 握手を交わす二人。トールが神の気配を感じなかったことから、ヘイムダルは連れてきていないのだと烈震は内心で断定した。

 

「しかしこの街にきていたとは、知らなかった。だがなぜ己の部屋に不法侵入を?」

「ああ。それは簡単さ。彼は有名人だからね、あまり屋外に置いておきたくなかったんだよ」

 

 ゆらりとフレデリックが部屋の奥に視線を送る。

 部屋の奥から、一人の男が現れた。

 

「留守宅に上がるのは心苦しかったのだけれど、申し訳ない。自分で望んだわけじゃないが、俺も顔が売れてしまったので。ファンは大切にしたいが、残念ながら神々の戦争に関することに、余人を立ち入れさせるわけにはいかないんだ」

 

 申し訳なさそうな声で、男が言った。

 優しげでありながらも端正な顔立ち、白い肌、背にかかるほどの長さの、黄金をくしけずったかのごとき金髪、サファイアを研磨したような青い瞳。白のジャケットに襟を開けたシャツ姿。微笑みを絶やさず、春の日差しのような穏やかな雰囲気を常に振りまくその姿は、プロアマ問わず彼に心酔するものを引き付ける。

 烈震も知っている人物だった。

 烈震は知っている。この男が誰なのか。

 穏やかな佇まいなのに、烈震の感覚器官は、男の強さを感じ取っていた。

 驚愕と、戦慄を込めて、烈震は男の名を口にした。

 

「レイシス・ラーズウォード……」

 レイシス・ラーズウォード。Aランクのプロデュエリストで、全プロの中でもトップクラスの実力を持つ。

 整った容姿、デュエルの強靭さと、本人が持つ善性、そしてどんな相手であれ微笑みを欠かさず、敬意を絶やさない姿は多くの人々の尊敬を集め、プロの中には彼を称える「レイシス派」などという派閥が存在すると、まことしやかに囁かれるのだった。

 そして、レイシスの善性はデュエルの中だけのことではない。

 実際、彼は世界中にある多くの孤児院に出資しており、自身もまた、自分が出資している孤児院によく慰問として顔を出していた。

 そして烈震は知らぬことだが、七年前の東京大火災で命以外全てを失った和輝もまた、岡崎家に引き取られる前はレイシスが出資している孤児院に身を置いていたのだ。

 

「初めまして。名前は知っているようなので自己紹介は割愛しよう。ただ、これだけは言っておこうかな。俺は、神々の戦争の参加者だ」

 

 フレデリックと一緒にいる時点で予測していたが、やはりという思いと、確かな歓喜が、烈震の心を満たした。

 

 

 少し時間が経過して、結局三人は烈震の部屋に上がった。

 トールは姿を消していた。これは、四人もいると部屋の中が手狭で仕方ないからだ。

 

「どうかね黒神君。私はこの街を滞在先にすることを君に勧めたが、満足かな?」

 

 急須からお茶を三つの湯飲み茶碗に淹れながら、烈震は答える。

 

「ああ。この街はいい。まだ見ぬ強敵も、すでに見た強敵も、より取り見取りだ」

「それは何より。ああ、君の友人、岡崎君にも会ったよ。私が目を付けたとおり、彼の正義は硬く、そして彼の実力は君を満足させるに足りたようだ」

「そうだな。岡崎も風間も、良き友で、良きライバルだ。いずれ、余計な思いも、不純な動機もなく、ただただ純粋に雌雄を決したいものだ」

 

 烈震の口元に微笑がよぎっていた。

 その微笑を知ってか知らずか、フレデリックは続けた。

 

「今日の要件はほかでもない。以前言ったが、ついに邪悪が動き出した」

 

 そしてフレデリックが語ったのは、和輝にも話したことと同じ内容だった。

 クロノス、射手矢弦十郎、ティターン神族、復活した妖精、怪物たち。

 烈震は黙って話を最後まで聞いていた。

 

「なるほど、な。それで、ミスタ・ウェザースプーンは各地でティターン神族に対抗する力を集めているわけか」

「実は、彼、ラーズウォード君もその一人、なのだが、彼は少々複雑な事情があってね。ティターン神族との決戦に駆け付けられるかどうかは微妙なところだ」

「どういうことだ? いや、そもそもレイシス・ラーズウォードの契約した神はなぜここにいない?」

 

 部屋の面積の問題で実体化していないトールからの言葉だった。

 彼は言っている。レイシスの周囲に神の気配は感じないと。

 

「その疑問はもっともだ」

 

 烈震が出したお茶を飲みながら、レイシスは苦笑した。

 

「俺が契約した神はスプンタ・マンユだよ」

「その神は……」

 

 烈震の眉が顰められる。スプンタ・マンユ。その名前に聞き覚えがあった。

 

「そうだ、確か東京大火災。いや――――」

「アンラ・マンユ討伐戦のことだ。そこの中核を担った神だよ。通称はこの世全ての善。悪という概念を司るアンラ・マンユの対局、善を司る神だ」

 

 お茶を飲み干してフレデリックが神妙な表情で告げる。

 

「熾烈を極めた神々の戦いに、ついに東京に展開されたバトルフィールドが崩壊した。その崩壊の余波はすさまじく、本来なら日本が世界地図から消滅していたほどだったが、その余剰エネルギーのほとんどを、スプンタ・マンユが力の大半を使い果たし、防いだのだよ」

「そのせいで、スプンタ・マンユは行動の自由がきかなくてね。俺と契約を交わしたけれど、来るべき時のために今は傷を癒しているわけだ」

「来るべき時、とは?」

「アンラ・マンユとの決戦の時だ」

 

 はっきりと、レイシスは言い切った。

 アンラ・マンユ。今は封印されている絶対悪の神。

 

「封印が、解けると?」

「いつか必ず、ね」

 

 重苦しい沈黙が場を支配した。

 この場の唯一の神、トールでさえも、口を重くしていた。

 トールもまた、七年前のアンラ・マンユ討伐戦に参加していた。かの悪神の強さは、身に染みて分かっている。

 

「とはいえ、当面の危機はアンラ・マンユではないね」

 

 重い空気を砕こうとするように、努めて明るく言ったのはフレデリックだった。彼はパンと手を叩いて全員の注目を自分に向けさせて、言った

 

「まず打倒すべきはクロノスと、その配下のティターン神族だ。彼らは完全に神々のルールから逸脱している。その暴走を止めなければ、戦争自体、思わぬ方向に転がってしまうかもしれない」

 

 フレデリックの言う通りだった。不正に戦力を増やしているクロノスは無視できない。

 だが敵は強大だ。だからこそフレデリックは邪悪に立ち向かえる正義を集めた。小さくとも決して負けない、善の炎を。

 烈震もその一人であると見込み、フレデリックは烈震が日本に渡るのに便宜を図り、デュエルの先端都市である星宮市に向かわせたのだ。そこでの出会いが彼によって有意義であることを願って。

 

「まぁいい。そちらの思惑が何であれ、己のやることは変わらない。クロノスにティターン神族。己を高めるためにうってつけの相手だ」

 

 好戦的な烈震だったが、やはり口調は静かなまま。そのままところでと、ふと視線がレイシスに向かった。

 

「レイシス・ラーズウォードプロ。わざわざ足を運んでくれたのだ。ただ話して終わるだけというのは、デュエリストとしても失礼に当たらないだろうか?」

 

 言いながら烈震は自分のデッキを取り出していた。デュエルディスクもだ。

 行動は言葉よりも雄弁だった。それでも烈震は口にした。

 

「レイシス・ラーズウォード。一人のデュエリストとして、貴男にデュエルを申し込みたい。受けてもらえるだろうか?」

 

 アマチュアがプロにする言としてはかなり不躾(ぶしつけ)だった。

 だがフレデリックは何も言わない。というよりも、これもまた目的だった。ただ訊ねるだけでは失礼に当たるので、レイシスという()()を持ってきたのだ。 

 レイシスは苦笑している。彼も彼で、フレデリックの意図は正しく理解しているのだ。

 

「いいだろう。スプンタ・マンユはいないがバトルフィールドは展開できる。あそこはいいね。人目につかないから、このようなプライベートな戦いも快く受けられる」

 

 先に立ち上がったのはレイシスの方だった。彼もまたデッキとデュエルディスクを取り出した。

 

「観客もいない、スプンタ・マンユがいないから、余分な重みもない。久しぶりだな、そんなデュエルは」

 

 どこか楽しそうに、嬉しそうに、レイシスはそう言った。

 

 

「好戦的というのは、決して悪いことではない。それを制御できているうちは」

 

 烈震とレイシスが出ていったあと、部屋に残ったフレデリックはすっかり冷めてしまった茶を飲みほして、呟いた。

 

「誰彼構わずかみつくようでは、それは好戦的ではなくただの狂犬、畜生と変わらない。人間を人間たらしめている理性は常に持たなくては。そういう意味では、黒神君は合格だな。彼は理性をもって、己を高めるために、強者に拳を向けるのだから」

 

 などと言ってみても、聞いているものは誰もないのでむなしいのであった、というフレデリックのセリフもまた、寒々しかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

決闘(デュエル)!』

 

 バトルフィールドは展開された。アパートの駐車場で、烈震とレイシスは対峙した。

 宝珠は、烈震が緑。レイシスが白。

 前口上など一切ない。交わされたのは始まりの言葉だけ。あとはただ、カードで語るだけだ。

 

 

烈震LP8000手札5枚

レイシスLP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻で行かせてもらうよ。手札から、竜の霊廟を発動。デッキから青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)を墓地に送る。追加効果で、デッキから伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)を墓地に送ろう。そしてこの瞬間、伝説の白石の効果で、デッキから二枚目の青眼の白龍を手札に加える」

「やはり、ブルーアイズデッキか」

 

 青眼の白龍。ブラック・マジシャンと並ぶ、デュエルモンスターズ最初期に登場したモンスター。その美しさ、雄々しさに加え、攻撃力3000という一種の基準を作成した、まさに伝説のカード。

 いくつもの再販、復刻を繰り返し、今なお多くのプレイヤーに愛されているモンスター。数多のカードの出現によって、より高いステータスのカードも多く登場しているにもかかわらず、最強のモンスターと言えば、このカードを思い浮かべるプレイヤーも多い。

 

「ブルーアイズデッキか。こいつのデュエルは前に映像データで見たことあるぜ。ブルーアイズを使ったパワーファイト。見ている方もたいそう盛り上がる、ファンサービスと強さを兼ね備えたやべぇデッキだ」

 

 今まで黙っていた分を取り返すかのように喋り倒すトール。烈震は自分が言いたいことを全部トールに言われたので、頷いただけに留めた。

 

「モンスターをセットし、永続魔法、補給部隊を発動。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 

 

竜の霊廟:通常魔法

「竜の霊廟」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送る。さらにこの効果で墓地へ送られたモンスターがドラゴン族の通常モンスターだった場合、デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

伝説の白石 光属性 ドラゴン族:チューナー

ATK300 DEF250

このカードが墓地へ送られた時、デッキから「青眼の白龍」1体を手札に加える。

 

補給部隊:永続魔法

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にこの効果を発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 落ち着いた立ち上がりの烈震。彼は己の手札を見る。正確には、その中の一枚を。

 緊急テレポート。デッキからレベル3以下のサイキック族モンスターを呼び出せる速攻魔法。

 脳内でシミュレート。戦術を組み立て、実行に移す。その間の時間が圧倒的に短かった。

 

「魔法カード、予想GUY発動。デッキからアレキサンドライドラゴンを特殊召喚する。さらにカードガンナーを通常召喚。

 デッキトップ三枚を墓地に送り、カードガンナーの効果発動。攻撃力を1500アップさせる」

 

 烈震のフィールドに二体のモンスターが現れる。

 一体はアレキサンドライトでできた体を持つ鉱石のドラゴン。もう一体は玩具のロボットのような外観をしたモンスター。ただし、どちらも現在の攻撃力は2000、1900とアタッカーレベルだ。

 攻めるには十分な数値だった。

 

「バトルだ。カードガンナーで攻撃!」

 

 裂帛の気合とともに攻撃宣言を放つ烈震。主の気合を受け取ったかのように、きゅらきゅらとキャタピラを動かし、両腕の大砲を発射。

 空気を震わせる轟音とともに放たれた砲弾がレイシスの守備モンスターを粉砕した。

 

「補給部隊の効果で一枚ドロー。さらに戦闘破壊された仮面竜(マスクド・ドラゴン)の効果発動。デッキから二体目の仮面竜を守備表示で特殊召喚する」

「構わない。アレキサンドライドラゴンで攻撃!」

 

 間髪入れずに、烈震は追撃に入った。アレキサンドライドラゴンが翼を広げ、身を屈めた。

 一瞬の沈黙の後に瞬発。地面すれすれの超低空飛行から仮面をかぶったような頭部の形状をしたドラゴン――仮面竜――に肉薄。その牙を首筋に突き立てた。

 竜の絶叫が迸る。あっけなく、二体目の仮面竜も破壊された。

 レイシスは動じない。

 

「仮面竜の効果発動。デッキから太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)を特殊召喚しよう」

 

 リクルーターの後に現れたモンスターこそ本命。

 現れたのは光り輝く大きな竜の卵。その胎動が空気を振動させ、烈震の身にも伝わってきそうだった。

 烈震のフィールドに、もう攻撃できるモンスターはいない。ならばここでバトルフェイズは終了、メインフェイズ2に入るところだが、そうはいかない。

 まだバトルは終わっていない。烈震はターンの初めに視線を向けたカードに、指をかけた。

 

「速攻魔法、緊急テレポート発動! デッキからクレボンスを特殊召喚する!」

 

 ここにきて攻め手の追加。満を持して出しただろう太古の白石を破壊しにかかる。

 とはいえ問題もあった。

 太古の白石は墓地に送られたターン終了時にデッキからブルーアイズモンスターを一体特殊召喚できる。ここで戦闘破壊しても結局攻撃力3000のモンスターを呼び寄せる結果になる。

 否、烈震はそうはならないと確信していた。

 奇龍よりもたらされたカードは、烈震のデッキを飛躍的に強化した。その中には通常ではどうあっても手の届かないレアカードもあった。

 どのように手にしたのかは知らない。興味もない。重要なのはそのモンスターが強力な戦力となることだけだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのカードがあれば、太古の白石も除去できる。

 そこまで烈震は考えていたが、次の瞬間には全てが()()()になった。

 

「ここだね、リバーストラップ、発動。激流葬!」

「何!?」

 

 目を見開く烈震の眼前で、激流が発生。止めるすべとてないままに、フィールドの全てのモンスターを飲み込み、墓地まで流してしまった。

 愕然とするトール。「このタイミングで激流葬だぁ!?」

 忸怩たる思いで歯噛みする烈震。「読まれていた。なぜ?」

 それらの疑問に答えようと、微笑しながらレイシスは言った。

 

「レベルの違うモンスターを並べて攻撃したから、まぁX召喚はないだろうと踏んだ。それに、ターン開始時の君の視線の動き。何かを狙っているものと見た。だがモンスターを召喚した時の君の視線は最初に見たカードを向いていなかった。ならこれらは本命ではないと思った。

 そして、二体目の仮面竜を倒した時、君の『気』に緩みはなかった。ならばまだ攻撃は続行するのだろうと思ったんだ。

 で、あれば、バトルフェイズ中に新たなモンスターを召喚するつもりだろう。だからこのタイミングまで発動は待っていたんだ」

 

 完全に思考を読まれた。それだけではない、烈震の動作一つ一つに目を配り、それらを推論材料とし、動くことに疑いを持っていない。自分を完全に信じていながらも、それが過信になっていない。

 プロデュエリストの魔境、Aランク。その中でもレイシスはトップレベルだ。言ってしまえば、デュエルキング、六道天(りくどうたかし)に近い領域にいるデュエリスト。

 我知らず、烈震は唾を飲み込んでいた。固まっていて、喉が詰まるかと思った。

 

「カードガンナーの効果で一枚ドロー。己は、カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「そしてこの瞬間、墓地に送られた太古の白石の効果により、デッキから三体目の青眼の白龍を特殊召喚する」

 

 轟く咆哮。現れたのは研ぎ澄まされた刀身のような白銀の身体を持ち、雄々しく両翼を広げ、深い知性と誇り高さをにじませる青い(まなこ)を持つ巨龍。ただ見ているだけで畏怖し、平伏してしまうような存在感を放つ、白銀の龍だった。

 

 

予想GUY:通常魔法

(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚する。

 

アレキサンドライドラゴン 光属性 ☆4 ドラゴン族:通常モンスター

ATK2000 DEF100

 

カードガンナー 地属性 ☆3 機械族:効果

ATK400 DEF400

(1):1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。

 

仮面竜 炎属性 ☆3 ドラゴン族:効果

ATK1400 DEF1100

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

太古の白石 光属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK600 DEF500

「太古の白石」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズに発動できる。デッキから「ブルーアイズ」モンスター1体を特殊召喚する。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の「ブルーアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

クレボンス 闇属性 ☆2 サイキック族:チューナー

ATK1200 DEF400

このカードが攻撃対象に選択された時、800ライフポイントを払って発動できる。その攻撃を無効にする。

 

激流葬:通常罠

(1):モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

青眼の白龍 光属性 ☆8 ドラゴン族:通常モンスター

ATK3000 DEF2500

 

 

「俺のターンだね。ドローしよう」

 

 青眼の白龍を従え、レイシスは悠然とカードをドローした。ドローしたカードを確認、おっと一言。

 

「デッキトップから十枚を除外し、強欲で貪欲な壺を発動。カードを二枚ドロー。

 さて、これはどうかな?」

 

 ちらりと烈震を見やるレイシスの視線は、優し気なのにその裏側に鋭く強い刃を想起させた。 

 烈震は身構える。それが意味のある行為かどうかはともかく、無抵抗なまま座するのは彼の主義ではない。

 

「墓地の太古の白石の効果発動。このカードを除外して、墓地の青眼の白龍を手札に加えるよ。さらに手札の青眼の白龍を提示して、手札から|青眼の亜白龍《ブルーアイズ・オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン》を特殊召喚するよ」

 

 現れたのは、青眼の白龍に似ていながらも細部が違う。より細身になったその姿は骨のようにも、抜身の刃のようにも見えた。まさに亜種(オルタナティブ)

 

「ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者を召喚-。さらにドラゴンを呼ぶ笛を発動! 手札から、残る二体の青眼の白龍を特殊召喚する!」

「ッ!」

 

 竜の骨を材料に作ったと思われる鎧と、青黒いマントを翻した魔術師が、これまたドラゴンの骨をモチーフに作られた笛を吹きならす。

 笛の音はどこまでも響き渡り、その音に誘われて、二体の青眼の白龍が烈震の手札から出撃した。

 四体の青眼の白龍。四重の咆哮が轟き、大気を、否、バトルフィールド全域を震わせた。

 

 

強欲で謙虚な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

青眼の亜白龍 光属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。手札の「青眼の白龍」1体を相手に見せた場合に特殊召喚できる。この方法による「青眼の亜白龍」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「青眼の白龍」として扱う。(2):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者- 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1200 DEF1100

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、お互いのプレイヤーはフィールドのドラゴン族モンスターを効果の対象にできない。

 

ドラゴンを呼ぶ笛:通常魔法

(1):手札からドラゴン族モンスターを2体まで特殊召喚する。この効果はフィールドに「ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-」が存在する場合に発動と処理ができる。

 

 

 四体の大型ドラゴン。レイシスのデュエルではよく見た光景だったが、こうして相対してみると、その凄まじさがよく分かる。

 

「さぁ、攻撃だ。行け、ブルーアイズたち!」

 

 レイシスの宣言が下される。一挙にドラゴンが烈震に迫った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話:黒神烈震、強敵に出会う:後編

 四つの咆哮が空気を震わせる。

 バトルフィールド内、安アパートの駐車場。烈震は相対するAランクプロ、レイシス・ラーズウォードの実力を肌で感じていた。

 攻撃力3000、強大な力が今、烈震を襲う。

 一体目の青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)が口腔を大きく開け、極光の輝きを放った。

 壮絶な龍の息吹(ドラゴンブレス)。白い輝きが烈震に迫る。

 視界が白く染まる中、烈震は冷静にデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、一枚ドロー!」

 

 青眼の白龍の一撃は烈震に届くことなく、途中で激流が岩にぶつかったように枝分かれし、烈震の背後の地面に着弾。次々に地面に穴をあけていく。

 がら空きになった烈震のフィールドを見て、レイシスはふむと一つ頷いた。

 

「じゃあ一つ、試してみよう。ロード・オブ・ドラゴンでダイレクトアタック」

 

 追撃はドラゴンではなく、魔法使いの方。ロード・オブ・ドラゴンが放った漆黒の光球が弾丸のように烈震に迫る。

 蹴りはらうことは簡単だ。だが烈震はそうしなかった。

 残る青眼の白龍は亜種(オルタナティブ)を含めて三体。その連続攻撃のために、足を上げたくない。すぐに動けるようにしなければ。

 なので烈震は腰を落とし、正拳突きのように拳を放ち、黒球を迎撃した。

 衝撃。だがそれだけだ。烈震はまっすぐレイシスを見据えた。

 そしてレイシスの方も、生身でモンスターの攻撃を撃ち落とした烈震に対して何の驚愕もない。ただ烈震の減ったライフを見据え、

 

「次に行こうか。二体目の青眼の白龍でダイレクトアタック!」

 

 龍の進撃が再開する。

 二体目の青眼の白龍が放つ極光の一撃。烈震は避けきれぬと判断。吹き飛ばされぬように地面を踏みしめて、両手をクロスさせて宝珠を守る形をとった。

 次の瞬間、衝撃が烈震の全身を襲った。

 

「ぐ――――――がああああああああああああ!」

 

 絶叫はしかし、極光の轟音にかき消された。

 全身が軋むような痛み。しかし意識は飛ばない。青眼の白龍の攻撃が終わったと同時に、手札からカードを一枚抜き放っていた。

 

「この、瞬間! 手札の冥府の使者ゴーズの効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚する! さらに冥府の使者カイエントークンを守備表示で特殊召喚する!」

 

 烈震のフィールドに現れる、黒曜石のような漆黒の軽装鎧を持ち、バイザーで顔を隠した赤髪の騎士と、同じく漆黒の鎧を身にまとい、剣を携えた金髪の女騎士。

 冥府の使者、ゴーズとカイエン。今回、カイエンの攻守は3000。青眼の白龍達でも突破できない。

 

「やっぱりゴーズを握っていたね。ならば三体の青眼の白龍で冥府の使者ゴーズを攻撃しよう」

 

 だがレイシスは止まらない。三体目の青眼の白龍が青白い極光の一撃を放つ。

 

「そう何度も殴られっぱなしではない! ダメージ計算時、墓地のシールド・ウォリアーの効果発動! このカードを除外し、この戦闘のみゴーズに戦闘態勢を付与する!」

「おっし! これで壁はできた!」

 

 半透明のトールがガッツポーズをとる。その眼前で、ドラゴンの一撃を受け切った冥府の使者が誇らしげに仁王立ちしていた。

 

「なるほど。カードガンナーのコストの時に、墓地に送っていたのか。ならばバトルフェイズは終了。メインフェイズ2に入り、青眼の亜白龍の効果発動! カイエントークンを破壊する!」

 

 青眼の亜白龍の全身が光輝いた。

 太陽を思わせる白く、激しい光。その光を浴びた冥府の女騎士の身体が、まるでガラスのように罅割れ、砕けてしまった。

 

「ターン終了だ」

 

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

冥府の使者ゴーズ 闇属性 ☆7 悪魔族:効果

ATK2700 DEF2500

自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

 

シールド・ウォリアー 地属性 ☆3 戦士族:効果

ATK800 DEF1600

戦闘ダメージ計算時、自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する事ができる。自分フィールド上に存在するモンスターはその戦闘では破壊されない。

 

 

烈震LP8000→6800→3800手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 冥府の使者ゴーズ(守備表示)、 

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

レイシスLP8000手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 青眼の白龍(攻撃表示)、青眼の亜白龍(攻撃表示)、青眼の白龍(攻撃表示)、青眼の白龍(攻撃表示)、ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 永続魔法:補給部隊、

フィールドゾーン なし

 

 

(オレ)のターン!」

「さすがブルーアイズ。一気にこちらを切り崩しに来たな」

 

 トールの言う通り、烈震のライフはすでに半分を切った。そしてレイシスのフィールドには攻撃力3000のモンスターが四体も存在しており、しかもそれらのモンスターはカード効果の対象にならない。

 

「だからこそ、面白いのだ、トール。このような強敵に出会えた。それだけで、猛るというものだ!

 己は墓地のグローアップ・バルブの効果発動! デッキトップを墓地に送り、このカードを特殊召喚する!」

 

 烈震の足元の地面を突き破り、花芽吹くように顔を出したのは縦になった種。その中央が割れて眼球が覗いていた。

 グローアップ・バルブ。このカードもまた、カードガンナーのコストで墓地に送った一枚だった。

 ただし、レイシスもまた、烈震の展開、その始点をただ眺めているだけではなかった。

 

「では、グローアップ・バルブの効果にチェーン。手札から増殖するGの効果発動だ。これでこのターン、君がモンスターを特殊召喚するたび、俺はカードを一枚ドローできる。もっとも、グローアップ・バルブの特殊召喚で、すでに一枚ドローするけどね」

「今更止まれん。むしろ、止まれば己が敗北するだけだ! レベル7の冥府の使者ゴーズに、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!」

 

 牽制とも取れるレイシスのカード発動にも、烈震は動じない。その大きな右腕が力強く天へと振り上げられた。

 そして叫ぶ。

 

「連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン!」

 

 烈震のフィールドのうち、グローアップ・バルブが緑の光の輪となり、その輪を潜った冥府の使者ゴーズが七つの光輝く星となる。

 七つの星が一列に並んだ時、一筋の光の道が星々を貫いた。

 光が、満ちる。

 光の向こうから現れたのは、細身のフォルムを持つドラゴン。雄大な翼に、長い首、人に近い胴体の形状に、鞭の様の振るわれる尻尾。咆哮とともに、光の破片が粉雪のように周囲に舞い散った。

 

「スターダスト・ドラゴンか。確かに強力なカードだが、その効果は防御型。それでは俺のブルーアイズたちを打倒できないよ?」

「問題ない。ここから、先を行くからだ! 金華猫(きんかびょう)を召喚し、効果発動! 墓地のグローアップ・バルブを特殊召喚!

 レベル1の金華猫に、同じくレベル1のグローアップ・バルブをチューニング!

 連星集結、新地平開拓。シンクロ召喚、駆け抜けろフォーミュラ・シンクロン!」

 

 再びのS召喚。今度現れたのはF1カーをボディに、手足と頭の生えた機械族モンスター。レイシスにドローされることは覚悟のうえ。そのうえで、烈震はレイシスの布陣を崩すために最善を尽くすのだった。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果により、一枚ドロー。

 レベル8のスターダスト・ドラゴンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 三度(みたび)シンクロ召喚。二つの緑の輪となったフォーミュラ・シンクロンと、それを潜り、八つの光となったスターダスト・ドラゴン。光の道が差し込んで、あたりを夜明けのごとく輝き照らす。

 

「連星集結、流星襲来! シンクロ召喚、現れろシューティング・スター・ドラゴン!」

 

 輝きの向こうから、巨躯のドラゴンが現れる。

 白く、ほのかに発光する鎧甲冑を思わせる外骨格、直線型の翼、しなる尻尾、雄々しく力強く、それでいながら美しさを備えたモンスター。

 シューティング・スター・ドラゴン。その攻撃力は3300。レイシスの戦力を上回った。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! デッキトップをめくる!」

 

 ここでのチューナーの数が、シューティング・スター・ドラゴンの攻撃回数となる。五枚出れば一気にレイシスのフィールドを壊滅させられる。

 が、逆に一枚も出なければ攻撃事態ができない。

 リスキーだが、そうでもしなければこの局面は打破できない。

 

「ここが勝負どころだな、烈震よぉ」

「応。これが、己の道筋。ここを超えられるか否か、勝負だ!」

 

 一気に五枚のカードがめくられる。躊躇も逡巡もない。勿体ぶるなどもってのほかとばかりに開示する。

 アンノウン・シンクロン、サイコ・コマンダー、デブリ・ドラゴン、ラブラドライ・ドラゴン、ジャンク・シンクロン。

 

「グゥレイトォ! 五枚すべてチューナー! これでシューティング・スター・ドラゴンは五回攻撃が可能だぜ!」

「シューティング・スター・ドラゴンの召喚に成功しただけでなく、さらに五回攻撃まで勝ち取ったか。若さゆえの爆発力か、黒神君自身が持ち合わせた運命力か。頼もしく、面白いね」

「そうしていられるのも今のうちだ。バトル! シューティング・スター・ドラゴンでラーズウォードプロのモンスターに攻撃!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが手足を折りたたみ、飛行形態に移行し、天高く飛翔する。

 夜空を切り裂く流星の光。シューティング・スター・ドラゴンが本体である白とは別に、赤、青、黄色、緑四つの幻影が出現。合計五つの流星のドラゴンが特大の砲撃となって飛来。レイシスの五体のモンスターを次々と撃墜、または圧壊していった。

 

「ぐ―――――」

 

 ダメージのフィードバックがレイシスを襲う。

 ぐらつく体。しかし踏みとどまる。今の攻撃でレイシスのライフは4700にまで減少した。

 しかし増殖するGの効果により、手札は六枚まで増えている。シューティング・スター・ドラゴンがいるとはいえ、いまだ烈震の形勢逆転とはいいがたかった。

 それが分かっているからだろう。烈震本人の表情は険しいままだ。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

グローアップ・バルブ 地属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK100 DEF100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

増殖するG 地属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。①:このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、以下の効果を適用する。●相手がモンスターの特殊召喚に成功する度に、自分はデッキから1枚ドローしなければならない。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

金華猫 闇属性 ☆1 獣族:スピリット

ATK400 DEF200

このカードは特殊召喚できない。(1):このカードが召喚・リバースした時、自分の墓地のレベル1モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは除外される。(2):このカードが召喚・リバースしたターンのエンドフェイズに発動する。このカードを持ち主の手札に戻す。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

シューティング・スター・ドラゴン 風属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3300 DEF2500

シンクロモンスターのチューナー1体+「スターダスト・ドラゴン」

以下の効果をそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。●自分のデッキの上からカードを5枚めくる。このターンこのカードはその中のチューナーの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃する事ができる。その後めくったカードをデッキに戻してシャッフルする。●フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する事ができる。●相手モンスターの攻撃宣言時、このカードをゲームから除外し、相手モンスター1体の攻撃を無効にする事ができる。エンドフェイズ時、この効果で除外したこのカードを特殊召喚する。

 

 

烈震LP3500手札2枚

レイシスLP8000→5900→5600→5300→5000→4700手札6枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー。お」

 

 ドローカードを見たレイシスの目が僅かに見開かれた。「ここで来たか」という呟きを、烈震は聞いた。

 

「来た。何か強力なカードが?」

「ああ。そうだね。実に面白いカードだ。何しろ、このカードは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「その条件は……まさか!?」

 

 烈震の目が見開かれる。その条件に合致する魔法カードを、彼は知っていた。

 そのカードは、かつての七大大会優勝者にのみ賞品として贈られたカードだ。

 そして烈震は知っている。数年前の全米オープン。そこで彼は優勝し、手に入れたカード。それを、知っていた。

 こくりとレイシスが頷いた。

 

「ここでこのカードが来たのもめぐりあわせだろう。俺は通常ドローしたRUM(ランクアップマジック)七星の剣(ザ・セブンス・ワン)発動! まずはエクストラデッキから、このカードを特殊召喚しよう」

 

 ズン。空気が重くなる。天空に渦巻く銀河を思わせる空間が出現。そこから白い光が一筋の流星となって降り落ちた。

 

「時を逆巻き、空間の果てより飛来せよ、時空の竜よ! 来たれオーバーハンドレッド! NO.107 銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)!」

 

 まず現れたのは、メタリックヴァイオレットの機械を彷彿とさせるドラゴン。腕はなく、翼だけを雄々しく翻す。

 

「まだだ。俺は銀河眼の時空竜をオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築!

 過去より来るは偉大なる力。時を支配せよ、戦場を支配せよ、そして、勝敗を支配せよ! 来たれカオスオーバーハンドレッド! CNo.107 |超銀河眼の時空竜《ネオ・ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン》!」

 

 銀河眼の時空龍の身体から金色の罅が入った。

 罅はどんどん広がっていき、ドラゴンの全身に至る。

 直後、超新星の爆発のような金色の光が時空竜の中からあふれ、その外郭をはじけさせた。

 銀河眼の時空龍の、進化した姿が現れる。

 金色に輝く三つ首の龍。複雑怪奇なラインを組み合わせてなる、やはり機械を思わせる強大にして、畏敬の念すら抱かせるドラゴン。

 

「オーバハンドレッドナンバーズ……。この目で見ることになろうとはな……」

 

 戦慄を滲ませて呟く烈震。だが対するレイシスは涼やかに微笑していた。

 

「超銀河眼の時空龍の効果発動! CORU(カオスオーバーレイユニット)を一つ取り除き、このターンの君のカード発動を禁止する!」

「させん! 手札のエフェクト・ヴェーラーの効果発動! 超銀河眼の時空龍の効果を無効にする!」

 

 一気に攻め落とそうとするレイシスに対して、烈震は喰らいつく。

 まだだ。まだ終わるな。まだ戦っていたい。この強者と。めったにない戦いを満喫したい。だから、振り落とされないよう、必死に追いすがった。

 レイシスの微笑は変わらない。

 

「せっかくの機会だ。今日はもう一体の、俺のドラゴンも出そう。手札から龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動! 墓地の青眼の白龍三体を除外融合!」

 

 X召喚の次は融合召喚。レイシスの頭上の空間がゆがみ、渦を作る。その渦に墓地から三体の青眼の白龍が飛び込み、一つに混ざりこむ。

 

「太古より息づく白龍の血筋よ。今ここに三位一体となり、究極へと至らん! 融合召喚、来たれ青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)!」

 

 現れたのは、より鋭い面立ちになった三つ首の青眼の白龍。三重の咆哮が大気を震わせ、見るものに圧倒的な力、そして畏怖をたたきつけた。

 

「攻撃力4500の二連続か!」

「しかも……これまたデュエルモンスターズ誕生当初から存在し、今なお最強の一角に食い込むモンスターのお出ましだ。トールよ、単純な攻撃力なら、お前よりも上だぞ」

 

 窮地に立たされながらも精神的余裕を失わないため、烈震はあえて軽口を聞いた。だがトールからは面白くなさそうな息づきだけが帰ってきた。

 相棒甲斐のない奴だ、そう思ったが、烈震は黙っていた。

 

「バトルだ。青眼の究極竜で、シューティング・スター・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。二体のドラゴンのうち、白銀の三つ首竜が動きだす。

 口を開き、三つの超高エネルギーを放出。それを眼前で混ぜ合わせ、収束していく。

 凝縮された超エネルギーが放たれる。

 怒涛の本流。極光が烈震の視界どころか、体全体を包み込む。狙いはシューティング・スター・ドラゴン。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! このカードを除外し、攻撃を無効にする!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンの姿が霞のように掻き消える。

 攻撃目標を見失った息吹(ブレス)が放散した。

 一撃目は凌いだ。だが攻撃力4500はもう一体いる。

 超銀河眼の時空龍。

 しかしシューティング・スター・ドラゴンでの防御は一度だけ。今度無防備の状態で攻撃を受ければ、烈震のライフは尽きる。

 だが、烈震も承知。だからこそ、もう一枚のカードがあるのだ。

 そのカードが今、翻る。

  

「シューティング・スター・ドラゴンが除外されたこの瞬間、ゼロ・フォース発動! ラーズウォードプロの場のモンスターの攻撃力は全て0になる!」

 

 攻撃力4500は、この瞬間に全て無力化した。

 これは烈震にとって大きく有利になる。

 だがレイシスは相変わらず涼やかな微笑を浮かべていた。

 訝し気に眉を顰める烈震。その理由はすぐにわかる。レイシスは手札から一枚のカードを引き抜いた。

 

「速攻魔法、大欲な壺を発動。除外されている、俺の青眼の白龍二体と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 驚愕に目を見開く烈震。シューティング・スター・ドラゴンの弱点を突かれた。除外から形勢を逆転させたが、今ここでその除外が仇となって再逆転された。

 

「マジか。こっちが防ぐ手段を出したら、そのための行動を利用してこちらの切り札を封じてきやがった……」

「これがAランクプロの実力、か。どうにも掌の上から抜け出せていないな」

 

 声に戦慄を滲ませる一柱と一人に対して、レイシスは苦笑した。

 

「なんでも掌の上、そう考えるほど俺は傲慢にはなれないな。カードを一枚伏せて、ターン終了だ」

「待ってもらおう。ターン終了時に、伏せていた裁きの天秤を発動。己の場と手札は全部で二枚。貴男のフィールドのカードは五枚。よって、その差三枚、カードをドローする」

 

 烈震とて負けてられない。幸い次は自分のターンだ。レイシスのフィールドにいるモンスターはどちらも攻撃力0になっているのだから、逆転の目は十分にある。

 

「おっと。反撃の手段を手にさせてしまったかな? 改めて、ターンエンドだよ」

 

 

RUM-七皇の剣:通常魔法

自分のドローフェイズ時に通常のドローをしたこのカードを公開し続ける事で、そのターンのメインフェイズ1の開始時に発動できる。「CNo.」以外の「No.101」~「No.107」のいずれかをカード名に含むモンスター1体を、自分のエクストラデッキ・墓地から特殊召喚し、そのモンスターと同じ「No.」の数字を持つ「CNo.」と名のついたモンスターをその特殊召喚したモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。「RUM-七皇の剣」の効果はデュエル中に1度しか適用できない。

 

No.107 銀河眼の時空竜 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

ATK3000 DEF2500

レベル8モンスター×2

自分のバトルフェイズ開始時に1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの効果は無効化され、その攻撃力・守備力は元々の数値になる。この効果を適用したターンのバトルフェイズ中に相手のカードの効果が発動する度に、このカードの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで1000ポイントアップし、このターン、このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

CNo.107 超銀河眼の時空龍 光属性 ランク9 ドラゴン族:エクシーズ

ATK4500 DEF3000

レベル9モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する全てのカードの効果はターン終了時まで無効になり、このターン、相手はフィールド上のカードの効果を発動できない。また、このカードが「No.107 銀河眼の時空竜」をエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●自分フィールド上のモンスター2体をリリースして発動できる。このターンこのカードは1度のバトルフェイズ中に3回までモンスターに攻撃できる。

 

龍の鏡:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、ドラゴン族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

青眼の究極竜 光属性 レベル12 ドラゴン族:融合

ATK4500 DEF3800

 

エフェクト・ヴェーラー 光属性 ☆1 魔法使い族:チューナー

ATK0 DEF0

(1):相手メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

 

ゼロ・フォース:通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターがゲームから除外された時に発動する事ができる。フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力を0にする。

 

大欲な壺:速攻魔法

「大欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体を対象として発動できる。そのモンスター3体を持ち主のデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

裁きの天秤:通常罠

「裁きの天秤」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):相手フィールドのカードの数が自分の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合に発動できる。自分はその差の数だけデッキからドローする。

 

 

CNo.超銀河眼の時空龍CORU×0

 

 

 

「己のターン、ドロー!」

 

 裂帛の気合を込めて、カードをドローする烈震。ドローカードを確認。その口角が笑みに吊り上がる。

 

「まだだ。まだ終わらん! 相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札のバイス・ドラゴンを攻守を半分にして特殊召喚する! さらにジャンク・シンクロンを召喚! 効果で、墓地のエフェクト・ヴェーラーを特殊召喚する!」

 

 次々に現れるモンスターたち。まずは筋骨隆々な肉体を持つ紫のドラゴン。その傍らに、オレンジの耐火服を着たずんぐりとした愛嬌ある顔の戦士。そして、先ほど超銀河眼の時空龍の効果を阻害した少女。

 

「レベル5のバイス・ドラゴンに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 連星集結、焔王竜(えんおうりゅう)出陣。シンクロ召喚、吠えろ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 咆哮と、紅蓮の炎が夜を彩る。

 現れたのはスマートでありながらも筋肉の付いたマッシブな体型をした、悪魔じみた要望と翼を広げたドラゴン。さらに! と烈震の叫ぶような声が続く。

 

「己のフィールドにレベル8以上のSモンスターが存在するため、手札のクリエイト・リゾネーターを特殊召喚する!」

 

 パシン! と派手な音がするほどカードをデュエルディスクに叩きつけるようにセットする烈震。そのフィールドに現れるプロペラを背負った、音叉を持った小悪魔。悪魔らしく、悪戯じみた笑みを浮かべている。

 

「見るがいい! これが、己が奇龍にて手にした新たな力! 新しいシンクロの形! 己は! レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴンに、レベル3のクリエイト・リゾネーターと、レベル1のエフェクト・ヴェーラーを、ダブルチューニング!」

 

 烈震が右手を大きく振り上げる。

 彼のフィールドの三体のモンスターが天を舞う。

 まず、クリエイト・リゾネーターが三つの、エフェクト・ヴェーラーが一つの黄金に輝く光の輪となり、その輪を潜ったレッド・デーモンズ・ドラゴンが八つの光の球となった。

 輝く星々を、一筋の光の道が貫いた。

 

「連星集結、紅蓮悪魔龍激震! シンクロ召喚。降臨せよ、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン!」

 

 現れたのは、炎を凝固させて造った鎧のような外骨格で身を纏った、悪魔のごとき禍々しさと、ドラゴンのごとき誇り高さを見事に同居させたドラゴン。

 真紅に彩られた体。空気を孕み、爆発的な加速を見せる翼。睨みつける物理的な重圧さえ感じさせる双眸。

 

「ダブルチューニングによる新しいS召喚か。デュエルモンスターズのカードの中でも、その数はごく少ない、希少種だと聞く」

「伝手があってな。手に入れた。シューティング・スター・ドラゴンに並ぶ、己の最強の力だ! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは己の墓地のチューナー一体につき、攻撃力が500アップする。己の墓地のチューナーは全部で五体。よって攻撃力は2500アップし、6000となる!」

 

 攻撃力6000。この攻撃が通りさえすれば、レイシスのライフは尽きる。スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンはカード効果では破壊されず、攻撃力6000なら戦闘破壊も容易ではないだろう。

 だからこそ、烈震は踏み込んだ。自身も震脚で大地を踏みしめ、叫ぶ。

 

「バトルだ! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンで、青眼の究極竜に攻撃!」

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンが攻撃命令を受けて、手足を折りたたんだ飛行形態へと変形。そして、蓄えた空気を一気に放出し、炎を全身にまとって疾走開始。その身が一発の巨大な弾丸となり、一気に白銀の三つ首竜に向かう。

 爆発音が連続して響いた。熱せられた空気が音を立てているのだ。

 

「通れ! この一撃が通れば、烈震の勝ちだ!」

 

 トールの叫び。スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンと青眼の究極竜。彼我の距離がどんどん短くなっていき、零に近づいていく。

 青眼の究極竜が上体をそらして抵抗の証、攻撃を繰り出す。

 三つの口から放たれる螺旋の極光。だが弱い。これではどれほど派手でも、見掛け倒した。

 

「いけ!」

 

 拳を握り締め、烈震は叫んだ。

 ()()――――

 

「君の気迫に答えてやりたい。このまま何もせずにいてやることも考えたけれど――――それは侮辱だな。リバースカードオープン! 聖なる鎧-ミラーメール-! この効果で、青眼の究極竜の攻撃力をスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンと同じにする!」

「な―――――」

「んだとぉ!?」

 

 驚愕は一人と一柱に等しく伝播した。

 直後。三つ首竜の息吹(ブレス)に力と活力が戻った。

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは止まらない。物理的な圧力をも伴った光の波を切り分けて突き進むも、その体がどんどん傷つき、装甲が剥離していく。

 激突。昼間を思わせる光が辺りを照らした。

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは烈震の指令を完全にこなし、青眼の究極竜を打ち破った。だがそこで自身も力尽きてしまったのだった。

 ズンと、地響きを立てて頽れる二体のドラゴン。

 壮絶な相討ち。()()()()()()()()()

 レイシスのもう一つの伏せカードが翻った。

 

「奇跡の残照発動。今破壊された青眼の究極竜を特殊召喚する」

 

 再び現れる。しかも今度は完全な状態で召喚された、白銀の三つ首竜。

 烈震は青眼の究極竜を見上げ、笑みを浮かべていた。

 

「凄いな。トール。Aランクプロというのは、こちらの悉くを上回っている」

 

 その声音には、どこか清々しさがあった。

 

「悔しくねぇのか?」

「悔しいさ。だがそれ以上に嬉しいのだ。目の前にある高い、高い壁。実に――――超え甲斐がある」

 

 烈震の目はギラギラと輝いていた。超えるべき障害を目の前にし、彼の心は折れるどころかより強靭に、よりふてぶてしく、熱く燃え上がっていたのだ。

 

「ラーズウォードプロ。己の負けだ。これ以上の対抗手段はない。だが―――――この借りは、いずれ必ず返す」

 

 そう言って、烈震はターンを終了した。

 サレンダーはしない。それが烈震のちっぽけな、しかし何より大事なプライドだった。

 

「俺のターンだ。……もう、ドローカードさえ必要ないね。けれど、黒神君。俺も楽しかったよ。こんな楽しいデュエルなら、いつでも大歓迎だ」

「――――その言葉は救われる」

 

 お互いに微笑が浮かんだ。

 そして――――

 

「バトルだ。青眼の究極竜でダイレクトアタック!」

 

 

バイス・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:効果

ATK2000 DEF2400

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

クリエイト・リゾネーター 風属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK800 DEF600

自分フィールド上にレベル8以上のシンクロモンスターが表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

 

スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン 闇属性 ☆12 ドラゴン族:シンクロ

ATK3500 DEF3000

チューナー2体+「レッド・デーモンズ・ドラゴン」

(1):このカードの攻撃力は自分の墓地のチューナーの数×500アップする。(2):このカードは相手の効果では破壊されない。(3):相手モンスターの攻撃宣言時にその攻撃モンスター1体を対象として発動できる。フィールドのこのカードを除外し、その攻撃を無効にする。(4):このカードの(3)の効果でこのカードが除外されたターンのエンドフェイズに発動する。その効果で除外されているこのカードを特殊召喚する。

 

聖なる鎧-ミラーメール-:通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時に発動する事ができる。攻撃対象モンスターの攻撃力は、攻撃モンスターの攻撃力と同じになる。

 

奇跡の残照:通常罠

(1):このターン戦闘で破壊され自分の墓地へ送られたモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

 

烈震LP0

 

 

 この夜、烈震は大敗を喫した。他の誰がどう言おうと、烈震の中では完敗だった。

 天の高みを知った気分だった。それでも心は折れない。手を伸ばす。星に届けと。

 今弱いなら、もっと強くなろう。もっと、もっと。見果てぬ先まで。

 これから大きな戦いが起こる。烈震の心は決まっていた。

 クロノス、ティターン神族。いずれ劣らぬ強敵たち。

 上等だ。それらを倒してこそ、上を目指せるというものだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話:国守咲夜の墓参り

 どうして世の中はこんなにも糞なんだ。

 そう思いながら、だが男の気分は悪くなかった。

 頬に当たる風がさわやかだ。今までの淀んだものではない。

 自由になった。オレはこの瞬間、自由になったのだ。

 これでもう一度、糞まみれのこの世界で、真実を探せる。

 男は感動に打ち震えていた。イライラする刑事に捕まって、そいつをぶっ殺したらより堅固な堀の中に閉じ込められて、ついには絞首台。

 首に縄がかかる瞬間はさすがに震え上がった。

 糞が、なぜこんな目に合わないとならねぇんだ。糞ったれな世界で糞みたいな笑顔を浮かべて糞みたいな人生歩んでるやつらの()()()()を剥がしてやっただけじゃないか。

 己の成してきたこと、凄惨な有様について全く気にも留めず、これから失われる己の命のことのみを考えていた。

 だが、だがだがだが! 糞ったれだと思っていた世界も捨てたものじゃなかった。

 立たされた絞首台の床が外れる瞬間に、神はやってきたのだ。

 哀れなオレを拾い上げたってわけだ!

 男は遮るもののない通路の真ん中を堂々と渡った。今まではここには傲岸な看守どもが王様気分で歩いていて最悪だった。

 今はもういない。奴らこそ、視界の隅で震えて縮こまる番だった。

 各所で起こる呻き声。見ればそこかしこに黒くてぬめぬめした、得体の知れないのたうつ黒い触腕が、何もない虚空から空間に罅を入れて現れており、看守や、どうでもいいほかの囚人たちに巻き付き、その肉を締め付け、骨を砕いていた。

 またある場所では、蹄のある足に、黒い木枝にも見える触手が寄り集まったような奇怪で冒涜的なオブジェにも見える何か――にもかかわらず、それを見た人や男自身にもそれが“山羊である”と頭に叩き込まれた――が死肉を食んでいる。

 地獄のような光景。そこを悠々と歩き、男は開け放たれた門をくぐった。

 そこで、男を待っている影が一つ。

 女だった。

 褐色の肌、きめ細かな肌、その身を覆う黒いドレス。金色の瞳、銀色の長髪。豊満な胸に、くびれた腰、突き出た尻は男の好みに合致し、非常にいい気分だった。

 何しろ、こいつがこの姿をとっている時は脳みそのレベルも人間になるらしい。

 いいことだ。非常にいいことだ。この女を組み敷くのはさぞいい気分になるだろう。

 できれば顔を剥ぎたいが、それはどうだろうか。神の顔を剥げるか疑問だった。剥いだ先に出てくるのが男が見たがっているものとも限らない。

 地面に向けて唾を吐き、男は手に入れた自由を噛み締めるように、腹の底から叫び、そして笑ったのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 これはまだ、和輝たちがクロノスのことを知るよりも、ほんの少し前の話。

 八月某日。

 お盆の時期を外れると、墓地を訪れる人の数も減ってくる。

 訪問客のいない墓地を、その少女は一人花束を手に歩いていた。

 林のように林立する墓石の間を縫って歩いていく。

 背中に垂れる薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、発育のいい身体を薄手のタンクトップにデニムのジャケットで包み、ジーパンを穿いてつかつかと歩いていく。

 少女らしい溌溂さと大人への変化の時を迎えつつある色香が合わさった、魅力的な少女だった。

 高校在学の女子高生にして、現役のBランクプロデュエリスト、そして神々の戦争の参加者にしてギリシャ神話の女神、アテナの契約者。国守咲夜(くにもりさくや)だった。

 ただ、今は少女生来の正の気配は鳴りを潜め、表情には神妙なものが浮かんでいた。

 迷うことなく墓石の間を進む。

 その後ろを歩く影。

 小さな女の子のものだった。

 ウェーブのかかった赤髪、雪のように穢れを知らぬ白肌、黄金色の瞳、小柄な体は花柄のワンピースに包んでいる。未成熟ながらも開花前から美しさが窺える花の(つぼみ)の風情。

 彼女こそ咲夜が契約した神、アテナであった。

 アテナは本来大人の美女なのだが、現在は呪いによって子供の姿にされていた。

 咲夜の歩みが止まった。彼女の前には「国守家之墓」と刻まれた墓石があった。

 墓にはすでに瑞々しい花が活けられており、誰か先客があったことを告げていた。

 

「あ、母さん。来てたんだ」

 

 安心したように呟いて、咲夜は微笑んだ。

 

「咲夜。ここが、お前の父君の墓なのか?」

「うん。プロの生活が忙しくて、お盆は過ぎちゃったけど、やっぱりお参りしたいし」

 

 苦笑して、花束を活ける咲夜の姿を見て、アテナは時期を外したのは正解だったかもしれないと思った。

 静かな、他に誰もいない墓地。顔の売れている咲夜がお盆の時期に現れては、騒ぎになって静かに墓参りもできなかっただろう。だから今来たのだ。

 線香に火を灯し、咲夜はしゃがみこんで目を瞑って手を合わせた。

 しばらく沈黙していた咲夜だったが、彼女が目を開けたのに合わせて、アテナの方から問いかけた。

 

「お前の父君は、どんな人だったのだ?」

「優しい人だったよ。そして、勇敢な人だった。まるで、昔のお話に出てくる正義の味方、ヒーローみたいに」

 

 誇らしげで、けれどほんの少し寂し気な表情で、咲夜はそう言った。

 

「刑事でね。いろんな事件を解決してたの。でも家だと子供っぽくて。昔の特撮番組を、よく一緒に見てたの」

 

 父のことを語り続ける咲夜。視線は墓を向いたまま。その胸中を、アテナは想像することもできない。

 

「良き、父だったのだろうな」

「あたしの誇り。だけど、ちょっと優しすぎたのかな」

 

 苦笑する。目尻を僅かに拭ったのは、悲しみをごまかすためか。

 

「あたしが中学生のころにね、銀行強盗に巻き込まれて、黙っていればよかったのに、銃口を向けられた女の子をかばって、撃たれたの」

「守護の代償、か」

 

 守る行為は常に自己犠牲が付きまとう。守るべきものを守り通して、結局力尽きてしまう。アテナはそんな人間をごまんを見てきた。

 悲しくも、尊いと、そう思った。

 

「何発も撃たれたんだけど、結局銃弾は女の子に届かなかった。父さんは、守ろうとした子供を守れたんだよ」

 

 アテナは父を語る咲夜の横顔に、深い悲しみが宿ったのを見逃さなかった。

 誇るべき父。守るべきものを守り切った父。だが守護の代償に、父は二度と咲夜の許に帰ってはこなかった。

 誇らしくもあり、悲しくもある。父の成した結果を誇り、しかし父の帰らぬ日々を嘆く。この少女の胸中ではどんな感情が渦巻いているのだろう。

 アテナは理解できない。神に、人の感情を正確に理解することは難しい。比較的人に近い感性を持っているギリシャ神話の神でも、そうだ。

 だからアテナはただ真摯にこう言った。

 

「立派な父君だったようだな。そう、常に胸を張って誇れるような。そこに一点の曇りもないような、な」

「……ありがと」

 

 微苦笑して、咲夜はまた、墓に対してこう語りかけた。

 

「父さん。今日はね、いろいろと報告があるんだよ」

 

 微笑して、咲夜は死者に語り掛けた。

 

「あたしね、女の子を拾ったの。すっごいピンチだった女の子。とても困っていた子を、見捨てることができなかったから」

 

 父さんみたいに、と咲夜は言った。

 その女の子、というのが自分だと分かっていたアテナは黙って咲夜の話を聞いていた。

 

「今、あたしは戦いに身を投じてる。父さんのような、みんなを守るような戦いじゃないけど、参加したことに後悔はないし、恥じるものは何もないよ。だから安心して」

 

 子供になったアテナを守りながら、孤独な戦いに身を投じていたころの咲夜は浮かべなかった、柔らかい笑みだった。今の彼女は安心しているのだ。恐れていない。

 

(ロキの契約者の、あの少年のおかげだろうな)

 

 孤独な戦いに割って入って自分たちを救ってくれた少年。咲夜と同じく、アテナもその恩は忘れていない。もっとも、咲夜の場合は恩義以外の感情も混じっているだろうが。

 

「これからきっと激しい戦いが始まる。だからその前に、父さんに挨拶しておきたかったの」

 

 最近はすっかり途絶えていた、アテナと咲夜を襲った敵。すでに咲夜もアテナも、その正体を掴んでいた。

 時の神を吸収した、農耕の神クロノス。ティタノマキアの首謀者。そして、彼奴の手によって復活したティターン神族。

 敵は強大だが、それに対抗する善の力はきっとあると、この情報を伝えてきた男は言っていた。

 以前、一度だけあっていた男だった。

 胡散臭い英国紳士。イギリスのロンドンでのこと、ロキの契約者とのデュエルの後やってきた男。

 フレデリック・ウェザースプーン。その神、ヘイムダル。

 改めて話してみて、アテナは彼が善の側にいる人間だと確信した。

 同時に、アテナたちにさらなる襲撃がかからないことも分かった。

 クロノスの契約者、射手矢弦十郎。

 彼は咲夜のスポンサーで、ならば咲夜がプロデュエリストである限り、彼女のスケジュールはつかめて当然。だから、かつてはアレスとエリスに行く先々で襲撃を受けたのだ。

 そして手駒の二柱を失ったクロノスは、かねてからの計画を早め、ティターン神族を復活させた。

 フレデリックから伝え聞くには、すでにオリンポス十二神はアテナとゼウスを残して全滅しているらしく、さらにハデスも囚われの身らしい。幸い、ゼウスはフレデリックたちと連絡を取り合っているらしい。

 同胞の潰滅にはショックを受けたが、まだ終わりではない。

 イレギュラーな戦力を手にしたクロノスが攻勢に出るのはもうすぐそこだ。なぜなら八月の終盤に行われるジェネックス杯。そのスポンサーに射手矢がCEOを務める企業、ゾディアックがある。

 実は咲夜はプロということで、事前にジェネックス杯の大会形式を伝えられていた。

 確かに、この方法ならば多くの神々の戦争参加者を呼び寄せ、一網打尽にできる。

 だが同時に、この大会こそがクロノスの喉元に迫るチャンスだ。

 戦いの時は近い。それも、絶対に負けられない戦いの時が。

 

「ん?」

 

 その時、アテナは気配を感じ、すぐさま身体を緊張に固めた。

 墓地に、人が入ってきた。

 人影は二つ。一つは女。

 首の中ほどで切りそろえたアッシュブロンドの髪、赤みがかかった青い瞳、背が高く、とてもすらっとしたモデル体型。その身を喪服のような黒のダークスーツに包んだ女。凛とした鋭い顔立ちだが、手には手向けの花を携え、その表情は神妙だ。

 その傍らには少年の姿。

 燃え盛る炎のように広がったオレンジ色の髪、強い意志を秘めた黄色の瞳を持った、咲夜と同じくらいの年齢の見目麗しい少年。着ているものはどこにでもあるただのTシャツにジーンズ姿だが、だというのに、その身からは王のごとき威厳と、尊大でありながらも懐深い重厚さを兼ね備えていた。

 アテナは警戒に身構える。近づいてくる二人が、彼女の記憶に引っかかったのだ。

 

「貴様たちは……」

「お久しぶり、咲夜ちゃん。前も言ったけれど、敵じゃないから警戒しないでほしいわね」

 

 女の方が親しげに咲夜に声をかけた。立ち上がった咲夜が一瞬驚いたように目を丸くし、それからぺこりと一礼した。

 

「お久しぶりです、氷見(ひみ)さん」

 

 咲夜の返事に、氷見と呼ばれた女性は穏やかな笑みを返した。抜身の刃の様だった女の印象が、その瞬間に柔らかくなる。

 

「よかった。今日は話は聞いてもらえそうね」

「あ、あの時はどうも、すみませんでした……」

 

 羞恥ゆえか、耳まで真っ赤にさせて咲夜は俯いた。

 女の名は氷見綾女(あやめ)。そして、その傍らの少年は、彼女が()()()()()()()()、インド神話に名高き神、ヴィシュヌであった。

 アテナは知っている。この女とは、以前あっていた。

 まだアテナと咲夜が契約を交わして間もなかったころで、アレスとエリスの襲撃によって命からがら逃げだすことが何度もあった。

 咲夜にとってもアテナにとっても極限状態の時で、当然、和輝とも出会っておらず、救われてもいなかったので、一人と一柱は回り全てが敵に思えていた時だった。

 後で聞いたのだが、咲夜は綾女とは昔からの知り合いだったという。

 父親の同僚で、元部下。何度もチームを組み、コンビを組んでいた。咲夜よりも近くで、彼女の父親の背中を見ていた人物ともいえた。

 子供のころからの知り合い。何度も話したし、一緒に遊んでもらったこともあった。

 だが、あの時の咲夜は神々の戦争の参加者である、というだけで綾女とヴィシュヌを信じられなかった。自分は私利私欲に神の力を使ったことはないし、ヴィシュヌは悪神ではないと、真摯に説得されたにもかかわらず、裏切りによって傷ついたアテナの心は言葉を聞き入れず、咲夜もまた、度重なる襲撃によって摩耗しきっていた精神ではやはりまともに話を聞ける状態ではなかった。

 結果として、咲夜たちは綾女とヴィシュヌから逃げた。

 以来、連絡もとっていなければ顔も見ていなかった。

 

 

 実のところ、咲夜はあるいはと思っていた。

 あんな別れ方を――それも一方的な――をした手前、こちらから連絡を取って縁を結び直すことに躊躇していた。合わせる顔がなかったのだ。

 だがここならば。咲夜の父の墓参りならば、こうして出会える可能性はあったのだ。

 

「あの、氷見さん」

 

 何か言おうと口を開きかけた咲夜だったが、その頭に手を乗せられて、機先を制されてしまった。

 

「ふえ?」

「大丈夫よ、咲夜ちゃん。あの時逃げてしまったのは、アテナを守らなければって、その思いだけが先行してしまった結果でしょう? ショックを受けなかったといえば嘘になるけれど、むしろそんな状態な咲夜ちゃんの背中を掴めなかったことのほうがよほど悔しくて、悲しかったわ。まったく、刑事やってるくせに、ヘタレだったわ」

 

 自身への憤怒に頬を膨らませる綾女。妙に子供っぽくて年齢不詳だ。父の部下だったので若く見積もっても三十は越えているはずだが――――

 突然、咲夜は綾女によって両頬を引っ張られた。

 

「余計なこと、思っちゃだめよ?」

 

 エスパーか。そう思ったがやはり口にはしない。というか、できない。そういえばこの人は昔から妙に勘が鋭かった。

 

「むろん、余も気にしてはいない。むしろ咲夜と同じ、なぜ追えなかったか、そのことに憤怒を抱く。いやまぁ、追わなかったのはアヤメが立ち尽くしたので、パートナーである余としてはそばを離れるわけにはいかなかったからだが。――――おお、そうなると、アヤメ、貴様のせいで余もまた駄目な感じになったぞ」

 

 背はヴィシュヌの方が低い――170を超えている綾女に対して、ヴィシュヌは越えていない――のに、腕を組んで見上げる姿は神らしく尊大だった。雑な言い方をすれば偉そうだ。

 

「う、む。ま、まぁそういうことね、そうだわね。悪かったわねヘタレてしまって!」

 

 苦笑しながら、怒ったように綾女はそう言った。

 

「アヤメ、誤解が解け、親交を再び温めるの尊き行いだが、そろそろ本題に入れ」

 

 ひとしきり語り合った後、不意にヴィシュヌがそう言った。その瞬間、アヤメの表情が変わり、ばかりか、雰囲気そのものも変化した。それは知り合いのお姉さんではなく、敏腕女刑事のものだった。

 

「氷見さん?」

「よく聞いて咲夜ちゃん。悪い報告があるの。そして、それはきっと、君にも無関係じゃない」

 

 神妙な表情の綾女。咲夜も自然表情を引き締める。パートナーにつられて、アテナもまた、表情を緊に定めた。

 

萩野晃司(はぎのこうじ)が脱獄したわ」

「!?」

 

 萩野晃司。その名を聞いた瞬間、咲夜の全身がびくりと硬直した。顔は真っ青になり、真夏だというのに、その肩はかすかに震えていた。

 

「咲夜?」

 

 パートナーの突然の変化に、思わずアテナが心配げな声をかけた。

 その小さな方に、咲夜の手が添えられた。夏だというのに、その手は冷たかった。

 

「大丈夫、だよ。アテナ。あたしは大丈夫」

「には、見えんな」

 

 尊大な口調はヴィシュヌのもの。彼の炎を宿したような眼は、咲夜の顔を映しだす。その内面を読み取るかのように。

 

「余も少しは知っているぞ、今アヤメが口にした男。それは、アヤメの上司を殺した男だという。アヤメの元上司ということは、必然、貴様の父親ではないか?」

「ッ!」

 

 それでアテナは納得した。父殺しの男。捕まったはずのその男が今、自由の身になっている。何も感じないはずがなかった。

 

「で、でもあの男は、死刑判決を受けて――――」

「そのはずだった。いいえ――――死刑は執行されたの。でも奴は生き延びた」

「それは――――何かイレギュラーがあったんですか?」

 

 こくりと、重々しく綾女は頷いた。

 

「そうよ。首にロープをかけられて、絞首台の床が落とされたその瞬間に、起きてはならないイレギュラーが、最悪の奇跡が起きたのよ」

「まさか――――」青ざめた表情で察する咲夜。

「萩野は、神と契約した」

 

 ぞくりと、咲夜の背筋に悪寒が走った。

 

 

 萩野晃司。その名は、日本の犯罪史に刻まれた忌み名だった。

 性格は粗暴にして残忍。人間というよりも、何かの間違いでたまたま人の形を成した知恵をつけた猛獣が、人の世に紛れ込んでしまった、そんな歪で異端を感じさせる男だった。

 合計九人の女性、少女を強姦の末殺害し、金品を強奪。さらに九人の男性、少年を残忍で徹底的な拷問にかけたうえで殺害。その金品を強奪した。

 それだけでも真っ当な人間ならば眉をひそめ、嫌悪に顔を歪める所だが、彼の異常性の最たるものはこの後にあった。

 萩野は、被害者全員を殺害後、その()()()()()()()()のだ。

 剥いだ表皮はそのままごみのように打ち捨てられていた。

 被害者の共通点もなく――のちに裁判で、目についたから殺したと証言していた――、捜査は難航した。

 十八人目の殺人の際に返り血の付いた服のまま刑事と鉢合わせ、激しい抵抗を示したものの逮捕された。

 その時に逮捕したのが、咲夜の父親だった。

 犯人逮捕によって一件落着かと思いきや、そうはならなかった。

 あまりの言動の異常性、会話の成立しなささに、精神異常を疑われ、精神鑑定を行った。

 結果は白。言動こそ突拍子もないが、彼は正常な判断能力を持っているとして、裁判を受けることになる。

 だが裁判所への移送の際に脱走。その際に監視役の警官から拳銃を奪い取っていた。

 路銀がないからというひどく場当たり的な理由で銀行強盗を行う。

 その際に、たまたま非番だった咲夜の父は、イライラする萩野が振り回す銃口から少女をかばい、十九人目の犠牲者となった。

 死刑判決を受けた後は裁判官に対して暴言を吐き、その後は自分の殺しの状況を事細かに供述した。

 それは死刑執行を少しでも遅らせるための悪あがきだと誰もが理解していたが、調書作成に必要なため、誰も止められなかった。結果的に、萩野は死刑執行まで、三年間延命した。

 だがついに悪運も尽きた。

 まだ殺した奴がいるという彼の叫びは誰にも聞き入れられず、死刑が執行される。 

 それで終わり。戦後日本犯罪史に名を刻んだ凶悪犯は、こうして三十六年の生涯を終える。そのはずだった。

 だがそこで、暗黒の奇跡が起こってしまった。起きてはならない、穢れた奇跡が。

 神との契約。それによる死刑からの生還。そして、神の力を使い、刑務所内の囚人、看守共に殺害。緊急避難ゆえに逃げ延びた一部を除き全滅。

 かくして、ここに最悪の獣は解き放たれたのだった。

 

「……そう、ですか」

 

 悲痛な表情の咲夜。その肩に手を置く綾女。

 

「大丈夫。萩野が契約者になったということは、普通の警察じゃ手に負えなくなったのと同時に、私たちと同じ土俵に立ったともいえる。だったら、今度は、私が奴を捕えるわ」

「――――氷見さん」

 

 安心させるように微笑む綾女に対して、咲夜は凛々しい表情で向き合った。その決意を秘めた瞳を見て、綾女は咲夜の言いたいことを把握した。

 

「あたしも、戦います。萩野とかち合うかはわからない。けれど、それを、氷見さん一人に背負わせない。だから、あたしも手伝います。戦います。それに――――これは、あたしが逃げちゃいけない戦いだと思いますから」

 

 今まで、咲夜にとって神々の戦争はアテナのための戦いだった。

 子供になってしまった彼女を助けた時から始まった戦い。アテナを元に戻してあげたいと思っていた。そして、近しく、そして親しい彼女を、神々の王にしてあげたいと。

 今、そこにもう一つ、目的が加わった。

 萩野晃司。忌まわしい過去の清算を、今ここに。

 新たな決意を、咲夜は秘めた。

 もうすぐ大きな戦いが始まる。

 八月終盤に行われる、デュエルモンスターズの七大大会、その一つ。

 ジェネックス杯。

 このジェネックス杯こそ、クロノスと、彼が率いるティターン神族との決着になる。漠然と、咲夜はそう思っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話:岡崎綺羅の決意

 それは、まだ暦が八月に入ったばかりのころ。

 ドイツ、クラインヴェレ本社、社長室。

 照明の抑えられた薄暗がりの部屋の中、クラインヴェレ社CEO、ルートヴィヒ・クラインヴェレの前で、男が口元に笑みを浮かべて資料を差し出した。

 今時珍しい紙媒体の重要書類。ルートヴィヒはモノ言わず受け取り、封筒の中身を取り出した。

 中には年齢も国籍もバラバラな男女の顔写真と、簡単なプロフィールが記載されていた。

 

「どうでしょうか? アマチュアの中で、我がゾディアックが出資しているデュエルに力を入れている学校、塾、道場、その他施設から選りすぐった、招待客たちです」

 

 にこりと笑い、男は手を差し伸べた。

 四十代と思われる男だった。彫の深い顔立ち、撫でつけられた灰色の髪、底深い湖のようなブルーの双眸、グレイのスーツをぴしりと隙なく着込んだ男。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 経済に明るいものならば彼の顔を知っていよう。

 十二の複合企業からなるコングロマリット、ゾディアックのCEO、射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)

 そして、ある戦いの参加者の一部は、彼の別面を知っている。

 即ち、神々の戦争。その参加者にして、現状最もイレギュラーな存在、クロノスの契約者。

 その射手矢と対面し、ルートヴィヒは資料の写真に目を通した。

 

「面白いメンバーだ。吟味しておこう」

「いずれも素晴らしい将来性を感じさせる若者たちです」

 

 射手矢の申し出に、ルートヴィヒは苦笑した。

 

「どうかな。明らかに中年のような男もいるが?」

 

 揶揄とも取れないルートヴィヒの言い草に、今度は射手矢が苦笑した。

 茶番である。互いに、この資料にある人選の基準などとうに分かっている。

 微苦笑を浮かべて、射手矢はこう言った。

 

「では言い直しましょう。そこに記載されているのは、全員神々の戦争の参加者です」

 

 部屋の空気に変化はない。ルートヴィヒは薄く笑った。

 

「七大大会という名目、スポンサー権限をフルに使っての招待者の選別。真の狙いは神々の戦争の参加者を一か所に集め、君の手駒、ティターン神族を用いて一気に潰すこと、かな?」

「ご想像にお任せします」

 

 沈黙。ルートヴィヒはゆっくりと相好(そうごう)を崩した。

 

「じっくりと目を通させてもらうよ。そのうえで、招待参加者決定の連絡をさせてもらおう」

「では、私どもの期待が通りますよう、祈らせていただきます」

 

 ソファから立ち上がって、一礼したうえで、射手矢は退室した。

 一人残ったルートヴィヒは、立ち上がってデスクの引き出しの中から万年筆を取り出し、ろくに見もせずにすべての資料の「承認」の文字を書き込んだ。

 それからデスクに備え付けられた電話を手に取った。

 

「ああ、私だ。至急、六道(りくどう)君を呼んでくれ」

 

 了解の応答を確認し、ルートヴィヒはデスクについた。

 

「ぐ……」

 

 その表情が苦し気に歪む。

 

「あまり時間が残されていないな……。だがまだだ。まだ持たせなければならない。せめて、せめてジェネックス杯が終わるまでは。でなければ、我が友に顔向けできん。フレデリックの働きに、報いなければ……」

 

 薄暗い部屋の中、ルートヴィヒは一人、己の中の邪悪に抗い続けた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

『七大大会が一つ、ジェネックス杯! 今年開催されるこの大会は、今までのそれとは趣を異にします』

 

 大型スクリーンに、その男の姿が映った時、道を歩く誰もが目を奪われた。

 目の覚めるような青い、三つ揃いのスーツで身を包んだその体は、硬く、大きい筋肉でおおわれており、還暦近いはずの老いを全く感じさせない。

 白いものが混じっているものの、灰色の髪はやはりまだ若々しく、髪と同じ色をした鋭い双眸は力を失っていない。

 全身からみなぎる活力、ギラギラとした双眸。今なお森中を駆け、獲物を狩る瞬間を待ち望む灰色狼の風情。

 この、デュエルモンスターズが世界を席巻する現代で、彼を知らぬ者はおるまい。

 デュエルモンスターズの生みの親。クラインヴェレ社のCEO。

 本人はプロではないが、Aランカーを含めた多くのプロの上を行くと目される実力、一部では、あのデュエルキング、六道天(りくどうたかし)よりも強いのではないかと言われている。

 “帝王”、ルートヴィヒ・クラインヴェレ。

 彼は画面から、世界に向けて語り掛ける。

 

『今回のジェネックス杯に、参加資格は()()()()()

 

 敬語でありながら、天上からの託宣のように、男の声が響いていく。

 

『プロ、アマ参加型の大会! これこそが今回のテーマ! 対戦方式はトーナメントではなく、バトルロイヤル! 参加者は事前にデュエルディスクのIDを登録するだけで構いません。会場は東京都内全域。そこで、デュエリスト同士が戦い、勝利者にポイントが加算されます。このポイントは、勝利した対戦相手のレベルに応じて算出されます。

 また、同じ相手とは二度以上対戦してもポイントは加算されません。

 八月最後の金、土、日曜の三日間の開催期間中に、最もポイントの多かったデュエリストが優勝者です。優勝者には賞品のカードと、もう一つ、エキシビジョンマッチでの、デュエルキングとのデュエルが約束されます!』

 

 画面の向こう側が大きくざわついた。

 プロ、アマ合同の大会。それだけでもめったにないイベントだ。何しろ、アマチュアにプロと対戦できる機会など滅多にない。しかもこの方式なら、アマチュアでもプロを出し抜き、優勝できる可能性がある。

 画面のルートヴィヒがさらに続けた。

 

「また、我々クラインヴェレ社、およびそのスポンサーであるゾディアック社が、これはと思うデュエリストを事前にピックアップし、招待状を送っておきました。この招待状を手にしたデュエリストには、特別に、開催期間中の宿泊費、交通費等は全てこちらで負担いたします。

 さぁ――――」

 

 ゴクリと皆が固唾を飲んで見守る中、ルートヴィヒは宣言した。

 

「ジェネックス杯。楽しく、そして素晴らしいデュエルを致しましょう」

 

 画面の向こう側の会見会場も、そして街頭の民衆たちも、全てが歓声を上げた。

 

 

 こうして、デュエルモンスターズ七大大会の一つ、ジェネックス杯の開催が宣言された。その裏で起こっている、神々の暗躍、人間たちの思惑、邪悪の蠢きは、多くの人々に知られることはなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 真夏の夜が更ける頃、その少女は一人、ベッドの上で浮かない顔をしていた。

 肩にかかるかどうかの長さに切り揃えられた、オレンジ色の髪。暗がりでも目立つ黄色の瞳。今は寝間着となっている子猫のパジャマ姿で、ベッドの上に仰向けになっている。

 岡崎和輝(おかざきかずき)の義理の妹、綺羅(きら)だった。

 綺羅は思いつめた表情で天井を見つめていた。もっとも、彼女は天井に目をやりながら、その実どこも見てはいまい。

 隣の部屋。兄の部屋だ。まだ明かりがついている。きっと、今度行われる大会のために、入念にデッキを調整しているのだろう。

 昔から、兄はデュエルのことになると熱心だった。それは初めて会った頃も変わらない。

 暗い場所にいると思い出す。七年前だ。綺羅と和輝は初めて出会った。

 最初、綺羅は和輝のことが嫌いだった。

 今でこそそうでもないが、綺羅は昔は人見知りする子供だったし、いきなり知らない人――それも異性――と一緒に暮らすことに抵抗を覚えた。両親が、何かと兄に気を回すのも面白くなかった。

 そんな印象が変わったのは、兄がデュエルをしていた時だろう。

 当時から綺羅も友達の流行りに遅れなくないという理由からデュエルモンスターズをたしなんでいた。だから一度、対戦した。

 まだデュエルディスクも持っていなかったので、テーブルの上でお互い向かい合ってのデュエル。

 今よりも、もっと対戦相手との物理的な距離が近い場所。

 そこで綺羅は、初めて和輝とまっ正面から向かい合ったのかもしれない。

 兄は、とても楽しそうにデュエルしていた。

 ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、こちらの視線に気づくとやっぱり不器用ににこりと笑ったのだ。

 このころからだと思う。綺羅の中で、和輝に対する壁がなくなったのは。

 同時に、彼のことをもっと知れた。

 ある日突然、本当に突然、兄は怯えた。何とかしてあげたくても、どうにもならなかった。

 結論から言えば、兄を救ったのは両親と、マクベス先生で、自分は何もできなかった。

 結局綺羅は、兄がなぜ、何に怯えていたのか、そんな様子はすっかり見せなくなった今でも、よく知らなかった。和輝は語りたがらなかったし、両親もまた、和輝が自分から喋らないことを、喋ろうとはしなかった。

 自分はいつも蚊帳の外にいる。綺羅はそう思った。

 今もそうだ。

 兄が何か隠しているのは分かっていた。それがやましいことではなく、和輝にとっては絶対に譲れない、信念を抱いたものであることも、分かっていた。

 両親も、和輝が何か隠していることは分かっていたが、それが何なのか知らなかった。マクベス先生は――――どうだろう、分からない。知っていても守秘義務とか言って教えてくれないに違いない。

 両親は兄が語らないことについて心配していないようだった。

 父さんは言った。「和輝が自分に恥じることをするはずがない」と。

 母さんは言った。「和輝さんも男の子。言えないことの一つや二つあります。それが人様に顔向けできないことでないならば、後悔しないようにしたらいいのです」

 

「……私は、お二人のように割り切れません」

 

 ずっと、いつも、近くにいるから。

 綺羅はそっと、部屋の扉を開けた。

 和輝の部屋から明かりが漏れている。話し声も聞こえた。内容は分からない。誰かと電話しているようだ。

 

「…………」

 

 そっと、部屋の扉を閉めて、電気をつけた。

 机の中から己のデッキを取り出した。

 

「よし」

 

 何かを決意したような顔つきで、綺羅はぐっと握り拳を作った。

 当たって砕けろ、だ。

 

 

 義妹の決意も、聞き耳を立てていたことにも気づかず、和輝は電話をしていた。

 

「ああ。俺のところにも来たよ、ジェネックスの紹介状」

 

 電話の向こうで、息を飲む気配があったので、和輝は苦笑した。

 

「どうやら、俺もクロノス達に目をつけられていたらしいよ、咲夜(さくや)さん。まぁ仕方がないか。射手矢弦十郎は十二星高校(うち)の出資者。生徒の情報くらい簡単に手に入る。俺のダチも神々の戦争の参加者だけど、そいつらにも招待状が届いたってさ」

『じゃあ、和輝君もジェネックス杯に出るんだ?』

「そのつもり。そのために、今デッキを調整してる。――――アテナの宿敵だもんな、咲夜さんも――――」

『当然、出るわ』

「あの胡散臭いおっさんからも忠告されたよ。間違いなく罠だってな」

 

 胡散臭いおっさんこと、フレデリックの情報から、ジェネックス杯のスポンサーにゾディアックが関わっていることが分かった。当然、射手矢、ひいてはクロノスとその配下、ティターン神族。そしてクロノスに呼応し、人間に干渉できるようになった、ギリシャ神話の悪霊、怪物たち。

 敵は多い。しかし臆する理由はなかった。

 

『アテナを子供にしたのが、ティターンの長の方のクロノスだったなんてね。アテナも迂闊だったって言ってる。奴はほかのティターン神族もろとも封印されたものだと思っていたみたい』

 

 咲夜のその言葉に、和輝は引っ掛かりを覚えた。

 

「ん? この戦いは神々の戦争の()()なんだろ? だったら、そこに至るまでの、百柱の神を決めるための予選があったはずだ。それはどうしたんだ?」

『予選って言っても、全部の神様が一堂に会したってわけじゃないみたい。だから、本戦出場の神の間でも面識がなかったりもしてるって。だから、アテナもクロノスの存在に気づかなかったみたい。それに――――』

 

 そこで咲夜は黙った。一瞬、和輝を気遣うような気配を感じた。

 先を促す和輝。「何? 言ってよ」

 なお逡巡していた咲夜だったが、覚悟を決めたように口にした。

 

『七年前、アンラ・マンユ討伐戦の時に、倒された神も大勢いて。そのせいで神々の戦争参加者のメンバーが入れ替わって、詳細が把握できなくなったんだって。一応、百柱すべてそろっていることは確認できているんだけど』

 

 七年前。今の自分のハジマリを突き付けられても、和輝に動揺はない。乗り越えるべき過去であり、倒すべきトラウマであっても、必要以上に恐れる必要はない。

 和輝はもうそれを知っているし、逆にそのことで他人に気を使われるほうが嫌だ。特に咲夜には。

 

「心配しないでくれよ、咲夜さん。俺は大丈夫だから」

『……ごめん。余計な気を回しちゃったね』

「気にしなくていい。それじゃあ、大会、お互いに勝ち残ろう」

『ティターン神族の打倒。それはもちろん重要だけど、それとは別に、大会優勝。これも大事だからね。あたしは、勝つつもりだよ』

「俺だって。負けるつもりで戦ったりなんかしない」

 

 互いに笑い合う気配が伝わってくる。大きな戦いを前にして、憶する気持ちは微塵もなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日の昼。昼食の洗い物が終わった後、綺羅は覚悟を決めて切り出した。

 

「兄さん。兄さんは、ジェネックス杯に参加するんですか?」

 

 ちょうどテレビに流れているジェネックス杯のCMを見ていた和輝は、綺羅の切り出しに一瞬目を丸くして言った。

 

「ああ、出るぞ。せっかく招待状も来たんだしな」

 

 和輝は何でもない風に言った。実際は招待状が来なくても参加するつもりだったし、もちろん優勝を目標にしているが、その裏ではやはり神々の戦争、特にクロノスとティターン神族との戦いを念頭に置いていた。

 国守咲夜。彼女とアテナを追い回し、多くの無関係な人々を傷つける。その在り方は看過できない。

 

「そうですか。兄さん、私も出場します」

 

 和輝の表情が止まった。今ロキが趣味の旅に出ていて本当に良かったと思った。こんなところを見られたら、にやにや笑いで何を言われるかわからない。姿を消しているので反論さえもできない。

 そして綺羅の申し出は予想外だった。同じ七星高校に通ってはいるが、綺羅は前に、自分はプロを目指しているわけではなく、クラインヴェレやその関連会社、とにかくデュエルモンスターズに関わる仕事がしたいのだと語っていたからだ。てっきり、和輝は綺羅はこういう大会にあまり興味がないと思っていた。

 小石を飲み込んだような表情で、辛うじて和輝は言った。

 

「お前じゃ、出るだけ無駄だ」

 

 嘘だ。ムラがあっても綺羅だって同年代と比べれば十分強力なデュエリストだ。それがプロに通用するかどうかは別にして、アマチュアも参加できる今回のジェネックス杯でなら、それなりに勝ち星を挙げられると思っている。

 だが今回は駄目だ。神々の戦争に巻き込まれる恐れがある。

 神々の戦争参加者に与えられる特権。神は己の力を振るえ、人間はデュエルモンスターズのカードを実体化できる。

 突然力を得た人間はそれを使いたがり、必然、多くの犠牲者が出るかもしれない。それでなくとも、東京中でバトルフィールドが展開されるだろう今回、もしもフィールドが崩壊すれば、東京大火災の二の舞だ。今度は、もっと規模が大きいかもしれない。

 綺羅がそれに巻き込まれる、和輝にはとても看過できなかった。

 だからきつい言葉を投げつけたのだが、綺羅は全く動じていなかった。

 

「それは、兄さんがやろうとしていることに、ジェネックス杯が関わっているからですか? そこに、私を巻き込みたくないからですか?」

「ッ!?」

 

 神々の戦争や、神の存在に気付いている様子はない。だが、和輝の普段の振舞いから、彼が何かを隠していることは気付いているようだ。

 それはそうだ。同じ家に住んでいるんだから、どうしたって秘密は綻んでくる。

 

「そんな――――」

「そんなことはない、ですか?」

 

 綺羅の言動が容赦ないものになってくる。和輝は逃げ道を探そうと必死だった。

 が、綺羅は先んじて和輝の逃げ道を塞いできた。

 

「兄さん、侮らないでください。家族なんです、私だって見る目があって、聞く耳があるんです。兄さんが何かを隠していることなんてとっくに知ってます。それが、絶対にやり遂げなければならない戦いだってことも」

 

 言葉もない和輝。綺羅はさらに言い募る。

 

「父さんも、母さんも、知っていても黙っています。兄さんの決めたことだから、きっと自分の心に従っている。だったら見守ろうと。そう言っていました。

 けれど私は無理です。兄さんの近くにいる私には、兄さんが危険なことをしているんじゃないか、とても、切羽詰まった状況に突っ込んでいっているのではないか。そんなことばかりが頭をよぎります」

 

 感情が爆発したように、綺羅の言葉は止まらない。

 

「兄さん、兄さんは、何をしているのですか? それは、私には話してくれないのですか?」

「それは――――」

 

 話せない。話せるわけがない。師匠のクリノ・マクベスのように、神の存在を感じられる特別な人間ならともかく、何も知らない人間に神を語っても意味はないだろう。

 まして、今ロキはいないのだ。信じられる要素、根拠、実体が何もない。

 それにそもそも、大人ぶっていても子供っぽくて、頑固な綺羅が、真実を話したところで自分の意見を曲げるかどうか――――

 そんな風に和輝が言葉に窮し、迷っていると、綺羅の方から意外な申し出があった。

 

「兄さん、デュエルしましょう」

 

 まるで予めそういう方向に話を持っていこうと決めていたかのように、綺羅はそう言った。

 

「何?」

「言葉で言っても、信じられないもの、伝わらないものはあります。行動を見ていても、誰かの内面なんて、容易に知れるものじゃありません。けれどデュエルなら、互いの内面を、胸の内を知ることだってできるはずです。

 百の言葉よりも、一のデュエルの方が、私の気持ちだって、決意だって、伝わると思うんです」

 

 こいつ最初からそうしようと決めていたな。和輝は義妹のひそやかな決意に舌を巻き、同時に、ここまで彼女を思いつめさせていた己を恥じた。

 大きなため息を一つ。

 

「分かった。デュエルをしよう。綺羅、いろいろ言葉に詰まった情けない兄だが、俺はお前がジェネックス杯に出場することに反対の立場だ。我を通したければ、力を示せ。そして俺の何かを知りたかったら、やはりデュエルで掬い取れ」

「はい。勿論です」

 

 いつ以来だろう、和輝はふとそう思った。こうして兄妹で、本気のデュエルを行うのは。神々の戦争の存在を知って、その戦いに身を投じてからはなかったとうに思う。そんな、兄妹の触れ合いは。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話:兄妹対決、開始

 昼食後の午後。和輝(かずき)綺羅(きら)は馴染みのカードショップ――龍次(りゅうじ)がバイトをしている店だった――を訪れていた。

 ここは品揃えも豊富で、デュエルスペースも確保しており、デュエルディスクを用いた全力のデュエルも十分にできる店だった。

 夏休みであることもあって、冷房の効いた店内には何人か先客がいたが、幸いにも、皆カードを買ったり、自分のデッキを調整していたので、デュエルスペースは空いていた

 店長に断って、デュエルスペースに入る二人。

 デュエルディスクを起動。勝負前の緊張感が兄妹を包み込んだ。

 

「行きますよ、兄さん。全力です!」

「俺も手加減はしない」

 

 ただならぬ雰囲気の二人に、客たちも注目し始めた。

 そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 お互いに譲れないもののため、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

和輝LP8000手札5枚

綺羅LP8000手札5枚

 

 

「私の先攻です。モンスターをセット、それから、カードを一枚伏せて、ターン終了です」

 

 先攻を勝ち取った綺羅は、ほとんど迷いなく手札からカードを抜き、場に出して終わった。一切の情報を与えないが、代わりに自由に動けない。大人しい立ち上がりだった。

 

「俺のターンだな、ドローだ」

 

 ドローカードを確認した和輝は少し考える。

 綺羅の以前のデッキはレベル1の天使族を出し、コート・オブ・ジャスティスで後続を呼び出すスタイルだった。そのため、いかにしてレベル1天使を守り、コート・オブ・ジャスティスを維持するかが鍵だった。

 だが今もそのデッキを使っているのかはわからない。イギリスで和輝が多くのカードを手に入れたように、綺羅もまた、和輝の師でありカウンセラーのクリノからカードをもらっている。ウェールズの森を出るときに土産として和輝に渡され、綺羅の手にわたっているのだ。

 

「突いてみるか。マジシャンズ・ロッドを召喚」

 

 現れたのは、ブルーに薄く輝く燐光が、ブラック・マジシャンの姿を取ったモンスター。ただ、手にした杖のみ実体で、それはブラック・マジシャンと同じものだった。

 

「マジシャンズ・ロッドの召喚に成功したので、効果発動だ。デッキから、永遠の魂を手札に加える。

 ワンダー・ワンドを装備、攻撃力を500アップ。バトルだ、マジシャンズ・ロッドで攻撃!」

 

 マジシャンズ・ロッドは召喚に成功した時点で仕事を果たしたので、攻撃して、綺羅の出方を伺う。たとえカウンターの罠が発動しようがリカバリーは効くのだ。

 放たれる青白い稲妻。雷が鞭のようにしなり、綺羅の裏守備モンスターに迫る。

 

「リバースカードオープン! 神の桎梏(しっこく)グレイプニル発動! デッキから、極星獣タングニョーストを手札に加えます」

 

 翻ったリバースカード。綺羅の手札に新たなカードが加わった。

 だが攻撃は止まらない。青白い稲妻は寸分たがわず綺羅の守備モンスターを粉砕した。……綺羅の狙い通りに。

 

「この瞬間、破壊された極星獣タングリスニの効果が発動。さらにそれにチェーンして、手札の極星獣タングニョーストの効果を発動です! タングニョーストを守備表示で特殊召喚し、さらに極星獣トークン二体を特殊召喚です!」

 

 一体のモンスターを破壊したら三体のモンスターが現れた。明らかに反撃のための準備を揃えた綺羅に対して、見物客から歓声とため息が漏れた。

 

「藪蛇だったか。まぁそんなこともあるわな。メインフェイズ2、ワンダー・ワンドの効果発動だ。このカードとマジシャンズ・ロッドを墓地に送って、二枚ドロー。さらにオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを(ペンデュラム)ゾーンレフトにセット」

 

 和輝の左隣に青白い光の円柱が屹立した。円柱の中には二色(ふたいろ)の眼を持つドラゴンが納められた。

 

「カードを一枚伏せる。それから永続魔法、補充部隊を発動。これでターンエンドだが、ターン終了時に、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンのP効果発動。自身を破壊して、デッキから慧眼の魔術師を手札に加える」

 

 和輝も負けてない。綺羅が反撃の手段を整えるならば、和輝もまた、綺羅の反撃に備えるだけだ。

 

 

マジシャンズ・ロッド 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF100

「マジシャンズ・ロッド」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。(2):このカードが墓地に存在する状態で、自分が相手ターンに魔法・罠カードの効果を発動した場合、自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。

 

ワンダー・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、自分フィールド上のこのカードを装備したモンスターとこのカードを墓地へ送る事で、デッキからカードを2枚ドローする。

 

神の桎梏グレイプニル:通常罠

自分のデッキから「極星」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 

極星獣タングリスニ 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK1200 DEF800

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分フィールド上に「極星獣トークン」(獣族・地・星3・攻/守0)2体を特殊召喚する。

 

極星獣タングニョースト 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK800 DEF1100

自分フィールド上に存在するモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。1ターンに1度、フィールド上に守備表示で存在するこのカードが表側攻撃表示になった時、自分のデッキから「極星獣タングニョースト」以外の「極星獣」と名のついたモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する事ができる。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 ふぅと、綺羅は緊張から息を吐き出した。

 実のところ、このデッキを回すのはこれが初めてだ。数日前に完成して、昨日の夜、和輝とデュエルをすることを決めてから、さらに調整した。

 和輝経由でクリノから貰ったカードたちを使った、新しいデッキ。その真価を発揮し、兄にぶつけるのだ。

 

「行きます! 私はタングニョーストを攻撃表示に変更し、効果を発動します! デッキから、極星獣グルファクシを特殊召喚します!」

 

 力強い(いなな)きとともに現れたのは、顔に赤い稲妻のようなペイントを施された黒馬。引き締まった筋肉は美しさと雄々しさを両立させ、立体映像(ソリットビジョン)の演出か、金の(たてがみ)が風を受けたようになびいていた。

 

「レベル3の極星獣トークン二体に、レベル4の極星獣グルファクシをチューニング!」

 

 間髪入れずに(シンクロ)召喚に移る綺羅。右手をかざしたその先に、四つの緑の光の輪となたグルファクシ。その輪を潜った二体の極星獣トークンが、それぞれ三つの、計六つの光の玉となる。

 光の道筋が光星を貫く。

 稲妻が室内に轟き、観客がどよめいた。

 

「星界の扉開く時、(いにしえ)戦神(いくさがみ)が、雷鳴纏いて降臨せん。その力を振るい、大地を砕かん! シンクロ召喚、極神皇トール!」

 

 光の中から現れたのは、古い北欧、ヴァイキングが身に着けていたような角の付いた鎧冑を身に纏い、青いマントを翻した巨躯を持つ男。否、神。

 その手には巨大な魔鎚が握られていた。

 

「トール、か……」

 

 和輝は複雑そうな表情をした。トールと聞いて思い出すのは、やはり友人の烈震(れっしん)と、彼と契約した神、トールだろう。ロキの昔馴染みなこともあって、時々一緒に冒険した時なんかの話を聞いたことがある。

 今はいない相棒のことを思い、和輝は複雑な思いに駆られた。

 ロキがいない中、自分は重大なことを決めようとしている。一切の相談もなしに。

 タイミング悪い相棒への苛立ちもあったが、どことなく後ろ暗い。

 

「兄さん?」

 

 綺羅が訝し気に眉を寄せたので、和輝は試行をデュエルに戻した。

 

「何でもない。しかし、星界の三極神か。先生もずいぶん大盤振る舞いしたもんだ」

「兄さんだって、Pカードをはじめ、たくさんカードをもらったじゃありませんか。それに、私のメインフェイズはまだ終わってはいません。手札から魔法カード、極星宝スットゥングを発動します。私の場に極神モンスターがいるため、カードを二枚ドローします。

 さらに極星天ヴァルキュリアを召喚!」

 

 追加されたモンスターは白い翼を広げ、赤い鎧を身に着けた可憐な戦乙女。レベル3のモンスターと、レベル2のチューナー。ならば次の行動は一つ。

 

「レベル3の極星獣タングニョーストに、レベル2の極星天ヴァルキュリアをチューニング!」

 

 レベル5のS召喚。先ほどと同じエフェクトが走り、光の向こうから新たなモンスターが現れた。

 

「星界の門の向こうから、現れるのは魔物たちの大いなる母! 来たれ神に弓引く魔嬢! シンクロ召喚、極星魔嬢アングルボダ!」

 

 現れたのは、漆黒の魔女衣装に身を包んだ美女。赤いルージュを引いた唇、白い肌、ローブから漏れる紫の髪、金の瞳。嫣然な微笑を浮かべ、黒いマニキュアを爪を伸ばし、ゆっくりと手招きした。

 アングルボダ。その名前に、和輝は聞き覚えがあった。

 調べた北欧神話の話にあった。そう、確かロキの妻――の一人――だった。彼女との間に、世界に巻き付いた大いなる蛇竜、ヨルムンガルドと、世界を飲み込む狼、フェンリル、そして死者の国の女王、ヘルが生まれたのだ。

 知った名前の連続に意識を持っていかれそうになったが、すぐに元に戻る。今は目の前のデュエルの集中する時だ。でなければ、この戦いに思いを伝えにきている綺羅に失礼だ。

 

「バトルです! トールでダイレクトアタック!」

 

 綺羅の良く響く声が店内を通り抜ける。命令を受けたトールが地響きとともに一歩踏み出し、手にした魔鎚を振り下ろした。

 稲妻を纏った鉄槌。和輝はそれをまともに受けた。光と音のエフェクトが店内を荒れ狂った。

 

「ぐお……ッ!」

 

 これは神々の戦争ではないので、リアルダメージはない。しかし視覚情報からの脅威、それに音による聴覚への刺激が、ダメージを誤認させる。

 もっとも、わざわざ場を無防備にしたのだ。和輝もこのダメージは覚悟したものだった。

 

「補充部隊の効果により、カードを三枚ドロー!」

 

 ド派手な先制ダメージに、観客が沸き上がった。だが綺羅はこのダメージが和輝の目論見通りであることを見抜いていた。何しろ、補充部隊の効果によって三枚のドローがかなったのだ。ライフを半分近く持っていかれても、P召喚を使う兄のデッキなら、三枚のドローは大きい。

 とはいえ、綺羅も止まるつもりはない。当初の予定通り、攻めるだけだ。

 

「アングルボダでダイレクトアタックです!」

「さすがにそれは止めるか。リバースカード、永遠の魂発動! 手札のブラック・マジシャンを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 和輝の手札から出撃する、彼のデッキのエース。

 黒衣の衣装を身に包んだ、眉目秀麗な魔術師。指を振り、チチチと、「まだまだ甘い」とばかりに舌を鳴らす。

 攻撃力2500、アングルボダの攻撃力は2200なので、対抗できない。

 

「攻撃を中断して、バトルフェイズを終了します。メインフェイズ2、アングルボダの効果を発動します。一ターンに一度、デッキから極星モンスター一枚を墓地に送って、そのモンスターのレベル分、このカードのレベルを上げ下げできます。私は、二枚目のグルファクシを墓地に送り、レベルを4つ挙げます。カードを1枚伏せて、ターン終了です」

 

 

極星獣グルファクシ 地属性 ☆4 獣族:チューナー

ATK1600 DEF1000

相手フィールド上にシンクロモンスターが表側表示で存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

 

極神皇トール 地属性 ☆10 獣戦士族:シンクロ

ATK3500 DEF2800

「極星獣」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターの効果をエンドフェイズ時まで無効化できる。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時に自分の墓地に存在する「極星獣」と名のついたチューナー1体をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、相手ライフに800ポイントダメージを与える。

 

極星宝スットゥング:通常魔法

このカード名は1ターンに1度しか発動できない。(1):自分フィールドに「極神」モンスターが存在するときに発動できる。カードを2枚ドローする。

 

極星天ヴァルキュリア 光属性 ☆2 天使族:チューナー

ATK400 DEF800

このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在しない場合、手札の「極星」と名のついたモンスター2体をゲームから除外して発動する事ができる。自分フィールド上に「エインヘリアル・トークン」(戦士族・地・星4・攻/守1000)2体を守備表示で特殊召喚する。

 

極星魔嬢アングルボダ 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロチューナー

ATK2200 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカード名の(3)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):???(2):1ターンに1度、デッキから「極星」モンスター1体を墓地へ送り、以下の効果から1つを選択して発動できる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを上げる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを下げる。(3):???

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

 

和輝LP8000→4500手札7枚

綺羅LP8000手札3枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 大ダメージを受けたが、和輝は冷静だ。ドローカードを一瞥し、即座に反撃に移る。

 

「三極神はすべて自己再生効果を持っている強力なカードだが、再生できるからこそ、カードに対する耐性を持たない。つまり脆いんだよ! 永遠の魂の効果で、デッキから千本(サウザンド)ナイフを手札に加え、発動! トールを破壊する!」

 

 ブラック・マジシャンの背後に、無数の――それこそ千に届きそうな――ナイフが出現、一斉に射出される。

 無数のナイフに抗うすべのないトールが、断末魔の咆哮を上げて破壊された。

 

「スケール2の降竜の魔術師と、スケール5の慧眼の魔術師をPゾーンにセッティング!」

 

 和輝のフィールド、彼の両隣りに青白い光の円柱が二本屹立する。その中に収められたにタイの魔術師。その下には降竜の魔術師には2、慧眼の魔術師には5の楔文字に似た文字が浮かび上がる。

 

「ここで、慧眼の魔術師のP効果発動! このカードを破壊し、デッキからスケール8の猪突の魔術師をPゾーンにセット!」

 

 慧眼の魔術師が、硝子のように破壊される。その代わりにセットされたのは、猪の被り物をした薄手の着物姿の男の魔術師が円柱にセットされた。スケールは8。

 

「これで、俺はレベル3から7のモンスターを同時に召喚できる。さぁ!」

 

 和輝の右手が天に向かって掲げられた。彼の頭上に、大きな振り子が現れ、2から8の間のスケールを行き来する。

 

「振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! 手札から出でよ、調弦の魔術師、エクストラデッキから来い、慧眼の魔術師、そしてオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 振り子の向こうで、異界のゲートが開かれた。そこから三つの光が飛び出した。

 光はやがて実体化し、フードをかぶった褐色、白髪の男魔術師と、ピンクの髪に巨大な音叉を持ったサイバネティックな格好をした少女魔術師、そして、二色の眼持つ地上型のドラゴン。

 

「三体のモンスター……ッ!」

「驚くのはまだ早いぞ、綺羅。調弦の魔術師のモンスター効果。デッキから牛刺(ぎゅうし)の魔術師を守備表示で特殊召喚する」

 

 調弦の魔術師が、手にした巨大音叉を打ち鳴らす。澄んだ音が響き渡り、その音に誘われるように、新たな魔術師がデッキから出陣する。 

 現れたのは牛の角を模したアクセサリーを頭につけた長髪黒髪、金の瞳、臙脂色の着流し姿に閉じた扇子を手にした雅な雰囲気を醸し出す男魔術師。妙に色気のある流し目で綺羅を見つめた。

 

「次はこれだ。レベル4の牛刺の魔術師に、同じくレベル4の調弦の魔術師をチューニング!」

 

 綺羅に対抗するように、和輝もまた、S召喚を導く。和輝のフィールド、調弦の魔術師が四つの緑色をした光の輪となり、その輪を潜った慧眼の魔術師が四つの白い光星となる。

 光星を貫く一筋の道。光が満ちた。

 

「集いし八星(はっせい)が、覚醒へと至った魔導の(ともがら)を紡ぎ出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚、(まじな)いを唱えよ、覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)!」

 

 光の向こうから、新たなモンスターが現れる。

 白い、ロングコートのような衣装に、白い鎧姿。時計の文字盤を二つに割ったような意匠の二振りの剣。涼やかで物静かな、覚者を思わせる佇まいの魔法使い。

 

「魔術師を素材にしてS召喚に成功したため、覚醒の魔導戦士の効果発動。墓地のワンダー・ワンドを回収し、ブラック・マジシャンに装備。

 置換融合発動。俺のフィールドのオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと慧眼の魔術師を融合!」

 

 連続召喚に、観客が沸き上がる。歓声を聞きながら、和輝のテンションは高まっていった。

 ここに新たな召喚法が出現する。

 和輝のフィールドに空間の歪みが現出し、渦を作る。その渦に、彼のフィールドの二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「二色の眼持つ竜よ、見極めの魔術師よ! 今一つに交わり神秘の瞳持つ魔導竜へと変じよ! 融合召喚、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 渦の中から新たなドラゴンが現れる。

 ベースはオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。赤を基調にした体躯に、角の代わりに体から金色のリング状のパーツを備え、右目は金属製の眼帯で隠し、首にもリングパーツが追加されている、全体的に、オッドアイズのフォルムよりもスマートな印象を与えた。

 

「ペンデュラム、シンクロ、それから融合……。兄さん、ずいぶん派手に……!」

 

 慄く綺羅に対して、和輝は畳みかけるようにさらに重ねた。

 

「猪突の魔術師のP効果発動! ターン終了時まで、覚醒の魔導戦士の攻撃力を700アップ! バトルだ!」

「ッ!」

 

 和輝の気迫に押されるように、綺羅は一歩、後ずさった。綺羅の気後れに対し、和輝は一歩踏み込んだ。

 

「覚醒の魔導戦士でアングルボダを攻撃!」

 

 攻撃宣言を受け、白い魔導戦士が手にした剣をX字に構えて疾走。一瞬で距離を詰め、北欧の魔女に対して下段から剣を振るう。

 剣閃が走り、アングルボダの身体はX字に四分割されてしまった。

 

「くぅ!」

「この瞬間、覚醒の魔導戦士の効果発動! アングルボダの元々の攻撃力分、ダメージを与える!」

 

 パチンと和輝が指を鳴らす。気付いた時、綺羅の眼前に覚醒の魔導戦士が出現。長針と短針のような二振りの剣を掲げた。炎のような揺らめく白い光が放たれ、綺羅の身体の浴びせられた。

 

「きゃあ!」

 

 立体映像だと分かっていても、綺羅は悲鳴を上げてしまう。女の子に悲鳴を上げさせる和輝に対してブーイングが起こった。

 

「だまらっしゃい! さー続きだ! ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 意外とノリノリで悪役(ヒール)を演じる和輝。それでいながらも、頭脳は冷静だ。

 ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの複数攻撃はモンスターにしか攻撃できないが、P召喚されたモンスターを素材にした場合、相手のカード効果を受けない。綺羅がどんなカードを伏せていても問題ない。さらにブラック・マジシャンも、永遠の魂のおかげで相手のカード効果を受け付けない。

 つまりこの攻撃は通る公算が高い。そしてこの攻撃がすべて通れば、綺羅のライフは0。かわいい女の子の敗北を見たくないギャラリーが色めきだった。

 和輝の予想通り、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが放った虹色の光が綺羅に直撃した。

 綺羅より先に、観客が悲鳴を上げる。立体映像の粉塵が巻き起こり、一瞬、綺羅の姿を隠した。

 

「リバースカード、オープンです!」

 

 その粉塵を振り払うように、綺羅が空いてる右手を振るった。

 

「フリッグのリンゴ! 今受けたダメージ分ライフを回復し、その数値分の攻守を持つ邪精トークンを、守備表示で特殊召喚します!」

「つまり攻守3000のトークンか。ワンダー・ワンドを装備したブラック・マジシャンじゃ突破できないな。仕方ない。メインフェイズ2、ワンダー・ワンドの効果発動。このカードとブラック・マジシャンを墓地に送り、二枚ドロー。カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

「兄さんのターン終了時、トールの効果発動! 墓地のグルファクシを除外し、特殊召喚! さらに兄さんに800ポイントのダメージを与えます!」

 

 雲海から光が差し込むように、一筋の光から復活するトール。その際に伴われた雷撃が和輝を襲う。

 

 

千本ナイフ:通常魔法

(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊する。

 

降竜の魔術師 闇属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2400 DEF1000

Pスケール2

P効果

(1):1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの種族は相手ターン終了時までドラゴン族になる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカードの種族はターン終了時までドラゴン族になる。(2):フィールドのこのカードを素材として融合・S・X召喚したモンスターは以下の効果を得る。●このカードがドラゴン族モンスターと戦闘を行うダメージステップの間、このカードの攻撃力は元々の攻撃力の倍になる。

 

慧眼の魔術師 光属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1500 DEF1500

Pスケール5

P効果

(1):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「EM」カードが存在する場合に発動できる。このカードを破壊し、デッキから「慧眼の魔術師」以外の「魔術師」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

(1):このカードを手札から捨て、自分のPゾーンの、Pスケールが元々の数値と異なるカード1枚を対象として発動できる。そのカードのPスケールはターン終了時まで元々の数値になる。

 

猪突の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1800 DEF1600

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体を対象に発動できる。ターン終了時までそのモンスターの攻撃力を700アップする。(2):自分フィールドのモンスターが相手のカードの対象になった場合に発動できる。Pゾーンのこのカードを破壊して、その効果を無効にする。

モンスター効果

(1):このカードが戦闘を行うときに発動する。ダメージ計算終了時まで、このカードの攻撃力は600ポイントアップする。

 

調弦の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラムチューナー

ATK0 DEF0

Pスケール8

P効果

(1):このカードがPゾーンに存在する限り、自分フィールドのモンスターの攻撃力・守備力は、自分のEXデッキの表側表示の「魔術師」Pモンスターの種類×100アップする。

モンスター効果

このカードはEXデッキからの特殊召喚はできず、このカードを融合・S・X召喚の素材とする場合、他の素材は全て「魔術師」Pモンスターでなければならない。このカード名のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札からのP召喚に成功した時に発動できる。デッキから「調弦の魔術師」以外の「魔術師」Pモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、フィールドから離れた場合に除外される。

 

牛刺の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1900 DEF1900

Pスケール8

P効果

(1):自分の魔法使い族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

モンスター効果

なし

 

覚醒の魔導剣士 闇属性 ☆8 魔法使い族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「覚醒の魔導剣士」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):「魔術師」Pモンスターを素材としてこのカードがS召喚に成功した場合、自分の墓地の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

置換融合:通常魔法

このカードのカード名はルール上「融合」として扱う。(1):自分フィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の融合モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをエクストラデッキに戻す。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

AT3000 DEF2000

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」+魔法使い族モンスター

(1):このカードは、「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」以外の融合素材としたモンスターの元々のレベルによって以下の効果を得る。●レベル4以下:このカードは1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。●レベル5以上:このカードは1度のバトルフェイズ中に3回までモンスターに攻撃できる。(2):フィールドのP召喚されたモンスターを素材としてこのカードが融合召喚に成功したターン、このカードは相手の効果を受けない。

フリッグのリンゴ:通常罠

(1):自分フィールドにモンスターが存在せず、自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。受けたダメージの数値分だけ自分のLPを回復し、自分フィールドに「邪精トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守?)1体を特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この効果で自分が回復した数値と同じになる。

 

 

和輝LP4500→3700手札4枚

綺羅LP8000→4800→1800→4800手札3枚

 

 

「く……。兄さん、やっぱり強いです!」

 

 綺羅は久々のデュエルで、兄の実力を痛感していた。

 元々同年代の中でも抜きんでた実力を持っていた和輝だったが、ここ数か月の間に飛躍的に実力を伸ばしている。

 綺羅はそれが、和輝が神々の戦争に参加し、強敵との場数を踏んだうえでの成長だと知らない。知らないが、兄が秘密にしていることが、実力向上に関係していると思っていた。そして妹の勘は当たっていた。

 そして()()()()()()

 兄は自分を遠ざけようとしている。それは疎ましく思ったからではなく、その逆。

 

(兄さんは、私を気遣っている……)

 

 そのことは素直に嬉しい。だが、自分をそんな庇護の必要な雛鳥だと、いつまでも思われるのは嫌だ。

 だから伝えるのだ。このデュエルで、自分の思いを。

 キッとまっすぐ前を向いて、綺羅は叫んだ。

 

「私だって、まだ終われません! まだ、何も兄さんに伝えていません!」

「なら来いよ。お前の中にあるもの。デュエルにぶつけて来い!」

 

 受けて立つ。和輝はそう応えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話:兄妹対決、決着

 己の場にいる三極神、その一柱、極神皇トールを眺めながら、綺羅は思った。

 やはり兄さんは強い。前から強かったが、ここ数か月でさらに実力を伸ばしている。

 でも負けない。負けたくない。離されたくない。綺羅は必死の思いで手を伸ばす。どんどん遠ざかる兄の背中に向けて。

 

 

和輝LP3700手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:降竜の魔術師、青:猪突の魔術師

モンスターゾーン 覚醒の魔導戦士(攻撃表示)、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 永続罠:永遠の魂、永続魔法:補充部隊、伏せ2枚

フィールドゾーン なし

 

綺羅LP4800手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 極星皇トール(攻撃表示)、邪精トークン(守備表示、攻守3000)

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 ドローカードはまさに天の恵みだった。迷うことなく即座にデュエルディスクにセットする。

 

「強欲で貪欲な壺発動! デッキトップから十枚を裏側で除外して、二枚ドロー!」

 

 劣勢を跳ね返す希望を求めてのドロー。少女の訴えに、運命は笑みで答えた。

 

「よし! これなら、いけます! 私は極星霊リョースアールヴを召喚します!」

 

 現れたのは、水色に発光する身体を持つ、小柄な人型。

 衣服は着ておらず全裸。尻からは数珠繋ぎになっている尻尾が生えており、その先端には人魂のようなものが浮いている。

 先程綺羅が召喚した極星獣と違い、生物的な実物感ではなく、霊体のようなスピリチュアルな感じのするモンスター。ある意味、より妖精や、精霊よりなのかもしれない。

 

「リョースアールヴの効果発動です! 私の場のトールを指定して、そのレベル以下の極星、極星霊テッグアールヴを手札から特殊召喚します!」

 

 追加されたのは紫の身体を持つ霊体。今度は意地の悪そうな笑みを浮かべ、尻尾の先には鉄球のような形になっていた。

 

「合計レベル10……。来るか、二体目が」

 

 来たる展開に備えて、和輝が身構えた。

 綺羅は、凛とした声を張り上げて、一気呵成に声を上げた。

 

「レベル1の邪精トークンと、レベル4の極星霊リョースアールヴに、レベル5の極星霊テッグアールヴをチューニング!」

 

 右手を大きく天へと掲げる綺羅。その頭上で展開されるシンクロエフェクト。

 テッグアールヴが五つの緑の輪となり、その輪を潜った二体のモンスターが、合計五つの光星となる。

 光の道が、光る星々を貫いた。

 

「星界の扉開く時、狡知の邪神が、嘲笑と共にやってくる。その魔力を振るい、世界を嘲笑え! シンクロ召喚、極神皇ロキ!」

 

 現れる二体目の三極神。

 魔法使いというよりも、道化めいたひらひらとした衣服、捻じれて歪んだ三角帽子、ひげの生えた老人が、ケタケタ不気味に笑いながら降臨した。

 

「ロキ、か」

 

 ずいぶん実物と違うな。和輝は内心でそう思った。本物のロキは金髪碧眼の美丈夫だ。あいつがこれを見たらどう思うだろうか? 悲鳴を上げるか。それとも全く違う姿に、人間の想像力は面白いねとほほ笑むのか。

 

「っと、いかんいかん」

 

 苦笑して(かぶり)を振るう。今はデュエルに集中しろと、トールの時も思ったではないか。

 一瞬の物思いをごまかすように、和輝は言葉を紡いだ。

 

「やるなぁ、綺羅。これで三極神が二体並んだわけだ。これは、ちょっとやばいかね?」

「セリフの割に、声音は余裕そうですね」

 

 二体目の三極神。三極神自体がレアな存在なので、観客は嫌でもヒートアップする。これで三体目も期待する声が出てきた。

 

「行きます! バトルに――――」

「待った! 綺羅のメインフェイズ1終了時に、俺は伏せていたスキル・サクセサーを発動!」

 

 意気込む綺羅に、和輝が待ったをかける。攻撃の気勢を削がれた綺羅は、和輝の戦術を前に、ただ見送るだけになってしまった。

 

「スキル・サクセサーで、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を400アップ。さらにこの瞬間、墓地のマジシャンズ・ロッドの効果発動。覚醒の魔導剣士をリリースして、マジシャンズ・ロッド(このカード)を手札に戻す。さぁ、綺羅、改めてお前のバトルフェイズだ」

 

 綺羅は訝し気に眉根を寄せた。ロキは一ターンに一度、バトルフェイズ中の罠の発動をノーコストで無効化するので、その前にスキル・サクセサーを発動させたのは分かる。

 だがスキル・サクセサーの発動を呼び水にして、マジシャンズ・ロッドの効果を発動。覚醒の魔導戦士を消費したのが解せない。

 たしかにマジシャンズ・ロッドはブラック・マジシャンがデッキの中核にいる和輝のデッキには非常に有用にして強力なカードだ。

 だがそのカードを再び手札に舞い込ませるために、壁を一つ減らし、大ダメージを受けることをよしとするだろうか? いくら補充部隊の存在があるといっても、トールとロキのダイレクトアタックを受ければ、残るライフは300。トールが自己再生すればそれで終わりだ。

 

「逆にここまで無防備なのは――――手札に防御カードがありますね」

「さて、どうかな?」

 

 はぐらかす兄。だが綺羅の選択は決まっていた。

 

「やることは変わりません。バトルです! トールでルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃!」

 

 トールが咆哮を上げ、地面を蹴った。地響きと錯覚させる音が鳴り響き、観客が歓声を上げる。

 魔鎚を振り上げるトール。その威容を前に、ルーンアイズが威嚇の声を上げた。

 だが無意味だった。振り下ろされた魔鎚を前に、神秘の眼を持つドラゴンは無力。頭から叩き潰されて粉砕された。

 

「ロキで、ダイレクトアタック!」

「手札のバトルフェーダーの効果発動。このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了する!」

 

 チクタクチクタク。時計の針や、メトロノームのように正確に刻まれる針の音。見れば綺羅のフィールドのモンスターは全て、動きがぎこちなくなり、鈍くなっていき、やがて止まってしまった。

 

「やはり、防御カードを持っていましたね」

「まぁな」

「でも、それを切らせたことが重要です。これで、兄さんの守り札はあとどれだけありますか?」

「さてね」

 

 肩をすくめる和輝。余裕ぶっているが、フェイクだと綺羅は見た。

 

「メインフェイズ2に入り、極星宝ナグルファルを発動します」

 

 綺羅がカードを発動した瞬間、彼女のフィールドに、とてつもなく大きな帆船が現れた。 

 ナグルファル。北欧神話に登場する、巨人や死者が神々の国アースガルズに攻め込むための巨大な船。

 

「ナグルファルの効果発動! 一ターンに一度、ゲームから除外されている私の極星モンスター一体を、墓地か手札に戻すことができます! 私はグルファクシを墓地に戻します。カードを一枚伏せて、ターン終了!」

 

 綺羅は、努めて声を張り上げて宣言した。デュエルの展開で、彼女もまた高揚してきているのだ。

 

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

極星霊リョースアールヴ 光属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1400 DEF1200

このカードが召喚に成功した時、このカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する事ができる。選択したモンスターのレベル以下の「極星」と名のついたモンスター1体を手札から特殊召喚する。

 

極星霊テッグアールヴ 闇属性 ☆5 魔法使い族:チューナー

ATK1400 DEF1600

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「極星」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える事ができる。

 

極神皇ロキ 闇属性 ☆10 魔法使い族:シンクロ

ATK3300 DEF3000

「極星霊」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

1ターンに1度、自分のバトルフェイズ中に相手が魔法・罠カードを発動した時、その発動を無効にし破壊する事ができる。フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時に自分の墓地に存在する「極星霊」と名のついたチューナー1体をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する罠カード1枚を選択して手札に加える事ができる。

 

スキル・サクセサー:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、自分のターンにのみ発動できる。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

極星宝ナグルファル:永続魔法

(1):1ターンに1度、ゲームから除外されている「極星」モンスター1体を対象に発動できる。対象カードを墓地に戻すか手札に加える。(2):墓地のこのカードをゲームから除外し発動できる。墓地の「極星」または「極神」モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する。

 

 

和輝LP3700→3600手札4枚

綺羅LP4800手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 ドローカードを確認し、和輝は綺羅のフィールドを見た。

 極神皇トール、極神皇ロキ。

 二体とも強力なモンスターだ。しかも自己再生能力付き。自己再生のための燃料であるモンスターも、ナグルファルがいれば再供給可能だ。 

 厄介な布陣だ。しかも、三極神最後の一体がまだ出てきていない。今、自分は確実に追い込まれいてる。

 よくぞここまで、と思う。綺羅は綺羅なりに、必死に腕を磨いてきたのだ。和輝が知らないうちに。

 置いて行かれたくないという思いが伝わってくる。

 そんなつもりはなかったが、綺羅にとってはそうではなかったのだ。

 

「だが、俺だって簡単に背中を掴まれるわけにはいかないな。墓地の置換融合の効果発動。このカードを除外し、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンをエクストラデッキに戻して、一枚ドロー。

 調和の宝札発動。手札のガード・オブ・フレムベルを捨てて、二枚ドロー」

 

 とりあえず現状、不要なカードはなくなった。すでに綺羅の布陣を覆す手段はある。後は、それを実行するだけだ。

 

「マジシャンズ・ロッドを召喚し、効果発動。デッキから黒の魔導陣を手札に加え、発動。発動時の効果、デッキトップから三枚めくり、その中からブラック・マジシャンのテキストを持つカードを一枚、手札に加える。俺は今めくった三枚のうち、条件に当てはまった黒魔導強化(マジック・エクスパンド)を手札に加える。

 そしてここで、永遠の魂の効果発動! 墓地のブラック・マジシャンを特殊召喚! そしてこの瞬間、黒の魔導陣の効果が発動! トールを除外する!」

「ッ! 除外!?」

 

 蜃気楼のように消えていく極神皇トールを見て、狼狽える様に目を見開いた綺羅に対して、口角を吊り上げる笑みで和輝は応じた。

 

「破壊に対しては再生できても、除外はそうはいかねぇ、だよな!?」

「その、通りです。ですがナグルファルがある限り、たとえ除外しても帰還は可能です」

「それでもフィールドに直接ってわけじゃない。そしてナグルファルの効果を使うなら、再生機構の各極星チューナーは墓地に戻すことはできない。だよな?」

 

 図星を刺されて、綺羅は沈黙した。義妹の沈黙を肯定と捉えた和輝は、さらに攻め入るべく前に一歩踏み出した。和輝の気迫に、観客もまた気圧された。

 

「ここで、ペンデュラム召喚だ! 異界の門を通り、来たれ俺のモンスターたち! EXデッキからオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを、手札からライトロード・アサシンライデンをP召喚!」

 

 和輝の頭上、展開される門を通り、現れるは二色(ふたいろ)の眼持つ竜と、白装束を身にまとった褐色の暗殺者。

 

「レベル1のバトルフェーダーとレベル3のマジシャンズ・ロッドに、レベル4のライトロード・アサシン ライデンをチューニング!」

 

 S召喚。緑の輪、白い光星、それらを貫く光の道。あたりに満ちた光の向こうから、新たな力が現出する。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光の向こうから、星屑のような白い光を振り零して現れたのは、スターダスト・ドラゴンに酷似したモンスター。オリジナルにはないラインの入った、スターダスト・ドラゴンの亜種。

 

「猪突の魔術師のP効果発動! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を700アップ!

 バトルだ! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで極神皇ロキに攻撃!」

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで攻撃!?」

 

 綺羅は驚いて目をまた見開いてしまった。バンプアップしたとはいえ、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力は3200止まり。攻撃力3300の極神皇ロキには敵わない。

 自爆特攻? そんなはずがない。兄の目的は何か―――――

 

「あ」

 

 失念していた。()()()()()()()()()()()()

 

「待っ」

 

 もう遅い。すでにバトルは成立している。そのことを示すように、和輝の声が飛んだ。

 

「ダメージステップに、墓地のスキル・サクセサーの効果発動! このカードを除外して、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を800アップ!」

 

 攻撃力4000。ロキを超えた数値をたたき出した。

 螺旋を描く炎が異色の眼を持つドラゴン(オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン)の口から放たれ、ロキを貫き、内部から焼き尽くした。

 

「く……! 戦闘ダメージの倍加!」

「スターダストでダイレクトアタック!」

 

 和輝に容赦はない。決まるならこのターンで決める。三極神最後の一体をお披露目できないのはお前の未熟だ俺は知らん。そう言いたげな兄。

 まだです。心が叫ぶ。ここで終わるのは嫌だと。

 

「リバースカードオープン! ドレインシールド!」

 

 綺羅の伏せカードが翻ると同時、彼女の前面に、彼女を守るように薄緑色のヴェールが出現。閃珖竜スターダストの一撃を優しく受け止め、ダメージを治癒に変換。癒しの雨として綺羅に降り注いだ。

 

「防いだか。だがまだ俺のバトルフェイズは終了していないぜ。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック! ダメージステップに、手札から黒魔導強化を発動! 攻撃力を1000アップ!」

 

 綺羅の華奢な体に叩き込まれる黒い稲妻。光と音の明滅に悲鳴を上げそうになるが、何とかこらえた。あまり格好悪い姿や声ばかり見せてもいられない。

 

「これはこれでターンエンドだ」

「ではこの瞬間、墓地のテッグアールヴを除外し、極神皇ロキを蘇生! その際の効果で、墓地のドレインシールドを手札に加えます!」

 

 復活する極神皇ロキ。相変わらずこちらを嘲笑するような顔だが、和輝は無視。それよりも防御カードがまた綺羅の手札に加わったことの方が問題だ。

 ダブル・アップ・チャンスがあれば問題はないのだが、そんな都合のいい展開はあまり期待できまい。

 

 

調和の宝札:通常魔法

手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

黒の魔導陣:永続魔法

「黒の魔導陣」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、自分のデッキの上からカードを3枚確認する。その中に、「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カードまたは「ブラック・マジシャン」があった場合、その1枚を相手に見せて手札に加える事ができる。残りのカードは好きな順番でデッキの上に戻す。(2):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が召喚・特殊召喚された場合、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

黒魔導強化:速攻魔法

(1):お互いのフィールド・墓地の「ブラック・マジシャン」「ブラック・マジシャン・ガール」の数によって以下の効果を適用する。●1体以上:フィールドの魔法使い族・闇属性モンスター1体を選び、その攻撃力をターン終了時まで1000アップする。●2体以上:このターン、自分の魔法・罠カードの効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できず、自分フィールドの魔法・罠カードは相手の効果では破壊されない。●3体以上:自分フィールドの魔法使い族・闇属性モンスターはターン終了時まで相手の効果を受けない。

 

ドレインシールド:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、攻撃モンスター1体を対象として発動できる。その攻撃モンスターの攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分だけ自分はLPを回復する。

 

 

和輝LP3600手札4枚

綺羅LP4800→3400→5800→2300手札2枚

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 ライフもだいぶ厳しくなってきた。だが()()()()()()。兄の思い。置いて行こうとしているのではない、ただ、兄は兄の進みたい道を、兄の歩幅で進んでいるだけだ。それに追いつけないのは自分が弱いから。実力不足だから。

 自己嫌悪の闇が忍び寄ってくる。振り払うようにプレイを続けた。

 

「カードを一枚セット! ハーピィの羽帚を発動! 兄さんの魔法、罠を全て破壊します!」

「させるか! スターダストの効果発動! 永遠の魂の破壊を防ぐ!」

 

 即座に動く和輝。永遠の魂は何度でもブラック・マジシャンを蘇生できる強力なカードだが、半面、このカードが破壊されると現状の和輝の戦線は一気に崩壊する。ゆえにスターダストで守った。

 だが、これで

 

「これで、スターダストは自分を守ることはできません! さらに、兄さんの場に伏せカードがない以上、私は恐れることなく攻められます!」

「確かに、お前の言う通りだ。だがな、破壊されたマジシャンズ・プロテクションの効果が発動する。墓地から覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)を守備表示で特殊召喚する! さらにマジシャンズ・プロテクションの効果が発動したこの瞬間、墓地のマジシャンズ・ロッドの効果を発動! ブラック・マジシャンをリリースし、このカードを手札に戻す!」

 

 和輝もただでは倒れなかった。破壊されたカードを駆使して、反撃の手段を確保。その手腕に舌を巻きながらも、綺羅は好都合だと少し思った。

 

「兄さんの手札が増えたのは良いことです。このカードの恩恵が、兄さんには少なくなりますから。希望の宝札を発動。互いに手札が六枚になるよう調整されます」

「ッ! それは!」

 

 和輝は気付いていた。今綺羅が発動した、最強のドローブーストカード。あれは、綺羅がこのデュエルの最初から持っていた手札だ。今までずっと使っていなかったので、てっきり手札に腐っていると思っていた。

 

「このタイミングまで、温存していたのか」

「使うタイミングがなかったというのもありますけどね」

 

 苦い表情の和輝に対して、微笑する綺羅。兄妹の対照的な表情。性別も表情の質も違うのに、どこか似ていると思えるのは血の繋がりだけが家族(にんげん)を形成するのではない証か。

 

「ナグルファルの効果で、トールを墓地に戻します。そして死者蘇生を発動! 私の墓地から極星魔嬢アングルボダを特殊召喚します!」

 

 再び現れる、黒衣を纏った妖艶な美女。世界に弓引く怪物を生み出した忌むべき巨人。

 

「トールじゃなくて、アングルボダを?」

 

 綺羅の意図が読めず、和輝は訝しげな表情を浮かべた。

 

「アングルボダの効果は、まだすべてを見せたわけではありません。アングルボダの効果! デッキから極星霊ビュグヴィルを墓地に送り、レベルを3下げます。さらにこの瞬間、墓地に送られたビュグヴィルの効果により、デッキから極星カードを一枚、手札に加えることができます。私は極星宝メギンギョルズを手札に加えます」

「墓地に送られるだけで極星をサーチか。魔法、罠もありとか、拡張性に乏しい極星じゃなかったら許されない効果だな」

 

 苦笑する和輝。だが状況は理解している。

 今、綺羅の手札に加わったのは、ダイレクトアタックを封じる代わりに、極星か極神モンスターの攻撃力を倍にする罠カード。発動し、極神を強化、和輝のモンスターに攻撃すれば、それでゲームエンドになりかねない。

 それに、アングルボダはシンクロチューナー。わざわざレベルを下げたからには、新たなモンスターを召喚、次なるS召喚につなげるのは必至。

 

「レスキューラビットを召喚し、効果発動! このカードをゲームから除外し、デッキから二体のデュナミス・ヴァルキリアを特殊召喚します!」

 

 純白の翼を翻し、鎧を身にまとった戦乙女が二体、現れる。合計レベル10。その様に、まさかと和輝が目を見開いた。

 

「レベル10、いや、だがチューナーは極星天じゃないだろう」

 

 和輝の問いかけに、綺羅はふふんと鼻を鳴らした。

 

「残念でしたね、兄さん。アングルボダはほかの極神Sモンスターの素材にできるのです。つまり、各極星チューナーの代わりになるのです。私はレベル4のデュナミス・ヴァルキリア二体に、レベル2となった極星魔嬢アングルボダをチューニング!」

 

 レベル10のS召喚。二つの緑の輪、その輪を潜った二体の戦乙女。そして光の道が走り、次の瞬間、雲間から差し込む日差しのごとき光が辺りに満ちる。

 

「星界の扉開く時、英知と戦の大神が、魔と技を率いて降臨せん。その力を振るい、世界を平定せよ! シンクロ召喚、極神聖帝オーディン!」

 

 光を従えて、現れたのは白髪、白のひげを持つ老人の姿をした神。

 赤い戦衣に身を包み、厳粛にして重厚な雰囲気を醸し出す、強大な力を持った極神。手にしたのは必滅の槍、グングニル。

 

「まだです! 墓地のアングルボダの効果を発動! 墓地のこのカードをゲームから除外して、私の墓地から極神モンスター一体を特殊召喚できます! 蘇って下さい、トール!」

 

 雷が降り注ぎ、その帳の向こうから姿を現したトール。魔鎚を振るい、再び戦場に参上した歓喜ゆえか、咆哮を上げた。

 超重量級のモンスター三体が並び、観客がヒートアップ。観客を味方につけた綺羅に対して、和輝は兄として誇らしいような、対戦相手としてアウェイ感を味わうような、そんな微妙な心境だった。

 

「これが、今の私の最大戦力です」

「本当に、大したもんだな、綺羅。成長目覚ましい」

「兄さんに追いつくためです」

 

 綺羅の声には確かな決意が宿っていた。誰にも馬鹿にできぬ、気高い思いがあった。

 和輝は微笑した。義妹の覚悟、決意、そういった人が決して侮ってはならない力を目にしながら、

 

「じゃあ、来い、綺羅。お前の力を見せてみろ。俺に――――ぶつけてこい」

「はい!」

 

 兄の微笑。綺羅はこみあげてくる思いをかみしめるように頷いて、大きく右手を振るった。

 

「オーディンの効果を発動し、自身に魔法、罠に対する耐性を付与します。

 バトルです! まずはトールでオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃!」

 

 よく通る声で、綺羅は宣言する。綺羅の命令を受けたトールが一歩を踏みこみ、手にした魔鎚を振り下ろす。

 雷を伴った鉄槌は、轟音を振り上げてオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを粉砕した。

 落雷のごとき轟音と閃光が店内を蹂躙する。観客が短い悲鳴を上げた。

 

「く……!」

 

 目も眩む閃光を前にしても、和輝は一切ひるまない。ただ、倒された己の戦力を惜しむだけだ。

 

「次です! ロキで覚醒の魔導剣士を、オーディンで閃珖竜スターダストを攻撃です!」

 

 ここぞとばかりに攻め立てる綺羅。ロキの“指鉄砲”が守備態勢をとっていた覚醒の魔導剣士を撃ち貫き、続いてオーディンが動いた。

 静かな体勢から振るわれる、必中の神槍(グングニル)。静から動へ。苛烈な刺突は空気の層を突き破ったようで、一瞬のうちに閃珖竜に到達。その胸板を貫き、奥の心臓を穿った。

 

「くそ……!」

「バトルを終了します。カードを一枚伏せて、ターン終了です!」

「なら、永遠の魂の効果で、墓地からブラック・マジシャンを復活させる」

 

 

ハーピィの羽根帚:通常魔法

(1):相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

マジシャンズ・プロテクション:永続罠

(1):自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在する限り、自分が受ける全てのダメージは半分になる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

極星魔嬢アングルボダ 闇属性 ☆5 魔法使い族:シンクロチューナー

ATK2200 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカード名の(3)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):このカードは「極星」と名のついたチューナーの代わりにS素材とする事ができる。(2):1ターンに1度、デッキから「極星」モンスター1体を墓地へ送り、以下の効果から1つを選択して発動できる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを上げる。●墓地へ送ったそのモンスターのレベル分だけ、このカードのレベルを下げる。(3):このカードをゲームから除外して発動する。自分の墓地の「極神」モンスター1体を特殊召喚する。

 

極星霊ビュグヴィル 光属性 ☆3 魔法使い族:チューナー

攻撃力1300 守備力1000

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):このカードの召喚に成功した場合に発動できる。自分の墓地の「極星」モンスター1体をゲームから除外し、除外したモンスター以下のレベルの「極星」モンスター1体を手札に加える。(2):このカードが墓地に送られた場合に発動できる。デッキから「極星」カード1枚を手札に加える。

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。(1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

デュナミス・ヴァルキリア 光属性 ☆4 天使族:通常モンスター

ATK1800 DEF1050

 

極神聖帝オーディン 光属性 ☆10 天使族:シンクロ

ATK4000 DEF3500

「極星天」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。このカードはエンドフェイズ時まで魔法・罠カードの効果を受けない。また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時に自分の墓地に存在する「極星天」と名のついたチューナー1体をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 

 

和輝LP3600→2600→1100手札7枚

綺羅LP2300手札4枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー」

 

 自分の残りライフを確認し、綺羅の方を見据える和輝。視線は義妹から、彼女が従える三体のモンスターに向かう。

 極神皇トール、極神皇ロキ、そして、極神聖帝オーディン。

 

「綺羅、本当にやるな、お前。凄いぞ」

 

 微笑を浮かべる和輝。その口から紡がれたのは、まぎれもない賞賛の言葉。

 デュエルを通して伝わってきたもの。和輝は、それに対する返答を今告げる。

 

「安心しろ、綺羅。()()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 兄の言葉に、綺羅は泣きそうになった。

 嬉しかった。兄が自分を認めてくれたのだと。先を行くだけでなく、振り返って、こちらが遅れないように気遣ってくれているのだと、そう分かった。

 

「ジェネックス杯。参加したいならすればいいさ。俺は止めない。お前の好きなようにするといい。きつい言葉を言って悪かった」

 

 安心感が綺羅の胸を満たした。和輝の言葉が素直に嬉しい。観客も、妹を認め、受け入れる兄の度量に感服したように拍手をしていた。

 美しい光景だ。頑張った妹がついに認められる。素晴らしい。

 ただし、次の和輝の言葉がなければ、だったが。

 

「だが綺羅、俺は負けず嫌いなんだ。この勝負の結果まで渡すつもりはない。ここで、勝たせてもらう」

「え?」

 

 ここでそれ言う? そういわんばかりの観客の困惑を完全に無視して、和輝は己の戦術を展開しだした。

 

「永遠の魂の効果で、二体目のブラック・マジシャンを手札から特殊召喚する。二体のブラック・マジシャンでオーバーレイ! 出でよ幻想の黒魔導師!

 幻想の黒魔導師の効果発動! ORUを一つ使い、デッキから三枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚!

 ここで、マジシャンズ・ロッドを召喚し、効果発動! デッキからティマイオスの眼を手札に加える。さらにトランスターン発動! マジシャンズ・ロッドをリリースし、デッキから召喚僧サモンプリーストを特殊召喚!

 サモンプリーストの効果発動! 手札のイリュージョン・マジックを捨て、デッキからライトロード・アサシンライデンを特殊召喚!」

「え、え、え?」

 

 目まぐるしく展開していく和輝の盤面に、綺羅は完全に対応できなかった。和輝に認められて、ジェネックス杯への参加も許してもらえた。そのことで弛緩してしまった心は油断してしまい、戦いから降りてしまった。

 だから対応できない。緩んだ精神を再び引き締めることができない。

 

「レベル4のサモンプリーストに、同じくレベル4のライデンをチューニング! 深き闇より現れろ! ダークエンド・ドラゴン!

 そして、ティマイオスの眼をブラック・マジシャンに対して発動! 融合召喚! 現れろ呪符竜(アミュレット・ドラゴン)! 呪符竜の効果により、強欲で貪欲な壺、死者蘇生、ハーピィの羽根帚、極星宝スットゥング、自分の墓地の調和の宝札、千本ナイフを除外、攻撃力を600アップさせる」

 

 次々に現れるモンスターたち。全てが殺意満点。綺羅の布陣を攻略する気満々だ。

 

「え、えぇ!?」

「ダークエンド・ドラゴンの効果発動! 攻守を500下げ、オーディンを墓地に送る!」

 

 和輝のフィールド、本来ある頭部の顔に加えて、腹部にも顔のある闇のドラゴン。その腹部の口か開かれ、そこから闇が濁流となってオーディンに押し寄せた。

 闇の本流に飲み込まれるオーディン。これで一体。

 

「バトルフェイズに入る! そしてこの瞬間、手札の封魔の矢を発動! 綺羅の伏せカードを封印する!」

「あっ!」

 

 綺羅のフィールド、彼女の足元に伏せられていた二枚のカードに、無数の矢が突き刺さり、地面に縫い付けた。これでは発動できない。

 伏せカードは和輝も予測していると負い、ドレインシールドとメギンギョルズ。どう対処するのかと思ったが、正面から封印された。

 

「これで怖いものはない。呪符竜でトールを攻撃!」

 

 バトル開始。互いのモンスターの攻撃力は同じ3500、激突は一瞬。竜の吐息(ドラゴンブレス)と魔鎚の一撃がぶつかり合い、互いに互いを焼き尽くし、砕いて捨てた。

 

「この瞬間、呪符竜の効果発動! 俺の墓地から、ブラック・マジシャンを復活させる!」

 

 もう何度目だろうか。墓地より復活する黒衣の魔術師。にやりと不敵に笑い、綺羅に向かって気障ったらしく一礼して見せた。

 

「ブラック・マジシャンで攻撃! この瞬間、幻想の黒魔導師の効果発動! 極神皇ロキを除外する!」

 

 三体目。全てのモンスターをはがされた綺羅。伏せカードは動かず、身を守るすべはない。

 清々しいまでの逆転の有様に、乾いた笑いさえ浮かんだ。

 

「うわぁ……、あそこから()()ですか」

「まだまだ甘いな、綺羅。これからも精進だ。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 黒い稲妻が、無人となった綺羅のフィールドを走り、彼女自身に直撃した。

 

「きゃあああああああ!」

 

 ライフが0になる。いっそ鮮やかなほどの、和輝の逆転勝利だった。

 

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

トランスターン:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を墓地へ送って発動できる。墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じでレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。「トランスターン」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

ティマイオスの眼:通常魔法

このカード名はルール上「伝説の竜 ティマイオス」としても扱う。このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの「ブラック・マジシャン」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを融合素材として墓地へ送り、そのカード名が融合素材として記されている融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

封魔の矢:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):自分または相手のバトルフェイズ開始時に発動できる。このカードの発動後、ターン終了時までお互いに魔法・罠カードの効果を発動できない。

 

 

綺羅LP0

 

 

 店内はブーイングの嵐だった。あそこまで綺羅勝利の流れからの理不尽な逆転勝利ならば当然だろう。

 完全に悪役(ヒール)になった和輝はどこ吹く風で笑みを浮かべ、やっぱり悪役らしく舌を出して煽っていた。

 不意に悪役顔がなくなり、和輝はしりもちをついてしまった綺羅に近づいた。

 

「まぁ結果はこんなだが、さっき言ったことは嘘じゃない。お前の気持ちは伝わった。恐れも、不安もな。

 もう一度言うぞ、安心しろ、()()()()()()()()()()。だがまぁ、俺の背中だけじゃなくて、もっと別のものも見てもらいたいな」

 

 手を差し伸べながら、和輝は言う。綺羅は一瞬頬を朱に染めたが、ふてくされたように頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「ありゃ?」

「知りません。置いて行かれたくないなんて、子供っぽいことを考えてなんかいません」

 

 自分で立ち上がる綺羅。そのままくるりと背を向けて、さっさと行ってしまう。

 だから和輝には見えなかった。背を向けた綺羅が、嬉し気に微笑しているのを。

 

「ありがとうございます、兄さん」

 

 そして、確かに呟いた義妹の感謝の言葉も、和輝の耳には届かなかった。

 ともあれ、岡崎兄妹の問題はこれで解決しただろう。綺羅は望み通り、ジェネックス杯に参加できるし、和輝もまた、神々の戦争については話さずにすんだ。

 また、綺羅が東京にやってくる以上、和輝は、絶対に東京を崩壊させないという、断固たる決意もできた。

 決意、これができたのは大きい。モチベーションが、負けられないという思いがまるで違うからだ。

 ジェネックス杯は目前だ。大きな戦いは、すぐ近くだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 最後に、もう一つだけ、語ろう。

 イギリス。ウェールズの森。

 その森の入り口には、今一人の男と、一人の女性、そして少女が一人住んでいた。

 正確にはあと一柱、人ならざる神がいたが、彼はあまり姿を現さなかった。もう、保護者面して少女を庇護下に置く必要はないと考えているからだ。

 元々、森入り口の家には、カウンセラーでもあり、プロデュエリストである男、クリノ・マクベス一人が住んでいた。

 彼こそは和輝の師匠にしてカウンセラー。彼の心を救い、デュエルの手ほどきを成した人物だった。

 彼の許には、居候が二人。

 元々は、このウェールズの森奥深くに住んでいた一族の末裔だ。

 かつて、ケルト神話の光の神、ルーが残した血筋。神々の戦争の際、自分と契約を交わすための、神の策略、その一手。

 その一族は、同じく神々の戦争の参加者、バロールによって壊滅した。

 だが、生き残ったルーの契約者の少女と、その従者の女性は、逃げ延び、和輝の協力を得て、ついにルーと共にバロールを打倒した。

 そして、少女は己の実力を高めるため、そして身元引受人を願い出るため、和輝の紹介もあり、クリノの許に厄介になっているのであった。

 少女の名はエーデルワイス・ルー・コナー。従者の女性はファティマ、といった。

 

 

 デュエル終了。0になった自分のライフを見て、エーデルワイスはため息をついた。

 相手はもちろん、クリノだ。彼にはどうにも勝てない。あの岡崎和輝の師匠だ。強いのは分かっていたが、まさか一度も勝てないとは。

 クリノは柔和な笑みを浮かべて、

 

「今日はここまでにしましょう。客が来ます。君も、同席してください」

 

 そう言って家の奥に引っ込んだクリノ。エーデルワイスも慌てて後を追った。

 やがて来客がある。訪ねてきたのはいかにも英国紳士といった風貌の男。

 男は、フレデリック・ウェザースプーンと名乗った。

 

 

 そこから先は、語るに及ばず。

 ただ、結果を言うならば、ティターン神族とクロノスの暗躍、そして、和輝の力になれるという動機から、遠く英国の地より日本に、一人の少女が光の神を共に、来日することになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話:ジェネックス杯、開幕

 八月も後半になってくると、いわゆる猛暑日と呼ばれる日も少なくなる。

 しかしその日は湿度も高く、うだるような暑さだった。 

 だがその日、デュエリストにとってはいかなる暑さも無意味であろう。

 夏の猛暑も吹き飛ばす、プロアマ合同の一大イベントが開催されるからだ。

 ジェネックス杯。

 数年に一度開催される、デュエルモンスターズ七大大会の一つ。

 今回の趣向は東京都内全土を使った、盛大なバトルロイヤル。

 一日目の朝十時から始まり、三日目の十八時終了。参加者のデュエルディスクに、勝敗時のデュエルの内容、対戦相手の力量によって変化するDP(デュエルポイント)が加算され、三日間の戦いで、最も保有ポイントの高いデュエリストが優勝となる。

 そして、優勝賞品と、賞金。さらに、デュエルキング、六道天(りくどうたかし)との、エキシビジョンマッチの権利を得る。

 バトルロイヤルという形式上、アマチュアもプロを出し抜いて優勝できる可能性があるため、参加者は増えに増え、参加人数は過去のアマチュア参加型の大会を含めても、歴代トップ。

 皆が興奮と期待で胸を膨らませながら、東京の地を訪れた。

 その裏で蠢く、邪悪の思惑を知りもせずに。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そして、この少年は、デュエリストとして己の力がどこまで通用するのか試すため、純粋に、多くの人々とデュエルで通じ合える喜びを感じるため、そして、裏で潜む邪悪を知り、それに立ち向かうためにジェネックス杯へと向かうのだった。

 電車の中でも、目立つ少年だった。

 精悍な顔つき、茶色がかった黒い瞳、中肉中背、白と黒のリバーシブルジャケットを、白の面を上にして着込み、これといった装飾品はない。

 手提げ鞄を足元において、静かに電車内の椅子に座っている。

 一見するとただの少年だ。それなりに整った顔立ちで、真面目な顔をしていれば二枚目だが、それでもほかの乗客の視線を集めるほどではない。

 彼が注目を集める原因は、髪の色だった。

 雪のように、白い。そこだけ老齢としており、若い外見と不釣り合いだ。

 白髪の少年。矛盾するその在り方ゆえに、彼は人々の注目を集めている。もっとも、そんな視線はどこ吹く風と、少年は窓の外の景色をただ眺めていた。

 言うまでもなく、岡崎和輝(おかざきかずき)であった。

 和輝は周囲の視線など意に介さず、考えていた。

 ジェネックス杯。その裏で蠢動する邪悪。即ち、ギリシャ神話の神、クロノスと彼に率いられる封じられたはずの邪悪たち、ティターン神族。

 神々の戦争に参加して以来、かつてない激戦になるだろう。そのためにデッキも調整してきた。また、大会規定に特にデッキ内容の変更を禁止する記載がなかったため、デッキ調整用のカードも持ってきた。

 この大会のために作り上げたデッキ。そしてそれらを補助するカードたち。

 戦力は整えた。あとは、戦うだけだ。

 

「あの、兄さん」

 

 そんな和輝に、遠慮がちに声をかけてくる少女が一人。

 和輝を兄と呼ぶ少女はこの世に一人しかいない。

 即ち、義理の妹、岡崎綺羅(きら)だった。

 綺羅はライトグリーンのワンピース姿で、ちらちらと周囲を窺っていた。勿論、兄に対する奇異の視線が気になっているのだ。

 ちなみに、中には綺羅をちらちらと見つめる男性客もいたのだが、当の本人はそんなこと、気付いてすらいなかった。

 

「その、周りの人たちなんですが……」

「気にすんなよ。てゆーか、俺が気にしてないのに、お前が気にしてどうすんだよ」

 

 苦笑して、和輝は義妹の不安を和らげるため、何でもないとアピールするように手を振った。

 ひらひら動く手。綺羅は困ったような、安心したようなあいまいな表情を浮かべて、「そうですね」と答えた。

 

「それよか、お前、デッキは調整したのか? 出場を許したからには、半端はやめろよ? やるからには全力で、最後まで諦めずに突き進め、だ」

「なんだか漫画みたいなセリフですが、問題ありません。兄さんとのデュエルの後、またデッキを調整しましたので、やれるまで、やるだけです」

 

 ぐっと両手を握って、綺羅は己のやる気を表現する。和輝は義妹の決意とやる気に、満足げに微笑した。

 綺羅は、神々の戦争について何も知らない。和輝が何かやっていて、それが重要なことなのは理解していても、聞こうとしない。聞かなくても、和輝は綺羅を独りぼっちにしないと、確信している。

 和輝は綺羅が危険にさらされることを好まない。 

 だが、義妹の全てを拘束し、彼女の精神の自由を束縛することを望まない。

 家族にだって秘密にしておきたいことはあるし、家族だから秘密にしたいこともある。だがだからと言って、家族の心に闇を落とすことは絶対に嫌だ。

 負けられない理由が一つ、増えただけだ。和輝はそう考えた。

 兄妹でとりとめのない会話を交わしていた時、和輝のスマホが音を立てた。

 

「お」

 

 LINEのメッセージを見て、和輝はにこりと笑った。

 

「? どうしました兄さん?」

「いや、何でもないよ」

 

 言いながらも笑みを消さない和輝に、綺羅は怪訝そうな表情を浮かべて首をかしげた。

 結局兄は義妹の質問をはぐらかし続けた。

 電車が止まる。目的の駅、即ち渋谷駅に着いた二人は電車を降りた。

 目的地はハチ公前、だ。理由は単純、ここで、和輝たちは友人たちと合流するつもりなのだ。

 同じく神々の戦争に参加しているクラスメイト、風間龍次(かざまりゅうじ)黒崎烈震(くろさきれっしん)と。

 冷房の効いていた車内から降り立つと、夏の熱気が顔面を叩いた。うっと綺羅が横で呻く。

 

「きつい暑さだ……」

 

 だが戦いはもっと熱くなる。確固たる確信とともに、和輝は一歩を踏み出した。

 

 

 渋谷駅のハチ公前は、ジェネックス杯参加者や旅行者、仕事人などででごった返していたが、そんな中でも烈震の巨体は目立つ。

 黒神烈震。トールの契約者。

 黒の短髪にダークグリーンの瞳。190を超える、縦にも横にも広い巨体。六月くらいまでは毎日来ていた黒のロングコートはさすがに来ておらず、黒のタンクトップの上に日焼け防止か、袖を通していないライトグリーンのジャンパーを肩に引っ掛けていた。何千年と風を受け止め続けた大木の風情。

 しばらく連絡がなかったが、変わらぬクラスメイトの姿に、和輝はかすかな安堵を得た。

 

「おーい、れっし……ん……?」

 

 だが見慣れた巨漢の首にぶら下がっているものを見て、声が尻蕾に消えていった。

 烈震は一人ではなかった。その太い首には、細くて白い腕が回されていた。

 烈震の身体にしがみつくようにして密着している少女。

 和輝も知らない少女だ。

 雪のように白い肌、そして同じ色の腰まで伸びた髪。血の結晶のように赤い双眸。朱色のチャイナドレス姿の、紅白少女。

 黙って立っていれば幻想的で儚げで、この世のものではないのではないかと錯覚させてしまう非現実感があるのだが、今は烈震に密着しているのでそんな気は全然しない。

 和輝がなぜ二の句が継げないのかは、言わずもがな、級友がいつの間にか大人の階段をすごい勢いで駆け上がっていってしまっていたからだ。

 和輝の隣で、綺羅も頬を赤く染めながら烈震の様子に見入っていた。

 だがとうの烈震はしがみついている少女についてはただのアクセサリーくらいにしか思っていないのか。周囲の視線も友人の驚愕もどこ吹く風。泰然自若とし、和輝に対して手と上げた。

 

「岡崎か。妹も一緒とはな。しかし、久しぶりだな」

「あ、ああ。久しぶりだな……」

 

 衝撃からまだ立ち直れない和輝は質問を口にできないでいた。その耳朶を、快活な笑い声が叩いた。

 

「やっぱお前も驚いたかよ、和輝。しかし、俺より硬直時間長いな」

 

 けらけら笑ってハチ公像の陰から姿を現したのは、明るい金髪の少年。

 明るい金髪、鋭い目つきの灰色の双眸、第三ボタンまで開けた水色のシャツにジーンズ姿。ニコニコ笑うがどこか孤高を保つ、金色の体毛の、餓えつつも気高さを感じさせる一匹狼の風情。

 風間龍次、伊邪那岐(いざなぎ)の契約者。

 

「龍次! もう来てたのか」

「お前らよりも一本速く、な。たまげたぜ、黒神の様子にはな」

「色々あったのだ、色々な」そう語る烈震はどこか、ここではない遠いところを眺めるような眼差しだった。そしてふと、まだ自分に引っ付いたままだった少女を引きはがし、その肩に軽く手を置いた。

小雪(シャオシュエ)、挨拶を」

「む、分かったぞ」

 

 こくりと人形のように頷いた少女は、幻想的だった外見に不釣り合いな幼さで岡崎兄妹に向かってぺこりと頭を下げた。

 

「小雪だ。くろかみの婚約者だ!」

「こ、婚約者!?」

 

 いきなりぶっ飛んだ単語が出てきて、綺羅が顔を真っ赤にしてのけぞった。和輝は妹の反応のせいか、驚きのタイミングを逃し、あんぐりと口を開けるだけにとどまった。

 

「な、夏に進む男女ってのは聞く話だが、お前はまた一段とぶっ飛んだな、烈震」と和輝。

「クラスメイト遠くに行きすぎだな」にやにや笑いの龍次。

「…………成り行きだ」仏頂面の烈震だった。

 

 ジェネックス杯開始まであと三十分。綺羅は左手首に巻いた腕時計を見て、「兄さん」と声をかけた。

 

「では、私もそろそろ移動しますね」

「いや、待て綺羅。あと少し――――」

 

 そう言った和輝の視線の先に、彼女が現れた。

 人目を惹く少女だった。事実、彼女の姿を認めた周りの人間が注目しだし、騒ぎ出した。

 

「あ、咲夜(さくや)さーん!」

 

 少女の姿を認めた和輝が声を上げ、手を振った。兄の行動に、綺羅が驚きで目を見開いた。

 少女が、和輝に気づいて笑顔で近づいてくる。

 薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、少女でありながら大人の女性の色香を醸し出し始めた、発育のいい身体を薄手のタンクトップとデニムのジャケットだけといった軽装で強調し、ホットパンツ姿で、美しさや可憐さよりも活動的、溌溂とした健康的な色香を発散する魅力的な少女。

 

「あ、ああああ!」

 

 その姿を確認した綺羅が大声を上げた。綺羅ほどではないが、龍次と烈震も軽く目を開いていた。

 

「やっほ。和輝君」

 

 親しげに少女が声をかけてくる。信じられない光景に綺羅の頭は真っ白になり、ただ少女の名前だけを告げた。

 

国守(くにもり)プロ!?」

 

 国守咲夜。神々の戦争の参加者。ギリシャ神話の女神、アテナの契約者。ひょんなことから和輝と知り合い、彼女の追い詰められた状況からの打破に和輝が協力したのだ。

 思えば、和輝とクロノス、ひいてはティターン神族の因縁はここから始まった。

 アテナを子供の姿にし、咲夜とアテナを配下の神を使って執拗に襲撃、心身ともに追い詰めていたのは、ほかならぬクロノスだったのだ。

 それ以来、和輝と咲夜は縁を持った。実際、ロンドンでも再会していたのだ。

 咲夜は笑顔で綺羅の方に歩みよった。

 

「初めまして。和輝君からちょくちょく話に聞いてたよ。君が綺羅ちゃんだね」

「は、はい!」

 

 近い年齢で、すでにプロとして活躍している咲夜は同年代の女子からの支持が高い。綺羅もその一人だった。というより、綺羅は基本的にミーハーなのだった。

 咲夜と対面してはしゃぐ綺羅をしり目に、龍次が和輝に囁きかけた。勿論、綺羅には聞こえないようにとの考えからだ。

 

「けど、お前よく綺羅ちゃんが参加するのを認めたよな」

 

 龍次の言いたいことは分かる。ティターン神族や幻想の中にいた怪物たちが暗躍するため、綺羅もどこで巻き込まれるかわからない。それでなくとも、戦いの激しさからバトルフィールドが崩壊すれば、東京は七年前のように阿鼻叫喚の地獄に陥るだろう。

 

「あいつが、精一杯考えて、そして本心から決めたことだ。だったら、俺は止められない」

 

 龍次はまだ何か言いたげだったが、「そういうものだろうな」という烈震の言葉に中断させられた。

 

「他者の決意を覆すことは難しい。それが本物であればなおさらな。だから――――」一端、腕にしがみついている小雪を見て、「(オレ)も、小雪を連れてきた。横浜で待っているように言ったのだがな」

「何を言うのだくろかみ。神々の戦争には脱落してしまったが、おまえの子供を産むことに変わりはない。おまえが死地に行くなら、わたしも行く。これは当たり前のことだ」

 

 さりげなく凄いことを言っているのだが、もう二人とも小雪のエキセントリックさには慣れたのでスルーした。

 やがて、咲夜との会話を終えた綺羅が和輝の許にやってきた。

 

「夢のようです! 鷹山(たかやま)さんの時といい、兄さんの謎の人脈に、凄く感謝しています! これだけでも、ジェネックス杯に参加した甲斐がありました!」

「落ち着け、綺羅。まだ大会は始まっていないんだぞ」

 

 そう言って、和輝は左手に巻いた腕時計を見た。開始二十分前。現在時刻に気づいた綺羅は咲夜をはじめ、集まった皆に向かってぺこりと一礼した。

 

「では兄さん。私は先に言っていますね」

 

 そう言って、パタパタと往来に紛れていった。これは最初に兄妹で決めたことだ。大会中は別行動。宿泊施設以外はそれぞれの判断で行動すると。

 

「いい子ね、綺羅ちゃん」

 

 ニコニコ笑顔で咲夜が言った。和輝も微笑して頷いた。

 

「ああ。あいつの前じゃ言わないけれど、俺は家族に恵まれたよ。間違いなく」

「……しかし、話には聞いてたけど。本当に国守プロも神々の戦争の参加者だったんだな」

 

 龍次は言った。ここで、和輝は皆をそれぞれ紹介した。

 実は、和輝が神々の戦争を通して出会った人々がほとんど一堂に会するのはこれが初めてなのだ。

 ただし、今日この場で集合するメンバーについてはあらかじめ知らされている。

 全ては胡散臭くも正義感溢れる紳士、フレデリック・ウェザースプーンの采配だ。彼は邪悪に立ち向かうための善の力を集め、今ここで大いなる悪に立ち向かおうとしている。

 

「やぁ、そろっているね」

 

 和輝たちの前に、その渦中の人物が現れた。

 撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、落ち着いてきたとはいえまだまだ暑くて湿度も高い日本の夏にあって、きっちりと隙のない燕尾服姿。左目には片眼鏡(モノクル)、手にはステッキ。非の打ち所のない英国紳士にして、浮かべる微笑の底知れなさから、どうしても胡散臭さを感じてしまう正義の人にして、北欧の神、ヘイムダルの契約者。

 フレデリック・ウェザースプーン。

 

「初めまして、の人はいないね。では久しぶりだ、諸君。いよいよ戦いの時だよ」

 

 にこりと笑うフレデリックは一人ではなかった。彼は背後に少女を二人、控えさせていた。

 どちらも、和輝の知っている少女だった。ただし、一人とは会話を交わしたことはなかった。そしてもう一人は思い出深い。

 まず一人がフレデリックから紹介される前に一歩前に出た。

 背中の半ばまで伸ばしたややピンク色に近い紫の髪、優美な笑みを口元に浮かべるのは、凛とした印象を与え、可憐さよりも淑女としての華やかな美しさを感じさせる。

 サファイアをはめ込んだがごとき青の瞳、透き通るように白い肌を覆っているのは白地の長袖のブラウスに膝のあたりまでの長さの青いスカート。首から下げた銀の十字架と、両耳を彩るダイヤのピアスが装飾だった。

 派手さはない。むしろ、そんなものがなくとも私は輝くのだと、全身で主張するような気位の高さを感じさせた。

 少女はスカートの端を指でつまんで、行儀よく一礼した。

 

「お初お目にかかる方も多いですわね。わたくしはカトレア・ラインツェルン。以後お見知りおきを。もっとも――――」

 

 少女、カトレアは不敵に笑う。絶対の自信を漲らせた笑みだが、この少女がすると傲慢に見えない。

 

「わたくしと肩を並べて戦える実力があれば、ですが」

 

 挑戦的にして挑発的とも取れるセリフだったが、それで激昂するものはここにはいない。逆に、咲夜が向日葵のような笑顔を浮かべて、「ええ、こちらこそよろしくね」と右手を差し出したことで、かえって戸惑っているようだった。

 そして、カトレアの陰に隠れるようにしていた少女が、和輝の許に走り寄ってきた。

 

「和輝さん!」

 

 再会の喜びと親愛の情をにじませた声音。和輝は少女の翔太に気づいて声を上げた。

 

「エーデルさん!」

 

 名前を呼ばれた少女は、緊張と暑さと高揚からか、頬を上気させて頷いた。

 和輝より一つ年下。ふんわりとした柔らかそうな金髪に春の日差しのような金色の瞳。全体的に柔和な雰囲気で、野原に咲く可憐な花のよう。かつては一昔前の貴族風ドレスだったが、それで日本の夏はつらいので、薄く青みがかったブラウスと、水色のロングスカート。カトレアと違ってアクセサリーなどはない。

 カトレアを豪奢な白鳥とするならば、彼女は野に咲き、懸命に生きながらも人々に笑みを与える健気で可憐な野花か。装飾のなさが、より一層彼女の素朴さと可憐な魅力を引き立てている。

 エーデルワイス・ルー・コナー。ケルト神話の神、ルーと契約を交わした神々の戦争の参加者。

 そして和輝によって救われた少女だ。

 

「前に言いましたよね。今度は私が助けると。今がその時です。あれから、マクスウェル先生に教わって、デュエルも、カードも、強くなったんです」

「そいつはいいや。頼りにしてるぜ」

「はい。任せてください!」

 

 そう言って、やや控えめな胸を張るエーデルワイス。ちょっと誇らしげなその様に、和輝も微笑がこぼれた。そんな様子を見ていた咲夜はびっくりした様子で和輝とエーデルワイスを見比べた。

 

(け、健気系の年下ちゃんかぁ。ひょっとしてものすごい強敵?)

「い、痛いですわ国守さん!」

 

 握手をしていた手につい力がこもったらしい。咲夜は御免と謝罪して手を離した。

 

「和輝って、意外と()()()かね」

「油断ならんことだな」

 

 そんな様子を、龍次と烈震は傍観者気取りで眺めていた。頃合いを見たところで、フレデリックが手をたたいた。

 

「そろそろ開始時刻だ。自己紹介はそこまでにしておこう」

 

 一同の表情が引き締まる。若者たちを見回して、フレデリックは微笑した。

 善の力はここに結集した。彼らならば、邪悪を打倒できるかもしれない。

 

「残念ながら、レイシス君は別件があるのでここには来られない。穂村崎君もまた、所用があるので一日目は不参加だそうだ。二日目から大会に合流するらしい」

 

 レイシス・ラーズウォード、穂村崎秋月。どちらもAランクプロで、おそらく単純な実力ならば集った仲間の中でも最強だ。

 和輝にとっては特に、レイシスが出資している孤児院出身で、幼い頃に会っているので、もう一度会いたかったところだが、高望みはするまい。

 

「敵は強大だ。クロノス神、その配下のティターン神族。そして、隷属したギリシャ出身の精霊、妖精、怪物たち」

 

 一同が静まり返る。だが、とフレデリックは続けた。

 

「それでも正義は潰えない。それを証明しようじゃないか」

 

 にこりと笑う。大会開始五分前。なので、演説を振るう気にもなれないので言葉はそこまで。あとは、おのおのが再会の挨拶を交わして解散していった。

 彼らなら大丈夫だろう、とフレデリックは思う。

 だがその胸を、一抹の不安が暗雲となってよぎった。

 フレデリックには、情報を共有する友がいた。

 ルートヴィヒ・クラインヴェレ。言わずと知れたデュエルモンスターズの生みの親。彼もまた、神々の戦争の参加者だ。

 だが、ゾディアック杯が大々的に宣伝されるようになってから、プライベート回線も含めて、一切連絡が取れない。

 不安は消えない。もしや友は、己の中の邪悪に屈してしまったのか。

 そんなはずはないという信頼と、万が一という疑念が消えない。

 誰にも二律背反を悟らせずに、フレデリックもまた、戦場を定めるべく歩き始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話:黒い敵手

 東京都内某所。ゾディアック社社長室。

 テレビのニュースで、ジェネックス杯が間もなく開始される旨が放送された。

 ニュースキャスターが興奮気味に話し、続々と東京都内に集まっている参加者たちの数人にインタビューを行っていた。

 これで、都内の経済効果は大きく上昇するだろう。スポンサーであるゾディアック社の評判も上がる。

 男は満足げに笑った。

 彫の深い顔つき、灰色の髪を撫でつけており、青い瞳。グレイのスーツを見事に着こなす壮年の男。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 ゾディアックCEO。射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)

 今はクロノスの契約者。即ちアテナの宿敵にして、和輝たちの目下最大の敵だ。

 射手矢は手元のタブレットに、画像を表示させた。

 何人かの参加者の、簡単なプロフィールをまとめたものだった。

 無論、ジェネックス杯の参加者でもあり、神々の戦争の参加者だ。

 自身がスポンサーを買って出ている国守咲夜(くにもりさくや)。そして、出資学園の一つ、十二星高校の生徒たち。即ち、岡崎和輝(おかざきかずき)風間龍次(かざまりゅうじ)黒神烈震(くろかみれっしん)の三名。

 それだけでなく、フレデリック、カトレア、エーデルワイスなどの、入手可能な情報が明記されていた。

 

「残念ながら、一部のプロは参加を見合わせたか。まぁ仕方がない。メンツにこだわるスポンサーが、アマチュアに敗れたプロ、といった評価を嫌うだろう。

 それにしても、素晴らしいことだね。夢を持った若者が、こうして多く参加している。デュエルモンスターズ……。あの時私たちは家業を継ぐため、夢を諦めたが、その代わり今は、当時私たちが夢見た希望をそっくりそのまま持った若者たちを手助けできる」

「手助け、ですか」

 

 社長室内にいたもう一人の人物が口を開いた。

 射手矢と同じく、四十前後の男。グレイの髪、スーツ、青い瞳、長身痩躯、銀縁眼鏡。神経質に糸を張り巡らせる痩せ蜘蛛の風情。

 秤正治(はかりまさはる)。ゾディアック顧問弁護団のトップであり、現在はティターン神族の一柱、クロノスの妻、レア神と契約を結んだ男であった。

 

「ああ、その通りだとも、友よ。私も、君も。かつて夢を諦めざるを得なかった。抱いた希望を、捨てざるを得なかった」

 

 そう言って、射手矢は机の上に置いてあった己のデッキを手に取った。

 

「デュエルモンスターズ。世界を魅了しているね」

「我々も、その一人でしたな」

「過去形で語ってくれるなよ」苦笑して、射手矢は傍らの友人を見据えた。

「幼少より親同士で引き合わされて以来、我々は常に友の歩んできたな、秤」

「ハマった遊びも、同じでしたな」

 

 銀縁眼鏡の位置を指で神経質に調整しながら、秤はそう言った。幼馴染の神経質さに苦笑しながら、射手矢は言った。

 

「かつて魅了され、しかし捨て去って、置き去りにしてしまった夢。私はもう一度、手に入れてみせるよ」

「…………お供致しましょう」

 

 柔和な笑みを浮かべた射手矢の言葉に、秤は苦みを帯びた声音で応じた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 志を同じくして集まった仲間たちと別れて、和輝は一人、東京都内を歩いていた。

 ジェネックス杯開始まであと五分。どこかに適当な相手がいないかと、周囲を窺ってみる。

 

「んー。そんなに必死に探さなくてもいいと思うよ?」

 

 金髪碧眼の美丈夫、即ちロキが気楽そうにそう言った。なぜそんなことが言えるのか、視線で問いかけた和輝だったが、ロキはあっけらかんと答えた。

 

「だって、クロノス陣営にとって、君たちは懐に飛び込んできた敵だよ? ボクだったら余さず居場所を特定して、早速手駒を向かわせるね」

「つまり、黙っていれば向こうからやってくるってことか」

「ついでに、神や怪物に選ばれたデュエリストなら、技量も十分だろう。つまり、手に入るDPも多い」

「一石二鳥ってことな」

 

 そういうこと、と笑みを浮かべて言うロキ。その視線が、流れるように和輝から離れ、前方で止まった。

 視線の先に、男が一人。

 黒い肌の男性。二十代前半、絞り込まれ、均整の取れた体つき。黒の肌に編み込んだ黒い髪、金色の瞳、だぼだぼのタンクトップにハーフパンツ、頭にはベースボールキャップ。このままバスケットボールでも持たせれば、ニューヨークの片隅あたりにいそうな青年にしか見えない。

 だがその左手につけられているデュエルディスクが、彼が何者であるかを語っていた。

 そして、男の容姿に、和輝は引っかかるものを感じた。見たことがある。そう、デュエル関係だ。

 

「自己紹介しようかな」

 

 よく通る声で、黒人男性は言った。

 

「リック・ディートルという。よろしく。神々の戦争の参加者さん」

「リック・ディートル。アメリカリーグにいる、Cランクプロの!?」

 

 まさかいきなりプロと当たるとは。否、今彼は、神々の戦争の参加者といった。ならば――――

 

「こいつの紹介もしておこう。見えるかな。オルトロスだ」

 

 言われて、和輝はリックの背後に目を凝らした。

 そこに、いた。

 ロキやほかの神のような存在感こそないが、大人三人分はありそうな巨体を持つ、双頭の犬の姿が。

 オルトロス。ギリシャ神話の怪物。つまり、クロノスの手下ということだ。

 和輝が神々の戦争の参加者だと知っていて立ちはだかっている。

 

「敵だね。しかし妙だね。ミスター・ディートル。君は特に洗脳されている様子もない。我の強い怪物が、人間に手綱を握らせとは思えないけれど?」

「決まってイル。こいつの方が、強いカらだ」

 

 唸り声に交じって、台詞が届いた。やや聞き取りづらいのは、そもそも声帯が人間と離れているからだろう。

 オルトロスだった。

 

「オレに共感シテもらった以上、意識を奪ウこともアルまい」

「彼らは、二度、迫害され、追いやられたらしいね」

 

 半透明のオルトロスの頭をなでながら、リックが言った。

 

「オリンポス十二神に戦争で負け、冥府の底のさらに底、奈落に失墜させられ、そして二度目は人間に。一神教による信仰の迫害。貶められた神々と、迫害され、住む場所から追いやられてしまった信仰者達……。おれと、似てる」

 

 確かな共感を交えた声音。そこで和輝もピンときた。

 

「だから、協力したと? 自分から? こいつらが何をやっているのか、承知の上で? 神々の悪意によって、取り返しのつかない理不尽が多くおこる。なのに!」

 

 言葉に感情が乗ってきた。熱くなるのを止められない。

 リックはあっさりと頷いた。

 

「その通りだ。勿論、あまりにも行き過ぎれば止めるがね。しかし、彼らの気持ちもわかる。だから、非道を許容しないことを条件に、手を貸すことにしたんだ。幸い、オルトロス(こいつ)は約定を守ってくれているしね」

「人間ハ気に入らんが、そんなのは神代のころからカワラン。イマさらだ。ならば、力を保持するための約定くらい、守ル。オレたちを叩きのめしたオリンポスの神々に復讐できるナラ。それで十分だ」

 

 なんでもないことのようにオルトロスは語った。和輝はオルトロスではなく、相対する相手を思う。その境遇を()()()()()()()

 リック・ディートル。アメリカリーグ所属のプロ。一時期はBランク。現在は少し負けが続いていたのでCランク。だが実力は間違いなくBランカークラス。

 黒人である彼がアメリカで暮らす際に生じる問題があった。

 今も根深く、人間社会に巣食う闇。

 人種差別。

 相当な苦労があったのだろう。根深く残る黒人差別。白人至上主義を例に挙げるまでもなく、宗教、立場、人種。あらゆることが差別の種になる。

 黒人であるリックにも、やはり相当な差別や苦労があったのだろう。だからこそ、同じく虐げられた存在である彼らに共感し、自分から手を貸しているのだ。心を歪ませることなく、自分自身の意志で。

 和輝は吐息を一つはいた。

 てっきり、敵は多くの人々を洗脳し、無理やり戦いに駆り立てているのだと思った。それこそティターン神族以外は洗脳された手駒だとしてもおかしくなかった。あるいはティターン神族のパートナーも。

 例外だってある。そのことを頭に入れていなかった事実を、和輝は恥じた。

 考えが足りない。だから、動揺する。

 

「なるほどね。まぁ、そういう人間もいるよね」

 

 そんな動揺と無縁のロキは、納得した、理解したというように頷いた。そして和輝の肩を軽く叩き、

 

「気負うなよ、和輝。共感も理由も、千差万別。人間の美点で欠点だ。そして、一度決めたのなら、()()()。善性であれ悪性であれ、迷えば負ける。そして、ここで負ければ、君の目的も果たせなくなる」

 

 目的。わかっている。ここで、相手に動揺し、感情移入すれば、神々によって理不尽に奪われる命、傷つけられる人たちに手が伸ばせなくなる。

 ごめんだ。そんなのは。

 ()()()。思考が切り替わる。意識が切り替わる。戦うために、デュエルのものに。

 リックは微笑する。対峙する少年がやる気になったので、リックもまた、やる気になったのだ。敵意のない相手を一方的に、というのはリックとしても気分がよくない。

 十時三十秒前。二人のデュエルディスクが起動する。

 それぞれが気持ちを落ち着ける。デュエルを行うための準備。精神の統一。

 残り五秒。四、三、二、一。

 〇。世界が切り替わる。はたから見れば和輝たちが消えたように見えるだろう。

 現実世界から、少しだけ位相のずれた異空間。神々の戦争のための、バトルフィールド。

 和輝の胸に輝きが宿る。炎のような赤。宝珠の輝きだ。

 一方、リックの胸元には何の光もない。これは、彼が宝珠を持たないことを示していた。

 

「精霊、妖精、悪霊怪物。彼らは宝珠を持たない。だからデュエル中に宝珠が砕かれる危険はないけれど、反面、一度でも敗北すれば消滅してしまう」

「なるほどな」

「わかったかな? では、始めようか」

 

 頷く和輝。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 和輝にとってのジェネックス杯初戦の幕が、切って落とされた。

 

 

和輝LP8000手札5枚

リックLP8000手札5枚

 

「俺の先攻! 苦渋の決断を発動。デッキからギャラクシーサーペントを墓地に送り、二枚目を手札に加える。

 手札を一枚捨て、幻想の見習い魔導師を特殊召喚!」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、ブラック・マジシャン・ガールによく似た少女モンスター。

 違うのは年齢が何歳か幼くなり、髪は白金色、肌は褐色に。衣装も装いは似ているがカラーリングが桃色がかった紫が多めの配色だ。

 

「幻想の見習い魔導師の特殊召喚に成功したため、効果発動。デッキからブラック・マジシャンを手札に加える」

「ふむふむ。早速来たね、君のデッキのエース。キーカード。あと過労死枠」茶かすロキ。

「うるさいぞ!」パートナーの軽口をたたき伏せる和輝。「さらにギャラクシーサーペントを召喚。行くぞ!」

 

 和輝の右手が勢いよく天に向かって掲げられた。握られていた手が開かれる。

 

「レベル6の幻想の見習い魔導師に、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!」

 

 和輝の頭上。二体のモンスターが飛翔し、まずギャラクシーサーペントが二つの緑に輝く光の輪となる。その輪を潜った幻想の見習い魔導師が、六つの光の星となった。

 六つの光星を、白く輝く光の道が貫いた。

 

「集いし八星(はっせい)が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 現れたのは、体にオリジナルにはない象徴的なラインが走ったスタダ―スト・ドラゴンの亜種モンスター。和輝のデュエルに過去何度も登場している、守りのドラゴン。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

苦渋の決断:通常魔法

「苦渋の決断」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地へ送り、その同名カード1枚をデッキから手札に加える。

 

幻想の見習い魔導師 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「ブラック・マジシャン」1体を手札に加える。(3):このカード以外の自分の魔法使い族・闇属性モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時、手札・フィールドのこのカードを墓地へ送って発動できる。その自分のモンスターの攻撃力・守備力はそのダメージ計算時のみ2000アップする。

 

ギャラクシーサーペント 光属性 ☆2 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF0

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

「おれのターンだ、ドロー」

 

 星宮(ほしみや)市は世界でも秀でたデュエル都市であり、当然、プロデュエリストのリーグ戦もほかの地域よりも多く放映している。

 だがそれでもメインの枠は日本リーグが多く、海外のリーグは数が少ない。そして、現在Cランクのリックのデュエルも、日本での放送機会はない。だから和輝も、リックのデッキは知らない。警戒心に身構えた。

 

「魔法カード、U.A.(ウルトラアスリート)フラグッシップ・ディール発動! デッキからU.A.ファンタジスタを特殊召喚!」

 

 発動する魔法カード。そして、リックのフィールドにサッカー選手を模したモンスターが現れた。

 近未来的なアーマー、顔のバイザー。SFチックな見た目だが、青白いエネルギー体のボールを器用に蹴り、リフティングしている。未来のスポーツ選手、といった趣だ。

 

「そして、フラッグシップ・ディールによってU.A.を特殊召喚したため、そのレベル×300ライフを失う」

「ファンタジスタのレベルは4、つまり、1200のライフを失うわけか」

「先行投資。安い代償さ」

 

 肩をすくめるリック。昨今、ライフなど0にならなければ安いとまで言われている現環境では、確かに1200程度は先行投資のうちに入るのかもしれない。

 

「ここで、フィールド魔法、U.A.スタジアムを発動!」

 

 リックの指が手札からカードを抜き取り、デュエルディスクにセットする。次の瞬間、フィールドゾーンにセットされたカードデータを読み込み、立体映像(ソリットビジョン)が投影された。

 広がった世界(フィールド)はまさにスポーツ観戦のスタジアム。観客席からの熱狂がここまで伝わってきそうだった。

 

「これが、あんたのホームグラウンド?」

「その通りだよ。さぁ、敵地(アウェイ)の怖さを知ってもらおうか。おれはフィールドのファンタジスタを手札に戻し、U.A.フィールドゼネラルを特殊召喚!」

「ッ!?」

 

 目を見開いた和輝の眼前で、リックのフィールドにいたファンタジスタは手札に戻り、代わりに現れたのはアメフトのアーマーを身にまとった戦士。メットとアイシールドでその顔は見えないが、全身から満ち溢れる自信が、彼がその名の通りの司令塔(フィールドゼネラル)だと知らせている。

 

「さらにファンタジスタを召喚。この瞬間に、U.A.スタジアムの効果発動だ。デッキからU.A.パーフェクトエースを手札に加える。

 そして再びファンタジスタを手札に戻し、U.A.マイティースラッガーを特殊召喚!」

 

 再び現れたファンタジスタが、先程の焼き回しのようにリックの手札に戻り、代わりの選手(モンスター)が特殊召喚される。

 赤光(しゃっこう)を放つバットを持った、メット、バイザー、アーマー姿の野球モンスター。ロキが納得したように頷いた。

 

「手札の交換。なるほど、U.A.とはその名の通りアスリート、スポーツを題材にしているようだね」

「手札からのモンスターの交換は、そのままずばり選手交代か。手札がそのまま控えのベンチ。いくらでも交換可能とか、ルールもくそもあったもんじゃないな」と和輝。遮るようにリックの叫びが飛ぶ。

「この瞬間、U.A.スタジアムの効果発動! おれのU.A.モンスターの攻撃力を500アップ!」

 

 これで悪態をついてばかりもいられなくなった。今の強化(ブースト)によって、リックのモンスターの攻撃力はスターダストの2500を超えた。

 

「さぁバトルだ! まずはフィールドゼネラルでスターダストに攻撃!」

「チッ。スターダストの効果発動! 自身に一度だけ、破壊耐性をつける!」

 

 バトルフェイズ突入。まずアメフト選手が重心を低く構え、重戦車のように突進。惚れ惚れするような見事なタックルが翼を使って滞空していたスターダストを捕え、空飛ぶドラゴンを大地に叩きつけた。

 スターダストは咆哮を上げて抵抗。人間のような腕を振るってフィールドゼネラルを振り払った。

 

「そう来るだろう。次だ。マイティースラッガーで攻撃! マイティースラッガーが攻撃する時、ダメージステップ終了時まで君は魔法、罠、モンスター効果を発動できない! さらにこの瞬間、フィールドゼネラルの効果発動! このカードの攻撃力を800ダウンし、マイティースラッガーの攻撃力を800アップ!」

 

 追撃。赤光を放つバットでフルスイングするマイティースラッガー。バットはスターダストの頭部に直撃。その頭を爆ぜさせる。破片はスタジアムの観客席に到来。ホームランだ。

 

「ぐ……!」ダメージのフィードバックが和輝を襲う。

「バトルフェイズを終了、メインフェイズ2に入る。ここでおれは、フィールドゼネラルを手札に戻し、代わりにU.A.パーフェクトエースを守備表示で特殊召喚する。ターン終了」

「この瞬間!」揚々と己のターンを終了させようとするリックに待ったをかける和輝。「リバーストラップ、マジシャンズ・ナビゲート発動! 手札のブラック・マジシャンを特殊召喚し、さらにデッキからブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚する!」

 

 和輝のフィールドに、黒衣の魔導師とその弟子が現れる。魔法使いの師弟揃っての共演で、和輝のフィールドが一気に華やいだ。

 

「反撃準備、だね」

「そういうことだ」

 

 すでにリックはターンを終了していく。手放してしまったターンを見据えて、リックは僅かに下唇を噛んだ。

 

 

U.A.フラッグシップ・ディール:通常魔法

「U.A.フラッグシップ・ディール」は1ターンに1枚しか発動できない。

(1):デッキから「U.A.」モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはS・X召喚の素材にできず、効果は無効化される。その後、自分はそのモンスターのレベル×300LPを失う。

 

U.A.ファンタジスタ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1000

「U.A.ファンタジスタ」の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、

(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードは「U.A.ファンタジスタ」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。

(2):このカード以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターを手札に戻し、その後そのモンスターとカード名が異なる「U.A.」モンスター1体を手札から特殊召喚する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

U.A.スタジアム:フィールド魔法

(1):自分フィールドに「U.A.」モンスターが召喚された場合に発動できる。デッキから「U.A.」モンスター1体を手札に加える。

(2):1ターンに1度、自分フィールドに「U.A.」モンスターが特殊召喚された場合に発動する。自分フィールドのモンスターの攻撃力は500アップする。

 

U.A. フィールドゼネラル 地属性 ☆8 戦士族:効果

ATK2600 DEF2000

「U.A.フィールドゼネラル」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。

(1):このカードは「U.A.フィールドゼネラル」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。

(2):このカード以外の自分フィールドの「U.A.」モンスターの攻撃宣言時に発動できる。このカードの攻撃力を800ダウンし、自分の攻撃モンスターの攻撃力を800アップする。

 

U.A.マイティースラッガー 地属性 ☆5 戦士族:効果

ATK2300 DEF500

「U.A.マイティースラッガー」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。

(1):このカードは「U.A.マイティースラッガー」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。

(2):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。

 

U.A.パーフェクトエース 地属性 ☆5 戦士族:効果

ATK1500 DEF1500

「U.A.パーフェクトエース」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。

(1):このカードは「U.A.パーフェクトエース」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。(2):???

 

マジシャンズ・ナビゲート:通常罠

(1):手札から「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する。その後、デッキからレベル7以下の魔法使い族・闇属性モンスター1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

 

U.A.マイティースラッガー攻撃力2300→2800→3600

 

 

和輝LP8000→7400→6300手札2枚

リックLP8000→6800手札4枚

 

 

「俺のターン! ドロー!」

「さーて和輝、君のエースとその弟子のそろい踏みだ。どうする?」

「決まってるさ」にやりと笑う和輝。「全部吹っ飛ばす! 手札から黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)発動! あんたのフィールドのカードを、全て破壊する!」

 

 和輝は間髪入れずにカードをデュエルディスクにセットした。これでリックのフィールドを破壊、とくにスタジアムを破壊できれば補給線を断てる。だが――――

 

「そうはさせない。パーフェクトエースの効果発動! 相手ターンに一度、手札を一枚捨て、相手が発動した魔法、罠を無効にできる! おれはU.A.ペナルティを捨てる!」

「何!?」

 

 和輝が発動したカードをデュエルディスクが認識し、投影した瞬間、リックのフィールドにいたパーフェクトエース――名前、発光するエネルギー体のグローブ、ボールと、モチーフは間違いなく野球――が素晴らしい肩を披露し、エネルギーボールを投擲。放たれた矢のようにまっすぐ飛んだボールは和輝が発動したカードを射抜いてしまった。

 

「防がれたか。見事なレーザービーム。てゆうか投球。まさにエースで、パーフェクトだ」

「戯言言ってる場合か、ロキ。まぁいい。全部吹っ飛ばせなかったなら、正面からぶつかるまでだ。

 ワンショット・ワンドをブラック・マジシャン・ガールに装備し、バトル! ブラック・マジシャン・ガールでパーフェクトエースを攻撃!」

 

 気を取り直し、和輝が一歩踏み込む。主の気合に答えるように、魔法使いの少女が力いっぱい杖を振るい、炎の魔法を放つ。

 炎と爆裂の魔法がパーフェクトエースを飲み込み、爆発四散される。

 

「この瞬間、ワンショット・ワンドの効果発動。このカードを墓地に送り、一枚ドロー。さらにブラック・マジシャンでマイティースラッガーを攻撃!」

 

 追撃。だがブラック・マジシャンの攻撃力はマイティースラッガーに劣る。にも拘らず攻撃したならば――――

 

「何を仕掛けてくるんだい?」問いかけるリックは悠然としていた。

「あんたに不利なことさ」応える和輝も不敵だった。手札からカードを引き抜く。「速攻魔法、エネミーコントローラー発動! マイティースラッガーを守備表示に変更し、バトルを続行する!」

 

 構えていた光のバットを急に取り落としてしまったマイティースラッガー。無防備となったその身に、ブラック・マジシャンが放った黒い稲妻が矢のように突き刺さる。

 衝撃、閃光、炎上。破壊されたマイティースラッガー。ダメージこそ与えられなかったが、相手の防御の要と、アタッカーを潰せたのは大きい。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

黒・爆・裂・破・魔・導:速攻魔法

(1):元々のカード名が「ブラック・マジシャン」と「ブラック・マジシャン・ガール」となるモンスターがそれぞれ自分フィールドに存在する場合に発動できる。相手フィールドのカードを全て破壊する。

 

U.A.パーフェクトエース 地属性 ☆5 戦士族:効果

ATK1500 DEF1500

「U.A.パーフェクトエース」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。

(1):このカードは「U.A.パーフェクトエース」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。(2):相手ターンに1度、魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、手札を1枚捨てて発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

ワンショット・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は800ポイントアップする。また、装備モンスターが戦闘を行ったダメージ計算後、このカードを破壊してデッキからカードを1枚ドローできる。

 

エネミーコントローラー:速攻魔法

(1):以下の効果から1つを選択して発動できる。

●相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その相手の表側表示モンスターの表示形式を変更する。

●自分フィールドのモンスター1体をリリースし、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。

 

 

「おれのターンだ。墓地のU.A.ペナルティの効果発動! このカードを除外して、二枚目のU.A.フラッグシップ・ディールを手札に加え、発動!」

 

 コストがそのままリカバリーの手段になっていた。このあたりの無駄のないプレイングはさすがはプロというところだ。ライフなど0にならなければ安い。そのまえにU.A.の選手交代を駆使して和輝を仕留めるつもりだ。

 だが――――

 

「墓地発動は、あんただけの特権じゃない! 俺は墓地のマジシャンズ・ナビゲートの効果発動! このカードを除外し、フラッグシップ・ディールを無効にする!」

 

 動き出しに対して鼻っ面を殴られた和輝は、ここで逆襲した。フラッグシップ・ディールは効力を失い、ただ墓地に落ちる。

 リックは苦笑した。

 

「防いできたね。だが、これでおれのリカバリーが途切れたわけじゃない。死者蘇生を発動。墓地からマイティースラッガーを特殊召喚。さらにマイティースラッガーをリリースし、U.A.コリバルリバウンダーをアドバンス召喚!」

 

 現れる新たなU.A.。青白いエネルギー体のボールを持ち、バスケットのユニフォームにバイザーをつけたモンスター。言うまでもなく、モチーフはバスケットだろう。

 

「U.A.スタジアムと、コリバルリバウンダーの効果発動。まず、スタジアムの効果でU.A.ストロングブロッカーを手札に加える。さらにリバウンダーの効果で、墓地のマイティースラッガーを特殊召喚する!」

 

 再び現れる野球のU.A.、バスケットと合わせ、実にアメリカンだ。

 

「U.A.が特殊召喚されたため、スタジアムの効果が発動。おれのU.A.を強化する」

 

 スタジアムの効果は厄介だ。サーチに全体のバンプアップ。これがある限りリックの戦線は崩れない。補給路を断たなければならないが、今の和輝にはその手段がない。

 

「バトルだ! マイティースラッガーでブラック・マジシャン・ガールに攻撃!」

 

 切り返しは素早く。リックの命令を受けて、マイティースラッガーが掌中に出現された青いエネルギーボールをバットで打ち出した。

 小気味のいい音とともに放たれたボールが魔法使いの少女に直撃。蹴散らした。

 

「ぐ……」

 

 ダメージのフィードバックが和輝を襲う。だがここで倒れるわけにはいかない。次が来る。

 

「コリバルリバウンダーでブラック・マジシャンを攻撃!」

「させない! リバーストラップ、マジカルシルクハット発動!」

 

 和輝の眼前、彼のフィールドに唯一残ったブラック・マジシャンを守るように、巨大なシルクハットが三つ現れ、その一つがブラック・マジシャンの姿を隠し、高速でシャッフルされた。これでブラック・マジシャンの居場所は分からない。

 

「なるほど。これでは狙いを絞れないな。仕方がない。おれから見て右側のシルクハットを攻撃だ」

 

 増えた標的(ゴール)に戸惑っていたコリバルリバウンダーだったが、主からの命令を受けて、一気呵成に疾走、跳躍。まるでダンクシュートのように、両手でエネルギーボールをシルクハットに向けて叩きつけた。

 結果は――――

 

「当たりだ。ただし、俺にとってのな。破壊されたのはマジシャンズ・プロテクション。効果が発動し、墓地から幻想の見習い魔導師を特殊召喚! その効果で、デッキから二枚目のブラック・マジシャンを手札に加える!」

 

 攻撃を外したリックは参ったなと苦笑するだけで、そこに動揺はない。見習い魔導師は放置すれば厄介なのはわかっているだろうに、表情は変わらない。内心を決して表に出さないポーカーフェイス。常に安定している精神性。プロのプロたるゆえん、というわけか。和輝はプロの世界の深さに軽く舌を巻いていた。勿論、それは内心のことで、表情には出していなかったが。

 

「まぁ、攻撃が通らなかったのなら仕方がない。メインフェイズ2、コリバルリバウンダーを手札に戻し、U.A.ストロングブロッカーを守備表示で特殊召喚して、ターンエンドだ」

 

 今度現れたのはアメフトのプロテクターを着込んだ大柄な男。考えるまでもなく、アメフトモチーフのモンスター。

 

 

U.A.ペナルティ:永続罠

「U.A.ペナルティ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の「U.A.」モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時にこの効果を発動できる。その相手モンスターを、発動後2回目の相手エンドフェイズまで除外する。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「U.A.」魔法カード1枚を手札に加える。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

U.A.コリバルリバウンダー 地属性 ☆6 戦士族:効果

ATK2200 DEF2300

「U.A.コリバルリバウンダー」の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードは「U.A.コリバルリバウンダー」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが召喚または相手ターン中の特殊召喚に成功した場合に発動できる。自分の手札・墓地から「U.A.コリバルリバウンダー」以外の「U.A.」モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

マジカルシルクハット:通常罠

(1):相手バトルフェイズに発動できる。デッキから魔法・罠カード2枚を選び、そのカード2枚を通常モンスターカード扱い(攻/守0)として、自分のメインモンスターゾーンのモンスター1体と合わせてシャッフルして裏側守備表示でセットする。この効果でデッキから特殊召喚したカードはバトルフェイズの間しか存在できず、バトルフェイズ終了時に破壊される。

 

マジシャンズ・プロテクション:永続罠

(1):自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在する限り、自分が受ける全てのダメージは半分になる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

U.A.ストロングブロッカー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK1600 DEF2700

「U.A.ストロングブロッカー」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードは「U.A.ストロングブロッカー」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。 (2):???

 

 

U.A.マイティースラッガー攻撃力2300→2800

 

 

和輝LP6300→5500手札1枚

リックLP6800手札3枚

 

 

「このレベルでCランク? プロってのは本当に層が厚いね」

「世界レベルで見ればな。それに、リックプロはCランクの上。Bランカーだった時期もある。そして、プロだからこそ持ってるんだ。ここぞという時の引きの強さ。それに、一息に決められない粘り強さ」

「なるほど。一筋縄じゃ行かないってことか」

 

 ロキの言葉に、和輝は首肯した。やはりプロというのは凄まじい。この世界に足を踏み入れることの難しさを痛感させられる。

 同時に、クロノスは射手矢、ひいてはゾディアックにとって、このレベルが雑兵なのだ。挑む敵の強大さを痛感する。

 

「で、どうする和輝? 諦めるの?」

「馬鹿言うんじゃねぇ。俺は覚悟を決めてこの戦いに臨んでいるんだ。最初の一歩で躓いてたまるか!」

 

 和輝はそう吠えた。その意気を感じ、リックは一筋縄ではない相手を持ったのはこちらだと思った。

 リックを睨みつけ、和輝は言った。

 

「プロの戦い、上等! むしろ望むとことさ。これから歩く世界、足を踏み入れる戦場。そのレベルを、こうも身近に感じられる機会なんざ、そうそうないからな!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話:灼熱の刃

 ついに開催されたジェネックス杯。和輝の初戦は、ある意味彼の狙い通りだった。

 イレギュラーな戦力増強に手を染めたクロノス。その配下のティターン神族、その一派。

 残念ながらティターン神族そのものではなく、邂逅したのはギリシャ神話の怪物、オルトロスと、彼(?)に見いだされたCランクプロ、リック・ディートル。

 大事な初戦。和輝は負けられないと心に感じた。

 こんなところで躓いてなるものか。目的は大きく、最終地点は遠く。だからこそ、最初の一歩を力強く踏み出したいのだ。

 

 

和輝LP5500手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン ブラック・マジシャン(攻撃表示)、幻想の見習い魔導師(攻撃表示)、

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

リックLP6800手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン U.A.(ウルトラアスリート)ストロングブロッカー(守備表示)、U.A.マイティースラッガー(攻撃表示攻撃力2800)、

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン U.A.スタジアム

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 現状、和輝の手札はブラック・マジシャンのみ。幻想の見習い魔導師が存在するので、このターンのごり押しはできるだろうが、心もとない手札に変わりはない。

 状況を進めるための一手を求めてのドロー。カードを確認した。

 

「よし! 闇の誘惑発動! カードを二枚ドローし、ブラック・マジシャンを除外! オーケイ、こいつはいい()()だ。壺の中の魔術書発動! 互いに三枚ドロー!」

「勿論、おれもドローさせてもらうよ」

 

 互いの手札が一気に三枚も増えた。手札がそのまま予備戦力になるリックのU.A.に対してドローさせるのは危険だったが、その程度のリスクを飲み込めなくては勝利は手に入るまい。

 

「さて、一気に三枚ドローは豪勢だけれど、それは相手も同じ。小さくない危険を冒してまでドローした甲斐はあったかな?」

 

 ロキの問いかけに、和輝は勿論とどう猛に笑って応じた。今にも獲物に飛び掛からんばかりの肉食獣の笑み。明確な敵に対して、容赦しないと宣言するような笑みだった。

 

「さぁ、回すぜ! ペンデュラムコール発動! 手札を一枚捨て、デッキから竜脈の魔術師、竜穴の魔術師を手札に加える。さらに捨てたカードは代償の宝札。よって二枚ドロー!」

 

 ドローとサーチを同時にこなし、一気に和輝の手札が増えた。コストさえも利点に変える和輝のプレイングに、リックは小さく、感嘆の口笛を吹き、半透明のオルトロスは不快気に唸った。そういえば、この双頭の魔犬はリックのデュエルに一切口出ししていない。オルトロス自身が言ったように、デュエルの実力はリックが上なので、自身の命運も含めて全て任せているのかもしれない。

 

「俺は、スケール1の竜脈の魔術師と、スケール8の竜穴の魔術師を、Pゾーンにセッティング!」

 

 和輝の両隣に、青白い円柱が屹立する。半透明の光の柱の中にはそれぞれ、一体ずつ魔術師が収まり、その足元に楔形文字にいた文字で「1」と、「8」の数字が刻印された。

 

「展開されたスケールは1から8、これで俺はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能になった。

 振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! 手札から出でよ、調弦の魔術師!」

 

 円柱の間を巨大な振り子(ペンデュラム)が行き来し、和輝の頭上に異界へのゲートが出現する。

 ゲートから舞い降りる光が一つ。正体は光ピンクの髪に巨大な音叉を持ったサイバネティックな格好をした小柄な少女魔術師。

 

「調弦の魔術師のモンスター効果発動! デッキから時読みの魔術師を特殊召喚! そして、レベル3の時読みの魔術師に、レベル4の調弦の魔術師をチューニング!」

 

 和輝の右手が天に向かって突き出される。彼のフィールドのモンスターのうち、調弦の魔術師が四つの緑の光の輪となり、その輪を潜った時読みの魔術師が三つの白い光の星となる。

 三つの光星を光の道が貫いた。

 

「集いし七星(しちせい)が、魔石の力操りし女魔導師を紡ぎだす。光さす道となれ! シンクロ召喚、現れろ、アーカナイト・マジシャン!」

 

 現れたのは、紫の意匠を施された白いローブに身を包んだ女魔術師。今まで登場した、幼かったり愛想を振りまいていたりしていた、純粋無垢な可憐さではなく。冷静で知的な、妙齢の美貌を備えた魔法使いだった。

 

「アーカナイト・マジシャンのS召喚に成功したため、効果を――――」

 

 発動。と言おうとした和輝に、静観していたリックが待ったをかけた。

 

「発動することはない! U.A.ストロングブロッカーの効果発動! 一ターンに一度、相手が特殊召喚に成功したモンスターの効果を無効にし、表示形式を変更させる!」

 

 アーカナイト・マジシャンの効果発動を許せば、確実に二枚のカードが破壊される。リックはそれを嫌って抑えにかかった。

 だが――――

 

「悪いけど、そう何度もブロックさせるわけにはいかない! 墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動! このカードを除外して、ストロングブロッカーの効果を無効にする!」

「ブレイクスルー・スキルだト!? いツ墓地に!」オルトロスが驚愕の声を上げる。

「マジカルシルクハット、あの時に仕込んだ一枚だね」対してリックは冷静に状況を分析していた。

「ご名答。さぁ和輝、正解者に賞品は?」にやにや笑いのロキ。

「もちろんあるさ。アーカナイト・マジシャンに魔力カウンターが二つ乗る。そして、アーカナイト・マジシャンの効果発動! 二つの魔力カウンターを取り除き、ストロングブロッカーとU.A.スタジアムを破壊!」

 

 今度は妨害はない。アーカナイト・マジシャンの効果が発動。魔力の波動が矢となってリックのフィールドにある二枚のカードを射抜いた。

 消えるフィールド(スタジアム)。ホームグラウンドを破壊されたU.A.達の戦力がダウンする。

 ロキが喝采を上げた。「よし。補給線とブーストを破壊し、盾も砕いた。ここが攻め時!」

 和輝が一歩、踏み込んだ。「叩きこむ! 俺はブラック・マジシャンとアーカナイト・マジシャンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 和輝の頭上に渦巻く銀河のような空間が展開され、その渦に向かって紫の光となったブラック・マジシャンと、白い光となったアーカナイト・マジシャンが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 現れたのは、ブラック・マジシャンに酷似した魔導師。浅黒い肌、ブラック・マジシャンよりもやや鋭く険しい顔つき、鎧をまとったようなごつい魔導装束姿が違いか。

 

「幻想の黒魔導師の効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、デッキから三枚目のブラック・マジシャンを特殊召喚! バトルだ! ブラック・マジシャンで攻撃! この瞬間、幻想の黒魔導師の効果により、U.A.マイティースラッガーを除外する!」

 

 ブラック・マジシャンの攻撃に合わせて、幻想の黒魔導師もまた杖を振るう。不意打ち気味の紫の光の矢がマイティースラッガーに直撃。その体を無視の標本のように中空に縫い留め、破砕した。

 

「対象変更! ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 黒の魔法使いが杖を振るう。幾重にも枝分かれした黒い稲妻がリックに襲い掛かった。

 無防備な状態からのダイレクトアタック。だがリックは至極冷静だった。

 

「手札のバトルフェーダーの効果発動。このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了する」

 

 防がれた。押し切れない。攻め切れない。この堅固さは厄介だ。派手なパフォーマンスが多かった咲夜(さくや)とも、圧倒的な力を持つ六道(りくどう)とも違う。堅実で堅牢。プロゆえの安定性というやつか。

 

「分厚いね。プロってのはこんなのばっかりかい? 和輝、君が踏み込もうとしている世界は、随分戦い甲斐がありそうじゃないか?」

「だから目指すんだ。カードを二枚伏せて、ターンエンド」

 

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

ペンデュラム・コール:通常魔法

「ペンデュラム・コール」は1ターンに1枚しか発動できず、「魔術師」PモンスターのP効果を発動したターンには発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。カード名が異なる「魔術師」Pモンスター2体をデッキから手札に加える。このカードの発動後、次の相手ターン終了時まで自分のPゾーンの「魔術師」カードは効果では破壊されない。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

竜脈の魔術師 地属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1800 DEF900

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードが存在する場合、手札のPモンスター1体を捨て、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。

モンスター効果

なし

 

竜穴の魔術師 地属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK700 DEF2700

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードが存在する場合、手札のPモンスター1体を捨て、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

モンスター効果

なし

 

調弦の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラムチューナー

ATK0 DEF0

Pスケール8

P効果

(1):このカードがPゾーンに存在する限り、自分フィールドのモンスターの攻撃力・守備力は、自分のEXデッキの表側表示の「魔術師」Pモンスターの種類×100アップする。

モンスター効果

このカードはEXデッキからの特殊召喚はできず、このカードを融合・S・X召喚の素材とする場合、他の素材は全て「魔術師」Pモンスターでなければならない。このカード名のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札からのP召喚に成功した時に発動できる。デッキから「調弦の魔術師」以外の「魔術師」Pモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、フィールドから離れた場合に除外される。

 

時読みの魔術師 闇属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF600

Pスケール赤8/青8

P効果

自分フィールドにモンスターが存在しない場合にこのカードを発動できる。(1):自分のPモンスターが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで罠カードを発動できない。(2):もう片方の自分のPゾーンに「魔術師」カードまたは「オッドアイズ」カードが存在しない場合、このカードのPスケールは4になる。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、1ターンに1度、自分のPゾーンのカードは相手の効果では破壊されない。

 

アーカナイト・マジシャン 光属性 ☆7 魔法使い族:シンクロ

ATK400 DEF1800

チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

U.A.ストロングブロッカー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK1600 DEF2700

「U.A.ストロングブロッカー」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードは「U.A.ストロングブロッカー」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。(2):1ターンに1度、相手がモンスターの特殊召喚に成功した時に発動できる。そのモンスターの表示形式を変更し、その効果を無効にする。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

バトルフェーダー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

「おれのターンだね。ドロー。バトルフェーダーをリリースし、U.A.コリバルリバウンダーをアドバンス召喚。この瞬間、フィールドを離れたバトルフェーダーは除外される。コリバルリバウンダーの効果を発動し、墓地からU.A.ストロングブロッカーを特殊召喚!」

 

 立て直しが速い。一気に並ぶ二体のU.A.モンスター。

 

「ねぇ和輝。ボクの記憶が確かならば、ミスター・ディートルの手札のU.A.には、当然攻撃型のもいたよね?」

「コリバルリバウンダーが出てきた。あと確定しているのはフィールドゼネラルだ。どちらにしろ、俺のモンスターよりも攻撃力が高い」

「ストロングブロッカーを手札に戻し、フィールドジェネラルを特殊召喚するよ」

 

 予想通りだ。フィールドジェネラルの攻撃力ならば、和輝喉のモンスターよりも高い。このまま押し切るつもりか。そう思ったが、甘かった。

 ()()()()()が桁違いなのだ。

 

「永続魔法、一族の結束を発動!」

「なっ!」

 

 発動された永続魔法に、和輝は目を見開いた。発動されたのは、単一種族デッキのパワーを大幅に底上げする永続魔法だった。

 

「そうか。バトルフェーダーはフィールドを離れた時に除外される。一族の結束とも相性はいいってわけか」

 

 和輝の表情が苦い。リックのU.A.は全体的にパワーアップを果たしている。戦闘に破壊するには難しいほどに。

 

「バトルと行こう。フィールドゼネラルで幻想の見習い魔導師を攻撃!」

 

 踏み込むリック。一撃目、フィールドゼネラルのタックルが幻想の見習い魔導師を圧し潰してしまう。ダメージのフィードバックが和輝を襲い、一瞬動きが鈍る。

 

「さらにコリバルリバウンダーで幻想の黒魔導師を攻撃! この瞬間、フィールドゼネラルの効果発動! 自身の攻撃力を800ダウンさせ、コリバルリバウンダーの攻撃力を800アップ!」

 

 追撃。エネルギーボールを使ったダンクシュートを叩き込まれた幻想の黒魔導師が粉砕された。

 

「メインフェイズ2、フィールドゼネラルとコリバルリバウンダーを手札に戻し、U.A.ファンタジスタとU.A.ストロングブロッカーを、どちらも守備表示で特殊召喚する。カードを二枚伏せて、ターンエンド」

 

 

一族の結束:永続魔法

(1):自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

 

和輝LP5500→4100→2800手札1枚

リックLP6800手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 堅実だが容赦なく攻めてくるリックのU.A.に、次第に和輝は追い詰められてきた。

 

「さて、ここらで逆転したいところだけれど。旨く行くかね?」

 

 言葉とは裏腹に、ロキに不安げな様子はない。和輝はさてなと気軽に答えて肩をすくめた。

 

「まずは、()()()()()()()()。貪欲な壺を発動! 二枚のギャラクシーサーペント、スターダスト、アーカナイト・マジシャン、幻想の黒魔導師をデッキに戻し、二枚ドロー!」

 

 ドローカードを確認した和輝は、一つ頷いた。

 半透明のオルトロスが鼻を引きつかせた。警戒しているのだと、リックには分かった。リックは分かっているというように、そっとオルトロスの右の頭に手を添えた。触れられないが、それでもいいだろう。こちらがオルトロスの警戒を理解していることは伝わったはずだ。あまり長い時間一緒にいるわけではないが、それくらいは分かる付き合いだ。

 

「俺はグローアップ・バルブを召喚! レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!

 集いし八星(はっせい)が、深淵に潜みし暗黒竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、深き闇より現れよ、ダークエンド・ドラゴン!」

 

 S召喚。光の向こうから現れた、腹部にも醜悪な顔を持つ異形の闇の竜。二重の咆哮が轟き、フィールドを震わせる。

 ストロングブロッカーの効果を発動するならこのタイミングだ。和輝は身構えた。だがリックの行動は和輝の予想を超えた。

 伏せカードが翻る。

 

「リバース速攻魔法、U.A.ターンオーバー・タクティクス発動! おれと君のモンスターを全てデッキに戻し、その後、おれ、君の順でデッキから戻った数までモンスターを特殊召喚する!」

「なんだとぉ!?」と驚愕する和輝。

「何そのパワーカード!?」同じく驚愕するロキ。次いでリックが発動したカードの危険性に気づいた。

「まずいよ和輝! あのカードによって特殊召喚できる数は、()()()()()()()()! ダークエンド・ドラゴンが戻るのは()()()()()()()()()! これじゃあ君はモンスターを特殊召喚できず、相手だけが一方的にモンスターを揃える! 何か策は!?」

「当然、ある! リバーストラップ、リビングデッドの呼び声!」

 

 和輝の足元の伏せカードが翻った。露わになったのは墓地のモンスター一体を特殊召喚する永続罠。確かに、これでメインデッキに入るモンスターを特殊召喚できれば和輝もU.A.ターンオーバー・タクティクスの効果を使える。

 そう、特殊召喚、()()()()だが。

 

「読んでいたとも! カウンター罠、ギャクタン発動! リビングデッドの呼び声を無効にし、デッキに戻す!」

 

 対策は十分だった。リックの足元の、二枚目の伏せカードが翻った。次の瞬間、和輝が発動したカードは色を失い、無効化されたうえデッキに引っ込んでいった。

 結果、U.A.ターンオーバー・タクティクスの効果はリックのフィールドにのみ適用された。

 

「おれはデッキからU.A.コリバルリバウンダーとU.A.ドレッドノートダンカーを特殊召喚! コリバルリバウンダーの効果で、手札からU.A.フィールドゼネラルを特殊召喚!」

 

 次々に並ぶリックのU.A.モンスター。一族の結束の効果と相まって、全てのモンスターが軒並み攻撃力3000を超えていた。

 

「さて、これで状況はますます不利になったわけだ」

 

 先ほどの驚愕はどこへやら。ロキはいつものにやにや笑いに戻ってそう言った。和輝は憮然とした表情のまま、言う。「なんてことないさ、これくらい」

 言いながらデュエルディスクのボタンを押した。足元に投影されていた、二枚目の伏せカードが翻る。

 

「活路への希望発動。1000ライフを払い、二枚ドロー! カードを二枚セットし、ターンエンド!」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

グローアップ・バルブ 地属性 ☆1 植物族:チューナー

ATK100 DEF100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

ダークエンド・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上

1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

U.A.ターンオーバー・タクティクス:速攻魔法

「U.A.ターンオーバー・タクティクス」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「U.A.」モンスターが2種類以上存在する場合に発動できる。フィールドのモンスターを全て持ち主のデッキに戻す。その後、自分はこの効果で自分のデッキに戻ったカードの数まで、デッキから「U.A.」モンスターを特殊召喚する(同名カードは1枚まで)。この効果で自分が特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。その後、相手はこの効果で相手のデッキに戻ったカードの数まで、デッキからモンスターを特殊召喚できる。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

ギャクタン:カウンター罠

(1):罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

U.A.ドレッドノートダンカー 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF1800

「U.A.ドレッドノートダンカー」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードは「U.A.ドレッドノートダンカー」以外の自分フィールドの「U.A.」モンスター1体を手札に戻し、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。③:このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

活路への希望:通常罠

(1):自分のLPが相手より1000以上少ない場合、1000LPを払って発動できる。お互いのLPの差2000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

U.A.コリバルリバウンダー攻撃力2300→3100

U.A.ドレッドノートダンカー攻撃力2500→3300

U.A.フィールドゼネラル攻撃力2600→3400

 

 

和輝LP2800→1800手札2枚

リックLP6800手札1枚

 

 

「おれのターンだ、ドロー」

 

 ドローカードもそこそこに、リックはすぐに行動に出た。その耳元で、オルトロスが叫ぶ。

 

「いけ、いけリック! ここは攻メ時ダ! オレの鼻モそういってイル!」

「そのようだね。おれはコリバルリバウンダーを手札に戻し、マイティースラッガーを特殊召喚! さらにフィールドゼネラルをリリースし、コリバルリバウンダーをアドバンス召喚! 効果を発動し、墓地のフィールドゼネラルを特殊召喚!」

 

 瞬く間にリックのフィールドにモンスターが並ぶ。しかもマイティースラッガーを場に出したことで、和輝の反撃さえも封じようという腹だろう。

 故に、攻め時なのだ。

 

「これを受けたら、負けるね」

「負けねぇよ! バトルフェイズのスタートステップ、リバースカードダブルオープン! 揺れる眼差し! それにチェーンして、強制終了!」

 

 和輝の足元のカードが二枚とも翻る。それに伴って、今にも攻撃しようとしていたリックのモンスターの動きが止まった。

 

「逆順処理により、まず強制終了の効果! 揺れる眼差しを墓地に送り、バトルフェイズを終了! さらに揺れる眼差しの効果! 俺のPゾーンのカード二枚を破壊し、あんたに500のダメージを与え、デッキからオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを手札に加える!」

 

 凌いだ。攻撃を中断されたU.A.たちは不満げにリックのフィールドに戻っていく。

 

「ヌゥ……」

 

 唸るオルトロス。微笑を崩さなかったリックも、ここにきて苦い表情を浮かべた。

 リックの、プロとしての嗅覚が告げた。自分は今、機会を逃したのではないかと。

 それでも、それ以上表情は崩さない。そのままターンエンドした。

 

 

強制終了:永続罠

自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。この効果はバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。

 

揺れる眼差し:速攻魔法

(1):お互いのPゾーンのカードを全て破壊する。その後、この効果で破壊したカードの数によって以下の効果を適用する。

●1枚以上:相手に500ダメージを与える。

●2枚以上:デッキからPモンスター1体を手札に加える事ができる。

●3枚以上:フィールドのカード1枚を選んで除外できる。

●4枚:デッキから「揺れる眼差し」1枚を手札に加える事ができる。

 

 

U.A.ドレッドノートダンカー攻撃力2500→3300

U.A.フィールドゼネラル攻撃力2600→3400

U.A.マイティースラッガー攻撃力2300→3100

 

 

和輝LP1800手札3枚

リックLP6800→6300手札2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「和輝、ここまで終始ミスター・ディートルのペースだったこのデュエルだけれど、今、彼の流れは途切れた。さっきのターンで君をしとめられなかった時に。だからあとは――――」

「途切れた流れを、俺の方に引き寄せろってわけか。上等だ! ペンデュラム・ホルト発動! 二枚ドロー!」

 

 鞘から研ぎ澄まされた刀を抜き放つような、裂帛の気合とともに和輝はドローした。二枚のドローカードを一瞥で確認した。

 

「よし、これならいける! 融合発動! 手札のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンとジャンク・シンクロンを融合!」

 

 手札融合。和輝の頭上の空間が歪み、渦を作る。その歪みの渦めがけて、和輝の手札から二体のモンスターが飛び出した。

 

二色(ふたいろ)(まなこ)持つ竜よ、屑鉄の救済者よ! 今一つに交わり勇猛なる炎宿せし強刃竜へと変じよ! 融合召喚、意を示せ、ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 渦から炎のように赤い光が迸り、それがリックのフィールドのモンスターたちを次々と打ち据えた。

 落雷にも等しい轟音が空気を震わせ、そして、赤熱の光の中から現れたのは、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに勇壮なる鎧を装着させたようなドラゴン。

 全身に刃を思わせるパーツが装着され、黄金の角のような背部パーツが二つ。咆哮が烈火のごとき勢いをもって轟いた。

 

「ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの効果により、あんたのモンスターの攻撃力は全て0になる! さらに効果も発動できない!」

「な――――」

 

 絶句するリック。無理もあるまい。現状、これで和輝のモンスターには敵わない。

 

「このターンで終わりにする! 俺は巨大化をブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに装備! 俺の方がライフは下回っているため、ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力は倍になる! さらにアクションマジック-フルターンを発動! このターン、モンスター同士で発生するお互いへの戦闘ダメージは倍になる!」

 

 つまり、元々の攻撃力3000のブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力は、巨大化によって倍の6000になり、さらにフルターンの効果により、戦闘ダメージは倍。

 リックのフィールドに伏せカードはなく、手札二枚はどちらもコリバルリバウンダーで確定している。墓地で発動する攻撃を止めるカードもない。

 詰みだった。リックは12000ものダメージを受ける。

 リックは一つ、息を吐いた。疲れたようなため息だった。

 

「ごめん、オルトロス。もうおれに状況打開の策はない。できれば、迫害を受け、虐げられていた君たちの手助けを、もっとしていたかった」

「仕方あるまい。オマエが負けたということハ、オレがヤッテモ同じだったということだ」

 

 口惜しいが仕方がない。オルトロスはそう言って結果を受け入れた。

 そんな一人と一体の様子を見て、和輝は何とも言えない思いだった。

 心の中に暗雲が立ち込めかけるのを、(かぶり)を振って振り払った。

 神々の戦争に参加した時から、こういう、後味の悪い戦いを経験することもあると、覚悟していたはずだ。

 それに、確かにティターン神族や怪物たちはオリンポス十二神や一神教によって虐げられただろうが、人を人とも、場合によっては契約者さえも無碍に扱うことに変わりはない。

 迷って、やられてしまえば多くの人を助けられなくなる。神が巻き起こす理不尽を前に、拳を握るしかできなくなる。

 

「終わりだ! ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンで、U.A.フィールドゼネラルを攻撃!」

 

 ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの全身が赤く煌めく炎を放つ。炎はドラゴンの身体を包み込み、巨大な弾丸とせしめた。

 唸りを上げて、ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが突進。全身を使った体当たりでフィールドゼネラルを粉々に吹き飛ばした。――――リックのライフとともに。

 

 

ペンデュラム・ホルト:通常魔法

(1):自分のEXデッキに表側表示のPモンスターが3種類以上存在する場合に発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はデッキからカードを手札に加える事はできない。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

ブレイブアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK3000 DEF2000

「ペンデュラム・ドラゴン」モンスター+戦士族モンスター

(1):このカードが融合召喚に成功した時に発動できる。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力は0になる。このターン、このカード以外の自分のモンスターは攻撃できない。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、攻撃力0のモンスターが発動した効果は無効化される。(3):このカードの攻撃によって相手モンスターが破壊されなかったダメージステップ終了時に発動できる。その相手モンスターを除外する。

 

巨大化:装備魔法

(1):自分のLPが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力の倍になる。自分のLPが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力の半分になる。

 

アクションマジック-フルターン:速攻魔法

(1):このターン、モンスター同士の戦闘で発生するお互いの戦闘ダメージは倍になる。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分メインフェイズに手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンにセットする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

 

リックLP6800→0

 

 

 和輝の勝利だ。こうして、彼はジェネックス杯初戦を勝利で飾った。デュエルディスクに、DP1500ポイントが振り分けられた。

 だがこれは始まりに過ぎない。これから始まる、三日間の長い戦い。その、最初の一幕が終わったにすぎない。

 和輝の、そして彼の仲間たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話:憎悪の蜘蛛

「これで終わりだ。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 和輝(かずき)の攻撃宣言が高々と響き渡る。

 攻撃命令を受け付けた黒衣の魔法使いこと、ブラック・マジシャンが杖を振るい、幾重にも分かれた黒い稲妻を放った。雷は蛇のようにうねりながら迸り、対戦相手を打ち据えた。

 光と音。そして相手の絶叫が上がった。

 相手のライフが0になる。デュエル終了、和輝の勝利。デュエルディスクに、獲得DP300ポイントが加算された。

 敗北者は一顧だにせず、和輝は(きびす)を返して次の相手を求め始めた。

 

「お疲れ。といっても、特に苦戦しなかったけれど」

 

 角を曲がったところで、微笑を浮かべたロキが出迎えた。和輝は軽く頷いただけで歩調を緩めない。

 

「最初に戦ったミスター・ディートルの時に獲得したDPは1500、さっきは300。やっぱりプロやそれに近いデュエリスト以外は、いまいちみたいだね」

「神や、怪物、悪霊に選ばれていないから、かもしれないけどな」

 

 どのみちこの大会の裏の目的は、クロノスとティターン神族による、神々の戦争の参加者狩りだ。もっとも、すでに残りの神の数は五十を切っている。そう簡単にやられる参加者ばかりだとは思えないが。

 

「しかし、連戦連勝、幸先がいいというのに、和輝、どうにも君の表情は暗いね」

 

 初めて、和輝が足を止めて、ロキに振り返った。疲れたような、不機嫌そうな和輝の表情は、しかしにやにや笑いのロキには何の効果もない。

 

「別に。ディートルプロ以降、歯ごたえのあるやつにあってないから、DPも思ったよりたまらない。不機嫌に見えるんなら、それが理由だろ」

「違うでしょ?」

 

 間髪入れずにロキはそう言った。和輝は無言。それを促しととったのか、ロキはさらに続けた。

 

「君は、後味の悪いものを感じていたね。さっきの、ミスター・ディートルとオルトロスとのデュエルで」

 

 和輝の表情がかすかに震えた。図星だったからだ。

 その通りだ。和輝は、言いようのない後味の悪さを感じていた。

 あの後、リックはオルトロスが消えたことを受け入れ、そのまま何も言わずに去っていった。ただ最後に、和輝に寂しげな微笑だけを残して。

 ジェネックス杯は続けるだろう。だが、もう神々の戦争とは関わらない。その背中はそう言っていた。

 

「神は理不尽を人に押し付ける。それは悪霊、怪物も同じだ。この戦いに参加している怪物たちのうち、一体どれだけが波長の合った人間を洗脳し、手駒にしているだろう。かなりの数に上るとボクは思う。特に、人と精神性が近い神はまだしも、怪物たちはより簡単に、手っ取り早く洗脳して人形にするだろう。

 そんな中、ミスター・ディートルとオルトロスは例外だった。和輝、君は前提を覆されたわけだ。まぁ、最初の相手が彼らだったのは不運だったね。だけど――――」

 

 ひるんだような和輝に、ロキは微笑を向けた。

 

「やることは変わらないよ?」

 

 突きつける。和輝は鼻白んだが、分かっていると答えて強引に話を打ち切った。ロキは肩をすくめて、

 

「ならいいんだ。それより、そろそろ昼時だ。デュエルはいったん休憩にして、お昼にしよう」

 

 ちょうど空腹感を得ていた和輝に否やはなかった。

 それでも後味の悪さはなくならない。無性に誰かに会いたかった。この気持ちを共有できる誰かに。

 

 

「あ」

 

 適当に選んだファーストフード店。ハンバーガーセットを頼んだ和輝は、二階席にきて、見知った顔を見つけた。

 周囲の客がちらちらと彼女たちを見ていた。当然だろう。ジェネックス杯開催中、確かにいてもおかしくないが、雑誌やテレビで見る有名人だ、注目されないわけがない。

 

「あ、和輝君、おーい」

 

 相手もこちらに気づいた。

 国守咲夜(くにもりさくや)。ジェネックス杯参加者のBランクプロデュエリストにして、和輝の仲間。そして、咲夜の隣に座るかわいらしい少女。

 ルビーのような赤い髪、黄金をはめ込んだような金の瞳、アラバスターのように白い肌。ワンピースに身を包んだ、十歳前後の女の子。美しい花を咲かせる直前蕾のような可憐な少女。

 クロノスによって子供の姿にされてしまった、ギリシャ神話の女神、アテナだった。

 

「和輝君もお昼? ここ、空いてるよ?」

「じゃあ、失礼して」

 

 周囲の視線を気にしなかったといえば嘘になるが、昼時ということもあり、店内は込み合っている。ほかに選択肢はなさそうだった。

 四人掛けの席、咲夜、アテナの対面に、和輝とロキは腰かけた。

 

「じゃ、せっかくだから聞かれたくない話でも始めようか」

 

 席に着いてから開口一番、ロキはそう言って指を鳴らした。

 和輝と咲夜は気付いた。空気が変わった。見た目は何も変わらないのに、自分たちは今、周囲から隔絶しているという確信があった。

 バニラシェイクのストローから口を離して、アテナが言った。

 

「結界か」

「イエス」にこやかに笑うロキ。その整った指がハンバーガーの包み紙を器用に剥がす。

 

 ともあれ、これで神々の戦争に関する話も大っぴらにできるというものだった。そういうことならと、咲夜が口を開いた。

 

「調子はどう?」

「順調、てゆーか、最初から襲われた」

 

 和輝はドリンクで喉を潤し、唇を湿らせてからジェネックス杯開始直後に行ったリック・ディートルとオルトロスのデュエルについて話した。

 

「いきなり結構な強敵だった。これが雑兵レベルだと敵の戦力はとんでもないね。それ以降はクロノス陣営とのデュエルはない。ほかに戦ったのも全部一般の参加者だけだ」

「うーん。あたしの方はまだ出会ってないなぁ」

 

 咲夜の方は一般参加者や、顔見知りのプロと戦ったらしい。こういう時、不本意ながら顔が売れている自分は対戦相手に困らない。思い出にしたいアマチュア、対戦機会のなかった、対戦希望の同僚など、多くの人が向こうからやってくるのだ。おかげでDPもたまってきている。

 

「けれど、アテナのためにクロノスを討つのは確定だから、まずはその手のものと戦いたいのよ。どのレベルなのか、知りたい」

 

 咲夜の瞳はまっすぐだ。そこに迷いはない。迷い、というほど明確なものではないが、どうにもしっくりこない気分を得ていた和輝には、今の咲夜は眩しい。

 

「んー」

 

 アテナとそろってシェイクを飲んでいた咲夜は、ストローから口を話して、何か考え込む仕草をした。

 

「何?」

 

 咲夜はまっすぐに和輝を見つめてきた。その瞳は魅力的だと思う和輝だったが、今はどことなく居心地が悪い。

 

「和輝君、なんか悩んでる?」

 

 ほら来た。ロンドンでも思ったが、咲夜は他人の機微に聡い。相手が悩んでいるなら、それを何とかしてやりたいと思い、首を突っ込むおせっかい焼きだ。自覚しているだけに性質(たち)が悪い。

 

「あー」

 

 目をそらしても無駄だろう。席を立っても追いかけてくるのがおちだ。というか、隣のロキが服の裾を引っ張って立ち上がらせてくれない。

 逃げるな、ということだろう。

 

「そうだな。ちょっと想定外だったというか……」

「オルトロスとそのパートナーの関係が、良好だったことがか」

 

 付近で口元を拭ったアテナがそう言った。和輝は沈黙していたが、この場合は沈黙こそが答えた。

 ロキが口元に微笑を浮かべたまま言った。

 

「オルトロスとミスター・ディートルの関係は非常に良好だった。オルトロスはミスターのタクティクスに全幅の信頼を置いていたし、ミスターもそれを自覚していた。そしてミスターが敗北した時、オルトロスは口惜しいといいながらも、その結果を受け入れていた。彼は、誰も恨まなかった。自分の選択に全てを賭けた以上、敗れるなら速やかに退場すべきだ、とも。

 決して、敗北の責任を人間側に押し付けなかった。人間を洗脳し、道具同然に扱う神も多い中、怪物がそうしたというのは珍しい」

「まぁ、だからってやることは変わらないし、迷うつもりもない。が――――」

「後味が悪いものは残るのね」

 

 和輝は首肯した。咲夜はふむと考えた。

 言葉でいくら言っても意味はないだろう。自分でも言語化しにくい悩みは行動で示してやるといい。咲夜がそんなことを考えていた時、不意にロキが警告の言葉を発した。

 

「敵だ」

 

 反応したのは和輝の方だった。席を立って、「どこだ!?」とあたりを見回した。

 

「店の中じゃないね。それにこの気配は神じゃない」と、ロキが前のめりの和輝にやんわりを釘を刺した。

「この気配、覚えがある。かつて、神代の時代、私は此のものと因縁がある」アテナの表情が固まった。

「ギリシャの怪物、ね」

 

 咲夜も席を立つ。デュエルディスクを左手に装着した。

 

「待ってくれ咲夜さん。俺が――――」

「いいえ、ここはあたしがやるわ。和輝君はゆっくり観戦してて」

 

 

 二人と二柱が店から出た瞬間、世界が切り替わった。

 雑踏が消える。誰もいなくなる。いるのは和輝たちと、彼らに相対するようにたたずむ影が一つ。

 すでに敵はいた。

 正面。一見するとなんでもなさそうな男だった。

 四十歳前後、黒髪、黒い瞳、黒ぶち眼鏡。八月だというのにきっちりとスーツを着込み、いかにもサラリーマンという姿だ。ただ、無表情なその額から汗がどんどん流れている。それが和輝に、男が洗脳されており、怪物が彼を操っているのだと気づいた。もしも彼が正気なら、この暑さなら上着を脱ぐはずだ。

 

「みつけたぞ。見つけたぞアテナァ……!」

 

 男の声が()()()()()。どこかくたびれた風情を思わせる男の声に、深い怨嗟のこもった女の声がかぶっている。

 和輝は顔をしかめた。

 憑依、という単語が脳裏をよぎった。

 今、目の前の男の意識はなく、肉体は操り人形と化しているのがよく分かった。

 そして、人形の糸の繰り手はそこにいた。悍ましい異形となって。

 半透明だが間違いない。女だった。だがそう認識できるのは上半身だけ。

 赤い髪、瞳、罅割れのように顔から首にかけて走る黄色いライン、石膏のような白い肌。生きている感じがあまりしない、血の気の感じられない顔。肌、色合い。一糸まとわぬ姿だが、扇情さよりも死体を前にしている薄気味悪さが先に立つ。

 女の部分はそこまでだった。下半身は、蜘蛛のそれになり果てていた。

 黒を基調に、赤い斑点のような模様が各所についている。足の一本一本が地面を穿ち、キチキチと軋んでいる。

 

「アラクネー」

 

 アテナがその名を呟いた。それが、相対する怪物の名だった。

 

「アラクネーとアテナ、か。因縁だね」

 

 横で見ていたロキが顎に手を当てながら呟いた。

 

「どういうことだ?」

「アラクネーはもともと人間だった、ということさ」

 

 そう言って、ロキはちらりとアテナに対して「話しても?」と許可を求めた。アテナはロキの方を向かずに「好きにしろ」と告げた。

 

「元々アラクネーは非常に優れた織り手でね。その実力はギリシャ世界に知れ渡った。それだけならよかったんだけれども、自分に並ぶものない腕を持っていたアラクネーは、それを過信してしまった。あろうことか、自分の織物の腕は神々さえも凌駕すると豪語した」

「結果が、この姿だ」

 

 コールタールのようにどろどろとした、粘ついた憎悪を迸らせながら、アラクネーが会話に入ってきた。

 

「神は人間の増長を許さん、そういったよなぁ、アテナ……。おかげで、糸繰の化生になり果てた。このような醜い姿にさせられた……。この恨みは、ヒトの世になっても忘れん。忘れられるものかよ……!」

「ずいぶんな物言いだな、アラクネー。だが私も、貴様を諭そうとしたぞ」

 

 恨みを滴らせるアラクネーに対して、アテナはそっけなく言い捨てた。

 

「神は人間の増長を許さない、のではない。そこから来る神への侮蔑を許さんだけだ。貴様は織物の腕を誇るまでは良かった。それが過信となり、ついには我らが父なるゼウスさえも愚弄した」

「ゼウスは強力かつ統率力に優れた神だったんだけど、女癖が悪くてね」ロキの耳打ち。「奥さんいるのに浮気三昧。その下半身のだらしなさは人間にも伝わっていた。てゆーか人間とも関係を持っていた。アラクネーはよりにもよってそのゼウスの浮気現場を織物にしたんだ」

 

 それがアテナの逆鱗に触れたわけ。ロキはそう言って言葉を締めくくった。

 だが確かに、アラクネーにも非がないわけではないだろうが、アテナの方もまた、いくら何でもやりすぎではないだろうか。

 神の理不尽がここにあった。そう思った和輝だったが、ロキがすかさずフォローを入れて来た。

 

「神代の時代。神と人間の距離は近かった。だから、神の怒りに触れた人間は、天罰を受けていたり、呪われたりしていた。それはどこも変わらない。北欧世界も、他もそうだ。日本だって、神の理不尽にさらされたことはあるだろう?」

 

 確かにその通りだ。だが実際に怪物に変えさせられた相手が恨み言を吐き出している現状、当時とは常識、ルールが違ったのだといわれてもピンとこない。

 

「復讐だ、アテナ。お前をバラバラにしてやる……。お前に与する契約者も同罪だ。子供の姿になったのならば好都合。無力なその姿を、我が糸によって縛り、頭から貪り食ってくれる……!」

 

 毒滴る声音で、アラクネーはそう言った。男がデュエルディスクを起動させた。

 

「己の復讐心に食われたか。こうなると、ただ害をまき散らす厄災だな」

「いずれしても、あたしたちがご氏名みたいね」

 

 咲夜が一歩前に出た。すでに準備は終わっている。

 

「和輝君」背中を向けたまま、咲夜は言った。

「あたしはね、もう立ち位置を決めているの。あの日、子供のアテナを助けた時から、この子の味方をしようって、決めてるのよ」

 

 咲夜の声は迷いなく、清澄だった。和輝は眩しいものでも見る様に目を細めた。

 一陣の風が、両者の間を駆け抜けた。

 

決闘(デュエル)!』

 

 神話の時代から続く復讐戦。その幕が切って上がった。

 

 

咲夜LP8000手札5枚

アラクネーLP8000手札5枚

 

 

「私の先攻」

 

 デュエル開始後のアラクネーの声音は冷静だ。だがその胸の内ではやはりドス黒い怨嗟の念がマグマのように煮だっている。それでも所作は平静だった。その証拠に、デュエルディスクにカードをセットする動作も静かだ。

 

「トリオンの蟲惑魔を召喚する」

 

 

 現れたのは、年端も行かぬ少女の姿をしたモンスター。あどけない笑みを浮かべ、まるで誘うように咲夜に対して手招きしている。

 だがそれは擬態だ。少女の姿を餌に、警戒を解いた愚か者を捕えて穴の底に引きずり込む、アリジゴクの所業。よく見れば獲物を捕らえるアリジゴクらしき何かが見える。

 

「トリオンの蟲惑魔の効果により、デッキから奈落の落とし穴を手札に加える。カードを二枚伏せる。さらに二枚の永続魔法、大樹海と補充部隊を発動。ターンエンドだ」

 

 

トリオンの蟲惑魔 地属性 ☆4 昆虫族:効果

ATK1600 DEF1200

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「ホール」通常罠カードまたは「落とし穴」通常罠カード1枚を手札に加える。(2):このカードが特殊召喚に成功した場合、相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動する。その相手のカードを破壊する。(3):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、「ホール」通常罠カード及び「落とし穴」通常罠カードの効果を受けない。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

大樹海:永続魔法

フィールド上に表側表示で存在する昆虫族モンスターが戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時、そのモンスターのコントローラーは破壊されたモンスターと同じレベルの昆虫族モンスター1体をデッキから手札に加える事ができる。

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ドローカードを確認し、脳内で戦術を巡らせる咲夜の耳朶に、アラクネーの怨嗟に満ちた声が届いた。

 

「貴様は、なぜアテナと契約した?」

 

 男の背後、半透明のアラクネーが射殺さんばかりの圧力を伴って咲夜を睨みつけた。

 

「さっきも言ったけど、あたしは、子供だったアテナを助けた。その瞬間から、アテナの味方になるって決めた。アテナの過去の所業が何であれ、私は今を見たい。彼女は神の理不尽に対して怒りを感じている。守りたいと思っている。それで十分」

「アテナは私の姿を、このような醜いものに変えた。もうこうなっては怪物になり果てるしかない。それを、理不尽と言わずして何という!」

 

 アラクネーの喉から激情の叫びが迸った。咲夜は毒でも飲んだような苦い表情をした。アテナもまた表情を曇らせた。アラクネー本人の怨嗟を跳ね返した彼女も、その対象が咲夜(パートナー)に及ぶのは嫌なようだ。

 

「神話の時代、神と人はもっと距離が近かった。だからこそ、神は人の上にいるために威厳を保たなければならなかった。それは、死活問題でもあったんだ」

 

 ロキが、傍らに和輝にそう語りかけた。

 

「信仰が神の力の礎になる。だからこそ、それを失わせるわけにはいかない。ゆえに、神は人間が神を必要以上に侮辱し、貶める行為を見過ごさない。アテナがアラクネーにした行為もそこから外れない。時代と、距離が違ったんだ。かつて、アラクネーのしたこと――最高神への侮辱――は、決して許されることではなかったんだ」

 

 諭すようなロキの言葉に、和輝は何とも言えない沈痛な表情を浮かべていた。その眼前で、アラクネーの言葉を受けた咲夜が、毅然と向かい合っていた。

 

「そうね、そうかもしれない。でも、あたしはもう()()()()()()()()()()()()。そして、今現在、今を生きる人たちを害そうとしているクロノスとティターン神族、それに与するあなたたちを許すわけには、見逃すわけにはいかない。戦う理由はこれで十分!」

 

 咲夜ははっきりとそう言い切った。彼女の返答を聞いて、一瞬黙ったアラクネーだったが、その口が裂けるような笑みを浮かべて、言った。

 

「ならば、アテナと同じく、貴様も、我が糸で嬲りながら喰い殺してくれる!」

「そんなのはごめんだわ! あたしはおろかな埋葬発動! デッキからクロス・ポーターを墓地に送るわ。そしてこの瞬間、クロス・ポーターの効果発動! (ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィンを手札に加えるわ。それと、手札からコンバート・コンタクトを発動。手札のアクア・ドルフィンを捨てて、デッキからN・エアハミング・バードを捨てて、二枚ドロー」

「序盤から飛ばすねぇ」

 

 デュエルを観戦しているロキはデッキ圧縮と墓地肥やしを次々とこなしていく咲夜を見て、感嘆の声を上げた。和輝も、流れるような咲夜のプレイングを見て、やはり大したものだと思っていた。

 

「だがここまでは下準備に過ぎない。手札を交換し、デッキを圧縮し、墓地を肥やした。なら後は? 動くだけだ」

 

 和輝の言葉に答えるように、咲夜が手札からカードを一枚引き抜いた。

 

「融合発動! E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストとE・HERO オーシャンを手札融合!」

 

 咲夜の頭上の空間が歪み、渦を作る。その渦めがけて、彼女の手札から飛び出した二体のHEROが吸い込まれていく。

 二体のモンスターが混ざり合い、渦の中から新たな力が現出する。

 

「絶対零度のヒーローよ、冷たき刃で敵を切り裂け! 融合召喚、今こそ出でよ! E・HERO アブソルート・Zero!」

 

 氷山が屹立するように氷の壁が出現、その壁を砕いて現れたのは、分厚い氷のように白いバトルアーマーを着込んだ氷のヒーロー。

 

「シャドー・ミストの効果で、E・HERO エアーマンを手札に加えるわ」

「ふん、いかに強力なモンスターを召喚しようと、無駄だ! リバーストラップ、奈落の落とし穴!」

 

 アラクネーの足元に伏せられたカードの一枚が勢いよく翻った。次の瞬間、アブソルート・Zeroの背後の空間が割れ、そこから緑の肌をした魔物が出現、その逞しい腕をアブソルート・Zeroに向かって伸ばす。

 

「読んでたわよそのくらい! 手札から速攻魔法、融合解除発動! アブソルート・Zeroをエクストラデッキに戻し、墓地のシャドー・ミストとオーシャンを復活させる!」

 

 魔物の指がZeroを掴み取ろうとした瞬間、その体が光に包まれ、二つに分かれた。そして現れるのは黒のバトルスーツに身を包んだ長髪の女と、魚人型のHEROモンスター。

 

「Zeroがフィールドを離れたため、あなたのモンスターは全て破壊される!」

 

 冷気がアラクネーのフィールドを走った。一瞬の沈黙。次の瞬間、アラクネーのフィールドにいたトリオンの蟲惑魔の全身が凍り付いた。氷像は一瞬にして砕け散り、氷の粒子となって空に散った。

 

「大樹海の効果発動。デッキから共振虫(レゾナンス・インセクト)を手札に加える!」

「でも、あたしの軍勢はまだそろってない。E・HERO エアーマンを召喚! 効果発動! デッキから、E・HERO ネオスをサーチ!

 バトルよ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 咲夜のモンスターたちが一斉に動き出す。シャドー・ミストの蹴りが男の左肩にヒット、よろめくその体の腹に、オーシャンの槍が突きこまれた。

 衝撃で仰向けに倒れこんだ男。その胸板めがけてエアーマンが風の塊を大砲のように叩きつけた。

 びくんと男の身体が跳ねる。だが――――

 

「無駄なこと、無駄なことだなぁアテナ。その下僕。この男は私の人形。いくら攻撃しようとも、私を傷つけることはできん」

「盾にしているのね……」咲夜の表情に苦みが走った。「卑怯よ!」

「ほざけ! アテナをこの手で八つ裂きにできるのならば、なんであろうとしてやるわ!」

 

 憎悪をまき散らすアラクネー。男がまさに糸でつながれた操り人形のようにぎくしゃくとした動作で立ち上がった。

 

「それに、こちらのプレイングを無視するのも腹立たしいな。まずは補充部隊の効果により、合計三枚、ドロー。さらに最後のエアーマンの攻撃後、私はこのカードを発動させた。ダメージ・コンデンサー! 手札を一枚捨て、デッキからゾンビキャリアを特殊召喚する!」

 

 現れたアンデットチューナーの姿に、咲夜が警戒の色を強めた。ここでチューナーを出したのだから、次のターンの反撃を考えているのだろう。下級アタッカーレベルのエアーマンはともかく、ほかのモンスターを棒立ちにさせておくのはいかにもまずい。

 

「いいわ、バトルは終了。メインフェイズ2、あたしはシャドー・ミストとオーシャンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 咲夜のフィールド、シャドー・ミストが紫の、オーシャンが青の光に代わって、彼女の頭上に展開された、光渦巻く銀河のような空間に吸い込まれた。

 虹色の爆発が起こる。

 

「輝石に秘められた思いよ。今ここに優しき力の象徴となれ! おいで、ダイガスタ・エメラル!」

 

 現れたのは、和輝も使っているエメラルドの身体持つ鉱石の戦士。確かに、通常モンスターのネオスを主軸にする咲夜のデッキならば、相性もいいだろう。ネオスを復活させる以外にも、もう一つの効果だって使えるのだ。

 

「エメラルの効果発動。ORU(オーバーレイユニット)を一つ使って、Zero、クロス・ポーター、アクア・ドルフィンをデッキに戻して一枚ドロー! カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

E・HERO アブソルートZero 水属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 

奈落の落とし穴:通常罠

(1):相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動できる。その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する。

 

融合解除:速攻魔法

(1):フィールドの融合モンスター1体を対象として発動できる。その融合モンスターを持ち主のエクストラデッキに戻す。その後、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールドに特殊召喚できる。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO オーシャン 水属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1500 DEF1200

(1):1ターンに1度、自分スタンバイフェイズに自分のフィールド・墓地の「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。その自分の「HERO」モンスターを持ち主の手札に戻す。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

ゾンビキャリア 闇属性 ☆2 アンデット族:チューナー

ATK400 DEF200

(1):このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚デッキの一番上に戻して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

 

咲夜LP8000手札3枚

アラクネーLP8000→7000→5500→3700手札4枚

 

 

「私のターンだ、ドロー」

 

 男の声と女の声が重なった、歪んだ声音。聞いていると胸が悪くなりそうなものだが、もはや慣れた。咲夜はまっすぐアラクネーを見据えた。何しろ先のターンで彼女はチューナーを残した。ならば、このターンで強力なSモンスターを召喚し、こちらの布陣を崩しにかかることは容易に想像できる。

 

「見せてやろう。我が怨嗟と憎悪に染まりし闇のカードたちを! 死者蘇生発動! 墓地のゴキポンを蘇生する!」

 

 現れたのはゴキブリモチーフながら、デフォルメされた体系に丸く大きな瞳を持った二頭身のモンスター。他のG系列のモンスターに比べると妙に愛嬌がある。

 

「ゴキポン。さっきのダメージ・コンデンサーの時に手札から捨てていたか」アテナが呟き、「でも、なぜそのカードを? トリオンの蟲惑魔ならこっちの魔法、罠を破壊できるのに」と咲夜が困惑気味に呟いた。にやりとアラクネーが歪んだ笑みを浮かべた。

「レベル2のゴキポンに、同じくレベル2のゾンビキャリアをチューニング!」

 

 緑の光の輪となったゾンビキャリア。その輪をゴキポンが潜ると、ゴキポンも二つの光星となった。

 そこを、光の道が貫く。

 

「闇より深き淵より、怨嗟の声が轟き渡る。汝彼岸をより這いよる悪魔也! シンクロ召喚、漆黒のズムウォルト!」

 

 現れたのは、下半身のない、ローブに身を包んで木製の杖を持った魔術師風の悪魔。赤黒いローブの奥から除く赤い眼光が咲夜を射抜く。

 

「まだまだぁ! ゾンビキャリアの効果発動! デッキトップを墓地に送り、自らを蘇生! さらに共振虫を召喚!

 さぁ二回目だ! レベル4の共振虫に、レベル2のゾンビキャリアをチューニング!」

 

 狂気を振りまく絶叫。アラクネーが操っている男が、再び右手を天に向けて突き上げた。

 

「闇より深き淵より、憎悪の声が響いて渡る。汝奈落より糸を紡ぎし面影糸の蜘蛛也! シンクロ召喚、地底のアラクネー!」

 

 現れたのは、まさしくアラクネーの現身だった。

 蜘蛛の下半身、女の上半身。全身からあふれる闇のオーラ。怨嗟と怨念。

 

「見ろ、アテナ。これだ、これこそが、貴様によって歪められた私の姿そのものだ! 私の怨嗟の形だ!」

 

 アラクネーの憎悪がアテナに叩きつけられた。アテナはまさしく守護の女神のごとくアラクネーの憎悪を跳ね返した。

 

「それが、貴様の傲慢の結果だ。貴様が犯そうとした大罪の結果だ! 神話の時代、神と人間の距離が今よりももっと近かったあの時代。最高神が不当に貶められれば信仰が揺らぐ! 神が人間の信仰の影響を受けている以上、そうなればギリシャ世界のパワーバランスが崩壊する恐れがあった。そのことになぜ思い至らなかった。当時の貴様は!」

「ほざけ! 神々の論理など知ったことか! 私は共振虫の効果により、デッキから地縛神 Uru(ウル)を手札に加える!」

「うっ」

 

 アラクネーのデッキから、カードが一枚引き抜かれた。そのカードイラストをまじまじと見たわけでもないのに、和輝はそのカード自体がドス黒いオーラを放っているのを見た気がした。

 

「おい、ロキ。今アラクネーが手札に加えたカード、なんか嫌な感じがするんだが……」

「ああ、そうだね。おそらく、闇のカードだ」

 

 闇のカード。デュエルモンスターズの界隈に流れる噂の一つ。実際にダメージを受ける、危険なカードが少数ながらも市場に出回っているという。

 

「咲夜さん!」

「大丈夫よ、和輝君」

 

 心配げな和輝の声に対して、咲夜は落ち着いた声音で対応した。まっすぐアラクネーを見据え、

 

「心配しないで、和輝君。闇のカードごときで、あたしは負けないから。アラクネー! Sモンスター二体を召喚しただけで、ターンは終わりなの!?」

「そんなわけがなかろうが! 我が憎悪をその身に受けろ、アテナの契約者!」吠えるアラクネー。操り人形の男が動いた。「地底のアラクネーの効果発動! エアーマンをこのカードに装備する!」

 

 地底のアラクネーから吐き出された糸がエアーマンを捕え、引き寄せ、その身に取り込ませた。エアーマンを取り込んだ地底のアラクネーは彼を盾にするように前面に押し出した。

 

「バトルだ! 漆黒のズムウォルトでダイガスタ・エメラルを攻撃!」

 

 攻撃開始。襤褸をまとった悪魔が杖を振るう。黒いエネルギー状の弾丸が放たれ、ダイガスタ・エメラルを直撃。鉱石の胸板を砕き、内部を消滅させた。

 

「漆黒のズムウォルトの効果! 貴様のデッキトップから三枚を墓地に送れ!」

 

 咲夜のデッキから三枚のカードが勝手に墓地に落ちる。落ちたのはミラクル・フュージョン、E・HERO アナザー・ネオス、リミット・リバース。他はまだしも、ミラクル・フュージョンが落ちたのは痛い。

 

「く……! けど、ORUとなっていたシャドー・ミストの効果発動! デッキから、E・HERO ブレイズマンをサーチ!」

 

 転んでもただでは起きない咲夜。アラクネーの交渉が響き渡る。

 

「だがこれで貴様を守る盾はない! 地底のアラクネーでダイレクトアタック!」

 

 大地を踏みしめ、地響きを伴いながら驀進する大蜘蛛のモンスター。足の一本が咲夜に迫る。宝珠を守る咲夜だったが、大鎌のように振るわれた一撃が咲夜を捉えた。

 咲夜の体が宙を舞う。地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。

 

「咲夜さん!」声が出る和輝。思わず駆け寄ろうとした。

「来るな! この程度で咲夜は潰れない!」アテナの叫びが和輝の足を止める。その視線の先で、咲夜が立ち上がり、にこりと笑った。余裕と、彼女の持つ快活な魅力が合わさった笑みだった。

「大したことないわね。この程度じゃ」

 

 その態度にえらくプライドを傷つけられたのか、アラクネーが罵りの声を上げた。

 

「その顔を恐怖と絶望で塗り潰してくれる。カードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

「なら、あなたのターン終了時に、あたしは伏せていた戦線復帰を発動するわ。これで、墓地のオーシャンを復活させる」

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ゴキポン 地属性 ☆2 昆虫族:効果

ATK800 DEF800

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を手札に加える事ができる。

 

漆黒のズムウォルト 闇属性 ☆4 悪魔族:シンクロ

ATK2000 DEF1000

闇属性チューナー+チューナー以外の昆虫族モンスター1体

このカードは戦闘では破壊されない。このカードの攻撃宣言時、攻撃対象モンスターの攻撃力がこのカードの攻撃力よりも高い場合、攻撃対象モンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時までこのカードと同じ数値にする。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、相手のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。

 

地底のアラクネー 闇属性 ☆6 昆虫族:シンクロ

ATK2400 DEF1200

闇属性チューナー+チューナー以外の昆虫族モンスター1体

このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動する事ができない。1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこの効果で装備したモンスターを破壊する事ができる。

 

共振虫 地属性 ☆4 昆虫族:効果

ATK1000 DEF700

(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキからレベル5以上の昆虫族モンスター1体を手札に加える。(2):このカードが除外された場合に発動できる。デッキから「共振虫」以外の昆虫族モンスター1体を墓地へ送る。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

 

咲夜LP8000→7800→5400手札4枚

アラクネLP3700手札2枚

 

 

「厄介なSモンスター二体に、正体不明の闇のカード。おまけにバックが二枚。面倒だな」

 

 アテナの声が咲夜の耳朶を打つ。咲夜は頷いたが、その顔に焦りはない。

 

「大丈夫よ、アテナ。あたしを誰だと思ってるの? この程度の逆境、覆せなきゃプロの世界でBランクまで上がれないわ。見てなさい――――」

 

 咲夜は陽光のような笑みを浮かべた。和輝が思わず見惚れてしまうような、国守咲夜という少女の魅力を存分に発揮する笑みだった。

 

「ここから、逆転して見せるから」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話:邪神を砕く闇

 憎悪をまき散らすアラクネー。それに対し、咲夜(さくや)はアテナとともに毅然と立ち向かう。

 なんてことない。咲夜はそう思った。かつて、子供のアテナを連れ、一人で孤独に戦っていた時を思えば、この程度、どうってことない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。咲夜はそう、強く思った。

 

 

咲夜LP5400手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン E・HERO オーシャン(守備表示)、

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

アラクネLP3700手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 桎梏のズムウォルト(攻撃表示)、地底のアラクネー(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 永続魔法:大樹海、補充部隊、E・HERO エアーマン(対象:地底のアラクネー)、伏せ2枚

フィールドゾーン なし

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 反撃に移る咲夜。ドローカードを確認後、即座に動いた。

 

「スタンバイフェイズ、オーシャンの効果発動! 墓地のシャドー・ミストを手札に戻すわ。さらにE・HERO ブレイズマンを召喚! 効果を発動し、デッキから融合のカードを手札に加えるわ!」

 

 咲夜の戦術が回る。アラクネーが見つめる前で、彼女は自信に満ちた笑みでカードを操った。

 

「融合発動! 場のブレイズマンと、手札のシャドー・ミストを融合!」

 

 再び融合エフェクトが奔る。頭上の渦に、二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「異星の友よ。希望を伴い、我が戦友を救う一手とならん! 融合召喚、(ネオスペーシアン)・ミラクル・フォーリナー!」

 

 現れたのは、人の形をした銀色の発行体。フォルムは女性型。足元まで流れる銀髪に、銀色の瞳。手指はしなやかで、艶やかだ。戦いとは無縁そうで、傷も、痕の一つもない。実際、その攻撃力は2100と、融合召喚したにしては行く目だ。

 

「ミラクル・フォーリナーの効果発動! 融合召喚成功時、デッキからN一体を手札に加えるか、特殊召喚できる! あたしはA・N(アナザー・ネオスペーシアン)・オーシャン・ホエールを手札に加えるわ。さらにシャドー・ミストの効果で、E・HERO ソリッドマンを手札に加える!」

「A・N……。ロンドンで和輝とのデュエルの時に見せた、Pモンスターだね」

「てことは、本格的に動くってことか」

「そういうこと! あたしはスケール2のA・N・ブラック・レオと、スケール8のA・N・オーシャン・ホエールを、Pゾーンにセッティング!」

 

 咲夜の両隣りに、青白い光の円柱が屹立した。円柱内部には、立派な(たてがみ)をなびかせた、漆黒の体躯に気高さを灯した夜空の満月のような金色の瞳を持った、知性ある獅子と、アクア・ドルフィンをさらに筋骨隆々の逞しい体系にし、頭部を鯨に変えたような魚人型モンスターがそれぞれ収まった。

 

「これで、あたしはレベル3から7のモンスターを同時に召喚できる。おいで、あたしのモンスターたち! 手札から、E・HERO ネオスと、N・ブラック・パンサーをペンデュラム召喚!」

 

 咲夜の頭上に、異界への門が開く。ゲートから二つの光が彼女のフィールドに降り立った。

 現れたのは、白い体躯、胸に輝く青の宝珠、赤いラインを持った戦士と、その傍らに、黒いマントを羽織った黒ヒョウが現れる。この瞬間を待っていたように、アラクネーが動いた。

 

「この瞬間! 私は伏せていた速攻魔法、終焉の地を発動! デッキからフィールド魔法、G・ボールパークを発動!」

 

 フィールド魔法の発動。周囲の景色がゴキボールがそのままボールとなって飛び交う異常な球場に変化する。

 

「何この異常空間!」ロキが叫びをあげた。

「昆虫族のフィールドっぽいが、空気からしてすでに異様だ」和輝も若干引いていた。

 

 咲夜は動じない。相手が自分のホームグラウンドを展開しても、己の戦術を崩さない。

 

「さらに、オーシャン・ホエールのP効果発動! 一ターンに一度、墓地からN一体を特殊召喚できるの。あたしはN・グラン・モールを特殊召喚!

 そして、スペーシアン・ギフト発動! あたしのフィールドのネオスペーシアンは全部で二種類だから、二枚ドロー!

 ここからが本番! あたしのフィールドのネオスとグラン・モールを、コンタクト融合!」

 

 ネオスとグラン・モールが一つに重なり合い、光が生まれた。

 

「異星の戦士よ、大地の力を得てどこまでも掘り進む一矢となれ! コンタクト融合! 天元を突破せよ、E・HERO グラン・ネオス!」

 

 現れたのは、ネオスの新たな姿。

 茶色を基調にしたボディカラー。緑の重装甲を着込み、右手は掘削のためのドリル、左腕はモグラのように鋭い爪が並んでいた。

 

「ここで、グラン・ネオスの効果発動! 漆黒のアラクネーをバウンス!」

 

 咲夜の宣言を受けて、グラン・ネオスが動く。右手のドリルを高速回転させ、空間自体に穴を開けた。

 空間の穴から急激な吸引力が発揮され、地底のアラクネーを捕獲。異次元の果てまで追放しようとする。

 だが――――

 

「させるものかぁ! 墓地のスキル・プリズナーの効果発動! このカードを除外し、地底のアラクネーを対象とする効果を無効とする!」

 

 バチンという音がして、空間に空いた穴の吸引が弾かれた。ビデオの逆回しのように穴が塞がっていく。

 

「スキル・プリズナーだと!? いつの間に墓地へ送った!?」アテナが驚愕の声を上げた。

「ゾンビキャリアの効果を使って、自己再生した時ね。その時に墓地に送られたデッキトップ。それ以外にタイミングがない」反面。咲夜は冷静に呟いた。

 

 にやりと笑うアラクネー。肯定の証だった。

 

「けど、このくらい想定内! あたしは、オーシャンを攻撃表示に変更し、ブラック・パンサーの効果発動! 漆黒のズムウォルトの名前と効果を得る!

 さらにブラック・レオのP効果! 一ターンに一度、相手モンスター一体の効果を、ターン終了時まで無効にする!」

「何……?」

 

 アラクネーの眉が顰められた。攻撃に対して無類の強さを誇る漆黒のズムウォルトも、効果を無効にしてしまえば突破できる。

 ブラック・レオの相貌が金色の輝きを放った。次の瞬間、漆黒のズムウォルトの身体が停止、投影されたカードの画像から色が消えた。

 

「まだよ! ミラクル・フォーリナーの第二の効果発動! 一ターンに一度、手札かデッキからE・HERO ネオス一体を特殊召喚できる! おいで、ネオス!」

 

 再び現れる咲夜のデッキのエースモンスター。拳を握り締め、雄々しく声を上げた。

 

「準備は整ったな。では、反撃だ、咲夜!」

「勿論! バトル突入! まずは漆黒のズムウォルトの効果をコピーしたブラック・パンサーで地底のアラクネーを攻撃!」

 

 攻撃命令を受けたブラック・パンサーが咆哮を上げて跳躍する。一瞬にして地底のアラクネーとの距離を詰めた。

 

「ブラック・パンサーの効果発動! 攻撃力を地底のアラクネーと同じにする! さらにでは破壊されない!」

「だがこちらも、地底のアラクネーの効果発動だ! 装備状態のエアーマンを身代わりに、破壊を防ぐ!」

 

 互いの攻撃が互いを弾き合い、両者は元の位置に戻った。引き分け。どちらのモンスターも破壊されず、健在だった。

 

「でも、これで地底のアラクネーに盾はない。追撃よ! グラン・ネオスで地底のアラクネーに攻撃!」

 

 もう地底のアラクネーに盾はない。グラン・ネオスがドリルを高速で回転させながら肉薄する。地底のアラクネーは抵抗の意思を示したが、それが形になる前に轟音を上げたドリルに貫かれた。

 

「チィ……! 大樹海の効果でセイバー・ビートルを手札に加える!」

「ミラクル・フォーリナーで漆黒のズムウォルトを攻撃!」

 

 銀色の発光体が、右手をかざした。次の瞬間には無数の光の矢が雨となって降り注ぐ。漆黒のズムウォルトは全身を光の驟雨(しゅうう)に貫かれ、ボロ雑巾みたいになって消滅した。

 

「ネオスでダイレクトアタック!」

 

 アラクネーが吠える。

 

「調子に乗るなぁ! G・ボールパークの効果発動! 戦闘ダメージを0にし、デッキからG戦隊 シャインブラックを墓地に送る! そしてこの瞬間、G・ボールパークの更なる効果! 墓地、およびデッキのシャインブラックを全て、特殊召喚する! 出でよ三体のシャインブラック!」

 

 次々に現れる黒光りする体を持つ人型モンスター。ただし、人型で、しかも戦隊もののような子供受けしそうな外見でありながらその姿は家庭の片隅に出現する黒い()()()を連想させる。

 

「う……」咲夜が悲鳴を押し殺す。(かぶり)を振るって頭に思い浮かんだ黒い影を振り払う。

「気を取り直すわ。カードを一枚伏せて、ターン終了。この瞬間、グラン・ネオスは自身のデメリット効果によってEXデッキに戻るけど、ここで、ミラクル・フォーリナーの第三の効果発動! あたしのフィールドのネオス融合体が、自身の効果でEXデッキに戻った時、デッキからE・HERO ネオス一体を特殊召喚できる! おいで、二体目のネオス!」

「後続を呼び込むか。だがそれは私も同じ! 貴様のターン終了時に、リバーストラップ、戦線復帰発動! 蘇れ、地底のアラクネー!」

 

 再び現れる、アラクネーの憎悪の象徴的モンスター。殴り合いで競り負けても、アラクネーの憎悪の炎は消えない。どころか、より一層激しく燃え上がるのみだ。

 

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

N・ミラクル・フォーリナー 光属性 ☆6 戦士族:融合

ATK2100 DEF1400

属性の違う自分のフィールド、または手札のモンスター2体

このカード名の(1)と(2)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):このカードの融合召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「N」モンスター1体を手札に加えるか、自分フィールドに特殊召喚する。(2):1ターンに1度、手札かデッキから「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚できる。(3):自分フィールドの「E・HERO ネオス」を融合素材とするモンスターがエクストラデッキに戻った場合に発動できる。デッキから「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。

 

A・N ブラック・レオ 闇属性 ☆4 獣族:ペンデュラム

ATK1500 DEF1200

Pスケール:赤2/青2

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・ブラック・パンサー」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

A・N・オーシャン・ホエール 水属性 ☆4 戦士族:ペンデュラム

ATK1300 DEF1500

Pスケール:赤2/青2

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分の墓地の「N」モンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを効果を無効にした状態で特殊召喚する。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・アクア・ドルフィン」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

N・ブラック・パンサー 闇属性 ☆3 獣族:効果

ATK1000 DEF500

1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

 

終焉の地:速攻魔法

相手がモンスターの特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。自分のデッキからフィールド魔法カード1枚を選択して発動する。

 

G・ボールパーク:フィールド魔法

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):ダメージ計算時に発動できる。その戦闘で発生するお互いの戦闘ダメージを0にし、自分のデッキからレベル4以下の昆虫族モンスター1体を墓地へ送る。この効果で通常モンスターが墓地へ送られた場合、さらにその同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から任意の数だけ選んで特殊召喚できる。(2):自分フィールドのモンスターが相手の効果で墓地へ送られた場合に発動できる。自分の墓地から昆虫族の通常モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

N・グラン・モール 地属性 ☆3 岩石族:効果

ATK900 DEF300

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時に発動できる。その相手モンスターとこのカードを持ち主の手札に戻す。

 

スペーシア・ギフト:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する「N」と名のついたモンスター1種類につき、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

スキル・プリズナー:通常罠

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

G戦隊シャインブラック 地属性 ☆4 昆虫族:通常モンスター

ATK2000 DEF0

 

 

咲夜LP5400手札1枚

アラクネLP3700→3100→3000手札3枚

 

 

「私のターンだ、ドロー! まずはサイクロン発動! Pゾーンのブラック・レオを破壊!」

 

 アラクネーの表情が喜悦に歪む。彼女は、先ほどの咲夜のターンを耐えた。耐えたのだ。否、耐えたというならば最初からだ。

 殴られる屈辱、攻め込まれる憤怒。それらを抑え、今まで(さなぎ)の中の虫けらのようにずっと、このターンを待っていた。

 

「見せてやるぞ、アテナ。その従僕よ! これが、私の怒りだ! 私の怨嗟だ! 二体のシャインブラックをリリース! 来たれ地に縛られし哀れな邪神! 地縛神Uru!」

 

 二体のモンスターが黒い光の粒子となって消滅する。

 砕かれるように消えていく二体のモンスター。その残骸を踏みしめるように、巨大な足が出現した。

 見上げんばかりのとてつもない巨体を持つ節足。数は八。それらが支えるのは天を覆わんばかりの巨躯。

 蜘蛛だった。蜘蛛の形をした超巨大モンスター。いくつも並ぶ、血を凝縮したような瞳がぎょろぎょろと周囲を睥睨する。

 

「なに、これ……?」

 

 召喚されたモンスターに異様な気配を感じ、咲夜は思わず呟いた。彼女の反応を見て気をよくしたのか、アラクネーがにんまりと笑った。

 

「これが、貴様らを抹殺するための、私の切り札! ゾディアックの力を持って回収された、闇のカードよ! その力を見るがいい! 地縛神 Uruの効果発動! 残るシャインブラックをリリースし、ターン終了時まで、E・HERO ネオスのコントロールを得る!」

「コントロール奪取……!?」

「精神的にきついだろう? 何しろ貴様は、かつてアレスとエリスの二柱によって追い詰められ、ついにはネオスを奪われた! 止めを刺される寸前だったのだからなぁ!」

 

 和輝と咲夜が始め出会った時のデュエルのことだ。そんなことまでリサーチ済みという事実に、和輝は軽く戦慄し、咲夜も無言で下唇をかんだ。

 そんな人間たちの眼前で、Uruの口から放たれた無数の糸がネオスの一体の全身に絡みついた。

 粘つく糸はネオスの関節部にしっかりと絡みつき、マリオネットの操り糸のように陣営を咲夜からアラクネーへと変更してしまった。

 だがまだ終わらない。なぜなら、コントロールを奪えるモンスターは、もう一体いるからだ。

 

「地底のアラクネーを攻撃表示に変更、そして効果発動。二体目のネオスを地底のアラクネーに装備!」

 

 再び蜘蛛の糸がネオスを捕え、盾とする。

 

「これで貴様が頼るモンスターは全て排除した。残るはミラクル・フォーリナーとオーシャン、ブラック・パンサーのみ。儚い壁にすぎぬ。まずは闇のカードの力をその身で味わえ! バトル! 地縛神 Uruでダイレクトアタック!」

「え!?」

 

 驚愕に目を見開く咲夜。だが攻撃宣言は受諾された。地縛神は壁モンスターを無視し、その巨体を動かし始めた。

 

「攻撃力3000のダイレクトアタッカーだと!? くっ。避けろ咲夜!」

 

 アテナの声が飛ぶ。だが無駄だ。いかにバトルフィールド内ならば身体能力が向上していようとも、そもそもの大きさ、攻撃範囲が違いすぎる。Uruの前肢のうち、右前方の足が動く。

 轟音。超広範囲の薙ぎ払いを前に、人間が二本の足で逃げることはできない。

 背後の街並みさえも文字通り薙ぎ倒し、死神の鎌のような一撃が咲夜に迫った。

 

「咲夜さん!」

 

 ロキに連れられて回避した和輝は、思わず叫んでいた。咲夜はその声に反応することもできず、全身を丸めた。

 直後、Uruの一撃が直撃した。

 咲夜の身体がボールみたいに跳ね、宙を舞う。悲鳴はない。彼女が押し殺した。

 地面に激突、ゴロゴロと二転、三転して止まった。

 

「咲夜さん!」

 

 駆けだす和輝。すでにデュエルディスクは起動している。神々の戦争のルール通り、アラクネーのターン終了時に乱入しようと決めた。

 その肩に、ロキの手がかけられた。

 

「待ちなよ、和輝」

「ロキ!?」

 

 咎めるような視線を向ける和輝に、ロキは苦笑。そして告げた。

 

「駄目だよ。これはアテナと、彼女の契約者が決着をつけなければならない戦いだ。ボクたちは、この一戦に関しては徹頭徹尾、部外者で、傍観者なんだ。見届けることしかできないし、してはならない。神話から続く恨みを受け止め、禊ぐのは、彼女たちの役目だ」

「その通りだ、少年」

 

 半透明のアテナが言った。腕を組んでいるが、反対の腕を握っている手指には力が籠りすぎていて白く変色している。

 アテナも耐えているのだ。傷つくパートナーを前に、何もできない子供の自分を自覚して。

 

「それに、この程度で倒れるような弱い人間を、私はパートナーにした覚えはない。そうだろう、咲夜?」

「…………その通り、よ」

 

 体をがたつかせながら、それでも咲夜は立ち上がった。胸の宝珠も傷一つついておらず、今も桃色の輝きを誇らしげにさらしている。

 

「このくらい……、何でもないわ」

 

 そう、どうってことない。アテナと一人、一柱、頼れる物のなかった孤独な毎夜に比べれば。そして、その闇から救い出してくれた男の子が見ている前で無様な姿は見せられない。

 それこそ、女がすたるというものだ。

 立ち上がる咲夜を見たアラクネーが不快気に鼻を鳴らした。

 

「ならば、貴様の手駒を徹底的に叩き潰すのみ。アラクネーでオーシャンを、ネオスでミラクル・フォーリナーを攻撃!」

 

 続行されるバトル。破壊される二体のモンスター。これで残るはブラック・パンサーのみ。実に心もとない状況だ。

 

「バトル終了。メインフェイズ2で、馬の骨の対価を発動! ネオスをリリースし、二枚ドロー! 永続魔法、フィールドバリアを発動し、ターンエンドだ!」

「あなたのターン終了時に、あたしは伏せていたリターン・オブ・ネオスを発動! 墓地のネオスを特殊召喚し、二枚ドロー!」

 

 咲夜の瞳に諦めの色はない。故に、彼女が頼りとするE・HERO ネオス(相棒)もまた、不屈の闘志で立ち上がるのだ。何度倒れても。

 

 

サイクロン:速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

地縛神 Uru 闇属性 ☆10 昆虫族:効果

ATK3000 DEF3000

「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上のモンスター1体をリリースする事で、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までコントロールを得る。

 

馬の骨の対価:通常魔法

効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

フィールドバリア:永続魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、お互いにフィールド魔法カードを破壊できず、フィールド魔法カードの発動もできない。「フィールドバリア」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

リターン・オブ・ネオス:通常罠

「リターン・オブ・ネオス」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分の墓地の「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。その後、カードを2枚ドローする。

 

 

咲夜LP5400→2400→2000→1000手札3枚

アラクネLP3100手札1枚

 

「ぐ、く……。とはいえ、ちょっときついわね……」

 

 気丈にも立ち上がった咲夜だったが、やはり体に受けたダメージは大きい。ふらつきながら、それでも歯を食いしばって立ち続ける。

 その様を、アラクネーが嘲笑う。

 

「苦しいか? これが神話の時代から続く我が怨嗟の集大成よ。アテナに対する憎悪の顕現よ! 小娘、貴様もまた、アテナの従僕だというならば同罪! 惨たらしく殺してくれる!」

 

 アラクネーの全身から憎悪が発散される。それを受けて、アテナはなおも毅然と跳ねのけた。

 

「何度も言わせるな。貴様は貴様の増長を抑制できなかった。その姿は、私の力によって変化したが、()()なったのは貴様の傲慢故。どれほど織物の腕が素晴らしかろうと、その心根が濁っていては意味がない。そのことに、なぜ気づかなかった」

「黙れぇ! 神々さえも凌ぐこの腕、それを誇って何が悪い!」

「何も悪くはない。本来ならそうだったんだ。だが、全ては貴様自身が招いたこと。あの時代、主神への侮辱、冒涜がどういう意味を持っているのか、知らぬわけでもなかろうに」

 

 最後のアテナの声音には、かすかに憐みの情が含まれていた。

 

「それがなんだというのだ!」

 

 だがアラクネーの憎悪は薄れない。

 

「神々の論理を人に押し付けるな! 私は――――」

「もう、いいわ」

 

 静かな声で、咲夜はアラクネーの罵倒を遮った。軽く(かぶり)を振ってアラクネーを見据える。悲しみと、哀れみが宿った瞳だった。

 アラクネーがたじろいだ。「なんだ……その目は……」

 

「あなたの過去は、人間の立場からすればひどいものだと思うわ。でも、さっきも言ったけれど、()()()()()()()()()()()()。それが今からあなたを倒す理由。それともう一つ」

 

 咲夜は右手の人差し指を立てて、その後その指先をアラクネーに向けて突き付けた。

 

「怪物になり果てて、人間を害する以外に何もできなくなってしまったあなたを、これ以上野放しにできないからよ。人間だったころのあなたのためにも」

 

 ちらりと、アラクネーと、彼女が誇る地縛神 Uruを見る。

 

「あなたの憎悪を満たしたモンスター。そいつを倒して、怨念を断ち切ってみせる! あたしのターン、ドロー!」

 

 

「意気込みはいいけれど、どうするんだろう?」

 

 デュエルを観戦しているロキがそう言った。

 

「地縛神 Uru、あれは相当厄介なモンスターだね。今は地底のアラクネーがいるから、そちらを殴れるけれど、このままじゃあ攻撃もままならない。何しろ地縛神は攻撃できないモンスターだ。もしもアラクネーのモンスターがUruの身になった場合、国守さんは攻撃できない。おまけに、フィールド魔法を破壊すれば自壊する弱点も、フィールドバリアで補強済みときたもんだ」

「それは心配ない」

 

 傍らに和輝が口を挟んだ。彼は迷いのない瞳で咲夜を見つめ、

 

「咲夜さんのフィールドにはネオスとブラック・パンサーがいる。あの二体をコンタクト融合すれば、相手モンスターの効果を無効にできるブラック・ネオスが出せる」

「へぇ。つまり殴ることはできるわけだ。じゃあ、後はいかにしてこのターンで決着をつけるかだね。どの道Uruを何とかできるターンはここしかない」

 

 もしもUruを除去できないままターンを明け渡せば、ダイレクトアタックで咲夜のライフは0になる。決着をつけるならこのターンしかない。

 そんな彼らをよそに、咲夜はドローカードを確認していた。

 

 

「強欲で貪欲な壺発動! デッキトップから十枚を除外して、二枚ドロー!」

 

 来た。咲夜はそう言った。にこりと笑う。柔らかい、陽光のような笑み。どんな冷たい闇も払ってしまえそうな。

 

「行くわ! まずばニトロ・ユニットを地縛神 Uruに装備! そして、あたしのフィールドのE・HERO ネオスと、N・ブラック・パンサーでコンタクト融合!」

 

 咲夜が右手を勢いよく天へと振り上げた。次の瞬間、彼女のフィールドに残っていた二体のモンスターが一つに重なり合った。

 白い輝きが辺りを包み込んだ。

 

「異星の戦士よ、闇の力を受け、異能を剥がす宵闇の鎌となれ! コンタクト融合! 闇よ、帳を下ろせ。 E・HERO ブラック・ネオス!」

 

 光の中から、黒い影が現れた。

 ベースはネオス。色彩は白から黒へ。背には蝙蝠のような翼が一対生え、足の爪は鋭く、頭もまた、蝙蝠や、闇に生きる眷属を思わせる形状に変化していた。

 ばさりと翼で大気を一打ちし、闇のネオスが咲夜のフィールドに舞い降りた。

 

「ブラック・ネオス、効果発動! Uruの効果を無効にする!」

 

 ブラック・ネオスの眼光が鋭く光る。Uruが巨体を震わせた。投影されたカード画像から、見る見るうちに色が失せていった。

 

「く……。だがブラック・ネオスの攻撃力ではUruには届かん! そしてアラクネーを攻撃しても、一度だけならば守られる! 貴様のエースを犠牲にしてな!」

 

 アラクネーはそう吠えたが、虚勢だった。攻撃力が足りないからなんだというのだ。むしろそれでもUruを倒せる見込みがあるからこそ、咲夜はニトロ・ユニットをUruに装備したのではないのか?

 

「いいえ、その心配はいらないわ。なぜなら、このターンでUruを倒し、あなたのライフを0にする! その怨念を、ここで殺す! バトル! ブラック・ネオスで地縛神 Uruを攻撃!」

 

 運命の攻撃宣言が下る。翼をはばたかせて飛翔するブラック・ネオス。翻る翼がマントのように広がり、ブラック・ネオスの身体を包み込んだ。

 翼の先端が槍のように鋭く尖り、ドリルのように回転。一直線に地縛神Uruに向かっていく。

 

「ダメージステップに、手札のE・HERO オネスティ・ネオスの効果発動! このカードを捨てて、ブラック・ネオスの攻撃力を2500ポイントアップする!」

 

 ブラック・ネオスの勢いが増した。漆黒の翼が虹色に輝いた。

 ブラック・ネオスの一撃が地縛神Uruに激突する。激突の直後にUruの身体、頭部に埋没するブラック・ネオス。

 一瞬の沈黙。そして、Uruの背部が膨張、臨界点に達し、内側から破裂した。

 闇があふれ出る。

 豪雨にように降り注ぐ闇――地縛神 Uruの構成要素――を背後に、ブラック・ネオスが着地。地面を滑る。停止。一瞬後、轟音を上げて、Uruが爆発した。

 

「ぐ、く――――――! Gボールパークの効果発動! デッキから昆虫族を墓地に送り、戦闘ダメージを0にする!」

「無駄よ! これでダメージを0にできても、ニトロ・ユニットの効果が発動している!」

 

 咲夜がアラクネーに向けて指を突き付けた。決定的な出来事を告げる指。断罪の指を。

 

「あなたに、Uruの攻撃力分、3000ポイントのダメージを与える! そして、あなたの残りライフも丁度3000。これで終わりよ!」

 

 爆発の炎が意志もつ者ののごとき動きを見せ、八俣の蛇のようにアラクネーに向かって殺到。その身に食らいついた。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」

 

 アラクネーのライフが0になる。怪物になり果てた女の絶叫が響き渡った。

 

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

ニトロユニット:装備魔法

相手フィールド上モンスターにのみ装備可能。装備モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、装備モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

E・HERO ブラック・ネオス 闇属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・ブラック・パンサー」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、選択したモンスターの効果は無効化される(この効果で選択できるモンスターは1体まで)。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。

 

 

アラクネーLP0

 

 

「あ……ああ……」

 

 消えていくアラクネー。その怨念も、妄執も、全てここで消えていく。

 

「私の……不幸も……。私の……恨みも……。私の……怒りも……」

 

 消えてなくなっていく。

 

「アラクネー……」

 

 声が聞こえる。アラクネーは閉じかけてた瞼を上げた。その瞳が、咲夜を映した。

 咲夜は何も言わない。ただ、泣くのを我慢している子供のような表情をしていた。

 なぜそんな顔をしているのか分からない。だが、妙に心に残る。

 分からない。自分も昔は、あんな表情をしただろうか。

 ()()()()()()

 己を異形へと変えられて、身を焼くような怒りを燃やしていたアラクネーだったが、最期にその怨嗟の念を忘却し、崩れ落ちるように消えていった。

 

「覚悟していたけど、やっぱりちょっと後味悪いね」

 

 呟くような咲夜のセリフに答える声があった。アテナのものだ。

 

「すまん。咲夜。私の因縁に、お前をまたしても巻き込んでしまった」

「ん。いいのよ。あたしが好んで首を突っ込んだの。これは、あたしの意志」

 

 頷く咲夜の表情は、もう凛としたものに戻っている。そして和輝の方に向き直り、

 

「ごめんね、和輝君。なんかいろいろ言っていたけれど、結局あたしたちの事情に巻き込んじゃって」

「そんなことはない」

 

 和輝は首を横に振った。その心にあったもやもやは、完全に消えたわけではない。

 だが咲夜を見ていて思ったのだ。

 自分はもう、立ち位置を決めた。ならば――――

 

「後味の悪いもの、苦い心持ってのはこれからも得ていくんだと思う。けど、それを飲み込んで、なお戦うことはやめない。それでいいんだ、たぶん」

 

 微笑を浮かべる和輝。右手が自然、自身の左胸、心臓部に添えられる。

 これからも悩むかもしれない。後味の悪い苦みを得るかもしれない。

 けれどそれらを飲み干そう。そうして、前に進もう。辛いことを辛いままにして、傷だらけになっても。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話:お菓子の国

 一人になると、ふと、龍次(りゅうじ)の胸を言いようのない焦燥感が駆け巡る。

 焦り。今の自分のレベルがどれくらいなのか、このレベルで、()()()に届くのか。

 分からない。分からないことが多すぎて、じっとしていたくない。

 けれど、動けば動くほど、胸を()がす焦りは消えない。

 

「これで終わりだ。H-C(ヒロイックチャンピオン) エクスカリバーでダイレクトアタック!」

 

 止めの一撃。赤き鎧の剣士が聖剣を振り下ろす。

 袈裟懸けの一撃が相手に叩き込まれ、そのライフを奪いとる。

 龍次の勝利。DPが手に入る。

 それでも心の暗雲は晴れない。

 

「次は誰だ!? 俺に勝てると思っている奴は、かかってこい!」

 

 周囲、観戦していたジェネックス杯参加者に向かって叫ぶ。何人かがしり込みし、何人かが挑発に乗って手を挙げた。

 

「よーし、どんどん来い! 俺に、勝ってみせろ!」

 

 周りの面々がデュエルディスクを起動させる。最初に血気にはやった青年が手を挙げた。

 

 

 昼を回り、午後三時。途中食事休憩を挟んだ龍次は、ようやくひと段落し、自動販売機で買った飲み物を飲んでいた。

 

「お疲れ様です、龍次」

 

 龍次の傍ら、男性が現れた。

 腰まで伸びた銀髪、赤い髪飾り、白い肌、蒼氷色(アイスブルー)の瞳、抑え目な柄の着流しは夏の季節に合っているかもしれないが昼間ではやはり奇異に映る。

 龍次と契約を交わした神、日本神話に名を刻む神格、伊邪那岐(いざなぎ)だ。

 

「おう。だが、どいつもこいつもてんで歯ごたえがないぜ。これじゃあ――――」

伊邪那美(いざなみ)には敵わない、ですか?」

 

 龍次の言葉を継いで、伊邪那岐はそう告げた。言われた龍次は沈黙。それが何よりも雄弁に彼の心中を肯定していた。

 伊邪那美。伊邪那岐の妻にして、龍次の恋人、山吹茜(やまぶきあかね)を死者のような状態にし、操り人形としている、龍次にとって許すことのできない敵。

 かつて龍次と伊邪那岐は伊邪那美と対峙し、そして敗れ去った。

 あれから、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)の許で修行に励み、カードも新しく手に入れ、デッキも強化した。

 強くなっているはずだ。だが、あの日の敗北は、思った以上に龍次に傷をつけていた。

 しかし龍次もまたタフな男だ。打ちのめされたのならば、そこから立ち上がればいい。打ち付けられた鋼が、そのたびに鍛えられ、やがて名刀と成るように。

 

「そう、だな。確かに俺はまだまだだ、だが―――――」

 

 龍次は一枚のカードを取り出した。黒いカード枠。エクシーズモンスター。

 No.39 希望皇ホープ。

 

「希望がある限り、俺は諦めない」

 

 龍次の誓い、その宣言。それを聞き、伊邪那岐は口元だけに笑みを浮かべた。誇らしげな笑みを。

 

「ん?」

 

 と、龍次が何かに気づいた。伊邪那岐が彼の視線を追ってみると、そこは一枚のポスターが貼ってあった。

 

「これは――――」

 

 伊邪那岐も龍次の隣に立ってポスターを見てみる。ポスターにはこう書いてあった。

 

 アリエティス・ターナープロによる、お菓子デュエル教室開催中! ジェネックス期間中、ジェネックス杯参加者ならば誰でも参加OK!

 

 ほかにも飾り立ての文言があったが要約すればこんなものだった。

 

 アリエティス・ターナー。その名前に、龍次は覚えがあった。

 元Bランクプロ。現在はCランク。ただそれは実力不足ゆえの降格ではなく、プライベートな理由だ。

 結婚し、第一子を授かり、出産。そのための産休と育児休暇に入ったため、プロの第一線から離れていたのだ。

 今年に入って復帰した。ランクは下がったがブランクを感じさせない実力故に最低ランクのEランクからCランクまで駆け上がる。

 残念ながらBランクに手が届こうかという試合で負けてしまったので、いまだにCランカーだが、Bランク入りは確実視されている。

 龍次は知らないが、この時の対戦相手が咲夜(さくや)だった。

 アレス、エレスの両神に追い詰められていた咲夜とアテナが和輝(かずき)と出会い、共に協力して敵を打倒した。

 疑心暗鬼に凝り固まっていた咲夜たちの心が氷解し、スランプを脱出した咲夜に敗れ、いまだCランクにいる。

 だが実力は間違いなくBランク。ここのところのリーグデュエルと、このジェネックス杯で、勘は完全に取り戻しているはずだ。

 

「よし、行ってみようぜ」

 

 プロとのデュエルの機会など、アマチュアの龍次にあるものではない。こういう機会は利用するべきだ。

 そんな時、龍次のスマホが着信を告げた。

 

「ん?」

 

 電話の主はフレデリック。そう言えば、集合時に連絡が取りやすいよう、あの場にいたメンバーと番号を交換したのだった。

 

「もしもし?」

『アリエティス・ターナープロのところに行くのだね?』

 

 何の前振りもなく、いきなり本題。龍次の眉根が寄った。

 

「なんでわかる?」

『私が契約した神はヘイムダルだ。ヘイムダルと言えば千里眼。このジェネックス杯開催地、そこで私に把握できないことはごく少ないよ』

「覗き屋め」

『探偵には必須事項だ。さて、話を続けよう。アリエティス・ターナープロ。彼女は間違いなく、ティターン神族のいずれかと契約を交わしている』

 

 スマホを握る龍次の手に力がこもった。

 ティターン神族。このジェネックス杯の黒幕、神々の戦争の参加者の、目下最大の敵。

 その一員と、ついにまみえることができるのか。

 

『ゾディアック傘下のプロ、そして社長の射手矢(いでや)子飼いのデュエリストたち。彼らのどれかとティターン神族が契約を結んでいるのは確実だ』

「だろうな。プロを使えるならそう簡単に負けることはあるまいよ」

 龍次の心臓の音が大きくなる。

 戦え、ここで退くな。

 

「行くぜ、俺は」

『止はしない。作戦通りでもあるしね。健闘を祈る』

 

 そこで通話終了。龍次はジェネックス杯開催直後、各々がバラバラに行動する前に、フレデリックから告げられた今大会の方針を思い出していた。

 

 

 フレデリックは言った。

 射手矢弦十郎はまず間違いなく、ゾディアック本社内にいると。

 だが直接そこに攻撃を仕掛けるのは得策ではないとも言った。

 クロノスを除く十一のティターン神族。そして正確な数を測れないギリシャ神話の魔物、悪霊たち。彼らを一度に相手にするのは避けたい。

 そこでゾディアックに乗り込むのは最終三日目とする。 

 それまでの二日間はあえて個人個人で動き、各個撃破できると敵に思わせる。

 そうして敵の戦力を分散し、迎撃。できればティターン神族の数も削っておきたい。

 それがフレデリックの方針で、皆が了承したことだった。 

 

 

 ともあれ方針は決まった。一人と一柱はポスターに書かれている地図の住所に向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 深層七度の記録を再生。

 スポンサーに呼び出されて、彼女は緊張した面持ちで現れた。

 我らが主、その契約者が言葉を紡ぐ。彼女の表情に困惑が浮かんだ。

 荒唐無稽な話を聞かされたからだ。しかし証拠をこれ以上ない形で提示されて、今度は言葉を失った。

 わかることは、彼女は命がけの戦いには向かないこと。

 しかし運命は彼女を戦いに導いた。

 己と波長が合った、契約を交わせる。その人間の中で、彼女の実力は最高だった。

 契約を交わす。彼女に選択肢はない。戦いに向いていないなら、向いているように改造する。

 彼女の姿を記憶に留めておくことにした。そうすることで、彼女がいかように変わり果てても問題ないように。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「うおぉ……」

 

 眼前の光景を見て、龍次は思わず呻き声を出していた。

 死屍累々。そう表現するのがふさわしい。

 龍次たちはポスターの住所へと向かった。そこはアリエティス・ターナーが個人で経営している店。そこを中心にすでにバトルフィールドが展開されていることを伊邪那岐から聞いた龍次は、すぐにフィールド内に入った。

 目の前に広がっていたのは、デュエルディスクを装着した多くの人――ジェネックス杯の参加者たち――が倒れ伏している様子だった。

 ざっと見て二十人は超えている。一応、生きているようだが、みんなピクリとも動かない。

 

「おい、しっかりしろ! 誰にやられたんだ!」

 

 手近な一人に走り寄って抱き起こす。呻き声が返ってくるだけで何も聞き出せなかった。

 

「あ、また新しいお客さんね」

 

 明るい声が目の前に店から聞こえて生きた。店の扉が開かれる。

 

「いらっしゃい」

 

 明るい声。この状況を考えれば異常でしかない。

 現れたのは女。

 はねた茶色の髪、緑の瞳、白いパティシエ服。表情に浮かんでいるのは活発な笑み。龍次の来訪を心から歓迎しているパティシエのもの。

 龍次は彼女のことを知っている。面識はないが、雑誌などでその顔を見たことがあった。

 Cランクプロ、アリエティス・ターナー。

 フレデリックの情報は正しかった。バトルフィールドの中にいて、しかもこの惨状に眉一つ動かしていない。

 彼女は敵だ。しかも、笑みさえ浮かべているのは、洗脳されている証拠か。

 

「お菓子食べる? それとも、先にデュエルかな? うーん……悩むわね」

 

 腕を組んで首をかしげ、考え込む仕草をするアリエティス。場にあまりにもそぐわない仕草に、龍次の声が上ずった。

 

「こ、こんなことをして! 何のんきなこと言ってんだ!」

「え? こんなことって、なんのこと? なんかあったのかな?」

 

 不思議そうに小首をかしげて、アリエティスは周囲を見渡した。周囲に倒れ伏す者たちが、見えないはずがない。

 

「何とぼけてんだ! ここに! これだけの人が倒れてるのに、見えないわけないだろ!」

「えっと、誰が倒れてるの?」

 

 龍次の頬を汗が伝い落ちた。

 会話が噛み合っていない。そして確信できる。アリエティスは間違いなく、周囲に転がってる人のことを見えていない。

 傍らの伊邪那岐が、険しい表情で告げる。

 

「彼らは神々の戦争の参加者ではない。ただの一般人です無理矢理バトルフィールド内に引きずり込んで、デュエルを行ったのでしょう。我々と同じ、実際にダメージを受ける、神々の戦争を……」

「なんでそんなことを……」

「それは、君たちが記憶する必要のないものだ」

 

 疑問を浮かべる龍次の耳朶を、新しい声が叩いた。

 アリエティスの背後。その空間から、滲み出るように異形のシルエットが浮かび上がった。即ち、神。

 シルエットが実体化する。

 女神だった。ただし、伊邪那岐などに比べると、その姿はだいぶ人間から離れている。

 美しい顔つき、銀色の肌、金色の髪、六本の腕、その身を包む、袖のない白いローブ、青と赤に色分けされた四つの瞳。下の二つが青、上の二つが赤。

 四つの眼差しが、龍次を見つめる。

 

「記憶せよ。私の名はムネモシュネ。ティターン神族の一柱。つまり、お前たちの敵だ。記憶するのは、それだけでいい」

 

 ムネモシュネ。ギリシャ神話に登場するティターン神族。その名が意味するものは「記憶」。

 

「私は過去を記録する、現在を記憶する。そして、未来に向けて書き綴る」

 

 どこからともなく、ムネモシュネの真ん中の手元に紙とペンが出現した。上腕と下腕をたらした状態で、ムネモシュネはさらさらと何かを紙に書き連ねた。

 

「記録している。風間龍次、伊邪那岐。その容姿を記憶した。そしてこの時点で、これ以上問答を続ける必要はない。アリエティス」

 

 ムネモシュネが、ニコニコ笑みを浮かべているだけのアリエティスに向かってデュエルディスクを放り投げた。アリエティスがそれを受け取った。

 

「あ、先にデュエルか。オッケー。それじゃあ始めましょうか」

「…………」無言の龍次。アリエティスの状態を観察し、苦いものを飲み込んだように顔を歪ませた。

「ムネモシュネ! 申し訳ありませんが、場所を移動しても構いませんか?」

 

 伊邪那岐が申し出た。確かにその通りだった。ここで戦っては倒れている人たちに被害が出る。彼らをこの場から避難させる手段がない以上、こちらが移動するしかない。

 

「いいよー。じゃ、移動しよっか」

 

 そして、二人の人間と二柱の神は場所を移動した。

 少し歩いて、周りに倒れている人のいない場所にたどり着いた。

 大通りの先にある広場。噴水のあるその場所は、人々の憩いの場だったのかもしれない。

 今は誰もいない。バトルフィールド内で、噴水だけが常と変わらず水を噴き出していた。

 ここならば誰も巻き込まない。

 龍次の胸元に、銀灰色の輝きが生まれた。宝珠の輝きだ。アリエティスの胸元にも宝珠が出現したが、その色は透明。神格ではあっても、正規の参加者ではないためか。

 一拍の沈黙が通り過ぎ、そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 ティターン神族との初激突の幕が上がった。

 

 

龍次LP8000手札5枚

アリエティスLP8000手札5枚

 

 

「わたしの先攻ね。どれにしよっかなー」

 

 一児の母とは思えぬ気軽さで、アリエティスは己の手札五枚を眺めた。そこにはデュエルを楽しむという感情以外は見当たらない。とても、多くの参加者をその手にかけているとは思えない。

 

(やっぱ……、洗脳されてんのかな……)

 

 龍次の胸の内を疑念が駆ける。だとすれば、このデュエルは余計に負けられない。何としても勝って、アリエティスの洗脳を解除しなければ――――。

 

「これに決めたわ。マドルチェ・マジョレーヌ召喚!」

 

 現れたのは、可愛らしい外見の小さな魔女。リボンのついた、ちょっとよれた三角帽子の位置を直し、箒の代わりに巨大なフォークをもち、リボンが多めについた魔女服のスカートを翻して登場。その際にフォークの重さに引っ張られてよろけてしまい、帽子の位置がまたずれてしまったのはご愛敬か。

 

「マドルチェ・マジョレーヌの効果発動よ! デッキから、マドルチェ・エンジェリーを手札に加えるわ。それから、マドルチェ・チケットを発動して、カードを一枚伏せる。ターンエンド!」

 

 

マドルチェ・マジョレーヌ 地属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1400 DEF1200

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが召喚・反転召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

マドルチェ・チケット:永続魔法

自分のフィールド上・墓地の「マドルチェ」と名のついたカードがカードの効果によって自分の手札・デッキに戻った時、デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を手札に加える。自分フィールド上に「マドルチェ」と名のついた天使族モンスターが存在する場合、手札に加えず表側攻撃表示で特殊召喚する事もできる。「マドルチェ・チケット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「龍次、今の状況ならば、バックを気にしないならば――――」

「思いっきり攻め入れるってことだな。相手フィールドにのみモンスターが存在するため、手札から、H・C(ヒロイックチャレンジャー) 強襲のハルベルトを特殊召喚! さらにH・C サウザンド・ブレードを召喚!」

 

 龍次のフィールドに、二体のモンスターが現れる。

 紫色をしたバトルアーマーにハルバードを振り回す戦士――強襲のハルベルト――と、背中にいくつもの武器を背負った僧兵風の戦士――サウザンド・ブレード――。龍次のデッキの切り込み隊長と、展開の(かなめ)だった。

 さらにと、龍次は右手を開いて天へと突き上げた。

 

「H・C 強襲のハルベルトと、H・C サウザンド・ブレードでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の頭上、そこに、渦巻く銀河のような空間が展開し、そこに、二体のヒロイックモンスターが黄色い光となって飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「刃の下に、心あり。闇に紛れ、疾風(はやて)となって敵を討て! 機甲忍者ブレード・ハート!」

 

 爆発の向こうから飛び出す影。正体は忍者。

 闇を思わせる紫のバトルアーマーに身を包んだサイバー風の忍者。腰を低くし、両手に握りしめた太刀を構える。

 

「ブレードハードの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、このカードに二回攻撃を付与する! バトルだ! ブレード・ハートでマドルチェ・マジョレーヌを攻撃!」

 

 龍次の攻撃宣言が下った瞬間、ブレード・ハートの姿が霞のように消滅。目にもとまらぬ速さでマドルチェ・マジョレーヌに詰め寄ったブレード・ハートは、手にした二振りの刀を一閃。お菓子の魔女を切り捨てた。

 

「くぅ……! だけどマドルチェ・マジョレーヌは破壊された時、墓地ではなくデッキに戻る! そしてこの瞬間、マドルチェ・チケットの効果発動! デッキから、マドルチェ・ミィルフィーヤを手札に加えるわ!」

「しかし、これで守りは消えました!」

「つまり、攻めるだけだ! ブレード・ハートでダイレクトアタック!」

 

 二回目の攻撃。天高く飛翔したブレード・ハート。急降下からの一閃がアリエティスに叩き込まれた。

 

「きゃあ!」

 

 軽々しく吹っ飛ぶアリエティスの身体。背中から落下し、そのまま滑って止まった。

 

「も、モロだと!?」

 

 狼狽する龍次。アリエティスは何の防御行動もとらなかった。これが実体化したダメージではなく、正真正銘、ただの立体映像(ソリッドビジョン)であるかのように、無防備だった。

 

「ど、どういうことだ!?」

「あいたたた……やるわね」

 

 幸いにも、というべきか。アリエティスはすぐに起き上がった。その背後に、濃度を増したムネモシュネが現れた。

 

「何も問題はない。アリエティスは、ダメージを記憶する必要はない」

 

 冷厳な声。ムネモシュネの腕が、アリエティスの身体を軽く撫でた。

 するとどうだ。彼女の服の汚れは幻の様に消え去り、微かにできていた擦り傷もまた、消えていた。

 

「これは……」

「アリエティスの身体から傷の記憶を消した。それだけのこと」

「やはり……」苦い表情の伊邪那岐。「ムネモシュネ、彼女を洗脳しましたね。具体的には、記憶や認識を操作している」

 

 伊邪那岐がムネモシュネを弾劾するように指を突き付けた。

 

「君はパートナーから戦いに関する認識を変えた。傷の記憶を、痛みの記憶を抽出し、周辺建造物の記録を操作し、彼女の周りには何の異常もないように、彼女の脳と肉体の記憶を改竄(かいざん)した。彼女の、神々の戦争の場にいるにはあまりにも似つかわしくない陽気さも、そのせいですね?」

「その通りだ。アリエティスには戦いの記憶など必要ない。無論、今この瞬間の、己の根底を揺るがす会話の記憶も」

 

 ムネモシュネは、そっとアリエティスに寄り添った。上腕が彼女の耳を抑える。

 

「この耳は対戦者の悲鳴を記憶する必要はない」

 

 真ん中の腕が目を塞いだ。

 

「この目は相手の惨状を記憶する必要はない」

 

 下腕が肌に手を当てた。

 

「この肌は自身の痛みを記憶する必要はない」

 

 ムネモシュネがアリエティスの目と耳を塞いでいた手を離した。六本の手を使い、アリエティスを後ろから抱きすくめた。

 

「アリエティスは、一切の闘争を記憶することはない。ただ、彼女は夫を、子を慈しみ、多くの名も知らぬ誰かのために、甘い菓子を作る。それでいい。それ以外の、余計な記憶など必要ない」

 

 ムネモシュネの、確信に満ちた声音に、龍次は不快気に舌打ちしたが、伊邪那岐は特に反応することはなく、ただ龍次にターンを進めることを促した。

 

「バトルは終了だ。カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

 

H・C 強襲のハルベルト 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF200

(1):相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。(3):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。デッキから「ヒロイック」カード1枚を手札に加える。

 

H・C サウザンド・ブレード 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

「H・C サウザンド・ブレード」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、手札から「ヒロイック」カード1枚を捨てて発動できる。デッキから「ヒロイック」モンスター1体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「ヒロイック」モンスターしか特殊召喚できない。(2):このカードが墓地に存在し、戦闘・効果で自分がダメージを受けた時に発動できる。このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚する。

 

機甲忍者ブレード・ハート 風属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2200 DEF1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 

機甲忍者ブレード・ハートORU×1

 

 

龍次LP8000手札2枚

アリエティスLP8000→7200→5000手札5枚

 

「それじゃあ、わたしのターンね、ドロー!」

 

 先のターン、龍次はダイレクトアタックを決め、アリエティスに大きなダメージを与えた。戦況は龍次に傾いているといえるかもしれないが、油断はできない。プロならこの程度は逆境とさえ言えないだろう。

 

「じゃあ、これね! マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚! 効果で、マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚よ!」

 

 アリエティスのフィールドに新たなモンスターが現れる。

 一体目はミルフィーユのクッションの上に乗っかった、ピンクの毛並みをした可愛らしい猫。眠たげに目をこすり、ちょっとあくびをする。その猫に誘われて現れたのは、少女の姿をした天使。

 足元まで届く茶色の髪、白のドレス姿。笑顔を浮かべて、周囲に向かって手を振っている。

 

「ここで、マドルチェ・エンジェリーの効果発動よ! この子自身をリリースして、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚するわ!」

 

 手を振りながら消えていくマドルチェ・エンジェリー。代わりに現れたのは、頭にホットケーキ型の帽子をかぶった大きなフクロウ。両翼を広げ、燕尾服を身に纏ってホー、ホーと鳴いている。

 

「マドルチェ・ホーットケーキの効果発動! 墓地のマドルチェ・エンジェリーを除外して、デッキからマドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚! おいで、メッセンジェラート!」

 

 ばさりとマントを翻して現れたのは、緑のポストマン衣装に緑の帽子、手紙の入った大きなカバンを肩から掛けた少年郵便屋。青い髪をかき上げて、忙しそうにはせ参じる。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートの効果発動! デッキから、マドルチェ・シャトーを手札に加えるわね。追加オーダーはこれ! わたしはマドルチェ・ミィルフィーヤと、マドルチェ・ホーットケーキでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 アリエティスが両手を広げる。彼女の眼前で、渦巻く銀河を思わせる空間が展開。その空間に二体のマドルチェが黄色の光となって飛び込んだ。

 新たな誕生を祝福する、虹色の爆発が起こる。

 

「お菓子の国はいつだって大忙し! 今日も今日とて、戦い疲れたお客様をおもてなし! いらっしゃいませ、M.X(ミッシングエックス)-セイバー インヴォーカー!」

 

 爆発の向こう、甲冑の足音を響かせながら現れたのは、黒鉄(くろがね)色の鎧に赤いマントをまとった戦士。お菓子の国に似つかわしくない武骨な出で立ちで、発光するバイザーが視線のように龍次のフィールドを睨みつける。

 

「インヴォーカーの効果発動よ! ORUを一つ使って、デッキからレベル4地属性戦士族、マドルチェ・シューバリエを特殊召喚!」

 

 現れるのはマドルチェを守る騎士。可愛らしい馬にまたがり、騎士服姿で参上。ただし手に持っているのは剣ではなく、何らかのスウィーツスティック。

 

「これは……まずいぜ……」

 

 龍次が戦慄を滲ませて呟いた。レベル4マドルチェが二体という状況に、アリエティスのデュエルを知る龍次の脳裏で警鐘が鳴っているのだ。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートとマドルチェ・シューバリエでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次の危惧は実現した。再びアリエティスのフィールドでX召喚のエフェクトが奔る。

 虹色の爆発。

 

「お菓子の国を統べる女王様! 甘くて優しい美味しさで、今日もみんなに笑顔を配るの! おいでませ、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

 現れたのは、豪奢な玉座に腰かけた、優し気な笑みを浮かべた女王。

 黒を基調としたドレスに王錫を手に持ち、周りに小動物を侍らせた、柔和な雰囲気の女性。その周囲には衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU。

 

「ティアラミスの効果発動! ORUを一つ使い、墓地にあるインヴォーカーの効果で使われたマドルチェ・ホーットケーキと、今ORUとして使われたマドルチェ・シューバリエをデッキに戻して、君の場にあるブレードハードと、わたしから見て右側の伏せカードをデッキに戻すわ!」

 

 パチンと指を弾くアリエティス。次の瞬間、ティアラミスが王錫を振るう。何の力が働いたのか。龍次のフィールドにいたはずの機甲忍者は存在そのものが幻であったかのように消え失せ、さらに伏せカードも一枚、蜃気楼の様に消え失せた。

 

「この対象を取らない効果マジでやべぇんだけど!」叫ぶ龍次。しかし声は無情にバトルフィールド内に響くのみ。

「これで、君を守ってくれる子はもういないわね。だけどわたしはもうちょっとターンを使うわ。わたしのマドルチェがデッキに戻ったため、マドルチェ・チケットの効果発動! わたしのフィールドには天使族マドルチェのティアラミスがいるから、デッキからマドルチェ・プディンセスを直接特殊召喚! わたしの墓地にモンスターがいないから、マドルチェ・プディンセスの攻撃力は800アップ!

 まだまだ行くわよぉ、フィールド魔法、マドルチェ・シャトー発動! これで、わたしのマドルチェたちの好守は500アップ! バトルよ! ティアラミスでダイレクトアタック!」

 

 玉座に座ったまま、笑みを浮かべたティアラミスが王錫を振るう。次の瞬間、ミルフィーユ、プリン、ジェラートなど、様々な巨大なお菓子が龍次に向かって弾丸のように飛んできた。

 

「くっそ!」

 

 悪態をつき走る龍次。地を蹴り、右に疾走。着弾するお菓子型のエネルギーを回避していくが、先回りして飛んできたティラミスが前方の噴水を叩き潰した。

 

「うお!」

 

 思わず急停止。その隙を突き、シュークリームが頭上から降ってきた。

 

「がぁ!」

 

 今度は避け切れない。宝珠を庇い、背を向けた直後、シュークリーム型のエネルギーにのしかかられた。

 のしかかってきたエネルギーが爆発する。上からの衝撃に、龍次の身体は地面に叩きつけられた。

 

「ぐ……ぁ……」

 

 視界が揺れる。全身を打って頭がくらくらする。

 一瞬飛びかけた意識に伊邪那岐の叱咤が来た。

 

「追撃が来ます、龍次! 墓地のサウザンド・ブレードの効果を使うのです!」

 

 そうだ。まだバトルフェイズは続いているのだ。動かなければならない。

 

「この、瞬間! 墓地のH・C サウザンド・ブレードの効果発動! このカードを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 龍次を守るように、サウザンド・ブレードが墓地から現れて仁王立ちする。突然現れた守護者にも、アリエティスは動じない。

 

「いいわねー。でも、その頼もしい用心棒もここまでよ! マドルチェ・プディンセスでH・C サウザンド・ブレードを攻撃!」

 

 追撃が入る。自信に満ちたお姫様が放ったのは大きなプリン型のエネルギー。頭上からサウザンド・ブレードを襲う。

 

「そう何度も殴らせねぇよ! 手札のH・C ソード・シールドの効果発動! このカードを捨てて、このターン、俺のヒロイックは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

 防御が間に合った。プリンの質量による圧し潰しから逃れたサウザンド・ブレード。だがマドルチェ・プディンセスの()()はまだ終わっていない。

 

「うーん、そうきたかー。でも、戦闘を行ったことで、マドルチェ・プディンセスの効果発動! 君の伏せカードを一枚、破壊するよ!」

 

 もう一度、今度はさっきよりも小さなプリンが龍次の伏せカードめがけて落ちてきた。龍次はすぐさまデュエルディスクを操作。伏せカードが翻る。

 

「チェーンして、リバーストラップ発動! トゥルース・リインフォース! デッキからH・C アンブッシュ・ソルジャーを守備表示で特殊召喚する!」

 

 攻め込まれたが、龍次も一歩も引かない。彼のフィールドに頭から迷彩用の外套をかぶった戦士が現れる。待ち伏せ(アンブッシュ)の名の通り、その効果は通れば奇襲性に優れている。

 

「凌がれたかー。まぁ仕方がないわね。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK500 DEF300

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが召喚に成功した時、手札から「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

 

マドルチェ・エンジェリー 地属性 ☆4 天使族:効果

ATK1000 DEF1000

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、このカードをリリースして発動できる。デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは戦闘では破壊されず、次の自分のターンのエンドフェイズ時に持ち主のデッキに戻る。「マドルチェ・エンジェリー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

マドルチェ・ホーットケーキ 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK1500 DEF1100

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、自分のメインフェイズ時に、自分の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターをゲームから除外し、デッキから「マドルチェ・ホーットケーキ」以外の「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。「マドルチェ・ホーットケーキ」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

マドルチェ・メッセンジェラート 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1000

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。このカードが特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「マドルチェ」と名のついた獣族モンスターが存在する場合、デッキから「マドルチェ」と名のついた魔法・罠カード1枚を手札に加える事ができる。

 

M・Xセイバー インヴォーカー 地属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK1600 DEF500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから、戦士族または獣戦士族の、地属性・レベル4モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

マドルチェ・シューバリエ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1300

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、「マドルチェ・シューバリエ」以外の「マドルチェ」と名のついたモンスターを相手は攻撃対象に選択できない。

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス 地属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2200 DEF2100

「マドルチェ」と名のついたレベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分の墓地の「マドルチェ」と名のついたカードを2枚まで選択して発動できる。選択したカードをデッキに戻し、戻したカードの数まで相手フィールド上のカードを選んで持ち主のデッキに戻す。

 

マドルチェ・シャトー:フィールド魔法

このカードの発動時に、自分の墓地に「マドルチェ」と名のついたモンスターが存在する場合、そのモンスターを全てデッキに戻す。このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の「マドルチェ」と名のついたモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、「マドルチェ」と名のついたモンスターの効果によって、自分の墓地からモンスターをデッキに戻す場合、デッキに戻さず手札に戻す事ができる。

 

H・C ソード・シールド 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK0 DEF2000

自分フィールド上に「ヒロイック」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分フィールド上の「ヒロイック」と名のついたモンスターは戦闘では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

トゥルース・リインフォース:通常罠

デッキからレベル2以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 

H・C アンブッシュ・ソルジャー 地属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF0

自分のスタンバイフェイズ時、フィールド上のこのカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「H・C アンブッシュ・ソルジャー」以外の「H・C」と名のついたモンスターを2体まで選んで特殊召喚できる。「H・C アンブッシュ・ソルジャー」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。この効果で特殊召喚に成功した時、墓地のこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上の全ての「H・C」と名のついたモンスターのレベルを1にする。

 

 

龍次LP8000→5300手1枚

アリエティスLP5000手札3枚

 

 

「くっそやっぱ強いな!」

 

 プロとの相対は師匠の穂村崎を除けばこれが初めてだ。敵対するのならなおさらだ。

 だからこそその強さを実感した。そして思う。これを超えたいと。

 宿敵の背中を思う。伊邪那美。奴に勝って山吹茜を取り戻す。

 

(そのためにも、こんなところで躓いていられるかよ!)

 

 心の芯を強く持って、龍次は微笑むアリエティスを睨みつけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話:追想定理の記憶巨神

 深層五度の記録を再生。

 パートナーとして契約を交わしてから少し経ったある日、彼女はケーキを渡してきた。

 自分が作ったものだと、笑顔で告げた。

 食べてみてと言われたので、そうしてみた。

 口に含んだ時から、舌の上で甘みが広がった。

 初めての経験だった。甘く、舌の上で溶けていくような感覚。人の世になってから生み出された食物。

 おいしい? と聞かれたので、頷いた。

 よかった。と彼女は微笑んだ。

 初めて見る、小さいけれど穏やかな微笑だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 はっと龍次(りゅうじ)は息を吐いた。

 アリエティスとのデュエル。プロとのデュエルというだけでなく、その相手がティターン神族の一柱と契約していた。

 初めてのティターン戦。手痛いダメージを受けたが、幸い戦力は残せた。ならば反撃はできる。

 

「そのお菓子の国、無粋な刃物を通させてもらう」

 

 呟いて、龍次はまっすぐアリエティスと、その背後のムネモシュネを見据えた。

 

 

龍次LP5300手1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン H・C(ヒロイックチャレンジャー) サウザンド・ブレード、H・C アンブッシュ・ソルジャー

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

アリエティスLP5000手札3枚

モンスターゾーン M・Xセイバー インヴォーカー(攻撃表示、ORU(オーバーレイユニット):マドルチェ・ミィルフィーヤ、)、クィーンマドルチェ・ティアラミス(攻撃表示、攻撃力2200→2700ORU:マドルチェ・シューバリエ)、マドルチェ・プディンセス(攻撃表示、攻撃力1000→2300)

魔法・罠ゾーン マドルチェ・チケット,伏せ2枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 不利な戦況に負けじと、声を張り上げてカードをドローする龍次。ドローカードを確認し、右手を払うように振るった。

 

「スタンバイフェイズ、アンブッシュ・ソルジャーの効果発動! このカードをリリースして、墓地からH・C 強襲のハルベルトと、H・C ソード・シールドを特殊召喚! さらにアステル・ドローンを召喚だ!」

 

 頭からダークグリーンのマントをかぶった戦士が消え去り、代わりに合われたのはハルベルトを構える戦士と、盾を前面に構えた戦士。それらの戦士たちの横に、杖を振るって星を振りまくファンシーな魔法使いが現れた。

 

「いくぞ! サウザンド・ブレードと強襲のハルベルトでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 龍次が振り上げた右手の延長上、その頭上に、渦巻く銀河を思わせる空間が展開。二体のヒロイックが二つの黄色の光となって、その渦の中に飛び込んだ。

 新しい誕生を祝福する、虹色の爆発が起こる。

 

「曇り無き王の聖剣、数多の闇を切り裂き王道を作りだす! いつか湖の貴婦人の手に返されるその日まで、輝きは消えはしない! 約束された勝利の剣、H-C(ヒロイックチャンピオン) エクスカリバー!」

 

 現れたのは、赤き戦士。

 赤い外装、黒銀の内装鎧。威風堂々と降り立ち、手にした聖剣を振るって雄叫びを上げた。

 

「さらに俺は、アステル・ドローンとソード・シールドをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 出でよNo.(ナンバーズ)39! 希望の担い手、ここにあり! その優しき光で弱きものを守り通せ! 希望皇ホープ!」

 

 二体目のXモンスター。

 現れたのは、月とそこから溢れる月光のような、黄色と白の鎧姿の戦士。背にはウィングパーツ、腰の両脇に片刃の剣をそれぞれ一本ずつ下げ、左肩には自身のナンバーである「39」を刻んでいた。

 

「アステル・ドローンがX素材となったため、召喚先のホープの効果として、俺はカードを一枚ドロー! さらにエクスカリバーの効果発動! ORUを二つ使い、このカードの攻撃力を倍に! さらに手札のZW(ゼアル・ウェポン)阿修羅副腕(アシュラ・ブロー)の効果発動! このカードを、希望皇ホープに装備する!」

 

 龍次の手札から飛び出したカードが実体化する。その正体はホープをサポートするZW。分割したZWがホープの身体に装着される。ホープの肩上、脇横あたりに装着されたのは、刃持つ副腕。上腕、下腕、そして本来の腕を合したそれは阿修羅像を彷彿とさせる六本腕。

 

「阿修羅副腕を装備したことにより、ホープの攻撃力は1000アップ! さらに相手モンスター全てに一度ずつ攻撃できる!

 バトルだ! 希望皇ホープで、クイーンマドルチェ・ティアラミスに攻撃!」

「リバースカード、ダメージ・ダイエット発動! このターン、わたしが受ける全てのダメージは半分になる!」

 

 翻るアリエティスの伏せカード。だがそれは、ダメージを軽減こそすれ、攻撃そのものを止めることはできない。

 攻撃宣言を受けて、龍次の希望皇ホープが、背中のウィングパーツを展開させて飛翔。アリエティスのモンスターたちの頭上に移動後、急降下。一気に距離を詰める。

 最初の標的はマドルチェたちの女王。ティアラミスが反応するよりも早く玉座の眼前に着地。着地の衝撃で土煙が上がる。

 その土煙がホープの姿を隠した。即席の煙幕の中から銀閃が煌めき、ティアラミスを両断した。

 

「くぅ! わたしの墓地にモンスターが置かれちゃったから、マドルチェ・プディンセスの攻撃力は800ダウンするわ」

 

 ダメージのフィードバックが与える痛みに、アリエティスが顔をしかめた。半透明のムネモシュネがアリエティスの額に手を添えた。まるで、熱のある子供の額に、母親が手をやるように。

 

「痛みの記憶を抽出する。アリエティスが、痛みに呻くことはない」

 

 アリエティスの記憶が弄られる。龍次の表情に苦みがよぎる。その耳朶を、伊邪那岐の言葉が叩いた。

 

「躊躇してはいけません。たとえダメージが半分になろうとも、ここで攻めなければならない!」

「ッ! 分かってる! ホープでマドルチェ・プディンセス、インヴォーカーの順番で攻撃!」

 

 攻撃宣言は続く。ティアラミスを屠ったホープは、今度は副腕を使ってすぐ隣にいたマドルチェ・プディンセスを貫く。この際、アリエティスはマドルチェ・シャトーとマドルチェ・チケットの効果を発動。プディンセスを手札に戻し、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを手札に加えた。

 菓子の国の住人はこうして全滅した。さらに返す刃で剣を構えたインヴォーカーを両断。アリエティスのモンスターを全て破壊する。

 

「エクスカリバーで、ダイレクトアタック!」

 

 がら空きになったフィールドを、聖剣の名を持つモンスターが駆ける。

 地を蹴った疾走は、戦士を赤い疾風に変えた。一瞬で距離を詰め、一閃。宝珠を確かに捉えたが、傷一つない。痛みの記憶を、苦しみの記憶を、心身から抜かれているアリエティスには、生半可な一撃は届かない。

 

()による一撃か、ムネモシュネ自体を倒したうえでの攻撃でないと、彼女の宝珠は傷つかないのかもしれませんね……」

「正規の参加者じゃないティターン神族だから、ある程度神の力をデュエル中にも作用させることができるのかもな……」

 

 無論それは、対戦相手に使えるものではないだろう。そして、大抵はマイナスの効果になるはずだ。記憶を司るムネモシュネだからこそ、こうしてデュエルに有効活用できるのだ。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

アステル・ドローン 地属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF1000

このカードをエクシーズ召喚に使用する場合、このカードはレベル5モンスターとして扱う事ができる。また、このカードを素材としたエクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。

 

No.39 希望皇ホープ 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。(2):このカードがX素材の無い状態で攻撃対象に選択された場合に発動する。このカードを破壊する。

 

H-C エクスカリバー 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる。

 

ZW-阿修羅副腕 炎属性 ☆4 天使族:効果

ATK1000 DEF1000

自分のメインフェイズ時、手札または自分フィールド上のこのモンスターを、攻撃力1000ポイントアップの装備カード扱いとして自分フィールド上の「希望皇ホープ」と名のついたモンスターに装備できる。装備モンスターは相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃できる。「ZW-阿修羅副腕」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

 

No.39 希望皇ホープ攻撃力2500→3500、ORU×2

 

 

龍次LP5300手札1枚

アリエティスLP5000→4050→3650→2650→650手札5枚

 

 

「わたしのターンね、ドロー!」

 

 快活な声で、勢いよくカードをドローするアリエティス。その姿を見て、龍次は思う。アリエティスの身体にダメージはない、どころか汚れさえもない。苦痛に関するあらゆる記憶を、ムネモシュネによって抽出されているためだ。

 これではただモンスターで攻撃するだけではアリエティスの宝珠を砕けない。伊邪那岐が言うように、神を召喚し、その一撃で倒すか、もしくは、有無を言わせぬ超火力で圧倒するか。

 龍次のデッキならどちらも可能だが、今の手札は僅か一枚。フィールドはほぼ制圧しているが、これでは宝珠を砕くまで持っていけるかわからない。

 と、そんな龍次の思考を置き去りに、アリエティスがカードを操る。

 

「リバースカード、オープン! マドルチェ・ハッピーフェスタ! 手札から出勤よ! おもてなして、マドルチェ・ホーットケーキ、マドルチェ・プディンセス、マドルチェ・マーマメイド!」

「何!?」

 

 目を見開く龍次の眼前で、次々に現れるマドルチェモンスターたち。マドルチェ・シャトーやマドルチェ・チケットによって手札に溜め込んだモンスターが放出される。

 二体はさっきも登場したマドルチェ。最後の一体は穏やかな笑みを浮かべたメイド。

 

「く……。レベル4のマドルチェが揃った……」

 

 この事実が龍次には恐ろしい。二体目のティアラミスが来れば、龍次の戦線は瓦解しかねない。

 だがティアラミスの効果に気を取られて、龍次は失念していた。もう何度も目にした光景のはずなのに、失念した。本当に恐ろしいのはランク4のX召喚の布陣が整ったことではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いくわよー。準備はいい? ここからがメインディッシュなの!」

 

 にこりと笑うアリエティス。一児の母とは思えぬ快活さと、溢れんばかりの生命力。半透明のムネモシュネが、ゆるりと前屈みになった。

 

「三体のモンスターをリリース! おいでませ、追想定理の記憶巨神ムネモシュネ!」

「来ますか、ティターン神族!」

 

 戦慄を滲ませて、伊邪那岐が叫んだ。一人と一柱、その眼前で、アリエティスのモンスターたちの姿がまるで糸人形のように()()()()

 糸のようにほつれていくモンスターたち。その残滓が圧倒的力を迎え入れる門を造る。

 門を通って現れる巨大な「力」。

 銀色の肌、六本の腕、青と赤に色分けされた四つの瞳、その身を覆う袖のないローブ。

 

「我は記憶する。そして記録を司る。このデュエルの記録もまた同じ」

 

 冷たく響く金属質な声。ついに現れた敵の大本命に、龍次は身構えた。

 

「この瞬間! ムネモシュネの効果発動! ムネモシュネ以外の全てのフィールド、手札、墓地のカードを持ち主のデッキに戻し、新たに五枚ドローする! さらに、この効果に対して、相手はいかなるカードも発動できない!」

「なんだと!?」

 

 リセット効果、それも絶対に邪魔できない効果。しかもムネモシュネ自体は場に残る。つまり、ドローする手札次第では何もできないまま神によるダイレクトアタックを受ける。

 驚愕する龍次と伊邪那岐の前で、ムネモシュネが冷徹な声を上げた。

 

「この戦いの記録を遡る。検索――――照合。我以外、この記録を回帰させる!」

 

 パン! と、ムネモシュネの三対の腕が合掌した。次の瞬間、フィールド上、龍次とアリエティスの中間地点の空間が歪曲しだした。

 歪み、捻じれる空間。そして、音さえも置き去りにしていく。

 

「これ、は――――」

 

 自分たちのフィールドに何が起きているのかわからぬ龍次。その眼前で異変は起こる。

 龍次とアリエティス。両者のフィールド、墓地、手札、全てのカードがひとりでに浮き上がり、それぞれのデッキに舞い戻った。

 デュエルディスクが勝手に動き出し、デッキをシャッフル。改めて、初期の手札となる五枚がそれぞれのプレイヤーの前に提示された。

 ライフ以外全ては元通り。例外は、このリセットを巻き起こした張本人、ムネモシュネのみ。

 

「まずい! これでは、神の一撃をまともに受けてしまう! 龍次!」

「わかってる。が、どうにもならねぇ」

 

 耐えるしかない。龍次は覚悟を決めた。だがアリエティスの行動は、そんな龍次の覚悟の分量を試すものだった。

 

「残念だけど、まだバトルフェイズには入らないわ。わたしの墓地にモンスターが存在しないため、手札のマドルチェ・プティンセスールを特殊召喚するわ!」

 

 現れたのは、小柄な少女。

 ふわふわの金の髪、白のドレス、あどけない無垢なる笑み。可憐なるマドルチェたちの妹分。

 

「ここで、マドルチェ・プティンセスールの効果を発動よ! このカードの特殊召喚に成功したため、デッキからマドルチェ・プディンセスを特殊召喚! さらにマドルチェ・プディンセスのレベルは一つ下がるわ。

 そして、レベル4になったマドルチェ・プディンセスと、マドルチェ・プティンセスールでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! もう一度おいでませ、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

 X召喚のエフェクトが走り、虹色の爆発が迸る。その向こうから玉座に坐して微笑む、お菓子の国の女王が現れる。

 

「ここで、ティアラミスの効果発動。ORUを一つ使うけど、カードをデッキには戻さない。つまり、君のカードをバウンスすることもないわ」

 

 一見、何の意味もない、ただ効果の無駄打ち。

 無論、意味がないはずなど無い。ゆえにここでは終わらない。なぜならば、龍次のフィールドにカードがない以上、ここでティアラミスを出してもただの攻撃力2200のモンスターでしかない。

 ゆえに、もう一手。

 

「クイーンマドルチェ・ティアラミスを、オーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズチェンジ! お菓子の国は千客万来。その将来は明るく、万人に開かれる! おいで、マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」

 

 二回目のXエフェクト。今度はクイーンマドルチェ・ティアラミス一体が、黄色い光となって頭上の異空間へと飛び込んだ。

 虹色の爆発、現れる小柄な影。

 それは、マドルチェ・プディンセスが少し成長した姿。チョコレートの色をしたドレス、ティアラをまとった少女。腰に手を当て、誇らしげに胸を張っている。

 攻撃力2500、攻撃力3000のムネモシュネと合わせた総攻撃力は5500、龍次の残りライフ5300を消し飛ばすには十分すぎる。

 

「まだ駄目押し! マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! 墓地のマドルチェ・プティンセスールをデッキに戻すわ。そしてこの瞬間、マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの更なる効果! ORUを一つ使って、デッキからマドルチェ・シューバリエを特殊召喚!」

「ッ! 三体目のモンスターか!」

 

 龍次の手札に防御系のカードがあっても、手数で圧し潰すつもりか。龍次の頬を冷や汗が一滴伝って落ちた。

 

「バトル! 追想定理の記憶巨神ムネモシュネでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下る。ムネモシュネがゆっくりと動き出した。

 三対の両手を、翼のように広げる。鉄のように冷たい唇が開かれ、硬質感溢れる声を紡いだ。

 

「この場に、地面の記録はない」

「!?」

 

 直後、龍次を襲ったのは全身の浮遊感。

 

「な――――」

 

 突然空中に投げ出されたような感覚。否、()()()ではない。実際に龍次の身体は宙に浮いていた。

 慌てて下を見る。地面がない。地面があったはずの空間は暗い空洞。

 だが落下する感覚はない。龍次の身体は宙に貼り付けられたように止まっていた。

 

「龍次! 宝珠を守って!」

 

 切迫した伊邪那岐の声が混乱する龍次の耳朶と意識を叩いた。とにかく宝珠を守ろうと体を丸める。まるで水の中にいるかのような緩慢とした動作だったが、何とか間に合った。

 直後、龍次の全身を衝撃が叩いた。

 

「がああああああああああああああ!」

 

 絶叫が喉から迸る。何が起こったのか、龍次の主観は分からない。

 客観的に見ていた伊邪那岐には分かった。ムネモシュネの六つの手のひらから銀色の光が放たれ、それらが複雑な軌道を描いてレーザーのように龍次を集中攻撃したのだ。

 

「この地の記録は、元に戻る」

 

 ムネモシュネが再び言葉を紡いだ。途端、先ほどまで確かに深くて暗い(うろ)だったその場所は、元の広場の地面となった。

 背中から叩きつけられる龍次。その痛みが覚醒を促した。

 即座に状況確認。

 体を激痛が縛り付ける。同時に、両ひざから力が抜けた。

 

「が……!」

 

 膝を付く。胸元に違和感。痛みというよりも喪失感。

 見れば、龍次の胸元、そこに輝く宝珠に罅が入っていた。

 

「な――――」

 

 絶句する龍次。その脳裏を、脱落の二文字が駆け巡る。

 弱気が心を浸食しに来た。同時、宝珠の罅が広がった。

 

「う、おおおおおおおおおおおおお!?」

 

「落ち着いてください、龍次。神の攻撃によって宝珠に罅が入りましたが、まだ砕けていない。脱落ではありません。加えて言うなら、このデュエルに勝ちさえすれば、後で宝珠は修復できます。だからどうか取り乱さないで。精神の動揺が、そのまま宝珠の強度に影響します。師である穂村崎殿も言っていたでしょう? 精神を強固に。揺らがぬ心、水のように動じず、受け流す精神。それこそが、神々の戦争における守りの極意だと」

 

 そうだった。龍次は、穂村崎の許で修行をしていた時に言われたことを思い出した。

 

 君はまるで火のようだ。と穂村崎は言った。

 炎のような激しい気性。そして、焦りから来る前のめりで攻撃的な姿勢。それは攻勢に出た時は強みとなる。

 だが激しすぎる炎はやがて自分自身を燃やし尽くす。ゆえに、水の心が必要だという。

 その時龍次には穂村崎の言っていることが分からなかったし、今も理解できない。だから、火のように燃えるしかない。今は、それだけでいい。

 心を燃やす。勝つために。宝珠を守るために。目的を遂げるために!

 

「だから、戦いを、続けないと、なぁ……! 手札のH・C 報復のデスサイズの効果発動! 俺が戦闘ダメージを受けた時、手札のこのカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 龍次のフィールドに現れる影。黒いアーマー、黒のバイザー、その身を覆う黒のローブ、漆黒の、身の丈ほどの大鎌。アーマーを除けば、まさしくタロットカードの死神そのままの外見のモンスター。

 

「報復のデスサイズの効果発動! 自身の効果で特殊召喚に成功した時、相手カード一枚を破壊する! 俺はマドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードを破壊!」

 

 召喚された死神が鎌を振るう。まだ距離があったにもかかわらず、ショコ・ア・ラ・モードは膝を付き、苦し気に呻きだした。

 

「あっ!」

 

 アリエティスが叫んだ時にはもう遅い。姫たる少女はそのまま消滅した。

 

「うーん……、報復のデスサイズの守備力は2000かぁ……。じゃあ、シューヴァリエが攻撃しても無駄だね。バトルを終了。そしてミスト・ボディをムネモシュネに装備するわ。それから、カードを二枚セットして、ターン終了。そしてこの瞬間、ムネモシュネの更なる効果発動! 自分または相手ターン終了時、わたしのライフを8000にする!」

「はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、龍次の両眼が見開かれた。その眼前、さっきまで三桁だったはずのアリエティスのライフは、初期の8000に戻った。勿論、龍次のライフは3000を切ったままだ。

 

「それじゃあ、改めて、ターン終了ね」

 

 

マドルチェ・ハッピーフェスタ:通常罠

手札から「マドルチェ」と名のついたモンスターを任意の数だけ特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に持ち主のデッキに戻る。

 

追想定理の記憶巨神ムネモシュネ 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードの召喚に成功した時に発動する。このカード以外のすべてのフィールド、墓地、手札のカードを持ち主のデッキに戻し、シャッフルする。その後、カードを5枚ドローする。この効果の発動に対して相手はカードの効果を発動できない。(4):自分または相手ターン終了時に発動する。自分のライフは8000になる。

 

マドルチェ・プティンセスール 地属性 ☆4 天使族:効果

ATK1400 DEF1400

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の墓地にモンスターが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。手札・デッキから「マドルチェ・プティンセスール」以外の「マドルチェ」モンスター1体を特殊召喚する。そのモンスターのレベルは1つ下がる。このターン、自分は「マドルチェ」モンスターしか特殊召喚できない。(3):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合に発動する。このカードをデッキに戻す。

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード 地属性 ランク5 天使族:エクシーズ

ATK2500 DEF2200

地属性レベル5モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク4以下の「マドルチェ」Xモンスターの上にこのカードを重ねてX召喚する事もできる。(1):1ターンに1度、自分の墓地の「マドルチェ」カード1枚を対象として発動できる。そのカードをデッキに戻す。(2):このカードが「マドルチェ・プディンセス」をX素材としている場合に自分の墓地の「マドルチェ」カードがデッキに戻った時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから「マドルチェ」モンスター1体を表側攻撃表示または裏側守備表示で特殊召喚する。

 

H・C 報復のデスサイズ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK2000 DEF2000

このカード名の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。このカードは通常召喚できない。(1):自分が戦闘、または効果ダメージを受けた時、手札のこのカードを特殊召喚できる。(2):(1)の方法で特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のカード1枚を対象に発動する。そのカードを破壊する。(3):???

 

ミスト・ボディ:装備魔法

装備モンスターは戦闘では破壊されない。

 

 

龍次LP5300→2300手札4枚

アリエティスLP650→8000手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 反撃、と行きたいが、今の龍次の手札ではアリエティスの布陣を崩すことはできない。ほかのモンスターはともかく、ムネモシュネは厄介だ。

 神本来の耐性によって、神属性、幻獣神族モンスター以外の効果ではフィールドを離れない上に、ミスト・ボディによって戦闘破壊もできない。さらに半端な超過ダメージを与えても、ターン終了時にアリエティスのライフは8000になるので無意味だ。

 

「龍次、気をしっかり保ってください。少しの精神的緩みが、そのまま宝珠の崩壊につながりかねません」

「つまり、綱渡りってわけか。糞ったれ」

 

 悪態をつきつつも、龍次の思考は冷静だ。

 現状、ムネモシュネをどうこうできない。ならばすることは一つ。

 防御を固める。

 

「俺は、H・C ダルク・フラッグを召喚!」

 

 現れたのは、桃色のバトルアーマーを身に纏った戦士。メットからはきめ細やかな金髪があふれ、体つきも女性の肢体。手にはいくつもの剣を重ね合わせたような紋章が入った旗。

 Pモンスターだが、今必要なのはモンスター効果だ。

 

「ダルクフラッグのモンスター効果発動! 召喚成功時、手札からレベル4以下の戦士族モンスター一体を特殊召喚できる! さらにこの時、ヒロイックモンスターを特殊召喚すれば、カードを一枚ドローする! 俺は手札から、H・C 夜襲のカンテラを特殊召喚! ヒロイックの特殊召喚に成功したため、カードを一枚ドロー!」

 

 ドローカードの確認を一瞥で済ませ、龍次は右手を天高く振り上げた。

 

「俺のフィールドにヒロイックが存在するため、手札から、H・C 早駆けのファルシオンを特殊召喚! 夜襲のカンテラと報復のデスサイズでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! もう一度だ、No.(ナンバーズ)39 希望皇ホープ!」

 

 再び現れる、月光を固めたような色をした鎧を身に纏った白い戦士。盾にもなるウィングパーツは収納した状態で、ただ剣を振るって龍次のフィールドに降り立った。

 ホープが龍次のフィールドにX召喚された時、アリエティスの手札を持たない右手の指がピクリと動いた。

 が、反応はそれだけだ。アリエティスは相変わらず内面の読めない微笑を浮かべているし、デュエルディスクに手を伸ばしてもいない。現に、彼女のフィールドに伏せられたカードはどれも反応していない。が、龍次は今の行動が気になった。

 

「報復のデスサイズを素材としてX召喚に成功したため、ホープの効果として、発動するものがある! それは相手表側表示モンスター一体の破壊だ! 俺はマドルチェ・シューバリエを破壊!」

 

 ガラスが砕けるような音を立てて、お菓子の国の騎士が破壊された。

 とりあえず、相手の戦力を一つ潰したうえで、龍次は考える。ホープX召喚時のアリエティスの反応。あれは、カウンター罠を発動しようとしたのではないか?

 例えば、神の警告のような、召喚を無効にするタイプ。

 穂村崎の教えを思い出す。冷静に観察する目を養えと、彼女は言った。

 全体を俯瞰しろ。相手の行動の真意を読め。

 考えて、考えて、限りなく正解に近づいて行け。

 そして結論を出した。アリエティスが伏せたのはやはり召喚に対するカウンターだ。

 さっき、龍次の場には四体のレベル4モンスター。X召喚を二回行える。

 希望皇ホープに使わなかったのは、ホープの防御効果は数でごり押しできると考えたからだろう。

 ではどんなXモンスターならば止めたいか? 龍次のデッキはヒロイックだ。そして、プロであるアリエティスならカードの知識は豊富なはず。

 

(H-C ガーンデーヴァ……)

 

 おそらく間違いはないと、龍次は思う。ガーンデーヴァは一ターンに一度といえど、特殊召喚したレベル4以下のモンスターを破壊できる。マストカウンターを見極める必要はあるが、アリエティスからすればリスクは負いたくない。召喚を阻害するカードが一枚だけならば、確実に止めたいのはガーンデーヴァのはず。

 

(試してみるか)

 

 通ろうが通るまいが、龍次の損は少ない。ガーンデーヴァが場に居座るのはいいことだし、アリエティスがカウンターの罠を発動すれば、それはそれで厄介な罠を一つ消費させたことになる。

 決まれば躊躇はない。早速行動に移す。

 

「俺は! 早駆けのファルシオンとダルク・フラッグでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 撃ち落とせ、H-C ガーンデーヴァ!」

 

 ガーンディーヴァがX召喚された。さぁ答え合わせだ。アリエティスの反応はどうか?

 

「それはダメ! リバーストラップ、神の警告! 2000ライフを払って、ガーンディーヴァのX召喚を、無効にして破壊する!」

 

 龍次の予想が当たった。眼前でガーンディーヴァが蜃気楼のように消えていくが、思惑通りの結果に龍次は内心で満足した。

 

「とはいえ、ホープだけじゃあこちらも攻められないな。カードを三枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 そしてこのターン終了とともに、ムネモシュネの効果でアリエティスのライフは再び8000に戻った。この効果ゆえに、アリエティスは多くのライフを使用するカードを発動できる。厄介だ。

 

 

H・C ダルク・フラッグ 光属性 ☆4 戦士族:ペンデュラム

ATK1600 DEF2000

Pスケール8

P効果

???

モンスター効果

(1):このカードの召喚に成功した時に発動できる。手札かからレベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する。この効果によって「ヒロイック」モンスターを特殊召喚した時、カードを1枚ドローする。

 

H・C 夜襲のカンテラ 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF300

このカードが相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを破壊できる。

 

H・C 早駆けのファルシオン 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1300

このカード名の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):自分フィールドに「ヒロイック」モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):このカードを素材とした「ヒロイック」エクシーズモンスターは以下の効果を得る。●このエクシーズ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。

 

H・C 報復のデスサイズ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK2000 DEF2000

このカード名の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。このカードは通常召喚できない。(1):自分が戦闘、または効果ダメージを受けた時、手札のこのカードを特殊召喚できる。(2):(1)の方法で特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のカード1枚を対象に発動する。そのカードを破壊する。(3):このカードを素材とした戦士族Xモンスターは以下の効果を得る。●このX召喚に成功した時、相手表側表示モンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを破壊する。

 

H-C ガーンディーヴァ 地属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2100 DEF1800

戦士族レベル4モンスター×2

相手フィールド上にレベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、その特殊召喚されたモンスターを破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

神の警告:カウンター罠

(1):2000LPを払って以下の効果を発動できる。

●モンスターを特殊召喚する効果を含む、モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

●自分または相手がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する際に発動できる。それを無効にし、そのモンスターを破壊する。

 

 

龍次LP2300手札0枚

アリエティスLP8000→6000→8000手札1枚

 

「わたしのターンね、ドロー! 壺の中の魔術書発動! 互いに三枚ドローね!」

 

 一気に三枚のカードをドローする二人。増えた手札を吟味。龍次は沈黙し、ふむふむと頷いたアリエティスはさっそく動いた。

 

「死者蘇生発動! わたしの墓地からマドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードを特殊召喚! さらにもう一度、マドルチェ・シャトーを発動! 墓地のマドルチェを全てデッキに戻すわね」

 

 再び発動された、マドルチェを全体強化するフィールド魔法。ショコ・ア・ラ・モードの攻撃力は3000、希望皇ホープを超えた。

 

「マドルチェ・エンジェリーを召喚。そして効果発動! 自身をリリースして、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚!」

 

 アリエティスの展開は止まらない。覇気のある笑顔でさらに続ける。

 

「まだまだ行くわよー! マドルチェ・ホーットケーキの効果発動! 墓地のマドルチェ・エンジェリーを除外して、デッキからマドルチェ・クロワンサンを特殊召喚!

 ここで、マドルチェ・ホーットケーキと、マドルチェ・クロワンサンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 お菓子の国は年中無休の千客万来! 今日のお客様は耀く音色の吹管楽器の担い手様! いらっしゃいませ、管魔人メロメロメロディ!」

 

 虹色の爆発の向こう、現れたのは、ふわふわとした緑色の髪をして巨大な吹管楽器に跨った、小さな角をはやした女の子。

 

「メロメロメロディのモンスター効果発動! ORUを一つ使って、このカードに二回攻撃を付与! それと、ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! この効果で、 いまORUとして使われたマドルチェ・ホーットケーキはデッキに戻るけど、マドルチェ・シャトーの効果で、手札に戻すわね。

 バトルよ! ショコ・ア・ラ・モードで希望皇ホープに攻撃!」

 

 ついに攻勢が始まる。

 ショコ・ア・ラ・モードが笑顔のまま手を振るう。その手の動きに合わせて現れたのは、巨大なプリンの形をしたエネルギーの塊。それがホープの頭上に出現。一気に速度をつけて落下してきた。

 

「くっ! 希望皇ホープの効果発動! ORUを一つ使い、攻撃を無効にする!」

 

 龍次の宣言と同時、ホープの周囲を回っていた光球の一つが消失。ホープのウィングパーツが展開される。だがウィングパーツが開ききる前に、アリエティスの声が走った。

 

「それはダメ! リバースカートオープン! 魔導人形の夜! これでホープの効果を無効にするわ!」

 

 モンスター効果を無効にするカウンター罠。これでホープを機能不全にしたうえで、自分の軍勢で叩く。アリエティスはそう思っていた。

 だが龍次は喰らいついた。

 

「させねぇよ! こっちもカウンターだ! リバーストラップ、トラップ・ジャマー!」

 

 負けじと、龍次の伏せカードも翻る。発動した罠の効果によって、魔導人形の夜の効果は消失。結果、ホープは十全に己の効果を発動できた。

 ホープ自身が体を丸めるように背を上に。ウィングパーツが盾となってプリンのエネルギーを受け止め、身を回す動きで弾き飛ばす。

 

「けれどこれで、君の盾はあと一枚! ムネモシュネでホープを攻撃!」

 

 ムネモシュネの六手、その掌から銀色の光線が放たれる。

 いくつも蛇のようにうねりながら迫る一撃に対して、龍次の選択は一択だ。

 

「再び希望皇ホープの効果発動! ORUを一つ使い、攻撃を無効に!」

 

 銀色の光線のことごとくを、ホープが防いだ。主には一切攻撃を届かせまいという意志を感じた。

 だがそれもここまでだ。ホープのORUは尽きた。

 

「今度は防げるかしら? メロメロメロディでホープを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。メロメロメロディが吹管楽器に乗ったまま突撃をかける。

 その瞬間、ホープは自身の効果によって破壊された。

 これはメロメロメロディが攻撃に入る前に行われた処理だ。つまり――――

 

「相手モンスターの数が消えたから、攻撃の巻き戻しが行われるわ! メロメロメロディでダイレクトアタック!」

 

 二回攻撃を行えるメロメロメロディの攻撃を全て受ければ龍次の敗北だ。当然、龍次もそれは分かっている。だからこそ、ここで終われぬと、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「通さねぇ! リバースカード、エクシーズ・リボーン発動! 墓地の希望皇ホープを特殊召喚し、このカードを下に重ねてORUにする!」

 

 勇ましい雄叫びとともに復活するホープ。再び主を守る盾としてアリエティスの前に立ちはだかる。

 

「うーん……。これじゃあ攻撃は無理ね。攻撃を中断して、バトルフェイズを終了。カードを一枚伏せて、ターン終了よ」

「待った。ターン終了時に、俺は伏せていた活路への希望を発動。1000ライフを払い、俺とプロのライフ差は6000以上なため、三枚ドロー!」

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

マドルチェ・クロワンサン 地属性 ☆3 獣族:効果

ATK1500 DEF1200

このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。また、1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上の「マドルチェ」と名のついたカード1枚を選択して発動できる。選択したカードを手札に戻し、このカードのレベルを1つ上げ、攻撃力を300ポイントアップする。

 

管魔人メロメロメロディ 光属性 ランク3 悪魔族:エクシーズ

ATK1400 DEF1600

レベル3モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「魔人」と名のついたエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

魔導人形の夜:カウンター罠

自分の墓地にモンスターが存在しない場合に発動できる。効果モンスターの効果の発動を無効にする。自分フィールド上に「マドルチェ・プディンセス」が存在する場合、さらに相手の手札をランダムに1枚デッキに戻す。

 

トラップ・ジャマー:カウンター罠

バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。相手が発動した罠カードの発動を無効にし破壊する。

 

エクシーズ・リボーン:通常罠

(1):自分の墓地のXモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、このカードを下に重ねてX素材とする。

 

活路への希望:通常罠

(1):自分のLPが相手より1000以上少ない場合、1000LPを払って発動できる。お互いのLPの差2000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

龍次LP2300→1300手札6枚

アリエティスLP8000手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 仕留め損ねた。この事実が、ムネモシュネの胸中に暗雲を広げる。

 往々にしてあることだ。記憶を手繰ればわかる。人間は追い詰められれば心が折れ、跪く。

 だが稀にいるのだ。屈服したと思った状況から立ち上がり、逆境を覆すものが。

 人間の中にある強大さ、逞しさ。歴代の英雄たちを引き合いに出すまでもない。誰もが持っていて、しかし誰もが扱えるわけではない、屈せぬ心。ああそれは、神々さえも凌駕するやもしれない。

 

「龍次、相手のライフは一ターンで削り切らなければ回復する、ほぼ無尽蔵。このままじり貧になりますか?」

「いいや、ならない!」

 

 伊邪那岐の問いかけに、龍次ははっきりと答えた。

 

「このターンで決める。一気に削って終わりだ。俺はサイクロンを発動! ターナープロの伏せカードを破壊する!」

 

 一陣の風が刃となる。音立て迫る風の刃。それがアリエティスの足元に伏せられたカードを切り刻む。

 カードの正体はマドルチェ・ティーブレイク。こちらの魔法や罠を妨害するカウンター罠。

 

「うわっち、これはまずいかなぁ」

 

 破壊された己のカウンター罠を見て、アリエティスが天を仰いで後頭部を掻いた。

 伊邪那岐が顎に手を当て行った。「相手の戦術、戦略にこれ以上付き合うのは得策ではない。ならば――――」

 龍次が力強く頷いて応じた。「このターンで、決着をつける!」

 叫び、手札からカードを一枚引き抜き、叩きつけるようにデュエルディスクにセット。そのカードの名を高らかに叫ぶ。

 

RUM(ランクアップマジック)-ヌメロン・フォース! これで、俺の希望皇ホープをランクアップさせる!」

 

 黄金の光が天から降り下りた。

 それは進化の光。新しい姿を獲得するための門。

 ホープがウィングパーツを展開させて飛翔する。目指す先は当然、新しい姿を得るための“場”。ランクアップの場だ。

 

「俺は、希望皇ホープをオーバーレイ! モンスター一体で、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズチェンジ!」

 

 黄金の輝きに飛び込むホープ。その姿が様変わりする。

 

「白き異界の力、滅びを切り裂く刃となる! 今、希望は進化する! カオスエクシーズチェンジ! CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー!」

 

 白をベースとしたアーマー、燃え上がる炎のような真紅の腕、さらに二本の、同じく真紅の補助アーム。ウィングパーツを力強く広げ、四本の腕それぞれに剣を持った姿は仏敵を打ち滅ぼす仁王の如し。その左肩には赤く刻まれたナンバー、39。

 

「これこそが俺の希望の進化した姿! そして、ヌメロン・フォースの効果発動! ホープレイ・ヴィクトリー以外の表側表示カードの効果を無効にする!」

 

 がくんと、ムネモシュネの身体が傾いた。六つの手のひらが大地をつき、体を支える。

 

「ぐ……あ……。我が力、が……」

「失われる! デュエルのカードである以上、神とて同じ!」伊邪那岐が叫ぶ。

「だから、ここで終わらせるんだよ!」龍次も叫び、カードを操る。

「戦士の生還を発動! 墓地のダルク・フラッグを手札に戻し、再び召喚! 効果で手札からH・C ダブル・ランスを特殊召喚!

 そして! ダルク・フラッグとダブル・ランスでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! もう一度だ、俺の聖剣! H-C エクスカリバー!」

 

 虹色の爆発を自ら切り裂いて、真紅のアーマーを纏った、聖剣の名を関した戦士が現れる。

 表情に緊を宿したムネモシュネに対して、伊邪那岐が畳みかけるように叫ぶ。「エクスカリバーの効果発動! ORUを二つ使い、自身の攻撃力を倍にします!」

 周囲を旋回するORU二つを消費し、エクスカリバーから凄まじいエネルギーが迸る。パートナーのセリフを受け継ぎ、龍次もまた叫ぶ。

 

「そして、ここからが俺の新ネタだ! H・C ニッカリをライトPジーンにセット!」

 

 パチン。叩きつけるようにデュエルディスクがカードにセットされる。龍次の右隣に青白い光の円柱が屹立。中に納まったのは薄青色の軽装のアーマー姿で、右手にうっすらと青く光る刀身の太刀を持った戦士。

 

「バトルだ! ホープレイ・ヴィクトリーでムネモシュネに攻撃! ここで、ホープレイ・ヴィクトリーの効果発動! ORUを一つ使い、ムネモシュネの攻撃力分、ホープレイ・ヴィクトリーの攻撃力をアップ!」

 

 ダン! と一歩、大きく大地を踏みしめて、龍次が攻撃宣言を下した。ホープレイ・ヴィクトリーが手にした剣のうち、ひと振りを捨て、残った一本を両手で握りしめた。

 ウィングパーツを広げ、飛翔、さらに疾走。一瞬にして高速域に達した速度から、横一文字に一閃。走る金の一閃がムネモシュネを胴から両断した。

 

「が、ぁ……!」

 

 戦闘破壊された衝撃で呻くムネモシュネ。神でもないモンスターに倒されたことにショックを受けたかのように、その四つの瞳が残らず見開かれている。

 

「まだ、終わらねぇ! エクスカリバーで、ショコ・ア・ラ・モードを攻撃!」

 

 龍次の攻撃は終わらない。地を蹴ったエクスカリバーがマドルチェの姫、その進化した姿に肉薄。一瞬で距離を詰め、抜身の剣を逆袈裟に一閃。両断する。

 

「あう!」

 

 ダメージのフィードバックがアリエティスを襲う。龍次はその悲鳴を強引に無視、さらに! と声を荒げる。

 

「ここで、ニッカリのP効果発動! 俺のヒロイックが戦闘で相手モンスターを破壊した時、さらに続けてもう一度だけ攻撃できる! エクスカリバーで、メロメロメロディを攻撃!」

 

 返す刀の一閃。太陽の光を浴びた銀の輝きは停滞なく、メロメロメロディを、乗っていた吹管楽器ごと両断。

 アリエティスのモンスターが全滅した。だが、この一連の攻撃にも、彼女のライフは耐えた。

 わずか100、だがそれでも踏みとどまった。その事実、記憶が、ムネモシュネに希望を与えた。

 ライフが残った。つまり相手はこのターン、仕留めきれなかった。ならば流れは変わる。アリエティスの、プロデュエリストとしての底力は、こうして追い詰められたからその真価を発揮するはずだ。それを信じる。

 だが、次の瞬間迸った龍次の咆哮のようなセリフが、その思惑全てを吹き飛ばした。

 

「この瞬間! 手札から速攻魔法、一滴の希望発動!」

 

 速攻魔法が発動される。次の瞬間、まるで脱ぎ捨てられる甲冑のように、光の粒子となって消えていくホープレイ・ヴィクトリー。消えたCNo.(カオスナンバーズ)。だが遺したものはあった。消えたホープレイ・ヴィクトリーがいた場所に、剣を肩にかけたノーマルの希望皇ホープの姿があった。

 

「なんでホープが!?」

「一滴の希望は、俺のフィールドの希望皇ホープモンスター一体をリリースし、俺の墓地かEXデッキからリリースしたホープよりもランクの低いホープ一体を特殊召喚し、このカードか、墓地の希望皇ホープモンスター一体を下に重ねてORUにできる! そして、当然、バトルフェイズ中に特殊召喚されたホープは、まだ攻撃の権利を残している!」

「あー、つまり、わたしの負けか」

 

 苦笑するアリエティス。最後まで神々の戦争を戦っているという、賭けるもののある“戦意”を感じられないデュエルだった。

 

「終わりだ。希望皇ホープで、ダイレクトアタック!」

 

 アリエティスは防御しない。当然だ。彼女は神々の戦争を戦っているという認識さえない。宝珠を砕かれれば脱落、そういう考えなど当然ない。

 眼前に迫ったホープを見上げるアリエティス。その身に、振り落とされる一刀が、彼女の身体を掠める。

 アリエティスにダメージはない。が、その胸元で無色に輝く宝珠が、見事に両断され、砕け散った。

 

サイクロン:速攻魔法

(1):フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

RUM-ヌメロン・フォース:通常魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターと同じ種族でランクが1つ高い「CNo.」と名のついたモンスター1体を、選択した自分のモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。その後、この効果で特殊召喚したモンスター以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を全て無効にする。

 

CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー 光属性 ランク5 戦士族:エクシーズ

ATK2800 DEF2500

レベル5モンスター×3

このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。また、このカードが「希望皇ホープ」と名のついたモンスターをエクシーズ素材としている場合、以下の効果を得る。●このカードが相手の表側表示モンスターに攻撃宣言した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。ターン終了時まで、その相手モンスターの効果は無効化され、このカードの攻撃力はその相手モンスターの攻撃力分アップする。

 

戦士の生還:通常魔法

(1):自分の墓地の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。その戦士族モンスターを手札に加える。

 

H・C ニッカリ 地属性 ☆4 戦士族:ペンデュラム

ATK1400 DEF1000

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの「ヒロイック」モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動できる。そのモンスターは、相手モンスター1体に続けてもう1度だけ攻撃できる。

モンスター効果

(1):このカードと戦闘を行った相手モンスターが破壊されない時に発動する。そのモンスターを破壊する。

 

一滴の希望:速攻魔法

このカード名は1ターンに1度しか発動できない。(1):自分フィールドの「希望皇ホープ」モンスター1体をリリースして発動する。リリースしたモンスターよりもランクの低い「希望皇ホープ」モンスター1体をEXデッキか墓地から特殊召喚し、このカードか、自分の墓地の「希望皇ホープ」モンスター1体を下に重ねてX素材とする。

 

 

アリエティスLP8000→5200→2700→100→0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話:舞台裏の思惑

 決着はついた。

 龍次(りゅうじ)の眼前で、ティターン神族の一柱、ムネモシュネの身体が崩れ落ちていく。

 腰から両断された身体。六本の腕で辛うじて体を支えるその姿は、死にかけの蜘蛛のようだった。

 

「ぐ……あ……」

 

 ムネモシュネの銀色の身体から、ぱらぱらと粉雪のように破片が舞い落ちていく。アリエティスは状況を理解していないのか、無垢な子供のように首を傾げていた。

 

「ムネモシュネ……どうしたの……?」

 

 加害者の神が消滅していないからか、アリエティスの洗脳は解けていない。ムネモシュネは罅の入った右上腕を動かし、アリエティスの頭に手を置いた。

 

「おい―――――」

 

 何をするつもりだ。龍次はそう叫んで、ムネモシュネの行為を止めようとした。それに待ったをかけたのは、他ならぬ、パートナーの伊邪那岐(いざなぎ)だった。

 

「待ってください、龍次」

「伊邪那岐!?」

「安心してください。ムネモシュネは彼女に危害を加えません」

 

 そういう伊邪那岐はすでに戦闘態勢を解いている。相棒の言う眼前、龍次はゆっくりと、アリエティスの額に手をかけたムネモシュネを見た。

 その動作のなんと優しいことか。まるで母親が幼子の頭をなでるかのようだ。龍次の身体から闘志が抜けていく。

 

「ムネモシュネ?」

「心配……することは……ない……。お前の……記憶から……、この戦いの記憶を……消去する……だけだ……」

 

 ムネモシュネは、己の体が崩壊することにも構わず、アリエティスに力を使った。

 記憶を司る力。その力で彼女の記憶を改変する。認識を改竄されて、戦わせられていた記憶を、消去する。

 アリエティス・ターナーの日常は変わらない。彼女はこれからもプロデュエリストとパティシエの立場を持ち、愛すべき夫と子を持ち、彼らを含めた多くの人間に幸福を届ける。

 ムネモシュネは最期に、かつて一度だけ食べたアリエティスが作ったケーキの味を記憶から再現しながら、消滅していった。

 全てが終わった後、伊邪那岐が言う。

 

「ムネモシュネ、彼女は彼女なりに、パートナーのことを案じていました。だから、戦いのさなか、彼女へのダメージを抽出していた。彼女を傷つけないために、彼女の精神が苦痛に塗れないために」

 

 気を失ったアリエティスを支えながら告げられるセリフに、龍次は複雑な表情をした。

 ともあれ、戦いは龍次の勝利だ。彼には2500のDPが与えられた。

 ティターン神族一柱の打倒。龍次の思いとは別に、状況そのものは幸先のいいスタートだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 バトルフィールド内、ゾディアック本社、屋上。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 暴風雨が擬人化し、それが嘆きのままに叫べば、このような“轟音”になるのだろうか。男は状況を無視してそんなことを思った。

 グレイの髪、青い瞳、長身痩躯の銀縁眼鏡。神経質に糸を張り巡らせる痩せ蜘蛛の風情。

 ゾディアック顧問弁護団の長にして、社長の射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)の幼馴染、秤正治(はかりまさはる)だった。

 そして彼の眼前で激昂するのは巨大な影。逆光になっているため全体像は把握できず、秤からは黒い影としか見えない。

 だがその影が何者なのかは分かる。

 ティターン神族の首魁にしてイレギュラーの元凶、ギリシャ神話に名を刻む大いなる神。息子にギリシャの王の座を簒奪されたかつてのギリシャ主神。

 クロノス。

 今は同名の時の神を吸収したため、その身は異形となり果てている。

 クロノスが慟哭する理由は簡単だ。彼はたった今、同胞を失ったのだ。

 

『ムネモシュネ……。ムネモシュネェェェェェ!』

 

 同胞の名を叫ぶクロノス。そのたびに台風を思わせる豪風が走り、秤の髪を嬲り、油断すれば眼鏡を吹き飛ばそうとする。

 

「ほらあなた、落ち込んではいられないわ」

 

 そんなクロノスの巨体に座る影もある。やはり秤からは見えないが、声だけでその正体は知れている。

 秤と契約を交わしたティターン神族にして、クロノスの妻、レア。

 かつて、ティタノマキアの際は子への愛情から夫を裏切り、ゼウスたちの側についた彼女だったが、此度は最後までクロノスに付き従うといっていた。

 その証明であるかのように、彼女は夫の身体に手を添えて、優し気に声をかけている。

 

「大丈夫です。ムネモシュネは死んでしまいましたが、その魂は再び復活いたします。その時を待ちましょう?」

『分かっている。それに落ち込んだのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。そも、ムネモシュネにはまだ仕事があったというのに』

 

 クロノスの言う通りだ。ムネモシュネが最初に脱落したのはティターン神族にとって痛い、と秤は思う。

 純戦闘要員ではないあの女神には、捕えているハデスの記憶に干渉し、クロノスに吸収されまいとする精神を折る役割があった。

 やはり、クロノスがハデスを吸収し、さらなる力を得るためには、精神ではなく肉体を徹底的に痛めつけ、抵抗できなくなってから、吸収するしかなさそうだ。

 

(だが、そのためにはジェネックス杯を乗り切らなければ。さすがに吸収中に敵に乗り込まれるのはまずいだろう)

 

 ハデスとてギリシャ神話でも五本の指に入る神。そう簡単に抗うことをやめないだろう。

 ジェネックス杯期間中、ハデスの監視は怠らない方がいい。友であり今は雇い主である射手矢にそう忠告しようと、秤は踵を返した。

 屋上から立ち去りながら、なお考えるのはもう一つの懸念事項。

 ゼウス。

 かつてクロノスを討った雷を振るう主神。かの神もすでにジェネックス杯に参加している。気配を感じるとレアも言っているし、クロノスも、ゼウスに優先的に刺客を差し向けている。

 それゆえに和輝たちのようなほかの神々へ割ける手が減るわけだが、クロノスにとっての最大の敵がゼウスであるのは動かしがたい事実がある以上、ゼウス討伐を第一に考えるのは間違っていない。

 それに、と最後に思って、秤は思考を打ち切った。

 ()()()()()()()()()()()()()切り札が、こちらにはある。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夏の東京、その雑踏の中を、彼は涼し気に歩いていた。

 撫でつけられた灰色の髪、落ち着いたディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。それでいながら汗一つかかず、カツカツと熱せられたアスファルトに靴音を響かせて、余裕を持って歩いている。

 フレデリック・ウェザースプーン。多くの人物とパイプを持つ、いまだ謎の多い探偵。

 フレデリックはスマホに耳を当てながら、大仰に頷いて見せた。

 

「グッド! ティターン神族、その一角を崩したか! さすがだ、風間君。ん? 私かい? 残念ながらティターン神族どころか、まだ悪霊(エンプーサ)達にも出会えていないよ。それでは立つ瀬がないので、これから彼らが集っている場所に行くつもりだよ。では、お互いに幸運を祈る」

 

 通話終了。スマホをしまったフレデリックの傍らに、唐突に人影が一つ現れた。

 大柄な男だった。

 短めの銀髪に赤い瞳。左目は黒い眼帯をつけており、銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、黒のレザーパンツのパンクルック。引き締まった筋肉を持つ姿はまさしく筋骨隆々。ロキとはまた違う精悍な顔つきだが。場違いにごつい眼帯が、彼を近寄りがたいものにしている。

 フレデリックが契約した、北欧神話の神、ヘイムダルだった。

 

「フレデリック。気軽に言っているが、これから向かう場所が死地になるとは考えないのか?」

 

 巌のような声が、フレデリックの頭上から降ってくる。フレデリックは道化のように肩をすくめるだけだ。

 

「まぁ、心配することはないだろう」

 歩みは止めず、フレデリックは続けた。

 

「クロノスが優先的に潰すとすれば、それは神話の時代から続く因縁の相手、ゼウスだ。そしてゼウスはパートナーとともにこの大会に参加している。ならばクロノスはほかの何をおいてもゼウスを狙うだろう。配下だって、率先して送り込むさ。倒せずとも、心身を削れればいいとね」

 

 そしてその作戦は間違いではない。言葉には出さずとも、フレデリックはそう思った。ゼウスのパートナー、彼は比類ない強さを持っているが、持久戦に極めて弱い。

 体の問題だ。そのくせ群れることをしない孤高な性格なものだから、和輝たちへの紹介さえ拒否して一人でずんずん進んでいく。

 そして、今日このジェネックス杯会場にいない仲間もいる。

 ともにAランクのプロデュエリストなので、そろってくれれば大いなる戦力となっただろうが、残念だ。

 一人は龍次の師匠、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)。彼女は参加登録自体はしているが、一日目は参加していない。私用のため、といっていた。その時の影を秘めた瞳からフレデリックは彼女の過去を思う。弟を事故で亡くしたという過去を。

 そしてもう一人、レイシス・ラーズウォード。

 彼については、クロノス打倒の()を考えての行動だった。

 レイシスのパートナー、スプンタマンユの言を見るに、彼らの行動は許可するべきだった。もしも彼らの憶測通りに事が運ぶならば、参加を辞退してまでの行動は非常に意味がある。

 そしてレイシスについて、フレデリックは和輝たちにも教えていない。

 レイシスたちの危惧が杞憂である可能性もあるし、何より、彼らの成長は著しいが、それでもまだ発展途上。上には上がいるのだ。

 故に、和輝たちには対クロノス、対ティターン神族に集中してほしかった。ほかの心配事など何も考える必要はないのだと、そう思った。

 そんな気苦労が多いフレデリックだが、仕方がないと思っている。

 何しろ自分一人の正義はちっぽけだ。これでは巨悪に立ち向かえない。

 仲間を集めたのなら、彼らを引き合わせ、繋ぎ止めるものが必要だ。

 いずれ必要なくなるかもしれない。だが今はまだ必要だ。故に、己が繋ぎ役となるのだ。そのための苦労など、いくらでも背負ってやろう。

 

 

「パイプ役というのはこういう時不遇だな」

「いいさ。私が巨悪に勝つ必要はない。悪に立ち向かう正義はすでに萌芽している。だったら私は彼らをフォローし、支えるだけさ。彼らが戦いに集中できるようにね」

「さすがは、全てを見通しながら希望を捨てなかった男は言うことが違うな」

 

 と、その時、ヘイムダルの足が止まった。一瞬遅れて、フレデリックの足も止まる。

 

「ここかね?」

「そうだ。バトルフィールドが展開されている。そして、ゼウスの契約者がこの中で戦っている」

「では入ろう」

 

 何ら臆することなく、フレデリックはバトルフィールド内に入り込んだ。

 

 

 バトルフィールド内に入ったフレデリックを迎え入れたのは、まず光だった。

 次いで轟音。全身を叩くような大きな音がフレデリックを迎えた。

 

「む……」

 

 さすがに目を庇うフレデリック。光の正体が雷だと気付いた時、口元に笑みを浮かべて前を見た。

 倒れ伏す人影。消滅する怪物。その向こうに、胸を張ってにやりと笑う人影。

 百八十を超える長身、浅黒い肌、黒い総髪、黄色い瞳、鋭い犬歯、第三ボタンまで外したガラシャツにダメージジーンズ姿。知能を持つ黒獅子の風情。

 

「ハッ。これがギリシャの怪物かよ。大したことねェな」

 

 犬歯をむき出しにして、男は笑う。

 

「相変わらずの闘争っぷりだ。君を前にしては、野生の動物も死を覚悟して(こうべ)を垂れるだろうね、狩谷(かりや)君」

 

 狩谷と呼ばれた男は肉食獣の笑みを深めただけだった。

 

「だが、連戦には向かない」

 

 新たな声は唐突に。ふと気づけば狩谷の傍らに男の姿。

 三十代前半の外見、狩谷をさらに超える、二メートルを超える巨体、荒々しい金髪に白い肌、奥に炎がちらつく氷河のような青い瞳、胸板を惜しげもなく晒す白シャツ姿。だがそこに嫌らしい感じはなく、伊達男風のセクシーさを醸し出している。

 ギリシャ神話の主神、そして神話の時代、クロノスを討ち取った雷雹纏う神、ゼウス。それが狩谷のパートナーだった。

 

「狩谷、貴様の肉体能力は高いがただ一つ、どうしても自由の利かないところがある」

 

 落雷のような重々しい、しかし耳を圧することのない声で、ゼウスは告げる。その太い指が狩谷の左胸、心臓を指し示した。

 

「貴様の心臓は吾輩のように強靭ではない。注意せよ。吾輩のパートナーならば、戦場以外でくたばることは許さんぞ」

「ンなダセェ事になるかよ」

 

 心臓に手を当てて、狩谷は告げる。ふてぶてしく。

 

「オレの命の使いどころはオレが決める。少なくとも、それは静かなベッドの上じゃねェ。もっと騒々しくて、やかましくて、ンでもって、このハートが燃え上がる場所だ」

「だが、クロノスの方はもう少し冷静なようだ」

 

 ふてぶてしく笑う狩谷に水を差したのは、ヘイムダルだった。

 

「おれの“目”が見るところ、クロノスはお前たちの居場所を掴んでいる。そして己の手駒を多く、お前たちに割いている。ゼウスを警戒しているのは明らかだ。そしてその動きはただ疲弊させるだけではない。おそらく、ゼウス、お前のパートナーが心臓に持病があることも知っているのだろう。

 クロノスの狙いは疲弊ではなく、心臓にダメージを蓄積させ、その機能を停止させることだ」

 

 クロノス自身が前線に出るのではなく、配下を使ってゼウスたちを削り、その上で倒す。効率的だが――――

 

「臆病者め」

 

 額に汗を浮かばせながら、狩谷はそう切って捨てた。威勢はいいが、額の汗の原因は暑さだけではあるまい。

 それにフレデリックの懸念はまだある。

 彼の友のことだ。

 ルートヴィヒ・クラインヴェレ。彼と連絡がつかない。

 ジェネックス杯開催の、少し前からだった。今までは定期連絡には必ず返事が来ていたのにそれがなく、こちらからのアポイントメントにも反応がない。

 彼の息子に問い合わせてみたが、彼との接触も断っているらしい。

 懸念がある。疑念も。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 と、そんな疑惑が暗雲のように心の中に広がる中、フレデリックの耳朶をヘイムダルの声が叩いた。

 

「敵だ」

 

 簡潔な一言。フレデリックと狩谷、二人の人間が振り向いた先には、確かに、バトルフィールド内に新たな人影が現れていた。

 やせ細った体つき、焦げた頬、ぼさぼさの髪にだるだるのTシャツ。なのに目だけがギラギラと異様な輝きを放っている。

 絵にかいたような不審者。それが、左手にデュエルディスクを装着している。

 明らかに常軌を逸しており、目の焦点が合っていないことから正気ではない。

 

「ケッ、またギリシャの怪物かよ!」

 

 身構える狩谷を手で制して、フレデリックが前に出た。

 

「いいや、違う。彼に憑り付いているのは、ギリシャ神話の怪物ではない」

 

 断定口調。鋭い視線を向けているフレデリックの目には映っていた。目の前の男の背後に振らめく異形の姿が。

 ゴムみたいな質感の、のっぺりとした黒い皮膚、蝙蝠のような翼、長い尻尾。最大の特徴はその顔面。

 顔がないのだ。

 ごっそりと、削り取られたように平面になった顔。目も鼻も、口も耳も何もない。なのに五感はあるのか、その異形はまっすぐこちらを見ている。

 

「ふむ、ナイトゴーントだ。ギリシャ神話ではなく、クトゥルフ神話の怪物だね。どうやら、この大会の裏で蠢くのは、クロノス達だけではないらしい」

 

 呟いながら、フレデリックは一歩前へ。デュエルディスクを起動させる。

 何か言おうとする狩谷を制して、袖に音を立たせながら右手を上げる。

 

「ここは私に任せたまえ。君は頑張りすぎだ。たまには見学に回っていたまえよ」

 

 にやりと、男が笑う。麻薬中毒者のような様相なので、笑われると不気味以外の何物でもない。

 

「すぐに終わるよ」

 

 互いのデュエルディスクが対戦相手を認識した。

 

決闘(デュエル)!』

 

 間髪入れず、二人の声が響く。

 

 

フレデリックLP8000手札5枚

ナイトゴーントLP8000手札5枚

 

 

「先攻……貰う……」

 

 男は――男に憑依したナイトゴーントは――ひきつるような耳障りな声を立てて、宣言した。

 

「カードを……セット……。モンスターを……セット……。ターン終了……」

 

 

「ふむ、では私のターンだ、ドロー!」

 

 基本的な布陣を敷くだけでターンを終えたナイトゴーント。ドローカードを確認したフレデリックはふむと一度頷いた。

 

「敵に邪魔される危険が極端に少ない先攻一ターン目だというのに、随分静かな立ち上がりだね」

「ではどうするフレデリック? お前は派手に行くのか?」

 

 ヘイムダルが投げかけた台詞に、フレデリックは微笑付きで肩をすくめた。

 

「他ならぬ君のリクエストだ。承ろう。手札のドットスケーパーを捨て、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

 ダンダンダン。三発の銃声が連なり、現れたのは西部劇のガンマンを模した機械族モンスター。赤いマントで顔を隠し、それでもなお覗く眼光をナイトゴーントに向け、リボルバー拳銃の銃口もまた、敵に向けている。

 

「さらに墓地に送られたドットスケーパーの効果発動! このカードを特殊召喚するよ」

 

 続いて特殊召喚されたのは、名前の通りドットで構成されたモンスター。ドットなのでわかりにくいが、四足獣型で、妙に大きな頭部と動きの少ない瞳はどこか愛嬌がある。

 

「レベル1のドットスケーパーに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 間髪入れずに、フレデリックが動く。五つの緑の輪となったクイック・シンクロン。その輪を潜り、一つの白く輝く光の玉となったドットスケーパー。光球を、光の道が貫いた。

 

「開け白の門! 来たれ疾走怒涛の戦士! シンクロ召喚、君に決めたよ、ドリル・ウォリアー!」

 

 現れたのは大地の土を彷彿とさせるブラウンのバトルアーマーを着込んだ戦士。動きと風にたなびくマフラー、右腕のドリルなど、実にいぶし銀だ。

 

「ここで、私はジャンク・シンクロンを召喚しよう。効果で、墓地からドットスケーパーを特殊召喚。そして、墓地からのモンスターの特殊召喚に成功したこの瞬間、手札のドッペル・ウォリアーを、自身の効果によって特殊召喚だ!」

 

 次々に現れるモンスターたち。オレンジの耐火服を着込んだジャンク・シンクロン、先ほどS召喚の素材となったドットスケーパー、そして姿が二重に()()()戦士、ドッペル・ウォリアー。

 

「次はこれさ! レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!

 開け白の門! 来たれ絆紡ぎし(くろがね)の戦士! シンクロ召喚。君に決めたよ、ジャンク・ウォリアー!」

 

 光が辺りを照らし、その向こうからジェット噴射の音を響かせて、新たな戦士が現れる。

 青紫色の体躯を持つ鋼の戦士。背中のブースターを吹かし、メタリックなボディに反した大きな目を持つ意外に愛嬌のある顔。空中でくるりくるりと旋回し、右拳を大きく突き出したポーズを決めてフレデリックのフィールドに降り立った。

 

「ジャンク・ウォリアーと、ドッペル・ウォリアーの効果発動! 私のフィールドにドッペルトークン二体を特殊召喚! そしてジャンク・ウォリアーの効果処理に入る! 私のフィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計値、即ち800ポイント、ジャンク・ウォリアーの攻撃力がアップする!

 バトルだ! ドリル・ウォリアーで守備モンスターを攻撃!」

 

 フレデリックに躊躇はない。モンスターは並べた。相手はそれを妨害しなかった。ならば行く。リカバリーはあとでいくらでもできる。だから恐れるな、躊躇するな。

 攻めるときに足を踏み出す勇気は、勝つためには必須なのだから。

 フレデリックの眼前でドリル・ウォリアーが疾走開始。腕のドリルを高速回転させ、甲高い音を周囲にまき散らす。

 激突。ナイトゴーントの守備モンスターは姿を見せることなく、回転するドリルに巻き込まれて塵となった。

 

「破壊された……オシャレオンの、効果……発動……。デッキからオーバーレイ・イーターを……サーチ……」

「ならばジャンク・ウォリアーでダイレクトアタックだ!」

 

 再び背中のブースターに点火し、天を駆けるジャンク・ウォリアー。その鋼鉄の拳がナイトゴーント本体に叩き込まれようとした瞬間、彼――ナイトゴーントの性別など分からないが――の足元の伏せカードが翻った。

 

「ガード・ブロック発動……。戦闘ダメージを……0にし……、一枚ドロー……」

「防がれたか。まぁ、そうだろうね。だがこれは防げまい! 二体のドッペルトークンでダイレクトアタック!」

 

 ドッペルトークンたちが手にしたボーガンを発射。矢はナイトゴーントが憑依している男の両肩に命中したが、男は揺らめいただけで悲鳴一つ上げなかった。完全に洗脳され、心を封じ込められている証拠だった。

 

「バトルを終了。そしてドリル・ウォリアーの効果発動。手札を一枚捨てて、このカードを除外する。そして捨てた代償の宝札の効果発動だよ。カードを二枚ドロー。永続魔法、補充部隊を発動して、ターン終了だ」

 

 

クイック・シンクロン 風属性 ☆5 機械族:チューナー

ATK700 DEF1400

このカードは「シンクロン」チューナーの代わりとしてS素材にできる。このカードをS素材とする場合、「シンクロン」チューナーを素材とするSモンスターのS召喚にしか使用できない。(1):このカードは手札のモンスター1体を墓地へ送り、手札から特殊召喚できる。

 

ドットスケーパー 地属性 ☆1 サイバース族:効果

ATK0 DEF2100

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できず、それぞれデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。(2):このカードが除外された場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。

 

ドリル・ウォリアー 地属性 ☆6 戦士族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

「ドリル・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。このカードの攻撃力を半分にし、このターンこのカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。手札を1枚捨ててこのカードをゲームから除外する。次の自分のスタンバイフェイズ時、この効果で除外したこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。その後、自分の墓地のモンスター1体を選んで手札に加える。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

ジャンク・ウォリアー 闇属性 ☆5 戦士族:シンクロ

ATK2300 DEF1300

「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力は、自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分アップする。

 

オシャレオン 水属性 ☆3 爬虫類族:効果

ATK1400 DEF800

このカードが自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する限り、相手は「オシャレオン」以外のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない。このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力500以下の爬虫類族モンスター1体を手札に加える事ができる。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

ジャンク・ウォリアー攻撃力2300→3100

 

 

フレデリックLP8000手札2枚

ナイトゴーントLP8000→7200手札5枚

 

 

「ドロー……」

 

 ドローカードを確認した男の眼が怪しく光る。口元もひきつるような笑みが刻まれた。

 

「何か、いいカードを引いたようだぞ」とヘイムダル。フレデリックは頷きつつも微笑を絶やさない。

「油断はできないね」

「オーバーレイ・イーターを捨てて……スネーク・レイン発動……。デッキから四体の……爬虫類族を墓地に送る……」

 

 ボトボトとまさに雨のように、爬虫類族がナイトゴーントのデッキから落ちていく。墓地に送られたのは三枚のマジオシャレオンと1枚のオシャレオン。

 

「フィールド魔法……オレイカルコスの結界……発動……」

 

 ナイトゴーントがカードをデュエルディスクにセットした瞬間、世界が変わった。

 彼らの周囲をエメラルドグリーンの光の線が囲み、隔離する。

 光の線が形作るのは魔法陣。幾何学的な文様が刻まれ、即席のドームとなる。

 オレイカルコスの結界。フレデリックも知らないカードだ。聞いたことも、噂に昇ったこともない。

 これはいくらなんでもおかしい。

 

「これは……、闇のカードだね? それも、おそらく市場には決して出回っていない、違法製造された、存在自体が闇に埋もれたカードだ!」

「このカードが……発動している限り……、こちらの……すべてのカードが与える……ダメージは……闇のカード……レベルだ……。

 オレイカルコスの結界が……ある限り……こちらの攻撃力は……500アップする……」

 

 男の身体を使い、不気味に笑って見せるナイトゴーント。まだ終わらぬとばかりにカードを繰り出してくる。

 

「墓地の爬虫類族モンスターを全てゲームから除外……。邪龍アナンタを……特殊召喚……」

 

 闇が凝縮し、形をとった。

 現れたのは多頭の蛇。稲妻のような形をした角と、襟巻のようなひれを生やした頭と、それに追従するような六つの頭部。体にも蛇の顔があり、蛇の集合体、異形というにふさわしい。

 邪龍アナンタは特殊召喚時にゲームから除外した爬虫類族×600が攻撃力となる。今は六体除外したので、攻撃力は3600。今はオレイカルコスの結界の効果により、4100にまで上昇している。

 

「手札を一枚捨て、D・D・R発動……。除外されているオシャレオンを特殊召喚……。捨てた代償の宝札の効果発動……。二枚ドロー……。さらに……ライオ・アリゲーターを召喚」

 

 モンスターが次々と特殊召喚される。

 フィールド魔法の効果が厄介だ。500のステータス上昇は、馬鹿にできない。邪龍アナンタは4000の大台を超えたし、下級レベルのライオ・アリゲーターが上級レベルに、リクルーターレベルのオシャレオンが下級アタッカーレベルにまで引き上げられる。

 

「バトル……。邪龍アナンタで……ジャンク・ウォリアーを攻撃……」

 

 攻撃宣言が下る。邪龍が多頭の牙を剥き出しにジャンク・ウォリアーに襲い掛かる。牙の群をジェット噴射を駆使して躱していくが、ついに捕まった。

 足に牙がかかり、腰に、肩に、腹に、首にかかった。

 後はただの一方的な咀嚼だ。ジャンク・ウォリアーの破壊と同時に、フレデリックのダメージが来る。

 

「ぐむ……!」

 

 闇のカード、オレイカルコスの結界によるダメージの増幅。以下に神々の戦争特有の、精神の防壁を築こうとも、なお突き抜けてくるダメージに、フレデリックの身体が揺れる。

 

「ライオ・アリゲーターと……オシャレオンで……、ドッペルトークンを……攻撃」

 

 追撃が来る。ライオンの(たてがみ)を思わせるひれをもった鰐がその強靭な顎の力と牙を使ってドッペルトークンを一噛みで粉砕。続いて星型の模様にカラフルな体色をしたカメレオン――オシャレオン――が長い舌を伸ばして残ったドッペルトークンを捕獲、一気に引き寄せて一飲みにしてしまった。

 

「ぐぅ……!」

 

 揺らめくフレデリックの身体。しかし踏みとどまった。大きく息を吐き、体の痛みを逃がそうと努める。

 

「確か、に……。面倒だな、凄まじいダメージだ。だが、補充部隊の効果により、カードを三枚ドローだ」

「だが……、オレイカルコスの結界が存在する限り……、相手はこちらのもっとも攻撃力の低いモンスターを……攻撃対象にできない……。さらにオシャレオンが攻撃表示で存在する限り……、相手はオシャレオン以外攻撃できない……」

「つまり、私はオシャレオンしか攻撃できないが、肝心のオシャレオンがオレイカルコスの結界の効果によって攻撃対象にできない。つまり、面倒なロックというわけか」

 

 フレデリックのセリフに、ナイトゴーントがにやりと不気味に笑った。

 

「ターン終了……。この瞬間……邪龍アナンタの効果により……補充部隊を破壊……」

 

 

スネーク・レイン:通常魔法

(1):手札を1枚捨てて発動できる。デッキから爬虫類族モンスター4体を墓地へ送る。

 

オレイカルコスの結界:フィールド魔法

このカード名のカードはデュエル中に1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、自分フィールドに特殊召喚されたモンスターが存在する場合、そのモンスターを全て破壊する。(2):自分はEXデッキからモンスターを特殊召喚できない。(3):自分フィールドのモンスターの攻撃力は500アップする。(4):自分フィールドに表側攻撃表示モンスターが2体以上存在する場合、自分フィールドの攻撃力が一番低いモンスターを相手は攻撃対象に選択できない。(5):このカードは1ターンに1度だけ効果では破壊されない。

 

邪龍アナンタ 闇属性 ☆8 爬虫類族:効果

ATK? DEF?

このカードは通常召喚できない。自分のフィールド上及び墓地に存在する爬虫類族モンスターを全てゲームから除外する事でのみ特殊召喚する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、特殊召喚時にゲームから除外した爬虫類族モンスターの数×600ポイントになる。このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分ターンのエンドフェイズ時にフィールド上のカード1枚を破壊する。

 

D・D・R:装備魔法

(1):手札を1枚捨て、除外されている自分のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

 

ライオ・アリゲーター 水属性 ☆4 爬虫類族:効果

ATK1900 DEF200

自分フィールド上にこのカード以外の爬虫類族モンスターが存在する場合、自分フィールド上に存在する爬虫類族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

 

邪龍アナンタ攻撃力4100

ライオ・アリゲーター攻撃力1900→2400

オシャレオン攻撃力1400→1900

 

フレデリックLP8000→7000→5400→4300手札5枚

ナイトゴーントLP7200手札1枚

 

 

「手ひどくやられたな。ダメージが堪えるか?」

 

 額にうっすらと浮かんだ汗を胸ポケットから取り出したハンカチで拭っていたフレデリックに対して、半透明のヘイムダルがそう問いかけた。フレデリックは微苦笑して首を横に振った。

 

「なに、確かにいつもよりも受ける肉体的苦痛は大きいが、この程度、何ほどのことでもない。それに、ただの先兵にいつまでも時間をかけていられない。

 このターンで決着をつけるとも。私のターンだ、ドロー!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、フレデリックはカードをドロー。ドローカードの確認を一瞥で済ませ、すぐさま動く。

 

「スタンバイフェイズ! 自身の効果によって除外されていたドリル・ウォリアーが帰還する。そして効果により、墓地のクイック・シンクロンを回収。

 手札のダンディライオンを捨てて、クイック・シンクロンを特殊召喚! さらに墓地に送られたダンディライオンの効果により、私のフィールドに二体の綿毛トークンを特殊召喚する!

 君のフィールドのモンスターに攻撃できないならば、別の方法でどかすまでだ! レベル1のドットスケーパー、綿毛トークン二体に、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 S召喚。そのためのエフェクトが走り、周囲をまばゆい輝きで満たす。

 

「開け白の門! 来たれ雄々しく吠える鋼鉄の破壊者! シンクロ召喚、君に決めたよ、ジャンク・デストロイヤー!」

 

 光の向こうから現れる怒涛の魔人。

 黒鉄(くろがね)色の巨躯。X字のウィングパーツ、太くたくましい左右の上腕と、それを補助するやや細身の下腕二つ。雄々しくそそり立つ角のような額当て。重厚にして俊足の爆撃機の風情。

 

「ジャンク・デストロイヤー効果発動! チューナー以外のS素材に三体のモンスターを使ったため、君のフィールドの三体のモンスターを破壊しよう!」

 

 ジャンク・デストロイヤーの補助腕から光が放たれる。

 光弾は拳の具現のように迫り、ナイトゴーントが操る三体のモンスターを次々に粉砕した。

 

「攻撃を封じられたならば、効果で破壊すればいい。これで君の場に壁はいない。ジャンク・アンカーを召喚。効果を発動し、墓地のジャンク・ウォリアーを特殊召喚。そしてこの二体によるS召喚を行う!

 開け白の門! 来たれ猛然烈火の炎戦士! シンクロ召喚、君に決めたよ、ニトロ・ウォリアー!」

 

 三体目の大型Sモンスターの登場で、フレデリックのモンスターの総攻撃力はナイトゴーントのライフを上回った。

 ナイトゴーントのフィールドに伏せカードはない。ただ、これから来る攻撃に対して立ち尽くすことしかできない。

 

「いつまでも君に時間をかけてもいられない。これで終わりだ。三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 そして予定調和に、三体のモンスターの攻撃がナイトゴーントに叩き込まれ、怪物の(ライフ)を軒並み奪っていった。

 

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

ジャンク・デストロイヤー 地属性 ☆8 戦士族:シンクロ

ATK2600 DEF2500

「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを選択して破壊できる。

 

ジャンク・アンカー 地属性 ☆2 戦士族:チューナー

ATK0 DEF0

このカードは「シンクロン」チューナーの代わりとしてS素材にできる。(1):1ターンに1度、手札を1枚捨て、チューナー以外の自分の墓地の「ジャンク」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターとこのカードのみを素材として、「シンクロン」チューナーを素材とするSモンスター1体をS召喚する。その時のS素材モンスターは墓地へは行かず除外される。

 

ニトロ・ウォリアー 炎属性 ☆7 戦士族:シンクロ

ATK2800 DEF1800

「ニトロ・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分のターンに自分が魔法カードを発動した場合、このカードの攻撃力はそのターンのダメージ計算時のみ1度だけ1000ポイントアップする。また、このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊したダメージ計算後に発動できる。相手フィールド上に表側守備表示で存在するモンスター1体を選択して攻撃表示にし、そのモンスターにもう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 

ナイトゴーントLP0

 

 

 バトルフィールドが消えていく。同時に、ナイトゴーントも消滅していく。あとは憑依された男だけが残った。彼はあとで警察に保護してもらうとして、フレデリックが気になったのはやはり襲ってきた相手だった。

 

「ナイトゴーント。まぁ、ギリシャの怪物じゃあないわなぁ」

 

 見物していたゼウスが顎に手を当てながらそう言った。神話関係に興味がないのか、狩谷は座り込んであくびをしている。肉体的な疲労もあるのかもしれない。

 

「クトゥルフ神話の怪物、か……」

 

 呟くフレデリックは、面倒になったというように肩をすくめた。

 そして告げる。

 

「どうやら、裏で暗躍しているのはギリシャの巨神と怪物だけではないらしいね。いずれにしろ面倒だ。神々を全て冷笑する、あの這いよる混沌が、余計な手出しをしなければよいが」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話:混沌の戦士

 ジェネックス杯開催中の東京都内は、当然ながら多くの外来者の姿があった。

 それ故に経済効果の上昇も勿論見込めたが、それでも一風変わった客が来ることもある。

 とある裏路地の二人組もそうだった。

 一人は痩身の男性。

 揺らめいたワカメみたいな黒髪、黒い瞳、喪服のようなスーツ姿のひょろりとした体躯。暗い畑でただ一体佇む不気味な案山子(かかし)の風情。

 もう一人は反対に、がっしりとした体格のワイルドな男。

 日に焼けた肌、短く借り上げた金髪、黒い瞳、迷彩柄のタンクトップシャツにジーンズ姿。ただし、さっきからしきりに鼻を引きつかせている。自然の中で生きてすっかりやさぐれた野良犬の風情。

 しかも野良犬のような男の方は、まさに犬のように地面に四つん這いになり、鼻を引きつらせ、周囲を窺っている。まるで猟犬が獲物の位置を知ろうとするように、だ。

 

「どうですか?」

 

 スーツの男が問いかけた。四つん這いになっている男は獣のような唸り声をあげ、頷いた。

 

「ああ。匂う、匂いぞ。俺の弟を殺した奴の匂いだ。忘れるものか……!」

 

 男は恨みと怒りを込めた声音で、獣のように唸った。スーツの男が肩をすくめた。

 

「では行きましょう」

「ああ。弟の仇を取ってやる……!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 その少女は、東京の雑踏にあって一際目立っていた。

 年齢は十六か七。その姿は可愛らしいというよりも、美しい。それ故年齢より大人びて見える。

 背中の半ばまで伸ばしたややピンク色に近い紫の髪、サファイアのごとき青い瞳、透き通るような白い肌。その肌を覆う白地の長袖のブラウスに膝のあたりまでの長さの青いスカート。首から下げた銀の十字架、両耳につけたダイヤをあしらったピアス。

 容姿の美しさもだが、彼女が人目を引きつけるのはその立ち振る舞いだろう。

 背筋を伸ばし、胸をそらしてまっすぐ歩く姿は自信と誇りに満ちていた。

 ジェネックス杯の参加者。そして神々の戦争の参加者。カトレア・ラインツェルンだった。

 ただ、周囲の注目を集めている彼女だったが、しかしながら本人の内心は外見ほど堂々としているわけではなかった。

 額に浮いた汗を、ハンカチで煩わし気に――けれどさりげなく――拭う。

 

「熱いですわ……」

 

 暑い、ではなく、熱い、だ。日本の夏に対する、それがカトレアの偽らざる本音だった。

 しかし往来で愚痴るほど彼女の理性は蕩けていない。カトレアは周囲に視線を走らせる。

 道行く人々――主に男性――がちらちらと自分を見ているが気にしない。この国の人間は外国人がよほど珍しいらしく、しょっちゅう視線を向けてくる。

 煩わしいと思わなくもないが、声をかけてこない限り些末事だ。

 そしてカトレアのイライラは、探している人物が見つからないことも理由の一つだ。

 

「モリガン。確かにこの近くにいるのですか?」

(ええ、間違いないわ)

 

 周囲に聞こえないよう、囁き声でカトレアが己の神に問いかけた。神、モリガンは、笑みを含んだ声音で答えた。

 

(だからそうカッカしないの。それに今は仲間なのでしょう? いきなり喧嘩を吹っ掛けるのもどうかと思うわ?)

「いいえ。喧嘩ではありません。共に戦うのならば、その実力を示すべきなのです」

 

 言いながらカトレアは周囲を窺う。探す人物は目立つ容姿だ。近くにいれば気付くはず。

 

(あ、移動したわ)

「どこに!?」

(すぐ近くよ。ちょっと表に出てみなさいな)

 

 言われて駆けだした時、カトレアから見て右側のコンビニの扉が開いた。

 何気なく視線を送ると、彼女が探していた色が見えた。白い髪の色が。

 

 

 戦いに大事なことは何だろうか。和輝(かずき)は補給だと考える。

 なので戦いを続けるうちに喉が渇いた和輝はコンビニに入ってミネラルウォーターを購入。満足して外に出た時だった。

 

「見つけましたわ! オカザキカズキ!」

「うえ!?」

 

 いきなり自分の名前を大声で、しかも間近で叫ばれた場合、人間はまず驚愕し、声の方を振り向く。和輝もそうだった。

 見ればそこには見覚えのある少女の姿。ただし眉を立て、こちらに対して指を突き付ける姿は見るからに不機嫌そうだ。

 

「あー」

 

 名前を思い出そうとする。そもそも名乗られたっけか?

 

「ミスター・フレデリックと一緒にいた少女だね」

 

 助け舟は後ろから来た。和輝の背後から、彼についてコンビニから出てきた金髪碧眼、顔には爽やかな笑顔を貼り付けた美丈夫。

 和輝と契約を交わした神、ロキ。

 

「ああ。確か、カトレアさんでよかったかな?」

「カトレア・ラインツェルンですわ。それに、よく知りもしない方にファーストネームで呼ばれるのは好みませんわね」

 

 きっとカトレアは和輝を睨みつける。元々整った、美しい顔立ちなのだが、それゆえか、眉を立て、目尻をきつくした表情はより一層迫力が増す。

 

「ああ、悪かったよ。ラインツェルンさん。で? いきなり怒鳴り込んだのは何の用だよ?」

 

 和輝としては今回の敵はティターン神族とクロノスだ。降りかかる火の粉を払うことに躊躇はないが、共に戦う相手にまで喧嘩腰というのはいくら何でもないんじゃないかと思う。

 そんな和輝の内心を知ってか知らずか、カトレアはふんと息を吐き、

 

「ここで会ったのも何かの縁。わたくしと、デュエルをしましょう。このわたくし自ら、貴方の実力を測ってあげます」

「その実力なら、あんたの目の前であの探偵に見せたはずだが?」

 

 和輝の冷静な突込みに、カトレアはぐっと息を詰めた。だがすぐに気を取り直した。

 

「いいえ。わたくし自らの手で、貴方の実力を実感したいのです」

 

 なぜこの少女はほとんど話したことのない自分にここまで噛みつくのだろう。頭の中の冷静な部分でそう考えながら、和輝はこの場合、断ったら面倒そうだなぁ、とも思った。

 だから、分かったと口にしようとして――――

 

 

 世界が、切り替わった。

 

 

 周囲の雑踏が消える。和輝もカトレアも、その認識が間違いだとすぐに分かった。

 消えたのは自分たちの方だ。

 神々の戦争のバトルフィールド。

 

「おいおい、まだ俺は承諾してないのに、いきなりバトルフィールドを展開するってのはちょっと好戦的すぎないか?」

「ち、違います! わたくしではありません!」

「その通りよ」

 

 第四の声が現れる。

 声は実体を伴っていた。

 現れたのは女性。

 まず目につくのは背中から生えた大きな烏の翼。真っ赤なドレスに身を纏い、膝まで届く灰色の髪と瞳の美女。カトレアも美しい少女だが、彼女は美しい大人の女性。

 

「初めまして。カトレアの契約者、モリガンよ」

 

 モリガン。

 北アイルランドに登場する殺戮と勝利、戦争の女神。

 同じ戦争の女神でも、守護を主眼とするアテナとはその性質は正反対だ。そして、実のところモリガンはかのケルト神話の光の神、ルーともちょっとした因縁がある。

 カトレアは、今回の戦いに参加した少女の参加者たちと、実のところ目に見えないつながりがあるのだった。

 女神モリガンの美貌を見て、ロキが口笛を吹いた。

 

「見なよ和輝。引っ込み思案な女神さまが出てきた。初めまして、ボクは――――」

「黙ってろ、ロキ」

 

 相棒の軽口を封殺した和輝は、すでに表情を険にしている。カトレアが原因ではないバトルフィールドの展開。それは即ち――――

 

「敵と、言うことね」

「その通りだ!」

 

 モリガンの独白の返答は頭上から。二人と二柱の中央地点に、上から降ってくる人影があった。

 人間のように二足での着地ではなく、両腕も使った、四足の獣のような着地。

 日に焼けた肌。短く刈り上げた金髪、黒い瞳、迷彩柄のタンクトップシャツにジーンズ姿。ただし、さっきからしきりに鼻を引きつかせている。自然の中で生きてすっかりやさぐれた野良犬の風情。

 

「見つけたぞ、ロキの契約者!」

 

 憎悪の声は咆哮となり、眼差しは殺意の塊となって和輝にぶつけられた。

 

「弟の、オルトロスの仇だ!」

「その言い草、君はケルベロスだね」

 

 ロキの言うことは正解だ。男、ケルベロスは獣のように低く唸り、デュエルディスクを起動させた。

 

「俺がご氏名か」

 

 ならば是非もなし。そういわんばかりに和輝もデュエルディスクを起動させようとする。

 そこに待ったをかける声があった。勿論カトレアだ。

 

「お待ちなさい!」

 

 バン! と音がしそうな威風堂々とした様子で、カトレアは和輝とケルベロスの間に立ちはだかった。

 

「この者とは、わたくしがデュエルをするはずでした! 急な乱入は認められません!」

「黙れ! そいつは弟の仇! 貴様の方こそ、邪魔をするな!」

 

 ケルベロスの憎悪と怒りは本物だ。それを前にしても、カトレアは胸を知らし、態度を改めない。

 

「ならば、まずわたくしとデュエルです。オカザキカズキと戦いたいのならば、わたくしを倒してからにしなさい!」

「なんだその理屈は」

「簡単なことです」

 

 思わず呟いた和輝に対して、カトレアは彼の方を振り向き、誇るように告げた。

 

「わたくしは貴方のデッキをウェザースプーン卿とのデュエルの時に見ました。ならばわたくしのデッキを見せなければフェアではありません。そしてやはり、貴方はギリシャの悪霊(エンプーサ)と戦っている模様。ならばわたくしもまた彼らと戦うのですわ。それでこそフェアというもの。

 そして貴方も!」

 

 ビシ! と音がしそうな勢いで、カトレアはケルベロスを指さした。

 

「なんの障害もなく、仇と戦おうなど、都合がよすぎるというもの! 弟君の仇討ちがしたいのならば、ここで試練を乗り越えるのです!」

 

 怒涛の勢いでしゃべり倒すカトレア。ケルベロスは沈黙していたが、やがて口を開いた。

 

「貴様の言っていることはさっぱりわからん。分からんが、いいだろう。面倒だ。まずは貴様から叩き伏せる!」

「その闘志、良しとしますわ」

 

 挑発的な言動と裏腹に、カトレアは涼やかに微笑し、デュエルディスクを起動させた。

 その胸元に、コバルトブルーの輝きが灯る。宝珠の輝きだ。

 対してケルベロス――正確には、彼(?)が憑依した男――の胸元には何も光がない。

 

決闘(デュエル)!』

 

 両者の声が木霊する。当事者だったはずの和輝を置き去りに。

 

 

カトレアLP8000手札5枚

ケルベロスLP8000手札5枚

 

 

「俺の先攻! 魔導獣(マジックビースト) ジャッカルを召喚!」

 

 ケルベロスのフィールドに、獣の唸り声を発するモンスターが現れた。

 見た目は青い体毛のジャッカルが一番近いが、その体の端部は蜃気楼のように揺らめいており、後ろ脚の付け根や胴体部には宝珠をあしらった鎧を纏っている。身を低くし、威嚇するようにカトレアを睨みつけた。

 しかし攻撃的な見た目に反して、攻撃力は0。

 

「これは油断できませんわね。攻撃力0を攻撃表示で立てるのならば――――」

「何か、厄介な効果。もしくは、次に繋げる為の効果を持っている、ということでしょうね」

 

 言葉を引き継ぐモリガンのセリフに、カトレアは内心で頷いた。そんな一人と一柱の前で、ケルベロスはさらに動く。

 

「フィールド魔法、魔法都市エンディミオン発動!」

 

 ケルベロスがカードをデュエルディスクにセットした途端、周囲の街並みが一変。東京の街がファンタジー風味の魔法都市へ。

 ケルベロスが発動したカードを見て、ロキが顎に手を当て呟いた。「エンディミオンか……。魔力カウンターをメインに据えたデッキなら、このカードがあるとないとじゃあ、だいぶ違うよね」

 和輝も応じて頷いた。「ああ。そしてエンディミオンが発動してしまった以上、まあ力カウンターが溜まることは止められない。こりゃ、結構きついかもな」

 

「魔法カードが発動したため、魔導獣 ジャッカルの上に魔力カウンターが一つ乗る。さらに魔力掌握を発動! その効果で、ジャッカルの上に魔力カウンターを乗せる。さらにエンディミオンとジャッカルの上に一つずつ、魔力カウンターが乗る。そして二枚目の魔力掌握を手札に加える。

 ここで、魔導獣 ジャッカルの効果発動! このカードの上に乗っている魔力カウンターを三つ取り除き、このカードをリリース! デッキから新たな魔導獣、魔導獣 マスターケルベロスを特殊召喚!」

 

 ジャッカルが雄叫びを上げて、溶けるように消えていく。新たに現れたのは、完全に後ろ脚だけで二足歩行を可能にした、獣というよりも、獣人型のモンスター。

 青系統の体毛は同じ。魔導の名の通り、ローブを身に纏い、左手の杖を構え、(たてがみ)のような髪を振り乱す、狼のとも、猟犬とも見える顔つきのモンスター。獣の相を持ちながら、その様は威風堂々としていた。

 

「ふーん。マスターケルベロスか。名前から言って、魔導獣のエースかな?」

「だろうな。魔導獣は詳しくないが、Pモンスターでも、P召喚を主軸にしない変わり種だと聞く。確かにPカードはPゾーンにセットするなら魔法カードとして扱われるから、魔力カウンターを貯めるうえでは有用だ」

「永続魔法、魔導研究所(マジック・ラボ)と、補充部隊を発動。魔法カードが発動したため、マスターケルベロスの上に四つ、エンディミオンの上に二つの魔力カウンターが置かれる。そしてマスターケルベロスは自分フィールドに魔力カウンターが四つ以上乗っている場合、カード効果では破壊されない。ターンエンドだ」

 

 

魔導獣 ジャッカル 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK0 DEF1400

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合、自分フィールドの魔力カウンターを置く事ができるカード1枚を対象として発動できる。このカードを破壊し、そのカードに魔力カウンターを1つ置く。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。(2):自分フィールドの魔力カウンターを3つ取り除き、このカードをリリースして発動できる。デッキから「魔導獣 ジャッカル」以外の「魔導獣」効果モンスター1体を特殊召喚する。

 

魔法都市エンディミオン:フィールド魔法

(1):このカードがフィールドゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。(2):魔力カウンターが置かれているカードが破壊された場合にそのカードに置かれていた魔力カウンターの数だけ、このカードに魔力カウンターを置く。(3):1ターンに1度、自分がカードの効果を発動するために自分フィールドの魔力カウンターを取り除く場合、代わりにこのカードから取り除く事ができる。(4):このカードが破壊される場合、代わりにこのカードの魔力カウンターを1つ取り除く事ができる。

 

魔力掌握:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):フィールドの魔力カウンターを置く事ができるカード1枚を対象として発動できる。そのカードに魔力カウンターを1つ置く。その後、デッキから「魔力掌握」1枚を手札に加える事ができる。

 

魔導獣 マスターケルベロス 光属性 ☆8 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2800 DEF2800

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードを破壊し、デッキからレベル7以下の「魔導獣」効果モンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを2つ置く。(2):自分フィールドに魔力カウンターが4つ以上存在する場合、このカードは効果では破壊されない。(3):???

 

魔導研究所:永続魔法

(1):自分フィールドの表側表示の「魔導獣」Pモンスターカードが戦闘・効果で破壊される度にこのカードに魔力カウンターを2つ置く。(2):1ターンに1度、自分フィールドの魔力カウンターを任意の数だけ取り除いて発動できる。取り除いた数と同じレベルを持つ、魔力カウンターを置く事ができるモンスター1体を、デッキのモンスター及び自分のEXデッキの表側表示のPモンスターの中から選んで手札に加える。(3):フィールドのこのカードが効果で破壊される場合、代わりにこのカードの魔力カウンターを1つ取り除く事ができる。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

魔導獣 マスターケルベロス魔力カウンター×4

魔法都市エンディミオン魔力カウンター×3

 

 

「わたくしのターン、ドロー!」

 

 相手の布陣を見ても一切恐れることなく、カトレアはカードをドローする。その耳にモリガンの囁きが届く。

 

「マスターケルベロス……。名前から言っていかにも魔導獣の切り札って感じね」

「いきなり切り札を出す。その意気や良しですわ。それだけあのカードに信を置いているという証ですから。そして、ならばわたくしも答えねばなりませんわ!」

 

 令嬢然とした姿と凛とした美しさの外見だが、戦国武将のようなことを言い出したカトレアに対して、モリガンは微苦笑を浮かべて告げた。

 

「けれど。迂闊に魔法カードを発動してしまえば、相手の魔力カウンターを貯める結果になってしまう。貴方のデッキとは相性が悪いのではなくて?」

「デッキ相性に尻込みしていては勝利はやってきません。つまり、攻めて、かつわたくしのフェイバリットを出すだけですわ! 手札からフィールド魔法、混沌の場(カオス・フィールド)発動!」

 

 己のホームグラウンドを展開したケルベロスに対して、カトレアもまた己が得意とするフィールドを展開した。

 

「発動時の効果により、デッキから覚醒の暗黒騎士ガイアを手札に加えますわ。そして、相手フィールドのモンスターの数が、わたくしよりも多いため、今手札に加えた覚醒の暗黒騎士ガイアを、リリースなしで召喚しますわ!」

 

 現れたのは、角そびえる兜をかぶった逞しい黒馬に跨り、両手に二振りの突撃槍(ランス)を手にした闇の騎士。

 

「戦士族か。意外だね。あのお嬢様なら、天使とか、光属性系を使うかと思ってた」とロキ。その反応カトレアは微笑した。

「それは違いますわね。貴族とは、多くは騎士階級を持っております。ノブレスオブリージュ。これを成すのは守護天使ではなく、騎士。民は、人の手によって守られるもの。わたくしにぴったりのカードなのですわ」

 

 誇らしげに、カトレアはそう告げた。

 

「そして民を守護するのも騎士ならば、戦争で外敵を討ち滅ぼすのもまた騎士! 儀式魔法、カオスの儀式発動! 手札からサクリボーと疾走の暗黒騎士ガイアをリリース!」

「儀式魔法……。珍しいものを見たな」

 

 和輝の言う通り。儀式魔法は儀式カードとそれに対応する儀式モンスターを保持したうえで、手札かフィールドからモンスターを、合計レベルが召喚したい儀式モンスターと同じか、それ以上の数値になるようにリリースしなくてはならない。

 カード消費が多く、そのくせリターンが少ないと、儀式召喚が登場した当初は酷評も多かった。

 最近はその手の弱点を克服したカードが多く登場し、強豪ともいえるカテゴリーも登場しているので、当初ほど使いにくい印象はなくなった。

 

「だがカオスの儀式はその初期の儀式カードだ。そいつを好んで使っているなんてな」

「このカードこそ、わたくしが初めて手にしたカード! それこそまさしく運命! ならば、このカードを使わずしてどうするのです!」

 

 誇らしく言い切ったカトレアに、和輝は微笑した。その気持ちはわかる。初めて手にしたカードへの愛着。和輝もその気持ちを持って、今のデッキを、ブラック・マジシャンを使っているのだ。

 

「契約は果たされましたわ。二つの魂を贄に、来たれ混沌を制する騎士! 儀式召喚、カオス・ソルジャー!」

 

 カトレアのフィールド、中央に幾何学的な魔方陣を敷いた場を、八つの燭台で円形で囲んだ“場”が現れる。

 燭台全てに赤い炎が灯り、魔法陣が輝きを増す。その中央から現れたのは、巨大な力と可能性を秘めた戦士。

 濃い青を基調にし、金の縁取りを施した鎧姿。冑から延びる赤い飾り髪、清廉さを形にしたような剣、堅固さの顕れの様な盾。

 

「見なさいこの美しくも雄々しい姿。これこそわたくしが最も信を置く騎士の姿ですわ!」

 

 誇らしげに胸を張るカトレア。だがケルベロスには彼女の誇りは伝わらなかったらしく、訝し気に首を傾げられただけだった。

 

「魔獣には誇りや騎士の考えってわからないわよね」

「ぐ……。まぁいいです。気を取り直してプレイを再開します。まずリリースされた二体のモンスターと、混沌の場の効果が発動します。まず、混沌の場の上に魔力カウンターが二つ乗ります。次に疾走の暗黒騎士ガイアの効果でデッキから聖戦士カオス・ソルジャーをサーチ、サクリボーの効果で一枚ドロー。

 トレード・イン発動。今手札に加えた聖戦士カオス・ソルジャーを捨て、二枚ドローですわ」

「だが、貴様が魔法カードを発動した度、エンディミオンの上に魔力カウンターが乗る」

 

 カトレアは臆さない。もとより相手の行動に対して身がすくむ性質でもない。だから行く。どこまでも、前を向いて、胸を張って。

 

「バトル! カオス・ソルジャーでマスターケルベロスを攻撃!」

 

 カトレアの美しい形をした指が、マスターケルベロスを指し示す。主の命を受け、その示す先に、一歩踏み出す混沌の戦士。

 一歩目から最高速。アスファルトを砕き、大気を押しのけるように疾走。瞬時に距離を詰め、獣頭の魔法使いが何の詠唱もする暇もなく、剣を一閃。

 涼やかな空気が吹き抜けた一瞬後、マスターケルベロスの身体が()()()とずれ落ちた。

 

「ぐ……!」

「Pモンスターであるマスターケルベロスは、破壊されても墓地に行かないため、混沌の場に魔力カウンターが溜まらないのが残念ですわね。ですがこれでがら空き! 覚醒の暗黒騎士ガイアで、ダイレクトアタック!」

 

 続く命令は馬上の騎士へ。姫から配された命に頷き、黒の騎士が馬を駆って疾走。すれ違いざまに手にした二槍が稲妻のように閃き、敵を穿った。

 

「があああああああああああ!」

 

 鋭く、重い一撃だった。ケルベロスは踏みとどまる。胸を押さえ、長く息を吐いて苦痛を散らす。

 

「おー。いいのが入ったね」とロキ。対して和輝は首を横に振った。

「けど踏みとどまられた。そのうえエンディミオンの上に魔力カウンターが四つ補充された。さらに補充部隊の効果で二枚ドローだ。ケルベロスとしては反撃の糸口舞い込んだかもしれん」

 

 和輝の言うように、ケルベロスは二枚ドロー。カトレアはふんと息を一つついた。考えるのは、混沌の場に乗った三つの魔力カウンター。これを使うべきか否か。

 カトレアは使用を見送った。フィールドは悪くないし、相手がこちらの補給を嫌って魔法・罠破壊カードを使ってくれれば儲けもの。そう思って、魔力カウンターは温存しておくことにした。無論、攻め時ならば、カウンターを消費することを躊躇わないが。

 

「カードを二枚セットして、ターン終了ですわ」

 

 

混沌の場:フィールド魔法

「混沌の場」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、デッキから「カオス・ソルジャー」儀式モンスターまたは「暗黒騎士ガイア」モンスター1体を手札に加える。(2):このカードがフィールドゾーンに存在する限り、お互いの手札・フィールドからモンスターが墓地へ送られる度に、1体につき1つこのカードに魔力カウンターを置く(最大6つまで)。(3):1ターンに1度、このカードの魔力カウンターを3つ取り除いて発動できる。自分はデッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える。

 

覚醒の暗黒騎士ガイア 闇属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2300 DEF2100

「覚醒の暗黒騎士ガイア」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):相手フィールドのモンスターの数が自分フィールドのモンスターより多い場合、このカードはリリースなしで召喚できる。(2):このカードがリリースされた場合に発動できる。自分の手札・墓地から「カオス・ソルジャー」モンスター1体を選んで特殊召喚する。(3):「カオス・ソルジャー」モンスターの儀式召喚を行う場合、必要なレベル分のモンスターの内の1体として、墓地のこのカードを除外できる。

 

カオスの儀式:儀式魔法

「カオス・ソルジャー」の降臨に必要。(1):自分の手札・フィールドから、レベルの合計が8以上になるようにモンスターをリリースし、手札から「カオス・ソルジャー」を儀式召喚する。

 

カオス・ソルジャー 地属性 ☆8 戦士族:儀式

ATK3000 DEF2500

「カオスの儀式」により降臨。

 

サクリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

(1):このカードがリリースされた場合に発動する。自分はデッキから1枚ドローする。(2):自分のモンスターが戦闘で破壊される場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

疾走の暗黒騎士ガイア 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2300 DEF2100

このカード名の(3)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードはリリースなしで召喚できる。(2):リリースなしで召喚したこのカードの元々の攻撃力は1900になる。(3):このカードがリリースされた場合に発動できる。デッキから「カオス・ソルジャー」モンスター1体を手札に加える。

 

トレード・イン:通常魔法

(1):手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

 

魔法都市エンディミオン魔力カウンター×16

魔導研究所魔力カウンター×2

 

 

カトレアLP8000手札2枚

ケルベロスLP8000→7800→5500手札3枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを一瞥で確認する。ケルベロスの身体には今も激痛が走っている。そのことに対する怒りはある。だが、

 

「その怒りも恨みも、力に変えるまで! 強欲で貪欲な壺発動! デッキトップから十枚を除外し、二枚ドロー!」

 

 発動されたドローカードに、カトレアは顔をしかめ、モリガンは仕方がないというように肩をすくめた。相手にドローさせる以上、さらなるドローソースが手札に舞い込む可能性はあった。それを許容するモリガンと、受け入れつつもやはりイラつくカトレア。その違いは年季の差だろうか。

 

「よし……。魔導研究所の効果発動! このカードの上に乗っている二つと、エンディミオンの四つの魔力カウンターを取り除き、デッキから魔導獣 キングジャッカルを手札に加える。そして魔導獣 メデューサを召喚!」

 

 ケルベロスが新たなモンスターを召喚した。

 現れたのは、メデューサという名前に反し、蛇の要素はなく、どちらかといえばクラゲに似ているモンスターだった。触手のようなものを広げ、鋭い眼光でカトレアを射抜く。

 

「キングジャッカルをPゾーンにセット! PゾーンにセットされたPモンスターは魔法として扱われる。よってエンディミオンとメデューサに魔力カウンターが一つずつ置かれる。

 そしてキングジャッカルのP効果発動! このカードを破壊し、EXデッキからマスターケルベロスを特殊召喚する!」

 

 ケルベロスの右横。青白く光る円柱の中に納まっていたキングジャッカルの姿がガラスのように砕け散る。円柱の破片を雪のように舞い散らせながら、再びローブを纏った獣面の魔法使いが現れた。

 

「二枚目の魔力掌握発動! 魔導研究所の上に魔力カウンターを乗せ、三枚目の魔力掌握を手札に加える! さらに、マスターケルベロスの効果発動! 一ターンに一度、自分フィールドの魔力カウンターを四つ取り除き、相手モンスター一体を対象に、そのモンスターを除外する! さらに除外したモンスターの元々の攻撃力分、相手ターン終了時までアップする! 俺はマスターケルベロス、メデューサから二つずつカウンターを取り除き、カオス・ソルジャーを除外する!」

 

 マスターケルベロスが呪文を唱える。杖の先端が黒い光を放ち始める。

 光はどんどん強くなる。が、それが臨界点に達する前に、カトレアが動いた。

 

「そう簡単には参りませんわ! リバースカードオープン! 禁じられた聖衣! カオス・ソルジャーの攻撃力を600ダウンさせる代わりに、効果の対象にならず、効果では破壊されません!」

 

 防いだ。霧散する黒の光。ロキは感嘆の口笛を吹いた。

 

「マスターケルベロスの効果は強力だけど、対象を取る以上こうすれば防げる。代わりにカオス・ソルジャーの攻撃力が下がってしまったけれど、このまま効果を通してしまえばマスターケルベロスの攻撃力は3000アップする。ちょっと無視できない数値だものね」

「受けるダメージを少なくし、相手の戦力増強も止める。一枚でなすんだから禁じられたシリーズは強力だ。そして、ラインツェルンは見事に使いこなしているよ」

 

 自らの思惑を防がれ、ケルベロスが憤りの唸り声をあげる。しかしカオス・ソルジャーの攻撃力が下がったのは事実。今なら敵のフィールドを蹂躙できる。

 故にケルベロスは男の喉が割けんばかりに咆哮を上げた。

 

「バトルフェイズに入り、この瞬間、メデューサの効果発動! エンディミオンの魔力カウンターを二つ取り除き、覚醒の暗黒騎士ガイアの攻撃力を半分にする!

 そしてバトルに入る! マスターケルベロスでカオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、マスターケルベロスが再び杖を振るう。今度は紅蓮の炎が現出。渦を巻いてカオス・ソルジャーめがけて殺到する。

 

「させません! 墓地のサクリボーの効果発動! このカードをゲームから除外し、カオス・ソルジャーの破壊を無効にします!」

 

 カトレアの墓地からクリボーとサクリファイスの眼が融合したような。微妙にグロテスクな見た目をしたモンスターが飛び出し、マスターケルベロスが放った炎の前に躍り出た。

 結果、小悪魔はカオス・ソルジャーの身代わりとなる。

 

「まだだ! メデューサで覚醒の暗黒騎士ガイアを攻撃!」

 

 カオス・ソルジャーの撃破には失敗したが、まだケルベロスのバトルフェイズは続いている。メデューサがクラゲのような触手を動かし、鞭のようにしならせて馬上の騎士の身体を拘束、一気に絞り、鎧も骨も、まとめて砕いた。

 ダメージのフィードバックがカトレアを襲う。だが彼女は胸を張ってその場で仁王立ちしていた。

 しかし、ケルべロスの獣のような連撃はこれで終わりではなかった。予定は狂った。しっかしやることは変わらない。ケルベロスの手札から一枚のカードが引き抜かれた。

 

「速攻魔法、獣・魔・導(ビースト・マジック)! エンディミオンから二つ、マスターケルベロスとメデューサから一つずつ魔力カウンターを取り除き、EXデッキのキングジャッカルを特殊召喚する!」

 

 咆哮とともに現れる、四足、鎧姿の魔導獣。地に足をつけた瞬間から身を沈め、今にも飛び掛かる準備は万端だった。

 

「キングジャッカルで、カオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 追撃の牙は躊躇いなく。両者の攻撃力は互角。ダメージステップに入っても共に何の行動も起こさなかったため、予定調和通りに相討ちの結果が現れる。

 

「カードを一枚伏せ、ターン終了だ」

 

 このまま何事もなくターンを終えようとするケルベロス。だがカトレアがそれに待ったをかけた。

 

「お待ちを。貴方のターン終了時に、わたくしは伏せていた戦線復帰を発動。墓地から聖騎士カオス・ソルジャーを守備表示で特殊召喚します」

 

 カトレアのフィールドに現れたのは、カオス・ソルジャーの別バージョン。

 鎧の色は白を基調に金で縁取るものに変わり、剣も盾も、形が変わる。さらに最大の違いは背中に翼が生えたことで、全体的に天使的な神々しさを醸し出している。

 

「聖戦士カオス・ソルジャーの効果発動! 除外されているサクリボーを墓地に戻し、マスターケルベロスを除外します!」

 

 聖戦士の剣が横一文字に一閃される。切り裂いたのは実体あるものではなく、空間そのもの。切り裂かれた空間が強烈な吸引力を発揮。捉えたマスターケルベロスを異空間へと放逐した。

 

「おのれ……!」

 

 再び歯噛みするケルベロス。己の効果は防がれ、手駒を増やせば復活され、さらにこちらのエースを、対処できない除外という手段で消していく。このデュエルが始まってから、カトレアは全くケルベロスの思い通りになっていない。そのことがカトレアにとっては良いことだ。

 相手に思い通りにさせないということは、戦況を自分がコントロールしていることだ。

 

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

魔導獣 キングジャッカル 闇属性 ☆6 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2400 DEF1400

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードを破壊し、自分のEXデッキから「魔導獣 キングジャッカル」以外の表側表示の「魔導獣」Pモンスター1体を特殊召喚する。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを2つ置く。(2):1ターンに1度、相手モンスターの効果が発動した時、自分フィールドの魔力カウンターを2つ取り除いて発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

魔導獣 マスターケルベロス 光属性 ☆8 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2800 DEF2800

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードを破壊し、デッキからレベル7以下の「魔導獣」効果モンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを2つ置く。(2):自分フィールドに魔力カウンターが4つ以上存在する場合、このカードは効果では破壊されない。(3):??? 1ターンに1度、自分フィールドの魔力カウンターを4つ取り除き、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。このカードの攻撃力は相手ターン終了時まで、除外したそのモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

魔導獣 メデューサ 光属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1500 DEF1500

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合、自分の墓地の魔力カウンターを置く事ができるモンスター1体を対象として発動できる。このカードを破壊し、そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターに魔力カウンターを1つ置く。

モンスター効果

(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。(2):1ターンに1度、自分・相手のバトルフェイズに、自分フィールドの魔力カウンターを2つ取り除き、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力はターン終了時まで半分になる。

 

禁じられた聖衣:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時までそのモンスターは、攻撃力が600ダウンし、効果の対象にならず、効果では破壊されない。

 

獣・魔・導:速攻魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの魔力カウンターを以下の数だけ取り除き、その効果を発動できる。

●2つ:自分フィールドの「魔導獣」Pモンスター1体を選んで持ち主の手札に戻す。

●4つ:自分のEXデッキから表側表示の「魔導獣」Pモンスター1体を特殊召喚する。その後、そのモンスターに魔力カウンターを2つ置く事ができる。

●6つ:自分のEXデッキから表側表示のPモンスター1体を特殊召喚する。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

聖戦士カオス・ソルジャー 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK3000 DEF2500

「聖戦士カオス・ソルジャー」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、除外されている自分の光属性または闇属性のモンスター1体と相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。その自分のカードを墓地に戻し、その相手のカードを除外する。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、自分の墓地のレベル7以下の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

 

魔法都市エンディミオン魔力カウンター×18

魔導研究所魔力カウンター×3

 

 

カトレアLP8000→7600→7250手札2枚

ケルベロスLP5500手札2枚

 

 

(見ていなさい、オカザキカズキ)

 

 目の前の相手、ケルベロスを見据えながら、カトレアが思うのは和輝のこと。

 今目の前にいる敵を屠り、次は和輝と戦う。それがカトレアの中の決定事項だった。

 かつて、フレデリックと渡り合った和輝の姿。それを見て感じたのは、カトレアのデュエリストしての本能だ。

 強い相手と戦ってみたい。そんな単純で、だからこそ一切偽りようのない思い。それを胸に秘めて、カトレアは敵を前に優雅に胸を張った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話:死神は静かに佇む

 カトレアにとって、デュエルとは文字通り決闘だ。

 だから己の誇りを賭けているし、できる限り対等な条件で戦いたいとも思っている。

 勿論これが神々の()()である以上、いつでも一対一、フェアで戦えるとは思っていないが、それでもできる限り条件は対等にしたい。

 だからカトレアは先にデュエルを買って出た。自分がまだ敵と戦っていないこともある。ダメージが、オカザキカズキの身体に残っているのなら、自分も同条件になろう。

 それは情報の上でも同じこと。自分はオカザキカズキのデッキを見た。デュエルを見た。

 だから自分も、己のデッキと戦術を見せよう。

 

 

カトレアLP7250手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 聖戦士カオス・ソルジャー(守備表示)、

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン (魔力カウンター×4)

 

ケルベロスLP5500手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:青:なし

モンスターゾーン 魔導獣(マジックビースト)メデューサ(攻撃表示、魔力カウンター×0)、

魔法・罠ゾーン 魔導研究所(マジック・ラボ)(魔力カウンター×3)、補充部隊、伏せ1枚

フィールドゾーン 魔法都市エンディミオン(魔力カウンター×18)

 

 

「わたくしのターン、ドロー!」

 

 威勢のいい声と大仰な動作で、カトレアはカードをドロー。そして即座に動いた。

 

「聖戦士カオス・ソルジャーを攻撃表示に変更し、混沌の場の効果を発動します! 魔力カウンターを三つ取り除き、デッキから儀式魔法、超戦士の萌芽を手札に加えます。そして発動! 手札の宵闇の騎士と、デッキの開闢の騎士を墓地に送り、儀式召喚!」

 

 再びカトレアのフィールドに、八つの燭台と、魔法陣が出現。燭台に次々と青い炎が灯っていく。

 

「契約は完了しましたわ。二つの魂を贄とし、来たれ混沌を制する超戦士! 儀式召喚! 超戦士カオス・ソルジャー!」

 

 魔法陣がエメラルドグリーンの光を放ち、さらに雷光と、旋風を巻き起こす。

 魔法陣の中央から出現する新たな力。

 素体はカオス・ソルジャー。ただその身に纏った鎧は混沌をより強く取り込んだためか、勇ましさよりも禍々しさが先に立つ。

 黒みがかかったメインと、赤いアクセントが入った鎧。その様は骨と筋肉が逆転したようにも見える。赤みがかかった瞳が無機質にケルベロスを見据えた。

 

「宵闇と開闢、二体の騎士を生贄として儀式召喚された超戦士カオス・ソルジャーは、多くの効果をその身に宿しております。その効果をお見せしましょう!

 超戦士カオス・ソルジャーの効果発動! 次の相手ターン終了時まで、貴方の手札を一枚、裏側で除外しますわ! わたくしから見て右側のカードを除外していただきましょう」

 

 ケルベロスは無言のまま、手札を除外した。無言なので除外されたカードが魔力掌握なのか、もっと役に立つカードなのかは分からない。

 

「さらに超戦士カオス・ソルジャーの効果発動! 魔導獣 メデューサを除外!」

 

 超戦士が左手の盾を掲げた。次の瞬間、メデューサの背後の空間がガラスが割れるような音を立てて砕け散る。砕けた空間の向こう、何もない異空間が吸引力を発揮。メデューサを捕え、吸い込んでしまった。

 

「これでがら空き! 観念なさいまし! 超戦士カオス・ソルジャーでダイレクトアタック!」

 

 カトレアの唇が、凛とした攻撃宣言を放った。超戦士は頷き、盾を鎧の背に収納し、剣を両手に構える。

 一瞬の沈黙の後、疾走開始。それはもう走るというよりも、弾丸のように撃ち出されるといった感覚。彼我との距離は一瞬にして詰められ、ケルベロスが何かをする前に、その身に向かって袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 音さえ置き去りにする一撃。一瞬後、轟音が走り、吹き抜けた風が地面の埃を巻き上げていく。

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 悲鳴さえも一拍遅れて。ケルベロスの身体が膝から頽れた。間髪入れず、カトレアは跪くケルベロスを指さし、もう一体の騎士に告げた。

 

「これで終わりです! 聖戦士カオス・ソルジャーでダイレクトアタック!」

 

 カトレアの攻撃宣言が下り、聖戦士が地を蹴った。

 白い影が迫るのを、ケルベロスはかすむ目で見た。

 この一撃が入れば負ける。自分は消滅し、弟の仇も討てなくなる。

 

「お――――――ああああああああああ!」

 

 力を振り絞り、痺れる身体で、ケルベロスはデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカード、ガード・ブロック発動! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

「あれを喰らって、反応した!?」驚愕する和輝。半面、ロキは顎に手を当て、笑みを浮かべた。「いい執念だ」

 

 結果、攻撃を防がれたカトレアだったが、しかし落胆はない。相手の場に伏せカードが一枚あったのだから、こういう可能性だってあった。

 

「永続魔法、補充部隊を発動し、カードを一枚セット。ターンエンドですわ」

 

 

超戦士の萌芽:儀式魔法

「カオス・ソルジャー」儀式モンスターの降臨に必要。「超戦士の萌芽」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):レベルの合計が8になるように、以下のどちらかの組み合わせのモンスターを墓地へ送り、自分の手札・墓地から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を儀式召喚する。

●手札の光属性モンスター1体とデッキの闇属性モンスター1体

●手札の闇属性モンスター1体とデッキの光属性モンスター1体

 

開闢の騎士 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK500 DEF2000

「開闢の騎士」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードを使用して儀式召喚した「カオス・ソルジャー」モンスターは以下の効果を得る。●1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。●このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。このカードはもう1度だけ続けて攻撃できる。(2):墓地のこのカードが除外された場合に発動できる。デッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える。

 

宵闇の騎士 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK500 DEF2000

「宵闇の騎士」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードを使用して儀式召喚した「カオス・ソルジャー」モンスターは以下の効果を得る。●1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。●1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。相手の手札をランダムに1枚選び、次の相手エンドフェイズまで裏側表示で除外する。(2):墓地のこのカードが除外された場合に発動できる。デッキから儀式モンスター1体を手札に加える。

 

超戦士カオス・ソルジャー 地属性 ☆8 戦士族:儀式

ATK3000 DEF2500

「超戦士の儀式」により降臨。自分は「超戦士カオス・ソルジャー」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードが戦闘または相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「暗黒騎士ガイア」モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

魔法都市エンディミオン魔力カウンター×20

魔導研究所魔力カウンター×3

 

 

カトレアLP7250手札0枚

ケルベロスLP5500→2500手札4枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 もう後がない。攻撃力3000が主体のカトレアのデッキに対して、ケルベロスの残りライフは2500。一撃で消し飛ばされる。

 だがまだ負けられない。

 

「オルトロスの仇を討つ。奴の――――ロキの契約者の喉元に食らいつくまで、負けられぬ! 魔導研究所の効果発動! エンディミオンの魔力カウンター八個を取り除き、デッキから二枚目のマスターケルベロスを手札に加え、ライトPゾーンにセット!」

 

 ケルベロスの右隣に、薄青い円柱が屹立する。その中に納まるマスターケルベロス。だがその柱はすぐに砕け散る。マスターケルベロスのP効果が発動されたためだ。

 

「マスターケルベロスのP効果により、自身を破壊! さらに二枚目のキングジャッカルを手札に加え、セット! さらにキングジャッカルのP効果! 自身を破壊し、EXデッキからマスターケルベロスを特殊召喚!」

 

 噛みつかんばかりに、ケルベロスは吠えながら、しかしその戦術に濁りはない。

 円柱が砕かれ、現れるローブを纏った獣面の魔法使い。だがケルベロスは止まらない。喰らいついたら離さない猟犬のように、プレイを続行する。

 

「手札を一枚捨て、D・D・R発動! 除外されているマスターケルベロスを特殊召喚!」

 

 二体目のマスターケルベロス。立て続けに登場するエースモンスターに、カトレアは眉を顰めた。そして彼女のパートナー、モリガンは戦争の女神故か、これから()()()ことを直感的に察知したか、もっと険しい表情をしていた。

 

「二枚目の魔導獣 メデューサをライトPゾーンにセット! そしてP効果発動! 自身を破壊し、墓地からマスターケルベロスを特殊召喚し、魔力カウンターを一つ載せる!」

 

 三体目。しかも墓地に行き辛いはずの、Pモンスターが墓地からの登場だ。

 どういうことだ、とは思わない。マスターケルベロスを墓地に送るタイミングは、まさに直前にあったのだ。

 

「D・D・Rのコストとして捨てたのですね……。熱くなっているようでプレイングは冷静ですこと」

 

 軽口をたたきつつも、カトレアの瞳には警戒の色が見えていた。獣の群のような間断のないプレイングに、彼女のデュエリストとしての勘が反応しているのだ。

 

「魔導獣 バジリスクを召喚」

 

 新たに現れた魔導獣は、鳥のような四足に狼を思わせる顔、牙の揃った二つの口、魚の背びれをはやした異形。バジリスクの名の通り、いくつかの生物の特徴を持った合成獣(キメラ)

 

「ここから、貴様の陣営、ライフ、それらを蹂躙する! 一体目のマスターケルベロスの効果発動! エンディミオンから魔力カウンターを四つ取り除き、超戦士カオス・ソルジャーを除外する!」

 

 何度防がれようが、ケルベロスは除去をやめはしない。それは大型獣に襲い掛かる肉食獣の群のごとく。どれほど振り払われようと、飛び掛かり、爪を、牙を突き立てることをやめはしない。ついにはどれほど巨大な獲物でも、打倒できるようにと。

 

「させません! リバーストラップ、スキル・プリズナー!」

 

 ()()()。またしてもマスターケルベロスの効果は防がれた。だが、

 

「それがどうした! 二体目のマスターケルベロス効果発動! エンディミオンの魔力カウンターを四つ使い、聖戦士カオス・ソルジャーを除外!」

 

 どれだけ防がれても、攻め続ければやがてその牙は届く。ローブの獣が杖を振るい、次の瞬間、聖戦士カオス・ソルジャーの周囲を白い光が囲った。

 光は殺人バクテリアのように聖戦士に向かって殺到。触れると同時にその部分を消滅させていく。

 絶叫も何もない無音無言の退場。声が響くのは聖戦士が完全に消された後だった。

 

「マスターケルベロスは、除外したモンスターの元々の攻撃力分、この場合、3000ポイント攻撃力がアップ! バトルだ! 強化されたマスターケルベロスで超戦士カオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 スキル・プリズナーの効果によって、超戦士カオス・ソルジャーはマスターケルベロスの効果から守られている。

 だが攻撃力の差はいかんともしがたい。マスターケルベロスが放った無数の光の矢が、雨のように超戦士カオス・ソルジャーに向かって降り注ぐ。

 轟音。土煙と地響きを伴って訪れたそれを切り裂くように、カトレアの声が戦場に通った。

 

「墓地のサクリボーの効果発動! このカードを除外し、超戦士カオス・ソルジャーの戦闘破壊を防ぎます!」

 

 だが超戦士はこらえた。大地に踏みとどまり、盾を構えて光の流星雨を耐え抜いた。

 

「補充部隊の効果により、二枚ドロー!」

「ならばマスターケルベロスで超戦士カオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 ケルベロスは追撃をやめない。だが聖戦士を破壊したマスターケルベロス以外は、ステータスは元々のままだ。このまま攻撃しても返り討ちにあう。

 にも拘らず攻撃してきたならば、自爆特攻で効果を発動するか――――

 

「コンバットトリックね」

 

 冷静なモリガンの指摘に、ケルベロスはにやりと笑い、これが答えだとばかりに手札からカードを抜き放った。

 

「ダメージステップ! 手札から速攻魔法、禁じられた聖槍を発動! 超戦士カオス・ソルジャーの攻撃力を800ダウンさせる!」 

 

 どこからともなく飛来した槍が超戦士の背中から胸にかけて貫通する。

 よろめく超戦士。その体にマスターケルベロスが放った炎の鞭が超戦士を打ち据えた。

 

「くぅ……! 超戦士カオス・ソルジャーの効果発動! デッキから、暗黒騎士ガイアロードを守備表示で特殊召喚しますわ!」

「脆い壁だ! 三体目のマスターケルベロスでガイアロードを攻撃!」

 

 ケルベロスの三連撃が終わる。光の弾丸が雨となってガイアロードを打ち据える。あとに残ったのは無防備となったカトレアのみ。

 

「バジリスクでダイレクトアタック!」

 

 ここぞとばかりに攻め入るケルベロス。彼の攻撃命令を受け、異形の合成獣(キメラ)が咆哮を上げて低い姿勢のまま疾走を開始。

 

「宝珠を守って!」

 

 モリガンの声が奔る。カトレアがそれに従い、胸元の宝珠を庇うように身を屈める。

 一瞬後、二重の咆哮を上げたバジリスクの爪が彼女の華奢な体に叩き込まれた。

 

「きゃあ!」

 

 悲鳴を上げ、カトレアの身体が吹き飛ばされる。

 背中から地面に激突。一回バウンドして、もう一度激突。呼吸が止まり、肺が再起動。再開された呼吸に大きくむせた。

 

「無事かしら?」

「この程度……大したことではありません! さらに補充部隊の効果により。一枚ドロー!」

 

 ふらつきながら立ち上がり、カードをドローするカトレア。その瞳に宿る力はいささかも揺るがず、弱まることなど無い。彼女の内面の強さが形になったかのようだ。

 その視線を気に入らぬものとして感じながら、ケルベロスは唸りを漏らし、ターンを終えた。

 

 

D・D・R:装備魔法

(1):手札を1枚捨て、除外されている自分のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

 

魔導獣 バジリスク 光属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1800 DEF500

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。このカードを破壊し、自分のEXデッキから「魔導獣 バジリスク」以外の表側表示の魔法使い族Pモンスター1体をデッキに戻す。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

モンスター効果

このカード名の②のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。(2):自分フィールドの魔力カウンターを3つ取り除いて発動できる。自分のPゾーンのカード及び自分のEXデッキの表側表示のPモンスターの中から、「魔導獣」カード1枚を選んで持ち主の手札に戻す。

 

スキル・プリズナー:通常罠

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

禁じられた聖槍:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

暗黒騎士ガイアロード 地属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2300 DEF2100

(1):相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(2):1ターンに1度、このカードより攻撃力が高いモンスターが相手フィールドに特殊召喚された場合に発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで700アップする。

 

 

魔導獣 マスターケルベロス攻撃力2800→5800

混沌の場魔力カウンター×3

魔法都市エンディミオン魔力カウンター×2

 

 

カトレアLP7250→3650→3150→1350手札4枚

ケルベロスLP2500手札0枚

 

 

「おっと、一転してモリガンのパートナーが不利か。いやはや、手負いの獣ほど恐ろしいものはないね。それともここは、怪物の執念の恐ろしさ、と言うべきかな?」

 

 この状況を楽しんでいるのか。口元に穏やかな笑みを浮かべたロキがそう言うが、和輝は首を横に振った。

 

「さっきと状況は逆だ。今度はラインツェルンが補充部隊によって手札を握ってる。なら、それ次第で逆転の目はまだある」

「なるほど。ライフはどちらも残り少ない」和輝の言葉を引き継ぐように、ロキは台詞を紡ぐ。「ならこのターンで決まるかな?」

 

 

「わたくしのターン、ドロー!」

 

 そんな、一人と一柱の感想を耳にしたわけではあるまいが、カードをドローしたカトレアは、己の神に呼び掛ける。

 

「このターンで、()()()()

「……そうね。そろそろいいと思うわ」

 

 パートナーの言葉に、力強い笑みで頷いて、カトレアはまっすぐケルベロスを――――弟の仇を討とうとしている魔獣を見た。

 

「行きます! 墓地の宵闇の騎士と開闢の騎士を除外し、来なさい新たな世界を切り開く先駆者! カオス・ソルジャー-開闢の使者-!」

 

 カトレアの墓地から、二体のモンスターの魂が浮かびだし、それが一つに交わる。

 縦一直線に、朝焼けを思わせる黄金の光が走った。

 光の向こうから現れる騎士。

 見た目はカオス・ソルジャーと変わらない。鎧の色が少し明るい印象になったくらいか。

 だがその全身から溢れる力、内包するオーラが違う。黄金色の光を背負ったその姿は、まさしく開闢の名にふさわしい。

 

「ここで、宵闇と開闢、二体の騎士の効果により、デッキから二枚目の超戦士カオス・ソルジャーと、超戦士の儀式を手札に加えます。そして開闢の使者の効果発動! 強化されたマスターケルベロスを除外します!」

 

 開闢の使者が左手に装備した盾を前面にかざした。

 次の瞬間、盾から太陽の光を凝縮したような黄金色(こがねいろ)の光が放たれた。

 光の奔流はマスターケルベロスを捕え、光に照らされたマスターケルベロスは全身を光へと変換させられて、消滅した。

 

「さらに超戦士の儀式を発動! 開闢の使者をリリースし、レベル8の超戦士カオス・ソルジャーを儀式召喚!」

 

 開闢の使者は除外効果を使った場合、攻撃できない。だから儀式のための贄にして、新たな戦力を調達する。まったく無駄のない戦術に、観戦していた和輝も内心で舌を巻いた。

 

「死者蘇生! 墓地の開闢の使者を復活させます! さらに契約の履行発動! 800ライフを払い、墓地のカオス・ソルジャーを特殊召喚します!」

「ば……ばかな……」

 

 ケルベロスは茫然と呻いた。彼からすれば当然だろう。

 怒涛の反撃によって敵の陣営は崩壊したはずだ。自分のフィールドには破壊耐性を持っているマスターケルベロスが三体もいたのだ。

 突破されはすまい。そう思った。

 だがケルベロスの陣営は壊滅した。そして相手のフィールドには、三種類のカオス・ソルジャー。

 

「これで終わりです! 超戦士カオス・ソルジャーで魔導獣 バジリスクを攻撃!」

 

 フィナーレの時間がやってきた。まず超戦士が盾を投げ捨て跳躍。上空からの落下速度も加えた大上段からの一撃で、バジリスクを頭の先から尻尾まで、容赦なく両断した。

 

「がああ!」

「Pモンスターなため、バーンダメージは発生しません。さらに開闢の使者でマスターケルベロスに攻撃!」

 

 開闢の使者が地を蹴る。一瞬にして距離を詰め、マスターケルベロスの胴体を両断。しかもそこで止まらない。

 

「開闢の使者の効果発動! もう一度、続けて攻撃します! 対象は勿論、最後のマスターケルベロス!」

 

 マスターケルベロスを両断した開闢の使者が、さらに剣を振り上げる。

 返す刀の先にいるのは、杖を構えた最後のマスターケルベロス。

 だが杖風情が、壮絶な剣技を前にいかなる障壁となるか。まるで枯れ枝を折るようなあっけなさで、最後のマスターケルベロスは杖ごと両断された。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 よろめくケルベロス。すでに彼の守りはない。そしてカトレアのフィールドには、まだ攻撃の権利を残したモンスターが一体。

 

「終わりです! カオス・ソルジャーでダイレクトアタック!」

 

 カオス・ソルジャーが、両手で剣を構えて振り下ろす。その剣圧が物理的な衝撃となって大地を走り、大気を切り裂く。

 

「があああああああああああああああああ!」

 

 直撃。混沌の戦士の一撃が、ケルベロスのライフを奪い去っていった。

 

 

カオス・ソルジャー-開闢の使者- 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合に特殊召喚できる。このカードの①②の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。(2):このカードの攻撃で相手モンスターを破壊した時に発動できる。このカードはもう1度だけ続けて攻撃できる。

 

超戦士の儀式:儀式魔法

「カオス・ソルジャー」儀式モンスターの降臨に必要。「超戦士の儀式」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の手札・フィールドから、レベルの合計が8になるようにモンスターをリリースし、手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を儀式召喚する。(2):自分の墓地からこのカード及び光属性モンスター1体と闇属性モンスター1体を除外して発動できる。手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

契約の履行:装備魔法

800ライフポイントを払う。自分の墓地から儀式モンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターをゲームから除外する。

 

 

ケルベロスLP0

 

 

 バトルフィールドの中、膝を付き、倒れ伏すケルベロス。その依り代だった男の身体から、奇怪な気配が消えていくのが、和輝たち人間にも分かった。

 

「貴方の、弟気味の仇を討ちたいという気持ちには理解と敬意を示しましょう。しかしわたくしたちはお行儀のいい試合をしているのではなく、掛け値なしの闘争を行っているのです。願いは、踏み躙らせていただきますわ」

 

 消えていくケルベロスに対して黙礼するカトレア。閉ざされた瞳。その瞼が上がった時、微かにあった相手への憐憫の感情は消え去っていた。

 

「さぁ、オカザキカズキ。邪魔者は片づけました。ここで、フェアな条件で対等な戦いを―――――」

 

 始めましょう。カトレアはそう言いたかったのだろう。だがその耳朶に、この場の誰のものでもない拍手の音が聞こえてきて、言葉を止めた。

 

「見事なデュエルでした。しかしケルベロス。仇を前にして、戦うことさえできないとは。彼の運命の分かれ道、彼は破滅と敗北への道を選んでしまったのですね。残念です」

 

 神妙な口ぶりで、どこか鎮魂を願っているかのような声音。声のした方に目を向けた時、和輝の目が見開かれた。

 揺らめいたワカメみたいな黒髪、黒い瞳、喪服のようなスーツ姿のひょろりとした不気味な男。運命の分かれ道にひっそりと佇む案山子のよう。

 和輝は彼のことを知っていた。

 Bランクプロデュエリスト一の()()()()

 昇格、降格などの相手の進退がかかった時にだけ、神がかり的な強さを発揮し、相手の昇格を妨害し、または相手を今のランクから突き落とす。

 運命の分かれ道に立つ死神。

 彼の名は山羊孝(やぎまなぶ)。神々の戦争のイレギュラー、クロノス率いるティターン神族の一柱と契約した男だった。

 彼、山羊は告げる。

 

「残念ですが、次の相手は私です。貴方たちの運命は、敗北か、勝利か。どちらでしょうね?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話:運命論者と現実論者

今回のデュエル構成は2018年12月までのリミットレギュレーションとなっております。ご了承ください。


 和輝(かずき)鷹山勇次(たかやまゆうじ)と直接会ったのは、僅か二回しかない。

 しかしその二回とも、彼にとっては印象深いものだった。

 初めて会って、言葉を交わしたのは、彼の撮影現場。

 そこで彼が神々の戦争の参加者だと知った。

 それまで和輝が戦った参加者は、理不尽を押し付け、己の契約者も含めた人間のことなどなんとも思っていない神と、神に与えられた力に酔いしれ、膨大な力で多くの人々を傷つけることに罪悪感を覚えるどころか快感さえ得ていた人間だった。

 だから、鷹山勇次とのデュエルは、和輝にとって、いわゆる真っ当な精神を保った神、参加者がいることを知るいい機会だった。

 再会時、彼はベッドの上だった。

 神々の戦争に敗北した。消えた女神に思いを馳せて語るその姿は、朗らかに笑っているようでも、どこか寂しそうだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 カトレアのデュエル終了後、ふらりと現れた、案山子のように細いシルエット。

 揺らめいたワカメみたいな黒髪、黒い瞳、喪服のようなスーツ姿のひょろりとした不気味な男。

 Bランク、否、プロデュエリストの世界で最も嫌われているだろう男。

 山羊学(やぎまなぶ)

 和輝は知っていた。彼の今の立場を。鷹山勇次から聞いて知っていた。

 

「何者です! 名乗りなさい!」

 

 前触れなく現れた男に対して、カトレアが誰何の声を放つ。もとよりここはバトルフィールドの中。普通人は展開した者がわざと取り込まない限り入れない。

 モリガンも、契約者と同調するように表情を険しいものに変えていく。鋭い視線は戦場の女神の名にふさわしい。

 女神の唇が開かれる。

 

「止まりなさい」

 

 カトレアに対して、どこかお姉さんぶっていた声音とは明らかに違う、凛とした声。

 カトレアや和輝に歩み寄ろうとしていた山羊の足がぴたりと止まり、困ったなというように肩がすくめられた。

 モリガンの瞳は、山羊の身体にまとわりついている異様な気配に気づていた。

 神の気配だ。ただしそれは異質だった。へぇと、和輝の隣にいたロキが呟いた。

 

「初めて邂逅するけれど、確かにちょっとほかの神と気配が違うかもね。ティターン神族って言うのは」

 

 ロキの言動に、山羊は苦笑。一礼した。

 

「何らせてもらいますよ。私は山羊学。最早察しの通りですが。イレギュラーな神、ティターン神族の一柱、テミスの契約者です」

 

 名刺交換のサラリーマンのように一礼する山羊。敵意は感じられない。というよりも戦意があるのか分からない。

 だが敵だ。それははっきりしている。

 だから和輝はカトレアの前に出た。その意志は明白。戦おうというのだ、今度は自分が。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 当然カトレアが静止の声をかける。そのまま和輝の肩に手をかけようとするが、それより前に和輝が振り向いた。

 

「悪い。ここは俺に譲ってくれ。ちょっと、こいつとは戦わないとならない理由があるんだ」

「ほう? 私と? ですが、私とは初対面のはずでは?」

「知り合いが、神々の戦争であんたにやられて、今は入院中だ。そう、ありていに言って――――敵討ちってやつだ」

 

 言いながら、和輝はデュエルディスクを起動した。

 

「ほう、なるほど。つまり、私と君の運命は、ここで交わることが決められていたようですね」

 

 そう応える山羊の脳裏に、一体誰が過ったのか、本人にしかわからない。

 そして敵討ちという単語に反応したのは山羊だけでなく、カトレアもだった。

 彼女は何か言いたげに口を開いたが、結局眉を顰めるだけにとどめ、手を引いた。

 腕を組んで一言。

 

「ならば、譲りましょう。しかしオカザキカズキ。わたくしが譲ったのです。勝ちなさい!」

「あいよ」

 

 カトレアに背中を向けた和輝は気軽に手を振り、さらに前へ。カトレアからは見えなかったが、その表情は気楽な声音に反して厳しい。簡単な相手ではないことは、山羊の戦績、評判からよくわかっている。

 

「まず、貴方からですか?」

「まず、じゃない。ここで終わりだ」

 

 山羊は肩をすくめてデュエルディスクを起動させた。互いに一対一。無言の了承が交わされる。

 カトレアが離れた。彼女もまた、和輝の戦いを見守るつもりだ。モリガンも、腕を組んでカトレアの後ろに控えている。

 和輝の胸元に、赤い輝きが――――宝珠の輝きが灯る。山羊にも宝珠が光を放つが、それは無色透明。わずかな光の揺らぎでのみ認識できるものだった。

 相手は決まった。沈黙が二人と二柱の間を駆け抜ける。

 そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 ついに戦いは始まった。

 

 

和輝LP8000手札5枚

山羊LP8000手札5枚

 

 

「私の先攻ですね」

 

 先攻を勝ち取ったのは山羊。彼は5枚の手札を吟味、脳内で数ターン先の戦術までを組み立てる。

 

「では、まず貴方の前に立ちはだかる運命を見定めましょう。手札のD-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイを捨て、トレード・イン発動。二枚ドローします。

 さらにオーバー・デステニー発動。墓地のレベル8のドグマガイを指定し、デッキからレベル4のD-HERO ダイヤモンドガイを特殊召喚します」

 

 勇ましい声を伴って現れたのは、ダイヤモンドを模したアーマーで全身を包み、ヒーローの条件として(?)バイザーで顔を隠したモンスター。その効果は運の要素が強いが、リターンもまた強力だ。

 コストや制約の一切を踏み倒して、ただ効果のみ行使する。和輝の喉が知らずに鳴った。

 

「さて、貴方の前に立つ運命は、敗北か勝利か。どちらに近いでしょうか? ダイヤモンドガイの効果発動。デッキトップをめくります」

 

 涼やかな声と動作で、山羊がデッキトップをめくり、確認する。おやおやと肩をすくめた。

 

「どうやら、貴方の運命は敗北に向かっているようです。デッキトップはデステニー・ドロー。次の私のターン、コストと制約を踏み倒し、このカードの発動が決定しました。

 そして私はまだ通常召喚を行っていない。D-HERO ドリルガイを召喚します。その効果で、手札からD-HERO ディスクガイを特殊召喚しますよ」

 

 ダイヤモンドガイの傍らに、右腕自体を巨大なドリルに変え、左手の五指もドリル、膝からもドリルをはやしている、全身これドリルといわんばかりの戦士が現れる。

 さらにその傍らには、両腕に盾のように巨大なディスクを装備し、さらに翼のように背部にも二枚のディスクを備えた戦士が現れた。

 

「戦士の生還を発動。墓地のドグマガイを回収します。そして、ダイヤモンドガイ、ドリルガイ、ディスクガイの三体をリリースし、ドグマガイを特殊召喚します」

 

 山羊のフィールドの三体のモンスターが闇に包まれて消える。闇が繭のように凝縮し、やがて解れ、中から新たなモンスターが姿を現した。

 悪魔のような禍々しい翼、肩部分に棘をはやした禍々しい鎧、一対の角をはやしたヘッドアーマー。右手にアーマーから直接突き出た両刃の剣。

 

「来たか……。ドグマガイ……」

 

 和輝の表情が険しい。それも当然、ドグマガイは3000を超える攻撃力に加え、相手のライフを半減させる効果がある。基本的にステータスが低めなD-HEROの中にあって異端な存在だった。

 

「カードを一枚伏せて、ターン終了です」

 

 

トレード・イン:通常魔法

(1):手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

オーバー・デステニー:通常魔法

(1):自分の墓地の「D-HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルの半分以下のレベルを持つ「D-HERO」モンスター1体をデッキから特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。

 

D-HERO ダイヤモンドガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1600

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。自分のデッキの一番上のカードをめくり、それが通常魔法カードだった場合、そのカードを墓地へ送る。違った場合、そのカードをデッキの一番下に戻す。この効果で通常魔法カードを墓地へ送った場合、次の自分ターンのメインフェイズに墓地のその通常魔法カードの発動時の効果を発動できる。

 

D-HERO ドリルガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1200

「D-HERO ドリルガイ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。このカードの攻撃力以下の攻撃力を持つ「D-HERO」モンスター1体を手札から特殊召喚する。(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。

 

D-HERO ディスクガイ 闇属性 ☆1 戦士族:効果

ATK300 DEF300

このカード名の効果はデュエル中に1度しか使用できない。このカードは墓地へ送られたターンには墓地からの特殊召喚はできない。(1):このカードが墓地からの特殊召喚に成功した場合に発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

戦士の生還:通常魔法

(1):自分の墓地の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。その戦士族モンスターを手札に加える。

 

D-HERO ドグマガイ 闇属性 ☆8 戦士族:効果

ATK3400 DEF2400

このカードは通常召喚できない。「D-HERO」モンスターを含む自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。(1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した場合、次の相手スタンバイフェイズに発動する。相手のLPを半分にする。

 

 

「先攻一ターン目って基本的に、ドローできない代わりに相手に妨害されないけどさ……。いくら何でも回し過ぎじゃない?」

 

 ロキが驚嘆したような、呆れたような微妙なニュアンスを含めた声音で呟いた。和輝も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「Bランク以上のプロはそのくらい平気でやる。だからいちいちビビっていられない。俺のターンだ! ドロー!」

「この瞬間、ドグマガイの効果が発動されます。貴方のライフを半分にしますよ。ライフ半減という運命を受け入れなさい」

 

 和輝の足元から、瘴気を思わせる黒いガスが噴出する。ガスは生物のように蠢き、和輝の身体にまとわりついた。

 

「させるか! 手札から閉ざせし悪戯神ロキの効果発動! 手札のこのカードを捨てて、ドグマガイの効果を無効にする!」

 

 次の瞬間、涼やかな風が吹き、和輝の周囲を覆おうとしていた黒いガスを残らず吹き散らした。

 

「これは―――――」

 

 山羊が吹き散らされた瘴気の残滓を見て声を上げた。それが神の効果であることを見て取って、納得したように、あるいは感心したように頷いた。

 

「序盤からライフ半減は厳しい面もありますが、それにしても躊躇なく切り札たりえる神を捨てますか。なかなか思い切りがいいですね」

「つまらない運命なんざ、断固拒否する。ましてや、押し付けられたものならなおさらだ。俺は召喚僧サモンプリーストを召喚! 効果で、自身を守備表示にするぜ」

 

 和輝のフィールドに現れた、紫のローブで全身を覆い隠した老人。白いひげが僅かに風にそよぎ、口元が僅かに動いてる。それは呪文の詠唱だった。

 

「サモンプリーストのもう一つの効果発動。手札の魔法カード、トライワイトゾーンを捨てて、デッキからライトロード・アサシンライデンを特殊召喚!」

 

 老人の詠唱が完了する。和輝のフィールドに褐色の肌に白い衣姿、対象の生命を奪う短剣を手にした男が現れる。

 レベル4のチューナー、そして同じくレベル4の非チューナーが揃った和輝のフィールドを見て、山羊の頭をよぎった言葉はシンクロ召喚だった。

 山羊はS召喚に身構えたが、その予想は裏切られた。

 

「ライデンの効果発動。デッキトップから二枚のカードを墓地に送る」ブラック・ファミリア、スキル・プリズナーが墓地に落ちた。「ブラック・ファミリアの効果発動、デッキからブラック・マジシャンを手札に加える。

 ここで、俺は召喚僧サモンプリーストと、ライトロード・アサシンライデンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 和輝の頭上に、渦巻く銀河のような空間が展開される。彼のフィールドの二体のモンスターが、白と紫の光となって渦の中心に向かって飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「研ぎ澄まされた反逆の牙、屈せぬ心! 吠えろダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

 爆発の向こうから、漆黒の身体が飛び出し、咆哮を上げた。

 歪な牙のような形状の翼に、下顎から突き出した、鋭い爪とも、剣の切っ先、槍の穂先とも見える突起物。そして全身から迸らせる稲妻。その身を旋回する二つの光の玉。即ちORU(オーバーレイユニット)

 強大な敵に対しても心折れず牙をむく、反逆の意思を秘めた黒竜だった。

 

「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの効果発動! ORUを二つ使い、ドグマガイの攻撃力を吸収する!」

 

 黒竜の咆哮が響き渡る。その身から放たれた紫電がドグマガイを打ち据える。雷がそのまま敵の力を削ぎ落し、逆にダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの能力を上昇させていく。

 

「バトルだ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンでドグマガイを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。反逆の黒竜の全身から紫電が迸り、翼を広げ、飛翔。次いで疾走。

 大気を貫いて飛来する一矢となって、黒いドラゴンが迫る。

 激突。ドグマガイはその衝撃で、上半身と下半身が腰のあたりで両断された。

 

「ぐぅ……!」

 

 ダメージのフィードバックで、山羊の痩身が揺らぐ。だがそれだけだ。山羊は踏みとどまり、即座に体勢を立て直した。

 

「この程度じゃ、枝葉を揺らす程度、みたいだね」

 

 ロキの呟きに、和輝は頷いた。実際、ライフは削れらたが、宝珠には罅どころか汚れ一つない。その精神は全く揺さぶれていないのだ。

 

「まだ始まったばかりだ。仕方がない。カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

閉ざせし悪戯神ロキ 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする(3):1ターンに1度、自分のデッキからカードを1枚手札に加えることができる。(4):このカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

ライトロード・アサシン ライデン 光属性 ☆4 戦士族:チューナー

ATK1700 DEF1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

ブラック・ファミリア 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK500 DEF0

このカード名の(1)、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に送られた場合に発動できる。自分のデッキから墓地から「ブラック・マジシャン」モンスター1体を手札に加える。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。自分の墓地からレベル7以下の闇属性・魔法使い族1体を特殊召喚する。

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。

 

 

ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン攻撃力2500→4200、ORU×0

 

 

和輝LP8000手札2枚

山羊LP8000→5500手札0枚

 

 

「私のターンですね、ドローします」

 

 いきなり大ダメージを受けた上に攻撃力3400のドグマガイを失ったことなど、ちょっと強めの風に吹かれただけだというように、山羊は泰然としてカードをドローした。

 

「ここで、発動が確定していたデステニー・ドローの効果発動。コストと制約を無視して、二枚ドロー。さらに伏せていたリミット・リバースを発動し、墓地からディスクガイを特殊召喚します。そして、ディスクガイの効果により、二枚ドロー」

「おかしいな。このターンの初め、彼の手札は0だったはずなのに、今は五枚まで増えている。何の魔法だい?」呆れたように言うロキ。

「運命の魔法なんだろうよ、奴に言わせれば」もはやいうことはないという仕草の和輝。そんな一人と一柱をしり目に、山羊はマイペースにカードを操った。

「おろかな埋葬を発動。デッキから、ダンディライオンを墓地に送ります。そして、墓地に送られたダンディライオンの効果発動。私のフィールドに、二体の綿毛トークンを特殊召喚します」

 

 ポンポンと軽快な音を立てて、綿毛に漫画チックな、しかし勇ましい目を加えたトークンが二体、現れる。

 あっけなく揃う三体のモンスター。それに和輝は苦い表情を作った。

 D-HEROで三体のモンスターリリースを要求するのはドグマガイだけではない。もう一体いるのだ。

 

「三体のモンスターをリリースし、D-HERO Bloo-Dを特殊召喚します!」

 

 三体のモンスターが一気に消えていく。

 代わりに現れたのは、赤い闇が凝縮したような異形のモンスター。

 悪魔のような翼、赤黒い鎧、ドラゴンの大顎(おおあぎと)を思わせる右手、悪魔の五指を思わせる巨大な左手、背から伸びる鋭利なパーツは何かをつかみ取らんとする三本爪の巨大な手を思わせる。

 攻撃力は1900と三体のリリースを要求する割には低いが、足りない分は相手から奪えばいいのだ。

 

「Bloo-dが存在する限り、貴方の表側表示モンスターの効果は無効となります。これでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの攻撃力も、元の2500に戻りますね。

 さらにBloo-dの効果発動。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをこのカードに装備します」

 

 Bloo-dが両翼を広げた。するとその翼の内側から、血のように赤い霧が溢れ出した。

 霧は蠢き、次の瞬間には標的を定めた肉食獣の群のように、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンに向かって殺到する。

 血の霧が、黒竜を捉えんとしたその刹那、和輝が動いた。

 

「させるかよ! 墓地のスキル・プリズナーの効果発動!」

 

 バチンと何かを弾く音がして、赤い霧がダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの周りから弾かれる。

 潮が退くように撤退していく赤い波。獲物を捕らえ損ねたBloo-dは、心なし残念そうに呻いた。

 

「躱されましたか。では、次はこれです。手札から融合を発動。場のBloo-dと手札のE・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストを融合!」

 

 山羊のフィールド、彼の頭上に、空間の歪みが生じる。歪みはやがて渦となり、その渦に、山羊の二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「運命を司る戦士たちよ、今ここに一つに交わり、闇を羽ばたく夜天の戦士を現出させよ! 融合召喚、来なさい、D-HERO デッドリーガイ!」

 

 渦から新たなモンスターが現れる。

 青黒い外套を纏った戦士。外套はマントのように翻り、二つに枝分かれして翼のように広がった。

 鋭く伸びた赤い爪、衣装とも、皮膚ともつかない質感の体。悪魔のように禍々しい顔面に、全身から迸る赤い雷。ステータスは守備的だが、わざわざ融合召喚したモンスターがそんな単純なものであるはずがない。

 

「融合素材となって墓地に送られたシャドー・ミストの効果を発動します。デッキから、E・HERO エアーマンを手札に加えます。そしてエアーマンを召喚」

 

 デッドリーガイの傍ら、新たに現れるのは、咲夜(さくや)も愛用している、空を駆けるHERO。空中で一回転して、山羊のフィールドに舞い降りた。

 

「エアーマンの効果発動。デッキからD-HERO ドリームガイを手札に加えます。そしてここで、デッドリーガイの効果発動。手札のドリームガイを墓地に送り、さらにデッキからD-HERO ディアボリックガイを墓地に送ります。そしてこの瞬間、デッドリーガイの効果に取り、私の場のD-HEROは墓地のD-HERO×200、攻撃力がアップします。今、私の墓地にいるD-HEROは七体。よって1400アップです。エアーマンが強化されないのは、残念ですね」

 

 おどけたように肩をすくめる山羊。そうすることで場を和ませたいわけでもあるまいし、何より陰気な雰囲気を漂わせている彼がやっても非常に似合っていない。和輝も反応せず険しい表情のままでいると、山羊は苦笑した。

 そして気を取り直すように宣言する。

 

「バトルです。まずはデッドリーガイでダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンを攻撃します」

 

 攻撃宣言が下る。命令を受けたデッドリーガイが天高く跳躍する。そのマントが固められ、二つの巨大な握り拳となった。

 落下の速度を加えた、巨大な拳による連打。それがダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンの上から叩きつけられた。

 轟音と、砕けたアスファルトの破片が舞い上がる非現実的な光景が繰り広げられる。

 やがて攻撃は終わる。攻撃をやめたデッドリーガイが山羊のフィールドに戻っていった。

 

「ち……!」

 

 ダメージのフィードバックは勿論和輝にも来る。和輝は痛みにわずかに顔をしかめたが、それだけだ。()()は次だ。

 

「エアーマンでダイレクトアタックです」

 

 飛翔したエアーマン。背部のウィングアーマーのジャイロが回転し、小規模の空気の気流を和輝に叩きつける。和輝は足を踏ん張って、顔と胸元――正確にはそこの宝珠――を守るが、強烈な風圧に抗いきれず、吹き飛ばされた。

 

「くあああああああああああ!」

 

 浮遊感に体が流れる。そのまま足から着地できず、背中から地面に激突した。

 

「カッ!」

 

 短く息を吐く。だが勢いは止まった。和輝は痛みを堪えて立ち上がった。

 

「バトルを終了。メインフェイズ2に入り、マジック・プランター発動。リミット・リバースを墓地に送って、二枚ドロー。カードを一枚伏せて、ターン終了です」

「待った。あんたのエンドフェイズ、俺は伏せていた永遠の魂を発動する。手札のブラック・マジシャンを特殊召喚だ」

 

 完全に立ち直った和輝が、ターンを終了してわずかに息を吐いた山羊に待ったをかける。そして彼のフィールドに、黒衣に身を包んだ眉目秀麗な魔法使いが現れた。杖を振るい、勇ましい声で和輝()のそばにはせ参じる。

 

 

リミット・リバース:永続罠

自分の墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

デステニー・ドロー:通常魔法

(1):手札から「D-HERO」カード1枚を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

おろかな埋葬:通常魔法

(1):デッキからモンスター1体を墓地へ送る。

 

ダンディライオン 地属性 ☆3 植物族:効果

ATK300 DEF300

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

D-HERO Bloo-d 闇属性 ☆8 戦士族:効果

ATK1900 DEF600

このカードは通常召喚できない。自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手フィールドの表側表示モンスターの効果は無効化される。(2):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを装備カード扱いとしてこのカードに装備する(1体のみ装備可能)。(3):このカードの攻撃力は、このカードの効果で装備したモンスターの元々の攻撃力の半分だけアップする。

 

スキル・プリズナー:通常罠

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

D-HERO デッドリーガイ 闇属性 ☆6 戦士族:融合

ATK2000 DEF2600

「D-HERO」モンスター+闇属性の効果モンスター

「D-HERO デッドリーガイ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。手札・デッキから「D-HERO」モンスター1体を墓地へ送り、自分フィールドの全ての「D-HERO」モンスターの攻撃力はターン終了時まで、自分の墓地の「D-HERO」モンスターの数×200アップする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

マジック・プランター:通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

 

和輝LP8000→7100→5300手札1枚

山羊LP5500手札1枚

 

 

「む、なぜオカザキカズキはエアーマンの攻撃に対して、永遠の魂を発動させなかったのでしょう? ブラック・マジシャンの攻撃力にも守備力にも、エアーマンは及びませんのに」

 

 デュエルを観戦していたカトレアは、和輝の戦術に不可解な気持ちになったので、つい口に出てしまっていた。

 エアーマンの攻撃に対してブラック・マジシャンを壁にすれば、和輝のライフは必要以上に削られなかった。そのうえで反撃すればよかったのではないかと、そう思ったのだ。

 

「恐らくだけれど、彼は相手のコンバットトリックを警戒したんじゃないかしら?」

 

 うーんと考え込んでしまうカトレアに、隣のモリガンがそう言った。

 

「コンバットトリックを?」

「今、岡崎君の手札は少ないし、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンが倒されてしまったから、攻め手にも欠ける。だから、今の彼のフィールドに、ブラック・マジシャンは要。失うわけにはいかなかったのよ、きっと。だから多少のダメージは覚悟してでも、エンドフェイズに発動した。なぜなら、そうすればブラック・マジシャンを生き残らせるから」

「けれど、たとえコンバットトリックでブラック・マジシャンを破壊されても、また自分のターンで永遠の魂の効果を使って復活させればいいのでは?」

「それだと、永遠の魂の効果でサーチができないでしょ?」

 

 モリガンの言葉に、カトレアはあっと小さく声を漏らした。つまり和輝は――――

 

「オカザキカズキは、すでにこのターンの反撃も考えていた。そのためにダメージ覚悟で、攻め手を保持しておきたかったのですわね」

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「さて、わざわざコンバットトリックを警戒してまでブラック・マジシャンを残したんだ。当然、反撃の手順はできているんだろ?」

 

 パートナーの考えをもちろん汲み取っていたロキは、気軽にそう問いかけた。和輝もまた頷いた。

 

「まずはあの布陣を崩す。永遠の魂の効果発動! デッキから千本ナイフ(サウザンド・ナイフ)を手札に加え、発動! デッドリーガイを破壊する!」

「チェーンさせてもらいましょう。デッドリーガイの効果発動! 手札を一枚捨てて、デッキからD-HERO ディバインガイを墓地に送ります」

 

 ブラック・マジシャンの周辺に、切っ先を山羊の方に向けたナイフが次々に現れた。

 ブラック・マジシャンが指を鳴らした。途端にナイフの群が一斉にデッドリーガイに向かって殺到。その全身に次々に突き刺さった。

 破壊されるデッドリーガイ。山羊は右の目元を微かに揺らしただけだった。

 

矮星竜(わいせいりゅう) プラネター召喚」

 

 ブラック・マジシャンの傍らに、新たな影が現れる。

 影の正体は一体のドラゴン。右半身が漆黒の実体、左半身が輝くエネルギー状となっている、物体と非物体の狭間にいる奇妙なドラゴン。その姿は通常の法則から外れているのかもしれない。

 

「バトルだ! ブラック・マジシャンでエアーマンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。和輝の指が指し示す方向、即ちエアーマンに向かって、ブラック・マジシャンが杖を振るう。黒い雷が放たれ、それは獲物に飛び掛かる蛇の群のようにエアーマンに向かって殺到。その身を穿った。

 エアーマンの断末魔の絶叫が走り、爆散。黒煙が上がるが、それを吹き払うように、山羊の右手が振るわれた。

 

「リバースカード、デステニー・シグナル発動。デッキから、D-HERO ディシジョンガイを守備表示で特殊召喚します」

 

 カードが翻るとともに、上空に「D」の文字が大きく映し出される。新たに現れたのは、バトルスーツに身を包んではいるが、その姿はHEROよりもどちらかといえば倒される怪人のように見える。半魚人型の怪人だ。

 

「壁かぁ」

「だったら壊す。このターン、あいつの場にモンスターは残さない! プラネターでディシジョンガイを攻撃!」

 

 今度は半エネルギー体のドラゴンが動く。その口から放たれる、闇と光のエネルギー。二種類のエネルギーは螺旋を描いて交わり、守備体勢をとっていたディシジョンガイを貫いた。

 

「バトル終了。メインフェイズ2に入り、命削りの宝札を発動! 手札が三枚になるようにドロー!

 カードを二枚セット。そしてエンドフェイズに、命削りの宝札と、プラネターの効果が発動。この発動の順番は俺が決められる。よってまず命削りの宝札の効果で手札を捨て、プラネターの効果でデッキからオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを手札に加える。ターンエンドだ!」

「おっと、貴方のエンドフェイズ、私もディシジョンガイの効果を発動します。墓地からダイヤモンドガイを手札に加えますよ」

 

 

千本ナイフ:通常魔法

(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊する。

 

矮星竜 プラネター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1200

(1):このカードを召喚したターンのエンドフェイズに発動できる。デッキから光属性または闇属性のレベル7モンスター1体を手札に加える。

 

デステニー・シグナル:通常罠

自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。自分の手札またはデッキから「D-HERO」と名のついたレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

 

D-HERO ディシジョンガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1000

「D-HERO ディシジョンガイ」の(1)(3)の効果はそれぞれデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。このターンのエンドフェイズに、自分の墓地の「HERO」モンスター1体を選んで手札に加える。(2):レベル6以上の相手モンスターはこのカードを攻撃対象に選択できない。(3):このカードが墓地に存在し、自分にダメージを与える魔法・罠・モンスターの効果が発動した時に発動する。このカードを手札に戻し、その効果で自分が受けるダメージを0にする。

 

命削りの宝札:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。(1):自分は手札が3枚になるようにデッキからドローする。このカードの発動後、ターン終了時まで相手が受ける全てのダメージは0になる。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て墓地へ送る。

 

 

和輝LP5300手札1枚

山羊LP5500→4800手札1枚

 

 

 まずは前哨戦、これは今終了したといっていいだろう。

 だが和輝は一瞬たりとも気を抜けなかった。

 山羊学はBランクの中堅どころのプロプレイヤーだ。だが、相手の進退がかかった時のみ、神がかり的な強さになる。

 神々の戦争。これは常に相手の進退がかかっている戦いではないだろうか?

 ならば敵は己の実力をフルに発揮できる。油断などできるはずもなかった。

 和輝はかすかに震える息を吐きながら、次の山羊のターンを待った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話:揺れる天秤

 山羊学(やぎまなぶ)にとって、死は幼いころから身近にあるものだった。

 といっても、彼の生い立ちが壮絶であったわけではない。ただ、実家が葬儀屋だっただけだ。

 子供のころから親や従業員たちの仕事を何をするでもなく眺めていた。自然、誰かの遺体を見る機会も、クラスメイトとかよりは多かった。

 成長するにしたがって、近所の人たちも時々運び込まれてきた。

 先週挨拶を交わしたおばあさんが、心臓発作で死亡した。

 三日前に喧嘩した同級生の母親が、事故で死んだ。

 よくお菓子をくれたおじいさんが老衰で逝った。

 様々な死を見てきた。それらに対して山羊が感じたのは、運命の存在だった。

 人の身体に巻き付き、生の道を進ませている運命の赤い糸。それが当然に切られること。

 恐怖は感じなかった。ただ、粛々と受け入れた。

 やがて兄が実家の家業を継いだので、自分は仕事を眺める以外の趣味だったデュエルモンスターズの世界に足を踏み入れ、プロになった。

 それからも彼の性質は変わらない。

 自分も、相手も。ただ運命を見据えて、受け入れるだけだった。

 そんなある意味ニュートラルな在り方が、天秤、法廷、定理を司るテミスと波長が合ったのかもしれない。山羊は自分が意識していないところで、漠然とそう考えていた。

 

 

和輝LP5300手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン ブラック・マジシャン(攻撃表示)、矮星竜(わいせいりゅう) プラネター(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ3枚、永遠の魂、

フィールドゾーン なし

 

山羊LP4800手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

 

「私のターンですね、ドローします」

 

 ドローカードを確認後、山羊は僅かに己の隣にいる気配に注意を払った。

 そこにはさっきから黙したままのテミスがいる。

 彼女は基本、デュエルで場に出されない限り喋らない。デュエル以外では、こちらから話しかけられれば応えるが、自分から物を語ることがない。

 それでいいとも思う。運命を見定めるだけの自分と、天秤の支柱のようにニュートラルなテミス。それ以上何を求めようか。

 

「――――――」

 

 益体もないことを考えたと、僅かに(かぶり)を振る。

 

「さて、貴方の運命はどちらに向かっていますかね。敗北か、勝利か。もう一度試してみましょうか。カードを一枚伏せて、再びD-HERO ダイヤモンドガイを召喚します」

 

 再び現れる、山羊風に言えばデッキトップで運命を占う戦士。

 山羊は即座にダイヤモンドガイの効果を発動した。デッキトップがめくられる。その内容は――和輝の運命の行く末は――、終わりの始まり。

 

「ふむ、これで次のターン、私は何らカードを除外することなく、三枚のドローが確定しました。やはり運命は、貴方の敗北に傾いているのでしょうかね?」

「どうかな? 終わりの始まりってのは、あんたのことかもしれないぜ?」

 

 微笑む山羊に対して、和輝は不敵に笑い返した。そこに敗北への恐怖はない。ただ、敵に対する身構えのみがあった。

 そんな和輝の様子を見ながら、山羊が考えるのは相手のことではなく、自分のプレイング。

 ただ淡々と、粛々と。己のなすべきプレイングを続ける。その果てにある勝敗にもあまり興味はない。ただただニュートラルに、受け入れるだけだ。

 無論、だからといって手を抜くつもりは一切ない。それは運命に対してあまりにも真摯さを欠いている。

 

「墓地のディアボリックガイの効果を発動します。このカードをゲームから除外して、デッキから二体目のディアボリックガイを特殊召喚します」

 

 ダイヤモンドガイの隣に現れる新たなD-HERO。レベルがあっていないのでX召喚ではない。あるとすれば融合。だが山羊の手札はゼロ。考えられるのは――――

 

(あの伏せカードか……)

 

 和輝の予測は当たっていたが、それを知るのはもう少し後のことになる。

 

「墓地のディバインガイの効果発動です。このカードとディスクガイを除外し、二枚ドロー。さらに伏せていた置換融合を発動します。場のダイヤモンドガイとディアボリックガイを融合!」

 

 山羊の頭上に、空間のねじれが造り出す渦が現れる。その渦に二体のD-HEROが飛び込んだ。

 

「運命を司る戦士たちよ、今ここに一つに交わり、宿業を率いる新たな運命を現出させよ! 来なさい、D-HERO ディストピアガイ!」

 

 渦の向こうから、新たな戦士が現れる。

 現れたのは、 青いバトルスーツ、黄色を基調にしたアーマー。マスクの額部分には赤い大きな「D」の文字。どこか怪しげな印象があった従来のD-HEROの中から見れば異質な、アメコミチックな配色のスーツ姿のモンスター。

 山羊の声が飛ぶ。

 

「ディストピアガイの効果発動! 墓地のドリルガイを選択し、その攻撃力分のダメージを与えます!」

 

 つまり1600のダメージだ。ディストピアガイが右手を開いた状態で和輝に向かって突きつけた。

 次の瞬間にはそこから黒い球が弾丸のように放たれた。それも一つではなく、マシンガンのようにいくつも、だ。

 黒の弾丸の群。和輝は宝珠を庇って防御。全身に叩きつけられるダメージと衝撃に耐える。

 

「ぐぁ!」

 

 耐えきったがガードは弾かれた。和輝の身体が宙を舞う。だが今度は空中で態勢を整え、着地に成功。崩れたバランスは地面に手をついて整えた。

 

「次です。手札から、禁じられた聖槍をディストピアガイに対して発動します。これでディストピアガイはこのターン、攻撃力が800ダウンする代わりに、魔法、罠の効果を受けません」

 

 間髪入れずに和輝も動いた。彼の声が山羊に対抗するように飛んだ。

 

「禁じられた聖槍にチェーン! 永遠の魂の効果で、デッキから黒・魔・導(ブラック・マジック)を手札に加える!」

 

 和輝のデッキからカードが一枚飛び出した。空中にある状態で和輝は人差し指と中指を使ってキャッチ。手札に加えた。

 

「ここで、ディストピアガイの効果発動! 数値が変動したこのカードのステータスをもとに戻し、貴方の場にある永遠の魂を破壊します!」

 

 ディスクガイの腕から、再び光が放たれる。今度は弾丸ではなく、矢。獲物を狙い、穿つためのもの。

 

「まずいですわ!」

 

 カトレアが叫ぶ。その理由も明白だ。

 

「永遠の魂は破壊された時、自分の場のカードを全て破壊してしまう! いわばオカザキカズキの生命線! それを破壊されれば、最悪、ゲームエンドまで持ってかれますわ!」

 

 カトレアの言うことは事実だ。だから和輝は叫ぶ。その懸念を打ち払うように。

 

「お前は俺を馬鹿だと思っているのか!? 永遠の魂を破壊しに来ることを、想定していないわけがない! リバースカードオープン! 超融合! 手札の黒・魔・導を捨てて、俺の場のブラック・マジシャンとプラネターを融合!」

 

 直前の山羊のフィールドの焼き回しのように、和輝の頭上の空間に渦が生じる。渦に、和輝のモンスターたちが飛び込み、一つに混ざり合る。

 

「黒衣の魔術師よ、恒星を宿せし竜よ! 今一つに交わり竜を支配せし賢者へと変じよ! 融合召喚、竜騎士ブラック・マジシャン!」

 

 渦の中から咆哮が轟いた。

 現れたのは、呪符竜と同じく、ブラック・マジシャンが緑のドラゴンに跨った姿。ただ、ブラック・マジシャンの身を包んでいるのは魔導の衣装ではなく、それをモチーフにしたと思われる鎧。ドラゴンの頭を優しく撫でて、にやりと不敵に笑う。

 

 次の瞬間、ディストピアガイが放った破壊の矢が和輝の永遠の魂に直撃したが、カード自体が破壊エネルギーをはじき返した。

 

 

「これは――――」

「竜騎士ブラック・マジシャンがいる限り、俺のフィールドの魔法、罠カードは相手効果に対象にならず、相手の効果で破壊されない! さらに竜騎士ブラック・マジシャンはフィールド、墓地にある限りブラック・マジシャンとして扱う」

 

 うまくかわされた。しかも竜騎士ブラック・マジシャンの攻撃力は3000。ディストピアガイよりも上だ。

 

「攻撃はできませんね、これは。墓地の置換融合の効果を発動します。このカードを除外し、墓地のデッドリーガイをEXデッキに戻して、一枚ドロー。カードを二枚伏せてターン終了です」

 

 

D-HERO ディアボリックガイ 闇属性 ☆6 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「D-HERO ディアボリックガイ」1体を特殊召喚する。

 

D-HERO ディバインガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1400

「D-HERO ディバインガイ」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードの攻撃宣言時に、相手フィールドの表側表示の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、相手に500ダメージを与える。(2):自分の手札が0枚の場合、自分の墓地からこのカードと「D-HERO」モンスター1体を除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

置換融合:通常魔法

このカードのカード名はルール上「融合」として扱う。(1):自分フィールドから融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):墓地のこのカードを除外し、自分の墓地の融合モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをエクストラデッキに戻す。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

D-HERO ディストピアガイ 闇属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2400

「D-HERO」モンスター×2

「D-HERO ディストピアガイ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分の墓地のレベル4以下の「D-HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードの攻撃力が元々の攻撃力と異なる場合、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、このカードの攻撃力は元々の数値になる。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

禁じられた聖槍:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

超融合:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。自分・相手フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

竜騎士ブラック・マジシャン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK3000 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「ブラック・マジシャン」として扱う。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分フィールドの魔法・罠カードは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。

 

 

和輝LP5300→3700手札1枚

山羊LP4800手札0枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「さて、敵は強力なモンスターこそあるけど、こっちはそれ以上に強力なモンスターを従えた。つまり攻め時だよね?」

「勿論だ。伏せていたダーク・バーストを発動! 墓地からサモンプリーストを回収し、召喚! 効果で守備表示に変更される。そしてサモンプリーストのもう一つの効果発動! 手札の代償の宝札を捨て、デッキから聖鳥クレインを特殊召喚!」

 

 ローブに身を包んだ老人が、再び呪文を唱え始める。

 幾何学的な魔法陣が展開し、召喚されたのは白い翼を広げる大きな鳥。聖鳥の名に恥じぬ美しさと神聖さを持ったモンスター。その効果も結構()()()()()

 

「クレインと代償の宝札の効果で、合計三枚ドロー! サモンプリーストとクレインでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 来いよ、ダイガスタ・エメラル!」

 

 虹色の爆発の向こうから降り立ったのは、翼を左右に広げたエメラルドの身体をした鉱石の戦士。間髪入れずに和輝は叫んだ。

 

「ダイガスタ・エメラルの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、俺の墓地のダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン、ブラック・ファミリア、聖鳥クレインをデッキに戻して、一枚ドロー! さらに永遠の魂の効果で、墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 和輝のフィールドに、次々と戦力(モンスター)が揃っていく。

 

「戦力はそろった。軍備も増えた。じゃ、攻めるでしょ?」

「そうだ! バトル! 竜騎士ブラック・マジシャンでディストピアガイを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。鎧を身に纏った魔導師が竜から跳躍。杖を振るい、頭上から七本の落雷をディストピアガイに向かって一気に落とした。

 轟音、閃光。そしてすべてを覆いつくすかのような衝撃が迸る。これを喰らっては、ひとたまりもないはずだった。

 

 

 だがカトレアが見たのは、そんな怒涛の攻撃の中心地点にいながら、なお消滅せず、ディストピアガイは立っていた。

 

「なぜ……?」

「見なさい、カトレア。テミスの契約者のフィールドを。いつの間にか新しいモンスターが増えているわ」

 

 モリガンの言う通りだった。いつの間にかディストピアガイの隣に、新たなモンスターの姿があった。

 全身を包むスーツ姿、胸には三日月のマーク、奇術師然とした立ち振る舞い。

 

「こいつは――――」

 

 和輝の目が見開かれる。山羊の、落ち着いた声が彼の耳朶を討つ。

 

「墓地のD-HERO ドリームガイの効果を発動しました。ディストピアガイの破壊を無効にし、戦闘ダメージを0に。さらに墓地のドリームガイ(このカード)を特殊召喚します」

 

 観客に挨拶する手品師のように一礼するドリームガイ。とにかく攻撃は失敗した。しかしまだ和輝のバトルフィフェイズは終わっていない。

 

「だから攻撃だ! ブラック・マジシャンでドリームガイを攻撃!」

 

 ブラック・マジシャンの杖が振るわれ、黒い稲妻が枝分かれしてドリームガイに向かって殺到する。だが着弾の寸前、山羊が足元に伏せていたカードが一枚、翻った。

 

「トラップ発動。D-フュージョン。私の場にいるディストピアガイとドリームガイで、融合召喚を行います!」

 

 サクリファイス・エスケープ。霞のように消えていくドリームガイ。見ればディストピアガイも同様で、二体のモンスターが混ざり合い、溶けあい、一つとなっていく。

 

「運命を司る戦士たちよ、今ここに一つに交わり、新たな世界を開闢する導き手となれ! 融合召喚、理想を開きなさい、D-HERO ダスクユートピアガイ!」

 

 まず和輝の目についた色は金。黄金の輝きが山羊のフィールドを満たし、現れるモンスター。

 目につくのは顔に大きく描かれた「D」の文字。翼の意匠を取り込んだアーマースーツに、太陽を思わせる輝き。空中でポーズをとって降り立った。

 

「なんか今までとは大きくデザインの違う金ぴかが来たね……」

「デザインが奇抜でもこの状況で出したモンスターだ。面倒に違いないさ」

 

 苦い顔で言う和輝に応えるように、山羊が声を上げた。

 

「ダスクユートピアガイの効果発動。このターン、私は再び融合召喚が可能になります」

「融合召喚――――。だけど君の手札はないし、フィールドにもダスクユートピアガイだけ。これじゃあいくら何でも融合召喚はできないんじゃない?」

 

 ロキの言っていることは正論だった。「確かにそうですね」と山羊も肯定した。

 だが肯定し、頷きを送りながらも、山羊は「しかし」と前言を覆した。

 

「このカードがあれば、その前提が覆ります。リバースカードオープン! チェーン・マテリアル! これにより、私はこのターン、手札、フィールドのみならず、デッキ、墓地も含めて、融合素材とできます。

 私は墓地のD-HERO ドグマガイと、D-HERO Bloo-dを除外融合! 来なさい、運命の終着点に佇む“終わりのD”! 融合召喚、Dragoon D-END!」

 

 禍々しい咆哮とともに、異形の影が現れる。

 ドラゴンの頭部を模した胸部装甲、同じくドラゴンの牙と上顎もした左手の盾、爪を模した右手の剣、翼も、冑も、全身のアーマーの意匠も、全てドラゴンを模している。その、人が思い浮かべる最強の幻想、ドラゴンは、まさに最後に「D」の名にふさわしい。

 

「Dragoon D-ENDか……」

 

 ダスクユートピアガイとともに、どちらも和輝のモンスターの攻撃力を上回っている。

 

「攻撃は……無謀だね……」

「ああ。仕方がないな。攻撃は中断、バトルフェイズを終了する。カードを二枚伏せ、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンをライトPゾーンにセット! これでターンエンドだが、エンドフェイズにオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンのP効果発動! Pゾーンのこのカードを破壊し、デッキから白蛇の魔術を手札に加える。改めて、ターンエンドだ」

「この瞬間、チェーン・マテリアルの効果により、Dragoon D-ENDは破壊されますが、D-フュージョンの効果により、D-ENDは破壊されません」

「ッ! 相手ターンに発動することで、チェーン・マテリアルのバトルできない制約を潜り抜けたことといい、つくづく無駄がないな……!」

 

 

ダーク・バースト:通常魔法

(1):自分の墓地の攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を対象として発動できる。その闇属性モンスターを手札に加える。

 

聖鳥クレイン 光属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1600 DEF400

このカードが特殊召喚した時、このカードのコントローラーはカードを1枚ドローする。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

D-HERO ドリームガイ 闇属性 ☆1 戦士族:効果

ATK0 DEF600

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが墓地に存在し、自分の「D-HERO」モンスターが戦闘を行うダメージ計算時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚し、その自分のモンスターはその戦闘では破壊されず、その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

D-フュージョン:通常罠

このカードの効果で融合召喚する場合、「D-HERO」モンスターしか融合素材にできない。①:自分フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

D-HERO ダスクユートピアガイ 闇属性 ☆10 戦士族:融合

ATK3000 DEF3000

「D-HERO」融合モンスター+「D-HERO」モンスター

(1):このカードが融合召喚に成功した場合に発動できる。自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。(2):1ターンに1度、フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。このターン、そのモンスターは戦闘・効果では破壊されず、そのモンスターの戦闘で発生するお互いの戦闘ダメージは0になる。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

チェーン・マテリアル:通常罠

このカードの発動ターンに自分が融合召喚をする場合、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・デッキ・フィールド上・墓地から選んでゲームから除外し、これらを融合素材にできる。このカードを発動するターン、自分は攻撃する事ができず、この効果で融合召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 

Dragoon D-END 闇属性 ☆10 戦士族:融合

ATK3000 DEF3000

「D-HERO Bloo-D」+「D-HERO ドグマガイ」

このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。(1):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊し、表側表示モンスターを破壊した場合、その攻撃力分のダメージを相手に与える。この効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分スタンバイフェイズに自分の墓地の「D-HERO」カード1枚を除外して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。

 

オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール赤4/青4

P効果

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」の(1)(2)のP効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分のPモンスターの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージを0にできる。(2):自分エンドフェイズに発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行う場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは倍になる。

 

 

「私のターンですね、ドローします。そしてここで、発動が確定している終わりの始まりの効果により、三枚ドローします。V・HERO(ヴィジョンヒーロー) ヴァイオンを召喚します」

 

 現れたのは、モノアイのマスクをしたサイバネチックな衣装姿の新たなHERO。紫の下地に、桃紫色の発光ラインは未来的だ。

 

「イギリスチックなD-HEROに比べると、随分未来的だね」

「ヴァイオンの効果発動です」ロキの言葉を無視して、山羊は続ける。「デッキからD-HERO デビルガイを墓地に送ります。さらにヴァイオンのもう一つの効果発動。墓地のデビルガイを除外し、デッキから融合のカードを手札に加えます」

「また融合か……」

 

 通常、融合召喚は手札やフィールドのカード消費が多いはずだ。だが山羊はそんなディスアドバンテージなど無いもののようにデッキを、手札を、カードを操っている。

 これがプロ。その中でも上位に食い込む、Bランカーの実力。場合によっては、最高峰のAランカーさえ()()()()()()。和輝は我知らず唾を飲み込んだ。

 

「そして、融合発動です。場のヴァイオンと手札のD-HERO ディフェンドガイで、融合召喚!」

 

 何度目かの融合エフェクトが走り、二体のモンスターが渦の中に消え、一つに混ぜられる。

 混ざり合い、溶けあって、新たな存在へと昇華する。

 

「運命を司る戦士たちよ、今ここに一つに交わり、幻影より来る黒影へと変じよ! 来なさい、V・HERO アドレイション!」

 

 新たに現れたHEROは、マントのように裾をはためかせる黒いコートを身に纏った、黒と薄紫に色分けされたモンスター。両腕を組み、仁王立ちして和輝を見据える。

 

「アドレイション効果発動! ダスクユートピアガイの攻撃力分、ダイガスタ・エメラルの攻撃力をダウンさせます」

 

 ダスクユートピアガイの攻撃力は3000、攻撃力1800のダイガスタ・エメラルの攻撃力はこれで0だ。

 

 

「これでは大ダメージは必至ですわ!」

 

 カトレアは叫びながら思う。オカザキカズキのライフはこのターン、大きく削られるだろう。

 そのリカバリーはできるのだろうか? オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでPモンスターをサーチしているが、それは果たして、この状況で役に立つのだろうか?

 そう思いながら眼前で展開されるデュエルを見つめた――――。

 

 

「バトルです。まずはダスクユートピアガイで竜騎士ブラック・マジシャンを攻撃します」

 

 ついに始まるバトルフェイズ。金色(こんじき)のHEROが跳躍し、そのまま落下の勢いを利用して蹴りを繰り出してくる。竜に跨った魔術師は迎撃のために杖を振るった。

 上から迫る金色に、黒い雷が立ち向かう。

 両者の攻撃力は互角の3000。普通ならこれで相討ちだ。

 だがここで、山羊の声が奔る。

 

「この瞬間、ダスクユートピアガイの効果発動! 自身に破壊に対する耐性を加えます!」

 

 落下していくダスクユートピアガイの身体を、エメラルドグリーンの幕が覆った。これはバリアーだ。竜騎士が放った雷は、全てこの薄いヴェール一枚貫けず。そこだけを避けるようにそれていく。

 

「そりゃあ、そう来るよね……。和輝、対抗手段は?」

「残念だが、ない」

 

 ロキに応える和輝の表情は忸怩たるものだ。彼らの眼前で、ついにダスクユートピアガイの爪先が竜騎士ブラック・マジシャンの胸板に接触する。

 触れたような静かな衝突。だが内包する力はすさまじく、一瞬後には竜騎士ブラック・マジシャンの背中側から莫大なエネルギーがはじけ飛んだ。

 またがったドラゴンごと消滅する竜騎士の姿をしり目に、山羊は更なる攻撃を、己のしもべたちに命じた。

 

「D-ENDでブラック・マジシャンを、アドレイションでダイガスタ・エメラルを攻撃です」

 

 攻撃が迫る。D-ENDの竜の口から放たれた赤い砲弾がブラック・マジシャンを粉砕しようと飛来する。

 

「リバースカードオープン! マジシャンズ・プロテクション! 魔法使い族モンスターがいる限り、俺へのダメージは半分になる!」

「関係ありませんね。その魔法使いもここで潰えます」

 

 山羊の言葉通りだった。赤い一撃を受けたブラック・マジシャンは、その影さえ残さず跡形もなく消え去ってしまった。

 

「ぐ……!」

 

 痛みに顔をしかめる和輝。だがたかが500のダメージなど、次に来る一撃に比べれば軽い。

 アドレイションの枝分かれしたコートの裾が、一斉にドリル状に変化。鋭い槍の穂先のように四方八方からダイガスタ・エメラルを襲った。

 

「永遠の魂の効果発動! 墓地のブラック・マジシャンを、守備表示で特殊召喚する!」

 

 魔法使いが、もう一度和輝のフィールドに降り立った。

 これでマジシャンズ・プロテクションの効果が適用される。ダメージはまだ半減だ。

 また、和輝のフィールドのモンスターの数が変わったので、戦闘の巻き戻しも起こったが、山羊は攻撃対象を変更せず、そのままダイガスタ・エメラルを攻撃。その鉱石の身体を軽々と砕き、斬り、粉みじんにしていった。

 

「ぐぁあああああああああ!」

 

 ダメージのフィードバックが和輝を襲う。だが踏ん張る。膝を付くこともない。

 

「まだまだぁ!」

 

 はっきりと声に出して、気合とともに前を見る。山羊を睨みつける。その様に、まだ運命を前に屈していないのだと、山羊は思った。

 

「まぁ、いいです。貴方の運命が敗北に向かっている。そのことだけは確かなのですから。カードを一枚伏せて、ターン終了です」

「いいや、俺の運命は俺が決める! リバース速攻魔法、イリュージョン・マジック発動! 俺の場のブラック・マジシャンをリリースし、デッキから二枚のブラック・マジシャンを手札に加える!」

 

 

終わりの始まり:通常魔法

自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動する事ができる。自分の墓地に存在する闇属性モンスター5体をゲームから除外する事で、自分のデッキからカードを3枚ドローする。

 

V・HERO ヴァイオン 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1200

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「HERO」モンスター1体を墓地へ送る。(2):1ターンに1度、自分の墓地から「HERO」モンスター1体を除外して発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

V・HERO アドレイション 闇属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2100

「HERO」モンスター×2

(1):1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスター1体と、このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの攻撃力・守備力はターン終了時まで、その自分のモンスターの攻撃力分ダウンする。

 

マジシャンズ・プロテクション:永続罠

(1):自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在する限り、自分が受ける全てのダメージは半分になる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

イリュージョン・マジック:速攻魔法

「イリュージョン・マジック」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。自分のデッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を2体まで選んで手札に加える。

 

 

和輝LP3700→3450→2050手札5枚

山羊LP4800手札1枚

 

 

「く、は……!」

 

 和輝がよろめく。だが踏みとどまる。ダメージは大きいが、膝を付かず、山羊を睨みつける。

 そんな様子を、テミスはじっと見つめていた。

 テミスは言葉を発さず、しかし思考は続けていた。

 考えるのは勿論、目の前の対戦相手。

 岡崎和輝。北欧神話の悪戯の神にして終末を招く邪神、ロキの契約者。

 悪神の契約者の割に、その心に洗脳の様子はない。

 奇妙さを感じなくはないが、そういうこともあるだろう。事実、イレギュラーな存在である我々ティターン神族も、契約者を洗脳した神もいればそうせずに自由にさせている神もいる。自分も後者だ。

 

「――――――――――――」

 

 テミスは沈黙のまま、対峙する少年を観察する。

 彼は追い詰められた。ここから逆転するのか、ここで折れるのか。

 

(どちらでもいい、とテミスは判断します)

 

 己は天秤に過ぎない。右左の皿に、敗北と勝利を乗せて、相手を見定める。

 裁定の結果がどうなるのか、それはテミスにとってどうでもいい。

 敵が勝利するならば、それでもいい。敗北するなら、それでもいい。

 ティターン神族に属しながらも、その思考は神にも、人にも、復讐対象の者たちのどこにも傾くことはない。

 完全なニュートラル。だからテミスは同じくニュートラルな山羊と契約した。

 テミスは見据える。敵を、岡崎和輝という名の少年を。

 勝利か、敗北か。彼の天秤は、どちらに触れるだろうか? かつて、ギガントマキアの時にも思った、戦いの行方を、テミスは何度も思いはせるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話:敗北は冷たく彼の肩を叩く

 カトレアから見て、現在の状況は和輝(かずき)にやや不利だと思う。

 山羊(やぎ)のフィールドには三体のモンスター。そのどれもが和輝のデッキの主軸、ブラック・マジシャンを超えた攻撃力を持っている。

 ライフも和輝は山羊より下だ。さらにダスクユートピアガイによる防御と、DragoonD-ENDによるバーンは危険だ。特にライフが少ない今は。

 おまけにD-ENDは墓地にD-HEROがいる限り簡単に自己再生してしまう。

 

「状況は、厳しいと言わざるを得ませんわね……」

 

 我知らず、右手親指の爪を噛んでしまう。昔、行儀が悪いと母様に叱られたけれど、今はそこまで気が回らない。

 気が気でない状況。敵の強大さを目にしながら、カトレアはデュエルを見守るしかなかった。

 

 

和輝LP2050手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:、青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 伏せ2枚、永遠の魂、マジシャンズ・プロテクション、

フィールドゾーン なし

 

山羊LP4800手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン D-HERO ダスクユートピアガイ(攻撃表示)、Dragoon D-END(攻撃表示)、V・HERO アドレイション(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認した和輝は、それを手札に加えることなく、即座にデュエルディスクにセットした。

 

「調和の宝札発動。手札のギャラクシーサーペントを捨て、二枚ドロー!」

 

 鞘から刀を抜く、居合のような鋭さで、カードをドロー。確認後、よしと口の中で呟いた。

 

「俺は、スケール1の小鼠の魔術師と、スケール3の白蛇の魔術師で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 和輝の左右に青白い光の円柱が屹立する。その中に浮かび上がる1と3の文字。1の柱には鼠の尻尾をつけ、袖や裾を短くして動きやすくした、巫女のような紅白の袴姿の少女。3には着崩した黒字に銀と金色の蛇柄のアクセントが入った着物を着た、黒髪金目の妖艶な雰囲気を放つ妙齢の女性が、それぞれセッティングされた。

 

「Pカードですか。しかしそのスケールではレベル2のモンスターしか召喚できませんね?」

「問題ないさ。白蛇の魔術師のP効果発動! 反対のPゾーンにオッドアイズか魔術師がセットされている時、このカードと反対側のPカード、この二枚を破壊し、二枚ドロー!」

 

 ()()()()()()()()と、積み上げたものが崩れ去るような派手な音を立てて、柱が中身ごと砕けていく。和輝の声は途切れない。さらに続く。

 

「そしてぇ! EXデッキの小鼠の魔術師のモンスター効果発動! デュエル中一度だけ、俺のEXデッキに表側表示で存在するこのカードを、俺のフィールドの空いたPゾーンにセットできる! 俺はスケール1の小鼠の魔術師をPゾーンにセット! さらに手札からスケール8の猪突の魔術師をセッティング!」

 

 再び青白い柱が屹立。二体のPモンスターが、自身のスケールが浮かび上がる柱の中に格納された。

 

「これで俺は、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能になった!

 振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! EXデッキから現れろ、白蛇の魔術師、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン! さらに手札から、二体のブラック・マジシャンよ、出でよ!」

 

 和輝の頭上に開かれた異界の門。そこから四つの光が飛び出し、彼のフィールドに降り立った。

 三体の魔法使いに、一体のドラゴン。白蛇の魔術師が豊かな胸元から黒に金であしらった扇子を取り出した。ブラック・マジシャンたちが杖を構える。そして、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが咆哮を上げた。

 

「白蛇の魔術師のモンスター効果発動! このカードを含む魔法使い族モンスター二体以上のP召喚に成功した時、カードを一枚ドロー! さらに猪突の魔術師のP効果発動! オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を700アップさせる!」

「よーし、これでP召喚で消費した手札も補充で来たね。相当カードを使ったんだ。一気に行くでしょ?」

「当然だ。俺は二体のブラック・マジシャンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 X召喚のエフェクト。即ち渦巻く銀河のような空間が和輝の頭上に展開される。そこに、和輝の場にいた二体のブラック・マジシャンが紫の光に代わって飛び込んだ。

 二つの光がさらなる輝きを放ち、虹色の爆発となった。

 

(うつつ)と幻想の操り手よ、色褪せぬ忠義の持ち主よ。今こそ出でよ! 幻想の黒魔導師!」

 

 爆発の向こうから現れるのは、肌を浅黒くし、表情をより鋭くしたブラック・マジシャンといった風情のモンスター。纏っている衣装も鎧が付与され、より鋭角的になっている。

 

「幻想の黒魔導師効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、デッキから跳兎(はねうさぎ)の魔術師を特殊召喚する! さらにガード・オブ・フレムベルを召喚だ!」

 

 幻想の黒魔導師の周囲を旋回していた光の玉の一つが消費される。和輝のデッキから飛び出すように現れたのは、白い肌、赤い瞳、頭に白い兎の耳、背中にはウサギのしっぽを模したと思われる丸い、すっぽりと中に隠れられそうなほど大きな飾りといった兎を思わせるパーツに、簡略化されたローブを身に纏った利発そうな少年。その傍らに、ペットのように寄り添うガード・オブ・フレムベル。

 和輝が特殊召喚したモンスターは、いずれも攻撃力が低い。しかしチューナーがいるため、普通はここでS召喚だ。

 

「バトルだ!」

 

 しかし和輝は攻撃に入った。理由は、彼のフィールドで不敵な笑みを浮かべている幻想の黒魔導師。

 

「跳兎の魔術師でアドレイションを攻撃! ここで、幻想の黒魔導師の効果発動! DragoonD-ENDを除外する!」

 

 兎を模した少年魔術師が足元に魔法陣を浮かべて跳躍する。

 まさしく兎のような跳躍力。敵HEROの頭上を取った魔術師は杖を振るう。すると杖の軌跡に従って、月の光のような粒子がキラキラと降り注ぐ。

 魔術師の攻撃に合わせて、魔導師も動く。彼は杖を振るい、紫電を放つ。

 紫電は大気を切り裂き、鞭のように、肉食獣のようにアドレイションに肉薄。天と地からの二重攻撃で打ち据えた。

 

「よっし! ここだ!」

 

 ロキがぱちんと指を鳴らす。和輝も「応!」と頷き、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 緊急同調! この効果で、俺の場にいるレベル3の白蛇の魔術師とレベル4の跳兎の魔術師に、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 バトルフェイズ中のS召喚。和輝のフィールドにいた三体のモンスターが、光の輪、光の星、光の道を描いて一つになる。

 

「集いし八星(はっせい)が、覚醒へと至った魔導の(ともがら)を紡ぎ出す! 光さす道となれ! シンクロ召喚、(まじな)いを唱えよ、覚醒の魔導剣士(エンライトメント・パラディン)!」

 

 光の(とばり)から現れる新たなる影。

 白い、ロングコートのような衣装に、白い鎧姿。時計の文字盤を二つに割ったような意匠の二振りの剣。涼やかで物静かな、覚者を思わせる佇まいの魔法使い。

 

「覚醒の魔導剣士の効果発動! 魔術師をS素材としたため、墓地の超融合を手札に加える! さらに永遠の魂の効果発動! 墓地から竜騎士ブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 ここぞとばかりに大型モンスターを並べる和輝。彼の眼前で、頼れるモンスターたちの背中が現れる。

 

「よーしよしよし。これで敵の牙城は崩せるね」

「当然だ。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでダスクユートピアガイを攻撃!」

「――――ダスクユートピアガイの効果を発動。自身を防御します」

 

 緑色のヴェールが障壁となって金色のHEROを覆う。直後にオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが放った螺旋を描く炎が直撃したが、無傷。

 

「それくらい考えてるよ!」

「そういうことだ! 覚醒の魔導剣士でダスクユートピアガイを攻撃!」

 

 追撃は止まらない。剣を持った魔法使いが飛翔。左手の剣を投擲した。

 魔力を込めた剣はまっすぐダスクユートピアガイに向かって突き進む。刹那、和輝が手札からカードを一枚抜き放った。

 

「ダメージステップに、手札の幻想の見習い魔導師の効果発動! このカードを捨てて、覚醒の魔導剣士の攻撃力を4000アップする!」

 

 これで、覚醒の魔導剣士の攻撃力は4500。ダスクユートピアガイを大きく上回った。

 直後、剣が金色のHEROの腹部に突き刺さり、背中を突き抜けた。

 

「ぐぅ……!」

 

 ダメージのフィードバックが山羊を襲う。だが本当に()()()のは、これからだ。

 

「覚醒の魔導剣士の効果発動! 破壊したダスクユートピアガイの攻撃力分のダメージを喰らえ!」

 

 覚醒の魔導剣士が残った剣を構える。そこから放たれる一撃は、山羊のライフを大きく削るだろう。しかし―――――

 

「そうはさせませんよ。墓地のディシジョンガイの効果発動! このカードを手札に戻し、覚醒の魔導剣士の効果によるダメージを0にします!」

 

 山羊も、負けてない。彼もまた、倒されぬよう動く。運命を受け入れるといっても、それはただ黙ってのことではない。

 負ける運命にないのなら、抵抗する。それは当然のことだと、山羊は考えていた。

 

「防ぐかぁ、さすが」

「だがこれはどうだ!? 竜騎士ブラック・マジシャンでアドレイションを攻撃! さらに幻想の黒魔導師でダイレクトアタック!」

 

 連続攻撃。竜を駆る魔法使いの一撃がアドレイションを粉砕。がら空きになった山羊に向かって、幻想の黒魔導師が紫電を放つ。

 

「残念ですが、届かせません。リバースカードオープン! ピンポイント・ガード! この効果で、墓地からE・HERO エアーマンを守備表示で特殊召喚します! さらにエアーマンの効果で、デッキから二枚目のダイヤモンドガイを手札に加えましょう」

 

 山羊は退かない。当然だ。運命はどちらにもまだ傾いていない。なら戦う。受け入れない。

 

「防がれたか。バトル終了! メインフェイズ2に入り、小鼠の魔術師のP効果発動! 一ターンに一度、あんたの墓地のモンスター一体を除外し、その攻撃力分、俺のライフが回復する! その後、このカードを破壊する。俺はあんたの墓地からディストピアガイを除外し、その攻撃力分、ライフを回復する! カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 

調和の宝札:通常魔法

手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

白蛇の魔術師 地属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF1100

Pスケール3

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分メインフェイズにもう片方の自分のPゾーンに「白蛇の魔術師」以外の「魔術師」または「オッドアイ」カードが存在する場合に発動できる。このカードともう片方のPゾーンのカードを破壊し、カードを2枚ドローする。

モンスター効果

このカード名のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードを含む魔法使い族モンスター2体以上のP召喚に成功した時に発動する。カードを1枚ドローする。

 

小鼠の魔術師 闇属性 ☆1 魔法使い族:ペンデュラム

ATK500 DEF400

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、相手の墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターをゲームから除外し、その攻撃力分ライフを回復する。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカード名のモンスター効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):このカードがEXデッキに表側表示で存在する時に発動できる。このカードを、空いた自分Pゾーンにセットする。

 

猪突の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1800 DEF1600

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体を対象に発動できる。ターン終了時までそのモンスターの攻撃力を700アップする。(2):自分フィールドのモンスターが相手のカードの対象になった場合に発動できる。Pゾーンのこのカードを破壊して、その効果を無効にする。

モンスター効果

(1):このカードが戦闘を行うときに発動する。ダメージ計算終了時まで、このカードの攻撃力は600ポイントアップする。

 

幻想の黒魔導師 闇属性 ランク7 魔法使い族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル7モンスター×2

このカードは自分フィールドのランク6の魔法使い族Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。「幻想の黒魔導師」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・デッキから魔法使い族の通常モンスター1体を特殊召喚する。(2):魔法使い族の通常モンスターの攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

跳兎(はねうさぎ)の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1300 DEF2100

Pスケール8

P効果

(1):このカードがPゾーンにセットされた時に発動できる。反対側のPゾーンのPカードを破壊できる。(2):相手の攻撃、またはカード効果によって自分のライフが0になる場合にPゾーンのこのカードを破壊して発動できる。その攻撃または効果によって受けるダメージを0にし、カードを1枚ドローする。

モンスター効果

なし

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

緊急同調:通常罠

(1):自分・相手のバトルフェイズに発動できる。Sモンスター1体をS召喚する。

 

覚醒の魔導剣士 闇属性 ☆8 魔法使い族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「覚醒の魔導剣士」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):「魔術師」Pモンスターを素材としてこのカードがS召喚に成功した場合、自分の墓地の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

幻想の見習い魔導師 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「ブラック・マジシャン」1体を手札に加える。(3):このカード以外の自分の魔法使い族・闇属性モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時、手札・フィールドのこのカードを墓地へ送って発動できる。その自分のモンスターの攻撃力・守備力はそのダメージ計算時のみ2000アップする。

 

D-HERO ディシジョンガイ 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1000

「D-HERO ディシジョンガイ」の(1)(3)の効果はそれぞれデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。このターンのエンドフェイズに、自分の墓地の「HERO」モンスター1体を選んで手札に加える。(2):レベル6以上の相手モンスターはこのカードを攻撃対象に選択できない。(3):このカードが墓地に存在し、自分にダメージを与える魔法・罠・モンスターの効果が発動した時に発動する。このカードを手札に戻し、その効果で自分が受けるダメージを0にする。

 

ピンポイント・ガード:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

 

和輝LP2050→4850手札0枚

山羊LP4800→4600→3600→3400手札2枚

 

 

「私のターンですね、ドロー」

 

 戦況は逆転していた。

 和輝のモンスターはどれも強力だし、ブラック・マジシャンとその派生は永遠の魂の効果で守られている。山羊の耳には敗北の運命がひたひたと忍び寄ってくる音が聞こえた。

 

(流れが変わった。敗北が近づいてくる。これが私の運命でしょうか……)

 

 そうであるなら受け入れるしかない。しかし――――

 

(この、カード……)

 

 ドローしたカードを確認する。希望の宝札。互いの手札を六枚にする、最強のドローブースト。

 これが来た以上、まだ運命は分からない。

 

「ならば、流れに乗るまでですね。希望の宝札を発動します。互いに、手札が六枚になるようにドロー」

「希望の宝札か……」

 

 嫌なカードが来た、と和輝は思った。ここで大量にドローされるのは悪い流れだ。

 盤面を制圧したというのに、さすがはプロ。手札はディシジョンガイとダイヤモンドガイで確定していたので、希望の宝札は今引いたのだ。

 流れを強引にひっくり返しかねないカードをドローしてきた。この底力。あるいは、相手の進退がかかっているデュエルだからこそ発揮される、山羊学の神がかり的な力ゆえか。

 

「どっちにしろ、まずそうだね」

 

 ロキの言葉に内心で頷きながら、和輝もドローしていく。

 

「では、行きましょう。墓地のディアボリックガイの効果発動。このカードを除外し、デッキから三枚目のディアボリックガイを特殊召喚します。そしてダイヤモンドガイを召喚し、効果を発動します」

 

 サンド名の運命の開示。山羊のデッキトップがめくられる。その正体は――――

 

「……リビングデッドの呼び声。通常魔法カードではないので、このカードはデッキボトムへ」

 

 外した。今まで連続でドローソースを確定させ、その度に和輝の盤面を崩す起点となってきたダイヤモンドガイの効果が、ついに外れた。

 勝負の流れは覆されているが、まだ和輝の側に向かっている。敗北という錘の乗った天秤は、まだ山羊の方に傾いているのだ。

 

「だが――――」

 

 疑念というよりも、確信じみた予感がある。

 神々の戦争を何度も潜り抜けてきた和輝だからわかる予兆。

 ()()()()()()

 

「荒れるね。まだ」

 

 ロキも感じ取っているのだろう。神妙な声音でそう言った。和輝も無言で頷いた。

 

二重召喚(デュアルサモン)発動。これでこのターン、私はもう一度通常召喚ができます。そして、エアーマン、ディアボリックガイ、ダイヤモンドガイの三体をリリース!」

 

 来た。和輝の予感通りに。

 山羊の場のモンスターたちが、光の粒子へと変換され、世界に溶け込むように消えていく。

 空気が重くなる。空間が歪むような圧力が降りかかってくる。

 力の“場”が形成される。それが、神を呼ぶ“門”になる。

 

「来なさい。不変なる法定巨神テミス!」

 

 現れるティターン神族。

 女神だった。

 陶器のように白い肌、球体関節。裁判官が着るような黒い法衣で全身をすっぽり覆い、手以外の肌は見えない。銀色の冑、目にはグレイのバイザー。口元だけが唯一のおしゃれというようにピンクのルージュ。両肩に身の丈ほどのバカでかい円形の盾。

 

「これが……ティターン神族……!」

 

 初めて相対した。ほかの、正規の参加者である神と比べると、少し気配に違和感がある。封印されていたがゆえの歪みか、ティターン神族自体の特徴なのかは分からないが。

 

「初めまして。ティターン神族の一柱、テミスです」

 

 澄んだ声で、巨神、テミスはそう挨拶した。わずかに頭を下げた一礼までしている。

 

「ずいぶん礼儀正しいな。今まで一言も喋らなかったくせに」

「テミスはシステムの具現です。そしてシステムは何物にも同様、平等。故にテミスは喋りません。考えはしますが、それを口に出しません。法、定理は己から何かをすることはないし、してはならないからです」

 

 テミスの声によどみはない。澄み切ったその声は一切のノイズを取り除いた人工音声のようだ。

 

「ティターン神族は、より神の在り方が原始的だね。司る権能が少ないから、本来の特性をむき出しにしている」

 

 補足するようにロキはそう言っているが、和輝にはさっぱりわからない。どういうことだと問いかけてみるが、「本筋には関係ないよ」とはぐらかされてしまった。

 もっとも、ロキの言う通りだ。今重要なのは神についての講釈ではない。テミスがどんな効果を持っているか。そしてそれをどう攻略するかだった。

 

「テミスの効果を発動します。相手フィールドのカードの数が自分よりも多い場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんだとぉ!?」

 

 想像を絶する効果。だが、法と定理の下、何物も平等にするテミスにはふさわしい効果。

 和輝と山羊のフィールドに巨大な天秤が現れた。

 それぞれの皿の上には二人のフィールドのカードが乗っている。和輝のフィールドの方がだいぶカードが多いので、和輝の側の天秤が大きく傾いている。

 

「天秤を、平等に致しましょう」

 

 テミスの宣告が響く。

 

「私のフィールドのカードは一枚。なので貴方は一枚選び、それ以外を裏側で除外しなければなりません。もっとも、ブラック・マジシャン系列は永遠の魂があれば効果を受けませんが」

 

 実質一択だ。永遠の魂以外を選べばどちらにしろ永遠の魂の効果で全てのカードは道連れにされる。

 

「だが、ここはもう少し粘っておくぜ。リバースカードオープン、超融合! 手札を一枚捨てて、俺の場のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンと覚醒の魔導剣士を融合! 濃い神秘を瞳に刻んだ竜よ! ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン!」

 

 現れる、その瞳にルーンの力を秘めたドラゴン。ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンはP召喚されたモンスターを素材にした場合、融合召喚に成功したターンの実だが、相手の効果を受けない。これで守るモンスターを増やす。

 

「俺は永遠の魂を選択する!」

「では、残りを除外します。もっとも、カード効果を受けないものが多いようですが」

 

 和輝のフィールドからカードが除外されていく。それでも彼のカードは山羊より多いが、見かけ上、天秤は平等になった。

 そしてカードを除外しただけで、山羊のターンが終わるわけがない。

 

「ニトロ・ユニットをルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに装備します。そして、テミスでルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを攻撃します」

 

 攻撃宣言が下る。バイザーに隠れていて見えないが、和輝には彼女の視線がルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに向けられたと思った。

 背部のロボットアームが動く。盾を取り、()()

 まさに射出だった。砲弾のごとき速度で飛来する二つの盾。その圧力を感じながら、和輝は対抗手段を放った。

 

「手札の狂犬の魔術師の効果発動! 相手モンスターとの戦闘でのダメージ計算時、手札のこのカードを墓地に送ることで、戦闘する相手モンスターと同じ攻撃力になる! これで、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力を同じにする! 行け! ルーンアイズ!」

 

 和輝の声にこたえるように、ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが地を蹴る。盾をその身に受けながら、背中の光輪から虹色の光を放った。

 光は盾の隙間を縫うように突き進み、テミスに直撃した。

 爆散の花が二輪咲いた。どちらのモンスターも破壊され、砕け散る。

 そしてこの瞬間、運命は決したと、山羊は確信した。

 その確信に従って声を上げる。

 

「ここで、ニトロ・ユニットの効果が発動します。貴方に3000のダメージ。さらに! ()()()()()()()()()()()()!」

「何!?」

 

 和輝の目が驚愕に見開かれる。ロキの眉が上がる。

 

「テミスがフィールドを離れた時、その攻撃力分のダメージを与えます! つまり、ニトロ・ユニットの効果、3000に加え、3500のダメージが貴方に向かいます!」

 

 和輝のライフは残り4850。受ければ消し飛ぶ。そして6500のバーンダメージ。まともに喰らえば宝珠など砕けて当然。

 

「終わりです」

 

 テミスの冷淡な声が上から降ってくる。彼女の人差し指が上がる。和輝の周りに、無数の剣が出現。前後左右に頭上まで、全て切っ先を向けた白刃が和輝を狙っていた。

 指が落ちた。同時に、全方向からどうあっても回避できない剣の雨が、和輝に降り注いだ。

 

 

「――――――――――――!」

 

 眼前の光景に、カトレアは息を飲んだ。

 アスファルトの破片が飛ぶ。粉塵が舞う。剣の群が次々に突き刺さって小高い丘になっているよう。

 これは、これは()()()()()()と、思う。

 オカザキカズキと、声をかけるべきか、迷う。もしも声をかけて、返事がなければ、彼の宝珠だけでなく、命まで砕けているのではないかと思うと、声を上げられない。

 

「大丈夫よ、カトレア」

 

 だから、横にいるパートナーの声を聞いた時、カトレアは――本人は絶対に認めないが――安堵した。

 そして彼女の眼前。煙が晴れていく。粉微塵にされたコンクリートたちが、風に吹き散らされていく。

 果たして、剣突き刺さる地獄の中心で、和輝は立っていた。

 満身創痍だ。ダメージが膝にいっているようで、足ががくがくしている。

 だがそれでも立っていた。ライフも残っていた。

 残りライフ1600。生き残った。

 

「なぜ……」

 

 さすがの山羊も呆然としている。和輝はここぞとばかりに不敵に笑い、一枚のカードを手に取った。それはさっきまで墓地にあったものだが、今は除外されたカードだった。

 

「ダメージ・ダイエット。墓地のこいつの効果を発動し、効果ダメージを半分にした。だから生き残った」

「そんなカード……、いつ墓地に……」

「勿論、ルーンアイズ召喚の超融合の時さ。この時に捨てていた」

「偶然、だと……?」

「敗北の運命ってのが、俺から離れて、あんたの所に言っているんじゃないのか?」

 

 そう言ってみるが、勿論偶然などではない。

 かつて、この山羊と戦い、病院送りにされた男、ウェスタの契約者、鷹山勇次。

 倒したと思ったら重たい反撃を喰らう、やばい奴だった。彼はテミスについてこういっていた。和輝はそれを覚えていた。

 手痛い反撃として考えたのは、道連れ効果またはバーンダメージ。あるいはその複合。どちらにせよ、ダメージ・ダイエットを保険として捨てておけばいい。和輝は超融合でルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを融合召喚する際、とっさにそこまで考えて、超融合のコストにダメージ・ダイエットを捨てたのだった。

 

「さぁどうする? 頼りのティターン神族は消えたぞ?」

「いいえ」

 

 だが山羊は首を横に振った。

 

「テミスはまだ戻ってきます。このカードでね。手札から、テミスの審判を発動します。このカードは、私の墓地の幻神獣族を、召喚条件を無視して特殊召喚できます。蘇りなさい、テミス!」

 

 輝かしい光とともに、再び山羊のフィールドに舞い降りるテミス。その姿を見て、和輝は驚愕の声を上げた。

 

「馬鹿な! 幻神獣族を対象にするカードだと!?」

 

 幻神獣族は数が少ない。というか、三幻神という例外中の例外を除けば存在しない。神属性もだ。故に、幻神獣族を対象とするカードなど出回っているはずがない。

 

「違法カード、ってこと?」

 

 しかしロキの疑問に、和輝は首を横に振った。

 

「いや、違法カードや偽造カードだったら、デュエルディスクにセットした瞬間に弾かれる。だからあれは正規のカードだ。いったいどこで手に入れた?」

「ただ、クライアントから頂いただけですよ」

 

 和輝の疑問に、山羊はしれっと答えた。

 クライアントというのはゾディアックCEO、射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)だろう。彼から貰ったというのか?

 そうだとしても、このような神専用のカードを持っているのはなぜか?

 基本的にデュエルモンスターズのカードは提携会社こそあれど、権利の大本はクラインヴェレ社だ。あそこでカードがデザインされる。そしてクラインヴェレ社の許諾を得て、市場に出回るのだ。

 ならば可能性は一つ。

 

「クラインヴェレ社が、あんたらにこのカードを提供したのか?」

「ありえませんわ!」

 

 否定の声は意外にもカトレアからだった。

 

「わたくしはルートヴィヒ(ヘル・ルートヴィヒ)に会ってます。彼は高潔な人間でした。そんな彼が、ティターン神族に協力など――――」

 

 するはずがない。そう言いたかった。

 だがカトレアの脳裏をよぎるのは、ルートヴィヒの状態だった。

 彼は言っていた。己の中の邪悪が自分を蝕んでいると。

 まさか彼は、己の内に潜む邪悪に負けてしまったのだろうか? 嫌な予感が急速に膨らんでいく。

 

「……?」

 

 黙ってしまったカトレアを、訝しげな眼で見る和輝。その耳朶をロキの声が叩いた。

 

「まぁ、今は関係ないから、置いておこうよ。それより考えることは、目の前のデュエルだ」

 

 そうだった。山羊はテミスを守備表示で特殊召喚した。つまりこのまま攻撃しても山羊のライフは削れず、どころかテミスの効果によるカウンターで和輝のライフが0になる。

 

「テミスの審判を使った場合、次の私のターン終了時まで、私は特殊召喚したモンスター以外の効果を発動できません。これでターン終了です」

「待て。あんたのエンドフェイズに、俺は永遠の魂の効果でブラック・マジシャンを特殊召喚する」

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

二重召喚:通常魔法

(1):このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

不変なる法定巨神テミス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードがフィールドを離れた時に発動できる。このカードの攻撃力分のダメージを相手に与える。(4):相手フィールドのカードの数が自分フィールドのカードより多い場合、自分メインフェイズに発動できる。自分フィールドのカードの数と同じになるように、相手は自身のフィールドのカードを選んで裏側表示で除外しなければならない。

 

ニトロ・ユニット:装備魔法

相手フィールド上モンスターにのみ装備可能。装備モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、装備モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

狂犬の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

Pスケール5

ATK1900 DEF1200

P効果

???

モンスター効果

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分モンスターと相手モンスターが戦闘を行うダメージ計算時、手札・フィールドのこのカードを墓地へ送って発動できる。その自分モンスターの攻撃力は戦闘を行う相手モンスターと同じになる。(2):墓地のこのカードをゲームから除外してフィールドの表側表示のモンスターカード1枚を対象に発動できる。そのモンスターを破壊する。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

テミスの審判:通常魔法

(1):自分の墓地から幻獣神族モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。このカードの発動後、次の自分ターン終了時まで、フィールドで発動するカードの効果を発動できない。

 

 

輝LP4850→1600手札4枚

山羊LP3400手札1枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ターンは和輝に移る。ドローカードを一瞥で確認する少年を見ずに、山羊は己の右掌を見つめていた。

 さっきのターンで、何か致命的なものが手の中から零れ落ちた気がする。

 ひたひたと背後に忍び寄るものは、もうすぐ後ろまで来ている。首筋に()()()の息遣いを感じるようだ。

 

「永遠の魂の効果で、ブラック・マジシャンを蘇生! さらに手札から、師弟の絆を発動! デッキから、ブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!」

 

 ピタリ。そいつが止まったのが分かる。己の肩の上に手を置かれたように感じる。まるで死人のように冷たかった。

 

「手札のタスケルトンを捨て、死者転生を発動! 墓地の閉ざせし悪戯神ロキを手札に加える! そして! 俺は二体のブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガールの三体をリリースし――――閉ざせし悪戯神ロキを召喚!」

 

 幼いころ、事故で触ってしまった、出棺前の遺体の感触と、冷たさを思い出した。

 

「さぁ、神々の登場だ! 世界が回る! デュエルが進む! 敵を倒すか倒されるか、ここで決めようじゃないか!」

 

 北欧の邪神が謡い上げる。テミスは無言。山羊も無言。だが首筋に息遣いを感じる。

 実体のない、存在さえ確定されていない不確かな()()が、すぐ後ろまで来ている。

 分岐点は何か? 決まっている。前のターンで、テミスの効果を使っても仕留めきれなかった時だ。

 テミスの審判などただの時間稼ぎ。あの時に敵のライフを0にできなかった。その時点で――――

 

「ロキの効果発動! デッキからクロス・アタックを手札に加え、発動! 俺の場には共に攻撃力3000のロキと竜騎士ブラック・マジシャンが存在するため、このターン、ロキはダイレクトアタックが可能となる! ロキでダイレクトアタック!」

 

 自分は、敗北の運命に捕まっていたのだ。

 

 

 山羊が敗北を受け入れているの対して、テミスはまだ終わりではないと思っていた。

 ダイレクトアタックが来る。だがこの攻撃を受けても、山羊のライフは残る。敵はテミス(自分)をフィールドから離すことができない。だからダイレクトアタックか、バーンダメージに頼るしかない。そしてビートダウン型のデッキに、そんなカードがどれだけ入っているだろうか?

 ここを凌げばまだ目がある。テミスは場の情報で客観的に、そう判断した。

 しかし、その目論見はあっけなく崩れ去る。

 

「この瞬間、俺は墓地のタスケルトンの効果発動! 墓地のこのカードをゲームから除外して、ロキの攻撃を無効にする!」

「!?」

 

 テミスの思考にノイズが走る。自分の攻撃を自分で止める必然性が見受けられない。なぜそんなことをしたのか理解できない。

 そして、理解した時にはもう敗北が決まった。

 

「この瞬間、手札から速攻魔法、ダブル・アップ・チャンス発動! ロキの攻撃力を倍にして、もう一度攻撃する! 当然、ダイレクトアタックだ!」

「ここで終わりだよ、テミス。それに、運命信奉者さん」

 

 和輝の命令に従って、ロキが右手を掲げた。

 指の形がピストルを形作る。

 

「バーン」

 

 間の抜けた声とともに、指鉄砲の先端から漆黒の弾丸が放たれる。

 弾丸は蛇じみたテミスの身体に絡まるような軌道を描き、ティターン神族の女神を通過。山羊の胸元に叩き込まれた。

 山羊が想像していたほど、衝撃も痛みもなかった。だが黒い弾丸は間違いなく山羊の胸元を貫き、その宝珠を砕いた。

 

 

師弟の絆:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン・ガール」1体を選んで特殊召喚する。その後、デッキから「黒・魔・導」「黒・魔・導・爆・裂・破」「黒・爆・裂・破・魔・導」「黒・魔・導・連・弾」のいずれか1枚を選んで自分の魔法&罠ゾーンにセットできる。

 

ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

死者転生:通常魔法

(1):手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

クロス・アタック:通常魔法

自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する、同じ攻撃力を持つモンスター2体を選択して発動する。このターン、選択したモンスター1体は相手プレイヤーに直接攻撃する事ができる。もう1体のモンスターは攻撃する事ができない。

 

タスケルトン 闇属性 ☆2 アンデット族:効果

ATK700 DEF600

モンスターが戦闘を行うバトルステップ時、墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。「タスケルトン」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

ダブル・アップ・チャンス:速攻魔法

モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター1体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう1度だけ攻撃できる。その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる。

 

 

山羊LP0



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話:大海原の覇者

「バーン」

 

 少々気の抜けた声で、ロキが放った“指鉄砲”が黒い弾丸を発射。山羊(やぎ)の胸元、宝珠を討ち抜いた。

 ガラスが割れるような音が、山羊の直近で起こった。

 宝珠が砕かれたのだ。それに連動するように、山羊の背後、ティターン神族の一柱、テミスの身体に亀裂が入った。

 音もなく瓦解していくテミス。その表情はやはり無表情。足元からどんどん崩れていく。

 裁判関係者を思わせるローブが千切れ、その下から銀色の躯体が露わになる。

 それも少しの間だけ。すぐに亀裂が広がり、崩れていく。

 亀裂は加速度的に広がり、首元を通過して頬に入った。

 バイザーも砕けて落ちた。そこから除いたのは、初めて見るテミスの瞳。

 金色の瞳。だがそこに感情らしい感情はない。

 システムの具現化として、彼女は己の最後にたいしても公平で、何の感慨もなかった。

 その瞳にも亀裂が走る。

 

「――――――――――――」

 

 唇から漏れた呼気を最後に、テミスの身体は瓦礫のように破片だけになり、その破片もまた、夢幻のように消えていった。

 

「終わりましたか……」

 

 山羊の口から出た言葉はほんの少ししわがれていた。

 

 

 バトルフィールドが消えていくのを確認して、和輝(かずき)は佇んでいる痩身を見据えた。

 

「俺の勝ちだ」

 

 勝者として名乗りをする。3200のDPが加えられた。

 山羊は己の敗北に対して、何ら感じ入るところはなさそうだ。彼にとって神々の戦争も、プロデュエリストのリーグ戦も、何ら変わりないのかもしれない。何しろ、相手の進退がかかっていて、その運命を見定める。その在り方は何も変わっていないのだから。

 

「あんたはこれからどうするんだ?」

「別に、どうもしませんよ。私の神々の戦争はここで終わりですが、プロとしての生活が終わるわけではありません。このまま引き続きゾディアックをスポンサーにして、ジェネックス杯を続けて、あとはまたリーグ戦です」

 

 ではこれで。さっきまで戦っていたとは思えない。仕事で会った相手に別れの挨拶をするように一礼して、そのまま振り向くことなく去っていった。

 

「とにかく、これで二柱目のティターン神族の撃破だね」

 

 何の後腐れもなく去っていった山羊の背中を見つめながら、ロキはいつもの笑顔でそう言った。ただし、目は笑っていなかった。

 当然だ。

 敵の数は減ったが、敵が持っている神専用のカード。あれは脅威になりそうだ。その情報も共有しなくてはならない。

 

「まぁ、とにかく厄介な敵が一人減ったってのは確かだな」

 

 なんにせよ、勝利したことで一息ついた和輝の耳に、凛とした声が届いた。

 

「見事な戦いでしたわね、オカザキカズキ」

 

 カトレアだった。

 彼女は腕を組み、和輝の方をまっすぐに見つめている。

 

「ああ。まぁ何とかなったよ。それでどうするんだ? これからやるのか?」

 

 言いながら、和輝はデュエルディスクを掲げてみせる。

 正直山羊との戦いで体にダメージがあるが、直前にケルベロスと戦っていたカトレアも似たようなものだろう。神々の戦争ではない、普通のデュエルならば断わる理由もない。

 しかしカトレアははーっと大きく息を吐いて、大きく首を横に振った。彼女の動きに合わせて、そのきめ細やかで美しい髪が左右に揺れた。

 

「いいえ。やめておきますわ。状況も変わりました。一刻も早く敵が使ってくる、神をサポートするカードの情報も共有しなければなりませんし。そういう個人的な行動は、この大会が終わってからに致しましょう」

 

 カトレアは最後に和輝に向かって微笑みかけた。微笑は優雅で完璧。そしてスカートのすそをつまんでのお辞儀(カーテシー)

 

「わたくしから見て、山羊プロは貴方よりも少しばかり格上でした。ですが、貴方は臆せず、諦めず、立ち向かってついには凌駕した。素晴らしいデュエルでしたわ。素直に敬意を表します」

 

 頭を上げる。微笑は口元に浮かんだままだが、彼女が生来持つ気の強さとまっすぐ立つ凛とした在り方ゆえに、その笑みは不敵で、大胆に見えた。

 

「貴方の戦いに誇りがありますように。よいデュエルを」

 

 くるりと(きびす)を返して去っていく。その一歩後ろを歩いて、モリガンは苦笑しながら和輝とロキに一礼した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ゾディアック社長室。来客用のソファの上に、その男はどっしりと腰を下ろしていた。

 二メートルを超える巨体、右が紅、左が蒼のオッドアイ。オールバックの髪は金だがところどころ、編み込むように黒の色が入る。

 上背に見合ったがっしりとした体格を、黒のレザージャケット、白のタンクトップ、黒の皮パンツ、黒のブーツで覆った姿はどこか“混ざっている”印象を与える。

 男はソファに体重を預け――ソファのスプリングが軋んだ音を立てた――、グローブのような大きな手でつかんだグラスを持ち上げた。

 中にはなみなみと注がれたブランデー。一気に飲み干す。

 

「まだ日が落ちていないのに酒とは、剛毅だな、クロノス」

 

 社長のデスクで書類整理をしていた射手矢(いでや)が、己のパートナーの神の名を苦笑交じりに呼んだ。

 

『テミスが消えた。これで二柱目だ。酒の一つも飲みたくなる』

 

 声音は一つなのに、二重に聞こえる声だった。男――クロノスはそう言って、空瓶をどかし、どこからか取り出したウイスキーを、今度は便に直接口をつけてラッパ飲みしだした。

 

『ふん。人間の酒は口に合わん。やはり神々の酒はディオニュソスのものに限るな』

 

 グルルと口の中で獣じみた唸り声をあげて、クロノスはさらにラッパ飲みを繰り返し、まるで水を飲むように一瓶を空にしてしまった。

 

「しかし、思ったよりやるようだね」

 

 苦笑しながら、射手矢はタブレットにある情報を表示させた。

 それは己がスポンサーをしているプロデュエリストのリスト。その中から国守咲夜(くにもりさくや)をピックアップ。

 さらに別のデータも表示する。これは彼が出資している数ある学校の一つ、十二星(じゅうにせい)高校の生徒のリスト。そこからピックアップされたのは三人。

 岡崎和輝、風間龍次(かざまりゅうじ)黒神烈震(くろかみれっしん)。出資者故に、彼はこの程度の情報はすぐに集められた。

 

「三人とも現時点ですでにプロの世界で通用する実力。このジェネックス杯でもそれは証明されている。いいなぁ、その夢溢れる、希望に満ちた可能性は素晴らしい。彼らも、卒業など待たず、国守君のようにプロの世界に勧誘してみようか?」

『敵だぞ、奴らは』

「神々の戦争が終わればそうとも限らないさ」

 

 笑う射手矢は表情こそ柔らかいがその目は経営者のそれだ。若い芽の成長を楽しみながらも、自分の手元に置こうとしている。

 

『そうとも限らんのは、貴様自身が分かっていることだろう。貴様の願いゆえにな。現に、一般参加者の中でも、我らティターン神族や悪霊(エンプーサ)によって病院送りにされている者たちがいるはずだ』

「それを言われると痛いね……。しかし君が望むことだろう? 私にも私の願いがある。そのためにティターン神族を復活させた以上、生半可なことで止まるつもりはないよ」

 

 射手矢の口調は穏やかだが、その瞳は何とも言えない闇をはらんでいた。

 射手矢は社内電話を手に取った。

 

嵐山(あらしやま)君と(はこ)君を呼んでくれ」

 

 嵐山、函、その名を聞いたクロノスの目が細くなる。

 

『そいつらは切り札じゃなかったのか? もう切っていいのか?』

「どちらにしても、嵐山君から、()()()()()()()()と報告があった。神々が恐れた怪物の力、ここで見せてもらおうじゃないか」

『……死人が出るかもな』

「悲しいな。しかし、乗り越えなくてはね」

 

 クロノスは鼻を鳴らし、三本目の酒瓶を手に取った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 敵が神のサポートカードを使用していることは、カトレアからフレデリックに報告され、フレデリックから全員に共有された。

 それは、この男もそうだった。

 

「なるほど、了解した」

 

 烈震は淡々とそう言って通話を終えた。

 

「神の専用カードか……。確かに厄介だがデュエルというのは必ずしも目的のカードを引けるとは限らない。風間のように、結局登場せぬまま終わることもあるかもしれん」

「ん、そうだな」

 

 応えたのは烈震の腕に絡みついている少女。

 元神々の戦争の参加者、現在は烈震に惚れ、彼の子供を産みたがっている少女、小雪(シャオシュエ)

 

「まぁいい」

 

 烈震は前を見た。その()()にも眉一つ動かさない。

 死屍累々。その言葉が頭をよぎった。

 浅草、浅草寺前。普段なら観光客にあふれかえっているそこは、今はジェネックス杯の参加者であふれかえっていた。

 ただし、全員が地に付し、苦し気な呻き声をあげていた。

 左右に観光客用の土産屋や食べ物や、着付けやなどが並ぶ中、烈震は前に進む。

 倒れているものは生きているようだが、苦痛に動けずにいる。

 烈震は腕にしがみついている小雪の方を向いた。

 

「小雪、倒れている者たちを頼む。さっきからトールががなり立てている。この先に、神がいる。おそらくティターン神族だろう。(オレ)の相手だ」

「わかったぞ。わたしはもう神々の戦争の参加者じゃないからな。向こうから取り込まれない限り、戦いの場にすら立てない」

 

 烈震の腕から離れて、小雪はどこからともなくスマートフォンを取り出した。それを見届けた烈震はまっすぐ進む。

 

「どーも奇妙だな」

 

 傍らに、実体化したトールが声を出した。

 

「何がだ?」

「なんでこいつらは倒れてんだ?」

 

 そう言って、トールは周囲で倒れ伏す者たちを見据えた。

 年齢はばらつきがある。中には低いランクのプロもいるようだ。

 

「それは――――この先にいるティターン神族にやられたからだろう?」

「だから、なぜそんなことをするんだ?」

「なるほどな」

 

 烈震はトールの言いたいことが分かった。

 

「確かに、クロノスにも、ティターン神族にも、神々の戦争の参加者以外を狙う理由はないな。怪物たちなら人間への恨みを晴らすために、わざわざバトルフィールドに一般人を取り込み、神々の戦争のデュエルを仕掛け、そして痛めつけることもありうるだろうが」

「この先に感じる気配はでかいのが一つだけ。つまりここはそいつの縄張りで、ギリシャ神話の怪物も、それ以外の化け物も、ここにはいない。必然、これをやったのはこの先の奴だ」

 

 風間龍次からの報告を思い出す。彼が倒したティターン神族、ムネモシュネもまた、ジェネックス杯の参加者をこのように地面に這いつくばらせていたらしい。

 考えてみれば、こんな無駄をするだろうか?

 

「それにこの土地自体が嫌な気配だ」

 

 不機嫌そうに、トールは唸り声を上げた。

 

「確か、東京は七年前に神々が戦ったのだったな」

「ああ。そのせいで最悪な火災まで発生しちまった」

 

 東京大火災。

 多くの死者を出し、その後も多くの人々を発狂や自殺に導き、人生を狂わせた未曽有(みぞう)の大災害。和輝もまた、そんな風に人生を狂わさせた者の一人だ。

 不意に会話が途切れた。その理由は、前方にあった。

 浅草寺本殿、さい銭箱の前に、その男は立っていた。

 一見して正気はどこか虚空のかなたに消し飛んでいるような眼をしていた。

 中肉中背、灰色の髪、瞳、ノーフレームの眼鏡、ワインレッドのスーツ姿、左手首に金色の腕時計。赤い毛皮の狡賢い狐の風情だが、正気が消し飛んだ眼が彼がどういう状態なのかよく分かる。

 

「これより裁判を始める!」

 

 烈震の姿を目にするや否や、男はそう叫んだ。

 パンと手を叩く。男の頭の中では、それが裁判長が打ち付ける木槌のようだった。

 

「被告! 神々の戦争の参加者、黒神烈震! 検事は私、蟹沢正義(かにさわまさよし)! 弁護人は必要ない! 証拠も必要ない! 裁判長など最も不要! 判決を告げる! 有罪! よって、この場での敗北を処する!」

 

 烈震が黙っていると、男は一人で勝手に騒ぎ出した。正気を宇宙のかなたに放り出した男を見る烈震の目は冷淡極まりない。

 と、本殿の奥から、野太い笑い声が響いてきた。

 

「気にするな。ちょっと()()()()こうなった。元々検事らしくてな。人間の法関係はよく知らんが、あまり評判は良くなかったようだな。ちなみにお前さんの名前はクロノス様の契約者から聞いた」

 

 声の方向から、潮の香りが漂ってきて、烈震の鼻を刺激した。

 水が寄り集まって人型らしきものを形成している。烈震にはそう見えた。

 逆巻く渦のような海流の竜巻ともいうべき下半身に、黄金の鎧を身にまとった、筋骨隆々とした男。流れる金の髪、海を固めたような青い瞳。豊かな髭。

 

「俺の名はオケアノス。まぁ、お前さんがたの敵だな、うん」

 

 ティターン神族の一柱、オケアノス。その権能は大海。外の海をめぐる海流を神格化したその姿はまさしく海の擬人化だ。雄大にして強大。相手にとって不足なし。

 そしておおらかな口調と声音だが、己の契約者、蟹沢を洗脳しているのは事実。その本質はやはり人間軽視だ。

 

「実はこの前にお前さんらとは違う、神々の戦争の参加者を倒してな。こちらは脱落させたので気分がいい。この気分の良さとアゲたテンションで相手をするが、まぁ勘弁してくれ」

 

 神々の戦争参加者の排除。ティターン神族とクロノス、そしてゾディアックが画策していることは、着実に実を結んでいるようだった。

 烈震たちの周囲から人の姿が消える。現実とは位相の違う異空間、バトルフィールドが展開された。

 展開したのはオケアノスではなく、トール。彼は鋭い目つきと不敵な口元でオケアノスを見る。

 

「そっちのテンションなんざ関係ないな。それに前口上も面倒だ。さっさと始めるとしようぜ」

「そうさな、おい蟹沢」

「デュエルだ! デュエルという名の判決が下る! 被告人の有罪を証明するために!」

 

 天を仰ぎ、両手を振り回す蟹沢。左手に装着されたデュエルディスクが起動する。

 喚き散らす蟹沢に対して、烈震は無言で己のデュエルディスクを起動させた。

 烈震の胸元に、緑の輝きが灯る。宝珠の輝き。対する蟹沢の胸元にも、宝珠が出現するが、その色は無色。イレギュラーの証か。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

烈震LP8000手札5枚

蟹沢LP8000手札5枚

 

 

「己の先攻で行かせてもらおう」

 

 先攻は烈震。彼はいっそ穏やかに見えるほど落ち着いた仕草でカードを吟味、手札から一気に二枚引き抜き、デュエルディスクにセットした。

 

「レッド・リゾネーターを召喚。効果発動、手札から、黒き森のウィッチを特殊召喚する」

 

 烈震のフィールドに、一気に体のモンスターが展開される。

 炎に包まれた身体に前掛け、音叉を持った悪魔族モンスター――レッド・リゾネーター――と、黒衣を纏い、目を閉じた魔女――黒き森のウィッチ――。どちらも戦争向けのステータスではないが、レッド・リゾネーターはチューナーだ。ならばすることは一つ。

 

「レベル4の黒き森のウィッチに、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング」

 

 シンクロ召喚。

 烈震の頭上、二つの緑に光る輪となったレッド・リゾネーター。その輪を潜った黒き森のウィッチが、四つの白い光星となる。

 

「連星集結、赤翼咆哮。シンクロ召喚。猛れ、レッド・ワイバーン!」

 

 光の向こう側から、咆哮と羽ばたきがやってきた。

 現れたのは炎の冠のようなトサカと翼を持った翼竜。その名の通り赤い体躯をし、身を逸らして夕暮れ空を彩る。

 

「黒き森のウィッチ効果発動。デッキから異界の棘紫竜(きょくしりゅう)を手札に加える。そして予見通帳を発動、デッキトップを裏側で三枚除外する。さらに補充部隊を発動、カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

レッド・リゾネーター 炎属性 ☆2 悪魔族:チューナー

ATK600 DEF200

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが特殊召喚に成功した時、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力分だけ自分はLPを回復する。

 

黒き森のウィッチ 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1100 DEF1200

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから守備力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの発動ができない。

 

レッド・ワイバーン 炎属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、このカードより攻撃力が高いモンスターがフィールドに存在する場合に発動できる。フィールドの攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

予見通帳:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード3枚を裏側表示で除外する。このカードの発動後3回目の自分スタンバイフェイズに、この効果で除外したカード3枚を手札に加える。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 テンション高めの蟹沢は、大仰な仕草でカードをドロー。ドローカードを確認し、にやりと笑った。

 

「手札のホワイト・モーレイを捨て、ホワイト・スティングレイを特殊召喚! さらに浮上を発動! 今捨てたホワイト・モーレイを特殊召喚しましょう!」

 

 烈震に負けじと、蟹沢もモンスターを展開してくる。どちらも水属性、魚族。揃ったモンスターを見て、トールが言う。

 

「だけどよ、どちらもレベルはバラバラ、チューナーもいねぇ、(シンクロ)(エクシーズ)はねぇ。融合か?」

「異議あり!」

 

 トールの台詞に帰ってきたのは蟹沢の遠く高く響く声。その迫力はまさに裁判の場にいる検事のものだった。

 

「ホワイト・モーレイは墓地からの特殊召喚に成功した時、チューナーとして扱われる! 故に、墓地から蘇生したホワイト・モーレイはチューナーとなっている! これでS召喚の召喚条件は整った! 私はレベル4のホワイト・スティングレイに、チューナーとなったレベル2のホワイト・モーレイをチューニング!」

 

 蟹沢の声がバトルフィールド内を飛ぶ。彼の頭上、烈震のものと同じS召喚のエフェクトが走る。

 

「神代の大海原を跳ねる勇魚(いさな)よ! 今こそ現世に浮上し我が敵悉くを砕いて捨てろ! シンクロ召喚、君の出番ですよ、白闘気海豚(ホワイト・オーラ・ドルフィン)!」

 

 海原を下から何かが突き抜け、海上に浮上した、そんな音が辺りに響き渡った。

 見れば蟹沢のフィールド、仮想の海が顕現し、そこから白い巨体が跳ねるように現れた。

 海豚だ。巨大な海豚。目には敵意はないが闘気はある。特に異形化、戦闘特化した形状ではないが、巨大さはそれだけで武器になるし、肌も硬質な印象を与えた。つまり全身がそのまま武器であり防具なのだろうと、烈震は思った。

 その攻撃力は2400、レッド・ワイバーンと同じだ。

 

「相討ち狙い、なわけないか」

 

 トールに言葉に、烈震は内心で頷いた。わざわざS召喚したのだ、このまま攻撃ではあるまい。だいたい、相討ちにしても自分の手札には棘紫竜がいる。レッド・ワイバーンを破壊してもこのカードを特殊召喚するから、蟹沢が一方的にモンスターを失うだけだ。

 

「ここで、永続魔法、オケアノスの財宝を発動します!」

 

 烈震の思考は、蟹沢の声によって寸断された。

 そして耳にしたカード名は、ティターン神族の名を冠していた。

 

「そのカードは、神の専用カードか?」

「異議あり! 違いますね。これは私を雇った射手矢氏から頂いたカード。私たちは全員、ティターン神族の名を冠したカードを受け取っている。ただそれだけですよ。そして、神の名を使っているだけあって、強力なのですがね!」

 

 勘違い。敵が使ってくるのは神のサポートカードではなく、ティターン神族の名を持っているカードをそれぞれ使ってくるのだ。どちらであろうと世界で一枚のカードを使ってくる時点で、アドバンテージの差は出ている事実に変わりはない。

 なので烈震の心には何らさざ波は立たなかった。むしろ気になるのは、どんな効果を持っているのかだ。

 このタイミングで、しかも自信満々に発動したのだ。面倒な効果であることは間違いないだろう。

 

「白闘気海豚効果発動! ターン終了時まで、レッド・ワイバーンの攻撃力を元々の数値の半分にしますよ!」

「!」

 

 攻撃力が変動する。レッド・ワイバーンから力が抜けていき、その飛行高度が落ちる。

 

「これで攻撃力の差は歴然となりました。バトルです。白闘気海豚でレッド・ワイバーンを攻撃!」

 

 空中を海中のように泳ぐ海豚。その速度が一気に加速する。

 砲弾を思わす速度。鎧のような硬度を持つ身体で突進して来る。しかし――――

 

「通さん。レッド・ワイバーンの効果発動、攻撃力が自身よりも上のモンスター一体を破壊する」

「当然、破壊するのは白闘気海豚!」

 

 トールの叫びに呼応するように、レッド・ワイバーンが咆哮とともに火球を放つ。

 突進に入っていた白闘気海豚は躱せず、直撃、炎上して破壊された。

 

「攻撃力を提げたのが裏目に出たな!」

「異議あり!」

 

 相手Sモンスターを返り討ちにし、意気軒昂(いきけんこう)としていたトールに対して、蟹沢はぴしゃりとと言い放った。

 

「レッド・ワイバーンの効果なぞ織り込み済み! なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()! この瞬間、オケアノスの財宝と白闘気海豚の効果発動!

 オケアノスの財宝は、私の水属性モンスターが破壊された時、カードを一枚ドローする!」

「補給部隊に似ちゃあいるが、その言い方だとターン制限ねぇのか!?」

「その証言を認めましょう! そして白闘気海豚の効果! 相手によって破壊され、墓地に送られた時、このカード以外の墓地の水属性モンスター一体をゲームから除外し、このカードをチューナーとして復活させる! ホワイト・モーレイを除外し、チューナーとなり蘇れ、白闘気海豚!」

 

 ()()()()。再び巨大物が海面に浮上するような音を引き連れて、白闘気海豚が復活した。

 

「レッド・ワイバーンの効果は一度しか使えません。つまり最早攻撃は止められない! 白闘気海豚でレッド・ワイバーンを攻撃!」

 

 二度目の攻撃宣言。今度は何の邪魔も入らず、白闘気海豚の巨体がレッド・ワイバーンを蹂躙した。

 

「むぅ……。補給部隊の効果で、一枚ドローだ。さらに己のモンスターが破壊され、墓地に送られたため、手札から異界の棘紫竜を特殊召喚する」

「異議なし。最早バトルフェイズは続ける必要はありませんからね。しかし私には、まだモンスターの召喚権が残されています。その権利をここで行使しましょう。メインフェイズ2に入り、マーメイド・シャークを召喚します。その効果で、デッキからサイレントアングラーを手札に加えます。そしてレベル1のマーメイド・シャークに、レベル6のチューナーとなった白闘気海豚をチューニング!」

 

 再びS召喚のエフェクトが走る。

 六つの緑の輪となる白闘気海豚、一つに白い光星となったマーメイド・シャーク。そしてそれらを貫く一筋の光の道。

 

「神代の大海原を遊泳する勇魚よ! 今こそ現世に浮上し、我が敵悉くを貫き穿て! シンクロ召喚、君の出番ですよ、白闘気一角(ホワイト・オーラ・モノケロス)!」

 

 光の海原の向こうから現れたのは、長く伸びた、ユニコーンのような角をはやした影。

 海生哺乳類のイッカクだと知れたが、その色は白く、よく目立つ。

 逆に言えばそれでもなお生き残ってきた故の強さ、自負がオーラとして溢れ出ていた。

 

「二体目……、名前にある共通性……。まさかそのSモンスターもチューナーとして自己再生するのか……?」

「異議なしですよ。白闘気一角も、破壊されればチューナーとして復活する。そしてそのチューナーを使い、さらに強力なモンスターをS召喚する。この輪廻を断ち切れますかねぇ?

 白闘気一角の効果発動! S召喚成功時、墓地の魚族モンスター一体を特殊召喚できます。ただし、特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できませんが、メインフェイズ2なので関係ありませんね。私は白闘気海豚を特殊召喚! カードを一枚伏せて、ターン終了ですが、この瞬間、オケアノスの財宝の更なる効果発動! 自分ターン終了時、私はフィールドの水属性モンスター一体を対象にし、そのモンスターの元々の攻撃力分、ライフを回復します。私は白闘気一角を選択し、ライフを回復します。ターンエンドです」

「待て、貴様のターン終了時に、己は伏せていた強化蘇生を発動する。レッド・リゾネーターを特殊召喚し、効果発動。白闘気一角の攻撃力分、ライフを回復する」

 

 

ホワイト・スティングレイ 水属性 ☆4 魚族:効果

ATK1400 DEF1000

このカード名の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードは手札の水属性モンスター1体を捨てて、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが墓地からの特殊召喚に成功した場合に発動できる。このターン、このカードをチューナーとして扱う。

 

浮上:通常魔法

自分の墓地のレベル3以下の魚族・海竜族・水族モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。

 

ホワイト・モーレイ 水属性 ☆2 魚族:効果

ATK600 DEF200

(1):このカードが召喚に成功したターン、このカードは相手に直接攻撃できる。(2):このカードが墓地からの特殊召喚に成功した場合に発動できる。このターン、このカードをチューナーとして扱う。

 

白闘気海豚 水属性 ☆6 魚族:シンクロ

ATK2400 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで元々の攻撃力の半分になる。(2):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の水属性モンスター1体を除外して発動できる。このカードをチューナー扱いで特殊召喚する。

 

異界の棘紫竜 闇属性 ☆5 ドラゴン族:効果

ATK2200 DEF1200

自分フィールド上のモンスターが戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、このカードを手札から特殊召喚できる。

 

マーメイド・シャーク 水属性 ☆1 魚族:効果

ATK100 DEF300

このカードが召喚に成功した時、デッキからレベル3~5の魚族モンスター1体を手札に加える事ができる。

 

白闘気一角 水属性 ☆7 魚族:シンクロ

ATK2500 DEF1500

水属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがS召喚に成功した時、自分の墓地の魚族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。(2):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の水属性モンスター1体を除外して発動できる。このカードをチューナー扱いで特殊召喚する。

 

オケアノスの財宝:永続魔法

このカードは1枚しかフィールドに存在できない。(1):自分水属性モンスターが戦闘、またはカードの効果によって破壊された時に発動する。カードを1枚ドローする。(2):自分のターン終了時に、フィールドの水属性モンスター1体を対象にして発動できる。対象モンスターの元々の攻撃力分、ライフを回復する。(3):???

 

強化蘇生:永続罠

(1):自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。そのモンスターは、レベルが1つ上がり、攻撃力・守備力が100アップする。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 

烈震LP8000→6800→9300手札1枚

蟹沢LP8000→10500手札2枚

 

 

「岡崎が言っていたが……、さすがはティターン神族の契約者。やはり手ごわいな」

「当然だ。何しろ、俺と波長のあった男だ。何でも、腕はプロレベルだそうだぞ」

 

 微かな呟きだったが、オケアノスはそれを聞き留めた。誇るでもなく、ただの世間話を放るように言われた言葉に、烈震は眉をひそめた。

 

「プロレベルのアマチュア、か。それで選んだ職業がプロデュエリストではなく、検事なのか」

「不思議だわなぁ。まぁ、人間とはそういうものかもしれんがな」

 

 それに、とオケアノスは続けた。

 

「この人間の境遇や生い立ちなど関係ないわな。要するに、戦うための()()になればいい」

 

 喋り方は穏やかなくせに、その声音には徹頭徹尾、人間を道具としか見ていない冷徹さと傲慢さが感じ取れた。

 

「正規だろうとイレギュラーだろうと、あまり変わらんな」

 

 それは口の中での呟きだったので、オケアノスの耳には届かなかった。

 だがトールは、自分のパートナーが怒りを抱いていることを察知した。

 

「手ごわい敵だが、まぁその方が鍛錬になる。それに――――外道の方が、振るう拳も鈍らないというものだ」

 

 負ける気は一切ない烈震は、口角を僅かに上げた笑みを浮かべてそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話:友の言葉

「どうやら、蟹沢(かにさわ)君が戦いに入ったようだよ。相手は黒神烈震(くろかみれっしん)、トールの契約者だ」

『蟹沢……、ああ、オケアノスの契約者か』

 

 ゾディアック社長室。報告の連絡を受けた射手矢(いでや)は、己のパートナーに、ティターン神族が始めた新たな戦いについて告げた。

 ソファに身を沈め、酒を瓶で飲んでいたクロノスが、いったん飲むのをやめた。

 

『精神をいじられているから意味はないかもしれんが……、どういう奴だ? プロではないんだろう?』

「検事だね。(はかり)は彼のことを嫌っている。やり手の若手検事として有名だが、何しろ、証拠の捏造、証言の隠蔽。とにかく裁判で勝つためなら何でもやる。その黒い噂が司法界で囁かれている。幸い、彼と裁判で争ったことはないが、顧問弁護団は全員、彼を嫌い、警戒しているよ」

『つまり、ろくでなしか』

 

 そう言って、クロノスはまた瓶に直接口をつけて、中に入っているウィスキーをぐびぐび飲みだした。

 

『オケアノスはのんびりしているようだが、その実激しい気性を持っている。海みたいなやつだ。それでいながら防御を固める男だ。変幻自在で予測不可能。だから人間というちっぽけな要素を入れることを好まない』

「しかし蟹沢検事のデュエルの腕はプロ級。だから、完全に操り人形にするのではなく、デュエルの主導権を委ねたわけだね」

『それも、いつまで続くかわからんがな』

 

 いずれにしても戦いはもう始まっている。ここから介入する気はない。それに、とクロノスは言う。

 

『トール、北欧神話の雷神。雷を使う神なら、誘われる奴もいる』

「……飛び出していった嵐山(あらしやま)君は、それこそ一目散だろうね」

 

 ならば戦場は()()()。誰に言うでもなく、射手矢は内心でそう告げた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 デュエルは始まったばかり。だからまだ互いの優劣を決める段階にはない。

 そう思いながらも、烈震は僅かに浮いた汗をぬぐった。この汗は暑さのせいではあるまい。

 

(強い……、というより厄介だ)

 

 破壊されれば蘇生する二体の(シンクロ)モンスター。さらに水属性が破壊される度に一枚ドローできる永続魔法。カードを残せばその分ライフを回復されてしまう状況。

 

「面倒くせぇなおい」

 

 トールの言葉に肯く。とはいえ――――

 

「無敵な盤面は存在しない。必ず打ち崩すことができる」

 

 だから、烈震は揺らがず、目の前を見据えた。

 

 

烈震LP9300手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 異界の棘紫竜(きょくしりゅう)(守備表示)、レッド・リゾネーター(守備表示、レベル2→3、攻撃力600→100)

魔法・罠ゾーン 補充部隊、強化蘇生(対象:レッド・リゾネーター)

フィールドゾーン なし

 

蟹沢LP10500手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 白闘気海豚(ホワイト・オーラ・ドルフィン)(攻撃表示)、白闘気一角(ホワイト・オーラ・モノケロス)(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン オケアノスの財宝、伏せ1枚

 

 

(オレ)のターンだ、ドロー」

 

 まずは相手の陣を崩す。そこからだ。

 

「レベル5の異界の棘紫竜に、レベル3となったレッド・リゾネーターをチューニング」

 

 烈震の頭上、レッド・リゾネーターが三つの緑の輪となり、その輪を潜った異界の棘紫竜が、五つの白い光星となる。

 光星と光輪は一筋の光の道に貫かれた。

 

「連星終結、焔魔(えんま)再臨。シンクロ召喚、滅せよ、レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト!」

 

 咆哮が轟く。光の(とばり)の向こうから、力強い羽ばたきとともに現れたのは、レッド・デーモンズ・ドラゴンに酷似したモンスター。

 人に近い竜のフォルム、羽ばたく翼は歴戦を物語るように傷がある。細かいところは違えど、どこまでもレッド・デーモンズ・ドラゴンを想起させる形状だが、最大の相違点は右腕。

 光輝く傷、そしてそれを覆う、拘束具めいた()()。全身から発される威圧感はレベル8Sモンスターの域を超えている。

 

「スカーライト効果発動! 自身以外の、このカード以下の攻撃力の特殊召喚されているモンスターを全て破壊し、相手に一体につき500のダメージを与える!」

「消し飛ばしちまえ!」

 

 トールの叫びに応えるように、スカーライトが咆哮とともに右腕を振るった。次の瞬間、スカーライトの全身から朱金色の炎が自身を中心に放射状に放たれる。

 炎は大気を熱し、周囲の土産屋を倒壊させ、なお燃え続き、その力を叩きつけた。

 断末魔が二つ上がる。どちらも蟹沢のフィールドにいる二体のモンスターからだった。スカーライトが放った熱波にやられ、のたうちながら消えていく。

 

「この瞬間、オケアノスの財宝と、破壊された二体のホワイトたちの効果を発動! 私は二枚ドローし、さらに墓地のマーメイド・シャークとホワイト・モーレイを除外し、それぞれ守備表示で復活させましょう!」

 

 墓地という名の深海から、フィールドに浮上して来る二体の巨影。即ち白闘気海豚と白闘気一角。

 

「ふーむ、いかに強力な効果で一掃しようと、所詮はフィールドにのみ効果を及ぼすもの。墓地で効果が発動し、自己再生する蟹沢のモンスターとは相性が悪いぞ?」

 

 首を傾げながら、オケアノスが言う。すかさず蟹沢が言葉を挟んだ。

 

「異議なしですねぇ。それどころか、オケアノスの財宝があるので、私をドローさせるだけ。この荒れ狂う大海のごとき私のデッキ、その守りを突破して、ライフを削り切ることなどできますかね?」

 

 挑発的に言う蟹沢。だが烈震は冷静に指摘する。

 

「確かにターン制限のない蘇生は厄介だ。だが、それは貴様の墓地に除外できる水属性モンスターが存在する場合のみ。今、貴様の墓地に水属性モンスターはいるのか?」

「!」

 

 蟹沢の表情が罅割れる。それを動揺ととったか、烈震はさらに言い募る。

 

「つまり今ならば、そのモンスターは倒されても蘇生できない。場に残った強化蘇生を墓地に送り、マジック・プランター発動。二枚ドロー。

 ……いい引きだ。シンクロキャンセル発動。スカーライトをEXデッキに戻し、代わりにS素材となったレッド・リゾネーターと異界の棘紫竜を特殊召喚する。ここで、レッド・リゾネーターの効果を発動、白闘気一角の攻撃力分、ライフを回復する」

 

 これで烈震のライフは10000を超えた。フィールドに張っている補充部隊と合わせると、多少のダメージはかえってリターンになる。

 

「トランスターン発動。レッド・リゾネーターをリリースし、デッキからフレア・リゾネーターを特殊召喚する。そして、レベル5の異界の棘紫竜に、レベル3のフレア・リゾネーターをチューニング!

 ――――連星集結、焔王竜(えんおうりゅう)出陣。シンクロ召喚、吠えろ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 咆哮と炎が同時に迸った。現れた悪魔竜を前に、蟹沢のモンスターたちは怯えたかのように後ずさった。

 

「よっし! オリジナルのレッド・デーモンズ・ドラゴンなら、攻撃した瞬間、守備モンスターを全滅できるな!」

「そして、墓地が空ならば、もはや蘇生はない。レッド・デーモンズ・ドラゴンで白闘気海豚を攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。レッド・デーモンズ・ドラゴンが炎を宿した右拳を振りかぶった。

 そのタイミングを見計らったように、蟹沢が声を張り上げた。

 

「墓地にモンスターがいない? 異議ありですねぇ! よーく見てくださいよ、私の墓地には水属性モンスターがいますよ? リバースカードオープン! 異次元からの埋葬! 除外されているホワイト・モーレイ、ホワイト・スティングレイ、マーメイド・シャークを墓地に戻します!」

「あぁ!?」

 

 トールは叫んだが、振り下ろした拳は止まらない。炎を纏った拳が白闘気海豚に着弾。衝撃波が炎の形をとって蟹沢のフィールドを蹂躙。守備態勢をとっていた白闘気一角も焼き尽くした。

 

「この瞬間、オケアノスの財宝の効果により、二枚ドロー! そして破壊されたモンスターたちは、それぞれ墓地のホワイト・モーレイ、マーメイド・シャークを除外し、チューナーとして復活させます!」

 

 二体の巨大魚が墓地から浮上してくる。殲滅は失敗した。しかも相手はこのターンだけで四枚もドローしている。

 

「結果的に、手札を増やすだけになっちまったかな……」

「だが、異次元からの埋葬は使わせた、やはり墓地リソースは有限だ。バトルを終了、メインフェイズ2に入り、クリッターを召喚する。己はこのままターンエンドだが、ここでレッド・デーモンズ・ドラゴンの効果を発動する。攻撃していないクリッターは破壊される。この瞬間、クリッターの効果を発動し、デッキからエフェクト・ヴェーラーを手札に加える。今度こそターンエンドだ」

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「レッド・デーモンズ・ドラゴン」として扱う。(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカード以外の、このカードの攻撃力以下の攻撃力を持つ特殊召喚された効果モンスターを全て破壊する。その後、この効果で破壊したモンスターの数×500ダメージを相手に与える。

 

マジック・プランター:通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

シンクロキャンセル:通常魔法

(1):フィールドのSモンスター1体を対象として発動できる。そのSモンスターを持ち主のEXデッキに戻す。その後、EXデッキに戻したそのモンスターのS召喚に使用したS素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールドに特殊召喚できる。

 

トランスターン:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を墓地へ送って発動できる。墓地のそのモンスターと種族・属性が同じでレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

フレア・リゾネーター 炎属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK300 DEF1300

このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターの攻撃力は300ポイントアップする。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

異次元からの埋葬:速攻魔法

(1):除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体まで対象として発動できる。そのモンスターを墓地に戻す。

 

クリッター 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF600

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの発動ができない。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン攻撃力3000→3300

 

 

烈震LP9300→11800手札1枚

蟹沢LP10500→9500手札6枚

 

 

「私のターン、ドロー。貴方のおかげで手札が潤沢になりましたが……、もっと増やしましょう。手札を一枚捨て、手札からディメンション・サルベージ発動。この効果で、ゲームから除外されている水属性モンスター、ホワイト・モーレイ、マーメイド・シャークを手札に加えますよ」

 

 烈震の表情は微動だにしないが、その巌のような表情の下ではやはり状況の不利を実感していた。

 

「強欲なウツボを発動、手札のホワイト・モーレイとサイレント・アングラーをデッキに戻し、三枚ドロー。

 再びマーメイド・シャークを召喚し、効果発動。デッキからフィッシュボーグ・アーチャーを手札に加えますよ。そして、レベル1のマーメイド・シャークに、レベル7のチューナーとなった白闘気一角をチューニング!」

 

 烈震の眼前、蟹沢の頭上で、S召喚のエフェクトが走る。

 緑の光輪となった白闘気一角。その輪を潜り、一つの光星となったマーメイド・シャーク。光の道が光星を貫き通り、光が辺りに満ちた。

 

「神代の大海を制する勇魚(いさな)よ! 今こそ現世に浮上し、我が前に立つ愚者悉くを潰滅せよ! シンクロ召喚、出てきなさい、白闘気白鯨(ホワイト・オーラ・ホエール)!」

 

 光の向こうから、白い巨影が浮上する。

 現れたのは烈震と蟹沢、二人のフィールドを陰で埋め尽くしてもなお余りある曲を持った鯨。

 白鯨。空を雄大に泳ぐその姿に。烈震は昔読んだ外国の小説に登場する、途方もなく巨大な白い鯨のことを思い出した。

 

「白闘気白鯨の効果発動! S召喚成功時、相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊します!」

 

 白鯨の巨体が沈み込む。烈震はその一瞬で思考した。

 蟹沢は、烈震の手札にエフェクト・ヴェーラーがあることを知っている。サーチで情報を公開したのだから当然だ。

 なのにわざわざ全体破壊のモンスター効果を発動しようとしているのが解せない。

 

(つまりこれは囮。防がれてもいい効果……)

 

 だとすれば見逃すべきだ。烈震は決断を下して、実行した。白闘気白鯨の効果に対して、動かずにいた。

 

「烈震?」

 

 相棒(トール)から、訝しむような声が聞こえた。珍しいことだがそれでも烈震は反応しなかった。攻撃力3300のレッド・デーモンズ・ドラゴンを捨てるのは惜しいが、敵の狙いはこの()なのだ。だったら静観する。ライフなどいくらでも持っていくがいい。0にならなければ安いし、補充部隊を張っているのでドロー促進になって便利だ。

 

 そう考えていた烈震の眼前で、白闘気白鯨の巨体が烈震のフィールドに()()した。

 轟音が巻き起こり、衝撃波が広がる。地盤がめくれ上がり、周囲の建物が音を立てて倒壊し、瓦礫と粉塵があたりの風景のほとんどとなった。

 そして粉塵の向こうで、面白くなさそうな表情を浮かべている蟹沢の姿。

 それを見て烈震は確信した。敵はエフェクト・ヴェーラーを使わせたかった。その思惑がうまくいかなかったから、不満なのだ。

 

「ままならんなぁ、これは」

 

 烈震の考えを証明するかのように、オケアノスがぼやいた。

 ほとんど水でできた体で、腕を頭の後ろに回して後頭部を掻いて見せる。

 

「仕方がないわな、こういうこともある。蟹沢、さっさと次の手を打て。予定は変わらん」

「はい、オケアノス様。手札のフィッシュボーグ・アーチャーを捨て、ワン・フォー・ワン発動! デッキからレベル1モンスター、鰤っ子姫(ブリンセス)を特殊召喚し、その効果を発動します! このカードをゲームから除外し、デッキからハンマー・シャークを特殊召喚! さらにハンマー・シャーク効果発動!」

 

 次々に蟹沢のモンスターが展開される。

 一瞬だけ出てきた、妙にかわい子ぶっている魚のモンスター――鰤っ子姫――がすぐに沈み込むように消えていき、代わりに現れたのは文字通り、ハンマーを思わせる頭部の形状をした鮫であった。

 

「ハンマー・シャークの効果発動! このカードのレベルを一つ下げ、手札から、レベル3水属性モンスター、スター・イーターを特殊召喚!」

 

 現れたのは、ヒトデの姿をしたモンスター。

 毒々しい青黒い体表、中央部にズラリと牙を並べた口。それぞれ星型の先端には鋭い鉤爪のようなものが一本だけ生えていた。

 

「スター・イーター効果発動! 一ターンに一度、フィールドの表側表示モンスター一体を対象に、そのモンスターのレベルを任意の数下げます。私は白闘気白鯨を対象に、そのレベルを二つダウン! そして、下げた分のレベル、このカードのレベルをアップさせる! というわけで、スター・イーターのレベルは二つ上がり、5!」

「スター・イーターはチューナーだから、いろいろ悪さできそうな効果だな」

 

 ロキが言う。烈震は無言で敵の行動を見据えていた。

 

「レベル3となったハンマー・シャークに、レベル5となったスター・イーターをチューニング!」

 

 レベル8のS召喚。エフェクトが走り、水が足りに溢れ出す。

 

「水よ、水よ! 変幻自在、縦横無尽、万物流転にその姿を変え、今ここに万人に牙を剥く竜の姿を取りたまえ! シンクロ召喚、起きて奪え、グレイドル・ドラゴン!」

 

 ゴボゴボと濁った音がする。次の瞬間、蟹沢のフィールドにいたのは粘度を持った大量の水。

 水は渦巻き、柱のように屹立し、寄り集まって取った形はメタリックシルバーの全身、髑髏のような頭部、蛇の頭部を模した尻尾、真鍮色の猛禽の翼という合成獣(キメラ)。名前に「ドラゴン」とあるが、その種族は水。故に変幻自在の不定形さを感じさせる。

 

「グレイドル・ドラゴン効果発動! S素材となった水属性は二体。二枚まで破壊できまずが、謙虚なので一枚だけにしましょう。私は補充部隊を破壊しますよ!」

 

 ここだ。この効果こそが本命。そしてここで補充部隊を失うのは痛い。烈震は迷わず行動に出た。

 

「手札のエフェクト・ヴェーラーの効果発動! グレイドル・ドラゴンの効果を無効にする!」

「異議ありってやつだな!」

 

 グレイドル・ドラゴンが硬直する。今にも別のモノに変じようとしていた体は凍結したかのように動かない。

 

「まぁいいでしょう、想定内です。どのみち貴方の場はがら空き。殴り放題ですねぇ! バトル! 白闘気海豚、グレイドル・ドラゴン、白闘気白鯨の順でダイレクトアタック!」

 

 三体のSモンスターが次々に襲い来る。

 一体目、白闘気海豚が空中を泳いで烈震に向かって肉薄する。

 烈震は半歩後ろに下がり、腰を落として迎撃に構えを取った。

 

「無謀な! モンスターの攻撃を受け止めるとは、正気じゃあありませんね!」

「もとより、この戦いに参加している時点で、()()()ではない」

 

 返答の直後に衝撃が来た。烈震の身体に海豚の巨体が激突する。

 だが烈震は怯まない。海豚の巨体の下に潜り込み、肩でかちあげる。

 わずかに浮かぶ白闘気海豚の身体。その隙間に体をねじ込んで、体勢を立て直し、垂直に蹴りを打ち込んだ。

 爆弾の爆発を思わせる轟音。そして、白闘気海豚の巨体が宙を舞った。

 

「補充部隊の効果により、二枚ドローだ」

「な―――――」絶句する蟹沢。

「ほう」感嘆の念を送るオケアノス。

 

 神と人の間にある乖離、感情の溝を見せつけたコンビを前に、烈震は泰然としていた。

 

「く、ぐ……」

()()()()()()()

 

 目の前で起こった光景が理解しがたかったのか、呻き、よろめく蟹沢の耳朶を、オケアノスの声が打った。

 その瞬間、蟹沢の身体がぴたりと止まり、表情は完全に削げ落ち、まるで人形のようになった。 

 だがそれも一瞬。すぐに元の表情に戻った。

 

「敵のライフは減っている。いちいち動揺するな」

「ええ、そうですね。意義はありません。それに、攻撃は続行されます。グレイドル・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 物理攻撃は弾かれた。ならばと、グレイドル・ドラゴンは全身を()()()()、水に戻る。そのまま激流となって烈震を襲った。

 

「く……!」

 

 逃げようにも高台になるような場所が近くにない。この戦いで周囲の店は破壊されてしまった、

 故にその場にとどまった。宝珠を庇い、ガード。激流を前に、巌のように耐え忍ぶ。

 

「ぐ……あ……」

 

 身が軋むダメージ。だが耐えた。

 

「補充部隊の効果で三枚ドロー! さらに戦闘ダメージを受けたため、己は手札からトラゴエディアを守備表示で特殊召喚する!」

 

 烈震のフィールド、禍々しい姿を持つ悪魔が現れる。

 トラゴエディアの攻守は烈震の手札×600、今は四枚なので2400。白闘気白鯨の攻撃力には届かない。

 

「貧弱な壁ですねぇ、そのような反証では握り潰されるだけですよ! 白闘気白鯨でトラゴエディアを攻撃!」

 

 白闘気海豚を上回る巨体を使った突撃(チャージ)トラゴエディアはひとたまりもなく粉砕された。

 

「白闘気白鯨には貫通効果があります。半端な壁は通用しませんよ。カードを二枚伏せ、オケアノスの財宝の効果により、グレイドル・ドラゴンの攻撃力分ライフを回復し、ターン終了です」

 

 

ディメンション・サルベージ:通常魔法

このカード名は1ターンに1枚しか発動できない。(1):手札を1枚捨て、ゲームから除外されている自分の水属性モンスター2種類を対象に発動できる。そのカードを手札に加える。

 

強欲なウツボ:通常魔法

手札の水属性モンスター2体をデッキに戻してシャッフルする。その後、デッキからカードを3枚ドローする。

 

白闘気白鯨 水属性 ☆8 魚族:シンクロ

ATK2800 DEF2000

水属性チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。(2):このカードは1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。(3):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。(4):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の水属性モンスター1体を除外して発動できる。このカードをチューナー扱いで特殊召喚する。

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

鰤っ子姫 水属性 ☆1 魚族:効果

ATK0 DEF0

このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、このカードをゲームから除外して発動できる。デッキから「鰤っ子姫」以外のレベル4以下の魚族モンスター1体を特殊召喚する。「鰤っ子姫」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

ハンマー・シャーク 水属性 ☆4 魚族:効果

ATK1700 DEF1500

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。このカードのレベルを1つ下げ、手札から水属性・レベル3以下のモンスター1体を特殊召喚する。

 

スター・イーター 水属性 ☆3 水族:チューナー

ATK1000 DEF1000

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズにフィールドの表側表示モンスター1体を対象に発動できる。対象モンスターのレベルを任意の数下げ(最小、レベル1まで)、その数値分、このカードのレベルを上げる(最大12まで)。(2):このカードがフィールドから墓地に送られた場合に発動する。このカードのレベル×300ライフポイントを回復する。

 

グレイドル・ドラゴン 水属性 ☆8 水族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

水族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「グレイドル・ドラゴン」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがS召喚に成功した時、そのS素材とした水属性モンスターの数まで相手フィールドのカードを対象として発動できる。そのカードを破壊する。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の水属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

エフェクト・ヴェーラー 光属性 ☆1 魔法使い族:チューナー

ATK0 DEF0

(1):相手メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ送り、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

 

トラゴエディア 闇属性 ☆10 悪魔族:効果

ATK? DEF?

(1):自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×600アップする。(3):1ターンに1度、手札からモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターと同じレベルの相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターのコントロールを得る。(4):1ターンに1度、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。このカードのレベルはターン終了時までそのモンスターと同じになる。

 

 

烈震LP11800→8800→6400→6000手札4枚

蟹沢LP9500→→11000→14000手札2枚

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 戦況は烈震に不利。ライフもフィールドの状況も、アドバンテージは蟹沢にある。しかし、

 

「大ダメージを受けて、わざわざ補充部隊を守ったんだ。揃った手札なら逆転くらいできるよなぁ烈震よぉ!」

「無論だ。見せてやるとも、トール。まずは壺の中の魔術書を発動。互いに三枚ドロー。

 そして手札からシャッフル・リボーン発動! 墓地のレッド・デーモンズ・ドラゴンを、効果を無効にして特殊召喚する!」

 

 咆哮とともに、炎を身に纏わせながらレッド・デーモンズ・ドラゴンが復活する。

 

「さらに、ジャンク・シンクロンを召喚。効果で墓地のレッド・リゾネーターを、効果を無効にして特殊召喚する。さらに墓地からモンスターの特殊召喚に成功したため、手札からドッペル・ウォリアーを自身の効果で特殊召喚する。そして己のフィールドにレベル8以上のドラゴン族Sモンスターが存在しているため、手札からレッド・ノヴァを特殊召喚する」

 

 次々と、烈震のフィールドにモンスターが揃っていく。無人の野はあっという間に戦力が揃い、烈震の陣営を厚くしていく。

 

「行くぞ、まずはこいつだ。レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴンに、レベル1のレッド・ノヴァと、レベル3のジャンクシンクロンを、ダブルチューニング!」

 

 烈震の右手が天に向かって振り上げられる。彼の頭上、レッド・ノヴァとジャンク・シンクロンが、それぞれ一つと三つの金色に輝く光の輪となる。

 その輪を潜ったレッド・デーモンズ・ドラゴンが、赤く輝く光星へと変じる。

 光星を、光の道が貫いた。

 

「連星集結、紅蓮悪魔龍激震! シンクロ召喚。降臨せよ、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン!」

 

 光の向こうからマグマを思わせる炎を噴出させて現れる巨体。

 炎を凝固させて造った鎧のような外骨格で身を纏った、悪魔のごとき禍々しさと、ドラゴンのごとき誇り高さを見事に同居させたドラゴン。

 真紅に彩られた体。空気を孕み、爆発的な加速を見せる翼。睨みつける物理的な重圧さえ感じさせる双眸。そのすべてが畏敬の念を抱かせる雄姿だった。

 

「スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは、己の墓地のチューナー一体につき、攻撃力を500アップさせる。己の墓地には七体のチューナーが存在している。よってスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの攻撃力は3500アップし、7000だ。さらにここで、レッド・ノヴァの効果発動! デッキから紅蓮魔獣 ダ・イーザを特殊召喚する」

 

 烈震の手は止まらない。手を広げ、天を掴めとばかりに振り上げて、叫ぶ。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング! ――――連星集結、音子振幅。シンクロ召喚、出でよ、シンクロチューナー、波動竜フォノン・ドラゴン!」

 

 立て続けに戦術が展開される。烈震はフォノン・ドラゴンの効果は使わず、レベル4のSチューナーとして使い、さらにドッペル・ウォリアーの効果が発動、二体のドッペルトークンが特殊召喚される。

 

「レベル1のドッペルトークン二体と、レベル3のダ・イーザに、レベル4のフォノン・ドラゴンをチューニング!」

 

 更なるS召喚。止まるつもりのない烈震の口上が迸る。

 

「連星集結、氷獄龍蹂躙! シンクロ召喚、凍らせ、砕け! 氷結界の龍トリシューラ!」

 

 光の向こうから青白い色が現れる。

 人間に近いフォルムのボディ、二本の腕、足、青白い身体、氷のように白い外殻、そして長い三つの首。

 三つの頭部がそれぞれ別々の方向を見据え、大きく翼を広げ、氷のドラゴンが顕現した。

 

「トリシューラ効果発動! 貴様の場にいる白闘気白鯨、墓地の白闘気一角、そして手札一枚を除外する!」

「異議あり! リバーストラップ、ブレイクスルー・スキル! これでトリシューラの効果を無効にしますよ!」

 

 烈震のドラゴンの氷撃に対して、そうはさせじと蟹沢も伏せカードの一枚を露わにした。

 だがここで、烈震はさらに手札を切ってきた。

 

「異議は認めん。手札から速攻魔法、禁じられた聖槍を発動! トリシューラの攻撃力を800ダウンさせる代わりに、このターン、魔法、罠を受け付けない!」

 

 蟹沢のカードは躱された。トリシューラの効果は問題なく発動。三つの(アギト)が開かれ、それぞれから氷の息吹(ブレス)が吹き荒れる。

 蟹沢の墓地、フィールドのモンスターがそれぞれ凍り付き、手札も一枚、凍った。蟹沢は慌てて凍った手札を捨てた。

 

「しかし、トリシューラの攻撃力は下がっちまった。これじゃあ白闘気海豚を攻撃できねぇ」

「ならばもう一体は破壊していく。バトルだ! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンでグレイドル・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。手足をたたみ、飛行形態に移行するスカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。そのまま噴射口から炎と空気を吐き出して飛翔。一気にトップスピードまで加速する。

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの全身が炎に包まれた。

 炎の弾丸とかしたドラゴンはまっすぐ突き進み、グレイドル・ドラゴンに直撃。その身を貫き、四散させた。

 

「があああああああああああ!」

 

 ダメージのフィードバックが蟹沢を襲う。

 受けたダメージは4000、初期ライフの半分だ。当然、フィードバックも強烈なものになる。

 今、蟹沢の全身を目に見えない衝撃が電撃のように駆け抜けた。

 

()()()()()()()()

 

 大渦のような声。当然オケアノスのもので、その声が持つ洗脳効果が、蟹沢を無理矢理平静にさせる。

 

「ほれ、さっさとオケアノスの財宝のドロー効果を適用しろ。そしてグレイドル・ドラゴンの効果もだ。墓地から水属性モンスターを、効果を無効にした状態で復活しろ」

「う、うぅ……」

 

 痛みにふらつきながらも、蟹沢は言われた通りのことを行った。

 

「オケアノスの財宝の効果で一枚ドロー。さらにグレイドル・ドラゴンの効果で、墓地のホワイト・スティングレイを守備表示で復活しますよ」

 

 目の前の哀れな悪徳検事に対して、烈震もトールも表情筋を動かさなかった。

 

「トリシューラでホワイト・スティングレイを攻撃」

 

 三つ首竜から吹雪のような冷気が放たれ、ホワイト・スティングレイを直撃、凍り付かせて粉々に粉砕した。

 

「オケアノスの財宝の効果により、一枚ドロー!」

「カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

シャッフル・リボーン:通常魔法

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに除外される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし、その後自分はデッキから1枚ドローする。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を1枚除外する。

 

ジャンク・シンクロン 闇属性 ☆3 戦士族:チューナー

ATK1300 DEF500

(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

ドッペル・ウォリアー 闇属性 ☆2 戦士族:効果

ATK800 DEF800

(1):自分の墓地のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分フィールドに「ドッペル・トークン」(戦士族・闇・星1・攻/守400)2体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

レッド・ノヴァ 炎属性 ☆1 天使族:チューナー

ATK0 DEF0

「レッド・ノヴァ」の(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):フィールドにレベル8以上のドラゴン族Sモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。(1):このカードがチューナー2体以上を素材とするS召喚に使用され墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから悪魔族・炎属性モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。

 

スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン 闇属性 ☆12 ドラゴン族:シンクロ

ATK3500 DEF3000

チューナー2体+「レッド・デーモンズ・ドラゴン」

(1):このカードの攻撃力は自分の墓地のチューナーの数×500アップする。(2):このカードは相手の効果では破壊されない。(3):相手モンスターの攻撃宣言時にその攻撃モンスター1体を対象として発動できる。フィールドのこのカードを除外し、その攻撃を無効にする。(4):このカードの(3)の効果でこのカードが除外されたターンのエンドフェイズに発動する。その効果で除外されているこのカードを特殊召喚する。

 

紅蓮魔獣ダ・イーザ 炎属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK? DEF?

このカードの攻撃力と守備力は、ゲームから除外されている自分のカードの数×400ポイントになる。

 

波動竜フォノン・ドラゴン 闇属性 ☆4 ドラゴン族:シンクロチューナー

ATK1900 DEF800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、1~3までのレベルを宣言して発動できる。このカードのレベルは宣言したレベルになる。この効果を発動したターン、自分はこのカードをシンクロ素材としたシンクロ召喚以外の特殊召喚ができない。自分は「波動竜フォノン・ドラゴン」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。

 

氷結界の龍トリシューラ 水属性 ☆9 ドラゴン族:シンクロ

ATK2700 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

(1):このカードがS召喚に成功した時に発動できる。相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚まで選んで除外できる。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

禁じられた聖槍:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

 

スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン攻撃力3500→7000

 

 

烈震LP6000手札1枚

蟹沢LP14000→10000手札8枚

 

 

「私のターンですよ、ドロー!」

 

 カードをドローする蟹沢。その身体に走る痛みはオケアノスの精神操作によって無理矢理忘れさせられている。

 塀に囲まれたような思考。だが塀の内側なら思考は冴えわたっている。

 塀の内側、即ち、このデュエル内のことのみならば。

 

「永続魔法、白の救済(ホワイト・サルベージ)を発動し、効果を使用します。墓地のホワイト・スティングレイを手札に戻します。そして手札を一枚捨てて、ホワイト・スティングレイを特殊召喚!」

 

 白闘気海豚はすでに自身の効果でチューナーとなっている。ならば出てくるレベルは10だ。

 

「墓地のブレイクスルー・スキルの効果発動! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの効果を無効にします! さらに白闘気海豚の効果発動! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの攻撃力を元々の半分にします! そして、レベル4のホワイト・スティングレイに、レベル6のチューナーとなった白闘気海豚をチューニング!」

 

 両手を大きく広げ、上体をそらした大仰なポーズで叫ぶ蟹沢。その頭上で、白闘気海豚が六つの光の輪となり、その輪を潜ったホワイト・スティングレイが四つの光星となった。

 光の道が走る。

 

「神代の大海を蹂躙する勇魚よ! 今こそ現世に浮上し、あらゆる我が敵を鏖殺(おうさつ)せよ! シンクロ召喚、君の出番ですよ、白闘気双頭神龍(ホワイト・オーラ・バイファムート)!」

 

 新たに現れるSモンスター。その姿はこれまでの既存に、現実に存在している魚のそれとはかけ離れていた。

 幻想に住まう生物。龍を模したフォルム。

 それもただの龍ではない。首長竜を彷彿とさせる長い首を二つ持った、双頭の龍。

 ただし、首長竜の瞳が違った。

 烈震から見て右側だけ、瞳に光が灯っており、もう片方、左側の頭部、そこの瞳は光を失っていた。

 

「白闘気双頭神龍の効果発動! S召喚成功時、私のフィールドに神龍トークンを一体、守備表示で特殊召喚します!」

 

 大仰に蟹沢は言うが、フィールドに変化はない。

 

「あん? 特殊召喚しますって勢いよく言ってる割に、モンスター出てこなくね?」

 

 トールの疑問はもっともだ。烈震も始め、どこに変化があるのか分からなかった。

 応えは得意げな蟹沢ではなく、彼の背後のオケアノスからだった。

 

「よく見てみよ。神龍の様子が変わっているだろう?」

「……ああ、なるほどな」

 

 烈震は気付いた。見上げた先、白闘気双頭神龍の左側の瞳に光が灯っていた。

 

「あのモンスターは二対一体(についいったい)のモンスターなのだろう。だからあんな風に、胴体が一つなのに頭部が二つ。頭部一つにつき、モンスター一体という計算なんだな」

「異議なし。その通りですよ。ですがまだバトルには入りません。伏せていたリビングデッドの呼び声を発動! 墓地から蘇りなさい、超古深海王シーラカンス!」

 

 墓地から浮上してくる巨大な魚。巨大な体躯、強大な水圧に耐えうるように、ガチガチに硬くなった体表、光を必要としない(まなこ)。古代から深海で生きてきた大魚を思わせる。

 

「ホワイト・スティングレイの特殊召喚に際に捨てていたか……」

「異議なし! その効果は強力ですよ! シーラカンス効果発動! 手札を一枚捨てて、デッキからセイバー・シャーク、スピア・シャークを特殊召喚! そして、この二体でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 S召喚に続いて、今度は(エクシーズ)召喚。蟹沢の頭上に渦を巻く銀河のような空間が展開、その渦に向かって二体のレベル4魚族モンスターが青い光となって飛び込んでいく。

 

「揺蕩う心理の海より、浮上せよ糸張る水の蜘蛛! エクシーズ召喚、這いより来たれ、No.37 希望織竜スパイダー・シャーク!」

 

 虹色の爆発が起こり、その向こうから異形が顔を出す。

 それは見た目は鮫に近い。だがそこに蜘蛛の意匠が取り込まれ、より異形さを増していた。

 白をメインにした色合い、鋭い爪を生やしたひれ、蜘蛛足のような形状をした部位に、禍々しい尻尾。空中を荒々しく泳ぎ、咆哮を上げた。

 

「これで準備は整いました。攻め込み、殲滅しますよ。バトル! 白闘気双頭神龍でスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを攻撃! ここで、スパイダー・シャークの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、貴方のモンスターの攻撃力を1000ダウンさせます!」

 

 スパイダー・シャークの周囲を旋回していたORUの一つが音を立てて消えた。次の瞬間、スパイダー・シャークの全身から無数の糸が放射され、それらが烈震の場にいる二体のSドラゴンに巻き付いた。

 強力な粘性を有した糸に絡まれて、ドラゴンたちの動きが鈍る。その隙を逃さず、双頭の龍のうち、右側の顎が開き、水流を巻き込んだ息吹(ブレス)を放つ。対象となったスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンはひとたまりもなく、断末魔の咆哮を上げて破壊された。

 

「が、ふ……! 補充部隊の効果で、二枚ドローだ」

「ドローカードよりも、自分のライフを心配したらどうですかぁ? シーラカンスでトリシューラを攻撃! そしてスパイダー・シャークでダイレクトアタック!」

 

 万全の態勢を整えた蟹沢は、一気呵成に攻め立てる。シーラカンスが大口を開け、ズラリと生え揃った牙をトリシューラの肩口に突き立てた。

 トリシューラの絶叫が三つの口から迸る。シーラカンスの驚異的な顎の力が、トリシューラの外殻に罅を入れ、瞬く間に砕き、肉に食らいつき、三本のうち二本の首を喰いちぎった。

 

「補充部隊の効果で、一枚ドロー!」

 

 力なく消滅していくトリシューラ。その姿が完全に消え去る前に、スパイダー・シャークが動く。

 

「これにて閉廷! 私の勝訴です!」

 

 興奮気味に叫ぶ蟹沢。ここで、烈震も動いた。

 

「異議あり、己にはまだ抵抗の手段がある。リバーストラップ、ピンポイント・ガード! 守備表示で甦れ、フレア・リゾネーター!」

 

 翻る伏せカード。同時に復活した炎の悪魔が、挑発するような笑みを浮かべて烈震を守る盾となる。

 

「チィ!」

 

 冷静さと知性を旨とする検事らしくない舌打ちをして、蟹沢は攻撃の失敗を受け入れた。

 

「私はこれでターンエンドです! エンドフェイズに、オケアノスの財宝の効果で、白闘気双頭神龍の攻撃力分、ライフを回復します!」

 

 

白の救済:永続魔法

このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の墓地の魚族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。(2):このカードが相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから魚族モンスター1体を手札に加えるか特殊召喚する。

 

白闘気双頭神龍 水属性 ☆10 魚族:シンクロ

ATK3300 DEF3000

Sモンスターのチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):自分ターンにこのカードがS召喚に成功した時に発動できる。自分フィールドに「神龍トークン」(魚族・水・星10・攻3300/守3000)1体を守備表示で特殊召喚する。(2):相手ターンに1度、自分フィールドにトークンがない場合に発動できる。自分フィールドに「神龍トークン」1体を特殊召喚する。(3):このカードが相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合に、自分フィールドに「神龍トークン」が存在していれば発動できる。このカードを守備表示で特殊召喚する。

 

リビングデッドの呼び声:永続罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

超古深海王シーラカンス 水属性 ☆7 魚族:効果

ATK2800 DEF2200

(1):1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。デッキからレベル4以下の魚族モンスターを可能な限り特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃宣言できず、効果は無効化される。(2):フィールドのこのカードを対象とする魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカード以外の自分フィールドの魚族モンスター1体をリリースして発動できる。その効果を無効にし破壊する。

 

セイバー・シャーク 水属性 ☆4 魚族:効果

ATK1600 DEF1200

このカードはシンクロ素材にできない。自分のメインフェイズ時に、フィールド上の魚族モンスター1体を選択し、以下の効果から1つを選択して発動できる。この効果は1ターンに2度まで使用できる。この効果を発動するターン、自分は水属性以外のモンスターを特殊召喚できない。

●選択したモンスターのレベルを1つ上げる。

●選択したモンスターのレベルを1つ下げる。

 

スピア・シャーク 水属性 ☆4 魚族:効果

ATK1600 DEF1300

このカードが召喚に成功した時、自分フィールド上の全ての魚族・レベル3モンスターのレベルを1つ上げる事ができる。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

No.37 希望織竜スパイダー・シャーク 水属性 ランク4 海竜族:エクシーズ

ATK2600 DEF2100

水属性レベル4モンスター×2

「No.37 希望織竜スパイダー・シャーク」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000ダウンする。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時、このカード以外の自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

ピンポイント・ガード:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン、戦闘・効果では破壊されない。

 

 

No.37 希望織竜スパイダー・シャークORU×1

 

 

烈震LP6000→3450→2350手札4枚

蟹沢LP10000→13300手札3枚

 

 

「さて、こっちのライフはもう吹けば飛ぶレベルだってのに、向こうは五桁か。ずいぶん差が開いたな」

 

 トールの声にはしかし焦燥はない。何しろ、ライフなどいくら増やしても減るときはあっさり減るのだ。烈震もそれをわかっている。だから動じない。

 

「こういう時、奴なら何と言うだろうな……」

 

 ふと烈震は場違いな思いのとらわれた。

 思い出すのは友、岡崎和輝(おかざきかずき)のこと。

 彼と初めて戦った時、途中まではこちらが優勢だった。

 多くのドラゴンを率いて、向こうのライフは少なかった。

 絶体絶命、その中で彼はどうしたか――――

 

「何を笑っているのですか?」

 

 不機嫌な声は勿論蟹沢のもの。彼は頬をひくひくと痙攣させながら、烈震を睨みつける。

 

「状況が分からないのですか? ライフの差は歴然、フィールドも圧倒的。こちらの軍勢に、貴方は紙一重で生き残っているにすぎない。そんな状況で、なぜ笑えるのです?」

「そうだな―――――差し当たって、貴様がおかしいからだな」

 

 烈震ははっきりと、口角を吊り上げて不敵に笑った。あまり笑わないので、ちょっとぎこちないかなと心の片隅で思った。

 

「なんですって?」

「紙一重で生き残っている? 違うな。貴様が、()()()()()()()()()()()()()()。偉そうに語るものではない」

 

 蟹沢の頬の痙攣がひどくなってきた。無視して烈震は告げる。

 

「覚悟しろ。貴様のその圧倒的な状況とやらを、粉々に打ち崩してやる。さぁ―――――」

 

 あの時の、和輝のように。

 

「お楽しみは、ここからだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話:大海支配の最果て巨神

 蟹沢(かにさわ)は不機嫌の極みにあった。

 戦況は圧倒的にこちらが有利。ライフもフィールドもそうだ。大抵の相手はこれで諦める。実際、目の前の男が来る前に戦った参加者はそうだった。ここで諦め、膝を付いた。

 なのになぜこの男は諦めないどころか、ああも不敵に笑っていられるのか。

 分からない。不可解だ。理解不能だ。

 苛立ちを抱えながら、蟹沢は戦いを続けるしかなかった。

 

 

烈震LP2350手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン フレア・リゾネーター(守備表示)、

魔法・罠ゾーン 補充部隊

フィールドゾーン なし

 

蟹沢LP13300手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 白闘気双頭神龍(ホワイト・オーラ・バイファムート)(攻撃表示)、神龍トークン(守備表示)、超古深海王シーラカンス(攻撃表示)、No.37 希望織竜スパイダー・シャーク(攻撃表示、ORU:セイバー・シャーク)

魔法・罠ゾーン オケアノスの財宝、白の救済、リビングデッドの呼び声(対象:超古深海王シーラカンス)、伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

 

(オレ)のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを一瞥で確認する。

 手札は潤沢、しかしこのターンはまだ増える。

 

「この瞬間、予見通帳の効果により、除外されていた三枚のカードを手札に加える」

「おー、一気に手札増えたな。戦神としてのオレの勘が言ってる。軍備は整った。攻めろ」

 

 当然だ。烈震は肯いて、戦術を展開した。

 

「墓地のシャッフル・リボーン効果発動。己の場の補充部隊をデッキに戻し、一枚ドロー。墓地のエフェクト・ヴェーラーを除外し、暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚。そして、レベル4のコラプサーペントに、レベル3のフレア・リゾネーターをチューニング!」

 

 烈震の右手が、天を掴めとばかりに開かれて、突き上げられる。彼の頭上でフレア・リゾネーターが三つの光輪となり、その輪を潜ったコラプサーペントが四つの光星となる。

 光星を一筋の光の道が貫いた。

 

「連星集結、爆炎開花。シンクロ召喚、爆ぜろ、ブラック・ローズ・ドラゴン!」

 

 光が辺りを満たし、その向こうから真紅の薔薇の花びらが舞い踊る。

 薔薇を率いてやってくるのは、黒い体躯に巨大な赤い薔薇を咲かせたドラゴン。棘の生えた薔薇の蔦を思わせる尻尾で地面を打ち据え、咆声を上げた。

 

「コラプサーペントの効果で、デッキから輝白竜ワイバースターを手札に加える。さらにブラック・ローズ・ドラゴンの効果発動! 自身を含めた、フィールドの全てのカードを破壊する!」

「!?」

 

 息を飲む蟹沢。その眼前で、薔薇のドラゴンが翼を大きく広げた。

 花弁が散るように、ドラゴンの姿が爆ぜた。

 瞬間、赤い旋風が嵐となって両者のフィールドを荒れ狂い、何もかもを悉く破壊しつくした。

 

「ぐ、く……!」

 

 更地になったフィールドを見て、蟹沢が呻いた。

 

「白闘気双頭神龍は自己再生能力を持っていない」

「トークンがいりゃあ復活できたんだろうが、まとめて吹っ飛ばされりゃあなす(すべ)ないよな!」

 

 喝采交じりのトールに対して、蟹沢が声を荒げた。

 

「異議あり! この瞬間、スパイダー・シャークと白の救済の効果発動! スパイダー・シャークの効果で、墓地からグレイドル・ドラゴンを特殊召喚し、白の救済の効果でデッキからエンシェント・シャーク ハイパー・メガロドンを特殊召喚します!」

 

 蟹沢のフィールドに巨影が二つ、現れる。水のごとき流動した身体を持つドラゴンと、硬く、強固な外皮を持った巨大な鮫。どちらも最上級モンスターにふさわしいステータスを持っている。

 

「この期に及んでまだモンスター出てくるのか……。しつこいぜ」

 

 辟易とするトール。だが烈震はなおも不敵に笑うだけだ。

 

「その防御を突破する。それだけだ。墓地のトリシューラとレッド・ワイバーンを除外し、嵐征竜-テンペストを特殊召喚!」

 

 嵐がさらに沸き起こる。

 薄緑色の竜巻の向こうから、現れたのは風を束ね、固め、具現化したようなドラゴンだった。

 

「征竜!? 馬鹿な、入手困難なカードを、どうして!?」

「ちょっとした伝手でな」

 

 正解は、奇龍(クイロン)からの援助だった。組織の力で、彼らは入手困難なカードをかき集めた。トリシューラもその一枚だ。孫娘の婿になるかもしれぬのだから、このくらいのカードは持て、ということだろう。

 おかげで烈震のデッキはかなり強化されている。その戦力を引っ提げて、彼はこの大会に臨んでいるのだ。

 

「まだ行くぞ。手札のドットスケーパーを捨て、ワン・フォー・ワン発動! デッキからジェット・シンクロンを特殊召喚する! さらに今墓地に送られたドットスケーパーも、自身の効果で特殊召喚する!」

 

 一気に二体のモンスターが烈震のフィールドに現れた。

 どちらも小さい。ジェットエンジンに手足とコミカルな頭部をくっつけた、デフォルメされたチューナーモンスターと、その名の通り全身がドットでできたモンスター。

 

「大欲な壺を発動! 除外されているトリシューラ、レッド・ワイバーン、エフェクト・ヴェーラーをデッキに戻し、一枚ドロー! これで、再びトリシューラをS召喚する条件は整った! レベル7の嵐征竜-テンペストと、レベル1のドットスケーパーに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚、もう一度だ、氷結界の龍トリシューラ!」

 

 烈震は止まらない。頭上に手を掲げ、それに応えるように、再び三つ首の氷白龍が顕現(けんげん)した。

 

「ジェット・シンクロンの効果は使わないが、トリシューラ効果発動! 貴様の場にいるグレイドル・ドラゴンと、墓地のスパイダー・シャーク、そして手札一枚を除外する!」

 

 三つの氷の息吹(ブレス)が蟹沢のフィールド、墓地、手札にダメージを与える。

 

「い、いい異議あり! 異議ありだ! こんな――――」

「異議を却下する。どちらにしろ、動けないなら黙っていろ。アドバンスドロー発動。トリシューラをリリースし、二枚ドロー! 墓地のコラプサーペントを除外し、ワイバースターを特殊召喚! そして緊急テレポートを発動し、デッキからクレボンスを特殊召喚!

 レベル4のワイバースターに、レベル2のクレボンスをチューニング! 再び羽ばたけ、レッド・ワイバーン!」

 

 咆哮と羽ばたきの音を響かせて、赤い翼竜が再び烈震のフィールドに降臨する。その効果を知っている蟹沢の顔がさらにひきつった。

 

「ワイバースターの効果で、二枚目のコラプサーペントを手札に加える。そしてレッド・ワイバーンの効果! このカードよりも攻撃力の高い、ハイパー・メガロドンを破壊する!」

 

 レッド・ワイバーンが嬉々として火球を放つ。放たれた炎を受けて、海底の魔物が焼き尽くされた。これで再び蟹沢のフィールドはがら空きだ。

 

「そして、相手モンスターを効果によって破壊したため、手札のオーバーフロー・ドラゴンの効果発動。このカードを特殊召喚する。さらにドレッド・ドラゴンを召喚。レベル6のレッド・ワイバーンに、レベル2のドレッド・ドラゴンをチューニング!」

 

 烈震は止まらない。彼の赴くままに、彼のフィールドはS召喚を繰り出して、新たなモンスターを次々と召喚していく。

 

「連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン!」

 

 星屑のような光の粒子を振りまいて、現れたのは人に近い骨格を持った、二枚翼のドラゴン。

 長い首を逸らし、両手の五指を握り締めてフィールドに降り立った。

 

「ここで、墓地のジェット・シンクロンの効果発動。手札のワイバースターを捨て、墓地のこのカードを特殊召喚する。

 レベル1のオーバーフロー・ドラゴンに、同じくレベル1のジェット・シンクロンをチューニング――――連星集結、新地平開拓。シンクロ召喚、駆け抜けろフォーミュラ・シンクロン」

 

 玩具のようなF1カーに、手足と頭部を生やしたSチューナー。その出現は即ち、烈震がここで終わるつもりがないことを示していた。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果で一枚ドロー。

 レベル8のスターダスト・ドラゴンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング! ――――連星集結、流星襲来! シンクロ召喚、現れろシューティング・スター・ドラゴン!」

 

 乱舞する光の向こうから、新たに現れる神々しさすら感じさせるドラゴン。

 白く、ほのかに発光する鎧甲冑を思わせる外骨格、直線型の翼、しなる尻尾、雄々しく力強く、それでいながら美しさを備えていた。

 

「シューティング・スター・ドラゴン効果発動!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンの効果、即ちデッキトップをめくり、出てきたチューナーの数だけこのターンのバトルフェイズに攻撃できる効果。一枚もチューナーが出なければ攻撃できないデメリットがあるが、最大五回攻撃は派手だし、ロマンがある。

 

「ひ……」

 

 小さな悲鳴が蟹沢の口から漏れた。

 それはそうだ。今の彼は完全に無防備な状態。ここで五連続攻撃を受ければ彼のライフは0になる。

 当然、その際に受けるダメージは多大なものだろう。蟹沢はそれを恐れているのだ。

 

(痛みを恐れるか……、間抜けが)

 

 そんな契約者を、オケアノスは蔑みの目で見降ろした。

 

(ここらが、潮時か)

 

 なかなかのタクティクスを持っていたので意識を縛らずにいたが、ここまでヘタレだとそうもいかない。

 

(リスクを冒す勝負をしてこなかったな、こやつ)

 

 肝心な時に役に立たぬのならば意味はない。

 そうこうしているうちに、烈震はカードを五枚めくった。

 露わになったのはアンノウン・シンクロン、死者転生、デブリ・ドラゴン、バイス・ドラゴン、サイコ・コマンダー。その中に含まれているチューナーは三体。

 

「三回攻撃確定だ!」

「バトル。シューティング・スター・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 裂帛の気合を込めて、烈震は攻撃命令を下した。命令に応え、シューティング・スター・ドラゴンが短く吠えた。

 翼を広げ、手足をたたんだ飛行モードに移行。各所排気管から大気を吸引、一気に排出する。

 爆発的な加速を得て、シューティング・スター・ドラゴンが加速する。本体の白に加えて、赤、青の分身体が出現。

 三体のシューティング・スター・ドラゴンが一気に蟹沢に直撃した。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

 

 蟹沢の絶叫が迸る。シューティング・スター・ドラゴンの一撃によって、背後の本殿が倒壊。地面を転がる蟹沢は悲鳴を上げ続ける。

 

「ぎ、あ、が―――――――――」

 

 自身の想像を超える激痛にのたうつ蟹沢。その姿を、オケアノスが冷めた目で見降ろしていた。

 

「カードを三枚伏せる。そして、エンドフェイズにシャッフル・リボーンのデメリットにより、手札を一枚除外する。ターンエンドだ」

 

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

ブラック・ローズ・ドラゴン 炎属性 ☆7 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがシンクロ召喚に成功した時、フィールド上のカードを全て破壊できる。また、1ターンに1度、自分の墓地の植物族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。相手フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して表側攻撃表示にし、エンドフェイズ時までその攻撃力を0にする。

 

嵐征竜-テンペスト 風属性 ☆7 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF2200

このカード名の(1)~(4)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):手札からこのカードと風属性モンスター1体を墓地へ捨てて発動できる。デッキからドラゴン族モンスター1体を手札に加える。(2):ドラゴン族か風属性のモンスターを自分の手札・墓地から2体除外して発動できる。このカードを手札・墓地から特殊召喚する。(3):このカードが特殊召喚されている場合、相手エンドフェイズに発動する。このカードを手札に戻す。(4):このカードが除外された場合に発動できる。デッキからドラゴン族・風属性モンスター1体を手札に加える。

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

ドットスケーパー 地属性 ☆1 サイバース族:効果

ATK0 DEF2100

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できず、それぞれデュエル中に1度しか使用できない。(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。(2):このカードが除外された場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。

 

ジェット・シンクロン 炎属性 ☆1 機械族:チューナー

ATK500 DEF0

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「ジャンク」モンスター1体を手札に加える。(2):このカードが墓地に存在する場合、手札を1枚墓地へ送って発動できる。このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

輝白竜ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

クレボンス 闇属性 ☆2 サイキック族:チューナー

ATK1200 DEF400

このカードが攻撃対象に選択された時、800ライフポイントを払って発動できる。その攻撃を無効にする。

 

オーバーフロー・ドラゴン 闇属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのモンスターが効果で破壊された時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。2体以上のフィールドのモンスターが効果で破壊された時に発動した場合、さらに自分フィールドに「オーバーフロートークン」(ドラゴン族・闇・星1・攻/守0)1体を特殊召喚できる。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

シューティング・スター・ドラゴン 風属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3300 DEF2500

Sモンスターのチューナー1体+「スターダスト・ドラゴン」

(1):1ターンに1度、発動できる。自分のデッキの上から5枚めくってデッキに戻す。このターンこのカードはめくった中のチューナーの数まで攻撃できる。(2):1ターンに1度、フィールドのカードを破壊する効果の発動時に発動できる。その効果を無効にし破壊する。(3):1ターンに1度、相手の攻撃宣言時に攻撃モンスターを対象として発動できる。フィールドのこのカードを除外し、その攻撃を無効にする。(4):この(3)の効果で除外されたターンのエンドフェイズに発動する。このカードを特殊召喚する。

 

 

烈震LP2350手札0枚

蟹沢LP13300→10000→6700→3400手札1枚

 

 

「は、ひ、ひ――――――」

 

 蟹沢は完全に狼狽していた。すでにダメージは許容量を超えており、これ以上の痛みは嫌だと全身で主張していた。だからオケアノスはなくなってしまった本殿跡を少しだけ振り返り、

 

()()

 

 契約者の名を呼ぶ。蟹沢はびくりと電流でも流されたかのように硬直した。

 

「お、オケアノス様……」

「もう、戦えんか?」

 

 蟹沢は怯えながら首を横に振った。

 

「い、いえ、そんなことは……」

「もう、()()()()?」

 

 オケアノスに断定口調で告げられて、蟹沢はさらに身の怯えを強くした。

 

「なんだ?」

 

 一人と一柱のやり取りの意味が分からず、烈震は首をひねった。

 

「ああ、無理はするな。意味ない。だから―――――」

 

 地面にへたり込み、子供の用に怯える蟹沢を一瞥して、オケアノスは言葉を告げた。

 

「ここからは、()()()()()

 

 それは、蟹沢にとって処刑宣告に等しかった。

 

「いやだあああああああああああああああああああああああああ!」

 

 甲高い絶叫を上げる蟹沢。その体ががくがくと震えだした。

 

「な――――」

 

 息を飲む烈震。その眼前で、蟹沢という人間性が剥ぎ取られていく。

 

「野郎、精神支配か!?」

 

 半透明のトールが止めようと前に出る。が、それより早く、事は終わった。

 蟹沢の痙攣が唐突に止まった。

 沈黙が辺りに満ちる。

 蟹沢の身体が、ゆっくりと立ち上がり、正面、烈震たちの方を見た。

 目鼻立ちは変わらない。体格も変わらない。だが変わったということが分かった。

 目の色、その奥に潜むものが違った。

 人間性が掻き消えて、代わりに神の気配、神気があった。

 

「胸糞悪りぃ真似しやがる……」

「仕方がないだろう。蟹沢がもう戦えん以上、選手交代するしかない。では、俺のターンだ、ドロー」

 

 プレイヤーが変わったからといって、状況が変わるわけでもない。烈震は戦況をひっくり返した。不利になり、追い詰められたのはオケアノスの側だ。

 だが、蟹沢の身体を使う神は、余裕だった。

 

「いいカードを引いた。貪欲な壺発動。墓地のホワイト・モーレイ、ホワイト・スティングレイ、竜宮の白タウナギ、セイバー・シャーク、スピアー・シャークをデッキに戻し、二枚ドロー」

「ドローブースト……このタイミングでか」

 

 嫌な空気がかすかに漂い出した。トールの鼻はさらに敏感に敵の気配をかぎ取った。

 

「潮クセェ……。海の匂いだ……。来やがるな」

 

 トールが身構える。神として、神気を感じたのだ。応じるように、オケアノスが笑う。

 

「察しがいい。では行くぞ。手札を一枚捨て、墓地からフィッシュボーグ-アーチャーを特殊召喚。そしてこの瞬間、手札から速攻魔法、地獄の暴走召喚発動! デッキにある残る二体のフィッシュボーグ・アーチャーを特殊召喚だ!」

 

 デッキに仕込んでいた、神召喚のためのギミックが発動する。

 蟹沢=オケアノスのフィールドに三体のフィッシュボーグ-アーチャーが現れる。これで神召喚のための生贄は揃った。

 

「だがこれで奴の手札は一枚。その一枚が神ではければ、召喚てできないはず……」

 

 烈震の言うことは正論だ。

 だが神とは、時に正論を蹴り飛ばす理不尽を持っている。

 

「その通り。だがこのターンで、俺は俺自身を召喚できる。それがその秘密だ。墓地のオケアノスの財宝の効果発動! 墓地のこのカードを除外し、大海支配の最果て巨神オケアノスを手札に加える!」

「サーチ効果……。神のサポートというのは当たっていたか」

 

 蟹沢=オケアノスのデッキから、カードが一枚排出された。そのカードを手に取り、敵は「神」の召喚を告げる。

 

「場にいる三体のフィッシュボーグ-アーチャーをリリース! さぁ来るがいい、大海とは即ち俺自身! 全てを飲み込み、潰し、覆いつくす無慈悲な力! 降臨せよ、大海支配の最果て巨神オケアノス!」

 

 三体のモンスターが消え去る。そして、海が溢れ出した。

 潮騒の音を響かせて、寄せては返す大海。海はどんどん広がって、やがてピタリと止まった。

 かと思うと一か所に集まりだし、巨大な水柱となる。

 轟音が烈震の耳を弄した。

 神が現れる。

 その姿はデュエルの前に見たものと同じ。

 逆巻く渦のような海流を吸い上げたような下半身、黄金の鎧を身に纏った、筋骨隆々とした、青い肌、金の髪、海を固めたような青い瞳。豊かな髭。ただ、デュエルの前は上半身は確かに肉の質感があったはずだが、今はない。

 全身これ全て流動する水、といった風情。まさに意志を持った荒ぶる大海だ。

 

「この俺、オケアノスの効果発動! 一ターンに一度、デッキ、墓地、EXデッキから、水属性モンスターを効果を無効にし、可能な限り特殊召喚する! さらにこの効果で特殊召喚されたモンスターは、攻撃力が1000アップし、さらに相手からのカード効果を受け付けず、相手モンスターとの戦闘で発生する、俺への戦闘ダメージは0になる!」

「ッ!」

 

 フィールドのオケアノスが両腕を大きく振り上げる。その動きに伴って、再びどこからともなく水が――――海が溢れ出し、その中からモンスターたちが現れる。

 

「輪廻の海を越えて、再誕せよ、白闘気海豚、白闘気双頭神龍、シーラカンス、エンシェント・シャーク!」

 

 四体の大型モンスターが一斉に蟹沢=オケアノスのフィールドに蘇る。いずれも効果を封印されているが、代わりに完全耐性を備え、さらに攻撃力が1000アップしているので、全員が攻撃力3000オーバーという有様だ。

 

「さらに水属性モンスターがいる限り、お前さんは俺自身を攻撃できんし、効果で殺すこともできない。つまりお前さんは、一ターンのうちに俺の水の壁たちを打破し、さらに俺自身を倒さなければならんわけだ」

 

 まぁ、とオケアノスは笑みを深めて言う。

 

「このターン、お前さんが生き残れれば、だがな。白闘気双頭神龍でシューティング・スター・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。大会の軍団が迫る。

 一体目、白闘気双頭神龍が激流のような息吹(ブレス)を放った。

 烈震はすぐさま判断を下す。シューティング・スター・ドラゴンの効果を使って攻撃の無効化は意味がない。効果を受けないのだから、こちらがただモンスターを除外して壁を減らすだけだ。

 故に烈震はシューティング・スター・ドラゴンの効果を発動させず、そのまま攻撃を受けた。シューティング・スター・ドラゴンは破壊され、烈震にダメージが入る。

 

「俺自身を含めた、四体でダイレクトアタック!」

 

 残る軍勢が蠢き殺到する。

 烈震のライフは残り1350、喰らえば消し飛ぶオーバーキルダメージ。だから烈震は即座にデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン、速攻魔法、スケープ・ゴート!」

 

 カードが翻った直後、烈震のフィールドに四体の、色とりどりの眠れる羊が現れる。

 

「生き延びたか。だが壁は残さん!」

 

 オケアノスは攻撃続行を選択。彼と彼の軍勢が羊たちを蹂躙する。

 

「ターンエンドだ」

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

フィッシュボーグ‐アーチャー 水属性 ☆3 魚族:チューナー

ATK300 DEF300

このカードが墓地に存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札の水属性モンスター1体を捨てて発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。さらに、この効果で特殊召喚したターンのバトルフェイズ開始時に水属性以外の自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。「フィッシュボーグ-アーチャー」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

地獄の暴走召喚:速攻魔法

(1):相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。

 

オケアノスの財宝:永続魔法

このカードは1枚しかフィールドに存在できない。(1):自分水属性モンスターが戦闘、またはカードの効果によって破壊された時に発動する。カードを1枚ドローする。(2):自分のターン終了時に、フィールドの水属性モンスター1体を対象にして発動できる。対象モンスターの元々の攻撃力分、ライフを回復する。(3):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。デッキから「大海支配の最果て巨神オケアノス」1体を手札に加える、

 

大海支配の最果て巨神オケアノス 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK4000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分のデッキ、墓地、EXデッキから水属性モンスターを、効果を無効にした状態で可能な限り特殊召喚できる。この効果によって特殊召喚されたモンスターの攻撃力は1000アップし、相手のカードの効果を受けず、そのカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。(4):自分フィールドに水属性モンスターが存在する限り、相手プレイヤーはこのカードを攻撃できず、このカードは相手のカード効果を受けない。

 

スケープ・ゴート:速攻魔法

このカードを発動するターン、自分はこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。(1):自分フィールドに「羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)4体を守備表示で特殊召喚する。このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 

白闘気双頭神龍攻撃力3300→4300

白闘気海豚攻撃力2400→3400

超古深海王シーラカンス攻撃力2800→3800

エンシェント・シャーク ハイパー・メガロドン攻撃力2900→3900

 

 

烈震LP2350→1350手札0枚

蟹沢LP3400手札1枚

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 カードをドローするが、烈震の手札は僅か一枚。そしてこの一枚は逆転のカードではなかった。

 

「モンスターをセット。さらに伏せていた命削りの宝札を発動し、三枚ドロー。カードを二枚伏せ、エンドフェイズに命削りの宝札の効果により、手札一枚を捨てる。ターンエンドだ」

 

 結果、守りを固め、大人しくターンを渡すしかできなかった。

 

 

命削りの宝札:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。(1):自分は手札が3枚になるようにデッキからドローする。このカードの発動後、ターン終了時まで相手が受ける全てのダメージは0になる。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て墓地へ送る。

 

 

「俺のターンだ、ドロー。――――ふん、壁を敷いても、罠を仕掛けても、生半可なものでは意味はないぞ? 白闘気双頭神龍で守備モンスターを攻撃!」

 

 怒涛のような水流が、烈震の守備モンスターを姿を現す暇なく押し流す。

 だがモンスターが破壊されたという事実は残る。よって烈震は宣言する。

 

「破壊されたアンクリボーの効果発動だ。エンドフェイズにデッキから死者蘇生を手札に加える!」

「チィ!」

 

 思わず舌打ちが漏れる。オケアノスは一度己の手札を見た。

 どちらもモンスターカード。すでに場が埋まっているので意味はない。そして、この局面でサーチカードが来たならば、

 

(あの男、まだ防御札を隠し持ってるな)

 

 分かる。しかし攻めなければ、その盾を剥がすこともできない。

 

「ままよ。オケアノス(俺自身)でダイレクトアタック!」

 

 間髪入れずに烈震の声が走る。

 

「墓地の超電磁タートルの効果発動! このカードをゲームから除外して、バトルフェイズを終了させる!」

「命削りの宝札で捨てた一枚か!」

 

 モンスターとしてフィールドに出ているオケアノスの動きが止まった。烈震の墓地から、超電磁タートルが放った電磁の網が、敵をせき止めたのだ。

 

「ターンエンドだ」

「この瞬間、アンクリボーの効果により、デッキから死者蘇生を手札に加える」

 

 潮の流れが変わるように、よくない流れに変わった、オケアノスは思った。

 

 

アンクリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時にこのカードを手札から捨て、このカード以外の自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに墓地へ送られる。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。このターンのエンドフェイズに、自分のデッキ・墓地から「死者蘇生」1枚を選んで手札に加える。

 

超電磁タートル 光属性 ☆4 機械族:効果

ATK0 DEF1800

「超電磁タートル」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。(1):相手バトルフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認する。烈震は息を飲み、軽く目を見開いた。

 

「来たか……」

 

 (トール)のカード。

 神には神を。だがオケアノスの神性はイコールで軍勢の強さだ。いかにトールが強力な神であろうとも、単体では突破できない。

 その防壁突破の手段は、か細いながらも見えている。だがそれには多くの運が絡む。

 

「だが、突き進めなければ始まらない。リバースカードオープン、貪欲な壺! レッド・リゾネーター、レッド・ノヴァ、フレア・リゾネーター、ジャンク・シンクロン、クレボンスをデッキに戻し、二枚ドロー!」

 

 ここでのドローで勝敗がかかっている。普通ならば、先の見えないことに対する不安と恐怖から、ドローしたカードを確認することに躊躇があるだろう。

 だが烈震はそんな躊躇は刹那ほどもせず、ドローカードを二枚同時に確認した。

 

「――――――――――――」

 

 結果は――――、烈震の口元が示していた。

 わずかに、だが確かに笑みに吊り上がった口角。それが千の言葉よりもドローの内容を代弁していた。

 

「行くぞ。まずは死者蘇生を発動。墓地からシューティング・スター・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

 白銀色の光の粒子をまき散らしながら、再び流星のドラゴンが現れる。そしてそれを皮切りに、烈震はさらにモンスターを展開していく。

 

「墓地のワイバースターとコラプサーペントをゲームから除外して、再び顕現せよ、嵐征竜-テンペスト!」

 

 竜巻が巻き起こり、風を具現化したドラゴンが、咆哮とともに現れる。

 

「デブリ・ドラゴンを召喚し、効果発動! 墓地からドットスケーパーを特殊召喚する!」

 

 これで烈震のフィールドには四体のモンスター。これで数だけなら神召喚の準備は整った。

 

「だがすでに召喚権を使ってしまっているな。これでは神を手札に呼び込んでいても、召喚できんぞ?」

 

 オケアノスの言う通りだった。デブリ・ドラゴンを召喚したことで、すでに召喚権は使いきっている。このままでは、たとえトールを手札に加えていたとしても、召喚できなければ意味がない。

 だが烈震は笑みを消さなかった。

 

「なくなったのなら、これで増やせばいい。手札から魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)発動! これで己はもう一度通常召喚が可能となった! テンペスト、デブリ・ドラゴン、ドットスケーパーの三体をリリース!」

 

 烈震のモンスターが光と消える。そして、何物にも侵されざる無力の力となって“場”を作り、大いなる存在を迎えるための“門”となる。

 

「来たれ我が神。迅雷の闘神トール!」

 

 落雷が、雨のようにあたりに降り注いだ。

 轟音と閃光が世界を圧し、視覚と聴覚を乱打する。

 雷の帳の向こうから、現れる神。

 短く乱雑に切られた濃い緑の髪、金に輝く両の(まなこ)、肩と背中しか守っていない、ジャケットのような形状をした緑の鎧、右手に塚の短いハンマー、ミョルニルを、周りには従者のように大量の雷の球体が、寄り添っている。

 

「トールの効果発動! 己の墓地のスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを装備し、その攻撃力分、攻撃力をアップさせる!」

 

 烈震の墓地から、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンが半透明の状態で出現。次の瞬間には青白く輝く雷に代わり、羽衣のようにトールに羽織られた。

 

「ここからが勝負だ。シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! デッキトップをめくっていく!」

 

 一気に五枚めくる。変にためず、祈らず、烈震は己の天運をここで開示する。

 提示されたのは、エフェクト・ヴェーラー、ジャンク・シンクロン、レッド・リゾネーター、クリア・リゾネーター、ゾンビキャリア。

 

「しゃあ! オールコンプリート! やっぱ貪欲な壺でチューナーを戻したのが効いたな!」

 

 フィールドで、トールがガッツポーズをとった。

 だが五回攻撃を可能にしても、シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力ではオケアノスの軍勢に届かない。

 

「もっとも、届かないのなら足すだけだ。今までのようにな。伏せていた一騎加勢を発動! シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力を1500アップする!」

「ッ!」

 

 息を飲むオケアノス。その眼前、シューティング・スター・ドラゴンの身体が一回り大きくなり、その全身から青いオーラが溢れ出した。

 

「攻撃力4800! これで――――」

「貴様らの軍勢を壊滅させる! シューティング・スター・ドラゴンで、オケアノスを含むすべてのモンスターを攻撃!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが手足をたたみ、飛行モードに移行する。全身の排気口に空気をため込み、一気に排出。

 飛翔、疾走開始。

 一瞬でトップスピードに。そこから四つの分身が出現。本体と合わせて、純粋なエネルギー体が次々とオケアノスのモンスターに直撃、敵を打倒していく。

 分身によって、白闘気双頭神龍、シーラカンス、エンシェント・シャーク、白闘気海豚が次々と倒されていく。

 だがオケアノスも黙ってやられるわけにはいかない。蟹沢の喉が裂けるもお構いなしに叫ぶ。

 

「白闘気海豚が破壊された瞬間、その効果を発動する!」

 

 これで壁ができる。そして水属性モンスターがいれば、敵はオケアノス(自分)に手が届かない!

 

「そうはさせん。リバーストラップ発動! 虚無空間(ヴァニティー・スペース)!」

「な――――――」

 

 愕然とするオケアノスの眼前で、烈震が発動した永続罠の効果が発揮される。

 オケアノスの墓地から黒い霧のようなものが噴出し、白闘気海豚の自己再生を阻害する。

 結果、オケアノスのフィールドに新たなモンスターは登場せず、オケアノスは自らの防御を完全に剥がされてしまった。

 

「ぬお……」

 

 迫る光は勿論、シューティング・スター・ドラゴンのもの。

 ドラゴンの接近に対してオケアノスは水でできている己の身体からいくつもの槍を射出した。

 オケアノス自身の質量を削って作った水の槍。幾本ものそれが一斉にシューティング・スター・ドラゴンめがけて殺到する。

 

「無駄だ」

 

 烈震の言葉を証明するように、水の槍たちは全て、シューティング・スター・ドラゴンの身体に触れた瞬間、弾かれた。

 燐光をまき散らしながら、シューティング・スター・ドラゴンが肉薄。最後の抵抗のためにはなった水の幕さえ打ち破り、その体が弾丸となってオケアノスの心臓部に激突した。

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 神の絶叫が響く。オケアノスの身体が崩れて、ただの大量の海水に帰っていく。

 

「ぐ、ぎ……」

 

 今だ蟹沢の身体を乗っ取ったまま、オケアノスは後ずさった。その身はすでにふらついて、自らの現身を破壊されたことがよほど答えたらしい。

 

「今だ、烈震!」

 

 烈震のフィールドで、トールが叫ぶ。言われるまでもないと、烈震もまた叫んだ。

 

「オケアノス! これで終わりだ。トールでダイレクトアタック!」

 

 オケアノスのフィールドには何もない。今まで彼と守ってきた水も、(ライフ)も、なにも。

 あるのはただ、思うように動かない蟹沢(傀儡)の身体のみ。

 

「お、おお……」

 

 恐れ、慄いたオケアノスの眼前に、雷光を走らせ、従わせたトールが立った。

 トールの右手が、ミョルニルを掲げた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「爆ぜろ」

 

 言葉にならぬ呻きを上げるオケアノス、その胸元の宝珠めがけて、雷光を纏った一撃が叩きこまれた。

 澄んだ音を立てて、宝珠が砕け散った。

 

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

デブリ・ドラゴン 風属性 ☆4 ドラゴン族:チューナー

ATK1000 DEF2000

このカードをS素材とする場合、ドラゴン族モンスターのS召喚にしか使用できず、他のS素材モンスターは全てレベル4以外のモンスターでなければならない。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

二重召喚:通常魔法

(1):このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

迅雷の闘神トール 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK4000 DEF2500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える。(4):1ターンに1度、自分の手札、フィールド、墓地のモンスター1体を対象に発動できる。対象のモンスターをこのカードに装備する(1度に装備できるモンスターは1体まで)。装備したモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力がアップする。

 

一騎加勢:通常魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1500アップする。

 

虚無空間:永続罠

(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、お互いにモンスターを特殊召喚できない。(2):デッキまたはフィールドから自分の墓地へカードが送られた場合に発動する。このカードを破壊する。

 

 

蟹沢LP0

 

 

 バトルフィールドが消え去った。現実世界に回帰した烈震は、周りに倒れていた参加者がいなくなっていることに気づいた。

 

「くろかみ!」

 

 呼び声と、走ってくる足音。

 振り返れば小雪がこちらにやってきていた。

 

「勝ったな?」

「当然だ」

 

 二人の前には気絶した蟹沢の姿。神に酷使されたためか、その体はボロボロだ。

 

「こいつも病院だな」

 

 実体化したトールが言う。そうだなと烈震が頷いたその瞬間だった。

 

 

 嵐が、具現化した。

 

 

 目を開けていられない突風が辺りを席巻した。方向は烈震たちが来た方。つまり退路を断たれた形になる。

 旋風の中央に、そいつがいた。

 男、おそらく少年。見た目から判断できる年齢は烈震たちと同じか少し上くらい。

 十代の幼さを残した顔つきに反して、体は引き締まっている。

 浅く日に焼けた肌、短めに刈り揃えられた赤髪に黒い袖のないシャツ、同じく黒のズボン。百九十を超える体躯、赤みがかった茶色の瞳。

 その表情には何かに対してまき散らしたくってたまらない、そんな怒りの感情があふれ出ていた。

 右のこめかみがけいれんしている。今にも爆発しそうな怒りを寸前で抑え込んでいるかのようだ。

 

「くそが!」

 

 開口一番、出てきたのは罵倒の言葉。まるで風が固まって声となっているような奇妙な声音だった。

 男は右手で乱暴にこめかみから側頭部にかけてを掻き毟りながら、

 

「なんでゼウスじゃねぇんだよぉぉぉぉぉ!」

 

 ガリガリバリバリ、皮膚が破け、血が流れても男は掻くのをやめない。やめないまま叫ぶ。

 

「雷を出した神がいたから、ゼウスだと思ったのによぉぉぉ! なんで別神なんだよぉぉぉぉ!」

「なんだ、貴様は」

 

 言いながらも烈震は決して油断していない。目の前の男、正確には、男の皮を被った()()が持つ力の大きさを肌で感じていた。

 それはトールも同じだ。彼は一歩前に出て、叫ぶ。

 

「何者だテメェは!」

「あぁ!?」

 

 男はトールの方を睨みつける。

 

「オレが誰だと? それを知らねぇってのはモグリか? ヒキコモリ的に情報を仕入れてねぇのか!? オレはテュポーン! テメェら神々を、特にゼウスの糞野郎をぶっ殺したくって仕方がねぇ怪物様だ!」

 

 男、テュポーンが叫ぶ。

 

「ゼウスじゃねぇが、雷使いってのは気に入らねぇ、ぶっ殺す!」

 

 叫びにしたがって、豪風が鳴る。オケアノス戦での消耗を自覚しながら、烈震はもう一戦、覚悟した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話:最強の怪物

 その気配に最初に気づいたのは、千里眼を持つヘイムダルではなく、神話の時代から因縁深いゼウスだった。

 

「これは……」

 

 場所は東京スカイツリー近く。人々が行きかう流れから少し外れた、こじんまりとした喫茶店の片隅。

 ゼウスはコーヒーカップをテーブルの上に置き――音も立てない丁寧な所作だった――日が暮れかけている空を見つめた。

 

「どうしたのかね?」

 

 声をかけたのはフレデリック。彼はコーヒーのお代わりを頼みつつ、隣の席のヘイムダルを見た。

 パートナーの視線を受けたヘイムダルもまた、ゼウスが気付いたものに気づいた。

 

「これは……、並の神々をはるかに凌駕する力を感じる」

「浅草か……」

「ンだぁ?」

 

 隅の四人席の中でも一番壁際の席に座っていた狩谷(かりや)が粗さを含んだ声を上げた。

 

「ゼウス、何か感じンのか?」

「ああ。ここまで強い力はそうない。間違いない、テュポーンだ。クロノスめ、最強の怪物まで手駒にしていたか……」

 

 豪放磊落、泰然自若としているゼウスの声に、戦慄が混じっていた。そのことを感じ取った狩谷が椅子から立ち上がろうとする。

 

「待ちたまえ」

 

 それを制したのはフレデリック。彼はコーヒーを飲み干すと、

 

「テュポーンが力を解放したのなら、すでに誰かと戦っているだろう。今から行っても間に合わんよ」

「だからここでのんきにコーヒー飲んでロってか?」

「まさか。無論できるだけ急ぐとも。ヘイムダル、千里眼は飛ばせたかね?」

「ああ。浅草寺にいる。対峙しているのは黒神烈震だ」

「雷を使う神、か。それにつられたな。奴は吾輩に倒されてから、特に雷を目の敵にしている」

 

 ゼウスが顎を撫でながらそう言った。フレデリックは浅草寺と呟き、

 

「近いな……。やはり、足を運ぶべきだ。しかし狩谷君、君はこない方がいい」

「ンだと?」

 

 狩谷の声に剣呑な響きが混じる。同時に、牙のように尖った歯が軋みを上げた。

 

「理由は二つ。テュポーンという、ティターン神族に匹敵、あるいは凌駕するギリシャ神話最強の怪物を相手にするには、君のコンディションはよくあるまい?」

 

 指摘された通り、狩谷の顔色は青白く、よくない。元が浅黒い肌なので、その顔色の悪さは余計に目立つ。

 

「私がナイトゴーントを撃退した後も、立て続けにギリシャの悪霊(エンプーサ)やクトゥルフの魔物が襲い掛かってきた。今日はもうガス欠だ。そんな状態で、テュポーンのような強敵相手はできまい。決戦の前に倒れられても困る。君とゼウスの力は、クロノスを打倒することに向けられなければならない」

「それにな狩谷」とゼウスが落ち着いた口調で言う。

「テュポーンは、吾輩を見れば必ず最優先で狙ってくるだろう。残念だが、今の貴様では戦いきることはできん。そんな不完全な、つまらない戦いが、貴様の命の使い時なのか?」

「…………」

 

 狩谷は沈黙し、己の左胸、心臓に手をやった。

 

「……確かにな」

「納得してくれたようで何よりだ。なので、戦場には私とヘイムダルで行こう」

 

 伝票を手に取って、フレデリックは立ち上がる。

 颯爽と店を出る。その目はまだ見ぬ戦場を見据えていた。

 

 

 同時刻、ゾディアック社長室。

 

嵐山(あらしやま)君、いや、テュポーンが接敵したようだ。相手はトールとその契約者、黒神烈震君」

『トールか』

 

 七本目の酒瓶を口にしていたクロノスが、北欧神話の神の名を口にした。

 

『雷を使う神か、それに誘われたな』

「テュポーンはこちらの話を聞く前に飛び出していったからねぇ。やみくもに探すつもりだったのか、たまたま目にした雷に引き寄せられたか」

『どちらにせよただではすむまい。少なくとも一柱は再起不能だ』

「できれば生きていてもらいたいな。彼の将来に、私は期待しているのだから……」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 烈震は目の前の光景に、頭の中が発火しそうだった。

 どさりと重い音を立てて、小雪(シャオシエ)の身体が倒れ伏す。

 さっきまで彼女はテュポーンとデュエルをしていたのだ。烈震に、デッキを構築する時間を与えるために。

 

 

 烈震とテュポーンが対峙した時、まずテュポーンは小雪に目を付けた。

 この場にいる、神々の戦争の参加者ではない、しかし元参加者の小雪。テュポーンはデッキ調整だと、今はもう参加者ではない小雪をバトルフィールドに取り込んだのだ。

 キレた奴だと思ったが、敵と戦う前の準備のためを優先させた。同時にこれは人質だと気づいた。

 テュポーンが小雪と戦っている間、烈震を逃がさないための枷。

 逃げる気はなかったし、だから連戦をよしとした烈震に対して、小雪が勝負を承諾した。

 神々の戦争の参加者ではなくなった小雪は、それでも烈震のサポートがしたかったのだ。

 オケアノス戦のダメージ、そしてデッキ内容を露呈。その二つの不利から烈震を遠ざけるために、小雪はテュポーンとのデュエルを承諾した。

 参加者ではない、ただの一般人に戻ってしまった小雪は、ダメージのフィードバックは多大なものになるはずだ。

 なのに彼女は受けた。全ては烈震の不利を緩和するために。

 小雪の心遣いが分かっているから、烈震は彼女を行かせた。止められはしないと思っていた。

 その結果が目の前だ。

 

「小雪……」

 

 倒れ伏した彼女を抱き上げる。小雪はまっすぐ、無垢な瞳で烈震を見た。

 

「くろかみ……、デッキは……?」

「完了だ。ダメージも、まあ呼吸で緩和で来た」

「そうか……」

 

 それだけ告げて、小雪は瞼を落とした。

 体から力が抜ける。だが体温はある、鼓動も。気絶しただけだ。

 

「デッキは万全だ。待たせたなぁ、次こそ本番だ!」

 

 叫ぶ男、テュポーン。烈震は小雪を本殿内の屋根下の床上に丁寧に置いた。

 

「今、(オレ)は貴様を叩きのめしたくて仕方がない。トール!」

「あいよ!」

 

 パートナーの邪魔をせぬように姿を消していたトールが吠えた。

 

「バトルフィールド展開!」

 

 瞬間、現実世界とは位相の違う空間に、烈震とテュポーンが取り込まれた。

 

決闘(デュエル)!』

 

 沈黙も静寂も何もない。ただ闘志だけを高めて、始まりの言葉を高らかに宣言した。

 

 

烈震LP8000手札5枚

テュポーンLP8000手札5枚

 

 

「オレの先攻だ!」

 

 嵐のように荒々しい口調で、テュポーンは宣言、即座にカードを繰り出した。

 

「覇王眷竜ダークヴルムを召喚!」

 

 そして召喚されたのは、片刃のような形状をした翼を持ち、体の各所からも刃のような器官を生やしたドラゴン。烈震の知らないモンスターだが、下級の中ではステータスは高めて、しかも(ペンデュラム)モンスターなので、再利用も容易だ。

 

「ダークヴルム効果発動! 召喚、特殊召喚成功時に、覇王門Pモンスター一体を手札に加える! オレは覇王門零(はおうもんぜろ)を手札に加える! カードを二枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 

覇王眷竜ダークヴルム 闇属性 ☆4 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK1800 DEF1200

Pスケール5

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。デッキから「覇王門」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしかP召喚できない。

モンスター効果

このカード名の(1)(2)のモンスター効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「覇王門」Pモンスター1体を手札に加える。(2):???

 

 

「己のターンだ、ドロー」

 

 声を荒げるテュポーンに対して、烈震は激情を抑えて、カードをドローする。

 

「レスキューラビット召喚、効果発動。このカードを除外して、デッキからアレキサンドライドラゴン二体を特殊召喚する」

 

 烈震のフィールドに現れた、ゴーグル、お守り装備の兎が消え、代わりに現れたのは、アレキサンドライトの身体を持つ鉱石のドラゴンが二体。

 

「バトルだ。アレキサンドライドラゴンでダークヴルムを攻撃! さらに二体目でダイレクトアタック!」

 

 自らも震脚で一歩踏み込んで、烈震は裂帛の気合とともに攻撃を宣言した。

 瞬間、一体目のアレキサンドライドラゴンが翼を広げて飛翔。一気に急降下し、両手の爪でダークヴルムを引き裂いた。

 

「ッ! だがPモンスターであるダークヴルムは墓地じゃなく、オレのEXデッキに行く!」

「それがどうした。二体目のアレキサンドライドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 モンスターが動く。同時に烈震も疾走開始。

 アレキサンドライドラゴンが飛翔する足元を、烈震が駆け抜け、テュポーンに肉薄。敵が「あぁ!?」と驚いているところに足払い。さらに顎に掌底。ただしこちらは敵が上体を逸らしたため躱された。

 自身の打撃が躱されたと同時に烈震はその場から離脱。入れ替わりにテュポーンの頭上からアレキサンドライドラゴンが両足の爪を剥き出しに降下。テュポーンはさらに反応し、身をのけぞらせた状態から後ろに向かって跳躍。ドラゴンの爪の一撃を掠めるだけに留めた。

 

「ぐ、糞が……!」

 

 感情がそのまま声音に乗るテュポーンは、怒りのままに罵り声を吐く。烈震は完全に無視した。

 

「バトル終了。メインフェイズ2に入り、手札から魔法カード、ライトニング・チューン発動。アレキサンドライドラゴン一体をチューナーとして扱う。

 己はレベル4のアレキサンドライドラゴンに、レベル4チューナーとなったアレキサンドライドラゴンをチューニング!」

 

 烈震の右手が天へと突きあげられる。その手が天を掴まんと握り締められた。

 同時、彼の頭上で、アレキサンドライドラゴンの一体が四つの光輪となり、その輪を潜った二体目のアレキサンドライドラゴンが、四つの白い光星となる。

 星を、光の道が貫いた。

 

「連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン!」

 

 光の向こうから、咆哮とともに現れたのは、人に近い骨格を持つ首長のドラゴン。

 二本の足で直立し、翼をたたみ、尻尾で地面を打ち、器用に腕を組んで烈震のフィールドに降臨した。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「待ちな! テメェのエンドフェイズに、オレは伏せていたペンデュラム・リボーンを発動! EXデッキからダークヴルムを特殊召喚! この瞬間、ダークヴルムの効果発動! デッキから覇王門無限(インフィニティ)を手札に加えるぜ!」

 

 EXデッキから現れる。再び発動したサーチ効果により、さっきとは違うモンスターがテュポーンの手札に渡った。

 これでテュポーンの手札には最低でも二枚のPモンスターが存在する。P召喚は可能だろう。

 さらに烈震は思う。

 

(覇王門……零と……無限……)

 

 名前と、それに対応するPスケールを考えると、嫌な予感しかしない。しかしもうターンを終えてしまった。このタイミングで烈震にできることはなかった。

 

「改めて、ターンエンドだ」

 

 

レスキューラビット 地属性 ☆4 獣族:効果

ATK300 DEF100

「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。(1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

アレキサンドライドラゴン 光属性 ☆4 ドラゴン族:通常モンスター

ATK2000 DEF100

 

ライトニング・チューン:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル4の光属性モンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限りチューナーとして扱う。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

ペンデュラム・リボーン:通常罠

(1):自分のエクストラデッキの表側表示のPモンスターまたは自分の墓地のPモンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

 

烈震LP8000手札3枚

テュポーンLP8000→7800→5800手札4枚

 

 

「やってくれやがる……、オレのターンだ!」

 

 苛立ちもあらわに、テュポーンは叫ぶ。

 

「だいたい、モンスターを一緒に自分(テメェ)も飛び出すたぁイカレてやがる」

 

 吐き捨てる怪物に対して、烈震は無言で、「かかってこい」と言わんばかりに指で手招きする。

 

「カッ、やってやるよ。手札を一枚捨て、ペンデュラム・コール発動! デッキから虹彩の魔術師と白翼の魔術師を手札に加える! 虹彩の魔術師を召喚! ここでオレはダークヴルムと虹彩の魔術師でオーバーレイ! 二体のPモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 テュポーンの頭上で、渦巻く銀河のような煌めく空間が出現。その空間に向かって、彼が召喚した二体のモンスターが紫の光になって飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「覇王がお呼びだ。()くはせ参じろ反逆の牙持つ黒竜! 覇王眷竜ダーク・リベリオン!」

 

 爆発の向こうから、空気を力尽くで引き千切るような咆哮が轟いた。

 現れたのは、和輝も使っているダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴンに酷似したモンスター。だがただでさえ禍々しかった黒竜がさらに凶悪になり、緑の色彩が入り、全身からは攻撃的なオーラが立ち昇っている。

 

「レベル4Pモンスター二体が素材の(エクシーズ)モンスターか……」

 

 トールが警戒の色を浮かべて言う。パートナーの言わんとしていることを、烈震は正確に悟っていた。

 ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンに酷似した姿、名前をしていながら、召喚条件はオリジナルより重い。ならばその代償に――――

 

(効果はさらに強力なものになっているはず……)

 

 烈震は内心で身構えた。そんな対戦相手の心中を察したのか、テュポーンが笑う。

 

「どうやらこいつの()()()()()は知ってるみてぇだな。だったら話は早い。テメェも思っているだろうが、覇王眷竜の効果はオリジナルのそれを凌駕する! バトルだ! 覇王眷竜ダーク・リベリオンで、スターダスト・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。覇王眷竜が天に向かって咆哮を上げ、飛翔。体中から紫電を迸らせて、一気にスターダスト・ドラゴンに向かって突撃する。

 大気を焼く稲妻。モンスターそれ自体が力ある弾丸となって迫る。

 

「ダメージ計算時に、覇王眷竜ダーク・リベリオンの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、スターダスト・ドラゴンの攻撃力を0にし、その数値分、このカードの攻撃力をアップさせる!」

「なんだと……?」

 

 目を見張る烈震の眼前、覇王眷竜ダーク・リベリオンの全身のオーラがスターダスト・ドラゴンに絡みつき、力を吸収する。

 吸収は一瞬で終わり、スター・ドラゴンの身体から力が失われ、地面に倒れ伏してしまう。

 そのまま覇王眷竜ダーク・リベリオンがスターダスト・ドラゴンに直撃、胴体部に大穴を開け、返す動きで尻尾を首に叩きつけた。

 断末魔もなく、スター・ドラゴンは実に乱暴に首をはねられ、消滅した。

 

「があああああああああああああああ!」

「烈震!?」

 

 5000ものダメージのフィードバックが烈震を襲う。だが烈震の全身に走る痛みは、先ほどのデュエルの比ではない。ただダメージ量が多いだけかとも思ったが、そうではない。

 

「なん、だ……、この……全身から力が抜ける……倦怠感と……痺れは……!」

「ハッ! どうだよ少しは効いたか? これが闇のカードの痛みってやつよ!」

「闇のカード……、これが、か……」

 

 すでに情報共有を済ませている烈震は、当然闇のカードについての知識もある。

 デュエルで現実にダメージを与えるカード。神々の戦争では、その痛みはさらに壮絶なものとなっているという。

 

「だが、この程度で……!」

 

 烈震はふらつく膝を叱咤して、踏みとどまった。

 

「ハッ! イイゼイイゼ! そういうコンジョーロンは大好きだ! で、何かやることは?」

「勿論ある。手札の妖醒龍(ようせいりゅう)ラルバウールの効果発動! 自身を特殊召喚する!」

 

 烈震のフィールドに、尻尾の先に青白い炎を灯らせた白いドラゴンが現れる。

 小さな体だ。二枚翼でスマートな鎧のような外殻、細い首、それに反して大きな頭。口元を引き結んで、勇ましく戦場に現れた。

 

「ラルバウールのもう一つの効果発動、手札を一枚捨て、貴様の場にいる覇王眷竜ダーク・リベリオンを選択する。そしてそのモンスターと同じ属性、種族のモンスター、つまり闇属性ドラゴン族を手札に加える。己はデッキから混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-を手札に加える。さらに捨てたカードはエクリプス・ワイバーン。効果を発動し、デッキから破滅竜ガンドラ(クロス)を除外する」

「抜け目なさすぎるのも、神々を思い出してむかつくぜ。オラターンエンドだ!」

 

 抜け目がない。敵はそう言ったが、その評価はまだ()()

 

「待ってもらおう。貴様のエンドフェイズに、己は伏せていた異界の交渉術を発動する。これは、己の墓地のSモンスター一体を対象にし、そのモンスターをEXデッキに戻し、その攻撃力分、己のライフを回復する。己はスターダスト・ドラゴンをEXデッキに戻し、2500ライフを回復する」

 

 3000という危険域にまで下がっていた烈震のライフが、5500にまで回復する。だがそれでもまだほんの少しだけ、テュポーンの方がライフは上、フィールドの状況も考えればまだ烈震が不利だ。

 だがここで烈震はさらに言葉を紡いだ。

 

「そして、異界の交渉術にはまだ効果がある。この効果でライフが回復しても、なお相手よりもライフが低かった場合、デッキからEXデッキに戻したSモンスターと、合計レベルが同じになるよう、チューナーとチューナー以外のモンスターを二枚、手札に加えることができる。

 己のライフは5500、貴様の5800を下回るため、この効果も使用できる。己はデッキからレッド・リゾネーターと、クリスタル・ドラゴンを手札に加える」

 

 返答は荒々しい舌打ち。大ダメージが受けたがうまく()が運んだ烈震と、相棒のトールは内心でほくそ笑んだ。

 

 

ペンデュラム・コール:通常魔法

「ペンデュラム・コール」は1ターンに1枚しか発動できず、「魔術師」PモンスターのP効果を発動したターンには発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。カード名が異なる「魔術師」Pモンスター2体をデッキから手札に加える。このカードの発動後、次の相手ターン終了時まで自分のPゾーンの「魔術師」カードは効果では破壊されない。

 

虹彩の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1500 DEF1000

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの魔法使い族・闇属性モンスター1体を対象として発動できる。このターンそのモンスターが相手モンスターとの戦闘で相手に与える戦闘ダメージは倍になる。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカードはルール上「ペンデュラム・ドラゴン」カードとしても扱う。(1):このカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。デッキから「ペンデュラムグラフ」カード1枚を手札に加える。

 

覇王眷竜ダーク・リベリオン 闇属性 ランク4 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

闇属性レベル4のPモンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算前に、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。ターン終了時まで、その相手モンスターの攻撃力を0にし、その元々の攻撃力分このカードの攻撃力をアップする。(2):自分・相手のバトルフェイズにこのカードをEXデッキに戻して発動できる。自分のEXデッキの表側表示のPモンスターの中から、「覇王眷竜」モンスターまたは「覇王門」モンスターを合計2体まで選んで守備表示で特殊召喚する。

 

妖醒龍ラルバウール 闇属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札・墓地に存在し、自分フィールドのモンスターが戦闘または相手の効果で破壊された場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。(2):このカードが特殊召喚に成功した場合、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。自分の手札を1枚選んで捨て、対象のモンスターと同じ種族・属性でカード名が異なるモンスター1体をデッキから手札に加える。

 

エクリプス・ワイバーン 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1600 DEF1000

(1):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。デッキから光属性または闇属性のドラゴン族・レベル7以上のモンスター1体を除外する。(2):墓地のこのカードが除外された場合に発動できる。このカードの(1)の効果で除外されているモンスターを手札に加える。

 

異界の交渉術:通常罠

(1):このターンに破壊された自分の墓地のSモンスター1体をEXデッキに戻し、そのモンスターの攻撃力分ライフを回復する。その後、自分のライフが相手よりも低い場合、合計レベルがEXデッキに戻したSモンスターをS召喚できるチューナーとチューナー以外のモンスター2体を、デッキから手札に加える。この効果で手札に加えたカードはこのターン、プレイできない。

 

 

覇王眷竜ダーク・リベリオンORU×1

 

 

烈震LP8000→3000→5500手札4枚

テュポーンLP5800手札4枚

 

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 ライフ的にも身体的にも、受けたダメージは決して軽くはない。しかし彼は二本の足で立ち、カードを一瞥、即座にデュエルディスクにセットした。

 

「壺の中の魔術書発動、互いに三枚ドロー。天輪の鐘楼を発動し、レッド・リゾネーターを召喚! 効果で終末の騎士を特殊召喚! さらに終末の騎士の効果で、デッキからバックグラウンド・ドラゴンを墓地に送る」

 

 烈震のフィールドに、炎を身に纏い、音叉を持った悪魔と、ぼろぼろのマント、傷だらけの黒い鎧に黒い髪をした戦士が現れる。

 烈震の右手が天へと掲げられる。

 

「レベル4の終末の騎士に、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング!

 連星集結、赤翼咆哮。シンクロ召喚。猛れ、レッド・ワイバーン!」

 

 光が差し込み、その向こうから現れる赤い身体を持つ翼竜。炎を発する翼を羽ばたかせて、一声鳴いて烈震のフィールドに降り立った。

 

「天輪の鐘楼の効果により、一枚ドロー。レッド・ワイバーン効果発動! 貴様の場にいる覇王眷竜ダーク・リベリオンを破壊する!」

 

 レッド・ワイバーンが翼を羽ばたかせて飛翔、口内から放った高濃度、高密度の炎の弾丸が覇王眷竜ダーク・リベリオンの胸板に直撃。外殻も、筋肉も貫き、内側から焼き尽くした。

 

「チ……!」

 

 不機嫌に舌打ちをするテュポーン。登場した時から感じていたことだが、最強の怪物の割にどうにも言動が感情的だ。

 あるいは、この嵐のような気象、攻撃性こそがギリシャ神話の神々さえ恐れさせた怪物の根源なのだろうか。

 

「よっし烈震! 相手の場にモンスターはいねぇ、一気に攻めるぞ!」

 

 思考はパートナーの言葉によって中断される。烈震は意識しきっをデュエルに戻した。

 

「そうだな。己はラルバウールを除外し、手札から異次元の精霊を特殊召喚する。レベル6のレッド・ワイバーンに、レベル1の異次元の精霊をチューニング。

 連星集結、色即是空。シンクロ召喚、出でよクリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 二回目のS召喚。再び光輪、光星、光の道が出現、そして現れる新たなドラゴン。

 透き通った青い結晶のような背翼と尾翼に白と黒のストライプカラー、長い尻尾を鞭のようにしならせて、頼もしい咆哮を上げる。

 

「天輪の鐘楼の効果により、一枚ドロー。まだだ。墓地の終末の騎士とエクリプス・ワイバーンを除外し、混沌帝龍-主演の使者-を特殊召喚!」

 

 咆哮はまだ続く。

 新たに現れたのは、鎧のような外殻に全身を包み込み、兜を思わせる頭部、後頭部から首にかけて生えている髪持つドラゴン。二本の足で大地を踏みしめ、大気を震わせながら翼を広げる姿は頼もしくもあるが、同時に禍々しい。

 二体のドラゴンの合計攻撃力は5500。ダイレクトアタックが決まればテュポーンのライフは風前の灯火だ。

 

「除外されたエクリプス・ワイバーンの効果により、除外していたガンドラXを手札に加える。

 バトルだ! クリアウィング・シンクロ・ドラゴン、混沌帝龍でダイレクトアタック!」

 

 二体のドラゴンが動く。翼を広げ、飛翔するクリアウィング・シンクロ・ドラゴン、大地で上体を逸らせ、口内に炎を蓄え始めた混沌帝龍。

 二体のドラゴンを前に、テュポーンはデュエルディスクを操作した。

 

「通すかよ! リバースカードオープン! 攻撃の無敵化! 俺は戦闘ダメージ0を選択するぜ!」

 

 ドラゴンたちの攻撃は、怪物のライフにも、皮膚にも、傷一つつけられなかった。

 

「温いんだよ! その程度でオレのライフが削り切れるか!」

「だが、確実に防御の札を削っている。追い詰めてはいるだろう? カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

レッド・リゾネーター 炎属性 ☆2 悪魔族:チューナー

ATK600 DEF200

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが特殊召喚に成功した時、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力分だけ自分はLPを回復する。

 

終末の騎士 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1200

(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る。

 

レッド・ワイバーン 炎属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、このカードより攻撃力が高いモンスターがフィールドに存在する場合に発動できる。フィールドの攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

異次元の精霊 光属性 ☆1 天使族:チューナー

ATK0 DEF100

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。次のスタンバイフェイズ時、この特殊召喚をするためにゲームから除外したモンスターをフィールド上に戻す。

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン 風属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、このカード以外のフィールドのレベル5以上のモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスター1体のみを対象とするモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(3):このカードの効果でモンスターを破壊した場合、このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカードの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

混沌帝龍-終焉の使者- 闇属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合のみ特殊召喚できる。このカードの効果を発動するターン、自分は他の効果を発動できない。(1):1ターンに1度、1000LPを払って発動できる。お互いの手札・フィールドのカードを全て墓地へ送る。その後、この効果で相手の墓地へ送ったカードの数×300ダメージを相手に与える。

 

攻撃の無敵化:通常罠

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 

「あーあー、やってくれるじゃねぇか」

 

 テュポーンはまっさらになった己のフィールドを見て、肩をすくめてみせる。さっきまで怒り狂っていたのと同じ存在とはとても思えない。これもまた、嵐のようだ。荒れ狂っていたかと思えば凪のようにぴらりと止まる。

 

「だがまぁいいさ。こういうことだってある。あるってもんだ。それに一回殴られるのも悪くねぇ」

「なんだと?」

「オイオイ、テュポーンってのは実はMか?」

「バカなこと言ってんじゃねぇ」

 

 空いた右手を首元に当てて、体をほぐすようにコキコキと首を鳴らすテュポーン。牙のように鋭い歯が見える笑みを浮かべて、言った。

 

「歯ごたえある敵を、こちらをぶん殴ったムカ付く野郎を、ブチ倒せるってのがサイコーにスカっとするんじゃねぇか」

 

 テュポーンの身体から、物言わぬまでも暴風のような気配が吹き荒れる。

 台風の只中に何の装備もなく放り出されたような感覚を味わう烈震。彼の眼前で、テュポーンは笑う。太々(ふてぶて)しく、荒々しく。

 

「よーやくエンジンがかかってきたんだ。もうちょっと付き合えよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話:一日目終了

 雷は嫌いだ。

 テュポーンは眼前で相対する人間ではなく、その背後にいる神を見た。

 北欧神話の闘神、トール。

 まぁ名前はどうでもいい。気に入らないのは、そいつが雷を使うことだ。

 かつて、神話の時代を思い出す。

 自らの身体を貫いた雷の一撃、ゼウスの持つ電霆(ケラウノス)の一撃。

 忌々しい。

 こいつはゼウスではないが、こいつとパートナーを叩きのめせば、このムカつき、イラつきを、晴らせるだろうか。

 

 

烈震LP5500手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン クリアウィング・シンクロ・ドラゴン(攻撃表示)、混沌帝龍-終焉の使者-(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 天輪鐘楼、伏せ2枚

フィールドゾーン なし

 

テュポーンLP5800手札7枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 目を見開き、牙を剥き出しにしてに、テュポーンはカードをドロー。即座に声を上げる。

 

「オレの場にモンスターが存在しないため、墓地の覇王眷竜ダークヴルムの効果発動! 墓地のこいつを特殊召喚!」

 

 テュポーンのフィールドに幾何学模様の魔法陣が展開。そこから光があふれ、墓地にいたダークヴルムが復活する。

 

「ダークヴルムの効果発動! デッキから二枚目の覇王門零を手札に加えるぜ。そんでもって、白翼の魔術師を召喚だ」

 

 そしてそんなダークヴルムの傍らに現れる人影が一つ。

 女の魔術師だった。透き通るような青と緑の色彩をした衣装に、クリスタルのようなステッキ、とんがり帽子、桃色の髪、黒のアンダーウェア、くるりと回って爪先で地面をトントンと叩いて、テュポーンのフィールドに降り立った。

 

「レベル4の覇王眷竜ダークヴルムに、レベル4の白翼の魔術師をチューニング!」

 

 テュポーンの両腕は広げられ、宣言が飛ぶ。彼のフィールド、白翼の魔術師が四つの緑の光輪となり、その輪を潜ったダークヴルムがやはり四つの白い光星となる。

 

「覇王がお呼びだ。()くはせ参じろ透徹なる晶翼の竜! 覇王眷竜クリアウィング!」

 

 光が一瞬で黒く塗りつぶされる。

 そして黒の向こうから現れたのは、烈震の場にいるクリアウィング・シンクロ・ドラゴンにそっくりなモンスター。

 オリジナルにはない黄緑のラインが走り、淡い緑色の水晶部分は色を濁らせており、全体的にオリジナルに比べて、全ての色が暗くなっている。

 

「覇王眷竜クリアウィングの効果発動! (シンクロ)召喚成功時、相手表側表示モンスターを全て破壊する!」

「ッ!」

 

 烈震の眼前で、覇王眷竜クリアウィングの水晶部分に、禍々しいエネルギーが溜まっていく。

 光が強くなり、紫色に変色。それからさらにどんどんドス黒くなっていく。

 

「やばそうだぜ烈震!」

「分かっている。クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの効果発動! レベル5以上のモンスターが発動したモンスター効果を無効にし、そのモンスターを破壊する!」

 

 烈震の声が走ると同時に、彼の場にいるクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが雄叫びを一つ上げ、全身を輝かせた。

 淡いライトグリーンの光が槍や矢のように覇王眷竜クリアウィングに突き刺さる。覇王眷竜クリアウィングは断末魔の苦痛を上げて消滅した。

 それでもテュポーンの笑みは崩れない。ニヤニヤと笑っている。

 

「あーあー、やっぱそうなるよな。だがこれでオレの場にモンスターはいない。そしてクリアウィング・シンクロ・ドラゴンの邪魔もない。オレはスケール0の覇王門零と、スケール13の覇王門無限で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

 

 テュポーンのフィールド、彼の両隣りに青白く輝く光の柱が屹立した。

 柱の中には、数字の〇と∞の形をした門のモンスターがそれぞれ収められ、モンスターの下方向に、楔文字のような字体で「0」と「13」が刻まれた。

 

「これでオレは全てのレベルのモンスターを、同時に召喚できるってわけだ。さぁいくぜ! 覇王がお呼びだ、疾く馳せ参じろ下僕ども! ペンデュラム召喚! EXデッキから現れろ、覇王眷竜ダークヴルム 覇王門零、そして手札から出撃だ、黒牙の魔術師、覇王眷竜オッドアイズ!」

 

 天空に開いた門から、次々と光が放たれる。

 光は地上にたどり着いた時にその姿を露わにする。

 烈震も見ていた覇王眷竜ダークヴルムと覇王門に加え、新顔が二体。

 一体は魔術師。緑の髪に黒のマントととんがり帽子。魔術師という肩書に反して筋骨隆々な男。

 そしてもう一体はドラゴン。

 和輝が使うオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンに酷似した姿。ただし瞳は凶暴さが増しており、全体的により鋭角なシルエットに変化、体の各所にライトグリーンの結晶体が見え、ほかの覇王眷竜と同じく、禍々しい。

 

「オレは黒牙の魔術師と、覇王門零をリリース融合! 二体の闇属性Pモンスターを触媒に、融合召喚を行う!

 覇王がお呼びだ、疾く馳せ参じろ暴食なる毒竜! 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム!」

 

 咆哮が轟く。毒持つ唾液が地面に当たった瞬間、ジュワっと音を立てて地面が溶解、煙を上げる。

 そんな前兆とともに現れたのは、毒々しい緑と紫の配色をしたドラゴン。

 どことなく、ドラゴンでありながら同時に毒花のような植物の印象を与える。

 蛇のように長く、太い本体部と、筋肉質な手足、体の各所には黄色の玉状の器官がある。その中で毒を生成しているのだろうか?

 

「覇王眷竜スターヴ・ヴェノムの効果発動! 一ターンに一度、自分か相手のフィールド、墓地のモンスター一体を対象にし、このターン、対象モンスターと同じ効果を得る! さらにこの効果を使ったターン、オレのモンスターは全て、貫通効果を得る! オレはオレの墓地の覇王眷竜クリアウィングを選択! これで覇王眷竜スターヴ・ヴェノムはこのターン、覇王眷竜クリアウィングの効果を得た!」

 

 さらに、とテュポーンの言葉が続く。彼は空いた右手の指を鳴らし、

 

「墓地の覇王眷竜クリアウィングの効果発動! オレの場にいる二体の覇王眷竜をリリースすることで、墓地のこのカードを特殊召喚する! オレはダークヴルムとオッドアイズをリリース! 甦れ、覇王眷竜クリアウィング!」

 

 二体の覇王眷竜が闇に覆われ、見えなくなる。代わりに現れたのは、先ほど破壊された覇王眷竜クリアウィング。地の底からの復活による歓喜か、天に向かって咆哮を上げた。

 

「バトルだ! 覇王眷竜クリアウィングでクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを攻撃!」

 

 酷似した姿のドラゴンたちが互いに咆哮を上げながらぶつかり合う。

 攻撃力は現状、烈震のクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが勝っている。

 だが当然、だったらテュポーンが攻撃することはない。

 

「この瞬間、覇王眷竜クリアウィングの効果発動! 一ターンに一度、バトルする相手モンスターを破壊し、その元々の攻撃力分のダメージを与える!」

「な!?」

 

 想像以上に強力な効果。覇王眷竜クリアウィングの結晶体から放たれる無数の光線が弾幕のようにクリアウィング・シンクロ・ドラゴンに迫る。

 回避は間に合わない。迎撃のために放った息吹(ブレス)は焼け石に水。結果、全身をレーザーに貫かれ、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンは破壊された。

 

「があああああああああああああああああ!」

 

 闇のカードによる想像を絶するダメージが烈震を襲う。烈震はふらつき、頽れかけながらも踏みとどまる。

 まだ攻撃は終わっていない。最悪なことに、次は覇王眷竜クリアウィングの効果をコピーした覇王眷竜スターヴ・ヴェノムの攻撃がある。

 さらに最悪なことに、烈震のライフは残り3000、スターヴ・ヴェノムの効果が通ればちょうどライフ0で敗北だ。

 呼吸を整える。痛みを意識の端に追いやる。

 

「これで終わりか? 覇王眷竜スターヴ・ヴェノムで混沌帝龍に攻撃!」

「させん! リバーストラップ、デストラクト・ポーション発動! 混沌帝龍を破壊し、その攻撃力分、ライフを回復する!」

 

 先んじてこちらのモンスターを破壊し、ライフを回復する。これで烈震の場に壁となるモンスターはいなくなってしまったが、残る覇王眷竜と魔術師の攻撃を受けても、烈震のライフは残る。これがベストだ。

 

「なら対象変更だ。覇王眷竜スターヴ・ヴェノムでダイレクトアタック!」

 

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノムの黄色い球から同じ色のレーザーが多角的に放たれる。烈震は宝珠を庇ってガード、全方位から来る攻撃に対して、耐える構えに入った。

 直撃。一撃一撃が重く、意識を持っていかれそうになるが、追撃によって遠のきかけた意識が戻ってくる。

 痛みで気絶もできないといえば地獄に等しい。

 だが耐えた。烈震はふたつきながらも前を見る。

 

「まだ、まだだ……。リバースカードオープン……、ダメージ・コンデンサー……。手札を一枚捨て……、デッキから霊廟の守護者を守備表示で特殊召喚する……。さらに今捨てたカードは……代償の宝札だ……。よって、二枚ドローする……」

「…………いい根性してるぜ。カードを二枚伏せて、補充部隊を発動。ターンエンドだ」

 

 

覇王眷竜ダークヴルム 闇属性 ☆4 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK1800 DEF1200

Pスケール5

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。デッキから「覇王門」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は闇属性モンスターしかP召喚できない。

モンスター効果

このカード名の(1)(2)のモンスター効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「覇王門」Pモンスター1体を手札に加える。(2):このカードが墓地に存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。

 

白翼の魔術師 風属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラムチューナー

ATK1600 DEF1400

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの魔法使い族・闇属性モンスターを対象として発動した効果を無効にできる。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカードはルール上「シンクロ・ドラゴン」カードとしても扱う。P召喚したこのカードは、S召喚に使用された場合に除外される。

 

覇王眷竜クリアウィング 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外の闇属性Pモンスター1体以上

(1):このカードがS召喚に成功した場合に発動できる。相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する。(2):1ターンに1度、このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算前に発動できる。そのモンスターを破壊し、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。(3):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドの「覇王眷竜」モンスター2体をリリースして発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。

 

覇王眷竜オッドアイズ 闇属性 ☆8 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール4

P効果

(1):自分フィールドの「覇王眷竜」モンスター1体をリリースして発動できる。このカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える。

モンスター効果

(1):自分フィールドの「覇王眷竜」モンスター2体をリリースして発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分のPモンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、相手に与える戦闘ダメージは倍になる。③:自分・相手のバトルフェイズにこのカードをリリースして発動できる。自分のEXデッキの表側表示のPモンスターの中から、「覇王眷竜オッドアイズ」以外の「覇王眷竜」モンスターまたは「覇王門」モンスターを合計2体まで選んで守備表示で特殊召喚する。

 

黒牙の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1700 DEF800

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力をターン終了時まで半分にする。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカードはルール上「エクシーズ・ドラゴン」カードとしても扱う。(1):このカードが戦闘・効果で破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族・闇属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2800 DEF2000

闇属性Pモンスター×2

このカードは融合召喚及び以下の方法でのみ特殊召喚できる。●自分フィールドの上記カードをリリースした場合にEXデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。(1):1ターンに1度、このカード以外の自分または相手のフィールド・墓地のモンスター1体を対象として発動できる。エンドフェイズまで、このカードはそのモンスターと同じ、元々のカード名・効果を得る。このターン、自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

ダメージ・コンデンサー:通常罠

自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動できる。受けたそのダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから表側攻撃表示で特殊召喚する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

霊廟の守護者 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF2100

このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、このカードは2体分のリリースにできる。(2):このカードが手札・墓地に存在し、「霊廟の守護者」以外のフィールドの表側表示のドラゴン族モンスターが効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。墓地へ送られたモンスターが通常モンスターだった場合、さらに自分の墓地のドラゴン族の通常モンスター1体を選んで手札に加える事ができる。

 

補充部隊:永続魔法

(1):相手モンスターの攻撃または相手の効果で自分が1000以上のダメージを受ける度に発動する。そのダメージ1000につき1枚、自分はデッキからドローする。

 

 

烈震LP5500→3000→6000→3200手札5枚

テュポーンLP5800手札0枚

 

「己のターンだ、ドロー!」

 

 何とか生き残ったが、体のダメージは軽くない。

 烈震はまず呼吸を整えることにする。

 努力呼吸で体の痛みを追い出し、呼吸を整えて思考をクリアにする。

 だがトールはパートナーの身体に蓄積しているダメージを見抜いていた。

 このテュポーン戦だけではない。直前のオケアノス戦からほとんど休みなしでの連戦だ。おまけに相手のカード、覇王眷竜は闇のカードだ。そのことを合わせて考えれば、蓄積したダメージは無視できない。

 

「オイ、烈震。さすがにお前の身体が持たねぇぞ」

「言われるまでもない。このターンで決めてやる。霊廟の守護者をリリースし、破滅竜ガンドラ(クロス)をアドバンス召喚!」

 

 霊廟の守護者の姿が、白い光の粒子となって消えていく。代わりに現れたのは、咆哮と超エネルギーを率いた巨大なドラゴン。

 漆黒の体躯に、体の各所にある赤い宝玉。二枚の龍翼を大きく広げ、五指を握り締めて大地を踏みしめる。

 

「ガンドラX効果発動! フィールドの、自身以外のモンスターを全て破壊し、その中でもっとも攻撃力の高いモンスターの攻撃力分のダメージを、貴様に与える!」

「ッ!」

 

 息を飲むテュポーンの眼前で、ガンドラXが翼を羽ばたかせて浮遊、全身の赤い宝玉から、血のように赤いレーザーを放った。

 レーザーは鋭角、鈍角問わず軌道を変化させ、フィールドに存在するすべてのモンスターに向かって殺到、何ら抵抗の(すべ)を与えず、ただただ一方的に蹂躙、(みなごろし)にした。

 

「ぐがああああああ!」

 

 2800のダメージがテュポーンを襲う。抗う術はない。何もできず、ただ激痛だけが彼の胸の内側から跳ね上がった。

 

「クッソが! やってくれるじゃねぇか! だがよ、ダメージは今のオレにとっては恩恵だぜ! 補充部隊の効果で、二枚ドロー!」

「そして、この効果で相手に与えたダメージが、このカードの攻撃力となる。つまり今、ガンドラXの攻撃力は2800だ」

 

 だがそれではテュポーンのライフを削り切れない。あとほんの少し、一手足りない。

 どうするつもりなのか。トールは相棒を見る。

 が、その相棒、烈震には相手を屠り切れないという焦りはない。

 

「ここで、己はアドバンスドローを発動。ガンドラXをリリースし、二枚ドロー」

 

 取った行動は人外たちの意表を突いたものだった。

 大ダメージを与え、攻撃力2800のモンスターが手元に残った。にもかかわらず、烈震はそのモンスターをあっさりと切り捨てた。

 

「おいおい烈震、どうするつもりだ!?」

「こうするのだ。己の場にいるレベル8以上のドラゴン族モンスターがフィールドを離れたこの瞬間、手札から速攻魔法、古代竜の契約を発動! この効果で、己はデッキから合計レベルが8になるように、チューナーと非チューナーモンスター合計二体を、効果を無効にして特殊召喚し、その二体のみを用いたS召喚を行う! 己はゲリラ・カイトと黒き森のウィッチを、効果を無効にして特殊召喚!

 そしてレベル4の黒き森のウィッチに、レベル4のゲリラ・カイトをチューニング! 再び現れよ、スターダスト・ドラゴン!」

 

 燐光を振り乱しながら、再び星屑の名を冠した、美しくも勇壮なドラゴンが再び烈震のフィールドに舞い降りる。

 咆哮。大気を震わせるドラゴンの存在が、烈震が籠めた力を現しているようだ。

 

「ゲリラ・カイトと黒き森のウィッチの効果発動! 貴様に500のダメージを与え、デッキから根源龍レヴィオニアを手札に加える!

 己は賢龍の翼をスターダスト・ドラゴンに装備! これにより、スターダスト・ドラゴンの攻撃力は1000アップする!」

 

 スターダスト・ドラゴンの翼が、さらに二回りほど大きくなり、色も白銀色から黄金へと変わる。

 

「チィ……!」

 

 だが疑問はある。テュポーンのライフは残り2500、スターダスト・ドラゴンでダイレクトアタックをすればそれで終わりだった。

 伏せカードを警戒しているのか、あるいは、敵はライフを回復してくると思っているのか。いずれにしろ、烈震はこの攻撃で単純に終わるとは思っていなかった。

 

「バトルだ! スターダスト・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下る。スターダスト・ドラゴンが上体を逸らし、口内に白銀の光を貯める。

 充填は一瞬。次の瞬間には体を前に飛ばすように、白銀の閃光が放たれた。

 

「終わるかよ! リバーストラップ、ペンデュラム・ゲイン! オレの墓地のPモンスター一体を表側表示でEXデッキに戻し、その攻撃力分ライフを回復する! オレは墓地の黒牙の魔術師をExデッキに戻し、1700ライフを回復する!」

 

 テュポーンの伏せカードが翻り、彼のライフを回復する。直後に白銀の一撃が直撃した。

 テュポーンの、正確には彼が憑依している青年の身体が吹っ飛び、宙を舞い、背中から地面に激突する。石畳の上を転がり、その身を傷めつける。

 

「が、ぐ……クッソが! 補充部隊の効果で三枚ドローだ!」

 

 結果的に烈震の危惧は正しかった。だが仕留めきれない。届かなかった。わずか700だが、テュポーンのライフは残った。

 とにかく生き残った。烈震の強さを十分に理解したテュポーンは、次のターンのうちに仕留めなければという決意のもと、脳内で戦術を組み立てる。

 だが、しれは少々気が早い。烈震はまだターンを終了していない。どころか、バトルフェイズさえ終了していない。

 

「速攻魔法、サイクロン!」

「何?」

 

 このタイミングで発動したのは、魔法、罠を破壊する速攻魔法。

 だがなぜこのタイミングなのか。テュポーンには分からない。こちらの伏せカードを除去したいなら、バトルフェイズに入る前に破壊しなければ意味はない。

 

「ここで、スターダスト・ドラゴンの効果発動! このカードをリリースして、サイクロンを無効にする!」

「なんだと?」

 

 さらに自分から無効にする。この意図が分からない。これではただカードを無駄打ちしたうえに、せっかくの装備魔法を破壊しただけではないか――――

 

「そして、賢龍の翼の効果発動! 装備モンスターがフィールドを離れた時、己のデッキ、または墓地からレベル7以上のドラゴン族モンスター一体を特殊召喚する! 己は墓地のクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを特殊召喚する!」

「そういうことかクソがぁ!」

 

 スターダスト・ドラゴンの姿が周囲に溶け込むように消えていく。そして残された黄金色の大翼の導きによって、墓地からクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが復活する。

 無論、今はバトルフェイズ中、攻撃の権利は残っている。

 

「今度こそ、終わりだ! クリアウィング・シンクロ・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 烈震の意思を受けて、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンが高度を上げる。

 体の結晶からいくつもの白い光が放たれた。

 光はそれぞれ直角に曲がり、テュポーン本人へと殺到する。

 前後左右上下、あらゆる方向、角度からの攻撃。逃げ場はない。

 

「だったら防ぐんだよぉ! 墓地のペンデュラム・ゲインの効果発動! このカードをゲームから除外し、戦闘、カード効果によるダメージを0にする!」

 

 ()()。見えない障壁が展開され、あらゆる角度からの攻撃からテュポーンを守った。

 

「やってくれるじゃねぇか……。だが凌いだぜ。残念だったなぁ!」

 

 ギラギラとした視線で烈震を突き刺しながら、テュポーンは獣のように息を吐き、吠えたてた。

 

「さぁどうだ? まだ攻撃手段はあるか!?」

「…………ない。ターンエンドだ。エンドフェイズに、リリースされたスターダスト・ドラゴンを特殊召喚する」

 

 

破滅竜ガンドラX 闇属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF0

(1):このカードが手札からの召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。このカード以外のフィールドのモンスターを全て破壊し、破壊したモンスターの内、攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。このカードの攻撃力は、この効果で相手に与えたダメージと同じ数値になる。(2):自分エンドフェイズに発動する。自分のLPを半分にする。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

古代竜との契約:速攻魔法

(1):自分フィールドのレベル8以上のドラゴン族モンスターがフィールドから墓地に送られた場合に発動できる。デッキから合計レベルが8になるようにチューナーとチューナー以外のモンスター2体を効果を無効にして特殊召喚し、その2体のみでドラゴン族Sモンスター1体をS召喚する。

 

賢龍の翼:装備魔法

(1):レベル7以上のドラゴン族にのみ装備できる。装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。(2):装備モンスターがフィールドを離れた場合に発動できる。自分のデッキ、墓地からレベル7以上のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。

 

ゲリラカイト 炎属性 ☆4 悪魔族:チューナー

ATK1600 DEF200

「ゲリラカイト」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。相手に500ダメージを与える。

 

黒き森のウィッチ 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1100 DEF1200

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから守備力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの発動ができない。

 

ペンデュラム・ゲイン:通常罠

(1):自分の墓地のPモンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを表側表示でEXデッキに戻し、その攻撃力分ライフを回復する。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。このターン、自分が受ける戦闘、効果ダメージを1度だけ0にする。

 

 

烈震LP3200手札3枚

テュポーンLP5800→3000→2500→4200→700手札5枚

 

 

「オレのターンだ! ドロー!」

 

 テュポーンという名の嵐はますます激しくなる。その場に立つだけで肌を細かい針で刺されるような威圧感が烈震を襲う。

 敵の雰囲気が膨れ上がったのを、トールもまた感じた。

 テュポーンが笑う。人の顔をしていながらも、その笑みは獰猛で、その奥にいる怪物を想起させた。

 

「テメェは強ェ。間違いなくな。正直さっきは焦ったぜ。イラつく程にな。だが! ここまでだ! オラもう一度来やがれ下僕ども! ペンデュラム召喚! EXデッキから来い、白翼、虹彩、黒牙の三魔術師! そして手札から来やがれ、紫毒の魔術師! そしてクロノグラフ・マジシャン!」

 

 天で開いた異界への門。五つの光が天から放たれ、テュポーンのフィールドに降り立つ。

 先ほども現れた三体の魔術師に加え、新たに二体。

 毒々しい紫の衣装に赤いバイザー、植物の弦のような赤い鞭。全体的に目にきつい禍々しさ。紫毒の魔術師。

 そしてもう一体。こちらは実体を持っているかどうかも定かではなかった。

 シルエットだけがはっきり見えている、赤黒く、ほのかに発光する身体は体の境目がはっきりとせず、兜にローブ姿だということがわかる。

 これだけは実体感の強い両刃の剣、盾にように持たれる魔法陣。鋭い眼光が烈震を睨みつける。

 

「クロノグラフ・マジシャン効果発動! オレの場にいるそれぞれフュージョン、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラムドラゴンと扱われる四体の魔術師と、クロノグラフ・マジシャン自身を除外し、EXデッキから覇王龍ズァークを融合召喚する!」

 

 クロノグラフ・マジシャンが宙に浮かび上がり、手にした剣を天に掲げる。

 次の瞬間、クロノグラフ・マジシャンの姿が解け消えて、代わりに天空に時計の文字盤が出現。文字盤の巡りに合わせて、四体の魔術師が一つになっていく。

 

「竜の因子が結合し、ここに覇王が降臨する! 一切合切頭を垂れてひれ伏せ! 融合召喚、覇王龍ズァーク!」

 

 豪風が巻き起こり、龍の咆哮が轟く。

 天に敷かれた時計版が砕け散り、その向こうから巨大な影が現れる。

 その姿は、少しだけ覇王眷竜ダークヴルムに似ていた。ただ、その姿はより凶悪で、バージョンアップしているように思う。

 薄黒い体躯に走るイエローグリーンのライン、僅かに反り返った片刃の翼、打って変わった曲刀状の器官、太い尻尾、先端が尖った四肢は鎌を思わせる。

 攻撃力4000、烈震のモンスターを大きく上回り、神に迫る超大型モンスター。

 

「覇王龍ズァークの効果発動! 特殊召喚成功時、相手フィールドのカードを全て破壊する!」

「させん! クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの効果発動! その効果を無効にし、破壊する!」

 

 吠えるようにカード効果を宣言するテュポーンに対して、負けじと烈震も声を上げる。次の瞬間、効果を発動しようとした覇王龍ズァークに先んじて、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの身体が白く輝きだす。

 光に照らされたズァークは動きを停止、そのまま翼をたたみ、高度を下げた。

 しかしここで不思議なことが起こる。本来ならここでズァークは破壊され、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの攻撃力がアップするはずだ。

 だがズァークは沈黙こそしたものの、破壊される様子はない。

 

「どういうことだ?」

「教えてやるよ。覇王龍ズァークは相手の効果の対象にならず、さらに相手の効果では破壊されない! ズァークの破壊効果を無効にできても、耐性まで無効にできていない以上、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの覇王龍ズァークは破壊されず、攻撃力は上がらねぇ!

 喰らいな! 覇王龍ズァークでクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを攻撃!」

 

 ついに覇王龍ズァークが動き出す。翼を再び広げ、高度を上げる。視線がクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを捉えた。

 覇王龍ズァークの前方の空間に、莫大量のエネルギーが集中、凝縮される。

 エネルギーは周囲の空間、光さえも捻じ曲げ、烈震の目にはポツポツと光の粒子が漂う漆黒の塊が見えた。

 宇宙、銀河の一部が顕現したかのような常識はずれな光景が眼前にあった。

 

「死んどけ」

 

 両手をポケットに突っ込んだテュポーンが、ただそう言った。

 攻撃が放たれる。轟音を奏で、大気を突き破って突き進む一撃。クリアウィング・シンクロ・ドラゴンは何の抵抗もできず、断末魔の声を含めた何もかもが飲み込まれた。

 

「ぐぅ……!」

 

 超過ダメージが烈震を襲う。その巨体がぐらりと触れた。

 

「まだ終わりじゃねぇんだよ! この瞬間、覇王龍ズァークの効果発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、デッキ、EXデッキから覇王眷竜一体を特殊召喚できる! 来な、覇王眷竜オッドアイズ!」

 

 ズァークの咆哮が、呼び水となった。

 呼応するように咆哮が返ってきて、テュポーンのフィールドに再び覇王眷竜オッドアイズが出現。間髪入れずに大地を蹴って駆けだした。

 

「当然、覇王眷竜オッドアイズでスターダスト・ドラゴンを攻撃だ!」

 

 迎え撃つスターダスト・ドラゴン。覇王眷竜オッドアイズが螺旋を描いた炎を放ち、スターダスト・ドラゴンが白の閃光を放つ。

 互いの一撃は交錯し、それぞれの主に直撃した。

 炎上し、消滅していく二体のドラゴン。その亡骸が完全に消え去った時、あとに残ったのはテュポーンのフィールドにいる覇王龍ズァークのみ。

 

「クソ……、こいつは、まずいぞ……!」

 

 だがトールの表情から険の文字が消えていない。それは烈震も同じ。

 互いに警戒し、そして戦慄していた。

 一人と一柱の緊張が伝わったのか、テュポーンが笑う。

 

「分かってんじゃねぇか。これで終わりじゃねぇってよぉ! リバースカードオープン! 覇王の逆鱗!」

 

 テュポーンの最後の伏せカードが翻る。次の瞬間、テュポーンのフィールドに新たに四つの影が現れた。

 全てドラゴン。さっきまで場に出ていたり、倒されたりしていた覇王眷竜たち。

 

「な――――――」

「覇王の逆鱗は、オレの場に覇王龍ズァークが存在する時、手札、デッキ、墓地、EXデッキから、召喚条件を無視して、可能な限り覇王眷竜を特殊召喚する! 来やがれ! 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム、クリアウィング、ダーク・リベリオン、オッドアイズ!」

 

 次々に復活する四体の眷竜たち。烈震にこれを凌ぐ手はない。

 

「終わりだ。くたばりな!」

 

 凶笑を浮かべ、攻撃宣言を下すテュポーン。四体の覇王眷竜が歓喜を伺わせる咆哮を上げ、一斉に烈震に殺到。回避防御、いずれも不可能な四連多重の攻撃が、彼の大柄な体に叩き込まれた。

 

 

紫毒の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2100

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、自分の魔法使い族・闇属性モンスターが戦闘を行うダメージ計算前に発動できる。そのモンスターの攻撃力はダメージステップ終了時まで1200アップする。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカードはルール上「フュージョン・ドラゴン」カードとしても扱う。①:このカードが戦闘・効果で破壊された場合、フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

クロノグラフ・マジシャン 闇属性 ☆6 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2000 DEF1700

Pスケール8

P効果

「クロノグラフ・マジシャン」のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分メインフェイズに発動できる。このカードを破壊し、手札・デッキから「時読みの魔術師」1体を選び、自分のPゾーンに置くか特殊召喚する。

モンスター効果

(1):自分フィールドのカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。その後、手札からモンスター1体を特殊召喚できる。②:フィールドのこのカードを除外し、自分の手札・フィールド・墓地から、「ペンデュラム・ドラゴン」「エクシーズ・ドラゴン」「シンクロ・ドラゴン」「フュージョン・ドラゴン」モンスターを1体ずつ除外して発動できる。「覇王龍ズァーク」1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

覇王龍ズァーク 闇属性 ☆12 ドラゴン族:融合・ペンデュラム

ATK4000 DEF4000

Pスケール1

P効果

(1):このカードがPゾーンに存在する限り、相手フィールドの融合・S・Xモンスターは効果を発動できない。(2):1ターンに1度、相手がドローフェイズ以外でデッキからカードを手札に加えた時に発動できる。そのカードを破壊する。

モンスター効果

ドラゴン族の融合・S・X・Pモンスター1体ずつ合計4体

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動する。相手フィールドのカードを全て破壊する。(2):このカードは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。(3):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。デッキ・エクストラデッキから「覇王眷竜」モンスター1体を特殊召喚する。(4):モンスターゾーンのこのカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを自分のPゾーンに置く。

 

覇王の逆鱗:通常罠

(1):自分フィールドに「覇王龍ズァーク」が存在する場合に発動できる。「覇王龍ズァーク」以外の自分フィールドのモンスターを全て破壊し、自分の手札・デッキ・EXデッキ・墓地からカード名が異なる「覇王眷竜」モンスターを4体まで召喚条件を無視して特殊召喚する。(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドの「覇王眷竜」Xモンスター1体を対象として発動できる。自分の墓地のモンスター及び自分のEXデッキの表側表示のPモンスターの中から、「覇王眷竜」モンスター2体を選び、対象のモンスターの下に重ねてX素材とする。

 

 

烈震LP0

 

 

 バトルフィールドが解かれ、デュエリストたちが現実世界に帰還する。立っているものは一人、テュポーンのみ。烈震はうつ伏せに倒れていた。

 だが生きている。意識はあるようで、今も立ち上がろうともがいている。

 そんな彼を、テュポーンは苛立たちを抱えながら見降ろしていた。

 

「ムカつくぜ。宝珠は守りやがった。砕けてねぇ。これじゃあ脱落じゃねぇじゃねぇか!」

 

 叫び、狂ったように頭を掻く。頭髪が抜け、その下の頭皮をなお掻く。血が出てきても止まらない。

 

「何やってんだテメェは!」

 

 たまらず、パートナーを庇う形で実体化したトールが叫ぶ。その体は消耗が激しい。烈震が受けた闇のカードのダメージが彼も蝕んでいた。それでも気丈にも立ちふさがったのだ。

 だがテュポーンは聞かない。

 

「こうなりゃもう一戦して今度こそ止めを――――」

 

 さす、そう言いたかったのかもしれないが、それは叶わなかった。

 テュポーンの、正確には、彼が憑依している青年の身体がぐらりと傾いた。

 

「あ……?」

 

 見れば目元、鼻から血が出ている。滴り落ちる赤い液体に、テュポーンは首を傾げた。

 

「なんじゃこりゃ……?」

 

 膝から力が抜けかける。何とか体勢を整えた。

 

「あー」

 

 合点がいったというように、頷く。

 

「なるほど、なるほどな。憑りついた人間の方が保たなかったか。じゃあ仕方ねぇ。新しい気配も近づいてるみてぇだし、ここまでだな。人間の身体は大事に使わなくっちゃなぁ!」

 

 面白くなさそうに叫び、テュポーンの周囲から風が巻き起こった。

 風が起こした砂煙。それが晴れた時、テュポーンの姿はなかった。烈震は敵がいなくなった後、緊張の糸が切れたように気を失った。

 

 

 その後、駆け付けたフレデリックとヘイムダルによって烈震と小雪は発見された。

 二人はすぐに病院に搬送、入院が決定した。

 これによって、烈震と小雪はジェネックス杯を続けるのが困難とみられた。おそらく脱落だろうというのがフレデリックの判断で、闘神であるトールも、戦うのは無理だろうと診断した。

 一日目終了時、和輝たちは大きな戦力を失うことになる。

 残りティターン神族は九柱、それに加えて神々を超えた怪物の出現。和輝たちの戦いは、厳しいものになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話:夜の中で

 烈震(れっしん)小雪(シャオシュエ)が緊急搬送されたことは、すぐさま和輝(かずき)たちに伝えられた。

 和輝と龍次は知らされた病院に駆けつけた。

 病院にはすでにフレデリックがいて、彼は駆け付けた二人に対して軽く会釈。単刀直入に烈震の容態から入った。

 

黒神(くろかみ)君も、小雪君も重傷だ。まだ意識が戻らない。今はトール君が付き添っている」

「なぜこんなことに? 烈震みたいなフィジカルが意識不明だと?」抑揚を抑えた和輝の言葉。フレデリックは居住まいを正す。

「ほぼ間違いなく闇のカードが使われた。それも複数。二人とも、闇のカードを使った神々の戦争(デュエル)でかなりのダメージを受けている。しかも黒神君はともかく、小雪君に至ってはすでに戦争参加者ではない。にもかかわらずバトルフィールドに取り込まれたうえで、神々の戦争式のデュエルを行った。そのダメージは黒神君よりも深刻だ」

「くそが!」

 

 悪態をついて、龍次が近くの壁を殴る。褒められた行為ではないが誰も咎めない。和輝も同じ気持ちだった。龍次が先に怒鳴ったので、少しだけ冷静になれた。

 それでも握りしめた拳は力の入れ過ぎで白く変色していた。

 

「やったのは誰だ?」

 

 問いかける和輝の声は僅かに震えていた。怒りから来る言葉。フレデリックは神妙に口を開いた。

 

「テュポーン……。ギリシャ神話最強最大の怪物だ。神話によれば、主神ゼウスに倒されたが、その力は神々さえも凌駕するという……」

「ティターン神族側の切り札、というわけですか」

 

 実体化した伊邪那岐(いざなぎ)が言う。フレデリックは肯いて、

 

「ただ、テュポーンはその強大すぎる力故に連戦向きではないようだ。私たちが駆け付けた時、奴は、正確には奴が憑依した人間の身体はかなり傷ついており、すぐさまその場から逃走した。これはつけ入る隙に―――――」

「そんなことはどうだっていい!」

 

 病院の廊下ということもあり、看護師もいる。彼ら彼女らの視線を無視して、龍次は叫んだ。

 

「仲間がやられたんだ。黙っちゃいられねぇ!」

 

 叫んで、踵を返す。

 

「悪いが俺は行くぜ。ジェネックス杯は二日目に入る。テュポーンも、神々の戦争の参加者でもない奴らを無理矢理戦いの場に引きずり出すティターン神族も、何もかもが気に入らない。見つけ次第ぶっ倒してやる」

 

 そのまま龍次は去っていく。その後ろ姿を伊邪那岐がフレデリックたちに一礼しながら去っていく。

 

「……龍次が何もかも言っちまったから何も言わないが、俺も同じ気持ちだ」

 

 和輝は面会謝絶になっている烈震と小雪の病室の扉に目をやって、やはり踵を返した。その前にフレデリックに目を向ける。

 

「だからこれは感情の問題だ。あんたは戦略、戦術でテュポーンやティターン神族をどう攻略しようか考えているのかもしれないが、俺たちはもう冷静に考えられない。だから言っておく。()()()()()()()()()()()

 

 それだけ告げれ和輝も去る。結局ロキは一度も実体化しなかった。

 

「…………友の仇を討とうという、当たり前の義侠心、か」

 

 何か、眩しいものを見るかのように、フレデリックの目が細められた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京某所にあるホテルそのホテルは、学生でも問題なく泊まれる良心的な金額なうえ、部屋もそこそこ広い。眺めは悪いがそこは仕方がない。食事の用意も十分で、ネットで見つけた後、綺羅(きら)はすぐに予約した。

 今、綺羅はホテルの玄関前で兄を待っていた。

 もうすぐ来ると連絡を受けて待つこと五分。両手をポケットに突っ込んだ和輝がやってきた。白髪なので、遠目でも目立つ。

 

「あ、兄さん!」

 

 兄の姿を見つけた綺羅が手を振る。和輝も答えて片手を上げた。

 

「兄さん、もうチェックインですか?」

「ああ、今日は疲れたからな。さっさと風呂入って、飯にしたいよ」

 

 付かれているのは本当だ。神々の戦争を二戦して、それ以外にも一般参加者相手のデュエルの連続。極めつけは烈震の入院。疲れないわけがない。

 だがそんな憔悴は綺羅にはおくびにも出さない。綺羅は神々の戦争に関係ない。だから余計な心配をかけることはできない。

 二人でホテルにチェックイン。食事を終えて、ホテルにある大浴場へ移動。当然男女は分かれているのでそこで兄妹は別れた。

 男湯の内部、和輝は湯船につかりながら考える。

 脳内の議題は勿論神々の戦争のこと。

 ティターン神族、強大な敵だ。数も多い。おまけにギリシャ神話の怪物たちを配下に従えている。

 しかもそのうちの最強、テュポーンに烈震が倒された。重傷だ。意識も戻らない。烈震の実力はだいたい和輝と同じくらいだ。だとすれば、テュポーンに出会った時、自分は勝てるのだろうか?

 友人をやられた怒りはある。仇を取りたいという気持ちも勿論ある。だがそれと同時に、黒い不安が暗雲のように和輝の心の中に人がり、音無き足音でひたひたと忍び寄ってくる。

 

「くそ!」

 

 まだ誰もいないことをいいことに大きな声を出す。思いのほか反響する。

 

「君の不安もわかると思うよ、和輝」

 

 隣で声。そちらを向けば、実体化したロキが湯船につかっていた。

 金髪碧眼の美丈夫が笑みを浮かべて湯船につかっている姿は絵になるかもしれないが、見知った顔だしそのにやにや笑いが和輝には気に入らない。

 何より――――

 

「お湯につかってる時はタオルをとれ、マナーだ」

「おっとごめんごめん、日本人の感覚ってわからないよね。まぁそれはそれとして、だ」

 

 ロキの笑みが消える。目が細まり、真面目な表情になる。

 

「君の不安は分かるよ。勝てるかどうかわからなくて不安が忍び寄ってるんだろう? 言動に関わらず、君ってば結構小市民だよね」

「黙れ」

 

 バシャバシャと顔を洗う。

 ロキに言われるまでもない。和輝自身、己の中の不安は分かっているのだ。 

 不安と恐怖は常に和輝の隣にあった。隣にあって、せせら笑っていた。あの、大災害で生き残ってから。いつだって消えてくれない。ふと気づけば物陰やらでくすくすこっちを見て笑ってる。

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ。怪物の声が聞こえる。ずいぶん久しぶりに感じるがそんなことはない。

 命の危機が差し迫った時、或いは、こうして漠然とした不安に怯えていた時、そいつはすぐ近くで嘲笑う。

 死へと誘う怪物の声。その声に耳を傾けてはならない。だが無視し続けてもならない。必ず対決しなければならない。先生から言われた言葉だ。

 

「不安で何が悪い。むしろ、不安がないなんてあるのか?」

「そうだね。不安と恐怖は人間の根暗な隣人だ。だからこそ、彼らさえも抱えて進めるのさ」

「よく分からん」

()()()()()()()()()()()()。恐怖や不安と戦って、殴りつけて屈服させて、乗り越えて。それでもどこかで残っているんだよ、そういうのは。しかしそれは悪いことじゃあない」

 

 にこりと笑って、ロキは言う。

 

「恐怖を感じない人間は死んでいるのと同じだ。神と同じ愚かしさを持っている。だからいいんだよ。恐怖の暗闇を勇気のランタン頼りに進んでいけば」

「……………………」

 

 沈黙。やがて和輝はぽつりと「そうだな」と呟いた。

 もう一度顔を洗う。いつだって怪物と不安はひたひたと冷たい手で肩を叩くが、()()()()()()()

 

「戦う前から弱腰になることはないな!」

「そういうことさ」

 

 和輝を見ながら、ロキはにこりと笑った。

 

 

 その後、綺羅と再び合流、適当に飲み物を買い、綺羅は時間を気にして、土産物屋に直行。友達や、イギリスの両親に何か買っていこうかうきうきしていた。

 和輝はそんな妹をほほえましいやら子供っぽいなぁと呆れるやらのちょっと複雑な表情で見ていた。

 

「ジェネックス杯に参加して、本当に良かったです。プロの人ともデュエルできました。それに、プロではなかったですけど、それくらい強い人もいました。残念ながら負けてしまいましたが、学べるもの、得られるものがたくさんあったと思います」

 

 部屋に戻り、それぞれのデッキを調整している時、弾んだ声と太陽のような笑みを浮かべて、綺羅はそう言った。

 

「そんなにいろんな人とデュエルで来たのか?」

「はい! 私よりも小さな子とか、大人の人とか。いろんな人とデュエルできました」

「俺もだよ。プロとも戦えた。世界は広いな、ああいうのがごろごろいるのがプロの世界なんだから」

 

 そしてその中には人間のことなどなんとも思っていない、理不尽な神々が存在している。

 和輝は苦労して顔に微笑を浮かべた。

 

「けど気をつけろよ、なんか大会中に倒れたりした奴もいるみたいだし」

「あ。ジェネックス杯のホームページで注意喚起がありました。熱中症で搬送された方も多いそうで。水分を取って、十分注意するようにと」

 

 熱中症。神々の戦争に関する犠牲者はそのように処理され、公式にアナウンスされた。

 神の存在を公にしない社会では、そういうでっちあげ(カバーストリー)は必須だ。

 

「そうだな、そこも気を付けよう」

 

 にこりと笑い、時計を見る和輝。二十三時を超えようとしている。

 

「そろそろ眠ろう。明日もハードだぞ」

「はい。おやすみなさい、兄さん」

 

 ジェネックス二日目。敵も三柱も倒されている以上、一日目よりも攻撃が激しくなっているかもしれない。

 注意しなければならない。和輝はそう誓って目を閉じた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 東京都内某所、ビジネス街。森の樹木のように乱立するビルの一つ、その屋上。そこで一人の青年が手すりに体を預けて眼下を眺めていた。

 腰まで伸びる薄紫の髪に紫紺の瞳、少女のように美麗な顔つきに、華奢な体格。透き通るような白い肌、第二ボタンまで開けた染み一つない白のワイシャツに黒のスラックスと簡素な姿。性別を特定しずらいが、れっきとした男。

 黄泉野平月(よみのひらつき)であった。

 彼は眼下の光を眺めながら呟く。

 

「あー、残念、ナイトゴーントもやられてしまいました。それに、貴方の化身も」

 

 横を向く。そこにはさっきまで確実に誰もいなかった。

 だが今はいる。異形だ。

 男。喪服のようなダークスーツに黒い長髪、狂気に駆り立てる満月のような金の双眸、口には細葉巻(シガリロ)。ただ鼻から上、顔の輪郭ははっきりとしない。テレビなどで見るモザイクをかけられた顔、そんな印象だ。

 平月が契約を交わした神、ナイアルラトホテップ。

 

「ああ、問題ない。化身は全て観察者(ウォッチャー)だ。実行部隊の徘徊者(ワンダー)は誰も捕まっていない。だがこの街にいる化身たちは外見では人間と変わりないはず……、それを探り当てるとは、()()()の嗅覚というのは侮れない」

「確かに、かつての気まぐれ、娯楽まがいが思ったよりも尾を引きそうですね。しかしそういうこともあるでしょう。そういう生命の輝きもまた生きるということ……」

 

 微笑む平月。月光が彼とナイアルラトホテップを照らす。

 と、その月光が遮られた。

 

「?」

 

 頭上には飛行機も何も飛んでおらず、それらしい音もなかった。

 だが確かに上に何かがいる。無音でこちらに近づいてきた。

 見上げれば確かに、月を遮る影が一つ。

 両翼を大きく広げた猛禽。その背中に、人間が一人立っていた。

 前髪の一房が血のように赤い、燃え尽きた灰のような灰白色。刃のように鋭い双眸。瞳の色は何もかもが凍り付いたような青色。黒いスーツ、白いワイシャツ、黒いネクタイ姿――あたかも喪服を思わせる――、右耳に女物のイヤリング。

 燃え盛り、灰になってもなお燃え盛り、「敵」を焼き尽くそうとする遺灰の風情。

 

「見つけたぞ……」

 

 地獄の底から響いてくる、冷たくて陰鬱とした声。平月も、ナイアルラトホテップも笑みを崩さない。

 

「オレを……覚えているか……?」

「勿論だとも」

 

 応えたのは微笑を浮かべた平月ではなく、ナイアルラトホテップ。葉巻を指でいじりながら、

 

「生きていたのも驚きなら神と契約したのも大したものだ。そしてこうして我々の前に現れたことも」

「殺す!」

 

 殺意が具現化したような愚風とともに男が叫ぶ。

 デュエルディスクが起動。ギラギラとした双眸が一人と一柱を射抜いた。

 

「残念ですが、貴方と戦うつもりはありません」平月が言い、

「来給え、チクタクマン!」ナイアルラトホテップが叫ぶ。

 

 神の呼び声に応じるのは機械的な咆哮。

 軋みを上げる声とともに現れたのは、無数のガラクタ、廃棄品で作られた蜘蛛のような怪物。

 

「逃がさん……!」

 

 男は猛禽から飛び下りる。その瞬間を狙って怪物、チクタクマンが襲い掛かる。

 その隙に平月が手摺を飛び越えた。

 

「ではさようなら」

「待て……!」

 

 一歩踏み出す男を踏み潰そうと、チクタクマンが足を振り上げた。

 

 

 翌朝、世間に回るニュースは、バレーボール大の隕石が激突し、ビル屋上と、最上階部分の一部が崩れ穴が開いたこと旨が新聞に掲載された。

 結果、事故現場は立ち入り禁止。一般人は誰も見ることが適わないまま、現場は封鎖された。

 多くの思惑を乗せて、ジェネックス杯二日目が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話:二日目開幕

 ジェネックス杯二日目、時刻は午前九時三十七分。後二十分少々で二日目が始まる。

 その少女は彼女に注がれる注目の視線を意に介さず、ただじっと待っている。

 十七か八歳の少女、背中にかかるかかからないかという長さの薄茶色の髪をポニーテールにし、青みがかった瞳、白い、背中を見せるカットの入ったタンクトップに、その上に青のジャケット、動きやすさを重視した藍色のジーンズにスニーカー。

 年齢にしては豊満なバストも隠す必要などないとばかりに強調したボディラインは扇情的でありながら、彼女の自信がにじみ出ていた。

 ボーイッシュな雰囲気でありながら非常に女性的なボディラインを持つ少女の魅力を発散させながらも、その身に秘めた「陽」の気配が活力を与える。

 神々の戦争の参加者の一人、国守咲夜(くにもりさくや)だった。

 咲夜は黙って左手首に巻いた腕時計を見た。

 時刻はさっきから大して過ぎていない。まだ十時にならないのかと、若干じれてきた。

 

「落ち着け、咲夜」

 

 そんな彼女にかけられる子供の声。

 目線を下に向ければ、十歳ほどの子供がいた。

 こちらも美しい少女だった。まだ子供ながらも、素敵な将来を感じさせる、花の蕾のごとき美しさ。

 上質なルビーのような赤い髪、金色の瞳。髪と対照的な、日焼けやシミなど無縁といわんばかりの白い肌、白のワンピース。

 咲夜が契約を交わした神、アテナ。今はクロノスによって子供の姿にさせられてしまっていた。

 

「険しい表情は、注目を浴びる若手プロのものとは思えないな」

「う……」

 

 パートナーに指摘されて、咲夜はさすがに鼻白んだ。頬に手を当て、アテナを見る。

 

「怖い顔してた?」

「張り詰めた顔をしていた。確かに、仲間が倒れ、しかも意識が戻らんときている。心配するのは当然だろう。不安を感じるのも当然だ。

 だが我々はまだ戦っているのだ。戦いに押し潰されるな」

 

 アテナが言わんとすることは分かる。この子、腕を組んでいっつも偉そうねと思いながら、息を吐いた。

 確かに、戦いが始まってしまえば病床の仲間のことよりも、敵を倒すこと、誰かを守ることの方が重要だ。そして何より――――

 

「自分を守ること。自分が守れなければ他者を救えない。不幸を減らせないぞ、咲夜」

 

 その通りだった。大事なことを見失っていた自身に、咲夜は苦笑。その後微笑を浮かべた。

 

「ありがとうね、アテナ」

「頭を撫でるな!」

 

 都合のいい時は子供ぶるくせに、子ども扱いされることを嫌う女神は、頭を撫でられたことに対してがなり立てた。

 

「そーそー、女の子は笑顔が一番よ♪」

「!?」

 

 第三の声がかけられた。アテナは弾かれたように声の方を振り返り、咲夜も警戒を込めて振り向いた。

 そこに立っていたのは男が一人。

 身体にぴったりと合った細身のシャツ、スリムなブーツカットのパンツ。髪を紫に染め、唇にも紫のルージュを引き、そして、細められた黄色の双眸は、何処か猫を連想させる。

 目の周りにもアイシャドウを施しており、首からはシルバーのネックレス。指にもいくつかリングを嵌めていた。

 髪の色から考えても、派手で、しかも奇形でありながら、全体的に見るとどことなく調和が取れている。圧倒的な存在感。

 その口元には余裕めいた笑み。咲夜は男を見て、警戒を緩めた。直接会った回数は少ないが、知っている相手だったからだ。

 

海棠(かいどう)さん……」

「ヤッホー、咲夜ちゃん。おひさしぶりー」

 

 ニコニコと、海棠と呼ばれた男は右手の五指を開いて小さく手を振った。

 気づけばギャラリーたちが咲夜たちに注目している。

 当然といえば当然、バトルロイヤルのジェネックス杯で、プロ同士が邂逅しているのだ。

 海棠雄哉(ゆうや)、咲夜と同じ、Bランクのプロデュエリスト。

 ただし、現在は、と付く。前シーズンのランクはA。

 猫のように気まぐれな人物で、たとえ自身にとって大事な試合だろうと気が乗らなければ出場せずに不戦勝。実力は非常に高く、その戦いは華やかなので一定数のファンがいるが、その気まぐれな姿勢のせいでランクが安定しない。Aランク入りしたかと思えば次のシーズンではあっさり降格する。そしてまた昇格する。

 気まぐれな実力者、それが彼だった。

 

「なんだかちょっと難しい顔してたわよ? 悩み事? 話して楽になるなら話してごらんなさい? 不安はお肌の天敵だから」

「はぁ……、いえ、そんな相談できることじゃないんですけど」

 

 面倒見のいい男で、おまけに距離感を取るのがうまい青年であるが、海棠はこういう時ぐいぐい来る。そういう人でもある。咲夜は若干困ったような表情を浮かべた。

 ちらりとアテナを見る。小さな女神はふるふると首を横に振った。神の気配は感じない、ということだ。

 

「海棠さんもジェネックス杯に参加しているんですか?」

「ええ。昨日はファンに追っかけられて大変だったわ。今日はちょっとこそこそしようかと思ったの」

 

 こそこそ、その割にファッションは派手だ。「んー」と海棠は呟きながらじっと咲夜を見る。

 唇に人差し指を当て、上半身だけを前に倒して咲夜の顔を穴が開くほど眺めやる。

 その眼力に、思わず咲夜が後ずさった時、やっぱりと海棠は言った。

 

「悩みとか不安があるみたいねー。けどそれは他人には話せない。そんな感じかしら?」

「!」

 

 言い当てられた。自分はそんな単純だろうか? そんなはずはない。すぐに顔に出るようならプロデュエリストで上には行けないはずだ。

 咲夜がそんなことを考えていた時、海棠は体の位置をもとに戻していた。

 

「うーん、ま、ここで会ったのも何かの縁だし。デュエルをしましょっか?」

「え?」

「だってもうすぐ十時だし。悩みがあるなら思いっきりデュエルするのも一つの手よ? 少なくともその間はデュエルのこと以外何も考えられなくなるし」

 

 悩みも薄まる、ということたしい。確かに周囲にティターン神族の気配もない。ならば、ここで戦うのはいいだろう。ジェネックス杯に参加している以上、デュエルしないという選択肢はない。

 

「分かりました」

「はい決まり♪」

 

 パンと手を叩き、笑顔を浮かべる海棠。年齢不詳だが間違いなく咲夜より年上のはずなのに、妙に人懐っこい笑みだった。

 プロデュエリスト同士の対決。何の宣伝もせずともギャラリーはすぐに沸いた。

 二人から離れたところで観戦するアテナは、一流のプロデュエリストというのは相対するだけで人を集めるのだなと思った。

 時間が進む、十時まであと五秒。

 四、三、二、一……〇

 

決闘(デュエル)!』

 

 

咲夜LP8000手札5枚

海棠LP8000手札5枚

 

 

「アタシの先攻ね」

 

 先攻は海棠。順調にドローフェイズ、スタンバイフェイズを消化し、メインフェイズ1に入る。

 彼の洗練された動作を見る咲夜の脳裏に浮かぶのは、海棠のデッキ。

 プロで活躍する彼のデッキは、レイシス・ラーズウォードに通じる。

 メインとなる()()()()()()()()()を主軸にし、カテゴリーカードを展開していく。

 そのモンスターは――――

 

「紅玉の宝札を発動するわ。手札の真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)を墓地に送って、二枚ドロー。それからデッキから真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)を墓地に送るわね」

「レッドアイズ……」

 

 その通りだ。レベル7モンスターとしては決して強くない真紅眼の黒竜を主軸にし、専用カードを展開し、相手をかき乱す。

 攻撃力3000という、有無を言わさぬパワーで圧倒するレイシスのブルーアイズと違い、低い攻撃力を補いつつモンスターを展開する、テクニカルなデッキだ。

 

「そして伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)を召喚ね」

 

 海棠のフィールドに現れたのは、溶岩の熱を取り込み、ほのかに赤く発行する黒い石。

 

「伝説の黒石の効果発動よ♪ このカードをリリースして、デッキから真紅眼の黒竜を特殊召喚! さぁおいでなさい、アタシのフェイバリット!」

 

 伝説の黒石の表面が罅割れた。罅はどんどん大きくなり、やがて石全体に広がった。

 一瞬の沈黙。そして、黒石は内側から弾け飛んだ。

 黒い破片が飛び、炎を思わせる赤い光があふれ出た。

 その向こうで咆哮。

 現れたのは鎧のような外骨格を持ち、溶岩を結晶化したような真紅の瞳のドラゴン。細身のシルエットだが貧弱な印象はまるでなく、むしろ鋭利な刃を思わせる。

 

「ここで、黒炎弾発動よ♪ 咲夜ちゃんに2400のダメージね」

 

 にこりと笑って、海棠は更なるカードを繰り出してきた。

 カードがデュエルディスクにセットされた瞬間、効果を発揮。真紅眼の黒竜が首をもたげ、口内に炎を生成、一気に解き放つ。

 放たれた巨大な火球が咲夜に叩きつけられた。

 

「くぅ……! レッドアイズデッキを相手にする以上、分かっていたけど、いきなり2400のダメージはきついわね……!」

 

 爆風が吹き荒れ、音が走る。全て立体映像(ソリットビジョン)なので、実際には熱も風も感じないが、臨場感は本物で、咲夜の身体を揺さぶった。

 

「カードを一枚伏せて、ターン終了ね。さ、どうぞ」

 

 

紅玉の宝札:通常魔法

「紅玉の宝札」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):手札からレベル7の「レッドアイズ」モンスター1体を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。その後、デッキからレベル7の「レッドアイズ」モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

伝説の黒石 闇属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF0

「伝説の黒石」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードをリリースして発動できる。デッキからレベル7以下の「レッドアイズ」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分の墓地のレベル7以下の「レッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをデッキに戻し、墓地のこのカードを手札に加える。

 

真紅眼の黒竜 闇属性 ☆7 ドラゴン族:通常モンスター

ATK2400 DEF2000

 

黒炎弾:通常魔法

このカードを発動するターン、「真紅眼の黒竜」は攻撃できない。(1):自分のモンスターゾーンの「真紅眼の黒竜」1体を対象として発動できる。その「真紅眼の黒竜」の元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

 

咲夜LP8000→5600手札5枚

海棠LP8000手札2枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 いきなり先制ダメージを喰らってしまった。ちょっと痛いが仕方がない。相手が相手だ。このくらいはいきなり食らうと割り切るしかない。

 

「コンバート・コンタクト発動! 手札の(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィンを、デッキからN・エア・ハミングバードを墓地に送って、二枚ドロー!

 あたしは、ネオスペース・コネクターを召喚!」

 

 咲夜のフィールドに現れたのは、ネオスやネオスペース・コンダクターに近い、白をメインに赤いラインが入り、胸元に青い宝玉を宿した姿。ただ前者二人との違いは、頭身が低く、まだ子供だということか。

 

「ネオスペース・コネクターの効果発動! デッキから、E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオスを守備表示で特殊召喚!」

 

 勇ましい様しい掛け声とともに現れる、咲夜のフェイバリット。逞しい体躯に白いボディ、赤いライン、青い宝玉。ネオスペース・コネクターと違い、戦士の風格持つモンスター。

 

「ネオスペース・コネクターのもう一つの効果! このカードをリリースして、墓地のエア・ハミングバードを特殊召喚!」

 

 ネオスペース・コネクターが光の粒子となって消え去り、代わりに赤い体躯を持つ超人型のモンスターが現れた。もっとも、頭部も鳥類なので異様な感じがする。

 

「そして、ネオスとエア・ハミングバードでコンタクト融合!」

 

 咲夜が両手を広げて叫ぶ。その叫びに応え、彼女のモンスターたちが光に包まれる。

 二体のモンスターは輪郭を失い、互いに一つに重なり、混ざり合う。

 

「異星の戦士よ、風の力を得て、数多の障害を貫き穿つ銀の弾丸となれ! コンタクト融合、吹き荒れろ、E・HERO エアー・ネオス!」

 

 光があふれ、人型を作った。

 現れたのは、赤い身体に変色し、ネオスの元々の体色だった一対の白い翼を生やし、その翼を大きく羽ばたかせたネオスの別形態。頭部はエア・ハミングバードをほうふつとさせる形状に変化している。

 

「あたしと海藤さんのライフ差は2400! よってエアー・ネオスの攻撃力も2400アップ! バトル! エアー・ネオスで真紅眼の黒竜を攻撃!」

 

 凛とした攻撃宣言が下る。エアー・ネオスが翼を広げて飛翔。羽ばたきを強くし、弾丸のごとき速度と硬度を備えた羽根が雨のように真紅眼の黒竜に降り注ぐ。

 

「じゃあ、アタシは伏せていた真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)を発動よ。この効果で、墓地の真紅眼の黒炎竜を守備表示で復活させるわ。デュアルモンスターは墓地じゃ通常モンスターだから、問題なく蘇生できるわ」

「構わない! 攻撃は続行、真紅眼の黒竜を攻撃!」

 

 咲夜は止まらない。新たに登場したドラゴンには目もくれず、羽根の雨が真紅眼の黒竜を打ち据えた。

 

「くぅ……! ダメージ分は返されちゃったわね。だ・け・ど。おかげでエアー・ネオスの攻撃力も下がったわ」

「言われなくても分かってますよ。バトルは終了、メインフェイズ2に入って、インスタント・ネオスペースをエアー・ネオスに装備、それからカードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 

コンバート・コンタクト:通常魔法

(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。手札及びデッキから「N」カードを1枚ずつ墓地へ送る。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

ネオスペース・コネクター 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK800 DEF1800

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札・デッキから「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を守備表示で特殊召喚する。(2):このカードをリリースし、自分の墓地の、「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

N・エア・ハミングバード 風属性 ☆3 鳥獣族:効果

ATK800 DEF600

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。自分は相手の手札の数×500ライフポイント回復する。

 

E・HERO エアー・ネオス 風属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・エア・ハミングバード」

自分フィールド上に存在する上記のカードをデッキに戻した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。自分のライフポイントが相手のライフポイントよりも少ない場合、その数値だけこのカードの攻撃力がアップする。エンドフェイズ時にこのカードは融合デッキに戻る。

 

真紅眼の鎧旋:永続罠

「真紅眼の鎧旋」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「レッドアイズ」モンスターが存在する場合、自分の墓地の通常モンスター1体を対象としてこの効果を発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):このカードが相手の効果で破壊され墓地へ送られた場合、自分の墓地の「レッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

真紅眼の黒炎竜 闇属性 ☆7 ドラゴン族:デュアル

ATK2400 DEF2000

(1):このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時に発動できる。このカードの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。「真紅眼の黒炎竜」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

インスタント・ネオスペース:装備魔法

「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターにのみ装備可能。装備モンスターはエンドフェイズ時にエクストラデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。装備モンスターがフィールド上から離れた場合、自分の手札・デッキ・墓地から「E・HERO ネオス」1体を選んで特殊召喚できる。

 

 

咲夜LP5600手札3枚

海棠LP8000→5500手札2枚

 

 

「アタシのターンね、ドロー」

 

 カードをドローする海棠を見ながら、咲夜は自分の唇がほころぶのを感じていた。

 楽しい。ティターン神族率いる敵と戦っている時は感じなかった、清々しい高揚感が胸の奥から湧き上がってくる。

 歓声が耳に届く。自分達のデュエルを見て、足を止めて歓声を上げてくれたのだ。

 ああ、これはいい。あたしは今、彼らに笑顔を与えられている。

 

「真紅眼の鎧旋の効果発動ね。墓地から真紅眼の黒竜を特殊召喚するわ」

 

 おっといけない。今はデュエルに集中しよう。

 

「黒炎竜を攻撃表示に変更して、召喚権を使って再度召喚。これで黒炎竜は効果を得るわ」

 

 真紅眼の黒竜よりも、さらに細身なフォルムを持っていたドラゴンが咆哮を上げた。次の瞬間、翼から鮮やかな紅蓮の炎が噴出し、新たな翼となる。

 

「手札の黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)の効果発動よ。この子を黒炎竜に装備。これで黒炎竜の攻撃力は600アップして、エアー・ネオスを上回ったわ。というわけで、バトルよ、真紅眼の黒炎竜でエアー・ネオスを攻撃!」

 

 攻撃宣言とほぼ同時に、炎の黒竜が動く。

 翼を一度羽ばたかせて空中で姿勢制御。直後に口腔から真っ赤な炎を放った。

 炎は瞬く間にエアー・ネオスの身体にまとわりつき、その身の内外に燃え移り、炎上。消滅させた。

 

「う……」

「まーだよ。ここで黒炎竜の効果発動。咲夜ちゃんに、2400のダメージを与えるわ」

「くぅ……!」

 

 直接浴びせかけられる炎は、例え本物ではないと分かっていても身構えてしまう。どうにもならない。

 

「だけど、あたしだってやられっぱなしじゃない! インスタント・ネオスペースの効果発動! デッキからE・HERO ネオスを特殊召喚!」

 

 再び現れる、昔の特撮番組に出てくる光の巨人のような戦士。勇ましい掛け声とともに、咲夜を守るように彼女のフィールドに降り立った。

 

「バトル終了、それから真紅の財宝を発動。このカードは、アタシの場にいる「レッドアイズ」カード一種類につき、カードを一枚ドローできるの。アタシの場には三種類あるから、三枚ドローね。カードを一枚伏せるわ。これでターンエンド」

「待った!」

 

 ビシっと右掌を突き付けて、咲夜は叫ぶ。突然叫ばれて、海棠がびくりと肩を震わせ、目をぱちくりと明けた。

 

「え、なになに?」

「このタイミングで、あたしは伏せていたNEXT(ネクスペースエクステンション)を発動! デッキから二体目のE・HERO ネオスと、フレア・スカラベ、グラン・モール、ブラック・パンサーの三体のNを特殊召喚!」

 

 咲夜のデッキから、四つの色とりどりの輝きが飛び出し、それぞれが新たなネオスと、彼の仲間たちへと変わる。

 一気に揃った咲夜のフィールドを見て、海棠は苦笑するしかなかった。

 

 

黒鋼竜 闇属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK600 DEF600

(1):自分メインフェイズに自分フィールドの「レッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。自分の手札・フィールドからこのモンスターを攻撃力600アップの装備カード扱いとしてその自分のモンスターに装備する。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「レッドアイズ」カード1枚を手札に加える。

 

真紅の財宝:通常魔法

このカード名は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの表側表示「レッドアイズ」カードの種類の数だけ、カードをドローする。このカードを発動後、自分はモンスターを特殊召喚できず、相手に与えるダメージは0になる。

 

NEXT:通常罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。自分フィールドにカードが存在しない場合、このカードの発動は手札からもできる。(1):自分の手札・墓地から、「N」モンスター及び「E・HERO ネオス」を任意の数だけ選んで守備表示で特殊召喚する(同名カードは1枚まで)。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。この効果で特殊召喚したモンスターが自分フィールドに表側表示で存在する限り、自分は融合モンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。

 

N・フレア・スカラベ 炎属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF500

このカードの攻撃力は、相手フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。

 

N・グラン・モール 地属性 ☆3 岩石族:効果

ATK900 DEF300

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時に発動できる。その相手モンスターとこのカードを持ち主の手札に戻す。

 

N・ブラック・パンサー 闇属性 ☆3 獣族:効果

ATK1000 DEF500

1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、このカードは選択したモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る。

 

 

真紅眼の黒炎竜攻撃力2400→3000

 

 

咲夜LP5600→5100→2700手札3枚

海棠LP5500手札2枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ライフはまた差がつけられてしまったが、NEXTのおかげでフィールドは順調だ。これだけ揃えば連続でコンタクト融合もできる。

 それが分かっているのだろう、ギャラリーも咲夜が繰り出すだろうモンスターの予感に、期待に満ちた眼差しを向けてくる。

 

「N・グラン・モール、N・ブラック・パンサーで、コンタクト融合!

 異星の戦士よ、大地と闇の力をその身に受けて、星雲渦巻く重力を支配し、戦場を鎮めよ! トリプルコンタクト融合! E・HERO ネビュラ・ネオス!」

 

 E・HERO ネオスを含めた三体のモンスターが、輪郭を崩した光となり、一つに集う。

 新たに現れたのは、ネオスの進化系。

 漆黒と白の体躯。その上にマグマ・ネオスも装備していたような緑のアーマー、巨大なウィング、右手には二連のドリル、そして左掌の上に重力の塊を持ち、鋭い眼光で海棠と、彼のモンスターたちを睨みつける。

 

「ネビュラ・ネオスの効果発動! カードを五枚ドロー! それからネビュラ・ネオスの効果を無効にする! さらにネオスとフレア・スカラベでコンタクト融合!」

 

 咲夜の右手が振り上げられる。残った二体のネオスのその仲間、が光となって一つに重なり合う。

 

「異星の戦士よ、炎の力を得て悪を滅ぼす剣となれ! コンタクト融合! 燃え盛れ、E・HERO フレア・ネオス!」

 

 炎が巻き上がる。それを振り払って現れるのは、ネオスを主体に、カラーリングをフレア・スカラベの物に一新。クワガタのような頭部の形状、昆虫のような翼、筋肉。まさにネオスとフレア・スカラベの融合体。

 

「フィールドの魔法、罠は二枚。よってフレア・ネオスの攻撃力は800アップ!

 バトルよ! フレア・ネオスで真紅眼の黒炎竜を攻撃!」

 

 炎と炎が激突する。フレア・ネオスが両手を頭上に掲げると、その先に太陽を思わせる巨大な火球が出現。一気に投擲した。

 大気を焼いて突き進む炎の塊に、黒炎竜は口内で生成した炎で迎撃。だが火力が足りない。

 黒炎竜の炎はフレア・ネオスの業火に飲み込まれ、黒炎竜本体に直撃、炎上、消滅させた。

 

「くぅぅ! 効くわねぇ。だけど、装備状態の黒鋼竜の効果発動! デッキから真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)を手札に加えるわ」

 

 新たな戦力が海棠の手に渡る。構うことはない、と観戦しているアテナは思った。このまま一気に攻めるべきタイミングだと。

 その願いが届いたわけでもなかろうが、咲夜もまた、一気呵成に攻め立てる。

 

「ネビュラ・ネオスで真紅眼の黒竜を攻撃!」

「ま、ここは使っておくわ。凱旋の効果発動、墓地の真紅眼の黒炎竜を復活させるわね」

 

 構うことはない。攻撃は続行、ネビュラ・ネオスが放った重力の塊が黒竜を直撃、捕えて四方八方全方向から一気に圧縮。断末魔の叫びをあげることもできず、黒竜は潰れた空き缶のように小さくなって消滅した。

 

「この瞬間、真紅眼の遡刻竜の効果発動! 手札からこの子を特殊召喚するわ! さらにこの子の効果で、今破壊された真紅眼の黒竜もふっかーつ♪」

 

 新たなモンスターが現れた。やはりどうもうまく攻めきれない。必ずモンスターを残されてしまう。

 

「神秘の中華なべを発動。フレア・ネオスをリリースして、その攻撃力分、ライフを回復します。カードを三枚伏せて、ターン終了。効果が無効になっているから、ネビュラ・ネオスはEXデッキに戻らない」

 

 

E・HERO ネビュラ・ネオス 地属性 ☆9 戦士族:融合

ATK3000 DEF2500

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」+「N・ブラック・パンサー」

自分フィールドの上記カードをデッキに戻した場合のみ、EXデッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。(1):このカードがEXデッキからの特殊召喚に成功した場合に発動する。相手フィールドのカードの数だけ自分はデッキからドローする。その後、フィールドの表側表示のカード1枚を選び、その効果をターン終了時まで無効にする。(2):エンドフェイズに発動する。このカードをEXデッキに戻し、フィールドのカードを全て裏側表示で除外する。

 

E・HERO フレア・ネオス 炎属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。このカードの攻撃力は、フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

真紅眼の遡刻竜 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1600

(1):自分フィールドのレベル7以下の「レッドアイズ」モンスターが相手モンスターの攻撃または相手の効果で破壊され自分の墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを手札から守備表示で特殊召喚し、可能な限りその破壊されたモンスターを破壊された時と同じ表示形式で特殊召喚する。(2):このカードをリリースして発動できる。このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに「レッドアイズ」モンスター1体を召喚できる。

 

神秘の中華なべ:速攻魔法

自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。生け贄に捧げたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 

 

咲夜LP2700→6000手札5枚

海棠LP5500→5200手札2枚

 

 

 戦況は咲夜が有利だ。アテナはそう思ったが、どうやら咲夜はそう思ってはいないらしい。

 咲夜の表情に油断はない。表情こそ楽しんでいることがわかる笑みだが――アテナの好きな笑みだ――、その眼差しは抜け目なく海棠を観察している。

 次に彼がどういう戦術を繰り出してくるか、それに対処するにはどうすればいいか。常に考え続けている。

 いいことだ。考えることをやめてはいけない。特に戦っている最中は。

 不測の事態がいつ起こるか分からない。だから、油断なく、挑め。

 パートナーの今の状態に頼もしさを感じながら、アテナは観戦を続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話:潜む猫

 歓声が聞こえる。咲夜と海棠のデュエルに、観客たちがわいている。

 その様子を見て、アテナは微笑ましい気持ちと、誇らしい気持ちが同居していた。

 咲夜と出会った時、彼女は――神として恥ずべきことだが――か弱く、愚かしかった自分の手を取ってくれた。

 その時の生じた感謝の気持ちは今も消えていない。

 だから、咲夜があのように人々の歓声の中にいると、我が事のように嬉しい。

 口元に浮かぶ微笑みを消しきれず、アテナは自分で頬をつねって自重した。

 

 

咲夜LP6000手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネビュラ・ネオス(攻撃表示)

魔法・罠 伏せ3枚

 

海棠LP5200手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

場 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)(守備表示)、真紅眼の黒炎竜(レッドアイズ・ブラックフレアドラゴン)(守備表示)、真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)(守備表示)

魔法・罠 永続罠:真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)、伏せ1枚

 

 

「アタシのターンね、ドロー」

 

 うきうき声の海棠。彼は軽やかにカードをドローし、カードを一瞥。にこりと笑い、手札に加えた。

 

「ここはこれにするわね。伏せていた鎖付き真紅眼牙発動。黒炎竜に装備させるわ。

 でもこれはすぐに捨てちゃう! 鎖付き真紅眼牙の効果発動! 装備状態のこのカードを墓地に送って、咲夜ちゃんのネビュラ・ネオスを黒炎竜に装備よ!」

「ッ! だ、ダメ! リバースカードオープン! 亜空間物質転送装置! これでネビュラ・ネオスをターンの終わりまで除外する!」

 

 翻る両者のカード。装備カードを使い、すぐに墓地に送った海棠。対して咲夜はその海棠のカードに対して、ネビュラ・ネオスを守るために罠を発動した。

 ネビュラ・ネオスの姿が一瞬で消える。瞬間、かの戦士を捉えようと迫っていたいくつもの鎖が、目標を失って虚空を抉った。

 

「あら残念。躱されちゃったわ」

 

 言葉とは裏腹に、海棠の口調は楽しげだ。純粋に、心からこのデュエルを楽しんでいる。

 それが咲夜にも伝わってくる。

 デュエルで、相手の気持ちがわかる。都市伝説のような話だが、一部のプロは知っている。そういうことはあり得るのだ。

 咲夜も、プロのリーグ戦や、それ以外で、そういった感情を理解できたことがある。相手のことが以前よりも理解できたことが。

 

(っと、いけない)

 

 今は物思いにふける時間ではない。海棠のターンなのだ、彼が何をしてくるか予想がつかない。

 

「それじゃ、作戦変更ね。黒炎竜を再度召喚。それから、アタシのモンスターを全て攻撃表示に変更。

 バトルよ! 黒炎竜でダイレクトアタック!」

 

 炎の翼を噴出させ、黒き竜が飛翔。一気に咲夜との距離を詰めてくる。

 いったん咲夜の近くまで来て、急上昇。上空から滝のような炎を降り注がせてくる。

 

「そう簡単には行かせませんよ! リバースカードオープン! 戦線復帰! これで墓地のエアーマンを守備表示で復活させる! さらにエアーマンの効果発動! デッキからE・HERO オネスティ・ネオスを手札に加えます!」

 

 翻るリバースカード。復活する、守備態勢をとったエアーマン。

 だが無意味だ。登場した次の瞬間には怒涛の炎を受けて消滅。そして、追撃が来る。

 

「真紅眼の黒竜でダイレクトアタック!」

 

 二体目の黒竜が動く。翼を広げ、首を後ろに振る。

 一瞬の溜め、放たれる黒炎の火球。咲夜が三枚目の伏せカードを翻した。

 

「攻撃の無敵化! あたしはこのターン、戦闘ダメージを0にする効果を選択します!」

 

 凌いだ。このターン、海棠のドラゴンはもう咲夜に届かない。否、()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃ、バトルフェイズは終了。そしてこの瞬間、黒炎竜の効果発動! 咲夜ちゃんに2400のダメージよ!」

「ッ!」

 

 攻撃を終えたはずの黒炎竜が再び炎弾を放つ。

 直撃。咲夜の身体が炎に包まれた。

 

「この、毎度毎度の2400ダメージはきついわね……!」

「それがアタシのデッキの持ち味だもの。真紅眼の鎧旋の効果発動、墓地から真紅眼の黒竜を蘇生するわ。

 これでアタシの場にいるレッドアイズモンスターは四体。この四体をリリースして、真紅眼の大黒竜(レッドアイズ・グランドドラゴン)を特殊召喚するわ!」

 

 海棠のフィールドに存在していた四体のレッドアイズが消えていく。代わりに、地響きと大気を叩く音を伴って現れる、巨大な黒い影。

 フォルムはドラゴンだ。それも真紅眼の黒竜に似ている。

 だが大きさが違う。そもそもオリジナルの真紅眼の黒竜よりも二回りは大きい。背の翼も二枚ではなく、六枚。外骨格に沿ってマグマを固めたような赤いラインが走る。真紅の瞳はより赤さを増し、深みを強めている。

 咆哮。ビリビリと“圧”がくる。

 

「これは……!」

「アタシの切り札の一つよ。真紅眼の大黒竜は、アタシの場のレッドアイズモンスターを任意の数リリースすることで特殊召喚できる。そしてこの時にリリースしたレッドアイズの数×500攻撃力がアップする。そして三体以上をリリースして特殊召喚された場合、相手のカード効果を受けないの」

「ッ! じゃあ、このエンドフェイズにあたしのネビュラ・ネオスが帰還しても……」

「除外されるのは真紅眼の鎧旋だけね。で、ここで超再生能力を発動。そしてこのままターンエンドだから、超再生能力の効果で四枚ドローね」

「……エンドフェイズに亜空間物質転送装置の効果で除外されていたネビュラ・ネオスが帰還します。そして、ネビュラ・ネオスの効果が発動します。このカードをEXデッキに戻し、その際のフィールドのカードを裏側にして除外します」

 

 ネビュラ・ネオスが咲夜のEXデッキに戻っていく。その際に置き土産とばかりに重力が歪む空間が一つ。歪みは圧倒的な吸引力でフィールドを補足。捕えられたカードたちを吸い込んでいく。

 もっとも、真紅眼の大黒竜は相手のカード効果を受けないので微動だにしない。実質、除外されたのは真紅眼の鎧旋だけだ。勿論海棠はこれを予期して、場に揃えたレッドアイズを躊躇わずにリリースしたのだが。

 

 

鎖付き真紅眼牙:通常罠

(1):自分フィールドの「レッドアイズ」モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。このカードを装備カード扱いとして、そのモンスターに装備する。装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。(2):装備されているこのカードを墓地へ送り、フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その効果モンスターを装備カード扱いとして、このカードを装備していたモンスターに装備する。この効果でモンスターを装備している限り、装備モンスターはそのモンスターと同じ攻撃力・守備力になる。

 

亜空間物質転送装置:通常罠

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その自分の表側表示モンスターをエンドフェイズまで除外する。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

攻撃の無敵化:通常罠

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

真紅眼の大黒竜 闇属性 ☆9 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分フィールドの「レッドアイズ」モンスターを任意の数リリースして手札から特殊召喚できる。(1):このカードの攻撃力はリリースした「レッドアイズ」モンスターの数×500アップする。(2):このカードの特殊召喚のためにリリースした「レッドアイズ」モンスターの数だけ、以下の効果を発動する。

2体以上:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動する。相手に2400ポイントのダメージを与える。

3体以上:このカードは相手のカード効果を受けない。

(3):???

 

超再生能力:速攻魔法

(1):このカードを発動したターンのエンドフェイズに、このターン自分の手札から捨てられたドラゴン族モンスター、及びこのターン自分の手札・フィールドからリリースされたドラゴン族モンスターの数だけ、自分はデッキからドローする。

 

 

真紅眼の大黒竜攻撃力2400→4400

 

 

咲夜LP6000→3600手札6枚

海棠LP5200手札6枚

 

 

「あたしのターン!」

 

 ドローカードを確認後、すぐさま動く。今の咲夜の頭の中には、すでにこのターンに取るべき行動が見えていた。

 

「あたしは、スケール2のA・N(アナザー・ネオスペーシアン)・オーシャン・ホエールと、スケール8のA・N・バーニング・バタフライを、ペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 咲夜の両脇に、青白く光る円柱が屹立する。円柱の中にはアクア・ドルフィンをさらに筋骨隆々の逞しい体系にし、頭部を鯨に変えたような魚人型モンスター――オーシャン・ホエール――と、黄色とオレンジの配色と、放漫な胸、くびれた腰、突き出た尻という、メリハリの利いたボディラインを持ち、炎でできた蝶の羽根を広げた、凛とした表情の、情熱的な女性型虫モンスター――バーニング・バタフライ――が収納され、それぞれのPスケール、2と8が表示された。

 

「これであたしは、レベル3から7のモンスターを同時に召喚できる!

 おいで、あたしの仲間たち! 手札からE・HERO ネオスと、E・HERO ブレイズマンを特殊召喚!」

 

 咲夜の頭上、異界への門が出現し、それが開かれる。二つの光が流星のように咲夜のフィールドに降り立つ。

 光はそれぞれのHEROの姿を取った。

 

「この瞬間、ブレイズマンの効果で、融合をサーチします。さらにオーシャン・ホエールの(ペンデュラム)効果発動! 墓地のアクアドルフィンを効果を無効にした状態で特殊召喚!

 そして、ここで融合発動! あたしの場にいるネオスとアクアドルフィンを融合!」

 

 何かを迎え入れるように、両手を広げる咲夜。

 

「異星の戦士よ、新たな異能をその身に取り込み、勇気を武器とする勇者への道を駆けろ! 融合召喚、来て、E・HERO ブレイヴ・ネオス!」

 

 光が満ちて、その向こうから新たな影が現れる。

 影はE・HERO ネオスによく似ていた。だがフォルムはよりマッシブになり、肘には刃のような突起、肩は土星の輪のようなカーブを描くアーマーが装着され、全身から漲る闘志は目を見張るものがある。

 

「ブレイヴ・ネオスはあたしの墓地のN、またはHEROモンスターの数×100、攻撃力をアップさせる。あたしの墓地で条件に合致するカードは全部で四体だから、攻撃力は400アップ! さらに、バーニング・バタフライのP効果発動! ネオス融合体であるブレイヴ・ネオスの攻撃力を800アップ!

 バトル! ブレイヴ・ネオスで真紅眼の大黒竜を攻撃!」

 

 攻撃力がアップしたとしても、今だブレイヴ・ネオスの攻撃力は3700、真紅眼の大黒竜には及ばない。

 だが咲夜に躊躇はない。そして海棠はあちゃーと言って頭を抱えている。何しろ海棠も、先のターンに咲夜が何を手札に加えたか知っているのだ。

 

「ここで! 手札からE・HERO オネスティ・ネオスの効果発動! このカードを墓地に送って、ブレイヴ・ネオスの攻撃力を2500アップさせる!」

「ッ! やっぱりね……」

 

 ブレイヴ・ネオスの背中から、純白の翼が広がった。翼は大きく広がり、ブレイヴ・ネオスの体躯よりも大きくなる。

 光輝くブレイヴ・ネオスが両手を広げると、その形で光線が放たれる。その一撃を受けて、真紅眼の大黒竜の身体がボロボロと崩れていった。

 

「あらら……。一応、あれはアタシの切り札なんだけどねぇ……」

「ブレイヴ・ネオスとオネスティ・ネオスだって、あたしの隠し玉ですよ。そして相手モンスターを戦闘破壊したこの瞬間、ブレイヴ・ネオスの効果発動! デッキからネオス・フュージョンを手札に加えます」

「けど、アタシの切り札だってただでは死なないわ。真紅眼の大黒竜の効果発動! このカードがフィールドを離れた時、アタシの墓地からレッドアイズモンスター一体を召喚条件を無視して特殊召喚できる! アタシは墓地から真紅眼の黒竜を復活させるわ!」

 

 復活する漆黒のドラゴン。その攻撃力にも守備力にも、咲夜に場に残った戦力であるブレイズマンは及ばない。

 

「これじゃあ攻撃できないわね。バトルを終了。カードを一枚伏せて、ターン終了です」

 

 

A・N・オーシャン・ホエール 水属性 ☆4 戦士族:ペンデュラム

ATK1300 DEF1500

Pスケール:赤2/青2

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分の墓地の「N」モンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターを効果を無効にした状態で特殊召喚する。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・アクア・ドルフィン」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

A・N バーニング・バタフライ 炎属性 ☆5 昆虫族:ペンデュラム

ATK500 DEF500

Pスケール:赤8/青8

P効果

(1):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。(2):1ターンに1度、自分フィールドの「E・HERO ネオス」または「E・HERO ネオス」を融合素材とするモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップする。(3):自分フィールドに「N」または「E・HERO」以外のモンスターが存在する場合、このカードのPスケールは4となる。

モンスター効果

(1):自分モンスターゾーンのこのカードをリリースして発動できる。手札、デッキ、墓地から「N・フレア・スカラベ」1体を特殊召喚する。(2):自分フィールドの「E・HEROネオス」が融合素材となっているモンスターが自身の効果によってデッキに戻る場合、代わりにこのカードを破壊できる。

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO ブレイヴ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+レベル4以下の効果モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードの攻撃力は自分の墓地の「N」モンスター及び「HERO」モンスターの数×100アップする。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。「E・HERO ネオス」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。

 

E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。

 

真紅眼の大黒竜 闇属性 ☆9 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分フィールドの「レッドアイズ」モンスターを任意の数リリースして手札から特殊召喚できる。(1):このカードの攻撃力はリリースした「レッドアイズ」モンスターの数×500アップする。(2):このカードの特殊召喚のためにリリースした「レッドアイズ」モンスターの数だけ、以下の効果を発動する。

2体以上:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動する。相手に2400ポイントのダメージを与える。

3体以上:このカードは相手のカード効果を受けない。

(3):このカードがフィールドを離れた場合に自分の墓地の「レッドアイズ」モンスター1体を対象に発動する。そのモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

 

咲夜LP3600手札2枚

海棠LP5200→3300手札6枚

 

 

「切り札も保たない時代って、世知辛いわね……。ま、気を取り直して、アタシのターン!」

 

 ドローカードを見て、海棠は「アラ」と笑みを浮かべた。

 

「いいカードがここぞって時にきてくれたわ。二枚目の黒炎弾発動! 咲夜ちゃんに2400のダメージ!」

「ッ!」

 

 海棠のフィールドに残った真紅眼の黒竜が、バトルフェイズに入っていないにもかかわらず口を開く。

 喉奥が赤い。体色ではない。炎だ。咲夜がそう気づいた時にはすでに攻撃は放たれていた。

 咲夜の身体が炎に包まれる。顔をしかめる咲夜。ギャラリーが不安げな息を吐く。立体映像だと分かっていても心配になるクォリティだった。

 それに今のでライフはついに1200だ。いよいよ後がないなと、アテナは思った。

 

「ここで! アタシは真紅眼の黒竜をリリース! 来なさいアタシの切り札その2! 真紅眼の闇竜(レッドアイズ・ダークネスドラゴン)!」

 

 真紅眼の黒竜の姿が消える。

 代わりに現れたのは、黒竜をさらに禍々しくしたドラゴン。

 腕はなくなり、両翼がより大きくなる。随所に赤いラインが走り、翼の付け根には赤い宝玉のような器官。さらに体色も黒曜石のような漆黒ではなく、闇を思わせる紫が混ざる。

 咆哮が轟き空気を震わせ、さらにそれを聞いた人の心も戦慄に染め上げる。

 

「真紅眼の闇竜は、アタシの墓地のドラゴン族一体につき、攻撃力を300アップさせるわ。アタシの墓地のドラゴン族は全部で八体。つまり攻撃力は2400アップして、4800になるわけね」

 

 攻撃力4800。テクニカルに動くのではなく、ここにきて圧倒的な火力で圧し潰しに来た。

 咲夜が歯噛みする眼前、海棠がだめ押しとばかりにカードを繰り出した。

 

「二枚目の伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)を召喚して、効果発動! この子をリリースして、デッキから二枚目の真紅眼の黒炎竜を特殊召喚するわ」

「く……!」

 

 一転。追い詰められる形になった咲夜。だが彼女は諦めない。受けて立つとばかりに、海棠の布陣を見据えた。

 

「いいわ、咲夜ちゃん。そういう目ができる子ってのは貴重よ。何しろ、素敵な思いを胸に秘めているから」

「え?」

「なくしたくないもの。守りたいもの。そういうものが胸の中心にある子ってことよ。

 じゃあバトル! 真紅眼の闇竜でブレイヴ・ネオスを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。闇竜の口から高濃度の闇と炎が溢れ出す。

 闇色の炎は瞬く間に膨張し、一気に放たれた。

 さながら闇色の津波。炎の群ともいうべき悪夢的光景を前に、それでもブレイヴ・ネオスは果敢にも立ち向かった。

 飛翔し、全身を白く輝かせながらの突貫。だがそれさえ無意味。

 炎に飲まれたブレイヴ・ネオスはそれでも闇竜めがけて飛翔するが、やがて力尽き、砕け散るように消滅した。断末魔の声はなかった。

 

「くぅ!」

 

 1000ポイントのダメージ。これで咲夜のライフは残り200。ちょっとしたバーンダメージで終わる。

 

「これで終わりかしら? 黒炎竜でブレイズマンを攻撃!」

 

 追撃が来る。炎の翼を現出させていないドラゴンが放った炎の息吹(ブレス)。受ければライフは尽きる。咲夜は慌てずにデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドロー!」

 

 凌いだ。観客たちから安堵の息が漏れる。こういう時、観客を味方にできる咲夜は良いプロデュエリストになるわねと、海棠は思った。

 

「アラ残念。じゃ、アタシはこれでターンエンドよ」

 

 

真紅眼の闇竜 闇属性 ☆9 ドラゴン族:効果

ATK2400 DEF2000

このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在する「真紅眼の黒竜」1体をリリースした場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体につき300ポイントアップする。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 

真紅眼の闇竜攻撃力2400→4800

 

 

咲夜LP3600→1200→200手札3枚

海棠LP3400手札4枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 いつの間にか、ギャラリーは静まり返っていた。

 皆固唾をのんで咲夜の一挙手一投足を見守っている。

 彼らも気づいているのかもしれない。このデュエルの決着がこのターンで訪れると。

 このターン、凌げば海棠が勝利する。逆に攻めきれれば、咲夜が勝利する。

 観客たちもジェネックス杯に参加している以上、いっぱしのデュエリストだ。場の空気で、それを察してもおかしくない。

 そしてデュエリストならぬアテナもまた、戦の女神としての嗅覚で、事実上の決着はこのターンだろうと察知していた。

 沈黙が、咲夜と海棠、両方を支配する。

 だがそれは重苦しいもではなかった。咲夜も海棠も、口元に微笑を浮かべていた。含むもののない、爽やかな笑いだった。

 やがて、咲夜が「よし」と言った。

 

「行きます! あたしは貪欲な壺を発動! 墓地のエアー・ネオス、ブレイヴ・ネオス、フレア・ネオス、オネスティ・ネオス、ネオスをデッキに戻して、二枚ドロー!」

 

 海棠の目が細められる。彼は先程のターンに、咲夜が手札に加えたカードを覚えていた。

 ネオス・フュージョン。一枚でネオス融合体を召喚できるカード。わざわざ墓地のE・HERO ネオスをデッキに戻したことから、使うことは察せられる。

 

(召喚するのは、あの子ね……。エアー・ネオス)

 

 貪欲な壺はドロー目的ではない。デッキに戻す効果を使い、エアー・ネオスをEXデッキに戻したかった。

 

(あの目は、もうこの決着の算段を付けたものだわ)

 

 ならばそれでもいい。彼女の目は凛としていて、迷いや不安を振り切ったものだった。

 ああ、素晴らしい。若者の成長の、何と素晴らしいことか。彼ら彼女らは、こんな短時間で迷いを超えて先に進む。

 

(なかなか進めない、アタシとは違うわね)

「ネオス・フュージョン発動! デッキからE・HERO ネオスとN・エア・ハミングバードを墓地に送り、もう一度来なさい! E・HERO エアー・ネオス!」

 

 現れたのは、このデュエルで最初に咲夜が繰り出して生きた融合モンスター。赤い身体を青空の下に翻して、咲夜のフィールドに降り立った。

 

「アサルト・アーマーをエアー・ネオスに装備して、効果発動! 装備状態のアサルト・アーマー(このカード)を墓地に送って、このターン、エアー・ネオスは二回攻撃ができる!」

 

 観客がフィナーレの予感に盛り上がる。海棠の場に伏せカードはない。ここで手札誘発のカードがなければ、咲夜の攻撃で終わりだ。

 

「あたしと海藤さんのライフ差は3200! よってエアー・ネオスの攻撃力は3200アップ! バトル! エアー・ネオスで闇竜と黒炎竜を攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。エアー・ネオスが翼を大きく幅叩かせて飛翔。滞空しながらも羽ばたきはやめない。

 やがて、羽ばたきに合わせて羽根の弾丸が嵐のように海棠のフィールドに降り注ぐ。

 弾丸のシャワーが二体のドラゴンに降り注ぎ、羽根を、爪を、胸を頭部を。根こそぎ貫いた。

 

「おめでとう、咲夜ちゃん。アナタの勝ちよ」

 

 にこりと微笑む海棠。その瞬間、彼のライフが0になった。

 

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

ネオス・フュージョン:通常魔法

(1):自分の手札・デッキ・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、「E・HERO ネオス」を含むモンスター2体のみを素材とするその融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はモンスターを特殊召喚できない。(2):「E・HERO ネオス」を融合素材とする自分フィールドの融合モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、または自身の効果でEXデッキに戻る場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

アサルト・アーマー:装備魔法

自分フィールド上に存在するモンスターが戦士族モンスター1体のみの場合、そのモンスターに装備する事ができる。装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。装備されているこのカードを墓地へ送る事で、このターン装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 

海棠LP0

 

 

 割れんばかりの拍手と歓声を浴びながら、咲夜は己の右手を見た。獲得した2800DPも気にならない。

 何もかもが吹っ切れた気がする。

 

「おめでとう、咲夜ちゃん」

 

 海棠が微笑みながら手を差し出してきた。咲夜は何の警戒も臆するものもなく、その手を握った。

 

「なんだかすっきりしたみたいね。だったら、デュエルをした甲斐があったわ」

「はい。ありがとうございます、海棠さん。色々考えたり悩んだり、不安になっていたんですけど、負けるもんかって気持ちになれました」

「ならよかった。じゃ、ジェネックス杯、頑張って」

 

 ひらひらと手を振って、海棠が去っていく。咲夜は握手した手を握り締め、天に突き出した。

 勝利のパフォーマンスかと、観客が興奮する。咲夜は吹っ切れた笑みを浮かべて、改めて心の中に()()()()()()という誓いを立てた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 歓声がまだ続いている。咲夜ちゃんは、きっと華のある、いいプロになるわね。そんな、蕾が美しい花を咲かせるのを楽しみにするような感慨を海棠は抱いた。

 

「負けたのに、随分満足そうね」

 

 そんな海棠にかけられる声。だが彼の周囲に人影はいない。

 ならば近くの角か路地裏かと思えば、そこにも人影はない。

 

「そりゃあ満足よぅ。だって、若い子は応援したくなるじゃない?」

 

 そして海棠は、自分にかけられた声を訝しむことなく、平然と答えを返した。

 

「それが、アナタが勝ちを譲った理由?」

「譲ったつもりはないわよ」

 

 苦笑して振り返る海棠。やはりそこには誰もいない。

 ただし、人は、だ。

 視線を下に向ければ、そこに影が一つ。

 猫だった。 

 気品漂う、美しい赤い毛並みに、右が金、左が銀のオッドアイ。

 ミステリアスな雰囲気漂う猫に、海棠は語り掛ける。

 

「アタシは手を抜いたつもりなんてないわ。あの瞬間、確かに咲夜ちゃんはアタシより強かったわ」

「けど、次やればわからない。でしょう?」

 

 ()()()()()()()()。この時点で普通の猫ではありえない。

 猫がぴょんと跳ね、海棠の肩に捕まった。その額を撫でられるに任せて、猫は告げた。

 

「だって、アナタ、EXデッキのカード、使わなかったじゃない」

「ま、そういうこともあるわよ」

 

 にこりと笑う海棠。それから猫の顎を撫でる。

 

「それに、分かってるでしょ、バステト。アタシの目的は咲夜ちゃんたちを倒すことじゃないって」

「見極めること。そんなことは分かっているわ。だからワタシはわざわざ神の気配を隠したんだし」

「そ。だから目的は達成したわ。だけど」

 

 海棠は振り返る。視線の先には何もない。だがそのさらに先に、まだ咲夜はいるだろう。咲夜を通して、彼女の仲間たちを幻視する。

 

「すべてはこの戦いを乗り越えてからね」

 

 ジェネックス杯二日目はまだ始まったばかり。どのような波乱が起こるのか、神さえもわからない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話:復讐するは我にあり

 機械仕掛けの怪物が、崩れ落ちていく。

 様々な機械をより合わせて蜘蛛のような形にした化け物、チクタクマンは、ガラガラと体のパーツを剥落させ、崩れ落ちていく。

 これが生物ならさぞ悍ましい断末魔が響き渡るだろうが、機械にはそんな機能はない。無言のまま崩れ落ちていく。

 やがて、さっきまで機械仕掛けの蜘蛛だった化け物は、ただのうずたかく積もったガラクタの塊になり、一陣の風が屋上に吹いた時、そのガラクタさえもが幻だったかのように消え去った。

 

「ナイアルラトホテップは?」

「いない。すでにこの場を去ったようだ」

 

 女の声が男に返答した。姿はなかったが、それに奇妙を感じることなく、男は唇を噛んだ。

 その表情からは苛立ちの念がありありと浮かび上がっていた。

 

「また、逃げられた……」

 

 呟きながら、右掌を見る。何も掴めない手。掴んでも零れ落ちてしまう求めたもの。男は悔恨を滲ませる声音で言葉を吐いた。

 

「いったい、いつになったらこの手は奴らの首にかかる……」

「諦めるな。私は復讐の女神。この私がいる限り、貴殿の復讐は完遂させる。この私の誇りにかけてな」

「期待している」

 

 男は多くの感情を振り切るように(きびす)を返した。

 夜明けが近い。一度眠って体力を回復させるべきだ。

 

「オレは絶対に諦めん。必ず息の根を止めてやるぞ、ナイアルラトホテップとその契約者……!」

 

 怨念のこもった言葉を落として、男は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ジェネックス杯二日目、午前十時七分前。

 コンビニ前で、岡崎和輝(おかざきかずき)は左腕にデュエルディスクを装着した状態でスマホを眺めていた。

 といっても何かアプリを起動しているわけではない。スマホの画面に映っている時計で時刻を確認していたのだ。

 目立つ少年だった。

 中肉中背、茶色がかった黒の瞳、目立つ装飾の類は着けておらず、夏場なので薄手のシャツの上に、白と黒のリバーシブルのジャケットを、白の面を表にして着用している。

 整った顔立ちなので、真面目な顔をしていれば道行く異性の何人かは足を止め、彼の姿を眺めるだろう。

 もっとも、彼の容姿を目立たたせているのは、眉目秀麗さというよりも、その髪の色か。

 白い。脱色しているのではなく、今はこれが彼の地毛なのだ。

 そのため一見すると年齢が測りにくく、年齢不詳にさせる。

 和輝は神々の戦争の参加者として、今日も行われる強敵の戦いを思う。

 ティターン神族のうち、倒したのは三柱。だがこちらも友人である黒神烈震(くろかみれっしん)は戦闘不能で、復帰の目途はたっていない。

 そしてその烈震を倒したのは、単純な力ならティターン神族さえも上回るとされる、ギリシャ神話最強の怪物、テュポーン。

 まだ見ぬ強敵も含めて、敵は多い。

 だがいいニュースもある。

 もう一人の友人、風間龍次(かざまりゅうじ)の師であるAランクプロデュエリスト、穂村崎秋月(ほむらざきしゅうげつ)が今日からジェネックス杯に参戦するという。

 彼女についてもフレデリックから聞いていた。こちらの味方だという。心強い戦力になってくれるとのこと。

 戦いは続く。怖気づいている暇など無いほど早く、そして容赦なく。

 

「にしてもおせーな、綺羅(きら)の奴」

 

 スマホをしまって、和輝は独りごちた。

 彼がコンビニの前にいるのは、このコンビニに義妹の綺羅が入っていったからだ。

 熱中症対策に飲み物を買いたいといっていたが、多分他にもおやつとかいろいろ買っているんだろう。大人ぶった言動や態度が多いが、まだ子供なところがあるので――だからパジャマも猫柄なのだ――、いろいろ買おうかやめようか迷っているのかもしれない。

 

「暑いな……」

 

 今日も三十五度を超える猛暑日になるらしい。綺羅に先んじてすでに飲み物を購入していた和輝だったが、顎に滴り落ちる汗の感触は不快だ。

 なのでいったん冷房の効いたコンビニの中に避難しようかと、ついでに綺羅に声をかけようと思った和輝だったが――――

 瞬間、世界が一変した。

 

 

「お待たせしました、兄さん。すみません、ちょっとお菓子を何にするか悩んでしまって――――あれ?」

 

 十時三分前。兄の姿を求めてコンビニから出た綺羅は、和輝の姿が消えていることに気づいた。

 周囲を見回すが、兄の姿はない。

 

「兄さん?」

 

 ()()()()()()()()に行ってしまった兄を思い、綺羅は不安げに呟いた。

 

 

「これは!?」

 

 一方、和輝は周囲の人々が全て消えてしまったことに気づいた。

 何が起こったのか、というのは考えるに及ばない。こんな景色はもう何度も見てきた。

 

「神々の戦争の、バトルフィールドだね」

 

 和輝の傍ら、さっきまで誰もいなかった場所に、一人の美丈夫が現れた。

 金髪碧眼、涼やかな笑みを口元に貼り付けた姿はただただ美しく、簡素なシャツに夏用のスラックスもまた、その簡素さが逆に、何の飾り気もない、男が本来持つ外見の美しさを引き立てているように思える。

 和輝が契約した神、北欧神話の悪戯の神、ロキである。

 神々の力はすさまじく、現実世界で思う存分振るえば被害は計り知れない。

 そこで通常は現実世界とは位相の違う異世界を展開。神々の戦争の参加者はここで戦う。

 和輝自身もこのバトルフィールドを展開したことがあるし、逆に敵の展開に取り込まれたこともある。

 ただ、今までのケースとは違う点があり、それは――――

 

「相手がいない。どこだ?」

 

 今まで敵は邪悪であれそうでなくとも、その姿を正面から堂々と晒していた。それが神としての矜持、誇りであるといわんばかりであった。

 だが今は誰もいない。周囲を見渡しても、影さえ掴めない。

 

「ロキ! 神の気配は!?」

「する。近い。場所は――――」

 

 上だ。ロキが言った直後、一人と一柱の頭上に影が映った。

 

「和輝!」

「分かってる!」

 

 和輝はすぐにロキが言いたいことを察した。左手に装着したデュエルディスクのデッキトップからカードを引き抜く。

 引きを祈りながら、デュエルディスクにセット。

 直後に頭上の影が和輝の直近に迫る。

 激突音。和輝の視界に映ったのは太陽を背に迫る機械の猛禽の翼と爪。そしてそれを迎撃する杖。

 和輝を守るために現出したのは、彼のデッキのエースカード、ブラック・マジシャン。

 

「何しやがる!」

 

 叫ぶ和輝。視線は爪を振り下ろしてきたモンスターからそらさない。

 和輝は見た。襲い掛かってきたモンスターの上に、人が乗っているのを。

 人影がモンスターから飛び下りた。

 

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ!

 

「!」

 

 その人影を見て、和輝の胸の内から、怪物が歓喜の声を上げた。

 久しぶりに聞いたような気がする。窮地に陥ると聞こえてくる怪物の声。死を誘惑してくる恐ろしい声。

 だが今までは神々の戦争で追い詰められたり、精神が不安定だった時期だったりと、とにかく客観的に見て脅威が目の前にあり、窮地にいる時に聞こえてくることがほとんどだった。

 こんな、まだ何も始まっていない状況で声がするとは―――――

 

(それだけ、こいつが危険だってのか?)

 

 歯を食いしばって、和輝は襲撃してきた人影を観察した。

 男だ。

 前髪の一房が赤い、燃え尽きた灰のような灰白色の髪、刃のように鋭い、何もかもが凍り付いたような青い双眸、喪服を思わせる黒のダークスーツ、白のワイシャツ、黒のネクタイ姿。右耳に女物のイヤリング。

 燃え盛り、燃え尽き、それでもなお対象を燃やし尽くさんとする遺灰の風情。

 その男の姿を見た途端、和輝の身を悪寒が貫いた。

 

「く……!」

 

 ヒトの形をしているが、それが人間だとは思えなかった。

 全てを燃やし尽くさんとする炎が何かの間違いでたまたま人の形をとった、そんな印象だ。

 

「答えろ……」

 

 男が口をきいた。地獄の底から響いてくる死者の声のような声音。和輝はさっきから寒気が止まらなかった。

 

「ナイアルラトホテップはどこだ?」

「なんだと?」

 

 ナイアルラトホテップ。その名に聞き覚えはあった。

 イギリスの、ウェールズの森。あそこで戦った神々の戦争の参加者、黄泉野平月(よみのひらつき)。あの男が契約した神の名だ。

 

「知っているはずだ。貴様からは奴の気配がする。答えろ。答えなければ―――殺す」

 

 物理的圧力(プレッシャー)さえ感じさせる殺気の奔流。和輝は後ろに下がってしまいそうな身体を押さえつけながら、不敵に笑った。

 

「笑わせるなよ。いきなり攻撃してきたうえにそんな脅し文句キメてくる奴に、素直に答えるかよ」

「なら、死ね」

 

 男に躊躇も迷いもない。デュエルディスクを構え、和輝に向かって突き出した。

 お前も構えろ、そう言っているようだ。その提案に乗るのは癪だが、すでにバトルフィールド内に取り込まれている場、()()()意味はない。

 そして人の話を聞かない精神状態にある者は、えてして一度殴り倒した方がいい。

 

「ふざけた野郎だな」

 

 怒りはある。いきなり襲われたのだから当然だ。

 それ以上に困惑がある。この男の憎悪の源が分からない。

 なぜ、こんなにも憎悪を発散しているのか。何が憎いのか。誰が憎いのか。

 今にして思えば、和輝はすでにこの男に、この男の異様な雰囲気に引き込まれていた。

 デュエルディスクを起動する。和輝の戦士をその眼差しに感じ取って、男は口を開いた。

 

城崎隼人(じょうざきはやと)、その名を髄まで刻め」

「岡崎和輝。別に覚えなくていいぞ」

 

 初手の手札となる五枚のカードがデッキから排出された、二人のプレイヤーはそれを手に取る。

 

「和輝、気を付けて。姿を見せないだけで神は間違いなくいる。そして何より、姿を見せない神よりも、今目の前にいるあの男の方が危険だとボクは思う。

 あの憎悪、怨嗟。人の身でよくぞここまで練り上げたものだよ」

「ああ。それは俺も思うよ」

 

 ロキの忠告に素直に頷きを返しながら、和輝は視線を男、城崎から外さなかった。

 和輝の胸元に宝珠の赤い輝きが灯る。男、城崎の輝きは鈍色(にびいろ)だった。

 一拍の間。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 戦いの幕は唐突に切って落とされた。

 

 

和輝LP8000手札5枚

城崎LP8000手札5枚

 

 

「オレの先攻だ!」

 

 先攻を勝ち取ったのは城崎。ドローフェイズ、スタンバイフェイズを即座に消化し、メインフェイズ1に入るや否や、手札からカードを繰り出した。

 

RR(レイド・ラプターズ)-ナパーム・ドラゴニアス召喚!」

 

 城崎のフィールドに、エンジン音と噴射音と、ついでに風を切る音を響かせて、頭上から影が降り立った。

 露わになったその姿は機械の翼竜。翼を大きく広げ、身を羽ばたかせ、口元から火を吐いている。

 ただその外見に反し、種族は鳥獣族だった。

 

「ナパーム・ドラゴニアスの効果発動! 貴様に600のダメージを与える!」

 

 荒々しい宣言とともに、城崎の右手が前に振るわれる。それを合図に、ナパーム・ドラゴニアスが火炎弾を和輝に向かって放った。

 和輝は腕をクロスさせてガード、宝珠を守る。直後に炎弾が和輝の防御に激突した。

 

「ぐ……!」

 

 食い縛った歯の間から呻き声が漏れる。

 重い。今までも多くの敵と戦ってきたが、たかが600のダメージでここまで重いのは初めてだ。

 

「プレイヤーの精神力によって、モンスターや魔法による攻撃は激しく、鋭く、重くなる。彼の憎悪は伊達じゃない。あの怨嗟が恐ろしく貫通力のある矢になって襲ってきているんだ……。和輝、くれぐれも気を付けて。もしも宝珠に直撃したら、ライフが残っていても宝珠を砕かれてしまうかもしれない」

「ああ、身をもって体感したぜ……」

 

 ロキの忠告に慄く和輝。その眼前で、城崎が更なるカードを繰り出した。

 

「オレのフィールドにRRが存在するため、手札のRR-ファジー・レイニアスを特殊召喚!」

 

 ナパーム・ドラゴニアスの傍らに現れたのは、やはりメカニカルな外見をしたモンスター。

 暗い紫を基調にしたカラーリング、広げられた機械の翼。感情のこもらない赤い瞳。モチーフはモズと思われる。

 

()()()()にされそうだなぁ」

「笑えねぇんだよその冗談」

「オレは! ナパーム・ドラゴニアスとファジー・レイニアスでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 迸る叫び。城崎の右手が天へと突き上げられた。

 彼の声に呼応するように、城崎の頭上に渦を巻く銀河を思わせる、黒い背景の空間が展開され、その中に二体のRRモンスターが紫の光となって飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「怨嗟の彼方から飛び立て猛禽の翼よ! その羽ばたきで数多の同胞を導け! RR-フォース・ストリクス!」

 

 爆発の向こうから巨大な影が現れる。

 モチーフはおそらくフクロウだろう。今まで出てきたRRの中ではややずんぐりした体形。それだけ巨体で、翼も大きい。翼の付け根にあるバーナーが火を噴いてバランスを整え、滞空する。

 その周囲を衛星のように旋回する二つの光球、即ちORU(オーバーレイユニット)

 なお、攻撃力はたったの100なので、守備表示でのX召喚となった。

 

「フォース・ストリクス効果発動! ORUを一つ使い、デッキからRR-バニシング・レイニアスを手札に加える。さらにこの瞬間、ORUとして使われ、墓地に送られたファジー・レイニアスの効果発動! デッキから二枚目のファジー・レイニアスを手札に加える。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

RR-ナパーム・ドラゴニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1000 DEF1000

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。相手に600ダメージを与える。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「RR」モンスター以外のモンスターの効果を発動できない。(2):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「RR」モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

RR-ファジー・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK500 DEF1500

「RR-ファジー・レイニアス」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、このカードの効果を発動するターン、自分は「RR」モンスターしか特殊召喚できない。(1):自分フィールドに「RR-ファジー・レイニアス」以外の「RR」モンスターが存在する場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「RR-ファジー・レイニアス」1体を手札に加える。

 

RR-フォース・ストリクス 闇属性 ランク4 鳥獣族:エクシーズ

ATK100 DEF2000

レベル4モンスター×2

(1):このカードの攻撃力・守備力は、このカード以外の自分フィールドの鳥獣族モンスターの数×500アップする。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから鳥獣族・闇属性・レベル4モンスター1体を手札に加える。

 

 

RR-フォース・ストリクスORU×1

 

 

和輝LP8000→7400手札5枚

城崎LP8000手札4枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認後、和輝は相手、即ち城崎を一瞥した。

 ただ立っているだけでも漂ってくる圧倒的な敵意。ただそこに悪意は介在していない。その憎悪がどこから来るのか知らないがおそらく――――

 

「根っからの悪人、ってわけじゃないみたいだね。あの憎悪がどこから来ているのか分からないけど、()()が彼の雰囲気も内面も、人生も歪めてしまっている」

 

 ロキの考察は正しいと思う。だが事情も何も知らないし、今問いただしても答えないことは明白だ。

 とにかくデュエルを進めよう。デュエルを通じて相手の感情がこちらに伝わってくるなら、こちらの感情も相手に伝わるかもしれない。

 

「俺は、魔道化リジョンを召喚する」

 

 現れたのは、木製のような体をした道化人形。赤い帽子をかぶり、その先には青い球。とんがった鼻にケタケタ笑い表情。どこからどう見ても道化そのものだった。

 

「魔道化リジョンを召喚したターン、俺はもう一度だけ魔法使い族モンスターを表側表示でアドバンス召喚できる。

 俺は魔道化リジョンをリリースし、群鳥(むれどり)の魔術師をアドバンス召喚!」

 

 道化人形が白い光の粒子となって、消えていく。代わりに現れたのは、すらりとした肢体を鳥の羽根を模した赤と緑の色とりどりなローブで包んだ女の魔術師。黄色いメッシュの入ったセミショートの髪、赤い瞳、頬に翼を広げた鳥のような小さなペイント、ローブの下はビキニ水着のような露出の激しい衣装、腰回りにパレオ。どちらも色は明るい赤。

 

「魔道化リジョンの効果発動! リジョンの効果でデッキから通常魔法使い族、牛刺(ぎゅうし)の魔術師を手札に加える。

 さらに群鳥の魔術師の効果発動! アドバンス召喚に成功した場合、デッキからレベル6以下の魔法使い族一体を特殊召喚できる! 俺は幻想の見習い魔導師を特殊召喚する!」

 

 群鳥の魔術師が、右手に握ったステッキのような杖を振り上げた。

 次の瞬間、どこから現れたのは、無数の鳥たちが羽ばたき、空を埋め、それぞれの嘴で、一つの巨大な魔法陣を描いた。

 次の瞬間、魔法陣がエメラルドグリーンの光を放つ。光の向こうから、人影が現れた。

 現れたのは、ブラック・マジシャン・ガールによく似た少女モンスター。

 違うのは年齢が何歳か幼くなり、髪は白金色、肌は褐色に。衣装も装いは似ているがカラーリングが桃色がかった紫が多めの配色だ。

 

「幻想の見習い魔導師の効果発動! デッキからブラック・マジシャンを手札に加える!」

「ほう! 通常、モンスターが増えるはずのないアドバンス召喚をしながら、モンスターを増やし、さらにデッキからカードをサーチすることで損失したアドバンテージを即座に回復か! 考えてるね、和輝」

 

 はしゃぐようなロキの言葉を和輝は無視。城崎も喚く邪神を一瞥しただけで特に反応は返さなかった。

 

「あー、なんか寂しいね。ちょっとでいいから反応してよ」

 

 やはり反応はない。ロキは黙って肩をすくめた。

 隣の邪神は無視して、和輝は手札からカードを二枚、一気に引き抜いた。

 

「俺はスケール4の猿渡の魔術師と、スケール8の牛刺の魔術師を、Pゾーンにセッティング!」

 

 和輝の両脇に、青白く光る柱が屹立する。柱の内部にはその名を呼ばれた魔術師が収まり、それぞれのモンスターの下方に、Pスケールと同じ4と8の文字が浮かび上がった。

 

「振り子は揺れる。避けえぬ宿命を乗せて! 天空に描かれる光のアークが、異界への門へと変じる! ペンデュラム召喚! 手札から現れろ、ブラック・マジシャン!」

 

 和輝の頭上に、異界へとつながる門が出現し、門が開いた。

 そこから光を伴って飛び出したのは、黒衣の魔術師。端正な顔つきを涼やかな微笑で飾り、手にした杖を手の延長であるかのように自在に振るい、和輝のフィールドに降り立った。

 

「バトルだ! ブラック・マジシャンでフォース・ストリクスを攻撃!」

 

 ブラック・マジシャンが出現するのとほぼ同時に、和輝は動いた。彼の攻撃命令を受けて、黒衣の魔術師は浮遊から杖を回し、先端をフォース・ストリクスに突き付けた。

 黒い稲妻が幾筋にも分かれて、無数の蛇のようにフォース・ストリクスに殺到する。

 

「リバースカードオープン! RR-レディネス発動! このターン、RRは戦闘で破壊されない!」

 

 城崎の伏せカードが翻る。次の瞬間、フォース・ストリクスに何らかのコーティングが施された。それを確認しても、和輝は止まらない。

 

「残念だがダメージは受けてもらう! 牛刺の魔術師のP効果により、俺の場の魔法使い族モンスターは貫通効果を持つ! そして俺は、場にいる幻想の見習い魔導師の効果発動! このカードをリリースして、ブラック・マジシャンの攻撃力を2000アップさせる!」

 

 ブラック・マジシャンの雷に、魔力で作られた爆炎が追随する。それは幻想の見習い魔導師による援護だった。

 魔導師たちの連携がフォース・ストリクスに直撃する。

 

「ぐぅぅぅ!」

 

 心を強く。槍のように鋭く。フレデリックとのデュエルで学んだこと。相手が危険極まりないなら、こちらも相手を(おもんぱか)ってはいられない。和輝は精神を鋭く研ぎ澄まし、攻撃の意志を乗せた。

 攻撃の意志、敵を倒すという誓い。これが功を奏し、和輝の攻撃は鋭く、抉るように城崎に届いた。

 RR-レディネスによって破壊は免れたが、貫通ダメージのフィードバックが城崎を襲った。城崎は苦痛の呻きを上げた。

 だが、踏みとどまった。膝を付くこともなく、ギラギラとした眼差しで和輝を射抜いてきた。

 

「凄いね、彼。普通、2000オーバーのダメージを(じか)に食らえばもっときついだろうに、あれで済ませた。何よりあの眼光からあふれ出る執念が凄い」

「それだけ普通じゃない相手ってことだ。そもそも残りの神も五十を切った。普通なんて奴がいるかよ。

 まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ! 群鳥の魔術師でフォース・ストリクスを攻撃!」

 

 続く攻撃も、城崎は踏みとどまった。和輝の攻撃を大したことがないとでも言わんばかりに、和輝を()めつけた。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

魔道化リジョン 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1300 DEF1500

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。自分のデッキ・墓地から魔法使い族の通常モンスター1体を選んで手札に加える。

 

群鳥の魔術師 風属性 ☆6 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2300 DEF1500

Pスケール3

P効果

このカード名の(1)の効果はデュエル中、1度しか発動できない。(1):自分フィールドのカード1枚を破壊して発動できる。Pゾーンのこのカードを特殊召喚する。その後、カードを1枚ドローする。

(1):このカードのアドバンス召喚に成功した場合に発動できる。デッキからレベル6以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。

 

幻想の見習い魔導師 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードは手札を1枚捨てて、手札から特殊召喚できる。(2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「ブラック・マジシャン」1体を手札に加える。(3):このカード以外の自分の魔法使い族・闇属性モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算時、手札・フィールドのこのカードを墓地へ送って発動できる。その自分のモンスターの攻撃力・守備力はそのダメージ計算時のみ2000アップする。

 

牛刺(ぎゅうし)の魔術師 闇属性 ☆4 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1900 DEF1900

Pスケール8

P効果

(1):自分の魔法使い族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

モンスター効果

なし

 

猿渡の魔術師 闇属性 ☆5 魔法使い族:ペンデュラム

ATK500 DEF2500

Pスケール4

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):Pゾーンのこのカードが破壊された場合に発動できる。このカードをモンスターゾーンに特殊召喚する。

モンスター効果

(1):このカードが相手モンスターの攻撃対象となった時に発動できる。このカードを手札に戻す。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

RR-レディネス:通常罠

(1):このターン、自分フィールドの「RR」モンスターは戦闘では破壊されない。(2):自分の墓地に「RR」モンスターが存在する場合に墓地のこのカードを除外して発動できる。このターン、自分が受ける全てのダメージは0になる。

 

 

和輝LP7400手札2枚

城崎LP8000→5500→5200手札3枚

 

 

「オレのターンだ! ドロー!」

 

 荒々しいドロー。ドローしたカードをすぐさま手札に加えた城崎は、射殺さんばかりの視線を和輝に向けた。

 

「フォース・ストリクスの効果発動! ORUを一つ使い、デッキからRR-トリビュート・レイニアスを手札に加える。

 そしてRR-バニシング・レイニアス召喚! 効果を使い、手札からRR-トリビュート・レイニアスを特殊召喚!」

 

 フォース・ストリクスの両隣りに、新たな翼の影が現れる。

 やはりどちらも翼を広げた機械仕掛けの猛禽類。

 緑の翼、そこから延びる配管、青いボディのバニシング・レイニアス。猛禽よりもより飛行機に近いフォルム、青いボディカラー、ジェット噴射を続ける翼、随伴機のような小型のビットを持つトリビュート・レイニアス。

 

「トリビュート・レイニアスの効果発動! デッキからRR-ミミクリー・レイニアスを墓地に送る。さらに今墓地に送ったミミクリー・レイニアスの効果発動! このカードをゲームから除外し、デッキからRR-ネストを手札に加え、発動!

 RR-ネストの効果発動! デッキからRR-ラダー・ストリクスを手札に加える!」

「うーん、手札に加えたりモンスターを並べたり忙しいデッキ。というか厄介だねあれ。モンスター効果が別のRRを呼び寄せて、戦力が尽きない。モンスター同士の連携が高い」

「ああ。しかも数を並べやすいから(エクシーズ)モンスターも召喚しやすい。こりゃ、押し込まれると手が付けられないかもな……」

 

 和輝とロキが相手のデッキについて意見を交わしている間にも、城崎はプレイを続けた。

 

「闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、ラダー・ストリクスを除外する!」

 

 ドローカードを確認した時、城崎の両目が細まり、口の中だけで「来たか」と呟いた。

 

「行くぞ! RUM(ランクアップ・マジック)-レイド・フォース発動! フォース・ストリクスをランクアップさせる!

 オレは! フォース・ストリクスでオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 

 X召喚のエフェクトが再び城崎のフィールドに展開される。虹色の爆発が起こり、辺りを照らした。

 

「怨念の虚空より、来たれ異邦の隼よ! その翼羽ばたかせ。我が敵我が仇、悉く打ち壊せ! RR-エトランゼ・ファルコン!」

 

 虹色の粉塵の向こうから飛び立ったのは、今までのRRモンスターと比べると異質なモンスター。

 機械だが、鳥の面影は薄れており、何らかの飛行ユニットのように見える。

 翼も猛禽の物ではなく、かといって飛行機の類とも違う。鎧の肩当ような外見が近い。黒いボディにマゼンタの光のラインが走り、ウィングパーツの付け根には砲塔が左右に一門ずつ装備されている。

 

「エトランゼ・ファルコン効果発動! ORUを一つ取り除き、貴様の場にいるブラック・マジシャンを破壊し、その元々の攻撃力分のダメージを与える!」

 

 城崎の命令が下る。エトランゼ・ファルコンが両砲門を和輝の場にいるブラック・マジシャンに向けた。

 砲撃。飛び出したのは実体のある砲弾ではなく、青白いエネルギーの塊。それが一切の停滞なくブラック・マジシャンに向かって殺到する。

 

「させるか! リバースカードオープン! ブラック・ミラージュ! このターンのエンドフェイズまでブラック・マジシャンをゲームから除外することで、このターン、相手は俺のモンスターに攻撃できない!」

 

 ブラック・マジシャンの姿が蜃気楼のように消えていく。その幻影を射抜くエトランゼ・ファルコンの砲撃。だが幻影はしょせん幻影。見当違いの方向に着弾し、和輝も、彼のブラック・マジシャンも無事だ。

 

「うまい! エトランゼ・ファルコンの効果を躱しつつ、相手の攻撃も防いだ。君の場にはまだ群鳥の魔術師がいるからね。これで彼はこのターン、攻撃を封じられたようなもの。しかもエンドフェイズには除外したブラック・マジシャンも帰ってくる。実質、君は無傷だ」

「そんな甘い考えが通用するものか! オレはRR-ファジー・レイニアスを自身の効果により特殊召喚! そして、バニシング・レイニアス、トリビュート・レイニアス、ファジー・レイニアスでオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 憎悪の彼方より飛び立て復讐の翼! その爪、獲物を逃がさず、その瞳、敵を逃さず、その翼、仇を逃がさず! 捕えて殺せ! RR-ライズ・ファルコン!」

 

 エトランゼ・ファルコンの傍らに現れる隼をモチーフにした機械仕掛けの翼。青と緑のボディ、広げられた大きな翼、鋭い爪、無機質な――なのに怒りを感じさせる――双眸。一度力強く翼を羽ばたかせて、城崎のフィールドに降り立った。

 

「手札のRUM-レヴォリューション・フォースを捨て、ライズ・ファルコンでオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築!

 憎悪の空より来たれ焼滅の翼! 汝一切を焼き尽くす怨讐の炎なり! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ! RR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイド!」

 

 大きく翼を広げて現れる、隼モチーフのマシンバード。

 夜空に溶け込むような漆黒の体躯、敵意を灯したような赤い瞳、骨組みのような翼。否、骨に見える部分は全て焼夷弾の発射口で、砲塔の角度によって焼き尽くす範囲を調整するのだ。

 

「レヴォリューション・ファルコン-エアレイド効果発動! 群鳥の魔術師を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える!」

「何!?」

 

 目を見開く和輝の頭上、一気に肉薄してきたレヴォリューション・ファルコン-エアレイドが、翼の砲塔から焼夷弾を雨のようにばらまいた。

 爆撃、炎上、衝撃と熱風、そして轟音が駆け抜け、周囲の建物を崩していく。

 

「ぐ、が、ああああああああああああああ!」

 

 和輝の体中から痛みが走る。激痛は皮膚の下に潜り込んだ目に見えない百足のように暴れまわり、和輝の肉体と魂に焼けるような熱と痛みを刻み込んでいく。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 思わず膝を付く和輝。その耳朶をロキの警告が叩いた。

 

「膝を付くな! 次が来るぞ!」

「ッ!」

 

 そうだった。ブラック・ミラージュで封じられたのはモンスターへの攻撃のみ。そのモンスターがいなくなった今、城崎のモンスターを縛る枷は消えた。

 

「バトルだ! エトランゼ・ファルコンと、レヴォリューション・ファルコン-エアレイドでダイレクトアタック!」

 

 無防備になった和輝に、砲撃と爆撃が叩きこまれた。

 

「がああああああああああああああああ!」

 

 恐ろしく鋭い精神の波状攻撃。城崎の刃のような、槍のような研ぎ澄まされた攻撃が、和輝の身体を切り刻むようだった。

 とっさに精神の防壁を張ることで防御はできた。宝珠を強固なものにできた。

 ()()()()()()()()

 部分的にガードをしたし、宝珠も庇ったが、それでも衝撃は宝珠にダメージを与えた。

 背中から地面に激突した和輝、慌てて自らの胸元を見てみると、赤い宝珠に罅が入っていた。

 

「く……!」

「和輝、気をしっかり持って。大丈夫、デュエルが終われば宝珠は元に戻る。だから気を乱さないで。君の精神の乱れ、心の弱みが、宝珠の傷を広げる。罅はやがて亀裂になって、砕けてしまう」

「分かってる!」

 

 和輝の心は折れていない。宝珠に軽く手を触れる。鉱石に触れている感触はない。だから罅の状態もいまいちわからない。

 まぁいい。罅など気にするな。どうせまともに受ければ砕けかねないのは変わらない。

 

「まだ、まだぁ……!」

「ふん。バトルを終了。オレはエクシーズ・ギフトを発動。レヴォリューション・ファルコン-エアレイドのORU二つを取り除き、二枚ドロー。そしてこの瞬間、墓地に送られたファジー・レイニアス効果発動。デッキから三枚目のファジー・レイニアスを手札に加える。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

RR-バニシング・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1300 DEF1600

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに1度だけ発動できる。手札からレベル4以下の「RR」モンスター1体を特殊召喚する。

 

RR-トリビュート・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1800 DEF400

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに発動できる。デッキから「RR」カード1枚を墓地へ送る。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したターンの自分メインフェイズ2に発動できる。デッキから「RUM」速攻魔法カード1枚を手札に加える。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「RR」モンスターしか特殊召喚できない。

 

RR-ミミクリー・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1100 DEF1900

「RR-ミミクリー・レイニアス」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに1度だけ発動できる。自分フィールドの全ての「RR」モンスターのレベルを1つ上げる。(2):このカードが墓地へ送られたターンの自分メインフェイズに、墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「RR-ミミクリー・レイニアス」以外の「RR」カード1枚を手札に加える。

 

RR-ネスト:永続魔法

「RR-ネスト」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「RR」モンスターが2体以上存在する場合にこの効果を発動できる。自分のデッキ・墓地の「RR」モンスター1体を選んで手札に加える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

RUM-レイド・フォース:通常魔法

(1):自分フィールドのXモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターよりランクが1つ高い「RR」モンスター1体を、対象の自分のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。(2):墓地のこのカードと手札の「RR」カード1枚を除外し、「RUM-レイド・フォース」以外の自分の墓地の「RUM」魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

RR-エトランゼ・ファルコン 闇属性 ランク5 鳥獣族:エクシーズ

ATK2000 DEF2000

レベル5モンスター×2

(1):このカードがXモンスターをX素材としている場合、以下の効果を得る。●1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊し、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、「RR-エトランゼ・ファルコン」以外の自分の墓地の「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、このカードをそのカードの下に重ねてX素材とする。

 

ブラック・ミラージュ:通常罠

(1):自分フィールドの「ブラック・マジシャン」1体を除外して発動する。このターン、相手は自分モンスターに攻撃できない。エンドフェイズにこの効果で除外された「ブラック・マジシャン」を同じ表示形式で場に戻す。相手はこのカードの発動に対してカードの効果を発動できない。

 

RR-ライズ・ファルコン 闇属性 ランク4 鳥獣族:エクシーズ

ATK100 DEF2000

鳥獣族レベル4モンスター×3

(1):このカードは特殊召喚された相手モンスター全てに1回ずつ攻撃できる。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体を対象として発動できる。このカードの攻撃力は、対象のモンスターの攻撃力分アップする。

 

RR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイド 闇属性 ランク6 鳥獣族:エクシーズ

ATK2000 DEF3000

鳥獣族レベル6モンスター×3

このカードは手札の「RUM」魔法カード1枚を捨て、自分フィールドのランク5以下の「RR」Xモンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。(1):このカードがX召喚に成功した場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊し、その攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。エクストラデッキから「RR-レヴォリューション・ファルコン」1体を特殊召喚し、このカードを下に重ねてX素材とする。

 

エクシーズ・ギフト:通常魔法

自分フィールド上にエクシーズモンスターが2体以上存在する場合に発動できる。自分フィールド上のエクシーズ素材を2つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする。

 

 

和輝LP7400→5100→3100→1100手札2枚

城崎LP5200手札2枚

 

 

「さぁ、貴様のターンだ! カードを操れ、モンスターを出せ、その牙を俺に向けてみろ! 全て捻じ伏せ、粉砕し、くたばった貴様の身体から、ナイアルラトホテップとその契約者の情報を搾り取ってやる!」

 

 怒りに満ちた城崎の言葉。身に覚えのないことで狙われて、さすがに和輝も困惑が怒りに代わっていく。

 

「デュエルの開始から思ってたけどよ。そこまで殺意満点の視線を向けられる覚え何てねぇぞ!」

 

 和輝のその言葉は思わず口をついて出た言葉に過ぎなかった。だから相手の反応など期待していなかった。

 だが城崎はピクリとこめかみのあたりを動かして、動きを止めた。

 

「……貴様が、ナイアルラトホテップの化身ではないことは、ここまでのデュエルで()()()()()()。この熱量は、自身を化身だと認識した人形どもにはないものだ。

 だがそれでも、貴様からあの邪神の気配を感じる! 微かだが、間違いようがない。ことナイアルラトホテップに関しては、奴への憎悪がオレの身の内にある限り、決して違えることはない!」

「ならはっきり言ってやる。俺は確かにナイアルラトホテップとその契約者に会ったことがある! だがそれは一度だけだし、奴は明らかに俺の敵だった!」

「それに、その一回の接触だけで気配が移るものかな? 残り香だってそうそう長くはないはずだよ?」

 

 和輝の反論に、ロキが捕捉を加える。だが城崎の返答は激しいものだった。

 

「とぼけるな! その程度の接触で、色濃く気配が残るものか!」

 

 聞く耳持たず、とはこのことだった。城崎の激昂は収まることはなく、その体から発散される気配はどんどん大きくなっている。

 それに伴って、和輝の胸の内に住み着いた怪物が楽しそうに笑う。

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ! このままじっとしてろよそうすれば――――パパとママの所に行けるぞ?

 黙れ。怪物の囁きに屈するつもりはない。だがいつかでも無視してもいられない。対決するのだ。これは、和輝が岡崎和輝として生きていく限り絶対に避けられない戦いだ。

 

「和輝、今は目の前に集中しよう。彼を――――あの()()()の目を覚まさせよう」

「復讐者?」

 

 今まで一方的に怒りと憎しみを向けられていたので、相手のことに対して考えるということをしなかった。和輝はここで初めて、城崎について思いを馳せた。

 

「あんたは、何かを奪われたのか?」

 

 怒りによる反射的な問いかけではなく、相手の事情を知ろうとしての問いかけだった。

 一瞬、超攻撃的だった城崎の気配から、棘がほんのわずかに綻んだ。

 その隙間にねじ込むように、ロキが声を飛ばす。

 

「いい加減姿を現したらどうだい? 復讐者を導く神は少ない。そして神々の戦争本戦に出場しているとなればもっと少ない。彼の契約者は君だろう? ギリシャ神話に名を刻む、義憤と復讐の女神、ネメシス!

 そして語れ! 城崎君の襲撃はフェアではない。それは君だってわかっているはずだろう? 事ここに至って、和輝に無理矢理話を聞くなんてできるはずがない!」

 

 ロキが、相手の神の名を叫ぶ。

 数瞬の沈黙。やがて、一つの気配が城崎の傍らに現出した。

 ロングストレートのきめ細かな銀髪。アメジストをはめたような紫の瞳、罰を下される者たちの血を啜ったような赤黒い全身鎧はまさしくギリシャの女戦士を思わせる。

 鎧の下から覗く穢れを知らぬ白い肌。手にしたのは身の丈よりもさらに巨大なハルバード。背中からは刃を束ねたような銀色に輝く翼。

 自分にも他人にも厳しく凛としている。常に処刑者を待つギロチンの刃の風情。

 

「あいつ、が……」

「やっぱりそうか。ネメシス。復讐の女神。義憤にかられるものに手を貸すか」

「そうだ」

 

 潤いを持つ唇から、冷たい声音で言葉が放たれた。鉄の刃が話しているような印象を和輝は受けた。

 

「我が名はネメシス。隼人の復讐に手を貸すもの。ナイアルラトホテップとその契約者は隼人の獲物だ。

 ――――――この復讐は、我々のものだ」

 

 鉄のような冷たさの奥に、熱せられた感情を乗せて、復讐の女神はそう言い放った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101話:復讐の原点

 城崎隼人(じょうざきはやと)の人生は、転機になるようなものもなく、よく言えば平和、悪く言えば平凡なものだったと、本人は思っている。

 平凡で、だけど順風満帆で、幸せだったのだ。

 地方都市に生まれ、優しくも芯の強かった母と、厳しくも暖かな父の間で育てられた。

 年頃になると素直さが薄れてしまったが、常にそばにいて、面倒を見てやらなくてはと思わせる妹がいて。

 子供のころから一緒だった幼馴染の少女がいた。

 成長して、小中高と幼馴染と一緒で、笑って、泣いて、怒って、喧嘩して、仲直りして、遊んで――――恋をして。

 好きだった。ずっとずっと。幼馴染に告白したのは高校卒業と同時。今更かと呆れられたけれど、喜んで受け入れてくれた。

 温和な気質で、どちらかといえば大人しく、物静かな青年だった城崎は、地元の企業に就職。彼女もそれを是としてくれた。

 仕事は楽ではなかったがやりがいがあった。まだ若かった城崎は、とにかく精力的に働いた。

 そうしているうちに、幼馴染に結婚を申し込んだ。

 プロポーズを受け入れられたときは幸せの絶頂だっただろう。

 穏やかで、平穏で、満ち足りて幸せな人生。城崎は自分の生をそう思っていた。

 

 

 一年前までは。

 

 

 その日は彼女も交えて、五人で食事をとることになっていた。

 少し早いが、結婚を祝ってのことだった。

 その日、運悪く人身事故で電車が遅れ、約束の時間よりも遅くなってしまった。

 

「しまったな……。まぁ、連絡は入れたけど、彼女、怒ってないかな……」

 

 妹は確実に怒ってるなと、苦笑する。

 家路を急ぐ。見えてきた。そこで、ふとおかしなことに気づいた。

 

「あれ?」

 

 家の明かりが消えていた。

 おかしいな、と思った。もう辺りは暗い。現に周囲の民家では明かりがもうついている。

 

 

「僕の帰りを待ってるって、連絡があったのに……」

 

 今日、家にいるのは両親、妹、そして婚約者。

 父は今日、仕事を休むといっていた。母や専業主婦で家にいる。妹も、今日は早く帰ってくるといっていた。彼女も今日は仕事が休みだという。

 だから、みんな家にいるはずなのだ。

 妙な胸騒ぎがした。心臓が、ドクンドクンと痛いくらい高鳴った。

 

「ッ!」

 

 走り出す。玄関の門扉を潜って、敷地内に。

 玄関口までの数歩を、ほとんど低く跳躍するように、前のめりになりながら駆け抜ける。 

 玄関扉のドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。

 ドアを乱暴に開けば、鼻を衝く臭いに思わず呻いた。

 くらりときた。それが何なのか、城崎は分からなかった。

 喉が渇く。心臓の音がうるさい。

 視線を下に送ると、赤黒いペンキで書かれた矢印があった。

 

「違う……」

 

 ペンキではなかった。それは、血だ。乾いて変色した血文字。

 

「うあ……」

 

 吐きそうだった。胃が逆流するような不快感が喉からせりあがってくる。

 不快感に耐えながら、矢印にしたがって進んだ。

 手足が痺れる。耳の奥からキーンと音がする。

 はぁはぁうるさい。それが自分の口から洩れていると気づかない。

 矢印の向こうにある部屋はリビング。

 扉は閉まっていた。けれど、臭いはもうごまかせない。

 鼻を衝く刺激臭。今ならわかる。多分これは、血の臭いだ。

 

紗友里(さゆり)……」

 

 婚約者の名を呼ぶ。返事はない。あるとも思ってない。

 

「父さん、母さん……」

 

 両親を呼ぶ。返事はない。あるとも思ってない。

 

香苗(かなえ)……!」

 

 妹の名を呼ぶ。返事はない。あるとも思ってない。

 震える手でリビングに繋がるドアを開けた。

 視覚よりも先に嗅覚に刺激が来た。

 鼻を突く、むせかえるような血の臭いにえずきそうになる。腹を抑え、必死に耐えた。

 明かりのついていない、真っ暗は部屋。これでは何も見えない。電灯のスイッチはどこだったか。

 呆けてしまったような頭では、何も働かない。

 壁伝いにスイッチを押す。

 電灯が付き、部屋の中が照らされた。

 

「ッ!」

 

 そこに何があるのか。はじめ城崎は理解できなかった。

 知に満たされたフローリングの床。血を湖に例えるならば、ぷかぷかと浮かぶ誰の物かもわからなくなった肉片や臓器の破片は池に浮かぶ小島か。

 

「―――――――――!」

 

 絶叫が自分の喉から出てきたとはとても信じられなかった。

 バラバラにされて、部屋の中にばらまかれた、両親と、妹、そして婚約者の肉片がそこにあった。

 ご丁寧にも、首から上だけは、傷一つつけずにリビングにあったテーブルの上に置かれていた。そこは、家族がよく団欒のために使っていた場所だった。子供のころから使っていた場所で、まだ子供だった紗友里も一緒にいて、そこで遊んだり、他愛のないことを語ったりした場所。

 そこに、物言わなくなった、生気のない四つの首が行儀良く、まるでそこの席についているように等間隔に並べられていた。

 何が起こったのか分からなかった。何を見たのか理解できなかった。だから()()()()に気づくのが遅れた。

 ソファの上に座った、ダークスーツ姿の男。そして、その傍らで立ったまま、まるで美術品を鑑賞するような眼差しをこの地獄と、そして城崎自身に向けていた少年の姿。

 

「なかなか素晴らしいですね、ナイアルラトホテップ。神の力、神々の戦争の参加者が得た特権というものは」

 

 クスリと、少年が笑う。葉巻を加えた男がにこりと笑った。

 

「そうだろう。この力は君のものだ。好きに使うといい」

 

 言っている意味は分からなかった。だが犯人はこいつらだと、城崎は本能的に理解した。

 

「―――――――――!」

 

 獣のような咆哮が、自分の喉から出たのだと信じられなかった。

 一直線に二人に向かって駆ける。

 少年が慌てず動じず、一枚のカードを掲げた。

 次の瞬間、城崎は己の身体に衝撃が走ったのを感じた。

 何が起こったのか分からないまま、城崎の身体は背中から床に落ちた。起き上がろうとして、肩から斜めに走った痛みのせいでまた床に突っ伏した。

 仰向けのまま、天井だけが見える。

 電灯の光をさえぎって、少年がこちらに顔を向けてきた。

 口元にうっすらと笑みを浮かべている。この惨状を引き起こした張本人なのに、なぜ笑える? なぜ?

 

「申し訳ありません。貴方の家族を襲ったのはたまたまです。力を手に入れたので、試してみたくなった。戯れに選んだのがこの家でした。ええ、ごめんなさい」

 

 お前の家族や婚約者は大した意味もなく死んだ。そう突き付けられた。

 城崎は何かを言いたかった。だが血が流れ過ぎている。息をすることも辛く、身じろぎ一つできない。

 

「起き上がろうとしても無理ですよ。腰骨まで届いてますから。このまま失血死しますね。止めは、いらなそうだ」

「では、帰るかね?」

 

 男が言う。少年は「ええ」と頷いた。

 二人が出ていくのが分かった。

 去っていく。なにもできぬまま、城崎は涙を流した。

 

「お――――」

 

 唇の間から小さく声が漏れた。それを足掛かりに、吠える。

 

「あ――――――――!」

 

 慟哭を聞くものは誰もいない。城崎は、それでもただ叫び続けた。命の限りを尽くして。

 ただただ、叫ぶことしかできなかった。

 命の限りを、ここで使い果たそうとして。

 届け、繋がれ。僕の、この無念が。僕の……オレの、怒りが。憎しみが!

 

「その憎悪、私が受け取ろう。お前の想いを繋げる為に」

 

 命の限りの超えなく叫びは、復讐の女神に聞き届けられた。

 

 

 後にこの事件を捜査した警察に残された資料によると、城崎家の両親と長女、そして長男の婚約者は、全部で五十九のパーツに分けられていたらしい。

 長男は行方不明。ただし現場で長男の血液が発見された。

 とても生きてはいられない失血であったことから、長男も死亡したものと思われていた。

 こうして、城崎隼人は、復讐の女神に出会い、その憎悪を抱えながら、闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「そして、私と隼人は出会ったのだ」

「絶望の底で、な」

「そんなことがあったとは、ね」

 

 話を聞いて、ロキは納得したように頷き、和輝は青ざめた。

 この男も同じだ。自分と同じ、神々の理不尽によって大切な人を奪われている。

 

「だからオレは、全てを奪われたあの日から、ナイアルラトホテップとその契約者を探し求める」

「黄泉野平月、か……」

 

 拳を握る城崎の手が力の入れ過ぎで白く変色していく。そうでなくとも、彼の声音から、底知れぬ怒りと癒えることのない悲しみが伝わってきた。

 すでに、いきなり攻撃されてデュエルに持ち込まれた怒りは、和輝の中から消えていた。

 あるのは共感と疑問。

 なぜ、こうして憎しみで戦わなければならないのか。

 

「あんたの、話は分かったよ」

 

 声に力はない。それを自覚しながら、和輝はそれでも言葉を紡ぐ。

 

「だけど、本当に俺はナイアルラトホテップと接点はさっき話した一度だけだ。これ以上渡せる情報なんてない」

「それはどうかな?」

 

 返答は城崎ではなく、ネメシスから。

 

「私は神の権能として、復讐者とその対象を繋げる糸を紡ぐことができる。復讐対象本人にすぐさま届かせることは簡単ではないが、これまで何度か成功している。

 そしてそれとは別に、対象に繋がる手がかかりを掴むことができる。我々は今回、後者の効果で君にたどり着いた。ならば、君はナイアルラトホテップについて近しいか、何らかの手掛かりを()()()()()()()()()()()()()()

「さぁ、デュエルを続けろ。貴様のターンからだ」

「だから――――」

 

 なおも言葉を言い募ろうとする和輝を制したのは、他ならぬ彼のパートナー、ロキだった。

 

「ロキ?」

「言葉を重ねても無駄さ。彼らは必死なんだ。そして本気なんだ。だったら、こっちも行動するしかない。それにナイアルラトホテップへの繋がり、手掛かりが本当にかつて一度会っただけかどうか、まだ分からないよ?」

「なんだって?」

「ジェネックス杯そのものにも、あのトリックスターの影がちらつくかもしれないってことさ。まぁ、いろいろ考えてみよう。そして、本気でぶつかろう。とりあえず、言葉じゃなくて、カードでね」

 

 ロキの言う通りかもしれない。言葉でしか伝わらない想いもあれば、言葉にしては伝わらない感情もある。今回は後者だ。

 気持ちを切り替える。ガチリとスイッチを切り替える。まずはデュエルのことを考えるのだ。全ての答えは、デュエルの先にしかない。

 

 

和輝LP1100手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:猿渡の魔術師(スケール4)青:牛刺の魔術師(スケール8)

モンスターゾーン ブラック・マジシャン(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

城崎LP5200手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン RR(レイド・ラプターズ)-エトランゼ・ファルコン(攻撃表示、ORU:)、RR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイド(攻撃表示、ORU:RR-ライズ・ファルコン、RR-バニシング・レイニアス、)、

魔法・罠ゾーン RR-ネスト、伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 思考を切り替えれば、和輝は冷静だった。

 戸惑いも何もかもを、全て棚上げする。そして冷静に戦況を眺める。

 状況は圧倒的に不利。相手のモンスターはいずれも強力で、しかも下手に倒せばあっさり後続が出てきて更なる窮地に立たされるだろう。

 

「まぁとにかく、手札を交換してみようか?」

 

 ロキの言うことは一理ある。今の手札では城崎の布陣を突破できないなら、多少賭けでも前に出るしかない。

 

「俺はイリュージョン・マジック発動! フィールドのブラック・マジシャンをリリースし、デッキから二枚のブラック・マジシャンを手札に加える。

 さらに闇の誘惑を発動! カードを二枚ドローし、ブラック・マジシャンを除外する」

 

 ドローカードを確認する。和輝の口の端がかすかに上に吊り上がった。

 

「このカードなら、いけるな。だがまずは下準備だ。ペンデュラム召喚! 再び現れろ、俺のモンスターたち! EXデッキから群鳥の魔術師を、手札からブラック・マジシャンを特殊召喚!」

 

 和輝の頭上に、異界への門が開かれる。門から光が二つ飛び出し、それぞれ群鳥の魔術師とブラック・マジシャンの姿を露わにした。

 

「そして、高等儀式術発動! デッキからレベル4の跳兎の魔術師と、レベル2のギャラクシーサーペント、そしてレベル1のガード・オブ・フレムベル二体を墓地に送る!」

「儀式召喚か」

 

 城崎の眼差しは鋭く、油断はない。

 それは和輝が一気に墓地を肥やした事実を見て、気を引き締めているからか。元々緩むような余裕が心にないからか。

 和輝のフィールドに、幾何学的な文様が描かれた魔法陣が展開。その魔法陣を金の燭台(しょくだい)が囲み、青い炎を灯らせる。

 食害と炎の数は全部で八つ。中央の魔法陣が淡いエメラルドグリーンの光を放つ。

 

「契約は結ばれた。四つの魂は混沌を高めた魔導師へと生まれ変わる。光を飲み、来たれ闇の大家! 儀式召喚、マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX!」

 

 エメラルドグリーンの光から、浮上するように現れたのは、マジシャン・オブ・ブラックカオスと同じような顔つきと衣装を持ったモンスター。

 二股の帽子は三又帽子に代わり、その身を包むレザーのような衣装はコート状に代わり、長い髪がたなびき、意外と引き締まった体をベルトで拘束する。

 手には杖ではなく、複雑な形状をした肉厚の太刀。柄まで歪曲したその太刀は異様だ。

 

「マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAXの効果発動! 群鳥の魔術師をリリースし、あんたのモンスター効果を封印する!」

「よっし! これで厄介なXモンスターが後続として出てくることはない!」

 

 つまりここが攻め時だ。

 

「俺は手札から、闇の量産工場を発動し、墓地のブラック・マジシャンとガード・オブ・フレムベルを回収し、ガード・オブ・フレムベルを召喚!

 レベル7のブラック・マジシャンに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 和輝の右手が力強く天へと振り上げられる。

 

「集いし八星が、星海切り裂く光の竜を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、響け、閃珖竜(せんこうりゅう) スターダスト!」

 

 光が辺りを包みこんだ。光の(とばり)の向こうから、星屑のような燐光を振り広げながら現れる首の長い細身のシルエットをした美しいドラゴン。

 

「バトルだ! マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAXでRR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイドを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り混沌の魔導師が手にした大剣を振るう。

 黒い斬撃が、剣の軌跡に従って飛ぶ。飛ぶ斬撃を喰らった機械の隼は、頭頂部から尻尾までを真っ二つに両断された。

 

「く……!」

「ブラックカオス・MAXの効果により、あんたはエアレイドの遺言効果を発動できない! そしてブラックカオス・MAXの効果発動! 墓地の墓地の闇の量産工場を回収する。さらに! スターダストでエトランゼ・ファルコンを攻撃!」

 

 追撃。スターダストが上体を逸らし、口内に光をため込む。

 状態を前に突き出す動きで、息吹(ブレス)が放たれる。白い閃光の一撃がエトランゼ・ファルコンに直撃。機械の隼を爆発炎上させた。

 ここでもブラックカオス・MAXの効果でエトランゼ・ファルコンの効果は発動しない。

 ()()()()()()()()

 城崎が、獣のように叫んだ。

 

「この瞬間! リバース速攻魔法発動! RUM(ランクアップ・マジック)-デス・ダブル・フォース!」

「ここでRUMだと!?」

 

 目を見開く和輝の眼前で、城崎の足元に伏せられていたカードが翻る。次の瞬間、城崎のフィールドに、渦を巻く銀河を思わせる空間が展開させる。

 

「オレは! エトランゼ・ファルコンでオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 

 破壊されたはずのエトランゼ・ファルコンが紫の光となって城崎の頭上に展開された空間に飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「怨讐の果てより、来たれ究極の翼! 我が怒りを熱に変えて輝け! 我が憎悪を力に変えて迸れ! あらゆる敵手を滅ぼし散らせ! RR-アルティメット・ファルコン!」

 

 爆発の余韻を突き破って、飛翔するのは金色の体躯を持つ機械の隼。 

 翼を広げ、背後に仏の後光を思わせる光輪を備え、無機質な機械の眼光で眼下、和輝のモンスターを見下ろした。

 

「こ、攻撃力3500で完全耐性……。このタイミングで出してくるのかい!?」ロキもまた、驚愕と呆れを入り混ぜたような声音で叫ぶ。

「隼人の恨みは深く、怒りは激しい。生半可な切り返しでは届かぬばかりか更なる刃を引き抜かせるのみと知れ」誇るように、ネメシスが切り返した。

「くそ……! もう俺のモンスターじゃどうにもできねぇ。

 バトルを終了! メインフェイズ2に入り、もう一度闇の量産工場を発動。墓地のブラック・マジシャンとギャラクシーサーペントを手札に加える。手札抹殺を発動、互いに手札を全て捨てて、捨てた枚数分ドローだ」

 和輝は三枚、城崎は二枚、それぞれ捨ててその分ドロー。うまく手札交換を果たした和輝は三枚の手札を眺め、小さく息を吐いた。

 今の手札、フィールドにアルティメット・ファルコンを打倒できるカードはなかった。耐えなければならない。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

イリュージョン・マジック:速攻魔法

「イリュージョン・マジック」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。自分のデッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を2体まで選んで手札に加える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

高等儀式術:儀式魔法

儀式モンスターの降臨に必要。(1):レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、デッキから通常モンスターを墓地へ送り、手札から儀式モンスター1体を儀式召喚する。

 

マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX 闇属性 ☆8 魔法使い族:儀式

ATK2800 DEF2600

「カオス・フォーム」により降臨。このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動できる。このターン、相手はモンスターの効果を発動できない。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、自分の墓地の魔法カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

闇の量産工場:通常魔法

(1):自分の墓地の通常モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

閃珖竜 スターダスト 光属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

RUM-デス・ダブル・フォース:速攻魔法

(1):このターンに戦闘で破壊され自分の墓地へ送られた「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターの倍のランクのXモンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

RR-アルティメット・ファルコン 闇属性 ランク10 鳥獣族:エクシーズ

ATK3500 DEF2000

鳥獣族レベル10モンスター×3

(1):このカードは他のカードの効果を受けない。(2):このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。このターン、相手フィールドのモンスターの攻撃力は1000ダウンし、相手はカードの効果を発動できない。(3):このカードが「RR」モンスターをX素材としている場合、以下の効果を得る。●お互いのエンドフェイズ毎に発動できる。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力は1000ダウンする。相手フィールドに表側表示モンスターが存在しない場合、相手に1000ダメージを与える。

 

手札抹殺:通常魔法

(1):手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする。

 

 

和輝LP1100手札1枚

城崎LP5200→4400→3900手札2枚

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードの確認を一瞥で済ませ、城崎は即座に行動に移った。

 

「アルティメット・ファルコンの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、貴様の場のモンスター全ての攻撃力を1000ダウンさせ、相手のカード効果を封じる!」

 

 ここでこの効果を通されれば負ける。しかもほかのカード効果も封じられてはなす術がない。

 ただし、今はまだ、その効果が確定していない。

 

「和輝!」ロキの叫び。パートナーが何を言いたいのか察して、和輝もまたすぐさまデュエルディスクのボタンを押した。

「させるか! アルティメット・ファルコンの効果にチェーンして、リバーストラップ発動! 和睦の使者! これでこのターン、俺と俺のモンスターへの戦闘ダメージは全て0になる!」

 

 させじと和輝の伏せカードが翻る。瞬間、彼のモンスターが戦闘から守られることになった。

 和輝の残りライフは僅か1100。ここでアルティメット・ファルコンの効果をそのまま通せば次の攻撃で確実にライフが0になる。ここでの発動は必須だった。

 チェーンが組まれ、逆順処理で和輝の和睦の使者の初同と効果が適用され、次にアルティメット・ファルコンの効果が発動する。これで、和輝のモンスターの攻撃力はダウンしたが、和睦の使者は問題なく発動できた。まさに九死に一生だ。

 

「手札抹殺で引けて良かったね。日頃の行いかな?」

「まだ負けるなってことさ。色々とな。さぁ、あんたはこれからどうする!?」

「フン……。威勢だけではないか、。ならば、カードを二枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 

和睦の使者:通常罠

(1):このターン、自分のモンスターは戦闘では破壊されず、自分が受ける戦闘ダメージは0になる。

 

 

マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX攻撃力2800→1800

閃珖竜スターダスト攻撃力2500→1500

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 ドローカードを確認し、フィールドを確認する。

 相変わらず窮地だ。しかしいいこともある。アルティメット・ファルコンは効果を使いきった。

 

「けど相変わらず完全耐性はあるわけだ。攻撃力も3500あるし。攻撃力に頼らない君のデッキだと、突破は難しいかな?」

「どうかな。やってみなければ分からないさ。俺は揺れる眼差しを発動!」

 

 和輝が手札から、速攻魔法をデュエルディスクにセットする。デュエルディスクがセットされたカードの画像を読み取り、立体映像(ソリットビジョン)として場に投影する。

 その瞬間を、まさに猛禽類のように狙いすまし、城崎の声が迸った。

 

「させん! カウンター(トラップ)発動! ラプターズ・ガスト! 貴様の揺れる眼差しを無効にする!」

 

 翻るリバースカード。その効果が即座に発動。どこからともなく響き渡った羽ばたきが、和輝が発動した速攻魔法を吹き飛ばそうと吹き荒れる。

 

「ここで揺れる眼差しを無効にされるのはまずくない?」

「ああまずい。だからこうだ! こっちもカウンタートラップ発動! 魔宮の賄賂!」

「ッ!」

 

 応じるように翻る和輝のカード。次に瞬間、荒れ狂っていた暴風は嘘のように静まり返った。代わりに、城崎はカードを一枚ドローしたが。

 

「これで、揺れる眼差しは問題なく発動された。俺の(ペンデュラム)ゾーンのPカード二枚を破壊し、あんたに500のダメージを与え、デッキから小鼠の魔術師を手札に加える! それと、猿渡の魔術師はPゾーンで破壊された時、モンスターゾーンに特殊召喚できるけど、その効果はここでは使わない。

 だってこいつの条件を満たせなくなるからな! 手札から、ペンデュラム・ホルト発動! 二枚ドロー!」

「……なるほど、ペンデュラム・ホルトはEXデッキに表側表示のPモンスターが三枚以上なければ発動できない。その条件を満たすため、猿渡の魔術師の効果を使わなかったわけか」

 

 ネメシスが、値踏みするように和輝の行動を考察する。観察されることは愉快な気分ではなかったが今は無視。それよりもデュエルの方が重要だ。

 ドローカードを確認する。にやりと笑った。

 

「来たぜ、逆転のカードが! 手札から、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動! 墓地のブラック・マジシャンとギャラクシーサーペントを除外融合!」

 

 和輝の頭上、空間が捻じれ、渦のような回転を造り出す。和輝の墓地からブラック・マジシャンとギャラクシーサーペントが飛び出して、渦の中心に向かって勇ましく飛び込んだ。

 

「黒衣の魔術師よ、銀河を泳ぐ海蛇よ! 今一つとなって魔を断つ竜魔導士へと変じよ! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 

 渦の向こう、二体のモンスターが一つに溶け合い、新たなモンスターへと生まれ変わる。

 現れたのは、体中に魔術文字が浮かび上がった、緑の体色のドラゴンと、その背に跨ったブラック・マジシャン。

 

「呪符竜の効果発動! あんたの墓地からRUM-デス・ダブル・フォース、RUM-レイド・フォース、RUM-レヴォリューション・フォース、エクシーズ・ギフト、闇の誘惑を、そして俺の墓地からも闇の誘惑を除外! これで呪符竜の攻撃力は600アップ!」

 

 つまり攻撃力3500。アルティメット・ファルコンと互角。上げようと思えばもっと上昇できただろうが、そうはせず、敢えてアルティメット・ファルコンと相打ち止まりを狙った。

 つまり、それは――――

 

(呪符竜の効果を最大限し使うこと。墓地から新たな魔法使いを蘇生し、残ったモンスターともども追撃するためか!)

 

 決めに来る。敵は今、こちらに持てる最大限の攻撃を放とうとしていた。

 火力ではない。だが抗いにくい、数という攻撃だ。

 

「バトル! 呪符竜でアルティメット・ファルコンに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。主の命を受けて、呪符竜が動く。背に跨ったブラック・マジシャンが杖を振りかざし、目標を指定。ドラゴンが大口を開いて、奥から黄金色の炎を放った。

 

「迎え撃て、アルティメット・ファルコン!」

 

 アルティメット・ファルコンが待機状態から起動。全身からスパークを迸らせて、光輪から数十に拡散したレーザーを放った。

 攻撃が交差。それぞれの一撃が対象に直撃。完全に消滅させた。

 

「この瞬間、呪符竜の効果発動! 墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 黒煙を振り払い、黒衣の魔術師が復活する。眉目秀麗なその顔に涼やかな笑みを貼り付けて、チッチッチと舌を鳴らした。

 

「だがこちらも、伏せていたRR-リターンを発動していた! 墓地のRR-バニシング・レイニアスを手札に加える!」

「しかし! まだバトルフェイズは続いている! 俺はブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

「チッ、墓地のRR-レディネスの効果発動! このカードをゲームから除外し、このターン、オレが受けるダメージを0にする!」

 

 防がれた。だがこれは予想通りだ。デュエル序盤で城崎がRR-レディネスを使った時点で、見えている防御札となっていた。ここで虎の子の防御札を使わせられたのは大きい。

 

「バトルを終了。俺はスターダストとマジシャン・オブ・ブラックカオス・MAXを守備表示に変更。そして小鼠の魔術師をPゾーンにセットする!」

 

 和輝の右隣。そこに青白く光る柱が屹立。中には鼠の尻尾をつけ、袖や裾を短くして動きやすくした、巫女のような紅白の袴姿の少女。即ち小鼠の魔術師。

 

「小鼠の魔術師のP効果! あんたの墓地のアルティメット・ファルコンを除外し、その攻撃力分、俺のライフを回復する! カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 

揺れる眼差し:速攻魔法

(1):お互いのPゾーンのカードを全て破壊する。その後、この効果で破壊したカードの数によって以下の効果を適用する。

●1枚以上:相手に500ダメージを与える。

●2枚以上:デッキからPモンスター1体を手札に加える事ができる。

●3枚以上:フィールドのカード1枚を選んで除外できる。

●4枚:デッキから「揺れる眼差し」1枚を手札に加える事ができる。

 

ラプターズ・ガスト:カウンター罠

(1):自分フィールドに「RR」カードが存在し、魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

魔宮の賄賂:カウンター罠

(1):相手が魔法・罠カードを発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。相手はデッキから1枚ドローする。

 

ペンデュラム・ホルト:通常魔法

(1):自分のEXデッキに表側表示のPモンスターが3種類以上存在する場合に発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はデッキからカードを手札に加える事はできない。

 

龍の鏡:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、ドラゴン族の融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

RR-リターン:通常罠

「RR-リターン」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドの「RR」モンスターが戦闘で破壊された場合、自分の墓地の「RR」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。(2):自分フィールドの「RR」モンスターが効果で破壊された場合、墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「RR」カード1枚を手札に加える。

 

小鼠の魔術師 闇属性 ☆1 魔法使い族:ペンデュラム

ATK500 DEF400

Pスケール1

P効果

(1):1ターンに1度、相手の墓地のモンスター1体を対象に発動できる。そのモンスターをゲームから除外し、その攻撃力分ライフを回復する。その後、このカードを破壊する。

モンスター効果

このカード名のモンスター効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):このカードがEXデッキに表側表示で存在する時に発動できる。このカードを、空いた自分Pゾーンにセットする。

 

 

和輝LP1100→4600手札0枚

城崎LP3900→3400手札3枚

 

 

「彼の牙城を、これで少しは崩せたかな?」

「さぁな。だが切り札を一つ潰せたことは間違いないと思う。そして、これで終わるとも思えない。だから、ここからもっと、気を引き締めないとな」

 

 和輝の言う通り、城崎の眼光は微塵も衰えていない。この戦いは、まだ波乱があるだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話:復讐者は闇を行く

 和輝の攻撃は、残念ながら城崎のライフを削るには至らなかった。

 

「遠いな……!」

 

 思わず呟いてしまう。その声を聞き取って、ネメシスが微笑した。

 

「当然だ、少年。隼人の執念を甘く見るな。隼人の憎悪を薄く見るな。この程度で倒れられるほど、安易な道はたどっていない」

「いい、ネメシス」

 

 眼光鋭く。けれど口調は淡く。城崎は和輝を見据える。

 

「貴様が人形でなくとも、オレのやることは変わらない。貴様がナイアルラトホテップに繋がる何かを持っているなら、残らずさらけ出せ。そのために、貴様を痛めつけようとも、オレの心はいささかも痛まない。躊躇はない」

「ふっざけんな! 誰彼構わずかよ! そんなに復讐が第一か!」

「その通りだ。オレにはもう、他に成したいことがない」

 

 怒りに任せた和輝の感情に、冷水を浴びせるがごとき言葉(いちげき)だった。

 城崎に抱いていた憐憫の情が薄れ、代わりに最初に感じた怒りが再燃する。

 このとりつく島のない男は、このまま野放しにしていいのだろうか?

 ガチン! 徹底的にやらなければならない。それこそ、ここで宝珠を破壊して、無理矢理で求めなければならないのではないだろうか?

 

「そんなの、理不尽を押し付ける神と変わらない!」

「神と手を組み、神の力に頼る以上、オレは違うというつもりはない」

 

 二人の会話はどこまでいっても、悲しいほどに平行線だった。

 

 

 

和輝LP4600手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:小鼠の魔術師(スケール1)、青:

モンスターゾーン マジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX(守備表示、攻撃力2800→1800)、閃珖竜スターダスト(守備表示、攻撃力2500→1500)、ブラック・マジシャン(攻撃表示)、

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

城崎LP3400手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン なし

魔法・罠ゾーン RR-ネスト、

フィールドゾーン なし

 

 

「オレのターンだ!」

 

 相変わらず、城崎の気配は荒々しい。眼光の鋭さも一切衰えていない。これはきっと、城崎が今の城崎である限り変わらないものだ。

 

「隼人、どうする?」

「決まっている。オレはオレの復讐を遂げる。そのために取る手段は躊躇しない! たとえ何人が血にまみれ、涙を流そうと!

 成金ゴブリンを発動! 貴様のライフを1000回復させる代わりに、オレは一枚ドロー!」

「回復……」

 

 和輝は訝しんだ。

 ドローを加速させ、デッキの周りを早めたいのだと思う。それに高々1000のライフ回復は、現在の環境ではないも同然だ。

 だがそれだけではないような気がする。もっと、和輝にとって危険な狙いがある気がする。

 和輝の直感はそう遠くないうちに現実になった。

 

「二枚目の闇の誘惑を発動。二枚ドローし、RR-スカル・イーグルを除外!」

 

 ()()()。軋むような笑みを、城崎は浮かべた。その様は錆びついて、それでも弾丸が放たれる時を待つ巨大な銃を思わせた。

 そして、弾丸が放たれる瞬間はそう遠くなく、間違いなく和輝に喰らいつくだろう。

 

RUM(ランクアップ・マジック)-リィンカーネーション・フォース発動! ライフを半分払い、墓地のRR-ライズ・ファルコンを蘇生!」

 

 復活するライズ・ファルコン。勿論ORUのない状態ではただ低い攻撃力を晒すXモンスターに過ぎない。

 勿論、RUMなのだから、続きがある。

 

「そして、特殊召喚したライズ・ファルコンをオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!

 怨恨の彼岸より、飛翔せよ爆炎の翼! 天より降り注ぐ炎の矢が、我が敵、我が仇のことごとくを灰燼に帰さしめん! RR-ブレイズ・ファルコン!」

 

 X召喚のエフェクトが走り、虹色の爆発が起こり、噴煙を紅蓮の炎が突き破った。

 炎を振り払って飛翔するのは、これまた炎のように真っ赤なカラーリングを持つ機械の隼。

 メインカラーは赤と黒。翼を広げ、翼にはいくつもの可動式の砲塔が装備され、無機質なアイカメラが和輝を見下ろす。

 

「くそ!」

 

 和輝は城崎がやろうとしていることを推測。これはまずいと思い、デュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 永遠の魂!」

 

 翻るカード。そして、永続罠の効果が発揮。ブラック・マジシャンをカード効果から守る。つまり、スターダストの効果と合わせれば、ブレイズ・ファルコンの破壊効果による被害も最低限に抑えることができるのだ。

 

「フン。それがどうした! オレはバニシング・レイニアスを召喚! RR-ネストの効果を発動し、墓地のRR-ナパーム・ドラゴニアスを回収し、バニシング・レイニアスの効果によって特殊召喚!

 ナパーム・ドラゴニアス効果発動! 貴様に600のダメージを与える!」

 

 再び召喚されたナパーム・ドラゴニアスが、怒りを吐き出すように火炎弾を和輝に向かって放つ。和輝は宝珠を庇ってガード。相変わらず重い一撃だったが、今度は揺るがない。

 この男に、ただ負けるわけにはいかない。和輝の精神の防壁が、彼のもベーションの上昇にとって強固になっている。

 

「オレは! バニシング・レイニアスとナパーム・ドラゴニアスでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 X召喚のエフェクトが展開。渦巻く銀河を思わせる空間に向かって、二体のRRが飛び込み、虹色の爆発を起こす。

 

「憤怒の空より、来たれ灼熱の翼! 熱を回せ、動力を回せ、怒りを回せ! その怒りはいかなるものも凌駕する! RR-ブレード・バーナー・ファルコン!」

 

 爆炎を突き破って飛来する隼が一体。

 機械の身体。白銀の鎧を纏ったようなボディ、翼を広げた姿に、鋭い眼差し。機械の姿だがそんな冷たい身体に、火傷しそうな熱い怒りを感じる。

 

「ブレード・バーナー・ファルコンの効果発動! オレと貴様のライフ差が3000以上なため、このカードの攻撃力は3000アップする!」

「成金ゴブリンを使ったのはこのためか!」

 

 攻撃力4000。今の和輝のどのモンスターよりも高い。

 さらに畳みかけるように城崎の声が飛ぶ。

 

「ブレイズ・ファルコンの効果発動! ORUを一つ使い、貴様の場にいる特殊召喚されたモンスターを全て破壊し、貴様にダメージを与える!」

「スターダストの効果発動! スターダスト自身を、効果破壊から守る!」

 

 ブレイズ・ファルコンの全身に装備された砲塔から赤光(しゃっこう)が放たれる。

 破壊の一撃は雨のように和輝のフィールドに降り注ぐ。だがブラック・マジシャンは永遠の魂の効果によって相手のカード効果を受けず、スターダストもまた、自身の効果で身を守った。

 なので破壊されたのはマジシャン・オブ・ブラックカオス・MAX一体のみ、和輝が受けたダメージも500止まりだ。

 もっとも、500止まりなのは、今この瞬間だけだが。

 城崎が更なるカードを繰り出した。

 

「RUM-スキップ・フォース! ブレイズ・ファルコンをダブルランクアップ!」

「おいおい、何枚RUMため込んでるんだい」

「いいや、隼人の執念が、ナイアルラトホテップにたどり着くという誓いが、引き寄せるのだ」

 

 神々の言葉の応酬の眼前で、虹色の爆発が起こる。

 

「オレは! ブレイズ・ファルコンでオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!

 怨嗟の空より、来たれ黒鉄の翼! 内包せし武器庫より飛来せよ殲滅兵器! RR-アーセナル・ファルコン!」

 

 爆発の向こうから巨体が現れる。

 漆黒の体躯、大きく広げられた両翼を持つ隼。その体から延びるのは甲板のようで、空中の空母や要塞を思わせる。

 

「バトルだ! ブレード・バーナー・ファルコンでブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 バトルが始まる。ブレード・バーナー・ファルコンが火を噴き飛翔、上昇から一気に滑降。ブラック・マジシャンと交錯する。すれ違った時、ブラック・マジシャンは胸部を切り裂かれて崩れ落ちた。

 

「この瞬間、ブレード・バーナー・ファルコンの効果発動! ORUを一つ使い、閃珖竜スターダストを破壊する!」

 

 城崎に容赦はない。スターダストもあっさりと破壊され、和輝を守るモンスターは全ていなくなった。

 

「アーセナル・ファルコンでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下される。アーセナル・ファルコンが、その巨体の装甲各所をスライド、中から無砲塔式の砲口が出現。一斉に黒のレーザーを放った。

 レーザーは緩やかなカーブを描くものもあれば、鋭角に迫るものもあり、その全てが和輝を狙う。

 和輝は避けない。もとより全方向を囲まれているので、回避は不可能。和輝は宝珠だけを庇う。

 

 ――――楽しい楽しい楽しいなぁ!

 

 頭の中、胸の奥、そんな自分では触れられない位置で、怪物が笑った。

 衝撃は一瞬後に来た。体がはじけ飛びそうな痛みが全身から湧き出てきた。

 それと同時に、脳裏に映像が過った。

 凄惨な現場。血と臓物にまみれた部屋。テーブルに並べられた四人分の頭。まるで一家団欒のような悪趣味な演出。それを作り上げた少年。そして彼と契約を交わした、邪神。

 見覚えがあった。

 ああ、間違いない。一度しかあっていなくても、こんな訳の分からない映像越しでも、はっきりとわかる。

 黄泉野平月(よみのひらつき)と、ナイアルラトホテップ。

 

「ッ!」

 

 映像はそこで終わった。今のが何なのか、和輝は直感的に理解していた。

 

「これ、が……」

 

 城崎の記憶だ。今の彼の原点。彼が復讐の道を歩み始めた、その始まりだ。

 見れば城崎の方もまた、頭を押さえていた。その目つきは険しい。

 

「貴様……これは……」

 

 城崎の脳裏にも映像が流れたようだ。何を見たのだろうか?

 

「君の記憶だよ、和輝。彼はそれを見たんだ」

「何?」

 

 傍らのロキが、静かにそういった。

 

「芽吹いたようだね」

「なんだと……?」

 

 一体何を言っているのか分からない。

 

「前に言ったろ? 神々と人間との距離が近かった時には、人間の中に特殊な能力を持った者が生まれることがあったと。

 神の血を引いた人間とか、神々の時代の残滓。それは今でもそうだ。数は少なくなっても、ゼロではない」

 

 分かる。和輝のカウンセラーにしてデュエルの師匠、クリノは常人には見えないものを見ていた。

 国守咲夜(くにもりさくや)と始め出会った時に戦った、エリスの契約者、オデッサは触れているものの内容を透かすことができた。それで彼女はノーリスクでデーモンの宣告を当てていた。

 

「だが俺は、今までそんな能力を自覚したことなんざ……」

「言ったろ? 芽吹いたって。和輝、君は七年前にボクの心臓の半分を移植された。濃度で言うなら、君はどの参加者よりも濃い神の血を、その身に宿している。だから、こういった能力に目覚めても不思議じゃない」

「…………」

「精神感応。相互か、一方か、とにかく相手と繋がり、伝わってくる能力」

 

 そんなものが何の役に立つのか。和輝には分からない。否――――

 分かることはある。伝わった。繋がった。和輝には城崎の憎悪が、怒りが、言葉ではなく、心で理解できた。

 彼は止まれない。止まらない。それが痛いほど()()()()()()

 

「くそ……!」

 

 だが、やはり復讐のために誰彼構わずその怒りをぶつけるのは看過できない。

 デュエル続行だ。

 

「おい! あんたのモンスターは全て攻撃した。これでバトルは終了、ターンも終了か!?」

「く……ッ! カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

「ならあんたのエンドフェイズに、永遠の魂の効果発動! 墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 

成金ゴブリン:通常魔法

(1):自分はデッキから1枚ドローする。その後、相手は1000LP回復する。

 

RUM-リィンカーネーション・フォース:通常魔法

(1):LPを半分払い、自分の墓地の「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターよりランクが1つ高いXモンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてEXデッキから特殊召喚する。

 

RR-ブレイズ・ファルコン 闇属性 ランク5 鳥獣族:エクシーズ

ATK1000 DEF2000

鳥獣族レベル5モンスター×3

(1):X素材を持っているこのカードは直接攻撃できる。(2):このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。(3):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールドの特殊召喚されたモンスターを全て破壊し、破壊したモンスターの数×500ダメージを相手に与える。

 

RR-ブレード・バーナー・ファルコン 闇属性 ランク4 鳥獣族:エクシーズ

ATK1000 DEF1000

鳥獣族レベル4モンスター×2

(1:自分のLPが相手より3000以上少なく、このカードがX召喚に成功した場合に発動できる。このカードの攻撃力は3000アップする。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、このカードのX素材を任意の数だけ取り除いて発動できる。取り除いたX素材の数だけ、相手フィールドのモンスターを選んで破壊する。

 

RUM-スキップ・フォース:通常魔法

(1):自分フィールドの「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターよりランクが2つ高い「RR」モンスター1体を、対象の自分のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。(2):自分の墓地からこのカードと「RR」モンスター1体を除外し、自分の墓地の「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

RR-アーセナル・ファルコン 闇属性 ランク7 鳥獣族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル7モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから鳥獣族・レベル4モンスター1体を特殊召喚する。(2):「RR」モンスターをX素材として持っているこのカードは、その数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。(3):「RR」モンスターをX素材として持っているこのカードが墓地へ送られた場合に発動できる。エクストラデッキから「RR-アーセナル・ファルコン」以外の「RR」Xモンスター1体を特殊召喚し、墓地のこのカードをそのXモンスターの下に重ねてX素材とする。

 

 

RR-ブレード・バーナー・ファルコン攻撃力1000→4000、ORU×1

 

 

和輝LP4600→5600→5000→4500→3000→500手札0枚

城崎LP3400→1700手札0枚

 

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 声に力はあるが、和輝の顔色は悪い。

 彼が見た城崎の過去は映像としてだけではない。城崎が復讐を誓ったあの晩に、彼が感じた心臓の鼓動や、鼻腔を突く血の臭い。体に走った衝撃、命が流れ落ちていく冷たさ。

 それ等全てを、和輝もまた感じたのだ。

 あの時の城崎の慟哭も、全て。

 

「和輝、相手に感情移入しすぎたのかな?」

 

 ロキが言う。その顔にいつものにやにや笑いは張り付いていない。和輝は黙って首を横に振った。

 

「いいや、違う。大丈夫だ。俺は戦える。相手の過去を垣間見て、()()()()、怒りも悲しみも、全部分かった。

 理不尽に叩きのめされたんだ。だけど、だからってあれじゃあ、()()()()()()()()()()()

「……じゃあ、どうするの?」

「復讐を止めるつもりはない。あの炎は消えない。消せない。だけど、誰彼構わず燃やすようじゃあ、いつか復讐ですらなくなっちまう。だから、頭を冷やしてもらう」

 

 確固たる決意を秘めて、和輝はカードを抜きだした。

 

「俺はスケール3の白蛇の魔術師を、Pゾーンにセット!」

 

 和輝の隣に、もう一本、青白い光の柱が屹立する。光柱の中に納まっているのは、着崩した黒地に銀と金色の蛇柄のアクセントが入った着物を着た、黒髪金目の妖艶な雰囲気を放つ妙齢の女性。その下には3の数字が浮かんでいる。

 

「白蛇の魔術師のP効果! Pゾーンのこのカードと、反対側のPゾーンにあるカードを破壊し、二枚ドロー!」

 

 ドローしたカードを、鋭い視線で見る和輝。そのまま一気に言葉を放つ。

 

「永遠の魂の効果で、デッキから千本ナイフ(サウザンド・ナイフ)を手札に加え、発動! ブレード・バーナー・ファルコンを破壊する!」

 

 ブラック・マジシャンの周囲に、無数のナイフが出現する。千本、そういわれれば信じられるほど、人の目で数えられる数を超えた銀の刃。

 その刃先が一斉にブレード・バーナー・ファルコンを向き、発射された。

 周囲全てを覆った刃の群。それが一斉に空飛ぶ隼に襲い掛かり、囲んで捕え、刺し貫いた。

 

「まず一つ!」

「ただではやられん! 墓地のRR-リターンの効果発動! このカードを除外し、デッキからRR-インペイル・レイニアスを手札に加える!」

 

 やはり手ごわい。ただでは倒れないというのが、復讐者を体現しているように、今の和輝には感じられた。

 手が折れれば足で、足が折れれば喉笛に食らいつく。死んだ後も、骨の尖った部分を上に向け、相手が踏むのを待つ。どんな状態になろうとも仇を諦めない執念。

 

「けど、それじゃあ破滅するだけだ!」

「関係ない」

 

 思わずついて出た声に、返答があった。地獄の炎を内包したような眼差しを浴びせながら、城崎が吠える。

 

「全てを奪われた! 守りたかったものも、育みたかった幸福も! 全てこの手から零れ落ちた! ならば、仇を討つ! ナイアルラトホテップとその契約者に報いを! オレの命、人生、そのために全て使う!」

「そのために辺り構わず傷つけていいことにはならない! アメイジング・ペンデュラム発動! EXデッキから牛刺の魔術師と、小鼠の魔術師を手札に加える。

 そして、今手札に加えた二体の魔術師をPゾーンにセット!」

 

 再び和輝の両隣に青白い光の柱が屹立する。

 

「これでオレは、レベル2から7のモンスターを同時に召喚できる! ペンデュラム召喚! 再び現れろ、俺のモンスターたち!

 ペンデュラム召喚! EXデッキから現れろ、白蛇の魔術師、群鳥の魔術師!

 

 和輝の頭上、異界への門が展開され、そこから光となって二体の魔術師が現れる。和輝の声が飛ぶ。

 

「P召喚された白蛇の魔術師の効果により、一枚ドロー! バウンド・ワンドをブラック・マジシャンに装備する。

 バトルだ! ブラック・マジシャンで、アーセナル・ファルコンを攻撃!」

 

 今やブラック・マジシャンの攻撃力はバウンド・ワンドの効果にっとって3200、アーセナル・ファルコンも撃破できる。

 ふわりと浮き上がるような軽やかな跳躍。ブラック・マジシャンの杖が振るわれ、先端から黒い稲妻が幾条も放たれる。

 雷は黒い蛇のようにうねり、アーセナル・ファルコンに殺到。装甲に食らいつき、内部に侵入し、内外から焼き尽くす。

 断末魔の咆哮はない。機械の隼は各所から爆炎の花を咲かせて瓦解した。

 和輝はここで、アーセナル・ファルコンの効果が発動されると思っていた。アーセナル・ファルコンの効果で後続を呼ぶのだと。

 だが、城崎の宣言が和輝の予想を裏切った。

 

「リバースカードオープン! RUM-ラプターズ・フォース発動! 今破壊されたアーセナル・ファルコンを蘇生し、オーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

「何!?」

 

 和輝の目が見開かれる。その眼前で、X召喚のエフェクトが展開。渦巻く銀河を思わせる粒子の渦に、紫色の光となったアーセナル・ファルコンが飛び込んだ。

 

「絶望の底より、飛翔せよ夜天の翼! 彼方からの光を(しるべ)に、どこまでも高く、鋭く突き進め! 現れろ月光の隼!RR-サテライト・キャノン・ファルコン!」

 

 虹色の爆発を突き破り、飛翔する翼。

 月光のような金色、月を思わせる白、そして白のアクセントを加える赤いカラーリングの隼モンスター。

 やはり機械の身体で、翼と腰骨の付け根にキャノン砲を携えている。

 

「サテライト・キャノン・ファルコンの効果発動! X召喚成功時に、相手の魔法、罠を全て破壊する! 消え失せろ!」

「ッ! このために、アーセナル・ファルコンの効果で特殊召喚するのではなく、RUMを使ったのか!」

 

 気付いた時にはもう遅い。サテライト・キャノン・ファルコンの砲口がターゲットを固定、発射される。

 エメラルドグリーンの光が、文字通り和輝の魔法や罠を薙ぎ払う。

 

「くそぉ!」

「永遠の魂が破壊された!」

 

 ロキの悲鳴のような声。その通りの光景が展開される。

 

「く……! 永遠の魂が破壊されたため、俺の場にモンスターは全て破壊される……」

 

 中空に浮かぶ白い翼。これこそが城崎の奥の手か。

 だがアルティメット・ファルコンを破壊された以上、ここで出てきたランク8、これが、城崎の最後の手段でもあるのだろう。

 お互いに、あとがない。

 

「悟っているだろうが……」

 

 愕然とする和輝に、城崎の声が届く。

 

「このサテライト・キャノン・ファルコンが、現状オレが出せる最後の大型モンスターだ。貴様がオレの復讐に物申すなら、突破してみろ」

「……あんたの復讐そのものを否定する気はない。だけど、そのために出る無関係な被害、犠牲が、俺は()()()()()()。俺は大欲な壺を発動! 除外されてる二体のブラック・マジシャンとギャラクシーサーペントをデッキに戻して、一枚ドロー!

 二枚目のペンデュラム・ホルトを発動し、二枚ドロー! カードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 

白蛇の魔術師 地属性 ☆3 魔法使い族:ペンデュラム

ATK1200 DEF1100

Pスケール3

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分メインフェイズにもう片方の自分のPゾーンに「白蛇の魔術師」以外の「魔術師」または「オッドアイ」カードが存在する場合に発動できる。このカードともう片方のPゾーンのカードを破壊し、カードを2枚ドローする。

モンスター効果

このカード名のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードを含む魔法使い族モンスター2体以上のP召喚に成功した時に発動する。カードを1枚ドローする。

 

千本ナイフ:通常魔法

(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターを破壊する。

 

アメイジング・ペンデュラム:通常魔法

「アメイジング・ペンデュラム」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。自分のエクストラデッキから、カード名が異なる表側表示の「魔術師」Pモンスター2体を手札に加える。

 

バウンド・ワンド:装備魔法

魔法使い族モンスターにのみ装備可能。(1):装備モンスターの攻撃力は、装備モンスターのレベル×100アップする。(2):装備モンスターが相手によって破壊され、このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。そのモンスターを墓地から自分フィールドに特殊召喚する。

 

RUM-ラプターズ・フォース:速攻魔法

(1):自分フィールドの「RR」Xモンスターが破壊され墓地へ送られたターン、自分の墓地の「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターよりランクが1つ高い「RR」モンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

RR-サテライト・キャノン・ファルコン 闇属性 ランク8 鳥獣族:エクシーズ

ATK3000 DEF2000

鳥獣族レベル8モンスター×2

(1):このカードが「RR」モンスターを素材としてX召喚に成功した場合に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。(2):このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は自分の墓地の「RR」モンスターの数×800ダウンする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

大欲な壺:速攻魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体を対象として発動できる。そのモンスター3体を持ち主のデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

RR-サテライト・キャノン・ファルコンORU×1

 

 

和輝LP500手札1枚

城崎LP1700→1000手札1枚

 

 

「オレのターンだ、ドロー!」

 

 カードをドローしながらも、城崎の心もまた千々に乱れていた。

 和輝が城崎の過去と、そこに付随する感情、五感を感じたのに対して、城崎もまた、和輝の過去を垣間見たのだ。

 七年前の東京大火災。その地獄の只中をさ迷い歩き、最終的に力尽きた後、ロキと出会った時のことを。

 あの地獄は神々によるものだった。あれは余波だったが、それでも、城崎は和輝の気持ちが、押し付けられる理不尽に対する怒りの根源が分かった。

 あの少年もまた、一歩間違えばこちら側だったのだと理解した。

 そして、境界線上で踏みとどまっていることも。

 

「く……! だが、今更オレの道は変えられん。そして、この攻撃でデュエルは終わりだ! 沈め! サテライト・キャノン・ファルコンでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下る。サテライト・キャノン・ファルコンが、両腰の砲門を和輝に向ける。

 チャージは最速。直後に空気を焼くエメラルドグリーンの光が放たれた。

 

「いいや、まだだ! まだ終わりじゃない! リバースカードオープン! 戦線復帰! 守備表示で甦れ、閃珖竜スターダスト!」

 

 舞い散る粉雪のような光の粒子を伴って、和輝のフィールドに星屑の竜が復活する。以下に厄介な効果を持っていようと、一体であるならば閃珖竜スターダストは耐えられる。

 

「く……!」

「まだ終わらない。終われない! あんたの復讐を否定するつもりはない。それに、何が起こったのかも知った。協力だってしてやりたい。だけど、俺にやったように問答無用で、まずは暴力――理不尽――でいったん屈服させるってやり方が気に入らない!」

「理不尽に抗うのが和輝だよ、ミスター・アヴェンジャー」とロキ。

「だが、復讐の業火こそが力の源。制御できねば他者を焼くは道理。違うかロキよ」ネメシスが反論する。

「言葉で止まると思うな。意志を通したいなら、行動で、力で示せ」あくまでかたくなな城崎。だが和輝はそれが表面だけだと分かった。伝わってきた。

「そうさせてもらう」和輝が力強く頷く。城崎は誰にも気づかれぬよう、ほんの微かに笑った。

 

「バトル終了。モンスターとセット。そしてRR-ネストの効果で、墓地のRR-ナパーム・ドラゴニアスを手札に加える。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

 

「俺のターン!」

 

 今のは首の皮一枚だった。もし相手に追撃の手段があれば、和輝の負けだった。

 

「そして窮地は去っていない。彼の手札にはナパーム・ドラゴニアスがある。召喚されれば600ダメージで負けだ」

 

 それも分かっている。負けるつもりはない。なにより――――

 

「ここであの人に勝って、俺の意志を通す。そうしなければ、あの人はきっと何もかもを巻き込んで、破滅する」

 

 決意を秘めた和輝の言葉。ロキは口元だけで微笑を作った。

 

「そのために、まずはこいつだ! 強欲で貪欲な壺発動! デッキトップから十枚除外し、二枚ドロー!」

 

 ドローカードを確認、和輝はいったん手を止めた。

 

「どうした?」

「一つ、聞きたい」

「なんだ?」

 

 和輝の城崎の二人、交わされる会話は簡素でそっけない。

 

「あんたは、復讐を終えたらどうするんだ?」

「……さぁな。考えたこともない」

 

 痛みを絶えるような表情を浮かべる和輝。

 

「だから、周囲を巻き込むことも厭わないんだ」

「…………」

 

 無言。だが和輝は、頑なだった城崎の心が、ほんのわずかにほぐれた様に思った。

 

「勝つぜ。ニトロ・ユニットをサテライト・キャノン・ファルコンに装備!

 そしてEXデッキの小鼠の魔術師のモンスター効果発動! EXデッキに表側表示で存在するこのカードを、俺のPゾーンにセット! さらにオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンをPゾーンにセッティング!」

 

 何度でも蘇る、諦めない。和輝の想いを体現するかのように、彼の両隣に青白い光の柱が屹立した。

 Pスケールは1と4。

 

「これで、俺はレベル2と3のモンスターを、同時に召喚できる! これがこのデュエル、最後のペンデュラム召喚だ! EXデッキから現れろ、白蛇の魔術師!」

 

 展開されるモンスターたち。それを見ながら、ネメシスが言う。

 

「ロキのパートナーは、このターンで決めるつもりか……」

「そのようだ。そして、オレに意志を届かせるつもりでいる」

 

 和輝の過去を見た。あの地獄を見た。城崎の中で、復讐心は根源で、今の原点だ。だが、誰彼構わず燃やし尽くす黒い炎のような感情は、確かに少し静まっている。

 目的のためなら手段を択ばず、誰彼構わず傷つける。その姿勢は、理不尽を押し付ける神と変わらないと、和輝は言った。

 そんなことは城崎も分かっている。だがその一方で、あの少年の言うことは正しい。それでも止まれない。

 復讐を果たせるなら、命はいらない。もうこれしかないのだ、自分には。

 だから城崎隼人はこの暗黒の道を歩き続ける。

 だが――――

 

「魔法カード、ペンデュラム・フュージョン発動! 俺の場にいる白蛇の魔術師と、Pゾーンのオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを融合!

 

 光とともに現れる、神秘を内包した虹彩異色(ヘテロクロミア)のドラゴン。背後にリング状のパーツを備え、オリジナルのオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンよりもスマートなフォルムになった。

 

「P召喚されたモンスターを素材にしたルーンアイズは、相手のカード効果を受けない! これでサテライト・キャノン・ファルコンの効果で攻撃力が下がることもない!

 さらにレベル4以下のモンスターを素材にしたルーンアイズは、相手モンスターに二回攻撃できる! バトルだ!」

 

 和輝の手札はゼロ。これが正真正銘、最後の攻撃だ。

 強い意志を秘めた瞳。何と熱い感情か。そして優しい。こちらの、こんな暗闇を歩くことを決めた男のことさえ慮っている。

 ふと、昔を思い出した。思えば死んでしまった婚約者も、時々きついことを言うが、相手のことを思いやる優しい女性(ひと)だった。

 城崎は、自分の口元に淡い笑みが浮かぶのを自覚した。

 その眼前で、守備表示を取っていたインペイル・レイニアスが破壊された。

 二回目の攻撃が来る。笑みそのものが幻であったかのように、城崎は獣のように吠えた。

 

()の意志は届いた。だが! 勝ちまでは譲れん。宝珠にまで、その手は届かせない! リバースカードオープン! 破壊指輪(リング)!」

「なんだと!?」

 

 和輝の目が見開かれる。驚愕を顔で表した少年の眼前、サテライト・キャノン・ファルコンの首に、爆弾付きの指輪が嵌められる。

 起爆装置は作動済み。爆破までの猶予は皆無。ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃が届く前に速やかに爆散。  

 轟音が空になり、衝撃波が両者を打ちのめした。

 

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

ペンデュラム・フュージョン:通常魔法

「ペンデュラム・フュージョン」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。自分のPゾーンにカードが2枚存在する場合、自分のPゾーンに存在する融合素材モンスターも融合素材に使用できる。

 

ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

AT3000 DEF2000

「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」+魔法使い族モンスター

(1):このカードは、「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン」以外の融合素材としたモンスターの元々のレベルによって以下の効果を得る。●レベル4以下:このカードは1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。●レベル5以上:このカードは1度のバトルフェイズ中に3回までモンスターに攻撃できる。(2):フィールドのP召喚されたモンスターを素材としてこのカードが融合召喚に成功したターン、このカードは相手の効果を受けない。

 

破壊指輪:通常罠

自分フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、お互いに1000ポイントダメージを受ける。

 

 

和輝LP0

城崎LP0

 

 

「くそ……! 勝ちきれなかったか」

 

 悔し気に呻く和輝。デュエルディスクに表示された、-2000DPも目に入らない。

 だが半面、ロキは楽観的だった。

 

「けれど、君の意志は届いたみたいだよ?」

 

 視線を向ければ、そこには立ったままの城崎の姿。だが一目でわかった。今の彼の身体からは、あの禍々しいまでの憎悪は鳴りを潜めていた。

 なくなったわけではない。ただ、彼の身の内に納まったのだ。

 静まった憎悪は激情と怒りはそのままに、しかし無暗に周囲を傷つけることはなくなった。

 ややあって、城崎の方から口を開いた。

 

「復讐を終えたらどうするか、お前は言ったな」

「ああ」

 

 呆れたような、疲れたような吐息が漏れる。城崎はデュエルディスクを停止し、カードを回収しながら、(きびす)を返した。

 

「やはり答えはない、だ。オレは復讐のために生きる。最早それだけが、オレがすべきことだからだ」

「先があったっていいじゃないか……」

「そんなものは、全てが終わってからだ」

 

 息が漏れた。深くて重い吐息だった。

 去っていく城崎の後ろ姿。あれだけこちらを痛めつけてでも情報を得ようとしていたのに、何も問おうとしない。ネメシスも、契約者の意向に従うのか、何も言わずに背を向けた。

 ただ、その口元にほんのわずかに笑みがあったのは、和輝の錯覚だろうか。

 

「ゾディアックビル」

 

 だから、和輝は我知らずの内に口にしていた。

 城崎の足が止まる。

 

「ナイアルラトホテップと黄泉野平月がいるとしたら、そこかもしれない。

 ジェネックス杯が始まってから、ギリシャ神話の怪物とかが出てきてる。けどそれとは別にクトゥルフ神話の怪物も出ているらしい。

 だったら、ゾディアック社にいるティターン神族と、ナイアルラトホテップは繋がっているかもしれない。てゆーかその可能性は高いと思う。一度しかあってないが、あの邪神たちはこういうイベントを隅っこで観戦して、ケタケタ嘲笑っているんだろう」

「人間も神々も冷笑する混沌の神、それがナイアルラトホテップだものね」

「俺たちはジェネックス杯三日目にゾディアック本社に向かう。そこでティターン神族と決着をつけるつもりだ。その時なら、うまくすればナイアルラトホテップと会えるかもしれない」

 

 城崎は無言だ。ただ、一つだけ頷いて、再び歩き出した。

 和輝は何も言葉を駆けられず、その背中が見えなくなるまで見つめていた。

 

「彼の炎は消えたわけじゃない。ずっとずっと、燃え続けるだろう。いつか彼自身を燃やし尽くしても」

「それじゃあ、救われない」

「そうでもないさ」

 

 苦いものを吐き出すような声音の和輝に対して、ロキは軽く言って肩をすくめた。

 

「今の彼にとって、復讐ことが我が人生。しかしそれから考えるとはいえ、復讐の後を、ほんの少しでも意識した。だったら、変わっていくかもしれない」

 

 勿論変わらないかもしれない。ロキは言外でそう言いながら、

 

「ただ、あの炎はもうむやみやたらに誰かを傷つけるものじゃなさそうだ。それだけでも、デュエルした価値はあったんじゃないかな?」

「そう、だといいけどな……」

 

 ジェネックス杯二日目。和輝はすでに疲労の極みにあったが、とにかく始まった。

 戦い、そして勝つ。和輝は闇を行く復讐者のことを心に留めながら、そう誓った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話:未熟者の初陣

 ジェネックス杯二日目。午後。

 日本にはいろんな食事がありますね、とその少女は思った。

 人目を惹く少女だった。

 やんわりとした、柔らかそうな金の髪に春の日差しのような金色の瞳。野に咲く小さな花のような可憐さを持つ少女。いつもはフリルの付いたロングスカートの、昔の貴族が着ているような服だったが、その服で東京の夏は辛いので、今日はシンプルな水色のロングスカートと白のブラウス姿。首からは銀色のネックレスを提げている。

 可憐な少女の名前は、エーデルワイス・ルー・コナー。

 神々の戦争の参加者で、契約した神はケルト神話の光の神、ルー。

 

「今日こそ、ティターン神族や、その眷属をまみえます……!」

 

 ぐっと握り拳を作り、誰も聞いていないのにエーデルワイスは「ふんっ」と自分に気合を入れた。

 

「実際、昨日はナンパされたり、それを断ったりで、結局ティターン神族と出会えなかったわけだしな」

 

 嘆息交じりにそう言った人影は、エーデルワイスのすぐ傍から。まるで彼女を守護するような立ち位置にいたのは三十代から四十代に見える男。

 短めの金髪、深い海を思わせる青い右目と奥深い森を思わせる緑の左目。わずかな光が差す森を人の形に凝縮したような深さと雄大さを思わせる佇まい。

 身に纏うのは暑い夏だというのに三つ揃いのディープブルーのスーツ。地獄のような暑さだろうに男は汗一つ流していない。

 それもそのはず。男は人間ではない。

 

「そ、そういうことは言わないで下さい、ルー……!」

 

 真っ赤になってエーデルワイスが抗弁する。彼女が言ったように、男の正体はルー。昨日は姿を消し、エーデルワイスを見守っていたが、一日中言い寄ってくる男を躱し、断ることでいっぱいいっぱいで戦いどころではなかったので、今日はこうして実体化。エーデルワイスのボディガードを買って出たというわけだった。

 

「そ、それよりルー。さっきの話は本当ですか? この先で、神の気配を感じたと」

「その通りだ」

 

 微笑まし気な微笑を浮かべていた表情を引き締めて、ルーが言う。その重々しい声音に、エーデルワイスの表情も自然、緊張に引き締まる。

 

「では、行きましょう。私も、戦います」

 

 

 ルーの案内に従い、やってきたのは一軒の飲食店だった。

 どうやら中華料理屋のようだ。エーデルワイスは東洋の知識にまだ乏しかったが、赤を基調にした店の外観に、でかでかとある漢字の看板。それに入口の自動ドアの両脇の柱に巻き付いた龍の姿は、中華な印象だった。

 

「ここですか?」

「そうだ、エーデルワイス。ここから、神の気配を感じる。それも異質な気配だ。聞くところによると、ティターン神族はほかの神々とは気配が違うとか。ならば――――」

「ここに、岡崎さんの敵がいるのですね」

 

 ぐっと握り拳を作るエーデルワイス。その様子に軽く微笑を浮かべ、ルーが注釈を加えた。

 

「正確には、岡崎少年()のだな。勿論、我々の敵でもある」

「わ、分かってます……!」

 

 顔を耳まで真っ赤にさせたエーデルワイス。だが次の瞬間、エーデルワイスを取り巻く世界が激変した。

 周囲に誰もいなくなった。エーデルワイスとルー以外、人っ子一人いない。

 さらに空気が重くなったように感じる。これが神々の戦争の舞台、バトルフィールドだと、エーデルワイスの感覚が訴えていた。

 

「当たりのようだ。バトルフィールドに取り込まれた」

「……行きましょう」

  

 緊張した面持ちで、エーデルワイスが一歩を踏み出したその瞬間だった。

 店の窓が全開に開かれた。何事かと上を見たエーデルワイスの視界の中央に、窓から何かが飛び出してきたのが見えた。

 

「え!?」

 

 それが人型をしていることに気づいた瞬間、エーデルワイスは己の神に呼び掛けた。

 

「ルー!」

「承知した」

 

 ルーの右手が翻る。その右手が黄金の光を放っていたかと思うと、地面から無数の光の樹木が一斉に屹立した。

 樹木は枝を伸ばし、葉を生い茂らせ、一瞬にして成長。巨大なクッションとなって窓から放り投げられたと思われる人々をキャッチ。そのままするすると逆回しのように縮小していく。

 小さくなり、芽に戻り、地面に消えていく。そのころには投げ出された人たちは安全に地面に着地できた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 エーデルワイスが駆け寄り、声をかけるが。反応はない。手近な少年の心臓に耳を押し当ててみる。鼓動があった。口元に手を当てれば、ちゃんと呼吸もしている。

 

「全員、意識は失っているが、生きているようだ」

 

 投げ出されたのは全部で七人。全員腕にデュエルディスクを装着していた。

 

「ジェネックス杯の参加者たちのようだ。どうやら、ティターン神族が神々の戦争の参加者以外も強制的にバトルフィールド内に取り込み、襲撃しているという話は真実だったようだ」

 

 ルーの言葉に微かな怒りが感じられた。反対にエーデルワイスの胸中には悲しみが広がった。なぜこんなことを、という気持ちが沸き上がる。 

 それらを振り払って、彼女は立ち上がった。

 

「行きましょう、ルー。こんなひどいことをするなら、私は止めます」

「無論だ」

 

 そして一人と一柱は敵がいることが確定した店内に入った。

 

 

 店内に入って、最初に感じたのは香りだった。

 料理の香り。その匂いに誘われるように、そちらの方に行ってみると、そこに、いた。

 回転テーブルの上に乗った中華料理を、黙々と食べる少女の姿。

 セミショートの茶色の髪、赤みがかった黒い瞳、エーデルワイスの知識にはないが、どこかの学校のブレザー姿。色白の肌に、右手の爪にだけ塗られたピンクのマニキュア。

 物静かなくせに、食べるペースは速く、量も多い。さっきまで広がっていた皿の上の料理がどんどん減っていく。

 あまりに見事な食べっぷりだったので、エーデルワイスは敵地に乗り込んだという緊張もどこかに消えて、ただ少女の食べる姿に見入ってしまった。

 デザートと思われる杏仁豆腐を平らげて、少女は水を飲んで、口元を布巾で拭った。

 

「えと……、終わりました、か……?」

「うん」

 

 こくりと頷いて、少女は席をたった。人形のように動かない表情。瞬きの数も少ないが、それがあるから人間だと認識できる。

 少女はじっとエーデルワイスを見た。

 そして頷き、

 

「ああ、今度は本当に神様を連れた子が来たんだ」

 

 表情に変化はない。ただ、そばの椅子の上に置いておいたデュエルディスクを手に取った。

 

「じゃ、やろうか。それとも外がいいかな?」

 

 淡々と、少女が言う。完全に相手のペースに飲まれていたが、エーデルワイスはそれでも己の疑問を晴らしたいと思った。

 

「その前に、一つ、聞きたいことがあります」

「何?」

「なぜ、神々の戦争の参加者でもない人たちを――――」

「ああ、バトルフィールドに取り込んで、デュエルして、痛めつけて気絶させたのか?」

 

 エーデルワイスの言葉の先を読む少女。エーデルワイスは青ざめた表情で頷いた。

 

「簡単だよ。神がぼくに言ったから。だからやるの」

「そんなことで?」

「そんなことで」

 

 簡単に頷く少女。だってしょうがないよと続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()。だから、そのお礼さ」

「選んで……」

「最悪なことばかりが続く人生だったけど、()()()()()()()()。それだけで報われる。だからなんだってできるんだよ。もうぼくの人生は報われているんだから。そうだよね? イアペトス」

「その通りだ」

 

 まるで鉄管が喋っているような響きの声だった。

 いつの間にいたのか。少女の傍らに大柄な男が一人立っていた。

 二メートルを超える体躯を、窮屈そうに三つ揃いのスーツに収めた男。

 髪は金と銀のストライプ。瞳は鉄色、肌の色はやや浅黒く、右手の五指に金の指輪、左手の五指に銀の指輪をはめた、いかにも危ない雰囲気漂う男。

 そして誰もいなかった空間にいきなり出現したことから、この男が人間でないことは確実だった。

 イアペトス、ティターン神族の一柱で、その名の意味は槍で貫くもの。それゆえ、武器、または殺し合いをもたらした神とされている。

 

「イアペトス。戦うんでしょ?」

「勿論だ、春。早乙女春(さおとめはる)。オレの契約者の女」

「じゃあ、()()()()()()

「応とも」

 

 春と呼ばれた少女に応えるように、神、イアペトスが両腕を広げた。

 その指先が銃口に変化しているのと確認した瞬間、ルーはエーデルワイスを抱えて跳躍した。

 発砲。というよりも大砲を発射したような轟音がマシンガンの連射のように鳴り響き、連なる。

 閃光、轟音、硝煙が乱舞し、放たれた弾丸――砲弾――が店の壁に次々に激突。壁をクッキーのように簡単に砕いていく。

 ルーがエーデルワイスともども脱出し、着地した時には店は跡形もなく崩落していた。瓦礫さえも細かく打ち砕かれた、徹底的な破壊だった。

 周りに倒れていた人たちの姿はない。バトルフィールドからはじき出されたようだ。

 

「これで広くなった」

 

 イアペトスと春が地上に降り立った。

 デュエルディスクが起動される。エーデルワイスも、圧倒されながらもデュエルディスクを起動させた。

 

「行きます」

「楽しくやろう」

 

 一拍の間が二人と二柱の間に満ちる。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 どうにも噛み合わないものを感じながら、エーデルワイスはティターン神族に対する初陣を開始した。

 

 

エーデルワイスLP8000手札5枚

早乙女LP8000手札5枚

 

 

「ぼくの先攻だ」

 

 先攻は春のものに。ドローフェイズ、スタンバイフェイズを消化して、メインフェイズ1に入る。

 一体どんなデッキなのか。固唾をのんで見守るエーデルワイスの前で、春がカードを繰り出した。

 

「これにしよう。魔弾の射手 カスパールを召喚」

 

 春のフィールドに現れたのは、金髪、青のバンダナ、赤のマント、異形の銃を持つガンマン。見た目は人間なのだが、銃を持つ右腕だけは青く変色し、不気味に脈打った悪魔の腕となっていた。

 

「それから、魔法カード、打ち出の小槌を発動。手札二枚をデッキに戻して、二枚ドロー」

「……手札交換カード。手札が悪かったのでしょうか?」

 

 頭の上に疑問符を浮かべるエーデルワイス。だが彼女の疑問は次には氷解した。

 

「この瞬間、カスパールの効果が発動するよ。魔弾の射手はね、自分と同じ縦列で魔法、罠が発動した時、デッキから魔弾カードを一枚手札に加えることができるの。ぼくは魔弾-クロス・ドミネーターを手札に加えるね」

「同じライン……。それはひょっとして、私のフィールドで発動した魔法や罠も!?」

「そういうこと。ただ漫然とカードを発動するんじゃ、ぼくにアドバンテージを与えるだけになるね。よく考えることだ。ぼくはこれでターンエンド」

 

 

魔弾の射手 カスパール 光属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1200 DEF2000

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):???

 

打ち出の小槌:通常魔法

(1):自分の手札を任意の数だけデッキに戻してシャッフルする。その後、自分はデッキに戻した数だけドローする。

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 緊張を紛らわすため、必要以上に大きな声を上げて、エーデルワイスはカードをドローした。ドローカードを確認し、手札に加えた後に考える。

 

「どうしてサーチしたカードを使ったり、セットしなかったのでしょうか?」小首をかしげるエーデルワイス。

「手札に加えておくことに意味があるのか、今は使いどころではないが、デッキのキーカードか。とにかく油断はしないように」教師のようなことを言うルー。

「分かりました。手札の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)を捨てて、トレード・インを発動します。二枚ドロー!

 そして、銀河眼の雲篭(ギャラクシーアイズ・クラウドドラゴン)を召喚します!」

 

 エーデルワイスのフィールドに、小さな影が現れる。

 影の正体は小型のドラゴン。青白く発光する身体に、甲殻を被ったような頭部は、銀河眼の光子竜の幼生体を思わせる。

 

「銀河眼の雲篭の効果発動! このカードをリリースして、墓地の銀河眼の光子竜を特殊召喚します!」

 

 幼いドラゴンが小さな口を精いっぱい広げて咆哮を上げた。

 次の瞬間、銀河眼の雲篭の全身が光り輝き、その体がみるみるうちに大きくなっていく。

 成長が春の眼前で行われる。光が収まった時、そこにいたのは小さなドラゴンではなく、銀河を瞳の中に内包した、青白く光り輝く勇壮なるドラゴン。

 

「バトルです! 銀河眼の光子竜でカスパールを攻撃します!」

 

 攻撃に躊躇がない。エーデルワイスの命令を受けて、銀河眼の光子竜が咆哮を上げる。その口腔内に光が収束していく、その刹那、春が動いた。

 

「この瞬間、手札から速攻魔法、魔弾-クロス・ドミネーターを発動!」

「え!?」

 

 今までの、ボーイッシュだが少しゆったりとした、静かな声音から一転、凛とした声を張り上げた。

 そして次の瞬間、エーデルワイスの眼前で、春が手札から引き抜いた速攻魔法を、デュエルディスクにセットする。

 通常、速攻魔法や罠はセットしなければ相手のターンに発動できない。なので、エーデルワイスのターンに春が手札から速攻魔法を発動することはできないはずだ。

 にも拘らず、デュエルディスクは正常に動作。カスパールの右腕の銃から弾丸が放たれた。

 目をみはるばかりの早撃ち(クイック・ドロウ)。放たれた弾丸は魔弾となり、銀河眼の光子竜の頭頂部、眉間の中央に着弾した。

 

「一体、何が――――」

「絡繰りは簡単。ぼくの場にいるカスパール。正確には魔弾モンスターは、相手ターンに手札から魔弾を発動できる効果を持っている。この効果で、ぼくは手札から魔弾-クロス・ドミネーターを発動した。そしてクロス・ドミネーターの効果は、相手モンスター一体の効果を無効にして、攻撃力を0にすること!」

「つまり、射抜かれるだけの案山子に過ぎなくなるわけだ」

 

 半透明のイアペトスが嘲笑う。次の瞬間、バトルが成立。眉間を射抜かれ、息吹(ブレス)も中断された銀河眼の光子竜にカスパールが三発の弾丸を発射。

 左胸、腹、眉間に命中(ヒット)。光の竜はなす術なく(くずおれ)れた。

 

「そして、忘れてないよね? カスパールの効果も発動していたよ!」

「そういえば、早乙女さんがクロス・ドミネーターを発動した位置は、カスパールと同じ列……!」

「つまり、カスパールの効果が発動し、新たな魔弾を補充できるというわけか」

 

 無駄のないプレイングに唸るルー。一人と一柱の視線を受けて、春がにこりと笑う。

 

「カスパールの効果で、デッキから魔弾-デスペーラドを手札に加える」

「……私は、カードを二枚伏せて、ターン終了です」

 

 

トレード・イン:通常魔法

(1):手札からレベル8モンスター1体を捨てて発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

銀河眼の雲篭 光属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK300 DEF250

このカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「銀河眼の雲篭」以外の「ギャラクシーアイズ」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚する。「銀河眼の雲篭」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。また、このカードが墓地に存在する場合、自分のメインフェイズ時に自分フィールド上の「ギャラクシーアイズ」と名のついたエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。墓地のこのカードを選択したモンスターの下に重ねてエクシーズ素材とする。「銀河眼の雲篭」のこの効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

銀河眼の光子竜 光属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

(1):このカードは自分フィールドの攻撃力2000以上のモンスター2体をリリースして手札から特殊召喚できる。(2):このカードが相手モンスターと戦闘を行うバトルステップに、その相手モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターとフィールドのこのカードを除外する。この効果で除外したモンスターはバトルフェイズ終了時にフィールドに戻り、この効果でXモンスターを除外した場合、このカードの攻撃力は、そのXモンスターを除外した時のX素材の数×500アップする。

 

魔弾の射手 カスパール 光属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1200 DEF2000

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合に発動できる。その発動したカードとカード名が異なる「魔弾」カード1枚をデッキから手札に加える。

 

魔弾-クロス・ドミネーター:速攻魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「魔弾」モンスターが存在する場合、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。ターン終了時まで、そのモンスターの攻撃力・守備力は0になり、効果は無効化される。

 

 

エーデルワイスLP8000→6800手札2枚

早乙女LP8000手札4枚

 

 

「ぼくのターン、ドロー」

 

 今、エーデルワイスのフィールドにモンスターはいない。一気に展開すれば彼女のライフを大きく削れるだろう。

 

「だが、あの伏せカードがいかにも臭うな」

 

 イアペトスの言う通りだ。実際、さっきまで戸惑ってばかりいた相手は今、程よく緊張して、落ち着いている。

 

「こちらの攻撃に対して、あまり恐れはない。手札はあまり使うなよ。こちらの()()は、多く思わせるに越したことはない」

 

 魔弾モンスターは手札から魔弾速攻魔法、罠を発動できる。つまり相手にとって、手札の数がそのまま魔弾の数だと誤認させることができる。実際はモンスターカードもあれば、魔弾以外の汎用カードもあるのにだ。

 

「とりあえず、()()()()と行こうかな。魔弾の射手 スターを召喚」

 

 春のフィールドに、新たな魔弾の射手が現れる。

 踊り子のようなスカート衣装、細い腰つき、楽器のように揺れ奏でる腕輪、頭には黒い頭巾、口元も黒い布で隠した、扇情的で蠱惑的だが、隠しきれぬ殺気を醸し出す女ガンマン。踊り子風の衣装に不釣り合いな脚絆(きゃはん)も併せて、異様な雰囲気だ。

 

「ッ!」

 

 そしてエーデルワイスにとって気掛かりなのはモンスターの見た目ではなく、その位置。

 スターが召喚されたのは、エーデルワイスの伏せカードと同じ縦列。つまり、ここでエーデルワイスが伏せカードを発動すれば、魔弾の射手の何らかの効果が発動してしまう。

 威嚇射撃、というのはまさにこれだ。これで春は、エーデルワイスに伏せカードを使うか使わないかの二択を迫ることができる。相手のメリットを嫌い伏せカードを沈黙させるか、メリットに目を瞑ってでも、自分のすべきことを貫くか。

 

「さぁバトルだ! スターでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下る。スターのステップで、彼女のスカートが風をはらんで舞い上がる。その際、脚絆に備えられていた拳銃を目にもとまらぬ速さで引き抜き、エーデルワイスに向けて銃口を向けた。

 

「この瞬間! リバースカードオープン! 聖なるバリア-ミラーフォース-発動!」

 

 翻ったのは、魔弾モンスターとは違う縦列にセットされていたカード。エーデルワイスの前面に、彼女を守るように光の壁が立ちはだかる。

 

「ダメダメダメ! 手札からカウンター罠、魔弾-デッドマンズ・バースト発動! ミラーフォースを無効にして、破壊するよ!」

「あっ!」

 

 ガラスが砕け散ったような音が響き渡り、光の壁が粉砕された。守るもののなくなったエーデルワイスの宝珠を狙い、弾丸が叩きこまれる。

 とっさに体をうずめてガードはできた。肩から跳ね上がった激痛に、歯を食いしばって耐える。

 

「そして、デッドマンズ・バーストはぼくのスターと同じ縦列で発動した。つまりスターの効果が発動する。デッキから魔弾の射手 ドクトルを守備表示で特殊召喚するよ!」

 

 医師(ドクトル)の名の通り、白衣に眼鏡姿の、長身の男が新たに現れる。その手にしたのは長大なライフル。右¥手は脈打つ銀色の異形と化していた。

 当然というべきか。特殊召喚された位置はエーデルワイスのもう一枚の伏せカードと同じ縦列だった。

 

「まだぼくのバトルフェイズは続いている。カスパールでダイレクトアタック!」

 

 もう一体の魔弾の悪魔が銃を掲げる。最早是非もない。エーデルワイスはデュエルディスクのボタンを押した。

 

「トラップ発動! 戦線復帰! 墓地の銀河眼の光子竜を守備表示で特殊召喚します!」

 

 エーデルワイスの墓地から光が溢れ出し、ドラゴンの形を成した。復活した銀河眼の光子竜の攻撃力を前にしては、魔弾の射手もまた無力。

 ただし、今の射手たちにはまだ残弾があった。

 

「ドクトルの効果が発動! 墓地の魔弾-デッドマンズ・バーストを手札に加える。

 まだまだ! 手札から魔弾-デスペラードを発動! 銀河眼の光子竜を破壊する! 勿論この瞬間、同じ縦列にいるカスパールの効果発動! デッキから魔弾-ネバー・エンドルフィンを手札に加える!」

 

 力ある声音で、立て続けに春が叫ぶ。その言葉通りのことが次々に起こった。

 破壊される銀河眼の光子竜。魔弾が補充され、結果、守りを失ったエーデルワイスにカスパールの魔弾が叩きこまれた。

 

「くぅ……!」

 

 耐えるエーデルワイス。だがアドバンテージは完全に春のものになってしまった。

 有利を確信したのか、春が――その名の通り――朗らかに笑った。

 

「ターンエンド」

 

 

魔弾の射手 スター 光属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1300 DEF1700

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合に発動できる。デッキから「魔弾の射手 スター」以外のレベル4以下の「魔弾」モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。

 

聖なるバリア-ミラーフォース-:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 

魔弾-デッドマンズ・バースト:カウンター罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「魔弾」モンスターが存在する場合、相手が魔法・罠カードを発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

魔弾の射手 ドクトル 光属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1400 DEF1200

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合に発動できる。その発動したカードとカード名が異なる「魔弾」カード1枚を自分の墓地から選んで手札に加える。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

魔弾-デスペラード:通常罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「魔弾」モンスターが存在する場合、フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 

エーデルワイスLP6800→5500→4300手札2枚

早乙女LP8000手札4枚

 

 

「分かっていたことですけど、強い……!」

 

 敵の実力を、エーデルワイスは痛感していた。

 まだ実戦経験の乏しいエーデルワイスは、こういう時に動揺しやすい。

 

「落ち着け、エーデルワイス。まずは落ち着け。君は、ここに動揺するために来たわけではないだろう?」

 

 ルーの声。その重厚な声のおかげで、叫びだしたくなるような気持ちが幾分和らいでいく。

 

「敵が強いことは当たり前だ。君の経験不足もまた当たり前だ。だが、それに立ち向かう姿こそが美しい、だろう?」

 

 ルーの言う通りだ。あの、ウェールズの森で見た背中を思い出す。

 あの少年は最後まで諦めなかったし、バロールと戦っている時も、あの背中を見たから自分も諦めなかったし、その結果、勝利を掴んだ。

 諦めるな。まだ自分は未熟で、弱いけれど、心まで弱いままでいるな。

 エーデルワイスは不利な戦況をどう覆すべきか、頭を働かせ始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話:凍える少女

 愛情って何? よく分からない。

 触れ合いって何? そんなのしてもらったことないよ。

 両親? いつも朝、顔を見る男の人と女の人のこと?

 でもあの人たちに何かをしてもらったことってあったっけ?

 ああ、お金。貨幣を使った経済活動。あれは教えてもらった。

 後は何かあったっけ?

 読み書きや身の回りの世話については、保育園の先生に教えてもらった。

 そこに愛情はなかったと思うよ。

 同情と、職務に対する義務感くらいかな。感謝はしてるけど。

 ああ、寒いなぁ……。誰もいない部屋に独りでいるのは、すっごく寒い。

 なんでだろう?

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 エーデルワイスは眼前の少女が強敵であることをはっきりと認識した。

 早乙女春。名前の通り、春のように朗らかで、ほわほわしていそうな印象なのに、戦術はトリッキーで()()()()

 油断なんて微塵もできない。けれど負けるつもりはもっとない。

 さぁ、落ち着いて。焦らず、まずはこの戦況を覆そう。

 

 

エーデルワイスLP4300手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン なし

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

早乙女LP8000手札4枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 魔弾の射手 カスパール(攻撃表示)、魔弾の射手 スター(攻撃表示)、魔弾の射手-ドクトル(守備表示)

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 劣勢を覆そうと、エーデルワイスは気合を込めてカードをドローする。

 ドローカードを確認。手札抹殺。

 このカードを使えば春が手札に温存している魔弾を処理できる。

 だが彼女の手札には相手の魔法、罠を無効にする魔弾-デスペラードがある。あれを発動し、止めてくるか。それともどの道防御札として使えなくなる考えて、使わないか。

 しばし考えて、エーデルワイスは手札抹殺を発動した。

 

「んー、どちらにしても、デスペラードは潰されちゃうな……」

 

 どうやら、今度はこちらが選択を突き付けられるらしい。そう思った春は、あまり深く考えずに結論を出した。

 手札抹殺が苦し紛れの一手なのか、こちらの手札にあるデスペラードを消費させるための囮なのか、判断がつかないなら考えるのはやめて、テキトーに動く。いつだってそうしてきた。

 

「それでいいかな、イアペトス?」

「構わん。人間同士の駆け引きはオレには向かんことがよく分かっている。適当に選べ」

「じゃ、発動しない。どうぞ」

 

 手を差し出されて、エーデルワイスは相手がカウンターをしないことを理解した。

 妨害されることなく、手札抹殺の効果が適用される。互いの手札が捨てられ、その枚数、新たにドロー。

 

「ここで、今捨てられた代償の宝札の効果を発動します。二枚ドロー!」

「あらら。失敗だったかな? まぁいいや、とりあえず、ぼくもドローするね」

 

 相変わらず相手のペースに乗せられている気がする。そんな軽い危機感を抱きながら、エーデルワイスは増えた手札を見て、こくりと小さく頷いた。

 

「これなら、いけるはずです……! 手札の二枚目の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)を見せて、銀河剣聖(ギャラクシー・ブレイバー)を特殊召喚します!」

 

 エーデルワイスのフィールドに、新たなモンスターが現れる。

 青白く発光する身体を青いアクセントの入った白銀の甲冑に包み、右手には両刃の直剣を携え、冑の奥から見えない眼光を鋭く輝かせた。

 

「提示した銀河眼の光子竜のレベルは8、よって銀河剣聖のレベルも8になります。さらに私のフィールドにフォトンモンスターが存在するので、手札の銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)をリリースなしで召喚します!」

 

 銀河剣聖の傍らに、新たな影が現れる。

 サーフボードのような乗り物に乗った、スマートな鎧姿の騎士。その様は中世の騎士よりも、SF的だ。

 

「銀河騎士の効果発動! 自身の攻撃力を1000ダウンさせ、墓地から銀河眼の光子竜を守備表示で特殊召喚します!」

 

 一気にレベル8モンスターが三体並ぶ。その光景はさすがに壮観で、春も「へー」と声を上げた。

 

「行きます! 銀河眼の光子竜、銀河剣聖、銀河騎士をオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 祈るように両手を合わせるエーデルワイス。その頭上に渦巻く銀河のような空間が展開され、そこに、彼女のフィールドにいる三体のモンスターが白い光となって飛び込んだ。

 三つの光が立て続けに飛び込み、虹色の爆発が起こった。

 

「逆巻く銀河よ。今こそ我が力となりて、化身の龍となってこの地に来たれ! これが私の祈り。私が出せる全て! |超銀河眼の光子龍《ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン》!」

 

 爆発を、咆哮で切り裂いて、現れる巨大な影。

 今までのフォトンモンスターのような青い発光ではなく、赤い輝きを全身から発している三つ首のドラゴン。

 元となった銀河眼の光子竜と比べ、一回りも二回りに巨大になり、より攻撃的で暴力的な外見だった。

 

「銀河眼の光子竜を素材にしてX召喚に成功したため、超銀河眼の光子龍の効果発動です! このカード以外の表側雹所カードの効果を無効にします!」

 

 三つ首から放たれる咆哮は、空気を震わせ、その振動が叩きつけられた自分以外の全ての表側カードが色を失った。

 

「手札に残った銀河眼の光子竜を捨てて、二枚目のトレード・インを発動します。二枚ドロー。

 行きます! 超銀河眼の光子龍でカスパールに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、赤く輝く巨龍の三つの口が大きく開かれた。

 放たれる三連の竜砲。赤い光が激流となってカスパールに殺到する。

 着弾、轟音、そして粉塵が天高く巻き上がる。

 

「ぐ、くぅ……!」

 

 襲い来るダメージのフィードバックに、春が苦悶の表情を浮かべ、苦痛の呻きを漏らす。

 自分が相手に痛みを与えているという事実に、エーデルワイスの表情もまた曇る。

 

「エーデルワイス……」

「分かって、ます。痛みを与えることから、私は逃げません! バトルを終了し、私は超銀河眼の光子龍でオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! フルアーマード・エクシーズ・チェンジ!」

 

 右手を掲げるエーデルワイス。彼女の眼前で、盛大な一撃を与えて反撃の口火を切った超銀河眼の光子龍の姿が粒子状に分解され、エーデルワイスの頭上に展開された先程と同じ空間に飛び込んでいく。

 

「逆巻く銀河よ、今鋼鉄の鎧を身に纏い、我が障害を打ち砕く暴力となってこの地に来たれ! これが、私の怒り! ギャラクシーアイズ・FA(フルアーマー)・フォトン・ドラゴン!」

 

 超銀河眼の光子龍が生まれ変わる。

 現れたのは、ベースは銀河眼の光子竜。その全身に黒鉄(くろがね)の鎧を身に纏い、鎧の隙間から青い光を漏れ輝かせているドラゴン。

 

「ギャラクシーアイズ・FA・フォトン・ドラゴンの効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、スターを破壊します!」

 

 兜の奥の眼光が睨みを利かせる。

 ターゲットは魔弾の射手 スター。鎧を纏ったドラゴンは口内から青白い光を砲弾のような球状に加工して放った。

 抗う術を持たず、スターは破壊された。

 

「カードを二枚伏せて、ターン終了です」

 

 

手札抹殺:通常魔法

(1):手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

銀河剣聖 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):手札の「フォトン」モンスター1体を相手に見せて発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。このカードのレベルは見せた「フォトン」モンスターのレベルと同じになる。(2):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、自分の墓地の「ギャラクシー」モンスター1体を対象として発動できる。このカードの攻撃力・守備力はそのモンスターのそれぞれの数値と同じになる。

 

銀河騎士 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK2800 DEF2600

(1):自分フィールドに「フォトン」モンスターまたは「ギャラクシー」モンスターが存在する場合、このカードはリリースなしで召喚できる。(2):このカードの(1)の方法で召喚に成功した場合、自分の墓地の「銀河眼の光子竜」1体を対象として発動する。このカードの攻撃力はターン終了時まで1000ダウンし、対象のモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

超銀河眼の光子龍 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

ATK4500 DEF3000

レベル8モンスター×3

「銀河眼の光子竜」を素材としてこのカードがエクシーズ召喚に成功した時、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するカードの効果を無効にする。1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールド上のエクシーズ素材を全て取り除き、このターンこのカードの攻撃力は取り除いた数×500ポイントアップする。さらに、このターンこのカードは取り除いた数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

 

ギャラクシーアイズFA・フォトン・ドラゴン 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

ATK4000 DEF3500

レベル8モンスター×3

このカードは「ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン」以外の自分フィールドの「ギャラクシーアイズ」Xモンスターの上にこのカードを重ねてX召喚する事もできる。(1):1ターンに1度、このカードの装備カードを2枚まで対象として発動できる。そのカードをこのカードの下に重ねてX素材とする。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 

エーデルワイスLP4300手札0枚

早乙女LP8000→4600手札4枚

 

 

「あいたたた……、やってくれたね。でも、まだまだだよ」

 

 まだまだ、という割に春の顔色は悪い。すぐにどうこうなるわけではなさそうだが、ダメージはダメージとして堪えたようだ。

 

「巻き返しは可能。ぼくのターン、ドロー!」

 

 自分の身体を振り回すような大仰な動作でカードをドローする春。ドローカードを確認後、すぐさまカードを繰り出した。

 

「ドクトルをリリースして、魔弾の悪魔 ザミエルをアドバンス召喚!」

 

 ただ一体残ったドクトルの姿が、白い光の粒子となって消えていく。そして、粒子を踏み荒らして現れたのは、貴族服に赤い翼、赤い仮面、両手に鈍い金色の巨大な銃を携えた悪魔。仮面の奥の双眸がエーデルワイスを見据え、口元が酷薄に吊り上がった。

 

「魔弾の悪魔……、名称からするに、射手たちの上位存在か?」とルー。肯定するように春が頷いた。

 

「射手たちは射手に過ぎない。与えられた魔弾を放つのが仕事。彼は違う。射手たちが使う魔弾を生み出し、与える制作者。契約したものに魔弾を与える狡賢い悪魔だよ。さらに死者蘇生を発動! 墓地からカスパールを蘇生させる」

「反撃の手段は整った、というわけか……」

 

 険しい表情でルーが言う。春が頷き、イアペトスが己の契約者に発破をかける。

 

「行け、春。その銃弾で敵を射抜き、ハチの巣にしてしまえ」

「りょーかい。バトルフェイズ、ザミエルでFAフォトン・ドラゴンに攻撃」

 

 にこりと微笑を浮かべて、春が攻撃宣言を下す。指さす先にいる鎧を身に纏ったドラゴンに対して、魔弾の悪魔が両手の銃を向けた。

 銃声とともに魔弾は放たれる。だがこのまま攻撃しても、ザミエルは返り討ちだ。

 ならば当然、手札から別の“魔弾”が飛んでくる。

 それはエーデルワイスにも分かっていた。

 

「まだクロス・ドミネーターですか!?」

「んー、ちょっと違う。今度はこれさ。手札から速攻魔法、魔弾-ネバー・エンドルフィンを発動! ザミエルの攻撃力を倍にする! さらに魔法、罠が発動した。この瞬間、カスパールの効果が発動。デッキから二枚目の魔弾-クロス・ドミネーターを手札に加えるよ!」

「ッ!」

 

 春が速攻魔法を発動した瞬間、ザミエルが放った魔弾が三倍近くに巨大化する。

 速度も貫通力も、面での破壊力も増した弾丸がフルアーマーのドラゴンに直撃した。

 轟音と、鉄が擦れて軋む音が空気を掻き毟った。鎧を破壊され、本体を貫通されたドラゴンが、断末魔の悲鳴を上げて消えていった。

 

「こ、ここで伏せていた強者の遺産を発動! このカードは、私のフィールドのORUを二つ以上持っているXモンスターが相手によって破壊された時に発動できるカード! 破壊されたXモンスターのランクの半分の枚数、カードをドローします!」

 

 ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴンのランクは8、よって四枚のドローだ。破格といっていいだろう。しかも発動したカードはカスパールと同じ縦列。すでに自身の効果で新たな魔弾をサーチしているので、カスパールの効果は発動しない。運が、ほんの少しエーデルワイスに味方してくれていた。

 

「返しのターンで破壊されることも織り込み済みか。大量ドローは抜け目ない。だけどこれで面倒な大型モンスターは消えたね」と春。

「次は本人に魔弾をお見舞いしてやれ」とイアペトス。武器と職人の神は、人類の最先端にある武器。即ち銃が十分に威力を発揮している様にご満悦だった。

「言われなくても。カスパールでダイレクトアタック!」

「さ、させません! 手札の護封剣の剣士の効果発動! 手札のこのカードを守備表示で特殊召喚し、カスパールを破壊します!」

 

 防御札は手札にあった。エーデルワイスの手札から、日本の鎧武者に似た青い鎧に、カード、光の護封剣を思わせる剣を楔のように生やした戦士がフィールドに参上、直後に光の剣をカスパールに向けて投擲した。

 

「今カスパールが破壊されるのはうまくない。手札から魔弾-デビルズ・ディールを発動。これで、カスパールの破壊を防ぐ」

 

 防御札を用意していたのは春も同じ。だがモンスターは残せた。それでよしとするしかない。

 

「バトル終了。カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 

魔弾の悪魔 ザミエル 光属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK2500 DEF2500

このカードは「魔弾」モンスター1体をリリースして表側表示でアドバンス召喚できる。このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):相手エンドフェイズに発動できる。このターン、このカードが表側表示で存在する間に自分が発動した「魔弾」魔法・罠カードの数だけ、自分はデッキからドローする。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

魔弾-ネバー・エンドルフィ①:相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。その後、特殊召喚したこのカードの守備力がその攻撃モンスターの攻撃力より高い場合、その攻撃モンスターを破壊する。②:フィールドのこのカードを素材としてX召喚したモンスターは以下の効果を得る。

●このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。になる。このカードを発動するターン、対象のモンスターは直接攻撃できない。

 

強者の遺産:通常罠

(1):X素材を2つ以上持っている自分Xモンスターが相手によって破壊された時に発動できる。そのモンスターのランクの半分(小数点以下切り捨て)の枚数、カードをドローする。

 

護封剣の剣士 光属性 ☆8 戦士族:効果

ATK0 DEF2400

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。その後、特殊召喚したこのカードの守備力がその攻撃モンスターの攻撃力より高い場合、その攻撃モンスターを破壊する。(2):フィールドのこのカードを素材としてX召喚したモンスターは以下の効果を得る。

●このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。

 

魔弾-デビルズ・ディール:永続罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドの「魔弾」モンスターは効果では破壊されない。(2):このカードが相手の効果で墓地へ送られた場合に発動できる。自分のデッキ・墓地から「魔弾-デビルズ・ディール」以外の「魔弾」カード1枚を選んで手札に加える。

 

 

エーデルワイスLP4300→3300手札3枚

早乙女LP4600手札2枚

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 予想していたとはいえ、あっさりと陣形を崩された。その事実を飲み込んで、エーデルワイスはカードをドローする。

 

「やはりティターン神族がわざわざ見つけただけのことはある。簡単には押し切れん。とにかく、立て直しを、エーデルワイス」

「はい! フォトン・クラッシャーを召喚し、リバースカードオープン! フォトン・チェンジを発動! そして、フォトン・チェンジの効果を発動! フォトン・クラッシャーを墓地に送って、デッキから三枚目の銀河眼の光子竜を特殊召喚します!」

 

 咆哮を上げて、勇壮なドラゴンがエーデルワイスのフィールドに現れる。何度も主を守るという気概を感じさせるその立ち姿は、やはりエーデルワイスに安心感を与えた。

 このゲームのカードに初めて触れた時から、ずっとこのカードを主軸にしたデッキを作っている。まだ日は浅いが、それでも思い入れの深いカードだ。

 

「行きます! 銀河眼の光子竜と、護封剣の剣士で、オーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 X召喚のエフェクトが走り、虹色の爆発が起こる。エーデルワイスの声が響く。

 

「出でよNo.(ナンバーズ)38! その身に希望を乗せて、銀河の海を雄々しく、誇らしく行け! 私の祈り、私の希望、ここに顕現します! 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー!」

 

 新たなギャラクシーの名を持つドラゴンが出現する。

 エネルギーの奔流のような光の翼、尻尾。青く、漲る膨大なエネルギー状の本体と、それを覆う鎧のような白い装甲。その左肩に自身のナンバーである38を刻み、希望を名に背負ったドラゴンは、出航を告げる帆船のように高らかに咆哮を上げた。

 

「バトルです! タイタニック・ギャラクシーでザミエルを攻撃!」

 

 大きく開かれる口。その喉奥から放たれる青白い光の奔流。それは熱とエネルギーを伴って、まっすぐ突き進む。

 

「春!」対抗せよとイアペトスが声を上げる。春もこくんと頷いた。

 

「ザミエルの効果発動! 手札から、魔弾-クロス・ドミネーターを発動! タイタニック・ギャラクシーの効果を無効にし、攻撃力を0にする!」

 

 放たれる魔弾。光の奔流もものともせずに、タイタニック・ギャラクシーめがけて突き進む。

 

「せっかく召喚したところ悪いんだけど、ぼくの手札に魔弾があることを忘れてたのかな?」

「いいえ、忘れてなんていません! タイタニック・ギャラクシーの効果発動! 一ターンに一度、フィールドで発動した魔法カードの効果を無効にし、そのカードをタイタニック・ギャラクシーのORUにすることができます!」

「あっ!」

 

 魔弾が急激に力を失っていく。声を上げる春の眼前で、放たれた魔弾はカードごと色を失い、タイタニック・ギャラクシーの三つ目のORUとなった。

 そして魔弾の妨害がないくなった以上、タイタニック・ギャラクシーの攻撃は止まらない。放たれた一撃が魔弾の悪魔を捕え、焼き尽くした。

 

「くぅ……! ザミエルが……! だけどね、魔弾は発動しているんだ! カスパールの効果発動! デッキから魔弾-デスペラードを手札に加える!」

「まだだエーデルワイス! 攻撃の手を止めてはならない!」

「はい! 手札から速攻魔法、宿縁の再訪を発動します! このカードはレベル、またはランク8のモンスターが破壊された時に発動でき、デッキ、または墓地からレベル8モンスター一体を効果を無効にして特殊召喚できます! そしてこの効果で特殊召喚されたカードは、このターン、ほかのカード効果を受けない! 墓地から来てください、銀河眼の光子竜!」

 

 主のためなら何度でも。そういうかのような、歓喜と戦意がないまぜになったような咆哮を上げて、またしても銀河眼の光子竜が戦場に舞い戻る。

 

「まだバトルフェイズは続いています! 銀河眼の光子竜でカスパールを攻撃!」

 

 今の銀河眼の光子竜に魔弾は効かない。放たれた光の奔流が、魔弾の射手を飲み込み、消失。その威力はとどまらず、余波が春自身をも襲った。

 

「うわっ!」

 

 直撃はなかった。ただ掠めた一撃に、彼女の軽い身体が浮き上がる。

 

「あっ!」

 

 思わずエーデルワイスは声を上げ、一歩前に出た。手をかざし、駆け寄ろうとした。ただ、春は受け身を取ったらしく、地面に落ちてもすぐに立ち上がった。

 ほっとした。それが正直な気持ちだ。だって敵はティターン神族で、そのパートナーを傷つけることは、できればしたくなかった。

 

 

フォトン・クラッシャー 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK2000 DEF0

このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。

 

フォトン・チェンジ:永続罠

このカードは発動後、2回目の自分スタンバイフェイズに墓地へ送られる。このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドの表側表示の、「フォトン」モンスターまたは「ギャラクシー」モンスター1体を墓地へ送り、以下の効果から1つを選択して発動できる。「銀河眼の光子竜」を墓地へ送って発動した場合、両方を選択できる。●そのモンスターと元々のカード名が異なる「フォトン」モンスター1体をデッキから特殊召喚する。●デッキから「フォトン・チェンジ」以外の「フォトン」カード1枚を手札に加える。

 

No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

ATK3000 DEF2500

レベル8モンスター×2

(1):1ターンに1度、魔法カードの効果がフィールドで発動した時に発動できる。その効果を無効にし、フィールドのそのカードをこのカードの下に重ねてX素材とする。(2):相手の攻撃宣言時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。攻撃対象をこのカードに移し替えてダメージ計算を行う。(3):自分フィールドの他のXモンスターが戦闘・効果で破壊された場合、自分フィールドのXモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は、破壊されたそのモンスター1体の元々の攻撃力分アップする。

 

宿縁の再訪:速攻魔法

(1):フィールドのレベルまたはランク8のモンスターが戦闘、カードの効果で破壊された場合に発動できる。自分のデッキ、または墓地からレベル8モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはこのターン、ほかのカード効果を受けない。

 

 

エーデルワイスLP3300手札2枚

早乙女LP4600→4200→2400手札2枚

 

 

「うーん……」

 

 起き上がった春は特に気にした様子もなく、服の汚れを払う。

 

「やっぱり楽しいねえ、デュエルって」

 

 春はそう言って、屈託なく笑った。敵味方に分かれている状況とはとても思えない、朗らかで純粋な笑みだった。

 そこに悪意の類は一切感じられない。なのに、エーデルワイスはその目を見て、とても()()()だと思った。

 まるで、物悲しい、寂しさしか感じさせない風を送る洞窟のようだった。

 

「楽しい、ですか?」

「そう。ぼくはデュエルが好きだよ。だって、デュエルは一人じゃできないからね。()()じゃないと寒くなくていい」

「寒い……?」

「そうだよ」

 

 相変わらず、寒くて薄暗い瞳をしたまま、春は言う。

 

「家にいた時も、ずっと寒かった。あそこは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからいつも寒かった。父さんと母さんがいても、寒くてたまらなかった。どこに行ってもそうだった。

 でもデュエルは違ったよ。対戦相手は絶対にぼくを見てくれた。そうするとね、寒くなくなるんだ」

 

 孤独に震えた少女の言葉。それは確かな実感を伴ってエーデルワイスの胸を打った。それに、と春は続ける。

 

「今はデュエルの時以外もあまり寒くないんだ。だって、イアペトスがいる。()()()()()()()()。だから今はあまり寒くない」

 

 春の背後で、半透明のイアペトスが笑う。それは暖かな微笑とは違っていた。邪悪とも言えないが、自分になついた愛玩動物(ペット)を見るような、どうしようもない小動物に向けるような笑みに感じられた。

 エーデルワイスは、春に対して何か言わなければならないという焦燥に駆られた。

 だが何を言えばいいのか分からなかった。自分は、他人に何かを告げられるほど、強い人間だろうかと、ふと暗い気持ちが過ってしまったのもあったし、家の都合もあってあまり多くの種類の人と接してこなかったので、こういう時にどういう言葉を駆ければいいのか分からなかったこともあった。

 その逡巡の内に、事態は進んでしまった。

 

「そして、神様が言っている。そろそろ、神を出すころなんじゃないかってね」

 

 その一言で、空気が変わった。

 春と名乗った少女が、遠くに踏み出そうとしているように感じられた。

 

「気をつけろ、エーデルワイス。この気配の変化。ここからだ。神が来るとすればな」

 

 ルーが警告の言葉をかけてくる。エーデルワイスは春にかける言葉を飲み込んでしまった。飲み込んだ時に、言葉はぐちゃぐちゃと絡まり合って、何を言いたかったのかもわからなくなってしまった。

 戦いは、佳境に入っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話:武装巧者の直死巨神

 両親が死んだと聞かされた時も、特に心は動かされなかった。

 理由が滑稽だ。ぼくを置いて二人だけで旅行に行ったら、旅行先で事故にあって死んだって。

 そんな理由で死んで、どう悲しめっていうんだろう?

 施設に預けられた先も、寒さは変わらなかった。

 先生たちはぼくに色々教えてくれたし、大切にしてくれたんだけど、それは他にもいた子供たちと、扱いを平等にするということだけ。

 ああ、寒いなぁ。なんだかとっても寒いんだ。

 皆の中にいるはずなのに、独りな気がする。

 誰か、ほんのちょっとでもいいんだ。ぼくだけを見てほしいなぁ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

エーデルワイスLP3300手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー(攻撃表示、ORU:魔弾-クロス・ドミネーター、護封剣の剣士、銀河眼の光子竜)、銀河眼の光子竜(攻撃表示)、

魔法・罠ゾーン フォトン・チェンジ

フィールドゾーン なし

 

早乙女LP2400手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン (攻撃表示)、

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚、魔弾-デビルズ・ディール

フィールドゾーン なし

 

 

 神を召喚すると、春は宣言した。その自信に、エーデルワイスは少し気圧された。一歩、後ずさってしまった。

 だが、一歩だけだ。

 あの背中を思い出す。

 ウェールズの森で、絶対的な窮地に立たされても、最後まで希望を捨てず、勝利を諦めずに足掻き続けた少年の背中を。

 彼のようには、まだなれないかもしれない。だけど今、ここで何も言えなかったら、きっとあの背中がもっと離れてしまう。

 下がった分、いやそれ以上に、エーデルワイスは前に踏み込んだ。

 

「待ってください! その神は、貴方に人を傷つけさせていました! だったら、一緒に居続けてはいけないと思います!」

 

 エーデルワイスの必死の叫びに、しかし春は首を傾げるだけだった。

 

「だって仕方がないよ。あまりやりたくないことだけど、イアペトスが、神様が望んだんた。其れを叶えてあげなくっちゃ」

「それはおかしいです! そのために、あんなにたくさんの人を傷つけていい理由にはなりません!」

「そうかな? そうかもね。だけど、イアペトスがいてくれるなら寒くないし、人を傷つけても、なんか冷えてこないんだ」

 

 春は朗らかな微笑を浮かべたまま、右手を自分の胸に当てた。

 

「胸の中にね、熱があるの。ほのかな熱だけど、これがあると寒くない。だから、ぼくはイアペトスが望む通りのことをするんだ」

 

 取り付く島もない、というわけではない。ただ、春の心に届かない。そんな手応えだった。

 なおも手を伸ばそうとしたエーデルワイスを、「しつこいぞ」とイアペトスが遮る。

 

「いつまでも下らぬことをべらべらと囀るな。さぁ、春。ターンを始めよう」

 

 明らかにこちらの会話を打ち切ろうとしている。だが、ターンを遅延しているのは間違いなくエーデルワイスの方。相手の心に届かないもどかしさと無力感で、エーデルワイスは歯噛みした。

 そうしているうちに、ターンが進む。

 

「ふせていた貪欲な瓶を発動。ネバー・エンドルフィン、クロス・ドミネーター、デスペラード、デッドマンズ・バースト、死者蘇生をデッキに戻して、一枚ドロー」

 

 ドローカードを見た春は、ふむと頷き、ちらりとエーデルワイスを見た。

 

「せっかくだから、もっとドローしようかな。壺の中の魔術書を発動。互いに三枚ドローだよ。

 さらにぼくの場にあるデビルズ・ディールを墓地に送って、マジック・プランター発動。二枚ドローね」

 

 立て続けにドローを行う春。その様子に、エーデルワイスはウェールズの森で、諦めずにドローを続けて、ついには逆転に至った岡崎和輝を思い出す。

 

「うん。そろそろいいかな。シャッフル・リボーン発動! 墓地からカスパールを効果を無効にして特殊召喚する!」

「させません! 希望魁竜タイタニック・ギャラクシーの効果発動です!」

「それはダメだね! 墓地のブレイクスルー・スキルを発動! このカードを除外し、タイタニック・ギャラクシーの効果を無効にする!」

「ッ!?」

 

 いつの間にそんなカードを墓地に。そう思ったのもつかの間、デュエル序盤でこちらが発動した手札抹殺だ。あの時に捨てたのだ。そして、マストカウンターのタイミングを待っていた。

 

「さらにこの瞬間、手札から速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動! デッキから、残った二体のカスパール特殊召喚する!」

 

 瞬く間に、三体の魔弾の射手が揃う。この場合、エーデルワイスを狙う銃口ではなく、真に警戒するべきはこの後に出てくるだろう、より強大な存在だ。

 そして、地獄の暴走召喚によってエーデルワイスは二体の銀河眼の光子竜を特殊召喚した。

 盤面に強力なモンスターが三体。だがエーデルワイスの表情は険しいままだった。

 

「ティターン神族……。ついに来るか」

 

 警戒を露わにするルー。ケルトの光の神に応えるように、イアペトスが笑う。

 

「いいぞ春! 今こそオレを呼べ!」

「うん、そうするよ、()()。ぼくは三体のカスパールをリリース!」

 

 春の場にいる三体の魔弾の射手が――彼女のデッキで最も取り回しのいい、中核のモンスターが――光の粒子となって、世界に溶け込むように消えていく。

 モンスターの粒子が寄り集まり、“場”を作る。

 “場”は“門”となり、大いなる存在を招くための準備を整えた。

 

「出番だよ。存分に暴れて破壊して。武装巧者(ぶそうこうしゃ)の直死巨神イアペトス!」

 

 ズンと、空気が、否、世界が重くなったように、エーデルワイスには感じられた。

 その向こうから現れる巨大な気配。

 まず目についたのは、無数の砲台だった。

 武骨で、物を破壊すること以外の存在意義を見出せない、そんな長い長い砲身の砲台。まるでハリネズミのように、大小さまざまな砲門が体中に備わっており、そこに人型は何も見いだせない。

 下半身はなく、球体部分の下半身――もちろん、長短さまざまな砲門付きだ――に、底から辛うじて人型とわかる上半身が伸びており、両肩に一際長い砲門。腕はあるが五指のが通常のそれではなく、砲口がしっかり見えている。

 ギラギラと輝く赤い双眸。口元には好戦的な笑み。首から下に続く胸板の中央には一本線が入っており、それが胸部開閉を司る蓋の繋ぎ目だと気づいて、あの中にもまた武骨な火器があるのだと気づいた。

 

『ハ、ハハハ!』

 

 そして、召喚されたティターン神族、イアペトスは笑った。

 前で鐘が人の声でしゃべっているような、耳に痛いような大音響だった。

 

『やはりこの姿がいいなぁ! 人間の姿は窮屈で敵わん! 武器として、見いだされ、恐れられ、敬われていてオレには! この、武器の本質のような顕現体こそがふさわしい!』

「武器の神、というが、その姿は現代的じゃあないか? 何しろ、銃は人間が作った武器だ。神代にはなかった」

『似たようなものならあったさ。それに武器というのは時代によって変遷する。そうだろう?』

 

 疑問を呈したルーに対して、にやりと笑うイアペトス。鐘楼のような声が言葉を紡ぐ。

 

『かつて、人間はもっとも原始的な武器として石による投擲や、棒切れを用いた。そこから技術が洗練され、発想が飛躍され、刀剣類に至った。全てはより効率よく敵を打倒すためだ。そこから時は進み、より遠くから、一方的に相手を倒せる武器を造り出した。槍が生まれ、弓矢に至った。

 だが刀剣類はもとより、槍や弓矢も、使いこなすには技術と何より腕力が必要だ。これでは効率的ではない。体格のいい男はともかく、女子供、老人では扱いきれん。そこで登場したのが、銃だ。

 銃はいい、素晴らしい! 人間社会が生み出した至宝よ! より安全に相手を殺せ、しかも多少の訓練こそ必要だが、女子供でも扱える! わかるか? たった一丁の小さな銃が、大男とか弱い女性との力の差を零にしてくれるのだ! これほど効率的なものがあるか!? そして銃の発想はより広範囲に、より高威力へと変遷し、兵器が造られた。実に素晴らしい! 人間社会の歴史とは、即ち銃の歴史だ! 敵の数を減らしていき、人間はこうして社会を盤石なものにできたのだからな!』

 

 イアペトスの演説に、エーデルワイスは気圧された。辛うじて後ずさるのを堪えた。

 そんな彼女を庇うように、鼓舞するように、ルーの声が響く。

 

「あまりにも一面的なものの見方だな。武器な武器にすぎず、扱うもの次第で殺戮にも、救済にも使える」

『その点についてはまぁ同意しないでもない。が、武器の本質はやはり外敵の排除だ。このようにな、春!』

 

 歓喜を込めた声音で、イアペトスは己のパートナーに声をかけた。春は異形の怪物――否、兵器か――となり果てたかに見えるイアペトスを前にしても顔色一つ変えずに頷いた。

 

「イアペトスの効果発動。自分ターンに二度まで、ぼくの手札、デッキから魔法・罠カードゾーンに可能な限りカードをセットする。ぼくは手札から一枚、デッキから四枚のカードを場にセットする。」

 

 イアペトスの背後、春の足元に、彼女の手札、デッキから飛び出した合計五つの光が着弾する。

 耳に痛い音が響き、土煙が上がる。

 粉塵が収まった時、底には伏せられた状態にある五枚のカード。

 

「だけどこれらのカードは発動しない。意味ないしね」

『今この場で守りはいらん! オレを解き放て!』

 

 高揚感に突き動かされるままに、イアペトスが叫ぶ。春はやはり名前の通り、朗らかな笑みを浮かべたままだった。この状況に、その笑顔はそぐわないことこの上ない。

 精神操作は受けていないようだが、彼女自身の心が、この場から、世界から乖離しているように、エーデルワイスには感じられた。 

 そしてそんなエーデルワイスの思いを無視して、場は動くのだった。

 

「イアペトスの効果発動! 一ターンに一度、ぼくの場の魔法、罠カードを全て破壊して、破壊したカード一枚につき、1000ポイントのダメージを与える!」

「えぇ!?」

 

 自前で“砲弾”を補給できるうえに、一斉射も簡単。武器の神というだけはあり、その効果は殺意に溢れている。

 イアペトスの、全身から突き出した砲塔が、一斉にエーデルワイスの方を向いた。さらに胸部装甲が開かれ、エーデルワイスの予想通り、回転式の砲門、即ちガトリング砲が顔をのぞかせた。

 エーデルワイスは身がすくむ思いで、実際肩がびくりと震えた。

 春の足元に伏せられた五枚のカードが次々と砕け散る。カードの破片が粒子となって、イアペトスに吸い込まれていった。

 

『エネルギー充填完了。照準良し。何もかも、跡形もなく砕け散るがいい!』

 

 それは落雷を何百倍にも膨張させたかのような音だった。

 一斉に発射された砲塔から、光の大瀑布が放たれた。

 視界全てを覆う青白い光。逃げ場など無く、耐えきれなければ宝珠が砕け散る。

 

「ま、まだ終わりません! 手札からクリフォトンの効果発動! このカードを捨てて、2000ライフを払い、このターンのダメージを0にします!」

 

 辛うじて、小さな守護者が守ってくれた。これでこのターン、エーデルワイスのライフは傷つかない。

 

「壺の中の魔術書とか発動していた以上、これは覚悟していたけれど、持ってたかぁ」

 

 ちょっとがっかりしたように、春は言う。さっきまで広範囲の攻撃によって、エーデルワイスが()()()()()()()()()()だったろうに、随分淡泊というか、朗らかだ。

 もっともそれは春だけのことで、イアペトスは不満げだった。祝砲代わりの一撃だったのかもしれない。とにかく、相手を吹き飛ばす代物だ。

 それはもう、神の意向だった。エーデルワイスはそう直感した。

 イアペトスはこちらを殺しても構わないと思っている。春はどうだろうか? 何も考えていないのかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()。そうすれば自分のそばにいてくれるから。そんな風に思っているのではないだろうか?

 デュエルをしていて分かったが、春は孤独を恐れているようだ。

 寒いと言った。その経験から、彼女は誰かがいなくなることを恐れているようだ。

 その気持ちは、痛いほどよく分かった。

 父も、使用人も失って、とても心細かった。誰かがそばにいてくれないと、足元から(くずおれ)れて、一歩も動けなくなりそうだった。

 自分にはファティマがいた。あの年上の親友がいなければ、和輝と出会う前に、自分の心は死んでいたかもしれない。

 彼女にはいただろうか、そんな人が。

 いなかったと思う。それがとても悲しかった。

 

『防がれたか。だがダメージを与えられずとも、厄介なモンスターは潰しておかなければな』

 

 エーデルワイスの思考は、イアペトスの声によって中断させられた。

 そうだ、今はデュエル中。しかも相手のターンだ。相手の攻撃を乗り切ることを第一に考えなければ。

 

『バトルだ春! 対象はタイタニック・ギャラクシー!』

「了解。バトルフェイズに入って、イアペトスでタイタニック・ギャラクシーを攻撃!」

 

 春自身に意識はあるだろうが、今はイアペトスの命令に忠実に従っているようだ。

 これでは春とエーデルのデュエルではない。これでは彼女の心はまた寒くなっているのではないか?

 考えまいとしても考えが浮かんでくる。春を放っておけない自分がいる。

 イアペトスの砲塔が再び光を放った。

 赤光の大瀑布がタイタニック・ギャラクシーを襲い、全身を覆い、砕き、焼き、割き、完全に消滅させた。

 下手をすれば先程()()が自分に来たのかと、エーデルワイスはぞっとした。

 

『ここで、オレの効果発動! 再び、デッキから五枚セットだ!』

 

 イアペトスが大鐘のような声で宣言した。完全に春の頭を飛び越えている。

 

「洗脳しているわけでもないのに、場に出た途端プレイヤー気取りか……ッ!」

 

 ルーが不快気に吐き捨てた。最初から洗脳し、全てを自分でやる神もいるが、イアペトスは自身が召喚されてから主導権を握り始めた。その()()()()()っぷりは、ルーには不快に映ったようだ。

 だがプレイは続行される。イアペトスの宣言を春が追従する。その様は操り人形か何かか。

 

「え? 五枚も伏せるの?」

『当然だ。奴は徹底的に砕いて潰す。そのために最大火力を出す』

 

 それは正しいことだろうか? 春はそう思ったが、神への疑惑を即座に振り払って、言う通りにすることにした。

 

「イアペトスの効果発動。デッキから五枚セット。ターンエンド」

 

 

貪欲な瓶:通常罠

「貪欲な瓶」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):「貪欲な瓶」以外の自分の墓地のカード5枚を対象として発動できる。そのカード5枚をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

マジック・プランター:通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

シャッフル・リボーン:通常魔法

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合、自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズに除外される。(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし、その後自分はデッキから1枚ドローする。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を1枚除外する。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

地獄の暴走召喚:速攻魔法

(1):相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。

 

武装巧者の直死巨神イアペトス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK3500 DEF4500

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。自分フィールドの魔法・罠カードゾーンにあるカードを任意の数破壊し、破壊したカード1枚につき、相手に1000ポイントのダメージを与える。(4):自分メインフェイズに発動できる。自分の手札、デッキから魔法、罠カードを任意の数選び、自分の魔法・罠カードゾーンにセットする。この効果は1ターンに2度まで発動できる。

 

クリフォトン 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカードを手札から墓地へ送り、2000ライフポイントを払って発動できる。このターン自分が受ける全てのダメージは0になる。この効果は相手ターンでも発動できる。また、このカードが墓地に存在する場合、「クリフォトン」以外の「フォトン」と名のついたモンスター1体を手札から墓地へ送って発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。「クリフォトン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

エーデルワイスLP3300→1300手札4枚

早乙女LP2400手札2枚

 

 

「く……。私のターン、ドロー!」

 

 エーデルワイスはちらりと春の足元に伏せられたいるカード群を見た。

 五枚の伏せカード。罠は確実に仕込まれているだろう。

 だが春のデッキは魔弾、ならばその比重は魔弾魔法、罠の方が高いのではないか? 汎用罠の枠を削り、魔弾を入れたのなら、この状況で発動できるカードは五枚全てではないかもしれない。

 そこまで考えて、一端エーデルワイスはデュエルへの思考を止めた。

 春の方を見て、告げる。

 

「あの、春さん? 春さんでいいですか?」

「んー。苗字がいいかな。ハルって名前、嫌いなんだ。生まれた季節をそのままつけられただけだから」

 

 いきなり語り掛けてきた対戦相手の意図が分からず、春は首を傾げた。

 その名前の由来の適当さに、エーデルワイスは面食らったが、呼吸を落ち着ける。

 

「えっと、少し聞きたいんですけれど……」

「何?」

 

 一拍置いて、問いかける。

 

()()()()()()()()()()()

 

 春の肩がびくりと震えた。

 目が逸らされる。その表情を、エーデルワイスは見逃さなかった。

 

「寒いのですね? 勿論物理的な意味じゃありません。精神的に、ですよ」

「そんな、ことはないよ」

 

 今まで朗らかに笑っていた少女の表情に、この時初めてほころびができた。

 固まった表情。今こそエーデルワイスは理解した。

 さっきまで見せていた、名前通りの朗らかな笑みは全て仮面だ。彼女が春という名前を嫌っているなら、名前通りに朗らかに笑うというのは違和感があった。

 

「嘘です。だって今、早乙女さん私とデュエルをしていません。だって、イアペトスが出てきてから、彼の指示に従っていますし、完全に主導権を明け渡しています」

 

 その自覚はあったのだろう、春の表情に亀裂が走った。

 

「そんな状態では、寒くないはずがありません。私は貴方を見ていられない。だから――――」

『くだらないことを言うのはやめろ』

 

 なおも言い募ろうとするエーデルワイスを、イアペトスが遮った。

 

『敵の身が……、春を否定するな。そうしてオレの契約者の戦意を挫く作戦だろうが、通用せん』

「私は――――」

 

 そんなつもりなんかない。ただ、独りだと感じている彼女を放っておけないだけだ。

 

『春、耳を貸す必要はない。あいつは敵だ。敵の言うことなど無駄だ。それにここで敗れ、宝珠を破壊されればオレは消える。そうなれば、お前はまた独りだ』

「ッ!」

 

 春の肩がひときわ強く震えた。

 彼女が孤独を恐れていることを、イアペトスはもちろん知っている。知っていて、こうして彼女の精神に脅しをかけているのだ。

 

「やめてください! そんなことを言って、早乙女さんの心を追い込まないで!」

『聞く必要はない。とにかく戦え、春。そうすれば、オレはお前と一緒だ』

「……そうだね」

 

 春の表情が、また朗らかなものに戻ってしまった。

 

「君が何を言おうと、ぼくは今、イアペトスと一緒にデュエルをしているんだ。だから――――はやくターンを進めなよ。でないと、ぼくのターンってことにするよ?」

 

 伸ばした手は振り払われた。無粋な邪魔者のせいで。

 どうすれば自分の声は彼女に届くだろうか。そう考えていたエーデルワイスの耳に、ルーの柔らかい声がかかる。

 

「ことは単純だ、エーデルワイス」

「え?」

「イアペトスが邪魔をして、君の声が彼女に届かないのなら、邪魔者をどかせばいい。あの少女の心に恐怖という名のシミを広げているティターン神族を、打倒せ」

 

 光明が訪れた気がした。

 エーデルワイスはいったん瞼を閉じた。そして再び目を開いた時、そこには覚悟と決意があった。

 

「そう、ですね。そうします! フォトン・チェンジを墓地に送り、マジック・プランターを発動! カードを二枚ドローします!」

 

 決意を秘めた眼差しはそのままに、エーデルワイスはカードをドロー。二枚のうち一枚を見て、口元が頼もしさに綻んだ。

 

「呼び込んだか、私を!」ルーが喜色を込めた声を上げた。応えるように、エーデルワイスは肯いた。

「私は場にいる銀河眼の光子竜三体をリリース!来てください! 光の英雄神ルー!」

 

 エーデルワイスの右手が力強く天へと掲げられる。その声が凛として響くと同時、彼女の場にいた三体のドラゴンが、一斉に光の粒子と化して霧散した。

 そして霧散した粒子は一か所に集い、強大な力の“場”となる。

 “場”は“門”となり、新たに強大な力を導く。

 神が降臨する。

 外見年齢は三十代から四十代の男性神。短めの金髪、深い海を思わせる青い右目と奥深い森を思わせる緑の左目。身に纏っているのは深緑色のボディスーツと、その上に纏った、関節の可動域が広く設計されている金縁銀色の全身鎧。

 左手には五角形型の盾を装備しており、中央に日の光を浴びて育つ新緑の構図になっているレリーフが刻まれている。

 右手には、身の丈ほどの大きさの、五条に枝分かれした黄金の槍。この槍こそが、光の神ルーが操り、かつてバロールを葬った神の槍、ブリューナク。

 

「ルー!」

 

 かつては彼にも恐怖した。だが今は違う。その姿に、背中に頼もしさを感じながら、エーデルワイスは己の神の名を呼んだ。

 

「いくぞ、エーデルワイス。君の願いをかなえるため、私はこの槍を振るおう!」

 

 契約者の信頼に、ルーは覇気で答えた。

 

「ルーの効果発動です! 貴方の場に伏せてあるカード四枚と、イアペトスを破壊します!」

 

 ルーが契約者の命を受け。身を構える。手にした槍を天に向かって投げ放つ。

 五条の槍はその装甲を継ぎ目から剥離させ、中に封じられていた五つの光を解き放つ。

 五条の光は流星にように春のフィールドに降り注いだ。

 

『春!』

 

 着弾直前に、イアペトスの声が響く――名前が好きではないと聞いていながら、イアペトスはまだ春を名前で呼んでいる――

 

「リバースカードオープン! 和睦の使者! それにチェーンして、亜空間物質転送装置! イアペトスを除外し、このターン、ぼくへの戦闘ダメージは無意味だよ!」

 

 瞬間、春のフィールドに変化が現れる。

 イアペトスの背後の空間が、硝子が砕けるような音を立て割れ、口を開けた亜空間に武器の巨神が退避する。

 光の槍が着弾する。破壊が巻き起こり、春のフィールドを焼け野原にしてしまう。

 だが――――

 

「仕留めそこなったか……!」

「伏せが五枚もあれば、ありえることでした。カードを一枚伏せて、ターン終了です!」

『この瞬間、このオレ自身がフィールドに舞い戻る!』

 

 再び、体中から砲塔を突き出した、機械と混ざり合ったような異形の神が現れる。この神を倒さなければ、エーデルワイスに勝利はなく、春の心は孤独を恐れ、イアペトスに縛られ続けるだろう。

 

 

光の英雄神ルー 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK4000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手フィールドのカードを5枚まで選択して発動できる。選択したカードを破壊し、このターン、このカードは破壊したカードの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。(4):???

 

亜空間物質転送装置:通常罠

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その自分の表側表示モンスターをエンドフェイズまで除外する。

 

和睦の使者:通常罠

(1):このターン、自分のモンスターは戦闘では破壊されず、自分が受ける戦闘ダメージは0になる。

 

 

「ぼくのターン、ドロー」

 

 イアペトスのターンだ。心のどこか片隅で、ぼんやりと春はそう思った。

 イアペトスに従うのが正しいはずだ。理性はそう思っている。それを正しいと俯瞰している自分がいるのも感じる。

 だけど、もっと心の奥底で、それは違うんじゃないの? そう言っている自分がいた。

 それが何なのか春自身は分からなかったが、人が言うにはそれは、本心と呼ばれるものだったかもしれない。

 

『春! 今ドローしたカードを使え! これで仕留める!』

「……手札から(トラップ)発動、イアペトスの宝具」

 

 本来はあり得ない手札からの罠カードの発動。だが魔弾デッキならそれが普通だ。

 

「このカードは、ぼくの場にイアペトスがいる時、手札からも発動できる。その効果は、相手フィールドのモンスター一体を、効果を無効にして除外。さらにその攻撃力分のダメージを与える。除外するのは勿論、ルーだ」

 

 瞬間、エーデルワイスのフィールド、ルーを取り囲むようにいくつもの影が現れた。

 影の正体は無数の武器。

 単純な石器から斧、剣、槍、刀、短剣長剣揃った刃物。弓矢などの飛び道具、投石器、攻城兵器、さらにエーデルワイスには使用用途の分からないいろんな兵器、或いは武器らしきものから拳銃などの銃火器、さらにミサイルを含めた兵器群。

 人類がその歴史の中で生み出してきた様々な武器。其れこそイアペトスが司る武器という概念そのもの。

 それらが一斉にルーを狙っていた。

 

「ッ! ルーの効果発動! ルー自身をリリースして、このターン、私はあらゆるダメージを受けません! さらに、私はカードを三枚ドロー!」

 

 イアペトスの武器群たちがその威力を発揮する前に、ルーの身体は世界に溶けるように消えていき、エーデルワイスの周りを光の壁が帳のように囲んだ。まさに彼女を守護する鉄壁の障壁。これを突破することはこのターンは不可能だ。

 

『だが、オマエは神を手放した! 一ターンの命を長らえるのに、その代償は大きいぞ。春! カードをセットだ。デッキ枚数も残り少ないから、まぁ三枚程だな』

 

 イアペトスの意見に、春も賛成だった。だからこれは自分の考えでもある。イアペトスに言われたからではない。

 胸中でそう呟きながら、春はデッキをデュエルディスクから外し、フィールドにセットするカードを選ぶ。

 その耳に、エーデルワイスの声が届いた。

 

「早乙女さん」

 

 聞く必要はない。イアペトスもそう言っていた。だから春は作業の手を止めない。構わず、エーデルワイスは言葉を紡いだ。

 

「その三枚のカードは、早乙女さん自身が選ぶべきだと思います。でなければ、次のターン、私の勝ちです」

「え……?」

 

 春は一瞬、エーデルワイスが言ったことの意味がよく分からなかった。

 自分のフィールドにはイアペトスが存在している。だが彼女は己の神を手放した。圧倒的に不利なのはエーデルワイスのはずだ。

 なのに彼女は、ここで春自身が動かなければ、自分の勝ちだという。

 

『はったりだ』

 

 一言で切って捨てるイアペトス。だがエーデルワイスは「貴方には喋っていません」とこちらもまた切って捨てた。

 

「早乙女さん。考えてください。そして決めてください。()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 ぶるりと震えた。寒さがぶり返してきた。

 それは今現在、春がエーデルワイスとデュエルをしているのではなく、イアペトスの人形となり果てていることを、無意識のうちに感じていたからだったが、春自身に自覚はなかった。

 自覚はなかったがゆえに、自分でもわからぬ焦燥や、恐怖を感じていた。

 

『春?』

 

 頭上から、イアペトスの声が降ってきた。びくりと震え、今はデュエルの最中だったと思い直す。

 デュエル? 今、ぼくは何のプレイもしていないのに?

 自覚すると感じる。それは嫌だと。

 デッキを扇状に開く。

 内容を確認。戦術を脳内で展開。相手がどうやってこちらの神を攻略し、勝利を手にするのかを推測する。

 

「……ぼくは、カードを三枚セットして、ターン終了だよ」

 

 デッキが残り少ない。イアペトスの効果は強力だが、デッキのカードを多く使う分、デュエル終盤では乱用がしにくくなる。

 その中で選んだ三枚のカード。これで迎え撃つ。

 そして春はふと気づいた。さっきまで感じていた寒さが、今は和らいでいた。

 

 

イアペトスの宝具:通常罠

自分フィールドに「武装巧者の直死巨神イアペトス」が存在する場合、このカードは手札から発動できる。(1):相手フィールドのモンスター1体を対象に発動できる。対象モンスターの効果を無効にし、ゲームから除外する。その後、対象モンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。

 

光の英雄神ルー 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK4000 DEF4000

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手フィールドのカードを5枚まで選択して発動できる。選択したカードを破壊し、このターン、このカードは破壊したカードの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。(4):このカードをリリースして発動できる。カードを3枚ドローし、このターン、自分はダメージを受けない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

「私のターンです、ドロー!」

 

 ライフは少ない、防御手段ももはやない。このターンで決着がつかなければ敗北する。

 このターンで勝利すると豪語したが、エーデルワイスに自信などなかった。

 だがああでも言わなければ春とデュエルなどできなかったに違いない。

 そして後は勝つだけだ。イアペトスの呪縛を断ち切り、失うことを恐れる春に、そばにいることだけが一人ではない、ということではないと伝えたい。

 

「スタンバイフェイズ、ぼくは伏せていた戦線復帰を発動! 墓地からスターを守備表示で特殊召喚する!」

 

 翻る伏せカード。同時に現れようとする魔弾の射手。春はこちらの頭を潰しに来た。

 だが――――

 

「追いすがりますよ。チェーンして、リバースカードオープン! エターナル・ボンド! 墓地から超銀河眼の光子龍、ギャラクシーアイズFA・ドラゴン、三体の銀河眼の光子竜を特殊召喚します!」

 

 エーデルワイスの伏せカードのうち、一枚が勢いよく翻った。

 途端、彼女のフィールドに降臨する五体の大型ドラゴン。効果は無効にされているが、攻撃力は健在で、攻撃も可能だ。

 まさに止めを押し込むための強力なカード。このターンで決めるというエーデルワイスの決意が伺える。

 しかもチェーンで発動し、逆順処理で先にエターナル・ボンドの処理が実行され、先にエーデルワイスのフィールドにドラゴンが召喚され、次に春のフィールドにドクトルが特殊召喚された。せっかくスターをエーデルワイスの伏せカードと同じ列で特殊召喚したのに、これではスターの効果は発動できない。

 だがまだチャンスはある、と春は考える。

 自分の墓地には二枚の伏せカード。一気に決めたいなら邪魔だ。

 だとすれば、手札に魔法・罠カード発動カードがあれば――――

 

(あの子は発動する)

 

 確信した直後、エーデルワイスが動いた。

 

 

「行きます! ハーピィの羽根帚発動! 貴方の場に伏せてあるカードを、全て破壊します!」

「それはダメ。リバースカードオープン! カウンター罠、魔弾-デッドマンズ・バースト発動! ハーピィの羽箒を無効にする!」

 

 カウンター罠が翻る。直後、エーデルワイスが発動した魔法が罅割れ、硝子が砕け散るような音を立てて消え失せた。

 

「同じ縦列で魔法、罠が発動したため、スターの効果発動! デッキから魔弾の射手-カラミティを守備表示で特殊召喚!」

 

 新たな魔弾の射手が、春のフィールドに現れる。

 赤い髪、ボディラインを強調した派手な衣装、同じく派手で巨大な、玩具にも見える銃を持った魔弾の射手。

 魔弾の射手が二体。デッキから魔弾をサーチできるカスパールではなく、スターを戦線復帰の効果で特殊召喚したのは、このモンスターを特殊召喚することが狙いか。だとすればこのモンスターも厄介な効果を持っているかもしれない。

 しかし今更だ。今はとにかく進むだけ。

 それに、とエーデルワイスは春を見た。

 目が合った。向こうもこちらから目をそらしていない。その事実が、今二人がデュエルをしているのだと実感できた。

 

「早乙女さん。デュエルをしましょう」

 

 にこりと笑いかける。ちょっと虚を突かれたように目を丸くした春だったが、彼女もまた微笑んだ。

 

「うん、そうだね。負けるつもりはないけど」

『春! 敵と語らうな!』

 

 すかさずイアペトスが声を荒げる。

 

「貴様こそ黙っていろ、イアペトス! 戦っているのは、我々ではなく、彼女たちだ!」

 

 ルーの一括がそれを遮る。さらにルーの言葉が続く。

 

「我々神は、一柱では戦うことさえできん! 人間の――――契約者の力を借りなければ、勝負の土俵に立つ資格さえない! 我々は、契約者を信じ、運命を委ねるのだ! それを、彼女の意志を無視して、決闘の場に土足で踏み込むなど、恥を知れ!」

 

 ルーの怒号が響き渡り、その時確かにイアペトスを圧倒していた。

 その言葉に背中を押されて、エーデルワイスは笑った。力強く、春の心が温かくなればいいと願いながら。

 

「行きます、早乙女さん。このターン、私は全てを注ぎ込みます!」

 

 まっすぐなエーデルワイスの言葉。そこに心地よさを、確かな温かさを感じた春は、自然とほほ笑んでいた。

 

「うん、ぼくも受けて立つよ」

 

 このデュエル最後の攻防が、今始まるのだった。

 

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

エターナル・ボンド:通常罠

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の墓地の「フォトン」モンスターを任意の数だけ対象として発動できる。そのモンスターを効果を無効にして特殊召喚する。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの「フォトン」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのコントロールを得る。このターン、自分はそのモンスターでしか攻撃宣言できず、そのモンスターの攻撃力は自分フィールドの「フォトン」モンスターの元々の攻撃力を合計した数値になる。

 

ハーピィの羽根帚:通常魔法

(1):相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

魔弾の射手-カラミティ 光属性 ☆4 悪魔族:効果

ATK1500 DEF1300

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分・相手ターンに自分は「魔弾」魔法・罠カードを手札から発動できる。(2):このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合、自分の墓地の「魔弾」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話:雪解けの涙

 決着の時は近い。

 しかしエーデルワイスに不安はない。

 なんとなく分かる。今、早乙女春は本気でエーデルワイスと向き合ってくれている。

 これこそデュエルだと、ルーは思った。

 イアペトスの横やりなど最早問題になるまい。

 後は、互いに死力を尽くし、雌雄を決するだけだ。たとえどんな結末になろうと、後悔だけはない。

 

「行きます!」

 

 決意と強さを秘めたエーデルワイスの声。かつて蹲って泣いているだけだった少女が、随分強くなったものだと、ルーは感慨深げに思った。

 

 

エーデルワイスLP1300手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 超銀河眼の光子龍(ネオギャラクシーアイズフォトンドラゴン)(攻撃表示)、ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン(攻撃表示)、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)(攻撃表示)、銀河眼の光子竜(攻撃表示)、銀河眼の光子竜(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

早乙女LP2400手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 武装巧者の直死巨神イアペトス(攻撃表示)、魔弾の射手-スター(守備表示)、魔弾の射手-カラミティ(守備表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

 

「バトルです! 一体目の銀河眼の光子竜で魔弾の射手-スターに攻撃!」

 

 ついにバトルフェイズが開かれる。

 一体目の銀河眼の光子竜が、上体を後ろにそらす。その口内に光をため込み、一気に解き放った。

 

「甘いよ。手札から魔弾-ネバー・エンドルフィンを発動! スターの攻撃力と守備力を、このターン、二倍にする!」

 

 即座に春は反応した。手札からカードを一枚抜き放ち、デュエルディスクにセットする。

 瞬間、銀河眼の光子竜が極光の一閃を解き放った。

 ビームのように大気を焼きながら突き進む極光。だが魔弾の射手はひるまなかった。

 どこからともなく放たれたのは、長大なライフル弾。それも一発ではなく、四発連続で、だ。

 四連続の魔弾が極光に突っ込む。

 停滞はない。その貫通力を十全に発揮し、魔弾は光子の中を突き進む。

 

「ッ!」

 

 光の一撃を放ったドラゴンが、微かに驚き、身じろぎしたように感じられた。

 次の瞬間、弾丸は光の奔流を渡り切った。

 貫通してきた魔弾がドラゴンの喉奥にぶち込まれた。

 くぐもった悲鳴を上げて、ドラゴンの身体が大きくのけぞり、地に倒れ伏した。

 しかし消滅はしない。守備表示のモンスターに向かって攻撃したため、迎撃され、攻撃を弾かれたが斃されたわけではない。

 

「忘れちゃいけないよ。ぼくはネバー・エンドルフィンを、ぼくの場にいるカラミティと同じ縦列で発動していた! つまり、カラミティの効果発動! 墓地から魔弾の射手-ドクトルを守備表示で特殊召喚!」

 

 三体目の魔弾の射手が春のフィールドに現れる。守備表示で特殊召喚されたのに、片膝を付いた狙撃姿勢で、銃口をエーデルワイスや彼女のモンスターたちに向けているのは、春が保持する魔弾を放たんとしているからか。

 

「エーデルワイス」

「分かっています。ここで退いたりはしません! 二体目の銀河眼の光子竜でドクトルを攻撃です!」

 

 エーデルワイスは思う。このターン、攻撃の手を緩めてはいけないと。

 一ターンに発動できる魔弾は一種類につき一枚のみ。同じターンに同じ魔弾を発動できない。なのでこのターン、春はもうネバーエンドルフィンを発動できない。

 なのでこのターンの攻防は、春が弾切れを起こす前にエーデルワイスの攻撃を凌ぎ切るか、エーデルワイスが春の魔弾を掻い潜ってイアペトスを倒し、彼女のライフを0にできるかの勝負だ。

 そしてそれは春もわかっている。こちらの意図が伝わったという確信があった。

 全力で防ぐだろう。その没頭に、イアペトスの声が入り込む余地など無い。

 

「させないよ! 手札から魔弾-デスペラード発動! 二体目の銀河眼の光子竜を破壊する!」

 

 不意を突くように飛来する魔弾。今しも攻撃態勢に入ろうとしていた二体目の銀河眼の光子竜は、上体を逸らしたまま胸と喉元に弾丸を叩き込まれ、止めに眉間に一発。今度は踏みとどまることもできずに破壊された。

 これで二発目。もうデスペラードが飛んでくることはない。

 だが春も抜け目ない。自分のモンスターを守りつつ、魔弾を補充してくる。

 

「今発動した魔弾は、ドクトルと同じ縦列! よってドクトルの効果発動! 墓地の魔弾-クロス・ドミネーターを手札に加える!」

「まだ、止まりません! 三体目の銀河眼の光子竜で、ドクトルを攻撃です!」

 

 三発目の極光が、三体目のドラゴンの口内から放たれる。熱と光の一撃を前に、魔弾は沈黙した。抵抗らしい抵抗もせず、ドクトルは銀河眼の光子竜の攻撃をまともに受けて消滅した。

 

『なぜ魔弾を発動しない、春!?』

 

 動かなかった春に、イアペトスが苛立ちまぎれの声を上げた。だが春も、エーデルワイスも反応しない。

 今二人にはお互いしか見えていない。

 そしてエーデルワイスは考える。すでに早乙女さんの手札にはクロス・ドミネーターがある。あれをいつ発動して来るか。

 

(私なら、イアペトスに攻撃した時、でしょうか)

 

 おそらく正解だ。春にとって(イアペトス)は生命線だ。攻撃されれば発動するしかない。

 

「ならばこちらです! FA・フォトン・ドラゴンでイアペトスを攻撃!」

 

 全身鎧に身を包んだギャラクシーアイズが、咆哮とと主に光の息吹(ブレス)を放つ。

 

「そうはさせない! ダメージステップに手札から魔弾-クロス・ドミネーターを発動! 君が今攻撃したFA・フォトン・ドラゴンの攻守を0にする!」

『この反撃で貴様の負けだな!』

 

 勝利を確信したのか、イアペトスがそう叫ぶ。

 だが春はそう思っていない。こちらがクロス・ドミネーターを回収したのにあの子はイアペトスを攻撃してきた。なら当然、対抗策があるはずだ。

 あの伏せカードか、それともコンバットトリックの速攻魔法か。

 

「チェーンします! 手札から速攻魔法、禁じられた聖槍を発動! FA・フォトン・ドラゴンの攻撃力を800ダウンさせる代わりに、魔法、罠のカード効果を受けません!」

 

 だがFA・フォトン・ドラゴンの攻撃力は3200にまでダウン。イアペトスを下回ってしまった。

 

『消し飛ばしてやろう!』

 

 イアペトスの全身の砲塔が、一斉にFA・フォトン・ドラゴンの方を向いた。

 停滞なく、砲口から赤い光が次々に放たれた。

 轟音と極光が辺りを満たし、一瞬、エーデルワイスの視覚と聴覚を麻痺させる。

 瓦解していくドラゴンの体躯。アーマーが砕け散り、中のドラゴンが倒れ伏し、消滅する。

 

「くぅ……!」

 

 ダメージのフィードバックがエーデルワイスを襲う。今の戦闘で300のダメージ。これで彼女のライフは残り600。

 

「もう、身を削るのも難しい数値になってきたな」

 

 心配げな声音のルーに、エーデルワイスは気丈な笑みで答えた。

 

「ですが、確実に追い詰めています。私の刃は、相手に届きかけています。なら進みます!」

 

 きっとあの人ならそうしたでしょう。心の中で、白髪の少年の背中を思い出す。いつも自分に勇気をくれる背中。

 

「バトルはまだ続いていますし、私のギャラクシーアイズはそう簡単に倒れません! 手札から速攻魔法、銀河再誕(ギャラクシー・リ・ボーン)発動! 今戦闘破壊されたFA・フォトン・ドラゴンを特殊召喚します!」

『なんだと!?』

「――――――」

 

 驚愕の声を上げるイアペトスに対して、春は沈黙していた。

 だがその口の端には笑みえがあった。楽しんでいると、傍目からでもわかるいい笑顔だった。

 

「再び特殊召喚されたFA・フォトン・ドラゴンは攻撃権を持っています! バトル続行です! FA・フォトン・ドラゴンでカラミティを攻撃!」

 

 今度は魔弾による阻害はない。口内から放った青白い閃光が奔流となって迸り、魔弾の射手を飲み込んだ。

 

「やってくれるよ……!」

 

 これで春のフィールドのモンスターは、イアペトスのほかに守備表示のスターのみ。

 

「ならば、臆しはしません! 超銀河眼の光子龍でイアペトスを攻撃です!」

 

 赤く輝く身体を持つ、三つ首のドラゴンが三重の咆哮を上げる。

 その口内に赤い輝きが溜まっていき、一瞬の停滞の後、三又の奔流となって放たれた。

 奔流は怒涛のごとき勢いで狭い、さらに互いにねじり、交わり合って三重螺旋を作った。

 

『春! なんとかしろ!』

 

 迫る一撃に対してなす術がないと感じたのか、イアペトスが吠えるような声を上げた。

 春は返答せず、ただデュエルディスクのボタンを押した。互いに相手しか見えていない、まさしく二人だけの世界に突入した証か。

 

「リバースカードオープン! シフトチェンジ! 超銀河眼の光子龍の攻撃を、守備表示のスターに移すよ!」

 

 三重螺旋の奔流が見えざる腕に捕まれたかのようにその軌道を曲げた。

 行きつく先はイアペトスではなく、その傍らで守備態勢をとっていたスター。

 直撃する。

 轟音が響き渡り、粉塵が巻き上がる。

 

『これでオマエのモンスターの攻撃は終わりだ! 最早なす術があるまい!』

 

 イアペトスが勝ち誇ったように言った。春も、表情には出さなかったがもう終わりだろうと思った。銀河再誕と合わせて、六回の攻撃は驚いたが凌ぎ切った。

 ならば次の自分のターンで、イアペトスの効果を使って勝利だ。残りのデッキ枚数は少ないが、それでも一回くらいは効果を使える。

 これでぼくの勝ちだ。そう思った春だったが、エーデルワイスの表情をみえ、違うのではと思った。

 微笑むその瞳には絶望はなく、むしろここからの希望に漲っているようだった。

 

「え……?」

「早乙女さん。まだ私のバトルフェイズは終了していませんよ? リバースカードオープン! ワンダー・エクシーズ! 私の場にいる二体の銀河眼の光子竜でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 エーデルワイスが右手を掲げると、頭上に渦巻く銀河のような星々煌めく空間が展開、白い光となって空間に飛び込んだ。

 瞬間、虹色の爆発が起こる。

 両手を合わせて、祈るような仕草をするエーデルワイス。

 

「出でよNo.62! 青き光を身に纏い、今ここに銀河の竜は新たな存在へと転生する! これが私の信念! |銀河眼の光子竜皇《ギャラクシーアイズプライムフォトンドラゴン》!」

 

 粉塵を引き裂いて、現れる青き光のドラゴン。

 青い発行体の体躯、鎧のような外殻に、背後へと延びるリング状の器官に肩口から噴き出る青い光。

 銀河眼の光子竜と大きく進化させたその姿に追随するように、二つの光球が衛星のように周囲を旋回していた。

 

「新しいXモンスター……!?」

「行きます! 銀河眼の光子竜皇でイアペトスに攻撃です!」

 

 長い尾を地面に打ち付けて、光の翼を展開、大きく飛翔する光子竜皇。光り輝く全身の、さらに一際強い輝きを宿す口内から青い奔流を放った。

 大気を熱し、辺りを光で満たす一撃。春の場に伏せカードはなく、このタイミングで発動できるカードはない。

 

「この瞬間、銀河眼の光子竜皇の効果発動! ORU(オーバーレイユニット)を一つ使い、ダメージ計算時にフィールドのXモンスターのランク×200攻撃力がアップします!」

『な!?』

 

 フィールドのXモンスターのランクは銀河眼の光子竜と超銀河眼の光子龍、FA・フォトン・ドラゴン。ランクの合計は24。よって攻撃力は4800アップし、8800。

 

「この一撃で、終わりです! お願いします。銀河眼の光子竜皇!」

 

 海のように深い青色が辺りを満たした。

 光の奔流が一切の停滞なくイアペトスを直撃する。

 

『ガアアアアアアアアアアア!』

 

 光子竜皇の一撃はイアペトスの装甲を砕き、内部に莫大量のエネルギーを叩きつけた。

 荒れ狂うエネルギーは次々に誘爆し、小爆発を連続させる。

 エネルギーの奔流はついにイアペトスの身体を貫通。螺旋を描きながら、春に向かっていく。

『は、春! 躱せ! 宝珠を守れ!』

 

 消えゆくイアペトスが足掻きとばかりに叫ぶ。だが春は動かなかった。

 しょうがないというように苦笑。直後に光子竜皇の一撃が直撃、胸元に光る無色の宝珠を砕いた。

 

 

禁じられた聖槍:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

銀河再誕:速攻魔法

(1):フィールドの「ギャラクシー」または「フォトン」モンスターが戦闘で破壊された時に発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):墓地のこのカードをゲームから除外し、自分の墓地の「ギャラクシー」または「フォトン」モンスター1体を対象に発動できる。対象モンスターを効果を無効にして特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地に送られたターンには発動できない。

 

シフトチェンジ:通常罠

自分フィールド上のモンスター1体が相手の魔法・罠カードの効果の対象になった時、または相手モンスターの攻撃対象になった時に発動できる。その対象を、自分フィールド上の正しい対象となる他のモンスター1体に移し替える。

 

ワンダー・エクシーズ:通常罠

(1):自分フィールドのモンスターを素材としてXモンスター1体をX召喚する。

 

銀河眼の光子竜皇 光属性 ランク8 ドラゴン族:エクシーズ

レベル8モンスター×2

(1):このカードが戦闘を行うダメージ計算時に1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力はそのダメージ計算時のみ、フィールドのXモンスターのランクの合計×200アップする。(2):「銀河眼の光子竜」をX素材として持っていないこのカードが相手に与える戦闘ダメージは半分になる。(3):「銀河眼の光子竜」をX素材として持っているこのカードが相手の効果で破壊された場合に発動できる。発動後2回目の自分スタンバイフェイズにこのカードの攻撃力を倍にして特殊召喚する。

 

 

早乙女LP0

 

 

『何故だハルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?』

 

 断末魔の前胸を上げながら消えていくイアペトス。その異形の巨体の装甲が瓦解し、周囲に轟音と土煙を立てる。

 

「はぁ……」

 

 崩れ去っていく神を見ながら、春はこれでまた独りかな、と思った。

 デュエルの結果に文句はない。実際、見事な連続攻撃だった。それに対応するため、自分はあの時打てる手はすべて打ったと思う。

 だから結果に文句はない。ただ、この選択はこれで正しかったのか、そう思う。

 

(だって、イアペトスといた時は寒くなかった)

 

 孤独ではなかったからだ。一人と一柱だと、寒くなかった。

 自分を必要としてくれる誰かがそばにいるからだ。

 けどそれもみせかけだった。結局イアペトスは都合のいい契約者が欲しかっただけ。

 うすうす気づいていた。けれど目を背けていた。

 だからまた独りになってしまって――――

 

「あの、早乙女さん!」

 

 その耳に声が届いた。

 バトルフィールドが消えていく。その中で、慌てた様子でエーデルワイスが近づいてきた。

 顔が赤いのは緊張しているためか。

 

「す、すごいデュエルでした! 早乙女さんの魔弾がどこから飛んでくるのかちょっと怖くてドキドキして……」

「でも、勝ったのは君だよ」

 

 ふわりとしたものが春の心に去来した。心に忍び寄っていた寒さが遠のいた気がした。

 

「それも、今回だけです。次はどうなるか分からないのが、デュエルの面白いところと、難しいところだと思います」

 

 両こぶしをぎゅっと握りしめて、ずいっと押し込んでくるエーデルワイス。

 春は嘆息し、

 

「でもぼくの宝珠は砕けた。イアペトスは消滅した。次なんてないよ」

「それは神々の戦争の話です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、とエーデルワイスは春に対して右手を差し出した。

 

「早乙女春さん。私と友達になって下さい。またデュエルをしましょう」

 

 にこりと笑う。それに、と彼女は続けた。

 

「ハルという名前、私は素敵だと思います。春という季節は、私も好きですし。それに日本には桜という花があると聞きます。まだ実物は見たことがないのですが、春に咲くというその花はさぞ美しいのだとか」

 

 春は己の目から涙が垂れていることに気づいた。

 

「え、あれ!?」

 

 困惑するエーデルワイスをしり目に、春は涙をぬぐうこともせず、差し出された手を握り返した。

 

「あぁ、なんだかもう、寒くないや」

 

 独りではない。離れていても繋がっているものはある。このデュエルの最後の攻防の時にも、漠然とそう感じていた。

 いまは()()だと確信できた。

 胸に温かいものがこみ上げてきた。こんなにポカポカするものがあるなら、春と名前で呼ばれることもいいなと思った。

 

「また、デュエルをしよう。今度は負けないよ」

 

 そう言って春は笑った。今までと違う、心からの笑みだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話:舞台裏の閑話休題

 ジェネックス杯二日目も正午を回り、残り半日。

 参加者たちはプロもアマも変わらず、より多くのDPを手にしようと奔走していた。

 しかし一部はそうではない。

 人間のデュエル大会とは別の、神々の盤上で行われる人間世界の戦い。

 神々の戦争。

 百柱の神々が神々の王の椅子をかけて争うバトルロイヤル。この大会を利用して多くの神々が跳梁するが、今は非常に大きなイレギュラーが発生していた。

 ティターン神族。

 かつてギリシャのオリュンポス神に敗れ、封じられていた彼らが復活し、今神々の戦争に大きな一石を投じている。

 さらにギリシャ神話を中心とした怪物も、人間を使ってティターン神族の配下として大会の裏側で暗躍している。

 混沌とした戦場。神々の跳梁、悪意の前に人間など塵ほどの力もない。

 それでも立ち向かうものはいる。

 例えば、神々の戦争の参加者の中で、神がヒトに強いる理不尽に憤り、両足に怒りを、胸に勇気を込めて戦う者たちだ。

 

「彼らもまた、己の正義に従って戦っている。順調にティターン神族の数を減らし、さらにギリシャ神話の怪物たちも打倒しているよ」

 

 東京都内、秋葉原。

 かつては電気街。今はその要素も含みつつ、オタク文化が開花した混沌としたその街で、その男は人目も引かずにスマホで連絡を取っていた。

 東京の夏の只中にいるにしては、少々浮いた格好をした男だった。

 撫でつけられた灰色の髪に落ち着きのあるディープブルーの瞳、黒いシルクハットとフロックコート、きっちりと着込まれたベストと、絵に描いたようなジェントルスタイル。

 しかし炎天下の東京ではひたすらに浮いている。

 それでいて本人は一筋の汗もかいていないのだから大したものだった。

 フレデリック・ウェザースプーン。神々の戦争の参加者で、契約を交わした神は北欧神話の神、ヘイムダル。

 彼は電話の向こうにいる相手に近況報告を行っていた。

 

「先程コナー君がティターン神族を一柱討ち取ったらしい。これで四柱目。敵戦力のうち、大きなものを三分の一削り取った」

『まだ三分の二いる。油断はしない方がいい』

「分かっているとも、ラーズウォード君。特に、今まで倒れたのはアマチュアやBランクまでのプロ。本命中の本命、Aランクプロの契約者とはまだ出会っていない」

獅子道來(ししどうらい)、それとスコルピィ・ホークダウン。いずれもゾディアック所属のプロで、実力はAランク上位。残念だが、彼らは別格だ。君とともに戦場にいる彼らで太刀打ちできるだろうか?』

 

 電話の相手は今回ジェネックス杯には参加せず、一人別行動をとっているAランクプロ、レイシス・ラーズウォード。彼は契約した神、スプンタ・マンユとともに独自行動をとっており、それについてはフレデリックも承認済みだった。

 きっと、彼らの行動が今後の助けになる。フレデリックはそう確信していた。

 

「ああ。確かに岡崎(おかざき)君も風間(かざま)君も、アマチュアとは思えぬ実力の持ち主だが、それでもまだBランクレベル。そして彼らより一足先にプロの世界に踏み込み、研鑽を続けている国守(くにもり)君もまだ、Bランク止まりだ。Aランカー二人の相手は厳しいだろうね。さらに黒神君は現在病院だ。これでは復帰も難しいだろうね」

『君はそう思っていないのでは?』

「勿論だ。黒神君は復帰するよ。私はそう信じている。それに、敵のAランクプロに対抗する手段だってないわけじゃない。穂村崎(ほむらざき)君は一日目は不参加だったが、今日から参加している。ファンたちをまきながら、怪物たちを討伐している」

『そういえば疑問なんだが、穂村崎さんの所にはティターン神族は出ていないのかな?』

「接敵していないようだ。どうやらティターン神族は神々の戦争の参加者をターゲットにしているようだが、それとは別に、いいや、もしかしたらより優先順位の高い仕事をしているようだ」

 

 雑踏は自分たちの用事に夢中で、フレデリックの格好に奇異を覚えて一瞥こそすれど、すぐに通り過ぎていく。それでもあえて人通りから離れたところでフレデリックは電話をしていたが、それでも周囲をもう一度見渡し、傍らのパートナー、ヘイムダルにも目で問いかける。

 監視の様子はなし。

 

「ティターン神族は我々神々の戦争の参加者とのデュエルも勿論こなすが、それ以上にこのジェネックス杯に参加した一般の参加者をバトルフィールドに引きずり込んでいる。そこで神々の戦争と同じ、ダメージが実体化するデュエルを強要し、多くの参加者を傷つけているようだ」

 

 電話の向こうが僅かに沈黙する。フレデリックが考えるに、敵の残虐さに絶句した、ではあるまい。フレデリックの知っているレイシスは善良な人間だが、同時に思慮深く聡明だ。

 相手が意味のない行動をしないという前提で考え、敵の策略を見抜こうとしているだろう。

 

『ミスタ・ウェザースプーン。どうやら、私とスプンタ・マンユの行動は、杞憂では終わりそうもない』

「……そうかね。どうやら、クロノス率いるティターン神族を打倒しただけでは、終わりそうもないな」

 

 まるで石を飲んだかのような、重くて苦い口調のレイシス。対するフレデリックも、レイシスの言わんとすることを察して暗澹たる気持ちになった。

 ジェネックス杯二日目。時刻は午後に移り、参加者たちはますます盛んにデュエルを行っているだろう。その裏に潜む邪悪に気づくことなく。

 

(それに解せないことがある)

 

 気にかかっているのはティターン神族の暗躍だけではない。

 ティターン神族によって痛めつけられた参加者の行方が知れない。どこかに収容されているのだろうことは分かる。おそらくは、ゾディアック本社か、そこに近い場所に。

 

(それほどの権力を動かしている。射手矢弦十郎《いでやげんじゅうろう》……、己の権力をフルに活用し、明るみに出たら会社存続の危機であるリスクさえ飲み込んで参加者を襲う。その理由……、本当に、嫌な予感しかしない)

 

 連絡が繋がらなくなっている友、ルートヴィヒ・クラインヴェレのことも気にかかる。

 不確定要素が暗雲のように広がっている。この戦いが、どういう局面を迎えるのか、フレデリックにも分からない。

 と、思い出したようにフレデリックは左手首に巻いた腕時計を見た。

 

「いかんいかん。人と会うのであった」

『ああ、ならばこれで。君たちの勝利と幸運を祈っているよ』

「ありがとう」

 

 通話終了。そのタイミングを見計らったかのように声をかけてくる影があった。

 

「終わったか?」

 

 (いわお)のような重々しい声音。フレデリックが声の方を向けば、そこにいたのは大柄な男。

 短めの銀髪に赤い瞳。左目は黒い眼帯をつけており、銀の鋲が入った黒の革製ジャケット、黒のレザーパンツのパンクルック。引き締まった筋肉を持つ姿はまさしく筋骨隆々。精悍な顔つきだが。場違いにごつい眼帯が、彼を近寄りがたいものにしている。

 

「ヘイムダル。終わったよ、待たせたかな?」

「観察に忙しいから待ってはいない。……ゼウスのパートナーの所に行くのか?」

「ああ。狩谷(かりや)君は非常に強いデュエリストだが、いかんせん持久戦に極めて弱い。こうして、時々様子を見に行く必要がある」

「意地を張る人間というのは時として大きな働きをするが、どうにも困り者だな」

「それが彼の悪いところでもあり、いいところなのだよ。己の中に絶対に譲れない芯があるから、揺らがない。故に、強い」

 

 コツコツと足音を響かせて、フレデリックが向かったのはとあるインターネットカフェ。

 入り口をくぐると、エアコンの涼しい風がフレデリックとヘイムダルを出迎えた。

 

「涼しい。やはりエアコンは人類が生み出した偉大な発明だね」

「外で汗一つかかなかった奴が言っても、説得力が薄いな」

 

 呆れたような目つきのヘイムダル。フレデリックはおどけたように肩をすくめた。

 それから受付に近づき、気怠い芽をした青年に訊ねた。

 

「107号室の客は中にいるかな?」

 

 青年はちらりとフレデリックを一瞥し、後ろの棚から一枚の用紙を取り出した。

 

「名前をここに。鍵は開いているのでご自由に。ただし帰る時は必ず声をかけてください」

 

 特に愛想がいいわけでもなく、淡々と告げる。フレデリックは言われた通りに名前を返して、容姿を青年に返した。

 

「はいどうも。ごゆっくり」

「そうさせてもらうよ」

 

 受付を曲がって、狭い廊下を進む。扉出かかったプレートで部屋番号を確認。目的の107号室を見つけた。

 

「狩谷君。いるかな?」

「なんだァ?」

 

 返事があったので中へ。そこには部屋に備え付けのソファに寝そべり、だらだらしている狩谷の姿があった。

 百八十を超える長身、浅黒い肌、黒い総髪、黄色い瞳、鋭い犬歯、ダメ―ジーンズをはき、シャツのボタンを全部外した野性的な姿、知能を持つ黒獅子の風情。

 

「やぁ狩谷君。調子は?」

「暑ィ。日本の夏ッてのはなんでこんななんだ」

「さて。地球温暖化だとか、いろいろ原因はあるんだろうね」

 

 愚痴だと分かっていたので適当にあしらって、フレデリックは乱雑に散らかった部屋を見る。

 

「ここ、一応私が料金払ってるVIPルームなんだが……、随分散らかっているね」

「仕方あるまい。人が生活すれば乱れるものだ」

 

 声は備え付けのパソコンの方から。

 視線を向けると、あまりにもPC前の小さな椅子には不釣り合いな男がいた。

 三十代前半の外見、狩谷をさらに超える、二メートルを超える巨体、荒々しい金髪に白い肌、奥に炎がちらつく氷河のような青い瞳、胸板を惜しげもなく晒す白シャツ姿。だがそこに嫌らしい感じはなく、伊達男風のセクシーさを醸し出している。

 狩谷のパートナー。ゼウスであった。

 

「部屋の中なのに、そして女の前でもないのにそんな格好なのか」とヘイムダルが半目で言う。

「勿論だとも。いつでも美女が吾輩を訪ねてもいいようにな」何か問題が? と言わんばかりのゼウス。

「こんなところに来るものかよ」

 

 ため息交じりにヘイムダルがそう言って、会話を打ち切った。

 狩谷に会話の意志は薄く、ゼウスもまたPC画面に向き直った。

 会話の主導権は再びフレデリックの許にやってきた。

 

「さて狩谷君、今日はギリシャの怪物と戦ったかね?」

「インヤ。今日は一度も襲ってこねェ。なんだ、ギリシャ神話の怪物ってのは一日負けたらもう折れる玉無しばかりかァ?」

 

 フレデリックの予想としては戦い、今は小休止かと思った。

 だが予想に反して答えはNo。これはおかしい。何しろ、ギリシャ神話の怪物たち、そしてそれらと束ねるティターン神族にとって、目の前でPC画面を見ている神こそが、不倶戴天の天敵であるはずだ。

 ならば多くの手勢を率いて攻めてきてもいいはず。

 

「さて、吾輩たちよりも優先する敵がいるのやも知れんぞ」PC画面に向いたまま、ゼウスが言う。

「我々かね?」

 

 首肯の気配が伝わってきた。フレデリックは顎に指をあてて考える。しばらくして思考が閃きにつながった。

 

「そういうこと、か……。確かに()なら居場所も割れるか。ヘイムダル。今から私が言う場所を“目”で監視し続けてくれたまえ。ああ、済まない狩谷君。我々はすべきことができた。ここで失礼するよ」

 

 慌てる様子はないが、足早に退出するフレデリック。その後を追うヘイムダル。一人と一柱が立ち去った後、残された狩谷とゼウスは揃って天井を―――――そこからは見通せぬ空を見た。

 

「忙しいこった」

「今更だが狩谷。貴様も合流してもいいのだぞ?」

「ハッ! 冗談。群て気遣われるのはオレの流儀じゃねェ。一度しかねェ人生だ。花火のようにパッと咲いて散るさ。誰に顧みられることなくな」

 

 パッと両手を広げて、狩谷はそう言った。ゼウスは「そうか」とだけ答えた。

 冷房の機械音とPCの駆動音だけが鳴る部屋の中、一人と一柱はそれっきり言葉を交わさなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話:少女たちのお茶会

 ジェネックス杯二日目、午後に入ってからも参加者の白熱は止まらない。

 多くのデュエリストたちがしのぎを削り、互いのDPを行き来させている。

 東京都内、至る所で立体映像(ソリッドビジョン)の怪物たちが互いを滅ぼし合っている。

 そして参加者の中にはDPをため込むよりも、普段は雲の上の存在であるプロデュエリストの胸を借りたいと思う者もいた。

 プロはプロとしてそんな参加者の相手をする。探すまでもなく相手の方からやってきてくれるので、DP稼ぎにも向いているので一石二鳥だ。

 あるいは普段リーグ戦で戦わないランク違いのプロ同士が戦うこともある。

 とはいえプロもまた人間。連戦すれば疲れが見える。

 彼女もその一人だった。

 薄茶色のポニーテール、青みがかった瞳、青いホットパンツ、白のシャツにデニムのジャケット姿。

 Bランクプロにして、ギリシャ神話の女神、アテナの契約者。

 国守咲夜(くにもりさくや)

 そして咲夜の傍らに小さな少女の姿。

 ウェーブのかかった赤髪、雪のように穢れを知らぬ白肌、黄金色の瞳、小柄な体は花柄のワンピースに包んでいる。未成熟ながらも開花前から美しさが窺える花の蕾つぼみの風情。

 彼女こそ咲夜と契約した神、アテナだった。

 とある事情で子供の姿になってしまったアテナだったが、今は瞳に戦う意志を宿し、こうして咲夜の契約者(パートナー)として戦いに参している。

 

「あー、疲れたわねー」

 

 んーと背伸びをして、咲夜は傍らのアテナに語り掛けた。

 

「ああ、今日は、ファンや同じプロデュエリスト。とにかく戦いの数が多かった」

 

 声音に疲れを滲ませて、アテナは答えた。なりが子供になってしまっているので、こういう疲労は堪えるのだろう。

 

「でも、肝心のティターン神族や、ギリシャ神話の怪物には出会ってない」

「それは私も気にかかっていた。昨日、敵は街中に散らばっていた。今日は影も形もないことが逆に不気味だ。何か企んでいるに違いない」

 

 守護や防衛を司っているとはいえ、いやだからこそ、アテナの考えは相手の思考のトレースにある。

 敵が何を考えているのか分析し、推測し、対策する。その積み重ねの果てに勝利があると彼女は思っている。

 だからこそ敵の企みが読めない現状は危険だ。

 

「む?」

 

 その時、アテナの表情の険しさが一段と増した。

 

「アテナ?」

「神の気配だ。近い」

 

 一瞬で咲夜の雰囲気も戦闘のそれへと変わる。

 デュエルディスクの様子をチェックし、ひと呼吸。

 

「行こう。案内して」

「了解した。しかしこれは――――――」

「アテナ? どうしたの?」

 

 首をひねったアテナを、咲夜がせかす。何でもないと答え、アテナは先導を始めた。

 

 

 神の気配が近くでする。そういわれて、エーデルワイスは一瞬迷った。

 何しろ先程ティターン神族の一柱、イアペトスとその契約者、早乙女春(さおとめはる)を戦ったばかりなのだ。

 辛くも勝利はしたが、肉体的にはともかく、精神的な疲労が大きい。

 春とは連絡先を交換して、別れた。大丈夫だろうかとちょっと心配になったが、他ならぬ春自身の口から大丈夫だといわれた。

 

「だってここで別れたらぼくは一人だけど、()()じゃない。だから寒くないよ」

 

 その一言はエーデルワイスにとっても嬉しかった。今度こそ、本心から朗らかに笑った彼女の笑顔を見て、もう安心だと思った。

 そして最後に、春は言った。

 

「気を付けて。ティターン神族はかなり手ごわいから、絶対に無事でいてね。そして、また、デュエルをしよう」

 

 約束だ。約束は守らないと。

 

「エーデルワイス?」

「ふえ!?」

 

 少しセルフ回想に入っていたエーデルワイスを、ルーが怪訝そうに見つめた。

 

「どうする? ダメージが尾を引いているなら撤退するのも手だが?」

「いいえ、行きましょうルー。ここで退けば、ティターン神族はまた関係ない誰かを傷つけるかもしれません。それはさせません」

 

 強く、エーデルワイスはそう言い切った。少女の芯の強さに、表には出さずに賞賛の念を送りながら、ルーも頷いた。

 

「では行こう。戦いの時間だ」

 

 こくりと頷いて、エーデルワイスはルーの先導に従って歩き出した。

 

 

「近い。いや、相手もこちらに気づいている。移動しているぞ、咲夜」

 

 アテナの言動に警戒の色が見える。咲夜もまた警戒した。

 そして、神の導きに従って突き進んだ結果、相手の正体が見えた。

 

「あれ!?」

 

 相手を見て、咲夜は驚きの声を上げた。

 知っている人だった。というか、昨日の朝あっている。

 

「む……」

 

 アテナも少しばつが悪そうな顔をした。

 アテナが察知し、咲夜が敵とみなして負った相手、それは――――――

 

「あ、えっと……、クニモリさん、でしたよね?」

 

 可憐な少女と、その保護者とも、ボディガードとも取れる男のコンビ。

 エーデルワイスとルーだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 結局咲夜もエーデルワイスも、互いにお互いを敵と誤認して向かっただけだった。

 ともあれ合流した二人と二柱は、近くの喫茶店に入った。

 静かな雰囲気の店で、昼時を過ぎたためか客は咲夜たちだけ。照明も抑えられ、BGMも聞き苦しくない程度に抑えられた品の良いクラシック。

 

「いい店だ。コーヒーもいい」

 

 注文したコーヒーの味に満足しながら、ルーは肯いた。その対面にはチョコレートパフェを頬張るアテナの姿。

 今のルーの姿は三十代から四十代の男性。短めの金髪、青と緑のオッドアイに加えて三つ揃いのディープブルーのスーツ姿なので、完全に子供のアテナと一緒にすると親子に見えないこともない。

 ルーはちらりとアテナに視線を向けて、

 

「こう見ると、かの戦女神とは思えぬ無邪気な様子だな、アテナよ」

「ふん。か弱く見えるか、ルー。だが仕方がない。これが今の私だ。受け入れる」

 

 言いながら、アテナはスプーンですくったアイスを一口。口の中で冷たさを味わってから、じろりとルーを見据えた。

 その様は子供になっても戦を司る女神だと、そう思わせるほど闘志に満ちていた。

 

「子供と侮るなら結構。その油断に付け込んで、懐に飛び込んで喉元喰いちぎる」

「結構。女神としての闘志は健在というわけか」

 

 目の前の女神の、子供らしくない立ち振る舞いに満足したように頷くルー。試されたかと思ったアテナは不快を感じはしたが、この也では仕方がないかと思い直した。

 アテナは子供の姿だが、だからと言って子供らしく直情径行型ではない。思考能力は女神。相手の考えを推測して理解する。だからこの程度のことでいちいち怒りはしない。精神的に余裕のある今ならなおさらだ。

 

(精神的余裕、か……)

 

 少し前までは考えられたなかったことだ。

 神々の戦争の本戦に参加するため、神界から人界に降り立つ際、アテナは背後から襲撃され一柱だけオリンポスの神々からはぐれ、体は子供にされた。

 裏切りにあったことと無力な子供になってしまった恐怖から、ひどい不信感にとらわれてしまった。

 今にして思えばそのせいでただでさえ不利な立場だった咲夜をさらに追い詰めてしまった。

 今は違う。再び誰かに信頼を託せるようになった。

 

「それはそれとして、()()()は少々ぎこちないな」

 

 ルーが視線を向けたのは彼らがいるのとは別のテーブル。そこではやはりコーヒーを注文した咲夜とエーデルワイスが向かい合っていた。

 

 

 咲夜は現状に対して困惑していた。

 目の前にいる少女を見る。

 エーデルワイス・ルー・コナー。ケルト神話の神、ルーの契約者。フレデリックが言う協力者。昨日挨拶しただけだったが、彼女は善良そうだ。というか、でなければフレデリックから声はかからないと思う。

 背は自分よりも小さい。ここに来るまでも、周囲を物珍しそうに見まわしている姿は小動物じみていて可愛らしい。

 

「むむむ……」

 

 しかも和輝を見た時の表情。あれはどう見ても恋する乙女ではあるまいか。

 

「あの……、クニモリさん?」

「ひゃ!」

 

 ついじっくり見過ぎていたようだ。小首をかしげたエーデルワイスが――その仕草も小動物時見て可愛らしい――こちらを見ていた。咲夜は思わず変な声が出てしまった。

 じろじろ見てしまって、失礼だったろうか? 素直に謝らなければと思うのにどうにもしどろもどろになってしまう。

 

 

「咲夜らしくない。何をあたふたしているのだ」と、パフェを頬張りながらアテナ。

「年頃の少女とはそういうものなのだろう。エーデルワイスも時々そうなる。彼女の年上の友人であるファティマ君なら、そうはならないだろうがな」とコーヒーのお代わりを注文しながらルー。

 

 

 神々が実況時見たことを言っていることには気づかず、咲夜は何とか謝罪の言葉を引っ張り出した。

 

「あ、ごめん。じっと見過ぎちゃって、不躾だったよね」

「い、いいえ。それは別にいいのですが……」

 

 言いよどむエーデルワイス。何かを言おうと思っているが勇気が足りないのか、言葉になる前に消えてしまっているのが察せられた。

 すかさず咲夜が助け舟を出した。

 

「どうかした? あたしに聞きたいことがあるみたいだけど……。なに、東京の地理とか?」

「い、いええ、そうではなくて……」

 

 外したか。じゃあ何だろう。そう思っていたが――――

 

「クニモリさんは、和輝さんと、親しいのでしょうか?」

 

 顔を真っ赤にして、若干の震えを持ちながら、エーデルワイスはそう言った。

 

 

「おっと、エーデルワイスの方から切り出すとは、成長したな」とルー。

「思わぬ一撃だな、咲夜よ。それにしてもロキの契約者、なかなかの益荒男(ますらお)っぷり……。初対面よりも好印象を持ったぞ」とアテナ。

 

 

 物見遊山な神々に対して、当事者の咲夜が受けた衝撃は大きかった。

 完全な不意打ちだ。見た目からいきなり大胆なことを言うとは思わなかった。

 

「親しいっていうか……。まぁ、連絡とったりとか、時々あったりとか、かな?」

 

 実際には連絡はともかく、実際にあったのはロンドンの時以来なのだが……。

 

「あたしの方こそ聞きたいんだけど、コナーさんってどこで和輝君と知り合ったの? 日本に来たの初めてなんでしょ?」

「は、はい。今月に入ったばかりのことですけど、ウェールズの森で……。怖くてたまらなくて、震えていた時に、現れて、助けてくれたんです」

 

 なんてこと。和輝君ってばあたしとデートした翌日にはもう別の女の子とフラグを立てていたなんて……。

 軽く戦慄しながらも、咲夜は目を伏せたエーデルワイスに気づかわし気に問いかけた。

 

「深く訪ねてもいいこと?」

「はい、大丈夫です」

 

 そうは言うが声音に少し力がない。しかし恐怖に震えているというわけでもない。悲しさや寂しさを抱えながら、それでも前に進むことを選んだ芯みたいなものを感じられた。

 

「私が契約した神、ルーに敵対する神、バロールの襲撃から逃れて、けれどどうすることもできなくて、その当時に私は戦うことすら怖くて震えていたんですけど、その時に現れて、震えるばっかりだった私に勇気をくれたんです」

 

 どんな状況でも決して諦めずに足掻き、可能性へと手を伸ばす姿。その姿は今でもエーデルワイスの脳裏に強く強く焼き付いていた。

 咲夜はコーヒーを一口飲んだ。

 そして思う。あの少年は、こうして震えている人を放ってはおけないのだなと。

 

「あー、やっぱりそういうこと、ほかでもしてるんだねぇ」

 

 思わずそう口に出た。

 

「あの、クニモリさんも、和輝さんに助けられたことがあるんですか?」

 

 自分の知らない和輝に興味があるのだろうか、エーデルワイスはそう聞いてきた。咲夜は苦笑気味に頷いた。

 

「あたしの神、アテナのこともあって、あたしもアテナも人を信じられなくなっててね。追手は来るし、誰も信用できないしで張り詰めすぎてて、だいぶ消耗してたのよ」

 

 思い返しても、あの時の孤独感は心が冷える。

 

「そんな時に、それでもこっちに歩み寄って、手を貸してくれたのが和輝君だったの」

 

 そして、あの時手を差し伸べて、味方になってくれた和輝の姿は鮮明だ。自分を庇うように立つ背中。奇麗な白い髪、確固とした仕草と態度。

 うん、実に男の子してた。

 

「そんなことが……」

 

 何か大事なものを抱え込むような、感慨深げな声音のエーデルワイス。彼女は優しく微笑んだ。

 

「やっぱりクニモリさんも……」

「咲夜でいいわ。親しい人はそう呼んでるし、そう呼んでもらいたい人もいるから」

「あ、だ、だったら私もエーデルと呼んでください。よく知る人はそう呼びますから」

 

 慌てたように両手を振るエーデルワイス。落ち着いてと言わんばかりに咲夜は両掌をエーデルワイスに見せた。

 

「で、何かな?」

「あ、はい」

 

 コーヒーを一杯飲んで落ち着いて、エーデルワイスはもう一度息を吸った。

 勇気を出して、問いかけて―――――

 

 

 その瞬間、世界が変わった。

 

 

「!?」

 

 さっきまでと明らかに空気の密度が違った。

 何が起こったのかは明白だ。

 今、自分たちは何者かが展開したバトルフィールドの中に取り込まれたのだ。

 

「敵襲か!」

 

 アテナの言う通りだった。

 席から立つアテナとルー。咲夜と、一瞬遅れたエーデルワイス。

 エーデルワイスが椅子から腰を浮かせかけた瞬間――――――

 

 

 頭上からの衝撃が、決して大きくない、つつましやかな喫茶店を粉々に打ち砕いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話:プロ同士の戦い

 狙い通り。

 その人影は目の前の結果を見て、満足げに頷いた。

 見るからに快活そうな女だった。

 褐色の肌、赤いショートヘア、金の瞳、唇に赤いルージュ、大胆にカットを入れたホットパンツにボディラインを惜しげもなくさらす黒のタンクトップ、上着を腰に巻き付けたその姿は自信に満ち溢れており、優美でしなやかなガゼルの風情。

 彼女は目の前の光景を見て、もう一度頷いた。

 破壊、だった。

 先ほどまで咲夜(さくや)とエーデルワイス、そしてアテナとルーがいた喫茶店は、今や跡形もない。

 当事者の主観からは何が起こったのか理解できていなかっただろうが、それを成した彼女からは一目瞭然。

 天空から降り注いだ一筋の光。まるで天の裁きの様なそれが物理的な圧力を伴って喫茶店を直撃。轟音と極光、そして衝撃波をまき散らして喫茶店を中にいる二人と二柱ごと圧搾したのだった。

 残るは天井か床を構成していたと思われる木片や、運よく残ったガラス片。そして瓦礫の山。

 

「さてと。狙い通り油断してるところから上からドーン! てなもんだけど―――――」

 

 女は上を向いた。空に向かって声をかける。

 

「どう思う? クレイオス?」

 

『解答不要』

 

 空から降ってきた男の声は重厚さを持ちながらも、人口の合成音声染みていた。

 

「?」

 

 女が訝し気に眉をひそめた時、瓦礫と化した喫茶店後から、先程の返礼とばかりに地上から天空に向かって光の柱が立ち昇った。

 

「な、なに!?」

 

 いきなりの現象と、目を焼かんばかりの閃光に女が面食らっていると、光を浴びた瓦礫が音もなく消滅していく。

 その向こうから四つの人影が現れる。

 光の槍、ブリューナクを構えたルーと、その傍らにいるエーデルワイス、アテナ、そして咲夜。

 

「ありがとうございます、ルー」

「構わない。だがいきなり天空から不意打ちとは、やってくれるな」

 

 そう言ってルーは女を睨みつける。女はどこ吹く風と肩をすくめただけだった。

 

「あなたは……」

 

 ルーのブリューナクが放った光によって、一時的に目がちかちかしていた咲夜は、視力が戻ってくるにしたがって相手の姿が鮮明になってきた。

 見覚えのある姿だった。というか、会ったことがある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。スポンサーだって同じだから、懇親会だったか何かで会食したことがある。

 

「カーラ・ジェミニスプロ……?」

 

 信じられないものを見た、というように声を出す咲夜に対して、カーラと呼ばれた女は笑顔で手を振った。

 

「ヤホ、咲夜ちゃん。久しぶり。てゆーか、咲夜ちゃんも参加者だったんだね。しかも敵」

 

 にこにこと笑うカーラ。とても先程不意打ちしてきた人物とは思えない。

 

「咲夜さん……、お友達ですか?」

 

 事態にまだ頭が追い付いていないのか、困惑したような声でエーデルワイスが訪ねてきた。

 

「友達って程じゃないけどね。同じスポンサーで、同じランクのプロだから、会えば話をするし、一緒に食事にも行くらいかな」

「それが今じゃ敵味方ってわけだね。まぁそんなこともあるよ。其れよりも、ここから先はショウの時間さ」

 

 ニコニコと、カーラは手を振った。

 咲夜の記憶では、カーラはショウデュエルを生業としており、何より観客を楽しませることを第一に考え、その上で勝つことを信条にしていたはずだ。

 なのに、今の彼女は違う。

 こんなギャラリーのいないところで、一体何のショウをやろうというのだろう?

 

「…………」

 

 考えても無駄だと、咲夜は(かぶり)を振った。

 目の前にいるのは自分と所属を同じくするプロではなく、ティターン神族の契約者。つまり敵だ。

 悩む必要はない。もう、自分は立つ側を決めたのだから。

 

「エーデルちゃん。ここはあたしに任せて」

「え、ですが……」

 

 言いよどむエーデルワイス。理由は分かる。顔見知りと戦うのは辛いのではないかと、そう思ったのだろう。

 優しい子だな、と思う。咲夜は安心させるように微笑を浮かべ、

 

「大丈夫、顔見知りだからって躊躇はしないよ。それに、あたしはカーラさんのデュエルも、デッキも知ってるの。其れって有利に働くでしょ?」

 

 そう言って、咲夜はデュエルディスクを起動させた。

 

「あれ、咲夜ちゃんだけが戦うの? あたしは二人同時でもいいなー」

「ふざけないでくださいよ、カーラさん。あたしとカーラさんのランクは同じB、だったら、一対一でだって余裕はないでしょ?」

 

 挑発めいたカーラの言葉に対して、咲夜もまた返礼の挑発を投げかける。カーラの目がすっと細まった。

 

「言うねえ。じゃ、まずは咲夜ちゃんとだね」

 

 言外に負けるつもりはないといっているようなものだったが、咲夜は取り合わなかった。

 カーラもまた、デュエルディスクを起動する。

 咲夜の胸元に桃色の輝きが宿る。神々の戦争参加者の証、宝珠の輝きだ。

 カーラにも光があったがそれには色がない。無色の宝珠、これがティターン神族の契約者の証だった。

 ごくりとエーデルワイスが唾を飲み込んだ。その瞬間――――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 神々の戦争内で、プロ同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

咲夜LP8000手札5枚

カーラLP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻!」

 

 先攻を勝ち取った咲夜は即座にドローフェイズを消化、動いた。

 

「コンバート・コンタクト発動! 手札の(ネオスペーシアン)・グロー・モスを、デッキからN・アクア・ドルフィンを墓地に送って、二枚ドロー。そしてネオスペース・コネクターを召喚!」

 

 現れたのは、咲夜のデッキのエース、E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオスを彷彿とさせるモンスター。

 ネオスよりも子供で、頭身も低く戦闘能力も低そうだ。同じ種族の子供、思えばいいのかもしれない。

 

「ネオスペース・コネクターの効果発動! デッキから、E・HERO ネオスを守備表示で特殊召喚するわ!」

 

 咲夜の右手が勢いよく天へと振り上げられる。彼女の行為に応えるように、咲夜のフィールドに光の柱が屹立、中から現れたのは、白のボディに赤のライン、胸元の青い宝珠を手にした戦士。咲夜のデッキの中核を担うモンスター、E・HERO ネオス。

 咲夜は畳みかけるように右手を横に振るった。

 

「まだよ! ネオスペース・コネクターの第二の効果発動! このカードをリリースして、墓地からN・アクア・ドルフィンを特殊召喚!」

 

 光の粒子となって消えていくネオスペース・コネクター。代わりに現れたのは、海豚の頭部に人間の胴体を持った宇宙生命体。カカカカカと甲高い声を上げながらフィールドに参上した。

 

「アクア・ドルフィンの効果発動! さ、カーラさん、手札を見せて」

「うわー、容赦ないね。嫌いじゃあないよ」

 

 そう言って、カーラは己の手札を公開した。

 さらされた手札はEM(エンタメイト)コール、EMゴールド・ファング、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン、強欲で貪欲な壺、オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン。

 咲夜の場にはネオスが陣取っているのでカーラの手札の中で、破壊できるモンスターは多い。

 

「…………EMゴールド・ファングを破壊して、カーラさんに500のダメージを与えるわ」

「あうち」

 

 小石でもぶつけたように顔をしかめるカーラ。咲夜の選択に、エーデルワイスは首を傾げた。

 

「どうして攻撃力の高いオッドアイズ・ファントム・ドラゴンや、P召喚の幅が広くなるペルソナ・ドラゴンを選ばず、ゴールド・ファングを破壊したのでしょうか?」

「恐らくだが、ゴールド・ファングのP効果を嫌ったのだろう。あのカードはEMモンスターが相手モンスターを戦闘破壊した時、追加で1000のダメージを与える。P召喚で不死身のようにどんどん復活するEMデッキ相手なら、この追加ダメージは馬鹿になるまい」

「なるほど……」

 

 こくりと頷き、エーデルワイスは咲夜の背中を見つめた。

 そんなパートナーを見て、このデュエルはエーデルワイスにとって得るものが多いかもしれないなとルーは思った。

 良いことだ。素直な気質のこの契約者は、これから多くのことを吸収し、強くなるだろう。それが好ましく、望ましかった。

 

「悪いけど、まだ終わってないわ! 今捨てたE・HERO シャドー・ミストの効果を発動し、デッキからE・HERO オネスティ・ネオスを手札に加える!

 そしてネオスとアクア・ドルフィンをコンタクト融合!」

 

 咲夜の両手が握り合わされる。彼女の頭上でネオスとアクア・ドルフィンが渦上に混ざり合うように一体となる。

 

「異星の戦士よ、水の力を受け、凶兆を配する堅固なる盾となれ! コンタクト融合! 水よ、押し流せ! E・HERO アクア・ネオス!」

 

 光の向こうから現れたのは、ベースはネオスのまま、青いカラーリングとなり、どこかアクア・ドルフィンの面影を見せる。

 

「フィールド魔法、ネオスペース発動! そしてアクア・ネオスの効果発動! 手札を一枚捨てる! あたしは、一番右端の手札を破壊する!」

「うーわー、EMコール。まぁ仕方がないや」

 

 あちゃーと顔を覆うカーラ。その表情からは邪悪な気配は見当たらない。だが最初の不意打ちから見るに、どう考えてもまともじゃない。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 

コンバート・コンタクト:通常魔法

(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。手札及びデッキから「N」カードを1枚ずつ墓地へ送る。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

ネオスペース・コネクター 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK800 DEF1800

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札・デッキから「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を守備表示で特殊召喚する。(2):このカードをリリースし、自分の墓地の、「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

N・アクア・ドルフィン 水属性 ☆3 戦士族:効果

ATK600 DEF800

(1):1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。相手の手札を確認し、その中からモンスター1体を選ぶ。選んだモンスターの攻撃力以上の攻撃力を持つモンスターが自分フィールドに存在する場合、選んだモンスターを破壊し、相手に500ダメージを与える。存在しない場合、自分は500ダメージを受ける。

 

ネオスペース:フィールド魔法

このカードがフィールド上に存在する限り、「E・HERO ネオス」及び「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。また、「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターは、エンドフェイズ時にエクストラデッキに戻る効果を発動しなくてもよい。

 

E・HERO アクア・ネオス 水属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・アクア・ドルフィン」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で、相手の手札をランダムに1枚選んで破壊する。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

 

E・HERO アクア・ネオス攻撃力2500→3000

 

 

咲夜LP8000手札2枚

カーラLP8000→7500手札3枚

 

 

「んじゃ、あたしのターンだね、ドロー!」

 

 一ターン目から相手の手札を削るのは、後のデュエルの展開を有利に運ぶ一番有用な手段だ。エーデルワイスはそう考えるし、じっさい師であるクリノ・マクベスにもそう教わった。

 そしてそれは事実だ。現に今、咲夜のフィールドには攻撃力3000のモンスターが立っているが、カーラの手札はオッドアイズ・ファントム・ドラゴン、強欲で貪欲な壺、オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴンの三枚。

 P召喚は難しく、ただ場に出しただけでは咲夜のモンスターに対抗できない。

 懸念材料は強欲で貪欲な壺だった。序盤で使うのはキーカードを除外されてしまうのでリスクがあるかもしれないが、使わなければ負ける場面ならば使うだろう。

 だがそれ以外ではできることは何もないように思えた。

 

「つまり、今デュエルは咲夜さんが圧倒的有利に立ったと、そう考えていいのですよね?」

「その通りだ」

 

 観戦しているエーデルワイスも、ただ黙ってみているだけではない。

 咲夜とカーラ、プロ同士のデュエルを間近で見られる機会はそうそうない。だからここで見て、彼女たちの思考を読み、どう考えて戦術を展開しているのか、少しでも学ぼうとしていた。

 自分はまだ未熟であるという自覚はある。だからこそ、こうして少しでも差を詰めたい。

 

「しかしエーデルワイス、君は一つ忘れている」

 

 じっと見つめるエーデルワイスの耳朶を、ルーの冷静な声が叩いた。

 

「え?」

「手札を削られたからといって、そこで終わってしまうほど、プロの底は浅いのだろうか? まして相手はBランク。不利な状況からでも、ドロー一枚で覆してくるのでは?」

 

 ルーの一言にエーデルワイスは背筋を寒くした。

 それは彼の言葉に肝を冷やしたのではなく、眼前で行われた光景故だった。

 

「いいドローだったよ! あたしはスケール1のオッドアイズ・ペルソナ・ドラゴンと、スケール4のオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを、ペンデュラムゾーンにセッティング!」

 

 瞬間、カーラのフィールド、彼女の両隣りに青白い光の柱が屹立する。柱はそれぞれのモンスターを内包しており、モンスターたちの足元には楔形文字にいた数字が刻まれていた。

 

「そして今引いたお楽しみはこれ! ペンデュラム・フュージョン発動! あたしのPゾーンにいるペルソナ・ドラゴンとファントム・ドラゴンで融合!」

「ッ! よりによって今引いたの!?」

 

 咲夜から驚愕の声が飛ぶ。驚愕はエーデルワイスもまた同様。まさか本当に、一枚のドローカードで状況を覆すカードが来るとは……。

 唖然とするエーデルワイスの眼前で、カーラが両手を大きく広げた。

 

「さぁご覧あれ! これにございますは世にも珍しい二色(ふたいろ)の眼を持つ二頭の竜! これらを混ぜ合わせ、誕生させますは旋風を纏い迅雷を放つこれまた希少な二色眼のドラゴン! おいでませい、オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン!」

 

 カーラのフィールド、光の柱の中に納まっていた二体のモンスターが柱の中から飛び出し、互いに混ざり合う。

 そしてあられた姿はオッドアイズ系列のドラゴンに酷似している。

 体をライトグリーンを基調に金の縁取りを成した鎧で覆い、体から稲妻を発生させる。翼を得た姿は大空を悠々と泳ぐ力強き竜。

 

「ボルテックス・ドラゴンの効果発動! 咲夜ちゃんのアクア・ネオスを手札に戻すよ! ま、融合モンスターのアクア・ネオスは手札じゃなくてEXデッキに戻るけどね♪」

 

 カーラが右手の指を鳴らすと、その音に応じて天空を遊泳していたボルテックス・ドラゴンが一声咆声を上げた

 翼を大きく羽ばたかせれば、発生したのは巨大な竜巻。咲夜のフィールドのアクア・ネオスは竜巻に飲み込まれて吹き飛ばされてしまった。

 

「しまった……!」

「場にモンスターがいなくなっちゃったら、さすがのオネスティ・ネオスも役に立たないもんね。

 じゃあ、バトルフェイズ! ボルテックス・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下り、オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴンの全身が発光。それが発電だと気づいた瞬間、咲夜は走り出した。

 喫茶店跡地はまだ瓦礫があって動きにくい。下手に足を取られたら宝珠が丸見えになってしまう。とっさに近くの民家に逃げ込む。

 

「無駄だよ!」

 

 雷が咲夜が逃げ込んだ民家に降り注いだ。

 轟音と閃光。雷が民家の屋根を粉砕し、壁を紙のように破り、内部を蹂躙。縦横無尽に暴れまわる。

 数秒前まで民家だったものは二階部分を吹き飛ばされ、床にして天井を貫かれ、中の家具や衣類を粉砕、焼失させた。

 舞い上がった粉塵。それを突き破って出てきた咲夜は地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がった。

 

「う……」

「咲夜!」

 

 半透明のアテナがパートナーを気遣って声を上げる。咲夜は心配ないというようにアテナに向かって親指を立てた。

 

「いいね咲夜ちゃん。とっさに屋内に逃げたのはこっちに狙いを絞らせないため?」

「そのつもりだったんだけど……、カーラさんの攻撃が速すぎて脱出が遅れたわ」

「なるほどね……。でも今度はちゃんと、アタシに見えるところで攻撃を受けてほしいな。そうじゃないと、ギャラリーは盛り上がらないでしょ?」

「カーラさん?」

 

 咲夜は眉根を寄せてカーラの方を見た。

 違和感のある言い回しだった。カーラのデュエルはショウデュエル。観客を楽しませることを第一にしたもので、以前インタビューでギャラリーの歓声こそが何よりも素敵なプレゼントと笑顔で語っていた。

 今、カーラは笑顔だ。しかしかつて見せていた爽やかで優し気なものではない。

 己の快楽のみに耽溺(たんでき)している笑顔。それは、咲夜が知っているカーラが浮かべるはずのないものだった。

 

「……ずいぶん嬉しそうだね、カーラさん。そんな顔をするとは思わなかった」

「あたしもだよ」

 

 笑顔のまま、カーラは語る。

 

「だけどこうして神々の戦争で、実際にダメージの出るデュエルをしててさ、対戦相手が痛みで叫んだり、苦しんでるのを見たらさ、なんだか、お腹の底から笑いたくなっちゃったんだよ。()()()()()()()()()()()

 

 気付かなかった二面性だねとカーラは締めくくった。

 咲夜は悲しそうな表情を浮かべ、

 

「それは、神に歪められたからだよ、カーラさん」

「そうかな? じゃあ、今あたしが感じている楽しいって感情はなんだろ? あたしの中から出たんじゃないんなら、どこから出たんだろ? 考えるのもどーでもいいや。

 それよりデュエルを続けよう? 頑張って抵抗して、だけど敵わなくて、痛がって、苦しんで、ギャラリー(あたし)を満足させて?」

「お断り!」

 

 悲しげな表情から一転、不敵に笑って見せる咲夜。その様を格好いいなぁと思いながら、エーデルワイスが思案することはこの後のカーラの行動だ。

 咲夜の大型モンスターを切り伏せたなら、状況打開の切り札になる強欲で貪欲な壺は温存し、ターン終了なのだろうか?

 

「じゃ、メインフェイズ2に入って、強欲で貪欲な壺発動。デッキトップから十枚除外して、二枚ドロー」

「ッ!」

 

 違った。相手は躊躇なくドローブーストを使ってきた。公開された手札を考えるに、キーカードは手札にきていない。ここで十枚も除外してしまえば、デッキの中核カードを除外してしまう危険があるのに――――――

 

「この程度で自分のデッキは崩れないという自信か、あるいはこの程度で自分のデッキのキーカードは除外されないと、そんな確信があるのかもしれぬ」

 

 ルーの言うことはエーデルワイスにはまだ分からない。

 プロの持つ運命力ともいうべき豪運、その発露ということだろうか。そんな領域の相手が、プロの世界にはごろごろいるいう事実に圧倒されそうになる。

 

「ふふん、ターンエンド」

 

 

オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン 闇属性 ☆5 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK1200 DEF2400

Pスケール1

P効果

(1):自分フィールドの「オッドアイズ」Pモンスター1体を対象とした相手の効果が発動した場合、そのターンのエンドフェイズに発動する。Pゾーンのこのカードを特殊召喚し、自分のエクストラデッキから「オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン」以外の表側表示の「オッドアイズ」Pモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、エクストラデッキから特殊召喚された表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

オッドアイズ・ファントム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール4

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンに「オッドアイズ」カードが存在する場合、自分の表側表示モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。その自分のモンスターの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで1200アップする。

モンスター効果

「オッドアイズ・ファントム・ドラゴン」のモンスター効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):P召喚したこのカードの攻撃で相手に戦闘ダメージを与えた時に発動できる。自分のPゾーンの「オッドアイズ」カードの数×1200ダメージを相手に与える。

 

ペンデュラム・フュージョン:通常魔法

「ペンデュラム・フュージョン」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。自分のPゾーンにカードが2枚存在する場合、自分のPゾーンに存在する融合素材モンスターも融合素材に使用できる。

 

オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン 風属性 ☆7 ドラゴン族:融合

ATK2500 DEF2000

「オッドアイズ」モンスター+Pモンスター

「オッドアイズ・ボルテックス・ドラゴン」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールドの表側攻撃表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを持ち主の手札に戻す。(2):このカード以外のモンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時に発動できる。自分のエクストラデッキから表側表示のPモンスター1体をデッキに戻し、その発動を無効にし破壊する。

 

強欲で貪欲な壺:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

 

咲夜LP8000→5500手札2枚

カーラLP7500手札2枚

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 一気に不利になった咲夜だが、その目には闘志があふれていた。

 

「悪いけど、この程度で痛い痛いって言ってられないのよ! 墓地のネオスペース・コールの効果発動! 墓地のこのカードを除外して、デッキからネオスを特殊召喚する! これはカードの発動じゃなくて、効果の発動だからボルテックス・ドラゴンじゃ防げない!」

「ん、その通りだね。抜け目ないなぁ、アクア・ネオスの時に捨ててたね?」

「そういうことです! 来て、ネオス!」

 

 虹色の光とともに、再びネオスが咲夜のフィールドに現れる。勇ましい声とともに、咲夜を守るようにカーラの前に立ちはだかった。

 

「E・HERO アナザー・ネオスを召喚し、バトル! ネオスでボルテックス・ドラゴンに攻撃!」

「攻撃力は互角、迎え撃って、ボルテックス・ドラゴン!」

 

 咲夜の右手が前へと振るわれる。応じるようにカーラもまた、右手を振るう。 

 瞬間。双方のモンスターが同時に動いた。

 胸の宝珠の前に手をかざし、虹色の光線を放つネオスに対して、ボルテックス・ドラゴンは羽ばたきで旋風を巻き起こし、口腔から紫電の息吹(ブレス)を放った。

 互いの攻撃が交錯。それぞれに威力を減少させながらも消えることなく直進。それぞれのターゲットを撃ち抜いた。

 

「くぁー! これで相討ちかぁ、だけど――――――」

 

 心底楽しんでいるといった表情を浮かべるカーラはちらりと咲夜のフィールドを見た。

 

「まだよ! アナザー・ネオスでダイレクトアタック!」

 

 カーラの視線の先、攻撃態勢をとっていたアナザー・ネオスが、咲夜の命令を受けて弾丸のように地を蹴り、カーラに肉薄した。

 狙いは宝珠。へらへら笑いを浮かべるだけで防御しようともしないカーラに向かって、固めた右拳の一撃を今にも振り下ろさんとした刹那――――――

 

「え!?」

 

 目をも開く咲夜の眼前で、上空から降り落ちた鉄槌のごとき光の一撃が、アナザー・ネオスを飲み込んだ。

 

 

ネオスペース・コール:通常魔法

このカードの発動後、自分は融合召喚でしかモンスターを特殊召喚できない。(1):デッキから「N」と名の付くモンスター1体を特殊召喚する。(2):墓地のこのカードをゲームから除外することで発動できる。デッキから「E・HERO ネオス」1体を特殊召喚する。

 

E・HERO アナザー・ネオス 光属性 ☆4 戦士族:デュアル

ATK1900 DEF1300

(1):このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードはモンスターゾーンに存在する限り、カード名を「E・HERO ネオス」として扱う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話:支配統治の星光巨神

 咲夜(さくや)の攻撃宣言が下り、E・HERO(エレメンタルヒーロー) アナザー・ネオスへの攻撃命令が下された。

 アナザー・ネオスが地を踏みカーラに肉薄。固めた右拳を振りかぶった刹那、天空から振り下ろされた光の鉄槌がアナザー・ネオスを叩き潰した。

 

「何が……」

 

 起こったのか、視線を上に向ければ答えはあった。

 頭上、天空から聞こえるのは機械じみた駆動音。

 咲夜の視界に映ったのは巨大な影。

 まず目についたのは金色の玉座。玉座の底面には丸い、巨大な宝玉のようなものが嵌っており、おそらくそれが先程の一撃を下した原因だろう。宝玉から熱気を今もまだ放たれている。

 そして玉座と一体化するのは機械の身体。

 銀色の体躯。人間に当たる筋肉や装甲らしいものは薄く、人間の上半身の骨格を丸ごとメタリックシルバーの金属――人類未踏の代物だろう――に変えたような印象、あばらの隙間には玉座底面にはめ込まれているものを、バスケットボール大に縮めた宝玉。

 五指が握るのは染色を落とした鉄色の杖。先端には天球図のようなものがはめ込まれていた。

 これだけは頭蓋骨ではなく、人間のような顔。ただし機械の物なので、冷たさと恐ろしさが浮かび上がっている。

 

「紹介しよっか」

 

 頭上に気を取られていた咲夜の耳に、カーラの声が届いた。

 視線を向けるとカーラがにこにこと笑っていた。よく見れば二枚あった手札が今は一枚しかない。

 

()はね、支配統治の星光巨神クレイオス。お察しの通り、ティターン神族の一柱だよ」

『補足』

 

 頭上から降ってくる、人工音声じみた声音。これがクレイオスの声だと分かった。

 

『我が効果は相手ダイレクトアタック時に手札か墓地から特殊召喚される』

「その後、相手攻撃モンスターをゲームから除外するんだよ」

『補足。モンスターが除外された時、一体につき一枚、カーラにドローさせる』

「というわけで、一枚ドローだよ」

 

 ニコニコ笑いのまま、カードをドロー。咲夜は苦い表情を浮かべた。そんな咲夜を見下ろすように、クレイオスが言う。

 

『我が司るは星と星座、そして統治。星々の高みから見下ろす我が目を逃れること(あた)わず。

 心せよ我らが敵よ。すでに我の眼は貴様を捕えた。敗北まで恐怖せよ』

「そんなつもりは毛頭ないわ! バトルは終了。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

支配統治の星光巨神クレイオス 神属性 ☆10 幻獣神族:効果

ATK0 DEF4000

このカードはこのカードの効果で特殊召喚できる。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。このカード名の(3)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):相手がモンスターの直接攻撃を宣言した場合に発動できる。手札、または墓地からこのカードを特殊召喚する。その後、相手攻撃モンスターをゲームから除外する。(4):フィールドのモンスターがゲームから除外された時に発動する。除外されたモンスター1体につき、カードを1枚ドローする。

 

咲夜LP5500手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 伏せ2枚

フィールドゾーン ネオスペース

 

カーラLP7500手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 支配統治の星光巨神クレイオス(守備表示)

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 クレイオスの登場で、一気にペースはカーラのものになった。彼女はドローカードを一瞥で確認し、すぐさま行動に移った。

 

「んー。せっかくクレイトスがいても、この手札じゃあ面白くないや。ということで、ごめんねクレイオス。アドバンスドロー発動! クレイオスをリリースして、二枚ドロー!」

「ッ!」

 

 自身の効果とはいえ、場に出した神を早々に破棄するカーラ。神によっては冒涜として怒り狂いそうなものだが、クレイオスは『生贄了承。良き戦いを』と受け入れ、光の粒子となって消えていった。

 

「いいねえ、来てるね流れ! 手札から壺の中の魔術書発動! さ、咲夜ちゃんも三枚ドローどうぞ。一方的な展開じゃあギャラリー(あたし)も満足しないしね♪」

 

 咲夜は無言。険しい表情でカードをドロー。次に来るだろうカーラのアクションに対して身構えた。

 

「じゃ、行こうか! スケール1のEM(エンタメイト)スマイル・マジシャンと、スケール8のEMカード・ガードナーを、Pゾーンにセッティング!」

 

 カーラの両隣りに、再びP召喚のための光の柱が屹立する。モンスターの足元にある数字は1と8。つまりカーラはレベル1から7モンスターを同時に召喚可能。

 さらに彼女のEXデッキにはオッドアイズ・ファントム・ドラゴンとオッドアイズ・ペルソナ・ドラゴンが存在し、増えた手札にもPモンスターがいるだろう。

 壁となるモンスターがいない咲夜にとって危険な状況だ。

 

「レディースアーンド・ジェントルマン! 融合召喚の次はこちらを御覧じろ! ペンデュラム召喚! EXデッキから復帰戦だ、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン、ペルソナ・ドラゴン! そして手札から出演さ、EMオッドアイズ・シンクロン、二体目のEMゴールド・ファング!」

 

 カーラの頭上から異界へのゲートが開く。そこから現れたのは四つの光。

 光は地上に到達後、モンスターの姿を現した。

 オッドアイズ・ファントム・ドラゴン、オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン、二体目のEMゴールド・ファング、そして新顔の丸まっこいモンスター。

 一頭身の本体に羽根のは会えたシルクハット、左右で違う大きな瞳の色、片方は歯車のような形をした片眼鏡(モノクル)

 畳みかけるように、カーラが叫ぶ。

 

「お次はこれさ! レベル5のオッドアイズ・ペルソナ・ドラゴンに、レベル2のEMオッドアイズ・シンクロンをチューニング!」

 

 右手を天へと振り上げる。それを合図にカーラの場にいた二体のモンスターが宙を舞う。

 オッドアイズ・シンクロンが二つの緑の光の輪となり、その輪を潜ったペルソナ・ドラゴンが五つの白い光星となる。

 光星を、一筋の光の道が貫いた。

 

「さぁご覧あれ! これにございますは世にも珍しい二色(ふたいろ)の眼を持つ二頭の竜! これらを響き合わせ、誕生させますは爆炎生み出す炎熱竜! この希少性を語るは無粋! 目にもの寄ってみよ! シンクロ召喚、オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン!」

 

 光の向こうから炎を纏った咆哮が轟いた。

 現れたのはやはりオッドアイズ・ドラゴンを思わせるフォルムのドラゴン。

 揺らめく炎のような形を持った外殻に赤い体躯。鋭い双眸。ただし、その効果は補助的だ。

 

「メテオバースト・ドラゴンの効果発動! Pゾーンのスマイル・マジシャンを特殊召喚!」

 

 パチン。カーラが指を鳴らすと、それを合図に光の柱を抜け出し、スマイル・マジシャンがフィールドに降り立つ。

 シルクハットの栗色の髪の男性。マジシャンじみた衣装を身に纏い、衣装の裾をマントのように翻した。

 

「スマイル・マジシャンのモンスター効果で、デッキからスマイル・ワールドを手札に加えて、発動!」

 

 カーラがカードをデュエルディスクにセットした瞬間、笑顔のシールのような物体がカーラと咲夜、二人のフィールドに大量の出現した。

 

「な、なにこれ?」

 

 立体映像(ソリットビジョン)としてもあんまりな演出に、咲夜が困惑の声を上げた。

 

「そんな顔しちゃだめだよ咲夜ちゃん。スマイル、スマイル」

 

 そう言って、カーラは自分の両人差し指で口の端を吊り上げて笑みの形を作った。

 本人は笑顔のつもりかもしれないが、どことなく歪なのは、やはりカーラ本心からの行動ではないからだろうか。少なくとも、咲夜の知っているカーラはこのように相手に笑顔を強要したりはしなかった。

 

「ま、いーや。とりあえずスマイル・マジシャンの効果発動で、四枚ドロー!」

 

 

「四枚!?」

 

 破格なドローを見て、観戦していたエーデルワイスが驚愕の声を上げた。

 

「P召喚から繋がる展開、Pモンスター、その他諸々の使用したカード、それらの消費を、一気に取り返した。これでアテナの契約者はさらに厳しい。壁がいないならなおさら、な」

「咲夜さん……」

 

 祈るように両手を握り締めるエーデルワイス。少女の色が届いたわけでもないだろうが、咲夜はエーデルワイスに向かって微笑んだ。

 

「咲夜さん?」

「そんな顔しないで。あたしのライフはまだ0じゃない。まだ負けてないんだから、心配顔はしなくていいわ」

 

 気丈な笑顔に胸を突かれる思いがする。祈るのをやめ、見届けようと思った。

 

 

「格好いいことを言ってくれるじゃないの。だけどまだあたしは通常召喚を行っていない! スマイル・マジシャンをリリースして、オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンをアドバンス召喚!」

 

 スマイル・マジシャンの姿が光の粒子となって消え、代わりに現れたのはさらに巨大な体躯となったオッドアイズ・ドラゴンだろうか。

 大きくそびえるように生えた翼。鎧のような外殻、鋭い双眸。全てがオッドアイズ・ドラゴンの上位互換と言わんばかりだ。

 

「バトルと行こうか! ゴールド・ファングでダイレクトアタック!」

 

 パチン、カーラの指が鳴らされ、それを合図にゴールド・ファングが狼よろしく咲夜に向かって飛び掛かった。

 

「宝珠を守れ、咲夜!」

「言われるまでもないわ!」

 

 その名の通り、牙を剥き出しに飛び掛かってくる狼に対して、咲夜はデュエルディスクを装備した左手を盾代わりに構えた。

 ガキンという音がしたが、牙が止まる。痛みに顔をしかめながら、咲夜はフルスイングするように左手を振るう。

 勢いでデュエルディスクを噛んでいた牙が離れ、ゴールド・ファングが飛ぶ。

 

「くぅ……!」

 

 大きく左手を振るったためか、咲夜の体勢がかすかに流れ、宝珠の光輝く胸元が開いた。カーラはそのタイミングを見逃さなかった。

 

「宝珠頂き! オッドアイズ・ファントム・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 命令を受けて。オッドアイズ・ファントム・ドラゴンが地を駆ける。

 弾丸のごとき速度で跳躍して距離を殺し、咲夜に肉薄。エーデルワイスはその様を見て声を上げそうになったが寸でで堪えた。咲夜は心配しなくていいといった。ならば信じるだけだ。

 

「このくらい、想定済みよ! リバースカードオープン! パワー・ウォール!」

 

 咲夜の伏せカードの一枚が翻ると同時、彼女のデッキトップから六枚のカードが飛び出した。

 内訳はフェイバリット・ヒーロー、E・HERO ブレイズマン、N・エアハミング・バード、ダブルヒーローアタック、沼地の魔神王、E・HERO ソリッドマン。

 飛び出したカードは背中をカーラ側に見せながら空中で停止。直後、肉薄してきたオッドアイズ・ファントム・ドラゴンが即席で作られたカードの壁にぶち当たる。

 ガンと大きな音を立てて、ファントム・ドラゴンの巨体は弾かれた。

 

「スマイル・ワールドを発動してくれたから、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの攻撃力は2500を超えてくれた。おかげでパワー・ウォールで墓地を肥やせるカードも増えたわ。こういう時、笑顔になるものかしらね?」

「つまんないよー。それにパワー・ウォールで防げる戦闘ダメージは一度だけ。あたしのモンスターはまだ残ってるよ! オッドアイズ・アドバンス・ドラゴンでダイレクトアタック!」

「いいえ! パワー・ウォールで落ちたカードこそが、あたしの天命だったのよ! リバースカードオープン! 死魂融合(ネクロ・フュージョン)! 墓地のネオスと沼地の魔神王を除外融合!」

「えぇ!?」

 

 驚愕に目を見開くカーラの眼前で、咲夜の頭上の空間が歪んで渦を作った。

 渦に飛び込む二体のモンスター。そして渦から現れる影が一つ。

 

「異星の戦士よ、愛憎深き魔嬢と一つとなり、闇を滑る光の使者となりて現出せよ! 光は闇を纏い、魔を穿つ! 来て、E・HERO ネオス・クルーガー!」

 

 現れたのはネオスの新たな姿。

 ネオスを素体にユベルの要素を足したような姿。

 血管のような赤い線が走る、黒の鎧、悪魔を思わせる鎧。顔は大きな翼の生えたマスクをしているので分からない。

 禍々しささえ感じさせるはずの外見だが、そこに不吉な印象は一切ない。

 

「ネオス・クルーガーもネオスを素材にした融合モンスター。よってネオスペースの効果の適用内だから、攻撃力は3500!」

「あー、これじゃああたしのモンスターじゃ倒せないね。いや、さすがだよ咲夜ちゃん。パワー・ウォールで墓地を肥やしたと同時に、こうして逆転のための布石を打っていたわけだね。運を天に任せたの?」

「かもしれないです。だけどこの方が()()()()()()でしょう?」

「アハ」

 

 楽しそうにカーラが笑う。まさにこれこそが()()()()()()だと言わんばかりに。

 

「まぁ仕方ないかぁ。咲夜ちゃんの悲鳴を聞けないのは残念だけど、欲張ってもいけないからね。カードを二枚伏せて、ターンエンド」

 

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

EMスマイル・マジシャン 光属性 ☆8 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2500 DEF2000

Pスケール1

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):元々の攻撃力より高い攻撃力を持つ自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。Pゾーンのこのカードを特殊召喚する。

モンスター効果

このカード名の(1)(2)のモンスター効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「スマイル」魔法・罠カード1枚を手札に加える。(2):自分フィールドのモンスターが「EM」モンスター、「魔術師」Pモンスター、「オッドアイズ」モンスターのみで、このカードの攻撃力が元々の攻撃力より高い場合に発動できる。元々の攻撃力より高い攻撃力を持つ自分フィールドのモンスターの数だけ自分はデッキからドローする。このターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。

 

EMカード・ガードナー 地属性 ☆3 岩石族:ペンデュラム

ATK1000 DEF1000

Pスケール8

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドの表側守備表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの守備力は、自分フィールドの全ての表側守備表示モンスターの元々の守備力を合計した数値になる。

モンスター効果

(1):このカードの守備力は、このカード以外の自分フィールドの「EM」モンスターの元々の守備力の合計分アップする。

 

EMオッドアイズ・シンクロン 闇属性 ☆2 魔法使い族:ペンデュラムチューナー

ATK200 DEF600

EXデッキから特殊召喚したこのカードは、S召喚に使用された場合に除外される。(1):このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル3以下の、「EM」モンスターまたは「オッドアイズ」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。(2):1ターンに1度、自分のPゾーンのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを効果を無効にして特殊召喚し、そのカードとこのカードのみを素材としてSモンスター1体をS召喚する。

 

オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン 炎属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン」の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した時、自分のPゾーンのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを特殊召喚する。このターン、このカードは攻撃できない。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、相手はバトルフェイズ中にモンスターの効果を発動できない。

 

スマイル・ワールド:通常魔法

(1):フィールドの全てのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、フィールドのモンスターの数×100アップする。

 

オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードはレベル5以上のモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚できる。このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがアドバンス召喚に成功した場合に発動できる。相手フィールドのモンスター1体を選んで破壊し、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):このカードが戦闘でモンスターを破壊した時に発動できる。自分の手札・墓地から「オッドアイズ・アドバンス・ドラゴン」以外のレベル5以上のモンスター1体を選んで守備表示で特殊召喚する。

 

パワー・ウォール:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃によって自分が戦闘ダメージを受けるダメージ計算時に発動できる。その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージが0になるように500ダメージにつき1枚、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。

 

死魂融合:通常罠

(1):自分の墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを裏側表示で除外し、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

E・HERO ネオス・クルーガー 光属性 ☆9 魔法使い族:融合

ATK3000 DEF2500

「E・HERO ネオス」+「ユベル」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージ計算前に発動できる。その相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):表側表示のこのカードが相手の効果でフィールドから離れた場合、または戦闘で破壊された場合に発動できる。手札・デッキから「ネオス・ワイズマン」1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

 

E・HERO ネオス・クルーガー攻撃力3000→3500

 

 

咲夜LP5500→3300手札4枚

カーラLP7500手札3枚

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ネオス・クルーガーの召喚によって、咲夜のライフは首の皮一枚繋がった。

 首の皮一枚。まさにそうだ。4000を切ったライフなど、カーラのデッキからすれば風前の灯火も同然。

 

「だけど、壺の中の魔術書のおかげで、あたしもいいカードが手札に来たわ。戦士の生還を発動! 墓地のE・HERO ソリッドマンを手札に加えて、召喚!

 そしてソリッドマンの効果発動! 手札からE・HERO エアーマンを特殊召喚!」

 

 咲夜のフィールドに新たに現れる二体のHEROモンスター。

 黒のボディスーツに白銀色のバトルアーマーを身に纏ったヒーロー。鉄鋼部分は巨大で、両腕に装備した盾という印象を受ける。

 光輝く新たなヒーロー、即ちソリッドマン。

 そのソリッドマンに率いられ現れるファンを回転させる翼持つヒーローエアーマン。

 

「エアーマンの効果発動!」

 

 ここで選択だ。今回はエアーマン以外の二体のHEROモンスターがいるので、サーチ以外もカーラの伏せカード二枚を破壊できる。

 カーラもまた、それを察していたのか、すかさずデュエルディスクのボタンを押した。

 

「じゃ、咲夜ちゃんの選択が完了する前に、伏せていたダメージ・ダイエットを発動♪ これでアタシがこのターンに受けるダメージは全部半分ね」

「だけど、もう一枚は発動しないみたいね。エアーマンの効果、あたしはダメージ・ダイエットを含んだカーラさんの魔法、罠カード二枚を破壊する!」

 

 エアーマンのウィングパーツのフィンが回転を始め、そこから放たれた竜巻が切り裂きの刃となってカーラのダメージ・ダイエットと、伏せられたままのEMリバイバルを破壊した。

 

「これで邪魔はなし。融合発動! 場のソリッドマンとエーマンで融合召喚!

 嵐のヒーロー! 吹き荒れ、敵を切り裂く刃となれ! 融合召喚! 疾風登場、E・HERO Great TORNADO(グレイトトルネイド)!」

 

 瞬間、咲夜のフィールドに竜巻が巻き起こり、その中から現れたのは黒いマントを羽織り、緑と黄色に、黒のアクセントを加えたストライプカラーの風のHERO。

 

「Great TORNADOの効果発動! カーラさんのモンスターの攻守を半減させる!」

 

 咲夜の叫びに呼応するようにGreat TORNADOが両腕を天高く振り上げた。

 すると次の瞬間、凄まじい突風がカーラのフィールドを駆け抜ける。

 暴風の鞭を喰らったモンスターたちが叩きつけられるように地面にへばりついた。

 

「さらにソリッドマンの効果を発動するわ。墓地のE・HERO ブレイズマンを守備表示で特殊召喚し、ブレイズマンの効果も発動して、デッキから二枚目融合のカードを手札に加えるわ。

 そして融合発動! 場のブレイズマンとGreat TORNADO、そして手札のオネスティ・ネオスを融合召喚!」

 

 

「どうしてオネスティ・ネオスを素材にしたのでしょうか? 手札に握っていれば牽制になったと思うのですが……」

 

 首を傾げ、疑問の声を上げるエーデルワイス。返答は隣に立つルーから来た。

 

「牽制にはなるが、相手は乗ってこないからな。それにメテオバースト・ドラゴンがいる限りオネスティ・ネオスは使えない。ここで倒しても復活は容易だ。だったらここで融合素材にするのは悪い選択ではない。それに、これで召喚されるモンスターがクレイオスの契約者の陣形を確実に殲滅できると踏んでいるなら、手札も心もとない現状、オネスティ・ネオスを切り捨てる選択は十分あり得る」

 

 

 そんなエーデルワイスとルーの眼前で、融合が完成する。咲夜は現れるモンスターの名を高らかに叫んだ。

 

「三つの魂が今一つとなり、現れるは三位一体の尊き力! 融合召喚、現れよ、V・HERO(ヴィジョンヒーロー) トリニティ!」

 

 現れる新たなモンスター。

 真紅に染め上げられた、肩が肥大化しているマッシブなデザインのバトルアーマー、宝珠の嵌ったヘルメット、自信満々に両手を腰に当てて、僅かに露出している口元には不敵な笑みを浮かべていた。

 強敵を打倒し、困難に立ち向かいながらなお笑みを失わないタフガイを思わせる。

 

「トリニティの攻撃力は、自身の効果によって倍になり、さらに三回攻撃が可能!」

 

 攻撃力5000。ステータスが半減しているカーラのモンスターでは、束になっても出せない数値だ。

 

「バトル! トリニティでオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、トリニティが地を蹴って跳躍。頂点から一気に急降下し、右足の蹴りを放つ。

 ()()。HEROの一撃はオッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンの背中に直撃。衝撃が背中から内部に突き抜け、腹部から爆発する。

 ドラゴンの断末魔の叫びが轟き、消えていく。

 

「かは……!」

 

 ダメージのフィードバックがカーラを襲い、彼女の身体が前のめりに折れ曲がった。

 

「続いて、ゴールド・ファングに攻撃!」

 

 オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴンを踏み潰した地点から、トリニティが蹴りに使った右足を軸に旋回。アーム部分のパーツが展開し、ブレードとなってゴールド・ファングの首を切断した。

 

「ぎ……!」

 

 知り合いの苦悶の表情を見て、咲夜の心がかすかに軋む。

 だが痛みを振り払う。ここで攻撃の手を止めては、それこそカーラを永遠に元に戻すことができない。

 ()()()()()()()()()。覚悟を背負い、痛みを受け入れろ。

 

「さらにトリニティでオッドアイズ・ファントム・ドラゴンを攻撃!」

 

 HEROの胸の宝珠が赤く光り輝き、一筋の光線が放たれた。

 光線はまっすぐに突き進み、オッドアイズ・ファントム・ドラゴンの額に直撃。ドラゴンを爆散させた。

 

「ぐ……」

 

 たてつづきの大ダメージに、ついにカーラが膝を付いた。

 今。ここで、ネオス・クルーガーでオッドアイズ・アドバンス・ドラゴンを攻撃すればカーラを追いつめられる。

 だからそうした。

 

「ネオス・クルーガーでオッドアイズ・アドバンス・ドラゴンを攻撃!」

 

 ネオス・クルーガーが頭部の翼を大きく広げた。

 両手に黒い光を凝縮させる。それが放たれる時が攻撃の時。

 次の瞬間――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え!?」

 

 先に驚愕の声を発したのはエーデルワイスだった。彼女は慌ててカーラのフィールドに目を向ける。

 伏せカードはなく、モンスターたちはなす術なく倒されるだけだったはず。

 なのにいつの間にか、カーラのフィールドには再びクレイオスが鎮座していた。

 

「どうして……」

「お嬢ちゃんと、咲夜ちゃんの疑問に答えよっか」

 

 ニコニコ顔のカーラ。膝を付いたことで服についた埃を払う仕草を見るに、先程見せた隙もこの演出を盛り上げるための演技だったのか。

 

「まぁ、簡単なことだよ。あたしは咲夜ちゃんの攻撃に合わせて、手札からこの罠カード、クレイオスの采配を発動したの。このカードはあたしのモンスターが相手よりも少ない場合、手札から発動できるの。そして効果は手札か墓地からクレイオスを召喚情感を無視して特殊召喚して、その後クレイオス以外の全てのモンスターをゲームから除外する。把握したかな?」

『返答不要。結末のみがここにある。

 さらに捕捉。カーラは三枚ドローだ』

 

 機械音性の様なクレイオスの声が冷徹に響く。攻め手を一気に失った咲夜に術はない。

 

「……ネオス・クルーガーの効果で、ネオス・ワイズマンを守備表示で特殊召喚するわ。カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 

戦士の生還:通常魔法

(1):自分の墓地の戦士族モンスター1体を対象として発動できる。その戦士族モンスターを手札に加える。

 

E・HERO ソリッドマン 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下の「HERO」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが魔法カードの効果でモンスターゾーンから墓地へ送られた場合、「E・HERO ソリッドマン」以外の自分の墓地の「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

ダメージ・ダイエット:通常罠

このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

E・HERO Great TORNADO 風属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2200

「E・HERO」モンスター+風属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが融合召喚に成功した場合に発動する。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

 

E・HERO ブレイズマン 炎属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1800

「E・HERO ブレイズマン」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。(2):自分メインフェイズに発動できる。デッキから「E・HERO ブレイズマン」以外の「E・HERO」モンスター1体を墓地へ送る。このカードはターン終了時まで、この効果で墓地へ送ったモンスターと同じ属性・攻撃力・守備力になる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は融合モンスターしか特殊召喚できない。

 

V・HERO トリニティ 闇属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「HERO」モンスター×3

(1):このカードは直接攻撃できない。(2):このカードが融合召喚に成功したターン、このカードの攻撃力は元々の攻撃力の倍になる。(3):融合召喚したこのカードは1度のバトルフェイズ中に3回攻撃できる。

 

クレイオスの采配:通常罠

自分フィールドのモンスターの数が相手フィールドのモンスターよりも少ない場合、このカードは手札から発動できる。(1)自分の手札、墓地から「支配統治の星光巨神クレイオス」1体を選んで召喚条件を無視して特殊召喚する。その後、「支配統治の星光巨神クレイオス」以外のモンスターをゲームから除外する。

 

ネオス・ワイズマン 光属性 ☆10 魔法使い族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは通常召喚できない。自分のモンスターゾーンの表側表示の、「E・HERO ネオス」と「ユベル」を1体ずつ墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる。(1):フィールドのこのカードは効果では破壊されない。(2):このカードが相手モンスターと戦闘を行ったダメージステップ終了時に発動する。その相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える。その相手モンスターの守備力分だけ自分のLPを回復する。

 

 

咲夜LP3300手札0枚

カーラLP7500→5625→3625→1750手札5枚

 

 

 再び現れるティターン神族の姿に、しかし咲夜は奮い立った。

 やはりこの巨神を撃破しなければ、カーラは正気に戻らず、ティターン神族によって蹂躙される人々は増えるだろう。

 思い出すは不利な状況でもなお不敵に笑う少年の姿。

 あの白髪の少年なら、こんな状況で膝を屈しない。

 だから咲夜も心を燃やす。口のに笑みを浮かべ、言い放った。

 

「上等じゃない。やってやるわ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話:ショウダウン

 ショウデュエルをやろうと思ったきっかけは何だっただろうか。カーラはふとそう考えることがあった。

 一番最初のきっかけは、多分幼いころ、両親に連れられて見たサーカスだと思う。

 有名なサーカスで、そのショウは幼いカーラの心を掴んだ。

 キラキラ光る照明、炎を使ったパフォーマンス、猛獣ショウ、空中ブランコ等々……。

 だから自分もそういった()()()()を振りまきたいと思ったのか。

 だが現実は苦い。子供のころの憧れは所詮憧れでしかなく、いつしかカーラは夢を見失い、堅実さを求めるようになった。

 しかしそれもしばらくの間だけ。

 二度目の邂逅。デュエルモンスターズと出会い、魅了された。

 二度目の憧れは大きな情熱を原動力とし、現実に昇華した。

 プロ試験に合格し、晴れてプロデュエリストとなったカーラは、そこで一度目の憧れを思い出す。

 ショウデュエルで人々に笑顔を与えることを目標とした。

 デュエルそのものをショウに見立て、時には自ら窮地を演出し、そこから脱出することもあった。

 常に相手より格上でなければ成立しない、ストーリー仕立てのデュエル進行。そのための努力を怠ったつもりはない。

 しかし現実は厳しい。プロとして、上に行けば行くほど、ショウデュエルを演出することは難しくなっていく。

 ショウデュエルを続けるごとに空虚さを感じる自分を自覚していき、そのことに恐怖と焦りを感じるようになった。

 極めつけはこの前の全日大会。その決勝で、勝利を史上とする獅子道來(ししどうらい)プロに敗北。しかも獅子道プロの怒涛の攻めによって、観客は熱狂した。

 敗者の立場から見た熱量と歓声。その事実に信念が揺らぐ。

 観客の魂を掴むような熱狂。あの熱を、カーラは知らなかった。

 消沈の彼女に巨神が囁く。

 クレイオスと波長が合ったことが彼女にとっての不幸だったか。

 契約し、こうして神々の戦争に身を投じるにつれてカーラの精神に歪みが生じた。

 対戦相手が苦痛に上げる悲鳴。最初は嫌悪しかなかったそれに、今は確かな愉悦を感じている。

 いつしかカーラ自身が演出家兼観客(ギャラリー)となり、相手の苦痛を演出し、楽しんでいた。

 いつ終わるとも知れぬ愉悦の時間。それはまるで沼に嵌るかのようで、抜け出せない。

 ああ、ああ――――――何という――――――極楽の快楽(地獄の責め苦)か。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 咲夜(さくや)とカーラのデュエルは、佳境に入ってきたとエーデルワイスは思う。

 二人のプロデュエリストの攻防はめまぐるしく、目を離せず、そしてそこから何かを学ぼうと必死になっている。

 そのエーデルワイスの目から見ると、咲夜有利だったはずの戦況は一瞬にしてひっくり返された。

 ティターン神族(クレイオス)が専用カードによって召喚され、咲夜のモンスターはいったんすべて除外された。

 ネオス・クルーガーの効果でネオス・ワイズマンを特殊召喚で来たが、神が相手の場にいるというのはカード効果以上に、神という存在は対峙する相手に絶大な圧力(プレッシャー)を与える。

 その圧に耐えることが、強い心を持つ事が、神と対峙する絶対条件だった。

 

 

咲夜LP3300手札0枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン ネオス・ワイズマン(守備表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン ネオスペース

 

カーラLP1750手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:青:EMカード・ガードナー

モンスターゾーン 支配統治の星光巨神クレイオス(守備表示)、

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

 

 ことさら大仰な動作でカードをドローするカーラ。そのまま体全体を振り回すようにドローカードを確認、口元に笑みを浮かべる。

 

「ショウを生業とするだけあって、大仰なことだ」

 

 半透明のアテナが顔をしかめながら呟く。咲夜は無言。テンションが上がる時自分もちょっと大げさな動作でカードをドローすることがあるので、ここで突っ込めばどんな藪蛇になるか分からない。

 

「アハ♪ いいカードが来たよ咲夜ちゃん! スケール3の相克の魔術師をPゾーンにセット!」

 

 ここでオッドアイズとも、EMとも違うPモンスターが、カーラの傍らに光柱の中に入り込む。

 

「これであたしはレベル4から7のモンスターを同時に召喚可能!」

『展開要請』

「もっちろんだよクレイオス! さぁ再演だ! ペンデュラム召喚! EXデッキから、君の出番だよ、オッドアイズ・ファントムドラゴン! そして手札から新顔さ! オッドアイズ・ドラゴン! オッドアイズ・セイバー・ドラゴン! オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン!」

 

 カーラの頭上に開いたゲートから、次々とドラゴンたちが光とともにやってくる。

 先ほどから登場していたオッドアイズ・ファントム・ドラゴンに、今までのオッドアイズのドラゴンの原型たるオッドアイズ・ドラゴン。

 さらにオッドアイズ・ドラゴンに光輝く白金の鎧と刃の力を備えたオッドアイズ・セイバー・ドラゴン。

 そして漆黒の身体に振り子(ペンデュラム)の結晶を背中から生やし、描く弧のような外骨格を突き出したドラゴン――――即ちオッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン。

 一気に四体の大型ドラゴンのお出ましに、さすがの咲夜も息を飲んだ。

 

「け、けどどのモンスターも咲夜さんのネオス・ワイズマンよりも攻撃力は低いです。このままなら――――――」

「無論、このまま、ということはあるまい」

 

 両拳を握り締め、咲夜のデュエルに見入っていたエーデルワイスに、ルーが冷や水を浴びせる。

 

「クレイオスの契約者のフィールドにP召喚されたモンスターは全てレベル7。ならば考えられるのは――――――」

「エクシーズ召喚……! いえ、それだけじゃありません! 相克の魔術師はXモンスターをランクと同じレベルにしてX召喚できるようにするモンスターだったはず―――――」

「おーっとお嬢ちゃん。ネタバレはダメだよ?」

 

 チッチッチと唇の前で人差し指を左右に振りながら、カーラが続きを言おうとしたエーデルワイスに釘をさす。エーデルワイスが思わず恐縮して「す、すみません」と言っているのをしり目に、カーラは咲夜に向き直った。

 

「まぁそんなわけで、行こうかな!」

 

 ここしかない。咲夜はカーラの反応から、彼女の展開が一旦終わり、動きだそうとしているのを悟った。

 故に咲夜は素早くデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 裁きの天秤! あたしの場と手札のカードは合計三枚、カーラさんの場のカードは七枚! よってその差、四枚をドロー!」

 

 大量ドローに、0枚だった咲夜の手札が一気に潤う。

 まだ咲夜は諦めておらず、その視線の力はいささかも衰えない。

 対するカーラの笑みもまた濃く、深い。

 

「いいねぇ、それでこそだよ咲夜ちゃん! 簡単に終わっちゃつまらない。咲夜ちゃんにはもっともっと、可愛い悲鳴を上げてもらわないとね!

 あたしはオッドアイズ・ファントム・ドラゴンとオッドアイズ・ドラゴンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 来なよオッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン!」

 

 カーラの頭上に渦巻く銀河のような空間が展開され、その空間に二体のドラゴンが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こり、現出したのは氷に覆われた体躯を持つ、青く、美しいドラゴン。Xモンスターの証に、周囲を衛星のように旋回する二つのORU(オーバーレイユニット)がった。

 

「Xモンスター……。場には相克の魔術師がいるから、次に来るのは……ッ!」

「予想してるよねぇ咲夜ちゃん! 正解だよ! 相克の魔術師のP効果発動! あたしはオッドアイズ・アブソリュート・ドラゴンを素材に、X召喚を可能にする!

 オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴンと、オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴンでオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 再び走るX召喚のエフェクト。再び展開した空間、飛び込む二体のドラゴン。虹色の爆発が起こり、その向こうから素材となったドラゴンを凌ぐ巨体が姿を現した。

 

「さぁいよいよオオトリの登場さ! いざいざ近づけ目にも見よ! その真紅の姿が敵手を滅する覇王となる! 目て見て心に刻み――――――潰れろ。覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン!」

 

 まず咲夜の目に入ったのは真紅の身体。

 鎧のような外殻に、シルエットは細く、しかし力強い。剛力さと俊敏さを兼ね備えたフォルム、背中から生えた体躯を包めそうな巨大な翼。圧倒的な敵意と破壊の欲を秘めた双眸。

 誕生したドラゴンは地に足をつけることなく、両手を広げ、両足を合わせ、翼を大きく広げて、吠えた。

 

『――――――――――――!』

 

 大気を震わせる鳴動。それだけで咲夜は圧倒されるように感じたが、踏みとどまった。

 そしてじっと、現れたモンスターを見る。

 確かに攻撃的な外見だがそれだけではない。どうにも説明のつかない禍々しさを感じる。

 だがこの禍々しさ、初めてではない。ジェネックス杯一日目にも感じた感覚だ。

 咲夜は記憶を反芻する。あれは確か、アテナに恨みを持つギリシャ神話の怪物、アラクネーが使っていたカードから感じたものだ。

 地縛神。あれに近いこの感覚は――――――

 

「闇のカード?」

「ピンポーン、正解。このカードはね、咲夜ちゃん。このジェネックス杯用に、射手矢(いでや)オーナーから貰ったものなんだ」

 

 だとすればあのカードからのダイレクトアタックは、通常の神々の戦争から見ても桁外れのダメージを受ける。この終盤では絶対に受けたくない。下手をすれば宝珠が砕ける。

 

「さぁ覚悟はいいかな? オッドアイズ・レイジング・ドラゴンの効果発動! ORUを一つ使い、咲夜ちゃんのフィールドにあるカードを全て破壊して、破壊したカード一枚につき、攻撃力を200アップさせる!」

 

 カーラの命令に従い、オッドアイズ・レイジング・ドラゴンの全身から赤い光が漏れだした。

 光が一斉にドラゴンの背部に集まり、一瞬の沈黙の後、流星雨のようにいくつも枝分かれして放たれた。

 

「ッ! だけどネオス・ワイズマンは効果では破壊されない!」

「勿論それも織り込み済み! 手札から速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! ネオス・ワイズマンの攻撃力を400アップさせる代わりに効果を無効にする!」

「あっ!」

 

 目を見開いた咲夜の眼前、彼女のフィールドにオッドアイズ・レイジング・ドラゴンが放った流星雨が着弾する。

 轟音が走り光が暴れまわり、粉塵が舞い上がる。自分に向けられたわけでもないのに、その絶大な威力に寒気がした。

 

「オッドアイズ・レイジング・ドラゴンの攻撃力は合計400アップね。さらにXモンスターをORUにしているオッドアイズ・レイジング・ドラゴンは二回攻撃ができるよ。耐えられるかな? オッドアイズ・レイジング・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下り、禍々しい赤竜が咆哮と共にやや前傾姿勢になる。

 全身が再び赤光に包まれる。その刹那、咲夜が動いた。

 

「手札の虹クリボーの効果発動! オッドアイズ・レイジング・ドラゴンにこのカードを装備!」

 

 今にも攻撃に移ろうとしていたオッドアイズ・レイジング・ドラゴンの眼前に、小さな悪魔が現れる。

 悪魔、虹クリボーは必死に赤竜にまとわりつき、その攻撃を阻害する。

 

「んー。裁きの天秤がうまく機能したね。でもまだ攻撃できるモンスター(キャスト)はいるよ。オッドアイズ・セイバー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 追撃。全身これ刃と言わんばかりのドラゴンが疾駆してくる。今度は防御札はない。咲夜は右にステップし、回避しようとした。

 

「駄目だ咲夜! 宝珠をガードしろ!」

 

 緊迫したアテナの声。その声にしたがって咄嗟に宝珠を庇った次の瞬間、衝撃と、鋭利な痛みが来た。

 

「え!?」

 

 何が起こったのか悟ったのは数瞬後。こちらのステップに合わせるように、残ったオッドアイズ・セイバー・ドラゴンがターン。背中の剣で咲夜を切りつけたのだ。

 宝珠狙いの一撃だったが、アテナの警告が間に合った。咲夜はきりもみしながら吹っ飛ばされ、地面を転がった。

 

「咲夜さん!」

 

 エーデルワイスの悲痛な叫びが届く。咲夜は回転する視界を体ごと止めて、何とか起き上がった。

 

「大丈夫! まだ、まだまだやれるから!」

 

 そしてにっこりと笑った力強い、陽光のような笑みだった。その笑みに対して、カーラが拍手を浴びせた。

 

「いやー、格好いいねー咲夜ちゃん。だけどさ、そろそろ飽きてきたから、いい加減悲しく散ってよ。そのための材料を与えてあげるね。カードを一枚セット」

 

 カーラの足元に投影される伏せカードが一枚。それを指さし、カーラが告げる。

 

「このカードはスピリットバリア。知ってるよね? これでアタシはモンスターがいる限り戦闘ダメージを受けない。しかも何らかの手段であたしのモンスターを排除して、ダイレクトアタックをしようにもその時にはクレイオスが止める。どうにもならないでしょ? ターンエンド」

 

 

相克の魔術師 闇属性 ☆7 魔法使い族:ペンデュラム

ATK2500 DEF500

Pスケール3

P効果

(1):1ターンに1度、自分フィールドのXモンスター1体を対象として発動できる。このターンそのXモンスターは、そのランクと同じ数値のレベルのモンスターとしてX召喚の素材にできる。

モンスター効果

(1):1ターンに1度、フィールドの光属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

オッドアイズ・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:効果

ATK2500 DEF2000

(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。

 

オッドアイズ・セイバー・ドラゴン 光属性 ☆7 ドラゴン族:効果

ATK2800 DEF2000

(1):このカードが手札にある場合、自分フィールドの光属性モンスター1体をリリースして発動できる。手札・デッキ及び自分フィールドの表側表示モンスターの中から、「オッドアイズ・ドラゴン」1体を選んで墓地へ送り、このカードを特殊召喚する。(2):このカードが戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時に発動できる。相手フィールドのモンスター1体を選んで破壊する。

 

オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン 闇属性 ☆7 ドラゴン族:ペンデュラム

ATK2700 DEF2000

Pスケール8

P効果

このカード名のP効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドの表側表示の「オッドアイズ」カードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「オッドアイズ」モンスター1体を選んで特殊召喚する。

モンスター効果

なし

 

裁きの天秤:通常罠

「裁きの天秤」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):相手フィールドのカードの数が自分の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合に発動できる。自分はその差の数だけデッキからドローする。

 

オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン 水属性 ランク7 ドラゴン族:エクシーズ

ATK2800 DEF2500

レベル7モンスター×2

「オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分または相手のモンスターの攻撃宣言時に、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。その攻撃を無効にする。その後、自分の手札・墓地から「オッドアイズ」モンスター1体を選んで特殊召喚できる。(2):X召喚されたこのカードが墓地へ送られた場合に発動できる。エクストラデッキから「オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン」以外の「オッドアイズ」モンスター1体を特殊召喚する。

 

覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 闇属性 ランク7 ドラゴン族:ペンデュラムエクシーズ

ATK3000 DEF2500

Pスケール1

ドラゴン族レベル7モンスター×2

P効果

(1):1ターンに1度、もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。デッキからPモンスター1体を選び、自分のPゾーンに置く。

モンスター効果

レベル7がP召喚可能な場合にエクストラデッキの表側表示のこのカードはP召喚できる。(1):Xモンスターを素材としてX召喚したこのカードは以下の効果を得る。●このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できる。●1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。相手フィールドのカードを全て破壊し、このカードの攻撃力はターン終了時まで、破壊したカードの数×200アップする。(2):モンスターゾーンのこのカードが破壊された場合に発動できる。このカードを自分のPゾーンに置く。

 

禁じられた聖杯:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が400アップし、効果は無効化される。

 

虹クリボー 光属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK100 DEF100

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時に、その攻撃モンスター1体を対象として発動できる。このカードを手札から装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターは攻撃できない。(2):このカードが墓地に存在する場合、相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

 

覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン攻撃力3000→3400

 

 

咲夜LP3300→500手札3枚

カーラLP1750手札1枚

 

「あたしの、ターン!」

 

 ふらつきながら咲夜は立ち上がる。その瞳は力が漲っており、その様がカーラには疑問だった。

 

「んー、咲夜ちゃん。なんでまた戦うのかな? さっきも言ったけど、そろそろ諦め時じゃない?」

 

 だから聞いてみた。純粋に知りたかったから。 

 すると咲夜はにやりと不敵に笑って言った。

 

「だってあたしのライフはまだ残っているもの。ここで諦めるのは格好悪いし――――なにより、()()()()()()()()()()()()

 

 ショウとして面白くない。その言葉がカーラの琴線に触れた。

 

「面白く、ない?」

「だって、ここでサレンダーなんていかにも尻切れトンボ。誰も盛り上がらないし、何よりあたし自身が()()()()()

 それにねカーラさん。考えても見てよ。ここで逆転できたら、最高に盛り上がらない?」

 

 ズキン、カーラの心臓が痛んだ。何だこれはと思う。そのせいか、冷たい汗がカーラの頬を伝った。

 同時に気づく。この展開、もしも咲夜が逆転すれば()()()()()()()()()()()()()()

 

「そう、かもね……」

『疑問。心拍数が上がっているぞ、カーラ』

 

 クレイオスの声に微笑を浮かべて首を左右に振った。

 微笑みは引きつっていた。

 

「昂っているんだよ、クレイオス。これから始まる結末に、ね」

 

 言うカーラの眼前、咲夜が動いた。

 

「強欲で貪欲な壺発動! デッキトップからカードを十枚除外して、二枚ドロー!」

 

 ここが分水嶺だ。このドローと、除外された裏側のカード十枚が勝敗を分ける。

 カーラは両手を浅く広げて、言った。

 

「さぁ咲夜ちゃん。このデュエルもクライマックスだ。盛り上げ時だねぇ?」

 

 対して、咲夜も笑みを浮かべた。どことなくひきつっているカーラと違って、影のない笑みを。

 

「勿論! 素敵なギャラリーもいることだしね!」

 

 そう言って、咲夜はエーデルワイスの方を見て軽くウィンク。エーデルワイスは両手を握り、頷いた。

 

「見せてください、咲夜さん、勝利を!」

「勿論! このターンで決める。それがあたしのショウダウン! ネオス・フュージョン発動!」

「ああ、なるほどね。確かにそれが君にとっての勝負事だ!」

 

 咲夜の意図を察して、カーラもまた笑う。先程のようなひきつった笑みではない。吹っ切れた笑みだ。

 楽しい。わくわくする。それがカーラの今の正直な気持ちだった。

 この流れはショウに例えるならヒーローの逆転だ。カーラはそう思う。

 ならば悪役は自分だ。だったら話は簡単。せいぜい華々しく、格好よく散ろうじゃないか。

 心に思うのは二つのこと。一つはクレイオスへの謝罪。

 ごめん、神様。あたしはここまでみたい。

 ごめんね参加者の皆。いっぱい傷つけた。どうやって償っていこう? でもやらなきゃな。それがあたしが、この戦いから降りた後、最初にやるべきことだろうから――――――

 

「あたしは特殊召喚するのはE・HERO ブラック・ネオス。ここで、あたしのデッキにまだN・ブラック・パンサーとE・HERO ネオスがいれば、召喚できる。もしもさっき発動した強欲で貪欲な壺の効果で除外された十枚の中に、このどちらかが入っていたら、ブラック・ネオスの召喚は失敗。あたしは打つ手がなくなる。

 まさに運を天に任せてみましょっか」

 

 そう言って、咲夜はデュエルディスクからデッキを外し、扇状に広げた。

 デッキの中身を確認し、にやりと笑った。

 

「ビンゴ。あたしはデッキのネオスとブラック・パンサーを墓地に送って、E・HERO ブラック・ネオスを特殊召喚!」

 

 デッキから現れるのは、世闇のような漆黒の身体に、マントのようにしなやかな翼、獣のような鋭い手足の爪。まさに夜の襲撃者(ナイトレイダー)と言った風情のネオスの進化態。

 

「ふーん。だけどブラック・パンサーは相手モンスターの効果こそ無効にできるけど、攻撃力が上がるわけじゃない。それでどうするのかな?」

 

 ニコニコ笑顔でカーラが吠える。対して咲夜はにこりと笑った。

 

「そりゃあ、ヒーローなんだから、それにふさわしい舞台があるでしょ? フィールド魔法、摩天楼‐スカイスクレイパー発動!」

 

 咲夜の指がカードをデュエルディスクにセットする。

 直後、彼女と彼女のHEROの背後に屹立する街の風景があった。

 摩天楼の名の通り、光を放つ街並。一際高い尖塔があり、そこの上に翼をマントのようにたたんだ姿で、ブラック・ネオスが佇んでいる。

 カーラの笑みがより深くなる。

 

「なるほどね。スカイスクレイパーなら攻撃の瞬間、攻撃力を上げられる。だけどあたしの伏せカードはスピリットバリア。戦闘ダメージは通らない。分かってるよね?」

()()()()()()()、それに応えるわ。これが、逆転の切り札! スカイスクレイパー・シュート!」

『……ッ!』

 

 咲夜が発動したカードに、一番反応下のはカーラではなく、クレイオスだった。

 機械的な彼の身体が揺らぎ、能面のようだった表情にわずかながらの驚愕の色が見えた。

 

『愕然……』

「あたしの場にいるブラック・ネオスの攻撃力は2500止まり。スカイスクレイパー・シュートの効果で、オッドアイズ・レイジング・ドラゴンと、オッドアイズ・セイバー・ドラゴンを破壊し、その元々の攻撃力の合計分のダメージをカーラさんに与える! これがヒーローの最高の必殺技よ!」

 

 咲夜の声が終わりと同時、ブラック・ネオスのたたまれた翼が大きく広げられた。

 翼が空気を叩き、風音を生じさせる。

 生じた風がフィールドを駆け巡り、カーラの頬を叩いた。夏の昼下がりに感じる二は涼しくて、気持ちのいい風だった。

 

「行って、ブラック・ネオス! ティターン神族を倒し、そしてカーラさんを解放して!」

 

 承知したと言わんばかりに、ブラック・ネオスが尖塔の天辺から跳躍。翼で大気を叩いて一気に加速した。

 黒い弾丸となったブラック・ネオスは一直線にカーラのフィールドに着弾。巻き上げた衝撃波と黒いエネルギーが竜巻のように回転、荒れ狂い、カーラの場にいた二体のドラゴンを消滅させた。

 衝撃の坩堝(るつぼ)から飛び出す黒い影。無論ブラック・ネオスだった。

 そしてブラック・ネオスがカーラの眼前に降り立った。

 

『撤退推奨!』

 

 クレイオスの焦りを帯びた警告が走る。だがカーラは動かず、疲れたような、どこか安心したような笑みを浮かべた。

 

「あーあ、やっぱりさ……。誰も観客がいない舞台での悪役も、いまいちだねぇ」

 

 ブラック・ネオスの右拳が振り抜かれ、カーラの透明の宝珠を殴打。神々の戦争乱入の証たるそれを砕いた。

 

 

ネオス・フュージョン:通常魔法

(1):自分の手札・デッキ・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、「E・HERO ネオス」を含むモンスター2体のみを素材とするその融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はモンスターを特殊召喚できない。(2):「E・HERO ネオス」を融合素材とする自分フィールドの融合モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、または自身の効果でEXデッキに戻る場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

E・HERO ブラック・ネオス 闇属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・ブラック・パンサー」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、選択したモンスターの効果は無効化される(この効果で選択できるモンスターは1体まで)。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

摩天楼‐スカイスクレイパー:フィールド魔法

(1):「E・HERO」モンスターの攻撃力は、その攻撃力より高い攻撃力を持つモンスターに攻撃するダメージ計算時のみ1000アップする。

 

スカイスクレイパー・シュート:通常魔法

(1):自分フィールドの「E・HERO」融合モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターより攻撃力が高い相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する。その後、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスターの内、元々の攻撃力が一番高いモンスターのその数値分のダメージを相手に与える。自分のフィールドゾーンに「摩天楼」フィールド魔法カードが存在する場合、相手に与えるダメージは、この効果で破壊され墓地へ送られたモンスター全ての元々の攻撃力の合計分となる。

 

 

カーラLP0

 

 

「カーラさん、カーラさん!?」

 

 デュエル終了後、通常の空間に戻った三人と二柱のうち、倒れたのはカーラのみだった。

 駆け寄った咲夜はカーラの身体を抱き起した。

 

「大丈夫だ。気を失っているに過ぎない」

 

 追随してきたアテナがカーラの脈と呼吸を確認し、大事ないことを伝えると、咲夜はほっとしたように息をついた。

 

「よかった……」

 

 安堵の息を吐く咲夜。走り寄ってきたエーデルワイスも胸をなでおろした。

 

「とにかく彼女をゆっくり休める場所に運ぼう。それからのことは、彼女自身が決めなければならない」

 

 最後にルーが気絶したままのカーラを抱き上げてそう言った。

 

「ともあれ、これでティターン神族をまた一柱撃破できたわけか。咲夜、我々は順調に進んでいるぞ」

「ええ、そうね。これでティターン神族に傷つけられる人が少しは減ったと思う。それでよしとしましょ」

 

 咲夜のその言葉が、この場での戦いの決着を現していた。

 夏の午後の日差しが降り注ぐ中、ジェネックス杯の裏で動いている神々の戦争はまだ終わらない。そのさらに裏に蠢く無数の悪意を抱えながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話:復讐者襲撃

 ジェネックス杯二日目、一般参加者が大会に参加し、アマチュアでありながらプロデュエリストと戦えるまたとない機会を堪能している者たちも多いだろう。

 例えば和輝(かずき)義妹(いもうと)綺羅(きら)も道行く参加者とデュエルをし、順調にDPを獲得しながらも目にしたプロに挑み、敗れては健闘に笑顔を見せていた。

 それにアマチュアでありながらプロに匹敵する実力の持ち主もいた。そんな参加者とあたり、敗北しても綺羅には得るものがあった。

 

「いいデュエルでした、ありがとうございました」

 

 敗北した相手の挨拶に、綺羅も笑顔で応じた。

 差し出された手を握り、握手。

 

「こちらこそ、ありがとうございました。勉強になりました」

 

 丁寧に頭を下げる。相手も微笑を残して去っていった。

 さてと綺羅も気を取り直す。握り拳を作って自分に気合を入れる。

 負けることは悔しい。だが悔しいままでいられない。兄はもっと先に行っているだろうから。

 強くなりたかった。せめて兄の背中が見えるくらいには。

 だからそのヒントはないかと相手に問いかけた。

 

「それにしてもお強いですね。本当にプロではないのですか?」

「アメリカのプロリーグに参加しようとは思いませんでした。母国なので愛着もありますが、ほかにやることもありましたので」

「そうなんですか、そんなに強いのに……」

「優先するものは人それぞれですから」

 

 ハスキーボイスで相手はそう答えた。それから微笑を浮かべて、

 

「しかし、強くなりたいのであれば、やはり強い相手と戦い、相手のプレイングを見て覚えることは重要です。何事も、()()、覚えるのです。()()のではなく」

「見るではなく、視る……」

「観察ですね。相手が手札に加えたカードを、手札のどの位置に加えたのか。勿論うまい相手は手札に加えてからさりげなく位置を変えます。その()()()()()を見破ることができれば、それは疑似的な覗き(ピーピング)になる。そして考えるのです。手札に加えたのはキーカードか、こちらの手を止めるための罠なのか。

 そして伏せたカードの位置に、相手の嗜好が出ることもある。若いプレイヤーは本命のカードを先に伏せ、ブラフを後に伏せる傾向が強いようなので、こう考えることも重要ですね。

 要するに、ただカードを操るだけでなく、相手を観察することでも得られる情報は多くあり、それを生かせれば、相手との実力差も縮まろうというものです。私もさっきのデュエルでそうしていたのですよ」

「そんなことが……」

 

 考えたこともなかった。だとすればトッププロ同士のデュエルは、カードを操るだけでなく、そのような盤外戦術も多く繰り広げられていたのだろうか。

 

「では、これで」

「あ、はい。ありがとうございました。あ―――――」

 

 そういえば肝心なことを忘れていた。

 

「そういえば、まだお名前を聞いていませんでした」

「ああ、私としたことが」

 

 相手がパンと手を叩く。男装の麗人のようにも、女性的な顔つきの男性のようにも見える相手は、ハスキーボイスで答えた。

 

「ハーレイと言います」

「私は岡崎綺羅です」

「いい名前ですね。それでは綺羅さん、お元気で」

 

 ハーレイはそう言って手を振って去っていった。綺羅もまた、新しい相手を求めてくるりと(きびす)を返した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 しかしそんな表側の参加者だけが楽しんでいるような大会では、断じてない。

 裏側、即ち神々の戦争の参加者たちは今、己の命や無辜の民たちの命を守るために戦っている。

 多くの人々を巻き込むことをいとわぬ理不尽を押し付ける神々や、明らかにルール違反を犯しているクロノス率いるティターン神族。

 彼らと戦うため、和輝をはじめ、彼の仲間たちやフレデリックが集めたメンバーが今も戦っている。

 だが敵の居城は分かっている。乗り込むのは大会最終日の三日目、それまでは外に出ているギリシャ神話由来の悪霊(エンプーサ)やティターン神族を倒し、敵の戦力を削ることを主目的としている。

 そのため、クロノスの契約者、射手矢弦十郎(いでやげんじゅうろう)がCEOを務める会社、ゾディアックに、和輝たちが仕掛けるのは明日のはずだった。

 

 

 ()()()、ゾディアック本社、中庭。

 そこは本来、社員たちの精神的疲れを少しでも癒そうと、管理人を雇って小さいながらも見事な庭園が設けられていた。

 季節ごとには咲く花が変わり、それが色取り取りの色彩を描き、見る者の心を和ませる。

 そのできは見事なもので、ゾディアックが雑誌に紹介される時に、特集ページが組まれたほどだった。

 その中庭が今、見るも無残な姿をさらしていた。

 事故があったとしてブルーシートとテープで出入り口を封鎖し、一般人の立ち入りを禁止しているそこで、今、三つの人影が立っていた。

 四十前後の壮年の男。彫の深い顔つき、灰色の髪を撫でつけており、青い瞳。グレイのスーツをぴしりと着込んだ隙の無い佇まい。長い年月をかけて研磨され、ついに命を持ったような石像の風情。

 まさにこのゾディアックをまとめるCEO、射手矢弦十郎その人であった。

 その傍らに、天を突くような巨躯。

 二メートルを超える巨体、右が紅、左が蒼のオッドアイ。オールバックの髪は金だがところどころ、編み込むように黒の色が入る。

 上背に見合ったがっしりとした体格を、黒のレザージャケット、白のタンクトップ、黒の皮パンツ、黒のブーツで覆った姿はどこか“混ざっている”印象を与える。

 彼こそが射手矢と契約を結び、堂々と神々の戦争のルールを犯しいてる神、ティターン神族の王、クロノスであった。

 

「ひどい有様だな、これは」

 

 口を開いたのは射手矢。彼は周囲を見渡し、無惨に踏み荒らされ、破壊された中庭について嘆きの声を漏らした。

 

「フィッシュバウド君がいなかったのは幸いだった。彼女は今日、彼女の神の私用で出ているからね。もしもこの場にいたら、彼を殺してただろう。彼女はこの中庭を心から愛し、我が子に接するように慈しんでいたから」

「下品な男だ。品性の欠片もない。あんな男を受け入れようなどと、どうかしている」

 

 吐き捨てるように言うクロノス。その目には人間が害虫を見つけたような嫌悪感と、それを仕留め損なった不快感が見えていた。

 

「あんな男との待ち合わせの場所をこの場にしたのは罪だぞ」

 

 クロノスの視線が動く。その先に第三の人物の姿。

 腰まで伸びる薄紫の髪に紫紺の瞳。華奢な体躯に少女のような顔つき、男物のワイシャツと、暑いのか、肩にかけた薄手のジャケット。シャツ一枚なので華奢な印象の体躯が余計に細く見える。

 染み一つない白い肌と合わせて、少女が無理をして男装をしているように見えるがれっきとした男。

 黄泉野平月(よみのひらつき)。邪神ナイアルラトホテップと契約を交わし、いまだ多くの勢力、強大な神々の間を渡り歩く正体不明にして目的不詳の怪人物でもあった。

 

「それは申し訳ありません。ぼくを筆頭に、多くの神の気配が集まり、かつ目立つ場所と言ったらここしかなかったもので。この埋め合わせは何なりと」

 

 言いながら、平月はそれにしてもと話を繋げた。

 

「本当に人間とは思えない凶暴性でした。ギラギラした眼光に欲望に忠実な行動原理。それらを加味すると、人間というよりは知恵を持った猛獣のようだ」

「いかに勇猛――いや、蛮勇か――であろうとも、主人にも牙を剥くなら駄犬にすぎんぞ」

 

 クロノスの指摘にごもっともと肩をすくめる平月。

 

「しかしそれでも彼は必要でしょう。ナイアルラトホテップもそう言っていましたし、それにああいう手合いは一度痛い目を見れば多少は従うもの。その心の内側に何を隠していおうとも」

「飼いならせずとも、とにかく鎖を繋げたい、そう言いたげだね、黄泉野君」

 

 射手矢の声が差し挟まれる。平月は苦笑を浮かべ、

 

「はい。きっと、()()()()の役に立つと思います」

「なら好きにすればいい。ただし、私たちはあの男については感知しない。それに個人的に、品性の無い犯罪者と言うのは何よりも嫌いだよ。まして一時期世間を騒がせた凶悪犯、萩野晃司(はぎのこうじ)についてはね」

 

 吐き捨てるようにそう言った瞬間、()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 周囲の風景が一変した。

 痛ましい花園の跡地から、荘厳な神殿の内部へと。

 射手矢も平月も驚きはしない。元々バトルフィールド内――現実世界とは位相をずらした空間――のうち、ゾディアック本社はクロノスとティターン神族によって作り直されており、その外見は古代ギリシャの流れをくむパルテノン式の神殿となっている。

 ただし本来ならば純白の所を、毒々しい漆黒と、そこに血管のような赤い筋が流れる意匠が施されることで、その外観は本来の有様からかけ離れた実に禍々しいものとなっていた。

 これはオリンポス十二神をはじめとし、自分たちを放逐したギリシャ神話の神々に対するティターン神族なりの敵意の表れだろう。

 それでもティターン神族の権能を用いてバトルフィールド内においてもこの場所は秘匿され、隠蔽されている。内部からは神殿に見えても外見はゾディアック本社ビルのままだ。少なくとも偽装を解除するまでは。

 そして偽装を解除するのは決戦の三日目と射手矢は決めている。

 ティターン神族に刃を向ける敵はこの大会に飛び込んでいる。もとよりそれを狙ってのジェネックス杯。だから彼はフレデリックや和輝たちのことも当然知っている。平月が情報源だ。

 しかし今は二日目。まだこの神殿が表に出ることはない。

 はずだが―――――

 

「バトルフィールドが他者によって展開された。つまり、襲撃だ」

 

 闘争心を剥き出しにしてクロノスが言った瞬間だった。

 頭上から爆発音。見上げるまでもなく瓦礫が降ってくるのが二人と一柱には知覚できた。

 噴煙と瓦礫に紛れて飛来するものがあった。

 影のみ、だがクロノスは飛来物を睨みつけた。

 次の瞬間、影が停止する。影の正体はナイフのような銀色の刃だった。

 

「ずいぶんと、大仰なものを造り出したな、クロノス神よ」

 

 頭上から凛とした声が聞こえた。今度こそ、二人と一柱が見上げた。

 そこから迸るのは憎悪。そして憤怒。だが射手矢はその感情が自分に向けられたものだとは思っていなかった。

 噴煙が晴れていく。その向こうから、巨大な機械の隼に乗る青年と、刃を束ねたような銀色の翼をもつ女神の姿があった。

 ロングストレートのきめ細かな銀髪。アメジストをはめたような紫の瞳、罰を下される者たちの血を啜ったような赤黒い全身鎧、その下に覗く汚れを知らぬ白い肌、背に無数の刃を束ねたような銀色の翼。

 ネメシス。復讐の女神の別名を持つギリシャ神話の神であった。

 そして機械の猛禽の上に乗る青年。

 燃え尽きた灰のような灰白色。刃のように鋭い青い色をした双眸、黒いスーツ、白いワイシャツ、黒いネクタイ姿、右耳にのみ嵌められた女物のイヤリング。燃え盛り、灰になってもなお燃え盛り、「敵」を焼き尽くそうとする遺灰の風情。

 ネメシスの契約者、城崎隼人(じょうさきはやと)

 

「ああ、来ましたか、しつこいですね」

 

 頭上から現れた一人と一柱は射手矢やクロノスには目もくれず、ただ平月だけを凝視していた。

 そんな、射殺さんばかりの視線を浴びながら、しかし平月は呆れたようなため息をついた。

 

「見つけたぞ、見つけたぞナイアルラトホテップと、その契約者!」

 

 憎悪を剥き出しにして、城崎が叫ぶ。

 両親を、妹を、妻となるはずだった女性を殺され、全てを奪われた男は、今奪った元凶に向かってその牙を剥いた。

 隼が急降下。そのあと覆ってネメシスもまた降下する。

 怒りに満ちた城崎に対して、平月はあくまでも平静だった。

 次の瞬間、クロノスが動いた。

 彼は右腕を強引に横に振るった。直後、城崎が乗っていたモンスターが消滅した。

 

「ッ!」

「隼人!」

 

 空中に投げ出される形になった城崎を、ネメシスが素早くフォロー。そのわきに手を差し入れて彼の身体を抱え、翼で空を叩く。

 刃でできているように見えるが、通常の翼と同じく空を叩き姿勢制御、即座に着地した。

 

「ここは我の神殿だ。にもかかわらず、我でもなく、ティターン神族でもないもの以外を無視するとは、殺すか?」

「ほざけクロノス! 貴様こそ、明らかに神々の戦争のルールを破って、何をするつもりだ!」

 

 叫んだのはネメシス。彼女はクロノスから城崎を守るように一歩前に出て糾弾の声を上げた。

 その神々のやり取りさえも、復讐者の目にも耳にも入っていない。

 

「黙れ! オマエたちのことなどオレにはどうでもいい! ナイアルラトホテップ! 黄泉野平月! 貴様らの命を、この手で八つ裂きにできればな!」

 

 憎悪に燃える城崎。その視線を受けても平月はつまらなそうにするだけだ。

 

「残念ですが時間です。ボクは人を迎えに行くので」

 

 そう言って踵を返す。城崎のことなど、彼の怒りなど、歯牙にもかけていない。

 

「待て!」

 

 追おうとする城崎。その足が止まる。復讐者は怒りに身を焦がしながらも、その芯は冷静だった。

 囲まれている。気配で解る。復讐者として闇を行くことで、いつしか身についた気配感知。応じるように人影が浮かび上がってきた。

 数は三。だが見えない気配もある。これが神だろう。

 百八十センチを超えるがっしりとした体つき、プラチナブロンドの髪を短めに刈り揃え、瞳の色は灰色。三つ揃いのスーツ姿に加えて鋭い眼光が城崎を射抜く。

 復讐者に身を堕とす前に、メディアでその顔と名前は知っていた。

 獅子道來(ししどうらい)。Aランププロデュエリストだ。

 さらにもう一人。男だ。

 細面、黒い瞳、黒髪オールバック、ダークスーツ、長身だががっしりした体つきの男。何度も叩かれ、鍛え上げられた刀剣の風情。

 彼もまた知っている。Aランクプロデュエリスト、スコルピィ・ホークダウン。

 最後にもう一人。

 こちらもまた男だが、顔は知らない。

 獅子道やスコルピィと違い、百六十センチにも満たない小柄な体躯。下っ腹が出た七三分けの中年男性。グリーンのスーツを着ているけれど腹が出てるのでどこか閉まらない。黒髪にライトグリーンの瞳。

 

「こいつらは、ティターン神族という奴か」

 

 脳裏を、先程戦った白髪の少年の影が過る。

 ゾディアックビルにいるかもと言われたナイアルラトホテップ。かの邪神とつながっているギリシャ神話の巨神たち。

 彼らは三日目に、即ち明日、ゾディアックビルに決戦を挑むといっていた。

 視線を向けると平月の、あの憎きナイアルラトホテップの契約者の姿が消えようとしていた。

 逃げる。あの嘲笑の邪神の姿は見えないが、きっとどこかで契約者を移動させようとしているのだろう。

 しかし追おうにも、眼前のクロノスと射手矢を含めて四組の参加者に囲まれてはそれも難しい。

 ()()()()()()()

 黄泉野平月本人がいたことは望外の喜びだったが、今は手が届かないらしい。それが分からないほど城崎の頭は熱していない。これも、あの少年と戦って、心境に変化が訪れた影響か。

 ならば彼に多大な迷惑をかけたわびとして、ここで彼と彼の仲間たちの敵戦力を削っておこう。

 生きてさえいれば、必ず復讐相手に手が届く。

 敵を燃やす炎は、それ以外を燃やさぬようにしなければ。

 

「では射手矢さん。ボクはこれで。頑張ってください」

 

 あくまで傍観者を気取り、当事者になることを嫌うのか、平月はついぞ城崎を一瞥さえせずにその場から去っていく。まるで幻のように消え去って。ただし、まだ気配は繋がっている。今から追いかければ間に合うかもしれない。

 それができれば、だが。

 

「いいのか、隼人?」

 

 傍らのネメシスに、城崎は無言で頷いた。

 

「オレたちは奴を見た。オレと奴をつなぐ因縁の糸はできた。あとは、それをたどるだけだ。復讐を遂げるまで、オレの命運が尽きることはない」

「この状況でもそれを言うか」

 

 重々しい声。獅子堂からのものだ。声音は冷静なのにその奥底に煮えたぎるマグマのような怒りを感じ取り、ネメシスが眉をひそめた。

 獅子堂が続ける。

 

「射手矢様の、あの方の居城を破壊し、こうして牙を研ぎ澄ましているならば、この私が貴様を潰す」

 

 敵意と闘志をむき出しにした姿は、その名の通り獅子を思わせた。

 

「私の方も、これ以上ここを踏み荒らされるのは好みませんな。何しろ、この場の管理運営を任されているのですから」

 

 追随の声は小太りの男から。彼はうんざりしたようなため息を吐き出して大仰に嘆いて見せたが、その実一切動作に隙を見せていない。城崎が不審な動きをすればすぐさま対応できるように身構えている。

 

「まぁ待ちたまえ、獅子堂君、牛島君」

 

 殺気立つ二人を射手矢が制する。途端、彼らは大人しく下がった。射手矢に対する忠誠心は抜群、というわけだ。スコルピィだけが特に何をするでもなく、淡々と場の状況を俯瞰するように観察している。

 

「ここまでたった一人で乗り込んできたのは、今この瞬間にしか黄泉野君がいないからだろう? しかし彼はこうして逃げてしまった。そして君は今、こうして囲まれている。それでは君があまりに不憫。だからどうだろう? 君の相手は私がしよう。そして勝てたら、黄泉野君の居場所を教えよう」

「射手矢様」

 

 獅子堂が咎めるような声音を駆ける。射手矢はいいじゃないかと制した。

 

「クロノスも、久々に戦いたがっている。私も、デュエルを楽しみたい。それに――――負けないよ」

 

 射手矢の台詞からは絶対の自信が漲っていた。其れゆえか、獅子堂も牛島を(こうべ)を垂れる。

 

「では、移動しよう。クロノス」

「ふん、長ったらしい話だ」

 

 吐き捨てるようにそう言って、クロノスは指を鳴らした。

 瞬間、城崎の足元の感覚が消失した。

 

「!?」

「隼人!」

 

 一瞬の浮遊感。ネメシスの声が聞こえた時には、肌に感じる感覚が変わっていた。

 

「これは……」

 

 風が頬に当たる。今いる場所が一瞬分からなかった。

 

「偽装を適用させた。ゾディアックビルの屋上だよ。ただし、バトルフィールド内の」

 

 誰も邪魔するもののない、一対一の戦いの場。くしくも展開は城崎の望んだ咆哮へと転がっていった。無論、本来なら平月を捕えたかったが、この男に勝てば居場所がわかるならリスクは大きいがリターンも大きい。

 もっとも、都合がよすぎる展開なため、猜疑心が暗雲のように広がってしまうが。

 

「おっと、肝心なことを聞き忘れていた。君の名前は何かな?」

 

 いつの間にかデュエルディスクを起動させ、射手矢が問いかけてきた。城崎もまた、デュエルディスクを起動させた。

 

「城崎隼人。それがオレの名だ。オレが勝ったら、ナイアルラトホテップの契約者の居場所を吐いてもらうぞ」

「そしてあわよくば、我らティターン神族を瓦解させようと?」

 

 クロノスの嘲るような質問に、城崎は答えない。応える必要はないと考えている。

 一拍、両者の間に沈黙が流れた。両者の胸元に宝珠の光が灯る。城崎は鈍色(にびいろ)、射手矢は赤銅色と青銅色が陰陽図のようにまじりあった奇妙な宝珠。

 そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

城崎LP8000手札5枚

射手矢LP8000手札5枚

 

 

「私の先攻だね。では行こうか」

 

 にこやかに射手矢は語る。その立ち姿は戦意など感じないが、Aランクプロの獅子堂、スコルピィが従う以上、彼の方が彼らよりも強いということだろうか。城崎は警戒を怠らずに射手矢の戦術を見守った。

 

「手札断殺を発動。互いに手札を二枚捨てて、二枚ドローだ。さぁ、君もカードを捨てたまえ」

 

 言いながら、射手矢は手札から素早く二枚のカードを抜き取り、停滞なく墓地に送った。迷いのない行動が、彼が捨てるカードを手札を見た瞬間から決めていたことを示していた。

 城崎もまた、手札を二枚捨てる。同時に声を張り上げた。

 

「この瞬間、RR(レイドラプターズ)-ファジー・レイニアスの効果発動! デッキから、二枚目のファジー・レイニアスを手札に加える!」

 

 デュエルディスクからデッキを外して、扇状に広げる。すぐさま目的のカードを見つけ、抜き出し、手札に加える。再びデュエルディスクにセットされたデッキはオートシャッフル機能でシャッフルされた。

 射手矢は軽く目を見開いた。

 

「おや、逆用されてしまったか。なかなか抜け目がない。どうせ捨てたもう一枚も、墓地で発動する効果を持っているカードなのだろうね」

 

 当たりだ。ファジー・レイニアスと一緒に捨てたのはRRリターン。墓地で発動する効果を持つカードだった。

 

「まぁ、私は私の戦術を展開するだけさ。星因士(サテラナイト) ベガを召喚、効果を発動し、手札の星因士 アルタイルを特殊召喚。さらにアルタイルの効果発動。墓地から星因士 シャムを特殊召喚」

 

 立て続けに三体のモンスターが次々に現れる。

 女性型、白い衣に金の羽衣、顔を隠す白の多い布、金の土星の輪を思わせる装具を持つモンスター――星因士ベガ――と、彼女の傍らに立つ白の戦衣に青い鎧、青い翼をもつ、やはり顔を隠した男性型のモンスター。こちらもまた、体を通す輪のような装具を身に着けている――星因士アルタイル――。

 さらにアルタイルに導かれ、墓地より蘇生したモンスター。

 前者二体より小柄な体躯、黒のインナーに白の衣、背には閉じた翼にも見える一対のパーツ、体を通した輪の形をした装具、手には小さな弓――星因士シャム――。

 

「シャムのモンスター効果発動、君に1000のダメージを与えよう」

 

 射手矢が指を鳴らすと、それを合図とし、シャムが矢を番えた弓の弦を引き絞った。

 停滞はなく、矢が放たれる。狙いは過たず城崎の宝珠へ。

 

「躱せ隼人!」

「言われるまでもない!」

 

 空を割く鋭い音を置き去りに、矢が飛来する。ネメシスの警告が飛び、城崎が身を横っ飛びに投げ出した。

 一瞬後、矢が先ほどまで城崎がいた空間を通過。城崎は地面を転がりながら、勢いを利用して立ち上がり、鋭い目つきで射手矢を睨みつけた。

 

「いい眼差しだ」

「生意気な眼差し、だ」

 

 人間と神で意見が正反対だ。だがそれには意に介さず、射手矢は右手を天に向かって突き上げた。

 

「私の場にいる三体の星因士をオーバーレイ! 三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 射手矢の右手の五指が、何かを掴み取るように――あるいは握りしめるように――閉じられる。

 

「七曜の星が輝く時、天より分かたれる力が炎となる! 来たれ貪狼の御使い! セプテン・トリオン-ドゥベ!」

 

 虹色の爆発が起こり、その向こうから人に近いフォルムが現れた。

 淡い光を放つ光輪とその中央に浮かぶ細長い人型。顔はなくのっぺりとしており、手足には指がない。頭から翼を生やし、胸に当たる部分に見開かれた赤い一つ目。

 

「これは……」

「古来より星は人々を導く(しるべ)であるとともに、その並びに空想を繋げ、多くの事物を見出した。十二星座などが特徴だね。かくいう私も星は好きでね。十二星座(ソディアック)というこの社名も気に入っている。

 そして世界中から見られる美しく輝く星の煌めきこそが北斗七星。その星群を構成する星の名を一つ頂いたモンスターなのだ。生半可ではないよ。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

手札断殺:速攻魔法

(1):お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送る。その後、それぞれデッキから2枚ドローする。

 

RR-ファジー・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK500 DEF1500

「RR-ファジー・レイニアス」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、このカードの効果を発動するターン、自分は「RR」モンスターしか特殊召喚できない。(1):自分フィールドに「RR-ファジー・レイニアス」以外の「RR」モンスターが存在する場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「RR-ファジー・レイニアス」1体を手札に加える。

 

星因士 ベガ 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1200 DEF1600

「星因士 ベガ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。手札から「星因士 ベガ」以外の「テラナイト」モンスター1体を特殊召喚する。

 

星因士 アルタイル 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1700 DEF1300

「星因士 アルタイル」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した場合、「星因士 アルタイル」以外の自分の墓地の「テラナイト」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。この効果の発動後、ターン終了時まで「テラナイト」モンスター以外の自分フィールドのモンスターは攻撃できない。

 

星因士 シャム 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1400 DEF1800

「星因士 シャム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。相手に1000ダメージを与える。

 

セプテン・トリオン-ドゥベ 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2400 DEF2000

レベル4モンスター×2体以上

???

 

 

城崎LP8000→7000手札6枚

射手矢LP8000手札1枚

 

 

「さぁ、楽しいデュエルをしようじゃないか、城崎君」

 

 両手を広げて、射手矢は穏やかに言った。態度こそ穏やかだがその体から漲る自信は揺らぎない。決して油断できる相手ではない。城崎はいったん平月のことも、ナイアルラトホテップのことも頭から締め出した。

 今はこのデュエルに集中すべきだ。でなければ、勝てない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話:時織の万死天神

 観戦するものが誰もいない、バトルフィールド内のゾディアック社屋上で、戦いは続く。

 始まったばかりの城崎(じょうざき)射手矢(いでや)のデュエル。

 射手矢のフィールドに召喚された正体不明のモンスターに対し、城崎は一切臆することはない。

 ただ倒し、潰し、その先にいる射手矢に刃を届かせる。それだけだ。

 

 

城崎LP7000手札6枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン なし

魔法・罠ゾーン なし

フィールドゾーン なし

 

射手矢LP8000手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン セプテン・トリオン-ドゥベ(攻撃表示、ORU:星因士 ベガ、星因士 アルタイル、星因士シャム)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

 

「オレのターン! オレはRR(レイドラプターズ)-バニシング・レイニアスを召喚!」

 

 城崎がカードを叩きつけるようにデュエルディスクにセットする。彼のフィールドに現れる鋼の猛禽。

 モズ科の見た目に青い機械の身体。緑の翼を広げ、一声(いなな)いた。

 

「バニシング・レイニアスの効果を使い、RR-トリビュート・レイニアスを特殊召喚! トリビュート・レイニアスの効果発動! デッキからRR-ミミクリー・レイニアスを墓地に送る。さらにRR-ファジー・レイニアスを自身の効果で特殊召喚!」

 

 城崎のフィールドに、次々のRRモンスターが召喚される。

 三体の機械の猛禽が揃った以上、ここからの戦術はおのずとわかる。

 エクシーズ召喚。

 現に城崎は三体のRRを使ってX召喚を行うつもりだった。

 だが、その前に射手矢が動いた。

 

「ああ、このタイミングでいいだろう。ファジー・レイニアスの特殊召喚にチェーンし、伏せていたデストラクト・ポーションを発動。私の場にいるドゥベを破壊する」

 

 翻るリバースカード。同時に、射手矢のフィールドに鎮座していたセプテン・トリオン-ドゥベの身体が内側から膨れ上がった。

 風船のように膨らんだドゥベの身体は間もなく爆発。その爆音と爆風、そして炎が両者のフィールドを駆け巡り、炎が城崎のフィールドにいる三体のRRを飲み込んだ。

 

「なんだと!?」

 

 己のモンスターが全滅したことに驚愕を露わにする城崎。その彼の眼前で、射手矢が笑み付きで説明した。

 

「セプテン・トリオン-ドゥベの効果だ。このカードが戦闘やカードの効果で破壊された場合、このカードが所持していたORU(オーバーレイユニット)の数まで、相手フィールドのカードを破壊できる。ドゥベのORUは三枚。よって君が展開したモンスターを全て破壊させてもらった。X召喚をしようとしたのだろう? そう簡単に思い通りに事を運ばせるのも、あまり面白くない。アクシデントは人生の常だよ」

「……ファジー・レイニアスの効果を発動。デッキから、三枚目のファジー・レイニアスを手札に加える」

 

 射手矢の指摘は正しい。そして三体ものモンスターを破壊されてしまっては、再びのX召喚は難しい。

 はずだった。

 

「オレを舐めるなよ! 手札からラプターズ・アベンジ・リターン発動! オレの墓地からRR二体を効果を無効にした状態で特殊召喚し、その二体のみでRRモンスターのX召喚を行う! この際、オレは500ライフを払うごとに、特殊召喚したモンスターたちのレベルを一つ上げることができる!

  オレは墓地からバニシング・レイニアスとファジー・レイニアスを特殊召喚し、1500ライフを払い、二体のレベルを三つ上げる!」

「ランク7のX召喚か……!」

 

 射手矢の眼差しに警戒の色が浮かぶ。一般にXモンスターはランクが高いほど強力なモンスターとされている。

 ならば当然、ランク4よりも7で召喚されるモンスターの方が、より強力なのは自明の理。

 

「ランク4を潰し、君の出足を挫いたつもりだったが……、アクシデントは私の方にもあったわけか」

「この程度でオレの翼は折れることはない! レベル7となったバニシング・レイニアスとファジー・レイニアスをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 城崎が右手を大きく振り上げる。彼の頭上に、渦巻く銀河を思わせる空間が展開され、その空間に紫色の光と化した二体のRRモンスターが飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「怨嗟の空より、来たれ黒鉄の翼! 内包せし武器庫より飛来せよ殲滅兵器! RR-アーセナル・ファルコン!」

 

 噴煙の向こうから飛来する巨影。

 漆黒の体躯、大きく広げられた両翼を持つ隼。その体から延びるのは甲板のようで、空中の空母や要塞を思わせる。

 

「ラプターズ・アベンジ・リターンを発動後、オレは他にモンスターを特殊召喚できん。だからこのターン、アーセナル・ファルコンの効果でRRを特殊召喚することはできん。 

 だが攻撃に対する制限はない! アーセナル・ファルコンでダイレクトアタック!」

 

 闘志を乗せた城崎の攻撃宣言。アーセナル・ファルコンの巨体の各所にあるハッチが次々に開き、そこから小型のRRらしきモンスターたちが飛翔。体の底部、鉤爪付きの足で保持していた爆弾を次々に透過していく。

 

「ッ!」

 

 連鎖的に爆発が起こり、射手矢のフィールドを炎と煙で包み込んでいく。

 

「広範囲の爆撃。奴は宝珠を守るそぶりを見せなかった。ならば、宝珠に傷くらい入っているかもしれんな」

 

 ネメシスの言うことは正論だった。

 だが正論だけで事が運ぶほど、神々の戦争は甘くない。

 

「悪いがタバコはやめた。煙とは縁がない生活を送って長いんだ。煙たいのは遠慮願いたいね」

 

 わざとらしくせき込み、無手の右手を振りながら、黒煙の向こうから射手矢が現れる。当然のように無傷で、どころか来ている服にも煤の一つもない。

 

「我が選んだ人間だ。この程度の攻撃で宝珠を砕こうなどと、片腹痛い。神を出せ。その一撃でようやく、届くかもしれんぞ?」

 

 圧倒的自信を含んだクロノスの台詞に対し、城崎は果敢な眼差しで挑む。もとより、この程度のことで簡単に倒せるとは思っていない。

 

「畳みかけろ、隼人!」

「分かっている! アーセナル・ファルコンはORUとしているRRモンスターの数まで、一度のバトルフェイズに攻撃できる! アーセナル・ファルコンでもう一度ダイレクトアタックだ!」

 

 追撃。更なる爆撃だったが、やはり射手矢には効果が薄い。彼の精神力は鎧というよりも、難攻不落の要塞のようだ。

 

「大型モンスターのダイレクトアタックを二回も受けて、何ら痛痒はなし、か……ッ! さすがはティターン神族の王とその契約者、だな」

「だがダメージは与えたのだ。攻め手を緩める理由はないぞ、隼人」

「分かっている、ネメシス。バトルを終了し、墓地のRR-ミミクリー・レイニアスの効果を発動。このカードをゲームから除外し、デッキからRR-ブースター・レイニアスを手札に加える。カードを一枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

RR-バニシング・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1300 DEF1600

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに1度だけ発動できる。手札からレベル4以下の「RR」モンスター1体を特殊召喚する。

 

RR-トリビュート・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1800 DEF400

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに発動できる。デッキから「RR」カード1枚を墓地へ送る。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊したターンの自分メインフェイズ2に発動できる。デッキから「RUM」速攻魔法カード1枚を手札に加える。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「RR」モンスターしか特殊召喚できない。

 

RR-ファジー・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK500 DEF1500

「RR-ファジー・レイニアス」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、このカードの効果を発動するターン、自分は「RR」モンスターしか特殊召喚できない。(1):自分フィールドに「RR-ファジー・レイニアス」以外の「RR」モンスターが存在する場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「RR-ファジー・レイニアス」1体を手札に加える。

 

RR-ミミクリー・レイニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1100 DEF1900

「RR-ミミクリー・レイニアス」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功したターンの自分メインフェイズに1度だけ発動できる。自分フィールドの全ての「RR」モンスターのレベルを1つ上げる。(2):このカードが墓地へ送られたターンの自分メインフェイズに、墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「RR-ミミクリー・レイニアス」以外の「RR」カード1枚を手札に加える。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

セプテン・トリオン-ドゥベ 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2400 DEF2000

レベル4モンスター×2体以上

このカード名の(2)の効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):このカードが戦闘またはカードの効果で破壊された場合に発動できる。このカードが持っていたX素材の数まで、相手フィールドのカードを選んで破壊する。(2):???

 

RR-アーセナル・ファルコン 闇属性 ランク7 鳥獣族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

レベル7モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから鳥獣族・レベル4モンスター1体を特殊召喚する。(2):「RR」モンスターをX素材として持っているこのカードは、その数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。(3):「RR」モンスターをX素材として持っているこのカードが墓地へ送られた場合に発動できる。エクストラデッキから「RR-アーセナル・ファルコン」以外の「RR」Xモンスター1体を特殊召喚し、墓地のこのカードをそのXモンスターの下に重ねてX素材とする。

 

 

RR-アーセナル・ファルコンORU×2

 

 

城崎LP7000→5500手札3枚

射手矢LP8000→10400→7900→5400手札1枚

 

 

「私のターンだ。墓地のセプテン・トリオン-ドゥベの効果発動。このカードはね、デュエル中一度だけだが、墓地にこのカードが存在する時、私の墓地のレベル、またはランク4の光属性モンスター二種類をゲームから除外し手発動できる。ドゥベを効果を無効にして特殊召喚し、さらにその上にセプテン・トリオン-メラクを重ねてX召喚できる。

 私は墓地の星因士 ベガ、ウヌクを除外し、ドゥベを特殊召喚。そしてメラクをX召喚!」

 

 再び現れるドゥベ。そのドゥベが白い光となって頭上に展開された空間――X召喚のエフェクト――に吸い込まれた。

 虹色の爆発が起こった。

 

「七曜の星が輝く時、天より分かたれる力が標となる! 来たれ巨門の御使い! セプテン・トリオン-メラク!」

 

 現れたのは、先程の性別さえ定かではないのっぺりとした人型ではなく、はっきりと男性とわかるフォルムのモンスター。

 逞しい胸板に六つに割れた腹筋。広い肩幅に逞しい二の腕と、男性の肉体の理想ともいえる形。背には二対四枚の純白の翼を備え、五指がはっきりとわかる手は今、握り拳になっている。

 ただし顔には表情らしきものはやはりない。口はなく、鼻と思われる突起、目と思われるくぼみはある。ただし、二つの目には瞳がなく、代わりに血のような雫が涙のように流れている。

 その攻撃力は2600、先程のドゥベより高く、さらにアーセナル・ファルコンを上回っている。

 

「セプテン・トリオン-メラクの効果発動だ。ORUを全て取り除き、取り除いたORUの数まで、私の墓地から光属性モンスターを特殊召喚できる。

 使ったORUは一つなので蘇生できるモンスターも一体のみだが、まあ十分だ。私が特殊召喚するのは星因士(サテラナイト) アルタイル。

 勿論アルタイルの効果も発動し、墓地の星因士 シャムを特殊召喚。

 当然、シャムの効果も発動。君に1000ポイントのダメージを与える」

 

 再び現れる二体の星因士モンスター。アルタイルに導かれて特殊召喚されたシャムは、再び弓に矢を番え、放った。

 一直線に宝珠を狙って突き進んでくる矢に対して、城崎は右手でガード。矢が右腕に突き刺さったが、すぐに幻のように光の粒子となって消え失せた。

 実際に傷ついているわけではないがダメージは本物だ。だが城崎は沸き上がる痛みに対して眉一つ動かさない。

 

「新たなXモンスター。なかなか強力な効果だが、このままではオレに1000ダメージを与えただけで終わるぞ。しかもアルタイルの効果を使ってしまったため、メラクはもう攻撃できない」

 

 城崎の指摘に対して帰ってきたのはクロノスの嘲り交じりの苦笑だった。

 

「フン。その程度のこと、我が契約者が忘れているとでも? 見せてやれ弦十郎。次にお前が何をするのか」

「仰せのままにだ、クロノス。星因士 デネブを召喚。効果を発動し、デッキから二枚目の星因士 ベガを手札に加える。

 そして私は、アルタイル、デネブ、シャムをオーバーレイ。三体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚」

 

 浅く両手を広げて、射手矢が告げる。彼の頭上にX召喚のための空間が展開され、三体の星因士がその空間に飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「星辰が重なる時、苛烈なる星の戦士が舞い降りる。祝え! 新たなる星の誕生を! 星輝士(ステラナイト) デルタテロス!」

 

 新たに現れるXモンスター。

 白隠の全身鎧に身を包んだ戦士。背中には金色の翼、右手に磨き抜かれた両刃の剣、左手側に名前の由来となった大三角形を思わせる光のヴェール。輝かしき誇り高さと苛烈さを併せ持った戦士が顕現した。

 

「デルタテロスのモンスター効果発動。ORUを一つ使い、アーセナル・ファルコンを破壊する!」

 

 デルタテロスの周囲を衛星のように周回していた光の玉――ORU――の一つが消失し、デルタテロスが掛け声とともに飛翔。手にした剣を一閃した瞬間、剣の軌跡に沿って光が迸り、アーセナル・ファルコンの巨体を両断した。

 

「く……ッ! だがこの瞬間、アーセナル・ファルコンの効果発動! さらに、それにチェーンして墓地のRR-リターンの効果を発動!

 逆順処理により、まずRR-リターンの効果で、デッキからRR-アベンジ・ヴァルチャーを手札に加える。さらにアーセナル・ファルコンの効果により、EXデッキからRR-レヴォリューション・ファルコンを特殊召喚し、アーセナル・ファルコンをORUとする! 来い、レヴォリューション・ファルコン!」

 

 アーセナル・ファルコンが爆発炎上した中から天空に向かって飛翔する影。

 正体は新たな機械の隼。

 夜空に溶け込むような漆黒の体躯、敵意を灯したような赤い瞳、骨組みのような翼。しかも翼は骨組みではなく全て焼夷弾の発射口。殲滅にかける激烈な意思を込められた鋼の蹂躙兵器の登場だった。

 

「レヴォリューション・ファルコンは、特殊召喚されたモンスターと戦闘を行う場合、ダメージステップ開始時にその相手モンスターの攻守を0にする。X召喚されたデルタテロスでは、攻撃したところで返り討ちだ」

「小癪な真似をする。だがその程度の障害ではな!」

 

 面白くなさそうに吐き捨てるクロノス。その視線が己のパートナーに向けられる。

 

「弦十郎!」

「分かっている。エクシーズ・シフト発動。光属性、天使族、ランク4のメラクをリリースし、同じく光属性、天使族、ランク4のXモンスターを特殊召喚し、エクシーズ・シフト(このカード)をORUとする。私が特殊召喚するのはこれだ! 来給え、オーバーハンドレッド! No.102 光天使(ホーリー・ライトニング)グローリアス・ヘイロー!」

 

 天空に記される102の文字。現れたのは人型をしたモンスター。

 銀色の素体に金色の装甲を増設され、頭から機械的なウィングパーツ、手には巨大な弓。機械的な印象を与える天使族モンスターだが、唯一神の命令を遂行する天使としてはこれが本来の姿かもしれない。

 だが城崎の驚愕を誘ったのはそんな外見的な話ではない。

 

「オーバーハンドレッドナンバーズだと!? ばかな、それは七大大会優勝者にのみ与えられるカードのはず! なぜ貴様が持っている!?」

「確かに、数年前の全日大会でこのカードを勝ち取ったのは私ではなく、我らゾディアックが誇るAランクプロデュエリスト、獅子道(ししどう)君だ。私は正統な勝負の報酬として、このカードを受け取ったに過ぎない」

 

 アンティ勝負の結果だといいたいのだろう。だとすれば、目の前の相手はAランカーの中でも上位に位置する獅子堂プロよりも強いということだ。

 

「このカードも出したのだ。私に容赦はないぞ? グローリアス・ヘイローの効果発動! ORUを一つ使い、レヴォリューション・ファルコンの効果を無効にし、攻撃力を半分にする!」

 

 グローリアス・ヘイローの周囲を回っていたORUが消失し、次の瞬間、いつの間にか放たれた光の矢がレヴォリューション・ファルコンの両翼を貫いた。

 

「ッ!」

「まだまだ行くぞ。何せグローリアス・ヘイローはこのターン、攻撃できないのでね。墓地のセプテン・トリオン-メラクの効果発動。このカードもまた、次なるセプテン・トリオンを呼び寄せることができるのさ。

 墓地のセプテン・トリオン-ドゥベと星因士 ベガを除外し、メラクを効果を無効にして特殊召喚。さらにメラクをオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 迸る虹色の爆発。その向こうから影が現れる。

 

「七曜の星が輝く時、天より分かたれる力が祝福となる! 来たれ禄存の御使い! セプテン・トリオン-フェクダ!」

 

 現れたのは女性型。メリハリの利いたボディラインに腰まで届く金の長髪、全裸だが身体はうすぼんやりと光を放っており、シルエット以外細部は見通せない。

 ほっそりとした手足、五指は細く繊細そうで、女性らしさを強調している。背には六枚の翼。守備表示でX召喚されたので身体を包み込むように折りたたまれている。

 顔には瞳の無い両目。そして額に第三の目。こちらは瞳があり、青い色をしていた。

 

「フェクダは攻撃力こそ0だが、守備力は3000だ。そう簡単には突破できないだろう? バトルだ。デルタテロスでレヴォリューション・ファルコンに攻撃! そしてこの瞬間、フェクダの効果を発動しよう。このカードはね、レベルかランクが4の光属性モンスターが相手モンスターと戦闘を行う時、ダメージステップ開始時にカードを一枚ドローできるのさ。よって一枚ドローだ」

「なんだその効果は……」

 

 呆れたような声音を込めて城崎は言った。ネメシスも物は言わないが、きっと同じ思いだっただろう。

 そんな一人と一柱の眼前で、戦闘は問題なく繰り広げられる。デルタテロスの剣が一閃され、効果を無効化され、翼をもがれたレヴォリューション・ファルコンを細切れにした。

 爆発炎上する鋼鉄の隼。破片がフィールド全体に飛び散り、ダメージのフィードバックが城崎自身を襲う。

 

「それがどうした! オレは手札のRR-アベンジ・ヴァルチャーの効果発動! このカードを守備表示で特殊召喚する!」

 

 城崎は堪えず、戦意も旺盛(おうせい)に吠える。

 

「素晴らしいね、その闘争心は。私はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「ここだ! リバースカードオープン! RUM(ランクアップマジック)-ラプターズ・フォース!

 オレはアーセナル・ファルコンを特殊召喚し、オーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! エクシーズ召喚!

 絶望の底より、飛翔せよ夜天の翼! 彼方からの光を導に、どこまでも高く、鋭く突き進め! 現れろ月光の隼!RR-サテライト・キャノン・ファルコン!」」

 

 翻るリバースカード。もう何度目かのX召喚のエフェクトが展開され、新たに純白の隼が現れる。

 月光のような金色、月を思わせる白、そして白のアクセントを加える赤いカラーリング。翼と腰骨の付け根にキャノン砲を携えている。

 

「なるほど。手札にブースター・レイニアスを抱えながらも使わなかったのは、ダメージを受けてもいいから新たなRRをX召喚するためか。痛みを飲み込む覚悟もあるならば、強い言葉を使うだけはあるな」

 

 どこか楽しそうな色を秘めて、クロノスが言った。射手矢も口の端を微かに吊り上げた微笑を浮かべている。言葉にせずとも、クロノスと同意だと物語っていた。

 

「サテライト・キャノン・ファルコンの効果発動! キサマが今伏せたカードを破壊する!」

「おっと。エンドサイクと同じか。これは手厳しい。改めて、ターンエンドだ」

 

 

セプテン・トリオン-ドゥベ 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2400 DEF2000

レベル4モンスター×2体以上

このカード名の(2)の効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):このカードが戦闘またはカードの効果で破壊された場合に発動できる。このカードが持っていたX素材の数まで、相手フィールドのカードを選んで破壊する。(2):墓地にこのカードがある時、レベルまたはランク4光属性モンスター2種類をゲームから除外して発動できる。このカードを効果を無効にして特殊召喚し、このカードの上に「セプテン・トリオン-メラク」を重ねてX召喚扱いで特殊召喚する。

 

セプテントリオン-メラク 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2600 DEF1900

レベル4モンスター×3体

このカード名の(2)の効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材をすべて取り除いて発動できる。取り除いたX素材の数まで、自分の手札、墓地から光属性モンスターを特殊召喚する。(2):墓地にこのカードがある時、レベルまたはランク4光属性モンスター2種類をゲームから除外して発動できる。このカードを効果を無効にして特殊召喚し、このカードの上に「セプテン・トリオン-フェクダ」を重ねてX召喚扱いで特殊召喚する。

 

星因士 デネブ 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1500 DEF1000

「星因士 デネブ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「星因士 デネブ」以外の「テラナイト」モンスター1体を手札に加える。

 

星輝士 デルタテロス 光属性 ランク4 戦士族:エクシーズ

ATK2500 DEF2100

レベル4モンスター×3

(1):X素材を持ったこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分がモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時には、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。(3):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。手札・デッキから「テラナイト」モンスター1体を特殊召喚する。

 

RR-リターン:通常罠

「RR-リターン」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドの「RR」モンスターが戦闘で破壊された場合、自分の墓地の「RR」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。(2):自分フィールドの「RR」モンスターが効果で破壊された場合、墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「RR」カード1枚を手札に加える。

 

エクシーズ・シフト:通常魔法

自分フィールド上のエクシーズモンスター1体をリリースして発動できる。リリースしたモンスターと同じ種族・属性・ランクでカード名が異なるモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚し、このカードを下に重ねてエクシーズ素材とする。この効果で特殊召喚したモンスターは、エンドフェイズ時に墓地へ送られる。「エクシーズ・シフト」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

No.102 光天使 グローリアス・ヘイロー 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK2500 DEF2000

光属性レベル4モンスター×3

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターの攻撃力を半分にし、その効果を無効にする。フィールド上のこのカードが破壊される場合、代わりにこのカードのエクシーズ素材を全て取り除く事ができる。この効果を適用したターン、自分が受ける戦闘ダメージは半分になる。

 

セプテン・トリオン-フェクダ 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK1000 DEF3000

レベル4光属性モンスター2体以上

このカード名の(3)の効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):???(2):自分Xモンスターが相手モンスターと戦闘を行う時に発動する。カードを1枚ドローする。(3):墓地にこのカードがある時、レベルまたはランク4光属性モンスター2種類をゲームから除外して発動できる。このカードを効果を無効にして特殊召喚し、このカードの上に「セプテン・トリオン-メグレズ」を重ねてX召喚扱いで特殊召喚する。

 

RR-アベンジ・ヴァルチャー 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1700 DEF100

(1):自分が戦闘・効果でダメージを受けた場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「RR」モンスターしかエクストラデッキから特殊召喚できない。

 

RUM-ラプターズ・フォース:速攻魔法

(1):自分フィールドの「RR」Xモンスターが破壊され墓地へ送られたターン、自分の墓地の「RR」Xモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚し、そのモンスターよりランクが1つ高い「RR」モンスター1体を、対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

RR-サテライト・キャノン・ファルコン 闇属性 ランク8 鳥獣族:エクシーズ

ATK3000 DEF2000

鳥獣族レベル8モンスター×2

(1):このカードが「RR」モンスターを素材としてX召喚に成功した場合に発動できる。相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。この効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。(2):このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は自分の墓地の「RR」モンスターの数×800ダウンする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

城崎LP5500→4500→3000手札3枚

射手矢LP5400手札2枚

 

 

「オレのターン! サテライト・キャノン・ファルコンの効果発動! ORUを一つ使い、デルタテロスの攻撃力をダウンさせる!」

「そうはさせんよ。墓地のスキル・プリズナーの効果発動! このカードをゲームから除外し、サテライト・キャノン・ファルコンの効果を無効にする!」

「ッ! いましがた、サテライト・キャノン・ファルコンの効果で破壊したカードか……ッ!」

「そういうことだ。どちらにせよ、君の思惑はうまくいかなかったわけだ」

「残念だったな。人間」

 

 クロノスの嘲笑が城崎の耳朶を撃つ。だが城崎は軽く頭を振るって失敗を振り払う。今は一手のミスを悔いている場合ではない。

 

「それに、この程度でオレは止まらない! RR-ファジー・レイニアスを特殊召喚! さらに永続魔法、RR-ネストを発動し、効果を発動! デッキからRR-ナパーム・ドラゴニアスを手札に加え、召喚! そして効果を発動し、キサマに600のダメージを与える!」

 

 城崎はカード一枚一枚を、叩きつけるようにデュエルディスクにセットした。その都度デュエルディスクは正常な動作を発揮し、カードの画像をフィールドに投影していく。

 三体目の新たなRRモンスターが召喚され、さらに口から人間の頭部はありそうな火球を放つ。射手矢は左手で受ける。特に動じた様子はない。

 構わず城崎は続ける。

 

「オレは! アベンジ・ヴァルチャー、ファジー・レイニアス、ナパーム・ドラゴニアスでオーバーレイ! 三体のモンスターで。オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!

 憎悪の彼方より飛び立て復讐の翼! その爪、獲物を逃がさず、その瞳、敵を逃さず、その翼、仇を逃がさず! 捕えて殺せ! RR-ライズ・ファルコン!」

 

 虹色の爆発の向こうから、空を切り裂くように飛来する影。

 青と緑のボディ、広げられた大きな翼、鋭い爪、無機質な――なのに怒りを感じさせる――双眸。多くのRRモンスターがそうだが、このカードはひときわ城崎の怒りを乗せているようであった。

 

「ライズ・ファルコンの効果発動! ORUを一つ使い、ライズ・ファルコンの攻撃力を、デルタテロスの攻撃力分アップさせる! そして装備魔法、ラプターズ・アルティメット・メイスをライズ・ファルコンに装備! これにより、ライズ・ファルコンの攻撃力はさらに1000アップする!」

 

 攻撃力3600。しかもライズ・ファルコンは特殊召喚された相手モンスター全てに攻撃できる。このターン、城崎は射手矢のモンスターを全滅させ、さらにサテライト・キャノン・ファルコンのダイレクトアタックでさらに優位に立つつもりだ。

 

「バトルだ! ライズ・ファルコンでフェクダを攻撃!」

 

 攻撃宣言を受けて、鋼の隼が上昇から一気に急降下。その爪で、守備態勢をとっている女性型天使めがけて疾駆する。

 

「フェクダの効果により、一枚ドローさせてもらうよ」

「構わん! 必要経費だ! その代わり、フェクダは倒させてもらう!」

 

 ライズ・ファルコンの爪がついにフェクダを捕えた。その体を切り裂き、消滅させる。――――――はずだった。

 

「なんだと!?」

 

 フェクダは健在。予想を外した事態に城崎の目が見開かれる。

 

「残念だが、フェクダにはもう一つ効果があってね。それは破壊される時、ORU一つを身代わりにできるんだ。つまりフェクダは健在。そしてライズ・ファルコンは特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できるが、その回数は一回。最早フェクダに攻撃できず、サテライト・キャノン・ファルコンの攻撃力ではフェクダを撃破できない。しかしながら、まだ私のモンスターは残っており、いずれもライズ・ファルコンに太刀打ちできない。さぁ、攻撃するかね? 私はカードをドローさせてもらうが」

「く……ッ! 上等だ! ライズ・ファルコンでグローリアス・ヘイローとデルタテロスに攻撃!」

「い、いかん隼人、攻撃は待て!」

 

 ネメシスの精子の声は間に合わず、隼は止まらない。旋回し、軌道を修正後にグローリアス・ヘイローに肉薄。その爪で天使の身体を引き裂くや否や、返す刀でデルタテロスに鋭利な刃物となった翼を叩きつける。

 両モンスターが両断され、消滅していく。ダメージのフィードバックが射手矢を襲っているはずだが、彼は一顧だにしない。

 

「フェクダに効果で二枚ドロー。さらにデルタテロスの効果発動! 墓地から星因士 アルタイルを特殊召喚し、アルタイルの効果でデルタテロスを守備表示で特殊召喚しよう!」

 

 倒したはずなのに、相手の場にモンスターが増えた。うんざりする気分を味わいながら、今度こそ城崎は攻撃を止めた。深追いしすぎた。

 

「すまん、ネメシス。お前の忠告を聞いていれば、奴に二枚のドローと、モンスターを展開させることもなかった……」

「いや、仕方あるまい。いずれにしろ敵のライフは削らなければならないのだから。ならばグローリアス・ヘイローを撃破し、さらにライフを削っただけ僥倖とするべきだ」

「奴のライフの残り少ない。次で決める。ターンエンドだ!」

 

 

スキル・プリズナー:通常罠

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

RR-ネスト:永続魔法

「RR-ネスト」の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「RR」モンスターが2体以上存在する場合にこの効果を発動できる。自分のデッキ・墓地の「RR」モンスター1体を選んで手札に加える。

 

RR-ナパーム・ドラゴニアス 闇属性 ☆4 鳥獣族:効果

ATK1000 DEF1000

(1):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。相手に600ダメージを与える。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「RR」モンスター以外のモンスターの効果を発動できない。(2):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから「RR」モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

 

RR-ライズ・ファルコン 闇属性 ランク4 鳥獣族:エクシーズ

ATK100 DEF2000

鳥獣族レベル4モンスター×3

(1):このカードは特殊召喚された相手モンスター全てに1回ずつ攻撃できる。(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体を対象として発動できる。このカードの攻撃力は、対象のモンスターの攻撃力分アップする。

 

ラプターズ・アルティメット・メイス:装備魔法

「RR」モンスターにのみ装備可能。(1):装備モンスターの攻撃力は1000アップする。(2):装備モンスターが、装備モンスターより攻撃力が高いモンスターの攻撃対象に選択された時に発動できる。デッキから「RUM」魔法カード1枚を手札に加え、その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

セプテン・トリオン-フェクダ 光属性 ランク4 天使族:エクシーズ

ATK1000 DEF3000

レベル4光属性モンスター2体以上

このカード名の(3)の効果はデュエル中1度しか発動できない。(1):このカードが相手のカード効果によって破壊される時、代わりにこのカードのX素材を一つ取り除く。(2):自分Xモンスターが相手モンスターと戦闘を行う時に発動する。カードを1枚ドローする。(3):墓地にこのカードがある時、レベルまたはランク4光属性モンスター2種類をゲームから除外して発動できる。このカードを効果を無効にして特殊召喚し、このカードの上に「セプテン・トリオン-メグレズ」を重ねてX召喚扱いで特殊召喚する。

 

 

城崎LP3000手札1枚

射手矢LP5400→4800→3700→2600手札4枚

 

 

「私のターンだ、ドロー!」

 

 高揚しているのか、射手矢もまた、声に力を込めてカードをドローした。

 そしてドローカードを確認したその目が細められた。

 

「そうか……。残念だよ。もう終わりというわけか……」

「時間が押しているようだ。お前は我ら神々と違い人のしがらみがある。今日もまた、どこかの誰かと会うのだろう?」

「取引先だよ、クロノス。まぁいい、もうそんなに立ってしまったのなら仕方がない。デュエルと言うのは全く、時間泥棒だね」

 

 もうこのデュエルの勝敗が決したかのような射手矢の物言いに、城崎の眉根が寄った。

 

「傲慢な言い方だな。まるでもう勝利したかのようだ」

「ああ、すまないネメシス君。だが、このカードをドローした以上、私の勝利は決定だ。私は場に出ている三体のモンスターをリリース!」

「な――――――」

 

 三体のモンスターをリリースして召喚されるモンスター。その条件で呼び出されるモンスターを、神々の戦争の参加者なら誰でも知っている。誰でも持っている。

 

 フィールドの三体のモンスターが消えていく。そして現れる、物理的な圧力(プレッシャー)さえ伴った重圧。

 

「ぐ……ッ!」

 

 城崎は頭上から降り落ちてくる存在感に、思わず呻き声を上げた。その眼前、ついに顕現する神。

 

「出番だ。終わらせよう。時織(ときおり)万死天神(ばんしてんじん)クロノス!」

 

 まず目についたのは、二十メートルを超える、巨大な人型。色は金に縁どられた光沢のある黒銀色。胸の部分の装甲が大きく開かれた、各所に牙のような突起のあるプレート鎧の様な見た目をしており、空いた部分に中枢ユニットとして、人間の姿をしていたクロノスが収まると、装甲が閉じられた。

 王冠を被ったシルエットをした頭部、巨体の目は左右で色が違っており、右目に赤い炎が、左目には青い炎が灯っている。

 全身のいたるところには大小さまざまな時計が埋め込まれており、それぞれがでたらめな時間を刻んでいた。

 

『中枢端末接続完了。ハァ――――――――――――』

 

 感覚も何もかも同期したのか、巨体の口から白い蒸気とともに息を吐くクロノスの声がした。

 

『久しい、久しいなこれは。やはりこの姿、神体(しんたい)こそが我が最もなじむ姿よ、人間の姿は窮屈極まりない』

 

 歓喜の色を隠さずに言うクロノス。その様を見て、城崎は確かに圧倒されていた。

 

「なんだこれは……。他の神とは毛色が違うぞ……」

「巨神であるティターン神族は、オリュンポスの体系とも外れている。同じギリシャの神でも、ティターン神族は一線を画している。だがその時計、そんなものはなかったはずだ」

 

 同じギリシャ神話出身のネメシスが訝しげに呟いた。後半の言葉を聞き取ったクロノスが笑う。

 

『まぁ当然だな。この時計部分は我本来の権能ではない。同じ名前を持ちながら時間に関する権能を持った、時間神クロノスのものだ。もっとも、我らが地上にいた神代はともかく、後年では同一の名を持つ神同士、人間どもには同一視されていたようだが、その観測のおかげで、共通項のある我は時間神を取り込むことに成功したわけだ。まだ、人間界に降り立つ前の話だ』

「ッ! 人間によって歪んだ部分をも利用したか……ッ!」

「そしてその力は絶大だ。クロノスの効果発動! 全ての命を刈り取る鎌を、ここに!」

 

 射手矢が叫ぶと、クロノスが『応!』と叫んだ。

 クロノスの背後の空間から波紋が広がり、右腕が背後につきこまれ、手首まで埋まった。

 格納空間から腕が引き抜かれると、そこには一振りの大鎌が握られていた。

 長大な大鎌だ。クロノスの巨体と同じくらい長く、柄の部分は歪に曲がりくねっており、刃もまた、手を伸ばす痩身の悪魔のように禍々しく歪だ。

 

「クロノスは万物を切り裂く大鎌、アダマスを持っているという。これはそれさ。その効果は相手モンスター全てを、効果を無効にしたうえで破壊する。逃れる(すべ)はない」

「な――――――」

 

 問答無用の全破壊。言葉を失った城崎の眼前で、クロノスが大鎌を真横に振るった。

 空気を掻き毟るような音と共に、城崎のフィールド、彼のモンスターたちの背後の空間が割れ砕け、黒い裂け目が現れた。

 モンスターたちが黒い粒子に分解され、黒い裂け目に吸い込まれてしまった。

 

「く……!」

「これで終わりだ。クロノスでダイレクトアタック」

 

 すでに城崎を守るものは存在しない。クロノスの大鎌が再び異空間に格納された。

 

『終わりだ人間!』

 

 クロノスの両肩の装甲がスライドし、そこから無塔式の砲口が二門現れる。

 発射に停滞はない。

 砲口から放たれる赤い光が大気を焼き、屋上に積もっていた埃や塵を払い、城崎に向かって突き進む。

 

「――――――――――――」

「隼人!」

 

 城崎が何を言ったのか分からない。射手矢からは彼の身体が赤い光に呑み込まれ、直撃し、閃光と轟音が辺りを席巻するのが見て、感じ取れた。

 後には何も残らず、焼け焦げた屋上――クロノスが射角を調整した結果だ――だけが残された。

 

 

時織の万死天神クロノス 神属性 ☆12 幻神獣族:効果

ATK5000 DEF5000

このカードはこのカードの効果でのみ特殊召喚できる。このカードの(3)の効果は1ターンに1度しか発動できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードはこのカード以上のレベル、ランクの神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター全てを、効果を無効にして破壊する。(4):???(5):???

 

 

城崎LP0

 

 

「死んだかね?」

『いいや、逃れたようだ。さすが、と言っておこう。楽しめたからな』

 

 神体状態のクロノスが落ち着いた声音で言った。射手矢は「それはいい」とほほ笑んだ。

 

「彼もまた可能性だ。今は復讐にとらわれてしまっているが、可能性は大切だ。其れよりも、人を待たせてはいけないね」

 

 戦いの場から背を向ける射手矢。すでに彼は戦いの効用を胸に秘めたまま、ゾディアックCEOとしての顔をしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話:宿敵邂逅

 ゴトンと何か重いものが床に落ちた音がする。この店にいた店主だ。いても邪魔なので()()()()

 薄暗い室内で。男はイラつきながら店内を物色した。

 目的の物はそこら中にあるのでとにかくかき集める。その中でもまぁ使えそうなものは特別にピックアップしていく。

 足元から呻き声が上がった。どうやらまだ生きているらしい。

 男は店長の首元に足を乗せた。

 体重をかける。足元で潰れたカエルのような聞き苦しい声が聞こえたが、すぐに静かになった。

 気分がいい。イラつかせる相手が消えるのは清々しい。

 ああ素晴らしきかなこの世界。訳の分からない連中に仲間入りを誘われた時はひどく気分が悪かったが、今は晴れやかだ。

 世界はオレを祝福している。最高だ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 咲夜(さくや)がティターン神族の一柱とその契約者、カーラを打ち破った後、彼女は一緒にいたエーデルワイスと別れた。お互いの健闘を祈り、無事に再会しようと約束して。

 ただ咲夜は最後に気になっていたことを、エーデルワイスに聞いてみた。

 

「エーデルさん、さっき、ティターン神族に襲われる前に何か聞きかけていたみたいだけど、何?」

「うぇ!?」

 

 本人も忘れていたことを突き付けられて、エーデルワイスの表情に動揺が走った。

 顔を赤くして、慌てたように手を振ったが、やがて落ち着いたのか息を吐いた。

 

「落ち着いた?」

「……はい」

 

 それからエーデルワイスはもう一度息を吐いて、咲夜に向けて問いかけた。

 

「咲夜さんも、和輝さんのことが好きなんですか?」

「ふぐぅ――――――」

 

 いきなりストレートに聞いてきた。この()はこういう時に小細工をしないのだ。素直だから。分かっていてもやっぱり衝撃は大きいものだ。

 エーデルワイスはじっと咲夜のことを見ている。目を逸らせない。逸らしたら負けな気がする。

 

「そうね、エーデルの言う通り。まぁ、()()()()()()()()()()

 

 にこりと笑い、微笑みかける咲夜、その手がエーデルワイスの頭に載せられる。髪の間に指が差し込まれ、撫でられる。エーデルワイスはちょっとだけ気持ちよさそうに目を細めた。

 

 

「おや、認めましたか。素直なのはいい」

 

 戦いが終わった後、契約者を見守っていたルーが軽く目を見開いて言った。アテナは頬を赤らめながらも己の想いを認めた咲夜を、どこか誇らしげに見た。

 かつての逃亡生活の時、自分も咲夜も頑なで、他人を信じられず、抱えた思いをそのままにしたせいで圧し潰されそうだった。

 それが今は照れ臭そうでも何でも、自分の思いを吐露できる。素晴らしいことだ。ロキの契約者の少年には感謝してもし足りない。

 

「どちらにしても、咲夜にはより一層の努力を期待したいな」」

「エーデルワイスも、引っ込み思案なところをもっと治してもらいたい」

 

 二柱の神が親のような目線で言葉を交わしていることに気づかず、少女たちははにかんだように笑った。

 

「すっきりしました」

 

 エーデルワイスは笑う。咲夜はエーデルワイスの頭から手を離した。

 

「けれど、負けないわ」

「わ、私も頑張ります」

 

 ただ、二人ともいわずとも分かっていた。

 この恋は大事だ。しかし今は神々の戦争を、そこで出てきてしまう、神々の理不尽によって虐げられた人々の数を無くさなければならない。そうしなければ、肝心の和輝もこっちに振り向いてくれないかもしれない。

 やるべきことを終えて、平和になってから。其れからだ、全ては。

 

「お互いに頑張りましょ。勿論、この神々の戦争でも、生き残りましょう」

「はい!」

 

 そして咲夜とエーデルワイスは握手を交わして互いに別々の道に去っていった。

 今咲夜はアテナと一緒に新たなティターン神族やギリシャ神話の怪物を探していた。そんな時、傍らのアテナが呟いたのだ。

 

「それにしても、英雄色を好むというが、ロキの契約者もなかなかだな。まさかいつの間にか慕う少女を増やすとは」

「うーん……、和輝君ってば、ナチュラルに人を助けて心に居残ってそうだなぁ」

 

 何やら納得したように頷くアテナに対して、咲夜は呆れたような、納得したような、嬉しいようなそうでもないような、そんな複雑な表情を作っていた。

 と、そんな咲夜の足が止まる。釣られたようにアテナも足を止めた。

 咲夜の視線の先に人だかりがあった。

 何かあったのだろうか? そう思って近づいてみると、そこには警察が張る立ち入り禁止のテープが張られた建物があった。

 カードショップらしいが、そこにパトカーが止まっており、事件があったことは明白だった。

 周囲のやじ馬が言うには強盗殺人らしい。この店の店主が殺されており、さらに店の中にあったカードが盗まれていたという。

 ジェネックス杯の開催中、しかも白昼堂々の犯行は参加者を不安にさせる。咲夜は思わず顔をしかめたが、その服の裾を引っ張られるのを感じ、咲夜は視線を下に向けた。

 勿論咲夜の裾を引っ張ったのはアテナだった。

 

「どうしたのアテナ?」

「咲夜、神の気配がする。ひどく禍々しい気配だ。つまりは――――――」

「この事件を引き起こした犯人って可能性が高いのね」

 

 アテナは無言で頷いた。咲夜の表情にも緊張が走る。

 

「行きましょう。もしこれをやったのが本当に神々の戦争の参加者なら、何としても次の事件は食い止めないと」

 

 そう言って、咲夜はアテナの先導に従って神の気配を追った。

 アテナの先導はどんどん人気(ひとけ)の無い裏路地に向かっていた。

 ただ移動の仕方は無軌道で、こちらに気づいて誘っている感じはしない。

 

「なんだか、適当に進んでいる?」

「そのようだ。人間というよりも、獣を追っているような気配だ。気を抜くなよ、咲夜」

 

 言われるまでもなかった。しかし咲夜の胸の中には言い知れぬ不安が暗雲のように広がっていた。

 そしてついにアテナとともに、神の気配の源にたどり着いた。

 

「え―――――」

 

 その男を見た時、咲夜は絶句した。

 忘れるはずがない。あの(おぞ)ましい男。記憶の中の自分は幼かったため、今目の前のいる男もそれなりに年を取っているはずだが、その身から出てくる気配、自分が感じる印象はまるで変わらない。

 日に焼けた色黒の肌、乱暴に束ねたぼさぼさの黒髪、無精ひげ、黄色い瞳。灰色のつなぎ姿。人間というよりも、知恵のあるけだものの風情。

 

萩野(はぎの)……晃司(こうじ)……!」

 

 男の名前を、咲夜は憎しみをもって口にした。

 萩野晃司は、日本警察史上に刻まれた凶悪犯の名前だ。

 その様に理性はなく、その犯行に正気はない。

 ただ本能のままに行動し、衝動のままに罪を重ねる危険な男。

 合計九人の女性、少女を強姦の末殺害し、金品を強奪。さらに九人の男性、少年を残忍で徹底的な拷問にかけたうえで殺害。その金品を強奪した。

 何より異常だったのは、被害者は全員()()()()()()()()()()()

 それらの異常性を発揮した後に逮捕されたが脱走。逃亡先で非番だった刑事を一人殺した。

 その刑事こそが咲夜の父親だった。

 

「……墓参りの時に、氷見(ひみ)さんに聞いてから、ずっと思ってた……。お前を、必ず見つけ出して、倒すと!」

 

 怒りに満ちた咲夜の声に、男は反応した。ゆっくりと咲夜に視線を合わせる。

 男の瞳がギラリと、粘ついた光を放った。それは人間というよりも、暴力と好色に酔った獣のようだった。

 

「なんだオマエ、知らねぇ奴だ。何でオレを知っている?」

 

 イラついたような口調で、萩野は咲夜に声をかけた。やはり人間の言語というよりは、猛獣の唸り声が何かの間違いで人語に聞こえているように感じられた。

 

「なんだこの男は」

 

 その証拠のように、咲夜の隣にいるアテナが不快げに顔をしかめた。

 

「……お前は忘れても、あたしは忘れない」

 

 咲夜の口から、怒りと憎悪を伴った言葉が零れてきた。パートナーのそんな声音を聞くのが初めてだったアテナは驚いたように咲夜を見上げた。

 

「咲夜?」

「あたしの名前は国守(くにもり)咲夜……。あんたが殺した、刑事の娘だ!」

「国守……?」

 

 国守の(かばね)を聞いた瞬間、咲夜を見る萩野の目の色に変化があった。

 好色と暴力に、確かな怒りと、そして踏み躙ることへの愉悦があった。

 

「国守……。あぁ、覚えてる、覚えてるぜその名前。オレを逮捕しやがったくそったれな刑事だ。いったい何のつもりでオレの邪魔をしやがった。おまけに逃げた先にも現れる不快な糞野郎。ぶっ殺してやった時はすっきりにしたのに、()()()()()()()()。あの野郎の真実を晒すことができなかった」

 

 言っているうちに、萩野の語気には得体のしれない熱が帯びてきた。

 

「だが運命はオレに味方していやがる!くそったれなあの刑事の、娘が出てきやがった! おまけに――――――」

 

 萩野の視線が咲夜の頭の上からつま先までを舐めるように通り抜けた。その不快感に咲夜は思わず自分の身体を抱きしめるように腕を回した。

 

「なかなか()()()じゃねぇか。犯して殺して、もう一回犯した後に顔を剥いでやる。その奇麗な面の真実を晒してやるよ。剥がした外面(テクスチャ)は世間に向けて晒してやる」

 

 獲物をお遊び殺す肉食獣のような獰猛で不快な笑みを浮かべて、萩野は吠えた。

 

「シュブ=ニグラス!」

 

 神の名を呼ぶ。

 それは邪神の名。その姿を直視したものを狂わせる大いなる黒き母の名。萩野の背後に現れたのは、しかし悍ましいものではなく、淫らで扇情的、しかし美しい女だった。

 銀の長髪、金の瞳、褐色の肌とその身を包む黒のドレス。

 豊満な胸、くびれた腰、突き出した尻。そのくせ激しい自己主張はせず、常に男の後ろに控える佇まい。全てが肉感的であり、手放すことのできない「女」であった。

 

「やはり、神! ならば、あのカードショップの下手人はこいつで決まりか!」

 

 警戒心をあらわに吐き捨てるアテナ。そんなアテナに構わず、女、シュブニグラス――クトゥルフ神話という、特異な神話に名を刻む狂乱の女神――は、その瞳を一瞬萩野に向け、次の瞬間両手を広げた。その背後に黒い枯れ枝のような、翼の骨子のような“何か”が見えた。

 直後、世界が変わる。人々が謳歌する現実の空間とは位相を変えた、神々の戦争の参加者の戦場であるバトルフィールドへと。

 

「ここなら邪魔は入らない。嬲って遊んで、せいぜい楽しむとするか」

 

 萩野はデュエルディスクを起動させた。彼の脳裏には突然変わった世界に困惑し、怯える咲夜の姿が幻視された。

 しかし現実はそうではなかった。咲夜は瞳に闘志と力を漲らせて、デュエルディスクを起動させた。

 

「楽しむ余裕なんてないわ。お前はここで、あたしが倒す! 行先は刑務所よ!」

「あ? なんでビビらねぇ。ここから先はオレの一方的な蹂躙じゃねぇのかよ」

「ふざけたことをぬかすな下郎! 私の姿が見えないのか? 力なくとも、私は女神アテナ! そして咲夜は私と契約した神々の戦争の参加者! 貴様の存在にも、このバトルフィールドにも、ひるむことなど無い!」

 

 切って捨てるアテナの言葉に、萩野はイラついたように舌打ちして、地面に唾を吐いた。

 

「くそが。何で怯えねぇ。オレの思い通りにならねぇ」

 

 ぶつぶつと呟く萩野は正気とは思えなかったがそれでもデュエルディスクを起動させた。

 咲夜の胸にピンクの、萩野の胸元に肉色の宝珠の輝きが灯った。

 

「まぁいい。クソ忌々しいがやることは変わらない」

 

 それぞれの感情が二人と二柱の間に渦巻いた。半透明になったシュブニグラスが焦点のあっていない茫洋とした瞳で虚空を見つめていたが、やがて口を小さく開いて、

 

「――――――――――――」

 

 木々のざわめきとも、獣の遠吠えともつかぬ奇妙な声を上げた。それを合図としたかのように、人間たちが声を上げた。

 

決闘(デュエル)!』

 

 

咲夜LP8000手札5枚

萩野LP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻! E・HERO(エレメンタルヒーロー) アナザー・ネオス召喚!」

 

 咲夜のフィールドに召喚されたのは、まだ若く、しかし才気に溢れ、勇気を秘めた若者。やがては成長し、E・HERO ネオスへと至る。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」

「咲夜?」

 

 隣でデュエルを続けるパートナーの姿を、アテナは怪訝な表情で見つめた。

 おかしい。咲夜にあまりに余裕がなさすぎる。これは、かつての咲夜を見ているようだと、アテナは思った。

 かつての咲夜。言うまでもない。子供となった自分を抱えて、孤独な戦いを強いられていたころ。

 

 

E・HERO アナザー・ネオス 光属性 ☆4 戦士族:デュアル

ATK1900 DEF1300

(1):このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●このカードはモンスターゾーンに存在する限り、カード名を「E・HERO ネオス」として扱う。

 

「オレのターンだなぁ」

 

 ドローカードを確認後、萩野はすぐには動かなかった。ただじっと咲夜を見据えた。その視線が不快で、咲夜は顔をしかめた。

 

「何?」

 

 険を込めた口調で睨みつけると、萩野は見せつけるように地面に唾を吐いた。

 

「似てるなぁ、思い出す。思い出してむかつくなぁ。オレを逮捕した刑事の顔。正義感に溢れて反吐が出る。あぁ残念だ。そういう人間の顔をこそ剥ぎ取って、真実を見たかったのに」

 

 萩野の言動は完全に独り言で、視線こそ咲夜の方を向いているが、彼女を見ているとはとても思えなかった。

 

「だが娘の方も同じような眼と顔つきしてやがる。顔面剥がした真実を、ぜひとも見てぇなぁ。あぁ、けど、犯される時の顔と、殺される時の顔も見てぇなぁ。あの糞刑事はオレが取り押さえられるまで生きてやがったし。娘の顔で糞刑事の死に顔想像するか。その中身もな」

 

 不快感が咲夜の胸の内から湧き上がってきた。それは加速度的に広がって、口から飛び出した。

 

「いい加減にして! くだらないこと言ってないで、さっさとターンを進めなさい!」

 

 咲夜の一括。それをアテナは危険だと感じた。

 今の咲夜は怒りにかられ、明らかに冷静さを欠いていた。父の仇、しかもそれが手にした強大な力を振るい、欲望と本能のままに弱者を蹂躙している姿に怒りを制御できていない。

 危険だ。怒りで狭くなった視野は容易く窮地に追い込む。

 だがアテナの声は届かない。

 

「その怒り顔も悪くねぇ。全部、全部剥ぎ取ってやる。オレは鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダーズ)を発動!」

 

 萩野が乱暴な手つきでカードをデュエルディスクのフィールドカードゾーンに叩きつけた。

 ただそれで何が変わったわけでもない。他のフィールド魔法のように、周囲の景色が変わった様子はない。

 ただ、気配を感じた。

 冷たくて重く、そして容赦のない鋼鉄の気配。機械の気配を。

 

「次だ。ツインバレル・ドラゴン召喚」

 

 やはり乱暴な手つきでカードをデュエルディスクにセットする萩野。それでもデュエルディスクはカードの画像をスキャンし、彼のフィールドに投影する。

 現れたのは青をメインに、関節部などを金でカラーリングした機械のドラゴン。腕はなく、頭部は通常のドラゴンの物ではなく、上顎と下顎を銃口に変えた攻撃的な代物。

 

「効果発動だ」

 

 言いながら萩野はまた地面に向けて唾を吐いた。

 本来コイントスやダイスを扱うが、デュエルディスクがあれば自動で判定を行う。いかさま防止でもある。

 

「二枚とも表。そのえせヒーローを壊せ」

 

 嗜虐心を込めた声音で萩野は言い、命令を聞いたツインバレル・ドラゴンが無慈悲な咆哮の代わりに銃撃を行う。

 弾詰まり(ジャム)は起こらず、放たれた砲弾は空気を焼き、アナザー・ネオスを粉砕した。

 これで咲夜のモンスターはいなくなり、彼女を守る壁はない。

 だが萩野はそこからさらに畳みかける。まさに、弱みを見せた獲物に飛び掛かる肉食獣のように、だ。

 

「この瞬間、鋼鉄の襲撃者の効果発動! 来やがれ、デスペラード・リボルバー・ドラゴン!」

 

 ツインバレル・ドラゴンの傍らに、巨大な影が立つ。

 頭部、両腕が長大な黒鉄(くろがね)のリボルバーとなったドラゴンモンスター。しかもオリジナルのリボルバー・ドラゴンと違い、フォルムはより攻撃的となり、喉奥から響いてくる唸り声が強い威圧感を与えた。

 萩野の目がぎょろりと咲夜を睨んだ。さっきまであった、不機嫌でイラついて、そして自分勝手な醜悪さは幻のように消え、人語を話す獣のような凶暴性を剥き出しになった。

 

機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)発動だ。さて、お楽しみの時間だ。撃ち抜いてやるよ、あの糞刑事のように! ツインバレル・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 再びツインバレル・ドラゴンの銃口が火を噴いた。

 

「ッ! リバースカードオープン! ヒーロー・ブラスト! 墓地のアナザー・ネオスを手札に戻して、ツインバレル・ドラゴンを破壊!」

 

 ガラスのように粉々に砕け散るツインバレル・ドラゴン。しかし萩野にとってそれは先兵が潰されたにすぎず、大物が控えているのだった。

 

「くだらねぇ抵抗はこれで終わりか!? なら今度こそ撃ち抜いてやるぜ。どこがいい? 腕か? 足か? そのでけぇ胸や頭もいいなぁ! デスペラード・リボルバー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 次は先程と桁違いの火力だった。

 デスペラード・リボルバー・ドラゴンの両腕と頭部の砲門が火を噴き、大気を焼く。

 熱風とともに迫りくる三発の砲弾を前に、咲夜に逃げ場はない。

 

「宝珠を守れ咲夜!」

 

 アテナの叫びに対して咲夜は即座に反応した。

 着弾。咲夜の悲鳴は続く轟音によってかき消され、砲撃を受けたことで舞い上がったアスファルトの破片や粉塵が彼女の身体を隠した。

 

「あぁん? これじゃああの女がどこを撃たれたのか分からねぇじゃねぇか」

 

 気に入らないことがある時の癖なのか、萩野がひどく自分勝手なことを言いながら唾を吐いた。

 その直後に、咲夜の身体が粉塵から飛び出した。

 回避のための跳躍ではなく、砲撃の衝撃で吹き飛ばされたのだ。

 咲夜の身体は背中から地面に激突し、派手に転がったが、回転の勢いを利用して立ち上がった。

 萩野を睨む咲夜の瞳に翳りはなく、その宝珠の輝きもいささかも濁らない。ボロボロでも、汚れても、彼女の高潔さは失われていない。

 

「この程度、大したことない!」

「その奇麗さを剥ぎ取った真実を見るのが今から楽しみだ。ターンエンドだ」

 

 

鋼鉄の襲撃者:フィールド魔法

(1):このカードがフィールドゾーンに存在する限り、自分の機械族・闇属性モンスターは、それぞれ1ターンに1度だけ戦闘では破壊されず、その戦闘で自分が戦闘ダメージを受けた場合、その数値分だけ攻撃力がアップする。(2):1ターンに1度、自分フィールドの元々の種族・属性が機械族・闇属性のモンスターが、戦闘または自身の効果でフィールドのカードを破壊した場合に発動できる。手札から機械族・闇属性モンスター1体を特殊召喚する。

 

ツインバレル・ドラゴン 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF200

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。コイントスを2回行い、2回とも表だった場合、選択したカードを破壊する。

 

デスペラード・リボルバー・ドラゴン 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK2800 DEF2200

???

 

機甲部隊の最前線:永続魔法

(1):1ターンに1度、機械族モンスターが戦闘で破壊され自分の墓地へ送られた時に発動できる。墓地のそのモンスターより攻撃力が低い、同じ属性の機械族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

ヒーロー・ブラスト:通常罠

(1):自分の墓地の「E・HERO」通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。その後、手札に加えたモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つ相手フィールドのモンスター1体を選んで破壊する。

 

 

咲夜LP8000→5200手札3枚

萩野LP8000手札2枚

 

 

「く……! あたしのターン!」

 

 アテナの胸のうちに、危機感がどんどん膨らんでいった。

 見つめる咲夜の背中は、ここからでもわかるほど余裕がない。完全に敵にペースを握られている。

 このような状態では何をしようとも相手には通用しない。そして通用しないから余計にがむしゃらになり、視野狭窄となり、ドツボに嵌る。

 さらにアテナは見抜いていたが、相手の男は下衆で下賤だが頭がキレる。今奴が見せている態度の何割が本当なのやら。少なくとも咲夜を怒らせるような言動を計算しているし、不快気にしているのも、イラついているのも()()かもしれない。

 だがアテナが気付いているこの事実に、咲夜は気付けない。怒りで真っ赤に染まった思考に、相手の怜悧な思惑を見抜ける目はない。

 

(どうすればいい……。何か、咲夜が冷静になれるきっかけさえあれば……)

 

 そうすれば、こちらの声も届く。アテナはそう確信していた。

 

(せめてそれまで、咲夜が無事であってくれればいいが……)

 

 相手の男は異常だが冷静だ。愉しみながらも目的を違えない。

 

「E・HERO ソリッドマンを召喚して、効果発動! 手札のE・HERO エアーマンを特殊召喚! ここで、エアーマンの効果を発動して、デッキからE・HERO シャドー・ミストを手札に加えるわ」

 

 咲夜のフィールドに一気に二体のHEROモンスターが展開される。両手に盾のように巨大な小手を装備したHEROと、彼に導かれて召喚された空駆けるHERO。どちらも咲夜のデュエルで幾度となく現れたモンスターだった。

 アテナは咲夜の様子から、彼女がこのターンに大きく動き、一気に決めに行くつもりだと分かった。

 

「融合発動! 場のソリッドマンと手札のシャドー・ミストを融合!

 異なる力合わさる時、希望の太陽が天へと昇る! 融合召喚! 絶望を切り裂いて、E・HERO サンライザー!」

 

 咲夜のフィールド、その頭上に空間の渦が形成され、その渦に二体のHEROモンスターが飛び込んだ。

 二体のモンスターが一つに混ざり合い、新たなモンスターを生み出す。

 現れたのは太陽のような、燃え盛る炎のような真っ赤な体のHERO。

 全身を覆う真っ赤なバトルアーマー、両腕から生えているブレイドパーツ、背には本体カラーと相反する――故により彩が際立つ――青いマント姿はまさしくHERO然としていた。

 

「ソリッドマンの効果は使わない。けどシャドー・ミストの効果は発動し、デッキからE・HERO オネスティ・ネオスを手札に加える! さらにサンライザーの効果で、デッキからミラクル・フュージョンを手札に加えるわ。

 そしてミラクル・フュージョンを発動! 墓地のソリッドマンとシャドー・ミストを除外融合!

 輝け光のヒーロー! 打ち捨てられたもの達にも救いの手を差し伸べる! 融合召喚、E・HERO THE シャイニング!」

 

 咲夜のフィールドに再び融合召喚のエフェクトが走り、現れたのは白い身体に金のラインと赤の宝玉パーツを持ち、背部に日輪を思わせる金のリングパーツとその付属である剣状パーツを持ったHERO。

 シャイニングは除外されているE・HEROの数だけ攻撃力を増す。今は二体だけなので3200止まりだが、状況次第ではさらに上がるだろう。そしてサンライザーの効果によって、咲夜のモンスターは全体的に微力ながら強化されていた。

 

「このまま行く!」

「ま、待て咲夜!」

 

 アテナの制止の言葉は咲夜に届かなかった。彼女の視野は狭まっており、踏み込むことに対して慎重さが足りていなかった。

 

「バトルフェイズに入るわ、あたしは――――――」

 

 咲夜が攻撃を開始しようとしたその刹那、萩野がいやらしい笑みを浮かべたまま、右手で拳銃の形を作り、咲夜の左胸、心臓部分を指し示して言った。

 

「バーン」

 

 明らかに咲夜とアテナとおちょくっているような口調で、萩野は拳銃を撃つような動作で右手を跳ね上げた。

 次の瞬間、デスペラード・リボルバー・ドラゴンが両手の銃砲を咲夜のモンスターたちに向け、発砲。

 号砲が跳ね上がり、二人の間で火花と破壊が散った。

 

「え!?」

 

 相手のターンにも攻撃できるという、ルールの根底を覆す目の前の現象に、咲夜の目が見開かれ、行動が止まる。

 咲夜の眼前では、彼女の二体のHEROモンスターはデスペラード・リボルバー・ドラゴンが放った()()を受け、木っ端微塵に砕け散ってしまった。

 

「思い出す、思い出すぜぇ。オマエの親父も、こうして撃ち殺してやった。あの時は楽しかったなぁ、今みたいに間の抜けた声を出してなぁ。あぁ、いや、出してなかったかなぁ」

 

 くつくつと腹を抱えて笑う萩野。そのままペラペラと喋り始める。

 

「種明かしをするとだな、デスペラード・リボルバー・ドラゴンは自分か相手バトルフェイズ中に、攻撃を放棄する代わりに最大三回モンスターを破壊できるってわけだ」

 

 実際にはコイントスを行い、表が出た数まで破壊できる。コイントスはデュエルディスクが判定したため、イカサマはなし。今回も、先程のツインバレル・ドラゴンと同じく全て表。よってデスペラード・リボルバー・ドラゴンの効果が発動し、咲夜のモンスター二体を破壊したのだった。

 

「さらに三枚表だったから、一枚ドロー! ついでに鋼鉄の襲撃者の効果が発動だ! 手札のリボルバー・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 新たに現れる、頭部と両腕が回転式拳銃に成り代わっている機械モンスター。二体のリボルバーモンスターの、合計六つの銃口が咲夜を狙う。

 

 

E・HERO ソリッドマン 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下の「HERO」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが魔法カードの効果でモンスターゾーンから墓地へ送られた場合、「E・HERO ソリッドマン」以外の自分の墓地の「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

E・HERO エアーマン 風属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1800 DEF300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO サンライザー 光属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF1200

属性が異なる「HERO」モンスター×2

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカード名の(1)(3)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「ミラクル・フュージョン」1枚を手札に加える。(2):自分フィールドのモンスターの攻撃力は、自分フィールドのモンスターの属性の種類×200アップする。(3):このカード以外の自分の「HERO」モンスターが戦闘を行う攻撃宣言時に、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

ミラクル・フュージョン:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、「E・HERO」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO THE シャイニング 光属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2600 DED2100

「E・HERO」と名のついたモンスター+光属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。このカードの攻撃力は、ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついたモンスターの数×300ポイントアップする。このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分の「E・HERO」と名のついたモンスターを2体まで選択し、手札に加える事ができる。

 

デスペラード・リボルバー・ドラゴン 闇属性 ☆8 機械族:効果

ATK2800 DEF2200

(1):自分フィールドの機械族・闇属性モンスターが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):1ターンに1度、自分・相手のバトルフェイズに発動できる。コイントスを3回行う。表が出た数までフィールドの表側表示モンスターを選んで破壊する。3回とも表だった場合、さらに自分はデッキから1枚ドローする。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。コイントスを行う効果を持つレベル7以下のモンスター1体をデッキから手札に加える。

 

リボルバー・ドラゴン 闇属性 ☆7 機械族:効果

ATK2600 DEF2200

(1):1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。コイントスを3回行い、その内2回以上が表だった場合、そのモンスターを破壊する。

 

 

 咲夜は冷静さを欠き、視野が狭まり、ミスを犯した。均衡は崩れ、勝負の秤は萩野に大きく傾いた。

 細かに震える咲夜は、まるで独り取り残された幼子のようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話:HEROの反撃

 己の行動の直後、全身に冷水を浴びせかけられたような寒気がした。

 この感覚は久しぶりだと、咲夜(さくや)は思った。

 まだプロとしてデビューしたばかりのころ、勝利を目前にした勇み足から攻撃を宣言する。宣言した後に、()()()と全身に微弱な電流が走ったような感覚があった。

 その感覚は正解で、その攻撃が原因で罠に嵌り、一転して窮地に陥った。場合によってはそのまま敗北してしまうこともままあった。

 この感覚は()()だ。敗北に繋がるミス。今までは立て直すことができずに敗北した。

 だが――――――

 

(諦めない)

 

 咲夜の心に怒りが鎮まり、代わりに冷静な、彼女本来のプロとしての視点を取り戻せた。

 

(それに―――――)

 

 思うのは先程、ティターン神族と相対し、一歩も引かなかった年下の女の子と、今のように視野狭窄に陥っていた愚かな自分の疑念を氷解してくれた、やっぱり年下の男の子の姿。

 彼らと並ぶのなら、こんなところで(つまず)いてなんかいられない。

 

「どうやら、私からの言葉は必要なく、きっかけもまた必要なかったようだな」

 

 アテナの、どこか誇らしげな声が聞こえてくる。咲夜は傍らの小さな女神に笑いかけ、

 

「ごめん、心配かけた。まだまだだね」

 

 そして凛とした瞳で敵、萩野(はぎの)に射抜くような視線を向けた。

 

 

咲夜LP5200手札5枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

萩野LP8000手札2枚

EXデッキ15枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン デスペラード・リボルバー・ドラゴン(攻撃表示)、リボルバー・ドラゴン(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 機甲部隊の最前線、

フィールドゾーン 鋼鉄の襲撃者

 

 

「気に入らねぇ」

 

 言葉と一緒に唾も吐き捨てて、萩野は咲夜を睨んだ。

 

「なぜ絶望しねぇ。下らねぇ感情で糞みたいなミスをして、最悪の状況まで転がり落ちた。その上でなんだその面は。そんな上っ面の感情なんかいらねぇんだよ!」

 

 地面を蹴りつけ、言い募る。

 

「真実を見せろ! その視線を剥ぎ取って本物の感情を見せろ!」

「これが真実よ。絶対にあんたを許さない。ここで倒すっていう、あたしの偽らざる本音! 手札抹殺発動!」

 

 発動したのは手札交換カード。同時に墓地も肥やせるため、状況を逆転できる可能性が出てきた。

 

「四枚捨てて、四枚ドロー。カードを一枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 そこにはもはや、怒りに憑りつかれ、視野狭窄に陥っていた咲夜はもういなかった。

 

 

手札抹殺:通常魔法

(1):手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする。

 

 

「オレのターンだ」

 

 己のターンを開始した萩野は、ひどく不機嫌な気分だった。

 あの糞ったれな刑事の娘、折れかけていたのに蘇りやがった。そんな理不尽がまかり通る現実にイライラする。

 隣に佇む契約を交わした神(シュブ=ニグラス)を見る。人間の姿をしている此の女神には、今は何を要求しても無駄だ。自己主張もせず、大した力も持たない。どうも自分から能力を制限しているらしい。理解できないことだ。

 この状態のこいつは当てにならない。女としては()()()()()がそれだけだ。

 イライラする。頭の芯の部分にある導火線に火が付いたようだ。

 

「まぁ、何であれぶっ潰せばいいわけだ」

 

 今、圧倒的に有利なのは自分だ。あの女のモンスターは全滅。伏せカード二枚のうち、一枚は沈黙を保った役立たず。二枚目は分からんが、手札抹殺で入れ替えたカードにそう都合よくいいカードが引けるわけがない。

 

「バトルだ。二体のモンスターでダイレクトアタック! 砕け散れ!」

 

 二体のリボルバー・ドラゴンの()()が轟音を噴き上げ、巨大な弾丸を放つ。今度こそライフと一緒に宝珠も砕くという、萩野の――本人にとっての――正当な怒りと苛立ちを込めた一撃は、空気を焼き、弾丸にあるまじき蛇のような複雑な軌道を描いて咲夜へと向かった。

 

「悪いけど、さっきまでのあたしと思わないことね! リバースカードオープン! 波紋のバリア-ウェーブ・フォース-!」

 

 咲夜の足元で息を潜めていた伏せカードが翻る。直後、彼女のフィールドに均等な波紋が広がる水の壁が屹立した。

 壁は膜のように薄く、向こう側にいる咲夜の姿も見えるほどだった。

 だがそれはバリア。弾丸が当たった瞬間、膜は弾け、莫大量の水流と化した。

 水流は抗いようのない激流となって二体の機械龍を洗い流してしまった。

 破壊ではなくデッキバウンスであるため、後続を手札に加えることのできるデスペラード・リボルバー・ドラゴンの効果は発動しない。

 

「くっそが!」

 

 思惑が大きく外れ、一転して自分のモンスターを失った結果、萩野は苛立ちもあらわに地面を蹴りつけた。小石が蹴り上げられる。

 

「モンスターをセットして、ターンエンドだ!」

 

 業腹だが、攻撃できるモンスターがいなければバトルを終了させ、ターンを進めるしかない。守りに入ったその瞬間だった。

 咲夜のフィールドに、新たなモンスターが現れていた。

 背に虹色に輝く光の翼をもったE・HERO ネオス。オネスティ・ネオスだった。

 

「なんだそいつは!」

「悪いけど、あんたのエンドフェイズに伏せていた戦線復帰を発動したわ。これで墓地のオネスティ・ネオスを特殊召喚したってわけ」

 

 手札抹殺の時に墓地に行っていたオネスティ・ネオスだったが、咲夜は再利用を諦めていなかった。むしろ、怒りのせいで視野狭窄に陥っていたために発動し忘れていた戦線復帰をここで発動し、次に繋げる一手にできたのは怪我の功名だった。

 そして自分がどれだけ周りが見えていなかったのか、咲夜は改めて思い、心の中でアテナに謝罪した。彼女はその小さな体を必死に広げて、こちらに訴えていてくれていたというのに。

 

波紋のバリア-ウェーブ・フォース-:通常罠

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て持ち主のデッキに戻す。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。

 

 

「あたしのターン、ドロー!」

「このターンで決めろ、咲夜。あの男は見るに堪えん」

「あたしもそのつもり!」

 

 アテナの怒りをにじませた言葉に、咲夜もまた怒りと、それ以上の、この男を野放しにしてはならないという使命感に似た思いに突き動かされて、カードを操った。

 

「手札を一枚捨てて、ツイン・ツイスター発動! あんたの場にある鋼鉄の襲撃者と機甲部隊の最前線を破壊する! さらに捨てたカード、代償の宝札の効果で二枚ドロー!」

 

 二筋の風が渦を巻き、鋭い矢となって萩野のフィールド魔法と永続魔法を貫いた。萩野は守備モンスターが破壊されて機甲部隊の最前線の効果で後続を呼び、さらなる盾、もしくは反撃の一手を打つつもりだったので、この目論見はあっけなく崩れ去った。

 

「くっそが! 何度も何度もオレの思い通りに行きやがらねぇ!」

 

 苛立ちもを露わに荒々しく地面を蹴りつける萩野を無視して、咲夜の声が矢のように飛んだ。

 

「あんたのその自分勝手な言葉に付き合う気なんてないわよ! オネスティ・ネオスを攻撃表示に変更して、効果発動! 手札のネオスを捨てて、その攻撃力分、攻撃力をアップさせる! そしてO-オーバーソウルを発動して、墓地のネオスを特殊召喚!」

 

 オネスティ・ネオスの自己強化のコストとして使ったE・HERO ネオスを蘇生させることで、プレイングに無駄をなくした。

 

「ネオス・フュージョン発動! デッキから二枚目のネオスと(ネオスペーシアン)・グラン・モールを墓地に送る!」

 

 咲夜の背後の空間が、渦の様に捻じれて混ざる。その空間に、彼女のデッキから飛び出した二体のモンスターが吸い込まれた。

 

「異星の戦士よ、大地の力を得てどこまでも掘り進む一矢となれ! コンタクト融合! 天元を突破せよ、E・HERO グラン・ネオス!」

 

 現れたのは、緑色の鎧に身を包み、右手のドリルを猛るように回転させた、大地の力を得たネオスの姿。

 

「あんたの守備モンスターだろうと、これで関係ない! グラン・ネオスの効果発動! あんたの守備モンスターを手札に戻す!」

 

 グラン・ネオスのドリルが回転し、空間に穴をあけた。その穴が吸引力を発揮し、萩野の守備モンスターを姿を見せることなく吸い込んでいった。

 萩野が地面を蹴りつけて何事か叫んでいた。最早咲夜にとっては犬の遠吠えのように不快だが自分には遠いものとなった。

 

「これで終わりよ! もう一度刑務所にぶち込んであげる! 今度こそ、その罪を数えて震えているといいわ! 三体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 咲夜の怒りを受けて、モンスターたちが地を蹴り、空を駆け、萩野に向かってそれぞれの一撃を叩き込んだ。

 

 

E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。

 

O-オーバーソウル:通常魔法

(1):自分の墓地の「E・HERO」通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

ネオス・フュージョン:通常魔法

(1):自分の手札・デッキ・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、「E・HERO ネオス」を含むモンスター2体のみを素材とするその融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はモンスターを特殊召喚できない。(2):「E・HERO ネオス」を融合素材とする自分フィールドの融合モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、または自身の効果でEXデッキに戻る場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

 

萩野LP0

 

 

 その一撃は確かに容赦なく下された。咲夜の意志は刃となって萩野に向かって振り下ろされた。HEROの三連撃は確かに萩野の宝珠を捉えた。

 だが咲夜は見た。その瞬間、何者かが割って入り、萩野の襟首を掴んで彼の身体を無理矢理攻撃地点から引きはがしたのを、だ。

 一体何が起こったのか、ただ、咲夜の眼前には影が二つ。

 

「申し訳ありませんが、まだ彼を脱落させるのはちょっと都合が悪いんですよ」

 

 耳に心地良い通りの利いた声。少女のようにきれいな顔立ちをした青年だった。

 腰まで伸びる薄紫の髪、紫紺の瞳、華奢な体を包む男物のシャツに薄黒色のロングパンツ。

 そしてその背後に()()()()()のようにたたずむ男の姿。

 ワインレッドのスーツで上下を固め、黒い髪を長く伸ばし、口元に針のように細いシガリロ。その鼻から上は霞がかかったような、それとももっと俗に、モザイクがかかったように詳細が分からない。

 咲夜はこのペアのことを知っている。フレデリックから、そして和輝から、ティターン神族とは別に、特に注意する邪神であり暗躍者だと聞いている。

 

黄泉野平月(よみのひらつき)と……ナイアルラトホテップ……」

「ああ、知っていましたか。それならば話は早い。岡崎さんは元気ですか?」

 

 にこやかに微笑みながら、美しいはずなのに得体のしれない異形感を醸し出しながら、平月はそう言った。

 どうやら、咲夜の戦いはまだ終わりそうにないようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116話:無貌な少年

 目の前の人間と神に対して、咲夜(さくや)とアテナは警戒心も露わに相対した。

 少女と見まがうような美しい顔立ちをした青年、黄泉野平月(よみのひらつき)と、目を凝らしてもその顔の詳細が分からない“無貌の神”、ナイアルラトホテップ。

 和輝(かずき)とロキが警戒と嫌悪を露わに言っていた危険な参加者。咲夜はなぜこのタイミングで彼らが現れたのか推し量る。

 宝珠が砕かれるはずだった萩野(はぎの)を救ったのは間違いなく平月だが、その狙いは何だろうか? あの猛獣のような男が誰かに従うとは思えない。

 現に雑に地面に下ろされた萩野は射殺さんばかりの視線を平月に向けていた。

 そしてこれもいつの間に行われたのか、平月の足元に転がっている萩野の身体には、闇のように黒い鎖が巻き付いていた。ご丁寧に口にまで巻き付いているので、奴の口からはくぐもった獣のような唸り声が聞こえるだけだ。

 

「和輝君は元気よ。今だって戦ってる。分かっているんじゃないの?」

 

 それもそうですねと平月は苦笑した。カマをかけたつもりだが、平月の言い方からして彼は和輝の動向を把握しているようだ。

 そして咲夜が萩野を見据えていることに気づいたか、平月は微笑みながら、

 

「ああ、彼ですか?」

 

 緊迫な場面に似つかわしくない朗らかな表情と声音で、平月は足元の萩野に目を向けた。

 

「彼は今後働いてもらいたいことがあるのですが、今はただちょっとうるさくて、邪魔なので、黙ってもらいました」

 

 このカードで、と平月は萩野の身体に貼り付けていたカードを手に取った。

 闇の呪縛。相手モンスター一体を拘束し、攻撃を封じる罠カード。強く締め付けているのか、萩野の口からは怒りの唸り声と、苦悶の声が入り混じっていた。

 

「君のことは和輝君から聞いて知っているわ。黄泉野平月とナイアルラトホテップ。――――得体が知れなくて、危険な相手だって」

「ひどい言われようだ」

 

 平月はくすりと笑う。後ろにいるナイアルラトホテップも、口元だけで笑みを作った。

 

「そいつを、どうするの?」

「まぁ、今は邪魔ですので、ナイアルラトホテップ、連れていってください」

「分かったよ」

 

 口元だけの薄っぺらい笑みを貼り付けて、無貌の神は拘束された萩野の荷物のように抱え上げた。

 

「先に届け出先に行っている」

 

 そう言ってナイアルラトホテップは跳躍した。

 

「待ちなさい!」

 

 追おうと駆け出す咲夜だったが、平月が「そうはさせませんよ」と立ちはだかった。

 

「月並みですが、彼を追いたければぼくを倒してからにしてください」

「どいて、あいつを解き放ってどうするつもり? あいつは危険よ」

「正確には、ぼくらが用があるのはシュブ=ニグラスの方ですけどね。今あのペアに脱落されるのは()()()()()。貴方の因縁も、新たな敵も、まだ先の話です」

 

 言いながら、平月はデュエルディスクを起動した。その胸元に浮かび上がった宝珠が、虹色の輝きを放つ。

 

「……咲夜。萩野を追いたいだろうが、こいつに背を向けるのは危険だ。何より、放置するのは凄まじく危険だ。私の、戦女神としての勘がそう言っている」

「……ええ、そうね」

 

 もう姿の見えなくなったナイアルラトホテップと萩野への未練を振り切るように、咲夜は大きく深呼吸して己の中の熱をアジャストした。

 咲夜もまた、デュエルディスクを起動させた。咲夜の胸元に桃色の――宝珠の――輝きが灯る。

 

「目の前のこいつも、放っておけないものね」

「やる気になっていただけて感謝です」

 

 どこかふざけた態度の平月に、咲夜の眉根が上がった。

 一拍の間。そして――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 

咲夜LP8000手札5枚

平月LP8000手札5枚

 

 

「ぼくの先攻で行かせてもらいましょうか。手札から魔法カード、黒き覚醒(めざめ)のエリドリクシル発動。デッキから黄金卿エルドリッチを守備表示で特殊召喚します!」

 

 平月のフィールド、空いたモンスターゾーンの地面が下から隆起し、アスファルトを砕いて黄金の腕が現れた。

 腕は地面を掴み、本体を引っ張り上げた。

 巨大な全身を包む黄金の鎧、紫のマント、死してなお黄金に狂い、黄金を求め、黄金に心酔した哀れで危険な王だった。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドです」

 

 

黒き覚醒のエリドリクシル:通常魔法

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):手札・デッキからアンデット族モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。自分フィールドに「エルドリッチ」モンスターが存在しない場合には、この効果で「エルドリッチ」モンスターしか特殊召喚できない。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はアンデット族モンスターしか特殊召喚できない。(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「黄金郷」魔法・罠カード1枚を選んで自分フィールドにセットする。

 

黄金卿エルドリッチ 光属性 ☆10 アンデット族:効果

ATK2500 DEF2800

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):手札からこのカードと魔法・罠カード1枚を墓地へ送り、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを墓地へ送る。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分フィールドの魔法・罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。このカードを手札に加える。その後、手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターは相手ターン終了時まで、攻撃力・守備力が1000アップし、効果では破壊されない。

 

 

「あたしのターン! ドロー!」

 

 ドローカードを手札に加え、咲夜は平月と、彼のフィールドを見やった。

 いきなりの高レベルモンスター。確かあのモンスターは何度でも蘇れる。まさに不死身のモンスターだ。さらにこちらの行動を妨害する罠も侮れない。

 厄介な相手だが、それは臆する理由にはならない。

 

「攻めなきゃ始まらないからね。あたしはE・HERO(エレメンタルヒーロー) ソリッドマンを召喚し、効果発動! 手札のV・HERO(ヴィジョンヒーロー) ヴァイオンを特殊召喚!」

 

 咲夜のフィールドに二体のHEROモンスターが現れる。白銀の戦士と単眼スーツのHERO。一気に展開しようと息巻く咲夜だったが、そこに平月が待ったをかけた。

 

「おっと、割り込ませてもらいますよ、手札の増殖するGの効果発動!」

「ッ!」

 

 牽制とばかりに切られたカードに、咲夜は一瞬息を止めた。

 

「増殖するGか……」忌々し気に吐き捨てるアテナ。平月は笑顔で続ける。

「効果は説明するまでもありませんね。とりあえず、ヴァイオンが特殊召喚されたので、一枚ドローです」

「……あたしはヴァイオンの効果で、デッキからE・HERO ネオスを墓地に送るわ」

 

 ここからの行動は慎重に選ばなければならない。敵にカードをドローさせることを嫌い、ここで展開をやめ、守備を固めるか。相手にドローさせる危険性を承知でさらなる展開をし、こちらも大型モンスターを召喚するか。

 

「さぁどうしますか国守プロ? ぼくにカードをドローさせるか、ここで止めるか」

 

 逡巡は一瞬。咲夜は答えを行動で示した。

 

「ヴァイオンとソリッドマンをオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 応えは行動。増殖するGのプレッシャーに臆せず進む。

 

「出でよ大自然の導き手! 希望を紡げ! ダイガスタ・エメラル!」

 

 咲夜の頭上に渦巻く銀河のような空間が展開され、その中に白と黒の光となった二体のHEROが頭上の空間に飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 現れたのはエメラルドグリーンの鉱石の身体を持ち、背に翼を生やした宝石の戦士。その身を衛星のように旋回している二つの光球はORU(オーバーレイユニット)だ。

 

「ダイガスタ・エメラル効果発動! ORUを一つ使って、墓地のネオスを特殊召喚!」

 

 畳みかけるように咲夜の声が飛ぶ。彼女のフィールドに現れる、彼女の相棒、デッキの中核たる光属性戦士族モンスター。通常モンスター故の特殊召喚のしやすさをいかんなく発揮する。

 無論、ダイガスタ・エメラルの(エクシーズ)召喚も、ネオスの蘇生も、全て平月に一ドローを献上することになってしまうが構わない。こちらの体勢を整えることの方が重要だ。

 

「ミラクル・フュージョン発動! 墓地のソリッドマンとフィールドのダイガスタ・エメラルを除外融合!」

 

 今度は咲夜のフィールドの空間が渦を巻くように歪み、彼女の墓地のソリッドマンとフィールドのダイガスタ・エメラルがその渦の中に飛び込み、一つに混ざり合った。

 

「嵐のヒーロー! 吹き荒れ、敵を切り裂く刃となれ! 融合召喚! 疾風登場、E・HERO Great TORNADO(グレイトトルネード)!」

 

 竜巻を伴って現れたのは、黒いマントを羽織り、緑と黄色に、黒のアクセントを加えたストライプカラーの風のHERO。咲夜の声が矢のように飛ぶ。

 

「Great TORNADOの効果発動!」

 

 Great TORNADOの効果に世って、平月の攻守は半減される。そうなれば守備力2800のエルドリッチも彼女のHERO達で打倒できる。

 しかしまたしても平月は待ったをかけた。

 

「リバースカードオープン! 永久に輝けし黄金郷! エルドリッチをリリースし、Great TORNADOの効果を無効し、破壊します!」

 

 翻るカード。次の瞬間、黄金の王の身体が粒子状に分解されて消えていく。そして、今にも己の力によって強力な竜巻を発生させようとしたGreat TORNADOの動きが止まり、身体が黒く変色し、腐敗したように崩れ落ちて灰のように消えていった。

 

「さすがに、やすやすとはいかんか!」歯噛みするアテナ。咲夜も渋い表情だ。

「けどこれでモンスターはいない。ネオスでダイレクトアタック!」

 

 壁のいなくなった平月のフィールドに、咲夜のHEROが立つ。ネオスが右拳を固め、跳躍して光輝く拳の一撃を放とうとする。

 だが、

 

「まだぼくのフィールドには伏せカードが一枚ありますよ。リバース速攻魔法、発動! 白き宿命(さだめ)のエルドリクシル! 手札の二体目のエルドリッチを守備表示で特殊召喚しましょう!」

 

 大仰に両腕を広げた後、平月はカードをデュエルディスクにセット、彼のフィールドに再び黄金を征服したアンデットが現れる。

 分かり切ったことだが、エルドリクシルの守備力を、ネオスの攻撃力では突破できない。

 

「……攻撃は中断。カードを一枚セットして、ターンエンド」

 

 

E・HERO ソリッドマン 地属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1300 DEF1100

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下の「HERO」モンスター1体を特殊召喚する。(2):このカードが魔法カードの効果でモンスターゾーンから墓地へ送られた場合、「E・HERO ソリッドマン」以外の自分の墓地の「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

V・HERO ヴァイオン 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1200

このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「HERO」モンスター1体を墓地へ送る。(2):1ターンに1度、自分の墓地から「HERO」モンスター1体を除外して発動できる。デッキから「融合」1枚を手札に加える。

 

増殖するG 地属性 ☆2 地属性 昆虫族:効果

ATK500 DEF200

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、以下の効果を適用する。●相手がモンスターの特殊召喚に成功する度に、自分はデッキから1枚ドローしなければならない。

 

ダイガスタ・エメラル 風属性 ランク4 岩石族:エクシーズ

ATK1800 DEF800

レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分の墓地のモンスター3体を選択して発動できる。選択したモンスター3体をデッキに加えてシャッフルする。その後、デッキからカードを1枚ドローする。●効果モンスター以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。

 

E・HERO ネオス 光属性 ☆7 戦士族:通常モンスター

ATK2500 DEF2000

 

ミラクル・フュージョン:通常魔法

(1):自分のフィールド・墓地から、「E・HERO」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO Great TORNADO 風属性 ☆8 戦士族:融合

ATK2800 DEF2200

「E・HERO」モンスター+風属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが融合召喚に成功した場合に発動する。相手フィールドの全てのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

 

永久に輝けし黄金郷:カウンター罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「エルドリッチ」モンスターが存在し、モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、自分フィールドのアンデット族モンスター1体をリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

白き宿命のエルドリクシル:速攻魔法

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分の手札・墓地からアンデット族モンスター1体を選んで特殊召喚する。自分フィールドに「エルドリッチ」モンスターが存在しない場合には、この効果で「エルドリッチ」モンスターしか特殊召喚できない。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はアンデット族モンスターしか特殊召喚できない。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「黄金郷」魔法・罠カード1枚を選んで自分フィールドにセットする。

 

 

「ぼくのターンですね。貴方のおかげで手札も増えましたし、ぼくもギアを上げましょう。

 呪われしエルドランドを発動し、効果を発動!800ライフを払い、 デッキから黄金郷のワッケーロを手札に加え、セットします。そして墓地のエルドリッチの効果発動! 今セットしたワッケーロを墓地に送り、エルドリッチを手札に戻します。そして自身の効果によって再び特殊召喚! 自身の効果による特殊召喚なため、攻守がアップし、効果による破壊を防ぎます」

 

 大仰に両手を広げて、歌うように平月は宣言する。その声に導かれるように、瓦礫を押し分け、黄金の王が復活する。今度はステータスもアップしており、咲夜のネオスも打倒できる。

 

「守備表示のままのエルドリッチを攻撃表示に変更し、バトルです! さぁ踊りましょう。ステータスのアップしているエルドリッチでネオスを攻撃!」

 

 大仰な仕草はさながら舞台演劇のようだったが、プレイングに容赦はない。黄金の王がその右腕を振りかぶり、ハンマーのように振り下ろした。

 叩き落される一撃。受ければネオスはなす術なく粉砕される――――――はずだった。

 ネオスを粉砕するはずだった拳の一撃は、あろうことか受け止められていた。広げたネオスの掌が、エルドリッチの拳を受け止めていた。その背には虹色の輝く、エネルギー状の翼が生えていた。

 

「君が増Gを握っていたように、あたしも手札に握っていたのがあるの。このオネスティ・ネオスをね!」

 

 攻撃力が2500アップしたネオスの反撃。槍のように突き出された拳の一撃がエルドリッチの胸板を鎧ごと粉砕した。

 ダメージのフィードバックが平月を襲う。

 

「くぅ……。これでは追撃はできませんね。メインフェイズ2に入り、墓地の黒き覚醒のエルドリクシルの効果を発動。このカードを除外して、二枚目の永久に輝けし黄金郷をセットします。カードを二枚セットして、ターンエンド」

 

 

呪われしエルドランド:永続魔法

このカード名の(2)(3)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分はアンデット族モンスターでしか攻撃宣言できない。(2):800LPを払って発動できる。デッキから「エルドリッチ」モンスター1体または「黄金郷」魔法・罠カード1枚を手札に加える。(3):このカードが魔法&罠ゾーンから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「エルドリッチ」モンスター1体または「黄金郷」魔法・罠カード1枚を墓地へ送る。

 

黄金郷のワッケーロ:永続罠

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードは発動後、通常モンスター(アンデット族・光・星5・攻1800/守1500)となり、モンスターゾーンに特殊召喚する。このカードは罠カードとしても扱う。自分フィールドに「黄金卿エルドリッチ」が存在する場合、さらに自分・相手の墓地のカード1枚を選んで除外できる。(2):自分・相手のエンドフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「エルドリクシル」魔法・罠カード1枚を選んで自分フィールドにセットする。

 

E・HERO オネスティ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:効果

ATK2500 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、相手ターンでも発動できる。(1):このカードを手札から捨て、フィールドの「HERO」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで2500アップする。(2):手札から「HERO」モンスター1体を捨てて発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、捨てたモンスターの攻撃力分アップする。

 

 

咲夜LP8000手札2枚

平月LP8000→7200→5700手札2枚

 

 

「さすがに強いですね。けれど、危険なカードを切らせたと考えましょう」

 

 強化したエルドリッチを迎撃されて、それでも平月の余裕は崩れない。咲夜は得体のしれない気持ち悪さを感じながら、この見た目だけは美しい少年を警戒し続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117話:HERO連撃

 目の前の少年は得体が知れない。咲夜(さくや)平月(ひらつき)と相対しながらそう思った。

 すでに彼と戦ったことのある岡崎和輝(おかざきかずき)の印象も、あまり自分と違いはないだろう。

 何しろ、こうして目の前に立って、デュエルまでしているのに相手の内面が何も伺えない。

 何を思い、どのような思考で戦術を組み立て、自分の有利不利を判断し、次にどのような手を打つか。反撃か、防戦か。それさえも見えてこない。

 底の無い(うろ)を覗いている気分にさせられる。

 

(余計なことは考えない方がいいぞ、咲夜)

 

 傍らで、半透明の姿をしたアテナが言ってくる。

 その通りだ。今はこの決闘(デュエル)に勝つことが先決。

 できればこの少年をこの場で神々の戦争失格にしたい。

 この場から逃し、解き放つには、目の前の少年も、這いよる混沌も、危険すぎる。

 

 

咲夜LP8000手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン E・HERO ネオス(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

平月LP5700手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 黄金卿エルドリッチ(攻撃表示)、

魔法・罠ゾーン 呪われしエルドランド、伏せ3枚(永久に輝けし黄金卿含む)

フィールドゾーン なし

 

 

「あたしのターン!」

 

 ターンは咲夜に移り、彼女はドローフェイズを消化し、フィールドの状況を一瞥した。

 自身の効果によって強化されたエルドリッチは返り討ちにした。伏せカードは気になるが、今は一気に攻めるべきタイミングだ。

 そう思い、フェイズを切り替えて攻勢に移ろうとした咲夜に待ったをかけるように、平月に手が上がった。

 

「貴方のスタンバイフェイズ、伏せていた黄金郷のコンキスタドールを発動します」

 

 平月が場に伏せていた三枚のカードのうち、一枚が翻る。次の瞬間、彼のフィールドに現れたのは、黄金の鎧を身に着けた黒馬に跨った、死霊の騎士。

 右手で手綱を握り、左手で掴んだ片手剣を天に向かって力強く振り上げて、進撃の意を声高々に放っている。

 

「知っているでしょうが、コンキスタドールは通常モンスター扱いで、守備表示でぼくのフィールドに現れます。

 さらにぼくのフィールドにエルドリッチが存在するため、追加効果でE・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオスを破壊しましょう」

 

 パチン。平月が右の指を鳴らすと、咆哮を上げたコンキスタドールが馬を駆り、手にした剣でネオスの首を跳ねた。

 

「ッ! まぁ、このくらいはするわよね。改めて、スタンバイフェイズを終えて、伏せていた戦線復帰を発動! 今破壊されたネオスを守備表示で特殊召喚するわ」

 

 この程度の妨害は予測積みだ。何しろ三枚も伏せカードがあるのだから。だからこれはどうだと、咲夜は伏せカードを翻す。

 

「これは止めておきましょうか。リバーストラップ発動。永久に輝けし黄金郷。コンキスタドールをリリースして戦線復帰を無効にします」

 

 二枚目の妨害カード。だが永久に輝けし黄金郷が伏せてあることは分かっていた。目に見える妨害をここで使わせられたことは大きい。

 おかげで次の行動ができる。

 

「これならどう!? O-オーバーソウル発動! 墓地のネオスを復活させるわ!」

 

 今度は妨害はない。平月は微笑を浮かべたまま手振りで「どうぞ」と咲夜の行動を促す。

 デュエルディスクが正常に作動し、立体映像(ソリットビジョン)がネオスの姿を露わにする。

 だがネオスのステータスではエルドリッチを破壊できない。そして咲夜の手札は一枚。融合を主体とする彼女のデッキで、ここからの展開は難しいのではないか? 平月のそんな考えに反逆するように、咲夜は残った手札をデュエルディスクにセットした。

 

「ネオス・ギフトを発動して、二枚ドロー! さらにコール・ネオスペーシアン発動! デッキからN(ネオスペーシアン)・グラン・モールとフレア・スカラベを特殊召喚!」

 

 ドローブーストで引いたカードを一瞥で確認し、すぐさま行動に移す。現れたのは肩にドリルのような装甲パーツを背負ったモグラ――グラン・モール――と、人間のような端正な顔立ちに二足歩行を行う黒い体躯のスカラベ――フレア・スカラベ――が共に戦う戦士としてネオスの両脇に現れた。

 咲夜の右手が力強く、天高く掲げられた。

 

「ネオスとグラン・モール、そしてフレア・スカラベでコンタクト融合!」

 

 咲夜の頭上の空間が渦を巻いて歪みだす。その歪みに、彼女の三体のモンスターが飛び込み、一つになる。

 

「異星の戦士よ、大地と炎の力をその身に受けて、マグマのごとく雄々しく、力強く燃え突き進め! トリプルコンタクト融合、E・HERO マグマ・ネオス!」

 

 渦の中心部から現れる新たなヒーロー。

 全体的にマッシブになったネオスを素体に、グリーンとシルバーの装甲を装着、増強させ、背中にはウィングパーツ。頭部はフレア・スカラベを思わせる、甲虫の黒い頭。グラン・モールを彷彿とさせる、黒い鉤爪が揃った右手に、煮え滾るマグマを彷彿とさせる、左腕。

 攻撃力は3000。元々の攻撃力でもエルドリッチを倒せるが、さらにマグマ・ネオスは自身の効果によって攻撃力が上昇している。

 

「バトルよ。マグマ・ネオスでエルドリッチを攻撃!」

 

 咲夜の攻撃宣言を聞き受け、マグマ・ネオスは勇ましい咆哮と共に両腕にマグマの熱量を宿す。

 炎の両腕を用いた近接戦闘による一撃。だがそこに、平月が動いた。

 

「その攻撃、通すのもうまくありませんね。リバースカードオープン! 黄金卿のガーディアンを発動! その効果で、マグマ・ネオスの攻撃力を0にします!」

 

 平月の伏せカードが翻り、彼のフィールドにトラップモンスターが新たに現れる。

 黄金の身体に白銀の体毛、生物というよりも、鉱石のような体は所々に棘のような突起が生えており、爪牙は鋭く、両目は攻撃性の高い赤い色。

 黄金のモンスターの咆哮によって、マグマ・ネオスの動きが止まる。その無防備なヒーローに不意打ちをかまそうと、黄金郷のガーディアンが地を蹴る。

 

「させない! チェーンして手札からコンタクト・アウトを発動! マグマ・ネオスをEX(エクストラ)デッキに戻して、素材となった三体のモンスターをデッキから特殊召喚するわ」

 

 マグマ・ネオスの身体が光に包まれ、三つに分かれる。光が晴れた時にはマグマ・ネオスの融合素材三体。ただし、グラン・モール以外の二体は守備表示だ。

 

「バトルは続いている。グラン・モールでエルドリッチを攻撃!」

 

 咲夜の攻撃宣言が下り、グラン・モールが自身をドリルに変えて突撃。結果として二体のモンスターは持ち主の手札に戻った。

 

「バトル終了。メインフェイズ2に入って、壺の中の魔術書を発動。三枚ドローするわ」

「おっと、ぼくも三枚ドローです。ありがとうございます」

 

 笑顔での世辞には何も言わない。神経を逆なでされるだけだ。

 

「カードを一枚セットして、ターンエンド」

「ならあなたのエンドフェイズに、墓地に送られた黄金郷のコンキスタドールの効果を発動しましょう。デッキから赤き血染めのエルドリクシルをセットします」

 

 

黄金郷のコンキスタドール:永続罠

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードは発動後、通常モンスター(アンデット族・光・星5・攻500/守1800)となり、モンスターゾーンに特殊召喚する。このカードは罠カードとしても扱う。自分フィールドに「黄金卿エルドリッチ」が存在する場合、さらにフィールドの表側表示のカード1枚を選んで破壊できる。(2):自分・相手のエンドフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「エルドリクシル」魔法・罠カード1枚を選んで自分フィールドにセットする。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

永久に輝けし黄金卿:カウンター罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。①:自分フィールドに「エルドリッチ」モンスターが存在し、モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、自分フィールドのアンデット族モンスター1体をリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

O-オーバーソウル:通常魔法

(1):自分の墓地の「E・HERO」通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

ネオス・ギフト:通常魔法

(1):自分フィールドに「E・HERO ネオス」が存在する時にのみ発動できる。カードを2枚ドローする。

 

コール・ネオスペーシアン:通常魔法

「コール・ネオスペーシアン」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「E・HERO ネオス」または「E・HERO ネオス」を融合素材としたモンスターが存在する時に発動できる。デッキから「N」モンスター2種類を選択し、特殊召喚する。

 

N・グラン・モール 地属性 ☆3 岩石族:効果

ATK900 DEF300

(1):このカードが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時に発動できる。その相手モンスターとこのカードを持ち主の手札に戻す。

 

N・フレア・スカラベ 炎属性 ☆3 昆虫族:効果

ATK500 DEF500

このカードの攻撃力は、相手フィールド上の魔法・罠カードの数×400ポイントアップする。

 

E・HERO マグマ・ネオス 炎属性 ☆9 戦士族:融合

ATK3000 DEF2500

「E・HERO ネオス」+「N・フレア・スカラベ」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。このカードの攻撃力は、フィールド上のカードの数×400ポイントアップする。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。この効果によってこのカードがエクストラデッキに戻った時、フィールド上のカードを全て持ち主の手札に戻す。

 

黄金郷のガーディアン:永続罠

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードは発動後、通常モンスター(アンデット族・光・星8・攻800/守2500)となり、モンスターゾーンに特殊召喚する。このカードは罠カードとしても扱う。自分フィールドに「黄金卿エルドリッチ」が存在する場合、さらにフィールドの表側表示モンスター1体を選んで攻撃力を0にできる。(2):自分・相手のエンドフェイズに墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「エルドリクシル」魔法・罠カード1枚を選んで自分フィールドにセットする。

 

コンタクト・アウト:速攻魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する「ネオス」と名のついた融合モンスター1体を融合デッキに戻す。さらに、融合デッキに戻したモンスターに記された融合素材モンスター一組が自分のデッキに揃っていれば、この一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

壺の中の魔術書:通常魔法

「壺の中の魔術書」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):互いのプレイヤーはカードを3枚ドローする。

 

 

「ぼくのターンですね。ここらで反撃させてもらいましょう。

 墓地のエルドリッチの効果を発動します。場にいる黄金郷のガーディアンを墓地に送り、エルドリッチを手札に戻し、今戻したエルドリッチを特殊召喚します」

 

 瓦礫の山をかき分けて、己の身体を這い出して、黄金に狂った王が現れる。この不死性が、エルドリッチの特に厄介なところだ。

 もっとも、エルドリッチの厄介なところは、それだけではないが。

 

「手札にあるもう一枚のエルドリッチの効果を発動しましょう。このカードと手札の黒き覚醒のエルドリクシルを捨て、貴方の伏せカードを破壊しますよ」

 

 咲夜の伏せカードは一枚のみ。ここでバックを割られると平月の不死者たちに一気に追いつめられる。咲夜は停滞なくデュエルディスクのボタンを押した。

 

「チェーンするわ。手札を一枚捨てて、リバーストラップオープン! 早すぎた帰還! これで除外されていたE・HERO ソリッドマンを、裏側守備表示で特殊召喚! さらに捨てた代償の宝札の効果で、二枚ドロー!」

 

 結果として平月のカードは躱された。だが懸念材料である伏せカードの除去はできたと、平月の笑みは変わらない。どちらにせよ、咲夜を守るカードは減ったのだ。

 

「ならこここそが、一気に攻めるタイミング。白き宿命のエルドリクシルを発動! 墓地のエルドリッチを特殊召喚しますよ。

 さぁバトルです。二体のエルドリクシルで、守備表示のフレア・スカラベとネオスを攻撃しましょう!」

 

 黄金の王が、二体揃ってその剛腕を振り下ろし、咲夜のモンスターを叩き潰した。これで彼女の壁モンスターは裏守備表示のソリッドマンのみ。

 ただし、平月の攻撃もまだ終わってはいない。

 

「ここでリバースカード、赤き血染めのエルドリクシル発動! デッキから、三体目のエルドリッチを特殊召喚し、ソリッドマンに攻撃します!」

 

 まるで指揮者のような大仰な仕草で手指を振るう平月。そのフィールドに三体目のエルドリッチが出現。平月の指が裏守備表示のソリッドマン指し示すと、三体目のエルドリッチが両腕を合わせ、ハンマーのように振り下ろしてソリッドマンを粉砕した。

 

「く……ッ!」

 

 これで咲夜を守るモンスターはいない。だが平月の場にも、攻撃可能なモンスターはいない。

 凌いだ。咲夜はそう思った。だが――――――

 

(まだだ咲夜! まだ、奴の攻撃の気配は終わっていない! 気を抜くな!)

 

 半透明のアテナから警告が飛ぶ。その言葉に、咲夜は緩みかけた気を引き締めた。平月の微笑が少しだけ深くなった。

 

「手札から速攻魔法、超融合発動! 手札を一枚捨て、ぼくの場にいる強化されていない二体のエルドリッチを素材に融合召喚!

 狂え狂え黄金に。満たせ満たせ欲望を! 堕ちた先より来るは征服者! 其の名は黄金狂エルドリッチ(エル・レイ・コンキスタエルドリッチ)!」

 

 平月の頭上の空間が歪み、渦を作る。その渦に二体のエルドリッチが吸い込まれ、一つとなる。

 渦から現れたのは黄金に狂い、征服に憑りつかれ、支配に溺れた不死者の王。紫のマントを翻し、異形と化した黄金の鎧を身に纏い、狂笑を張り憑かせた兜をかぶったその姿は見る者にの恐怖を与えずにおれない。

 

「では、黄金狂エルドリッチでダイレクトアタック!」

 

 平月の攻撃宣言が下り、黄金狂エルドリッチの両腕が胸の前で翳される。その掌の間に発生した黒い光が咲夜に向かって放たれる。

 咲夜は全力でその場から離脱。足の力の続く限り掛け、一気に身体ごと前に飛び出し、黒い光の着弾地点から逃れた。

 

「くぅ……ッ!」

 

 逃げることはできたが受け身のことも考えずに身体を飛び出したので身体が痛む。だが宝珠を守るためにはこれが最適だと思ったのだ。この、神々の戦争の結界内で向上した身体能力がなければ、それもできなかっただろうが。

 

「さすがに躱しますよね。ではバトルを終了。メインフェイズ2に入り、墓地の黒き覚醒のエルドリクシルの効果を発動し、デッキから三枚目の永久に輝けし黄金郷をセットしましょう。さらにエルドランドの効果を発動。800ライフを払い、黄金卿のワッケーロを手札に加え、セットします。そしてエンドフェイズに黄金郷のガーディアンの効果で三枚目の白き宿命のエルドリクシルをセット。ターンエンドです」

 

 

早すぎた帰還:通常罠

(1):手札を1枚除外し、除外されている自分のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを裏側守備表示で特殊召喚する。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

超融合:速攻魔法

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。(1):手札を1枚捨てて発動できる。自分・相手フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

黄金狂エルドリッチ 光属性 ☆10 アンデット族:融合

ATK3800 DEF3500

「エルドリッチ」モンスター+レベル5以上のアンデット族モンスター

このカード名の(3)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、カード名を「黄金卿エルドリッチ」として扱う。(2):フィールドのこのカードは戦闘・効果では破壊されない。(3):自分フィールドのアンデット族モンスター1体をリリースし、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのコントロールを得る。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃できず、効果を発動できない。

 

 

咲夜LP8000→4200手札4枚

平月LP5700→4900手札2枚

 

 

「あたしのターン!」

 

 形成は咲夜に圧倒的に不利。ライフの差はまだわずかだが、黄金狂の前では紙屑に等しい。

 さらに追い打ちが、平月から掛けられた。

 

「貴方のスタンバイフェイズ、伏せていた黄金卿のワッケーロを発動。発動時の効果で、貴方の墓地にいるE・HERO ネオスを除外しましょう」

 

 翻るリバースカード。同時に現れた亡者によって、咲夜の墓地にあったネオスのカードがずたずたに引き裂かれた。蘇生による特殊召喚の手段が豊富という、ネオスの利点さえもこれで潰されたわけだ。

 

「さぁ、どうします?」

 

 問いかける平月。だがその微笑は、獲物を前に舌なめずりをする捕食者のようだ。

 が、咲夜とてプロのデュエリスト。やすやすと非捕食者に甘んじたりはしない。

 その証拠に、彼女の口元には勝気な笑みが浮かんでいた。

 

「勿論、このターンで君に勝つつもりよ。

 あたしのフィールドにカードは存在しないため、このカードは手札から発動できる。NEXT(ネオスペースエクステンション)!」

 

 発動されたのは罠でありながら特定条件下で手札から発動できるカード。

 その効果は破格の一言。手札か墓地からネオス、またはNを任意の数だけ特殊召喚できるのだ。

 だが平月のフィールドには妨害手段の永久に輝けし黄金郷がある。

 

「止めるしかありませんね。カウンタートラップ、永久に輝けし黄金卿! 黄金卿のワッケーロを墓地に送り、NEXTを無効にします」

 

 

 そうだ、ここはとめるだろう。これは咲夜の予想通りだ。

 だがらこそ、妨害はもうない。

 

「貪欲な壺を発動。ヴァイオン、Great TORNADO、ソリッドマン、フレア・スカラベ、オネスティ・ネオスをデッキに戻して、二枚ドロー」

 

 咲夜の墓地から、五枚のカードが排出され、デッキやEXデッキに戻され、二枚のドロー。それを咲夜は一瞥するだけで留め、次のカードを手札から繰り出した。

 

「ネオスペース・コネクターを召喚、効果でデッキからE・HERO ネオスを特殊召喚。そして融合を発動! 場のネオスと、手札のグラン・モールで融合!」

 

 咲夜の頭上の空間が、融合の渦を巻く。その渦に飛び込んだネオスとグラン・モールが混ざり合い、新たなモンスターとなって現出する。

 

「大地のヒーロー! その雄々しき拳で出来を砕け! 融合召喚、E・HERO ガイア!」

 

 現れたのは黒鉄(くろがね)色の体躯、末端肥大型の両腕、鎧が動いたような重厚で力強さを感じさせる、大地のヒーロー。

 

「ガイアの効果発動! 黄金卿エルドリッチの攻撃力を吸収! そしてミラクル・コンタクトを発動! 墓地のネオスとグラン・モールでコンタクト融合!

 異星の戦士よ、大地の力を得てどこまでも掘り進む一矢となれ! コンタクト融合! 天元を突破せよ、E・HERO グラン・ネオス!」

 

 ガイアの両腕が振り下ろされ、大地が隆起する。隆起した大地が拘束となり、エルドリッチの攻撃力を半分にし、その数値分、ガイアの攻撃力がアップする。

 そして強化されたガイアの傍らに、深緑の鎧を身に纏い、右腕がドリルに、左腕が鋭いクローになったネオスが現れる。

 

「まだよ! 手札からネオス・フュージョン発動! デッキからネオスとE・HERO シャドー・ミストを墓地に送って、来たれ新たなHERO! E・HERO ブレイヴ・ネオスを特殊召喚!」

 

 ガイアとグラン・ネオスの傍らに現れた新たなヒーロー。

 その姿はノーマルのネオスをより先鋭化させ、マッシブとなった姿。三体のHEROが並ぶ光景に、平月の表情が僅かに硬くなる。

 

「融合素材になったシャドー・ミストの効果で、オネスティ・ネオスを手札に加えるわ。

 いくわよ! グラン・ネオスの効果発動! 黄金狂エルドリッチをバウンス!」

 

 グラン・ネオスの右手のドリルが唸りを上げて振るわれた。そのドリルは物体だけでなく、空間にさえ穴をあける。

 大穴を開けられた空間から、圧倒的な吸引力が発揮され、黄金狂エルドリッチはその力に抗えず、穴の中に吸い込まれ、虚空の彼方へと吸い込まれてしまった。

 

(戦闘、効果による耐性を持っていようと、バウンスには無力だというわけだな!)

 

 半透明のまま、ガッツポーズをとって喜ぶアテナ。咲夜も力強く頷く。

 

「バトルよ! ガイアで黄金卿エルドリッチを攻撃!」

 

 ガイアの両腕が再び振り下ろされ、隆起した大地が今度は質量兵器となって黄金卿エルドリッチ自身を圧し潰した。

 

「ぐ、か……ッ!」

 

 ダメージのフィードバックが平月を襲い、彼の華奢な体が揺らぐ。

 その隙を見逃さず、咲夜が一歩踏み出した。

 

「グラン・ネオスでダイレクトアタック!」

 

 揺らぐ平月の身体に、ドリルを回転させてグラン・ネオスが肉薄する。平月は顔をしかめながらもデュエルディスクのボタンを押した。

 

「白き宿命のエリドリクシル発動! 墓地の黄金卿エルドリッチを守備表示で特殊召喚しますよ」

 

 両腕をクロスさせた防御態勢をとって、エルドリッチが再度現れる。

 ただし、これは平月自身、通用しないことは分かっていた。シャドー・ミストの効果で手札に加えたあのカードがあるからだ。守備力の壁など何の意味もない。

 

「ダメージ計算時、手札のオネスティ・ネオスの効果発動!」

 

 これでグラン・ネオスの攻撃力はエルドリッチの守備力を上回った。ドリルの一撃が黄金の王の胴体部に巨大な風穴を開ける。

 これで平月のフィールドはがら空き。そして彼のライフは残り2700。今、平月の眼前で構えている最後のHERO、ブレイヴ・ネオスの攻撃力も、丁度2700。

 

「これで、終わり! ブレイヴ・ネオスでダイレクトアタック!」

 

 平月は微笑みながら、両手を広げた。、まるで咲夜の一撃を甘んじて受け入れようとしているようだ。

 咲夜からは、平月のそんな微笑はすぐに消えた。拳を振り抜いたネオスの背中がその姿を隠したからだ。

 だがネオスの一撃が平月の胴体部に激突し、彼の華奢な体躯を吹き飛ばしたのは確認できた。

 

 

NEXT:通常罠

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。自分フィールドにカードが存在しない場合、このカードの発動は手札からもできる。(1):自分の手札・墓地から、「N」モンスター及び「E・HERO ネオス」を任意の数だけ選んで守備表示で特殊召喚する(同名カードは1枚まで)。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。この効果で特殊召喚したモンスターが自分フィールドに表側表示で存在する限り、自分は融合モンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。

 

貪欲な壺:通常魔法

(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

ネオスペース・コネクター 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK800 DEF1800

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札・デッキから「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を守備表示で特殊召喚する。(2):このカードをリリースし、自分の墓地の、「N」モンスターまたは「E・HERO ネオス」1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

E・HERO ガイア 地属性 ☆6 戦士族:融合

ATK2200 DEF2600

「E・HERO」モンスター+地属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードが融合召喚に成功した場合、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動する。ターン終了時まで、そのモンスターの攻撃力を半分にし、このカードの攻撃力はその数値分アップする。

 

ミラクル・コンタクト:通常魔法

(1):自分の手札・フィールド・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを持ち主のデッキに戻し、「E・HERO ネオス」を融合素材とするその「E・HERO」融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。

 

E・HERO グラン・ネオス 地属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+「N・グラン・モール」

自分フィールド上の上記のカードをデッキに戻した場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す事ができる。また、エンドフェイズ時、このカードはエクストラデッキに戻る。

 

ネオス・フュージョン:通常魔法

(1):自分の手札・デッキ・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、「E・HERO ネオス」を含むモンスター2体のみを素材とするその融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。このカードの発動後、ターン終了時まで自分はモンスターを特殊召喚できない。(2):「E・HERO ネオス」を融合素材とする自分フィールドの融合モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、または自身の効果でEXデッキに戻る場合、代わりに墓地のこのカードを除外できる。

 

E・HERO ブレイヴ・ネオス 光属性 ☆7 戦士族:融合

ATK2500 DEF2000

「E・HERO ネオス」+レベル4以下の効果モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードの攻撃力は自分の墓地の「N」モンスター及び「HERO」モンスターの数×100アップする。(2):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時に発動できる。「E・HERO ネオス」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。

 

E・HERO シャドー・ミスト 闇属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1000 DEF1500

「E・HERO シャドー・ミスト」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから「チェンジ」速攻魔法カード1枚を手札に加える。(2):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「E・HERO シャドー・ミスト」以外の「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

 

平月LP4900→2700→0

 

 

 手応えありだ。ひょっとしたら宝珠も砕けたかもしれない。

 だが平月は受け身と取れずに吹き飛ばされ、近くの民家の窓を突き破って中に叩き込まれた。

 或いは、命に関わるかもしれない。

 

「大丈夫!?」

 

 思わず駆け寄る咲夜。だが民家の中に入ってみても、平月の姿はない。

 

「え?」

 

 一体どこに? 疑問が浮かんだ時、どこからともなく平月の声がした。

 

『さすがは国守プロ。手強い』

 

 声はすれども姿は見えない。だが仕留めそこなったことだけは分かった。

 

『今回はここまで、これで失礼させていただきますよ』

 

 何か言い返してやろうか。そうも思ったが、この手の輩は何を言っても無駄だ。自分が安全圏にいると思っているのだから。

 

「……アテナ、相手はどこに行ったか分かる?」

「いや、気配が途絶えた。これ以上は追えそうもない」

 

 そう、とだけ答えて、咲夜は拳を握り締めた。

 あの少年は危険だ。できればここで宝珠を砕き、神々の戦争から脱落させたかった。

 だが終わってしまったのなら仕方がない。後悔は振り払い、切り替えていこう。

 何より、まだ咲夜も知らないことだが、水面下で進行していた仲間の危機は今この瞬間、その深い悪意を伴って浮上し始めていたのだった。

 彼女たちの仲間、黒神烈震(くろかみれっしん)が入院している病院。そこにギリシャの悪霊(エンプーサ)達や、テュポーン神族の一柱が迫っていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118話:女神の復讐

「ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 和輝(かずき)の声が通り、彼の命令に従って、黒衣の魔術師が杖を振りかざす。

 杖の先端に備え付けられた宝珠から黒い稲妻が幾条も放たれ、それが対戦相手の、中年男性へと叩きこまれた。

 

『ギャァァァァアッ!』

 

 男性の、否、人間の喉から迸ったとは思えない、野太く軋んだ悲鳴が轟き、男が倒れた。

 

「希望皇ホープでダイレクトアタック!」

 

 その近くで、龍次(りゅうじ)の声も上がる。

 そして彼の命令に従って、ウィングパーツを広げた戦士が、片刃の剣を投擲。中学生くらいの少女の身体に最後の一撃を叩き込んだ。

 

『ガアアアアアアアアアアアアア!』

 

 やはり少女の喉から迸ったとは思えない、ノイズのような悲鳴が上がって、彼女の身体が倒れる。その寸前に飛び出した龍次が、少女の身体を抱え、無防備なまま地面に倒れるのを防いだ。

 

「紳士的だな、龍次」

 

 和輝の笑みを含んだ声に、龍次自身「俺のポリシーさ」と軽口を返す。

 そこは戦場だった。

 ジェネックス杯二日目。まもなく日が沈み、二日目の終わりを告げる。

 そんな中、神々の戦争の結界の中は、多くのギリシャの悪霊(エンプーサ)と、どこの神話出身とも分からない、得体の知れない怪物が蠢いていた。

 神々の戦争の、神以外の怪物たちだった。

 場所は、和輝たちの仲間、烈震(れっしん)が入院している病院。

 和輝と龍次は、フレデリックからの連絡で、この病院に怪物や、ティターン神族の一柱が向かっていると聞き、急行した。

 幸い、龍次は元々近くにいたし、和輝は結界内で閃珖竜スターダストを召喚し、空からやってきた。

 病院の土地は広く、怪物たちもやはり人間用の出入り口など気にせず襲来してきたが、フレデリックと、彼とともにカトレアも急行。少し遅れてやはり銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)に乗って現れたエーデルワイスによって、さらに防御は硬くなった。

 しかし敵の数が多い。が、これだけでも実は少ないのだ。和輝たちは知る由もないが、二日目から参加している穂村崎(ほむらざき)がフレデリックの指示によって遊撃隊として都内をめぐり、怪物たちを断引き付けてくれているのだ。

 

「いや、ギリシャの怪物だけじゃないな」

 

 敵の中に何体か混ざっているギリシャ神話の怪物とは一切共通点を見いだせない化け物もいる。龍次は、不気味さをより増している、そんな怪物たちを思い返して吐き捨てた。

 

「確か、フレデリックが言っていたぜ、クトゥルフ神話の怪物も、このジェネックス杯に紛れ込んでるってな。そして奴らがティターン神族に戦力を貸しているって」

「道理で数が多いわけだぜ」

 

 再び現れた敵を前に、二人が構える。そして、別の場所で派手な音が鳴り、光が上がった。

 

「今のは……コナーさんか」

 

 和輝はウェールズの森で会った少女の顔を思い浮かべた。かつてはおどおどしていた女の子が、こんな短期なんで勇敢になったものだ。

 人の成長は凄いな。そう思った。そこに自分が大きく関わっていることを、和輝は知る由もなかった。

 

「よし、このまま残りの敵も―――――」

 

 倒してしまおう。そう言おうとした和輝の背後、今まさに彼らが死守しようとしている病院から、轟音と共に巨大な水柱が立ち昇った。

 

「なんだ!?」

「これは……すでに遅かったかもしれない」

 

 驚く和輝の傍らに、ロキが実体化してそう呟いた。

 ロキの言葉は正しかった。和輝たちが進行してくる怪物たちを止めている間、文字通り()()()で事態は進行していたのだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 病院の中庭には、中央部に大きな噴水があった。

 神々の戦争のバトルフィールド内にあっても、いかなる仕掛けか水が湧き出続けているその場所に、今静かに、だが明らかな異変が起きていた。

 噴水の水が出る間隔が一定でなくなり、ひときわ高く、水柱のように沸き立った。

 柱はまるで滝を逆流させたかのような勢いで立ち昇り、時が止まったように停止、音と水しぶきを盛大に上げて内側から砕けるように割れた。

 中から現れたのは女。水気を含んだ、しっとりとした黒い長髪、白い半袖のブラウスにワインレッドのロングスカート、大人しめなフレームレスの眼鏡に黄色の瞳。ただ黙って佇むのであれば、知的で物静かな美女だろう。何しろ、本来の彼女の瞳には慈しみと知性の光があった。

 だが今、その瞳は沈んでおり、やりきれなさと悲しみで染まっていた。

 彼女の名はピスケース・フィッシュバウト。ゾディアック本社自慢の庭園の管理者で、アマチュアだが、その腕前はBランクプロデュエリスト並、そのためゾディアックお抱えのプロのデッキ調整にも付き合える、アマチュアの実力者だった。

 ただ、その実力の高さが災いした。ティターン神族の一柱と波長が合い、契約者となった。

 そこまでは良かった。そこまでは。

 

「ああ……」

 

 ピスケースの口は動いていない。だが声は彼女の後ろから聞こえてきた。

 声の主が姿を現す。

 女だ。ただしピスケースとは違い、明らかに人間ではない。

 足元まで届くダークブルーの髪、満月のような金色の瞳。人間とは違う、比喩でも何でもない青白い素肌の上に纏っている衣は、水のように波打っている。

 人間でもなければ怪物でもない。身に纏うのはある種の神々しささえ感じさせる気配。即ち神。

 此の女神の名はテテュス。ティターン神族の一柱。

 

「見つけたぞ、見つけたぞ……ッ!」

 

 テテュスの喉から零れるのは怨嗟。

 

「トールの契約者……ッ! 我が夫、オケアノスを滅ぼした、憎き仇……ッ!」

 

 神話に曰く、ギリシャ神話に登場する、ティターン神族のうち、オケアノスとテテュスは夫婦神だった。

 外海、大海を制するオケアノスの権能に対し、テテュスは河川など、内地の水を制する権能を持っていた。

 そしてテテュスは、穏やかな気性で、高い慈しみの心を持っていたという。

 だが夫を烈震(人間)に倒されたことで、その心を憎しみが覆っていた。

 

「殺してやる、滅ぼしてやる。跡形もなく!」

 

 ピスケースとテテュスの背後。飛び散った水たちが一斉に蠢きだし、一か所に集まって凝縮される。

 さながら水による大砲。だがそれが放たれるよりも前に、声が上から放たれた。

 

(オレ)を探しているのか? それにしては派手だな」

 

 病院の屋上、そこに立つ人影が一つ。

 百九十を超える筋肉質な長身、黒の短髪にダークグリーンの瞳。入院着のはずだがそれを脱ぎ捨てて、筋肉の盛り上がりがよく分かる黒のTシャツにハーフパンツ姿は、入院着から着替え、着の身着のままここに来た、という印象だ。

 何しろ、少なくとも今日の朝の時点で、彼は意識不明だったのだから、これも仕方があるまい。

 北欧神話の闘神、トールの契約者、黒神烈震(くろかみれっしん)であった。

 

「己に用があるのなら、今そこに行ってやろう」

 

 言って、烈震は躊躇なく屋上から飛び降りた。

 普通なら自殺行為。バトルフィールドの効果によって身体能力が上がってもやはり自殺行為だが、烈震は右手の指に挟んでいたカードを左腕に装備したデュエルディスクにセットした。

 

「出でよ、スターダスト・ドラゴン!」

 

 召喚された美しい星光の竜が、足場となって彼の着地を補助する。

 

「我が夫の仇? ずいぶん物騒なことを言うな」

「いや、あいつの言っていることは正しいぜ」

 

 声とともに、烈震の傍らに新たな人影が現れる。

 濃い緑の髪に、金色の双眸、素肌の上に直接羽織った黒のジャケットと、同じ色のズボン姿。

 烈震が契約した神、トールであった。

 

「テテュスはお前が倒したオケアノスの妻だ。つまりこれは、敵討ちってわけだ」

「……そのために、怪物たちもこの病院にけしかけたのか」

「その通りだ」

 

 テテュスの怨嗟の声が響く。女神の言葉に、その契約者の女は諦めたように(かぶり)を振るって、デュエルディスクを起動した。

 

「我が夫を滅ぼした貴様を、貴様だけを殺すために、こうしてここに来た。それが今の私の全て……ッ!」

「……いいだろう」

 

 一つ、長く息を吐いて、烈震は言った。

 

「そういうことなら是非もない。その怒り、憎しみ、全て己が砕く」

 

 言いながら、烈震もまたデュエルディスクを起動させる。

 人間の、その勇ましくも蛮勇である姿に、テテュスも歪んだ笑みを浮かべた。

 

「よい度胸だ。では――――――」

 

 テテュスの姿が、背景に溶け込むように消えていく。トールの姿もまた同様。これから始まるのは、神々の舞台で、神の手を離れた人間たちによる戦いだ。

 

「ピスケース・フィッシュバウトと言います。よろしくお願いします」

 

 眼鏡の位置を少し直しながら、ピスケースが一礼した。その胸には、無色の輝きを放つ宝珠。

 

「黒神烈震だ」

 

 烈震もまた、両手を合掌の形に合わせて一礼した。いちいちしなくてもいい行為だが、相手の礼には答えねばならない。いつの間にかその胸元には、緑色に輝く宝珠が現れていた。

 沈黙は数秒。そして――――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 二人の人間の声が、高らかに病院の中庭に響き渡った。

 

 

烈震LP8000手札5枚

ピスケースLP8000手札5枚

 

 

「己の先攻だ」

 

 先攻を勝ち取ったのは烈震。その背中を、半透明のトールは腕を組みながらじっと見つめていた。

 烈震は本調子ではない。当たり前だ。今朝まで意識不明。目覚めた後、ろくな休憩もとらずにデッキを調整していたのだ。負けたことが、よほど悔しかったのだろう。

 今は気力で保っているが、体は限界だろう。

 トールが思うのは、烈震の隣で、まだ意識不明だった小雪(シャオシュエ)のこと。目覚め、デッキを組み終えた烈震は、眠ったままの彼女の髪をそっとかき上げ、頬を撫でて戦場に向かった。

 烈震なりに思うところがあるのだろう。彼女の仇を討てなかった、弱い自分が許せなかったのかもしれない。

 だからこそ、烈震はこうして戦場に出てきた。

 ここで負けたままにいないために。

 

「永続魔法、天輪鐘楼を発動」

 

 発動したのは、シンクロ召喚に成功したプレイヤーに一枚のドローを与える永続魔法。烈震は(シンクロ)召喚主軸なので、このカードは重要なエンジンとなる。

 

「己のフィールドにモンスターが存在しないため、太陽風帆船(ソーラー・ウィンドジャマー)を攻守を半分にして特殊召喚する。

 さらに手札から、アサルト・シンクロンを、自身の効果で特殊召喚する」

 

 烈震のフィールドに現れたのは、機体の上下に帆を張った帆船。ただし、風を受け大海を行く帆船ではなく、宇宙、太陽風を受け、星の海を行く宇宙の船だ。

 さらにその傍らに現れたのは、デフォルメされた戦闘機に手足と頭部を生やした小さなモンスター。頭の部分は戦闘機のパイロットのようになっており、シンクロンモンスターらしい大きな目を勇ましく開いていた。

 

「……アサルト・シンクロンの効果により、己は700のダメージを受ける。そして!」

 

 烈震の右腕が、力強く天へと掲げられる。

 

「レベル5の太陽風帆船に、レベル2のアサルト・シンクロンをチューニング!」

 

 掲げられた手の頭上、そこでアサルト・シンクロンが二つの緑色の光の輪となり、その輪を潜った太陽風帆船が五つの光球となる。

 光球を、一筋の光の道が貫いた。

 

「連星集結、色即是空。シンクロ召喚、出でよクリアウィング・シンクロ・ドラゴン!」

 

 光が溢れ、その向こうからドラゴンの咆哮が迸った。

 現れたのは透き通った青い結晶のような背翼と尾翼に白と黒のストライプカラーのドラゴン。長い尻尾をくねらせて、全身を震わせて咆哮を上げた。

 

「天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。

 召喚僧サモンプリーストを召喚。自身の強制効果で守備表示に。そしてもう一つの効果を発動。手札の代償の宝札を捨て、デッキから執愛(しゅうあい)のウヴァループを特殊召喚」

 

 追加されるモンスター。ローブを目深にかぶった老人――サモンプリースト――がぶつぶつと呪文を唱えると、その呪文が召喚の呪文となり、現れるはアラビアンダンサーを彷彿とさせる衣装を身に纏い、頭部にヴェールを被ったラクダ。二足歩行をしており、人間のように笑っている。

 

「サモンプリーストのコストとなった代償の宝札の効果により、二枚ドロー。

 レベル4の召喚僧サモンプリーストに、レベル4の執愛のウヴァループをチューニング――――――連星集結、星屑飛翔。シンクロ召喚、出でよスターダスト・ドラゴン!」

 

 再びのS召喚。先程と同じ演出が烈震のフィールドに繰り返され、現れるのは星屑のような光の粒子をまき散らし、巨大な翼を広げ、人間のように長い手足をし、長い首を曲げて空中から地上を、ピスケースたちを睥睨する美しいドラゴン。

 

「天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 

天輪の鐘楼:永続魔法

「天輪の鐘楼」はフィールドに1枚しか表側表示で存在できない。(1):自分または相手がS召喚に成功した場合に発動できる。そのプレイヤーはカードを1枚ドローする。

 

太陽風帆船 光属性 ☆5 機械族:効果

ATK800 DEF2400

自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。また、自分のスタンバイフェイズ毎にこのカードのレベルを1つ上げる。「太陽風帆船」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。

 

アサルト・シンクロン 闇属性 ☆2 機械族:チューナー

ATK700 DEF0

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分メインフェイズに発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。その後、自分は700ダメージを受ける。この効果で特殊召喚したこのカードがモンスターゾーンに表側表示で存在する限り、自分はSモンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。(2):自分フィールドの表側表示のドラゴン族Sモンスターが、リリースされた場合または除外された場合、墓地のこのカードを除外し、そのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン 風属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):1ターンに1度、このカード以外のフィールドのレベル5以上のモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスター1体のみを対象とするモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。(3):このカードの効果でモンスターを破壊した場合、このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカードの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分アップする。

 

召喚僧サモンプリースト 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK800 DEF1600

(1):このカードが召喚・反転召喚した場合に発動する。このカードを守備表示にする。

(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。

(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

執愛のウヴァループ 地属性 ☆4 悪魔族:チューナー

ATK1200 DEF1800

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札に存在する場合、自分のフィールド・墓地のSモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外し、このカードを特殊召喚する。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分のフィールド・墓地のSモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを除外し、このカードを手札に加える。

 

スターダスト・ドラゴン 風属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2500 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。(2):このカードの(1)の効果を適用したターンのエンドフェイズに発動できる。その効果を発動するためにリリースしたこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

 

烈震LP8000→7300手札2枚

ピスケースLP8000手札5枚

 

 

「私のターンですね。ドローします」

 

 物静かな声と繊細な仕草でカードをドローするピスケース。ドローカードを一瞥し、手札に加えた後、静かにフィールドを見つめた。

 その唇が動き、言葉を紡ぐ。

 

「レベル5以上のモンスター効果を牽制するクリアウィング・シンクロ・ドラゴンに、魔法や罠による破壊を防ぐスターダスト・ドラゴン。厄介な布陣ですね」

「確かに、突破は容易ではないでしょう」

 

 半透明のテテュスが語り掛けてくる。その口調が、怒りに狂い、憎しみに染まった今のテテュスの物ではなく、出会った頃のものになっていることに、ピスケースはほんの少し安堵した。

 もっとも、感情は表情には出していないが。昔から苦手だ。そういうものは。

 

「だったら、()()()()()()。でしょう?」

「そうですね。そうしましょう。私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な―――――」

「ンダトォ!?」

 

 烈震と、半透明のトールの眼前、二体いたSモンスターが光の粒子に置換されていく。

 何が起こったか。リリースしただと? そこまで思った時、烈震の脳裏にあるモンスターの名前が過った。

 其の名はデュエルモンスターズの初期に出現した古参のモンスター。

 その推測を裏付けるように、烈震の眼前に檻の格子が現れた。

 正確には眼前ではなく、烈震自身が鳥かご型の檻に囚われたのだ。

 

「溶岩魔神ラヴァ・ゴーレムを、貴方のフィールドに特殊召喚します」

 

 予想は当たった。頭上からの熱気に上を向くと、そこにはマグマによって体をドロドロに溶かしている巨大なゴーレムモンスターの姿があった。

 

「これで厄介なモンスターは除去できました。さらにテテュスの霊水を発動します」

 

 発動されたカードは烈震の知らないもの。さらにテテュスの名前が入っているということは――――――

 

「ティターン神族に与えられた専用カードか」

 

 正解、というように、半透明のテテュスが不敵に笑った。

 

「儀式魔法、リチュアの氷魔鏡を発動します。このカードはリチュアの儀式召喚に用いられますが、レベルさえ合えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もっとも、儀式召喚したモンスターの攻撃力分のライフを失いますが。

 私は貴方のフィールドにいるラヴァ・ゴーレムをリリースし、手札のイビリチュア・リヴァイアニマを儀式召喚します」

 

 烈震を閉じ込めていた檻が唐突に消えた。かと思えば、ラヴァ・ゴーレムの巨体は光の粒子となって、ピスケースのフィールドに現れた燭台の炎に囲まれた魔法陣へと吸い込まれた。

 魔法陣が光を放つ。

 現れたのは水棲と思われる異形の怪物。

 大きく広げられた翼、鱗の生えた肌、長い首、竜とも、蛇ともつかない頭部、珊瑚のような角。手にした剣が、ややヒトの面影を残している。

 

「リチュアの氷魔鏡の代償で、2700のライフを失います。が、ここでテテュスの霊水の効果を発動します。召喚、特殊召喚された水属性モンスターの攻撃力分、ライフを回復します。なので、2700ポイント、ライフを回復します」

「……実質、リチュアの氷魔鏡のデメリットは踏み倒すわけか」

 

 苦い表情の烈震。減ったばかりのピスケースのライフは瞬く間に回復し、初期の8000に戻っている。

 

「バトルです。イビリチュア・リヴァイアニマでダイレクトアタック。そしてこの瞬間、リヴァイアニマの効果で、一枚ドローします」

 

 異形の剣士が、ひれのついた足で地面を蹴りつけて烈震に向かって疾駆する。まるで空中を泳ぐように突き進むその後姿を眺めながら、ピスケースはカードを一枚ドロー。ドローしたのはサルベージ、リチュアではないので烈震の手札を覗き見(ピーピング)できない。

 

「喰らわん! リバーストラップ、パワー・ウォール発動! デッキトップから六枚墓地に送り、ダメージを0に!」

 

 烈震の眼前に、カード型の防壁が現れる。

 数は六、それらがイビリチュア・リヴァイアニマの剣戟を防いだ。

 そして墓地に送られたカードは混沌のヴァルキリア、エターナル・カオス、カオス・ウィッチ-混沌の魔女-、シンクロキャンセル、スターダスト・ヴルム。

 

「防いだか」憎々し気に言うテテュス。

「仕方がありません。カードを一枚セットして、ターンエンドです」

 

 

溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性 ☆8 悪魔族:効果

ATK3000 DEF2500

このカードは通常召喚できない。相手フィールドのモンスター2体をリリースした場合に相手フィールドに特殊召喚できる。このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。(1):自分スタンバイフェイズに発動する。自分は1000ダメージを受ける。

 

テテュスの霊水:永続魔法

このカードは1枚しかフィールドに存在できない。(1)自分フィールドに水属性モンスターが召喚、特殊召喚される度に発動する。そのモンスターの元々の攻撃力の合計値分ライフを回復する。(2)???

 

リチュアの氷魔鏡:儀式魔法

「リチュア」儀式モンスターの降臨に必要。(1):相手フィールドの表側表示モンスター1体をリリース、またはレベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札から「リチュア」儀式モンスター1体を儀式召喚し、自分はその元々の攻撃力分のLPを失う。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分の墓地の「リチュア」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをデッキの一番上に戻し、このカードをデッキの一番下に戻す。

 

イビリチュア・リヴァイアニマ 水属性 ☆8 水族:儀式

ATK2700 DEF1500

「リチュア」と名のついた儀式魔法カードにより降臨。このカードの攻撃宣言時、自分のデッキからカードを1枚ドローし、お互いに確認する。確認したカードが「リチュア」と名のついたモンスターだった場合、相手の手札をランダムに1枚確認する。

 

パワー・ウォール:通常罠

(1):相手モンスターの攻撃によって自分が戦闘ダメージを受けるダメージ計算時に発動できる。その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージが0になるように、受けるダメージの代わりに500ダメージにつき1枚、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。

 

 

烈震LP7300手札2枚

ピスケースLP8000→5300→8000手札2枚

 

 

「いい感じに墓地が溜まったんじゃないか? 烈震よ?」

 

 ターンが明け渡されて、トールはパートナーに声をかけた。烈震も重々しく頷いた。

 

「目覚めてからデッキ改造に余念がなかったが、試運転はできなかったからな。だがどうやら動きに問題はなさそうだ」

 

 ドローフェイズ、己のデッキトップに手をかけながら、烈震は相手を見据えて言った。

 

「ここから、ギアを上げるぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119話:救星龍飛翔

「まぁ、素敵ね」

 

 ゾディアックにある庭園。ピスケースが作った彼女の楽園に招いた時、テテュスは心の底から朗らかに笑って、そう言った。

 お世辞の無い女神の賛辞に、ピスケースの心は踊った。

 何しろ嘘がない。よくこの場を訪れる自称知識人や政界人のような()()()()がなかった。

 それがピスケースにとって救いになった。

 だから彼女は、女神テテュスの望むまま戦おうと思った。そのことに、ほのかな誇らしささえ感じていた。

 テテュスが、夫を滅ぼされ、復讐に狂うまでは。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ここからギアを上げるぞ」

 

 そう言って、烈震(れっしん)はデッキに手をかける。その眼光は鋭く、まさに戦士の物だった。

 

 

烈震LP7300手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 天輪鐘楼、

フィールドゾーン なし

 

ピスケースLP8000手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン イビリチュア・リヴァイアニマ(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン テテュスの霊水、伏せ2枚

フィールドゾーン なし

 

 

(オレ)のターン! 墓地のカオス・ウィッチ-混沌の魔女-を除外し、輝白竜(きびゃくりゅう)ワイバースターを特殊召喚!」

 

 烈震のフィールドに、青白い体躯に石のような硬質感を持った翼を持った翼竜型のモンスターが現れた。

 

「除外された混沌の魔女の効果発動。己のフィールドにチューナートークン、白き獣トークン二体を特殊召喚」

 

 ワイバースターの両隣りに、全身を白い体毛で覆われた金色の双眸をした大型犬が二体、現れる。身を低くし、唸る姿勢は警戒態勢か。

 

「行くぞ。レベル4のワイバースターに、レベル2の白き獣トークンをチューニング!」

 

 白犬が二つの緑色の光の輪となり、その輪を潜った翼竜が四つの光星となった。

 その輪を、一筋の光輝く道が貫いた。

 

「連星集結、三連爪疾駆。シンクロ召喚、駆けよトライエッジ・マスター!」

 

 光の向こうから現れたのは背に二振りの大剣を、右手にチェーン型の蛇腹剣を備えた白い剣士。羽織った外套の裾を翻し、颯爽と烈震のフィールドに参上する。

 

「ワイバースターの効果によってデッキから暗黒竜コラプサーペンを手札に加える。さらに天輪鐘楼とトライエッジ・マスターの効果により、二枚ドロー。さらに墓地のワイバースターを除外してコラプサーペントを特殊召喚。

 己はレベル6のトライエッジ・マスターをレベル4のコラプサーペントでチューニング!」

「チューナーもいないのに、(シンクロ)召喚を!?」

「このモンスターは、己のフィールドにいる光か闇属性モンスターをチューナーとして扱い、S召喚が可能なのだ!」

 

 常識(ルール)の埒外の行動。だが烈震のデュエルディスクは正常に作動し、S召喚のエフェクトでフィールドを照らした。

 

「連星集結、混沌氾濫。シンクロ召喚、滅ぼせカオス・アンヘル-混沌の双翼-!」

 

 現れたのは、天使と悪魔の融合体、とでもいえばいいか。

 顔のない白い体躯、赤い鎧パーツ、金淵に黒の衣装に関節部を保護する髑髏の鎧。両手を僅かに広げたその姿は神々しくも禍々しい。まさに混沌(カオス)を宿している。

 

「天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにコラプサーペントの効果でデッキから二枚目のワイバースターをサーチ。

 そしてここからが本命。カオス・アンヘルの効果発動! 特殊召喚成功時に、フィールドのカードを一枚除外する!」

「……させませんよ。リバースカード、デモンズ・チェーン発動! これで、カオス・アンヘルの攻撃と効果を封印します!」

 

 虚空から出現した闇色の鎖が、カオス・アンヘルを拘束。完全に封印した。

 

「そううまくいかねぇか」半透明のトールが唸る。

「ならばこうしよう。アドバンスドロー発動。カオス・アンヘルをリリースし、二枚ドロー。そして、己のレベル8以上のSモンスターがフィールドから墓地に送られたこの瞬間、手札から速攻魔法、古代竜との契約を発動。デッキから合計レベルが8になるように二体のモンスターを、効果を無効にして特殊召喚し、その二体のみでS召喚を行う。

 己はレベル5のカイザー・ブラッド・ヴォルスとレベル3のサイコウィールダーを特殊召喚。そしてその二体のみでシンクロ召喚!」

 

 変則的だが確かに烈震のフィールドにS召喚のエフェクトが走り、光が満ちる。

 

「連星集結、焔王竜(えんおうりゅう)出陣。シンクロ召喚、吠えろ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 光の向こうから、咆哮と共に現れたのは紅蓮の炎をマントのように身に纏わせた、悪魔のような外観をしたドラゴン。

 二本の角、人間のものに近しい、筋骨隆々とした手足、大きく広げられた翼、凶暴性と闘争本能に彩られた双眸。全てがこのドラゴンの破壊性を物語っていた。

 

「天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにレッド・デーモンズ・ドラゴンのS素材となったサイコウィールダーの効果発動。S召喚したレッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃力以下のモンスター一体を破壊する。己は当然、イビリチュア・リヴァイアニマを破壊!」

 

 ガラスが砕けるような音を立てて、ピスケースのフィールドにいたイビリチュア・リヴァイアニマが砕けて破壊される。

 その時、ピスケースが声を上げた。

 

「私のフィールドの水属性モンスターが破壊されたため、テテュスの霊水のもう一つの効果を発動します。私の水属性モンスターが破壊か除外された時、墓地の水属性モンスター一体を手札に加えることができます。ただし、破壊や除外されたのが儀式モンスターだった場合、墓地ではなく、デッキからカードを一枚手札に加えることができます。私はデッキから、ヴィジョン・リチュアを手札に加えます」

「サーチ効果……。一ターンの発動制限もないとなると、後続が途切れることはないか」

「ライフ回復といい、地味ながら厄介だぜ」

 

 だが止まるわけにはいかない。後続を恐れて、ここで攻撃の手を止めるようでは、勝利もつかめない。

 

「スター・ブライト・ドラゴンを召喚し、効果を発動。白き獣トークンのレベルを二つ上げる。そして―――――」

 

 烈震の右手が勢いよく天へと掲げられる。

 

「レベル4のスター・ブライト・ドラゴンに、同じくレベル4となった白き獣トークンをチューニング!」

 

 S召喚。四つの緑の光の輪となった白き獣トークン、その輪を潜り、同じく四つの光星となったスター・ブライト・ドラゴン。その光星を、一筋の光の道が貫いた。

 

「連星集結、黒羽現出。シンクロ召喚、はばたけ、ブラックフェザー・ドラゴン!」

 

 光の向こうから、黒い羽根をまき散らして新たなドラゴンが現れる。

 細身の体躯、竜というよりも、鳥を思わせるフォルム、赤い瞳、黒との赤の翼、接地に向いているとはとても思えない鋭角の脚部、軽量化したその体は、どこまでも飛び続けることを使命とした鳥のようだ。

 

「バトル、レッド・デーモンズ・ドラゴン、ブラックフェザー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 二体の大型ドラゴンが動く。口腔から放たれる息吹(ブレス)に対して、ピスケースは僅かに指を動かし、デュエルディスクのボタンを押そうとしたが、

 

「まだよ。まだ耐えて」

 

 テテュスの言葉にその指を止め、宝珠を守るために防御の構えを取った。

 一瞬後、攻撃が着弾。炎と風の二重攻撃がピスケースの細い体を捕らえた。

 

「く――――――あああああああああああああああ!」

 

 苦痛の叫びが着弾の轟音の向こうから届いてくる。烈震は黙して相手の様子を観察した。この程度で終わるとは思っていない。

 案の定、粉塵が晴れた向こう側で、ふらつきながらもピスケースが立ち上がるのが見えた。無論、宝珠も無事だ。

 

「バトル終了。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

カオス・ウィッチ-混沌の魔女- 闇属性 ☆4 魔法使い族:効果

ATK1500 DEF1500

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できず、発動するターン、自分は光・闇属性のSモンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。(1):このカードをリリースして発動できる。自分フィールドに「黒き獣トークン」(悪魔族・闇・星2・攻1000/守500)2体を特殊召喚する。(2):このカードが手札・墓地から除外された場合に発動できる。自分フィールドに「白き獣トークン」(天使族・チューナー・光・星2・攻500/守1000)2体を特殊召喚する。

 

輝白竜ワイバースター 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1700 DEF1800

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から闇属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「輝白竜 ワイバースター」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「暗黒竜 コラプサーペント」1体を手札に加える。

 

トライエッジ・マスター 光属性 ☆4 戦士族:シンクロ

ATK2100 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがS召喚に成功した場合に発動できる。このカードのS召喚に使用したS素材モンスター一組のレベルの組み合わせによって以下の効果を適用する。3体以上を素材とした場合には以下の効果を全て適用する。

●レベル1とレベル5:このカード以外のフィールドのカード1枚を選んで破壊する。

●レベル2とレベル4:自分はデッキから1枚ドローする。

●レベル3とレベル3:このカードをチューナーとして扱う。

 

暗黒竜 コラプサーペント 闇属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1800 DEF1700

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光属性モンスター1体を除外した場合のみ特殊召喚できる。この方法による「暗黒竜 コラプサーペント」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「輝白竜 ワイバースター」1体を手札に加える。

 

カオス・アンヘル-混沌の双翼- 闇属性 ☆10 悪魔族:シンクロ

ATK3500 DEF2800

チューナー+チューナー以外の光・闇属性モンスター1体以上

このカードをS召喚する場合、自分フィールドの光・闇属性モンスター1体をチューナーとして扱う事ができる。

(1):このカードが特殊召喚した場合、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

(2):???

 

デモンズ・チェーン:永続罠

フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

(1):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、対象の表側表示モンスターは攻撃できず、効果は無効化される。対象のモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

アドバンスドロー:通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体をリリースして発動できる。デッキからカードを2枚ドローする。古代竜との契約:速攻魔法

(1):自分フィールドのレベル8以上のドラゴン族モンスターがフィールドから墓地に送られた場合に発動できる。デッキから合計レベルが8になるようにチューナーとチューナー以外のモンスター2体を効果を無効にして特殊召喚し、その2体のみでドラゴン族Sモンスター1体をS召喚する。

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK3000 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):このカードが相手の守備表示モンスターを攻撃したダメージ計算後に発動する。相手フィールドの守備表示モンスターを全て破壊する。(2):自分エンドフェイズに発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、このカード以外のこのターン攻撃宣言をしていない自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

サイコウィールダー 地属性 ☆3 サイキック族:チューナー

このカード名の、(1)の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分フィールドに「サイコウィールダー」以外のレベル3モンスターが存在する場合、このカードは手札から守備表示で特殊召喚できる。(2):このカードがS素材として墓地へ送られた場合、このカードをS素材としたSモンスターより低い攻撃力を持つフィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。

 

テテュスの霊水:永続魔法

このカードは1枚しかフィールドに存在できない。(1)自分フィールドに水属性モンスターが召喚、特殊召喚される度に発動する。そのモンスターの元々の攻撃力の合計値分ライフを回復する。(2)自分フィールドの水属性モンスターが相手によって破壊または除外された場合に発動できる。墓地の水属性モンスター1体を手札に加える。破壊されたモンスターが儀式モンスターだった場合、デッキから手札に加えることができる。

 

スター・ブライト・ドラゴン 光属性 ☆4 ドラゴン族:効果

ATK1900 DEF1000

このカードが召喚に成功した時、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までレベルを2つ上げる事ができる。

 

ブラックフェザー・ドラゴン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:シンクロ

ATK2800 DEF1600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):自分が効果ダメージを受ける場合、代わりにこのカードに黒羽カウンターを1つ置く。(2):このカードの攻撃力は、このカードの黒羽カウンターの数×700ダウンする。(3):1ターンに1度、このカードの黒羽カウンターを全て取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの攻撃力は取り除いた黒羽カウンターの数×700ダウンし、ダウンした数値分のダメージを相手に与える。

 

 

烈震LP7300手札4枚

ピスケースLP8000→5000→2200手札3枚

 

 

「私のターン、ドローします」

 

 一息ついて、自分の中にたまった疲れや痛みをアジャストする。ピスケースが考えるのは、このデュエルにいかにして勝利するか。そうすることで、テテュスの慰めになるのなら、そうしよう。

 それがとても悲しいことでも。

 

「ピスケース? どうしました?」

 

 こちらを気遣うテテュスの声。それはとても優し気なのに、ピスケースは気付いてしまう。その裏に隠れる、憤怒の感情を。そして、そのためにこちらを磨り潰しても構わないという、冷徹な計算も。

 

「いいえ、何でもありません、テテュス。それよりも、早く貴方の夫の仇を取りましょう。

 私はデモンズ・チェーンを墓地に送って、マジック・プランターを発動。カードを二枚ドローします」

 

 ドローカードを一瞥。そして、こくりと小さく頷いた。

 

「手札のヴィジョン・リチュアの効果を発動します。手札のこのカードを捨て、デッキからリチュア儀式モンスター一体を手札に加えます。私はイビリチュア・ネーレイマナスをサーチ。

 そして手札から儀式魔法、リチュアの儀水鏡を発動します。私がリリースするのは、手札のシャドウ・リチュア。このカードは一枚で全てのリチュア儀式モンスターの生贄を賄えます。私はシャドウ・リチュアをリリースし、イビリチュア・ネーレイマナスを儀式召喚!」

 

 再びピスケースのフィールドに魔法陣が出現。その周りを燭台の炎が彩り、魔法陣に一体のモンスターが吸い込まれる。

 魔法陣から光が溢れ、新たな影が現れる。

 頭部に甲冑を装備した巨大な水生生物と、それと融合する形で上半身を外に出している、ローブに身を包み、杖を手にしたリチュア・エリアル。各部に氷を纏ったその姿はどこか美しさを感じさせ、禍々しさは薄い。

 

「テテュスの霊水の効果で、私のライフが回復します。そしてイビリチュア・ネーレイマナスの効果発動。墓地の水属性モンスターを蘇生します。私はイビリチュア・リヴァイアニマを蘇生。テテュスの霊水の効果で、ライフを回復します」

 

 イビリチュア・ネーレイマナスが杖を掲げ、何事か呪文を唱えると、彼女の隣に魔法陣が出現。その中からイビリチュア・リヴァイアニマが出現した。

 

「リヴァイアニマが蘇生したことで、テテュスの霊水の効果でライフを回復します」

 

 ライフが回復すると、身体から痛みが引いていくように感じる。ひょっとしたらこれも、女神(テテュス)の加護かもしれない。

 

「蘇生に加え、攻撃力3000の儀式モンスターか」烈震が身構える。

「だが攻撃力だけならレッド・デーモンズ・ドラゴンと互角。相討ちが狙いか?」トールが訝しげに呟く。

「馬鹿め、そんなはずがないだろう」侮蔑と怒りを混ぜ込んだテテュス。

「イビリチュア・ネーレイマナスはEXデッキから特殊召喚されたモンスターとの戦闘では破壊されません。このまま攻撃した場合、破壊されるのはレッド・デーモンズ・ドラゴンのみです。ですがそれはスマートではありませんね」

 

 苦笑して、ピスケースは手札から一枚のカードをデュエルディスクにセットした。

 

「サルベージ発動。墓地のシャドウ・リチュアとヴィジョン・リチュアを手札に回収します。そしてリチュア・チェインを召喚」

 

 現れたのは拘束用の鎖を自在に操る半魚人型モンスター。下級にしては攻撃力も高いので、そのまま戦闘もできるモンスターだ。

 

「リチュア・チェインの効果を発動します。デッキトップから三枚確認し、その中に儀式魔法か儀式モンスターがあった場合、そのカードを手札に加えます。――――――ゲット、イビリチュア・ジールギガスを手札に加え、残りは好きな順番でデッキトップに戻します」

 

 イビリチュア・ジールギガス。ネーレイマナスは知らなかったが、これは烈震も知っているリチュアモンスターだ。リチュア最大級の大型モンスター。

 

「再び手札のシャドウ・リチュアの効果を発動します。デッキから二枚目のリチュアの儀水鏡を手札に。そして発動。手札のヴィジョン・リチュア一枚で、イビリチュア・ジールギガスを儀式召喚!」

 

 魔法陣の中に生贄が投じられる。光を放つ魔法陣の中心部から現れる異形の怪物。

 その姿はインヴェルズ・グレスによく似ている。ただしその瞳に理性はなく、胸にはリチュアの儀水鏡のマーク。全身から迸る気配も凶暴性を増しており、とてもではないが会話が成立する生物とは思えない。

 身構える烈震に対して

 

「イビリチュア・ジールギガスはデッキトップによってバウンス効果を発動できるモンスターなので、確実性がありません。ですがその効果もこれで解決です。墓地のリチュアの氷魔鏡の効果発動。墓地のシャドウ・リチュアをデッキトップに、リチュアの氷魔鏡(このカード)をデッキボトムに戻します」

「カード操作か!」

 

 トールが目を見開いた。彼にも次の結果が見えたのだ。

 テテュスが笑う。それを背後において、ピスケースが宣言する。

 

「イビリチュア・ジールギガスの効果発動! 1000ライフを払い、一枚ドロー。それがリチュアモンスターだった場合、フィールドのカード一枚をデッキに戻します!

 ドローしたのは当然シャドウ・リチュア。よってレッド・デーモンズ・ドラゴンをバウンス!」

「く……ッ!」

 

 烈震のフィールドにいたレッド・デーモンズ・ドラゴンが幻のように消えていく。現時点での最高戦力をあっさり排除されるのは辛い。

 

「バトルです。イビリチュア・ジールギガスでブラックフェザー・ドラゴンを攻撃」

 

 下る攻撃命令。イビリチュア・ジールギガスが四本の腕から放った四筋の黒雷がブラックフェザー・ドラゴンを撃墜する。

 

「イビリチュア・ネーレイマナスで、ダイレクトアタック!」

 

 イビリチュア・ネーレイマナスの、上部の人型部分が杖を振るうと、その軌道に沿って氷の槍が生成、それらが一斉に烈震に向かって殺到した。

 

「フッ!」

 

 気勢とともに、烈震は宝珠を守るためにガード。本来ならもっとアクティブに動くところだが、ティターン戦のダメージが完全に抜けていない今は波状攻撃を避けきることはできない。

 体を逸らして被弾面積を最小限に。その受けで己の身体に突き刺さった槍については耐える。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 槍が消える。即座に体の自己診断を入れるが、動作に支障はなく、槍も貫通していない。

 結論、問題ない。

 

「イビリチュア・リヴァイアニマでダイレクトアタック。この瞬間、リヴァイアニマの効果が発動し、一枚ドロー。ドローカードはイビリチュア・ガストクラーケ、よって貴方の手札をピーピングします。……右から二番目のカードを見せてください」

「……己のカードはホイール・シンクロンだ」

 

 これで烈震の手札の半分は分かった。この情報アドバンテージに満足して、ピスケースは声を上げた。

 

「では、行きなさいリヴァイアニマ!」

 

 主の攻撃意志をくみ取ったように、異形の剣士が駆ける。

 

「フッ!」

 

 今度は烈震の身体も十全に動いた。振り下ろされたサーベルの一刀を、側面に右拳の甲を当てて逸らしたのだ。

 目標を見失ったサーベルは切っ先を地面に突き立たせて終わった。

 

「……でたらめな」

「だがダメージは与えた。止めだピスケース!」

「ですね。リチュア・チェインでダイレクトアタック!」

 

 残った魚人モンスターが先に楔が取り付けられたチェーンを放つ。烈震はここまで沈黙を通したカードを翻した。

 

「リバースカードオープン! 戦線復帰! これでスターダスト・ドラゴンを守備表示で蘇生させる!」

 

 光とともに現れる星屑の竜。翼をたたんで身体を包み込むような姿勢をとって、守りの体勢を整える。

 

「リチュア・チェインでは破壊できませんか。攻撃を中断。バトルフェイズを終了して、ターン終了です」

 

 

マジック・プランター:通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分は2枚ドローする。

 

ヴィジョン・リチュア 水属性 ☆2 海竜族:効果

ATK700 DEF500

(1):水属性の儀式モンスター1体を儀式召喚する場合、このカード1枚で儀式召喚に必要な分のリリースとして使用できる。(2):このカードを手札から捨てて発動できる。デッキから「リチュア」儀式モンスター1体を手札に加える。

 

リチュアの儀水鏡:儀式魔法

「リチュア」儀式モンスターの降臨に必要。(1):レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札から「リチュア」儀式モンスター1体を儀式召喚する。(2):墓地のこのカードをデッキに戻し、自分の墓地の「リチュア」儀式モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

シャドウ・リチュア 水属性 ☆4 海竜族:効果

ATK1200 DEF1000

(1):水属性の儀式モンスター1体を儀式召喚する場合、このカード1枚で儀式召喚に必要な分のリリースとして使用できる。(2):このカードを手札から捨てて発動できる。デッキから「リチュア」儀式魔法カード1枚を手札に加える。

 

イビリチュア・ネーレイマナス 水属性 ☆10 魔法使い族:儀式

ATK3000 DEF1800

「リチュア」儀式魔法カードにより降臨。(1):このカードが儀式召喚に成功した場合、自分の墓地の水属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):このカードはEXデッキから特殊召喚されたモンスターとの戦闘では破壊されない。(3):???

 

サルベージ:通常魔法

(1):自分の墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスター2体を対象として発動できる。その水属性モンスターを手札に加える。

 

リチュア・チェイン 水属性 ☆4 海竜族:効果

ATK1800 DEF1000

このカードが召喚に成功した時、デッキの上からカードを3枚確認する。確認したカードの中に儀式モンスターまたは儀式魔法カードがあった場合、その1枚を相手に見せて手札に加える事ができる。その後、確認したカードを好きな順番でデッキの上に戻す。

 

リチュアの氷魔鏡:儀式魔法

「リチュア」儀式モンスターの降臨に必要。(1):相手フィールドの表側表示モンスター1体をリリース、またはレベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札から「リチュア」儀式モンスター1体を儀式召喚し、自分はその元々の攻撃力分のLPを失う。(2):このカードが墓地に存在する場合、自分の墓地の「リチュア」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをデッキの一番上に戻し、このカードをデッキの一番下に戻す。

 

イビリチュア・ジールギガス 水属性 ☆10 水族:儀式

ATK3200 DEF0

「リチュア」と名のついた儀式魔法カードにより降臨。1ターンに1度、1000ライフポイントを払って発動できる。デッキからカードを1枚ドローし、お互いに確認する。確認したカードが「リチュア」と名のついたモンスターだった場合、フィールド上のカード1枚を選んで持ち主のデッキに戻す。

 

戦線復帰:通常罠

(1):自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

 

 

烈震LP7300→6900→3900→1200手札4枚

ピスケースLP2200→5200→7900→10900→9900手札3枚

 

 

「己のターン、ドロー!」

 

 先のターンでフィールドの状況は一気に悪化してしまった。

 相手のフィールドには攻撃力3000オーバーなものを含めた三体の儀式モンスター。伏せカードも、おそらくこちらの攻撃に対応するもの。

 

「さて、現状、こちらが大いに有利だな」

 

 嘲るように、テテュスが言う。烈震は無言。それを弱気と取ったか、テテュスが続ける。

 

「諦めるか? ならば大人しく宝珠を晒せ。運が良ければ、貴様は死なないかもしれないぞ?」

「ハッ!」

 

 そんなテテュスの言葉を、トールが笑い飛ばした。

 

「舐められたものだな烈震よ?」

「ああ、まったくだ。――――――この程度の逆境、覆せずに何が決闘者(デュエリスト)か。己は墓地の太陽風帆船、コラプサーペント、サモンプリーストを除外し、混源龍レヴィオニアを特殊召喚!」

 

 烈震のフィールド、光と闇の魂を喰らい、現れたのは白を基調にした巨大なドラゴン。

 白い外殻状の翼、鎧の様な体躯、いくつもの棘を織り込んだような尻尾、鋭い双眸に、頭部から突き出ている、青白く発光する一本の角。角と同じ色をした突起部や装飾パーツが翼に見える。

 

「レヴィオニアの効果発動! 光と闇のモンスターを除外して特殊召喚したため、フィールドのカードを二枚まで除外する!」

「……させませんよ、イビリチュア・ネーレイマナスの効果発動! 私の場にいるイビリチュア・リヴァイアニマを手札に戻し、レヴィオニアの効果発動を無効にし、デッキに戻します!」

 

 イビリチュア・リヴァイアニマが杖を振るうと、レヴィオニアの姿が幻であったかのように消失してしまった。

 

「効果を無効……、しかもデッキバウンスだと、破壊されたことで発動する効果さえも封じられるわけか……」

「だがそれは一ターンに一度のみ。つまり、もう妨害はない。このまま行く! 緊急テレポートを発動! デッキからメンタル・チューナーを特殊召喚する!」

 

 現れたのは緑のグラスに魔導師服、手に見るからに怪しげな機械を持ち、オレンジのファンキーな髪をした男。

 

「メンタル・チューナーの効果。除外されている混沌の魔女を己の墓地に戻し、レベルを一つ上げる。さらにクリッターを召喚し、レベル3のクリッターに、レベル4となったメンタル・チューナーをチューニング!」

 

 烈震の右腕が大きく天に向かって翳される。

 

「連星集結、邪星墜誕(じゃせいついたん)。シンクロ召喚、堕ちよ邪竜星-ガイザー!」

 

 現れたのは、小雪も使っていた幻竜族モンスター。その姿を見て、トールが「おっ」と声を上げた。

 

「小雪の姉ちゃんのカードか。そいつもデッキにいれたんだな」

「小雪は己より重傷だ。おそらく、この大会中、共にいることはないだろう。ならばせめて、カードと、力くらいは、な。天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。さらにクリッターの効果でアンクリボーを手札に加える。そして邪竜星-ガイザーの効果発動! このカードとイビリチュア・ネーレイマナスを破壊する!」

 

 烈震が無手の右手を握り締めた瞬間、ガイザーとネーレイマナスがガラスのような音を立てて砕け散った。

 

「ッ! ですがテテュスの霊水の効果が発動します。デッキからリチュア・アビスをサーチします」

「ならば己も、モンスター効果を発動させてもらおう。邪竜星-ガイザーの効果発動! デッキから幻竜族モンスター、タツノオトシオヤを特殊召喚!」

 

 次に烈震のフィールドに現れたのは、巨大なタツノオトシゴ。そうとしか形用できないモンスターだった。

 

「タツノオトシオヤの効果発動! レベルを二つ下げ、己のフィールドにタツノコトークン二体を特殊召喚する!」

 

 苦し気に呻いたタツノオトシオヤのお腹から、ポンポンと軽快な音を立てて小さなタツノオトシゴが二体現れる。

 タツノオトシゴは世にも珍しいオスが腹の中で胎児を保存し、時期が来たら産むという生態を持っている。その表れか。

 

「ホイール・シンクロンを捨て、ワン・フォー・ワン発動。デッキからレベル1チューナー、トルクチューン・ギアを特殊召喚する。

 レベル1のタツノコトークンに、同じくレベル1のトルクチェーン・ギアをチューニング――――連星集結、新地平開拓。シンクロ召喚、駆け抜けろフォーミュラ・シンクロン!」

 

 現れるシンクロチューナー。F1カーの胴体部に頭と手足を生やした玩具のようなモンスターだが、これ以上の展開の要だ。

 それが分かっているのだろう。ピスケースの表情がどんどん険しくなる。次に来る大型モンスターに対する彼女の不安が、烈震も伝わってきた。

 

「天輪鐘楼と、フォーミュラ・シンクロンの効果で二枚ドロー。レベル1のタツノコトークンに、レベル5となったタツノオトシオヤをチューニング――――連星集結、赤翼咆哮。シンクロ召喚。猛れ、レッド・ワイバーン!」

 

 続くSモンスターは赤い外骨格に炎を噴き出す全身を持つ、名に違わぬモンスター。烈震の声が飛ぶ。

 

「天輪鐘楼の効果で一枚ドロー。そしてレッド・ワイバーンの効果発動! このカードよりも攻撃力の高いモンスター、即ちイビリチュア・ジールギガスを破壊する!」

 

 レッド・ワイバーンの口腔から放たれた紅蓮の弾丸が、イビリチュア・ジールギガスに着弾。炎上させて焼き尽くす。

 

「なんてこと……。ですが、テテュスの霊水の効果にターン制限はありません。よってデッキからグリム・リチュアを手札に加えます」

 

 呻くピスケースの眼前で、烈震はしかし止まらない。

 

「墓地のホイール・シンクロンの効果発動! 墓地のこのカードを除外し、スターダスト・ドラゴンのレベルを四つ下げる!」

 

 これで準備は整った。沈黙の場に、烈震は少しだけ息を吸い込んだ。

 

「レベル4となったスターダスト・ドラゴンと、レベル6のレッド・ワイバーンに、レベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 烈震の右腕が天に向かって力強く掲げられた。二つの金色の光の輪となったフォーミュラ・シンクロン。その輪を潜り、十個の光星となる二体のSモンスターたち。その光星を、光の道が貫いた。

 

「連星集結、銀河救星! シンクロ召喚、光来せよ、シューティング・クェーサー・ドラゴン!」

 

 金色の光が迸り、散っていく。その中から現れたのは、神々しささえ感じさせるドラゴン。

 地上をかけ、空を飛ぶというよりも、星々の間を、宇宙を駆けるイメージがある。鋭角的なフォルム、鋭い五指、尾翼のような脚部、鎧を思わせる外殻、尖った頭部形状。

 

「シューティング・クェーサー・ドラゴンは、S素材となったチューナー以外のモンスターの数だけ攻撃できる。バトルだ! シューティング・クェーサー・ドラゴンでリチュア・チェインを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。シューティング・クェーサー・ドラゴンの全身が光輝き、光は球状に収縮、凝縮されたエネルギーがリチュア・チェインを砕いた。

 

「くぅ……。テテュスの霊水の効果で、墓地の」

「シューティング・クェーサー・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 追撃。今度は全身を光輝かせたドラゴンが、自身の身体でピスケースに向かって突撃してきた。

 

「り、リバースカードオープン! 儀水鏡の幻影術! これで手札の――――」

「無駄だ! シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、魔法、罠、モンスター効果の発動を無効にし、破壊する!」

 

 急速に色を失い、朽ちていくピスケースの伏せカード。次の瞬間、守るもののなくなった女に、巨龍の一撃が下る。

 

「あああああああああああああ!」

 

 それでもピスケースは必死だった。体を逸らし、宝珠を庇うように身を伏せた。

 シューティング・クェーサー・ドラゴンの突撃(チャージ)は結果として、ピスケースの身体を掠めただけだったが、それでも彼女に与えられた衝撃はすさまじい。

 

「カードを三枚伏せて、ターンエンド」

 

 

混源龍レヴィオニア 闇属性 ☆8 ドラゴン族:効果

ATK3000 DEF0

このカードは通常召喚できない。自分の墓地から光・闇属性モンスターを合計3体除外した場合に特殊召喚できる。このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):この方法でこのカードが特殊召喚に成功した時に発動できる。その特殊召喚のために除外したモンスターの属性によって以下の効果を適用する。このターン、このカードは攻撃できない。

●光のみ:自分の墓地からモンスター1体を選んで守備表示で特殊召喚する。

●闇のみ:相手の手札をランダムに1枚選んでデッキに戻す。

●光と闇:フィールドのカードを2枚まで選んで破壊する。

 

イビリチュア・ネーレイマナス 水属性 ☆10 魔法使い族:儀式

ATK3000 DEF1800

「リチュア」儀式魔法カードにより降臨。(1):このカードが儀式召喚に成功した場合、自分の墓地の水属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。(2):このカードはEXデッキから特殊召喚されたモンスターとの戦闘では破壊されない。(3):1ターンに1度、相手がモンスターの効果を発動した時に発動できる。自分フィールドの「リチュア」儀式モンスター1体を選んで持ち主の手札に戻し、その発動を無効にし持ち主のデッキに戻す。

 

緊急テレポート:速攻魔法

(1):手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される。

 

メンタル・チューナー 光属性 ☆3 サイキック族:チューナー

ATK200 DEF2100

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下の効果から1つを選択して発動できる。

●光・闇属性モンスターをそれぞれ1体まで、自分の手札・墓地から除外して発動できる。ターン終了時までこのカードのレベルを、除外した数だけ上げる、または下げる。

●除外されている自分の光・闇属性モンスターをそれぞれ1体まで対象として発動できる。そのモンスターを墓地に戻し、ターン終了時までこのカードのレベルを、戻した数だけ上げる、または下げる。

 

クリッター 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの効果を発動できない。

 

邪竜星-ガイザー 闇属性 ☆7 幻竜族:シンクロ

ATK2600 DEF2100

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):フィールドのこのカードは相手の効果の対象にならない。(2):自分フィールドの「竜星」モンスター1体と相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。(3):自分フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキから幻竜族モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。

 

タツノオトシオヤ 水属性 ☆7 幻竜族:チューナー

ATK2100 DEF1400

このカードは幻竜族モンスターの効果でしか特殊召喚できない。このカード名の効果は1ターンに3度まで使用できる。(1):自分メインフェイズに発動できる。このカードのレベルを1つ下げ、自分フィールドに「タツノコトークン」(幻竜族・水・星1・攻300/守200)1体を特殊召喚する。

 

ワン・フォー・ワン:通常魔法

(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。

 

トルクチューン・ギア 光属性 ☆1 機械族:ユニオンチューナー

ATK0 DEF0

(1):1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。●自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象とし、このカードを装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。●装備されているこのカードを特殊召喚する。(2):装備モンスターの攻撃力・守備力は500アップし、チューナーとして扱う。

 

フォーミュラ・シンクロン 光属性 ☆2 機械族:シンクロチューナー

ATK200 DEF1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体

このカードの(2)の効果は同一チェーン上では1度しか発動できない。(1):このカードがS召喚に成功した時に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。(2):相手メインフェイズに発動できる。このカードを含む自分フィールドのモンスターを素材としてS召喚する。

 

ホイール・シンクロン 光属性 ☆5 機械族:チューナー

ATK800 DEF1000

このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分フィールドのこのカードをS素材とする場合、このカードをチューナー以外のモンスターとして扱う事ができる。

(2):自分メインフェイズに発動できる。レベル4以下のモンスター1体の召喚を行う。このターン、自分はSモンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。

(3):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドのSモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターのレベルを4つまで下げる。

 

レッド・ワイバーン 炎属性 ☆6 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

(1):S召喚したこのカードが表側表示で存在する限り1度だけ、自分・相手ターンに、このカードより高い攻撃力を持つモンスターがフィールドに存在する場合に発動できる。フィールドの攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊する。

 

シューティング・クェーサー・ドラゴン 光属性 ☆12 ドラゴン族:シンクロ

ATK4000 DEF4000

Sモンスターのチューナー+チューナー以外のSモンスター2体以上

このカードはS召喚でしか特殊召喚できない。

(1):このカードは、そのS素材としたモンスターの内、チューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

(2):1ターンに1度、魔法・罠・モンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

(3):???

 

儀水鏡の幻影術:通常罠

手札から「リチュア」と名のついた儀式モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚した儀式モンスターは攻撃できず、エンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。

 

 

烈震LP1200手札2枚

ピスケースLP9900→7700→3700手札7枚

 

 

 形勢は逆転した。だが烈震に油断はない。むしろその内面は警戒心を増していた。

 まだ神が、ティターン神族が出てきていない。

 だが烈震の勘が囁く。ティターン神族の一柱、テテュス。その胎動が聞こえてくる。次のターン、神が来る、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120話:二日目終了

 烈震(れっしん)のフィールドに滞空するドラゴン、シューティング・クェーサー・ドラゴン。このモンスターの召喚に成功したことで、形勢は逆転した。

 一進一退だったこのデュエル、今勝敗は大きく烈震に傾いた。

 だが油断はできない。烈震も感じている、相手の神の胎動。

 ティターン神族の一柱、テテュス。次のターン、その神がこちらに牙を抜くのではと、烈震は半ば確信していた。

 

 

烈震LP1200手札2枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン シューティング・クェーサー・ドラゴン(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 天輪鐘楼、伏せ3枚

フィールドゾーン なし

 

ピスケースLP3700手札6枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン テテュスの霊水、

フィールドゾーン なし

 

 

「私のターンです、ドロー」

 

 ドローカードを一瞥したピスケースは、しかしすぐには動かなかった。

 怪訝そうに顔をしかめる烈震の眼前で、半透明のテテュスがピスケースに語り掛けた。

 

「ピスケース、もう充分よ」

「テテュス……」

 

 それは、この状況から見ると降参の宣言だろうか?

 だが憎悪を迸らせていたあの女神が、ここで負けを認めるとは思えない。そう思っていたら、案の定というべきか、テテュスがそっと囁いた。

 

「後は、()()()()()

「……ああ、やはり、そうなるのですね」

 

 諦観と悲しみが混ざったピスケースの言葉。次の瞬間、ピスケースの華奢な体がびくんと震え、糸の切れた操り人形のようにがっくりとうなだれた。

 

「何が……」

 

 起こったのか。そう言おうとしたが、昨日、同じような状況を見たと思い直す。それを成したのは彼女の夫、オケアノスだった。即ち――――

 

「彼女の精神を乗っ取ったか!」

 

 ぎしり、拳を強く握りしめ、烈震は糾弾する。だがピスケースは、否、彼女の皮を被ったテテュスは、酷薄に笑っただけだった。

 

「ピスケースは優しすぎる。だから攻撃にも躊躇いがある。()()()()()。だからここからは私がやるのだ。私の手で、復讐を完遂させるのだ!」

「勝手にほざきやがる」

 

 不快感を隠しもせずに、トールが吐き捨てる。言葉にこそだしていないものの、烈震も同意だった。

 

「何とでも言え。ここからは私のターンだ! 墓地のリチュアの儀水鏡の効果発動! 墓地のこのカードをデッキに戻し、墓地のイビリチュア・ネーレイマナスを回収する」

 

 ピスケースの口が動いているが、聞こえてくるのは彼女の声ではなく、濁った水底から響いてくるような淀んだ声。これが、憎悪に歪んだテテュスの声か。

 

「さらに手札のシャドウ・リチュアの効果を発動。手札のこのカードを捨て、デッキからリチュアの儀水鏡をサーチ。そして発動!」

 

 烈震はここで選択を突き付けられた。

 テテュスがシューティング・クェーサー・ドラゴンの効果を失念しているはずがない。だとすればここで儀水鏡の発動は、シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果を使わせるためのブラフか。

 

(だが、そう思わせて本命を通したいのかもしれん)

 

 先程回収したイビリチュア・ネーレイマナスを儀式召喚し、効果でイビリチュア・ジールギガスを蘇生。その時点でテテュスの霊水の効果でライフは大幅に回復される。

 そしてもしも烈震の勘の通り、このターンで神が出てくるならば、ここでの儀式召喚はまさに神召喚のための布石かもしれない。

 

「どちらにせよ、動くほかないな。シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果発動! リチュアの儀水鏡の発動を無効にし、破壊する!」

 

 瞬間、烈震はテテュスがピスケースの顔でにやりと笑うのを見た。

 烈震の背筋に冷たいものが奔る。しくじったか、そう思った。

 だが時は戻らない。行ったことはなかったことにならない。

 

「これで面倒な見える妨害はない。強欲なウツボを発動。手札のイビリチュア・リヴァイアニマとイビリチュア・ガストクラーケをデッキに戻し、三枚ドロー」

 

 烈震は我知らず舌打ちした。やはりさっきの儀水鏡に対して、シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果を使わされたのだ。これでほとんど判明していたテテュスの手札も不明点が多くなった。

 

「これで安心してこれが使えるというもの。高等儀式術発動! デッキからレベル2の守護竜ユスティア三体と、レベル4のメガロスマッシャーXを墓地に送り、その合計レベル10のイビリチュア・ネーレイマナスを儀式召喚!」

 

 烈震の表情が歪む。拙速すぎた。もう少し、相手の出方を待つべきだった。

 己の明確な失敗を感じながら、その後悔を棚上げにする。精神的動揺で隙を作るべきではないからだ。

 再び魔法陣が築かれ、そこから現れるイビリチュア・ネーレイマナス。

 

「テテュスの霊水の効果でライフを回復する。さらにイビリチュア・ネーレイマナスの効果発動!」

「させん! カウンター罠、神の摂理! 手札の輝白竜ワイバースターを捨て、イビリチュア・ネーレイマナスの効果を無効にし、破壊する!」

 

 翻るリバースカード。一瞬後にガラスのように砕け散る大型儀式モンスター。

 だがテテュスの表情に焦りはない。ただ、にんまりと唇を歪めた笑みを浮かべるだけだ。それは、その体の本来の持ち主だったら絶対に浮かべなかったろう笑みだった。

 

「構わない。これらは所詮前座。ここでこれを成功させることができれば、それでいい! 魔法カード、トライワイトゾーン! 甦れ、三体のユスティア!」

「やべぇ!」

 

 トールが警告を上げるのも無理はない。むしろ烈震も、あのレベル2の通常モンスター三体が墓地に落ちた時に警戒心が最大限に上げられた。

 何しろ彼の友人、岡崎和輝も似たような展開をして神を召喚することがあるからだ。

 

「この三体のユスティアをリリース!」

 

 そして予感は当たる。

 神の光輪だった。

 

「これが私の力! 私の怒り! 私の憎悪! 来たれて静激なる治水巨神テテュス!」

 

 三体のモンスターが水に飲まれた。

 水は柱となり、天へと上る。その水が内側から弾けた時、それがいた。

 フォルムは女のもの。波打つ髪は水色で、川の流れのように揺蕩っている。肌の色は青白く、目を凝らせばうっすらと鱗が見える。

 ぎょろりとした金色の瞳、朱の入った唇は引き結ばれ、身に纏うのは薄絹の白の衣。そして、その足下から湧き上がるのは巨大な水の竜。

 水流で作られた龍の数は全部で八匹。それがテテュスを守るように彼女の周囲を回遊し、烈震を睥睨して牙を剥いている。

 

「来たか……」

 

 否、来ると思っていた。問題はその能力だ。いったいどのような効果を持っているのだろうか?

 

「私自身が来た以上、貴様の死は確定だ。この私、静激なる治水巨神テテュスの第一の効果! 私自身の攻守は、ピスケース(わたし)の墓地に存在する水属性モンスターの数×1000となる! 今、私の墓地のは八体の水属性モンスターが存在している。よって攻守は8000だ!」

「攻撃力8000か……!」

 

 つまりテテュスによってシューティング・クェーサー・ドラゴンを攻撃され、その攻撃が通れば烈震のライフは0になる。

 神による殺意全開の全力の攻撃。たとえモンスター越しであろうとも、受ければただではすむまい。

 

「死んで我が夫に詫びるがいい! 私自身でシューティング・クェーサー・ドラゴンを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下る。途端、さっきまで自由気ままに宙を回遊していたドラゴンたちが、一斉に烈震及び彼のモンスター、シューティング・クェーサー・ドラゴンに目を向け、殺到する。

 八匹のドラゴンの(アギト)が容赦なくシューティング・クェーサー・ドラゴンの身体に突き立てられる。

 

「トラップ発動! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを0にし、一枚ドロー!」

 

 凌いだ。神の攻撃の余波が烈震に届こうかというその瞬間、烈震の眼前に屹立した不可視の壁が、彼を守る。

 

「シューティング・クェーサー・ドラゴンの効果発動。EXデッキからシューティング・スター・ドラゴンを守備表示で特殊召喚する」

「よっし! これで次のターンへの反撃手段も残せたぜ!」

 

 ガッツポーズをするトール。それにかぶせるように、テテュスの叫びが飛ぶ。

 

「甘い! この私の、第二の効果! 攻撃終了後、墓地の水属性モンスターを任意の数デッキに戻すことで、戻した数まで攻撃が可能となる! 私は墓地の守護竜ユスティア三体と、メガロスマッシャーXをデッキに戻す!」

「つまり――――」

「攻撃力4000の四回攻撃だとぉ!?」

 

 驚愕するトールの言う通り。八匹の水龍はその数を四匹に減らしたものの、殺意に満ちた眼差しは水の塊のはずなのにはっきりと伝わってきた。

 

「私自身で。二回目の攻撃!」

 

 四匹の水龍が一つにまとめられ、巨大な一匹の水龍となる。水龍は地面を抉りながら突き進み、守備態勢をとっていたシューティング・スター・ドラゴンを一飲みにしてしまった。

 

「三回目の攻撃! 今度は貴様にダイレクトアタックだ!」

 

 テテュスは止まらない。ピスケースの口を借りて、殺意に満ちた声を放つ。

 シューティング・スター・ドラゴンを喰らった龍が空中で弧を描いて今度は烈震自身に向かって牙を剥く。

 

「手札のアンクリボーの効果発動! このカードを捨て、墓地の邪竜星-ガイザーを守備表示で特殊召喚!」

「薄い壁だ!」

 

 攻撃は止まらない。水龍の大瀑布がそのまま莫大な質量となって復活したばかりのガイザーを粉砕した。

 

「ガイザーの効果! デッキからカオス・ミラージュ・ドラゴンを守備表示で特殊召喚!」

「小賢しい真似を!」

 

 水龍は止まらない。ガイザーを水圧で圧し潰した水龍はそのまま体を振るい、質量そのものを特殊召喚されたカオス・ミラージュ・ドラゴンを粉砕。

 

「その足掻きもここまでだ! 五回目! 私自身でダイレクトアタック!」

 

 ここまでだと言わんばかりに、テテュスの叫びが轟く。

 先ほどに倍する殺意が籠められた水龍の突撃。受けることはできず、大きく開かれた口から逃れるすべとてない。

 

「烈震!」

「己は―――――負けん! リバースカードオープン! 闇よりの罠! 1000ライフを払い、墓地の戦線復帰を除外! これにより、闇よりの罠(このカード)は戦線復帰の効果を得る! それによって、己はアンクリボーを守備表示で特殊召喚!」

 

 翻る最後の伏せカード。そして、現れる小さな守り手。それは脆く薄いが、この小さな命のおかげでテテュスの攻撃は烈震まで届かない。

 

「よっしゃぁ! 凌いだぜ五連撃!」

 

 半透明のトールが右拳をがっつりと握ってガッツポーズ。対するテテュスはピスケースの顔を使って憎悪に表情を歪ませる。

 

「悪あがきを……! 五回目の攻撃でアンクリボーを破壊し、ターンエンドだ!」

「ならばこのターンのエンドフェイズ、アンクリボーの効果でデッキから死者蘇生を手札に加える」

 

 

強欲なウツボ:通常魔法

(1):手札から水属性モンスター2体をデッキに戻してシャッフルする。その後、自分は3枚ドローする。

 

高等儀式術:儀式魔法

儀式モンスターの降臨に必要。(1):レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、デッキから通常モンスターを墓地へ送り、手札から儀式モンスター1体を儀式召喚する。

 

神の摂理:カウンター罠

(1):モンスターの効果・魔法・罠カードが発動した時、その効果と同じ種類(モンスター・魔法・罠)のカード1枚を手札から捨てて発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

トライワイトゾーン:通常魔法

(1):自分の墓地のレベル2以下の通常モンスター3体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

静激なる治水巨神テテュス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK??? DEF???

このカードはこのカードの効果で特殊召喚できる。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか発動できない。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードの元々の攻撃力と守備力は自分フィールド、墓地の水属性モンスターの数×1000ポイントとなる。(4):このカードが攻撃したダメージステップ終了時に、墓地の水属性モンスターを任意の数デッキに戻して発動できる。このカードは戻したカードの数まで続けて攻撃できる。

 

シューティング・クェーサー・ドラゴン 光属性 ☆12 ドラゴン族:シンクロ

ATK4000 DEF4000

Sモンスターのチューナー+チューナー以外のSモンスター2体以上

このカードはS召喚でしか特殊召喚できない。

(1):このカードは、そのS素材としたモンスターの内、チューナー以外のモンスターの数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

(2):1ターンに1度、魔法・罠・モンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた時に発動できる。EXデッキから「シューティング・スター・ドラゴン」1体を特殊召喚する。

 

ガード・ブロック:通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

シューティング・スター・ドラゴン 風属性 ☆10 ドラゴン族:シンクロ

ATK3300 DEF2500

Sモンスターのチューナー+「スターダスト・ドラゴン」

(1):1ターンに1度、発動できる。自分のデッキの上から5枚めくってデッキに戻す。このターンこのカードはめくった中のチューナーの数まで攻撃できる。(2):1ターンに1度、フィールドのカードを破壊する効果の発動時に発動できる。その効果を無効にし破壊する。(3):1ターンに1度、相手の攻撃宣言時に攻撃モンスターを対象として発動できる。フィールドのこのカードを除外し、その攻撃を無効にする。(4):この(3)の効果で除外されたターンのエンドフェイズに発動する。このカードを特殊召喚する。

 

アンクリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):相手モンスターの攻撃宣言時にこのカードを手札から捨て、このカード以外の自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに墓地へ送られる。(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。このターンのエンドフェイズに、自分のデッキ・墓地から「死者蘇生」1枚を選んで手札に加える。

 

闇よりの罠:通常罠

(1):自分LPが3000以下の時、1000LPを払い、「闇よりの罠」以外の自分の墓地の通常罠カード1枚を対象として発動できる。このカードの効果は、その墓地の通常罠カード発動時の効果と同じになる。その後、その墓地の通常罠カードを除外する。

 

 

烈震LP1200→200手札2枚

ピスケースLP3700→6700手札3枚

 

 

「悪足掻き、と言ったな、テテュスよ」

 

 ドロー前に、烈震は静かにテテュスに問いかけた。

 

「それがどうした。実際見事なものだが、私の攻撃力はまだ4000ある。次に私のターン、さらに水属性モンスターを墓地に送れば、攻撃力はさらに上がり、追加効果で更なる攻撃が可能となる。貴様の先程の必死の防御、もうできないだろう? つまり、次の私のターンで終わりだ」

 

 そうではない、と烈震は首を横に振った。

 

「己が悪足掻いたのではない。貴様が仕留め損ねたのだ。そして、仕留め損ねる度に、貴様は敗北に大きく近づくのだ。それを証明してやる。己のターン、ドロー!」

 

 まるで鞘から刀を抜くように、デッキトップからのドロー。ドローカードを見た時、烈震はそれを手札に加えるのではなく、そのままテテュスに向けて提示した。

 

「己がドローしたのは、想い集いし竜! 効果により、このカードを特殊召喚する!」

 

 現れたドラゴンの印象は救世竜 セイヴァー・ドラゴンと同じもの。ただしその体は赤い装甲に覆われており、より実態感が増したように思える。

 

「そして死者蘇生を発動し、墓地のスターダスト・ドラゴンを特殊召喚。さらに墓地のスターダスト・ヴルムの効果発動! 己のフィールドにレベル8以上のドラゴン族Sモンスターが存在するため、墓地のこのカードを特殊召喚する!」

 

 次々に烈震のフィールドにモンスターが集まってくる。ダメ押しとばかりに手札からカードが繰り出される。

 

「スターダスト・シャオロンを召喚。これで終わりだ。己はレベル8のスターダスト・ドラゴン、レベル1のスターダスト・ヴルム、スターダスト・シャオロンに、レベル1の想い集いし竜をチューニング!」

 

 シンクロ召喚。一つの光の輪を潜った三体のモンスターが、合計で十の光の星となる。その星を、純白の道が一筋貫いた。

 

「連星集結、救世具象――――シンクロ召喚、招来せよ、シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 光が辺りに満ちて、烈震と、テテュスのフィールドを照らす。

 光に照らされた、神として場に出ているテテュスが不快気に表情を歪め、そして、見た。

 その姿はかつて烈震が召喚したセイヴァー・スター・ドラゴンに似ていた。

 白銀色の体躯、舞い散る光の粒子、甲殻的な翼、長い首、その姿はドラゴンの生物性を持ちながらも、戦闘機のような機械性も獲得しているように見えた。

 だがその攻撃力は4000止まり。現在のテテュスと相打ちがせいぜいだ。

 だからこそか、テテュスは嘲りの表情を浮かべ、

 

「鳴り物入りで登場したが、攻撃力は私と互角。相討ちにして終わりか?」

「そんなわけがなかろう。このカードこそ、貴様を殺す我が一矢だ。シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、相手モンスター一体の効果を無効にする!」

「何!?」

 

 フィールドと、ピスケースの身体、二柱のテテュスの目が見開かれる。

 その眼前、シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンの身体がさらに強く輝きだし、その輝きを浴びたフィールドにいるテテュスは見る見るうちに力を失っていった。

 

「お、おのれ……ッ!」

「終わらせる。シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンでテテュスを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンの全身がさらに白く光り輝く。

 一発の弾丸となったドラゴンが、そのまま神に向かって突撃。テテュスの方も水の龍を出して迎撃したが、攻撃力が圧倒的に足らない。ドラゴンの放つ熱量を前に、水龍たちは悉く消滅していく。

 ついにドラゴンの一撃は本丸たる神に届いた。フィールドにいたテテュスはシューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンの突撃を全身で受け、その衝撃と熱量で完全消滅した。

 

「ぐ、あぁ……」

 

 ピスケースの身体を乗っ取っているテテュスの身体がぐらりと揺れた。見れば女は額に手を当て、頭を振っている。

 よく観察してみれば、その女の瞳からは正気の光、人心が見えた。

 

「どうやら、テテュスがフィールドから消えたことで、あの姉ちゃん、神の精神制御から逃れられたみたいだぜ」

 

 トールの言葉には首肯するだけだ。烈震はこの機を逃さじと声を上げた。

 

「シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンにはまだ効果がある! 己の墓地のスターダスト・ドラゴン、もしくはその関連Sモンスターの数だけ、一度のバトルフェズの攻撃回数を増やすことができる! 己の墓地にはスターダスト・ドラゴンと、シューティング・スター・ドラゴンがいる。そのため、さらに二回攻撃が可能!

 これで終わりだ! シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 テテュス、否、ピスケースの身体が揺らぐ。状況を理解していないのがよく分かる。今攻撃すれば躱せない。

 シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンが口腔を大きく開け、口内に光のエネルギーをため込む。

 烈震が、右手の人差し指と親指を立てる。さながら拳銃のような形を作り、その照準をピスケースに合わせる。

 

「行け」

 

 烈震の命令が下った瞬間、シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンが放った白い閃光がピスケースを飲み込んだ。

 

「え、あ――――――きゃあああああああああああああ!」

 

 最後の瞬間、ピスケースは正気に戻ったようだが、何もかもが遅かった。

 極光が、彼女の細い体を飲み込んだ。吹き飛ばされていくピスケースの胸元の宝珠が砕かれた。

 

 

想い集いし竜 光属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK0 DEF0

自分は「想い集いし竜」を1ターンに1度しか特殊召喚できず、このカードをS素材とする場合、「セイヴァー」モンスターのS召喚にしか使用できない。(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」として扱う。(2):このカードをドローした時、このカードを相手に見せて発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。自分フィールドにレベル8以上のドラゴン族Sモンスターが存在する場合、さらにデッキからドラゴン族・レベル1モンスター1体を特殊召喚できる。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

スターダスト・シャオロン 光属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK100 DEF100

自分が「スターダスト・ドラゴン」のシンクロ召喚に成功した時、墓地のこのカードを表側攻撃表示で特殊召喚できる。このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。

 

スターダスト・ヴルム 光属性 ☆1 ドラゴン族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが手札・墓地に存在し、自分フィールドにレベル8以上のドラゴン族Sモンスターが存在する場合に発動できる。このカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。(2):このカードをリリースして発動できる。自分の手札・墓地から「スターダスト・ヴルム」以外のドラゴン族・光属性・レベル1モンスターを2体まで選んで特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは効果を発動できない。

 

シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン 風属性 ☆11 ドラゴン族:シンクロ

ATK4000 DEF3300

「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+ドラゴン族Sモンスターを含むチューナー以外のモンスター1体以上

このカードはS召喚でのみEXデッキから特殊召喚できる。(1):1ターンに1度、発動できる。相手フィールドの効果モンスター1体を選び、その効果を無効にする。(2):このカードは通常の攻撃に加えて、自分の墓地の「スターダスト・ドラゴン」及びそのカード名が記されたSモンスターの数まで攻撃できる。(3):1ターンに1度、相手が効果を発動した時に発動できる。このカードをエンドフェイズまで除外し、その発動を無効にし除外する。

 

 

ピスケースLP0

 

 

 烈震は倒れたピスケースに駆け寄った。

 呼吸、脈拍、共に正常。気絶しただけのようだ。

 その事実に安堵を覚え、ふと気配を感じて振り返ると、人影が二つあった。

 

「終わったみたいだな」

「心配はしてなかったけどな」

 

 和輝と龍次だ。

 級友二人に、烈震は軽く手を上げて見せた。

 

「ああ。問題はない。己も、明日の最終決戦には参加させてもらおう」

 

 気づけば日が沈んでいく。ジェネックス杯二日目はこれで終了し、いよいよティターン神族と決着をつける三日目が始まるのだ。

 三人は不敵な笑みを浮かべ、それぞれの拳を軽く打ち付けあった。勝利を誓って。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が暮れる。二日目の終了と同時に、参加者たちも宿泊していたホテルに急ぐ。

 ジェネックス杯は表向き滞りなく進行している。

 ギリシャ神話の怪物や、ティターン神族によって傷つけられた人々は、秘密裏に結界内から搬送され、記憶処置を施される。

 重傷者はそのまま入院させ、継承者は熱中症と偽って、即日に退院させることもあった。これらは本人の希望と医師の許可があれば三日目の参加も可能となる。

 そして被害にあわなかった参加者もまた多く、彼ら彼女らは三日目に向けて備えることになるだろう。

 勿論、裏の事情を知る者たち、即ち神々の戦争の参加者も、明日に向けてデッキの最終調整や、情報交換を行った。

 和輝もその一人だ。

 

「じゃあ、あの病院の周りにも――――――」

『ああ、ティターン神族の配下や得体の知れない外の神話の怪物がいたね』

 

 電話の相手はフレデリックだ。一応、綺羅(きら)が聞いていないようにロキに見張らせながら、情報交換を行う。

 

『実の所、二日目の怪物にたちよる被害は少ない。穂村崎(ほむらざき)君が俊敏に動いてくれた。それに、君たちには紹介していないが、一人独自に動いている仲間もいる。まあ、彼は仲間だと思っていないようだがね』

「穂村崎って、Aランクプロの? それにこの期に及んで紹介してない奴がいるって……」

『そして龍次君の師匠でもある。もう一人は完全な一匹狼でね、この、ティターン神族との戦いが終わった後は関わらないことを条件に、今回限り協力を取り付けた。彼は完全に群れない。自分一人で戦い、倒れる時も一人だといっている』

「そんな奴が……」

『契約したのはゼウス。おそらく、君たちは会うことはないかもしれないし、会ったとしても最終盤さ。理由があってね、長く戦えない』

 

 事情があるのは分かった。何よりゼウスの契約者、ティターン神族の首魁、クロノスとの因縁は深い。

 

「それが今まで表に出てこなかったってことは、マジで出られない理由があるってことか」

『個人の事情を、当人がいないままで掘り起こすつもりはないがね。それより私からも聞きたい。岡崎君、ナイアルラトホテップの契約者を追っている男がいたと?』

「ああ、完全に復讐者って感じの奴だ。名前は確か、城崎隼人(じょうざきはやと)。目つきの険しいやつでね、契約したのはネメシスだ」

『復讐者と、それに寄り添う復讐の女神か……。考え事が増える』

「ナイアルラトホテップ、つーか黄泉野ってやつは関わってくると思うか?」

『なんともいないね。彼らはパーティの端っこに陣取り、傍観者を気取っている。逆に決戦時にはちょっかいは掛けてこないかもしれない』

「……まぁ、どちらにしろ、会えば戦うしかないか」

『戦いの場になったなら、複雑に考えず、戦い抜くことを考えた方がいいだろう』

 

 ここらが潮時か。そう判断した和輝は通話を終えた。

 夜は長い。デッキの調整をして、綺羅の相手もする。義妹が巻き込まれないために、明日はティターン神族をこちらに釘付けにするのだ。他の参加者に手を出す余裕などなく、こちらはお前の喉元に迫っているぞと、突き付けてやるのだ。

 和輝は静かに闘志を燃やした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121話:ジェネックス杯三日目

 ジェネックス杯三日目、早朝。

 目覚めた和輝(かずき)は身体に特に不調がないことを確認し、軽くストレッチ。

 二日間にわたったジェネックス杯、というより、神々の戦争でのダメージは残っていない。

 これならば今日も万全のコンディションで決戦に挑める。

 手に取るのはデッキ。昨日の夜、さらに調整を施したこいつで、今日も勝ち残る。

 

「戦いへの昂揚が、いい感じに作用しているね」

 

 笑みを含んだ声音が背後から聞こえてくる。

 振り返ればそこにいるのは絶世の美男子。

 金髪碧眼、春風のような爽やかな微笑を口元に浮かべた姿は、女性なら必ず振り返ってしまうほどに美形。着ているものが簡素なシャツ姿でも、それは変わらない。むしろ着衣に気を使わないからこそ、彼本来の美貌がより一層際立つのかもしれない。

 和輝が契約した、北欧神話の悪戯の神、ロキだった。

 

「ああ、気分が高揚しているのが、自分でもわかる。何しろ、今日ででかい敵との決着がつくんだからな」

 

 言いながら、和輝はホテルの部屋に備え付けられていた鏡を見る。

 すでに身支度は終えているので、鏡に映っているのはいつもの和輝の姿。

 白い髪、茶色がかった黒の瞳、表情に少し険があり、愛用の白と黒のリバーシブルのジャケットを、白の面を表にして羽織っている。

 

「ジェネックス杯スポンサー、ゾディアック社」

 

 戦意を漲らせる和輝に向かって、ロキが言葉を放つ。

 

「当然、抱えているプロデュエリストもいるよね。それらプロと、ティターン神族の波長が合って、契約する可能性は高い」

「というより、切り札として残しているだけで、普通にトッププロもティターン神族と契約しているだろうな」

 

 そういう和輝の佇まいに気負いはない。パートナーの自然体に頼もしさを感じながら、それでもロキは言った。

 

「つまるところ格上だね。それらとも相手をしなければならないし、クロノスの契約者は、そんな猛者を率いているなら、さらに強いかもしれない。それでも君は勝てるかな?」

「負けるつもりで戦いはしない」

 

 ニコニコ笑顔のロキに対して、和輝は不敵に笑った。

 

「オーケイ。それでこそ」

 

 ロキも満足げに頷いてウィンク。気持ち悪いなと言う和輝の悪態も、今となってはただのじゃれ合いだ。

 それから和輝は綺羅の部屋に行き、扉をノック。義妹(いもうと)が支度を終えたことを確認して中に入る。

 

「おはようございます、兄さん」

 

 ぺこりと頭を下げる少女。

 肩にかかるかどうかのオレンジの髪、黄色の瞳、日焼け対策の長袖の白のブラウスに黒のフリルのついたスカート姿。

 和輝の義妹、岡崎綺羅(おかざききら)

 

「ああ、おはよう、綺羅。今朝も早いな」

「気持ちがはやっているのかもしれません。今日も、いろんな人とデュエルができると思うと楽しみなのです」

「それは俺もだな。プロとデュエルできるまたとない機会。逃す手はないぜ」

 

 義兄の贔屓目でなければ、綺羅は同年代の少女たちと比べても落ち着いて大人びていると思うが、こういう無邪気なところもある。

 そんな綺羅を見て、和輝が思うのは神々の戦争のこと。

 ティターン神族との戦いは、神々の戦争のバトルフィールドで行われる。

 そしてティターン神族や、ギリシャの怪物たちはバトルフィールドに一般参加者を取り込んで傷つけていた。

 理由不明の神々の理不尽。和輝はそれが許せない。それに綺羅が巻き込まれるなど、あってはならない。

 だから今日決着をつける。ティターン神族に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()。攻め入られるお前たちは、()()()()()()()()()()()()()

 心中で戦意を滾らせて、しかしそれを表面には出さず、和輝は綺羅に告げた。

 

「さぁ、朝飯にしよう。今日の夕方でジェネックス杯が終わる。そうしたらもう一泊して、明日は東京見学でも行くか」

「ですが、兄さん、東京は……」

 

 綺羅の言いたいことは分かる。

 東京大火災。七年前の未曽有の大火災によって、和輝は実の両親と、親しい人々と、住む家と、命以外の何もかもを失った。

 そのことは今も和輝の心に深い傷を残しているが、今の和輝はその傷を覆す怒りがある。

 ()()を繰り返してはならない。そのためにも、ティターン神族を止めなければならない。

 

「心配するな。七年。傷は消えなくても、少しは浅くなる」

 

 言って、微笑する。綺羅はそれで少しは安心してくれただろうか? とにかく、この少女が当たり前にこの大会を楽しんで、そして、何事もなく終わってほしい。

 和輝は切にそう願った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「それでは兄さん。私は行きますね」

「おう。互いに頑張ろうぜ」

 

 ぐっと握り拳を作って、綺羅にエールを送る和輝。綺羅は一礼して去っていった。

 時刻は九時四十五分。ジェネックス杯三日目開始まで、あと十五分。

 和輝は歩を進め。人の来ない裏路地へ。

 

「やるのかい?」

 

 実体化したロキが問いかける。和輝は肯いて、

 

「ああ。元々そんな段取りだしな」

 

 仲間たちとの打ち合わせはあらかじめ終わっている。三日目はそれぞれバトルフィールドに突入し、それぞれ個別にゾディアック本社を目指す。その際、飛行モンスターなど、派手なカードをデッキに入れている人員はそれらを召喚し、敵の目を引き付ける囮役もこなす。

 とにかく敵に、攻め入られるという危機感を与え、最終的にクロノスを討つ。

 ふと、和輝の周囲の空気が変わる。()()()()()()

 周囲の人の気配はなく、空気が重く、絡みつくように濃くなる。

 神々の戦争の、バトルフィールドに入ったのだ。

 

「……なんだありゃ」

 

 見上げた先に立つ()()を見た和輝は、驚きと呆れが混じったような声を上げた。

 地図上で言えば、そこはゾディアック本社がある場所のはずだ。

 が、今その場所は近代的なオフィスビルから様変わりしていた。

 そこにあるのは古代ギリシャの流れを組む、パルテノン式の、荘厳な神殿。

 ただし本来な純白なはずの外見は、毒々しい漆黒に染められている。

 近くで見れば、そこに血管のように走る赤いラインを見て取ることができただろう。

 

「ゾディアック本社……。いや、クロノスがそう装っていた、外見の偽装を解除したんだ。向こうも本気ってことだね」

 

 内部は全く分からない。

 

「ギリシャ神話の建築物だ。怪物を閉じ込める迷宮であったとしても驚かないよ」

「その場合、おれ達は哀れな生贄の子供たちかい」

 

 まぁやる事は変わらないか、と独り言ちて、和輝はカードを一枚、左腕に装着したデュエルディスクにセットした。

 

「来い、閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト!」

 

 次の瞬間、圧倒的な質量が無から出現し、周りの空気を押しのける。

 現れたのは星屑のような燐光を煌めかせる、美しいドラゴン。その背に和輝が飛び乗ると、ドラゴンは翼を一つ羽ばたかせて空気を打ち、一気に空へと飛翔した。

 午前十時。ジェネックス杯三日目が開始される。

 建造物の頭上に躍り出る和輝。見れば他の方向からも巨大な影が飛びあがった。

 そのいずれもドラゴン。一体はスターダスト・ドラゴン。もう一体は銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)。とにかく派手なモンスターで敵の目を引き付ける。

 三体のドラゴンが示し合わせた様にティターン神族の神殿に向かって飛翔する。

 さらにE・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオスや希望皇ホープなど、飛行できるモンスターも、ドラゴンほど目立ってはいないが、プレイヤーを抱えながら飛翔する。

 

「行くぜ!」

 

 力強く翼を羽ばたかせて、スターダストが神殿に向かって突き進む。

 

「どうするんだい和輝!」

 

 スターダストにしがみつく和輝の隣で、半透明のロキの声が聞こえる。

 

「一撃ぶちかまして、あの神殿に風穴開けてやるさ!」

 

 戦意を漲らせた和輝の返答。その意を組んだように、閃珖竜がかすかに口を開いた。

 後はその口内にエネルギーをため込んで、放つだけ。

 その瞬間、空を覆うような巨大な影が唐突に出現した。

 メタリックブラックの体躯に金のライン。円環を分割したような金色の外部パーツ。その頭上に小さく見える人影。和輝からは男か女かもわからない。

 天を覆わんばかりの巨大なドラゴン。その姿が和輝の記憶に引っかかった。

 

「覇王龍ズァーク!?」

「てことは、あの頭の上に乗ってるのがテュポーンってことかな?」

 

 テュポーン。オリュンポスの神々さえ恐れたというギリシャ神話最大の怪物。そして、烈震(れっしん)を倒し、彼とその恋人に重傷を負わせた相手。

 一瞬、敵討ちという単語が頭をよぎる。龍次(りゅうじ)ほど表に出さないだけで、和輝も友人を傷つけられた怒りはある。

 だが、テュポーンが召喚した覇王龍ズァークの行動は、和輝の判断より早かった。

 すでにその全身からライトグリーンの光が迸り、一斉に弾幕となって放たれる。

 

「ッ!」

 

 光の弾幕は全て和輝と、彼が駆る閃珖竜スターダストに向けられた。

 

「躱せない!」

「スターダスト! 守れ!」

 

 和輝の号令が下るや否や、閃珖竜スターダストはその場で停止し、翼を前面に畳んで防御姿勢。その全身を、薄い光のヴェールが包み込んだ。

 直後、着弾。光と轟音の乱舞が轟き、バトルフィールド内を照らし出す。

 弾幕がやむと、そこには無傷のスターダストと和輝たち。

 だが次はない。閃珖竜スターダストで守れるのは一度のみ。

 

「やべぇなこれ……!」

 

 閃珖竜を地上に下ろして覇王龍の目を眩ますか? そう思ったが、その場合、ズァークの攻撃は仲間たちに向かう。

 覚悟を決めて突っ切るか。そう考えた時、和輝のはるか後方で強烈な光。

 振り返れば地上から天空に向かって昇っていく雷という、自然現象を真っ向から否定した光景が飛び込んできた。

 

「ゼウスの雷だ……」

 

 ロキの呟き。ならばあれが、フレデリックが言っていた、合流することのない最後のメンバーか。

 ふと見れば、覇王龍ズァークの動きが止まっていた。

 

「なんだ?」

「頭の上にいる男が止まってる。あー、なんか嬉しそう」

 

 目をすがめたロキがそう言った瞬間、ズァークが咆哮。それが威嚇なのか歓喜なのか分からないまま、メタリックブラックの巨体が羽ばたき、飛翔しだした。

 

「ッ!」

 

 巨体が動くことによる空気の動きが閃珖竜を翻弄する。視界の端には同じく大気の乱れに煽られる仲間たちのドラゴン。

 

「ゼウスゥゥゥゥゥゥ!」

 

 テュポーンの絶叫は、はたして和輝の耳には届かない。だが神話の怪物は、人間の身体という器に入ってもなお、神代の因縁に突き動かされた。

 おそらく神殿の防御に回されただろうに、テュポーンは和輝たちには目もくれず、 己の役目も放棄して雷が上がった方角に突っ走っていった。

 直近の危機は去った。だが停滞はまずい。それに巨大な影がさらに立ち上がる。

 ティターン神族の契約者が、新たな大型モンスターを召喚したのだろう。だとすればあの近くに契約者がいる。そこに行けば決闘(デュエル)に持ち込める。

 そう思って閃珖竜スターダストの翼を開かせた瞬間、下から光が槍のように突き込まれた。

 

「ッ!?」

 

 とっさの判断でスターダストの身体をひねらせた。閃光が巨大なドラゴンの身体を掠める。

 

「――――――――――――!」

 

 痛みからか、閃珖竜スターダストが絶叫を上げ、その巨体が揺らぐ。和輝は歯を食いしばってドラゴンの背にしがみつく。

 そんな和輝の頭上に影。目を向ければそこにいたのは大きく硬く、武骨でしかし()()機械の巨人。

 古代の機械巨人(アンティークギア・ジャイアント)

 黒鉄(くろがね)の巨人がその右拳を振りかぶる。和輝に躱す術はなく、この一撃を喰らえば和輝はどこに吹っ飛ばされるか分かったもんじゃない。

 どうするか。思案した時、巨人の下から跳ね上がったものがあった。

 それは濃い青色に、金のラインを入れた重厚な鎧を身に纏った戦士の姿。戦士が手にした剣を振り上げ、巨人の一撃を上にそらして和輝を救ったのだ。

 

「カオス・ソルジャー……、ラインツェルンか!」

 

 仲間のアシストに感謝の念を抱く。同時に、この相手は自分がするという、彼女の決意が伝わってきた。

 

「和輝! どこに降りる!?」

「さっきビームが飛んできた方だ! そこにいる敵を叩く!」

 

 主の意を汲んだ閃珖竜スターダストが翼を羽ばたかせて自身を貫いた光線が来た方に着地する。和輝はねぎらうようにドラゴンの頭部を撫でで、地上に降り立った。

 消えていく閃珖竜スターダスト。消えていくしもべを背後に、和輝はその相手を見た。

 小柄な影と大柄な影の二人組。より正確に言えば、一人と一柱か。

 小柄な少女、こちらは人間か。金の髪、伏せられがちな紫の瞳、あまり日に焼け慣れていない白い肌、両耳にヘッドフォン、薄手の黒いひらひらとしたフリル付き半そでシャツ、腕に白と黒のストライプ柄のアームカバー、黒と赤のチェック柄のミニスカート姿。その視線は和輝を見てはいるが、コミュニケーションを拒絶するように耳のヘッドフォンは着けたまま。

 完全自己閉鎖的に丸まったハリネズミの風情。

 その傍らの大型な女。百八十近い長身、赤い長髪、目には黒のサングラス、白いTシャツの裾を結んだ大胆はへそ出しルックの上半身に、だいたいんなカットをいれたデニムのショートパンツ姿。

 強めながら健康的な色気を感じさせる露出の割にその肌は生まれてこの方一度も日光を浴びたことがないように白い。

 和輝の傍らにロキが実体化する。和輝が警戒を露わに問いかける。

 

「聞くまでもないかもしれないが……、ティターン神族だな? さっき俺にビームぶつけてくれたのはそっちのグラサンか?」

 

 すでに心は戦闘態勢に移行してる。それを感じ取ったか、大柄な方がケタケタと笑った。

 

「アハハ。ごめんごめん。でもあのまま行かせるわけにもいかなくってさー。でしょ? サラ」

 

 傍らの少女に声をかける。が、ヘッドフォンを大音量でかけて自己閉鎖中の少女は反応しない。

 

「こーら、サラ! 対峙してるんだからヘッドフォンは取りなさい」

 

 無理矢理ヘッドフォンを取ってくる女。サラと呼ばれた少女は慌てたように耳に手を当て、自分の頭の上で女がぶらぶら揺らしているヘッドフォンを見つけた。

 

「や、やめてよ……。あと少しで一曲終わって、丁度良かったんだから……!」

 

 意訳としては、それからヘッドフォンを取って和輝と対峙するつもりだった、ということか。

 少女――――サラはヘッドフォンを取り返し、今度は耳じゃなくて首にかけた。

 

「まぁ、いいや……。あたしはサラ・アクエリア。こっちがティターン神族のテイア」

「よろしくねー」

 

 言いながらも、女神テイアはサングラスを外さない。

 

「やぁ女神さま。できればその無粋なサングラスを外して、美しい瞳をボクたちに見せてくれないかな?」

 

 歯の浮くようなセリフを微笑付きで吐くロキ。テイアは「それは無理」と笑う。

 

「私の神格は()()()()()()下手に視たら直接攻撃になっちゃう」

「あの光、目からビームかぁ……」

 

 少し予想外のためか、ロキの頬が引きつく。

 

 

「もういいから」疲れたような声音のサラ。その瞳が和輝を見る。

「?」とはいえ和輝に覚えはない。この少女とは初対面だ。

 

「初めまして、岡崎和輝センパイ」

「先輩……?」

 

 和輝の眉がよる。先輩と言われても、この少女にはやはり見覚えがない。

 ティターン神族の契約者なら、少なくともゾディアックが目をつける人材であり、それが後輩なら学校でも有名なはずで、和輝の耳に入らないはずがないと思うのだが……。

 

「前に会ったことがあったか?」

「ううん。これが初対面だよ。正確にはあたしは十二星高校の生徒じゃないし。ただ、来年の春には入学が決まってるけど」

「ああ、推薦入学組か。この時期に決まってるってことは相当優秀だな」

「そう。だから十二星高校で特に実力の高い生徒も、事前に知ってた。本当は、入学してから挑もうと思っていたんだけど、こうして機会が巡って来たのはいいね」

 

 伏し目がちな目が開かれて、サラがまっすぐ和輝を見る。

 

「十二星高校で、抜きんでた実力を持ってる岡崎先輩。ほかにも風間先輩や黒神先輩とも会いたかったけど、センパイを倒してから行くよ」

 

 負けるつもりなど微塵もない、たいそうな自信。言いながらデュエルディスクを起動させるサラに、和輝は応えるようににやりと笑った。

 自己閉鎖型のハリネズミが、闘志を剥き出しにしてこちらに弾丸のように飛んできた。

 

「生意気な後輩だ。が、そういうはねっ返りは嫌いじゃない。将来有望のその実力、見せてくれ」

 

 互いの傍らにいた神が姿を消し、二人の胸元に宝珠の輝きが灯る。和輝が赤、サラは無色。

 一拍、構えた二人の間に沈黙が通り過ぎ、そして―――――

 

決闘(デュエル)!』

 

 最終戦、第一戦が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122話:旅人の巡礼

 神々の戦争のバトルフィールド内、そこで対峙する二人。

 岡崎和輝(おかざきかずき)とサラ・アクエリア。

 すでに二人の胸元には宝珠が輝き、戦いを告げる言葉は放たれた。

 ならば後は、雌雄を決するのみ。

 

 

和輝LP8000手札5枚

サラLP8000手札5枚

 

 

「あたしの先攻。あたしのフィールドに魔法、罠カードが存在しないから、手札から彼岸の悪魔 ガドルホックを特殊召喚。同じ条件で、手札から彼岸の悪鬼 スカラマリオンを特殊召喚」

 

 早々に、サラのフィールドに二体の悪魔が現れる。

 黒い体躯、溶岩が何かの間違いで人型を取り、動き出したような外観、赤い瞳、短い角、振り上げるハンマーのような拳の悪魔――ガドルホック――。その傍らに現れる銀色の総髪、仮面を被ったような顔、翼、刀剣類のように長い爪を持つ悪魔――スカラマリオン――。

 

「彼岸、か……」召喚されたモンスターたちを見て、呟く和輝。

「知ってるカテゴリー?」水を向けるロキ。和輝は首を横に振った。

(エクシーズ)モンスターの、ダンテは有名だが、他は詳しくは知らない。ただ、ほとんどの彼岸モンスターは今みたいに自分のフィールドに魔法、罠が存在しない場合に手札から特殊召喚できる効果と、彼岸以外のモンスターが自分の場にいれば自壊する共通効果を持っていたはずだ」

 

 それ以上は知らない。と言って締めくくる和輝。サラはクスリと口元だけで微笑を浮かべる。

 

「見ていればわかるよ。あたしはガドルホックとドラゴネルでオーバーレイ。二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚」

 

 サラの頭上に、渦巻く銀河のような空間が展開される。二体の彼岸モンスターが紫の光に変換されて、頭上の空間に飛び込んだ。

 虹色の爆発が起こる。

 

「彼の旅路はここから始まる。九つの地獄と七つの煉獄がお前を待っている。いざ歩け、彼岸への道筋を。煉獄の旅人 ダンテ、守備表示!」

 

 爆発の向こうから現れたのは、頭に月桂樹の冠を被り、シンプルな赤い衣装に身を包んだ青年。その顔には決意と悲壮が張り付いており、これからの彼の旅路を暗示させる。その周囲に衛星のように回る二つの光の玉、即ちORU(オーバーレイユニット)

 

「ダンテの効果発動。ORUを一つ使って、デッキトップから三枚を墓地に送り。そして攻撃力を1500アップ」

 

 サラのデッキトップからカードが三枚、墓地に滑り落ちていく。それらは旅人の結彼岸、彼岸の悪魔 ドラゴネル、そして輝きの光来巨神テイア。

 

「神のカードが落ちたか!」

 

 さすがにこれは和輝にも予想外だった。確かにこの手の墓地肥やしのカードは、神のカードが手札に来る確率を上げてくれるが、墓地に行く確率も同様にある。

 

「ついてるね。神は総じて強力だが重い。そして特殊召喚できないものが多いから、一度墓地に落ちてしまえば回収にも手間がかかる」

 

 ロキの言うことはもっともだ。だが和輝に楽観はない。なぜなら神が墓地に落ちたというのに、サラも、その後ろで半透明でにこやかに笑っているテイアも、全く動揺していない。

 彼女たちは神が墓地に落ちたことを全く不利だと思っていない。これは油断できない。

 

「墓地に送られたドラゴネルの効果で、デッキから彼岸カード一枚をデッキトップに置く。これで分かったかな? 彼岸モンスターはセンパイが言った共通効果のほかに、墓地に送られた場合に固有の効果を発揮する。これは場所を指定しない。フィールドでも、手札でも、デッキでも、勿論、ORUでも。

 カードを一枚セットして、ターンエンド。そしてこのエンドフェイズに、ダンテのORUとして墓地に送られたスカラマリオンの効果が発動する。デッキからスカラマリオン以外の悪魔族、闇属性、レベル3モンスター一体を手札に加える。これで、あたしは魔界発現世行きデスガイドを手札に加える」

 

 

彼岸の悪鬼 ガドルホック 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1600 DEF1200

「彼岸の悪鬼 ガトルホッグ」の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):???

 

彼岸の悪鬼 スカラマリオン 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK800 DEF2000

このカード名の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):このカードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズに発動できる。デッキから「彼岸の悪鬼 スカラマリオン」以外の悪魔族・闇属性・レベル3モンスター1体を手札に加える。

 

彼岸の旅人 ダンテ 光属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK1000 DEF2500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。(3):???

 

 

「俺のターンだ―――――」

「待って、まだドローしないで、センパイ。この瞬間、あたしの墓地にある輝きの光来巨神テイアの効果が発動する」

 

 ターンは移り、和輝の許へ。ドローしようとした矢先、サラが待ったをかけた。ドローしようとしたままの中途半端な姿勢で、和輝が止まる。

 

「テイアがあたしの墓地にある時、自分と相手のドロー前に、ターンプレイヤーのデッキトップを確認して、そのカードをデッキトップに戻すか、デッキボトムに置くことができる。さ、デッキトップ、つまり今ドローするはずのカードを、あたしに見せて。勿論、センパイは見ないで」

 

 ピーピングに、限定的なデッキ操作効果。直接的なアドバンテージには繋がらないが、自分のデッキの回転は良くし、相手のデッキの邪魔をするいやらしい効果だ。

 

「ごめんねー。人間ってさ、昔は目にものが映るのは、自分たちの目から光が投射されて、その光がモノに反射して、視覚情報として受け取れると考えていたらしいの。で、私はそんな、目から出ている光の神格化ってわけ。だから、この()()()からは逃れられないよ。君のデッキトップもね」

 

 サングラス越しなので確かなことは言えないが、テイアは今間違いなく油断のならない眼差しで和輝を見ていた。なぜか見えないのにそんな確信があった。

 

「地味だけど、面倒な効果だね」

 

 とロキ。神の強力な効果とやらの割には嫌がらせ特化だと、和輝は思った。

 

「……ほらよ」

 

 注意してデッキトップをめくり、カードをサラに見せる。サラは和輝がめくったカードを確認して、眉をひそめた。

 黒の魔導陣。面倒なカード。和輝は有名なので、彼がブラック・マジシャンをメインに据えたデッキを使っていることはサラも知っていた。

 そのうえで、嫌なカードを引き寄せる。そう思う。

 

「デッキの一番下において」

「分かった」

 

 とはいえピーピングとデッキ操作は一ターンに一度だけ。改めてカードをドローし、手札に加える。

 

「マジシャンズ・ロッドを召喚」

 

 和輝のフィールドに現れたのは、一振りの杖。

 宝珠を先端に、細かな装飾を施されたそれはブラック・マジシャンの杖に酷似しており、さらにその杖を、青白く発光する魔導師の影が手にしていた。

 

「マジシャンズ・ロッドの効果発動――――」

「させない。リバーストラップ、ブレイクスルー・スキル。これでマジシャンズ・ロッドの効果を無効にする」

 

 冷静に、サラはデュエルディスクのボタンを押し、伏せカードを翻す。これが通ればマジシャンズ・ロッドの効果は無効となり、和輝はロッドのサーチ効果を使えない。

 出鼻を挫かれる。だが和輝は慌てず、手札からカードを引き抜いた。

 

「なら手札から速攻魔法、イリュージョン・マジック発動。マジシャンズ・ロッドをリリースし、デッキから二枚のブラック・マジシャンを手札に加える。

 そして、マジシャンズ・ロッドがフィールドを離れたため、ブレイクスルー・スキルは対象不在で不発だ。つまり、マジシャンズ・ロッドの効果は問題なく発動できる。おれは永遠の魂を手札に加える」

 

 攻防の結果は和輝の勝利。サラは不満げに顔をしかめた。

 

「今までダウナーだったけど、年相応の反応は可愛らしくていいね」とロキ。和輝は隣の邪神に白い目を向け、

「軽口はやめろ。切り裂かれし闇を発動し、黒の魔術のヴェールを発動。1000ライフを払い、手札のブラック・マジシャンを特殊召喚する」

 

 和輝のフィールドに現れる、彼のデッキのエースモンスター。

 黒い魔導服、帽子から覗く端正な顔つき、宝珠がはめ込まれた杖、不敵な表情がその美貌に浮かんでいる。

 

「切り裂かれし闇の効果で、一枚ドロー。さらに融合を発動。手札のブラック・マジシャンとガード・オブ・フレムベルを融合!」

 

 和輝の頭上、その空間が渦を描いて歪む。その渦に、和輝の手札から飛び出した二体のモンスターが飛び込んだ。

 

「黒の魔導師は竜に導かれ、騎士の力を得る。新たな進化よ、今ここに! 融合召喚、竜騎士ブラック・マジシャン!」

 

 現れる新たなモンスター。

 緑色の体躯を持つ、雄々しく巨大なドラゴン。その背に立ち、威風堂々と佇むのは、魔導服を彷彿とさせる黒の鎧を身に纏ったブラック・マジシャン。攻撃力は3000。さらに場にいる限り、自分の魔法、罠を守れるため、和輝が手札に加えた永遠の魂や、ドローソースにして火力強化の切り裂かれし闇を守れる。

 

「つまり和輝にデッキにとって相性抜群の、心強いモンスターってわけだね」

「そういうことだ。バトルだ。ブラック・マジシャンでダンテを攻撃。この瞬間、切り裂かれし闇の効果を発動し、ダンテの攻撃力分、ブラック・マジシャンの攻撃力をアップさせる!」

 

 黒い魔導師が杖を振るい、先端の宝珠から黒い稲妻が幾条も放たれた。勢いを増した稲妻は彼岸の旅人に直撃。その体を焦げ滅ぼした。

 モンスターの破壊による大音量に、サラが顔をしかめながら、その衝撃に負けぬと声を張り上げる。

 

「く……ッ! ORUとなっているガドルホックと、ダンテの効果発動! まず、ガドルホックは墓地に送られた場合、墓地の彼岸モンスター一体を特殊召喚できる。あたしはスカラマリオンを守備表示で特殊召喚!

 さらにダンテも、墓地に送られた場合にあたしの墓地の彼岸カード一枚を手札に加えることができる。この効果で、ガドルホックを回収する」

 

 やはり軽い発動条件は厄介だ。さらのフィールドに壁となる悪鬼が現れる。

 だがモンスターを残すのはうまくない。

 

「竜騎士ブラック・マジシャンでスカラマリオンを攻撃。バトルを終了し、墓地のマジシャンズ・ロッドの効果発動。ブラック・マジシャンをリリースしてこのカードを回収する。カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

「なら、エンドフェイズに今破壊されたスカラマリオンの効果発動。デッキから彼岸の悪鬼 ラビキャントを手札に加える」

 

 

輝きの光来巨神テイア 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の(4)の効果はデュエル中に1度しか使用できない。このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードが墓地に存在する時、自分または相手のドローフェイズのドロー前に発動する。ターンプレイヤーのデッキの一番上を確認して、デッキの一番上または一番下に戻す。(4):???

 

マジシャンズ・ロッド 闇属性 ☆3 魔法使い族:効果

ATK1600 DEF100

「マジシャンズ・ロッド」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキから手札に加える。(2):このカードが墓地に存在する状態で、自分が相手ターンに魔法・罠カードの効果を発動した場合、自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。

 

ブレイクスルー・スキル:通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

イリュージョン・マジック:速攻魔法

「イリュージョン・マジック」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの魔法使い族モンスター1体をリリースして発動できる。自分のデッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」を2体まで選んで手札に加える。

 

切り裂かれし闇:永続魔法

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分がトークン以外の通常モンスターの召喚・特殊召喚に成功した場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。(2):以下のいずれかの自分のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。その自分のモンスターの攻撃力はターン終了時まで、その相手モンスターの攻撃力分アップする。

●レベル5以上の通常モンスター

●通常モンスターを使用して儀式召喚したモンスター

●通常モンスターを素材として融合・S・X召喚したモンスター

 

黒魔術のヴェール:通常魔法

(1):1000LPを払って発動できる。自分の手札・墓地から魔法使い族・闇属性モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

ブラック・マジシャン 闇属性 ☆7 魔法使い族:通常モンスター

ATK2500 DEF2100

 

融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

竜騎士ブラック・マジシャン 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK3000 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「ブラック・マジシャン」として扱う。(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分フィールドの魔法・罠カードは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。

 

彼岸の悪鬼 ガドルホック 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1600 DEF1200

「彼岸の悪鬼 ガトルホッグ」の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):このカードが墓地へ送られた場合、「彼岸の悪鬼 ガトルホッグ」以外の自分の墓地の「彼岸」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 

彼岸の旅人 ダンテ 光属性 ランク3 戦士族:エクシーズ

ATK1000 DEF2500

レベル3モンスター×2

(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。(2):このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。(3):このカードが墓地へ送られた場合、このカード以外の自分の墓地の「彼岸」カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。

 

 

和輝LP8000→7000手札2枚

サラLP8000手札5枚

 

 

「あたしのターン、テイスの効果で、デッキトップをデッキボトムへ。改めてドロー。魔界発現世行きデスガイド召喚。効果で、デッキから彼岸の悪鬼 グラバースニッチを特殊召喚」

 

 サラのフィールドに、車掌服に赤い髪、赤い瞳の悪魔が現れる。悪魔は首にかけた笛を思いっきり吹いて、新たな悪魔を呼び出していく。

 現れた悪魔は大きな上半身に短めな足、犬の頭に棘付きの首輪、悪魔の証明のような翼を生やした、ややアンバランスなもの。本来なら彼岸モンスターの共通効果で破壊されるが、デスガイドの効果によって特殊召喚されたため、効果は無効化されている。

 

「二体のモンスターで、もう一度彼岸の旅人 ダンテを(エクシーズ)召喚!」

 

 先ほどと同じエフェクトが走り、虹色の爆発の向こうでもう一度彼岸の旅人が現れる。ただし、先程と違い、今度は攻撃表示だ。

 

「もう一度、ダンテの効果発動。ORUを一つ使って、デッキトップから三枚墓地に送ってダンテの攻撃力を1500アップ。さらにORUとして使われたグラバースニッチの効果発動。

 このカードが墓地に送られた場合、デッキからグラバースニッチ以外の彼岸モンスターを特殊召喚できる。あたしは彼岸の悪鬼 ハックスルパーを特殊召喚」

 

 ダンテの効果によって、戦線復帰、クレーンクレーン、闇の誘惑の三枚が墓地に落ちた。そしてそのダンテの傍らに現れる新たなモンスター。

 四足の下半身。頭に四本の角、石造りのようなのっぺりとした顔面と体つき、背に身を包めそうな大きな翼。今までの彼岸の悪鬼よりも、異形感が強く、おどろおどろしい。

 

「さらに彼岸の悪鬼 ラビキャントを、自身の効果で特殊召喚する。あたしは――――」

 

 さらに右腕が天に向かって掲げられる。開かれた掌が天を向く。

 

「レベル3の彼岸の悪鬼 グラバースニッチに、レベル3の彼岸の悪鬼 ラビキャントをチューニング」

 

 (シンクロ)召喚。ラビキャントが三つの緑の光の輪となり、その輪を潜ったグラバースニッチが三つの白い光星となる。

 白い星を、光の道が貫いた。

 

「旅人の行く末を(つづ)るは偉大なる魔術師。かの者の旅路を謡い、語り、どこまでも伝えるがいい。シンクロ召喚、彼岸の詩人 ウェルギリウス!」

 

 光が満ち、中から現れたのは赤い髪、黒を基調とした衣装に鍔広の帽子を被り、青白い炎を噴き出させている弦楽器を構えた吟遊詩人。

 

「S素材となって墓地に送られたハックスルパーの効果発動。墓地に送られた場合、フィールドにセットされた魔法、罠一枚を手札に戻す。勿論、戻すのはセンパイの伏せカードだよ」

 

 サラからすれば、和輝の伏せカードは分かっているも同然だ。ただもしも伏せカードが()()()だった場合、あの伏せカードは手札に戻るだろう。

 

「仕方ない。リバースカード、永遠の魂を発動だ。効果も発動し、墓地のブラック・マジシャンを攻撃表示で特殊召喚する。切り裂かれし闇の効果で一枚ドロー」

 

 サラの想定通りに翻る伏せカード。そして和輝のフィールドに現れる黒衣の魔導師。

 

「ウェルギリウスの効果発動。手札の彼岸モンスター、カドルホッグを捨てて、相手フィールド、墓地のカード一枚をデッキに戻す」

「デッキバウンスか!」

 

 およそデュエルモンスターズでの最強の除去、デッキバウンス。墓地に送られた場合に発動する効果どころか、フィールドを離れた時に発動する効果さえ、デッキバウンスでは発動できない。完全な無力化だ。これでは竜騎士ブラック・マジシャンの加護も意味はない。

 

「あたしはこの効果で、センパイの場にある切り裂かれし闇をデッキに戻す」

「チ……!」

 

 和輝の舌打ち。自分の思惑通りに事が運び、サラが自慢げな笑みを浮かべる。

 

「いいねサラ! だけど永遠の魂じゃなくてよかったの?」

「デッキバウンスじゃ永遠の魂のフィールドを離れた時の効果が発動しないから、センパイのモンスターを道ずれにできないし。盾としてうざいカードよりも、鉾としてうざいカードの方が残ってほしくないし。ドローソースも面倒だし……」

 

 テンションの高めなテイアに対して、サラは低いテンションのまま返答する。一人と一柱のやり取りを、和輝は自身が不利になっていく実感とともに聞いた。

 

「ウェルギリウスのコストで墓地に送ったカドルホッグの効果発動。墓地のダンテを特殊召喚。そして、手札の彼岸の悪鬼 リビオッコを捨てて、今蘇生したダンテ一体でオーバーレイ! 一体のモンスターで、オーバーレイネットワークを再構築! エクシーズ召喚!」

 

 このデュエル三回目のX召喚。エフェクトが走り、虹色の爆発が起こり、そこから新たなモンスターが現れる。

 

「彼岸を行く旅人の胸に去来するは、今は届かぬ女の姿。汝永遠を求めるなかれ。幼少の淡い想いは、過ぎ去ったからこそ美しい。出でよ永遠の淑女 ベアトリーチェ!」

 

 現れたのは白い女。

 輝く白い髪、肌、衣装。瞳は悲しげで僅かに伏せられ、衣装の上に白い軽装鎧を身に纏った女。武器らしいものは持たず、ただ手を広げて誰かを待つような姿勢を崩さない。

 

「リビオッコの効果は発動しない。墓地の旅人の結彼岸効果発動。墓地のこのカードを除外して、ウェルギリウスの攻撃力を800アップ。バトルだ。ウェルギリウスで竜騎士ブラック・マジシャンを攻撃」

 

 ついにサラの軍勢が動き出した。ウェルギリウスが弦を鳴らすと、楽器の炎が躍る。炎は蛇のようにうねり、鞭のようにしなって竜騎士ブラックマジシャンに巻き付き、跨ったドラゴンごと焼き尽くした。

 

「くそ……!」歯噛みする和輝。

「まだまだ行くよ」得意げなサラ。「ダンテでブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 ダンテとブラック・マジシャンの攻撃力は互角。だがダンテは破壊された時に発動する効果もある。このバトルは和輝だけが一方的に損をする。

 だが受けないわけにはいかない。ブラック・マジシャンが迎撃のために放った黒い稲妻を、ダンテはその身に浴びながら疾走し、肉薄し、身体を焼き焦がせながらついには手にした短剣をブラック・マジシャンの心臓に突き刺した。

 壮絶な相討ち。これこそサラの狙い通りに。

 

「ダンテの効果を発動し、墓地のガドルホックを回収する。そしてベアトリーチェでダイレクトアタック!」

 

 さらに右手が和輝を指し示す。ベアトリーチェが主の意を汲んで両手を広げた。

 広げた腕に沿って炎が躍る。踊る炎はベアトリーチェの手の動きに従い、鞭のようにしなって和輝に叩きつけられる。

 和輝は地を蹴って横っ飛びに跳躍。しなる炎を間一髪で回避。ただし、一度地面を打ち付けた鞭が跳ね上がり、和輝の右足首に巻き付いた。

 

「くそ!」

 

 悪態も一瞬。和輝の身体は力任せに振り回されて、投げられた。

 少年の身体が地面を滑る。回転する勢いのまま起き上がって構える。バトルフィールドの効果で身体能力が上がっていることに感謝する。そうじゃなければだいぶひどいことになっていただろう。

 

「さすがの身のこなしだね、センパイ」

「生意気な後輩ちゃんだ。だがただじゃやられねぇ。俺がダメージを受けたこのタイミングで、手札のマジクリボーの効果発動! 手札のこのカードを捨て、俺のデッキか墓地からブラック・マジシャン、またはブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚する。俺は墓地のブラック・マジシャン扱いの竜騎士ブラック・マジシャンを特殊召喚する!」

 

 再び和輝のフィールドに現れる、ドラゴンを駆る魔術師。

 

「さすが、転んでもたたでは起きない。カードを二枚伏せて、ターンエンド」

 

 

魔界発現世行きデスガイド 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF600

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札・デッキから悪魔族・レベル3モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは効果が無効化され、S素材にできない。

 

彼岸の悪鬼 グラバースニッチ 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF1500

このカード名の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「彼岸の悪鬼 グラバースニッチ」以外の「彼岸」モンスター1体を特殊召喚する。

 

彼岸の悪鬼 ハックスルパー 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1400 DEF0

「彼岸の悪鬼 ハックルスパー」の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):このカードが墓地へ送られた場合、フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。セットされたそのカードを持ち主の手札に戻す。

 

彼岸の悪鬼 ラビキャント 闇属性 ☆3 悪魔族:チューナー

ATK100 DEF2100

このカード名の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。

 

彼岸の詩人 ウェルギリウス 光属性 ☆6 魔法使い族:シンクロ

ATK2500 DEF1000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

「彼岸の詩人 ウェルギリウス」の(3)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):「彼岸の詩人 ウェルギリウス」は自分フィールドに1体しか表側表示で存在できない。(2):1ターンに1度、手札から「彼岸」カード1枚を捨て、相手のフィールド・墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻す。(3):フィールドのこのカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。

 

永遠の魂:永続罠

「永遠の魂」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):以下から1つを選択してこの効果を発動できる。●自分の手札・墓地から「ブラック・マジシャン」1体を選んで特殊召喚する。●デッキから「黒・魔・導」または「千本ナイフ」1枚を手札に加える。(2):このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のモンスターゾーンの「ブラック・マジシャン」は相手の効果を受けない。(3):表側表示のこのカードがフィールドから離れた場合に発動する。自分フィールドのモンスターを全て破壊する。

 

永遠の淑女 ベアトリーチェ 光属性 ランク6 天使族:エクシーズ

ATK2500 DEF2800

レベル6モンスター×2

このカードは手札の「彼岸」モンスター1体を墓地へ送り、自分フィールドの「ダンテ」モンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。この方法で特殊召喚したターン、このカードの(1)の効果は発動できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキからカード1枚を選んで墓地へ送る。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):???

 

旅人の結彼岸:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドから、「彼岸」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、フィールドの「彼岸」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力は次の相手ターン終了時まで800アップする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

マジクリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):戦闘または相手の効果で自分がダメージを受けたターンのメインフェイズ及びバトルフェイズに、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。自分のデッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」または「ブラック・マジシャン・ガール」1体を選んで特殊召喚する。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):???

 

 

和輝LP7000→6700→4200手札3枚

サラLP8000手札2枚

 

 

 ターンは和輝に移る。彼のドローフェイズ、サラは当然テイアの効果を発動。和輝のデッキトップを確認する。

 めくられたのは、閉ざせし悪戯神ロキ。

 ……マジ? それがサラの率直な感想だった。先程の黒の魔導陣といい、つくづく危険なカードを引き込んでくる。この、強引に流れをもぎ取ろうとする運命力も、彼の強さの一端か。

 今はこちらが有利だが、油断はできない。

 

「そのカードはデッキボトムにやって」

「あいよ。じゃあ、改めてドローだ」

 

 サラが和輝の引きに(おのの)いている頃、和輝もまたサラのプレイングに舌を巻いていた。

 

「どうにも攻めきれないというか。うまいことこちらの攻撃手を剥がされている感じがするねぇ」とロキ。和輝も首肯。

「だがいつまでもそういうわけにもいかない。俺はマジシャンズ・ロッドを召喚。効果を発動し、デッキから黒の魔導陣を手札に加え、発動。発動時の処理で、俺はデッキトップから三枚めくり、ブラックマジシャン関連の魔法、罠があれば、一枚手札に加える。――――ゲット。俺は、師弟の絆を手札に加え、残りを好きな順番でデッキに戻す」

 

 立て続けに和輝のフィールドにカードが出現。それらをサラは眉一つ動かさずに見逃した。彼女のデッキは彼岸モンスターの展開を邪魔しないため、フリーチェーンが多い。それは和輝も見越しており、だからこそカウンター罠で邪魔される可能性は低いとみて、大胆に動く。

 すでに自分のデッキの特性を把握されているサラは歯がゆさがないわけではないが、流す。

 そんなサラの内心を知ってか知らずか、和輝は不敵な笑みを浮かべたまま、動くのをやめない。

 

「永遠の魂の効果を発動し、墓地のブラック・マジシャンを特殊召喚。そしてここで、黒の魔導陣の効果を発動。ウェルギリウスを除外する」

「させない。リバースカード、デストラクト・ポーション発動。ウェルギリウスを破壊して、その攻撃力分のライフを回復する。さらにウェルギリウスの効果を発動。カードを一枚ドローするよ」

 

 やはりうまく躱してくる。だがこのくらいはやると和輝も思う。厄介な効果を持っているウェルギリウスを盤面から排除できればいいのだ。ならばその目的は達している。

 

「師弟の絆を発動し、デッキからブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚。さらに追加効果で、デッキから黒・魔・導・連・弾(ブラックツインバースト)をセットする」

 

 和輝のフィールド、ブラック・マジシャンの傍らに現れる彼の弟子の少女。

 金の髪、青い瞳、まだ幼さの残る顔立ち、青い魔導着に身を包み、師匠の物よりも短い魔法の杖を手に戦場に現れる。

 

「さらに今セットした黒・魔・導・連・弾を発動! 俺のフィールドのブラック・マジシャンの攻撃力を、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力、即ち2300アップさせる!

 バトルだ。竜騎士ブラック・マジシャンでベアトリーチェを攻撃!」

 

 一気呵成に責める和輝。彼の手指が静かに佇むベアトリーチェを指し示し、竜騎士がその意を汲んでドラゴンを駆り、杖から黒い波動を放つ。

 波動は停滞なく永遠の淑女を打ち砕く。

 

「ッ! だけどこの瞬間、ORUのダンテと、破壊されたベアトリーチェの効果発動! まずダンテの効果で、墓地のハックスルパーを回収! そしてベアトリーチェの効果! このカードが相手によって破壊され、墓地に送られた場合、EXデッキから彼岸モンスター一体を、召喚条件を無視して特殊召喚する!

 さぁ来い! 巡礼の後の答えをあたしに見せてみろ! 彼岸の巡礼者 ダンテ!」

 

 ベアトリーチェが道をつけ、現れたのは巡礼者ダンテ。旅人の時に比べ、年経た姿。青い髪、全身を包む白のローブ、宝珠を嵌めた木の杖。巡礼の旅を歩み、多くの物を背負ってきた男の重みを感じさせる。

 

「だが攻撃力は2800止まり。ブラック・マジシャンで巡礼者 ダンテを攻撃!」

 

 黒・魔・導・連・弾の効果によって、ブラック・マジシャンの攻撃力は大きく上昇している。このままバトルが成立すればサラに大きなダメージを負わせることができる。

 

「そんな単純は攻撃は通さない! リバースカード、プライドの咆哮発動! 2000ライフを失うけれど、これで彼岸の巡礼者 ダンテの攻撃力は、ブラック・マジシャンよりも300上回る!」

「残念だったね、サラの先輩君!」

 

 翻るサラの二枚目の伏せカード。同時、ブラック・マジシャンが放った黒い稲妻を切り裂いて、彼岸の巡礼者 ダンテが放った光の槍がブラック・マジシャンの心臓を貫いた。

 

「……ッ! だがこの瞬間、墓地のマジクリボーの効果が発動する。魔法使い族のブラック・マジシャンが破壊されたため、墓地のこのカードを手札に加える」

「残念だったね、センパイ。だけどわざわざ攻撃表示で場に出したんだから、罠の警戒はしないとね。勢い任せのテンションだから、こうして足元を掬われる」

 

 和輝の攻撃を凌いだサラは、微笑を浮かべてそう言った。それは精神的な優位を取るための挑発でもあったか。

 だが和輝は人を喰ったような笑みを浮かべて、言った。

 

「それはどうかな? ()()()()()()()()()()()()()()()?」

「だけど、センパイのモンスターたちじゃダンテは倒せない。攻撃力が足りないよ」

 

 和輝の笑みは薄れない。その上で、まるで講師が生徒にするように、右手の人差し指を立てた。まるで教えを授けるように。

 

「俺のフィールドに永遠の魂がある以上、モンスターを除去するタイプのカードは伏せても意味がない。彼岸デッキの構築上の問題点で、フリーチェーン以外のカードもセットし辛い。

 しかしこちらの攻撃に対してそれでも防御を固めるならば、やはりコンバットトリック用のカードは捨てがたい。今のようにな」

「……迎撃されて、ブラック・マジシャンがやられることを読んでいたってこと?」

 

 和輝の笑みが深くなる。サラの背筋に冷たい悪寒が奔る。

 

「その答えがこれだ。手札から速攻魔法、黒魔術の秘儀発動! 俺の場にいる竜騎士ブラック・マジシャンと、ブラック・マジシャン・ガールを融合!」

 

 和輝のフィールドに融合召喚のエフェクトが奔る。二体の魔導師が渦に飛び込み、一つに混ざり合う。

 

「黒の魔導師は、弟子とともに高め合い、新たな扉を開く。新たな進化よ、今ここに! 融合召喚、超魔導師-ブラック・マジシャンズ!」

 

 新たに現れた姿は、ブラック・マジシャン、ブラック・マジシャン・ガールの魔術師師弟。何か追加の要素はないが、二人で一体のモンスターとなっている。

 

「ブラック・マジシャンズはバトルフェイズ中での特殊召喚なため、まだ攻撃する権利が残っている。ブラック・マジシャンズで彼岸の巡礼者 ダンテを攻撃!」

「ただでやられない。彼岸の巡礼者 ダンテの効果発動! 一ターンに一度、手札の彼岸カード一枚を墓地に送って、一枚ドローできる。 あたしは彼岸の悪鬼 カドルホッグを捨てて、一枚ドロー! カドルホッグの効果を発動し、墓地のグラバースニッチを守備表示で特殊召喚する!」

 

 両者の攻撃力は互角。魔術師師弟の放った雷炎と巡礼者の炎が互いに相手に直撃。互いに消滅させる。

 

「この瞬間、ブラック・マジシャンズの効果発動! 破壊された場合、手札、デッキ、墓地からブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガールを一体ずつ特殊召喚する! 俺は墓地の竜騎士ブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!」

 

 和輝の攻撃はまだ終わらない。彼の墓地から現れる竜を駆る魔術師と、その弟子。サラは暑さとは無関係の汗を頬から伝わらせながら、声を出す。

 

「彼岸の巡礼者 ダンテが破壊された場合、その効果が発動する! センパイの手札一枚を墓地に送るよ!」

「構わない。マジシャンズ・ロッドでグラバースニッチを攻撃!」

 

 怒涛の攻撃宣言。マジシャンズ・ロッドがグラバースニッチをあっさりと撃破する。

 

「グラバースニッチの効果発動! デッキから二枚目のスカラマリオンを守備表示で特殊召喚!」

「薄い壁だ! ブラック・マジシャン・ガールでスカラマリオンを攻撃!」

 

 攻撃宣言は終わらない。ブラック・マジシャン・ガールが放った黒い炎の球がスカラマリオンを塵も残さず消滅させる。

 

「竜騎士ブラック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 ブラック・マジシャンが杖を振るうと、主に応えたドラゴンがその(アギト)を開き、金色の息吹(ブレス)を放った。

 

「宝珠を守って、サラ!」テイアの叫びが飛ぶ。サラは宝珠を守るように体を丸めた。

 

 直後に竜の一撃が彼女の小さな体に降り注いだ。

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 絶叫。和輝の意志が走り、ドラゴンが首を巡らせる。首の動きに沿って息吹もサラの小さな体から逸れ、近くの建物を破壊した。

 

「優しいね、和輝。あのまま浴びせ続けるのもありだったかもだけど」とロキ。

「……俺はティターン神族を倒したいだけで、来年からの後輩を傷つけたいわけじゃない」ぶっきらぼうな和輝。

 

 和輝の眼前で、サラはしかしふらつきながらも立ち上がった。その宝珠の輝きは曇らない。

 

「大丈夫か?」

「平気だよ……、これくらい……ッ!」

 

 言葉ほど平気ではないだろう。しかしその戦意はいささかの陰りもない。

 

「バトルを終了。カードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「……なら、そのエンドフェイズに墓地に送られたスカラマリオンの効果発動。デッキからグラバースニッチを手札に加える」

 

 

黒の魔導陣:永続魔法

「黒の魔導陣」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、自分のデッキの上からカードを3枚確認する。その中に、「ブラック・マジシャン」のカード名が記された魔法・罠カードまたは「ブラック・マジシャン」があった場合、その1枚を相手に見せて手札に加える事ができる。残りのカードは好きな順番でデッキの上に戻す。(2):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が召喚・特殊召喚された場合、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

デストラクト・ポーション:通常罠

自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

師弟の絆:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「ブラック・マジシャン・ガール」1体を選んで特殊召喚する。その後、デッキから「黒・魔・導」「黒・魔・導・爆・裂・破」「黒・爆・裂・破・魔・導」「黒・魔・導・連・弾」のいずれか1枚を選んで自分の魔法&罠ゾーンにセットできる。

 

ブラック・マジシャン・ガール 闇属性 ☆6 魔法使い族:効果

ATK2000 DEF1700

(1):このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

黒・魔・導・連・弾:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの「ブラック・マジシャン」1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、お互いのフィールド・墓地の「ブラック・マジシャン・ガール」の攻撃力の合計分アップする。

 

永遠の淑女 ベアトリーチェ 光属性 ランク6 天使族:エクシーズ

ATK2500 DEF2800

レベル6モンスター×2

このカードは手札の「彼岸」モンスター1体を墓地へ送り、自分フィールドの「ダンテ」モンスターの上に重ねてX召喚する事もできる。この方法で特殊召喚したターン、このカードの(1)の効果は発動できない。(1):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキからカード1枚を選んで墓地へ送る。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。EXデッキから「彼岸」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

彼岸の巡礼者 ダンテ 光属性 ☆9 天使族:融合

ATK2800 DEF2500

カード名が異なる「彼岸」モンスター×3

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。(1):このカードは相手の効果の対象にならない。(2):1ターンに1度、手札の「彼岸」カード1枚を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから1枚ドローする。この効果は相手ターンでも発動できる。(3):フィールドのこのカードが相手の効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。相手の手札をランダムに1枚選んで墓地へ送る。

 

ブライドの咆哮:通常罠

戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する。ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は相手モンスターとの攻撃力の差の数値+300ポイントアップする。

 

マジクリボー 闇属性 ☆1 悪魔族:効果

ATK300 DEF200

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):戦闘または相手の効果で自分がダメージを受けたターンのメインフェイズ及びバトルフェイズに、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。自分のデッキ・墓地から「ブラック・マジシャン」または「ブラック・マジシャン・ガール」1体を選んで特殊召喚する。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):自分フィールドの表側表示の魔法使い族モンスターが戦闘または相手の効果で破壊された場合に発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。

 

黒魔術の秘儀:速攻魔法

(1):以下の効果から1つを選択して発動できる。●融合モンスターカードによって決められた、「ブラック・マジシャン」または「ブラック・マジシャン・ガール」を含む融合素材モンスターを自分の手札・フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。●レベルの合計が儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように、「ブラック・マジシャン」または「ブラック・マジシャン・ガール」を含む自分の手札・フィールドのモンスターをリリースし、手札から儀式モンスター1体を儀式召喚する。

 

超魔導師-ブラック・マジシャンズ 闇属性 ☆8 魔法使い族:融合

ATK2800 DEF2300

「ブラック・マジシャン」か「ブラック・マジシャン・ガール」+魔法使い族モンスター

(1):1ターンに1度、魔法・罠カードの効果が発動した場合に発動できる。自分は1枚ドローする。そのドローしたカードが魔法・罠カードだった場合、自分フィールドにセットできる。速攻魔法・罠カードをセットした場合、そのカードはセットしたターンでも発動できる。

(2):このカードが破壊された場合に発動できる。「ブラック・マジシャン」「ブラック・マジシャン・ガール」を1体ずつ自分の手札・デッキ・墓地から特殊召喚する。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール攻撃力2000→2600

 

 

和輝LP4200→3900手札1枚

サラLP8000→10500→10000→8000→5000手札3枚

 

「くそ……ッ! やってくれたね、センパイ」

 

 身体が軋む痛みに顔をしかめながら、サラは服の汚れを払う。

 形勢は和輝に傾いたが、それでもライフはいまだサラの方が上。両者ともに、これからだという気持ちを新たにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第123話:輝きの光来神

 夏の暑さが、和輝(かずき)とサラに降り注ぐ。それはバトルフィールドでも変わらない。

 だが、そんな暑さも二人は気にならない。そこに()く余分な思考はない。

 いかにして相手を倒すか、考えるのはそれだけでいい。

 

 

和輝LP3900手札1枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン マジシャンズ・ロッド(攻撃表示)、ブラック・マジシャン・ガール(攻撃表示、攻撃力2000→2600)、竜騎士ブラック・マジシャン(攻撃表示)

魔法・罠ゾーン 永遠の魂、黒の魔導陣、伏せ1枚

フィールドゾーン なし

 

サラLP5000手札3枚

ペンデュラムゾーン赤:なし青:なし

モンスターゾーン 

魔法・罠ゾーン 

フィールドゾーン なし

 

 

「あたしのターン。テイアの効果は使わない。そのまま、デッキトップを手札に加える」

 

 サラの口調は冷静そのもの。そして、今ドローしたカードを見た時、彼女の目の色が変わったことを和輝は見て取っていた。

 

「あれは……強力なドローソースかな?」

 

 ロキの予測はおそらく当たっているだろう。

 

「カードを一枚セットして、彼岸の悪鬼 ハックスルパー、グラバースニッチを特殊召喚。そして希望の宝札発動。手札が六枚になるように、カードをドローする。あたしは六枚ドロー」

「俺は五枚だ」

 

 ロキの予測は大当たり。最強のドローブーストが発動され、それぞれの手札が大幅に増える。

 増えた手札を吟味し、サラが動く。その口元に浮かべられた微笑が彼女の自信を現していた。

 

「このターンで終わらせてやる。セットした儀式の下準備を発動! デッキから彼岸の鬼神 ヘルレイカーと善悪の彼岸を手札に加える」

 

 希望の宝札は発動ターン、発動プレイヤーはカードをドローできないが、サーチは別だ。二枚のカードがデッキから排出され、サラの手札に加わった。

 

「これで準備は整ったね。魔法カード、テイアの天墜発動。墓地の輝きの光来巨神テイアを手札に加える」

 

 テイア、ティターン神族の名前が入った、神専用のカード。効果としてはテイアを回収、或いはサーチもあるか? だがテイアは墓地にいることで効果を発揮するカード。だとすれば、手札から発動する効果がもう一つあるということか。

 

「予想よりもだいぶ強かったけど、これで終わりだよ、センパイ! 手札に加えた輝きの光来巨神テイアの効果発動! 手札のこのカードを墓地に送ることで、フィールドのカードを全て破壊し、破壊したカード一枚につき、1000ポイントのダメージを相手に与える!」

「なんだと!?」

 

 フィールド一掃に強力なバーン。しかも対象はフィールド全体なので、極端な話、自分のフィールドにカードを並べ、テイアの効果を使えばそれだけで引導火力になる。

 

「アハハハハ! ついに来たね、あたしの効果が!」

 

 さっきまでサラの近くにいたテイアの姿が、いつの間にか消えており、声が頭上から降ってきた。

 和輝が頭上を振り仰いでみれば、そこには巨大な影。

 巨大な八角形の台座。その上に膝立ち姿勢で座った女。銀色の肌、絹のような質感の帯状の物質が身体に巻き付き衣服の代わりを果たしており、緩やかな髪は金属質なストレートに変わり、ついに露わになった目の色は虹色。

 頭上から声。

 

「知ってるかなぁ! テイアって名前はさ、月の誕生にかかわった、いわゆるジャイアント・インパクト! そん時に、地球に衝突した隕石の名前なんだよ! 人間の観測、かつての信仰ゆえかな、私という神格は、その逸話さえ吸収した。天より降りかかる一撃、受けて散りなよ!」

 

 テイアの台座、その一辺一辺から材質不明の謎の金属の帯が飛び出し、天井に伸びて台座ごとテイアの身体を包み込む――――さながら巨大な卵。或いは隕石。

 直撃すればフィールドに全てを破壊せしめ、和輝のライフを根こそぎ奪い去っていく。その一撃が、天から落ちてくる。

 

「こんなところで、終われるか! リバースカードオープン! 非常食! 俺のフィールドの黒の魔導陣、永遠の魂を墓地に送って、ライフを2000回復する!

 そしてこの瞬間、永遠の魂の効果で、俺のフィールドのモンスターを全て破壊する!」

「え!?」

 

 翻るリバースカード。一瞬後に和輝のフィールドの全てが砕け散った。

 ただしテイアの効果によるものではなく、和輝自身の選択によって、だ。

 

「うまい! 本来なら重い永遠の魂のデメリットを、うまく使ってテイアからのダメージを最小限にした!」

 

 ロキの喝采。直後に隕石と化したテイアが着弾。衝撃と轟音、閃光が両者のフィールドを吹き荒れ、あらゆるものを破壊しつくしていく。

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 ライフを回復したとはいえ、ダメージは勿論和輝に行く。破壊されたのは結局サラが場に出した彼岸の悪鬼二体だけだったが、それでもダメージはダメージ。

 さらに、即死こそしていないが、和輝のフィールドががら空きになった事実は変わらない。

 

「まだあたしのターンは続いてるよ。破壊されたグラバースニッチの効果を発動して、デッキからスカラマリオンを特殊召喚する」

「だが俺も、手札のマジクリボーの効果を発動だ。墓地のブラック・マジシャンを守備表示で特殊召喚する」

 

 和輝は破壊対策ですでにマジクリボーを握っていたが、サラもまた、この後を考えていた。テイアの効果を何らかの手段で躱した時、そのまま止めを刺せるように。

 

「まだ行くよ。儀式魔法、善悪の彼岸発動! 場のスカラマリオンと、手札の彼岸の悪鬼 ファーファレルをリリースし、彼岸の鬼神 ヘルレイカーを儀式召喚!」

 

 サラのフィールドに魔法陣が展開し、その魔法陣が光を放つ。光に吸い込まれる二体の彼岸の悪鬼。そして、魔法陣の周りに設置されている燭台から青白い炎が燃え立ち、新たな影が現れる。

 大きく広がる悪魔の翼、黒い鎧、灼熱の炎のような肌の色、巨大な角。右手の赤い剣、左手の青い剣、竜の頭部の形をした下半身。凄まじい怒りを感じさせる悪魔だった。

 

「ヘルレイカーのリリースとなったファーファレルの効果発動! このターンのみ、フィールドのモンスター一体をゲームから除外する。あたしは勿論、ブラック・マジシャンを除外する!」

 

 壁を剥がされる。和輝を守る砦が脆くも崩れ去った。

 だがサラは手を抜かない。ここが()()()だと、彼女は確信していた。

 

「まだ終わらない、このターンで決着をつけてやる! 墓地のテイアの天墜の効果発動! このカードを除外し、墓地の輝きの光来巨神テイアを手札に加える!」

「もう一度隕石やる気か!?」

 

 和輝の叫びに、サラは首を横に振った。

 

「残念だけど、テイアのこの効果はデュエル中一度だけだ。だけどテイアの天墜の効果には続きがある。この二つ目の効果で、墓地のテイアを手札に回収した時、あたしのフィールドに三体の神の眷属トークンを特殊召喚する!」

 

 サラのフィールドに、三体の人型を形作った白い靄が現れる、靄は細部が定かでなく、正体も判然としない。

 

「さらに、この神の眷属トークン三体をリリースして、テイアをアドバンス召喚した場合、テイアの攻撃力は4000となる!」

「効果盛りすぎだろ……」呆れるやら慄くやらの和輝。

「だけどまずいよ。隕石のバーンダメージでライフを削って、場を更地にして、挙句に本体が出張ってきて殴る。これ大抵終わるよ」冷静な分析を下すロキ。

「だから、ここで終わらせるのさ! 神の眷属トークン三体をリリース! 今度は戦闘だぞ、輝きの光来巨神テイア!」

 

 靄の怪物が消える。新たに現れるは、先程隕石となって和輝とサラのフィールドをさんざんに荒らしてくれたティターン神族。

 

「アハハ! 悪いね先輩君。これで終わりだよ!」

 

 再び現れるテイアは相変わらずのハイテンションで笑い、サラも頷いて、指先で和輝を指し示した。

 

「予想よりもずっと強かったよ、岡崎先輩。これなら風間先輩や、黒神先輩も楽しめそうだ。だからこそ、これ以上時間をかけていられない。バトル! 輝きの光来巨神テイアでダイレクトアタック!」

 

 攻撃宣言が下り、テイアが動き出す。いかなる攻撃方法か分からないが、喰らえば和輝のライフは消し飛び、宝珠も砕け散るだろう。神の攻撃を身一つで躱しきることは不可能だ。

 

「和輝!」

「分かってる。手札から、速攻のかかしの効果発動! このカードを手札から捨て、テイアの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

「な―――――」

 

 手札誘発。和輝は首の皮一枚繋がった。

 同時に、この()()()()()()。和輝がデュエル序盤にサラに感じたことが、ここにきてサラ自身に返ってきている。

 

「勝った気になるのが、早かったな」不敵に笑う和輝。

「くそ……! カードを二枚セットして、ターンエンド。そして、エンドフェイズにスカラマリオンの効果を発動し、デッキから彼岸の悪鬼 アリキーノを手札に加える」年相応にふてくされるサラ。

 

 

希望の宝札:通常魔法

(1):互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにカードをドロー、または手札のカードを捨てる。このカードを発動するターン、自分は他のカード効果でデッキからカードをドローできない。

 

儀式の下準備:通常魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):デッキから儀式魔法カード1枚を選び、さらにその儀式魔法カードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選ぶ。そのカード2枚を手札に加える。

 

輝きの光来巨神テイア 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK0 DEF0

このカード名の(4)の効果はデュエル中に1度しか使用できない。このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードが墓地に存在する時、自分または相手のドローフェイズのドロー前に発動する。ターンプレイヤーのデッキの一番上を確認して、デッキの一番上または一番下に戻す。(4):手札のこのカードを墓地に捨てて発動できる。フィールドのカードを全て破壊し、破壊したカード1枚につき1000ポイントのダメージを相手に与える。

 

テイアの天墜:通常魔法

(1):自分のデッキまたは墓地の「輝きの光来巨神テイア」1枚を手札に加える。(2):墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。墓地の「輝きの光来神ティア」1枚を手札に加える。その後、自分フィールドに神の眷属トークン(光属性 ☆1 ATK0 DEF0)3体を特殊召喚する。このトークンをリリースしてアドバンス召喚した「輝きの光来巨神テイア」の攻撃力は4000となる。

 

善悪の彼岸:儀式魔法

「彼岸の鬼神 ヘルレイカー」の降臨に必要。「善悪の彼岸」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の手札・フィールドから、レベルの合計が6以上になるようにモンスターをリリースし、手札から「彼岸の鬼神 ヘルレイカー」を儀式召喚する。(2):自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、手札から「彼岸」モンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキから「彼岸」カード1枚を手札に加える。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

彼岸の鬼神 ヘルレイカー 闇属性 ☆6 悪魔族:儀式

ATK2700 DEF2200

「善悪の彼岸」により降臨。このカードは儀式召喚でしか特殊召喚できない。(1):1ターンに1度、手札から「彼岸」モンスター1体を墓地へ送り、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その相手モンスターの攻撃力・守備力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったモンスターのそれぞれの数値分ダウンする。この効果は相手ターンでも発動できる。(2):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。そのカードを墓地へ送る。

 

彼岸の悪鬼 ファーファレル 闇属性 ☆3 悪魔族:効果

ATK1000 DEF1900

このカード名の(1)(3)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。(1):自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。(2):自分フィールドに「彼岸」モンスター以外のモンスターが存在する場合にこのカードは破壊される。(3):このカードが墓地へ送られた場合、フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをエンドフェイズまで除外する。

 

速攻のかかし 地属性 ☆1 機械族:効果

ATK0 DEF0

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時にこのカードを手札から捨てて発動できる。その攻撃を無効にし、その後バトルフェイズを終了する。

 

 

和輝LP3900→5900→2900手札4枚

サラLP5000手札2枚

 

輝きの光来神テイア攻撃力4000

 

 

「ようやくこれが言えるぜ。俺のターンだ、ドロー!」

 

 テイアの攻撃をさばいて、和輝は俄然勢いづいた。逆にサラは今までの余裕が剥がれてきて、年相応の不機嫌さが顔をのぞかせていた。

 和輝はサラの顔をまっすぐ見据えて、言った。

 

「君は、俺の次を考えて、これ以上時間をかけられないと言ったな。それは俺も同じだ。まだ、戦わなければならない相手がいる。だから――――()()()()()()()()()

 ハーピィの羽根帚発動。君の伏せカード二枚を破壊する」

 

 どこからともなく現れた羽箒が、サラが伏せた二枚のカードを掃き散らしていく。これで、少なくとも伏せカードの妨害を警戒する必要はなくなった。

 

「闇の量産工場を発動し、墓地のブラック・マジシャンとガード・オブ・フレムベルを手札に戻す。そして闇の誘惑発動。二枚ドローし、手札のブラックマジシャンを除外する。

 死者蘇生を発動し、墓地のブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚し、ガード・オブ・フレムベルを召喚する。行くぞ――――」

 

 和輝の右腕が、力強く天に向かって掲げられた。

 

「レベル6のブラック・マジシャン・ガールに、レベル1のガード・オブ・フレムベルをチューニング!」

 

 和輝のフィールド、一つの緑色の光の輪となったガード・オブ・フレムベル。その輪を潜ったブラック・マジシャン・ガールの姿が、六つの光の玉となる。光星を、一筋の光の道が貫いた。

 

「集いし七星(しちせい)が、月華に花咲く十六夜薔薇を紡ぎだす! 光さす道となれ! シンクロ召喚、開花せよ、月華竜ブラック・ローズ!」

 

 光が辺りを満たし、その(とばり)の向こうから、大輪の薔薇を思わせるドラゴンが現れる。

 黒い体躯に赤い大きな薔薇が咲いたドラゴン。その姿はブラック・ローズ・ドラゴンに酷似している。違う点は、オリジナルにはないラインが走っていることか。

 

(シンクロ)召喚に成功したため、ブラック・ローズの効果発動! ヘルレイカーを手札に戻す!」

 

 ブラック・ローズが真紅の翼を羽ばたかせる。薔薇の花びら交じりの烈風がヘルレイカーを捉える。

 

「なら、ヘルレイカーの効果発動! 手札の彼岸モンスター一体を墓地に送り、相手モンスター一体の攻守を墓地に送った彼岸モンスターの攻守分ダウンさせる! あたしは彼岸の悪鬼 アリキーノを墓地に送り、ブラック・ローズの攻撃力を1200ダウンさせる!」

 

 アリキーノの守備力は0なので、ブラック・ローズの守備力は変動しない。だが、ここでブラック・ローズの攻撃力が下がるのは、和輝の戦術的に影響が出る。

 だから和輝は動いた。

 

「そうはさせない。墓地のスキル・プリズナーの効果発動! このカードを除外し、ブラック・ローズへのモンスター効果を無効にする!」

「スキル・プリズナー!? いつの間に墓地に……」

「さっきのターン、彼岸の巡礼者 ダンテの効果でハンデスされた一枚だ。運が悪かったな」

 

 にやりと笑う和輝。ぐっと息を飲むサラ。そんな彼女に見せつけるように、ブラック・ローズの烈風がヘルレイカーをサラの手札に戻した。

 

「これが、俺の勝利の鍵だ! ティマイオスの眼発動! 俺の場にいるブラック・マジシャンを素材に融合召喚を行う!

 黒の魔導師は伝説をその身に宿し、竜の力を手に入れる。 新たな進化よ、いまここに! 融合召喚、現れろ、呪符竜(アミュレット・ドラゴン)!」

 

 現れる巨大な影。それは金色の魔道文字が全身に浮かび上がる緑のドラゴンと、その背に佇むブラック・マジシャン。

 

「呪符竜の効果発動! 君の墓地から闇の誘惑、希望の宝札、善悪の彼岸、儀式の下準備を、俺の墓地からイリュージョン・マジック、黒魔術のヴェール、融合、ハーピィの羽箒、黒の魔導陣、死者蘇生、非常食を除外し、攻撃力を1100アップ!」

 

 これで呪符竜の攻撃力は4000、テイアと同等だ。

 そしてこの時点で、サラは和輝の考えを読み取った。それに抗う術が、自分にないことも。

 

「バトルだ! 呪符竜でテイアに攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、ブラック・マジシャンの杖が振るわれる。その指揮に従って、ドラゴンが(アギト)を開き、金色の息吹(ブレス)を放つ。

 テイアもまた、対抗するように虹色の双眸からやはり虹色の煌めく光を放った。

 息吹とレーザーが激突、互いを飲み込み、貫き、突き進んでいく。

 最終的に虹色の光撃が呪符竜を貫き、黄金の息吹がテイアを飲み込んだ。

 壮絶な引き分け。だがこれこそが和輝の狙い。なにしろ、呪符竜はさらに攻撃力を上げられたのに、テイアの攻撃力と同等の数値で止めたのだ。

 

「呪符竜の効果発動! 墓地のブラック・マジシャンズを特殊召喚する!」

 

 後続として現れる魔術師の師弟。追撃の手が現れたことで、サラの対抗手段は消滅した、

 

「これで終わりだ。ブラック・ローズ、ブラック・マジシャンズでダイレクトアタック!」

 

 ブラック・ローズの羽ばたきが赤混じりの烈風と化し、サラに叩きつけられる。躱すことができず。小さな体が吹き飛ばされる。

 

「きゃあああああ!」

 

 風に煽られ、飛ばされ、何とか受け身を取ったものの、彼女の身体は仰向けで地面に倒れこんだ。

 その、無防備な宝珠に向けて、ブラック・マジシャンの二つの杖の先端が突き付けられた。

 

「あ……」

 

 終わりだ。躱す術も、防ぐ術もない。

 ゲームオーバー。その事実は、思ったよりもすんなりとサラの心に受け入れられた。

 

「……やっぱり強いね、センパイ」

「君も強かった。次やっても勝てるかは分からないな」

 

 称賛の言葉。嘘でも嬉しいなと、そう思った。

 

「……ねぇセンパイ。あたし来年には十二星高校に入学するから。その時はまたデュエルしてよ。次は、神々とか、なんも関係なしに」

「勿論だ。余計なしがらみ抜きで、楽しいデュエルをしよう」

 

 にこりと、サラが笑った。

 

「それは楽しみだね」

 

 そして最後に、魔術師の師弟による一撃が、サラのライフを奪い、彼女の宝珠を砕いた。

 

 

ハーピィの羽根帚:通常魔法

(1):相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

闇の量産工場:通常魔法

(1):自分の墓地の通常モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを手札に加える。

 

闇の誘惑:通常魔法

(1):自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

死者蘇生:通常魔法

(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

ガード・オブ・フレムベル 炎属性 ☆1 ドラゴン族:チューナー

ATK100 DEF2000

 

月華竜 ブラック・ローズ 光属性 ☆7 ドラゴン族:シンクロ

ATK2400 DEF1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが特殊召喚に成功した時、または相手フィールド上にレベル5以上のモンスターが特殊召喚された時に発動する。相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。「月華竜 ブラック・ローズ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

スキル・プリズナー:通常罠

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。また、墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にする。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

ティマイオスの眼:通常魔法

このカード名はルール上「伝説の竜 ティマイオス」としても扱う。このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。(1):自分フィールドの「ブラック・マジシャン」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを融合素材として墓地へ送り、そのカード名が融合素材として記されている融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 

呪符竜 闇属性 ☆8 ドラゴン族:融合

ATK2900 DEF2500

「ブラック・マジシャン」+ドラゴン族モンスター

このカードは上記カードを融合素材にした融合召喚または「ティマイオスの眼」の効果でのみ特殊召喚できる。(1):このカードが特殊召喚に成功した場合、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の数だけ対象として発動する。そのカードを除外し、このカードの攻撃力はその除外したカードの数×100アップする。(2):このカードが破壊された場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。その魔法使い族モンスターを特殊召喚する。

 

 

サラLP5000→2600→0

 

 

 サラの姿が消えていく。契約した神を失い、この、神々の戦争のバトルフィールドから退場したのだ。

 和輝はさっきまでサラのいた場所を一瞬だけ見つめて、次の戦場を目指して駆けだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第124話:北天の叡智巨神

 ゾディアック本社を中心に展開されている、神々の戦争のバトルフィールド。

 多くの参加者や、ティターン神族、ギリシャ神話の怪物たちが決着をつけようと戦いあげる決戦の場。

 なればこそ、その対峙もまた必然。

 神と人間のタッグが、それぞれ相対していた。

 片方は少女と女神。

 少女は凛としていながら気の強さと気品を感じさせる外見。

 背中の半ばまで伸ばした、紫に近いピンクの髪、サファイアのような青い瞳、白地の長袖ブラウスに膝まで伸びた青のスカート、首から下げた十字架のネックレス、両耳につけたダイヤのピアス。気高くもすました白鳥の風情。

 和輝たちとともに、ティターン神族に立ち向かう参加者の一人、カトレア・ラインツェルン。

 その傍らに女。

 背中から生えた大きな烏の翼、背中の大きく開いた真っ赤なドレス。膝まで届く灰色の髪、神と同じ色の瞳。退廃的で刹那的な、しかしすべてを見届ける気品のある大烏の風情。

 カトレアが契約した神、ケルト神話に名を刻む破壊と殺戮、戦いの勝利をもたらす戦争の女神、モリガン。

 それに相対するのは一人と男と一柱の男性神。

 160cmに満たない小柄な男。グリーンのスーツに身を包んでいるが下っ腹ば出ているのでどこか閉まらない。

 ぴったりと撫でつけられた黒髪、ライトグリーンの瞳、しかしその瞳は一切油断なくカトレアとモリガンの様子をつぶさに観察している。

 男の背後に神の姿。

 褐色の肌、カラスの濡れ場のような黒髪、紫の瞳、新館を思わせるローブを身に纏い、顔には眼鏡をかけている。冷たくてそのくせ理性的で知恵溢れる、意志を持ったリンゴの風情。

 

「はぁ、気が進みませんな。私はデュエルは素人に毛が生えた程度だというのに……」

 

 小太りの男が大仰に天を仰いで見せた。こちらが人間であることはモリガンから告げられているので、カトレアは知っていた。

 

「まぁともあれ、社長から与えられた役割はまっとうしなければ……。初めましてお嬢さんに女神様。私は牛島重吾(うしじまじゅうご)。こちらはコイオス。お察しの通り、ティターン神族とその契約者です」

 

 太鼓腹を窮屈そうに折り曲げて、男、牛島は慇懃に一礼した。コイオスと呼ばれた神もまた、目を伏せ一礼。言葉こそ発していないが、物静かな視線がじっとカトレアとモリガンに注がれている。

 そんなパートナーの姿を見て、牛島は苦笑した。

 

「すみません、コイオスは知識、知恵の神ですが、与えた後は放任ですので」

「与えるものは与えた。ならばあとは、人間と、ほかの神の行動次第」

 

 ざらざらとした、紙をこすり合わせるような、ノイズのような声が、神、コイオスの喉から零れた。

 

「この場合の知恵はデュエル。それを与えたならば、後の選択はその者自身の物。私は関与しない、干渉しない。その結果、私が滅びようと、やはり感知しない」

 

 ある意味徹底して突き放したものいい。自分の存在さえもその中には含まれていた。

 

「やりにくいわね……」

 

 モリガンの率直な感想だ。だがカトレアはそうでもなかった。

 

「やる事は変わりませんわ。そして神が余計な茶々と入れないというなら、それはそれで望むところ」

 

 凛として、不敵に笑い、カトレアはデュエルディスクを起動させた。

 その胸元に輝くコバルトブルーの宝珠。

 

「まぁ、それはそうですね。話が早くて助かります」

 

 苦笑はそのままに、牛島もデュエルディスクを起動させた。その胸にはやはり宝珠があるが、色は無色。正規の参加者ではない証か。

 

 

決闘(デュエル)!』

 

 互いの声が合図となり、死闘の幕が上がった。

 

 

カトレアLP8000手札5枚

牛島LP8000手札5枚

 

「私のターン、ドロー……はできないのでしたね。古代の機械猟犬(アンティーク・ギアハウンドドッグ)を召喚します」

 

 牛島がカードを一枚、手札から抜き取って、デュエルディスクにセット。現れたのは武骨で大きく、洗練さの欠片もない、機械の大型猟犬。

 下顎から生えた二本の牙、鉄を纏った四肢に身体。身を低くして、赤く光る双眸でカトレアを睨みつけた。

 

「機械猟犬の効果発動。あなたに600のダメージを与えます」

 

 古代の機械猟犬の口が大きく開く、その中からにゅっと突き出された砲身。その砲口が間をおかずに火を噴いた。

 放たれた砲弾が向かうのはカトレアの胸元の宝珠。

 

「カトレア!」

「分かっています!」

 

 カトレアは身を翻して砲弾を回避。着弾した地点が爆散し、粉塵と風を巻き起こす。

 

「く……!」

 

 舞う粉塵に顔をしかめるカトレア。その瞳がきっと牛島を睨みつける。牛島がびっくりしたように身をすくませた。

 

「怖いですね。なのでまだ()()()()()()。古代の機械猟犬の、もう一つの効果発動! 一ターンに一度、メインフェイズに、私の手札、フィールドのモンスターを素材に、アンティーク・ギア融合モンスターを融合召喚します!

 私は場の古代の機械猟犬と、手札の古代の機械司令(アンティーク・ギアコマンダー)を融合!」

 

 牛島のフィールドの空間が歪み、渦を作る。その渦に、牛島のモンスター二体が手札とフィールドから飛び込んだ。

 

「古の機械が動き出す。その身に備えるは深淵より忍び寄る悪魔の力! 来なさい、古代の機械魔神(アンティーク・ギア・デビル)!」

 

 現れたのは、逆間接型の両足に、骨組みだけの翼、両肩から生えた細めのアームに、その先に備え付けられた三本の砲塔。機械でできた異形の悪魔の姿がそこにあった。

 

「古代の機械魔神の効果発動。あなたに1000ポイントのダメージを与えます」

 

 牛島の指が弾かれる。それを合図に、機械仕掛けの悪魔が両手の砲塔、合計六門を一斉にカトレアの向けた。

 

「く……!」

 

 発射(ファイア)。放たれた砲弾六発のうち、五発が先んじでカトレアの周囲に着弾し、彼女の逃げ場を奪う。

 そして僅かな時間差で放たれる、直撃狙いの六発目。カトレアは腕をクロスさせて宝珠をガードし、その直後に着弾した。

 轟音と炎、そして粉塵が舞い上がる。

 

「おや、直撃ですかな。これで終わってくれれば話は早く、楽なのですが……」

 

 煙が、内側から振り払われる。乱暴に右手を振るって煙を晴らして視界をクリアにし、相も変わらず凛とした険しい表情のカトレアが出てきた。

 その宝珠に傷はない。

 

猪口才(ちょこざい)な!」

 

 あまり気品とか優雅とかとは言い難い台詞が飛んできて、牛島はちょっとあっけにとられたような顔をした。

 

「ま、まぁ私はこれでターンエンド。なお、古代の機械魔神は他のカード効果を受けませんので、あしからず」

 

 

古代の機械猟犬 地属性 ☆3 機械族:効果

ATK1000 DEF1000

(1):このカードが召喚した場合に発動する。相手に600ダメージを与える。

(2):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

(3):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。自分の手札・フィールドのモンスターを融合素材とし、「アンティーク・ギア」融合モンスター1体を融合召喚する。

 

古代の機械魔神 地属性 ☆8 機械族:融合

ATK1000 DEF1800

「アンティーク・ギア」モンスター×2

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):フィールドのこのカードは他のカードの効果を受けない。

(2):自分メインフェイズに発動できる。相手に1000ダメージを与える。

(3):???

 

 

カトレアLP8000→7400→6400手札5枚

牛島LP8000手札3枚

 

 

「わたくしのターン、ですが、ドローはしません。手札の伝説の剣闘士 カオス・ソルジャーの効果を発動します。このカードはわたくしのドローフェイズに相手に見せることで、通常ドローの代わりにデッキから儀式魔法を一枚、手札に加えることができるのです」

 

 感心気な牛島。「そのようなカードもあるのですね」

 取り合わないカトレア。「わたくしは超戦士の儀式を手札に加えます。そしてフィールド魔法、混沌の場(カオス・フィールド)を発動!」

 

 カトレアのフィールドの情景が変化する。殺風景な街中が消え、光と闇が交差する、まさしく混沌とした、上も下もない空間に変化する。

 

「発動時の効果により、デッキから超戦士 カオス・ソルジャーを手札に加えます」

 

 これでカトレアの手札に、儀式モンスターの超戦士 カオス・ソルジャーと、儀式魔法の超戦士の儀式が揃った。だとすれば、彼女のデッキの主軸たる儀式召喚をすぐさま行える。

 

「思わぬ先制パンチを受けてしまったけれど、良い感じのスタートね、カトレア」

 

 妹を見つめる姉のような口調のモリガン。カトレアは軽く頷いて、

 

 

「少し目まぐるしく行きましょうか。手札を一枚捨てて、ジョーカーズ・ストレート発動! デッキからクィーンズ・ナイトを特殊召喚し、さらにキングス・ナイトを手札に加え、召喚! キングス・ナイトの効果を発動し、デッキからジャックス・ナイトを特殊召喚しますわ!」

「ほ、本当に目まぐるしいですね……」

 

 呆然とする牛島の眼前、カトレアのフィールドで次々にモンスターが展開していく。

 一体目、クィーンズ・ナイト――スペード、クラブ、ダイヤ、ハートの、トランプのスートが入った、赤い鎧を身に纏った女騎士。右手に盾を、左手に剣を構え、流れる金髪をなびかせて凛とした顔つきでカトレアのフィールドに降りたった。

 その傍らに二体目の騎士、即ちキングス・ナイト。

 やはりトランプのスートが刻まれた、橙色の鎧を着た壮年の、重厚な騎士。

 金の髪、ひげ、筋骨隆々の体つき、右手に剣を、左手に円形の盾を持ち、物静かな視線で牛島を見据える。

 さらに三体目、ジャックス・ナイト

 スート付きの、青い鎧、精悍な顔つきの青年騎士。

 金の髪、浅黒い肌、鍛えた肉体に右手に剣、左手に盾。隙なく剣を構え、盾を突き出す戦闘態勢。

 

「さらにジョーカーズ・ストレートのコストで捨てたのは代償の宝札。よって二枚ドローします。

 さらに超戦士の儀式発動! 場にいるクィーンズ・ナイトとキングス・ナイトをリリース!」

 

 カトレアは止まらない。彼女のフィールドに、周囲を燭台で囲まれた魔法陣が出現。魔法陣の中心部が光を放ち、その中にカトレアのフィールドにいた二体のモンスターが捧げられる。

 

「ここに契約は果たされました。混沌を宿した戦士よ、ここに! 儀式召喚、超戦士 カオス・ソルジャー!」

 

 光がはじけ、旋風が吹き荒れる。

 嵐の中心にいたのは、一人の戦士。

 骨と筋肉が逆転したような、禍々しささえ感じさせる黒に赤いラインの入った鎧、精悍な顔つき、逞しい体つき、それに反した青白い肌、手にした剣も、盾も、鎧も、棘が大きく攻撃的だ。

 カオス・ソルジャーが新たな力を得て顕現した戦士が、そこにいた。

 

「ここで、混沌の場に、自身の効果に世って魔力カウンターが二つ乗ります。

 バトルです。ジャックス・ナイトで古代の機械魔神を攻撃!」

 

 苛烈な攻撃宣言が下る。ジャックス・ナイトが地を蹴り疾駆、一瞬で距離を詰め、機械の悪魔に肉薄。手にした剣を一閃し、頭上から股間まで両断した。

 古代の機械魔神は、切断面から火花を散らせ、爆発炎上。熱を伴った爆風が牛島に叩きつけられた。

 同時に、混沌の場に魔力カウンターが一つ乗る。

 

「うわ……!」

 

 自身に叩きつけられる爆風に、牛島が怯む。が、すぐさま立ち直り、声を放った。

 

「古代の機械魔神の効果発動です! このカードが戦闘破壊された場合、デッキからアンティーク・ギアモンスター一体を召喚条件を無視して特殊召喚できます。来なさい、黒鉄(くろがね)の怪巨人! 古代の機械暗黒巨人(アンティーク・ギアダークゴーレム)!」

 

 牛島のフィールドに、とてつもない物理的圧力が、巨大な影とともに現れる。

 その姿は古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)によく似ていた。ただし、拳の右腕に対して左腕は肘関節がなく、左腕そのものが長大な鉄槌のようになっている。

 

「古代の機械暗黒巨人の効果を発動しましょうか。召喚、特殊召喚成功時、デッキからアンティーク・ギアカードか歯車街(ギアタウン)を二枚までサーチできます。この効果で、デッキから古代の進軍(アンティーク・ギアアドバンス)古代の機械射出機(アンティーク・ギアカタパルト)をサーチしますかな。その後、手札を一枚捨てます」

 

 恰幅のいい腹を揺らして、牛島は笑みを浮かべてデッキからカードをサーチする。

 厄介なサーチに加え、古代の機械暗黒巨人の攻撃力はカトレアのフィールドのカオス・ソルジャーと同じ3000。このまま追撃しては、せっかく召喚した儀式モンスターが無駄になる。

 

「どうですかな? このまま攻撃は無駄でしょう。知っていますよ、儀式モンスターは召喚するためのコストが重い。だのに、ここで相討ちで終わらせてしまっていいのですかな?」

 

 牛島としてはここで攻撃は止まると思っていた。自身で言ったとおり、コストに見合っていないからだ。

 だがカトレアの苛烈な面は全く矛を収めてなどいなかった。

 

 

「いいえ。この程度で、わたくしの足は止まりませんわ。超戦士 カオス・ソルジャーで古代の機械暗黒巨人を攻撃!」

「相討ち狙い!? 馬鹿な!」

 

 驚愕に目を見開く牛島をよそに、カトレアのカオス・ソルジャーが地を蹴り疾走開始。跳躍し、両手持ちにした剣を大上段に構えた。

 

「ダメージステップに、手札から速攻魔法、禁じられた聖槍を発動! 古代の機械暗黒巨人はこのターン、他の魔法、罠の効果を受けない代わりに、攻撃力が800ダウンしますわ!」

 

 コンバットトリック。攻撃力が下がった古代の機械巨人は各所をショートさせ、動きを止めた。

 その一瞬を突き、カオス・ソルジャーが剣を振り下ろす。

 頭上から股間までを真っ二つにされ、機械の巨人が崩れ落ちた。

 

「超戦士 カオス・ソルジャーの効果発動! このカードが相手モンスターを戦闘破壊し、墓地に送った場合、その元々の攻撃力分のダメージ、即ち3000ポイントのダメージを与えますわ!」

「えぇ!?」

 

 驚愕に目を見開く牛島に構わず、カオス・ソルジャーは右手の剣を牛島に向かって投擲した。

 牛島は慌ててその場から退避。剣の着弾による衝撃波が、彼の身体を吹き飛ばす。

 

「う、お、は、かぁ!」

 

 ボールみたいに跳ねながら、それでも牛島は体勢を立て直した。なんだかんだと言って神々の戦争の参加者、バトルフィールド内で底上げされた身体能力による体捌きは一筋縄ではいかない。

 

「バトルを終了し、メインフェイズ2に入ります。ここで馬の骨の対価を発動。ジャックス・ナイトを墓地に送り、二枚ドロー。

 さらに混沌の場の効果を発動。魔力カウンターを三つ取り除き、デッキから高等儀式術をサーチ。

 カードを一枚伏せ、エンドフェイズに墓地のジョーカーズ・ストレートの効果を発動します。墓地のクィーンズ・ナイトをデッキに戻し、このカードを手札に戻します。改めて、ターンエンドです」

 

 

伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー 地属性 ☆8 戦士族:儀式

ATK3000 DEF2500

「カオス・フォーム」「超戦士の儀式」により降臨

このカードは儀式召喚でしか特殊召喚できない。

(1):自分ドローフェイズのドロー前に、手札のこのカードを相手に見せて発動できる。このターン通常のドローを行う代わりに、デッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える。

(2):???

(3):???

 

混沌の場:フィールド魔法

「混沌の場」は1ターンに1枚しか発動できない。(1):このカードの発動時の効果処理として、デッキから「カオス・ソルジャー」儀式モンスターまたは「暗黒騎士ガイア」モンスター1体を手札に加える。(2):このカードがフィールドゾーンに存在する限り、お互いの手札・フィールドからモンスターが墓地へ送られる度に、1体につき1つこのカードに魔力カウンターを置く(最大6つまで)。(3):1ターンに1度、このカードの魔力カウンターを3つ取り除いて発動できる。自分はデッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える。

 

ジョーカーズ・ストレート:通常魔法

このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の手札を1枚選んで捨て、デッキから「クィーンズ・ナイト」1体を特殊召喚し、デッキから「キングス・ナイト」「ジャックス・ナイト」の内1体を手札に加える。その後、モンスター1体を召喚できる。このターン、自分は戦士族・光属性モンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。(2):自分・相手のエンドフェイズに、自分の墓地の戦士族・光属性モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターをデッキに戻し、墓地のこのカードを手札に加える。

 

クィーンズ・ナイト 光属性 ☆4 戦士族:通常モンスター

ATK1500 DEF1600

 

キングス・ナイト 光属性 ☆4 戦士族:効果

ATK1600 DEF1400

(1):自分フィールドに「クィーンズ・ナイト」が存在し、このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「ジャックス・ナイト」1体を特殊召喚する。

 

ジャックス・ナイト 光属性 ☆5 戦士族:通常モンスター

ATK1900 DEF1000

 

代償の宝札:通常魔法

(1):手札からこのカードが墓地に送られた時に発動する。カードを2枚ドローする。

 

超戦士の儀式:儀式魔法

「カオス・ソルジャー」儀式モンスターの降臨に必要。「超戦士の儀式」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。(1):自分の手札・フィールドから、レベルの合計が8になるようにモンスターをリリースし、手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を儀式召喚する。(2):自分の墓地からこのカード及び光属性モンスター1体と闇属性モンスター1体を除外して発動できる。手札から「カオス・ソルジャー」儀式モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

超戦士カオス・ソルジャー 地属性 ☆8 戦士族:儀式

ATK3000 DEF2500

「超戦士の儀式」により降臨。自分は「超戦士カオス・ソルジャー」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。(1):このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。(2):???

 

古代の機械魔神 地属性 ☆8 機械族:融合

ATK1000 DEF1800

「アンティーク・ギア」モンスター×2

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):フィールドのこのカードは他のカードの効果を受けない。

(2):自分メインフェイズに発動できる。相手に1000ダメージを与える。

(3):このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。デッキから「アンティーク・ギア」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

古代の機械暗黒巨人 地属性 ☆8 機械族:効果

ATK3000 DEF3000

このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「古代の機械巨人」として扱う。

(2):このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。「古代の機械暗黒巨人」を除く、「アンティーク・ギア」カードか「歯車街」を合計2枚までデッキから手札に加える。その後、自分の手札を1枚選んで捨てる。この効果の発動後、ターン終了時まで自分はカードをセットできない。

(3):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 

禁じられた聖槍:速攻魔法

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

馬の骨の対価:通常魔法

(1):効果モンスター以外の自分フィールドの表側表示モンスター1体を墓地へ送って発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

 

混沌の場魔力カウンター×2

 

 

カトレアLP6400手札5枚

牛島LP8000→7200→4200手札4枚

 

 

「私のターンですな。ドロー」

 

 ドローカードを確認した牛島の顔に、笑みが浮かぶ。何かいいカードを引いたか、カトレアがそう思った時、すでに牛島は、歓喜に満ちた声とともに言い放った。

 

「来てくださいよ、北天の叡智巨神コイオス!」

「なんですって!?」

 

 コイオス、即ちティターン神族の登場。リリースさえもなく行われたそれに、カトレアの目が見開かれた。

 何かの間違いか、そんな予想さえ打ち砕いて、牛島のフィールドに巨大な影が現れる。

 円盤型の下半身、黒鉄色の上半身。服はなく、剥き出しの肌は金属質で、生身の感触は一切ない。

 顔立ちは同じ、顔にかけた眼鏡も同じ。ただし剥き出しの腕には第三、第四の腕が生え、背部には閉じかけの翼のようにも、人間の肋骨のようにも見えるパーツ。全体的に冷たくて硬くて、確固たる自己と、他者への関心の無さを感じさせる。

 

『…………我が知恵はすでに託された。なればこそ、それを十全に扱えるか否かは、ヒト次第。言うべきことはない』

「だとすれば、せいぜい神の期待に添うように致しましょうか」

 

 見た目の印象と変わらない、冷たくて硬い声。感情の乗った人工音声のようなその様に、カトレアは最初それが神、コイオスの声だと気づかなかった。

 

「コイオスは攻守ともに0ですが、私の魔法・罠ゾーンに表側表示で置くことができましてな。それによって、こうして場に来てもらったわけです。そして、魔法・罠ゾーンに置かれたタイミングで、コイオスの効果が発動。デッキからフィールド魔法、歯車街(ギア・タウン)を手札に加えます。そして発動」

 

 フィールドの状況が様変わりする。

 東京の街並みが消え去り、現れたのは巨大な歯車がゆっくりと回り続ける、武骨で巨大な機械の街が広がっていた。

 

「コイオスにはもう一つの効果がありましてな。コイオスは一ターンに一度、私の墓地のモンスター一体を特殊召喚するか、手札に加えることができます。そして、その対象モンスターが機械族だった場合、一枚ドローが可能なのです」

 

 牛島のテンションが徐々に上がってきている。コイオスを引き当て、場に出せたことで気分が高揚しているのかもしれない。魔法・罠ゾーンにいるため戦闘に参加はできないが、厄介なサポート効果に加え、神特有の体勢は魔法・罠ゾーンにいても発揮される。つまり神の効果以外での除去は不可能ということだ。

 

「ずっと居座る厄介なサポートカード……。攻略の障害になること間違いなしね」とモリガン。

「ですがそれを攻略してこそ神々の戦争ですわ」戦意を漲らせるカトレア。

「ならば攻略して貰いましょう。できるものなら! 古代の進軍を発動! 発動時の処理により、デッキからアンティーク・ギア魔法、古代の機械要塞(アンティーク・ギアフォートレス)を手札に加え、これも発動!」

 

 立て続けに、二枚の永続魔王が牛島のフィールドに現れる。牛島の背後に機械でできた武骨で巨大で、堅固な要塞が現れ、どこからともなく超重量の進軍の音が聞こえてくる。

 

「ここから、()()()()()()()()()()()古代の機械射出機(アンティーク・ギアカタパルト)発動! 私の場にモンスターが存在しない場合、私の場の表側カード一枚を破壊し、デッキからアンティーク・ギアモンスター一体を、召喚条件を無視して特殊召喚できます。

 私の場の古代の機械要塞を破壊し、デッキから古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)を召喚条件を無視して特殊召喚!」

 

 地鳴りのような巨大な音を響かせながら、牛島の背後の要塞が瓦解し、その瓦礫の山から黒鉄色の鉄巨人が現れる。これは古代の機械暗黒巨人と違い、両手とも五指のある腕となっていた。

 

「さらに破壊された古代の機械要塞の効果発動! このカードが破壊された場合、私の手札か墓地からアンティーク・ギアモンスター一体を特殊召喚できます。私は墓地の古代の機械暗黒巨人を特殊召喚!」

 

 轟音を伴って現れる古代の機械暗黒巨人。アンティーク・ギアを代表する巨大モンスターが並ぶさまは圧巻の一言だった。

 

「古代の機械暗黒巨人の効果を発動し、デッキから古代の機械巨人と古代の機械融合(アンティーク・ギアフュージョン)を手札に加え、手札を一枚捨てます。

 ここで、古代の進軍の効果を発動しましょうか。 このカードは私の場のモンスター一体をリリースし、一枚ドロー。さらにこのターン中、古代の機械巨人やその関連カードを召喚するためのリリースがなくなります。私は古代の機械暗黒巨人をリリースし、一枚ドロー。そして古代の機械巨人を、リリースなしで召喚!」

 

 二体の古代の機械巨人が並び立つ。それはそれだけで圧迫感のある光景で、プレッシャーはすさまじい。

 だが、

 

「まだ来るわよ、カトレア」

 

 モリガンの言う通りだ。何しろ牛島は自慢げにコイオスの効果を語っていたのだから。

 

「コイオスの効果発動! 私の墓地から、古代の機械暗黒巨人を特殊召喚し、一枚ドロー!」

 

 先ほどリリースされた古代の機械暗黒巨人が、再び現れる。これで三体の攻撃力3000モンスター。一体はカオス・ソルジャーで相討ちに持ち込めても、追撃は防げない。

 だが牛島はカトレアの様子をじっと見つめ、なるほどと頷いた。

 

「今このまま私が攻撃した場合、あなたは(かなめ)を失い、その上大ダメージを受けることは必至。にもかかわらず落ち着いているならば、その伏せカードが原因か、ライフなど、消し飛ばなければ安いと思っているのか……。

 ですが、アンティーク・ギアは攻撃時に相手の魔法、罠を封印する。ならばその伏せカードでの逆転ではなく、後者と考えていると仮定しましょう。ならばこれでどうですかな。永続魔法、一族の結束。私の墓地のモンスターは機械族一種類のみ、よって私のモンスターの攻撃力は800アップ!」

 

 牛島が今まで手札から墓地に送っていたカードは古代の機械箱(アンティーク・ギアボックス)古代の機械兵士(アンティーク・ギアソルジャー)。いずれも機械族モンスターだ。

 カトレアの眉根が僅かに上がる。ポーカーフェイズに僅かな陰りが見える。目ざとく気付いた牛島が、にやりと笑った。

 

「どうやら後者の可能性が高そうですな。ならば攻め潰すまで。手札から古代の機械融合を発動! これは、アンティーク・ギアモンスター専用の融合魔法! ただし、私の場に表側表示の古代の機械巨人か、古代の機械巨人-アルティメット・パウンドが存在する場合、フィールド、手札のみならず、デッキからも素材とできるのです! 私は場の古代の機械巨人と、デッキの古代の機械巨人-アルティメット・パウンド、そして古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)を融合!」

 

 牛島のフィールドの空間が歪み、渦を作る。その渦に、彼のフィールド、デッキから三体のアンティーク・ギアモンスターが吸い込まれ、一つに混ぜ合わされ、新たな力を顕現される。

 

「三つの魂鉄の檻に閉じ込めて、来るは大いなる巨人の威容! 来なさい、古代の機械超巨人(アンティーク・ギア・メガトン・ゴーレム)!」

 

 先ほどの機械の巨人に倍する重量感が、牛島のフィールドに顕現する。

 ベースは古代の機械巨人。ただし腕の数が倍、足の数も倍。四脚四腕の異形の鉄巨人。

 

「く……!」

「古代の機械超巨人の攻撃力は3300、ただし一族の結束の効果によって、その攻撃力は4100! 叩き潰すもまた良し! バトルです!」

 

 アンティーク・ギアモンスターは共通効果として、攻撃時に相手の魔法、罠の発動を封じる。バトルフェイズに入ってしまえばカトレアは一方的に殴られ、磨り潰されるしかない。

 

「ここしかありませんわね! バトルフェイズ開始時に、リバースカードオーオウン! 攻撃の無敵化! このターン、超戦士 カオス・ソルジャーは戦闘、効果で破壊されませんわ!」

 

 翻るリバースカード。アンティーク・ギアの効果が及ぶ前に、防御札を発動。だが、超戦士 カオス・ソルジャーは攻撃表示。超過ダメージと、それに伴うダメージのフィードバックは防げない。

 

「ならば、磨り潰しましょう! 古代の機械超巨人で、超戦士 カオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 攻撃宣言が下り、異形の機械巨人が、その四本腕を振るう。カオス・ソルジャーは剣を背中に収め、代わりに盾を両手で構えて衝撃に備える。

 激突。カオス・ソルジャーは逞しい体つきだが古代の機械超巨人の前では何とも頼りない。

 踏みとどまり、地面に足を引きずる後を作るが、それでも耐える。が、

 

「くぅ……!」

 

 超過ダメージがカトレアを襲う。回避不能の衝撃に、少女の身体が軋む。

 

「まだです! 古代の機械超巨人は、融合素材にした古代の機械巨人、または古代の機械巨人-アルティメット・パウンドの数まで攻撃が可能! 素材となった対象モンスターは二体、よってもう一度攻撃が可能です! 追撃を受けなさい!」

 

 四重の拳を放った古代の機械超巨人が、再び拳を振りかぶる。

 停滞なく振り下ろされる四つの鉄槌。先程と同じく、カオス・ソルジャーは再び受ける、踏みとどまる。だが、ダメージのフィードバックがカトレアの身体を軋ませる。

 

「カトレア!」

「な、何のこれしき……! わ、わたくしを舐めてもらっては困りますわ!」

 

 そう言って牛島と、コイオスを睨む瞳は力に満ちていた。カトレアの眼光に射抜かれた牛島は、しかし怯まない。

 

「まだですよ。古代の機械巨人と、古代の機械暗黒巨人でカオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 二体の巨人が動き出す。叩き込まれる拳たち。それらに耐える超戦士。その度に、カトレアの身体が揺れる。膝を付くそうになるが、何とか耐える。

 

「好き勝手殴ってくれますわね……ッ!」

「だけどこれで終わりのはず。すでに攻撃の手はない」

「いいえ!」

 

 モリガンの予測を、牛島の大仰な声が否定した。

 

「私は手札からダブル・サイクロンを発動! 私の場の歯車街と、あなたの混沌の場を破壊!」

「しまった!」

 

 目を見開くカトレアをしり目に、二人のフィールド魔法が風の刃に切り刻まれて、瓦解していく。

 

「この瞬間、歯車街の効果発動! 墓地から古代の機械巨竜を特殊召喚します!」

 

 魔車街の瓦礫をぶち上げて、現れるな機械の巨竜。歯車がはまる部分があり、その空洞が気になるが、赤く光る眼といい、油断ならない。

 

「バトルフェイズ中にモンスターを特殊召喚した場合、攻撃宣言はあるのでしたね? 古代の機械巨竜でカオス・ソルジャーを攻撃!」

 

 機械巨竜が、その曲を旋回させ、尻尾による遠心力を利用した一撃を叩き込む。

 

「かは……!」

 

 ふらつくカトレアの身体。だが踏みとどまる。彼女の矜持か、根性か。いずれにせよ、力を失わぬ眼差しは変わらず牛島と、彼の背後で沈黙したままのコイオスを睨みつける。

 

「ちなみに、古代の機械超巨人は、相手の効果でフィールドを離れた場合、EXデッキから古代の機械究極巨人(アンティーク・ギアアルティメットゴーレム)を特殊召喚できるので、注意が必要ですな。ターンエンドです」

 

 

北天の叡智巨神コイオス 神属性 ☆10 幻神獣族:効果

ATK0 DEF0

このカードは特殊召喚できない。このカードは3体のモンスターをリリースしてのみ通常召喚できる。(1):このカードは神属性、幻神獣族モンスターの効果以外のカード効果ではフィールドを離れず、コントロールも変更されない。(2):このカードが相手のカードの効果を受けた時、エンドフェイズにこのカードに対するそのカード効果を無効にする。(3):このカードは自分の魔法・罠ゾーンに永続魔法カード扱いで表側表示で置くことができる。その後、デッキからフィールド魔法1枚を自手札に加えるか分フィールドにセットする。(4):1ターンに1度、自分の墓地のモンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを手札に加えるか特殊召喚する。特殊召喚したモンスターが機械族だった場合、カードを1枚ドローする。

 

古代の進軍:永続魔法

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はカードをセットできない。

(1):このカードの発動時の効果処理として、デッキから「古代の進軍」以外の「アンティーク・ギア」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

(2):1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動できる。自分は1枚ドローし、このターン中、以下の効果を適用する。

●自分は「古代の機械巨人」またはそのカード名が記されたレベル5以上のモンスターを召喚する場合に必要なリリースをなくす事ができる。

 

古代の機械要塞:永続魔法

(1):このターンに召喚・特殊召喚された自分フィールドの「アンティーク・ギア」モンスターは、相手の効果では破壊されず、相手はそれらを効果の対象にできない。

(2):「アンティーク・ギア」カードの効果の発動に対して、相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できない。

(3):魔法&罠ゾーンのこのカードが破壊された場合に発動できる。自分の手札・墓地から「アンティーク・ギア」モンスター1体を特殊召喚する。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は「アンティーク・ギア」モンスターしか特殊召喚できない。

 

古代の機械射出機:通常魔法

このカード名の①②の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

(1):自分フィールドにモンスターが存在しない場合、自分フィールドの表側表示カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、デッキから「アンティーク・ギア」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

(2):墓地のこのカードを除外し、自分フィールドの表側表示カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊し、自分フィールドに「古代の歯車トークン」(機械族・地・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。

 

古代の機械巨人 地属性 ☆8 機械族:効果

ATK3000 DEF3000

このカードは特殊召喚できない。

(1):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

(2):このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 

古代の機械融合:通常魔法

(1):自分の手札・フィールドのモンスターを融合素材とし、「アンティーク・ギア」融合モンスター1体を融合召喚する。自分フィールドの、「古代の機械巨人」か「古代の機械巨人-アルティメット・パウンド」を融合素材とする場合、自分のデッキのモンスターも融合素材とする事ができる。

 

古代の機械超巨人 地属性 ☆9 機械族:融合

ATK3300 DEF3300

「アンティーク・ギア」モンスター×3

(1):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

(2):「古代の機械巨人」「古代の機械巨人-アルティメット・パウンド」の中から合計2体以上を素材として融合召喚したこのカードは、その数まで1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。

(3):融合召喚した表側表示のこのカードが相手の効果でフィールドから離れた場合に発動できる。EXデッキから「古代の機械究極巨人」1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

一族の結束:永続魔法

(1):自分の墓地の全てのモンスターの元々の種族が同じ場合、自分フィールドのその種族のモンスターの攻撃力は800アップする。

 

攻撃の無敵化:通常罠

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

ダブル・サイクロン:速攻魔法

(1):自分フィールドの魔法・罠カード1枚と、相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

歯車街:フィールド魔法

(1):このカードがフィールドゾーンに存在する限り、お互いのプレイヤーは「アンティーク・ギア」モンスターを召喚する場合に必要なリリースを1体少なくできる。

(2):このカードが破壊され墓地へ送られた時に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「アンティーク・ギア」モンスター1体を特殊召喚する。

 

古代の機械巨竜 地属性 ☆8 機械族:効果

ATK3000 DEF2000

(1):このカードの召喚のためにリリースしたモンスターによって以下の効果を得る。●グリーン・ガジェット:このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。●レッド・ガジェット:このカードが相手に戦闘ダメージを与えた場合に発動する。相手に400ダメージを与える。●イエロー・ガジェット:このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動する。相手に600ダメージを与える。(2):このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。

 

 

カトレアLP6400→5300→4200→3400→2600→1800手札5枚

牛島LP4200手札3枚

 

 

 さすがにこの状況は()()()。敵の物量に対応しきれない。何とかしなければ、磨り潰される。

 カトレアは、明確に窮地に立たされていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。