当方小五ロリ (真暇 日間)
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 まとめて投稿してほしい、と言う方が多かったので、纏めさせていただきます。中身が増えるときには恐らくその前にまた短編が投稿されると思いますのでわかると思います。


 『ダブルスポイラー』時に決闘に入るちょっとまえのさとりん

 

 

 ……さとりです。こいしがあまりにも強く抱き締めてくるので抗議のつもりで頬を指先でつついたらぱくっとくわえられてしまったとです。

 ……さとりです。反対側からも抱き締めてくるフランに同じことをしたら、同じようにくわえられてしまったとです。

 ……さとりです。最初はどちらもくわえただけだったのに、いつの間にかちゅうちゅうと吸い付かれぺろぺろ舐められて手が唾液まみれで困るとです。

 ……さとりです。そんな私を見て、勇儀さんは声を殺すように身体をプルプル震わせながらにやついてるとです。非常に腹立つとです。

 ……さとりです。仕返しとして勇儀さんには右に伊吹童子、左に茨木童子で私と同じことをされている幻覚を見せてやったとです。真っ赤になっていたので少し溜飲は下がったとです。

 ……さとりです。今度妖怪の山に行ったときには茨木童子にも同じような状態になってもらうことにしたとです。

 ……さとりです。復活した勇儀さんが『愛されてるねぇ』とか言ってからかってくるので今度は両手に橋姫を出してやったら効果抜群すぎて少し笑いが込み上げてきたとです。

 ……さとりです。いつかあの引きこもり気味な方のパパラッチ天狗がやって来たら出会い頭に彼女のあまり多くない友人にそうされている光景を見せてやることを心に決めたとです。

 ……さとりです。そろそろいい時間だから勇儀さんと一緒に移動しようとしても妹たちが抱きついたまま離れんとです。

 ……さとりです。最終的に勇儀さんにお願いして離れてもらったとです。

 ……さとりです。妹達の髪を撫で、おでこにキスをしてからようやく地霊殿を出発したとです。

 ……さとりです。……さとりです……。……さとりです…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪ガンキャナコ祭

 

 

 諏訪大社。そこでは毎年祭が行われている。

 他の祭では単なる稼ぎ時だとかそういう風にしか思われていないことも多いが、この祭は違う。

 何故ならば、この場に存在する神は間違いなく実在すると誰もが当然のように知っており、当然のように信仰を向け、当然のように加護を与えられて健やかに育っているからに他ならない。

 今年もまた、祭が始まる。

 

 本物の巫女。正確には『風祝』と呼ばれる者たち。彼女達は本来の役割以上に仕事をしていた。何も嫌々やっているような事はなく、誰もが笑顔で『神に仕える』と言う役割を果たしていた。

 そんな彼女達の髪は、美しい緑色をしていた。染料では出せない自然な緑。そんな髪を腰まで伸ばし、彼女達は楽器を演奏し、舞う。

 彼女達の舞う舞台の周囲には捧げ物が積み上げられていた。質は様々。値段も様々だが、そこに信仰心の籠らないものは一つもない。それは確かに偉大なる神格への捧げ物であり、舞台の周囲で御神体に平伏している彼らの生活に無理が出ない程度の物であることが大半だったが、それでも捧げられた神格にとってそれらは間違いなく宝と呼べるものであった。

 

 不意に、一人の風祝が顔をあげた。彼女は特に神の血の濃く出た者であり、それだけに他の信者達から尊敬の念を向けられている現人神であった。

 

『平伏せよ』

 

 彼女の口から溢れた言葉に、誰もが一切の疑心を捨ててひれ伏す。そんな中で彼女だけが動くことを許されているのは、より濃厚になった神気への耐性とも言えるものを持っているからだろう。

 風祝でありながら神でもある彼女は、現在この場にいるどの人間よりも位が高い。この大社の神主すらも、彼女の言葉には逆らうことはできない。

 

『───』

 

 祝詞が詠み上げられる。美しく響くその音は、その場にいる誰をも魅了しながら風に乗り、広く広く響き渡る。人間の肉声では届かないはずの距離すら乗り越え、そして───そんな彼女の前に二つの影が現れた。

 

 一つは小さな少女の姿をしている。目玉のような物がついた帽子を被り、身体に比べてやや大きな着物を着るその姿。彼女こそがこの諏訪大社にて祭られる二柱の神の片割れ。洩矢諏訪子。

 そしてもう一つ。大きく太い注連縄と、巨大な二本の御柱を背負った女性。胡座をかき、膝に肘をついているその姿からは、体格以上に大きな存在感を感じさせる。

 

 彼女こそが、この祭の主役。顕現した彼女は一本の巨大な御柱を削って作られた御輿に宿り、洩矢諏訪子が御輿を先導する。

 そして彼女の宿った御柱を、多くの信者たちが掲げて諏訪湖を一周する。それこそがこの祭りの在り方である。

 

 人々は口々に彼女を讃える言葉を紡ぐ。言葉は信仰となり、彼女の力となる。そうして彼女は現代においても力ある神として現界し続けることができていた。

 

 彼女の名は、八坂ガンキャナコ。ガンキャノンを神体として神棚に祭られるほど、この国においてメジャーな神であった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「――――――!!!!!?」

 

 神奈子は目を覚ました。全身から嫌な汗が吹き出し、寝間着をじっとりと湿らせている。

 あまりに奇妙な、そして考えたくもない夢。しかしその光景はただの夢と切り捨てるにはあまりに現実味に溢れすぎていたし、夢の中の自分もまたあまりに堂々とその名で呼ばれることを受け入れていた。

 

「……そう、夢、夢さ。夢に決まってる」

 

 何度も何度も、自分に言い聞かせるように呟く神奈子。彼女の枕の下にガンキャノンの写真が入れられていることに気づくまで、あと五分の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼の見る悪夢

 

 

 ぺろり、と肌を舐められると、ただそれだけで私の身体が跳ねてしまう。いったいいつからこうしているのかわからなくなるくらいの時間、私は目の前にいる少女と見まごうほどの見た目をしている老獪な妖怪によって身体をほてらせられていた。

 縛られているわけでもなければ、術を掛けられたわけでもない。毒を飲まされたわけでもないし、かと言って何もされていないのに私の身体がこうして動かせなくなるとは思えない。絶対に、何かをされているはずだ。

 それを解き明かせば動けるようになるかもしれないと私は必死に辺りを見回し、或いは音を聞き分けようと耳を澄ますが、何もわからない。ただ、私にはわからない何かが起きているということしかわからなかった。

 

「……勇儀さん。いい加減に見苦しいですよ。貴女は私に負けたのですから、私の言うことに従ってください」

「うっ……」

 

 そう、私はこいつに……さとりに負けた。それも、最終的に何もできない状態にさせられてから完膚なきまでに負けた。

 あいつの切り札と思っていた、私の身体を動かす技。それを破ったと思ったら、今度は自分の身体を操って力を上げたり傷を治したり。それどころか一時的に聖書に描かれた滅びそのものを再現するなんて無茶苦茶なことをして平然としていやがる。

 しかもそれが切り札というわけではない。最後の最後。私がそれまでの攻撃のすべてを乗り越え、そしてあいつを殴りつけた瞬間に、私の拳が塵になる。慌てて拳を引いたが、すぐに拳だけじゃなく全身を塵にされて、私は喧嘩に負けたんだ。

 

 そこから私は、どうやってかわからないが蘇った。正直な話、鬼という妖怪の再生能力としぶとさは凄まじい。首だけになろうとも、その経緯に納得がいかなけりゃ気合で蘇れたりもする。勿論恨みの念やらなにやらを吸収したりはするが、意志さえあれば殆どの場合蘇れるし、首だけになろうと、封印されていようと、優に数百年は生き続けることもできる。

 それが、鬼という妖怪だ。

 だけど私はあの時、満足行く喧嘩ができた。何の未練もなかったし、むしろ私に鬼として誇れるくらいのいい死に場所を与えてくれたことに感謝すらしていた。だから、次に目が覚めた時には逆にめちゃくちゃ驚いたね。死んでなかったんだから。

 でもまあ、それが私に勝った相手の決めたことってんじゃ仕方がない。私に勝って、私の命を好きにしていいやつが、私を生かしておいたんだ。私が勝手に死ぬわけにはいかないだろうよ。

 

「だからってなんでこれなんだよ!?」

「? 勇儀さん、可愛い服は嫌いではないでしょう? 大丈夫です。ちゃんと病女(ヤマメ)さんに頼んで出してもらった糸を使って作った丈夫な布に、オーディンと言うお爺さんの知識から拝借してきた神代のルーンを織り込んで作ったものですから、力仕事をしても破れません。……そもそも、今、逃げられないでしょう?」

「だ、だからって……ってか、なんで舐めるんだよ!?」

「『北風と太陽』という童話があります。北風が旅人のコートを脱がせようと強風を吹き付けますが、寒いので旅人は余計に着込もうとします。しかし太陽が体を温めると、コートが必要なくなった旅人はコートを脱いで太陽は北風との賭けに勝利する……という内容なのですが、脱いでくれないならとりあえず体を温めてみようかな、と」

「あんたって時々変なところでバカだよな!?」

「酷いですね。少し傷つきました。猫耳カチューシャを追加してあげましょう。さあ、着るのです」

「や、やめっ―――」

 

 

 

 ■

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

 ……目が、覚めた。私の全身からは汗が滝のように流れ、枕はじっとりと湿っている。

 

「……夢」

 

 枕元に置いてある服の入った袋が視界に入った。当然と言うか、袋の中の服というのは夢の中で着せられたあの服。私は明日もあれを着て、旧地獄の市街地を均す仕事が待っている。

 昨日は猫耳だった。一昨日は犬耳だった。その前はパルスィみたいな耳だった。今日はいったい何なのか―――少しだけ期待していた自分がいるということは、私だけの秘密だ。

 

 ……私だけの秘密だからな!聞いてるのまではいいが、誰かに言ったり私の前でそれを言ったりするんじゃないぞ!さとり!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古明地ゲスりの強い者いじり

 

 世の中には様々な性癖を持つものがいる。例えば幽香さんがそうだと思われているような『嗜虐趣味』。それと対をなす『被虐趣味』。獣耳が大好きな『ケモナー』。触手好きの『触手紳士』。どこかの邪仙のような『ファザコン』。同姓が好きな『ホモ』と『レズ』。その他にも無数の性癖があり、それらを内包する無数の存在がいる。

 ちなみに私は動物好きでペットと色々していると言う話があるようだが、そのような事実はない。私はペットのことを可愛がってはいるが、あくまでも可愛がっているだけでそういう趣味があるわけではない。

 

 さてそう言うことで、少しばかりこの幻想郷の有名人のそういった癖のようなものを取り上げていこうと思う。

 

 

 

     ラジオで。

 

 

 

 ……流石に冗談です。そんなことをしたら殺されてしまう。幻想郷の著名な怪物達とぶつかり合って私が勝てる道理がない。逃げ切ることはできるかもしれないし、記憶を操作してなかったことにすることはできるかもしれないが、相手の強さを考えると手間がかかりすぎてやる気が起きないですし、そんな手間をかけるくらいなら素直にばらまくのをやめる。

 

 さて、それでは私の知る有名人の性癖。一人目に選ばれたのは───人間代表の魔法使い、霧雨魔理沙さんです。

 彼女はごく普通の人間であり魔法使い。七曜の魔法使いのように召喚した生物を使ったりはしませんが、どうやら自分の家でその為に使うキノコの栽培をしているようです。

 ただ、そうして使ったキノコはいい魔法薬の材料になるそうで、魔力を高める薬として使うようです。

 ……本人はそうして使ったり、薬を飲んだりする度に妙な罪悪感のようなものに襲われているようですから、からかわないであげてくださいね。

 

 さて、それでは二人目。いったい誰になるのでしょうね? 二人目の名前は───人間の里にて妖怪達を記録する稗田阿求さんです!

 寿命が短い彼女ですが、そのせいか一度恋を燃え上がらせれば誰より激しい阿礼乙女。当代である彼女の性癖は……本ですね。

 本に囲まれ、その匂いに包まれると興奮してしまうようです。使う道具は主に自分の指と、本の気持ちを味わいたいようで筆や紙を使うこともあるようですね。出会いが無いと言うこともあり、大分歪んでいるようですね。

 終わった後の焦りや自らへの嫌悪感は実にいいものです。ごちそうさまです。

 

 三人目……そろそろもう少しハードなものが欲しくなってくる頃でしょうか? 残念ながらサイコロ次第です。祈ってください。結果が付いてくるとは限りませんがね。ガンキャナコ教に入信すればいいかもしれませんよ? ───噂をすれば影。妖怪の山の神社の神、八坂神奈子さんです!

 えーと……面白味がないですねこれ。そう言えば私が伝承に手を出したんでした。忘れていましたね。

 同居神の諏訪子さんの操る蛇に囚われ、自分から抱きつきつつ深く唇を交わしながら、と言うのが好みであるようですね。流石は夫婦ですね。仲良き事は美しき哉。

 ……原因が私? 知りませんね。

 

 しかし、平行する世界には様々な幻想郷があります。世紀末幻想郷であったり、守矢の風祝が使う弾幕が『グレイソーマタージ(物理)』だったり、霊夢さんがチンピラじみていたり、魔理沙さんが女誑しだったり、紅魔の門番がイケメンだったり、永遠に幼き紅い月がカリスマ(笑)でなくカリスマ(真)であったり、妖夢さんがメカ妖夢に立場を奪われていたり、幻想郷が幻想学校だったり、八雲紫が基本ロリだったり……数えることすら馬鹿らしくなってしまいます。

 そんな中には色々と酷い性癖を持つ存在がいるのですが、この世界にはそんな触れたくもないような存在は殆ど居ないようで本当に助かりますね。

 

 では四人目行きましょ……え? もう時間ですか? わかりました。残念ですがこのくらいにして続きはまたいつか、と言うことにいたしましょう。

 

 それでは皆さん、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 りとるしすたーずとーく

 

「りとるしすたーずとーく~!」

「いえーい!」

「い、いえーい……え、とりあえず乗ってみたもののなんなのこれ?」

「? お姉ちゃんの良いところを自分が知らないのは嫌だって言う感じの可愛い欲望から生まれた『お姉ちゃん自慢』の時間だよ?」

「そうそう。あ、ちなみに私はさとりお姉さまの事しか言わないから」

「え、それって……つまりどう言うこと?」

「簡単に言うと、『お姉ちゃんが大好きだーっ!』って自分の想いを吐き出す会」

「さとりお姉さま大好きー!」

「私だって大好きー!」

「はぁ……えっと……」

「不意打ち気味に『好き』って心の準備ができてない時に言われてちょっと恥ずかしがりながらも『私もあなたが大好きよ』っておでこにちゅーしてくれるお姉ちゃんが大好きだーっ!!」

「本当は軽く振り払えるのに怪我をさせないようにって思いすぎるあまり抱きつきっぱなしの私たちにいいようにされちゃうさとりお姉さまが大好きーっ!」

「へっ!? な、なんだかいきなり内容が詳細に……!?」

「猫の神様が憑依して猫耳猫尻尾が生えてにゃーにゃー言いながら甘えてくるお姉さまが大好きだーっ!超好きだーっ!」

「鋭角に棲むワンコが憑依して犬耳犬尻尾が生えてわんわん言いながら自分のベッドに私を運んで甘やかしてくれるさとりお姉さまが大好きだーっ!」

「え、あ……んっ!『私が欲しい』って言って優しくしてくれて嬉しかった!さとりさん大好き!」

「にゅふふ……夜寝てる時でも私が近付くとよっぽど疲れてない限り起きて私をベッドに入れてくれるお姉ちゃんが大好きだーっ!」

「なにそれずるい!私も一緒に寝たいー!一緒に寝るー!枕持って突撃するー!」

「わ、私もするっ!」

「よーし!みんな本音を言い合って理解しあったところでお姉ちゃんの部屋に突撃だー!」

「「おーっ!」」

「枕は持ったかー!」

「「おーっ!」」

「パジャマは着たかーっ!」

「「おおーっ!」」

「お姉ちゃんを愛しているかーっ!」

「いえすあいらぶ!」

「大好きーっ!」

「バラけたけどいい返事だっ!それでは諸君!我に続けー!」

「目標、さとりお姉さまのお部屋!」

「場所は知らないけどついていくよ!」

「よろしい!さあしゅっぱーつ!」

 こいしを先頭にフラン、こころとパジャマを着た少女たちが続く。さとりはそれに気付きながらも、否定する気持ちを持たずに到着を待つ。

 読んでいた本を片付けて、作っていた本を机の引き出しに仕舞い込んで、少しわくわくしながら妹達の到着を待った。

 

 そして───

 

「やっほうお姉ちゃん!一緒に寝よう!」

「さとりお姉さま!一緒に寝て欲しいの!」

「さとりさん!褥を共にしてほしいのだが!」

 

 三者三様、しかし全員が同じことを求めていると言うのはわかる。

 さとりはくすりと笑みを浮かべ、全員をつれてベッドの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さとりに対する他の人達|(人外含む)の評価

 

 

 

 博麗霊夢

 

 できれば敵対したくない相手。向こうから敵対してくるようなことはないでしょうけどね。まあ、神社に来たら茶くらいは出してやるわよ。

 

 

 

 霧雨魔理沙

 

 よくわからん相手。今度色々借りたいものがあったら借りに行く予定。死ぬまでな!

 

 

 紅美鈴

 

 地底と言う人外魔境を統べる者。戦いたい相手ではないが戦うことになるだろう相手。次は倒す。

 

 

 

 パチュリー・ノーレッジ

 

 フランをどうやって拐ったのか、興味がある。

 

 

 

 十六夜咲夜

 

 妹様を拐いお嬢様を傷付けた許されざる相手。できることなら今すぐ殺したいが、相手の能力を警戒して手が出せない。殺したい。

 

 

 

 レミリア・スカーレット

 

 不倶戴天の敵にして、最大級の警戒を向ける相手。怖がっていることは秘密。フランは必ず取り戻す!

 

 

 魂魄妖夢

 

 一度来たお客さん。乱暴なわけでもなく何を考えているのかわからないわけでもなく礼儀正しく振る舞ってくれる最近珍しい相手なので嫌いではない。またのご来訪をお待ちしています。

 

 

 

 西行寺幽々子

 

 一度だけ会った紫の友達。色々聞いてきたけど悪い気はしていない。また来てね~♪

 

 

 

 伊吹萃香

 

 苦手な相手。霧の状態で近付きたくはない。酒飲みとしてはかなりいい相手ではある。また酒飲みに行くよ。

 

 

 

 星熊勇儀

 

 お気に入り。鬼でもないのに全力で真正面から戦って、しかも勝って見せる相手。また喧嘩したいねぇ!

 

 

 

 蓬莱山輝夜

 

 ゲームの相手としては最高。そこらの最強CPUより強いから暇潰しの相手としては最高かも。今度来る時には妹紅のネタでも持ってきてよ?

 

 

 

 八意永琳

 

 危険な相手。できれば輝夜には近付けたくない。せめてあの能力を防ぐ方法があればいいのだけれど……

 

 

 

 因幡てゐ

 

 来んなぁぁぁぁぁ!

 

 

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ

 

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロ──────

 

 

 

 風見幽香

 

 同じ状況にある理解者にして親友。恥ずかしいところを見られてしまったし、今度は何か私から助けたい。何かあったら私に言いなさいな。

 

 

 

 小野塚小町

 

 映姫様にあの事バラすなよ!? 折角隠してたのに!あれから映姫様がなんかすっごい優しくなってギクシャクしてんだよ!? 今度会ったらその分の貸しを返してもらうよ!

 

 

 

 四季映姫・ヤマザナドゥ

 

 自覚していなかった私の現状を教えていただきありがとうございます。また今度そちらにお土産を持って伺いますので、それまでご健勝の程を。

 

 

 

 チルノ

 

 ……会ったことあったっけ? ※あります

 

 

 

 藤原妹紅

 

 よく知らん。ただ、かなりの力を持っているらしいと言うことは知っている。

 

 

 

 上白沢慧音

 

 良くは知らないが、八雲紫が礼を忘れず対応するような相手。敵意は見えないが、警戒はしておこう。

 

 

 

 東風谷早苗

 

 諏訪子様に『近付くんじゃない』と言われた相手。相性的に妖怪や神と言う存在はよくないのだとか。

 とにかく、理由はよくわかりませんが何かあったら退治して見せます!

 

 

 

 洩矢諏訪子

 

 精神的な戦いならばまず間違いなく最強級の最上位。その上呪詛系に強いってこともあるし、できることならお近付きにはなりたくないね。

 

 

 

 八坂神奈子

 

 諏訪子に言われてるし、ちょっかい出すのはやめておこう。(諏訪子に寝取られた事になっていて割と盲目)

 

 

 

 射命丸文

 

 ……ま、まあ、こちらから手を出さなければ攻撃されたりはしませんし……怖い方ではありますが悪い方ではないんですよね。怖い方ではありますが。

 

 

 

 姫海棠はたて

 

 もう二度と貴女を勝手に念写しようとしませんから許してくださいお願いします何でもしますから。

 

 

 

 犬走椛

 

 ……強くはない。武術をたしなんでいるわけでもない。妖術や方術などの術も同じく。

 しかし、異様な雰囲気を感じる。まるで、以前見たことのある『常温で数年間放置してしまったにも拘らずぎりぎり爆発していないニシンの缶詰』のような、触れてはいけないものと言うような……そんな気がする。

 

 

 

 聖白蓮

 

 迷いを晴らしてくれた恩人であり、救いを与えてくれる相手。供養や浄霊などはどうぞ命蓮寺へ。

 

 

 

 寅丸星

 

 もぐもぐ……ご飯美味しい。

 ナズー、ナズー。ご飯おかわりー。

 

 

 

 幽谷響子

 

 初対面ですが、優しそうだけど少し怖そうな方だと思いました。

 

 

 

 村紗水蜜

 

 ……誰? ……え、いや、誰? ……一輪が怖がってた相手? でも姐さんの恩人で……どうすりゃいいんだよ私は。

 

 

 

 ナズーリン

 

 ……笑えよ。米粒つけながら食事していたことに気付いた理由を問うた私を笑えばいいだろ。

 

 

 

 雲居一輪

 

 以前ほど怖くはなくなりました。……不自然なほどに突然に。

 もしかして、私に何かしました?

 

 

 

 雲山

 

 ……。

 

 

 

 封獣ぬえ

 

 前回の私はとんでもない臆病者だったけれど、今回の私こそ完璧で幸福な妖怪だよ!

S.K「おお市民ぬえ。『妖怪』とはなんですか?」

 あ、え

 ZAPZAPZAP!≫ぬえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町の映姫様を休ませる大作戦

 

 

 その一、疲労の距離を映姫に近づけて疲れさせ、休みを取らせる。

 

「ぅ……疲れてきましたね……『白黒はっきりつける程度の能力』!……よし、疲れていない状態を白、疲れている状態を黒として、私を白としました。私は疲れていません。さあ、仕事仕事」

「ちくしょう」

 

 失敗。

 

 

 その二、眠気の距離を映姫に近づけて仕事が手につかなくなるくらいに眠くさせ、休みを取らせる。

 

「ねむ……『白黒はっきりつける程度の能力』!……覚醒状態を白、睡眠状態を黒としました。私は覚醒状態なので白、白ければ眠気は感じません。さあ、仕事仕事」

「ちくしょうちくしょう」

 

 失敗。

 

 

 その三、映姫とやる気の距離を離すことでやる気を無くさせて休みを取らせる。

 

「やる気が湧かない? 『白黒はっきりつける程度の能力』!やる気がほんの僅かでもあれば、これでやる気も元気も溌溂です!さあ、仕事仕事」

「くそう」

 

 失敗。

 

 

 その四、物理的に映姫と書類の距離を離れさせて無理やりにでも休みを取らせる。

 

「今日は見回りですね」

「書類じゃねえのかよぉ」

 

 失敗。

 

 

 その五、誰か別の知り合いから色々言ってもらう。

 

「……あれ? 映姫様の知り合いって……仕事付き合い以外殆どないから無理じゃないか?」

 論外。

 

 

 その六、古明地さとりに頼んで無理矢理にでも休みを取ってもらう。

 

「聞きましたよ小町!今回の事は貴女が主犯だそうですね!まったく、私にはまだまだ仕事が残っているのですよ? こうして休んでいる暇などありません!第一、私は疲れてなどいないのです!『白黒はっきりつける程度の能力』を使えば疲労など消し飛びますし、私が休んでいる間にもこうしてまた仕事がですね───」クドクド

「一応成功したけどなんだか失敗した気分」

「───聞いているのですか小町!」

「きゃん!」

 

 (一応)成功。(ただし気分的には大失敗)

 

 

 その七、諦めて別の方法を考える。

 

「ぐぬぬ……なんとか四季様に休みを取ってもらわないと…………」

「あ~、だったらさ。

 

『なに小町?四季映姫に休みを取らせようとしても休んでくれない?

 小町。それは無理矢理休ませようとするからだよ。

 

     __.. -―─ 、__

    /`       三ミー ヘ、_

  ゝ' ;; ,, , ,,     ミミ  , il ゙Z,

  _〉,..    ////, ,彡ffッィ彡从j彡

  〉,ィiiif , ,, 'ノ川jノ川; :.`フ公)了

 \.:.:.:i=珍/二''=く、 !ノ一ヾ゙;.;.;)

  く:.:.:.:lムjイ  rfモテ〉゙} ijィtケ 1イ'´

   〕:.:.|,Y!:!、   ニ '、 ; |`ニ イj'  逆に考えるんだ

   {:.:.:j {: :} `   、_{__}  /ノ

    〉イ 、゙!   ,ィ__三ー、 j′  「休んでもらう」ではなく「働いていようが関係なく疲れをとればいい」

  ,{ \ ミ \  ゝ' ェェ' `' /

-‐' \ \ ヽ\  彡 イ-、    と考えるんだ

     \ \.ヽゝ‐‐‐升 ト、 ヽ、__

      \  ヽ- 、.// j!:.}    ` ー 、

       ヽ\ 厶_r__ハ/!:.{

          ´ / ! ヽ

 

 

「……なるほど!それはいい考えだ!

 ……って、あれ? あたいは今誰と話をしてたんだ?

 まあ、いいや。とりあえずこの作戦で何とか……!」

 

 現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古明地酒造蔵設立理由

 

 

 古明地さとりはお酒に強い。具体的には、そこらの鬼なら呑み比べで酔い潰すことができる程度には。

 しかし、それと同時にさとりの胃の容量は常識的な物であり、鬼達のように樽を一人で飲み干したりといった真似をすることはできない。そんなことを実行したら、スレンダーなその体型からお腹だけがぽっこりと膨らんでいるという情けない姿になってしまうだろう。

 古明地さとりはそれを知っていた。だからこそ彼女は、自分でも酔い潰れてみたいという思いがあり、その為に自身でも酔い潰れることができそうな酒を作っていた。

 

 しかし、今ではそんな願いは薄れている。理由は、嫌われものであるはずの覚妖怪(自分達)を受け入れてくれる存在がほんの少しであろうともこの世界に存在していると言うことを知ったからだ。

 数は少ない。それこそ片手の指で数えることができる程度しか知らない。しかし、居ると言うこと自体がさとりにとっては重大なことだった。

 古明地さとりは歓喜した。自身が嫌なことを忘れるために作ろうとした酒が、自身を受け入れてくれる相手との架け橋になってくれるとは思っていなかった。

 しかし、実際に受け入れてくれる存在がいた。酒を切っ掛けとしたその繋がりは、今でも途切れることなく続いている。

 だからこそ、古明地さとりは酒を作る。いつの日か、自身を受け入れてくれる新たな存在との架け橋を作るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆうかりんにっき

 

 ○月×日 晴れ

 

 今日はいい天気。強い日差しが植物に降り注ぎ、植物はその光を浴びてエネルギーを得ている。

 そういうことでたくさんお水をあげた。みんなは喜んでくれて、私も嬉しい。

 さとりは今日も来ないようだ。

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 日中は晴れたけれど、午後の遅くになって空気にかなりの湿り気を感じとった。きっと明日は曇りか雨になるだろう。

 お水はたっぷりあげたけれど、根腐れしないか少しだけ心配だ。

 さとりは今日も来ないようだ。

 

 

 ○月×日 曇り

 

 予想通りに雲が空を覆い尽くしている。もう少し雲が厚ければ雨も降りそうだけれど、どうやらまだ降らないようだ。

 雨が降ってくれた方がいい日もあるけれど、今日はこのくらいでもいい。

 さとりは今日も来ないようだ。

 

 

 ○月×日 曇り時々雨

 

 弱いとは言え雨が降っているのに妖精達は今日も元気だ。

 私が姿を見せると怖がって隠れてしまう妖精も多いけれど、チルノと言う氷の妖精は私を少し怖がりつつも隠れたりはしないでくれるので少し嬉しい。

 できることならばいつの日か、妖精たちと一緒に遊んでみたいものだ。

 さとりは今日も来ないようだ。

 

 

 ○月×日 雨

 

 こんな雨の中、さとりが来た。どうしてこんな天気に来たのかと聞いてみれば、私が『さとりが来ない』と日記に毎日書いていた事を心の動きから知ってしまったので会いに来たのだとか。

 少し恥ずかしいけれど、嬉しくもある。雨がやむまでは家にいてくれるらしい。しばらく降り続けてほしいけれど、永遠に降り続くのは困る。みんなが腐ってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古明地さとりのラジオ相談室

 

 

「はい始まりましたラジオ相談室。お送りするのは私、古明地さとりです。よろしくお願いします。

 さて、この放送ですが、ラジオを持っていない皆様のために、私が『想起』で直接声をお届けしています。この能力を使えるのが私だけですので、相方なんかがいないのですが……寂しくなんてありませんよ? 本当ですよ?

 では早速、お便りを……まあ、当然ながらお便りなんて物はありませんので、どこかに居る誰かさんの頭の中から直接悩みごとを引っ張り出してみましょう。

 それでは初めのお悩みは……はい出ました!マヨヒガにお住みの『猫式神』さんからのお悩みです。

『最近主が凄く疲れたような顔で会いに来て、私を何度か撫でてからすぐに出掛けていってしまいます。どうすれば主の負担を減らしてあげられるでしょうか?』

 はい、とってもご主人様想いのいい子ですね。ご主人様の方、大切にしてあげてくださいね?

 しかしこの質問ですが、主の負担を減らしたいのなら式である『猫式神』さんがもっと強くなれば負担は減らすことができるでしょうが……それは速効性がありませんからね。

 お任せください!ちょっとその主の主に『胡蝶の夢』を見せておきますので、それでもっとちゃんと仕事をするようになってくれるでしょう!ご主人様のお仕事は減りますよ!よかったですね!

 

 では次のお悩みです。……はい出ました!妖怪の山にお住みの『尾も白いワンコ』さんのお悩みです。

『最近、職場の上司からセクハラを受けています。耳を何度ももふもふしてきたり尻尾に顔を埋められたりとやりたい放題されています。そこまで嫌ではないのですが、せめて仕事中にそれをするのはやめてもらえませんか?』

 ふむふむ……では、その上司の家に盗聴器を仕掛け、本人が居る日の寝起きの頃を見計らって千里眼で覗いてごらんなさい。きっと貴女のお願いを聞いてくれるようになるでしょう。

 

 では次のお悩みです。……はい出ました!太陽の畑にお住みの『さみしんぼ花妖怪』さんのお悩みです。

『最近できた友人が、なかなか遊びに来てくれません。こちらから何かした方がいいことなどはあるでしょうか?』

 そうですね。とりあえず手紙を出してみると言うのも良いですが、自分と相手の関係に自信があるのでしたら直接相手の家に行ってみると言うのもいいかもしれませんね。きっと歓迎してくれるでしょう。

 

 ……おや、もうこんな時間になってしまいました。今回のお悩み相談室はここまでといたしましょう。

 

 それでは皆さん、次回があればそれまでどうか健やかに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さとりのお悩み相談室☆二回目!

 

「はいどうもこんばんは、今日もやって来ましたお悩み相談室。今回も私、古明地さとりが太陽の畑スタジオからお送りします。

 今回は素敵なゲストさんがいらしています。太陽の畑で最も目立つ一輪の花。風見幽香さんです」

「こんばんは。とりあえず皆さん。前回のようなことになりそうになったら全力で止めようと思うから、安心してちょうだいね」

「はい、実は私、昨日のうちに釘を刺されました。ですので今回はもっとマイルドに攻めていこうと思います」

「攻めるのってどうなのよ? まあ、別にいいけど……」

「では、最初のお悩みは……出ました!人里にお住みの『モコォ……』さん!」

「ちょっと待っていてちょうだいね」

 

 

 

 ~騒霊演奏中~

 

 

 

「はい失礼しました!人里にお住みの『鋼鉄頭』さんのお悩みです。

『生徒たちが授業を真面目に聞いてくれません。どうすれば生徒たちが真面目に授業を聞いてくれるだろうか?』

 はい、まあ貴女の説明ははっきり言ってわかりづらい上に凄まじくつまらない上に遊びが無さすぎて堅苦しい上に催眠音波になっていますからね。頭突きが怖くて大半の生徒は起きて苦痛の時間を過ごしていますよ!」

「……言い過ぎじゃないかしら?」

「生徒たちの心の声を150人分集めて統計した結果をオブラートに包んでこれですが?」

「……え?」

「マジです。

 はいそう言うわけで、とりあえず頭を柔らかくしてみましょう。恋でもしてみるのがいいと思いますよ?」

「ずばっと言うわね……相手は?」

「ご自分で、どうぞ。生徒たちに手を出したりはしないようにお願いしますね?

 はいそれでは次のお悩みです。……はい出ました!地獄にお住みの『サボマイスタ』さんのお悩みです。

『最近上司がまた徹夜続きで身体を壊さないか心配です。いくら元地蔵だからと言って一週間貫徹で働きづめで15分仮眠してまた一週間とか本当に心配です。今は疲労の距離を私の身体に向けて移動させて代わりに私が眠って疲れを取っていますが、ちゃんと寝てほしいです』

 はいわかりました。地霊殿特別マッサージコースをご案内します。お風呂からのマッサージ、お食事に耳つぼ、耳かきまでフルセットで格安でご用意していますよ。」

「ちなみにおいくら?」

「基本は温泉とお食事でちょっといい旅館くらいのお値段です。まあ、私の紹介でならさらにお安くなります。どうぞいらしてくださいね。

 ちなみに幽香さんなら実験台と言う名目の友人料金でお土産ひとつで結構ですよ」

「あら、それはいいわね……おねがいしちゃおうかしら?」

「はい喜んで!

 それではお時間となりました。どうか皆様、また会う日までお元気で!

 今回は古明地さとりと」

「風見幽香でお送りしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古明地さとりのラジオ相談室 四回目

 

「はいどうもこんばんは、あるいはこんにちは、またはおはようございます。幻想郷で一番の視聴率を誇るラジオ番組、古明地さとりのラジオ相談室、なんと今回で四回目になります。やっていてあれですが、私もここまで続くことになるとは思ってもみませんでした。実に意外なことですね。

 

 それでは早速悩み相談に移りましょう。最初のお悩みは……はい出ました!天界にお住みの『黄金の桃の塊』さんからのお悩みです。

『暇』

 寝ててください。けして地上や地底に遊びに来たりはしないでくださいね。

 

 それでは次のお悩みは……はい出ました!竹林にお住みの『プリンセスニート』さんのお悩みです。

『暇』

 はい、今度もこたんさんを差し向けておきますので我慢してください。

 

 それでは次のお悩みは……はい出ました!隙間の中にお住みの『妖怪の賢者』さんのお悩みです。

『暇』

 はい、そんな貴女にこの言葉を送りましょう。もう少し式の仕事も肩代わりしてあげてください。いくら未来の幻想郷の維持が彼女の双肩にかかっているからと言ってほぼ全ての雑事を任せる必要はないはずです。確かに今、何も大きな事件がないからこそ経験を積むのにちょうどいい時期だというのはわからないでもありませんが、やりすぎというものもあります。せめて式が式の式と仲良くする時間くらいは作ってあげてください。

 

 それでは次のお悩みは……はい出ました!紅魔館にお住みの『中国』さんのお悩みです。

『暇』

 今度遊びに行きますね。

 

 それでは次のお悩みは……はい出ました!地底にお住みの『グリーンアイドルモンスター』さんのお悩みです。

『最近暇すぎて忙しそうにしている奴が妬ましい』

 確かヤマメさんがアイドル目指して頑張っているはずですから貴女もいかがでしょうか? ヤマメさんと一緒にアイドルになって世界を嫉妬させてみませんか? ちなみに、地霊殿はスタジオ完備で歌いたい方、踊りたい方などいつでも歓迎しています。カラオケもあるので興味のある方はどうぞ!

 

 それでは次のお悩みは……はい出ました!住所不定、『一人きりでも百鬼夜行』さんのお悩みです。

『宴会したい。でも理由がない。でも宴会したい。酒を飲みたいとかそういうのじゃなくて宴会がしたい。どうすりゃいいかね?』

 異変でも起こしてみたらいかがです? ただ、あまり大きなものだと本気で霊夢さんに退治されかねませんから、解決しなくてもあまり問題が出ないようなものがいいでしょう。

 例えば、どことは言いませんが個人差によって格差のできてしまっているものを散らし、持っていた者からはなくして持たざる者に分配する異変などいかがでしょうか? え? 身長とか胸とか? まあ、そうしたいならお好きにどうぞ。私はまた別のものを予想していたんですけどね。

 

 さて、時間もいいところですし私はこれにて失礼させていただこうと思います。今回の語り役はわたくし、古明地さとりでした。

 

 

 



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【短編】私はこうして収穫を祭る【遅れて申し訳無い】

 
 タイトル通り、ハロウィンの短編です。少し遅れてしまいましたが、暖かな目で見てやってください。


 

「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞー♪」

 

 こいしのそんな言葉に、私は首をかしげる。見てみれば、こいしはいつもの服とはかなり違うものを着ている。

 真っ黒なワンピースに黒い蝙蝠型の羽根。帽子のかわりに小さな羽がついたカチューシャをつけていて、細長くしなやかで先端に矢印のようなものがついた尻尾が一本。

 

「……悪魔?」

「そうだよー」

 

 くるんとその場で回って見せたこいしは、私に向けてにっこりと笑顔を浮かべる。それは姉としての贔屓目もあるのだろうけど、とてもとても可愛らしいもので、ついつい頭を撫でてしまった。

 

「にゅふふ……はっ!撫でてくれるのは嬉しいんだけど、そうじゃないんだよお姉ちゃん!トリックオアトリートなんだよ!トリックオアトリート!」

「……悪戯か買収か? お菓子で買収すればいいの?」

「無いならそれでもいいんだヨ? お姉ちゃんにイタズラと言う名目で抱き着いてすりすりしたりするんだから!」

 

 いつもと変わらないような気もするけれど、こいしがそれでいいならいいんだろう。それに、お菓子なら偶然にも用意がある。

 

「はい、これでいいかしら?」

「うん!イタズラできなくてちょっと残念だけどお菓子も好きだからいいよー!」

 

 そしてこいしは私が出したお菓子をぺろりと食べきってしまう。新しい地霊殿名物になるかもしれないお菓子のサンプルだったのだけれど、食べてみた限りではどれも美味しかったのよね。

 だから今こうしてこいしに渡せる訳なんだけど……。

 

 …………なるほど。ハロウィンね。いったいどこでそんなものを知ってきたのやら。こいしの無意識に情報が流れ込んできたのかもしれないけれど、時々突拍子もないことをやり始めるから驚いてしまうのよね。

 

「それで、こいし。誰が参加しているの?」

「えーと……フランでしょ? こころでしょ? お燐とお空と……あとペット達かな。地霊殿のみんな、って言えば大体あってると思うよ」

「……大分多いわね」

 

 ペット達でも食べられるお菓子を作らないといけないわね。それもかなり急いで。

 では、久し振りに能力を借りるとしましょうか。時を操る程度の能力……は、相手が紅魔館に居ると言うことで却下。敵対されているし仕方無い。

 仕方無いので彼女の時間を操る程度の能力ではなく、永遠と須臾を操る程度の能力の方を借りる事にする。こちらは永遠亭の主である蓬莱山輝夜の能力であり、効果自体は時間を操るのとそう変わらない。この能力によって『私がお菓子を作る時間』を一瞬に縮めれば、足りないお菓子の用意も簡単にできる。

 

 須臾の間に厨房へ行き、ペット達でも食べられる菓子を作り、フランとこころ、お燐とお空の分を作り、最後にもう一つこいしの分を作っておく。私は味見の分だけでお腹一杯なので問題ない。

 そして作ったお菓子を包んで箱に入れ、こいしの居る私の部屋に戻って借りていた能力を返却する。

 

「お姉ちゃんから甘い匂いがする。お菓子作ってきたの?」

「足りないからね。作ってきたわよ」

「トリックオアトリート!」

「そう来ると思ったわ。はいこれ、こいしの分よ」

「わーい」

 

 こいしは私から受け取った石榴の搾り汁を生地に混ぜ混んだ甘酸っぱいフィナンシェを頬張った。……どうやら私は、これから地霊殿の至るところを廻ってお菓子をあげていかなければならないようだ。

 まあ、たまにはこういうのも悪くはない。そう言うことで私はお菓子の入った箱を持って部屋を後にするのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 お空とお燐は比較的簡単に見つけることができる。仕事の範囲が大概決まっているし、仕事でない時のお気に入りの場所も知っているからだ。

 特にお空は大概炉の温度を制御しているし、お燐はペット達に一日の行動の概要を伝えたり、色々な場所に行って足りないものを仕入れてきたりと言う裏方のようなことをやってくれている。

 そう言う理由もあって、ペット達に渡していく間に簡単に会って渡すことができた。どちらも喜んでくれたし、美味しいとも言ってくれた。ただ、お空は口の回りをべたべたにしてしまったけれど、お燐に拭いてもらっていたからまあ良いでしょう。

 それから向かうのはフランのところ。庭で沢山の石ころを睨み付けながらうんうんと唸っているところだった。

 いつも着ている赤と白を基調とした服からは一転し、フランの服は灰色一色となっていた。頭に乗っている耳と、ふさふさの尻尾。そして何よりフラン自身の記憶から、ワーウルフの仮装をしているらしいことはわかった。

 ……人狼なら、確か地上に居た筈ね。今度紹介してみるのも面白そうだ。

 

 そんなことを考えながらフランの名を呼ぶとばっと頭をあげてキョロキョロと周りを見る。そして私を見つけると、フランは満面の笑みを浮かべて飛び付いてきた。

 

「さとりお姉さまっ!」

「遅くなっちゃったかしら?」

「ううん!能力を使いこなす練習ができたからちょうどよかったわ。……えーっと…………そう、トリックオアトリート!」

「はい、よく言えました」

「えへへ……」

 

 にこにこと笑顔を浮かべているフランに、お菓子を渡す。フランが何を好むのかは数ヵ月の間にわかっているので、とても甘いケーキを用意した。酸っぱさや苦味は必要なく、ふわふわで甘ければフランは喜んで食べるようなのだ。

 勿論吸血鬼と言うこともあり、人間の血……と言う概念を持った血を少しだけ。これが無ければまるで砂を噛んでいるかのように味を感じなくなってしまうらしい。

 フランの味覚に同調してみたこともあるが、とにかく味気ない。鹹水すら使われずに完全に水と小麦粉だけで作られたパスタを素のまま食べた方がまだ小麦粉の甘味がある分ましだと思えてしまう程の味気なさ。そんな思いをさせる訳にはいかないし、一応概念的に人の血であるものが少しでも混じっていれば味を感じることができると言うことがわかったので、フランの分は毎回ちゃんと血を加えて作っているのだ。

 そして今回作ったのは、卵の黄身だけをふんだんに使ったカステラロールケーキ。クリームは生クリーム……を、使えればよかったのだけれど残念ながらストックがなかったのでかわりにメレンゲを使い、フルーツを少し混ぜ込んで生地と一緒に巻き込んで焼いたもの。端っこは見映えが悪いので味見ついでに私が食べたので、十分美味しいと思えるようになっている。

 

 そんなロールケーキを、河童さんの所で買ってきた錆びない鋼のフォークで一口分切り分けて───

 

「はい、あーん」

「あー……ん。……ん~♪」

 

 フランはにこにこ笑いながらケーキを食べる。私の手ずから食べることがとても嬉しいらしい。

 本当なら紅茶もあればいいのだけれど……流石に紅茶はないのだ。元々地霊殿のお茶は緑茶が多く、たまに気分を変えても焙じ茶くらい。フランがここに来るようになったので紅茶も取り寄せてもらおうかと思わなくもないけれど、これは貸しを使わなくてもどうにかできることなので使いたくないんですよね。

 折角鬼人正邪のことで貸しが増えたのだから、できるならもう少し増やしておきたい。使いきれるかわからなくとも、無いよりある方がずっといい。少なくとも私はそう思う。

 

「あーん」

「あー……ん♪」

「……美味しい?」

「うんっ!」

「そう、よかった」

 

 にこりと笑うと、私のそれよりもずっと明るい笑顔が返ってくる。本当に、フランは可愛い子だと、そう思う。

 

 

 

 ■

 

 

 

 最後の一人、こころは簡単に見付かった。ただ、いつもと変わらない服装にいつもと変わらない顔。唯一違っているのは、その手にはいつもは持っていない長い包帯が握られている事くらいだ。

 どうやらミイラの仮装をしようとしたが、一人では自分の全身に包帯を巻くことができなかったために『むしろ相手を包帯まみれにしてやる』と言うアグレッシブなミイラを演ずることにしたらしい。

 しかし、表情は変わらないけれど内心では全身を焼かれるような羞恥を感じているらしい。そんなギャップのあるこころもまた可愛らしいと思うのだけれど……何も言わないでいるのも意地悪かもしれない。

 

「……ふふっ。貴女は何をしていても可愛いわね、こころ」

「っ!?」

 

 一度に羞恥の感情が噴き上がったのを感じ取る。能力を抑えていても、相手の雰囲気を感じとるくらいはできてしまうのだ。

 だから、さとりの本能に流されてついこんなことを言ってしまう。

 

「ぇ、ぇっと……と、トリック、オア……トリートぉ」

「ああ、ごめんなさい。こいしが二つ欲しがったからあげてしまったの。……こころはどんな悪戯をするの?」

「へっ!?」

 

 にこにこと笑いながら、しかし少し申し訳なさそうに言ってみると、こころは目を白黒させた後───僅かに頬を朱に染めた。

 その反応に私が驚きを隠せずに固まっていると、こころはゆっくりと近付いてきた。

 そして───こころの唇が、私の頬に少しだけ触れた。

 

 すぐにその感触は離れてしまうが、肌に残った温もりはいまだにこころの存在を感じさせる。やった当人であるこころは恥ずかしそうにお面で顔を隠しているけれど、はみ出している耳がいつもよりも血色がいいと言うことはわかった。

 

「こ……こんな悪戯だけどっ……」

「……ふふふっ!可愛い悪戯だったわね、こころ」

「───っ!」

 

 逃げ出そうとするこころの手を優しく掴み、初めて会った時と同じように抱き寄せる。そして顔を隠していたお面をずらして、あるものを見せた。

 

「……こころ? これ、なんだと思う?」

「え……ぁ……ケーキ?」

「こいしが二つ欲しいって言うことくらいわかっていたもの。ちゃんと二つ用意したわ。……こころは、お菓子があるのに悪戯しちゃったわね」

「ぇっ……ぅ……」

「それしゃあこころ。『目には目を』、『歯には歯を』。……それじゃあ、『悪戯には』?」

「……『悪戯を』」

「良くできました」

 

 私はにっこりと笑って、椅子に座った私の膝の上にこころを横向きにして座らせる。後は、フランにやったようにこのチーズケーキを切り分けて食べさせてあげるだけだ。

 

「はい、こころ。あーん」

「ぇ……でも……恥ずかし……」

「大丈夫。どうせここには私とこころしかいないわ」

「でも……」

「……」

 

 迷い続けているこころの頬に、私の唇が当たる。

 

「…………へ?」

「ほら、食べないとまた『悪戯』するわよ?」

「…………」

 

 呆けているこころに、もう一度。そして、空いたままの口にケーキを差し込むと、もくもくと食べ始めた。

 ただ、どうやら衝撃が大きすぎたようで思考が吹き飛んでしまっている。わかるのは、『ケーキが美味しい』、『恥ずかしい』、『さとりさんいい匂いがする』……など。

 ……匂いのことを思われると、少し恥ずかしいですね。自爆だったかもしれません。

 

 そう思いながらも表情にも態度にも出さず、私は少しだけ頬を赤く染めたこころにケーキを食べさせ続けたのだった。

 

 




 
 こいさと広まれ
 さとフラ広まれ
 さとここ広まれ
 そんな気持ちで書いたら三時間で書き上がったんですよね。ビックリですわ。


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【一話遅れ】さとりとこころのまったりタイム【百話記念短編】

 
 まったりタイム(いちゃつかないとは言っていない)


 

 能楽に使う面の手入れとは、これが意外にもかなり時間がかかる。なにしろ本格的なものはかなり古いことが多く、いくら滑らかに作ろうとしてもそれには限度があるからだ。

 元々の材質を塗り隠すために使われた塗料。その汚れを綺麗にするなら頻回の手入れが必要となるし、一度手酷く汚れてしまうとその汚れを落とすのにはかなり苦労することになる。

 だからこそ、こうした手入れは重要なのだ。

 

「わかった?」

「……わかったけど……何で耳掻き?」

「? 綺麗にしてあげようかと。耳の中は基本的に自分じゃ見えないですしね。八雲紫あたりならスキマ越しに見ることもできそうですが」

 

 そう言いながら私は自分の膝の上にあるこころの頭を軽く押さえる。手に持つのは綿棒と耳掻き棒(新品)。これらを使ってこころの耳を綺麗にするのだ。

 まずは外側。意外にもここにも色々溜まったりするのだ。それを綺麗にするには、しっかりとした下準備が必要。私はオリーブオイルに花を漬け込んで香り付けしたものを少量手に垂らし、軽く暖めてからこころの耳に触れる。軽い水音と共に柔らかくて少しだけ暖かいこころの耳の感触は、少しだけ満足感を与えてくれる。

 そのままにゅりにゅりと耳を優しく擦り上げると、少し緊張していたこころの身体から力が抜けていくのがわかる。元々吸い付くような柔らかなこころの肌は、今では油に濡れて更に手触りが良くなっている。もちもちとした手触りに、暖かな体温。油によってぴったりと張り付いた手と肌が離れる音は聞いていてとても気持ちがいい。

 しっかりと油に濡れた耳を覗き込むと、僅かにこびりついていた埃などが油によって固められて一ヵ所に纏まっていた。それを用意していた綿棒で擦り取ると、突然強くなった刺激にかこころの口から微かな喘ぎ声が零れた。

 既にかなりリラックスしているこころはあまり大きな声をあげたりはしないけれど、代わりに小さな声が途切れ途切れに続いている。それは綿棒が耳介を擦るのが強くなったり、面積が広くなったときに強くなっていることを考えれば……気持ちがいいのだろうと言う予測をたてられる。このまま力を強くしたり弱くしたりすることもなく続けていくことにした。

 そしてしばらく続けると、こころの耳介から汚れの塊はなくなり、あとは耳の中にある分だけになった。そこで私は綿棒から耳掻き棒に持ち変えて、かりかりと耳の内側を優しく掻いてやる。こころはぼんやりと意識に靄をかけたままにその感覚を受け入れ、ぴくぴくと身体を震わせようとしていた。

 けれど耳の中に耳掻き棒を入れている間に動かれると危険極まりないのでまた軽く頭を押さえて、ついでに耳たぶ辺りを優しく優しくふにふにしてこちらも楽しむ。無表情なままのこころだけれど、それでもその目には感情が出る。だからこそ、今のこころは頭の中まで蕩けに蕩けて何も考えられない状態にある事がわかる。能力を使って心を読むまでもなくわかる。

 

「……」

 

 あ、ぼーっとしすぎてこころの口から涎が。けれど大丈夫、お空に耳掃除をしてあげているとそんなのはいつものこととして起きるから、それ用のハンカチを用意してある。そのハンカチを使ってこころの口許を綺麗にして、それから耳掃除を再開する。

 ……しかし、元が道具の妖怪と言うことだけあってほとんど汚れが存在しない。基本的に食事を必要としない妖怪は汗などをかいてもそれは妖力の塊であり、人間に似せて作った身体の調子を整えるものでしかない。そのため汗は全て妖気に還元されて空気中に解けて消えるか、本人にまた妖気として吸収される。熱を持ちすぎるのは妖怪であろうと辛く、人間をはじめとする動物の生態を真似してできた汗と言うものは形だけを真似て機能がついていればそれでいい程度のものだったりする。

 ちなみに私のような覚妖怪は、根っこにあるのが猿の変化であるため食事や排泄を必要とするし、汗だって人間と変わらないものをかく。妖気は混じっているから普通の人間のものよりいくらか効果は高いが、普通にべたつくし身体も汚れる。お空やお燐も同じで、元が生物の妖怪は普通に生体機能がある。

 元が器物の妖怪でもある程度長く存在していればその身体は人間のそれに近付くそうだが……こころの場合は1500年近く存在しているはずだと言うのにまだ人間らしくない部分がいくらか存在する。

 恐らく、人間と接してきた時間が非常に短かったからこそそんなことになってしまったのだろう。生まれてから何年接してきたのかはわからないけれど、恐らくその生の殆んどを孤独に過ごしてきたのだろう。

 その結果として人間性の獲得に不備が出て表情を作ることができなくなり、感情を司る面霊気であるにもかかわらず自身の感情と他人の感情の境界が曖昧になり……そこを私のような悪い大人に捕まってしまったと言うことですかね。自分で自分のことを悪い大人だなどと言うのもどうかとは思いますが、その表現が一番正しいと思いますしね。地霊殿における最年長って私ですし。

 

 ……よし、これで左耳はおしまい、と。まずはマッサージ用のオイルをきれいに拭き取って、それから涎も拭いて……

 

「……ふぁ?」

「あら、起きちゃった?」

「……あ、そうだ、耳かきしてもらって……その布は?」

「あなたの涎拭き。お空もよく耳掃除の途中で寝ちゃって涎を溢すのよ」

 

 私がそう言うと、こころの顔は少しだけ赤くなった。どうやらかなり恥ずかしがっている様子だけれど、まだまだ耳掃除は終わらない。

 

「はい、それじゃあ次は逆の耳ね」

「……!」

 

 くるんと上下をひっくり返す。すると今まで前を向いていた頭は私のお腹の方を向くことになり、こころの視界は殆どが影の中に入ってしまう。けれど私の匂いは凄くよく分かってしまい、心臓の鼓動が痛いくらいに激しくなってしまった……らしい。

 ちなみに、心臓の音は聞こえていないから安心して大丈夫。鼓動が激しくなりすぎて耳まで少し動いてしまっている気がするっていうのも、気のせいだから問題ない。こころ自身にそう伝えたらきっとまた顔を隠してしまうし、こうして少しずつ耳の赤みが増していくこころの耳をぬるぬるにして揉んであげるのも結構楽しかったりするから、本人には言わないけれどね。少なくともこれが終わるまでは。

 

 ああまったく、こころは本当に可愛いと思う。表情はほぼ全く動かず、しかし内面ではそこらの人間よりもよほど感情がよく動く。面霊気、と言う種族らしいといえばそうなのだろう。

 加えてその声と瞳。顔は動くことがない分、その二つはとてもよく感情を表している。悲しくなればその瞳は潤むし、楽しくなれば声が弾む。私が覚という妖怪でなかったとしても、それは十分に理解できることだ。

 もちろん、こいしやフランが可愛くないと言うことではない。こいしもフランも魅力的な所は多々あるし大好きだが、今はこころの魅力的なところを挙げているというだけの話だ。

 私は普段あまり語らない分、一度語り始めると長いといわれる。実際に長いかどうかはわからないが、とりあえずこいしの可愛い所ならば立て板に水を流すくらいの勢いで二時間から三時間くらいは語り続けることができるだろう。同じ話を何度か繰り返すかもしれないが、その辺りは妹可愛し姉心と言うことで大目に見てほしい。実際可愛いのだ。

 ……そうそう、それと一つだけ、こころは私に隠し事がある。どうやらこころは私のことが大好きすぎて、前に一度私が眠っている時にこっそりと部屋に忍び込んで私に口付けをしようとして恥ずかしさのあまり失敗し、顔を真っ赤にしつつ逃げだしていったことがあるそうだ。こころ自身は秘密にしているそうだけれど、こいしに連れられてフランも同じようなことをやっているから恥ずかしがるようなことはない。お空など普通に起きている時に唇にキスしていくこともあるし。

 

 ……秘密、秘密。秘密は多いほど面白い。

 私はクスリと笑って、油で湿らせた手をこころの耳に近付けていった。

 



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【二つ目】さとゆうかのほのぼの語り【百話記念短編】

 
 百話記念をっ!
 一つしか上げちゃいけないなんて決まりはないッ!

 そうだろ!?


 

 幽香はぱたぱたと忙しく動き回っていた。

 手には綿の詰まったミトン。そのミトンで石窯の中にパンを入れ、焼き上げる。

 同時にもう一人の幽香はダイニングを掃除して回っていて、すでに汚れは目に付くところには一つもない。

 いったいなぜ幽香がそんなことをしているかというと……今日は彼女の友人が彼女の家に遊びに来るという予定になっているため、彼女は少しだけ張り切ってしまっているのだ。

 彼女の家にひっそりと存在する石窯。それは使われることがなくなってから大分経っていたが、元々あまり頻繁に使うことを考えられずに作られているために軽い手入れによって積もった埃を取り除くだけで十分な働きを見せている。

 そこで作られるのは、彼女が長い生に飽いた時に軽く極めたパン料理。彼女のパン焼きの腕は、おそらくこの幻想郷で最高の物と言えるレベルにまでなっていた。

 

 そして当然ながら、パンだけで料理は終わらない。この日のために作った特別な野菜と、自身で取ってきた獣の肉。それを冷暗所に保存し、しっかりと熟成させたそれを惜しみなく使う。

 ここまで本気になって料理をしたのはいったいいつぶりだろうと言う思考が過ぎり、幽香はクスリと笑みを浮かべる。ただ、自身が意味もなくやってきた料理というものを、やってきてよかったと思える日が来るとは思ってもみなかったからであろう。

 昔は彼女も勘違いを解こうと努力していた。しかし、いきなり自身の領域に入り込み、問答無用で草花の命を散らす無頼漢共のなんと多いことか。そう言った輩を何度も撃退しているうちに、妖怪からも人間からも恐れられるようになってしまった。

 命を狙われれば自分の身を守るために戦うのは当然のこと。そして心優しい存在ならば、自陣の同族が無為に殺されていくのを見たならばそれを止めようとするのも当たり前だろう。風見幽香と呼ばれる大妖怪は、実際には少しだけ激情に呑まれやすく、とてもとても仲間想いで、そして仲間を守るには十分すぎる力を持ってしまっただけの、ただの花妖怪なのだ。

 多くの存在はそのことを知らない。そして幽香もそのことについては否定はしてこなかった。自身が何と言おうとその相手が自身に抱く思いは変わらないということを知っていたし、いくら他人に優しくしても自分のいない所では悪口を広めることに何の罪悪感も抱かない。草花からの言葉でそれを知った幽香は、ある意味では諦めを抱いていたのだ。

 

 しかし、そこに現れたのが古明地さとりという妖怪だった。読心を使えるその妖怪は、風見幽香の正しい姿を見てくれた。他人の思う風見幽香と言う凝り固まった恐怖の像ではなく、幽香自身が思う風見幽香を見てくれたのだ。

 そしてまた同時に、彼女も勘違いによって重責を負わされている立場。自身はその勘違いを有効的に使って自分の下に存在している草花を守り、さとりは勘違いによって自身の家族を守っている。

 そういった処まで似通った二人が友誼を持つというのは、何らおかしいところではない。むしろ極々自然なことだった。

 今まで誰も来ないか、何も知らない存在が迷い込むだけか、あるいは自分の力に中途半端に自信を持ってしまった妖怪が喧嘩を売りにやってくるばかりだった太陽の畑。しかし今ではそうしてできた友人が遊びにやって来てくれることもある。それがとても嬉しくて、地底に少しだけ存在する草花たちからさとりが地上にやってくるということを聞きつけると意味もなくそわそわとするようになってしまった。まるで初恋の相手に近づこうとする少女のようだと自分のことを笑ってしまいたくなるが、それでもどうしてもそれをやめられそうにない。

 また、さとりは幽香の家に来る時には必ず事前に読心の応用で連絡を取ってくるので対応も楽だと言うのもある。いきなり来られても困ることは殆ど無いのだけれど、それでもちゃんと迎え入れてあげたいと思う気持ちがないわけではないのだから。

 

 料理は佳境に入り、掃除は終わらせた。ダイニングは美しく磨き上げられ、生命力の強い季節の花が小さな鉢に入って目を楽しませる。

 これらの花は後で幽香が直接庭に植えなおすのだが、そのくらいのことは手間とも思っていない。楽しませてくれた分、こちらも手間をかけるべきだ。花妖怪である幽香は当然のようにそう思っていた。

 

 料理はまだ運ばない。草花ネットワークからよこされるさとりの位置はまだまだ遠いし、さとりの移動はかなり遅い。幽香も移動はかなり遅いほうだと自負しているが、それよりも明らかに遅い。どこかの妖精にも負けかねないほどだ。

 だからこそこうして料理に精を出すことができるのだが、あまりに遅すぎて少しだけやきもきしてしまうこともある。

 そんな時こそ何かに集中して行動する。待っている時間というのはとても楽しいものではあるが、同時にとても長く感じるものだ。そういった時間を短く感じるためには、何か自分でルールを決めて時間つぶしを行えばいい。

 今回ならば、さとりがこの家の前に来るまでにもう一品、デザートのようなものを完成させるようにするといったちょっとした遊びのようなものだ。ただ、料理に専念していた幽香一人で作るのではなく、もう一人の幽香と協力してしまっては簡単にできてしまうだろう。だからこそ幽香はそれを一人でやり、もう片方の幽香は客人を出迎えるための上等な服に着替えておく。意匠は普段使いの物とそう変わらないが、縫い目が無かったり布の肌理が非常に細やかだったりという小さな差異が存在し、見るものが見ればかなりの上物の服だと言うことがわかるだろう。

 そしてさとりはこういった小さなことを見逃したことは一度もない。心が読めるということもあるし、そういった小さな心配りに気付いていますよというアピールがとても上手いのだ。嫌味に言うでなく、しかしわかりにくすぎることもなく、とても自然に気付いているという事を笑みと、時に言葉で伝えてくる。

 それを見るたび、彼女の妹たちが彼女にとても懐いている理由がよく分かってしまうのだが……それを本人に言ってしまうつもりは全くない。言わずとも通じているだろうし、口に出してしまうのは少し恥ずかしい。それではまるで、私がさとりのことを友人以上に見ているようではないか。私とさとりは友人であってそれ以上の関係では今のところない。だから、そういった思いを口に出すのは少し恥ずかしいのだ。

 

 そうこうしている間にデザート用のスポンジが焼きあがる。それを切ってクリームを塗りこみ、季節の果物を挟んで冷暗所に入れておけばそれでいい。これでデザートもできあがった。

 スープから始まり、前菜、魚料理、肉料理と付け合わせ、飲み物に自家製のワイン。そしてメインとデザート。十分な出来だといえた。

 さとりはあまり多く食べる方ではないから一つ一つの量は少なめで、種類を増やしておいた。その方がきっとさとりも今回の食事会を楽しんでくれるだろう。

 さとりはここに来るたびに何かお土産を置いて行ってくれる。それがまた美味しいのだ。

 その分を返すつもりで作ってみたこの料理。ブランクはあれど何とか満足の行く物が作れたと思っている。

 できれば、これを楽しんでもらいたい。それが今の私の望みの一つ。

 

 ―――トントン、と軽い音がして、外から聞き慣れた声がする。

 

「幽香さん。さとりです」

 

 私は笑みを浮かべ、家の扉を開く。そこには私の望んだ姿があり、いつもと変わらないようにも見えるとてもとても分かりにくい無表情のような笑顔があった。

 

「……無表情のような笑顔、ですか。ちゃんと笑うと怖いと言われるもので、怖がられないように笑顔を浮かべているつもりなのですが」

「あら、そうなの? 大丈夫。さとりは怖くなんてないし、さっきの笑顔も見る人が見ればすぐにわかるわ」

「……ありがとうございます。そうですね。確かに今回は幽香さんにちゃんと伝わったようですし、それでいいということにしておきます」

「そうそう。あまり悩みすぎてもよくないわ。……立ち話もなんだし、どうぞ」

「では、お邪魔します」

 

 私はさとりを家に上げた。そして、ゆっくりとした食事会が始める。

 

「ところで、家族の方はいいのかしら?」

「みんなもうお腹一杯になるまで食べていい子でお休み中ですよ。元気なのはいいんですが、おなか一杯になったらすぐに眠くなるというのは何とも子供のようです」

「みんな子供じゃないの」

「……そうでしたね」

 

 くすくすとお互いに笑いあいながら、グラスを取る。

 

「「乾杯」」

 

 チン、と軽い音が、静かな家の中に広がった。

 



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開幕
01 私はこうして日々を過ごしている


 

「さとり様」

「お帰りなさい、お燐」

 

 あたいの主、さとり様が椅子に座ったままあたいを出迎える。あたいはその言葉に誘われ、ゆっくりと頭を下げた。

 

「今日はどんなことがあったのかしら? 私に教えてちょうだい?」

「はい」

 

 さとり様の言葉に従い、あたいは今日一日の出来事を順番に思い出す(・・・・)。さとり様はあたいに笑顔を向けながら、何も話さずにいる。

 そんな状態が数秒続き、そして唐突に終わりを迎えた。

 

「そう。十分よ。ご苦労様」

「ありがとうございます」

 

 あたいは何も口にしてはいない。さとり様も、あたいに何も聞くことはない。けれどあたいの知ったことをさとり様は全て知り、そしてあたいもさとり様が全てを知ったことを知る。

 

「……そうね。おいで、お燐。撫でてあげるわ」

「!は、はい」

 

 さとり様に手招きされ、あたいはゆっくりとさとり様の膝下まで進んでいく。今のあたいの頭の中にあるのは、さとり様の華奢で繊細な手と指先から与えられる悦楽のみ。あたいの求めを理解し、過不足無くあたいを撫でてくださるその指先の、虜にあたいは成り果てていた。

 

「……ふふ。そんなに期待して……そんなに私に撫でてもらうのが好きかしら?」

「ぁ……」

「言わなくてもわかっているわ……さ、おいで」

 

 蠱惑的なさとり様の笑みに誘われ、あたいは蝋燭の火に自ら飛び込んで行く虫のようにふらふらと引き寄せられてしまう。

 さとり様の膝の上に頭をのせる。するとさとり様の手がゆっくりと伸びてきて、まずは頭を撫でた。

 

「んっ……!」

 

 くしゅ……と髪が摺れる音と共にゾクゾクとした感覚が首筋を走る。顎をさとり様の膝に載せているから倒れずに済んだけれど、腰が砕けてしまった。

 

「こっち? こっちがいいのかしら?」

「に……にゃぁ……」

 

 さとり様の指先が髪から耳へと移動し、こりこりと掻くように柔らかな指が触れる。痛みなどは全く無く、ただただひたすらに気持ちがいい。

 耳の外側だけでなく、内側までさとり様の指が触れる。背筋から力が抜け、全身をさとり様の膝に凭れさせてしまう。

 

「構わないわ」

「ぅにぃ~……」

 

 耳から頬へ、そして首へと降りてくるさとり様の右手が触れると、じわじわと全身が熱くなってくる。くくいと身体を膝の上まで引き上げられると、体は楽になったけれど今度は違うものがあたいを苛ます。

 さとり様の体温は、その体格から見てとれるように子供のように高い。暖かな熱が、その手だけではなく膝からも伝わってきてあたいの身体を熱くする。

 

「どうかしら。気持ちいいならいいのだけれど」

 

 さとり様の言葉に返事ができない。暖かく、柔らかく、気持ちのいいこの状態で話すことなどできるわけがない。

 いつの間にか変化が解け、人の形ではなく猫の形となってもさとり様は構わずあたいを撫でる。猫車を押し続けて固まってしまった身体も解れ、もう少しでも気を抜けば気絶してしまいそうになる。

 

「眠くなったのならば寝てしまいなさい」

 

 ……さとり様の声が聞こえた次の瞬間。ふっ、とあたいは意識を失いかける。頭を撫でられ、身体を解され、そして意識まで蕩けさせられれば───それに抗うことなんてできるはずもない。

 あたいは最後にさとり様の顔を見上げる。するとさとり様はあたいに優しい笑顔を向け、言ってくれた。

 

「お休み、お燐」

 

 それを最後にあたいの意識は途切れてしまった。

 

 さとり様。

 あたいにとっては飼い主であり、旧地獄の支配者でもある覚の妖怪。

 きっとさとり様は、あたいの事を数いるペットの一匹くらいにしか思っていないんだろう。

 だけど、あたいはそれでもいい。それでもいいから、あたいをさとり様のそばに置いてほしい。

 

 さとり様。

 あたいはさとり様の役に立ちたい。

 今のあたいにできることなんてほとんどないけれど。

 できることを増やしていくから。役に立って見せるから。

 

 だから──────

 

 

 

 ■

 

 

 

 膝の上で眠る黒い猫……お燐を撫でながら思う。

 私はさとり妖怪。他者の心を読み、心的外傷を抉り、精神を踏み砕き、尊厳を踏みにじり、心をへし折る妖怪である。

 特に私はそうして心を読むことができる範囲が非常に広く、それどころかある程度まで近付けば心を読むだけでなく一方的に操ることすらできる。

 その力を使い、旧地獄と呼ばれる地底世界において非常に大きな影響力を持っており、基本的に誰一人として逆らうことはない。

 

 ……と、一般に思われている。

 けれど、そんな風に言われている私本人からはっきりと言わせてもらいたい。

 

 誰だそれ、と。

 

 確かに、私は心を読むことができる。覚妖怪にデフォルト装備されている能力として、それは当たり前のことだ。

 ただ、その他の事に関してはほとんどが嘘だと思ってくれていい。

 私の心を読む能力はけして他の同族に比べて強いと言うわけではない。範囲だって普通にしていれば地霊殿の内側で精一杯だし、頑張って伸ばそうとしてみても門を少し出たところまでが限界だ。

 心を操ると言われても、私は心を読むことはできても操ることはできない。心と言う本を読むことはできるが、ペンもインクも修正液もなければ書き換えることができないと言うのと理屈は似ている。

 できることと言えば、精々その本に折り目をつけて強調したり、開き癖をつけて思い出しやすくしたり、ずっと閉じたままにすることで思い出しにくくすることくらいのものだろう。

 もちろんそれは確実にできるわけではない。他人が自分の持っている本に勝手に折り目をつけたりすれば、当然嫌がられるだろう。しかも、普段は誰も入ってくることがないように鍵をかけた部屋のなかに勝手に入って勝手に本を読み漁ったあげくにそんなことをされては不快で仕方がない。

 だから、私は基本的に他人からは避けられているし、それができると言うだけで嫌われてもいる。当たり前だろう、誰だってそんなことをされたら怒る。私だって怒る。

 

 勿論折り目や開き癖をつけたりしないで綺麗に読むことだってできるが、読まれる本の内容が問題だ。

 誰だって、誰にも見せるつもりのなかった自分のプライベートな日記を見ず知らずの相手に読まれたら嫌だろう。しかもそれが無駄に正確に詳細に記されていたら、それこそ泣いても仕方がない。

 そんなわけで、私は基本的に嫌われている。外に出ないのも外の事を知ることができるからではなく、外に居る他人の心を覗きたくないからだ。

 噂されているように私に他人の心を操る術もなく、私が旧地獄である地底の纏め役をしていると言うのも私からしてみればあり得ない話でしかない。

 

 そんな私がいったいどうして地底の管理人なんて立場に立つことになったのか。それは地底に住むほぼ全員が地底全土の纏め役と言う仕事を嫌がったからに他ならない。

 実際、仕事は多いし色々と面倒だし騒ぎがある度にやることが増えるし時々鬼が来て酒酒酒酒と五月蝿かったりもするし気が付いたらなんでか地霊殿の近くで酒作りなんかもすることになって暇もなければ休みもない。私に優秀なペット達がいなければ私だって仕事を投げ出している。

 お燐やお空をはじめとするペット達が居てくれるから、私も少しは仕事を頑張ることができている。

 だからこそ私はこうしてペットへのご褒美やお礼を欠かさないし、ペット達を捨てようとも思わない。お燐の持つ不安は完全に杞憂なのだけれど……言っても不安がそう簡単に取り除かれるわけでもない。私に本当に心を操るようなことができるのならば、一番始めにお燐の不安を取り除いてあげたいと思うけれど……私にそんな力はない。

 私にできることは、お燐の話を聞き、可愛がること。そのくらいのことしかできないのだ。

 

 私はお燐を膝に載せ、優しく撫でながら本を読む。寂しがりで素直になれない可愛らしい黒猫が、せめて夢の中だけでも不安を抱くことが無いように。

 

 



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02 私はこうして鬼と出会った

 
 連続投稿30話目!今回はこれでおしまい!あー疲れた!


 

 さとり様の逸話は数多い。その中にはさとり様の身体的な能力について話されたものは一つも無いが、かわりにさとり様の能力───『思考を操作する程度の能力』によって行われたものが多く残っている。

 もちろん能力の関係上大っぴらに言われることは無いが、その事を知る者は口を揃えて言うらしい。

 

 曰く、一種の『最強』である、と。

 それを言うのが、かつてさとり様と戦い、引き分けたと言う鬼の星熊勇儀であり、そこからこの話が広がっていったのは間違いない。

 

 あたいはその話を聞こうと思い、あの鬼がよく酒を飲みに行くと言う飲み屋に手土産にいい酒を一樽運んで行った。

 地上ではまだ昼間だろうが、地底に昼も夜も関係ない。昼と夜を分ける象徴とも言える太陽も月も、地底じゃ見えやしないんだから。

 

 行ってみれば、どうやらちょうどいい時に出くわしたらしく、勇儀姐さんはかなりの人数を酔い潰して笑っていた。周囲には酒瓶だけでなく、幾つもの樽まで転がっている。

 そんな中に降りていくのはちょっとばかり勇気が必要だったけれど、あたいは好奇心に背を押されるようにしてそこに降りていく。

 すると、途中で勇儀姐さんの視線があたいを捉え、あたいの運ぶ酒樽を見て、笑いながら手招きしてきた。こうなったらもう引くことはできない。どうせ初めからそのつもりだったのだから、憂いがなくなったと前向きにとらえることにした。

 

「よう、燐。酒樽抱えてどうしたよ」

「ちょいと姐さんに聞きたいことがあってさ。とりあえず手土産持ってきた」

 

 からからと笑いながら姐さんはあたいに大きな杯を手渡し、並々と酒を注ぐ。

 

「まあ飲め飲め。宴に来て素面で帰るなんて許さんからな!」

「あー、はい、頂きます」

 

 鬼の飲む酒はやっぱり馬鹿みたいに強かった。まあ、あたいはこうやって飲まされることにも慣れてるからお空ほど弱くはない。あんまり量を飲めば当然潰れちまうけど、このくらいならなんとかなる。

 勇儀姐さんに干した杯を返し、かわりにあたいが持ってきた酒を注ぐ。それを姐さんが干してから話が始まった。

 

「……で、何を聞きたいんだい?」

 

 まっすぐに聞いてくる姐さんに、あたいもまっすぐに返す。

 

「姐さんが昔、さとり様と戦った時の話を聞きたいんだ」

 

 

 あたいの言葉を聞いた勇儀姐さんは驚いたような顔であたいを見つめる。信じられないものを見たような、そんな顔をする理由があたいにはわからなかったけれど、ただ無言で勇儀姐さんの答えを待つ。

 

「あー……もしかして、あいつから聞いてないのかい? 一回も?」

 

 こくり、と頷くと、勇儀姐さんはまるで『最高に美しいと思っていた宝玉に傷がついたのを見た』かのような残念そうな表情をしつつ、杯を持っていない方の手でその顔を掴むように隠してしまった。

 

「……あー……まあ、あいつだったら考えられることだったか……本人に直接聞いてみたことは?」

「なんだかはぐらかされるばっかりで……」

「やっぱりか」

 

 勇儀姐さんは苦笑いのまま杯を呷る。勇儀姐さんにしては珍しく、ゆっくりと時間をかけて杯を干して……口を開く。

 

「……わかった。教えてやるよ」

 

 その笑みはとても楽しそうで、愉快そうで───なんだか少し羨ましく思えた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 あれは、私らが地底に移り住んで来てすぐのことだった。人間と合わなくなって移り住んだ私らは……なんと言うか……少し荒れててね。喧嘩が強い奴が居ると聞けば喧嘩吹っ掛けに向かい、酒が強い奴がいたら飲み勝負に向かい……そんで、そいつら全員に勝って来たんだよ。

 そんな時さ。覚妖怪が治めている地があるって聞いたのは。

 

 覚妖怪ってのは、知っての通りに心を読む妖怪だ。心を読むことに特化しすぎているせいで、実際の戦闘となると一段も二段も劣る。いくら人間よりも身体能力に優れている妖怪とは言え、私らみたいな鬼なんかと比べちゃそれこそ人とそう変わらない。心が読まれたからといって、身体が反応できない速度で殴れば死んじまうしね。

 だから、そんな覚り妖怪が力で治める地があるとなったら……行きたいと思うのは当然だったのさ。

 

 行ってどうするかは考えてなかった。喧嘩を売るのか、酒を酌み交わすのか、敵対するのか……そんなのは実際に会ってから考えりゃいい、ってのが鬼の基本だからな。

 で、実際に行ってみたらまるで私がそこに行くのがわかっていたかのようにここに招かれて、しかも私が飲むと丁度満足する程度の酒まで用意されていて、料理もできていた。

 そこで、聞いてみたんだよ。『なんでこんな準備ができてるんだい?』ってさ。

 そしたらあいつは、当たり前の事を当たり前に言うように答えたよ。

 

『来るのが解っていれば準備くらいするでしょう』

 

 ってよ。

 

 いやぁ、あん時は驚いたね。いったいいつ頃から来るのがわかってたのかと聞きゃあ、私が覚り妖怪の話を聞いてそこに行こうと決めたその日からわかってたって言うんだ。そりゃつまり、私の考えを読んでその上で当たり前に受け入れたってことだ。力では明らかに自分を上回っている相手が、もしかしたら喧嘩を吹っ掛けてくるかもしれないとわかっていても、それでもあいつは鬼を受け入れた。

 こいつはもう、気に入るしかないだろ? その度胸が気に入ったのさ。

 

 ……ん? 実際に戦っちゃいないのかって? すまんがそれについてはあいつに口止めされててな。私としては話したいんだが、あいつにお願いされちゃあ仕方無いからね。

 ……そうさ。秘密、さ。勝ったのか負けたのかも、その内容も、さわりも、半ばも、結末も、そもそもそんなことがあったのかも、みんな秘密なんだよ。どうしても聞きたけりゃあいつに直接聞くんだね。残念だろうけど私はこの話だけはしちゃならないんだ。

 ああ、一応言っとくけど他の奴等に聞こうとしても無駄さ。あいつらも同じように秘密にするようにしてるからね。私らは悠々自適に酒でも飲みながら暮らし、あいつが頑張って色々やってるのを肴に宴会さ。

 つー訳だ。お前も飲んでいきな、燐。潰れてもちゃんと地霊殿まで運んでやるから安心していいよ。

 

 よし、杯は持ったな? 酒もなみなみ注がれてるな?

 そんじゃ、乾杯!

 

 

 

 ■

 

 

 

「……ってことがあってよ」

「臨場感たっぷりの思考で中々楽しめましたよ。少し腹立たしくもありますが」

「おいおい、ちゃんと秘密にしたろ?」

 

 勇儀さんがそう言いながら笑う姿に苦々しいものを感じるが、しかしわざわざ口にも表情にも出しはしない。この鬼との付き合いも大分長いし、一番楽な付き合い方もよく知っているからだ。

 

「そんでさ。燐に話しながらあの時のこと思い出したら身体が火照ってきてよ……」

「やりませんよ」

「つれないねぇ」

 

 勇儀さんは残念そうに笑うが、私としてはあんな綱渡りはもう二度とやりたくないしやる理由もない。だからそんな秋波を送られても困る。

 

「あんたも不思議なやつだねぇ……あんだけ強いのに、戦いを楽しまないのかい?」

「私にとっての戦いは手段であって目的ではありませんからね。できることならば争いなど一つも無いままに平穏無事に暮らしたいんですよ。……前にも言いましたよねこれ?」

「あの頃と意見が変わってるかもと思って聞いたんだが、やっぱ駄目か?」

「駄目です」

「駄目か。それなら仕方ないね。また誘わせてもらうよ」

 

 ……こうして喧嘩を売られたり酒を無理にすすめたりしてこなければ、この星熊勇儀という鬼は付き合いやすい相手ではあるのだけれど……鬼の本能とでも言うのだろうか、毎回こうして誘いをかけてくるのだ。

 ……溜め息をひとつついて、近日の予定を思い出す。自分の記憶を自分で覗けば忘れることがないと言うのはこの能力の一番使い勝手のいいところだろう。

 

「……では、三日後でも良ければお酒の方になら付き合いますよ。あまり量は飲めませんけどね」

「お!言ってみるもんだね。それじゃあ楽しみにしてるよ」

 

 楽しそうだった笑みをさらに深めながら、勇儀さんは歩き去っていった。

 

 ……まったく、どうしてこうなったのやら。

 それもこれも、私が趣味で少量作っていた酒のせいなのだけれど……それがなければ私はあそこで死んでいた可能性もあるわけだし、良かったのか悪かったのかは差し引きして0と言うことにしよう。

 



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03 私は家族が大切なのだ

 

 古明地こいしは無意識を操る妖怪である。かつては姉であるさとりと同じく心を読むことができていたが、今ではその能力の根幹を為す第三の目を閉じ、無意識に棲み無意識を操り無意識の中を無意識に移動する存在となっていた。

 無意識に棲むがゆえにその行動は誰にも読むことはできず、無意識であるがゆえに誰にも気付かれることがない。それどころか、自信が無意識から浮き上がるには他者からの接触、あるいは無意識であろうと意識してしまうような衝撃が必要なのだ。

 

 例えばそれは鬼達の喧嘩の余波であったり、例えば無意識に飲んでしまったお酒の味だったり、例えば不意に出てきた大切な姉の名前であったり……あるいは───

 

「お帰り、こいし」

「!」

 

 無意識に存在しているがゆえに自分の存在を認知できないはずの姉からの言葉であったりする。

 

「ただいま、お姉ちゃん。……いつものことだけど、お姉ちゃんはよくわかるよね」

「心が読める範囲内なら私はすべて意識できるわ。そこに人型の『意識できない場所』ができればすぐわかるでしょう?」

「普通はそれも意識できないと思うんだけどなぁ……」

 

 私はお姉ちゃんにそう返す。お姉ちゃんがある言葉を言ってくれることを期待して、この話になる度繰り返す。

 そして、お姉ちゃんは私の期待した通りの言葉を言ってくれた。

 

「だって、私はこいしのことが大好きだもの。帰ってきたら一番初めに私が気付いて、一番早く『お帰り』って言ってあげたいのよ」

 

 お姉ちゃんは真剣な目で私に言う。いや、本当にお姉ちゃんは男前だと思う。こんなことを恥ずかしげもなく言い切れるなんて、ちょっと私にはできそうにない。

 だから、私はただ一言だけ返すことにしている。

 

「ありがと、お姉ちゃん」

「私がやりたいからやっているだけよ」

「うん、ありがと」

 

 にこりと私が笑って言うと、お姉ちゃんもほんの少しだけ笑顔を浮かべて私の頭を撫でる。こうして私を見つけてくれるお姉ちゃんが、大好きだ。

 お姉ちゃんは優しい。頭を撫でてくれる手や、普段の言葉遣いからもそれがわかる。面倒なことは嫌いだといつも言っているのに、主に鬼達が持ち込んでくる面倒事をさっさとかたづけてしまったり、どれだけ忙しくても一日に最低一度はペット達に顔を見せに行く律儀さとか、そう言うものを当たり前のようにできると言う時点で悪い人であるわけがない。橋姫だって人柄を知れば問答無用でぱるぱるし始めるだろう。

 その事は地霊殿の皆と、あとは鬼の勇儀くらいしか知らないと思う。お姉ちゃんはまだ心を読むことができる覚妖怪だし、地霊殿の外では嫌われていることを知っているはずなのに、まだ心を閉ざそうとしていない。

 お姉ちゃんは自分の事を弱い妖怪だと言うけれど、私はそうじゃないことを知っている。

 心を読み、他者の心の奥底にある悪意や狂気にいつまでも触れ続け、それでも折れることのない強い心を持っている。精神的な強さで言えば、きっとお姉ちゃんに勝てる相手なんてどこにもいないと思う。私のように心を閉ざしてしまったりすることなく、全てをあるがままに受け止め、受け入れられるような強さがあるからこそ、地底はお姉ちゃんの力で治められているんだろう。

 そして、そのことはあの鬼も知っている。だからこそその強さに触れたいと願い、何度でもお姉ちゃんに勝負を挑みに来るんだろう。

 ……今のところ、その願いが叶ったことは無いみたいだけどね。

 

 よしよしと撫でてもらっているうちに、なんだかすごく眠くなってきてしまった。お姉ちゃんのなでなでは動物をめろめろにするだけじゃなく、私までめろめろにしてしまう。

 お燐なんて、撫でられると気持ちがよすぎてちょっと大変なことになるし、変化まで解けてしまう。まあ、それもお姉ちゃんのなでなでなら仕方ないと思えちゃうのが不思議なところなんだけど。

 

 ……ちなみに、一番驚いたのは勇儀になでなでをしていた時だったかな。勇儀自身もかなり驚いていたのに、お姉ちゃんってば酔ってたのか無意識なのかなんでもないように撫で続けちゃってさ。あれは色んな意味で驚いたよ。

 お姉ちゃんがそんなことをするってことでも驚いたし、勇儀が大人しく撫でられっぱなしになってたことにも驚いた。ついでに順番待ちでもしているかのように綺麗に列を成して並ぶ動物達の最後尾にお空が居たことにもね。

 私は目を閉じる。ソファに座っているお姉ちゃんの膝に身体を凭れ、私の意識を無意識へと受け渡した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 こいしが私の膝の上で眠りに落ちた瞬間、一気にその存在が私の無意識に入り込もうとしたのがわかった。こいしが目を閉じてしまってからと言うもの、こうして能力が暴走することがままあるため色々と大変だったりするのだ。

 しかし、私はそのうちにある解決策を見付けることができた。なぜそれを見付けることができたのかは……まあ置いておくとして、内容自体はとても簡単なそれを私は実行した。

 

「……よしよし」

 

 ただ、こいしを撫でる。それだけのことだ。

 しかし、こいしに触れるには無意識でなければ難しい以上、私は片手で本を読むことに集中しながら無意識にもう片方の手でこいしの頭を撫でることを要求される。その時に撫で方が下手ではこいしはいなくなってしまうし、私もただ疲れるだけになってしまう。

 だからこそ、私はこいしを撫で続けることができるようにペット達で練習を繰り返している。無心に相手を探り、反応を探り、そして気持ちがいいように撫でることができるように。

 そういった努力の結果、私の撫でテクはかなりの高水準にある……筈だ。私自身は無意識だし、ペット達の反応や記憶も途中から曖昧になっていくからよくわからない。本命のこいしの心は読めないし……。

 まあ、私が撫でるのをやめるまでこいしが逃げていない事から考えて高水準なはずだから、それで満足しておこう。

 

 ……しかし、昔は撫でる時にも相手の心を読みながら求める所を撫でていたのに、いつの間にか心を読まずともわかるようになってしまった。もしかしたら能力が派生して『相手の望みを察する程度の能力』になっていたりしないだろうか?

 

 ……。

 

 違和感が凄い。どうやらなってはいないようだ。よかったのか悪かったのかはわからないが、少なくとも個人的には面倒が無くて助かった。『察する程度の能力』なんてものを本当に手に入れたとして、基本的には『心を読む程度の能力』の下位互換くらいにしか使えなさそうだ。

 正確には、相手が何も考えずに闇雲に行動してきた時にその動きを察することくらいはできるかもしれないが、元々無意識を操ることはできなくても無意識に干渉することくらいはできるから必要か否かで言えば必要ない。あるだけ無駄とまでは言わないが、無くても問題はない。

 それに、無意識はこいしの領域であって私の領域ではない。私がするのはあくまでも意識から間接的に行う干渉であって直接いじることまでできるわけではないし、本当にそれをやるなら第三の目だけではなく全ての目を使って相手と目を合わせなければ実用性が低い。合わせなくても一応干渉自体はできなくもないけれど、干渉力は極端に落ち込む。

 とはいえ、一瞬でも私と目を合わせてもらえればある程度効果は持続するし、必要な時に使えるように潜伏させておくことだってできる。使い勝手はいいのか悪いのか。個人的には最低限の身を守る方法としてしか使いたくはない。相手が誰であろうと、私の言葉一つでその場に直立不動のまま首だけを自力で一周させたような変死体なんて見たくはないでしょうしね。

 ……いや、お燐は喜ぶかもしれないわね。死体収集が趣味のあの子なら、嬉々としてその死体を拾いに行くかもしれない。

 火車としての本能ならば仕方ないと思うし、悪意があってやっているわけでないなら私は大体のことは許容するつもりではあるけれど……まあ、いい趣味とは言えないわね。人のことが言えるような高尚な趣味を持っている訳でもないけれど。

 

 膝の上に居る無意識の顕現を撫で、私は思う。

 大きな幸せなんてなくていい。

 私の望みが叶い続けなくても構わない。

 せめて。せめて、もう少しだけこうしていられる時間をください。

 

 私はそう想いながら、ゆっくりとこいしを撫でていた。

 

 



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鬼はこうして彼女を知り、怪物少女は怪物となる

 

 多くの妖怪にとって、生きることとは戦うことであった。

 戦わなければ殺される。相手が妖怪であろうが人間であろうが神であろうが、その大原則は変わらない。

 鬼のようにそう言った戦いを楽しむものもいないわけではないが、多くはそういった戦いから逃れようと、勝てない相手と戦うことは極力避けようとして生きていた。

 

 しかし、何事にも例外と言うものは存在する。

 

 その妖怪は弱かった。妖力もそう多くなく、力もそう強くない。

 特筆するべき点はただ一つ。相手の心を読むことができるその『眼』のみ。

 しかしてそのちっぽけな妖怪は、自分にできることの全てを使ってのしあがっていった。

 その妖怪は強くない。妖力は殆ど増えないし、肉体の力も上がらない。普通に戦えば刀を持っただけの人間にさえ負けかねない。

 しかしその妖怪は、負けてはいけない戦いに負けることはけしてなかった。

 

 星熊勇儀は思い出す。その妖怪と戦った時の事を。

 自分の弱さを知っていて、自分の弱さを理解していて、自分の弱さを受け入れている、とある妖怪との戦い。

 弱くありながらも強く、弱点を理解しながら強みも理解し、弱さも強さも全て纏めて受け入れる、弱くて強い大妖怪を。

 

 

 

 ■

 

 

 

 始まりが何だったのかはよくわからない。酒はあるけど出せないとか、今はまだそんなに美味くないとか、酒を美味くするのに時間がかかるから出せないとか、そんな感じの理由だったはずだが、そんな細かいことを覚えている存在はそこにはいなかった。

 そこにあるのは単なる喧嘩……いや、ある意味では蹂躙とも言えるのかもしれない。額から一本の太い角を生やした鬼と、髪飾りから延びた目玉の形をしたアクセサリーのようなものをつけた少女の争いは、一方的なものだった。

 

 攻めるは鬼。右の拳を振りかぶり、一撃で大岩を文字通りに粉砕することができる拳を少女に向けて振り下ろす。

 対して少女はなにもしない。ただじっと鬼の瞳を両の眼で見つめ、その攻撃を避けようとも、まして防御しようとすらしていない。

 このままでは間違いなく拳が当たる。全力ではないにしろかなりの力を込めた打撃だ。受ければ少女の身はただでは済まないだろう。

 しかし、その予想は当たらなかった。少女の指先がピクリと動くと、鬼の身体が勝手に強張り、意識していない場所に突然力が入り、重心がずれ、拳が明後日の方に向かってしまう。

 それだけではない。勢いよく振りすぎたのか、それとも意識していない場所に妙な力が働いてしまったのか、肩や肘に痛みが走った。

 突然のことに鬼は少女から離れるために後ろに跳ぼうと両脚に力を込めるが、跳ぼうとした瞬間に片足だけがかくんと膝から崩れ落ちてしまい、結果として片足だけが地面を強く蹴り、身体が横向きに回転してしまう。

 鬼の鍛え上げられた身体が大地に叩きつけられ、何度かバウンドしながら離れていく。土にまみれながら少女を睨み付ける鬼は、自分を見つめる少女の三つの眼と眼が合った。

 

 鋭い眼だった。普段見ていたような面倒臭げだったりぼんやりしていたりと言う隙などどこにもなく、その身の全てに意識が行き届いている。

 鬼は歓喜に身を震わせる。まさか、こんなところにこんな方法で鬼と戦うことができるような強者が存在するなど、思いもよらないことだったからだ。

 

「いやぁ、お前さんは意外にやるね……もっと弱っちいと思ってたよ」

「弱いですよ。出力は低いし力もありません。ただ、多少小手先の技が使えるだけです」

 

 そう言いつつも少女はふいっと視線を逸らす。気が付くと鬼は少女の視線の向いた方向に顔を向けてしまい、一瞬だけ少女の事を意識から消し去ってしまった。

 そのツケは即座に払わされることとなった。首が瞬間的に回転し、可動域を越えて捻じれていく。それを鬼は自らの手で押さえつけるが、首自体はすでに160°近くまで捩じ上げられていた。

 

「……鬼とは頑丈なものですね。人間ならば死んでいますし、人間でなくとも多くの妖怪は死にますよ、それ」

「……か、はぁ……いや、こいつは効いた……もうちょっと捩じられてたら死にはしないだろうけどしばらく動けなくなってただろうよ」

「そういう風にしましたからね」

 

 少女の言葉に、鬼は確信を抱く。どのような方法かはわからないが、この小さな妖怪は鬼である自分の身体の動きをある程度自由にできると言う事に。

 

「……薬でも使ったのか?」

「主語が『あなたに』、ならば否定します。あなたが飲んだ酒は、間違いなく何の混じり気もないただの酒ですよ。私が少々『美味くなれ』と言う念を込めたことを除けば(まじな)いの方に関しても何の細工もありません」

 

 酒を造る者に対しての最大の侮辱ですよ? と表情をやや不満げなものに変えながら嘯く少女は、きっと嘘は言っていないだろうと鬼は感じた。毒を盛ったならば恐らくそのことを秘密にはしないだろう。少なくとも、毒や薬を使ったかと問われればそこは正直に答えるはずだと、鬼の勘は言っている。

 悪かった、いえいえ、とまたちょっとした言葉を交わし、鬼は少女に向けて蹴りを打ち込む。真正面から撃ち込まれる蹴撃に視線を合わせた少女は、その脚を見つめる目をかすかに細めた。

 

 効果は劇的だった。その蹴りは少女に向かっていたはずの軌道を突然に外れ、急激に上へと向いた。膝の関節が外れた音がやけに大きく響き、鬼はその痛みに眉を顰めながらも追撃する。

 振り上げる方向に軌道を捻じ曲げられた脚を少女に向けて振り下ろし、同時に下からもう片方の足を振り上げる。踵落としと蹴り上げによる上下からの同時攻撃。読まれていようが人間に少し毛が生えた程度の身体能力しか持たないさとり妖怪にはけして避けれないはずの攻撃。

 しかしさとり妖怪は、ほんの僅かに首を横に傾けるだけで動きを止めてしまう。代わりに鬼の脚の軌道が再び変わり始め、少女の傾けられた頭をかすって横に向かってしまい、さらに無理矢理に軌道の変わった脚からは骨が軋むような音がした。

 

「さっきから私の攻撃の軌道が変わるんだが……なんかやってるのかい?」

「やっていますよ。鬼が相手なので加減していませんが、いやはや流石は鬼、筋力だけで外れた骨を接ぎなおしますか」

「このくらい鬼ならできて当然さ。鬼をなめるんじゃないよ」

「呆れただけですよ。……時間がありませんし、早めに終わらせましょう」

 

 少女は呟き、自分の顔の前に指を一本立てた手を持ってくる。

 そのまま指を折り曲げると、突然鬼の身体が宙に浮いて地面へと叩き付けられた。受け身をとる暇も無く突然に身体を叩きつけられた鬼が体勢を立て直そうとするも、それより早く少女の指が手首ごと倒されて鬼の身体は再び大地に叩きつけられる。

 

「か……っはぁ……術とか、そんなんじゃないみたいだね……っけほ……」

「術では効かないことが多いですからね。私のような弱小妖怪の使う術では、鬼の身体に作用させるようなことは不可能ですよ」

「だが、私に効いてるだろう?」

「効かないなら効かないなりにやり方と言うものがあるのですよ」

 

 戦いの始まりから全く変わらない無表情のまま、少女は指揮棒でも振るかのように立てていた人差し指を下から上へと跳ね挙げる。直後に鈍い音と共に鬼の顔面に鬼自身の脚がめり込んだ。

 

「……暫く待っていていただければいいんです。そうすれば納得できるであろう理由を提示します」

「ハッ!ここまで鬼をたぎらせておいて、そんな言葉が通用するとでも思っているのか!?」

「通用しなかったとしても、まずは言葉にしなければ始まりすらしませんよ。覚である私が言うのもおかしな話ではありますが……」

 

 言葉を続ける少女に鬼が襲いかかる。力において勝る者など数える程度しかいないその腕が目にも止まらぬ速度で少女に迫り───逸れる。飛び掛かっていた鬼の身体が突然になにかにつっかかり、そして地面に全身を叩き付けた。

 それまでのように軽くなく、しかも頑丈な背や腕等によって衝撃をいくらか分散できた側面などから落ちたときとは違い、鬼の総身の力で前面からまともに叩きつけられてしまえば、いくら頑丈な鬼であろうとも脳が揺らされる。

 鬼の視界にちかちかと光が瞬き、ぐらりと大地が揺れる。

 

「───やれやれ、いくら鬼だからと言っても少しばかり頑丈すぎるでしょう? 以前戦った鬼はもう少し脆かったですよ?」

「……はは……私は、四天王……だからねぇ…………鬼の四天王……嘗めんじゃないよ」

「嘗めてなどいませんよ。……では、さようなら」

 

 少女は伏した鬼の目の前に跪き、両手でその頬を包むように顔を持ち上げて三つ全ての眼を鬼と合わせた。

 

「───『想起』」

 

 少女の三つ目が怪しく輝き──────鬼は悲鳴の一つも挙げることなく完全に意識を失った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 あの時何をされたのか、星熊勇儀はそれを知らない。ただわかっているのは、今のまま喧嘩に行っても同じようにして負けると言うことと、その少女───古明地さとりが少女らしいのはその外側だけであり、中身は見紛う事無い怪物であると言うことだけ。

 本人の言う通り身体能力は低く、霊力等を使える人間が少し鍛えれば十分に勝ちの目が見えるだろう。

 恐るべきはその能力。そして最も気を付けなければならないのは、底知れなさにあると、星熊勇儀は考えている。

 

 

 

 ■

 

 

 

 古明地こいしは知っている。自らの姉である古明地さとりの本質を。

 地底で最も恐れられている彼女の姉は、自らの本質を知っている。しかし、古明地さとりは自身の本質について誤解している。

 

 古明地こいしは知っている。彼女の姉である古明地さとりの本質が『平凡』であると言うことを。そしてまた、その事について本人である古明地さとり以上に理解していた。

 古明地さとりは平凡である。故に、古明地さとりが何をしようとそこに現れる結果は平凡であると言うのが、古明地さとり自身の見解だ。

 しかし、古明地こいしは知っている。古明地さとりの最も恐ろしい部分はその平凡さにあると言うことを。

 

 古明地さとり。彼女の持つ知識には、けして触れてはいけないものがある。それについてはさとり自身もいつからそれを知っていたのかを知らないし、そう言ったものがあると言うことを知っている者は既にさとりとこいしの二人きりである。

 その知識を知ろうとしたさとりとこいしの両親は、その知識の片鱗を見た瞬間に自ら首を掻き切った。そこまで酷いことにはならなかったこいしも、自ら覚妖怪の本体とも言える第三の眼を閉じ、無理矢理に縫い合わせると言う自傷行為に走ったこともある。

 その他にも多くの覚妖怪や読心の法を使うことのできる神仏が、ただ平凡であるはずの古明地さとりの知識を得るだけで自害し、自傷し、狂い死んでいった。

 

 そして、古明地こいしは知った。外から見ればただの少女でしかなく、内面すらもただの少女でしかないはずの古明地さとりが、あんなものを抱え込んだままにただの少女でいられると言うこと自体が異常なことであるのだと。

 たった一つの存在を知るだけで狂うことになりかねない存在。それも、ごく一部の情報を得るだけで狂う可能性を持つそれを、数十数百とその内面に納めたまま平凡であり続けることができる存在。

 古明地さとりとは、そういう存在である。

 

 古明地こいしは知っている。自らの姉が怪物であると言うことを。

 古明地こいしは知っている。自らの姉が平凡を愛することを。

 古明地こいしは知っている。姉の知識を得てもなお、こうしてある程度まともでいられる自分もまた、ある種の怪物であると言うことを。

 

 




 
Q.さとりが勇儀の身体を操った方法ってなに?

A.これ↓

①.相手の心を読みます
②.相手の意識の向いている部分と向いていない部分を知ります
③.相手の意識が向いている部分は操りにくいので、意識の向いていない部分を動かす意識を自作します
④.自作した意識をさも相手が自分で考えた物だと言うように相手の無意識に読ませます
⑤.相手の無意識が誤解して勝手に身体を動かします(無意識で動かしているので加減が効かない)


 指などで色々やっていたのは、自分が動かしたいところから相手の意識をそらして動かせるようにするためです。



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地霊殿
04 私はこうして異変に挑む


 
 スッパテンコー出張中……


 

 地底に太陽が現れた。上を見上げても地盤があり、星も月も当然日も見えないはずのその場に突然太陽が現れると言うのは間違いなく異常なことであり、地上で言う『異変』であることは間違いない。

 太陽に焼かれて旧地獄の天蓋が焼き切られ、怨霊が灼熱の湯と共に噴出する。無限に等しい時の中、ひたすらに灼熱の責め苦を与えられていた旧き神代の罪人達の怨霊は、責め苦より逃れうる時を逃しはしない。

 かつて地獄と言うものが生み出されて以来、廃棄されるまでの数十億年の間に死んでいった罪在りし者達は、狂うことも浄化されることもなくひたすら行われ続ける責め苦に耐えた強者。強靭な精神力と地上への妄執に捕らわれた魂の群れは、奔流となって地底世界を駆け巡る。

 そしてその怨霊と怨念の奔流は───

 

 

 

『静まりなさい』

 

 

 

 ───たったひとつの言葉によって、即座に終わりを迎えた。

 

 火の粉が一つ溢れるだけで地上を全て焼き払うことができると言う灼熱地獄の炎に耐えてきた怨霊の精神は、小さな妖怪の一言によって千々に引き裂かれた。

 へし折られ、砕かれ、潰された多くの魂は、虚ろな人形のように灼熱地獄へと自ら戻っていく。僅かに声が届かなかった魂もあるが、それらは彼女のペットであるお燐達が拾い集めて地獄にまで戻していく。

 地上に間欠泉と共に溢れてしまった怨霊の収集は後回しにされたが、それでも広大な地底世界の全ての怨霊を灼熱地獄跡に戻すのに大した時間はかからなかった。

 

 しかし、当然ながらそれで終わるわけではない。地上に溢れ出した怨霊は数多いし、怨霊と言う邪気に満ちた霊力が大量に流れたことでできてしまった地脈の事など、打たなければならない手はまだまだある。

 それに、地底の太陽……さとりのペットである霊烏路空の事もなんとかしなければならない。やることは無数に並んでいる。

 

 そこでさとりは虚空に向けて呟く。

 

「───八雲紫。博麗の巫女を連れてきてください。今回のこれは十分異変に匹敵するでしょう?」

 

「……あら、珍しい。貴女から私に話しかけてくれるだなんて」

 

 さとりが視線を向けた先……その空間そのものが奇妙な形に切り開かれ、一人の女が顔を出した。

 彼女の名は八雲紫。地底の上に存在する幻想郷の製作者にして管理者を自称する大妖怪である。

 その身に保持する妖気は妖怪の中でも最強の位置にある鬼に匹敵し、神算鬼謀にて地上の妖怪達を掌の上で弄ぶ、物事の境界を操作する能力者。

 ……ついでに、さとりと同じく多くの者からあまりいい感情を向けられていない、所謂『嫌われ者』であった。

 

「何が起きたのかは知っているでしょう? 根本はこちらで何とかするからさっさと呼んできてもらえませんか?」

「あらあら、地底の支配者たる古明地さとりが私のような者を頼りにすると?」

「御託はいりませんよゆかりちゃん」

「ぶふぅっ!? ちょ、それをここで言う!?」

「必要なら言いますよ。かつて地底にもスペルカードルールを敷こうとして私に直接話をつけようと戦いを挑んで来た時と同じようにね。……何を土下座しているのですかゆかりちゃん? 泣きますか?」

「もう許してくださいお願いします」

 

 もしも、普段の八雲紫の事を知っている者がここに居れば目を疑っただろう。あの八雲紫が、必死になって頭を下げているのだから。

 

「『想起・ゆかりちゃん10さい、はじめてのちれいでん』」

「やーめーてぇーっ!」

「何故です? 可愛らしいと思いますが……」

「いいからやめて!お願いだから!なんでもするから!」

「そうですか。では貸しておきますね。さて、これは幾つ目の貸しでしたかね?」

「うぐぅ……」

 

 紫は……ゆかりは涙目になる。気のせいかゆかりの背は縮み、本当に10歳くらいの少女に見えてくる。

 それを待っていたのか、さとりは小さくなったゆかりを抱えて膝にのせる。さとりにとっては予定調和、そしてゆかりにとっては災難でしかないが、端から見る分には平和な空気が流れている。

 

「ふむ……ああ、これですね……『八雲藍、ご主人様がまた縮みましたよ』……と」

「?」

「ああ、何でもありませんよ。もうすぐ迎えが来ますから、それまでこのぐんだりくん人形で遊んでいるといいですよ。お仲間のふどうくん、ごうさんぜくん、こんごうやしゃくん、だいいとくくん、あいぜんくん人形もあります」

「こわい!」

「よしこれで新たな八雲紫のトラウマを開発できましたね。次はこれで貸しを作りましょう」

 

 古明地さとりは半眼のままにニヤリと笑う。一番始めに貸しを作ってから、いったい幾つのトラウマを植え付けてきたか。さとりはその内容を当然覚えているし、そういった方法で植え付けたトラウマをより強化するように能力で無意識領域に恐怖の感情を何度も何度も刷り込んでいるため切り札として十分に通用するようにしていた。

 力の無い妖怪らしい、実に効果的な搦め手。精神的に弱れば現実に弱くなってしまう妖怪に対してはほぼ無敵とも言えるトラウマ作成と増幅能力であった。

 

 そうしてさとりがゆかりちゃんを泣かせていると、地霊殿の入り口から高速で何者かが突入して来るのを感知した。

 一瞬身構えるさとりだったが、その相手の思考から誰が来たのかを理解した瞬間にいつも通りのジト目になった。

 そしてその場にいくつか転がっている明王人形の一つを拾い上げると、その人形に視線を注いだ。

 

 突然、さとりのいる部屋の扉が勢い良く開かれる。そこに立っていたのは九本の金色の尾を持つ妖狐───八雲藍であった。

 

「古明地さとり!紫様はぶj───」

「『想起・なんか物凄い勢いで駆け寄ってくる笑顔の明王達』」

「───ぴゃぁぁぁぁぁぁあああ!!?」

 

 絶叫である。尻尾の毛を思い切り毛羽立たせ、悲鳴をあげた。

 まあ、狐に属するものが明王を見てしまったときにする行動と考えれば実に妥当なものである。狐は稲荷、ひいては稲荷と同一視されるダキニ天の眷属である。ダキニ天は大日如来と同一視されることもあるが、同時に明王に調伏させられた存在であり、ダキニ天と言う自分達の親玉を調伏した明王と言う存在は狐にとっては恐怖の対象でしかないのだ。

 そのため、藍は『凄まじく良い笑顔を浮かべながら武器を持ったままの手を規則正しく振りながら感動すら覚えるほどの美しいフォームで駆け寄ってくる明王の群れ』を見せ付けられ、一瞬にして精神を粉々にされた。

 

 ───そして、粉々になった藍の精神の影から、また別の存在が顔を出した。

 

「……ふぅ!ようやく封印が解けた!まったくあの駄狐め。ちょっとゆかりんが寝ている時につむじに鼻を埋めてくんかくんかしただけであそこまで気違いじみた封印をかけてくるか普通? まあ、今回はその封印のお陰で精神攻撃を受けずにすんだのだがな」

「……今日も無駄に元気ですね、スッパテンコー」

「!その声はさとりん!プリティーチャーミーガールさとりんではないか!久しぶりでござるよぉ。くんかくんかしてよろしいか?」

「良い訳無いでしょう。さっさとゆかりちゃん連れて博麗の巫女を連れて来てください」

「つれないですなぁ……。でも、その呆れたようなジト目がまたキュートだぉ!だぉだぉ!ぺろぺろしてよろしいか?」

「ロリコンもオキュロフィリアも間に合っています。最近も目が好きすぎて自分の胸に大きな目玉を埋め込んだペットがいますしね」

「本当につれないでござるな。まあ、今回はゆかりんのお迎えで満足しておくでござるが、是非とも今度温泉でも一緒にいかがか?」

「……」

「グフフフフフ、ジト目ごちそうさまですぞ~!───それでは紫様。戻りますぞ?」

 

 それだけ言い残して、スッパテンコーは嵐のように去っていった。

 そこで、古明地さとりは頭を抱える。

 

「……『ジト目さとりん友の会』とか……馬鹿ですか?」

 

 さとりの言葉が、誰もいない部屋の中に小さく響いた。

 

 




 
スッパテンコー「このあと無茶苦茶hshsした」
ゆかりちゃん「帰ってすっごくもふもふした!」
スッパテンコー「あぁゆかりんかわいいでござるよぉぉぉ!」







 スッパテンコーとゆかりちゃんに関しては『東方旧暦短編集』をご覧ください。


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05 私はこうして巫女と戦う

 
 連続投稿一話目。頑張ります。


 

 博麗霊夢は考えていた。地底に入ってから突然減った怨霊。途中に居た黒い猫の妖怪。そして萃香と同じ鬼の言葉。

 突然現れた怨霊はまあ良い。いきなり目の前に現れて『地底に原因がいるから行ってこい』と自分を地底に放り込んだ狐についてもまあ良い。

 

 けれど、地底と言うスペルカードが(・・・・・・・)普及(・・)していない(・・・・・)場所だと言うのに、今まで出てきた妖怪のほぼ全てが弾幕ごっこ用のスペルカードを用意していたと言う点だけはどうしても気になっていた。

 その事について倒した鬼に聞いてみれば、鬼は笑って『古明地さとりに言われて作るだけ作っておいた』と答える。そしてなかなか楽しかったと礼を言われ、酒を土産に持たされそうになってまだ用事があるからと断り、そして先に進んできていた。

 

「……ねえ、萃香」

『んぁ? なんだい?』

「あんた、古明地さとりって奴のことを知ってる?」

『知ってるよー。私も結構長いこと地底に住んでたからね~。頭を使う遊びでも喧嘩でも本気の戦いでも一回も勝てなかったんだよね~』

 

 あっそ、等と軽く返事をしたが、霊夢の胸中には面倒な相手が出てきたと言う思いがあった。

 相手は覚妖怪、つまり心を読み、こちらの弾幕の穴を読んで当たらないように動くと言うことが予想できる。罠として作った偽の逃げ道も機能することはなく、本物の道だけをすぐに見抜いてくるだろう。

 そしてこちらの動きを読み、逃げようとした先に弾幕を張り、逃げ切れないように封殺される可能性も十分に考えられる。

『弾幕ごっこ』と言うルールにおいて、覚妖怪ほど厄介な相手は存在しないだろう。

 また、萃香は『本気の戦いも含めて勝てたことは無い』と言った。鬼に戦闘で勝つことができる覚妖怪とはいったいなんなのか。いやむしろ、本当にそれは覚妖怪なのか?

 

 弾幕を避けながらも思考を続ける。考えることは一つ。古明地さとりについて。

 どう戦うか。どう勝つか。どんな弾幕を使うのか。そんなことばかり考えていた。

 

 そう考えている間に、霊夢は目的地である地霊殿に到着した。そこにいる数多くの動物達が霊夢を見て騒ぎ出すが、襲いかかってこようとはしない。完全に調教されていると取るか、それとも取るに足らない相手だと思われていると取るか……霊夢は『襲ってこないなら面倒がなくていい』と考えて先に進んでいった。

 ───そして、霊夢は出会った。

 地霊殿から地底を支配する、小さな大妖怪。弱く小さく偉大な強者。矛盾を呑み込み体現し、同時に確かな存在としてそこに在る、古明地さとりと言う妖怪と。

 

「貴女が博麗の巫女でしょうか?」

 

 その出会いはあまりに不意なものだった。気が付いたら、と言うのが最も適した表現だろう。『気が付いたら』霊夢の視界の真ん中に居て、『気が付いたら』近付いてきていて、『気が付いたら』話しかけられていた。

 

「ええ、そうよ」

「わかりました」

 

 ───そして、『気が付いたら』向こうからの問いに答えてしまっていた。

 

「では、今回の出来事の馴れ初めを伝えましょう───『想起・ま た 守 矢 か』」

 

 そいつがそう言うと、くっついていた目玉のような物から光が溢れ、私の脳裏に私の知らないはずの情報が流れてきた。……なるほど。原因の原因は守矢なのね。と言うかこれ、よくわからないけど便利ね。

 

「便利なのはその通りですが、今回のような面倒事も招くのですよ。……では、本当ならば早く通して解決していただきたいのですが、一応確認作業をさせてもらいます。偽物や別人を通すのはどうかと思いますし……例え本物であったとしても、私の弾幕すら越えられない程度の実力では命を無駄にするだけですからね。

 ……では───『想起』」

 

 

 

 ■

 

 

 

 博麗の巫女。見たのは初めてだったが、あれが人間だとはとても信じられそうにない。人間と言うより仙人に近い……どころか、すでに彼女は一つの自然現象のようなものだ。

 大気で表すならば嵐。海で表すならば時化。巨大なエネルギーの全てをあの小さな体に体現して見せるとは、博麗の巫女と言うのはやはり化け物の一角と言えるらしい。

 そして、やはり私のような弱小妖怪ではあの巫女には勝てそうにない。記憶にある『百万鬼夜行』と『三歩必殺』を重ねて使ったと言うのに、あの巫女は見事に避けきってみせた。強力な能力だけでなく、判断力もまた凄まじい。本当に人間かどうか怪しく思えてくる。

 

 ……あの巫女は、お空を打倒するだろう。神の力を……それも、眷属とはいえ太陽神と言う凄まじい信仰を受ける神の力を身に宿したお空であっても、弾幕ごっこと言う遊びの範囲では間違いなく勝利を掴むことはできない。

 かつて大和の國を率いて無数の神を滅ぼした建御名方。日の本の國が大和と呼ばれる以前から國を率いていた祟り神。二柱の強大な神を降すだけのポテンシャルだけでなく、あの反則じみた能力。それらが合わされば最早まともに戦って勝てる相手など見付からないだろう。

 もしかしたら居るかもしれないが、それはけして私ではない。私はできることなら二度とあれと戦いたくはないし、できることならば顔を会わせるのも控えたい。会ったとしても戦うのは嫌だ。戦闘回避のためなら地霊殿で作っている『鬼笑天血』を捧げてもいい。

 かつてこの酒を賭けた勝負で勇儀さんだけでなく地底の鬼と言う鬼が血で血を洗うような争いを起こしたこともあるが、それでも捧げてもいい。未だに予約で数年ほど埋まっているが、私が個人で飲む分は確保してあるから、そこから出そう。

 ……ちなみに、そのお酒は時々減る。こいしが飲んでいるのだろうと思うが、どうせなら私と一緒に飲もうと言ってくれればいいのに……。

 萃香さん? 前に一度霧になって入ってきた瞬間に疎密を操る能力を暴走させて意識が消滅しかねないほど散らしてから、霧になって地霊殿に近付くことは無くなった。その時の萃香さんの感じた恐怖はしっかりと本能にまで刻み付けましたので、想起させれば無力化できる。私の能力が全く効果が無いのはこいしくらいなものだ。

 

 暫くすればお空が上がってくるだろう。一応原因となったお空の力を制御できる程度まで封印し、その上で今までと変わらず生活させるように言ってくるだろう。

 彼女は優しくはないが、理不尽ではない。誰の味方でもなく、誰かにつくこともない。自分以外の全てに対して公平で、あらゆる物に近付きすぎず離れすぎない。

 八雲紫も、よくもまあこんな化物を見付け出してきたものだ。私の能力からも半ば浮いていたせいで、私も博麗の巫女の弾幕に当たりかけてしまった。痛いのは嫌いだし、服もボロボロにするわけにはいかないと言うのに……。

 

 ……今日は厄日だ。間違いない。

 

 

 

 ■

 

 

 

『……霊夢。大丈夫か?』

「大丈夫よ」

 

 珍しく本気で心配そうな声で話しかけてくる萃香にそう返し、私は飛ぶ。着ている服は全体的にズタボロになってしまっているし、ボムも残りは3つのみ。霊力自体は大して減っていないのが唯一の救いではあるが、あまり慰めにはなっていない。

 私がここまでボロボロになった理由は、今さっきまで戦っていた覚妖怪にある。私の記憶にあるスペルカードの弾幕。それをランダムに二つ抜き出して合成し、極僅かな……気付くどころかその弾幕のことを熟知していたとしてもほんの僅かな気の緩みでピチュりかねないほどにかすかな道を与えて撃ち出してくる。

 枚数自体は三枚と多くはなかったが、あんなものが五枚も六枚もあってたまるものか。

 

 初めは萃香の『百万鬼夜行』と、道中の鬼の『三歩必殺』の合わせ技。あの妖怪は『百万鬼の撃滅三歩』と呼んでいたスペルカード。あれ一つで大半の妖怪は落とすことができるだろう。

 次に紫の『二重黒死蝶』と幽々子の『反魂蝶-八分咲き-』の合わせ技らしい『二重反魂蝶-十六分咲き-』。八を二つで満開以上とは中々に嫌な技だった。

 最後の一枚。これこそが私があの妖怪を間違いなく性格が悪いと言い切る原因となった弾幕。

 

 『金閣寺の一枚天井』と『うろ覚えの金閣寺』を1.5秒差で放つ、『金閣銀閣の双天井』。あんなものまともな方法で避けられるわけもなく、ボムを幾つも使わされてしまった。

 ……しかも、カードブレイクを早めるために攻撃してもその弾幕を全て読まれて回避され、途中からは回避に集中させられ、それでなんとか抜けられた。

 

 ……正直、二度と戦いたくない相手の筆頭だ。そんな奴を相手にしてしまうなんて───。

 

「……今日は厄日だわ」

 

 私は一つ、溜め息をついた。

 

 




 
 さとりがどうして金閣銀閣の双天井を想起できたのかはまだ秘密。
 ただし、さとりが想起してみて『無理』と思った合成弾幕にはさとりから直々に解説が入る、みたいな感じで教えられたから、ってことにしておいてください。


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06 私はこうして宴を開く

 
 連続投稿二話目。なお、この前書きは後々気が向いたら消します。


 

 さとり様、とじゃれついてくるお燐。

 さとり様ー!と元気よく飛び付いてくるお空。

 お姉ちゃん、と抱き着いてくるこいし。

 よう、と軽く挨拶をしてくる勇儀さん。

 そして、喋ることはできなくともお互いに通じ合うことはできるペットの動物たち。

 私にある程度好意的に接してくる相手なんて、精々こんなものだ。

 私の能力は妖怪の天敵とも言える能力である。そんな能力を持つ私が、多くの妖怪に好かれることは無い。精々が動物から妖怪に『成った』者くらいで、しかも元々私とある程度好意的に接していなければならない。つまり、私のペットだ。

 

 そう考えると勇儀さんはかなりの例外で、そう言ったことは早々起きることはない。同じ鬼である萃香さんも私の事を苦手としているし、そもそも私は地霊殿の外に出ることは殆どない。新しい出会いが無ければ誰かと新しく仲良くなる事もないため、増えない。

 ……まあ、ペット達の数は十分だし、わざわざ私から新しく拾いに行こうとは思わない。地霊殿での家庭栽培によってお米や小麦と言った主食やそれから作ったお酒もあるし、果物や野菜も文字通りに売るほどある。

 ……地底の住人の多くは知らない。地底の商店に並ぶいくつかの野菜が、この地霊殿で作られていることを。それどころか米や小麦も多くは地霊殿で作られているし、外の世界では日の本の国より遥か南にしか生らないような果実も、コーヒー豆だって作られている。

 それもこれも旧灼熱地獄の未だに燃える炎があるためだ。

 灼熱地獄の炎の明かりは太陽と同じように植物を育み、その熱は常に周囲の温度を夏と思わせるほどに高いまま保つ。故にこの場所では十分すぎるほどの作物が実る。多くの鬼は甘いものを好まないのか、どうも果実の売れ行きはいまいちだけれど……結局のところこの商売は趣味だ。売れなくても腐っていない限り損ではないし、腐る前にペット達に渡してしまったり、私が食べてしまえば簡単に消費できる量でしかない。

 ……さて、それで何故、そんな話をしているのかと言えば……この地霊殿に、珍しくお客さんが複数人来ているからだ。

 理由は、異変解決後の宴会。毎度行われるこういった宴会はその異変を起こした本人が主催となって開かれる事が多いそうなんだけれど、今回は異変を起こしたのが私のペットであると言う事を鑑みて、かわりに私が主催となって酒宴を開いている。

 

 今回の異変に巻き込まれた多くの妖怪は、私を怖がりやっては来ない。やって来た複数名……病を操る土蜘蛛や釣瓶落とし、嫉妬から鬼に変じた橋姫達は勇儀さんに連れられて来ているようだし、解決した本人である博麗の巫女、そして博麗の巫女の助言者として見ていた萃香さんもあまり乗り気ではないように見える。

 ……まあ、それも仕方のないことだろう。私のような嫌われ者の開いた宴会に参加したいと思う者なんて、人妖合わせてもそうはいない。むしろ全力で逃げようとする事の方が多いだろう。

 私が勇儀さんと戦って引き分けたと言う話は地底中に広まっているし、地底の妖怪はこの場以外に行く場所がない事が多い。割と危険な思想を持っている妖怪も地上に比べれば遥かに多いけれど、私に出会うと大体が声を潜めてしまう。

 勿論声を潜められたところで心の声まで聞こえないようにはできないのだけれど、私は本当の意味で相手が敵対してこない限りは放置する方向にしている。

 それに、地底全体のことならともかく、町のことならば勇儀さんの方がずっと詳しいし顔も効く。私が出張る意味なんて殆ど無い。

 ……ともかく、宴会と言うには大分粛々とした空気のまま、静かに宴は続いていく。実際の音はあまり無いが、心の声は多く聞こえてくる。

 私やお空への不満の声もあるし、私が怖いと思う声。今回の異変の内容や博麗の巫女との弾幕ごっこを思い出して楽しむ声。それこそ無数に声が聞こえる。

 けれどまあ、そんなものはいつものことだ。私を嫌う声はどこからでも聞こえてくるし、地霊殿の外では私に好意的な声……どころか、私に否定的でないだけの声を探すだけでも一苦労。今までは心の声を聞ける範囲ではなく心の声の深度を上げて行く方向に成長させていた能力だけれど、遂に深度の方への成長が止まり範囲が広がり始めてしまっている以上、慣れていかなければ眠ることすらままならなくなってしまう。

 今回の宴会は周囲への謝罪の意と、ついでに私が成長を続ける能力に慣れようとする場でもある。無論後半は他人に伝えるようなことはしないが、わざわざ隠すようなことでもないだろう。

 問われなければ話すつもりはないが、問われれば隠すつもりもない。相手は私に隠し事ができないと言うのに、私ばかり隠し事をするのは不公平と言うものだろう。命がかかっていれば話は別だが、かかっていないのならこんなものだ。

 

 元々私は争いが嫌いだ。争わないようにするために色々と勘違いを助長させるような言動や行動を繰り返してきたし、最悪戦わなければならなくなった時に失うものを減らすために禁忌の知識を武器にする方法を使えるようになった。

 力がなかったから技を磨き、身体が弱かったから身体以外の部分で強くなった。

 そんなことを繰り返していって、今がある。後悔はしていないし、もしも過去に戻れたとしても私は同じような道を進んでいくだろうと言う確信もある。

 

 ……けれど、どうせなら戦いや自己防衛のことばかりではなく、もっと別の事にも力を入れていればよかったと思わない事もないわけで。

 私は周りに居る人妖の意識の隙間をすり抜けるようにして歩く。片手にはお酒の瓶を。片手には大小二つの升を持ち、まず向かうは博麗の巫女の隣。どうも彼女は一人で飲む方が好みらしいが、それも気にならない程度。私も気にせず彼女の元へ向かう。

 

「よく来てくれましたね、博麗の巫女」

「呼ばれた理由もわかるしね。ついでに美味しい物も食べられるし、お酒も美味しいし」

 

 彼女は心を偽らない。自分の思ったことを真っ正面から表現し、それでいて差別意識も無い。これは彼女の記憶の中に居る幼い吸血鬼が慣れるわけだと納得した。

 とりあえず、飲んでいた酒を飲み干した巫女に酒を注いだ升を手渡す。巫女は訝しげな顔をしたが、構わずその酒に口をつけた。

 

「……ふぅん」

 

 色々なものが込められた一言。その裏にある感情を読み、とりあえず納得しておく。

 

「……それでは、またいつか。できれば戦場では出会わないことを祈っていますよ」

「私もあんたとは戦いたくないし、その方が嬉しいわ」

 

 戦わなくちゃならないなら戦うけどね……ですか。まあ、それでこそ『博麗の巫女』と言えるんでしょうけど……少なくとも私は彼女とだけは戦うのは嫌だし、暴れるのは自粛しておきますよ。

 

 ……必要なら暴れますけどね。できれば必要の無いまま時が流れてほしいものです。

 

 

 

 ■

 

 

 

 古明地さとりは気付かない。人の身には遥かに遠く、妖怪にとっても巨大に過ぎる、『世界』と言う名の怪物に目をつけられてしまったことに。

 古明地さとりは気付かない。それは自身の能力が、世界にすら畏れを抱かれるようになった証であると。

 古明地さとりは気付かない。未だに狭い範囲でしか能力を発現できない小さな小さな妖怪でしかない彼女が、大きな流れに飲み込まれてしまったと言うことに。

 古明地さとりは気付けない。平凡であり続けようとする彼女は、そう言った大きな事に気付けない。

 

 それに気付くことができたのは、今はまだ二人だけ。

 一人は人間、博麗霊夢。驚異的な直感により、彼女は古明地さとりが幾度となく表に出てくることになると直感する。

 

 そしてもう一人は───無意識に潜み無為に生きる、怪物と成った妖怪少女だけであった。

 

 



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金色烏は小妖を畏れ、無垢なる烏は大妖を慕う

 

 八咫烏。太陽神である天照大御神の眷属であり、かつて大和の国を作り上げるために行われた遠征において常に先駆けを勤め、連戦連勝を導いたことから『勝利の導き手』と呼ばれることもある、日本神話において非常に高い神格を持った動物である。

 その体格は非常に大きく、文字通りに八咫(咫=中指先端から手掌の下端までの長さ)程の大きさで、三つの脚を持つ。中国では金烏と呼ばれ、太陽の中心に棲むとも言われている。

 

 そんな名高い八咫烏であるが、現在はとある神の策によって地獄烏と呼ばれる烏の妖怪に憑依するような形で同化しており、物事のほぼ全てを三歩歩けば忘れてしまうような『お馬鹿』な少女との奇妙な共生関係を続けていた。

 

 その原因となるのが、守矢神社に奉られている建御名方───八坂神奈子であった。彼女の策により地底に棲む地獄烏に憑依させられ、窮屈な日々を送ることになっている。

 だが、八咫烏が本気になれば地獄烏程度がその力に耐えられるわけがない。なにしろ相手は八咫烏。太陽と言う灼熱を住処とする最大級の神格を、地獄と言う環境で育ったとはいえただの烏が受け止めきれるものではない。

 不喜処地獄にて罪人を責める烏。それこそが地獄烏であり、それは人肉を主食としているだけで普通の烏となんら違いはない。死者を責めることができ、死んだとしても風が吹けば何度でも蘇ると言う点を除けば、ただの烏でしかないのだ。

 そんな『ただの烏』である地獄烏が、『日本神話における神鳥の筆頭』である八咫烏を体内に納めておける理由。同じ『烏』であると言う共通点から身体の変質が上手くいったと言うこともあるが、何よりもとある妖怪の影がそこにある。

 

『古明地さとり』。陽光の届かない地底を支配し、八咫烏の憑依する地獄烏の飼い主でもある、最も非力な大妖怪である。

 

 心を読むことのできる『覚妖怪』である彼女は、その能力は強くとも力や妖力といった即物的な力は滅法弱く、例え心が読まれようと関係無い広範囲攻撃でもすればあっという間に死ぬ。少なくとも八咫烏の知る覚妖怪とはそう言うものであった。

 しかし、古明地さとりはそう言った一般的な覚妖怪とは一線を画する。八咫烏がその事に気付いたのは、地獄烏に憑依する形で八坂神奈子に喚び出された直後のことだった。

 突然喚び出され、窮屈な場所に押し込められた八咫烏は、初めは直ぐ様帰還しようと暴れた。その結果としてお空は八咫烏の力を半ば暴走させ、灼熱地獄跡に繋がる大穴を作り上げてしまう程に。

 だが、その暴走はペットを守ろうとする古明地さとりによって押さえ付けられたのだ。強大な神格を持ち、太陽が存在する限り死ぬことのない八咫烏を、ただの一妖怪が押さえつけると言うのがどれだけ異常なことなのか。それを理解できない妖怪は存在しないだろう。例え理性が無く、知恵がない下級の妖怪だったとしても、本能でそれを理解する。

 

 しかし現実に、古明地さとりは神を押さえ込んだ。

 力任せではなく、かと言って術を使った様子もない。自分達の種族の誰もが持つその能力一つで、八咫烏という神格を封じ込めて見せた。

 その時から、八咫烏は古明地さとりに逆らおうとすることをやめた。古明地さとりが生きている限り自分が地獄烏と共生関係を続けることになることがわかっていても、それでも古明地さとりと争うことより遥かにましだと判断したからだ。

 

 八咫烏。正確にはその分霊ではあるが、太陽の分身とも言えるその存在は、今日も少し抜けたところのある地獄烏の内でゆるりと過ごす。いつの日か、古明地さとりが死に、自分が自由になれるその日まで。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ……悲しいことです。私を勘違いする方がまた増えました。

 今回の相手は八咫烏。お空に降りた(正確には『降ろされた』なのでしょうが)太陽の化身。そんなものを体内に突然入れられた挙げ句、内側から焼かれそうになっては単なる地獄烏でしかないお空は耐えられるわけがない。

 お空を守るために少し……本当に少しだけ、お空の中に居る八咫烏に干渉し、無意識に出力にリミッターをかけるようになってもらったのだけれど……どうもその時に少しやり過ぎてしまったようだ。

 

 心を読み、意識を押さえ、無意識領域を拡大させる。そのまま意識を解体し続けて完全な無我にまで貶めた後に、もう一度相手の意識を私が読み取ったままに再現。その際にお空の身体が耐えられる程度まで出力を押さえるように刻み付け、そして再構築。

 お空の身体は、八咫烏が中に居る限り限り無く八咫烏のそれに近付いて行くだろう。私が死ぬ頃には、お空の身体は完全に八咫烏と同格になっているはず。そうすれば内側で八咫烏が暴れようとお空の身体が自壊するようなことはないだろうし、八咫烏自身も脆くなった自我を保っていられるかどうかわからない。

 それに気付かれないように無意識に『その事に気付いても気付かないよう目を逸らす』ように意識を刻み込み、時間を稼ぐ。

 

 ……私の策などこの程度のもの。平凡な私にはお似合いだ。

 勇儀さんなら嬉々として太陽の化身を殴り倒しに行くだろうし、妖怪の賢者ならば見事に封印して見せるだろう。私のように小手先の技を使わずに、彼女達自身の力を使って。

 無いものを欲しがっても仕方無い。変えられぬ過去を変えようとするのは愚かしい。それをわかっているのに変えられない私は、きっとこの世界の誰よりも愚かな存在だ。自覚しているしそれを否定するほど馬鹿でもない。

 ただ、これが私にできる全て。私にできることを全てやって、できることがなくなったら時間の限りできることを増やして、そしてまた新しくできるようになったものを使ってできることをしていく。ある意味では人間の技術の進歩と同じようなものだが、あちらは集団でこちらは個人。こちらはできることが限られてしまう。

 ……やれやれ、本当に大変だ。組織の運営なんて私のやるようなことじゃないのに、なんでやることになっているんだろうか。もっと向いている人がいるはずなのに……。

 

 まあ、それはそれとして。今度またペットたちを撫でに行きましょうか。私の疲れた心を癒し、安らぎを与えてくれる唯一と言ってもいい時間。この時間がなかったら私は心労が祟って体を壊していたかもしれませんし、やはりこういった息抜きと言うのも重要なものですね。

 

 

 ■

 

 

 

 さとり様の手は気持ちがいい。温かくて、柔らかくて、気持ちがいいところを気持がいい力で優しく撫でてくれる。ほわほわしてふわふわして眠くなって、さとり様に抱え上げられて眠る。

 お燐もそうだし、ほかのペットたちだってそう。みんなさとり様の事が大好きで、さとり様が撫でてくれる時間はみんなが楽しみにしている。

 今だって、ずらりと他のペットたちが並んでさとり様に撫でてもらえる順番待ちをしているし、その列から出ようとするのは誰もいない。そんなみんなを、さとり様は優しく撫でていく。

 

 ……私が眠った後には、私の中にいる八咫烏さまも撫でてもらっているらしい。私が眠ると外に出てくる八咫烏様だけれど、きっと八咫烏さまもこうして撫でてもらうのは嫌いではないはずだ。

 そうでなければ、八咫烏さまに変わってからも暫く撫でられていたっていうお燐の話がおかしいことになっちゃうし、八咫烏さまが意識だけであるにもかかわらず私の中で眠っていたという説明もできない。

 八咫烏さまはそれを絶対に言おうとはしないけれど、きっと気に入っているはず。だって、さとり様の手はあんなにやさしくて気持ちがいいんだもの。気に入らないなんてことはあり得ない。

 八咫烏さまも素直になればいいのにね。さとり様ならそれも察してくれるだろうけど、大切なことはちゃんと自分の口で言うからこそ意味があるんだよ?

 好きなら好きと言う。さとり様に教えてもらった大切なこと。誰にでもできる簡単な事なんだけど、それを本当にちゃんとやっているのはとっても少ない。

 皆ができない分、私はちゃんとさとり様に伝えようと思います。

 

 さとり様。大好きです。

 




 
 この後滅茶苦茶なでなでした。


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星蓮船
07 私はこうして地上に昇る


書けたので投稿。最近筆がやや進んでますね。


 

 地上はあらゆる力に満ちている。空からは光が降り注ぎ、光と共に魔力が供給される。数多の天体から与えられる強大なエネルギーは、地上に多くの益と僅かばかりの害を与える。その害を特に大きく受けるのは吸血鬼であるが、妖怪であれば誰しも何らかの影響は受けている。霊的な自然の影響を受けにくい人間ですら満月の光に含まれる魔力を浴び続けることで人狼や魚人に変異する事すらあるのだから、霊的な物、精神的な物のみで出来ている神や妖怪と言った存在はより大きな影響を受ける。

 人間であれば気にもしないような小さな星の一つにすら自らの在り方を左右されることもある妖怪と言う存在は、現在のこの世界で生き延びることが難しいと言うのも理解できる話だ。

 地上ではそんな天体などの影響が大きいが、この地底では天体の影響は殆ど無いと言ってもいい。なにしろ地底だ。星の光どころか月や太陽の光すらも届かない。大地をすり抜ける光が存在すると言う話を聞いたことがあるが、大地をすり抜けると同時に魔力や光に乗った概念なども薄れて無くなってしまう。

 その代わりに、地底では地脈と呼ばれる大地に流れる霊脈がそこに住む妖怪達に大きな影響を与えている。地上よりも地脈に近く、より大きな影響を受けることになるのだが、そもそもこの大地とは全く違うものである他の天体からの影響と違って害になることはほとんどない。精々が力を溜め込みすぎて太ってしまうくらいなもので、そうなってしまった場合も適当に溜め込みすぎた力を発散させればすぐに元に戻る。地底における地脈の扱いは、どこにでもあるしそれなりの味はするけれどあまりにも取りすぎると太る泉の水のようなものだ。水だけでは生きていけないと言う点でも地脈の力と水は似ている。

 ……体内に無理矢理入れすぎると内側から破裂したり、上あるいは下の口から吐き出してしまうことも……まあ、たまにあることらしい。誰がそうなったかは言うつもりはありませんが、一説には病を操る土蜘蛛が地脈の流れ込む泉の水を樽で一気しようとして容量オーバーしたとか、粗密を操る鬼が酔い潰れた時に同じ泉に放り込まれて腹を膨らませたまま浮いてきたとかいう話がある。

 なお、事実かどうかは保証しない。なにしろ酔っぱらいの記憶から読んだものだし、覚え違いをしている可能性も十分にある。なにしろ酔っぱらいの記憶だ。信用できるわけもない。何しろ酔っぱらいの(ry

 

 さて、そんな話をしていったいなんなのかと言うと……そろそろ私の能力の効果範囲が多少どころでない範囲にまで広がり始めてマズイ、と言う話です。その原因として、私がこの地霊殿に引きこもって千年以上、地霊殿ではなく地底にと言うならさらに数百年。それだけの時を同じ場所で過ごしてきたせいか、私の身体が地底の地脈に完全に慣れて流れてくる地脈から溢れる気を使ってどんどんと進化し続けていると言うのがあるのだけれど……流石にどうしようもない。

 いつもなら抑えようとすれば勝手に抑えられるし、見ようとしなければ精々私の私室くらいにしか能力は届かない程度だったのだけれど……今では抑えようとしなければ効果範囲はどんどんと広がり、抑える意思を持って抑えなければあっという間に地底全土を覆い隠すほどに広がってしまいそうになる。

 実際、一部は地底どころか旧地獄で苦しむ怨霊の記憶や感情を常に受け取り続けるようになってしまっているため夜も眠れない。読書に集中することもできないし、本当に厄介な状態になってしまった。

 

 そこで私は考えた。この力を何とかする方法だが、私は今まで能力を強く使うことを意識したことはあっても、弱くすることを意識して使っていたことは殆どない。故に勝手にどんどんと大きくなってしまう状態に、短時間で何とかできるとは思えないのだ。

 だから、地霊殿を建てる時に見つけた金や宝石で作った簡単な装飾品をいくつか見繕って、博麗の巫女に依頼をすることにした。私のこの能力を抑える札か何かを作ってほしい、と。

 無論完全に封印するわけにはいかない。この能力は私の生命線だし、眠る時には封印するとしても起きている時にはこれを抑えるようにしなければならない。

 ……今の私が『想起』を使うと、どれだけ手加減しても相手が廃人になる危険性がついて回る。現在のスペルカードルールがある幻想郷で戦う度に相手を廃人にしていては、八雲紫に目をつけられて面倒な事になりかねない。博麗の巫女と八雲の主従との連戦など御免被る。

 あくまでも力を『抑える』札。それを使って力を抑えている感覚を覚えてしまえば、その感覚を身体に覚えさせて手加減が容易になる筈だ。

 さて、それでは出発しよう。賽銭と言う名前の前金と、依頼料としてちょっとした装飾品を持って、私は地霊殿を後にした。

 時間がどれくらいかかるのかはわからないけれど、少なくとも飛べば一日以内に到着するはず。あの巫女の速さで一日以内に到着していたようだし、私でもそのくらいで行けるだろう。記憶から探ってみた限り、博麗神社はそう遠くはないようだし。

 

 ……しかし、空を飛ぶのは久し振り。博麗の巫女が来た時以来で、その前は……数ヵ月は飛んでいない気がする。移動は基本徒歩だし、余程急いでいる時でもなければ飛んだりはしない。地底から出るなら飛ぶのだけれど、地底の外にはもう何百年も出ていない。

 地底で行動が完結していると言うことはある意味でこの場所が一つの世界として完成していると言うことでもあるけれど、完成している世界と言うのは後は徐々に衰退していくだけだと世界の歴史が語っている。

 ……ああ、まずい。ついに世界の知識にまで能力の手が届いてしまった。世界相手に私の頭がそう長く持つ訳もない。急がないと。

 

 私は地底の空を飛ぶ。地霊殿を留守にすると言うメモは残しておいたし、心配をかける事は無い。お燐やお空は最近は大人しくなっているし、お空の中にいる八咫烏も大人しいまま。数日私がいなくなったとしても暴れ出すようなことがしないだろうし、八咫烏はあんな状態で大きな力を振るえば間違いなく残滓を残して消滅してしまう。

 ……そもそも無意識にリミッターをかけているので大きな出力は出せないはずなのだけれど、相手は日本神話における最高神、太陽神の眷属であり、同時に中国における太陽の化身。西洋のどこかにいる主神の肩に停まり、神と人との懸け橋となっていた時期もあると言う、神格持ちの中でも非常に高位な存在。油断からお空を失うようなことになってしまえば、私はとりあえず数週間は泣ける自信がある。お空は馬鹿だが、それでも可愛い私のペットなのだ。

 そんな嫌な予想を振り払い、飛ぶ。勇儀さんに捉まると色々と時間が取られてしまうので、最近とてつもなく範囲の広がった読心によって位置を把握して回避する。残念なことに今はあまり余裕がない。頭痛などはまだしていないが、世界の記録にアクセスし続けているのだ。いずれ限界が来るだろう。

 死ぬのは嫌だ、と言う思いは確かにある。けれど、今は特に死んではならないのだ。

 なぜなら、まだお空の身体が体内にいる八咫烏のそれに適応しきれていないし、八咫烏の意識もすり切れていない。どちらかが起こっていれば私が死んだところでお空が死ぬと言う事は無いのだけれど、今私が死んでしまえば間違いなくお空は死ぬ。それはよくない。とてもよくない。

 

「……急がないと、間に合わなくなるかもしれない」

 

 正直なところ、いつ限界が来るかもわからないのだ。今平気だからと言って五分後も平気であるとは言い切れないし、五分後に平気だったとしてもその五分後は平気かどうかわからない。むしろ、未だに私の身体に変調が起きていないことがあり得ないくらいの出来事なのだ。はっきり言って、絶体絶命と言うやつだ。

 

 ……とにかく、急がなければならない。手遅れになる前に。

 

 

 

 ■

 

 

 

 星熊勇儀は感じ取っていた。地霊殿から飛翔し、高速で地底の空を飛ぶ古明地さとりの妖力を。

 だが、いつもなら挨拶の一つでもしに行くところだが、今だけはそれをしようとは思わなかった。それどころか、決してそうしてはならないと鬼として長く生きていた勘が告げていた。

 

「……何があったかは知らないが、がんばりな、さとり」

 

 遥かに離れた場所から、妖力に鈍い鬼ですらわかる特徴的な妖力を使って飛行するさとりに向けて、星熊勇儀はそう呟いた。

 

 



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08 私はこうして地上を進む

 

 地上に出て初めに思うのは、太陽と言うのがこんなにも眩しいものだったかと言う事だった。

 昔々、あらゆる人妖に嫌われて追いやられた地底では見ることのできなかった太陽。それはこんなにも大きく、暖かく、眩しいものだったのか。そんな思いが溢れて止まらない。

 最近、お空が太陽の化身をその身に宿したことで地底にも太陽に近いものが産まれつつあったが、それは今こうして見ることができる太陽とはあまりに違う。より大きく、より暖かく、よりしっかりと確立している、まさにあれこそが真の太陽と言えるものだった。

 

 さとりの胸の内に『感動』と言える物が湧き上がる。しかしそれはさとりが自覚することができるほど大きくはなく、さとりの大きすぎる心の内で静かに揺蕩うばかりであった。

 

「……」

 

 さとりは静かに胸の前に浮いている目に手を翳すと、周囲一帯に存在するあらゆる存在の記憶と思考を読み取った。

 その対象は人妖に限ったものではなく、妖となる前の動物や知能の殆ど無い虫、植物、そして妖精や精霊と言ったまさに『その場にいた者全て』を対象としていた。

 そうして読み取ったものは、博麗神社の行き先。妖怪の山の近くにできた大穴から地上へと上がったさとりだったが、本来ならば博麗神社のすぐ近くにできた筈の場所から上がるつもりでいた。

 しかし、古明地さとりははっきり言って引きこもりである。そんな少女が、慣れない外出で話に聞いただけの道を正確に辿って外に出ることができるかと言われれば……まあ、そんなことができるわけもなく。見事に場所を間違えてこんな場所に出てしまっていた。

 

 その迷った当人は、普段から半眼である目をさらに細めて周囲を見渡し、歩き出す。特に何かを気にした様子もなく見えるのは、実際になにも感じていないからか、それとも気にしてはいるが表に出していないのか。

 さとりの内心を読むものはその場にはいない。ただ、その場は妖怪の山に程近い場所。知能の低い妖怪はそこら中に居る。

 そういった動物とあまり変わらぬ程度の知能しか持たない低級な妖怪は、襲う相手を選ぶ時に相手の持つ力を感じて決める。

 相手が自分より遥かに強ければ逃げ、あるいは隠れる。自分が相手より強ければ襲い、自分と同格ならばその時の腹の減り具合などで決める。そうして弱い相手を喰らって生き延びている妖怪は数限りない。

 ……では、そんな妖怪が、妖力の量も少なく力も強くは見えない『古明地さとり』と言う妖怪を見かけたならば、いったいどのような行動をとるか。そしてその結果、どんなことが起きるのか。それはあまりにもわかりきっていた事だった。

 

 本能のままにさとりを襲おうとした巨大な虫の姿をした妖怪は、かなりの速度で草木を掻き分けさとりに迫る。数十年生きた虫の妖怪は、すでにそれなりの大きさまで成長していた。

 人間ならば気付いても逃げられない距離。森の奥深くでは人間は足をとられ、あまり速く走ることはできない。その事を知っていたその虫の妖怪は、目の前にいる小さな妖怪も同じように自分から逃げるものだと考えていた。

 

 ───しかし、今のさとりに不意打ちと言うものは通用しない。成功するとすればそれは完全なる偶然の産物であり、虫の妖怪が意思をもってさとりを襲おうとしている以上、その奇襲は奇襲ではなく単なる突撃でしかない。

 そんな虫の妖怪が起こした行動に、さとりは小さな溜め息をつく。そして自分でもできるだけ押さえていた能力を、その一匹の虫の妖怪へと解き放った。

 

 ───『想起』

 

 その言葉が聞こえた直後。虫の妖怪の目の前に立っていたのはさっきまで狙っていた小さな妖怪ではなく、昔々に見かけ、未だにその姿を見るだけで恐怖で身体が動かなくなってしまうほどのトラウマを持つ相手。

 

『四季のフラワーマスター』

 

U(アルティメット)S(サディスティック)C(クリーチャー)

 

『風見幽香』が、そこに立っていた。

 

 そして『風見幽香』は虫を見るような顔で妖怪を見つめ、ゆっくりと日傘の先端を虫の妖怪に向ける。そこに集まっていくのはあの日に見たそれと同じ、膨大な妖力。あの日見たそれと違うのは、向けられていたのが他の誰かではなく、自分であると言う事だった。

 動けないまま、自分の見る者全てがゆっくりになっていくのが理解できた。ゆっくりと収束率を上げていく妖力。じりじりと大きくなていく妖力の塊。その光景を、逃げることもできずにただ見せつけられる虫の妖怪。その心は、恐怖の一色に染め上げられていた。

 

 恐怖に支配された体は行動を放棄する。足は竦み、羽根は萎え、甲殻はくすんで色褪せる。目の前に絶対の死が迫っていると言うのに、その虫の妖怪は生きることを諦めてしまっていた。

 その虫の妖怪は『風見幽香』と言う名を知らない。しかし、その強さだけは知っていた。自分ではどうにもできないと言う事も、彼女の気に障ればそれだけで殺される可能性もあると言う事も。

 名も知らぬ彼女に、触れることなく生きていた。そして、自分は彼女に触れて死ぬと理解した。その心の奥にあったものが何なのかは、その妖怪すら知る事は無い。

 それを知るのはただ一人。目の前にいる『風見幽香』を作り上げた、二つの半目と一つの眼を持つ少女だけであった。

 

 ――――――『二重想起』

 

 微かに聞くことのできたその声。その響きが起こった瞬間に、虫の妖怪の感じる恐怖がまるで二倍になったかのように増えていく。

 これまででも限界に近かった恐怖感や圧迫感が突然二倍に増したことで、触れられてすらいないのに身体が軋み、関節部がひしゃげてへし折れる。自慢であった甲殻には無数の亀裂が走り、同時に激痛が走る。その激痛によって喝を入れられた身体はようやく動き始めるが、しかしその動きは今の感覚からしてみればあまりに遅すぎる。今から発射される砲撃を避けることなど到底不可能だろう。

 

 ―――――――――『三重想起』

 

 そして、ついに『風見幽香』の溜めた妖力の光が打ち出される。まるで巨大な光の壁が迫ってくるようなその光景。人間やしっかりとした自意識のある妖怪ならば気絶してもおかしくない光景だったが、しかしこの虫の妖怪は気絶することができないでいる。

 未だにゆっくりと迫り来る光の壁。死の色とはこのような色であるのだろうと虫の妖怪は意味もないことを感じ、そしてゆっくりと死色の光に呑み込まれていった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 さとりの目の前に、こと切れた虫の妖怪の骸が転がっている。さとりが引き出したこの妖怪の最も強い恐怖の記憶。その時感じた恐怖や圧迫感、畏怖の感情を何度も同時に想起させることで精神的な圧力をさらに高めると言う技は、指一本すら触れることなく他の妖怪を駆逐するところまで来てしまっていた。

 自らが作り出した死体を見るさとりの目は実に冷ややかなもので、そこには一切の熱量が含まれていなかった。

 代わりにそこにあるのは、自分の力への興味。今までもさとりは他者に触れることなく他者の身体を操り、動かすこともできていたが、今回のこれはこれまでの物とは比べ物にならない。

 

 他人の身体を動かすには、いくつものプロセスが必要だ。それは複雑すぎて他の覚妖怪にはけして真似できるようなものではなかったし、さとり自身ですら時に失敗することがある。

 しかし、今さとりが行った行為は、覚妖怪ならば程度の差はあれ誰でも行うことができる。つまり、この技は能力をほぼそのまま使うだけに等しいためにさとりにかかる負担は非常に少ないものになるのだ。

 無論欠点はある。この技は相手の精神と経験に依存し、恐怖らしい恐怖を感じたことのない者にはあまり効果が出ないうえに、さとりの手から離れてしまう部分が多いために手加減することができないのだ。その結果が今目の前に転がっている巨大な虫の死骸であり、今もこうして無傷で立っているさとり自身である。

 

「……これは、早めに何とかしてもらわなければ危険極まりないですね」

 

 ぽつりと呟かれたその声は風に乗って散り散りになり、聴く者もなく消えていく。さとりは死骸を見ていたその目を逸らし、目的地である博麗神社へ歩を向ける。燦々と降り注ぐ太陽のもと、ゆっくりとではあるが飛行するのは中々に気分のいいものだ、などと呑気に構えながら。

 

 ―――結果として、そうしてゆっくりと移動していったのは間違いではなかった。正解だったかと聞かれれば首をかしげるし、本当にそれでいいのかと問われれば微妙な表情を浮かべてしまいそうではあったが、それでも確かにさとりにとっては何の損もなく、そして目的以外に益があり、得をした話でもあったからだ。

 

 

 

 古明地さとりは巻き込まれる。平凡でありながら『主人公』としての役割の一端を押し付けられ、多くの苦労をしていくこととなる。

 多くの誤解を受け、自身すら自身を誤解する、平凡すぎるがゆえに異常な『覚妖怪』。

 古明地さとりの未来は、未だ誰も知る事は無い。

 



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09 私はこうして現状を知る

 

 古明地さとりは悩んでいた。何もしないでも情報が入ってくるのはいいのだが、その中に聞き逃がせない内容が含まれていたからだ。

 その情報は、さとりのいるこの場から遥かに離れた人里にいるある人間の記憶から齎された物であり、かつそれなりに確度の高い情報だった。

 

 博麗の巫女は、幻想郷の空に浮く宝船に財宝を取りに行っているため、博麗神社にはいない……と言う話。つまり、古明地さとりが向かおうとしている先に博麗の巫女はいないと言うことだ。

 しかし、宝船が幻想郷を飛んでいると言うのもおかしな話。さとりが知る限り───今のさとりが知ろうとして知ることのできないことなどあまりないのだが───宝船などと言うものが幻想郷にあるという事実はない。つまり、よほど厳重に隠されているか、あるいはそもそも宝船ではないものを宝船だと勘違いして動いているかのどちらか。正体を知らないさとりにはどちらが真実かはわからない。

 ……だが、しかし。しばらく前の古明地さとりならばともかく、今現在の古明地さとりが知ることのできないことはほぼ存在しない。誰かが、あるいは何かが知ってさえいれば、古明地さとりはそれを知ることができるのだから。

 さとりは自分の三つ目の眼に手を翳し、意識的に知識を読み取った。幻想郷で、今、空を飛んでいる船の正体を知る者を探し、その知識を得て、何を目的としているのか、あるいは何も目的としてはいないのかを知る。

 

 さとりの頭の中に、多くの情報が流れ込む。人里に住む人間達の他愛もない知識や、歴史を司る半獣が今まで隠したり食らったりした無数の歴史、隠れ住む小妖の恐怖の記憶。大妖の悠然とした記憶。博麗の巫女の最近の食事内容───これには少しばかり目頭が熱くなった───など、殆どは無駄なものばかり。

 しかし、極僅かにではあるが有用な知識も入ってくる。

 

 星蓮船。法界に封じられし尼僧。封印を解く鍵。毘沙門天の代理。化け鼠の賢者。尼入道と雲入道。

 

 ───法界の成り立ち。構成。解除方法。封印式。込められた想い。呪詛。恐怖。畏怖。憎悪と嫌悪。邪推。理想を叶えられず歪み、魔道に堕ちる。

 

「───やれやれ。やはり必要以上に知ってしまいますね。本当にどうにかしなければ」

 

 次から次へと頭に流れ込む情報を無理矢理に断ち切り、古明地さとりは呟いた。

 何故、今幻想郷に宝船……正確には星蓮船だが、それが現れたのか。それらの理由と原因と、その行動に込められた想い。それだけでなく、それ以前の───尼が法界に封じられる原因までも知ってしまう。

 そんな状態の自分の能力に辟易とした感情を向けつつも、しかしさとりはそれを受け入れる。

 使えるならば使う。使って何か益があるならば使う。益と不利益を天秤にかけ、益に傾けば使う。古明地さとりはそうしなければ生きていけない弱い妖怪だと自負していた。

 手札を選ぶことができるのは強い者だけ。手札を選べず、全てを使わねば目的を遂げることもできないような弱い存在が、感情として嫌だからと言って使えるものを使わないのは───凡人ではなく愚者の考えだ。

 古明地さとりと言う妖怪は、その考えを当然のものだと認識していた。

 

 ……はっきり言うと、この考え方は弱者の考え方だ。自らを弱者として、できることとできないことを理解し、自分のできることを最大限使い、自分にできないのならばそれをできる相手を狙い通りに動かし、そして最後には絶対に目標を遂げてみせる、弱者であるがゆえに強者を打ち負かすことのできる賢者の考え方である。

 この考え方は、強者が真似しようとして真似できるようなものではない。強者であるならばどうしても自分の能力に自負を持ってしまうし、弱点があったとしてもその多くを長所で補えてしまうために自らの弱点を省みたところで何とかなると思ってしまう。

 そういった思いは誇りへと繋がり、誇りは時に自らの行動を阻害する。負う必要のない枷を負い、行動に制限を付けてしまう。実力に自信があるせいで、どうしても今よりももっと良い結果を求めてしまう。それこそが強者の持つ驕りの一部であり、弱者が付け入る隙となることもある。

 

 では、もしも。万が一に。天文学的な確率で―――そういった驕りを一切持たず、自らを真に弱者であると誤解し、弱者らしい行動原理を身に着けたうえで弱者らしく振る舞う強者が存在したとすれば。それは非常に恐ろしいほどに強力な怪物となることは間違いない。

 欠片も油断せず、多くの存在の中に埋もれるように強者からの注目を逸らし、例え見つかっても弱者らしく振る舞うせいで強者の目には留まらない。目的のためならばいくらでも策を巡らせ、必要ならばあらゆる手を使う。そんな強者が存在したとすれば。

 その結果は二通りに分けられるだろう。

 強者に振り回されそうになり、反撃してしまって世界の表舞台に出ることになるか、あるいは本当に見つからずに平々凡々に一生を過ごすか。そのどちらかの道を進むことになるだろう。

 実際に、古明地さとりと言う妖怪は強者である鬼に見付かって表舞台に引きずり出されてしまったし、一度名を持つキャラクターとして舞台に出てしまってはもう一度名も無きモブに戻ることは難しい。それこそ、初めから見つからないで寿命を迎えるよりもはるかに難易度は高いだろう。

 

 だが、それがどれほどに難しいものだったとしても、古明地さとりが古明地さとりである以上、その目標を諦める事は無いだろう。

 古明地さとりの目標は、平凡に生き、平凡に死ぬこと。それは今となっては難しく、その道は始めに夢見たそれよりもはるかに険しいものとなってしまっている。しかし、それは古明さとりと言う妖怪にとっては諦める原因にはならない。難しければ難しいほど燃える、と言うわけではなく、本人が『平凡である自分が平凡でなく死ぬ事は無い』と考えているからだが、そんな彼女にとっての平凡な生の中で彼女は自身の一生を精いっぱいに楽しもうと努力しているからでもあった。

 

 どうにかして早く能力の抑えを作ってもらわなければならないと考えるさとりは、一つの考えを実行することにした。

 博麗の巫女の最近の食事内容は、はっきり言ってあまりよろしいものではない。地霊殿の主である自分はもっとちゃんとした物を食べているし、さとり自身の飼うペットですらあれよりは大分体にいいものを食べているだろう。

 そんな訳で、博麗の巫女をおびき寄せるためにさとりは料理を作り、博麗神社で待ち構えることにした。何もなければ博麗の巫女を刺激することは叶わないだろうが、色々と赤貧状態である今の博麗の巫女ならば料理を用意しておけば釣れる可能性も十分にあると考えられたからだ。

 

「……人里で白菜とお葱が安い……あとはお豆腐に乾燥椎茸、お醤油とお味噌は……地霊印のを無料提供用にいくつか小分けにしていたのがあるからそれを使うとして……流石に虫肉は食べさせられないわよね」

 

 一瞬自分が殺したばかりの虫の妖怪に視線を向けるも、すぐにその思考を振り払う。人間である霊夢に妖怪の、しかも虫の肉なんて物を食べさせては後で何を言われるかわかった物じゃない。

 それを理解しているさとりは小さく一つ溜息をつくと、宝船……否、星蓮船に向かって飛行している霊夢をスキマからこっそりと観察している紫へと思念を飛ばした。

 

 ―――『想起・ちょっと貸し一つ分で肉買ってこいや。代金お前持ちで。博麗の巫女に食べさせる分だから人間に食べられる物で、できれば牛肉。たくさん食べるだろうからかなり多めによろしく』。

 

 飛ばした思念の内容は大体こんな物であった。さとりは肉豆腐を作るつもりであったので必要最低限の物を頼んだのだが、八咫烏の件でも使わなかった八雲紫への貸しの一つをこんなことで使っていいのだろうかと言う思いは拭いきれない。数秒後に開いたスキマの中で、片手に肉のパックが数多く入ったスーパーのレジ袋を片手に下げた藍の微妙そうな顔を見れば、そのことが事実だとよくわかるだろう。

 

「……なあ、古明地さとり。私が言うのもあれかもしれないんだが、紫様に貸しを作っておいて、これで消費してしまっていいのか?」

「必要そうだからそうしたまでよ。どうせまだまだ貸しはあるんだし。今回一つ減らして107よ。……ちなみに博麗神社でお鍋の予定なのだけれど、貴女もいかが?」

「遠慮しておくよ」

「お揚げも買う予定なのだけれど」

「―――い、いや、遠慮して……おくよ」

「〆はやっぱり狐うどんかしらね」

「――――――くっ!卑怯な!」

「……地底の小麦で作ったおうどんは美味しいわよ? 八雲紫も呼んでくれて構わないけれど」

「それは駄目だ。霊夢の前で紫様のあのお姿を見せるわけにはいかないからな」

「そう。で、貴女は?」

「行きます」

 

 ひょい、と肉のパック(特売日の物らしく、純国産黒毛和牛しゃぶしゃぶ用、と書かれていた)を袋のまま受け取り、そのまま人里に向かって飛行する。その速度はけして早くはないが、いくらゆっくりであろうとも人里の店が閉まるよりは早く到着するだろう。その程度の速度で飛んで行くさとりの背を見届け、藍は自分の主へと報告するためにスキマを閉じた。

 

「……いつの間にか108も貸しを作らされていたのか。意外に侮れんな、古明地さとり」

『平凡で小さな妖怪に向かって、酷いわね』

「……」

『最近範囲が広がったのよ。スキマの中でも読めるから、あまり変なことは考えないでほしいわね』

 

 スキマを開いていたから気付かれたのだと思っていたら、閉じていても読まれてしまうことを知った。天敵からの逃げ場を失ったスキマ女とそのオトモの九尾の狐は、これから一体どうなってしまうのか。それを知る者は、現状誰もいないのだった。

 



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氷精はこうして限界を超え、そして同時に破格を知る ○

 

「やいそこのお前!あたいと勝負しろ!」

 

 人里に向かって空を飛ぶさとりの前にそんな声とともに現れたのは、さとりから見ても小さな妖精だった。

 氷のような翼を広げ、腕を組んでさとりを睨み付けるように見つめるその姿はまさに子供と言うべきもので、さとり自身もそのまっすぐな目と在り方に僅かに好感を抱くことができる。

 だが、突然に挑まれた勝負。いきなりすぎるそれに僅かに驚きながらも理由を探ってみれば……それもまた実に子供らしい理由によるもの。ペットであるお空と会わせれば仲良くなれるんじゃないかと思いながらも、さとりはその小さな氷精───チルノに向き直った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 妖精であるチルノは最強の称号を持っている。事実、妖精の中でと言う前提があればチルノは最強に近い。単なる一妖精でありながら、大妖精の言葉を無視できると言う時点でその事は理解できるだろうが、しかしその力は神話に描かれる妖精に比べればそこまで強いと言える物ではない。比較対象が神話の存在と言うだけでも十分な力を持っていると言えるが、それは現在において世界の誰よりも強い存在であると言えるわけではない。

 チルノは自身が最強であると言う証明をするために、多くの者に弾幕ごっこを挑んできた。博麗の巫女をはじめとして、白黒の魔女や闇の妖怪、蟲の王、四季のフラワーマスター、幻想郷の閻魔など、同格だろうが格上相手だろうが一切構わずに弾幕ごっこを挑み続けていた。

 結果として格上相手に勝った回数は相当少ないものの、一度は閻魔や天狗、花妖怪にすら勝利を収めて見せたこともある。

 そんな『最強の妖精』であるチルノは、今日も新しい弾幕ごっこの相手を見つけた。妖怪の山の方向から人里に飛んで行こうとする、見慣れない妖怪であった。

 その妖怪に弾幕ごっこを挑んだのだが……その妖怪はじっとチルノを見つめるばかりでスペルカードを出そうともしない。

 

「おーい、聞いてっかー。弾幕ごっこだよー」

「……」

 

 じっとチルノを見つめるだけだったその妖怪は、チルノに促されてようやく懐からスペルカードを取り出した。チルノが突き出したカードは五枚。そして相手の妖怪が出したカードは三枚。これだけでもその小さな妖怪に不利だと言うのに、しかしその妖怪は慌てた素振りも何も見せない。それがなぜかと考えるよりも早く、相手は囁くように開始の言葉を告げた。

 

「では、始めましょう」

 

 ゆらり、と小さな妖怪が手を軽く振る度に空中に弾幕が現れ、ゆっくりと動き出す。チルノにその弾幕を見た覚えはないが、しかし何故か末恐ろしく感じてしまう。

 そのせいで、聞き逃がしてしまった。これから始まる悪夢のような出来事の開始を告げる声を。

 

『想起』――――――

 

 一瞬、チルノの視界が僅かに揺れたが、数回の瞬きの後に何も変わらない光景に戻る。

 

「内面漏出『冷たきものども(イーリディーム)』」

 

 その妖怪の持っていたスペルカードが一枚輝き、発動を知らせる。瞬間、周囲一帯が極寒の冷気に覆われ、湖の水面どころか湖岸の下草さえも凍り付く。大気中に存在する水分が一気に凝結し、非常に濃い霧となってチルノの視界を覆い尽くした。

 しかし、チルノは氷の妖精である。暑い中ならばともかく、寒い中で弱体化するような事は無い。むしろ、氷を作りやすい寒い環境で、それも周囲に水が多いのならば強化に直結してしまう。チルノはそれを理解して、にやりと笑みを浮かべた。

 

「残念だったわね!あたいは氷の妖精!寒いのは慣れっこだよ!」

「知っていますよ。だからこそです」

 

 全く表情を変えないままにそう言う妖怪に向けて、チルノはスペルカードを発動させる。小手調べとして使うのは、初めて自分が作ったスペルカードである『アイシクルフォール』。しかしそのスペルカードは以前とは全く違い、大きな隙であった自分の正面への対応もしっかりとなされている。

 そうして撃ち出された氷の礫は霧の中を突き進み、影すら見えなくなってしまった小さな妖怪のいた場所に突き刺さる。

 ……が、しかし手応えがない。そこに居るはずの妖怪は、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 だが、突然にチルノに自分が作った氷の礫よりはるかに大きな礫が撃ち付けられる。濃霧の中から突如として現れたそれは避けるだけでも非常に苦しく、しかし速度自体はそこまでではないためになんとか避けられていた。

 その礫はチルノが撃ち出した礫を難なく撃ち落としながら突き進む。威力があまりにも違うせいで勝負にすらなっていない。それどころか、撃ち出した礫が相手の作った礫に呑み込まれ、どんどんと大きくなっていくのを見せられたチルノは、なんとかそれを避けることに全力になった。

 自分の撃った弾幕は相手の弾幕に呑まれてしまい、反撃どころか相手の弾幕を強化してしまう。一度発動してしまったスペルは決められた弾幕を撃ち終えるまで止めることができず、チルノはじりじりと追い詰められていく。

 

「スペルブレイク」

 

 小さな妖怪の持っていたカードが砕けるように光を失い、そして初めから存在しなかったかのように消えてしまう。チルノの使っていたスペルカードも同じように砕けてしまい、お互いに使えるカードを一枚減らした。

 

 小さな妖怪の持つカードの残りは二枚。チルノ自身の持つカードは四枚。今回のスペカは相手の強化になってしまったが、同じスペルカードを同じ戦いで何度も使うような奴はそういない。一度抜けられればパターンや安全な場所を見抜かれてしまうし、そうなったら勝てなくなるだけでいいことなんて何一つないからだ。

 だから、今度こそとチルノはスペルを発動する。

 

「今度は外さないぞ!凍符『パーフェクトフリーズ』!」

「外さない、と言うなら避けてしまえばいいのですよ」

 

 小さな妖怪はまるでどの球がどんな軌道を描いてどこに飛んでくるのかを初めから理解していたような動きで弾幕を避けていく。必要以上に動く事が無いためにゆっくりに、かつ流麗にすら見えるその動き。しかしどこまで行ってもぎりぎりを避けているようにしか見えないのにあたる気配のないその動きに、チルノの頭に血が昇っていく。

 全く焦りを見せないその顔が。汗の一つも見せない肌が。チルノの目指す『最強』と言う称号に泥を塗っているように感じ、徐々にチルノの撃つ弾幕に必要以上の力が入っていく。速度が上がり、弾幕の一つ一つが大きくなったが、その代わりに弾幕の数が少しずつ減り、そうしてできた弾幕の隙間にその妖怪は滑り込むようにして弾幕を避けていく。

 そして、チルノの二枚目のスペルカードが時間切れで破られる。すぐさまチルノは三枚目のカードを構え、同時にあの小さな妖怪も二枚目のカードを構える。

 

「凍符『マイナスK』!」

「内面湧出『イイーキルスの白蛆(ルリム・シャイコース)』」

 

 突然、気分が悪くなる。あの妖怪はまたいつの間にか見えなくなってしまい、代わりに見えるのは真っ白な芋虫のようなもの。ただ、それは大半の人間よりもはるかに大きく、目と思われる場所からはいくつもいくつも真っ赤な球体を溢している。

 そして、その蛆虫のようなものは白色の光線を何本もチルノに向けて打ち出してくる。間一髪チルノはその光を避けるが、その光に照らされた場所は大理石にような白色の氷に覆われてしまう。グラグラする頭を押さえ、チルノは小さな妖怪に向けて撃つつもりであった弾幕の全てを巨大な白蛆に向けて撃ち出す。白い蛆は避ける素振りも見せずにその氷の弾幕を受け止め、反撃とばかりに白い光線を空にいるチルノに撃ち出す。

 チルノの氷の弾幕はあの小さな妖怪にはほとんど効かない。しかしあの小さな妖怪のスペルカードもチルノに致命的な効果は無い。それどころか、未だかつてないほどに冷やされた空気の中で、チルノは最高のコンディションを維持することができていた。

 氷を打ち出し、光線を避ける。それだけの行為がとても簡単にできていたし、いつもなら避けられなさそうな速さで迫る白い蛆の出した光線もなんとか避けることができていた。

 

「まだまだぁっ!あたいのほんきをくらえぇぇっ!!!」

 

『マイナスK』で撃ち出される弾幕の数が増えていく。小さな礫のようなものを適当にばら撒くような物だったのが、いつの間にかばら撒かれる弾幕はその全てが大玉へと変わり、元々の弾幕よりも遥かに避けづらくなっていた。

 だが、その弾幕も白い蛆のようなそれには全くと言っていいほどに効果が無い。チルノ自身も白い蛆のような存在から放たれる攻撃をいくら受けていたところで恐らく全く問題は無いし、周囲が寒くなれば寒くなるほどに強力になる自身の能力に振り回されながらも戦いを続けていくことはできていた。

 互いにスペルカードの効果が切れ、通常の弾幕の撃ち合いとなる。通常弾幕ですら厄介極まりないうえに、チルノの使うスペルカードを真正面から打破することのできるスペルを使うその妖怪は、肩で大きく息をしているチルノに冷めた目を向け続けていた。

 

 その目を見ていると、チルノの意識の内に激しい怒りが湧き上がる。

 その妖怪は、自分を見ていない。妖精最強である自分をただのちょっと力の強いだけの妖精としか認識していない。

 名前に興味も持たないし、存在自体に興味が無い。どこでどんな行動をしていようと関係ないと初めから無視を決め込み、いようがいまいがほとんど変わらないものとして見られている。

 それはまるで道端に転がる一つの石ころを見るような、森の奥で足元に落ちていた朽ちかけの葉を見るような、そんな視線。その視線が、チルノの頭に急速に血を上らせた。

 

「氷王『フロストキング』!!!」

「……それはちょっと反則じみていませんか?」

 

 そう言いながらも、その妖怪はほぼ避けようのないその弾幕の隙間を、まるですり抜けるようにして移動する。普通にやるなら間違いなく当たるはずのその弾幕は、明らかに普通でしかないその妖怪の、どう見ても普通以外の何物でもない移動で避けられてしまった。

 

「……しかし、随分と厄介な妖精ですね。こんな弾幕を当然のように使いこなすとは。一般的な妖精なら、こんな量の力を使えば一時的に消えてしまうのが道理でしょうに」

「うるさい!」

「褒めているのですよ。貴女が考えているような馬鹿にした感情など、これっぽっちも持ち合わせておりません」

「うるさいうるさいっ!!」

「そう言わず。貴女は妖精としては素晴らしく強い。あの閻魔大王が僅かにとはいえ危険視するだけの事はある。それはまごう事なき事実で―――」

「うるさぁぁぁぁぁいっっっ!!!!!」

 

 何の感情も込められないまま、自分よりも遥かに高い位置からかけられるその声にチルノは耐え切れずに叫ぶ。ただでさえ避ける隙間もないような弾幕がほぼ完全に繋がり、まるで十倍に早送りをしているような速度で弾幕が飛び交う。

 しかし、なぜかその弾幕は当たらない。一発たりとも当てられず、しかし当たらないと言い切れるほど的外れと言うわけでもない。もう少し弾速を速くできれば、もう少し弾を大きくできれば当たる。そして、今のチルノにはそれができてしまうだけの力が漲っていた。

 どんどん力を注ぎ込み、望んだ通りに弾を大きく、速くしていく。しかしそれでも、どうしても当てられない。

 

 そしてついに、チルノのスペルカードの発動時間が切れた。それと同時に、小さな妖怪は最後のスペルカードを発動した。

 

「―――内面奔出」

 

 ほんの一呼吸。小さな妖怪が置いたその一呼吸の間に、チルノは幻を見る。

 

 海が凍る。ビギビギと嫌な音を立てながら凄まじい速度で海の大半が凍り、深海までも一瞬にして凍る。

 大地が凍る。植物には一瞬にして霜が降り、同時に瞬間冷凍されて原形を留めたまま凍り付く。

 世界が凍る。凍て付くのは地球に留まらず、海を越え、大地を越え、空を越え――――――太陽すらも呑み込もうとするほどの冷気。

 凍て付いた物からはエネルギーが失われていく。それは熱エネルギーに留まらず、運動エネルギーを呑み込み、質量と言う形で存在するエネルギーをも呑み込み、あらゆる物を呑み込みながら無数の星々を埋め尽くす。

 

 そんなチルノの見た幻覚は、二つの意味で同時に砕け散る。

 

 一つは、小さな妖怪の続けた言葉に正気を取り戻したことで幻覚が立ち消えたこと。そしてもう一つは――――――

 

極冷の灰炎(アフーム・ザー)

 

 文字通り、チルノが見た幻覚そのものが、幻覚ではなく現実としてチルノの前に現れたからだ。

 

 同時に、チルノの……『氷の妖精』の身体が凍り付いていく。氷と言う存在すらも認めないほどの極低温。存在をすり減らし、消滅させてしまうような、氷の妖精であるチルノですらここまで温度を下げるようなことはできはしない。

 凍り付いた身体は動かない。ただ、閉じることもできずに凍り付いたその眼に、一瞬にして呆れるほどに変わってしまった周囲の風景を映し出す。

 瞳に映るその光景も、チルノの身体を動かすことには繋がらない。完全に凍り付き、行動を抑え込まれてしまっている。

 

 完全に凍り付いた存在は、その命すら時を止める。時の流れすらも凍り付いた冷気の中で、灰色に燃える炎だけがゆらゆらと揺らめく。

 そして、凍り付いたチルノは凍り付いたまま、時すら流れることのない氷の中で永遠とも一瞬ともいえる時を過ごし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『───』

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「スペルブレイク」

 

 小さな妖怪───古明地さとりはそう呟き、同時に一枚目(・・・)のスペルカードが砕けるように光を散らす。

 目の前にいる氷の妖精は白目を剥いて落下し、緑色の髪をした別の妖精に抱き止められた。

 

 想起『狂気神話・氷』。

 古明地さとりの記憶の中に存在する、無数の神々の知識。それをトラウマとして想起させる。言ってしまえばただそれだけの技であり、ついでに言えば防御もそう難しくはない。

 だが、氷に関わるものに限定しているとは言え神話生物としてはそれなりに強力なモノを直接意識の中に叩き込まれてしまっては、正気を失うような衝撃を受け、意識や記憶の一部を失ってしまっても仕方がないことだと言える。

 さとりにとっては単に意識を失っただけで済んでいるチルノの精神力には目を見張るものがあると考えているし、そのことについては素直に称賛してすらいた。

 

 そうして意識を失ってしまったチルノを横目に、さとりはゆっくりと飛んで行く。向かうは人里。新鮮な野菜と豆腐を買いに、古明地さとりはゆっくりと飛んだ。

 

 



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10 私はこうして厄介を招く

 
 今日は更新しないと言ったな。
 あれは嘘だ。すまんな。


 

 外に出ると、他人の心の声があまりにも五月蠅い。だからこそ私は地霊殿の奥底に引きこもっていたと言うのに、なぜか今こうして地上の、それも人間の里にいる。

 こいしがやっていたように他者の無意識に入り込めばそんな煩わしいこともないのだろうが、私にはそんなことはできない。精々が第三の目に薄目をさせて気配を薄くすることくらいなものだ。

 そうやっていると自分の意識も希薄になるし、無意識に呑み込まれそうになるから本当はあまりやりたくないんだけれど……まあ、必要になってくる時もあるのが生きていく上で面倒臭くも面白いところだ。

 そういうわけで私は誰かに絡まれることがなくなる程度、かつ話しかければ無視される事は無い程度に影を薄くしつつ、人里を歩く。八百屋で野菜を買い、豆腐屋で豆腐とお揚げを買い、乾物屋で干物を買う。しかし残念ながら海の幸なんてものはこの幻想郷には存在しないし、もちろん昆布や鰹節と言った良い出汁を出す海産物など望めたものではない。

 その辺りはもう仕方ないと諦めて、別の物で代用することにした。キノコや肉からでも出汁は出るし、非常に薄くはあるが野菜からだって出汁は出る。それを理解していればある程度やっつけでもどうにかなるものだ。ペットたちのご飯を作っている私にとって、このくらいの事はできて当然。残念ながら漫画や小説に出てくるような一流を越えた超一流の料理人のような料理は作れそうにないが、才能の必要ない努力で何とかなる範囲での事なら私は大体できたりする。これも妖怪ならではの無駄に永い経験の賜物と言える。

 特に今は、他者の記憶から経験を得て行動に移すことができる。人里だけでなく、それこそこの幻想郷のあらゆる場所のあらゆる存在の記憶を覗き込み、それらの経験を統合して取り込み続け、さらに箍が緩み始めているのか『知りたい』とほんの僅かにでも考えた瞬間に世界から必要な記録が頭の中に叩き込まれてくる。

 その瞬間に分岐したあらゆる世界からの知識の吸い出しには届いていないが、このままではいずれ私は世界の過去の記録だけではなく、世界の未来の記録にすら手を届かせてしまいかねない。現に今、私は世界の未来の知識の存在に気付けてしまうところまで来てしまっているのだから。

 覚妖怪の最も多い死因は事故死だが、次に多い死因は発狂死であると言うのは、覚妖怪の中では有名な話だ。それも、優秀な覚妖怪からそうして死んでいくことが多いとなると……恐らくそう言った覚妖怪たちは今の私のような状態になり、それに耐え切ることができなくなってしまったのだろう。これだけの情報量を頭に叩きつけられ続ければ、そりゃあ発狂の一つや二つするだろう。

 私はこいしと言う先駆者がいるために可能としてはいるが、もしもこいしがいなければ今のように第三の目に薄目をさせて情報量を抑えようなどとは考えなかったはずだ。なにしろ第三の目は覚妖怪にとってはある意味心臓と同じ。なくなればすぐに死ぬか緩やかに死ぬかのどちらかでしかない。

 

 半ば無意識のうちに買い物を済ませ、博麗神社に向かう。道中で奇妙な飛行物体を見つけ、それを半ば無意識にいくつか回収しつつ飛行していく。無意識とは恐ろしいもので、私はそれが何だか知っていたはずなのに、いつの間にかそれを集めてしまう。

 そのお陰で……まあ、こうなっているわけで。

 

 目の前に浮いている巨大な飛行物体。なんなのかは知っているけれど、知っているからこそ完全に破壊してしまうわけにもいかない面倒なもの。ついでに言えば意思も無ければ記憶も無い物なので『想起』による攻撃も不可能。非常に面倒な相手である。

 けれど、とりあえず落とすだけならば十分に可能。私自身に私の記憶している何物かの弾幕を『想起』させることで、私は私の知るものと同じ弾幕を撃つことが可能となる。

 今回は、威力は低めに、しかし弾数は多めに。となると真似る相手はおのずと人間か妖精に限定される。

 私が撃つのは博麗の巫女の使う符のような弾幕。非常に高い追尾性と、かなり低い威力。どちらもいま求めている物を十分に満足させられるものだ。

 飛行物体は札の形をした弾幕に撃ち落とされ、奇妙な物を吐き出して消えた。同時に私に色々な物を残していったわけだが……流石は砕けた欠片とはいえ伝説に残る品と言う事だろう。

 

 このように私は色々なものに関わってしまうようになった。無意識での行動はそれを加速させてしまうのだが、死ぬかもしれないと言う事を考えれば安くはないが仕方のない出費だと思うことができる。

 ただ、現状でもっとも相手にしたくないのは、『正体不明』だ。その正体を知ろうとなどしてしまえば、正体不明であるのをいいことにあらゆる知識が私の頭におそいかけてくるだろうことは間違いない。正体不明だと言う事はあらゆる可能性を内包すると言う事だ。可能性がゼロでないのならばそこから無理矢理に結果を引っ張り出してくるような頭がおかしいとしか思えないような相手もいなくはない。

 そんな怪物の相手こそ、博麗の巫女にお願いしたいものだ。こんなひ弱な一妖怪でなく。

 

 

 

 ■

 

 

 

 とある妖怪は気付いていた。自分を構成する力が、少しずつ弱くなっていることに。

 その妖怪の力の源は『正体不明』である。つまり、それが覆されたと言う事であり、正体不明が正体不明でなくなったと言う事。正体不明にしたはずの物が、いつの間にやら正体不明から既知の物に変わってしまったのだ。

 その妖怪には原因がわからなかった。しかし、誰かが自分の力によって正体不明にされた物の正体を看破したと言う事だけはわかった。

 故に、その妖怪は動き出す。自分の力を保つために、自分の力を削ぎ落とさんとする何者かのいる場に飛んで行く。

 その相手がどこにいるのかは、その妖怪にはわからなかった。しかし、自分の力によって正体不明にしたものが正体を暴かれて自分の支配下になくなった場所はわかる。全ての場所がわかるわけではないが、それでもいくつも連続して消されればおよその位置を掴むことくらいはできた。

 

 正体不明を悠々と既知に塗り替えるもの。ある意味では自分の天敵。正体不明でなければ大きな力を出すことのできない彼女にとって、知られると言う事は死に直結する。

 故に、これ以上知られないようにするために。知られてしまったものを再び正体不明に戻すために。

 平安に生まれ、強大な力を得た大妖怪、『鵺』は、天敵のいるその場所に飛ぶ。

 

 向かう先は博麗神社。恐らくではあるが、そう時間はかからない。

 とある小さな妖怪と、とある強大な妖怪との争いの幕は、このようにして開かれることになる。

 

 

 

 ■

 

 

 

 とある場所。そこに立つ小さな小さな賢将は、一人頭を抱えていた。

 足りない。飛倉の破片が、圧倒的に足りないのだ。

 

 白蓮を救うために必要なもの。片方は一度どこかのバカ寅が無くしてしまったものを自分が見つけ出して預かっているため問題ないが、もう一つ……飛倉の破片の数がどうしても足りそうにない。現在星蓮船に向かっているらしい巫女の集めた物を纏めてもまだ少しだけ足りず、足りない分を自力で見つけ出そうにも何故か近場には全く存在しない。まるで破片が自らこの場所を避けてしまうようだ。

 そんなことは本来ならばあり得ない。こちらには毘沙門天の代理を勤め、同時に毘沙門天と同一視される宝物抻クベーラに合わせた『財宝が集まる程度の能力』によって財宝と感じるものは必ず寄ってくる筈だし、実際にある時間までは順調に飛倉の破片を集められていた。

 しかし、ある時間からぱったりと飛倉の破片が集まらなくなってしまった。このままでは、白蓮を法界から解き放つにはどうしても飛倉の破片の数が足りない。

 自分は法界の位置を探らなければならないためにこの船から移動することはできない。また、協力者の一人である村紗水蜜も星蓮船を動かすには必要な人材だ。一応主である寅丸星は最後に宝塔を使うに不可欠な存在であり……この時点で動かすことのできる相手は一人しかいない。―――いや、二人、だろうか。

 

「一輪。飛倉の破片の集まりが悪いから、ちょっと行って集めて来てくれないかい」

「場所はどこ?」

「そうだね……方角はあっち。何か妙に多く集まってるのがあるから、それを集めてきてくれれば多分足りると思うよ」

 

 小さな小さな賢将は、そう言って再び法界の正確な位置を探り始める。一輪はいつも自分と一緒にいる見越し入道を連れて、示された方角へ飛んで行く。

 結果、彼女たちが誰と出会い、どんな結末を迎えることになるのかを知る者は、まだ、誰もいない。

 



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11 私はこうして厄介に備える

 

 地底に住み着くと言う事象。その原因は無数にある。人を食い過ぎて畏れられたが故であるとか、封印の柱としてであるとか、自分から入り込んで行っただとか、それこそ千差万別。しかし、かつて人間の中にまだ霊や術と言うものが当たり前に存在していたころには、妖怪や魔女などが地獄や地底などの『人間の目の届かない場所』に封印されることはごくあたりまえであった時期がある。

 そんな時代に地底にやってきた、あるいは地底に封印された妖怪たちは、地底の妖怪達との戦いによって命を散らすことが多かった。地底に古くから暮らす妖怪たちは強大な力を持つものが多く、封印されてしまうほどに弱っていた妖怪は生き残ることも難しかったからだ。

 だが、時にそういった食物連鎖から逃れ、地底に住み着く妖怪たちも少なからず存在する。そういった存在は少しずつ地底に馴染んでいき、百年もしないうちにいつの間にか地底の妖怪の仲間として当たり前に過ごしている。

 それぞれの理由はあれど、人間に広く知られることとなった妖怪の多くは何らかのことが原因で封印されたり逸れ者になったりして、そういった者たちの最後に行きつく場所が地底であるのだ。

 

 そんな地底でも、何か大きな出来事でもあれば現状は変わる。例えば、地底に封じられた空を飛ぶ船の封印を解きたいと願う見越し入道を背負った尼入道が力不足ゆえに死んだように過ごしていた時に、偶然にもその封印が死霊の奔流と間欠泉によって封印が解かれる……と言うことがあれば。

 当然、その尼入道は自分の目的のためにもその船に乗っていた仲間達と共に目的を果たしに向かうだろう。

 

 ……そして、今、飛倉の破片と呼ばれる宝具が足りていないらしい。その飛倉の破片とは私が先程正体不明でなくした未確認飛行物体だった物のことであると言うことはわかっていたし、私自身は集めるつもりなんて毛頭なかったのだけれど……無意識第三の目を薄目にしていたせいで増えてしまった無意識領域での行動で飛んできていたその破片とやらを数多く回収してしまったらしい。

 しかも、どうやらこの破片、一度集まると勝手にくっついて大きくなり、他の破片も呼び集めるようになってしまうようで、今も少しずつ無数の破片が集まり始めていた。

 だが私にはそんなものは一切関係ない。こんなものを集めたところで私には何の特もないのだし、これを集めにここに来る彼女にでも渡してさっさと帰ってほしいとすら思う。使えないものは使えないのだから、私に害の無い範囲で有効に使える方が有効に使うのが一番だろう。

 

 ……けれど、どうも話はそう簡単には進まないらしい。どうやら私にとってかなり面倒な相手がこの場所……博麗神社に向かって飛行してくるのがわかる。

 正体不明の権化。正体不明と言う事象そのものの精霊ともいえる、日本生まれの大妖怪。正体不明こそが正体であるがゆえに、ヒトの形をとることをやめてしまえばその姿を何者にでも変えることができ、真の姿と言うものを持たない。

 ただし、その弱点ならば理解している。正体不明こそが根源であるならば、未だ不明とされていることの正体を暴けばそれだけその力は弱くなる。誰もが知っていなくとも、誰かが知ってさえいれば正体不明は正体不明ではいられない。

 

 ―――そして私は、世界が知っていることではなく、世界が認識はしているが知りはしないことまで知り続けている。ただ記録されているだけの情報ではなく、その記録から現象の正体を理解して知ってしまっている。

 つまり、その相手……鵺にとって、私は生きているだけでも自分の存在を削っていく害悪でしかない、と言うことなのだろう。そうでもなければ私に近付けば近づくほどに鵺本人だけが認識している正体を私に知られ、正体不明の能力がさらに使いにくくなっていくのにそんなことをする理由がない。

 今はまだ正体不明の光球としてこちらに向かってこれるだけの余裕があるようだが、博麗神社に到着するころには自分の正体を不明にすることすら難しくなってきているはずだ。

 それでも止まらないと言う事は……つまり、そういうことなのだろう。

 

 それに、鵺だけではない。元人間の尼入道と見越し入道の二人組もこちらに向かってきている。恐らく目的は私が半ば無意識のうちに集め、今もなお集まり続けている飛倉の破片。これが大量にここにあるせいで、あちらの計画に無理が出てきているのだろう。

 しかし、やけに殺気立っている。私がここにいると言う事も理解しているようだし、ここには私しかいないと言う事も先に霊夢さんと戦った彼女達ならばわかっているはずだろうに、いったい何をそんなに怯えているのだろうか。

 私が目の前に居れば、彼女たちが落ち着けるように小粋なジョークの一つでも……いや、私では無理だ。恥ずかしい。

 とにかく、多少ではあるだろうが落ち着かせてあげるくらいの事はするだろうけど……本当に、いったい何にあれほど怯えていたのだろう。昔私に会いに来た時も同じように顔を真っ青にして今にも嘔吐しそうなほどに怯えきっていたのだけれど……今回、もう少し深くまで読み取ってみることにしよう。

 

 私は料理の下拵えをしながら、そう呟いた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 正体不明は焦っていた。自分の力がどんどんと失われていくことに気が付いたからだ。

 かつて、鵺は『雷獣』とも呼ばれていた。しかし今現在、鵺は雷を起こすことも無ければ纏うこともできない。

 それは何故か。それは、人間が雷の正体を理解し、そして雷を起こすことに成功してしまったからだ。

 雷の正体が不明でなくなった瞬間に、雷獣と呼ばれた鵺は雷獣ではなくなった。

 それからも、人間たちが何かを解き明かすたびに鵺として振るうことのできる力は失われていった。

 

 幻想郷に来てからは、外の世界と閉ざされているせいか失くした力の一部は再び使うことができるようになった。外の世界から流れてくる書物などのせいか雷を使うことはできなかったが、外の世界では人間が忘れていった『妖怪への畏れ』を受け、少なくともこの幻想郷で必要以上に命の心配をする事は無くなった。

 鵺は再び自分の『正体不明』を振るい、時に妖怪を、時に人間を脅かし、迷い込んだ人間を喰らいながら今までを生きてきた。

 

 しかし、せっかく取り戻した正体不明()を、何者かががどんどんと理解していく。人間が発見した時と同じように、少しずつ自分の身体から力が抜けて行き、やがて力は失われてしまうだろう。

 ……実際には、それを理解した存在が一人だけならばそこまで問題でもないのだ。問題となるのは、そうして得た知識を誰かと共有され、広く知られてしまうことにある。

 

 『正体不明』と言うものは、それを見た者によって変わる。誰かがそれを発見し、それを隠し通した場合、他の多くの存在にとってはそれは正体不明のまま。ただ、知っている者が非常に少ないだけで実際には正体不明と言えるわけではないのだが、それでも鵺にはまだ力が入る。ほんのわずか、力が削られるだけなのだから。

 この状態を、鵺自身は『正体無名』と呼んでいる。いつ失われるかわからない、いつか失われるかもしれない程度の物だと理解しておくために。

 

 しかし、今回は鵺自身の知る全ての『正体不明』及び『正体無名』が何者かによって知られてしまった。自身の存在の全てが、その『誰か』に握られている状況で、鵺はのほほんと過ごすことなんてできはしない。

 

「……最低でも、黙っていてもらう。もしもそれを嫌がる素振りを少しでも見せたなら――――――」

 

 躊躇わず、殺す。

 

 平安時代に生まれ、人々の正体不明の存在に対する畏れを喰らって生きてきた大妖怪。鵺はそう呟いて、さらに早く空を駆けた。

 



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12 私はこうして正体不明と争う

 
 日間二位……だと!?
 ありがとうございます。

 なお、作者は戦闘描写が苦手です。ご理解ください。


 

 博麗神社には、食べ物と言うカテゴリに入れられる物が調味料と僅かな食材くらいしか存在していなかった。

 まあ、そのことは博麗の巫女の記憶からすでに知っていたのだから驚いたりはしないけれど、代わりに目頭は熱くなる。

 ……育ち盛りなのだからしっかり食べなさい、と言うのはやめておこう。どうもそれを言ってしまうと年寄り扱いされてしまいそうな気がする。

 実際に人間である博麗の巫女と比べてしまえばかなり年を食っていると言うのは認めざるを得ない事だが、それでもわざわざ年寄りだと思われたくはない。乙女とか言っていると色々な所からツッコミを受けそうだから何も言わないでおくとして、とにかく今は料理に専念しようと思う。

 

 と言ってもやること自体は実に簡単。まずは茸と細切りにした干し肉を水を張った鍋に投入。沸騰させないように気を付けておく。薪に関しては気にしなくともその辺りを走っていた木っ端妖怪を使って枯れ枝を拾ってきてもらったので問題ない。本人は神社の境内に入ったところで結界にでも触れたのかぼろぼろになって消滅しかかっていたが、まあ問題は無い。加減した想起で心だけを一時的に砕いてやったものを使ったのだが、結界に対しての恐怖心まで失わせてしまったせいで自滅してしまったようだ。

 結果として私は境内の端から散らばった薪をいくつか集めなければいけなくなったのだけれど、まあ仕方ない。これも私の失敗によるものだし、甘んじて受け入れようと思う。

 出汁はこれで大体いいとして、後は買ってきた野菜などを新鮮なまま保存するためにちょっと手水場の水を借りて野菜を水につけておく。あの場からここに戻ってくるには大分時間がかかりそうだし、先に時間がかかるものだけはやってしまおうと言うわけだ。

 未来の内容まで……やろうとすれば知ること自体はできそうだけれど、代わりにまた箍が緩みそうだ。壊れてしまっては間違いなく精神崩壊を起こすと言うのがわかるので、無理も無茶もするつもりはない。私はまだまだ死にたくはないのだ。

 

 灰汁抜きはそれなりに時間のかかることではあるが、私はあまり酷くなければ灰汁自体は一種の味付けのようなものだと思っているし、完全に灰汁を出し切るようなことをしてしまっては野菜が煮崩れてしまう。何事も程よいところと言うものがあるのだ。

 出汁に醤油と多少の酒精を加えるのと同時に、八雲紫に買ってきてもらった肉も同じように酒精に漬け込む。こうすると火が通った後も柔らかく仕上がるのだ。

 焼く時も同じようにすれば焼きあがった肉が柔らかく仕上がるのだが、地底では場所によっては気温で火が通ってしまうようなこともあるし、あるいはお空の出した火が強すぎて一瞬にして炭になってしまうこともある。実に悲しいことだが、まあそれも仕方がない。ペットの失態は飼い主の失態だと諦めることにしている。

 後は出汁に調味料を加えて火から降ろす。代わりに研いだ米と適量の水を入れた釜を竈にかけて、ご飯を炊く。灼熱地獄の熱を使った竈と違って地上の竈は使いやすくていい。

 

 ……さて、これで時間のかかることは最低限終えることができた。そして、ちょうど私に用のあるらしいお三方がすぐ近くにまで来ている。私は別にここの主と言うわけでもないのだけれど、私に用事があってきた私の客なのだからおもてなしはしておくべきだろう。

 たとえ、片方は明らかに私に害意があり、もう片方は怯えていて話すのが大変だと言う事実があったとしても。

 

 私はとりあえず、炊こうとしているご飯を無駄にする気はないためこれらの話をさっさと終わらせようと思う。まあ、できれば乱暴な手は使いたくないのだけれど……相手が初めからやる気満々ならば仕方ないと割り切ることにした。

 

 

 

 ■

 

 

 

「……私に用があるのでしょう? 正体不明の大妖怪さん」

 

 その小さく弱々しい妖怪に見えるそいつは、私のいるところに視線を向けて言い切った。間違いなく、私がここにいることに気付いている。しかも私の名前まで知っていた。

 私はその小さく弱く見えるだけの妖怪の前に姿を出す。けれど、こいつがどうやって私の正体を知ったのか、そしてまさか、私の名前すらも知っているのではないかと考えた。

 

「知っていますとも。貴女が考えなかった(・・・・・・)ので二つ名だけですがね」

 

 口元を抑える。しかし、私の口は全く動いていない。これは、まさか――――――っ!?

 

「ええ、そうです。貴女の考えた通りですよ。えぇと―――封獣ぬえ、さん?」

 

 こいつ、心が読めるのか!? と考えた瞬間、私の思考を肯定される。こいつは間違いない、絶対に私の思考を読み取っている。

 なるほど、確かにそれなら私の正体を知ってもおかしくはない。私の正体は私しか知らない正体不明。私以外の誰かが知るには多くの実験や理論の組み立てなどをして時間をかけて解き明かしていかなければならないところを、私の心を読むと言う方法で一瞬にして正体を読み取ったのか!

 

「そうなりますね。安心してください。私は別にあなたの正体を易々と話したりはしませんよ。貴女と戦うとなると、それは面倒なことになりかねませんしね」

「……証明してほしい」

「どのように? ……などと、聞くだけ野暮と言うものなのでしょうね」

 

 小さな妖怪の言葉に鵺は頷く。

 なにしろ自分は嫌われものの妖怪だ。一般的に悪事と言われることを繰り返してきたし、周囲の妖怪達とも折り合いはよくない。恨みを買っている自覚もある。

 だからこそ、もしもこの小さな妖怪が自分に恨みを持つ何者かに暴力などで脅された時に自分の情報を売ってしまわないか。また、そういった時に自分で自分の身を守れるのか。そういった事を確認したいと言う思いがあった。

 ……それに、もしも力が足りていなかった場合に問答無用で殺す事ができ、かつ自分が負けたとしても『確かにこれなら大丈夫だ』とでも言えば自分の命は守られるだろう、と言う打算も少しはあった。勝とうが負けようが自分に深いダメージは無く、勝っても負けても自分に益がある。

 そんなことを考えながら、鵺はさとりの後を追って空を飛ぶ。いきなりあんなところで戦いを始めれば、辺りにどんな被害が出るかわからない。そう考えれば、今のようにさとりが空を飛んでいると言うのは効率的に思えた。

 

「戦闘のルールはどうします? スペルカードルールによる弾幕決闘ですか? それとも本気の殺し合いですか?」

 

 殺し合いの方なら幻想郷の管理者さんを呼ばせていただきますが、と嘯く小さな妖怪に向け、鵺は自分のスペルカードを数枚付き出す。面倒だとは思うが、確かにこれが今の幻想郷においては力の象徴とも言える『遊び』だ。

 もしもそれを破ればどこにでもいてどこにもいないスキマ妖怪によって制裁を受けることもあるらしいし、まあこれも一つの戦いだと考えてもいいだろう。

 鵺が出したカードの数は十枚。それに対して小さな妖怪の出したカードの数は八枚。その内容がどんなものかはまだ分からないが、ただそれを見ただけでも鵺の背筋に嫌な汗が噴き出す。

 じっとりと肌が湿り、スペルカードを握る手に力が入る。

 

「それでは、始める前に済ませるべきことは済ませておきましょうか」

「……なにを?」

「『はじめまして、封獣ぬえさん。私は古明地さとりと言います。とても平凡な覚妖怪です』」

 

 ぺこり、と頭を下げるその姿に、鵺は一瞬毒気を抜かれてしまう。そして鵺自身も一応形だけではあるが頭を下げた。

 

「……初めまして、古明地さとりさん。私は封獣ぬえと言います。正体不明を基とする大妖怪です」

「ご丁寧にどうも。それでは、始めましょうか」

 

 古明地さとりはそう言って弾幕を張り始める。鵺もまた弾幕を張り、弾幕同士がぶつかり合い、干渉しあって相殺されていく。

 戦いはまだ始まったばかり。そして、その戦いを眺めるとある尼入道の恐怖の想起も、未だに始まったばかりであった。

 




 
 ※ただし今回戦闘があるとは言ってない


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正体不明は正気を失い、尼入道は恐怖に満ちる ○

 

 妖怪にとって、体格と言うものはけして絶対的な物ではない。妖気をスカスカにすれば立てないほどに脆くなるが身体を大きくすることはできるし、逆に一点に圧縮して体を作れば小さくとも頑丈な体を作ることもできなくはない。

 だが、もちろんある程度の大きさが無ければ戦闘などでは不利になるし、そうでなくても日常生活が面倒なことになるのは間違いない。だからこそ、基本的に妖怪と言うのはおよそ人間程度の大きさで人型をとることが多いのだ。

 

 しかし、今回鵺が戦っている相手は、相手の体格が大きかろうが小さかろうが何も関係ない戦い方をしてきている。弾幕を撃つのは自分がやっていることが多いが、スペルカードの効果では自分以外の何者かを呼び出して戦わせているのだから、本当に関係は無いだろう。

 

「内面滲出『冷たきものども(イーリディーム)』」

 

 現れたのは冷気。冷気そのものが波のような弾幕となって鵺に襲い来る。

 しかし、その波を鵺は躱していく。時に触れられそうになれば弾幕で打ち払い、時に掠り、時にボムを使って弾幕を消していく。

 これでさとりの使ったカードは四枚目。一枚目の『夜鬼(ナイトゴーント)』、二枚目の『硝石まみれの馬頭鳥(シャンタク)』、三枚目の『人頭の毛長鼠(ブラウン=ジェンキン)』。どれもこれも視界に入れただけで気分が悪くなり、吐き気を催す。そんな趣味の悪い怪物を使役し、戦おうと言うこの妖怪の神経が信じられそうにない。

 

「内面滲出『深きものども(ディープワン)』」

「うぐぅっ……!うっ……ぅああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 突然の頭痛。大切な何かが一度に抜け落ちたような感覚。そんな感覚に襲われ、鵺は狂ったように弾幕を撃ち続ける。現れた深きものどもを一掃し、炎の吸血鬼を撃ち落とし、クトゥルーの末裔を蹂躙し、星間宇宙を旅するもの(バイアクヘー)の群れをすり潰し、蟇肉産まれの黒い矮人(ミリ=ニグリ)を解体し、漆黒の粘液状生命体(ショゴス)すらも滅ぼして見せた。

 

「……一時的な狂気。神話生物に対しての殺戮衝動……同時に恐怖、いえ、これはむしろ恐怖から来る排斥? ……興味深い精神構造ですね。流石は『正体不明』と言うべきですか」

 

 短時間に正気をすり減らされたために起きた一時的な狂気が止めば、その後にはまた正気が戻る。鵺は自身が狂気に呑まれていたことを思い出し、それを起こしたさとりに対して恐怖の感情を向けた。

 

「ふむ、あんなものを呼び出せるなんて、こいつの頭の中身はいったいどうなってるんだ……ですか。いえいえ、ごく普通の平凡な頭の中身ですよ」

「信じられるかっ!」

「信じてもらわなくとも結構です。それに、新しく作ったスペルカードの効果も確認できましたしね」

 

 ひらひらと手を振るさとり。その手の中には――――――いまだ七枚のスペルカードが握られていた。

 

「はぁっ!!?」

「? ……ああ、まだ一枚しかスペルカードを消費していない理由ですか? 一枚しか使っていないからですよ」

「嘘だ!だってさっきあんなに……」

「スペルカード以外の弾幕に、名前を付けてはいけないなどと言うルールは存在しません。それに、あれが私の今使ったスペルカードの効果なのですから仕方ないでしょう」

 

 そうして鵺がさとりから受けた説明は、鵺をさらに深い闇へと誘う。

 今回さとりが使ったスペルカードの名称は、想起『狂気神話・従』。偉大なる旧支配者や旧神、外なる神に従属する奉仕種族を想起させるものだと言う。

 これらの種族は奉仕種族と言うだけあって決して強くは無く、精神に与える影響も比較的小さな物ばかり。だからこそ、鵺はあれだけの神話生物を目撃しても一時的に発狂するだけで済んでいたのだ、と。

 

「そう言うわけで、続きと行きましょうか。こちらのカードはあと七枚。そちらはボムの分も合わせて三枚……まあ、こちらのスペルは基本的に耐久型ですし、発狂せずに全て避けきれば問題なく勝てますよ」

 

 そう言って、少女の姿をした怪物は鵺が初めて見る笑みを浮かべ、スペルの開始を宣言する。

 

「想起『狂気神話・火』」

 

 発動されたスペルは、小さな小さな火の粉のような物を周囲に無数に振りまいた。

 火の粉はその身に触れる全てを焼き、大気を喰らって大きくなっていく。

 

 

 

 ─────────鵺にはそこから先の記憶が無い。

 辛うじて理解しているのは、自分はあの妖怪に敗北したと言うことと、世の中には自分とは比べ物にならない怪物が存在すると言うこと。そして、炎に対しての絶対的な恐怖心。それだけが残されていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 雲居一輪は震えていた。涙を流し、口元を抑えて吐き気を抑えていた。

 震え続ける身体を腕で抱きしめ、痛いほどに歯を食いしばる。そこまでしていなければ、自分はすぐにでも逃げてしまうとどこかで理解していたのだろう。嗚咽を堪えながら、心配そうに自分を見つめる雲山にも気付かないほど追い詰められていた。

 

(なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんであの化け物が地上に出てきているのよ嘘でしょもういやあの化け物と関わりたくなんてないのに地霊殿から出てくることなんてほとんどなかったくせにどうして今このタイミングで出て来てるのありえないでしょしかも飛倉の破片まで集めてるなんてあの化け物が何を考えているのかわからないしあの化け物が何を考えているなんてわかりたくもないのにあの化け物が何を考えているのかを考えてなんとか飛倉の欠片を譲ってもらわなくちゃならないなんて一体どんな拷問よ普通じゃ考えられないああでも私がやらなきゃいつまでも姐さんが復活できないし私がやらなくちゃいけないのに身体が動かないガタガタ震えることはできてるのに震える以外何もできないなんて一体どうしてよせっかく村紗や星達も協力してくれてるのに私はなんでこんなに情けないでも嫌だあの化け物にだけは関わりたくない嫌だ怖いいやだ怖いいやだいやだいやだ怖いあの化け物怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい)

 

「そんな吐きそうなほど怖がらなくてもいいでしょう。私は何もしていないんですから」

 

 その声を聴いただけで、背筋が凍る。見たくない、見てはいけないと頭で考えているはずなのに、身体が勝手に動いてその声の聞こえた方向に顔を向けてしまう。

 ゆっくりと、まるで走馬灯のようにゆっくりと視界が動いて行く。意識と身体が切り離されたように動き、私の意識を置いてけぼりに身体だけが勝手に動かされている。

 

 きっと、時間としては一秒にも満たない短い時間だったはずだ。けれど、今の私にはそれは数十分にも数時間にも感じられた。私の視界には、あの化け物が、あの時と何も変わらない無表情で存在していた。

 

「ぅっ……」

 

 ごぼっ、と何も入っていない胃袋からすっぱいものがこみ上げ、ついに私は胃液を地面にぶちまけてしまう。強い酸に喉が灼かれ、びしゃりと跳ねた酸が手や服を汚していく。

 それを変わらない無表情のまま眺め、化け物は私にささやく。

 

「まったく、あの時と言い今と言い、あなたはなぜ私をそこまで恐れるのです?」

「ヒィッ!」

 

 私は頭を抱えてうずくまる。あの時……この化け物、古明地さとりと私が初めて出会った時の事を思い出したくないが故に。

 しかし、この化け物は私の想いなどどうでもいいものだとでも言うかのように私の心の中を覗いてくる。忘れようとしていた記憶を無理やりに思い出させられ、心が摩耗していく感覚が再び私を襲う。

 

 ――――――思い出させられるのは、昔々の話。地底の一番強い妖怪の力を借りて姐さんの封印を解こうとした時のこと。

 話をしていた私に向けられた『他心通』。それを辿ってみれば、その元は目の前にいる小さな覚妖怪だった。

 そう言えば、覚り妖怪と言うのはいつでもこうして他人の心を読んでいるものだった、と思いながらも、ついつい逆に覚り妖怪の心の内を僅かに覗き見てしまったのだ。

 

 ―――初めに見えたものは、炎。円環の中に三枚の花弁を持った花のような形をした、美しい炎。

 しかし、美しいはずのその炎を見ているだけで私は吐き気を催す。そんな私の感情に気付いたのか、その炎は私にゆっくりと接近してきた。

 

 猛烈な熱気。まだ遥かに遠い場所にいるはずなのに、既に鉄を溶かす炉に触れる寸前まで近づいたような灼熱が私の肌を襲う。吐き気はますます強くなり、恐怖と吐き気とで私はどうしても動くことができなくなった。

 

『やれやれ、貴女はいったい何をしているのですか』

 

 声が響く。同時に私の意識は弾き飛ばされて元の……つまり、私自身の身体に戻る。そこには当然あの化け物がいて、私に視線を向けていた。

 

「まったく、私の心を覗こうとしましたね?」

「も、申し訳……」

「構いませんよ。ですが、次からは気を付けてくださいね。あの子は私の精神に外側から干渉しようとした場合、即座に襲い掛かって行くんですから。止めるのも面倒なんですよ」

「……あの……子?」

「ええ。貴女も見たでしょう? あなたの言葉で言えば、『円環の中に三枚の花弁を持った花のような形をした炎』のことよ」

 

 あの子。止める。だが、そんなことは不可能だ。あれは止めようとして止められるようなものではない。たとえ強大な力を持った神であろうが、あれを止めようとすれば止まるより先に焼き尽くされるだろう。

 しかし、現に私は戻ってこれている。あの炎に狙われ、しかしこうして生きている。

 

「あの子はやんちゃで暴れん坊です。次覗くなら、一瞬で欲しい情報だけ全部持っていかなければすぐに気付かれてしまいますよ」

 

 覗く覚悟があるならですが、と付け加える覚妖怪に、私は首を横に振ることで答える。あんなものを見て、まだそんなことを考えるのは根っからの狂人か何も判断のつかない愚か者くらいだろう。

 ……まだ、私の体は震えている。身体から恐怖が抜けない。

 いったい、あの怪物は何なのか。あの怪物をのけられる目の前の存在は、いったい何なのか。考える度に吐き気が襲い、考えが何度も堂々巡りする。

 

「あの子はとある神話の登場者ですよ。もっとも、現在この世界に存在するあらゆる宗教に存在しない神話の、ですがね。もう一度会ってみますか? ちゃんとご飯さえ上げていれば、中々に物わかりのいい子ですよ」

 

 その言葉を聞き終えるよりも早く、私はその場を後にしていた。

 あんなものを呼び出すことができ、あんな怪物を当たり前のように支配し、あまつさえあの正気も何も感じなかったあの存在を無力な赤子のように扱う。そんな怪物が姐さんの封印を解く手助けをしてくれるはずもない―――と自分を納得させるようにどこまでも飛び続けた。

 姐さんの封印を解くためにあんなものの手を借りてはいけない。あんな怪物を使役するような化け物にそんなことをさせたら、いったいどんなことを要求されるかわからない。それどころか、封印していた姐さんを封印ごとあの炎で焼き払ってしまうかもしれない。だから姐さんに関わらせるわけにいかない。

 

 雲居一輪は、そんなことを何度も何度も考えながら空を飛ぶ。

 

 

 それから、何度も同じ夢を見た。あの炎が、自分を襲う夢。大切な物を焼き払っていく夢。そして、すべてが焼き払われた後に、いつの間にかそこに居たあの化け物が、まるで甘えるかのように纏わりつく炎に平然と触れ、犬猫の頭を撫でる時のように炎の先端を指先で撫でる。

 最後はいつも、自分に気付いたあの化け物が自分に炎をけしかけ、自分が焼け死んだところで目が覚める。何十年、何百年もそんな日が続いて、少しずつそんな夢を見る機会も減ってきて、やっと姐さんを復活させるめどが立ったと言うのに、またあの化け物は私の前に現れた。私はまた、あの恐怖に怯えながら眠ろうにも眠れない夜を過ごすのだろう。

 

 ぐるん、と視界が真っ暗になる。突然現れた闇に意識が飲まれ、私は気を失った。

 

 

 






 さとりの認識→心を読んでいたら相手も呼んできて自爆したから助けた。ついでに少しからかったら何故か悲鳴を上げて逃げられた。なんで?(なお、狂気神話が他人にどれだけ影響を与えるかを体感できないためあまり知らない時期)

 一輪の認識→怪物を使役し、気分次第で自分も自分の大切な物も焼き払うことができる最強の化け物。そんな相手に自分から会いに行って目をつけられた。怖い。


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13 私はこうしてオハナシをする

 

 気を失ってしまった正体不明の化身と元人間の尼入道をとりあえず博麗神社に運び込んで寝かせておく。正確には昔やっていたとある方法で気を失って無意識の塊となった肉体を外側から動かして自分の脚で寝てもらったのだけれど、そんなものは些細な差だ。別にどこかの邪仙のように死体を操ると言う方法で動かしているわけでもないし、ある意味では私が運び込んだのと何も変わらない。使うのが身体か能力かと言うだけだ。

 それに、思った以上に早く二つの出来事が終わったので料理にもあまり影響は出ていない。ご飯を炊くのも焦げ付いたりする前に終わったし、後は博麗の巫女が戻ってくるのを待つばかり。

 

 ……ああ、そう言えば尼入道は飛倉の破片を集めているのでしたか。あの魔術使いの尼を救うために。

 だったらそれを邪魔するようなつもりは毛頭ない。しかし、わざわざ私がここを離れて飛倉の破片を持って行ってやるつもりもない。あんな場所にまで行ったらご飯が焦げ付くを通り越して炭になってしまう。

 ではどうするか。簡単だ。私がここを離れるわけにはいかないのだから、私以外の誰かが持っていけばいい。幸運なことにここにちょうど無意識になっているのが二人もいるのだから、この二人に運んでもらおう。私からは用は無いし、尼入道の方は目的の物も手に入れられる。お互いに損をすることもないし万々歳と言うものだろう。

 ついでに博麗の巫女への伝言役も頼んでおこう。『依頼があって博麗神社まで行ったのですが留守にしていましたので、今晩のご飯を作ってお待ちしています』とでもしておけばいいだろう。宝船だと思って行ったところに宝を手に入れることはできず、そこで私からこういった依頼があれば……まあ、受けてはくれるだろう。神社に私のような妖怪がいては人間の参拝客が減るとか言われそうではあるが、料理と天秤にかければ受け入れてくれるだろう。ついでにお賽銭も入れておけばいきなり追い返されることも無いはずだ。

 そう言うわけで、気絶したままの尼入道と正体不明の化身の身体を操って星蓮船まで飛行させる。その手には当然、数多く集まって勝手にくっつき始めた飛倉の破片を持たせ、同時に意識の底に博麗の巫女への伝言を刻みつけた。

 そして、人形のように彼女たちは空を飛ぶ。意識のないはずの彼女たちの瞼は開かれ、しかし光を持たないままに無情に風景だけを映し出し、脳へと送る。脳はそうして得た情報をしっかりとした光景に変換し、そしてさとりがその光景から場所を割り出して方向を合わせる。

 流石にそこまで細かな制御は難しいのか、それとも慣れていないだけなのか、少しではあるがゆらゆらと飛行している身体は揺れる。自身の体を動かすのとは体格や身長などが違うために勝手が違い、それに慣れるのには少しばかり時間がかかるだろうと予想する。

 けれど、自動で動きはしないものの便利な伝言役を作ることができると言う事を知り、色々と応用が効きそうだとも思う。

 

 妖怪として生きていくには畏れが必要だ。完全に忘れ去られてしまった妖怪は、その存在を保つことができずに消え去ってしまう。

 しかし、今回見つけたこの使い方ならば、自分は地霊殿に引きこもったまま様々な場所から畏れを集めることができる。力を保ち、存在を保つだけならば正直なところ今のままでも全く問題ないのだが、古明地さとりはそういったところでは小心者で、今のままでは駄目になってしまった時に畏れを集める方法も常に考えていた。

 小心故に、備えられることには備えておく。必要なら天変地異にも備えるし、必要なら大戦にも備えるだろう。自分の心配をすると同時に未来の事も考えていなければ、古明地さとりは不安でたまらないのだ。

 

 ……と言っても、現状において全ての存在の中から古明地さとりの名が消えることはまずあり得ない。まずペットたちがいるし、付き合いの長い鬼たちもいる。幻想郷の管理者である八雲紫をはじめとした大妖怪も、さとりの事を完全に忘れてしまうようなことはまずあり得ない。

 古明地さとりと言う名は、彼女たちにとってはあまりに大きすぎる物でもあるのだ。

 

「……あ、そろそろいい時間かしら」

 

 ご飯を炊いていた釜から聞こえてくる音が非常に甲高くなったところで、一度窯を火から降ろす。完全に離してしまうわけではないが、このまま火にかけっぱなしでは焦げ付いてしまうからだ。

 後は蒸らす。火はほとんど使わず、薪の追加もしない。博麗の巫女が返ってくるのがいつになるかはわからないが、いつでもご飯を食べられるようにしておこう。

 古明地さとりはそう思い、のんびりと縁側に座って来客用らしい湯呑みから色水ほどしか出されていない茶を飲んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

「ああ、戻ってきたか。あれはちゃんと集められたかい?」

 

 ナズーリンは戻ってきた一輪に話しかけた。

 

「……一輪?」

「……」

 

 しかし、なぜか答えは返ってこない。確かに大きな宝の気配……ダウザーとしてそれがわかるくらいの経験はしているし、それがこちらに向かって移動してきたこともわかっていた。

 そして、その宝は誰かに運ばれてこの場にまでやってきた。ならば、持ってきたのはまず間違いなく仲間である一輪であるはずなのだ。

 ごとん、と鈍い音がする。その音がした方向に振り向くと、一か所にまとまった飛倉の破片の塊がそこにあり、一輪の姿は奥に消えていく途中であった。

 

「……待ってもらおうか」

 

 ナズーリンのその言葉に、一輪は反応を返さない。代わりに、その隣にいた左右不対象の赤と青の装飾のような翼を持った少女が足を止めて振り向いた。

 その目を見たナズーリンは、息をのんで一瞬硬直してしまう。その目には感情と言うものが全く浮かんでおらず、口の端からは唾液が零れ落ちて顎を伝い、胸に零れて服を汚してしまっている。

 そんな状況にもかかわらず、その少女は呆けたような、何かに怯えているような、何も考えていないような、どうとでも取れそうな表情のままナズーリンと一輪の間に立ち塞がっていた。

 

「君は何者だい?」

「……ほうじュう……ヌぇ……………」

 

 よだれが泡立ち、聞き取りにくい声でその少女は答えた。だが、ナズーリンはそれに納得したような顔を浮かべない。苛立ったような、腹立たしいと言う感情を隠そうともしないでもう一度問いかけた。

 

「君は、何者だい? その子の奥で、その子を操っている君だよ」

「……おドロき、デすね。きづク、にモ、まダ、かかルと……おもっテ、いタノですが」

「御託はいい。何者だ」

 

 三度問いかければ、その少女の顔をした何者かは奇妙な笑顔のような表情を浮かべ、答えた。

 

「こメイじ、サとり。コのケンの、ヒガイシゃ…です」

「……被害者だって?」

「エえ。まあ、おきにナさらズ。ちゃンと、じぶンのみはまモりましタカラ」

 

 ナズーリンは気付いた。こうして話をしている間にも、相手の口調はどんどんと流暢なものになっている。まだ少し聞き取りづらい部分もあるが、ただ話をするだけに努力をする必要は無いほどに。

 

「ごアんしんヲ。そちラの、あまノふういンをトくじゃマはいたしマセんヨ。タだ、こちラにこのカたがたガいらシたノデ、はんげきしたラこうなってしマっただけデす。ようけんをオえれバかのジョたちはおかえししまスよ」

「……要件?」

「はくレいのミコに、でんごんがアるのです。それニ、てきたいすルならはへんをワたしたりはしマせんし」

「……」

 

 初めに見た時に比べれば、遥かに流暢に話を進める目の前の少女。言い換えれば、こうして稼いだ時間は自分よりも相手に都合よく働いてしまったのだろうと思われる。

 ナズーリンは歯噛みしながらも、手に持ったロッドを下げる。攻撃の意志は無いと見せたつもりだったが、相手は何も変わらずその場に立ったままだった。

 

「でんごんがおわれば、おふたりはかいほうしマすよ。あなたハこちらのかたはしらナいようですけど」

「……ああ、そうだな」

 

 目に光を宿らせないままに笑顔を浮かべて会話する正体不明の化身と、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらもそれに応対する小さな小さな賢将。二者の間に友好なものは一切なく、形として事務的に話しをしているのだと嫌でも理解させられてしまう。

 

 ナズーリンは、星蓮船の奥に進んでいった一輪を案じながら、新たな不確定要素をここに釘づけにさせようと奮闘していた。

 



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14 私はこうして用件を伝える

 

 正体不明の化身を小さな小さな賢将との話に当てながら、尼入道を星蓮船の奥へと進ませる。心を読む相手がいないと言う事からわかってはいたが、どうやら星蓮船の中にはあまり人数がいるわけではないようだ。

 居たとしてもできるだけ合わないで済むようにしているし、出会ったとしても大半はぼろぼろにされている。私が通った道が博麗の巫女が蹂躙した直後の道だからこういうことになっているんだろうと予想できるが、私は彼らを助けてやることはしない。なにしろ私は部外者だから。

 

「見越した」

 

 ……やれやれ、復活したなら尼入道の方に行けばいいのに、どうして彼はまだここに居るのですかね。一々タイミングを見計らって『見越した』なんて言うのも面倒なんですが。

 散らしたばかりの見越し入道がじわじわと集まって形を作ろうとしているのがわかる。あの尼入道を大切に思っているのはわかったけれど、邪魔なことには変わりない。

 

 仕方ないので尼入道の方から『入道を使う程度の能力』でもって見越し入道を呼び出してもらい、私はここで博麗の巫女の帰りを待ちながら冷めてしまった薄緑色の色水(出し殻で入れたお茶)を呑んでいよう。どうやらまだ時間はかかるようだし、私が急いだところで残念なことに何も変わりはしない。私が急いで博麗の巫女の行動が早くなるのなら急ぐけれど、今私ができることは第三の目を細めて尼入道とその周囲に気を配ることくらい。今、尼入道を止めさせるわけにもいかないし、正体不明の化身の方も動かし続けなければならない。

 ……やれやれ。もう少し何とかなりませんかね。敵が多い立場と言うのも困ったものですよ。本当に。

 

 私がそんな風にぼやいている間に、どうやら尼入道の方で何か動きがあったらしい。予想外の事ではなく、むしろ予想通りの事ではあるのだが……尼入道の記憶の中に存在する『白蓮』と言う尼僧の姿を見つけることができた。

 けれど、どうやらその尼僧は博麗の巫女との弾幕ごっこに忙しい模様。手を出す気はないが、あれも『想起』できるようにしておいた方がいいだろう。技の組み合わせのストックは多い方がいい。

 

 弾幕ごっこはやはり博麗の巫女に一日の長があると見える。人生経験自体は恐らくあちらの尼僧の方がはるかに上なのだろうが、今の今まで法界……いや、魔界に封じられてきたあの尼僧では戦闘の経験は殆ど無いはずだ。

 それにしては大分技が美しいと言うか、弾幕ごっこらしい弾幕になっているのだけれど……これはもしかすると、魔界に居る誰かと弾幕ごっこを繰り返してきていたのかもしれない。具体的には―――魔界神などを相手に。

 そうだとするならまた何とも皮肉に思える。神に会いたいといくら願ってもそれが叶えられない相手もいると言うのに、神ではなく仏を信仰する尼僧が神に出会えてしまうと言うのだから。

 幻想郷では神はそう珍しくはないし、秋に人里に行けば秋の姉妹神と出会うこともできる。最近の事ではあるが妖怪の山の近くには守矢神社と言う新しい神社とそこに住まう神が現れたし、幻想郷において一番多くの人間に信仰されている神と言えば龍神だ。龍神の使いと言うものがいるくらいなのだから、この幻想郷に存在すると言われている龍神もまた実在するのだろう。

 私は龍神に直接出会ったことは無いが、実際に存在するらしいと言う事は知っている。天界に居る竜宮の使いや天人、天女などの記憶からその存在を確信していると言う事がわかるし、龍神自体も今は眠っているようではあるが夢と言う形で記憶を見ることもできる。記憶を見ることができるなら、まあまず存在するとして間違いはないだろう。

 

 ……もうすぐ博麗の巫女と破戒尼僧の弾幕ごっこが幕になるようだし、そろそろ出る準備だけでもしておかなければ。

 正体不明の化身の身体でなら話すことはある程度できるようになったから、こんどは尼入道の身体で話す練習もしなければならない。話さないで済むならそれが一番楽ではあるのだけれど、今回は伝言をすることそのものが目的なのでそう上手くはいかない。残念なことに。

 

 まあとりあえず決着がつくまで言葉の練習でもしていよう。それと、小さな小さな賢将にさんには目の光が無いことと涎についてを言及されていたのでその辺りも気を付けておきましょうか。表情は……笑顔を浮かべておきましょう。鏡も無いのでどんな笑顔かはわかりませんが。

 

 

 

 ■

 

 

 

 博麗の巫女は、とある妖怪と向き合っていた。

 その妖怪は霊夢が聖白蓮を倒した直後にその場に現れ、なんとも言えない不快な雰囲気を放っていた。

 

「……なによ、また退治されたいわけ?」

「マさ、か」

 

 なぜかはわからない。しかし、その奇妙な声を聴いた瞬間に霊夢はその類いまれなる直感からとある妖怪の存在を思い出した。

 

「あんた、古明地さとりね?」

「……かのジョといイ、あナたと、いい、なぜコうモかんタンにわかるノデすカ?」

「勘よ」

「……ハクれイのみコ、おそルべシ、ですネ」

 

 その妖怪―――名を、雲居一輪と言う尼入道は、片言であった言葉をどんどんと人のそれに近付けていく。一言喋るごとに学習し、最適な動かし方を覚えていくように霊夢には感じられた。

 

「それで、何の用よ」

「オねがイがありマして。いらイといいかえテもかまいマセんが」

「……言ってみなさい」

 

 霊夢が言うと、突然『一輪』が浮かべていた奇妙な笑みが消え去り、閉じられていた光の無い目が霊夢の全てを覗き込むように露になった。

 

「『私から貴女へ依頼があったのですが、どうやら留守にしている様子。宝の載っていない宝船を追いかけて疲れたでしょうから、美味しい食事を作ってお待ちしています』」

「……そう。わかったわ。……で、何でそいつがあんたの言葉を話しているわけ?」

「襲わレましたので、気絶させまシた。神社に放置すルというのも体裁が悪いかと思いましテ、丁度いいのでこウして言葉を運んでもらったとイう訳です」

 

 突如として流暢に話し始めた一輪の言葉を聞き、霊夢は一応の納得を見せた。

 しかし、それでは納得することのできない者がそこに居た。

 

「……貴女は」

「……ああ、確かあなたハ……聖白蓮、でしたね。なニ用で?」

 

 そう、弱い存在を守り、人妖抻仏の全てが平等であると解く、聖白蓮であった。

 彼女はゆっくりと立ち上がりながら、一輪を通してさとりに話しかける。

 

「貴女は……一輪にいったい何をしたのですか……?」

「さテ? 正直なところ、私にも良クわからないのですよ。私に襲いかかってきた別の妖怪とノ戦いを終わらせ、顔を合わせたら突然嘔吐し気絶しマして……何故か私の事を非常ニ恐怖していたようで……」

 

 さとりには本当に原因が理解できない。だが、原因は間違いなくさとりにある。自分の力と影響力の過小評価。自分以外の存在に対する過大評価。そして、自分の持つ記憶に大しての異常なまでの鈍さ。それらが合わさり、周囲に古明地さとりの巨大な幻影を見せつける。

 さとりはそれに気付いて、しかしそれを『ちょっとした勘違い』と考え、そしていつかその勘違いを解消して、自分が実に平凡な小妖怪であると誰もが理解してくれる日が来ると……そう考えていた。

 

 だが、この問題をさとりがその程度の事だと認識している限り、そうなる未来が来ることは恐らくありえない。

 周囲の存在にとって、古明地さとりと言う存在はけして『その程度』で済むようなものではない。むしろ、敵対したならばその命をもってしても対応しきることができるかどうかと言う、云わば『天災』のような扱いである。

 

「まあ、伝えましたよ、博麗の巫女。私はのんびりとお待ちしています」

 

 一輪はそう言うと、それまでとは全く違った綺麗な笑みを浮かべ───そしてそのまま崩れ落ちた。

 白蓮がその体を受け止めるが、一輪の体はもうピクリとも動かない。

 

「……面倒なことになったわね」

 

 霊夢はそう呟いて、さとりが居る筈の博麗神社の方角を睨み付けるのだった。

 



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15 私はこうして狐をもてなす

 

 博麗の巫女に伝言を伝え終わり、尼入道の身体を放棄し、ついでに正体不明の化身と尼入道に簡易的ながら精神の安定化を行った。少なくともこれで起きたとたんに発狂したりする事は無くなっただろう。

 ……正体不明の化身の方は、炎を見ただけで体の震えが止まらなくなったりしそうな気もするが、その辺りはもう諦めてもらうしかない。なにしろあちらから向かってきた結果に起きてしまったことだし、あちらもあわよくば私を殺してしまおうと企んでもいた。ならばこうして反撃されても文句は言えないはずだ。あちらが先にそうしてきたのだから。

 そんなわけで最低限の後始末を終わらせつつ、博麗の巫女が戻ってくる時間にちょうど出来上がるように料理の仕上げを行う。そして、今回の晩餐にはもう一人、呼ばなければならない者がいることも忘れてはならない。

 

「想起『八雲藍。夕餉の支度ができました。博麗の巫女が戻ってくるのに合わせてもう一度呼びますので、その時になったらスキマでいらしてください。あと、主の方に「今度つまみ食いしようとしたら爪の付け根に焼き鏝」と伝えておいてくださいね』」

 

 とは言っても焼き鏝なんて物があるのはここではなく地霊殿だ。あそこには灼熱地獄で使われていた拷問道具がいくつか拾い上げられて転がされているので焼き鏝も普通にあるのだが、この神社にそんな物騒な物があるわけもない。もしやるとしても熱した包丁の背を叩きつけるくらいだ。

 私の肉体的な能力ははっきり言って低い。一部の鍛えられた人間にも負けるし、妖力を使って強化しようとしても身体能力で強化されるのは思考速度くらいなもの。さとり妖怪として相手の心を読み、そしてそれを利用すると言う形でしか自分の身体を強化できないのだ。

 だから私は今でも全速力で走ったりすると筋肉痛に襲われて動けなくなったりもするし、一度に多くの相手に能力を使おうとすると失敗してしまうこともある。

 ……何が言いたいかと言うと、そんな非力な私が八雲紫に熱した包丁の背を爪の付け根に叩きつけたところで大した被害は出ないと言う事だ。八雲紫ほどになれば、薪で熱した程度で火傷をしてしまうような事は無い。つまり、薪で熱した程度の熱しか持たない包丁を、あまり鍛えていない人間程度の私の力で全力で叩きつけたところで、八雲紫は何の痛痒も感じないだろうと言う事だ。

 

 これを解決するなら、実際に焼き鏝を当てるのではなく精神的に焼き鏝を当ててやればいい。具体的には、迦楼羅炎なり三昧真火なりで溶け落ちない限界まで熱されて白熱した神鋼製の焼き鏝でも想像して、それを当てたと言う感覚を何重かに想起しながら軽く熱した包丁でも当ててやればいい。そうすれば意志の力に作用して身体の方が勝手に火傷を作り出すだろう。

 そういった使い方はあまり好きではないのだけれど……守りたい物のためなら仕方ない。弱い私は、手段なんて選んでいられないんだから。

 

「来たぞ、古明地さとり」

「私が言うのもあれだけれど、いらっしゃい、八雲藍。家主の知らないところではあるけれど歓待するわ」

「……まあ、いい。それと、伝言だが確かに伝えておいた。聞くかどうかはわからないがな」

「聞かなければ聞かないでそれなりの事をするだけですので構いませんよ」

 

 八雲藍を勝手に通し、前菜のようなものとしてお揚げを短冊切りにしてゆでたほうれん草と一緒に胡麻和えにしたものを出しておいた。ほうれんそうも胡麻も、地底特産の物。地底では雪が降らないので甘みはあまり強くないけれど、決して不味いものではない。

「……中々、美味いな」

「家事万能の九尾の狐にそう言っていただけるとは、私も成長したものです」

「うむ。だが、紫様の味付けに似ているな」

「八雲紫の記憶から調理法を知りましたからね。好きでしょう?」

「……いやまあ好きだが」

「式神化して初めてあの方に作ってもらった時にあまりの美味しさに放心して───」

「頼む、やめてくれ」

「……駄目ですか?」

「駄目だ。やめてくれ。心を読むにしても隠そうとしているところまでは読まないでもらえるとありがたい」

「今の私には少し難しい話ですが、一応努力はいたしましょう。これ以上は(・・・・・)能動的に探ることはしませんよ」

「……どこまで探った?」

「暴れる→強くなる→さみしんぼ藍ちゃん→人に紛れる→退治されそうになる→八雲紫の式になる→ご飯作ってもらった→放心→泣きながら食べる→藍「私、紫様のために頑張r」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?」

「そしてとある冬の夜、人恋しい八雲藍は八雲紫の床にこっs───」

「まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?!?!」

「私、覚ですので。他者の記憶を思い出させ、そして沸き上がる罪悪感や羞恥心、狂気や殺意、そういった感情を糧にして生きる妖怪です。……あ、喜びや恐怖も糧にできますよ?」

「だからと言ってそれを出すか!?」

「どこまで読んだかと聞いてきたのは貴女でしょう? 私はあくまでも聞かれたから答えただけで……おや……ふむ」

 博麗の巫女から意識が届いた。私の奢りの食事と言うことで、友人を一人連れてくるそうだ。

 ……能力の封印をお願いしたいほどに能力が強くなってしまっている私に、仮にも友人を近付けようとは……人間の友情と言うものはわからない。ただ知らないだけかもしれないが……それは私が気にするようなことではない。

 わざわざ今の状態で他人のトラウマをほじくり返したりはしない。暇があれば他人のトラウマや黒歴史をほじくり返して愉悦するような私も違う世界のどこかには居るようだけれど、少なくとも私は相手が非常に高確率で壊れるとわかっているのに壊れかねないようなことはしない。

 

 ……あ、八雲藍にやった事に能力を使ったのは知るところまでであり、それ以降は単に言葉で記憶を刺激して勝手に思い出させただけだ。あまりに恥ずかしがりすぎた場合でも頭を壁に叩きつけるくらいで死ぬようなことはないだろう。本人からすればいっそ殺して欲しくなる程に恥ずかしいようだが。

「そんなに恥ずかしいなら思い出すのをやめてください。さっきからピンク色の記憶が流れてくるんですよ」

「ぬぁっ!? す、すまん……だが、考えないようにと考えると逆に考えてしまってだな……」

「……まあ、そう言うものだと理解はしています。頑張って押さえてみてくださいね」

 

 わたしはそう言いつつ立ち上がり、恐らくもうすぐ到着するだろう博麗の巫女とその友人の白黒の魔女を含めた三人分の料理を皿に盛って適当に並べる。お櫃にご飯をある程度取り、博麗の巫女がいつも使う箸と来客用の箸を出して並べる。地霊殿では料理自体はともかく、こういう仕事はお燐やお空がやってしまうから……久し振り、と言っていいくらいの時間やっていない。

「……ほう、これは誰の料理だ?」

「人里、妖怪の山、隙間の中、太陽の畑、地底、天界、三途の川、冥界、魔界、冥府、外界、異星に渡る広範囲。その過去全てと現在までの全ての生命体によって作り上げられた料理を読み取り、博麗の巫女の口に合うだろう味を再現しました。ですので『誰』と聞かれてもちょっと……」

「……お前の能力はそこまで強力なものだったか?」

「地底での異変からどんどんと強くなってきているんですよ。このままでは自滅しかねませんし、自滅した場合覚妖怪の本能に従って能力の届く範囲の全ての存在に恐怖と絶望と羞恥etcを振り撒いて精神的にぶち壊しかねないのでちょっと博麗の巫女に頼んで一時的に封印で能力だけ弱体化させてもらおうかと」

「……成程。それは不味いな」

「ええ。自分でも止める方法がちょっと思い付きませんから、先に対処してしまおうと思いまして」

 

 ……ちょうど、ここまで話して、ちょうど博麗の巫女が戻ってきた。それでは、ご挨拶と行きましょうか。

 



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こうして狐は餌付けされ、博麗の巫女は買収される

 

 私が神社に戻ると、そこには古明地さとりが、当たり前のように立っていた。

 

「お帰りなさい、でいいのですかね。私は別にここに住んでいるわけでもないのですけれど」

「いいんじゃない? 私だって家主が戻ってきたらお帰りくらい言うわよ」

「『私は家主がいない間に勝手に入って料理作ったりは絶対しないけどね』ですか。まあ、少々非常識だったのは認めますが、こちらも割と急ぎの用事でしてね。運が良くても幻想郷に存在するあらゆる知的生物がしばらく放心状態に、最悪あらゆる存在―――妖怪や人間と言った区別なく、植物さえもが即座にとはいかないものの自殺しつくすような状態になりかねませんでしたので」

「……は?」

「あ、伝えておいた通りご飯はできていますので、どうぞいつも使っている居間に向かっていてください。料理を運んでおきますから」

「いやいやどう考えてもそんなこと言ってる暇じゃないんだぜ!?」

「腹が減っては戦はできぬ、と言うではありませんか。つまり、何かをする前に準備として食事をすることは正しいことだと思われますが。あと霧雨魔理沙さん。帽子は脱いでおいてくださいね。落ちたら悲惨なことになりますよ」

「あー、確かに料理に落ちたら帽子も料理も大変なことに―――」

「いえ、頭の中身が、精神的に。紫の帽子を被って魔『梨』沙とか名乗ったり、笑い方が『うふふ』だった頃を思い出して悶えたくなる日が数か月ほど続くかもしれませんので」

「絶対それお前の仕業だろ!? 絶対そうだろ!?」

「可能性の話です。何者かが想像できる範囲の出来事は、世界においては絶対にありえないと言い切ることはけしてできない物なのですよ。……私がやらないとは言っていませんが」

「聞こえてんぞオイ!」

「わかっていますよ。考えていることはわかりますからね。あ、今更ですが霊夢さんはお肉駄目とかありましたか? こう、宗教的に」

「ないわよ。と言うか、わかってて聞いてるわね?」

「急ぎの用事、と言うのに関わってくる内容なのですが、まあ、最近私の能力がどうも成長期に入ったようでして。一緒に身体の方ももう少し身長が伸びてくれたりすると嬉しいのですが、残念ながらそんなことも無く……能力が一度に強力になったせいで制御が追いつきませんので、能力を弱める札でも作ってもらおうかと」

「……で、このまま放置してるとなんであんたが言ったようなことになるわけ?」

「その辺りは、料理でもつまみながらどうぞ。自分で作った物ですが、中々おいしくできていると思いますよ」

 

 そう言って案内された先には、何故か紫の式がいる。油揚げを使った何かを一心不乱に黙々と食べているように見えるのだけれど……え、なに、そんなにおいしいのかしら? それとも、狐の舌に合うように作ってあるだけ?

 

「ちゃんと人間の皆さんにもおいしく食べられるように作ってありますから問題ありませんよ。毒物も使っていないはずですし、アレルギーも記憶から考慮しましたからね。いや、実に便利な能力ですよ。自爆しそうになっていますが」

「その結果の被害が笑えないわよ、それ」

「ですから能力封印のお札でも作ってもらって少しずつ制御して行けるようにしたいのですよ。私は今のところまだ死ぬわけにはいきませんし、今私が死んだらお空もまず間違いなく死んで地底に太陽の化身が顕現しますし、こいしはこれ以降誰にも気付かれないまま子供のような無意識妖怪のままいつしか消えていくでしょう。私はそんなのは願い下げです」

「……まあ、受けるしかないわよね……はぁ。タダ働き……じゃないにしても、やっすい仕事ねぇ」

 

 この覚妖怪の言っていることが真実であるなら、この案件は絶対に受けなければならない。放置しておけば幻想郷の危機だし、かと言って異変を起こす前に来ているから異変の主犯だとかそんな理由でぶちのめすわけにもいかない。

 博麗の巫女と言う私の持つ役割と、この現状。その二つを考えれば、私のやるべき事は『古明地さとりの能力を封印する』事だ。それが最善であり最適であり、また同時に最良の手でもある。

 その辺りは……まあ、この場に紫のとこの狐がいて、この話を当たり前のように聞き流しながらおあげかじってるから信憑性は高いし、古明地さとりの言っていることに問題があるわけでもないって証明にもなるでしょ。

 

「むぅ……美味(うま)し」

「……」

「『ちょっと不安になってきた』、ですか。私は美味しいおあげ料理を提供しただけですよ。代わりに外界からお肉を持ってきてもらいましたけど」

「あ、この肉豆腐の肉って外界のなのか?」

「ええ。守矢の巫女の記憶から知ってはいましたが、外界は色々と便利に、けれど生き苦しくなっているようですね。私のような弱い妖怪が外に行ってしまったら、かなり頑張らないと存在を保てそうにありません。だからこそ、人間と妖怪の境界を操り、一時的にスキマが使えるだけの人間になれる八雲紫が特別だと言われる訳なのですが」

 

 ……なにそれ。紫が人間になれるとか知らないんだけど。

 というか、なんでそんなことをこいつは知ってるわけ?

 

「私は覚妖怪です。他人の昔の話を知るのは大得意ですよ。いわゆる黒歴史と呼ばれるものをほじくり返すのもできます」

「そんなことしてたの?」

「食べ物が何もなければそうやって得た感情で食事の代替とすることができる、というだけの話ですよ。だから魔『梨』沙ちゃんだとか『うふふ』だとか白黒魔法使いの初恋だとかの話しはしませんよ」

「だからなんでさっきから例に出てくるのが私なんだぜ!?」

「稗田の阿礼乙女よりましだと思いますよ。あの方々は寿命が短いと言うこともありまして、その短い寿命の間に自分の想いを一度に燃やし尽くすという情熱的な一面がありますから。一部始終を眺めていたら赤面ものだと思いますよ」

「あんたも赤面するのね」

「いえ、阿礼乙女の方が。以前の阿礼乙女に先代の熱い恋愛劇を他人目線で見ていた使用人の記憶を見せてさしあげたら顔を真っ赤にして悶えまして。あの羞恥の感情は実に甘酸っぱいものでした」

「味あんのか!?」

 

 私が思ったことを魔理沙が即座に突っ込んだ。食事は美味しいけれどこうして放り込まれる色々な話で少し疲れるのだけれど、自分の知る相手の自分が知らない顔というものに興味を持ってしまうのは人間の性というやつだろうか。

 それに、感情を食べる妖怪がその感情に味を感じるというのも初耳だ。実際に存在するものではない、形どころか存在するのがわかる方法は本人の心の中だけだというのに、それに味を感じるというのはどういった現象なのだろうか。

 

「『そう言うもの』だという認識をしておけばいいと思いますが。そもそも人間として何かを口に入れたらどうして味がするのかもわからないのでしょう?」

「そりゃそうだけどさ」

「ちなみに、他者の驚愕を糧とする妖怪もいますが、それも私と同じように味を感じていると思いますよ。私達が食らうものは感情。それも、自分が関わることで生まれた、自分でも察することができる感情のみ。本当に肉を喰らったり、血や魂を啜るような連中に比べればとても良心的だと思いますがね」

「……それが過ぎるとあんたが危惧するようなことになるわけだけどね」

「私は感情であれば正も負も関係無しに食べることができますからね。勿論食べずに放置することもできるわけですが」

 

 私達の心を読み、欲しい時に欲しい物を用意している古明地さとり。もしもこんな使用人がいるなら、それはとても便利かもしれない。

 

「……まあ、わかったわよ。幻想郷の巫女としても、私個人としても、協力する必要はあるみたいだし……全力でやらせてもらうわ」

「それはどうもありがとうございます。では、代金はこれということで」

 

 ごとん、と結構な音を立てて置かれたのは、握りこぶしの半分くらいの大きさの真っ赤な球形の石。

 

「地霊殿の地下、灼熱地獄跡、未だに地獄の業火が燃え続ける一角にて取れた紅玉です。地獄の業火を宿しているため属性は炎とそれによる浄化。砕いて朱墨の材料とすれば中々のものとなるでしょう。お納めください」

 

 ………………。

 

「おいおい、こいつは……宝石としての値段だけでも相当なものになるぞ?」

「はっきり言って私には不要なものです。これが役に立つのでしたら、使える者の元に在るべきでしょう」

「……まあ、うん。全力でやらせてもらうわね」

 

 只働きでも仕方がないと思っていたら、最後にとんでもないものが出てきたわね。驚いたわ。

 

 




 
 紅玉=ルビー。
 拳の半分くらいの大きさのルビーっていくらくらいになりますかねぇ・・・?


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非想天則
16 私はこうして力を抑える


 
 今回ちょっと短いです。導入故に


 

 博麗の巫女に能力を封印する協力を取り付けてから暫くの時間が過ぎた。私はとりあえず簡易的な能力の封印を受けたのだが……まあ、それが弱かったせいだろうが大した効果は得られなかった。

 だから、こうして最低十日に二回、博麗神社に顔を出しては能力を押さえる札を博麗の巫女に都合してもらっているわけだ。

 

 そのお陰か、能力の出力を押さえる方法をある程度身に付けることはできた。勿論以前のように出力を上げれば星々を能力の影響範囲に飲み込むこともできることはできるが、封印の札が焼け落ちてもったいないので自粛するようにしている。

 とりあえず、私の身体が能力の制御を覚えたのか、それとも覚え直したのか、私は眠たくなれば眠ることができるようになっていた。あまりに騒がしすぎて眠れないなどと言う事も無く、世界に気付かぬうちに接続してしまって情報を頭に流し込まれてしまうと言った事も無く、実に平穏な生活だ。

 時折勇儀さんたちがお酒に誘ってきたり、そのついでに喧嘩に誘ってきたりすることもありますが……まあ、命の取り合いに発展する事は無いと言う点では地底的には十分に平和だと言える事でしょう。

 

「……で、どう? ちゃんと抑えられてるの?」

「ええ。抑えられている時の感覚、自分で押さえている時の感覚。大体覚えました。少なくともこれで世界からの情報量で壊れてしまうようなことにはそうそうならないでしょうね」

「それなんだけど、多分心配し過ぎよ」

「……『世界からの情報を流し込まれたら、耐えられない者は即座に壊れる。そうでなくとも頭痛の一つくらいはするはず』、ですか。つまり、私は情報量でのごり押しには強い、と?」

「多分ね。あれじゃないかしら、昔から頑張りすぎてちょっと頭のねじ外れてるとかそんなんじゃない?」

 

 博麗の巫女は中々に酷い。こんな平々凡々な私に向かって頭のねじが外れている、だなんて、そんなことを言ったら他の多くの存在も同じかそれ以上に頭のねじが外れているか、あるいは頭そのものが壊れてしまっているかのどちらかだろう。

 確かに、昔から『鬼児』だとか『化け物を内に飼っている』だとか、そんなことを他のさとり妖怪に言われたりもしたけれど、実際には私は鬼でもなければ化け物を飼っているわけでもない。私の中にあるのはあくまでも記憶だけだし、鬼と言われるような何かをした覚えもない。

 私に向けられる畏怖は仮初だ。初めから何か勘違いされているだけで、私自身は平凡極まりないただの小さな覚妖怪でしかない。そんな大きく見られたところで私は何かするわけでもないし、何かできるわけでもない。ちょっとした恥ずかしい話や後ろめたい思い出を想起させたり、感情を増幅したりするだけの、実に平凡な覚妖怪。それが私の正体だ。

 

 それはそれとして、私は意識して軽く能力を使う。博麗の巫女にかけられた封印を抜かないように加減しつつ、力を弱めるための術式をすり抜けるようにしてやれば、今私がやっているように良い訓練になる。

 出力を抑えて、力の制御を鍛えて、封印無しでもちゃんとやっていけるようにならなければ困るのだ。博麗の巫女は人間である以上代替わりもするし、代替わりした相手が今の博麗の巫女以上に有能であることは望みにくい。なにしろ今代の巫女は非常に優秀で、天才ともいえる才を持つとあの八雲紫からのお墨付きがある。天才と言うのはなかなか出てこないから天才なのだ。

 それに、外界でも霊力や神の存在が当たり前のように周知されていた時代ならともかく、現代ではそういった力は存在しないものとされ、存在しないと言う概念に世界の殆どが侵されている。先進国と言われる発展した国に顕著だが、未だに神の存在を当たり前に信じる人間がいてくれているお陰で私たち妖怪は存在を保つことができている。ありがたい話だ。

 とりあえず、もしも私が博麗大結界の外に押し出されてしまったら、妖怪の存在を当たり前のように周知させることで力の減衰を抑えてしまおうと思う。私が妖怪である限り、そんなことにはそうそうなる事は無いと思ってはいるが、可能性を考えるのは無駄なことではない。

 妖怪の存在を本能と遺伝子にまでしっかりくっきりきっちりと刻み付ければ、当然妖怪の存在を認めないという人間発の概念は消え去る。妖怪が認められている世界ならば力が減衰するようなことはなくなるし、今のような緩やかな衰退の道を辿ることはなくなる。

 ……しかし、それをやったら八雲紫に殺されそうな気もする。折角妖怪や神の存在が薄れ、幻想郷に移住してくる者が増えたと言うのに、今度は幻想郷から逆流していってしまう。八雲紫からすれば許されざることだろう。

 だが、まあ……実際に私が博麗大結界に弾かれて外界に放り出される、なんてことが起きなければ問題はない。そしてそんなことは早々起きないのだから、大丈夫だ。

 

「……それじゃあちょっと確かめさせてちょうだい。今回のは流石に失敗してたら洒落じゃ済まないし、取り返しもつかないから」

「……なるほど。構いませんよ。弾幕ごっこですか?」

「それだとちょっとよくわからないから、今回は『弾幕格闘』よ。私は加減するからあんたも加減してちょうだいね」

「了解しました」

 

 ……しかし、弾幕格闘ですか。あれは中々面倒なのですが、その方が分かりやすいと言うなら仕方ないでしょうね。

 

 




 
 おまけ↓


 古明地さとり

 天候「宇宙」:霊力ゲージが回復しなくなる。

 打撃系攻撃が存在しない。ただし、相手が打撃系の攻撃をしてきた場合にそれを自爆させる。
 射撃攻撃は対戦中の相手と同じ弾幕が張られる。動き方なども同じとなる。
 とにかく動きが遅い。
 ダッシュ不可。ただし移動中はグレイズになる。
 紙装甲。とにかく脆い。
 コンボが安定しない。
 『宇宙』の時、自分だけ霊力ゲージが普通に回復する。



 必殺技

 想起『百万鬼の撃滅三歩』(『百万鬼夜行』+『三歩必殺』)
 想起『二重反魂蝶―十六分咲き―』(『二重黒死蝶』+『反魂蝶―八分咲き―』)
 想起『核熱の車輪』(『サブタレイニアンサン』+『火焔の車輪』)
 想起『金閣銀閣の双天井』(『金閣寺の一枚天井』+『うろおぼえの金閣寺』)


 特殊技

 二重想起『万鬼散歩に蝶が舞う』
 二重想起『核の車輪を引く万鬼』
 二重想起『天井砕きの怪力砕月』
 二重想起『死蝶を連れる核の輪』
 二重想起『金銀胡蝶の群れる寺』
 二重想起『核の輪付き金閣銀閣』


 スペルカード(手抜き)

 三重想起『鬼抜』
 三重想起『蝶抜』
 三重想起『核抜』
 三重想起『寺抜』


 スペルカード(笑えないレベルでガチ)

 『狂気神話・従』 コスト2
 『狂気神話・獣』 コスト2
 『狂気神話・人』 コスト2
 『狂気神話・具』 コスト3
 『狂気神話・火』 コスト4
 『狂気神話・氷』 コスト5
 『狂気神話・水』 コスト5
 『狂気神話・風』 コスト5
 『狂気神話・地』 コスト5
 『狂気神話・旧』 コスト5
 『狂気神話・神』 コスト5
 『狂気神話・外』 コスト5


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17 私はこうして郷を巡る

 

 戦い。私の嫌いなものの一つだ。

 殴られれば痛いし、殺されれば死んでしまう。私はそう言う荒っぽいことは嫌いだし、できれば無くなってしまえばいいとも思っている。

 本当に世界から争いがなくなればそれはそれで色々と面倒な事になりそうだけれど、その面倒なことが私とは何の関わり合いも無いところで起き、何も関わり合いの無いうちに終息してしまうのだったらどうなっても構わないと思ったりもしている。

 

 ……つまり、何が言いたいかと言うと───

 

「解:圧倒的勝利」

「あんたのそれどうなってんのよ……」

 

 博麗の巫女との弾幕格闘は私の勝ちで終わった、と言うことだ。それも、痛いのは嫌いなので、無傷で。

 

「どうなっているか……客に手品の種を明かしながら手品を披露する手品師がいますか?」

「世界のどこかにゃいるんじゃないの?」

「手品師がどうであれ、私はこういうネタは明かしません。最悪命に関わりますからね」

 

 そんな感じで博麗の巫女の言葉を一蹴しつつ、縁側に座ってお茶を飲む。……初めて飲んだ時のほんのり薄緑色の色水ではなく、少々薄いと思うものも居るかもしれないが十分にお茶だと言える程度の物が淹れられている。

 それに、博麗の巫女の食卓事情も大分改善されたようで、少なくとも一日に一度は肉・魚・豆等の『たんぱく質』を取ることができるようになったようだ。

 ……少し前まではもう……。

 

「……何よ?」

「いえいえ、どうやらちゃんと食べているようで結構なことだと思ったまでですよ」

 

 食べなければ身体も大きくならないし、丈夫な身体も作れない。妖怪が生きていくには『知られていること』が必要だが、人間には食事が必要だ。食事が無ければ死ぬし、水が無くても死ぬ。ある意味人間と言うのはとても弱い存在なのだなと理解した。

 そう、それが例え博麗の巫女であろうとも、人間と言うのは弱い存在だ。人間であるからこそ避けられない死と言うものが存在するし、人間であるからこそ避けられない終焉が存在する。人間らしく生き、人間らしく死んでいくのが人間の生き方。その軌跡に何かを残し、残された何かを誰かが継いで、人間と言うものは成長していく。それこそが人間が一番人間らしいと言える部分だと私は思う。

 

「しっかし、あんたのそれも反則よね。こっちの攻撃が全然当たらないじゃないの」

「当たらないようにしてもらっていますからね。お札のようなホーミング機能付きならば、第三の目を閉じて私の存在を溶け込ませれば追尾してこなくなりますし、針ならば投擲の時に指先をほんの少しいつもの位置からずらしてもらえれば狙ったところには飛びません。当たらないようにしているから、当たらないんですよ」

「……」

「『言っちゃってよかったの?』ですか。構いませんよ。博麗の巫女の封印があるのならばともかく、封印が無い状態で今の私の能力の効果から逃れられるものは存在しませんからね。神も仏も効果圏内ですよ」

 

 全知全能と言われる神や、世界の全ての理を知る仏の心を読むのは……推理小説を読もうとしている時に後ろから犯人が誰だとかいう声が聞こえてきて話の内容がわかっちゃうようなやるせなさがあるから嫌いなのですが、できない訳ではないですしね。

 

「……じゃあ、能力を抑えられたってことで挨拶回りでもしてきたら? 今のあんたなら地霊殿に引っ込んでても外に出ていても変わらないでしょ」

「……確かにそうですね。では、そうさせてもらいましょうか。お土産とかあった方がいいですかね?」

「消え物の方がいいと思うわよ」

「では地霊殿新名物の地底うどんでも」

「……人間に食べられるの? それ」

「材料自体はありきたりな物ですからね。地底で育った小麦を使い、地底で取れた塩と湧き水で捏ねられた普通のおうどんですよ」

「……塩って具体的にどこで取れるわけ?」

「灼熱地獄跡で、罪人の肉体が焼かれた後に残る灰塩がいつしか風で灰だけ飛ばされて塩が残り、結晶化したものもありますが、基本は岩塩ですね」

「おいなんでそんな話をした。言え」

「取れる塩によっておうどんの味が変わりますので、解説は必要かなと」

「あーそうかい」

 

 博麗の巫女は面倒臭げに溜め息をつく。畳にごろりと横になり、ぼんやりと世界から浮いている。

 ……これはある意味悟りの境地一歩手前だ。少し修行をすれば仙人でも菩薩にでも仏陀にでもなれるだろうに、面倒だからか自分のあり方を人間であると定めているのか人間のままあり続けている。

 これだから、博麗の巫女は興味深い。実に、興味深い。

 弱い人間。しかし、弱者でありながら当たり前のように強者を降すことのできる存在。化物と言う強者を、人間と言う弱者のままに打ち倒す。私の目標とする姿の片鱗と、人間の姿が僅かに一致する。

 

 ……まあ、それはそれとして……博麗の巫女の言う通りに地上探索と言うのも中々面白いかもしれない。引きこもっている間にもお燐や勇儀さん達から外の情報は読んでいたけれど、知っているだけではよくない。ちゃんと経験しなければ身にはならない。

 私の能力は記憶に留まらず、当時の感情まで読み取ることができる。

 しかし、記憶と感情がわかったとしても体に染みつくことは無い。そこまで深くわかってしまうと、私自身が自分を見失ってしまうからだ。

 だからこそ、私は自分自身で得た経験を大切にするように心がけている。勿論、必要ならば他人から読み取った記憶で色々と判断することもあるのだけれど。

 

 さて、それではそろそろ出発しようか。幻想郷の観光名所的な場所は……と

 

 1、紅魔館

 2、白玉楼

 3、永遠亭

 4、太陽の畑

 5、妖怪の山

 6、命蓮寺

 

 これに人里と博麗神社を合わせておけば大体埋まると思うけど……とりあえず以前に異変を起こした順で行ってみましょうか。少し……どころではなく無駄な動きをすることになるけれど、実際にその場に行くことよりも幻想郷をこの目で見て回る方が個人的には重要ですし、問題ありません。

 初めに目指すは紅魔館。吸血鬼であるレミリア・スカーレットが住む悪魔の館。悪魔と言って悪ぶりつつも、微妙に心優しいお嬢さんたちが住む場所らしい。

 私の年齢からすれば、門番さん以外はまだまだ若い。500や1000なら即答で若いと言えちゃうくらい生きてきているのよね、私。

 まあ、勿論神話の主神とかその辺りの存在まで若いとは言わないけれど、キリスト教の救世主さんくらいなら若いと言える。だから、もしも吸血鬼さんや魔法使いさんが色々言って来たら軽く流してあげたいと思う。まあ、別に敵対しに行くわけじゃないから変に構えられたりとか襲われたりとかはしないと思うけど。

 

 

 

 そう思っていた時期が、私にもありました。

 

 

 

 目の前には拳を構えた中華娘々。そして厳戒態勢を敷いている門番妖精に、普段は図書館から顔を出さないどころか根っこが生えているのではないかとすら噂される七曜の魔女に、時を操るメイド長。そして紅魔館の主でもあるレミリア・スカーレットと言うほぼフルメンバーがそこに並んでいた。

 そして、明らかに全員の目に宿る敵対の意志。何もしていないと言うのにこんな目で見られるのは少しどころではなくおかしいと思うのですが、いったいなぜこんなことになっているのでしょうね?

 

 ……。

 

 運命。妹、狂気、発狂、破壊、破滅、自殺――――――。

 ああ、なるほど。そういう事ですか。

 さてさてこれはどうするべきか……はっきり言って説明は納得してくれるかどうか微妙な上に納得してくれたとしても面倒臭いですし、とりあえず適当にお土産だけ置いて中を見物してから次の場所……白玉楼に向かうとしましょうか。大事な大事な妹さんは……図書館の地下室、ですか。

 まあ、他の家庭の問題に首突っ込むほど無粋でもないですし、適当に逃げさせてもらいますよ、紅魔館の皆々様。

 



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18 私はこうして歩みを進める

 

 なにをするよりも、何をされるよりも早く、私は自分の第三の目に両手を翳す。反射的に時を止めようとしたメイドの能力を逆転させることで私以外のその場にいる全員の時を止めさせる。時を操る程度の能力は、こうして敵対している相手に使われると非常に厄介だ。

 そうしてほぼ全てが止まった世界の中で、私だけが歩みを進める。

 無数の気を混ぜ合わせることで威力を増し、虹色に輝く拳を握る門番の横を悠々と通り過ぎ、賢者の石を背後に浮かべ魔導書をこちらに構える魔女の隣をすり抜け、ナイフを取り出そうとしているメイドを横目に眺めながら、神槍の名を冠する槍を構える吸血鬼の背後に回り、閉ざされた門を押し開けて館の庭に入る。

 こうして私があのメイドの能力を暴走させて時間を止めていられるのは……私の感覚であと三分程度。メイドの負担を考えなければまだいけるだろうが、わざわざ敵対の種を作るようなことはしたくない。

 そうして作った時間のあるうちに最低限当主であるあの吸血鬼とその妹である彼女の場所に手土産だけでも残していかなければ。誰であろうと敵意を見せず、贈り物までしてくるような相手を悪い目で見ることはできないはずだ。それが初対面ならなおさらに。

 そうして敵対せずに行動を続ければ、きっといつか私が危険な相手ではないと理解してくれるはず。そのためには問答無用で襲い掛かられたら、とりあえず相手を傷つけないように気を付けつつ相手の無力化をしていかないといけない。平凡な覚妖怪である私には難しい話かもしれないけれど、敵を作るよりずっといい。必要以上に敵を作ると言うのは面倒以外の何物でもないですからね。

 

「えぇと、この地霊殿名物の目玉印の地底うどんはとりあえず調理場にでも置いておけばいいですかね。後は手紙と、妹さんの方にはお菓子でも……あ、血が入ってないからあまりおいしくないかもしれませんね。異種間交流と言うものはかくも難しい……」

 

 とりあえず最低限できることとしておうどんを調理場に置いておく。また、その上に手紙を置いておく。窓も空いていないし屋外でもないから風も吹かない。直接置いてあっても飛ばされる事は無いでしょう。

 

 そう思いつつ調理場を出て―――その瞬間、あのメイドだけ止まった時の世界から脱出した感覚があった。未だに能力の暴走は続いているので私を止めることも他の誰かを動かすこともできないだろうが、彼女はそれに気付くと即座に私を追って館の中に入ってきた。

 時の停まった世界の中で、たった二人の追いかけっこ。彼女は私の居場所を知ることはできず、私は一方的に彼女の居場所を知ることができる。相手がよほど早くない限り、私は確実に逃げ切ることができるだろう。

 

 それに、あのメイドはどうやら私が当主の妹さんを狙っていると考えているらしい。実際にはそんな事実は無いのだが、まあいいだろう。相手をする理由もないし、ここは妹さんの顔を見ることなくさっさと出ていくことにする。

 この館の名立たる存在の分のおうどんは置いてきた。そして、一瞬のうちにメイドさんにかけられる負担の最大が三分程度だと認識していたのだけれど、メイドさんが動き始めたならばその時間制限は意味を為さなくなる。私は時間を止めている間に悠々と外に出て、門をくぐり、門前に向かって構えたまま動かないこの館の住人達の間を通り抜けた。

 後は、私が十分に離れたところであのメイドの能力の暴走を止める。そうすれば時間は再び動き出し、住人達も何があったかわからないまま私の姿を見失うだろう。

 ちゃんと挨拶もできなかったのは残念ではあるけれど、これはもう仕方ない。次に向かう白玉楼ではもう少し穏便な出会いができると嬉しい。

 

 そう考えながら、私は完全に止まっていた灰色の世界が色を取り戻していくのを眺めていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 紅魔館では、その時のために多くの事が準備されていた。

 その切っ掛けは、レミリアが戯れに読んだ運命の情報がなぜか固定され、避けられないものとなってしまったことだった。

 通常、現在に近い運命ほど変えることに力を必要とするし、逆に遠い運命ならば何もしないでいても……正確には何もしていないと思って行動していても、勝手に移り変わっていってしまう。運命とはそういうものなのだ。

 だから、初めに見た時にはその運命も時間が過ぎれば変わりゆくものだと思っていた。しかしその運命は時が近付くにつれてどんどんと固まって行き、ついにはレミリアが全力で能力を行使しても全く動かなくなってしまった。

 レミリアは焦り、その事と運命の内容を自分の信じる家族たちに伝え、その時のために準備をしていた。

 

 狂気を振りまく存在。人間ではそれを視界に入れるだけで気が狂い、妖怪であろうとも狂気に呑まれる。

 星よりも大きくありながら砂粒よりも小さく、神よりも強くありながら虫にすら負ける。運命を操ることができる自分が全力を出したところでそれに勝つことはできず、しかしその存在は自分の家族であるフランを再び狂気の渦巻く状態に戻せてしまう。

 自分の能力では計り知れず、友であるパチュリーの力を借りてもその存在が何なのかはわからなかった。

 

 そしてこの日。レミリアたちは理解のできない状況にあった。

 何者かが来た。そしてその何者かは、自分に仕えるメイドである咲夜の能力で時を止めたにもかかわらず咲夜よりも早く移動して見せ、そして姿を消したと言う。

 まるで、咲夜自身の時間すらも止められたかのように。

 

 残されたのは、何が起きたのかわからないと言った様子の自分自身と、その友である魔女。普段は中国と呼ぶことすらある門番に、悔しげな表情を浮かべるメイド。

 そして、一つの手紙と『手土産』だった。

 

 拝啓。レミリア・スカーレット様。

 

 私は古明地さとりと申します。この幻想郷に古くから住み、今では地底を治めている者です。

 この度はどうやらお互いに何か行き違いがあったようでこのように手紙での挨拶となりましたが、次に見える時にはもう少し穏やかな会合となることを願います。

 

 今回は新たに幻想郷に移住することとなりました紅魔館の皆様に、遅ればせながら挨拶と、手土産を渡してそれでおしまいとなります。手土産の方はお好きに使ってください。

 それでは、レミリア・スカーレット様。そして恐らくこの手紙の内容を聞かされているパチュリー・ノーレッジ様。ご家族の健勝をお祈りしております。

 

 古明地さとり

 

                         』

 

 ぐしゃり、とレミリアはその手紙を握りつぶす。まるで自分たちの事は歯牙にもかけない存在だと言うようなその内容に、怒りが湧き上がる。

 

「咲夜!ここに書かれている『手土産』とは何だ?」

「はい、恐らくですが、このことだと思われます」

 

 咲夜の手に現れたのは、コミカルな動物の絵とぎょろりとした目玉の絵が描かれたいくつかの袋だった。

 

『地霊殿名物 目玉印の地底うどん』『この製品は地底産の小麦だけを使って製造されています』

 

 そんなことが書かれたうどんの袋に、余計に怒りを掻き立てられる。

 

「お嬢様。どうなさいますか?」

「食う。当然だろう。そして不味かったら文句言ってやる」

 

 レミリアはそう言ってさとりからの手紙に火をつけた。簡単に灰になるその手紙の最後を眺め、咲夜の入れた紅茶をすする。

 

 だが、レミリアは気付いていなかった。古明地さとりの手紙の裏面に残されていた『追伸』に。

 

 

 

 追伸

 本日明け方ごろ、吸血鬼の皆様が微睡みの中にいらっしゃるころに、妹さんに顔を見せに参ります。』

 



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妹様は覚に懐き、おぜうさまは旧支配者を憎む

 

「……だれ?」

 

 真っ暗な部屋の中に、私の声だけが響く。

 ずっと地下室に居るせいで、今がどのくらいの時間なのかもわからない。けれど、吸血鬼である私が眠くなるのはたいていが朝になりそうな時間で、そして私はついさっきまで夢の中でうとうととしていたはずだった。

 

 そんな時、突然私の頭の中に声が響いた。聞いたことのない声で、私の名前を呼んでいた。

 私はその声に呼ばれて目を覚ますけれど、私の部屋には誰もいない。いるのはやっぱり私だけ。

 私を怖がって妖精メイド達は私に近付いてこないし、扉を閉じてしまえば私は封印されたまま。内側から封印を破るためには力づくでは封印は破れないようにできていて、外から開けるか内側から理性的に開けるかしかできない。

 そんな場所に、こんな時間に誰かがやってくるはずがない。お姉さまがやってくるならもっと早くなるはずだし、咲夜たちがご飯を持ってきてくれるには時間が外れすぎている。

 きっと今のは幻覚か何かだろうと自分の中であたりをつけて、もう一度布団に潜り込もうとしたところで―――その存在に初めて気が付いた。

 

 私より少し大きな身体。

 変な形の髪飾りが胸にまで伸びている、ピンク色の髪の毛をした女の子。それが、私のベッドの枕元に座って私をじっと見つめていた。

 

『……こんにちは、と言うべきか、それともこんばんはと言うべきか迷うところですが……とりあえず今は「はじめまして」と言っておきましょう』

「……あなたはだぁれ?」

『私は古明地さとりと言います。貴女はフランドール・スカーレットで間違いありませんか?』

「うん。私はフランだよ」

 

 成功したようで何よりです、とさとりは一人頷く。フランドールにはそれが何に対しての物かはわからなかったが、とりあえずさとりにとっていいことが起きた、あるいは失敗はしていなかったと言う事だけは読み取ることができた。

 だが、フランドールの人生経験ではそれ以上のことはわからない。490年以上の時を孤独に薄暗い地下室で過ごしてきたフランドールには、相手が何を考えているかを理解するほどの力はなかった。

 

『今日はただの挨拶ですね。本当なら直接会って話をしたかったのですが、貴女のお姉さんに妨害されまして』

「……あいつが?」

『……あいつ、ですか。まあ、姉妹の関係がどうあろうと私がどうこう言える立場でないことには変わり無いですし、別に構いませんが』

「ならいいじゃない。ほっておいてよ」

『その事に関しては放置しますよ。まあ、それはそれとして』

 

 さとりが自分の背中に手を回したかと思うと、背中の後ろからざるに乗ったうどんと汁の入った器、そしてフォークがその手に現れていた。

 

「わっ!? それって魔法?」

『いえいえ、魔法ではなく能力の一環のようなものです。どうぞ』

 

 部屋にはいつのまにか机が用意されていて、出てきたばかりのおうどんが置いてある。

 

『夢の中ですので、こうして直接渡せないものでも出せてしまうのですよ』

「そうなんだ……でも、夢じゃあ味とかわからないんじゃないの?」

『問題ありませんよ。私の能力の応用で私が貴女の夢の中に意識を飛ばしているように、味の記憶を貴女に飛ばせばいいのです』

「そんなことができるの?」

『ええ、できますよ。……さあ、うどんが伸びてしまう前にどうぞ。血はどの程度?』

「ちょっとでいいかな」

 

 私がそう言うと、虚空から血の滴が現れてうどんの汁に落ち、綺麗な波紋を描いた。本当に、ここは夢の中なんだなと思う。

 でも、今はそれよりもおうどん食べよう。フォークを手に取り、つるつると麺を口に運ぶ。

 ……。

 

 太めの麺はかなりしっかりと練り上げられているようで、歯応えがいい。もちもちしていて食べていて楽しく、それでいて歯や口の中にくっつくことはない。

 汁には濃厚な血の味が広がり、人間の物以外にも何か別の生き物の血が混じっているような気がする。

 

『ちなみに今回は鴨一羽を丸々使って作った鴨南蛮の味を再現しています。お肉は当然鴨の物を特製の漬けタレに漬け込んだものを軽く焼いた物を使い、汁には調味料を加えた鴨の血液に骨から取った出汁とコラーゲン、さらに脳味噌を裏漉ししたペーストを加えることで味に深みを出しています。また、麺は柑橘の皮をごく薄く切ったものを混ぜ込んであるため汁のくどさを打ち消してさっぱりとさせています』

「美味しい!」

『それはよかったです。私が作ったもので喜んで貰って嬉しいですよ』

 

 このおうどんはこの妖怪……さとりが作った物らしい。吸血鬼のためにかどうかはわからないけど、血をたっぷりと使ったこの料理。とっても美味しい。

 でも、吸血鬼は動物の血はあまり好きではないはず。人間以外の血を飲むことはできるし、それで乾きを癒すこともできるけど……ここまで美味しい訳がない。

 

『地獄で人の血肉を啜って生きる動物達です。不喜処地獄等の動物に溜まる罪科などは、およそ五十年毎に一度地霊殿にやって来て血肉と共に削ぎ落とし、そして地獄の風に吹かれることで甦ってはまた人の罪を血肉として食らうのです。

 ですから、そうしてやってきた動物達の血肉は概念的に人の罪の象徴とも言える血でできていると言えます。その為吸血鬼でも美味に感じることができるのだと思いますね』

「…………?」

『……人喰いの血は人の血に似る、と言うことです』

「そうなんだ? ……えっと、おかわりしてもいい?」

『……まあ、夢ですし構いませんがね』

 

 そう言ってさとりは私にまたおうどんを出してくれた。

 

『ちなみにこれは前のとは違い、できる限りさっぱりとさせたものです。麺そのものに野菜を練り込み、爽やかな味を出させています。

 スープは魚介出汁がベースの塩。地獄から来ている魚達をじっくりコトコト煮込んで取った出汁を使っています。

 本当は昆布なども欲しかったのですが、残念ながら地獄には昆布は育ちませんので血の池地獄で育った魚を捌いて調味料に漬け込み、天日に干して乾かして作る干し魚を使っています』

「……?」

『……材料は中々取れないですが、美味しいですよ』

「やったぁ!」

 

 さっきと同じように、私はフォークを使って新しいおうどんを啜る。さとりの言う通り夢だからか、お腹が減ることもなければお腹いっぱいになることもない。

 美味しいものをたくさん食べられるって、幸せぇ……♪

 

『そんな貴女に朗報です。』

「ろーほ?」

『……いい知らせ、です。今回使われたこの地霊殿名物地底うどん生麺タイプ。地霊殿にて格安で提供しています。その場で食べて行くもよし、お土産として専用の汁と一緒に買っていくもよし。地霊殿に来た時には是非とも食べていってくださいね。貴女はとても美味しそうに食べてくれたし、割り引きしてあげるわ』

「ほんとに? ありがとう!きっと行くね!」

『待っていますよ』

 

 さとりは私に笑顔を向ける。すると、私の部屋がゆっくりと崩れ始めた。

 

『……夢が覚めるのね。けれど、地霊殿はあなたを歓迎するわ』

「……フラン」

『……そうね。じゃあ……私は、いつでもフランを歓迎するわ』

 

 そうして、私の夢は覚めた。

 

 けれど、私はちゃんと覚えている。夢の中に出てきた、魔法使いのような優しい妖怪のことを。

 

「さとり……お姉様」

 

 

 

 ■

 

 

 

 レミリアです。最近、と言うか今日の朝から、フランが外に行くと言って聞かんとです。

 

 レミリアです。何でも、古明地さとりに会いに行くために地底に行きたいと言いよるとです。

 

 レミリアです。フランの口から『さとりお姉様』なる言葉が出てきよっとです。

 

 レミリアです。レミリアです……。……レミリアです…………。

 

 ……で、あの覚妖怪め私のフランにいったい何吹き込んでくれた!? 私のいないところでフランを呼び出してフランにいったい何をする気だ!? 貴様は狂気を他人に押し付け、破滅に追いやるのが目的なのはわかっている!

 

 おのれ、おのれ古明地さとり……!

 




 
※なお、さとり本人にレミリアが思ったような目論見は無いことを明言しておきます。


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19 私はこうして亡霊と会う

 

 紅魔館から追い出されてしまった私は、少々予定より早いが白玉楼……つまり冥界に向かうことにした。

 地底の空と違って地上の空は上がれば上がるほどに寒くなってくる。地底は基本的にマグマに近く、空に上がっても地下からの熱は早々逃げることがないためどこに居ても大概暑い。旧灼熱地獄跡に面する場所など、鬼ですら暫く滞在するのはきついと言わせるほど。まあ、その理由が『酒が蒸発して飲めないのが辛い』という辺り鬼らしいのだが。

 

 寒い空と言う、私にとっては珍しい感覚の空を飛び、地底では見ることのできない雲を越えて更に高く。地上では雲を越えた先に冥界があるが、地底では土蜘蛛を越えた先に地上がある。そういった言葉遊びでならば地上と地底は似ているかもしれない。

 そんな寒い場所に、冥界への入り口がある。かつて博麗の巫女が冥界での異変を解決した時に結界を破り、それ以来ずっと簡易的な結界しか張られていない。霊体どころか死んでもいない存在が普通に行き来できる冥界と言うのはいいのだろうか。何と言うか色々な物が間違っている気がするが、これが妖怪の賢者である八雲紫や幻想郷の閻魔である四季さんに認められているのならば別に構わないと言えば構わないのだけれども。

 

 長い長い階段を飛び越え、ついでに少しだけ道中に居た騒霊達の野外練習風景を眺め、そして白玉楼に到着。大きな門の前には誰もおらず、閂はかけられているが門の上から普通に入り込むことはできそうだ。

 けれど、ここでそんな入り方をしてはどう考えても後々に響くし、敵対されたわけでもないのに不法侵入していたら余計に妙な勘違いが広まってしまう。それをさせないためにも、ここはひとつ門を叩いて来訪を示すところから始めてみよう。

 

 お土産はある。服装もしっかりしている。中には人が……ちゃんといる。

 それらを確認し、私は目の前にある門を軽く叩いた。

 

 トンt

 

「はーい」

 

 反応が早いと言うレベルじゃない。確か私が読んだ時は二つあるうちの近い方でもそれなりに離れていたはずなのだが、まさに一瞬で片方が門の裏側にまで移動していた。

 そのまま閂が外され、門が開かれる。そしてそこから顔を出したのは、銀色に近い白髪の少女。知識として知ってはいるが、彼女がこの白玉楼の庭師である『魂魄妖夢』なのだろう。幽霊のマークが胸にある緑色の服に、二刀。まず間違いないはずだ。

 

「初めまして。私は古明地さとりと申します」

「はい、古明地さとりさんですね。私は魂魄妖夢です。ここ、白玉楼の庭師をやっています。……して、どのようなご用件でしょうか?」

 

 怪しんでいるような空気はない。ただ、本心から疑問に思っている。隠し事が苦手なのか、それともただ愚直なだけかは……あ、これは単にまっすぐで純粋すぎるだけだ。わからなくて人斬りに走る時でも本当に悪気が一切ない。純粋さで言えばお空と同等かもしれない。

 とは言え流石にお空ほど騙されやすくはないだろうけれど、冗談が通用しなさそうと言う点では共通している。

 

「今回、久し振りに地上に出てきたもので……私が引っ込んでいた間に起きていた大きな騒ぎの事を追っているんです。先程紅魔館にも行って色々教えてもらったので、次はこちらに話を聞きに来ました。……あ、こちらお土産です」

「あ、これはどうもご丁寧に……おうどんですか?」

「ええ。ここの主は健啖家だと博麗の巫女に教えて貰っていましたので、消えものの方がいいかと思いまして」

「ありがとうございます」

 

 それではこちらへどうぞ、と彼女に促された先には一つの客間があった。私をここに通した後に彼女の主である西行寺幽々子に私の来訪を伝えるのだろう。普通の従者ならばそうするだろうし、お空はともかくお燐だって恐らくそうする。それに心を読めば私の予想がおよそ正しいとわかる。

 ……このように普通に対応してくる相手は覚妖怪には得難いものだ。多くの相手は自分の思考が読まれると言うことを忌避するし、そこからかつての記憶をほじくり返されるのは我慢ならないと言う。こちらとしてはそんなことをするつもりがなくとも、そうすることができると言う事実だけで多くの存在は私達を畏れる。

 ……まあ、それを言ってしまえば白玉楼の主である西行寺の亡霊姫も全世界に死を振り撒くことはできる。しかし、人物像としてそんなことをしないと理解している半人半霊の庭師はそれを恐れない。それと同じように、私が自分の事を壊すつもりはないと思っているのだろう。

 

 ……あるいは、何も知らないから何もしないだけかもしれないが。

 

 そうしているうちに私は西行寺の亡霊に会って話を聞かせてもらえると言う話にまとまったらしい。こちらに向けて歩いてきている半人半霊の庭師の考えていることと、西行寺の亡霊姫の考えからそれがわかる。

 ただ、西行寺の亡霊姫の方は私の事を話に聞いていたらしい。とうやら八雲紫が色々と愚痴を言っていたかららしいが……まあ、それは別にいいとしよう。私は見た目はともかく生きてきた年齢だけならば十分に大人だ。細かいことを気にしたりはしない。

 ……だがまあ、つい口を滑らせて八雲紫の昔の青かった頃───今時の言い方で言うと『厨二病臭かった』頃───の話を臨場感たっぷりに話してしまうかもしれないが、私は悪くない。ちょっとした愚痴だ。

 

 そんなことを考えているうちに、庭師の少女が戻ってきた。庭師と言うが、庭仕事以外にも料理を作ったり掃除をしたりと中々手広くやっているようだし、執事を名乗ってもいいと思う。中々に似合いそうだし、西行寺の亡霊姫に伝えてみよう。次来ることがあれば服装が変わっているかもしれない。

 まあ、そうなる可能性は正直なところ低そうだが、それはそれでいい。個人ででも楽しんでくれていれば私はそれを後からでも見返すことができるのだし。

 

「古明地さん。幽々子さまがお会いになるそうです」

「そう。それじゃあ案内を頼めるかしら?」

「はい。こちらです」

 

 そう言って連れられた先はこの屋敷の奥まった場所にある一つの部屋。この屋敷はとても広く、そのくせ住んでいると言えるのはこの半人半霊の庭師と西行寺の亡霊姫の二人(?)だけと言う事もあって空き部屋が非常に多い。

 だが、この圧迫感。冥界と言う『全ての存在が死んでいる世界』において、生者の存在を拒絶するこの存在感。能力から来る無意識の物であることはわかっているが、平々凡々な覚妖怪である私には少々きつい。

 これは、どうやら話を聞いていける時間はあまり長くとれなさそうだ。残念なことに。

 

 私は溜息をつきたくなるのを我慢しつつ、半人半霊の庭師の手によって開けられていく部屋の中に入った。

 

「いらっしゃい、白玉楼へようこそ。歓迎するわ……古明地さとり」

 

 にこり、と無邪気な笑みを浮かべる彼女。亡霊であり、八雲紫の友であり、冥界の管理者でもある彼女。

 彼女こそが、この白玉楼の主。西行寺幽々子。

 

 私はその場に座り、軽く頭を下げる。

 

「こんにちは、西行寺幽々子さん。突然お邪魔したにもかかわらず受け入れてくださったことに感謝します」

「いいのよ~そんなこと」

 

 ころころと口元を袖で隠しながら笑う西行寺の亡霊姫は、その心の内もまた無邪気なものだった。

 まるで、頭の良すぎた子供が子供のまま身体だけが大人になったような、そんなアンバランスさを感じ取ることができる。

 

「今回は、以前に貴女が起こした異変……『春雪異変』について、色々とお聞きしたいことがあってこうして顔をお見せしました。話を聞かせて頂ければ幸いです」

 

 私の言葉に彼女はにこりと笑い、話し始めてくれた。

 私の知る、第三者から見た春雪異変。解決者から見た春雪異変。それらとは違う、起こしたものから見た春雪異変の話を。

 



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20 私はこうして歓待を受ける

 

 その話は、私が思ったよりも長くはなかった。とある亡霊が、自分の庭に咲く多くの桜のうち、一つだけ花を咲かせない桜の気があることを気にしていて、その桜の木が満開になったところを見てみたいと思って起こした異変。それが今回私が聞いている『春雪異変』だと言う。

 西行寺の亡霊姫はそう語り、私も彼女の心の内にある当時の想いが今説明されたそれと何ら変わらないと言う事を確認した。

 

 ……お空が起こした異変ではもう本当に大変だったと言うのに……そもそもあれは山の神と呼ばれている守矢神社の神の片割れが必要もない産業革命だのなんだのを目指して核のエネルギーとある意味最も身近な核反応である太陽の化身をお空に無理矢理に突っ込んだりするから起きた事件で、そもそもの発端は春雪異変と同等かそれ以上にくだらないものだった……。

 ……なぜ、幻想郷で起きる異変は基本的に原因がくだらない割に被害が大きくなるのだろう。もう少しおとなしく過ごせないのかと小一時間問い詰めてやりたい。特に八坂神奈子に。

 

「……あら、私の話はつまらなかったかしら?」

「……いえ。異変の原因を聞いて、ちょっと以前かけられた非常に迷惑な出来事を思い出してしまい……」

「あら、あなたも異変を?」

「正確には私ではないんですが……妖怪の山に最近できた神社をご存知ですか?」

「ええ、勿論。なんだか常識に囚われない風祝と親馬鹿な神様が一柱と野心の強い神様が一柱居ると妖夢に聞いたことがあるわ」

「まあ、その表現が非常に的確に事実を捉えていることは置いておくとしまして……その二柱いる神のうちの野心が強いガンキャノンの方に色々とやられまして」

「がんきゃのん?」

「背中に大きな柱と注連縄を背負った基本的に身長の高い姿を見せている方です」

 

 つい外界に存在する物の名前で言ってしまったけれど、そう言えば幻想郷にガンキャノンはまだ存在していなかった。最近まで外界に居た本人たちなら知っていてもおかしくは無いけれど、いつからかは知らないけれどずっとこの屋敷に引きこもっていた彼女が知っているはずもない。

 彼女の能力が情報を集めたりするものならば可能性はあるけれど、彼女の能力は『死に誘う程度の能力』。最大限拡大解釈すれば『情報を自分と言う死の具現に誘う』ことで情報を集めることはできなくもなさそうだけれど、その方法で集めた情報は文字通りに『死んで』しまっているため役には立たないだろう。

 だから、たとえ彼女が私の考えたような方法で情報を集められたと仮定してもその情報が役に立つ事は無いし、そもそも彼女はそうやって情報を集められると言う使い方を考えついてすらいない。

 私たちの持つ『程度の能力』は言葉に宿った概念のようなもの。『○○程度の能力』と言う言葉から本人が連想して、その連想に一定の納得さえできてしまえば使えないはずの能力ですら使えるようになることもある。私のように。

 それがわかりやすいのは今代の博麗の巫女。『空を飛ぶ』と言う能力の拡大解釈として『浮く』ことができ、『何から』浮くかを自分で決定させることができるようになった。

 つまり、程度の能力とは自分である程度限界を越えられる能力である。

 

 ……ちなみにこの考察を他の存在に聞かせた事は無い。なにしろ能力については割と重要なことだし、もしも八雲紫が思い込みで能力を強化して、それが思い込みの結果による物だと認識してしまった場合、博麗大結界の根幹を支える『存在しなくなった存在や概念を結界内に引き込む』と言う事ができなくなる可能性がある。

 そうなれば当然結界内に居る私たちは結界の外に弾き出されたり、最悪結界に押しつぶされて消えてしまったりする可能性もある。そんな恐ろしい賭けをする気は毛頭ない。

 私は平凡な存在だ。賭け事は自分が勝つ可能性が少なくとも八割以上無ければする事は無いし、さらに賭ける物の内容によっては勝てる確率が九割九分を超えていたとしても受けないこともある。この話もその一つだ。

 私の選択次第で幻想郷を終わらせるようなことになれば、私は恐らく後悔する。今となっては幻想郷でしか存在できない妖怪も数多くいるし、妖怪を世界に知らしめたとしても、現在の外の世界の科学などによっては一方的に殺し尽くされてしまうと言う可能性もある。

 

 ……可能性があり、その結果次第では私達は滅ぶ。ならば私はこんな話を他人にすることなく、この幻想郷でのんびりと暮らしていきたい。生きている存在ならば、そう考えるのはおかしくないはずだ。

 

「……まあともかく、色々あってその神から干渉を受けて起きた異変に巻き込まれたのですよ」

「あらあら、大変ねぇ」

 

 ……結果的に死を振り撒く桜を満開にさせようとした亡霊姫と、地上を新たな灼熱地獄に変えようとしたお空。私がある程度以上詳しく知っている異変の中でもかなりの危険がある二つ。しかしお空はともかく、亡霊姫のちょっとした気まぐれから始まったこの異変がそこまで膨れ上がるとは普通は思わない。全く、本当に幻想郷は常識の通用しない場所だ。

 他に危険な異変と言えば、天界に居るとある天人の起こした気質の操作と、竹林の奥に隠れ住む薬師が起こした月の交換……くらいだろうか。

 紅魔館で起きた赤い霧は気分が悪くなる人間こそ出たものの、あまりに長い時間でなければ作物や動物にも影響はあまり出ないし、酒呑童子の起こした三日おきの百鬼夜行は実質宴会をやり過ぎるだけ。博霊の巫女の懐事情的にはあまり良くなかったかもしれないが、それは私の関与するところではない以上大した被害は無いとしか言えないし、つい最近起きたばかりの宝船の異変は実際には妖怪達が頑張って昔世話になった尼の封印を解いて恩返ししようと頑張る話だ。その解こうとした封印も尼を基点にして大きな災いを封じ込めるといった人柱のような側面を持つわけでもなく、ただただあの尼を封じることのみを目的としたもの。解けたところであの尼が出てくるだけで幻想郷に被害が出ると言うことは……まあ、無いと言ってもいい。

 要するに、基本は下らないことから異変は始まり、そのくせ最終的に多くの人妖を巻き込んで無茶苦茶な被害を出しそうになったところで博霊の巫女に止められると言うことが多いわけだ。

 初めから大きな事を目的にしていたのは、恐らく私が地上に出るよりずっと以前にあったと言う『吸血鬼異変』くらいだろう。幻想郷を支配しに外界から館ごとやって来て色々暴れ、しかし当時の博霊の巫女と八雲紫に……見事にと言うべきか無惨にと言うべきか、叩き潰され、そして幻想郷の最低限の暗黙の了解を守ることを約束させられた。

 吸血鬼はその種族自体が有名になっているため勘違いしている者も時々居るが、悪魔である。悪魔と言うカテゴリ内に存在する、吸血鬼と言う種族である。

 つまり、悪魔の在り方として『嘘をつくことができない』のだ。

 悪魔にとって契約は絶対だ。ありとあらゆる場合において、既に結ばれた契約は遵守されなければならない。ある意味で悪魔の一番恐ろしい能力は、そういった契約を自分だけではなく契約相手にも遵守させる強制力を持つことだ。その契約を自分が破れば弱体化し、契約を相手が一方的に破ればその相手の全てを奪い去る事もできる。

 

 ……契約を気分と実力で破り、平然と嘘を吐くような神よりよほど誠実な相手だと思いますね。本当に。

 

「……ところで、先程から庭師の彼女が何か作っているようですが……」

「今日のお昼よ。一緒にいかがかしら?」

 

 にっこりと笑顔を浮かべ、私を食事に誘う。まったく、八雲紫から私のことは聞いているでしょうに……。

 

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

「我が家の調理師が腕によりをかけた料理をどうぞ楽しんでいって下さいね」

 

 



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21 私はこうして兎と争う。

 

 昼食を頂いてから白玉楼を辞去すると、とても穏やかな空気のまま別れることができた。

 無駄に腹の読み合いをする必要も無ければ気を張る必要もない相手は、とても貴重だ。

 

 私はとてもいい気分のまま次に起きた異変の場所へと向かう。次に起きた異変は……ああ、伊吹萃香の三日おきの百鬼夜行ですか。あれは確か博霊神社で起きた異変で、三日おきに何度も宴会が繰り返されると言うものでしたね。

 首謀者は『密と疎を操る程度の能力』を使う鬼。伊吹童子、酒呑童子、小さな百鬼夜行とも呼称されることのある、鬼の中でも特に強力な存在。伊吹萃香。

 ただ、その原因が『春が短くて宴会がろくになかったから』と言うのは……平和で良いと言うべきか、それとも呆れてしまうべきか。

 

 この異変についてはよく知っている。鬼は嘘をつくことのない種族であるし、ごく一部の例外を除けば面倒な言い回しで煙に撒こうとしてきたりもしない。私は既に博麗の巫女や酒呑童子からこの時の話を聞かされているし、それに嘘が無いと言う事も知ることができている。隠し事のある可能性も無い訳ではないけれど……わざわざ隠したいことを暴きたてるのもどうかと思う。実際には暴き立てることはしなくとも既に目的自体は知っているわけだし。その目的も嘘があるとは思えない。参加者の多くにも出会って記憶自体は存在するし、パスしよう。

 ……伊吹萃香は私の事を苦手としていますしね。

 

 では次……月を別物と入れ替えようとした永遠亭の方々。そちらに向かうとしましょうか。

 ちゃんと話を聞いていただけるかはわかりませんし、話を聞かせてもらえるかもわかりませんが、それでも行くだけなら問題はありません。

 月にいる神降ろしの怪物に匹敵するほどの脅威ではあるでしょう。しかし、それもこちらから手を出すなりなんなりした場合に限定されます。私は彼女達を肉体的に殺すことはできないし、傷つけること自体もかなり難しい。そもそも彼女たちは肉体的な損傷ならばあっという間に治ってしまうようにできている。彼女達を殺すのも、致命傷を負わせるのも非常に難しいと言わざるを得ない。

 ……そもそも、そんなことをする気は欠片も無いのですけれどね。わざわざ喧嘩を売って私の平穏を壊してたまるものですか。

 

 永遠亭は地上の『迷いの竹林』に存在する。竹林を通り抜けられるのはその竹林に住み着いている兎の妖怪と輝夜姫、そして八意思兼神と不死の人間である藤原妹紅くらいな物だろう。

 だが、私はそういったものを無視して竹林に向かう。私が取る方法は、竹林に間違いなく存在する輝夜姫の意識を感じ取り、そしてその意識に向かって地形も何も関係なしに進んでいくと言う……まあ、迷いの竹林と言う術を組んでまで永遠亭を隠そうとした某天津神からすれば『ざけんなゴルァ!』と口汚く罵ってしまいたくなるような反則紛いの方法。勿論それを予想していなかった彼女の落ち度だし、禁止されていようがされてなかろうがやった者勝ちなところのある現実では反則だなんだと騒いだとしても効果は無い。

 それと、先ほどから遠巻きに私の事を見つめている老兎。恐らく彼女は『因幡の白兎』だ。悪戯好きで様々な存在を騙しながらも生き抜いてきた、老獪な兎。彼女は國津神の大国主に仕えており、天津神との相性はあまりよくないと思うのだけれど……まあ、彼女が因幡の白兎であると言うならば、そのくらいの折り合いは付けて見せるだろう。

 

 今は単なる悪戯兎。私は彼女をそう扱おう。彼女がそれを求めているかはわからないけれど、私が彼女をそう扱いたくなった。

 なにしろ―――罠の数が多すぎる。できるだけ死にはしないように作られているようだけれど、わざわざわかりきっている罠にはまるのも愚かしい。どの罠がどこに仕掛けられているのかをしっかりと覚えている彼女は、罠師としては素晴らしい。そのお陰で私は罠にかかることなく動くことができる。

 

 ……さて、永遠亭まではいったいどれくらいだろうか。竹林の面積から考えてそこまで長くはないだろうけれど、私の足で歩いて行くとなると決して狭くは……。

 

「……そこの方。確か…………冷麺・うどんメイン・エバラさん?」

「違うわよ!」

 

 ガササッ!と草叢が揺れて頭から兎の耳を生やした女性が立ち上がる。その隣では悪戯好きな老兎が内心慌てているのだが、ここまで来てしまったらもう誤魔化しは効かないと言う判断を下したのだろう。即座に内心の動揺を抑えて私の事をじっくりと観察し始めた。

 

「あなた、ここに何の用?」

「少し話を聞きたいだけですよ。主に最近起こった永夜異変の事ですね」

「……それじゃあ、もう一つ。貴女―――()?」

「何、とはまた……私は平凡な一妖怪で」

 

 頭を30°ほど左に傾ける。その直後に私の頭のあった位置を妙な形の弾丸が通り抜けていった。

 頭を元に戻して、その弾を撃った玉兎に向き直る。

 

「いきなりご挨拶ですね。まったく、月の兎は妖怪と見れば殺しにかかる習性でも持っているのですか?」

「……」

 

 彼女は答えない。その目を真紅に輝かせ、私に銃を向けるような構えを崩さない。

 例え、頭の中で私がなぜ今の弾を躱すことができたのかわからず、すぐに次の弾を用意して撃ち出そうとするのを能力で隠しながらであろうとも、逃げたい、怖い、と言う感情で頭の中がいっぱいになっていようとも、それでも彼女は私に向けた構えを崩さなかった。

 

 これが、軍人と言うものなのか。私は内面と外面を綺麗に切り離して見せた目の前の彼女に興味を持つ。

 妖怪は意志の生き物だ。基本的に自分の意志を曲げるのは自分以上の力や意志とぶつかった時くらいなもので、そうでなければ自分の意志を曲げようとすることはめったにない。

 だと言うのに、この臆病な玉兎は恐怖を抱え、逃げたいと言う思いに囚われながらもそれを外に出すことなく構え、向き合っている。

 

 何が彼女をそこまで駆り立てるのか。

 

 私以上の恐怖。十分にあり得る話だ。私は平凡な妖怪であるため、私以上の恐怖などどこにでもある。

 

 仕えている八意思兼神への恩義。これも十分考えられる。私と向き合っている間に、この近くから悪戯好きな老兎以外の兎が消え、そのうち何羽かが永遠亭へと走っている。私の存在を伝えに行ったのか、それともただ逃げているだけなのか。どちらにしろ私の存在は向こうに通じるわけだ。

 

「それで、どうして私は襲われているのでしょう? ここは人間であろうと妖怪であろうと入ってはいけないと言うわけではないはずですが」

「……」

「返事はなし、ですか。悲しいですね。会話は大切ですよ?

 

 

 ――――――――――――ねぇ?」

 

 狂気を操り、私に幻影を見せていた本人のいる方に顔を向け直す。私の波長からすでに狂気に呑まれているはずなのに、なぜ効いていないのかを疑問に思っているらしい。

 私に狂気に呑まれた感覚は無い。それに、この程度ならば何の問題も無く耐えられる。

 確かに狂気によって狂った映像を見せられていた。ただ、それはどうにも薄く、本人が私の背後に回ろうとしているのが簡単に……文字通りの意味で『手に取るように』わかってしまった。何故かはわからないが、私には彼女の言う『狂気』への耐性が存在するらしい。

 

 玉兎はそれ以上何も言葉を発する事なく、私に向けて弾幕を撃ち放つ。その弾幕は弾幕ごっこの物でも、そこから一段上がった弾幕格闘の物でもなく、明らかに殺傷を目的としている物だった。

 

「……わかりましたよ。それでは、開戦と言う事で」

 

 私はこっそりと、ため息をつき、ひそりと囁く。

 

 

 

『無間想起』

 

 

 

 



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月の兎は幻魔に抗い、地上の兎は息を潜める

 
 今回の話、一部死ぬほど疲れました。もうこういう表現絶対しない。
 また、一部が非常に読みにくくなっています。


 

 目の前にいる『これ』はなんなのか。そんなことを考える余裕もなく、私はただ濁流のように流れ来る弾幕を避けながらこちらも弾を撃ち込んでいく。

 しかし、私の撃った弾は一発も相手に当たることはなく、逆に相手の弾幕は威力こそそう高くないものの私の身体に何度も当たっている。

 今の私が撃つ弾は相手を殺せるだけの威力がある。弾幕ごっこに慣れてしまっている相手なら、私の撃った弾を避けきれなければ仕方ないと簡単に当たり、そして死んでいくだろう弾幕。それを『あれ』は平然と、余裕をもって避け続けていた。

 

「もう勝負はついているはずですが……いつまで続けるのですか?」

 

 私はそれに答えない。答えられない。『これ』が、私と同じ言葉を使っているなんてことはあり得ない。あるはずがない。あってはいけない。

 

 だから殺す。

 

『あれ』は私の能力が通用しない。

 だから殺す。

『あれ』は師匠達に勝ててしまう可能性がある。

 だから殺す。

『あれ』は危険だ。

 だから殺す。

『あれ』に勝てるモノは存在しない。

 だから殺す。

『あれ』は存在してはいけない。

 だから殺す。

『あれ』が存在しているということが許せない

 だから殺す。

『あれ』に魅入られた自分が情けない。

 だから殺す。

『あれ』が怖い。

 だからころす。

『あれ』にかかわわりたくない。

 だからころす。

『あれ』はいまならころせるかもしれない。

 だからころす。

『あれ』がわタしをみタ。

 だからころス。

『あレ』のなかミをみた。

 だからコろス。

『アレ』のナカみをしッた。

 だかラこロす。

『アれ』ヲころさナくちゃイケなイ。

 ダからコロす。

 

 ころすころすころすころすこロすころすころすころすころスころすころすころすころすころすころすころスころすこロすころすころすころすコろすころすころスころすこロすころスころすころすコろすころすころスころすころすころスころすころすこロすころすコろすころすころスころすころすこロすころすコろすコろすこロすころスころすこロすコろスころすこロすころすころすころすコろスコろすころスこロすコろすこロすころすこロすころスころすコロすこロスころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 赤い。

 いつの間にか見える全てが赤くなっている。

 『アレ』もあカい。

 アかい。

 ころス。

 あたルまでウつ。

 あたレ。

 うツ。

 ウツ。

 あたル。

 あカクなル。

 いたクハナい。

 ウごカナイ。

 アタル。

 うごカナい。

 イタクはナい。

 うteなイ。

 aたらナi。

 イたkuhaナい。

 

       おくつほあひしもごこじしてあよもいのあてわしつせは

     ちらちねかめしうめろゅぬゐのりうしうあゐたてきめし

    るいのがにさょいんすみいもこひわきりあのしおかてん

      あさあおうまうやなのょやすにめたはょれやはからさで

   たむじれももわださはうだこまさしうくがつもなにいも

       るいててれうたいいいがめしたまにすもわはうけげごし

   いこついくししたゆやけいはあにでれつたうだれだにに

       たわのたろわをいるきずきおいもきせかしまめばしそき

 みいにみにけひのしずれたしたまるかえにくだわたれれ

   はなおがぬあろはてつるいしかたこいずちしけたこだな

     なにいきらりっいくけさまょっあともだかしれしのけい

 いもうえれまてやだたきだうたっはきんづょどはみはど

  うかでてつせくださくがいさまてなえまいうせたをかう

      ごんがひきんれこいなみきまたいいてくてにめだひえか

  かじおかがあてわもいえたのわいていもくつてのろしさ

    ななちりかなあいうけないいらたもただるたさけってい

 いいるがくたりのたがいしういいあみせもえいだてかご

    いよあうれをがもたれのにこあこしもなうてごもくらに

       たわかすきまとおかにがたとっともなくこくののだでこ

   くいいれりもうちいふこくをてもうくなれれほにさなれ

    なこいめがれごてはれわなきいあごなっでたうすっいに

 いろたがこなざいいたいいきたっかっておのこらたとい

     あさくいくかいくやくいこなかたせてしわかうおおわち

  かれなたなっまのでなたわさっのないまりしだとんたげ

 いるいいるたすもすいいいいたにいくうからけるはしき

 

 

 

「無理ですよ」

 

 

 

 ぶちり、と意識を繋いでいた紐が切れ落ちたような嫌な音が私の頭の中から聞こえた気がした。

 同時に、あれだけ痛くて苦しくて死にたくて赤くて仕方なかったにも拘らず全く失われる気配のなかった私の意識が消し飛ばされるように消えていく。

 苦しかったのに苦しくなくて、痛かったのに痛みなんてなくて、動かそうとしても動かなくなっていた身体がやっと完全に動きを止めた。

 

 

 

 ■

 

 

 

(冗談じゃない……なんだよアレは!?)

 

 てゐは焦っていた。本当ならばこんなところで仕掛けるつもりなんてさらさらなかったはずだというのに、あの小さな妖怪を鈴仙が能力を使って見た瞬間に鈴仙が壊れ始めていた。

 自分の話を聞かずに草叢からその姿を見せ、そして真正面から。アレに向き合う。そして突然始まった、明らかに相手を殺すための弾幕の張られた弾幕ごっこ。

 女子供の遊びである、と言われていたそれは、初めからルールを守ろうとしていなかった鈴仙によって蹂躙された。同時に、相手の小さな妖怪の張った弾幕は本来の弾幕ごっこ用に張られたものらしく、当たったところであまり大きなダメージは入っていない。

 しかし、いくら一発一発の威力が低かろうが、弾のぶつかった回数が百を超え二百を超えてどんどんと大きくなっていけば当然のこととしてダメージは蓄積する。てゐの知る鬼などの理外の存在でもなければ、そう簡単に回復していったりはしない。

 

 だが、てゐの驚いたことはそれではない。そんな小さなことではない。

 鈴仙の能力は非常に強力なものだ。てゐはそれを何度も出し抜いたことはあるが、それも一度受けた能力を何とかして解除する方法ではなく、初めから能力を受けることのないように立ち回る方法で、だ。

 それをあの小さな妖怪は、まるで呼吸することと同じであるかのように。細い木の枝をべきりとへし折るように。ごく当たり前のこととしてやってのけた。

 自分の師匠……八意永琳ですら多少の溜めを必要とする鈴仙の能力。それを真正面から打ち破るのは、よほど隔絶した実力差があるか、あるいは鈴仙の能力に対してありえないレベルで相性が良いかのどちらか。鈴仙の能力を考えればそれに相性などというものがあるとは思えないし、たとえあったとしてもそもそもの実力が違いすぎれば今のように鈴仙がボロボロになるようなことにはなっていないはずだ。

 つまり、あの小さな妖怪は、あの身体の中に無茶苦茶な量の力を内包しているということだ。

 

(……お師匠様に報告しなくちゃ)

「行かなくていいですよ」

 

 瞬間、背筋に氷柱を突きこまれたような寒気がてゐの身体を襲う。普段ならば驚愕したのと同時に跳ねるはずのてゐの足が、地面に縫い付けられたかのように動かない。

 

「これはこれは白兎明神様、未だ外界に信仰する者を残す其の身が、何故幻想郷に?」

「……」

 

 状況は最悪。私と鈴仙の間にあの化け物。しかも、ずっと隠れ続けていた私を見つけ出し、当然のように話しかける。少なくとも何らかの索敵ができ、ここで逃げたとしてもあれは正確に永遠亭のほうに向かうことになるだろう。

 ……私に『これ』は荷が重い。絶対に勝てないだろう。けれど逃げたなら逃げたで私たちの住むこの場所が失われてしまう可能性もある。

 なら、私にできることは―――

 

「『こいつをここに足止めして、お師匠様と姫様との全員で叩く』ですか」

「っ!?」

「ええ、読めますよ。覚妖怪ですので」

 

 ――――――最悪だ。もしもこいつが覚妖怪で、今やって見せたあれが連発できるなら……こいつの手はお師匠様にも届きうる。もしかしたら、ここからでも―――

 

「安心してほしいのは、私は別に戦いに来たわけではないと言うことよ。襲われたから反撃したけれど、それがなければこちらから攻撃なんて面倒なことはしませんよ」

「……そうかい」

「『信用できない』? まあ、そうでしょう。けれど、争いを持ち込みに来たならこの玉兎は死んでるわよ。服とかはだいぶボロボロだけれど、生きているでしょう? 発狂した相手を殺さずに無力化するのって手間がかかって面倒なのですよ」

「……お師匠様や姫様には―――」

「『攻撃されない限りこちらからは攻撃しない』。……それで、案内してくれますか?」

「……………………こっちだよ」

 

 伏した鈴仙を視界に入れながら、てゐはゆっくりと永遠亭に歩を進め始めた。しかし小さな妖怪はそこから動かず、倒れ伏した鈴仙をじっと眺めている。

 

「―――なに? 行くのをやめたとか?」

「まさか。ただ、この玉兎をそのままにしておくのもどうかと思いましてね」

 

 小さな妖怪は、右の人差し指で鈴仙の身体を指し、指先をくいっと招くように動かした。

 

 すると、動かなかったはずの鈴仙の身体がまるで下手な人形繰りのように持ち上がった。両足の位置を変えず、倒れていた身体だけがそのまま持ち上がってくるような奇妙な動き。それを、目の前にいる小さな妖怪がやっているのは一目瞭然だった。

 

「玉兎の身体も大雑把なところは人間と変わらないですね。……では、行きましょうか」

「……はいよ」

 

 てゐは短くそれだけ返し、永遠亭への道を進む。小さな覚妖怪と、奇妙に動かされる自分の同僚を連れて。

 

 



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22 私はこうして姫と出会う

 

 そこまで長くもない道程を、ゆっくりと時間をかけて進んで行く。考える時間が欲しいというのと同時に師匠……月の科学者であり、薬師であり、高天原の神でもある八意思兼神が何らかの対策をとるための時間稼ぎでもしているつもりなのだろうか。

 だが、私の種族が何であるかは兎たちにはわからない。それがわからない以上、効果的な対策を打ち出すのは難しいだろう。

 

 実際に、難航しているようであるし。

 

 ただ、あの弓は厄介極まりないと思う。知識に弓に神気に術。あんなもの、まともな妖怪なら触れただけで消滅してしまうはずだ。

 

 ―――それを、無数の竹に遮られているにも拘らず、私に向けて構えているというのは……これはもう私にとって怖すぎる。

 普通なら、竹に遮られて当たることはない。丸みを帯びた竹の表面にぶつかって方向が変わり、最終的に狙った場所に当たることなどまずありえない。

 しかし、それはあくまでも使っている弓が特筆すべきことなど全くないようなもので、かつ使う存在がまともな人間程度の技術しかもっていない場合にのみ適用される。

 

 相手は神。外界において日本神話と呼ばれる神話の神の一柱。使う弓は当然ながら神器であり、その矢は狙ったものに当たるようにできている。

 その軌道に障害物があるならば矢が勝手に軌道を変えて的に当たる。その矢を、私に向けて構えている。

 

「……『想起』」

 

 私が囁いた瞬間。私に向けて飛翔していた矢は空中に止まる。いや、正確にはほんの僅かずつではあるが動いている。

 そして、全てを貫くはずの矢は、八意思兼神の目の前で風化した。

 

「!?」

 

 私の第三の眼に、彼女の驚愕が伝わってくる。その驚愕は実に瑞々しく、そして爽やかな味がした。不死者であり、人生……と言っていいのかどうかはわからないが永い時を生き、非常に多くの経験を積んできただろう八意思兼神の驚愕。確かにそれは新鮮なものであり、またどこか懐かしい味のするものだと納得できる。

 

『……いやぁ、助かりましたよ。ありがとうございます』

(構わないわよ。面白そうだし)

 

 そんな感情を食らいながら、私は先に話を進めていた相手―――蓬莱山輝夜と思考で会話をしていた。やはりこういう時には事前に頭に話を通しておくのが一番だ。人付き合いのあまりなかった少し前に比べ、私はこうして気遣いが出来るようになるほどに成長ができている。

 ちなみにだが、輝夜さんはどうやら今もかなり暇をしているようで、多少話をしてから私がこれからそちらに遊びに行くと言うと快諾してもらえた。自分が死なず、傷を受けてもすぐに治るという事実を効果的に使っているその姿は実に不死者らしい。

 不老不死を殺すのは退屈という名の猛毒だと聞いたことがあるが、輝夜さんの行動を見ているとそれが本当なのだろうと納得できるところがある。

 まるで子供のように純粋で、老人のように老獪な彼女は、今は間違いなく退屈していた。

 暫く……数百年以上も竹林の奥に存在する屋敷に閉じ込められていて、最近やっと八意思兼神が外出許可を出してくれるようになったものの、いろいろと心配しているんだかいないんだかわからない状態になっているようだ。

 記憶を覗いてみたところ、八意思兼神は間違いなく輝夜さんを大切に思っているのだが、しかし月に存在する連中が関わってこないと分かった時から少なくともこの幻想郷で輝夜さんが死ぬことはなく、可能性があるとすれば八雲紫によって幻想郷の外の世界に放り出された時か、同じく八雲紫によって直接月に送られてしまったときくらいで、それ以外に無事に帰ってこないということを全く考えていないようだということはわかった。

 それと同時に八意思兼神は輝夜さんのことをとても大切に想っており、自分の全てをかけて守りたい相手だとも考えているらしい。

 

 ……まあ、その理由については言わないでおきましょう。本人にも、輝夜さんにも。これは私が知っていることが本人に知られたら、小町さんへの想いを知られていたことを知ってしまった幻想郷の閻魔のように、あるいは昔々の初恋の相手について八雲紫にからかわれた風見幽香のように、顔を真っ赤にしながらこちらに攻撃をしかけてくることだろう。

 この幻想郷に住む強者は、なぜか精神的に脆い存在が多い。肉体的に強くても、あるいは肉体の苦痛を精神的な苦痛と捉えない者でも、精神をそのまま責められることには慣れていないようだった。

 これはある意味では強者の特色ともいえるかもしれない。弱い者……たとえに出すのは悪いかもしれないが、氷の妖精やその友であるという大妖精など、あまり力の強くない者は元々おつむが弱いせいか物事を単純に捉え過ぎていて一度壊れても簡単に元に戻る。人間によってたかって殺されても、暫くすればすぐにきれいな姿で復活する。

 だが、蓬莱人は戦争になっても間違いなく生き残る。何度殺されようと生き返るような存在を殺しきれるものなど、この場には存在しない。三昧真火ならば不死の身体に傷跡を残し、魂まで燃え散らすことで蓬莱人といえども消滅させることができる可能性はあるが、そんな炎を操ることができる存在と言えば、既に亡き火之迦具土神か、現存するものでいえば愛宕山太郎坊、インドの火天(アグニ)くらい。キリスト教やイスラム教では神とは創造に長けているが破壊にはあまり向かない。そもそも創造物と本気で争うならさっさと消してしまえるから破壊の技など持たなくてもどうとでもなるというのが事実なのだろうけども。

 

 そうしているうちに、どうやら輝夜さんが八意思兼神に一応最低限話を通したようで、私のことを怪しみながらも私を狙撃するのは一度やめたらしい。

 まあ、あれに狙撃されたら輝夜さんの力を借りるか八雲紫の力を借りるか伊吹萃香の力を無断で拝借するかしなければ色々と危ないから助かったと言える。一瞬で永遠の時を過ごさせて塵になるか、スキマに放り出されてこの世界との繋がりを失って矛盾で自壊するか、密度を限界以上に下げられて文字通りに霧散させるかくらいしか対応ができないというのは本当に厄介極まりない。あんな化け物というに相応しい存在でも、かつての日本神話において八意思兼神を超える力を持った神はそれなりに多く存在していたというのだから驚くことしかできない。

 鈴仙、と呼ばれていたこの玉兎の狂気を薄め、散らし、正気を取り戻させながら歩かせ、同時に目の前にいる悪戯好きの老兎と輝夜さん、八意思兼神の心を読み、輝夜さんに『想起』の応用で意思を伝える。この感覚が面白いのか、それとも単に触れたことのないものに触れるのが面白いのか、はたまた退屈していて何でもいいから普段と違うことが起こってほしかったからなのか、喜んでいる輝夜さんには申し訳ないが、私が今やっているこれは正直に言って出力的に少々きつい。

 博麗の巫女によって出力を抑えられて操作性は増したが、未だに出力を上げすぎるとあっと言う間に封印の札が焼け落ちてしまうのは変わらない。こうするしかなかったとはいえ、ままならないものだと感じる。

 

 ……敵対の意思はなくなってはいないにしろ弱まった。玉兎の狂気も薄めてほぼ消えた。これで私は、やっとまともに永遠亭に行くことができるというわけだ。

 私が永遠亭の前に行くと、そこには美しい少女が立っていた。絶世の美女、というのが正しいだろう彼女は、数多くの含みを持たせた笑顔を私に向ける。

 

「ようこそ、古明地さとりさん。永遠亭へ。私が蓬莱山輝夜よ」

「ご丁寧にどうも、蓬莱山輝夜さん。私は古明地さとりです」

 

 私と彼女は、相手から目を離さないまま同時にぺこりとお辞儀をした。

 



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23 私はこうして月姫と語る

 
 ……なんでこうなったし。


 

 永遠亭の奥にある部屋。輝夜さんの私室であるそこは、かなり綺麗に片づけられていた。

 ただ、壁には大きなブラウン管のテレビが置かれ、そこに外界から流れ着いたものであろうゲーム機が繋がれているのを見る限り、やはりこの場所は月の最高頭脳と言われた八意思兼神が手ずから作り上げられた場所なのだと理解する。

 

「あ、それ気になる? それは―――」

「―――いえ、これが何かはわかります。正確な名前は興味がなく覚えていませんでしたが……外界の家庭用ゲーム機と言いましたか」

「正解。まあ、さとりんは覚妖怪なんだし知ってて当たり前か」

「できれば『さとりん』はやめていただけませんか」

「ダメ」

「……そうですか」

 

 ため息を一つ。こうして私と向き合いながらも自分をしっかりと表現するのは鬼も同じだが、どちらにしろ真正面から相手にするのはやりにくいにもほどがある。普段ならもう少し余裕があるはずだが、今の私は交渉などをする余裕がない。

 ―――こうなれば、交渉などは考えずに純粋にこの場所を楽しむことを最優先に行動しよう。そうしていれば彼女も、この部屋の音を聞いている八意思兼神も私がどういった存在かを理解してくれるはずだ。

 そう思って行動した結果、ここの玉兎を発狂させてしまった……と言うか、私を見た途端に勝手に発狂してしまったのだけれど、きっとあれはレアケースのはずだ。少なくとも私と出会ってすぐに勝手に発狂してしまった相手の数はそう多くはない。それなりに長い時間生きてきているが、そんな相手はまだ………………多くとも両手で数えることができる。数える時に使う指の使い方は少々特殊なものになるだろうが、私の言葉は決して間違いではない。

 それに、このゲームと言うものにも興味がある。知識でその存在は知っていても、実際にやって楽しめないかと聞かれれば『そんなことはない』と答えよう。実際に見るのと誰かがやっているのを見るのとでは大きな違いがあるということは私もよく知っている。

 

「……やってみる?」

「いいのですか?」

「それ最後にやったのいつだったっけなぁ……多分スコアアタックかタイムアタック系の何かだと思うんだけど」

 

 そう言われて輝夜さんの記憶を探り、今から一番近いこのゲームをやった記憶を覗いた。

 

「……対戦ゲームを不老不滅の妖術使いとやっているのが最後のようですが」

「え、妹紅と?」

 

 そうだったっけ? などと呟きつつも、一つのコントローラーを私に渡してからゲームの電源を入れた。テレビの画面に動く絵が映り、そしてゲームが始まったようだ。

 

「まずはチュートリアル的な感じのをやったほうがいい?」

「一応技の出し方やキャラクターによって変わる技、コンボの繋げ方なども知識にはありますが、できれば少し練習させてくれるとありがたいですね」

「んじゃトレーニングモードで……」

 

 ジョインジョインジョインジョイン、と妙な音とともに矢印が動き、それに合わせていくつかの文字列の色が順に変わっていく。そして輝夜さんが決定ボタンを押すと、画面が大きく切り替わる。

 そこには何人もの人間の顔が並んでいた。この画面で顔の出ているのか今自分が使うことのできるキャラクターで、持っているコントローラーを操作して誰かを選んでそのキャラを動かす。大雑把な説明はその程度だけれど、なんとも的確でかつ大雑把な説明なのかと呆れてしまう。

 しかし、それで十分だ。私は素人だし、あまり細かく説明されても戸惑ってしまって使いこなせないだろう。

 

「それじゃ私は……」ジョインジョイントキィ

「では……」ジョインジョインジョインジャギィ

 

 お互いにキャラクターを選ぶと、また音が鳴る。

 

「じゃ、始まるわ。こっちはこっちで技出してみるから色々やってみるといいわ」

「はい、では……よろしくお願いします」

 

 お互いの使うキャラクターが向き合い、私はとりあえず出しやすそうなコンボから攻めてみることにした。

 

 ヒャッハーペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッヒャッハー ヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒ ヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒK.O. カテバイイ

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「…………初心……者?」

「実際に見たのも触ったのも初めてですよ?」

 

 そう、経験で言えば私は間違いなく初心者だ。ゲームに触って三分もない、技の出し方などを知っているだけの初心者に過ぎない。

 そんな初心者に向けられるこの疑惑に満ちた視線。実に酷いものだと思う。私は本当に初心者だというのに。

 

「……ならこっちも全力で行かせてもらうわね」

「お好きにどうぞ。私も好きにやらせていただきます」

 

 そこから暫く、ゲーム内で無数の読み合いと殴り合いの応酬。私は輝夜さんの心を読んでそれに合わせて反撃し、輝夜さんはその行動を察知して即座に手を変えようと永遠と須臾を操る程度の能力で対応してくる。お互いにかなりやりたい放題している。

 まあ、流石に私も輝夜さんも相手に直接干渉したりはしない。やろうとすれば私は輝夜さんにわざとコンボを失敗させることができるし、輝夜さんもやろうとすれば私の動きを非常に遅くして一方的に嬲り殺すことだってできる。

 それをしないのはお互いにこれが遊びだとわかっているからであり、同時に『そこまで気の許せる仲にはなっていない』という意思の表れでもある。

 

「そうそう、輝夜さん。一つよろしいですか?」ジョイヤーフンッジョイヤー!

「なに? 答えてもいいと思えることなら答えるわよ?」ナントバクセイヒカヌッコビヌッカエリミヌゥ!

「そもそも私がここに来た理由なんですが、ずっと引きこもっていて地上のことをあまり知らなかったのでいろいろ教えてもらいに来たんです」K.O. テイオウニハイボクノニモジハナイ

「ああ、それなら永琳に聞いたほうがいいわよ。私はほとんど実行には関わってないからよくわからないし」ジョインジョイントキィ

「そうなんですか……わかりました。時間ができたら聞いてみることにします。輝夜さんはどの程度までご存じで?」ジョイントキィ

「ほとんど知らないわよ。ただ、永琳が私を守ろうとしてやったことだっていうのは知ってるし、色々話を聞いてその方法が『月を偽物とすり替える』なんて言うことだったとか、八雲紫(あの胡散臭いスキマ)がそれをやらせないために一時的に月の運航を止めたのが『永夜異変』の真相だとかね」デデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニー

「十分ですよ。そもそも私は情報戦にはかなり強いですし、それなりに広い範囲から記憶という形で一般的な、あるいは裏向きの真実というものを確認できますからね」ナギッナギッナギッ

「ふーん」ナギッナギッナギッ

「……ああ、妹紅さんの貴女への奇妙な感情もわかりますね」ナギッナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッ

「……」カクゴォナギッナギッナギッ

「動揺しましたね。気になりますか?」フゥハァナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッ

「別に?」カクゴーハァーテンショウヒャクレツケンナギッ

「では、八意思兼神の内心などには興味ありませんか?」ハアアアアキィーンホクトウジョウダンジンケン

「え、何それすっごい気になるんだけど」K.O. イノチハナゲステルモノ

「そうですか。まあ、こちらも色々と教えていただきましたし、私からも教えてあげますよ」バトートゥーデッサイダデステニー

 

「……ただし」

「そう、ただし」

 

「「この勝負に私/貴女が勝てたらね」」

 

 ……この後、即座に有○破顔拳で私が勝ったため、八意思兼神の内心暴露は見送られ、輝夜さんにお土産まで持たされて一度地霊殿まで帰宅しました。

 




 
 …………もう一度。なんでこうなったし。


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24 私はこうしてお客を迎える

 

 地霊殿に戻ったのはいいのだけれど、時間がかなり遅くなってしまった。妖怪として夜に行動して昼にも行動するというあり方は実は結構正しかったりするのだけれど、私はそんな中で割とよく眠る。一日に十二時間の睡眠を基本とする上に、当たり前のように冬眠までする八雲紫のような妖怪ほどではないが、とりあえず嗜好品として睡眠を取ることがある。

 勿論体力や妖力などの消費が激しければ回復を促進するために眠ったりもするし、大きな傷を負えば気絶したりもする。そもそも妖怪として普通に過ごしていれば睡眠をとる必要はない。

 それでも私が睡眠をとるのは、それがとても気持ちのいいものだからだろうか。

 疲れていようがいまいが柔らかなベッドに身を委ねて瞼を閉じるのは安らぐものだし、同時に気持ちのいいものでもある。目覚めた時に十分な睡眠が取れていれば疲労なども吹き飛び、僅かに固まってしまった身体を解せば気分もよくなる。眠る必要がないからと言って眠らないのは勿体ない。

 勿論、今にも消えてしまいそうな妖怪ならば眠ることで妖気の回復や傷の回復を早めることもあるが、眠っている間に消滅してしまう事もある。眠らずに行動を続け、血肉を喰らった方が効率がいいと思ってその通りに行動する者もいる。そんな輩は眠るようなことをあまりしない。

 

 何が言いたいかと言えば、私は寝ることがそれなりに好きだと言う訳なのだが……では、ここで一つ私の目の前で起きているある出来事について質問てみましょう。

 

 Q.私の目の前にお客さんがいます。誰でしょう。

 

 1.「来ちゃった♪」と笑顔ではにかむフランドール・スカーレット

 2.「ちょっとお話いいかしら?」とにっこり笑顔(ただし弓矢持ってる)で話しかけてくる八意思兼神

 3.「ちょっと時間いいかしら?」とスキマから現れた八雲紫

 4.「よう!」と酒の匂いを振り撒きながら笑う勇儀さん

 

 考える時間はあまりありません。それでは皆さん気合い入れなくてもいいので考えてみてください。

 シンキングタイム三行!

 

 

 

 ……はい時間です。答えは───

 

「……まあ、構いませんよ。疲れているので早めにお願いしますね……八雲紫」

「ええ。わかっているわ」

 

 はい、八雲紫でした。

 突然空中にスキマが開いて中から八雲紫が出てくると言うのはどうかと思いますね。いつでもどこでも覗きができる能力……ある意味実に恐ろしい。

 

「それで、何用ですか?」

「あら、貴女ならば何も言わなくても理解できるのではなくて?」

「理解できるからと言って会話をしない理由にはならないと思いますけどね。少なくとも私はそれなりに会話を楽しむタイプですよ」

「会話と本音の食い違いを……ではなくて?」

「違いますよ。……それで、話をしに来てくれたのでしょう?」

 

 ───月の入れ替わりと言う異変を妨害するために、『永夜異変』を起こした犯人として。

 私の言葉に、八雲紫はクスクスと笑いながら扇で口許を隠す。境界で一応私に本心を探らせないようにしているらしいが……どうやら私の能力はその程度では防げないようですよ、八雲紫。

 と言ってもわざわざそんなことを本人に伝えようとは思わない。防げていると思わせておいた方が色々と便利ではあるし、例え本人が『この程度で防げているわけがない』と思っていればそれはそれで悪くない。

 

「今日、竹林に行って話を聞いたのでしょう?」

「ええ。外界のゲームを楽しみながらね。話もゲームも中々面白かったわ」

 

 ちなみに貰ったお土産は月見団子だったので、夕食の後に皆で少しずつ食べた。記憶を確認してみた限り誰も妙な薬や術を仕込んだりはしていないようなので安心して食べることができた。

 あちらではどうやら私が持っていったうどんを食べたようで、まあ好評であった。月の存在だったと言うことも考慮してできるだけ浄罪済みの材料を使って穢れのない食べ物にしてみたのだが、その辺りもしっかり評価されていた。

 ただ、玉兎はまだ目覚めていないようだ。一応加減はした筈なのだが、どうやら身体ではなく精神面に問題があるらしい。相当精神を酷使したのか、正気と狂気とが入り雑じっている。確かにこれでは中々起きないだろうと納得できる病状だ。

 彼女の『狂気を操る程度の能力』……正確には『波長を操る程度の能力』。これにより、彼女は何事に対しても過剰な反応を示す。それが恐怖や狂気を示すものならより大きな反応を見せるだろう。

 ……その結果があれだ。もう少し気を強く持たなければ宝の持ち腐れと言うものだと思うけれど……それもまた個人の特徴か。

 

「……考え事はそれで終わり、と言うことでいいかしら?」

「ええ、まあ。あと三分あれば玉兎を起こしてあげられたのですが」

「もう夜よ。起こすなら朝にしてあげなさいな」

「では、朝に起こそうとしても起きないんですと八雲藍に愚痴を聞かされたこともありますし毎朝私が起こしてあげますよ?」

「……聞きたくないけれど方法は?」

「自分が寝ていて気付かない間に幻想郷が崩壊して妖怪達が外界の科学に鏖され、楽園が崩壊した所で目を覚まして起きた現実に愕然とし、暴れようとしたものの幻想を否定する概念に満ちた世界では妖力を思うように使えず、一方的に銃撃され傷つけられ倒れ伏して『もっと早く起きていればこんなことには……藍……ごめんなさい』と言い切ることもできずに粉々にされた……と言う夢を『想起』すればいくら貴女でも起きるでしょう?」

「その代わり寝起きが最悪なものになりそうね」

「実はその寝起きというのも夢で、その日を平穏無事に過ごしたと思ったら今度は八雲藍の視点から同じ夢を見てまた飛び起きたら同じように幻想郷が崩壊していて、人間に殺されて、起きて、平穏に暮らして、起きて、幻想郷が崩壊していて――――――千回もやれば起きるでしょうか」

「精神を病んで私が死ぬわよ? 何の混じりけもない本気で言わせてもらうけれど流石にそれは精神的に死ぬわよ? 妖怪の精神が死んだらそれは本当に死ぬわよ?」

 

 八雲紫はかなり本気で私に詰め寄ってくる。心の中でも間違いなく本気だ。どうやらそれは本当にきついらしい。

 なら、他に何か考えなければ。冗談で殺すには惜しい相手だし。

 

「はいはい、わかりましたよ八雲紫。安心してください、冗談ですから」

「本当ね? 本当に冗談ね?」

「ここで言葉を濁したりしてはいろいろと洒落にならないことになりそうですからはっきりと言わせてもらいますが、本当に冗談ですよ。敵対関係にでもならない限りはやりません」

 

 私はあまり動かない表情を自分なりに笑顔に近づけ、笑みの形をとらせた。何故か八雲紫は戦慄しているようだったが、さっきの話は冗談ということにしたので安心してほしい。

 

「それよりも、私に話があってきたのでしょう? 何の話ですか? 私が最近起きた異変の話を聞いて回っているという話を聞きつけて永夜異変のもう一人の首謀者として色々と聞かせてくれるのですか?」

「……ええ、そうよ」

 

 八雲紫はやけに疲れたような顔でそういった。なぜそこまで疲れているのかはわからないが、幻想郷の管理人として色々あるのだろう。つい先日も異変扱いされた事件が起きたばかりだし、そう言うところでも苦労しているのかもしれない。

 ……今日は泊っていってもらうことにしよう。そして私が能力を使って精神的に癒してあげよう。その後は紅魔館に残した手紙の通りに妹の方……フランドールの夢の中に入って話をしてこなければ。

 まったく、本当にいろいろと忙しい。日帰り小旅行に知り合いの精神のケアに怨霊管理。旧灼熱地獄の火の管理にペット達の面倒も見てやって……仕事は尽きない。

 けれど、そういう忙しい日常もまた悪くはない。つまるところ、そういう日常を幸せなものだと思うことができることが大切なのだ。

 

 私は八雲紫に彼女が知った永夜異変の裏側のことを色々と質問しながら、そんなことを考えていた。

 



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花妖怪は覚と出会い、共に世界の理を嘆く

 

 古明地さとり、という妖怪が私を訪ねてきた。なんでもここしばらくの間に起きた異変のことを追いかけるついでに情報収集をしているそうだけれど、私が最近になって異変らしい異変に関わったことなど一度しかない。それも、能力から犯人だと思われただけで実際には何も関わっていないという落ちがついている。

 そして、古明地さとりは私が異変を起こしたわけではないということを知って、それでも私に会いに来ていた。

 

「……ここの草花は元気がいいですね。地底では草も木も殆ど無く、あるとしても苔ばかりなので少々物寂しいので羨ましいですよ」

「花も木も、その場所に合ったものがそこに根を下ろすわ。無理に根付かせようとしても無理な物は無理よ」

「ええ、そのことは知識として知ってはいます。ですから、だからこそ、『羨ましい』のですよ。地底の苔の声はいつも能天気なもので、ここの草と違って溌溂としている個体はいませんからね」

「……へぇ? 貴女も聞けるの?」

「聞けますよ。ただ、人間や妖怪とはだいぶチャンネルが違いますので初めて聞こうとした時には合わせるのが大変でしたが」

 

 その小さな妖怪は、ふわふわと浮かんだまま一度も着地していない。草花を踏まないようにしているのか、気を使っているのかはわからないけれど、私の目をじっと見つめたままそこにいた。

 

「……ずっとそうしているのも疲れるでしょう。お茶くらい入れてあげるわ」

「ありがとうございます」

 

 私は古明地さとりを家に招き入れ、そして紅茶を入れ始める。さとりは私の家の中をゆっくりと見回し、そして窓から見ることのできる景色を眺める形に落ち着いたらしい。

 さとりがそうして景色を眺めている時間はそう長くなかったような気がする。しかし、そう長くない時間でも紅茶は入れられるし、それをさとりのところに持っていくこともできる。

 

「お待たせしたかしら?」

「いえいえ。話し相手はたくさんいましたので飽きませんでしたよ。風見さんはあの子達にとても好かれているようですね」

 

 さとりの視線の先には私が育てた花達が並んでいる。そしてその花達は、私以外に自分達と話ができる相手に少し警戒しながらも興味津々といった感情を隠しきれてはいなかった。

 そして、花達が話し合っていることを聞くと、さとりはどうやら私の話を聞いていたらしい。花達も私のことを話せるのが嬉しかったのか、わいわいと競うように私の話を話している。

 

「色々聞きました。毎日水をくれるし、怖い相手や乱暴な相手からは守ってくれる。自分達のことを好きだと言って大切にしてくれる……と」

「……少し恥ずかしいわね」

「他人が聞いた自分の良い話を人伝に聞くと言うのはそう言うものです。……ああ、ありがとうございます。砂糖もミルクも結構です」

「私の心も読めるのね」

「ええ。なにしろ種族が覚ですので」

 

 お互いに笑みを浮かべ、テーブルを挟んで向き合う。……もしかしたら、と思い、心の中で問いかける。

 ───もしかして、貴女も『そう』なの?

 

 私の心の中を読み、そして私の心からの問いの内容を理解しただろうさとりは私に向けていた笑みをさらに深める。

 

「ええ。私は強くもないのに強いと『勘違い』され、地底の管理を任されています」

「私は草花を傷つける相手から花を守ろうとしていたら、いつの間にかドSだと『勘違い』されているわ」

「……ああ、異変巡りと称して貴女に会いに来たのは間違いではなかった。心の底からそう思いますよ」

「私も、同じような境遇の相手が私以外にも居ると知れて嬉しいわ」

 

 この幻想郷に数少ない『同胞』と言える相手。風見幽香も古明地さとりも長く生きてきているが、今になるまで自分以外に同じように大きな勘違いをされている相手と巡り会うのはこれが初めてであった。

 そして───

 

「……確かに、他の妖怪から見れば……ひっく……花なんてどうでも良い物かもしれないけどね……私は元々花なのよ……ひっく……みんな友達なのよ……もちろん食べなくちゃ生きていけないとかは……ひっく……あるわよ? でもさ。必要もないのにわざわざ踏みつけたり……刈り取ったりってのは……ひっく……違うと思うのよ……」

「ええ、その気持ちは恐らく動物などから変化したり、人間の思いから産まれた妖怪には理解されがたいでしょうが……必要もないのに命を刈り取る行為が間違っていると言うのは理解できます。───風見幽香。貴女の行動は間違った物ではない」

 

 風見幽香は、古明地さとりに向かって愚痴を言いながら酒を飲んでいた。普段から押さえていたものが一度に出たのか変に悪酔いしてしまっているが、さとりは幽香の内心がわかるせいかその愚痴を淡々と受け止め続けていた。

 顔を真っ赤に染めるほどの酒精を浴び、どろどろになってしまっていても幽香はさとりに愚痴り続けていた。愚痴を言ったり、泣いたり、怒ったり、さとりを抱き締めたり……様々な顔を見せている。

 さとりはさとりでそんな幽香の行動を受け止めている。愚痴を言っているならこれに答え、泣いているなら頭を撫でて涙を拭い、怒っているならそれに付き合い、抱き締められたら抱き締め返す。そうした小さなことの積み重ねで、幽香の鬱屈とした感情は少しずつではあるが晴れていった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「んっ……あ、いったぁ…………」

 

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、風見幽香はベッドから起き上がる。いったいいつの間に眠ってしまったのか、それが全く記憶にない。

 ただ、自分のいる部屋が妙に酒臭いということと、ワインの空き瓶が何本かそのあたりに転がっていることから考えて、自分はワインの飲みすぎで眠ってしまったのだろうと予想することはできた。

 しかし、自分は普段からあまり酒を多く飲むような習慣はない。何か喜ばしいことがあれば自家製のワインやビールなどを開けたりすることはあるが、逆に言えば何かがなければ酒を飲むこともない。

 そんな風見幽香が、なぜ?

 

 そんな疑問に答えを出したのは、風見幽香ではなく―――

 

「―――おはようございます。どうやら目が覚めたようですね。ちなみにお酒を飲んだ原因は私ですよ」

「ん? ああ、おは―――?!」

 

 同じベッドで眠っていたらしい古明地さとりであった。

 そしてその顔を見た幽香はすべてを思い出す。この、見た目は自分よりもはるかに年下な覚妖怪に出会い、自分と同じ境遇の相手だと知って浮かれ、秘蔵のワインを何本も開けて酔い潰れてしまったのだと。

 

「つぶれた幽香さんをここまで運んだところまではよかったのですが、幽香さんが私を放してくれなくて。しかもベッドに引き込んで抱きしめたまま固まってしまうので、抜け出すこともできなかったのですよ」

 

 起きてくれて助かりました、と言ったと思うとさとりは素早くベッドから降りた。まるで軽業師のような身のこなしで床に降り立つと、そのままキッチンへ向かう。

 

「朝ご飯を作っておきますね。頭痛があるようですし、二日酔いでも美味しく食べられるようにおかゆにしましょうか」

「あ、うん……えっと…………ありがとう」

「かまいませんよ、幽香さん。出会ってまだ一日もありませんが、私は貴女のことを友だと思っていますから」

 

 ふわり、と、まるで花の咲くような笑顔を浮かべたさとりを幽香はただ見送る。そして気が付くと、いつの間にか小さく包丁がまな板を叩く音が聞こえてきた。

 

「……誰かの作る食事を食べるなんて、いつ以来のことかしら」

 

 ぽつりと呟かれたその言葉は、幽香以外には届かない。心の声ではない以上さとりにすら届かずにそこから消えた。

 幽香は痛む頭を抱えながら、皺だらけになってしまった服を着替える。寝巻に着替えないまま眠ってしまったが、これは自分が酔い潰れてしまったせいだと反省しつつ綺麗な服をクローゼットから取り出した。

 着替えが終わると幽香はキッチンに向かう。一応客であるさとりに食事を作らせて自分は何もしないというのも憚られると思い、ゆっくりと部屋を出た。

 

「幽香さんですか? 準備が早いですね……私のペット達だともっと時間がかかるのでついそんな感じで行動していたのですが……」

「ペットと一緒にするのはどうかと思うわ」

「家になかなか帰ってこない妹を除けば私の周りにはペットしかいませんから、つい比較対象に出してしまうんですよ。……はい、どうぞ。鶏ささみと卵のおかゆです」

「……ありがとう。早いわね」

「慣れていますからね」

 

 二人分のおかゆがテーブルに並び、幽香とさとりは向かい合って座る。

 そして同時に手を合わせ、一言。

 

「「いただきます」」

 

 



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25 私はこうして閻魔を攫う

 

 永夜異変の犯人たちからの話を聞き終えた。となれば次の異変の首謀者を探すことになるのだが……その『次の異変』とはそもそも異変ではない。

 幻想郷中の花が季節を無視して狂い咲いた異変ということになっているのだが、私はこのことについて幻想郷の閻魔から話を聞いていた。

 曰く、およそ六十年ごとに起きる魂の増加による自然現象であり、異変ではない。原因は不明だが、死神たちがしっかりと溢れた霊魂を回収してくれば原因となる霊魂の憑依が解かれて元通りになるという。

 ただし、その年のそれ以降の花は諦めた方がいい。無理矢理に咲かされた花に英気を養わせるために、一年くらいは時間を置いておいた方がいいそうだ。

 

「……と言う訳で、年がら年中仕事ばかりで休みを取ろうとせず、上から『いい加減有給使ってください四季さん、地獄の人事課に毎度毎度文句言われてるのは私なんですからね』と言われていたにもかかわらず、仕事に精を出そうと仕事場に出ようとしていた四季映姫さんを攫ってきました」

「……」

「え? 解きませんよ? 解いたら逃げてしまうでしょう? 小町さんからも『有給取らせないとまずいって上からも言われてるのに休まないんで何とか休ませることってできませんかね?』と頼まれているのです。それに、もう小町さんからあなたの有給の申請書類も提出され、受理されています。諦めて休んでください」

「……!」

「しっかりと休んでいただけるならば」

「……………………」

「はい、それでは解きますね」

 

 私は目の前にいる幻想郷の閻魔……四季映姫の猿轡を外す。動けず、しゃべることもできない状態での誘拐であったが、実力を考えればこうして縛り上げておいたところでその気になれば簡単に逃げられるはず。それをしないのは、自分が休みを取らなさ過ぎたことが原因でこうなっているという自覚が負い目となっているからだろう。

 

「……で、いつになったら縄は解かれるのです?」

「ああ、この縄にグレイプニィルを概念ごと『想起』したせいで切れない上に、堅結びのまま暴れるものですから結び目が締まって取れなく……」

「なんという無茶を……と言うか先ほどから体に力が入らないのはそのせいですか」

「恐らくは。四季さんの実力を鑑みた結果、このくらいは用意しなければだめだろうと思いまして。用意させていただきました」

「……なら、その『想起』を切れば元に戻るのでは?」

「概念という形で世界に認識させた以上、それはグレイプニィルの贋作であり本物であります。勿論伝承に沿った作り方などしていないただの縄に概念をくっつけただけの簡単な物なのでそこまで力は出ないと思いますが、仏であると同時に神としての一面も持つ四季さんには余計に効果が出たのかもしれませんね。本来これで捕らえるべきフェンリルも悪神とはいえ神の子であり神気を持つ者。まあ、獣でない分十全な効果は発揮しないでしょうし、性別も違いますから……はい、解けました」

「……」

 

 四季映姫は無言で立ち上がると、乱れた服装を整える。『白黒はっきりつける程度の能力』を使って皺がない状態を白として服についてしまっていた皺を消し、帽子を被ってしまえばいつもとほとんど変わらない四季さんの姿がそこに出来上がる。

 

「……それで、なぜこんなところにまで私を連れてきたのです?」

「簡単な話ですよ。小町さんに『四季様がまた頑張りすぎてるからあのかったい石頭がトロトロになるくらい癒してやってほしい』と頼まれましてね。そうするなら地霊殿にご招待した方が効率的だと思いまして、誘拐ついでに招待させていただきました。今日はたっぷりと癒させてもらいますよ。私もあの花の咲き乱れる異変扱いされた自然現象の時の話を聞き終えていませんから、その話を聞くのと並行してですけどね」

 

 私がにっこりと笑顔の形を作ると、四季さんは不審そうな顔で私を睨む。

 

「……では、その手は何ですか」

「私の手です」

「それは見ればわかります。なぜ奇妙にワキワキさせているのですか」

「まず地霊殿の湯殿で疲れを流していただきます。それからしっかりと食事をとっていただき、身体から必要無い物を全て排除します」

「ちょっ……なんで私がそんなことを……!?」

「小町さんから聞いていますし、心を読めばわかりますよ、四季さん。最近仕事漬けで、ここ三か月で取った睡眠時間がほんの二時間程度。ずっと机に向かっているせいで運動不足で足もむくみ、食事も一日に一回しかとらないせいで体重も身長から見た健康体の最低値を大きく下回り、その食事も栄養剤のようなものを水で流し込むだけという生活をしているそうではないですか。いくら閻魔であろうと、地蔵菩薩であろうと、死ぬ時は死にますよ? 地獄にいる限りは簡単に蘇るのでしょうが、それが良くないと言うことは貴女が一番よくご存じでしょう? ご存じないわけないですよね?」

「ぐぬぬ……」

「なにがぐぬぬですか。反論できないならさっさと服を変えますよ。湯浴み着は必要ですか? 必要ないならこのまま全部剥いて―――」

「ちょっと待ちなさい!なんで人間とそう変わらない力しか出せないはずの貴女がここまで……?!」

「グレイプニィルが手首足首の動きを阻害しないように輪のようになってくっついているせいでは?」

「解くと言っていませんでしたか!?」

「解いた後にもう一度縛らないとは言った覚えがありません。それに動きは阻害されていないはずです。観念して全身磨かれるといいですよ」

「わかりました!わかりましたから自分でやらせてください!」

 

 初めからそう言ってくれればよかったのに、と言う言葉はこっそりと内に秘めておき、私と変わらず人間の少女とそう変わらない程度の力しか出せなくなってしまった四季さんの手を引いて温泉に向かう。まずは彼女の身体をほぐすところから始めなければ……。

 

 

 

 ■

 

 

 

 まずはお風呂。熱め(人間基準)のお風呂でがっちりと固まった身体を解しておく。裁判官として身なりは整えておかなければいけないからしっかりと汚れは落としていたようだけれど、疲れまでは落とせていない。髪を洗ったり身体を磨いたりするのを手伝い、湯船に肩まで浸かってもらう。

 お風呂から上がったらマッサージ。時間だけは有り余っていたから覚えてみたこれだが、どうやら四季さんは本当に身体が全体的に疲れていたらしく足裏マッサージで何度も悲鳴を上げるほど痛がっていた。ちなみに私はそういったことはない。健康第一ですからね。

 しばらくマッサージを続けていくと悲鳴が上がることも少なくなり、揉む場所も足裏から少しずつ上がって足首、ふくらはぎ、太ももまで登っていく。そのころになると四季さんもすっかり力が抜けてよだれをこぼしながら眠ってしまっていた。              パシャリ

 眠ってしまったのは仕方がないので眠っている間にお尻から腰、背中、肩、首まで解し、腕の筋肉も同じように。場所によっては押すばかりでなく掌の全体を使って掴むようにしてみたりすることもあってマッサージと言うのは本格的にやろうとすると結構疲れるものだ。

 けれどそうやった甲斐はあるようで、四季さんの身体はしっかりと解されていた。これで起きた時には疲れもしっかりと飛んでいるだろう。

 

 勿論それだけでは終わらない。四季さんが眠っている間にご飯の準備をしてしまう。

 お米は炊き上がっているし、おかずも下拵えは済んでいる。あとは実際に調理すれば出来上がると言うところまで進めてあるので時間はかかっても30分といったところだろう。

 四季さんの身体に触れ、記憶を読んだところ30分程度では起きることはないだろうと予測。暖かい方がおいしい料理と冷めてからの方がおいしい料理とがあるが、これなら両方作ることができそうだ。

 ……しかし、普通に移動させるだけならともかく料理で他人の身体を使うのは少し大変だ。私の身体とは大きさや長さが違うから距離感が掴みにくいし、動かそうと思うのと実際に動かすのとの間にどうしてもタイムラグができてしまうから、もし誰かと戦うことがあってもこの方法は使えなさそうだ。

 

 料理を終えたら某メイドさんから能力を借りて料理の時間だけを止めてもらう。そうすることで作り立てで熱々の料理を食べてもらえる。お空やお燐をはじめとするペット達のご飯も作って運ばせると、そこに残るのは私の分と四季さんの分、そして帰ってくるかもしれないこいしの分しか残っていない。のだけれど、それでいい。必要以上に作ってダメにするよりは。

 

「……しかし、起きませんね。よほど疲れが溜まっていたのでしょうか」

 

 四季さんの頭を膝に乗せ、最近地上で買ってきた竹ひごで作られた耳かき(新品)で四季さんの耳の中まで綺麗にしてしまう。お風呂で綺麗にしたつもりになっても、やはり少しは残ってしまうものだ。

 耳かきがたてるかすかな音。それだけがこの部屋に響いていt

 

「うにゅにゅ……こまちもできるではないですか……にゅふふ」

「……」                                     ●Rec

 

 ……まあ、仲が良いのは知っていましたしね。構いませんとも。

 さて、あとは梵天で耳の中に残ってしまったものを優しく払い、耳の外側を微かに湿った柔らかな布で拭き上げればそれでおしまい、と。寝ている方なので、息を吹きかけたりはしませんよ。

 では次は逆の耳、と。

 

 ……しかし、本当に起きませんね。ぐっすりです。

 




 
 さとりんの耳かきCDを発見してしまったのが原因。だから俺は悪くねぇ!

 ちなみにこの後、さとりんは無意識で寄ってきたこいしにも耳かきをしてあげたようです。
 しかし、映姫さまは起きない、と。


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26 私はこうして天狗の秘密を知る

 

 さて、花の異変と呼ばれる異変の内容もあらかた聞いたわけだし、次の異変の話に移りましょう。

 次の異変と言えば……妖怪の山に突然神社が現れ、博麗神社から信仰を奪おうと戦いを挑んできたと言うところから始まったのでしたか。

 その時の話を聞くならば……やはり向かうべきは妖怪の山。それも、当時に博麗の巫女と戦った烏天狗……射命丸文、と言いましたか。彼女が適任でしょう。

 その次は……恐らくガンキャナコさんと守矢の風祝、そして土着の神の頂点がいいでしょう。何しろ外から神社ごとやってきたご本人方ですからね。正確には人ではありませんが。

 

 と言う訳で、妖怪の山に向かいましょう。小町さんへこの写真を渡すのは……また今度にしましょう。時間もあまりありませんし。

 

 地霊殿を出て空を飛び、多くの存在の心を読みながら地上に上がる。今度は妖怪の山のすぐそばにある大穴から地上に出たので向かう先が見えている。あちらは……どうやら私にはまだ気付いていないようなので、第三の目を薄目にして行きましょう。こいしとやっていることは似ているけれど、これは結構有用。びっくりね。

 そのまま妖怪の山を登り、やや読みにくくはあるけれど読めなくはない天狗達の心から情報だけもらっていく。

 まずは、射命丸文の居場所。家の場所だけでなく、新聞を作るために使う作業場やよくいる場所を探し、そのうちのどこかにいるのかを確認する。天狗達の朝は早いし、新聞記者は朝遅くまで起きて原稿を書いていたり、取材のために数日開けると言うのもよくあること。だからこそ、そのフットワークの軽さを生かして幻想郷の新聞記者なんてものをやれているんでしょうが、私のように尋ねに行くものからすればなかなか捕まらない相手と言うのは面倒なものだ。

 それから現在の射命丸文の状態。眠っているなら起きるまで待てばいいし、近くに誰かいるなら取り次いでもらってもいい。移動中でさえなければその場に行けば出会える可能性が高い。そのくらいでいいのだ。

 幸い、今の時間はまだ自宅にいるようで、私はそれに惹かれるように妖怪の山を登っていく。ある程度時間が遅くなると彼女はネタを集めに移動を始めてしまうので、あまり遅くなるわけにもいかない。

 ちなみに今回のお土産は、地底のお菓子。鬼の皆さんもなかなかおいしいと言ってくれたものです。まあ、鬼の皆さんの『美味しい』は『酒に合う』と言う意訳で間違ってないと言うあたり本当にもうあれですが。

 

 白狼天狗の警戒網をすり抜け、一部の烏天狗の張った風の結界を通り抜け、私は進む。まだ時間はあるけれど、いくらでもあるわけではないから少々急ぐ。

 そうして到着したのは、彼女が今居る自宅の前。さて、ここからが本番とも言える今回の異変収集だけれど、いったいどんな話を聞かせてくれるのでしょう。

 トントン、と軽く入口の戸を叩けば、中に居る射命丸文はもそもそと布団の中で面倒くさそうに身をよじる。『こんな時間に誰よ。はたて? さっさと入ればいいじゃない』という言葉を口から出そうとしてもにゃもにゃと解読不能の言語が聞こえてきた。

 まあ、私は覚妖怪らしく意思をくみ取って普通に入らせてもらう。ついでにぬらりひょんのように中で適当な料理でも作っておこう。まだまだ時間はあるようだし、このくらいなら問題はないはずだ。

 

「ぁ~……はぁへ? ゃんか、ひゅくっへ……」                   ●REC

 

 本人からも要請を受けたことだし、これを代金代わりと言うことにしておこう。代金全額前払いとは、依頼人としてはなかなか太っ腹なんじゃないかと自分でも思う。内容はただの料理なのだが。

 

 さて、昨日はいろいろあってお疲れのようですし、精の付くものでも食べてもらいましょうか。と言っても彼女の食糧庫にはあまり物はない。多くが妖怪の山で採ることのできる山菜や獣の肉。まずいわけではないけれどお世辞にもおいしいとは言えないようなものの集まり。これをどう料理していくかが私の今回のお題になってくるわけだ。

 まあ、とりあえず灰汁抜きから始めておこう。地底には山菜など無いため調理は初めての経験となるが、どうすれば美味しくできるか、どうすれば不味くなるかは多くの天狗達の記憶の中の出来事で知っている。私はそれに沿って美味しくなるように進めればいいだけのこと。何も問題はない。

 鹿肉を細く切って山菜と一緒に焼き、味噌を絡める。行者大蒜を……ああ、そういえば天狗は犬生まれだったりするから大蒜はまずいのかしら。彼女は烏天狗だし大丈夫だとは思うけれど……あ、用意がある。なら大丈夫でしょう。自分が食べられない食材をわざわざ用意しておくとも思えないし。

 

 そんなわけであとは適当に炒めるだけ。ご飯については前日の残りらしい分があったのでそれを使う。汁物も……まあ、いいでしょう。適当にそれらしく作っておきましょう。

 さあ、起きてもらいましょうか。

 

 

 

 ■

 

 

 

「あややややや、これはこれはお見苦しいところをお見せいたしまして……」

「別に構いませんよ。料理は趣味の一環のようなところがありますし、貴女の寝顔も見れましたし」

「!?」

「なかなか可愛らしかったと思いますよ。写真に残していればいい値段で売れるんじゃないかと思えるくらいには」

「それは勘弁してもらいたいものですねぇ……それで、今回はどのようなお話ですか? 地底の支配者、古明地さとりさん?」

「最近地底に引きこもりっぱなしだったから、少し外の情報も集めようかと思いましてね。異変の内容について首謀者たちに聞いて回ってきたのだけれど、今回はそういったものを外から見ていた貴女達が、それらの異変をどのように受け止め、どのように解釈していたのかを知りたくて来たのですよ」

「ほぅ……それで、お代は?」

 

 にやりと笑う彼女に対して、私もにやりと笑って懐からICレコーダー(河童印)を取り出して、中の音を再生させた。

 

『んぅ……はたてぇ……? ごはん~』

『私は姫海棠さんではないのですが……その前に着替えていらっしゃい』

『きがえさせて』

『……はい?』

『き~が~え~さ~せ~て~』

『……はぁ……はい、それでは両手を上げて』

『ん~』

 

「わかりました、わかりましたからもうほんと勘弁してくださいナマ言いましたごめんなさい私が悪かったです」

「別に悪いとは思っていませんよ……そう言えば、ここの白狼天狗達は噂好きでしたねぇ……一日でどこまでうわさが広がるか試してみたくないですか?」

「いやあのホントすみませんお願いですから勘弁してください」

「ふふふ……さて。『私は異変の情報が知りたくて来たんですが、何か教えてもらえませんか?』」

「はい喜んで!」

 

 しゅばっ!と風切り音が出るほど素早く頭を上げた彼女は、すぐさま自分が集めた情報を開示してくれた。心も読めないのにこれだけの情報を集めるのにはいったいどれだけの時間を費やし、どれだけ空を駆け回ったのだろうか。そう考え始めると、少しだけこの烏天狗が可愛らしく思えてきた。『姫海棠はたて』や『犬走椛』が彼女にからかわれても離れようとしないのは、こういった可愛らしいとことがあるからだろうか。

 ……そう言えば、この烏天狗は中途半端に『子供っぽい』。いくら精神の成長速度が人間と比べてはるかに遅い妖怪だからと言っても、ここまで奇妙に大人の部分と子供の部分が混じりあっているのは中々見られない光景だと思う。

 その原因はわからない。本人の記憶の中には何もないし、いつ産まれたのかもわからない。けれど、なんとなくだが彼女の中にある存在の影が見える。

 

 この烏天狗、愛宕山太郎坊の血族の可能性が高い。それも、太郎坊の性質……正確には太郎坊と同一視されながらもまた別の存在とされる『火之迦具土神』の性質である『死ぬその時まで子供である』と言う特性を中途半端にではあるが受け継ぐことができる程度に近い血縁として。

 しかし彼女の得意とするは風。妖怪の気質は遺伝から来るものも多いが、本人の気質によって決まることもそう珍しくない。

 

 ……これはこれで面白い。本人も知らないようだし、聞かれるまでは黙っていよう。

 

 射命丸の必死な説明を聞きながら、私はそんなことを考えていた。

 



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27 私はこうして神と向き合う

 

 神殺し。そう言葉に出すのは簡単だ。そして、やろうとすればできないこともない。

 特に神の存在が一つではなく無数にある日ノ本の国の神道では、人が祈ればそこに神が生まれる。例え一人だけだったとしても、心の底から信仰されればそれは神になることができるのだ。

 だからこそ、神を殺すことは難しくない。信仰するものすべてを殺せば神は神格を保つことができなくなり、神の座から転落する。もちろんこれは神道における思考であり、宗教や地域が変われば神としての在り方もまた変わってくるため殺し方も別のものを考えなければならなくなる。

 

 だが、そう言った元々の種族が神である存在は弱点が分かりやすい。人型をしている場合なら大概は心臓を貫けば死ぬし、首を刈っても死ぬ。一部の妖怪に比べればよほど脆い。

 妖怪は首をはねても死なないものも多いし、ものによっては身体を縦に両断されても生きていることすらある。それどころか全身を粉微塵にされようと、焼き払われようと問題なく再生したりもする。

 そう言った妖怪は粘り強いばかりで戦闘において強くない種族が多いが、そんな粘り強い種が永い時を経て上級妖怪に成り上がれば勝つことができる存在は非常に少なくなる。負けずとも勝てないからだ。

 妖怪は、勝てずとも負けなければ、極論死ななければ勝ちだと言える。生きていれば強くなれる存在であるがゆえに、生き続けることこそが勝利だ。

 しかし神は、勝たなければ敗けなのだ。戦いとなれば間違いなく敵を倒さなければならない。引き分けは許されず、敗北は論外。たった一度敗北するだけで、そこで成長が止まってしまうことすらある。

 ……さて、そんな神に対して、私ができることとは何か。力では勝てず、戦いとなればあっという間に敗北するだろう。

 

 ならば、戦わずに相手に敗けを認めさせれば良い。私が戦わなければいけない理由はないが、どうやらあちらは私が彼女達を恨んでいると思っているようだし……襲われても問題のないようにしっかりと準備しておかないと。

 

 八坂ガンキャナコは軍神にして風の神性。天空を司る神。

 洩矢諏訪子は祟り神にして大地の神性。鉄と大地を司る神。

 そんな彼女達に匹敵する存在と言えば……やはり、神しかいないだろう。

 

 風の神性、大いなる白き沈黙の神(イタカ)

 地の神性、千匹の仔を孕みし森の黒山羊(シュブ=ニグラス)

 水の神性、クトゥルーの騎士(オトゥーム)

 火の神性、星々からの貪食者(イォマグヌット)

 

 この四つの神性を、能力を使うことのできない精神世界に相手を取り込んだ状態で同時にぶつける。そうすればいくら相手が神であろうと負けることはない。

 実際に敵対することになるかどうかはまだわからないけれど、できることならば戦いは避けたい。面倒だし、痛いのも苦しいのも嫌いだ。だからこそ、私が用意したこれが使われないことを望む。

 ……さあ、行こう。できれば話の通じる方に先に合い、しっかりとした話が聞けるといいのだけれど。

 

 射命丸文の自宅から出て飛べば、守矢神社はすぐそばにある。妖怪の山に出てきた神社だからこそこの場所からも簡単に行くことができるのだ。人間にとっては色々と面倒を重ねなければならないだろうけれど、天狗達に見つからないのなら、あるいは天狗達に見つかったところでそれを退けることができるのなら、こうして簡単に向かうことのできる場所にある。

 ただ、最近では命蓮寺という寺に信仰をかすめ取られたと言っているらしいが、さて、それは単に彼女たちの宗教に魅力がなかっただけではないのかと思う。

 特に、命蓮寺に祀られているのは毘沙門天に仕える虎の妖怪。毘沙門天の代理すら任されている彼女は、毘沙門天と同一視される宝物神クベーラと同じような能力を使うことで宝物を集めることができる。それが人里に広く知られていれば、その『ご利益』にあやかりたいと言う人間が出てきたところで何らおかしくはない。それが人間だ。

 そんな感じで、自分達に利益があるなら人間はただの石ころでも崇めてみせるだろう。実際にはその石ころを崇めても何も起こらないからやらないだけで、利益があるなら損が出ない程度にやる。実に人間らしい。

 

 だが、そんな人間たちの中にも時にはしっかりと目標を定め、人間でありながら人間らしからぬことをする者もいる。この神社の風祝もその一人。

 人間らしくなく、自分の得になることなどほとんどないのに人間としての生を捨てて幻想郷へとやってきた彼女。彼女は実に人間らしくないけれど、そういった奇妙な奴がいるのもまた人間ならではなのだろう。

 

 私は守矢神社の前にゆっくりと降り立つ。境内には箒を持って掃き掃除をしているらしい風祝と、それを屋根の上で足をぶらぶらとさせながらのんびりと眺めている祟り神がいた。

 

「おや、珍しい奴が来たもんだ。ここにいったい何の用かな?」

「少し話を聞きたかったのですよ。地底に引きこもっていて最近起きた出来事をあまりよく知らなかったもので。すでにいくつかの異変発生現場とその首謀者との話は済んでいますので、順番にきて次はここになった。だから来たのですよ」

「ふーん……まあ、いいんじゃない? 早苗、お茶だ」

「は、はい、諏訪子様!」

 

 ぱたぱたとかけていく風祝の姿を見送ると、祟り神は私の顔をじっと見つめる。

 

「今のところ、先ほど言ったこと以外に目的はありませんよ」

「へぇ? それにしちゃあずいぶんと気合入れてるようだけど?」

「ガンキャn……守矢の軍神の方が『私は恨みを持っている』と考えているようでしたので、先手必殺されないように備えているだけですよ。まだ死にたくはないので」

「……一応言っとくけど、ガンキャノン(それ)はあいつの前で言うんじゃないよ?」

「勿論です。ただ、私が言おうとしたのは『ガンキャノン』ではなく『ガンキャナコ』ですが」

「それ今度私があいつからかう時に使うわ」

「お好きに」

 

 すたすたと歩く守矢の祟り神について歩いていく。まったく、実に幸運だ。守矢神社で一番とっつきにくい相手がいない状態で話を始めることができて、守矢神社で一番交渉事が得意な相手と交渉せずに済むのだから。

 到着したのは客用の一室。そこに私と祟り神が入り、とりあえず用意されていた座布団の上に座る。

 

「……で、どの異変について聞きたいんだい?」

「貴女方がこの幻想郷に来て真っ先に起こしたものについて、ですね。博麗神社の信仰を奪おうとした、と聞いていますが」

「大体合ってるね。あの時はまあ結構火急の事態でさ。早急にある程度の知名度が欲しかったのよ。だからとりあえず異変を起こして、一番危ない時期だけは脱したってわけ」

「流石は祟り神。本心を呪詛に紛れ込ませて見えにくくするとは。なかなかいい手だと思いますよ」

 

 私の言葉にも祟り神の笑顔は変わらない。ただ、何も変わらない笑みのままに呪詛だけが沸き上がっていた。

 私も同じように、用意しておいた神格の一部を世界に向けて『想起』する。風を媒介に『大いなる白き沈黙の神』を。大気に存在する水を媒介に『クトゥルーの騎士』を。塵を媒介に『千匹の仔を孕みし森の黒山羊』を。熱を媒介に『星々からの貪食者』を。ほんの欠片だけではあるが、内面に潜む存在を露にする。

 

 ……唐突に、私と祟り神は威圧を消し去る。それに一瞬遅れて障子が軽く叩かれ、『しつれいします』と言う声がしてすぐに開かれ、風祝がお茶を持って現れた。

 

「お茶をお持ちいたしました」

「ありがと、早苗。あと、この話が終わるまで神奈子をここに近づけないでおくれ」

「え?」

「いいから。近づけないでおくれ。知らせるのもだめだよ」

「……はい。諏訪子様の仰せのままに」

 

 そんなやり取りの後に、風祝は出て行った。残されたのは私と祟り神、そして風祝が用意したお茶だけだった。

 

 



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祟り神は邪神の前に立ち、愛し子と友を守り抜く

 

 面倒な相手が来てしまった。心の底からそう思う。

 心を読み、記憶を現実に表出させる。何が恐ろしいかと言えば、それ自体はただの幻覚であろうともあそこまで精巧であそこまで強い意思の込められた幻覚に触れれば、心が弱かったり純粋すぎる奴なら本物と変わらない傷を負うだろうと言うこと。

 そして、今あいつの出したモノが、明らかにまともなモノではないと言うこと。

 

 あんなもの、人間ならば間違いなく触れるどころか見るだけで魂に深い傷を負う。人間よりも平均的に精神の強い妖怪や神であろうとも、感受性の高いやつ───例えば神奈子や早苗───なら、その姿を見せるだけで一時的な発狂はまず免れない。最悪、完全に壊れてしまう可能性すらある。

 ……まったく、神奈子の奴も面倒なことをしてくれた。なにが『弱小妖怪しかいない』だ。相手がどれだけ弱かろうと相性次第でひっくり返される可能性だってあるだろうに。

 

「……ああ、すまないね。考え事に夢中になってたよ」

「かまいませんよ。あなたの思考は中々に面白い。無茶苦茶な方法でありながらしっかりと効果を出してもいますしね」

「ああ、呪詛の話かい? 面白いだろ?」

「ええ、とても」

 

 私とこいつは笑い合いながら互いを探る。……しかし、なんつー化け物だ。私の呪詛に触れておきながら、全く影響が出ていない。見ただけで、とは言わないまでも、触れれば気の一つや二つは狂うように作っといたはずなんだがね。

 まあ、こいつなら最悪触れても問題なさそうだ。あんなモノを内に飼っているんだし、軽い呪詛なんてちょっとした色付き水みたいなもんだろう。

 

「色付き水、とはまた面白い表現ですね」

「……なるほど。どうやらあんたには効いてないみたいだね」

「効いていますとも。断片的に読み取るだけで普段よりずっと疲れますし」

「そうかいそうかい」

 

 ―――呪詛を深める。ごぽごぽと思考を呪詛に沈めていく。

 ここまで深くしたときは、読心の妖怪でも読み取ることはできない。無理に読もうとすれば呪詛に触れ、内から呪詛に蝕まれて狂うのみ。

 

「……」

「……」

 

 お互いに笑顔は崩さない。目の前にいる化物を相手に、感情を外に出したらそこから手繰られるだろうことは目に見えている。

 私は相手は何を考えているかわからないが、相手も私が何を考えているかわからないだろう。この状態でやっと対等。ようやく、お互いに話をすることができる場が整ったってわけだ。

 

「……まどろっこしいことは無しにしようや。―――何しに来た、地底の」

「先程申し上げました通り、『貴女方が起こした異変の話を聞きに来ました』。本当ならご本人の口から聞きたかったのですがね」

「へぇ? てっきり喧嘩でも売りに来たのかと思ったよ」

「ご冗談を。私と貴女方では喧嘩になるはずがないでしょう?」

 

 お互いの身体から黒いものが立ち上る。ミシャグジさまを現す蛇と、見たこともない奇妙な形の神。それらが真正面から睨み合うだけで、この場にある結界が軋みを上げる。

 

「幻影だけでここまでの力を持つたぁ、かなりの神なんだろうね、そいつらは」

「たかが幻影ですよ。四柱揃えてこの程度です」

「そのたかが幻影で、私の影と張り合えてる。十分だと思うがね」

「貴女の影などそれこそただの影でしょう」

 

 ぎしぎしと空気が嫌な音を立てる。無理矢理に詰め込まれた神威が、現実に影響を及ぼしているようにも見える。

 ……こいつ、神との争い方を心得ていやがる。しかも、まともにぶつかるやり方じゃなく、力が弱くともある程度張り合えるやり方を。

 神の争いは信仰の奪い合いにして、どちらがより精神的に相手よりも上にくるかの争い。『四柱合わせてそこそこの力しか持たない』と言う言葉を、『力を持たないただの絵姿にすらそれだけの力が宿る』と返してきたこいつ。ならばと『姿を完璧に表すという形で力を写し取っても私の大雑把な影程度だろう?』と続ければ『お前の影に力など無い』と即座に返す。実に神らしい傲慢な言葉。それこそ、そこらに居る木っ端神よりも神らしい。

 もしもここにいるのが神奈子だったら、こんな話を続けることなんてしないでさっさと殴りかかっていただろうね。神奈子は脳筋だし。

 

「そうですか。守矢の軍神は脳筋なのですか」

「……ほぉ? ここまでやってもわかるのか」

「その程度ならば少しの慣れでどうとでも」

「いい度胸だ」

「昔からよく脅されましたからね。まあ、脅した相手のほとんどは今まで生き残ってはいないのですけれど」

「あんたが殺した、の間違いじゃないのかい?」

「私が? まさか。私は実に平凡な覚妖怪ですよ。……私()

 

 よく言う。私の呪詛に触れて正気を保つ覚妖怪が平凡だ? いったいいつから覚ってのはそんな怪物になったのかね。

 

「……で、確か異変を起こした理由を聞きに来たんだっけか」

「ええ。首謀者の皆さんの話は中々に面白いですよ。内心との差も、ですが」

「そうかい。だったら神奈子に会わせるわけにはいかないね」

「そうですか。では、彼女ではなく貴女でも構いませんよ。」

 

 こいつに引く気はない。ならば、私が適当に喋ってお帰り願うとしよう。

 私でいい、と言ったのはこいつ。異変の話を聞きに来た、と言ったのもこいつ。ならば神奈子が来る前に、話を終わらせてさっさと消えてもらいたい。

 だが、その前に一つ。

 

「……あんた、私の心が読めるんだろう?」

「覚ですからね。読めますよ」

「だったら私の心を読んでさっさと帰ればよかったんじゃないか」

「いやですね。そんな失礼なことはしませんよ。ちゃんと話を聞いて、その上で話してくれなかったことは他人に伝えないように注意しますとも」

「そうかい。――――――で、どこまで読めるんだい?」

「本人の記憶の中に片鱗が残ってさえいれば、そこから遡って正しい記憶を見ることができますよ。それができなければ覚妖怪はそこまで恐れられるようなことはなかったでしょうから」

「はっはっは……わかってて惚けんのは質が悪いぞ? どこまで読めるんだい?」

「ふふふふふ……どちらとも取れる言い方をしてより多く情報を取ろうとしている貴女ほどではありませんよ。……そうですね。とりあえず第三の目に映る範囲ならば読めますよ」

「実際は?」

「そこまでなら読めるというのは事実以外の何物でもありませんよ。貴女が呪詛の効果範囲を聞かれた時に答えるのと同じようにね」

 

 ……ったく。心を読んでくる相手ってのはこれだからやりづらい。

 だが、わかったこともある。少なくともこいつの心の読める距離には限界がある、ってことだ。それが距離なのかそれとも視界が遮られると読めなくなるのかはわからないけど、とにかくどこかに限界がある。無限に読めるわけでもない。

 それじゃあ、そろそろお帰り願おうか。

 

「わかった。私の知る限りのことを話させてもらうよ。終わったら帰ってくれ」

「構いませんよ。話に満足できれば私は帰りましょう」

「すり替えるなよ。私が話し終えたら帰れって言ってるんだ」

「話せない部分や知らない部分が多すぎるような話では聞いた内に入れませんよ?」

「私がそんなことをするとでも?」

「必要ならばするでしょう? 今、建御名方に伝えずに私の応対をしているのと同じように。大切な風祝を私から引き離し、この神社の表の顔である建御名方を連れて人里まで行かせているように」

 

 ……くっそ、腹立つなこいつ。本当に何でもわかってます、みたいな顔しやがって。

 

「何でもはわかりませんよ。わかることだけしかわかりません。例えば――――――ミシャグジさま、と貴女が呼ぶ龍脈の化身の扱い方とか……ですね」

「……」

「そう殺気立たないで下さいよ。平々凡々な覚妖怪である私なんて、貴女にとっては塵のような存在でしょう? 気にすることなんて何もない、戯言のようなものですよ。……さて、では、洩矢の祟り神さま。私の、満足、できるような、内容の、お話を、お願いいたしますよ?」

 

 ……やっぱり、こいつは神奈子の手に余る。こいつに先に出会ったのが神奈子じゃなくて私でよかった。神奈子はあくまでも本人の持つ力の量で物事を図る癖がある。しかし、力には質と言うものがあり、何事にも相性ってものがある。

 こいつの力自体は大したことはない。だが、力以外の場所において、神奈子はこいつに勝つことはない。力任せならまず負けることはないだろうが、力任せに持ち込ませず、持ち込んだとしても勝てるかどうかはわからない。

 そんな奴との戦いは、神奈子じゃなく私の領分だ。相手が何を考えていようと、思い通りになんてさせてたまるかい!ケロちゃん舐めんな!

 




 
 こうやってお話ししている間、ケロちゃんはずっと胡坐に立膝、さとりんは正座って感じだとイメージに合う感じがします。
 そしてどちらも笑顔は崩さない。


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28 私はこうして門を叩く

 
 ちょっと短め


 

 守矢神社での話は済んだ。色々と面倒な話し合いであると同時に、なかなかに面白い時間でもあった。

 少なくとも現状私が洩矢に敵意は抱いていないと言うことを理解してもらえたし、最後にはお土産も渡すことができた。危険な相手であると言う認識を全て覆すことはできなかったけれど、それでもああいったやり取りに面白味を覚えてくれる程度には近い存在になれたようだ。

 とりあえず、洩矢の祟り神と軍神が今すぐ本気で殺しにかかってくることは無いだろう。軍神の方は来るかもしれないが、祟り神の方が押さえようとするだろう。それでも来たなら……ちょっと私の事を忘れてもらう。深い深いトラウマと私の存在を密接に絡み付ければできなくはないし、そこまでのトラウマがなければ作ればいい。

 幸い、あの建御名方と言う神はかつて日本神話の天津神において最強の武神と呼ばれ、同時に海の守護神、雷の神、剣の神と言う複数の面を持つ建御雷神に両腕を切り落とされたと言う逸話がある。

 それをどうにか私の記憶と繋げれば記憶を封じることができる。どう繋げるかは私次第、と。

 

 ……まあ、今はいい。次に行くべきなのは……命蓮寺だ。

 実際には博麗神社を潰した天人の異変があるのだが、私のような妖怪が天界に行ったら間違いなく面倒すぎることになる。そんなところに行くつもりはないし、天界まで行くとなると時間がかかりすぎる。何日も連続して地霊殿を空けることはできない。色々と不安すぎる。主にお空とその中にいる太陽の化身が。

 そんなわけで天界には行かない。向かう先はさっきも言った通りに命蓮寺。できたばかりのお寺なのだから、お土産を持っていったところでおかしいことは何もないだろう。

 この事については私は間違っていない。その自信がある。私は間違っていない。

 

 ……さて、寺と言えば基本的に生臭物は持っていってはいけないはず。本当なら『自分達のために殺された肉を食べてはいけない』や『殺された所を見た肉を口にしてはいけない』と言うように決まり事さえ守れば肉を食べようが魚を食べようが問題ないのだが、その辺りの事をあの魔法使いの尼僧がどう感じているのかわからないので控えておこう。

 そう言う訳で今回持っていく物はお米にしておく。植物類なら問題なく食べることができるはずだし、お米は大体どんな存在でも食べられるものだ。人気のある寺に持って行くのはちょっと気が引けなくもないが、問題になるわけでもないし構わないだろう。

 そう言うことで、命蓮寺に向かう。距離としては結構遠いので、歩くのではなく飛行して。作られたばかりなので道を知っているものもあまり多くないけれど、そこに住んでいる方の記憶を探れば大体の位置は把握できる。

 人里からあまり離れた場所ではない。博麗神社に比べて近い場所にあり、これなら博麗神社に向かう人間たちをこちらに集中させることができるだろう。中々に考えられている。

 ……本人にはそんな考えは全くないのだろうが、事実としてそうなってしまっているのだからそう言われても仕方ないだろう。私だって凶悪だなんだと言われれば『違う』と返すが、多くの存在にそう思われ、そう感じられているという事実自体を否定することはしないし、幽香さんだってそれは同じ。否定するもしないも本人たち次第だということになる。

 否定したところでそれまでの認識が一度に変わることはないのだから、まずは態度でゆっくりと噂や思い込みではない私自身を認識していってもらうことにする。私が自分でまずできることと言えば、それくらいしかない。

 さあ、今日も頑張っていこう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 命蓮寺に暮らす正体不明の妖怪、封獣ぬえは突然背筋に走った寒気に身体を抱え込んだ。土間の方では料理の支度をしていた一輪が同じように突然の恐怖感に身を丸くしている。

 

「ちょっと、二人ともどうしたのさ!?」

 

 船幽霊、村紗水蜜がそう問いかけるが、ぬえにも一輪にもそれに返答するだけの気力がない。一瞬にして気力も意思も根こそぎ消し飛ばされてしまっていた。

 

「だ……だい、じょうぶ。ちょっと、いやなよかんがした……だけ……」

「いやいやいやいやそんな真っ青通り越してもはや青黒い顔で『大丈夫』とか言われてもそれ絶対大丈夫じゃないし信用できないからね!?」

「で、でも―――」

「でもじゃない!ほら、二人とも今日は休んで!食事は私が代わりに作っとくから!」

「でも……」

「いいから休めっ!雲山!この二人運んで寝かせといて!」

「――――――!」

 

 雲山に軽々と運ばれる二人。どうやら暴れる余裕もないようで、ぐったりとしたまま運ばれていく。

 そんな二人を見送り、村紗は土間で一輪が途中まで進めていた料理の準備を見て作りたかっただろう物を予想して代わりに進めていく。

 船幽霊として、多くの船に乗っていた船乗りたちを海に沈めてきた彼女は、その船乗りたちの記憶も僅かにではあるが持っている。その記憶の中から自分に作れるものを材料から料理へと変えていく。

 結果として一輪が作りたかっただろう料理からは外れてしまっただろうが、それでも一輪の用意した材料を無駄なく使いきることはできた。

 調理が終わると村紗は包丁やまな板などの調理器具を水で洗う。腐ったり錆びたりしたら大変だし、先に済ませておけば後で楽ができることをよく知っているからでもある。

 それが終わって一息ついたところで、村紗は先程の二人の様子を思い出した。

 

 どちらも身体を丸め、ガタガタと全身を震わせていた。

 まるで絶対的な捕食者に恐怖する被捕食者のように。目の前にある不可避の絶望から目を背けようとする子供のように。絶対強者に襲われないようにと身を隠す小さな虫けらのように。どちらもそれなり以上の実力者であるはずのあの二人が、全く同時にああなってしまっていた。

 

 何か原因があるのかもしれない。けれど、その原因がわからない。あの二人以外に何かを感じ取った者はおらず、残りの全員が何でもないようにいつも通りの生活を続けている。彼女たちより力の弱い妖怪もいるこの命蓮寺で、彼女たちだけが怯える理由。村紗にはそれが見当もつかないでいた。

 しかし、朝食時にその話を聞かせたナズーリンにはその原因が理解できるようだった。彼女たちにのみ共通する何か。それの正体を知っていたのは、ナズーリンだけであったからだ。

 聖が知るのは片方のみ。一輪のことを操っていたと思われる妖怪のこと。しかし彼女はぬえも同じように操られていたということを知らないし、ナズーリンも聖には話していない。

 だからこそ、彼女たちの認識には大きな差異があった。

 

 ナズーリンは考える。『古明地さとりと言うやつがどれだけ危険な奴なのかはわからないが、この場所に近づけることは避けなければならない』。

 聖白蓮は考える。『古明地さとりと言う相手のことはわからない。一度会って話をしてみたい』。

 村紗水蜜は考える。『よくわかんないけど、原因が誰かわかったらとっちめてやんないとね』。

 

 三者三様の思考。これがいったいどのような結果を生むのかは、まだ誰も知らない。

 だが、その結果の可能性を誰よりも多く認識しているのは―――

 

 とんとん

 

「朝早くに申し訳ありません」

 

 ―――今、命蓮寺の門前で門を叩いている、小さな小さな大妖怪である。そのことだけは確かであった。

 

 



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29 私はこうしてお寺に入る

 

 トントンと門を叩くと、その音に気付いたのは一人だけであった。強く叩くと手が痛いので、気づいてくれれば御の字だと思ってのことだったのだが、日頃の行いが良かったからか私は無事に気付いてもらえたようだ。

 私に気付いたのは、小さな小さな賢将。彼女達が力を合わせて封印から解き放った尼僧に一声かけてから、彼女は門に足を進めてくるのがわかった。

 

「はいはい、どなたかな?」

「初めまして……ですかね。ここは『命蓮寺』で合っていますか?」

「ああ、そうだよ。……妖怪がここに何の用だい?」

「大した用ではないのですがね……なんでも、この寺に住む住人たちは最近大きな事件を起こしたそうではないですか。つい最近まで引きこもっていたため、外のことについてはあまりよく知らないのです。ですから、いろいろと教えていただければ嬉しいな、と」

 

 私がそう言っても、小さな小さな賢将は私のことをじっと見つめている。疑いの視線、とまではいわないが、私の顔ではなく、態度がどこかで会ったような気がしてならないようだ。

 時間を与えすぎれば追い返されるだろうし、あまり短気に振舞っても同じように追い返されてしまう。ここはある程度時間を取ってから、もう一度。

 

「あの、お願いできませんか?」

「……失礼。構いませんよ。どうぞこちらへ」

 

 まだもやもやとしている間に声をかけて、思考を纏めさせないうちに会話を進めようとしてみれば見事に成功する。どうやら彼女はまだ、私の事をあの事態に結びつけてはいないらしい。

 しかし、どうやらそれなりに格の高い妖怪である可能性を考えて敬語を崩さないでいる。気の回し方が上手いと言うか、他者を立てるのに慣れていると言う印象を受ける。なんとも鼠らしい慎重な策だ。感心すら覚える。

 私はそういった感心などを心の内に秘めて小さな小さな賢将の後をついて行く。彼女はどうやら私の性質を試すつもりらしく、客間に通したら少し待たせて様子を見るつもりのようだ。その時の私の行動によってあちらも出方を決めるつもりらしい。

 態度次第では力尽くでお帰り願うことも考えているようだが、まあ……彼女が考えているようなことはまず無いと思ってもらっていいだろう。私は反撃以外で攻撃的に力を振るうようなことは殆どないのだから。

 

「……では、ここでしばらく待っていてもらえるだろうか?」

「構いませんよ。お食事中に来てしまったのはこちらですからね」

「……私は食事中だったと言ったかい?」

 

 どうやら今の私の言葉は彼女の警戒心を刺激したらしい。隠すことなく私に疑いの視線を向けてくる彼女に、私は苦笑しつつ自分の左の口許を指差す。

 

「ご飯粒、ついていますよ」

「………………」

 

 私が指した場所と同じ場所を触ると、彼女の指先には確かにご飯粒が着いていた。それを理解すると同時に、彼女の頬が朱に染まる。

 

「……ええと……まあ、お食事中に来てしまったのは私ですし、貴女方の準備が整うまでここで待たせていただきますね」

「……気遣い痛み入る」

 

 まるで今にも消え去りそうな幽霊のような小さな声での言葉を残し、彼女はこの部屋からいなくなってしまった。まあ、口許にご飯粒をつけたままの行動くらいならお空やこいしにとっては日常茶飯事。そんな二人を見ている私にとっても日常茶飯事。恥ずかしがるのは彼女の勝手だが、過ぎれば自滅と変わらない。

 実のところ、彼女はもっと分かりにくい方法で食事中だと示すつもりだったらしい。炊事の煙の薄さだとか、遠くから聞こえてくる音だとか、そう言うもので認識させたかったようだ。

 そうすることで、何によって気付いたのかを知ることができればある程度の対策をとることができる。音で気付いたのならば耳がいいと言うことがわかるだろうし、炊事場の煙が薄く見えたのならば観察力と視力が、時間や彼女の存在を知っていると言うところからの推測ならば推理力が秀でているとわかるはずだ。

そう言った『秀でているところ』を知りたかったからこのような事をしたのだろうが、まさか自分がそんな大きすぎるヒントを引っ提げていたとは思いもしていなかったらしい。

 不覚……ご主人じゃあるまいし、客人にこんな姿を見せてしまうとは……!と言うのが本人の心の中の声であるらしいが、彼女に『ご主人』と呼ばれている毘沙門天代理は今もいつものようにご飯粒を口の回りにくっつけては隣に座る船幽霊に取ってもらっているようだ。

 いつもはあの尼入道がその役目をやっていたりするようだけれど、なぜか突然体調を崩して寝ているようだ。何があったのやら。

 周囲を見渡すと、ふと一つ気になったことがある。

 この下。どれだけ下かは微妙なところだが、何かがいる。『ある』ではなく『居る』。

 だが、どうやら今は何も考えていない状態らしい。呆我の極致や覚者に至っているわけではなく、半分以上死んでいる状態。仮死状態、と言うのが一番正しいだろう。

 流石に死体から記憶を読むのは難しいが、死体からではなく死体のある場所そのものから世界の記憶を覗き見すれば問題ない。

 ただ、流石にそれをするのは封印中では難しいので、一度封印の札をぺりっと剥がして能力を使う。

 場所から逆算して当人達が誰なのかを認識し、その人物名で世界の情報庫から本人達の足跡を追う。

 

 …………豊聡耳神子。……聖徳太子? え、どうしてそんなビッグネームがこんなところで仮死状態のまま眠って? それに当時の豪族の娘が二人……物部氏と蘇我氏と言う敵対し合っていた筈の彼女達が……いったい何が?

 

 足跡を追ってみると、中々に面倒かつ面白そうなことになっているようだ。

 こうなっている原因は、邪仙と呼ばれるとある仙人───霍青娥。当時熱意ある青年だった聖徳太子を甘言と術で垂らし込んだらしい。言い方はあれだが大体間違ってはいないはずだ。

 その邪仙が何かを仕掛けてくるかどうかはわからないが、とりあえず現状でこの下にいる三人は目覚めかけている、と言える状態にある。世界の記録から見てみれば、本人たちは復活までもう少し時間がかかるだろうと予想していたらしいが……何らかの刺激で目を覚ましそうになっているのだろう。

 だとすればその刺激の第一候補はこの命蓮寺の建立なのだが、ここの住人たちの多くはそのことを知らないようだ。何かを封印している、あるいは封印するためにここに寺を建てたと知っているのは数人いるようだが、その封印の中に居るのが誰なのかと言うことまではわからなかったらしい。

 

 だが、そうなるとまたここから異変が起きるような気もする。ここ数年での異変の発生率が異様に高いという話を八雲紫からされたが、どうやらまだその波は終わってはいないようだ。

 彼女たちが目覚めたらいったいどんな異変となるのかはわからないが、今は探るのはこのくらいにしておこう。私はさっき剥がした封印の札を、もう一度同じように張り付け、用意されたお茶を飲む。特に何もしかけられてはいないようなので安心して。

 

 ……さて、私と彼女たちが会話できるようになるまで、あとどのくらいかかるのだろう。

 まずは小さな小さな賢将の耳から赤みが抜けるのを待って、それから賢将が話を持って行く。食事を終わらせてから合う準備をして、そして実際に会うまでに……短くとも四半刻はかかることだろう。何か便利な魔法や、紅魔館のメイド長のように時を止める事ができるのならば話は変わってくるが、この中にそんなことができそうなものはいない。

 つまり、私はまだしばらくの間、のんびりとこうしてお茶をすすっていることができるわけだ。

 

 私は最大限好意的に物事を解釈し、少しぬるくなったお茶をゆっくりと喉に流し込んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

「――――――――――――!!」ガクガクブルブルガクガクブルブルガクガクブルブルガクガクブルブル

 




 
 最後の? 誰ですかねぇ(すっとぼけ)


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30 私はこうして語りを聞く

 

「初めまして。私がこの命蓮寺の住職をしています、聖白蓮です」

 

 そう頭を下げる彼女が、封印から解放されることになった尼僧であり、他の妖怪たちが異変扱いにされるようなことをしてまで復活させたいと願った心優しき尼である。

 まあ、異変云々に関しては博麗の巫女や白黒の魔法使いが早とちりしてそうなったと言うだけの話なのだが、それでも自分たちの意思を曲げようとせずに行動するだけの理由となれるのは当人の器の大きさを示しているのだと思われる。

 そんな彼女に、こちらも頭を軽く下げる。

 

「直接顔を合わせるのはこれが初めて、ですね。古明地さとりと申します」

「……貴女が、古明地さとりさん?」

「ええ。先日は色々とあったようで。……一輪さん、と言いましたか。彼女たちは息災で?」

「残念ながら突然体調を崩していまして……それで、いったい何用でこの命蓮寺まで?」

 

 少し態度が固くなりながらも、突然追い返そうとはしていない。正体不明を操っていた時にした話を賢将から聞いているのだろう。私がどんなことをしたのか、その話は聞けていないようだけれど、賢将から出た私の名前に尼入道や正体不明が悲鳴を上げたり狂乱したりと言うのを見てしまっているらしく、かなりの警戒心が透けて見える。

 まあ、それを見て警戒心を抱くだけで済んでいるという時点でいろいろと警戒心その他が足りていないような気もするけれど、私にとっては好都合なので何も言わないでおくことにする。

 代わりに、問われた事に正直に返しておくことにする。嘘など一つも混ぜることなく、正直に。

 

「先日、少し地上に用があって出た時に異変扱いになってしまった事件が起きていましてね。どうやら私はそれに巻き込まれたようなのですが、その件について私は詳しい説明を受けてはいないのですよ。誰が何を求めた結果、どんな内容の事件が起きて結果的にどうなったのか、など、私は巻き込まれたにもかかわらず教えてもらっていないのです。なので、その異変扱いの事件を起こした方に直接話を聞こうかと思ってこうして顔を出したわけです」

 

 ……嘘は一つも言っていない。確かに私は先日地上に出た時に異変扱いとなっている事件に巻き込まれたし、その時に正体不明の化身と出会い、尼入道と再会した。その際正体不明の化身は私が弾幕ごっこで撃ち落としてしまったし、尼入道は私に出会うだけで気絶してしまったが、巻き込まれていたという事実は間違いなく存在する。

 また、私は事件が終わってからと言うもの誰にも説明は受けていない。様々な存在の記憶を探ったりして情報自体は色々と揃っているが、それはあくまでも自分で探ったのであって誰かから聞いたわけではない。そして今日はその内容を教えてもらえればいいなと考えて、今のようにこの寺に来ている。

 現状、私の言っていることに間違いなど一つも無いし、嘘だって一欠片も混じっていない。全てが本音かと聞かれれば、私は浄玻璃の鏡の前でも頷いて見せよう。嘘など一つも無い。

 ……真実? 勿論真実ですとも。ただ、全ては話していないだけで。

 

「……そうでしたか」

「ええ、そうです。……ああ、これをどうぞ。お土産です」

「これはご丁寧に」

「生臭物は駄目だと聞いたことがありますので、お米なのですけどね」

 

 私からのお土産を受け取ると、彼女はそれを自分の隣に置いて再び私に向き直る。彼女の知る妖怪達から聞いた言葉。そして今の私の態度。そう言った物を材料に、聖白蓮は私の事を知ろうと考えを巡らせているのがわかる。いったいどんな結果に落ち着くのかはわからないけれど、とりあえず私と言う妖怪を知ろうとしているその姿には好感を覚える。

 何もかもを鵜呑みにせず、しっかりと自分の考えを持つことができる。そういった存在は私としては好ましい。

 覚妖怪の本能としてはもう少し精神的に脆い存在の方が嬉しいのだけれど、本能はまた別のところで満たせばいい。彼女を壊すとなると、用いることのできるトラウマはそう多くないし、楽しいものでもない……と思い込むことで本能を大人しくさせた。

 

「……それで、私は話を聞くことはできるのでしょうか」

「……ええ、勿論です。───ですが、その前に言っておかなければならないことがあります」

 

 そう言うと、白蓮は両手を着いて頭を下げた。

 

「我が寺の門徒達が、ご迷惑をお掛けしました」

 

 ……少し驚く。人の心とは複雑なものだと言うのはよく知ったことではあるけれど、またこうして心の動きで私を驚かせるものが居るとは。

 私がこうして考えている間も、白蓮和尚は頭を上げようとはしていない。考えてすらいない。心の底から、謝罪の気持ちを抱いている。

 

「……少なくとも当時の『正体不明』は仏門に帰依していたわけではない筈ですし、尼入道の方は何かをする前に勝手に気絶しただけです。貴女が頭を下げる理由はありません」

「いいえ。かつての行いを清算しなければなりません。ですが、彼女達は今限界に近い状態で、なんとか精神の均衡を保っているだけ。何かのきっかけですぐに壊れてしまうでしょう。

 私がこうしたからと言って、彼女達の行いが清算される訳ではありません。しかし、なにもしないで居ると言うのもまた悪なのです。

 ですから、私は私にできることをしなければならない。私にできることならばやっておきたい。

 ……古明地さとりさん。あの娘たちを許してほしいとは言いません。ですが、せめて彼女達にこれまでの行いを清算する機会を与えてやってほしいのです」

「構いませんよ。正体不明の方はともかく、尼入道の方は私に何かしたわけでもないですし、正体不明の方にしても次に傷つける気で襲われるような事がなければこちらも害するつもりはありません」

 

 ありがとうございます、と言葉を繋げる白蓮和尚は……どうやらかなりの善人であるらしい。

 記憶を読んでみたのだが、覚妖怪としてはかなり本能を刺激してくるいい記憶を持っている。

 

 弟と別れ、孤独に過ごしていた時期に感じた寂しさ。

 老いていく身体と死に対する恐怖。

 死して正道を歩み続けるか、生きて魔道に堕ちるかと言う葛藤。

 魔道に堕ちた自分を弟が見たらと言う絶望。

 負の感情から目を逸らすために始めた妖怪の保護が、いつの間にか本分となりかけている事に気付いた驚愕。そして安堵。

 

 負の感情と正の感情が入り交じり、飽きることがない。軽く見ただけでもこれだけの感情が見てとれるのだ。深く深く想起を繰り返せばいったいどれだけの感情の奔流が現れるだろうか。

 外の世界には『恐怖には鮮度があり、恐怖ばかりでは色褪せてしまう』と言った狂信者が居たそうだが、その意見には賛成できる。

 ただ、鮮度のある感情は恐怖だけではなく、あらゆる感情に、あらゆる感動に鮮度と言うものが存在すると私は考える。そして白蓮和尚の記憶は、その鮮度に満ちた長い人生で彩られているのだ。覚妖怪としてそれに心踊らないのは、恐らく心を読む必要のないこいしくらいだろう。

 

 そんな極上の食事を前にして、何もしないでいるのは覚妖怪の名折れ……などと考える者もいるかもしれないが、私はそうするつもりはない。敵対しているわけでもなければ空腹なわけでもないのに、なぜわざわざ敵を増やす必要があるのか。私のような不意打ちに弱い普通の覚妖怪では、知覚外から狙撃でもされたらあっという間に死んでしまう。それは少しどころではなく嫌だし、問題だ。

 だからこそ、こんなところで敵対者を増やすようなことはしない。身の安全が一番だ。

 

「……では、件の異変について、私の知ることを全てお話しさせていただきます。それで足りなければ―――」

「ああ、その場合は本人達に聞きに行きます。その時には少々手を借りることになるかと思いますが、傷つけることはいたしませんのでご安心を」

「はい。それでは……まず、昔話から始めようと思います―――」

 

 白蓮和尚はそう前置きをして、語り始めた。彼女の記憶している彼女自身の軌跡。彼女自身の『人生』を。

 




 
 本番は次回からになります


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和尚は過去を振り返り、覚者は和尚に手を貸した

 

 私の昔語り。彼女―――古明地さんはそれが終わるまで一度も口を開かず、そして一度も私から目をそらすことをしなかった。

 妖怪としては、たかが一人間の話なんて聞いても聞かなくても同じ。下らないと途中で打ち切られたりする可能性も考えていたのだけれど、古明地さんはそんなそぶりは一切見せずに私の話を聞いていてくれた。

 人間である私が、どのようにして生き、何を感じ、どんな行動を取ってきたのか。それを何も言うことなく、ただ聞いてくれる。それがこれほど嬉しいものだと言うのは、久しぶりの感情だった。

 

 人間として生まれた。

 僧として修業をした。

 弟と別れ、再会した。

 弟と死に別れた。

 死ぬことが怖くなった。

 そして私は、永く生きるために妖怪達の力を使うようになった。

 

 退治をすると称して妖怪を寺に保護し、妖怪から妖気を得て不老のための術を使っていた。

 こちらの話を聞かずに襲ってくる妖怪は問答無用に滅して妖気だけを奪うこともあったし、強力な妖怪は封印してそこから漏れ出る妖気を奪い取って弱体化させ、衰弱死させたこともある。

 けれど、時には『妖怪だから』と言うだけの理由で力なき妖怪が力ある人間達に襲われる所も見てきた。名も知らぬ妖怪が、人の形を取らされて封印されるだけでなく、人間たちの様々な欲のはけ口にされる所も。

 

 だからこそ私は考えた。妖怪だからと言う理由で、何もしていない妖怪を滅ぼすのは正しいことなのかと。

 だからこそ私は考えた。人間だからと言う理由で、妖怪達が人間を襲って食らうのは正しいことなのかと。

 

 そもそも人間と妖怪ではいったい何が違うのか。身体の作りが違い、出せる力が違い、使える力が違う。けれど、そんな物は人間同士の中でも変わらない。

 人間の間であっても、霊力を使うことができる人間もいれば使えない人間もいる。法力や気、仙気、魔力など、人間が使えたり使えなかったりする力は多岐にわたる。妖怪も同じように、妖気の他に鬼気、仙気、魔力、神気など、それぞれの個体によって使える力は大幅に違ってくる。

 自分が自分以外の誰かと違うのは当たり前。だと言うのに、なぜ人間と妖怪は違うとされているのか。人間同士がわかりあえる中で。妖怪同士がわかりあえる中で。なぜ人間と妖怪はわかりあえないのだろうか。

 

 考えて、考えて、ただひたすらに考えて―――そして、わかったことが一つ。

 

 何も変わらない。人間も妖怪も、何も変わらないのだ。

 人間は力が弱い。そう言う妖怪は多いし、人間自体もそういうものだと思っている。

 けれど、妖怪にだって弱い者は多い。人間の中では有名ではないだけであって、極々一部の強すぎる妖怪が有名すぎるだけであって、人間に簡単に殺されてしまう程度の力しか持たない妖怪は数多い。

 そもそも、妖怪の数は人間に比べてはるかに多い。そして妖怪は基本的に強ければ強いほど寿命が長い。もしも人間と妖怪の寿命が同じ程度だったとして、数も同じだったとすれば、恐らく人間の中に生まれる強者と妖怪の中に生まれる強者の数はつり合いが取れる程度の物に収まるだろう。それが崩れているのは、そもそも妖怪自体の数が多いために強者に育つことができる可能性を秘めた個体が実質的に多く生まれるからであって、割合で見れば人間も妖怪も変わらない。

 妖怪は人間の恐怖から生まれる。人間は多くの物に恐怖し、恐怖する度に新たな妖怪が生まれる。

 しかし、恐怖から生まれた妖怪もまた恐怖を知っている。人間は妖怪を生むことができるが、妖怪は人間を生むことはできない。妖怪は妖怪を生むことができるが、人間に知られず産まれた妖怪はその存在をすり減らせるばかり。人間は人間を生むことができるが、寿命、争い、飢饉、事故……多くのことで死んでしまう。

 

 妖怪も、人間も、みな同じ『命』。どちらも生きているし、死ねば消える。違いなど何もないのだ。

 

 そう考えた私は、人間を襲う妖怪をできる限り説得し、妖怪を襲う人間をできる限り抑えるようにと掛け合った。強い妖怪は封印することもあれば『必要以上に人を襲わない』と約束させた上で遠方に行ってもらうこともあったし、弱い妖怪はこっそりと私の住んでいた寺に住まわせたりすることもあった。それが人間たちの期待を裏切る行為であることはわかっていたが、人間も妖怪も同じ一つの命として考えるようになっていた私には、妖怪だからと言う理由だけで妖怪を殺すことはできなくなってしまっていた。

 それが知られれば、人間たちによって私は殺されるかもしれない。そう考えることもあったけれど、それでも私は人間も妖怪もできるだけ守れるように行動を続けていた。

 そんな生活が終わったのは、いつだっただろうか。私が妖怪達を寺に匿っていることが知られてしまい、私は寺ごと封印されることになった。

 その封印に巻き込まれることを恐れた多くの妖怪達は散り散りになって逃げ去ったが、一部の妖怪は私を連れて行こうとした。

 けれど、私がいなくなっていれば彼らは私を追うことだろう。私が彼らを裏切ったと叫びながら、するつもりもない報復に怯えながら。

 そのような状態で逃げていった妖怪達が捕まれば、いったいどのような目に合うかはわかりきっている。だからこそ、私は寺ごと封印される時に抵抗しなかったし、最後まで私を連れて逃げようとしていた彼女たちに着いていくようなこともしなかった。

 ……結果的に、それは悪いことではなかったのだろう。私は『法界』と呼ばれる場所に封印され、その場で長い時を生きた。

 そこでいくつかの出会いと別れを繰り返し、魔道の深みへと歩みを進め───気が付いた時には私は魔法使いになり、不老になっていた。

 

 老いることのなくなった私は、何年もかけて色々なことをしていた。

 『魔人経巻』を作り、魔法を覚え、修行し……多くの事を行ってきた。

 そうしてどれだけの時が流れたのかを忘れてから暫くして……かつて私を助けようとしていた妖怪たち……一輪や村紗、星達が封印を解いて私をこの幻想郷へと連れてきてくれたのだ。

 

 私は感謝している。けれど同時に戸惑ってもいる。

 私は今、幸せだ。妖怪達と暮らし、人とも接し、それを何者にも否定されずに過ごすことができている。

 同時に、とても不安だ。魔道に堕ちた私が、これほど幸せな思いをしていいのか。命蓮が今の私を見たら、一体なんと言うだろうか。

 否定されるかもしれない。怒られてしまうかもしれない。もしかしたら、争い事にまで発展してしまうかもしれない。不安は止まることはなく、けれど今の幸せな生活を捨てられるほど私は強くない。

 

 ……私は、どうすればいいのでしょう?

 

 

 

 ■

 

 

 

 異変の原因の話を聞いていたら、いつの間にか人生相談になっていた。

 仕方無いので話を聞いていたのだけれど、本人の中ではもう既に決まりきっている事をいつまでも悩み続けているのはすぐにわかった。

 こういった鬱屈とした感情は覚的にはご馳走なのだが、私個人としては好きではない味だ。私はどちらかと言うと甘めの味が好みなので、甘酸っぱい恋の味や蕩けるような夢心地の味の方がいい。狂気に満ちた凛とした味も嫌いではないし、ほろ苦い失恋の味も割と好む方ではあるけれど、やっぱり基本的には甘い方がいい。

 

 ……と言うことで、今回は少し手助けをして憂いをなくさせてみよう。私は覚。精神に干渉することに関しては東洋の妖怪の中では右に出る者のいない種族。西洋では他にも夢に入って色々とヤってイク存在(意味深)や、夢そのものを食べてしまう悪魔のような者も居ると聞くけれど、私にできないことを無理にする必要はない。私は私にできることを全力でやってみればいい。

 

「白蓮和尚。私の目を見てください」

「……はい?」

「いいから、見テ(・・)

 

 さあ、久し振りに使うこの術。自分と相手の瞳を鏡のようにして作られる『無間』に自分と相手の精神を一時的に取り込み、加速された精神空間において行動するという術。催眠術だとか読瞳の術だとか呼ばれているらしいけれど、そんな大したものではない。私と相手のどちらかが動けば消えてしまうし、どちらかが瞬きをしただけでその空間は消えてしまう。その上精神空間に入っている間は現実で身体を動かすこともできないのだから、落ち着いた所でなければできない術。実に使い勝手の悪い術だ。

 ただ、そんな術でも利点はある。精神空間であるが故に、中でどれだけ物を壊しても現実に壊れることは無いという点だ。その上、精神を壊してしまっても精神空間の中にあるうちは無防備に漂っているのと変わらないため修復が容易に行える。以前八咫烏の精神を改造した時にもこれを使った。

 

 では、始めよう。どれだけの時間が必要になるかはわからないし、倍率は……そうね。一億倍にしておけば一時間以内に戻ってこれるでしょう。

 




 
 次回も他人視点!


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尼僧は両の拳を握り、己の影と対峙する

 

 白。見渡す限りの白。どこを向いても、どこまでも白。辺り一面が真っ白な場所に、私は立っていた。

 私の前には一人だけ。先程目を合わせた古明地さんが立っている。

 

『まず、これだけ先に伝えておきましょう。「私を倒さなければ外に出ることはできません」』

「古明地さん? いったい何を……」

 

 古明地さんは私の問いかけに答えることなく話を進めていく。

 

『そしてもう一つ。「これは試練です」……私個人としては、是非乗り越えてもらいたいものですが……それは貴女次第となりますね』

 

 では始めましょう、と言い残し、古明地さんは胸の前にある眼に手を添えた。

 

『憑依「超人・聖白蓮」』

 

 瞬間、彼女の姿が霞んだかと思うと、そこに立っていたのは彼女ではなくなっていた。

 古明地さんが立っていた場所に立つのは、まぎれもなく私。私と同じ姿をしている、しかし私ではない誰かだった。

 私の姿をした誰かが閉じていた瞼を開くと、その思いはより強くなる。眼球全体の色は人間とは思えない漆黒に染まり、僅かに赤く輝く血管のようなものが浮き出ている。瞳は金色をしていて、瞳孔は猫のように縦に細長く裂けたような形をしていた。

 そして『それ』は軽く身体を解すように肩を回し、私を視界に入れる。すると、にたぁり、と言う擬音が似合うようなゆっくりとした速度で口の端を大きく持ち上げ、凄惨な笑みの形を取った。

 

『アハァ……久シ振リィ……元気ダッタァ?』

「……貴女は……」

『クケケケケケ! ワカッテテ聞クノハドウカト思ウナァ? ……ヒャア!』

「っ!?」

 

 まるで瞬間移動でもしたかのような速度で移動し、私に殴りかかってくる。あれは、私と全く同じ動きで。私と全く同じ強さで。私と全く同じように私に殴りかかってきた。

 すぐさまあれと同じように魔法で体を強化して防いだが、腕が軋むのは止められない。ぎしぎしと嫌な音を立てながらも、私は吹き飛ばされないようにその場に立ち続けていた。

 

『キッハハハッ!マダマダイクヨォ!』

 

 乱雑に振るわれる拳にこちらも拳を合わせる。真正面からの拳のぶつかり合いで衝撃波が発生してお互いの髪を揺らし、さらに激しい動きで髪の揺れは掻き消える。

 拳が、蹴りがぶつかり合い、力任せにだけではなく私の知る限りの技術が用いられるようになる。まるで、使い慣れていない物を使い始め、急速にそれに慣れていくように。

 

「くぅっ……!あなたは、何者なんですか!?」

『私ハ貴女……貴女ハダァレ? 偽善塗レノ救イ人』

「……何が言いたいのです」

『……キハハハ!疑ッタ!疑ッタネェ!?』

 

 突如、相手の拳の威力が私の力を上回った。一瞬にして私は吹き飛び、果てのない空間で空を滑るように飛ぶ。

 けれど、少しだけわかった。あれ(・・)は、私の内側にある思いの塊。迷いや疑念、そう言った物が形をとった、私自身にとっての最大の敵。形がなく、自分と分けることができないからこそ相手をしづらい私自身を、こんな形で具象化させるとは……!

 考えながらも拳を防ぎ、受け流し、受け止め、打ち落とし、反撃し、弾かれ、打ち払い、食らい、食らわせ、何度もそれを繰り返す。しかし互いに痛みを感じることはなく、代わりに喪失感がこの身を襲う。

 ───敵は自分自身。しかし、自分でありながら自分ではない。

 私の負の感情。死への恐怖。命蓮への後ろめたさ。現在の状況への不安。そう言ったものが目の前に居る『私』に力を与え、私の力を削る。

 私が『私』に打撃を加える度に私の力が増し、『私』が私に攻撃を加える度に『私』の力が増すのは、それが私の心の主導権を争っているのを表しているのだろうとわかる。

 

 ……けれど、一つだけ初めから私が有利な点がある。ずっと考えることもなく、けれど当たり前の事としてそこにあった事実。

 私は、確かに迷っている。不安がある。悩みもするし恐怖もしている。

 だけど、私は、これまで一度も───罪無き妖怪達を救ったことを後悔したことだけはない。

 

『……キヒ?』

「……ああ、こんな簡単なことだったのですね」

 

 いつの間にか力関係は逆転していた。初めに受けた一撃と、私の疑心を得たことによって強化されていた『私』は、今の私よりも弱くなっている。

 なんの事はない。彼女は私だ。私が私であるならば、私の行った事の全ては私に回帰する。

 

 私の行動で救われた妖怪がいる。

 私の行動で助けられなかった妖怪がいる。

 私の行動を称賛するものがいる。

 私の行動を否定するものがいる。

 私はそれらの行動から生まれる全ての感情を、ただ受け止めればいい。迷いも、恐怖も、不安も、何もかもを受け止め、受け入れ、呑み込んで───抱えたままに進めばいい。

 もしもまたこの感情が私を責める時が来たのなら、私は何度でもそれと向き合い、ぶつかり合い、そして受け止め、抱えながら歩き続けることだろう。

 

 だけど、私が今行うべきことはただ一つ。目の前にいる私を、私の手で打ち倒す。私が私を受け入れるために。

 

 拳を作る。ゆっくりと、人差し指から第一、第二関節までを曲げる。次は小指からしっかりと握りこみ、最後に親指で全体を絞める。

 そうして作った拳を、構える。もう、彼女は怖くない。彼女の全てを受け入れるため、私はただ全力を拳に込める。

 

「いざ――――――南無三!」

 

 突き出した私の拳は音を超える。空気の壁を打ち破り、衝撃波をまき散らしながら彼女に向けて進む。

 私の拳が彼女の身体に突き刺さった感触。衝撃が全身を打ち砕き、立つことは無いと一瞬にして確信できる威力。それが彼女に当たった拳から伝わり―――

 

 ―――私の夢は、覚めたのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「まずは『おかえりなさい』と言っておきましょう。よくぞあの試練を超えました。

 そして次に『目はしばらく閉じておいた方がいいですよ』と助言しましょう。何しろ二十分以上も眼を開け続けていたのですから、私も貴女も目が乾いて仕方がないはずです。少なくとも私は目を閉じています」

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 ぺこり、と頭を下げた彼女は、この二十分ほどでだいぶ変わったように見える。正確な時間は二十一分五十五秒。殆ど二十二分と言っていい時間も眼を開け続けていたのだから、その瞳はからからに乾いてしまっているだろう。

 しかし、彼女は精神的に一皮剥けている。不安や焦りはそこにあるまま、しかしまた別の大きな感情に溶け込むように在り方を変えている。今までのように内から自身を傷つけることは無く、ゆらゆらと揺蕩うような在り方に。

 

「貴女と戯れている間に、異変の内容などはおよそ把握しました。これで私の用事は終わりと言うことになりますね」

「そうなのですか? 迷いを払ってもらったお礼をしようと思っていたのですが……」

「いえいえ、むしろこれが私からの代金のようなものですからね。これにお礼を言われてはいつまでも話が進みませんし終わりませんよ」

「ですが、とても大きなものをいただきました。あの話だけではとても払いきれないほど大きなものを……」

「私は貴女の話にそれだけの価値を感じた。だからそれを形で示したつもりです。……どうか受け取っておいてください」

「……では、私は貴女からの行いにそれだけの感謝を抱いています。私が貴女から頂いた『代金』として、どれだけ大きなものを得たのか。私が感謝し、お礼をしたいと思うのは……おかしいことではありませんね?」

 

 笑顔を浮かべたような彼女の心の声に、私は一つため息をつく。

 

「……まったく、強情なことで」

「そうでなければ尼僧などやっておりません」

 

 私と彼女は、互いに目を閉じ合った真っ暗な中で笑い合う。実際に何かが見えているわけではないのに、なぜか互いに相手の笑顔が見えているような気がした。

 

「……あの、白蓮和尚?」

「? はい、何でございましょう?」

「多分ですが……私そっちじゃありません。右手の方です」

「あ、あらあら……」

 

 白蓮和尚はそう笑い、いそいそと自分の座る向きを九十度変えた。

 




 
 戦闘描写は苦手なのです。ヘボくてサーセン


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31 私はこうして他人を助ける

 

 異変の原因となった彼女の昔語りを聞き終え、昔々から抱き続けていたらしい白蓮和尚の悩みを聞いて、それらしい解決策のようなものを実行した結果。私はどうやら彼女にいつもとは少し違う方向に誤解されてしまったらしい。

 私は別に困っている人を助けて回るのが趣味と言う訳でもないし、悩みがある人の悩みを解決させていくのを生きがいにしているわけでもなければ聖人君子のように優しいと言う訳でもない。

 だと言うのに、白蓮和尚は私の事をそう言った物だと思ってしまっている。何度違うと言っても誤解が解けそうにない。

 それと、私が彼女にやって見せたように精神世界での自分の黒い一面との向き合いは良い修行になると思ったのか、できる事なら他の者たちにも同じように修行をつけてやってくれないかと言われてしまったのだけれど、それに関しては全力で断らせてもらった。

 妖怪相手に自身の存在の矛盾を突くというのは、言ってしまえば存在の否定と同じ。そんな惨いことを当然のようにやれと言われても、私も妖怪である以上簡単に頷くことはできないわけで。

 人間から人外に至ったものの、妖怪にはなったことのない白蓮和尚には妖怪と言う存在の根源がわかっていないのだろう。まあ、妖怪のことが一番理解できるのは妖怪自身だ。妖怪になったことのない存在に理解しろと言う方が無理がある。

 そして、そんな妖怪達の在り方を全て覗いて共通する部分を見付けることができれば、妖怪とはこういう存在だということを理解する一歩になるのではないだろうか。

 

 ……まあ、多くの妖怪にとって『理解される』と言うことは致命傷を負うこととあまり変わらない。『現象』を『そういうものだ』と理解しないままに納得させると言うところから妖怪は生まれるのだから。

 

「……そう言うわけでして、しっかりと覚悟してからだったり、元が人間でかつしっかりとした肉体を持っているのならばともかく、妖怪にあれをやると高確率で自壊して消滅しますよ?」

「あら……そうなのですか。困りましたね……」

 

 どうも、雲居一輪と封獣ぬえの二人が私が来る前に寝込んでいるようで、かつそれは恐らく精神の問題であるということ。だから、精神世界でそれらの恐怖に打ち勝つことができれば……と考えたらしい。

 けれど、その方法には問題がある。これは恐らく本人と私にしかわからない話だと思うが、あの二人の仲に存在する恐怖は狂気を由来とするもの。恐怖と言う形でその狂気を発散させていかなければ、いつか根元から枝葉の先まで狂いきって壊れてしまうだろう。

 それに、あの恐怖は抗えるようなものではない。一部の頭がおかしい人間や、神格を見ても死体を見た程度の衝撃しか受けない図太い物ならともかく、精神的な感受性の高い妖怪がこの状態になってしまえばそうそう治るはずもないし、時間経過とともに治っていけば御の字、治っていかなくとも進行しなければ幸運、最悪の場合は時間経過でも治療行為でも進行してしまうことすらある。

 そこまで行ってしまったのならば、もういっそしっかりと狂わせ切った方がまだ救いがある。狂気に満ちてはいるものの、完全に狂気に落ちてしまえば正気とのせめぎ合いが無くなる分だけ楽にはなるし、狂気の方向性を決めてしまえば物によっては十分に利用できるようになる。

 

 例えば、狂信。『そういうものだ』と自身が本気で信じてしまえば自身の力が許す限りでそれが真実になってしまう妖怪ならではの方法ではあるが、人間でも時々狂信によって聖人にまで成り上がったり、時に新たな世界まで作り上げてしまう怪物も存在する。

 ……ちなみに、私は以前一度だけあの自己愛の塊の心を覗いてみたことがあるが、あの感情は非常にまずかったとだけ言っておく。少なくとも、好き好んで覗きたいとは思わない。今なら当時の彼を『想起』して自身に憑依させることも可能だろうけれど、あんな格以外の何も持たない怪物をこの身に降ろしたいとは思わない。第六天魔王。大欲界天狗道。自己愛に満ち満ちながらも他者の存在を飲み込みすぎたせいで歪みに歪んだ異世界の最大格。出会う事がまず無いと言う事だけは喜べる。

 まあ、そこまで行かせるつもりは無いし、そんなところまで行ってしまったらいろいろな意味で取り返しがつかないことになるだろうから私も止めさせてもらうが、とにかく彼女たちをどうにかするなら私が白蓮和尚にやった方法では問題が出てくることが目に見えている。

 ではどうするか。あるいはどうもしないのか。

 まず、どうもしないと言う選択肢を取ることはない。せっかく結んだ友好な関係なのだから、ここでそれを揺るがせることをするのはもったいないし、そもそも彼女達の症状なら解決策は無いわけでもない。

 記憶を失わせれば狂気から来る恐怖は鳴りを潜めるだろうし、人格を大小つけて割って小さい方に狂気や恐怖を全部纏めて押し込めれば普段外に出ている人格は綺麗になるだろう。そんなことをしないでも蓋を被せて封印したり、出てくる狂気の量を抑えて少しずつ狂気に打ち勝てるだけの精神を鍛え上げていくと言う方法もある。

 

「まあ、私にできることはこのくらいです。ちなみにおすすめは精神を鍛えていく方法ですね。他の二つは精神を削りますが、最後のものは最終的に強くなりますからね」

「あら、それはとてもいいですね……けれど、お手間では?」

「覚妖怪にとっては大したことはありませんよ。精進出汁でお鍋を作るより簡単です」

 

 ちなみに精進出汁とは、昆布と椎茸から取った出汁を合わせたもの。肉や魚の出汁を使えない場所……つまりはこういった寺院などでよく使われる出汁の事だ。さっぱりしているため、おかゆなどに使うのもいいだろう。

 ちなみに私はおかゆよりも雑炊の方が好きだ。おかゆを美味しく作るより、雑炊を美味しく作る方が遥かに簡単だし手間もかからない。そしてお腹も膨れるし、昨日の夜の残りご飯で作れてしまうから無駄もない。水分も多く酔い醒ましにも最適。そして手軽。

 ……そうそう、雲居一輪と封獣ぬえの話でしたね。一度話に夢中になるとつい脱線してしまうんですよね。

 

 とりあえず、二人の寝ている部屋にまで行く。するとそこには顔を真っ青にしてガタガタと震え続けている正体不明の化身と、口から泡を噴いて動かない尼入道が横になっていた。私が一歩近づくにつれて震えが大きくなったり拭いている泡が小さくなったりしているところを見ると、どうも私の事を無意識のうちに感知してそういった反応を返しているように見ることができる。

 無意識を操るならばこいしの方が適任なのだけれど、私でも無意識に干渉することはできる。二人の額に掌を当て、能力を使う。彼女たちの受けた恐怖の記憶……それを一度隔離して、繫がりを薄くする。思い出しても大きな影響は出ないように調節して、感情をいじる。あまり褒められたことではないけれど、今回はこうしておいた方がいいだろうと判断した。

 そうして感情を制御する手助けをしたら、次にそれらの恐怖を小分けにして小さくしたものをまた別々の部屋に入れていく。一つの感情を飲み込んだら今飲み込んだものより少しだけ強い次の物へ。そしてまた少しだけ強い次の物へと進んでいくことができるように調節しながら層を作り上げていく。

 言うは易く、行うは難し、と言う言葉が存在するが、文字通り。態々壁の厚さを一枚一枚手作りで調節しなければならないというのは非常に面倒なことだし、労力も必要となる。こんなことでもなければもっと楽な方法を取りたいところだ。

 だが、そんな苦労をした甲斐はあったと言えるだろう。私に触れられていただけで分身するんじゃないかと思ってしまうくらいの勢いで震えていた正体不明の化身は顔色が若干悪くなるくらいにまで持ち直したし、噴いていた泡が完全に止まり、顔色が白から薄暗い紫色になっていた尼入道は呼吸を再開し始めた。

 

 ……その元々の原因が私だということを知らなければ私も素直に喜ぶことができたのだけれど……正直に言ってかなりショックだ。そんなに怖がられることをしたつもりは無かったのに、と言うか正体不明の化身の方はあちらから私を殺しにかかってきたというのに、いったいどうして私の方が恐れられているのだろうか。実に理不尽だと思う。

 

 礼を言う白蓮和尚にまたいつか来るということを伝え、私は自宅である地霊殿に向けて飛び立つ。今日はたくさん美味しい物を作って、おなか一杯になるまで食べて、そしてさっさと寝てしまおう。そうしないと私の精神が持ちそうにない。

 

 

 



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31.3 私はこうして仕返しをする

 
 たまにはこんなお茶目なさとりんもいいと思います。


 

 ふと、昔のことに突然腹が立ってきた。具体的には、私のペットに勝手に変な病気のようなものを植え付けた上にそのことについて本人が謝りにくることもなく、なあなあで済ませた上に悪びれもしない。そんな輩がいることに突然無性に腹が立ったのだ。この精神状態は普段の私に比べて少々どころではなく奇妙なのだけれど、今だけはそんな状態にも乗ってしまいたくなっている。中々に強力な能力だと褒めてあげましょう。天邪鬼さん。

 

 と、天邪鬼への『お返し』についてはまた今度考えるとして……今は守矢の軍神への『返礼』について考えるとしましょうか。

 

 ――――――――――――――――――ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……♪

 

 ……と言っても、本格的な呪詛系統は洩矢の祟り神に防がれてしまうでしょうし……やはりここは軽く夢を見させる程度にしておきましょう。

 内容は……『八坂刀売神』や『建御名方』としての名前より『ガンキャノン』として奉られた時の方が得られる信仰が多くてすっっっっっごく複雑な思いを抱きつつそれを誰もが当然と思っているため誰かに相談もできず、洩矢の祟り神が相談に乗ってくれて解決したかと思いきや夜遅くに風祝にそのことについて話をしていて話に混ざろうと思ったら「神奈子の奴、大丈夫かな……?」とか本気で心配そうな声が聞こえて混ざるに混ざれなくなってそれから本当に誰にも相談できなくなって悶々と過ごし続けている間にも『ガンキャノン信仰』がかつての自分の最盛期の三倍以上に膨れ上がって辞めるに辞められなくなり、そしてある日ふと『ガンキャナコ様』と呼ばれて当たり前のようにそれを受け入れている自分に気付いてしまって愕然とした……と言う感じでいいですかね。

 ちょっと神としての存在が揺らぐかもしれませんが、そのくらいなら祟り神の方がカウンセリングなりなんなりをしてガンキャノン化を防ぐでしょう。やらなかったとしても背負う御柱から砲撃できるようになったりする程度の変化くらいしかないでしょうし、問題ない問題ない。

 

 ……あるいは、巷でよくある『プチキャラ化』なるものをさせてみるのも面白そうだ。

 精神状態が体格などにも影響を与える神格。ならば、その信仰の形を全世界の人間規模まで広げてやれば守矢の軍神の体格を自在に変動させるくらいのことは簡単にできてしまう。

 身長30cm、2.5頭身の守矢の軍神……きっと人気が出ると思われますよ? 可愛らしさで。

 ただし、体格が急に変わることから間違いなく転びやすくなっていると思われるため『ドジキャラ』も一緒に付加されることになることでしょうが……起こした異変の内容から見てドジなのは変わりないため大きな問題にはならないでしょう。実際のところがどんなものかは知りませんが。

 

 または、洩矢の祟り神と体を入れ替えさせたり、洩矢の祟り神、あるいは風祝と一時的に合成させてみるというのはいかがでしょう。なかなか面白いことになりそうだ。

 けれど、その場合出来上がりがどうなるかによって被害が大きくなったりすることだろう。

 性格はほぼ軍神のまま、能力が祟り神の物を基本としてさらに強化されていたりした場合、私は出来上がった彼女を止める事はできない。祟り神相手では精神攻撃が聞きにくいのだけれど、それがさらに強化されてしまっていては。本当にどうしようもない。

 元々彼女たちの片方だけで幻想郷のパワーバランスの一角を担える程度の実力があるというのに、それをさらに強化してしまっては面倒なことになる。混ぜるのが風祝だったとしても、元人間の現人神程度の実力であれだけの奇跡を起こせる能力を神としてのポテンシャルで振るわれたりしては本当に目も当てられない。しかも使う性格がガンキャナコ……絶対に渡してはならない者にその能力が渡ることになるわけだ。

 もしも『奇跡を起こす程度の能力』が祟り神の方に行ったら、祟り神は恐らく平穏で自分たちが消滅しない程度の信仰を永続的に得られる状況を作り出してのんびりと生活することだろう。

 もしも幽香さんがその能力を得れば、大好きな花たちに囲まれた幸せな世界を作り出すことだろう。

 もしも白蓮和尚がその能力を得れば、彼女は自分が救いたいと思った相手のためにその能力を使い、ひたすらに祈り続けるだろう。

 もしも八雲紫にその能力があれば、愛する幻想郷がずっと楽園でいられるようにと願うことだろう。

 ……もしも私にその能力があれば、地霊殿に住むみんなが平穏であることを望んで能力を使うだろう。

 妖怪である者、あるいは性質的に妖怪に近いものに能力が渡ればこうして『自分の大切な誰かのために』その能力は使われるだろう。

 しかし、もしもこれがガンキャ……八坂の軍神に渡ればどれだけ世界が混乱する使われ方をされるかわからない。同じように世界の端末である妖精たちや、自然を切り取った形で存在する神にこの力があれば……結果が見えないほど混沌とする。やはり神に渡すべき能力ではない。

 ……実のところ、神ならば『奇跡を起こす』くらいのことはできて当然なのだ。しかし、守矢の風祝のそれは奇跡を起こすことに特化した能力。時に自分の身の丈に合わない奇跡すらも起こせてしまう能力なのだ。

 だからこそ、もともと奇跡と言う形で大きなことを起こせる神にそんな能力を与えてしまっては世界がまずい。と言うことで、この案は没と言うことにしよう。

 

 では次。守矢の軍神の性別を入れ変えてみるというのも面白そうだ。

 今の守矢の軍神は女性神である。しかし、建御名方と言う神は男性神だ。これはどういうことかと言われれば……恐らくだが、『建御名方は両腕を切り落とされている』と言う伝承のせいだと思われる。

 両腕を建御雷に切り落とされた建御名方。しかしその存在を建御名方と同じ場に奉じられていた『八坂刀売神』と同一視されることによって切り落とされた腕を元の形に戻しているのだと思われる。

 ならば、この状態でまた性別を男性に入れ替えてみれば……再び男性神となった建御名方の両腕はどうなることだろう。

『八坂刀売神』と言う神が男性化したものとして、それと婚姻を結んだ建御名方がホモ扱いされることになるなら笑い話で済む。と言うか済ませる。

 だが、『八坂刀売神』が建御名方と完全に同一視されるようになり、その状態でも腕を切り落とされた形になれば笑い話ではおそらく済まない。流石にそうなれば洩矢の祟り神との戦争になる。そんな面倒ごとはご免被りたい。

 そう言う訳なので、別の物を考えてみた。例えば、洩矢の祟り神の伝承を書き変えて『戦争で負けた腹いせに男神に化けて建御名方から八坂刀売神を寝取った』とかそんな一文を書き加えるとしよう。

 そうなった場合、『八坂刀売神』と洩矢の祟り神はある意味では夫婦のような関係になるわけだ。そして洩矢の祟り神の子孫にはあの常識を投げ捨てた風祝がいるわけで……あの風祝が洩矢の祟り神だけでなく、八坂刀売神、つまり八坂神奈子であり八坂刀売神であり建御名方でもある彼女との間にも血縁関係が生まれる事になるだろう。

 ……さて、面白くなってきた。世界の多くの存在の認識を書き換えるのは多少骨の折れる作業ではあるが、できない訳ではない。朝起きたら自分と言う存在への認識がかなり変わってしまっているという恐怖を味あわせてやろう!

 

 ……ついでに私はそうして生み出された神の恐怖で飯が美味い、と。実に効果的で実に生産性のある報復だ。私にしては中々考えられた復讐だと思う。

 

 と言うことで、これを実行する前に―――私に向けて能力で干渉してきた天邪鬼に仕掛け返そうか。能力で男女くらいなら反転させてしまいそうだから、まずは能力を封じ、それから性別を変え、ついでに近くにいるお仲間と親交を深める形にしてしまおう。先に仕掛けてきたのはあちらなのだし、文句は言わせない。言ってきたとしても黙らせよう。

『確かにお前がそうなったのは私の責任だ。だが私は謝らない』……と。初めからそちらが何もしてこなければ私がわざわざそんなことをする必要もなかったのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのだけれどね。

 ああ、そう言えば、洩矢の祟り神にはしっかりと決められた性別と言うものがなかったような気もする。何しろ古代の神だ。男であり女である、と言う矛盾も矛盾としてではなく『そう言うもの』として受け入れられたとしても何らおかしいことはない。男と男でいける口な建御名方とならどちらでもいけるだろう。よかったよかった。では実行、と。

 

 



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31.6 私はこうして対策を立てる ○

 
 更新が遅くなりましたことをここにお詫び申し上げます。ちょっと眠気で死にそうだったので。


 

 さて、ちょっとした仕返しは済んだ。けれど、次はこのようなことが起きないように攻勢防御を作っておくのは悪いことではないでしょう。

 博麗の巫女や守矢の風祝は異変の解決に赴くことが多いのでここに来た時に強制的に追い返すというのはあまりよろしくない。できれば話し合いの上で、穏便に帰って行ってもらいたい。

 対策する相手はほぼ決まっている。地上で最も有名な泥棒。『死ぬまで借りていくZE☆』と言う言葉が決め台詞の、白黒の泥棒。この地霊殿にはいろいろなものがあるということを彼女は知ってしまっているし、もしかしたらここにまで色々な物を『借り』にくるかもしれない。そうされると本当に困るものもあるのだけれど……そうならないために何か考えておかなければならない。

 

 …………無名祭祀書と屍食教典儀、水神クタアトの写本でも作って本棚に適当に入れておけば勝手に気付いて勝手に覗いて勝手に帰って行くだろう。人間としてどうなってからかは知らないが。

 廃人になったりする前に読むのを辞めるなり本を閉じるなり他の魔女に助けを求めに行くなりするだろう。本当に廃人となってしまったら……それは私の責任ではない。危険物の場所に入れておくつもりだし、読んではいけないと言う注意書きも張り付けておけばそれを読んで起きた何らかの出来事は私の責任下から離れることだろう。と言うか、そんな馬鹿のやることにまで責任を取りたくはない。私は苦労人である自覚はあるけれど、できる限りの予防線は張っておくタイプだ。

 こいしが見ることのできないようにちゃんと封印を仕掛けておくようにするし、その封印は博麗の巫女に頼んでおくつもりでもある。封印や結界に関してはやはり博麗の巫女に頼むのが一番だ。次点は八雲紫。

 

 さて、そういうことで今日から私は頭の中に存在する魔導書の写本を始める。人間の鞣し革で作った本に怨念に塗れた人の血で書くのがいいとされているが、私はそんな猟奇的な本を作るつもりはさらさらない。精々人の血液が燃え上がって雲となり、地に降り注いで沼となった場所に生えた地獄の霊樹で作った紙を、地獄の炎ですら焼き尽くすことができなかったらしい人間の髪で装飾し、怨霊となった幽霊から搾り取った霊力をたっぷりと込めた朱墨で書き上げるくらいのものだ。

 結果的に相当猟奇的なものになってしまいそうだ……と言うか、霊樹を紙にした時点で薄黒い染みが浮き出したし、燃え残った髪と爪はまるで初めからその形であったかのように表紙に縫い込まれ、朱墨は血のように赤黒くなってしまったけれど……これはあくまでも材料が悪いのであって私が悪いわけではない。

 そんな猟奇的な本など持って行くこともないだろうけれど、それでも『そういう危なっかしすぎる本が存在する』と言う点だけでも警戒させる材料くらいにはなるだろう。

 ……あの白黒魔法使いがそれに気付くことができれば、だが。

 

 それではこれより、製作に入る。本を自作するのは大変だし、持って行かれるわけにはいかない、と言うか持って行けないような本を作る以上それなり以上に頑丈で力のある本を作らなければいけない。

 『無銘祭祀書』では、手に取った瞬間に奇妙な儀式を行う異形の怪物どもの姿を。『屍食教典儀』では、自身が友人の死肉を貪り食らい、その死体を犯している姿を。『水神クタアト』では、自らの肉体をその存在の召喚材料にして途中で息絶え、今でも完成させるために他者を引き込もうとするナニカの姿を。それぞれ幻覚として見てもらうことにしよう。力があるということを示すためにこうして『持ち主にまで害を与える』系統の呪いのようなものは有名だし、私がその気になって作ればよほど上手な防壁でも張らなければ逃れることはできなくなる。問題はその『よほど』以上の腕を持っていそうな魔法使いがこの幻想郷に何人か居そうだと言うことなのだけれど……それはそれ。実際に読もうとするとさらに強烈になるようにしておけば問題はない。殺意を満載にしておきましょう。

 ……たまには私だって、苛々することくらいある。そういった時などの憂さ晴らしにはちょうどいい。感情はすべてこの本にぶつけ、私自身には残さない。昔はそういった対象がなかったため、夢で色々な相手を襲撃してきましたが……そう言えば、夢で誰かを襲うと次の日には決まってその相手が家から出てこなかったり死んでしまっていたりしたような気もしますが、所詮は私の見る夢。そんな力などあるわけもない。

 とりあえず内でいつまでもぐずぐずと煮えていた感情の多くを作る本に叩きつける。まるで呪詛のような大気が本に向けて吹き付けられ、同時に白時に黒の斑点が浮き出ていた程度の本の表紙が墨に放り込まれたのかと思ってしまうほどに濃い黒へと染まっていく。

 完成すると本から妙な圧迫感のような物が発されるようになった気もするが、恐らくそれも気のせいだ。私がこんな圧迫感を受けたのは世界で最も大きな本を読んでみたいと思って探してみた結果に見つかった巨大な石の本から受けたものくらいだ。あの大きさには驚いたし、上の方は霞んで見えないほど大きかったために妙な圧迫感を感じたものだった。

 だが、私の書いた本は小さい。そして軽い。倒れた時に読んでいたら潰されて死ぬとかそんな心配もなく、いちいち読むために空を飛ばなければならないなどの問題もない普通の本だ。圧迫感など感じるはずもない。

 では次の本だ。『水神クタアト』。雨の日にはなぜか湿り、それでいてカビなどが一切生えない魔導書らしいが……わざわざそんなギミックを仕込む余裕も技術もないのでここはかなり適当にやらせてもらうことにする。原本では人の生革らしいがそんなものを作るつもりは以下略。と言う訳で材料を再利用して、少しだけ水のエッセンスを加えるだけで十分だろう。

 用意した道具を並べ、それらに含まれる水分の一つ一つを媒介に『深き海の神(ダゴン)』を想起して固定する。雨が降っていなくとも湿り続けているのに何故かカビが生えることもなく、しかも普通に文字が書ける上ににじまないという不思議な魔導書が出来上がってしまったが、魔導書ならそれはいつもの事だろう。水に濡れて読めなくなる魔導書と言われると少々笑いが止まらなくなってきてしまう。

 そして最後。『屍食教典儀』。本当ならば以下略。と言うことでこれも一応似せるために紙の繊維の一本一本に『執着』『狂気』等々負の方向に生産的な感情を植え付ける。旧地獄と言うのはそういった感情を持つ存在が多くて助かりますね。

 ただ、これらの本を見られると地獄の閻魔様には怒られてしまうでしょうから保管その他は厳重に。何しろ魔導書で、内容がアレ。プライベートな時、つまり自分の感情に白黒はっきりつけていない時はかなり初心な彼女でも、この本を見たら慌てるより先に仕事モードに入るでしょう。明らかに邪教の儀式書ですしね。屍食教典儀は。

 

 けれど私は気にしない。本棚の近くにある金庫にぽいっ!鍵をかけてそれでおしまい。まあ、罠なのだから問題はない。後で返しに来てくれるのならもっといいけれど、触れたくもないほど怖がるようなら私が直々に取りに行かないと。お燐やお空に取りに行かせるわけにもいかない代物だし、その辺りはもう仕方ないと諦めるべきだろう。便利ではあるけれど別の面から見ると使い勝手が悪いというのは基本的にはどんなものでも同じ。本当にありとあらゆる場所から見て常に便利なものなど存在しない。危険であったり希少であったり、問題点は少し考えるだけでいくらでも出てくる。今回は溜まりに溜まっている怨念を少しばかり使っただけですし、また新しい物を作ろうとすれば作れないことは無いでしょうが……そう言えば、ネクロノミコンを読みたいと言っている方もいましたか。

 ……絶対に作らないようにしましょう。外の世界に存在する不完全な訳本で我慢してくださいな。

 




 
 ※次回からダブルスポイラー始まります。短いですが。


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31.9 私はこうして反撃をする ○

 
『次はダブルスポイラーだ』と言ったな?

 あれは嘘だ。(ズドン!)

 はい、前に二話連続で数無しのを書いたので、その分を書いた方がいいかなと思って先に作りました。次回からはちゃんとダブルスポイラーのはずです。

 それと今回、やや残酷(?)な話があります。嫌な人は今回は読まずに次回からどうぞ。
 また、昨日は投稿が遅れてしまいました。九月二十一日の六時ごろにその分が投稿されていますので、まだ見ていない方はそちらからどうぞ。


 

 仕返しを終了させ、防犯用の対策を済ませた。次は、既に私に何かしでかしてくれた相手への反撃を始めよう。

 お相手は天邪鬼。本名を『鬼人正邪』と言う彼女。つい最近、私の意識をやや荒事を好む方に向けてくれやがりました嘘吐きの鬼。とりあえず―――勇儀さんと萃香さんに居場所を見つけたと報告し、ついでに私の現状を伝えて討伐願を出しておきましょう。

 それから、彼女はどうやら幻想郷を崩壊させようとしているらしい。八雲紫にもそのことを話しておくとしよう。きっとそれなりに痛めつけてくれるだろう。勿論こちらにも私の現状……つまり、私は今少しばかり嗜虐思考に寄っていて、その原因があの天邪鬼にあると伝えておこう。

 

 よし、考えたなら即実行。殺ろう。……まちがえた。やろう。本格的に私の思考が嗜虐寄りになってしまう前に。

 …………嗜虐的になってしまっても、いいんじゃないだろうか? と思ってしまうのは、恐らく手遅れになりかけているのだろうな。ははははは!

 

 

 

 ■

 

 

 

 鬼人正邪は逃げ回っていた。存在しないはずなのにその場に間違いなく存在する何者かから、全速力で。

 

 見渡す限りの場所に存在する、人に近い形をしながらけして人にはなれないそれ。その姿も様々で、まるで獣のような姿を持つ腐敗した姿の人間。魚と混ぜ合わされたような形の人型。まるで子供のような体格の黒い肌の人間のような存在。そんな者たちが周囲に数多く存在している。

 空には馬の顔をした蝙蝠のような翼を持つ鳥と、黒い肌で顔のない怪物。そしてぬらぬらと緑色に鈍く輝く液体を纏った菌類のようなものが大量に飛び回って自分を探している。

 川には黒々とした粘液のような肉塊のような存在が混じって監視され、時に自分の足元には人間の顔をしたネズミが這いよっては大声をあげて自分の居場所を周囲の怪物達に教える。

 数は力。自分がやろうとしていたように、弱者に力を与えて数で押しつぶそうという策を、強者が率いる敵に先にやられてしまう。あまりに多い敵の数に自分は隠れるのが精一杯。なんとか逃げ回り、相手の向かう方向を逆転させ、隠れ潜む。

 

『ミツケロ』

『コロセ』

『サガセ』

『コロセ』

『ドコダ』

『ドコニイル』

『コロセ』

『ミツケロ』

『サガシダセ』

『イナイ』

『サガス』

『コロセ』

『ドコダ』『コロセ』『ダガセ』『ミツケロ』『ドコニイル』『コロセ』『ハヤク』『ドコダ』『コロセ』『コロセ』『イナイ』『ハヤク』『イナイ』『ミツケロ』『ドコニイル』『ドコダ』『コロセ』『ハヤク』『コロセ』『サガシダセ』『コロセ』『ドコダ』『ドコダ』『コロセ』『ミツケロ』『ハヤク』『コロセ』『ミツケロ』『コロセ』『ドコダ』『サガシダセ』『イナイ』『ミツケダセ』『コロセ』『ドコニイル』『ミツケロ』『ハヤク』『ドコ』『サガセ』『サガシダセ』『コロセ』『ドコニ』『ミツケルノダ』『サガシダスノダ』『ナニヨリハヤク』『ハヤク』『イナイ』『コロセ』『イナイ』『ミツケロ』『コロセ』『ハヤク』『サガセ』『ハヤク』『コロセ』『ミツケロ』『ハヤク』『コロセ』『ドコニ』『ハヤク』『ミツケロ』『イナイ』『ハヤク』『ドコダ』『ミツケダセ』『ドコニイル』『イナイ』『サガセ』『コロセ』『コロセ』『ハヤク』『コロセ』『ドコニイル』『ハヤクシロ』『イナイ』『コロセ』『サガセ』『ハヤク』『コロセ』『ハヤク』『ハヤク』『ハヤ―――――

 

 

 

『『『『『『『『『『ミツケタ(●●●●)』』』』』』』』』』

 

 

 

 ぎょるん、と奇妙な擬音と共に、自身に無数の視線が向けられているのを感じ取った。直後、周囲から人間が出せるはずのない奇妙な音で構成された人間の言語が聞こえてくる。

 

『ミツケタ『ミツケタ『ミツケ『ミツケタ『ミツ『ミツケ『ミツケタ『ミツケ『ミ『ミツ『ミツケタ『ミツケタ『ミ『ミ『ミツ『ミツケタ『ミツ『ミツケ『ミツケタ『ミ『ミ『ミツケ『ミ『ミツケタ『ケタ『ミツ『ツケタ『ミツ『ツケタ『タ『ミ『ミツ『ミツケ『ケタ『ミツ『ケタ『ツケ『ミ『ケ『ツケタ『ミツケタ『ミ『ケタ『ツケタ『ミツケタ『タ『ミ『タ『ミツケ『ツケ『ミツケタ『タ『ミ『ミ『ミツケ『ミ『ミツケタ『ケタ『ミツ『ツケタ『ミツ『ツケタ『タ『ミ『ミツ『ミツケ『ケタ『ミツ『ケタ『ツケタ『タ『ミ『ミツ『ミツケ『ケタ『ミツ『ケタ『ツケ『ミ『ケ『ツケタ『ミツケタ『ミ『ケタ『ツケタ『ミツケタ『タ』

 

 ざわざわと周囲に音が満ち、全方位が異形の軍団に囲まれる。蛇の頭をした人間のようなもの。腐っている歩く死体。魚のような顔の人間のようなもの。黒い肌の矮躯の人型。ブンブンと虫のような音を出しながら飛ぶ鋏を持った奇妙な生き物。黒く泡立つ粘液のようなもの。硝石の結晶を全身に張り付けた馬面の鳥。翼竜と蜂を掛け合わせたような奇妙な生物。冷気を振りまく小さな蛭のような物の群れ。人の顔を持つ鼠。青みがかった脳漿のようなものを纏う犬。顔のない黒い肌の悪魔のようなもの。吹雪を纏った純白六腕の獣。十の足を持ち黒光りする毛を持つ虫。眼のない烏賊のようなもの。

 妖怪として今まで生きてきて一度も眼にしたことのないそんな怪物たち。そしてわかるのは、そうして今目の前にいる存在はすべて妖怪ではないということだった。

 

 神でなく、妖怪でなく、悪魔でない。しかしこのような異形の存在がまともな存在であるという事こそあり得ない。現実に存在しないはずのものが存在するという事実に、正邪は心の底から恐怖した。

 そして、異形の一つがその手に付けた奇妙なものを正邪に向けると―――何かがそれから発射され、正邪の腹部を貫いた。

 

 そこからはまさに一瞬のこと。その出来事が開始の合図だったかのように、集った異形が正邪のその体を食らい尽くさんと襲い来る。

 幾筋もの閃光が四肢を貫き、腐った異形が肉を食み、虫がその鋭利な刃で肉を削ぎ落とし、無数の怪物がそうしてできた肉を食らう。

 

 しかし、正邪に終わりが訪れることは無い。何度四肢を捥がれようと、何度首が胴と別れようと、まるで時間が巻き戻ったように、あるいはその場で身体が新しく作り直されたかのように、何度でも元の形に戻り、何度でも化物にその肉を食われてしまう。

 その光景はまるで地獄の責め苦のよう。幾度死のうと蘇り、幾度壊れようと直され、幾度も幾度も幾度も幾度も責め苦を味わわされる。まさに、今の正邪の状態を的確に表していた。

 

 そんな中で、一人の少女が現れ、正邪の髪を乱暴に掴んだかと思うと髪が千切れるのも構わず乱暴に頭を引き上げた。

 

『……まだ、意識があるんだ? 早く全部無意識に堕ちちゃえば楽になるのに』

 

 少女は乱暴に正邪の頭を地に叩きつけるように押し付け、指に絡まったままの何本もの髪を穢らわしい物を触れたと言うかのように何度も近くにいた純白六腕の獣の毛で拭う。

 

『もっと』

 

 その少女の言葉で異形による残酷極まりない調理と食事が再開される。いつの間にか蛍のように輝く炎の精が現れ、正邪の身体を一部焼き焦がす。そんな光景を視界に入れながら、白の混じった黄緑色の髪をした少女は、そこに居た蜂と翼竜を混ぜたような異形の背に座って足をぶらぶらと揺らしていた。

 

『ほんと、お姉ちゃんの思考をあんな方向に弄るとか、害しかないことを平然とやってくれるよね。面倒なことばっかりしてくれてさ。

 ……まあ、そういう時のために私はこうしているんだけどね』

 

 無意識を操る少女は、姉の記憶の中に存在しながらも現在は意識されていない怪物を使い、姉が正邪に意識を向けると同時に正邪の無意識領域に異形の怪物を流し込んでいた。正邪が逃げ回っていたのは自らの意識の中であり、逃げ場など初めからどこにも存在していなかった。

 

『大丈夫だよ。ちゃんと記憶には残らないようになっているし、ここでは何回壊れちゃってもすぐに直るから。でも、怖い思いはいつまでもいつまでもいつまでもイツマデモイツマデモ残るから、警告にもなってるの。便利でしょ?』

 

 可愛らしく笑いながら、少女は嗤う。

 そして、その笑みを変えないままに囁いた。

 

『次はないよ。お姉ちゃんは優しいから許しちゃうかもしれないけど、私は絶対に許さないから』

 

 果たして、その言葉が正邪に届いたのかはわからない。未だに肉を削ぎ落とされ、四肢を捥がれ、焼かれ、刻まれながら食われ続けている彼女は、そんな声を聞き取る余裕もなかったかもしれない。

 その結果は、後の異変で現れることになるかもしれない。だがそれは、今はわからぬ未来の話。古明地こいしのひっそりとした姉孝行は、こうしてひっそりとおこなわれたのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「おねーちゃーん♪」

「あら、こいし? どうしたの?」

「ん~? えへへ……♪」

「……相変わらずよくわからない子ね。ほら、おいでこいし。撫でてあげるわ」

「わーい!」

 



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ダブルスポイラー
32 私はこうして天狗を迎える


 

 今日は騒がしい一日になりそうだ、と言うのが起きたばかりの私が感じた感想だった。

 天狗がネタを探して飛び回り、様々な場所を回っている。つい最近の私を思い出すその行動に少し面白みを感じて笑みが浮かぶ。

 今回は、どうやらこれまでの異変に出てきた場所に赴いてはその場にいる者達の写真を取っているようだ。あの新聞記者は本当に色々と駆け回るのが好きらしいが、もう一人。動いている新聞記者がいるようだ。

 

 姫海棠はたて。引きこもり気味な念写記者。『花果子念報』と言う新聞を発刊しているようだが、念写と言う形態をとっているが故に発刊が遅く、新聞を出すころにはもう誰もがそのことを知っているという状態になってしまっているようだ。

 勿論そんな新聞を取ろうと思う者がいるわけもなく、本当に零細の新聞となっているらしい。

 

 それで、なぜ騒がしい一日になるだろうと思うのか。それは、私のもとに射命丸文と引きこもり気味な念写記者の二人がやってこようとしていることを感じたからだ。

 私の能力は制御していてもそれなりに広い範囲の心の声を聞き取ることができる。地霊殿だけでなく、地底全土。そして地上にまで私の能力は効果を及ぼし、そうして得た心の声から面白そうな内容を集めることができている。

 集めた心の声からそうした情報を得たので、とりあえずおもてなしの準備を整えておこうと思う。内容自体はそこまで大したものではないのだが、はっきり言って煙たがられている新聞記者を相手にするならこのくらいでも十分だろう。

 まずお茶。それから彼女たちの好きなお菓子。人里のとある店で出される羊羹が好きだったはずだけれど、もう片方の天狗の好きなものは私は知らない。と言うか、引きこもり天狗の好きなものは基本的にいつでも買えるものばかり。用意しておく意味もない。

 と言う訳で、もう片方にはお茶だけ用意しておこう。引きこもり仲間ではあるけれど、向こうはそのことを認識していないようだし、それにどうやら色々と『面白い』写真を撮っているようだし。

 

 さて、そう言う訳で準備は整った。お燐に二人の案内をお願いして、私はしばらくのんびりとしておこう。お酒を用意していないのは私なりの気遣いなのだけれど、気付くだろうか。気付こうが気付くまいがどちらでも構わないのだけれど、正直に言って少し眠い。昨日まで白黒の泥棒鼠への対策として作った魔導書の四冊目を書き上げていたから精神的に疲れた。やはり写本と言うのは疲れる作業だ。

 そしてできあがったこの本……螺湮城本伝は今まで書いた三冊と同じように金庫に大切そうにしまっておこう。大切かどうかと聞かれれば実のところそうでもないのだが、まあとりあえず写しとは言え自分で書いた初めての本だ。こうして大切そうに取っておいても問題らしい問題はないはずだ。問題があるのならば聞こう。何が問題だ?

 

 ……四季さん辺りには普通に怒られそうだ。私にも自覚があるから白黒はっきりつけられたらまず黒になるだろうし、しっかり隠しておかなければいけない。

 最悪四季さんに想起して一時的に常識あるいは認識を書き換えて問題の本を問題ではないものだと思ってもらう事もできる。四季さんの能力は四季さんの認識が元になっているはずだから、まず問題なく誤魔化せるだろう。本当に誤魔化していい物かは知らないが。

 本当は知っているだろうと? さて、何の話やら? ここで『知らない』などの言葉は言わないこと。そうしないと白黒はっきりつけられた時に()だと知られてしまう。曖昧こそが彼女に対して最も有効な策なのだ。

 勿論四季さんが本気になれば簡単に白黒はっきりつけられてしまうのだけれど……そういう時こそ言葉遊びが重要になってくる。嘘ではなく、間違いでもない。事実を言っているとは限らず、真実かどうかもわからない。そんな言葉遊びはやっぱり彼女のように能力に頼ってばかりいる閻魔には十分な効果が見込める技術だったりする。

 

 ……どうやらそうしている間に来たようですね。幻想郷最速の文屋、射命丸さんが。

 さあ、しっかりきっちりおもてなしいたしましょう。大したものはありませんけどね。

 

 

 

 ■

 

 

 

 あらゆる場所を飛び回り、ネタを拾う。今日もまた様々な場所を飛び回る。今までは地底に来てもあまり深くまで行くことは無かったのだけれど……今日の私は一味違います。

 目的地は地霊殿!取材の相手はその主である古明地さとり。……ちょっと色々あったせいで苦手な相手ではあるけれど、あの時の声の記録は消してもらえたからそこまで悪い関係ではない……はず。少なくとも、相手をする時にいつまでもいつまでも同じ貸しについて口に出したりはしないだけの理性と言うか、限度をしっかりと弁えることができる相手だ。気のいい……と言うか、強欲過ぎないがしっかりしている商人のような気質で、信用するには十分だ。信頼するにはまだ時間が足りないが、それは何事においても同じだろう。信頼するのにはいろいろと必要なものがあり、大概の場合はそれを持っているわけもない。

 まあとにかく、それなりに信用でき、ついでにこちらが無茶をしなければあちらも無茶なことはしてこないだろうと言う信用くらいは互いに持ち合わせているつもりだ。

 私が妙な内容の記事を書けば、恐らくそれを知った彼女は私にそれなりの報復をしてくることだろう。どんな内容になるかはわからないが、かつて鬼の四天王である『力の勇儀』を真正面から下し、伊吹萃香さんに『できれば霧の状態では二度と近付きたくない』とまで言わせる存在。そんな相手を怒らせるような愚かなことを私はしないだろうと、さとりさんも理解しているはずだ。

 だからこその、信用。お互いにある意味で相手を尊重し合っているからこそ行うことができるやり取り。舌戦や交渉を円満に終わらせるためには、お互いにある程度の前提条件のすり合わせが必要となる。その前提条件を理解しないまま自分の求めるものだけをどんどんと要求していっては、その関係はあっという間に破綻してしまうことだろう。

 それは恐らくお互いに望まない。私はある程度の面白さを犠牲にしてでも彼女の記事にでたらめを載せることはしないようにするし、彼女は多少面倒でもよほどのことがなければ私の取材を受けてくれるだろう。

 

 ……問題は、取材をしようとしてそこに鬼がいた場合なのだけど……お酒を勧められて酔い潰される未来しか見えない。それを回避するにはスニーキング……つまり隠れて移動する技術が必要になってくるわけですが……なんとかやってみるしかありません。

 先に鬼の皆さんがどこにいるかを確認できればいいのですが、探して飛んでいる時に先に見つけられてしまっては元も子もない。

 お酒は好きですし、結構飲む方ではあると言う自覚はあるのだけれど、鬼の皆さんと比べると……比べるのが間違いではある程度には弱い。

 有名な所で言えば、先ほども挙げた伊吹萃香さんや星熊勇儀さん。かつて妖怪の山において四天王と呼ばれた四体の鬼は、そのうちの一体しかいなくとも天狗の殆どを殺し尽くすことができる。それだけの実力があるからこそあの四体の鬼は四天王と呼ばれるに至った訳で、そもそも強く存在することが当然の鬼の中で、四天王などと名乗ることが許されると言うだけで、他の鬼との力の格差が知れるというものだ。

 

 ……そんな鬼に勝てている覚妖怪に会いに行く……これは確かに相手を最低でも『信用』していなければできない行動だろう。数居る鬼の中でも頑丈さにおいては鬼子母神に次ぐとすら言われた星熊童子を、真正面から無傷で倒すことのできる相手。覚妖怪とは確か心を読む以外は人間とそう変わらないか、秀でていても下級の猿妖くらいの身体能力しか持っていないはずなのに……彼女は本当に覚妖怪の枠組みに入れておいていい相手なのでしょうかね?

 それにしても、鬼の四天王のうち力の星熊、酔の伊吹に勝利して見せた彼女ですが、残りのお二方との戦いは無いのでしょうか? もしも戦ったことがあるのでしたら、是非ともその時の様子を聞いてみたいものです。

 星熊様や伊吹様は古明地さんとの勝負について語ろうとはしてくれません。理由について『約束だから話せない』と笑いながら言ってくださると言うことはしっかりと鬼の好くような卑怯なことの一切ない戦闘をしたのだろうけれど、内容についての細かいところは一切話してくれませんし、勝敗自体も話そうとはしません。まあ、勝敗と実際に戦ったかどうかは鬼の方々が約束だから喋らない、と言っている時点でわかってしまうのですが。

 

 と、考えている間に、どうやら到着したようです。風を使って声を聴いてみましたが、中には鬼の誰かがいたりはしないご様子。これはチャンスですね!

 私は扉の前に降りて服を正す。礼儀をしっかりとするには、まずは服装から正さなければいけない。

 そして呼吸を整え、髪を撫でつけカメラなどの取材道具を一度懐にしまってから扉を叩く。

 

「はーい、どちらさん?」

 

 そんな声と共に開かれた扉から覗く火車に、私は全力で作った笑顔を張り付けていった。

 

「こんにちは!清く正しい射命丸です!ちょっと取材させていただけませんか?」

「あ、はいどうぞ。さとり様から『多分そろそろ来るから通しておいて』と承っています」

「そうでしたか。それはどうもありがとうございます!」

 

 ……昔に聞いた話では、彼女の能力の効果範囲はそう広くなかったはず。いったい、今はどこまでその能力の有効範囲は広がっているのだ?

 そう考えながらも、私は笑みを崩さず、地霊殿の中を歩む火車の後について歩くのだった。

 



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33 私はこうして天狗と話す

 

 射命丸文。彼女は天狗らしく、実に計算高い。自分では勝てない相手と勝てる相手を相性込みでかなり細かく察知できるようで、しかしその結果を態度に一切出すことなく他者と触れ合うことができると言う才能の持ち主らしい。

 そんな彼女は今、私の目の前でニコニコと笑顔を浮かべている。要件自体は私が心を読んだ時と変わらず、私に対しての細かな取材。最近になって変わったことはないかと言う話や、色々な出来事についての話を聞きに来ただけ。

 他の誰かにやったような無理矢理な写真撮影などは無く、あくまでもお互いの口から出た言葉だけを基準にした話し合いを続ける。

 洩矢の祟り神との話し合いの時とは違い、険悪な空気は何もなく、私も相手の心の中から情報だけ吸い出してそこから口に出した言葉と擦り合わせて相手の言いたいことと言いたくないこと、伝えたいこと、伝えなくてもいいこと、伝えたくないことなどを割り出して一番効果的な時にそれを知っていることを明かしたりする必要がない。とても気楽な、けれど本当に何でも明かすわけにはいかないと言う微妙な距離感。鬼の方々はまどろっこしくて嫌いだと言うだろうけれど、私のような基本が根暗な妖怪にはこういったやり取りの方が性に合っている。

 

「さて、それで……私の心の中を読んだのでしたら私が何の用でここまで来たのかはもうお分かりですね?」

「勿論です。……しかし、心を読んで手早く済ませるのも嫌いではありませんが、会話を楽しむのも楽しみ方の一つなのですが」

「あややや、それはそれは申し訳ないことをいたしました。覚妖怪と言うのは心を読むのが当たり前であり、こちらの思考と会話をするような方だと思っていたもので」

「確かにそういう者も多くいますね。むしろそちらの方が主流と言えます。ですが、それだと味気ないのですよ。会話を楽しむと言うのは一種の娯楽のようなものでして。可能であれば私の娯楽にお付き合いいただければ幸いです」

 

 ……これでいい。私は記事になりそうな内容の話を彼女に提供し、彼女はその代金として私の娯楽である会話に付き合う。少なくとも、彼女の中ではそういう形に落ち着いたはずだ。

 実際にその通りだし、何も間違ったことは無い。私は基本的に会話することが好きだし、他心通などを持たない存在がこちらの思考を論理や技術で読み解こうとしながら行われる舌戦などは大好物だ。実に好ましい。

 その理由は簡単。私との会話で生まれた感情は私が食らい、力とすることができる。その時の感情が苦悩と煩悶の先に生まれた物であったり、ひたすらに練り上げられた物であればその味は素晴らしいものとなる。

 相手が知ろうが知るまいが、私の事だけを考え続けた結果として生まれる感情は、その作り手がどれほど未熟な存在であろうともその味を素晴らしく上質なものに変える。

 恐怖、悲哀、憤怒、憎悪、嫌悪、殺意、狂気……どれもこれもが非常に美味なものになる。

 ただ、私の記憶の中に存在する彼ら、あるいは彼女らによって齎された狂気や恐怖は私宛ではなく彼らあるいは彼女らに対して贈られた物であるが故にそこまで美味に感じることは無い。

 そう言うこともあって、私は会話をするのが好きだ。娯楽でありながら食事でもある。実にいいものだ。

 

「……さて、それでは最近、貴女の周りで何か変わったことなどはありませんでしたか? できれば大き目のスクープがあってくれるとうれしいのですが」

「残念ながら、大きな事件と言うのは中々起きないからこそ大事件なのですよ。最近この近くであったことと言えば、精々勇儀さんがフリルやらなにやらの沢山ついた可愛らしい服を身に纏っていたのが非常に似合っていたとか、伊吹童子が昔付き合っていた相手の名前を寝言で呟いていたのを聞いてしまったけれどその相手の居場所を知りつつ教えないでいるとか、お空が自分の卵で卵かけご飯をしていたとかそのくらいですよ。ああ、ちなみに鬼のお二方については知ってしまったことを彼女たちに知られれば間違いなく縊り殺されると思いますので気を付けてくださいね」

「記事にできる内容の物をお願いしますよ!なんで記事にもできない上に命の危機を呼び込むような内容をさらりとぶちまけてくれやがりますか!?」

「スクープでしょう?」

「そうですけど!もう少しこう大人しい感じのをですね!?」

「では、土蜘蛛が地底のアイドルとしての活動を始めようとしているという話はご存知ですか?」

 

 やはりと言うか記者。ネタになりそうな話題を見付ければ即座に文句などを全てしまい込んでメモ帳に走り書きを始める。けれど、恐らくこの話題は記事にはされないだろう。地底のアイドルと言ってもあくまで地底限定。地上ではそんなことを気にするものなんて存在しないだろうし、よしんば存在を知っていたとしても多くは地底に来ようとはしない。

 そのことに気付いていたとしても、一応ネタとしてメモは忘れない。もしかしたらいつか使えるネタに成長するかもしれないし、ちょっとした記事の飾りつけくらいには使えるかもしれないという思いがあるらしい。

 

「後は……そうですね、美味しいお酒を造る店があるんですけど、そこの店主がまた新しい物を作ろうとしているようですね。幻想郷が閉じられるよりも以前、日の本と呼ばれたこの国にはなかったお酒のようだけれど、美味しいかどうかはわからないわ。自分で試してくるといいでしょう」

「ふむふむ、やはりさとりさんのところは情報が早いですね。これも心を読むことができるからでしょうか?」

「噂を聞いて、ちょっと出かけて、裏付けを取る。簡単に裏付けを取ることができるのは楽でいいんですが、代わりに噂話自体はあまり集まってこないんですけど」

 

 心を読む妖怪に近付きたいと思う者はあまりいない。心を読まれることに嫌悪感を感じたり、あるいは恐怖したりする。目の前にいる天狗と同じように。

 ただ、彼女はそういった感情を表にはあまり出そうとしない。勇儀さんのように大して気にしないのではなく、気にしていながらも隠すことに長けているという印象を受けた。

 こういう方は内側に鬱屈とした感情を湛えていることが多いのですが、彼女はどうなんでしょうね? 堪えているのか、それとも上手いこと受け流したり発散したりしているのか……白狼天狗……悪戯……もふもふもみもみ……後者で確定ですね。

 セクハラされても山の力関係のせいで訴えることもできないとは、白狼天狗と言うのも不便なものだ。私に助けられることなど何もないが、彼女はもう少し自分の行いに責任を持った方がいいかもしれない。

 寂しがりの犬を構い、餌をあげて、そのまま放置すると言うのは……犬の方から見れば『生殺し』や『釣った魚に餌をやらない』と言うように感じられていることだろう。ペットの面倒が見れないなら、初めからペットを飼おうとなんてしては駄目ですよ。

 

「むぅ……けれどこれはスクープと言うには弱いですねぇ……」

「では閻魔の寝言ポエムでも載せますか?」

「なんでそう大人しいのとやばいので差が激しすぎるんですかね!?」

「それが駄目なら天魔さんの昔の武勇伝でもいかがです? 有名なだけあって色々な伝説や伝承が残っていますよ? 一部は新聞に載せていいものか迷いそうですが」

「何を知っているというのですか貴女は……」

「まあ、色々と。これでもそれなりに長く生きていますからね。有名な話ならば黙っていても記憶と言う形で入ってきますし、夢と言う形で思考に介入すれば欲しい記憶を取っても来れますし」

「おぉう……なんだか聞いちゃいけないことを聞いちゃった気が……」

「ばれたら妖怪の山で村八分ですかね」

「あややややややや!? それは困ります!本当に困っちゃいますよ!?」

 

 ……まあ、実際にはそんなことにはならないだろうけれど。彼女自身が天狗の中でも非常に強力であり、その上本人は知らないだろうが愛宕山太郎坊のかなり近い血縁。そんな相手を天狗社会で村八分になんてしたら、子供であり続ける太郎坊が嬉々として喧嘩を挑みにやってくるだろう。

 妖怪の山の天魔が第六天波旬であるのならばともかく、ただの天魔では……あの神殺しの原初の炎をどうこうできはしない。天魔が女性であるならばそこにも特攻が付くだろうが、幸運なことに天魔は男性。死なずに済む可能性も高い。

 

 まあ、そう言う訳で大丈夫でしょう。問題なく新聞は作れるはずです。

 ……私が作った四冊の本などに関しては、黙っておきましょうか。見つかったところで何もいいことなんてありませんしね。

 



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吸血少女は家を出て、道半ばにて鬼と出会う

 

 お姉さまは私を外には出してくれない。だから私は行きたいところに行けないし、ちょっと出かけることもできない。

 あの日から、ずっと私はさとりお姉さまのいる地底に遊びに行きたいのに、結局一度も行けていない。

 ……だいたい、お姉さまは心配が過ぎる。さとりお姉さまはあんなに優しくていい人なのに、危ないからだとか私が壊されてしまうかもしれないだとか色々と理由をつけて私を部屋から出してくれない。

 

 ───だから、私は自分で外に出ることにした。パチュリーは壁をとても壊しにくくしたし、今までは屋敷の中に入るために扉ばかりを壊してきたけれど……今の私が目指すのは外。それも地上ではなく地底。この場所が地下にあると知っているなら、外に出るために地下に向かうなんて事はしないだろうけど……今回はそれがちょうどいい。

 私は床の端っこ……ベッドの置いてある場所の下にある床の『目』を掌の上に引き寄せる。壁やドアに比べてずっと簡単に引き寄せることができたそれを、優しく、パチュリー達にも気付かれないようにゆっくりと握り潰した。

 そこにできたのはきれいな丸い穴。私一人なら余裕を持って入ることができるけど、私が二人いたら一緒に通ることはできないくらいの大きさで、ずっと深くまで穴が開いている。

 ……でも、風が通ることはないみたいだからまだ繋がってはいないみたい。

 もう一度、同じようにずっと下まで穴を開ける。何回か繰り返して、地底まで繋がって風が通るようになるまで繰り返した。

 

 綺麗に穴が開いたら、私はその穴に飛び込む。ベッドの下にある穴だし、ちゃんと隠れてるから大丈夫。

 この穴を見付けるならベッドの下に潜り込まなくちゃダメな場所にしておいたし、魔法で探される時には私の魔力を探ったり、転移なんかの魔法の痕跡を探すのが最優先になるから、私がここに来るまでの魔力の残滓を壊しておけば私を追いかけてくるには遠見の魔法でちょっとずつしらみ潰しに探すか、占いで大体の場所を見つけてから遠見あるいは自分達の足で探すかのどちらかしかなくなる。

 まあ、そんな方法にしても簡単に見つかってあげないけどね。見つかったら帰らなくちゃいけなくなるし!

 

 深い深い深い深い穴を降りていく。いつまでも落ち続けているのはなんだか変な感覚で、いつもならこんなに落ちたら地面にぶつかっちゃうのに全然ぶつからなくてちょっと面白い。

 ずーっと降りて、降りて、降りて……突然視界が拓けた。

 

「───わぁ……!」

 

 太陽の光が入ってこない場所だけれど、色々なところに明かりがついている。

 小さな緑色の光が集まっているように見える場所。オレンジ色の揺らめく光が集まっている場所。光が届かず、真っ暗な場所。まるで星空のようで、なんだかとても綺麗に見える。

 緑色の光の場所には人の形をした誰かは殆ど無いけれど、代わりに揺らめくオレンジ色の光の集まった場所には沢山の人型が見える。

 あそこにみんな住んでいるのかな? それとも、咲夜がよく行く人里みたいにお店がいっぱい並んでるのかな?

 

 私は初めて見る地底の光景に引かれ、賑やかそうな灯りの場所に降りていく。メイドたちを全員集めても、きっとこんなに多くはないだろうと思えるくらいの数の妖怪。強そうだったり、弱そうだったり、弱く見えるけど強そうだったり、沢山の妖怪たちが眼下で色々なことをしているのを眺めるだけでも少し楽しくなってくる。

 

 私が見たことがあるのは、吸血鬼のお姉さまと魔女のパチュリー、悪魔である小悪魔に人間である咲夜に妖精メイドたち。あと妖怪であることは確実だけど何の妖怪なのかは知らない美鈴。それからうちにやって来た巫女と白黒の魔女くらいだ。

 そんな私にとって、こうして妖精でも人間でもない妖怪たちが沢山過ごしている景色と言うのはそれだけでとても楽しいし、顔や服装の違いだけでも見ていて飽きない。

 

「そんなに楽しいかい?」

「うん!私、こんなに沢山の生き物を一度に見るの初めてだわ!」

「そうかいそうかい。見ない顔だから何しに来たのかと思ったんだが……観光かなにかかい?」

「さとりお姉さまに会いに来たんだ!」

 

 声の聞こえた方に顔を向けながらそう言うと、その妖怪は少し不思議そうに首をかしげた。

 

「……おかしいね。あいつに妹は一人しかいなかったはずだが」

「だってさとりお姉さまは優しいんだもの。お姉さまって呼びたくなっちゃったからさとりお姉さまなの!」

「ふむ……」

 

 真っ赤な角を一本生やしたその妖怪は、片手に大きな器みたいなものを持ったままもう片方の手を顎に当てて考える。数秒後、何かを思い出したと言うように私を指差した。

 

「もしかして、お嬢ちゃんは『フランドール』って言わないかい?」

「? そうだけど……あなたは?」

「ああ、そう言や名乗ってなかったね。私は星熊勇儀。一応、鬼の四天王なんてものをやっている」

「ふーん、そうなんだ……私はフラン。フランドール・スカーレット。フランでいいわ」

「そうかい。じゃあフラン。今から私がさとりのところまで案内してやるよ」

「!ほんと?」

「勿論。鬼は嘘は言わないよ」

 

 にかっと笑った勇儀は、そう言って私に背中を向けて人気のない大きな館に向かって飛び始めた。きっと、あそこがさとりお姉さまの言っていた『地霊殿』と言う場所で、さとりお姉さまが私を待っていてくれる場所なんだろう。

 私は胸のどきどきを隠すことなく、ゆっくりと飛んでいく勇儀の後をついていくのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「……射命丸さん。どうやら今回はこのあたりでお開きにして、早めに地上にお帰りになった方がいいようですよ」

「あやや? なにかあったのですか?」

「勇儀さんがこちらに向かっています。半戦闘態勢で」

「…………はい?」

 

 どうやら彼女の意識が今の情報を素直に受け入れるのを拒否したようだ。だが、私はそんなのは知らないともう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「勇儀さんがこちらに向かっています。半戦闘態勢で」

「…………今の話、マジですか? 聞き間違いじゃなければ、鬼の四天王の一角、『力』の勇儀さまがこちらに戦闘態勢で向かってきているという突拍子のない話を聞いた気がするのですが……」

「『半』戦闘態勢です。いわゆる『火が付いた状態』と言ったところでしょうね。収めるには喧嘩で発散させるかあるいはお酒か美味しいご飯か……天狗を見たら間違いなくお酒に付き合わされると思いますので、できるだけ早めにかつ気付かれないように遠回りして地上に帰ることをお勧めしますよ」

 

 ……と言っても、今ではかなり急がなければ時間切れが近いのだけれどね。

 鬼の視力は非常にいい。地平線や水平線に隠れてさえいなければ、いくつかの惑星の表面の模様くらいなら簡単に見極めることができる。まあ、絵心があるかどうかは別だからそんな視力は活かされることが少ないし、活かされる時の多くは宴会などで新しい客を招き入れようとする時くらいだ。

 

 しかし、どうやら彼女はこの話題に耐え切れなかったらしく、しばらく耳の調子を整えているかのようにとんとん、ぐりぐりと耳を叩いたり小指を穴に突き入れたりしながら溜息をついていた。

 溜息をつきながらも流石は記者、自分に必要なものと不要なものを分け、ただひたすらに必要なものばかりを持って逃げだした。

 記者の命ともいえるカメラにネタ帳。そして財布に、本人は知らないようだが太郎坊の生え変わりの羽毛を使って作ったらしい羽扇。大切にする理由などわからないだろうに、それでも大切に扱うのはいったい何がそうさせるのか……わかっていることがそれなりに多い私でも、流石にこればかりは予測を立てることくらいしかできない。

 

 ……それにしても、鬼と言う存在はかなり怖がられているようですね。確かに力は強く、思考回路が相当の脳筋であるがゆえに力任せに物事を進めることが多く、天狗としては普段から使っているあやふやな嘘や『嘘ではないが本当ではない』と言うネタが使いづらくなるんだろう。かなり本気で厄介がられているようだ。

 まあ、自分の十八番をつぶされれば不安になるのもわかりますが、他人がいるからと言ってただただ恐れるだけでは何も進みませんよ。受け入れろ、とまでは言いませんが、せめて多少なりとも相手のことを知る努力くらいはしてもらいたいものですね。本当に。

 

 ……さて、お燐にはもうひと働きしてもらいましょうか。フランさんを受け入れ、相手をし、私の部屋まで通すという仕事をね。

 



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34 私はこうして少女を迎える

 

 いつかの夜。夢の中で戯れにした約束。私はそれを破られたところで怒りはしなかっただろうけれど、少しくらいは残念に思っただろう。

 けれど、今はもうそれを考える必要はない。約束は守られ、フランはこうして地霊殿の門を叩いたのだから。

 

 ……ちなみにだが、勇儀さんが半戦闘態勢でこちらに来ているという話だが、けして嘘ではない。ただ、鬼の皆さんはいつだって喧嘩に入れるようにと起きている時は常に半分は戦闘態勢だ。

 そのことについて細かく説明はしなかったが、私にとっては鬼の皆さんが喧嘩や騒ぎに飢えているというのは常識と言ってもいいことだと思っているため説明はしなかったし、実際に彼らの中では常識だ。『酒と喧嘩は地底の華』とはよく言った物だが、できることなら私が一応形だけとはいえ治めていることになっている地底の華をそんな乱暴なものにしないでほしかったけれど……まあ、鬼の皆さんに言っても意味のないことだと諦めている。仕方ない。

 ……それはそれとして、まるで風のように素早く地霊殿から逃げ出した射命丸さんと、それを追ってこの場を念写することをやめたらしい姫海棠はたて。この二者に一つだけ言っておきたいことがある。

 

 相手の了承を得ない写真撮影は犯罪ですよ。と言うことで───憑依『祟り神・洩矢諏訪子』。

 写真と言う繋がりから呪詛を送る。正確には、写真を撮ると言う呪いにこちらの呪詛をのせて跳ね返す。日ノ本の古き最大神格の権能を扱う祟り神の呪詛はそう簡単に跳ね返せる物ではないし、打ち消せるものでもない。

 ……と言っても、今回の呪詛返しは効果としてはそう高いものではない。『写真を撮る』という行動を一種の封印術……この場合は『写真と言う本人の姿を模した媒体にその相手の魂を封じ込める』と言う呪詛を『人を呪わば穴二つ』と言う概念でもって何十回か跳ね返してから本人に向けただけ。

 呪詛と言うものは、本当に些細なことから相手にかけることができる。知識がなかろうが、力がなかろうが、ただの偶然でもって相手を呪ってしまうことがある。

 身近なところでは、対象者を指差す。それだけでも呪詛として扱うことができる。内容は基本的には軽いものばかりだが、力を込めればそんな軽い呪詛でも十分に効果を発揮する。

 その他にも相手を睨み付けたり、声をかけたり、本当に軽いものでは負の感情を抱くだけでも呪詛になりうる。

 そう言ったことを全て加味した上で最大効率を求めるならば、相手のあらゆる敵対行動を呪詛として扱い、呪詛返しを行えば……まあ、それが可能ならば非常に高効率で事を進めることができると思われる。

 ……実際にはあの洩矢の祟り神がそれを実行していないと言う時点でどれだけそれが難しいかと言うことがわかる。もしも実行するなら『あらゆる呪いを跳ね返す程度の能力』と言うものが必要になるだろうから非常に難しい。

 

 ……話が長くなってしまった。結局何が言いたいかと言うと―――盗撮魔には制裁を、と言うこと。ちょっとした呪い程度の効果だし、天狗ならしばらくすれば治るだろう。元々が呪詛返しと言うこともあってあちらがもし同じように返してきた場合、私ではなく本人にさらに二倍になって襲い掛かっていくようになっているから、大人しく受け止めておきなさい。

 

「……さて、待たせてしまったわね」

「なぁに、構いやしないさ。もし悪いと思ってるんだったら、ちょっと私と一戦やらないか?」

「……まあ、今回の事が助かったのは間違いありませんし、本当はあまりやりたくはありませんが構いませんよ」

「……え、マジ? いまさら『やっぱナシ』とか聞かないからね?」

「ええ。ただ、今すぐは駄目ですよ。お客さんが来ていますからね……ね? フラン」

「さとりお姉さまっ!」

 

 夢の中で一度会ったきりの吸血鬼の少女……フランは、それはそれは嬉しそうに私に飛びついた。あまりの勢いに吹き飛ばされそうになったけれど、一瞬だけ私自身に勇儀さんを憑依させて受け止めた。

 

「……へぇ?」

「また今度ですよ、勇儀さん」

「こんなに私を昂らせておいて放置するのかい?」

「します」

「…………」

「ん~♪」

 

 私と勇儀さんのやり取りを聞いていないかのように……実際に聞こえてはいるけれど認識はしていないらしいフランは私に抱き着いたまま頬ずりをしている。どうしてこんなに好かれたのかはよくわからない。おおよその心の動きを予想することはできても、実際に動くと予想とはまるで違う動きをすることもあるのが心と言うものだ。面倒でありながらも実に面白い。

 フランの心の中は殆どが私に会えたことへの喜びに満たされていた。心の奥底には『こうやってお姉さまに甘えたかった』と言う後悔に似た感情や『嫌われたくない』と言う後ろ向きな感情が無いわけでもないが、それは些細な問題だろう。そういった感情の全てを取り払うなど、よほど徳の高い聖人か何かにでもならなければ不可能だ。そういった本人すらも認知していないような感情まで口に出してしまうようなことは無い。私だってできるだけ他人に嫌われないように努力しているのです。

 読んだ心の内容を口に出して本人に聞かせてしまうのは覚妖怪の本能のようなもの。それを押さえるのに私はどれだけ努力したことか……。

 

 フランの頭を撫でながら、私はすぐ隣にある私が意識することのできない空間に話しかける。

 

「こいし? 居るんでしょう?」

「……お姉ちゃん」

「?」

 

 ふと見てみると、こいしの手は私の袖をつまむように握っている。そしてなんと言うか本人の顔はとても寂しそうで……。

 

「……そう。そうなのね。こいし。今日は一緒にご飯にしましょうか。お客様もいるから、きっといつもより賑やかになるわよ」

「……うん」

 

 ……………………流石に、無意識を読むことはできない。意識から生まれる思考や、意識的に繰り返すことで身体の無意識にまで染みつけた行動などは何とか読めなくもないのだけれど、完全な無意識を読むのは流石に今の私では無理であるらしい。

 もしもこいしの心が読めるようになったら……この関係がどう変わるのかはわからないけれど、少なくとも今より関わり合いになる時間は増えるはず。できればいつの日か、私の記憶にないくらい元気で、意識的に行動しているこいしと一緒にみんなでご飯を食べてみたいわね。

 今、こいしは感情的になれている。閉ざし続けた第三の目が、もしかしたら開かれる時が来るのかもしれない。

 

 右手にこいしを、左手にフランをそれぞれ連れて、私は地霊殿の食卓を目指す。と言ってもご飯はこれから作るし、出来上がるのにもまだ時間がかかってしまうだろうけど。

 

「リクエストは?」

「おうどんたべたい!」

「おそばがたべたい!」

「「む!!」」

「はっはっは、元気だねぇ!ああ、私はなんか酒に合うつまみでも作ってくれればいいよ」

 

 どうやら私と戦えるまで私から離れるつもりがないらしい勇儀さんたちの注文を受けて、まずは作っておいた麺を茹でるためのお湯を沸かす。うどん用にそば用、二つに分けて沸かしているので問題なく同時に作ることができる。

 ちなみに勇儀さんにはジャガイモの薄切りを油でカラッと揚げたものに塩を振って出しておいた。地獄の炎を料理に使うとあっという間に熱くなるから便利ですね。その分火力の調整は難しいのですが、その辺りは慣れでどうとでもなりますし。

 

 お湯が沸いたらそれぞれにお蕎麦とおうどんを入れて少し待つ。その間にそば用とうどん用のつゆを別々に作り、調味料で味を調える。なお、フランがニンニクを食べられないのでそれは使っていない。このくらいの気遣いはできて当然だろう。

 つまみおかわりー!と大声をあげて催促している勇儀さんには茹でた枝豆と八寒地獄に繋がる洞穴で冷やしておいた地霊殿特産小麦で作ったビールを出しておいた。大豆は駄目なくせに枝豆は普通に食べられると言うあたり、鬼と言うのは本当に奇妙な生態をしている。大豆と枝豆は物としては同じはずなんですけどね。

 

 そして麺が茹で上がれば汁の入った器に移し替えて、薬味や他の材料を盛って完成。これをこいしとフランのところに持って行けば完了です。ちなみに私の分はパスタを作りました。

 勇儀さん? お酒に合う物と言われたので汁無し担々麺を作っておきました。お酒に合うかどうかは知りませんが、お酒を飲むなら他に汁は無い方がいいでしょうしね。

 

 では、両手を合わせて……いただきます。

 

「「いただきまーす!」」

 

 




 
 さとフラ。さとこい。貴方はどちらが好きですか?


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35 私はこうして昔に戻る

 

 さて、今日は忙しくなると思っていたのだけれど、もしかしたら『忙しい』と言う言葉では済まなくなるほど大変な一日になるかもしれない。と言うか、ほぼなることが確定した。理由はとても簡単。こいしとフランが私を取り合ってベッドの上でころころ一塊になっているとか、勇儀さんがそれを見てかっかっかと大笑いしたりしているとか、フランの家族がフランが部屋にいないことに気付いて大慌てで探しているとかまあそういう理由だ。

 こいしとフランはそのうち喧嘩から遊びになるだろうからいいとして……勇儀さんとの喧嘩の件と、フランの家族の件だ。フランはどうやら家族に私のところに行きたいと言っていたらしく、私のところにいるんじゃないかと博麗の巫女に地底への移動の許可を取ろうと動いている。しかも、明らかに臨戦態勢だ。

 門番をしている中国妖怪は門番の役目を他の妖精たちに任せ、館の中のことは七曜の魔法使いに押し付けて他の全員が地底に向かって来ようとしている。

 

 門番。華人小娘。紅美鈴。

 メイド長。完全で瀟洒な従者。十六夜咲夜。

 当主。永遠に赤い幼き月。レミリア・スカーレット。

 

 そんな錚々たる顔触れが、地底に喧嘩を―――いや、戦争をしに来たのなら。きっと私はこの場所を守るために何とかして彼女たちを追い返そうとするだろう。方法は問わず、私にできるありとあらゆる方法でこの場所を守る。必要なら……少々どころではなく非道な手段だろうと使って見せよう。とある存在を『燃える三眼』、『顔のない黒いスフィンクス』、『月に吠ゆるもの』、『闇に棲むもの』、『チクタクマン』と言った化身の形での多重召喚も視野に入れよう。同時に紅魔館に直接『星々からの貪食者』を召喚できる魔法陣を張っておけば後片付けも簡単に済む。

 ……まあ、実際にそんなことができるかと言われればできるわけがないのだけれど。

 私にできることと言えば精々相手に幻覚を見せ、それを本物と思い込ませることくらいだ。それではトラウマを作ることはできても敵を倒すことは難しい。特に、今回相手する可能性の高い紅魔館の彼女たちのように強い意志を持っている相手には効果が出にくいのだ。

 恐怖を感じながらもそれを乗り越えていくことができる精神を持ち、一歩一歩であろうと前に進んでいける存在。覚妖怪にとっては種族的にとても相性が悪い。

 

 ……純粋な魔法使いが相手では、せっかく作った狂気神話の魔導書もしっかりとした効果を出すことは無いだろう。残念だが、あれは魔力を自在に扱うことのできる類の存在には効果が薄い。そもそも魔力を扱えるような者には気違いが多いため、壊れていようが壊れていなかろうがそう変わりはしない。あの白黒魔法使いも、もしかしたら一度壊れてしまった方が魔法を上手く使うことができるようになったりするかもしれない。そうそうない可能性だが、一応魔法使いの端くれならば可能性が全くないわけではないだろう。実際にそうなのかどうかは保証しないが。

 もしもそれを実行して壊れてしまったとしてもそれは私のせいではない。そもそもこの考えを誰かに伝えるつもりは無いのだし、現段階では私しかこのことは知らない。その状態で誰かが私の思った通りのことをして壊れてしまっても私のせいではない。それは明らかなことだ。

 

 けれど、今はそんなことを考えるのは無粋と言うものだろう。私の隣には、私と唯一血の繫がりのあるこいしと、私に懐いているフランの姿がある。どちらも私に甘えるように抱き着き、時にお互いに睨み合い、時に私に頭を撫でられて甘えたい盛りの子猫のように私に頬を擦りつけ、時に私を上目遣いで見つめてそれまで以上の接触を強請る。

 人間と言う動物の意思から生まれた妖怪。そんな存在であろうとも、動物としての本能と言うものは間違いなく持っているらしい。そして、幼いが故の強い独占欲も。

 

「しかし、モテモテ、って言うのかい? その状態は」

「……まあ、一概に間違いだとは言えない状態にあることは認めますが、やはりそれは何かが違う気がしますね」

「そうかい? 私にはよくわからないんだがね」

「『萃香の奴ならわかるんだろうが』ですか。まあ、一応子供もいますしね、彼女。恋もしたことがあるようですし、相手を抱いたことも相手に抱かれたこともあるようです。出産経験はまだのようですが」

「…………おい、それ本当だろうな?」

「記憶をさらった限りそのようですよ。ただ、酔っぱらいの記憶は美化されるものですからね。それが本当に事実かどうかはわかりませんよ? 本人の覚え違いかどうかは誰かの記憶を見ただけではわからないんですから」

 

 世界の記録を見れば客観的に起きていた事実だけならわかるのだけれど、そのことは黙っておくことにした。その方が後々伊吹萃香を怒らせないで済むだろうし。

 ただ、彼女はそうそう怒ることは無い。本気で怒らせたいのならば勇儀さんを卑怯極まりない方法で殺害して骸を辱めるか、神便鬼毒酒を用意すれば簡単に怒ってくれるはずだ。その後のことまでは責任とれないし、地底の運営に問題が出てくるだろうから実行しようとした瞬間にトラウマを穿ったうえでそうして生まれた羞恥心や罪悪感などを億倍にして叩き込んで見せよう。若かりし頃の黒歴史などの香ばしいもの。初恋の甘酸っぱさとそれが破れた時のいつまでも舌に残り続けるような苦みと渋み。覚妖怪にとってはご馳走だ。

 萃香さんなら……あの恋については恐らく『言いたくない』と言うでしょうね。中々の大恋愛ですし、悪くはないと思うのですがねぇ……。

 

 さて、それはそれ。私はやけに甘えてくる二人を好きに甘えさせ続ける。どちらも家族からの愛情を理解できないままに育ってきてしまったのだし、今くらい、私くらいはしっかりと甘えさせてあげたいと思う。

 ……座った私の膝の上にいる彼女たちが少し重いのだけれど、その辺りはもう仕方ないと諦めよう。言っても直ることは無いだろうし、言うつもりもない。

 こいしはもちろん、私の事を姉と呼んで慕うフランを無視するという選択肢はない。花妖怪である幽香さんが自分の同族である花を愛でるのと同じように、自分の血縁であるこいしとよく似たフランを愛でていたい。そう思うのはおかしいことでしょうか?

 おかしいと言われたところで私のやることは変わりませんけどね。こいしを可愛がり、フランも可愛がる。それはもうすでに決定づけられています。誰であろうと邪魔させるつもりはありません。

 

 ……特に、これが最後になるかもしれないとなれば、自分にできる限り、しっかりと向き合いたい。

 

 勇儀さんは私との再戦が決まってからと言うもの、ずっと撒き散らし続けていた戦意も妖気も自分の中に押し込めて臨戦態勢になっている。ほんの僅かでも自分のコンディションを良くしようと努力し、それを実行し続けている。勇儀さんの戦意は私が知る限りで最高潮。未だ戦いは始まってすらいないと言うのに、既に過去に私と戦った時の最高潮と遜色ないほどに昂っている。

 しかしそれを一切気付かせないように自分の内に抑え込み、必要な時に全てを解き放つことができるように溜め込む。このままなら、こいしたちが眠って実際に戦う時には完全にできあがった状態から始まることだろう。

 

 ……私も、少しずつ火をつけていかなければいけない。昔のように、一人で戦い、こいしを守って生きていたあの頃のように。意識を鋭く。真正面から不意を突き、一瞬の不意を致命の隙に変え、必勝の一撃を撃ち込めるようにならなければ。

 他者の意識を失わせる方法はいくつもある。意識と身体を繋ぐ紐のようなものを切断すれば意識が残っていたとしても身体は動かなくなるし、妖気も扱うことができなくなる。意識を叩いて散らせば混濁して前後不覚になるし、意識を高速で揺すれば一時的に崩れ落ちる。そうなってしまえば妖気での強化のなされていない肉体は簡単に……ではない場合も多々あるが、ちょっとした刃物で深く傷をつけることもできるし、精神が崩れていたり切り離されていたりすればそこに別の物を混ぜ込むこともできる。それは今はお空の中に存在する八咫烏の分霊とほとんど同じ方法だが、使うことはできる。

 

 ……鬼は強い。それは誰の目にも明確なことだ。

 特に、鬼の四天王の一角、星熊童子ともなれば余計にそうだ。物によっては神社を持つ大神すらもその拳で消し飛ばすことができる彼女が強くないと言うことはまずありえない。最強には遠くとも、準最強級の中では最上とも言えるほどの力を持つ。

 

 だが、しかし。そういった『強い存在』を倒すのはいつだって弱者の仕事。許される方法の中で、私はまた彼女を打倒して見せよう。

 強者はより強者に蹂躙される。しかし、いつだって下剋上と言うものは存在しているのだ。弱者が弱者のままに強者に勝つ。私は昔から、そうやって生きてきたのだ。

 

「……」

「……」

 

 お互いに、視線と思考で語り合う。勝負は、この娘たちが眠ってから。

 どちらともなく頷き、そして互いに今必要な行動に没頭していく。

 

 ――――――ああ、まったく。今夜はとても長い夜になりそうだ。

 




 
 昔のさとりんはきっとこいしを守るために必死に頑張っていたと思います。
 周りには強い(さとりの主観)存在ばかり。そんな中で生きていくために、いったい彼女はどれだけ頑張ったことでしょう。



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36 私はこうして鬼と戦う

 

 こいしとフランが眠りについて、ほんの少し。その間に二人の意識を深い深い眠りに落として早々の事では起きないようにしてから私は地霊殿を後にする。

 私の隣には一角の鬼。鬼の四天王、星熊童子。いつもは手放さないどころか酒を並々と注ぎ、その杯から酒が一滴でも零れてしまえば自分の負けだという枷を填めている彼女だったが、今はその杯は地霊殿の床に放り投げられ、ころがっている。

 そんな彼女と私は、地底でも特に人気のない場所に歩いていく。勇儀さんからはただひたすらに戦いを望む声が聞こえてくるし、私と勇儀さんが戦意を滾らせて連れ立って歩いているのを見た他の妖怪達は全速力ともいえる速度で逃げだし、そして逃げた先で私と勇儀さんの喧嘩について話をしている。

 地底にいる多くの妖怪達は夜になっても眠らない。彼らが眠るのは酒に酔い潰れた時と、喧嘩で気絶した時くらいのもの。妖怪だから眠る必要がないとはいえ、健康面を考えるとあまりいい生活ではない。

 そんな暇を持て余した妖怪達が、私達の喧嘩があると知って大人しくしているわけもない。ただ、巻き込まれないような遠くから眺めている。

 

「……見られてますね」

「なぁに、構わんさ。見たい奴には見せてやればいい。私は気にしないよ」

 

 からからと、内側に溜め込んだ気を僅かに燐光として口の端から漏らしながら勇儀さんは言う。まったく、酒の入っていない本気の星熊童子と争うことになるとは……覚として長い時間生きてきましたが、初めての事です。生きて帰れますかね?

 ……いえ、生きて帰れるかを心配するのではなく、生きて帰るのだと強く思うことにしましょう。思いが力になると言うことを私はよく知っていますから。

 

「で、どこまで行くんだい?」

「今の勇儀さんが本気で暴れたら、下手な場所では地盤を貫いて旧灼熱地獄まで落ちますよ。その心配がないところに行こうとしているんですから大人しくついてきてください」

「う~ん、待ち遠しいねぇ……これからさとりと戦うことになるんだろう? 考えただけでもう身体が火照って凄いのさ」

「あーはいはい、わかりますからそう頭の中ピンクにするのやめてください恋する乙女ですか貴女は」

「あんたとの再戦を夢にまで見て、乞い焦がれていたのさ。このくらいの考えは見逃してほしいところだねぇ」

「わかっていますよ。……できれば互いに死にたくないのですが、勇儀さんは勝ったら私を……と言うか、私を殺して勝ち名乗りをするおつもりで?」

「加減に失敗したらそうなるな。努力はしてみるけど失敗しそうな気がするよ」

 

 まったく、これだからバトルジャンキーは困りますね。直接的な戦いは私の本領ではないと何度も何度も言ったにもかかわらずこれとは……。

 たしかに『それでこそ鬼』と言う気にもなりますが、それでももう少し考えてから行動してほしい物です。自分を偽らないという鬼の誇りともいえる習性は好ましく思っていますが、何もこんなところまで正直にならなくてもいいでしょうに。

 けれど、そんな彼女だからこそ私は近くに居てもそこまで苦痛でもなかったんですけどね。お礼を言うべきか罵倒するべきか悩むところです。

 

 そうして暫く進み、地面を貫いても旧灼熱地獄に入ることのない場所で、かつ住む者の特に少ない場所に来ることができた。ここにいるのは私と勇儀さん。獣や虫たちは勇儀さんとついでに私から放たれている威圧感ですでにこの場所から必死に離れている。

 この場所を見るのは数多くの妖怪。自分達が間違いなく安全だと思えるほど離れた場所から、私たちの戦いをじっくりと眺めているのがわかる。

 一部では賭けも始まっていて、どちらかと言うと私の方が優勢らしい。節穴揃いですね。

 

 周囲からほとんどの生物が消え、僅かな植物しかいなくなった頃を見計らってか、勇儀さんが私に声をかけてきた。

 

「……そろそろ、いい時間じゃないかい?」

「そうですね。周りに生き物も殆どいなくなりましたし、多少暴れても問題ないでしょう」

「ぃよっし!それじゃあ―――」

 

『始めるか』と続くより早く、私は能力を最大限発動する。効果範囲を狭め、より精度の高い深い読心をするための準備をして、同時に一つ、勇儀さんの記憶を『想起』した。

 

 勇儀さんの頭が弾け飛ぶような勢いでずれる。まるで強力な力を持った何かに殴り飛ばされ、その結果だけが表に出てきているような状況。

 はるか遠くからこちらを眺める妖怪達にざわめきが広がる。やはりと言うか、地底の妖怪でこの程度の距離で私たちの動きが見れなくなるようなものはそうそういないらしい。ただし、流石に話す程度の声まで聞き取れるような者は数少ないらしく、極僅かな耳がとてもいい妖怪達が私たちの会話を拾って代わりに話すことで何とかこちらの状況をより詳しく知ろうとしているらしい。

 

「……っ、なるほど。今のは……萃香のだろう?」

「よく覚えていますね。ええ、貴女と彼女の前々回の喧嘩での開幕の一撃です」

「いや、なるほど、確かにあれは効いた。だけどさ―――今のはそこまで効いてないぞ?」

「知っていますよ。開幕だとわかってもらうついでの一撃ですし。……そもそも、今の貴女は当時の萃香さんとの喧嘩中より遥かに昂っていますからね。効果も薄いです」

 

 記憶の中から、痛みを受けたものを抜き出し、再現し、そして強化する。それは既に『受けたもの』であるがゆえに回避は不可能。やればやるだけ傷とダメージは積み重なる。

 ただし、今の勇儀さんには効果が薄い。ここまで彼女が滾っていた記憶は殆ど無く、真剣勝負における敗北がすなわち死である戦いを繰り返してきた彼女が初めて真剣に戦って負けた相手との再戦。友情などを持っていたり、同族でない相手との戦闘で負けたにもかかわらず命を取られることのないまま生かされていた彼女。その鬱憤は計り知れない。

 けれど、私はここで負けるつもりはさらさらない。ここでの敗北は死に繋がりそうだと言うこともあるし、また私が負けてはそれはそれで面倒なことになる。鬼に地底の運営を任せるなんてことをしたら、それはもう悲劇と言っていい物が生まれるだろう。

 私が平和に暮らしていくためにも、負けるわけにはいかない。絶対に。

 

「―――らぁっ!!」

 

 勇儀さんの動きに合わせて彼女の身体を必要ない方向に動かす。踏み込もうとした足の指を必要以上に曲げさせたまま踏み込ませることで足趾を骨折させ、急な痛みにバランスを崩したところで前に出して転倒を防ごうとした足をさらに強く曲げさせて自分の顔面に蹴りを入れさせる。以前にもやったことのある方法だが、いまだに効果はあるようだった。

 

「くっ―――はぁ!わかったぁ!」

「ふむ……おお、大体正解ですね」

 

 彼女の思考を読んでみれば、私が何をやったかと言うことの詳細がほぼ正解の形で読み取れた。どうやら彼女は彼女なりに自分で考えて私の技を攻略しようとしていたらしい。

 では、彼女がいったいどのようにして私のこれを抜けるのか……楽しみにしてみましょう。

 

「だったら……ふんっ!」

 

 突如、彼女の身体が大きくなった。全身の筋肉と言う筋肉を限界近くまで隆起させているようだ。

 

「これなら、さとりは私の身体を操れないだろう?」

 

 …………確かにこれでは難しい。本来緩んでいる筋肉を収縮させたり使っている筋肉を必要以上に使わせることで身体を動かさせているのだけれど、全身の筋肉を満遍なく働かせ続けるという方法ならば確かに私の能力で無意識から意識を叩きこんで動かさせることは非常に難しい。

 代わりに彼女はその機動力を大幅に削られる上に体力の消費も凄まじいことになるでしょうが……鬼に疲労を求めると言うことがそもそも間違いだと言われるほどの体力を種族的に保有し、その中でも特に優れた鬼である彼女を相手にするのでは体力勝負に持ち込むことは愚かな選択でしょう。

 

 ―――仕方ないですね。

 

「さあ、じゃあ続きを―――しようじゃないか!」

 

 私に向けて叩きつけられるように振るわれる星熊童子の全力の拳。全身の筋肉に力を入れて振るわれたそれは、彼女の本当の拳からすれば大した威力も速度もない拳のはずだ。

 けれど、そもそもの身体能力が私とは段違いの彼女の拳は、遅くなろうと私に避けられる速度ではなかったし、弱くなろうと私を一撃で殺せるだけの威力があった。

 

 そんな攻撃が私に迫る。私はそれを前にして、ひっそりと囁いた。

 

 ――――――想起

 

 



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鬼と覚は戦場に立ち、決着の時がやって来る

 

 拳を叩きつけた瞬間、勇儀は間違いなく古明地さとりに触れ、拳を打ち付けた感覚があることを確認した。地面には幾筋もの皹が蜘蛛の巣のような形で走り、ちょっとしたクレーターが一つできあがっていた。

 しかし、勇儀の顔は真剣なままであり、一切の油断も隙も見せていない。

 

「……どうやったか、ってのは聞いたら教えてくれるかい?」

「……駄目です」

 

 そんな、いつもとそう変わらない声とともにいつもとそう変わらないさとりの姿が土煙の中から現れた。

 足元は地面に埋まるような形で陥没し、左腕で勇儀の腕を真正面から受け止めている。ギシギシと軋みを上げているが、その腕は原形を留めたままそこにあった。

 

「―――憑依」

「ぬおっ!?」

 

 突如として勇儀の身体が軽々と振り回され、大地に叩きつけられる。今まさに勇儀が作り上げたそれよりもさらに大きな陥没が生まれ、勇儀の全身が大地に埋まってしまう。

 

「―――喝」

「ごふぅっ!?」

 

 衝撃。無音にして瞬きの間もなく勇儀の意識そのものからかつて身体に刻み付けられたその衝撃とダメージが勇儀を襲う。そしてこれは―――

 

「っが―――茨木の拳か!さては、あいつを自分に憑依させたな!?」

「……やれやれ、鬼の直感は本当に怖い。本当によくもまあそう簡単に看破してくれる……」

「っぉ!?」

 

 さとりの振り上げた脚が、残像すらも消し飛ばすほどの高速で勇儀の顔面に振り下ろされる。その直撃を転がりながら回避し、衝撃を両腕で防ぐ。

 

「……は!覚ってのもやるな!まさか直接戦闘でも……お?」

「……何を驚いているんです? いつも言っていたでしょう。私は身体がそんなに強くは無いんですよ」

 

 土煙から現れたさとりは、既に血に塗れていた。特にそれが酷いのは、勇儀を振り回して叩きつけた右腕と、踵落としを行った左足。強すぎる威力に身体が耐えられなかったのか、腕は筋肉が皮膚もろとも裂けてだらんと垂れ下がっているし、脚は足首から先がひしゃげてしまっている。

 しかし、それを一切関知していないかのようにさとりは僅かに宙に浮いて勇儀に向けて進んでいく。ぽたぽたと血が溢れるのも構わず、第三の眼を奇妙に輝かせながら。

 

「―――憑依『不死人・迦具夜比売命』」

 

 ぬぞぷりゅりゅ……と奇妙な音とともに、傷が逆再生のように修復されていく。瞬きの間に完全に修復された手足を軽く動かすと、さとりは地面に降り立った。

 

「覚ってのはそんなことまでできるのかい。何とも器用な種族だねぇ」

「これは種族だからできると言うものではないですよ。本人のそれまでの経験がものを言う方法だから……できるのはあまり多くないんじゃないかしら。―――顕現『欲望都市ソドム』」

 

 さとりの言葉に合わせて、まるで陽炎のように古代の建築物が現れる。さとりの感知可能範囲からすればかなり狭い範囲ではあるが、地底のほぼ全土を巻き込む形で、その光景は現れた。

 

 

 

 ───それは、勇儀ですら言葉を失うこの世の闇。狂気と罪と欲望が渦巻く、ひたすらに醜い人間達の棲む都。

 目に映る場所では人間たちがあらゆる罪を犯し、その場に居る人間たちに罪を犯したことのない者など一人もいない。

 当然のように人間が死に、当たり前のように死体に人が群がっては奪えるものはなんであろうと奪い尽くしていく。

 男が男の死体の腹に空いた刺し傷にいきり立った逸物を納めて腰を振っていたかと思えば、髪を振り乱した老婆が産まれたばかりの赤子の肉を刃溢れだらけの包丁で解体してその肉を生のまま頬張りながら嗤う。ありとあらゆる背徳が、現れたばかりのこの都市に存在していた。

 

「……おい、おいおい、おいおいおいおいおいおい……なんだいこりゃあ?」

「旧約聖書にその存在を描かれた、背徳と大罪と欲望の渦巻く都市、ソドムですよ」

 

 さとりは何事もないかのように辺りを見回しながら、自らが生み出し、今も広がり続ける背徳の都市からその欲を吸い上げる。

 人間たちの底知れぬ強欲は、初めにほんの一欠片を用意してやるだけで際限なく広がっていくと言うことを、古明地さとりは知っていた。だからこそ、彼女はこの狂気の都市生みだした時にその完全にして不完全な歪んだ在り方を再現する。

 僅かに生まれた欲。微かに存在した背徳。それらはその場に存在するあらゆるモノを喰らって広がり続ける。

 ただ、この光景はさとりがその力で世界に、全てに見せつけたもの。生きとし生けるものも、既に死んでしまっているものも、その存在を感じ取ることはできる。感じ取ることはできるし、殴れば壊すこともでき、包丁で切り付けられれば傷がつく。

 そんな中で、初めから意思を持つことのない無機物だけはこの地獄のような光景を目の当たりにすることは無いとさとりは知っていた。無機物には通用せず、通用しないからこそ周囲の大地に影響を残すことのない、ある意味ではとてもクリーンな方法だと言うことを理解していた。

 

 そして、さとりは自らが生み出したこの地獄のような都市から、感情を吸収していく。

 自分の手で、自分の能力の影響で生み出された感情はさとりの力となり、そうして得た力でこの都市は拡大していく。それはまるで完全なる永久機関のようにも見えた。

 しかし、その拡大は旧都を飲み込む前に止まる。さとりにとってはこの地は広ければ広いほどに効果が高い物になるはずであるし、さとりの能力の効果範囲もこの程度ではないと言うことを勇儀はよく知っていた。

 では、なぜ止まったのか。勇儀がそんな疑問を持ちながらさとりに顔を向けると、さとりは不思議そうな表情で、それがごく当たり前であるように答えた。

 

「なぜ止めたか、ですか? これは私と貴女の喧嘩ですので、見物客ならまだしも全く関係の無い物まで巻き込むのは少し気が引けまして」

「……ああ、うん、まあ、そうだな。そのとおりだ」

「『こんな地獄を生み出せるようなやつなのになんでそんなところばっかり常識的なんだ』ですか。ちょっと昔天使の軍と争ったことがありまして。その時にこの街を顕現させて天使を背徳に巻き込んで丸ごと堕天させたんですが、色々あって神との調停でその天使たちをもう一度昇天させ直すことで私たちが生きていくのを直接間接問わず妨害しないことを72柱の悪魔たちの前で契約してもらった時に気のいい悪魔さんたちから常識を教えてもらいまして」

「具体的にはどんな常識だ?」

「『覚妖怪は戦いでは弱い』とか、『弱い奴は守りたいものも守れないからどんな手を使ってでも強くならなければいけない』とかですね」

「それ絶対そのあとに『悪魔になれば簡単に強くなれるよ』とか『悪魔になって俺の部下になれば守ってあげよう』とか『俺と契約して悪魔になってよ!』とかそんな感じの勧誘があっただろ?」

「……おや? あの場に勇儀さんっていましたっけ?」

「いねえよ!」

 

 勇儀は頭を抱えた。さとりの歪んだ常識の大本がまさかそんなところにあったとは夢にも思っていなかったのだ。しかもそれを教え込んだのが勇儀ですら名を知る大悪魔達。そんな奴らが口を揃えて『覚妖怪は弱い』なんてことを言ったら、そりゃあ変な所で純粋なさとりはその言葉を信じてしまうだろう。ちくしょうそいつらは馬鹿だ。

 そして、頭を抱えた理由はもう一つ。この地獄はかつて顕現されたもの。かつて存在しただけでなく、神によって注がれた火と硫黄に焼かれてからも、その記憶はさとりの中に残り続けている。

 そんな記憶の中に、新たに天使が群として入り込んでいる記憶すらも存在していると言うことは―――

 

「鋭いですね。流石は鬼、と言うべきなのでしょうか。……では―――顕現『欲望都市の堕天使軍』」

 

 まるで神が泥から人を作った時のように、ソドムの血に塗れた泥が翼を持つ人型へと姿を変える。ぐにゃぐにゃと不安定に揺れていたその姿は、ほんの数秒でしっかりとした形を持って勇儀に迫る。

 

「これも私の能力です。―――卑怯とは言いませんよね?」

「おうとも。こいつがあんたの能力で作った泥人形ってのはわかるし、能力を使うことを卑怯だなんていう気は全く無いさ。そんなことを言っちまったら、私なんて殴る蹴るが何にもできなくなっちまう」

 

 そう言いながら、勇儀は目の前にいる堕天使をその拳で殴り飛ばす。作られたばかりの堕天使は脳漿をまき散らせながら吹き飛び、建物の壁に叩きつけられて四散した。

 四散してしまったその身体は、なぜか土に変わることもなくそこにある。そうして飛び散った屍肉を、襤褸を着た子供が必死になって口に運んでいる。他にも、建物から出てきた数人の人間達も同じようにその肉を拾い集めては口に運び、貪り喰らっている。

 次々に勇儀に襲い掛かる堕天使たちだったが、勇儀の肉体にその武器が突き刺さることは無い。元はさとりに身体を勝手に動かされないようにするためにやっていた全身の筋肉の隆起だったが、今はそれが鎧となって堕天使たちの持つ炎や光の槍から勇儀の身体を守るものとなっていた。

 そして防御を考えずともよくなった勇儀は、ただひたすらに堕天使たちを殺していった。

 拳で殴り飛ばし、脚を使って蹴り飛ばし、周囲を薙ぎ払う。数多くの堕天使が紙切れか何かのように吹き飛ばされ、血肉へと変わり果てていく。

 そして、勇儀がほぼ全ての堕天使を醜い肉塊に変えた時、それは起こった。

 

 空などと言うものが存在しないはずの地底。しかし今まさにこの都市の上空には空と呼べるものが現れていた。

 だが、その空には雲がなく、太陽が無く、命が亡く、何もなかった。唯一存在したのは、炎。

 見渡す限りの空から、炎が都市へと降りかかる。硫黄の混じった炎が、堕天使の軍や住民達と共にソドムを焼き払う。

 そしてその中には、星熊勇儀の姿があった。

 

「っっっっっ―――――――――――――――――がぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

 勇儀は自らの身体に降りかかる炎を振り払う。焼ける硫黄と、灼熱の炎。どちらも神によって邪悪なる存在を全て焼き払うための物であるという概念を持って作り出されたそれは、全力で身体を守る勇儀の防御を打ち抜き、その身を焼くに十分な熱量を持っていた。

 しかし勇儀もまた規格外の存在。神が定めた滅びの炎。複製品ですら凄まじい威力を持つそれを、己が肉体の力で弾き飛ばしていく。溜め込み続けた膨大な妖気を纏い、無形の鎧として、籠手として、脚甲として振るって炎と硫黄を弾き飛ばす。

 

 ……そんな時間がいつまで続いたのかはわからない。勇儀の体感ではほんの数十秒程度だったような気もするし、数時間は続いたようにも感じた。周囲に存在していた都市や人間たちは跡形もなく焼滅し、かつての灼熱地獄を思わせるような熱が大気に満ちていた。

 そんな中で、勇儀は何とか立っていた。全身には火傷があり、髪も先の方から三寸近く焼けて短くなってしまっている。皮膚は一部ベロリと捲れて血が滴っているし、最も多く火と硫黄に触れ続けた両手は半分以上の爪が剥がれ、剥がれていない爪も皹だらけになっている。

 服など見る影もなく、隠さなければならない場所を隠すという役割を既に果たせなくなっているただの襤褸切れと化してしまっている。

 

 ―――しかし、勇儀は笑っていた。自分と向き合い、真正面から戦い、自分をここまで追いつめられる存在が、こんなにも身近に居たこと。そして、かつては油断した状態から始まり、そのせいで全力を出せないままに終わってしまった戦いをもう一度、今度は初めから全力で行えると言うことに喜びを隠しきれない。

 

 口角が上がる。嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、喜色に満ちた吐息がゆっくりと牙と唇をなぞって大気に溶けるのを感じる。

 視界が真紅に染まる。自分の目がより鋭い働きをするためにと血を要求した結果、その眼球が鮮やかな紅色に染まり切っているのが自分でわかる。

 全身の筋肉が一段階膨張する。しかしその膨張は一時的な物であったらしく、どんどんと逆に小さくなっていく。だがそれはけして力が弱くなったわけではなく、今までさとりの能力に対抗するために使っていた筋肉の全てに意思を行き渡らせることができるようになった証であり、そうしてより身体をスマートに扱うことができるようになったことが勇儀にはわかった。

 

「っ―――くふ、くふふぅ、くぅっははははははは!!いい!実にいい気分だぁ!―――さとり!お前は最初からこいつを狙っていたな!?」

「……まあ、ソドムは神の炎によって既に焼き払われた地です。ですからその再現は割と簡単に行えますし、現実を巻き込んでそれをすることもできます。……まさか耐えるとは」

「『思ってもなかった』ってか? そりゃあないだろ!なぁ!?」

「ええ、まあ。可能性としては考えていましたよ。勇儀さんは戦闘のことになると時々色々考え方が飛びますからね。……やはりだめですか」

「おお? 今私の身体を使おうとしただろ? なぁ!?」

 

 くんっ、と指先を動かしつつさとりは勇儀の身体を使おうとするが、失敗する。今の勇儀は自分の体内の全てを自分の意識の下に動かしていると言うことがさとりにはわかった。同時に、そのことが勇儀にも伝わる。何度も、それこそ夢にまで見た状況に、勇儀の心が咆哮を上げる。

 

 ―――今度こそ、あいつに勝つ。

 

 勇儀の心の中にあるのは、ただそれだけ。勝利への想いに埋め尽くされ、その他の感情も心も全てが意味の無い物として切り捨てられている。

 そして今、勇儀は勝利まであと一歩と言うところまで来ていると確信していた。

 

「―――憑依」

「遅いっ!」

 

 瞬きの間。否、それよりも遥かに早く、勇儀はさとりを殴り飛ばしていた。勇儀の拳は今度こそさとりの鳩尾に直撃し、さとりは身体をくの字に折って吹き飛ぶ。

 それを追って、勇儀は駆ける。自分が吹き飛ばしたさとりを追い越し、地に叩きつける。何度も何度も拳を振り下ろし、拳が直撃する度に大地が悲鳴を上げて砕けていく。無数に地割れが走り、平坦だったその場は巨大すぎるクレーターによって飾り付けられていた。

 

 しかし、勇儀は拳を振り下ろすのをやめない。これだけの威力で殴り続ければ、たとえ自分自身であっても間違いなく死ぬ。それがわかっているのに、勇儀は何度も拳を振り下ろす。まるで、まだ戦いは終わっていないのだと言うかのように。

 そして、その思いは―――

 

「―――クァチル・ウタウス」

 

 ───正しいことが、証明された。

 

 

 

 突然、さとりを殴り付けた勇儀の右手首から先が塵となって消し飛んだ。瞬間的に勇儀はさとりから距離を取り、土煙の立ち上るクレーターを睨み付ける。

 同時に右手に力を込めるが、普段ならば再生を始める筈の右手は治る気配を見せない。一応血を止めることだけはできたが、無くなった手は無くなったままだった。

 

「……まったく。本当に化物ですね、貴女は」

 

 そんな声と共に、さとりの影が土煙から浮き上がる。

 

「よく言うよ。あんなことをやれるお前さんだって十分化物じゃないか」

「私は過去に起きた出来事を劣化した状態で再生しただけで、私自身が起こしたわけではないんですけどね。……と言うか、鬼の腕力での物理攻撃からソドムの都を見ることによって起きる精神攻撃、堕天使の軍勢による攻撃に加えて劣化版かつ範囲も狭いとは言え神の用意した火と硫黄を浴びて四肢の欠損もなく生き延びるとは……勇儀さんが本当に妖怪かどうかと言うことすら怪しいと思えてきていますよ?」

「私は普通さ。普通の私だよ」

「そうですか。では私も普通と言うことで」

 

 それを聞いた多くの妖怪達は即座に心の声を合わせて呟く。つまり、『それだけはねえよ』と。

 

 やがて土煙からさとりが現れる。地に足をつけることなく浮きながら移動しているが、勇儀にはそれが大地を塵にしないようにしているのだろうと予想がついた。

 だが、それよりも気になることができてしまった。それは間違いなくさとりのことであり、この戦いにもある意味では関連することではあるが、それを無視したとしても凄まじい違和感のようなものに襲われてしまう。

 

「……あ~、さとりよう」

「なんですか? ……この姿? 神格の憑依に必要なんです。部分憑依ならともかく、完全憑依となるとあの身体では負担が大きすぎて脳漿が耳から溢れるんじゃないかと言うくらいの頭痛に襲われますし」

 

 そう言って、さとりはその場でくるりと回る。その姿は勇儀にとって見慣れた幼い少女のものではなく、明らかに成長期を終えた頃の女性のものだった。

 髪型や表情などは変わっていないし、第三の眼の位置なども変わっていない。ただ、普段から大きめの服を着ているさとりだが、今のさとりにはちょうどいいか少し小さいくらいのサイズになっている。

 女性としては割と背の高い方である勇儀には届かないが、胸にも届かないくらいだった身長は肩に並べるくらいには届いているし、胸もそれなりにあると言える程度には育っている。もしもさとりの姿が普段からこれだったとすれば、色欲にまみれた男なら心を読まれてでも近付きたいと思ってしまっても仕方ないと思えてしまう。

 少なくとも、私みたいな筋肉質な女よりはずっとモテることだろうな……と、勇儀は本気で考えていた。

 

「おや、勇儀さんは勇儀さんで人気があるのですよ? と言うか、おぼこでもあるまいしその辺りは当然気付いているものだとばかり思っていたのですけどね」

「おいこらそういうことを人前で言うんじゃねえよ恥ずかしいだろうが」

「ほぼ全裸で暴れまわっている方が今さら何を言っているのやら」

「戦いの途中ならいいんだよ」

「……まあ、個人がどう感じるかは私の知るところではありませんし、構いませんけども―――」

「おっとぉ!」

 

 突如として勇儀の立っていた地面が無色透明の大爪に削り取られてしまったかのように塵へと変わる。真正面から行われる不意打ちとその威力に勇儀の米神から汗が伝うが、さとりは何事もないかのように言葉を続けていく。

 

「―――勇儀さんも女性なのですから、そろそろ子どもの一人二人くらい作ってみたらいかがですか? 私は良い相手がいませんしペット達や妹の世話で精一杯ですので暫く子供は欲しくないですけど」

「おいおい、私に言うならそっちだって作るべきだろっ!」

 

 今のさとりの状態を確認しようと、勇儀は足元の大地を蹴りつけ礫を飛ばす。人間では到底届きそうもない速度で蹴りだされた土と石の混じった礫は、さとりの身体に触れる寸前に勇儀の拳と同じように塵と化して大気に散った。さとりの顔や体には塵の一つもついた跡が見受けられず、あれだけ殴ったはずの顔や体にも傷が見当たらない。

 だが、勇儀は諦めることなくさとりに向かっていく。己の肉体も石の礫も当たる前に塵となってしまい、効果がないことがわかった。ならば今度は初めから形の無い物を当てようと妖力で作った弾幕を張り、妖力そのものがあの不可思議な現象の影響を受けるか。場所によって、状況によってなにか差がないかと調べ上げていく。

 同時に回復しなくなった右手を削り、新たに傷を作り直すことで回復しないかと試してみれば、じわじわと、ゆっくりとではあるか傷が治っていくことを確認できた。徐々にではあるが傷を治し、近距離から遠距離から次々に妖力と礫の弾幕を張ることで時間を稼ぎながらもじっくりとさとりの行動を観察し続けていた。

 

「……あまり時間はかけていられないので……早めに決着とさせていただきます」

「は!やって―――」

 

 みろ、と勇儀が続けるより早く、勇儀の首が肩の上から落ちた。勇儀の動体視力を以てしても影すら捉えられないほどの一瞬。反応することも、動くこともできない。今まで何度も危機を脱させた直感も、働くより先に胴と首が別れてしまっては意味がない。

 勇儀の首が地に落ち、血を撒き散らしながら転がる。視界が何度も回転する中、勇儀は自分の身体が塵となって風に流され、その背後にさとりが立っているのを見た。

 

「……これで、私の勝ち……と言うことでいいですか?」

「……ああ。満足いく喧嘩だったよ」

「…………首だけでも喋れるんですね。鬼と言うのは本当にふざけた妖怪です」

「それが鬼さ」

 

 勇儀の意識は少しずつ薄れてきている。いくら鬼が頑丈な存在だったとしても、生きていくのに必要な臓器のほぼ全てを失っても生きていけるほどおかしい存在ではない。

 ……否。正確には首だけになったとしてもその戦いに満足できていなければ───つまり、騙し討ちや毒を盛ると言った卑怯な手を使われ、真正面からの喧嘩ではない方法で討ち取られたのならばその怨念や執着によって首だけで生き延び、再生し、いつの日か復讐に走ることもある。

 だが、今の戦いにおいて、勇儀が不満を抱くことは何一つとして存在しない。

 勇儀は全力を出して戦ったし、さとりも切り札と思われる技を切った上での勝利を得た。勇儀は今までの自分の壁を越えたと言う自覚があったし、さとりとの戦いでは事前の準備や罠、食物に毒を盛るなどの卑怯な手は一切使われていない。

 ちなみに、あくまでも戦闘以外のところで毒を盛られるのは卑怯と思うが、戦闘中に武器に毒を塗ってそれで切りつけられようが、服に呪符を仕込んで炸裂反応装甲として使われていようが、歩法や外した呪符や武器による斬撃痕等によってこっそりと陣を張られて誘い込まれようがそれを卑怯だとは思わない。自分の目の前で作られたと言うのにそれに気付けなかった自分が間抜けなのであり、それを実行した相手はむしろ称賛の言葉を向けるに値する。

 

 だからこそ、勇儀の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「……あぁ……勝てなかったのは悔しいが───」

 

 ───いい勝負(ケンカ)だった。

 

 それだけ言い残して、勇儀の意識は闇の中に落ち消えた。

 

 



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37 私はこうして鬼を雇う

 

 勇儀さんの身体を塵にして、それでようやく喧嘩は終わった。鬼の身体はあまりに頑丈で、物理的な攻撃、つまり炎や水や風や大地、温度変化などにも非常に強いと思われる。だからこそほぼあらゆる存在に効果のある時の神の権能……クァチル・ウタウスなどと言う反則級の存在を『憑依』させたのだ。これでだめだと言うのなら、最終手段としてトルネンブラ、アザトースとの三重憑依での力技で押し込む以外に方法が無かったところだ。

 そんなことをしたら流石に反動だけでも死にかねないし、地底もただでは済まなかっただろうけれど……そんなことにならなくて本当によかった。

 

 さて、後始末と行きましょう。風化させてしまった勇儀さんの身体を時間を巻き戻すことで再生させ、気を失ってしまった勇儀さんの頭を首の上に戻す。それで再生を始めてしまうあたり、本当に鬼と言う存在は肉体的に反則極まりない性能を持っているとしか言いようがない。

 まあ、再生を阻害する因子さえなければ首だけの状態からも傷を治し、生き延びることができると言う鬼ならではの異常な生命力もありますし、肉体と首をつなげるところまでやってしまえば治っていくのも当たり前なのでしょうかね。

 それからこの場において存在していた生物たちの時間を戻し、戦闘開始前のまっさらな状態にしておく。観戦者は多くが神の火と硫黄に焼かれて死にかけていたのでとりあえず自力で立って歩くことができるくらいまでは戻しておく。まったく、本当に面倒なことになった。

 

 クァチル・ウタウスを憑依させたままでは勇儀さんに触ることもできないので解除し、首に両断されたような引きつれたような傷痕が残ってはいるものの呼吸もしているし心の臓も動いている勇儀さんを背負って運ぶ。正直かなり重いが、それはもう仕方無いものだと諦めることにした。

 私達の立っていた場所を中心に熔岩やクレーターが存在しているが、地底の外れにはこういったクレーターは数多く存在している。それだけ鬼達が本気の喧嘩をしていたと言う証ではあるけれど、流石にクレーターが熔岩に埋められて一枚の岩盤にまでなってしまったような場所は多くない。恐らくこの場所は少しの間有名になるだろう。この際、地面が殆ど岩になってしまったのをいいことにここに闘技場のようなものでも建ててみるのもいいかもしれない。大きな喧嘩をするならそこと決めてしまえば、地底の家屋が喧嘩に巻き込まれて潰されてしまうようなことは少なくなるだろう。

 ……問題は、突発的に起きる喧嘩でそんなところまで移動しようと思う者はそう居ないと言うこと。作れば使うものは間違いなく居ると思うけれど、それは今までの喧嘩とはまた別に決闘の類いの争いが起きると予想できる。まあ、鬱憤晴らしとしてでも使えるのならば少しは大喧嘩というものが減るだろう。

 

「……しかし、この服はどうしましょうか。この姿は力も少し強くなってますし高いところにも手が届くしで便利ではありますが、いつもの服を着てると伸びて着られなくなっちゃうのが問題です」

 

 ちなみにその被害が一番大きく出るのは下着であったりする。いくらさとりが成長してもスレンダーな体形だと言っても、人間でいえば12~3程度の頃と20に届くかどうかという頃ではウェスト周りはどうしても太くなるし、胸も大きくなる。胸に関してはそもそもが下着をつけなければいけないほど無いので服が一部分伸びてしまうくらいで済むのだが、パンツの方はどうにもならない。伸びてしまったり切れてしまったりと色々大変なのだ。

 それを何とかしようと思えば、よく伸縮するものを素材とした物にするかそもそも穿かないといった方法がとれるが、ズボンではなくスカートをはいているさとりが下着をつけないと言うのは大いに問題がある。さとり自身からしても恥ずかしいと言う感情はあるし、妹の教育にもよろしくない。故に、古明地さとりの勝負(物理)下着は伸縮性の高いものとなっている。本人としては気にするようなことでもないが、身体の大きさに合わせてサイズそのものを変えることのできる服があればいいなと考えていたりもする。

 

 そんなことを考えながら、地霊殿へと向かう。身体の成長したさとりは普段よりも早く空を飛ぶことができるが、急がなくとも死ぬことはないだろう相手をわざわざ急いで運ぶことに意義を見出せなかったのでのんびりと空を飛んでいた。

 

「……ああ、そうだ。忘れてた」

 

 ぽそりと呟き、勇儀の姿を見る。……はっきり言って全裸と変わらない。最盛期の体がつい先ほどの神の火と硫黄を退けた後のそれなのだから仕方ないといえば仕方ないのだけれど―――流石にこのまま返すのはどうかと思うわけで。

 私は勇儀さんを地霊殿まで送り届けた後、向かう場所を決めた。とりあえずぼろぼろの体に治療を施してから、勇儀さんの記憶から行きつけの服屋に行って服を買う。そうしないと本人を家に帰してあげることもできなさそうだ。勇儀さんはあれで結構ピュアなところがあるし、こんなあられもない姿を戦闘中以外で見られるのは嫌なはずだ。

 ちなみに戦闘中は神の火と硫黄に巻き込まれて見物客もボロボロだったため見られてはいなかったりする。それが良いことだったのか悪いことだったのかはわからないけれど、とりあえず勇儀さんの尊厳は守られたと考えていいだろう。

 

 さて、急ぐ理由ができてしまった。誰かに見られる前に、地霊殿に急ぐとしよう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 私が目を覚ますと、そこには何度か見たことのある景色が広がっていた。

 具体的には―――さとりの所で宴会を開いて酔いつぶれると見ることになる天井。つまりここは―――

 

「……地霊殿、か?」

「おや、起きたようですね。首まで刎ねたと言うのに本当に頑丈なこと」

 

 声の聞こえてきたほうに顔を向けると、そこにはさとりが座っていた。手にはりんごと小さな包丁を持ち、くるくると器用にリンゴの皮を剥いていた。

 

「なぜここにいるか、という思考には『ちゃんと起きるかどうか見張っていたら予想以上に早く起きそうだったためお見舞いついでにリンゴを剥いているから』と答えましょう。ちなみにあなたは死んでいませんよ。さっきも言ったとおりに首は刎ねましたし、ついでに身体も塵にしましたからね」

「……たしか、満足して意識が消えたと思うんだが」

「それだけで死ぬなら貴女方はお酒をお腹一杯飲んでおいしいものを満足するまで食べて眠れば死にますね。ちゃんと身体を治して首とくっつけたので死にそうでしたけど死にはしなかったんですよ」

「……じゃあ、喧嘩は終わったのに何でまだその姿なんだ?」

「急に身体を変化させるのを何度も繰り返しても大丈夫なほど頑丈ではないんですよ、私の身体は。まだ彼の時神を憑依させた反動は残っていますし、それが癒えるまではこの姿です。まあ、短くて三日、長くて一週間くらいですかね」

 

 剥いたりんごを楊枝に刺して、さとりは勇儀の口元に運ぶ。

 

「はく……ん、このリンゴ美味いな」

「たっぷりと蜜が入っていますからね。地霊殿で高級リンゴとしてお土産用にも販売していますよ」

「手広くやるねぇ。ほかにはどんなもん売ってたっけ」

「おうどんの乾麺タイプと生麺タイプ、おそば、そうめん、ラーメン、ビールや日本酒、焼酎などの酒類に何種類かの果物、それと概念的に人肉の味のするお肉や人の血で育てたことで概念的に人肉となったお野菜なんかですかね。あと一部宝石」

「予想以上に手広いね」

「やり始めてみたら意外と楽しくて止まらなくなってしまったんですよ。今では人型に変化できるペットたちが頑張って手伝ってくれていますし。……そうだ、勇儀さんもたまにでいいので手伝ってくれたりしませんか?」

「ん? まあ、さとりが手伝えってんなら手伝うけど……何をやればいいんだ?」

「可愛い服着て女中やるのと力仕事ではどっちが」

「力仕事でお願いします」

 

 私は動かない身体を何とか動かして頭を下げた。

 



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38 私はこうして朝を迎える

 

「おは……うぇ?」

「おは……あれ?」

「あら、おはよう、こいし。おはよう、フラン。……どうしたの?」

「いや、だってお姉さま……おっきくなってる」

「…………誰と? ねえ、お姉ちゃん、誰と? ねえ、誰とナの? ねェ、オねえちゃン?」

「ちゃんとした決闘方式だったから問題ないわ。それに、相手は勇儀さんだしね」

「――――――なぁんだ、そっか!それじゃあお姉ちゃん、安心したところでおはようのちゅー……」

「はいはい」

 

 朝早くから元気なこいしを抱き止め、おでこにキスをする。なんだか少しだけ不満そうな顔をしたけれど、続けてほっぺに二回、鼻の頭に一回してあげたら機嫌はすぐに直った。無意識と言うけれど、こいしは間違いなくそこに存在する。なら、無意識に触ることもできるし干渉することだってできないわけがない。

 ……と言うことで、私は可愛い妹を抱きかかえたまま椅子に座って頭を撫でる。私の髪と違ってふわふわしているこいしの髪は、触れていると気持ちがいい。

 と、そこでこいしと私をじっと見つめたまま寂しそうな表情を浮かべたフランの思考が私に届いた。

 私はそんな寂しがりな小さな吸血鬼に向けて、手を広げる。

 

「おいで、フラン」

「! さとりお姉さまっ!」

 

 むぎゅう、と飛びついてきたフランを受け止めて頭を撫でる。私のことを姉と呼ぶこの子だけれど、そういえば本当の姉のほうはいったいどうしているのだろうか。確か最後に広域で読んでみたときには私のいる地霊殿に特攻かけようとしていたはずなのだけれど……少なくとも今は地底にはいないようだ。

 彼女たちの移動速度を考えれば半日もあれば空間が歪んでいるわけでもない地底など簡単に踏破できるだろうと思っていたのですが……もしかしたら違うのでしょうか?

 少し読心の範囲を広げてみれば、どうやら彼女達は紅魔館にいる様子。気になるのは、吸血鬼という妖怪の中では非常に頑丈な存在が簡単には再生できないほどのダメージを負っているという事ですが……いったい何があったのでしょうね? どうも精神に傷を負った上でその直後に神聖属性―――正確には不浄な存在に対する特効がついた攻撃でも受けたようですが。

 彼女が気絶してしまっているためにそれがいったいいつのことかはわからない。わからないけれど、そこまで昔のことでもないだろう。具体的な時間で言えば……ちょうど、私がソドムを焼き払った神の火と硫黄の再現をした頃に攻撃を受けているらしい。場所は地底で、まるで炎に焼かれたかのような傷を負っている。

 

 ……私か。なるほど、どうやら私は無関係な彼女たちを巻き込んでしまったらしい。これは私が直接謝りにいかなければいけない事態だろう。

 流石に喧嘩もしていなければ敵対関係にあるわけでもない妖怪にあれはやりすぎだといえる。死にかねない、というよりも死んでいないほうが不思議というレベルであるとハルパスとか言う悪魔が言っていたし、基本的に長い時を生きて罪を重ねていればいるほどに威力を増す系統の攻撃だから大悪魔などが受けると非常にきついとゴモリとかいう悪魔も言っていた。

 その点を考えると、永遠に赤い幼き月は永遠という名を関している割に生きてきた時はそこまで長くもないので大した威力でもなかったはずだが、そもそもの威力自体がかなり高いはず。何しろ神が滅ぼすと決めた相手に対して行われた攻撃だ。例え何の罪を犯していないものが受けたとしても軽減されるのは神聖属性の攻撃のみであり、物理的な威力に対してはまさに無力。炎も硫黄も防ぐことができなければ結局死ぬのみ。

 そう考えると、余波とはいえあれを食らって生きていた観客たちや永遠に赤い幼き月を褒めるべきかもしれない。一番はあの門番でしょうが。

 あの門番は素晴らしい。気を使って神の火と硫黄をほぼ防ぎ切った挙句に、物理的な余波と属性として存在していた神聖さに当てられて意識を消し飛ばされていた主とメイド長を拾って逃げきることができたのだから。あの反応速度はまさに賞賛すべきものですよ。

 ですから、落としていった帽子もしっかり届けてあげましょう。お土産は……前回はこっそりと置いて帰るという形で置いていったので、今度こそ受け取ってもらえるものがいい。何が好まれるのか、心を読んで確かめてみれば……どうやら主と同僚、そしていなくなってしまった妹様……つまりフランのことを心配しているらしい。

 

 まあ、フランは私に跨って気持ちよさそうにしていますけどね。傷一つついていませんので安心してもらって構いませんが……不思議なのは、何故あのメイド長だけで来なかったのか。あのメイド長だけならば時間を止めて地霊殿中を探し、フランをこっそりと連れ帰ることだってできたでしょうに。

 まあ、そうなったらそうなったでまた発動直前に彼女の能力を借りて私の時間だけは止めさせないようにして話し合いに持ち込むつもりではあったのですけれどね。『こんな幼い子供をずっと地下室に閉じ込めておくとは何事ですか』と。まあ、お説教のようなものになってしまいますが……同じように少し問題のある妹を持つ先輩として、少しくらいアドバイスをしてあげるというのも悪くはないと思ったわけなんですけどね。

 お説教といえば四季さんですが、四季さんは残念ながら能力ありきのお説教をしますからね。能力で『聞かなければいけない、受け止めなければいけない』と言うように思考を誘導していなければ、おそらくお説教なんて聞きたくて聞くわけじゃないんですから殆どの方はお説教なんて聞くことすらせずにさっさといなくなっちゃうんでしょうね。

 

「それで、いったいいつまで見ているつもりですか?」

「いやぁ、なかなか面白いものを見せてもらってるよ」

「もう一回叩き込んでさしあげましょうか?」

「そりゃ勘弁だ。まだ傷も治りきってないし、今は治すのに集中したい」

 

 からからと笑いながら、勇儀さんは普段から持っている杯でお酒を飲んでいた。確か……星熊杯、と言いましたか。効果は、注いだ酒が非常に美味くなる杯だとか。

 私の知る限り、鬼の四天王の持つ宝具の一つ。他の三つのうち、一つはかつての戦いの中で持ち主とともに失われてしまっているため現存しないが、残りの二つは現存するし持ち主も生きている。

 一つは伊吹瓢。酒虫と言う虫の体液を内側に塗り付けられ、空気中に漂う僅かな水を吸って大量の酒に変えることのできる宝具。もう一つは茨木の百薬枡。酒を薬に変えることができるが、その酒で酔えばまるで鬼になったかのように乱暴でがさつな性格になり、一時的にではあるが人間とは思えぬ膂力を得るという宝具。持ち主である彼女はこの酒を飲み、切り落とされた腕を漬けることによって腕の腐敗を止めているそうだ。

 

 ……私なら一応戻せなくはないのだけれど、正直に言って一度に何千年分も戻したり進めたりするには今のように完全憑依が必要なのでやりたくはない。疲れるし、肩も凝るし、いきなり大きくなるせいで歩こうとするとバランスがとりにくくて仕方ない。腕をくっつけることができる薬が欲しいのならば、自分で作ってしまえばいいのだと思いますけどね。仙人だと言うのなら、そのくらいやって見せてほしいところです。得手不得手というものがあるでしょうからあまり期待はしていませんけど。

 

「ん~♪」

「んん~♪」

「おや」

 

 ゆっくりと二人を撫でながらの考え事は、二人からほっぺへのキスを受けて中断された。少し恥ずかしそうにはにかむフランと、無邪気に笑うこいしに癒されつつ立ち上がる。二人合わせても勇儀さん一人よりずっと軽いのでこのくらいなら問題なく運ぶことができる。

 

「ふふ……それじゃあ、ご飯にしましょうか。何が食べたい?」

「お肉!」

「お魚!」

「「むむ!」」

 

 まるで二人は示し合わせたかのように同時に違うものの名前を言い、そして睨み合う。けして喧嘩になるようなことはなく、まるで初めての友達にじゃれつくように二人は見つめあっている。

 そうですね。それでは今日のご飯はおにぎりにしましょうか。具を魚にしたりお肉にしたりすればどちらの意見も拾えますし、大丈夫でしょう。

 

「私にはなんかないのかい?」

「お茶漬けでも出しましょうか?」

「帰れってか?」

「いえ、お酒の後に食べるお茶漬けはそれはそれは身体に染みて落ち着くものだと聞いたので完全に善意です。嫌ならまた何か考えますよ」

「いや、お茶漬け貰おうか。美味いんだろうな?」

「さあ? 美味しいと思っている方がいるというだけですので、私がそれを保証するものではないですからね」

 

 と言いながらもしっかりと出汁からとってくさとりはいいやつだよな、ですか。それはどうも。

 



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39 私はこうして先を想う

 

 食事を終わらせ、食休みにみんなでまったりとしている。時間はあるし、地霊殿に来ようとしているお客さんもいないし、地底は昨日の私と勇儀さんの喧嘩で盛り上がっていて事件を起こそうとしている者はそう多くない。勇儀さんは勇儀さんで私と約束した通りに力仕事としてあの場の修復……全面岩石になってしまった大地を力技で土……とまではいかないけれど砂にまで粉砕している最中。あれが終われば少しずつ自然の方から浸食させて元通りの綺麗な自然に戻すことができる。何年かかるかはわかりませんが、あの岩石の下には変わることなく大地が広がっている。私が出した神の火と硫黄は表面しか焼かないように……正確には私が想起し再現した範囲しか焼かないようにしてあった。だからこそ表面が岩石となるだけで済んだともいえる。

 ……まあ、いつの日にかまたあそこに自然が満ちたら、そこに皆を連れて散歩に行くのも面白いかもしれませんね。地底には陽光も届かなければしっかりとした見所もない。けれど、暮らしてみればなかなかに楽しむことができる場所であることも間違いないですから。

 きっとフランも気に入ってくれると―――と、いけない。そういえばフランは家出してきたんだった。この件については早めに決着をつけなければいけないだろう。

 それに───フランの中にあるこれも、何とかしておいた方がいい。

 けれど、フランの狂気の根源はその能力。能力を封印するなり消すなりして使えなくなれば狂気は能力からのバックアップを受けることができなくなって少しずつ薄れ、消えていくだろう。その間に能力の影響を受けても問題ないだけの精神を組み上げることができれば……フランは精神を病むことなくまた能力を使うことができるようになるだろう。

 狂気そのものの封印は、その裏に『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』がある以上現実的ではない。外から封印を破壊されてあっという間に解放されてしまう未来が見える。

 私がやるとしたら、狂気だけを一度完全に切り離して正体不明や尼入道にやったように少しずつ受け入れさせていくか、あるいは狂気の部分だけを私に取り込んで浄化して戻す。片方は面倒だが後々の憂いが殆どなくなり、もう片方は一回で終わるが失敗した時が怖い。フランの狂気の部分を吸い取るときには代わりに私の一部を送らなければならないのだが、送る場所を間違えて彼の神格の記憶などを送ってしまったらそれこそ取り返しがつかなくなってしまう。狂気神話とは単体でも相当に恐ろしい神話の塊なのだ。

 流石に断片でどうにかなってしまうことはないと思いたいが、しかしどうにかなってしまう可能性があるというだけで十分に考える理由となる。付き合いは長くないとはいえ、妹分を壊してしまうのは嫌だ。

 

 ……もしもフランの意思がもう少し成長していれば。あるいはしっかりと目指す場所が決まっているのならば、白蓮和尚にやったように狂気との直接対決で狂気を支配下に置かせることもできたのだろうが、今のフランにそれは荷が重すぎる。狂気の方から読んだ記憶が正しいのならばフランの狂気は相当えげつない趣味をしていることがわかるし、そもそも暴走を我慢するという回路が出来上がっていない。このままでは暴走した時が大変だろうし、部屋に閉じ込めたままにしておくというのも手の一つではあるが根本的な解決にはなっていない上に狂気から覚めたフランに自分の行った結果をまざまざと見せつけるというのはあまり良いことではないだろう。

 このまま続けていったとすると、おそらくいつの日にか成長していくフランの能力に対応しきれなくなった結界が壊され、フランは外に出て狂気のままに辺りを壊して回るだろう。自分の部屋のものが自分の手で壊されていくのを見続け、さらにどれだけ壊されても後から後から新しいものが供給されて来れば、自分が壊せるものに変わりが無い物なんて無い、という思考から破壊に対する忌避感が薄れてしまうかもしれない。それは良くない。とても良くない。

 もしも部屋に閉じ込めるなら、もっと頻繁にフランに会いに行くべきだった。恐らくだが、永遠に赤い幼き月はその能力、運命を操る程度の能力を使えばフランの能力をほぼ無効化できるはずなのだ。なにしろフランと彼女の能力はどちらも運命に介入することで結果を出す能力なのだから。

 

 永遠に赤い幼き月の能力は、運命を操る。すでにそこにある運命を弄ることができるわけだが、こういった能力の場合はしっかりと鍛え上げれば運命の無いもの……この世界に存在するもので運命に縛られていないものは恐らく滅び終わったものや存在が永遠となっているものくらいしか無いだろうが、とにかく存在しない運命を作り上げることもできるようになるはずなのだ。

 そしてフランの能力である『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は、対象の運命を手元に引き寄せて球体にして、握り潰すことでその時点よりも先の運命を消滅させる。そうすると、運命の無くなった物として一番に考えられることは『滅び終わること』。つまり、ありとあらゆる物の存在は破壊され、滅ぶ。

 だが、ここで永遠に赤い幼き月がその運命に干渉し、その運命を破壊できないほどに強化したり、破壊された瞬間に消滅しそうになった運命の断端からもう一度運命を織り上げることができればそこにある物はそれまでと変わらず存在し続けることができる。

 流石に何もないところから運命を作り上げることは非常に難しいだろうが、大本になるものが少しでもあればそれを基にしてどうとでもなる。

 

 時を操るメイドに、運命を操る吸血鬼。まったく、なんという反則だろうか。

 

「おねーちゃんが言えることなのかなぁ?」

「どうかしたの? こいし?」

「……? 何か言ったっけ?」

「……無意識、ね」

 

 そう言えば、私は他者の意識を読み、こいしは他者の無意識を操る。私とこいしが一緒になれば、意識的な能力の発動は私が抑えることができ、無意識的な能力の発動はこいしが抑えることができるようになるだろう。そしてこいしの能力の文言上、恐らくだけれどこいしは他者の無意識を作ることもできるようになるはずだ。そう言った能力は非常に強力な分、反動などが怖いのだけれど……こいしの無意識を操る程度の能力は既にこいしの意識の殆どを奪っている。さて、これ以上何が奪われるのだろうか。

 意識がないということ。それはつまり感情が無いと言うことでもある。それを知るからこそ私はこいしが感情を出すことができると言うことを歓迎している。それがどれだけ暗い感情であろうと、私にとっては可愛い妹の生み出した感情だ。大切にするに決まっている。

 今では私に甘えるときに時々出すか、私が明らかに戦った時などに感情を見せるのだけれど、私からするととても有り難い。家族想いだと思えるし、実際に感情を出している間だけは第三の眼が閉ざされていても目蓋を突き抜けてくる強烈な光のように感情の有無だけならわかるのだから。

 

 それはそれとして……どうやってフランを返せばいいのだろう? 私にはどうしてもいい手が思いつかないのだけれど……何とかしないとまたあの吸血鬼がやってくるだろう。できれば戦いは避けたいし、戦いになったとしても私が傷つかない方法をとらなければならない。こいしが気にしてしまうし、こいしがその気になったら世界中のありとあらゆる存在の意識を削り切って全てを無意識に変えてしまう。そんなことになれば、人間も妖怪もただの動物と変わらなくなってしまう。恐怖や実在を信じさせるなら別に相手が人間である必要はないのだけれど、動物相手では美味しい感情が手に入らなくなってしまう。野性味溢れた味も悪くはないけれど、毎日それでは飽きてしまうし、私の能力はそもそも理性を持ち、言葉を扱う存在を相手にしなければ効率が良くない。だからできることならば全世界を無意識の海に浸すようなことはしないでほしいのだけれど……こいしの行動の殆どは無意識によって行われている。無意識の行動を止めるなんてことは私にはできない。つい最近勇儀さんは実行していたけれど、あんな脳筋御用達な方法は御免被る。私はまだ理性的な存在でいたいのだ。

 

 ……しばらくフランは地霊殿で預かって、狂気の抑え方をちゃんと覚えさせてから紅魔館に一度戻らせたほうがいいだろう。今度は家出ではなく、ちゃんとここに泊まるという話を通してからおいで、とでも言って。

 まったく、可愛らしい子ですが、同時に厄介な子ですよ、まったく。

 

 ……可愛いんですけどね。

 



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吸血少女が実家に戻り、紅魔の主は決意する

 

 フランドールが家出をして、かなりの時間が過ぎたある日。咲夜はいつものように紅魔館の掃除をしていた。埃一つ落とさないほどの完璧な清掃に一つ頷くと、次にレミリアの朝食を作るために台所に立った。

 本来ならば昼に眠り、夜に活動する吸血鬼であるはずのレミリアだが、博麗の巫女―――博麗霊夢に合わせて昼型の生活に変えている。そのため、早寝早起きを心がけていたり栄養に気を配ったりという吸血鬼としては色々おかしい事に目覚めてしまっているような気がしなくもない。

 

 朝食には軽いものを求める傾向の強いレミリアのために、咲夜は腕を振るって料理を作る。軽いものとは言っても手を抜いているというようなことはなく、紅茶も料理も完璧なものを用意した。咲夜にはその自信があった。

 

「あ、それお姉さまに持っていくのね?」

「ええ、そうですよ」

「ふぅん……じゃあ頑張ってね」

 

 ……短い会話を終えて、ふと気になった。私は今、いったい誰と話をしたのだろうかと。

 くるりと振り返ると、そこにはまるで宝石のような羽を持つ少女が一人立っていた。レミリアのために作った食材の余りを使って自分で料理をしようとしているその姿に向けて、恐る恐ると話しかけた。

 

「あの……フランお嬢様……ですか?」

「うん。久し振り、咲夜」

 

 答えはするものの顔は見せない。最後に見た彼女の姿とはあまりにもかけ離れていて、しかし見た目は間違いなくフランであることもあってなかなか判断がつかない。ただ、その顔には狂気の影すら存在せず、まるでただの幼い少女のようであった。

 

「いつ、お戻りに?」

「え? さっきだよ、さっき。ちょっと『私がこの場所に来るまでの過程』を破壊したからここに来るまでの私の姿は見えなかったと思うけどね」

 

 きんぐくりむぞん~♪ と笑いながらおどけるように言うフランだが、咲夜は今まで一度も見たことのないその表情に混乱していた。

 なんの含みもない笑顔。それだけなら咲夜も見たことはある。人間として生きてきた中で、それなりに長い時間を紅魔館で過ごしてきていた。だから、フランが笑顔を浮かべたところは何度も目にしている。

 殆どは鬱屈としたものだったり、自嘲の混じったものでもあったが、時々、本当にたまにではあるが見た目通りの幼い子供のような笑顔を浮かべていたことを咲夜は知っている。

 

 ……しかし、この事はレミリアには朗報となるだろう。フランが紅魔館からいなくなってから地底に赴き、あの地獄を目の当たりにしてしまったレミリアは、もう二度と地底には近づきたくないと心の底から思っていた。同時に地底の支配者であるさとりからの連絡―――『フランは預かっています。そちらがあまり変なことを考えなければ、無事にお返ししますよ。それどころか、色々な経験をして成長しているかもしれませんが』―――が無ければ、地底のことを考えることすらしなかっただろうと思えるほどに。

 地底でいったいどんな経験をしてきたのか。人が当然のように人を喰らい、悪魔よりもより悪魔のようなことを繰り返す。そんな光景が当たり前のように起きているあの場所で学んだ事がまともであるなどとは思えなかったが、あの光景と、降り注ぐ灼熱を思い出すだけで身体が竦む。恐ろしいことなど何もないと思っていたし、それまで確かにいくら恐ろしくとも悍ましくとも身体が竦むような情けない姿を見せるようなことはなかったというのに、地底はその日常の光景だけでその精神をへし折っていった。

 あんな中で、フランが一体どんなことを学んできたのかはわからない。けれど、今こうして戻ってきてくれた。それだけで、レミリアは喜ぶだろう。

 

 咲夜は僅かに浮かんだ涙をハンカチで軽く拭い取り、優雅な一礼を見せた。

 

「……おかえりなさいませ、妹様」

「ん? うん、ただいま。これからお姉さまのところにも行くつもりだけど、これから寝ちゃうところかな?」

 

 軽く、何でもないことのようにそう返すフランに、笑いがこみ上げてくる。自分が悩んできたことが、なんだかとても小さいことに思えてきてしまった。

 

「お嬢様は、これから起きるところだと思います。最近のお嬢様は生活リズムを朝型に矯正いたしましたので」

「……あれ? お姉さまって吸血鬼だよね? 私の覚え間違いとか、知らない間にお姉さまの種族が変わっちゃったとかそんなことはないよね?」

「はい。お嬢様は今も昔も吸血鬼、夜の王と呼ばれる種族でございます」

「だよねぇ……?」

 

 首をかしげながら呟くフランのその姿に咲夜はついつい吹き出してしまう。その直後に、ぷにっとフランに頬をつつかれる。

 

「そんなに笑わないでよ。どっちかっていうとおかしいのはお姉さまのほうなんだからさ」

「ふふ……はい、申し訳ありませんでした」

 

 そう言いながら咲夜はもう一度、深々と礼をした。

 

 

 

 ■

 

 

 

 フランが戻ってきた。それは良いことのはずだ。初めは私も喜んだし、フランを抱きしめて少し泣い―――てはいない。うん、泣いてないわよ? 本当よ?

 とにかく、フランが戻ってきたということは紅魔館にとってはいいことのはずなのだ。

 ……だと言うのに、奇妙な齟齬があるように感じてならない。今、こうして私とフランは向き合いながら食事をしている。お互いに笑顔であり、お互いに好意を抱いているはず……なのだ。

 ……そう、そうだ。フランは、あの地底の、地獄のような、という表現を陳腐な物にしてしまうような場所にいたはずなのだ。だと言うのに―――

 

 ―――なぜ、フランは、私と当たり前のように会話ができているのだろうか。

 

 妖怪と言うのは精神が主体となって存在する。ならば、あのような地獄で生活を続けていれば、その精神は一般的な視点から見れば狂ったものになるはず。フランのように元々狂気に侵されているような存在ならばよりその狂気は凄まじいものになるはず。

 だと言うのに、フランは今こうして私と話をすることができている。それが、どうしても奇妙に思えてしまって仕方ない。

 

「……? お姉さま、どうしたの?『狂気に満ちているはずの私と話ができているのが奇妙で仕方ない』っていう顔だよ?」

「!?」

「……なんちゃって♪ さとりお姉さまに言われたとおりに言ってみたら、本当にびっくりしてる。大丈夫だよお姉さま。私はさとりお姉さまのおかげで狂気を自分で抑えることができるようになったんだよ?」

 

 そこから先は、いくらフランの口から出てきたことでも信じられないことばかりだった。

 

「地底に住んでいる人たちはちょっと癖が強い人が多いけど優しい人もいっぱいいるよ?」

 

 私が見た景色の中に、癖が強いで済む程度のことしかしていない人間は一人としていなかったし、優しいという言葉に当てはまるようなものも一人もいなかった。

 

「それに、太陽がないからいつでも外に出られるし、地下だけどとっても広いから結構景色がいいところも多くてね?」

 

 私が見た地底の景色は、どこもかしこも地獄のようなものだった。いや、景色を楽しむ余裕なんて初めからなかったといってもいいかもしれない。それに、太陽は無くてもあの神聖な力に満ちた炎が降り注ぐ中で外出なんてできるはずがない。

 

「食べ物だって美味しいし、色んな種類があるから飽きないし―――」

 

 食べ物、と言うと、私には人間が同じ人間を喰らう所が目に浮かんでしまう。人間ですら人間を喰らうような場所で、一体何が食べられるというのだろうか。人間の中でもいろいろあるというのだろうか。それとも妖怪は他の力の弱い妖怪か、あるいは地底に多く存在するという怨霊でも食べるのだろうか。

 

「それで、頑張って狂気を抑えられるようになったら友達もできたんだ!」

「そう……それは、よかったわね」

 

 笑顔で話し続けるフランの話を聞きながら、私は静かに確信した。

 

 ―――フランは、地底の常識に染まってしまったのだと。

 

 人間が人間を喰うのは当たり前。炎が降るのも、それに耐えられずに誰かが死ぬのも死んだ相手が弱かったのが悪い。人間のように妖怪が妖怪を食べるのだって普通のこと。

 そんな狂った常識の中で育まれた常識が、本当の常識として機能するはずもない。フランはきっと、これから先も地底以外の外で馴染むことはないだろう。古明地さとりによって植え付けられた、狂い切った常識のせいで。

 

「……ふぁ……もう寝る時間かな。それじゃあお姉さま、私はちょっと夜まで寝るわ」

「……そう。わかったわ。―――お休みなさい、フラン」

「うん、お休み、お姉さま」

 

 フランが消えた扉を睨みながら―――私は想う。どうやって、あの外道極まりない覚妖怪に償わせてやろうかと。

 怒りが湧き上がる。激怒が私の視界を赤く染める。ビシリとティーカップに罅が入り、砕ける。

 

 ……古明地さとり。この私の妹に。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹に。フランに手を出したことの意味を、教えてやろう!

 



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40 私はこうして日常に戻る

 

 毎日の料理に掃除に洗濯。やる事は沢山あって、毎日同じようで少しずつ違うことを繰り返す日々。そんな平穏な日常というのは実は結構簡単に壊れてしまうものであり、一度壊れてしまうと中々もう一度得ることが難しいものだったりする。

 だから私は今のような生活を大切にするようにしている。妹との生活。ペットたちとの生活。そして新しくできた妹分との生活。一度得て、それから失ってしまうともう一度得るのはとても難しい。一期一会という言葉もあるし、必要ではなくともあった方が良いものでもある。

 今で言うと、フランがこいしと仲良く遊んでいる光景や、人型になれないペット達と戯れている時間というのは、今この時しか存在しない。勿論同じようにこいしと遊んだり、ペット達と戯れることはできるだろうけれど、まったく同じ結果には決してならない。世界の可能性とはそういうものだ。

 

 さて、用意するのはこの八雲紫からもらった写真機。普通ならば写ることのない吸血鬼であろうと写すことができるこの写真機は、実はとても希少な物だったりする。

 天狗達は自前の能力で何とかしたり、河童の作った術と相性のいいカメラに自分で術を込めて様々なものを写せるようにしていたりするわけだ。

 この写真機で何をするのかと言うと……いや、言わなくてもわかるだろう。写真を撮るのが写真機の正しい使い方であり、本来の使い方である。どこかの天狗達が使う写真機のように、『写真が魂を写し取る』という概念を強化して弾幕を切り取るようなちょっとあり得ないというか発想の勝利とでもいうべき使い方をするのも悪くはないけれど、今はそれよりも普通に写真を撮ることにしたい。

 

 フランの写真。ペット達と一緒の写真。こいしとのツーショット。お空やお燐も一緒に。地霊殿の住人大集合。私はその中に写ってはいないけれど、それでもやっぱりどれもこれもいい写真ばかりだと思う。

 何しろ可愛い妹たちの写真だ。少しくらい姉馬鹿が入ってしまっても仕方がない。そういう感情は行動と切っても切り離せないものであるし、そういう感情を食らって生きている私としては感情によって動くことはとても健全なことだと思うわけだ。

 まあ、そんなことを言ってもこうして私がカメラを使うことはあまりない。誰かの可愛い姿を残しておくためにいつでもこっそり持ってはいるのだけれど、毎度毎度使っていては、あるいは持っていることを知られてはそれはそれで面倒なことになるから仕方ない。

 もしも私がカメラや録画機材を持っていることを知られていたら四季さんだって私の前であそこまで気を抜いた姿を見せることはなかっただろうし、私の前で寝ぼけた姿をさらすことがいったいどんな意味を持つのかを知られていては弱m―――ではなく、貸しが作りにくくなってしまう。八雲紫のように簡単に出会うことができるような相手ばかりではないのだから、機会はできるだけ有効に使わせてもらいたい。

 

 ……ちなみに、勇儀さんの写真もありますよ? 可愛らしいフリフリいっぱいの服を着た写真や、かっこいい系の服を見事に着こなした勇儀さんの写真。これだけで写真集の一冊や二冊は作れそうなくらいにたくさん。勇儀さんのライダースーツは本当によくお似合いでした。外の世界の写真集という物を見て作ってみた甲斐がありましたね。

 本人に言わせると胸がきついそうですが……まあ、勇儀さんは胸が大きいですし、しっかりサイズを測らないで身体にピッタリになるように伸縮する素材を使っていましたから仕方無いですね。普段からあまり身体を締め付けないものを好んでいましたし、そう言った服装は慣れないのでしょう。

 

 ……ちなみに私の写真は基本的に破棄しています。あまり写真を残したくないと言う思いがあるわけではなく、とある事情から私の写真には危険なものが写り込んでしまうようなのでどうしても残せないのです。

 確かその事に一番初めに気が付いたのは……お燐だったはず。私の写る写真。その中に、私の記憶に存在する神格の一部が写り込んでいるのを見付けてしまったのだ。

 場所は、私の第三の眼の中。まるでニトクリスの鏡のように、神格や奉仕種族などの区別なく私の瞳に写り込む。実際に見てみてもそんなものが写っていることは一度もなかったし、お燐がそれを見つけてしまった時にもそこまで大きな被害はでなかった。お燐は一時的に気分が悪そうだったけれど、それでも発狂することはなかったし、お燐以外にその事に気付いたのは私しか居ない。

 だから、私が写っていた写真のほぼ全てを焼き捨てた。昔の思い出が消えてしまうのは悲しくもあったけれど、未来のために邪魔になるのなら捨てる必要もある。だから、私は当時から新しく写真を撮られたことは殆どない。

 ……と言うか、撮られたらまずい。新聞なら殆ど潰れてしまうから読み取ることはできないだろうけれど、写真として残ってしまうのは本当にまずい。発狂させたくて発狂させている訳でもないのに、なんで発狂させなければいけないのかと。

 とにかく、そう言うわけで私が写真を撮る時には絶対に第三の眼を正面から写してはいけない。もし写したりしたら不特定多数の誰かが最悪死ぬ。天狗からの盗撮を防ぐ理由の大半はこれだったりする。

 だと言うのに色々と文句ばかり言ってくる天狗がいる。盗撮したのが悪いとは思わないのだろうか。ちょっと呪詛返しで存在の八割ほどを写真に封印されて身体が子供のものになって幻想郷最速の文屋にこねくりまわされたくらいでそんなに怒ることもないでしょうに。

 ……私が子供になったら? 私の普段の姿は子供ですが? こうして大人の姿でいるのも長くてもあと数日程度。かなり無茶をしたのでそのあとの筋肉痛が怖いですが、戻らないでいたら後々もっと筋肉痛が酷くなるのは知っているので戻らないと言う選択肢はありません。

 ……また数日はベッドの上ですか。お燐の作る料理は冷めてるのが多いので少し飽きがくるんです。元から冷たい料理にしてくれていればまだいいんですけどね……。

 ……嘆いていても仕方ない。次にこんなことになっても平気なように、お燐にもう少し料理について叩き込むことにしましょう。仕事と平行してやるのは大変でしょうが……それでもお燐なら上手くやってくれるでしょう。

 できなかったならできなかったでお空の身体を借りて私がやるから大丈夫と言えば大丈夫なのだけどね。ただ、お空の好みの味付けと私の好みの味付けとは大分違うから味が迷走してしまう可能性があるのが困ったところだけれど、それならそれで初めから直感だけで作ることで味を迷走させないことが可能。失敗したとしてもかなり薄くなるかかなり濃くなるかのどちらかで、そこまでひどい……と言うより、奇妙な味にはならないから調整も容易。なかなかに便利なのよね、これ。

 基本的に料理は足し算。引き算はできないし中和なんて考え方はもってのほか。だから薄味に作って自分の好みに味付けしてもらうという方法も取れるのだけれど……それだと人化できるペットたちの負担が大きいのよね。人化できないペットたちの分まで調整しなくちゃいけないし。

 

 まあそれはそれとして……今のうちに動けなくなった後の分まで作ってしまうというのも一つの手ではある。量が非常に多くなってしまうし、保存の問題で冷蔵庫が一つ使えなくなってしまうけれど、先に準備しておくというのも悪くはない。

 どうせなら、この際フランに料理を少しだけ教えてみるというのも面白いかもしれない。基本の基本、手を切らない包丁の使い方だとか、料理の基本は足し算で引き算はできないとか、そういうこと。それ以外は―――ああ、種族的に食べてはいけないものというのがあった。人化できるのならそこまで気にしなくても構わないのだけれど、人化できないペットたちの中には食べてはいけないものがあったりする。犬猫ではタマネギやイカなど。草食系の動物なら植物しか食べられないし、肉食系の動物なら基本は肉でいいけれど内臓の部分を少し多めに取ってあげなければ栄養失調などを起こしてしまうこともある。

 ペットを飼うのは難しくて手間がかかることだけれど、ペットを家族として可愛がることができるくらいの関係を望んでいるならそういうことにもしっかりと気を使ったほうがいい。

 

 ……完全に肉食のペットを飼おうとする人なんてそうそういませんから役に立つことはあまりないですけどね。

 



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41 私はこうして痛みに耐える

 

 筋肉痛で動けない。どのくらい酷いかと言うと、指先を動かそうとすると指から手、手から前腕、前腕から上腕、上腕から肩、肩から背中と胸、そして胴体、胴体から下腹部と首、首から頭、下腹部から太股、太股から下腿へと痛みが走り抜け、その痛みについ悲鳴をあげてしまうと声帯の振動が喉を伝って首だけではなく胴体まで痛み、痛みに耐えようとお腹に力を入れようとするとお腹から胸、そして隣接する筋肉を伝って全身が痛むため全く動くことができないくらいに酷い状態だ。

 ……今なら私、この身体を治してくれた相手に信仰心を捧げられそうだ。ディアンケトやアスクレピオス辺りにならいける。

 まあ、実際にはアスクレピオスは神ではないのだけれど。アスクレピオスは神の元に行くはずの死人すらも生き長らえさせてしまっただけの人間であり、何度も言うが神ではない。

 特に西洋における神格とは、神であるがゆえにそれは神である、と言う定義の元にされている。日本のように長く存在したものが神になる、と言う考え方とは無縁。それは西洋の宗教感では当然のことであり、一神教であろうと多神教であろうと変わらない。

 また、神以外が神になるにはそれなりの理由が必要だ。元から半分神の血をひいていたりだとか、竜を殺すことでそれまでに竜が喰らった神性を奪い取ったりだとか、戯れに神から与えられたりだとか、基本的に神になるのにも神が関わる。

 日本神話……正確には神道を初めとする神話形体では、神となるのに必要なものは多くない。なにしろ神として崇められることがなく、存在を知られておらずとも神へと変ずる存在もいれば、どれほど信仰されていても神になることのできないものもいる。存在を始めて三日と経たずに神になるものもあるし、千年生きても神にはなれない妖怪変化もいる。神に成るのに絶対に必要なものが存在しないのだ。

 だからこそ、そうして神が増えるのが当たり前である日本神話圏では神を身近に感じるのが当たり前であり、人間と言う矮小な存在が神を殺したり封じたりという話が非常に多い。神が絶対的な存在でないがゆえにそう言った話があるわけだ。

 

 ……つまるところ何が言いたいのかと言えば、私の信仰程度で何かが変わるわけがないと神は思うだろうから恐らく神に祈ったところで意味はない。そんなことに時間を使うくらいなら解決策を考えた方がよほど有意義だ、と言うことですね。

 そう言うわけで解決策を……あー、最後に神格の完全憑依なんてやったの千年単位で昔のことだから薬をどこにやったか忘れてしまった。あの貼り薬はよく効くのだけれど、張られたその時が地獄。痛み止ではなくちゃんと身体を治してくれる薬なので重宝していたのだけれど……と言うか、なにぶん作ってから日が経っていますし、効果が保たれているかどうかは首を傾げざるを得ないところ。だったら新しく作り直した方が早いかもしれない。

 薬草……そういえば残りもあまり多くないし、また取ってこなければいけない。薬膳料理やカレーを作るときにもいくつか使うし、減りはなかなか早い。カレーに使える物は多くないけれど、旧灼熱地獄の一部には罪人の血と怨念を吸って育つ燃えない植物があり、その実は加工方法次第で様々な味を出す。それを使えばカレーを作ることだってできる。

 

 今でなければ。

 

 ……今? さっきも言った通りに筋肉痛で動けませんし、他人の体では上手く扱えません。故に無理です。泣きますよ? 痛みで出せない悲鳴の代わりかってくらいにぽろぽろ涙流して泣きますよ? いい年した妖怪が思いっきり泣いちゃいますよ?

 あ、そこにこいしを呼ぶのは駄目ですよ? 顔中唾液まみれになるようなことはちょっと。

 

 ……それはそれとして、どうしましょうかね、この状況。

 薬はない。身体が自然に治るのにかかるのは恐らく数週間。まともに動けるようになるまでと考えても最低五日。ペットたちの世話はペットたち自身にやってもらっているし、わからない所があったら私が想起で直接指示を出しているから今のところ問題は出ていない。ただ、フランとこいしはとても詰まらなさそうだ。

 特にこいしは私の想起を受け取ることができない。会話をしようとしても会話にならないのだ。

 ずっと私のベッドの隣にいるのはわかっているけれど、こちらから話しかけることはできない。なぜなら口を開けようとした途端に口から顎、顎から首、首から胸と痛みがどんどんと広がっていって話すことができないから。今は口を開けても悲鳴しか出てこないという自信がある。

 

 ……できることもありませんし、眠っておきましょう。筋肉痛と言ってもこれ身体だけでなく魂の器にも若干ガタが来ている状況ですから、時間経過が一番いい薬なんですよね。ほんと。

 

 

 

 ■

 

 

 

 さとりお姉さまは、今見ているだけでも少しずつ小さくなっていっている。最初は昨日と同じ大きなさとりお姉さまだったのが、今では初めて見た時のさとりお姉さまに近くなっているように見える。きっとこのまま暫くするといつものさとりお姉さまに戻るんだろう。どのくらい時間がかかるかはわからないけど、ここには私を閉じ込めようとする奴なんていない。あいつも来ないし、私はとっても自由でいられる。

 

 ……けど、自由だからって何でもやっていいわけじゃない。私は自分がさとりお姉さまの住むこのお家を壊したくないし、私の狂気がここを壊そうとしたら頑張って止めたいと思う。もしできなくて壊しちゃったら―――ちゃんとさとりお姉さまに謝ろう。

 

「……まあ、いいんじゃないかな。うん、合格点」

「あ、こいしだ。いつから居たの?」

「ずっと。お姉ちゃんが小さくなり始めて、動けなくなっちゃってからずっと私はここにいたよ」

 

 ゆっくりと息をしているだけでも苦しそうなさとりお姉さまをじっと見つめながらこいしは言う。無意識の中にずっといるって言ってる割には、こいしってさとりお姉さまの近くにいることがすっごく多いよね。

 

「こいしもさとりお姉さまが好きなのね」

「大好きだよ。うん、大好き」

「私もさとりお姉さまのことが大好きだよ!お揃いだね?」

「―――ふふっ……そうだね、お揃いだぁ」

 

 やっと眠ることができたさとりお姉さまを起こさないように静かに笑い合う。私の閉じ込められていた地下室には色々なものが置いてあったけれど、こうしてお話しできる相手だけはどこにもいなかった。だから、こいしとこうやってお話しできるっていうことがとっても楽しい。

 きっとこれは普通のことなんだと思う。誰もがやって当たり前のことで、誰もができて当然のこと。だけど私はそんな当然のことをする機会も持っていなくて、こうしていざ話をしようとするとどうしていいのか少しわからなくなってしまう。

 

「―――お姉ちゃんはね。とっても優しいんだ」

 

 こいしから、ぽつりと言葉が溢れ出す。無意識に話し始めてしまったみたいに、ぼんやりとさとりお姉さまを見つめながら話は続く。

 

「お姉ちゃんは、誰よりも心が強いの。精神で生きている妖怪の強さが本当に精神の強さだけで決まるなら、この世のお姉ちゃん以外の全員を相手にしたって負けの目が見えないくらいに。

 ……だけど、そのせいで他人が自分を見てどう思うか、っていう予測をしたときに、自分を基準にして考えちゃうといっつも規模が大きくなりすぎるの。

 ちょっと驚かせて威嚇するためにって言ってノアの洪水を遺伝子の奥底に眠る記憶から呼び覚まして陸上で相手を溺れさせちゃったり、ちょっと恐怖を覚えてもらうって言って超巨大隕石が直撃した瞬間の地球の記憶を想起して精神崩壊させちゃったり……能力が強すぎることもあって、いつも弱いほうに弱いほうに抑え続けてきてたんだ。だって、あんまりたくさん怖がらせちゃって自分の周りから誰もいなくなったら寂しいもんね」

 

 ふと、さとりお姉さまが一人っきりでこの場所―――地霊殿で生活しているところを想像してしまった。一見何も変わっていないように見えたけれど、今のさとりお姉さまと違って表情が全然動いていなかったし、その無表情もなんだか少し寂しそうに見えてしまう。

 ……うん、やっぱり一人は寂しいよね。

 

 こいしは膝を抱えたまま、私に視線を向けた。

 

「……私は、いつまでもお姉ちゃんと一緒にいるよ。無意識に出かけて行っちゃっても、絶対に私はここに戻ってくる。

 ……フランも、たまには来ていいよ。お姉ちゃんと一緒に歓迎してあげる」

「……いいの?」

「いいよ。私に何かできるわけじゃないけどね」

 

 ぴょん、と椅子から飛び降りて、こいしはどこかに行っちゃった。私はさとりお姉さまのことをじっと見ながら、少しだけ頬を緩ませた。

 



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42 私はこうして眠りに落ちて、妹達は暴走する

 
 遅くなりました。


 

 予想通り五日も過ぎれば痛みはだいぶましになってきた。ただ、動けはするけどできることなら極力動きたくはない。そのくらいの痛みがまだ残っている。

 しかしまあ、動けることは動けるのでそろそろ動こうと思う。お燐にあまりたくさん仕事を押し付けすぎるのもよくないし、だからと言ってお空に料理を任せたりすればあらゆる食材を館ごと核の炎で焼き払いかねない。他のペット達も料理を作ることができるものはあまりいないし、こいしやフランは……少なくともフランは調理器具を触ったことすらないことはわかっている。私が頑張らなくちゃ。

 

 だから───

 

「……こいし? ちょっとどいてくれないとご飯が作れないんだけど……」

「だーめっ!」

「いや、でも……」

「ダメなものはダメなのー!お姉ちゃんは少なくともあと二日はちゃんと寝てるの!」

「そうだよさとりお姉さま!怪我してるときに無理をしちゃいけないってめーりんもパチュリーも言ってたよ!」

「いや、でもご飯……」

「あっという間に傷治してピンピンしてた勇儀に作らせてるから大丈夫だよ。だから寝てよ?」

「勇儀さんの料理……ってそれ基本お酒のおつまみじゃないの!いつも屋台かメイドイン橋姫のどっちかなんだから!」

「地霊殿のインスタントも食べてるってさー。お酒の後とかに」

「結局つまみになっちゃうのね……まあ、お酒の後の温かいおうどんが美味しいってことはわかるけど……」

「「だから、動いちゃダメ!」」

 

 右からこいし。左からフランの声が同時に私を押さえる。もともとあまり力の入らない身体に小さな少女のものとはいえ二人分の体重がかかれば、それはもう起き上がることなどできないわけで。どう頑張っても私は身体を起こすことができなくなってしまった。

 それを察したのか、それとも単に私にくっついていられるのが嬉しいのか、あるいは何も考えていない無意識でのことなのか、こいしは笑いながら私の腕を抱え込んでいる。正直に言うと私は耳に息をかけられるのがあまり得意ではないのだ。さっきからわざとなのかと言いたくなるくらいにこいしは私の耳に吐息を送り込んでくる。

 そしてこいしに何か言われたのか、左側にいるフランからも、こちらは明らかに意識して息を吹き込んできている。ぞくぞくとした感覚が耳を襲い、首筋から背筋を這い、さらに力が抜けていく。

 

「お姉ちゃんの弱点は私が一番よく知ってるからねー。ほらここ、こうやって―――」

「ちょ、耳はだめぇ……!」

「にゅふふふ……息を吹きかけただけでこんなになっちゃうなら、ぺろぺろしたら一体どうなっちゃうのカナ?」

 

 にゅるっ、とこいしの舌が私の耳に入り込んでくる。意識ははっきりしているし、考えることにも支障はないけれど、身体を動かすことは阻害されてしまう。

 こいしの真似をしているのか、左側にいるフランも私の耳を咥えてはむはむむにむにと唇で耳を揉み解している。本当に、身体が動かない上に声もしっかり出なくなってしまうのが困る。どうして私はこんなに耳に触られるのが弱いのだろうか……。

 ちゅるちゅると耳の穴を内側から蕩けさせるような水音が頭に響く。目の奥がちかちかと光るような錯覚。世界が狭まり、音と感覚だけが私のすべてになっていく。あまり自分の意思でなく意識を落とすようなことにはなりたくないのだけれど……そうなってしまったらそれで仕方がない。

 とは言え気を失うとたまにいろいろ危ないことが起きるので、無理矢理に自分の足を持ち上げる。治りきっていない筋肉がかなり引っ張られてとても痛いけれど、お陰で意識を取り戻すことに成功した。何とかこの状況から逃げなければいけないのだけれど……。

 

「んむ……ちゅずず……にゅじゅっ……」

「はむ……んちゅ……あむあむ……」

 

 この子たちはいったいどこでこんなことを覚えたの? 本当に痛いのとか関係なく力が抜けてきたのだけれど。とりあえずこんなことを教えた誰かにはお礼をしてあげなければいけない。具体的には、練習台になったであろう耳を毟る。毟った耳を死喰鬼の物に取り換える。腐った体液が耳から血流に乗り、心臓を経由して全身に広がり、無数の腐敗菌を含む細菌を全身に届ける。脳までやられて死ぬところを私は見物する。

 ただ、フランはおそらくこいしに教わったかあるいは今まさに見て学んでいるという感じなのでまあ良いとする。本当はよくないけれどこいしにそんなことをするわけにもいかないしね。

 

 あ、また意識が……あー……――――――

 

 

 ■

 

 

 

 お姉ちゃんをぺろぺろでノックアウトォ!やはりぺろぺろは最強だった……!

 右から私の寝ているお姉ちゃんやお燐、お空の耳でたくさん練習した耳ぺろ!左からフランの拙いけれど必死な感じがたくさんな耳はむ!昔のお姉ちゃんならともかく、私にたくさんぺろぺろされて耳で気持ちよくなれるようになったお姉ちゃんがこれに耐えられるはずもなし!

 にゅふふふ……ちょっとあれだけどこれてお姉ちゃんもしっかり寝ててくれるはず!

 

「……ねえ、こいし。よかったのかな?」

「……いや、本当はあんまりよくないけどさ。あのまま動かれるよりはずっと良かったと思うよ?」

 

 本来安静にして寝ていなくちゃいけないお姉ちゃんを、寝かせるためとはいえ疲れさせるとか良いわけがない。でも、なにもしないで動き回らせるとお姉ちゃんは無理してずっと動いてるから心配になるんだよね。

 お姉ちゃんはいつも『自分の安全についてはしっかり考えてる』って言うけれど、安全についてしっかり考えているならこんな風にボロボロになることも、いつもなら自然に浮かべている笑顔が痛みでひきつっちゃうようなことにもならないと思う。

 お姉ちゃんは、自分の身体を大事にしなさすぎだと思うんだ。これはよくないことだよ?

 

 ぺろぺろしていたお姉ちゃんの耳を綺麗なタオルで拭いてから、私はもう一度お姉ちゃんに添い寝する。フランも同じように添い寝して、お姉ちゃんにきゅっと抱き付く。

 お姉ちゃんは子供に好かれる。特に小さな子供に好かれることが多いのは、多分子供は動物に似ているからだと思う。ある程度以上成長すると逆に凄く嫌われるようになるのは、人間らしく……理性と言うものがしっかりと芽生えてくるからだろう。

 それがなければお姉ちゃんが心を読んでも畏怖も恐怖も嫌悪もされなくてお腹が空いちゃうだろうからそうあってくれなくちゃ困るんだけど、お姉ちゃんはそれで傷ついちゃうんだよね。

 だからこそ、お姉ちゃんは自分を嫌わない存在に対してはとてもとても懐が深い。自分に悪感情を抱かない相手はどこまでも優しいし、自分を受け入れてくれる相手のことはお姉ちゃんもまた受け入れようとする。

 ……無意識に棲む私の事もできる限り意識して、私が意識を取り戻すきっかけをいつもくれている。お姉ちゃんがいなかったら、私はきっともっともっと無意識に行動している時間が長かっただろうし、こうしてお姉ちゃんが大変な時にお姉ちゃんの側にいてあげることもできなかっただろう。

 お姉ちゃんには感謝している。同時にお姉ちゃんを守らなきゃとも思う。お姉ちゃんは大事な大事な私のお姉ちゃんなんだから。私のお姉ちゃんはお姉ちゃんしかいない。代わりなんてない。大切な大切な存在。

 私はそれを私の無意識にまで刻み付けた。だから私は無意識になってもお姉ちゃんの元に帰ってこれる。

 

「三行で言うと?」

「お姉ちゃん大好き。

 お姉ちゃん超好き。

 お姉ちゃん愛してる」

「わかりやすいね」

「お姉ちゃんは私の心が読めないから、他の誰が言葉足らずであっても私だけはお姉ちゃんにちゃんと素直に全部伝えないといけないからね。フランも、お姉ちゃんが好きならちゃんと言わないとダメだよ?」

「わかった!さとりお姉さま大好き!」

「私の方がお姉ちゃん大好き!」

「私だってさとりお姉さまが大好きだもん!大好き!」

 

 フランとのこんな言い合い。きっと最後にはどっちもお姉ちゃんが大好きだって言う結論になるんだろうなと思いながら、私はまだまだ子供なフランと子供っぽい言い合いに興じるのだった。

 

 



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姉の能力が暴走し、妹の行動が追随する

 

 大変なことが起きた。いつものようにお姉ちゃんの部屋に入ってみたら……

 

「にゃあ」

 

 お姉ちゃんがにゃんこっぽくなってました。かわいい。

 見えている限り、耳がにゃんこのものになっている。かわいい。

 それから、腰からしっぽが生えているみたいで布団が内側からくいくいと持ち上げられている。かわいい。

 髭は生えてないみたいだけれど、その分なのかどうなのか髪が少しだけ長くなっているみたいだ。かわいい。

 お姉ちゃんの意識は残ってないみたいで、私のことをじっと見て首を傾げたり、手でくしくしと顔を洗っていたりもした。かわいい。

 

 結論。とりあえずかわいい。

 

 そう言う訳でお姉ちゃんのいるベッドに座ってじっと私を見つめているお姉ちゃんを撫でてみた。いつもお姉ちゃんが私にやってくれているみたいに、髪を撫でたりほっぺを撫でたり。耳はあんまり内側は触らないようにして、縁や外側を重点的に撫でる。するとお姉ちゃんはとっても気持ちよさそうに目を細めて、小さくか細く「ぅにぃ……」と鳴く。かわいい。

 あ、どうしようお姉ちゃんが可愛すぎて正気を保つのが本当につらい。このままお姉ちゃんに抱き着きたいすりすりしたいモフモフしたいはむはむしたいああもうかわいいなあお姉ちゃんってば。

 

 ……と、思ってたら、なんと今度はお姉ちゃんの方から抱き着いてきてくれた。私に甘えるように、胸にほっぺを擦りつけて、私の胸に両手を添えるようにくっつけて下から私の目を見上げてくる。超かわいい。

 それから私を押し倒して、ほっぺどうしをすりすりさせてきたり、耳をぺろっと舐めてきたり―――普段のお姉ちゃんじゃあ絶対にやってくれないと言い切れるようなことを平気でやってくる。なに? お姉ちゃんは私をどうしたいのかな? このままだと私うれしすぎて壊れちゃうよ? 今でも頭が沸騰しそうなのにこれ以上とかほんとに私暴走しちゃうよ?

 

「……はぷ」

「ふゃゃゃゃっ!?」

 

 首筋!? お姉ちゃんに首筋かぷってされちゃったよ!? なんと言うか凄くぞくぞくしてあー無意識がー!無意識が駆逐されていくー!? 第三の眼が開いちゃうよぉー!内側に閉じ込めている感情が瞼を無理矢理に押し広げて……らめぇぇぇっ!

 ……ふう。瞼を縫い付けてなかったら本当に開いちゃうところだったよ。恐るべしお姉ちゃんのかわいさ……まさか縫い付けていた私の目を開かせようとするなんて……。

 でも、残念だったねお姉ちゃん!私の眼はそう簡単には開かれないよ? ほっぺにちゅっちゅされても首筋かぷかぷされても耳をぺろぺろされてもぎゅぅって抱き締められてもすりすりされても甘えるように耳元でにゃあにゃあ鳴かれたってダメなものはダメなん───らめぇぇぇぇ!!第三の眼をちゅっちゅするのは反則なのぉぉぉ! 第三の眼開いちゃうぅぅぅぅ!!

 

 

 

 ■

 

 

 

 こいしがさとりお姉さまの部屋からなかなか戻ってこない。これはきっとさとりお姉さまに甘えてるんだと思い、私もまたさとりお姉さまに甘えにいこうとお部屋に向かう。

 ドアをノックして部屋に入る。そこに広がっていたのは───

 

「えへへへへへ……お姉ちゃぁん……♪」

「にゃ……にゃとりさまぁ……」

「うにゅう……うにゅぅぅぅ……」

 

 ───なんと言うかもうすごい光景だった。

 こいしはさとりお姉さまのベッドの上で自分の身体を抱き抱えながらくねくねと身体をよじらせているし、お燐は蕩けた笑顔を浮かべながら口の端から涎を垂らし、二本の尻尾で器用にハートマークを作っている。

 そしてお空は、今まさにさとりお姉さまに抱き抱えられている。はむはむと首筋を甘噛みされ、片手でお腹を押さえられてもう片方の手で翼を片方ずつ梳かれていた。

 だれもがとろんと蕩けた表情を浮かべ、幸せそうに身を震わせる。そんな中でさとりお姉さまは、いつから続けていたのかわからないお空の翼の手入れを終わらせ、ゆっくりとお燐のとなりに転がすと……私に視線を向けた。

 

「……さとり……お姉さま?」

「……にゃう?」

 

 なんだか一瞬でどうでもよくなった。さとりお姉さまがかわいくてどうしよう。食べちゃいたい。むしろ食べられたい。はむはむしながらはむはむされたい。ぺろぺろしながらぺろぺろされたい。

 こいしがどうしてあんな風になっているのかよくわかった。さとりお姉さまがこんな風になっていたら、そりゃああなるのもあたりまえ。普通はああなる。私だって多分ああなる。

 

「にゃぅ……はむ」

「ほらなったー予想通りすぎー」

 

 猫っぽくなったさとりお姉さまにはむっとされて、私はもうダメになりそうだ。さとりお姉さまに耳はむした時にさとりお姉さまがぱたぱたと暴れていたけれど、その理由がよくわかった。確かにこれはぱたぱた暴れたくもなる。なんと言うかすごくくすぐったくて、普通人に見せるような場所じゃないところを見せるどころか口をつけて優しく揉みしだくようにはむはむされるなんて、恥ずかしい。見ず知らずの相手だったら絶対にきゅっとして壊しちゃってるね。

 でも、さとりお姉さまなら大丈夫。恥ずかしいけど、なんだかくすぐったくて暖かい。そしてぞくぞくしちゃうけど、それもちょびっと気持ちいい。今まで感じたことのない変な感覚だけど、―――悪くない。

 

 耳をはむはむされながら床に押し倒されて、今度はぺろぺろされる。なんだかさとりお姉さまに食べられてるみたい。ほっぺや首をぺろぺろされて、鼻と鼻がちょんと当たって、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 だけど、私もただやられているだけじゃない。私のほうからもさとりお姉さまを捕まえて……捕まえ……捕ま……全然捕まえられないのはなんで? この距離だよ? 腕をまわせば絶対その中にさとりお姉さまは入るよね? なんで捕まらないの!?

 

「にゃ~ぅ」

「あ、もう捕まらないでもいいや」

 

 さとりお姉さまがかわいいからもう全てを許すことにした。さとりお姉さまが捕まらなくてもさとりお姉さまがかわいいからそれでいい。さとりお姉さまのかわいさはもう本当に天下一品だとおもう。だってかわいいもん。

 ぺろぺろされてはむはむされて、もうなんというか意識が保てなくなってきた。ああもうなんでもいいや、と思うと同時に、私の意識は世界の果てに消え去ってしまったのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ……どうやら能力が暴走したらしい。私が自分の意思でなく意識を失うとこういうことが起きるからああいった方法で気絶するのは嫌なのだ。

 ただ、今回はあまり酷い事は起きていないようだ。時の神(クァチル・ウタウス)が不完全憑依したり、星々からの貪食者(イォマヌグット)が想起されたり、盲目白痴の最大神格(アザトース)の降臨などは起きていないようだし、今回は運がよかったのだろう。

 ……けれど、どうもおかしい。こいしやフランはまあいい。よく私の部屋に来るし、私のベッドで眠ることも日常だ。それはいい。なぜお燐やお空まで私の部屋で、しかも妙に蕩けた笑みを浮かべて眠っているのだろうか?

 記憶を読んでみればすぐにわかるのだろうが、何となくこのことについては読まないほうがいい気がする。私のこういった直感はよく当たるから、今回のことに関しては読まないでおこうと思う。怖いし。

 

 そう言うわけで、私は眠っているお空たちの身体を操って私のベッドにまで運ぶ。そしたらみんなで一緒にベッドに入って、みんなで一緒に眠ってしまおう。今の今まで眠っていたはずなのに身体はだいぶ疲れているようだから、恐らく今回の暴走では何らかの神話生物が私の身体を使っていたのだろう。現状から考えるとあまり暴力的であったり存在そのものが危険であったりはしないようだが、そもそも神話生物に出会うだけで精神が削られる存在も多い。精神的な存在である妖怪ならばそう言った精神的なストレスにも強いだろうからあまり壊れてしまうようなことはないと思うが、また今度しっかりとカウンセリングでも行っておこう。

 フランはちょうどいいしその時に狂気のことも何とかしてしまうのもいいかもしれない。もちろん本人にそのことを話して、それで本人からの了承を得てから、ということになるだろうが。

 

 ……ああ、眠い。もう寝てしまおう。考え事は次に起きたら、ということで。

 

 

 




 
 ちなみに今回のさとりんの能力の暴走の内容はこちら↓

『旧神バステト不完全憑依
 効果:さとりんに猫耳と猫しっぽが生え、行動が猫っぽくなる。ちょっと髪が伸びる。
    また、心許す相手に甘え、それ以外の相手に対する排斥がやや強くなる。



 こんな感じでした。


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神霊廟
43 私はこうして聖人と会う


 
 神霊廟です。


 

 神霊。その存在にはいくつかの種類がある。

 

 例えば、精霊の上位種であり力ある精霊。聖霊であろうと邪霊であろうと力さえあれば至ることのできる、強大な力の塊ともいえる存在。それは時に神と呼ばれ、あるいは宗教の力によって悪魔と貶められるそれのこと。

 

 例えば、人の欲の顕現。生きているもの、死んでいるものを問わずに発される無数の欲望の塊。それが数多く集まることによって一時的に形を得たそれのこと。

 

 例えば、神そのもの。私が呼ぶ『神格』にあたるもののうち、肉体を持っていないものに多くつけられる呼称のこと。

 

 今回の異変に出てきた『神霊』とは、この場合では二つ目の物を指す。無数に表れる神霊。それらがなぜ突然この幻想郷中に現れたのか。それを知るには地上に存在するとある寺の地下に眠っていた、古き時代の聖人に会いに行けばいい。恐らく、道教の布教のついでに教えてくれることだろう。

 とは言っても、もうそのことについて知ったとしても、天狗の新聞を作る手助けくらいにしかなりはしない。なにしろもうその異変は終わってしまっているし、異変を起こした犯人……いや、正確には少し違うのだけれど、この存在がなければ今回のようなことにはならなかっただろうと思われる存在に、豊聡耳神子と呼ばれる宗教家がいる。

 彼女は古代の聖人であり、『十人の言葉を聞く程度の能力』を持つ。その能力によって他者の欲から生まれた神霊を呼び集め、吸収して自らの力に変えることができるのだ。

 正確には能力でできるのは呼び集めるところまでであり、吸収するのはまた別の能力体系によるものなのだけれど、その辺りは割愛させてもらおう。説明が面倒臭いし、知っていようが知らなかろうがあまり変わらないことだ。

 

 さて、聡い方なら気になったかもしれない。まるで今回の異変はもう終わっているようではないか、と。

 その通り。もう終わっている。豊聡耳神子は新たに仙界のようなものを作り上げてそこに移住し、道教を広め始めている。白蓮和尚はそれを知り、いつか彼女たちとぶつかり合う時が来るやも知れないと自らを鍛え続けている。その異変を解決に導いた博麗の巫女は、今日も変わらず神社でのんびりと薄い茶をすすり、掃き掃除をして暮らしている。

 私からの報酬で得たお金があるだろうに、なぜそんな薄いお茶を飲んでいるのかと聞いてみたことがあるけれど、どうやら単に彼女はこのくらい薄いお茶が好きなだけであるらしい。ずっと貧乏暮らしをしてきた弊害か、それとも単なる好みの問題かは知らないけれど、とりあえずあまり薄すぎる味付けを続けていては身体に良くない。確かに塩分などの取りすぎは身体に悪いけれど、その塩分だって身体に必要な栄養素であるということには間違いない。外の世界の研究では、人間の生きていく上で絶対に必要な栄養素の一つに塩……塩分は含まれている。それだけ大切なものなのだ。貧乏だからとそれを削ってばかりいたら、いつかと言わずすぐ死んでしまうかもしれない。実に悲しいので、ぜひ止めてもらいたい。

 せめてもう少し贅沢を覚えてもらいたいのだけれど……お味噌汁がお湯とそんなに色が変わらないという時点でどうかしている。それはもはやお味噌汁ではない。お吸い物ですらない。お湯だ。

 

 ……それはそれとして、私はどうすればいいだろうか。

 目の前には一人の女。先程も心の中で紹介したばかりの、古代の聖人である豊聡耳神子。彼女がなぜここにいるのかは知っているし、何を目的としているのかもわかっている。なにしろ私は相手の心が読めるのだし、読心に関しては多少の妨害は楽に貫通できてしまう。故に隠しているつもりの彼女の心も記憶も読めてしまうのだ。

 

 私が触れた命蓮寺の地下の空間。そこに眠り続けていた彼女たちは、私が触れたことをきっかけに自分達が必要な時期が来たのだと判断して目覚めたらしい。実際にはそんなことはなかったのだけれど、本人たちがどう感じるのかというのは私にとっては管轄外の出来事だ。誘導することはできても強制することはできない。それが心というものだ。

 そして彼女は、自分達を目覚めさせるきっかけとなった私に興味を持ったためにここ、つまり地底の奥底に存在する地霊殿にまでやってきたというわけだ。

 そのついでに、私達が使える存在ならば道教に勧誘しようとしているようだけれど、その点については十分に合格ラインに達しているらしい。特にお空は素晴らしい力を持っていて期待できるということらしいけれど……宗教の強制は私は許しませんよ? 強制的に改宗させようというならば、そんな傲慢な感情を持てないようにきっちりかっちり始末してあげます。そんなことが必要にならないのが一番ですが、必要になってしまうことも十分に考えられるのが現在の幻想郷の在り方。昔と違って命の取り合いになるようなことはほとんどなくなったということは私にとっては良いことですが、代わりにこう言った面倒事も降りかかってくるようになりましたね。やれやれ、です。

 

「(ふむ……欲の声が聞こえませんね……)」

 

 どうやら彼女は私の欲の声を聞いてそこから切り崩してくる作戦だったようですが、私の欲()実に平凡なものです。死にたくない、とか、ずっとみんなで幸せに過ごしていたい、とか、そんなどこにでもある大したことのない願い。そして私はもうその願いはほとんど解決してしまっているといってもいい状態にありますから彼女の手を煩わせるようなことにはならないんですよね。

 ……ただ、欲の声といわれると気掛かりなものが一つ。私の欲は大したことはないのだけれど、私の記憶に存在する彼らの欲は凄まじいものがある。特に強いもの……と言うより、特に酷いものでは悪行と背徳を司る邪神であるイゴーロナクや自らの暇を潰すためならば人間や他の神を、それどころか自分の命すらも掛け金として遊びに使って弄ぶ燃える三眼と呼ばれる邪神すらも存在する。

 彼女が私の欲の声だけを聴いているのならばまだ問題はない。けれど、彼女がもし私の内側に存在する彼の存在たちの欲の声を聞き始めようとしたのなら、私はそれを止めなければならない。なぜならそれは間違いなく破滅へと誘う声であり、敵対もしていない相手にそんなものを聞かせるというのは間違いなくまともな精神を持つ存在がやっていいことではない。

 もしも私がそれを知る術を持たなければ。もしも私が彼女たちがそれを聞いたことがわかるような能力がなければ、私は彼女達を見捨てていただろう。けれど、私は彼女が何を聞いたのかを察することができる能力がある。そういう能力があるのに、敵対してもいない相手を見捨てるのは後味が悪い。

 例えそれが私のことを利用しようとしている性悪聖人であろうとも、敵対を考えただけでどうこうしようとするほど狭量ではない。実行に移すための準備を始めたら即座に潰したりはするだろうけれど、実行していない妄想にそこまでのことはしない。妄想には妄想で返すくらいだ。

 

 ……とは言っても積極的に守ってあげるつもりは毛頭無い。何度も何度も死に近づこうというのならば、少しくらい脅かしてみるというのも悪くない。教育というものはそういった経験を積み重ねることによって行われることもあるのだし、一種の実践授業のようなものだと思ってもらおう。私は別に彼女たちの教師ではないけれど、それはそれ。自分から危険に飛び込んできたくせに責任を他人に押し付けるようなものには罰を与えてしまったところでおかしくはない。それもまた教育だ。

 教育ならば何をしてもいいとは言わないけれど、この相手にならば私はいろいろとやってしまいそうだ。あまり関わり合いになりたくはないのだけれど、それはそれで仕方がないと諦めるしかないこともある。

 とりあえず、彼女のお付きの者とも言える古代の豪族たちがこの場にいないことを喜ぶとしよう。不幸中の幸いともいえるけれど、もしも彼女が気絶してしまった場合には元居たところまで送り返すのは面倒極まりない。彼女自身の足で帰ってもらいたいところだけれど、私が操っていった場合は途中で何が起きてもとりあえず進めてしまうだろう。それは少しばかり問題だ。

 

 やれやれ。本当にこの豪族たちは面倒なことばかり運んでくるものだ。少しくらい落ち着いたらどうなのだろうか?

 

 




 
 神霊廟でした。


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44 私はこうして神子をからかう

 

「こうして直接顔を合わせるのは初めてになるのでしょうね、古明地さとりさん。豊聡耳神子と申します。あ、これお土産です」

「存じあげていますよ、古代の為政者であり聖人である聖徳太子さん。もう知っておられるようですが、私は古明地さとりと申します。これはご丁寧にどうもありがとうございます。……最中ですか。よく作れましたね」

「このくらい出来ずして何が聖人ですか」

「聖ジョージにでも謝ってきてください」

「なかなか酷いですね……ですが、会えるのなら構いませんよ?」

「では天界へのホットラインから呼び出しますので少々お待ちを。聖ピエトロか聖アンデレあたりが出たら少し時間がかかる上に大人数になるかもしれませんが―――」

「あ、いえ、すみませんでした」

 

 私と彼女の挨拶はこのようにして幕を開けた。まあ、お互いの初めの意思の確認が主体なのでこんな掛け合いでも問題はない。

 まず、今回の会談に乗り気なのかどうか。また、相手の自分への意志はどのようなものかを確認する。彼女は私に対して利用したい、取り込みたい、そのためにはまず近づきたいという思いを持っています。ですが私は少々手厳しく返すことで『貴方達と必要以上に付き合っていく気はない』と言うことを示しました。

 それに、彼女はどうやら相手の欲の声から心をある程度読めるようですが、私の場合は私の欲や感情の声を無駄にしないようにと全て私が食べているため聞き取る事はできないのでしょう。私の言葉の裏が取れないためにやりにくさを感じているようです。

 まあ、それを狙っている私が言えることではないのですけれど。これもまた交渉術といえるでしょう。普段からこういうことをしてばかりいると嫌われてしまいますけどね。

 ちなみにですが、天界ホットラインでかつての大聖人たちを呼び出せるかと聞かれればそれはノーです。できるわけないじゃないですか常識的に考えて。ただ、ホットラインで話すことはできますし、そうやって話した結果であちらがこちらに興味をもって勝手にやってくるということは十分に考えられることではありますね。新約聖書の皆さんは基本的に気安いというか軽い方が多いので。

 そんな彼らも彼らが父を罵倒されると簡単に切れたりしますけれど、それについては仕方がないでしょう。人生をかけて信仰した彼らが造物主を罵倒されてしまえば大体の方は怒るでしょう。布都さんの前で神子さんを罵倒するのと似ていますね。すぐ切れるのが簡単に予想できる。彼女は何というか、子供なところがありますからね。すぐ火をつけたがりますし。

 

 あ、もし地霊殿に火をつけようとしたら八雲を敵に回してでも殺害しますのであしからず。自業自得、悪因悪果、因果応報等々そういうことを表す四字熟語は多いですが、そういうものですね。

 つまるところ、やったことには責任を持て、ということです。TRPGのパラノイアじゃないんですから。

 

「それで、その聖徳太子さんが一体何の御用でしょうか?」

「大したことではありませんよ。私がここに来たのはあなた方よりも遅い。ですから先住の方々にご挨拶を、と思いまして」

「ついでに戦力調査と素行調査、あわよくば宗教勧誘ですね」

「……」

「ええ、まあ、覚妖怪ですから。宗教家であり為政者でもあるあなた方の考えることはいつも変わりませんから、今の貴女のように読心に対する策や術を使っていても察すること自体はできるのですよ。読み切れる、とは言いませんがね」

「……なるほど。流石は賢者に恐れられ、巫女に畏怖される大妖怪と言ったところですか」

「あなたも私の思考は読めなくなっているでしょう? 私のこれは術ではありませんから揺さぶりをかけても緩みませんよ。あと、私はそんな大妖怪と言われたり恐れられたりするような存在ではありませんよ」

 

 これは事実であるはずだ。私を恐れる妖怪よりも、聖人であり古代の劣化の少ない術を使う聖徳太子を恐れる妖怪のほうが多いだろう。なにしろ私はただ心が読めたり幻覚を出したりできるだけの妖怪ですしね。実際にはあの炎なども究極の思い込みの産物によって実際にあると勘違いした相手の身体が勝手にダメージを受けたのに合わせて幻覚でそれを補強することで傷をより深刻化させているだけですしね。まあ、赤子くらいならそれで殺せますし、ある程度の経験をしてきただろう者たちに使ってやればそれだけで壊すことも可能といえば可能ですけど。

 ……可能だからと言って理由もなく実行したりはしません。実行するとしたらそれなりの理由があってのことでしょう。どんな理由かはその時になってみなければわかりませんが。

 

「ところで、あなたは地霊殿(ここ)にはお一人で?」

「ええ、そうですが……」

 

 なるほど。では外で盗聴用の術式を仕込もうとしている彼女とは意見を異ならせていると考えていいのでしょうね。では邪仙に簡単な注意を飛ばしておきましょう。仙人と言うことですし、一般的な人間に比べていくらか精神的に強靭であるはず。霊夢さん……は、あれは別格。守矢の風祝……は、半分神だから除外。白黒サポートシーフは……確か普通の魔法使いを名乗ってはいるけれど種族的には人間とそう変わらないはず。では彼女の精神耐性を基本として内容を決めましょう。

 彼女は邪仙であり、死体弄りをよくしているはず。彼女には人間の死体などを見せても喜ぶばかりでしょうし、意味がない。ではどうするか。

 …………彼女の感情を全て喰らい尽くしますか。喜怒哀楽も何も感じなくなり、生きるために生きるような機械的な存在にしてしまえば―――おっと、その前に確認しておきましょう。彼女の記憶の中には目の前にいる聖徳太子の姿があるようですし。……なぜか男性ですが。

 

「もう一度聞きますね。いま、この地霊殿に盗聴と探知妨害の術を仕掛けて回っている霍青娥と言う邪仙が居ますが、彼女と貴女は本当に何の関わりも持たないのですね?」

「―――すまない。それは私の友人だ。何をするつもりでここに来たのかは知らないが、できることなら穏便に返してやってほしい」

「盗聴の術を仕込まれて何もするなと?」

「私でよければ解除を―――」

「貴女では駄目です。私が心を読むことができる相手で、かつ彼女の残した術を全て残さず解除できる者でなければ」

 

 普通に考えて、心が読めない相手に実際にしたかどうかのわからない相手方の策を解除させるなんてことができるわけありませんよね。私は普通に読めているんですが。

 ただ、ここであえて読めないと言わずに相手に勘違いさせるように話したのにはわけがある。聖徳太子に、この程度の術を使えば私の読心に対抗できると思ってもらう。そう言った正確ではない情報を持って行かせることが必要だった。

 ただ、今の彼女には私が言っていることが事実かどうかはわからないだろうし、そのまま鵜呑みにすることはないだろう。彼女は為政者であり、豪族同士の間に一時期とはいえ君臨していた存在だ。このくらいの腹芸なら呼吸するようにこなして見せるだろう。

 それが、力の無い者の恐ろしさ。演技と腹芸、そして人間を率いるということに特化した、いわばカリスマ。それによって他者を率いるということを常態と変わらなくしている。それがまた実に面倒臭い。

 

「……やれやれ。それでは代案はないようですので、こちらで何とかしますね。霍青娥と言う邪仙は暫く預かりますが、傷一つつけずにお返ししますよ」

 

 この地霊殿で見たことも聞いたことも感じたことも、そもそも地霊殿に来たことも忘れているかもしれませんが……という言葉は胸にしまっておく。わざわざ彼女にそんなことを伝える必要はないし、伝えて暴れられるのも、気付かれて不信の目を向けられるのも、敵対されるのも、面倒極まりないですからね。

 ただ、私の言葉から何らかの反撃は行われると理解はしたのだろう。表情には仕方ないという苦笑いを浮かべているが、その内側では私を試す機会が来たことに霍青娥に僅かに感謝してすらいるようだ。

 仮にも師匠の危機かもしれないというのに、全く本当に能天気なことだ。いくら貴女の師匠である彼女が何度も死神の襲撃を退けて生き延びている邪仙だと言っても、絶対に安全だというわけではないというのに。

 

 私はそういった思考を全く表面に出すことなく、今も術式を組み上げている霍青娥の首を刎ねた。

 



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45 私はこうして神子をいじる

 

 聖徳太子との会話を続けながら、私は首を飛ばしたと言う情報を叩き付けられて気絶した彼女の意識を引きずり込んで閉じ込める。精神的にいくら強くても、死んだ瞬間にまで意識を保ち続けることができる存在というのは希少ですからね。それが不意に訪れた即死ならば尚更に。

 そして閉じ込めた意識の中で、彼女の記憶を解体していく。彼女に残されていたらしい僅かな意識が必死になって止めようとしていたようだったが、私は気にせず止めようとした彼女ごと奇麗に分解した。

 

 ……そこにあったのは、邪仙らしい妙に歪んだ記憶。ただの少女だった存在が父の後を追い、仙人になり、しかしその性格から邪仙に堕ちて、それからはひたすらに気ままに過ごしてきた彼女。求めるものがあれば手に入れ、飽きれば捨てる。必要なものならば手に入れ、不要になれば捨てる。

 その在り方は仙人というよりは低俗な人間のそれと何も変わらず、一部においてはむしろそれよりも酷い。

 だが、彼女には才能があったようで、彼女の父親が残した本からの独学に近い状態で仙道に到達し、既に何度も死神の手を退けている。

 ちなみにだが、死神はおよそ百年ごとにやってくると言われているが、実際には百年ではなくその存在が仙人ではなく生きることができたはずの時間によって長くなったり短くなったりする。栄養失調などで短くなれば五十年周期で来たりもするし、しっかりと長生きできていたならば百十年や百二十年ほどの周期で来るようになることもある。

 ちなみにだが、一番楽な方法は人間から仙人になる前に他の妖怪などに成っておくことだ。寿命は凄まじく伸びるし、寿命によって来るまでの期間が決まっている死神との争いで非常に有利になることは間違いない。例えば―――

 

          『鬼』

 

 ―――から仙人になれば、恐らく初めて死神が命を奪いに来るまでに数千年や下手をすれば数万年もかかることになる可能性がある。それだけの時間があるならば大体のことはできるだろうし、準備も万全に整えることができるだろう。なお、別に私は茨華仙を煽っているわけではない。例え話をしただけだ。

 

 それはともかく、霍青娥と言う邪仙はとかく惚れっぽい。熱しやすく冷めやすい性格といえば良いのか、色々な意味での力を持つ存在に惹かれているらしい。

 例えば、聖徳太子ならばその才と権力に。とある仙人はその巫力に。ある妖怪はその暴力と妖力に。ある人間は財力に。霍青娥は惹かれていたようだ。大きな力に惹かれる感覚はわからないでもない。私自身もかつては記憶に存在する無数の神格に近付くためにいくつかの魔導書から引用した呪文を唱えたこともあったし、その中に書かれていた魔術を使ったこともある。

 ……そう言えば、動物に好かれるという効果の魔術もあった。代償も非常に少なく済むその魔術はそれなりに使い勝手がよく、心を読む能力と合わせれば意外なほどに役に立った。

 例えば犬に守られている邸宅に無断で侵入する時などにはその犬を私に懐かせ、撫で倒して行ったこともある。その邸宅に何があったわけではない……と言うことにさせてもらおう。知らないほうが幸せなことというものも確かに存在するのだから。

 そんな風に力に惹かれて自由に行動していた邪仙は、好奇心のままに動く子供とあまり変わらない。年齢的に見ても私の半分も生きていないようだし、子供といっても何ら問題はないだろう。そのことに気付いているのかいないのか、聖徳太子も彼女については細かな制御を諦めているといってもいい。彼女に惹かれていると言うこともあってか、見捨てるという選択肢はどうやら殆ど無いようだが、それならそれでいい。見捨てるつもりがあろうがなかろうが、私のやることは何も変わらない。

 邪仙の身体と記憶、そして知識と技術を使い、彼女が残そうとした術を丸ごと破棄していく。一部は記憶を改竄してまで隠そうとしたようだけれど、それも彼女と繋がりのある死体人形に隠していてはその繋がりから逆探知されて内容を持っていかれてしまうでしょうに。

 まあ、そうした失敗のおかげで私はこうして彼女の秘密の内容をいろいろと知ることができてしまうわけなのですが。

 

 術自体は彼女がどこに仕掛けていたのかを全て覚えていたから解くことは簡単だった。意識がなくてもかけた本人であるし、ついでに言えば術の内容も全てわかるのだから当たり前といえば当たり前。彼女がそれなりに注意して仕掛けていた術は、ものの数分で殆どが解除されてしまった。

 ……しかし、この邪仙の持つこの鑿は便利ですね。壁に一時的に穴を開け、そして通り終えれば穴は閉じる。開けたままにしておくこともできるようだけれど、こっそりと入ってこっそりと何かをするなら今やっていたように一々閉じて行動するのが理に適っている、と言ったところか。

 また、この鑿は頑丈なものであれば頑丈なものであるほどに穴を開けやすくなるらしい。

 

 ―――ならば、この鑿で博麗大結界にも穴を開け、幻想郷と外界を行き来することも可能なのではないだろうか。それを感知されたくなかったのか彼女の記憶の中にはそれを実行したことはないようだけれど、結界の位置を知り、そして十分な力が残っていれば通り抜けることも可能なのではないかという考察があったことからも可能性はあるということを示している。

 博麗大結界は硬い。非常に硬い。固く、硬く、堅く、難い。まともな妖怪なら害意をもって干渉しようとすれば消し飛びそうなほどに硬い。もちろん博麗大結界にはそんな機能は存在しないので触れる妖怪が何を考えていようが実際に消し飛んだりはしないけれど、それでもとにかく硬い。

 故に、硬ければ硬いほどに効果を持つこの鑿ならば博麗大結界も抜けられないわけではなさそうだ。

 ……没収してしまってもいいのだけれど、それをしたら間違いなくこの面倒臭い性癖の邪仙は私達に興味を持つだろう。ここには力だけなら凄まじいほど持っている太陽の化身を取り込んだお空がいるし、あらゆる存在の無意識の結晶であるこいしもいる。あの子たちがこの邪仙の毒牙にかかるのは却下したい。だから残念ではあるこれどこの鑿はまだ本人に持っていてもらおう。私が持っていても基本的には邪魔にしかならないし。

 

「ところで、聖徳太子さんは元は男性だったようですが……」

「……私から?」

「先ほども申し上げました通り、雰囲気くらいは読み取れます。それに行動が男性的ですし、かまをかけてみたら見事に、という感じですね。……それで、男性だったようですが、霍青娥の身体の味はいかがでしたか?」

 

 聖徳太子は凄まじい勢いで噴き出した。その瞬間に思考防御の術が乱れたが、それは文字通りに瞬きの時間。瞬時に術は締めなおされて、元通りになってしまったようだ。

 だが、まだ耳が僅かに赤いことから見ても少し恥ずかしいと思っているらしい。あれだけ色々な女性に堂々と手を出しているというのに、こう言う所でいきなり見ず知らずの相手からそういう話を振られて噴き出したのは恥ずかしいらしい。

 

「女性の身体になってから彼女と褥を共にしたことは?」

 

 噴き出し二回目。今度は僅かに耐性というか、心の準備ができていたようで術が緩みはしなかったが、顔の赤みはわずかに増した。

 

「……ふむ」

「さ、先ほどからいったい何を……」

「ああ、成程。彼女ではなく別の方と褥を共にして感覚の違いに戸惑っているというところですか」

「実はあなた私の思考を読み取れていたりしませんか? 術で防御できていると思って色々と考え事をしている私を嘲笑っていたりしてません?」

「まさか」

 

 嘲笑ってはいませんよ。推測から面白がってはいますが。

 ……ちなみにですが、私は『雰囲気なら読み取れる』とは言いましたが、『心が読めない』とは一度も言っていません。雰囲気も読めますから嘘は言っていませんよ? 雰囲気以上のものも読めると断言はしませんけれど。

 いやぁ、流石は天才と言うべきか、中々面白い思考でしたよ。口にはしませんけどね。

 

「聖徳太子さん? 顔に出さないようにしているようですが、顔以外の場所に出ていますよ?」

「何?」

「顔以外の場所に出ています。耳とか、姿勢とか、精神的な勢いなどに。まだまだお若いですね……ところで昨夜は何回ほど?」

「『若い』とはそっちの意味ではないでしょう!? もう本当に止めてもらえませんか!? いやまあそっちのほうでも普通に若いですが!」                    ●REC

「そうですか。まあ、私は夫婦の関係に口を出したりはしませんけれどね。貴女のような方は色々と面白いものがありますし、のんびりと傍から眺めて楽しむか完全に流すかさせていただきますよ」

 

 ……どうやら私に対する苦手意識は植え付けられたようですね。嫌悪感でなく苦手意識を植え付けるのは調整が面倒なのですが、できない訳ではありません。普段は面倒だからやろうと思わないだけで。

 

 では、聖人様にはそろそろお帰り願いましょうか。

 



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邪仙はその手を引かれて歩き、邪神は邪仙の手を握る

 

 ばらばら。記憶も感情も心も力もみんなばらばら。ここにいる私は名前もなく、記憶もなく、感情もなく、力もない、ただの『私』。

 私だったものは、ここにはない。私は私だったはずなのに、私が私でなくなっちゃった。私がばらばら。私以外の私はみんなどこか。ここにいる私はただいるだけ。何もできない、ただ居るだけ。それが今の私。

 

 私以外はここにはない。私もここにいていいのかわからない。でも私には何もできない。私はいるだけ。ここにいるだけ。何か大切なものがあったような気がする。守らなくちゃいけないものがあった気がする。でも私はそれが何かはわからない。それを守る力もない。守ることもできない。私はいるだけ。ここにいるだけ。

 

 ここにいる私。いることができる私。いることができる私がいない私は、いることができない。いることができない私はいれなくなって、いれない私は使われる。いれない私はいるんじゃなくて『ある』。ある私はそこにあるけど私がいないからいることはできない。いない私はあるだけで、あるだけの私はなにもできない。

 力の私。記憶の私。技術の私。経験の私。いろいろな私があって、ある私たちはいるだけの私の前で糸に絡め取られて動かされる。いる私がいないのにある私が動く。いる私はここにいるだけ。ただただここにいるだけ。

 

 ばらばら。いるだけの私はここにいる。私以外の私は一か所に纏まって、私になった。いるだけの私のいない私はいくら大きくてもそこにはいない。ただ、いないだけの私には私がいる。いないだけの私はいるだけの私をさがす。

 けれど、いる私をいないあれが探しても見つかるわけがない。いない私と違っている私はいる。ここにいる。けれどいるだけ。いる以外は何もできない。

 

 ―――手を、引かれた。いるだけの私。手も足も口も耳も何もない私。なのにいるだけの私は手を引かれて、いるだけの私はいるだけの私ではなくなった。

 いるだけの私に触れ、いるだけの私を引っ張り、いるだけの私を移動させる。いるだけの私はなにもわからないまま、いるだけの私だけがいない私に並んで進む。糸のようになにかが巻き付いているだけの私といるだけの私だけがいない私を動かす。

 手を引かれるようにして、いるだけの私から手のあるいるだけの私になった私は、その手に逆らわないで移動し続けていた。

 いないだけの私は、いないからそれがわからない。いるだけの私はいるだけだからこれを覚えられない。いるだけだから考えられない。いないだけの私はいないから何もできないけれど、いるだけの私はいるだけだから何もわからない。

 

 手を引かれるように進んでいく。いるだけだった私といないだけの私。どちらの私も手を引かれていく。何が私の手を握っているのかわからない。小さな手である気もするし、無数の紐のようにも見える。引かれるのが手だけではなくなり、身体が引かれ、足が引かれ、いつの間にか全身が引かれるようになる。

 いるだけだった私は暴れない。動けないし、動けないし、意味もなければ感情もない。ここから逃げようとも思えない。

 かわりにいないだけだった私は必死に暴れているけれど、暴れようとしているけれど、手のような糸のようななにかに囚われて暴れるどころか動けてもいない。

 できることはただ必死になること。必死になっても何もできない。

 

 ……いるだけのはずの私の中に、新しいなにかが生まれた気がする。ぞわぞわとしたなにか。ふわふわとしたなにか。温かなようで熱いようで、なんでもないようにも感じるなにか。なにかがなにかはわからないけれど、いるだけだった私は感じることができる私になった。

 けれど感じることができる私はここにいて、そして感じるだけ。触れられていること。動いていること。それらを感じながらここにいるだけ。

 ───明かりがあるのを感じた。私を引っ張る何かを感じた。私を引っ張る糸のような手のようななにかは、感じることができるだけの私といないだけの私を光に向けて引っ張っている。

 光には私が映っていて、ふらふらと歩き続けている。まるで今の感じることができるだけの私のようだ。

 光に映る私は空を飛び、真っ黒い空に穴を開ける。光に映る私がその中に入ると、その穴はゆっくりと閉じていく。私はそれを光のこちらから見ているだけ。感じることができるだけの私は見ることができるようになった。

 

 そして、私は見る。手を引く何かが、何者でもないことを。ただ手を引かれていたと感じていただけで、手を引かれていたわけではなかった。

 手を引いていたのは、何もないその場所そのもの。ぐいぐいと私を引き込み、見ることができる私も、いないだけの私も、ゆっくりと引き込んでいく。

 見ることができる私は、逆らわずに引き込まれていく。いつの間にかあった足で、歩き出す。歩いて歩いて、光を超えて―――

 

 いるだけの私は。

 手のある私は。

 動けるだけの私は。

 感じることができる私は。

 見ることができる私は。

 

 また、私になっていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 邪仙に術を全て解除させ、地底から放り出す。面倒な性癖に引っかかることのないように地底に居た時の記憶をごっそりと抉り取り、代わりに鬼に見つかって酔い潰されそうになってなんとか逃げだしてこれたという記憶を植え付ける。

 ついでに彼女の昔々の弱み……と言うか、彼女のちょっとした秘密を得ることができた。

 彼女の性癖。強い者に惹かれるというその在り方は、どうやら彼女の父親を求めるという心から生まれたものであるらしい。つまり、霍青娥と言う邪仙は凄まじいまでのファザコンだったということです。

 

 ……もう聖徳太子は帰ってしまいましたが、どうせなら伝えてみるのも面白そうですね。邪仙は邪仙で聖徳太子の師匠でありいろいろと恥ずかしいエピソードを握っていますし、この辺りで聖徳太子の方も反撃できる準備くらいは欲しいのではないでしょうか。

 邪仙は自分の性癖がどこから来るのかをよく理解していないようですし、自身で理解していない欲の出所を探るのは聖徳太子でも難しいことでしょう。私としては是非ともお互いにお互いの弱点を握り合うような関係に発展していただきたいのですがね。そうすれば欲ではない羞恥心などを私が拝借できますから。

 食事の準備は念入りに。いつ何が無駄になるかはわからないのですから。

 

 ……霍青娥。彼女の精神は、子供のようだった。それも、とてもとても寂しがりで、しかしそれを外に出すことがとても下手で、いつの間にか自分すらも騙せるようになってしまった可哀そうな子供。きっと彼女が救われるには、そんな彼女の心を読んであげられる存在が側にいてあげることくらいでしょうね。

 ああ、そう言えば、彼女の傍にはいい人材がいた。彼女の心を読むことができ、彼女の傍にいてあげることができ、彼女のことを大切にしてあげられる存在が。

 では、そういうことで……頑張ってくださいね、聖徳太子さん。彼女の幸せは貴女にかかっていますよ? 私はこうしてあの邪仙が救われるかどうかを楽しみにさせていただきます。ただ見るだけ。ただ心を感じ取るだけですが、こうした人間観察は私の趣味でもあります。相手は正確には人間ではありませんが、そんなことは些細なことです。小さいことばかり気にしていると土に還りますよ。

 

「……そうそう、お空」

「はーい!なんですか、さとりさま~?」

「ここ、霊力込めて軽く焼いておきなさい」

「うにゅにゅ? 焦げちゃいますよ?」

「いいから、軽く焼いて」

「はーい」

 

 お空の炎に焼かれて、さっきまで聖徳太子の座っていた場所の床に作られていた霍青娥の物とほとんど変わらない盗聴と探知妨害、認識阻害の術式は、粉々に砕け散っていった。まあ、出し抜くにはあと500年は早い。仙人なのだから、それくらいの経験は積んでから来てもらいたいものだ。あまり急いでもいいことはないからね。

 私はそんなことを思いながら、自分の手に残った感触を思い出す。

 

 ……次、彼女がしっかりと礼儀正しく地霊殿の門を叩いたのならば、受け入れるくらいのことはしてあげよう。

 



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心綺楼
46 私はこうして白面を拾う


 
 今回は短いです。しかも殆どキャラの説明だけで終わります。導入だとしてもこれは酷い。
 許してください!明日の二時くらい(三時間後)に短編追加しますから!


 

 希望の面、と呼ばれる面がある。実際には希望だけではなく他にも多くの面があり、怒り、喜び、悲しみ等々、様々な感情を司る面が計六十六枚存在するそうだ。

 そしてその六十六枚の仮面はそれぞれが人間の持つ感情を表し、それが一つでも欠けてしまうと人間の感情はバランスを崩して最後にはありとあらゆる感情が失われてしまうらしい。

 

 ……そんな物騒なお面を、妹からプレゼントされた私はいったいどうすればいいのでしょうか。

 

「……あれ、嫌だった? 気に入らない?」

「そうではなくて、このお面の効果から言ってこいしが持っていてくれた方が私は嬉しいと言うことなんだけれど……ね」

 

 けれど、貰い物をその場で返すというのはそれはそれは対面が悪い。せっかく手に入れてきてくれたというのに、こいしだって落ち込んでしまうだろう。

 それに、残った六十五のお面がなければ私は食べるものがなくなってしまう。感情がなければ畏怖も恐怖もなく、それらの感情が無くなれば当然ソウルイーターの一面を持つ私は飢える。極当たり前のことだ。

 ではどうするか。少し考えてみれば、答えは簡単に出た。

 

 ―――残った六十五の仮面の全てを手に入れて、私がこいしに贈るのだ。地霊殿の一室に纏めておけば感情が一つ失われるということにはならないだろうし、お面を持つ者に感情を与えることができるあのお面ならば……無意識の塊であるこいしに一時的にとはいえ希望を抱かせることに成功したあのお面が全て集まれば、無意識の中に存在しているこいしを意識の世界に呼び戻せるかもしれない。

 そう考えたなら後は早い。私は地霊殿を飛び出して、今まさに異変として異様な事態が起きている地上に向かう。多少痛い目に遭ってしまうかもしれないけれど、覚悟の上だ。

 私はこいしのお姉ちゃんなのだ。妹のために、私は頑張ろうと思う。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 旧地獄の旧支配者

 古明地さとり

 

 

 いつもと変わらぬ日々。彼女は日常を愛し、日常を謳歌する。

 しかし、妹が持ってきた一枚の面によってその日常から一時離れることを決意する。

 行動原理は妹のため。目的は、感情を司る面の収集。

 彼女は静かに、重い腰を上げた。

 

 

 特技:想起/憑依/顕現

    打撃と射撃が全てカウンター扱いとなる。さとりが押しているボタン以外にセットされた技を使うと暴発し、術者は自らダメージを追う。スキルカード、スペルカード、ラストスペルは例外。時に移動すらも暴発する。

 

 

 信仰チャート

 

 無宗教、神道、仏教、道教に加えて狂気神話が選べる。ただし、ストーリーでは基本的に相手と同じチャートになる。

 

 

 スキルカード(初めから手加減抜きガチ仕様)

 

 星熊右拳

 威力の非常に高い星熊童子の右拳。出が遅い、射程短い、硬直が長いの三拍子揃っているが、それら全てを引っ繰り返せるほどに高威力。体力霊力ともに削り幅が大きく、ガードブレイク性能も高い。気絶値も高い。

 

 伊吹左拳

 威力はそこそこだが出が早く、連撃できる伊吹童子の左拳。踏み込みがあるため射程はそれなり。連撃できるだけあって硬直は短めで、踏み込み中にグレイズ判定がある。

 

 茨木脚撃

 連撃が前提のため一発の威力はそう高くない茨木童子の両足。しかし踏みつけによって相手を地面に叩きつけることができ、その隙に星熊右拳などに繋げることもできる優秀な繋ぎ技。

 

 墨染の桜

 西行寺幽々子の肉体が保管される西行妖の満開を想起する。桜の花びら型の弾幕が飛び交う。

 

 永夜返し

 一時的に周囲が夜になり、満月から太いレーザーが降り注ぐ。

 

 ソドムとゴモラ

 ソドムとゴモラを想起する。ダメージはほぼ0だが気絶値が非常(異常)に高い。

 

 神の火と硫黄

 ソドムとゴモラを発動すると自動で降り注ぐ。ダメージは極大だが使う場所を考えなければ自分にもダメージがある。考えても画面下に行くとスリップダメージが入る。

 

 

 スペルカード

 

 想起「狂気神話」

 無宗教では「地」、神道では「風」、仏教では「水」、道教では「火」、狂気神話では「神」が想起される。人気が30%ダウンする。

 

 憑依「神格降臨」

 大人モードさとりによる一方的な攻撃。射撃も打撃もあるんです。スペル発動中は無敵。無宗教では「モルディギアン」、神道では「ヌガー=クトゥン」、仏教では「ダゴン」、道教では「フサッグァ」、狂気神話では「バステト」が憑依する。実際には神格ではないのが混ざっているとか言ってはいけない。人気が30%ダウンする。

 

 顕現「神話生物」

 神話生物が顕現する。勿論幻覚ではあるが、実物と同じように作用する。無宗教では「死喰鬼」、神道では「ミ=ゴ」、仏教では「グノフ=ケー」、道教では「炎の精」、狂気神話では「空鬼」が顕現する。人気が50%ダウンする。

 

 

 ラストワード

 

 「いあ!いあ!」

 人気が100%でなくとも使用可能。ただし、人気が低ければ低いほど自爆率が上がる。人気-100%だと99.9%で自爆する。

 ランダムで神を呼ぶ。答えてくれないことも普通にある。むしろ七割以上は答えてくれない。呼ばれてもちゃんと相手を攻撃してくれるかどうかもわからない。むしろ七割くらいは自分を攻撃してこようとする。急いで送り返せば大丈夫。送り返せなければ自爆で敗北が確定する。

 しかし運良く相手を攻撃してくれた場合、スペルカードの残りもラストスペルも体力も完全に無視して勝利が確定する。人気が-100%まで降下する。

 

 

 

 使用BGM:少女さとり~3rd eye

      旧支配者のキャロル(ストーリーモード、敵対時のみ)



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47 私はこうして人気を集める

 

 派手に暴れれば人気が集まる。それは人間から希望という感情が失われ、刹那的な快楽に浸るようになってしまったのが原因だ。

 その根源ともいえるのが、私の持つこの希望の面。この面が残る六十五の面から離れてしまったのが、この状況の根源。いったい何が起きてこんな風に離れてしまったのかはわからないけれど、できることならもう少ししっかりと保管しておいてほしかった。

 

「……もしかして、あんたも?」

「はい、私も参加することになりそうですね」

「うげ、できればあんたとは戦いたくないんだけどなぁ」

「私も、できることなら戦いなどお断りですよ。ですが、現状から考えればそうすることはできないのでしょう?」

「……まあ、ね。ここで止めたりしたら大ブーイングよ」

「生きていればそれだけで儲け物だと思いますけどね……やれやれ、彼女も面倒な落とし物をしてくれるものです」

 

 目の前にいるのは、博麗の巫女。八百万の代弁者にして、この宗教戦争における神道の代表格。

 ちなみに神道は彼女一人だけだが、仏教からは尼入道と白蓮和尚が。道教からはTS神子さんと放火魔が代表として出てきている。また、その他に無宗教が四人ほど参加しているらしい。うち一人はわざわざこんな戦いに参加したいと思ってはいないようだけれど、一度参加してしまえばどんどんと引きずり込まれて逃れられなくなるのが戦争というものだ。諦めなさい。

 さて、それでは神道の代表格、信仰を復活させ、自らの神社の立て直しを図ろうとする彼女との戦いを始めよう。

 私は覚妖怪。使う力は相手のもので、使う術も相手のもの。今回の私は神道系だ。覚妖怪であるがゆえに、そうあらなければならないというのが種族としての在り方とはいえ、やりにくい。

 なぜ私が神道の本職の博麗の巫女を相手に神道系で戦わなければならないのか。まったく、世の中とは実に不公平にできている。勇儀さんと戦った時にも、勇儀さんに合わせて殴り合いや真正面からの高威力攻撃ばかりで得意の搦手などは使おうという気になれなかったし、覚妖怪とは本当に難儀で不便な種族だと思う。

 

 ……嘆いてばかりでは進まないことはよく知っているはずなのに、それでもつい嘆いてしまう。救い難いが、それもまた私だ。仕方がない。

 では始めるとしよう。希望を待ち望む観客達も居るし、彼らをいつまでも待たせていては今の面の持ち主を引き寄せるのに必要な希望の感情も集まらない。

 彼女の移動は早い。私の三倍近くある。だから私が彼女のあとを追いかけても追いつかないし、彼女が逃げようとしていれば残念ながら逃げ切られてしまう。

 そこで、彼女が逃げ切れないように、逃げようと思わないように、希望をこの身に集積する。彼女が私の顔を面として持っていきたくて仕方無いと思うように、状況を作り上げる。

 勿論覚妖怪と言うけして強くない種族である私は、負けたときの事もしっかりと考えてある。元々私が持っている希望の面をこれ見よがしにチラ見せすれば、私ではなくそちらに意識が向くだろう。元々彼女はこの希望の面を自身の持つ六十五枚の面と一緒にするために行動しているようですしね。

 そんなことより、とりあえず勝負ですね。一般受けしそうな技……スペルカード以上の大技の場合は人気が減りそうだし、ある程度の小技と後はコンボ、そしてかっこいいポーズで何とか凌ぐとしましょう。こんな時のためにジョジョ立ちというポーズ集がありますしね。

 

 まず、霊夢さんが撃つ射撃に合わせて意識の一部を乗っ取って軌道を逸らして当てさせない。その際、意味はなくとも指で『クンッ』とかやっておけばいい。それだけで僅かに私に注目が集まり、希望の感情が私に……正確には、私の懐の希望の面に集う。

 希望と言う感情が失われ、均衡を崩して移ろいやすくなっている感情のなんと操りやすいことか。私と言う希望などとはほど遠い存在に向けて、これだけの希望の感情を向けてくる。まるで狂信者のようではないか!

 

 霊夢さんの放つ札の軌道をねじ曲げ、自動で追尾する巨大な札の対象を私から霊夢さんへ変更。回避しようと上に飛ぼうとした霊力を暴発させ、追尾する札に突っ込む形で使わせる。なんとかグレイズして避けるも、目の前には拳を構えた私。

 

「星熊右拳」

「ぐがふっ!?」

 

 鳩尾にめり込む私の拳。正直なところ殴った私の拳も少し痛かったりするのだけれど、今回はちゃんと準備をしてある。自分の拳を痛めないように、布を巻いてあるのだ。

 ちなみにこの布はお燐とお空が作ってくれたもの。お燐が作った方は几帳面にしっかり縫われていて、しっかりもののお燐らしい出来。お空が作った方は一つ一つの縫い目が粗かったり前後していたりしていてお世辞にも綺麗とは言えないけれど、それからフランとこいしが手伝ったようでなんとか形にはなっている。

 フランはどうやらお燐に習ってお裁縫を頑張っていたようだ。お空とこいしの粗い縫い目のなかで、一列だけきちんと縫われているのがわかる。

 こいしは相変わらず無意識で───けれど、無意識の中でも私のためににこうして縫い物をしてくれたのが嬉しい。

 そんなもののお陰で、勇儀さんの筋力を憑依させて殴り付けてもお互いに『痛い』で済んでいる。勿論、完全再現完全憑依なんてことをしていないからと言う理由もあるのだけれども。

 

 吹き飛び、意識が千々となっている霊夢さんに肉薄し、意識が戻ると同時に今度は左拳。振るおうとした打撃をすり抜けて霊夢さんにカウンターとして入り、顎を揺らす。

 そして、踏みつける。これでようやく、普段で言う『通常段幕が終わった』と言うところですかね。

 

「っぐ……げっほ、ごほ……なんって威力よ……あんたそんな力強かったっけ?」

「一応妖怪ですからね。人間の内臓を揺らすくらいはできますよ」

「無茶苦茶な奴め……」

 

 そんなことを言いながらもスペルカードを発動しようとしている貴女の抜け目なさが大好きですよ。実に人間らしくて素晴らしい。

 けれど、残念なことがある。通常の弾幕ごっこならばともかく、弾幕格闘にはスペルを発動するまでに致命的なまでの隙ができる。この隙にある程度以上衝撃の通る攻撃を叩き込み、スペルカードをブレイクさせれば───

 

「……ちょっと、そんなのありな訳?」

「できるだけ痛くないように優しく動きを止めて削りきったと思いますが」

「だから、そんなのありな訳?」

「さあ? とりあえず、隙が大きすぎる技が使われそうならその隙のうちに叩き込めるだけ叩き込むと言うのは間違っていないと思いますが?」

「……ちっ」

 

 そう言う隙をついてどうにかするのは人間の技じゃないの、等と思われても困りますね。私だって弱いんです。人間と同じくらいの(筋力)しかないんです。人間と同じような技を使ったっておかしくはないでしょう? 少なくとも私はこれまで使ってきましたし、これからも使っていく気でいます。

 私に言わせれば、人間だと言うのにあれだけ強いと言う方がおかしいんですけどね。

 白蓮和尚はまだ良いです。彼女はあくまでも元人間であり、今では大魔法使いとも言えるベテランですから。

 白蓮和尚の所に居る尼入道も、昔は人間でしたが今では妖怪。人間以上となるには十分な理由がある。

 最近復活した聖徳太子も構いません。彼女も元人間であり、今では仙道に身を置いている仙人。ついでに元男だと言うこともありますがその辺りは放置と言うことで。

 守矢の風祝だって問題はない。なにしろ彼女は神の血を引いている人間で、今となっては現人神。全く問題はない。

 

 しかし、霊夢さんは違う。魔法使いでもなく、妖怪でもなく、仙人でもなく、ましてや神ですらない。ただの人間が、その才の導くままに育った結果が人ならざる者たちと同格の存在になると言うことは、ある意味ではとても恐ろしい。

 人間とは妖怪を恐れる存在でなければならない。

 だからこそ、人間が妖怪を支配すると言う可能性を見せてしまう彼女達は危険な存在だ。

 危険は今のうちに排除しなければならない。

 

 ───と、言う感情は私にもある。端くれとはいえ私も妖怪ですしね。

 それを実行しないのは、少なくとも今は彼女たちがそうしないと言うことがわかっているから。心が読めるからこその信用ですね。

 

「……あのさ」

「はい? 何ですか霊夢さん」

「…………私の技の出をひたすら潰し続けるのは楽しいかしら?」

「痛くない上に人気を稼げると言う点で非常に美味しくはありますが、楽しくはないですね。あ、夢想天生します?」

「無駄撃ちになるのわかってて誰が……まったくもう。降参よ、降参。ほんとに面倒な相手と当たっちゃったわ……人気をまた集め直さないと」

「あ、ついでに道教の……ちょっと抜けてるところがある方の放火魔さんの居場所はご存じですか?」

「……え、あいつあんたん所にまで火つけたの?」

「この騒ぎに乗じて着けないように、と言うお話をしに行こうかと。決してこいしが火傷させられたから自分の筋力で頚が千切れるまで捻り折ってやろうとか考えてませんよ? ホントウデスヨ?」

「……あ、そ」

 

 怖いとはなんですか怖いとは。私いまいい笑顔じゃないですか。

 




 
 布都ちゃんはまだこいしに火傷をさせてはいないといいですね。(断言はしないスタイル)


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48 私はこうして希望を積む

 

 霊夢さんに勝利。まずは一勝。実に幸先のいいスタートだけれど、次の対戦相手が私を待っている。実際には待っていないんだろうし、おそらくあちらも戦いたくて戦っているのではないのだろうと思うけれど―――

 

「お、いたいた」

「…………ああ、白黒の盗賊さんですね」

「私は魔法使いだぜ?」

「申し訳ありません。なんと言うか貴女は色々と物を盗んでいるという認識が強くて」

「おいおい、まだお前の所からは何か借りたりはしてないはずだぜ?」

「まだ、と言い切るあたり業が深いですね。あと、地霊殿にある物は大概触れただけで精神に直ちに影響を及ぼしかねない物ですので持って行くのはお勧めしませんよ」

「……ほほう。そいつは興味が出てきたぜ。勝負が終わったらお前んちまで借りに行かせてもらうぜ」

 

 ……まあ、トラウマ作りたいならどうぞご勝手に。あれ持ってるだけで発狂しかねないものですから本気で危ないんですけどね。以前私を襲ってきた魔法使いの精神を飲み込んだ物を復旧して読ませてみたのですが、読んだページ数が二桁に入る前に発狂して自殺しましたし。私の精神の中なのでそのあとも何回か直して別の本を読ませてみましたけどね。

 

 ちなみにこうして話をしていると言うのは、単なる戦闘前の会話というわけではない。これには実は少しだけではあるが意味がある。

 そう、ネガティブキャンペーンである。

 

 もし、食中毒を大量に出した食堂があるという噂を聞いたとして、その食堂で食事をしたいと思う者はいるだろうか。あるいは、医者が駆け込んでいく所を見たという噂のある娼館に行こうと考える者は居るだろうか。大概の者はそんなところに行きたくない、と考えるはずだ。自分に被害が来ることでもあるし、身を守るために危ないところに近付かないというのは動物の本能の一つであるともいえる。そう考えて当然だ。

 しかし、その食堂が実際には食中毒など今まで一度も出したことがないとして……一度流れてしまった噂を駆逐してそれまで通りに営業を続けていくことができるだろうか?

 

 ―――否。断じて否、だ。

 

 人は情報に踊らされる存在だ。どんな小さな噂でも、いつの間にかその話は大きくなって相手を蝕む。その対象が今まさに神聖視されようとしているところであったり、ある程度の権勢を誇っていたりすれば完璧だ。誰もがとは言わないが、多くの者がその噂に振り回されてそれまで信じていた相手を見放し、そのとき一番手近にいた、その信仰対象だった者と敵対している誰かに信仰を捧げるようになる。

 

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 ……希望を失った人間は、目先の事にしか囚われなくなる。今の生活を続けた結果のことを考えなくなるし、そうして信仰を移した相手を信仰し続けた結果としてどんなことになるかを考えもしない。まるで、知恵の無い動物と変わらなくなってしまう。

 私はそんな人間が、嫌いではない。愚かで、矮小で、考えの足らない、塵のような、有象無象と言えるような人間は……私は大好きだ。

 

「……おいおい、お前、笑えたのかよ」

「勿論です。私は楽しければ笑いますし、悲しければ泣きます。嬉しければ喜びますし、イライラすれば怒ったりもします。当たり前の事でしょう?」

 

 現状の人間たちにとってそのことが一般的なことであるかどうかは置いておいて、私は普段における事であれば極一般的な正論を彼女に返す。白黒の盗賊……人間代表の魔法使いに。

 ……今回の私は無宗教。いつもの私と変わらない、というところ。基本的に何かを信仰するといったことはしないで、必要な時に必要なものをあるところから引っ張り出してくるのが私のやり方だ。

 

 そして初撃。私は突撃しながら撃たれる弾幕を全て暴発させて相手を巻き込む。見事にカウンターとして決まったその攻撃に、周囲の人気が私に集まる。その流れに気づいたのか白黒魔法使い(ただしサポシ)はスペルカードを全員に見せつけるように掲げ―――

 

「だが使わせない」

「恋hってこらおい発動時に手からスペカ叩き落すとかありかよ!?」

「無しというルールは聞いておりませんので」

「お前予想以上にゲスいな!?」

 

 私はゲスではない(無言の腹『星熊右拳』)

 

「ごべぁっ!?」

「えっと……なんでしたっけ?」

「ぉ゛……ぁ゛あ゛……」

「えい」

 

 背中、と言うより腰。脊柱と体側のやや体側寄り。彼女から見て右側の部分を『茨木脚撃』を使い踵で踏みつける。そこには肝臓という器官があったような気もするが、とりあえず破裂したり使えなくなったりはしない程度に加減しつつ呼吸が一時的に止まるように打ち付けた。まあ、初撃に『星熊右拳』が入っているのだから呼吸はしばらく復活できないと思うけれど……それでも攻撃はしてくるあたり本当に最近の人間生まれの怪物たちは打たれ強いのが多い。

 なんとか箒を操ってその場で回転し、私を弾き飛ばそうとする彼女だったが、私はそうしようとすることを知っていたので離れておいた。まあ、今のは一応カウンターを取ろうとすれば取れなくはなさそうだけれど、この状況で追撃は悪役(ヒール)を通り越してしまう。流石にそれはよろしくないし、悪役というのは正義の光が強ければ強いほどに深く、暗く、強大になっていくものです。

 私の狙いはそこにある。

 

 ……とはいえ、まだ早い。まだ必要な量の希望は集まっていないし、キーとなる彼女もこの場にいない。特に鍵がこの場にいないことが一番の理由だ。

 

「さて、さてさて、さてさてさて……気分はいかがです? 格闘戦なら勝てると思いましたか? 弾幕ごっこで勝てないからともっと純粋な地力の差が出やすい弾幕格闘なら勝ち目があるとでも考えましたか?

 残念ながら、私とあなたでは経験が違いますよ。せめてあと三百年は生きてから出直しておいでなさいな」

 

 まあ、純粋な砲撃系魔法使いを目指す限り三百年どころか一万年過ぎても届かないとは思うけどね。かつて悪魔の魔法を呪術と定義したうえで数回反射させてから跳ね返して異なる神話において太陽神と呼ばれた悪魔を炎で消し炭すら残さずに焼滅させたこともあるし、どうしても私に何とか攻撃を届かせたいなら出力を上げる方向ではなくて術式として意識を持たない自動性を持たせる必要がある。

 本人に繋がっていればそこから辿って操作させられるし、繋がっていなくとも精霊やそういう存在に制御させているのなら術式を捻って無効化させればよほど好かれていない限りは無効化できるし、好かれていても精霊を滅ぼすことはできる。私が干渉できないのは『制御を離れた完全自動の術式』のみ。自律型なら読み取って解くこともできるけれど、完全自動は流石に無理だ。干渉しようがない。

 あるいは制御していない魔法や広範囲無差別攻撃ならば関係なく私に効果がありますが、そんなものをこんなところで使っては観客を纏めて敵に回すことになる。宗教家達は特にそうした方法を取るわけにはいかなくなる。

 

 その点、私の能力によって生まれたこの桜は、対象を限定すればそれだけで効果範囲を決めることができる。

 西行妖の花びらは、知らない者からすればただの花びらでしかない。つまり、人里に住む多くの人間たちにとってこの弾幕はとても美しいものでしかないし、実際に彼らに当たったとしてもただの桜の花びら程度くらいしか影響はないだろう。皮膚に当たって痒い、程度だ。

 だが、西行妖の実物を見た白黒シーフはこの花びらに当たれば不味いと思う。そしてこの光景から僅かに存在しているトラウマと不安と恐怖を私が呼び出し、接触すれば激痛と触れた所が消し飛ぶか塵となるか形はそのまま死ぬかと言う幻覚を見る。

 限定的に影響を与えることのできる弾幕は中々に使い道が多い。ちょっとマゾっ気のある天人にそのお目付け役を十数人ほどまで増やして一方的にお説教すると言う精神攻撃などにも使えますしね。

 あ、ちなみに図書館住まいの大図書館にやるなら桜の花びらが全部千切れた本のページになります。

 

 グレイズしながら距離をとろうとする白黒シーフの移動を妨害。グレイズではなく直撃させ、いくつかの効果を発動。

 今、彼女の頭の中では色々なものが流れているはずです。

 

 彼女の初恋の相手に対する、子供ながらに精一杯のアピール。(ただし伝わっているとは言ってない)

 ふとした時に出てきてしまう昔々の乙女思考。

 自らの魔導書に残してしまった黒歴史。(メルトダウンってなんなんd(ry)

 その他にも色々な失敗や恥ずかしい経験等々───

 

「オィィィィ!!」

「精神攻撃は覚のたしなみですので」

「性格悪すぎんだろお前よぉぉぉぉ!」

「はて、私としては喜んでいただくために綺麗な弾幕を張ったつもりなのですがね。対象は観客の皆さんですが」

「私への配慮は!?」

「していますよ? 痛くはないでしょう?」

「心がいてえよ!」

「ちなみにその羞恥の感情、美味しく頂いています。甘酸っぱい爽やかな恋心や、ひたすらに甘いけれどくどくない乙女心。そして非常に香ばしく後味がしっかりとしている黒歴史が素晴らしい」

「やめろぉぉぉぉぉ!頼むからやめてくれぇぇぇぇぇ!!」

「悲しいですが、これも勝負なのですよ」

「もう私の敗けでいいからやめてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

 言質は頂きました。わざわざこれほど鮮烈な感情を奢ってくださり、ありがとうございました。

 

「ところで、道教の仙人で一番小さい彼女がどこに居るか知りませんか?」

「あ? あー……あいつか。悪いが知らね」

「そうですか」

 

『小さい』と聞いて一番最初に胸が出てくると言うのは女性としてはどうなんでしょうね? 私としては構いませんし、実際背も胸も一番小さいようですから。

 

 



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無意識少女は巻き込まれ、仙道少女は追われ始める

 

 古明地こいしは無意識に棲む。姉に関わらないことでは大概無意識に行動し、姉に関わることだったとしても八割近くは無意識である。

 そんな無意識で動く彼女は、無意識の中に居るがゆえに多くの者に気付かれない。気付かれるには余程強く彼女の事を思うか、あるいは子供のように純粋無垢な心を持つ必要がある。そうでなければ無意識の中に棲む彼女を見つけることは至難の技だ。

 

 ……つまり。例えば古明地こいしが宗教戦争の見物をしていて、その時に偶然誰かの放った大技で広範囲が炎に包まれ、偶然にも近くにいた古明地こいしに炎が当たって火傷を負ってしまったとしても、その事に気付くことができる者はそう多くはないということである。勿論気付かなければ技を中断させることもなく、またそれを治療しようとする者もあらわれるわけがない。

 そしてそんなことが起きるとすれば、それは広範囲かつ自身でも広がる範囲のわかりにくい技でなければならない。基本的にはそんなことは起きないし、大体の戦闘者は自身の技の効果範囲をしっかりと把握している。効果範囲が広くても制御さえしっかりしていればだれかに当てるようなことはない。

 

 ……さて、ここに仙人としては目覚めたばかりで自身の能力の制御がまだ甘い尸解仙を自称する道士がおるじゃろ?

 そしてこっちには無意識で宗教戦争を眺めているこいしがおる。

 

 これを(布都人気100%)

 こうして(ラスワ発動)

 こうじゃ!(火の海)

 

 こうなった結果として、古明地こいしと呼ばれる少女は火傷を負い、そして覚妖怪(姉)はにっこり笑いながら半分キレつつ探し人ついでに人気集めをしているということじゃ。

 もしもその道士が、姉の覚妖怪に見つかってしまったのならば……どうなるかは神すら知らぬことだろう。ただ確実に言えることは、その道士は間違いなくまともな死に方はできないということだ。

 

「……」

「あはは……」

「なに笑ってんですか(社会的に)殺しますよ」

「うちの布都が本当に申し訳ないことをいたしました」

 

 そんな理由があったからこそ、聖徳太子、宇宙を司る全能道士は目の前に居るすさまじい笑顔をした少女に平謝りしているのだ。

 古明地さとり。豊聡耳神子にとって数少ない『苦手な相手』。力で勝てないとは思わない程度の力しか感じることはないが、しかしそもそも根本的に勝つことはできないと思わせる何かを持っていると感じさせられている。

 神道の神を排し、自らが神になろうとした豊聡耳神子にそのようなことを思わせる相手というのは非常に少ない。そのほんの僅かな例外こそが、古明地さとりであった。

 また、今の彼女は本気で怒っているのが神子にも伝わってきている。普段なら全く伝わってこない感情が、まるで濁流のように押し寄せてきている。欲の声として彼女の声を聴くはずが、内容が明らかに筋者のような口調で話しかけてくるほどに。

 

『おうおう姉ちゃん、あんたんとこのちみっこがうちのモンに火ぃ付けていきよったんよぉ? それで火傷までしてよぉ? あんた一体どう落とし前つけてくれるんや? お?』(意訳)

 

 はっきり言って、神子の背中は今まさに冷や汗で大変なことになっていた。

 無数の欲を聞いてきた。その中には当然と言うか、復讐心に満ちた欲も存在する。そんな欲であろうとも全てを食らい尽くしてきた神子であったが、今のさとりほど強力な意思に満ちた復讐欲とでも言うべき欲の声を聞かされたことはない。できることなら全力でこの場から逃げてしまいたとすら思うが、そうなったら自分に付き従う布都の身が危険に晒される。幸運なことにさとりは理性的な妖怪であり、復讐相手以外に力を積極的に振るう姿勢ではない。そうでなければ八つ当たりで自分は大変な目にあっているだろう。

 

「大変な目に遭わせて差し上げましょうか? 幻想郷には妖怪に犯されて孕んだ娘もいます。それを苦にして自殺した者もいます。そんな彼女たちの記憶と経験をこの場で想起すれば、追体験できますよ? 軽い触り合いで少し怖いと思ってしまうような方には少しきついかもしれませんが」

「全力でお断りいたしますよ」

「断るのは構いませんが、そう言うところから慣らしていかなければいつまでも変わらないのでは? まあ、流石に初めからそれはきついでしょうから、もう少しソフトに……お相手は貴女のお嫁さんたちということでいかがでしょうか?」

「お断りいたします」

「怖い、ですか?」

「貴女が言うと本当にそう聞こえるからそういう冗談はやめてください」

 

 にこにこと笑いながら、片方は冷や汗を隠し、もう片方は怒りを隠す。片方は感情を隠しきることに見事に失敗してしまっているが、それでも笑顔は崩さない。

 その怒りを向けられている方は相手が何をするつもりかわからずにやや不安になる心と、自分の部下への心配といった多くの感情を隠さなければいけないことを強いられ、まともな戦闘よりもはるかに精神を削られていた。

 

「まあそう言うわけで、貴女の所の放火魔は何処へ?」

「さて、私の通った場所の後始末させていますから、その通りに来ているのでは?」

「後始末……つまり、全てを灰燼に帰すことで手に入れた人気や希望が他者の手に渡ることを防いで」

「違います」

「おや、それではいったいどのような?」

「私がこうして宗教戦争などということに興じている理由の説明をしてもらっているのですよ。貴女には私が説明いたしましょうか?」

「人間たちの精神状態の異常からくる不安定を取り除くためという内容でしたら知っていますよ。宗教者とはつまるところ民衆の不安に付け込む職業ですからね」

「言い方が最悪なんですけれども。違いますよ? 確かにそう見える側面があることは認めざるを得ませんが、実際にはそんなことはありませんからね?」

「ああそうそう、今度は私の方からそちらに伺いますね。貴女方の使う術式と力はおよそ理解しましたので、新しく作られた仙界のような場所へは自力で到達できるようになりましたし」

 

 にっこりと笑顔を作るさとり。そしてその笑顔をひきつった笑顔のような表情で受け止める神子。ちなみにであるが、今のさとりの言葉を意訳すると『家の場所は覚えた。逃げられると思うなよ』であることは言うまでもない。

 その言葉を受け止めることしかできない神子からすれば、文字通りに笑うしかない出来事である。彼女はさとりという妖怪が非常に苦手であったし、今回のことでさらに苦手意識は強まった。もしも次に布都と出会うことがあれば、その額をはたいて説教の一つや二つしてやりたいと思ってしまうほどに。

 

「……ところで、布都の居場所は本人の思考か記憶を読めばわかるのでは?」

「今本人の意識に触れるとそのまま発狂させて道教と貴女の株を凄まじく貶めるような事をさせてしまうと思いますがそれでもいいならやりますよ。と言うかいいならいいと言ってくださいよ我慢してたんですよ私」

「いやあのほんとやめていただけませんか? まさかそこまで我慢していらしたとは……」

「大丈夫ですよ。以前に私の屋敷に色々と仕込んていかれた邪仙も尸解仙も無事に傷一つ無く戻っていったでしょう? 傷一つつけませんよ」

「青娥はあれから暫くぼんやりしていてそれはそれで大変なのですが」

「大変なだけで済んでよかったですね。半身が火傷に覆われていたりしなくて本当によかった」

 

 ……心が読めず、自分達に非があり、力尽くで黙らせることもできそうにない相手。それはとてもとてもやりにくい相手である。

 これがもしも仏教徒等であれば異教徒ということで多少は言い訳も聞くのだが、無宗教、つまり今の人里の存在と変わらない相手であればそうやって責任転嫁するわけにもいかない。

 そして、相手は自分がそう考えるだろうということを知っていて、その上自分達がどこまでなら引けるのかということを雰囲気で察することができる。交渉相手としては非常に厄介な相手だ。

 

「では私はこのくらいで失礼させてもらいますね。それでは」

「……ああ、はい、それでは」

 

 ひらひらと手を振って、さとりはどこかへ飛んでいく。向かう先に視線を向けてみれば―――

 

「……命蓮寺、ですか」

 

 どうやら布都の寿命はまだ持つらしい。今のうちに何とか布都を捕まえて説教しておかなければ……と、神子は思いを新たにした。

 




 
 (-人-)


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49 私はこうして希望を掲げる

 

 命蓮寺には三人ほど知り合いがいる。一人はそれなりに好意的であり、一人は私を視界に入れるだけで声も出ないほどに震え、一人は私の存在を本能で察知した瞬間に胃の内容物を地面にぶちまけてそのまま気絶して泡を噴くような関係ではあったが、どんな関係であろうとお互いがお互いのことを知っていればそれは間違いなく知り合いであると言えるだろう。だから私と彼女たちは十分に知り合いだといえる。

 最近になって声も出ないほどに震える方は私を見ても小さく悲鳴を上げて物陰に隠れて私を見つめるだけで済むようになり、もう片方は私に出会っても嘔吐するほどに怖がるようなことはなくなった。おかげで私もこうしてまた命蓮寺に堂々と顔を出すことができるようになったわけで。

 

「こんにち―――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!?!?!?!?!」

 

 いきなり飛んできた拳の軌道を捻じ曲げて本人の胴に直撃させる。正確には本人でなく繰り手の身体であるのだけれど、雲でできた巨大な拳に殴打された彼女の身体はまるで木の葉のように飛んでいく。吹き飛んだ身体は本堂に飛び込み、床にぶつかって幾度も撥ねながら奥へ奥へと転がっていく。……いったいどれだけの威力で拳を振るわせたんでしょうね彼女は。

 まあ、確かに吐いてはいない。錯乱して私に襲い掛かるようになってはいるけれど、嘔吐したり気絶したりはしなくなった。どっちの方がましかと聞かれると少し迷うところだけれども。

 

 ……しかし、いきなり襲い掛かってくるとは何とも酷い寺ですね。私は今回は普通に情報収集とついでにお土産を渡しに来ただけだというのに。ちなみにお土産の中身はおなじみの地底うどん……の姉妹商品である地底そうめんである。地底のさらに下に旧灼熱地獄があると言うこともあって地底には冷暗所と言える場所が非常に少ない。そのため熟成させるという工程を踏むのに非常に手間がかかっているが、お空に身体を借りて核エネルギーをマイナス方向に向けることで冷暗所を確保。光と熱を常に飲み込み続けるなんとも恐ろしい状態になってしまっているが、吸収された熱はその先で旧灼熱地獄の深部に吐き出されているので暴発することもない。

 そんな手間暇かけて作ったそうめんが、あんな勢いと威力で殴られたりしてはバキバキにへし折れてしまう。それを何とか止めるためには、尼入道と見越し入道を抑え込まなければならない。合気柔術の一つでも学んでいれば私は自分の力だけで相手を抑えることができたのかもしれないが、私にできることは相手に相手自身を抑えさせることだけ。私はまだまだ学ぶことが多いということですね。

 

「それはそうと突然襲い掛かってくるのはどうかと思い―――」

「―――ぁぁぁぁぁあああああああっ!!!」

「―――ますよっと」

 

 襲い来る尼入道と、それに付き従う見越し入道の連撃を操作し、ほぼ全ての拳を彼女の背中に直撃させる。このような連撃を見ていると、つい言いたくなってしまいますね。

 

「―――無ゥ駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 

 確かこの技は―――『仏罰の野分雲』。尼入道の持つ技の中でもそれなりに高火力のもので、ある意味では必殺技に近いものでもあったはず。初めの一撃は『懺悔の殺風』で、一撃だけではあるが非常に強力な拳を相手に叩き付ける技のはず。巨人の拳ともなれば一撃があれだけの威力になる理由も十分にわかる。

 まあ、残念ながらそれらの打撃のほぼ全てが彼女自身に向いているのだけれど。

 

 そして呆然とする見越し入道には一言。

 

「『見越した』」

 

 私が見上げすぎて倒れるよりも早くそう言えば、見越し入道という妖怪の性質上、大気に溶けるようにして消えてしまう。残ったものは参道に減り込んでいる尼入道と、私がさっきまで言っていた『無駄無駄』を山彦している彼女だけ。暴力的な事をするつもりなど全く無かったと言うのに、いったいどうしてこんなことになったのやら。

 仕方ないので私は尼入道の身体を操って寝かせられる所まで運び、そして私の能力のちょっとした応用で尼入道の身体に『不死人・迦具夜比売命』を憑依させる。するとあっという間に尼入道の身体の傷が治り、呼吸も穏やかなものになる。さっきまでは明らかに肺に肋骨が刺さっていたとかそんな軽い言葉で済むようなものではないくらいに損傷していたのだが、これでいい。

 

 ……こいしには、使えない技なのだけれどね。

 無意識の塊であるこいしには、自我と言えるものは殆ど存在しない。自我から身体へ辿り、そして効果を及ぼす私の『憑依遷し』ではこいしの火傷は治せない。せめて感情があれば感情を励起させ、組み合わせ、自我のようなものを一時的にでも作り上げることができるけれど、目を覚まさないままではその手も使えない。

 ―――だから、この面霊気の面を使うのだ。

 この面には感情を呼び起こす力がある。眠っていようと、目が覚めていなかろうと、その効果は間違いなく存在するはずなのだ。

 六十五枚の面は未だに面霊気が持っている。だから私は、彼女から面を『借りる』必要がある。もしも貸してくれなければ――――――ころしてでもうばいとる。

 

 ……顔を片手で隠し、息を整え、そして決めポーズ。こんな顔を人間たちに見せてしまっては人気を失ってしまうし、そうなれば目的が遠くなる。けれど今私がやっているように決めポーズをとったり、傷ついた相手を癒してやったりすれば人気がさらに増える。今の人間たちの信仰という物はかくも移ろいやすく、操るに手間のかからないものだ。

 特に今の私には希望がある。溢れ出るほどに多く、濃厚で、眩い希望がある。それは私のものではなくて別人の……人間達の物であるのだが、それを一つにまとめ上げた希望の面と言う存在を知らなければ恐らくずっと私についてくることだろう。その先が破滅に繋がっていようとも、破滅以外に先がなかろうとも―――。

 

 ではそろそろ読ませてもらうことにしよう。龍脈を司る風水師、物部布都の居場所について。知っていればよし、知らなくともここには来ていないということで指標にもなるのでまたよし。問題ではない。

 結果は同じだ。

 

 ……どうやら尼入道は知らないらしい。念のために近くにいた小さな小さな賢将と山彦、寅柄の毘沙門天代理にも話を聞いてみたが、知らないという。ちなみに正体不明には逃げられたが、記憶を漁って知らないことは確認したので問題ない。

 では、次はどこに向かおうか……時間も遅い。そろそろ日が暮れるし、人間はもうそろそろ家に戻ることだろう。仙人に人間の感覚が当てはまるのかはわからないけれど、少なくとも苦手とする相手に対する対応については仙人も人間もあまり変わらないようだった。もしかしたら色々と互換性があるかもしれない。

 サンプルは多いほうがいいが……時間はあまりない。人間ならば体表面の五割が火傷に包まれてしまえば重傷を通り越して危篤状態に近いと言われるが、それは妖怪も変わらない。もちろん阿呆みたいに再生力が高かったりすれば話は別だけれど、こいしにはそんな再生能力はない。実に残念なことに。

 読心の範囲を広げれば簡単に面霊気は見つかるかもしれないけれど、その時に道教の放火魔が範囲に入ってしまったなら間違いなく我慢しなければいけないという思考が働くより早く、それこそ反射というほどに素早く彼女の思考にシュブ=ニグラス一家を放り込んでしまう。それは少々まずいから、わざわざこうして直接この目で見つけようと探しているのに……早く出てきてくれないだろうか。早くしてくれないと自重も何もかも放り出して幻想郷中に読心範囲を広げてしまいそうだ。

 

 まあ、流石にそれは良くないので早めに見つけなければ。そうしないと異変認定されて討伐されてしまう。それはよくない。私はまだ死にたくないし、消えたくもない。せめてこいしをちゃんと治してからでなければ死にきれない。まあ、死ぬ気は初めから欠片も無いのですけれど。

 



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50 私はこうして人を探す

 

 向かった先は妖怪の山。今回の宗教戦争にはあまり関わらない場所ではあるけれど、本の僅か、新聞を出すという形でほんの僅かだけ関わってもいるのだ。

 そう言う訳で私は今、妖怪の山で伝手のある天狗の元に来ている。

 

「あややや……なんで私のところなんですかねぇ……」

「貴女が一番早く、その割に内容としては正確な新聞を書くからですよ。恨むのならば自分の日頃の行いを恨みなさい。それに、今の私にはそれなりに人気が集まっていますし、私で号外でも出せばそれなりに売れると思いますけれど」

「ぐぬぬぬ……何が目的なのですか」

「勝手に写真を撮って、勝手に新聞にした分を情報として徴収しに来たのですよ。ちょっと今冗談とかを言っている余裕がないもので」

「―――ほほう? 何かあったのですか?」

「こちらから来ておいて申し訳ありませんが今ちょっと余裕がないですから―――触れるなら細心の注意を払ってくださいね」

 

 どうやら私の本気度がわかったようで、笑みが見事にひきつった。これ以上不用意につついたら死ぬと思ったらしく、言葉を必死に飲み込んでいた。

 

「大丈夫ですよ。その件に関係のないものまで巻き込もうとは思っていませんからね」

「……それでは私はその件に関係してはいないと?」

「貴女の新聞がその件の原因を教えてくれましたので、正確に言えば関係はしていますがむしろありがたい方ですから安心してください」

 

 助かった、という感情を隠せていない幻想郷最速の伝統文屋から視線をずらし、新聞の内容を確かめていく。このところは多くの号外のようなものが出ているため手間がかかるけれど、幻想郷を虱潰しにしていくのもまた効率が悪い。だからこそこうして高速で作られる号外を見て、時系列順に並べて捜索しているわけだ。

 

 ……なるほど。後始末を任せたというだけあって、確かに放火魔の姿は聖徳太子にそれとあまり変わらない場所に見られているようだけれど……この一か所だけ妙だ。

 妖怪の山の河童と、放火魔の戦い。放火魔が勝利したらしいけれど、聖徳太子はここには来ていない。だと言うのにあの放火魔はそこに行った。

 ついでに、放火魔が最後に大きく戦ったのも妖怪の山で、そこで多くの人気を得ることに成功したらしい。

 ……まだ、いますかね?

 

 まあいないだろうと思いつつ、私は立ち上がる。これから向かうべき場所も決まったし、さっさと行って行き先あるいは飛んで行った方向だけでも聞かなければいけない。

 

「……お時間を取って頂きありがとうございました」

「あはは……まあ、聞きたいことは聞けましたし構いませんよ。スクープもありましたしね」

「……そうそう、これは忠告なのですが、新聞にする前の私の写真の第三の目は見ないことをお勧めいたしますよ。小さすぎて恐らく見えないとは思いますが、一応ね」

「? ……まあ、覚えておきます」

「そうしてください」

 

 死にますので。

 

 

 

 ■

 

 

 

 移動した先は妖怪の山に存在する滝の近く。ここにあの放火魔と戦った河童……河の便利屋さんと呼ばれる河城にとりがいるはずなのだけれど……どこだろうか。

 きょろきょろと見回してみると、一ヶ所に固まった妖怪達がいる。中心に居るのは色々な商品を地面に敷いた布に並べた河童で、その河童はどうやら周囲の妖怪達に好かれているようだ。

 それを、最低限の距離だけ心を読める範囲を広げた中に入れる。もしも突然あの放火魔を視界に入れてしまっても即座に発狂させないようにと言う気遣いのためにそうしているのだけれど、どうもなかなか会わないようなのでやめてしまってもいいような気もする。

 そうして心を読めば、その中心にいるのが探していた河童だと言うのがわかる。どうも結構な人気があるようで、人間以外……妖怪にまであの面の効果があるようだと再認識した。これならこいしにも───

 ……今はいい。まず、人気を集めること。そして面霊気を探し出すことが最優先事項だ。放火魔を誅するのも大切だが、それよりもこいしを治してあげたい。姉としてそう考えるのはおかしいことではない筈だ。

 そう言うことで、私は店を出している河童に近付く。記憶を読んでみればわかるが、この河童は人間妖怪問わずに商売相手として見ているようだ。自分に人気がある今は、自分の用意したガラクタがよく売れるのでありがたいとすら思っている。

 ……なんとも人間らしい妖怪だ。いや、人間らしいと言うよりは、商売人らしいと言った方が正確か。なんともえげつない商売をするものだ。

 ただ、それも普段は自身で商売をすることはなく、他人に屋台を貸したり複雑なものを直したりと言う技術で糧を得ているからこそできることだと理解している。自分が今ここで人気を失って物が売れなくなっても、技術さえあれば食べていけると確信している。最悪畑でも作れば食うに困ることはない、とすら。

 大昔は土蜘蛛が出す毒で畑を作っても作物が枯れてしまうからできなかったが、今では土蜘蛛は地底に引っ込んでいる。ならば河童の技術で胡瓜畑くらい作れないはずがない。胡瓜以外にも作るつもりではあるようだが、やはり河童と言うことで一番は胡瓜だそうだ。なんとも分かりやすいと言うかテンプレートと言うか……。

 

「……もしもし」

「ん? ああ、いらっしゃい。見ない顔だね。なんか買ってくかい?」

「喧嘩でも売ってくだされば買いますけどね」

「……なんだい、あんたそっちの方?」

「それと、情報ですね。私の妹に火をつけた放火魔を追っているのですが、どこに行ったか。あるいはどの方向に向かったかわかりますか?」

「んー……なるほど。なるほどなるほど……残念だけどそいつの行き先は知らないね。どうやら道教の頭の後始末をしているようだけど……どっちかと言うと余計に広めてる気もするね。あと、こいつはサービスだ。次来た時にはなんか買ってってほしいからね」

「……火傷の薬、ですか」

「河童は技術職。今じゃ機械弄りが主流になっちゃったけど、本来私達は薬師としての腕の方が高いのさ。新しい材料を探してるうちに薬師から機械整備とか発明とかにはまった奴も多いけどね」

「……ありがとうございます」

「一応言っとくけど、完全に治るとは言えないよ。あんまり広い火傷だと痕が残ると思う。どのくらいだい?」

「左半身、頭から足先までです」

「……あ、ごめん、薬足りないわ。買って……いや、喧嘩するんだったね。賞品ってことでいいよ。火傷は辛いからね」

「……今度、お酒を持ってきます」

「たくさん頼むよ。……それじゃ、やろうか」

 

 河童さんがイケメンすぎて戦うのが辛い。まあ、戦いますけどね。

 お互いに構え、そして勝負が始まる。まあ、相手は勝つ気が初めから無く、私もあまり相手を傷つけたくない。となればやることはもうほとんど決まっているようなものだ。

 第三の眼に両手を添えて、そして一息。

 

「『永夜返し』」

 

 暗い夜と輝く月が想起され、周囲を月夜に塗り替える。河童さんは動かず、両手を広げて待ち構えている。

 

「それじゃあ、薬はあんたの家に届けておくよ」

「重ね重ね、ありがとうございます」

「いいよいいよ。なんと言うかあんたは上客になってくれそうな気がしたからね。そう言うことさ。だから気にすんなって」

 

 そう言って笑いながら、河童さんは月から降り注ぐ光に呑まれていった。初めからスペルカードの宣言もせず、ただ私の攻撃を受け止める。

 ……心を読んでみても、私を嵌めようと言う思考が見つからない。本当にこの河童さんは妖怪なのか、少し心配になってしまった。

 まあ、とりあえず私は彼女にできるだけ害を与えないようにすることにする。そう決めた。

 私は倒れた河童さんに頭を下げて、それから妖怪の山を去る。僅かに増えた人気とちょっとした情報を得て、ゆっくりと空を移動していく。

 

 ……探し物はいったい何処だろう?

 



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51 私はこうして獣で遊ぶ

 

 狸鍋ってあるじゃないですか。あれ、実はかなり獣臭いんですよ。しっかりと血を抜いて手間をかけても、完全にその臭みを抜くことはできないんですよ。

 まあ、完全に臭いを抜いてしまった肉なんて、味気なさすぎて食べられたものじゃないような気もしますけどね。

 

「まあ、ずっと尼僧をやっていた白蓮和尚にはわからない話だと思いますけどね。いかがです? 貴女はわかります?」

「お、おぉう……狸鍋は食べたことないからわからんのぉ」

「そうですか」

 

 ではかちかち山の話となりますが、あの話で狸はお婆さんを杵で打ち殺し、その肉を潰して練り上げて肉団子にしてからお婆さんに化け、そうして作った肉団子をお爺さんに食べさせました。

 その仕返しに、お爺さんとお婆さんに恩を受けた兎がその狸を騙して背に火をつけて大火傷を負わせ、その火傷に唐辛子の粉末と蓼の汁、芥子を混ぜ合わせて味噌に加え、じっくりと熟成させた物を何度も何度も塗り込んで激痛を味合わせ、その上で泥で作った船に狸を乗せて櫂で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩いて湖の底に沈めることで怨みを晴らしたわけですが……果たしてそれで兎は満足したのでしょうかね?

 もしかしたら満足したのかもしれません。満足していなくとも、その狸が湖に沈んで死んでいると言うことを考えれば諦めるしかない……と、そう思うかもしれません。

 しかし、地獄と言うものがあり、天国と言うものがある以上、知恵のある存在は間違いなくそのどちらかに行くことになります。お婆さんを杵で打ち殺し、皮を剥いでそれを被ってお爺さんを騙してお婆さんの肉で作った肉団子を食べさせ、それを揶揄して逃げたような狸が天国に行ける筈がなく、まず間違いなく地獄に落ちることでしょう。

 もしも、兎の狸への怨みが晴れないまま、知恵ある兎が生き続けたとすれば───向かう先は間違いなく地獄の獄卒でしょう。

 狸を見付けて責め、責め続け、責め殺し、しかし死のうとも地獄では甦る。

 何度も何度も繰り返されるでしょう。狸がお婆さんの肉を杵を使って挽き肉にした時のように、何度も何度も繰り返されるでしょう。

 まあ、もっとも軽い罪を償う地獄ですら兆年単位での時間がかかるのですし、それこそ時間はいくらでもあるわけで。

 

「と言っても、その辺りの詳しいことは私よりも本職である白蓮和尚の方が詳しいと思いますけどね。実際のところ、人を杵でつき殺してその死体から皮を剥ぎ取ってその姿のまま人を騙して愛する人の肉を食わせるなんてことをした狸はどのくらい地獄での責め苦を受けるんですか?」

「そ、そうじゃのう……ま、まあ結構かかるんじゃなかろうか?」

「それはそうでしょう。だからこそ、どのくらいかかるかと聞いているんですけど……まさか、わからないなんてことがありますか? わからなければ調べることができる魔人経巻なんてものがあるのですから、答えられないわけはないと思いますけどね?」

「……」

 

 それはそれとして狸と狐と言えば仲が悪いと言われていますが、実際にはどうなんでしょうね?

 

「あれは狐が悪いんじゃよ。何が悪いってまず性格じゃろ? それから執念深い上に頭が固くて脅かし方も捻りがなくての。一族で同じ驚かし方ばかりしておるから人間にも狩られやすくなったと言うのにそのことを認めようとせんでいつまでも同じ物にばかり拘る。そのくせ男に取り入る時の手練手管ばかり上手くて変幻自在、男の欲を煽るような動作や態度を前面に出しておるくせに自分が決めた男以外はただただからかうだけで触れさせようともせん。自分からちょっかいを出したんならせめて一発くらい決めてから行かんかいといつも思うんじゃがそう言うとあいつらはいつも『高貴なる私の姿をその目に焼き付けることができたのだから十分だろう? (お前たち)のように誰にでも股を開くような種族と一緒にしてほしくないのだ、そのようなことでわざわざ話しかけてくるな』などと言いおって……誰彼構わず色気を振りまく(お前ら)のほうがよっぽど淫売みたいなもんじゃろうがあの駄狐が!」

 

 どうやら仲は悪いようですね。正直私には関係のないことですが。

 ちなみに、変化の弱点というものを知っていますか? 種族としての変化ではなく、術式、技術としての変化です。種族のほうの弱点は、人間の唾液や煙草の煙などが該当します。これは訓練でどうにかなるもので、長く生きていればそれだけで効果はなくなる類のものです。逆に言えば、変化になったばかりの者ならば煙草の煙で退治できてしまったりもするわけですね。

 それで、術式や技術の方の変化の弱点ですが、一つは単純。変化と言っても変化した後の物と言うのは実体を持っています。その実態が壊れる威力で殴るなり蹴るなりすれば解けます。勇儀さんなら嬉々としてやるでしょうね。

 それからもう一つ。これは本人が別の誰かに変化している時に限定されますが、その化けている本人の正体を見抜くこと。この場合の『見抜く』とは、『確信を持ってその本人の名前を呼ぶ』こと。そうすると変化の術式は認識を書き換えることができなくなり、壊れて消える。つまり変化は解ける。

 ……なお、石に化けていても名前を呼んでやれば変化は解けたりしますので、逃げ切れないと悟った狸が何とか隠れようとその場にあった何かに化けてやり過ごそうとすることもありますがそんな時にも使えます。もちろん、どれが狸かをしっかりと認識していなければなりませんが。

 

「……よく知っとるのぉ」

「ええ、よく知っているでしょう?」

 

 にっこりと笑顔を向けあう。目の前にいる白蓮和尚の姿をした誰かはかなりひきつったような笑顔だけれど、それでも笑顔は笑顔。なんと平和的な光景なのだろう。

 

「……ふはははは!よくぞ見n」

「言わせませんよ。貴女は白蓮和尚です。……ちなみにですが、変化の術を使っている最中に変化した対象の名で何度も何度も呼ばれると変化が解けにくくなるんですよね。それでぶんぶく茶釜は茶釜から戻れなくなったわけですし」

「……本当によく知っとるのぉ」

「ええ、とてもよく知っているでしょう?」

 

 理由? 目の前にいい教科書がありますからね。

 さて、それでは―――白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚――――――――――

 

「やめ、ちょ、身体の形が固着するじゃろうが!」

「私の前にそんな姿で出てくるからですよ」

「ええい!流石はさとり妖怪じゃな!人の嫌がることを進んでやりよる!」

 

 貴女は人ではない(無言の腹パン)。

 

「ごふぅっ!?」

 

 貴女が白蓮和尚だったとしてももう人ではない(無言の腹パン)。

 

「がふっ!?」

 

 それに相手は選んでますから。許してくれる相手か、許してくれなくても困らない相手か―――許す許さない関係無しに後腐れのない相手のどれか。今回の場合は二番目ですかね。

 

 さて、それでは再開しましょう。狸のお話ですが、狸というと狐に比べて人間に好意的な話が少ないことで有名ですね。狐の場合は人間に友好的な話も多いけれど、敵対的な話が凄まじい。好意的な話のほぼすべてをひっくり返すほどに凄まじい。勿体ないですよね、それ。

 九尾の狐。金毛白面九尾の妖狐。邪仙妲己。正体は狐だといわれている彼女達の話は、今の世も伝わっている。ゲームや本などの話の種として、ではあるけれど、それでも今の時代まで話が残っているというのは素晴らしい。

 特に金毛白面九尾の妖狐の話は、国を超えて広まっている。幻想としてではあるが、おそらく外の世界でいまだに神性を保つことのできる数少ない存在の一つだろう。

 ですが、悪性の狐の話だけでなく善性の狐の話もあります。おそらく最も有名なのはお稲荷さんでしょう。豊穣の神であり、明王の眷属。世の悪人を探し出し、明王に報告するという役割も持つ彼ら。いやまったく、狐と言う存在の二面性には驚かされます。

 それ以上に二面性の激しい動物といえば、蛇、そして狼ですね。蛇は龍、狼は大神、それぞれに繋がりがありますから。

 ですが、狸。基本的に狸は悪性の噂が目立ちます。それと言うのも、善性の噂が非常に少ないからです。狐のように何か広く知られている善行のような物があればともかく、狸にはそれがほとんどありません。確かに一部では神として祀り上げられていたりもしますが、稲荷神社を代表とする狐を祀る神社に比べて数はどうです? 少ないでしょう。

 これだから狸は―――おや、変化が解けませんね。どうやら先程のものがまだ効いているようです。白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚白蓮和尚――――――――――

 




 
 ちなみにこの話、制作中は「虫を払う」でした。そんな酷い扱いにならなかったので変えました。


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狸の親分は災難に遭い、怒れる覚に触れずに過ごす

 

「やれやれ、本当に戻れなくなるかと思ったぞ」

「術の構成上、自分で本名を名乗れば普通に術は解けるでしょうに」

「そう言われても普通は思いつかんぞそんなこと。そもそも変化を無理矢理に固着させようとか狂人の発想じゃぞ?」

「……」(無言の腹パン)

「ぐふっ!? な、なぜ……」

「私は人ではない」

「そんな事のために儂は殴られたのか!?」

「妖怪が『私は人間だ』なんて認めてしまったら消えてしまいますよ。大切なことです」

「それはそうかもしれんが……」

「二ツ岩大明神などと崇められているような方にはわからないと思いますけどね」

「いやいや、儂も妖怪じゃし、わからないわけではないぞ?」

 

 と言うか、鬼の腕力を再現してぶん殴ってくるような奴が大妖怪として名を馳せていないとはどうしても思えんのじゃが……。

 

「私は引き籠っていましたからね。まあ、それまでは多少名はあったようですが」

「ほほう? となれば異名の一つ二つはあったのではないか?」

「……あまり好きではありませんし、私のことを正確に捉えているとも思えませんが、確かに私には異名がいくつかありますよ。むしろ異名しか響いていなかったりもしましたけれど」

「たとえば?」

「あー……複数回呼ばれた物で特に覚えがいいものとなりますと、『歩く黒歴史増産装置』だとか『形持つ狂気』だとか『輝く三眼』だとか『不見不聴不言不行(みせずきかせずいわせずさせず)』だとか……」

「いくつか聞いたことのある超大御所じゃと思うんじゃがそれは……」

「どうせどこかで噂が拡大してるんでしょうね。よくある話ですよ。死後に作ってもいない子供がぽろぽろ湧いてきたり、やってもいないことをさぞやったように語られたり……」

「どこぞの神の黒歴史をひたすら増やして拡散してその神の力を削ぎ落とし、消滅させたことは?」

「それは違います。幼女趣味で気持ち悪い視線を私に向けてきたので、元々相手が起こしていた黒歴史の数々を広範囲に広げてやっただけで、私が増やしたわけではありませんよ。ただ、消えていく過程の怒りや焦燥などは美味しくいただきましたけど」

「……大妖怪同士が一族を率いて争っていた時にそこに乱入してその場のほぼ全員を発狂させて殺し合わせ、最後に残った一体ずつを正気に戻して自分のやったことを自覚させて壊したと言うのは?」

「いえいえ、それはやっていません。私はお互いの群れの長の懐刀しか狂わせていません。不意打ちで長を殺させ、そうして得た妖気を使わせて皆殺しにはさせましたが、最後に正気に戻して壊れるまでの無数の感情はすべて美味しく頂きましたので無気力になって勝手に自殺しただけです。騒がしかったのでつい」

「…………その三眼に見つめられればたちどころに狂い、壊れる……と言うのは?」

「何を言いますか。壊すだけでなく、治す方向に使っても全力を出すと第三の眼が光るみたいなんですよ。不可抗力みたいなものです。勿論狂わせる時にも光りますけどね」

「不見不聴不言不行とは……」

「相手の行動を完全に縛って見ることも聴くことも話すことも何かをすることもできないようにして放置しただけですよ。視覚聴覚嗅覚味覚触覚魔力覚霊力覚妖力覚気覚直感等々全て纏めた知覚を遮断し、身体を動かす運動感覚も打ち切っただけです。殺してませんし、最後に『不殺(ころさず)』も付け加えてくれると嬉しかったんですけどね」

 

 殺すよりえぐいじゃろうがそれは。

 

「死ねば全てが終わります。死んでおらず、心が折れていなければそこから再起することができます。それをしようとせず自ら命を絶つような者は生きていくことなんてできませんよ」

「その通りかもしれんがそれはどうなんじゃろうなぁ……」

 

 そんな話をしながらの観察は、あまり成果をあげていない。覚妖怪であるのは確か。しかし覚妖怪にしては異様なほどの能力。反して殆ど感じない妖気。

 実際の戦闘となれば間違いなく強者。一撃当てれば倒せようと、その一撃が非常に遠い。一度当てるまでにいったい何度潰され、殺されることかわかったものではない。

 そんな力を自覚してか無自覚でかはわからないが自在に振るう。儂の知らぬうちに覚妖怪とは恐ろしい妖怪になったものじゃ。

 

「……それでは私はそろそろ先に行かせてもらいますね。行くべき場所も見えたことですし」

「おや……それではそこには近付かぬようにしなければの。どこに行くのじゃ?」

「人里ですよ。目的のモノはそこにあるようですからね」

 

 そう言ってあの覚妖怪は飛んでいく。急いではいるのだろうが、かなり遅い。あの妖力では仕方のないことかもしれんが、あまりにも遅い。

 だが、じっと前を見つめるその視線は捉えるべき物をしっかりと捉えた視線。けして逃がさないと言う強い意思のこもった物だった。

 ……一瞬、狸の妖怪としての本能が彼女を騙そうと囁きかけるが、迷うこともなくそれらを全て却下する。あの怪物の不興を買うような真似をしてたまるか。

 そうした瞬間に、にたりと笑みを見せられる。葛藤も悪戯心も敵意も悪意も善意も全て纏めて何もかも見抜いてくる相手と言うのは、こうもやりにくいものか。聖徳太子がやりにくいと言い、苦手とする理由がよく分かった。あれは儂でもやりにくい。と言うかあれを相手に純粋な情報戦で勝ちを拾える存在など皆無に近いのではないかとすら思える。

 いや、現実ではできないわけではない。人質を取るなり、命を奪わない代わりにと脅迫するなりすれば勝てないことはないじゃろう。暴力というのもまた交渉に使うことのできる道具の一つじゃし、そういった面ではあまり強くはないはず。

 まあ、失敗した時の報復が怖いし儂は絶対にその手は取らんがの。あの怪物がどの程度の距離まで心を読み、精神に影響を与えることができるのかは知らんが、最悪海を越えた先からでもこちらの記憶や意識を操作してくるやもしれん。そんなものを相手になどしていられるものか。

 儂以外の神に会ったことはある。和魂と呼ばれるものも、荒魂と呼ばれるものにも、どちらの面も持つものにも出会い、言葉を交わしたことがある。だが、あれほどに内と外が違うものはいなかった。長く生きてきた自信はあるし、なかなかの化け物にも出会ったことがあるつもりじゃったが……居るところには居るものじゃ。想像を超えた化け物というものは。

 

 ……もう奴のことを考えるのはよすとしよう。噂をすれば影、という諺の通り、話をするということは一種の召喚のような効果を発揮することがある。大概の場合は不完全な効果であり作動しないが、それがある程度以上大きな存在だと偶然の召喚が恐ろしい。そういった可能性はできる限り排除しておいたほうがいいじゃろう。

 では儂はそろそろ帰るとしようかの。眠くはないし必要でもないが眠るというのは力を回復させるという点では食事に次いで大きなものじゃ。消耗を抑えるという点ではむしろ食事を遥かに上回ることさえある。重要といえば重要なものじゃ。

 殴られた腹も正直かなり痛い。今何か形のあるものを口にしたらまず間違いなく吐いてしまうじゃろうな。もったいないし、今は酒だけ飲んでさっさと寝てしまおう。

 自分の手に負えないことからは目を背けて知らないふりをする。これも長く生きていくための秘訣の一つなんじゃよな。

 

 ……あー、胃が痛い。ついでに内臓全体が揺れているような気分じゃ。一体あやつはどんな威力で叩き込んできたのやら。知りたいような知りたくないような……いや、知らんことにしておこう。知りたくもない。これ以上の面倒事は御免じゃよ。まだ死にたいと思うほど生きてもおらんしの。

 



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古明地さとりのラジオ相談暴露室

 
 マミゾウさんのところから人里までの移動中のことです。



 

 はい皆さんこんにちは、あるいはこんばんは。またはおはようございます。(´・ω・`)

 

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

 

うん、「また」なんだ。済まない。

 仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

 

でも、この時間の更新を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、この短編を書いたんだ。

 

じゃあ、ラジオ相談室を始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はいどうもみなさん始まりました、意外と人気のあるラジオ相談室も今回で早くも第三回目です。今回は丸々一本を使って一人の黒れkおっと、お悩みを解決していきたいと思います。

 では今回その対象として選ばれた運のいい方は、―――物n……布t……自称尸解仙の放火魔さんです。

 

 早速お悩みを読み上げていきたいと思います。

『太子様が屠自子にばかり目をかけているような気がしてならん。どうにかして太子様の目を私に向けたいのだがなにかいい手はないか?』

 あははは―――自分の欲のために当人を仙人にさせずに幽霊にしたというのにまだ足りないのですか。実に強欲な方ですね。焼け溶けろ。

 

 それでは次のお悩みですね。

『太子様は我を一度抱いてくださってから手を出してくださらない。何か我はしてはいけないことをしてしまったのだろうか?』

 飽きられたんでしょう。捨てられないのは能力があるからでしょうね。燃えるごみはしっかり分別されてくださいね。焼け焦げろ。

 

 それでは次のお悩みです。

『胸が大きくならないのじゃが大きくする方法などないかのぉ?』

 尸解仙が肉体面で育つはずがないでしょうが少しくらい考えてからその口を開くと言うことを覚えたほうがいいですよ産廃。燃え散れ。

 

 それでは次のお悩みです。

『背が―――』以下略しますね。回答は同じです。育ちません、諦めて焼けましょう。

 

 それでは次のお悩みです。

『戦いで皿を投げるのじゃが、よく割れるせいで皿代が馬鹿にならないと太子様が嘆いておった。何かいい手はないかの?』

 そもそも貴女が皿を投げるせいでそうなっていると言うことを理解した上で、戦い方を見直して変えればそれで済むと思いますよ。どうしてもお皿を投げなければいけないなら、紙皿を使ったり自分で小さな木を削り出して薄い皿を作ってそれで戦えば問題ありません。少し考えればすぐに出てきますよねこのくらいの解決策。威力が出ない? 作った皿に気を纏わせればいいでしょう。仮にも尸解仙を名乗るのですからそれくらいはできて当然でしょうしね。焼け爛れろ。

 

 次のお悩みです。

『地底に行ったら物凄い勢いで迫害されたのだが理由がわからん』

 あっはっはっはっはっはっは。わかりませんか、そうですか。その内わからせて差し上げますから大人しく待っていてくださいね。 

 

 ……おっと、ちょうど目的地が見えてきました。それでは今回のお悩み相談室はこのあたりで幕といたしましょう。さようなら~。

 

 




 
 ただし今日は普通に更新します。タイミング的にここしかいれられなかったので。


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52 私はこうして彼女を誘う

 
 前話に短編を投稿しています。まだ読んでいない方はお気をつけください


 

 人里。いつもならば今の時間では誰もが家の中で眠りについている頃だ。

 しかし、それは今現在と言う条件下において適応されない。殆どの人間は一様に仮面を被ったような無表情を崩さない。それどころか疲れを感じていないと言うかのように外に出て、ぼんやりと立ち続けている。

 心を読んでみようにも誰もが無感情にして無感動。こんな場所では食事ができなさそうだし、今日のうちに何度も繰り返したパフォーマンスもあまり意味がなさそうだ。

 だから私は人里に降りてからはただ進む。目的の場所……目的にしている相手がいる場所まで、進む。

 

 希望の無い人間達は生きることにすら疲れを覚え、どうしようもない疲労は生きる気力を奪う。絶望しているだけならばまだなんとかなるけれど、これは違う。絶望しているのではなく、全ての感情が見当たらない。

 けれど彼らは私に視線を向ける。疲れきった人間達は人間としての感情を殆ど失い、動物としての本能で動いている。本能だけで動く相手は扱いやすいし、初めから理性を削り落として意識の端にでも保管しておけば狂気神話の神々を見ても復帰することができるようになる。つまり、私にとって彼等はどこまでも都合のいい観客だ、と言うことだ。

 

 そんな中で、ようやく私の前に目的の相手が現れた。

 

「……」

 

 秦こころ。桃色よりも少しだけ薄いピンク色の髪に、ころころと変わるお面と一切変わらない無表情。探していた相手が、ようやく見つかった。

 

「もしもし、そこのお嬢さん」

「あん!? なんだコラァ!」

 

 先程まで被っていた白い面は突然に怒りを表すらしい鬼の面に代わり、内面から感じる感情も怒りの物に変わっている。面が足りなくなると不安定になると言うのは本当らしく、一瞬たりとも感情が安定していない。

 けれど私は彼女に近付き、腕を引いて抱き寄せる。

 

「わっ!何を───」

「───貴女が欲しい」

 

 私の言葉で、彼女の全てが一瞬だけ止まった。この隙に、少しだけ彼女の意識に干渉する。

 落ち着こうとしても落ち着けないように。緊張や驚愕と言う感情を持続させ、羞恥を増幅し、僅かに存在する喜びの感情をじわじわと増幅させつつ刷り込んでいく。

 片手で引き寄せた彼女の腰を抱き、もう片方の手で顎先を持ち上げて私と視線を合わさせる。こうすることで、私が彼女よりも大きな存在であると思わせる。実際にはそれはほんの僅かなのだけれど、空を飛んでいるなら少し高く浮けばそれだけで事足りる。

 

「───あ、え……え?」

「貴女を私のものとしたいのです」

 

 ゆっくりと羞恥の感情が膨らみ、同時に喜びの感情も溢れそうなほどに増幅される。感情が顔に出ないだけで、内面は人一倍感情豊かな彼女の感情の動きは手に取るようにわかる。

 暴走している間は難しいが、今は私が希望の面を持っているため彼女の暴走は押さえられている。突然の事に、彼女の頭の中では様々な出来事や思考が渦巻いているようだ。

 

 ……交渉の基本。まずは相手を交渉の席につかせること。ただし、その際に自分が下になるようではいけない。最低でも対等に。できれば自分が優位な場を初めから作れるようにしていきたい。

 それから、相手に主導権を握らせず、終始自分が主導する。相手のペースを崩し、自分の独壇場を作り上げること。ただし、できるだけ嘘はつかないようにする。本当のことしか言わないように気を付けつつ、しかし真実の全てを話す必要はない。隠すところは隠す。

 

 ……しかし、本当に表情が変わりませんね。内面は凄まじい勢いで慌てたり喜んだり焦ったりしているのに、表情としてそれが出ることはない。代わりにお面がころころと変わっているのは、それが感情を表しているのでしょうね。『表情豊かなポーカーフェイス』とはよく言ったものです。

 あうあうと言葉にならない音を吐き出し続ける彼女。私は彼女に問いかける。既に知っていることでも、やはり本人に聞いてからのほうがいいだろうし。

 

「私はさとり。古明地さとりよ。貴女の名前は?」

「あ……秦、こころ……だけど」

「そう。いい名前ね」

 

 笑顔を見せ、囁くように誉める。一度良い印象を私に抱かせれば、今のように小さく好感度を上げるようなことを繰り返せば良い。私の場合は特に一度で上げられる量が多いのだし、好感度が高くて悪いことはあまり無い。

 ……時々好意が空回って色々大変なことになってしまったりするような子もいるけれど、それはそれで悪くはない。虫などでは割とよくあることだ。

 

 もじもじと恥ずかしそうに視線を泳がせる彼女だけれど、ちらちらと私の顔を見ることはやめようとしていない。純粋な子供のような存在にこうして汚い技を使うのはどうかと思うけれど、今回はそれでもどうしても手に入れなければならないものがある。

 だからこそ、彼女の思考を少しだけ操って状況を整える。

 

「で、でも、今私は希望の面を探していて……それが無いと人間達から感情が……」

「なるほど。つまり、希望の面があれば貴女は私のものになってくれるのね?」

「いやその……そ、それに私と貴女はまだ出会ったばっかりだし……」

「そうね、出会ったばかり。……つまり、これから私も貴女もお互いのことをもっと好きになれるかもしれないってことね。素敵だわ」

「はぅっ……でもほら私も貴女も女同士で―――」

「生物由来でない妖怪には性別なんてあってないようなもの。船は基本的に女性だし、女性用のものも変化すれば女の形をとることは多いけれど……貴女のようにお面の集合体なら、男にも女にもなれると思うけれど?」

 

 もちろん、私も男になろうとすればなれなくはないしね? と耳元で囁き、そして息を吹きかけると、彼女はぞくぞくと背筋を震わせ、潤んだ瞳で私を見上げる。

 ……ああ、覚妖怪としての本能がこの無垢な娘の感情を余すことなく食らいつくしたいと騒いでいる。妖怪としては当然の思いだが、今はそうする気は全く無いし、恐らくこれから先もそうなることはない。私は恩はしっかりと感じ、報いますからね。一度飼い始めたペットも一度も捨てたことはないですし。

 

 瞳が揺れる。感情が揺れる。彼女の思いが僅かにではあるが間違いなく揺れた。

 それを理解しながら、少しずつ少しずつ、蜘蛛が巣にかかった蝶に自らの糸を複雑に絡みつかせて逃げられなくするように少しずつ、彼女の意識に甘い毒を流し込む。

 

「あ……ぁぅ……」

「……ダメ、かしら? 私のことは嫌?」

「いやじゃ……ない、けど……このままだと世界中の人間の感情が……」

「それさえなんとかなれば、いいの?」

 

 問いかければ、彼女は顔を真っ赤にして目を伏せてしまう。けれど、感情には私に対しての嫌悪感は一切なく、戸惑いと驚愕と少しの疑問、そして喜びの感情が渦巻いていた。

 ここで私が疑問を押し潰すようなことはしない。その疑問を私が直接潰し、本人でもどうしてそこで疑問が消えたのかわからないようにしてしまうと、それは後々更なる疑問を生む。ではどうするか。本人の意識に語り掛けて、本人に疑問を解消させればいい。

 人間も妖怪も、自分の経験から導き出した答えを盲信するものだ。実際には違うとしても、自分にとって大地が平面だと思えば平面だと思ってしまうし、地球ではなく太陽が動いていると思ってしまう。最近では科学が進んで間違った情報が駆逐され始めたけれども、それまではずっと真実がそうだと思われていたわけだ。

 だからこそ、私は誘導するだけで決定するのは本人に任せる。その方が後のことを考えれば楽なのだ。

 

「こころ、と呼んでも良い? それとも『秦さん』の方が良い?」

「えっ……あ、す、好きなように呼んでもらって、いいです」

「そう。それじゃあこころ、って呼ぶわね。……ふふっ。ほんと、感情豊かな貴女に似合ったいい名前ね」

 

 照れの感情。羞恥と、喜色。少しの焦り。まったく、表情として出ていないだけで、態度や瞳には感情の色がしっかりと出ている。本人はむしろ隠そうともしていないようだ。それに、隠し方もよく知らないらしい。

 お面で顔を隠そうとするこころの頬を撫でる。恥ずかしげにいやいやと身体を揺らすが、その程度で放すほど鬼の腕力は弱くない。

 無表情だったせいで感情を読まれることなど一度も無かった彼女は、私に『感情豊か』と言われることに驚きながらも嬉しく思っているようだった。

 

「こころ。私は、貴女が欲しい」

 

 目を合わせ、鼻が触れそうになるほど近付いて、私はそう伝える。ただ、本心からそう思っているのだと見せ付けながら。

 

 そんな私に向けて、こころは恥ずかしそうに、しかし同時に嬉しそうに、小さくこくりと頷いた。

 

 

 

 ───面霊気一名、お持ち帰り。

 

 




 
 いやだってさとりん的には放火魔潰すよりこいしちゃん治す方が急務ですしおすし。


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53 私はこうして治療を施す

 

 面霊気、秦こころを手に入れた私は、早速地霊殿へと戻っていった。こころはぱたぱたと手足を振って暴れていたけれど、お姫様だっこくらい皆やるから大丈夫。……そう伝えたが、周囲からの視線に恥じらいを覚えるようでまた手足をぱたぱたさせていた。

 そして一度客間に通して、こころの探していたと言う『希望の面』について詳しい内容を聞き、さも今知ったと言うように自分の部屋に行ってから懐から取り出し、客間に戻ってこころに手渡す。それだけで好感度は一度に上がっていった。

 ただ、どうしてここにあるのかを不思議に思っていたようだけれど、ここはあえて本当のことを伝える。つまり、妹であるこいしが地割れで落ちてきたものを拾って、私にプレゼントだと言って渡してくれたものだ、と。

 そしてさらにここでこいしが誰か(・・)に火をかけられ、左半身を大火傷していることも追加で伝えることでこころから協力を得ることもできた。

 

「と、言う訳で」

「こいし様復活&こころさんようこそ記念!」

「れっつぱーりー!」

 

 私が指揮をしつつ料理を作り、お燐が会場の現場監督をして、お空が今回のことでいろいろと迷惑をかけてしまったり関係した方、そして私の友と呼べる方を呼んで、みんなで集まって宴会をしている。

 こころの協力のおかげで一時的に感情と自我を取り戻したこいしも参加し、やや引っ込み思案なところのあるこころをフランと一緒に引っ張っている。こころも悪い気はしていないようで、自分の手を引く二人に大人しく引っ張られている。

 

「いやしかし、お前の妹がそんなことになってるなんて全く知らなかったな。なんで私らに言わなかったんだ?」

「鬼の薬はほとんど気休め程度か劇薬一歩手前かまごうことなく劇薬の三択でしょう。私たち覚妖怪は鬼と違って身体は強くないんですから、鬼の薬なんて使ったらその副作用で死んでしまいますよ」

「んなことないぞ?」

「人間が傷を負ったときにそれ使うとどうなりますか?」

「治ったところが鬼になる。んで人間の部分が少しずつ鬼のそれに代わってく」

「アウトです。OK?」

「OK!」

 

 こうして話せばわかってくれる勇儀さんは本当にいい話し相手だ。ただ、時々私との戦いを思い出して身体が火照って眠れない時の声などが五月蠅い日もありますけどね。流石に原因の一端が私にもありますし、そのことについては一度も触れてませんしこれからも触れるつもりはありません。はい。

 からからと明るく笑いながら、『かっ食らう』という表現が一番適切に思えるような勢いでお酒も料理も楽しんでいる勇儀さん。今回の戦いでは本気を出せなかったかもしれませんが、鬼の本能として本当は参加したかったんでしょうね。ルール上、勝負中に相手を殺めるのは禁止ですから恐らく参加は難しかったと思いますけれど。

 そんな彼女との話し合いに、するりと滑り込んでくる影が一つ。

 

「なら、私の作る薬でもよかったんじゃないの? わざわざ河童の作る薬じゃなくても」

「幽香さんですか。今回の宴に参加していただき、ありがとうございます。……草花は幽香さんの友ですから。幽香さんに自分の手で友の命を奪わせるようなことはしたくなかったんですよ」

「……全くこの子は」

 

 くしゃくしゃと髪を撫でられる。あまり慣れない感覚だけれど、これはこれで悪くはない。私はどちらかというと撫でる側だし、撫でることは多くあるけれど撫でられる機会は少ない。だからこそこうして撫でられているという得難い経験は堪能しておくべきだろう。

 ……けれど、そうされているのをニヤニヤと見られるのは少し嫌だ。

 

「なんですか?」

「いやなに、お前さんがそうして大人しく撫でられているところなんざなかなか見れないと思ってな」

「私の頭を撫でようとする方はそんなに多くないですからね。幽香さんを除けば無意識のうちにこいしがするくらいです」

「それじゃあひとつ私も」

「構いませんが、力の加減はしてくださいね。恐らく治せるとは言っても首をもがれたらかなり痛いですから」

「わかってるって」

 

 おや、なぜかこいしが瞳孔の開ききった目で勇儀さんのことを見つめている。まあ、そのことについて私は心を読んで知ることができないのだけれど、少し気にかけておくことにした。

 勇儀さんの手はしっかりと、しかし痛みは与えないように絶妙に加減されて私の髪を撫でる。なるほど、この手で橋姫を落として見せたのか。いわゆるナデポと言うやつですね。

 しかしそうだとすると、簡単に落とされてしまった橋姫はチョロインと言うことに……いや、どうやらそうでもないらしい。

 勇儀さんの記憶を見てみれば、橋姫は初めは触れられることも嫌がったらしい。しかし、何度も何度もそうされているうちに少しずつ慣れ、諦めが入り、いつしかそうされていても嫌だと感じることはなくなった。そしてそこから一歩進み、そうされることが好きになった、と。

 ……勇儀さんが橋姫を調教した、ということでいいんですかね、これは。恐らくそれで合ってると思いますけれど。

 

「あ、いたいた。おーい」

「ああ、河童さん」

「河童さんて……ああ、そう言えば自己紹介してなかったっけ。私は河城にとり。にとりって呼んでくれよ。お値段以上とかお値段異常とか呼ぶんじゃないぞ」

「呼ぶなと言うなら呼びませんが……なぜそんな呼称が?」

「外来人に呼ばれたことがあってね。理由は知らないけど周りの奴にも聞かれてさ。定着した」

 

 ……あらまあ。それはそれは不幸な事件でしたね。

 しかし、にとりさんはやはり凄まじくイケメンですね。鬼のことを知り、種族的には問題はなくともその実力はよく知っているはずなのに決してその感情を表に出すことはなく、それどころかやや好意的ですらある。種族で誰かを見ずに、自分で見たものを個人として扱おうとするその姿には賞賛の言葉を禁じ得ない。

 生きとし生けるものたちが、自らの命を脅かしかねない者を信じて何事もないように振舞う。これほどに勇気ある行動というものはそうはないし、それを実行できる存在はさらに希少だ。

 その在り方を見込まれて勇儀さんに気にいられたようだし、そうなってもにとりさんは何も変わらない。いや本当に凄いと思う。

 

「……」パルッ

「……」パルルッ

「……」パルルルッ

 

 おや? 嫉妬の感情が三つ。一つはフラン。一つはこころ。そして最後の一つは一時的にではあるが感情を得ているこいしのもの。どうやら私が色々な人達に囲まれているのを見て、私が取られてしまったと感じているらしい。付き合いの短いこころまでそう思ってくれるというのは嬉しいと思う。

 特に嬉しいのはこいしだ。無意識でありながらも感情が生まれたことで、私の能力で僅かにだが何を感じているのかがわかるようになった。完全に何を考えているのかはまだ分からないが、一部……感情の部分だけはわかるようになった。

 だからこそ、私は妹分達を放っておくことはできない。無意識を操り、感情を支配し、あらゆるものを破壊することのできる妹分達。放置なんてしたらどうなってしまうのか分かったものではない。

 危険かもしれない。けれど、だからと言ってそれがあの子たちを否定する理由にはならない。ほかのだれがあの子たちを否定したとしても、私はしっかりと構ってあげなければ。それができてこその姉だと、私はそう思っている。

 にとりさんたちに軽くそんな感じのことを告げて、私は妹分たちの所に向かう。嫉妬の念は未だに彼女達の中で燻り続けてはいるものの、しかし早々爆発するようなことにはならないだろう。

 こいしを撫で、フランを抱きしめ、こころに言葉をかける。もちろんそれだけで終わらせたりはしないけれど、こんなことで嫉妬の感情が消えてしまうような可愛い精神構造の妹と妹分たち。こんなに純粋だといつか悪い妖怪に騙されてしまったりするんじゃないかと思ってしまうけれど、そうなったらそうなったで仕方のないこと。私がまた出張って何とかして見せよう。

 

「お姉ちゃーん♪」

「さとりお姉さまー♪」

「……」

 

 

 こいしとフランは堂々と。こころは恥ずかしそうにしながらも私に抱き着いてくる。まったく、なんとも可愛らしい妹たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴会が終わり、誰もがたくさん騒ぎ、そして眠りについた後。私は再び動き始める。

 宴会の終わった後の会場の片付けと、もうひとつ。

 

 ゴミを見つけて、キレイにする作業だ。

 そして、ようやく私は掃除するべきゴミを見つけることができた。一度落ち着いてから、今なら反射的に壊すようなこともないと自己判断していたのだけれど、どうやらそれは正しかったようだ。

 

 では、掃除を始めよう。

 

 




 
 この内容だとむしろ『施した』ですけど、」気にしない方向で一つ。
 さて次回、ゴミは掃除されます(断言)


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54 私はこうして準備を終える

 
 解説会です。


 

 仙界。人工的に作り上げることのできる世界の中でも非常に自然との融和性が高く、時には文字通りの意味で自然に出来上がることすらあるその世界だが、私が確認できるだけでもこの幻想郷には仙人が自ら作り上げた人工の仙界が最低三つは存在している。その他にも無くはないようなのだが、どうやら自然に出来上がったものらしく内部に仙人らしき者がいないために確証を持ってそうだと言い切ることができないので数に入れていません。

 一つは、邪仙・霍青娥の作った仙界。おそらくここはセーフハウスのようなものなのでしょうね。いくつかの層に分かれていて、自分以外か通るのが難しい作りになっています。私は行かないので関係ありませんがね。

 一つは、鬼仙・茨華扇が作り上げた仙界。八門遁甲の陣を複数組み合わせた、侵入者を拒む世界としてはかなりのもの。来る者を拒み去る者を殺しにかかっている。流石は鬼。やることなすことがえげつない。

 そして最後に、今回の掃除の対象がいる仙界。これは聖徳太子によって作り上げられた仙界で、実質的な彼女たちの家ということになっている。彼女達は丁度眠っているようなので……実に都合がいい。

 

 やることは簡単。まずは聖徳太子と蘇我氏の亡霊に対しての精神遅滞。本人の認識速度を限りなく遅くし、疑似的に彼女たちの時間を止めるのと同じ効果を齎す。違うのは、実際には普通の時の流れの中にあるため動けないわけではなく、本人達の意識の中では何もかもが非常に早く見えてしまう、というところだろうか。

 そして次に、残った一人である放火魔の意識だけは逆に加速させて行く。一秒をおよそ三千六百秒、つまり一時間に感じるようにすれば、万が一聖徳太子達が起きて何とかしようとしても時間差によって私が意識を切り離して影響のない場所まで避難するくらいの時間は取れる。蘇我の亡霊は眠らないが、眠らないからと言ってすぐに何かができるというわけでもない。

 

 さあ、始めよう。ゴミ掃除を。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 全にして一にして根源にして終焉/始原にして終末の混沌を飲み干した怪物/宇宙全ての不浄の根源を捕食した化物/悪意に満ちたスパモン様(フライングスパゲティモンスター)

 

 怒り狂う古明地さとり

 

 掃除の時間だ。

 我が記憶にある神々よ。

 我が記憶に内包されし怪物共よ。

 我はそなた等を解放しよう。

 不定形の地に指針を。復讐と言う名の指針を。

 我はそなた等を解放しよう。

 燃え盛る炎に燃料を。憎悪と言う名の燃料を。

 我はそなた等を解放しよう。

 大いなる水に流動を。暴走と言う名の流動を。

 我はそなた等を解放しよう。

 無制限の風に空間を。機会と言う名の空間を。

 我はそなた等を解放しよう。

 偉大なる外なる神々。凶悪なる旧き支配者。不朽なる旧き神々。

 そしてそれらに仕え、信仰し、従う者共。

 我はそなた等を解放しよう。

 さあ―――約束の時だ。

 

 

 特技:狂った完全自動殺戮装置

    何もしないでも相手の攻撃が自爆する。(100%)

    相手が何もしないでも相手は自爆する。(100%)

    何かしたら相手の行動全てが自爆する。(100%)

    しばらくするとランダムで邪神が降る。相手は自爆する。(100%)この時降ってきた邪神はさとりを攻撃しない。

    しばらくしないでも結局は邪神が降る。相手は自爆する。(100%)この時降ってきた邪神はさとりを攻撃しない。

    降ってきた邪神が一定以上の数になると相手は自爆する。(100%)

 

 

 信仰チャート

 

 無宗教が消え、神道、仏教、道教全てが狂気神話に統合される。

 

 

 狂スキルカード

 

 グノフ=ケーの顕現

 神話生物であるグノフ=ケーが現れて暴れていく。グノフ=ケーは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持たないため自爆カウントに入らない。

 

 シュド=メルの顕現

 神話生物であるシュド=メルが現れて暴れていく。シュド=メルは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持つため自爆カウントに入る。

 

 イェグ=ハの顕現

 神話生物であるイェグ=ハが現れて暴れていく。イェグ=ハは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持つため自爆カウントに入る。

 

 ヌガー=クトゥンの顕現

 神話生物であるヌガー=クトゥンが現れて暴れていく。ヌガー=クトゥンは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持たないため自爆カウントに入らない。

 

 ルリム=シャイコースの顕現

 神話生物であるルリム=シャイコースが現れて暴れていく。ルリム=シャイコースは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持つため自爆カウントに入る。

 

 モルディギアンの顕現

 神話生物であるモルディギアンが現れて暴れていく。モルディギアンは一つのユニットとして扱い、体力が無くなると消える。再顕現、多重顕現は有効。神格を持つため自爆カウントに入る。

 

 フサッグァの顕現

 神話生物であるフサッグァが現れて暴れていく。フサッグァは一つのユニッ