東方楽曲伝 (ホッシー@VTuber)
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序章
第1話 現実から幻想へ


初めまして、hossiflanです。
こちらの小説は4年前から書き始めたもので、第1章、第2章はとても読みづらい文章になっています。
後々、まだ読める文章になるので出来れば最後まで読んで欲しいです。
これからよろしくお願いします!



「とう……ほう?」

 俺――音無響(おとなし きょう)は首を傾げながら聞き返す。

「そう、東方! 知ってる?」

 腐れ縁であるツンツン頭の影野悟(かげの さとる)が笑顔でそう言った。今は学校帰り。帰路についている最中に悟が聞いてきたのだ。

「映画?」

「違う!? 宝じゃねー! 方角の『方』だ!」

(東……方……)

「神起?」

「韓国人でもねーよ! projectだ! 東方project! シューティングゲームの!」

 悟の説明を聞いてもピンと来なかった。

「知らん」

 軽く突き放す。知らない事を説明されてもはっきり言って迷惑だ。

「そんな事言わずに! ほら、曲聞いてみろよ!」

「曲?」

「そう! 同人ゲームにしてはクオリティー高いんだよ」

 音楽プレイヤーを取り出しつつ言った。

「えっと……何にするかな~♪」

 嬉しそうに画面を見つめる悟。申し訳ないが少し引いた。

「よし! これだ! ネクロファンタジア!」

 どうやら曲が決まったらしく俺の耳にイヤホンを突っ込んできた。

(ネクロファンタジアね……)

 少し待つと軽快な音楽が流れ始める。最後まで聞いて俺はゆっくり感想を述べる。

「これ、本当に同人ゲームなのか?」

「おお!? お前も驚いているようだな!」

 そうに決まっている。ここまでクオリティーが高いとは思ってもみなかった。

「他にもオーエンとかマスパもいいぜ!」

「マジか!? 聞かせろ!」

 俺の家に着くまで東方の曲を聞き続けた。途中でヴォーカル曲も聞いたが俺は原曲が好きらしい。

「……」

 そんな俺たちの様子を遠いところで見ている人物には気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 パソコンを開きつつ俺は最初に聞いたネクロファンタジアを鼻歌で歌っていた。どうもハマってしまったようだ。頭から離れない。

「東方、と」

 ある動画サイトで検索する。ハマってしまったからには自分の音楽プレイヤーにも曲を入れたい。因みに俺が使っている音楽プレイヤーはPSPだ。ゲームも出来るし家ではインターネットも出来る。ここまで高性能なのだ。使用しない手はない。

「あった」

 まず初めにお気に入りであるネクロファンタジアを発見する。早速、ダウンロードしPSPに移す。他にも曲を取る。さっき聞いたものからまだ聞いた事のない曲まで。

「やべ……容量ねー」

 東方の曲は意外にも沢山あり容量オーバーしてしまった。

(今までの曲、全部消しちゃえ!)

 人間とは怖い。ここまで大胆な行動まで取れてしまうのだから。俺のPSPは一瞬にして東方色に染まった。

「ふぅ~……」

 満足げにため息を吐く。全曲とはいかないがほとんどの曲は取った自信はある。しかも全て原曲だ。達成感しかない。

「お兄ちゃん? 起きてる?」

「あ、ああ」

 急いでパソコンを閉じ、返事をする。

「お母さんが晩御飯だって」

「おう。すぐ行く」

 ツインテールの妹――望(のぞみ)が部屋に入ってきてそう言った。気付けばお腹はペコペコ。望と一緒に部屋を出る。

 

 

 

 

 

 深夜2時。やっとレポートを書き終えた俺はベッドに横になる。手にはPSP。耳にはイヤホンが付いている。

(やっと聞けるぜ)

 晩御飯の後、望の宿題を手伝ったり、明日の宿題をしている内は聞けなかった。いつもは音楽を聞きながら作業するのだが今日だけは何もせずに聞きたかった。部屋を真っ暗にしてPSPの電源を付ける。この時間、家族は全員寝ているが念のためだ。聞いてる最中に入って来て欲しくない。

(まずはネクロファンタジアだな)

 お気に入りといってもまだ一回しか聞いていない。正直言って一回だけじゃ良いか悪いかわかるわけがない。確かめるために聞くのだ。ネクロファンタジアを選択してボタンを押す。すると、軽快な音が流れ始める。

(やっぱりいいな、この曲)

 画面を暗くし目を閉じる。少し音がでかいと思ったがこの曲にはこれが合っているような気がした。

「……あ」

 もうそろそろ曲が終わるところでPSPの充電が切れた。

「マジか」

 不完全燃焼。ため息を1つ、吐いてから充電器を取り出しPSPに差す。真っ暗な部屋でもこれぐらいなら出来る。

(いいところだったのにな……)

 少し鬱になった。再度、曲をかけ直し何気なくPSPを撫でる。

「ん?」

 PSPをよく見たら充電が終わっていた。

(おかしい……)

 頭の中に疑問が浮かぶ。これほど早く充電が終わるはずない。

「なんだ?」

 更に不思議な事が起きる。今の俺の格好は半そで、短パン。部屋着だ。夏だからこれでも暑い。だが、肌触りから俺は長袖の服を着ている。電気を付けて確認する事にする。その時――

「!!?」

 浮遊感を感じた。咄嗟にPSPを掴むがそんな物を掴んだところで何にもならない。俺は突然、開いた穴に落ちた。

「何なんだよ! これ~~~~!」

 叫ぶ。俺も人間なのだ。突拍子もない事が起きれば吃驚するに決まっている。周りを見ると大量の目玉が浮かんでいた。しかも、全て俺を見ている。

(本当に何なんだ!?)

 困惑。ただただ困惑していた。とりあえず、落ちている方向――下を見た。薄っすらと光が見えた。出口だ。

「――ッ!」

 目の前には大地が広がっている。森、滝、山、川。大自然がそこにはあった。

「マジかよ!!!」

 そう俺は大空に放り出されたのだ。人間は空を飛べない。つまり、俺は助からない。それでも諦めたくない。こんな状況でも冷静な事に少し驚きながら思考を続ける。

「?」

 そこで俺の着ている服が目に入った。あの時の違和感通り、長袖だった。それだけじゃない。

「ゴスロリ?」

 紫を基調としたゴスロリ服に俺は身を包んでいた。もちろん、俺にはこんな趣味はないし着たくもない。

(何なんだよ……これ?)

 訳が分からない。地面まではまだ相当な距離がある。でも、その間にする事など何もない。飛べないのだから――。

「何だ、これ?」

 懐にお札があった。取り出してみる。

「式神……『八雲藍』?」

 書いてあった文字を読んでみた。

 ――ポン!

「「え?」」

 急に目の前に女性が現れた。右手にはお箸を。左手にはお茶碗を持っている。しかも尻尾みたいな物が9本、生えている。女性の方も目を丸くしていた。お互い、見つめ合いながら落下していく。

「―――」

 女性の方が正気に戻るのが速く、口が動いた。だが、まだ音楽を聞いていたので何と言ったかわからない。急いでイヤホンを外す。

「!」

 その途端、服が光り輝きいつもの部屋着に戻った。

「「……」」

 また沈黙が流れる。地面まであともう少しだ。

「あの……」

 女性が戸惑いながら口を開いた。

「何だ?」

「……助けようか?」

「……お願いします」

 俺はバランスを崩しながらも深々と頭を下げた。

 



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第2話 八雲一家

「なるほどな」

 無事、地面に降り立った俺と藍。降りている最中に自己紹介と今まで起きた事を話していた。

「何かわかったのか?」

(俺はまだ状況把握もしていないのに……)

「まぁ、だいたいね。ちょっと、実験してみようか?」

「実験?」

 首を傾げる。一体、何を実験するのだろう。

「そのからくりだよ」

 俺の手の中にあるPSPを指さしてそう言った。

「これ?」

「ああ、そのからくりで音楽を聞いてほしいんだ」

「はぁ……」

 不思議に思いながらイヤホンを耳に付けて音楽を流す。

 

 

 

 ~ネクロファンタジア~

 

 

 

「うおっ!?」

 するとまたもや服が光、先ほどのゴスロリ服に変わる。

「やはりか。他にもある?」

「あ、ああ……」

 戸惑いながらRボタンを押して曲を変える。

 

 

 

 ~恋色マスタースパーク~

 

 

 

「!」

 曲が変わった途端に服が変わる。今度は魔法使いのような服だ。手には箒が握られている。

「ふむ……紫様以外の人にもなれるのか」

 藍はこれを見て更に理解したようだ。

「もういいか?」

 恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。

「いいよ。もうわかったから」

 藍のお許しが出たのでイヤホンを耳から引っこ抜く。服が元に戻った。

(一体、何が起きてんだ?)

「一度、私の家に来てくれ。そこで説明するから」

「……わかった」

 従うしかない。周りは大自然に囲まれているし夜だ。視界も悪い。このまま動けば飢え死にしてしまうだろう。不意に9本の尻尾が目に映る。お茶碗と箸を器用に尻尾で掴んでいた。あれは本物なのだろうか?

「では、行こうか」

 丁度良く俺に背を向け歩き始めた藍。目の前にもふもふとした尻尾が現れる。

「……」

(触りたい!)

 何なんだ。あのもふもふ感は。触り心地はさぞ良かろう。我慢出来ずに触れてしまった。

「――ッ!?」

 その瞬間に藍の体がビクンと飛び跳ねた。

(やわらけっ!)

 そんな藍の様子に気づかず触り続ける俺。

「な、何をしてるんだ?」

 怒った顔で振り向く藍。

「え? あ、いや……」

 相当怒っているようだ。返答出来ずにオロオロしてしまった。

「……次からは気を付けてくれ」

 ため息を吐き、許してくれた。

「は、はい」

 すぐに返事をし、歩き始める。目の前で揺れる魅惑の尻尾を目に入れないように……。

 

 

 

 

 

 

 藍の後について行った先には一軒の家があった。

「ここは?」

「マヨヒガだよ」

 そう言いつつ中に入って行った。それに俺も続く。中は木造で昔を思い出すような風景だった。そんな事を思っていると、ある部屋に到着。

「ここで待っていてくれ。起こさなくちゃいけないから」

(起こす?)

「あ、ああ」

 よく意味がわからなかったが返事をする。それを聞いた藍は部屋を出て行った。

「……」

 静かだ。聞こえるのは風の音だけ。ここは本当にどこなのだろう?

「ん?」

 ふと障子の方を見る。するとほんのわずかな隙間からこちらを見ている目玉があった。

「誰かいるのか?」

 立ち上がって障子を開ける。

「にゃあ!?」

 いたのは猫耳と2本に枝分かれした尻尾が目立つ少女だった。少女は部屋に倒れ込む。障子に体重をかけていたのだろう。

「君は?」

 しゃがんで聞く。

「え、えっと……橙です」

 この少女は橙と言うらしい。少し涙目だ。

「よろしく。俺は音無 響」

「はい、響さんですね。よろしくお願いします」

 立ち上がった橙が手を差し伸べてきた。

「おう」

 俺も立ち上がり握手する。

「どうしてここに? 見た目は普通の人間ですけど……」

「ちょっと色々あってね……って、その口ぶりだと人間以外の存在がいるように聞こえるけど?」

「はい? 当たり前じゃないですか」

 首を傾げられてしまった。

「あ、もしかして外来人ですか?」

「外来人? 何それ?」

「わかりました。それだけで十分です」

 聞き返しただけで理解されてしまった。これではこっちはまだ訳が分からないまま。

「藍様の代わりに私が説明しましょう。ここは幻想郷、響さんから見たら異世界です!」

 笑顔でこの土地について説明した橙。

「げん……そうきょう?」

 言葉の意味が上手く頭の中に出て来ないまま、再び聞き返した。

「はい! 幻想郷です!」

「異世界?」

「異世界です!」

 ―――――ッ!

 

 

 

「えええええええええええええええっ!!!!!?」

 

 

 

 人の家だと言う事を忘れ思いっきり叫んでしまった。そりゃそうだろう。急に異世界に来たと言われれば驚くに決まっている。いつもなら冗談としか思えないが藍や橙の尻尾は本物のようだ。俺の世界にはこんな物が生えている人なんて居なかった。ここが異世界だったら辻褄が合う。

「どうした? 大声なんか出して?」

 その時、藍が帰って来た。

「あ、藍様!」

 藍を見るなり橙は抱き着いた。

「橙? どうしてここに? この時間は寝ているはずじゃ?」

「人の気配がしたので起きたんです!」

(気配だけで起きれるものなのか?)

 疑問が頭を通過したが無視する事にした。

「じゃあ、橙もここにいなさい」

「は~い!」

 笑顔で返事をした橙。

「ほら、響も座って」

「ああ」

 軽く返事をして座る。藍は4つ、湯呑を取り出しお茶を注いだ。

「あれ? 1つ、多くない?」

 この場にいるのは俺、藍、橙の3人。

「ああ、もう少しで来るよ」

 どうやらもう1人いるようだ。

 

 

 

 

 

 

「2時間、待ってるんだが?」

「……」

 俺の質問を無視するように藍が冷や汗を流しながら顔を背ける。あれから2時間経っていた。いつまで経っても来る気配がしない。

「ちょっと、トイレ行ってくる。場所は?」

「すまないな」

 藍は謝った後、トイレまでの道順を言う。結構、ギリギリだったので急いで向かった。

「あら?」

 無事に用を足し、戻ろうと歩いていると目の前にゴスロリの格好をした女性が現れた。

(この服……どこかで?)

「見た事ないけど? 貴女はどちら様?」

(『あなた』って絶対『貴女』だな……)

 ニュアンスだけでわかってしまった。理由は言いたくない。コンプレックスなのだ。 ゴスロリの女性は首を傾げつつ質問してきた。

「ああ、俺もよくわかんないけどここは異世界でこれからその説明をしてもらえるらしい。あと、名前は音無 響だ」

「そう、私は紫。八雲 紫よ。よろしく、響」

 紫は笑顔で挨拶してきた。

「おう、よろしく」

「ところで……相談があるのだけどいいかしら?」

「相談?」

(会ったばかりの俺に?)

 不審に思いながら頷くと紫はニコッと笑って口を開いた。

 

 

 

「貴女、私の会社で働かない?」

 

 

 

「……はい?」

 思わずキョトンとしてしまった。

(会社? 働く? 何を言っているんだ?)

 頭の中に疑問がぐるぐると渦巻く。もう意味がわからない。

「これでもボーダー商事と言う会社の社長をしてるの。どうかしら? 何かの縁でここに来たのでしょう。入社してみない?」

(縁?)

「俺は学生だぞ?」

「この世界から出れなきゃそんな肩書き、なくなると思うけど?」

 確かにそうだ。ここは異世界。元の世界では学生だがここでは無一文のただの男だ。でも――。

「嫌だね。何か嫌な予感がする」

 首を振って拒否する。紫はどこか胡散臭いのだ。そんな人の下で働いたらどうなるかわかったもんじゃない。

「そう……なら死んで♪」

 俺が見てきた中で一番の笑顔で物騒な事を言った。

 



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第3話 初めての戦闘

「そう……なら死んで♪」

「――ッ!」

 その言葉を聞いた瞬間、背中にゾクリと何かが走った。そして紫の横を走り抜ける。

「無駄よ」

 扇子で口元を隠しながら紫。その途端に廊下に大きな弾が大量に出現する。しかも全て俺を狙っているようだ。

「うおっ!」

 前に転がり込んで回避。弾は俺の上を通り過ぎ、壁にぶつかる。更に大爆発を起こした。

(何なんだよ……これは!?)

「ほら、次行くわよ!」

 今度はレーザーも撃ってきた。ここは廊下。逃げるには狭すぎる。

(どうする?)

 俺はただの人間。このレーザーを食らえば死んでしまうだろう。手持ちはPSPのみ。

(PSP?)

 そうだ。元はと言えばこのPSPのせいではないか。なんとなくだが俺がコスプレするのはこいつのせいだと思う。藍の口ぶりから考えて間違いない。

「上手くいけよ!?」

 イヤホンを耳に突っ込み、音楽を再生する。もう画面なんて見てられない。

 

 

 

 ~少女綺想曲 ~ Dream Battle ~

 

 

 

 急に曲名が頭の中に浮かぶ。その途端に服が光り、巫女服になった。だが、腋が開いている。それに頭に大きなリボンが付けられていて邪魔だ。

「あら? コスプレ?」

「うるせー!」

 紫の発言に叫ぶがその間にレーザーと大玉が迫っていた。

(……で、これからどうすんだよ!)

 コスプレしたからと言って強くなったわけじゃない。コスプレになにか細工はないか調べる。もうそこまで弾が迫っていた。

(またか?)

 調べていると懐にまたもやお札を発見した。今回は何枚も。あの時、これに書いてある事を読んだら藍が召喚された。

(一か八かだ!?)

「頼むぞ! 夢符『二重結界』!」

 祈りながら宣言すると目の前に2枚の壁が現れた。レーザーと大玉は勢いよくその壁にぶつかり消える。

「!!!」

 紫はそれを見て驚いていた。当たり前だ。さっきまで逃げるだけだったのに受け止めたのだから。

「やっぱり、能力持ちだったのね」

「はぁ? 何言ってんだ?」

 紫の言っている意味がわからなくて聞き返した。

「尚更、働かせたいわね!」

 そう言うと先ほどとは比べ物にならないほどの弾が飛んできた。

「くそっ!」

 廊下を逃げ惑う。弾をかわし、レーザーを潜り抜ける。

(―――こっち!)

 勘で右に曲がった。

「お?」

 出た先は庭だった。縁側からジャンプし庭に立つ。

「霊符『夢想封印』!」

 懐からお札を取り出して宣言。俺の周りからいくつかの白い球が現れ、大玉に突っ込み、相殺した。

(よし! これで……)

「まだまだね」

「!」

 安心した束の間、後ろから声が聞こえた。その瞬間、羽交い絞めにされ身動きが取れなくなる。

「くそっ!」

 ジタバタと暴れるが動けない。

「鬼ぐらいの力がなくちゃ無理よ」

 声からして紫だ。後ろを見ると空間が裂け、その隙間から上半身のみ乗り出していた。

「離せよ!」

「能力だけじゃなくスペルまで……やっぱり貴方を私の会社に入れるわ。藍! 来なさい!」

 最初はぶつぶつと何かを呟いていた紫だが何故か藍を呼んだ。

「紫様、こちらにいたのですか……って! 何してるんですか!?」

 縁側から顔を覗かせた藍が目を丸くして叫んだ。

「助けて!?」「この男をボーダー商事の社員にするわ! 手伝いなさい!」

 俺と紫が同時に言う。

「え? 響をですか?」

 藍は俺の言葉を無視して紫に質問した。

「そうよ。なかなか使えそうじゃない」

(物かよ……)

 心の中でツッコむが声には出さない。

「ですが……」

 藍は俺の方をちらっと見て渋る。

「やりなさい」

 紫の低い声で俺は悟る。

「……わかりました」

(藍は俺の事を助けられない)

 この姿じゃ動けない。さっきのお札を使おうにも取り出せない。これは絶体絶命。

 その時、曲が終わった。自動的に次の曲が再生される。俺はランダム再生にしているので何が再生されるのかわからない。

 

 

 

 ~御伽の国の鬼が島 ~ Missing Power ~

 

 

 

 服が光り、別の衣装になる。上は白い半そでのシャツに下は紫のスカート。頭から2本に角が生えた。

(もしかしたら……)

 コスプレが変わった。なら、違う力を使える。なんとなくそう思った。

「ふんっ!」

 再び、腕に力を込める。すると、いとも簡単に紫の呪縛から抜け出す事が出来た。

「……本当に鬼になるとはね」

 紫はそう言いながら空間の裂け目から出てきた。前に紫、後ろに藍がいる状況。逃げるのはまず無理だ。

「やってやる」

 逃げられないのなら戦うしかない。俺はお札を取り出す。それを見た紫と藍もお札を取り出す。

「鬼符『ミッシングパワー』!」「結界『夢と現の呪』」「式神『十二神将の宴』!」

 全員が同時に宣言すると紫と藍からは大量の弾が飛んでくる。

「え?」

 俺からも弾が出ると思っていたが何故か大きくなった。弾がぶつかるが痛くもかゆくもない。紫と藍は悔しそうな表情を見せるが弾を出すのをやめなかった。

「行くぞ!」

 右手をギュッと握り、拳を作る。そして思いっきり地面を殴った。

「「!!!」」

 地面は大きく揺れ、2人はバランスを崩した。

「次! 『百万鬼夜行』!」

 宣言したら俺を中心に大玉と小玉が飛び出る。その弾たちは紫と藍を襲う。

「くっ!」

 藍は縁側から大空に飛んで回避する。紫は涼しい顔をして空間の裂け目を作り出し、弾を吸収していた。

(やべ! 曲、終わる!)

 感じ取るがどうする事も出来ない。曲は終わり、次が再生される。

 

 

 

 ~風神少女~

 

 

 

 服はまた白いシャツに今度は黒のスカート。背中から漆黒の翼が生えた。体は元の大きさに戻っている。

(翼……よし! これなら!)

 翼を勢いよく広げ、上昇し始める。この体なら空を飛べるはずと踏んだ結果だ。

「逃がさないわ!」

 紫が空間の隙間に入る。

「!!!」

 何と俺の近くに空間の隙間が出現し紫が出てきた。紫はこちらに手を伸ばしている。

(間に合え!)

 急いで空間の隙間から距離を取った。そのおかげか紫の手は俺の左手に持っているPSPに触れただけだった。そのまま全速力でマヨヒガから離れる。

 

 

 

 

 

 

 

「紫様……響をあのまま逃がしてもよろしかったのですか?」

 スキマから出てきた紫様に質問する。スキマを使えば簡単に捕まえられるはずだ。

「いいのよ。細工も出来たし」

 紫様は微笑みながらそう言った。

「細工……ですか?」

 だが、私にはよく理解出来なかった。細工する必要がどこにあったのかわからないからだ。

「少しの間、暇つぶし出来るから」

(ああ……そう言う事か)

 今の言葉で理解出来た。ただただ紫様は暇なのだ。そこに面白い能力を持った少年が現れた。しかも私と紫様の弾幕を防ぎきって逃走。きっと、これから響がどんな行動を取るかスキマで観察でもするのだろう。

(でも、細工って?)

 そこだけが不明だ。

「後で教えるわ」

 私の心を読んだ紫様が笑顔で言った。

「……わかりました。その時を楽しみにしておきます」

 マヨヒガで起きた外来人との弾幕戦はこれで幕を閉じた。

「……はぁ~」

 縁側から家の中に入る前に気付いたがマヨヒガはボロボロだった。これから私は修復作業に入らなければならないだろう。ため息を吐いて修復するために使う道具を取りに家に入った。

 



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第4話 夜明け前に響く歌声

 超スピードで空を飛んでいる俺。このコスプレのおかげだ。

(これからどうするかな……)

 この世界の情報は聞けず仕舞い。ここまでわかった事はここが異世界だと言う事。人間以外の生き物が存在している事。俺には音楽を聞いたらコスプレする変な能力がある事。

「ありえね~」

 帰る方法もない。食べ物の在り処もわからない。そんな事を考えている内に曲が終わってしまった。

 

 

 

~月時計 ~ ルナ・ダイアル ~

 

 

 

 頭の中に曲名が浮かび、服がメイド服に変わった。

「マジか……」

 一旦、止まる。本格的なメイド服だ。実物を見るのは初めてだけどそれぐらいわかる。

「あれ?」

 今、気付いたが空を飛んでいる。背中を確認したが翼は生えていない。それなのに落ちてない。

(さっきの曲に戻そう)

 だが、スピードははるかに前の曲の方が上だ。確か風神少女という曲名だったはず。毎回、曲名がわかるのは嬉しい。早速、PSPのロックを解除しスタートボタンを押して曲を止める。

「……」

 止まらない。連打しても止まらない。仕方ないので操作して風神少女を再生する。

「……」

 再生されない。連打しても再生されない。ずっと月時計が再生されたままだ。Rボタンを押して曲を変更しようとしたが変わらない。

(どうしてだ? なんで?)

 実験の時は変える事が出来た。その間にPSPが壊れてしまったようだ。

(仕方ないか……あんだけ乱暴に扱ったんだし)

 これが紫が言っていた細工だとは全く気付かない俺だった。

「さて、どこに行こうか」

 もう少しで夜明けだと言う事はわかっている。穴に落ちる前は午前2時。マヨヒガで2時間過ごしたからだいたい午前4時。

「ん?」

 その時、下で何かが動いた。

(誰かいるのか?)

 様子を見るために架空し始める。地面に降り立ち、動いた茂みを覗く。

「「……」」

 そこには鳥のような翼を生やした少女がいた。向こうはジッとこちらを見ている。メイド服を着た男はさぞ珍しかろう。会話するためにイヤホンを外し、PSPをスリープモードにする。メイド服が光り、普段着に戻った。

「うわっ!? な、何? その服?」

 俺の服が変わった事に驚いた少女。

「いや、服は関係ない。それよりここら辺の事、詳しい?」

「ここら辺? まぁ、詳しいよ」

 よかった。どこか安全な所を教えてもらおう。

「ここら辺はね。妖怪が出るのよ」

 質問しようとしたがピタッと動きを止める俺。

(妖怪? あの妖怪か?)

「あんたも命知らずね。その妖怪の前に出て来るなんて」

「ま、まさか……」

 驚きながら急いでスリープモードを解除する。もうどんな答えが返ってくるか予想はついているからだ。

「そうよ。私はミスティア・ローレライ。とっても怖~い妖怪よ」

(いや、怖くはないけど……)

 そう思ったが言わないでおいた。

「くそっ!」

 イヤホンを付けて再生する。さっきは月時計だったはず。コスプレするのは嫌だが命の方が大事だ。

 

 

 

~亡き王女の為のセプテット~

 

 

 

 服はピンクのワンピースで胸に大きなブローチが付いている。更に背中に蝙蝠のような翼が生えた。明らかにメイド服じゃない。曲も全然違う。スリープモードにしても曲は変わらないはずだ。これも壊れてしまったせいか?

「また服が変わった?」

 音量はそれほどでもないのでミスティアの声が聞こえた。向こうが驚いている間に空を飛んで逃げる。

「あ! 待て! 私の朝ごはん!」

「そんな事言われて待つ奴いるか!」

 ツッコミつつ速度を上げるがミスティアの負けじと追ってくる。

「もう怒った! 声符『梟の夜鳴声』!」

 宣言したミスティアの周りから弾が飛び出る。それらは真っ直ぐ俺を狙っていた。

「くっ!」

 何とか旋回し回避する。だが、その先にも弾があった。

(使うしかないか……)

 お札を取り出し宣言。

「紅符『不夜城レッド』!」

 俺の体から紅い霧が出て弾を消した。

「もう! 人間のくせに!」

 ミスティアは腕をブンブンと振って怒っていた。

「あんたも鳥目にしてあげるわ!」

 そして何故か歌い始めた。

(なんだ?)

 不思議に思いながら逃げようとした。

「!!!」

 その瞬間、周りが暗くなり何も見えなくなる。これでは身動きが取れない。俺はその場に留まった。

「これで動けない」

 後ろからミスティアの声が聞こえた。向こうは俺の姿が見えているようだ。これではこちらが不利すぎる。

(どうする?)

 ミスティアの歌声が響く中で思考を張り巡らせる。確か鳥目と言っていた。鳥目は暗闇だと見えなくなる目だったような気がする。

(歌?)

 そこで俺は気付いた。ミスティアの歌を聞いてから鳥目になった。

「もしかして……」

 PSPのロックを解除し音量を最大まで上げる。ミスティアの声は聞こえなくなり視界が明るくなる。

「終わりよ! 夜盲『夜雀の歌』!」

 声は聞こえないがどうやら宣言したようだ。その証拠にたくさんの弾が溢れる。

(見えてるっての!)

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 一番、強そうな技を選び、宣言する。すると右手に紅い槍が出現した。

「これでも食らえやっ!」

 思いっきり投擲する。槍は無数の弾を消滅させながら真っ直ぐ進んだ。

「え? え? え!?」

 ミスティアは驚いているようだ。その間に槍はミスティアに直撃。そのまま墜落して行った。

「いってーな!」

 イヤホンを引っこ抜く。音量がでかすぎて耳がキンキンする。ある事を忘れて――。

「あ……うおおおおお!!!」

 コスプレは解除され俺も落ちた。そりゃそうだろう。曲のおかげで飛ぶ事が出来ているのだから。急いでPSPを操作しようとしたが手が動かない。

(力が……入らねー)

 何も出来ずに落ち続ける。

「――ッ!?」

 そのまま勢いよく地面に叩き付けられ気を失った。

 



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第5話 弾幕ごっこ

「うぅ……」

 背中が痛む。どこかに強く打ったようだ。うめき声を上げなから体を起こす。感触的にベッドの上だとわかった。

 その事を疑問に思いながら視線を横にずらす。

「「……」」

 ベッドの横からミスティアがこちらを見ていた。お互い、何も言わずに見つめ合う。

「うわっ!?」

 ワンテンポ遅れて驚く。その拍子に頭を壁にぶつけた。ここはミスティアの家らしい。

「――ッ!」

 声にならない悲鳴を上げる。

「だ、大丈夫?」

 ミスティアは慌てた様子で聞いてきた。

「な、なんとか……」

 悶えながら答える。困惑していた。何故、俺はここにいるのか。何故、ミスティアは俺の事を食べなかったのか。ただただ不思議である。

「ほら! 朝ごはんだよ!」

 笑顔でお盆を渡してきた。お盆の上には鰻の蒲焼とご飯が乗っていた。

「あ、ありがとう……」

 戸惑いながら受け取り箸を掴む。

「「……」」

 ミスティアはじーっとこちらを観察している。俺はその眼差しを避けるように蒲焼を口に運んだ。

「……美味い」

「ありがとう」

 俺が感想を述べると満面の笑みを浮かべる。

「あのさ?」

「ん? 何?」

「何で俺の事、食べないの?」

 今、一番気になっている事を聞いた。

「弾幕ごっこで負けたから」

 当たり前でしょと言ったようにミスティアは答えた。

「それだけ?」

「それだけ」

 どうやら俺は一命を取り留めたようだ。

「しかし、本当に美味いな。これ」

「でしょ~! 自信作なの!」

 それから蒲焼を食べながら雑談する。妖怪と言ってもこんな奴もいるんだなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで弾幕ごっこって何?」

 蒲焼を食べ終わった頃になって思い出した。そもそも弾幕とは何なのかわからない。

「え? 知らないで戦ってたの?」

「ああ」

 俺の言葉にミスティアは驚愕しているようだ。

「じゃあ、説明するね。弾幕ごっこは――」

 その後、皿洗いをしながら講義を受けた。この幻想郷ではスペルカードルールと言うものがあり、そのルールに基づいた戦いが弾幕ごっこらしい。このルールが出来たおかげで種族に関係なく戦えるそうだ。

「まぁ、これぐらいかな?」

「ありがと。わかりやすかったよ」

(あのお札はスペルカードだったのか……)

 知らないのに使えたのに驚きだ。

「そういえば、PSPは?」

 ミスティアに聞いてみる。

「ああ、あのからくり? それならそこに」

 そう言いながらテーブルを指さす。そこにはPSPがあった。急いで手に取り、故障はないか確認する。あの高さから落ちたのだ。完全に壊れていてもおかしくない。イヤホンを耳に装着するが音が聞こえない。落ちた拍子に止まったようだ。電源を付けると正常に稼働した。スタートボタンを押すと何故か曲が再生された。選曲すら出来ないらしい。

 

 

 

~千年幻想郷 ~ History of the Moon ~

 

 

 

 服が光り、青と赤のアメリカの国旗のような服に変わる。ナース帽もかぶっている。

(やべ……イヤホンが壊れてる。)

 左耳の方から音が聞こえない。だが、肝心のPSPは壊れていなかったのはよかった。片耳だけでもちゃんとコスプレ出来るようだ。耳からイヤホンを引っこ抜く。

「……」

 ミスティアはまたじ~っとこちらを見ていた。

「どうした?」

「いや、変な能力だな~っと」

「俺も思うよ。男なのにあんな恰好させられるなんて……」

「え!? 男なの!?」

 俺の発言に驚くミスティア。

「当たり前だろ!? お前、俺を女だと思ってたのか!?」

「そうよ! だって顔も女っぽいし髪だって黒くて綺麗だし後ろで1本にまとめてるじゃない!」

 そう、俺の髪型はポニーテールだ。理由は簡単。切りに行くのが面倒くさかったから。その結果、ポニーテールに落ち着いたのだ。

「そうだけど口調とかでわかるだろ……普通」

「あんたのような口調の女なんて珍しくもないよ!」

 確かによく女に間違えられる。それは事実だ。

「俺は男だ! いいな!?」

「う、うん……わかった」

 ミスティアは戸惑いながら頷く。俺はため息を吐きながらズボンのポケットにPSPを突っ込んだ。

「あれ? それ、弾幕ごっこの時は手に持ってなかった?」

「ああ、戦う時の服にはポケットがないんだ。だから仕方なく手に持ってる」

 はっきり言って邪魔だ。

「なら、いい物があるよ!」

 ミスティアは笑顔でそう言うと別の部屋に行ってしまった。

いい物とは一体、何なのだろう。

「はい、お待たせ!」

 少しして戻って来た。ミスティアの手にはたくさんのホルスターが握られている。だが、ところどころ破けているが縫い合わせればPSP用のホルスターも出来るだろう。

「裁縫道具あるか?」

 疑問には思ったがさほど重要でもないのでスルーする事にした。

「うん。でも、縫えるの?革製だけど」

「何とかなるだろう」

 それからミスティアに裁縫道具を借りてホルスターを縫い合わせる作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「……よし。これで大丈夫だ」

 1時間ほどで完成。

「すご~い! よく縫えるね」

「普段からやってるからな」

 母は不器用で何か縫おうとすると必ず血だらけになり、服をダメにしてしまう。そこで俺が代わりに縫っていたのだ。ホルスターを右腕に装備する。足だとイヤホンのコードが届かないから仕方ない。そこにPSPを入れる。少しきついが落ちにくくなったはずだ。

「ありがとな。それに飯まで貰っちゃって……」

「いいの! 私がしたいようにしただけだから」

「そうか? それならいいけど……」

 そう言いながら席を立つ。

「もう行くの?」

 少し寂しそうな顔をしたような気がした。

「早く帰りたいからな。帰れる所とか知らないか?」

「それなら博麗神社に行けばいいよ! ちょっと来て!」

 手を掴まれ、外に出た。

「えっと……」

 空を飛んだミスティア。どうやら博麗神社がある方角を確認しているようだ。俺は空を飛ぶためにホルスターから伸びたイヤホンを装着。PSPを操作し曲を再生する。

 

 

 

~もう歌しか聞こえない~

 

 

 

 服が光る。飛べるのがデフォだとわかっているので気にせず空を飛ぶ。

「どうだ?」

 隣まで移動し話しかける。

「……」

 だが、ミスティアは引きつった顔で俺の姿を凝視していた。

 どうやら服を見ているらしい。気になって確認した。茶色を基調としたスカート。帽子は天辺に鳥の翼のような装飾が施されている。背中には淡いピンク色の翼が生えていた。

「これって……」

 完全にミスティアの服と一緒。何もかもが同じだ。

「な、なんであんたは私の服を着てるの!?」

 腕をぶんぶんと振って怒鳴って来た。

「知らねーよ! こっちだって聞きたいわ!?」

 負けじと叫ぶ。

「ほら! あっちに行けば着くからとっとと行け!?」

 ミスティアは顔を背けながら指をある方向に向ける。どうも俺の姿を見たくないらしい。

「わ、わかった。ありがと!」

 俺はミスティアのコスプレをしたまま、その方向に向けて移動を始める。

(やっと、帰れるぜ……)

 ため息を吐きながら空を飛び続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は空を飛ぶ彼の姿を見つめていた。

「う~ん」

 彼を初めて見た時から気になっている事があった。

 

 

 

「どこかで見た事があるような……」

 

 

 

 それはいつだったかどのような状況だったかわからない。けど、そう感じてしまう。

「まぁ、いいか~」

 考えても思い出せなかったので気にしない事にした。私は屋台の準備をするために自分の家に入る。

 




響さん、男の娘です。
ちゃんと理由がありますので、それはまた別のお話しで(290話でもまだ書けていませんが)。


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第6話 人形遣い

 ~恋色マスタースパーク~

 

 

 

 ミスティアの指さした方向に向けて黙々と進む俺。だが、神社は見えて来ない。因みに今は魔法使いの衣装を着ている。この姿だと箒に乗らないと飛べないようだ。さすが魔法使いと言った所か。

(まだかよ……)

 正直言ってうんざりしている。コスプレしながら空を飛ぶなんて知り合いに見られたら死にたくなるだろう。

「ん?」

 その時、目の前に2体の人形が現れた。かわいらしい小さな人形だ。でも、何故か空を飛んでいるしまず、どうやって動いているかわからない。

「……」

 その場で止まり観察する。その瞬間、右側の人形が槍で攻撃してきた。

「のわっ!」

 箒をコントロールし何とか回避。そして、左側の人形がレーザーを放ってきた。

(マジかよ!)

 急いでスペルカードを取り出し宣言。

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 たくさんの星弾がレーザーとぶつかり合い、相殺。何とかなったようだ。

「貴女……一体?」

 安心していると上から声が聞こえた。そちらを向くとさきほどの人形を肩に乗せた少女がいた。服は青いスカートに頭は金髪。赤いカチューシャも付けている。

「どうして魔理沙のスぺカを?」

 音楽は右耳の方しか流れていないから聞き取れた。

「俺だって知りたい」

 ため息を吐きつつ、ぼやく。この少女の口ぶりではさっき使ったスペルは誰かの技らしい。

「怪しいわ」

「まぁ、そうなるわな」

 ゲームとかやっていたらわかる。こういう場合は何を言っても――。

「貴女の正体、教えなさい!」

 スペルカードを俺に見せつけながらそう言った少女。

(戦いは避けられないんだよな……)

「はいはい」

 軽く返事をしスペルカードを取り出す。

「スペルカードは3枚。被弾するか全てブレイクされた方の負け。それでいい?」

「ああ、いいぞ」

 ミスティアの話通り、最初にスペルの枚数を決めるようだ。俺の場合、コスプレした時にスペルを宣言した方がいいのか、しない方がいいのかわからない。

(どうするかな~?)

「行くわよ!」

 俺が悩んでいると向こうは大量の人形を出した。武器を持っていたり盾を持っていたりするが見た目はとてもかわいい。これから俺を襲うと考えなければ――。人形たちは弾を出す。レーザーを撃つ。武器を持って突っ込んでくると言ったように別々の動きを見せた。

「くそっ!」

 何とか回避するが被弾するのも時間の問題だろう。さっきから掠っている。急いで手に持っていたスペルを宣言した。

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 箒の周りからいくつかのレーザーが放出した。人形たちは次々と墜落して行く。

「やっぱり、魔理沙のスペルね。蒼符『博愛の仏蘭西人形』」

 少女がスペルを宣言しまた人形が現れる。そしてそれぞれから1つの弾が出る。

(は?)

 スペルカードは確か必殺技のような物だ。だが、弾は少ない。不審に思っているといきなり弾が増えた。

「うおっ!?」

 吃驚して躱すタイミングが遅れた。弾が掠ってところどころ服が破ける。

「これで終わりよ! 闇符『霧の倫敦人形』!」

 また人形が増える。さっきのスペルとは違い最初から大量の弾が俺を襲う。密度が濃くて回避できない。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 困った時のスペル。また星弾が出て弾を相殺する。その時、とうとう曲が終わった。

 

 

 

 ~人形裁判 ~ 人の形弄びし少女 ~

 

 

 

 またコスチュームチェンジ。今度はどこかで見た事がある青いスカート。傍には2体の人形。頭には赤いカチューシャ。

(これって……)

 恐る恐る少女を見る。

「な、なんで私の服を……?」

(これはまずい!)

「さらばっ!」

 嫌な予感がしたので試合を放棄して神社を目指す。

「あ! 待ちなさい!」

 少女もついてくる。

「待つかよ!」

 そんな怖い顔されては逃げなくても良くても逃げ出す。

「なんで服が変わったのよ!」

「俺だって知りたいわ!」

 大声で会話しながら逃げる。

「くっ!」

 だが、目の前にまた大量の人形たちが現れる。

(人形?)

 そうだ。俺の傍にずっといるこの2体の人形。もしかしたら俺も操れる。そう思った。適当に指を動かす。あの少女もこうやって指を動かして操っていたはず。

「!」

 人形は俺の指の動きに合わせて動く。そのまま少女の人形に突っ込ませる。

「嘘!?」

 後ろから少女の叫び声が聞こえた。向こうは俺には操れないと思ったらしい。

「いっけ~!」

 2体の人形はそれぞれからレーザーを放出。人形の壁を蹴散らす。俺はその隙に突破する。

「もう! どうなってるのよ!?」

(俺だって聞きたい……)

 人形なんて何年間、触ってないだろう。どうして操れたのかわからない。

「こうなったら! 咒詛『魔彩光の上海人形』!」

 少女が最後のスペルを宣言した。今度は小さな弾と大きな弾が入り乱れる。こんなの躱せるはずがない。

(待てよ?)

 確かあの少女は大量の人形を戦わせていた。なら、俺にも出来るかもしれない。

「おらっ!」

 思い立ったら吉日。大量の人形を展開させる。

「! バカっ!?」

 人形を見た瞬間、少女が叫んだ。

(え?)

 小さな弾が1体の人形に当たる。その刹那――爆発。人形の中に火薬が仕込まれていたようだ。更に近くにいた人形も誘爆しどんどん俺の方に爆発の連鎖が近づいてくる。

「ちょ、ちょっと!」

 急いでその場を離れようとしたが時すでに遅し。爆風にまきこまれ吹き飛ばされる。

「うおおおおおおお!!!」

 景色がすごいスピードで変わる。

「ぐふっ……」

 そして、墜落。幸いにもすぐに地面に叩き付けられたわけではないので衝撃はそれほどでもなかった。

「いてて……」

 体を動かす度に痛みが走る。

「まだ私のスペルは終わってないわ!」

 その束の間、少女が追いついた。

(どうする?)

 自問する。こちらは体が痛み、動けない。向こうはスペルの途中。明らかにこちらが不利すぎる。

(――――ッ! 曲が……)

 悩んでいる所で曲が終わってしまった。

 

 

 

 ~オリエンタルダークフライト~

 

 

 

 今まで聞いた事のない曲だ。でも、コスプレは見た事がある。あの白黒の魔法使いの衣装だ。確認しているともう弾がすぐそこまで来ていた。躱そうにも近すぎて間に合わない。

「どうにでもなれ!?」

 適当にスペルを取り出し、宣言。

「魔砲『ファイナルスパーク』!!!」

 本能的に懐から正八角形の小さな箱を出して少女に向ける。すると、箱から極太レーザーが吐き出される。レーザーは弾を飲み込み、掻き消し、吹き飛ばしながら少女に向けて突き進む。

「ちょ……」

 少女は何か言おうとしたがそれを邪魔するようにレーザーが直撃した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 レーザーの放出を止める。その頃には息遣いが荒くなっていた。

(くそ……意識が……)

 疲れが一気に俺を襲う。さっきのレーザーで体力を激しく消費したのだろう。そのまま地面に倒れて気絶した。

 



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第7話 博麗神社

「お~い! 行くよ~!」

「うん!」

 ここは近所の公園。悟が蹴ったサッカーボールを足で止める。

「ほい」

 そして、蹴り返す。こんな感じでボール蹴りをしてよく遊んだ。

(これって……)

 夢。それはわかっている。きっと、過去の思い出だろう。だが、いつかはわからない。ありふれた日常だからだ。体つきからして5歳より下だろう。悟は俺の幼馴染なのだ。この頃からよく遊んでいた。

「うわっ!?」

 急に強い風が俺と悟を襲う。悟は追い風だったからいいが俺は向かい風。驚いて目を瞑ってしまった。

(あれ?)

 ここで俺は不思議に思う。いつもなら俺が公園の出口側で悟が入り口側。この公園は何故か入り口と出口がバラバラだ。閑話休題。でも、今の立ち位置は俺が入り口側で悟が出口側。

(何だ? この違和感)

 偶然もあるだろう。たまたま、いつもと配置が違うと言う事もある。

(違う!)

 この違和感は立ち位置に対してではない。その時、子供の俺はゆっくり目を開けた。

「え?」

 目の前に広がっていたのはいつもの風景ではなく大自然だった。これが俺が感じていた違和感。

 

 

 こんな体験をしているのに何も覚えてないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ここはどこだ?

 まず初めにそう思った。今は布団の中。どこかの家らしい。レーザーを放出し力尽きた所までは覚えている。

(あの夢は?)

 そこだ。あんな記憶あるはずない。目を開けたら大自然って不自然にも程がある。

「起きなきゃ……」

 まだ体はだるいが布団から出て俺は襖を開けた。

「「ん?」」

 部屋を出たところで少女と出会った。服装は紅白の巫女服。でも、腋の部分がばっくりと開いている。

(この服は……)

 紫と戦った時にお世話になったコスプレだ。この服がなかったら俺はどうなっていたかわからない。

「目が覚めたようね」

「あ、ああ」

 巫女が確認を取って来たので答える。

「ちょっと来なさい」

 名前も知らない巫女は俺を睨んで廊下を歩き始める。

(なんだ?)

 戸惑いながらついて行く事にする。

 

 

 

 

 

「「あ……」」

 巫女について行った先にあの人形遣いがいた。急いでイヤホンを耳に装着しようとする。

「あれ?」

 右腕にあるはずのPSPが入っているホルスターがなかった。

「お前の探し物はこれか?」

 人形遣いの隣。またもや少女がいた。今度は白と黒の魔法使いのような服だ。

(これはさっきのか)

 どうやら俺のコスプレはこの幻想郷に住んでいる人の衣装らしい。ミスティアにも紫にもなったから確信が持てる。

「それだ!」

 魔法使いが持っていたのは俺のホルスターだった。

「返せ!」

「嫌だ!」

(何故に!?)

 所有者は俺のはずなのに何故か断られた。

「説明してくれるまで返さねーよ」

 魔法使いがそう言った。

「説明?」

 一体、俺は何の説明をすればいいのだろう。

「お前とアリス――そこの人形遣いの戦いを見ててな。何故、私のスペルが使えたか説明しろって事だよ!」

「と、言うより勝手に貴女が神社に落ちてきたんだけどね」

「神社?」

「そう、ここは博麗神社よ」

 どうやら、俺は人形の爆発で運よく目的地まで飛ばされたようだ。

「どうして魔理沙の格好をしていたのかも説明して頂戴」

 魔理沙とはきっとこの魔法使いの名前だろう。

「……わかったよ」

 俺は今まであった事を掻い摘んで話す。

「じゃあ、私にもなった事が?」

 巫女が聞いてきた。

「今の所はお前とお前が1回」

 巫女とアリスを指さしながら言う。

「そして……魔理沙が3回? だったかな?」

「な、なんでそんなに私の回数が多いんだ!?」

(俺だって聞きたいわ。)

「まぁ、いいじゃない。あ、私は博麗 霊夢よ。この神社の巫女をしているわ」

「私はアリス・マーガトロイド」

「そして、お前のお気に入りの霧雨 魔理沙だぜ!」

「気に入ってるわけじゃねーよ……俺は音無 響だ。よろしく、霊夢、アリス、魔理沙」

 これで全員の自己紹介が終わった。

「音無……響?」

 だが、霊夢が驚いた顔をして聞いてきた。

「ああ、そうだ」

「……まぁ、いいわ。貴方はこれからどうするの?」

「これから?」

「そう、外の世界に帰り「帰りたい!!!」

 思わず叫んでしまった。

「そこまでか?」

 魔理沙が怪訝な顔をして聞いてきた。

「そりゃそうだろう! ここに来てから戦い三昧だ! 俺の場合、PSPを使わなきゃ戦えない。その度にコスプレをするなんてもう嫌なんだ!」

 男なのにスカートとか巫女服とかメイド服とかゴスロリとか……もう嫌だ。心の底からそう思う。

「PSPとコスプレが何かわからないけど貴方の気持ちはよくわかったわ。準備してくるからちょっと待ってて」

 霊夢はそう言って部屋を出て行った。何故か寂しそうな顔をして――。

「?」

 理由がわからず首を傾げる。

「しかし、よく紫と藍の弾幕から逃げられたな」

「運がよかったんだ」

 それを言うなら全ての戦いがそうだ。俺はここまで運だけで生きて来られたようなものだ。

「準備出来たわよ」

 本当に少しで霊夢が帰って来た。

「?」

「どうしたの?」

「いや、何でも」

 もう霊夢の顔は寂しそうではない。俺の見間違いだったようだ。

「やっと、家に帰れる」

 それより幻想の世界から現実の世界に帰れることを喜ぼう。

「着いてきて」

「おう!」

 素直に霊夢の後を追う。

 

 

 

 

 

 

「ここを通るだけ?」

「そう、この鳥居を超えれば帰れるわ。結界を緩めたの」

(結界?)

「そうか。ありがと」

 結界は何かわからないが俺は帰れるようだ。

「じゃあ、短い間だったけど世話になった」

「ほら、早く帰りなさい。結界が閉まるわ」

 霊夢は興味がなさそうに言った。

「よかったらまた遊びに来いよ!」

 魔理沙は笑顔だった。そんな易々とは来れないだろう。

「じゃあね」

 アリスはもうどうでもよさそうだ。

「じゃあな」

 もう一度、別れの挨拶をして鳥居を目指して歩き出す。

(これで帰れる)

 能力は消えないだろうが曲を聞かなければいい話。聞けないのは少し残念だが仕方あるまい。そして、俺は鳥居を超えた。

 

 

 

「「「「……」」」」

 後ろを振り返る。霊夢、アリス、魔理沙の3人がいる。

 横を見る。鳥居を超えているのがわかる。

 前を見る。大自然が広がっている。

 

 

 

「嘘だああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 俺は絶叫して地面に崩れ落ちた。まだ幻想の世界とはお別れ出来そうにないらしい。

 



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第8話 人里へ

「紫……だと?」

「きっと、そうよ」

 ここは博麗神社の縁側。外界に帰れなかった理由を霊夢に聞いたらあのスキマ妖怪のせいだと言われた。

「貴方の話を聞くに相当、気に入ってるから帰したくないようね」

「じゃあ、俺は?」

「帰れないわね」

 一番、受け入れたくない現実をアリスが呟いた。

「これで響も幻想の仲間入りだな!」

 魔理沙が笑顔で俺に言い放つ。

「はぁ~……」

 どうしてこうなってしまったのだろう。

「で、どうやって過ごすの?」

「過ごすって?」

 霊夢の言っている意味がわからず、聞き返す。

「仕事よ、仕事。暮らすんだったらお金が必要でしょ?」

 確かに霊夢の言うとおりだ。家も探さなくちゃいけない。

「どうすっかな~」

「一先ず、人里に行ったら?」

 そこでアリスからアドバイスを貰う。

「人里?」

「そう。人間たちが暮らしてる所よ。あそこなら仕事も家も見つかるでしょう」

「案内してくれ」

 早速、向かう事にした。

「即答ね」

 霊夢が呆れたように言った。

「きっと、安全なんだろ? その人里って」

「基本的にはな」

 俺の質問に魔理沙が答える。

「基本的には?」

「ほら! 私が連れてってやるから表に出ろ」

 俺は聞き返したが魔理沙は無視し箒を持って部屋を出る。

「乗れよ」

「あ、ああ……」

 きちんとホルスターを右腕に装備し箒に跨ろうとした。

「いや、待てよ?」

「どうした?」

 だが、魔理沙は何かを思いついたらしい。

「お前、飛べるじゃん。自分で飛べよ」

「はぁ!?」

「そのからくりを使えばいいだろ?」

「……わかったよ」

 仕方なく、PSPを起動。右耳にイヤホンを差し曲を流す。

 

 

 

 ~亡き王女の為のセプテット~

 

 

 

 服が輝き、ピンクのワンピースに早変わり。背中からも漆黒の翼が生える。これはミスティアの時のコスプレだ。

「ん? ……ぎゃああああああああ!!!」

(熱い! 体中が熱い!)

 突然、体から煙が上がったと思ったら全身に凄まじいほどの激痛と熱を感じた。耐え切れず地面を転がる。

「お、おい! 大丈夫か!?」

 魔理沙の声が聞こえたが目を閉じて気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……」

 あれから3時間。まだ頭がガンガンと痛む。

「バカね」

「うるせ~……」

 霊夢の言葉を力なく押しのける。

「まさかレミリアになるとは思わなくてな! ゴメン! ゴメン!」

 笑顔で魔理沙が謝ってきた。

「笑いごとじゃねーよ!」

 飛び起きて叫ぶ。魔理沙はまた笑顔で謝ってきた。

「……で、俺に何が起きたんだ?」

 自分自身でよく理解していなかった。

「さっきお前が変身したのはレミリア・スカーレットといって吸血鬼だ」

 ああ、なるほど。

「日光か」

「そう言う事だ」

 吸血鬼は日光に弱い。少しでも当たれば命に関わるほどだ。

(それを全身に……)

 よく生きていたなと思う。

「まぁ、すぐその紐を引っこ抜いたら何ともなかったけどな!」

 どうやら俺は魔理沙のおかげで助かったようだ。元凶も同一人物だが。

「どう? もう動けそう?」

「ああ、何とかな……」

 アリスも心配しているらしい。

「じゃあ、改めて行くか!」

「箒に乗らせろよ?」

「わかってるぜ! さすがにもうあんな事は言わないって!」

 魔理沙も少しは罪悪感を感じてるようで快く承諾した。

「ありがとな。皆」

 突然、やってきた俺にここまで親切にしてくれる。感謝の気持ちが溢れた。

「何言ってるの。放っておいて死なれたら後味が悪いからよ」

「面白そうだからだぜ!」

「何となくね」

「そうか……魔理沙、行くぞ」

「おう!」

 もう別れの挨拶なんていらない。どうせ帰れないんだ。また会えるだろう。そのまま立ち上がり、縁側から神社を出た。魔理沙も俺の後に続く。

「準備はいいか?」

「ああ、いつでも来い!」

 霊夢とアリスの目の前で箒に跨る俺と魔理沙。

「全速力で行くぜ!」

「え? いや、そこまで急ぐ必要はああああああああああああ!!!」

 嫌な予感がしたが時すでに遅し。息が出来ないほどの速さで箒は飛び、人里目指して加速を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「どうしたの?」

「何でもないわ」

 霊夢はジッとすごいスピードで人里へ向かう魔理沙と響の姿を見ていた。何故か寂しそうは表情を浮かべて。

「そう」

 でも、私はそれ以上、何も聞かない。聞いたところですいすいと躱されるだけ。

「いい天気ね」

「そうね」

 だから、こんな他愛もない話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「どうした?」

「てめーのせいだ!」

 箒に乗る事、3分。俺と魔理沙は門の前にいた。正直、自分で飛べばよかった。

「は? 私、何かしたか?」

「自覚なしか」

 呆れて何も言えなくなる。魔理沙はあの風圧は何ともなかったようだし仕方ないとも思える。

「だから何だよ! 教えろよ! お前のお気に入りだろ!」

「関係ないわ!? それにお気に入りでもないわ!?」

 PSPは全てランダム。たまたまだ。

「ちぇ……なら、私は行くぞ?」

「はぁ!? どうして! ここまで来たなら最後まで付き合ってくれよ! 人里で一体、何すりゃいいんだよ!」

「寺子屋に慧音って奴がいるからそいつに頼れよな。あいつなら面倒見てくれるはずだぜ?」

 面倒だからその慧音って奴に俺を押し付けるようだ。

「寺子屋の場所は?」

「そんなもん、人に聞け。私は行くから」

「お、おい!」

 俺の言葉を無視して魔理沙は飛んで行ってしまった。

「何だよ……全く」

 仕方ないので俺は門を潜った。

「待て」

 潜れなかった。剣を腰に差した門番に止められてしまった。

「お前、どこから来た?」

「どこって……」

 外の世界からと言うべきなのか博麗神社からと言うべきなのか。

「答えられないのか?」

「いや、そう言う事じゃ――」

「問答無用!!!」

 門番はそう言うと剣を鞘から抜いた。

(これは……あれだな。うん)

 俺はそっとホルスターからイヤホンを伸ばし、耳に装着する。

「うおおおお!!!」

 剣を構えながら突っ込んできた。それに合わせてPSPのスリープモードを解除。更に○ボタンをプッシュする。

 

 

 

 ~ネイティブフェイス~

 

 

 

 頭にはクリクリっとした丸い目が付いた帽子。服は紫色のスカートと中には白い長そでのシャツ。向こうは剣で攻撃してくるはず。だが、それに対して俺は素手。このコスプレにどのような能力があるかまだわからない。咄嗟に俺は右腕を動かした。

「!!!」

 門番の振り降ろした剣は俺の体に触れていない。

(やっぱりか……)

 おかしいと思った。これまで色々な弾幕を躱してきた。もちろん、掠った事もある。それに高い場所から落ちた事もある。それなのに――。

 

 

 

 ――どうしてPSPは壊れなかったのか?

 

 

 

 いくら掠ったと言ってもPSPはただの機械。傷一つ、入っていないのはおかしすぎる。それだけではない。いくら使っていてもバッテリー切れを起こさないのだ。

 紫は言っていた。俺は能力持ちだと。きっと、このPSPが関係しているはずだ。能力持ちだから俺を会社に入れたがっていた。

 では、PSPが壊れてしまったら? 俺の能力は宝の持ち腐れとなってしまうはずだ。

もう1つ。紫は1度、このPSPに触れている。その時に細工でもしたのだろう。PSPの境界を弄って――。

「何でそんな物で……それにその恰好は何だ?」

「俺だって聞きたいぜ」

 そう、俺は門番の剣をPSPで受け止めていた。

 



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第9話 襲撃

今回、自分で読み返して恥ずかしくなるほど拙い文章です。ご注意ください。


 今の状況を説明しよう。門番は俺目掛けて剣を振り降ろしている。俺は右腕に装備しているPSPでそれを防いでいる。簡単に説明するとこんな感じだ。

「くっ……」

 門番が悔しそうにした。

(どうしよう?)

 この後の事を考えていなかった。コスプレした事により力も増したはずだ。でも、この門番は普通の人間。攻撃してしまったら怪我をするかもしれない。戦いにくい。

「ん?」

 ふと、何かを感じて地面を見た。

(もしかして?)

「じゃあ、俺は行かせてもらうな」

「は? うわっ!?」

 門番の目の前に小さな弾を1つだけ出現させる。それだけで門番は尻餅をついた。

「じゃあな~!」

 その場でジャンプ。そして地面に潜る。あの時、俺は地面が少し柔らかくなったのに気付いたのだ。試しに行動してみるのも悪くない事がわかった瞬間だ。

(急いで人里に行かなきゃ……)

 このままコスプレが変わってしまったら大地に生き埋めになってしまう。早速、人里目指して、俺は泳ぎ始めた。

 

 

 

 

 

「な、何なんだ?」

 その頃、門番は放心状態だった。弾を発射してきたと思ったら地面に潜ったのだ。無理もない。

「は、早く、慧音さんに報告をしなくては……」

 そう呟くと門番は走り始めた。この人里に侵入者がいる事を伝えるために――。

 

 

 

 

 

 

「意外と賑わってるな」

 上手く人里に入った俺は適当に歩いていた。目指すのは寺子屋。場所は先ほど、傘を持った緑の髪に紅いチェックのスカートを着た女性に聞いたのだ。

「ここか?」

 周りの家より一回り大きな建物を目の前にして呟いた。中からは子供たちの元気な声が聞こえている。間違いないだろう。

「ん? 誰だ? そこにいるのは?」

 後ろから声が聞こえ、振り返る。そこには四角くて青い帽子に青いロングスカートを着た髪の長い女性がいた。

「いや~慧音って人を探しててここにいるって聞いて」

「私が慧音だが? 君は?」

「俺は音無響。よろしく」

「うむ。よろしく頼む。改めて自己紹介しよう。私は上白沢慧音だ」

 お互い、握手する。

「それで? 私に用とは?」

「ああ、実は――」

 昨日、幻想郷に来た外来人である事。帰れなかった事。仕事と家を探している事を慧音に話した。

「なるほどな。すまないがその事については授業が終わってからでいいか? 子供たちを待たせているのでな。すぐ終わるから中で待っててくれ」

「わかった」

 慧音の後に続き寺子屋に入る俺。部屋まで案内され慧音は授業に戻って行った。

「そうだ」

 PSPの様子を見てみる。ホルスターには切傷が付いてしまったがPSPには何もなかったように傷がない。やはり、紫がPSPの境界を弄って頑丈に。更にバッテリー切れを起こさないようにしたようだ。

「まぁ、いいか。便利だし……」

 俺は気長に慧音を待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

「待たせた」

 しばらくすると慧音が帰って来た。

「いや、大丈夫。それより裁縫道具あるか?」

「裁縫道具? あるにはあるが……何を縫うんだ?」

「これ」

 ホルスターを見せる。

「何かあったのか?」

「大した事じゃねーよ。話しながら縫いたいから貸してくれないか?」

「わかった。取ってくる」

 また慧音は部屋を出て行った。

「これでいいか?」

 少しして裁縫道具を持って戻って来た。

「さんきゅ」

 裁縫道具を受け取り早速、縫い始める。

「上手いな」

「慣れているからな」

 手元に注意しつつ、答える。

「なるほど……では、話し合おうか」

「ああ、頼む」

「正直言って、人里にはもうほとんど働き口はないのだ」

「は!? 痛って!!!」

 驚いてしまい、針が指に刺さる。

「大丈夫か!?」

「あ、ああ。で、その理由は?」

「人里は来る者は多いが去る者が少ないのだ。人里の外には妖怪がいるからな。それゆえ、働き口がなくなるのも速い。残っているとしたら……」

 そこで慧音が黙り込む。

「残ってるんだろ? どんな仕事だ?」

「万屋」

 手を止めて、慧音を見る。

「も、もしかして……」

 嫌な予感というものは良く当たる。この予感も例外ではない。

「依頼は主に妖怪退治だ」

「無理だな」

 倒せるかもしれないがコスプレなどしたくない気持ちの方が大きい。

「だろう? だから、働き口がないのだ」

「じゃあ、どうすれ……」

 そこで外から大きな音が聞こえた。

「な、なんだ!? 痛って!!!」

 もう少しで血が出る所だった。

「妖怪だ!」

 慧音は立ち上がって部屋を出て行こうとする。

「よ、妖怪って! この人里は安全じゃないのか!?」

「基本的にはだ! 知能が低い妖怪がたまに襲ってくるのだ!」

 そう言い残して出て行った。

「マジかよ……」

 せっかく、コスプレしなくても暮らしていけそうだったのに。

「仕方ねー」

 ホルスターも丁度、縫い終わった。様子だけでも見よう。そう思い俺も寺子屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫そうじゃんか」

 人里はもう落ち着いていた。

「なぁ?」

「ん? なんだい?」

 近くを歩いていたおじさんに状況を聞いた。まだ完全に追い払ったわけではなく人がいない所へ誘導しただけらしい。

「さすが慧音さんだ」

「へ? 慧音が?」

「そうだ」

「そうか……さんきゅ」

 お礼を言い、歩き始めた。確かに襲撃を受けた傷が建物に残っている。

(慧音ってすげー奴だったんだ)

 

 

 

「よ、妖怪だああああ!!!」

 

 

 

 感心していると叫び声が聞こえた。

「またか!?」

 声がした方に向かう。角を曲がると犬のような姿をした生物が暴れている。きっとあれが妖怪だろう。周りを見ると皆、焦っているようだ。慧音は今、戦っている最中。助けに来れない。

「きゃあ!」

 逃げ惑う人の中で運悪く、1人の子どもが転んでしまう。嫌な予感がしてイヤホンを耳に装着する。犬の妖怪の目はギロッとその子供を捕えた。

(まずい!!!)

「お、お前!」

 その時、横から聞き覚えのある声が聞こえた。ちらっと見るとあの門番だった。だが、今はあの子供だ。PSPに手を伸ばしボタンを押し、走り出す。

 

 

 

 ~妖怪の山 ~ Mysterious Mountain ~

 

 

 

 上は白いシャツに下は黒いスカート。背中には漆黒の翼。あの紫から逃げた時のコスプレだ。変身と同時に低空飛行を始める。どんどんスピードを上げ、人と人の間を通り抜ける。その間にも妖怪は子供を食べようと大きく口を開けている。

(間に合ええええええええ!!!)

 俺は子供に手を伸ばした。

 



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第10話 恥ずかしい衣装を纏って……

「はぁ……はぁ……」

 空を飛んでいる俺の腕の中にはむせび泣く子供。本当にギリギリだった。下を見ると妖怪が悔しそうにこちらを睨んでいる。妖怪から離れた場所に子供を降ろした。

「あ、ありがと……」

「さっさと逃げろ」

「う、うん!」

 子供は返事をすると走って離れて行った。俺の周りには誰もいない。あの妖怪以外は。

(戦うしかないか……)

 慧音は別の妖怪の相手をしている。このままではこの妖怪のせいでけが人が出てしまう。

「行くぞ。妖怪」

 俺が声をかけた途端、妖怪は突進してきた。かなりのスピードだ。だが――。

「今の俺にはついて来れないぜ」

 一瞬にして妖怪の後ろに回り込む。このコスプレのおかげだ。

「うがああああああ!!!」

 俺の挑発を理解したようで奇声を上げる妖怪。その時、曲が終わり次の曲へ移行する。

 

 

 

 ~プレインエイジア~

 

 

 

 服が輝き、四角くて青い帽子に青いロングスカート。慧音のコスプレだ。

「!!?」

 妖怪は俺が変身した事に驚いているようで目を見開いた。

「さぁ、来いよ」

 またもや、挑発。

「……」

 妖怪は警戒して近づいてこようとしなかった。慧音は人里を守っている。きっと、妖怪の中でも噂になっているのだろう。言語があるとは思えないが。

「こっちから行くぞ! 産霊『ファーストピラミッド』!」

 大声でスペルを宣言すると弾幕が展開され、妖怪目掛けて進み始める。妖怪は上手く弾と弾の間を潜り抜け、回避。

「チッ!」

 弾は消えず、家にぶつかりそうになり強制的に消す。その間に妖怪が近づいてきた。

「くそっ!」

 空を飛んで躱すがこの妖怪も飛べるようでしつこく追い回して来る。

(どうする?)

 下手に弾幕を張れば周りに被害が及ぶ。このまま慧音が来るまで逃げ続けなければいけないのだろうか。

(いや、駄目だ!)

 戦う事を決心する。理由はこんな恥ずかしい衣装を纏いながら逃げるなんて嫌だからだ。方向転換。

「!?」

 妖怪は俺が向かって来るとは思っていなかったらしく驚いていた。そして、俺は妖怪の腕を掴み、ホールド。逃げられないようにする。

「これでも食らえ!!!」

 思いっきり頭を引き、勢いよく妖怪の脳天に振り降ろす。

 

 

 

 ――そう、頭突きだ。

 

 

 

 妖怪は白目を向いて気絶。こちらにも衝撃と痛みが襲うと思ったが不思議な事に何もなかった。慧音は相当、石頭らしい。

「……ふぅ~」

 これで一安心だ。その時――

「がっ……」

 背中に激痛が走る。痛みで集中力が切れ、頭から落ちる。

(な、なんだ?)

 訳が分からない。一体、何が起きたのだろう?

「!!!」

 わかった。妖怪だ。俺の目に映る妖怪は口の周りにべっとりと血を付けて笑っていた。もう一匹いたのだ。

「くそ……」

 どうやら、腰を深く抉られたようだ。痛みと出血で目の前が霞む。

(まずい……)

 内心では焦っているが体が言う事を聞かない。そこで次の曲に変わる。

 

 

 

 ~月まで届け、不死の煙~

 

 

 

 服が光り、下は赤いもんぺにサスペンダーが付いているズボンに上は白いシャツ。髪には白っぽいリボンが付いている。

「?」

 変身した途端、背中の痛みが消えた。

「いって!?」

 そこで地面に叩き付けられる。衝撃も痛みも強かったがすぐになくなる。

「?」

 訳が分からない。背中に触れてみても血が出ていないし傷そのものもなくなっている。

「なんなんだ?」

 声に出してみるが答えは帰って来ない。

「がるる……」

 上から俺の腰を食った妖怪が降りてくる。

「……やるしかねーな」

 周りを見ると何匹もいる。俺が倒した妖怪と同じように犬のような姿をしていた。

(群れ?)

 どうやらこの妖怪たちは群れで行動しているらしい。そこまで考えていると1匹の妖怪がこちらに向かって来る。

「くそっ!?」

 反射的に右ストレートを放つ。

「なっ!?」「!!!」

 俺も妖怪も驚く。何故なら――

 

 

 

 俺の右手が炎を纏っているからだ。

 

 

 

「キャウン……」

 右手はそのまま妖怪の頬を殴り、吹っ飛ばす。吹き飛ばされた妖怪はそのままぐったりと横たわった。どうやら気絶したようだ。

「……」

 俺は右手を見つめる。確かに炎。でも、熱くないし火傷もしていないようだ。

(このコスプレの能力か?)

 傷が治ったのもこの炎もきっと、このコスプレの能力だと思うが確信はない。周りの妖怪が吠え始める。仲間が倒された事に興奮しているのだろう。

「来いよ。妖怪共」

 俺の言葉を聞いた妖怪たちが一気に突っ込んでくる。幸い、ここは人里の端っこ。誰も住民はいない。

「らっしゃ!!!」

 体から炎を噴出し、駆け出す。このコスプレは体全体から炎を出す事が出来るようだ。炎を飛ばす。妖怪は一度、足を止める。その隙に炎で作った翼で飛ぶ。

「食らえ!」

 手から炎の塊を数発、放った。炎の塊は的確に妖怪にヒットする。

「くっ!?」

 だが、数が多すぎる。俺は背後に回った妖怪に蹴飛ばされた。その先にはまた妖怪。

「くそっ!?」

 瞬時に足から炎を放出し、勢いを殺す。

「「がうっ!」」

 目の前にいた妖怪と先ほど俺を蹴飛ばした妖怪が前後から突っ込んでくる。

「させるかよ!」

 空中で両腕を大きく広げ、手のひらを2匹の妖怪に向け、炎を放出した。炎は妖怪に直撃し吹き飛ばす。その間に3匹の妖怪が襲って来た。

(きりがねー!)

「ふんっ!?」

 今度は全方向に炎を飛ばす。こうしなければ対処出来ないのだ。妖怪たちを吹き飛ばし着地。その時、曲が終わり、次の曲が再生される。

 

 

 

 ~ティアオイエツォン(withered leaf)~

 

 

 

 今度は赤いワンピースに緑の帽子。そして2本に枝分かれした尻尾と猫耳が現れた。

(これって橙?)

 マヨヒガにいたあの猫だ。正直言って心配。

「がうっ!?」

 それでも妖怪は待ってくれない。吠えながら突っ込んでくる。

「どうにでもなれ!」

 姿勢を低くし妖怪に向かって一気に跳躍する。

「「!?」」

 気付いた時には妖怪の横にいた。

 予想外に早くて俺も妖怪も吃驚する。子供を助けた時のコスプレよりは遅いが十分だ。

(行ける!)

 空中で方向転換し妖怪の腹に蹴りを入れ、近くにいた2~3匹の妖怪もろとも吹き飛ばす。

「次!」

 地面に着地した瞬間に走り出す。妖怪たちは戸惑っているようだ。普通の人間が変身し自分たちを圧倒している事に。

 こちらからしたらチャンスだ。

 目の前にいた妖怪を右手の爪で引っ掻き、右にいた妖怪を引っ掻いた反動を利用し左手で裏拳を放つ。

 一度、着地。それから左にいた妖怪の顎に左アッパー。そのまま体ごと後ろに回転、後ろにいた妖怪の脳天に逆さの状態で蹴りを入れた。そう、サマーソルトキックだ。

≪!!?≫

 妖怪たちは驚いていた。俺の戦い方が変わり過ぎているからだ。

(このまま一気に方を付ける!)

 俺は姿勢を低くし足に力を込めた。

 



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第11話 妖怪の特性

 姿勢を低くし妖怪たちに突っ込もうとした矢先、曲が終わってしまう。

(早すぎるだろっ!?)

 橙の曲は短かったらしい。すぐに次の曲が再生された。

 

 

 

 ~広有射怪鳥事 ~ Till When? ~

 

 

 

 服が輝き、今度は緑のワンピース。腰と背中に1本ずつ鞘を装備。頭には黒いリボンが飾られていた。近くに白い幽霊みたいなのが浮いている。

「これって……剣?」

 鞘は片方が長く、片方が短い。

「――ッ!」

 妖怪たちは目を見開く。そりゃそうだろう。変身したあげく剣まで持っているのだ。

(斬るつもりはないけど……)

 素人がこんな危ない物を振り回したら自分にも危害が及んでしまう。

「ばうっ!?」

 一匹の妖怪が突っ込んできた。殺れる前に殺やると言った感じか。

「くっ!?」

 剣を2本、所持しているから動きにくい。すぐに追いつかれてしまった。

(くそったれ!)

 何の考えもなしに腰の剣を鞘から抜き、横に振った。わかる人にはわかるだろう。居合いだ。

「――ッ?!」

 妖怪は無残にも真っ二つに斬られてしまった。俺の手によって。

「あ……」

 顔に返り血がべっとりと付着する。冷や汗が滝のように出た。

(俺が……やったのか?)

 目の前に佇む妖怪の亡骸。俺が持っている剣から血が垂れる。

「あ……ああ……」

 俺が殺ったのだ。自分を守るためとはいえ、自らの手でこの妖怪を殺めたのだ。

 手に力が入らず、剣を落としてしまう。

「っ!」

 チャンスと思ったのか妖怪が俺を目指して走り始める。

(に、逃げなきゃ……)

 頭ではわかっているはずだが、足が動かない。

 一匹の妖怪が大きく口を開ける。このままでは噛み殺されてしまう。先ほどとは別の汗が流れた。

「危ない!!!」

 その時、上から大声が聞こえ炎の弾が目の前の妖怪を吹き飛ばす。風圧でイヤホンが抜けてしまい、部屋着である半そで、短パンに戻った。

「大丈夫か!?」

 呆然としていると上から一人の少女が降りて来て、放心状態の俺の肩を揺さぶる。

「あ、ああ……」

「ったく……妖怪が攻めて来たら家の中に入ってなきゃダメだろ!」

(この服は……)

 下は赤いもんぺにサスペンダーが付いているズボンに上は白いシャツ。髪には白っぽいリボンが付いている。そう、さっきのコスプレだ。

「ん?」

 少女が辺りを見渡し、目を細める。目線の先には俺が倒した妖怪たちがいた。

「お前の他に誰かいたのか?」

「いや……いないけど」

「むぅ? じゃあ、誰が……? まぁ、いいか」

 自己解決したらしい少女はこちらに向き直る。

「ここは私が何とかするから早く逃げろ」

「え?」

「だから早く逃げろって!」

 叫んで俺に背を向ける。

(逃げろ?)

 嫌だと思った。炎を出せるからって女の子に戦わせたくない。戦わせるのだったら俺も一緒に戦いたい。そう思った。そう思っているのだがさっきの事で体が言う事を聞かない。

「来い! 妖怪!」

 少女が両手に炎を灯し、挑発する。妖怪たちは一瞬、戸惑っていたが一斉に少女に向かって走り出す。

「へっ! それじゃあ、私には勝てないよ!」

 そう言って少女は背中から炎の翼を出し、飛翔する。

「これでも食らえっ!!!」

 少女の手から大きな炎の弾を噴出し妖怪たちを燃やす。

(す、スゲー)

 何も出来ずにただ目の前に景色を見ていた俺の前で妖怪は黒こげになって地面に倒れた。

「ふぅ~」

 少女がため息を吐きながら降りて来る。

「まだいたのか? 逃げろって言ったのに」

 呆れた顔で少女が呟く。しかし、俺は何も答えない。少女の後ろでとんでもない事が起きているからだ。

 

 

 

 バリ……バリバリ……

 

 

 

 倒れている妖怪たちの背中が割れているのだ。そして、生き残った妖怪が牙を使って皮を剥いでいる。

(なんだ? あれ?)

 例えるなら脱皮か。

(脱皮?)

「まずい!!!」

 急いでイヤホンを装着する。

「お、おい!? どうした?」

「後ろだ! バカッ!?」

 急に俺が行動を起こし始めたので少女が慌てていた。忠告するがその時には妖怪たちが抜け殻から飛び出し少女に襲いかかる。

「なっ!?」

 少女も気付いたがすでに遅かった。もう妖怪がそこまで来ているのだ。

(間に合え!)

 PSPを操作し音楽を再生した。

 

 

 

 ~春色小径 ~ Colorful Path ~

 

 

 

 服が輝き、霊夢の巫女服になった。本能的に懐からスペルカードを取り出す。

「夢符『封魔陣』!」

 俺の体から放出された衝撃波によって妖怪たちが吹き飛ばされた。だが、まだ向かって来る。

(もう1枚!)

「霊符『夢想封印』!!!」

 今度は八つの弾が出現し的確に妖怪にヒットした。追跡弾らしい。

「……」

 少女は信じられない物を見るかのように俺を見ていた。

「あ……体が」

 気付いた時には自由に動けるようになっている。

「お、お前! 今、何をした?」

 少女が詰め寄ってくる。

「普通にスペルを使っただけだけど……」

「そのスペルは霊夢のじゃないか! しかも、服装まで……一体、どうなってるんだ!?」

(俺だって知りたいよ)

「そう言う能力らしいぞ?」

 そう言いつつスぺルカードを取り出す。

「え?」

 少女が俺の行動を見て首を傾げる。

「霊符『夢想封印 散』!」

「キャウンっ!?」

 少女の後ろに迫っていた妖怪たちを弾が薙ぎ払った。

「今はこっちが優先だろ?」

「……それもそうだな」

 少女が俺に背を向ける。それと同時に俺も少女に背を向けた。

「藤原妹紅」

「え?」

「私の名前だ。お前は?」

「……音無響」

「そうか、よろしく。響」

「おう」

 妹紅は俺の背中を、俺は妹紅の背中を守る。

(この方が落ち着いて戦えるな)

 妹紅は強い。戦いを見ていてわかった。俺も足手まといにならないように気を付けなければならない。

「この妖怪たちの特性がわかった」

 妖怪が攻めて来ない事を確認し口にする。

「特性?」

「ああ、あいつらは倒されれば倒されるほど強くなる」

 さっき俺が真っ二つにした妖怪も復活している。それに妹紅に突進した妖怪たちはぐっとスピードが上っていたのだ。

「じゃあ、どうすれば……」

「復活しない方法がある……多分」

「どういう事だ?」

「復活するには他の妖怪が手伝わないといけないらしい。だから一度の攻撃で全ての妖怪を倒すしかない」

 ここまで話して妖怪が突っ込んできた。こちらの曲も終わり、次が再生される。

 

 

 

 ~東方妖々夢 ~ Ancient Temple ~

 

 

 

 緑のワンピース。腰と背中に一本ずつ鞘が差してあり、頭には黒いリボン。近くに白い幽霊がいる。

(またこれか!)

 倒しても復活するとわかっていても剣で攻撃する気になれない。仕方なく剣を抜かずに鞘に入ったままの状態で妖怪を殴る。

「厳しいな……」

 妹紅も炎を飛ばし妖怪を寄せ付けない。

「てか、普通に無理」

「全く、諦めるのが早すぎるだろ? あ、また服が変わった」

「こういう能力なんでね。もっと人がいれば何とかなるんだけど……」

「……よし!」

 妹紅は数秒間考えた後、右手の平を上に向けた。

(は?)

「いっけ!」

 するとどでかい炎の柱が飛び出す。

「うわっ!?」

 吃驚して声を上げてしまった。白い幽霊もビクッと震える。

「これでよし」

「何したんだよ」

 妖怪を殴りながら聞く。

「まぁ、見てなって」

「……」

 意味が分からず、肩を竦めると幽霊も動く。

(……)

 試しに幽霊に『前に行け』と命令してみた。

「おお!」

 すると幽霊は指示通り、前に進み妖怪にぶつかる。俺にも少し衝撃が来た。

(このコスプレか……)

 幽霊は俺の意のままに操れて、幽霊と神経が少しだけ繋がっているようだ。

(これなら……)

 ある事を思いつき、口元が緩んでしまった。

 



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第12話 助っ人

「はぁ……はぁ……」

 鞘を地面に突き刺して何とか倒れないようにしている俺。

「もう疲れたのか?」

 あれから5分。まだまだ妹紅は大丈夫なようだ。

「色々あるんだよ」

 PSPの画面を見るとこの曲は後1分半。この曲は音質が良いのを選んでいると長い動画しかなかったのだ。

「ん? あの半霊はどこ行った?」

 妹紅が俺の近くに白い幽霊がいない事に気付く。

「ああ、少しお使いを頼んでる」

 俺の疲労はその半霊のせいでもある。コントロールが難しく精神的に参っているのだ。

「倒れるなよ」

「わかってるって!」

 半分叫んで返事をすると、とうとう曲が終わった。

 

 

 

 ~フラワリングナイト~

 

 

 

 服が輝き、メイド服になる。

(ミスティアに会う前になった服だな)

 だが、あの時は戦っておらず、どういう能力があるかわからない。

(武器は……ナイフ?)

 スカートの中からたくさんナイフが出てきた。どこに入っていたのかと思うぐらいに。

「来たぞ!」

「え?」

 妹紅の言う通り、妖怪が一斉に襲い掛かって来た。

「くそっ!」

 脅かすためにナイフを投擲する。すると百発百中で妖怪の額に刺さった。

「へ?」

「無闇に殺すなって……更に強くなるだろ」

「わざとじゃねーよ!」

 体が勝手に動いたと言っても過言ではない。

「……に、しても本当に強くなったな」

 俺の言葉を無視して妹紅が言う。

「ああ。正直言ってきつい」

 見ていると妹紅の炎でも一発じゃ倒れなくなっていた。それにさっき殺した妖怪たちも復活している。

(このままじゃ……)

 妖怪たちは強くなり、俺たちは疲労で動けなくなる。バッドエンドだ。

「どうするよ?」

 悩んだ末、妹紅に相談する。

「どうするもこうするもないだろ」

 妹紅もどうすればいいかわからないようだ。

「とにかく耐えるしかないな」

「ああ、耐えるしかない」

 お互いの意見が合った所で妖怪たちがまた襲い掛かって来た。

(ああ……何かイライラする)

 そのせいだろう。

「「死にさらせやああああ!!!」」

 俺と妹紅は叫んでいた。いつまでも終わらない戦いにまいっているのだ。妹紅も同じらしく今までで一番でかい炎を出している。対する俺はありったけのナイフを投げて妖怪たちを串刺しにしていた。

「「あ……」」

 気付いた時には妖怪たちが復活し、更に強くなっていた。

「ああ! また強くなった! どうすんだよ!?」

「お前だってたくさん殺したじゃないか!!!」

 戦闘中にも関わらず妹紅と睨み合う。

「「――ッ!」」

 その隙を突かれた。突然、妖怪が足元の地面から飛び出したのだ。

 不意を突かれた俺は腹にタックルをもらう。

「ぐふっ……」

 ガードも出来ずに吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。一瞬、意識を手放しかけるが何とか持ちこたえる。

(も、妹紅は……)

 痛む体に鞭を打って何とか立ち上がった。

「っ!?」

 俺は信じられない光景を目の当たりにした。そのせいで体が硬直する。

「だ、大丈夫か!? 響!」

 心配そうに声をかけてくる妹紅。

「い、いや……お前の方こそ……」

「え? 私は大丈夫だ。くっ……さすがに大丈夫じゃないわ」

「バカ野郎!? 致命傷じゃねーか!!!」

 俺が大声を上げるのも仕方ない。

 

 

 

 妹紅の腰半分が食い千切られていたのだから。

 

 

 

「これぐらい日常茶飯事だって……」

 口ではこうだが顔は青ざめ、表情は苦しそうだ。

「早く止血しないと!」

 見渡すが傷口を押さえられるような物はなかった。このままでは死んでしまう。

「落ち着けって……ほら、始まった」

(始まった?)

 妹紅に手招きされて近づいてみると傷口が塞がっていく。

(これってあの時と……)

 俺も妹紅のコスプレをしている時に傷口が塞がった。

「ど、どうなって……」

「後で説明してやるよっと!」

 妹紅が迫ってきた妖怪を炎で吹き飛ばす。驚きすぎて気付きもしなかった。

「さて……そろそろか」

 完全に傷が塞がった妹紅は立ち上がりつつ、呟いた。

「そろそろって?」

「来た!」

 

 

 

「妹紅!!! 大丈夫か!!!」

 

 

 

 空の上から大声が聞こえた。そちらの方を見ると見覚えのあるシルエットが浮いていた。

「け、慧音!?」

 予想外の人物の登場に驚愕する。その瞬間に曲が終わり、次が再生。

 

 

 

 ~おてんば恋娘~

 

 

 

 服は青いスカートで頭には緑のリボンが飾られている。それに背中には結晶の羽があった。

「ど、どうしてここに!?」

 体の変化より慧音の方が優先。上空にいる彼女に向かって叫んだ。

「む?」

 どうやら、向こうも俺に気付いたらしい。目を細めてゆっくり降下して来る。

 妖怪たちは慧音の登場に戸惑い、攻撃して来る気配がない。

「すごいだろ?」

 慧音が降りてくる間に妹紅が笑いかけて来た。

「そうだ! どうやって慧音を?」

「あの時の火柱だよ。あれが緊急時のサインなんだ」

「な、なるほど……」

 種明かしも終わった所で慧音が着陸した。

「……チルノじゃない? でも、恰好は同じだな」

 その途端に顎に手を当てながら俺の姿を凝視する。

「え、えっと……慧音? もしかして俺の事、わかってない?」

「え? 会った事があったか? すまない。覚えていないようだ」

 能力のおかげで服装が変わっているから俺だと気付いてないらしい。

「……音無 響だよ」

 仕方なく名乗る。

「……何を言っているんだ? 響は今、私の家にいるはずだし、そんな恰好していない」

「だから――」

「来るぞ!!」

 妹紅の声で妖怪の方を見ると2匹、突っ込んで来ている。

「慧音、避けろ! 凍符『パーフェクトフリーズ』!」

 即座にスペルカードを取り出し、宣言した。慧音は目を見開いて離れて行く。その間に体から大量の弾幕をばら撒き、妖怪たちに突進する。

 だが、直線的な弾幕なので妖怪たちは軽々と躱した。

「くっ……」

 悔しくて奥歯を噛んだその時、動いていた弾が全て止まった。

「――ッ!?」

 走っていた妖怪たちは急ブレーキをかけたが自ら弾に衝突し、凍ってしまった。

「おお! 上手いぞ、響! これで復活出来ない!」

 妹紅に褒められたがそれどころではなかった。

「何がどうなって……」

「お前が発動したスペルだろ? どうしてそんなに驚いているんだ?」

「い、いや……この姿になるのは初めてだったからどんな技かわからないんだよ」

 俺の発言を聞いた妹紅は呆れた目を俺に向けた。

「ん? 妹紅。今、『響』と言わなかったか?」

「そうだけど? なぁ、響?」

「あ、ああ……」

「じゃ、じゃあ……本当に響なのか?」

「そうだってば……」

 慧音が信じられない物を見たような顔をしている。

「そんな事より――」

 その後は言葉ではなく指を指して示した。せっかく凍らせた妖怪を他の妖怪が氷を噛み砕いている。復活するのも時間の問題だ。

「まぁ、そうだな。あれから処理しよう」

「……後で説明してもらう」

「了解!」

 

 

 

 ~人形裁判 ~ 人の形弄びし少女~

 

 

 

 曲が変わり、アリスの姿になる。

「行け!」

 すぐさま人形を操り、噛み砕いている妖怪を追い払う。

「妹紅! 妖怪について教えてくれ!」

「おう! 響、頼んだ!」

「頼まれた!」

 アリスのスペルは広範囲に広がる弾幕が多かったはずだ。ここで使ってしまったら人里の方にも流れ弾が飛んで行くかもしれない。

(ならば――)

 人形をスカートの中から召喚し、妖怪たちを襲う。

「きっつ……」

 アリスとの戦闘では2体しか操っていなかったが今は100を超える人形だ。集中しなければいけない。

 だからだろう――。

 

 

 

「バウッ!?」

 

 

 

 後ろから近づく妖怪に気付けなかった。

「しまっ――」

 妹紅たちも気付き、こちらに向かっているが間に合わない。人形も同様だ。

(くそっ!?)

 口の中で悪態をついた。妖怪が口を大きく開ける。背筋にゾクリと悪寒が走った。

 

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

 

 真上で聞いた事のある声が響き、8つの弾が妖怪を吹き飛ばした。

「全く、どんな呼び出し方してるのよ。吃驚したじゃない」

 思わず、ニヤケてしまった。

「仕方ないだろ? あれしか方法はなかったんだからよ」

 上に目を向けずに会話する。

「……まぁ、いいわ。妖怪退治は博麗の巫女の仕事だもの」

 俺の隣に降り立った助っ人――霊夢が数枚のお札を構えながら呟いた。

 



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第13話 逆転の一手

おかげさまで感想、評価をいただきました!
まだ感想を書いていない人でもすでに書いた人も何度でも感想を書いてくれたら嬉しいです。

これからもよろしくお願いします!


「れ、霊夢!?」

 後ろで妹紅の叫び声が聞こえた。

「あら? 貴女たちもいたの?」

「いたぞ。それにしてもどうやって妖怪の事を?」

 慧音から質問されて霊夢の代わりに俺が答えた。

「半霊だよ。白い幽霊を博麗神社まで飛ばしたんだ」

「なっ!? あの戦いの中でか!?」

「ああ。でも、伝わるかどうかわからなかったから不安だったのは確かだ」

 曲が終わるまでに半霊が博麗神社に着くかどうかも心配だったし、着いたとしても霊夢は無視するかもしれない。本当に運がよかった。

「博麗の巫女は勘がいいのよ。状況は?」

「倒したら復活する妖怪。復活する度に強くなる。復活するのに仲間の助けが必要」

「一網打尽にするしかないって事ね」

 黙って頷いて答える。因みにこの会話中、俺は人形を使って妖怪を薙ぎ払い、妖怪に襲われそうになった人形を霊夢が結界とお札を使って守っていた。

「……なぁ? 慧音?」

「なんだ?」

「コンビネーション良すぎじゃないか? あの2人」

「私も思っていた所だ」

 後ろでこそこそと内緒話をしている妹紅と慧音。内容までは聞こえないがこちらをちらちらと見ている。

「で? 具体的な方法は?」

「まだだ。考えながら戦ってる」

「……駄目ね。私も思いつかないわ」

 少し考えてから霊夢は首を横に振る。

「じゃあ、どうすれば……」

 

 

 

 ~ネクロファンタジア~

 

 

 

 そばにいた人形は消えて紫の姿に変身する。

「げっ!? 紫かよ!」

 紫は俺を幻想郷に閉じ込めた張本人だ。苦手意識は多少ある。

「……」

「? どうした?」

「それよ……スキマを使えばいいのよ!」

 一度に何十枚ものお札を投擲しながら霊夢が俺に微笑みかけた。少しドキッとしてしまう。

「す、スキマって……紫が使ってるあの空間の裂け目の事か?」

「ええ」

 霊夢は頷いてその先を続けようとするがそれを妖怪が邪魔した。牙が霊夢の首を狙う。

「妹紅!」

「わかってるって!」

 俺は叫ぶと後ろから炎の弾が妖怪目掛けて飛び、炸裂する。

「使い方は!? わかるの!?」

 少し離れてしまい、霊夢が大声で確認してきた。

「わからない! 少し時間をくれ!」

 紫の能力は見るからに難しそうだ。出来るかどうかもわからない。

(時間は――4分か……)

 PSPの画面を盗み見て時間を確かめる。

「妹紅! 霊夢! 私たちで響を守るぞ!」

「おう!」「わかったわ!」

 慧音の指示通り俺の周りを囲むような陣形を取る3人。それを見てから集中するために目を閉じる。この力が俺たちの勝利を掴む事を願いながら――。

 

 

 

 

 

 3分後――。

「「「はぁ……はぁ……」」」

 霊夢、慧音、妹紅の3人は肩で息をしていた。

「本当に……強くなっているわね」

「ああ、もう私の炎を弾き飛ばすほどにな」

「弾幕も効かないしどんどん速くなっている……私たちの体力も尽き掛けている。それにスペルも消費し尽くした」

(響は……響はまだなの?)

 霊夢はチラッと後ろで目を閉じている響を見た。

「霊夢!? 危ない!?」

「え?」

 妹紅の叫びを聞いて前を見たがもう妖怪が目の前まで来ている。鋭い歯がギラリと光る。

「しまっ――」

 今からではお札を投げる前に噛み殺される。スペルを使いたいがもうない。万事休す。突然すぎて目すら閉じられなかった。スローモーションで妖怪が近づいて来る。

「――え?」

 しかし、霊夢は噛み殺される事はなかった。目の前にどこかで見た事がある空間の裂け目が現れ、妖怪を飲み込んだのだ。

「これって……」

「すまん。霊夢、妹紅、慧音。遅くなった」

 後ろを振り返ると扇子を片手にニヤリと笑う響の姿があった。

「本当に遅いわね」

「せっかく助けたのにお礼はないのかよ……」

 呆れた様子で響が呟く。

「……ありがと」

 少し恥ずかしくて明後日の方向を向いてお礼を言う霊夢。

「はい、よくできました」

 まるで、兄が妹を褒めるように響は霊夢の頭に手をポンポンと乗せた。

「で? 出来そう?」

「ああ……でも、お前らのスペルがないのがきついな。スキマを展開してる時、俺スペル使えないし」

「……きついって言うのなら何かはあるのね?」

「そう言うこった……まぁ、賭けって奴だよ」

「本当に大丈夫なのか?」

 霊夢と響との会話を聞いていた慧音が心配そうに聞いて来る。妹紅は妖怪を近づけさせないように炎を乱射していて会話に参加するどころではない。

「これしかないんだ。やるしかない」

 そう言うと響は2人の返事も待たずに扇子を広げた。

 

 

 

 

 

(残り時間は20秒)

 頭の中で確認した後、妹紅のおかげで遠くの方にいる妖怪たちの方を見る。

「行くぞ!!」

 気合を入れる為に怒鳴り、扇子を閉じ、横に振るう。

「バウッ!?」

 妖怪の足元にスキマが展開され、落ちた。その後も続々と落ちる妖怪たち。

「妖怪たちの行き先は!?」

 霊夢が慌てたように聞いて来る。

「それは――」

 ――残り10秒

 

 

 

 

「上だ!!」

 

 

 

 

 

 俺たちの遥か真上に放り出された妖怪たちは態勢を立て直せずに落ちて来ている。

(後、5秒!)

「お、おい!? これからどうすんだよ!」

 妹紅が慌てているが無視する。余裕がないのだ。一方、妖怪たちはやっとバランスを取り戻し、こちらを凝視している。

(チャンスは一度きり。運が良かったら俺の勝ち。運が悪かったら妖怪たちの勝ちだ!)心の中で言うとこの戦いを締めくくる最後の変身を迎える。

 

 

 

 ~霊知の太陽信仰 ~ Nuclear Fusion ~

 

 

 

 体が光り輝き、白いシャツの胸の所には赤い大きな目のような装飾があり、下は緑のスカート。頭にも緑色のリボン。背中からは今までで一番大きな黒い翼。そして――。

「な、何だ!? この棒!?」

 右手に棒状の何かが装着されている。重くて支えきれず地面に叩き付けてしまった。

「響! 妖怪がバラバラに移動するわ!」

 霊夢に言われ、上を見ると妖怪たちはいくつかのグループに分かれて移動しようとしていた。

「どうにでもなれ!!」

 制御棒を真上に向けて懐から1枚のスペルカードを取りだす。

 

 

 

「爆符『メガフレア』ああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 俺の大声に反応して制御棒にエネルギーが凝縮され、辺り一面に爆風を撒き散らしながら『ファイナルスパーク』と同等の威力を持ったレーザーが撃ち出される。そして、一か所にいた妖怪たちを飲み込んだ。一匹残らずに――。

「れ、霊夢、結界を! これでは人里にも影響が!」

「もうやってるわよ!?」

「私も炎で爆風を抑える!」

「余計、暑くなるだろう!!」

 後ろで霊夢たちが慌てているのがわかったが俺もこの威力は予想外だった。威力がすごすぎて右腕の骨が軋み始める。下手したら折れるかもしれない。

「くっ!?」

 右手だけでは支えきれず、左手で棒を安定させる。人里が心配だ。この爆風に煽られ、家が大破する可能性もある。それに熱気がすごいのだ。このままでは人里が灼熱地獄になってしまう。

 心配しているとレーザーは小さくなり、妖怪たちが落ちて来た。あの攻撃を受けても焼失しなかった事に驚く。因みに腕は折れていなかった。

「ひ、人里は!?」

 急いで振り返って確認すると汗だくで地面に座り込んでいる3人と俺が来た時と何も変わっていない風景がそこにあった。

「よ、よかった……」

 安心した途端、力が抜けて俺もその場に座ってしまう。

「ほ、本当よ……もう少しで人里が灰になる所だったじゃない!!」

 そこへ文句を言いに霊夢がやって来る。

「す、すまん、まさかあれほどの威力とは……」

 これからは知らないコスプレをした時、慎重にスペルを使う事を心に誓った。

「まぁ、いいわ。何事もなかったのだから」

 呆れ半分安心半分でそう言い、手を差し伸べて来る。

「さんきゅ」

 反抗せずに手を掴んで立ち上がった。

 

 

 

 ピシッ!

 

 

 

 その瞬間、後ろからガラスが割れたような音が聞こえる。

「嘘!? まだ復活するの!?」

 霊夢が焦ってお札を取り出したがそれを手で制止させる。

「安心しろ。あいつらは仲間がいないと復活出来ない」

 それを証明するように背中に皹は入っているがそれから何も起こらなかった。

「終わったのね?」

「ああ、そう……だ」

 肯定する為に頷こうとしたが急に目の前が歪んだ。まともに立っていられず霊夢に寄りかかってしまう。

「ッ!?」

 霊夢の体がビクッと震えた。それほど驚いたのだろう。その拍子に霊夢の体が移動し俺を支える物がなくなり、地面に倒れてしまった。

「きょ、響!?」

「悪い……寝る」

 あの時と一緒だ。『ファイナルスパーク』を放った時と。俺の異変に気付いた慧音と妹紅も駆け寄って来る。霊夢の顔がひどく歪んだ。眩暈のせいではない。

「寝るって!? どういう事!? 返事して!! 響!!」

(そんな顔して……心配してくれるのか?)

 神社の時とは全く違う。霊夢は俺の体を起こして揺すっている。

(なんだか……懐かしい匂いがする……でも、どうして?)

 疑問に思いながらも霊夢の叫びも空しくゆっくりと目を閉じた。

 



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第14話 契約

「元気かしら?」

「うるさい。スキマババアが」

 不思議な浮遊感の中、目の前にあの忌まわしきスキマ妖怪が現れた。しかも、スキマに腰掛けた状態だ。腹が立つ。

「今、なんて?」

 ババアと聞いた途端、紫の目が据わる。

「な、何でもない……で? 何の用だ?」

「何よ~その言いぐさ。折角、夢の中に遊びに来たのに~」

「はぁ? 夢?」

 言われて周りを見渡した。本当に何もなかった。人もいなければ建物もない。地面すらない。夢と言われて納得がいく。

「ふふふ。驚いた?」

「ああ……で? 何の用だ?」

「変わらないのね……私は貴方を勧誘しに来たのよ」

「会社にか?」

「ええ、やっぱり入社させたいのよ」

「そうか……でも、残念だったな」

 妖怪たちと戦った時、俺は紫のコスプレをした。そして、気付いたのだ。自分の力で帰れる方法を――。

「私の力を使って幻想郷から脱出する。それが貴方の作戦でしょ?」

「っ!?」

 だが、紫にズバリと言い当てられた。

「それこそ残念ね。そのPSPは境界を弄られて1曲、終わる毎にリセットされる。つまり、同じ曲が連続で再生される可能性もあるってわけ。さて、何曲ぐらい入っていたかしら?」

 普通ならシャッフルにしていても1周しないと同じ曲は再生される事はない。しかし、このPSPはそういった履歴が毎回、消される。紫はそう、言いたいのだ。

「いつになったら再生されるかしらね~。私の曲」

「くっ……」

 例えば、ここに10本の箸があり、1本だけに赤い印を入れる。この箸をシャッフルしそれを一人ずつ引いて行く。最初は10本の中で1本しかない当たりでも引いて行く内にはずれの箸が少なくなり、確率が上って行く。

 でも、俺のPSPは違う。人が引いた後に新たにはずれの箸を追加して行くのだ。これでは確率は一生、上がらない。しかも、俺のPSPに入っている曲は150以上――。

「それでも! いつか再生される時が来るはずだ!」

 そう、どんなに確率が低いクジでもいつかは当たる時が来る。それを待っていられる自信がある。

 

 

 

「確かにそうね。でも、誰かがインチキをしていなかったら……ね?」

 

 

 

「え?」

 紫の発言の意味が分からず、硬直してしまった。

「それを私がさせるはずないでしょうに。貴方が私の力を使うのなら私だって自分の力を使って阻止するわ」

「な、何だって……」

「どうしようかしら……私の曲が再生された瞬間に別の曲に切り替える? それともイヤホンのコードを切る? もう一度、PSPの境界を弄ってバッテリー切れを起こす? それとも――貴方のPSPから私の曲を消す?」

 扇子で口元を隠して紫が言った。

「――ッ!?」

 背中に冷や汗が流れる。やっと見えた希望の光がゆっくりと消えていく。

「……それほどこの幻想郷から出たいの?」

 俺の様子を見て少し寂しそうに聞いて来る紫。

「……ああ」

「幻想郷が嫌い?」

「いや、そうじゃない。ここにいたらコスプレしなきゃいけない。でも――」

 ここに来てから一番、気になっていた事。一番、心配だった事。

 

 

 

「外には……家族がいるから」

 

 

 

「本当にあの家族の元に帰りたいの?」

「ああ」

「血が繋がっていないのに?」

「……そうだ」

「なら、なおさら私の会社に入りなさい」

「だから!! 帰りたいって言ってんだよ!!」

 会社に入ってしまえばもう帰られないはずだ。だから俺は拒んできたのだ。

「何言ってるのよ。帰すわよ?」

 呆れたように紫。

「……は?」

「貴方が会社に入ったら“外界担当”にするつもりなのよ」

「外界ってまさか……」

「ええ、貴方は外の世界と幻想郷を行き来、出来る数少ない人間になるの」

(外の世界と幻想郷を行き来……?)

「い、いつから? そう考えていた?」

「最初からそのつもりだったわよ」

「じゃ、じゃあ俺はもっと早く――」

「帰れたわね」

 その場で脱力。紫の会社に入っていればコスプレを霊夢や魔理沙、アリスなど幻想郷の住人に見せびらかす事もなかったしあんな妖怪と戦わなくてもよかったのだ。

「マジかよ……」

「ふふふ。とても面白かったわよ? 響ちゃん」

「っ!? ちゃん付けすんじゃねえええええええええ!!」

 聞いた刹那、鳥肌が立った。それほど嫌なのだ。

「はいはい。わかった。でも、あの子にはちゃんとお礼を言うのよ?」

「あ、あの子?」

「目が覚めればわかるわ。じゃあ、貴方が元気になったらまた来るわ」

 そう言いながらスキマに足を入れ始めた。

「お、おい!? 仕事とかについては!?」

「それは後日。今日は契約しに来たのよ。それも今、成功したし私の用事はもう終わったの。帰って寝なくちゃ」

(寝るんかい)

「最後だ! 何で俺な――」

 しかし、質問する前に紫がスキマに完全に飲み込まれ、俺の意識もなくなってしまった。

 

 

 

 ――ねぇ? 大人になったら結婚してくれる?

 ――結婚って何?

 ――知らないの?

 ――うん

 ――やっぱり、こういうの興味ないんだ

 ――ねぇ! 結婚って何?

 ――結婚はね~好きな人と一生、一緒に暮らす事だよ!

 ――へ~! じゃあ、***ちゃんと結婚する!

 ――ッ!? ほ、本当!?

 ――うん! 好きだもん!

 ――大好きだよ!! ***ちゃん

 ――これからも一生、一緒だよ!

 ――うん!

 

 

 

「……」

 ゆっくりと意識が浮上して来て目を開けた。

(何なんだろう……今の)

 紫と契約を結んだのはよく覚えている。だが、今見ていた夢については霞んでいた。

「くっ!?」

 体を起こそうとして動いた瞬間、鋭い痛みが走る。仕方ないので首を動かして周りを観察した。

「……寺子屋?」

 慧音と仕事の話をした場所と同じだった。そこに布団を敷いて俺が寝ている状況だ。暗いので夜らしい。

「ん?」

 ふと右側に重みを感じてそちらを見る。

「すぅ……すぅ……」

 そこに霊夢がいた。看病していてくれたのかその横に桶があった。霊夢はうつ伏せの状態で俺の体に寄りかかっていた。

(紫が言ってたのはこれか……)

「響……」

 起きたと思ったが寝言のようだ。すぐに寝息が聞こえて来る。

「……ありがとな。霊夢」

 体が動かせないのでもう一度、目を閉じる事にした。

(こっちに来てから色々、あったな……)

 コスプレ、弾幕、コスプレ、妖怪、コスプレ、戦闘、コスプレ――。

(あれ? ほとんどコスプレだ……)

 思い出した景色はコスプレした俺の姿。嫌になる。

「全部……PSPから始まったのか」

 悟に東方を教えられ、気に入り、曲を入れ、聞き、ここに来た。

(偶然なのか?)

「響?」

 考え事をしていると霊夢が目を覚ましたようだ。俺の顔を覗き込んで来た。

「おはよう」

「おはよう……って! 慧音! 妹紅! 響が目を覚ましたわよ!!」

 大慌てで部屋を出て行った霊夢に苦笑してしまう。

(お礼……言いそびれたな)

 そんな事を思いつつ、霊夢が帰って来るのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は気付いていなかった。外と幻想郷を行き来するのだからまたコスプレする事を――。

 人生が180度ひっくり返ってしまう事を――。

 そして、運命の歯車が回り始めたのを――。

 




これにて序章は終了です。
これから響さんには様々な困難が待ち受けています。

そして、各章が終わり次第、あとがきを書かせていただきます。そちらでは作中で語り切れなかった部分の解説などをしていきたいと思いますのでお暇でしたら読んで行ってくださいな。
件のあとがきですが、このお話が投稿されてから1時間後に投稿します。
明日からは第1章を投稿しますのでこれからもよろしくお願いします。


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序章 あとがき

こちらは序章のあとがきです。
まだ序章を読み終わっていない人はネタバレを多く含みますので避難してください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。ホッシーです。

まずはここまで『東方楽曲伝』を読んで下さりありがとうございます。あらすじにも書いていますが4年ほど前に書いたものですので文章が酷い酷い。読みながら自分でちょっと引いていました。

なら、書きかえればいいじゃん。と思う方もいるでしょう。個人の問題なのですが加筆をするのが好きではなく、当時の自分が書いたこと、考えたことを否定しているような気がするのです。

あ、別に加筆が嫌いと言うわけではないですよ。加筆すれば読みやすくなったり、伏線も張れるので。

因みに今のところ、私が書いたどの作品も加筆は一切、したことありません。投稿直後に読み直して書き変えるか、誤字を直すぐらいです。

以上のことから今後も加筆の方はしないと思いますのでご了承ください。もう少し進めばまだ読める文章になるのでそこまで我慢してください……。

 

 

 

 

 

さて、言い訳もこれぐらいにして『東方楽曲伝』の内容に触れて行きましょうか。

序章では響さんが幻想郷に迷い込んでしまい、コスプレして戦いましたね。

今後もコスプレはたくさん出て来るのでお楽しみに。

あ、それと後で出て来るのですが響さんの容姿もここで発表しちゃいます。まぁ、ほとんど出ていますが。

 

 

顏――クール系の美人。少しつりめ。

髪型――黒髪のポニーテール。

身長――167cm。

スタイル――すらっとしている。正直、そこら辺にいるモデルさんよりモデルさん。

 

 

はい、完全に女の子ですね。びっくりするぐらい女の子です。

実は、何故響さんが女の子のような容姿なのか……理由がございます。

その理由は――また後ほど作中でお話しできるかと。だいたい、第8章とかで出て来ますかね。因みに、今書いてるのは第8章です。

 

 

 

話は変わりますが、皆さんの中にも気になっている人がいると思います。

 

そう、響さんの能力名です。

 

幻想入りの主人公は幻想郷の住人のように『~~程度の能力』を持っていることが多々あります。もちろん、響さんもその一人です。

ですが、響さんの能力名はまだ出しません。いっちばん、最後に発表します。第8章でも出て来ていません。

その分、作中でいくつかヒントを出しますのでぜひ、皆さんも響さんの能力名を考えてみてください。感想やメッセージなどで『これじゃないですか?』と言ってくれれば合っているかどうかお教えします。

合っている場合はガチで困りますが……。

もし間違っていたらどう言った理由で違うのか解説もしますので気軽に考えてみてくださいね。

ヒントが出始めるのは第2章辺りからです。

 

 

 

あとがきで1000文字、突破しましたね。やはり、3回(pixiv、小説家になろう、ハーメルン)もあとがきを書けばサクサク書いちゃいますね。

えー、ここで注意事項です。

『東方楽曲伝』は幻想入りですが、何度も外の世界のお話しが出て来ます。もっと言えば『章まるごと外の話』なんてこともありますのでもしそれが嫌な方は今の内に避難してください。

 

 

そろそろ、あとがきを締めますが明日から始まる序章の予告でもします。

第1章では私が一番、好きなキャラがヒロインです。え、誰かって?

後のお楽しみとして今は黙っておきます。

あ、ヒントは『キュッとしてドカーン』です。

 

とりあえず、サブタイトルを発表しましょうか。

 

第1章のサブタイトルは~狂気と血~です。

もう禍々しいですね。第1章から10万字を超えるほどのボリュームになりますのでお気を付け下さい。1話の文字数はだいたい3000字ほどです。

 

 

感想、評価なども随時募集していますので気軽に書き込んでくださいな。

 

 

では、このあとがきもここら辺で締めさせていただきます。

それじゃ、また本編でお会いしましょう!

 

お疲れ様でした!

 



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第1章 ~狂気と血~
第15話 帰還


第1章の始まりです。


「はぁ!? 5日間!?」

 ここは寺子屋。驚きのあまり叫んでしまった俺。

「本当に……どれだけ寝れば気が済むのよ」

「ほ、本当なのか!? 慧音!」

「ああ、ぐっすりだ」

 夜明けに目を覚ました後、俺が気絶した後の事を聞いていた。

 妖怪たちは霊夢がお札を貼り付けて一時的に封印し、紫の能力で妖怪たちの能力に制限をかけてそこら辺の森に捨てて来たそうだ。これで不死身妖怪は一生、復活する事が出来ないとのこと。

 問題は俺だった。力を使い果たした俺は何をしても目を覚まさないので人里の住人たちは心配していたらしい。人里を守った英雄だからだそうだ。妖怪たちが襲って来てから5日後、ようやく目を覚ました。

「マジか……」

 幻想郷に来てもう1週間経った事になる。

「まぁ、これで一安心だな」

 慧音が安堵の溜息を吐きつつ、そう言った。

「じゃあ、説明してもらおうか?」

「何の?」

 妹紅の質問の意味が分からず、聞き返す。

「お前の能力についてだよ。私や慧音、霊夢の服装になった事。私たちのスペルが使えた事。どういう事なんだ?」

「ああ、それは――」

 ここに来てから何度目かの能力の説明をする。

「……何とも変な能力だな」

 説明を聞き終えた妹紅は呟いた。

「ああ。それを使いこなしている響もすごいが……」

 慧音も妹紅の呟きに便乗し感想を漏らす。

「いや、運が良かっただけであって使いこなしてるわけじゃないぞ?」

 そう、ただ運が良かった。あそこで紫になってなかったら今頃どうなっていたかわかったもんじゃない。

「で? これからどうするの?」

 霊夢が不意に俺に問いかける。

「どうするって何が?」

「人里に住むの?」

(ああ、その事か……)

「いや、住まない。かえ――」

「じゃあ、どこに住むの?」

 『帰れるようになった』と言う前に霊夢が遮った。

「いや、だからかえ――」

「少しの間なら私の所でもいいのよ? 仕事が見つかるまででも」

「だか――」

「ま、まぁ、響なら万屋でも熟せるでしょうし。すぐに出て行っちゃうかもしれないけど。始めた頃は依頼なんて来ないわ。きっと」

「だ――」

「それなら私と一緒に妖怪退治してもいいし。私たちって意外にコンビネーションがいいらしいわ。慧音と妹紅が言っていたのよ」

「しゃべらせろやああああああ!!」

 何度も何度も遮られては言いたい事も言えない。

「住むなら何かと必要な物もあるかも。ちょっと、買い出しに行って来るわ」

「あ、おい! 霊夢!」

 俺の言葉は全く届いていないようで霊夢は寺子屋を飛び出して行った。

「「「……」」」

 置いて行かれた俺、慧音、妹紅はあまりの事にしばらく硬直する。

「はぁ~い……どうしたのよ? この空気」

 そこへタイミングがいいのか悪いのかスキマから紫が出て来た。

「い、いや……何でもない」

 紫が出て来ても慧音と妹紅は復活出来ず、俺は対処する事になった。

「そう? まぁ、いいわ。貴方にこれを渡そうと思って。あ、使うならPSPを装着してからね」

 そう言いながら紫は1枚のスペルカードを差し出してきた。それを黙って受け取ってからPSPを装着し、イヤホンを右耳に差す。

(イヤホン、買い換えないと……)

 そう考えながらスペルを宣言した。

「移動『ネクロファンタジア』」

 

 

 

 ~ネクロファンタジア~

 

 

 

「……うおっ!?」

 服が輝き、半そで短パンから紫の服装にチェンジした。全てがスムーズ過ぎてワンテンポ遅れて驚く。

「すごいでしょ? そのスペルを唱えればいつでも私になれるわ。でも、弾幕ごっこの時は使えないから気を付けてね?」

「使えない?」

「ええ、私の能力は使えるけどスペルは無理よ。逃げる時にでも使いなさい」

「そうか。さんきゅ」

 これで俺は外の世界に帰れると言うわけだ。

「じゃあ、今すぐ帰りなさい」

「え? さすがにそれは早すぎるんじゃ……」

「貴方は外の世界で失踪している事になっているわ。そして、今妹さんが貴方の家で警察に事情を説明している途中よ」

「はぁ!?」

 さすがに1週間は長すぎたようだ。

「ほら、急いで妹さんに元気な姿を見せて来なさい」

「お、おう! ありがとな!」

 懐から扇子を取りだしてスキマを展開する。出る場所は俺の部屋。

「後、これを持って行きなさい」

「ああ! わかった! またな!」

 差し出された物を確認せず、受け取ってスキマに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「「ハッ!?」」

 あまりにも霊夢が乙女過ぎて放心していた。慧音も私と同じようでほぼ同時に目を覚ます。

「な、何なんだ? あの霊夢は」

 慧音が私に質問して来るが分からないので首を横に振った。

「本当に何があったのよ……」

 後ろから声が聞こえて振り返って見ると八雲紫がいた。

「い、いつの間に?」

「10分ほど前かしら?」

(き、気付かなかった……)

「む? 響はどこへ行った?」

 慧音がキョロキョロしながら呟く。

「響なら私の隣に……あれ?」

 先ほどまで響は確かに隣にいた。だが、今は姿が見えない。

「あの子なら行っちゃったわよ?」

「行っちゃったってど――」

「ただいま~」

 どこへ行ったのか紫に聞こうとしたら霊夢が帰って来た。

「響、結構大荷物になったから運ぶのてつだ……響は?」

 大きな袋を抱えて霊夢が私たちのいる部屋へ入って来た。

「行っちゃったらしいぞ?」

「……え?」

 問いかけに答えたると霊夢は目を見開いた。

「ど、どこに?」

「さぁ? 紫は知ってるみたいだけど」

「でも、紫も帰ったぞ」

「はぁ!?」

 慧音に言われ紫の方を見ると誰もいなかった。

「……まぁ、いいわ」

「お、おい? 大丈夫か?」

 あれほどはりきっていたのだ。心配してしまう。

「ええ。じゃあ、私は神社に帰るわね? アリスに5日間もお留守番させてるのよ」

(アリスも災難だな……)

「ああ、わかった。後始末はまかせろ」

 これから人里の住人に響の目が覚めてどこかへ行った事を報告しなければならない。どこぞの鬼が妖怪退治のお礼として宴会の準備をしている。お礼を言う奴はもういないが――。

「宴会の日時がわかったら教えて」

「了解した」

 慧音が返事をすると霊夢は寺子屋を去った。

「なぁ? 妹紅」

「何だ?」

「霊夢はどうして響の事を?」

「私が知るか」

 ただそれだけが謎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと……帰って来られた」

 スキマを潜り抜けたら見覚えがある部屋に到着した。そう、俺の部屋だ。

「長かったような短かったような……全く、えらい目にあったぜ」

 そう、呟きながらイヤホンを引っこ抜く。いつもの部屋着に戻った。PSPをホルスターから引き抜き、PSPを机の上に、ホルスターを引き出しに仕舞う。

(さて……)

 ここからが本番だ。深呼吸して俺は部屋を出た。

 



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第16話 再会と蒸発





「――」

「――」

 階段を下りて1階に到着する。居間の方から女の子の声と男の声が聞こえた。

(望と刑事か……)

 心臓がバクバクしている。1週間ぶりの帰宅。更に俺は失踪している事になっているから当たり前だ。

(大丈夫。あれだけの困難を乗り越えたんだ。いける!)

 居間へと繋がる扉へとゆっくりと近づき――。

 

 

 

 ――コンコン

 

 

 

怖くなってノックした。

(うわっ!? 俺、ダサ……)

「え!? な、何!?」

「落ち着いて。遅れて来た私の部下かも」

 ノックしなきゃよかったと望と刑事の会話を聞いて後悔する。

「あ、あの~……」

 刑事が扉に近づいて来る気配がしたので自らの手で開けた。

「「……」」

 俺の姿を見た2人は呆然と俺を見ている。

「の、望。ただいま」

「お、お兄ちゃん!?」

「あ、ああ……俺だ」

「え、嘘? 急に? 夢じゃない?」

「ああ、夢じゃない」

「ふ、ふにゅ~……」

「の、望!?」

 安心したのか驚いたのか望はその場で気を失ってしまった。前のめりに倒れて来たので両手で受け止める。

「貴女が……お兄さん?」

 明らかに疑いの目で俺を見る刑事。

「男ですよ?」

 望をソファに寝かせてから言い張る。

「いや……」

「男ですよ?」

「……失礼。しかし、貴女は――」

「男ですよ?」

「……貴方はどこへ行ってたんだい?」

「えっと、ですね――」

 さすがに幻想郷の話をするわけにはいかないので適当に近くの山で遭難していた事にした。

「それは……よく生きていたな」

 刑事は苦笑いしながらそう言った。

「はい、あれは苦しかったです」

(主にコスプレがな!)

「まぁ、無事だったからよかった」

「ありがとうございます」

「でも……母親が」

「え?」

 そう言えば、母の姿が見えない。

「実は……蒸発したようで」

「今、なんて?」

「2日前、貴方を探しに世界中を飛び回っていたがそこで運命の人と会った、と妹さんに電話が来たらしい。で、行方知れず」

「あのバカ母が……」

 少し複雑だが、説明しておこう。今の母親は俺の本当の母ではない。この母を『母親1』と名付けておく。つまり、望とは血が繋がっていない『義妹』なのだ。母親1と再婚した今は亡き父親もまた俺の本当の父親ではない。この父親を『父親1』とする。母親1と再婚する前に俺の本当の母親――『母親2』はこの父親1と再婚した。そして、母親2と最初に結婚したのが『父親2』なのだ。

 整理しよう。まず、父親2と母親2の間に俺が生まれた。理由は分からないが離婚し母親2の方について行くことになった。

 そして、母親2と父親1が再婚。だが、すぐに喧嘩別れし、今度は父親1の方へ引き取られる。

 最後に父親1と母親1が再婚。先ほど言ったように父親1が病気で亡くなり、今に至る。

(今度は蒸発かよ……とうとう親がいなくなりやがったのだ)

「私たちも出来るだけ協力させて頂く。問題はお金なのだが……」

「それは何とかなると思います」

「バイトでもするのかい?」

「そんなところです」

 妖怪の会社に入ったなどと言えるはずがない。

「そうか……まぁ、今日のところはここらへんで。何かあったらここに電話してくれ」

 刑事さんは名刺ケースから1枚だけ名刺を出し、テーブルの上に置いた。

「ありがとうございました」

「これも我々の仕事だからね。妹さんによろしく」

「はい」

 こうして、刑事さんは帰って行った。

「蒸発か……」

 何とも言えない気持ちになった。運命の人と言っていたがどんな人なのだろうか?

「……東 幸助(ひがし こうすけ)ね」

 あの刑事の名前を確認した後、名刺を適当な小物入れに仕舞った。

(そういえば……)

 短パンのポケットに手を突っ込み、紫から受け取った物を取り出した。

「け、携帯?」

 一昔前の折り畳み式の携帯だった。機種もかなり古い。開くと待ち受け画面が紫だった。スキマに腰掛けて右手に顎を乗せながらこちらに向けて微笑んでいる。

「えっと……」

 辺りを見渡し、テレビをこの携帯のカメラで撮影。瞬時に保存し待ち受けにした。ここまで約10秒。ほとんど本能で動いていた。

「私よりテレビの方がいいのね」

「うわっ!?」

 背後から急に話しかけられたので思わず、声を出してしまう。振り返るとスキマから顔を出している紫がいた。

「ゆ、紫!? どうしてここに!?」

「様子を見に来たのよ。そしたら、丁度待ち受けをテレビにしていたのよ」

「す、すまん……」

「……まぁ、いいわ。大丈夫そうだし帰るわね」

「え? もう?」

「妹さんに見つかったら面倒なのよ。それから連絡はその携帯でね。私の番号はもう登録しておいたから」

「あ、ああ」

「じゃあね~」

 紫は帰って行った。嵐のような人――妖怪だ。

「これでか……」

 紫から貰った携帯を観察していると裏面にローマ字でロゴがあった。

「えっと……『スキーマフォン』」

 数秒間、硬直してしまった。まさかのパクリだった。しかも、あっちはタッチパネル式なのに対し、こっちは古ぼけた折り畳み式。スマートフォンに失礼だと思う。

「略せば『スキホ』か? おい」

 そう呟いた途端、スキホが震えだした。

(何だ?)

 どうやら、メールのようだ。送り主は紫。

『八雲紫:パクリじゃないわよ? 外にいても幻想郷にいる私に連絡出来るからそう名付けただけよ?』

 読み終わった後、辺りを見渡すが誰もいなかった。

「まぁ、いいか……」

 ――ピーンポーン

 溜息を吐くと急にインターホンが鳴った。

「は~い」

 スキホをポケットに突っ込んで玄関へ向かう。

「どちら様ですか~?」

 来客に問いかけながらドアノブを回し、開ける。

「「……」」

 そこには大きなカバンを持った悟がいた。

「あ、あれ? 帰って……来たのか?」

「おかげさまでな。で? その荷物は?」

 怪しい。怪しすぎる。

「こ、これはあれだよ! 東方だよ!」

「はぁ? 東方?」

 俺をコスプレさせた元凶だ。

「望ちゃんの悲しみを紛らわせようと思って持ってきたんだよ」

「悲しみ?」

「お前とお前の母さんがいなくなった事だよ」

「……でも、俺は帰って来た。だからそんな物、いらない」

「待て待て! これは望ちゃんに頼まれた事でもあるんだよ!」

(頼まれた?)

「何か暇つぶし出来てクリアするのが難しいゲームはないかって聞かれたんだ」

「だから、東方なのか?」

「ああ、難しい。はっきり言って全クリは不可能だ」

「ふ~ん……まぁ、上れよ。望は今、気絶中だけど……」

「……何があったの?」

 悟を無視して居間に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よし! これで全部、インストールしたぞ!」

 居間にあるテーブルの上には乱暴に置かれた東方のケースとノートパソコンがあった。

「一体、いくつあるんだよ……」

 重なっていてよく見えないが5本はある。

「えっと、『紅魔郷』、『妖々夢』、『永夜抄』、『風神録』、『地霊殿』、『星蓮船』、『神霊廟』。後は変則的な奴がいくつかだな。生憎、旧作は持ってない」

(旧作まで……)

「やってみるか?」

「やらん」

 適当に断って望の様子を伺う。熱はない。顔色も良い。それに口元が緩んでいる。良い夢でも見ているのだろう。

「オレも何度か挑戦したけど無理だ。霊夢は精密な動きが出来るが集中力が必要で性に合わない。魔理沙はパワーがあるが操作を1つでもミスれば弾に突っ込んじゃうんだよ」

「へ~霊夢と魔理沙が自機なんだ」

 確かに今思えば霊夢は主人公っぽいし、魔理沙は色々な事に首を突っ込んでそうだ。

「……知ってるのか? 他には?」

「紫、藍、橙、アリス、慧音、妹紅……ハッ!?」

 望の様子を見るのに夢中で無意識で答えていた。急いで悟の方を振り返るとニヤニヤしていた。

「何だよ~! あんなに無関心そうだったのに調べてんじゃん!」

「い、いや! 違う!」

「大丈夫だって! 東方はキャラを知ってから始まるんだ!」

「意味がわからん!」

 望が目覚めるまで俺と悟との口論は続いた。

 



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第17話 仕事の内容

「おにいちゃあああああああん!」

「うわっ!?」

 悟と口論していると後ろから望に抱き着かれる。

「び、吃驚するだろ!?」

「お兄ちゃんだ! 帰って来たんだ!」

「ああ、帰って来たぞ」

「よかった……本当によかった」

 顔のすぐ横にある望の頭を優しく撫でてやる。俺と望を見て悟も微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、東方でもしますか!」

「やらん」「あ、悟さん。もう結構です」

 望が落ち着いたのを見計らって悟が誘って来たが兄妹揃ってお断りした。

「……わかったよ。もう帰るよ! でも、インストールしたから暇な時にでも遊んでください!」

 そう、叫んで帰って行った。

「……じゃあ、飯にでもするか」

「うん!」

 母がいないので俺が代わりに作る。普段、母は仕事で忙しくて俺が飯を作っているのだ。

「さて……何作るかな?」

「ねぇ? お兄ちゃん?」

「ん?」

 冷蔵庫の中身を確認しつつ、返事をする。

「お母さんの事、聞いた?」

「……ああ」

 昔から自由な人だった。仕事も急に休んだりやめたり、何日も家を開けたと思えば何日も家に引き籠る。そんな人だった。

「まぁ、またいつか帰って来るだろうさ」

「……うん。後もう1つ」

「何だ?」

(お? これならチャーハンかな?)

「学校……大丈夫?」

「電話して来る!」

 チャーハンは少しの間、お預けのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは大変だったな』

「はい、ご心配おかけしました」

『無事だったんだ。それだけでいい。夏休みまであと3日だ。来なくてもいいぞ。ゆっくり休め』

「いいんですか? 受験なのに」

 今、俺は18歳。高校3年だ。

『大丈夫だって。お前の成績なら受かる』

「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

『じゃあ、頑張れよ』

「はい、ありがとうございました」

 そう言って、受話器を置いた。

「どうだった?」

「大丈夫そうだ。それにもう俺は夏休みだ」

「ええ!? いいな~!」

「よくないだろ? 俺は受験生なんだから勉強しないと」

「それもそうだね! それよりお腹すいた」

 望の言葉を聞いて時計を見ると2時。1時に電話を掛けたから約1時間、話していた事になる。

「すまん。今すぐ作るから」

「ありがと、お兄ちゃん!」

 俺は安心した。1週間も行方不明だったが生活には何も影響はなさそうだからだ。この後、お喋りしながらチャーハンを食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『八雲紫:はぁ~い』

『音無響:メールなんだから要件だけ書け』

『八雲紫:何よ~! 意地悪なんだから』

 深夜、紫からメールが来た。

『音無響:こっちは眠いんだ』

『八雲紫:じゃあ、電話にする?』

『音無響:それもそれで嫌だな……』

 本音である。

『八雲紫:本当に意地悪なのね』

『音無響:お前にしかしないから大丈夫だ』

『八雲紫:それでも上司に対する言葉使いなの?』

『音無響:あれ? 上司だっけ?』

『八雲紫:こっちに閉じ込められたいの?』

『音無響:電話にしてください』

『八雲紫:よろしい』

 少し待ってから着信が来た。着メロは『ネクロファンタジア』である。変身はしない。やはり、イヤホンをして聞かないと能力は発動しないらしい。

『はぁ~い』

「それをしないと気が済まないのか?」

『まぁね』

「まぁ、いいけど。で、仕事についてか?」

 何となく聞いてみる。

『正解』

「マジかよ……」

『じゃあ、説明するわね。貴方の仕事は2つ。外の世界はもちろんだけど幻想郷でも仕事あるから』

「え? マジ?」

 何やら、嫌な予感がした。

『まず、幻想郷での仕事。万屋よ』

「……もう一度、お願いします」

 是非、聞き間違いであって欲しい。

『万屋よ。こちらで依頼があった時にあのスペルを使って派遣されて欲しいの』

「こちらにも学校があるのですが?」

『大丈夫。暇な時でいいから』

「……外の世界での仕事は?」

『そっちも大きく分けて2つ。1つ目は幻想郷に纏わる事の消去。2つ目は妖怪退治ね。貴方の能力を使って戦いなさい』

「……結局、コスプレするんじゃねーかああああああああ!!」

 思わず、絶叫してしまった。

「お兄ちゃん?」

 そこへ妹がノックもせずに入って来た。いつもはツインテールだが、今は降ろしている。手には枕があった。

「な、何だ?」

「一緒に寝ていい?」

(今言うか!?)

 何となく予想はしていた。望は寂しくなると一人で眠れなくなってしまうのだ。俺が失踪した事。母が蒸発した事で今になって寂しさが溢れて来たのだろう。

『どうしたの?』

 電話の向こうで紫の声がしたが無視する。

「いいけど、ちょっと待ってな。お兄ちゃん、大事な電話してるから」

「わかった。終わるまでここにいる」

(な、何だと……)

 これでは望に聞かれてしまう。

「紫! 緊急事態だ」

 望には聞こえないように小声になる。

『妹さんね?』

「ああ」

『じゃあ、こう言うのよ』

 紫からアドバイスを貰い、望みの方を向く。

「望」

「何?」

 少し目に涙を溜めている。泣き出すのも時間の問題だ。昼間は悟がいたから泣かなかっただけのようだ。

「お兄ちゃんはお前との生活を守りたい」

「うん」

「そのための電話なんだ」

「でも、相手の人は女の人でしょ? 少し、声が聞こえたから」

「仕事の上司なんだ」

「え? もう、お仕事?」

 意味が分かっていないようで首を傾げながら聞いて来る。

「ああ、今俺たちには親がいない。なら、自分でお金を稼ぐしかない」

「なら、私がするよ! まだ中学生だけど……何とかする! お兄ちゃんは受験生だもん! 勉強で忙しいでしょ?」

 紫の言う通り、望は自分が仕事をすると言った。

「駄目だ」

「どうして!?」

「お前が大事だからだ」

「っ!?」

 俺の言葉を聞いた望が大きく目を見開いた。

「お前は俺にとってただ一人の家族だ。お兄ちゃんとして、男として守らなければいけない」

「お、お兄ちゃん……」

「だから、お金の事は俺にまかせてお前は勉強に専念しろ」

「うん! 今から勉強して来る!」

「おう! 頑張れ!」

「うん!」

 望は元気よく部屋を出て行った。枕を置いて行ったので帰って来るつもりらしい。

『どうだった?』

「上手くいったよ。さんきゅな」

『ええ……軽くフラグ立ったかもしれないけど』

「ん? なんか言ったか?」

『いえ、何でもないわ。それで幻想郷の痕跡を消す仕事はその時になったら説明するわ。で、妖怪退治だけど……』

 そこで紫が言葉を区切った。

『明日の午後2時、近くの山で待ってるわ』

 それだけ言って電話は切れた。

(今、なんて言った?)

 明日。午後2時。近くの山。待つ。

「あれ? これって……」

(妖怪退治?)

 早速、コスプレする事になった。2時間後、望が帰って来るまでベッドの上で膝を抱える事にもなった。

 



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第18話 妖怪退治

「……はぁ」

 山道をゆっくりと歩きながら溜息を吐く俺。憂鬱なのだ。

「今日で何度目よ?」

「いきなり、妖怪退治なんかしなきゃいけないからだよっ!」

 横を飛んでいる紫に向かって文句を言う。

 今、望は学校で家にいない。帰って来る時間はだいたい午後7時。部活で遅くなるのだ。

「いいじゃない。それほどの力を持ってるのだから」

「コスプレが嫌なんだよ……」

 それに人里の戦いは運が良かったのだ。いや、幻想郷に行ってから運が良かっただけなのだ。死なずに帰って来られたのが不思議だ。

「……で? 理解、出来たかしら?」

「……何となく、な」

 山の麓で紫と合流し、歩きながら俺の能力について聞いた。俺の想像していたのとは全然、違ったが――。

「なぁ、俺の能力って珍しい?」

「ええ。私ですら見た事のない種類よ」

「へ~」

「あまり興味、なさそうね?」

「だって、その能力のせいでコスプレする事になったんだからな」

(それにしても信じられないな……)

「まぁ、使いこなすのはまず無理ね」

「だろうな」

 紫の発言に同意する。

「あれ? そう言えば俺たちってどこに向かってるんだ?」

 麓で合流してからずっと山道を登り続けている。

「もう少しよ」

 出来たら一生、着かないでほしい。

「ああ、後。今回の戦いで……いや、言わないでおくわ」

「は? 気になるじゃん。言えよ」

「言ったら意味がなくなるの」

「そんなもんか」

「そんなもんよ。それより、万屋の事なんだけど」

「万屋?」

 意味が分からなかったので聞き返す。

「昨日、言ったじゃない。こっち(幻想郷)でも仕事させるって」

「……言ってたな」

 妖怪退治のインパクトが強すぎて忘れていた。

「前に渡したスキホ、今持ってる?」

「ああ、一応持ってきた」

 そう言いながら、ポケットから取り出して見せる。紫との連絡手段はこれしかないので持って来ておいたのだ。因みにPSPが入ったホルスターは左腕に括り付けてある。

「ちょっと貸して」

「ん」

 スキホを受け取った紫は人差し指で一回、さすった。

「はい、もういいわ」

「? 何したんだ?」

「スキホに貴方の所に来た依頼を表示されるようにしたのよ」

「依頼って万屋の?」

「そう、人里と博麗神社。他の所にも依頼状を投函するボックスを設置したの。ボックスに投函された依頼状は真っ直ぐ、貴方の机の上に移動されるわ」

「待て。机の上はまずい。望に見られたら……」

「それもそうね。じゃあ、家に帰ったら移動先の画像をスキホで送りなさい」

「わかった」

 しかし、望に見られない場所。箪笥の中ぐらいしか思いつかなかった。

「でも、貴方にも生活がある。依頼状に気付かなかったら仕事にならない。そこでスキホの出番よ」

「……もしかして『スキホ』って言いたいだけか?」

「……ボックスを通過した依頼状を読み取って、依頼の内容をスキホにメールを送信するわ」

 俺の指摘を完全に無視した紫。だが、目が一瞬、泳いだところを見ると図星だったようだ。

「それは便利だな~」

「でしょ? これで学校帰りでも幻想郷に来れるわね」

「待て! 学校から真っ直ぐ行くのか!?」

「その方が早く帰れるわよ」

「確かにそうだけど……」

「ほら、着いたわ」

 紫の方を見ていたので気付かなかった。急いで前を向くと懐かしい景色が広がっていた。

「ここって……」

 少し前まで遊びに来ていた神社だ。ここの人が遠い所に引越しする事になり、最近来ていなかった。

「あら? 知ってるの?」

「ああ、ここの巫女さんとは友達だったんだ」

 神社は落ち葉が散乱している以外、何も変わっていなかった。普通なら取り壊しされそうなのだが。

(やっぱり、あれが効いてるのか?)

「どうかしたの?」

「いや、何でもない」

「そう。でも、あれは避けた方がいいわよ?」

「は?」

 紫が指さす方向――大木の方から大きな口を開けた何かがものすごいスピードで突っ込んで来た。

「ちょっとおおおおおおお!!!」

 ギリギリ、横に跳んで回避。何かは俺の真後ろにあった木にかぶりついた。

「ぺっ! 躱さないでよ!」

 しかし、すぐに離れて口の中に入ったであろう木片を吐き捨てながら文句を言って来る見た目は小学生の女の子。しかも低学年ほどだ。服は赤いロングスカートに上はぶかぶかのYシャツだ。

「無茶言うなよ!」

 思わず、叫んでしまった。紫もいつの間にか消えているしこいつが妖怪。俺が倒さなくてはいけない相手だ。

「いいや。殺してから食べちゃお」

 そう幼女が言った途端に彼女の体から得体の知れない力が溢れかえる。

(こえ~……)

 これは妖気だ。何となくそう思ったが心の奥底を抉るような息苦しさを感じる。

「死ねっ!」

 飛び上がった幼女の手から1つの大玉が発射される。

「うおっ!?」

 それを掠りながらも躱した。弾幕ごっこで言う『グレイズ』だ。躱した弾は地面にぶつかると文字通り炸裂した。

(え?)

 炸裂した弾は地面を抉り、大きな石を周囲に撒き散らせる。もちろん、近くにいた俺にも襲い掛かった。

「――ッ!?」

 声にならない叫び声を上げながら俺は吹き飛ばされ、地面を何回かバウンドしてようやく止まった。

「まだまだ!」

 それも数秒間。今度は弾幕を繰り出して来た幼女。それを俺は何も出来ずに食らう。

「ぐ、ぐあ、ああああああああああああああっ!?」

 激痛が体を駆け回り、衝撃でどちらが上か下か、前か後ろかわからなくなる。地面をゴロゴロと転がり、大木に激突する。

(そ、そうか……油断してた)

 弾幕を見た時、心のどこかで幻想郷で経験した弾幕ごっこの延長戦だと思っていた。しかし、違う点が1つだけあった。

(遊びか、殺し合いか……)

 大木に背中を預ける。しんどい。呼吸もままならない。死ぬかもしれない。死の恐怖が体を硬直させる。

 ――これはお守りです!

(あ……)

 急にあの子の声が脳内に響く。映像も微かに流れ始めた。これが走馬灯と言う奴か。

 中学の制服姿の俺と巫女服姿の彼女。場所はここ。守矢神社。時は彼女が引っ越す前日。懐かしい。

 ――お守り?

 ――そうです! 貴女は女の子としての自覚が足らな過ぎます! 今までは私が守って来られましたが明日からは無理です……その代わりと言っては何ですがこのお守りをあげます。

(そう言えば、最後まで俺の事、女だと思ってたな)

「ん? 死んだ?」

 幼女が確認の為に声をかけてきた。

「ま……だ、だ」

 意識ははっきりしているのに声が掠れる。相当、ダメージを負っているようだ。

 ――このお守りは“奇跡”の力を持っています! 貴女に危険が迫った時にきっと守ってくれるはずです!

 彼女からお守りを受け取る俺。

 ――ん? どうしました?

「まだか~。じゃあ、もう一発!」

 弾幕を撃つために妖力を溜め始める幼女。先ほどのよりも強力な技を繰り出すつもりらしい。

 ――ああ!!

 脳内では俺が黙ってお守りを大木の下の方から突き出ていた枝に引っ掛けていた。あの子を傷つけたと今になって気付いた。

(でも、後悔はしてない)

 この行動のおかげでこの神社は今でも取り壊される事はなかった。“奇跡”の力でだ。

 ――どうしてそんな事をするんですか!?

 ――決まってるだろ

(ああ、決まってる)

「バイバイ!!」

 チャージも完了したようで幼女から再び弾幕が吐き出された。

 ――この神社を残しておきたいからだ

「うおおおおおおおっ!!」

 体に鞭を打って枝に引っ掛かっていたお守りを掴み、弾幕に向かって投げつけた。

(じゃあな……思い出の場所)

 あの子が引っ越した後、この神社は取り壊され、その後に旅館が立つ事はこの町の住人は知っていた。もちろん、俺もだ。ここからの眺めは絶景だ。放っておくわけがない。だが、俺はあの子との思い出の場所をなくしたくなかった。だから、俺はお守りを大木に引っ掛けた。俺も半信半疑だったが“奇跡”の力は絶大だったようで今でも残っている。それも今日までだ。

「ッ!? う、嘘!?」

 俺が投げたお守りからお札が飛び出して結界を出現させ、幼女の弾幕をひとつ残らず、受け止めていた。

「予想以上だな……」

 呟きながら大木を支えにして立ち上がる。足がガタガタと震えた。

「このっ! このっ!! このおおおお!!」

 それを壊そうと弾幕を放ちまくる幼女。結界が壊れるのも時間の問題だ。証拠に亀裂が走っている。

「でも、十分だ」

 俺はPSPからイヤホンを伸ばし、そっと耳に装着した。

 

 

 

 ~信仰は儚き人間の為~

 

 

 

 服が光り輝き、下は青いスカート。上は白い袖なしのシャツのような服。そして、霊夢のように腋がばっくりと開いていて袖は腕に括り付けられている。前髪にはカエルのアクセサリーが、ポニーテールには白い蛇のアクセサリーが巻き付いていた。初めてのコスプレだ。手には霊夢のとは違うお祓い棒。どうやら巫女さんらしい。紅白ではないが。

 そう思った刹那、結界が破られる。弾幕が押し寄せて来る。

「これで終わりっ!!」

 幼女の嬉しそうな声が聞こえた。確かにそうだ。今からじゃスペルを取り出す時間もないし、俺は弾幕を出す事も出来ない。奇跡でも起きなければまず助からない。だが――。

「奇跡って起きるもんじゃない! 起こすもんだあああああ!!」

 知っていた。あの子は“奇跡”の力と言っていたがお守りを作ったのは彼女自身なのだ。つまり、彼女がお守りを作らなかったら神社も取り壊されていたし、俺も殺されていた。行動しなければ起きる奇跡も起きないのだ。

 手に持っていたお祓い棒を地面に叩きつける。

「「ッ!?」」

 するといきなり俺の周囲から突風が吹き荒れ、俺の体を浮かせ、吹き飛ばした。そのおかげで弾幕は大木だけを貫く。弾幕の勢いに負けた大木は根元から折れて地面に倒れる。その衝撃は大地を揺らすほどだった。

「ど、どうして?」

 突然の事で幼女は戸惑っていた。

「おい……妖怪」

 呼びかけながらお祓い棒を真っ直ぐ、戸惑っている幼女に向ける。

「始めるぞ。妖怪退治を――」

 口から流れた血を袖で拭いながら言い放った。

 



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第19話 吹き荒れる神風

「よ、妖怪退治?」

「ああ、依頼されてな」

「……ぷっ! あはははは!!」

 急に笑い出す幼女。少し頭に来た。

「無理! 何人もの陰陽師が私を倒そうとしたと思う? 無理だって! しかも、そんな変な服で? やめと――」

「うるせーぞ。妖怪風情が……人間なめんな」

 そう言いつつ、イラッと来た俺は風を利用してお腹を抱えて笑っている幼女の頭上に高速移動し、脳天目掛けて踵を落とす。

「がっ!?」

 油断していた幼女は抵抗出来ずに踵落としを食らい、凄まじい勢いで境内に墜落した。

「秘術『グレイソーマタージ』」

 立ち上がりそうだったので追撃する事にした。宣言すると俺の周りに大きな青い星と小さな赤い星が現れた。その後、それぞれが分裂しいくつもの星が生まれ、幼女に向かって突進する。

「きゃあ!?」

 幼女の悲鳴が聞こえたが無視。自分でも容赦がないと思うがこれは殺し合いなのだ。相手の事など考えていたら自分が死ぬ。

「く……よくもやったね!」

 幼女はスペルを直撃しても服が少し破けるだけだった。それどころが反撃する為に弾幕を放って来る。やはり、弾幕ごっこ用では威力が足りない。ならば――。

(数で勝負!)

「奇跡『白昼の客星』!」

 真下にいる幼女に向かって弾幕をばら撒く。弾幕と弾幕がぶつかり、凄まじい衝撃波を生み出す。

「くっ……」

 押され始める俺の弾幕。このままでは押し切られてしまう。

(ど、どうすれば……)

 その時、真上からまたもや突風が吹き荒れる。突風は俺の弾幕の威力を上げて、向こうの弾幕を押し返す。

「さっきからどうなってんの!?」

 幼女は弾幕を放ちながら文句を言って来た。

「俺だって知るかよ!」

 風の後押しのおかげで俺の弾幕と向こうの弾幕の戦いが互角になる。弾がぶつかる度に衝撃波を放出。それに押されて俺はどんどん高度が上り、幼女の足元に亀裂が走る。

(埒が明かねー……)

 あちらもそう思ったようで地面を転がって斜め横から攻撃して来た。

「くそっ!?」

 体を捻ってバランスを崩しながらも紙一重で回避する。その間にスペルが時間切れになった。態勢を立て直す前に幼女が突っ込んで来る。

「弾幕が駄目なら格闘よ!」

 そう言いながら、右手を握っている。きっと、右ストレートだ。

 予測通り、右手を突き出して来た。咄嗟に下降気流を発生させ、急降下。幼女の攻撃を躱す。すれ違う瞬間に手に持っていたお祓い棒で幼女の背中を叩く。

「きゃっ!?」

 急に背中を叩かれた幼女は前のめりになった。相手は妖怪なのであまりダメージは与えられていない。だが、バランスを崩す事は出来た。体を無理やり幼女の方に回転させ、スペルを唱える。

「奇跡『ミラクルフルーツ』!!」

 俺の周りに花火のような弾幕が展開され、一気に周囲にばら撒いた。もちろん、幼女がいる方にも飛んで行く。

「ッ!?」

 幼女はまたもや何も抵抗出来ずに背中に弾幕を食らった。その後にもいくつかの弾幕が命中する。

「もういっちょ!」

 時間切れになったのを見計らって、今度は上昇気流を発生。それに乗り、瞬時に幼女の元へ移動する。勢いを殺さずにお祓い棒を突き出す。

「なっ!?」

 お祓い棒は幼女の背中を深く抉る。更に俺は腕を半回転させる。

「あがががががっ!?」

 腕の動きに合わせ、お祓い棒も回転し、幼女の体から不気味な音がした。背中の肉が回転するお祓い棒に巻き込まれ、ねじれたのだ。

「吹き飛べっ!!」

 俺の腕に沿って暴風が幼女に向かって吹き荒れる。幼女は弾丸のように上空へ高く吹き飛ばされた。

「おまけだ!」

 上昇気流から下降気流へ。対象は俺にではなく幼女。暴風に翻弄されながら幼女は背中から境内に叩き付けられた。衝撃で境内に小さなクレーターが出来、砂埃が舞う。

「……」

 ここで油断してはいけない。相手は妖怪だ。これぐらいで倒せたとは思えない。

「ふん……なかなかやるようね?」

「え?」

 下から幼女の声が聞こえた。しかし、おかしい。先ほどとは声質が変わっている。子供の声から大人の声になったような気がした。

「私も本気を出さなきゃ駄目かな?」

「っ!?」

 砂埃が晴れて幼女の姿が現れる。だが、幼女は美女に成長していた。ぶかぶかだったYシャツは胸が大きすぎてぴちぴち、ロングスカートは成長した事によりミニスカートに変わっている。

「ふふふ。この姿を見せるのは男の前だけよ?」

(いや、俺も男なんだが……)

「その姿で男を誘惑して誰もいない所へ連れ込み……喰う、てか?」

 言っても信じてもらえなさそうなのでスルーした。

「ご名答♪ 私は成長を操れるのよ」

 幻想郷では『成長を操る程度の能力』だと推測する。

「冥途の土産に教えてあげるわ。私の名前はリーマ。外の世界では珍しいクォーターよ」

「クォーター?」

「ええ。あ、勘違いしないでね? 人間の方が4分の1の方だから」

「半妖と妖怪の間に生まれた子供?」

 俺の発言を聞いてリーマが微笑む。正解らしい。

「妖怪の血が騒ぐの。人間を見るとね。だから食べる。それが妖怪でしょ? だから、貴女も食べてあげる」

「妖怪だからって人間を見境なく喰っていいわけないだろうが!」

「私だって見境なく食べてないわ。1か月に2人ぐらい。それに家族を持っていない男よ。私について来るのがそういうのしかいないから」

「消えたって怪しまれないって事か」

「ええ、しかも死体に手を加えて事故死に見えかけているわ」

 得意げに話すリーマ。

 

 

 

 ~華のさかづき大江山~

 

 

 

 巫女服から下は青い生地に赤い筋がいくつも通った半透明のスカートに上は体操服のような半そで。おでこから1本の赤い角が生える。鬼のようだ。左手には半透明の液体が並々と注がれている杯を持っている。

「また変身した?」

「確かに……妖怪は人間を喰う」

 リーマが目を見開いて驚いているが無視して俺は自分の言いたい事を言う。

「それは避けられない。妖怪は人間を喰う種族だ。恨むのはお門違いってもんだ。だがな……」

 そこまで言って杯を口元へ運ぶ。液体は俺が大好きなア○エリアスだった。酒かと思ったのだが気のせいだったようだ。

「ぷはっ! 今日は依頼されているのでな。それが俺の戦う理由だ。元々、妖怪退治なんぞに興味はねー」

 もっと言うと戦いたくない。コスプレしなければいけないからだ。

「そ、それだけ?」

「……ああ。もうひとつあった。お前、ここを住処にしてるだろ?」

「そうだけどそれが?」

「ここは大切な場所だ。妖怪の好きなようにはさせない」

 重心を低くし、右手を握る。いつでも駆け出せるように足に力を入れる。

「鬼の力を妖怪が防ぎ切れるか楽しみだ」

 このコスプレになってから闘争心が溢れて来るようになった。鬼だからだろうか。

「お、鬼? 貴女は何者なの?」

「俺か? 俺はただの社員だ」

「社員?」

「ああ、知らないと思うけどボーダー商事ってとこ「ぼ、ボーダー商事!?」

 知っていたらしい。

「あ、あの……幻と呼ばれた妖怪が作ったと言われるあの?」

「い、いや……そこまでは知らないけど」

 紫は外の世界でも有名なようだ。

「変身は貴女の能力よね?」

「あ、ああ……」

 リーマの顔から余裕が消えた。少しまずい。油断している所に鬼の拳から繰り出される渾身の一撃で決める予定だったのだが、これほど警戒されては当てるのは難しい。

「時間制限があるんじゃない?」

「……」

 痛い所を突かれ思わず、黙ってしまった。

「図星のようね。じゃあ、その時間切れを狙いましょう」

「くそっ!」

 次の曲で勝てる保障はない。力で妖怪に勝るものは鬼ぐらいしかいない。地面を蹴って、一気に跳躍。脚力が凄まじく、境内にまた穴が開いた。そして、一瞬にしてリーマの懐へ潜り込む。右手を思いっきり引いて勢いよく突き出す。

「よっと……」

 顔面を狙ったパンチはリーマが成長を操ってまた幼女になり、背丈が低くなった事によって躱された。

「えいっ!」

「うわっ!?」

 勢いが余ってバランスを崩している所へリーマは足払いをして来た。その後、顔からこけた俺の背中に飛びつく。

「は、離れろ!?」

「嫌だもん!」

 暴れてもリーマは頑なに離れる事はなかった。このままでは時間切れが来てしまう。何かリーマを振りほどく手立てはないかと境内を走り回る。

(こうなったら!)

 俺は足に力を入れて思い切り真上へジャンプした。

 



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第20話 ヒマワリ

「え? 何? 何する気?」

 遥か上空へ飛び上がった俺とリーマ。下を見れば神社が豆粒のようだった。リーマは不安そうに聞いて来る。

「何って……こうすんだよ!」

 そう言いながら、頭を真下に向けて急降下する。

「ぎゃああああああああっ!!」

 例えるならジェットコースター。リーマは迫り来る地面に恐怖を感じたのか悲鳴を上げながら何とか俺の背中から離れようとする。それを俺は右手で押さえた。

「離して! 離してくださいいいいいい!!」

「嫌だよ!! 俺だって怖いんだよ!!」

 口論しながらも地面はもう目の前まで迫っている。

(1……2……3!!)

 タイミングを計って前に縦回転。顔を空の方へ背中を地面の方へ向ける。回転の際に右手はリーマから離れていた。

「がッ……」

 背中にいたリーマが境内に叩き付けられ、先ほど出来たクレーター以上の大きさのクレーターが出来る。

「ぐっ……」

 直接、地面にぶつかっていないが俺にも衝撃が襲う。背骨が嫌な音を立てる。お互いに動けなくなり、数秒間そのまま倒れていた。

「ど、どうだ……これで」

 何とか立ち上がってリーマの様子を伺う。リーマは目を閉じていた。気絶でもしたのだろう。

「へ……」

 そう思った刹那、リーマがニヤリと笑った。

「しま――」

 急いで離れようとしたが時すでに遅し。地面からツルのような植物が飛び出し俺の手足を拘束した。

「残念でした~!」

 リーマはケロッとした表情で立ち上がる。そのしたにはばねのように螺旋を描いたツルが生えていた。あれで衝撃を吸収したらしい。

「せ、成長か……」

 鬼の力で引き千切ろうとしたが思うように力が出ない。

「その通り! 私は自分の体だけじゃなくて植物の成長も操れるのだ! あ、そのツルの棘には神経毒が含まれてて力がいつもより出ないようになってるから気を付けて!」

「くそ……」

 また新たなツルが飛び出し、俺の首に巻きついた。

「のわッ!?」

 そして、後ろに引っ張られ仰向けに倒れてしまう。

「……こんな状況でも盃を離さないんだね?」

「離れないんだよ」

「? まぁ、いいや。どうやって殺そうかな? ツルで串刺し?」

「もっと安らかに眠られるような死に方にしてくれないか?」

 時間を稼ぐのだ。鬼の力では太刀打ち出来ないのでは次の曲にかけるしかない。

「え~! どうしよっかな~?」

 調子に乗っているリーマ。ニヤニヤしながらこちらを見て来る。

「……さんきゅな」

 俺はリーマに向かってお礼を言った。

「え? 死にたかったの?」

「断じて違う」

 もう感覚でわかる。次の曲に移行しようとしている事が。

 

 

 

 ~今昔幻想郷 ~ Flower Land ~

 

 

 

 服が輝き、下は赤いチェックのロングスカート。上は白いシャツにスカートと同じ柄のベストを着ている。更に右手に日傘を出現した。

「うわっ!? 吃驚した!」

(頼む!)

 祈りながら体に力を入れる。

「もう遅いよ!」

 リーマの足元から鋭い棘を持ったツルが生えて真っ直ぐ俺の腹に向かって来る。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 目を瞑って絶叫する。力を入れてもツルは千切れなかったからだ。

(……え?)

 このような大ピンチの状況で頭の中に浮かんできたのはヒマワリだった。しかも、一輪ではなくヒマワリ畑だ。何故か懐かしさを感じる。

「え?」

 不思議に思っているとリーマの声が聞こえた。あれから何も起きていない。ゆっくり、目を開ける。

「っ!?」

 息を呑んだ。俺を拘束しているツルからも俺を襲おうとしているツルからもたくさんのヒマワリが生えているのだ。

「な、何……これ?」

 驚愕しているリーマの足元からもヒマワリが生える。他の所からもヒマワリが次々に生えた。

「こ、これは……」

 自分自身も驚く。

「あ、ツルが……」

 ヒマワリに栄養が取られた事によってツルはいとも簡単に千切れた。

「や、やばっ!?」

 俺が立ち上がったのを見たリーマは空を飛んで逃走。

「逃がすか!!」

 俺も空を飛ぼうとした矢先、神社を潰した大木からこれまた、たくさんのヒマワリがリーマに向かって伸び始めた。

「げっ!?」

 ヒマワリがリーマに追いつき、手足に絡みつく。リーマは大人の姿に成長し手で引き千切っているが量が多すぎた。

(チャンス!)

 咄嗟に日傘の先をリーマに向ける。先端にエネルギーが充電され始めた。

「な、何だ?」

 意味が分からないので止める事が出来ない。困惑している間にもエネルギーがどんどん膨れ上がる。

(も、もしかして……)

 思い起こされるのは魔理沙の『ファイナルスパーク』や人里で妖怪を倒したあの技。

「もうどうにでもなれええええええええええ!!!」

 腰を低くし、衝撃に備える。

「あ、あれは……やばい!?」

 こちらに気付いたリーマは逃げる為にヒマワリを力いっぱい引き千切るがヒマワリも次々に絡みつく。

「いっけえええええええ!! 元祖『マスタースパーク』!!」

 頭に浮かんだ単語をそのままスペル名にした。俺の声に合わせて日傘から極太レーザーが撃ち出される。レーザーは衝撃波を放出しながらリーマ目掛けで突進する。

「ちょ、ちょっと、ま――」

 リーマが何か、言う前にレーザーが着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたた……」

「大丈夫か?」

 戦いの後、俺とリーマは神社のお賽銭箱に腰掛けていた。

「本当に……あんなの躱せる訳ないじゃない」

「いや、だから撃ったんだけど」

 大人リーマはぷんぷんと怒っている。レーザーを食らってかすり傷と少し服が破けただけで済んだのはすごいと思う。あの後、倒れたリーマの喉に日傘の先端を向けた結果、降参したのだ。

「で? これから私をどうするつもり?」

 目を細めて聞いて来た。

「……さぁ?」

「さぁ、じゃないわよ!」

「仕方ないだろ? 俺はただお前を退治しろって言われただけなんだから」

「私から説明させてもらうわ」

「「うわっ!?」」

 俺とリーマの間から紫が出て来た。

「や、八雲 紫!?」

「ごきげんよう。どう? 私の社員、強いでしょ?」

「あれは運がよかっただけだって……」

「彼女はそう言ってるけど?」

「彼女は謙虚なのよ」

「……あれ?」

 紫のセリフに違和感を覚える。リーマは俺の事を女だと思っているから『彼女』と言っても仕方ない。だが、紫はどうだ。知っているのにも関わらず俺の事を『彼女』と言った。

「あ、少し待っててね」

 リーマにそう言って紫が俺の腕を掴んで歩き始めた。

「お、おい!?」

「貴方に大事な話があるのよ」

 紫がずんずんと前に進む。因みに境内は今、大量のヒマワリに埋め尽くされており綺麗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 話って?」

「はい、これ」

 紫はスキマを展開させ、その中に手を突っ込んで何かを取り出した。

「これは?」

「万屋の仕事の時に使用可能なスペルよ。話の途中であの子が襲って来たからね。渡せなかったのよ」

「そうか……さんきゅ」

「後、これも」

 先ほど貰ったスペルより何倍もの厚さがあるスペルの束を差し出して来た。

「こ、今度は何だ?」

「貴方がコスプレした人の名前が書いてあるスペルよ。貴方が何に変身するか相手が分からないと不公平じゃない?」

「俺も知らないんだが?」

「いいからコスプレした時に該当するスペルが貴方の目の前に出現するからそれを唱えればいいのよ」

「……わかった」

 俺も自分が変身した人の名前を知りたかったのだ。丁度、良かった。

「いいか?」

「もう3つあるわ」

「まだあんのかよ……」

「1つ。貴方が外の世界から来ている事を幻想郷では言わない事。2つ。自分の能力名を言わない事。3つ。自分が男である事を言わない事。これだけよ」

「……」

 1つ目はわかる。行き来している事がばれたら『外の世界に行ってみたい』みたいな依頼が来る可能性が高いからだ。

 2つ目もわかる。自分自身でもよく分からない能力だ。言っても得する事なんてない。なら、言う必要などないのだ。

 うん。問題は3つ目だ。

「な、何で男って言っちゃ駄目なんだよ!!」

「思い出してみなさい。弾幕を出していたのはどんな子だった?」

「ど、どんな子って……」

 思い浮かぶ少女たちの顔。

(お、女だけ……だと……)

「そう言う事。まぁ、頑張って」

 紫はそのままリーマの元へ戻って行った。

(う、嘘だろ……自分から言っちゃ駄目なんて……気付かれなかったらどうすんだよ)

 一瞬、男でも女でも仕事に影響がないと気付くが首を振って否定する。俺がそれを認めてしまったら幻想郷で俺は女扱いされてしまう。

(待てよ?)

 幻想郷で俺が男だと知っているのは紫、ミスティア。そして――。

「霊夢?」

 霊夢との会話を思い出した。霊夢は途中から俺の事を『貴方』と言っていた。つまり、気付いている。

「でも……何で?」

 紫とリーマが来るまでヒマワリ畑を眺めながら悩んだが何も思いつかなかった。

 



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第21話 初仕事は料理人

「じゃあ、いってきま~す!」

「いってらっしゃ~い! お仕事、頑張ってね~!」

 俺の学校が夏休みに入ってから3日が経った頃、とうとう依頼状が届いた。その依頼の為にこれから幻想郷に向かう。

 因みにリーマとの戦いで負った怪我は幻想郷の薬剤師のおかげできれいさっぱり消えている。おかげで望にもばれずに済んだ。

「……に、してもこの依頼は何だ?」

『博麗神社に集合』

「これだけって……」

 送り主は不明。内容も不明。集合時間は4時。

「時間だけわかっても……」

 呟きながら近くの公園に到着する。急いでトイレへ駆け込み、個室に入った。

「はぁ~……」

 誰にも見られないとはいえ、コスプレするのは嫌だ。だが、仕事なのだから仕方ない。ホルスターを左腕に取り付けてイヤホンを引っ張る。それを両耳に装着しスペルを取りだす。

「移動『ネクロファンタジア』」

 出来るだけ小声で唱え、変身する。もう一度、溜息を吐いて扇子で空間を撫でた。博麗神社の場所が分からないので適当に座標を合わせる。そして、嫌な音を立てながらスキマが開かれた。

(そうだ……霊夢に会ったらあれ、聞くか)

 そう考えながらスキマに飛び込んだ。

「……まぁ、こうなるわな」

 いきなり、上空に投げ出された。下を見れば大自然が広がっている。

(このまま飛んで行ってもかまわないんだけど……)

 この前、紫から貰ったスペルを確認する。

(これが『速達』でこれは『探し物?』。この曲って鬼になるんじゃなかったっけ?)

 不思議に思ったが気にしない事にした。

「速達『妖怪の山 ~ Mysterious Mountain』!」

 紫の服から天狗の服に早変わり。

(一気に行くぜ!)

 翼を大きく広げて博麗神社を探す為に適当な方向へ移動し始める。何だかんだ言って楽しんでいる自分に気付かない俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 1時間後、ようやく博麗神社を見つけた。途中で唐傘お化けが現れて『うらめしや~』と脅かして来た。驚かなかったら半泣きになり機嫌を取るのに時間がかかってしまったのが原因だ。いや、あれでも20分ほどだったから迷ったのが一番の原因か。

「ギリギリね」

「あ?」

 博麗神社のお賽銭箱に背中を預けていたら紫がスキマから出て来た。

「も、もしかして……」

「ええ。私が依頼主よ。何よ? 露骨に嫌な顔しなくても……待って! スキマを使って帰ろうとしないで!」

「冗談はさておき……要件は?」

 耳からイヤホンを引っこ抜きながら聞く。

「その前に聞くわ。貴方、料理出来る?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくっ……」

 ここは博麗神社の台所。鍋の中でぐつぐつと豆腐が揺れているのを黙って見つめている俺。

「すいませ~ん! 湯豆腐、追加お願いしま~す!」

「今、やってるよ」

 その時、居間の方から橙がやって来た。そう、俺は今料理を作っている。2時間ほど。

「後、酢豚とから揚げ、お願い。一人で無理なら2回に分けても大丈夫だから」

「はい! わかりました!」

 豆腐をお湯から引き揚げながら指示を出す。橙は笑顔で返事をし、酢豚を持って行った。

「……本当に何しているんだろ? 俺」

 紫からの依頼は宴会の料理を作る事だった。どうやら、博麗神社ではしばしば宴会が開かれるそうでその席で俺の紹介をしたいそうだ。だが、いきなり顔を出さずに料理で好印象を狙う作戦らしい。

(料理って……)

 ますます女に見られそうだ。

「橙! 湯豆腐、出来たぞ!」

「はい! ただいま!」

 汗だくになりながらも黙々と料理を作り続ける。2時間も働いていたら当たり前だ。それに博麗神社の台所は竈だ。最初に藍から使い方を教えてもらったが難しい。それも手助けしていつもより疲れていた。

(紫はいつ、来るんだろうか?)

 『呼ぶまで作り続けなさい』と命令されているので下手に動けない俺だった。

 

 

 

 

 

 一方、紫は――。

「もう、飲めないわよ~……むにゃ」

 寝ていた。

「今日はやけに潰れるのが早かったわね?」

「そうだな。何やらはりきっていたし……何かあんのか?」

 霊夢の呟きに魔理沙が答えた。

「ほら! 霊夢さん、空いてますよ!」

「ああ、ありがと」

 外の世界で響と戦ったリーマが霊夢のコップに日本酒を注ぐ。リーマは現在、高校生ぐらいの年齢だ。紫に『幻想郷に来ないか』と誘われ、やって来たのだ。そして、霊夢が幻想郷での最重要人物と聞き、媚を売っている。

「に、しても外の世界にもまだ妖怪なんているんだな」

「数は少ないけどいるみたいね。私は会った事ないけど」

「私にはタメなのか?」

「だって、紫さんにそう言われたから」

「よし! 耳元でマスパ、放つか」

 魔理沙がニヤニヤしながらミニ八卦路を取り出す。標準はぐっすり眠っている紫。

「え!? それはさすがに……」

「やめときなさい。死にはしないけど神社が壊れる」

(ゆ、紫さんより神社!?)

 リーマは心の中でツッコむが口には出せなかった。

「湯豆腐、お持たせしました!」

 元気よく橙がお皿を持って来た。

「……」

「霊夢?」

 魔理沙が酒が入ったコップを傾けながら聞く。

「今、気付いたんだけど……料理、誰作ってるの?」

「誰ってメイド長とか?」

「私がどうしたの?」

 橙から湯豆腐を受け取っていた咲夜が首をこちらに向けて問いかけて来た。

「……違ったな」

「?」

「じゃあ、妖夢……はあそこで酔っぱらいながら踊ってるし。後は藍……もあそこで紫の世話してるし」

「あ! アリスとかじゃ? 人形操ってさ!」

「あそこ……」

 魔理沙の閃きを聞いた霊夢はちょんちょんと指さした。

「うげっ!?」

 アリスは静かに壁に寄りかかって寝ていた。問題は人形たちである。アリスはどうやら魔力で出来た糸を放出したまま寝てしまったようで指が動く度に人形が弾幕を放っているのだ。

「あれはまずいぜ!」

「上海と蓬莱が半分自立していてくれたおかげなのか2体で押さえている状態だけどいつか、こっちにも被害が及ぶわね」

「お任せください!」

 慌てている魔理沙とお酒を飲みながらから揚げを食べている霊夢の横で急に立ち上がったリーマ。

「行きますよ!」

 返事を待たずに神社の畳に両手を付けたリーマ。その瞬間に畳から多数のツルが飛び出した。ツルは暴走する人形たちをぐるぐる巻きにし墜落させた。

「ふん! 霊夢さん! やりましッいで!?」

「畳に穴開けんじゃないわよ! どうしてくれるの!」

 リーマにお札を投擲し、おろおろする霊夢。

「アリスでもないか……」

 地面でまだじたばたしている人形を部屋の隅にどけながら魔理沙が呟く。

「じゃあ、誰が……?」

 霊夢はざっと会場を見渡したが料理が出来る人や妖怪は仲のいい奴としゃべりながらお酒を飲んでいる。

「竜田揚げ、お待たせしました~!」

((も、もしかして……ちぇ、橙!?))

 考えれば考えるほど訳が分からなくなる霊夢と魔理沙だった。

 



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第22話 人間、やろうと思えば何でも出来る

「……」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ――」

 思わず、家から(スキマに手を突っ込んで)持って来たお玉を落としてしまった。

「て、てめぇ……」

 目の前で短い金髪の黒いワンピースを着た少女がエビフライをバクバク食べている。しかも、手で直接。

「ん?」

 こちらに気付いた少女はエビフライを咥えながら首を傾げる。

「……」

 なんと声をかけていいかわからず、沈黙する俺。

「…………もぐもぐもぐもぐ――」

「待て待て待て~い!!」

 今度は少女の腕を掴んで止めた。

「何なのだ~? こっちは食べるのに忙しいの~!」

「作った傍から食われて文句がない奴はいない!」

「え? これ、貴女が作ったのか?」

「そうだよ。ああ、そんなに手、ギトギトにして! ほら、洗いに行くぞ!」

 もちろん、こんな所に水道はない。外の井戸まで行かなければならないのだ。

「うん! わかった!」

 少女は素直に頷くと俺の後を飛んでついて来た。

 

 

 

 

 

 

 

「何で直接見に来るって方法を思いつかなかったんだろうな」

「お酒で頭の回転が遅くなってるんじゃない?」

 それもそうかと大笑いする魔理沙。それを霊夢は無視して台所へ入った。

「あれ?」

 しかし、竈に火はついているが誰もいない。

「いないじゃんか。トイレか?」

「竈の火をそのままにして行くかしら? 普通、誰かに頼んで火、見ててもらうんじゃ?」

「確かに……ん?」

 その時、魔理沙の目に食べかけのエビフライが映った。

「……霊夢?」

「何?」

「居間にルーミア。いたか?」

「え? う~ん……どうだったかしら? でも、なん……」

 霊夢もエビフライに気付く。

「ありえないでしょ? 神社の中で」

「そう、神社の中じゃなかったらいいんだ。博麗神社の外に連れ出して……」

「連れ出す前に倒されるわ」

「いつもメンツならな」

「……まずいわね」

「だろ?」

 霊夢と魔理沙は急いで居間へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「つめた~い!」

「我慢しろ」

 少女の手を丁寧に擦って油を落としている俺。石鹸があればいいのだがそんな物あるわけもなくただごしごしと擦っているだけだ。

「う~……お腹すいた」

「はぁっ!? あんなにエビフライ、喰ったのにか!?」

(10本は軽く超えてたぞ……)

「貴女は食べてもいい人間?」

「人間、喰わないだろ。普通」

「妖怪は食べるよ。普通に」

「あ、妖怪?」

「うん、妖怪」

「へ~」

 今更、驚く事もない。先ほども飛んでいたのだから。

(あれ? もう、妖怪が当たり前になってる!?)

 妖怪少女の手を洗いながらここまで毒されているのかと落ち込んでしまった。

「どうしたの?」

「い、いや……何でもない」

「あ! 料理、作って!」

「は?」

「だから、私だけに料理、作ってよ!」

「いいけど……あの食材、使えねーぞ?」

 台所の食材は紫が用意した物だ。あれを勝手に使うのは駄目だと思う。

「え~!? じゃあ、どうすればいいの!?」

「自分で持って来い。そしたら、作ってやる。はい、もういいぞ」

「わかった! “狩って”来る」

「おう! 行って来い」

(妖怪でも“買って”来られるんだ……)

 この後、俺は地獄を見る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いねーな」

「そのようね」

 居間にルーミアの姿はない。不安になって来た魔理沙とどうでもよくなって来た霊夢。

「ちょっと、探して来る!」

「いってらっしゃい」

「お前も行くんだよ!」

「嫌よ。面倒くさい」

「いいから!」

「どうしたんですか?」

 霊夢の腕を掴んで縁側から飛び立とうとしている魔理沙に少し顔を赤くした早苗が声をかける。

「実はな――」

 宴会の料理を作っている人がルーミアに襲われたかもしれないと魔理沙は早苗に説明した。

「それは放っておけません! 私もお手伝いさせていただきます!」

「さんきゅ! じゃあ、3つに分かれて探すぞ!」

「え~……私も入ってるの? めんどうね」

 そう言いながらも霊夢は人里の方へ飛んで行った。

「私は妖怪の山へ行きます!」

 それに続いて早苗も飛び去る。

「よっしゃ! 魔法の森へ行くぜ!」

 箒に跨り、魔理沙もルーミアを探して夜空を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいおいおい? これは一体、何の冗談だ?」

「えへへ! すごいでしょ!」

 妖怪少女は買い物に行ったのではなく狩りに行った事が目の前の物体を見て分かった。

「それにしても……イノシシって」

 博麗神社の台所に大きなイノシシが横たわっている。

「捕まえるの大変だったんだよ? 早く、作って!」

「作れって言われても……どうやって捌くんだ?」

「え……作れないの?」

「う……」

 妖怪少女が目をうるうるさせてこちらを見上げた。俺は少しこう言うのに弱い。

「……わかったよ。やってみるけど期待すんなよ?」

「うわ~い! イノシシだ~!」

(聞いちゃいね……)

 両手を真上ではなく真横に伸ばしてそこら辺を飛び回る妖怪少女。その前で俺は1つ、深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~お……出来ちゃったよ。おい」

「うわ~! おいしそう!」

 妖怪少女――ルーミアの目の前にはイノシシの生肉がずらりと並んでいる。捌いている途中に自己紹介をして来たのだ。

「おい、まだ喰うなよ。火、通してないから」

「いいよ~! このままでも~」

(さすが、妖怪……)

「いや、調理した方が絶対、美味いから」

「ん~……じゃあ、我慢する」

「よし、いい子だ。でも、さすがにこれだけの量、喰えないだろ?」

「食べられるけど食べてる途中で料理が冷めちゃうと思う」

「あ、そっち? あれ、そっちなの?」

 質問するけどルーミアは目をキラキラさせて生肉を見ていて聞いていなかった。

「……作るか」

(つっても……イノシシ料理知らねー……)

 重大な事に気付く俺。

「る、ルーミア? 何、喰いたい?」

 本人に聞いてみる。

「肉」

「わかってるよ! 具体的な料理を言え!」

「何でもいいからお腹いっぱいになりたい」

(駄目だ……どうしよう)

 数秒間考えた後、いい方法を思いついた。

「なぁ? ルーミア?」

「何?」

 生肉を凝視しながら返事をする妖怪少女。

「友達……いるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様! 起きてください! そろそろ響を紹介しないと!」

「う~ん……まだ朝よ」

「夜中です!」

 私は紫様の体を揺すって起こそうとするが目を覚ましそうにしない。このままでは響を紹介する前に居間にいる全員が酔い潰れてしまう。

「私が代わりに紹介しますよ? いいですか?」

「おねが~い……」

 紫様はそう言うとまた眠りについた。

「全く……」

 溜息を1つ、吐いて台所に足を向ける。今でも響は料理を作っている事だろう。

「響! ちょっと来て……あれ?」

 しかし、予想は外れて台所には誰もいなかった。

「トイレ……か。竈の火も消えているし」

「藍様? どうかしましたか?」

 推測していると橙が空いた皿を抱えてやって来た。今回の宴会の幹事は魔理沙ではなく紫様なので私たちが響のお手伝いをしている。

「ああ、響を呼びに来たんだけど……見てないか?」

「いえ、先ほどから見当たりません」

「むぅ……どこに行ったんだ?」

 しばらくの間、台所で待っていたが響は姿を見せなかった。

 



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第23話 焼肉

「チルノ! 石を氷漬けにするな!」

「え~! おもしろいのに?」

「続けたければ続ければいい。ただし、焼肉が遠ざかると思え」

「チルノ! 真面目にやろうよ!」

「あ、あれ? ルーミアがめずらしく、やる気だ!?」

「響さん。これでいいでしょうか?」

「う~ん……鉄板、もう少し右寄りで。ああ、大ちゃん。それが終わったら悪いけど台所から何か火種、持って来てくれる?」

「はい! わかりました!」

「居間からお皿、持って来たよ~!」

「さんきゅ、リグル。後はミスティアのタレ待ちか……」

 俺の周りにはルーミアの友達であるチルノ、大ちゃん、リグルがいる。今はいないがミスティアが自分の屋台から焼肉に合いそうなタレを持って来てもらっていた。その間に俺たちは石を積んで即席の竈を作り、その上に鉄板が乗るようにしている。

(まさか……ミスティアと再会するとはな)

 ルーミアが連れて来た時は驚いた。向こうも同じだったらしく目を見開いていた。

「このテッパンも凍らせたらどうなるのかな?」

「その瞬間、お前がルーミアに喰われるだろう」

 俺の隣でルーミアがコクコクと頷く。

「ぶぅ~!」

 つまらなさそうに頬を膨らませるチルノ。

「拗ねても駄目」

「火種、貰って来ました~!」

 そこへ大ちゃんが大量の新聞紙を抱えて帰って来る。

「さんきゅ。それを鉄板の下に入れてくれ」

「はい!」

 大ちゃんが新聞紙を入れたのを確認してから森で拾った小枝を投入する。

「火、つけるぞ~!」

≪おお~!!≫

 俺の掛け声に5人は手を上げて答える。

「待って~!」

 マッチを取り出した所でミスティアが到着する。

「お疲れ~」

「これでいい?」

 ミスティアからタレを貰い、それぞれの皿に注ぐ。

「皿は自分で持ってろよ?」

 注意しながらマッチに火を灯し、竈へ投げ入れた。少ししてから竈から煙が上がる。

「ついた!」

 チルノは目をキラキラさせて竈の中を覗き、ルーミアは涎を垂らしながら生肉を鉄板へ――。

「こら! ルーミア、まだ肉入れるな! もう少し温めてから!」

 ギリギリの所で羽交い絞めにし止める。

「え~!」

「もう少しだから我慢しろ!」

「……わかった~」

 ルーミアが落ち着いたところで鉄板の方を見るとミスティアが腕を伸ばしていた。

「温度?」

「うん。やっぱり、もう少しかな?」

「さすが屋台主」

「いや~! それほどでも~!」

 頭を掻きながら照れるミスティア。こいつとは仲良くやって行けそうだ。

「そう言えば、どうして響は宴会の料理を? とても美味しかったけど」

「さんきゅ、ミスティア。ところで……名前、略していい? なんか呼びづらい」

「い、いいけど……」

「じゃあ……」

 ふと悟がミスティアの事を『ミスチー』と呼んでいたのを思い出す。

「ミスチーでいい?」

「う、うん……いいよ」

「で、さっきの質問の答えなんだけど……幻想郷で万屋やる事になってな。これが一番、最初の仕事」

「え!? 万屋!?」

 ミスチーの大声に他の奴もこちらを向く。

「響さん。万屋、やるんですか?」

 心配そうに大ちゃんが聞いて来る。

「あ、ああ……」

「え~! こんな人間がヨロズヤなんてできるの?」

「絶対、お前は万屋の意味をわかっていない」

 鉄板がいい感じになって来たので油を引いてからミスチーと手分けして肉を並べる。ルーミアの涎の量が増えた。

「ふ、ふん! それぐらい知ってるもん! わたしと弾幕ごっこしなさい!」

「はっ!?」

「だ、駄目だよ! チルノちゃん! 人間相手に勝負を挑んじゃ!」

「大丈夫だと思うよ?」

 注意した大ちゃんを否定したのはミスチーだ。

「え?」

「だって、響は私に勝ったもん。多分、ここにいる全員より実力は上よ。それに前に人里で起きた異変も響が解決したんだし」

「え、ええええええええええええ!?」

 リグルが驚いて叫んだ。大ちゃんは口をわなわなさせていて声すら出せていない。

「お、おい! 何で知ってんだよ!」

 肉をひっくり返しながら問いかける。ルーミアの足元に涎の湖が出来始める。

「だって……ほら、ここにいるの響でしょ?」

 ミスチーは大ちゃんが持って来た新聞紙を突き出して来た。乱暴に受け取ってミスチーが言っていた場所を確認する。

 

 

 

・この間、起きた妖怪の群れが人里を襲う『脱皮異変』。名前はこの妖怪が脱皮をして復活する事から名付けられた。この異変を解決したのは博麗の巫女である博麗 霊夢。里の守護者の上白沢 慧音。竹林の健康マニア、藤原 妹紅。あと一人いるのだが、現在行方不明である。3人に名前を聞いたが本人に迷惑がかかると拒否されてしまった。だが、その人物らしき人影を撮影する事に成功した。

 

 

 

 文章はここで終わっており、上には大きな写真があった。凄まじい暴風の中、黒い人影が右手を真上に向けており、その手に括り付けられている棒らしき物からどでかいレーザーを放っている。周りに結界を貼っている霊夢と妹紅を羽交い絞めにしている慧音がいた。

「お、俺だああああああ!!」

 ルーミアの皿に焼けた肉を盛り付けながら項垂れる。

「やっぱり……こんな事、出来るの響しかいないもん」

「確かに本人なら人里でこんな技、使わないもんな」

「す、すごいです! これなら万屋も出来ます!」

「うん! きっと出来るよ! 妖怪退治の依頼も来そうだね!」

「だから、嫌なんだよおおおおおお!!」

 大ちゃんとリグルの発言を叫んで否定。ルーミアは箸を使わずに手で肉を掴んで食べている。とても満足そうで何よりだ。

「いいわ! わたしと弾幕ごっこしなさい!」

「あれ!? チルノちゃん、話聞いてなかったの!?」

「寝てたわ!」

「話が長すぎたようだな」

 チルノなら仕方ないと納得してしまった。

「いいから! 早く!」

「はいはい……ミスチー、頼む」

「わかった。ルーミアでしょ?」

「ああ、皿を突き出しているし」

 ルーミアの事はミスチーに任せて立ち上がった。

「大ちゃんもリグルも適当に食べておいて」

「は、はい!」

「わかった」

 チルノはもう飛び上がっていてやる気十分だ。

「ルールは?」

「スペルカードは4枚。当たるか落ちるか全部ブレイクした方の負けでいいわね?」

「おう」

 PSPからイヤホンを伸ばし耳に装着。

「……飛ばないの?」

「今は飛べないんだ。後で飛ぶ」

「あ! 私が合図出しますね~!」

 大ちゃんが手を挙げてアピールする。

「頼む」

「それじゃ~! 始め!」

 大ちゃんの合図と同時にPSPを操作し曲を流す。すると、目の前に光り輝いたスペルカードが出現する。

「い、いきなりスペル!?」

 リグルが驚くが無視して掴み取り、大声で宣言した。

「亡き王女の為のセプテット『レミリア・スカーレット』!」

 服がピンクのワンピースにドアノブのような帽子。背中に漆黒の翼が生えた。変身が終わると同時にチルノに向かって飛ぶ。不意に後ろを見た。

「へ、変身!?」「す、すご~い!」

 大ちゃんとリグルの声が聞こえる。その後ろでは――。

「もっと!」

「はいはい。これもいいよ。でも、これは駄目」

 ルーミアがミスチーにお肉を取って貰っていた。

「ふ、ふん! 変身がどうしたって言うの!! これでも食らえ! 凍符『パーフェクトフリーズ』!」

 チルノはチルノで叫びながらスペルを発動。これは脱皮異変の時に俺が出した技だ。その場に留まって弾を躱す。そして、弾が止まった所で懐からスペルを取り出す。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 宣言した後、右手に紅い槍が現れて思いっきりチルノに投擲した。

「うそっ!?」

 止まった弾を蹴散らしてチルノに被弾。神社の境内に墜落した。

(ごめんな……俺も肉、喰いたかったんだ)

 心の中で謝りながら焼肉会場へ戻る俺であった。

 その後は普通に焼肉を楽しみ、チルノ達に万屋を宣伝してから無断で帰った。居間をちらっと覗いたら紫が寝ていたからだ。無責任にもほどがある。

 

 

 

 

 

「へ~……なかなか面白い奴だったね。今の」

「ああ、まさかこんな所に来るとは運命って奴かね~」

「会ったら喜ぶかな?」

「口が塞がらなくなると思うぞ?」

「それもそうだね~!」

 縁側からチルノとの戦いを見ていた人がいたなんて俺は知らなかった。そして、この人たちがあいつと再会させるきっかけとなる事も――。

 



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第24話 強いられた再会

 翌日、スキホにメールが来た。紫からではなく依頼だ。依頼が来るのは喜ばしい事なんだが――。

「これは……」

 内容は弾幕ごっこの練習相手。どうやら、宴会の時のチルノとの戦いを見られていたようだ。

「場所は妖怪の山の頂上付近にある神社、か」

 今、幻想郷の上空。時間は午前9時。弾幕ごっこの練習相手がどれほど時間を食うかわからないので望には遅くなると言っておいた。集合時間は午前11時半なのだが、迷って遅れてはいけないので早めにやって来たのだ。

「スキホに幻想郷の地図……入れてもらおう」

 決心してから天狗の姿で空を飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、早苗行って来る!」

 午前11時。神奈子が台所にいる早苗に声をかけた。

「え? どこへですか?」

 台所から顔を覗かせて早苗が質問する。

「天狗と宴会があってね~!」

 それに諏訪子が答えた。

「じゃ、じゃあお昼ご飯は?」

「ごめんね~! いらないや」

「そうですか……どうしましょう? 食材が余ってしまいます」

 早苗がシュンとなって呟く。手にお玉を持っているのでお昼ご飯を作っている途中だったらしい。

「あ! なら、これから来る万屋さんにでも出せば?」

「万屋、ですか? え? これから?」

「ああ、早苗の弾幕ごっこの練習相手になって貰おうと思って」

「ええ!? そんな事、いつ決めたんですか!?」

「昨日の宴会の時だよ。そう言えば早苗、居なかったね」

「は、はい……人探しをしていました」

 その人探しが不発に終わったのを思い出し、俯いてしまう早苗。

「人探し?」

「はい、実は――」

 早苗が昨日の事を2人に話す。

「ああ、多分宴会の料理を作ったのもその万屋さんだと思うよ?」

「え? そうなんですか?」

「ああ、昨日の宴会は珍しく八雲紫が開いたんだ。きっと、万屋の宣伝でもさせるつもりだったんだろ?」

 神奈子が推測する。

「へ~! 紫さんに認められるほどの万屋さんですか~! すごいですね!」

「う~ん……まだ活動し始めたばかりだから何とも言えないけど、多分ね」

「会うのが楽しみになって来ました!」

 早苗が目をキラキラさせているのを見て神奈子と諏訪子は必死に吹き出すのを堪える。早苗はそれに気づく事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~お……3時間、迷ったぜ」

 結果的に遅刻した。現在、正午。お昼時だ。紫から貰ったスペルカード――永遠『リピートソング』がなければ何度も『速達』を宣言しなければいけなかったのでもっと時間がかかっていただろう。このスペルは文字通り、同じ曲をリピート出来るスペル。つまり、長時間同じコスプレのままでいられるのだ。だが、制限があり仕事用のスペルにしか使用できず、更に弾幕やスペルは使えなくなる。弾幕ごっこの時には使えないスペルだ。

 疲れた体に鞭を打って神社の境内に着陸。すぐにイヤホンを耳から抜いていつも通りの服装に戻った。

「すみませ~ん! 依頼を受けて来ました~!」

 大声で神社の中にいるであろう依頼主に向かって言う。よく神社を見てみるとどこかで見た事のある神社だった。

「は~い!」

 そう思っていると中からどこかで聞いた事のある声が聞こえた。

「うおっ!?」

 その刹那、ポケットに入れていたスキホが震える。紫からメールだ。移動中に地図についてメールを送っておいたのだ。

『八雲紫:わかったわ。後でデータ送るわね』

『音無響:さんきゅ』

 素早く返事を打ってスキホを閉じる。

「お待たせしまし……た」

 神社の方から声が聞こえたのでそちらを見てみるとこれまたどこかで見た事のある――。

「いやいや……待て」

 おかしい。こんな所にいるはずのない人だ。空を飛び過ぎて幻覚でも見ているのだろう。目をごしごしと擦ってもう一度、神社から出て来た人を見る。

「「……」」

 お互いがお互いの顔を見る。うん――早苗だ。

「「え、ええええええ!?」」

 早苗の方も驚いたらしく口をわなわなさせて目を見開いていた。

「お、お前……どうしてこんなところに?」

「そ、それはこちらのセリフです! どうして、響ちゃんが!?」

「いや……依頼で」

「え!? ま、まさか……あの万屋さんですか?」

「あ、ああ……」

 早苗の様子から見て依頼を出したのは違う人らしい。もし、早苗が出したのなら昨日、俺を見ているはずだ。

「「……」」

 数分間、沈黙が流れる。

「そ、そうだ! お昼、まだですよね?」

「え?」

「一緒に食べませんか?」

「……わかった」

 一先ず、お昼を食べる事にした。そうすればいくらかは落ち着くはずだと踏んだ結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

「うん……落ち着けなんて無理だね」

「はい……もう、何が何やら……」

 早苗の手料理を食べ終えてお茶を啜るが全く味が分からなかった。

「まず、お前はどうして幻想郷に?」

「それは簡単です! 信仰の為です!」

「信仰?」

「はい! 外の世界ではもう神はほとんど信じられていませんので信仰を得るのはとても難しかったんです。その為、神社が……」

 少し視線を落とす早苗。外の世界でそれについて聞いた事があるのですぐに理解出来た。

「それでまだ神が信仰されている幻想郷に引っ越した、と」

「はい! おかげでたくさん信仰を得る事が出来ました! で? 響ちゃんは?」

「ああ、紫って知ってるか?」

「はい、紫さんですね」

「そいつの会社に入る事になって……で、万屋になった」

「……それだけですか?」

 困ったような表情で早苗が質問して来た。

「ああ、それだけだ」

「幻想郷に来た経緯とかないんですか? どうやって、紫さんと出会ったとか」

「いや~……口止めって奴?」

 話してしまえば外の世界から来ている事も話さなくてはいけなくなる。

「な、なるほど……あれ? 響ちゃんって弾幕ごっこ出来るんですか? 今回の依頼がそうですし」

「……まぁ、一応」

「じゃあ、やりましょう!」

 そう言いながら力強く立ち上がる早苗。

「はぁっ!?」

「せっかく来てくれたんです! やらなきゃ損ですよ!」

「損って何だよ!」

 必死にツッコミを入れるが早苗は無視し、俺の腕を掴んで神社の外へ出る。

(あ、あれ? 早苗ってこんな感じだっけ?)

 俺の中の早苗はドジで友達思いでもっと落ち着いていたはずだ。今は人の話すら聞いていない。

「さ、早苗?」

「はい? 何でしょう?」

 俺を引っ張りながら早苗が返事をする。

「ここで何かあった?」

 原因は幻想郷に来たからとしか思えなかった。

「いえ? 別に何もありませんでしたけど……」

 首を傾げながら答える早苗。

「いや、何かあったはずだ! 短期間でそんなに変わるのは普通におかしい!」

「響ちゃん……」

 俺の言葉を聞いた早苗は急に立ち止り、俺の方を向く。

「な、何だよ……」

「この幻想郷では常識に囚われてはいけません! 普通なんてないんです!」

 早苗は幻想郷色に染まってしまったようだ。

「ああ、あの頃の早苗が懐かしくなって来た……」

 急変した友人に眩暈を覚える。

「何言ってるんですか? ほら、構えてください!」

 気付けば早苗が俺から離れ、戦闘態勢に入っていた。

「……やるしかないみたいだな」

「スペルは6枚。3回被弾するもしくは墜落するか、全てのスペルがブレイクされた方の負けでいいですね?」

「ああ、もういいよ……なんでも」

「わかりました! では、早速!」

 笑顔でそう言うと早苗が空を飛ぶ。俺はPSPからイヤホンを伸ばし、耳に装着しながらそれを見ていた。

「あれ? 飛ばないんですか?」

 いつまで経っても飛ばない俺を見て質問して来る。

「いや、始まってから」

「? わかりました。じゃあ、始めっ!?」

 早苗はそう言うと大量の弾幕を放つ。ここからでも隙間はどこにもないのがわかった。回避不可能。だが、それらが届く前にPSPを操作し曲を再生した。すると、光り輝く1枚のお札が目の前に出現。それを乱暴に掴み取り、宣言する。

「少女が見た日本の現風景『東風谷 早苗』!」

 言い終わると同時に弾幕が地面を揺らした。

 

 

 

 

 

 

「きょ、響ちゃん?」

 私の弾幕が地面と衝突した拍子に砂埃が舞い、響ちゃんの様子が分からなかった。着弾する前に何かのスペルを唱えていた気がするがあまり自信はない。

「ど、どうしよう……」

 響ちゃんとの再会でテンションがおかしくなっていたのもある。でも、響ちゃんと弾幕ごっこが出来るのがただただ嬉しかったのだ。そのせいであんな鬼畜な弾幕を出してしまったのだが――。

「秘術『グレイソーマタージ』!」

「なっ!?」

 後ろから声が聞こえたと思ったら背中に弾が直撃。しかも、スペル名は私が使っているスペルだ。私は驚き、勢いよく振り返る。

「後、2発だな。俺のスペルはあと4枚」

 スペルを構えながら言うのは先ほどまで地面にいた響ちゃん。しかし、服装ががらりと変わっていた。

「ど、どうして……私と同じ服を?」

 そう、白い蛇の髪留め以外は私とまるっきり同じなのだ。蛇の髪留めは響ちゃんのかわいらしいポニーテールに巻き付いている。

「へ~……この服、お前だったのか。再会の衝撃が強すぎて気付かなかったぜ」

「え?」

「まぁ、いいや。早苗、本気で行くから本気で来い」

 響ちゃんはそう言いながら右手に持ったお祓い棒を私に向けて来る。その姿がとてもかっこいいと呑気に思った。

 



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第25話 運命の歯車

お待たせしました。このお話しから『第1章の本編(響さんの人間離れ)』が始まります。


「何でついて来るんだよ~」

「いいじゃないですか~。魔理沙さんについて行けば何か記事になりそうな事がありそうなんですよ」

 ニコニコしながら私の隣を飛ぶ射命丸。それを見て1つ、溜息を吐く。私の気持ちはこの空のように分厚い雲で覆われていた。

「遊びじゃないんだぞ?」

「じゃあ、何しに守矢神社まで?」

「昨日の宴会の事で早苗に話があんだよ」

 先ほど、ルーミアと鉢合わせし、落としてから昨日の事を聞いたのでその報告をしに行くのだ。

「昨日ですか? はて、何かありましたっけ?」

「質問するが昨日の料理、誰が作ってた?」

「そりゃあ、幹事が八雲紫だったのでその式神である八雲藍じゃ?」

「いや、違うな。藍はずっと紫の世話をしてた。珍しく紫が潰れたからな」

「なら、誰が?」

「新しい万屋だってさ。ルーミアはそいつの事、かなり気に入ってた。多分、食べ物でも貰ったんじゃないか?」

 因みに名前は『キョウ』。

(あいつじゃないよな……行方不明だって聞いてるし)

「もしかして、昨日の宴会って?」

「ああ、その万屋は紫の下で働いているらしいから宣伝目的だな。まぁ、紫がはりきりすぎて酔い潰れたから意味ないけど」

「人里とか博麗神社にあったあの木箱って依頼状を出す為の物なんですか?」

「そこまでは……紫に聞くのが一番、手っ取り早いだろ?」

「だって、あの妖怪どこにいるかわからないんですもん」

「確かに」

 射命丸と話している内に神社に到着する。

「ん?」

 守矢神社の境内で早苗が誰かと弾幕ごっこをしていた。こちらに背中を見せている早苗の対戦相手は早苗と同じ巫女服を着ていて髪は黒いポニーテールで白い蛇の髪飾りが飾られている。右手にお祓い棒を持って弾幕を躱し続けていた。他に早苗と違うは左腕に大きめのホルスターを付けている所だ。

「だ、誰なんでしょう? 早苗さんと同じ格好ですが……」

 射命丸も戸惑っている。

「少女綺想曲 ~ Dream Battle『博麗 霊夢』!」

 対戦相手は1枚のスペルを取り出し、宣言。すぐに霊夢の巫女服へ早変わりする。

「今度は霊夢さんですか!?」

 早苗が声を上げて驚く。射命丸は息を呑んでいる。

「射命丸……」

「は、はい!? 何でしょう?」

「あいつが万屋だ」

「あ、あの人が? で、ですがどうやって変身して?」

「能力だ」

「……その口調だとあの人を知っているようですね?」

「まぁな」

「もう! いい加減、説明してください! 奇跡『ミラクルフルーツ』!」

 早苗がスペルを唱え、高密度の弾幕が対戦相手を襲う。

「後でな! 夢符『二重結界』!」

 対戦相手もスペルを発動。2枚の結界が弾幕を弾き飛ばす。

「今度はこっちからだ!」

 懐から数枚のお札を取り出し、投擲する。

「嘘!? さっきまで通常弾、撃てなかったのに!?」

 早苗は体を捻ってお札を躱す。

「霊夢だとお札が使えるから撃てるんだよ!」

「霊夢さんだと……? ま、まさか!?」

 早苗は顔を歪め、振り返る。その先には先ほど躱したお札が早苗に向かって突進していた。

「やっぱり、ホーミングですか!?」

 悲鳴を上げながらお札から逃げる早苗。その後を追うお札。

「す、すごいです……」

「ああ、さすが霊夢」

 対戦相手は逃げ惑う早苗をぼーっと見ていた。声をかけるには絶好のチャンスだ。

「お~い! 響!」

 対戦相手――響のいる辺りまで高度を下げながら手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

「お~い! 響!」

「ん?」

 涙目で逃げている早苗を見ていたら上から聞いた事のある声が俺の名を呼ぶ。

「ま、魔理沙?」

 振り返るとこちらに手を振りながら近づいて来る魔理沙と日ごろお世話になっているあの天狗の服を着た少女がいた。

「久しぶりだな~! 元気にしてたか?」

「あ、ああ……でも、何でここに?」

「ちょっと早苗に話があって。でも、それどころじゃないみたいだな」

 チラッとまだ逃げている早苗の方を見ながら魔理沙がそう言った。

「まぁな。少し離れていてくれ」

「おう! 射命丸、行くぞ!」

「は、はい!」

 射命丸と呼ばれた天狗と一緒に魔理沙は神社の方へ移動を始める。

「えいっ!」

 早苗がお札に向けて弾幕を放ち、相殺した。

「あ、危ないじゃないですか!?」

「いや、俺も知らなかったんだよ。それにお前はまだ1回、被弾出来るじゃねーか! 俺なんか後がないんだぞ!」

 俺はスペルを唱える事は出来るが通常弾を撃つ事は出来ないらしい。霊夢の場合、お札を投げればいいだけなので使えるようだが他の服は無理なので相手の弾幕をひたすら躱すしかない。スペルも枚数制限があるので無闇に使えない。俺の能力は弾幕ごっこと相性は最悪だったようだ。早苗は後、3枚。俺は後、2枚だ。

(時間もないし、霊夢のスペルは使わない方がいいみたいだな……次のコスプレに運命を委ねるか)

 お札を投げながら考える。

「秘法『九字刺し』!」

「くそっ!?」

 早苗がスペルを発動。ビームや小さな弾を躱す。その間に曲が終わる。

(頼む!)

 祈りながら目の前に出現したスペルを唱えた。

 

 

 

「U.N.オーエンは彼女なのか?『フランドール・スカーレット』!」

 

 

 

 その瞬間、テレビの電源を切ったように俺の意識が途切れた。

 

 

 

 

 誰も気付かなかった。このスペルが運命の歯車を動かし始めるきっかけになるとは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 響ちゃんがスペルを発動した。すると、また服が変わる。今度は赤いスカート。頭にはフリルの着いた帽子。背中には枯れ木に綺麗な結晶がくっついたような翼。

「あ、あれって!?」

 神社の方から魔理沙さんの声が聞こえた。いつの間にか観戦していたらしい。響ちゃんは俯いたまま動かない。しかし、私のスペルは時間切れになってしまい、当てる事は出来なかった。

「一気に決めます! 神徳『五穀豊穣ライスシャワー』!」

 スペルを唱え、小さな弾が響ちゃんを襲う。

「禁忌『レーヴァテイン』」

 響ちゃんも最後のスペルを発動し、炎の剣を手に持った。そして――。

「え?」

 響ちゃんが炎の剣を横に一振りすると私が出した小さな弾で出来た弾幕が四方八方に散らばる。急いで最後のスペルを唱えようとお札を手に持つがその隙に響ちゃんが剣を振り下ろして来る。

「ッ!?」

 それをガードする為にお祓い棒で受け止めたが向こうの勢いが強すぎて私の体は境内に叩き付けられてしまう。私の負けだ。

「いたた……」

 痛む背中を擦りながら体を起こす。

「早苗!? 逃げろ!?」

「え?」

 魔理沙さんが目の前に現れたと思ったら響ちゃんが再び、剣を振り降ろそうとしていた。

「恋符『マスタースパーク』!」

 ミニ八卦炉を響ちゃんに向けて魔理沙さんがスペルを宣言する。このスペルは八卦炉から極太レーザーを撃ち出す技。そのレーザーが撃ち出されようとした刹那――。

 ガキッ!

 響ちゃんの剣が八卦炉と衝突した。その拍子に八卦炉に亀裂が走る。

「まずっ!?」

 魔理沙さんが悲鳴を上げた瞬間、八卦炉が暴発。

「きゃあっ!?」「うおっ!?」「くっ!?」

 私、魔理沙さん、響ちゃんの3人が吹き飛ばされる。私と魔理沙さんは地面を何度がバウンドし重なるように地面に倒れ、響ちゃんは近くの木に背中から衝突。

「くっ……だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……でも、八卦炉はもう駄目だな」

 立ち上がりながら地面を見ると八卦炉の残骸が散らばっている。

「何でこんな時に晴れてないんだよ……」

 剣を支えにして立ち上がった響ちゃんを睨みながら魔理沙さんが呟く。

「? 一体、どういう事ですか?」

「あいつは今、吸血鬼なんだ」

「きゅ、吸血鬼?」

「フランドール・スカーレット。レミリアの妹でつい最近まで地下に幽閉されていた」

「幽……閉」

「で、今のあいつの状況だけど――」

 魔理沙さんは一息置いてから言葉を発する。

 

 

 

「――フランの狂気に取り込まれて暴走してる」

 

 

 

 それを証明するように響ちゃんは虚ろな紅い目で私と魔理沙さんを睨み、剣を構えた。

 



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第26話 狂気

「う~……」

 悟と遊んでいて風が吹き、目を開けるとそこは大自然。更にこれでもかと言うほど色々な花が咲いていて少し不気味だった。

「ど、どうしよう……」

 とりあえず、人に会いたい。会うためには動かなければいけない。

「よ、よし……」

 覚悟を決めて森を彷徨いはじめる。

 

 

 

 

「あ、紅い……」

 数時間後、人には会えなかったが真っ赤なお屋敷を発見する。そして、門の近くに誰かが立っていた。

(やった! 人だ!)

 嬉しくなり、走ってその人に近づく。

「す~……す~……」

 その人は腕を組み、背中を壁に預けて眠っていた。服は緑のチャイナ服に緑色の帽子。髪は紅くて長いストレートだ。

「あ、あの~?」

「んごっ……は、はい?」

 声をかけたら目を覚ましてくれた。だが、僕の背が低すぎて気付いてもらえず、キョロキョロしている。

「こ、ここです……」

「すみません。えっと……?」

「キョウです。漢字はまだ習ってなくてわかりません……」

「『キョウ』さんですか? 上のお名前は?」

 いつもの慣れで苗字を言い忘れていた。

「あ、ごめんなさい! 僕の苗字は――」

 これが幻想郷での初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を付けろ! あいつは『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持ってる!」

 響ちゃんの斬撃を躱しながら魔理沙さんが教えてくれる。

「な、何なんですか!? その物騒な能力!」

「それは私が!」

 いつの間にか文さんが私の隣に立っていた。

「物体の全てには『目』という最も緊張している点があり、フランドール・スカーレットはその点を右手に引き寄せる事が出来ます」

 文さんはぺらぺらと語りだす。その間に響ちゃんが1枚のスペルカードを左手で取り出した。

「そして――ドカーンです」

 そう言いながら、文さんが右手を握る。顔が引き攣ったのがわかった。響ちゃんは右手に持っていた炎の剣を魔理沙さんへ投擲する。

「いいか! 響の変身が変わるのは3~4分ぐらいだ! それまで耐えろ!」

 魔理沙さんは顔を背けて回避し、忠告して来る。

「……」

 響ちゃんが目を閉じて右手を前に突き出す。魔理沙さんは顔を歪め、文さんは『あややややや~!』と叫ぶ。

「も、もしかして!?」

「く、来るぞ! 全速力で移動! 私たちの『目』を引き寄せられないように!」

 魔理沙さんの指示通り、神社の上を飛び回る。

 

 

 

 ――パキーン

 

 

 

「きゃああああああああっ!?」

 何かが壊れる音がして悲鳴を上げてしまった。

「な、何が壊れた!?」

「目的は私たちではなかったようです! でも、見た所、壊れた物なんてどこにも……」

 文さんの言う通り、何も壊れていなかった。

「でも、音はしましたよ?」

「そうなんだよな」

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 話し合っている途中で響ちゃんがスペルを発動。

「くっ!? 分身して来る!」

「ぶ、分身!?」

 魔理沙さんの言う通り、響ちゃんが4人に増えた。それぞれが私たちに向かって飛んで来る。

「とにかく! もう2分は経った! もうちょっとだから頑張って生き残れ!」

 そう言うと魔理沙さんは響ちゃんから距離を取るために高度を上げた。その後を響ちゃんが追って行く。

「じゃあ、私はこっちに行きますね?」

 文さんも響ちゃんを引き連れて移動する。

「い、行かなきゃ!」

 ここで戦ってしまうと神社を壊してしまうかもしれない。急いで離れようとしたが――。

「禁忌『カゴメカゴメ』」

「え!?」

 響ちゃんがスペルを発動し、弾幕で出来た檻に閉じ込められてしまう。

「逃がさないよ?」

「くっ……」

 仕方なく、私はスペルを構えた。

 

 

 

 

 

「……」

 上空で分身と戦っている早苗を見ているのは本物の響。しかし、意識はなくただ呆然と見ていた。

「――」

 その時、遠くの方で何かを感じ取ったのかその方向に顔を向ける。

(イッショニ、アソビマショ?)

 そんな声が聞こえた気がした。ここにいるより楽しそうだ。響はすこし口を緩ませ、声がした方へ飛び立った。その事に早苗は全く気付かないで分身と戦っていた。

 

 

 

 

 

「それは困りましたね~」

「は、はい……」

 僕は美鈴さんに今までの事を話していた。

「むぅ~……少し待っててください!」

 そう言って美鈴さんはお屋敷の中に入ってしまった。

「うぅ~……」

 その途端に不安になる。美鈴さんの話によればここは僕がいた世界とは違うらしい。怖い。

「お待たせしました~! どうぞ、入ってください!」

 そう思っていると美鈴さんが帰って来る。更にこのお屋敷に入れて貰えるようだ。

「い、いいんですか?」

「はい! きちんと許可を取りました!」

 そう言いながら僕の手を握ってニコッと笑顔を見せてくる美鈴さん。それを見ていると先ほどまでの不安がどこかへ吹っ飛んでしまった。

「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ! あ、忘れてました!」

「?」

「ようこそ! 幻想郷へ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

「? どうしましたか? お嬢様?」

 紅茶を入れている途中で急にレミリアお嬢様が肩をビクッと震わせた。

「……咲夜。戦う準備をしておきなさい」

「え?」

 意味がわからず、聞き返してしまった。

「でも、この狂気は? フランはここにいるし」

「ん? 私がどうしたの? お姉様?」

 お嬢様の呟きを聞いた妹様がケーキを食べながら首を傾げる。

「貴女は何も感じないの?」

 呆れながら妹様に問いかけるお嬢様。私の疑問は無視されてしまったようだ。

「感じるに決まってるでしょ~。私の狂気に反応してるみたいだね」

「きょ、狂気ですか?」

「うん。さっき、声が聞こえたもん。何だか懐かしい感じがしたよ?」

(懐かしい?)

「懐かしい?」

 お嬢様も分からなかったようで質問した。

「お姉様は覚えてる? あの子の事」

「……ええ。覚えているわ。あれほど衝撃的な事はないもの。でも、ありえないわ」

「そうなんだよ。ありえないから分からないんだよ」

「とにかく、咲夜は出来るだけ時間を稼いで。多分、強いから死なない程度に」

「は、はい……」

「じゃあ、私も準備して来るよ。とっても楽しそうだから♪」

 妹様は残りのケーキを一口で食べ、幸せそうな笑顔を見せた後、部屋に戻って行った。ただ、その笑顔の中には少しだけ狂気が混ざっていた。

「……」

「美鈴にも伝えて来て頂戴。中に入れないのが一番だから」

「かしこまりました。お嬢様」

 時間を止め、門まで移動する。門には腕を組んで険しい顔をしながら空を見ている美鈴がいた。

「? 珍しく起きているのね」

「……はい。何か来るのを感じたので」

「そう……なら、大丈夫そうね?」

「はい、善処します」

 私も美鈴が見ている曇り空を見る。雨が降りそうだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ~」

 自分の部屋に戻ってから何度目かわからない溜息が漏れる。

(あの子……元気にしてるかな)

 昔に迷い込んで来た小さな子供の事を思い出す。あの頃はまだ地下にいたけどあの子は毎日遊びに来てくれた。

「だからあんな事になっちゃったんだよね……」

 もう一度、溜息を吐く。60年ほど前から始めた日記を開き、あの子の事を書いた所を読む。パラパラと――。

「まぁ、いいや。もう、あの子はここにいないんだし! 今は遊ぶ事だけを考えよ!」

 無理矢理、自分に言い聞かせて日記を放り投げて机の中に仕舞ってあるスペルカードを取り出した。

 



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第27話 もう一人の――

「きょ、キョウです」

「……そう。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主よ」

 美鈴さんに案内されたのはレミリアさんの部屋だった。やはり、あいさつはしておいた方がいいとの事らしい。そのレミリアさんは僕の事をつまらなさそうに見ている。美鈴さんは門番の仕事でもうこの場にいない。不安だ。

「え、えっと……」

「美鈴から聞いている。災難だったわね。まぁ、この屋敷も馬鹿でかいから戻れる日まで好きなだけ使いなさい」

「あ、ありがとうございます」

 きちんとお辞儀してお礼を言う。

「……ねぇ? 貴方、何歳?」

「? 5歳ですけど……」

 いきなり質問されて戸惑いながら答える。

「へ~……5歳にしてはしっかりしてるのね?」

「まぁ、家が家ですから」

 僕は苦笑いしながら答える。両親は忙しくほとんど僕一人で生活しているのだ。料理も少し出来る。

「ふ~ん……じゃあ、部屋に案内するわ」

「はい!」

 頷いてレミリアさんの後について行く。

 

 

 

 

 

 

「……」

 私は持っているスペルカードを確認して窓から空を見る。先ほどより曇って来た。お嬢様も準備があるらしく部屋に行ってしまい、多少不安を感じる。ここまで身構えるほどの敵が来るらしい。

「とにかく時間を稼ぐ」

 お嬢様に言われた事を復唱し、気合を入れる。

「――ッ!?」

 その時、いきなり外から威圧感に襲われた。

(こ、これが……)

 目を見開いて外を見る。黒い影が見えた。あれが敵。

「美鈴……」

 最初に戦う事になる美鈴が心配になるほどの威圧感。妖怪だから死にはしないだろうが大怪我は避けられないはずだ。

「……持ち場に」

 首を横に振って私は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「これで終わりです!」

 私が放った弾幕が響ちゃんにヒットし、消滅した。どうやら、私が戦っていたのは分身だったらしい。

「や、やっと……ですか」

 地面まで降下しそのまま座り込んでしまう。かなり、力を消費してしまったのだ。

「お~い! 早苗! 大丈夫か~!」

 上から声が聞こえ、そちらを見ると魔理沙さんが飛んで来ていた。服は所々破れているが怪我はなさそうだ。

「は、はい……何とか」

「ん? 響はどこ行った?」

「え?」

 そう言えば、響ちゃんの姿がない。戦っている最中にどこかへ行ってしまったようだ。

「お二人さ~ん! お待たせしました~!」

 そこへ文さんが到着する。

「あや? あの方は?」

「それが……いなくなってしまったんです」

「そ、それはまずいですね~……あの姿で暴れて貰っては人里が滅亡してしまいますよ~」

 文さんがさらっと惨酷な事を呟いた。

「……なぁ? もう4分、経ったよな?」

 魔理沙さんが顔を青くしながら質問する。

「は、はい、経ってますけど……あれ?」

 時間切れを狙っていたはずだ。それなのに分身は最後まで消えていない。

「ん? これ、何でしょう?」

 疑問に思っていると文さんが何かを見つける。

「これは……スペルカードだな。えっと、永遠『リピートソング』? お前らのじゃないよな?」

 魔理沙さんに聞かれて首を横に振る。文さんも同じようにしていた。

「リピートソングって事は……繰り返す曲? 同じ曲を聞き続けるって事ですかね?」

 簡単な英語だったので推測出来た。私の言葉を聞いた魔理沙さんが目を見開く。

「……まずい。まずいぞ! このスペル、響のだ!」

「響ちゃんの?」

「ああ、あいつの能力の事なんだが――」

 魔理沙さんは響ちゃんの能力について教えてくれた。

「じゃ、じゃあこれは?」

「多分、フランの曲を聞き続けてる」

「でも、待ってください! このスペルって弾幕ごっこで使っていいものなのでしょうか?」

「どういう事ですか?」

 文さんの言っている意味が分からず、聞き返す。

「このスペルって卑怯ですよね? 相手に有利な姿になった時に発動すればもう勝つに決まっています。だから、これは仕事用じゃないかと」

「仕事用?」

「はい。魔理沙さんと早苗さんの話によれば響さんという方はこの幻想郷の住人の姿になって万屋の仕事をしている可能性があります。ですが、時間制限がありますよね? もし、その時間制限を超える仕事だったら? 同じスペルを何回も唱えなければいけません。それだけでもかなりの時間ロスです。だから、こういったスペルを作ったのではないでしょうか?」

「じゃあ、どうやってこのスペルを? 仕事用だったら使えないよな?」

「っ!? も、もしかして! さっき壊したのって!」

 私は恐ろしい事に気が付いて声を荒げる。

「そ、そうか! あいつ、フランの能力でこのスペルの制限を壊しやがった!」

 悔しそうに魔理沙さんが右手を握る。

「追いかけましょう!」

「ああ! 見つけたらここに集合な!」

「待ってください!」

 飛び立とうとした私たちを止める文さん。

「魔理沙さん、八卦炉なしで本体に勝てますか?」

「ぐっ……」

 痛い所を突かれて魔理沙さんが顔を引きつらせる。

「早苗さんも肩で息してるじゃないですか」

「うっ……」

「それにここに戻って来たって向こうも移動しているはずです。すぐに見失ってしまいます。まだ、3人固まっていた方が安全です。それとあの方に協力を依頼するのはどうでしょうか? もうこれは異変です」

「あー……それは私も考えた……んだが」

 頬を掻きながら魔理沙さんが気まずそうにしていた。

「? どうしました?」

「じ、実はな――」

 

 

 

 

 

「う、うぅ……」

 目の前がくらくらする。俺は一体、どうしてしまったのだろう。何となく面倒な事になっているような気がする。

「あ、気付いた?」

「……え?」

 体を起こしていると聞き覚えのない声が上からした。声からして女。

「ほら、立って」

 その女に腕を掴まれ、無理矢理立たされる。

「さんきゅ……っ!?」

 お礼を言いながら顔を上げるとそこに――。

「じゃあ、状況を説明するわね」

 

 

 

 俺がいた。

 

 

 

「ま、待て! お前は何者だ!?」

 顔つき、髪型が全く同じなのだ。違うのは声質と背丈と体つきぐらい。声は俺よりも高めで背丈は俺の肩ぐらいまでしかなかった。体は丸みを帯びていて胸も膨らんでいる。望よりあるようだ。まるで――。

「『俺が女だったらこんな姿をしてる』って思った?」

「っ!?」

 俺の考えている事が見透かされている。

「まぁ、そう思うのも無理ないわ。でも、これを見たらどうかしら?」

 女はそう言って、背中をこちらに向ける。

「つ、翼?」

 女の背中に漆黒の翼が生えていた。いや、違う。枯れ木のような筋があって全てが黒と言うわけではなかった。

「ええ、翼よ」

 俺の方に向き直りながら女が言う。どうやら、こいつは人間ではないらしい。

「で、今の状況だけど」

「だから! お前の正体を教えろって言ってんだよ!」

「私? 私は貴方。貴方は私よ? で、状況なんだけど」

 諦めて女の話を聞く事にした。

「ぼ、暴走?」

「ええ、貴方は狂気に取り込まれてる」

「……早苗は?」

 一番、近くにいた早苗の事が心配になる。

「大丈夫みたいよ? 今は分からないけど」

(今は?)

 疑問に思ったが無視する事にした。

「俺は? 俺には何が出来る?」

「……あるにはあるけど無謀よ?」

「何かあるのか!?」

「まず、ここの事を説明するわね」

 女に言われて初めて俺はこの空間を観察する。地面は血のような赤い液体でびちゃびちゃだ。そこに寝ていたのにも関わらず服が濡れていないのはどうしてだろう。空は夜空。いや、空ではない。ドーム状になっているようだ。

「この空間は貴方の魂の中なの」

「魂?」

「そう。で、貴方が暴走したきっかけは狂気との魂逆転」

「へ?」

「貴方の魂は特別でいくつかに分かれているの。そして、元々の魂を10とすると貴方の魂は8あった。で、狂気は1だったの。比率的に貴方の魂の方が多いわ。だから、貴方がこの体の所有権を握っていた。でも、あの変身が原因で狂気と貴方の魂の位置が逆転。狂気が8。貴方は1ってわけ」

「じゃあ、ここは?」

「狂気がいた空間よ」

 色々、疑問があるが無視して一番、気になる事を聞く。

「お前は? どうしてここにいる?」

「私のいた空間も狂気に乗っ取られたのよ。これで8対2。魂逆転の直前だったからこっちが広くなったみたい。全く、どうして安心して寝かせてくれないのかしら?」

「ご、ごめんなさい……」

 思わず、謝ってしまった。

「……まぁ、いいわ。で、貴方に出来る事。それはこの空間を破壊する事よ」

 どうやら、本当に面倒な事が起きているようだった。

 



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第28話 出会いと衝突

「あ、あれ?」

 紅魔館にお世話になってから2週間が経った。このお屋敷は見た目通り、広い。案の定、道に迷ってしまった。今、何階なのかも分からなくなってしまった。

「ど、どうしよう……」

 今までは誰かと一緒にいたので何とかなった。でも、今は一人。

「適当に歩くしか……」

 僕はビクビクしながら歩き始めた。

 

 

 

 

 

「? ここって?」

 階段を下りると部屋があった。この前、案内してくれたレミリアさんは紹介してなかったと思う。よく見ると鍵がかかっていた。

「だ、誰かいるかな?」

 おそるおそるドアをノックする。

「――?」

 中から誰かの声がした。

(やった! 人がいる!)

「あ、あの! 僕は『キョウ』って言います! 2週間ほど前からお世話になってます!」

「わ……フ……レ……」

 中の人がドアに近づいて来てくれたのか先ほどより聞き取りやすくなった。

「す、すみません! もう一度、言ってくれませんか? ドア越しなので聞き取りづらくて」

「いいよ。私はフランドール・スカーレット。よろしくね? キョウ」

 女の子の声が聞こえて嬉しくなった。

「は、はい! よろしくお願いします!」

 これがフランさんとの出会い。この後、あんな事が起きるなんてレミリアさん以外知らなかった。いや、レミリアさんも知らなかった。運命では全く起きるはずない事だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来ましたか」

 曇天の空の下。黒い影が高速でこちらに近づいて来る。門に背中を預けるのをやめて拳を握る。

「さて、どれくらい耐えられるのやら……」

 腰を低くし一気に跳躍。目指すはあの黒い影。

(一撃で決める!)

体の中にある全ての気を握りしめた右手に込める。

「秘弾『そして誰もいなくなるか?』」

「ッ!?」

 敵がスペルを発動し、消えた。私の渾身の一撃は空を切る。

「い、今のスペルはフラン様のっ!?」

 驚いた瞬間、周りに大量の弾が私を狙う。

「しまっ――」

 どうする事も出来ずに被弾し、気を失ってしまった。

 

 

 

 

「……」

 響は美鈴が落ちていくのを黙って見ていた。

(早く……おいでよ)

「――」

 声に急かされ響は紅魔館の窓を叩き割り、そこから内部へ進入する。

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当ですか?」

「あ、ああ……どうもそうらしい。紫も驚いていたほどだ」

「あやや~! これは記事になりそうですね~!」

「その新聞をばら撒いた瞬間、お前は光を失うと思うぞ? あ、時間は永遠な」

 魔理沙さんの忠告に震える文さん。あの人ならやりそうだ。

「で、どうします?」

「う~ん……やっぱり、協力してもらうか」

「はい、見てみたいですし」「そうですね。見てみたいですし」

 決まれば早い。私たちは移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「外の世界って面白そう」

「そうかな~?」

 フランドールさんと出会って3日、経った。僕は毎日ここに遊びに来ている。ドアが邪魔して顔は見えないけどおしゃべりぐらいなら出来る。

「で? 今日の本は何?」

「今日はね~! 吸血鬼と人間の恋の物語!」

「……吸血鬼、ね」

「うん! パチュリーさんがおすすめしてくれたの!」

 フランドールさんは本をほとんど読んだ事がないらしくこうやって読み聞かせしているのだ。だが、この本は分厚くて1日じゃ読み終わりそうにない。

「まぁ、いいよ。面白そうだから」

「じゃあ、読むね!」

 僕はドアに背中を預け、本を読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 窓が割れる音がし、時間を止めて現場まで移動。そこには丁度、窓から中に入ろうとしている敵がいた。

(服が妹様に似ている? いや、まるっきり同じだわ。羽も。髪は違うけど……一体、どういう事なの?)

「そこまでよ」

 疑問を残しつつ、時間を戻して敵に言う。

「――」

 敵は廊下に降り立ってゆっくり、こちらに目を向ける。

「ここで貴女を倒すわ」

 ナイフを構え、投げる。敵はそれを軽く躱し、私に向かって突進して来る。

「幻世『ザ・ワールド』!」

 スペルを発動し、時間を止めた。その間にナイフを設置。

「そして、時は動き出す」

 私の言葉に反応して時間が動きだし、ナイフが敵を襲う。

「禁忌『恋の迷路』」

 だが、敵がスペルを発動する。敵を中心にして波状弾幕が放たれる。ナイフは弾幕に吹き飛ばされ、廊下に散らばる。

(こ、これは妹様の!?)

「禁弾『スターボウブレイク』」

「くっ!?」

 敵がまたもや妹様のスペルを唱え、七色の矢を放つ。体を捻って躱すも躱し切れず、左足に掠ってしまった。

「――ッ」

 その掠った箇所から血が噴き出る。弾幕ごっこではありえない事だった。つまり、これは弾幕ごっこではない。

(本当に殺しに!?)

 次々に矢が放たれる。逃げようとするが足に激痛が走る。このままでは殺されてしまう。

「紅符『スカーレットシュート』」

 その時、後ろから紅い弾幕が飛んで来て七色の矢を相殺する。

「お、お嬢様?」

「お疲れ様、咲夜。治療して来なさい。出血多量で死ぬわよ」

「は、はい」

「それにしても……予想外ね。まさか、フランのスペルを使えるなんて……」

 口ではそう言っているが少し口元が緩んでいる。

「まぁ、いいわ。さぁ、かかってらっしゃい」

 お嬢様の挑発に敵は矢を放って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、壊すって……どうやって?」

「それは自分で考えて欲しいわ。私も分からないんだから」

「無責任な……」

「貴方の魂でしょ? 自分で何とかしなさい」

 女はそう言うと飛び立った。

「ハッ!」

 天井までたどり着いた女は右腕を引いて思いっきり突き出した。どうやら、殴って壊すらしい。

「俺の魂?」

 その様子を見ていて先ほどの女の言葉を思い出す。ここは俺の魂の中だ。

(……よし)

 目を閉じる。イメージするのだ。そうすれば、きっと――。

「……来た」

 左腕にホルスターが取り付けられていた。ここは現実世界ではない。ならば、これぐらいの事は出来る。そう思って試したら成功した。イヤホンを伸ばし、耳に装着。曲を再生。

「ここからだ! 絶対、壊してやる!」

 スペルが出現し、宣言する。

「U.N.オーエンは彼女なのか?『フランドール・スカーレット』!」

 

 

 

 

 

 

「――って事なんだよ」

 場所は博麗神社。そこで魔理沙さんが霊夢さんに事情を説明している。文さんは響ちゃんの行方を聞き込みしているのでここにはいない。

「……わかったわ。行きましょう」

 縁側に湯呑を置いて、霊夢さんが立ち上がった。

「ほ、本当ですか?」

「ええ、聞くだけでもかなりやばい状況だわ。それに響が心配よ」

「「……」」

(あの霊夢さんが人の心配を……)

 驚いて魔理沙さんと顔を見合わせる。

「皆さ~ん! 響さんの居場所がわかりました!」

 丁度、文さんが帰って来た。

「どこなんだ?」

「はい、どうやら紅魔館に向かったようです」

「紅魔館? どうしてそんな所……ま、まさか?」

 魔理沙さんが後ずさる。何かわかったようだ。

「……紅魔館にいるフランの狂気に誘われたようね」

 魔理沙さんの代わりに霊夢さんが言った。

「え? 狂気に?」

「響はフランに変身しているのでしょ? なら、フランの狂気だって響の中にいるはず。もしかしたら、引かれ合うのかも」

「フランと戦えばどうなるのかわかったもんじゃない!」

 魔理沙さんが箒に跨りながら呟く。

「急ぎましょ? このままでは紅魔館が全壊するわ」

 冷静に見えた霊夢さんの目には不安と心配が見受けられた。何やら、とんでもない事になっている事がわかる。

「あ、その前にいいですか?」

 文さんが霊夢さんを止めた。

「ん? 何?」

「この異変の名前でも決めておきませんか?」

「おいおい! こんな時に決めなくても……」

 魔理沙さんが文句を言うが文さんはそれを無視した。

「そうね……『狂気異変』とでも言っておきましょうか」

「うわ……聞くだけでやばい感じがします」

 顔を引きつらせて感想を漏らす私。

「まぁ、そういう状況だって事は言っておくわ」

 それだけ言って霊夢さんは紅魔館を目指して飛び立った。それに続いて私たちも出発する。だが、霊夢さんはまだ言っていない事があった。それを知るのはずっと後の事になる。

 



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第29話 破壊

「――おしまい」

「……せつないね」

 ドアの向こうで涙声のフランさんが感想を漏らす。

「うん。結局、結ばれなかった……」

 僕も涙を流している。それほど感動的な話だったのだ。

「最後の所が良かったと思うよ。女の吸血鬼が死ぬ寸前の人間の男に自分の血を飲ませようとしたところ。同じ吸血鬼になれば長生きできるもの」

「でも、男は断っちゃうんだよね。人間のまま、死なせてくれって……」

 この物語を読み終えるのに1週間かかった。僕がここに来てから約3週間が過ぎる。元の世界に帰る方法を探しているのだが、一向に見つからない。

「本当に人間に吸血鬼の血を飲ませたら飲んだ人間も吸血鬼になるのかな?」

「さぁ~? どうなんだろうね?」

 この1週間で変わった事と言えば、フランさんを『フランさん』と呼ぶようになったのと僕の口調がタメ口(に)なった事ぐらいだ。フランさんからお願いされたのだ。

「明日は新しい本、持って来るね」

「ええ、よろしく」

 立ち上がって僕は階段を上り始めた。どのような本を持って行くか考えながら――。

 

 

 

 

 

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」「禁忌『レーヴァテイン』」

 レミリアは紅い槍を、響は炎の剣をそれぞれの右手に持つ。

「うおおおおおおっ!!」「……」

 レミリアが咆哮しながら槍を投げ、響はそれに剣を下から当てて軌道を逸らす。逸らされた槍は、紅魔館の天井を突き破り、外に飛び出した。

「天罰『スターオブダビデ』!」

 響が槍の行方を見ている内にレミリアがスペルを発動。レーザーと大玉が響を襲う。レーザーは自分の反射神経を頼りに躱し、大玉は剣でぶった切る。

「くっ!?」

「……」

 響はそのまま弾幕の中を疾走し、レミリアの懐に潜り込む。その顔は無表情。

「『レッドマジック』!」

 剣がレミリアの腹に届くまであと数歩と言うところでスペルを唱えた。

「……」

 だが、響は無闇に突っ込まずバックステップして距離を置く。

「……」

 その様子を見てレミリアが目を細める。狂気に取り込まれているのにどうしてこのような戦い方をするのだろう。そう思っているのだ。

 狂気に取り込まれてしまうと理性を失くし、本能のままに破壊活動を行う。それなのに響は慎重に戦っている。

「呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』!」「禁忌『クランベリートラップ』」

 そんな疑問に答えられる人もいない。だから、レミリアは攻め続ける。響もそれに答えるように戦い続ける。これは弾幕ごっこではない。ただの殺し合いなのだから。

 

 

 

 

 

 

「ここまで余波が来るなんて……もはや、弾幕ごっこではないみたいね」

「ああ、レミリアの槍が飛んで行ったのも見えたし」

 霊夢、魔理沙、早苗、文の4人は紅魔館に移動している途中だ。先ほどレミリアの神槍が紅魔館から飛び出すのを確認した。

「ん? あれって……」

 魔理沙が何かを発見し、下降する。

「っ!? 中国じゃないか!」

 そこにはボロボロになったまま気絶している美鈴の姿があった。

「くっ……し、白黒?」

「だ、大丈夫か!?」

 美鈴の体を起こしながら質問する魔理沙。

「は、はい……何とか。そ、それよりも今日は帰った方がいいですよ? 化け物が来てますから」

「その化け物を止めに行くんだよ」

「――ッ!? し、死にますよ!?」

 美鈴は魔理沙の言葉に目を見開く。

「何とかなるって! ほら、これだけの仲間がいるんだから」

「……うわ。敵に回したくない人ばかりじゃないですか」

 上で魔理沙の事を待っている3人を見て苦笑いする美鈴。

「まぁ、見てろって。じゃあ、行って来る。一緒に来るか?」

「行きたいんですが……もう少し休んでいきます」

「そうか。じゃあ、止めて来る」

 魔理沙はそう言って箒に跨り、上昇し始めた。それを美鈴は黙って見ている。いつもは敵同士だったのに――。いや、敵同士だったからこそ美鈴は魔理沙が本当にあの化け物を止められると思った。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方……フランの所に行ってるみたいね?」

「ご、ごめんなさい。今まで黙ってて」

 本を持ってフランさんの所に行こうとしたらレミリアさんに捕まってしまった。

「……もう行くのはやめなさい」

「え?」

「あの子は危険なの。貴方なんか一瞬で壊される」

「で、でも……」

「やめなさい」

「っ!?」

 レミリアさんの紅い目が僕を硬直させる。これが吸血鬼。足が震えて動けなくなってしまう。逆らったら殺される。本能で理解した。

 こうして、僕はフランさんの所へ行けなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「……どうして、来ないの?」

 最近、遊びに来てくれていた男の子がいつまで経っても来ない。

「まぁ、毎日来る方がおかしいか……」

 そう、自分に言い聞かせてベッドに潜った。

 

 

 

 

「……」

 男の子が来なくなってから3日、経った。寂しい。私はあの子に助けられていたんだと理解した。この寂しさを紛らわす為にベッドに潜った。

 

 

 

 

「どうして……こないの?」

 1週間。時間の感覚がなくなって来た。あの子が来てから書き始めた日記は机の上に放置したままだ。書かなくちゃ。いや、やめよう。面倒くさいからベッドに潜った。

 

 

 

 

「ドうシテ、コナイの? どウシて、コなイノ? ドうしテ、こナイノ? ドウシて、コ――」

 1か月経った。私は言葉に出しながら日記を書く。今日の分だけで4冊書いた。潜る為のベッドはもうない。消滅させてしまった。これからどうすればいいのだろう。

 ――パキ……

 手に持っていた羽ペンが折れる。

「……そウダ。コこかラデよウ」

 日記を投げ捨てて私は固く閉ざされたドアを睨む。そして、右手に集める。

「どカーん……」

 ニヤリと笑いながら右手を握り、ドアを粉砕。凄まじい轟音と砂埃。それを無視して開いた穴から外の世界に飛び出す。この後に起きる事なんて知らずに――。

 

 

 

 

 

「おい……女」

「何よ。今、いそが……あら? その姿は?」

 紅いスカート。枯れ木のような羽に七色の結晶がくっついたような羽。ドアノブのような帽子。右手に黒い杖のような物。目は紅く、犬歯は伸びて少し口から出る。八重歯というものだ。そんな姿をした響が天井を殴り続けていた女に声をかける。

「ここは俺の魂、何だろ? PSPぐらい召喚出来そうだったから試した」

「それで……成功みたいね。じゃあ、一緒に壊しましょ?」

「……に、しても頑丈だな」

 女が殴り続けていたのに傷1つ、付いていない。

「ええ、私の手が壊れてしまいそうだわ」

 見ると女の手から血が流れている。皮でも破れたのだろう。

「ああ、後。そのコスプレよ」

「あ? 何が?」

「貴方が暴走するきっかけになったの」

「え!? マジで!?」

 響は驚いて目を見開く。羽もパタパタと忙しなく動いている。

「まぁ、大丈夫でしょう。貴方の狂気はもう表に出ているのだから」

 その姿がかわいらしくて女が頬を緩ませながら言う。

「そ、そうか? じゃあ、心置きなく。禁忌『フォーオブアカインド』!」

 スペルを発動し、4人に分身する響。

「おお! すげ~!」「これなら壊せそうだな!」「ああ、いけそうだ!」「ほら、新しいスペルを持て!」

 少し会話してからそれぞれがスペルを手に持ち、宣言。

「禁忌『レーヴァテイン』!」「禁弾『スターボウブレイク』!」「禁忌『クランベリートラップ』!」「禁弾『過去を刻む時計』!」

 それぞれから放たれた弾幕が空間の天井に激突する。

 




次回、結構グロイ描写があります。ご注意ください。


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第30話 全ての始まり

グロ注意です。


「な、何!? 今の!?」

「わ、わかりません!」

 僕が図書館で魔導書を読んでいたらすごい音がした。パチュリーさんも小悪魔さんも慌てている。

「も、もしかして! 小悪魔! レミィの所に確認しに行ってきて!」

「は、はい!」

 パチュリーさんの指示通り、小悪魔さんが図書館から飛び出した。

「あ、あの? 何が、起きてるんですか?」

「……レミィの妹のフランは知っているわね?」

「はい」

「多分、脱走したのよ。貴方を探しに」

「ぼ、僕ですか!?」

 驚いて本を落とす。

「そうよ。そうとしか考えられない。逃げなさい!」

「え?」

 意味が分からなかった。僕を探しに来ているのなら会えばいいだけの事ではないのだろうか。

「きっと、殺されるわ!」

「こ、殺される?」

 パチュリーさんが口を開こうとした時、図書館のドアが吹き飛ぶ。

「う、うわっ!?」

 暴風に煽られ、僕は椅子から転げ落ちる。

「き、来た! 早く、逃げなさい! 私が時間を稼ぐから!」

 パチュリーさんが魔導書を開きながら叫ぶ。

「ニガさナイよ?」

 ドアの方からフランさんの声がした。

「っ!?」

 紅いスカート。枯れ木に七色の結晶がくっついたような羽。フリルが付いた帽子。目は紅く、犬歯は伸びて少し口から出ている。だが、目が虚ろで口元はニタニタと笑っていた。

「ふ、フランさん?」

「そノコえ……キょウ?」

 どうやら、転げ落ちた事によって床に座っている状態の僕を机が陰になってフランさんから見えていないらしい。こちらを見ずに呟いていた。そして、膝を折って姿勢を低くし目で僕を捉える。

「みーツけタ……」

「ッ!?」

 そのセリフを聞いた瞬間、背中にゾクッと悪寒が走った。レミリアさんとはまた、違う悪寒。幼稚な頭でも理解出来た。殺気だ。

「早く!」

「は、はい!」

 パチュリーさんに急かされ、慌てて立ち上がる。

「ニがさナイってバ」

「貴女の相手は私よ!」

 そう言うとパチュリーさんの頭上に巨大な炎の弾が出現。

「……」

 炎の弾を飛ばす前にフランさんは右手を前に突き出し、ギュッと握った。ただそれだけで――。

「きゃあっ!?」

 炎の弾が破裂しパチュリーさんを吹き飛ばし、残骸が図書館に降り注ぐ。

「ぱ、パチュリーさん!?」

 地面に倒れたままのパチュリーさんに向けて叫ぶ。しかし、返事がない。どうやら、気を失っているようだ。

「つかマえタ♪」

 その隙にフランさんが僕の右腕を掴む。

「う、うあああああああああああああああああっ!?」

 だが、あまりにも握力が強すぎて腕が潰れた。骨は砕け、血が勢いよく噴き出す。あまりの痛みに絶叫し、気絶しそうになる。しかし、痛みで気絶出来なかった。

「あ、あぐッ……」

 上手く呼吸が出来ない。意志に反して涙が零れる。足に力が入らず、膝から崩れ落ちた。

「ン? ドうしタノ?」

 ニタニタと笑いながらフランさんが僕の顔を覗き見る。

「ナイてるノ?」

「ぅ、あ……」

 声を出そうとしたが掠れた。

「ワたシニ、あいタクナかッタ?」

 声が出ないので首を横に振った。だが、フランさんはその仕草を見ていなかったようで眉間にしわを寄せる。

「どうシテッ! ドウして、きテクれなカッタ!?」

 ボロボロの僕の右腕を握る力が強くなった。

「ぐ、ぐあああああああああっ!?」

 千切れた皮膚の合間から中の肉が顔を出す。目の前が霞んで来た。

「ナにも、イワなイんダ……じャア、こワれチャえ」

 

 

 

 

 

「こっちです!」

 小悪魔の案内で図書館に駆け込む。

(こんな運命、知らないわ!)

 2か月前ぐらいにフランが部屋を脱出する運命を見た。その運命では私の所に来て攻撃して来るはずだった。だが、フランは図書館にいるらしい。どういう事なのかさっぱりわからない。

(もしかして……彼の仕業?)

 実はキョウがこの紅魔館に来る運命なんてなかった。私はそれを深く考えずに流した。偶にはこういう事もあると思っての事だ。

「何が起きてるって言うの?」

 イライラしながら壊れた図書館のドアを潜る。

「ぱ、パチュリー様!」

 図書館に入ってまず、地面に伏したパチェを見つけた。小悪魔は慌てて駆け寄る。

「……どう?」

「き、気絶しているようですが外傷はないようです」

「そう、よかっ……っ!?」

 小悪魔の言葉に安堵の溜息を吐いた刹那、驚愕し目を見開いた。

「壊れちゃった……壊れちゃったああああああ!?」

 わんわん泣くフランと血だらけで床に転がる瀕死のキョウがいた。フランの頬にはキョウの血と思われる赤い液体が付着している。返り血だ。

「ふ、フラン?」

 信じられないのはフランが泣いている事。狂気に飲み込まれていたのなら、今頃キョウを消滅させていてもおかしくない。それなのに瀕死とは言え、息をしている。

「お、お姉様……どうしよう。どうしよう!!」

 私に気付いたフランはポロポロと涙を流しながら抱き着いてきた。

「キョウが……キョウが……」

「落ち着きなさい」

 フランを抱えながらキョウの様子を伺う。右腕は潰れ、左足は足首から下がなくなっていて右足は膝からあり得ない方向へ曲がっている。更に腹からどくどくと血が噴き出していた。フランの右腕が血だらけなので、貫通させたらしい。目は虚ろで口からも血が流れている。どんどん血の海が広がって行く。傷からしても流れた血の量からしても、もう助からない。

「フラン? もう、キョウは――」

「そ、そうだ!」

 それを告げようとした矢先、私から離れてキョウの傍に座るフラン。

「何を――」

「くっ……」

 意味が分からず、質問しようとしたがその前にフランが自分の人差し指を噛み千切る。指から溢れ出た血がキョウの血と混ざった。

「な、何やってるのっ!?」

「血を……血を飲ませるの!」

 キョウの口を無理やり開けながらフランが叫ぶ。

「血?」

「うん! キョウが最後に読んでくれた物語で女の吸血鬼が瀕死の人間の男に血を飲ませて助けようとしてた!」

 血がだらだらと流れている人差し指をキョウの口へ突っ込む為に右手を構える。

「ま、待ちなさい!」

 それをフランの右手首を掴んで阻止した。

「は、離して! 早くしないとキョウが!」

「その話、私の事なの!」

「……え?」

 抵抗する事をやめ、こちらを見るフラン。

「私が……パチェに頼んだの。もしかしたら、フランが人間に恋するかもしれないから私の過去を物語にしてくれって……あの、苦しみを味わって欲しくないから」

 しばらく、沈黙。

「そ、そうよ……」

 その沈黙を破ったのはパチェだった。小悪魔に支えながら苦しそうに胸を押さえている。喘息の発作が起きているのかもしれない。

「丁度、私とレミィが出会った頃の事よ。レミィは人間の男に恋をしていた。でも、吸血鬼と人間。寿命が違いすぎる。それをわかってもらう為に私はあの子にレミィの物語をおすすめしたの」

 パチェがキョウを横目で盗み見て小悪魔に手伝ってもらいながら近づき、治癒魔法をかけ始めた。時間を稼ぐつもりなのだ。きちんとフランが理解する時間を――。

「こ、恋?」

 フランが首を傾げながら私に質問する。

「貴女自身では気付いてないでしょうけど……キョウに会えなくて寂しかった?」

「……うん」

「辛かった?」

「うん」

「話したかった?」

「うん!」

「キョウの顔を見てみたかった?」

「うん!!」

「それが恋よ」

「これが……恋」

 胸に手を当てて呟く。幽閉されながらも心は成長していた。そろそろあの部屋から出してもいいかもしれない。

「じゃあ、なおさら!」

 再び、フランがキョウの口へ人差し指を突っ込もうとする。

「貴女は忘れたの? あの物語の最後」

「っ!?」

 私がそう言うとフランの指が急に震えだす。

「吸血鬼にされた彼の事はどうでもいいの? 彼は元々、外の世界の人。それもまだ5歳。吸血鬼になった彼は絶対に外の世界に帰れない。外の世界で待っている家族に永遠の別れを告げさせるつもり? 一生、お日様の下に出られない体にするつもり?」

「……」

 フランは左手で震える右手を押さえるも震えは止まらない。

「私の時は……本人が拒否したから出来なかった。でも、貴女が恋した相手は死ぬ寸前で答えられない。だから、貴女が決めるの」

「わ、私が……」

「パチェ、後どれくらい持つ?」

「5分も持たないわ」

「ッ!?」

 パチェの言葉にフランが体を震わせる。

「もう時間がないわ。早く決めなさい」

 これは試練なのだ。フランがあの部屋から出られるかどうかの試練。キョウには悪いけどこれもフランの為なのだ。

「う、うわあああああああああ!!」

 フランは絶叫しながら自分なりの答えを表す行動を取った。

 



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第31話 破壊を破壊する破壊

「はぁ……はぁ……」

「……」

 私が現場に辿り着いた頃にはお姉様は跪いていた。そして、私と同じ服を着た敵が炎の剣をお姉様に向けている。

(あのお姉様が負けた?)

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 急いでスペルを発動し、炎の剣を片手に敵に突っ込む。

「――」

 こちらをちらっと見た敵はほんの少し口を綻ばせる。それからバックステップして距離を取った。

「ふ、フラン?」

「ゴメンね。遅くなっちゃった」

 お姉様の前に立ち、敵と対峙する。自然と目が合い、感じた事を素直に呟いた。

「お前は私だ」「私はお前だ」

 私にはわかる。敵の中の狂気は私と同じ。

「どうしてその体の中に?」

「答える必要性はない。戦え」

「どうして?」

「お前と戦ってみたい」

「……そう」

 私は剣を構えて、答えた。懐かしい感覚だ。何かを壊したくなったのだ。

「本気で行くよ?」「本気で行くぞ?」

 自分自身との戦い。これで2度目だ。私と敵は同時に床を蹴った。

 

 

 

 

 

 

「こっちよ!」

 霊夢さんの案内で紅魔館をものすごいスピードで飛ぶ。

「本当に便利だよな」

「そうですね」

 魔理沙さんの呟きに頷く。霊夢さんの勘は当たる。

「! いたわ!」

 その声に反応して前を向く。そこにはフランさんと戦っている響ちゃんの姿があった。

「す、すごい衝撃波ね……これ以上、近づけないわ」

 霊夢さんの言う通りでこれ以上、近づけない。仕方なく、その場に着地した。

「あやややや~! あのフランドール・スカーレットと互角に戦うとは……」

 文さんは写真を取りながら感想を漏らす。

「おい! レミリア!」

 その時、急に魔理沙さんが走り出した。

「ん? あら? 来たの?」

 廊下に座ったままレミリアさんが振り返ってこちらを見た。所々、血が流れている。

「だ、大丈夫なのか?」

「ええ、これぐらい。フランと遊ぶ時よりはましよ」

(どんな遊びですか……)

 声に出さずにツッコむ。

「それより、あれについて知ってる?」

 レミリアさんは響ちゃんを指さしながら質問して来た。

「あれは音無 響。万屋だ」

 魔理沙さんが答える。

「響……いや、あり得ないか。苗字も違うし」

「ん? どうかしましたか?」

 声が小さくてよく聞こえなかったが何か呟いたレミリアさん。

「何でもない。それより、何なのあれ? どうしてフランの姿を?」

「それは私から説明するわ」

 霊夢さんが簡単に響ちゃんの能力の説明をする。

「変な能力ね。それにフランになって暴走って……」

「あいつ、お前の姿にもなってたぞ?」

 魔理沙さんが箒を廊下の壁に立てかけながら言う。

「え!? 本当!?」

「ああ、その時、丁度昼間で外にいたから……な?」

「……」

 それを聞いたレミリアさんは震えだす。想像してしまったのだろう。

「あの耳に付けてる紐を引っこ抜いたら変身が解けたから大事には至らなかったけどな」

「そう、あれはもう経験したくないわ。じゃあ、あの紐を抜けば暴走は止まるのね?」

「ええ、近づけられたらね? でも、無理よ」

 霊夢さんは一度、頷くがすぐに否定した。

「レミリアなら行けるんじゃないか? わたしたちより体は丈夫だろ?」

「バカ言ってんじゃないわよ。よく見なさい」

「ん?」

 フランさんと響ちゃんはお互いに炎の剣を左手に持ってぶつけ合っている。だが、右手は先ほどから握ったり広げたりを繰り返していた。

「も、もしかして……」

 フランさんの能力を聞いていたので恐ろしい事に気付く。

「そう、あの子たち能力も使ってるの。お互いに能力で能力を打ち消し合って壊されないようにしてる」

 つまり、フランさんが右手を握って能力を発動し、響ちゃんを破壊しようとする。それを響ちゃんが右手を握って能力を破壊。逆に響ちゃんが右手を握ればフランさんが防ぐ。

「あの中に入って行ったら私の体が壊れるどころか消滅してなくなるわ」

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「黙って見ているしかない」

 魔理沙さんは最初から気付いていたようで床に座って胡坐を掻く。

「ほら、女の子は胡坐を掻くもんじゃないわよ」

 霊夢さんも正座する。文さんは写真を取る為に移動していたので座る気はないらしい。

「早苗も座れよ」

「は、はい……」

 魔理沙さんに促されてその場に安座した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――少し、時間は遡る。

「ぱ、パチュリー様……この振動は?」

「敵が来たって事ね」

 読んでいた本を閉じて立ち上がる。

「行きますか?」

「ええ、役には立てないと思うけど一応ね」

「し、失礼します……」

 図書館から出ようとしていたところに咲夜がやって来る。

「どうしたの……ってその足」

 咲夜の左足から少なくない血が流れている。どうやら、皮膚だけではなく血管も傷ついているようだ。

「はい、やられてしまいました。今、お嬢様が戦っている最中です」

「そうなの……椅子を」

「は、はい!」

 私の指示で小悪魔が椅子を咲夜の元へ持って行き、咲夜はそれに座った。

「よくここまでたどり着けたわね。その足で」

「飛んで来ましたので……後で、垂らした血をお掃除しないといけませんね」

 血を流し過ぎて貧血を起こしているらしい。咲夜はふらふらだった。

「でも、どうしてここに?」

「すみません。この傷は一人じゃどうする事も……」

「まぁ、確かに。包帯」

「はい、どうぞ」

 小悪魔から包帯を受け取って咲夜の足に手を翳す。体の中にある魔力を手に集める。治癒魔法だ。

「少し染みるけど我慢ね。それに血を止めるだけしか出来ないから傷が完治するまで痛むと思うから」

「はい、わかりま――っ!?」

 言葉の途中で咲夜が目をきつく閉じた。それほど染みるらしい。

「ぱ、パチュリー様……」

「何?」

「傷に指が……」

「あら」

 

 

 

 

 

 

「――こんな感じです」

 手当している間、咲夜に先ほどよりも詳しく今の状況を聞いていた。

「そ、ありがと。こっちも終わったわ」

「ありがとうございます」

「それにしてもフランの姿をしていたなんて……何者かしら?」

「私にもわかりませんがお嬢様ならきっと、勝てますよ」

 足を動かして調子を見ながら咲夜が断言した。

「どうかしら?」

 だが、私は一言で否定する。

「……どういう事ですか?」

「レミィにだって勝機はあるわ。敵にフランの能力がなければの話だけど。だって、フランのスペルを使ってたんでしょ?」

「は、はい……」

「じゃあ、能力を使っても不思議じゃない。しかも、相手は狂気に飲まれてる」

 後は言わなくてもわかるはずだ。

「お、お嬢様っ!?」

 私の話を聞いて不安になったのか飛ばずに走り出す咲夜。

「ちょっと待ちなさい」

「で、ですが――」

「貴女が行っても足手まといだわ」

「くっ……」

 咲夜は足の怪我を見て奥歯を噛んだ。

「まぁ、見てるだけなら行ってもいいけどここまで余波が来るんだからあまり近づけないわよ?」

「それでも私は行きます!」

「……そう、なら私も行くわ。元々、そのつもりだったし。でも、貴女が手を出しそうになったら全力で止める。いい?」

「はい、わかりました……でも、いいんですか?」

 咲夜が困った顔をしながら聞いて来る。

「ん? 何が?」

「小悪魔ですよ。お使いに出したままじゃないですか?」

 そう言えば、咲夜の治療の途中にお使いを頼んでいた。

「ああ、いいのよ」

 手をひらひらと振って宙に浮き、図書館を後にする。

「あ、待ってください!」

 咲夜も急いで私に続いた。戦いは先ほどよりも激しくなっている。紅魔館全体が揺れるほどまで。

(壊れないかしら? 紅魔館)

 そう、思いながら飛行を続けた。

 



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第32話 見えた希望と現れた絶望

「な、何なんだよ……この空間」

「一筋縄じゃ行かないと思ってたけどここまでとは思わなかったわ」

 血の海が広がる地面に降り立った矢先、俺はその場に座り込んでしまう。女も両手を血で濡らしながら呟く。

「このコスプレが持ってるスペルを全部使っても壊れないとは……どんだけ頑丈なんだ?」

 因みに表の俺がこのコスプレの能力で『リピートソング』の制限を破壊したらしく、ずっと同じ姿だ。

「まぁ、魂だからね。少しの衝撃で壊れてしまったら意味ないもの」

「それにしたって傷一つ付かないのはおかしいぞ」

 そう、俺と女がどれほど攻撃しても全く効いていないのだ。

「……まずいわね」

「ん? 何が?」

「表の貴方とそのコスプレ――フランドール・スカーレットが戦闘を始めたわ」

「見えてるの? 外の様子」

「ええ、狂気と少しだけ繋がってるから」

「へ~、で? 何がまずいんだ?」

 表の俺と戦ってくれた方が周りへの被害が少なくなる。戦いに夢中になるからだ。

「考えてみてよ。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。彼女らはその能力を使いながら戦ってるの。少しでも照準がずれたら?」

「木端微塵か……」

 そうなる前にここを破壊しないといけない。

「まぁ、貴方はこのままの方がいいと思うけど……」

「は? 何言ってんだよ。このまま、狂気に体を譲れって事かよ?」

「考えなかったの? どうして、魂を分けたか」

 そう言われればそうだ。

「もしかして、狂気か?」

「そう、完全に貴方と狂気を離さないと貴方が狂気に飲み込まれていたのよ」

「じゃ、じゃあ、もしこの空間を壊したら?」

「……貴方と狂気。どちらが勝つかしらね?」

 俺の問いに答えるのではなくニヤリと笑って女はそう言った。

「……いいぜ。やってやる」

「本当にいいの? 結局、飲み込まれるかもしれないわよ? ただ、壊した方が可能性あるってだけで、確実じゃないの。そこはわかってる?」

「わかってるよ。でもよ? 逆に言えば俺が勝つかもしれないだろ? このまま諦めるなんて出来ねー」

 俺が一番、嫌いな事でもある。その場でうじうじするなら突っ込んで玉砕した方がいい。動かなければ何も変わらないのだから――。

「……この空間は打撃じゃ壊れない。でも、壊す方法が一つだけあるの」

「ほ、本当か?」

「ええ、本当は無理だったんだけど貴方はとことん運がいいみたいね?」

「は?」

 意味が分からず、呆けてしまった。

「そのコスプレよ。貴方、今までに見えなかった物が見えてない?」

「今までに見た事がないもの?」

 辺りをキョロキョロと見渡す。

「いや、そんなのみえ……ん?」

 そう言おうとしたが、女の体に一つの光が見えた。

「見えたようね。それは『目』よ」

「『目』……確か、緊張する一点だったっけ?」

「あ、知ってた? そのコスプレは『目』を右手に集めて壊せるの」

 『目』を壊してしまったらその物体は破壊される。

「じゃあ、これを使えば……」

「そう言う事。貴方の能力でこの空間の『目』を破壊すればいいってわけよ」

「な、なるほど! 早速、やってみるわ!」

 再び、見渡す。

「……あった!」

 淡い光が浮かんでいる。それを右手に集めた。

「これを握ればいいんだな?」

「私は見えないから分からないけど多分ね」

「無責任だな。まぁ、いいけど……」

 そして、俺は力強く右手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごいです……」

 思わず、呟いてしまう。

「本当にあいつは強いよ。ま、弾幕ごっこでは私の方が強いけどな!」

 丁度、フランさんが響ちゃんを吹き飛ばして壁に激突させている。

「そりゃ、コピーが本物に勝てるはずがないでしょ?」

 レミリアさんは最初から心配などしていなかったようだ。

「そのようね」

 急に後ろから声が聞こえ、振り向くとパチュリーさんと足に包帯を巻いた咲夜さんがいた。

「お? パチュリーじゃないか。来たのか?」

「来たからここにいるのよ。無駄足だったようだけど」

「そうみたいだな!」

 魔理沙さんが大笑いして、答える。咲夜さんはそんな魔理沙さんの隣を横切り、レミリアさんの元へ駆け寄る。

「……」

 皆が安心している中で霊夢さんだけは深刻そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう終わり?」

 壁に埋まった敵に声をかける私。

「……」

 返事はしなかったが代わりに壁を能力で破壊し、這い出て来た。

「まだ戦えるみたいだね。でも、貴女は私には勝てないよ? コピーだもん」

「ふ、ふふふ……」

 急に敵は笑い出した。

「?」

「どうして、狂気(私)がこの体の中にいるのか。疑問に思わなかった?」

「……」

 それは最初から気になっていた。

「気になってるようだな。じゃあ、これからもっと面白い物を見せてやろう」

「面白い物?」

「さぁ、第2回戦と行こうか?」

(よくわかんないけどまずい!)

「禁弾『スターボウブレイク』!」

 スペルを発動し七色の矢を放つ。

「もう、遅い」

 矢が着弾する前に敵の呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 何回も手を握るが空間は壊れない。

「どうしたの?」

「壊れないんだ」

「え!? 嘘!?」

「本当だって! 確かに『目』を右手に集めてるし能力も発動してる。でも、壊れない!」

 もう一度、握るが何も起きなかった。

「どうなって……ん?」

 空間をよく見るともう一つ、光があった。

(ま、まさか……)

「おい! 女!」

「何!? こっちは他の方法がないか考えてるんだけど!」

 女も焦っているようだ。

「この空間って本当に狂気がいた空間だけなのか?」

「……いえ、私がいた空間も混ざってる。どうやら、魂逆転の衝撃でくっ付いちゃったようなの」

「それだ! この空間には『目』が二つある!」

 一つは狂気のいた空間の『目』でもう一つは女がいた空間の『目』。物理的に不可能だが、ここは魂の中。何が起きたって不思議じゃない。

「じゃ、じゃあ! 二つとも破壊しなさい!」

「無理!」

 即答する俺。

「ど、どうして!」

「さっきからやってるからだよ! 多分、俺には二つ同時に破壊する事は出来ない。まぁ、フランドールって奴は出来ると思うが……」

「もしかして、能力を上手く使いこなせていないの?」

「そう言う事。もっと言うとコスプレの能力は全体的に使いこなせない。紫の時だってスキマを開く時、扇子がないとダメだし」

「そ、そんな……せっかく、ここまで来たのに」

(ここまで?)

「どういう事?」

 今の言葉に違和感を覚え、質問する。

「……貴方は考えなかったの? どうして、私や狂気が普通の人間だったはずの貴方の中にいる事を」

「あ……」

「何年前だったかしら? 貴方は……ッ!?」

 語り始めた女が急に顔を歪めて胸を押さえる。

「ど、どうした!?」

「まずいわ。狂気が私を吸収する気みたい」

「きゅ、吸収!?」

 見ると女の翼が消え始めていた。

「う、受け取りなさい!」

 呆然とその様子を見ていると女の人差し指が俺のおでこに触れる。

「な、何を……くっ!?」

 意味が分からず、困惑していると何かが頭の中に流れ込んでくる気配がした。

(な、何なんだよ。これ!)

 視界が白くなる。そして、何かの映像が視えた。小さい頃の俺と固く閉ざされた大きなドア。俺の手には本があり、それを声に出して読んでいるようだ。どうやら、ドアの向こうにいる誰かに読み聞かせているらしい。

「問題は『目』を破壊する方法ね。何かおもいつ……ああっ!?」

 女が悲鳴を上げる。丁度、女の下半身が消えたところだ。残るは胴体と頭のみ。

「だ、大丈夫か!?」

「いいから、考えなさい! 方法を!」

「方法ならなくはないが……無理だ」

「言ってみなさい」

 そう言われ、方法を女に伝える。

「それで行きましょう」

「はぁっ!? 無理に決まってるだろ!? だって――」

「知ってる?」

 俺の言葉を遮った胴体もない女は微笑んだ。

「な、何を?」

 

 

 

「幻想郷には常識は通用しないのよ?」

 

 

 

「常識……」

「貴方と私は繋がった。だから、外の様子も狂気を通して私に。私を通して貴方にも見えるようになった。こっちはどうにかするから貴方もどうにかしなさい! この作戦は貴方とあの子の力が必要なんでしょ? 私が繋ぐから!」

「お、おい!! まだ、話は終わってない!」

「頑張りなさい。響」

 女はそう言い残して完全に消えてしまった。

「どうにかって……どうする事も」

 映像はまだ続いている。俺は図書館で本を読んでいるようだ。そこに現れる今、俺が着ている服と同じ服を着た小さな悪魔――フランドール・スカーレット。

(え?)

 この映像が本物なら小さい頃にフランドールと会っていた事になる。つまり、俺は幻想郷に来た事がある。

「ま、待てよ!」

 誰もいない空間に響く悲鳴。こんな記憶、俺は覚えていない。確かに年齢は5歳ぐらいだから覚えていない事もあるはずだ。

「っ!?」

 映像の中で俺はフランドールに八つ裂きにされた。これほどまでに強烈な記憶を忘れるなんてあり得ない。

「何が……どうなってやがる」

 静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「何が……どうなってるの?」

 敵の背中から新たな翼が生えた。お姉様のような漆黒の翼。だが、筋は私の翼の枯れ木のようになっている。まるで、お姉様と私の翼を組み合わせたような翼だった。

「フラン! 危ない!」

「え?」

 お姉様の声で正気に戻る。その刹那、お腹に凄まじい衝撃が襲った。

「がっ……」

 何が起こったか分からない。一瞬、浮遊感を覚えた後に真後ろに吹っ飛ばされた。勢いで体が出鱈目に回転する。そのまま後ろにいたお姉様たちを軽く飛び越え、紅魔館の長い廊下をノーバウンドで突き進む。

(う、嘘……でしょ?)

 ぐるぐる回る視界。どちらが上か下か。右か左か分からなくなる。回転速度は勢いを増し、吐き気を催す。

「――ッ!?」

 どれほど長い廊下でも終わりはいつか来る。私は背中から壁に衝突。あまりにも威力がありすぎて、クレーターが出来る。その声にならない悲鳴が漏れた。

(そ、そんなコピーなんかに……)

 遠くにいる敵の勝ち誇った笑顔を見ながら私は意識を手放す。最後に見たのは右腕を突き出した格好でこちらを見てニヤリと笑っている敵の姿だった。

 



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第33話 女の抵抗

「そうかよ……そう言う事だったのかよ!」

 映像は終わり、その場で叫ぶ。

「くそ……ふざけんなよ」

 女や狂気が何故、俺の中にいたのかやっと分かった。他にも色々と理解した。知りたくなかった事も――。

「ん?」

 映像が消えたと思ったが今度は違う風景が見える。真っ赤な廊下だ。女が言っていた狂気が見ている景色なのかもしれない。

 少し離れた所にこちらに背を向けた大きな漆黒の翼を生やした小さい女の子と魔理沙、早苗、メイドさん。逆にこちらを見ている霊夢に射命丸。更に映像の中で見た図書館にいた人――パチュリーさんだったはずだ。小さい頃の俺はそう呼んでいた。ならば、あの小さい女の子はレミリアかもしれない。

『次は誰だ?』

 俺の声で狂気がしゃべった。

(次? 女が言うにはフランドールが戦っていたはずだ。でも、フランドールの姿はない。もしかして……)

 悔しそうにレミリアが振り返った。やはり、フランドールはやられてしまったようだ。

『私が相手だ!』

 魔理沙が名乗りを上げた。

『やめなさい。八卦炉なしじゃ無理よ』

 だが、霊夢がそれを阻止する。

(八卦炉? あの極太レーザーを出すあれか?)

 どうやら、魔理沙は八卦炉を紛失してしまったらしい。

『やっぱり、私が行くしかないわ』

 お祓い棒を握って前に出る霊夢。

『そもそも人間がどうにか出来る相手じゃない。パチェ、手伝って』

『まぁ、来てよかったみたいね』

 しかし、今度は霊夢を押しのけて魔導書を開きながらパチュリーがレミリアの隣に移動する。レミリアも魔力を放出し始めた。

『咲夜はフランをお願い』

『は、はい!』

 咲夜と呼ばれたメイドさんが先ほどまでレミリアが見ていた方向へ飛んで行った。

『……』

 狂気は黙って跳躍し、レミリアとパチュリーの元へ突進する。

『レミィ? 大丈夫?』

『休んだからね。あいつを殺したくてたまらないわ』

 レミリアの目が鋭くなったと思ったら視界から消えた。それを追うように視界が横にずれる。

「狂気には見えてるってのか?」

 その証拠に視界にレミリアが飛び込んで来た。片手に真紅の槍を構え、先端をこちらに向けている。

『禁忌『レーヴァテイン』』

 フランドールのスペルを発動し、炎の剣を左手に持つ。その炎の剣を伸ばし、横に薙ぎ払った。

『くっ!?』

 それを槍で受け止めたがレミリアは壁まで吹き飛ばされる。

『水符『プリンセスウンディネ』!』

 その隙を突いてパチュリーがスペルを唱え、大玉とレーザーを撃って来る。狂気は剣でそれを弾く。

『っ!?』

 その瞬間、水蒸気が大量に発生した。パチュリーは水の魔法を使っていたらしく、炎の剣で水が一瞬にして蒸発したようだ。一瞬、怯んだ狂気だったが翼を大きく羽ばたき、水蒸気を吹き飛ばす。そして、槍を持って全力で突っ込んで来るレミリアを発見した。パチュリーが水蒸気を発生させ、狂気の視界が悪くなっている内に攻撃を仕掛ける。パチュリーとレミリアのコンビネーションアタックだ。この距離では狂気も躱せまい。

『愚かなり』

「っ! まずい!」

 狂気の背中には4枚の翼がある。その内、先ほど羽ばたいたのは漆黒の翼――女の翼だ。つまり、まだフランドールの翼が残っている。

『ぐっ!』

 左翼で槍を叩き、槍の軌道を少し右寄りにずらす。更に右翼で槍を掴んで思いっきり右に引っ張った。すると槍は狂気を捉える事もなく狂気の右側を通り過ぎてしまい、勢い余ったレミリアはそのまま壁に激突した。

『れ、レミィ!』

『人の心配か?』

『しまっ――』

 狂気が高速移動でパチュリーの背後に回り、裏拳を放つ。パチュリーは何も出来ずにレミリアが突っ込んで行った方へ飛ばされる。そのまま壁から抜け出したレミリアにぶつかった。その衝撃で壁が崩れ、レミリアたちの上へ降り注ぐ。あれでは身動きが取れない。

『さて……後は人間だけか』

『まだ私がいますよ?』

 射命丸がカメラを仕舞って前へ出る。

『天狗か……』

「そうはさせないわよ?」

≪っ!?≫

 狂気も含め、全員が目を見開いた。

『きゅ、吸血鬼!?』

「貴女の自由にはさせない」

 同じ口から口調が違う言葉が漏れる。

『お、おい? どうしたんだ?』

『あれじゃまるで響ちゃんの口を使って狂気と誰かさんが言い争ってるみたいです』

 魔理沙と早苗は目をぱちくりさせている。

『今の内よ! 早苗! レミリアたちを引っ張り出さないと!』

 霊夢は狂気の横を通り過ぎて瓦礫に埋まったレミリアたちを助けに行った。慌てたように早苗もついて行く。

『く、くそ! 邪魔をするな!』

「響! 聞きなさい!」

「っ!?」

 急に声をかけられ肩をビクッと震わせる。

『な、何をするつもりだ!?』

「貴女は黙ってて! 空間を壊したら私と狂気を同じ空間に閉じ込めなさい!」

「ど、どういう事だよ!」

 虚空に向けて叫ぶ。だが、俺の言葉は女には聞こえていないようで続けた。

「そうすれば一生、私と狂気に会う事もない! 私が責任を持って封印するから!」

『霊夢さん、あれは一体?』

『きっと、狂気が取り込んだ何かね。元々、響の中にいたんじゃないかしら?』

 会話しながら気を失ったレミリアとパチュリーを背負って霊夢と早苗は飛び去った。

『射命丸! 逃げるぞ!』

『あやややや~! でも、どこへ?』

『図書館だ!』

 魔理沙は箒に乗って射命丸に指示する。

「そこの魔女!」

『私は魔法使いだ!』

「何でもいいからパス!」

 女はポケットから俺の携帯を魔理沙に投げ渡した。

『な、何なんだ? これ』

「いいから! 行きなさい! 抑えられるのも限界があるの!」

『……わかった。行くぞ!』

『はい!』

 魔理沙と射命丸も図書館に向かって飛んで行った。途中で咲夜とフランドールも合流する。

『くそ野郎が……』

 獲物を逃がしてしまったので顔を歪ませる狂気。

「最後に響。貴方は今、私と狂気と繋がっているの。それを断ち切るわ」

「え?」

 女とは繋がっているのは知っていたが狂気とも繋がっているなんて思わなかった。

『ば、馬鹿! やめろ!』

 狂気が初めて焦った。

「そうすれば貴方が狂気に勝った時、魂の奥底に封印しやすくなるはず。その時に私も封印しなさい。そうすれば、晴れて貴方は人間よ」

『吸血鬼! お前も封印されるんだぞ! それでもいいのか!?』

「じゃあ、さよならね。短い間だったけど楽しかったわ」

 狂気を無視して女――吸血鬼が別れを告げる。

「お、おい! 待てよ!」

 俺の叫びも空しく映像が途切れた。

 

 

 

 

 

 

「よくもやってくれたな」

「まぁ、ね。これで貴女の力が弱まったわ。全く、魂逆転のどさくさに紛れて響にパイプを繋げてんじゃないわよ」

「そのおかげで随分、助かったけどな。でも、惜しかったな。残ったのは人間と天狗のみ。天狗なら今の私でも勝てる」

「頑張りなさい。そして、一緒に封印されましょ?」

「やなこった。お前は黙ってろ」

 狂気と吸血鬼の言い争いはここで終わった。狂気が吸血鬼を封じ込めたのだ。

「確か、図書館だったな」

 狂気は4枚の翼を動かし、飛翔した。

 



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第34話 キュッとして――

「これからどうするんです? 響ちゃんの中にいた人が抑えててくれても少しの間だと思いますけど」

 レミリアさん、フランさん、パチュリーさんを図書館にあったソファに寝かせた後、図書館にいる全員に質問する。

「やっぱり、私たちで何とかするしかないな」

 魔理沙さんが腕を組みながら呟いた。

「でも、強いわよ?」

 霊夢さんが椅子に座って言う。

「せめて、八卦炉があればな。マスパをブチ込んでやるのに」

「マスパ……魔理沙、早苗。ちょっといい?」

「何でしょう?」「何だ?」

「試したい事があるんだけど」

「あ、おかえりなさい……っ!? どうしたんですか!?」

 霊夢さんから詳しい話を聞こうとした矢先、小悪魔さんが違うソファの影から顔を出して驚く。

「それがですね――」

 文さんが今までにあった事を伝えようとしたらどこからか携帯の着信音が鳴り響く。だが、幻想郷に携帯などない。

「な、何だ!?」

魔理沙さんが叫びながら帽子から携帯を取り出す。バイブレーション機能に驚いたらしい。

「ま、魔理沙さん! それをどこで!?」

 携帯を摘まんでおろおろしている魔理沙さんに問いかける。

「ど、どこって響から……」

「ちょっと貸してください!」

 乱暴に携帯を受け取って、通話ボタンを押した。

「もしもし!」

『……早苗か?』

「きょ、響ちゃん!?」

「どうしたんだ? 独り言か?」

「違います! これは携帯と言って遠くにいる人と会話が出来る機械です」

 早口で魔理沙さんに説明し、携帯の向こうにいる響ちゃんに集中する。

『大丈夫か?』

「はい、今は」

『そうか……なぁ、フランドールは?』

「フランさん? フランさんはまだ気を失っています」

 チラッと横目で確認し、伝える。

『あ、皆に聞こえるようにしてくれないか?』

「了解です」

 携帯を操作する。響ちゃんの声が大きくなる。それを聞いて霊夢さんたちが目を見開くのが見えた。やはり、こういうのには慣れていないようだ。

『あとな……』

「はい、何でしょう?」

『これ、ビデオ電話だ』

(ビデオ電話?)

「も、もしかして?」

『ずっと、お前の耳が映ってる』

「……ごめんなさい」

 謝りながら響ちゃんの携帯を耳から離し、画面を見る。すると、フランさんの服を着た苦笑いをしている響ちゃんの姿があった。恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかった。

『いや、別に……』

「『……』」

 しばらく、沈黙が流れる。

『……フランドールを起こしてくれないか?』

 先ほどの事は一先ず、置いておく事にしたらしい響ちゃんが真剣な顔で頼んで来た。

「で、でも……下手に動かすのは」

「だ、大丈夫だよ? 私は」

 ソファから顔を引きつらせたフランさんが顔を出す。文さんに支えて貰っている事からかなりダメージを受けているのがわかる。

『フランドール』

 画面越しからフランさんが見えたのか響ちゃんが呼びかける。

「小さい人だね? しかも、平面だ。あれ? さっきの敵と似てる?」

『頼みがある』

 フランさんの言葉を無視してそう続けた。

「……それって私にしか出来ない事?」

『ああ、俺とお前にしか出来ない事だ』

「なら、貴女がやればいいじゃん?」

『少し言い方を間違えたな。俺とお前、一緒じゃないと出来ないんだ。頼む。狂気を倒したいんだ』

「……詳しく話して」

『じゃあ、二人で』

「わかった」

 フランさんは私から携帯を奪って図書館の奥へ飛んで行った。

「ちょ、ちょっと!」

 追いかける為に飛ぼうとするが霊夢さんに肩を掴まれる。

「早苗、貴女はこっち」

「……大丈夫でしょうか?」

「きっと大丈夫よ。私たちに出来る事をしましょ?」

「は、はい」

 

 

 

 

 

「で? 頼みごとって?」

 小さな箱のような物の中にいる私と同じ服を着た女に質問する。

『まぁ、待て。まずは自己紹介でもしようじゃないか』

「? まぁ、いいけど。私はフランドール・スカーレット。吸血鬼だよ」

『俺は音無 響。えっと……人間?』

 響は首を傾げながら言った。名前を聞いて一瞬、あの男の子を思い出す。

(でも、あり得ないし……)

「いや、私に聞かれても……」

 名前が同じだけだと自己解決した。

『なんか不安定なんだよ。俺の存在ってさ。さっき、知ったし』

「不安定?」

 今度は私が首を傾げる。よく意味が分からなかったのだ。

『お前、人間が吸血鬼の血を飲むとどうなるか知ってるよな?』

「う、うん……」

『どうやら、俺も小さい頃、飲んだらしい』

「え?」

『俺は一切、記憶にないけど俺の中にいた吸血鬼に記憶を貰った。いや、記憶のコピーを俺の頭に張り付けたとでも言うのかな?』

 顎に手を当てて悩み始める響。

「ちょ、ちょっと待って! 意味が分からないんだけど!」

『まぁ……何だ? 俺はお前の血を飲んだ。きっと、お前も覚えてると思うけど……ね? フランさん?』

「あ、あり得ない!」

 小さな箱を掴む手に力が籠り、ひび割れた。

『ば、馬鹿! 壊れたらどうすんだ!』

「響はキョウだって言うの!? ふざけないで! そんなのあり得ないんだから!」

『幻想郷では常識に囚われてはいけないんじゃないのか?』

「だって……だって! あれは60年以上前の話だよ!? キョウには少ししか血を飲ませてないから完全に吸血鬼化はしなかった。だから、人間と同じように年を取るはずだよ!」

 叫んだ拍子に箱に唾が飛ぶ。それほど私は動揺しているのだ。

『え? そうなの?』

「貴女がそう言ったんじゃない!」

『年代までは知らないんだよ! 言ったろ! 俺の見た記憶はコピーだからきちんと年代がわかる物が記憶に残ってないと判断出来ねーんだよ!』

 歯をむき出しにして威嚇し合う。

『……覚えてるか? 人間と吸血鬼の恋の物語』

「っ!?」

『まさか、あれがレミリアの昔話だとは思わなかったよな』

「ど、どうしてそれを?」

 咲夜さえ知らない事を知っているのだ。驚くに決まっている。

『だから言ったろ? キョウだって。さて、フラン。協力してくれるか?』

「……」

 まだ分からない事だらけだ。だが、もし響の言っている事が本当で響がキョウならば今回の事件は――。

 

 

 

「全部、私のせい……」

 

 

 

 キョウに血を飲ませた時に私の中にいた狂気が移った。そうとしか考えられない。私があの時、狂気に飲み込まれなかったらキョウに血を飲ませる事もなかった。

『それは違う!』

 しかし、響は即座に否定した。

「え?」

『どうしてフランの部屋に行かなくなったか知ってるか?』

「……」

 知らない。お姉様に聞きもしなかった。黙っていると響は続きを話す。

『それはレミリアに止められたからだ』

「お姉様に?」

『ああ、フランに関わるなと言われて従ってしまった。怖かったんだ。従わなければ殺されると思った』

「普通そうでしょ?」

 人間が吸血鬼に恐怖心を抱かない方が不自然だ。

『……実は俺、あれから何回もお前の部屋の前に行ってるんだよ。本を持って』

「嘘……」

 驚愕で手が震えた。箱を落としそうになり、慌てて掴み直す。

『ノックしようと手を動かした瞬間、体が震えた。レミリアの紅い目を思い出したんだ。何回も挑戦した。でも……駄目だった』

「き、気付かなかった……」

『お前が図書館に来た時も持って行く本を決めていた。だから、俺のせいでもある。自分を責めるのはやめろ』

「……私は、何をすればいい?」

 気が付くとそう聞いていた。

『え?』

「頼み事。教えて? 私は何が出来る?」

『……さんきゅ。じゃあ、説明するぞ』

 響は自分がいる空間を破壊したい。だが、『目』は二つあり同時に破壊しないといけない。響の能力はコピーなので私より劣っているらしく、操れる『目』は1つだけとの事だ。

『どうだ? 二つ同時に破壊できるか?』

「やった事ないけど……やってみる。『目』はどこ?」

『今、映す』

 箱の中にいる響が見えなくなり、代わりに『目』を見る事が出来た。

「集めたよ。もう一つは?」

『ああ、待ってろ』

 また景色が変わり、『目』が現れる。集めようとするが上手く右手に収まらない。

「う~ん……二つ同時は無理かも? なんかいつもと勝手が違うからかな?」

『やっぱりか……でも、一つは集められたんだろ?』

「それは大丈夫……本当だ。壊れない」

 手を握って見るが空間は壊れた様子はない。

『よし、俺も集めるから同時に行くぞ』

「オーケー」

 先ほど集められなかった『目』が響の右手に集められる。

『3……2……1!』

 響の合図で右手を握る。

 



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第35話 ――ドカーン

いつもの2倍ぐらい長いです。


『ぐッ!?』「きゃあ!?」

 私と響が右手を握った瞬間、外部から何者かに邪魔され、体が後ろに吹き飛んだ。そのまま、背後の本棚に背中を強打する。

『だ、大丈夫か?』

「う、うん……何とか」

 箱から響のうめき声が聞こえる事から私と同じように吹き飛ばされたらしい。背中を擦りながら立ち上がる。

「でも、何が?」

『多分、狂気だな。魂逆転の時にこの空間に結界でも貼ったんだろ? こうやって、壊されないようにな』

「じゃ、じゃあどうするの!?」

 このままでは狂気が図書館に乗り込んで来てしまう。

『どうにかして狂気の動きを止めるしかない』

「動きを?」

『ああ。お前には分かんなかったと思うけど右手を握った時に狂気が何かをする気配があった。きっと、結界を貼っていても意識しないと今のように邪魔できないんだと思う』

「でも、動きを止めるって言っても……」

「それはまかせて」

『「え?」』

 急に後ろから声が聞こえ、振り返ったら傷だらけのお姉様がいた。その後ろには他の皆も立っている

「お、お姉様!?」

「久しぶりね。キョウ」

『ああ』

 響は落ち着いた様子でお姉様に返事をする。

「話は聞いたわ。あの化け物を止めればいいのね?」

『一応、俺なんだけど……』

 お姉様の言葉に苦笑いする響。何か悔しい。

『でも、どうにか出来るのか?』

「これからそれを話し合うの。時間はないけどね」

 その時、図書館の入り口から轟音が聞こえた。

「早速、来たみたい。パチェ? どれぐらい持つ?」

「フランの能力対策はしてるけどあの馬鹿力を考えると……10分?」

 パチュリーは首を傾げながら答える。あまり自信はないようだ。

「それだけあれば何かは思いつくでしょ」

『……まず、誰がどんな事が出来るか知りたいな』

「それじゃ、自己紹介から始めましょ?」

 狂気がドアは破壊するまで作戦会議は続いた。

 

 

 

 

 

『このやろッ!!』

 狂気の声が聞こえたと思った矢先、図書館の扉が崩壊した。それを俺たちは黙って見ている。

『15分……もしかして、狂気の力が弱まってる?』

「かもな」

 レミリアに質問され、答える。俺と繋がっていた時、俺自身の力も利用していたのかもしれない。その間に狂気はゆっくりと図書館に乗り込んで来た。

『じゃあ、皆! 作戦通りに!』

 レミリアの号令にそれぞれが答え、パチュリーがスペルを唱える。

『火水木金土符『賢者の石』!』

 パチュリーの周りに5つの結晶が現れた。狂気はそれを見て右手を突き出す。フランの能力を使う気だ。

『レッドマジック!』

 レミリアがスペルを発動し、大玉が反射しながら狂気に突進する。狂気は舌打ちし、右手を引いてからジャンプして躱す。その隙にパチュリーは賢者の石を魔理沙に渡した。

『絶対、返しなさいよ?』

『ああ、死んだら返すぜ?』

『禁弾『スターボウブレイク』』

 だが、狂気がパチュリーと魔理沙目掛けて七色の矢を放つ。

『夢符『二重結界』!』

 それを霊夢が防ぐ。しかし、矢の威力が凄まじく2枚の結界は破られてしまう。その隙にパチュリーと魔理沙は移動し、矢は図書館の床を抉る。

『じゃあ、貴女はここで死ぬつもりなんだ』

 パチュリーがそう言いながらジト目で魔理沙を睨む。

『いや、そのつもりはない!』

魔理沙が答え、パチュリーは首を横に振って呆れていた。

『これはどうだ?』

 狂気は矢を上に放ち、分裂する。何本もの矢が俺たちに降りかかる。

『響!』

「おう! 小悪魔、画面を少し左に」

『は、はい!』

 フランに名前を呼ばれ、携帯を持っている小悪魔に指示を出す。俺は一度に一回しか能力を使えない。

「フラン、頑張れよ!」

『出来るだけ壊すけど残ったのをお願い!』

 そう叫びながらフランが右手を握った。しかし、矢は2~3本残っており、その内の一本が早苗を目指して直進している。

「おら!」

 その矢の『目』を集め、右手を握って破壊する。

『魔理沙! 準備、出来たわ!』

 霊夢の頭上に大きな正八角形の立体の形をした結界が展開された。

『おう! 射命丸、頼む!』

『あいあいさ~!』

 魔理沙を背中から抱き上げて飛び上がる射命丸。出来るだけ魔力を消費しない為だ。

『好きにさせるか!』

 結界を破壊する為にまた右手を握る。

「させっかよ!」

 その動きに合わせて俺も右手を握り、破壊した。狂気の顔が怒りで歪む。

『パチュリー! 魔力!』

 結界に手を置いて魔理沙が叫んだ。

『もうやってるわよ』

 パチュリーが魔導書を開き、何かを呟く。それに応えるように魔理沙の周りに浮かんでいる5つの結晶が光り輝いた。

『おお!? これなら行けるぜ!』

 ニヤリと笑った魔理沙は魔力を結界に注ぎ込む。どんどん、結界から光があふれる。その光景は幻想的で綺麗だった。

「早苗!」

『は、はい!』

 それを眺めていた早苗に声をかける。自分の役割を忘れていたらしい。早苗が結界に向かう為に空を飛ぶ。それを見て霊夢も早苗に続いた。二人は魔理沙を挟み込むように空中に留まった。

『……なるほど。そう言う事か』

 狂気がこちらの作戦に気付き、高速で図書館を移動し始める。早苗は目で追うが俺から見ても翻弄されていた。

『れ、レミリアさん! お願いします!』

『わかったわ』

 そう返事をしてレミリアが目を閉じる。

「フラン」

『わかってるよ』

 俺とフランの右手に空間の『目』が集められる。後は狂気の動きを止めるだけだ。

『……嘘』

 レミリアの様子がおかしい。目を見開いて驚愕していた。

「どうした?」

『運命が……見えない』

「え?」

 よく意味が分からず質問しようと口を開いたがその前に狂気がスペルを取り出して宣言した。

『QED『495年の波紋』』

『っ!? 皆、気を付けて! 反射するよ!』

 フランが叫んで警告する。フランの言う通り、狂気を中心に波状弾幕は図書館の壁に当たると反射し、こちらに向かって来た。

「皆、結界を守れ!」

『言われなくても! 紅符『不夜城レッド』!』

 レミリアの体から紅い霧が噴出され、弾を消した。

『禁弾『カタディオプト『やめなさい! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!』

 我慢できず、フランがスペルを使おうとしたがレミリアが声だけで制止させ、今度は紅い槍を狂気に向かって投げる。だが、狂気は軽くそれを躱した。

『で、でも!』

『貴女は壊す事だけを考えなさい! こっちは何とかするから!』

『果たして出来るかな? 私の運命、見えないんだろ? 見えたら後ろで準備してる技も当てられたのにな。私の動きを予測すればね』

 狂気に言葉にレミリアは奥歯を噛む。今でも高速移動しながら弾幕を放っている狂気。これでは近づく事はおろか、弾幕を当てる事すら困難だ。

『右です!』

 しかし、霊夢、魔理沙、早苗、射命丸、レミリア、咲夜、パチュリー、小悪魔、フランの誰でもない声が図書館に響き渡る。その声に一番に反応したのは咲夜だった。

『そこ!』

 スカートからナイフを1本、取り出して誰もいない方角へ投げる。

『なっ!?』

 だが、次の瞬間には狂気がナイフの軌道上に現れる。狂気が目を見開いて驚いていた。

『くそっ!』

 狂気は翼でナイフを叩き落し、すぐに移動した。

『美鈴?』

 ソファの方を見ながら咲夜が懐かしい名前を口にする。

『すみません! 寝てました!』

 美鈴がペコペコ謝りながら咲夜の元へ駆け寄る。少し動きが鈍い。もしかしたら、狂気にやられて休んでいたのかもしれない。

『そう言えば、小悪魔に美鈴を連れてくるよう命令したっけ?』

『そう言えば、パチュリー様の命令で倒れていた美鈴さんを連れて来てそこのソファに寝かせましたっけ?』

『二人とも……私の存在って』

 パチュリーと小悪魔の呟きが聞こえた美鈴は涙を流して落ち込む。

「来るぞ!」

 そんな中、俺は話している3人に向かって叫んだ。狂気が炎の剣を左手に持って振りかぶっている。投げるつもりだ。

『水符『プリンセスウンディネ』!』

 パチュリーが水の魔法を駆使し、炎の剣を鎮火した。やはり、狂気の力が弱まっている。

『咲夜さん! 左から来ます!』

『っ!?』

 だが、炎の剣はフェイクで直接、咲夜に打撃を撃ち込もうと狂気が急接近して来ていた。それを美鈴は言い当てたのだ。咲夜はバックステップで狂気の攻撃を躱す。

『め、美鈴? どうして?』

『狂気の気を読みました。どちらから来るかぐらいならわかりますよ?』

「そ、それだ! 美鈴! 早苗に敵の位置を!」

『え!? こ、この声一体どこから!』

 携帯越しなので俺の気は読めないらしく、慌てながらキョロキョロしていた。

『美鈴さん! お願いします!』

 早苗が大声で美鈴にお願いする。時間がない。結界の光が先ほどより大きくなっているのだ。もう、充電が終わっている証拠だ。

『は、はい!』

 早苗がいる所まで飛翔する美鈴。

「咲夜? 行けそうか?」

 咲夜を見れば足の包帯が赤く染まっている。傷口が開いたらしい。

『私を誰だと思ってるの?』

(いや、お前には今日会ったばかりだし……)

『レミィ!』『パチェ!』

 パチュリーとレミリアが同時にお互いの名前を呼ぶ。これが合図だ。

「美鈴、場所!」

『正面に来ます!』

『日符『ロイヤルフレア』!』『紅色の幻想郷!』

 美鈴の言った場所に同時にスペルを発動。

『どうして場所がっ!?』

正面に現れた狂気に巨大な炎の弾と大量の弾幕が襲う。それをジャンプして躱す狂気。そこしか逃げ場所がなかったのだ。それが狙い。

『メイド秘技『殺人ドール』!』

『っ!?』

 咲夜がスペルを唱えたと思った瞬間、たくさんのナイフが狂気の周りを取り囲む。更にナイフは動かずにその場に制止したままだ。ナイフは攻撃する為ではない。狂気の動きを止める為だ。

『くそ!』

 身動きが取れない狂気は右手を何度も握ってナイフを破壊して行く。狂気の体は俺の体だ。能力も規制されている。

『霊夢!』

 結界に触れたまま、魔理沙が隣にいる霊夢を呼んだ。

『わかってるわよ』

 そう呟きながら霊夢も手を結界に置く。更に結界の光が強くなる。

『さぁ、まかせたわよ? 早苗』

 ニヤリと笑いながら霊夢が早苗の名を呼ぶ。

『うぅ……責任重大です』

 早苗は唸りながら結界に触れる。甲高い音が図書館に響き渡った。

『文さん、コントロール難しいので調節お願いします』

『まかせてください!』

 魔理沙を抱き抱えたまま、射命丸が返事をする。

『では、行きます!』

 早苗が手に力を込めた。すると、結界の周りに風が吹き始める。風はどんどん強くなり、一点に集中する。結界の中心だ。

『『『合符『ウィンドスパーク』!!』』』

 三人が宣言すると風が結界の中に蓄積された魔力を勢いよく放出した。

霊夢が土台となる八卦炉型の結界を作り、普段から八卦炉を使っている魔理沙が魔力を注入。その時にパチュリーの『賢者の石』で魔力を増幅。最後に早苗の『奇跡を起こす程度の能力』で生み出した神風に乗せて魔力を発射する技だ。威力は『ファイナルスパーク』を遥かに超える。そりゃそうだろう。三人の力が合わさっているのだから。

レーザーはナイフを蹴散らしながら狂気に突進するが少し右にずれている。

「射命丸! 右にずれてる!」

 いち早く気付いた俺は叫んだ。

『了解です!』

 魔理沙を美鈴に預け、団扇を取り出し、振りかぶる。レーザーの原動力は魔力だが、風に乗って進んでいるので『風を操る程度の能力』を持っている射命丸は多少、操る事が出来るのだ。

『秘弾『そして誰もいなくなるか?』!』

 だが、狂気はスペルを発動し消えた。このままではレーザーは当たらない。

『させないわよ?』

 しかし、レミリアが横に手を振ると狂気の姿が現れた。

『な、何っ!?』

『わかったの。アナタの運命は操れない。でも、レーザーの運命を操ればいいってね』

 「レーザーが躱される運命」から「レーザーが命中する運命」へ。

『くそったれがあああああああ!!』

 破壊するのをやめて両手を前に突き出し、レーザーを正面から受け止めた。

『やりなさい! フラン! 響!』

『うん!』「おう!」

これで狂気の動きは止められた。後は俺たちの仕事だ。

「キュッとして――」

 俺とフランはニヤリと笑う。狂気はそれを横目で見て顔を引き攣らせる。

『――ドカーン』

 その顔をよく見ながらそれをゆっくりと握り潰した。それからすぐに目の前がぐるりと一回転。狂気の魂から白い空間へ変わった。腕にあったPSPや手に持っていたスキホが消え失せる。

「人間が……よくも私の邪魔をしてくれたな」

 後ろから声が聞こえ、振り返る。そこにはまた俺がいた。だが、少し俺や吸血鬼と違った。身長は俺より低く女より大きい。胸は女よりないがすこしだけ膨らんでいる。髪はポニーテールではなくストレートだった。目は女と同じ真紅だったがこちらの方は黒が強い。しかし、八重歯は生えていなかった。背中にも何もない。

「まず、女だったんだな」

「吸血鬼は私の事、『貴女』と言っていたのに気付かなかったのか?」

「あの状況でそこまで気を回してらんねーよ」

「まぁ、そんな事はどうだっていい。お前を殺してまた体を乗っ取ってやる」

 狂気が重心を低くし、構える。

「させっかよ。もう、お前の思い通りにはさせない」

 俺も構える。PSPもない状態でどうやって戦うか考えていないが諦めたりしない。俺と狂気が同時に地面を蹴った。その刹那――。

「ちょっと待ってくれない?」

「「ッ!?」」

 急に吸血鬼が俺たち間に出現し、邪魔をする。

「いいのか? 出て来ても」

「いいの。でも、これだけは言わせてね」

「……いいだろう」

 狂気は腕組みをしてから渋々、頷いた。

「ありがと。響? よく、聞いてね。ここは区切られた魂が再び、1つになった事によって出来た空間。これが本来の貴方の魂なの」

 吸血鬼が俺の方を見て説明する。

「本来の魂?」

「そう。そして、ここでは気持ちで強さが決まる。生き残りたいと願えば願うほど強くなれる」

「そうか……」

「だから、安心して私たちを殺しなさい。それから、魂の奥深くに封印して」

 そこで俺は気付く。

「『私たち』?」

「ごめんなさい。まだ私は狂気に取り込まれたままなの。口は動かせるけど……体は」

「もういいか? じゃあ、無駄口を叩かず殺せ」

「全く……自分が誰のおかげで生まれたのかも忘れたの?」

 そう言いながら吸血鬼と狂気がこちらに向かって走って来る。

「気持ちの問題……」

 俺の気持ちは最初から決まっている。それに応えるように右手に小さな鎌が現れた。初めて持ったとは思えないほど手の感触が懐かしい。

「――」

 吸血鬼にも狂気にも聞こえないように呟いて鎌を構えながら走り出す。これが最後の戦いだ。

 



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第36話 あの悲劇をもう一度

「響ちゃん?」

 レーザーが消えた後、響ちゃんは空中に浮いたまま硬直していた。だが、すぐに落下し始める。このままでは頭から図書館の床に叩き付けられてしまう。

「響ちゃん!!」

「全く……しょうがないんだから」

 向かおうとした矢先、霊夢さんが呟きながら響ちゃんを受け止めていた。それを見てほっと安堵の溜息を吐く。

「……」

 しかし、霊夢さんは難しい顔のまま降りて来る。

「どうした?」

 それが気になったのか魔理沙さんが声をかけた。

「多分……響はまだ戦ってる」

「何? どういう事?」

 今度はレミリアさんが質問する。

「体は狂気の支配から解かれたみたいだけど……魂の取り合いをしてるみたいなの」

「魂の取り合い……」

 携帯に映っていたあの空間はもしかしたら、響ちゃんの魂の中だったのかもしれない。実際、小悪魔さんが持っている携帯の画面は真っ暗だ。フランさんも小悪魔さんの横から携帯の画面を掴んでそれを凝視している。

「私たちに出来る事は!?」

 携帯を握りしめてフランさんが霊夢さんに問いかけた。

「ないわ。響を信じるしかない」

 霊夢さんの言葉を聞いて私は響ちゃんの顔を見る。その顔はこちらがぞっとするほど無表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう……2時間だな」

「そうですね」

「息はしているようですけど……生きているとは言い難い状況ですね」

「文さん! 不吉な事、言わないでください!」

「あやややや~! ごめんなさい」

 ここは紅魔館のとある一室。魔理沙と早苗、射命丸の3人はベッドで静かに眠っている響を看病していた。他の人は動いていた。紅魔館にいる妖精メイドはほとんど動かないので誰かが働かないといけない。しかし、咲夜は足に怪我を負ってしまったので一人では紅魔館の仕事を熟す事が出来なくなってしまい、美鈴、パチュリー、小悪魔、霊夢の4人が手伝っていた。紅魔館に住んでいない霊夢は動いていないと最悪な結末を考えてしまうから働いているらしい。他の人も同じように響の事を心配していた。特にフランドールは図書館の本棚のいくつかを無意識で壊してしまうほど不安定になってしまった。レミリアは姉と言う事もあってフランドールの傍にいた。余った3人が響の傍で様子を見ていると言うわけだ。

「それにしても響さんって強いですね。狂気に取り込まれていたとはいえ、あの時のスピードは私と同等、いやそれ以上かも……」

 むむむ、と唸りながら射命丸が呟く。

「それはない。お前の方が速いよ」

 だが、魔理沙がそれを否定する。その表情は面白くなさそうだ。過去に幻想郷最速の名前を取られたからだ。

「そうですか?」

 嬉しそうに口元を緩ませ、射命丸は言った。

「知ってて言ったろ?」

「あ、ばれちゃいました」

「もう! 二人とも、ちゃんと響ちゃんの看病してください!」

 汗を拭うためのタオルを片手に早苗がふざけている二人を注意する。

「だって、早苗がずっとそうしてるから私たち、する事ないんだ」

 魔理沙の言う通り、早苗が一人で看病を熟している。魔理沙も射命丸もする事がないのだ。

「それはそうですけど……」

「それよりも私、気になったんですけど」

 射命丸がどこからかメモ帳とペンを取り出して早苗に詰め寄る。

「な、何ですか?」

「響さんとどういった関係なんですか? 初めて会ったとは思えません」

「……外の世界で親友だったんです」

 早苗の表情は懐かしさ半分寂しさ半分。昔の事を思い出しているらしい。

「親友……ですか?」

「はい。初めて会ったのは神社でした」

「そう言えば、信仰を求めてここに来たんだったな」

 魔理沙の呟きに一つ、頷く早苗。それから続きを語り出す。

「あれは……響ちゃんが中学2年生の時です――」

 

 

 

 

 

 

 私は境内の掃除をしていました。

「はぁ……」

 信仰について悩み始めていた頃で神奈子様も諏訪子様も心配するほど私は元気がありませんでした。そんな時です。

「すみませ~ん。お守りください」

 中学校の制服を着た響ちゃんが神社にやって来ました。

「あ、はい! 少し待っててください!」

 箒を立てかけて急いで売り場に入りました。

「何のお守りでしょうか?」

「……健康、ください」

 お守りを探している途中でふと、響ちゃんの方を見ました。その時の響ちゃんの顔がひどく寂しそうだったのをよく覚えています。

「あ、あの……」

「何でしょう?」

「何かあったんですか?」

 それを見て何故か放っておけなくなり、気付いたら話しかけていました。

「まぁ……はい」

「聞かせてくれませんか?」

「……父が病気で今、峠なんです」

「そうなんですか……何かすみません」

「いえ、謝る必要なんて……」

 沈黙が流れました。

「お名前は?」

 でも、その沈黙を破ったのは響ちゃんでした。

「こ、東風谷早苗です」

「早苗さんですか。俺は雷雨(らいう) 響です」

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 そこで魔理沙がストップをかける。

「何ですか?」

「響の苗字は『音無』だ。どうして、『雷雨』なんだよ」

「……父親の苗字です」

 早苗はそれだけ言った。

「……あ、そう言う事か」

 だが、魔理沙は理解したらしい。それ以上、何も言わなかった。

「う……あ」

「「「ッ!?」」」

 早苗が続きを話そうとした時、響がうめき声を上げた。

「響ちゃん!」

「射命丸! 皆に……ってもういないぜ」

 早苗は響の元へ駆け寄り、魔理沙は射命丸に指示を出すが射命丸はもう部屋にいなかった。響の事を働いている皆に伝えに行ったのだ。

「あ……ああああああああああああああああああああああああッ!?」

 突然、響は絶叫する。体を苦しそうに震わせ、ベッドから落ちそうになった。

「きょ、響ちゃん!?」

「早苗! そっち、押さえろ!」

「は、はい!」

 ベッドから落ちないように響の体を押さえる早苗と魔理沙。その間も響は叫び続けた。そのせいで喉が傷つき、口から血が垂れる。

「お、れは……」

 叫びの中で響が何かを言った。

「な、何ですか!?」

「俺は……お前らを、お前ら……ああああああああああッ!?」

「お前らって誰だよ! 響!!」

 魔理沙は響に質問するが響は叫ぶばかりで答えようとしない。いや、聞こえていないだけだ。

「響!」

 その時、霊夢が到着する。咲夜、美鈴、パチュリー、小悪魔がその後に続く。

「どういう事なの!?」

「私だって聞きたいぜ!」

 霊夢が響を押さえるのを手伝いながら魔理沙に問いかける。しかし、魔理沙も今の状況に混乱しているのだ。答えられるはずがない。

「あああああああああああ、あ……」

 その時、急に響が叫ぶのをやめ、暴れなくなった。

「……響?」

 霊夢が名前を呼ぶが返事はない。

「響! 大丈夫!?」

 皆が呆然としている所にフランドールとレミリア、射命丸がやって来た。

「さっきまで絶叫してたんだが……それが急に」

 魔理沙が三人に状況を説明。

「狂気の気配が……」

 フランドールがぼそっと呟く。

「どうしたの? フラン」

 一番、近くにいたレミリアが聞いた。

「響の中にいた狂気の気配が消えた……ううん。小さくなったの」

「小さく?」

「うん。多分、響は狂気に勝ったんだと思う」

 フランドールの言葉を聞いて皆、ほっとしたようだ。

「……」

 だが、霊夢とフランドールだけは何故か困った顔をしている。

「霊夢さん?」「フラン?」

 それに気付いた早苗とパチュリーがそれぞれの名前を呼ぶ。

「ねぇ? フラン」

 それを無視して霊夢がフランドールに話しかける。

「何?」

「響は勝ったんでしょ?」

「うん」

「だったら……どうして顔から生気がなくなっていくの?」

 そう、響の顔がどんどん真っ青になっていくのだ。まるで、寿命が尽きようとしている老人のように。

「……」

 フランドールは黙って響に近づく。そして、その小さな手で響の頬にそっと触れた。その刹那――。

 

 

 

 ――響が寝ている部屋が真っ赤に染まった。その色は紅魔館と言う言葉に相応しい色だった。

 

 

 

「きゃ、きゃあああああああああああああああああッ!?」

 早苗の悲鳴が響く。その顔に紅くて生暖かい液体が付着している。

「な、何が……」

 魔理沙は戸惑う。その服は紅く染まっていた。

「きょ、響……」

 霊夢が奥歯を噛む。霊夢は知っていた。こうなるような気がしていたのだ。だから、悔しかった。知っていたのに止められなかった事を。

「ま、まさか……また、私……」

 フランドールは己の震える右手を見つめながら目を見開く。その目には恐怖しか浮かんでいなかった。

 他の人も同じように顔を、服を紅く染めて放心していた。

 

 

 

 響の体が何かにズタズタに引き裂かれ、その衝撃で体内の血が大量に外に吹き飛んだのだ。昔、フランドールに壊された時と同じようにその姿はもはや、肉としか言えなかった。

 



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第37話 フランドール・スカーレット

「落ち着きなさい!」

 真っ赤に染まった部屋でお姉様の声が響いた。

「お、おね、おねえ……さま」

 体が上手く動かない。私が響に触れた瞬間、響の体が弾けた。つまり、無意識の内に能力を使ってしまったのだ。また、私が響を壊してしまった。

「フラン! よく見なさい!」

「え?」

「響は皮膚が引き裂かれたの。それも内側からね。その証拠に響の服は全く傷ついてない」

 お姉様の言う通り、響の服は紅く染まっているがどこにも穴がなかった。

「それに貴女が無意識で能力を発動してしまったのなら、響は粉々になっているはずでしょ!」

「じゃ、じゃあ……」

「響がこうなってしまったのは貴女のせいじゃないって事! パチェ! 治癒魔法! 咲夜は代わりとなる血液の準備! 美鈴は咲夜の補助!」

 お姉様は皆に素早く指示を出した。それを聞いて咲夜と美鈴は部屋を出て行き、パチュリーは響に手を翳し、呪文を唱えた。

「私! 咲夜さんを手伝って来ます!」

 天狗も部屋を出て行った。名前は確か、射命丸だったような気がする。

「早苗! 結界、貼るわ! 手伝って!」

「あ、ああ……」

 霊夢が早苗に協力を求めるが早苗は響を凝視して硬直していた。それほどショックだったらしい。

「放心してんじゃないわよ! 動かなかったら響が死ぬの!」

「っ!? は、はい!」

 霊夢の言葉を聞いて早苗が我に返った。

「いい? 貼る結界は……」

「わかってます! ばい菌などが入って来れないようにするんですね!」

「そう! 他にも回復を促進したりするからよろしく!」

 部屋にペタペタとお札を貼りながら話し合う巫女二人。

「パチュリー! 賢者の石、頼む!」

 魔理沙はパチュリーの近くまで駆け寄り、叫んだ。

「……魔力、借りるわね」

 どうやら、先ほどとは逆に魔理沙の魔力をパチュリーに送るつもりらしい。

「おう!」

 魔理沙は5つの結晶に魔力を注ぎ、パチュリーに魔力を送り始めた。

「パチュリー様! 包帯、持って来ました!」

「貴女は傷の手当てを。これだけ傷口が多かったら出血多量で死ぬから」

「はい!」

 それぞれが響を助ける為に動いている。

「……」

 それを私はただ眺めていた。何も出来なかった。それがとても悔しい。私は壊す事しか出来ないから。

「貴女には貴女のやるべき事がある」

「お、お姉様?」

「皆がやっている事は時間稼ぎ。それは皆、知ってる。でも、助けたい。助けたいから諦めずに運命に逆らおうとしてる。どうしてかは分からないけどね」

 私の肩に手を置いてお姉様がウインクした。

「あの時と同じでしょ? だったら、あの時と同じ方法で解決出来るんじゃない?」

「ま、待って! これ以上、私の血を飲めば吸血鬼になっちゃう! それに狂気だって力が増す……また、暴走しちゃうかも」

「そん時はそん時よ」

 お姉様が無責任な事をほざく。

「お姉様!」

「冗談よ。私が言いたいのはこのまま放置して響が死ぬ。それを貴女は一生、後悔するんじゃないの?」

「そうよ」

 その声を聞いてこの部屋にいた全員が響を見る。何故なら、声を出したのは響だったからだ。目を開けて私を見る。その目は真紅だった。

「お、お前は……」

 お姉様が呟いた。

「お久しぶり。フラン、レミリア、パチュ」

 背中から漆黒の翼が生え、その反動で響は起き上がった。小悪魔が巻いていた包帯が一気に紅くなる。霊夢、魔理沙、早苗は驚いて目を見開いていた。

「あ、あの時の吸血鬼!」

 だが、私はそれどころではなかった。

「うん。あの時の吸血鬼よ。また会うとは思わなかったけどね。さて、時間もないし皆、作業しながらでいいから聞いて。私は響の中にいる吸血鬼。そこまでいい?」

 それぞれが黙って頷く。

「それで魂の状況の何だけど……見事、響は狂気に打ち勝ってこの体の所有権を奪還したの。でも、狂気が最後の抵抗を見せて響の内側からこの体を引き裂いた」

「響は今どこに?」

 霊夢が結界を貼る準備をしながら質問した。

「魂の中で休んでる。今、目を覚ませば激痛でショック死するわ。私だってきついのよ?」

 見れば吸血鬼の口元がピクピクと引き攣っている。それほど辛いのだろう。

「パチュ、後どれくらいでこの体は死ぬ?」

「そうね……後、3分くらい? いや今、結界を貼ったから5分ね」

「ッ!?」

 パチュリーの言葉を聞いて私は目を見開く。

「吸血鬼……一つ、いい?」

「何?」

 私の方を見て首を傾げる吸血鬼。その衝撃だけでも首から血が溢れた。

「響は生きたいと思ってる?」

「……ええ。自分の存在が変わろうと俺は俺だって言ってたわ」

「そう……」

 それを聞いて私は黙って右手の人差し指の先端を噛み千切った。痛みで顔が歪む。少なくない血が流れる。

「お、おい! 何やってんだよ! フラン!」

 魔理沙が慌てて私の傍に駆け寄ろうと結晶から離れた。

「魔理沙、戻って。時間が短くなる」

 しかし、パチュリーがそれを止めた。それを聞いて魔理沙は数秒間、私を見て戻って行った。私が狂気に取り込まれていないか確認したらしい。

「やっぱり……これしかないんだよね?」

「そうね。響には悪いけど……生きる為だもの」

「ま、待ってください!」

 私が人差し指を吸血鬼に差し出そうとした時、早苗が叫んだ。

「何するつもりですか!」

 そう叫びながら早苗が私を睨む。それを霊夢が止めに入った。

「だって! 響ちゃんの身に何かが起きたらどうするんですか!」

「今は時間がないの。黙って」

「霊夢さん!」

「黙りなさい!!」

「っ!?」

 霊夢の怒鳴り声にこの部屋にいた全員が肩を震わせる。

「このままだと響は死ぬ! それだけなの! 貴女は響が死んでもいいの!?」

「……」

 早苗は俯いてごめんなさいと謝った。

「続けて」

「わかった。吸血鬼? 出来るだけ少なく飲んで」

 霊夢から許可を得て、吸血鬼に忠告した。

「それはもちろん。でも、この傷だから結構、飲まなきゃ駄目みたい」

「とにかく、響を助けて!」

「わかってる。じゃあ、飲むわよ?」

 私が突き出した人差し指を吸血鬼は咥えて血を飲み始めた。固唾を飲んで見守る皆。いつの間にか咲夜たちも戻って来ている。

 数分後、響は峠を越えた。

 

 

 

 

 

「それにしても……吸血鬼の治癒能力には驚きだぜ。あれほどの傷がみるみる治って行くんだもんな」

「元々、響の体の中には吸血鬼がいたから血の量も少なかったし、よかったよ」

 ベッドに腰掛けながら魔理沙と私は話し合っていた。響はまだ後ろで寝ている。しかし、その顔色はとても良かった。これでもう安心だろう。

「でも、どうして響の体の中に吸血鬼や狂気がいたんだ?」

「それは……話せば長くなるから勘愛で」

「……ま、いいけどな」

 60年前の事は出来るだけ話したくなかった。理由は自分でもわからない。でも、話したくないのだ。

「これで狂気異変も解決だな」

「そうだね」

「いや~今回はどうなるかと思ったぜ。さて……」

 そこで魔理沙はベッドから降りた。

「どうしたの?」

「本を借りに行くだけだ。お前はここで響の様子を見てろよ」

「え? ちょ、魔理沙!」

 名前を呼ぶが魔理沙は彗星の如く部屋を出て行った。因みに他の人は紅魔館の修理の手伝いだ。

「……」

 何故か緊張する。それもそのはずだ。今回の異変の元凶は私なのだから。

「響が起きたら何て言おう……うぅ~」

 もし、許してくれなかったらと思うと怖くなり、弱々しく唸る。もう一度、響の顔を見ようと振り返った。

「え?」

 それと同時に頭に手が置かれる。

「お疲れ。フラン」

 そして、笑顔でくしゃくしゃと私の頭を撫でた。

「響?」

「ああ」

「本当に響なの? また、吸血鬼とか狂気とかじゃないよね?」

「今の俺は俺だ」

「……」

 どうしてだろう。視界が歪んでいる。

「ほら、泣くなって……」

「え? 泣いてる? 私が?」

「ああ」

 私の目を親指で拭って見せてくる。見ればほんのり濡れていた。

「自覚なかったのか?」

「うん」

 私は泣くつもりなどなかった。でも、自然に出て来てしまう。止められない。

「そうだ。フラン」

「何?」

「ありがとう。俺がこうやって生きていられるのもフランのおかげだ」

「で、でも! 今回は私のせいだし……それにまた響は吸血鬼の血を飲んだから吸血鬼に近づいたんだよ! 人間じゃなくなっちゃうんだよ!?」

 吸血鬼の血は人間の血を殺し、その量を増やしていく性質がある。つまり、体内に吸血鬼の血が一滴でも入ればいずれその人は吸血鬼になってしまうのだ。

「言ったろ? 俺は俺。人間であっても吸血鬼であっても俺は変わらない。俺が変わるのは死んだ時だ」

「……響」

「うん」

 私が名前を呼ぶと私の頭を撫でながら頷く響。

「響!!」

「うわっ!? 急に抱き着くなって! まだ完全に傷口はふさがってねえええええええええええっ!?」

 傷が痛み、絶叫する響だったが私はお構いなしに抱き着く。全力で。

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ……やっぱり、最後はフランかよ」

 響とフランドールがはしゃぐ部屋の外に霊夢、魔理沙、早苗、レミリア、咲夜、パチュリー、小悪魔の8人がいた。射命丸は異変の記事を書きに妖怪の山へ。美鈴は門番の仕事に戻った。魔理沙は頭の上で腕を組んでつまらなさそうにぼやく。

「仕方ないじゃない? 響が寝ている間、一番心配してたのフランだし」

 それを霊夢が宥める。

「入れないですね。良い雰囲気ですし」

「そうね。響が男だったらさすがに入ってるけど。妹様が襲われてしまったらと考えるとね」

 早苗の後に続いて咲夜が呟いた。残念ながら響は男だ。

「さて……私は図書館に戻るわ。小悪魔」

「は、はい!」

 宙に浮いてパチュリーは小悪魔を連れて帰って行く。

「あ、レミィ?」

「何?」

 だが、途中で何かを思い出しレミリアの方を振り返る。

「本当の事、言わなくてもいいの?」

「……今更、言う事もないでしょ?」

「それもそうね」

 それからフランに抱き着かれて絶叫している響の声がしなくなるまで6人はその場に居続けた。因みに響の骨が2本ほど折れたと報告しておこう。

 




これにてフラン編は終わりとなります。
もう数話ほど後日談がありますのでもうしばらくお付き合いくださいな。


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第38話 禁書

「ごめんね」

 フランは俯いて謝った。

「いや、大丈夫だって。骨も治ったし」

 それを一言で許す。だが、フランの怪力で骨が折れた時は冷や冷やした。何故なら、その骨が肺に突き刺さり、痛みで気絶するほどだったのだ。外にいた皆がフランを止めなかったら俺は天に召されていたかもしれない。

「じゃあ、行くか」

 謝るフランの頭を撫でてから立ち上がる。

「どこに行くの?」

「散歩。血を飲んでから体がどんな感じになったか確認しておきたい。何より、暇」

 体の事を考えて今日は紅魔館に泊まる事にしたのだ。もちろん、望には連絡済みである。

「私も!」

 フランが手を挙げて訴えた。

「? いいけど……本当に歩くだけだぞ?」

「いいの!」

「……まぁ、いいか。よし! 行くぞ!」

 何となく号令をかけた。

「おー!」

 それにフランも笑顔で答えてくれる。

「ほら」

「?」

 部屋を出る前に俺はフランに左手を差し伸べる。だが、フランは首を傾げてこちらを見上げて来た。意味が分かっていないようだ。

「手」

「手?」

 それからフランは右手と左手を見比べて左手で俺の手を握った。

「それだと握手になるだろ? 右手だ」

「えっと、こう……ってええ!?」

 やっと手を繋いでくれたが、今度は目を見開いて驚いてしまった。忙しい奴だ。

「こ、これって……」

「嫌だったか?」

 フランを見ていると小さい頃の望と出かける時、手を繋いでいたのを思い出したのだ。

「ううん! 逆に嬉しい!」

 首をぶんぶんと横に振って喜んでくれた。

「そ、そんなにか? ま、いいや。案内よろしく頼むわ。まだここの事、詳しくないし」

「まかせて!」

 こうして、俺とフランは散歩に出かけた。

 

 

 

 

 

「そう言えばさ」

「何?」

 30分ほど歩いた所で俺はふとある事に気付き、フランに声をかけた。

「俺たちって血、繋がってるよな?」

「……そう、なるね」

「て、事は……俺はフランの兄? いや、年齢的に弟か」

 見た目は小さいがフランは吸血鬼。かなり、長生きしているはずだ。

「私の事を『お姉様』って呼ばなきゃだね」

「だが、断る」

 自分より見た目が幼い子を『お姉様』と呼んでいると何だか危ない人に見えそうだ。

「じゃあ、私が『お兄様』って呼ぶ」

「……何で?」

「だって……兄妹だもん。体つきでお兄様の方が大人だもん」

 フランはとびきりの笑顔でそう言った。

「……お好きなように」

 溜息を吐きつつ承諾する俺。

「わかった」

 えへへ、と微笑みながらフランが頷く。

「あら? お散歩?」

 そこにレミリアがやって来る。

「俺とフランの血が繋がってると言う事は……レミリアとも繋がってるのか」

「『お姉様』とお呼び」

 俺の呟きを聞いたレミリアはニヤリと笑ってからそう続けた。

「だが、断る」

「ま、そうよね。私の事は好きなように呼びなさい」

「俺の事もそれでいい」

「よろしく、響」

「こちらこそ、レミリア」

 それから数秒間、お互いにお互いの目を見つめる。その沈黙を破ったのはレミリアだった。

「……本当に『お姉様』って呼ぶつもりは「ない」わよね」

 遮って拒否する。それを聞いて少し残念そうにしているレミリアだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、咲夜だ」

 フランの声を聞いて前を見てみると咲夜が歩いていた。

「妹様、弟様? お散歩ですか?」

 あちらも俺たちに気付き、問いかけて来る。

「はい、ストップ!!」

 咲夜の言葉に気になる単語が紛れていたので止めた。

「どうかなされましたか? 弟様?」

 首を傾げる咲夜。

「それだよ! どうして、弟様なんだ!?」

「いえ……お嬢様がそう呼べと」

 レミリアは最初から血が繋がっている事に気付いていたようだ。

「私も不思議に思っていたんです。響様は女の子のはずなのに」

「……」

 咲夜の言葉を聞いてフランが俺の顔を見る。

「……確かに。知らないと勘違いするかも」

「もう、慣れたよ」

 溜息を一つ。ここで幻想郷では俺の溜息が大量生産される事に気付く。

「あ、すみません。仕事があるので」

 そう言うと咲夜が目の前から消えた。時間でも操ったのだろう。

「足に包帯、巻いて無かったな」

 咲夜は足に怪我を負っていたはずだ。でも、その傷跡すらなかった。

「能力を使えば一瞬で治るよ」

「……人間とは思えないぜ」

「それは言えてる。でも、どうして男だって言わなかったの?」

 目を細めて俺の顔を覗き込んで来るフラン。何か勘違いしているようだ。

「……紫に口止めされてる」

「え? どうして?」

「弾幕ごっこ」

「……あ、なるほど。確かに言えないね」

「もう、嫌だ」

 溜息がまた生産される。

「それにしても……今、思えばお兄様の骨もすぐに治ったよね」

「まぁ、吸血鬼の血が少量だけ流れてるからな」

「そうだったね」

「「……」」

 会話が途切れ数秒間、沈黙が流れた後ほぼ同時に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ……もう、直ってる」

 咲夜と別れてから更に30分後、俺は修復された図書館の扉の前にいた。

「あれだけ盛大に暴れたのにね」

「ああ、普通2~3か月かかるはずだけど……幻想郷じゃ常識に囚われちゃいけないんだったな」

 早苗の言葉を思い出し、苦笑する。

「そう言えば、霊夢たちって帰ったの?」

 ふと気になってフランに質問した。

「わかんない」

「だよね」

 そう言いながら図書館の扉を開けた。

「邪魔すんな!」

「泥棒はいけません!」

「泥棒じゃないって! 借りるだけだ! 私が死ぬまで」

「それが泥棒なんです!!」

 大量の本によって大きくなった袋を担いで箒に跨っている魔理沙と神風を撒き散らす早苗が図書館で弾幕ごっこをしていた。

「いたね」

 苦笑してフランが呟く。

「うん、いたわ」

 溜息を吐いてその下を見ると霊夢とパチュリーがお茶を飲んでいるのを見つけた。

「おっす」

「響? もう、動けるの?」

 こちらに気付いた霊夢は不思議そうに問いかけて来る。

「ああ、吸血鬼の血をなめちゃいけねーぜ」

「……その様子じゃもう大丈夫そうね。じゃあ、私たちはそろそろ帰ろうかしら」

「あれを止めるのか?」

「あれが終わってから。止めるなんて面倒じゃない」

 もう一度、二人を見た。

「くっ……八卦炉があったら」

 ここであれをぶっ放すつもりなのだろうか。

「くっ……室内だから風のコントロールが難しいです。出力を抑えないと……」

 あれだけの暴風で出力を抑えているらしい。

「終わりそうにないな」

 二人が同時にスペルカードを取り出した所で霊夢に向き直る。

「もうしばらくかかるわね。お茶」

「はい! ただいま!」

 霊夢がティーカップをクイッと傾けると小悪魔が慌てて飛んで来た。パチュリーは本を読んでくつろいでいてこちらを見ようともしない。

「おっと!」

 その時、魔理沙が一冊の本を落とす。その本は真っ直ぐ俺の頭に向かって落下して来た。

「危ないな……全く」

 このままでは脳天に直撃してしまう。それを阻止する為に空中でキャッチしようと手を伸ばした。

「お兄様、ダメ!」

「え?」

 近づくにつれ、本のタイトルが読めるようになってわかったのかフランが慌てて叫ぶが遅かった。すでに俺の手に本は収まっている。

「なっ!?」

 その瞬間、本から暴風が吹き荒れる。その威力は早苗の神風を凌駕していた。近くにいたフラン、霊夢、パチュリーは机ごと吹き飛び、空中にいた魔理沙と早苗は暴風に巻き込まれ遠くに飛んで行った。だが、俺だけはその場に留まっている。いや、固定されていた。

(本に引き寄せられてる!?)

 まるで俺以外の人を遠ざけたようだ。本は空中に留まっており、一人でにパラパラとページが捲られる。

『……ジュシンチュウ』

「ッ!?」

 頭に直接、音声が響いた。

『アナタニ、テキゴウ、スル、マドウショ、ヲ、コノ、トショカン、カラ、エランデ、イマス』

「何なんだよ。これ」

 俺はただ呆然とするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~! んん!!」

 本に生き埋めにされた私は足をブンブンと振って脱出しようとする。

「ほら、落ち着きなさいって」

 それを霊夢が引っ張り上げてくれる。助かった。

「ありがと」

「それほどでも」

「まああああありいいいいいさああああああ!!」

 その時、パチュリーが大声で魔理沙を呼んだ。喘息なのに大丈夫なのだろうか。

「いたた……何が起きたんだ?」

「わかりませんよ……」

 すぐ近くに魔理沙と早苗がいた。先ほどの暴風で墜落させられたらしい。

「魔理沙! あの本、どこから持って来たのよ!?」

「あの本?」

「あれよ、あれ!」

 パチュリーが指さした方向には魔導書の傍から離れないお兄様の姿があった。

「ああ、あれは……あそこの扉の奥に」

 魔理沙の視線の先にあった部屋のドアは少しだけ開いていた。

「そこは禁書を封じ込めていた場所よ!! 何してんのよ!」

「そうなのか? 入っても何も罠がなかったらからてっきり」

「え? 作動しなかったの?」

「このとおりピンピンしてるぜ」

 腕を曲げて胸を張る魔理沙。

「もしかして狂気が暴れた時、魔方陣に亀裂でも入ったのかも……」

「パチュリー、あの本はどんな本なの?」

 先ほどから気になっていた事をブツブツと何かを呟いているパチュリーに問いかける。あの本から変な力を感じたから注意したけど具体的にどんな魔法が発動するのかわからなかった。

「あれは、『インデックス』って言う禁書で使用者に適する魔導書を見つける為の本なの。でも、適する本がなかったら使用者の魂を喰らう。危険な本よ」

「この図書館にお兄様に適する本はないの?」

「お兄様? そうね……響には確かに魔力はある。ただ、それは本当に微量なの。ギリギリ、弾を一つ発射出来るぐらいね」

 一瞬、目を見開いたパチュリーだったが私がお兄様を『お兄様』と呼ぶ理由がわかったらしく、私の質問に答えた。

「少ないね」

 それを能力で補っていたらしい。だが、どうしてだろう。お兄様からは魔力の他に何かあるような気がする。

「ちょっと待って。響は霊力も持っているわ。それにさっきから妖怪の気配がするんだけど」

 パチュリーの言葉を否定する霊夢。

「あ、私も気配を感じます。丁度、響ちゃんがいる場所から」

 皆の話をまとめるとお兄様は魔力、霊力持ちで何やら妖怪の気配もあると言う事らしい。

「一気に人間から遠のいたね」

「今はそれどころじゃないの! 例え、本が見つかってもその本が禁書だったらどうするの!」

「どうなんですか?」

 今度は早苗が質問する。

「また暴走するかもしれない」

 パチュリーの発言に皆、顔を引き攣らせた。狂気のトラウマが残っているようだ。

「じゃあ、私の能力であの本を壊せば……」

「そうすると今度はあの本が暴走するわ。禁書ってそう言う物なのよ」

「なら、どうすんだよ!」

 そう叫びつつ魔理沙がパチュリーに詰め寄る。

「とにかく近づける所まで近づきましょ?」

 パチュリーはそう言うとお兄様の方へ歩いて行った。それを見て私たちは後を追う。

 



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第39話 魂

『ジュシン、カンリョウ。タダチニ、ホン、ヲ、コチラニ』

「うわっ!?」

 本の声が頭で響き、急に体が浮き始める。本も一緒に上昇していた。

「な、何が……」

『テキゴウ、スル、ホン、ハ、ゼンブ、デ、120。ソノ、ナカ、デ、イチバン、アナタ、ガ、モトメ、テイル、ホン、ヲ、センタク、シマス』

 そう言った矢先、図書館の本棚から本が勝手に飛び出し、こちらに飛んで来る。次から次へと。その本たちは俺の周りをぐるぐると回る。まるで、それは踊っているようだった。

『120、カラ、100』

 頭の中に声が響く。それに応えるように20冊の本が落ちて行った。

『100、カラ、60。60、カラ、20』

 どんどん、本が落ちていく。

「響!」

 その時、後ろからパチュリーの声が聞こえる。振り返ると遠い所で宙に浮いていたパチュリーの姿を確認する。他に霊夢、魔理沙、早苗、フラン、小悪魔もいる。

「これ! 何なんだよ!」

「その本は貴方に適する本を探しているの! 急いでその竜巻の中から脱出しなさい! そうすれば本が対象を失い、この魔法が解かれる!」

(竜巻?)

 よく、見れば目の前の本と俺を中心にし、竜巻が発生している。だが、体当たりしても脱出、出来そうにない。

『20、カラ、12』

「早く! 禁書が選ばれたらまた貴方は暴走するかもしれない!」

「それはごめんだ!」

 ならばと左腕に括り付けられているPSPからイヤホンを伸ばそうと手を伸ばす。

「……あれ?」

 見れば、左腕には何もない。確かに俺は部屋を出る時、ホルスターを装着したはずだ。だが、左腕には何もない。

「お兄様! これ!?」

 竜巻の外でフランがぶんぶんと手を振っている。その手の中にPSPがあった。本が風を巻き起こした時に弾かれてしまったようだ。

「ああっ!? パチュリー、ゴメン! 俺、何も出来ねー!」

「はぁっ!?」

『12、カラ、6』

 残り6冊となった魔導書は高速で回転している。

「皆! 攻撃して竜巻に穴を開けるわ! 響はその穴から逃げなさい!」

「まかせたぞ!」

 そう叫ぶと一斉に竜巻への攻撃が始まった。だが、魔理沙のレーザーでも竜巻はびくともしない。フランは右手を握ろうとしているが元々、竜巻は現象。『目』などあるはずがない。

『ジ……ジジ……モンダイ、ハッセイ。シキベツ、ヲ、イソギ、マス。6、カラ、1』

「ッ!? まずい!」

 パチュリーの叫びと同時に5冊の本が落ちた。残った1冊が俺の目の前に現れる。

『さぁ、これがお前の本だ。手を差し伸べ、その本を手に取り、お前の好きな物を守れ』

 急に本の滑舌が良くなった。識別のせいで言語の方は疎かになっていたらしい。

「え?」

『お前が求めたのは『守る為の力』。私も見ていたぞ? お前が狂気に乗っ取られ、暴走するのを』

「……」

『そのせいでたくさんの人が傷ついた。それをお前は心のどこかで悔やんでいる』

 悔しいが本の言っている事は当たっていた。

『そして、また無意識にお前は力を求めた』

「力……」

『そう。この本は今のお前にピッタリな本だ』

 本がそう言って閉じられる。そのまま、墜落した。残ったのは俺と選ばれた本だけだ。

「響! 駄目!」

 霊夢の声が聞こえたが今の俺にはどうでもよかった。

「守る力……」

 ゆっくり、本に手を伸ばす。

『我を求めるか?』

 目の前にある本から声が聞こえる。声質から年老いた男。

『我はこの禁書に封じ込められた魂。お主の魂を喰らい尽くすつもりぞ?』

「……大丈夫。俺の魂は普通じゃない」

 今回の異変で俺の魂は生まれ変わったのだ。

『何?』

 本が聞き返して来たが無視。

「お前の部屋を用意する。おいで。俺は全てを受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 そして、本に触れた。

 

 

 

 

 

「……なるほど。こういう事か」

「そう、こういう事」

 白い空間の中、俺と本の中にいた魂が対峙する。魂は今、人型になっていた。その姿は燃えるような目と赤髪を持つ、赤髭のおじさんだ。

「ふむ。それで? お主は我を倒すつもりか?」

「倒すなんてしねーよ。少し、手懐けるだけだ」

「我をペット扱いとはお主、死ぬぞ?」

「誰も一人でお前と戦うとは言ってねーぞ」

 それからすぐに俺の後ろを見ておじさんは目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けると図書館の天井が見えた。更にその周りに霊夢たちが心配そうに俺を見ていた。

「お兄様?」

「大丈夫。暴走しないから」

 フランの頭に手を乗せながら体を起こす。

「本当に? あれは禁書だったでしょ?」

 パチュリーは俺が先ほど触れた本を抱えて、問いかけて来た。

「ああ、その中にいた魂と戦って勝った」

「はぁっ!? 確かあの中にいたのって……」

 目を見開いて大声で驚く紫パジャマ。

「まぁ、いいんじゃね? こうやって、無事だったんだからよ」

「で、でも……」

 まだ納得のいっていないパチュリーを放置して立ち上がる。それから体を捻ったり、屈伸したり動かしてみた。体に異常はないようだ。

「……」

「ん? どうした、霊夢」

 ジト目で俺を凝視する霊夢に質問する。

「何か……増えた」

「は?」

「もう、貴方の持ってる霊力やら魔力やらがごちゃごちゃしてて、何があって何がないのかわからないのよ。でも、さっきはなかった何かが貴方の中に生まれたのは確かね」

「ふ~ん……あれ? 俺、霊力持ってるの?」

「少しね。ギリギリ、霊弾を1つ飛ばせるくらいかしら?」

「少なっ!?」

「因みに魔力もそれぐらいだから」

 パチュリーの言葉に絶望する。今まではコスプレの力で霊力や魔力を水増ししていたのだろう。

「まだあるわよ? なんか妖怪の気配がするの。貴方から」

「ああ、それは知ってる」

「え? 知ってるんですか?」

 早苗の問いかけに頷く。

「だって俺、妖力持ってるもん」

 それは魂の中で聞かされた。

「あ、そりゃ妖怪の気配もってええええええええええ!?」

 魔理沙が驚く。

「何だよ。そんなに驚く事ねーだろ?」

「驚くだろっ!? どうしたんだ? 人間、やめたのか?」

「まだ人間だ! 妖力も霊力や魔力と同じぐらいだからな」

「……弱いな。お前」

「うるせー」

 魔理沙の発言に不機嫌になる。自覚しているのだ。

「それにしても……急にとんでもない存在になったわね」

「自分でも吃驚だよ」

 パチュリーに返事をしつつ、図書館の扉に向かう。

「どこ行くの?」

 霊夢が首を傾げながら質問して来た。

「部屋に戻るよ。色々あって疲れた」

「あ、待って! 私も」

 そして、フランと一緒に図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ?」

「ん?」

 部屋に戻る途中の廊下でフランが話しかけて来る。

「あの本にいた魂って今、どこに?」

「秘密だ」

 まだ、話すべき時じゃない。そう思った。

「え~!」

「いつか話すから」

「ぶ~」

 頬を膨らませてフランは拗ねた。その姿が可愛らしくて思わず、笑ってしまった。

「あ! どうして笑うの!」

「い、いや、かわいいから。くっ……くくく」

 そんな俺を見て更に頬を膨らませるフラン。

「さて……少し寝るから晩飯、出来たら呼んでくれ」

 俺の部屋に着き、ドアノブに手をかけながらフランに言う。

「むぅ……わかった」

「じゃあ、お休み」

「うん。お休み」

 今は午後4時。まだ一日も経ってないと思うと変な感じがする。晩飯までだいたい2~3時間ほどあるはず。それだけあれば十分だ。俺はベッドに入り、目を閉じて意識を集中する。自分の部屋に帰るように魂のドアを開く。そんな感じだ。

「……ふう」

 目を開けるとマンションの一室のような部屋にいた。家具などない。殺風景だ。いや、電話だけ床に直接、置いてある。

「あら、お帰り」

「俺はこちらの世界の住人だったか?」

 キッチンに吸血鬼がいた。服は俺の学校の制服だ。しかも、女子用。

「もう、人間とは言えないだろ?」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

 ベランダから狂気が部屋に入って来る。こちらも女子用の制服を着ている。

「なぁ、この部屋どうにかなんないの? 家具とか」

 吸血鬼に文句を言う。

「ここは貴方の魂なんだから自分で模様替えしなさい」

「……わかったよ」

 吸血鬼に言われ、思い浮かべる。テレビ、ベッド、テーブル、ノートパソコン、ソファ。それらを頭の中で配置。

「まぁ、いいんじゃないか?」

「うわ……本当に出て来た」

 狂気の声に目を開けるとイメージ通り、家具が出現していた。

「これでゆっくりできるわ」

「自分の部屋に帰れ」

「だって、ここの方が広い」

 狂気が腕を組んでそう言い放った。

「この体の所有者は俺だもん。そりゃ、部屋も広いよ」

「そりゃそうだけど、貴方が勝手に新しい住人を増やしたから私たちの部屋が小さくなったのよ」

「あ、そうなの?」

 そこまで話していると玄関の方からチャイムが鳴った。

「あ、は~い!」

「お前が出るんかい!」

 吸血鬼が当たり前のように玄関に向かうのを見てツッコんでしまう。その姿は主婦を思い出させた。

(あれ?)

 ふと、気付く。ここは魂。誰がこんな所、訪ねて来るのだ。

「どちら様ですか~?」

 そう言いながら吸血鬼は玄関のドアを開けた。

 



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第40話 同居人

「「「「……」」」」

 ここは俺の魂の中。更に詳しく言うと魂内での俺の部屋だ。そこで俺を含めた4人は黙ってテーブルを囲んでいた。吸血鬼が入れてくれた紅茶はとっくの昔に冷めている。

「さて……一つ、質問いいだろうか?」

 沈黙を破る為に声を発する。俺の右にいる吸血鬼と左にいる狂気が同時に頷く。彼女らも同じ質問があるはずだ。

「何だね?」

 そして、俺の真正面にいる奴が返事をする。その姿は俺と全く顔が同じだが、髪が赤い。髪型はポニーテール。胸は吸血鬼と狂気の間で身長は俺より5cmほど高い。俺が167cmだから172cmぐらいか。

「誰?」

「そう言うと思っておった。我は先ほどお主らに倒された魂だ」

「「「いやいやいや」」」

 俺たち三人は首を振る。あり得ない。

「まだ信じぬか。しかし、どのように説明していいのやらわからぬ」

 腕組みをして唸る、女。

「あ……その前にいいかの?」

「何?」

 吸血鬼が首を傾げる。

「この魂は一体、どんな構造しているのか教えてくれぬか? こんな魂、見た事がないのでの」

「いい? この魂を一つの家だと考えて。その中でこの家の主。つまり、これね」

 俺を指さす吸血鬼。

「俺はこれ扱いかよ!」

「いいから黙って。主である彼の部屋はここ。この空間で一番、大きな部屋に住んでいるわ。まぁ、大家さんとでも思って頂戴」

「うむ……わかってきたぞ。この魂はいくつかの部屋に分けてそれぞれ、割り当てられた部屋で生活しているわけだな?」

 女の言っている事は合っている。今回の異変前までの魂もいくつかに分けられていたのは同じだが、それぞれが干渉出来ないように分厚い壁で区切っていた。イメージで言うとそれぞれの家で暮らす。家は近所にあるのだが、近所付き合いは全くない。

 しかし、異変後は吸血鬼も言ったように一つの家で暮らしている。部屋は別々だが、一緒の家に暮らしているのだ。何らかの付き合いはある。

「この形に落ち着くのに色々な事があったけど私は気に入ってるわ。ね? 狂気?」

「ふん」

 吸血鬼の問いかけを狂気は鼻で笑って無視した。

「その態度はないんじゃない? 封印されると勘違いしてこの体をぶっ壊したくせに」

「し、仕方ないだろ!? お前があんな事を言うから!」

 吸血鬼が言った『私と一緒に狂気を封印しなさい』は狂気にとってそれほどの言葉だったらしい。

「私だってまさか、こんな方法があるなんて思わなかったのよ。響に感謝ね」

「……」

 狂気は黙って俯いてしまった。

「そんな事より! 魂について話した。次はお前の事だ」

「おお、すまん。忘れておった。まずは我の正体から明かそうかのう」

 そう言いつつ、女は紅茶を啜る。それを見て紅茶の存在を思い出し、俺たちもカップを傾けた。水のように冷たい。

「我が名はトール。神じゃ」

「「「……はい?」」」

 意味が分からなかった。トール? 神? 確か、北欧神話に出て来たと記憶している。

「トールってあの?」

 気になったので本人に確認してみる。

「あのがどれかはわからぬがトールじゃ」

「何か、ハンマーみたいな武器、持ってるか?」

 今度は狂気が質問した。

「ハンマー? ああ、これか」

 籠手を装備し帯を腕に括り付けてから小ぶりのハンマーを取り出す。

「ほ、本物?」

 最後に吸血鬼が問いかける。

「偽物のはずがないだろう。ずっと、持っていたのだからの」

「「「……」」」

 女――トールの言っている事は本当のようだ。うろ覚えだが、あのハンマーは時に真っ赤に焼けていると言われ、あの籠手なしで握れないそうだ。

「どう思う?」

 だが、一人では決断する事は出来ない。そこで二人を部屋の隅に呼び寄せて作戦会議が始まった。

「多分、本物ね。あの帯はきっと、メギンギョルズよ」

「何それ?」

 吸血鬼の言った中に聞き覚えのない単語があった。

「『力の帯』と言う意味であの槌を振るう為にはあれが必要なの。あの籠手はヤールングレイプル。『鉄の手袋』って意味よ」

「それにあの槌。柄が短い。あれは『ミョルニルの槌』だ」

 狂気が小声でそう言った。

「それにトールは赤毛だったはずだ。やっぱり、本物か……でもな?」

「ね?」

「ああ」

 まだ、俺たちは納得していない。理由は簡単。

「なぁ? トール?」

 代表して俺がトールに聞く。

「何だ?」

「どうして……女なの? 最初に見た時はおじさんだったじゃん」

 そう、トールは姿形が変わってしまっているのだ。

「これか? うむ、我も最初は驚いた。だが、お主らを見て理解できたぞ?」

「で? 真相は?」

 吸血鬼が質問する。

「郷に入っては郷に従え。つまり、響の魂に取り込まれたのならそのルールに従えと言うわけだ」

「……ちょっと待て」

 トールに掌を見せて止める。

「何? 俺の姿に似るのがこの魂のルールなの?」

「みたいじゃの? 何故かは知らぬ」

「じゃあ、お前らも他の魂に行ったら別の姿に変わるのか?」

 吸血鬼と狂気の方を見て呟く。

「どうだろう? 私はずっとこの魂にいたから分からないわ」

「フランドールの魂にいた時は人間の姿じゃなかったぞ? 私は」

 吸血鬼は首を傾げたが狂気はトールの言っている意味が分かったようだ。

「じゃあ、どんな姿だったんだ?」

「なんて言うのだろう? なんか影みたい感じだな」

 今の姿を見て納得など出来るはずがない。

「へ~」

 だからと言うわけではないが流した。狂気もそれで良かったのか紅茶を飲む。

「まぁ、何だ? これからよろしくな、トール」

「うむ。あの戦いで我はお主について行くと決めた。こちらこそよろしく頼む」

 がっちり握手してそう言い合った。

「……一つ、質問があるの」

「ん? 何じゃ?」

 吸血鬼が深刻そうな表情を浮かべてトールを見た。

「貴方……力の種類は何?」

「力の種類?」

「例えば、魔力とか霊力とかよ」

「ああ、神力じゃ。神様じゃからのう」

「「「ッ!?」」」

 トールの発言で俺たちは目を見開く。

「何じゃ? 神力で何かまずい事でもあるのか?」

「ま、まぁな……えっと、まず俺が持ってるのは霊力」

 掌を上に向けて一つの弾を作り出す。色は薄い赤。先ほど、霊夢に言われて気付いたがきちんと扱えるようだ。

「そして、私は魔力」

 吸血鬼も俺と同じように弾を作る。色は薄い青。

「妖力」

 狂気の作り出した弾は薄い黄色。

「……我は神力」

 トールは真っ白な球を作り出した。沈黙が流れる。4人が別々の力を持っているのだ。

「で、でも! 我の力を響に渡さなければ……」

「それがね? この魂の形を留める為には響に少しだけ力を預けなきゃいけないのよ。家賃の代わりにね」

「な、なんと!」

「そのせいで響の霊力は少なくなった。いえ、本来なら霊力が通るべき道を私の魔力や狂気の妖力が横取りしてしまうから本気を出せないの。それは私たちにも言える事で普段通りの力を出せない」

 だから、霊夢にごちゃごちゃしていると言われた。体一つに霊力、魔力、妖力、神力。そりゃあ、ごちゃごちゃしているに決まっている。

「能力なしじゃ飛べもしない」

 狂気が溜息を吐く。

「ふむ……どうにか出来ぬのか?」

「無理ね。まぁ、響の能力を使えば戦えないわけじゃないからいいんだけど?」

「数分で能力が変わる珍しい能力だ」

「お前ら、その能力を俺が嫌ってるのを知ってて言ってるだろ!?」

「あら、私は好きよ? 色々な服が着れるから」

 含み笑いをする吸血鬼。何を言っても言い包められるので無視する事にした。

「とにかく、それは今後の課題として今日の所は解散。俺は戻る」

「響、またね」「じゃあ」「うむ、頑張って来い」

 それぞれがあいさつを言い、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

「「……」」

 目を開けるとフランの顔がドアップだった。ジーッと俺の顔を覗き込んでいた。

「うおっ!?」

「あ? 起きた?」

「び、吃驚するだろ!?」

「だって、いくら呼びかけても起きなかったんだもん」

 そりゃ、魂の方に意識が飛んで行ったから外の音など聞こえるはずがない。

「晩御飯出来たって」

「ああ、すぐ行く」

「早く~!」

「わかったから引っ張るなよ!」

 こうして、俺の魂に新たな住人が現れた。

 



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第41話 お届け物

 狂気異変から1週間が過ぎ、夏休みも中盤に差し掛かる。その間にもいくつかの依頼が入って来た。例えば、荷物運びや畑仕事の手伝い。あまり収入は良くないがコスプレしなくてもいいので嬉しい。そんな頃にとある依頼がやって来た。

「えっと……香霖堂?」

 幻想郷の上空。天狗の姿で俺はスキホの画面を凝視していた。この前、紫に幻想郷の地図を取り込んでもらって本当によかった。ただ、一度も行った事がないのでスキマの力は使えない。普段は行きたい場所の風景をイメージしながら能力を使っているのだ。

「あっちが博麗神社でこっちが魔法の森だから……あれか?」

 魔法の森に入る手前に一軒の家が建っているのを発見した。急降下してその家の前に着陸する。

「……カオスだ」

 看板に『香霖堂』と書かれており、その下には入り口。しかし、その周りにたくさんのガラクタが所狭しと置いてある。

「よ、よし……」

 イヤホンを抜いてドアに手をかけ、一気に開けた。

「ちわーす。万屋でーす」

「お? 来たか」

 中も足の踏み場所もないほどガラクタが置いてある。その奥に特徴的な青い服を着た男がいた。

「えっと……」

「ああ、自己紹介が遅れたね。僕は森近 霖之助。この店の店主だ」

「あ、音無 響です」

 向こうの方が年上っぽいので敬語を使う事にする。

「早速なんだけど、頼めるかな? これを魔理沙に届けて欲しい」

 森近さんが取り出したのはミニ八卦炉だった。

「八卦炉? どうしてこれがここに?」

 狂気異変で俺が壊してしまったらしい。全く、覚えてないが。

「修理したんだよ。君に壊されたからね」

「うっ……もしかしてこれ、作ったの森近さんですか?」

「うん。そうだよ」

「ごめんなさい! 壊してしまって!」

 頭を下げて謝る。もちろん、悪気があったわけではないが壊してしまったのには変わりない。

「大丈夫だよ。緋緋色金の在庫もあったし」

「ヒヒイロカネ?」

 八卦炉は伝説の金属で出来ているらしい。

「まぁ、そんな事より頼めるかい?」

「魔理沙に届ければいいんですね。わかりました」

 八卦炉を受け取ってポケットに捻じ込む。

「そうだ。報酬だけど、この店の中から一品だけ好きな物をあげるよ。でも、非売品の物はなしだ」

「はぁ……わかりました」

 なんか腑に落ちない。どうして、俺に依頼したのだろう。魔理沙ならこう言う所にも来そうだ。

「いや~実は魔理沙が最近、来なくてね。3日も経ってしまったんだ。だから、一刻も早く渡さないとね? これなしじゃ弾幕ごっこ、出来ないし」

 俺の表情を見て森近さんが教えてくれた。

「ああ、なるほど。では、行ってきます」

「頼んだよ」

「はい!」

 ドアを開けてイヤホンを耳に差す。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 スペルを唱え、紫の衣装を身に纏う。

「永遠『リピートソング』!」

 続いて、紫の曲をループさせるスペルを発動。そして、懐から扇子を取り出し、横に一閃した。すると、スキマが嫌な音を立てながら開かれる。

「よいしょっと……」

 スキマを潜り、目的地に到着する。

「あら? どうしたの、響?」

 出た場所は博麗神社だ。魔理沙はよくここに来る。一番、可能性が高いはずだ。

「よう、霊夢。魔理沙、いる?」

「魔理沙? 今日は来てないわ」

 どうやら、はずれだったらしい。

「むぅ……他に魔理沙が行きそうな場所とか知らない?」

「そうね……香霖堂か紅魔館ね」

「さんきゅ。帰り、寄るわ」

 俺は依頼を熟した後、少し博麗神社に寄ってお茶を飲んでいる。何故か、落ち着くのだ。

「わかった」

 霊夢の返事を聞いた所でスキマを開き、紅魔館の図書館に出る。

「パチュリー、魔理沙いない?」

 椅子に座って読書しているパチュリーに質問した。

「来てもすぐに帰るけどね。まぁ、今日は来てないわ。もっと言うと狂気異変から来てない」

 ここもはずれだ。

「どこにいるんだ? あいつ」

「何? 仕事?」

 頭を掻いて溜息を吐いた所にパチュリーは聞いて来た。

「八卦炉を届けにな」

「直ったのね……とうとう」

「……何か、直って欲しくなさそうだな」

「だって、また本、盗りに来るんだもの」

「なるほど……」

 魔女にも悩みはあるようだ。

「おに~さぁま~!!」

「ぐふっ……」

 フランが俺の背中にタックルをかまし、その拍子で背骨の骨が折れる。更にその衝撃で折れた骨が背中を突き破り、外に出て来た。が、本能的に霊力を流して再生させる。

「うわ~。もう治った」

 それを見ていたフランが目を見開く。

「フラン……俺を殺す気か?」

「全然。お兄様ならこれぐらいで死なないでしょ?」

 俺の治癒能力はレミリアやフランの数十倍、高い。その為、骨が折れても数秒で治ってしまう体になってしまったのだ。まぁ、治す為に霊力を消費するのだが他の人はまだ誰も知らない。

「そりゃそうだけど……魔理沙、どこにいるか知らね?」

「魔理沙? う~ん……最近、来てないからね。でも、博麗神社か香霖堂って場所にいると思う」

「詰んだか……さんきゅ」

 フランの頭に手を乗せてから少し撫でてからスキマを開く。

「また来てね~!」

「そん時は前から来てくれよ?」

 後ろから来られては対処出来ない。

「わかった! 全速力で突っ込むね!」

「それをやめれば一番いいんだけど……」

 しかし、フランに何を言っても意味がないと思い、溜息を吐きながらスキマを閉じた。

「さて……」

 出た場所は幻想郷の上空。俺は落下しながら考える。魔理沙が行きそうな場所はもうない。

「いや、あいつの家に行ってないか」

 足元にスキマを展開し、魔法の森にある魔理沙の家にやって来た。一昨日、魔導書の整理を手伝ったのだ。

「魔理沙~!」

 ドアを叩きながら名前を呼ぶ。その後、すぐに何かが崩れる音が続いたが本人が現れる事はなかった。

「どうすっかな……あいつ、人里には近づかないみたいだし。他の場所は知らねーし」

 数分間悩んだ結果、飛んで闇雲に探す事にした。

「速達『風神少女』!」

 紫の服から射命丸の服にチェンジ。漆黒の翼を大きく広げ、大空に舞い上がる。

「さて……どこに行くか」

 スキホを取り出し、現在地を確認。

「妖怪の山にでも行くか……」

 そうと決まれば早い。全速力で妖怪の山を目指す。

 

 

 

 

 

 

「いない……」

 妖怪の山に入る直前に白髪で獣耳を持った天狗に止められた。どうやら、妖怪の山に入って来る人間に忠告しているらしい。そこで魔理沙の事を聞くと今日、魔理沙はおろか人間一人、見ていないそうだ。

「次は……ん?」

 スキホを開いて行き場所を決めていると遠くから甲高い声が聞こえる。そちらを見ると小さな影が見えた。

「何だ?」

 その影はどんどん大きくなる。それに伴い、鳥が羽ばたく音が聞こえる。何やら嫌な予感がした。

「ま、まさか……」

 嘴が大きく、耳もでかい。目は小さく、体の色は橙色だった。例えるなら某狩りゲームに出てくる怪鳥。

「てか、まんまじゃねーかああああ!!」

 怪鳥は俺を目指して飛んでいる。食うつもりらしい。

「く、くそ!!」

 急いで方向転換。人里へ逃げる。人里には妖怪の類はほとんど近寄らない。それに慧音に会えれば、一緒に戦う事が出来る。向こうも相当、速いがこの姿なら逃げ切れるはずだ。だが、人生は甘くない。

 

 

 

 ~蠢々秋月 ~ Mooned Insect~

 

 

 

 触角が生え、服装が男の子っぽい黒いズボンに白いシャツ。更にマントを羽織っている。宴会の時に会ったリグルの姿だ。

「し、しまっ――」

 リピートソングを発動するのを忘れていた事に気付く。そして、反射的に後ろを見ようと首を動かした。

 



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第42話 怪鳥

 俺は目の前の光景に唖然とした。本来、後ろには某狩りゲームに出てくる怪鳥の姿があるはずだ。だが、その影は全くなくその代わりに――。

 

 

 

「う、嘘……」

 

 

 

 大きな火の弾があった。きっと、あの怪鳥が吐き出したのだ。ゲームでもペッペと吐き捨てていたのを覚えている。そんな物が現実で迫っているのだ。恐怖しない方がおかしい。

「がっ……」

 どうする事も出来ず、無防備な背中に直撃。激痛で顔が歪んだ。

 例え、自己治癒が優れていても痛みはある。更に回復させる為には俺自身の霊力が必要らしい。しかし、コスプレで霊力を水増ししても回復に使えないのだ。それだけならまだしも、先ほど紅魔館で背骨を治した時にほとんどの霊力を使い果たしてしまっている。背中に大火傷を負った俺は頭から墜落。上で怪鳥が勝利の雄叫びを挙げているのを聞きながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ」

 背中に鈍い痛みが走り、目を覚ます。どうやら落ちた時、木の枝がクッションとなってくれたおかげでそれほど怪我はしていなかった。背中の火傷を除けばの話だが。

「ふんっ……」

 無理矢理、霊力を背中に送り込み回復させる。案の定、霊力が足らず完全回復は出来なかった

(どうすっかな……)

 頭上で怪鳥が羽ばたく音が聞こえる。上からでは俺の姿は木が邪魔で見えないようだ。このまま隠れていれば飽きてどこか行くかもしれない。そう思っていたら近くに火球が落ちて来た。この森を焼き払うつもりだ。

「まぁ、そうだよな!」

 逃げる為に走ろうとしたがその拍子に治り切っていない背中から血が溢れだす。この状況で血まで流れ切ってしまえば俺は本当に死んでしまう。

「まずっ!」

 背中に気を取られ、足がもつれてこけてしまった。

「っ!」

 その音を聞きつけた怪鳥が目の前まで降下してきた。完全に追い詰められる。着地した怪鳥はギロリとこちらを睨み、鋭い嘴を俺に向けた。喰うつもりらしい。

(死んだ)

 今更、立ち上っても火の弾を吐き出される。つまり、俺の結末は死。最期に出来た事と言えば、望に『ゴメン』と心の中で謝った事くらいだ。

 

 

 

 ~有頂天変 ~ Wonderful Heaven~

 

 

 

 だが、喰われる直前に曲が変わった。服は上が白くてそれがエプロンのようにスカートの途中まで侵食している。その下は青だ。白と青の境界線にカラフルなひし形の模様が並んでいる。頭には黒い帽子。飾りとして桃がくっ付いている。リグルに変身した時もそうだったがどうやら、紫から貰った幻想郷の住人の名前が書いてあるスペルカードは弾幕ごっこの時にしか出て来ないらしい。しかし、今更コスプレが変わってもどうする事も出来ない。少し驚いた様子で怪鳥は俺を見ていたがすぐに嘴を振り降ろした。

 

 

 

 ――ガキーン!

 

 

 

 金属がぶつかり合った時のような音が森に響く。それからすぐに嘴に皹が入った怪鳥が絶叫した。

「な、何が……」

 俺の体には傷一つ、付いていない。確かに怪鳥の嘴は俺の体を貫いたはず。だが、貫通せずに嘴が砕けたのだ。怪鳥は俺を睨み、火球を吐き出す為に頭を引いた。焼き殺すつもりらしい。

「させっかよ!!」

 うつ伏せに倒れた状態から腕立て伏せの要領で上体を起こし、地面を蹴った。俺の体は弾丸のように怪鳥に突進し、頭からぶつかった。

「――ッ!?」

 怪鳥の体はくの字に折れ曲がり、真後ろに吹き飛ぶ。怪鳥は木々をなぎ倒し、2回ほどバウンドしてやっと止まった。だが、こちらは頭突きの反動で耳からイヤホンが抜けてしまい、変身が解けてしまう。更に背中がズキズキと痛む。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をしながら何とか立ち上がる。向こうもフラフラしながらも翼を広げ、飛んだ。上から攻撃して来るつもりだ。そうなれば戦いづらくなってしまうのは目に見えていた。

(ここで倒さないと……よし)

 ポケットに入っていたミニ八卦炉を取り出し、怪鳥に向ける。俺の霊力はもうほぼゼロ。変身していたら、上空に逃げられる。魂の住人たちから貰っている魔力や妖力、神力はまだ使いこなせない。だが、使いこなせないが使えないとは限らない。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 出鱈目に八卦炉に力を込める。魔力なのか妖力なのか、はたまた神力なのかそれすらもわからない。しかし、確実に八卦炉に力が充電されて行く。怪鳥が危険を感じ、攻撃するのをやめ、俺に背を向けて逃げ出す。

「逃がすか!!」

 八卦炉を地面に向け、発射。出力を抑えていたので魔理沙ほどの威力はなかったが地面は抉れた。

「くっ!?」

作用反作用の法則により、俺の体が高く上昇する。そして、今度は怪鳥とは真逆に放出。先ほどと同じようにレーザーをエンジンとし、怪鳥を目指す。

「ッ!?」

 チラッと後ろをみた怪鳥は目を見開き、更に速度を上げた。それでも俺の方が速い。

「これでも喰らえッ!!」

 放出を止め、八卦炉を怪鳥に。八卦炉を持っている右腕を左手で支える。

「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

 スペルカードはないが宣言し、全力で八卦炉の中に込めた力を発射する。極太レーザーは真っ直ぐ、怪鳥に向かって進み、直撃した。レーザーに押され、怪鳥は遠くの方へ墜落。

「うおっ……マジか!!」

 それだけなら良かったのだが、八卦炉が暴走し止められなくなってしまった。きっと、俺が出鱈目に力を込めたせいだ。魔力と妖力、神力が混ざっているのだからコントロール出来る方がおかしい。暴走した八卦炉をコントロール出来ず、どんどん右腕が右へ移動する。

「ちょ、ちょい待って!!」

 俺の叫びは八卦炉に届かず、結果的に先ほどとは真逆に向けて放っている状態になった。レーザーは撃ちっぱなしなので空中を進んでいる。確か、この先にあるのは――。

(人里!)

 その証拠に後ろを見れば人里が見えて来た。その近くに怪鳥が倒れているのも確認出来る。そして、怪鳥の様子を見に来た人影が見えた。

「け、慧音!!」

 そう、慧音だ。俺の声が聞こえたのか慧音がこちらを見て顔を引き攣らせる。

「止めてええええええええええええ!!」

「一体、何をしているのだ!」

 慧音は急いで俺に近づき、右手首に手刀を放つ。その衝撃で手から八卦炉が零れ、放出が止んだ。慌てて八卦炉を空中でキャッチし、慧音に抱き止められた。

「響! 何があった!?」

 慧音の顔には心配と不安が現れていた。

「い、一旦、降りよう。それにこのままだと慧音の服が汚れる」

「? お前の服は汚れているようにみえ……ッ!?」

 慧音が俺の背中から血が流れているのに気付き、目を見開いた。

「……そうだな。寺子屋へ行こう。傷の手当が先決だ」

「さんきゅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……訳を聞こうか?」

 傷の手当をして貰い、更に服まで洗濯してもらった俺は今、布団に横になっている。力を使いすぎて体が上手く動かせないのだ。

「簡単に言うと魔理沙を探してる途中でさっきの怪鳥に襲われた」

「……本当に簡単だな。さっきのってあの人里の近くに落ちて来たあれか?」

 慧音の問いかけに頷いて答える。

「ふむ……好都合か。ちょっと待っていてくれ」

「? わかった」

 返事をすると慧音は部屋を出て行った。その隙に枕元に置いてあった八卦炉を振るえる手で掴み取った。

「壊れてないみたい……良かった」

 あの暴走で皹でも入れば依頼は失敗に終わってしまっていた所だ。

「待たせた」

 安堵の溜息を吐いていると慧音が帰って来る。

「はい、これはお礼だ」

 そう言ってパンパンに膨れた巾着袋を渡される。

「お礼?」

「あの怪鳥を退治してくれたお礼だ。最近、現れて人里を襲うようになってな。私は戦うつもりだったが頭が良いのか私を見つけるとすぐに逃げてしまって困っていたのだ」

「そこで俺が倒したと?」

「その通り。丁度、新しい万屋にこの依頼状を出そうとしていた所にあの怪鳥が墜落して来て吃驚したぞ」

「……その依頼状、見せて貰ってもいいか?」

 慧音は頷いて依頼状を差し出して来た。礼を言いつつ、受け取り見てみる。

(うん、俺への依頼状だな。こりゃ)

「因みに……その万屋を見た事は?」

「ない。今回はその万屋の強さを確認するのも兼ねていたから残念だ」

 そう言って溜息を吐く。

「その目標、達成されてるわ」

「へ?」

 はてな顔になる慧音。それに苦笑しつつ、自分が万屋である事を説明した。

 



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第43話 指輪

「森近さ~ん……すみません。魔理沙、見つかりませんでした~」

 慧音の所で休ませて貰い、霊力が回復し傷を治してから早5時間。俺はずっと飛び回っていた。因みに慧音は俺が万屋だとわかると驚いていた。更に射命丸の新聞に載った狂気異変は俺の本名ではなく万屋と書かれていたらしく、質問攻めにあった。

「お? お疲れ、響。依頼か?」

 日も傾き、香霖堂に帰って来た俺を出迎えたのは魔理沙だった。

「ああ、そうなんだよ。ったく、魔理沙の奴どこに……っていたあああああああ!!」

「聞いたぜ? 八卦炉を届ける依頼を受けたんだってな? 丁度、すれ違ったみたいだ。まぁ、こっちがお前を探しに行って会えなかったら困るからずっとここにいたから骨折り損のくたびれもうけだったけどな!」

 わははは~、と大声で笑いながら魔理沙がそう言った。

「……聞くけどいつぐらいからここに?」

「そうだな~。6時間ほど前か?」

「もうちょっとお前が早く来ればあんなのと戦わなくても良かったのに……」

 項垂れて呟いた。まぁ、お礼の金額がそれなりに良かったので文句は言えないが。

「もうちょっとお前が遅く出れば良かったのにな」

 こいつまだ、笑っている。口元がピクピクしているのがその証拠だ。

「まぁ、いい。ほれ、八卦炉」

「おお、サンキュー」

 ポケットから八卦炉を取り出し、手渡した。

「うん。ちゃんと直ってるみたいだ。これでちゃんと弾幕ごっこが出来るぜ」

「そうか……」

 もう、何も言うまい。

「お? 帰って来たかい」

 店の奥から森近さんがやって来た。

「はい、今渡しました」

「貰ったぜ」

「うん。じゃあ、約束通りこの店の中から一つ持って行っていいよ」

「わ、わかりました……けど」

 店を見渡す。カオス。この中からどうやって選ぼうか。

(そうだ。望のお土産として持って行くか……)

 そうなればアクセサリーにしよう。

「私も選ぶの手伝うぜ? どんなのにするんだ?」

「身に付ける物。女の子に似合うのにしてくれ」

「お前が付けるのか?」

「いや、妹に」

「へ~お前、妹がいたのか」

 そんな他愛もない話をしながら物色を始めた。

 

 

 

「これなんてどうだ?」

「……何、それ?」

「さぁ? ネックレスだと思う」

「おかしいよね? うねうね動いてるよね? こっち見て『シャー』って言ってるよね? 完全に蛇だよね?」

 

 

 

「これは?」

「……駄目」

「何でだ? 泳ぐ時とかに着るだろ?」

「いや、スク水って……旧タイプだし」

 

 

 

 

「これでいいだろ? 動きやすそうだし」

「また幻の一品を……ブルマがどうしてここに?」

「へ~そんな名前なんだ。これ」

「それも駄目」

「全く、注文が多い奴だぜ」

「それを持って来るお前もお前だ」

 

 

 

 

 探し始めて1時間。良い物は見つからない。魔理沙は飽きて帰ってしまった。

「どうすっかな~……」

 腕時計を見ると午後4時。そろそろ博麗神社に行きたくなって来た。

「見つかったかい?」

「いえ、まだです」

 途中、良い物もいくつか見つけた。だが、それらは森近さんのお気に入りらしくゆずって貰えなかったのだ。

「そろそろ店仕舞いなんだ。今度、おいで」

「はい、わか……ん?」

 そこで一つの指輪が視界に入る。シンプルな作りに緑色の鉱石が埋め込まれていてそれはとても幻想的だった。

「これは?」

「それは非売品じゃないよ。指輪自体に名前はないけどその鉱石の名前は『合力石』。その用途は『合わせる』らしいけどよく意味がわからないんだ」

「……これにします」

 この指輪なら外の世界でも付けられるし望に似合いそうだ。問題は輪の大きさ。

「ちょっと付けてみますね」

「うん、いいよ」

 森近さんが頷いたのを見て指輪を手に取る。それを右手の中指にはめた。大きさはぴったし。望には少し大きいかもしれないが問題ないはずだ。

「よし」

 自然と口元が緩む。望は喜んでくれるだろうか。そう思いながら指輪を引っ張る。

「……」

 もう一度、引っ張る。

「? どうしたんだい?」

「は、外れません……」

 どれほど力を込めて引っ張っても抜けない。

「それは大変だ! 手伝うよ」

「お、お願いします!」

 森近さんは慌てて俺の指輪を引っ張る。

「いででででで!?」

「す、すまない……でも、これは駄目だね」

 申し訳なさそうに森近さんがそう言った。

「マジですか?」

「うん、輪が少し歪んでいて入れる時はスルッと入ったけど抜くときはガッチリ、指に食い込んでるみたいだ」

「じゃ、じゃあ……」

「何か拍子に外れるかもしれないからそれまで付けたままにするしかないね」

「そ、そんな~」

 その場で崩れ落ちる。望のお土産もそうだが、こんな物を付けていたらより一層、女に見られてしまう。

「だ、大丈夫かい?」

「はい……ありがとうございました」

「う、うん。気を付けて帰ってね」

 項垂れながら俺は香霖堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、それを付けていたのね?」

「そう言う事……外れないかな? いででででででッ!?」

 博麗神社で霊夢にお茶を飲みながら先ほどの事を話した。

「ふ~ん……それにしても『合力石』ね」

「知ってるのか?」

「全然。だけど……何となく貴方にピッタリな気がする」

 湯呑を縁側に置いて霊夢は言い切った。

「何じゃそりゃ?」

「勘よ。その指輪、いつか役に立つ気がする」

 そこまで言って霊夢が急須から湯呑にお茶を注ぎ、湯呑を持ってすぐに啜った。

「そうかい」

 それを追うように俺も湯呑を傾ける。とても、平和だ。和む。

「これから晩御飯だけど一緒に食べる?」

「……いや、帰るよ」

 家で望が待っている。

「そう、わかったわ」

「お茶、ご馳走様」

「お粗末様」

 縁側から外に出てスペルを唱える。

「またな」「またね」

 ほぼ同時に別れを言って俺はスキマに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 近くの公園からようやく家に辿り着いた。玄関の鍵を開け、家に入る。

「ん?」

 時間は午後6時半。そろそろ日が傾き始めた。それなのにどこも電気が付いていない。

「望~?」

 居間に入りながら名前を呼ぶが返事はない。居間にいないようだ。

「……」

 俺はテーブルの上に置いておいた望の昼食を見る。手が付けられていない。

「の、望!」

 望の身に何かあったのかもしれない。俺は慌てて望の部屋へ向かう。

「望!!」

 ノックもせずに突入。そして、目の前の光景に俺は目を疑った。

「の、望いいいいいいいいい!!」

「……」

「ど、どうして! 何故、こんな事に!」

「……」

「そ、そうか……寂しかったのか。最近、依頼が増えて来たから構ってやれなかったもんな……ごめん、お兄ちゃんのせいだ」

「……」

「何か言ってくれよ……望」

「……」

「どうして……どうして、東方なんてしてるんだああああああああああああああああッ!?」

 望はパソコンのディスプレイを凝視して俺の事に気付かない。目を見ると虚ろだ。髪はボサボサ。そう言えば、昨日から望の姿を見ていない。昨日は依頼が長引いて深夜近くに帰って来たからだ。

「ゴメン」

 キーボードを連打する望みを後ろから抱き締める。望の指がピクッと震えた。

「お兄ちゃん……」

 とても小さな声で望がそう言った。

「ああ、お兄ちゃんだ。ごめんな? また寂しい思いをさせて」

「――うん」

 頷く望。それでもまだ自機である霊夢を動かしている。もう廃人にも等しい。

「お前……今、何歳だ?」

「15歳」

「中学何年だ?」

「3年」

「受験だな」

「うん」

 実はそれに気付いたのは一昨日の事だ。幻想郷に行ったり、母が蒸発したり、この前の異変の事で頭が一杯で忘れていたのだ。受験は何かとお金がかかる。もし、私立の高校に入ればもっとお金が必要だ。だから、昨日たくさん依頼を熟した。その結果、望はこうなってしまったのだ。それだけではない。夏休みに入ってからだ。俺はあまり望の事を気にしていなかった。だが、望は母の蒸発を引きずっていたようだ。それも後押しして廃人となってしまった。

「望?」

「……」

「何が食べたい?」

「何でもいい」

「どうだ? 勝てそうか?」

「うん」

 この状態に陥った事は一度だけある。前は勉強だった。声をかけても教科書から目を離そうとしなかった。

「勉強しなくていいのか?」

「うん」

「受験、どこ受けるんだ?」

「まだ決めてない」

 こんな時だからこそ会話する。

「……お兄ちゃんの学校はどうだ?」

「わからない」

「制服がかわいいから。きっと、望似合うよ」

「後で決める」

「そう……ところで何が食べたい?」

「何でもいい」

 画面では霊夢がパチュリーを倒していた。

「今、何やってるの?」

「東方紅魔郷のエクストラをNNNでクリアするつもり」

「NNN?」

「ノーミスノーボムノーショット」

 一度もミスしないでスペルカードも使わず、更には通常弾すら使わない事のようだ。

「そんな事、出来るの?」

「今の所」

 確かに霊夢からはショットは撃たれていない。ただひたすら敵の弾幕を躱していた。

「上手いな。いつから始めた?」

「昨日」

 普通は無理だと思う。後で悟に聞いてみようと決めた。

「さっきのキャラ、名前は?」

「パチュリー・ノーレッジ」

「中バスだったの?」

「うん。ボスはフランドール・スカーレット」

 望が言った刹那、フランが現れた。

「強い?」

「そこそこ」

「好きか? フラン」

「一番」

「どうして?」

「何となく」

 まだだ。まだ、望は廃人だ。望が俺に質問すれば廃人を脱出させる事が出来る。それを知っているからこうやって会話している。諦めてはいけない。俺のせいだから。そして、俺しか望を助けられないから。

 

 

 

 

 

 それからも他愛ものない会話が続き――。

「そう……ところで何が食べたい?」

 10回目の同じ質問。

「……どうしてそんなに食べたい物を聞くの?」

(来た!)

「お前に寂しい思いをさせちゃったからな。好きな物を食べさせたくなったんだよ。そうだ! これから一緒に買い物に行かない? 冷蔵庫には何もなかったような気がする」

「……お兄ちゃん?」

 フランの弾幕を躱しながら望が俺を呼ぶ。

「何?」

「私……お兄ちゃんの学校に行く」

 その時、初めて霊夢が被弾した。

「おう」

「その頃はお兄ちゃん、いないけど……」

「留年するつもりはない」

「知ってる」

 すぐに霊夢が復活したが望の指は動かない。

「知ってるもん。お兄ちゃん、仕事から帰って来てから勉強してるって」

「……まぁな」

 また霊夢が被弾。その時、望がこちらに振り返る。頬は濡れていた。

「ゴメンね。心配させて……もっと、強くならなきゃね。こんな寂しがり屋じゃお兄ちゃんに心配かけちゃうもんね」

「頑張れよ。望」

「うん! あ、ハンバーグ食べたいな」

「おう! じゃあ、出かける準備して来い。髪、ボサボサだぞ」

「え? あ! ほ、本当だ! ど、どうしよう!」

 慌てる望。俺はそれを見て溜息を吐いて櫛を取りに洗面台に向かった。

 

 

 

 

 

 

 こうして、夏休みは過ぎて行った。仕事をして、勉強して、依頼のない日は遊んで――。

 だが、俺は忘れていた。夏休みが終わると同時に2学期が始まる事。それだけならまだしも、今回の異変の影響がまさか外の世界で起きるとは思いもしなかった。

 




これにて第1章、完結です。
このお話が投稿されてから1時間後にあとがきが投稿されるはずなのでそちらも読んでいただけたら嬉しいです。

明日から第2章が始まりますのでお楽しみに!


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第1章 あとがき

ネタバレを含みますのでまだ読んでいない方は逃げてください。


皆さん、こんにちは。hossiflanです。

 

 

まずは第1章まで読んで下さり、ありがとうございます。毎日投稿していたのでここまで来るのに43日かかりました。まぁ、当たり前なのですが。

実はずっと予約投稿で投稿していたので『今日も投稿したぞー』みたいな感覚が一切なくいつの間にかここまで来ていました。別に投稿している俺ガイルの二次創作の方ばかり書いていましたし。

 

 

さて、ではそろそろ解説をしていきたいと思います。因みにこの解説は小説家になろう様に投稿している『東方楽曲伝 第1章』のあとがきを参考に書き直しています。自分の書いたあとがきを参考にしてあとがきを書く……なんか変な感じです。

 

 

 

・フランドールについて。

 

最初はフランドールについてです。この子は私の一番好きなキャラで原作のフランを倒すまで半年かかりました。しばらくやってないので今戦っても勝てる気がしません。

本編では響さんと血が繋がりましたね。正直、初期段階ではそこまでする気はありませんでしたが、いつの間にかあのようなことに。でも、今回の出来事が響さんにとって重要な事件だったのは確かです。

フランドールはこれから何度も出て来るのでこの幻想入りでは重要なキャラの1人です。

 

 

 

・響さんの新しい力について

 

序章では『コスプレ』を手に入れましたね。でも、この『コスプレ』は響さんの本来の能力ではありません。響さんの能力は状況に応じて変化する能力でして、今は『コスプレ』の能力となっております。

能力が変わる条件は響さん自身にも読めないのでそれを使いこなすにはまだ時間が必要です。でも、本来の能力名はそこまで複雑な物ではありません。

前に言ったような気がしますが、響さんの能力名はまだ出て来ません、小説家になろう様でもまだ出て来ていないほどです。因みに小説家になろう様の方は295話ほど投稿しています……後、250話ほどあるんですね。追い付くのはいつになるのかしらん。

 

『コスプレ』について長く語ってしまいましたが、今回お話ししたいのは魂の住人についてです。

こちらはこれから作中でも説明するのですが、ここでも軽く解説していきます。

 

 

現在響さんの魂にいるのは吸血鬼、狂気、トールです。

 

吸血鬼についてはまだ詳しく話せませんがかなり前から響さんの魂に住んでいます。

狂気とトールは今回から住み始めました。

ここで問題になるのだ(が)『家賃』です。

第2章の序盤でトールさんがもっとわかりやすく説明してくれますが、簡単に言ってしまえば、今の魂構造を維持する為には響さんに吸血鬼の持っている魔力、狂気の持っている妖力、トールの持っている神力を少しだけ提供しなくてはならないのです。

そのため、響さん自身が持っていた霊力とそれぞれの力が邪魔し合い、響さんは上手く表に力を出せなくなってしまった、というわけです。

この辺は分かり辛いと思うのでもし、何か疑問に思った事があれば感想で聞いてください。出来る限り、お答えします。

後半、書くのが面倒になって小説家になろう様のあとがきをコピーしました。さすがに打ち直すの大変で……。

 

 

ここまで長くなってしまいましたが、最後に次回予告です。

 

 

第2章は外の世界のお話しを中心とした短編のようなものです。

響さんは幻想郷と外の世界を行き来できるので外の世界のお話しも出て来ます。章丸々外のお話しとかも。そのせいで東方キャラがあまり出て来ないこともありますのでご了承ください。

 

 

第2章を一言で表すなら『変化』です。

幻想郷に行ったことによって響さんの生活にどのような変化が起きたのか、それをピックアップした物語です。

サブタイトルは捻ることなく~外の世界~です。

この先、どんどんオリキャラが出て来てしまうのですが、そこら辺は大目に見てくださいな……。

 

 

これが最後になりますが、感想、お気に入り登録本当にありがとうございました。これからも毎日投稿頑張りますので『東方楽曲伝』をよろしくお願いします!

 

 

それでは、皆様、ここまで読んで下さりありがとうございました。

第2章のあとがきでお会いしましょう。

お疲れ様でした!

 



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第2章 ~外の世界~
第44話 音無 響


第2章、開始です。


「忘れ物はないか?」

「ちょっと待って……多分、大丈夫」

 望は鞄の中身をチェックし、返事をした。

「じゃあ、行くか」

「うん!」

 元気よく頷く。それを見てから俺は玄関の扉を開けた。今日は9月1日。夏休みが終わり、2学期が始まる。

「でも、大丈夫なの?」

 通学路の途中で望が聞いて来た。

「何が?」

「学校に行きながらでも仕事、続けるんでしょ?」

「うん」

「体とか壊さない?」

「それに関しては大丈夫」

 何せ、霊力があれば腕が引き千切れてもすぐに再生出来る体なのだ。疲労で壊れたとしてもすぐに治る――はずだ。

「お二人さん、おはよう!」

 その時、後ろから悟が走って来る。

「おはよう」「おはようございます」

 俺と望が立ち止り、あいさつした。

「久しぶりだな。お前、ずっと仕事でほとんど遊べなかったし」

「そうだね」

「大変だな……ん? その指輪、どうしたんだ?」

 右手の中指を見ながら悟が質問して来た。緑色の鉱石がキラリと光る。

「ああ、外れなくなってな。仕方なく」

「ドンマイ」

「うるせー」

「そんな事より! 望ちゃん!」

「は、はい!」

 急に名前を呼ばれ、望が肩を震わせた。

「聞いたよ! 東方、遊んでくれたんだって?」

「そうですけど……」

「響の言った事が本当だったらすごい事になるけど本当なの?」

「はい、本当です」

 望は2日で東方を全てクリアしていた。つまり、全ての難易度のボスを倒したと言う事らしい。普通はあり得ないそうだ。

「今度から師匠って呼んでいい?」

「嫌です」

「そう言わずにさ。お願い! 師匠!」

「もう呼んでるじゃないですか!!」

 そんな会話を聞きながらふと考える。本当に今後、何事もなく学校と仕事を両立出来るのだろうか。

「無理だな……」

 自然と溜息が出た。理由は簡単、こんな朝早くから依頼のメールが届いているからだ。その証拠に今もスキホが震えている。

「お~い! 望~!」

 その時、遠くの方から女の声が聞こえる。

「あ! 望(のぞむ)ちゃん!」

 悟と言い争っていた望が望と同じ制服を着た女子生徒の元へ駆け寄った。

「おはよう!」

 望が元気よくあいさつする。

「うん、おはよう」

 望が話している相手は築嶋 望(つきしま のぞむ)と言って望の親友だ。同じ字なのに読み方が違うと言う理由で仲良くなったらしい。黒髪でストレート。長さは腰のあたりまである。顔は整っていて美少女と言える。身長は望より頭一つ高く俺とほぼ同じだ。

「じゃあ、お兄ちゃん行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 いつも、ここで別れて望は築嶋さんと学校へ向かう。いつも通り、俺と悟の二人だけで通学する。

「いや~、望ちゃんに築嶋さん。美少女が並んで歩くなんて素晴らしいね。望ちゃんは元気一杯の女の子って感じだけど築嶋さんは落ち着いていて大和撫子って感じだよ」

「知らん」

 うんうんと頷いている悟を置いて歩き始める俺。

「ん?」

 目の前から望と同じ学校の制服を着た男子が歩いて来る。ポケットに手を突っ込んで目を鋭くしていた。いつもなら気にならないのだが、幻想郷に行ってから霊力とか魔力を感じ取れるようになった今は違和感を覚える。

(霊力? いや、魔力か? う~ん……それも違う)

「どうしたんだ? 響」

「……いや、何でもない」

 悟が追いついて来たので考えるのをやめた。男子とすれ違う。丁度、男子も俺の方を見て目が合った。

「「……」」

 お互い、何も言わずに通り過ぎる。やはり、何か感じるが何かがわからない。今まで触れて来た力とは別の物らしい。

「お前、怖いぞ」

「え?」

 急に悟に言われ、目が点になった。

「なんて言うんだろう? 夏休みの途中から目の奥に何かある感じ?」

 幼馴染の悟が言うのだ。そうなのだろう。

「どんな感じだよ」

 きっと、魂の中にいる吸血鬼たちの事だ。でも、説明しようにも出来ないので誤魔化す。

「自分でもよくわかんない。まぁ、響が無事ならいいんだけどな。それより、大学決めた?」

「ああ、○○大学に」

「ええ!? そんなに頭いい所かよ!? 頑張って勉強しなきゃ」

「? 一緒の大学がいいのか?」

「まぁ、お前といると楽しいし」

「ふ~ん」

 それから学校に着くまで適当な話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「音無君! 大丈夫だった?」

「山で遭難したんだって?」

「母親が蒸発したって本当?」

「ちょ、落ち着けって……」

 教室に入ると同時にクラスメイトに囲まれる。確かに山で遭難したし母親が蒸発した人は珍しいと思うがここまで注目されるとは思わなかった。

「はい、ストップ!」

 俺とクラスメイトの間に悟が入り込み、そう言った。

「質問は一人、一回! 順番は出席番号順だ!」

「おい! お前が何で仕切るんだよ!」

 クラスメイトの男子が文句を言う。

「俺は響の幼馴染だ! こいつを守る権利がある!」

 悟の言葉にブーイングする一同。その隙に俺は自分の席に座った。一番、窓際で前から3番目だ。丁度、横の窓が開いており、風が気持ちよかった。

「ん?」

 その瞬間、ズボンのポケットに入れておいたスキホがまた震える。開いてメールの中身を確認するとやはり依頼だった。実は依頼には2種類あり、その日にやらなければいけない依頼と後日でも大丈夫な依頼だ。それをスキホが自動的に識別し、今日やらなければいけない依頼だけがスキホに届く仕組みになっている。だが、減らした依頼は後回しにしただけだ。酷い日は依頼の数は2桁になる。

「お? 携帯、変えたのか?」

 悟がスキホを見て聞いて来た。その後ろに一列で並ぶクラスメイトを見る所、順番待ちらしい。

「これは仕事用。まぁ、新しくしたのは事実だけど」

 スキホが入っていたポケットとは違うポケットから新品の携帯を取り出す。狂気異変の後、壊れてしまったのだ。

「へ~……さぁ、質問タイムスタート!」

「俺に拒否権はない……よな」

「仕事って何してるの?」

「黙秘します」

 肩を落として、クラスメイトの質問に淡々と答える俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は学校で浮いている。孤独と言っても過言ではない。遠くでひそひそと俺を見ながら内緒話は当たり前。酷いのは悪戯だ。男女問わず俺に告白して来る。悪戯だとわかっているので傷つかないけど時間の無駄なのでやめて貰いたい。更に廊下を歩けばすれ違う人のほとんどが俺の顔を見る。何か付いているのだろうか。それにも慣れた。クラスでも同じだ。一応、話す事は出来るのだが、女子と話せば顔を紅くされるし男子と話すと何故か視線を外される。まともに顔を見て話をしてくれるのは悟だけだ。やはり、この長い髪のせいだろうか。

「趣味は何ですか?」

「家事?」

 趣味が見つからなかったので適当に答える。教室の端で黄色い歓声が上がったが関係ないだろう。それよりも質問の内容が何故かお見合いのようになって来ているのは気のせいなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 響は気付いてなかった。彼は確かに浮いている。だが、その理由は容姿にあるのだ。

 顔は整っていて、身長は男にしては低く、女子にしては高い。成績優秀。運動神経も抜群だ。それでいて性格はクール。モテなきゃおかしい。

 内緒話の内容はだいたい『かっこいい』や『綺麗』などの褒め言葉。

 告白されるのは悪戯でも何でもなく本気の告白だ。

 顔は女なので男からも人気があり、女子からは尊敬される存在だ。廊下ですれ違う度、同級生は憧れの存在として、下級生は女子なのに男子用の制服を着ている先輩がいると不思議に思い、まじまじと見る。そして、下級生は部活などの先輩に質問し、男だと言われ驚愕するのだ。

 クラスメイトになれたらその1年は天国。だが、慣れていないと顔を直視、出来ない。更に響の顔は女の中に男らしさがあり、かわいさの中にかっこ良さがある。だから、女子は紅くなってしまい、男子は顔を見てしまうとドキッとしてしまうのだ。相手は美少女顔だが、男だと理解しているので必死で抵抗しているらしい。

 因みに響のファンクラブも存在しているが本人は知らない。会長はもちろん、悟である。その事も響は知らない。つまり、響は孤独なのではなく孤高の存在なのだ。

 



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第45話 万屋『響』

「今日はここまで。気を付けて帰れよー」

 夏休み明け初日。担任の適当な帰りのホームルームも終わり、俺は帰る準備をしていた。

「響! 一緒に帰ろうぜ!」

 後ろの席から悟が声をかけて来る。その瞬間、周りのクラスメイトが悟を睨んだような気がするが何かの間違いだろう。

「すまん。これから仕事だ」

「え? 真っ直ぐ仕事場に行くのか?」

「ああ、そう言う命令されてな」

「そうか……わかった。じゃあ、また明日な!」

「おう」

 悟は残念そうな表情を見せるがすぐに笑顔になり、教室を出て行った。

(さてと……)

 これから俺は幻想郷に行かなければならない。今日の仕事は荷物運び、その他もろもろだ。問題はどうやってここから行くかだ。

「お、音無……君」

「ん? 何だ?」

 クラスの女子が赤面しながら声をかけて来た。慣れたので赤面についてはスルーし、顔を向ける。掃除中のクラスメイトが息を呑むような気配がしたが気のせいだろう。

「文化祭の事なんだけど……」

「文化祭? 何か話し合ったっけ?」

「夏休み前に話し合ったの。その時、音無君……休んでたから」

「え? マジ? どんなのになったの?」

 クラスメイトとして聞いておかなければならない。

「うん……ステージ発表になったの。何をやるかはまだ決まってないけど一つだけ決まったの」

 それから何故か女子は言いにくそうに体をもじもじさせる。

「ん? どうした?」

「えっと……決まったのは誰がステージに立つか、何だけど……その」

「誰?」

「……皆、音無君が良いって満場一致だったの」

「……Why?」

 思わず、英語で聞いてしまった。

「り、理由? そ、それは……き、きゃあああああああああああッ!?」

「お、おい!?」

 顔を両手で隠して女子は走り去ってしまった。

「何なんだよ……一体」

 俺が呆然とする中、掃除が終わり、帰ろうとしていたクラスメイトが『わかる、わかる』と言いたげに頷いていたように見えたが俺の勘違いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ここは学校のトイレ。更に個室だ。もっと言うと旧校舎。誰も来ない――はずだ。スキホに紫に教えられた番号を打ち込み、PSPが入ったホルスターがスキホから飛び出す。夏休みの最後の日に紫にスキホを渡し、新たな機能を付けたのだ。その名も『簡易スキマ』。人間は無理だが、物をスキホに登録しておけばいつでも取り出せると言う物だ。便利である。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 出来るだけ小声で宣言し、制服が紫の服に早変わり。急いでスキマを開き、幻想郷に向かった。

「お! 響ちゃん、よく来たな!」

 人里にワープすると道を歩いていた男にあいさつされる。

「こんちは~」

 テキパキとイヤホンを抜いて返事をする。人里の人たちは俺が幻想郷に住んでいると思っているので俺はスキマで幻想郷のどこかにある俺の家から来ていると勘違いしているのだ。

「お? 今日の服はいつもと雰囲気が違うね」

「はい、制服です」

 嘘じゃない。

「へ~! じゃあ、これからはその服で来るのかい?」

「だいたいは」

 紫からこの服装で来いと命令されているのだ。

「あら~! 響ちゃん!」

「あ、おばさん。こんちは~」

 人里の住人は俺の事をちゃん付けで呼ぶ。もう、気にならなくなってしまった。男してどうかと思うがどうでもよくなったのだ。

「じゃあ、依頼があるのでこれで」

 そう言って、おじさんやおばさんと別れ依頼主の家を目指し移動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちわ~す。万屋『響』です~」

 万屋の名付け親は紫である。どうでも良かったので採用した。

「おう! 来たな! これを守矢神社まで頼む」

 依頼主である男が大きな荷物をポンポンと叩いて言った。

「はい、わかりました……それにしてもすごい量ですね」

「ああ、命蓮寺までは歩いて行けるけどさすがにこれほどの荷物を担いであの山を登るのはきつい。今回はたくさん、寄付が人里から集まったから余計な」

 早苗はきちんと信仰は得られたようだ。命蓮寺は何かわからなかったがスルー。今日は依頼が9件あるので細かい事は気にしない。朝は5件だったが後になって増えたのだ。よくある。

「なるほど。では、移動『ネクロファンタジア』! 永遠『リピートソング』!」

 一度では運び切れない量なので何回かに分ける事にした。その為、時間がかかると踏みループを唱える。

「おお~!」

「……もしかして、これを見たいから依頼したんじゃ?」

 目をキラキラさせていた男にジト目で聞く。それを男は咳払いで誤魔化した。図星のようだ。

「まぁ、いいや。じゃあ、行ってきます。すぐに終わるのでここに居てください」

「ああ、わかった」

 スキマを開き、荷物を持って潜り込んだ。

「早苗~! 荷物、届いたぞ~!」

「は~い!」

 境内を掃除していた早苗は笑顔で俺の所まで駆け寄って来た。この依頼は今までにも何回かあったので早苗も慣れた手付きで俺から荷物を受け取る。

「まだあるからそこで待ってて」

「はい、わかりました!」

 それから4往復して荷物を運び終わった。

「響ちゃん、お疲れ様でした~!」

「おう。すまんが依頼があるからここで」

「そうですか……お茶でも出そうと思ったんですけど」

 早苗が残念そうに俯く。

「暇な時に来るよ」

 そう言って、人里に戻った。

「お疲れ。代金はどれくらいだ?」

「ちょっと待ってください」

 スキホを取り出して情報を入力する。代金は全てスキホに計算させているのだ。

「これぐらいです」

「……よし、これで丁度だ」

「はい、確かに。では、次の依頼があるので」

「ああ、頑張れよ!」

「ありがとうございます」

 頭を下げて次の依頼主の所を目指し、スキマを開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた~……」

 そう呟きながら縁側で横になる俺。

「ほら、お茶用意したからぐで~ってなんじゃないの」

 霊夢がお盆を持ちながら呆れ顔そう言った。今日、最後の依頼は博麗神社の屋根直しだ。雨漏りしていたらしく、偶に自分の家の雨漏りを直していた俺にとって苦痛ではなかったがさすがに8件もの依頼を熟した後だったから疲れた。腕時計で時間を確認すると午後3時。学校が終わったのが午前中で助かった。

(授業が始まったらどうなんだろう……考えないでおこう)

「さんきゅ。まだ時間、あるから少しゆっくりしていっていいか?」

「ええ。私もお茶、飲むつもりだし。この後も依頼?」

「いんや。紅魔館にな」

「フランと遊ぶの?」

 つい最近見たフランと魔理沙の弾幕ごっこを思い出し、震える。

「俺は無理。遊ぶなら平和的な遊びだ。紅魔館に行くのはパチュリーに魔法を習いに行くんだよ」

 2週間ほど前、平和的にしりとりでフランと遊んでいた所にパチュリーがやって来てトールについて聞かれたのだ。トールは本物ではなく大昔に儀式で作られた人工の魂らしく、興味があったとの事。本人にも確認した。

「お前って本物のトールなのか?」

「何を言っておる。そんなわけないだろう。我の力は本物に比べて……そうじゃのう。3割ほどか? まぁ、トールではある。でも、本物ではないと言うことじゃな」

 そう言う事らしい。パチュリーにトールについて話していると不意に――。

「なら、貴方は雷魔法とか使えそうね。トールと仲良くしてるみたいだし」

 と言ったのだ。試しに簡単な魔法を教えて貰い、使ってみるとあら不思議。使えてしまったのだ。吸血鬼から魔力を貰っているし、もしやと思ったが、吃驚した。因みにパチュリーには魂の事を話してある。一番、物知りそうだったし困った時に助けて貰うつもりだ。

「魔力、少ないのに?」

「うるさいなー。色々あんだよ」

 霊夢の言う通り、魔法を使ったその後すぐに倒れた。霊力などは消費していなかったので気絶はしなかったが体を動かせなくなってしまった。

「ごめんなさい。魔力“も”だったわね」

 霊夢がお茶を啜りながら呟く。

「ぐっ……」

 本当はそれなりに霊力があるのだ。でも、吸血鬼や狂気、トールからの力の供給が邪魔して表に出せない。そう説明したいのだが、吸血鬼たちの事は内緒にしておきたいので言えない。もどかしい。

「おっと! もう、こんな時間だ! 紅魔館へ行かなければ!」

「下手過ぎ」

「う、うるさい!」

 お茶をぐいっと飲み干してイヤホンを耳に装着し、スペルを唱えて紅魔館へ飛んだ。その後は普通に魔法を教えて貰い、数冊の魔導書を借りて、フランにタックルされ鎖骨を折って家に帰った。

 



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第46話 戦いは突然に

「ん、ああ~……」

 9月に入って2週間ほどが過ぎた。もう、学校も仕事も熟せるようになった俺。だが、やはり夏休みの時よりも疲れる。今日は土曜日なので家に帰ったらゆっくり休むとしよう。そう決めて俺は個室の中で背筋を伸ばして伸びをした。背骨がボキッと鳴る。

「よし……帰るか」

 家の近所にある公園。土日はそのトイレから俺は幻想郷に出入りしている。このトイレは滅多に人は使わないし、何より個室に入ればコスプレを見られる事もない。安全なのだ。制服姿でこのトイレから出て来たら不思議に思われると思うが。因みに制服は紫の能力によって少し、改造してある。

「……」

 出た瞬間、視界に女の子が映る。中学生ぐらいで髪はボブ。黒髪。服はここから一番、近い中学校の物だ。つまり、望と同じ学校。

「音無、響?」

 その時、女の子が俺の名前を呼ぶ。俺は一つ、溜息を吐いた。

「……来い」

 そう言って歩き出すと女の子も黙って付いて来る。目指すは早苗の神社があるあの山。

「わかってる?」

「わかってるっての」

 不安になったのだろうか。女の子が後ろから質問して来た。そりゃ、気付くに決まっている。

「そんなに妖力を放出してたらな」

「そ」

 納得したのかそれ以上、女の子は何も言わなかった。そう、この女の子は妖怪。俺を倒しに来たのだ。

 

 

 

 

 

 

「さてと……」

 神社に到着。ヒマワリはあの時から変わらず咲き乱れている。そのおかげでここは旅館になる計画は潰れ、『ヒマワリ神社』として観光スポットにするらしい。どうして咲き乱れたのかと言う疑問は誰も言わなかった。紫が何かしたに違いない。

「ここでどうだ?」

「う~ん……綺麗だから違う所が良い」

「それもそうだ。もうちょっと歩こう」

「うん」

 妖怪少女は素直に頷く。それから山道から離れ、雑木林の中に入って行く。

「まぁ、ここで」

「わかった」

 雑木林の中に少し開けた場所があった。そこで俺と妖怪少女は対峙する。

「? なんか変な感じだね」

「何が?」

「妖力を持ってるみたいだけど……なんて言うか汚い?」

「何かものすごく罵倒された!?」

 汚いはあまりにもひどすぎる。

「だって、色々と混ざってるから。どんな美味しい食べ物でも別の食べ物と混ぜたらまずくなるのと同じだよ」

「いや、同じじゃねーよ!」

 混ぜた事により美味しくなる組み合わせだってある。

「まぁ、そんな事はいいや」

 妖怪少女の妖力が何倍にも膨れ上がる。急いでイヤホンを耳に装着した。

「やっぱり、そのイヤホンが鍵みたいだね?」

「……知ってるのか?」

「うん。リーマとの戦いを見てたからね。八雲の式神を通して」

「八雲って紫の事?」

 じゃあ、式神は藍の事だろうか。

「そ。式神はシンプルな物だったからその時に適当に式を組み込んだみたいだけど」

「そんな事が出来るんだ。あいつ」

 さすが、スキマ妖怪。

「鴉だったから全国に広めたのかも。私も北海道にいたし」

「そんな遠くからお疲れ様」

「本当だよ。リーマは友達だったし、何とか敵討ちをしたくて北海道の中学校からこっちの学校に転校してずっと貴女を探してたんだから」

 妖怪少女の言葉に疑問を覚える。

「転校?」

「この世の中、妖怪としては生きられない。動物型の妖怪は動物として、人間型の妖怪は人間として生きていくしかない。だから、私は学校に行って普通に友達と話して人間ごっこを繰り返す」

 つまらなそうに教えてくれた。

「……そんな暮らし、楽しいか?」

「そんな問い、野暮ってもんじゃない? 楽しいはずないでしょ?」

「そんな貴女に素晴らしい世界をご紹介致します」

「それはありがとう。でも、断らせていただくね」

「そりゃ、残念だ!」

 PSPのボタンをプッシュし、曲を再生する。だが、それと同時に妖怪少女の背中から真っ黒な6枚の翼が生えた。その翼は直接、背中に繋がっておらず空中に浮いている。更に長方形で板のようだった。それを見ていると目の前にスペルが出現する。怪鳥との戦いの時は出て来なかったが妖怪と戦う時はそうは行かないらしい。

「ラクトガール ~ 少女密室『パチュリー・ノーレッジ』!」

 スペルを唱え、パチュリーの服へ早変わり。

「退治する」「殺す」

 お互いに言い合う。それから俺はスペルを取り出し、宣言。

「日符『ロイヤルフレア』!」

 その刹那、俺の周りから炎の塊が妖怪少女に向かって突進する。この距離なら躱せない。それほど炎の弾が大きすぎるのだ。

「なっ!?」

 だが、炎の弾が妖怪少女にぶつかる直前で弾が弾けた。目を見開くが焦らず、次のスペルを使う。

「木符『シルフィホルン上級』!」

 今度は木の葉が妖怪少女を襲った。

「無駄だよ」

「くッ……」

 まだ弾かれる。ここからじゃどうやって防いでいるか全く、把握できない。

「今度はこっち」

 弾かれた木の葉の隙間から妖怪少女がニヤリと笑っているのが見えた。

「……え?」

 どすっ、と体に衝撃が襲った。恐る恐る腹部を見る。何やら黒い板状の物体が生えていた。

「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああッ!?」

 遅れて襲う激痛。飛び散る血液。耐え切れず、俺は絶叫した。掠れる視界の中、妖怪少女の背中に浮いている板が1つだけ地面に突き刺さっているのがわかった。そして、後ろをちらっと見ると背後の地面から黒い板が伸び、俺の腹部を貫いている。地面の中を進んで来たようだ。

(地中から……もしかして、攻撃を防いだのも?)

 今更、気付いてももう時間は戻らない。お腹から血がドバドバと流れ、俺の足元に血の海を作る。手に力が入らない。

「お休み。永遠にね」

 俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっけないな……」

 女から翼を引き抜き、振って血を拭う。リーマはこんな奴に負けたのだろうか。運が悪かったに違いない。

「帰る」

 踵を返し、山を下りようと足を踏み出した。

「火水木金土符『賢者の石』!」

 その時、後ろから眩い光が生まれる。

「ッ!?」

 振り返った先にいたのは5つの結晶を引き連れた女の姿だった。

「いっけええええええええ!!」

 その5つの結晶から大量の弾が吐き出される。それぞれに属性があるようで直撃はまずい。

「こなくそっ!」

 背中の6枚の翼を伸ばし、目の前に突き立てる。私の翼は自由自在に伸び縮みする。弾幕と翼が衝突し爆発した。翼の裏にいた私には全く、被害はなかったが今の状況を信じられなかった。

「何が……どうなって?」

 確かに女の腹を突き破ったはずだ。その証拠に私の翼は血で濡れていたし今も女の足元には血の海がある。それでも女は立っていた。それだけじゃない。反撃して来たのだ。

「く、くそっ!!」

 向こうの弾幕が消えると同時に翼を地面から引っこ抜き、6枚とも女に向かって伸ばす。

「月まで届け、不死の煙『藤原 妹紅』!」

 翼が女を引き裂く直前で何を叫んでいた。

(何?)

 紫パジャマに変身する前にも同じように叫んでいた事を思い出す。

「――っ!?」

 翼が腹を突き破り、右腕を肩から切り落とす。更に右足に2枚の翼が2つの切り傷を作った。1枚は動揺からか外してしまった。女は顔を歪め、苦しそうなうめき声を上げる。すぐに引き抜いた。

「あ、あれ?」

 よく見れば女の服が変わっている。今度は赤いもんぺにサスペンダー。これまたへんてこな服装だ。

「……さてと」

 落ちた右腕を左手で拾いながら女が呟いた。

「こっからだ。妖怪少女」

 そう言って右腕を肩に当てる。

「な、何を……ッ!?」

 恐ろしい光景に目を見開く。腹の傷も足の傷も一番、酷い右肩の傷も一瞬にして治ったのだ。服も再生している。

「お前を退治する」

 右手に炎を纏わせ、私に向かって突き出した。

 



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第47話 炭素

 左足が飛んで行く。バランスを崩し、俺は地面に倒れた。

「う、うらあああああッ!!」

 気合で右足だけを使って立ち上がり、落ちた左足を掴んで傷口にくっ付ける。それと同時に紫に作って貰った制服が再生。紫に頼んでおいてよかった。家に帰った時、服がボロボロだったら望に怪しまれてしまう。

「くっ……」

 その瞬間、激痛が走り顔を歪めるが左足は驚くほどの速さで治って行った。

「またっ……」

 俺の左足を吹き飛ばした張本人である妖怪少女は悪態を吐く。そして、また翼を伸ばして来た。

「何度も食らうかっての!!」

 両手に炎を纏わせ、迫って来た翼を裏拳で弾く。更に裏拳の勢いで妖怪少女に向かってロケットダッシュする。走っている間にもいくつもの切り傷を負うが妹紅の力で綺麗に治った。

「化け物!!」

 それを見て妖怪少女が叫んだ。

「それはそっちもだろ!」

 反論しながら拳ほどの火球を飛ばす。だが、それは妖怪少女が翼を目の前に突き立て、防いだ。

「治るならもっとぐちゃぐちゃにしてやる!!」

 そう言いながら妖怪少女は6枚の翼を螺旋状に組み合わせ、回転させながら俺に向けて伸ばして来る。まるで、ドリルのようだ。

「これは……」

 さすがにやばい。死にはしないが復活するのに時間がかかってしまう。その間にイヤホンを取られたら終わりだ。冷や汗を掻いていると曲が変わる。

「黒い海に紅く ~ Legendary Fish『永江 衣玖』!」

 頭に触角のようなリボンが付いた帽子。黒のスカートにフリルが施されたピンクの上着。その周りにこれまたフリルの付いた羽衣が浮いている。ドリルがもう目の前まで迫って来ていた。

「魚符『龍魚ドリル』!」

 咄嗟に取り出したスペルを宣言した瞬間、羽衣が右手に巻き付き、ドリルになった。更に帯電している。雷は俺の得意分野。ニヤリと笑い、迫り来る漆黒のドリルに雷を纏ったピンクのドリルをぶつけた。

「なっ!?」

 ドリルとドリルがぶつかる甲高い音の他に妖怪少女の驚く声が聞こえる。

「まだまだ!!」

 こちらのドリルに帯電していた電撃を向こうのドリルを経由して妖怪少女に向かう。

「くそっ!!」

 電撃が届く前に妖怪少女は右手と左手をピンと伸ばし、手刀で6枚の翼をぶった切った。漆黒のドリルは力を失い、地面に落ちる。

「雷符『ライトニングフィッシュ』!」

 一瞬、妖怪少女に隙が出来た所にスペルを叩き込む。千切れた翼で防御しようとしたが、さすがに間に合わず妖怪少女はもろに俺の攻撃を受けた。

「……よわっ」

 だが、全く通用していない。スペルは所詮、遊び用だ。攻撃力がない。

「知ってるもん!」

 でも、はっきり弱いと言われると堪える。きっと、持ち主なら相手に合わせてレベルを調整出来るのだが、コピーである俺には無理な話だ。

「よし、直った! 今度こそ!!」

 漆黒の翼は30秒ほどで元の長さまで成長し、再びドリルで攻撃して来た。PSPを覗き見て残り時間が1分を切ったのを確認する。

(スペルを発動しても、時間オーバーか!)

 そうなれば時間を稼ぐしかない。空を飛び、垂直に上昇する。

「逃がさないよ!」

 俺の後を追ってドリルも軌道を変更した。向こうの方が若干早い。

「やばっ!」

 更に加速するがどんどん距離が縮んで行く。あれを食らえば再生すら出来ない。即死だからだ。

(早くうぅぅぅ!!)

 残り20秒。

「死んじゃえええええ!」

 残り15秒。

「嫌だああああああ!!」

 残り10秒。ドリルの回転音が迫る。恐怖が俺を焦らせた。

「くそったれが!!」

 間に合わないと判断し、ドリルの方に体を向ける。予想以上にドリルは近づいて来ていた。急いで羽衣を操り、ドリルに向かって伸ばす。

「うお……」

 羽衣は頑張ってドリルを抑えるが徐々に羽衣が破けて距離が縮む。

 残り5秒。

「も、もう……」

 ドリルとの距離がもう10cmもない。これでは曲が変わってもどうする事も出来ない。

(それでも……諦めるもんか!)

 曲が変わり、スペルが出現。そこに書かれている名前を見て、再び俺はニヤリと笑った。

「メイドと血の懐中時計『十六夜 咲夜』! 幻世『ザ・ワールド』!」

 変身を待たず、咲夜のスペルを唱える。時間が停止した。ドリルも妖怪少女も動かない。

「た、助かった……」

 安堵の溜息を吐きつつ、妖怪少女の元へ戻った。

「今の内に」

 スカートの中から大量のナイフを取り出し、妖怪少女の周りに設置する。結構、重労働だった。4分ほど過ぎた辺りで時間が残り少ない事に気付く。世界の時間は止まっていてもPSPは稼働しているのだ。

(ここにいると俺もナイフの巻き添え、食らうな……)

 そう思い、妖怪少女から距離を取ったその時、曲が変わった。

「遠野幻想物語『橙』!」

「なっ!?」

 俺が橙に変身するのと同時に妖怪少女がナイフに驚く。焦った妖怪少女は翼を元の長さまで短くした後、そのまま全てのナイフを吹き飛ばした。そのおかげで一瞬だが隙が出来る。

「天符『天仙鳴動』!」

 弾幕は確かに弱い。だが、今は妖怪だ。体術なら互角なはず。

(これで終わらせる!!)

 弾幕を撒き散らしながら妖怪少女に突進する。このスピードならどれだけ翼を伸ばせても間に合うまい。

「……」

 だが、妖怪少女は落ち着いた様子で地面に両手を付けた。その刹那、目の前が黒に染まる。

「え?」

 意味が分からない。彼女はただ地面に手を付けただけだ。それなのにどうして目の前が真っ暗になったのだろう。

「がっ!?」

 その答えはすぐに判明した。地面から翼と同じ漆黒の分厚い板が飛び出していたのだ。その板へ俺は顔面からタックルし鼻の骨だけではなく首の骨まで折れた。すぐに霊力を流し込み、再生させたがその場に倒れてしまう。

「な、何が……」

「知ってる?」

「は?」

 板の向こうから妖怪少女の声が聞こえた。

「炭素。私の翼は炭素で出来てるの。そして、その炭素を私は自由自在に操れる」

 幻想郷的に言うと『炭素を操る程度の能力』だ。

「じゃ、じゃあこの板も」

「そう、地面の中にあった炭素を寄せ集めて作った防御壁。炭素って鉛筆の芯からダイヤモンドまで硬度を変化させる事が出来る。もちろん、私の翼も例外じゃない。伸ばす時には柔らかくして、攻撃を防ぐ時は硬くするの」

「待て。聞いた話じゃダイヤって打撃には弱いって……」

 ダイヤは一番、硬いと言われているがそれはモース硬度――つまり、摩擦やひっかき傷に対する強さだ。金槌で殴れば粉々に割れてしまう。

「誰がこの翼や板はダイヤで出来てるって言った?」

「何?」

「この世に存在する天然に出来る一番、硬いはダイヤ……でも、それは人間が見つけた物質でのこと」

 だんだん、わかって来た。

「まだ、発見されていない。炭素の同素体……」

「そゆこと。じゃあ、死ね」

 板を飛び越えで6枚の翼が俺に向かって急降下して来た。

「ふざけんなっ!!」

 その場を離れようと転がる。

「ッ!?」

 5枚の翼は地面に突き刺さり、1枚は左腕を刈り取った。括り付けてあったホルスターと一緒に左腕が飛んで行く。それを掴む為に右手を伸ばす。

「もういっちょ!」

「くっ!?」

 今度は漆黒の防御壁からいくつもの鋭い棘が飛び出した。左手は一旦、諦めて体を捻って棘を躱す。

「……え?」

 どうして俺は考えて来なかったのだろう。PSPは紫のおかげで元より遥かに丈夫になった。だが――。

「い、イヤホンが……」

 イヤホンはそのままだった。棘の1つがイヤホンを引き千切っていたのだ。変身が解ける。本能的に左腕の切り口に霊力を流して再生を試みるが霊力が足りず、止血だけで終わってしまった。

「お? 見てなかったけどすごい事になってるね」

 いつの間にか防御壁がなくなっていて俺の状況を見た妖怪少女がニヤリと笑う。

「そんなあんたに絶望を」

「っ! やめっ――」

 止めようとまた右手を伸ばすが6枚の翼が近くに落ちた左腕に降り注いだ。何度も。何度も――。PSPは壊れていないようだが、俺の左腕はミンチ状になって使い物にならなくなってしまう。まだ、あれを傷口に付けていれば治っていた。でも、もうそれすら出来なくなってしまった。

「さて……どうやって殺してあげようかな?」

 ニヤニヤと嘲笑う妖怪少女の声が俺の頭に響いた。

 



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第48話 右手に光る物

「くそっ!!」

 今、俺に攻撃手段はない。このまま妖怪少女と対峙していたら殺される。そう思った次の瞬間には妖怪少女に背を向けて走り出していた。左腕がないので走りにくい。

「逃げるんだ?」

 つまらなそうに妖怪少女は呟き、1枚だけ翼を伸ばして来た。

「っ!?」

 その翼は俺の背中を叩き、そのせいで俺は地面に倒れてしまう。

「……あ、なるほど。やっと、わかった」

 起き上がろうとした時、翼がお腹に巻き付いて来て捕まってしまった。

「最初の紫パジャマは魔女。次の赤もんぺは……不死?」

 暴れるが翼から抜け出せそうにない。

「次の羽衣は何だろう? その次は見てないけどあのナイフだよね。あ、時間でも止めたのかも? で、あの猫」

 妖怪少女がぶつぶつと俺の変身して来た人たちの特徴を言い当てていく。

「まぁ、もうPSPもイヤホンもあんたの手元にはない」

「ちっ……」

 翼によって妖怪少女の近くまで引き寄せられる。足をバタバタさせて抵抗するが空中にいるので足は空を切るだけだった。

(使いたくなかったけど……)

 暴れながらズボンのポケットに手を突っ込む。

「死に方は……串刺しでいいか」

 残った5枚の翼が俺の方を向く。

「死ね!!」

「嫌だ!!」

 スキホを勢いよく取り出し、『5』を3回だけ押した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「あ、あれ? どこに行った?」

 紫に頼んでスキホに追加させて貰った機能――『瞬間スキマ』。これは瞬間移動する為の機能だ。だが、これを使うと著しく疲れる。更に自分では場所指定が出来ないし、飛べる範囲は使った場所から半径10メートル以内だ。しかし、妖怪少女の視界から逃げる事に成功した。溜息を吐いて、俺は大きな木に背中を預ける。

(どうすっかな……)

 状況を整理しよう。左腕の傷は止血してあるから大丈夫。PSPは逃げるのに夢中であの場に置いて来てしまったので今、持っているのはスキホのみ。PSPは後でも何とかあるし、これで紫に助けを求める事が出来る。だが――。

「果たして……助けてくれるか?」

 自信はない。これは最終手段として取って置こう。スキホをズボンのポケットに押し込んだ。しかし、本当に他に持ち物はない。

「……いや、あったけど」

 黙って右手の中指を見る。そこには緑色の鉱石が光っていた。そう、香林堂で見つけたあの指輪だ。しかし、これはただのアクセサリー。何の役にも立たない。

(待てよ?)

 あの時、俺はどこからあの指輪を見つけた? 確か、いいお土産が見つからないから試しに武器コーナーに行ったはずだ。そこにこれがあった。

「この指輪……もしかして、武器?」

 いや、こんな小さな物が武器なわけがない。第一、どうやって攻撃するのだろう。メリケンサックみたいに殴る? 普通よりは痛そうだが、指輪にする必要などないはず。

「……」

 考えろ。考えろ。頭の回転速度を上げろ。森近さんは言った。『合力石』。この緑色の鉱石の名前。『合わせる』。それが用途。

(じゃあ、何を?)

 名前に『合力』と付くのだから『力を合わせる』と考えていい。でも、この力とは? 筋力? 知力? それとも――。

「見つけた」

「っ!?」

 声に反応し急いで立ち上って走り始めた刹那、炭素で出来た翼が木を粉々にする。木片が辺りに散らばった。

「何をやったかわからないけど、もうおしまいだよ」

 ニヤリと笑う妖怪少女はどこか子供の頃に出会ったフランに似ていた。

(考えろ。何か……何か、あるはずだ)

 ふと、思い出したのは八卦炉で怪鳥を吹き飛ばした光景だった。そして、違和感に気付く。

「おらっ!」

「ぐっ……」

 翼が右腕を切り裂く。一瞬、足がもつれたが何とか態勢を立て直す。

「へ~。結構、根性あるね」

 妖怪少女は慌てず、追いかけて来る。楽しんでいるようだ。

(合力……指輪……八卦炉……力)

 単語が俺の頭でぐるぐると回る。もう少し、もう少しで閃く。

「……そうか」

 思わず、足を止めてしまった。

「あれ? 諦めちゃった?」

「いんや……その逆だ」

 妖怪少女の方に体を向ける。

「左腕がない状態で、変身すら出来ない状況で何が出来るの?」

「……俺もさっきまでは何も出来ないと思っていた」

 俺の言葉に違和感を覚えたのか妖怪少女が目を細める。

「さっきまで?」

「さっきまで」

 ギュッと右手を握る。

「それに……まだ、俺にはこれもあるしな」

 ズボンに入れていたスキホを取り出して、番号を入力する。

「っ! させない!!」

 妖怪少女は俺を殺そうと翼を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘」

 私は目の前の光景にただただ、呆然とするしかなかった。

「成功、みたいだな」

 女の声が聞こえる。

「何を……何をしたの!!」

 私の翼は女には届かず、何かに弾かれてしまっていた。

「簡単だよ。妨害したんだ。これでな」

 右手の中指にキラリと緑色の鉱石が埋め込まれた指輪があった。

「知ってるか?」

「え?」

「指輪って……はめた場所によって意味が変わるんだ」

 その口調はまるで私が翼の秘密を教えた時のようだった。

「気になったら調べないと落ち着かない性格でな。この指輪を手に入れた時にインターネットで調べたら出て来たんだ。代表的なのは結婚指輪。左手の薬指だな。意味は『愛と幸せ』、『願いの実現』。じゃあ、質問するが俺はどこの指にはめてる?」

「……右手の中指」

 素直に答える。

「そう。意味は『行動力、迅速さを発揮する』、『直感力や行動力を高める』。更に中指にはめた指輪の事は『ミドルフィンガーリング』と言うらしい」

「だ、だから何なの!」

 耐え切れず、叫んでしまう。

「中指は『直感』、『閃き』の象徴。この指輪を付けてから俺はこの2つが普段よりも鋭くなってる。そう言う能力だからな」

 しかし、女は私の問いかけを無視して続けた。

「そのおかげで気付いたんだ。この指輪の意味。能力。そして、このピンチを切り抜けるチャンスに」

「ちゃ、チャンス?」

「霊力。主に回復に使われる。俺の中にある力」

 女が掌を空に向けて薄い赤色の球体を生み出す。その時、緑色の鉱石が赤に変わった。

「魔力。主に魔法を使う時に使われる。吸血鬼の中にある力」

 今度は薄い青の球体に変わる。また、鉱石が赤から青に変化した。

「妖力。主に肉体強化の時に使われる。狂気の中にある力」

 薄い青から薄い黄色へ。鉱石も同じように色が変わる。

「神力。主に物を創り出す時に使われる。トールの中にある力」

 真っ白な球体に変化して消えた。鉱石も白から緑に戻る。

「な、何なの?」

 女の言っている事が正しいならおかしい。普通の人間が持てる力は霊力や魔力。だが、この女は妖力や神力を持っている。

「俺はこうやって弾を作る事なんて出来なかった」

「え?」

「4種類の力を持った俺は力同士が邪魔をし合って、上手く力を外に出せなかった。でも、前にがむしゃらに撃ち出した事がある。まぁ、八卦炉を使ってたけど。その時、俺は魔力、妖力、神力をその八卦炉って奴に注ぎ込んだんだ。それも少しだけな。でも、威力は山を吹き飛ばすほどだった。どうしてだと思う?」

 急に質問され、戸惑ってしまい答えられなかった。女も答えを欲しかったわけではないらしく、続けた。

「それは……3種類の力が混ざり合ったからだと思う。『合力』って奴だな。そして、この指輪は――」

 右手をギュッと握った女。指輪が赤に変わった。

 

 

 

「――俺の中にある4種類の力を合成する力を持っている」

 

 

 

 そう言った女の左腕はいつの間にか再生していた。

 



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第49話 指輪の力

「……合成?」

 妖怪少女が目を丸くしながら繰り返す。それを無視して再生した左腕の調子を確かめる。正常に機能しているみたいだ。

「ま、待ってよ! どうして、左腕が!! もう、あんたには霊力がなかったはずじゃ!?」

「考えてみろ。力を合成出来るんだ。霊力を少量に対して、魔力、妖力、神力で水増しすればいい。それに今の俺は10分間、ぶっ続けで弾幕を撃ち続けるほどの霊力を外に出せるようになったし」

 体の中を流れている魔力、妖力、神力の量もこの指輪を使えばコントロールする事が出来るようだ。

「……じゃあ、その霊力がなくなるまであんたを傷つければいいわけだ」

「出来たらな」

 俺がそう答えると同時に妖怪少女が翼を伸ばす。

「神力……」

 右手を前に翳し、指輪が白に変わった。

 

 

 

 ――ガキーン……

 

 

 

「ッ!?」

 妖怪少女の翼は俺が創り出した結界に遮られ、あらぬ方向へ飛んで行く。

「さっきのはそれ?」

「そゆこと」

 スキホに番号を打ち込み、目の前に3枚の白紙のスペルカードを出現させる。夏休みの途中に紫に貰ったのだ。

「結界を生み出せるなら!!」

 また、6枚を組み合わせてドリルを作る。きっと、神力で出来た結界でもすぐに壊れてしまう。

(出来た!)

「雷撃『サンダードリル』!」

 神力でドリルのように螺旋を描いた鋭利な結界を作る。更にパチュリーに習った魔法で雷を生み出し、ドリルに纏わせる。即席で作った俺のスペルだ。

「いっけええええ!!」

 勢いよく撃ち出し、妖怪少女のドリルと真っ向勝負を挑む。金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響き渡る。

「まだまだ!!」

 妖怪少女が舌打ちをしてから背中に4枚の翼が生えた。どうやら、今までは本気ではなかったらしい。

「食らえっ!!」

 ドリルを迂回するような軌跡を描き、俺へ翼を伸ばす。新しく生まれた翼は他の翼と違って先端が鋭く尖っている。貫通性があるはずだ。結界を破られる。

「雷輪『ライトニングリング』!」

 2枚目のスペルを使い、俺の右手首と左手首に雷で出来た輪が装備される。きちんと両手を魔法で保護してあるので感電などしない。

「え?」

 妖怪少女の驚く声が耳元で聞こえる。無理もない。俺が一瞬にして妖怪少女の懐まで潜り込んだのだ。

「吹き飛べっ!!」

 右ストレートを放つ。パンチは妖怪少女の頬にクリーンヒットし、思いっきり吹き飛んだ。そのせいで妖怪少女の翼が動き、少女のドリルがバラバラになってしまった。目標を失った俺のドリルがこちらに向かって突進して来る。

「追加だ!!」

 ドリルの背後に回り込み、右拳と左拳を同時に前に突き出す。すると、輪が雷弾となり、ドリルを挟み込む。俺が雷弾をコントロールするとドリルが妖怪少女のいる方向へ飛んで行く。

「いつつ……ちょっ!?」

 木にぶつかっていた妖怪少女が起き上がり、ドリルが目の前まで迫っている事に気づき、驚愕。そのまま、衝突した。

 俺が発動したスペル、『ライトニングリング』は肉体強化を目的としたスペルだ。人間は脳から送られる電気信号で体を動かす。その電気信号を雷の力で増幅させてやれば肉体強化も可能だ。それだけではない。2回だけ雷弾を撃つ事が出来る。その代わり、使い捨てだが。今回はそれをドリルのコントロールに使った。ドリルも帯電している。それを利用したのだ。

 これらのスペルは全て、指輪がなければ作る事の出来なかったスペルだ。純粋な神力や魔力ではなく、霊力や妖力を混ぜる事によって『扱いやすさ』や『威力』を高める事にも成功した。

「ぐぬぬ……」

 妖怪少女はドリルを10枚の翼を使って受け止めていた。起き上がる時間がなかったようで、木に背中を預けている。それを確認し、ドリルの両側にあった雷弾を操り、それぞれを妖怪少女の両脇に設置した。

「な、何を……うおっ!?」

 ドリルと雷弾の接続は切っていないのでドリルが雷弾に近づこうとする。その結果、妖怪少女への負担が大きくなったのだ。

「こ、のや……ろうっ!!」

 妖怪少女が右足で地面を叩き、いくつもの炭素で出来た棘をドリルにぶつける。回転していて元々、不安定だったドリルは更に安定性を失い、妖怪少女の近くに墜落した。

「や、やってくれるじゃん……」

「それはどうも」

 肩で息をしている妖怪少女。でも、何か来る。そんな気がした。

「っ!? しまっ――」

 そこで妖怪少女の翼が2枚だけ地面に刺さっているのに気付き、急いでジャンプし、地面に向かって結界を貼る。その刹那、地面から翼が飛び出し、結界に衝突した。だが、結界は2秒ほどで破れてしまう。右手を真横に伸ばし、思いっきり合成弾を撃ち出した。

「あぶっ……」

 合成弾を撃った反動で俺の体が動き、翼は空を切った。

「安心するのは早いと思うけど!!」

「のわっ!?」

 妖怪少女の方から8枚の翼が時間差で襲って来る。それを合成弾で吹き飛ばし、結界で弾き、体を捻って躱した。それでも、いくつかの切傷が生まれる。

「そこっ!」

「つっ……」

 真上から1枚の翼が振り降ろされ、仰向けの格好で地面に叩き付けられた。運が良かったのは縦ではなく面で叩かれたところだ。しかし、安心するのは早かった。面で押し付けられた俺はそのまま動けなくなってしまったのだ。

「串刺し……」

 妖怪少女がニヤリと笑い、何を考えたのか勘付く。だが、どうする事も出来ない。妖怪少女は9枚の翼を地面に突き刺す。

(や、やばっ……)

 両掌を地面に向けて合成弾を撃つ。地面にぶつかった合成弾は大爆発を起こし、俺を吹き飛ばした。

「が、がああああああああああっ!?」

 背中に大火傷を負ったが、すぐに霊力を流し込み、再生。先ほど、俺がいた場所を見てみると9枚の翼が地面から飛び出していた。あのまま、あそこにいたら体をバラバラにされただろう。

「すごい判断力。普通、あんな事はしないよ」

「し、しなかったら死んでたから」

「なるほど」

 そう言いながら頷く妖怪少女。

「でも、まだ私の方が優勢だよね」

 確かに妖怪少女の方が優勢だ。このまま戦いが長引けば、合成する霊力、魔力、妖力、神力もなくなり、ゲームオーバー。それに対して、妖怪少女はどうだ。ただ耐えればいい。俺が力尽きるのを待っていればいい。だが――。

(もうそろそろか?)

「どう? それでも諦めない?」

「……お前は勘違いしてる」

「え?」

 意味が分からなかったのか首を傾げる妖怪少女。

「俺は元々、この指輪でお前を倒そうなんて思ってない」

 スキホを取り出し、番号を入力する。

「え? でも、イヤホンないじゃん」

「イヤホンは確かにない。でもな?」

 スキホの液晶から真新しい白いヘッドフォンが出て来る。

「なっ!?」

「すっかり忘れてた。1週間ほど前に紫に貰った物なんだ」

 ヘッドフォンを耳に当てて、右耳の方にある赤いボタンを押す。すると、頭にフィットする。毎回、合わせる時間がないので楽だ。

「何でそれを使ってなかったの?」

「言っただろ? 忘れてたんだよ。それにイヤホンもまだ使えたから勿体ないなって」

 そのせいでこんなに追い詰められているのだが、気にしない。

「PSPはまだ、ミンチになったあんたの左腕の中に埋まってるよね?」

「……それが、そうでもないんだな」

「へ?」

「さっきも見たと思うけど、この携帯には物を転送する機能があるんだ。その機能にはもう一つの効果があって……」

 一番、最初に妖怪少女の翼を結界で防いだあの時、俺はある番号を入力していた。それはいつもPSPを取り出す時とは全く逆の番号だ。

「『簡易スキマ』には登録した物を再び、このスキホの中に転送する機能がある」

「っ!? させない!!」

 番号を押そうとしたその時、妖怪少女がドリルを伸ばして来た。それだけではない地面にも4枚ほど突き刺している。地面からも来るだろう。そこで取って置いた最後のスペルを発動させた。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 俺を囲むように6枚の結界が展開される。その硬度は普通の結界の何倍もある。ドリルさえも弾いた。地面の翼は結界に阻まれ、外に出る事すら出来ていない。

「くっ……」

「さて……」

 番号を入力し、PSPが自動的に俺の左腕に括り付けられる。

「ここからが本当の勝負だ。炭素野郎」

 



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第50話 運任せ

「「……」」

 お互いに睨み合う。

「一つ、質問が」

「何だ?」

「そのヘッドフォンってコードレスなの?」

「あ、ああ……」

 俺が装着しているヘッドフォンは妖怪少女の言う通り、コードがない。

「じゃあ、どうやってPSPから?」

「それはこうやってだよ」

 右手に持っていた特殊なプラグをPSPに差す。丁度、イヤホンのプラグを指す場所だ。

「でも、勝てるの? さっきだって追い詰められてたよね?」

「確かに俺が使えるスペルは全部、遊び用だ」

「なら「それでもたった一つだけ……勝つ方法があるんだよ」

 妖怪少女の言葉を遮って言う。

「一つ?」

「そう。だから、ここからは運試しだ。俺が狙っている姿になれたら俺の、なる前に殺されたらお前の勝ちだ」

「へ~……妖怪と戦うのに運に頼るんだ」

「因みに俺がなりたい姿の曲はたった一曲しか入っていない」

「そんなの無理じゃん」

「でも、やるんだ。勝つ為に。生きる為に」

 PSPを操作して曲を再生する。

「面白そうだね! その勝負、乗ったよ!」

 妖怪少女が翼を伸ばしながら叫ぶ。

「少女綺想曲 ~ Dream Battle『博麗 霊夢』!」

 霊夢の巫女装束を身に纏う。左手でスペルを取り出しつつ、右手を前に突き出す。指輪の力で生み出した結界で翼を防ぎ、すぐに攻撃に移れるようにだ。

「……あれ?」

 指輪が緑から白に変化しない。

(ま、まさかっ!?)

 取り出すスペルを変更し、急いでスペルを唱えた。

「夢符『二重結界』!」

 俺の周りに2枚の結界が展開され、翼を防いだ。俺の様子がおかしい事に気付いたのか妖怪少女が首を傾げた。

「霊符『夢想封印』!」

 今度はこちらからだ。8つのホーミング弾を飛ばす。

「そんな攻撃、通用しないよ!」

 8枚の翼で全ての弾を潰し、残った2枚で左右から同時に攻撃して来る。

「夢符『封魔陣』!」

 俺の体から衝撃波が出て翼を吹き飛ばす。

「やっぱり……もしかして、変身すると指輪、使えない?」

「ぐっ……」

 妖怪少女に気付かれた。どうやら、霊夢になった事で霊力が水増しされ、指輪が合成して生み出した力が表に出せないようになってしまったらしい。

「じゃあ、一撃でも与えれば!!」

 地面に両手を付いて炭素で出来た棘をこれでもかと飛ばして来た。俺の勘で霊夢のスペルでこれを躱し切れるのは『二重結界』ぐらいしかない事を悟る。しかし、それは先ほど使ってしまった。ならば――。

「停止『ストップソング』!」

 オリジナルのスペルを使う。紫に貰ったスペルの束の中にあったのだが、今頃になって使う事になるとは思わなかった。これだけは弾幕ごっこでも使えるらしい。どうして、渡して来たのかは不明だ。PSPの音楽が停まり、元の制服に戻った。すぐに合成神力で結界を貼る。棘は結界に遮られ、俺には届かない。

「残念。こっちが本命だよ」

「ッ!?」

 そこに地面から4枚の翼が俺を狙って飛び出した。棘は囮だったようだ。

「妖力!」

 指輪が黄色に変わり、俺の両手に薄い黄色のオーラが纏う。肉体強化だ。

「ふんっ!!」

 両手で2枚の翼を弾き、もう2枚の翼に当てて軌道を逸らして、難を逃れる。

「安心するのは早いんじゃない?」

 今度は6枚で出来たドリルが迫って来た。

「神力で道を作り、妖力で強化。属性に雷!!」

 言葉で合成の内容を確認する。頭で考えるより、ずっと楽だ。俺の両手から雷を纏った棒状の物体が生まれる。

「更に霊力で補強。伸びろ!」

 棒状の物体がドリルに向かって伸び、絡みつく。ドリルの回転スピードがどんどん、遅くなり止まった。

「何っ!?」

「ショック!!」

 次に棒状の物体に纏っていた雷でドリルを通して、妖怪少女に攻撃する。

「また!」

 今度は両手ではなく2枚の翼で6枚の翼をぶった切る。

「再生『スタートソング』! 上海紅茶館 ~ Chinese Tea『紅 美鈴』!」

 連続でスペルを発動させる。『停止』で止めたPSPは『再生』で再生しなければいけない。更に曲も変わる。美鈴になった俺は地面を蹴って妖怪少女に突進した。

「くそっ!」

 4枚の翼を地面に突き刺し、即席の盾を作る。

「ハッ!」

 盾に思いっきり、正拳突きを食らわせた。衝撃で右手から血が噴き出る。

「がっ……」

 しかし、盾の向こうで妖怪少女の息を漏らす音が聞こえた。成功したようだ。

「この服は『気を使う程度の能力』を持ってる。だから、右手に気を溜めて撃ち出し、盾を貫通させてお前に一撃、食らわせたってわけだ」

 試しに指輪で合成した霊力を右手に流し込んでみる。

「お?」

 すると、治った。どうも、体の中では機能するらしい。これで気持ちに余裕は持てた。安心は出来ていないけど。

「防御無視……厄介だね」

 バックステップをして俺から距離を取った妖怪少女。

「でも、これはどう?」

 そう言うと、10枚の翼をランダムに伸ばし、俺へ差し向ける。普通ならこれを躱すのは無理だ。それほど乱暴な攻撃なのだ。

「すぅ……はぁ……」

 呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませる。

「――」

 息を止め、迫って来た翼を躱す。気を纏わせた右手で払い、地面から飛び出した翼を左足で蹴り飛ばした。

(大丈夫……いける)

 荒れ狂う翼。それを次々に弾き、躱し、蹴り返す。不思議と落ち着いている。

「くっ……」

 妖怪少女が顔を歪ませた。その刹那――。

「……え?」

 俺の両腕から血が噴き出した。きっと、美鈴の能力が体に負担がかかったのだろう。だが、それだけなのだろうか。今の俺の体は美鈴と同じように妖怪だ。なら、これぐらいで音を上げるだろうか。

「ま……さか?」

 『ライトニングリング』だ。あれは強力な肉体強化だが、時間差で筋肉が破裂するらしい。瞬時に作ったのでデメリットを確認していなかったのだ。気付いたが、もう時すでに遅し。翼が俺を吹き飛ばした。飛ばされた俺は勢いよく木にぶつかり、肺の酸素が外に漏れる。

「えいっ!」

 妖怪少女の冷酷な呟きが聞こえたと思ったら、俺の腹を翼が突き破っていた。その翼が木に突き刺さり、俺の体が固定される。

「ぐ、あ、ああああああああああああああっっ!?」

 激痛で絶叫する。引き抜く為に腕を動かそうとしたが、筋肉が破裂しているので言う事を聞かない。

「く、そ……」

 筋肉を再生させる為に霊力を流した。その途中で妖怪少女の4枚の翼が俺の両手両足に巻き付き、拘束する。

「好きなようにはさせない!」

 筋肉の再生が終わり、動かそうとしたが全く身動きが取れない。

「これでとどめっ!!」

 残った5枚の翼を勢いよく伸ばした。頭、心臓の他にも人間の急所を狙っている。さすがに即死じゃ再生出来ない。

(っ……)

 身の危険を感じる。手足は不自由。腹には翼が生えて、血が流れている。どうする。指輪も使えない。でも――

「……大丈夫」

 直感的にそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 響と妖怪少女が睨み合う。

「運が悪いな、お前」

 ぽつりと呟く響。その左手には2枚のスペルカードが握られていた。

「……何をしたの?」

 妖怪少女は目を細めて質問する。驚くのも無理はない。10枚の翼は全て、粉々に砕かれているのだから。響は解放された体を軽く動かして調子を見ていた。腹部もいつの間にか治っている。

「U.N.オーエンは彼女なのか? 『フランドール・スカーレット』。これが今、発動したスペルだ」

 その姿は美鈴からフランに変わっており、拘束されていたはずの右手は固く握られていた。

「俺はこいつになるのを待っていたんだ。本当に……運が良い」

「でも、時間制限があるよね? それまで耐えれば」

「そうはさせないよ。それに……この姿じゃない」

「え?」

 響の呟きに妖怪少女が首を傾げた。

「俺はこの姿でお前に勝てるとは思ってない。さっき知ったけど俺は人間の『目』は集められないらしいからな」

 そう、呟きながらギュッと右手を握る響。だが、その姿はほっとしているようにも見えた。

「さて、そろそろ見せるとするか……ゴメン、フラン。少し、力を貸してくれ」

(いいよ。お兄様の頼みだもん!)

 微かに笑い、左手に持ったスペルを右手に持ち替え、静かに唱える。

 

 

 

「シンクロ『フランドール・スカーレット』」

 

 

 

 その刹那、紅い閃光が響を包み込んだ。

 



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第51話 同調

 妖怪少女と出会う1週間前、紅魔館。俺はレミリアとフランと一緒に平和的にウノで遊んでいた。

「スキップ!」

 フランの出した赤のスキップにより、俺の番が飛ばされる。

「ドローツー、2枚ね」

 レミリアが赤と黄色のドローツーを出す。

「ここでドローツー!」

 フランがドローするのを回避。俺の番だ。

「させるか! ドローツー!」

 しかし、俺もこの時の為に取って置いたドローツーを場に出す。

「はい、ドローフォー」

「私、ドローフォーもあるよ!」

「うおおおおおおおっ!?」

 合計16枚のカードを山札から引く。絶望的だ。

「フラン、色」

 レミリアが促す。

「あ。えっと……青!」

「……」

 一枚も持っていなかった。手札が20枚あるのにも関わらず。持っていなかったのでドロー。青のドローツーだった。

「食らえ!」

 場に叩き付けるように出す。

「「ドローツー」」

「うおおおおおおおおおおおっっ!?」

 結局、26枚に増えました。

「しかも……フランが出したの青のドローツーだし」

 山札から1枚、引く。赤のスキップ。

「はい、青の1」

 俺の表情を見て、レミリアがカードを出した。

「あ! ウノ、ストップ!」

 残り2枚だったフランが1を2枚出して上る。

「……」

 また、フランが出したのは青の1だったのでドロー。青の5だった。手札に5はない。単体で出すしかない。

「ほい」

「はい、ウノ、ストップ」

 レミリアは5を3枚、出して上った。

「……」

 知っている。この戦いは仕組まれていると。レミリアが運命を操り、フランが1位。レミリアが2位。俺を3位にしているのだ。しかも毎回、面白い展開(俺が大量にドローする事)になるのでフランも気付いていない。

(……まぁ、楽しそうだからいいや)

「そう言えば、今日は帰るの遅いね」

「あ、ああ」

 腕時計を見ると6時を回っていた。いつもなら晩飯を作っている最中。

「ちょっと用事があるんだ」

「用事?」

 レミリアが聞いて来る。カードを集めている事からまだ、俺を処刑するつもりらしい。

「そう、用事」

「その用事も終わるわ」

 その時、俺のすぐ横から紫が顔を出す。

「お? 終わったのか?」

「ええ。貴方の言う通り、機能も増やしておいたわよ」

 そう言いながらPSPとスキホを手差し出して来た。今日、紫にPSPとスキホのメンテを頼んでいたのだ。

「マジで!? さんきゅ!」

「後で機能についてメールするから」

「わかった」

 スキホを使ってPSPをスキマに転送し、立ち上る。

「そろそろ帰るよ。その前にトイレ、貸して」

「え~! お兄様、帰っちゃうの?」

 フランが寂しそうな表情を浮かべ、聞いて来る。

「う……もう、少しいるよ」

 俺はそういう顔に弱い。腰を降ろしてウノを配り始める。

「紫もやるか?」

「遠慮させていただくわ。そこの吸血鬼、イカサマしてるし」

「なっ!?」

 紫の暴露に驚くレミリア。

「お姉様? どういう事?」

「ふ、フラン? どうして、そんなに目が据わってるのかしら?」

「私、言ったよね? 能力を使うなって……でも、お姉様は使っていたって言うじゃない? お兄様も気付いていたの?」

「ああ」

「ななっ!?」

 再度、レミリアが驚く。

「そんな事より……3人、いや響とフランに話があるの」

「俺?」「私?」

 紫の言葉に首を傾げる俺とフラン。

「ちょっと! どうして、私は入っていないの!?」

「響の能力についてね」

 レミリアが文句を言うが紫は華麗にスルー。

「え? お前、俺の能力については誰にも言うなって」

「そうなんだけどね? 能力について少しわかったから協力して貰おうと思って」

「私に何か出来る事があるの?」

「今の所、貴女以外にはいないわね」

 紫の発言を聞いてフランが目を輝かせる。

「私は何をすればいいの!?」

「お、落ち着きなさい……まずは説明しなくちゃね」

 スキマから出て来てそこら辺にあった椅子に座る紫。

「響の能力は知ってる?」

「えっと……『曲を聴いて幻想郷の住人になる程度の能力』だっけ?」

 違う。

「本当は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』だ。今はな」

「今は?」

 レミリアが目を細めて呟く。どうしたらいいか分からず、紫の方を見ると紫はこちらを見てウインクした。話してもいいそうだ。

「実はな。俺の能力は変わるんだ」

「変わる?」

 不思議そうな顔をするフラン。

「ああ、今はさっき言った能力なんだけど、ある条件を満たした結果らしい」

「その条件は?」

「はい、それ以上は駄目~」

「っ!? う、うぅ~!!」

 紫がレミリアの質問を一刀両断する。レミリアは拗ねて唸っていた。

「じゃあ、お兄様の本当の能力名は?」

「それも駄目」

「前から不思議に思ってたんだけど何でだ?」

 今度は俺が紫に問いかける。

「貴方の能力を利用する輩もいるかもでしょ?」

「そんな簡単に利用出来る能力じゃねーけど……」

「万が一よ。万が一」

「それで? フランに何をさせようっての?」

 レミリアが紫を促す。

「まずはこれをどうぞ」

 そう言ってスキマを展開し、取り出したのは3枚の白紙のスペルカードだった。

「私の分も?」

「念のためにね」

 レミリアの疑問に紫が手早く答え、カードを渡して来る。

「それに念を込めて」

 紫の指示に戸惑う俺たち3人。お互いに頷き合い、目を閉じた。

「「「……」」」

 何も起きない。目を開けて紫にそう言おうとした矢先――。

「「っ!?」」

 俺とフランのカードが紅く光り輝いた。眩しくて目を開けられないほどに。

「な、何が……」

 カードを離そうとしたが、体が言う事を聞かない。それどころか体に違和感を覚える。何かが入って来るような感覚だ。

「お、お兄様……」

 薄く目を開けるとフランがこちらに手を伸ばして来ていた。どうやら、向こうも俺と同じ状況らしい。

「フラン!!」

 無我夢中で俺も手を伸ばし、フランの手を握った。その瞬間、光が強くなる。そして、体に入って来る何かの正体がわかった。フランだ。俺の魂にフランの魂の一部が入って来る。逆も然り。俺の魂の一部もフランの魂に混ざって行く。

(一体、何がどうなって……)

 困惑する中、紅い光の中でフランの手の温もりが確かにそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「くっ……」

 ゆっくりと意識が浮上する。だが、目がチカチカして開けるのもつらい。目を開けずに体を起こした。

「だ、大丈夫? フラン」

「な、何とか……」

 近くでレミリアとフランの声が聞こえる。フランも気絶していたようだ。

「どうやら、成功みたいね」

「その声……紫?」

「ええ。大丈夫?」

「時間が経てば多分な」

 だが、またフラフラだ。体がフワフワと宙に浮いているような感覚。

「ちょっと、八雲 紫! フランに何をしたの!? 急に2人共、倒れるし」

 薄く目を開けるとフランに肩を貸したレミリアがこちらに近づきながら文句を言っていた。フランも目を開けられないらしく、閉じていた。そんな事より、レミリアの発言で気になる事があった。

「お、お前はあの光を浴びても大丈夫だったのか?」

 狭い視界の中でもレミリアの目はパッチリと開いてるのが見えた。

「は? 光?」

 キョトンとするレミリア。

「……紫」

「何?」

「何があった?」

「簡単よ。貴方とフランの魂を繋げたの。いや、繋がったの」

 わざわざ、言い換えて紫はそう言った。

「何か違うの?」

 レミリアが紫に質問する。

「私は何もしていないのよ。だた、きっかけを作っただけ。繋がったのは響とフランの魂が共鳴したから」

「きょ、共鳴?」

 今度はフラン。その声は少し辛そうだ。それに対して、俺は目が開けられないだけでそれほど苦しくなかった。おそらく、魂の構造が普通とは違うからだろう。

「ええ、響はもう目を開けられるでしょ? 手に持っているスペルを見てみなさい」

「あ、ああ……」

 ゆっくり、目を開く。まだ少し痛いが我慢出来るほどにまで回復した。紫の言う通りにスペルを確認する。

「……シンクロ『フランドール・スカーレット』?」

「レミリアはフランのスペルを」

「……わかった」

 素直に従い、レミリアはフランのスペルを見た。

「何も書いてないわよ?」

「やっぱり……どうやら、そのスペルは響にしか使えないみたいね」

 溜息を吐いて紫が呟いた。

「もう、そろそろ説明してもいいんじゃないか?」

 俺は紫にそう言った。何やら、隠している

「そうね……そのスペルを使うと――」

 

 

 

 

 

 

 

「な、何よ……その姿」

 目を開くと妖怪少女の戸惑った顔が見えた。

「成功か」

 真紅のタキシード。その中に黒いワイシャツ。そして、黄色いネクタイ。頭には紅いシルクハット。背中にレミリアのような漆黒の翼が生えていた。だが、7本の枯れ木のような筋が両翼に走っており、その終わりにそれぞれ七色の結晶がぶら下がっていた。いや、全ての結晶が七色ではない。一番、端の結晶だけは帯電しており、黄色く光っていた。まるで、フランの服をモチーフにした男の服だ。

「さて……そこの妖怪さん」

「は、はい!」

 急に口調が変わった俺に吃驚して返事をする妖怪少女。

「殺しに行くので覚悟しておいてください。この姿で手加減は難しいと思われますので」

 俺はそう言うと翼を広げ、1枚のスペルを取り出して、唱えた。

「禁銃『クリスタルバレット』」

 



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第52話 光を失くす時――

「ど、同調?」

 俺は紫に向かって聞き返した。

「そう。貴方がフランのコスプレをしている時にこのスぺカを唱えるとフランの魂を自分の魂に引き寄せて、シンクロ出来る。つまり、貴方は更に強くなれるのよ」

 確かに、俺の能力を考えてみればシンクロぐらい出来なくはないはず。だが、気になる事が一つ。

「フランの魂を引き寄せるんだよな?」

 そんな事をしてフランの体は大丈夫なのだろうか。

「それも含めてこのスペルを発動した時のデメリットについて話すわ。まず、一つ。シンクロするとフランをモチーフにしたオリジナルのスペルカードを使えるようになるの。でも、それを使う為には条件を満たさなくちゃいけないみたいだけど……それより、次のデメリットが問題でね?」

 そう言って、紫はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけないでっ!!」

 紫の話を聞いたすぐ後にレミリアが叫んだ。

「何よ……そのデメリット!?」

「そうだ! そんな危険な事、フランにさせるわけにはいかない!!」

 俺もレミリアと一緒で反対だ。俺ならまだしもフランの命が危ない。

「でも、強くなれるのよ?」

「フランを危険な目に合わせるぐらいなら死んだ方がましだ!!」

「それに響は超高速再生を持ってるじゃない! 今でも強いはずよ!」

「あ! バカっ」

 レミリアが余計な事を言う。

「本当に超高速再生を持ってると思う?」

 予想通り、紫がレミリアに質問した。

「え?」

「響、説明してやりなさい」

「……俺は確かに超高速再生を持ってる。でも、霊力を流さないと作動しないんだよ」

「ッ!?」

 俺の言葉を聞いてレミリアが奥歯を噛んだ。

「貴女も知ってるでしょ? 響の霊力は霊弾すら作れないほど、少ないの。最高でも1日、3回。まぁ、これから修行すればいくらかは増えるでしょうけど?」

「でも……俺はこのスペルは使わない」

 手に持っていたスぺカを床に置いて呟いた。

「だって、妹だから。兄貴として一番、やっちゃいけない事なんだよ。妹を傷つける事は」

「お、お兄様……」

 ぐったりした状態でフランが俺の事を呼ぶ。

「私だって……お兄様が危ない目に遭わせたくない!」

 だが、声はしっかりしていた。

「お兄様がそのスペルを使えば少しでも命の危険がなくなる。なら、私の事なんてどうだっていい。それにきっと、お兄様が守ってくれるよ」

「フラン……」

 まだ目を開けられないはずなのにフランを俺の方を見て微笑んでいた。

「だから……いつでも使って? 私はいつでもお兄様の味方だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……」」

 スペルを唱えたが何の反応もない。

「あ……」

 そう言えば、紫が言っていた。『スペルを使うには条件を満たさなければならない』。

「何さ! あんな勝ち誇ったような事言ってたのに所詮、そんなもんじゃん!」

「がっ……」

 翼に叩かれ、吹き飛び、木に衝突した。そのまま、ズルズルと木に沿って地面にへたり込む。

「はぁ……はぁ……」

 指輪を使って霊力を合成し、体を再生させる。その瞬間に翼に引き裂かれた。

(……もしかして)

 引き裂かれた拍子に翼が視界に入り、ある事に気付く。

「おらおらおらっ!!」

「ぐ、がぁ、ッ……」

 妖怪少女の攻撃ラッシュにより真紅のタキシードが破ける。だが、すぐに再生した。どうやら、この服はすぐに直るらしい。

「どう? そろそろ、霊力もなくなって来たでしょ」

 一時的に攻撃をやめ、問いかけて来る。確かに霊力が足りない。合成していても、もう限界だ。

「……くっ、くくく」

 絶体絶命のはずなのに思わず、俺は笑ってしまった。

「? 壊れちゃった?」

「いや、違う。礼を言わせていただきたくて」

「は?」

 ダルい体に鞭を打ち、立ち上る。

「問題です。この姿になってからと今、違う所はどこでしょう?」

「な、何を……っ!?」

 妖怪少女が目を見開いた。

「つ、翼の結晶の光が消えてる?」

「……正解です!」

 詳しく言うと左翼の黄色い結晶だけはまだ、輝いていた。他の結晶は光を失っている。

「何かするつもり!?」

 妖怪少女は俺が何か企んでいると睨み、翼を伸ばして俺の腹部を貫いた。

「ぐっ……」

 激痛に視界が霞む。再生出来るのは後、1回が限度だ。これの傷を治せば俺は再生出来なくなる。

「これで……」

「残念でした」

 俺の腹に生えた翼を引き抜いて、ニヤリと笑った妖怪少女に向かって呟いた。

「え?」

 俺の呟きが聞こえたのか妖怪少女が驚く。

「さっき、気付いたけど……俺の翼の結晶は攻撃を受けると光を失うらしい」

 その証拠に最後の黄色い結晶が色褪せた。

「そして……」

 霊力を流し込み、腹部を再生。その後すぐに翼を大きく広げ、先ほど唱えたスペルを右手に掴み、構える。

「全ての結晶の光が消える――それがこのスペルを使用する為の条件です」

 そう言って、俺はスペルを唱えた。

「禁銃『クリスタルバレット』」

 その刹那、手の中に一丁の拳銃が出現。更に翼の結晶が最初よりも神々しく輝きを放った。周りが昼間のように明るくなる。

「くっ……」

 あまりの眩しさに妖怪少女が両腕で目を庇った。その隙を突いて俺はスペルを発動。

「禁忌『フォーオブアカインド』!」

 その刹那、妖怪少女ではなく俺が息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の翼の先にぶら下がっている結晶が太陽のように輝き、思わず目を庇ってしまった。それもそのはず、真っ暗な森の中で急にあんな光が現れては目がやられてしまう。咄嗟に庇ったおかげで目は無事だったが、その代わりに相手に大きな隙を見せてしまった。

「ッ!?」

 女の方から私に向かって二つの影が突っ込んで来る。光のせいで影が何なのか不明だが、攻撃に違いない。その影はもうすぐ傍まで迫って来ており、今から翼を伸ばしても間に合わない。

「ならっ!」

 地面から炭素を両腕に集め、ドリルを作り、高速回転させる。それを思いっきり、その影に向かって突き出した。ドリルは深々と影に突き刺さる。その瞬間、両方の影から生暖かい液体が私に降りかかる。

「え?」

 その液体が血だと気付くのに数秒間、かかった。女は一人。今までたくさんコスプレしていたが仲間は一度も出て来なかった。そして、こんな無茶な攻撃して来るとは思えない。しかし、降りかかった液体が血である以上、生き物なのは確実だ。

「う……そ」

 光が少しずつ、輝きを失っていき影の正体がわかった。

「ど、どうして……あんたが二人?」

 そう、私の両方のドリルに2人の女が突き刺さっている。腹を突き破り、背中から先端が見えた。

「「捕まえた……ぞ」」

 そして、女がハモってそう呟き私の腕を掴んだ。

「ひっ……」

 女がニヤリと笑っていた。それを見て恐怖を感じる。

「結晶を一つ、装填」

「へ?」

 そう言えば、まだ女がいた場所は明るい。つまり――。

「ショット」

 本体は、移動していない。

「何でっ!?」

 明るい方から一発のエネルギー弾が飛んで来る。本能的に背中の翼で防御。だが、そのエネルギー弾の威力が凄まじく、易々と翼が粉砕してしまった。

(今までの攻撃と違う!?)

 威力が桁違いだ。あれを食らえば、妖怪の私でも一溜りもない。

「シンクロと言って、このコスプレの能力を犠牲にして、そいつの魂を俺の魂に呼び寄せる事が出来るのです。そして、そいつをモチーフにしたオリジナルの技を使えるようになります」

 親切に女が教えてくれるがそれよりも気になる事がある。

「あんた……どうして、三人もいるの?」

 ドリルに突き刺さった二人の女の服は本体が着ている紅いタキシードではなく、シンクロする前に見た紅いスカートだった。

「それは簡単。分身ですよ。結晶、一つ。雷晶、一つを装填」

 話は終わったのか女の右翼にぶらさがっている青い結晶と黄色い結晶の光が女の持っている銃に向かって突進する。そして、側面にある紅い結晶に吸い込まれていった。その瞬間、銃が光り輝く。

「ショット」

「くそっ!!」

 女の銃から雷を纏った青いエネルギー弾が撃ち出される。急いで翼を2枚伸ばしてガード。だが、一瞬にして粉砕された。

(どうする?)

 両腕は女の分身に拘束されている。腹を突き破っているはずなのに一向に離そうとしない。本体の女はそんな分身を見て少し、苦しそうな表情を見せた。もしかしたら、二人の痛みを感じているのかもしれない。

「見てわかると思いますが『クリスタルバレット』は翼の結晶を媒体として高密度のエネルギー弾を撃ち出す事が出来る。更に結晶の数によって特殊な効果も追加。それにそれぞれの翼の端っこにある黄色い結晶は『雷晶』と言ってエネルギー弾に雷を纏わせる事が出来るのです」

「……何で、親切に技の説明を?」

「お前だって教えてくれたでしょ? その翼の事。だから」

「……変な奴」

 そう言いつつ、背中の翼で分身を叩き落した。すると、いとも簡単に分身は消え去る。

「結晶を三つ、装填」

 女は右翼の結晶を一つだけ残して輝く銃をこちらに向けた。

 



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第53話 分身と魂

「ショット」

 引き金を引き、貫通性のある銃弾を射出する。それに合わせて妖怪少女が10枚の翼を重ねるように地面に突き刺して盾を作った。エネルギー弾が盾に衝突すると紙をペンで突き破るように盾を貫いて行く。

「っ……」

 妖怪少女の小さな舌打ちが聞こえたと思ったら一際大きな盾が出現する。新しく作ったのだろう。さすがに10枚の翼に邪魔されたエネルギー弾は大きな盾にぶつかった瞬間、消滅してしまった。

「結晶を一つ、装填。ショット」

 すかさず、弾を撃ち出す。

「やっぱり」

 俺の銃弾を軽く躱し妖怪少女が呟いた。

「その結晶、残り7つしか使えないよね?」

「……はい」

 そう、右翼の結晶は全て、光を失っている。残りは左翼のみ。これを使い切る前に妖怪少女を倒さなくては俺の負けだ。

「禁弾『スターボウブレイク』!」

 いつの間にか右足に括り付けられていた銃専用のホルスターに拳銃を仕舞い、七色の矢を放つ。幸い、シンクロすると曲は関係なくなる。何故なら、フランの魂が俺の魂にいるから。吸血鬼や狂気から力を貰っているのと同じようにフランからも力を少し貰っていて、それを利用して変身している。つまり、制限時間がないのだ。時間をかけて的確に『クリスタルバレット』を打ち込めば大丈夫。

「なるほど。無駄な消費を避けるつもりなんだ。でも、それが命取りだよ!」

 七色の矢を簡単に翼で叩き落とし、こちらに突っ込んで来た。その間に翼を4枚だけ組み合わせ、ドリルを作る。その後に残った6枚を両側から3枚ずつ、伸ばした。ドリルを攻撃すれば両側から翼に貫かれ、両側の翼を攻撃するとドリルでミンチにされる。傍から見れば絶対絶命。

「……」

 だが、俺はニヤリと笑っただけで何もしなかった。いや、何もする必要がなかったのだ。何故なら――。

「残念でした♪」

 上空から聞き慣れた声が聞こえた刹那、10枚の翼が全て、爆発した。

「なっ!?」

 俺と妖怪少女が爆風にまきこまれ、お互いに後方に飛ばされる。そのせいで妖怪少女との距離が50メートルほど空いてしまった。

「な、何がどうなって……」

 妖怪少女は目をぱちくりさせて驚愕していた。それもそのはず、俺は何もしてないのに勝手に翼が爆発したのだから。

「いてて……もうちょっとどうにか出来なかったのか?」

 しかし、俺は違う。知っているのだ。誰がどうやって翼を爆発させたのかを。

「ご、ゴメン。でも、こうするしかなかったでしょ?」

「そうだけど……まぁ、助かったよ」

 目も合わせず、隣に降り立った少女と会話する。因みに敬語は面倒になったのでやめた。

「う、嘘……今まで、仲間なんて出て来なかったのに」

 立ち上がった妖怪少女はこちらを見て呟いた。

「ああ、確かに。お前の目には見えなかっただろうな?」

 律儀に俺は説明する。

「でも、この真紅のタキシードになってからずっと一緒だったんだぜ?」

「じゃ、じゃあ、どこに! どこにいたの!?」

 妖怪少女の問いかけに俺たちはニヤリと笑う。

「「魂だよ」」

 そう、俺を助けてくれたのは俺の魂にいるはずのフランだった。

「魂?」

「そう、魂。俺、さっき分身したろ? 本当なら本体も含めて4体になるはずだったんだけど。何故か、その内の1体がフランだったんだよ」

「響の分身に私の魂の一部を送り込んだの。そしたら、分身の代わりに私が出て来た。まぁ、全部の分身は無理だったけどね。でもこうやって、響を助けてあげられた」

 そう言って、フランが嬉しそうに笑う。

「そ、そんな事が出来るの?」

「出来るよ。だって、私の技だもん。これぐらい、ね?」

 実は俺も驚いた。急に目の前にフランが現れたのだから。訳を手短に聞き、相手の戦い方を見て貰う為に上空にいてもらったのだ。

「じゃあ、あの爆発も?」

「うん。私だよ。だって、シンクロすると響、能力が使えなくなるんだもん」

 これも『シンクロ』のデメリットだ。魂にフランを取り込む代償として能力を捨てなければいけないらしい。理屈は分からないけれど。

「ふん……でも、また直せばいいだけだし」

「それはどうかな?」

「っ!?」

 俺の言葉に妖怪少女が顔をしかめる。

「炭素を操るのに妖力、使うんだろ? そろそろ、限界が来てんじゃないのか?」

「……」

「図星か」

「……そうだよ。いつもなら一瞬で殺すのにこんな長期戦になるとは思わなかったの!」

 俺の霊力も底を尽きかけている。だが、妖怪少女も同じだったのだ。

「でも、何でわかったの?」

「翼を壊す度に直るスピードが遅くなっていくのに気付いてな。それに壁を作るのに少し、抵抗があったみたいだし」

 貫通性が備わったエネルギー弾を放った時、普通なら翼で守らずに壁を何枚も作るはず。そうすれば、防ぎ切った後にすぐに翼で攻撃出来る。やらなかったのは妖力の消費を抑える為。

「くっ……」

 妖怪少女が奥歯を噛んだ。どうやら、当たったらしい。

「お互い、ギリギリの戦いだな」

「そっちの方が有利でしょ! 仲間がいるんだから!」

「そうでもないよ? 普段の力の10分の1も発揮出来ないし」

 フランは肩を竦めながら溜息を吐く。

「それにこの戦いは俺とお前のだ。フランに決めさせるつもりはねー」

 ホルスターから銃を取り出してそう言った。

「何言ってるの? 私が勝つんだよ」

 妖怪少女の10枚の翼が再生。

「結晶を六つ。雷晶を一つ、装填」

 左翼の全ての結晶が光を失い、銃に吸い込まれていった。

「させない!!」

 10枚の翼を伸ばし、俺の邪魔をしようとする妖怪少女。

「禁忌『クランベリートラップ』!」

 隣にいたフランがスペルを発動し、魔方陣が大量に出現。そこから弾幕が飛び出す。

「くっ……」

 弾幕と翼が衝突し、その場に留まる。

「さんきゅ」

「いえいえ」

 フランにお礼を言ってから走り出す。さすがに50メートルは離れすぎている。

「このやろっ!!」

 叫んだ妖怪少女は思いっきり、地面を蹴りつける。すると、俺と妖怪少女の間に20枚もの分厚い板が現れた。

「フラン!!」

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 俺が声をかけると同時に炎の剣を出すフラン。能力は本調子ではないので連続では使えないようだ。

「そいっ!」

 すぐにそれを投擲し、俺の真横を通り過ぎて板に突き刺さった。やはり、妖力が足りなくて硬度が低くなっているらしい。

(狙え……)

 銃を構えると炎の剣が消え、小さな皹だけが残った。あそこに――。

「ショット」

 引き金をゆっくり引いた。その刹那、銃口から雷を纏った極太レーザーが撃ち出される。そのレーザーは直進し、皹に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 板から20メートルほど離れた所で私はドキドキしていた。甲高い音が板の向こうから聞こえたので銃を使ったのは分かった。その銃でこの板を突破されないか不安だったのだ。

「っ!?」

 最後の板に亀裂が走った。急いで翼を元の長さまで戻し、もしもの時に備える。だが、板は壊れる事なく何とか踏み止まった。

「ふぅ……」

 まだ、倒していないがこれであの銃は使えない。女は最後に全ての結晶を使っていたからだ。安堵の溜息を吐いた時だった。

「チェストおおおおおおおっ!!」

 目の前に現れたのは最後の板をドロップキックで破壊した女。その後ろに紅いスカートの女の子も付いて来る。

「え?」

「お兄様! お願い!」

「フランドール・スカーレット――装填」

 二人が着地した瞬間に女の子が紅い光になって銃に吸い込まれた。

「これで――」

 私は微笑んだ女を見て本能的に翼を伸ばしていた。

 



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第54話 魂の叫び

 ――時間は少し、遡る。

「くっ……」

 極太レーザーは板に阻まれ、妖怪少女まで届いていない。やっと、10枚目に達したところだ。

「お兄様」

 そこへフランが近づいて来る。

「な、何?」

 銃を支えるのに必死でフランの方を見ずに返事をする。

「多分、これじゃ敵まで届かないよね?」

「……」

 わかっていた。妖怪少女以上に俺は限界だ。足もがくがくしている。

「でも、どうすれば……」

「私を装填して」

「は?」

 フランの言っている意味が分からず、聞き返してしまった。

「私を装填するの」

「聞こえてるって……そんな事、出来んのか?」

「出来るよ。だって、この技は私とお兄様の技だもん」

 説得力のない事を言う。

「じゃあ、お前はどうなんだよ」

「消えるよ?」

「なっ!?」

「安心して。分身が消えるだけだから。私の魂の大部分はお兄様の魂にいるから魂そのものは消えないよ」

 フランの説明を聞いてほっとする。

「わざと最後の板を壊さずに敵が安心したところに私をブチ込むの」

「……本当にお前に害はないんだな」

「ないってば。どうして、そんなに心配するの?」

 苦笑しながらフランが聞いて来る。銃から出ているレーザーの出力が落ちて来て横を見る余裕が出来たのだ。

「当たり前だろ? 妹なんだから」

「へ?」

「いや、普通そうだろ? 兄が妹の心配するのって……いや、年齢的に姉の心配か? でも、フランは妹って感じなんだよな。ん? どうした?」

「何でもない……ありがと」

 俯いていたフランに声をかける。最初は顔を背けたがその後少し、もじもじしてお礼を言った。

「まぁ、こっちこそありがとな。お前が居なかったら今頃、死んでたし」

「死ぬとか簡単に言わないでよ」

「はいはい。さて、そろそろやめるか」

 レーザーを止めて、板の様子を伺う。どうやら、1枚だけ残す事に成功したようだ。

「問題はあれをどうやって壊すか……」

 最後の1枚は皹すら入っていない。

「まかせて! 今なら完全に壊す事は出来ないけど亀裂を入れるぐらいなら出来るよ」

 右手を翳してフランが笑う。

「……よし! 最後はまかせろ!」

 俺も笑い、同時に走り出す。

「えいっ!」

 フランが右手を握り、板に皹が入る。

「ついて来い!」

「うん!」

 重心を低くし、思い切り地面を蹴った。そして、空中で態勢を変え、足を板に向かって突き出す。

「チェストおおおおおおおっ!!」

「え?」

 板の向こうにいたのはこちらを見て呆けた表情を浮かべている妖怪少女だった。

「お兄様! お願い!」

 着地した瞬間、フランが叫ぶ。

「フランドール・スカーレット――装填」

 宣言してからフランの方を見ると微笑んでいた。だが、すぐに紅い光に変わり銃に吸い込まれていく。

「これで――」

 引き金を引けば終わり。そう言いたかった。だが、俺は言葉を詰まらせる。それからすぐに微笑んでしまった。妖怪少女が顔を引き攣らせ、翼を伸ばして来る。しかし、今の俺には全く、無意味なものだった。

(フラン……それがお前の魂の叫びか)

 銃からフランの声が聞こえる。多分、本人も知らない自分の本音だ。それが嬉しくて笑ってしまう。

「お前の声、確かに聞こえた!」

 銃口を妖怪少女に向け、引き金に指をかけてから目の前に現れた1枚のスぺカを左手で掴み取る。

 

 

 

 ――私は495年間、地下室で暮らしてた。自分の能力が危険なのも知ってたし、それを操り切れないのも知ってた。だから、お姉様の指示に従って、地下で暮らしてたの。最初の頃は全然、平気だった。仕方ないから。運命だからって。でも、60年前にキョウと出会って地下で暮らすのが苦しくなった。人間と言う存在を知ってしまったから。恋、してしまったから。だから、最後の60年は苦しくて辛くて寂しかった。そんな時、霊夢と魔理沙と出会ったの。少し見栄を張って人間に会った事ないって言ってしまったけど……弾幕ごっこはとても楽しかった。私の世界は四角だった。窓もなく、ドアは固く閉ざされた四角。でも、それから世界が広がった。それが嬉しかった。それだけじゃない。響と再会、出来た。最初はあり得ないって思ってたけど今は違う。運命がそうしたんだって。そう思えた。495年間……。とても、とても長い年月が流れた。でも、私は後悔してないし誰も恨んでない。何故なら――

 

 

 

「狂喜『495年後の光』!!」

 

 

 

 ――今、とっても幸せだから!

 

 

 

 スペルを唱えて引き金を引く。すると、銃口から一発の紅い弾が射出し、真っ直ぐ飛んで行った。途中で翼が妨害に入ったが一瞬で貫通。勢いは一切、衰えていない。

「う……そ」

 それを見て目を見開いた妖怪少女。そして、紅い銃弾は妖怪少女の胸に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 確か、女の銃弾は私の心臓を貫いたはず。しかし、私は死んでいない。それだけではない。先ほどまで夜の森にいたはずだ。それなのに今は真っ白な空間の中。

「どこ? ここ」

 私の問いかけは虚空に消える。試しに周りから炭素を集めてみるがここには存在していないようで何も集まらなかった。

「私たちの世界へようこそ」

「は?」

 その時、目の前に女が現れた。

(……あれ?)

 だが、少し違う。目は紅く、八重歯は生えている。更に背中から大きな漆黒の翼。

「全く、あの小娘は……」

 その右隣にも同じ女。いや、これもまた違う。今度は髪を降ろしていた。

「いいじゃろうに。フランドールも無闇に破壊する事をやめたみたいじゃしの」

 最初の女の左隣。顔は全く同じだが、髪が真っ赤だった。

「ふん。仕事を私たちに押し付けてる時点でまだ、子供だ」

 髪を降ろした女が不機嫌そうに文句を言う。

「はいはい、そう言う事は本人に言ってね。あの子だって慣れない魂の中でよく分身に自分の魂を送ったのよ? そこは褒めるべきよね」

「そうじゃそうじゃ」

「……けっ。まぁ、いい。おい。そこの炭素」

 余計、不機嫌になった女が私を呼ぶ。

「な、何?」

 戸惑いながら返事をする。

「トール? どう思う?」

「……本当は響を殺すつもりなんてなかったみたいじゃの」

「え!?」

 言い当てられて驚いてしまった。

「リーマを倒した相手を見てみたい……これが、本音ね」

「ど、どうして……」

「フランドールが教えてくれたんじゃ。『殺すつもりはないみたいだよ?』って」

 フランドール――きっと、あの紅いスカートの女の子だ。

「あの小娘は狂気に敏感だからな。特に狂気異変の後から」

「……」

 何やら嫌な予感がする。

「相手の強さを見てみたいって理由だけで響を瀕死にした。少し、お灸を据える必要があるみたいだな?」

「――」

 恐怖。だた、それだけが私の中に存在していた。もう、ここがどこなのか気にならない。目の前の3人が怖くて仕方なかった。

「大丈夫。ここは魂の中。例え、お前の肉体が死んでも一瞬にして復活するから安心しろ」

「え、えっと……つまり、あんたたちは私を許すまで殺し続けると?」

「私たちじゃないわよ。狂気がね」

「……ふん」

 狂気と呼ばれた女が顔を背ける。

「もう……響の体を内側から引き裂いたの気にしてるくせに」

「なっ!?」

「ああ、吸血鬼からそう言う話を聞いたの。何じゃ? 張り切ってるのはそのせいか?」

「そうなのよ。トール。そう言う事なのよ」

「う、うるせー!! お前らだってイラつくだろ!?」

「「別にー」」

「くぅ~……」

 狂気が真っ赤に顔を染めた。どうやら、紅い目をした女は吸血鬼で赤髪はトールと言うらしい。

「ああ! 全部、お前のせいだ!! 殺してやる! 殺してやるうぅぅぅぅ!!」

 しかも、全部私のせいにされた。

「ちょ、ちょっと待って?」

「待たん!」

「えええええええええええええっ!?」

 狂気がものすごい形相で突進して来た。その後に溜息を吐きながら吸血鬼とトールも向かって来る。

「い、いや……やめて……ああああああああああああああっ!!」

 




フランとシンクロした響さんのイメージ絵です。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=30014110


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第55話 シンクロのデメリット

「……やばっ!!」

 紅い銃弾は妖怪少女の胸――心臓を射抜いている。このままでは妖怪でも死んでしまう。急いで駆け寄り、体を起こして傷の具合を確かめた。

「あれ?」

 だが、妖怪少女の胸からは一滴も血が流れていない。それどころか服すら破れていなかった。

「でも、確かに銃は貫通したはず……っ!?」

 困惑しているとどこかで電話が鳴る音が聞こえる。

「携帯?」

 俺の携帯とスキホを確かめるが鳴っていない。

(なら、何が鳴ってるんだ?)

 妖怪少女は携帯を持っていないようだ。本当にどこで鳴っているのだろう。

「……頭?」

 そう、どうやら俺の頭の中で鳴り響いているようなのだ。しかし、どうやって出ればいいのか分からない。

「えっと……」

 頭で黒電話を想像し、受話器を取るイメージを思い浮かべる。

『も、もしもし? お兄様?』

 ダメ元で試したが成功したらしい。

(その声……フランか?)

 受話器は頭の中なので声に出さず、応答する。

『うん! フランだよ!』

 話が出来るとわかったのかフランが元気よく返事をした。

(えっと……どうやって会話してるんだ?)

『ああ、それはお兄様の部屋にあった電話を使ってるの』

 初めて魂に入った時の事を思い返し、あの時から電話があったのを思い出した。

「あれ……こうやって、使う物だったのか」

 吸血鬼たちは知っていたはずだが、俺に気を使って今まで使って来なかったのだろう。

(聞きたいんだが、妖怪少女はどうしちまったんだ?)

『敵の魂に吸血鬼たちを送り込んだの。私を装填した時に彼女たちの魂の一部も一緒だったから』

 すごいでしょ~、と笑っている風景が思い浮かぶ。

(……フラン?)

『ん?』

(お前って……悪趣味だな)

 あの3人を送り込むなんて。

『策士って言ってよ……で、大丈夫?』

 急にトーンを低くしてフランが聞いて来た。

(……正直、言って限界だ。急いで家に戻るよ)

『わかった。じゃあ、また後でね』

(おう)

 電話を切ってシンクロを解除する。最初に来ていた制服に早変わり。

「移動『ネクロファンタジア』」

 それからすぐに紫の服を着て、扇子を使ってスキマを開く。ふと、倒れてる妖怪少女が目に入った。

「……はぁ~」

 溜息を一つ、吐いてから妖怪少女をお姫様抱っこした。翼は立ち上がった衝撃でその場に落ちる。今、妖怪少女を見ても妖怪だとは思えない。

「好都合か……」

 抱え直してスキマを潜り抜けた。

「ただいま~」

 片手でスキホを使ってヘッドフォンとPSPをスキマに転送し、足を器用に使って玄関を開けた。

「お帰り~! おそかった……ね」

 居間のドアが開いて望が出迎えてくれるが俺の腕に抱かれた妖怪少女を見て言葉を失う。

「あ~……望? 少し、話が長くなるんだが――」

「み、雅(みやび)ちゃん!?」

「へ?」

 俺が妖怪少女の事を説明しようとしたが、予想外に望はそう叫んでいた。

「お兄ちゃん! 雅ちゃんに何が起きたの!?」

「えっと……もしかして、こいつの名前?」

「尾ケ井(おがい) 雅ちゃん。夏休み明けに私のクラスに転校して来たの」

 妖怪少女――雅の顔色を伺いながら望が説明する。

「それで雅ちゃんに何が!?」

「お、落ち着け!」

 そう言ってから靴を脱ぎ、居間まで移動。すぐに雅をソファに寝かせる。

「望。毛布、頼む」

「う、うん!」

 俺の指示に従い、別の部屋にある毛布を取りに行った。

(さて……どうやって、説明するか?)

 肝心な事を忘れていた。

「ぐ……」

 急に胸が苦しくなる。シンクロのデメリットが近づいているのだ。急がなければならない。

「お兄ちゃん! 持って来たよ!」

 毛布を抱えて居間に戻って来た望。それを雅にかけてあげる。

「で? もう、話してくれるよね?」

 望はもう一度、雅の様子を確かめてから俺の方を見る。

「お兄ちゃん? 大丈夫?」

「あ、ああ……」

 顔色が悪いのに気付かれてしまったようだ。

「実はな――」

 路上で誰かに襲われている所を助けた。しかし、気絶してしまっていて家が分からない。仕方なく、ここまで運んで来た。そう、説明する。

「そうだったんだ……」

 望は雅をちらっと見てそう呟いた。

「ん?」

 だが、その表情は何だか疑っているように見えた。本人も疑っている事に気付いていないような。そんな感じだ。

「でも、良かった。雅ちゃんが無事で。家には誰もいないらしいから今日はこのまま寝かせてあげようか」

 望が雅の頭を撫でながらそう言う。やはり、妖怪なので家には誰もいないらしい。

「そうだな」

 望がいる前で暴れたりはしないだろう。それに俺も限界だ。

「じゃあ、俺も寝るわ」

「え? 晩御飯は?」

 驚いた様子で望が振り返る。

「すまん……ちょっと疲れて」

「そう……お仕事、お疲れ様」

「明日は起こさないでくれ。休み、貰ったから……お前とも遊びたいけどな」

「ううん。気にしないで。その気持ちだけでいいよ! じゃあ、おやすみ」

「悪いな。おやすみ」

 望を居間に残し、俺は自分の部屋に入った。

「……ふぅ」

 制服から着替えず、そのままベッドに入って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けると魂の俺の部屋にいた。

「あ、おはよう。お兄様」

 俺に馬乗りになるような恰好でフランが挨拶して来た。

「お前はそこで何をしてんだ?」

「え? お兄様の寝顔を拝見」

「……とにかく降りろ」

「は~い」

 素直に俺の上から退いてくれたフラン。体を起こして部屋の様子を確かめる。

「あれ? 吸血鬼たちは?」

「ああ、まだ妖怪少女の魂の中だと思うよ?」

「まだやってんか?」

「多分ね~。で、私はいつ自分の体に?」

 シンクロのデメリット。それは魂固定だ。シンクロを解除しても半日もの間、フランの魂は俺の魂の中に依存し続ける。紫が言うには魂が24時間以上、体から離れていると体の方は死んでしまうらしい。

「そうだな……10時間、ぐらい?」

 シンクロを解除してから2時間が過ぎた。

「え~。そんなに?」

「これでもましな方だぞ? 俺の魂が特別じゃなきゃ、2日間もここに居続ける事になるんだから」

 つまり、死。

「……そうなの?」

「そうなの。それに俺だってお前が帰るまでここに居なくちゃいけないし」

 そう、あの胸の苦しみは俺の意識が魂の中に引き込まれそうになっていたからだ。何とか我慢して耐えたが危ない所だった。もし、途中で力尽きていたら望を心配させる事になっていただろう。

「へ~……シンクロって危ないね」

「だから、あまり使いたくなかったんだよ。てか、お前も紫の説明、聞いてたろ?」

「いや、あの時はフラフラでほとんど聞いてなかったよ」

「聞けよ!!」

「いいじゃん! こうやって、お兄様だって無事だったんだし!」

 フランはとびきりの笑顔でそう言う。

「……はぁ~」

 片手で顔を半分、覆い溜息を吐く。フランの言う通り、シンクロがなければ雅に殺されていた。

「まぁ、出来るだけ使わないようにするから」

「え~! もっと、お兄様と戦いたい!」

 共闘なのか戦闘なのか聞かないで置いた。

「そう言えば、吸血鬼たちと会ったんだろ? 何、話したんだ?」

「えっとね? 私の事とお兄様の事」

「俺の?」

「うん」

 嬉しそうに頷くフラン。一つ、思い当たる節があった。

(フランを装填した時に聞こえたあの声……)

 その中に60年前に俺と会った。人間を知って苦しくなったと言っていた。そして、その時の台詞――。

「なぁ? フラン?」

「ん? 何?」

「今、好きな人っているか?」

 あの時の叫びを思い出して気になったのだ。

「ええっ!?」

 フランが俺の問いかけに目を見開いて驚く。

「きゅ、急に何? ど、どうしたの?」

 目はキョロキョロ。顔は真っ赤。翼は忙しなくパタパタと動いている。

「あ~……いや、気になっただけだ。何でもない」

「そ、そう……」

(これは……間違いない)

 フランには好きな人がいる。きっと、俺に会った後に紅魔館に訪れた人間だ。実は幼い頃の記憶が戻ったと言っても紅魔館を去るまでの短い期間のみ。その後の記憶はまだ戻っていないのだ。あの頃の俺は小さかったし、さすがに俺に恋はしていないはず。

「お、お兄様?」

「ん?」

「……何でもない」

 でも、どうしてフランは俺の方を見ないのだろう。さっぱり、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 響は人一倍、恋に疎い。学校であんな扱いを受けているからそれに慣れてしまい、これが当たり前だと勘違いしているのだ。つまり、鈍感。いや、もうそう言った感覚が皆無だ。彼に恋した女の子は大変、苦労する事だろう。

 

 

 

 

「まぁ、後10時間は暇だから何かして遊ぼっか?」

「うん!」

 元気よく頷いたフランを見ていると口元が緩んでしまう。こんな小さな妹が増えたのだ。この後、吸血鬼たちが帰って来るまで俺はフランと遊び続けた。もちろん、平和的に。

 



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第56話 雅の決心

 ――殺してやる……殺してやるぅぅぅぅぅ!!

 ――狂気が殺るなら私も殺らなきゃ駄目よね?

 ――まぁ、我も響が傷つけられて少しイライラしておるからの~。すまんな?

(い、いや……やめて)

 涙を流しながら後ずさる私に近づく3人。その姿はこの世の物とは到底、思えなかった。

「……ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 体を起こして、すぐに絶叫する私。

「きゃあああああああああああああああっ!!」

 私の絶叫の後に続いて女の子の黄色い悲鳴が聞こえた。

「はぁ……はぁ……だ、誰?」

「び、吃驚させないでよ……雅ちゃん」

「ご、ゴメン……って望!?」

 タオルを持った望が目の前にいて吃驚する。望は私が転校した中学校で同じクラスの人だ。向こうは私の事を友達と思ってくれているらしい。

「ど、どうして望が?」

「誰かに襲われていた所をお兄ちゃんが助けたみたい。何も覚えてない?」

(襲われた? お兄ちゃん?)

 聞き慣れない言葉に混乱する。そして、一つの可能性にぶち当たる。

「の、望の苗字ってなんだっけ?」

「え? 音無だけど? どうしたの、両手で顔を覆って」

 私とした事が友達の姉に勝負を挑んでしまったようだ。望が一度も苗字を言っていなかったのもあるが普通、友達の苗字も覚えておくものだろう。私のミスだ。

「い、いや……何でもない。ところでお兄さんは? お礼を言いたいんだけど」

 望は私を助けたのは『お兄ちゃん』と言った。しかし、私が戦った相手は女。つまり、私が戦った相手ではない。お姉さんだろう。

「ああ、お兄ちゃん。仕事で疲れてるみたいで起きて来ないんだ」

「そうなんだ……他には兄弟いる?」

 何気なく聞いてみる。

「ううん。お兄ちゃんだけだよ?」

「ん?」

 望はどうして姉の存在を隠そうとするのだろう。

「え、えっと……お兄さんの名前は?」

 もしやと思いつつ、質問した。

「響。響くって書いて響だよ」

「……は?」

 思わず、聞き返してしまった。あの顔は絶対に女だ。あれで男だったらDNAに何か障害を受けているに違いない。

「ああ、もしかしてお兄ちゃんの顔、見た?」

「う、うん……き、気絶してる途中で一回、意識を取り戻したんだ。その時に」

 襲われたと言っていた。私は気絶していた事になっているのは目に見えたのでそう説明した。

「私も最初はお姉ちゃんだと思ったよ~。でも、男なんだ」

「へ、へ~……」

 戸惑いながらそう相槌を打つ。だが、顔はしっかり引き攣っている。

「……」

 しかし、どうして彼は私をここまで運んだのだろう。妖怪なら殺すかあのまま放っておくはずだ。

「でも、良かったよ。雅ちゃん、怪我がないみたいで」

「うん……ありがと」

「お礼ならお兄ちゃんに言って」

「わかった」

 壁にかかった時計を見ると深夜0時を指していた。

「望もありがとね。こんな深夜まで看病してくれたんでしょ?」

「深夜? 今、正午だけど?」

「……へ?」

 今はお昼。カーテンが閉まっていたので気付かなかった。きっと、日差しで私が起きるのを防いだのだろう。

「お、お兄さん。一回、起きた?」

「ううん。相当、疲れてるみたいだね」

 望はあっけらかんと答えるが目には不安が浮かんでいた。

「……」

 その原因は私だ。狂気たちが言っていたように私は響を殺すつもりなんて一切、なかった。リーマを倒した奴がどんな人か見ておきたかったのだ。だが、途中から私は本気で戦っていた。例え、私の正体を知らなくても友達と思ってくれている相手を悲しませる事はしたくない。

「ゴメン……」

「雅ちゃんが謝る事じゃないって」

 無意識の内に謝ってしまった。

「でも……」

「じゃあ、お兄ちゃんが起きるまで待っててよ」

「……うん」

 響に会うのが少し、怖かった。もしかしたら、望の前で私の正体をばらすとか考えているかもしれない。そうしたら、また引っ越さなければいけない。

「ふぁ……おはよ」

「っ!?」

 その時、響が居間に入って来る。髪を降ろしていたので狂気を思い出してしまい、身震いしてしまった。

「あ、お兄ちゃん。おはよう」

「おう、おはよ……雅も」

「う、うん。おはよ」

 ぎこちない挨拶。望が私たちの様子が変だと感じているようで首を傾げている。

「ちょ、ちょっと来て!」

「お、おい!」

 この場で話すわけにもいかないので響の腕を掴んで居間を飛び出した。

「えっと……」

 だが、初めて入った家なのでどっちが玄関なのか分からない。その場で立ち止ってしまった。

「と、とりあえず俺の部屋に」

 その事に気付いた響が私を引っ張り、2階に上がる。

「……で? 話って?」

 部屋に入ると話を振って来る響。

「何で? どうして、私をここに? 普通なら殺すかあのままにしてたはずじゃ?」

 そう、それが気掛かりなのだ。

「い、いや~……多分、納得しないと思うけど」

 そこまで言って口を閉ざす。

「いいから言って!」

「……何となくだよ。あのまま、放っておく事が出来なかったんだよ」

「納得いかない!」

「だから言ったろ!」

 何となくで自分の事を殺そうとした相手を助けるのだろうか。あり得ない。

「まぁ、後でフランに聞いたんだけどお前、本当は殺すつもりなんてなかったんだろ?」

「そりゃ……そうだけど」

「ならいいじゃねーか。こうやって、俺もお前も無事だったんだし」

「――ッ!?」

 今、この男は何と言った? 『俺もお前も無事だった』と言ったのか?

「何なの?」

「え?」

「どうして! 確かにあんたの事は殺すつもりはなかった。でも、たくさん傷つけた! それなのに私の心配までするってどういう事!?」

 我慢できずに叫んでしまう。全く、理解出来ないのだ。

「知るかよ」

「……は?」

 きっぱりと言い張ったので呆けてしまった。

「俺は自分でしたい事をしただけ。まぁ、抵抗がなかったわけじゃない。お前は俺の腕をミンチにしたしな。でも、置いて行く事も出来なかった。で、連れて来た」

「ちょ、ちょっと! 悩まなかったの?」

「悩むより行動。それが俺のモットーでな。悩んだならとりあえず行動する。だから、俺は後者を選んだ」

「……選んだ理由は?」

 ああ、この人は――。

「んなもん、決まってるだろ? 俺がお前を助けたかったからだよ」

「~~~っ」

 ――なんてお人好しなんだろう。

「ん? どうした?」

「……響。いや、音無 響さん」

「?」

 突然、口調が丁寧になった事に疑問を持ったのか首を傾げる響。

「私を……貴女の式にしてください」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て待て待て!!」

 掌を雅に見せながら言う。

「待たない! 私を式にして!! あんたのその心の広さに胸を貫かれたの! もう、あんたの後ろをついて行くと決めたの!」

 敬語からいつもの口調に戻ったが真剣な眼差しでこちらを見る雅。

「……まず、俺の事を『貴女』と言ってる奴は式にはしない」

「? じゃあ、貴女様?」

 俺の言っている意味が分かっていなかったようで首を傾げながら雅が答える。

「ああ、もう! 俺は男だ! 『貴女』じゃなくて『貴方』だろうが!!」

 携帯のメモ帳に『貴方』と打ち込みながら叫ぶ。画面を見た雅がハッとした。

「ご、ゴメン! つい……」

 そう、謝りながらシュンとなって落ち込んだ。

「……だいたい、式にして俺に何の得があんだよ」

「い、一緒に戦える!」

 胸の前で両手をギュッと握って言い放つ雅。

「それだけだと式にする必要ねーだろ? 一緒に戦えばいいだけの話だし。他には?」

「ほ、他……家事が出来る! 長年、一人暮らしだから」

「家事?」

 突然、そんな事を言い出すので聞き返した。

「はい、さっきから両親の姿が見えないから仕事が忙しいのかなって」

「……いや、親は今いない」

「え?」

 俺の言葉にクエスチョンマークを浮かべる雅。

「父親は数年前に病死。母親は俺が失踪した時に蒸発した」

「ま、待って! あんた、失踪した事あるの?」

「幻想郷に行っててな。こっちでは失踪扱いだ」

 肩を竦めながら言う。そもそも、俺が幻想郷に行かなければ母は蒸発する事もなかったのだ。少し、悔しい。

「そうなの……なら、なおさら!」

「家事は俺も望も出来るからいい。それに式ってのは主人の近くにいるもんだろ? お前、どこら辺に住んでんだ?」

「えっと――」

 雅が住所を教えてくれた。

「ちょ! 遠すぎだろ!!」

「そ、そう? 私には普通だけど?」

 飛んで来るから、と胸を張って言い放った雅。

「式にするのは無理」

 前に紫から式神について教えて貰った事がある。式は主人から力を供給して貰ってパワーを発揮する。主人の命令に従っている時だけは主人と同等の力を得る事が出来るらしい。だが、俺の家と雅の家は何キロも離れている。さすがに無理だろう。

「それならいい方法があるよ!」

 雅が満面の笑みを浮かべてから提案して来た。

 



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第57話 泣き落とし

「……」

「いいでしょ?」

 雅の提案に俺は顔を引き攣らせていた。

「い、いや……駄目だろ? 普通、『一緒に住む』って」

 そう、雅は一緒に住めばいいと言ったのだ。

「い~や! 駄目じゃない! あんたが許してくれればいいんだよ!」

「無理だ。それに俺が許したって望が許さないかもしれないだろ?」

 俺の発言を聞いてニヤリと笑った。

「じゃあ、望が頷けばいいんだね?」

「え? そう言うわけじゃ――」

「まかせといて!!」

 そう言って雅は部屋を出て行った。

(ハメられたか……)

 最初からこれを狙っていたらしい。溜息を吐いたところでスキホが震える。メールだ。

「紫か?」

 メールを開くと案の定、紫だった。

『八雲紫:昨日はお疲れ様。臨時収入よ』

 その文の下に今回の報酬金額が書かれていた。

「お、おぅ……」

 リーマの時は最初だったから報酬はなかったが、額がいつもの仕事とは桁違いだ。紫からの報酬は直接ではなく銀行に振り込まれる。因みに他の仕事は手渡しだ。向こうのお金はこちらでは使えないので毎回、スキホにお金を投入し両替して貰っているのだ。

『音無響:いいのか? こんなに貰って』

『八雲紫:いいのよ。それほどの相手を倒したんだから』

『音無響:雅ってそんなに強い妖怪だったのか?』

『八雲紫:まぁね。でも、どうして名前を知ってるの?』

 丁度いい。俺は今までにあった事を紫に教えた。

『八雲紫:あらあら~♪ 面白い事になってるじゃない!』

『音無響:人の気も知らないで……で? どうすればいい?』

『八雲紫:そうね。一回、家に連れて来なさい』

『音無響:いつ?』

『八雲紫:出来るだけ早く』

『音無響:了解』

 断る理由がないので承諾した。メールを送信している最中に突然、ドアが開いた。

「お兄ちゃん!!」

「の、望?」

 そう、部屋に入って来たのは涙目になった望だった。

「お願いがあるの!」

 しかし、顔は真剣だ。その熱意に俺は戸惑うばかりだ。

「雅ちゃんをここに住まわせて!」

「……はい?」

 思わず、聞き返してしまった。

「だって……だって、雅ちゃんが泣きながら言って来たの! 『昨日、襲って来たのは大家さんだ。最近、お金に困ってる』って! だから、ここに住まわせてあげようよ!!」

 すごい剣幕で俺に詰め寄る望。

「お、落ち着けって……」

 チラッと開いたドアから雅の姿が見えた。ニヤニヤしている。

(な、泣き落としかっ!?)

「お兄ちゃん! 聞いてる!?」

 更に迫る望。思わず、後ずさってしまう。

「き、聞いてるって! でも、向こうは何だって? 本人が嫌だったら無理だろ?」

「ぜひ!!」

 雅も部屋に入って来て叫んだ。もう、無理だ。

「……わかったよ。雅、今から家に行って荷物取って来い」

 結局、俺は折れてしまった。

「うん!」

 笑顔で雅が飛び出して行く。

「望は雅を手伝ってやれ。昼飯、作っておくから」

「うん!」

 望も雅の後を追いかけるように走って行った。

「……はぁ」

 俺の溜息は誰にも聞かれる事なく、部屋に空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、尾ケ井 雅です。これからよろしくお願いします!」

 昼飯を食った後に雅が挨拶する。

「よろしく、雅ちゃん!」「よろしく」

 望は笑顔で俺は茶碗洗いをしながら答えた。因みに望は勉強している。

「……そう言えば、住所とか変更しなきゃ駄目じゃね?」

 ふと思いついた事を言った。

「ああ、もう大家さんに言ったから大丈夫!」

 親指を立てて答える雅。

「いや、市役所とかさ」

「……後で行ってきます」

 一瞬、固まった雅は面倒くさそうに呟いた。

「よし……これでいいな」

 茶碗洗いが終わってタオルで手を拭く。

「じゃあ、雅。ついて来て」

「?」

 荷物が詰まった鞄を覗いていた雅が首を傾げながら立ち上がる。

「お前の部屋に案内する」

「……へ?」

 雅の目が点になった。

「いや、一緒に住むんだから部屋ぐらいあるよ。2階の奥だ。手前は望でその隣が俺だから間違えるなよ? 雅?」

 説明しながら居間のドアを開けたところで雅が付いて来ていない事に気付き、振り返った。

「お~い、雅? どうした?」

 顔の前でぶんぶんと手を振ってみるが反応がない。

「望? これは?」

「う~ん……感動のあまり気絶しちゃったのかも?」

「……マジか」

 望の言う通り、雅は2時間そのままの状態で気絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 晩飯の用意をしていた時、雅が我に返った。

「おかえり」

「え? わ、私は何を?」

 キョロキョロしながら困惑する雅。

「雅ちゃん、気絶してたんだよ?」

 3人分のコップを運びながら望が説明。

「気絶?」

「お前の部屋を紹介しようとしたら直立したまま気絶。ほら、晩飯だ。席に着け」

 カルボナーラが入った皿を同時に3枚、持って指示する。

「う、うん……」

 首を傾げながらも雅が自分の席に着いた。それに俺と望が続く。

「じゃあ、いただきます」

 俺が手を合わせて挨拶する。

「「いただきます」」

 望も雅も同じように挨拶し、食べ始めた。

「それにしても……響の料理って美味しいよね。いつから?」

 カルボナーラを頬張りながら雅が聞いて来る。

「だいたい5歳かな? 親が忙しくて俺が作るしかなかったんだよ」

「あ、その頃はまだ……」

 目を伏せて呟く雅。

「いや、その両親と昼間に話した両親は別人だ」

「へ?」

「俺、色々あって苗字が4回ほど変わってんだよ。離婚やら病死やら。今の『音無』は望の母親の苗字だ」

「ま、待って! じゃあ、望とあんたは!?」

 雅は急に立ち上がってカルボナーラを口から撒き散らしながら叫ぶ。

「うん、義理だよ」

 ティッシュで雅が撒き散らしたカルボナーラの残骸を集めながら望が言った。

「……あんたら、結構な人生、歩んでるね」

「お前には言われたくねーよ。ご馳走様」

 いち早く食べ終えた俺は皿を持って立ち上がり、キッチンに向かう。

「ほら、雅ちゃん。早く食べちゃって。茶碗洗い出来ないから」

「は、はい……」

 後ろで望が雅を座らせていた。

「にしても、食べるの早いね」

「昔は一人で食べてたからな。いつの間にか食べるのが早くなってたんだよ」

 食事の時、話す人もいないので黙々と食べてすぐに家事をしていた。だからだろう。

「へ~……あ、望。明日って宿題ある?」

「えっと……数学と英語。簡単だから早く終わると思うよ?」

「そう? 良かった~」

 安心したようにカルボナーラを食べ始める。

「……望?」

「ん? 何?」

 少し望の言葉が気になって声をかけた。笑顔で望が振り返る。

「簡単なのに……昨日の朝からしてさっき終わったのか?」

 昨日、仕事の為に家を出た時に望は宿題に取り掛かっていた。そして、雅が気絶してから1時間後、終わった。果たしてこれはどういう事だろう。

「……察してよ」

 俯いた望にただ俺は頭を下げた。

「どゆこと?」

 カルボナーラを食べ終えたらしく、皿を片づけていた雅が俺に質問する。

「……望が馬鹿だって事」

「うわあああああああん! そんな直球で言わなくてもおおおおおお!!」

 急いで望の皿を退ける。そこに望は頭を打ちつけて落ち込んだ。

「……勉強しないと俺の高校に入れないぞ。そこまで偏差値は高くないんだから頑張れよ」

「うぅ……」

「大丈夫。私も頑張るから!」

 落ち込む望の手を握って雅が励ます。

「雅ちゃん……」

 望が涙目で雅と見つめ合う。

「はいはい……二人は勉強してなさい。俺は家事をする」

 呆れつつ洗濯物を干す為に洗濯機がある洗面所へ向かった。

 




なんだかんだ言って優しい響さんだった。


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第58話 式神

「おいーす」

 スキマを閉じてから玄関を開く俺。

「こ、こんばんは~」

 その後におどおどしながら雅が続く。

「いらっしゃい。久しぶりだね、響。それから初めまして、雅」

 すぐに藍が出迎えてくれる。どうやら、事情は紫から聞いているらしい。

 ここは紫の家。望が寝たのを確認して事前に説明しておいた雅を起こし、連れてやって来たのだ。

「久しぶり。悪いな、この前の宴会は途中で抜け出しちゃって」

 あの時の事をまだ謝っていないのに気付き、すぐに頭を下げた。

「いやいや、あの時は紫様が悪いんだ。すぐに潰れちゃって」

「あら、誰かしら? 主人の事を悪く言う式神は?」

 藍の後ろにスキマが現れ、ニヤニヤしながら紫が出て来た。

「っ!? さ、さぁ? 誰でしょう?」

「あんたじゃないの」

「あいたっ!?」

 とぼけた藍の脳天にタライを落として罰を与える紫。昔、テレビで見たコントを思い出した。

「いらっしゃい、二人とも。居間で待っているわ。藍、早く案内してあげて」

 そう言って、紫はスキマを閉じた。

「うぅ……紫様。酷いです」

「あんた、式神だったんだ」

 頭を押さえながら立ち上がった藍に雅が声をかける。

「ああ、お前は響の式神になりたいんだったな。それについて紫様が説明してくれるはずだ。案内する」

 藍はタライを廊下の隅に移動させてから歩き始める。それに俺と雅が続いた。

「あれ? 永琳?」

 居間に到着して障子を開けると紫と永琳がお茶を飲んでいた。

「こんばんは。元気にしてた?」

「昨日、こいつに殺されかけた」

 親指で後ろにいる雅を指しながら言う。

「あまり、無理しないでね。普段は普通の人間なんだから」

「常にだよ。その言い方だと偶に人間以外の存在になってるみたいじゃないか」

 俺の発言に全員が溜息を吐いた。

「え? 何?」

「響さ? 気付いてないの?」

 代表で雅が聞いて来た。

「何に?」

「あんた、私との戦いの前後でかなり変わったよ」

「へ?」

 雅の言葉にキョトンとしてしまう俺。

「それも含めて呼んだのよ。診察してる間に式神について説明するわ」

 座りなさい、と紫が扇子で場所を指す。素直に永琳の隣に座った。

「はい、お腹出して」

「ん」

 永琳の指示に従い、服を捲る。

「じゃあ、始めるわ。響はそのまま聞いてて」

「りょーかい」

「ほら、動かないで」

 聴診器を俺の胸に当てている永琳に注意されてしまう。この状態で式神について言われても集中出来そうにない。

「まず、式神についてね。式神は方程式で動くの。そして、式神になれば何倍も速く飛べるようになったり、何倍も強い力を出せるようになる。でも、式神は主の命令通りに動かないと力を十分に発揮できない。その代り、命令通りに動く事で主並みの力を出す事が出来るわ」

 そこまで語って紫は湯呑を傾ける。

「はぁ……で、式神には元々式神になる前の姿が存在し、そこに必要な機能を与える事で形成されるってわけよ。ここまでいい?」

「「わかんない」」

「でしょうね」

 俺と雅が同時に答え、紫が苦笑いを浮かべる。

「まぁ、簡単に言うと式神になれば主の命令を聞かないとダメになるけどパワーアップするってわけ」

「はい、背中向けて」

「ん」

 紫の言っている意味が何となくわかった所で永琳に背中を向ける。

「最初に聞いておくけど貴女はどうして響の式神になりたいの?」

 紫が扇子で口元を隠しながら雅に問いかけた。

「響は敵である私を助けた。何故かと聞くと『何となく』と答えたの。私は昔から独りだった。妖怪だったから。ずっと、仕方ないと思ってたの。でも、響に会ってその考えが甘えだとわかった。自分から人間に近づかないと仲良くなれるわけがない。自分で行動しないと何も始まらない。だから、私は響の式神になりたい。この人の下で働きたい」

 雅が真剣な眼差しで紫を見る。一切、迷いがなかった。

「別に式神になる必要はないんじゃない?」

 だが、紫は頷かないで質問した。

「響が妖怪と戦っている事はリーマとの戦いを見て知っていた。私も響と戦ってみたくて挑んだ一人だし。でも、響は人間。いつか殺されてしまう。そう思った。だから、式神となって一緒に戦えるようになれば……」

「甘い」

「っ!?」

 紫がパチンと扇子を閉じて雅を一刀両断した。

「貴女は響の事を信じてない」

「そ、そんな事!?」

 

 

 

「じゃあ、どうして『殺される』と断言したの? それに貴女が一緒に戦ったとして響の役に立てる保証はどこにあるの? 逆に貴女が彼の足を引っ張る可能性だってある。違う?」

 

 

 

「っ……」

 紫の言葉は一つ一つが深々と雅の心に突き刺さっているのが分かった。雅は両手を力いっぱい握る。悔しいのだろう。永琳が黙って俺の血を抜く。それすら俺は気付いていない。それほど雅の事に集中していたのだ。

「それでも……」

「え?」

「それでも! 私は響の式神になりたい! 足を引っ張るかもしれないけど黙って見てるよりはまし。これは自己満足だって自分でもわかってる! でも……でも! 響を守る為に私は一緒に戦いたい!!」

 立ち上がって雅が叫んだ。

「はい、合格」

「……へ?」

 微笑んだ紫。それを見て雅が呆けた。

「式神になる為にはそれなりの覚悟が必要なの。一生、逆らえないからね。でも、それだけ言えれば大丈夫でしょう。後は響次第ね」

「俺?」

 体温計(紫の家にあった)を脇に挟みながら首を傾げる。

「あ、鳴った」

「貸して」

「ほい」

 ピピピ、と鳴っている体温計を永琳に返して紫に向き直った。

「どうして俺次第なんだ?」

「貴方が主人になるのよ? 当たり前じゃない」

「ああ、なるほど……」

 俺の許可なく式神になる事は出来ない。そりゃそうだ。

「それで私はどうやって響の式神に?」

 座り直した雅が紫に問いかける。

「ああ、それは――」

「はい、ストップ」

 紫が説明しようとしたら永琳が制止する。

「その前に響の診察結果を報告させてくれないかしら?」

 どうやら、診察は終わっていたらしい。

「……まぁ、そっちの方が大事ね。どうぞ」

 すぐに承諾する紫。それを聞いて雅が少しムッとする。

「じゃあ、言わせて頂くわ。響? そこの妖怪との戦いでフランドールとシンクロしたって本当?」

「あ、ああ……」

 どうしてそんな事を聞くのかわからず、戸惑いながら頷く。

「やっぱり……まず、結果から言うけど貴方はまだ人間よ」

 まだ、と言う言葉は引っ掛かるがほっと安堵の溜息を吐く俺。

「でも、この前の診察よりも急激に吸血鬼の血が濃くなったわ」

「えっ!? 本当か!?」

 もしかしたら、俺が吸血鬼になる日が近づいているのかもしれない。

「まぁ、前に比べたらね。本物に比べたら全然よ」

「何だ……それなら別に言わなくてもいいじゃないか」

「それがダメなのよ。では、問題です。妖怪が1か月で最も力が増す日はいつでしょう?」

 妖怪が力を増す日。さっぱり、分からない。

「はい!」

「雅さん」

 元気よく手を挙げた雅。すぐに永琳が解答権を与えた。

「満月の日です!」

「正解。これは吸血鬼も同じ。つまり、貴方の中を流れている吸血鬼の血が活発になると言う事よ」

「何かあるのか?」

「そうね……完全な吸血鬼にはならないと思う。でも、半吸血鬼ぐらいにはなるわね」

「半……吸血鬼?」

 俺は新たな単語が出て来て混乱する。

「半人半吸血鬼。半分人間で半分吸血鬼の事よ。満月の日の朝日が昇ってから24時間の間、貴方は半吸血鬼になってしまうの。狼男とか思い出してみて。あれは普段は普通の人間だけど満月を見れば狼に変身してしまう。それと同じ……とは言えないけどほとんど一緒。名前を付けるとしたら『ワーバンパイア』ね」

「24時間って事は……1日だけか?」

「ええ。それに半吸血鬼だから太陽の光を浴びても大丈夫。少しヒリヒリするぐらいだから。でも、シャワーは浴びないように。吸血鬼にとって流水は太陽と同じように危ない物だから」

 それを聞いて安心する。確かに半吸血鬼になるのは抵抗があるが一生ではない。それなら1日、我慢すればいいだけの事だ。

「まぁ、他は健康よ。これで私の仕事は終わり」

 そう言って永琳が立ち上がり、帰る準備を始めた。

「ありがとな」

「貴方の健康を守る。それが八雲 紫との契約だもの。じゃあ、何かあったら永遠亭にいらっしゃい。まだ、来た事ないでしょ?」

「あ~、確かに。前に治療して貰った時もここだったし。今度、寄るわ」

 俺の言葉を聞いて微笑んだ永琳は紫が開いたスキマを通って帰って行った。

「さて……話を戻しましょうか。式神になる方法だったわね」

 紫が藍にお茶を要求した後、言った。

「式神を作る方法はいくつかあるわ。橙のように猫又に式を貼って作ったり、紙そのものを式神にしたり。でも、それらに条件があるの」

「条件?」

 雅が首を傾げて問いかける。

「主人が式神よりも強くなければいけない」

「ああ、なら大丈夫。私は響に負けたから」

「それが違うんだ」

 雅の言葉を藍がお茶を注ぎながら否定する。

「それなりの力の差がなければいけない。雅と響はほとんど……いや、響の方が力は弱い。響が勝ったのは運と能力、それに環境が味方したからだ」

 幻想郷とは違って外の世界では妖怪の力は著しく弱くなる。もし、ここでもう一度戦えばきっと俺は負けるだろう。

「じゃあ、私は響の式神にはなれないの?」

 顔を青ざめて雅が呟く。

「……一つだけあるの。でも、お勧めしないわ」

「その方法は!?」

 雅が身を乗り出して紫に詰め寄った。

「その方法は――」

 紫がゆっくり、言葉を紡いだ。

 



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第59話 襲い掛かる不可解な出来事

「――以上よ」

「「……」」

 紫の説明が終わった。だが、俺と雅は動けず硬直していた。

「ちょ、ちょっと待って? もし、それをしたら私はすぐに響の式神になれるの?」

 雅が正気に戻り、紫に質問する。

「まぁ、条件があるんだけど……響、これ読んで」

「あ、ああ……」

 紫がスキマから取り出した紙を受け取り、呆けた頭で書かれていた文字を読んだ。

「えっと……『我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る』……っておいっ!?」

 気付いた時には遅く、俺が持っている紙が光り輝いて俺の中に吸い込まれてしまった。

「はい、これでいつでも貴女は式神になれるわ」

「で、でも……あれをしなきゃ駄目なんだよね?」

 顔を赤くして俯く雅。

「男同士なら杯を交わすだけでよかったんだけどね? 男と女じゃさすがにそれじゃ無理なのよ。完全にはね」

「わ、わかった。響、こっち向いて」

「断る!!」

 覚悟を決めたらしく雅がこちらに近づいて来るが俺は後ずさって拒否した。

「あらあら? 男が逃げるのかしら?」

「違うわ!! まだ、お前を式神にすると言ってないだろ!!」

「ここまで来たんだからいいじゃない」

 紫が溜息を吐いてお茶を啜る。

「まぁ、後は2人で話し合いなさいな。今日は帰っていいわよ」

「わかった。ありがとな。色々」

 お礼を言いながら立ち上がる。早くここから逃げたかったのだ。

「これが社長の役目よ」

「絶対! 式神になるからね!」

 雅が俺の胸ぐらを掴んで睨みながら宣言する。主人となる人にその態度はどうかと思う。

「その話は後でな。それより、最後にいいか?」

 前から聞きたかった事を思い出し、紫に尋ねた。

「何?」

「レミリアの能力、知ってるか?」

「確か『運命を操る程度の能力』でしょ? それがどうしたの?」

 怪訝な表情を浮かべる紫。

「その能力、俺に通用しないらしいんだ。狂気異変の時、俺の運命を見ようとして失敗してたし。あれから散々、文句言われたんだよ。どうしてかわかるか?」

「……調べてみましょう。少し、頭の中を覗くわね?」

 少し、難しい顔になった紫。どうやら、イレギュラーのようだ。

「ああ、頼む」

 もう一度、座って少し頭を前に傾ける。紫は扇子を俺の額にくっつけ、能力を発動。

「きゃあっ!?」

 その瞬間、紫の扇子が高速回転しながら後ろに吹き飛んだ。いや、何かに弾かれたのだ。

「だ、大丈夫か!?」

 その反動で紫の腕があり得ない方向へ曲がっていた。

「大丈夫。これぐらいの傷なら1~2日で治るから……それよりも何が起きたの?」

「多分、何かに弾かれたみたいだな」

「私の能力を弾くほどの力……あり得ないわ」

 この場にいた全員が戸惑いを隠せない。

「きっと、今の力があの吸血鬼の能力を防いでいたんでしょう」

 その中で藍が結論を述べた。

「そのようね。でも、一体誰が? 私の力を弾くなんて私ぐらいじゃないと出来ないのに」

「でも、前に俺の夢に出て来たじゃないか」

「あの時はPSPを経由したの。直接、貴方には能力を使ってない」

「どうしてPSPを?」

 気になって問いかけた。

「貴方が抵抗したらすぐにでも『ネクロファンタジア』を消せるようにね」

「怖っ!?」

 本当にあの時に契約を交わしていてよかった。

「この事は調べておくわ。今の様子じゃ直接、貴方の頭から情報を得られないでしょう。過去を見ようとしても弾かれるだけだわ」

「そうか……じゃあ、帰るわ」

 不安だったが今、俺に出来る事はない。もやもやは残っているが今日は帰る事にする。

「ええ。お疲れ様」

「そっちこそ。雅、帰るぞ」

「う、うん……」

 困惑していた雅だったが俺の指示に従い、立ち上がった。

「移動『ネクロファン……治療『千年幻想郷 ~ History of the Moon』」

 紫のコスプレをする前に永琳のコスプレに変身する。一緒に大きな鞄も出現した。

「えっと……これを飲めばすぐに治るはずだ」

 鞄を開き、いくつかの薬を取り出して紫に渡した。

「ふふ、ありがと」

「いいって事よ。移動『ネクロファンタジア』」

 改めて紫の衣装を身に纏い、スキマを開いていた。

「あ、それともう一つ、お願いが……」

「何?」

「えっと――」

 俺のお願いを聞いた紫は笑顔で頷く。それからすぐにスキマを通って幻想郷を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ? 響」

「ん?」

 最後の騒動が気になって眠れず、居間のテーブルでココアを飲んでいると向かいに座っている雅が声をかけて来た。

「私が式神になるのは駄目なの?」

「……なってもいいんだけどやっぱり、あれがな」

「恥ずかしい?」

 赤くなりながら聞いて来る。向こうも恥ずかしいらしく俯いてしまった。

「いや、お前がかわいそうだと思って」

「え?」

 俯いていた雅がハッと顔を上げる。

「妖怪だけどお前も女の子だろ? こんな女みたいな男としたくないと思ってな」

「そんな事っ!?」

 叫ぶ雅。

「静かに。望が起きるぞ」

「う……ゴメン」

 俺に注意され、雅はシュンとなってまた俯く。

「だから、式神の話はなしだ。俺は寝るよ」

「……うん。でも!」

 立ち上がって居間を出ようとしたところで雅がバンとテーブルを叩き、力強く立ち上がって俺を指さした。

「私は諦めないよ! あんたがどれだけ拒否しても必ず式神になってやる!!」

「いや、そこは諦めろよ!」

 往生際の悪い雅に大声でツッコんでしまった俺。

「なーに? 喧嘩?」

「「うおっ!?」」

 突然、望が現れて俺と雅が肩を震わせて吃驚する。望は目をごしごしと擦って眠たそうだ。どうやら、雅との会話が2階まで聞こえていたらしく、そのせいで起きてしまったようだ。

「だ、大丈夫。喧嘩じゃないよ」

「嘘だね……私にはわかるよ?」

「え?」

 俺の言葉を即座に否定する望。少しだけ違和感を覚えた。

「本当だってば!」

 雅も叫ぶ。しかし、望は聞く耳を持たず言葉を続けた。

「雅ちゃんとお兄ちゃんは私に何かを隠してるね~? わかるんだよ?」

 望の頭が睡魔でカクカクと前後しているがその声には威圧感がある。

(何だ? いつもと何かが……)

「でも、二人とも私に話す気はないみたいだね~。んー、雅ちゃんはどうせ話しても私は信じないと思ってる。お兄ちゃんは……私を何かに巻き込みたくないと思ってる。違うかな~?」

「「っ!?」」

 俺たちは同時に目を見開く。ズバリと言い当てられたのだ。

「それと……お兄ちゃん?」

「な、何だ?」

「お兄ちゃん……お仕事してから何だか賑やかになった……ね?」

 そう言い残して望がその場に崩れ落ちる。

「望!!」

 少しだけ俺の中には吸血鬼の血が流れている。それはとても薄いが前より体が強くなっているらしい。そのおかげで俊敏に動き、即座に望を抱き止める事に成功した。

「……ね、寝てるのか?」

 俺の腕の中で幸せそうにスヤスヤと寝息を立てている望を見て呆れてしまう。

「な、何なの? 今の……」

「分からん。とにかく、今日は寝よう。色々とありすぎた。頭が追いつかねーよ」

「……わかった」

 雅が頷いたのを見てから望をお姫様抱っこし居間を後にする。望を部屋に運んでから雅と寝る前の挨拶を交わしてから俺は自分のベッドに横になった。

(満月の日。雅との契り。俺の中にある不可解な力。そして……さっきの望)

「何がどうなってやがんだ……」

 そう呟き、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ジリリ、と遠くの方で不快な音が響く。この音は目覚まし時計だ。混乱している間に寝てしまったらしく、スッキリしないまま今日が始まった。

憂鬱になりながらも俺は目を開けた。

「……何、やってんだ?」

「え、えっと……おは――ぐはっ!?」

 目の前に雅がいた。とりあえず、言葉を遮って頭突きを喰らわす。俺は慧音ほどではないが石頭なのだ。3日前に森で人を襲っていたルーミアに頭突きした時に判明した。

「お前、まさかとは思うが?」

 指の骨をボキボキと鳴らしながらベッドの下で悶絶している雅に質問する。

「……すみませんでした」

 素直に土下座して謝る雅。怒る気になれず、溜息を一つ。

「もういい。でも、次はないと思えよ? こんな形でお前を式にはしたくねー」

「じゃ、じゃあ! いつかは私を!」

 パァと笑顔を見せて雅が叫んだ。

「それもない。ご飯、作って来る。お前は望を起こせ」

「ぶー」

「不貞腐れても駄目なものは駄目だ」

 雅を無視して俺はキッチンに向かった。

「……まぁ、気は紛れたかな?」

 多分、雅がいなかったら目が覚めても昨日の事で頭が一杯だったはずだ。くよくよしていても仕方ない。

「よし……やるか」

 そう呟いてから居間のドアを開けた。

 因みに望は昨日の夜の記憶はないらしい。一安心だ。

 




雅が 仲間に なった▽



そして、次回……響さんの身に、とある変化がッ……


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第60話 満月

「これでよし……直ったぞー」

 額の汗を袖で拭った俺は後ろに立ったままの霊夢と魔理沙に声をかける。

「ご苦労様。でも、よく直せたわね? かなり、損傷してたと思うけど……」

「そりゃ、マスパを喰らえば焼失するわ!」

 雅が家に来てから3日、経った。俺は博麗神社の縁側を直す依頼を受けて今、やっと直し終わったところだ。

「ほら、魔理沙。謝りなさい、私に」

「ああ、悪いと思ってるぜ。まさか、縁側に当たるなんてな」

 そう言って犯人が大笑いする。一切、反省の色が見えない。

「全く……じゃあ、お代はこれぐらいで」

 霊夢にスキホの画面を見せる。

「ちょ、どうして私に!? 壊したのは魔理沙でしょ!?」

「依頼主はお前だ。さぁ、払え」

「知り合いだからまけなさいよ」

 何と霊夢は値切り始めた。

「これがその結果だ」

「多すぎよ!」

「バカ野郎! これじゃ、一日の食費にもならんわ!!」

 霊夢の逆ギレに大声で反論する。

「霊夢、素直に出せよ」

「「お前が言うな!!」」

 俺と霊夢が同時にツッコむ。

「う……あ! 私、キノコを干したままだったぜ! じゃあな!!」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 霊夢の叫びも空しく魔理沙は彗星のように飛んで行ってしまった。

「……払え」

 霊夢の肩をがっしり掴んで逃げないように拘束する俺。

「あんたは鬼かっ!?」

 依頼金を徴収しないと俺が紫に怒られるのだ。霊夢には犠牲になって貰う。

「わかったわよ……物で良い?」

「物?」

「ええ、依頼金に相当する物をあげるわ。それでいい?」

 つまり、物で払うと言う事か。

「いいんじゃないか? これぐらいなら紫だって文句、言わないだろ」

「じゃあ、ちょっと待ってなさい。貴女にとってこれから一番、役に立つ物を持って来るから」

 お得意の勘で探し出すのだろう。

「わかった。それまでお茶でも飲んでるわ」

 そう言って、縁側に腰掛ける。霊夢は一つ、溜息を吐いて神社の中に入って行った。

 

 

 

「……何、これ?」

「何って……さらし」

「あほかお前はっ!?」

 男の俺にさらしなど必要ない。

「知ってる? さらしって本当は男の下着だったのよ?」

「それは昔の話だ! それ、お前が付けてた物だろ!?」

「失敬ね。ちゃんと洗ってるわよ」

「そう言う問題じゃねええええええ!!」

 結局、俺はさらしを貰って家に帰った。スキホで報告すると『さすがにそれはあげるわ』と紫から言われ、さらしは俺の所有物となってしまい、箪笥の奥に眠る事になる。一生、使うはずもないからだ。この時はそう思っていた。

 翌日、事件は起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 何故か、目が覚めた。いつもなら目覚まし時計が鳴らないと起きないはず。それなのに今日は自然に起きた。時計を見ると普段、起きる時間の2時間前。カーテンを開くと朝日が昇った直後だった。

(まぶし……)

 まだ頭が回っておらず、欠伸が漏れる。する事もないのでベッドを降りた。

「……あれ?」

 その時、違和感を覚える。いつもより視線が低いような気がした。それに何だか肩が凝っているようで体の調子がおかしい。

「ああ……そう言えば、今日は満月だったっけ?」

 昨日、さらしの事を聞いた後に紫からそう言われたのを思い出す。つまり、今の俺は半吸血鬼だ。だが、その変化が今の違和感に何か関係があるのだろうか。そう思いながら下を見てみる。

「……」

 一旦、上を向いて首を傾げた。俺には何も見えていない。そう自己暗示しながらもう一度、下を見る。

「……待て待て待て」

 誰もいないがそう呟いて自分を落ち着かせる。永琳は言っていた。半吸血鬼になるだけだと。まぁ、それぐらいならまだ我慢、出来る。24時間、経てば人間に戻れると言っていたし。

「でも、これは聞いてねーぞ」

 俺は霊夢の勘が本当に当たる事を改めて痛感する。身長は167cmだったのが160cmまで縮み、胸は吸血鬼ほどではないが確かに膨らんでいる。鏡を見ると目は真紅で八重歯が生えていた。何となくだが、声も高くなっているような気がする。それに部屋着であるTシャツの背中の部分が破けている。レミリアよりは小さいが漆黒の翼が生えていた。

 今の状況を一言で説明すると――俺は『半吸血鬼化と女体化』した。

 

 

 

 

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 テーブルに並ぶ俺が作った朝食。挨拶すると望と雅は普段通りに食べ始めた。俺もワンテンポ遅れて食べ始める。

「今日、部活で遅くなるから」

 望が報告して来る。

「うん、わかった」

「あ、私も用事があって遅くなるね」

 雅もそれに続けて言った。俺は何も言わず、頷く。

「……お兄ちゃん? 何かあった?」

「っ……いや、何も?」

(今、お兄ちゃんは『お姉ちゃん』になんだ。なんて、言えるわけねー)

 身長は踵を上げて背伸びで誤魔化し、胸は貰ったさらしを巻いて目立たないように細工。さらしを巻く時に背中の翼を巻き込み、体に密着させるようにした。構図的には翼で俺の胸を押さえ、その上にさらしを巻くような状態だ。これで外から見ても翼があるとは気付くまい。だが、目と八重歯はどうする事も出来ない。だから、目は出来るだけ伏せて口を開かないように心掛けていた。

「……気のせいじゃない?」

 雅は俺が半吸血鬼化している事を知っているので協力してくれている。だが、雅も俺が女体化している事までは知らない。知られてはいけないのだ。俺のプライドが許さない。

(顔が女みたいでよかったと思える日が来るなんて……)

 体つきは激変したが制服を着れば普段通りに見える。顔は元々、女だからあまり変化がない。だから、望も雅も気付いていないのだ。

「ほら、遅刻するぞ」

「……声、いつもより高い」

 最近の望は何故か、鋭い。

「気のせいだって。ごちそうさん」

 望の指摘を一蹴し、食器を下げにキッチンに向かう。

「む~……」

 それでも望は納得の行かない顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

「おっはよ~! 響、師匠、雅ちゃん」

 登校の途中でいつも通りに悟と合流する。

「ん? 響、どうしたんだ?」

 速攻で怪しまれた。

「な、何がだ?」

「……師匠」

「ですよね?」

 顎に手を当てて望と悟が俺を観察する。

「ジロジロ見んなっ!?」

「いや、何かが違う。でも、何が違うんだ?」

「それが分かれば苦労しませんよ」

(……気付かれないのがいいのか、悪いのか。悲しくなって来た)

「ほら……学校に遅れるぞ」

「何か急激に元気なくなってるけど!?」

 悟が俺の肩を掴んで顔を覗き込む。反射的に目を逸らす。

「何かあったのか?」

「……いや、何も」

「そうか。何かあったら言えよ? 俺でも師匠でも雅ちゃんでもいいからさ」

 その優しさが今の俺を追い込む。どうして、女になってしまったのだろう。

(放課後、永琳の所に行こう)

 そう決心して望に向き直る。

「じゃあ、ここで」

「……うん」

 心配そうにこっちを見る望だったが諦めたのか自分の学校を目指して歩き始めた。雅もそれについて行く。

「おはよう、望、雅」

「あ、望ちゃん。おはよう」「おはよー」

 築嶋さんと合流するのを見届けて俺たちも歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 昼休み。一番、窓際の席で俺は死んでいた。

「どうしたんだ?」

 後ろの席に座っている悟がお弁当を持って聞いて来た。

「お、お日様が……」

 カーテンが閉められていても日光が俺を襲う。半吸血鬼は日光を浴びても大丈夫だと言っていたがあれは『死にはしない』と言う事だったらしく、めちゃくちゃ辛い。

「おかしいな? カーテン、閉まってるのに」

 そう言って悟がカーテンを弄る。

「あ……」

「ぎゃああああああっ!?」

 悟がカーテンを引き千切ってしまい、太陽光線が直撃した。

「だ、大丈夫か!?」

「だ、誰か……今日だけ俺と席を交換してくれ」

≪はいっ!!≫

 クラスにいた全員が手を挙げた。

「……誰にする?」

「えっと……出来れば一番、廊下側の人で」

 6人に減った。手を降ろした人たちがギュッと手を握って悔しそうにしているように見えるが気のせいだろう。

「じゃ、じゃあ……頼める?」

 フラフラのまま、手を挙げていた女子に近づく。女顔だから男子に頼むより成功率が高いと踏んだ結果だ。

「はぅ……」

「おっと」

 貧血でも起こしたのか女子がその場に崩れてしまった。吸血鬼の血を活かし、倒れる前に何とか受け止める。

「これじゃ、頼めないな……お前の席でいいや。この子を保健室まで運んで来るから机の中の物を入れ替えておいてくれ。あ、カバンの中は見るなよ?」

 スペルカードが入っているのだ。スぺカは即座に使えなくてはいけないのでスキホに入れられないのだ。

「わ、わかった!!」

 手を挙げていた男子に頼んで俺は倒れた女子をお姫様抱っこする。

「悟。悪いけど弁当は今度な」

「おう」

 そう言い残して俺は保健室を目指し、教室を出た。

(ああ……俺も休もうかな?)

 溜息を吐いて廊下を進む。

 だが、事件はまだまだ続く。次は5時間目が始める少し前の事だった。

 




響さん、女の子になるの巻


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第61話 ドッジボール

「……」

「おい? どうした?」

 俺が硬直しているのを見て悟が聞いて来た。上半身裸で。

「えっと……もしかして、もしかすると次の授業って?」

「? 体育だけど。急に変わったって昨日、言ってたじゃん」

 非常にまずい。体育は学校の指定されたジャージとTシャツを着用しなければならない。その為には一度、制服を脱ぐ必要がある。Yシャツの下には一応、肌着を着ているがさらしでは隠し切れなかった胸の膨らみでばれてしまう。

「マジか……ジャージ、忘れちまったぜ」

 だから、ここは忘れた事にする。これで見学になるはずだ。

「何、言ってんだよ? ここにあるじゃん」

 だが、悟が俺の鞄からジャージを取り出した。

「あ! お前、鞄を開けたな!?」

「いや~、悪い。禁止されるとつい、ね? ほれ」

 ジャージを投げ渡して来る。反射的にそれをキャッチし、後に引けなくなった。

(こうなったら……)

「あっ!?」

 指を指して窓の外に注目させる。

「ん?」

 悟、その他の男子が窓の方を向く。

「何だよ。何もないじゃん……って着替えるの早っ!?」

「どうだ! 参ったか!!」

「いや! 何がだよ!!」

 今は半吸血鬼。身体能力が普段の何倍にも膨れ上がっている。その為、一瞬にして着替える事に成功した。

「授業に遅れるぞ~」

 ミッションをクリアした俺は悟を置いて教室を出た。しかし、俺は一つだけ見逃していた事がある。ジャージの方が制服よりも体のラインが出やすい事を――。

 

 

 

 

 

 

「はい。ジャージを忘れた人はいないみたいだな」

「早く、始めろよ~」

 体育を受け持つのは俺たちの担任だ。だから、こんな風にタメ口でヤジを飛ばす人がいる。

「ん? 音無?」

「な、何だ?」

 俺もその一人で先生に対して、タメ口だ。

「体……丸っこくなってないか? それに身長も……」

 今、俺は背伸びをしていない。さすがに背伸びを1日中は出来ない。もう、そこは諦めていた。

「先生。知ってる?」

「何をだ?」

 首を傾げて先生が問いかけて来た。

「人間は朝、一番背が高い。それは知ってるよね?」

「まぁ、これでも保健体育の先生だからな?」

「そのせいなんですよ。朝、起きた時は昨日と同じ身長だった。しかし、ベッドから降りた時……事件は起きた」

 整列しているクラスメイトを押しのけて先生の前に出た。

「事件?」

「寝ぼけて頭から……落ちたんだ」

 何も言わないよりはましだと考え、見え見えの嘘を吐く。

「な、何だと……」

 だが、先生とクラスメイトたちは目を見開いて驚愕した。

(え、えっと……信じてる?)

「そ、そう。頭から落ちて、気付いた時には身長がこれぐらいまで縮んでたんだ。まぁ、明日になれば治っているだろうけど」

「そ、そうか……安心した」

 先生とクラスメイトは見るからに安堵していた。その時、校内放送が流れる。授業中に流れると言う事は緊急の用事なのだろう。内容は目の前にいる先生を招集するものだった。

「やべー俺、呼ばれちゃったぜ」

 先生が溜息を吐き、笛を鳴らした。その合図で皆、静かになる。俺も元の場所に戻った。

「え~、俺は職員室に行って来る。多分、授業中に呼ばれると言う事は相当、長くなるはずだ。だから、今日は自習とする!」

「先生!」

 そこで俺の後ろにいた悟が手を挙げて大声を出す。

「何だ? 影野」

「体育に自習ってあんの?」

「ない。今、作った。きっと、騒がしくなるだろうから。あそこの倉庫からボールを3つ、使ってドッジボールをしてろ」

「え? 3つ?」

 ダブルドッジは聞いた事がある。2つのボールで行うドッジボールだ。でも、3つは――。

「お前たちはもう、高校生。3つ同時でも余裕だろ? じゃあ、チーム分けは……面倒だから男子と女子に分かれろ」

「先生!」

「何だ? 影野」

「このクラスは男子が19人。女子は18人。でも、1人見学してるから17人。人数が合わないよ!」

 男子対女子と言う構図について誰もツッコまないのはどうしてだろう。

「じゃあ、男子から1人、女子の方に移動だな。女子たち、要望は?」

≪音無君で!!≫

 女子全員が声を揃えて俺を指名する。

「音無、いいか?」

「……はい」

 まぁ、女顔だから女子も普通の男子よりも気を使わないから俺を選んだんだろう。

(……って! 今の俺、女じゃん!?)

 肩を落としてコートに入る。

「音無君? どうしたんですか?」

 近くにいた女子が声をかけて来る。

「い、いや……何でもない。で? 誰が外野に行く?」

 外野は3人、必要だ。

「音無君は誰が良いと思う?」

 今度は別の女子が聞いて来る。いい加減、名前を覚えないといけないようだ。

「えっと……運動部の子がいいな。出来るならハンドボール部とかバレーボール部、バスケット部」

「え? どうして?」

 不思議そうに首を傾げる女子――確か、河上(かわかみ)さん。

「普通、外野は運動が苦手な人にしがちなんだけど、それだと外野にボールが行った時に対処出来ない。それにもし、そのボールをキャッチし損ねて相手のコートに入ってしまう事もあるからな。それに部活でボールを使ってるなら素人よりもキャッチ出来る。だから、ここは……桜野さんと本宮さん、北見さんでいいかな? 確か、3人共バレーボール部員だったよね?」

「「「はいっ!! こちらこそよろしくお願いします!!」」」

 ものすごい勢いで頭を下げて来る3人。

「う、うん……よろしく」

 そう頷くと3人は笑顔で配置に着いた。

「ハンデとして最初はそっち、2個でいいよ」

 そこで悟が2つのボールをこちらに投げて来る。一つを俺が持ち、もう一つを最初に声をかけてくれた女子――西さんに渡す。

「わ、私……投げた方がいいんでしょうか?」

「いや、無理はしなくていい。まず、試合が開始したら俺が投げるからすぐに渡して」

「わ、わかりました!」

 元気よく頷く西さん。他の女子にも目配せしてから見学している冴島(さえじま)さんの方を向く。昼休み、貧血で倒れた子だ。体育に出ようとしていたから俺が止めたのだ。

「じゃあ、悪いけど合図して貰える?」

「は、はい!」

「さぁ、配置に付け。始めるぞー」

 悟の掛け声で皆、男子の方も移動し始めた。

「で、では試合開始です!」

 コートを見渡してから冴島さんが試合開始の合図を出す。

(向こうで一番の強敵……悟を落とす!!)

 悟は幼馴染。俺のくせを全てと言っていいほど把握している。それに運動神経も悪くない。他にも脅威はある。だから、俺は悟るに向かって全力でボールを投げた。

 自分が半吸血鬼だと言う事を忘れて。

「へっ! やっぱり、俺を狙って――ぐふっ」

 ニヤリと笑った悟の台詞は最後まで聞く事は出来なかった。

≪……≫

 いつもなら余裕でキャッチしていたはず。だが、俺の投げたボールのスピードが速すぎて反応出来ずにボールが悟の腹に突き刺さった。それだけではない。威力がありすぎて悟の体が宙に浮き、後ろの壁に叩き付けられ、床でぐったりとしている。クラスメイト全員が硬直していた。

(さ、悟……すまん)

「ぼ、ボール! 悟はコートの外に出たから、悟のお腹にあるボールはこっちのだ! それと、西さん! パス!」

「「は、はい!!」」

 俺の隣にいた西と外野の本宮さんが同時に返事をする。

「く、くそ!!」

 向こうも我に返り、ボールを投げて来た。

「きゃあ!?」

 そのボールは隅っこにいた河上さんにヒットする。

(させるかっ!!)

 西さんから貰ったボールを抱えながら吸血鬼の力を使って高速移動する。こうなったら、出し惜しみせず速攻で終わらせた方がいい。長引けばボロが出そうだ。

「キャッチ!」

ジャンプダイブして河上さんにヒットしたボールをキャッチ。これで河上さんはセーフだ。

「桜野さん! ボール、寄越して!」

「行くよ!」

 本宮さんが取って来たボールを桜野さんにパス。そして、バレーボールのサーブを撃つ要領で桜野さんがパスして来た。きっと、桜野さんの方が本宮さんよりサーブが上手いのだろう。

「な、何すんだ?」

 俺の手にはボールが2つ。更にもう一つのボールが俺の方に来ている。男子たちは見るからに、戸惑っている。

「いくぞ! 男子たち!」

 両手で真上にボールを放る。すぐに半歩下がって右手をギュッと握った。

「ちょっと離れて!!」

 俺の指示に従い、さささっと離れる女子たち。

(3……2……1!)

 タイミングを合わせて高速で右拳を3回、突き出す。ジャストミートで3つのボールにヒットし、勢いよく相手コートに突進する。

「「「ぐあああっ!?」」」

 3人の男子にヒットした。だが、俺の攻撃は終わらない。当たったボールが放物線を描いてこちらに戻って来る。

「第2波!」

 ズダダダンっと軽快な音が体育館に響いた。今度は2人の男子に当たり、またこちらに戻って来る。

「も、もしかして……!」

「ずっと、音無のターン!?」

 まだ生き残っている男子の顔が青ざめた。

「おらっ!!」

 第3波を放ち、更に2人の戦士が死んだ。

「お、音無君……すごい」

「やっちゃえ!!」

 後ろから味方の声援が聞こえる。

(これなら、もうすぐ……っ)

 待て。今、俺に向かって来ているボールの数は2つ。最初は3つあったはずだ。なら、あと1個はどこにある。確か、外したボールはそのまま味方の外野に向かっていった。でも、さすがに外野の3人は取れず、相手コートに入った。それを一人の男子が拾って――。

「ッ!?」

 我に返り、冷や汗が滝のように流れた。

「き、気を付けて!! 外野には――」

 第4波を放って叫びながらすぐに振り返る。だが、もう遅かった。

「そう、俺がいるんだよね~」

 ボールを持った悟がいた。

 




真面目にドッジボールの試合を書いてて『何書いてるんだろう、私』と思っていたのを思い出しました。当時の私は一体、何を考えていたのだろうか……。


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第62話 半吸血鬼

 第5波を撃つのをやめてボールを2つ共、キャッチする。

「いいか! 絶対に悟には当てられないでくれ!!」

 それだけはあってはいけないのだ。このドッジは当てたら内野に入る事が出来る。何としてでも悟を内野に入れてはいけない。

「ど、どうして……そんなに影野君が?」

「いいから! 今は逃げる事だけに集中! これ、持ってて!」

「う、うん!」

 2つのボールを適当に渡して構える。

「さて……まずはそっちの女子からだ!」

 思いっきり、ボールを投げる悟。

「いやっ!?」

 ボールが女子に当たってしまった。

「させっかよ!!」

 ダイビングキャッチして何とか、回避する。

「「きゃあっ!」」

 だが、当てられた女子がバランスを崩して俺がボールを渡した女子にぶつかってしまう。その拍子に2つのボールがコートから出てしまう。つまり――。

「装填」

 素早く、2つのボールを掴んだ悟。もうすでに振りかぶっている。更に両腕だ。同時にボールを投げるつもりらしい。

「くそっ!!」

 立ち上がらずに片手でボールを投げた。その後すぐに悟がボールを射出。俺の投げたボールが悟の投げたボールにヒットし、軌道を逸らす。しかし、ボールはもう一つある。

 もう一つのボールがまた女子に当たった。

「このっ!」

 床に付くギリギリでスライディングキャッチ。

「こっち!」

 その頃には先ほど、衝突させた2つのボールは相手の外野に拾われていた。悟がボールを要求する。

「装填」

 俺はどうする事も出来ずに悟にボールを渡してしまう。

「終~わりっと」

 そう言いつつ、一番近くにいた女子に軽く当て、悟が内野に入った。これで勝負がきつくなる。

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 西さんに声をかけられ、立ち上がる。ボールはこちらが2つ。もう一つは先ほど悟が持って行ってしまった。

「はい、ボール」

「さんきゅ」

 河上さんが拾ったボールを受け取り、悟と対峙する。

「まぁ、最初は油断してただけだ。急にお前、肩が強くなったんだな?」

「色々あってな」

 そう言って2つのボールを宙に放る。

「隙あり!」

 悟が叫びつつ、ボールを投げて来た。

「俺の場合、これは隙には入らないぞ!」

 吸血鬼の反射神経を使い、キャッチ。すぐにそれも放って右手を構える。

「く、来るぞ!」

「音無砲だ!!」

 後ずさる男子たち。3つのボールが落ちて来て右手に力を込める。そして、ボールを発射しようとした瞬間、悟が叫ぶ。

「屈め!」

 そう、悟は失敗しても諦めず何度もぶつかる。根性がある男なのだ。きっと、最初に当てられて、外野にいた時も『音無砲』の弱点を見極めようと観察していたようだ。

「っ!?」

 その叫びに反射的に反応し、男子全員がその場にしゃがみ込んだ。その上を3つのボールが通り過ぎる。『音無砲』は威力がありすぎてノーバウンドで相手コートを通り過ぎてしまうのだ。

「「「うわっ!」」」

 当然、外野の子が取れるはずもなく全てのボールが男子側に渡ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数分、女子チームは絶望的だった。生き残っている人数は俺も入れて4人。そして、男子は7人。ボールはまだ3つ共、向こうのチームの手の中にあった。

 まず、2つのボールで俺を狙う。その間に女子を的確にアウトさせていく。ずるい作戦だ。

「さすが悟。汚いぜ」

「お前だってあんな3連砲、初めて見たぞ」

(今日、初めて出来るようになったからな)

「ほい」

「いや~!」

 また味方が減った。残るは3人。俺、西さん、河上さんだ。

「ど、どうする?」

「やっぱり、悟をどうにかしないと」

「それにしても……音無君が影野君を内野に入れたくない気持ち、わかった気がします」

 悟は『根性』の他にも周りの人を引っ張り上げる素質を持っている。本人が外野にいれば外野の連携が繋がる。内野に入れば内野に指示を出し、的確に女子を当てていく。

「それ!」

「くっ!」

 二人を抱えてジャンプし、躱す。

「「お、音無君!?」」

「これ以上、減らすわけにはいかない。少しの間、我慢してて」

 何か、思いつかなきゃいけない。何としてでも悟を倒すのだ。

 相手は7人。こっちは3人。ボールは全部、向こう。この状況を打破する方法。

「……あった」

 二人を降ろし、耳元で作戦を伝える。近づいた時、二人の顔が赤くなったのは気のせいだろう。

「で、でもそれじゃ!」

「大丈夫だって」

 川上さんが抗議してきたが軽く流し、悟を見る。

「じゃあ、行くぜ」

 外野にいる男子が投げた2つのボールが俺を狙う。悟は内野の中でボールを構える。俺が回避した瞬間に投げるつもりだ。ジャンプして2つのボールを躱す。

「終わりだっ!」

 悟がそう言いながらボールを投げる。狙いは西さん。だが、それを見逃す俺ではなかった。

「お前の好きにはさせねーよ!」

 空中で体を右回転させ、通り過ぎようとしていたボールを右足の踵で蹴り返す。後ろ回し蹴りだ。ついでにもう一つを裏拳でぶっ飛ばす。

「なっ!?」

 俺が蹴るとは思わなかったのだろう。悟が目を見開く。俺が蹴ったボールは真っ直ぐ、悟が投げたボールに向かい、ぶつかった。

「キャッチ!」

「ほい、と」

 俺が蹴ったボールをワンバウンドさせてから河上さんが見事キャッチ。悟が投げたボールはこちらの外野に入り、北見さんが取る。俺が裏拳で吹き飛ばしたボールは壁に当たって俺の所に戻って来た。軽く、キャッチ。これでボールは全てこっちに渡った。

「じゃあ、西さん。どうぞ」

 スタスタと西さんの元へ行き、ボールを渡す。

「う、うん……」

 たどたどしく受け取った西さん。それを見届けて俺は外野へ。踵で蹴ったと言う事はアウトになる。

「へい! パス!」

「行くよ~!」

 すぐにボールを要求した。ボールを渡して来る河上さん。俺の作戦はボールを全て、こっちの物にする。どうせ、外野に出ても当てれば蘇生出来るのだ。

「そりゃっ!」

「ぎゃああああっ!?」

 受け取って高速でボールを投げ、1秒で敵を撃破する。力を込め過ぎたせいで当てた男子の腰から嫌な音が聞こえたが聞こえなかった事にしてすぐに内野へ。残り、向こうは6人。

「音無君!」

 その次の瞬間には西さんがボールを空中へ放る。

「よっしゃっ!!」

 思いっきりジャンプし、体を逆さにする。つまり、頭を床の方に足を天井の方に。そのまま足を伸ばし、ボールを蹴った。

「オーバーヘッド、ぐへっ!?」

 声を荒げた男子のお腹にボールが突き刺さる。後、5人。

「このっ!」

「しまっ――」

 外野の北見さんが俺の方を見ていた男子をアウトにさせた。4人。

「まだだっ!」

「きゃあっ!?」

 悟が北見さんの投げたボールを拾い、河上さんにぶつける。さすがに庇ってやれなかった。こちらは2人。

「ごめ~ん」

「いや、大丈夫!」

 コートに落ちたボールをすぐに拾い、無理な態勢のまま男子にぶつける。3人。

「隙ありっ!?」

(まず……)

 そこで俺がオーバーヘッドしたボールを投げて来る悟。まずい。この態勢では半吸血鬼でも躱せない。

「音無君!」

 だが、俺とボールの間に西さんが割り込む。そして、俺の代わりに西さんにボールがヒット。とうとう、俺だけになってしまった。しかも、西さんに当たったボールは運悪く相手の外野に取られてしまう。

「西さん……」

「頑張ってね。音無君ならきっと倒せるよ」

 笑顔で立ち去る西さん。だが、ボールは向こうに3つ。非常にまずい状況だ。

「……絶体絶命って奴じゃね? 響」

 向こうは3人。こっちは1人。悟が慎重に外野に2つ、ボールを渡す。3方向から同時に俺を狙うらしい。

「じゃあ、これで!」

 それぞれからボールが投げられる。速さ、角度からして全てを回避するのは不可能。

(でも……諦めきれるか!)

 たかがドッジだ。ここまで一生懸命にやる必要はない。途中までは早く終わらせる為にあんなに必死になってやっていた。だが、先ほどになって勝たなくてはいけなくなっていしまった。

(俺の代わりにアウトになった西さんに、他の皆に悪いしな!)

 不思議と体に力がみなぎって来た。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。

「――」

 目を開けて一気に力を解放。何か力を使った気配がする。幻想郷に行ってから俺は気配を僅かながら感じ取れるようになっているのだ。

(……あれ?)

 だが、半吸血鬼の力を解放したのにも関わらず、何も起きない。仕方なく、目の前に迫ったボールをキャッチした。他のボールが俺に着弾する前にそれをすぐに悟に向けて投擲する。最後の悪あがきだ。

「え?」

 そして、俺は目を見開く。

 

 

 

 2つのボールが俺の左右から誰かの手によって投げられたのだ。それも同時に。

 

 

 

 合計、3つのボールが悟を狙う。それを躱そうと構える悟だったが、ぶつかる前に3つのボールが衝突し合った。

「なっ!?」

 衝突したボールはそれぞれ生き残っていた2人の男子にヒット。悟も対処出来ずに俺が投げたボールにぶつかってしまい、ボールは床に落ちた。つまり、俺たち女子チームの勝ちとなる。

 しかし、俺はそれどころではなかった。冷や汗で背中がべっとりと気持ち悪い。機械のようなぎこちない動きで右を見た。

「「……」」

 きっかり5秒間、俺は硬直する。恐る恐る、左を見た。

「「……」」

 こちらでは7秒。鏡を見ていないが顔が青ざめている事が分かった。

 

 

 

 俺は3人に分身しているのだ。

 

 

 

 分身の方も同じように目を見開いて固まっている。

「うわあああああああっ!?」

 いち早く、我に返った俺は意図的に体の中を流れている力をコントロールする。すると、分身にノイズが走り、消す事に成功。だが、俺は安心出来なかった。

≪……≫

 クラスの全員がその場で俺を凝視しているのだ。そりゃそうだ。目の前で人間が分身したのだから。

「え、えっと~……」

 何とか、この場を誤魔化さなければいけない。頭をフル回転させ、言い訳を考える。

「そ、そう! これは手品! 皆を驚かせようとして前々から仕込んであったんだ!!」

 苦しい。自分でもわかるほど見苦しい嘘だ。

「な、何だ~! 手品か~!」

「へ?」

 そこで西さんがニコリと笑ってそう呟いた。てっきり、追究されると思っていたので拍子抜けてしまう。

「だ、だよな~! あり得ないもんな!」

 西さんの一言からクラスメイトが納得して行く。

「え、えっと……」

とりあえず、この場をやり過ごしたようだ。

「なぁ! どうやってやったんだ?」

 そこで目をキラキラさせた悟が俺に詰め寄る。

「え? い、いや……手品師はタネを明かさないもんだから」

「かっけえええええ!!」

 悟が叫ぶ。それから皆に囲まれて色々、質問される。だが、俺が半吸血鬼になっている事は気付かれていないらしい。

(よ、よかった……)

 安堵の溜息を吐いた時にチャイムが鳴る。クラスメイトが俺の分身について話しながら体育館を出て行く。俺もそれに付いて行った。

(気を付けなきゃな……)

 きっと、フランの血が流れているから出来たのだろう。満月の日は出来るだけ運動しない。そう心に決めた俺だった。

 

 

 

 

 

「――てなわけよ」

『それは本当かい?』

「ああ、俺も吃驚したぜ。まさか、分身するなんてな」

『ふむ……まぁ、様子見だろう』

「だろうな。まだ、はっきりとわかったわけじゃないし」

『頑張ってくれ』

「おう。お前の方もな」

 体育館から出て来た響を睨みながら誰かが電話していた。響は全く、気付く事なく悟と話しながら廊下の角を曲がった。

 



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第63話 文化祭の出し物

 何とか体育を終えた俺は再び、冷や汗を掻いていた。

「じゃあ、響? 出来るか?」

「ちょっと待て!」

 今はLHR(ロングホームルーム)。交換して貰った廊下側の一番前の席で俺は教壇の上にいる悟を制止させた。

「何だよ? お前、手品師なんだろ?」

「ちげーよ!」

 議題は『文化祭の出し物』。悟はどうやら、文化祭実行委員だったらしい。

「確かに前、俺が舞台に立つとか聞いた。でも、俺は承諾した覚えはない」

「響が一人で舞台に立つ事に賛成の人ー」

 悟が手を挙げながら言い放つ。俺以外の全員が同時に手を挙げた。

「今の質問がおかしい事に気付け!! どうして、舞台なんだ!? 模擬店とかあるだろ!?」

 立ち上がって文句を言う。

「何でって……お前、忘れたの?」

「へ?」

「3年生は全クラス、舞台で何か出し物をするんだよ。今年からそうなったって言ってたじゃん」

「初耳だわ!?」

 思わず、叫んでしまった。きっと、夏休み前に俺が幻想郷で寝込んでいた頃に話し合った事なのだろう。

「あれ? そうだっけ? まぁ、そうなんだよ」

「で? なんで、俺一人なんだ? 普通、劇とか発表とかクラスメイト全員でやるでしょ?」

「俺たちだって黙って見てるつもりはねーよ。舞台に立つ人の他に衣装やら小道具、舞台に置く背景を作る人だって必要だ。だから、皆がそっちに力を入れられるように舞台に出る人数を減らしたいんだ」

 悟が黒板に係りの名前を書きながら説明する。確かに多い。

「でも、一人はないだろ?」

「人数が微妙なんだよ。劇をやるにしては少ないし、何か発表するには時間がない。発表するクラスは夏休みの間に資料を集めたり、アンケートを作成したりしてんだ。でも、俺たちは夏休み前からお前の一人舞台にすると決めていたから何も用意してない」

「何で本人がいないのに決めるんだよ!?」

「そりゃ……選ばれたのが響だったからだよ」

 悟の発言に皆が頷く。これもいじめではないのだろうか。

「……ああ、もう! わかったよ! やればいいんだろ!! やれば!」

 確かに俺が幻想郷に行ってなければこんな事にはならなかったはずだ。俺にも落ち度はある。

「でも……何で手品?」

「それはさっきの分身を見たからだよ」

「……」

 やってしまったようだ。両手で顔を覆って溜息を吐く。

「あれ? もしかして、もう出来ないの?」

 不安そうに悟が聞いて来る。

「あ、ああ……今回ので使う物、全部なくなったから」

 苦し紛れに逃げる。文化祭も女体化するなんて御免だ。

「じゃあ、俺たちで集めるよ」

 悟が黒板に『材料集め係』と書き足した。だが、俺はまだ諦めない。

「それがな? 結構、大変なんだよ。必要な物、集めるの」

「例えば?」

「えっと……大きな鏡とか」

 それっぽくて簡単には手に入りにくい物をチョイスして言う。

「はい! 私の家、家具屋だからお店にたくさんあるよ!!」

 そう叫んで立ち上がったのは河上さんだ。

「後、蜃気楼を作る為に液体窒素」

 さすがにないはずだ。

「両親、研究員だから聞けばあるかも?」

 西さんが言いながら恐る恐る手を挙げた。余計な職に就いている親たちだ。

「でもな? さすがに分身だけじゃ見せ場がなさすぎるだろ?」

「ああ、それは確かに」

 逃げられそうになかったので問題点を指摘する。悟も納得してくれたようだ。

「他に何が出来る?」

「ほ、他? そうだな……」

 ふと思いついたのはPSP。そして、幻想郷。

「早着替え……」

 ぼそっと呟いてしまった。

「よし! それで行こう」

「しまったああああああああああっ!!」

 悟が黒板に『早着替え(コスプレ)』と書き加えたのを見て俺は頭を抱えながら叫んだ。

「……って、何でコスプレなんだよ!?」

「ファンサービスだよ!」

「誰のっ!?」

 悟が意味の分からない事を言ったのでツッコんでしまった。

「因みにコスプレは東方関連な? それ以外は認めん!」

 腕組みをして言い張る悟。

「なら、いいか……」

(普段、してるし)

 逆にそれしか出来ない。

「……え?」

 俺の呟きを聞いた悟は目を点にする。

「ん? コスプレしなくていいの?」

「い、いや! コスプレは絶対だ!」

「仕方ないか……でも、許可が下りたらな。国家機密なんだ。先生、電話して来るわ」

「おう」

 そう言ってスキホを持って教室を出た。急いでボタンをプッシュし、紫に電話する。

『もしもし』

「いい?」

『ばれなきゃいいわ』

「さんきゅ」

『いえ~』

 ここまで僅か5秒。紫の事だ。満月の日、半吸血鬼化と女体化した俺を覗き見ている。そう、踏んでいたのだ。教室に戻る。

「いいってさ。でも、国家機密だからお前たちにはタネは教えられないけど……いい?」

≪コスプレを見れるなら喜んでっ!!≫

 クラスの皆がそう、叫んでいた。

「そ、そうか……悟。2~3つほど係り、増やせるか?」

「もちろんだぜ!」

「じゃあ、『編集係』と『作成係』を頼む」

「? いいけど、具体的には何をするんだ?」

 チョークを手にして悟が問いかけて来た。

「東方はBGMが良いだろ? だから、曲を再生させてそのBGMのキャラの服を着る。その為に曲を短くする為に編集する人がいて欲しい」

「おお! それはいいな! じゃあ、『作成係』は?」

「まず、この中で東方知らない人?」

 俺の質問に大半のクラスメイトが手を挙げる。

「う、嘘……だろ?」

 この現状に悟が絶望していた。

「東方はあまり、認知されてないみたいだな。きっと、見に来るお客さんだってそうだ。だから、キャラの外見とそのキャラの説明を書いた何かが欲しい。例えば、パソコンでそう言った物を作っておいてスクリーンに映し出すとか。そうすればお客さんだって俺が誰のコスプレをしているかより深く分かるはず。まぁ、この係は悟だろうけどな?」

「おう! このクラスじゃ俺以外に詳しい奴はいない! で、どれくらいだ?」

「全員」

 そりゃそうだろう。俺のPSPには全員分の曲があるのだから。

「……え?」

「頑張れ」

「い、いや! お前、何人いると思ってんだよ!?」

「知らん」

 一蹴。

「無理だって! 一人じゃさすがに死ぬわ!!」

「影野がやらないとコスプレ見れないぞ!」

 一人の男子が文句を言うとクラスメイト全員が悟を責め始める。

「ああ、わかった! わかったから!」

「じゃあ、そう言う事で『作成係』は悟に決定」

 悟からチョークを奪って『影野 悟』と書く。

「それじゃ、次に『編集係』!」

「ちょ! 俺の仕事を取るなああああああああああっ!?」

 悟の絶叫が教室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 ここは旧校舎の男子トイレ。幻想郷に向かう為にここまでやって来た。

「大丈夫かな?」

 俺は今、半吸血鬼化している。このまま幻想郷に行ってもばれはしないだろうか。スキホからヘッドフォンを取り出し、頭に装着。次にホルスターを出して左腕に取り付けた。

「えっと……今日の依頼は、と」

 幻想郷に行く前に仕事の内容を確認する。今日は5件だ。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 スペルカードを取り出し、唱える。

「……あれ?」

 いつもならすぐに紫の服に変わる。だが、おかしい。何も変化がない。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 何も起きない。

(も、もしかして……能力が――)

 どうやら、俺は満月の日に幻想郷に行けないらしい。まぁ、俺の存在が変わってしまっているのだから当たり前だ。そう言う能力なのだから。

「どうすっかな……」

 幻想郷に行けないのでは仕方ない。スキホを取り出して受け取った依頼を全て、キャンセル。ちゃんとキャンセルした理由もでっち上げた。さすがに『今日は外から幻想郷に入れなかった』と書けない。紫に口止めされているから。

「帰るか……」

 そう言って鞄を掴んでトイレから出た。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 きっと、これが最後の関門だ。俺はそう思い、唾を飲み込む。

「お兄ちゃん? まだ、入ってない? 洗濯物、干したいんだけど」

 ドアの向こうから望の声が聞こえた。

「す、少し待っててくれ!」

 

 

 

 ――そう、風呂だ。

 

 

 

 まず、制服は全部、脱いだ。後はパンツとさらしのみ。だが、朝に見た通り、胸がある。そして、俺は男だ。抵抗があるに決まっている。

(ま、まずは……いや、どっちも脱げない!!)

 下も下で恥ずかしい。お風呂に入らなければいいがそうすると望と雅に怪しまれてしまう。

「お兄ちゃ~ん! 早く~!」

「し、しばし待たれよ!」

 上を向きながら入れば胸も下も見なくて済む。

「よ、よし……」

 上を向いてからパンツとさらしを脱ぐ。さらしで押さえつけていた翼が勢いよく元の位置に戻った。手探りで下に落ちたさらしを掴み、望に見つからないように隠してから手拭いを持ってお風呂場へ。

「望~! いいぞ~!」

 ドア越しに翼が見られないように注意して望に声をかけた。

「もう! 何があったの?」

 少し怒った様子で望が入って来る。

「うわ~、汗かいたね~」

 放置していたジャージを洗濯機に入れながら望が呟いた。

「ドッジボールをやってな」

 今、動けば翼が望に見えてしまう。その為、シャワーも浴びずに浴槽にも入らずにじっと立っていた。

「……よし! 終わったよ~」

 そう言って望が出て行った。安堵の溜息が漏れる。

「これでゆっくり……」

 そう言いながらシャワーを出して、体を見ないように浴びた。

「いっでええええええええええええええええっ!?」

 吸血鬼は流水に弱い。半吸血鬼である俺も例外ではない。永琳にもきちんと注意されていたのにも関わらず、俺の絶叫がお風呂場に響き渡った。

 




半吸血鬼化について


・満月の日、太陽が昇ってから約24時間ほど半吸血鬼化&女体化する。
・体が女の子になる。背中から黒い翼が生える。目が赤くなる。牙が生える。
・太陽に当たっても灰にはならないが、少し体調が崩れる(後々慣れて平気になる)。
・流水に当たると痛みが走る(後々慣れて平気になる)。
・普段の能力が使えなくなる。指輪も使えない。


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第64話 文化祭

ぜひ、皆さんも該当するBGMを再生しながらお読みください。


 10月中旬、今日は待ちに待った文化祭だ。正午過ぎた辺りで俺と悟は模擬店で焼きそばを買って教室で食べていた。

 もちろん、今日が本番だ。しかし、3年生の発表は午後3時から行われる。更に俺たちのクラスは一番、最後で開演予定時間は6時。その頃には外は暗くなっているはずだ。因みに舞台発表は外で行われる。この学校の体育館は少し狭いのだ。

「いいのか? リハーサル、一回もやってないけど?」

 焼きそばを食べ終えた悟が聞いて来る。

「大丈夫だろ。お前こそ頼むぞ。俺が変身したキャラの紹介、出来るだけ早くスクリーンに映してくれ」

 結局、悟はステージにスクリーンを置き、そこにパソコンの中に作っておいた紹介文を映し出す事にした。だが、俺も悟も何に変身するか分からない為、ギクシャクするかもしれない。

「安心しろって」

 ニヤリと笑う悟。

「俺の東方の知識とお前とのコンビネーションがあればどうって事ねーよ」

 幼馴染だからこそわかる事がある。俺と悟だからこそ理解できる事だ。

「そうだな」

 だから、俺は笑って頷けた。

「……さて、そろそろ準備しないとな」

「ああ、まだ作業は残ってるみたいだし」

 今でも教室ではクラスの皆が作業に明け暮れている。俺と悟は一番、負担がかかるのでこうやってお昼を食べる事が許されているが他の皆は飲まず食わずで頑張ってくれていた。

「痛っ!」

 焼きそばが入っていたパックをゴミ箱に捨てた所でクラスの女子が悲鳴を上げた。どうやら、裁縫の針が指に刺さっていたらしい。

「どうした?」

 涙目になって指をくわえていた桜野に声をかける。

「え、えっと……針が指に」

「貸してみて」

 素早く彼女から針と布を奪い取り、その場に胡坐を掻いてチクチクと縫い始めた。

「す、すごい……」

 俺の手際の良さに桜野さんが舌を巻く。その様子を見ていた他のクラスメイトも感嘆の声を漏らす。

(……よし)

 誰にも見えないように布の下にこの前、パチュリーに教えて貰った小さな魔方陣を糸で描く。悪戯心って奴だ。

「ほい、出来た」

「あ、ありがとう」

「ゆっくりやれば大丈夫。時間もないから失敗しない事だけを考えてね」

「は、はい!」

 元気よく頷いて桜野さんが笑顔になる。

「うん。皆も手伝って欲しかったら言って。裁縫は得意だから」

「裁縫だけって……お前、家事全部出来るじゃん」

 そこで悟がツッコミを入れた。

「そうか?」

「ああ、前に喰わしてもらった料理……今でも忘れられねーぜ」

 と、涎を垂らしながら悟。

「いつのだよ……」

 悟には何度も食べさせた事がある。最近では仕事が忙しくて食べさせていないが。

「じゃあ、文化祭が終わったら喰わせてよ。もちろん、クラス全員に!」

 悟の提案にクラスメイトの目が輝き出す。

「え? いや、材料が……」

 何も用意していない。

≪行って来る!≫

 クラスの皆が一斉に立ち上がって教室を出て行こうとする。

「こらっ! まだ、終わってないだろうでしょうが! 行くなら俺が行くって!」

 幸い、皆から集めた経費は残っている。それで賄えば行けるはずだ。それに買い物をしながらメニューを考えたい。

「そうだな。俺と響で行って来るから皆、作業を「お前も作業しろっ」

 悟が一緒に来ようとしていたので頭を叩きながらツッコミを入れた。

「全く……わかったよ。で? 何をすれば?」

 渋々、頷いてくれた悟。

「家庭科室の予約を入れとけ。先生に頼めば行けるだろ」

「え? どうして家庭科室?」

「バカ。どこで料理すればいいんだよ」

「あ、なるほど……」

 そう頷いて悟は教室を出て行った。

「俺も行くか……」

 そう呟いて鞄の中に入っていたスキホを手に取り、クラス委員長から経費を貰ってから教室を出る。文化祭が終わるまで材料は簡易スキマに保存しておく。簡易スキマはそう言った傷みやすい食材も長時間、新鮮さを保ちながら保存できるのだ。本番まで後、5時間。少し、不安だが何とかなるような気がする。

 

 

 

 

 

 

「……いいか?」

 時刻は5時50分。

 舞台裏では円陣をクラスメイト全員で組む。その真ん中には俺がいた。

「やる事が決まってから1か月が過ぎた。その間、皆は一生懸命になって自分たちに割り当てられた仕事を熟して来た。まぁ、直前になって悟が無理を言ってさっきまで作業する事になったけどね」

 そこで数人が小さく笑った。

「でも、それすらも乗り越えたんだ。きっと、上手く行く。いや、上手くやってみせる。皆の努力を無駄にはしない」

 舞台に立つのは俺だ。成功するか失敗するか、全ては俺にかかっている。

「何言ってんだ。俺もだろ? スクリーン出すキャラを間違えればそこでおじゃんだ」

 後ろから悟の声が聞こえた。

「……そうだな。皆は俺のパフォーマンスを楽しんでくれ。そして、成功したら皆で楽しく打ち上げをしよう!」

≪おー!≫

 俺の掛け声に合わせてクラスメイトが声を上げる。

「じゃあ、行って来る!」

 円陣から抜け出し俺はヘッドフォンを首にかけて、左腕にホルスターを取り付けた。

 

 

 

 

 

 

『最後は3年C組の発表です。お願いします』

「はい!」

 アナウンスに返事をしてステージに立つ。ステージにはスタンドマイクが一本。そこからマイクを引き抜いてポンポンと叩き、マイクテストを行う。

「皆さん! こんばんは! 3年C組の音無 響です!」

 最後と言うだけあってお客さんは大勢いた。少し、緊張して来る。

「え~、俺たちの発表は『手品』です。ここで一つ、お願いがあります。手品と言うだけあってタネも仕掛けももちろん、あります。ですが手品が終わっても一切、詳細は明かしません。皆さんからの質問にも答えられないと思いますのであしからず」

 これは紫に絶対に言えと命令された。こうやって『これにはタネも仕掛けもある』と先入観を植え付けるのだ。そうすれば、俺には異能の力がある事も誰も幻想郷が本当にあるとも思うまい。

「今から披露するのは『早着替え』です。なお、手品をするのは俺一人です。何かしらのアクシデントがあるかもしれませんが最後まで見て行ってください!」

 ここでお客さんから盛大な拍手が起こる。

「手品を披露する前に一つ、質問です。この中で『東方project』を知ってる人はいますか?」

 ちらほらと手が挙がるがやはり、知っている人は少ないらしい。

「これから着替えるのはその東方のキャラの衣装です。俺の幼馴染が東方好きで仕方なく……」

 小さな笑い声が聞こえた。きっと、クラスメイト達だ。

「まぁ、知ってる人は少ないと思ったので後ろのスクリーンにキャラのシルエットと簡単なキャラ紹介を映しますので興味がある方はそちらにも注目してください」

 そこまで説明し舞台袖にいる悟に目配せする。

「……」

 悟は笑顔で一つ、頷いた。準備万端の合図だ。

「東方にはキャラにそれぞれテーマ曲がありまして、例えば……」

 そこで左腕のPSPを操作する。すると、会場に『少女綺想曲 ~ Dream Battle』。つまり、霊夢の曲が流れ出す。そして、すぐにスクリーンに霊夢の姿が映った。

「こちらは東方の主人公である博麗 霊夢と言うキャラです。このような感じでやって行きたいと思います」

 そこで首にかけておいたヘッドフォンを頭に装着。

「俺が変身するキャラは今からランダムで流れるテーマ曲に合わせます。因みに今回のテーマ曲は短くしてありますのでテンポよく着替えて行きます!」

 そこでマイクをスタンドに戻し、ヘッドフォンからピンマイクを伸ばす。こちらも軽くマイクテストを行ってから悟に合図を送った。

「では! 始めます!」

 先ほどまで流れていた曲がストップ。お客さんの方から声がなくなった。

「ラクトガール ~ 少女密室」

 頭に浮かび上がった曲名を呟いた途端、服が輝きパチュリーの服に変わった。客席からどよめきが湧く。スクリーンにパチュリーが写っていて安心した。

「一つ、言い忘れてました。変身するだけじゃ勿体ないので少し、パフォーマンスでもしましょう」

 そう言って空を浮いた。もちろん、紫にも許可を取ってある。やるなら、とことんやる。

「東方の世界にはスペルカードと言う物があります。俗に言う必殺技みたいなものです」

 舞台袖を見ると悟が口をあんぐりと開けていた。そりゃそうだろう。幼馴染が飛んでいるのだから。

「日符『ロイヤルフレア』!」

 悟を無視して正面を向き、スペルを宣言。次の瞬間、頭上に大きな火の弾が現れた。そろそろ曲が終わる。火の弾を真上に打ち上げ、俺もそれに続いた。照明係が慌てて俺の後を追って来る。

「広有射怪鳥事 ~ Till When?」

 そこで曲が終わり、いつかの刀を2本所持している緑のワンピースに変わった。

「はぁっ!!」

すぐに刀を引き抜いて火の弾を4つに叩き斬る。斬られた火の弾は爆発を起こして消滅した。お客さんに見えやすいように下降する。

「吃驚させてすみません。ですが、これは手品なので安心してください。皆さんの安全は守りますので」

 刀を鞘に収めながら言う。

「亡き王女の為のセプテット」

 レミリアの衣装に変わった。すぐに漆黒の翼を大きく広げ、お客さんにアピールする。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 残り時間が少なくなったあたりで紅い槍を出現させた。槍を持ったまま空高く舞い上がる。

「いっけ!」

 いいところで槍を真下に投擲。槍が学校のグラウンドに向かって突進する。俺も急降下し槍を追い抜いた。

「U.N.オーエンは彼女なのか?」

 お客さんが悲鳴を上げている上で俺はフランの衣装を身に纏った。

 



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第65話 大団円

「禁忌『フォーオブアカインド』!」

 迫り来る紅い槍を見ながら俺は4人に分身した。

「「「「禁忌『レーヴァテイン』!」」」」

 すぐに4人それぞれが炎の剣を持ち、同時に剣を下から上へ振り上げる。紅い槍は剣の威力に負け打ち上げられ、真上に飛んで行った。そのまま雲を突き抜けて、消える。会場が一瞬にして静寂に包まれた。

「よーし! チャンバラだ!」

 そんな事は気にせず、おどけた感じでそう言い、分身との距離を取る。

「行くぞ!」

 剣を構え、分身に向かって直進。一人目が剣を振り上げ、一気に降ろす。それを躱し、横に剣を払う。剣先が分身の腹を切り裂き、消滅した。

「次!」

 そう叫ぶと今度は2人同時に迫って来る分身たち。更に一方は横に振り、一方は剣先を下に向けて来ている。薙ぎ払いと斬り上げだ。

「キュッとしてドカーン!」

 剣を左手に持ち直し、右手を握って横に薙ぎ払った方の剣を壊す。斬り上げてきた方は左手の剣で受け止める。すぐに剣を失った分身の首に蹴りを入れ、消す。

「はぁっ!!」

 残った分身を右手で殴り、チャンバラが終わる。ここで唖然としていたお客さんから初めての拍手を貰う。

「ルーネイトエルフ」

 曲が変わり、大ちゃんのコスプレに変わる。確か、この子にはスペルカードはなかったと記憶していた。

(なら……)

「よっと」

 でも、チルノと遊んでいるのを見ていたらテレポートしていた。俺も例外なく出来るようで適当なお客さんの前に瞬間移動する。

「きゃあっ!?」

 吃驚して悲鳴を上げる若い女性客。周りの人も目を見開いている。

「来てくれてありがとう! 今日は楽しんで行ってね!」

 ニッコリ笑ってお礼を言う。

「は、はい。ありがとう、ございます……」

 女性客は顔を真っ赤にし、俯いてしまった。

「本当にありがとう!」

 少し浮上してぐるりと回って会場にいる全員に頭を下げる。

「クラスの皆! 楽しんでるかあああああ!!」

≪おおー!!≫

 最後に後ろの方にいた皆に声をかけると大きな返事が返って来た。

「恋色マスタースパーク」

 衣装は魔理沙になり、懐から八卦炉を取り出す。

「では、皆さん。衝撃に気を付けてください! 大きな花火を打ち上げます!!」

 箒の上で立ち、八卦炉を真上に向ける。

「恋符『マスタースパーク』!」

 八卦炉から七色の極太レーザーが撃ち出された。衝撃が下にいるお客さんにまで届いたのがわかる。1分ほど、射出し続けて次の曲が再生される。

「人形裁判 ~ 人の形弄びし少女」

 アリスに変わり、俺はニヤリと笑った。今日は運が良い。

「さて……そろそろ、この手品も終わりに近づいて来ました」

 ステージに戻り、ヘッドフォンの横の赤いボタンを押してループモードに切り替える。今回に限り、紫に付けて貰ったのだ。

「どうだったでしょうか? 少し、驚かせ過ぎました?」

 そこで悟が俺の姿を見て気付いたのか大きな籠を持ってステージにやって来た。籠を俺の横に置いて素早くステージを去る。定位置に着くにこちらに向かってサムズアップ。それに一つだけ頷いて答えた。

「最後にクラスメイト全員で作った人形をプレゼントしたいと思います!」

 これは悟のアイデアだ。お客さんにこの日の事をずっと、覚えていてほしいそうだ。だが、何故かモデルは俺。意味が分からなかったが皆は乗り気だったので反論出来なかった。

「ですが、普通に渡すには時間がかかってしまいます。そこで――」

 スカートを少し摘まんで上げる。

「この子たちに配って頂きましょう」

 すると、大量の人形が出て来た。もちろん、俺が操っている。量が多いのでコントロールが難しい。

「なお、人形には触れないようにしてください。触れようとしたり捕まえて持って帰ろうとした人にはこちらに浮いている上海と蓬莱から処罰が下されます」

 俺の両脇にいる人形が槍と剣を構えた。もちろん、脅すだけだ。

「数の問題で配り切れないかもしれません。最初に謝っておきます。じゃあ、行っておいで」

 優しく声をかけると人形たちは俺たちが作った人形を持って客席に飛んで行く。

「ありがとう!」

 小さな女の子に渡した人形の頭を下げさせた。お辞儀しているように見えたようで女の子が嬉しそうに笑顔になる。他の所でも同じようにした。お客さんは皆、楽しそうで良かった。

「……配り終わったみたいですね」

 ヘッドフォンの赤いボタンをもう一度、押してループを解除した。

「長い時間、ご視聴頂きありがとうございました! これで3年C組の発表を終わります! ネクロファンタジア」

 頭を下げてからヘッドフォンの赤いボタンの下にある緑のボタンを押す。すると、紫のコスプレに早変わり。

「それでは、ごきげんよう」

 スキマを開き、潜り抜ける前に客席にウインク。少し、恥ずかしかったがこれぐらいしても大丈夫だろう。お客さんからの大喝采を耳にして自然と笑顔になる。そして、俺はステージを後にした。

「……ふぅ」

 スキマから出た所は屋上だ。ヘッドフォンを外して、元の制服に戻してから溜息を吐いた。ここからならグラウンドが見える。まだ、拍手が鳴り止んでいなかった。

「お疲れ様」

「おう」

 隣にスキマが開き、紫が出て来る。

「見てたのか?」

「まぁね。それなりに楽しめたわ」

「さんきゅ……ん?」

 そこで違和感を覚えた。気になり、グラウンドの方を見た。

≪アンコール! アンコール!≫

「……」

 唖然とした。観客が声を合わせてそう叫んでいたのだ。

「ふふ♪ 良かったじゃない」

 嬉しそうに笑う紫。

『すみません。こちらのステージではアンコールは一切、受け付けて……』

「よっしゃ!」

 アナウンスがそこまで言った所で俺はヘッドフォンを頭に装着。

「悟! やるぞ!」

 大声で悟に声をかける。俺が屋上にいるとわかったお客さんが更に盛り上がった。

「おう!」

 袖から出て来て会場を見ていた悟が頷き、スクリーンを操作する為に戻る。

「じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい」

 俺は紫を置いて屋上に柵を飛び越えた。

「少女綺想曲 ~ Dream Battle」

 霊夢の服に変わり、空を飛んでステージに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「乾杯!」

≪かんぱ~い!≫

 場所は家庭科室。午後9時を過ぎていたが俺の作った料理を前に皆で乾杯していた。

「いや~! 大成功だったな!」

 俺の隣でコップに入っていたジュースを飲み干した悟が嬉しそうに言う。

「ああ、そうだな!」

 俺も頷いてジュースを飲む。ステージは大成功。だが、それだけではなかった。毎年、俺の学校の文化祭ではどのクラスの出し物が一番だったか一般客の投票で決めている。何と俺たちのクラスが断トツで一位だったのだ。

「これも響のおかげだな! なぁ! 皆!」

 俺の料理を美味しそうに食べていたクラスメイト全員が頷く。

「俺だけじゃないって! 皆が頑張ってくれたからだよ」

 照れくさくなり、そう反論する。そこで壁にかかっている時計を見た。帰る頃には10時を超えてしまうだろう。

「すまん。俺、帰るわ」

 家で望と雅が待っている。あの二人も俺たちのステージを見ていてお祝いしたいそうだ。

「おう! 家族サービスは大事だもんな!」

「料理、美味しいよ! ありがとう!」

「今日はありがとな!」

 途中で抜けるのは気が引けたが悟やクラスメイト達は元気よく送り出してくれた。

「じゃあ、また明日!」

 鞄を乱暴に掴んで俺は家庭科室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が去った家庭科室で『響ファンクラブ』の緊急会議が開かれていた。

「さて……皆、今日はどうだった?」

≪最高でした!!≫

 会長である悟の問いかけに会員たちは声を揃えて叫ぶ。

「そうだろう! 俺だってそうだ! 確かにコスプレ姿を見れたのは嬉しかった。だが、一番良かったのは響が本当に楽しそうにしていた事! 違うか!?」

≪全くのその通りです!!≫

「今年の文化祭は本当に最高だった! それにこうやって響の作った料理も食べられる。今日ほど幸せな日はあったか!?」

≪ないです!!≫

 悟の顔には笑顔が浮かんでいた。会員たちの顔も同じだ。こうして、家庭科室での大騒ぎは深夜過ぎまで行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「「おかえりなさい!!」」

 家に帰ると望と雅が笑顔で迎えてくれた。

「お兄ちゃん! あれ、どうやったの!?」

「それは最初に言った通り、企業秘密だ」

 目をキラキラさせて望が俺に尋ねて来たが一蹴。

「え~! 家族なんだから教えてくれても~!」

「駄目なものは駄目だ」

 靴を脱いで階段を上る。部屋に着くと鞄を置いて部屋着に着替えた。

「それより! 今日は珍しく私が料理を作りました!」

 居間に戻って来ると望が嬉しそうに報告してくれる。

「雅、冷蔵庫の中身は?」

 それを聞いて雅に問いかけた。

「全て使われてしまいました!」

 敬礼をして雅。

「じゃあ買い物、行って来る」

 部屋着では外に出るわけには行かないので再び、着替える為に部屋に戻ろうとする。

「ちょ、ちょっと! どうして!?」

 だが、居間を出る前に望に捕まってしまった。

「だって……な?」

「うん」

 そう、望の料理は破壊神。壊れるのは主に胃だが。雅も食べた事があり、それからは望の料理に恐怖を抱いているらしい。

「こんな時間じゃどこの店も開いてないって!」

「う、確かにそうだけど……あ」

 そう言えば、スキホにまだ食材が残っていたはずだ。急いで携帯を開き、簡易スキマの中を確認すると俺は雅にサムズアップした。

「よし!」

 雅はガッツポーズをして、喜んだ。

「……」

「じゃ、じゃあ望の料理は俺が食べる。望たちは俺が作った料理を食べろ」

 涙目になっていた望を放っておけなくなり、フォローする。俺は小さい頃から望の料理を食べているので耐性があるのだ。

「お、お兄ちゃん……」

「ほら、今日は祝ってくれるんだろ? コップとか用意してくれないか?」

 ポンポン、と望の頭を撫でて指示を出す。

「うん!」

 元気になった望は準備をする為にキッチンに向かった。

「俺も作らねーと」

 望の後に続いてキッチンに移動する。

「じゃあ、私はジュースでも出しておこっと」

 俺の後を追って雅がキッチンに入って来た。

「てか、狭いわ!!」

 キッチンに全員居ては窮屈でたまらない。コップとジュースを持った望と雅は急いでキッチンを出て行く。

「全く……」

 溜息を吐いて俺はスキホから食材を取り出した。その口元は緩んでいただろう。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん! お疲れ様~!」

「お疲れ様~!」

 望の声に続けて雅が言う。

「ありがと」

 時間は11時。晩御飯にしては遅いが俺たちはそんな事、気にしてなかった。

「「「かんぱ~い!」」」

 コップを突き出して乾杯する。最初に雅のコップに当たり、それから望のコップに当たった。そして、3人同時にジュースを飲む。

「っ!? こ、これ酒じゃねーか!?」

 だが、コップの中身はチューハイだった。すぐにコップから口を離す。

「あ、あれ!? 今日買ったんだけど、間違えちゃった!?」

 慌てた望。こいつが犯人らしい。ジュースだと思って間違って買って来てしまったようだ。

「あはは~! 望はドジだな~!」

「「……え?」」

 コップを空にした雅が顔を紅くして大笑いしていた。

「あ、二人とも飲まないなら私が飲む!」

 そう言って、俺たちのコップを奪い取り、両方ともごくごくと飲み干してしまう。

「こ、こいつ! 酔ってる!」

「う、嘘!? あれだけで!?」

「あれ~? もう、ジュースないの~?」

 そう呟いた直後には目が据わったまま、雅はキッチンにある冷蔵庫に向かった。

「「もう飲むなっ!!」」

 俺と望の叫び声が家中に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、響の部屋。机の上に置かれていた紫から貰った白紙のスペルカードの一枚が光り輝いていた。もちろん、響はそんな事に気付かず、雅の暴走を止めるのに必死だった。

 



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第66話 授業とお店とお誘い

「ちわーす」

 スキマから顔を出して図書館の様子を伺う。

「いらっしゃい」

 いつも通りにパチュリーは椅子に座って魔導書を読んでいた。

「あ、いらっしゃいませ。響さん」

「こんにちは、小悪魔」

 スキマから抜け出し、ヘッドフォンを簡易スキマに仕舞った所で小悪魔に挨拶される。

「はい。本、ありがと」

 スキホに番号を入力し、数冊の魔導書を取り出した。

「……便利ね」

「まぁな。今日もよろしく頼むよ」

「ええ、まかせておいて」

 パチュリーは魔導書を閉じ、立ち上った。これから週に3回、行われるパチュリーの魔法授業が始まる。

「まず、この前の復習から……」

「うい」

 右手を伸ばし、5本の指の先に雷を纏わせる。その雷を5センチほど真上に伸ばす。これだけでもかなり、きつい。

「……まぁ、制御は出来てるようね。次にこの魔導書を読んで。新しい事を試してみるから」

「新しい事?」

 今までは雷の性質や今のように制御のやり方、魔方陣を使った魔法ぐらいだ。

「今日は魔眼よ」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 パチュリー曰く「貴方の魂には3人の別の魂がある。雷魔法もトールと吸血鬼のおかげで制御出来ているの。だったら、魔眼のような特別、属性を持っていない魔法を操れるのか試したい」との事だ。こちらからしたらいい迷惑である。

「……はい」

「ん」

 読み終わった俺は頭の中で情報を整理しながらパチュリーに魔導書を返した。

「どう? 理解出来た?」

「だいたい」

(途中で吸血鬼に解説して貰ったけど……)

 因みに吸血鬼にも俺が魔眼を使えるかどうかわからないらしい。

「じゃあ、早速やってみせて」

「……」

 出来るのだろうか。魔眼にはいくつか、種類がある。『魅了』、『直死』。有名なメデューサのように目を合わせると相手を石にする。こう言った能力を全て、魔眼と言う。

「まぁ……やってみるか」

 指輪に力を込め、合成。主な主成分は『魔力』。合成した魔力を両目に集める。

「くっ……」

 しかし、上手く集められない。まだ、魔力を上手に操る事が出来ないのだ。

(なら)

 魔力を左目だけに集中する。

「っ!?」

 その直後に目に激痛が走った。あまりの痛みに体がフラフラと揺れてしまう。

「だ、大丈夫?」

 パチュリーが慌てて声をかけて来たが、返事をする前に左目に何か違和感を覚えた。

「フラン! ストップ!」

「きゃあっ!?」

 急に自分の名前を呼ばれた事に吃驚したのか後ろでフランが悲鳴を上げる。

「言っただろ? 後ろから来るなって!」

 振り返って胸を押さえているフランを叱った。

「ご、ごめんなさい……って! どうして、私の事がわかったの?」

「……あれ?」

 自分でも分からない。突然、頭にフランの姿が映し出された。いや、後ろにフランの気配を感じ取ったとでも言うのだろうか。

「ぱ、パチュリー? これって」

「成功のようね。その証拠に貴方の左目、青くなってる」

「ま、マジで!?」

 急いでスキホから鏡を取り出し、見てみる。確かに青かった。

「あ! もしかしてお兄様、魔眼持ちになったの!?」

「……みたいだな」

 どんどん、人間から遠ざかって行く。

「で? その魔眼の効果は?」

 パチュリーが興味深そうに問いかけて来た。その目はキラキラと輝いている。

「多分、『探知』だと思う。今も空気の流れやお前たちの体から発せられている微弱な魔力も見えてるし。魔導書に書いてあったのを試したけどあやふやだったから別の魔法になってるかも」

「貴方、それがどれだけ危険かわかってる?」

 呆れた様子でパチュリーが聞いて来た。

「仕方ないだろ? 出来るとは思ってなかったんだから」

「……まぁ、いいわ。今日はとことんその魔眼について調べましょう」

「うーい」

 こうして、俺は魔眼を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 紅魔館を後にして、いくつかの仕事を熟した後、俺はある一軒の店に寄った。

「あ、いらっしゃ~……って、貴女は!?」

 そこには高校生ぐらいに成長していたリーマがいた。

「久しぶり。上手くやってるみたいだな」

「お客じゃないなら帰ってくれる? 私だって暇じゃないの」

 リーマが開いた店はその名も『成長屋』。彼女の能力を活かしたお店だ。

「どんな客が来るんだ?」

 この店が出来たと射命丸から聞いて俺は訪れてみたが内容までは知らない。

「そうね……例えば、まだ芽すら出てない花を咲かせたり、将来の自分の姿を見たいって人の体を成長させたり、とか?」

「そりゃ、お前にしか出来ない仕事だな」

「まぁね。でも、貴女の用事ってそれだけじゃないんじゃない?」

「えっと……雅って知ってるか?」

 雅は前、リーマは友達だと言っていた。その真相を確かめるのも今日、ここに来た用事でもある。

「雅? 懐かしいね~。もしかして、戦った?」

「ああ、死ぬかと思ったよ」

 本当である。

「じゃあ、雅も倒されちゃったんだ……彼女もここに?」

「いや、幻想郷には来てない。俺の家で居候」

「へ~! 居候ね~……はぁっ!?」

 目を見開いたリーマ。それほど驚いたらしい。

「何か、俺の式神になりたいんだとよ……いい迷惑だ」

「あの子……寂しがり屋だから。私が北海道にいた時もべったりだったし」

「え? お前、北海道にいたの?」

 驚きの真実だ。

「昔、失敗しちゃって正体がばれそうになって逃げたの。その先であったのが雅」

「そ、そうだったのか」

 リーマにも辛い経験があった事に驚く。何故なら、今のリーマを見ても全くそう言った事を感じ取れないからだ。

「今度、ここに連れて来てくれる? 会いたいな」

「それはそこのポストに依頼状を入れてくれれば」

「お金がないの」

 そう言って、リーマは店の奥に引っ込んでしまった。まぁ、仕方ないから連れて来てやろう。そう思いながら、俺は次の依頼主がいる所に通じるスキマを開いた。

 

 

 

 

 

「宴会、やるから来なさい」

「は?」

「は、じゃないの。宴会。わかる?」

 仕事が終わり、博麗神社でお茶を飲んでいたら霊夢が隣でそんな事を言って来た。

「いや、言葉は知ってるけど……お前、未成年だろ?」

「幻想郷じゃ20歳以下でもお酒を飲んでいいのよ。法律なんてないんだから」

「た、確かに……でも、俺は酒、飲まないぞ?」

 この前の『雅泥酔事件』でお酒はこりごりなのだ。

「別にいいわ。とにかく貴方が来てくれないと始まらないのよ」

 腰に手を当てて溜息交じりに教えてくれる霊夢。

「どうして?」

「異変の後には必ず、宴会をしているのは知ってるわよね?」

「あ、ああ……」

 阿求の家にあった本で読んだ事がある。

「実は狂気異変の宴会をしてないのよ」

「そう言えばそうだね。でも、何で今更? 今、11月だよ?」

 狂気異変は8月に起きた。もう3か月は経っている。

「貴方の仕事が落ち着くのを待ったの」

「え? 俺の?」

 確かに最近、依頼の数は減って来ている。最初の頃は珍しさから人里の皆は依頼を出していたらしい。

「そう、だから今やるの」

「それで? いつ?」

「明日」

 即答する。

「きゅ、急だな……」

 でも、明日は土曜日。満月の日でもないから大丈夫だ。

「わかった。じゃあ、明日な」

 そろそろ帰ろうと思い、立ち上がりながら俺は頷く。

「ええ、助かるわ。あ、それとこれ、あげるわ」

 そう言って、霊夢は懐からある物を差し出して来た。

 



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第67話 宴会

「響! まだ出来ないのか!?」

 藍の叫び声が台所に木霊する。

「もう少し待って! ほら、出来た! 橙!」

「はい!」

 宴会当日。俺は博麗神社の台所で汗を流していた。

「ルーミア! 食べるなよ!」

「っ!? ど、どうしてわかったの!?」

 昨日、覚えたての魔眼が役に立った。ここからなら、博麗神社の中にいる人を探知できる。ほとんどが居間で大騒ぎしているが妖精やルーミアは何故かここに集まって来ていた。窮屈だ。

「チルノ! これに触って!」

「ん? いいよ!」

 笑顔でチルノが俺の差し出した熱々の豆腐に触る。

「これでよし! ありがと! 冷水に浸す時間が勿体なくてな!」

「弟様。交代です」

 そこで突然、咲夜が現れた。

「へ?」

「お嬢様からの命令ですので」

 そう言って野菜を一瞬にして切ってしまう。確かに咲夜の方がこう言った仕事は早いだろう。

「……じゃあ、まかせたわ」

「ええ」

 台所は咲夜に任せ、俺は妖精たちを連れて台所を後にした。

「……てか何で付いて来るの!?」

 我慢の限界に達し、振り返って叫んだ。

≪何となく~≫

「さいですか……」

 諦めました。

「おいーす」

「おお! お疲れ、美味しく頂いてるぜ!」

 居間に入ると魔理沙がいたのでその隣に座った。

「交代か?」

「ああ、咲夜とな」

 そう言いつつ、使われていない箸を持ち、から揚げを食べる。

「あ~、うめ~」

 自分で作った物だが、良い出来栄えだ。

「お前、料理得意なんだな。今度、教えてくれよ」

 俺の後に続いて、から揚げを口に放り込んだ魔理沙が頼んで来た。

「依頼としてならな。もちろん、友達だから安くしておくぜ?」

「なら、いいや」

「ちっ……」

 能力も使わず、ただ教えればいい簡単な依頼が入ると思ったが空振りに終わる。

「そんな事より、ほれ」

「さんきゅ」

 魔理沙が笑顔で空のコップを渡して来た。そして、俺が受け取ったコップに酒を注ぐ。

「ああ!? 俺、酒飲めないぞ!?」

「え? そうなのか?」

 驚いたようで魔理沙は目をぱちくりさせる。

「~♪」

 その後ろで黒い帽子に黄色のシャツ、緑色のスカートを着こんだ少女がニコニコしながら魔理沙のコップを別の物に変えた。

「この幻想郷で酒が飲めないのは駄目だぞ? 普通、こうやって飲むもんだ」

「あ……」

 少女が入れ替えたコップを乱暴に掴んで飲み干す魔理沙。

「ぐふっ……」

 そして、頭をテーブルに打ち付ける。相当、強い酒だったようだ。いつの間にかあのイタズラ少女は消えていた。

「お、おい?」

 魔理沙の肩を叩いて様子を伺う。

「……お前は」

「え?」

「お前は私の酒が飲めないのかああああああああっ!!」

 勢いよく顔を上げた魔理沙は叫んだ。

「お前の酒じゃなくても飲めないの!」

「……よし!」

 急に立ち上がる魔理沙。すぐに俺の腕を掴んだ。

「勝負だ!」

「……は?」

 腕を引っ張り、俺を立たせた魔理沙がそう宣言した。

「私が勝ったら酒、飲めよ?」

「俺が勝ったら?」

「私が酒を飲む」

「お前にデメリットないじゃないか!?」

 そう、叫ぶも魔理沙は気にしていないようで箒を持って縁側まで俺を引き摺る。

「霊夢~! 少し、荒れるかも!」

 魔理沙が霊夢に言った。

「後で直しなさいよ」

「お前も止めろっ!?」

 平然とお酒を飲んでいた霊夢にそう叫んだ所でとうとう、外に出てしまう。靴は縁側に置いてあったので何とか、靴下のまま地面を踏む事は免れた。

「……今、思ったけどお前って押しに弱いよな?」

「う、うるせー!」

 その場の空気を読んでいるだけだ。宴会に出席している人のほとんどが俺と魔理沙の戦いを見ようと酒を片手に縁側に座っている。断りにくくて仕方ない。

「お兄様! 頑張って!」

 フランの声援が聞こえて来るがただ、溜息しか出て来なかった。

「勝負は墜落した方の負けでどうだ?」

「……俺に変身しろ、と?」

「じゃないと弾幕ごっこ出来ないだろ? 仕方ない3回、被弾した方の負けな」

 この大勢の前でコスプレするのは抵抗がある。いや、はっきり言うと嫌だ。

(まぁ、コスプレしなくても……)

「じゃあ、スタート!」

 箒に跨り、魔理沙が叫んだ。フラフラと上昇して行く。相当、酔っているらしい。

「……」

「おい? どうした? 能力、使わないなら私から行くぞ!」

 俺が動かないのを不審に思ったらしい。魔理沙はそう言って、色とりどりの星をばら撒く。

(そう言えば……昨日、霊夢からあれ、貰ったよな)

 魔眼を発動し、星の流れを視る。このままでは緑の星にぶつかってしまう。それを回避する為に前に走り出した。

「やる気になったか」

 上で魔理沙が呟いているが無視。

「つまり、俺がするべき事は――」

 星の下を走り抜けた俺は茂みの中にダイブする。

「あ!? 逃げるのか!?」

(ちげーよ)

 ちょっと、準備が必要なだけだ。

 

 

 

 

 

 俺が茂みの中に隠れてから20分が過ぎた。

「そこか!」

 茂みが動いた所に星弾を撃つ魔理沙だったが、そこに俺はいない。

「魔理沙!」

 そこで博麗神社の縁側からパチュリーの声が聞こえた。何を言うつもりなのだろうか。

「何だ?」

「彼、魔眼持ってるから茂みの中からでも貴女の事は見えてると思うわよ~!」

 少し、遠いので大きめの声でパチュリーが忠告する。

「ま、魔眼!?」

「そう言うのは普通、教えないだろうが!!」

 魔理沙が目を見開いた時、俺の声が境内に響き渡った。

「後ろ!?」

 魔理沙はいち早く反応し後ろを向き、驚愕する。

 

 

 

 俺が真っ白な小ぶりの鎌を持って魔理沙の首を刈ろうと飛んで来ていたからだ。

 

 

 

「ぬおっ!?」

 魔理沙は咄嗟に箒を操って鎌を躱す。その拍子に帽子が切れてしまう。

「ちっ……」

 空中で態勢を立て直し、魔理沙と対峙する。鎌を維持するのは神力を無駄遣いしてしまうので消した。

「な、何なんだよ!? その鎌はっ!」

「神力で作った鎌だ」

 合成霊力でも飛ぶ事が出来るのを先ほど知り、今こうしている。

「し、神力って……何で人間のお前がそんなものを?」

 酔いもすっかり吹き飛んだ魔理沙は戸惑いながら問いかけて来た。

「秘密だ」

 魂の事はまだ、言うつもりはない。そう言い捨てた俺は新たに作っておいたスペルを宣言する。

「雷刃『ライトニングナイフ』!」

 神力でナイフを俺の周りにいくつも創造し、それに雷を纏わせる。

「行けっ!」

 一気に魔理沙に向けて射出した。

「よっ!」

 しかし、魔理沙は簡単にナイフを躱しスペルカードを取り出した。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 発動すると魔理沙の周りから大量の星弾が俺を襲う。だが、俺には探知の魔眼がある。左目で軌道を視て、躱した。

「なかなかやるじゃん」

 最初は驚いていた魔理沙だったが今は弾幕ごっこを楽しんでいるようだ。

「うるせー」

 左目が痛い。魔眼を使いすぎたらしい。今思えば、ルーミアにつまみ食いされてからずっと、魔眼を使いっぱなしだ。まだ、慣れていないから限界が来てしまったようだ。

「お? 左目の色が戻ったな?」

「まぁな。雷輪『ライトニングリング』!」

 スペルを取り出して、宣言。右手首と左手首に雷の輪が装備された。

「え?」

「はい、被弾」

 一瞬にして魔理沙の背後に回り、首筋に弱めに弾を当てた。

「え? え? えええええ!?」

 振り返った魔理沙は目を大きく見開く。

「後、2回」

「お、お前……瞬間移動、出来るのか?」

「ばーか。瞬間移動じゃねーよ」

 その時、両腕と両足の筋肉が破裂して血が飛び散った。

「うおっ!?」

「まぁ、肉体強化だ。で、これがデメリット」

 雅と戦った時はもっと後になって破裂したが、あれから改良し自分のタイミングで破裂させる事が出来るようになった。破裂させない方がいいのだが、それは無理だったのだ。

「だ、大丈夫なのか?」

「おう」

 合成霊力を流して傷を癒した。

「……なら、遠慮なしだな!」

 八卦炉を取り出し、魔理沙がニヤリと笑う。俺と魔理沙の距離は約5メートル。あまりにも近すぎる。

「まずっ――」

「恋符『マスタースパーク』!」

 視界が極太レーザーで遮られた。

「くそっ!」

 両腕を同時に突き出し、2発の雷撃を撃ち出す。だが、レーザーの前では焼け石に水だ。俺はレーザーに飲み込まれた。

 



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第68話 乱入

「はぁ……はぁ……」

「お~! 生きてる」

「殺す気か!?」

 両腕をクロスして何とか、耐えた俺だったが被弾した事には変わりない。それよりも、両腕に大やけどを負ってしまった。制服は紫の能力のおかげですぐに再生するので心配しなくていいが霊力の消費が激しい。

「いや~、お前なら何とか出来そうじゃん?」

「無理だよ。さすがに……」

 あそこで神力を駆使して結界を貼っても突き破られる。逆に結界の破片が俺の体を襲う可能性があったのだ。霊力を流し、火傷を治す。

「これでお互い、1回ずつ被弾したな」

「そうだな。まぁ、まだどっちが勝つかわからないってところだ」

 そう言って、ほぼ同時にスペルを取り出す。

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 魔理沙の方がスペルを唱えるのが速く、細いレーザーを何本も回転させながら撃って来た。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 急いで宣言し、両手を筒のように丸めて右手を口にくっつけて、その前に左手を添えるように口元に寄せる。指輪を使って、両手に妖気を纏わせ威力を高めた。そして、悲鳴としか言えない絶叫を発する。

「なっ!?」

 その叫びに吃驚した魔理沙は箒から両手を離し、耳を覆った。俺の叫びに乗って妖気が勢いよく撃ち出され、レーザーを吹き飛ばす。

「雷雨『ライトニングシャワー』!」

 向こうに隙が出来た今がチャンスだ。スペルを発動し、小さな雷弾をこれでもかと出現させて魔理沙に向かって放出する。

「ちょっ!? 鬼畜だろ!!」

 まだ、フラフラしていた魔理沙だったが箒を器用に操り、全ての雷弾を躱した。

「雷撃『サンダードリル』!」

 それでもこちらは攻撃を続ける。雷を纏った大きなドリルが魔理沙に突進した。

「魔砲『ファイナルスパーク』!」

 八卦炉を取り出し、『マスタースパーク』よりも強力なレーザーがドリルを粉々に砕く。

「続けて! 恋符『マスタースパーク――』」

 レーザーの放出をやめた魔理沙は俺に向かって八卦炉を構える。もう、唱えたはずの『マスタースパーク』。つまり、同じスペルをもう一度使うのだ。

「それはルール違反じゃ!?」

「『――のような懐中電灯』!」

 しかし、魔理沙はレーザーではなくただの懐中電灯を使って俺の目を潰しに来た。

「くっ!?」

 その罠にまんまとハマった俺は左腕で目を庇ってしまう。

「彗星『ブレイジングスター』!」

「ぐふっ……」

 八卦炉を箒の後方に撃ちながら魔理沙が俺にぶつかって来た。そのまま俺は境内に叩き付けられる。

「い、今のってありかよ……」

 体のあちこちが痛い。特に腹と背中。

「これでとどめだ!」

 こちらの態勢を立て直させる前に魔理沙が勝負を決めに来た。

(仕方ない……使ってみるか!)

 今、使おうとしている物は未完成だ。失敗すればそのまま被弾する。成功すればまだ、この戦いが続く。

「恋心『ダブルスパーク』!」「光撃『眩い光』!」

 魔理沙が2本のレーザーを撃ち出した瞬間に俺の体から懐中電灯を遥かに凌駕する閃光が放たれた。せめて、これを使っているのを見られない為の目くらまし。

「はぁ……はぁ……」

「な、何をしたんだ?」

 目を庇っていた魔理沙が俺の両端にいつの間にか生まれていたクレーターを見て、驚愕していた。つまり、俺はあの2本のレーザーを弾いたのだ。縁側の方でも騒がしくなっている。

「ちょ、ちょっとな……」

 そろそろ限界だ。そりゃそうだ。前よりは力を表に出せるようになったとは言え、まだ弾幕ごっこを最後までやり切れるほどではない。

「まぁ、被弾数はお前が2回。こっちは1回だ。こっちが有利なのは変わらない」

「ほざいてろ」

 絶対に酒は飲みたくない。がくがくする足に鞭を打って、立ち上がりスペルを構える。

「行くぞ!」

「来れるものなら来てみな!」

 通常弾である星弾をばら撒いた魔理沙。俺は指輪で少なくなった霊力を水増しさせ、飛び上がった。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 そして、立方体の結界を貼り全弾、防ぐ。

「うわっ!? 卑怯じゃないか!」

「お前に言われたくねーよ!」

 魔理沙までもう少しと言うところで『神箱』が時間切れになる。だが、これで十分だ。

「合成『混合弾幕』!!」

 指輪が今までにないほど輝く。次の瞬間には俺が撃った大量の霊弾、魔弾、妖弾、神弾がお互いにぶつかり、引き寄せ合い、時には合体して魔理沙に突っ込む。

「のわっ!?」

 さすがの魔理沙でもこの弾幕は躱せず、被弾した。しかし、すぐに全ての弾が消えてしまう。俺に限界が訪れたのだ。

「こ、これで……互角だ」

「まぁな。でも、お前はフラフラ。それに比べて私はまだまだ行ける。勝負、あったな」

 ニヤニヤ笑う魔理沙。悔しいが、魔理沙の言う通りだ。

 だが、その刹那――魔理沙は何者かに吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ってるわね」

 私の隣で紫がお酒を飲みながら呟く。丁度、響が『神箱』で魔理沙に近づいている所だった。

「そうね……それにしても本当に力、少ないわ」

「何言ってるの? あれでも増えた方でしょ?」

「まぁ……そうなんだけど、何か茂みから出て来た辺りからすでに他の力より霊力は少なかったけど?」

 響は霊力だけ少ないのだろうか。

「いえ、そんな事はないはずよ?」

「……ああ、なるほど。使ったのね」

 響が魔理沙に向かって大量の弾幕を貼った時にわかった。

「何を使ったの?」

「昨日ね。渡したのよ」

「渡した?」

「ええ、それは――」

 言おうとした時、境内で爆発音が轟く。また、境内に穴が開いた。

「ま、魔理沙!?」

 しかし、響の叫び声でただ事ではないとわかり、上を見た。

「あらあら? お酒でも飲んだのかしら?」

「……悠長な事、言ってる場合じゃないわよ」

 そこで私はコップを傾ける。

「それにしては落ち着いてるじゃない?」

「響には奥の手があるからね」

 そう言って私は魔理沙を吹き飛ばした犯人――フランをちらっと見た。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、魔理沙!?」

「魔理沙ばっかりずるい~! ヒック……私もお兄様と遊ぶの~!!」

 しゃっくりをしながらフランが文句を言う。

「お、お前……酒、飲んだか?」

「飲んだけど酔ってないよ~! んふふふふ~!」

「顔を紅くして何を言うかこの泥酔吸血鬼が!」

 どうやら、フランはお酒に弱いらしい。ベロベロだ。

「よ~し! お兄様! 一緒に遊ぼうよ!」

「お前とは平和的に遊びたいの!」

 魔理沙の方を見ると地面に転がって目を回しているが、外傷はないようだ。何とか、間に合ったらしい。

「ん~? お兄様、魔理沙を助けたの?」

「まぁ、あいつは人間だからさすがにこの高さから落ちたら怪我は免れないだろうしね」

「じゃあ、まだ戦えるんだね? 助けられる余裕はあるんだもん!」

 ニコニコしてフランは言う。

「……ああ! もう、知らないからな!」

「全力でかかって来てね!」

(まず……フランの気を紛らわせないと)

 この技は準備に時間がかかりすぎる。何とかして時間稼ぎをしなければいけない。

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 目を輝かせて炎の剣を左手に握ってこちらに飛んで来るフラン。

「ゴメン、フラン」

「何で謝るの?」

 首を傾げるがフランの勢いは変わらない。いや、どんどんスピードが上っている。

「今のお前を止めるにはお前を傷つけるしかないんだ……」

「え?」

 至近距離になってやっと、フランがキョトンとした。

「神鎌『雷神白鎌創』」

 スペルを唱え、右手に現れた小ぶりの真っ白な鎌を構える。

「フラン……覚悟はいいか?」

「それはもちろんだよ!!」

 フランが剣を振りかぶった。それに合わせて鎌を下から突き上げる。剣と鎌がぶつかり合い、甲高い音を轟かせた。

「うわっ! お兄様、本当に強くなったね!」

「妹になめられるのは何か、イラッてするな」

 すぐにフランは距離を取って、炎の剣を伸ばす。急いで鎌を構え直し、柄で剣を弾く。

「どこで鎌の使い方を?」

「わからん!」

 霊力を爆発させ、一気にフランの懐に潜り込む。目を見開いたフランだったが、冷静に剣を突き出して来た。それを鎌の刃で受け止める。

「えいっ!」

「ぐ……」

 しかし、剣を力いっぱい押して俺の鎌を弾き飛ばすフラン。そのまま、俺の胸を切り裂いた。懐に入れておいた1枚のスペルが宙を舞う。

(やべっ……)

 今、落ちたスペルカードはもしかしたら今回の作戦で使う物かもしれない。

「くそっ!」

 目の前が霞んで来る。霊力を無理やり製造し、胸の傷を治す。その中で急降下し、スペルをキャッチした。

「……え?」

 俺はそのスペルを見て目が点になった。

 



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第69話 召喚と結界

「……」

「ほら! 呆けてると怪我するよ!」

 上からフランの声が聞こえ、咄嗟に結界を貼ってフランの攻撃を防ぐ。その間に思考を巡らせる。

(どういう事だ? どうして、こんな物が……あ)

「ゆ、ゆかりいいいいいいいいっ!!」

 縁側で酒を飲んでいる紫を睨む。向こうはキョトンとしていた。本当に知らないらしい。

「どうしたの? そんな事してると死ぬよ?」

 結界を迂回して来たフランがスペルを取り出した。

「禁弾『スターボウブレイク』!」

 七色の矢を放つ。スピードもそうだが、貫通性がある矢だ。結界では防げない。

「すまん。マジでイライラして来た……」

 指輪で妖気を合成し、右手に纏わせる。そして、一時的に魔眼を発動して矢を右手で掴んだ。

「うわ……」

 自分から放っておいてフランは少し、引いていた。

「どうして引くんだよ?」

「お兄様はもう、人間じゃないなって……」

「はい、ぶっちんしました~! お前、倒します!」

 兄に向かってその口の聞き方はなんだ。少し、お灸を据える必要があるようだ。右手に持っていた矢をそのまま投げ返す。

「うおっ!?」

 かなりのスピードだったがフランは紙一重で躱す。その隙に真下に急降下。地面に降り立つ。

「逃げるの?」

「逃げるか。ドアホ。助っ人を呼ぶ」

 もう一度、紫を睨んで俺はスペルを構えた。向こうにはスペルを通して合図してある。その為に俺はあの場に留まったのだ。

「まさか……あの時からだとわな」

『そうだね。私自身、驚いてるよ』

 スペルから声が聴こえた。俺にしか届かない声。その声には嬉しさがにじみ出ていた。そもそも、こうなったのはあの時の乾杯のせいだ。

「じゃあ、行くぞ?」

『いつでもどうぞ』

 フランは俺の様子がおかしい事に気付き、急降下して来る。その周りには魔方陣が多数。『クランベリートラップ』だ。

 

 

 

「仮契約『尾ケ井 雅』!」

 

 

 

 そして、俺はスペルを地面に叩き付けた。

「うお……」

その瞬間、体から力が抜けて地面に倒れてしまう。スペルを発動する為に力を使い過ぎたのだ。

「させないよ!」

 そこでフランが大量の弾幕を魔方陣から撃ち出す。その弾幕は俺に向かって真っすぐ突進して来る。このままでは直撃だ。

「あの時とは逆だね」

 しかし、弾幕は俺を襲う事はなかった。

「まぁな。フランが敵でお前が味方で」

「ど、どうして……」

 フランが目を大きく見開き、驚愕していた。

「そりゃ決まってるでしょ? 私は響の式神になったんだよ」

 

 

 

 ――雅の翼が俺を守ってくれたからだ。

 

 

 

「仮、だけどな」

 地面に倒れながらそう呟く。

「う、うるさいな~! いいじゃん、こうやって役に立ったんだし」

 フランの通常弾を躱す為に俺に翼を巻きつけて飛び上がりながら雅が言った。

「バカ野郎。お前を呼び出すだけで回復10回分の霊力を使ったぞ。燃費悪すぎだ」

「仮ですから~」

 燃費を良くしたかったら本格的に契約を結べ、と言いたいらしい。

「さて……状況はだいたい、わかったよ。酔っ払いに絡まれたんだね?」

「ご名答。作戦は一応、あるけど……もう少し、時間がかかりそうだ。てか、お前のせいで伸びたわ」

 作戦には大量の霊力が必要となるのだ。

「そりゃわる~ござんした」

「罰として時間を稼げ」

「禁忌『フォーオブアカインド』!」

 その時、フランが4人に分身する。

「……それまであれを何とかしろと?」

 雅の額に冷や汗が流れた。

「頑張れ。仮式」

「略すな!」

 4人のフランがバラバラに突っ込んで来る。雅は6枚の翼を器用に操って、フランを弾き飛ばす。

「ああ!? もう! 6枚じゃ足りないよ!」

 そう叫んだ雅は一気に急降下し、地面すれすれで急上昇。その時、指先で地面にタッチしていたのを俺は見逃さなかった。雅の後を黒い粒子が付いて来る。まるで、磁石に引き寄せられる砂鉄だ。

「禁忌『禁じられた遊び』!」「禁弾『カタディオプトリック』!」「禁弾『過去を刻む時計!』「禁忌『フォービドゥンフルーツ』!」

 上昇している途中でフランが同時に4枚のスペルを発動。こちらに向かってめちゃくちゃな弾幕が視界を埋め尽くす。

「少し、衝撃に気を付けて!」

 黒い粒子を操り、翼の数を10枚に増やした。雅は翼を慣れたように組み合わせ、俺たちを覆う。それは外から見れば黒い球体だろう。少しして、球体の外で爆発音が何度も炸裂した。

「今の内に何をしようとしてるか教えて」

「おう」

 

 

 

 

 

「……」

 フランは黒煙が消えるのをじっと待っていた。自分自身で出した弾幕が響と雅にぶつかったと思ったら、何故か発生したのだ。このままでは攻撃する事は出来ない。因みにまだ、泥酔である。その顔は紅いがとても幸せそうな表情が浮かんでいた。響と弾幕ごっこ出来た事がよほど、嬉しいのだろう。

「およ?」

 煙が晴れたがそこには誰もいなかった。気配は微かにするのでこの境内のどこかにいる事は分かっている。しかし、どこまでかは分からない。

「下!?」

 下から風を切る音がしたのでそちらを見ると雅が響を連れて突進して来ていた。まだ、響は動けないらしい。

(まずは~、あの~、翼を~)

 ニヤニヤして右手を突き出す。思考がおかしいのは酔っているせいである。

「させるか! 白壁『真っ白な壁』!」

 10枚の翼にある『目』を右手に集めようとしたが、フランと雅の間に白い結界が現れる。響が指輪を使って生み出したのだ。これでは『目』を集める事が出来ない。見えないのだから。

「なら、その壁から!」

 右手を握って白い結界を破壊する。

「隙ありっ!」

 白い破片を翼で弾きながら雅がフランの懐に潜り込んだ。しかし、フランは落ち着いてスペルを唱える。

「秘弾『そして誰もいなくなるか?』」

 雅が伸ばした翼はフランが消えた事によって空振りに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「き、消えた!?」

 目の前でフランが消えて、雅が慌てている。

(もう、少し……)

「全方向から弾幕!」

 右手の人差し指と中指を立てて、霊力をそこに集中させながら俺は短く忠告した。前に見た事があったのだ。

「なら、またさっきのを!」

 翼で自分たちを覆うために雅が翼を動かした時だった。

「キュッとしてドカーン!」

「きゃっ!?」「うおっ!!」

 消えたはずのフランの声がした刹那、雅の翼が爆発。俺と雅は別々の方向に吹き飛ばされた。

「お兄様へドーン!」

「きょ、響!」

 雅が飛ばされながら俺の名前を叫ぶ。きっと、こちらに突っ込んで来ているフランを見たからだろう。

(来た!)

 必要な霊力が回復した。フランの方に体を向けて、懐から5枚のお札を宙に投げる。人差し指と中指を伸ばし、5枚のお札を頂点して星を形作る。そう、『五芒星』だ。

「霊盾『五芒星結界』!」

「むぎゅ! にゃあ!?」

 目の前に星型の結界が現れ、フランが顔からそれにタックルした。そして、思い切り後ろに吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。

 五芒星は陰陽道で魔除けの呪符として伝えられている。その印に込められた意味は陰陽道や魔法の基本概念となった『木』、『火』、『土』、『金』、『水』の元素の働きの相克を表したものであり、この五芒星はあらゆる魔除けの呪符として重宝されたらしい。式神についてパソコンで調べた時、安倍清明と言う陰陽師が出て来てこの事を知ったのだ。

 フランはあのような外見だが、れっきとした悪魔。魔除けの呪符に阻まれただけでなく弾かれてしまったのだ。霊力が足らず、最後の『五芒星結界』の印を結ぶのに時間がかかった。でも――。

「これで完成した」

 『五芒星』を傍に漂わせながら俺は呟く。

「いたた~……」

 頭を撫でながら立ち上がるフラン。

「じゃあ、フラン。覚悟はいい? 後戻りは出来ないからね」

「いいよ。お兄様。もっと、遊ぼうよ!」

 俺とフランはお互い、笑い合い。ほぼ同時に移動を開始した。

 

 

 

 

 

「で? あのお札は?」

「私があげたのよ」

「嘘おっしゃい。彼が使えるはずがないでしょ」

 星形の結界を引き連れてフランから『逃げる』響を見ながら紫がそう言って来た。

「嘘じゃないわよ。貴女は知らないの?」

「何の事?」

「彼、私たちの服を着て私たちのスペルを使える。でも、通常弾は使えない」

「それぐらい知って――」

 少し、ムッとなった紫の言葉を遮って私は言葉を紡ぐ。

「でもね? 私の時だけ使えるのよ。お札を投げる事が出来るの」

 本人から聞いた。早苗も涙目になって『霊夢さん以外からあんな攻撃されるとは思ってもみませんでしたよ……しかも、相手はあの響ちゃんだったし』と言っていたから本当だ。それに私の勘もそう告げている。

「そんな事って……あのお札は!」

紫は目を見開いていた。

 

 

 

「そう、あのお札は博麗のお札。普通なら博麗の巫女しか使えないお札よ」

 

 

 

 そして、響はそのお札を使って私とは全く違う結界を貼った。その事があのお札を自分の力で使っている証拠となる。私の力なら私の結界しか使えないからだ。

「でも、どうしてそんな事が?」

「私にも分からないわよ。本人もお札を渡した時、半信半疑だったし」

 溜息を吐きながらコップの中身を飲み干す。卓袱台の上にあるお酒の入った瓶を手に取るがやけに軽い。

「あら? お酒、もうないじゃない。新しいの取って来るわ」

「え? ちょっと! まだ、話は終わってないわよ! それに響の戦いは見なくてもいいの!?」

「いいわよ。だって――」

 空を自由に飛んでいる響を見ながらぼそっと呟いた。

 

 

 

「――フランは、もう彼の罠にはまってるから」

 

 

 

 紫の声を無視して私は台所に向かった。

 



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第70話 天罰

「逃げないでよ~!」

 調子に乗った事を言った。俺はまだ『五芒星結界』を操り切れておらず、攻撃出来ないのだ。フランは炎の剣を振り回して俺の後を追って来る。

「くそ!」

 逃げようにも地力が足りなくなって来て、スピードが出ない。後ろからどんどんフランが迫る。このまま、斬り殺されるかもしれない。

「させない!」

 そこに雅が割り込んで来た。

「邪魔!」

 フランが剣で雅に斬りかかる。それを翼で弾き飛ばし、別の翼を伸ばして攻撃した。だが、フランは華麗に躱すと一旦、離れていく。

「雅、すまん!」

「大丈夫! 私は響の式だもん!」

「仮だけどな」

 雅がフランと戦っている間に俺は準備に取りかかった。

(まずは結界について知らないと……)

 近くに浮いていた結界をよく観察する。何も分からなかった。

「ぶっつけ本番か……」

 一応、どのような仕組みになっているかは理解しているつもりだ。ただ、霊力が足りるかが問題だ。

「これだけは使いたくなかったんだけどな。霊術『霊力ブースト』!」

 スペルを発動した瞬間、体が赤いオーラに包まれた。

「きゃあっ!?」

 丁度、その時雅がフランに吹き飛ばされ、地面に叩き付けられてしまう。勢いが凄まじく境内にクレーターが出来た。

「次はお兄様だよ!」

 ニヤリと笑ったフランが上からこちらを見ている。

「くっ!」

 急いで逃げようと体の向きを変えた。

「させないよ! 禁忌『カゴメカゴメ』!」

 フランがスペルを唱える。そのせいで俺は弾幕の檻に閉じ込められてしまった。

「いっけぇ!」

 間髪入れずに大玉を発射したフラン。大玉は檻に衝突し、次から次へと崩れ始めた。弾が無差別に移動し、俺に向かって来ている

「仕方ない!」

 最後まで隠していたかったが、仕方ない。

「集合!」

 俺の号令に従って茂みの中から9個の『五芒星結界』が俺の元にやって来た。

「嘘っ!?」

 フランが目を見開いて吃驚する。10個の結界は俺を取り囲み、弾幕を完璧に防いだ。

「い、いつの間に!」

「お前は見てたのかな? 魔理沙と弾幕ごっこしてる時、茂みに入ったろ? あの時だ」

 保険として用意していたのだ。まさか、こんな感じで役に立つとは思わなかったが。

「今度はこっちからだ!」

 スペルを取り出して、『五芒星結界』の陣形を変える。少し、緊張して来た。

(とにかく、やってみよう!)

「霊転『五芒星転移結界』!」

 スペルを宣言するとフランの周りを取り囲むように結界がくるくると回り出す。

「な、何?」

 フランはキョロキョロと見渡して戸惑っていた。

「それ!」

 指先から赤い小さな弾を結界の一つに撃ち込む。俺の思惑通り、スペルが働いてくれたらこの後、フランはとんでもない事になるはずだ。結界に赤い弾が入った瞬間、10個の結界から同時に同じような弾がフランに向かって発射された。

「うわっ!?」

 反射的にフランは10個の弾を躱す。しかし、10個の赤い弾は10個の結界に吸い込まれた。そして、10個の結界からマシンガンのように10発の赤い弾が射出される。

「も、もしかして、これって!?」

 また、フランは躱した。前と同じように結界に進入し、どんどん放出される弾が増えて行く。

「え? わっ! きゃっ! いやっ!?」

 フランが悲鳴を上げながら逃げ回っている。しかし、10個の結界もフランの後を追っているので中心から逃れる事が出来ずにいた。

「ああ! もう! 禁忌『恋の迷路』!」

「あ! バカっ!!」

 我慢出来ずにフランはスペルを発動してしまう。フランを中心にしてぐるぐると弾幕が何周もする。赤い弾幕とフランの弾幕がぶつかり合う。そして、フランの弾幕が勝ってしまった。

「よし、これで……」

 フランが安心した束の間、フランの弾幕が10個の結界に吸収される。

「え?」

 フランの目が点になるのを確認。その刹那、10個の結界からフランの弾幕が撃ち出された。

「きゃああああああああああああああっ!!」

 どうする事出来ず、被弾してしまう。しかも、次から次へとフランに突進する弾幕。その度に煙が上がり、フランの姿が見えなくなった。

「だ、大丈夫か?」

 スペルを解除してから思わず、声をかけてしまう。フランからの応答はない。心配になって来た。

「油断はいけないよっ!」

 煙を突き破って少しだけ服が破れていたが元気な姿でフランが突っ込んで来る。かなりのスピードだ。このまま、タックルされてしまったら、骨が折れるじゃすまない。多分、普通の『五芒星結界』なら突き破られるだろう。

「鉄壁『二重五芒星結界』!」

「わぶっ!?」

 しかし、フランはまたもや結界に阻まれ、後方に弾き飛ばされた。

 俺の目の前に巨大な星が生まれている。そして、5つの頂点にそれぞれ『五芒星結界』が配置されていた。つまり、『五芒星結界』で大きな『五芒星結界』を作るスペルだ。その強度は普通の結界よりも何倍も勝っている。欠点は一つ作る為に5個の『五芒星結界』が必要な事だ。

「もう! 何なの!」

 フランが文句を言いながらまた突進して来た。まだ、酔っているようだ。普通ならもっと、警戒していたはずである。何故なら――。

「終わりだ。フラン」

 

 

 

 ――俺の前にすでに『二重五芒星結界』がないからだ。

 

 

 

「まだまだ!」

 フランがスペルを構えて発動しようと口を開く。その前に俺の準備は終わっていた。フランの上と下に『二重五芒星結界』を置いていたのだ。お互いに星を見せ合うように。

「あ、れ?」

 その事に気付いたフランはその場に留まった。そこは丁度、『セーマン』の中心である。

「……ゴメン。霊神『五芒星雷神結界』!」

 スペルを宣言。すると、『五芒星結界』が回り始める。それに続いて『二重五芒星結界』も回り出した。

「何? 何が起きるの?」

 慌てたフランだったがもう、遅い。バチバチッ、と音を立てて結界の回転速度は上がって行く。その音はまるで、神が怒っているようだった。

「お、お兄様?」

 少し、涙目になったフラン。俺は首を横に振って『諦めろ』と口パクで伝える。そして、上の結界から下の結界目掛けて巨大な雷が落ちた。範囲は『二重五芒星結界』の中。フランの断末魔が境内に響き渡る。

「うわ……」

 自分で仕掛けておいて引いてしまった。しばらくすると雷が落ち着き、結界が消える。そして、灰色の煙を体から登らせ続けているフランの姿が見えた。ぐったりしており、すぐに頭から落ち始める。

「雅!」

「はいよっ!」

 下にいた雅に指示を出して、フランを受け止めさせた。これで一安心だ。

「おっと……こっちもか」

 急に体から力が抜けて飛べなくなってしまった。重力に従い、急降下を始めた俺の体。先ほど使った『霊力ブースト』のデメリットだ。このスペルは足りなくなった霊力を一時的に増幅させる事が出来る。しかし、効果が切れると丸一日、霊力が使えなくなってしまうのだ。俺は空に浮く為に霊力を使っている。その為、進行形で落ちているのだ。

「全く……境内、どうしてくれるのよ?」

 地面までもう少しと言う所で霊夢が溜息を吐きながら抱き止めてくれた。霊夢の言う通り、境内には大きな穴がいくつも開いている。

「おおう……すまん」

「まぁ、いいわ。悪いのは魔理沙とフラン。それとフランにお酒を飲ませたあのバカだけだから」

「バカ?」

「氷精よ」

 どうやら、チルノがフランの暴走の原因らしい。

「あまり、痛めつけるなよ? 特にフランは俺があれだけやったんだ」

「わかってるわよ。で? 今回は気絶しないの?」

「霊力だけが使えない状態だから気絶はしない……動けないけど」

 体が動かなくなるのは急激な力の変動によるものだ。つまり、体がその変動に慣れてしまえば霊力がなくとも動けるようになる。

「響~! この子、どうするの?」

「永琳に預けてくれ」

 霊夢が着陸した刹那、雅が質問して来た。『永琳?』と首を傾げる雅だったが、永琳の方から近づいて来ているので大丈夫だろう。

「貴方は?」

 俺をおんぶした霊夢が問いかけて来た。

「少し、横になるわ」

「じゃあ、こっちに」

「さんきゅ」

 雅が永琳にフランを預けたのを見て俺と霊夢は縁側に上る。

「ちょっと邪魔よ」

 唖然としていた人たちを避けて歩き続ける霊夢。

「あ、ちょっとストップ。永琳!」

「何?」

 フランをうさ耳の少女(何故かブレザーを着ている)に手渡ししていた永琳が俺の呼び声でこちらを向く。

「後で話がある。フランの手当てが終わったら俺の所に来てくれ」

「……わかったわ」

 何かを感じ取ったのか永琳が少し怖い顔をしながら頷いた。

「あの……私は?」

 その近くにいた雅が困った顔をしながら聞いて来る。

「雅はこっちに来なさい」

 俺が答える前に紫に腕を捕まえられた。

「え?」

「お酒でも飲みながら式について教えるわ。まさか、杯を交わしたら仮契約になるとは思わなかったから前に言わなかった事もあるのよ」

「い、いや……お酒は」

「飲めないの?」

「いただきます……」

 渋々、頷く雅。お酒が弱いのに大丈夫だろうか。

「話は終わったみたいね? じゃあ、行きましょ?」

「あ、ああ……」

 霊夢に促されて再び、俺は歩き始めた。

 



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第71話 制限

「で? 話って?」

 霊夢が用意してくれた部屋で横になっていると永琳が酒とおつまみを持ってやって来た。

「ズバリ、半吸血鬼化についてだ」

「ああ、満月の日の?」

 永琳は俺の布団の横で正座し、そう言いながらおつまみを食べ始める。医者としての自覚はないのだろうか。いや、薬師か。

「そうそう。今は11月末だろ? で、最初に半吸血鬼化したのが9月。今の所、3回だ」

「そうなるわね。でも、それのどこが悪いの? 私はちゃんと忠告はしたけど」

 少し、不思議そうにする永琳。

「実は……半吸血鬼化の他にも俺の体に変化が起きてるんだよ。今まで、3回とも」

「変化?」

 首を傾げながら永琳は酒が入ったコップを傾ける。

「女になる」

「ぶぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 思い切り、永琳が酒を吹いた。それほど、意外だったらしい。

「うおっ!? 汚っ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい……女?」

「そう、女。ガール」

「英語に直さなくてもいいわよ……それにしても、どうして?」

 近くにあったタオル(俺の汗を拭う為に霊夢が用意してくれた)で吹いた酒を拭きながら問いかけて来た。

「わからんからこうやって質問してるんだろ?」

「そうでしょうね。でも、女体化か」

 永琳の目が光ったような気がした。

「ねぇ? 今度の満月の日。こっちに来られない? いつも、満月の日だけ休むでしょ?」

 因みに永琳は俺が外から来ている事を知っている。

「能力が変化して変身出来ない」

「あら……それは残念」

 もし、こちらに来られたら何をしようとしていたのだろうか。聞きたかったが嫌な予感しかいないのでやめておいた。

「折角、解剖しようとしたのに」

「だと思ったら聞かないで置いたのに!!」

 横になりながら全力でツッコむ。

「それで? 体の方は大丈夫なの?」

「あ、ああ……一晩したら自由に動けるだろ。それより、フランは?」

「よく寝てるわ。多分、朝まで起きないわね。他には魔理沙が軽傷を負ったのと氷精が消滅したぐらいかしら?」

 霊夢にやられたらしい。

「チルノ……永久に」

 合掌して友達の死を悲しむ。これぐらいなら動ける。

「まぁ、すぐに復活するけどね」

「まぁ、知ってたからこうやってんだけどね」

 10月に俺も消滅させた事があった。あの時は焦った記憶がある。

「それにしても……貴方。本当に強くなったわね」

「へ?」

「魔理沙とフランとの戦いよ。吃驚したわ」

 コップに酒を注ぎつつ、そう言った。

「……強くなんかないよ」

「あら? 謙虚ね」

「本当だって……俺は自分の力だけで戦ってない。いや、戦えないからね。皆の力を合わせる事しか……」

 コスプレだって幻想郷がなかったら使えないし、指輪だって魂に吸血鬼たちがいるから使える。

「そうかしら?」

 だが、永琳は笑顔で否定する。

「皆の力を合わせるって相当、難しい事よ? ましてや、貴方の能力ってランダム性が高い。それなのに使えている。更にあの指輪。あれって霊力、魔力、妖力、神力を合成してるんでしょ? どの力をどれくらいの割合で合わせるか。それを一瞬にして判断し使っているの。それって普通は無理だと思うけど?」

「そうか? 俺、適当に戦ってるだけだけど……」

「それなら貴方は天才よ。貴方の強さは能力でもその指輪でもない。高いバトルセンスと観察眼、勘の良さと強運ね」

「う、う~ん……」

 そう言われても実感が湧かない。

「でも、いずれ死ぬわよ?」

「おおう……いきなり、ズバッと来たね」

「何よ? あのむちゃくちゃな戦い方。筋肉を破裂させたり霊力を暴走させたり……」

「うっ……」

 永琳が目を鋭くしてそう指摘する。自分でもそう思っていたので顔を引き攣らせる事ぐらいしか出来なかった。

「だからね? 八雲紫と話し合って決めたの。貴方にリミッターをかけるわ」

「り、リミッター?」

「普段は自分の体を破壊しない程度の力しか出せないようにするの」

 つまり、『雷輪』と『ブースト』系は全て使えなくなってしまう。

「ま、マジか?」

「ええ、もう決定した事よ。諦めなさい」

「でも、どうやってリミッターを? 確か、俺には紫の能力は通用しないって」

「こうするのよ」

 いきなり、襖が開いて紫が入って来た。その後ろにベロベロに酔った雅とそれを支える藍の姿が見える。紫はすぐに俺の右手を布団から出し、指輪に手を翳した。

「あ、なるほど。指輪に制限をかけるってか?」

「そう言う事。はい、終わったわ。多分、全体的に威力が下がる事になるけど……痛いのよりはマシよね?」

「まぁな」

 正直言ってこれ以上筋肉を破裂させたくない。

「あれ? リミッターって事は外せるんだよな?」

「もちろんよ。外し方は後でスキホに送るわ」

「う~い」

「そんな事より……あの子、お酒弱すぎ。一杯、飲んだだけであれよ? 式について説明出来なかったじゃない」

「いや、俺に言われても……」

 少し、ムッとしている紫。俺にどうしろと。

「あ~! きょ~だ~!」

 やっと、雅が俺の存在に気付いた。目はもちろん、据わっている。

「きょ~!」

 藍を突き飛ばして俺に向かってダイブする雅。

「え!? ぐはっ!?」

 動けない俺にはどうする事も出来ず、鳩尾に雅は落ちた。息が出来ない。

「ちょ、おまっ……」

「響~。早く、私を本物の式にしてよ~!」

 呼吸困難になりながらも何とか声を出すが雅は全く気にしないで顔を近づけて来た。

「ゆ、紫! 助けて!!」

「式に襲われる主人って……簡単よ。雅との繋がりを切ればいい」

 扇子で口元を隠しながら紫が教えてくれる。きっと、笑っているのだろう。

「き、切るって? こう?」

 わずかに残った魔力を左目に集めて、魔眼を開眼する。そして、雅との間に見えた光の糸を切った。すると、雅の体にノイズが走り、消えてしまう。

「み、雅!?」

「大丈夫よ。外の世界に帰っただけだから」

「そ、そうなのか?」

「そうよ。全く、貴方も早く式の扱い方を学びなさい」

 そこまで言うとピシャリと扇を閉じた紫はスキマを開いた。

「どこかに行くのですか?」

 すぐさま、後ろで待機していた藍が質問する。

「ええ、少し用事があるの。貴女はここで響の看病でもしていて頂戴」

「かしこまりました」

「響? これが主人と式の会話よ。じゃあ、また」

 紫は一つ、ウインクしてスキマに潜り込んだ。

「式、ね……」

 思わず、呟いてしまった。あまり、雅が俺の式とは思えないのだ。

「じゃあ、何かあったら呼んでくれ。ああ、もう一つ言う事があった」

 藍は襖を開けた時に何か思い出したらしく、こちらに顔を向けた。

「紫様は冬になると冬眠する。その間、私が社長代理だからよろしく頼むよ」

「と、冬眠?」

「そう。春になるまで目を覚まさないのだ。少し、忙しくなるかもしれないから覚悟しておいてくれ」

 それだけ言うと藍は部屋を出て行った。辺りを見ると永琳の姿はない。いつの間にか部屋を出て行ったらしい。

「忙しくなるのか」

 これから受験なのに大丈夫なのだろうか。少し、不安になる俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~。それは面白い子だね」

「でしょ? どう、出来そう?」

「そうだね。もう少し、話を聞かせてくれたら出来そうだ。今はまだイメージが湧かないんだよ」

「でも、あの子は最近になってこっちに来たの。だから、あまり話す事はないわ」

「そうか……それは残念だ」

「また面白い話が出来たら話してあげる。だから、お願い出来る?」

「それはもちろん。君の頼みだからね。時間はかかるかもしれないけどきっと、完成させるよ」

「さすが、頼もしいわ」

「そりゃどうも。どうだい? 一緒に飲む?」

「いえ、これから宴会の続きなの」

「宴会か。一度、そっちに行ってみたいよ」

「まだ貴方が来るには早いと思うわ。仕事がなくなったら来なさい」

「それは勘弁して欲しいかな……おっと、もうこんな時間か。じゃあ、帰るよ」

「ええ、話を聞いてくれてありがとう」

「こちらこそ、毎度毎度ありがとう」

「じゃあ、また」

「ああ、また」

 




これにて第2章は完結となります。


この後投稿されるあとがきでも言いますが、東方楽曲伝は第3章から始まります。
今までのはプロローグ、みたいな感じですね。

では、第3章でお会いしましょう!


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第2章 あとがき

ネタバレを含みますので本編を読んでからお読みください。


皆さん、こんにちは。hossiflanです。

第2章、無事に完結しました。まぁ、私は予約投稿するだけなのですが。

 

 

さて、第2章ですが外の世界のお話が多かったですね。文字数も20万字を超え、それなりの長さになって来ました。

 

 

 

でも、これでも5分の1なんやで?

 

 

 

毎日更新しているのでそこまで気にならないかもしれませんが、200話超えたあたりで読み始めた人はかなり辛いと思います。私自身、今から読み返せって言われてもすぐには無理かな、と。時間がないので読めないだけですよ?

 

 

じゃあ、雑談もこれぐらいにして解説でもしていきましょう。今回も小説家になろう様に投稿している東方楽曲伝の第2章のあとがきを読みながら書いています。

 

 

 

 

・『シンクロ』について

 

 

響さんの切り札ですね。幻想郷の住人と仲良くなったらスペルカードが生まれます。

この『シンクロ』ですが、発動する条件があります。本編でも出て来ましたが、『コスプレ』発動時に対象となる子の曲を聴くことです。フランの場合、オーエンを聞きながら『シンクロ』を唱えて初めて使うことができます。

 

 

切り札と呼べるほどこの技は強力です。

まず、身体能力の上昇。普段の『コスプレ』は弾幕ごっこ用なので攻撃力は低いです。そのため、殺し合いでは相手を負かすほどの力を持っていません。ですが、『シンクロ』は弾幕ごっこ用ではないので本気で相手と殺し合いをすることが可能です。

 

 

その他にオリジナルのスペルカードが使えることですね。

スペルカードにも発動条件はありますが、これらのスペルカードは強力です。本編でもその力を存分に発揮してくれました。

 

 

最後に時間制限がないことです。『コスプレ』は曲が終わると別の子の服に変わってしまいます。ですが、『シンクロ』の場合、対象となる子の魂を引き寄せるので時間制限がなくなり、思う存分戦えます。

 

 

 

 

まぁ、切り札と言うからにはデメリットもありますよ。

 

まず、『シンクロ』を解除すると対象の子と響さんの意識が魂に固定されて12時間ほど動けなくなってしまうことです。

もし、『シンクロ』して相手を倒し切れず、解除されてしまったら大きい隙を作ることになってしまいます。

 

 

もう1つが対象となる子の能力が使えなくなってしまうことです。

『コスプレ』は対象となる子の能力を使用できますが、『シンクロ』するとその能力は消えてしまいます。これだけ聞くと結構辛いデメリットだと思いますが、実は『シンクロ』すると『コスプレ』時に使えなくなっていた響さんの能力が使えるようになるのです。つまり、『コスプレ』の能力を失う代わりに響さんの力を取り戻すのです。

 

 

 

 

・『指輪』について

 

本編にて響さんに新しい力が生まれましたね。この力はあの緑色の鉱石を施した指輪を装備したことにより発現しました。

あの鉱石は『合力石』と呼ばれるもので力を合わせる効果が”ある”と言い伝えられています。

……そう、つまりあの鉱石には『力を合わせる』という力そのものはありません。ただの伝説です。この指輪を響さん以外が身に付けても何も起こりません。

 

 

では、何故響さんは指輪を使って力を合わせることができるのか? 

それはまたいずれ、響さんの本当の能力名が出て来た時にでも解説します。

 

 

 

・雅について

 

炭素を操る妖怪娘、雅です。

色々あって響さんの仮式になりました。

この炭素を操る力ですが……私が一番最初に考えた能力だったりします。そのため、雅は私の中でもかなり思い出深いキャラです。この子自体、可愛いです。

小説家になろう様で開催した『東方楽曲伝人気投票』で見事、1位を取りました。雅可愛いよ雅。

 

 

 

 

 

 

さて、雅の紹介も終わりましたし、次回予告でも。

 

次回は最初に何本か小話を挟んだ後、異変が起こります。

この異変は私が一番最初に考えた異変です。あの頃はまだ『音無 響』というキャラもいませんでした……懐かしいですねぇ。

 

では、サブタイトルを発表しますか。サブタイトルは~魂喰~です。

このお話からシリアス&グロ表現が多々ありますのでご了承ください。

 

 

 

長々とあとがきを読んでいただきありがとうございました。

最後になりますが、お気に入り登録、感想本当にありがとうございました。これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします!

 

では、また第3章でお会いしましょう!

お疲れ様でした。

 

 




※8月7日から11日ほどまでちょっと用事で家にいません。そのため、感想などの返信ができなくなります。返信は11日しますのでご了承ください。また、第3章のサブタイトルも11日に追加します。


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第3章 ~魂喰~
第72話 大量の依頼状


 季節は冬。外の世界も幻想郷もすっかり雪景色となった。大学の推薦をちゃっかり、手に入れた俺は仕事を淡々と熟す毎日を過ごしている。だが、学校には毎日通っていた。

「響~。ここわかんない~」

「どれ?」

 理由は簡単。悟の受験勉強の手伝いだ。図書館は静かで勉強に集中しやすい。更に俺の学校の図書館は意外に本のジャンルが豊富で小難しい本だけではなく気軽に読めるライトノベルも大量に置いてあるのだ。これで俺が暇を持て余す事もない。暖房が効いており、ぬくぬくだから居心地がいい。それだけではない。

「お兄ちゃん! 今度はこっち、お願い!」

「望の次は私ね!」

 生徒以外でも入れるのだ。望も雅も今年、受験する。一緒に勉強した方が効率もいい。俺は3人の先生をしている状況だ。

「はいはい……」

 読んでいたライトノベルを閉じて、悟のノートを覗き込む。教科は数学だ。

「ああ、これは……この公式を当てはめて因数分解すればいいよ」

「インスウブンカイ?」

「おい、高校3年生」

「「インスウブンカイ?」」

「お前らもか!?」

 図書館に来てわかった事。こいつらはバカだ。

 

 

 

 

 

 

 仕事の方は最近、少なくなって来ている。1日、3件ほどだ。このままでは貯金が出来ない。その為、外の世界でも仕事を始めた。コンビニの店員だ。望と雅が寝た後にこっそり抜け出して仕事をしている。受験が終わったので精神的にも肉体的にも余裕があるのだ。それにそこの女店長が何故か俺の事を気に入り、優遇してくれるのでバイトも続けていられる。

「響ちゃん! 悪いんだけど次の日曜日、昼間出てくれない?」

「あ~……無理っす」

 丁度、幻想郷での仕事がある。

「うぅ~、そうだよね~。なら、柊! あんた、出なさい!」

「はぁ!? 店長、いきなり命令形になってるぜ!?」

 因みに柊は俺がバイトを始めた次の日に入って来た新人だ。

「いいの! 先輩が出られないなら後輩が出るしかないじゃない!」

「1日だけじゃん! 音無! お前からも言ってくれ!」

「その前にお前は俺より3つも下だ」

「そうだけど!」

 つまり、柊は望と同じ年だ。

「ほ~ら! 年上の言う事を聞きなさい!」

「今度の日曜日だけはマジで無理なんだ! 約束が……あいつの鉄拳が!?」

「……」

 柊は頭を抱えて叫んでいる。しかし、この男から変な力を感じる。前、通学路ですれ違ったあの男なのだ。

(望と同じ学校なんだよな……)

 望に聞こうにもバイトの事は秘密にしているので聞けない。その時、お客さんが入って来た音がした。

「いらっしゃいませ~」

 すぐに笑顔で入り口の方を見ながら挨拶。

「あれ? 望のお兄さん?」

 そこにいたのは築嶋さんだった。

「げっ!?」

 しかし、変な声を上げたのは俺ではなく柊だ。

「お、おい? どうしてお前がここに?」

「良いではないか。私がコンビニを利用したって」

「そ、そうだけど……ってここ、お前の家より遥かに遠いだろうが!?」

 どうやら、この二人は知り合いらしい。

「それはお前にも言える事だ」

 築嶋さんの口調がいつもと違う。いや、こっちの方が素なのだろう。

「柊にも?」

 意味が分からず、本人に向かって聞いてみた。

「あ、ああ……俺と望の家は隣同士なんだよ」

「隣?」

「私はりゅうきと幼馴染なんだ」

 確か柊の下の名前は『龍騎』。つまり、こいつの事だ。

「へ~。そうだったのか?」

「あ、ああ……それで何しに?」

「普通に買い物だ」

 そう言うと築嶋さんは奥の方に進んで行った。

「……」

 それにしても、築嶋さんからも柊と同じ力を持っているようだ。試しに魔眼で確かめたが、勘違いではない。だが、二人には違いがあった。柊の方は体の内側から漏れている。まるで、まだコントロール出来ていないような力。築嶋さんはきちんと体の周りに纏わせ、自分の身を守るように力をコントロールしている。つまり、自分自身の力を自覚しているのだ。

(じゃあ、柊は自分の力に気付いていないってか?)

 本人に聞きたくても知らないのでは意味がない。一つ、溜息を吐いて俺は裏に戻った。因みに日曜日の仕事の数は2件。本当に少なくなってしまった。少し、寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 前言撤回。俺のスキホに10件を超える依頼が来た。だが、それは後に回せるような内容だ。きっと、今日やるべき仕事がないのでこうやって、俺が選べるようにしたのだろう。

「えっと……じゃあ、これで」

 一番、気楽な依頼を選択。

「望、雅。行って来る」

「「いってらっしゃ~い!」」

 家を出る前に2人に声をかえて俺は仕事に出かけた。今日の依頼は守矢神社だ。

 

 

 

 

 

 

「早苗~」

 いつも通り、トイレから幻想郷にやって来た俺はスキマを使って守矢神社にスキップした。ここも例外なく、雪がつもっている。

「はいは~い! いらっしゃいませ~」

 母屋から出て来た早苗はニコニコしており、嬉しそうだった。

「何か嬉しい事あったの?」

「何言ってるんですか? 友達が家に遊びに来たら嬉しいじゃないですか~」

「いや、今日は依頼で……」

「そんな堅苦しい事はいいんですよ! どうぞどうぞ!」

 俺の背中を押す早苗。

「お、おい?」

「さぁさぁさぁ~!」

 聞いちゃいない。そのまま俺は母屋に入った。

「お、おじゃましま~す」

 居間に案内された俺はおどおどしく挨拶する。

「お? 来たね」

「え?」

 てっきり、早苗しかいないと思っていたのでびっくりしてしまった。

「いや~、この前の宴会はすごかったよ~!」

 卓袱台の近くに座っていたのはしめ縄を背負った女性と2つの小さな目が付いた帽子を被っている幼女。

「え、えっと……」

「あ、紹介しますね。こちらが神奈子様」

 女性の方に手を向けながら早苗が言う。

「よろしく」

「こちらは諏訪子様」

 今度は幼女を紹介した。

「よろしくね~!」

「あ、ああ……それにしても、どうして様?」

「はい、このお二方は神様なんですよ」

「なるほど、だからか」

 トールと同じような力を感じると思っていたのだ。納得した俺は神奈子の正面。諏訪子から見ると左側に座った。

「やっぱり、わかるかい?」

「そりゃ、毎日触れているからね」

「今日の依頼はそれについてだよ。普通の人間なのに神力を持っているなんてあり得ないから話を聞きたかったんだよね~」

 諏訪子が煎餅をバリバリと食べながら説明してくれる。

「私も気になっていたんです。狂気異変から力が混在していたのは知っていたですが、急に力を扱えるようになっていたので」

 お盆を持った早苗は諏訪子の正面に座り、俺に湯呑をくれた。

「さんきゅ。煎餅、貰うぞ」

「で? 教えてくれるのかい?」

「面倒」

 バリッと煎餅を噛み砕いて呟く。トールの話をするにはまず、魂の事から説明しなくてはいけない。

「これは依頼だよ? 万屋さん」

 諏訪子がニヤリと笑って言った。

「企業秘密です」

「あのスキマ妖怪に企業のへったくれもないと思うけど?」

 逃げた俺を追い込む神奈子。

『説明してやれ』

「……はぁ~」

 頭の中でトールの声が響いて思わず、溜息を吐いてしまった。一応、毎日吸血鬼たちとは会話している。それに最近になって向こうから気軽に話しかけてくれるようになって来たのだ。だが、今回ばかりは面倒だ。

『仕方ない奴じゃの……どれ、魂を交換せい』

「は?」

 急に目を見開いた俺を見て首を傾げる3人。

「ちょ、ちょっと待て。交換できるのか?」

『多分な。最初の内は我らとお主との結束はあまり強くなかった。しかし、最近になって会話もするようになり、一気に強まったらしくての』

「どうしたんですか? 響ちゃん?」

「ちょっと黙って」

「は、はい……」

 シュンとなってしまう早苗。それを神奈子と諏訪子が慰めていた。仲がいい。

「本当に出来るのか? そんな事」

『ああ、試してみる価値はあるじゃろう。スペルカードを用意せい』

「おう」

 ポケットに入っていたスキホを取り出して、番号を入力。すぐに3枚のスぺカと黒ペンが飛び出て来た。

「何を?」

 不意に神奈子が質問して来る。

「神力を持った奴と魂交換する。詳しくはそいつから聞け」

 スぺカを卓袱台に置いて、黒ペンのキャップを外す。

『我らの事を考えながらスペル名を記入。さすれば、出来るはずじゃ』

「了解」

 トールの指示に従って、ペンでスペル名をスぺカに書き殴った。

「魂交換?」

「ああ、俺の魂には俺の他に3つの魂が混在していて共存してるんだ。その中に神がいるんだよ……これでよし。行くぞ? トール」

『うむ』

「ちょっ!? トールってまさか!?」

 落ち込んでいた早苗が急にこちらを向いて驚愕していた。

「後はまかせた。魂神『トール』!」

 スペルを宣言。すると、意識が魂に吸引されるような感覚に陥り、目の前が真っ暗になった。

 



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第73話 依頼の内容

「後はまかせた。魂神『トール』!」

 ガンッ!

 スペルを唱えた響ちゃんはそのまま卓袱台に頭を打ち付けた。

「きょ、響ちゃん!?」

「早苗! ちょっと待ちな!」

 私が思わず、手を伸ばしたがそれを神奈子様が止める。

「か、神奈子様?」

「諏訪子? これは一体……」

「私にもわからないけど……明らかに力が変わったね」

(力?)

 私も落ち着いて響ちゃんを観察した。すると、今まで響ちゃんから感じていた力とは全く別の力――純粋な神力に変わっているではないか。

「何がどうなって……」

 目を見開く私。しかし次の瞬間、響ちゃんの体が光り輝いた。

「きゃあっ!?」「ぐっ……」「よっと」

 私と神奈子様は眩しくて腕で目を庇ってしまう。諏訪子様だけは帽子でガード。しばらくすると光は消えた。

「きょ、響ちゃん! だいじょう――ッ!?」

 目を庇っていた腕を退かしながら声をかけるが、驚愕して言葉が続かなかった。

「う、うぅ……」

 何故なら、響ちゃんの黒髪が真っ赤に染まっているからだ。それに身長も伸びているようだ。神奈子様も諏訪子様も驚きを隠せないでいた。

「……うむ。成功したようじゃな」

 しかし、響ちゃんはこちらを一切見ておらず体の調子をうかがっている。

「きょ、響……ちゃん?」

「む? 我は響ではないぞ? トールじゃ。よろしく頼むぞ」

「一から説明してくれないか? 意味がわからない」

 眉間を指でマッサージしながら神奈子様がお願いした。

「簡単じゃよ。響の魂には吸血鬼、狂気と我の合計、3つの魂が存在しておってな? 一時的に我がこの体の所有権を得たってわけじゃ」

 腕組みをしながら響ちゃん改めトールさんが説明してくれた。

「つまり……人格を入れ替えたって事?」

 諏訪子様は首を傾げながら要約する。

「まぁ、だいたい合っておる。それで? 質問はなんじゃったか?」

「あ、響ちゃんはどうして神力を持っているのかです。後、急に操れるようになったのもお願いします」

「うむ。わかった」

 トールさんは笑顔で頷いた。

「まず、響の魂構成について説明しようか」

「魂構成?」

 神奈子様が繰り返す。

「ん。響の魂は特別でな? 外の世界で言うアパートみたいなもんじゃ」

「あ、アパート……ですか?」

 コンクリートの塊を頭に思い浮かべながら問いかけた。あまりにも近代的過ぎで魂との繋がりがわからない。

「例えじゃ、例え。響がアパートの大家さん。それで我と吸血鬼、狂気がそのアパートを借りている住人だと思っていい」

「なんか、面白い例えだね」

 ニヤニヤしながら諏訪子様が感想を述べた。

「一番、わかりやすかったからの。で、住人である我らは響に家賃を支払わなければいけないのじゃ」

「家賃? お金か?」

 はてな顔で神奈子様が質問した。

「いや、お金の代わりに我らの力を少しあげる。吸血鬼は魔力、狂気は妖力、我は神力じゃな」

「じゃあ、響ちゃんにはその3つの力があるんですか?」

「響自身も霊力を持っておるから4種類」

 私の言葉を訂正してからトールさんが湯呑を傾けた。

「それはすごいな……体とかに影響はないのか? それだけ力が混在していては何かあるだろ」

 神奈子様もお茶を啜り、問いかける。

「うむ。響には元々、霊力があるって言ったじゃろ? 体の中には霊力が流れている道があるんじゃ。しかし、その道を魔力、妖力、神力が邪魔して外に出せる霊力の量が減ってしまった。他の力も同様にな」

「え? それじゃどうして魔理沙さんとフランさんの時のあれは?」

 結界を貼ったり、鎌を創り出したり、妖力を撒き散らしたり、魔力で作った雷を放ったりしていた。

「ああ、これを使ってたんじゃ」

 そう言うと、トールさんは右手を卓袱台に置く。右手の中指には指輪がはめられていた。

「それは?」

「合力石と呼ばれる鉱石を使った指輪じゃよ。これを使って響は霊力、魔力、妖力、神力を合成しておる」

「合成、ねー……後、博麗のお札を使ってたのは?」

「わからん。何故か使えたんじゃ」

 諏訪子様の質問に首を傾げるトールさん。

「それも含めて今、見せて貰えないか? もう一回、見てみたいんだ」

「無理じゃ」

 トールさんは神奈子様のお願いを一蹴する。

「なんでですか?」

「響なら出来るんじゃが今は我になっておるからな。能力が変わってしまっているんじゃ」

 トールさんの言葉に今度は私たちが同時に首を傾げた。

「の、能力が変わる……ですか?」

「そうじゃ。響の能力のせいでな。今は『物を創造する程度の能力』じゃ。我は神じゃからの」

「物を創造する!? 何だ、その能力は!」

 神奈子様がそう言いながら、卓袱台に手を叩き付けて立ち上がった。確かにその能力は神と言えどもあまりにぶっ飛んでいる。

「まぁ、落ち着け。聞くが、お主らの能力は?」

「神奈子様が『乾を創造する程度の能力』。諏訪子様は『坤を創造する程度の能力』で私が『奇跡を起こす程度の能力』です」

 テキパキとトールさんに説明する私。

「早苗……じゃったかな? お主は現人神じゃろう?」

「は、はい」

 話した覚えはなかったので、吃驚してしまった。

「きっと、普通の神のような『創造』する能力ではないのじゃろう。神奈子と諏訪子は創造出来る範囲が少ない。でも、その分強力なはずじゃ」

「何だい? じゃあ、あんたの能力は弱いって事かい?」

「そうじゃ。まぁ、例えばの……」

 そう言ってトールさんはキョロキョロと辺りを見渡し、卓袱台の上にあった急須に目を付ける。

「ちょっと、それを取ってくれぬか?」

「はい」

 諏訪子様が急須をトールさんに手渡した。

「どれ」

 急須を左手に持ってその場で傾ける。もちろん、中身はお茶だ。そして、世界には重力と言う力が存在する。一歩、急須からお茶が出てしまえばその力に囚われる。

「ちょっ!?」

 このままでは畳の上にお茶が注がれてしまう。慌てて私は自分の湯呑を引っ掴み、お茶の着陸ポイントまで腕を伸ばす。しかし、お茶は私の湯呑に注がれる事はなかった。

「……成功じゃ」

 何故なら、トールさんの右手に握られた真っ白に光る湯呑に注がれているからだ。

「つまり、我の能力はこうやって『神力で物を形作る』って事なのじゃ」

 そう言って、真っ白な湯呑を傾ける。

「そ、そうですか……」

 伸ばした腕を引っ込めて私は溜息交じりに答えた。脱力してしまったのだ。

「他にも武器を創造したり、かの?」

「はいはーい! しつもーん!」

 お茶を飲み干し、湯呑を消したトールさんに向かって諏訪子様が手を挙げて叫んだ。

「ん? なんじゃ?」

「響も白い鎌を創造してたと思うけど何か違うの?」

「ああ、それはな。うむ、見せた方が早いじゃろう」

 そう言うとトールさんは立ち上がり、縁側に出た。私たちも付いて行く。

「すまんな、響。靴下、汚れるぞ」

 トールさんは呟きつつ、靴下のまま縁側を降りた。

「まず、お主ら、拳銃はわかるか?」

「ああ、私たち数年前まで外の世界にいたからな」

「ほう。なら、話が早い。拳銃と言うのは火薬を爆発させて小さな弾を猛スピードで放つ武器じゃ。もし、響がこれを創造するとしよう。じゃが、響は人間。そこまで神力を扱えないのじゃ。だから――」

 そこまで説明してトールさんは右手に真っ白な銃を創造する。それを目の前に立っている木に向かって突き出す。

「こうなる」

 そして、引き金を引く。すると、拳銃から小さな弾ではなく一本の白いレーザーが撃ち出され、木を粉砕した。

「す、すごい……」

 その威力に私は唖然としてしまう。

「今、この体は神じゃから本来はもう少し、威力は低いがの」

「で? お前が創造した場合、どうなるんだ?」

 神奈子様が目を細めながら促す。

「うむ。我が創造するとこうなる」

 一度、拳銃を消してから新たに拳銃を創造したトールさんはすぐに別の木に標準を合わせ、引き金を引いた。先ほどはレーザーだったが、今度は一瞬にして木に穴が開く。その穴はまるで、銃痕だった。

「見ての通り、我の方が創造した物の再現率が高いのじゃ」

 少し胸を張ってトールさんが言い放つ。

「なるほど……じゃあ、最後に響の能力名は?」

「ああ、それは『し――」

 そこまで言ってトールさんが急にその場に倒れた。

「と、トールさん!?」

 縁側を降りて助け起こそうとしたが、またもや光り輝いて私の目を直撃した。たまらず、その場で呻き声を上げながら蹲る。

「はぁ……はぁ……」

 光が弱まり、息を荒くしたトールさん――いや、髪が黒くなっているから響ちゃんがいた。

「と、トール! それは禁句だ!」

 虚空に叫ぶ響ちゃん。

「きょ、響ちゃん?」

「あ、すまん……紫に口止めされてるんだ」

 ようやく、私に気付いた響ちゃんは申し訳なさそうにそう謝った。

「そ、そう……」

 目がチカチカするのを我慢して答える。

「そんな事より、体は大丈夫ですか? 苦しそうですが……」

「だ、大丈夫。慣れない事したのと最後の強制的に魂交換しただけだから」

 そう言いつつも響ちゃんは肩で息をしていた。

「ゴメン。今日は帰るよ」

「あ、はい。本当にありがとうございました。お代の方は?」

「いや、今度で良い。じゃな」

 響ちゃんは手を振りながらスペルを宣言、スキマを開いてどこかへ行ってしまった。

「大丈夫でしょうか?」

 隣にいた神奈子様に問いかける。

「さぁな。でも、聞きたい事はだいたい聞けたし」

「……」

 気になっている事が一つだけある。

(『し』。これが響ちゃんの能力名の一文字目)

 そこまではわかったがその後が一切、想像できない。

「早苗?」

「あ、はい! 今、戻ります!」

 諏訪子様に声をかけられ、私は慌てて母屋に戻った。

 



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第74話 辻斬り

 守矢神社の依頼を受けた次の日、俺は代金を貰った後に次の依頼場所に向かっていた。

(に、しても……昨日は疲れた)

『まぁ、そうでしょうね?』

 頭の中で吸血鬼が呆れたように言った。

(う、うるさいなー)

『だって、貴方がサボらなかったらあんな事にはならなかったでしょ?』

「うっ……」

 昨日、俺はトールと魂を交換し、早苗たちへの説明を任せた。そのせいでトールが俺の能力名をばらしそうになったのだ。いや、一文字だけ言ってしまったが。

(まぁ、あれだけならばれないだろ)

『……そうね』

 そこまで言って吸血鬼との通信が切れる。

「はぁ……」

 また、溜息を吐いてしまった。それからすぐにスキホを開いて依頼の内容を確認する。

「挨拶、か」

 内容は『挨拶しに来い』との事。まぁ、人里で話を聞くに結構、有名な場所らしい。スキホで幻想郷の地図を出し、それとにらめっこしながら俺は飛行を続けた。

 

 

 

 

 

 

「さむっ……」

 どうやら、依頼場所は冥界。『白玉楼』と呼ばれる場所らしい。長い長い階段を上りきった俺は大きな門の前で寒さに震えていた。

(早く入って温かい物でも貰おっかな……)

 挨拶に来た方が要求するのもどうかと思うが、この際気にしていられない。早速、大きな門を叩いた。

「ごめんくださ~い!」

 元々、静かな場所だったので俺の声が木霊する。

「……あれ?」

 しかし、誰も出て来ない。もう一度、叩くが応答はなかった。

「おでかけ中か?」

 ならば、依頼は後日に回そう。そう考え、俺は踵を返す。その時――。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 左肩に尋常じゃないほどの衝撃が襲い、そのまま俺の体は大きな門に叩き付けられた。

「ぐっ……」

 それからすぐに左肩に激痛が走る。見ると、肩から先がなかった。痛みには慣れていたため、叫びはしなかったが顔が歪む。

「な、何が……」

 とにかく、左腕を回収しなければならない。前を見ると血だまりの中に俺の左腕がポツンと落ちていた。左肩を押さえながら、立ち上がって左腕を取りに行く。

「させません」

「え?」

 もう少しで左腕に届くと言う所で女の子の声が耳元で聞こえた。そして、キラリと何かが光る。

(まずっ……)

 本能的にそう感じ取った俺は無理矢理、体を捻った。先ほどまで俺の体があった場所を刃が高速で通る。バランスを崩しながらも左腕を掴んでその場を離れた。

「はぁ……はぁ……」

 わかった事が一つ。俺は襲われたのだ。それを証明するように緑のワンピースを着た銀髪の少女が刀を持ってこちらを睨んでいた。

「いきなり、何すんだよ!」

 立ち上がってその少女に向かって叫ぶ。

「あなたから変な力を感じました。そんな人を通すわけにはいきません!」

 少女は更にもう一本、刀を鞘から抜いて俺の方を向けて振りかざす。その隙に左腕を傷口に当て、霊力を流しくっつけた。

「白玉楼の庭師。魂魄 妖夢。あなたを斬ります」

 そう言って、2本の刀を構える妖夢。これはあれだ。

「逃げる事は出来ない。戦闘イベントだな……」

 呟いた矢先、妖夢が一気に距離を詰め、2本同時に俺の頭を狙って振り降ろした。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 小ぶりの白い鎌を出現させ、2本の刀を柄で受け止める。

「くっ……」

 妖夢の一撃が予想以上に重く、柄を支える両手が痺れた。一瞬、顔を歪ませる妖夢だったがすぐに離れ、姿勢を低くし2本の刀を鞘に収める。

「人符『現世斬』!」

 そしてスペルを唱えた瞬間、妖夢は俺の懐に潜り込んだ。『ミドルフィンガーリング』のおかげで感覚は鋭くなった俺は一瞬にして状況を把握し、鎌を離した。痺れる両手を制服のポケットに突っ込む。取り出した物は――博麗のお札だ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 俺の手から離れた鎌が消えると同時に目の前に星型の結界が出現。

「無駄です!」

 しかし、妖夢は結界を気にせず2本の刀を横に一閃。『居合』だ。妖夢の刀と俺の結界がぶつかった。その時、金属同士がぶつかり合うような高音が響き渡る。だが、妖夢の刀は結界に邪魔され、その場で制止。いや、まだ振り抜いていないから安心出来ない。

(まずい……)

 結界に皹が入ったのに気付いた俺は後ろに下がろうと足を動かした。

「え?」

 背中が何かにぶつかる。後ろを見ると大きな門がそこに佇んでいた。どうやら、知らず知らず、俺は追い詰められていたらしい。

「はああああああああっ!!」

 前で妖夢の絶叫が聞こえた矢先、結界が砕けた。その衝撃波が俺と門を襲う。

「がぁっ!?」

 衝撃で地面が抉れ、その破片が俺の腹や腕、足に衝突し激痛が走る。

(こ、このままじゃ……)

 焦ったが、急に後ろにあった支えがなくなり後方に吹き飛ばされた。門が衝撃波に耐えられず、破壊されてしまったようだ。地面をゴロゴロと転がり、なんとか妖夢との距離を離そうとする。

「逃がしません!」

 それに気付いた妖夢はまたもや、高速で距離を縮めて来た。

(せめて、制限さえなければっ……)

 前にあった宴会で俺の能力に制限がかけられた。合成出来る物はまだいいが、『五芒星結界』は著しく力が落ちた。この結界だけは霊力100%じゃないと作り出す事は出来ないのだ。そのせいで性能も落ちたし、一度に一個しか作れなくなった。

「人鬼『未来永劫斬』!」

 今度こそと妖夢が居合いの構えを取る。

「……霊盾『五芒星結界』!」

 ある事を思い付いた俺はもう一度、結界を貼った。

「それはもう通用しませんよ!」

 そう言い放った妖夢は結界とその後ろにいる俺ごと斬る勢いで刀を横に一閃する。

「そこっ!」

 叫んだ俺は姿勢を低くする。これを待っていたのだ。普通の人ならば、技を攻略されてしまったらその技を諦めるか強化させるはず。しかし、俺は違う。あえて、その技を出して普通、やらないような事をして相手を困惑させる。

「なっ!?」

 妖夢は結界と俺を斬るつもりで力を制御している。だが、そこにイレギュラーは発生すればどうだ。妖夢の技は勢い余って姿勢を低くした俺の上を通り過ぎて行った。そのまま、壁に激突する。

「ふぅ……」

 俺は自ら『五芒星結界』を消したのだ。結界を破壊するための力が余った妖夢は姿勢を低くした俺に刃を当てられず、このような結果になった。今の内にPSPとヘッドフォンをスキホから取り出しておく。さすがに指輪では妖夢には勝てない。

「再生っと」

 PSPを操作して曲を流そうとする。だが、それはかなわなかった。

「させない!」

 妖夢がいくつもの斬撃を飛ばして来たからだ。このままでは俺は斬撃に切り刻まれてしまう。

(まだ、完成してないけど……やるしかないか)

 コスプレする事を諦めた俺はPSPから指を離し、左目に集中する。

「魔法『探知魔眼』!」

 スペルカードを宣言し、魔眼を発動した。すぐに斬撃の軌道が読めるようになる。しかし、斬撃が多すぎて回避不可能。逃げる隙間さえないのだ。でも、俺は慌てずに両手を前に翳す。

 前の宴会から制限をかけられた俺はどうにかしてエネルギーを消費せずに攻撃出来る方法を探していた。

「集中しろ……」

 そして、見つけた。しかし、その技は技術が必要でまだ一度も成功していない。つまり、ぶっつけ本番。しかも、失敗すればスライスされると言うプレッシャーの中でだ。

(左目の魔力強化。両手に妖気を纏わせ、構える)

 頭の中で動作を復唱しながら、準備を続ける。準備はほんの数秒で終わった。後は行動あるのみ。まず、最初の斬撃が俺を襲う。その斬撃に右の掌を翳した。

「はっ――」

 斬撃と右手が触れた瞬間、『パンッ』と斬撃が吹き飛んだ。次々と迫り来る斬撃を両手で吹き飛ばしていく。

「う、嘘……」

 妖夢は唖然とその光景を見ていた。その間にも俺は斬撃を吹き飛ばしながら妖夢の方に近づく。

「く、くそっ!」

 それに気付いた妖夢は再び、斬撃を飛ばして来た。

「はぁ……はぁ……」

 息が荒くなる。この技は全神経を両手に集中しなければいけないのだ。精神的にきつい。

(それでも……)

 ここで諦めるわけにはいかない。諦めたらその先にあるのは死だ。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 気合を入れる為に絶叫し、両腕を動かす。

「ぐっ……このっ!」

 やっと、妖夢の目の前に辿り着く。妖夢は焦りからか出鱈目に刀を振り降ろして来た。

「――」

 魔眼の能力により、それを察知した俺は刃を両手で弾く。妖夢の目が驚愕で大きく開かれる。そりゃそうだろう。こちらは素手なのに意図も簡単に弾かれてしまったのだから。

「拳術『ショットガンフォース』」

 少し、遅れたがスペルを唱え、右手をギュッと握って拳を作る。その拳を妖夢の鳩尾にトン、と軽く当てた。

「え……ッ!?」

 妖夢は最初、目を点にして困惑するが、その次の瞬間には思い切り後ろに吹き飛ばされ、何本もの木をへし折ったのち大きな枯れ木に衝突して止まる。そのまま、ぐったりとしてしまった。どうやら、気絶したらしい。

「……ふぅ、やっぱり駄目か」

 一見、俺の完全勝利に見える。しかし、それは違う。

「いつっ……」

 確かに斬撃を直撃する事はなかった。でも、掠っていたのだ。その証拠に両腕はズタズタに引き裂かれ、両手はもう使い物にならないほど切り刻まれていた。後ろを見ると左手の親指が転がっている。魔眼を解除し、すぐに霊力を流して再生。その間に妖夢を助けに俺は歩き始めていた。

「あらあら~? 妖夢、負けちゃったの?」

「っ!?」

 妖夢の前に来た時、後ろから声が聞こえた。俺は即座に振り返って構える。

「大丈夫よ。貴方とは戦うつもりはないわ」

 縁側でこちらを見ながら笑っている青い着物を着た女性がそう言った。

(今……俺の事、『貴方』って?)

 正直言ってあり得ない。自分で言っていて悲しくなるが絶対と言っていいほど俺は女と間違えられる。しかし、この女は俺を男と認識しているのだ。

「……そうかい」

 とりあえず、構えを解いた俺は妖夢をおんぶしてその女の元に歩み寄った。

 



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第75話 白玉楼

「す、すみませんでしたあああああああああああっ!!」

 妖夢が畳に額を擦り付けながらそう叫んだ。

「別にいいよ? 死んだわけじゃないし」

 お茶を啜りながら俺は答える。

「それにしても……幽々子、だったか? ひどくね?」

「いいじゃない。面白かったし」

 幽々子はお饅頭を口に運びながら笑顔で言い放つ。実は妖夢に今日、俺が来る事を言っていない。それどころか『今日は何だか、嫌な予感がするわ。妖夢、少し注意してて』、と言っていたのだ。

「こっちは死にそうだったわ!!」

 思わず、それにツッコんでしまう俺。

「ああ、本当にごめんなさい!」

「だから、もういいってば!」

 妖夢を宥めるのを俺はそろそろ諦めようと思う。

 

 

 

 

 

 

「で? 妖夢に何をしたのよ?」

「何か、その言い方だと変な感じに聞こえるからやめて」

「そう? なら、妖夢の体にn「それこそ駄目だあああああ!!」

 俺で遊ぶ幽々子。扇子で口元を隠しながら優雅に笑っている。

「まぁ、説明するとだな? インパクトだ」

「「インパクト?」」

 俺の湯呑にお茶を注いでいた妖夢と煎餅に噛り付こうとしていた幽々子が同時に聞き返す。

「ああ、この前の宴会の時に俺、制限をかけられてな? 今までより力が出せなくなったんだよ。そこで、どれだけエネルギーを消費せずに攻撃するか考えていたんだ。で、見つけたのがさっきの『拳術』だ」

「剣術? なら、私だって」

「多分、そっちは刀を使う方だろ……こっちはこれ」

 拳を見せながら誤解を解く。それから俺には4種類の力がある事。指輪の力でそれらを合成出来る事を説明する。

「なるほどね~。お互いに邪魔しちゃうのね?」

「そゆこと。じゃあ、話を戻すぞ? まず、最初に両手に妖力を少しだけ纏わせる」

 両手を翳して、黄色いオーラがユラユラと揺れ始める。これが妖力を纏った状態だ。

「この時はまだ妖夢の斬撃を吹き飛ばすほどの力は持ってない。ここまでわかるか?」

 俺の問いかけに2人同時に頷く。

「で、斬撃と手が触れた瞬間に一気に妖力を開放」

 一瞬だけオーラが大きくなる。

「今は適当にやったけど本気でやれば斬撃はおろか、岩だって粉砕出来る。この技のメリットはエネルギーを無駄使いせずに済む事。デメリットは集中力の継続時間の長さとタイミングの難しさだ」

 ゲームの取扱説明書のような解説を入れる。

「あ、あの? どうして、そんな一瞬だけ力を開放するのに威力が?」

 恐る恐る手を挙げながら妖夢が質問した。

「それは簡単よ。魔眼とのコンビネーション」

 しかし、答えたのは俺ではなく幽々子だった。

「彼の魔眼は『察知』。つまり、力の流れが読めるの。それで斬撃の中で力が一番、弱い所に的確に妖力を撃ち込む。そうでしょ?」

 正直、俺は驚いていた。幽々子の説明は的を射ていたからだ。

「……ああ、そうだ。そもそも、掌と言う狭い範囲内で妖力を全力で開放する事で妖力の密度が濃くなり、威力も上るんだ。そして、妖力が元々持っている攻撃力の高さと合わせるとお前の刀さえも弾けるようになる」

 まだ、完成していないので無傷では済まなかったが合格点をあげてもいいほど今日の出来はよかった。火事場の馬鹿力と言うものか。

「まぁ、インパクトのタイミングが大事になるんだけどな。早ければ、威力が格段に落ちるし、遅ければそれこそ直撃だ」

 湯呑を傾けて、一息入れる。

「人間技じゃないわよね~」

 串に刺さったみたらし団子を口に運びながら幽々子が呟く。

「こちとら、そう言う世界に生きてるもんで」

 俺も団子を貰い、食べる。甘くて美味しかった。

「……あの!」

 急に妖夢が大声を上げる。

「な、何だ?」

「その技、私に教えてください!」

 そうお願いしたと思ったら、妖夢は土下座した。

「私は貴女に完全に敗北しました。しかし、貴女は本気でなかった。私は悔しいです。こっちは本気だったのに……ですが、今の私では貴女に勝てない。だから! その技を教えてください! 少しでも貴女に追い付きたいのです!!」

「やだ」

 一蹴する。

「な、何故ですか!?」

 さすがにここまで簡単に断られるとは思わなかったようで妖夢が吃驚していた。

「俺の事を『貴女』と言う奴に教える技などない」

「じゃあ、貴女様?」

「違うわ!」

 『仮式』と同じ間違いを犯す妖夢にツッコミを入れた。

「そんな事より、妖夢?」

「そ、そんな事って……何ですか?」

 幽々子の発言に不満を持ったようで頬を膨らませたまま妖夢が返事をする。

「あれ、どうするの?」

 幽々子は羊羹を食べながら外を指さす。その先には荒れ果てた庭があった。俺と妖夢の激しい戦闘によって美しかったであろう庭。申し訳なくなった。

「うぅ……」

 妖夢は最初に自分の事を『庭師』と言っていた。きっと、この庭を直すのは妖夢だ。しかし、『拳術』で妖夢を吹っ飛ばした時にへし折った木々はどうするのだろうか。

「片づけてきます……」

 項垂れながら妖夢は立ち上がり、庭に向かった。

「ちょ、ちょっと待って!」

 罪悪感から俺は妖夢を呼び止める。

「何ですか?」

「あの木はどうするんだよ?」

「……どうしましょう?」

 さすがにあの大きさまで成長させるのは時間がかかりすぎる。絶望する妖夢はその場で膝から崩れ落ちた。でも、一人だけ復元できる奴を俺は知っている。

「妖夢、少し待ってろ」

 そう言ってスキホを取り出す。電話帳を展開し、電話をかける。

『もしもし? こちら『成長屋』です』

「あ、俺だけど?」

『詐欺はお断りです。それでは』

 ブチッと乱暴に電話を切られてしまった。すぐにかけ直す。

『……はい。『成長屋』です』

「響です」

『なんですか? 何か用事でも?』

 不満そうに言うのはリーマだ。リーマは元々、外の世界に住んでいたので携帯も幻想郷に持ち込んでいたらしい。この前、遊びに行った時に教えてくれたので連絡先を交換したのだ。スキホじゃないと繋がらないが。

「仕事だ。至急、白玉楼まで来てくれ」

『はい?』

 突然の事でリーマが途方にくれているようだ。

「今からそっちにスキマ開くから来い」

『え? ちょ、ちょっとまっ――』

 さっきのお返しに電話を切って妖夢に向き直った。

「木はどうにかなりそうだ。後は自分で頑張れ」

「え? どういう事ですか?」

 妖夢の質問を無視し、さっきの戦闘の時、出しっぱなしにしていたPSPを操作。懐からスペルカードを取り出して宣言した。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 すると、制服が光り輝く。制服は紫の服に早変わりし、扇子を横に一閃した。

「お~い! リーマ、こっち来いよ!」

「ちょっ!? 本当だったの!?」

 そう叫びつつもリーマはスキマを潜り抜けて来る。

「で? 仕事って?」

「あの木を成長させて元通りにしてくれ」

 後ろで妖夢と幽々子が目を見開いているが、気にせずリーマに指示を出す。

「あ~、派手にやったね。まぁ、1時間もあれば行けるわ。お代は……これぐらい」

 指を使って金額を提示するリーマ。

「妖夢、これぐらいだってさ」

「は、はい! 少し、待っててください!」

 俺に促され、妖夢は別の部屋に向かった。お金を取りに行ったのだろう。

「ど、どうぞ」

 戻って来た妖夢はリーマにお金を差し出す。

「ん……丁度ね。じゃあ早速、作業に入るから」

 リーマはそれをポケットに仕舞い、庭に降りる。すぐに倒れた木の傍に行き、地面に両手を付けて能力を使った。

「まぁ、あれが終わるまでゆっくりしてろよ」

「ありがとうございます」

 妖夢は笑顔で頭を下げた。

「いや、あれ。俺のせいだし」

「でも、お金はこちら持ちなのね?」

 おはぎを食べ終えた幽々子が痛い所を突いて来る。

「い、いや……それは」

「じゃあ、妖夢の修行に付き合ってあげれば?」

「はぁ!?」

「本当ですか!?」

 幽々子の提案に驚く俺と喜ぶ妖夢。

「本当に良いんですか!?」

「お、落ち着けって……まだ、良いとは……」

 テンションが上った妖夢に迫られ、後ずさりながら言葉を探す。あの技はあまり人に教えたくない。それこそ『拳術』は制限をかけられた俺にとっての必殺技になるかもしれないのだ。

「お願いします! 響さん!」

「うぅ……」

 俺は本当に甘い。こうやって、必死にお願いされたらどうにかしてやりたくなる。

「ああ、わかったよ! 教えるよ! その代わり、授業料は取るからな!

「はい! ありがとうございます!!」

 こうして、俺は妖夢に『拳術』を教える事になった。その後はリーマの作業が終わるまでのんびりと雑談していた。

(それにしても……)

 不意に庭に立っている大きな枯れ木が気になった。あの木から不思議な力を感じる。普通の木とは違う何かがあの木にある。

「あれは?」

「西行妖よ。桜だけど、まだ満開は見た事ないわ」

 桜餅を手に取った幽々子がつまらなさそうに説明してくれた。

「ふ~ん……桜、ねぇ」

 俺も桜餅を食べながら呟く。それからはあの桜の事は忘れ、暇な時間を過ごした。

 



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第76話 狂気の瞳

「へっくち!」

 学習しない俺は幻想郷の上空で大きなくしゃみをした。やはり、制服だけではこの寒さには耐えられない。

「明日、コート着よ」

 そう決心しながら、今日の依頼を熟す為に空を飛ぶ。その時、下の森から甲高い悲鳴が上がった。

「ん?」

 その声に反応して目を凝らすと女の子が必死に走っているのが見えた。外の世界ならどうしたんだろうと不思議に思うが、幻想郷では違う。

(妖怪かっ!)

 即座に急降下し、女の子の元へ急ぐ。

「誰か! 助けて!!」

「ガルルッ!」

 どうやら、女の子を追いかけているのは妖怪ではなくただの狼のようだ。

(……いや、普通の狼じゃない?)

 何だが、不思議な力を感じる。それより、今は女の子を助けなくてはいけない。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 右手に小ぶりの鎌を出現させ、女の子と狼の間に突っ込む。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 女の子を背にし、狼の前に降り立った俺はすぐに鎌を横に払って、刃から帯電した白い衝撃波が生み出す。その衝撃波は狼に直撃し吹き飛ばした。

「こっち!」

 女の子の方に手を伸ばし、叫ぶ。

「……は、はい!」

 放心状態だった女の子だったが、我に返り俺の手を握った。

「バウッ!!」

「なっ!?」

 女の子を抱えた時、狼が俺の懐に潜り込んで来る。あの『雷音』を食らったはずなのにここまで復帰が早いとは思わなかったのだ。狼は大きな口を開けて俺の胸元に噛み付いた。

「ぐぁっ――」

 鋭い痛みが全身を駆け巡り、目の前が歪む。だが、何とか持ち堪えた俺は狼に合成弾を食らわせ上空に避難した。

「はぁ……はぁ……」

 霊力を流して胸の傷を治す。

「お、お兄ちゃん……大丈夫?」

 その様子を見ていた女の子が心配そうに聞いて来た。

「あ、ああ。大丈夫。じゃあ、人里まで送るよ」

 きっと、人里に帰る途中だった所であの狼と遭遇したのだろう。女の子の体が少し、ずれたので抱え直す。

「違うの。今から永遠亭に行くの」

「え、永遠亭?」

 予想とは全く別の場所を言ったので驚いてしまった。実は今日の依頼は永琳からなのだ。

「はい……あそこにしかない薬があるので」

「誰か病気なの?」

「はい……母が」

 そう言って俯く女の子。少し、デリカシーのない質問だった。聞いてから俺は気付く。

「すまん」

「いいえ。なので、すぐに永遠亭に行かなくちゃいけないんです」

「なら、一緒に行くよ。俺も行くつもりだったし」

「え? いいんですか?」

 目を丸くし、女の子はこちらを見上げて来た。

「おう」

 女の子を胸に抱いて、永遠亭がある『迷いの竹林』を目指して移動を始める。ちらりと下を見ると先ほどの狼がこちらを睨んでいた。

「ん?」

 その狼の口に何かが咥えられていた。真っ白い紙のようだ。

「あ!?」

 狼が咥えているのは俺が持っていた白紙のスペルカードだった。取り返そうにも女の子がいるこの状況では難しい。

「どうしたの?」

「い、いや……」

(諦めるか)

 白紙なら困る事もあるまい。気を取り直して、飛翔する。

(あれ?)

 その途中で俺は一つ、疑問を抱いた。

(どうして……俺の事、『お兄ちゃん』って言ったんだ?)

 今までの経験上、あり得ない事だった。しかし、聞くのもあれなんでスルーする事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷いの竹林はその名の通り、一度入ればすぐに迷ってしまう竹林だ。その竹林の奥に俺たちが目指す永遠亭がある。普通なら永遠亭に行く事は不可能だ。しかし、これにはある裏ワザがある。

「ほら、着いたぞ」

 『上から行けばいいのよ』、と霊夢のアドバイス通り、上から魔眼を使うと大きな建物が竹林の中にある事を察知。すぐに永遠亭だとわかった。

「あ、ありがとうございます」

 永遠亭の入り口付近に着陸し、すぐに女の子を降ろしてあげる。

「おう、いいって事よ」

「では、急いでるのですみませんがこれで!」

 大慌てで女の子が永遠亭の中に入って行く。

「……まぁ、いいか」

 様子がおかしかったが女の子がいない今、どうする事も出来ない。諦めて俺も永遠亭の扉を開けた。

「ちわーす。万屋でーす」

 声をかけるも誰も出て来ない。

「?」

 首を傾げながらも俺は靴を脱いでズカズカと廊下を歩く。

(それにしても……広いな)

 これは魔眼を使い続けないと帰り道がわからなくなりそうだ。俺の魔眼には『察知』以外に『記憶』と言う能力がある。これは一度、見た物を忘れないように出来る能力だ。しかしこれにも限界があり、溜まった記憶のデータがキャパを超えると古い記憶から消えていくのだ。

 魔眼を持続しつつ、廊下を進む。

「……」

 そして、所々に隠されたスイッチらしき反応を察知する。罠だろうか。

(家の中なのに?)

 踏まないに越した事はない。スイッチを踏まないように慎重に廊下を突き進む。

「チッ……」

 後ろで舌打ちのような音が聞こえたが、気のせいだろう。

「そこの貴女!」

「……」

 そろそろ、うんざりしてきた頃になって第一住人を発見。うさ耳ブレザーだった。

「え、えっと……こんにちは」

「あ、こんにちは……じゃなくて! どうやって、入って来たの!」

 少し、天然さんらしい。

「玄関から」

「迷いの竹林は?」

「上から」

「罠は?」

 やっぱり、あのスイッチは罠だったようだ。

「魔眼」

「不法侵入者!」

「何故!?」

「ここまで、対策していると言う事はこの永遠亭に何かを盗みに来たのね! 師匠の研究の邪魔はさせないわ!」

 早苗を凌駕するほど人の話を聞かない人――ウサギだ。一つ、溜息を吐く。

「俺をどうするわけ?」

「倒して師匠の所に連れて行く。そして、実験動物にしてあげる!」

 永琳ならしそうだ。それだけは避けたい。

「じゃあ、逃げる」

「逃がさない!」

 姿勢を低くし、一気に距離を詰めて来るうさ耳ブレザー。スペルカードを取り出し、カウンターを狙う。

「拳術『ショットガンフォー「終わりよ」

 うさ耳ブレザーがニヤリと笑い、俺と目を合わせてそう言った。その瞬間、体の奥――魂に異変が起きる。

(な、何っ!?)

 目の前がぐるりと一回転。いや、違う。周りの景色が歪んでいる。

「何だよ……これ」

 困惑している俺。その前で勝ち誇ったような表情を浮かべるウサギ。

『バカウサギ。狂気に狂気で勝てるかっての』

 すると、頭の中で狂気の声が聞こえた。

「狂気?」

『お返しだ』

「えっ……」

 うさ耳ブレザーは目を見開く。しかし、それからすぐにその場に倒れた。

(お、お前……何を?)

『いや、ただ向こうから響を狂わせて来たから跳ね返しただけだ』

 どうやら、うさ耳ブレザーの目には人を狂わせる効果があったようだ。

(あ、ありがとな)

『……ゴメン』

「は?」

 活躍したはずの狂気だったが、去り際に謝る。意味が分からず、首を傾げた時にやっと謝った理由がわかった。

「おいおい……」

 見るからに視線が低くなっている。声も高い。下を見れば胸が膨らんでいるし、背中に何か大きな気配――自分の翼を感じる。これは、あれだ。

「う、嘘だろ!?」

 半吸血鬼化&女体化。

『あらあら~。狂気ったら、跳ね返した時に響の魂波長も狂わせちゃったようね。困ったわね』

 言葉の割には全く、困った様子ではなく逆に嘲笑っている吸血鬼が説明してくれる。

「は、波長?」

『そう、貴方にはいくつかの魂波長があるの。まず、自分の波長。それから私たち3人の波長。そして、半吸血鬼化&女体化した時の波長。あのうさ耳ちゃんは人を狂わせるだけじゃなくて波長も狂わせる事が出来るみたいなのよ』

「で、でも……最初は何ともなかったぞ?」

『そりゃそうよ。向こうはこちらの魂波長を狂わせるつもりなんてなかったんだから。でも、狂気が跳ね返した時に手違いで魂波長も跳ね返しちゃったの。コインを思い浮かべてみて。表だったものを狂気が裏にしたのよ』

 吸血鬼の例えに少し、引っ掛かる所がある。

(じゃあ、どうしてお前たちの波長にはならなかったんだ?)

『私たちは別のコイン。つまり、貴方のコインの表には普段の魂波長。そして、裏には半吸血鬼化&女体化の魂波長しかないの』

「必然的になったって事か。狂気をいじめておけ」

『りょーかい』

 嬉しそうに承諾した吸血鬼。

「さて……どうするかな」

 とにかく胸が目立つ。どこかで晒を巻きたい。それに背中から出た翼もどうにかしたい。この制服は破けるとすぐ再生する性質を持っている。背中に翼が現れてその部分が破れてもすぐに再生し、翼が表に出てしまっているのだ。

「とにかく、永琳を探すか」

 仕事の効率を上げる為、俺は意図的に3人に分身した。宿題を片づける時に大いに役に立つ。満月の日、限定だが。

「見つけたら、スキホによろしく」

「「おう」」

 こうして、永琳捜索作戦が始まった。

 



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第77話 姫

「……」

「「「……」」」

 永琳は珍しく目を点にしていた。そりゃそうだろう。俺が3人いるのだから。

「せ、説明してくれる……かしら?」

「「「うさ耳ブレザーに狂わされて、跳ね返したらこうなった」」」

 声を合わせて答えると眉間を指で押さえる永琳。

「うちのうどんげが迷惑かけたわね」

「いいって事よ」

 分身を消して俺はその辺にあった椅子に腰かける。

「それで? 女体化って奴?」

「ああ……どうにかなんない?」

「うどんげの『狂気の瞳』を跳ね返したらそうなったのよね? なら、同じように狂った波長を元に戻せばいいんじゃないかしら?」

 あの説明でよくそこまで理解したものだ。感心しつつ、俺は溜息を吐いた。

「狂気によると出来ない……いや、やり方がわからないらしい。今回は偶然、こうなっただけみたいだからな」

「そう。それにしても育ったわね」

 俺の胸を見ながら永琳。

「う、うるさいな。元々、吸血鬼がでかいんだよ」

「関係ないと思うわ。だって、吸血鬼は『貴女』の魂にいるだけだから。それは貴女の体なのよ」

「だって、半吸血鬼化は吸血鬼の血が流れてるからだろ? だったら、吸血鬼が関係して来るんじゃないか?」

 わざわざ、『貴女』と言う永琳にイライラしながらも自分の考えを述べる。と言うより胸が大きいのを吸血鬼のせいにしたいだけなのだ。

「それを言うなら貴女の体に流れているのはフランドールの血よ。その仮定が成立するなら今頃、貴女は幼女よ」

 これ以上、反論出来ないと判断し両手を上げて降参する。

「本題に戻るけど……出来るわ」

「ほ、本当か!?」

「ええ。波長を元に戻す薬を作ればね。少し時間をくれれば可能よ」

 時間も何もこの姿では能力を使う事が出来ないのだ。

「どれくらい?」

「そうね……2時間ほどかしら? 先客がいるの」

 あの女の子だ。

「その間に貴女にやって貰いたい事があるのよ」

「依頼か?」

 依頼状にはただ『来い』としか書かれていなかったのだ。

「ええ、姫様の暇つぶしに付き合って欲しいのよ」

「……姫、さま?」

「そう、姫様」

「……」

「……」

 

 

 

 

 

「初めまして、蓬莱山 輝夜よ」

 そんなこんなで昔話にもなっているかぐや姫と遊ぶ事になった。昔話通り、輝夜はとても美しかった。

「えっと、初めまして。音無 響です」

「敬語なんて堅苦しいのはいいわ」

「そ、そう?」

 あっけらかんとしたお姫様だ。

「最近、バカが来ないから暇なのよ。何でもいいから何かない?」

 バカが気になるが今は姫様の注文を受けなければならない。

「何か、か……いつもは何を?」

「そうね。優曇華の世話」

 聞き慣れない単語に首を傾げると輝夜が後ろにある盆栽を指さした。

「なるほど。他には?」

「殺し合い」

「……はい?」

「まぁ、貴女とも戦うってものいいかも」

「無理です」

 いつもの姿ならいいのだが、半吸血鬼化していると能力だけではなく指輪の力も使えない。この姿で出来るのはせいぜい分身だけだ。

「つまらないわね~……む?」

「?」

 急に輝夜の目が鋭くなった。その視線の先には俺の胸。

「触っても「いけません」

 言葉を遮って拒否する。

「ええ!? どうしてよ! 減るもんじゃないし!」

「俺の精神がすり減ります!」

 ただでさえ、この姿でへとへとなのに体など触られたらと思うと鳥肌が立つ。

「わかったわ。なら、無理やりにでも!」

「結局かい!」

 危険を感じ、横に跳ぶ。その直後に輝夜が人とは思えないほどの俊敏さで俺のいた場所に跳びついた。

「逃げるんじゃない!」

「逃げるわ!」

 慌てて部屋から脱出。しかし、輝夜も諦めずに後を追って来た。

「まちなさ~い!」

「待つか!」

 大声で叫んだ時、ポチッと何かを踏んだ。

「え……ごふっ」

 横から大きなハンマーが俺の体を捉え、吹き飛ばす。そのまま、廊下を何度もバウンドし壁に激突して止まった。

「いてて……はっ!?」

「ふふふ、捕まえたわ。響」

 何故だろう。白いウサギが『ウササ』と笑っている描写が浮かんだ。

「ま、待て!」

「待たないわ」

 俺の両手首をがっしりと掴んだ輝夜。何だか、様子がおかしい。目が据わっている。

(何かに……操られてる?)

 そう、輝夜は正気を失っているのだ。この状況はまずい。廊下だし。

「か、輝夜! 目を覚ませ」

「何を言ってるの? 私は私よ?」

 息を荒くして輝夜の顔がどんどん近づいて来る。背中を大きな翼を動かして俺の顔と輝夜の顔の間に滑り込ませようとした。

「無駄よ」

 笑いながら輝夜が言い放つ。

「っ!?」

 確かに俺は翼を動かし続けている。だが、いつまで経っても翼は俺と輝夜の間にやって来ない。

「な、何がどうなって……」

「貴女の翼の動きを永遠にしたわ」

 ニヤリとした輝夜はそう言った。

「永遠?」

「そう、永遠」

 それでは一生、翼は同じ位置に居続けるではないか。

「そんな、ふざけてる……」

「仕方ないでしょ? そう言う能力なのだから」

 『永遠と須臾を操る程度の能力』よ、と能力名まで教えてくれた。

「このっ!」

 本能的にまずいと思った俺は右足を曲げて輝夜のお腹目掛けて膝蹴りを繰り出す。しかし、右足も同じように止まった。いや、永遠にされたのだ。

「くっ……」

「観念なさい」

 頬を紅潮させた輝夜は更に顔を近づけて来る。

「はい、おしまい」

(もう、駄目だ!)

 キュッと目を閉じた俺。

「はい、おしまい」

 だが、輝夜の後ろから永琳の声が聞こえた。

「え、永琳?」

 そっと目を開けると輝夜が後ろを振り返って驚愕しているところだった。永琳は一瞬にして手に注射器を持つと輝夜の腕に刺して容器の中の液体を注入する。

「ちょっと! 何を、はふん」

 抗議しようとした輝夜だったが薬が効いたのか目を閉じて俺の胸に頭を預けた。

「お、おい?」

 輝夜に声をかけるがぐっすり眠っているようで目を覚まさない。

「てゐ。いるんでしょ?」

「はいは~い」

「姫様をお願い」

「了解」

 いつの間にか永琳の隣にいたピンクのワンピースを着たうさ耳幼女が輝夜を背負うとフラフラしたまま、廊下を進んで行った。

「大丈夫?」

「あ、ああ……サンキュな」

「……ちょっと失礼」

 目を合わせないように永琳が俺の後ろに移動する。

「永琳?」

「こっちを見ないで」

「は、はい!」

 いつもよりきつい口調で永琳。その様子に首を傾げていると急に視界が真っ暗になる。

「え!? な、何!?」

「何って目隠しよ」

「何で!?」

 このまま俺は解剖されるのだろうか。

「これ以上、被害が出ない為によ」

(被害?)

「とにかく、私の部屋に行きましょう。続きはそこで」

「わ、わかった」

 目隠しされている今、永琳の指示に従った方がいいだろうと踏んだ俺は永琳に手を繋いで貰いながら何とか部屋に移動した。

「で? 何で俺は目隠しされてんだ?」

 椅子に腰かけながら質問する。

「能力の暴走よ。姫様がおかしくなったのもそのせい」

「能力? 今の俺には普段の能力は使えないけど……」

「そりゃそうよ。だって、『魅了』だもの」

 俺、フリーズ。

「み、ミリョウ?」

「ええ、魅了。貴女、吸血鬼には魅了する力があるの知らないの?」

「し、知ってるけどさ……今まで、そんな事なかったぞ?」

 もし、『魅了』が発動していれば家や学校で大惨事になっていたはずだ。

「今回はイレギュラーで女体化したからじゃないかしら? 詳しい事はわからないけどね」

「うぅ……何で、今日はこんなに運が悪いんだよ」

 うさ耳ブレザーに襲われたり、半吸血鬼化したり、かぐや姫に襲われたり――。

「まぁ、普段の姿に戻ればきっと『魅了』はなくなるわ」

「早く、薬を作ってください」

「今、作ってるわよ。うどんげが」

 うさ耳ブレザーの事だ。

「だ、大丈夫なのか?」

「何よ? 私の弟子を信じられないの?」

「その弟子に襲われたんだよ!!」

 だんだん眩暈がして来た。もう、目隠しは必要ないと判断したようで永琳がはずしてくれる。

「ああ、そうだ。依頼だけどもう無理だわ。お代は要らないから」

「そう? でも、それも悪いわ。身内がここまで迷惑をかけたんですもの」

 少し、困ったような顔をする永琳。

「う~ん……なら、薬作ってくれ」

「薬? 満月の日は薬を使っても効果ないわよ?」

「いやいや、それはもう諦めてるよ……夢をコントロール出来る薬ってあるか?」

「夢を?」

 首を傾げた永琳は考える素振りを見せた後、顔を上げた。

「出来るけど……何で?」

「俺、過去の記憶に抜けてる部分があるんだ。丁度、俺が幻想郷に来た時の」

「過去にもここに来た事が?」

 永琳は意外そうな表情を浮かべる。

「ああ、だから小さい頃の俺はここで何を見て、何を感じたのか気になって」

「……わかったわ。今、持って来るから貴女はここでうどんげを待ってて」

「おう」

 俺が頷いたのを見て永琳は微笑んで部屋を出て行った。

「……ふぅ」

 依頼は失敗してしまったが、目的は達成されたようだ。元々、依頼の報酬で頼もうと思っていたのだ。まぁ、半吸血鬼化になると言うイレギュラーはあったが。

『あっと……その事なんだが』

 急に狂気の声が聞こえて、肩がビクッと震える。

(急に話しかけんなよ……で? 何の事?)

『ああ、バカウサギの瞳を跳ね返したろ? そのおかげかどうかはわからんが、お前も『狂気の瞳』を使えるようになったぽい』

「……は?」

 思わず、声に出してしまった。

(ま、待て……『狂気の瞳』をか?)

『まぁ、あのウサギのように自由には使えないけどな。相手を一瞬だけ欺くぐらいなら』

 狂気の説明を聞いて俺は嬉しくなった。一瞬とはいえ、これを使いこなせるようになったら攻撃の幅が大いに広がるのだ。

『ただ、問題があってだな……『狂気の瞳』を使うと女体化するみたいだ』

「……はい?」

『だから! お前は『目』を使うと女になるの!』

「そ、そんな……」

 それでは使えないではないか。肩を落として俺は天井を仰いだ。

『そう言う事だから『狂気の瞳』はピンチの時になったら使え』

(……わかった)

 残念だが、新たな力を手に入れたのは喜ばしい事だ。気を取り直して俺はうさ耳ブレザーを待った。

 



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第78話 決闘

すみません、予約投稿できていませんでした。
お詫びとして本日14日の正午にもう一話投稿します。


 制服にコートを羽織った姿で響は妖怪の山の上空を垂直に飛んでいた。

(コートあるなしじゃここまで違うんだな……)

 今までの自分に言い聞かせてやりたい気持ちになる彼であったが、その顔はニヤケている。それほど快適なのだ。昨日、永遠亭で半吸血鬼化&女体化した人とは思えない。

 因みにうさ耳ブレザーこと鈴仙・優曇華院・イナバが薬を持って来たのは『狂気の瞳』について聞いた1時間後の事であった。

「えっと……今日の依頼は、っと」

 場所は天界。依頼主は『比那名居 天子』。内容は――不明。

「とりあえず、来いって……」

 最近、こう言った依頼が多くなったな、と溜息を吐いた。依頼の内容が不明な時はいい事がないと決まっているのだ。まず、天界がどこか分からずスキホにインストールされた地図と2時間もにらめっこ。結局、霊夢に聞いた。

「お?」

 分厚い雲を突き抜け、やっと明るい場所に出る。ほっとした表情でその地に降り立った。

(雲の上に土?)

 首を傾げる響だったが、幻想郷なら可能性はあるとその疑問を頭から捨てる。

「万屋『響』の音無 響さんですか?」

「うわっ!?」

 これからどうするかと悩んでいると急に後ろから声をかけられ、肩を震わせた。

「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが……」

 響が振り返るとそこにはピンクの羽衣を身に纏った女性がいた。

「初めまして、永江 衣玖です」

 頭を下げつつ、自己紹介する衣玖。

「あ、はい。音無 響です」

 響も慌てて頭を下げる。

「早速ですが、総領娘様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」

「総領娘様?」

 聞き慣れない単語が出て来たので聞き返す。

「はい、響様に依頼状を送った比那名居 天子様、その人です」

(偉い人なのかな?)

 自分の頭で解決した響は衣玖に連れて行くよう促し、移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね! 音無 響!」

 依頼を受けなければよかったと思い切り、溜息を吐いた響。何故なら、目の前に胸を張って踏ん反り返る偉そうな小娘がいるからである。ここは天界の中でも周囲に何もないただ開けた広場で響、天子、衣玖の3人が話している光景は何ともシュールである。

「で? 依頼は? 早急にすませたい」

「この後に何か用事が?」

 キョトンとした天子が問いかけた。

「何もないけど帰りたい」

「っ!? い、いいわ……早くすませましょ」

 眉をピクピクと震わせながら天子が響に近づく。

「決闘よ!」

「……はい?」

「私からの依頼は決闘。私と戦いなさい!」

 響を指さしながら天子が言い放った。

「……はい?」

「だから、私と戦えっての!」

「衣玖さん?」

「総領娘様は本気です」

 最後の頼みにもあっさり裏切られ、響は諦めた。

「はいはい……わかった。高いけど文句ないな?」

「もちろんよ!」

 紫が定める依頼の報酬は少し特殊で普通の依頼(おつかいや畑仕事の手伝いなど)は安い。しかし、響が戦うような依頼の場合違って来る。

 響が繰り出した技の数、受けた傷の大きさ、消費した霊力などの地力数、戦闘時間などをスキホが自動的に測定し、計算するのだ。この前の妖夢戦では相当な額にまで上ったと言う。一見、妖夢の暴走で依頼とは関係ないような気がするが幽々子がそう仕向けたとの事で依頼の一部とされた。冬眠している紫の代わりに藍が幽々子にそう説明した結果、笑顔で頷き、払ったらしい。

 因みに昨日の永遠亭については事故なので依頼の報酬は永琳に作って貰った薬だけであった。それとうどんげが作った薬も余った為、ちゃっかり貰っていたりする。

「じゃあ、ルールは?」

「スペルは無制限。気絶もしくは降参したら負けでどう?」

「わかった。衣玖さん、合図お願い」

「かしこまりました」

 響と天子はお互いに距離を取って衣玖の合図を待つ。その間に響はコートを脱いで地面に置いた。

「それでは――始めっ!」

 衣玖の合図と共に天子が地面を蹴って突進する。響はPSPをスキホから出さずに右手を前に翳した。実は朝早く、藍にPSPのメンテナンスを頼んでしまったので持っていないのだ。

「おらっ!」

 天子は左手を固く握り、思い切り引いた。左ストレートを繰り出すつもりらしい。それを見て響は左手でスペルカードを取り出して宣言する。

「白壁『真っ白な壁』!」

 天子の拳と響の結界が正面からぶつかり合う。しかし、すぐに響の結界に皹が入る。響は顔を歪めるとバックステップで後方に下がった。

「くっ……」

 結界を破壊した拳は空振り。

「緋想の剣!」

 間髪入れずに天子が叫ぶとその右手に紅い剣が出現した。

「マジかよ!?」

 まさか、向こうが武器を使って来るとは思わなかった響は目を見開く。

「この剣はあんたの弱点属性になるのよ!」

(弱点?)

 響は目を細める。自分の弱点となる属性とは何なのか、分からなかったのだ。

「喰らいなさい!」

 そのまま天子が剣を振り降ろす。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 咄嗟に小ぶりの鎌を創り出した響は柄で剣を受け止めた。だが――。

「えっ……」

 あっさり柄は真っ二つにされ、体に剣先が掠る。響の目が大きく開かれた頃には胸からお腹にかけて傷が大きな口を開けて血を吐き出していた。幸い、斬られた衝撃で後ろに吹き飛ばされ追撃を食らう事はなかったがこのままでは出血多量で死んでしまう。すかさず、霊力を流し込み、傷口を塞ぐ響。

「へぇ~、すごい再生スピードね。でも!」

 地面を蹴った天子は剣を右から左に斬り払った。

「魔法『察知魔眼』! 拳術『ショットガンフォース』!」

 左目を青くした響は妖力を両手に纏い、剣の動きに合わせて右手でインパクトする。

「くっ!?」

 剣を弾かれた天子はバランスを崩してしまった。それを見逃すはずもなく、左手を握り突き出す。もちろん、インパクト有だ。

「がっ……」

 拳は天子の腹に突き刺さり、吹き飛ばした。天子の体は地面を何回もバウンドした後、大きな岩に背中から衝突して止まる。

「これで……」

 響がそう呟いたが、すぐに大きな岩が爆発。その中から天子がスペルカードを構えながら出て来た。

「これでも喰らえっ! 要石『カナメファンネル』!」

 スペルを唱えると天子の周りから大量の大きな要石が飛び出し、一斉に響に突進する。

(まずっ……)

 実は『拳術』には制限時間がある。妖力を手に纏わせるだけでもかなり体に負担がかかっているからだ。その制限時間は約2分。残り時間は1分半を切っていた。さすがにそれだけではこの要石を捌き切れないと判断した響は奥歯を噛む。しかし、何もしなければ潰されるだけだ。両手を構えて地面を蹴った。

「うおおおおおおおおっ!!」

 迫り来る要石を両手で粉砕しながら天子の元に向かう響だったが、要石が多すぎてなかなか距離が縮まらない。

「ほら! 潰されてしまいなさい!!」

 その様子を見ていた天子は勝ち誇っていた。そりゃそうだろう。誰だってこの状況を見れば天子の方が勝つと思う。しかし、響は諦めてなかった。

「飛拳『インパクトジェット』!」

 『拳術』の残り時間が10秒を切った所でスペルを宣言して両手を地面に叩き付ける。そして、響に向かっていた要石が次々と地面に着弾し、抉った。次の瞬間には大爆発を起こし、砂煙が大量に舞う。

「ふん……何よ。弱いじゃない」

 少し不満そうに呟いて剣を肩に預けた。天子は響の評判を聞いてこの決闘を申し込んだのだ。もう少しいい戦いが出来ると思っていた。しかし、実際に戦ってみてこのありさまだ。

「まぁ、仕方ないか……」

 だが、響は天子の期待を裏切らなかった。砂煙が勢いよく吹き飛ばされ、一つの影が高速で空高く舞い上がる。響だ。

「う、そ……」

 天子は目を見開いて驚愕する。

「ここからだ。覚悟しろよ」

 天子には聞こえていない。それほど小さな声で響が呟く。その手には黄色いオーラが激しく揺らいでいた。

 



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第79話 神の一撃

 少し前、俺は地面に両手を叩き付けてインパクトした。そのおかげで俺の体は上に吹き飛び、迫り来る要石を回避する事が出来たのだ。一応、スペルカードにしておいた。その名も『飛拳』。『拳術』の使っている間に使用できるスペルだ。上空から天子の姿が確認出来た。

「う、そ……」

 ここからでも天子の目が見開いていくのが見える。

「ここからだ。覚悟しろよ」

 『飛拳』は両手に纏った妖力をインパクトして高速移動する事が出来る技だ。しかし、この技は他にも用途がある。それは――。

「インパクト……」

 小声で呟いた後、天子に向かって突っ込む。妖力をジェット噴射のように後ろに放ち爆発させ、空中を移動出来るのだ。

「な、何!?」

 更に目を見開いた天子は急いで剣を構える。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 俺も右手に小ぶりの鎌を出現させ、横に薙ぎ払った。

「さっき、壊されたのを忘れたの!?」

 鎌の動きに合わせて剣を振るった天子。先ほどはすぐに斬られてしまったが、今回はお互いにぶつかってその場で制止した。

「なっ!?」

「確か……その剣、相手の弱点属性になるんだよな?」

 驚愕している天子に問いかける。

「う、うん」

「なら、2つの属性があれば?」

「え? そ、それって! そんな事がっ!?」

 そこまで言って俺の鎌の刃に目を止める天子。

「雷? そうか! 今、緋想の剣の弱点属性は……」

「さっきは神力の弱点になったから斬られた。でも、今は雷の弱点属性だ。核となっている神力に影響はないって事」

 両腕に力を入れて天子の剣を押す。

「ぐっ……」

 緋想の剣が封じられた天子は顔を歪ませる。このまま押し切れれば――。

「このっ!」

 だが、思惑通りに行かず天子がジャンプし後方に下がった。

「うおっ!?」

 そのせいで俺の体のバランスが崩れて前のめりになってしまう。すかさず、天子が蹴りを繰り出し俺の腹に突き刺さった。その脚力のせいで思い切り吹き飛ばされる。

(ま、だ……だ!!)

 右手に持っていた鎌を左側に引いてそのまま振りかぶった。俺の鎌は小ぶりでリーチも短い。鎌としてあまり機能していないのもわかっている。でも、一つだけ――神力で創られている事を忘れてはいけない。つまり。

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 神力を鎌に注入。イメージだ。進行形で天子との距離が開いて行く。その状況でもこの鎌の刃を当てられる。そんなイメージ。

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 ぐにゃりと鎌の柄が曲がった。ただ、それは神力のせいではない。必然的に起きた事なのだ。長い棒を振ろうとすれば棒は曲がり、先端が遅れて弧を描く。それは摩訶不思議な力が加わっていない。もちろん、俺には世界の真理を捻じ曲げるほどの力はない。なら、何故このような現象が起きたのか。決まっている。

 

 鎌の柄が最初に比べて凄まじいスピードで伸び、遠くにいる天子に鎌の刃を届けようとしているからだ。

 

「あり得ないでしょ!?」

 天子は慌てて剣で受け止めたが遠心力によって更に力を得た鎌の刃の威力を殺し切れず、横に飛ばされた。

「うおっと!?」

 鎌の勢いが強すぎて制御出来ず、そのまま鎌を投げてしまう。投げられた鎌は地面に落ちた後、元の長さに戻った。先ほど、神力を注入した事で普段なら手を離した瞬間に消えたはずなのにまだその形を留めている。時間が経てば消えるだろう。その前に拾っておこうと思い、俺は足を動かした。

「『全人類の緋想天』」

「ッ!?」

 鎌を拾う直前、遠くの方から天子の声が聞こえる。それもスペルカードを発動したらしい。その証拠に天子が吹き飛ばされた所から緋色の光が神々しく瞬いているからだ。

「チリとなりなさいっ!」

 天子が叫ぶと緋想の剣の先をこちらに向けるとそこからマスパ顔負けの赤い極太レーザーを撃ち出した。

「なっ……」

 今からどう動こうと当たる。それほどレーザーが太すぎるのだ。『飛拳』ならまだ可能性があったかもしれない。あの爆発力なら俺の体を吹き飛ばして回避出来ただろう。だが、『拳術』の効果が切れた今、『飛拳』は使えない。万事休すだ。

(それでも……)

 諦められない。これは遊びであって死にはしないだろう。決闘なのだから。しかし、決闘だからこそあるルールが発動するのだ。

『負けたら、報酬ゼロ』

 これさえなければ、俺は運命通りレーザーに飲み込まれていたはずだ。でも、報酬がゼロになってしまうと言う事は今日の収入はなし。これから、俺の大学や望と雅の高校などでお金が必要になる。今の内に貯金しておかないと後々、困る事になるのだ。

 それにここまで来て負けるなんて嫌だ。そっちの気持ちの方が大きいかもしれない。

 その気持ちに答えるように体が動き、右手と左手を前に突き出し、レーザーに掌を見せた。そして、両手に神力を纏わせる。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 その神力を使って俺は両手を巨大化させた。3メートルを超える大きな白い手は紅いレーザーと衝突。レーザーは手を貫通する事無く、受け止めた。

「そんな……こんな事って」

 その時、向こうから天子の声が聞こえる。驚いているようだ。

「こ、のまま!!」

 今も手はレーザーを受け止め続けている。そのまま掌を上にし、レーザーの軌道をずらす。構図的に俺の真上をレーザーが直進している感じだ。指に力を入れて思い切り、上に手首を跳ね上げた。その動きに合わせて巨大な手も動き、レーザーを真上に弾き飛ばす。

「え!?」

 気付くと天子の剣がレーザーの軌道と同じように真上を向いている。きっと、レーザーの軌道が変化してしまったからだろう。

(チャンス!)

 地面に落ちていた鎌を蹴り上げる。その間に両手を真横に向けた。下にすると地面とぶつかってしまうのだ。

 蹴り上げた鎌を踵落としで柄を地に突き刺し、柄の先端を天子に向くように調整する。

「伸びろっ!」

 ジャンプしてその先端に足を乗せた瞬間、柄が伸びて一気に天子との距離を縮めた。

「そんなバカなっ!?」

 態勢を立て直していた天子が目を大きく開けて悪態を吐いている。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 今更だが、スペルを宣言した。スペルカードはないけど一応、しておいた方がいいと判断したのだ。その頃には天子は剣先をこちらに向けていたが、遅い。

 

 俺の手は3メートルを超える。リーチがあまりにも長かった。

 

「神拍『神様の拍手』」

 両手を大きく広げ、勢いよく閉じる。つまり――。

「あ……」

 剣を構えながら冷や汗を掻く天子を挟むように掌と掌が合う。それと同時に甲高い音が手から響き渡った。

 

「ふ、ふん! 確かに噂通りの強さのようね! 今回はこれぐらいにしておいてあげるわ!

 敗者が胸を張ってそう叫ぶ。

「えっと……はい、今日のお代」

 それをスルーするように掌を天子に差し出す俺。まだ、スキホで計算していないが高額だろう。

「はいはい、わかったわ。衣玖、準備は出来てる?」

「もちろんです」

「……それは私が負けるって思ってたって解釈するけど?」

「……では、響様こちらへ」

「何で無視するのよ!!」

 喚く天子を放って俺は衣玖さんの後に付いて行く。それを見て更に頬を膨らませる天子だったが、ちゃんと俺の後ろを歩いていた。

 

「さぁ! 好きなだけ持って行くがいいわ! 今回の報酬よ!」

 案内されたのはとても大きな建物だった。少し、驚きながら中に入り、連れて行かれた部屋には大量の木箱が置いてある。中身は――。

「さ、酒?」

「そう! 天界の酒よ!」

 天子はまた偉そうに胸を張っていた。部屋にあった木箱を開けると12本の瓶が並んでいる。1本だけ取り出してみると中には透明な液体が入っていた。

「えっと……好きなだけ貰っていいんだよな?」

 飲めないけど貰えるものは貰っておこう。

「ええ。もちろん。持てる限り持って行きなさい」

 天子は知らないようだ。決闘の報酬は絶対、『お金』じゃないとダメな事を。

「文句は言わないな? どれだけ持って行っても」

「言わないわ。そこまでケチじゃないもの」

(ふふふ……人間が持てる量なんて高が知れてるわ。どう? 私の作戦は)

 だいたい、天子の考えている事はわかる。あのニヤケ顔だ。好きなだけ持って行ってもいいとは言っているが限界がある。そう思っているに違いない。

「いいか? 文句は言うなよ?」

「いいから早くしなさい!」

「はいはい」

 俺を騙そうとした天子には少し、お仕置きが必要だろう。制服のポケットからスキホを取り出し、情報を入力。そして、部屋にあった木箱全てを『簡易スキマ』に入れた。

「――え?」

「えっと……今回の金額はこちらになります」

 呆けている天子にスキホの画面を見せてお代を提示する。

「ちょ、ちょっと待って。色々ありすぎて混乱しているわ……まず、お酒をどこにやったの?」

「酒ならこの中に」

「そして? その金額は?」

「決闘のお代」

 天子の顔がサーッと青ざめた。滑稽なり。

「お、お酒はいいわ! 私がそう言ったんだもの。でも、それが決闘のお代って言ったでしょ?」

「何言ってんだ? 決闘の報酬はお金じゃないとダメなんだよ」

「はぁっ!? ふざけないで! そんなの聞いてないわよ!」

 俺の胸ぐらを掴む天子。

「お前……依頼を入れた時、決闘の所にいれたよな?」

 幻想郷には至る所に依頼状を入れるポストが存在する。依頼者はそれに依頼状を投函する事によって俺の元に依頼が届くようになっているのだ。そして、投函する口は2つある。『雑用』と『決闘』だ。その情報は俺の所には来ない。そう言う仕様らしい。意味は分からないけど。

「ええ……入れたわ」

「その瞬間にルール事項が出ただろ? それをちゃんと読まないお前が悪い」

「そんなのって! さっき、言えばよかったでしょうが!!」

 顔を真っ赤にして天子が叫んだ。

「文句は言わないんじゃないの?」

「くっ……ああ! もう!! 衣玖、お金用意して!!」

「こちらに」

「早っ!? まさか、こうなるって予想で来てたの!?」

 衣玖さんはよくわからない人だ。素直にそう思った。

「大丈夫です。きちんと総領娘様のお小遣いから払いますので」

「ふざけんなああああああああああああああっ!!」

 天子の絶叫が木霊する。

 お代はきちんと頂きました。

 



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第80話 人外吸引器

「だ、誰か! 助けてくれえええええええええええ!!」

「ん?」

 仕事を終え、空を飛行中の俺の耳に男の悲鳴が届いた。その方向に向かうと大きなムカデのような妖怪に襲われている男性が森の中を走っているのが見える。

「何か、前にもこんな事があったような……」

 あの時は小さな女の子だった。とにかく、放っておけないので降下して男とムカデの間に着地する。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 白い小ぶりの鎌を創り出し、柄をムカデの体にぶつけ食い止めた。ギリギリと押されるが何とか動きを止める事に成功。

「早く逃げろ!!」

 呆けていた男に向かって叫ぶ。

「は、はい!!」

 男はそのまま、走り去って行った。これでもう、俺を見ている人はいない。

「魔法『探知魔眼』……」

 左目に青い光を宿した後、鎌に雷を纏わせる。いきなり、体に電気が走ったので吃驚したムカデが俺から離れるのを確認して1枚のスペルカードを取り出す。

「妖怪『威嚇の波動』!」

 体の中の妖力をかき集め、『拳術』と同じ要領で一気にムカデに飛ばした。妖力が横に広がって行くのが魔眼のおかげで見えたので調節する。

「――ッ!?」

 こちらに突進しようとしていたムカデは硬直し、大慌てで逃げ出した。俺の妖気に恐れをなしたようだ。

「……ふぅ」

 このスペルは少し、疲れる。一瞬とは言え本気で力を開放するのだから。

「さてと! 帰りますか」

 ここから人里までは歩いても5分かからない。あの男は大丈夫だろう。まぁ、あの状況なら人里に着く前にムカデに襲われていたが。

「お~い!」

 飛び立つ為に霊力を練っていると上空から聞き覚えのある声が聞こえる。

「みすちー?」

 声の主は大きな荷物を抱えたみすちーだった。どうやら、人里に屋台で使用する食材を買った帰りらしい。

「よっと……やっぱり、さっきの妖気は響のだったんだね?」

「ありゃ? わかった?」

 まさか妖気で特定されるとは思っておらず、面を食らってしまった。

「わかるよ~! 一瞬だけだったけど、あれほどの妖力を出せるのはここら辺にいないからね」

 先ほど、ムカデに放った妖力は指輪の力を使って、合成したものだ。純粋な妖力の量ならみすちーにだって負けるだろう。

「そうでもないよ。何、買ったの?」

「あ? これ? これはね~、お酒だよ」

 袋から1本の瓶を取り出しつつ、説明してくれた。他にもおつまみになりそうな豆や干物など、大量に買い込んでいる。

「そんなに買って保存とか出来るのか?」

 幻想郷には冷蔵庫のような便利な道具はない。基本的に買ったその日に使い切ってしまうのだ。

「今日は団体さんが来るんだよ。その為にね……まぁ、買いすぎたけど」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべるみすちー。

「あ、そうだ! 少し、分けてあげるよ!」

「え? いや、悪いからいいよ」

「いいからいいから! ほら!」

 強引に食材(カラフルなキノコ)を押し付けてくるみすちーに戸惑い、後ずさってしまった。

「――ッ!」

 その時、魔眼が右斜め後ろに妖気を察知する。

「ん? どうしたの?」

「しっ……何かいる」

「むぐっ……」

 みすちーの唇に人差し指を当てて、黙らせた。その瞬間、みすちーの頬が少しだけ紅くなったような気がするが今は、妖気の方が先だ。先ほどのムカデが帰って来たのかもしれない。みすちーも妖怪だから大丈夫だろうけど油断は禁物。草むらが揺れてるのを確認し、重心を低くし、戦闘態勢に入った。

「くんくん……いいにおい……」

「「……なんだ~」」

 草むらから出て来たのは、口から涎を垂らしたルーミアだった。俺とみすちーが同時に力を抜く。余計な神経を使った。

「あ、みすちーに響! 久しぶり~」

 今になって俺たちに気付いたルーミアがみすちーの荷物を凝視しながら挨拶して来る。本当に食い意地の張っている奴だ。

「……食べたい?」

 みすちーが苦笑いを浮かべながら問いかける。

「食べたい」

 即答するルーミアであった。

「仕方ないか……はい」

「わは~! ありがとう! みすちー!!」

 満面の笑みを浮かべたルーミアはその場で貰ったキノコ(めっちゃカラフル)にカブリついた。

「……その『みすちー』。いつから?」

 きっと、ルーミアの呼び方が変わった事だろう。みすちーが冷や汗を掻いていた。

「え? 響がそう呼んでるのを聞いて呼びやすいな~って思ったから」

「……まぁ、いいや。響、また遊びに来てよ! サービスするよ!」

「ちょい待て!」

 飛び立とうとしたみすちーを制止させ、ポケットからスキホを取り出す。ボタンを連打し、2本の瓶を出した。それらを片手で器用に持った俺は首を傾げている2人に向かって差し出す。

「ほい、持ってけ。天界の酒だ」

「「ええっ!?」」

 まさか、天界の酒が出て来るとは思わなかったようでみすちーとルーミアは目を丸くした。

「いらないのか?」

「いや、いるけど……本当にいいの? 高くない?」

「どうせ、飲めないし。それに余ってるからいいんだよ」

「な、なら……」

 おどおどとした様子で天界の酒を受け取る。その傍らでルーミアはラッパで酒をがぶ飲みしていた。

「お前はもっと、謙虚と言う言葉を知ろうな……」

「謙虚?」

 瓶から口を離してから首を傾げるルーミア。それを見て俺とみすちーは同時に溜息を吐いた。

「あれ? 響さん? それに皆さんもどうしたんですか?」

 その時、上空から大ちゃんが舞い降りて来る。

「久しぶり。駄弁ってるだけだよ」

 簡潔に答え、辺りを見渡す。魔眼には何も反応がなく、首を傾げた。

「? どうかしましたか?」

「いや……チルノがいないなって」

 大ちゃんを見かけると必ずと言っていいほどチルノが近くにいるのだ。しかし、今の所チルノは近くにいない。

「今、かくれんぼしてるんです。私、隠れようとしてて……」

 なるほど、遊んでいる途中だったらしい。

「なら、早く隠れないと」

「は、はい!」

 そう言って俺の背中にくっついた。

「……何、やってんの?」

「隠れてます。リグルちゃんが来ても黙っていてください!」

 どうやら、鬼はリグルらしい。つまり、チルノも逃げていると言う事だ。

「いや、そうじゃなくて……どうしてそこ?」

「前からは見えないので大丈夫です!!」

 背後でそう言い張る大ちゃん。一つ、溜息を吐いて放置する事にした。

「あ、そうだ! 私もかくれんぼしてたんだ!?」

 空っぽの瓶を抱えながらルーミアが俺のお腹に抱き着く。

「……何、やってんの?」

「隠れてるの~!」

 下を見れば顔を紅くしたルーミアがニッコリと笑って俺を見上げて来た。

「いや、さすがに無理があるだろ……」

「そうかな?」

 きっと、ルーミアは酔っているのだろう。

「――っ」

「……お前は何を?」

 恥ずかしそうにみすちーがコートの右袖をちょんと摘まんだ。

「そ、その……何となく?」

「何となくで人の袖を摘まむのかよ……お? 前方に生き物の反応あり」

「え!? もしかして、リグルちゃんですか!?」

 首の横から大ちゃんが顔を覗かせる。

「いや、妖気じゃないから……」

「あれ~? 響だ! 響がいる!!」

 予想通り、チルノが飛んで来た。

「よう、チルノ。元気か?」

「うん! あたいはいつだって元気だよ!! それにしても、皆ずるいよ! 私も~!」

 チルノが肩車のように俺の肩に乗る。重いし、冷たい。

「かくれんぼの途中じゃなかったのか~?」

「ん~? そうだっけ?」

「そうだよ。チルノちゃん。そんなところにいたら見つかっちゃうよ!」

 大ちゃんがそう忠告するがチルノは動かない。そろそろ、凍傷になりそうだ。

「あ! 響じゃん!」

 そして、とうとうリグルが真上からやって来る。上は魔眼の唯一の死角なのだ。

「わ~い! なんか楽しそう~!」

「……」

 例の如く、俺の足にしがみ付いた。もう、何も言うまい。

「あれ? リグルちゃんが鬼だったはずじゃ?」

「ううん。鬼はレティだよ。代わってくれたんだ!」

 大ちゃんの質問にリグルが笑顔で答える。

(レティ?)

 初めて聞く名前だった。まだ、会った事がない妖精か妖怪だろう。

 因みに高確率で妖精やルーミアのような野生の、尚且つ理性の持った子供の妖怪に会うとこのような感じでくっ付かれる。どうしてかは今でも謎である。

「皆~? どこに隠れたの~?」

 肩を落としていると左から青い服を着て、首に白いマフラーを巻いた女性が草むらから出て来た。

「あら?」

「「「「あ……」」」」

「み~つけた!」

 その女性は俺に纏わり付くかくれんぼメンバーを見つけると微笑みながらそう叫ぶ。

「レティ?」

 この女性がリグルの言っていた人だろうと予測し、声をかけてみる。

「? ええ、私はレティよ? あ! ありがとうね? その子たちを捕まえておいてくれて」

 最初は首を傾げたレティだったが、俺を見てからおかしそうに目を細めた。そりゃこれだけ子供たちを抱えていれば傍から見れば滑稽だろう。

「いや……とりあえず、チルノお願い」

「はいはい」

 俺がどういった状況か把握したようでチルノの両腋に手を入れて俺から引き剥がした。

「あ~!」

 こちらを見ながら残念そうにチルノが絶叫する。

「ほら、凍傷になっちゃうでしょ」

「でも~!」

「駄目なものは駄目なの。ゴメンね?」

「大丈夫だよ。凍傷は」

 なったけど霊力で片っ端から治したので今はもう大丈夫だ。

「それなら、よかった……じゃあ、皆行くわよ? 次は何して遊ぶの?」

「鬼ごっこ!」

 切り替えたのかチルノが提案する。

「ふふ、わかったわ。他の皆もいい?」

「「「いいよ~!!」」」

 そうして、レティたちはしゃべりながら森の奥に入って行く。残ったのは俺と袖を掴んだままのみすちーだけだ。

「あれはレティ・ホワイトロックって言って。雪女の類なんだって」

 俺の気持ちを察したのかみすちーが説明してくれた。

「ああ、だからチルノと仲良かったのか」

 チルノの能力は『冷気を操る程度の能力』。レティも氷系の能力なのは間違いない。雪女なのだから。

「でも……なんで、今まで見かけなかったんだ? あんなに仲が良かったら一回ぐらい、遊んでるところ見かけてもおかしくないのに」

「冬にしか出て来れないの。春になればどこかに隠れちゃうから」

「へ~、季節によって姿を見せる妖怪もいるんだな……」

 春になったらチルノは悲しむだろう。友達が次の冬――つまり、約9か月後まで会えないのだから。今の内に目一杯遊んでおくつもりのようだ。

「まぁ、春は妖精だけどね」

「秋は確かあの神姉妹だよね?」

 少し前に依頼でお供え物を届けた事があったから面識があるのだ。

「うん、そうだよ」

「じゃあ、夏は?」

「あ~……きちんとしたのはいないけど該当しそうな妖怪はいる。でも、絶対会っちゃ駄目!」

 急に俺の手を握るみすちー。何か不安な事でもあるのだろうか。

「何で駄目なんだ?」

「……殺されちゃうから」

「え?」

「その妖怪……幻想郷の中でもトップクラスの強さを誇るの。しかも、性格もあれで狙われたらもう終わりなの」

 ギュッ、とみすちーの手に力が入る。まるで行かないでと言っているようだった。

「……ああ、わかった。気を付けるよ」

「そう。なら、よかった。あ、お酒ありがとう! 今日の夜にでも飲むね!」

「その前に屋台、頑張れよ」

「うん! じゃあ、またね~!!」

 地面に置いてあったので、少し濡れてしまった荷物を抱えてみすちーは飛び去ってしまった。

「……帰るか」

 それを見届けた俺はスペルを発動し、スキマを通って博麗神社に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「どう思いますか?」

「そうですね……やはり、ぴったりだと」

「ふむ……わかりました。早速」

 響がいなくなった後、雪が降り積もる空き地にそんな会話が響いていた。

 



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第81話 スカウト

 俺はひたすら、飛んでいた。それはもう、自分が出せる最高速で。

(本当に……何なんだよ!!)

 チラッと後ろを振り返りながら、俺は心の中で悪態を吐く。

「待ちなさああああい!!」

 何故なら、俺の後を必死に追って来る少女と入道雲がいるからだ。少女だけならまだしも、あの雲は怖い。

「何で、そんなに強面なんだよ!」

「なっ!? 雲山を悪く言わないで!」

 どうして、このような状況になったのか――それは1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「さむっ……」

 今日の幻想郷は今まで以上に寒い。昨日、雪女に会ったからだろうか。コートのポケットに手を突っ込んで俺はそんな事を考えながら、歩いていた。

「命蓮寺、ね」

 今日の依頼は命蓮寺からだ。人里から割と近いが、行く理由がなかったので寄った事はない。初めての訪問となる。

 長い石段を上り、門の前に立った。

「ごめんくださ~い。依頼で来ました。万屋でーす」

 門の扉を叩きながら、そう叫ぶ。

「……」

 白玉楼同様、返事がない。

「帰るか」

 前はいきなり、左腕を切断された。今回も何か嫌な事が起きるに決まっている。

「おはよーございます!!」

「ぎゃあああああああああっ!?」

 踵を返した途端、右耳の傍で大音量の挨拶。鼓膜が破れるかと心配するほどだった。思わず、悲鳴を上げてしまった俺は距離を取って負傷した耳を押さえる。

「あれ? 聞こえなかったのかな? じゃあ、もう一度……おは「聞こえてるから!! やめてよ! もう!!」

 何を思ったのか犬のような耳を生やした緑色の髪の少女は近づいて来て、鼓膜を破ろうとした。それを何とか阻止する。

「なら、返事は?」

「お、おはようございます」

「うん、よろしい。で? この命蓮寺に何か用ですか?」

 満足そうな表情を浮かべたまま、犬少女が問いかけて来た。

「さっきも言ったろ? 万屋の依頼でだよ」

「え、万屋さん? あの噂の?」

「どんな噂かは知らないけど、万屋だ」

 俺の言葉を聞くと犬少女が興味深そうに顔を覗き込んで来る。

「へ~、君がね~。あ、どうぞ。入って」

 犬少女が扉の近くに立てかけてあったスコップ(雪かき用)を持って扉を開けた。そのまま、門を潜って行ったので俺もその後を追う。

「あれ? 響子、雪かき終わったの?」

 冬だからか誰もいない境内を進む。すると、寺からセーラー服を着た黒髪少女が出て来た。

「まだだよ。でも、万屋さんが来たから案内を、て」

「ああ、あの?」

「そう、あの」

 どのだろう。

「あ、私は村紗 水蜜。よろしくね」

 こちらに歩いて来た水蜜が手を差し伸べた。

「よろしく。音無 響だ」

 その手を握って自己紹介をする。

「私は幽谷 響子だよ~」

 遅すぎる自己紹介をした響子とも握手した。

「丁度いいや。聖さん、どこにいるかわかる?」

「聖? ああ、寺の中だと思うよ?」

(聖?)

 首を傾げている俺を置いて響子が水蜜にお礼を言い、寺の中に入る。

「あ、おい! 待てよ!!」

 放心していた俺は慌てて、その後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ! 師匠!!」

「ん? うおっ!?」

 寺の中を歩きながら響子と話していると後ろからそんな声が聞こえる。振り返るとすでに小傘が俺に向かってジャンプしていた。どうする事も出来ずに小傘を抱き止めるが勢いに負けて背中から倒れてしまう。

「いてて……おい! 小傘、危ないだろ!!」

「ご、ごめんなさい……でも、師匠がいたから」

 倒れた状態でシュンとなる小傘。このままでは起き上がる事すら出来ない。

「はいはい……久しぶりだな」

 そう言いながら頭をポンポン、と撫でてやる。

「師匠……」

 涙目にだった小傘が嬉しそうに呟いた。

「落ち着いたか?」

「もう少しこのままでも~」

「はい、離れようね~」

 余計、くっ付いてきた小傘を無理やり引き剥がす。

「なるほど……確かに」

「何がだ?」

「いや、何でもないよ。でも、何で師匠?」

 俺の問いかけをスルーした響子が質問した。

「ああ……それは「師匠は人を吃驚させるのが得意なの!」

 俺の説明を遮ってそう叫ぶ小傘。

 秋、俺が依頼を終えて博麗神社に向かっている途中の事だった。小傘が『うらめしや~』と驚かせに来たのだ。前に無視して泣かせてしまった事があったので大げさに驚いた振りをした結果、小傘は泣いた。わざとらし過ぎたらしい。慰めている間にいくつか、人を驚かせる作戦を伝授したら、今のように『師匠』と呼ばれるようになってしまったのだ。

「ふ~ん……」

「あんまり、興味ないだろ! 何で、説明させたんだ!?」

 響子がどうでもよさそうに相槌を打った後、歩き始める。仕方なく、俺は小傘をくっ付けながら移動した。

「師匠! 新しい脅かし方は?」

「ありません!」

 依頼の内容を聞く前から疲労感で倒れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……」

 何とか、小傘を引き剥がした俺は寺の中で迷子になっていた。あいつに構っている間に響子がずんずんと進んでしまったのだ。

「ったく……今度会ったらあの傘、奪ってやる」

 小さな野望を胸に左目に魔力を集中する。すぐに『魔眼』が発動し、力の流れが見えるようになった。

「さてと。どこにいるかな?」

 探し方はこうだ。まず、響子を見つけるのを諦める。いや、諦めると言うより響子を目的とするのをやめるのだ。そして、寺の中の力――つまり、霊力や魔力、妖力を探してその力の発信源となる人物と接触。その人に事情を説明すれば大丈夫であろう。

「お? いたいた」

 東の方向に一際、大きな力を感じる。この感じは妖力だろうか。とりあえず、そっちの方を目指す。

「ここか?」

 大きな襖の前で立ち止まる。相当、大きな部屋らしい。もしかして、ここに聖がいるのだろうか。魔眼を解いて一息入れる。

「失礼しまーす」

 念のため、声をかけてから襖を開けた。

「はーい」

 そこには頭のてっぺんが紫色で髪の先に行くにつれて茶色になる(グラデーションだ)と言う、何とも不思議で綺麗な髪の色をした女性がいた。

「えっと……どちら様でしょう?」

 その湯呑を両手で丁寧に持った女性が首を傾げながら問いかけて来る。

「依頼を受けて来ました。万屋です」

「あ! あの万屋さんですか!?」

 女性が目を大きく見開き、立ち上がった。

「はい、あの万屋さんです」

「早速ですが、話があります!!」

 湯呑を持ったまま、逃がすまいと詰め寄って来る。

「ちょ、ちょっと!」

 その勢いに思わず、後ずさってしまう。

「お願いです! この命蓮寺に入門……いえ、住んでください!!」

「……はい?」

 意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり……俺が妖怪の味方になってくれる。そう思ったからここに住んで助けて欲しい、と?」

「はい、全くのその通りです」

 女性――聖 白蓮が頷いた。

「……無理です。あ、おかわりください」

 湯呑を差し出しながら、断る。

「はい、わかりました。でも、どうしてですか?」

 湯呑を受け取った聖は少し、悲しそうに質問して来た。

「何も俺は妖怪の味方なんてしてない。妖怪退治の依頼が来たら、躊躇いもなく退治する。それに今までにも何回か倒して来たし」

 リーマと雅だけだが。

「でも、それはその妖怪が悪い事をしたからです」

 何も全ての妖怪の味方をするわけではないらしい。悪い子には罰を与える。聖は幻想郷の中でも常識人なのかもしれない。

「ただ、理不尽な扱いを受けているのなら別です。妖怪だから。ただ、それだけの理由で退治するのは駄目だと思います」

「……」

 確か霊夢は手当たり次第に退治していると言う噂を聞いているがいいのだろうか。

「貴女は昨日、人里の男を妖怪から助けたそうじゃないですか? しかも、その妖怪を殺さず、逃がした。それだけではありません。その後に貴女の周りにたくさんの妖怪や妖精が近づいて来て仲良くしてたと聞いています」

「待て。詳し過ぎるだろ。監視してたのか?」

 とりあえず、『貴女』になっている事はスルーしよう。ややこしくなる。

「そう言うわけではありません。たまたま、星とナズーリン……この寺に住んでいる妖怪たちが貴女を発見し、観察していたそうです」

 魔眼に探知出来なかったと言う事はかなり遠くから見ていたらしい。

「まぁ、それはいい。でも、どうして住まなきゃ駄目なんだ?」

「それはもちろん、私たちと共に生活し、妖怪たちの力になれるよう努力する為です」

「努力……例えば?」

「あの博麗の巫女から守ったり、食べ物に困っている妖怪に食べ物を分けたり、博麗の巫女から守ったり、人里の人々に妖怪たちの事を教えたり、博麗の巫女から守ったりです」

 やはり、霊夢は敵対されているようだ。

「……無理だ」

「どうしてです!?」

「俺には妹がいて、一緒に住んでるんだ。あいつを一人に出来ない」

 それも外の世界だ。無理に決まっている。雅もいるにはいるが、本当の家族である俺が一緒でないと駄目だと思う。

「なるほど……仕方ありません。こうなったら、実力行使です」

 

 

 

 ――バンッ!!

 

 

 

 気付いたら、命蓮寺の窓を破壊して外に飛び出していた。いや、吹き飛ばされたのだ。

「がっ……」

 俺の視線の先にはこちらを睨んだ聖の姿が映っていた。それも裏拳を放った後の構えを取った姿勢で。

 



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第82話 正体不明

 俺は困惑していた。阿求の家で読んだ本によると聖は無闇に攻撃するような人じゃないと記憶している。

「くっ……」

 腹に内出血が起こっているみたいだ。瞬時に霊力を流して完治する。

「へ~、そんな事も出来るのね」

 口調の崩れた聖が窓から飛び降りて来た。様子がおかしい。

「まさか……魔法『探知魔眼』!」

 スペルを発動し、魔眼を開眼させる。すると聖の姿が変わって行き、摩訶不思議な翼を生やした黒髪の女の子に変化した。

「姐さん!? どうしたんですか!」

 どういう事か尋ねようとした時、寺からフードのようなものを被った別の少女が出て来る。

「一輪! この人は妖怪の敵です! 退治します!」

 女の子が俺の方を指さしながらそう言い放つ。

「こ、この人がですか?」

 どうやら、この一輪と言う妖怪には女の子が聖に見えるらしい。何かの能力だろうか。しかし、一輪は見るからに動揺している。俺の見た目が普通の人間に見えたからだろう。

「よく観察してみてください! この不安定な力を」

「……っ!? 確かに怪しいです。わかりました! 雲山!」

 一輪が空に向かってそう叫ぶと一輪の後ろに雲が集まって来た。

「な、何が……」

 しばらくすると雲の強面のおっさんが形作られる。

(これは……まずい)

 そう判断した俺は逃げる為に飛んだ。

「あ、待ちなさい!!」

 一輪も俺と同様、飛ぶ。

 こうして、俺と一輪の鬼ごっこが始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

「どうにかして聖の秘密をあいつに教えないと……」

 だが、あの雲山と言う入道雲がいる限り、一輪に近づく事が出来ない。それに後ろから二人が撃ち続ける弾幕の密度はかなり濃い。このままでは被弾してしまう。

「……仕方ないか」

 出来るなら使いたくなかった。燃費も悪いし、あいつが調子に乗るから。でも、この緊急事態に贅沢は言っていられない。俺は懐からスペルを取り出した。

「仮契約『尾ケ井 雅』!」

 スペルが発動し、白い煙がカードから発せられる。これは雅の方で少し、問題が発生している証拠だ。主に誰にも見られていない所に移動する為だが。

「何なの? あれ」

 後ろから一輪の声が聞こえるが弾幕を躱すのに必死だったのでスルーする。

「雅! 早くうぅぅぅぅ!!」

『も、もうちょっと待って! 望がしつこいの!』

 何が起きているのかは分からないが望は最近、やけに鋭いからどこに行くのか問い詰めているのかもしれない。

「くそっ! 劣界『劣化五芒星結界』!」

 コートのポケットから博麗のお札を1枚だけ取り出し、後ろに投擲した。すぐに1枚の星型の結界が展開される。これは本来なら5枚で作る『五芒星』を1枚で無理矢理、作った結界だ。雅を使役している時は『五芒星』を作る事が出来ない。もちろん、普段の『五芒星』より格段に強度は下がるが人間の力では壊せないほどである。弾がいくつか当たってもそう簡単には――。

「突き破れっ! 雲山!」

 一輪が命令すると雲山が巨大な拳を作り出し、結界を粉砕する。

「そんなのありかよ!!」

 叫びながら、速度を上げた。このままでは追い付かれてあの鉄槌を食らってしまう。

「これでっ!」

 一輪が勝ちを確信したのかそう呟いた。そして、雲山の拳がどんどんと俺に近づいて来る。

「お待たせっ!!」

 その時、雅が召喚された。すぐに背中の6枚の翼で拳を受け止める。

「さ、サンキュ――」

「なーに、式神として当然」

「――仮式」

「それはやめてええええええっ!?」

 絶叫する雅だったが、きっちりと雲山の拳を跳ね返した。

「そんな事より雅。作戦があるんだけど」

「そんな事って……私からすると結構、重要な事なんだけど?」

「いいから!」

 時間がない。急いで雅に作戦を伝える。

「雲山!」

 一輪の掛け声で雲山がいくつもの拳をこちらに飛ばして来た。

「頼む!」

「あいあいさー!」

 6枚の翼を器用に操り、全ての拳を叩き落す雅。それからすぐに翼を組み合わせ、ドリルを作った。

「喰らえっ!」

 ドリルは一輪に向かって突進する。途中で雲山の腕が一輪とドリルの間に入り込み、貫通。だが、そのせいで一輪にドリルは届く事はなかった。

「よし……これで」

 雅の翼が雲に固定され、動かせない今を狙って雲山に攻撃させるようだ。だが――。

「ドーン!」

「ッ?!」

 漆黒の翼の中から俺が飛び出す。雅が翼を組み合わせた時に俺もその中に潜り込んでいたのだ。

「し、しまっ――」

 一輪が目を見開く。

「あの聖は偽物だ! なんか、黒髪の女の子だったぞ!」

 向こうから何かされる前に一輪に向かって叫んだ。

「は? 何を言って……待って? それは本当なの?」

 一時は否定しようとした一輪だったが、何か思い当たる節があるらしく止まった。

「あ、ああ……」

「特徴は!?」

「えっと、変な形をした翼が生えてたよ。左側が赤くて右側が青……あれ? 逆だっけ?」

 あの時は必死であまり見ていなかった。

「響!? 早くしてええええ!! 死んじゃう! 雲のおっさんに潰されちゃううぅぅぅぅぅ!!」

 今の雅は翼を使えない。それに加えて雲山は自由に姿形を変える事が出来るので、攻撃し放題だ。

「雲山!! ストップ!」

 その声で雲山の動きが止まった。

「……はぁ~。また、ぬえね」

「ぬ、ぬえ?」

 溜息を吐いた一輪。その時に呟いた名前は聞き覚えのないものだ。

「まぁ、いいわ。一旦、離れて」

「え? あ、ああ……」

 無意識で一輪の右手首を掴んでいた。手を離して距離を取る。

「響! 大丈夫!?」

 雲山も小さくなり、俺の姿が見えるようになったからか雅がすっ飛んで来た。

「ああ、ありがとな。お前のおかげで何とかなりそうだ」

「そう? よかっ「じゃあな」

 『ええええっ!?』と言う叫びと共に雅が外の世界に戻って行く。

「うわ……自分の式神なんじゃ?」

「いいんだよ。仮式だし」

 雅の扱いが雑な事にツッコまれるがスルー。あいつは外の世界から来ているので長居してしまうと望に怪しまれてしまうのだ。

「仮式?」

「そんな事より、早く帰ろうぜ? そのぬえって奴におしおきしなくちゃいけないから」

 そいつが悪戯をしなければ今頃、家に帰っていたはず。そう思うとふつふつと腹の底から何かが湧いて来た。

「お、おしおきって……あいつ、れっきとした妖怪だよ? とてもじゃないけど勝てる相手じゃ……」

 一輪は俺を止めようとするが今の俺に何を言っても無駄だ。怒りで我を忘れていると言っても過言ではない。

「このくそやろうがあああああああ!!」

 我慢出来ずに叫ぶ。その直後には命蓮寺へと飛翔していた。

「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!!」

 後ろから一輪の声が聞こえたが、無視。

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……すみませんでした。もう、しません」

 ボロボロになったぬえが涙ぐみながら許しを請う。

「本当か?」

 手に博麗のお札を持った俺が睨みながら確認する。

「は、はい!!」

「……よろしい。もうすんなよ」

「はい! 本当に申し訳ございませんでしたああああああっ!!」

 あの後、怒りに身をまかせた俺は聖に化けたぬえをフルボッコにする事に成功。正直言ってどうやったのかはあまり覚えてはいない。

 ぬえは『正体を判らなくする程度の能力』の持ち主で自分の正体を不明にしたらしい。そこに俺がやって来た。俺は襖を開ける前にここに聖がいると推測。阿求の家で見た聖の絵を思い浮かべていたのだ。そのせいで正体が判らなくなったぬえを聖と認識してしまったらしい。

 一輪は聖の部屋の窓から騒ぎが聞こえたのでぬえを聖だと思ったとの事。

「本当に申し訳ございません! うちのぬえがご迷惑を!!」

 本物の聖は人里に出向いており、途中から俺に加勢してくれた。怒ると怖いタイプのようだ。

「大丈夫。依頼料を払ってくれれば」

「ああ、それはもちろんです。その依頼は私が出したものですから」

「……え?」

 俺はてっきり、ぬえが悪戯をする為に出したと思っていた。しかし、それが違うとなると――。

「ものは相談なのですが、この命蓮寺に入門……いえ、一緒に住んでいただけ「無理です」

 丁重にお断りしました。

 



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第83話 最凶

「ふぅ……」

 今日は仕事がない。いや、本来ならあったのだ。その為に幻想郷に来たのだから。しかし、急にその依頼が取り消されたのだ。キャンセル料は貰えたが暇になってしまった。

「どうすっかな」

 時間がかかりそうな依頼だったので望たちには遅くなると言ってしまった以上、今すぐ帰るわけには行かない。

「ん?」

 曇天に覆われた幻想郷の空を適当に飛んでいるとたくさんの向日葵(冬なので枯れている)が鎮座した丘を発見した。スキホで調べると『太陽の畑』と言う場所らしい。

「よいしょっと」

 何となく、その地に降り立った。でも、やはり向日葵は枯れており寂しさを醸し出している。夏は向日葵が咲き誇って黄金の絨毯を敷いてくれるだろう。

「あら?」

 その景色を思い浮かべていると後ろから女性の声が聞こえる。

「あれ? 人里で道を教えてくれたお姉さん?」

 振り返ると一番、最初に寺子屋までの道順を教えてくれた傘を差したお姉さんがいた。

「久しぶりね。まさか、こんな所で会うなんて思わなかったわ」

「それはこっちもです。大丈夫なんですか? 人里から離れたらいつ、妖怪に襲われるかわからないんですよ?」

 俺がそう言うと何故か、お姉さんが優雅に笑う。

「本当にね。いつ、妖怪に襲われるかなんて誰にもわからないわ。襲われる方も襲う方も」

「は?」

「久しぶりにここの様子を見に来たら、ね?」

 意味が分からなかった。呆ける俺を無視してお姉さんがこちらに近づいて来る。

「さて……一度ぐらいなら聞いた事あるんじゃないかしら?」

「な、何を――ッ!?」

 ズブリ、と腹にお姉さんの腕がめり込む。比喩表現ではなく本当に。大量の血が吐き出された。

「風見 幽香。私の名前よ」

「かざ、み……ゆうか!?」

 その名前には聞き覚えがある。1週間ほど前、みすちーが言っていた名前だ。つまり――。

「くそっ!?」

 震える手を幽香に向けて出鱈目に混ぜた力を爆発させる。幽香は首を傾けてその爆風を躱した。爆発と言っても範囲は掌の大きさなので小さい。だが、その反動のおかげで俺の体は幽香から離れる事に成功した。まぁ、そのせいで余計に腹の穴は広がったが霊力で塞ぐ。

「あらあら? 荒療治ね」

「何もしないよりはマシだけどな」

 額に汗が流れる。冬なのに体が熱い。

「大丈夫? 汗がすごいけど」

「誰のせいだ。誰の」

 余裕な顔で幽香。力を出し惜しみしていると負ける。いや、殺される。

「いいの? 考え事なんかしてて」

「ごっ……」

 思い切り、傘で腹を叩かれた。その瞬間、視界が白くなる。体の感覚から地面を何バウンドもしているらしい。威力が桁違い過ぎる。

「これで終わりだと思ってる?」

 ブレる視界の中、幽香のチェックのスカートが目に入った。今の俺にはそれが絶望にしか見えない。

「――っ」

 悲鳴すら出なかった。幽香は自分の踵を鳩尾にピンポイントで落としたのだ。呼吸が出来ない。地面に埋もれたまま、酸素を求める。

「……何だ。噂では相当、強いって聞いたのに」

 どうやら、幽香は俺の噂を聞いて攻撃して来たらしい。顔は丁度、空を見上げていたので幽香の顔が見えた。

「ッ!?」

 台詞とは裏腹にその口は惨酷なほど緩んでいる。まるで、玩具を見つけた子供のようだ。

「死ね」

 

 

 

 ――ドスッ

 

 

 

 動けない俺の腹に向かって傘を突き刺す。みすちーが言っていた事は本当だった。冷酷すぎる。

「まぁ、最初の一撃で死ななかったからご褒美としてその傘、あげるわ」

 そう言い残して幽香は歩いて離れていく。

「ふ、ざけ……んな」

 こんな最期があってたまるか。家で望と雅が待っているんだ。まだ、過去の記憶を全て取り戻してないんだ。

「り、み……った、か……いじょ」

 薄れる意識の中で俺は指輪を3回、指で叩いた。

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 先ほど、殺したあの万屋。噂ではなかなかの手練れと聞いていた。少し、戦うのを楽しみにしていたのだ。だが、実際は弱かった。私は溜息を吐いて歩みを進める。

「開放『翠色に輝く指輪』……」

「あら?」

 突然、後ろから眩い緑色の光が私を照らす。

「魔法『探知魔眼』……拳術『ショットガンフォース』……神鎌『雷神白鎌創』……」

 振り返ると万屋がふらふらと立ち上がっている所だった。その左目は青色に染まり、両手には黄色のオーラを纏い、左手に真っ白な小ぶりの鎌を持っている。

「霊盾『五芒星結界』……」

 お札を何十枚も空中に放った万屋。すぐに右手の人差し指と中指で印を結んだ。すると、星型の結界が10組ほど出来上がる。

「まだ、楽しませてくれそうね」

 傷が癒えていく万屋の目を見て私は微笑みながら呟いた。

 

 

 

 

 

「雷輪『ライトニングリング』!」

 両手首に雷で出来た輪っかを出現させ、幽香の懐に一瞬にして潜り込んだ。移動の途中で引いていた右腕を思い切り、突き出す。

「――」

 ところが、幽香は慌てるわけもなく左手で受け止めた。

「っ!」

 その刹那、幽香が後方に吹き飛ぶ。『拳術』を発動させたからだ。俺も幽香の後を追って走り始めた。

「これは面白いわ!」

 飛ばされているのにも関わらず、そう呟く幽香。『雷輪』の効力で吹き飛ぶ幽香と並走していた俺の口元が引き攣った。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 左手に持っていた鎌を縦に振って、雷の刃を飛ばす。

「お返しするわね」

 それを幽香は右腕を振っただけで撃ち返して来た。だが、こちらも『五芒星』を使って防いだ。その隙に幽香が地面に着地する。

(次……)

「霊転『五芒星転移結界』!」

 10枚の『五芒星』を操って幽香の周りをぐるぐると旋回させる。

「いっけ!!」

 右手の人差し指から小さな雷の弾を『五芒星』に撃ち込む。

「?」

 幽香が首を傾げた途端に10枚の結界から1つずつ、俺が撃ち込んだ雷の弾が吐き出された。

「これで弾幕って言うのかしら?」

 ニヤニヤしながら10個の弾を躱した幽香だったが次の瞬間、初めて顔を強張らせた。10個の弾は10枚の結界に吸い込まれ、それぞれの結界から10個ずつ、弾が吐き出されたからだ。

(いつ見ても……鬼畜だな)

 幽香も気付いたのだろう。苦虫を奥歯で噛んだような表情で100個の弾を躱した。また、結界に飲み込まれる弾幕。

「……まぁ、簡単ね」

 10枚の結界から100個ずつ吐き出されようとした時、幽香が掌を1枚の結界に向けた。

「元祖『マスタースパーク』」

 掌から撃ち出された極太レーザーは『五芒星』を紙のように突き破る。更に体ごと回転させ、レーザーの軌道を変えた。数秒にして10枚の結界が破壊されてしまう。

「そんな……」

 驚愕で俺に一瞬だが、隙が出来てしまった。幽香はそれを見逃すはずなく、一気に距離を詰めて来て右ストレートを放つ。

「神箱『ゴッドキューブ』!!」

 ほとんど本能的に『神箱』を発動。そこに拳がぶつかった。

 

 

 

 ――ピシッ!

 

 

 

「ッ!?」

 今まで、皹すら入らなかった『神箱』に亀裂が走る。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 神力を使って巨大化させた右拳を幽香に向かって突き出す。指輪の制限は解除されているので『拳術』に制限時間はない。この二つのスペルを組み合わせればきっと――。

「甘い」

 『神箱』を粉砕した幽香の拳がそのまま、俺の拳を破壊してしまった。

「なっ!?」

 インパクトはきちんと成功していたし神力も強度を最大にしていたのだ。それなのにこんな意図も容易く。その時に気付いてしまった。

(こいつのパンチ、まだっ!?)

 威力が一切、落ちていなかったのだ。このままでは俺の体はただの肉となってしまう。

「白壁『真っ白な壁』!」

 俺と幽香の間に白い壁が出現。これで幽香の視界を塞いだ。

「飛拳『インパクトジェット』!!」

 その隙に両手を真下に向けて空高く舞い上がる。

「合成『混合弾幕』!」

 壁を粉々に砕いた幽香がこちらに気付いた時にはもう、逃げる場所がないほどの密度の濃い弾幕が展開されていた。それと同時に俺の体もとうとう、悲鳴を上げる。『雷輪』のデメリット。筋肉が破壊されたのだ。

「ぐっ、あ……」

 何とか絶叫するのを抑え、霊力を流し込んだ。この痛みだけはまだ慣れない。

「あら? もう、おしまい?」

「え?」

 筋肉が完全に再生した時、目の前で幽香が笑っていた。

 



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第84話 ギア

「光撃『眩い光』!!!」

 咄嗟に強い光を生み出し、幽香を怯ませる。すぐに『飛拳』で距離を取った。

(指輪が全く通用しない……多分、PSPも駄目だ)

 紫になってスキマで逃げるのも手だが、きっとスキマを開けている隙に殺されるだろう。

(やっぱり、あれか? 玉砕覚悟で行くしかないのか?)

 それならまだ手はある。でも――。

「もう少し、周りを見ながら考え事をしましょうね?」

「のわっ!?」

 気が付くと幽香が傘を横薙ぎに払って来ていた。出鱈目にインパクトしてその場を離れる事で躱し、一命を取り留める。

「全く……あんな光じゃ5秒も時間稼ぎ出来ないわよ? そのせいでほら。私に傘を拾わせる時間を与えてしまった。もう、諦めて死んだら?」

 微笑みながら幽香が忠告してくれた。

「死にたくないからな。最期まで悪あがきさせてくれよ。霊術『霊力ブースト』」

 スペルを宣言すると俺の体から赤いオーラが発せられた。

「ふふふ……本当に面白い子だわ。貴女」

「――ッ!?」

 いつの間にか体の右側が消滅している。幽香を見れば傘の先を俺に向けていた。どうやら、あそこからレーザーでも撃ったらしい。幽香の口がニヤリと笑った。

「……へぇ」

 だが、その笑みの意味が2秒で変わる。勝利の確信から感心へ。

「想像以上ね……本当に」

 何故なら、消滅したはずの俺の体が時間を戻したように再生したからだ。『霊術』を使ったので少しは再生スピードが上がるとは思っていたがまさか、ここまでとは思わなかった。

「妖術『妖力ブースト』!」

 赤いオーラと交互に黄色いオーラも俺の体を覆う。

「まだ楽しませてね!!」

 幽香が必殺パンチを繰り出す。

「それは御免だよ!」

 こちらも同じように拳を作り、幽香の拳に合わせて突き出した。少し前の俺なら右腕ごと吹き飛ばされていただろう。でも、今は違う。

「「……」」

 衝撃波が地面に生えた向日葵を襲った。ギリギリとお互いに拳を押し合うが全く動かない。

「なるほど……ギアを上げているのね」

 一発でばれた。そう、『霊術』や『妖術』は普通の肉体強化とは違う。重ね掛けする事によって相乗効果を得る事が出来るのだ。

「なら、早めに仕留めないといけないわ」

「出来るものならやってみな……神術『神力ブースト』!」

 赤、黄色、白の順番にオーラの色が変化する。少しずつ俺の拳が幽香の拳を押し始める。

「まぁ、デメリットもあるみたいだけど?」

「ッ!?」

 その束の間、気付けば俺は向日葵畑に出来たクレーターに倒れていた。あの状況から押し返されたのだ。

「一つ。連続で唱える事が出来ない」

 俺が立ち上がった頃になって幽香は地面に降り立つ。

「余裕だな」

「まぁね。二つ。唱える度に貴女への負担が大きくなる」

 本当に化け物だ。強さだけじゃない。戦い慣れている。

「三つ。戦っている相手が悪かった。死になさい」

 『魔術』を発動出来るまでまだ、時間が必要だ。でも、こっちには『霊術』で手に入れた超高速再生がある。しかし、幽香はそれを見ていたはずだ。なのに何故、あれほどまでに余裕でいられる。

(……そうか、こいつ)

「さっきは大部分を残しちゃったからダメだったのね」

(何も残さないように俺の体を消滅させる気かっ!)

 『飛拳』で上空に逃げる。

「また逃げるの?」

「くそっ!」

 それでも幽香はついて来た。このままでは本当に殺される。

(どうする……とにかく、時間を稼ぐんだ)

 でも、どうやって? 逃げても戦っても殺されるのだ。他に方法は――。

「……あった」

 俺は本当に運がいい。まさか、こんなに早く使う時が来るなんて思わなかった。スペルカードを取り出して幽香の目を見る。

(決まってくれ……)

 そう、祈りながら俺はスペルを宣言した。

 

 

 

 

 

「?」

 逃げながら万屋はこちらを見ている。その手にスペルを持っているからもう少しでギアを上げる事が出来るみたいだ。

(その前に追い付くけど)

 その証拠にもう、彼女の背中に傘を突き刺せる距離まで近づいている。

「そーれっ!」

「がッ!?」

 躊躇いもなく背中に傘を差して、エネルギーを込めた。

「体の内側から爆発すればどうなるのかしらね?」

「や、やめろ……やめろおおおおおおおおおっ!!」

 恐怖で顔が青くなった万屋がもう一度、私の顔を見る。その時、私は違和感を覚えた。

(でも……何に?)

 気にしていても仕方ない。充電したエネルギーを一気に放出。万屋が断末魔を上げながら消滅した。

「……まぁ、楽しめたかしら?」

 期待通りだった。手に持った傘を開いて溜息を吐く。

(……あ)

 わかった。何故、私は気付かなかったのだろう。さっき、万屋の目。

「そう言うこった」

「!?」

 私の後ろで万屋の声が聞こえる。振り返る前に羽交い絞めにされてしまった。

 

 

 

 ――バサッ!

 

 

 

 顔だけ後ろを見ると漆黒の翼が目に入る。万屋にあんな翼は生えていなかった。なら、万屋の味方だろうか。

(いや、違う……)

 それなら最初から呼んでいるはずだ。今になって駆けつけるのはおかしい。

(やっぱり、あれが何かを握っているの?)

 私の目には万屋の目――紅い右目が映っていた。

 

 

 

 

 

「狂眼『狂気の瞳』……これがこの右目の名前だ」

 困惑している幽香に説明する。

「少しだけお前を狂わせてもらった。まぁ、幻覚を見せた程度だけど」

「幻……覚? 私にそんなもの効くはずが」

「こちとら、本物の狂気を使役してるもんでね」

『使役って……私はお前の魂を借りてるだけだ』

 脳に狂気の文句が響いたが無視。今はそれどころではない。

「こんなのすぐに」

 羽交い絞めにされている幽香は逃れようと腕に力を入れた。

「あ、ぐぁっ……」

 ブチブチッと俺の両腕が千切れて行く。なんて言う力だ。激痛が全身を迸る。

「でも……」

 『霊術』の効力で元に戻る。

「そ、そんな」

 それと同時に解けそうだった拘束も時間が遡った。幽香の顔が引き攣る。

 俺は『狂眼』で幽香に幻覚を見せる。そして、半吸血鬼化(それと女体化)したので今までより力が増した体で幽香を拘束。引き千切ろうとしてもすぐに再生。再び、拘束。これで時間を稼げるはずだ。

「分身『スリーオブアカインド』!」

 急いでスペルを唱える。実はこの体では『魔術』を使えないのだ。しかし、永琳から貰った元の体に戻す薬(『狂眼』の効果で半吸血鬼化した場合にのみ有効)を飲むにしても幽香を拘束しているので出来ない。ならば、分身に飲ませて貰えばいい。

「よし! パス!」

 分身1が俺のポケットからスキホを取って、薬を出してから分身2に投げた。

「ほれ! 口を開けろ」

 俺の傍にいた分身2が受け取り、錠タイプの薬を口の中に放り込んでくれる。それを噛み潰して一気に飲み込む。

「ごちそーさん」

 女だった体が元の男の体に戻った。半吸血鬼化している時にしか使えない分身はポンッと音を立てて消える。

「でも、大丈夫? ギアを上げても私には勝てないわよ? それにその効力って短いんじゃない?」

 確かに『ブースト』系の制限時間は短い。その事を幽香は言っているのだろう。

「じゃあ、それ以外の目的だとしたら?」

「……何を?」

 目を細める幽香を無視して、最後のスペルを唱えた。

「魔術『魔力ブースト』!」

 俺の体が何とも言えない色をしたオーラが溢れる。その色に名前はない。だが、とても幻想的だった。

「見せてやるよ……最期の悪あがきだ! 魂絶『ソウルバースト』!!!」

 『霊術』、『妖術』、『神術』、『魔術』を順番通りに発動する事によって初めて唱える事の出来るスペルカード。

 

 

 

「いっけえええええええええええええええええっ!!!」

 

 

 俗に言う――自爆だ。

 

 

 その日、曇り空だった幻想郷は急に快晴になったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 『魂絶』は体の中にある全ての力を爆発させる。自爆スペルカード。使う事になるとは思わなかったが、これは幽香も一溜りもないだろう。因みに俺の体は傷一つ付いていない。爆発によって傷ついた所も『霊術』が治してくれたからだ。

(でも……動けないんじゃ意味ないな)

 まず、『ブースト』系のデメリットの一つである。使用後に力が使えなくなる効果。それを全種類に使っているのでもう、俺は人間以下だ。それに『魂絶』のデメリット。力の全放出。動けと言う方が無理だ。その代わり、地形を変えるほどの威力を誇る。そのはずなのに――。

「ふぅ……さすがに吃驚したわ」

 これだけの事をしてもあの化け物は倒れなかった。地面に倒れた俺を見下すように幽香がそう呟く。服が少し、破けているだけで傷なんてものはどこにもなかった。

「さて、これからどうしてやりましょう? この服、結構気に入ってたのに」

 背中に何かが走った。

「……喋れもしないの?」

 そりゃそうだ。今の俺に出来る事は考える事と息をする事だけだ。

「そう。動かないほどつまらない玩具はないわ。仕方ない……もう少し、熟してからにしましょう」

(……え?)

「確か、半年前に来たばっかりなのよね……なら、これから強くなるかもしれないし」

 何を言っている。この化け物は俺をどうするつもりなのだ。わからない。

「でも、このまま置いて行ったら妖怪に食べられるかも……よし」

 何かを考えた幽香は笑顔で頷くと俺を担いだ。

(何? 何が起きてるの? え? ええ? ええええええええ!!?)

 動けない俺は成り行きに任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

「よかったわ。やっと、喋れるようになったのね」

 幽香の家でお茶を飲んでいる俺(いや、動けないので飲ませて貰っている)に微笑みながら幽香が言う。

「まぁ、喋るだけなら……あっつ!」

「あら? ごめんなさいね。ふーふーしないといけないかしら?」

 先ほどとは違う笑みで幽香。絶対、今のわざとだ。

「でも、なんでこんな事まで?」

「さっきも言ったでしょ? 妖怪に襲われないようによ」

 俺を殺そうとした本人が何を言うか。

「それにしても……貴女の回復スピードはすごいわね。まさか、自分の体以外の物も再生できるなんて」

 不意にそう呟いた幽香。

「この服の事? これは違うぞ?」

 紫にそう言った機能を付けて貰った事を説明する。だが、幽香の眉間にしわが寄った。

「なら……その指輪は?」

「え?」

 そうだ。あの時――幽香に体の右側を消滅させられた。右手の中指にあったこの指輪もなくなっていたはずだ。それなのに今もその場所で輝いている。

(本当に……時間が戻った?)

 体が動くようになるまで俺はずっと、その事について考えたが全くわからなかった。

 



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第85話 奇想天外な過去

「……ん」

 ゆっくりと浮上する意識。僕は静かに目を開ける。

「あ……れ?」

 辺りを見渡すと森が広がっていた。確か、フランさんの為に本を選んでいたはず。その後、あの地下から出て来たフランさんが図書館に来て――。

「ッ?!」

 全て、思い出した。あの時の景色を。痛みを。恐怖を。

「はぁ……はぁ……」

 急に胸が苦しくなる。そりゃそうだ。あんな経験をしたのだから。ガタガタと震える肩を胸の前で両腕をクロスするように押さえるが全く、治まらない。その時、気付いた。

「……傷がない?」

 握りつぶされた右腕もちゃんと繋がっているし、痛みすらない。

(何で?)

 立ち上がってよく観察するが何もない。逆に体が軽く感じるほどだった。

「おお~! なんか、すごい!」

 ピョンピョンと飛んで錯覚から確信へと変わる。それと同時に先ほどまでの震えは治まっていた。そんな事よりも走りたい衝動に駆られているのだ。

「位置について! よ~い! ドン!!」

 その衝動に負けて僕は走り出した。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 人生でこれほど速く走った事なんてあっただろうか。更にテンションが上がったので速度を上げる。

(すごい! すごい!!)

 感動した僕はそれから1時間ほど走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!」

 走っていると目の前に真っ赤な花畑が広がる。息切れすら起こしていない僕の目は釘付けとなった。

(綺麗だな……)

 ストレートな感想を思い浮かべた後、その花畑に突入。花を踏まないように気を付けながら進むと僕の背丈ほどの苔に覆われた岩が現れた。

「ぐぉ……すぴー」

「ん?」

 その岩の上から誰かのいびきが聞こえる。よく見ると赤い髪の女の人が鼻提灯を作って寝ていた。

「も、もしもし~? こんな所で寝てたら風邪、引きますよ?」

 背伸びをしてそう忠告するが女の人は起きない。

「……よし!」

 右手の人差し指で鼻提灯を突っつき、爆発させた。

「うわっ!」

 それに吃驚した女の人が飛び起きる。作戦成功だ。

「え? ちょっ! きゃんっ!!」

 だが、驚きすぎたのか岩から落ちた女の人。後頭部から落下したのでかなり痛そうだ。

「あ、あの~? 大丈夫ですか?」

「いたた……誰だい? あたいの昼寝の邪魔をしたのは?」

 後頭部を擦りながら起き上がった女の人はキョロキョロと見渡し、僕を捉える。

「ありゃりゃ? 子供か。自殺志願者ならお望みどおりにしてやろうと思ったんだけどね~。まぁ、いいや。坊や、名前は?」

「きょ、キョウです」

 たどたどしく自分の名前を告げる。また、苗字を言い忘れてしまったが言い直す勇気はない。

「キョウ?」

 だが、女の人は目を細めて僕の顔を覗き込む。

「……どこかで会った事ないかい?」

「い、いえ……」

「……あ! なるほど! そう言う事か!!」

 突如、笑顔になった女の人が僕の肩を掴んで前後に揺らす。

「いや~! そうか! ようやく、来てくれたか!!」

「ちょ、ちょっと! 何の事やらさっぱりなのですがあああああ!!」

 あまりにも激しく揺さぶるので叫んでしまった。

「おっと。そうだった。こほん……よくぞ、ここまで来た」

 やっと、肩を揺らすのをやめてくれた女の人は咳払いをしてから演技っぽい動作でそう言う。

「は、はい……ここまで来ました」

「君、紅い屋敷に行かなかったかい?」

「!?」

 僕は目を大きく見開き、驚いた。紅魔館の事をこの人は言い当てたのだ。

「行きました! でも、どうして」

「うむ。第一関門をクリアしたようだな」

(第一関門?)

 首を傾げる僕を放って女の人は続けた。

「それでは、第二関門と行こうじゃないか! 君には修行して貰う」

「しゅ、修行ですか?」

 僕も男の子だ。その単語に憧れた事がある。

「そうだ。これを使えるようになるまでここで修行だ!」

 そう言い放った女の人は岩に立て掛けてあった鎌をこちらに突き出した。

「か、鎌ですか?」

「鎌だ」

「子供が鎌を扱っても大丈夫なのですか?」

 それにあんな大きな物、操れそうにない。いくら体が軽くても体格は変わっていないのだ。

「君はあにめ、だったかな……と言う物を見た事があるか?」

「? ありますけど……」

「その中のヒーローはどうだ? 普通だったか?」

「いえ、普通じゃないからヒーローなんだと思います」

「じゃあ、君はどうだ? この幻想郷が普通だと思うか?」

 女の人の問いかけに首を横に振る。吸血鬼がいる世界など普通じゃないに決まっている。

「ならば! 君だって普通じゃないのだ!」

「っ!!」

 更に演技っぽくなった女の人。だが、僕はそんな事気にしていなかった。

「僕は……普通じゃない?」

「そうだ! これからたくさんの試練が待っている。それに対抗する為には鎌を扱えるようにならなければいけない。だから! 君は強くならなければいけないのだ!!」

「強く……」

 その時、僕はフランさんを思い出した。記憶はほとんどないがフランさんの泣き顔が頭に思い浮かんだのだ。

(僕が強かったら、フランさんは泣かなくてもよかったのかも……)

「……やります」

「ん? なんだ? 聞こえないぞ?」

「やります!! 僕、もっと強くなります!」

 大きな声で宣言した。もう、誰も悲しませたくない。その気持ちが大きかった。

「わかった! 少し、待っていろ」

 女の人はそう言うと遠くの茂みまで一瞬にして移動する。

「えっと……あいつから受け取った奴、どこやったっけ? あれ?」

 そんな独り言が聞こえた気がしたが気にしない事にする。

「お? あった!」

「うわっ!?」

 また、瞬間移動した女の人に驚愕する僕。

「これをくれてやろう」

 女の人は小ぶりの鎌を差し出した。

「これは?」

「練習用の鎌だ。刃に当たっても斬れないようになっているがかなり、頑丈に作られているから痛い。気を付けろ」

「はい! 先生!」

「せ、先生?」

 急に女の人の勢いがなくなる。予想外の事が起きたらしい。

「鎌の扱い方を教えてくれるので先生ですよね?」

「……ああ! あたいは先生だ! 『こまち先生』と呼ぶがいい!!」

 顔をニヤつかせたこまち先生。嬉しそうだ。

「はい! こまち先生!」

「うむ! では、早速。特訓開始だ! ついて来い!!」

「はい!!」

 走り始めた先生の後を追って僕も走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれ……」

 ベッドの上でそう呟く俺。幽香との死闘から5日が経った朝の事だった。藍からお休み(と言うより体への負担があまりにも大きくまともに動けなかった)を貰った俺は試しに永琳から貰った『過去を見られる薬』を使った。しかし、服用してからすぐに見れると言うわけではなく何日も連続で飲み続けないと見る事が出来ないらしい。そして、やっと見れたのだが――。

(あれは……本当に過去の事なのか?)

 俺が持っている過去はフランの血を飲んで吸血鬼の治癒能力を得た所までだ。小さい頃の俺の言葉からしてそれのすぐ後の事になるみたいだが、紅魔館にいないのはおかしい。

「まぁ、幻想郷に常識は通用しないんだったな」

 起き上がって右手に小ぶりの鎌を出現させた。

(そう言えば……俺は何で鎌なんて使ってるんだろう? 一番最初に使ったのはトールと戦った時だったよな?)

『その頃には今と同じくらい使えていたぞ?』

 頭の中でトールの声が響く。トールの言う通り、初めて使ったとは思えないほど俺は鎌を扱えていた。今まで、あまりにもおかしな事ばかり起きるから放っておいたのだ。

「じゃあ、あの『こまち先生』に習ったって事か?」

 因みにずいぶん前に知った事なのだが、どうやら俺が見た夢はトールたちにも見えるようだ。しかも、俺の夢を見る見ないを切り替えられるらしく、普段は見ていない。だが、この5日間は過去の事がわかるかもしれなかったので夢を見るように頼んでおいたのだ。

『わからん。吸血鬼なら知っておるかもしれんが……まだ、寝ておる』

(お前は早起きなんだな)

『老人じゃからのう』

 そう言ってトールの声が聞こえなくなる。

「……起きるか」

 今日もおバカ3人組に勉強を教えなければいけない。更に明日から仕事が再開する。まだ、体は本調子ではないがさすがにこれ以上、休むわけにはいかない。

(あのこまち先生に会えれば何かわかるかも?)

 そう考えながら俺は自分の部屋を出た。

 




次回から異変開始です。
まぁ、最初は調査から入るのであまり盛り上がりませんが……。


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第86話 閻魔

「おいーす」

「おいーす」

 全ての依頼を終えて博麗神社に着いた俺は適当に霊夢に挨拶する。霊夢も山彦のように返して来た。いつも通り、お茶を飲む予定だ。向こうもいつも通りなので俺がいつも使用している湯呑を取りに台所に向かった。

「ん?」

 しかし、縁側に座った時にズボンのポケットに入れていたスキホが突然、震える。依頼だ。

(こんな時に?)

 普段なら朝に依頼が届くはずだ。しかし、時刻は午後3時過ぎ。おやつの時間だ。

「どうしたの?」

 俺の湯呑を持って隣に座った霊夢が問いかけて来る。

「依頼」

「今更?」

「今更」

「そう」

 短い会話を繰り広げながら、依頼状を開く。内容はとある事について調べて欲しい。つまり、探偵みたいな依頼だった。

「霊夢。お茶、取って置いてくれ。行って来る」

「わかったわ。でも、どこなの?」

 そこまで聞いて来るとは霊夢にしては珍しい。

「えっと……『裁判所』?」

 全く、わからない。スキホで検索してみても出て来なかった。

「ああ、それは無理ね。三途の川を通らなくちゃいけないから。その川まで行って小町に頼めばその依頼を出した人を連れて来てくれるはずよ」

(小町?)

 もしかすると、昨日の夢に出て来た『こまち先生』ではないだろうか。

「さんきゅ。助かったよ」

「気にしないで」

 きっと、霊夢は勘でわかっていたのだろう。俺が『裁判所』に辿り着けない事に。

「じゃあ、行って来る」

 スキホで三途の川までの道順を確認した後、俺は霊力を合成して飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 飛んでいる途中で眼下に赤い景色が広がる。

「あれは……」

 夢で見たあの花畑だ。三途の川に行く前に寄る事にした。

「よっと」

 着陸し、辺りを見渡す。夢と同じでとても綺麗な風景だ。深呼吸する。

「ふぅ……ん?」

 その時、夢ほどではないが苔が生えた岩を見つけた。しかも、その上で見た事がある赤い髪の女の人が昼寝をしているようだ。ゆっくりと近づく。見事な鼻提灯を作っていた。

「パァン」

「うわっ!?」

 その鼻提灯を割って小町を起こす。

「え? ちょっ! きゃんっ!?」

 吃驚した小町はそのまま、地面に落ちた。しかも、頭から。

「いてて……誰だい? あたいの昼寝を邪魔したのは……」

 後頭部を擦りながら起き上がる小町。夢とほとんど一緒だったので笑いが込み上げてきた。

「悪い悪い……えっと、小町でいいのかな?」

「? 小町はあたいだけど……そう言えば、あんたどこかで?」

「多分、宴会とかじゃないか? 11月に開かれた奴で派手にやったから」

「ああ! あの時のか! で? こんな所まで来て何か用?」

 服に付いた泥を叩き落としながら起き上がった小町が問いかける。

「ああ、実はな? 依頼が来てて裁判所まで行って依頼主を連れて来て欲しいんだ」

「依頼? あ、万屋だったね。その依頼、見せて」

「ほい」

 スキホを開いて依頼状を見せた。小町は画面を覗き込んで内容を読み始める。

「……なるほど。確かにこれはあたいの上司の四季 映姫が出したものだね」

「映姫?」

 阿求の家で読んだ本に出ていた人だ。閻魔だったような気がする。

「そうさ。前の宴会にいたんだけど見てない?」

「あの時はそれどころじゃなかったからわからん」

「そらそうだ」

 少し笑った小町は突然、俺の手を握った。

「え?」

「いいかい? せーので足を前に出すんだよ?」

「いや、ちょっと!」

「せーのっ!」

 制止しようと声をかけるが小町は止まらず、反射的に右足を前に出してしまった。

「……は?」

 目の前の景色が変わる。多分、近くにある川が三途の川だとは思うがどうやってここまで来たのだろうか。

「じゃあ、ここで待ってて。呼んでくるから」

 そんな俺を放っておいて小町が消えた。

(何だ……瞬間移動? いや、なら俺に足を出させる意味なんてないし)

 まるで、あの花畑からここまでの距離をなくしたような感覚。そう言えば、あの夢でも小町は瞬間移動していた。阿求の家でもっと、本を読んでおくべきだった。そうしていたら、小町の能力もわかったはずだ。

「はぁ……」

 そろそろ、午後4時になると言うのにこんな所で待ちぼうけとは今日は不幸な日だと俺は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い」

 小町と別れてから1時間が過ぎた。冬なので日が落ちるのも早く、そろそろ日没だ。

「お待たせ」

 帰ろうかと思っていた矢先、小町と小さな女の子が現れた。

「ああ、本当に待った……って、小町? そのたんこぶは?」

 小町の頭に大きなたんこぶが出来ていたので質問する。

「え? あ、いや~。あはは……」

 乾いた笑いで誤魔化そうとした小町。だが、隣にいた女の子が代わりに説明してくれた。

「貴方が呼んでいると小町が言いました。つまり、サボっていた事になります。このたんこぶは罰を与えた結果です。仕事をしていたら会えるはずありませんから」

「仕事?」

「ここら辺に集まった幽霊を私の所まで運ぶ。まぁ、そこの三途の川を渡るだけですが……」

 確かに仕事をしていたら会えないはずだ。相手は川の上にいるわけだし、川幅も馬鹿みたいに広い。向こう岸なんて見えない。それに小町は昼寝をしていた。サボり以外に何がある。

「本当にすみません。ここまで遅くなったのは小町に説教していたからです」

「いや、もういいよ。で? 君が映姫?」

「君……私は貴方よりもずっと、年上ですよ?」

 そう言われても小さすぎるだろう。

「まぁ、いいでしょう。私が『四季映姫・ヤマザナドゥ』です。早速ですが、話をしても?」

「あ、ああ……」

 ヤマザナドゥと言う単語が引っ掛かったが気にしないでおく。早く、話を聞いて帰りたかったのだ。

「実は……最近、幽霊の数が急激に減っているのです。その原因を探ってください」

「幽霊?」

「はい、そうです。そのせいで私の仕事も減るばっかりで……」

 幽霊が減ると映姫の仕事も減る。映姫の仕事は閻魔だ。きっと、裁く対象が幽霊なのだろう。

「でも、60年周期で幽霊が増える事もあるんだろ? それと同じじゃ?」

「いえ、今回のは違います。今までこんな事ありませんでしたので」

「だから、あたいの仕事も減る一方なのさ」

 小町が溜息を吐きながら呟く。その後ろを幽霊が通って行ったが、あれを映姫の所まで運ぶのがお前の仕事なのではないだろうか。しかも、他にも一杯いる。

「「……」」

 映姫も同じ事を思っていたらしく、小町を睨んでいた。俺は蔑むような目である。

「え? 映姫様は分かるけどなんであんたまで……」

「いや、俺は一生懸命働いてるのにここまで露骨にサボられると……ね?」

「そうです。貴女は少し、サボりすぎる。この人のように真面目に働いてください」

「はーい……」

 俺と映姫のツープラトンアタックにより降伏する小町。

「話を戻すぞ? つまり、幽霊が減少した原因を探せってわけだな?」

「その通りです」

「心当たりは?」

 無駄だと思うが試しに聞いてみる。

「ないからこうやって頼んでるんです。あ、調査に行く時は小町を連れて行ってください」

「はぁっ!?」

 俺ではなく小町が驚愕した。

「ど、どうしてあたいなんですか!?」

「罰です。それに貴女の能力なら移動も楽になりますし、わかった事があった場合、その度に報告させるのも悪いでしょう」

「あたいはいいんですか!?」

「そんな事より……何やら、不穏な空気が幻想郷を包んでいます。気を付けてください」

 叫ぶ小町を無視して映姫が忠告して来た。そう言ったフラグを立てるのはやめて貰いたい。

「他に質問は?」

「あ、ない……いや、一つだけ。関係ないんだけどさ」

「はい、何でしょう?」

「小町……60年ほど前、子供に鎌の扱い方を教えなかったか?」

 小町は俺の鎌の先生だ。これだけは確信が持てる。今も刃がくねくねと曲がった鎌も持っているし。

「ないね」

 しかし、小町の答えは違った。

「絶対に? 忘れてるとかないのか?」

「ない。だって、あたいは鎌使えないからね。教えようにも教えられないのさ」

 おかしい。なら、あの夢は一体――。

「……そうか。ありがとう。今日はもう遅いから明日から始めるよ。小町、博麗神社に集合な。時間は正午。サボるなよ?」

「うぅ……わかりました。行きますよ」

 肩を落として小町が頷いた。

「では、よろしくお願いします」

「おう、まかせておけ」

 一度、博麗神社に戻って一杯だけお茶を飲んでから帰ろう。そう考えながら俺は空を飛んだ。

 



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第87話 調査

「お? サボらなかったな?」

「さすがに今回、サボったら映姫様に何されるかわからないからね……」

「それはいいんだけど……どうして、ここでお昼を食べているのかしら?」

「「気にしない気にしない」」

 博麗神社の居間で俺と霊夢、加えて小町が仲良くお昼ご飯(俺が作ったチャーハンだ)を食べていた。

「で? どこから行くつもりだい?」

 口にチャーハンを運びながら質問する小町。

「白玉楼にしようと思う」

「ああ、あそこなら幽霊がどうなったか知っていてもおかしくないね」

「そう言うのは食べてからにして頂戴」

「「はーい」」

 霊夢に注意され、俺と小町は黙ってチャーハンを食べ進める。

「「ご馳走様でした」」

「お粗末様。小町、行くぞ。霊夢、後片付け頼んだ」

「了解」「わかったわ」

 小町は立ち上がり、霊夢は空になった皿を集め始めた。

「白玉楼だったね?」

「ああ、ちょっと待ってろ」

 コートを羽織ってからスペルを取り出す。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫のコスプレに変わり、スキマを開いた。

「ほぅ。これはすごいね。コピー能力かい?」

「まぁ、似たようなもんだ。そう言えば、お前の能力ってなんだっけ?」

「『距離を操る程度の能力』。つまり、こういう事さ」

 縁側に出た小町がもう一度、足を前に出すと消えた。ここと白玉楼の距離を『一歩』分にまで縮めたのだ。

「うわ……スキマの意味ないじゃん」

「そうかい? 結構、面白いけど」

 今度は俺の開いたスキマから顔を出す小町。

「遊ぶな」

「いや~、ごめんごめん」

 『よいしょっと』と言いながら出て来た。

「そのままでいいよ。今からそっちに行くから」

「はいはーい」

 また、スキマを通って白玉楼に向かう小町だったが、その時向こうで妖夢の声が聞こえた。小町に文句でも言っているのだろう。

「じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい」

 霊夢に軽く挨拶して俺もスキマを潜った。

 

 

 

 

 

「……さて、私も準備しないと」

 響が去った後、博麗神社の居間で霊夢が呟く。3人分の茶碗を台所に運んでからスペルカードや陰陽玉を保管してある部屋に入った。

 

 

 

 

 

「……どう思う?」

「う~ん、難しくなったって事だけは言える」

 白玉楼で話を聞き終わった俺と小町は適当に空を飛びながら話していた。

「白玉楼の幽霊の数は減っていない……つまり、こっち側でしか起きていない事になる」

 幽々子の言っていた事を要約する。小町も同じように解釈していたのか何も言わなかった。

「そして、あの妖夢の証言……外に逃げ出した幽霊が消えた事だ」

「それが一番、決定的だね。でも、それじゃあ範囲が広すぎてどこから探せばいいか困っちゃうね~」

 何ともやる気のない小町である。

「でも、そこまでこっち側に幽霊っていたか? ほとんど見ないけど」

「ああ、見える幽霊は比較的、力が強い方なんだ。弱い幽霊は普通の人間には見えないけどちゃんといるよ」

「ふ~ん……魔法『探知魔眼』!」

 左目を青くした俺は森を見てみる。小町の言っていた事は本当のようで小さな力を点々とだが確認出来た。

「……」

「ん? どうしたんだい?」

 小町の問いかけを無視して俺は南の方向を凝視する。小さな力がたくさん、集まっていたのだ。

(何であんなに?)

 その数はここからでも百は超えていた。多すぎる。

「っ!? そう言う事かよ!!」

 霊力を更に合成し、その方向に急いだ。

「ちょ! 待って!?」

 遅れて小町も追って来るがそれどころではなかった。

(凄まじいスピードで数が減ってる……何かに襲われているのか!)

「小町! 距離を縮めてくれ! 間に合わない!!」

「ど、どこまで!?」

「ざっと、300メートル!!」

「了解!」

 俺の手を握った小町が能力を発動。現場の近くまでワープする事に成功した。

「な、何だよ……これ」

 地面に降り立った俺は唖然とする。

 

 

 

 目の前で幽霊が奇妙な妖怪に食べられていたからだ。

 

 

 

 何とも言えない。言葉では表す事の出来ない二足歩行の妖怪だった。そんな妖怪が数匹で大量の幽霊を食べているのだ。

「何だい……あの妖怪は?」

「わかんないけどあれが幽霊を減らしていた原因に間違いない」

 そこで1匹の妖怪がこちらに気付いた。すぐに後ろにいた妖怪たちに向かって吠え、知らせる。

「どうする?」

「もちろん……戦う! 神鎌『雷神白鎌創』!」

 小ぶりの鎌を創造し、妖怪たちに突進する。

「ガゥ!」

 妖怪の中でも一番、体の大きい奴が一つ吠える。すると、他の妖怪たちは下がった。まるで、リーダーとその部下ような関係だ。

「珍しいね。妖怪が社会を築いてるなんて……一旦、止まりな」

「ぐぇっ!?」

 距離を縮めて俺の背後まで近づいた小町がコートの襟を掴んで俺を制止させた。

「な、何すんだ!」

「あたいにもわからないような妖怪だ。警戒しておいて損はないと思うよ?」

 だが、進行形で幽霊はあの妖怪たちに食べられているのだ。

「で? 何か作戦は?」

 止めたからにはあるに違いない。襟を離した小町の方を見て質問する。

「え? ないけど?」

「ないのかよ!!」

 思わず、ツッコんでしまった。

「でも、相手を観察してからの方が勝率も上がるとは考えた。あんたから見てどう思う? あの妖怪」

 リーダーは俺が仕掛けて来ないとわかると幽霊を食べ始めた。幽霊たちも逃げようとしているみたいだが、妖怪の方が素早いのですぐに捕まってしまうらしい。

「そこまで強くないと思う。妖力も少ないし……幽霊を食べる度に少しだけど増えて行くから早めに倒さないと取り返しのつかない事になるかも」

「じゃあ、私が弾幕でフォローするから直接、攻撃出来る?」

「どっちかって言うと弾幕より肉弾戦の方が得意だな」

 弾幕は大量に撃って2~3発当たればいいと考える。だが、地力の少ない俺からしたら力の無駄遣いは極力避けたい。

「オーケー。それで行こう。まずはリーダーから仕留めるよ」

「おう」

 いつの間にか小町が俺を引っ張っている。相当、戦いに慣れているみたいだ。リーダーもこちらが動こうとしている事に気付いたらしく、構えた。俺は姿勢を低くして鎌を片手にダッシュする。

「ガッ!」

 よく分からない吠え方をした妖怪だったが、凄まじいスピードで俺に向かって来た。鎌の刃に雷を纏わせ、左目に魔力を集中させる。

「ふっ……」

 タイミングを見計らい、鎌の柄を地面に突き刺してジャンプ。妖怪の上を飛び越えて後ろを取る。

「バゥッ!?」

 妖怪が振り返った頃には鎌の刃は妖怪の腹を切り裂いていた。

(くっ……浅い)

 手の感触から判断し、急いで妖怪の方を見る。

「ガルッ!!」

 目の前に妖怪の牙が迫って来ており、俺は焦った。このままでは噛み付かれる。

「キャウン!」

 だが、妖怪の顔面を小銭の弾幕が襲って吹き飛ばした。

「小町!」

「ほら! 今の内だ!」

 小町の言う通り、妖怪はフラフラしている。軽い脳震盪を起こしているようだ。

「拳術『ショットガンフォース』!」

 右手の鎌を消して両手に妖力を纏わせる。

「おらっ!」

 やっと、正気に戻った妖怪の左頬に右拳を入れた。ドン、と言うインパクト音と共に妖怪の体も跳んで木にぶつかる。

「飛拳『インパクトジェット』!」

 連続で宣言し、低空飛行でまだ空中にいた妖怪の下に潜り込む。

(これで!)

「雷撃『サンダードリル』!」

 右手に神力で創ったドリルで妖怪の腹を狙う。しかし、それに気付いた妖怪が体を動かしてドリルの先端は腹ではなく首にヒットしてしまった。

「なっ!?」

 腹ならまだ死ななかったはずだ。でも、首を抉られてしまったら妖怪とは言え、さすがに死んでしまう。殺す気のなかった俺は目を見開いて驚愕する。

「……」

 地面に倒れた妖怪の亡骸を前に俺は呆けていた。だが、次の瞬間には景色が変わる。

「大丈夫かい?」

 後ろから小町の声が聞こえた。きっと、能力を使って俺を移動させたのだろう。

「あ、ああ……」

「仕方ないさ。相手は妖怪だったんだ」

 そう言う事ではない。相手が妖怪だからと言う理由で殺しては駄目なのだ。

「……あれ?」

 その時、違和感を覚えた。

「どうしたの?」

「リーダーが倒されたら普通、部下たちは逃げるか襲って来るはずだろ? でも、今でも部下たちは幽霊を食べてる」

「それはおかしい……って! お、おい! あれを見なっ!」

 小町が慌てた様子で指を指した。

「な、何だ? あれは」

 リーダーの亡骸から一筋の白い光が浮かんで来て破裂する。その刹那、リーダーの足が動き始めた。

「た、確かリーダーは死んだはずじゃ!」

「魔眼でも生気は感じられなかったから死んだ! なのに……どうして!?」

「ガルルルル……」

 ゆっくりと体を起こした妖怪のリーダーは俺と小町を睨んだ。

 



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第88話 鎌

「「はぁ……はぁ……」」

 喉を鳴らして威嚇するリーダーの前で俺と小町は息を荒くしていた。

「なぁ? あいつ、何回死んだ?」

「5回目から数えてないよ……」

 俺の問いかけにうんざりした様子で答える小町。俺が覚えている限りでは7回だ。

「神鎌『雷神白鎌創』……」

 覇気のない声でスペルを発動するが神力が足りず、鎌がすぐに崩れてしまう。

「ガルッ!!」

「しまっ――」

 鎌の方に気を取られているとリーダーが俺の懐に潜り込んで来た。

「はぁ!」

 小町の放った弾幕がリーダーの腹に当たり、俺の右側を通り過ぎていく。

「さんきゅ」

「大丈夫かい?」

 汗が顎から垂れている俺を見て小町が心配そうに聞いて来た。

「正直言って限界……そっちは?」

「まだ、余裕はあるけどあたい一人じゃどうにか出来る相手じゃないね」

「となれば」

「まぁ、そう言う事だね」

 やる事が決まった直後、リーダーが部下たちに命令。幽霊を全て、食べ終えたようだ。これから部下たちも俺たちを襲いに来るだろう。

「「戦略的撤退!!」」

 襲われる前に小町の能力を使って逃げた。

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、それでそんなに疲れているのですね」

 三途の川の近くで映姫に報告し終え、閻魔はそう呟いた。

「ああ、気味の悪い相手だった」

 なにせ生き返るのだ。

「私も聞いた事がありませんね」

 映姫が首を傾げながら呟く。

「……」

「響、どうしたですか?」

 俺が浮かない表情を見て映姫が質問した。

「いや……何となく、違和感が」

 リーダーが生き返った時、必ず白い何かが出て来て破裂していたのだ。それに他の妖怪たちにも該当するのだが、目に見えない本当に細い糸が森の中から伸びていた。俺はそれを魔眼で確認していたのだ。その事を二人に話す。

「俺の考えだと多分、アリスの人形みたいに遠くから操っていたんだと思う。アリス、わかるか?」

「宴会に行った時に何回か話した事がありますので大丈夫です。つまり、貴方たちが戦っていた妖怪は本体ではなく人形のような何かで本体は別にいる、と?」

「ああ……それと幽霊を食べていた理由もわかったかもしれない」

「理由?」

 首を傾げた小町。

「あいつらは蘇生能力を持っているのは確かだ。でも、その蘇生には生贄が必要なんだと思う。その生贄が――」

「「幽霊」」

 二人の言葉に頷く。あの白い光は幽霊だったのだ。

「幽霊1匹に付き、1回の蘇生が可能になる。白い光が必ず1つしか破裂しなかったからな」

 この推測は間違っているかもしれないが今の俺は指輪を右中指に付けているおかげで直感力が大幅にアップしている。きっと、合っているはずだ。

 その時、発動したままだった魔眼が何かを察知する。

「で、その妖怪が……」

 懐からお札を5枚、空中に放り投げ、振り向きながら印を結ぶ。

「ここに来やがった!!」

「キャウッ!?」

 『五芒星』で突進して来た妖怪を弾き飛ばす。防がれると思っていなかったのか妖怪は簡単に地面に倒れ、慌てて離れていった。

「あれが……ですか?」

 映姫が険しい表情で妖怪を睨む。妖怪の数は7匹。先ほどは10匹以上いたので別の群れらしい。

「ああ、映姫と小町は弾幕で。隙を突いて俺は至近距離から攻撃するでいい?」

「あんた、体力は?」

「……まぁ、頑張るさ」

 幽香との戦いで指輪の力を開放したのと『ブースト』のせいで体はまだ本調子じゃない。それをさっきの戦いで実感していた。それでも、ここは三途の川。その川を渡る為に幽霊たちが集まって来るのだ。

「黙って幽霊たちを食べさせるわけにはいかないだろ?」

「そりゃ助かる。これ以上、あいつらに残機増やさせるわけにもいかないからね」

「そう言うこった。神鎌『雷神白鎌創』!」

 話している間に回復した神力で鎌を創造する。その瞬間、小町と映姫がほぼ同時に弾幕を放った。妖怪たちはジャンプして躱す。弾幕が地面にぶつかった時、積もっていた雪が舞う。

(そこだ!)

 足の筋肉に霊力を注ぎ、脚力を水増しさせた。雪煙を突き抜けて着地する直前だった妖怪の腹を鎌で切り裂く。だが――。

「なっ!?」

 妖怪に触れた瞬間、鎌が粉々に砕けてしまったのだ。鎌の強度が落ちていたのも確かだが、それ以上に妖怪が硬すぎる。

「二人とも! こいつら、相当な量の幽霊を喰ってる!」

 先ほどのリーダーの3倍は強い。バックステップで距離を取ろうとするがそれを妖怪たちは許さなかった。

「ッ!?」

 7匹の内、3匹が俺に飛びかかって来たのだ。速すぎる。

(逃げきれない!?)

 背中に冷や汗が流れた。『五芒星』を使用しているので霊力の消費が激しい今、怪我をしてしまうと治せない可能性が出て来る。そうなれば、俺は――。

「「響!」」

 小町と映姫の声が聞こえたと思ったら、2種類の弾幕が3匹の妖怪を吹き飛ばす。

「ありがと!」

 お礼を言いつつ、『五芒星』で二人に迫っていた妖怪を弾く。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 鎌で攻撃してしまうと破壊される。ならば、間接的に攻撃すればいい。小町の弾幕がヒットし怯んでいる妖怪に向かって鎌を横薙ぎに振るった。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 雷を纏ったソニックブームは妖怪に直撃する。

「?」

 だが、全くと言っていいほど効いていない。妖怪も首を傾げている。

(霊力は『五芒星』。魔力は『魔眼』。妖力はさっきの『拳術』。神力は『鎌』。くそ……使いすぎだ)

「バルうぅ!!」

 頭の中で悪態を吐いていると4匹の妖怪が俺をターゲットにしたようで走って来ていた。一番、倒しやすいと判断したのだろう。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 両手を筒状にして口の前に置き、一気に妖力を噴き出す。

「喰らいなさいっ!」

 それに加えて映姫の弾幕も妖怪たちを襲う。前と横から攻撃を喰らった4匹の妖怪はかなり遠くまで飛ばされた。

「グルゥ!!」

 俺の背後から2匹の妖怪が唸りながら飛んだ。あの4匹は囮だったのだ。

「――っ」

 『五芒星』も間に合わない。振り返る頃には妖怪たちの牙は俺の肉を噛み千切っている。万事休すだ。

「そうはさせないよ」

 だが、突如現れた小町が俺の手を握って能力を発動。2つの牙は空を切る事となる。

「よっと、ギリギリだったね。怪我は?」

 小町が俺の顔を覗き込みながら問いかけて来た。その後ろに最後の妖怪の姿が見えたので『五芒星』で防いだ。

「お、ありがと」

「こっちこそ、何回も助けてくれて……」

 ここまで来ると俺は足手まといだ。ろくに攻撃も出来ない。それでいて自衛も不安定。

「いや、この結界のおかげで攻撃しやすいよ」

「そう言ってくれると助かる……に、してもどうするか」

 小町は今も弾幕を放って妖怪たちを近づけさせないようにしていた。『五芒星』は映姫を守っている。

「攻撃方法かい?」

「ああ、すぐに鎌も壊れるし地力はそろそろなくなる」

 指輪の制限を解除するか考える。でも、すぐに否定した。今の体で指輪の力を開放してもすぐに体が悲鳴を上げるだろう。それに『ブースト』系を使ってしまえば動けなくなる。そうすれば今以上に小町と映姫に迷惑をかける事になるのも明確だ。

「……核があれば少しはマシになる?」

「核?」

「あたいの鎌に響の力を纏わせればさっきの白い鎌より頑丈になるかって事さ」

 確かにそうすれば強度は上がる。普通のコンクリートと鉄筋コンクリートみたいな違いだ。

「でも、もし壊れちゃったら……」

「気にするほどの物じゃないよ。ただの飾りだし。この鎌には何の能力もないからね」

 笑顔で手に持っていた鎌を差し出す小町。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 申し訳なさが心を貫くが俺はしっかり、鎌を受け取った。その刹那――。

「……え?」

 何の力もない鎌が急に邪悪な力を放出し始めたのだ。

「それじゃあたいは映姫様の方に行くよ」

 小町はそれに気づかず、離れた。

(何だ……これは?)

 魔眼もこの力を察知している。禍々しい負のオーラ。まるで、ゲームのラスボスが使うような魔剣。呪われた武器のようだった。神力を纏わせると共鳴するように力が増幅する。

「ガゥル!」

 俺はそれから怯えるように目を背け、こちらに向かって来る妖怪たちを視界に捉えた

 



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第89話 死神

 1匹の妖怪が迫っている中、俺は迷っていた。この鎌で本当に攻撃していいのか。何か悪い事が起きるのではないか。嫌な予感がするのだ。

(でも、やるしかない……)

 鎌の柄をギュッと握って覚悟を決める。左目に集中し、周囲に他の妖怪がいない事を確認して構えた。神力によって強化された鎌に妖力を追加する。

「くっ……」

 鎌が震えた。それは雄叫びのようで更に俺の不安を募らせる。

「おらっ!!」

 妖怪がジャンプした瞬間、前に出て鎌を縦に振った。鎌の刃は妖怪の胸から腹にかけて深い切り傷を入れる。そこから血ではなく泥が溢れた。『神鎌』のように鎌が壊れなくてほっとした刹那――。

「うぉ……」

 今までにない感触。振った時に体に残っていた力を何かにごっそり、持って行かれたような感覚。いや、実際に減っているようだ。でも――。

「何に取られた?」

 俺がぼそっと呟いたが、誰もその問いに答える事はなかった。だが、その答えを示しように斬った妖怪に異変が起こる。

「ガ……ッ! バル!? ぐぅ」

 あの傷程度なら死ぬ事はないはずだが、急に妖怪が苦しみ出した。そして、体が崩れ始め最終的に土になってしまう。

「な、何が……」

 何が起きたのかさっぱりわからない。その土から大量の幽霊が飛び出し、逃げていく。いつまで経っても幽霊は破裂しなかった。つまり、あの妖怪は死んだのだ。

(ま、まさかこの鎌が?)

 この手にある鎌はあの何度も生き返る化け物を一撃で殺した。

「響! 後ろ!!」

 その言い方から妖怪が襲って来ているのは明確。振り返る前に『五芒星』を背後に配置する。

「くっ!」

 『五芒星』と妖怪がぶつかる音が聞こえた頃になって後ろを見ると5匹の妖怪がそれぞれ、博麗のお札に攻撃していた。そこは『五芒星』にとって一番の弱点だ。

「輪撃『回転鎌』!」

 鎌を体の前で高速回転。刃の軌道上にいつもなら真っ白な輪が出来るはずだったのだが、今回は真っ黒な輪が出来た。

「ガゥブルッ!!」

 5匹の妖怪によって『五芒星』が破壊される。それと同時に俺は前にジャンプしていた。5匹の妖怪がお札を攻撃したので真ん中には誰もいない。そこを俺は鎌を回転させながら通り抜ける。

「いっけ!!」

 俺と妖怪が交差した瞬間に黒い輪を大きくし、全ての妖怪にヒットさせる。輪が当たった妖怪たちは先ほどの妖怪と同じように苦しんだと思ったら土になってしまった。たくさんの幽霊が逃げていく。

「っ……」

 体から力が抜ける。この鎌に力を吸い取られているのだ。でも、これで攻撃すればあの妖怪は倒せる。

「あ、と……1匹」

 何とか態勢を立て直して鎌を持ち直した。だが、残った最後の妖怪は森の中へ逃げてしまう。鎌の事がわかって本体が逃がしたのだろう。

「は、あ……か、ふぅ」

 息が上手く出来ない。魔眼もいつの間にか解けている。足が震えて立っていられない。

「「響!!」」

 小町と映姫が俺の様子がおかしい事に気付いた時には俺の意識はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか? 鎌で一番やってはいけない事は地面に刃を刺してしまう事だ」

「どうしてですか?」

「刃が刺さったら抜けないだろ? その隙にやられる。鎌を縦に振る時は地面に着く前に止めるんだ」

 鎌を振って思い切り、地面に突き刺すこまち先生。

「こ、これが悪い例だ! いいか? 次のように……って抜けない!?」

 こまち先生が一生懸命、鎌を抜こうとするが抜けない。

「せ、先生? こんな感じですか?」

 さすがに待っていられないので自分もやってみる。見事に地面に刺さった。

「ぬ、抜けません!! こまち先生! この場合、どうすれば!?」

「とにかく、引っ張れ!」

 それから30分ほど格闘する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ? ありゃ?」

「お?」

 目を開けて呟くと目の前に小町の顔があった。

「おはよう、小町」

「おはよう、響。急に倒れたけど大丈夫かい?」

 その言葉を聞くのは何回目だろう。ここから空が見えるので野外なのは確かだ。ならば、俺は何を枕にしているのだろう。

「そろそろ起きてくれる? 足が痺れて来た」

「す、すまん」

 ダルい体に鞭を打って体を起こす。後ろを見ると小町が正座していた。つまり、膝枕だ。

「ごめんな? 足」

「いんや、気にする事じゃないよ。それより……あんた、何をしたんだい?」

 小町が視線を俺から別の方に向ける。その後を追うと映姫が土を調べていた。あの土は妖怪の残骸なのだろう。

「……映姫を呼んでくれ」

「何かわかったんだね?」

「ああ、それとお前の鎌。どこにある?」

 キョロキョロと辺りを見渡すがどこにもない。

「鎌? それなら映姫様が持ってる」

 映姫は俺が起きた事に気付いたらしく、こちらに歩いて来ていた。その手にあの変な形をした鎌を見つける。

「大丈夫ですか? 響。急に倒れたから吃驚しましたよ」

「悪い。色々あってな」

「……この鎌ですね」

 顔を険しくして映姫が言う。

「ご名答。順番に説明していくから落ち着いて聞いてくれ。疑問があったら遠慮なく聞いて」

 二人が同時に頷いたのを見て俺は口を開いた。

「まず……あの妖怪たちが蘇生する為の生贄は幽霊じゃなかったんだ」

「え? 妖怪たちが食べていたのって……」

 小町が目を見開いて呟く。

「確かに、喰っていたのは幽霊だ。でも、生贄に必要な物が含まれていて捕まえるのが簡単だったから幽霊を食べていたんだよ」

「その生贄とは?」

 映姫が促す。

「……魂だ」

「魂?」「た、魂!?」

 小町は首を傾げ、映姫は悲鳴を上げた。

「そ、それはまずいです! 幽霊は魂の塊。ですが、人間や妖怪、そこら辺に生えている花や木。その全てに魂は宿っている! このままでは人里が!」

「その点については安心していいと思うぞ?」

 慌てる映姫の発言を俺は否定する。

「人間や妖怪にも魂はあるのはわかる。でも、幽霊と違うのは抵抗するだろ? まぁ、幽霊も逃げようとはするけど人間や妖怪よりかは捕まえやすい」

「それなら植物の方がいいんじゃないの?」

 小町の発言に首を横に振る。

「お前の言う通り、植物は動かない。その代わり、根がある。きっと、魂を吸収する為には全部食べなきゃ駄目なんだよ。花や木を残らず食べるなんて面倒だ。なら、幽霊を食べた方が手っ取り早い。もし、一部だけなら幽霊じゃなくて植物を食べているに決まっているからな」

「な、なるほど……」

「ですが、どうして魂だとわかったんですか?」

 映姫の質問に俺は黙ってしまう。その問いに答える前に確かめなくてはいけない事がある。

「なぁ? 小町、お前の種族はなんだ? 妖怪じゃないんだろ?」

「え? あたいの種族とこの事件に何の関係が?」

「いいから」

「……死神だよ」

 それを聞いて溜息を吐く俺。ここまで予想通りだ。

「さて……ここからだ。あの妖怪たちは魂を媒体として蘇生出来る。それはわかるな?」

「はい、私の弾幕を喰らって死んだ妖怪から白い物が出て来て破裂したのを見ました」

 あの妖怪を弾幕で殺すほどの威力を持っている事に驚きだが、今はそれどころじゃない。

「聞くだけじゃ相当、厄介な相手だったはずだ。でも、俺が小町の鎌で傷をつけた途端……」

 続きは言わなくてもわかる。土になって死んだ。

「それって……響の攻撃が予想以上の力を持っていて妖怪の命を削り切ったわけじゃないのかい?」

「違う。大事なのは攻撃力じゃない……小町の鎌で攻撃した事だ」

 はてな顔だった小町は首を傾げる。

「あの鎌には何の力もないんだよ?」

「そうじゃない。小町の鎌……いや、“死神の鎌”ってところが重要なんだ」

「……まさかと思いますが、その鎌であの妖怪の魂を刈り取ったとでも言うつもりですか?」

 映姫の鋭い視線が俺を捉えた。信じたくないような表情だ。

「その通りだよ。俺はあの鎌を使って妖怪の魂を刈り取った。俺すらも気付かない所でな。多分、俺の地力を吸い取って刈り取ったんだろうね」

「「……」」

 力の入らない右手を握って俺は呟く。それを見て小町と映姫は黙ってしまった。

 



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第90話 魂狩り

「少し待ってください。整理します。貴方の言う事が正しければ……あの妖怪たちは魂を媒体とする事によって蘇生出来る。そして、貴方は小町の……いえ、死神の鎌を使えば魂を刈り取る事が出来る……そう言いたいのですね?」

「……少し違うかな? 小町、鎌を貸してくれ」

「あ、ああ……」

 何とか立ち上がって小町から鎌を受け取る。先ほどと同じように邪悪なオーラが発生した。

「た、確かに……黒い力を感じますね」

 映姫が呟くが無視して、近くの木の前まで移動する。

「せーのっ!」

 鎌を横薙ぎに振って木に傷を付けた。

「「なっ!?」」

 突然の行動に吃驚する2人。だが、俺はそれを無視して木を観察する。

「なるほど……映姫、魂を刈り取られた木はどうなるか知ってるか?」

「え? そうですね……枯れるか、腐る。もしくは灰になる。言えるのはただではすまないでしょう」

「じゃあ、これは魂が刈り取られていると言えるか?」

 俺が傷を付けた木は枯れもせず、腐りもせず、灰にもなっていない。

「……言えないですね」

「つまりだ。この鎌の力は弱いんだ。きっと、不安定な魂しか刈り取れない」

「不安定?」

 小町が傷ついた木を触りながら聞く。

「例えば……何かに貼り付けたとか」

「……あの妖怪たちの事ですね」

 映姫がいると話がスムーズになって助かる。

「ああ、あの妖怪たちの体は土で出来ていた。となると本体は土を固めてあの不気味な形を作り、そこに集めた魂を1つだけ貼り付けたんだ。そしてある程度、自我を持たせ幽霊を食べさせて魂を集めていた」

「多分、本体にそう言った能力があるみたいですね。ですが、どうして貴方が死神の鎌を持つと力が生まれるんですか?」

「俺がそう言う能力だからだよ」

 能力名は紫に口止めされていて言えない。それを察したのか映姫は追究する事はなかった。

「で? これからどうするつもり?」

「小町の鎌を借りてあの妖怪たちの魂を狩る」

「その鎌を振るう度に力を持って行かれるんだろ? あんたも無事じゃすまされないはずだ」

 小町の言う通りだ。一振りで雅を5回、召喚出来るほどの量を吸い取られる。すぐに倒れるはずだ。

「でも、やるしかないんだ……このまま、幽霊を食べ尽くされたら今度は人間が襲われるかもしれない。そうすれば、人里は壊滅だ」

 ただでさえ、倒しにくいのに普通の人間が太刀打ちできるわけがない。

「そりゃそうだけど……」

「それに妖怪たちは細い魂の糸で繋がってる。普通なら見えないけど俺の魔眼なら見えるんだ」

「つまり、妖怪を倒すついでに本体の居場所を突き止めると言いたいんですね?」

 映姫の言葉に頷いて答える。

「まぁ、今日はさすがに疲れて無理だ。明日からやるわ。小町、鎌借りていいか?」

「いいけど……無理はしないように」

「おう」

 小町の鎌をスキホに仕舞って、俺は重たい体に鞭を打って空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……あ、く」

 上手く呼吸が出来ない。鎌の柄を地面に突き刺し、何とか倒れないように努力する。

 あれから3日が経った。その中で俺は数えきれないほどの妖怪を狩った。

「大丈夫?」

「ま、まだまだ……だ」

 後ろにいた小町が心配そうにしている。俺の事が気になって一昨日から付き添っているのだ。

「くそ……本体まで近づけない」

 俺の予想では妖怪たちは俺に近づかない物だと思っていた。彼らにとって俺の力は一撃必殺。鎌の刃に当たるだけ――いや、掠るだけで死んでしまう。そんな相手の前に誰が好き好んで出て来るか。そう、考えていた。

(……本体に俺の能力がバレたか)

 だが、俺が本体のいる方に近づけば近づくほど妖怪とのエンカウント率が上がって行くのだ。本体が俺の事を近づけさせないようにしているとしか考えられない。そのせいで俺の体は限界に達していた。

「ほら、今日はもう休め」

「あ、ああ……」

 俺は今、博麗神社に泊まっている。外の世界に帰る為には紫の衣装を着なければならない。だが、帰る頃には能力すら使えないほど地力を消費していた。つまり、帰れない。それが判明した夜、望に電話して急遽、出張する事になったと報告したのだ。望は疑っていたが、何とか信じてくれたようでこちらの世界に滞在する事になった。

「う……」

 帰ろうとしたが、緊張の糸が途切れてしまったらしく俺は地面に倒れる。雪が冷たい。

「きょ、響!? だから、そんなに無茶するから!」

 慌てて小町が駆け寄って来ようと足を動かす。この2日間で何度も俺は倒れた。その度に2時間ほど休憩して動けるようになったらまた、鎌を振るう。自分でも思う。無茶をし過ぎていると。

「す、すまん……」

 走って来る小町に謝ったその時、魔眼がこちらに向かって来る生物の反応をキャッチした。

「小町! ストップ!!」

「え?」

 俺の叫びに吃驚したのか肩を震わせてから小町は足を止める。そして、俺たちの間に30を超える妖怪が飛び込んで来た。あのまま走っていたら小町は妖怪に襲われていただろう。

「邪魔だよ!!」

 弾幕を放って向かって来る妖怪を牽制する小町。あれでは能力を使う暇さえない。

「くそっ……」

 震える足を叩いて無理矢理動かし、重たい腕に霊力を流して鎌を持ち上げる。

「「「ガバッ!!」」」

 3体同時に妖怪が体当たりして来た。それを鎌の刃で受け止めて魂を狩る。この鎌は振るった回数ではなく刈り取った魂の数によって吸い取る地力の量が変化するらしい。1回で大量の魂を刈り取ったからと言って吸い取られる地力の量に変動がないのだ。

「ぐっ……」

 目の前が霞む。本当にやばい。『魂絶』の使用後と同じ感覚。左目の魔眼が解けそうになり、慌てて魔力を注ぐ。でも、妖怪たちは待ってくれない。次々と俺に飛びかかって来る。ここで倒れたら俺は殺されて魂を吸収されてしまう。

(小町は!?)

 チラリと横目で見るとまだ、耐えている。能力と弾幕を上手く使い分けて妖怪を翻弄していた。

「グガッ!」

「しまっ――」

 余所見をしている所を突かれ、5匹の妖怪にそれぞれ、右腕、左腹、左足、左肩、右脇腹を噛まれてしまった。

「~~~~ッ!!?」

 鋭い痛みに唇を噛んで何とか、悲鳴を上げるのを抑える。今、悲鳴を上げてしまったら小町の意識をこちらに向けてしまう。そうすれば、彼女も俺と同じように妖怪たちの攻撃を受けてしまうだろう。それに噛まれたぐらいで俺は死なない。噛み千切られても数少ない霊力を駆使して再生させればいいのだ。俺はそう、高を括っていた。

「ッ!?」

 まずは左足に噛み付いている妖怪の魂を刈り取ろうと目を下に向けた瞬間、魔眼があり得ない反応を感知する。

(こ、こいつらまさかっ!?)

 5匹の妖怪の口に何かエネルギーが充電されていく。外からではなく内側から。こいつらのエネルギーと言えば――。

「くそったれがっ!!」

 急いで振りほどこうと足掻くが今までの疲労が溜まっていて出来ない。出鱈目に鎌を振り回すが妖怪たちはそれを華麗に回避する。その間にもどんどんと充電が進む。このままではまずい。妖怪たちが俺の前に立ち塞がったのは本体を守る為ではなかった。妖怪たちの目的は最初からこれだったのだ。

「響!?」

 魔眼を使わなくても妖怪たちの口の中が白く光るのが見えた。その光を見たのか小町が俺の名前を叫ぶ。そして――。

 

 

 

 ――俺の体の中に妖怪たちの口から一つずつ、魂が撃ち込まれた。

 

 

 

「……」

 一瞬の静寂。まるで、何もなかったかのような静けさ。それも長くは持たない。魂を撃ち込まれた俺の体はその威力に耐え切れず、内側から血を噴き出す。

(前にもこんな事があったな……)

 不思議なほど冷静な俺の頭には狂気が俺の体を内側から引き裂いた記憶が蘇っていた。俺の血がゆっくりと飛んで行く。妖怪たちはすでに土になっていた。きっと、魂を撃ち込んだ時に体が耐え切れなかったのだろう。

「やっち……まっ、たか……」

 もっと、小町の言う事を聞いておけばよかったと後悔する。小町は最初から言っていたではないか。『無理をするな』と。でも、俺はそれを無視した。その結果がこれだ。

「きょ、響!!!」

 妖怪と妖怪の隙間から手を伸ばしていた小町を見つけた。もう、声が出なかったので口だけを動かす。『ゴメン』。

 俺は膝から崩れ落ちて地面に倒れる前に意識を手放した。

 



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第91話 異変の始まり

「くそっ!!」

 目の前の妖怪に弾幕を放ちながら、あたいは悪態を吐いた。

 甘かった。あれだけ、注意していたから響もあそこまで無理をしていないと思っていたのだ。考えてもみろ。一振りでかなりの量の力を吸い取る鎌を3日も振り続けたら注意していても限界が来るに決まっている。わかっていた。でも、それを心の奥底に追いやっていたのだ。

「響!」

 妖怪たちの隙を突いて能力を使い、響の近くまでワープした。酷い有様だ。皮膚と言う皮膚が破け、凄まじいスピードで血の海が広がって行く。抱き起こすとあたいの服が紅く染まった。

(このままじゃ……)

 とにかく、安全な所へ移動しなくてはならない。

「グゥ!」

 能力を使おうと響を抱っこしたまま立ち上がった時、後ろから妖怪たちが飛びかかって来た。

(まずっ――)

 この距離では能力を使う前に襲われてしまう。弾幕を放っても全ての妖怪を捌き切れない。

「霊符『夢想封印』!」

 だが、8つの弾が妖怪たちにヒットして吹き飛ばした。

「れ、霊夢!?」

 あたいの隣にスペルカードを構えた霊夢が着地する。

「早く、永遠亭に!! 夢符『封魔陣』!」

 驚愕しているあたいに向かって命令した後、霊夢が2枚目のスペルを使用した。どうして、霊夢が来たのか気になるが今は響だ。能力を使って永遠亭までの距離を一歩分まで縮める。足を踏み出す直前に霊夢の右手があたいの左袖を掴んだのが見えた。

「いらっしゃい。準備は出来てるわ」

 永遠亭の入り口に着くと待ち構えていた薬師と玉兎。

「あ、ああ……」

 それに戸惑いながらもあたいは響を玉兎に渡す。

「貴女たちは中で待ってて。終わったら、知らせるから」

 薬師がそう言うと玉兎を連れて中に入って行った。

「……ふぅ」

 溜息を吐いた霊夢。やはり、あたいにくっ付いてあの妖怪たちから逃げて来たらしい。

「どうして、来たんだい?」

 今まで気になっていた事を聞いた。

「勘よ」

「勘?」

「そう、響が妖怪たちに襲われる事を何となくだけど察知してたのよ。だから今日、二人が出かけた後、ここまで来て知らせたの」

 永遠亭の中に入ろうと歩みを進めながら霊夢が答える。だが、あたいが肩を掴んで制止させた。霊夢の言葉に疑問と怒りを覚えたのだ。

「どうして……どうして、言わなかったんだい!? わかっていたら止める事だって出来たはず「出来たらしたわよ!!」」

 竹林に霊夢の絶叫が響き渡る。

「でも……私の勘は当たってしまうの。勘が言ってるの。無駄だ。絶対に起こるって。貴女だって知ってるでしょ? 博麗の巫女の能力……」

 こちらに背中を向けていたから顔は見えなかった。しかし、苦しんでいるのはわかる。つまり、勘が『何をしても起きる』事すらも予知してしまう。どう動いても結局はその出来事が起きてしまうのだ。わかっていても何も出来ない。それこそ、先ほどあたいが経験した事ではないか。

「……すまない」

「わかればいいのよ。じゃあ、私は神社に戻るから響の手術が終わったら連れて来て。永琳の許可は取ってあるから」

 あたいの手を払って霊夢は飛翔した。

「何やってんだよ、あたいは……」

 霊夢に当たっても何も変わらない。自分の情けなさに腹が立つ。その感情を溜息にして外に漏らしたあたいは永遠亭の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「……師匠? これは?」

 ウドンゲが目を見開く。私も予想外の事が起きていて質問に答えられずにいた。

(ど、どうして……全ての血管は無事なの!?)

 皮膚はこれほどまでに破れているのに血管は全て、無傷だった。だが、そんな事があり得るのだろうか。

「と、とにかく! 全ての傷を塞ぐわよ!」

「は、はい!!」

 それから10時間後、手術は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「え? 響に変わった所はなかったかって?」

 手術終了後、永琳の問いかけに小町が首を傾げて聞き返す。

「ええ、実は血管が無傷だったの。いえ、治ってたのよ」

 手術を終えた永琳が眉間に皺を寄せながら小町にそう聞いたのだ。

「何もなかったけど……」

「おかしいわ。彼、霊力なんて余ってなかったのに」

「霊力?」

 永琳の呟きに首を傾げる小町。

「彼ね? 霊力を傷に流す事によって超高速再生、出来るのよ」

「ああ……そう言えば、してたっけ? 確かにあたいが見た感じだと地力は全て使い切っていたはずだよ」

 昨日、響が妖怪の攻撃を喰らった後、すぐに傷が治ったのを思い出しながら小町がぼやく。

「そうよね……でも、霊力が余っていても不可能だわ」

「どうしてだい?」

「血管だけが無事って事は血管に霊力を流したって事になるの。でも、それを意識してやるには自分の体に流れている血管の場所を覚えておかなくちゃ駄目なのよ」

 永琳の話を聞いた小町が目を細める。

「それをやってのけたってのかい? 響は」

「ええ。きっと、全ての傷を治すほどの霊力がなかったから応急処置として治した。それも、本能的に……って考えるのが妥当なんだけど」

 言っている永琳自身も信じていないようだ。

「まぁ、いいわ。響を博麗神社に運んでくれる?」

「ああ、わかった」

 ベッドに横たわっている響に近づきながら小町は頷く。響は全身、包帯で巻かれていた。それを見て小町が唇を噛む。

「慎重にね。傷口、開いちゃうから」

「了解」

 響を抱っこした小町は能力を使って博麗神社に移動した。

 

 

 

 

 

「……響」

 博麗神社。響の寝ている布団の傍に霊夢がいた。その顔は辛く悲しそうな表情を浮かべている。

「ゴメンね」

 霊夢は知っていたのだ。でも、止められなかった。

「……さてと」

 響の髪を撫でた後、いつもの顔に戻った霊夢は部屋を出て行く。これからの戦いを予知して。

 

 

 

 

 

 

「で? 響の様子はどうなんだ?」

 翌日、博麗神社に遊びに来た魔理沙に今までの事を伝えた。

「生きているわ。ただ、絶対安静ね」

 魔理沙の質問に簡潔に答える。因みに小町は別の部屋で寝ていた。さすがに疲れたのだろう。

「よかった……後はこの事件だけか」

「まぁね。でも、多分私たちだけじゃ無理よ」

「応援でも呼ぶか? 早苗とか妖夢とか」

 私は首を横に振った。

「響の力じゃないと無理なの。小町が言ってたのよ。響にはあの妖怪たちを一撃で倒す力があるって」

「でも、響は……」

 そう、響は動けない。

「私に考えがあるの。メンバーを集めるから手伝って頂戴」

「お? さすがだな。誰を集める?」

「咲夜、早苗、妖夢の3人」

「わかった。私は咲夜と早苗を呼ぶから霊夢は妖夢を頼む」

「ええ……あ、忘れていたわ」

 飛び立とうとした魔理沙の襟を掴んで止めた。

「ぐえっ!? な、何すんだよ!」

 咳をしながら文句を言う魔法使い。

「この異変の名前よ」

「……やっぱり、異変なのか?」

「もちろんよ。このまま放っておけば人里にも被害が及ぶかもしれないし、それに私が動くんですもの」

「はいはい。今回の異変の名前は?」

 箒から降りた魔理沙は少し、ニヤニヤしながら聞いて来る。異変解決を楽しみにしているのだろう。

 

 

 

「魂喰異変よ」

 

 

 

 魂を喰らう妖怪。それが由来だ。

「なるほど。そりゃあ、いい! じゃあ、行って来る!」

「頼んだわよ」

「おう、まかせとけ!!」

 笑顔で飛び立った魔理沙。数秒後にはその影すら見えなくなるほど遠くに行ってしまった。

「こっちも探さなくちゃね」

 妖夢は白玉楼にいるからいつでも呼べる。小町を叩き起こして能力を使わせれば一発だ。

(でも、あいつはそうは行かないのよね……)

 溜息を吐いた後、私は飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「主人よ、いいのか? あの万屋を殺すには今がチャンスだと思うけど」

「いいよ。この異変が終わってからでも倒せるし」

 博麗神社の屋根。そこで二人の人物が会話していた。

「まぁ、俺の能力とか使えばいいけどよ……今、やった方が楽じゃね?」

「……この異変はこの幻想郷を大きく揺らす可能性があるんだよ。だから、異変解決の方が先だ」

「それならあんたがやればいいじゃんよ。俺より強いし。だからこうやってあんたの式神になったんだからよ」

「面倒」

 主の答えに溜息を吐く式神。

「全く……男のくせに女みたいな顔しやがって。あ、今は本当に女なんだっけ?」

「ああ、殺す。今、お前を」

 主が式神を睨む。

「おお、怖い怖い。やめてくれよ。そんな紅い目で俺を睨むなって」

「自業自得だ。帰るぞ」

「え? 本当に殺さないのか? あの万屋」

「……まぁな」

 主がやけに深刻そうな表情を浮かべるので式神は首を傾げるだけだった。

「じゃあな。響……今は『音無』だったな」

 下を見たまま、そう呟いた主は一瞬にして消える。

「あ! ちょ、待って!」

 置いて行かれた式神は慌てて博麗神社の屋根を降りた。

 



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第92話 作戦開始

「皆、話は聞いているわね?」

 響の手術が終わってから数時間後。霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢、早苗、小町の6人は博麗神社の居間に集まっていた。

「魂喰異変だっけ? 今回の異変の名前は」

 珍しく砕けた口調で咲夜が霊夢に確認する。

「ええ」

「しかし……魂を食べた分だけ蘇生出来るとは強い相手ですね」

 妖夢の一言に皆、黙ってしまった。

「でもよ? この少人数で戦って勝てるのか?」

「いい質問ね、魔理沙。正直言うわ。無理よ」

「はぁ? 無理? どうしてそう言い切れんだよ」

 霊夢の発言が納得いかないのか魔理沙が食い下がる。

「相手は何回も蘇生出来る。しかも、響の鎌が壊れるほど頑丈なの。3回は倒せるとは思うけどその時には私たちは疲れ切っているはずよ」

「なら、どうするんですか!?」

 今度は早苗が不安そうに叫んだ。無理もない。あの勘が鋭い霊夢がそう断言するのだから。

「……私たちに出来る事は響が動けるまでの時間稼ぎよ」

「お、おい? それは本気で言っているのかい? 響は絶対安静だってあの薬師が言っていただろう」

 小町の言った通りだ。響は全身の皮膚が破けてしまった。少しでも衝撃を与えると傷口が開き、包帯を紅く染めるだろう。

「わかってるわ。だから、彼の霊力を回復させるの。響が前、言っていたの。霊力は他の力と違って魔力、妖力、神力のどれかが回復するとそれと同じぐらい回復するって」

「えっと……つまり、その3つのどれかを完全回復させれば響ちゃんの霊力も回復するって事ですか?」

 早苗が首を傾げながら整理する。それに対して霊夢はただ、頷いただけだった。

「回復って言っても……そう簡単に回復しないだろう」

「私の能力を使うの? 響の時間を早めれば出来るけど」

 魔理沙と咲夜がほぼ同時に霊夢に質問する。

「いえ、咲夜の能力は使わないわ。彼の時間が狂っちゃうもの。でもね? 彼の持っている力の中で一つだけ、すぐに回復させる事が出来るの ね? 早苗」

「わ、私ですか!?」

 最初は吃驚した早苗だが、少し考える素振りを見せた後、目を見開いた。

「な、なるほど……可能かもしれません。ですが、建てるのに時間がかかっちゃいますよ?」

「確かに普通に建てれば時間がかかってしまうわ。そこで、萃香よ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 建てるって何をですか!?」

 霊夢と早苗が突っ走るので慌てて妖夢が止めに入る。他の3人も頷いていた。

「いいのよ。気にしなくても、後でちゃんと説明するから。今はとにかく、早苗がわかっていればいいのよ」

「それで萃香さんがどうしたんです?」

 妖夢を一蹴し、話し合いに戻る巫女二人。

「あいつの力を使えばすぐに建物を建てれるのよ。まぁ、問題が一つ。見つからないの」

「え? あんたの勘でもかい?」

 小町が少し、驚いた様子で聞く。

「あいつ。いつも霧状になって幻想郷中に散ってるのよ」

「ああ、反応が幻想郷中に出てるってわけだ」

 苦笑いしたまま、魔理沙が呟く。

「だから、早苗はまず萃香を探して頂戴。後の事はわかるわね?」

「は、はい!」

 元気よく返事をする早苗。

「じゃあ、全体的な作戦について説明するわ。まず、2チームに分けるの。戦闘チームと回復チーム。早苗、必要な人いる?」

「そうですね……小町さん。お願い出来ますか?」

「お? あたいかい? もちろん、力になるよ。まぁ、最初は鎌を回収して来なくちゃいけないけどね」

 小町の鎌は響が倒れた場所に置いて来てしまったのだ。

「霊夢? やっぱり、戦わなくちゃいけない状況なのか?」

 魔理沙の素朴な質問に霊夢は溜息を吐いた。

「そうなのよ。これも勘なんだけど、響がせっかく助けた幽霊のほとんどはまた妖怪に食べられているの。そろそろ、幻想郷の幽霊を食べ尽くされちゃう」

「人里に来るってわけね」

「そう言う事。戦えばきっと、本体は妖怪を私たちにぶつけて来る。その間は幽霊を食べられないでしょうから。時間稼ぎってそう意味でもあるのよ」

 響の回復する時間。妖怪たちが幽霊を食べ尽くす時間。霊夢はそう言いたいのだ。

「それじゃ、早苗と小町は響の回復に専念して。それ以外は私と一緒に」

「何か、ものすごく適当な扱いを受けてるけどやってやるぜ!」

「響が倒されたって聞いてお嬢様も妹様も紅魔館を壊しそうなくらい怒っているのよ。私も力になるわ」

「幽霊たちは何も悪くありません。その妖怪を斬ります!!」

 お互いに目を合わせる。そして、一つだけ頷いて立ち上がった。

「今回の異変は厄介よ。解決できるのは響しかいないの。だから、皆。それまで頑張って!」

 霊夢が最後に締めて作戦会議は終わった。

 霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢の4人は本体がいる森へ。

 早苗は萃香を探す為に博麗神社に残った。

 小町は能力を使って鎌を取りに。

 

 

 

 

 

 

「さてと……どうやって、探しましょうか?」

 霊夢さんの作戦通りに行けば響ちゃんはきっと、目を覚ます。だが、その作戦を実行する為には下準備が必要なのだ。

(萃香さんはお酒が好きでしたよね……あ)

 博麗神社の縁側でお茶を飲みながら考えているとこの前、響ちゃんが天界のお酒をくれた事を思い出す。やはり、落ち着いて考え事をするといいアイディアを思い付くものだ。

「響ちゃん……ごめんなさい」

 部屋で寝ている友達に謝った後、私は博麗神社の上空まで飛んだ。

「すぅ……萃香さ~ん!! お酒、要りませんかあああああああああ!!!」

 自分の出せる最大音量でそう叫んだ。能力を使ってその声を風に乗せる事によって更に遠くまで聞こえるように細工する。

「……さ、さすがにこれじゃ来ませんよね」

「お酒どこ!?」

「うわぁっ!!?」

 急に目の前に萃香さんが現れ、思わず悲鳴を上げてしまった。

「そ、そんなに吃驚しなくたっていいだろ?」

「い、いえ……本当に来るとは思っていなかったので」

「そんな事より! お酒はどこ!?」

 キョロキョロと辺りを見渡す萃香さん。ここは空中だからあるわけないのに。

「じ、実はですね? 頼みたい事があるんですよ。そのお礼として天界のお酒を、と」

「天界の酒か……1本だけかい?」

 ニヤリと笑った萃香さんが問いかけて来る。足りるわけないだろう、と言っているのだ。

(うぅ……響ちゃん、本当にごめんなさい)

 余っていて困っていると言う言葉からお酒が大量にあると考えたがもし、違っていたら響ちゃんにも萃香さんにも悪い事をした。しかし、この緊急事態だ。背に腹はかえられない。

「こ、これでどうでしょう?」

 手を開いて『5本』と提示する。

「……よし、交渉成立だ! 何をすればいい?」

 萃香さんの答えにほっと安堵の溜息を吐いた後、私は仕事の内容を言う。

「なるほど……どれくらいの大きさ?」

「そうですね。そんなに大きくなくていいです。とにかく、早急に作って頂ければ」

「うん。なら、そんなに時間はかからないはずだよ。30分もあれば」

「本当ですか!?」

 予想では2時間はかかると思っていたので驚いてしまった。

「鬼は嘘を吐かない。よし、今から取り掛かるから待っていてくれ」

「わかりました! あ、すみませんがお酒の方はもう少し後になってからお渡ししますので」

「了解」

頷いた萃香さんはそのまま、霧になって消えてしまった。

「お~い! 早苗! 帰って来たぞ!」

 下から小町さんの声が聞こえる。そちらの方を見るといつもの刃がくねくねと曲がった鎌を持ってこちらに手を振っている小町さんを発見した。

「おかえりなさい! 鎌は無事だったんですね!」

「ああ、あの妖怪たちは簡単な命令しか聞かないみたいで私たちが逃げた後、どこかに行っちゃったみたいでな。で? 鬼は見つかったのかい?」

「ばっちりです! 早速ですが、小町さんにもお願いがあるんです」

「お? 何だい?」

 首を傾げる小町さん。

「これから人里に向かいます。小町さんは人里の入り口付近で待っていてください。それと博麗神社と人里を何往復もする事になると思いますが大丈夫ですか?」

「人里? そこで何かするって事?」

「はい……急がなくてはいけません。霊夢さんたちが戦っている間に何としてでも響ちゃんを」

「わかった。まかせとけ」

 小町さんが頷いた。その後、私は博麗神社の方を見る。

(待っててね。響ちゃん……)

 私が何も知らない所で響ちゃんは戦っていた。そして、傷ついた。友達が傷ついたのを黙って見ているわけにはいかない。私は気合を入れて人里に向かった。

 



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第93話 声

「……なるほど。それなら、すぐに響を復活させる事が出来るってわけだ」

「確かに回復チームを早苗に任せた方がいいわね。この中で一番、詳しいし」

 本体がいると思われる方向に向かっている間に私は魔理沙、咲夜、妖夢に具体的に作戦を伝えていた。魔理沙と咲夜はすんなり、納得した様子だったが妖夢がまだ首を傾げていた。

「何?」

「いえ……それについては納得したんですが、私が用意したあれは?」

 どうやら、妖夢は私が用意して、と頼んだ物の使いどころを疑問に思っているらしい。

「使うと思ったからよ」

「勘ですか?」

「勘よ」

「……まぁ、それほど大きい物でもなかったですし、幽々子様にもちゃんと許可を取ったので大丈夫だと思います」

 二人にしかわからない会話にはてな顔になる魔理沙と咲夜。

「じゃあ、こっちの作戦を言うわね。相手は妖怪。それも一斉に襲って来るわ。更に蘇生能力を持っている。さっきも言ったと思うけど多分、私たちはガス欠を起こすわ」

「それはわかるんだけどさ? もっと、大人数で戦った方がよかったんじゃないか?」

「魔理沙。貴女は普段の弾幕ごっこでどんな感じで戦ってる?」

 質問して来た魔理沙に聞き返す。

「え? そりゃ、星弾をばら撒く……そうか、お互いの弾幕が邪魔し合っちゃうな」

「そう言う事。普段、私たちは弾幕を放って戦う。1対1の時はいいわ。相手の弾幕に集中すればいいんだから。でも、今回はそうはいかない」

「妖怪たちと大乱戦ですもんね。妖怪の攻撃に加え、味方の放った弾幕も避けないといけない」

 妖夢が代わりに言ってくれる。

「霊夢はホーミングするし、魔理沙のレーザー攻撃は一直線上にいなければ当たらない。私のナイフも時間を止めれば自由に操作できる。妖夢に関しては剣で直接攻撃だものね」

 つまり、私たちは弾幕と言ってもある程度、コントロール出来るメンバーなのだ。

「納得してくれた? 出来るだけスペルは温存して通常弾で攻撃。ピンチになった時に使って。後、魔理沙は出来るだけ星弾は撃たないように。他の2人も星弾には注意しておいて。フォーメーションは魔理沙と妖夢が前。私と咲夜が後ろで援護ね」

「「「了解!」」」

 作戦会議が終わった所で目の前に妖怪の大群が出現した。

「まずは本体まで全力で行くわ! スペルの準備はいい?」

 スペルカードを取り出した後に問いかけるがそれは必要なかったらしい。魔理沙は八卦炉を。咲夜はナイフ。妖夢は抜刀して同時に頷いた。

「神霊『夢想封印 瞬』!」「恋符『マスタースパーク』!」「幻符『殺人ドール』!」「人符『現世斬』!」

 4枚のスペルカードが発動する。実は私の勘はこの後の事を予知していなかった。何が起こるかわからない。響が関わるといつもそうだ。勘が働く時と働かない時がある。普通なら不安になるが今回は嬉しかった。努力をすれば未来が開けると信じられるから。

 

 

 

 

 

 ――……。

 

 何だろう。声が聞こえる。

 

 ――響。

 

 俺の名前だ。声にも聞き覚えがある。でも、どこで聞いたかわからない。ずっと、昔。俺がまだ小さかった頃?

 

 ――起きて、響。

 

 無理だ。体が重くて言う事を聞かないんだ。きっと、鎌を振りすぎて地力を全部失ってしまったから。

 

 ――大丈夫。今、皆が必死になって貴方を助けようとしているから

 

 どうして、そんな事がわかるの? お前は誰なんだよ?

 

 ――……いずれ、わかります。そして、一つだけ報告があります。

 

 報告?

 

 ――はい、私は今まで貴方の中にいました。

 

 俺の中? 魂って事? あのアパートには吸血鬼たちしかいないと思ってたけど。

 

 ――魂にではありません。心にです。

 

 心? 魂と同じじゃないの?

 

 ――う~ん、どうなんでしょう? 近所みたいなものです。

 

 アパートの隣に建っている民家って事?

 

 ――まぁ、そんな感じです。

 

 アバウトだな……。

 

 ――し、仕方ないでしょう! 私にもあまり、理解は出来ないんですから!

 

 それで? 報告って何?

 

 ――はい、今まで私は貴方の心の中で見守っていました。でも、それも今日までです。

 

 え?

 

 ――偶にですが、私は心の中で貴方の事を助けていました。霊力についてだけですが……。

 

 霊力? じゃあ、俺が霊力を持っていたのは……。

 

 ――ぶっちゃけると私がいたからです。

 

 お前が消えたら霊力もなくなっちゃうのか!?

 

 ――それは心配ありません。貴方は限界を超えて目覚めたのです。やっと、開花したのです。

 

 漫画でよくありそうな展開だな。

 

 ――全くその通りです。貴方はベタな覚醒をしたのです。

 

 所々に棘があるんだけど……。

 

 ――気にしてはいけません。こういう喋り方なんですから。話が逸れました。もう貴方は私の力がなくても生きていけます。なので、最後のお別れを言いに来ました。

 

 最後のお別れ?

 

 ――はい……私は貴方の心から消えます。そうすれば、霊力を今まで以上に扱えるようになるでしょう。このまま、霊力を使ってしまうと今度は貴方自身の霊力と私の霊力が邪魔し合ってしまうのです。

 

 だから、消えるって?

 

 ――はい。

 

 いいじゃん。いれば。

 

 ――……はい?

 

 何も消えなくたっていいよ。今更、霊力同士が邪魔し合って今まで以上に使える量が減っても指輪の力があればどうにか出来るし。

 

 ――私は貴方を邪魔してしまうんですよ!?

 

 だから、気にするなって。今まで心の中で頑張ってくれてたんだろ? なら、今度は休憩してろよ。俺が頑張る姿でも見てさ。

 

 ――……で、ですが。

 

 迷うなら行動しろ。それが俺のモットーでね。お前もそうすればいい。消えたい? それとも、残りたい?

 

 ――出来れば、残りたいですが……。

 

 なら、消えるな。俺の心にいろ。消えるなんて勿体ないだろ? 俺の事は気にすんなって。

 

 ――しかし、もう私がいた心には入れません……私が飛び出したのと同時に消えてしまいましたから。

 

 え!? 消えて大丈夫なのか?

 

 ――あ、それは大丈夫です。心と言う名のただの空洞ですから。

 

 よかった……なら、心がないなら魂にでもいればいいじゃん。部屋なら余ってるし。

 ――本当にいいんですか? 霊力が……。

 

 ああ、もう! しつこいな! 俺が良いって言ってんだから! いいんだよ!!

 

 ――は、はい!? では、お言葉に甘えて残らせていただきます!!

 

 うん。それでいい……で? 話を戻すけど誰?

 

 ――言ったでしょう? その内、わかります。これだけは覚えていて。響。私はいつも、貴方の傍にいますよ。

 

 え? あ、おい! ちょっと待って!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが本体?」

 咲夜が目を見開いて他の皆に確認を取った。

「みたいね……」

 霊夢も驚きを隠せない様子で頷く。その前には巨大な物体がいた。まるで、太りすぎて動けなくなった人間のようだ。だが、大きさが人間のそれを凌駕している。高さは周りの木より少し、低い。それでも3メートルはある。横は7メートル。でかすぎる。その周りには200を超える妖怪たちがこちらを睨んでいた。

「まさに化け物だな……」

「化け物と言うよりもデブですね。幽霊を溜め込み過ぎたんでしょうか?」

 魔理沙と妖夢が冷や汗を流す。予想以上だったらしい。

「本体も蘇生出来ると考えて……あれを何千回倒せばいいのかしら?」

 咲夜は冗談を言うように皆に聞いた。さすが、吸血鬼の館で働くメイド長と言ったところか。

「倒さなくていいの。きっと、あの本体は攻撃出来ないのよ。だから、あんなに妖怪を作った」

「じゃあ、周りの雑魚を吹き飛ばせばいいんだな?」「じゃあ、周りの雑魚を斬ればいいんですね?」

 魔理沙はニヤリと笑いながら、妖夢は剣を構えながら言う。

「ええ。さっきも言ったけど出来るだけ力を使わないで。目の前にいる敵にダメージを与えればいいから」

 霊夢もお札を取り出す。それを見た妖怪たちは吠えながら4人に向かって突進して来た。時間稼ぎと言う先の見えない戦いなのにも関わらず、霊夢たちは絶望していなかった。響が起きると信じているから。そして、この異変を解決してくれると疑ってなかったから。

 



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第94話 信仰

 人里のそれなりに広い広場で早苗が人を集めていた。その後ろで小町がその様子を見ている。

「え~、皆さん。お忙しい中、お集まりいただきどうもありがとうございます!」

 早苗の言葉に人里の皆は笑顔で声をかける。今まで頑張って信仰を集めた結果だろう。守矢神社は妖怪の山の頂上付近に建っているにも関わらず、参拝者が来るのも納得がいく。

「実は今、この幻想郷で異変が起きています」

「ええ!? それは本当かい? 見た感じいつも通りだけど」

 前の方にいた男の人が質問する。他の人からも同じような問いかけがあった。

「はい、幻想郷に漂っている幽霊が食べられると言う異変――魂喰異変と言います」

「幽霊? 何か大変なのか?」

「いえ、まだ何とも言えない状況ですが、いずれ幽霊を食べている妖怪がこの人里を襲う可能性があるのです」

 それを聞いた人々はざわつき始める。

「け、慧音さんがいるから大丈夫なんじゃないの?」

「その妖怪は一匹じゃありません。100……いえ、下手したら200匹はいるかもしれないんです。更にその妖怪たちは幽霊を食べた分だけ蘇生出来るんです!」

 夏に起きた『脱皮異変』を思い出したのか悲鳴を上げる人もいればその事実を否定するように嘲笑う人もいた。

「慧音さん一人では太刀打ちできないんです。ですが、一人だけ……この異変を解決できる人がいます」

 そこまで言って早苗は深呼吸する。皆も続きを促すように静まり返った。

「響ちゃん……万屋の音無 響さんです」

「きょ、響ちゃんが? 確か、フラワーマスターと戦って生き残ったって聞いたけどそこまで実力があるの?」

 その人は素朴な質問のつもりだったのだろう。だが、他の人が聞けばどうだ。響の実力を疑っているようにしか聞こえない。そして、その疑いは不安に変わる。たくさんの人が早苗に疑問をぶつけた。

「静かにしてください!!」

 早苗の大声に周りにいた人だけではなくその近くを歩いていた人をも振り向かせる。

「響ちゃんは強いです。ですが、今回は強さとかそう言う問題じゃないんです。響ちゃんの能力じゃないと……響ちゃんが戦わないと解決出来ないんです。私だって友達を戦いの場に行かせたくはないんです……でも、でも!! 私には解決できないから。こうやって、サポートに回るしかなかったんです」

 それは早苗だけではなかった。霊夢も小町もそうだ。響はただの外来人。こんな重荷を背負わせたくなかった。

「皆さんは響ちゃんが好きですか?」

 突然、話が変わって目を点にする人々。だが――。

「ああ、好きだよ? 可愛いし、仕事も真面目にやってるみたいだし。それに仕事以外の事も手伝ってくれたんだよ」

 少し、年老いた女性の声が聞こえる。それと共鳴するようにたくさんの声が早苗の耳に届いた。

「……これからが本題です。今まで、妖怪がこの人里に来なかった。いえ、防いでくれていたのは響ちゃんなんです」

 早苗の発言に息を呑む民衆。

「そして……倒れました。今、博麗神社で休んでいます。それも絶対安静。体を動かす事はおろか、目も覚ましません」

「じゃ、じゃあ、異変はどうなるの?」

「現在は霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん、妖夢さんの4人が妖怪たちと戦って時間を稼いでくれています。ですが、いずれ……」

 その先は言わなくてもわかると早苗は踏んだのだろう。その読みは当たって人々は理解し、不安を募らせた。

「もう一度、言います。この異変を解決できるのは響ちゃんただ一人です。でも、その響ちゃんは動けない……でも、一つだけ方法があるんです。響ちゃんを助ける方法が」

 早苗がぐっと胸の前で両手を合わせる。まるで、神に祈るように。

「その為には皆さんの力が必要なんです! どうか、どうか! 皆さん、響ちゃんを助けてください! 異変を解決させる為じゃダメなんです! 響ちゃんが好きだから。目を覚まして欲しいと願わなくちゃいけません!」

 『お願いします!』と早苗は叫びながら深々と頭を下げた。

「……私たちはどうすればいい?」

「え?」

 数秒間の沈黙を破ったその一言をきっかけに人々の思いが一つになる。

 

 

 

 

 

 

 

『起きろ、響』

 トールの声が頭の中で響く。うるさい。

「何だよ、疲れてるんだから寝かせろって……あれ?」

 不思議な夢の事はすっかり、忘れた俺は体の調子が良くなっている事に気付く。まるで、幽香との戦いの前に戻ったようだ。

「な、何で……」

『頑張ってくれたんじゃよ。皆が』

 体は包帯でぐるぐる巻きになっていたが、痛みなどなくなっていた。体を起こして動かしてみても傷口が開く様子はない。完全に回復していた。

「皆?」

『外に出てみろ。ここからでも聞こえるじゃろ?』

 そう言えば、やけに外が騒がしい。部屋を観察したところ、博麗神社なのには間違いないのだがここまでうるさくなる事は今までなかった。

(どうしたんだろう?)

 もしかして、妖怪が攻めて来たのか、と不安になった俺は立ち上がって縁側に出る。

「こっちか?」

 聞こえる声を頼りに移動する。境内の方らしい。

「お? もしかして、万屋さんかい?」

 その途中で角を2本、頭に生やした幼女に出会った。

「ん? あ、ああ……そうだけど。君は?」

「私は萃香。鬼だよ」

「……音無 響。この騒ぎ、何か心当たりある?」

「おや? 気付いていないのかい? この騒ぎはあんたの為の物なのに」

(俺の?)

 意味がわからず、首を傾げた。それと同時に萃香は瓢箪に口を付けて何か飲んだ。

「これかい? これは酒だよ。いる?」

 視線で気付いたのか瓢箪の中身を教えてくれた。その心遣いは首を横に振る事で断り、スキホから天界の酒が入った瓶を10本ほど取り出す。

「やるよ」

「おお!? あんた、いい奴だね!!」

「どうせ、余ってるし。それにお前にはあげておいた方がいいと思って」

 そう言って、俺は不思議な気持ちになった。どうして、そう思ったのだろう。何となく、そう感じ取ったのだ。

「実はね? 早苗から依頼を受けてね。そのお礼としてあんたからこの酒を貰う事になってたんだよ」

「お? そりゃよかった」

 この前、酒を渡した時の事を覚えていたようだ。さすがに酒が多すぎて処分に困っていた。それを知っていた上で萃香に何かをお願いしたらしい。

「まぁ、話では5本だったけどね。ありがたく頂戴するよ」

「どうぞどうぞ。もっといる?」

「……それはまた、今度。外で皆がお待ちかねだよ」

 10本の瓶を消した萃香が境内の方を見ながらそう言う。

「ああ、わかった。ありがとな、萃香」

「いいって。残り5本の酒のお礼はいずれさせて貰うよ」

 その一言に手をひらひらさせる事で返事をし、先を急いだ。

「……何だよ、これ」

 外に出て境内を眺めながら俺は呟く。人だ。たくさんの人が博麗神社の境内にいるのだ。見た所、全員が人里の人らしい。

「きょ、響ちゃん!!」

「うわっ!?」

 突然、横から早苗が抱き着いて来た。さすがに支え切れずに倒れてしまう。

「さ、早苗?」

「よかった……よかった!」

 涙を流しながら更に力を込めて俺に抱き着く早苗。

「……すまん。心配させたな」

 そう言いながら頭を撫でていると小町が歩み寄って来た。

「体の調子はどうだい?」

「完全回復だ。でも、なんでなんだろう? あそこまで力を消費してたら3日間は動けないはずなのに」

「皆のおかげさ」

 小町が境内の方を見ながら教えてくれた。

「皆?」

『我の力……いや、我が神だった事を利用しよったんじゃよ』

 頭の中でトールが呆れたようにぼやく。意味が分からず、首を傾げているとある事に気付いた。

「あれ? 皆、博麗神社の賽銭箱にお金を入れてないのか?」

 そう、境内にいる全員が博麗神社の方ではなくその近くにいつの間にか建てられた小さな神社にお参りをしているのだ。

「あれは萃香さんが作ったんです。私がお願いしました」

 やっと、離れてくれた早苗が説明する。

「ああ、さっき言ってた依頼ってその事なのか……でも、なんで神社?」

「あの神社は響さんの神社です。いえ、詳しく言うと響さんの中にいるトールさんの為の神社と言いましょうか」

 トールの神社。つまり――。

「……信仰。そうか! 俺が回復したのって!?」

 人里の住民から信仰を得たのだ。早苗が言っていた。信仰を得られれば得られるほど神の力が増幅する。そして、トールに信仰が集まった事によってトールの力が増えた。比例するように俺の中にある神力も回復。それと同時に霊力も回復し、俺の体を癒したのだ。

「裏ワザにもほどがあるぞ……」

 だが、そのおかげで動けるようになった。

「小町」

「あいよ」

 小町はニヤリと笑い、鎌を差し出す。それを黙って受け取った。その瞬間、鎌から邪悪な力が溢れる。でも――。

(駄目だ……このまま、戦ってもまた倒れる)

『わかっておるではないか』

「そりゃ、あんな体験すれば慎重にもなるよ」

 早苗と小町が同時にはてな顔になった。それを無視して俺は懐からスペルカードを取り出す。

(さて……ぶっつけ本番だけど大丈夫か?)

『何を言っておる。響こそ今の我の力に耐えられるのか?』

「バーカ。俺は強くなったんだぞ?」

 ずっと、考えていた事がある。フランと『シンクロ』する場合、フランの魂を俺の魂に引き寄せて変身する事が出来るのだ。では、最初から魂にいる吸血鬼たちはどうだ。

「二人とも、離れて」

 素直に離れる早苗と小町。俺は一度、鎌を地面に置いて集中する。魂と魂を共鳴させる事によって『シンクロ』する事が出来る。ならば、それは吸血鬼たちも同じではないか?

「行くぞ、トール」

『いつでもいいぞ』

 目を閉じ、魂に意識を向ける。さすがに吸血鬼と狂気は力尽きていて自室で寝ているらしく、俺の部屋にはトールしかいなかった。俺の体を部屋に召喚させ、トールに手を伸ばす。トールも手を差し出した。そして、力強く握る。

「魂同調『トール』」

 俺の全身を覆うように電撃が迸った。

 



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第95話 魂同調

 終わる事のない地獄。それは戦い続ける事かもしれないと私は思った。

「はぁ……はぁ……きょ、響は?」

 八卦炉を持つ手に力が入らない。息を荒くしたまま、霊夢に質問した。

「わ、わからないわよ……勘が働かないんだから」

 お札を投げながらそう言い放つ霊夢。勘が働かないとは珍しい。

「咲夜、見て来て」

「無茶言わないで。こっちだってそろそろ、能力すら使えなくなりそうなんだから」

 そう言いながらも華麗にナイフ投げている姿は限界を感じさせない。さすが、メイド長。

(疲労から変な事を考えるようになってるな……)

「はぁっ!!」

 前方で妖夢の威勢のいい声が聞こえる。だが、剣は妖怪に躱され空を切っていた。疲れのせいでスピードが落ちているらしい。

「それで? スペルはどれぐらい余ってる?」

 霊夢からの不意の問いかけに私は首を横に振った。もう、全てではないが攻撃力のある奴は使い切ってしまったのだ。

「右に同じ」

「右に同じです」

「じゃあ、私も右に同じ」

 確かに私の左側に全員いるが少し、まずい状況なのではないだろうか。ピンチになった時に対処する事が出来ない。

「全く、無駄にスペルが多い魔理沙がガス欠を起こすなんて」

「なっ!? 仕方ないだろう!? 残ってるのは妖精相手に使った奴しか残ってないんだよ!!」

 懐中電灯とか鬼ごっことか。

「まぁ、本当に駄目になった時に使って」

「使ってどうにかなるのか? こいつら」

 話通り、妖怪たちは蘇生した。そして、強い。一匹一匹が相当な力を持っていたのだ。何とか、数匹殺したが数は減るどころか増え続けている。

「時間稼ぎって大変ね」

「だな」

 霊夢の呟きに頷いた時、妖怪が一斉に飛びかかって来た。

(使うしかないのか! 懐中電灯を!?)

 使っても前にいる奴にしか効かないし、効いても数秒も持たないだろう。

「鎌鼬『鎌連舞』」

 その時、後方から聞き覚えのある声でスペルを宣言。目の前にいた妖怪が一斉に土になってしまった。

「ったく……遅すぎるぜ」

 髪は紅いがその姿に見覚えがある。そう、響だ。

「すまんな、待たせて」

 こちらを見て笑う響。その手には小町の鎌が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――少し前。博麗神社にて。

 俺はトールとシンクロした。

「きょ、響ちゃん? いや、髪が紅いからトールさんですか?」

 トールとの魂交換を見た事のある早苗が質問する。

「響だ。この前のは交換だけど今回はシンクロだから」

「何か違いがあるんですか?」

「それは移動しながら説明する!」 

 早苗の疑問を一蹴し、空を飛ぶ。

「皆さん! 本当にありがとうございました! 皆さんのおかげで元気になりました!!」

 空中で境内にいる人里の皆に挨拶する。すると、ちらほらと応援の声が聞こえた。多分、早苗が異変の事を話したのだろう。

「あたいの能力は使わないのかい?」

 早苗と小町が俺の両隣りに並ぶ。小町の問いかけに俺は首を振る事によって答えた。

「少し、体の調子も見たいし今、霊夢たちの所にワープして邪魔になったから困るだろ?」

 そう言いつつ、俺は霊夢たちが戦っていそうな方向に向かって移動を始める。だが、俺は首を傾げた。

(『ミドルフィンガーリング』で鋭くなってるとはいえ……こんなに勘が働くものなのか?)

 まぁ、当たっていなくては意味がない。そう、思った時だった。

「響ちゃん? どうして方向がわかったんですか?」

「……何となく」

 早苗の台詞から勘が当たっている事がわかる。俺の疑問は更に深まるばかりだった。

「で? 交換とシンクロ……まず、どうしてシンクロしなくちゃいけなかったんだい?」

 隣を飛行する小町。早苗もこくこくと頷いて促していた。

「……俺は鎌を振り過ぎて地力を全て使い果たしちまった。神力が増えてもすぐにガス欠を起こす事も目に見えてる。そこで魂交換しようと最初は思ったんだ。今、トールの神力は増え続けているからな」

「最初は?」

 そのキーワードを聞いて小町の目が細くなる。

「早苗は知っているだろ? 魂交換するとこの体の能力は『創造する程度の能力』になるって」

「は、はい。トールさんが言っていました。あ……」

 何か気付いたようで早苗の口が開いた。

「そう、能力が変わっちゃ駄目なんだ。この体の所有権が変わってしまうと能力が変化する。それを阻止するためには俺がその権利を握ってなきゃいけない。そして、思いついたのさ。シンクロを」

「本題だね。交換とシンクロの違いは? 今の所、わかっているのは体の所有権を響が握っているかいないかだけど」

「魂交換は魂ごと、入れ替えるんだ。そうすれば、所有権はトールに移って能力も変わる。で、シンクロは魂と魂を共鳴させてトールの力を俺の力として使う事が出来るようになるんだ」

 上手く言葉に出来ない。それを証明するかのように二人は眉間に皺を寄せた。

「えっと……つまり、シンクロをすれば響ちゃんはトールさんの力を自由に使える事が出来るようになる、と?」

「まぁ、だいたい合ってるかな? 所有権が変わらなければ能力も変化する事もないし、俺が使える神力も増え続けてる。現在進行形でな」

 更に新たなスペルも唱えられるようになるのだ。その後のデメリットが何か気になるが今はそんな事を言っている場合ではない。

「あ、そうだそうだ。響? これ、知ってるかい?」

 何かを思い出したのか小町が1枚のスペルカードを見せて来た。それを見て、俺は目を見開く事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「小町。皆を安全な場所に。早苗も付いて行ってやれ」

 鎌を構えたまま、後ろを見ずに指示を出す。

「わ、私も援護します!」

 早苗が叫ぶ。

「駄目だ! きっと、妖怪たちはお前を標的にする! 庇い切れない!!」

 言っちゃなんだが、いない方が俺としては戦いやすい。

「……わかりました」

 声でわかる。早苗は肩を落としたまま、小町の能力でワープした。気配が消えたのだ。

「さて……これが本体か」

 妖怪たちが本体を取り囲むように陣形を取っている。

「待ってろよ。でかぶつ。お前の魂、刈り取ってやる」

 まずは下準備が必要だ。懐から1枚のスペルカードを取り出して唱えた。

「創造『神力複製術』!」

 これがトールとのシンクロによって唱える事が出来るスペル。対象は小町の鎌。頭の中でそう、宣言するとまわりにたくさんの鎌が出現し、地面に突き刺さった。いつも創るような物ではなく、本物と同じ効果を持った鎌だ。つまり、これら全てが『死神の鎌』。

「――ッ!」

 本体がそれを見て、目を見開いた。どうやら、声は出せないらしい。そう、思った刹那――

『あたしの邪魔をするなあああああ!!』

 何やら、あの巨体から考えられないような可愛らしい声が直接、頭に届く。

(……もしかして)

 本体は気付いていないのだ。自分の姿に。きっと、能力が暴走してしまったのだろう。

「なら、倒すんじゃなくて助けなきゃな」

 俺は能力が暴走して皆に迷惑をかけた事がある。

「さてと……」

 手に持っていた鎌を両手で握った。妖怪たちが唸りながら俺を威嚇する。

「戦闘、開始」

 そう呟いた瞬間、俺は片手に持ち直してから鎌を投げた。縦ではなく横に。こっちの方が当たり判定が大きいからだ。俺の手から離れた事により、力を失いつつある鎌だったが妖怪の魂を刈り取るには問題ない。それほど、妖怪の魂は不安定なのだ。一気に5匹の妖怪を土にした俺は近くに刺さっていた鎌を掴み、引っこ抜く。その動作に合わせて妖怪が突っ込んで来た。いや、そう仕向けたのだ。引っこ抜いた勢いで妖怪を斬りつけ土にする。

「さぁ、どっからでもかかって来い。魂強奪犯」

 くねくねと刃が曲がった鎌を本体に向けて俺はそう言い放った。

 



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第96話 誤算

「はぁっ!」

 鎌を横薙ぎに振って2匹の妖怪を倒した。振る度にごっそり、力を持って行かれるが今もなお増え続ける神力のおかげでガス欠は起こしていない。

 一斉に飛びかかって来たのでまた、鎌を投げて次の鎌を取りにバックステップする。丁度、右にあった鎌を手に入れて構えた。

「……」

 妖怪の数は半数近くを倒している。土にする度、幽霊が拡散するので視界が狭いのはきついが、戦況はこっちに傾いていた。

「バゥ!!」

 後ろから迫って来た妖怪を後ろ回し蹴りで吹き飛ばした後、近くに刺さっている鎌を蹴り上げてヒットさせる。先ほど気付いたが、一瞬でも鎌に触れば邪悪な力が得られるようで投げるに加えて鎌を蹴って飛ばすと言う攻撃方法も駆使していた。

「このっ!!」

 目の前に妖怪がいない。その一瞬の隙に移動し、本体に一撃を与える。が、傷口から幽霊を少し、放出するだけで本体の魂を刈り取る事が出来なかった。そりゃそうだ。この鎌が妖怪たちの魂を刈り取る事が出来るのは妖怪たちの魂が不安定だから。でも、本体の本当の魂は最初からあった安定した魂。さすがに刈り取れないのだろう。それでも、本体に取り込まれた幽霊は少しだけだが救出できるのでよしとする。

(やっぱり、周りの奴から倒すか……)

 妖怪の攻撃を躱しながら、考える。本体はあのでかさから攻撃出来ないと判断してもいい。それに出来たとしてもこっちの方が素早い。躱せるはずだ。だが、本体にも『高速回復能力』があるらしい。その証拠に先ほど付けた傷はもう消えていた。

「……あれ?」

 違和感を覚えた。何だろう。さっきと何かが違う。

「おっと」

 それに気を取られていたら、危うく妖怪の牙の餌食になる所だった。すぐに気持ちを切り替えて鎌をぶん投げる。間髪を入れずに鎌を補充し、どんどん妖怪を斬り倒した。だが、どうしても違和感が残ってしまう。本当に何が引っ掛かっているのだろうか。

「……あ」

 そうだ。数だ。倒した妖怪の数が半数を超えた辺りから数が減っていないように見える。

「でも、何で……」

 ちゃんと、鎌で攻撃して魂を刈り取っている。幽霊も散っているし、倒しているはずなのだ。

「くそっ!」

 近づいて来る妖怪を鎌で牽制しながら思考を巡らせる。どうやって、妖怪を増やしたのだ。増やすにしても幽霊を食べなくてはいけないはず。何故なら、本体が取り込んだ幽霊を手下である妖怪に渡すとは思えないからだ。でも、妖怪は増え続けている。

(……そうか。そうだったのか!?)

 本体は妖怪の2チームに分けていたのだ。ここにいる戦闘班と魂を回収する班に。

「魔法『探知魔眼』」

 なけなしの魔力をかき集めて、一瞬だけ魔眼を開眼させた。予想は的中。本体から垂れている何本もの見えない力の糸はここにいる妖怪たちと大半、繋がっているがそれ以外の糸は遠くの方まで伸びていた。

(こいつ!)

 戦いながら妖怪を作っているのだ。そして、問題の幽霊は俺が倒した妖怪から逃げた幽霊を再び、喰らう。糸は四方八方に伸びていた。どこに逃げても食べられるように配置しているのだ。よく見れば、本体の後ろからどんどん、妖怪が溢れて来ている。俺が気付かないようにこっそりと。

「くそったれ!!」

 より一層、鎌を振るスピードを上げる。勝てばいいのだ。妖怪たちが増える速度より俺が妖怪を斬る倒す速度が勝ればいい。

「おらっ!」

 左足を軸に体を一回転させる。鎌も円を書くような軌道を描き、周りにいた妖怪を土にした。

 ――ピシッ……

 その時、鎌から不気味な音がする。この鎌は本来、このような強大な力は持っていない。この邪悪な力に耐えられなくなってしまったのだ。だが、俺はそれほど気にしていなかった。鎌なら複製した物がそこら中に刺さっている。例え、これが壊れてもまだ大丈夫だ。そう、思っていた。

『馬鹿者!! 今すぐ、止まれ!!』

 目の前にいた妖怪に鎌の刃を突き立てようと振り上げた時、トールが叫んだ。

「え?」

 咄嗟の事で俺は止まれず、妖怪の体を貫通させた。そして、勢いがあまり地面に刃を突き刺してしまう。その衝撃で鎌全体に皹が入り、砕け散った。

「なっ!?」

 それとほぼ同時に周りにあった全ての鎌も同じように砕けた。俺はその光景に驚愕する。

「そ、そんな……」

 震える声で呟く。

『すまぬ……説明しておくべきじゃった。あのスペルにはデメリットがあったんじゃ』

「デメリット?」

 続きを聞こうとするが、妖怪が突っ込んで来たので躱す。トールも空気を読んで黙った。

「で? それはなんだ?」

 数回、妖怪の攻撃を回避したら攻撃が止む。こちらの様子を伺うつもりらしい。その隙にトールに問いかけた。

『複製した鎌は本物も含めて全て繋がっておったんじゃ』

「つまり……一つが壊れたら全部、壊れるって事?」

『うむ』

 まずい。非常にまずい状況だ。あの妖怪は小町の鎌じゃなくては一撃で倒せない。

『……響? 変な音、聞こえぬか?』

「音?」

 そう言えば、キュイィィィンと言う甲高い音が聞こえる。前にいる妖怪から。

「ま、まさか!?」

 よく見れば全員の口が白く光っている。一度だけ見た事があった。魂を撃ち込まれた時だ。

『逃げろ! あれを食らったら終わりじゃ!』

「で、でも……この距離なら撃ち込まれないんじゃないの?」

『愚か者! あれが特例だったんじゃ。多分、あの技は自分の中にある魂を装填し、発射する遠距離攻撃!!』

「っ!? 神箱『ゴッドキューブ』!!」

 俺の周りに神力の箱が出現するのと魂が射出されたのはほぼ同時だった。箱と魂がぶつかった瞬間、凄まじい爆音が幻想郷に響き渡る。

「やばっ……」

 箱に亀裂が入った。このままでは壊れてしまう。

『響! イメージじゃ! この箱は神力ではなく、鋼鉄で出来ていると念じろ!!』

(鉄……あのエネルギー弾にも耐えられる硬くて分厚い壁)

 トールの指示通り、必死にイメージする。その途端、白かった箱が鈍色に変わり、視界が暗くなった。本当に鉄になり、光の入る隙間がなくなったのが原因だろう。

「す、すげー……」

 耐え切った鋼鉄の壁は消え、妖怪たちが姿を現す。

『お主は今、我の力を使える。能力は変わらぬが今まで以上に神力を使えるのじゃよ』

「じゃ、じゃあ! 小町の鎌も?」

『それは無理じゃな。あの鎌は創る事は出来る。ただ、『小町』の鎌と言う概念を持っておらん』

 つまり、形は創れるがあの鎌を創り出す事は出来ないとの事。それでは意味がない。あの鎌じゃないと『死神』にはなれないのだから。

「……まだ、あるか」

 たった一つだけ。でも、いつもと同じように運に頼る事になる。それに――。

『大丈夫。今のお主ならあの妖怪たちの攻撃に耐えられるはずじゃ。それにシンクロ状態ならお主の能力が変わってしまっても今のように神力を使えるぞ?』

 トールの言葉に眉間に皺を寄せた。

(普通なら使えないだろ? 指輪だってそうだし)

『今の状態は普通じゃなかろう。思い出せ。フランドールとのシンクロの時、能力を犠牲にしたじゃろ?』

「よっと……それがどうしたの?」

 2匹の妖怪が左右から突進して来たので両足に霊力を流し、脚力を水増し。そして、ジャンプして躱した。着地した後、トールに続きを促す。

『本当はフランドールの能力が消え、お主が元々持っていた能力に戻ったのじゃ』

「つまり……シンクロ状態でもコスプレ出来るし指輪が使えるって事?」

 『さよう』、と言ったトール。

「……仕方ない。やるしかないか」

 目の前にはざっと見ても100匹は超える蘇生能力を持った妖怪。そして、巨大な本体。あいつの取り込んだ幽霊の数は計り知れない。

 俺にはもう、小町の鎌はない。他人から見たら万事休す。だが、俺――いや、俺とトールは諦めていなかった。今までずっと、頑張って来てくれた霊夢たち。俺を復活させる為に人里の皆を集めてくれた早苗たち。俺の事を心配し、信仰してくれた人里の住人。

「皆の為に……負けられないもんな」

 スキホからPSPとヘッドフォンを出現させ、装備。PSPを操作し、再生した。目の前に現れたスペルを掴んで宣言。

「六十年目の東方裁判 ~ Fate of Sixty Years『四季映姫・ヤマザナドゥ』!」

 ここから、長い戦いになる。映姫の衣装を着た俺は妖怪たちを睨んだ。その時、強い風が吹いて俺の紅い髪を揺らした。

 



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第97話 連携

「毒爪『ポイズンマーダー』!」

 俺の両手の爪から出た弾幕が妖怪たちを吹き飛ばす。

「動きにくっ!!」

 関節が曲がらない足でピョンピョンとジャンプする。どうやら、この衣装の持ち主はキョンシーらしい。まだ、直接会った事はないから断定出来ないがトールがそう言っていた。

『それにしても……増えたの』

「……ああ」

 気付けば、戦闘が始まってから1時間が経とうとしていた。その間に妖怪たちの数は200匹ほどにまで増えていたのだ。一方、こちらは3回ほど魔理沙になった。かぶり過ぎにもほどがある。

「月時計 ~ ルナ・ダイアル『十六夜 咲夜』!」

 曲が切り替わると同時に目の前に出現したスペルを唱える。素早く衣装チェンジし、またスペルを構えた。

「幻世『ザ・ワールド』!!」

 時が止まった世界で妖怪の額付近にナイフを設置。時間制限ぎりぎりまで作業を続け、時を動かす。

「――ッ!?」

 ナイフの餌食になった妖怪がバタバタと倒れて行く。しかし、数秒後には白い煙を噴出させ、生き返った。

「本当に……嫌になるよ。ラストリモート『東風谷 早苗』」

 世界の時間が止まっていてもPSPの時間は動き続けていたので時間切れ。早苗の衣装を着てスペルを唱えまくった。

 PSPは自由に変身出来ない代わりに俺の地力が水増しされる。例え、倒れそうになっていても変身すれば傷は残るが霊力や魔力はその衣装の持ち主が持っている地力に合わせるように復活するのだ。つまり、ガス欠が起きない。さすがに疲労は感じてしまうのでこのまま、妖怪たちの残機をなくすまで戦い続ける事は出来ないが。

『大丈夫か?』

「まぁね」

 さすがに1時間も戦い続けていると精神的にきつい。終わりのない戦い。

(あいつらもこれをやったんだよな……)

 霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢。俺みたいに地力が水増しされるわけでもなく戦い切ったのだ。俺が諦めるわけにはいかない。

「秘術『忘却の祭儀』!!」

 気合を入れ直し、弾幕を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくち!」

 博麗神社の居間で寝っ転がっていた魔理沙が大きなくしゃみをした。

「早苗~。何か、かける物持って来てくれー」

「あ、はいはい。ただいま」

 慌てて早苗は縁側から外を眺めていた霊夢の所へ駆け寄る。

「霊夢さん、毛布とかどこかにありますか?」

「……」

「霊夢さん?」

 何も答えない霊夢。考え事をしているようだった。

「ねぇ? 早苗」

「はい、何ですか?」

「私たち、何か見逃していると思わない?」

「どういう事?」

 首を傾げたのは咲夜だった。どうやら、霊夢にお茶を持って来たので聞こえたらしい。

「いや……あの本体って響が一撃で妖怪を倒せるって知ってたのかなって」

「知ってたらどうなるんだよ?」

 何か様子がおかしい事に気付いた魔理沙も縁側に寄って来る。

「あなたならどう思う? あなたが本体だったら?」

「私が? あのデカブツ?」

 見るからに嫌そうな顔をした魔理沙だったが、すぐに首を振って考え始めた。

「そうだな……ずるいって思うな。折角、自分の能力で蘇生出来るようにしたのに掠っただけでも倒されるなんて、てな」

「じゃあ、どうする?」

「はぁ? どうするってそりゃ倒されない為に何か対策を……おい、まさか?」

 魔理沙の呟きを聞いて早苗や咲夜、少し遠い所にいた妖夢と小町も目を見開いた。

「そう、可能性はゼロじゃない。何か、対策を練ったかもしれないわ。そうね……私なら妖怪を増やし続けるわ。倒されるスピードよりも速くね」

「でも、待ってください! 小町さんの話では響ちゃんが妖怪を倒したら幽霊たちは逃げられたのでしょう? さすがに妖怪を増やし続ける事なんて出来ないんじゃ……」

「小町」

 早苗の発言を無視して霊夢は胡坐を掻いてお茶を啜っていた小町の名を呼ぶ。

「何だい?」

「響が妖怪を倒した時の状況を詳しく教えて」

「え? そうだね……鎌に触れた瞬間、体が土になって幽霊たちがバァー、と散ったかな? そのまま、幽霊たちはどこかに飛んで行ったよ」

「……こうは考えられない? 妖怪から逃げた幽霊をまた、食べる。そして、見えない糸を通じて本体に渡し、妖怪を作りだす」

 その言葉を聞いて全員が凍りついた。

「で、でもですよ? 響さんと戦いながら幽霊を食べるのは至難の業かと……」

「戦っているチームと幽霊を食べるチームに分ければ出来るわよ?」

 否定した妖夢を更に否定する咲夜。

「幽霊たちが逃げる方向がわかっていないと無理なんじゃないのか?」

「……私なら包囲するように配置します。それなら、どこに逃げたって必ず食べる事が出来ますから」

 今度は魔理沙。しかし、早苗がその発言を叩き壊した。

「上は? 幽霊たちが上に移動すれば妖怪たちも喰えないんじゃないのか?」

「あなたは鬼ごっこをしていて近くに鬼がいたらどうする? 上に逃げる? 普通なら真っ直ぐ走って逃げるわ」

 最後は小町だったが、霊夢の的確な指摘によって一蹴された。

「まぁ、可能性の話だから……でも、本当だったら響はもう気付いてる」

「そりゃあな? 減らしたはずなのに増えてたら不思議に思うし。あいつ、結構鋭いからな。なら、何とかしてんじゃないの?」

「出来ますでしょうか? 戦っていた私たちならわかるでしょ? 絶えず妖怪たちが襲って来るんです。しかも、自分一人を狙って」

 妖夢は少し、冷や汗を掻いて言った。先ほどの戦闘を思い出しているのだろう。

「対処している暇がないって事か……仕方ない。行くか」

 立ち上がろうとした魔理沙だったが、すぐにぺたっと尻餅を付いてしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。やっぱり、フォワードはきつかったぜ……」

 妖怪との戦闘で魔理沙と妖夢は前に出て戦っていた。やはり、霊夢や咲夜よりは消耗が激しいのだろう。

「そうね……仕方ないわ。私と早苗で何とかしてくるから4人はお留守番を……待って」

 突然、目を鋭くした霊夢は小町を見る。

「小町、何か隠してない?」

「……さすが、博麗の巫女。響の言った通りだ」

 目を少し、細めてニヤリと笑った小町は立ち上がって他の5人を眺めた。

「少し……話がある。これを聞いてからでも動けるだろ? 巫女」

「そうね。響が死なない事を祈りましょう。咲夜、おかわり」

 霊夢がいつの間にか空にしていた湯呑を咲夜に差し出す。

「私だって疲れているのよ?」

 そう、ぼやいた咲夜であったがその手にはすでに急須があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ」

 空気が変わった。不意にそう、感じ取った俺は硬直してしまう。目の前に迫って来た4匹の妖怪がそれに合わせるように吠えた。

「くそっ! 創造『神力製造術』!」

 出来るだけ神力の消費を抑えたいところだが、仕方なく地面に両手を付けて一気に後方斜め上に向かって振り上げた。構図的に仰け反るような感じだ。イメージするのはゴム。巨大で伸縮性に優れた茶色い合成樹脂。すると、肩幅ほどのゴムが妖怪たちを包む。

「ヴㇽ!?」

 突然の事過ぎて妖怪たちはどうする事も出来ずにビヨーン、と弾き返されてしまった。

『どうしたんじゃ?』

「いや……」

 どうやら、トールはこの空気の変化に気付かなかったようだ。無理もない。彼は俺の魂にいるのだから。

(でも、どうして?)

 多分、この辺りで何かがあったのだろう。しかし誰が、何を、どうして、どのようにやったのか不明。少なくとも今は何も起きていない。

「もう歌しか聞こえない ~ Flower Mix『ミスティア・ローレライ』!」

 みすちーの衣装になった俺は一気に上まで飛翔。付いて来る妖怪たちを蹴落としながら周囲を見渡した。

「……さすがだな。霊夢、早苗」

 結界だ。俺と本体を囲むようにぐるりと円柱の結界が貼ってある。直径はたったの100メートル。だが、それと対象に高さが計り知れなかった。ここからでも一番上が見えない。きっと、本体の作戦に気付いた(もしくは感じ取った)霊夢が早苗の助けを借りて作ったのだ。今はコスプレをしているので『魔眼』は使えないが、あの結界の外に妖怪がいるはずだ。だが――

(これじゃ幽霊たちも逃げれないんじゃ?)

 今は小町の鎌をなくしているので幽霊は助け出せていないが、向こうは知らないはず。結界の範囲は結構、狭い。逃げようとして移動した幽霊たちが結界に気付き、すぐに別の方向に移動する。そして、また妖怪たちに喰われる。この可能性を考えなかったのだろうか。

(いや、霊夢の事だ。何か考えているはず……俺が信じなきゃいけないんだ)

 不思議な使命感を抱きつつ、俺は翼を使ってゆっくりと地面に降り立った。

「来いよ。デブ。お前のダイエットに付き合ってやる」

 曲が変わる気配を感じ取り、俺は胸の前に手を差し出す。すぐに光り輝くスペルが出現し、宣言。

「シンデレラケージ ~ Kagome-Kagome『因幡 てゐ』!!」

 その瞬間、世界が黄金に輝いた。

 



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第98話 幸運の白兎と赤髪の死神

 響の読み通り、霊夢と早苗は結界を展開していた。東側に赤い巫女。西に青い巫女。そして、その中央――つまり、響がいるであろう場所から黄金の光が真っ直ぐ空を突き抜けたのを二人は見ていた。

「響……」「響ちゃん……」

 二人同時にそう、呟く。100メートルも離れているのにも関わらず。

 

 

 

 

 

「こ、これは?」

 普段通りならスペルを唱えるとすぐに衣装が変わる。確かに今回も服は変わっていた。頭に大きな白いウサギの耳。ピンクのワンピースに首には人参のネックレス。だが、それだけではなかった。俺の体が黄金に輝いているのだ。いや、体ではない。PSPだ。あまりにも光が大きくて俺の体を包んでいた。

『何が起きたんじゃ!?』

「お、俺だって知らねーよ!!」

 トールも大慌てだ。しかし、本当に何があったかわからない。

「ガヴッ!!」

 戸惑っていたせいか妖怪が突っ込んで来るのに気付かなかった。

「しまっ――」

 このままでは牙で体のどこかを貫かれてしまう。急いで攻撃しようと咄嗟に右手を前に突き出そうとしたが、その前に妖怪が何かに弾かれた。

「へ?」

 どうやら、俺の周りに結界が貼ってあるらしい。でも、俺はそんなもの貼った覚えもない。

『おめでとうございます!』

「……はい?」

 突然、PSPから大音量で紫の声が聞こえた。

『まぁ、唐突でごめんなさいね。これ、録音だからそっちの状況はどうなってるかわからないけど貴方はとても幸運です。このスペルが出る確率はかなり低いの。もう、レア中のレアです』

 どうやら、スペルには出やすい物と出にくい物があるらしい。

『このスペルの効果は簡単。説明する時間もないから後はよろしく。頑張ってね』

 ブチッ、とPSPからノイズが流れた後、しばらく沈黙する。

『な、何とも言えんの』

「あ、ああ……」

 白い耳をダルンとさせて頷く。あまりにも予想外の事過ぎて対処出来ずにいた。

「でも……これが逆転の一手になる」

 PSPの画面に使い方が出ていたのでPSPの○ボタンを力強く押す。すると、目の前に9枚のスペルカードが現れた。それを見て俺はニヤリと笑う。

『ま、まさかこのスペルの効果って!?』

「そう、次のスペルをこの9枚から選べる!!」

 さっと全てのスペルを流し読みして頷く。あった。俺が1時間もの間、待ち続けたカードが。

(本当にお前はサボり過ぎなんだよ!)

 真ん中にあったスペルカードを掴む。すぐに周りにあったスペルが消え、黄金に輝いていたPSPが元の赤色に戻った。

「彼岸帰航 ~ Riverside View『小野塚 小町』!!」

 まだ『シンデレラケージ ~ Kagome-Kagome』は終わっていなかったが、スペルを宣言すると同時に停止されすぐに違う曲が再生された。服も小町の衣装にチェンジ。右手にあの今となっては懐かしく思えるほど刃がくねくねと曲がった鎌があった。

「おかえり……」

 それに答えるように鎌の刃がキラリと光る。しかし、このままではこの鎌は普通の鎌だ。死神の力はない。今の俺の能力は『距離を操る程度の能力』。そう、これはただの鎌なのだ。

『おや? やっぱり、使う事になったのかい?』

「ああ……すまん。鎌、壊れたんだ」

『おお。それはさすがのあんたでも無理だね。いいよ。元々、使って貰いたかったし』

「お前の力……少し、借りるぞ」

『存分にどうぞ』

 懐から1枚のスペルカードを取り出した。先ほどの声もここから聞こえる。これの存在を知ったのは霊夢たちを助ける前だ。そう――小町の口から教えて貰った。

「シンクロ『小野塚 小町』」

 足元から真っ黒なオーラが俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「おっと……」

 小町の体が急に倒れて来たので慌てて支える。どうやら、小町の言う通り響とシンクロしたらしい。

「あーあ……私も行きたかったぜ」

 私の仕事は小町の体を守る事。博麗神社には極たまにしか人は現れないが念の為だ。魔力不足で動けない私に与えられた仕事。溜息を吐きながら先ほど遠くの方に現れた黒いエネルギーの柱を見つめる。

「頑張れよ。響」

 届くとは思えなかったが、言わないよりはマシだ。もう一度、溜息を吐いてお茶を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪たちは震えていた。目の前に突如、どす黒い物を感じ取ったのだ。それを見つつ俺は自分の姿を観察する。

 服はボロボロのフード付き青いローブ。首には紅いマフラーが巻かれていた。手には何もない。多分、スペルを唱えないと鎌は出現しない。ローブの下はいつもの制服だった。

「これが……」

 死神。そう言い切れるほどその姿は禍々しかった。それにこのマフラーは小町のツインテールをイメージしていると思われる。

『ほほう……これはまた珍しい魂構造だね』

 頭に小町の声が響き渡る。無事に俺の魂に引き込まれたようだ。

(小町。どんな感じだ?)

『その声は響? まあまあってとこかな? お? あんたがトールかい?』

『うむ。よろしく頼むぞ。小町』

 緊張感のない二人に思わず、苦笑してしまった。

「さてと……」

 妖怪たちが俺の変化にビビっている間に新たなスペルカードを手に持った。その枚数は3枚。効果は今の所わからないがだいたい、スペル名で把握できる。

「よし。これが鎌だな」

 1枚だけを残し、他のスペルを仕舞った。今すぐ唱えたい気持ちもあるが紫は言っていた。発動する為には何か条件があると。

(条件、ね)

『何か思い当たるかい?』

「いや、フランの時はダメージを受けたら翼の結晶の光が消えていたけど……」

 この服にはそんな物はない。全く、考えはなかった。

『……唱えて。多分、発動するから』

 小町の言葉に驚く。

「い、いや発動する為の条件をクリアしないと発動しないんだぞ!?」

『こうは考えられない? もう、すでに条件はクリアしているって』

 条件を満たしている。それはほとんどあり得ない事だった。何故なら、俺は何もしていないから。

「……わかった。やってみる」

 それでも、小町を信じてみようと思った。理由なんて簡単だ。俺と小町はシンクロ出来るほどお互いを信頼しているから。

「死神『ファースト・デスサイズ』!」

 スペルが黒く光る。そして、そのスペルが急に形を変えた。見た目は小さな鎌。きちんと刃も付いているし柄もある。だが、その柄の先が本来の鎌と違っていた。柄の先――持ち手が輪っかになっているのだ。それをそっと握る。見た目はまるで、犬の首輪を掴んでいるようだった。

「バ……バㇽ!!」

 怯えていた妖怪の一匹が吠えながら突進して来る。まずい。今、刃の向いている方向は俺の方。つまり、このまま横に薙ぎ払っても妖怪に刃は当たらないのだ。でも、持ち手が輪なのですぐに刃の向きを変えられない。

「ん?」

 その時、輪の内側――丁度、俺の手が握っている所にボタンがあるのに気付いた。首を傾げつつ2回、押す。

 

 

 

 ――ガシャン! ガシャン!!

 

 

 

「う、うおっ!?」

 刃が180度だけ回転し、刃を妖怪の方に向けた。思考する前に目の前まで迫った妖怪を斬る。すると、前と同じように幽霊を拡散させながら土に戻った。それを見て更に警戒する他の妖怪たち。

 しかし、俺は追撃するどころか放心状態だった。この鎌、ボタンを押す事によって刃を90度回転できるのだ。

 

 

 

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『こりゃ……すごいね』

『こんな武器、初めて見たぞ』

 小町もトールも驚愕しているようだった。

「と、とにかく能力は戻った。後は……」

 鎌を縦に振って妖怪たちを差す。

「狩るだけだ」

 それを聞いて本体が甲高い悲鳴を上げる。だが、不思議と怒っているとは思えなかったそう――それは寂しそうだった。

(……何だろう?)

 あの本体は普通じゃない。1時間前に聞いた時は暴走していると思ったがそれも違う。あれはこの本体の魂の叫び。『悲鳴』。

「……お前は何に怯えているんだ?」

 俺の問いかけに攻撃で答えたのは本体ではなく妖怪だった。また、厳しい戦いが始まる。

 




挿絵はファースト・デスサイズのイメージ画像です。


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第99話 段階

 鎌を振り降ろして妖怪を土にしてすぐにバックステップ。俺がいた場所に別の妖怪が突っ込んで来た。回避された事で硬直している内に鎌で攻撃し、また土にする。

 シンクロすると普段より強くなる。フランの時は『攻撃力』。『禁銃』もそうだが、フランのスペルである『禁弾』も遥かに威力が上っていた。まぁ、遊び用のスペルの攻撃力が上がっても微々たるものだったが。

 そして、小町の場合は『スピード』だった。電気の力で筋肉の動きを極限まで上げる『雷輪』には負けるが十分、速い。それに手に持っている『デスサイズ』はかなり小型の鎌。小回りも効くため、相性はバッチリだ。

「よっと」

 黒いエネルギーの刃を飛ばして3匹の妖怪をまとめて倒す。それを見ながら持ち手の内側にあるボタンを1回だけ押し、刃を俺の背後に向ける。そのまま、突進して来た妖怪に刺さり幽霊を拡散させた。今度は2回押して刃の向きを前に戻す。腕を振り上げて迫って来た妖怪を一刀両断する。

『なかなかやるね』

(お前のおかげだよ。小町)

 頭でお礼を言う。このスピードと鎌は小町とシンクロしているから得られた物だ。

『いやいや、この力を使いこなせているのが不思議なくらいだ。だって、トールから話を聞いた限りじゃね』

「え!? ま、まさか能力名も!?」

『さすがの我でも学習はするぞ……言っておらん。お主が他の人に説明するような感じで説明しただけじゃよ』

 トールの言葉を聞いて安堵の溜息を漏らす。

「それにしても……これ、何だと思う?」

 妖怪を斬った後に2人に問いかけた。俺の目に鎌の持ち手が映っている。そして、その中央――輪の中心に浮かんだ『120』と『69』言う数字。前者は変わらないのに対して後者は1秒毎に1ずつ減って行く。

『見るからにカウントダウンじゃな』

(でも、何の? このスペルがブレイクするまでの制限時間とか?)

 そうだった場合、大変だ。後、1分ほどしかこの鎌が使えない事になる。

『それはどうだろう? さすがにそれはないと思うけど』

 だが、小町がトールの意見を否定した。

「はっ!」

 とにかく、話し合いは2人にまかせて戦闘に集中する。時間差で襲って来た妖怪をステップと反射神経で回避。躱すと同時に鎌を振りかぶり、切り裂いた。幽霊が勢いよく真上へ逃げて行く。

「ん?」

『どうしたんじゃ? 響』

「いや……何でもない」

 何で、幽霊は上へ逃げたのだろう。今までなら一目散に森の中に消えていったはずなのに。思い出せば俺が小町とシンクロしてから、もしくは結界を貼ってからなのかはわからない。でも、きっとその時からだ。根拠があるわけでもないが何となくそう思った。

「おっと!?」

 考え事をしていたら、頭上から妖怪がダイブして来ていた。体を捻りながら鎌を真横に薙ぎ払う事によって回避しながら妖怪に鎌を当てる事に成功する。すぐに幽霊が散らばり視界が一瞬だけ真っ白になった。

「なっ!?」

 その隙を突かれてしまったらしい。前後左右だけではなく、上からも一斉に数十匹の妖怪が飛びかかって来た。この距離では上手く行っても鎌を横に大振りに振って左右と前の妖怪しか倒せない。後ろと上から攻撃されてしまう。その攻撃がただの噛み付きならまだいいが、こいつらの口が白く光っている。直接、魂を撃ち込んで来る気だ。

『響! カウントがゼロになるよ!』

 小町の声でチラリと持ち手を見ると同時に『0』になった。

(ここで鎌が消えたら打つ手が!?)

 背筋に冷や汗がたらりと流れる。しかし、鎌が消える代わりに目の前に新たなスペルカードが現れた。左手で乱暴に掴み取り、スペルを宣言。

「死神『セカンド・デスサイズ』!!」

 それと間髪入れずに妖怪たちの牙がキラリと光る。

「おらっ!!」

 急に重くなった鎌を振り回す。持ち手は何故か棒状になっていたが、そんな事を気にしている暇はない。丁度、鎌の刃は下を向いていた。それを確認し、すかさず前にいた敵は鎌を縦に振る事で消滅させた。突然、後ろが重くなったが気にせず、すぐにボタンを押して刃の向きを右にする。体を無理矢理、回転させて右側から突っ込んで来ていた妖怪にヒットさせた。

(な、何だ?!)

 また、後ろの方に衝撃。いや、この衝撃は鎌から伝わって来ているらしい。

「え?」

 チラリと後ろを見るとそこにいるはずの妖怪がいなかった。いや、土に戻っていたのだ。

『響! 上だ!!』

 トールの叫びに本能的にボタンを押し、刃を上に向けた。背中から地面に倒れ込むようにして空を見上げ、鎌を振り上げて何とか倒す。

「うわっぷ……」

 上から土が降って来て顔面にかかる。左手で払い除け立ち上がった。もう一度、周りを見るが先ほど襲って来た妖怪を全て倒せている。しかし、最初の立ち位置から見て後ろと左側にいた妖怪に手を出した覚えはない。

「何で……」

『おい、鎌の形が変わってるぞ!?』

「何!?」

 小町の言葉で鎌を観察する。明らかに姿形が違った。

 柄が持ち手の輪を貫通し、後ろまで伸びている。そして、輪を中心とすると前後に刃が付いていた。それぞれの刃の向きは逆――つまり、前の刃が上を向いている時、後ろの刃は下を向いているような構造。今度は輪を貫通している棒が持ち手になっているのだ。その姿は1回転しても同じ形、『点対称』だった。

 多分、前の妖怪を倒した時、後ろの刃が背後の妖怪の当たっていたのだ。左の敵も同様、鎌の長さは俺の身長ぐらい。いや、それ以上。リーチも十分だ。

「……今度は『240』か」

 持ち手である棒の脇にまた、数字が浮かんでいた。

 

 

 

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『なるほど……この鎌は段階を踏んで姿を変えるらしいの。その数字はそれが可能になるまでに必要な時間なんじゃ』

 この鎌の名前に『セカンド』が付いていた。で、この前は『ファースト』。では、『サード』もあるはず。

「じゃあ、それまでこの鎌を振り回すとするか……」

 大きくなった分、スピードは遅くなるだろうがこの大きさなら問題ない。それに攻撃の幅が広がったのだ。警戒したのか妖怪たちが半歩下がった。

「そんな短い後退じゃすぐに倒させるぜ?」

 そう呟いた瞬間、俺は前に駆け出す。輪にではなく棒にセットされたボタンを1回、押す。刃の向きが左になり、俺は霊力を使って低空飛行を開始した。妖怪たちの隙間を縫って少し開けた場所でホバリング。俺の周りにいた妖怪たちが驚愕する。当たり前だ。わざわざ、敵が密集した所で止まったのだから。

「鎌符『大車輪』」

 シンクロ用ではなく自分で考え付いたスペルを唱え、その場で高速回転。

「発射!!」

 回転速度が最大になった所で2枚の刃から衝撃波をいくつも繰り出す。俺を中心に無数の刃が妖怪たちを襲い、土に戻った。

「次! 成長『ロングサイズ』!!」

 回転を維持したまま、別のスペルカードを発動させる。2枚の刃が急激に伸びて遠くの方にいた妖怪を八つ裂きにした。

「鎌撃『爆連刃』!」

 伸びた刃が突如、爆発。鎌の破片が四方八方に散らばり、妖怪たちに当たる。シンクロ前の鎌ではさすがに魂を狩る事は出来なかったはずだ。しかし、破片が当たった妖怪が苦しみ出し、幽霊を拡散させた。その時、鎌のカウントが『ゼロ』になる。

「死神『サード・デスサイズ』!」

 手に持っていた鎌が光りを帯び始め、形が変化して行く。前後で2本ずつあった柄がもう一本、増えた。2枚だった刃も3枚になり、それぞれの刃は等間隔――つまり、3枚のプロペラのようだった。持ち手の棒は消え、また輪っかに戻る。

「もう、鎌とは言えないな……」

 大きさはかなり大きい。持ち手となる輪は俺が乗れるほどだ。

(乗れる……そう言う事か!)

 鎌を地面に置き、輪の上に乗る。すると、3本の柄が高速で回転。本当にプロペラだったのだ。回転速度が上がるとふわりと浮かんだ。幸い、輪は回転していないのでバランスを取りながら前を見る。下を見てカウントが『480』だと確認した後、スペルを構えた。

「死霊『デスボール』」

 本日、2枚目となるシンクロ用のスペルだ。指先が黒く光る。こいつの条件は『時刻が4時44分になった時に宣言する事』。本来ならわかるはずのない条件。しかし、俺は直感でわかった。

 プロペラとなり、宙に浮く鎌。例外なくその刃も回転している。巻き込まれたら大けがするだろう。

その上に指先を黒くした死神。その指から小さな黒い球体が生まれる。

「近づけば鎌の刃が……遠くに逃げたら死の球体が……お前らに逃げ場はないぞ」

 そう呟いた時、妖怪たちの恐怖が手に取るようにわかった。

 

 

 

 

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第100話 完全体

「シッ……」

 右足に重心を乗せ、下の鎌を操作。右にいた妖怪たちを刃が捉えた。

「デスボール!!」

 それと同時にこちらに背を向けて逃げる妖怪に黒い球体をぶつけて、土にする。

 妖怪の数もかなり、減って来た。しかし、まだ50はいる。

『響、そろそろ時間じゃ』

「マジかよ」

 足元の数字は『23』。さすがにこのまま、鎌の形を変えるわけには行かない。鎌から飛び降りてその時を待つ。

 だが、今がチャンスとばかりに妖怪たちが襲って来る。それを『死霊』で牽制。

「死神『フォース・デスサイズ』!」

 鎌は回転したまま、形が変わって行く。3枚だった刃が4枚に。だが、それ以上に目立つのが柄だ。柄と刃の幅が同じ。つまり、柄の役割を果たしていなかった。その代わり、刃が大きくそして今まで以上に鋭利になっている。まるで、風車のようだ。しかし、俺は戸惑っていた。持つ場所がないのだ。

『その輪っか、何かを固定できるようになってないかい?』

「輪っか?」

 小町のアドバイスで輪を観察すると輪の中にも輪が生まれていて4本の棒がそれを支えていた。まるで――。

「……よし」

 ふわふわと空中に漂っていた『死神』の輪に腕を突っ込んだ。すると、内側の輪が俺の手首の大きさにフィットするように小さくなる。そして、同時に4枚の鎌の刃が同じ方向――前を向いた。その姿はもう、鎌とは言えない。

「爪……」

 そう、刃の先が俺の右手に集まるような構図が出来ていた。これは爪としか言えなかった。

『前、来てるぞ!』

「――」

 トールの叫びに反応し、右腕を思い切り前に突き出す。その途端、急に鎌が回転し始めた。その螺旋に巻き込まれた妖怪は断末魔を上げながら土になる。

(これじゃ……もう、ドリルだよ)

 

 

 

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 呆れつつも俺は目の前の敵に集中する。

「うおおおおおおおおっ!!」

 今までで一番、速い。気付けば、6匹の妖怪を切り刻んでいた。

『なるほど……リーチが短くなった分、響の身体能力を上げる力を持っているようだね』

 小町が冷静に分析している間、更に11匹の妖怪を倒す。

『ふむ……どうやら、この形態が最後のようじゃの?』

(何でわかるんだ?)

 攻撃している時にトールがぼそっとそう、呟き問いかけた。

『見てみよ。どこにも数字がないじゃろ?』

「……ほんとだ」

 鎌のどこを見ても半透明のあの数字がない。

(……でも)

 俺はあまり、納得出来なかった。最後ならば『フォース』ではなく『ラスト』と付いてもおかしくないからだ。それ以上に俺の勘がこの形態が最後ではないと言っている。

(じゃあ、何で?)

 数字がないのだろうか。俺に力がないから? それとも、他に条件があるのか?

「おらっ!!」

 答えに辿り着けなかったが今は目の前の敵に集中しよう。そして、吠えながら妖怪を全滅させた。これで残すは本体のみ。しかし、本体は怒り狂ったり叫んだりせずにそこにじっとしている。

「……」

 おかしい。俺の頭には蟠りが残っていた。本体にではなく今まで倒して来た妖怪について。最後の方に倒した妖怪は最初に倒した妖怪より吐き出す幽霊が明らかに少なかったのだ。

(食べていた幽霊の数はそれぞれだ……でも、本当にそれが原因なのか?)

 確か本体は妖怪と見えない糸で繋がっていた。それを通して幽霊の行き来が出来たはず。それを使えば、幽霊の数を均等に出来る。

「見えない糸……そうか!」

 最後の方の妖怪が吐き出す幽霊の減少の原因は本体だ。妖怪で倒す事を諦めたあいつはわざと妖怪から幽霊を奪って自分の力にしたのだ。そして――。

(あいつは黙ってるんじゃない。力を自分の体に完全に取り込もうとしてるんだ!!)

 あんなに太っていては取り込んだと言うよりくっ付けたと言える。では、あれは取り込む前の準備段階だとしたらどうだ。

「くそったれが!!」

 トップスピードで本体に近づき右手のドリルを突き出した。その時、本体の口がニヤリと歪むのが見える。

「ッ!?」

 突然、本体が光り輝いて攻撃を俺の体ごと弾き飛ばした。あまりの衝撃に地面を何バウンドかする。

「がっ……」

 木に背中を叩き付けて何とか止まる事が出来た。しかし、ダメージ量が凄まじい。霊力で傷を治すが痛みなどはすぐに引いてくれない。フラフラしたまま、立ち上がって前に目を向ける。そして、目を見開いた。

「……」

 女の子だ。5歳ほどの白髪の長い髪をした女の子がこちらを見ているではないか。しかし、あの場所には本体がいたはず。つまり――。

『『響!! 避けろっ!?』』

「え――ッ」

 気付くと俺は地面に倒れていた。痛みは感じない。いや、違う。痛みを感じる暇もなく倒されたのだ。

「う、あ、あぁ……あああああああああああああああああああああッ!?」

 遅れてやって来る激痛。体が言う事を聞かず、その場で痙攣を起こし始めた。

『あやつ……響の右肩、左膝、胸、腹に1発ずつパンチを入れたぞ』

『速すぎる。今の響じゃ太刀打ち出来ないほどに』

 頭の中で二人が冷静にそう呟いたがそれどころではなかった。右肩は脱臼を起こし、左膝は関節が外れている。更に胸――肋骨が折れ、肺に突き刺さっているし腹からは血が出ている。貫通はされていないが腹の皮膚が破けたに違いない。

【どうして……】

 悶え苦しんでいると直接、頭に届く女の子の声。それからすぐに衝撃。

「がッ……」

 後方に吹き飛び、また木に背中から叩き付けられた。

【どうして! 皆を……皆をどこにやったの!?】

「な、に……が」

 霊力を流して傷を癒そうとするがすぐに側頭部に蹴りを入れられる。今度は小さな雪山に頭から突っ込んだ。

【あんたが皆をどこかにやった!! その鎌で皆を吹き飛ばした!! せっかく、せっかく仲良くなれたのに!?】

 そう言えば、この戦闘中にも何度か聞いた声。

(どこかに? 皆?)

 雪山から何とか脱出し、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「お前、が……捕まえた、んじゃない……のか?」

【違う! 私は皆を捕まえたんじゃない!! 皆が私に声をかけてくれたんだ!!】

「声?」

 前を見ると女の子は俯いていた。

【私はずっと、独りだった。寂しかった。そんな時、皆が私に近づいて来てくれたんだ!!】

 その悲鳴と同時に俺の魂に凄まじい量の感情が流れて来た。『寂しさ』、『悲しみ』、『孤独感』……そして、皆と仲良くなった『喜び』。

「だからって……」

 やっと、傷が治った。しかし、今までの戦闘で蓄積された疲労感や痛みで足がまともに動かない。でも、口は動く。それだけでも言いたい事は言える。

【何?】

「だからって!! 幽霊を手当たり次第に喰っていいわけじゃない!? 確かにお前に寄って来た魂もいたかもしれない。けど、他の魂が同じってわけじゃないんだ!!」

 立ち上がった俺を見て目を細める女の子。

【うるさい!! 私は皆とただ、お喋りがしたいだけなんだ!!】

 もっと、遊んでいたいと駄々をこねている子供のような言い方だ。まるで、本当の5歳児のようではないか。

「なら、俺が喋ってやる!!」

 気付けば、そんな事を言い放っていた。

【ッ!?】

「俺がお前の話し相手になってやるよ! 遊び相手にもなってやる! 他にもここにはたくさん、人がいる。生きた人だ! 幽霊だって確かに魂はある。けどな。幽霊はもう、死んだ人間――つまり、役目を終えて次の人生に向かっていく奴らなんだ!! だから、お喋りしたいからって引き止めちゃ可哀そうだろうが!!」

【う、うるさい! うるさいうるさい!! うるさああああああああい!!】

 女の子は首をぶんぶんと横に振って否定する。

「逃げるな!!」

 『死神』の力を利用して、一瞬で女の子の前まで移動し、立ち膝を付いてその肩を掴みながら俺も叫ぶ。

「お前の過去に何があったのかはわからない。人間にいじめられたのかもしれない。でもな? 生きている人間は全て、そう言う奴らじゃないんだよ! 優しい奴だっているんだ!! お前はすぐにでもその寂しさから抜け出せるんだ!!」

【……う、うぅ。あ、あああああああああああああああああああああああああああああッッ!!?】

 顔を歪ませたまま、女の子が苦しみ出す。見れば女の子の体が一瞬だが、ブレたような気がする。

『まずい! 響、その子から離れろ!』

「な、何で!?」

 小町の声に反論する。

『あんたの言葉でその子の魂が揺らいだ。そして、完全に取り込んだはずの魂をコントロール出来なくなって暴走しようとしているんだ!!』

「――ッ!?」

 目の前で胸を掴んで悶え続ける女の子。

【た、すけて……苦しい、よぉ。おねーちゃん……】

 涙を流しながら俺を見てそう女の子は呟いた。この顔、どこかで見た覚えがある。いや、この子じゃない。似たような状況で同じような感情を抱いた別の女の子が過去の俺に向けた顔。

 

 

 

 ――パチンッ

 

 

 

 その言葉を聞いて俺の中で何かが起きる。パズルの最後の1ピースをはめたような感じ。

「……俺は男だ。【魂喰者】」

 呟いた俺の背中に純白の翼が生えた。

 




ものすごくどうでもいいこと言いますが、今日私の誕生日だったりします。
二十歳になりました☆


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第101話 フルシンクロ

「待ってろ……すぐに助けてやる」

 純白の翼が生えた俺は横目で右手の鎌を見やる。この鎌では駄目だ。そう、本能的に思った。どうしようかと懐に入っていた残り1枚のスペルを見ようと探ると新たにスペルカードが増えているではないか。それも2枚。すぐに取り出してスペル名を読み、1枚だけ宣言。

「死神『ラスト・デスサイズ』」

 すると、ドリルだった鎌が輝き、柄も刃も真っ黒な普通の鎌になった。それをしっかりと右手で握った瞬間、先ほどまでの鎌とは比べ物にならないほど重たい事がわかった。しかし、それ以上に体中に力が巡り始める。この鎌の力だろう。一通り、確認した後、翼を動かす。

「――」

 その瞬間、視界が真っ白になった。いや、違う。飛翔したのだ。あり得ないスピードで上昇して行く。

「響さん!?」「弟様!?」

 途中で妖夢とそれを支えていた咲夜の声が聞こえたが無視。どうやら、俺たちの真上にいたらしい。きっと、幽霊を集めていたのだろう。確か、白玉楼には幽霊を集める事が出来るアイテムがあったはずだ。それを駆使しているに違いない。

 

 

 飛ぶ。翔ぶ。夢中になって上を目指す。

 

 

 速く。もっと、速く。光になるイメージ。

 

 

 邪魔する物も音もない。世界がどんどん、通り過ぎて行く。

 

 

 気付けば大気圏を突き抜けようとしていた。酸素や寒さなど気にしない。いや、感じなかった。別に感覚が麻痺しているわけではない。俺の体が何かに保護されているのだ。

(ああ……)

 この胸に抱いた気持ちは何だろう。これほどまでに心地よい気分になったのは久しぶりだ。横を見れば空と宇宙(そら)の境界。もう少し行けば重力すらない世界が広がっている。

(行ってみたい……でも、今はこっちが先)

 いつの間にか上昇は止まっており、数秒間その場に留まった。名残惜しいのか自然に体ごと上を向き、しばらく宇宙を眺める。そして――落ちた。

「……」

 空が、宇宙が遠のいて行く。背中から落ちて行く。純白の翼から小さな羽が離れていく。ふわりと羽が宇宙を目指して飛んで行く。その羽は天使の羽そっくりだった。

「さてと……」

 ぐるりと体を回転させ、顔を下に向けた。空気抵抗を小さくする為に翼を折り畳み、更にスピードを上げる。

(あの女の子は魂を全て取り込んでいる。きっと、簡単には離れない。今までの攻撃じゃ魂を刈り取れない)

 ビュンビュンと雲を突き抜けながら思考。右手の鎌をギュッと握り、目を瞑る。

「一撃だ」

 左手を動かし、そっと鎌の柄を両手で掴む。そのまま、右腕を引いて鎌を振り上げた。

「このままじゃ駄目だ……もっと、もっと強く」

 自分に言い聞かせるように呟くとそれに答えるように鎌が一回り大きくなる。それと同時に鎌に黒いオーラが纏い始めた。

「まだ足りない」

 もう、一回り大きくなった。

「まだ、足りない」

 もう一回り。

「まだ、足りない!」

 一回り。

「まだ、足りない!!」

 鎌が大きくなるにつれて柄も太くなっていく。そろそろ、握れなくなってしまう。しかし、今度は神力の力によって両手が大きくなった。そして、更に大きくなる鎌。オーラも激しく揺らぐ。

「足りない!!」

 まだ、大きくなる。まるで、俺の気持ちに答えるかのように。

「足りない!!!」

 両手も大きく、鎌も大きくなった。

「まだ……まだ、足りない!!」

 とうとう、鎌の大きさは俺の身長の5倍――いや、それ以上の大きさになる。真っ白だった視界が開けた。そこは銀色に染まった幻想郷。

「いいか……【魂喰者】。お前は独りじゃない」

 これほど離れていては聞こえないだろう。だが、俺は構わず話し続けた。

 

 

 

 

「俺が一緒にいる。幻想郷に住む皆がいる。俺の魂には吸血鬼、狂気、トールがいる。外の世界には望や雅。悟がいる。お前が望めば俺が会わせてやる。だから、願え! 祈れ! お前を苦しめる鎖を解け!! 【魂喰者】!!」

 

 

 

 

 最後の悲鳴と共に鎌が甲高い音を響かせる。俺の魂と共鳴するかのように。

【私……独りは嫌だ!! おにーちゃんと一緒がいい!!】

 その叫びはきちんと俺に届いた。ニヤリと笑って1枚のスペルを宣言する。

「断殺『愛別離苦をも刈る死神』!!」

 近づく地表につれ白髪の女の子が見えるようになる。女の子は魂が揺らいで苦しいはずなのにこちらを見上げて――笑っていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 俺はその子に向かって鎌を振り降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 目を開けると視界に見覚えのない天井が広がっているではないか。しかも、どうやら俺はベッドの上にいるらしい。

「あら? 覚めたようね?」

「吸血鬼?」

 俺の右手を握ったまま、吸血鬼が微笑んでいた。

「ここは……魂の中?」

「そうよ。やっと、私たちも部屋から出て来れたの」

 吸血鬼と狂気は地力を失いすぎた為、自分の部屋に閉じ籠っていた。いや、そうせざるを得なかったのだ。

「じゃあ、回復したんだな?」

「まぁ、狂気はもう少し寝るって言って部屋に戻ったけど」

「そうか」

 あいつらしいと思い、笑う。

「そう言えば、小町は?」

「ここにいるよ」

 吸血鬼が避けると酒を飲む小町とトールがいた。しかし、何故か二人の手が震えている。

「どうした?」

「それはこっちの台詞じゃ。お主、何をした?」

「はい?」

 トールの問いかけの意味が分からず、ベッドに横になったまま首を傾げた。

「……その様子だと無意識のようだね。簡単に言うとあたいたちは響に取り込まれたのさ」

「取り込まれた?」

「そう。あの【魂喰者】の助けを聞いた瞬間、響に吸い込まれたんじゃよ。体は動かないし、声も出せない。あれには驚いたわい。疲労感も尋常じゃないしの」

「ああ、俺に翼が生えた時か……てっきり、神力で創った翼だと思ったけど違うのか?」

 翼の色も白だったし。

「無理じゃ。お主も見たであろう? あの翼からは本物の羽が落ちていた。あれほど、精密かつ綺麗な羽は神力を使っても創れやしまい」

「そう、何だ……」

 ならば、あれは何だと言うのだ。

「多分……小町の魂とトールの魂と響の魂が更にシンクロしたんじゃないかしら?」

「おや? 吸血鬼さん、それはどういう事だい?」

「簡単よ。響との共鳴率が上って『シンクロ』から『フルシンクロ』状態になったって事」

「フル、シンクロ?」

 紫からそんな事を聞いた覚えはない。

「私の考えだけどね。ほら、フランともシンクロしたじゃない? その時、最後に『狂喜』を使ったでしょ? あれも軽いフルシンクロ状態だったみたいなの」

「確かにあの一撃だけは他のスペルと比べ物にならない物だったの」

 吸血鬼の説明に納得するトール。

「でも、あの時はあの白い翼は生えなかったぞ?」

「言ったじゃない。軽いフルシンクロ状態だって」

 『フル』と付くのに軽いとかあるのだろうか。

「今回もすごかったんでしょ? 『断殺』」

「ああ、あれはすごかったね。なんたって霊夢たちが作った結界も破壊。更に結界の内部を焼け野原にしたほどだから」

「……え?」

 小町の台詞に目が点になってしまった。

「何だい? 自分でも気付いていなかったのかい?」

「鎌を振り降ろして気付いたらここにいた」

「力を込め過ぎだよ。ほら、魂の中だってのに起き上がれもしない」

 小町の言う通り、指先一つ動かせなかった。

「だって……そんな事より! あいつは!?」

「大丈夫。よく寝ているみたい。響も気絶しているからちゃんとは見れないけど……」

 吸血鬼がニッコリ笑って教えてくれた。

「そうか……よかった」

「でも、安心するのは少し早いかもしれんぞ?」

「へ?」

「響さ? 結構、行き当たりばったりなんだね。自分の言葉には責任持ちな」

 そう言ってウインクをする小町だったが意味がわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?」

「ああ、よく寝てる」

 霊夢は襖の隙間から中の様子を伺っていた魔理沙に質問した。すぐに襖を閉めて笑顔で答えた魔理沙は何故か悔しそうな表情を浮かべる。

「しかし、見たかったぜ。響の最後の技。ここからでも鎌は見えたんだけどな……」

「あら? 見えたの?」

「ああ、それぐらいでかかったからな。いいよな~。霊夢と早苗は地上から。妖夢と咲夜なんかすれ違ったって言うじゃないか」

 実は霊夢は妖夢に『人魂灯』を持って来るようにお願いしていた。そして、それを持って妖夢は結界の上(実は円柱の上は開いていた。つまり、周りをぐるりと結界で囲み、それを上に伸ばしていただけ)まで飛んで妖怪たちにすぐに食べられないように幽霊を上に引き寄せていた。しかし、一人ではとても飛べる状態じゃなかったので咲夜に支えて貰っていたのだ。

「まぁ、異変は解決したんだし、いいじゃない」

「ったく……仕方ない。酒だ! 宴会するぞ!」

 どうやら、酒を飲んで忘れようとしているらしい。

「全く、まずは響たちが起きてからにしましょ? 異変を解決したのは彼なんだから」

「はいはい……さて、霊夢。布団、借りるぜ」

「泊まって行くの?」

「この体じゃとてもじゃないけど飛んで帰れないからな。じゃあ、おやすみ」

「ええ。おやすみ」

 そう言って魔理沙は響が寝ている部屋の前を通る。

「……お疲れさん」

 少しだけ微笑んで魔理沙は奥の部屋に向かう。その途中で思い出していた。布団の中で女の子にしか見えない青年が5歳児にしか見えない幼女と手を繋いですやすやと眠っていた光景を。その景色を見て『微笑ましい』と言う感想以外、抱けなかった。

 




異変解決!
次回からは後日談としていくつかお話しが続き第4章へ突入します。


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第102話 魂喰者

 ゆっくりと目を開く。体は上ではなく横を向いていたので襖から漏れる日差しで目が眩んだ。

「ん……」

 体がダルイ。昨日、無茶し過ぎたようだ。そんな体に鞭を打って布団から這い出た。

「おはよう」

 目をごしごし擦っていると俺が寝ていた布団から霊夢が顔を出して挨拶して来る。

「あ、れ? 霊夢?」

 そうか、ここは博麗神社だった。魂の中で気絶した俺を霊夢がここまで運んだ、と小町から教えて貰ったのだ。

「ほら、お寝坊さんのお昼ご飯なら居間に置いてあるから食べちゃって」

「あ、ああ……でも、何でお前はそこにいるんだ?」

「え? 魔理沙が私の布団を使っちゃってて」

「なら、そっちに入ればいいだろうに」

「魔理沙、寝相悪いのよ」

 だからって男である俺の寝ている布団に入って来なくてもいいだろうに。霊夢は俺が男だって知っているはずだし。

「もう、何も言うまい」

「ありがとう」

「いえいえ。じゃあ、行って来る」

「私も行くわ」

「はいはい……ん?」

 待て。俺のお昼ご飯を用意したのは誰だ? 今まで寝ていたはずの霊夢が何故、それを知っている?

(勘か……)

「勘よ」

「人の思考を読むな」

「あら、それは失礼」

 こいつは変わらないな、と呆れた。

 

 

 

 

 

 

 

「おう。元気になったみたいだな?」

「魔理沙? 何でここに?」

 居間で俺たちを迎えたのはご飯粒を口元に付けた魔理沙だった。普通なら昨日の段階で帰っているはずなのにわざわざ、遊びに来たのだろうか。疲れているのに。

「いや、泊まった」

「あ、霊夢が言ってたな」

 俺の疑問は一言で解決した。

「……てか、お前! それは俺の飯じゃねーか!!」

「おっと、少し借りてたぜ」

「消費する物は借りる事は出来ないぞ……仕方ない。霊夢、台所借りる」

「いいけど……ねぇ? 響」

 お腹が空いていたのですぐにでも作りたかったのだが、霊夢の方を見る。霊夢は少し、不思議そうに俺の腰を見て言った。

「それ、いつまで付けてるの?」

「それ?」

 下を見ると俺の腰に何かが巻き付いていた。いや、抱き着いていたと言うべきか。

「うおっ!?」

 気付かなかった。小さな手が俺の服をギュッと掴み、落ちないように頑張っている。

「え? 誰? くそ、後ろが見えない。霊夢、魔理沙。引き剥がすの手伝って!」

「えー? 面倒」「面倒ね」

 思い切り嫌な顔をする魔理沙とすまし顔で霊夢。

「魔理沙? それは誰の飯だ?」

「ん? 響のだぜ」

「よし。全く、反省していないようだから今からお前の家に行ってパチュリーに本を返すのを手伝っ「仕方ないな! 手伝ってやるぜ!」

 冷や汗を掻いたまま、魔理沙が立ち上がる。

「霊夢。何か喰いたい物はないか? 今まで泊めてくれたお礼に何か作ってやる」

「それは本当? そうね……美味しい物が食べたいわ」

「よし、来た……おっと、でもこいつがくっ付いたままだと作れないや。我慢してく「まぁ、偶にはこう言うのも悪くないわね。手伝ってあげるわ」

 ちょろいもんだ。

「いいか? 俺はこいつの手を何とかするから外れた瞬間に引っ張れ」

「「了解」」

「行くぞ……ぐぬぬぬ」

 外れない。かなり、力強く握っているようだ。しかし、手は見るからに子供。これほどまで握力があるとは思えない。

(まぁ、幻想郷に常識は通用しないんだけどな……)

「二人とも。構わず、引っ張れ。外れない」

 俺の言葉に頷いた霊夢と魔理沙は背中に手を伸ばし、抱き着いている子を引っ張った。

「こ、こいつ……強情な奴だな」「頑張れー」

「霊夢。お前が頑張れ」

「やってるわよ?」

「いや、ここからでもわかる。お前、その子の服を摘まんでいるだけだろ」

「あら? 急に鋭くなったのね」

 意外そうに言う霊夢。もう、こいつの事は放っておこう。

「魔理沙。同時に行くぞ」

「おう」

「「せーのっ!!」」

 同時に力を込める。すると、少しずつだが、手が離れて行く。

「もう、少し……」

「うおおおおおっ!!」

 魔理沙が大声を上げて力を込める。

「おっと」

 やっと、離す事に成功。振り返ると魔理沙の腕の中に眠っている【魂喰者】がいた。しかし、昨日と違う所がある。

「髪が……黒い?」

 そう、白髪だったあの長い髪が黒髪になっているのだ。

『どうやら、魂融合が解除されたのが原因らしいの』

(魂……融合? 魂同調と何か違うのか?)

『違うわよ。魂同調はお互いの力を足し算する事なの。で、魂融合は相手の魂を自分の魂に取り込んで自分の力にしてしまう』

「ふ~ん……ん?」

 よくわからなかったので適当に相槌を打つと【魂喰者】が目を覚ました。眠たそうに周りを観察し、俺の姿を捉える。

「ふ、ふぇ……」

「「「?」」」

 途端に口をわなわなさせた。俺と霊夢、魔理沙の3人は首を傾げて様子を伺う。

 

 

 

 

「びええええええええええええええん!!!」

 

 

 

 

「うおっ!?」「な、何よ! これ!?」「み、耳があああ!?」

 爆音とも言える大声で泣き出す【魂喰者】。たまらず、耳を塞ぐ俺と霊夢。しかし、魔理沙だけは【魂喰者】を抱き抱えている為に悶え苦しんでいた。

「こ、【魂喰者】! 俺はここにいるぞ!!」

「……」

 俺の叫びが聞こえたのか【魂喰者】は絶叫するのをやめて涙を流しながらこちらを見つめていた。

「お、おにーちゃ~ん……」

 そして、魔理沙の腕から脱出し、俺の胸に飛び込んで来る。そのまま、ギュッと俺に抱き着いた。しかし、力があまりにも強すぎて俺の背骨が簡単に折れてしまう。

「みぎゃああああああああああああッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ? 霊夢」

「何?」

「状況を説明してくれ」

「背骨が折られた貴方は気絶し、そのままその子も眠りについたのよ」

「いや、それは見ればわかる。でも、今度は腕の上から抱き着かれて身動きすら取れないんだけど……助けてください」

 博麗神社の居間で目を覚ました俺は後ろでお茶を啜っているであろう霊夢に助けを求めた。因みに魔理沙はもう、帰ったようでその姿を見つける事が出来ない。

「私には無理」

「じゃあ、誰が出来るんだよ!」

「貴方」

 俺を指さす霊夢。

「はぁ? 動けないって言ってんじゃん」

「動けなくても言葉があるでしょ?」

「……なるほど」

 早速、俺の胸に頬を当てすやすやと眠っている【魂喰者】に目を向ける。それにしても戦っていた時よりも幼く見えるのは気のせいだろうか。

「おい。起きろ」

「ん」

 少しだけ頭を動かしたが起きない。

「起きろって」

 仕方なくもう一度、声をかけると唸りながら【魂喰者】は目を開けた。

「にゅ……ん?」

「おはよう」

「お、はよう……」

 大きな欠伸をする幼女。本当に5歳児にしか見えない。

「そろそろ、離してくれるとありがたいんだけど?」

「や」

 一言ではなく一文字で断られた。

「このままじゃお兄ちゃん、動けないんだ」

「どこかに行くの?」

 急に目をうるうるさせて俺を見上げる。

「く……」

 凄まじい破壊力。何とか目を逸らさずに【魂喰者】に話しかけた。

「大丈夫。どこにも行かないから。少し、ご飯を作って来る」

「ごはん?」

「おう。お前も食べるか?」

「……うん!」

 元気よく頷いた5歳児は俺から離れる。安堵の溜息を吐いた後に立ち上がる。

「じゃあ、私も」

「……はいはい。食材、勝手に使うぞ」

「どうぞ」

 その前に望に連絡しておこう。やっと、帰られると思うと嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。あ~ん」

「あ~ん」

 食材の関係(ご飯と人参、玉ねぎ。後、椎茸のみ)から遅めのお昼はチャーハンになった。

「……あのさ?」

 ジト目で霊夢が俺を睨む。言いたい事は分かっている。

「皆まで言うな。これ以上、鼓膜にダメージを与えたくないだろ?」

「おにーちゃん」

 胡坐を掻く俺の上に座っている【魂喰者】が顔を上げて不満そうにそう呟く。

「はい、あ~ん」

「あ~ん」

 俺は幼女に餌を与えていた。食べようとしたら【魂喰者】がお願いして来たのだ。最初は断ったのだが、また泣きそうになったので慌てて頷いた結果である。

「私にもすれば許すわ」

「それぐらいなら……って、いやいや!!」

 幼女がチャーハンを一生懸命、食べている間に霊夢と会話していた。しかし、どんどん会話の方向が変な方へ向かっている。

「あ~ん」

「……あ~ん」

 前にいた霊夢が口を開けたので仕方なく、チャーハンを口に放り込んだ。

「あ! おにーちゃん!! 私にも!!」

 すぐに【魂喰者】が頬を膨らませる。何故かそれを見てニヤリと笑う霊夢。

「あああああ!! もう、何でこんな事になったんだよおおおおおおおおおお!!!

 俺の叫びは空しく博麗神社に響いただけだった。

 



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第103話 名前

「さてと……」

 そろそろ、帰ろうかとお茶を飲み干した所で俺は顔を上げた。まぁ、膝の上に【魂喰者】が座っていたので立ち上がる事は出来ないので、仕方なくそのまま口を開いた。

「そろそろ帰るわ」

「そう。妹さんも心配しているものね」

「まぁ、な。4日も帰ってないから待ち遠しいよ」

「おにーちゃん?」

 俺たちの会話を聞いて何かを感じ取ったのか幼女が心配そうな顔で俺を見上げた。

「また来るから。それまでお別れだ」

「おわ、かれ?」

「霊夢。頼んだぞ」

 【魂喰者】を両手で持ち上げて退かし、すぐに立ち上がる。

「貴方は何を言っているのかしら?」

「……お前こそ卓袱台に乗っている物を降ろしてどうした?」

 俺の質問に答えず、霊夢は卓袱台を部屋の隅に移動させた。

「まぁ、いいか。じゃあ、行くわ。移動『ネクロファンタ――」

 縁側まで移動しようと足を動かしながらスペルを唱える。が、最後まで言えなかった。

「むぎゅっ!?」

 【魂喰者】が俺の両脚を掴んだのだ。不意打ちにより顔面から博麗神社の居間に敷かれた畳にダイブする事になった。霊夢はこの事を察知していて卓袱台を避難させたのだろう。

「な、何しやがる……」

 文句を言おうと体を回転させた。しかし、それと同時に俺の腹に跨る幼女。

「一緒にいるって言った!」

「え?」

「あの時、一緒にいるって、暮らすって言ったもん……」

 俺が鎌で【魂喰者】の魂融合を解除した時だ。確かに俺は『一緒にいる』と言ったが、決して『暮らす』などと言った覚えはない。

「いやいや、さすがに暮らせないだろ? 俺にも生活があるし」

「……ダメ?」

 俺を見下ろす【魂喰者】の目は涙で濡れていた。すぐにその一粒が頬を伝う。本当に俺はこう言うのに弱すぎる。

「……俺と一生、一緒にいる事は出来ないぞ? それに俺の家に来ても一人になる事だってある。俺も用事ってものがあるからな。それに比べてここに残れば霊夢や魔理沙。人里の皆にすぐに会える。願えば、誰かの家に住まわせて貰えるはずだ。それでも……俺と一緒がいいのか?」

「うん!」

 頷く幼女の目は覚悟と不安の色に染まっている。それを見て諦めた。

「わかった……そこまで言うなら付いて来い。俺の家には俺の他に2人いるから覚えておいてくれ」

 そう言いつつ、俺たちを見ていた霊夢に目を向ける。きっと、勘でこうなる事を予測していたのだろう。その口元はほんの少しだけ微笑んでいた。

「ありがと。おにーちゃん」

「おう。気にすんなって……ってお前、名前はなんて言うんだ?」

 まだ聞いていなかった事を思い出し、問いかける。

「な、まえ?」

 だが、首を傾げて聞き返して来た【魂喰者】。

「名前……もしかして、ないとか?」

「うん」

 何という事だ。彼女は名前も与えられないまま、ずっと魂を集め続けていたのだろう。俺ならば孤独と感じるより気が狂ってしまうはずだ。

「えっと、その……」

 その時、名もない幼女が何かを言いたそうにそわそわし出す。

「ん? 何?」

 続きを促すと俺の上から降りた【魂喰者】は少し顔を紅くさせながら気まずそうに呟いた。

「私の名前……考えて」

「俺が?」

「お願い」

 頭を掻き毟って戸惑う。名前は俺にとって一番、大事な物を言ってもいい存在だ。俺の名前が『音無 響』ではなかったらここにいないと言っても過言ではない。それを付けてとお願いされても簡単に頷けなかった。

「付けてあげたら?」

「霊夢?」

 後ろからそう言われ、振り返る。

「ええ。大丈夫だから」

「……お前に言われると説得力があるな」

「楽園の素敵な巫女ですから」

 胸を張ってそう言い放つ霊夢。そうかい、と呟いて再び【魂喰者】に向き直った。

「しょうがない。一緒に決めようぜ」

「うん!」

 笑顔になった幼女は普通の人間にしか見えない。

(……)

『どうしたの? 響』

(いや、初めて会った時よりも子供っぽいなって……)

 俺の抱いた違和感に気付いた吸血鬼が質問して来る。それに素直に答えた。

『彼女はずっと独りだったのよ? 子供っぽくて当たり前じゃない』

(そうかな……)

『吸血鬼。残念だが、それは違うぞ』

「ねぇ? どうしたの?」

 狂気が吸血鬼の意見を否定した所で【魂喰者】が声をかけて来る。慌てて意識を魂の中から外へ移す。

「いや、何でもない。どんな名前が良いんだ?」

「う~ん……あれがいい!」

 【魂喰者】が指さしたのは『空』だった。

「あれがいいのか?」

「うん! おにーちゃんがあそこから私の所に来たの!」

 どうやら、俺がフルシンクロをして大空へ舞った時の事を言っているようだ。

「空か……でも、それじゃ少し安易、過ぎないか? そうだな……こう言うのはどうだ?」

 霊夢が持って来ていた習字セットを借り、半紙に『奏楽』と書く。俺の名前にある『響』は“響かせる。共鳴する。音楽を遠くまで届かせる”と言う意味がある。

 

 

 

 

 この子が奏でた楽しみや悲しみ、幸せを俺が遠くまで運び皆で分かち合う。そう言う願いを込めたのだ。

 

 

 

 

「……おにーちゃん」

「何? 気に入らなかったか?」

「ううん……可愛い。これがいい!!」

目をキラキラと輝かせた【魂喰者】――奏楽が笑顔で頷く。

「そりゃよかった。こっちも考えたかいがあったよ」

 その光景が微笑ましくて思わず、奏楽の頭を撫でてしまった。最初はビクッとした彼女だったが、すぐに目を細めて気持ちよさそうにする。

「いいか? 今日からお前の名前は『音無 奏楽』だ」

「おとなし……そら」

 目を閉じてそう呟く奏楽。その表情は先ほどの元気な感じから別の物に変わっている。息を呑んでしまうほど幻想的だった。

「いい名前じゃない」

「……ありがと」

 奏楽を見ていたら隣に霊夢がやって来て声をかけてくれる。素直にお礼を言った。

「それにしても……不思議な子ね」

「ああ……」

 言葉にしにくいけど、これだけは確実に言える。

 

 

 

 この子を独りにしてはいけない。

 

 

 

「おにーちゃん! 早く、お家に帰ろっ!!」

「おう。じゃあ、霊夢。色々とありがとう」

「宴会、開くからその時は来なさい。今回の異変解決者が来ないと始まらないから」

 霊夢の言葉に手を挙げて答え、1枚のスペルカードを取り出した。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装を身に纏い、スキマを開く。

「行くぞ。奏楽」

「うん!」

 こうして、『魂喰異変』は解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、本当に解決出来るとは思いませんでした」

「閻魔様でも未来の事を完璧に予想出来ないみたいね」

「あの子が異常なだけです」

「それは言えてる。私も初めて会った時はここまで強くなるとは思っていなかったもの」

「しかし……八雲 紫。少しは手助けしてもよかったのでは? さすがに今回の異変ばかりは危険過ぎました」

「……ダメなのよ」

「?」

「あの子には私の力は使えない。レミリア・スカーレットの『運命を操る程度の能力』もフランドール・スカーレットの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』も……きっと、貴女の持っている過去を映し出す鏡も……」

「っ!? そ、それは確かなのですか?」

「ええ……私と同等の力があの子に何か作用している。だから、あの子の正体が判らないのよ」

「……また、すごい人が入って来ましたね」

「まぁ、今の所プラスに働いているからいいけど……そろそろ、行くわ」

「どこへ?」

「少し、あの子の所。色々と話さなくちゃいけない事があるから。【魂喰者】について、とか」

「……その件については本当にすみませんでした。今回の異変も私の責任です」

「完璧な生き物なんていない。誰しも必ず、失敗するわ。やっぱり、あの子には言わない方がいい?」

「そうですね……響にならいいでしょう。ですが、【魂喰者】には絶対にバラしてはいけない。また、暴走――いえ、それ以上の事が起きてしまいます。せめて、もう少し成長してから」

「わかったわ。それじゃ、また今度、宴会の席で」

「はい、本当にありがとうございました」

 紫の家。そこでこのような会話が繰り広げられていた事はこの2人以外、誰も知らない。

 



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第104話 言い訳

 俺は一つだけ忘れていた事がある。『魂喰異変』も解決し、気が緩んでいたのだろう。しかし、この状況はかなりまずい。

「で、どういう事?」

「……色々あったんだよ」

 俺と【魂喰者】の奏楽は俺の家に帰って来た。そう、帰って来たのだ。ここまで言えばわかるはず。

 

 

 

 俺は奏楽の事をどうやって説明するか全く考えてなかったのだ。

 

 

 

 玄関を開けて『ただいま』と言った瞬間に冷や汗が流れた。博麗神社で望に送ったメールは奏楽の事を書いていない。それもそうだ。何故なら、その時はまだ『奏楽』と言う名前すらこの子に付いていなかったのだから。

 待っていた望と雅は笑顔だったが、すぐに俺の右手に繋がれた幼女を見て硬直。すぐに居間に連行され、正座させられた。

「お兄ちゃん? 出張だったんだよね?」

「お、おう……」

 何故だろう。望が怖い。黒いオーラが見える。

「何でこんな小さい子を?」

「え、えっとだな。色々あって……」

 今度は雅。何故だか、奏楽を睨んでいる。どうやら、奏楽が妖怪だと気付いて警戒しているようだ。

「おにーちゃんが助けてくれたの!」

 俺の背中にくっ付いて離れない奏楽が満面の笑みを浮かべてそう言い放った。

「「助けた?」」

 奏楽の一言で状況が更に余計、ややこしくなったのを一瞬で理解する。出張先で何から幼女を助けたのか。どうして、そうなったのか。どうやって、助けたのか。何故、連れて来たのか。無理だ。さすがにここまでの嘘を短時間で考えられるはずがない。

(お、お前ら! 助けて!!)

 仕方なく、魂の中にいる3人に救助を求めた。

『そうね……まず、奏楽を捨て子にしましょう』

「実は……この子――奏楽って言うんだけど捨て子なんだ」

 吸血鬼の案を採用し、すぐに目の前で仁王立ちしている2人に言う。妹と仮式は目を丸くする。

『次じゃ。出張先で道に迷ってしまい、うろうろしていると偶然見つけてしまった……と言う事にしよう』

 続いて、トール。すぐにそう話す。

『最後。可愛いから連れて来た』

「可愛いからってバカッ!?」

 ただの変態誘拐犯である。まさか、狂気が俺を陥れようとするとは思わなかった。多分、3人は俺で遊んだのだろう。魂の中から笑い声が聞こえる。

「可愛いから……どうしたって?」

 しかし、そのせいで俺の前にいた妹が修羅になってしまった。冗談ですまされる事じゃない。後であの3人に何かおしおきしなくては。

「あ~……お、俺の事が可愛いって言って付いて来ちゃったんだよ」

 苦しい。苦し過ぎる。何だよ。可愛いから付いて来るって。俺は玩具か。

「おにーちゃん、可愛いよ~」

 何という事でしょう。奏楽が俺の頬に頬をくっ付けてすりすりして来ているではありませんか。

「……本当みたいだね」

「確かに響はそこら辺にいる女の子より可愛いけどさ」

 男して何かを失った気がしないわけでもない。

「さすがに黙って連れて来たら誘拐になっちゃうから警察とか色々な所に行って何とかして来た。まぁ、そのせいでこんなに遅くなったんだけどな」

 戸籍とか紫の冬眠が終わってからやって貰えばいい。

「……奏楽ちゃんだったかな?」

「うん……おねーちゃんはだれ?」

 少し、怯えた感じで奏楽が望に質問する。

「私は望。お兄ちゃん……君を助けた人の妹だよ。それより、一つ質問いいかな?」

 望の問いかけに奏楽は頷いて答えた。

「お兄ちゃんの事、好き?」

「うん!! 大好き!」

「そう、それなら良かった」

 奏楽の言葉に嘘がない事がわかったようで望が微笑む。

「おねーちゃんたちは?」

「「へ?」」

 奏楽からの不意な質問に戸惑う2人。奏楽は黙って2人の回答を待ち続けている。

「うん。好きだよ」「まぁ、嫌いじゃないかな?」

 望は素直に、雅は恥ずかしさからか少し顔を紅くしてそう答えた。

「わかってくれたようで何より。奏楽。挨拶しなさい」

「音無 奏楽です! よろしくね、望おねーちゃんと……仮式!」

「「なッ!?」」

 奏楽はまだ、雅の名前は知らない。それならば、『お姉ちゃん』とでも呼べばいい。だが、この子は『仮式』と言った。それを知っているのは俺と雅ぐらいだ。奏楽はもちろん、望だって知らない。その証拠に首を傾げていた。

「そ、奏楽? 今、なんて?」

 まだ、聞き間違いの可能性が残っている。それを確認する為に奏楽に問いかけた。

「ん? よろしくねって言ったの!」

「その後」

「望おねーちゃん」

「その次」

「仮式!」

「ちょっと、望。ここで待ってて」

 勘違いじゃなかったようだ。俺が奏楽を担ぎ、雅が望にそう言った後すぐに2階へ移動。俺の部屋に入って奏楽をベッドの上に降ろした。

「ここは?」

「俺の部屋だ」

「おにーちゃんの部屋!」

 急にキョロキョロし出す【魂喰者】。興味があるらしい。

「ねぇ? 本当の事を教えてくれない?」

「あ、ばれてる?」

「仕事で毎日、異世界に行っているんだよ? 出張以上の事をしてるじゃん」

 確かに。

「まぁ、時間がないから手短に話すけど事件があったから解決する為に働いてた」

「後で詳しく教えてね」

 倒れた事を言いたくなかったのだが、仕方ない。望が寝た後にでも話すとしよう。

「ああ……とにかく今は奏楽の事だ。奏楽? どうして、この人の事を『仮式』って呼んだのかな?」

 机の引き出しの中に頭を突っ込んでいた奏楽を発掘し、問いかけた。

「え? だって、おにーちゃんがそう言ってたから」

「……響?」

 奏楽の言葉を聞いて雅がギロリと睨んで来る。

「奏楽にお前の事を話した覚えはない。なぁ?」

「うん!」

 元気よく頷いた後、奏楽は本棚の方へ行ってしまった。

「じゃあ、何で……」

「そこからは私が説明しましょう」

 机の引き出しから紫が出て来る。その姿はまるで某ネコ型ロボットだった。

「おっす。冬眠はもういいのか?」

 雅は口を手で押さえて悲鳴を上げるのを阻止している。大声を上げてしまったら望が飛んで来るからだ。俺は慣れているので何も言わずに質問する。

「まだ眠いわよ。でも、あの子の事を教えておかないと面倒な事になるから」

 紫はダルそうに奏楽を見ていた。一方、奏楽は紫が登場したのに気付かずに本棚から適当に引き抜いた本を読んでいる。

「大丈夫か? 雅」

「う、うん……何とか」

 息を大きく吸って落ち着きを取り戻そうとしていた。

「修行が足らないわね」

 何の修行なのだろうか。

「いいから。奏楽について話せ」

「あらあら。私が冬眠する前より勇ましくなってるわね」

「色々あったからな……で?」

「……多分、そこの仮式は気付いてると思うけどあの子は人間よ」

 言っている意味が分からなかった。あれほどの異変を起こせる人間などほとんどいない。しかも、あんなに小さい子がだ。妖怪なら見た目と実年齢が一致しないのは多いけど人間の場合、それは皆無。つまり――。

「奏楽は本当に5歳だってのか?」

「ええ。そうよ」

 あり得ない。そう思いながら雅の顔を伺う。しかし、俺の想像とは逆に雅は少し悲しそうな顔をして首を振った。

「……なら、どうしてあんな異変が起こせたんだ? 無理だろ」

「不可能ではないわ。彼女に何か特別な力があれば、ね」

「やっぱり、能力持ちだったか……」

 魂融合など普通の人間に出来るはずがない。いや、幻想郷にいる妖怪も無理だろう。

「その能力名は?」

 雅がそう聞いて答えを促す。紫は少しだけ俯いてから口を動かした。

 

 

 

「……『魂を繋ぐ程度の能力』。彼女は人の魂と共鳴し、繋ぐ事が出来るの。そして、その人が考えていることや過去がわかったり、力を吸収して自分の物に出来る。言うなれば繋いだ魂が多ければ多いほど強くなる……とても強力な能力よ」

 



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第105話 奏楽

 紫の発言を聞いて数秒、沈黙が流れた。俺は質問でそれを破る。

「『魂を繋ぐ程度の能力』……まぁ、確かにその能力なら魂融合してもおかしくない。でも、人間――しかも、こんな小さな子が出来るのか?」

 奏楽は見た目、5歳児だ。妖怪ならば見た目と実年齢が食い違うのはよくある。紫やフランがその例だ。しかし、奏楽が人間だとすると5年ほどしか生きていない事になる。本当にそれであのような異変を起こせるとは思えない。

「普通の子なら無理よ。だから、奏楽は普通じゃないの」

「普通じゃない?」

 紫の言葉の意味が分からず、雅が聞き返した。

「ええ。この子は親がいないの。捨てられたとかじゃなく産んだ母親すらいないのよ」

「……何か? 奏楽は突然、その場に産まれたって言いたいのか?」

 冗談のつもりでそう言うと紫がすぐに頷く。

「彼女は……幽霊たちの残骸が突然変異した結果、生まれて来てしまった。言ってしまえば世界のイレギュラー。本来ならば生まれて来るはずのなかった命」

 幽霊の残骸。つまり、未練や後悔、怒りや悲しみの負の感情だ。前、阿求の家にあった本にそう書き記してあった。それが集まり、生まれたのが【魂喰者】。

 思わず、ベッドに座って本を読んでいる奏楽を見てしまう。それと同時に向こうも俺を見てニッコリと笑った。

「……雅。奏楽を望に預けて来てくれ。多分、聞かせちゃまずい話だ」

「わかった」

 雅が奏楽に話しかけて手を繋ぎ、部屋を出て行った。

「察しがよくて助かったわ」

「最近、勘が鋭くなってね……雅がいない内に話しておきたいんだけどさ」

「フルシンクロについてかしら?」

 紫が微笑んで言い当てた。今更、驚く事でもないので溜息を吐いて頷く。

「そうね……私自身、驚いているわ。まさかあんな事が出来るなんて思わなかったのよ」

「何かわかった事、ある?」

「今のところはシンクロした相手との共鳴率が上がればなるって事しかわからないわ。自分自身の事なんだから私よりもわかると思うけど?」

「いや、俺も無自覚だったからあの時の事はあまり覚えてなくて……」

 奏楽を助ける事で頭が一杯だったのだ。

「そう……フルシンクロは狙って出来る物じゃないから当てにしない方がいいわね」

「狙って出来てもやらないよ。酷い目にあったんだから……」

 魂の中でも動けなくなり、吸血鬼とトールにイタズラされ放題だったのだ。

「ただいま」

 その時丁度、雅が帰って来てこの話はお開きとなった。

「……話の続きだ。奏楽は人間、何だよな? 幽霊の残骸から生まれたなら幽霊に分類されるはずじゃ?」

「いえ、れっきとした人間よ。幽霊の残骸――まぁ、魂ね。それが集まって一つの魂を生み出し、躰を作ったの」

 きっと、奏楽の能力もそこから来ているのだろう。

「じゃあ、本当に5歳児なのか……」

「何度も言ってるじゃない」

 なら、奏楽は本当に今まで独りだったのだ。生まれた瞬間、目の前には誰もおらず、彷徨い続けた。そして、たどり着いたのは――幽霊。

「奏楽……」

「だから、貴方には感謝しているのよ? あの子の事、私ですら知らなかったんだから」

 幻想郷の賢者と呼ばれている紫でさえ存在を知らなかった。本当に彼女は独りだったのだ。自分も他の人を知らず、他の人も奏楽の事を知らない。

「……響」

 俺がギュッと右手を握っているのを見た雅が呟いた。その声音には心配の色が滲み出ている。

「俺、心のどこかで奏楽は独りじゃないと思ってた。今はともかく、過去。さすがに父親と母親の顔ぐらいは知っているだろうと……でも、それすらなかった。あいつは本当に独りだったんだ」

「今、響がいるじゃん」

「俺が言いたいのは奏楽の傷が大きかった事だよ。正直言ってなめてた……」

 今になって後悔する。俺が言った事は奏楽にとって一番、手に入れたかった物だろう。しかし、今まで人間に触れて来なかったのにすぐ、人間と仲良くなれるはずがない。どうやって接すればわからないはずだ。

「その事なら安心してもいいわ」

「え?」

「ほら、これを見なさい」

 スキマを開いた紫。俺と雅はすぐにそのスキマの中を覗き込む。

『何して遊ぶ?』

『うんとね! 望おねーちゃんのしたい事がいい!』

『私の? そ、そうだね……あ、ゲームしない?』

 その光景は人間に触れ合った事のない一人の少女が望と楽しそうに遊んでいた。二人の顔には笑顔が浮かんでいる。

「ね? だから、貴方はあの子をまた独りにしないよう気を付けなさい」

「……ああ、わかった」

「それともう一つ。四季映姫が謝っていたわ」

 意外な人物が出て来た。

「何で?」

「あの子が生まれたのは閻魔が少しだけミスしたからよ」

 あの映姫が失敗したらしい。

「どんなミスなの?」

 俺の代わりに雅が質問する。

「幽霊の残骸を見逃して事よ。【魂喰者】が産まれた場所は三途の川付近だったから普通に発見して対処出来たはずだもの」

 その言葉を聞いてすぐに疑問が生まれた。

「どうして三途の川だってわかった?」

「簡単よ。閻魔が持っている過去を映し出す鏡で彼女の過去を視たから。一番、最初の記憶に三途の川が映っていたわ」

「もう一ついい?」

 ベッドに腰掛けていた雅が手を挙げて発言権を得ようとする。

「どうぞ」

「奏楽って人間だけど普通の人間じゃない……つまり、響みたいな感じだよね」

 俺みたいとは酷い事を言う。俺はれっきとした人間だ。そう言ってもややこしくなるだけなので黙っておいた。

「そうね……」

「こっちでも生きていけるの?」

「正直言って無理ね。響も知ってると思うけどあの子、すごい力だったから。普通の子ども相手……いや、大人でも怪我じゃ済まされないわ」

 確かに抱き着いただけで背骨が折れるほどの怪力だ。外の世界ではあまりにも危険過ぎる。でも――。

「なら、外に出さなければいいんじゃないか? 少し、可哀そうだけどこっちで生きていくには仕方ないだろ?」

「それはやめた方がいいよ……」

 俺の意見をすぐに否定する雅。

「どうして?」

「奏楽、普通の5歳児なんだよ? 幼稚園とか小学校に行かせなきゃ子供虐待とかで色々と面倒な事になっちゃうの」

「でも、家から出さなければ……」

「さすがに無理ね」

 今度は紫だ。

「ここは住宅街よ。いつまでも隠し通せるはずがないわ」

「じゃあ、どうすれば!」

 このままでは奏楽は幻想郷に連れ戻されてしまう。それだけは避けたい。いや、避けなければいけないのだ。何故なら、俺が傍にいると約束したから。もう、独りにしないと決意したから。

「無理よ。私の能力を使って奏楽の能力を消してしまうと彼女そのものが消えてしまうかもしれない……」

「っ!?」

「無理でしょ? ここに来たのは奏楽について教える事と彼女を連れて行く為よ」

 駄目だ。それじゃ駄目なのだ。根拠はなかったが俺は直感でそう思っていた。

「……一つだけある、かもしれない」

「え?」

「奏楽の能力だ……そいつを使えば出来る」

 自分でもよくわかっていない。しかし、勘がそう言っているのだ。

「……どうやって?」

 紫が険しい表情のまま、問いかける。

 

 

 

「奏楽の魂の一部を俺の魂に移植させる。奏楽が普通の人間になれるように……」

 

 

 

 俺の提案を聞いた二人が目を見開いて驚愕した。

「貴方……自分の言っている意味がわかってるの?」

「ああ。紫、言ったよな? 奏楽の能力は魂を共鳴させて自分の力に出来るって。なら、その逆も可能なんじゃないのか?」

「そうだけど……危険よ? 下手をすれば貴方も奏楽も死ぬわ」

 俺の魂にはすでに3つも別の魂が宿っている。これ以上、俺の魂比率が小さくなるとどうなるかわからない。今の状態が奇跡と言っても過言ではないのだ。

「それでも、やらなきゃいけないんだ……それが約束だから」

 俺は自分の決意を表現するかのようにギュッと拳を握った。

 



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第106話 魂移植

「どうしたの? おにーちゃん」

 俺の部屋にあるベッドに腰掛けた奏楽がそう問いかけて来た。望とゲームをしていた所を無理言って連れて来たのだ。今は雅が望の相手をしている。つまり、この部屋にいるのは俺と奏楽、紫の3人のみ。

「奏楽、この家で暮らしたいか?」

 奏楽の問いかけには答えず、こちらから質問した。

「うん! 望おねーちゃんも優しいし、雅も楽しいから好き!」

 どうやら、雅が最初、望の所に連れて行く時に自分の名前を教えていたようだ。

「そうか……でも、今のままじゃ奏楽はここでは住めないんだ」

「え!? どうして!?」

 目を丸くして吃驚する奏楽。

「奏楽は……少し、他の子とは違うんだ。今のままじゃ奏楽も含めた皆が幸せになれない」

「じゃあ……おにーちゃんと離れちゃうの? 約束、したのに?」

 その言葉を聞いて俺は唇を噛む。この後に待っている試練の辛さを知っているからだ。

「……一つだけ、方法があるんだ」

「ほんとっ!?」

 すぐに目を輝かせる奏楽を見て紫が俯く。

「でも、辛いぞ。下手すると俺もお前も死んじゃう。それでもやるか?」

「うん!」

 即答され、俺と紫は目を合わせる。

「意味、分かってるか? 死んじゃうんだぞ?」

「大丈夫だよ!」

 その自信は一体、どこから来るのか全く分からない。それを聞こうと口を開いた瞬間、奏楽が満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「だって、おにーちゃんと約束したもん! 一緒にいるって! だから、絶対成功するよ!!」

 

 

 

 その顔に不安など一切、ない。本当に俺の事を信じているのだ。

「……ああ。そうだったな」

 俺が弱気になっていた。そう、勝てばいい。俺がこの子の中にいる幽霊の残骸を取り除けばいいのだ。

「紫、頼む」

「……」

 俺の目を見て覚悟が決まったと理解したらしく、紫は何も言わずにぼそぼそと何かを呟いた。

「これで、雅たちはこの部屋に近づこうとしないわ」

「人避けか?」

 俺の質問に1つだけ頷いて答える紫。人避けは結界と違って何となく、この部屋に近寄らないでおこうと周囲の人に思わせる術だ。無意識にそう思わせるので気付かれにくい。それも相手がこちら側の世界を知らなければ見破る事は不可能だ。

「じゃあ、始めるぞ。奏楽、こっちにおいで」

「うん!」

 ピョン、とベッドから飛び降りた奏楽は俺の足にしがみ付いた。今はあまり、時間がないのでそのままにしておく。

「紫、ベッドを」

「わかってるって」

 そう言ってベッドの下に大きなスキマを展開させ、ベッドを一時的に撤去させる。これでスペースの確保は完了だ。

「少し、離れてて」

 奏楽を足から引き剥がしてスキホから博麗のお札を5枚、取り出す。

「それ、何?」

 『五芒星結界』を貼る為に床に配置していると奏楽が問いかけて来た。

「お札だよ。これから、ちょっとした儀式をするからその準備」

「その儀式が大変なの?」

「ああ、奏楽も心の準備をしておいてね」

「大丈夫だよ! もう、できてるもん!!」

 笑顔でそう言い放つ奏楽。それを見ていて俺もやる気が出て来た。

(何が何でも成功させてやる……)

『そうじゃの……我らも手を貸すぞ』

『トールの言う通りよ。奏楽の為、自分の為にも絶対、勝たなきゃ!』

『まぁ、悔いが残らないように頑張れ……私もやってやるから』

 魂の中からも心強い声援が聞こえる。

「紫、後は頼んだぞ」

「きちんと元通りにしておくわ」

 紫も微笑んでくれた。

「霊盾『五芒星結界』」

 スペルカードを宣言すると星形の結界が床を埋め尽くす。紫が急いで結界の範囲外に避難した。

「おいで、奏楽」

 俺の隣で床を見て騒いでいた奏楽を結界の中央に誘導する。

「どうすればいいの?」

「座って」

「うん」

 素直にその場で正座する奏楽。それに続いて俺も正座した。

「手を出して」

 差し出された小さな手を俺は優しく両手で包み込んだ。

「おにーちゃん!」

「うおっ!?」

 しかし、すぐに奏楽が手を振り払って俺に抱き着いて来る。

「な、何して……」

「こうした方がいいと思ったの!」

 俺の胸に頬をくっ付けたまま、奏楽は目だけでこちらを見た。

「……わかった。このままで行こう」

 俺も奏楽をギュッと抱き寄せる。

「苦しいよ、おにーちゃん」

「絶対、成功させるからな」

「……うん」

 やはり、少しだけ不安だったようで更に力を込めた。

「奏楽、覚えてるか? 今まで、どうやって幽霊を取り込んだか」

「取り込む? あ、友達になる事だね! うん、覚えてるよ!」

「俺にもそれ、やってくれないか?」

 奏楽はその言葉が意外だったようで俺の胸から顔を離してまじまじと顔を凝視して来る。

「いいの?」

「ああ、いいんだ。俺と友達になってくれ」

「……わかった。行くよ?」

「おう」

 奏楽が目を閉じた。数分後、目の前が真っ暗になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これであたいから教える事はない。よく頑張ったな、キョウ」

「先生! ありがとうございました!!」

 僕は深く頭を下げてお礼を言う。ここに来て3週間、特訓以外にも寝る場所や食事までも用意してくれた先生。本当に感謝していた。

「これからも鍛錬を怠らないように」

「はい!」

「いい返事だ。よし、これをやろう」

 また、一瞬にして離れて戻って来た先生の手には小ぶりの鎌だった。刃は怪我をしないように鞘のような物に収められている。

「い、いいんですか?」

「ああ、あんたの為に用意された物だからね」

 用意されたと言う言葉を聞いて少し、疑問に思った。誰が何の為に用意したのか、と。

「では、ありがたく頂きます」

 さすがにそのような事は聞けなかったので鞘に繋がれた紐を肩にかけた。これで両手に持たずに持ち運べる。背中に手を回せば柄を掴めるように角度を調節。右手できちんと抜刀出来るかも確認してから一息入れた。柄が上を向き、刃が地面に触れるか触れないかの微妙な構図になっている。

「お? 終わったかい?」

 最後まで見ていてくれた先生がジッと僕の姿を見た。

「うん、似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます……」

「じゃあ、最後にあたいからアドバイスだ」

「お願いします!」

 一体、どんな言葉が出て来るのだろう。わくわくしたまま、待つ。

 

 

 

「ゆっくり、成長すればいい。一人で焦って突っ込んでも周りの人に迷惑をかけるだけだ。壁にぶつかったら、抱え込まないで周りの人を頼ればいい。それは決してかっこ悪い事じゃない。それどころか自分の弱さを自覚し、何とかしようと努力する事だ。誰も攻めはしないよ」

 

 

 

 何故だろう。僕の目を見て言っているのに別の人に忠告しているようだ。まるで、これからの僕を知っているかのように。未来の僕に語りかけるように。

「これであたいの講習はおしまいだ。頑張って来いよ」

「あ、はい! 本当にお世話になりました!!」

 そう言って森の方へと僕は駆け出した。

 数十分ほど走ってとある事に気付く。

「あ、どこに行けば他の人に会えるか聞かないと……」

 まだ、先生はあの場所にいるだろうか。不安だったが、頼れるのは先生だけなので踵を返して来た道を戻る。

「せんせー! すみません、道を聞くのを忘れてました!」

 特訓場として使っていた三途の川周辺まで戻って来た。大声でそう、叫んだが返答がない。

「やっぱり、どこかに行っちゃったかな……」

 仕方なく、この場を離れようと足を動かした刹那、目の前がぐらりと歪んだ。思わず、何かを掴もうと左手を伸ばしてしまう。

(あ、れ?)

 眩暈のような感覚はほんの数秒でなくなった。しかし、すぐに目を見開く事になる。

「?」

 いつの間にか辺りが暗くなっていた。それに最初、先生が寝ていたあの苔が生えた岩に違和感を覚える。

「何だろう? 少しだけ、苔が少なくなったような……」

 そう呟きつつ、その岩に向かって歩き始めた。

「貴方はだぁれ?」

 後ろから女の子の声が聞こえて振り返る。そこには僕よりも小さい――3~4歳の白いワンピースを着た長い白髪の女の子がいた。

 



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第107話 今の約束と過去の約束

 その女の子はとても、儚くて今にも消えてしまいそうだった。

「貴方はだぁれ?」

 僕が放心している事に気付かなかったのかもう一度、同じ問いかけをする女の子。

「え、あ……キョウだよ」

「キョウ?」

「うん。君は?」

「私?」

 ゆっくりと首を傾げてすぐに首を横に振った。

「名前、ないの?」

「うん。ない」

 名前のない女の子。それにこれほど小さいのに夜の森にいる。

「ど、どうしてこんなところにいるの?」

「私の産まれた場所だから」

 女の子は僕から目を離して空を見上げた。その目に寂しさの色が滲み出ている。

「それってどういう――」

 意味がよくわからなかったので質問しようとしたが、後ろに気配を感じた。それと同時に草むらが揺れる。

(何か……いる?)

 女の子も首を傾げて草むらの方を見つめていた。

「がぅッ!!」

「えっ!?」

 草むらから飛び出したのは妖怪だった。二足歩行なのは見た目でわかったが、それ以外は“奇妙”としか言えない姿をしている。その妖怪が僕を飛び越えて女の子に襲い掛かった。

「危ない!!」

 慌てて叫ぶが、まだ女の子は不思議そうにその妖怪を見ている。気付いた頃には駆け出していた。間髪入れずに背中の鎌に右手を伸ばし、横に薙ぎ払う。

「がッ……」

 目の前の景色が一瞬にして変わっていた。まるで、瞬間移動でもしたかのような感覚。いつの間にか立ち膝を付いて右腕を横に伸ばしていた。そう、鎌を左から右へ振り切ったのだ。

「だ、大丈夫!?」

 疑問がたくさん浮かんだけど、まずは女の子の安否の確認が最初だ。立ち上がって辺りを見渡す。そして、振り返ったその先に信じられない光景が広がっていた。

「――」

 体が上から半分しかない妖怪の前で女の子が何かを唱えている。きっと、妖怪を殺したのは僕だ。鎌を見ると鞘が消えていた。どうやら、鎌を振るスピードが一定の速度を超えると透明化し、刃がむき出しになるようだ。その事に気付いた時、鞘が鎌を包み込んだ。鞘が透明化出来るのは長くて1分弱らしい。

「あ、あの?」

「――――」

 とりあえず鎌を背中に戻した後、ボソボソと呟いている女の子に声をかける。だが、女の子は妖怪の死体をジッと凝視したままでこちらを見向きもしない。もっと近づいて話しかけようと足を動かした刹那、妖怪の体が白く輝き始めた。

「え?」

「――――――」

 女の子が何かを呟く度、死体を包み込んでいる光が強くなっていく。何が起きているか全くわからなかったので、思わず後ずさってしまう。すると、妖怪の体から一つの白い煙のような物が出て来た。

(何だろう? あれ)

 ゆらゆらと揺れたそれは何かに導かれるように女の子に近づいて行く。

「いらっしゃい」

 少しだけ微笑んだ女の子は立ち膝を付いてその光を両手で包み込むように掴むと自分の胸へと押し付けた。

「?」

 その行為の意味が分からず、首を傾げる僕。そのまま、数秒経った後に女の子がこちらを向いた。すぐに立ち上がってこちらに近づいて来る。その頃には妖怪の死体を包んでいた光は消え失せていた。

「……ありがとう」

 お礼を言いながら頭を下げる女の子。

「い、いや……当然だよ」

 妖怪を倒した事に対してだと思った僕は頭を掻きながらそう言い訳する。しかし、女の子は首を横に振った。

「友達、ありがとう」

「とも、だち?」

「今、アナタがくれた」

 つまりたった今、僕がこの子に友達を作ってあげた。

「え? で、でも僕は何も……」

 そんな事をした覚えはなく、混乱する。その様子を見ていた女の子が振り返って妖怪の死体を指さした。

「あ、あれが友達?」

「あれは抜け殻。中身が友達」

「???」

 意味が分からず、頭の上にはてなを浮かべる。また、口を開こうとした女の子だったが、その背後に別の妖怪がいた。しかも、今にも飛びかかろうとしている。

「しゃがんで!」

 僕が大声で指示すると首を傾げたまま、女の子がしゃがむ。それと同時に僕と妖怪が前に跳んだ。

「はぁっ!」「バゥ!!」

 ジャンプした状態で鎌を縦に振る。しかし、妖怪は空中で体を捻ってそれを躱した。そのまま、妖怪とすれ違って地面に着地する。すぐに振り返ると妖怪が女の子に襲い掛かっていた。

「避けて!!」

「……」

 僕の叫びも空しく、女の子は飛びかかって来ている妖怪を見つめる。もうダメだと思ったその刹那――女の子と妖怪の間に白い壁が出現した。その壁に勢いよく突っ込んだ妖怪の歯が辺りに散らばる。

「このっ!」

 怯んでいた妖怪の隙を突いてもう一度、鎌で斬りかかった。今度は躱される事なくその体に一本の切傷を付ける事に成功する。

「ッ……」

 妖怪は悲鳴を上げる事もなく、その場に崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……」

 こんなすぐに妖怪と戦う事になるとは思わなかったので息が荒くなる。今になって自分がした事に気付いた。

(……殺しちゃった。それも2匹)

 今までにも生き物を殺した事ならある。蜘蛛とか蚊とか。だが、これほど大きな生き物を殺したのは初めてだった。今更、恐怖が僕の心を蝕む。

「大丈夫?」

「……え?」

 震えていると前から女の子が声をかけて来る。

「多分……」

「……そう。友達、ありがとう」

 女の子がまたお礼を言った。僕が怯えている間にあの儀式のような事を終えていたようだ。

「……うん」

 何となくわかった。女の子が言っている『友達』とは『魂』の事だ。きっと、あの白いのが妖怪の魂なのだろう。女の子には能力があってそれを使って自分の魂に妖怪の魂を取り込んだのだ。だから、“友達”。

「少し、聞いてもいいかな?」

「うん」

 何故か悲しくなった。女の子はここで産まれてずっと独り。やっと、見つけた友達はすでに死んだ魂。それでは悲し過ぎるではないか。

「生きた友達、いる?」

「皆、生きてる」

「違う。僕みたいにって事」

「……いない」

 俯いたまま、女の子が答える。

「じゃあさ? 僕と友達に――」

『ならない?』と言いたかったが、その時に突然、僕の身体が紅く光り輝いた。

(な、何これ!?)

「どうしたの?」

 女の子が首を傾げる。この光は僕にしか見えてないようだ。どんどん、光が強くなる。混乱していたが、これだけは分かった。

 

 

 

 このままでは女の子と一生、会えなくなる。

 

 

 

「いい? 絶対、僕はもう一度君と出会う!」

「え?」

「お願いだ。それまで待っていて欲しい! 会えたら、いっぱい友達を作ろう! いっぱい、遊ぼう! 一緒に!!」

 気付けば、そんな事を言っていた。

「待つ?」

「そう! 絶対に君のところに戻って来るから!」

 気持ちが先走って右手を伸ばす。女の子も最初は首を傾げたが、すぐに右手を伸ばしてギュッと握った。

「……わかった」

 その言葉を聞いた瞬間に光が強くなり、目を開けていられなくなった。しかし、最後に見た女の子の表情は笑っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ゆっくりと目を開けると辺り一面、真っ白だった。

「響。来るわ」

「……ああ」

 右隣にいた吸血鬼にそう言われ、状況を思い出す。長い夢だった。

「それにしても……いつ来ても殺風景だな」

 左から狂気の呟きも聞こえる。

「まぁ、魂の中だからのう」

 吸血鬼の隣に立っていたトールが苦笑いしながら答えた。

「さて……わかってるな?」

「もちろん」「見くびるな」「わかっておる」

 俺の問いかけに3人が同時に頷く。それに間髪入れず、目の前に何かが出現した。

「――」

 俺の頭では理解できない言葉を発する敵。そう、『奏楽の中にいる幽霊の残骸』。残骸のシルエットは奇妙だった。黒、灰色、紺色の3色が混ざり合ったような色をしていてオーラのように波打っている。それにとても大きい。見上げるほどだ。観察していると見つけた。ここからだとよく分からないが残骸の中に奏楽が膝を抱えて眠っている。あれが“核”だ。

「核となる部分以外を攻撃。絶対に核だけは壊すなよ!」

「「「了解!」」」

 この残骸が奏楽の力を強くしている原因だ。負の感情がそうさせている。

(絶対に助けてやるからな……)

 俺は奏楽と2回、約束していた。それも同じ内容。

「行くぞ……残骸」

 俺の右手に現れたのは小さい頃、小町から貰ったあの小ぶりの鎌だった。それを力強く掴み、縦に振る。すると、鞘が消えて美しい刃が露わになった。

「あの子の為にも頑張らなくちゃね」

「ふん……」

 吸血鬼が翼を大きく広げながら呟き、狂気は腕を組みながら体に黄色いオーラを纏わせる。

「子供を守るのが大人の役目じゃからな」

 槌を構えながらトールがそう言い、残骸が凄まじい咆哮を放つ。

 

 

 

 長い、長い戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 響の部屋を後にしてから5時間が経過した。時刻は午後4時。あれから何も報告がない。確かめに行きたいのが、何故か行かない方がいいと思った。きっと、紫が人避けの術でも使っているのだろう。

「み、雅ちゃん……まだやるの?」

「まだまだっ!!」

 そんな事よりもゲームで望に勝ちたかった。

「だって……もう、4時だよ? 勉強しなきゃ」

「勝ち逃げは許さないよ! まだ、一度も勝ってないんだから!!」

「ええ~……」

 

 

 

 

 

 望がギブアップしたのはあれから3時間後、午後7時になった時だった。さすがに集中力が持たなかったようでギリギリで勝つ事が出来たのだ。その間でも響と奏楽は1階に降りて来なかった。さすがに不安になった望と私が呼びに行く事になったのだが、2階に行こうと思えるから人避けの術は解けているはずだ。

「しつれいしま~す……」

 ノックをしても返事がなかったので望がドアを開けた。部屋は真っ暗で中の様子がよくわからない。

「ん?」

 響のベッドの方から物音が聞こえたのでそちらの方に向かう。

「あ」

 そこには仲良く響と奏楽が眠っていた。望と目を合わせて思わず、吹いてしまう。

「このまま寝かせてあげよっか」

 奏楽の頭を撫でながら望。

「そうだね」

 奏楽を観察すると数時間前よりも霊力が明らかに少なくなっていた。成功したらしい。安堵の溜息を吐いてから望と一緒に部屋を出た。

「晩御飯どうする?」

 望に問いかけると少し、悩んで答える。

「じゃあ、私が作るよ!」

「……」

 どうやって、望の手料理を食べずに済むか考えなければいけないようだ。

 



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第108話 依頼

 魂移植を成功させた3日が経ち、仕事が再開。今日の依頼終えた後、とある用事があったので外の世界には帰らず、俺はあの紅い花畑へ来ていた。

「あれ? 響、どうかしたのかい?」

 苔が生えた岩の上に寝っ転がっていた小町が目を丸くして起き上がる。

「よう。どうだ? 体の調子は」

「まぁまぁだね」

 魂喰異変の時、フルシンクロをしたのでどれだけ悪影響が出るか分からなかったが、さほどシンクロと変わらないようだ。安堵の溜息を吐く。それと同時に小町が岩から飛び降りた。

「異変、お疲れさん。まだ、言えてなかったから」

「いいや。異変を解決出来たのはお前のおかげだ」

「そう言われると照れるね。頑張った甲斐があったよ」

 頭を掻きながら小町。その様子を見ていてふと疑問が浮かんだ。

「そう言えば、よく俺たちシンクロ出来たよな」

 博麗神社から霊夢たちを助けに行く間に小町からスペルカードを貰った時は驚いた。

「宴会の時に八雲 紫が皆に配ってたし、これからもこういう事があると思うよ?」

 白紙のスペルカードを配っていたなんて知らなかった。きっと、フランと戦っている最中に配ったのだろう。

「でも、そこまで悩む事じゃないんじゃないかい? ただ、あたいとあんたの間に何かしらの絆が出来た。これが一番だよ」

「そうなんだけど……どうして、小町が俺を信頼してくれたかわからないんだ」

「確かに知り合ってから短い。きっと、あんたへの信頼度はそれほど高いもんじゃないよ」

 少し、ショックだった。

「逆さ」

「逆?」

 小町の発言に首を傾げる。

「響があたいを信頼する何かがあった」

 俺が小町を信頼していたからシンクロが可能となった。そう言いたいらしい。

「……一つだけ、ある」

 過去だ。俺は小町に鎌を教わったのだ。いわば、『恩師』。信頼しない方がおかしい。

「あたいが子供に鎌の扱い方を教えた。前に質問して来たよね?」

「あ、ああ……」

「それが関係して来る……違うかい?」

 この死神はもしかしたら、探偵になれるかもしれない。

「合ってるには合ってるけど……現実的じゃないんだよな」

 夢では鎌の扱い方を小町に習っていた。しかし、目の前にいる小町は鎌を教えるどころか使えないと言っている。矛盾が生じているのだ。

「現実的じゃない? 不可能ではないと?」

 怪訝な表情で小町。

「まぁ、ね。一つだけあるんだけど、この仮定が成立しちゃうととんでもない事になる」

「なるほど……でも、それはつまり完全に否定できないって意味なんじゃないのかい?」

「そうなんだけど……」

 そりゃそうだ。もし、俺の考えている事が正しければ“過去の俺は時間を自由に行き来する事が出来る”のだ。

 その事を小町に話す。

「時間を行き来、ね。あの紅い館にいるメイド長とは違った能力みたいだね」

「あっちは『時間操作』。で、こっちは『時空移動』だからな」

「……それじゃあさ? その仮定が本当になっても困らないようにすればいいんじゃない?」

 小町の提案を聞いて俺は首を傾げた。よく意味がわからなかったのだ。

「万屋。あたいから一つ、依頼があるんだけど聞いてくれる?」

「え? あ、ああ……」

 

 

 

「あたいに鎌の扱い方を教えてくれないか?」

 

 

 

 紅い花畑に風が吹き荒れ、真っ赤な花びらが俺と小町の前を通り過ぎて行く。

「……いいぜ。教えてやる」

 ニヤリと笑う。それにつられるように目の前の死神も笑った。

「報酬は?」

「そうだな……『未来に“キョウ”と名乗る子供が来たら鎌の扱い方を教える』。これでどうだ?」

「あんたの技術、必ず全部教え込んでやるさ」

「ああ、頼むぜ? “先生”」

「こちらこそ、これから頼むよ? “先生”」

 そうだ。これでいいじゃないか。確かに俺と小町は出会ってまだ、少ししか経っていない。それでも、俺にとっては過去で。小町にとっては未来で。そこで生まれた絆が現在で俺たちを結んだ。例え、あり得ない話だったとしても俺たちがシンクロした事には変わりない。ここには強い繋がりが出来ているのだ。

「さて……今日のところは帰るよ」

「おや? てっきり、すぐにでも教えてくれると思ったんだけどね?」

「少し、用事が出来たのさ」

 これから森近さんの所に行ってある事を頼もうと思ったのだ。

 

 

 

 小さい頃、小町から貰ったあの小ぶりの鎌を作って貰おう。

 

 

 

 小町に向かって手を振りながら俺は空高く飛翔する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 森近さんに相談し、頷いてくれた。どのような形にするか。どの金属を使うか。他に要望がないか。そう言った事は後回しにして貰い、午後4時に俺は帰宅した。

「……よし」

 何故、これほど早く帰って来たかと言うと今日が悟、望、雅の合格発表なのだ。

「ただいまー」

 居間のドアを開けるとそこには奏楽も含めた4人がじっとしていた。空気は重々しい。

「ど、どうだった?」

 もしかしたら、3人共、不合格なのかもしれない。覚悟を決めて問いかけた。

「……響」「……お兄ちゃん」「……」

 3人がそれぞれの反応を見せ、同時に俺の顔を見る。その表情は笑顔だった。

「「「合格だった!!」」」

「おお!! やっ――」

 『やったな!』と言いたかったが、望と雅が突然、俺の方に飛び込んで来る。慌てて、受け止めたが支え切れるはずもなく背中から床に叩き付けられてしまう。

「がっ……あ、危ないだろうが!」

 痛みに顔を歪めながら文句を言うが、望と雅は涙を流していた。

「ありがとう……お兄ちゃんが勉強を教えてくれたから、合格出来たよ……」

 その言葉を聞いて俺は何も言えなくなる。本当に俺が通っていた高校に行きたかったのだろう。望はお礼を言い終えると俺の胸に顔を沈めてしまう。嗚咽が聞こえるから泣き続けているようだ。

「響、本当にありがとう! これで望と同じ学校だよ!」

 こっちもこっちで鼻水を垂らしたまま、そう言った。

「鼻水、出てるぞ。奏楽、ティッシュ」

「はい!」

 元気に返事をして奏楽がティッシュ箱を渡してくれる。2枚ほど抜き取って拭いてやった。

「お前たちはまだまだ、バカだからこれからもちゃんと勉強するんだぞ? 結構、うちの学校レベル高いから」

「「はい!!」」

 最後は2人共、笑顔だった。

「合格、おめでとう」

 望と雅。そして、少し離れたところに立っていた悟に向かって言う。

「ありがとな。何から何まで世話になった」

「ああ、これからもよろしく」

 まだ、2人に抱き着かれているので強引に右手を動かして拘束から逃れ、悟に差し出した。

「おう!」

 微笑んだ幼なじみ。しっかりと握手を交わす。その時だった。

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 突然、奏楽が歌い出したのだ。奏楽が紡ぎ出す言葉は理解できなかった。しかし、その歌声は心に響き渡る。合格者3人も目を見開いて奏楽を見た。

「―――――――――――――」

 目を閉じて微笑みながら唄う奏楽。その姿はとても幸せそうだった。望と雅が起き上がったので俺ものろのろと体を起こす。

「……奏楽ちゃん、嬉しいんだね」

「え?」

 歌い続けている奏楽を見つめていると不意に隣から望の呟きが聞こえた。

「わかるのか?」

「何となく……やっと、夢が叶った。幸せそうな私たちを見れて奏楽ちゃんも幸せ。そう言ってる」

 悟と雅は奏楽の歌に聞き入っていて望の言葉に気付いている様子はない。

「望……」

「ん? 何、お兄ちゃん?」

「いや、今の……」

「え? 何か言ってた?」

 どうやら、望も無意識で言っていたらしい。

(……)

 ただ、俺だけ心配になっていた。

 

 

 

 望に何かが起きている。

 

 

 

 その勘が当たっていたのがわかったのは、もう少し後の事だ。

 




これにて第3章は完結です。
1時間後にあとがきを投稿します。
そして、明日から第4章の開始です!


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第3章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

 

 

さてさて、東方楽曲伝第3章、いかがだったでしょうか?

かなり長くなってしまいましたね。この先もこれぐらいの長さになると思います。

まずはお礼から。

閲覧して下さった方、感想を書いてくれた方、評価を付けて下さった方、お気に入り登録してくれた方、本当にありがとうございます。一つ一つが私の励みになります。

これからもよろしくお願いします!

 

 

 

では、挨拶もこれぐらいにして解説と行きましょうか。今回の章では『魂○○』という単語がいくつか出て来ましたね。それらを解説したいなと思います。

なお、今までと同様、小説家になろう様で投稿している東方楽曲伝第3章のあとがきを見ながら書いています。コピペはしてないですよ!

 

 

 

・『魂交換』

普段、体の所有権を持っているのは響さんです。種族は人間。能力は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』です。

『魂交換』は吸血鬼たちに一時的に体の所有権を渡すことができます。これにより、所有権を渡された子の種族と能力になります。今回の場合、トールでしたね。すると、種族は神になり、能力は『創造する程度の能力』になります。

『魂交換』を使うと響さんの力が使えなくなります。コスプレや指輪、博麗のお札ですね。

まぁ、『魂同調』の下位互換ですね。その代わり、いくら使ってもデメリットはありません。強制的に戻ったら使える程度です。

 

 

 

・『魂同調』

『シンクロ』の吸血鬼たちバージョンです。

ですが、『シンクロ』と『魂同調』にも違いはあります。

『シンクロ』は魂を共鳴した相手の能力を犠牲にします。その代わり、響さんの能力が復活します。

そして、『魂同調』は響さんの能力はもちろん、吸血鬼たちの能力も使えます。

『シンクロ』では変身を解いた後、12時間ほど魂の中に拘束されます。

『魂同調』の場合では6時間になります。

実は『魂同調』の設定ですが、何故か他のサイトではばらばらになってました。なので、後で直しておきます。

『シンクロ』より使いやすいですが、『魂同調』すると響さんに新しい能力が追加されます。ですが、その能力は『魂同調』してみないとどんなものなのかわからないのであまり気軽に使えるようなものではなかったりします。

 

 

 

 

・『魂融合』

『魂同調』と性質上は似ていますが根本的には違います。

『魂同調』は相手の同意の上で魂を共鳴し、力をプラスする技です。

『魂融合』は一方的に相手の魂を飲み込む。つまり、吸収ですね。

 

 

 

 

・『魂移植』

魂の一部を自分の魂に移す行為です。

本編では奏楽の中にいた魂の残骸を響さんの魂に移植して封印しました。

 

 

 

さて、解説はこんなものでしょう。奏楽については後に色々わかるのでここでは解説しないでおきますね。

 

 

 

じゃあ、そろそろ次回予告と行きましょう。

 

 

第4章ではとうとうあの子があそこに行きます!

い、一体だれがどこにいくと言うんだぁ……。

まぁ、だいたい想像出来ると思います。

 

 

 

なお、第4章は第3章のように序盤に小話を入れずに本題に入ります。あっても2話ぐらいかな?

 

 

ここでサブタイトルを発表しましょうか。

サブタイトルは~妹と能力~

これでわかりましたねwww

 

 

それでは、最後になりますが、これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします!

 

 

 

では、次の更新でお会いしましょう!

お疲れ様でした!



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第4章 ~妹と能力~
第109話 新学期


第4章、開幕です!


「おにーちゃん! ハンカチどこ?」

 奏楽がキョロキョロと辺りを見渡ながら問いかけて来る。

「そこの棚だ! 急げ! 時間がない!」

「もう! 何でこんな日に皆、寝坊するの!」

 大慌てで制服を着る雅。まだ、髪を梳かしていないのかボサボサだ。

「雅ちゃん! 髪!」

 そう指摘する望は鞄に教科書を詰め込んでいる。

「ああ! 望、やって!」

「無理だよ! 私だってまだ準備出来てないんだから!」

「お前、そう言うのは前日にやっておくもんだろ!」

 スキホをジーンズのポケットに突っ込んだ所で準備完了。

「雅、こっちに来い! やってやるから!」

「ゴメン、響!」

 洗面所から櫛を取って来て雅の髪を梳かす。

「あれれ? 袖、どこ?」

「これでよし。奏楽ちゃん、大丈夫?」

「おねーちゃ~ん……」

 着替えすら終わっていない奏楽が泣きそうな声で望を呼ぶ。奏楽は俺の事を『おにーちゃん』。望の事は『おねーちゃん』と呼び、雅に至っては呼び捨てだ。

「響、上手いね……男のくせに」

「お前より髪が長いから慣れてるんだよ。完成」

「ありがと」

 お礼を言って雅は2階に上がる為に居間を出て行く。鞄を取りに行ったようだ。

「うん。奏楽ちゃん、今日も可愛いね!」

「おねーちゃんも可愛いよ!」

 時間がないのにお互いに褒め合う妹と幼女。

「ほら! 奏楽、ランドセルはどこだ!」

「……ランドセル?」

「今日から小学校だろうがっ!!」

「お兄ちゃん、安心して! 昨日の内に準備しておいたから!」

「自分もしとけよ!!」

「皆! おまたせ!」

 ランドセルを奏楽に背負わせている望にツッコミを入れた所で雅の準備も終わる。

「よし! 行くぞ!」

 鞄を手に取って靴を履き、玄関を飛び出す。他の3人も俺の後に続いた。急いで鍵を閉めて昨夜、物置から出しておいた自転車に跨る。

「奏楽、籠に入れ! 俺の後ろに望! 雅は走れ!」

「「はーい!」」「私の扱い、ひどくね!?」

 奏楽を抱き上げ、籠に立たせてやる。これでは前が見えなくなってしまうが、魔眼を発動すれば問題解決だ。望も素直に後ろに座って落ちないように俺にくっついた。

「奏楽、雅の荷物を持ってやれ」

「わかった! 雅、早く!」

「……ああ! わかったよ!」

 乱暴に鞄を奏楽に渡して雅が走り出す。俺も全力で自転車を漕ぎ始めた。さすがにいつもの力では無理なので霊力を足に流して力を水増しさせる。

 雅と並走する事、10分。前に悟が見えて来た。待ち合わせしていたのだ。

「悟! 漕げ!」

「そのつもりだよ!」

 このままでは追い抜いてしまうので同じスピードになるように調節。

「全く……初日に遅刻なんて嫌だぞ!」

 自転車を転がしながら悟が文句を言って来る。

「仕方ないだろ! 目覚まし時計が止められてたんだから!」

「うるさかったから止めた!」

 振り返った奏楽が笑顔で教えてくれた。

「お前かあああああああ!!」

 今日から俺と悟が大学。望と雅が高校。そして、奏楽は小学校へ通う。新しい生活が始まった。

 

 

 

 

 

 高校(俺と悟が通っていた)へ行く望たちと別れた後、奏楽を荷台へ移して大学へ向かう。奏楽が通う事になった小学校は大学までの道の途中にあるのだ。

「いいか? 友達の魂を取り込んじゃ駄目だぞ?」

「わかってるもん!」

 悟には聞こえないように忠告する。『魂移植』をしたとは言え、『魂融合』が出来なくなった事にはならない。紫は安全だと言っていたが、注意しておくに越した事はないだろう。

「おーい。ここじゃないか?」

 悟の声で前を向くと小学校が見えて来た。校門の前を2人乗りしたまま通るわけには行かないので手前で奏楽を降ろす。自転車を手で押しながら小学校の校門までやって来た。

「じゃあ、頑張れよ」

「うん! 行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい」

 元気よく小学校の中に入って行った奏楽。途中ですれ違った先生にもちゃんと挨拶しているようだった。

「俺たちも行くか」

「おう。急ぎ過ぎて逆に時間が余ってるしゆっくり行こうぜ?」

 時計を見れば予定していた時刻より20分も早い。

「……それもそうだな」

 再び、自転車に跨った俺と悟はほぼ同時に漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……お前、スゲーな」

 不意に悟が呟く。

「え?」

「だって、母親が蒸発してから仕事を始めて師匠と暮らしてただろ?」

 師匠とは望の事だ。

「まぁ、な」

「それから家賃が払えなくて途方に暮れていた雅ちゃんを居候させ、捨て子だった奏楽ちゃんを引き取った」

 雅も奏楽もそうだが、紫が手を回してくれたおかげでこうやって俺の家で暮らしている。もし、紫が居なかったら少し、面倒な事になっていただろう。

「そうだな」

「普通は無理だぞ? 血も繋がっていないのに……」

「血の繋がりなんて関係ないよ。ただ、一緒に暮らせば楽しそうだなって思っただけだ」

 今思えば、望とも血が繋がっていないので俺の家にいる全員が他人となる。しかし、血の繋がり以上の絆が生まれているのは確かだ。春休みに起きた事件のせいで俺が長い間、家を空けていた時もすごく心配したらしい。

「……とにかく、お前はすごい奴だよ。仕事も結構、危険なんだろ?」

「それなりにな」

「給料いいのか?」

「は?」

「いや、最近金欠だから紹介して欲しいなって」

「駄目だ」

 こいつに教えたら幻想郷で暮らすとか言いそうだ。

「けち~」

「駄目なもんは駄目だ」

「まぁ、最初から期待なんてしてないけどな」

「なら言うな」

「あでっ!?」

 左手で悟の脳天にチョップを入れる。自転車に乗っているので軽めだ。

「そんな事より……わかってるな?」

「……わかってるよ。出来るだけ目立たないようにするから」

 俺の見た目は女だ。高校の時は女子なのに男子の制服を着ていると思われ、目立ってしまった。そのせいでいじめにあったのだ。その事を悟は心配しているのだろう。

「高校ならまだ、制服で性別を判断出来たけど大学は私服だ。ここまで言えばわかるだろ?」

「おう」

 だが、大学は私服。きっと、周りから見れば女が男の服を着ているとしか思われない。高校よりかは目立たないから安心しろ。悟の言いたい事はわかっている。幼馴染だから。

「……本当にわかってるか?」

「大丈夫だって」

 何か言おうとした悟だったが、丁度大学に到着。

「自転車置き場ってどこだ?」

「えっと……あっちじゃなかったか?」

 俺の質問に答えた悟が話の腰を折られたのに気付いて溜息を吐いた。それから自転車を停める。

「今日は講義、ないんだよな?」

 籠から鞄を取り出して悟が問いかけて来た。

「ああ、なんか好きに大学内を回って良いらしいぞ?」

「自由だな~」

「そう言うもんだろ」

 とりあえず、今日提出しなければいけない書類があったのでそれを提出するために事務室に向かう。

「くそ、無駄に広いな……」

「ここら辺で一番、大きな大学だから仕方ないよ」

 辺りを見渡せば俺たちと同じようにキョロキョロしたまま、歩いている人がちらほらといる。

「ん?」

 しかし、何故かこちらを向いたまま硬直している人も見受けられた。

「あ、あの!」

「はい?」

 その中にいた一人の男が話しかけて来る。

「も、もしかして1年生?」

「そうですけど……何か?」

 台詞からして上級生だ。敬語を使う事にする。

「よかったら……道案内してあげようか? いえ! させてください!!」

 深々と頭を下げる上級生。何故、お願いされるのだろう。とにかく、これは好都合だ。お言葉に甘えさせていただこう。

「わか――」

「すみません。自分たちで探した方が道を覚えやすいので今回は遠慮させていただきます」

 承諾しようとしたら悟が勝手に断ってしまった。

「……そうですか。わかりました。でも! 何かあったらここに連絡ください!」

 紙に何かを書き殴って俺に渡した上級生は脱兎の如く、離れて行ってしまった。

「お前! せっかく、道案内して貰えそうだったのに!」

「……響」

「何だよ」

「お前は何もわかってない」

「へ?」

 悟の言っている意味がわからず、聞き返すがそれに被るように悲鳴が聞こえた。

「何かあったのか?」

「さぁ?」

 気になったので声がした方に向かうと数人の男に囲まれた黒髪でセミロングの女の子がいた。先ほどの悲鳴は女の子が出したらしい。

「いいじゃん? 見学だけでもいいからさ?」

「書類を提出しなきゃならなくて急いでるんです!」

 どうやら、サークルの勧誘にしつこくされているようだ。周りにいる人たちも何事かと足を止めた。

「大丈夫! すぐに終わるからさ!」

「やめてください!」

 何だろう。あの子、どこかで見た事があるような気がする。

「……」

「お、おい! 響!」

 気付けば、俺は歩き出していた。

 



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第110話 影野 悟

「おい」

「あ? なん――」

 俺が声をかけると一人の男が振り返った。何か言おうとしていたようだが、目を見開いて俺を凝視する。

「?」

「お、お前ら! こっち!」

 何事かと首を傾げていると我に返った男が仲間に声をかける。

「何だよ。勧誘にいそが……うおおおおっ!?」

 突然、叫ぶ男たち。その迫力に後ずさってしまった。

「き、君も1年生かい!?」

「え、あ……そうだけど」

 “も”と言う事は勧誘されていた女の子も1年なのだろう。

「どうだい! 俺たちのサークルに入らないか!?」

 どうやら、俺も勧誘されてしまったようだ。だが、すでに答えは決まっている。

「嫌だ。大勢の男で女の子を囲むなんて非常識にもほどがある。そんなサークルに誰が入るか!」

「な、何!? 美人だからって調子こいてんじゃねーよ!」

 沸点があまりにも低かったのだろう。目の前の男が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。体を引いて回避。

「なっ!?」

 躱されると思わなかったようでバランスを崩す男。すぐさま、そいつの腕を取り、捻る。

「いででででっ!」

 男はあまりの痛さに悲鳴を上げた。

「まだその子にしつこくするとこれ以上に酷い事になるぞ?」

「ひっ……」

 ギロリと睨んだ瞬間、顔を青ざめる男たち。

「「「す、すいませんでしたあああああ!!」」」

 俺の睨みが効いたのか男たちは逃げた。それを見て掴んでいた腕を離す。すると、捻られた腕を押さえながら男も走って行く。

「ふぅ……だい――いでッ!?」

 一息入れた後、呆然としていた女の子に声をかけようとしたら悟の拳骨が脳天に落ちて来た。

「な、何すんだよ!」

「目立つなって言っただろうが! ほら! 行くぞ!」

「え? あ、ちょっ!」

 襟を掴まれてしまい引き摺られるようにその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……本当にお前はわかっちゃいない」

「悪かったって」

 やっと、事務室を見つけ書類を出した俺たち。だが、悟はまだ機嫌を直していなかった。

「まぁ、無事でよかった。あそこで襲われてたら大参事だったから」

「さすがに連中もそこまではやるはずないよ。校内だし」

「……絶対、あの子を思い出しながら言ってるだろ?」

「え? だって、あの子の安否を心配してたんじゃないの?」

 俺の言葉を聞いた悟は大きな溜息を吐き出した。

「もういいよ。お前もいつの間にか強くなってるみたいだしな……それより、これどう思う?」

 悟の手には1枚の紙があった。事務室から出た時に上級生(今度は女の人だった)に貰ったのだ。

「新入生歓迎会。場所はこの近くの居酒屋……よく考えたよな。事務室の前で待機して書類を出しに来た1年生に配ってるんだろ?」

 あの書類は今日、出さないと駄目なのだ。かなり重要な物なのできっと、ほぼ100%の1年生に配る事が出来たはず。

「で? 行くのか? ここには絶対参加って書いてるけどお前、仕事が……」

「いや、今日は休みを貰ってる。上司もいいって言ったしな」

「なら、行くか」

「そうだな。行かなくて目を付けられても困るし」

 俺がそう言うとまた悟が溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」」

 時刻は午後6時半。新入生歓迎会なる宴会が始まった。まだ、1年生は二十歳前なのでお酒は飲めないが上級生はごくごくと飲んでいる。

「お、このから揚げ、美味いな」

「へ~! 俺にもくれ!」

 俺と悟はテーブルの端でから揚げを食べていた。他の1年生も高校からの同級生や新しく仲良くなった友達と小さな声でお喋りをしながら食べ物を口に運んで行く。

「では、新入生には自己紹介して貰いましょう!」

 幹事だと思われる女性が立ち上がってそう宣言。『おお!!』と言う声と『ええ!?』と言う声が混ざった。前者が上級生で後者が新入生だ。

「まずは……そこのから揚げを美味しそうに食べているポニーテールの君!」

「ふも?」

 から揚げに夢中でほとんど話を聞いていなかった俺は首を傾げた。

「自己紹介だってよ」

 悟が教えてくれる。

「え? マジで?」

「頑張れよ」

「お、おう……」

 ここで目立ってはいけない。また、イジメられるのは嫌だった。

「え~、音無 響です……」

「響ちゃんね。学科は?」

 どうやら、質疑応答方式らしい。

「えっと……」

 その後にも趣味だとか得意な教科などを聞かれ答えてゆく。

「なるほど……響ちゃんや」

「な、何でしょうか?」

 幹事の人がずいずい、と接近して来たので後ずさる。

「高校時代、モテたでしょ?」

「へ?」

「だって、背も高くてスタイル抜群。でもって、君の学科ってこの大学で一番の偏差値を誇る……何より、美人。どうよ?」

「いやいや。全然ですよ」

「また、謙虚になっちゃって! でも、ここは小さいのね」

 俺の胸を見つつ、そう言い放つ。女子に向かって言えばセクハラだ。周りの男の人は何故か俺を凝視しているし勘違いしているらしい。

「……一つ、いいですか?」

「何?」

「俺……男です」

「……」

 硬直する幹事。貸し切りだった居酒屋に沈黙が流れた。

「も、もう一回お願い出来るかしら?」

「俺は男です。ほら」

 財布から保険書を出して確認させる。

「え? 嘘、男の娘!?」

「男の娘?」

 単語の意味がわからなかったので聞き返した。

「女に見える男の事だ」

 悟が小声で教えてくれる。感謝。

「ああ、なるほど……」

 確かに俺だ。

「み、皆! 本物よ! これほどまでの男の娘は初めてだわ!!」

 先ほどまでの静けさはどこへやら。大騒ぎになってしまった。

「お前は本当に目立つな……」

「狙ってるわけじゃねーよ」

「おい!」

 溜息を吐いていると昼間、サークルの勧誘をしていた男が俺に声をかける。

「またあんたか……何だ?」

「俺と勝負しろ」

「はぁ?」

 よく見れば顔が紅い。酔っている。

「昼間は女だと思って手を出さなかったが男なら容赦しない! 表へ出ろ!」

「ちょっと! せっかくの宴会なんだから楽しくやろうよ!」

 それを幹事が止めようとする。

「幹事さん、大丈夫」

「え?」

「その勝負、乗ってやろうじゃん」

 こういう奴は一回ぐらい痛い目に合わないと駄目だ。同じ事を繰り返すだろう。

「あ! バカっ!」

 後ろで悟が悪態を吐くが今は目の前の男だ。俺と男は居酒屋を出て路地で対立する。他の人もついて来た。

「警察が来ないように見張っててください」

「は、はい!」

 適当な人にお願いする。ここで暴力事件を起こしてしまったら望たちに会わせる顔がない。

「準備はいいか?」

「おう」

 姿勢を低くして構える。

「うおおおおおっ!」

 男が雄叫びを上げながら突進して来た。右腕を引いている。

(右ストレート……)

 首を傾けて回避。そのまま、バックステップで距離を取った。

「逃げんじゃねーよ!」

 男も負けじと俺の懐に潜り込んで来るがそれに合わせて前にジャンプし、空中で前に半回転した。構図は頭が下で足が上。驚愕する男の肩に両手を付けて、もう一度半回転して着地する。男の図体がでかくて助かった。小さかったら俺の重さに耐えられなかっただろう。そのおかげで背後を取る事に成功。

「ちょこまかと!」

 後ろをちらりと見た男が右手で裏拳を放って来た。ギリギリ、当たる。着地したばかりだったのですぐに動けず、避けられない。

(なら――)

「ふっ」

 右方向から来る裏拳を右腕で受け止める。弾き飛ばされないように重心を低くし右腕を左手で支えた。

「なっ!?」

 受け止められるとは思っていなかったのだろう。男が驚愕する。その隙に男の喉元に左拳を突き出した。

「ひっ……」

 悲鳴を上げる暇もなかった男は目を閉じる。しかし、俺が寸止めしている事に気付き、目を開けるとその場にへたり込んでしまった。

「これでわかったか? もう、あんな事はするんじゃねー」

「は、はい! 申し訳ございませんでした!!」

 男がその場で土下座して謝る。溜息を吐いて振り返ると新入生歓迎会に来ていた人たちが皆、固まっていた。

「あ……」

 少し、やりすぎてしまったようだ。

「す、すごい!」

 どうしようかと悩んでいるといち早く放心状態から抜け出した幹事さんが詰め寄って来る。

「音無さ……じゃなくて、音無君!」

「は、はい……」

 肩を掴まれてしまい、逃げる事が出来ない。何を言われるのだろう。

「うちのサークルに入らない?」

 まさかの勧誘だった。

「え? あ、いや……」

「そんな人のサークルじゃなくて俺の方に来いよ!」

 間髪入れずに眼鏡をかけた男の人にも誘われた。吃驚して断れずにいると次から次へと勧誘される。

「はいはい! 皆さん、ストップ!」

「さ、悟?」

 大混乱の中、悟の声が響き渡り不思議と皆、静かになった。

「ちょっと! 誰なのよ!」

 幹事さんが悟に問いかける。

「俺は響の幼なじみです! サークルについてですが、響はサークル活動をしている暇がないんですよ!」

「誰もあんたに聞いてないわよ!」

 まずい。このままでは悟が悪者扱いされてしまう。

「悟の言っている事は本当です! 俺、事情があって仕事をしてお金を稼がなきゃいけないです!」

「……事情?」

 目を細めた幹事さんに母が蒸発し、妹と2人の居候がいる事を手短に話す。

「……ごめんなさい。無理に誘ったりなんかして」

「大丈夫ですよ」

 悲しそうな表情を浮かべる幹事さんにそう言って携帯(スキホではなく自分のだ)で時間を確認。午後8時になりそうだった。今頃、奏楽が泣きそうになっているに違いない。

「すみません……そろそろ、家に帰らせて貰っても?」

「全然、いいよ! 逆に引き止めちゃってごめんなさい!」

「いえ、楽しかったからいいですよ。あ、お金いくらですか?」

 ポケットから財布を出しながら俺。

「お、お金なんていらないよ!」

 だが、幹事さんが変な事を叫んだ。

「いや……飲み会だから経費とかあるんじゃ?」

「ないない! ここは上級生で出す予定だったから! ね、皆!」

 後ろにいた上級生たちが一斉に頷く。

「そ、それならお言葉に甘えて……失礼します」

 お金を払わなくていいなら好都合だ。春休みに稼げなかったから出費を出したくない。居酒屋に戻って自分の荷物を持った後、皆に挨拶して家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……可愛かったな~」

 響が帰った後の居酒屋。新入生歓迎会と言う名の飲み会はまだ、続いていた。

 幹事さんは頬を紅くしながらぼやく。

「いいよな。えっと、響君の幼なじみの……誰だっけ?」

 その隣で飲んでいる眼鏡の男が悟に問いかける。

「悟です」

「そう! 悟君! 羨ましいわ、あんな幼なじみがいるなんて!」

 響が『幹事さん』と呼んでいた子と眼鏡の男と悟が話していた。

「でも、勿体ないなぁ。あんな子、滅多にいないのに」

「まぁ、響は自分の事、モテてないと思ってますから」

「え!? さすがに気付くんじゃないの!? 告白とかされまくってるでしょ!」

「そうなんですよ……でも、本人は悪戯だとしか認識しなくて」

 今日もそうだ。大学は私服。制服のように服装で性別を判断できない。つまり、男か女か判断する材料は顔と体格しかない。服装でも出来なくはないが、響の場合、シンプルなファッションなので期待できない。その為、『女と間違われて本気で男が寄って来るぞ』と悟は忠告したのだ。

「はぁ……」

 だが、響は理解していなかった。今日は新入生の他にもサークル勧誘の為に多くの学生が大学に集まっている。そんな所で女の子を助けたり、新入生歓迎会で男をコテンパン(寸止めだったが)にしたりすればこうなるに決まっていた。

(仕方ない……)

 使いたくはなかったが、この状況ではいつ、響が襲われるかわからない。

「な、なるほど……見た目は美人。成績優秀。運動神経抜群。そして、優しい。そりゃ男も女もコロッと行くわ」

 その事を二人に話した後、幹事さんが呆れた顔で呟く。

「そこでお二人にご相談が……」

 この日、悟が高校時代に設立した『音無 響非公式ファンクラブ』の会員が3倍に増えたと言う。

因みにこのファンクラブには決まりがあった。

 

 

 

『音無 響には一切、手を出さず遠い所から見守る』

 

 

 

 会長――影野 悟は成績の割には頭が切れる人間であった。全て、響の身を守る為に考え付いた作戦。その事は悟以外に知っているのは“人間では”誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。あの子もいい友達を持ってるじゃない」

 盛り上がる上級生や新入生たちを見て安堵の溜息を吐いた悟の後ろでポツリと隙間妖怪が呟く。そして、微笑みながらスキマの中に消えた。

 



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第111話 罠

「あれ? どうしたんですか、響さん」

 何やらたくさんの薬品が入った木箱を持った鈴仙と鉢合わせる。もちろん、人里ではなく永遠亭でだ。

「依頼だよ。依頼」

 大学に通い始めてから早2週間。生活にも慣れ始めたので3日ほど前に仕事を再開した。今日はここ、永遠亭が仕事場だ。時刻は11時半。講義は午前中で終わりのはずだったが、予定よりも早く講義が終わったのでまだ、正午にもなっていない。

「そうなんですか? 師匠は何も言ってなかったけど……」

「え? 今回の依頼は永琳からだぞ?」

 俺と鈴仙は首を傾げる。まぁ、あの永琳だ。何を考えているかわかったもんじゃない。

「とにかく、永琳の部屋に行ってみるよ。見かけたら俺が来たって言っておいてくれ」

「はい。わかりました」

 因みに鈴仙が何故、敬語なのかと言うと定期的に永琳の診察を受けているので患者と認識しているらしい。後は前に薬作りで悩んでいた所にアドバイスをしたのも関係しているようだ。

(まぁ、あそこは高校の化学の時間に習ったからだけどな……)

 廊下の角を曲がった鈴仙を見送りながら俺は思い出していた。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「どうしたんだ?」

 溜息を吐いた私に前の席に座っていた望(のぞむ)ちゃんが質問する。

「え? あ、いや……」

 私――音無 望は少しだけ不安だった。主にお兄ちゃんについて。

「何か悩んでいるみたいだけど?」

「わ、わかる?」

「そう、堂々と溜息を吐かれてわな」

 呆れ顔で望ちゃん。

「ご、ゴメン……」

「まぁ、話したくなければいいんだが、もし話す気になったら相談に乗るからな」

「ありがとう……」

「気にするな。友達だろ?」

 望ちゃんはそう言うと立ち上がって教室を出て行った。

「……はぁ」

 お兄ちゃんは何か隠している。それに雅ちゃんも奏楽ちゃんもそれについて知っている。何故かはわからないけどわかるのだ。でも、何かがわからなければ問い詰める事が出来ない。

(どうしよう……)

 理由があるのは何となく理解出来るのだが、何か危険な事に巻き込まれているような気がする。

「何で……そう思うんだろう?」

 最初の違和感は悟さんから借りた東方をプレイした時だ。あの時、よくわからないがどこに逃げれば弾幕を避けられるか一瞬にしてわかってしまった。

 他にもお兄ちゃんの嘘がわかったり、急に勉強が出来るようになったりと不思議な事ばかり起きている。

(お母さんが蒸発してからだ……)

 この違和感とそれが繋がっているとしか思えない。

「はぁ……」

 休み時間の終了を知らせるチャイムがなり、授業の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 響じゃない」

「おっす。輝夜」

 永琳の部屋に向かっている途中で輝夜に遭遇する。何だか、今日はエンカウント率が高めだ。

「どうしたの?」

「依頼だ」

「……そう」

 俺の発言を聞いて輝夜が目を細めた。

「?」

 何故、そのような表情を浮かべたのか理解できない。だが、すぐにいつもの顔に戻す輝夜。

「まぁ、いいわ。さっき、永琳の部屋に行ったけど誰もいなかったわよ」

「そうか……探すのも面倒だし、部屋で待ってるわ。見かけたら俺が来たって言っておいてくれ」

「ええ。わかったわ」

 そこで輝夜と別れた俺は少し、戸惑っていた。鈴仙も輝夜も依頼の事を何も聞いていないようなのだ。確かに依頼ごときでいちいち、報告はしないだろうが永琳の事だ。鈴仙はともかく、永遠亭の主である輝夜に言わないのは少し、不自然。

「……行けばわかるか」

 今、考えてもわからない物はわからない。悩むなら行動する。俺のモットーに従って永琳の部屋に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 そして、俺はこの時の事を悔やむ事になる。これさえなかったら、“あいつ”を巻き込まなくてすんだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……み」

(お兄ちゃん?)

「望……起きろ」

「へ?」

 涎を垂らして寝ていたらしく、口まわりがべとべとだった。慌てて袖で拭う。辺りを見渡しても何もなかった。

「望、少しいいか?」

「う、うん……」

 そこでまた、お兄ちゃんに違和感を覚える。懸命に何かを隠そうとしていた。表情に出てしまいそうになっているのを必死に堪えているようだ。

「お兄ちゃんな。しばらく、帰って来れないみたいだ」

「え?」

「仕事が忙しくてな。ゴメン」

 違う。絶対に違う。

 何故か、そう思った。仕事をしていて何かに巻き込まれたのだ。でも、そこまではわからない。だから――。

「……うん。わかった。雅ちゃんと奏楽ちゃんの事はまかせて」

 引き攣った笑顔を浮かべてそう答えた。私はお兄ちゃんに危険な事をさせたくない。例え、お金がなくなってもお兄ちゃんまでいなくなっちゃったら私は――。

 でも、私がそう思うようにお兄ちゃんも私たちを巻き込みたくないのだ。

「だから、お仕事頑張って!」

 それを知っているから曖昧な笑みで応援する。私にはこれぐらいしか出来ないから。

「……おう」

 お兄ちゃんは悔しそうに唇を噛んだ後、笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 どうやら、授業中に眠ってしまっていたらしい。寝ぼけたまま、時刻を確認すると午後12時10分。そろそろ、4時限目が終わる。

(……お兄ちゃん)

 先ほど見た夢は本当に夢だったのだろうか。

「無事でいて……」

 ぼそっと呟いた後、きっとその願いは通じないと悟る。理屈などない。ただ、わかってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後12時。俺は永琳の部屋に到着する。

「いないよなー? いないから開けるぞー」

 適当な挨拶をして扉を開けると案の定、誰もいなかった。ずかずかと部屋に入り、観察する。

「ん?」

 すると、机の上に何かを発見した。近づいて確認してみるといくつかの錠剤だ。そして、その隣に紙が置いてある。手に取って読んでみると依頼内容が書いてあった。この薬の被験者になれ、との事らしい。

「……まぁ、それぐらいなら」

 スキホからペットボトルに入った水を取り出し、錠剤を一気に口に放り込んだ。すぐに水を飲んで飲み込む。

「響!」

 その刹那、永琳が汗だくになって部屋に突入して来た。

「っ!?」

 水を口に含んでいたので叫び声を上げる事が出来なかったが、何とか外に吐き出さずに飲んだ。

「早く! 今飲んだ薬を吐き出して! 依頼なんて出した覚えないわ!」

「……え?」

 永琳の言っている事が本当だとしよう。なら、『今、俺が飲んだ薬は誰が用意した?』。

「くそっ!」

 薬を外に出そうとしてもしっかり飲んでしまった。こうなったら、口に手を突っ込んでリバースするしかない。そう判断した俺は右手を口に突っ込む為に動かそうとした。

「――ッ」

 だが、動かない。手も口も目も。何もかもが何かに縛られたように硬直した。もちろん、心臓も。

(なんだ、よ……これ)

 真後ろに倒れて行くのを薄っすらとわかったが、すぐに意識が途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「響!」

 永琳が後ろに倒れ始めた響を受け止める為に手を伸ばす。しかし、何故かいつまで経っても響が倒れない。不自然な格好で空中に漂っている。

「やっぱり……」

「ひ、姫様?」

 永琳の後ろに輝夜がいた。響の動きを全て、永遠にしたのだ。

「何か怪しいと思ってたのよ。で、来てみれば……遅かったけど」

「……そうみたいね」

 響は何者かによって殺されそうになった。いや、今も殺人は継続中である。輝夜によって響が死ぬまでの時間が永遠になっているだけで本来なら、即死だ。

「でも、おかしいわ……確か、響には能力や呪いの類は効かないはずなのに……」

「普通に劇薬だったんじゃないの?」

「響の場合、霊力が危険を察知して一瞬にして解毒してしまうのよ。でも、さっきは霊力の動きはなかった。だから、薬の効果ではないわ」

 永琳にもわからない事があるようだ。それほど、響の体の構造は特別だった。

 二人が頭を抱えていると響の体から黒いオーラが漏れ始める。

「な、何これ!?」

「こ、これは……“呪い”!?」

 輝夜と永琳が共に驚愕した。

「ま、まずいわ! このままじゃ呪いが永遠亭を包み込んじゃう」

 呪いの中には感染する物もある。次から次へと人を、物を飲み込み、滅ぼす。

「姫様! 呪いも永遠に!」

「む、無理よ! いっぺんに永遠に出来る量じゃない!」

 二人が大慌てしていると今度は響の周りに結界が出現した。それもかなり強力で呪いを外に漏らしていない。

「本当に……手間のかかる子ね」

 呆然としている輝夜と永琳の近くにスキマが開いてそこから紫と霊夢が飛び出した。

「輝夜。永遠と解いて」

 すぐに霊夢が輝夜に指示を出す。

「え? でも、永遠を解いたら響は……」

「大丈夫。あの結界の中なら呪いの効果をほぼ100%抑える事が出来るわ。でも、根本的に解呪しないと響を助ける事が出来ないの」

「……後で詳しい話を聞くとして姫様、解いてください」

「……はいはい。わかったわよ」

 輝夜が手を横に払うと響が背中から床に倒れる。

「じゃあ、紫。結界ごと移動させてちょうだい」

「ええ。部屋を一つ、貸してもらうわね」

「どうぞ、お好きなように」

 永琳が承諾するが紫はスキマを開いて響を移動させた。

(響……)

 霊夢はこの事を知っていた。いや、勘で何となくだが察知していたのだ。急いで紫を探し出し、こうやって永遠亭に来た。そして――。

 

 

 

 ――この先の事は一切、わからない。前と同じように勘が働かない。

 

 

 

 不安で少し怯えたような表情を浮かべる霊夢は気持ちを切り替えて紫が解呪している間、結界が壊れないようにする為にスキマを潜った。

 



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第112話 亀裂

また予約投稿し忘れていました。一日勘違いしてました……。
なので、今日はもう一話投稿します。


「はぁ……」

 あれから1週間、お兄ちゃんは帰って来ていなかった。メールの返信も来ないし、電話にも出ない。

「大丈夫?」

「あ、うん……」

 前の席に座っている望ちゃんが心配そうに問いかけて来る。事情を知っているので1週間前のように溜息には触れなかった。

「お金とかは?」

「今までの貯金があるから2~3か月は……でも」

 問題は奏楽ちゃんだ。一昨日ぐらいから小学校に行かなくなってしまったのだ。それにご飯を食べようとしない。このままでは倒れてしまう。

 その事を望ちゃんに相談した所、深刻そうな表情を浮かべた。

「それは危険だな……まだ、6歳だろ? 体の方に影響が出るかもしれない」

「うぅ……どうしよう?」

「何とか、お兄さんの声を聞かせるとか……ああ、電話に出ないから無理か……」

「どうしたの?」

 二人でどうしようか唸っていると雅ちゃんがお弁当を持って教室に入って来た。

「え? あ、奏楽ちゃんにどうやってご飯を食べさせようかって……」

「あー……昨日も全然、食べなかったもんね」

 お昼休みなので席を外している生徒の机を拝借して私と望ちゃんの席にくっつけて来る雅ちゃん。

「雅ちゃん、どうしたらいいと思う?」

「それならまかせて! 作戦があるの!」

 お弁当箱のふたを開けながら雅ちゃんがそう宣言する。

「だ、大丈夫なのか?」

 目を細めて疑うように質問する望ちゃん。

「「大丈夫だよ」」

 胸を張った雅ちゃんと無意識で頷いた私の声がハモった。それに望ちゃんだけではなく雅ちゃんも目を丸くする。

「の、望? どうしたの?」

「へ?」

 何でだろう。自分でもわからなかった。しかし、どういうわけか自信を持って言う事が出来た。

「と、とりあえず! 奏楽の事は私にまかせて望と築嶋さんは安心して授業を受けてよ!」

「う、うん。わかったけど今、箸からハンバーグ落ちたよ?」

「ああ!? 大切なハンバーグがっ!?」

 慌てて床に落ちたハンバーグを拾い、頭を上げた時、机にゴツンとぶつける。それを見て私と望ちゃんは吹いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?」

 額に汗を流したまま、霊夢が紫に問いかけた。結界の維持を1週間も続けていれば疲労も溜まるに決まっている。

「……無理ね」

 結界の中で横たわっている響を凝視していた紫が溜息を吐いた後、そう言い放った。

「え?」

 その発言が意外だったようで霊夢が目を見開く。今、霊夢の勘は働いていないのだ。

「響には私の力が通じないの」

「でも、少し前に響をスキマに落として遊んでたじゃない」

 響が仕事を再開した日に紫がそう言う悪戯をしているのを目の前で見ていた。

「あれは響の足元を対象にしたの。でも、響自身をスキマの対象に出来ない。何かに弾かれてしまうのよ」

「……はい?」

「つまり、響の内部に進入できないの。過去とか考えている事とかわからないって事」

 響と雅が紫の家に行った日の事を思い出しながら紫が説明する。

「てか、そう言う事も出来たのね……でも、それと今回のこれに何の関係が?」

 霊夢の勘が働いていない事に気付いたのか首を傾げる紫だったが、霊夢の疑問に答えるべく口を開く。

「響がかかっている呪いは内側から蝕んで行くものらしいの。この結界で侵食を抑えているけどそれでもちょっとずつ、でも確実に響の体は犯されているわ」

「紫なら能力を使って解呪できるでしょ? 内側にスキマを……あ」

「そう言う事。解呪しようにも響の内部にアクセスできないのよ……他にもあの吸血鬼姉妹の能力も通用しないみたいね」

 響には干渉系の能力は一切、通じないらしい。だが、ここで一つの矛盾が生じる。

「紫の能力すら弾くならこの呪いも通用しないんじゃないの? 干渉系でしょ?」

「普通ならそうなんだけど例外があるの」

「例外?」

「何かを経由すれば干渉系の能力でも効く。私もPSPを経由した時は夢の中に入れたし。呪いも響が飲んだ薬に術式を忍び込ませ、それを服用すると発動する仕組みになっていたみたい」

 霊夢はどうやって経由するのかはわからなかったが状況はかなり、深刻なようだ。

「なら、ぴーえすぴーを経由すれば出来るんじゃないの?」

「見てみなさい」

 もう一度、溜息を吐いた紫は眠っている響を指さす。

「……あれ?」

 霊夢は響の左腕にPSPが括り付けられていないのに気付いた。

「実はね。響が呪いにかかった日、彼はPSPを付けていなかったの。メンテナンスの為に私が預かってたのよ」

 メンテナンス以外にも理由があったが、今は言うべきでないと判断した紫はそこで口を閉ざす。因みに幻想郷に来る時、紫にスキマを開いてもらった。

「じゃあ、どうするのよ?」

「……あなたはただ、結界を維持する事だけを考えなさい」

「でもっ!」

「ふぁあ~……おはようございます。霊夢さん、交代の時間です」

 さすがに1週間連続で結界を貼り続ける事は出来ない。なので、早苗に協力してもらっていた。先ほどまで早苗は休息を取っていたのだ。

「……わかったわ。2時間後に起こして」

「え? でも、霊夢さんほとんど寝てないじゃないですか!」

「それはあなたもでしょ?」

「うっ……」

 霊夢も早苗も響が心配なのだ。早苗も実際、1時間半しか寝ていない。

「わかりました……無理だけはしないでくださいね?」

「お互いに、ね」

 そう言い残し、霊夢は部屋を出て行った。残ったのは何も知らないで結界を維持する為の準備に取り掛かる早苗と下唇を噛んでいる紫だけだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 学校の帰り道。かなり激しい雨が降る中、傘を差してとぼとぼと歩く私。出さないように気を付けているのだが、少しでも気を抜くとため息が漏れてしまう。

(お兄ちゃん……)

 心の中で帰って来ない兄を呼ぶがそれに返答する声はない。でも、弱音を吐いてはいけない。あの夢の中でお兄ちゃんと約束したのだ。『雅ちゃんと奏楽ちゃんの事はまかせて』と。私が弱気になったら二人も心配してしまう。雅ちゃんなんか私に無理をさせないように明るく振舞ってさえいるのだ。自分も心配で心配でたまらないのにも関わらずに。

「頑張らなくちゃ……よし!」

 奏楽ちゃんの事は雅ちゃんにまかせていれば大丈夫。そう勘が言っているのだ。

「ん?」

 下に向いていた視線を前に向けると何やら空間に変な線が走っていた。まるで、空間に出来た“亀裂”。

(何だろう?)

 辺りを見渡しても人は見当たらない。その亀裂に近づき、恐る恐る指で突っつく。

「ひっ!?」

 すると、亀裂がボロボロと崩れて目の前に森が広がった。

「な、何……これ?」

 左右と後ろは普通の住宅街なのに前だけは森と言う不気味な光景が目に映る。

 ――望。

「ッ!?」

 その森の奥からお兄ちゃんの声が聞こえた。聞き間違いかもしれない。でも、何故か確信が持てた。

(この先にお兄ちゃんがいる……)

 普通の人間ならこれを見た瞬間、逃げ出すだろう。私だって早くここから離れたい。それでも――。

「お兄ちゃん!」

 気付けば、私は鞄を投げ捨ててその亀裂へ足を踏み入れていた。お兄ちゃんが心配だったから。お兄ちゃんに会いたかったから。

 



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第113話 夜雀

お詫びのもう一話です。
明日からはいつも通りの更新に戻ります。


 森に入ってから10分ほどが過ぎた。そこでやっと、自分の行動に疑問を持つ。もし、このまま帰れなかったら雅ちゃんと奏楽ちゃんに心配をかけてしまうのだ。

 今更、冷静になった私は立ち止って先ほどの亀裂まで戻ろうとした。だが、その時上から誰かの声が聞こえる。声質的に女の子だ。

「おーい!!」

 その人にここら辺の事を聞こうと考えたので大声で呼びかけてみる。

「ん? 誰?」

 どうやら、私の声が届いたらしい。木の上から女の子が飛び降りて来た。

「……え?」

 その姿を見て目を見開く。茶色の服。特徴的な帽子。ピンクの髪。背中から生えた翼。そう、『東方project』に出て来るミスティア・ローレライそのものだった。

「あれ? この辺に人間がいるのは珍しいね?」

「あ、はい。外来人です」

 『幻想入り』と言う東方の2次創作で外の世界から幻想郷に迷い込んだ人間の事を『外来人』と呼ぶらしい。目の前に現れた女の子がミスティアによく似ていたのでそう答えてしまった。

「へぇ~? なら、あんたを食べても誰も文句言わないよね?」

「へ?」

「大人しく食べられてね?」

「――ッ!?」

 その時、本能的に右に飛び退く。それと同時に私がいた場所に穴が開いた。

「あー! 避けないでよ!」

(何!? 何が起きたの!?)

 あの穴を開けたのは女の子だ。文句を言っていたし。だが、どうやってやったのかわからない。あの子との距離はだいたい4メートル。腕を伸ばしても届かないだろう。

「ま、まさか……」

 だが、あの子が本物のミスティア・ローレライだったらどうだ。指先からエネルギー弾を撃つ事が出来るはずだ。この距離で地面に穴を開ける事なんて他愛もない。

(じゃあ、ここは!)

 東方ファンなら一度は考えた事があるだろう。『幻想郷に行ってみたい』。私が行きついた答えが本当ならば、ここは――

 

 

 

「幻想郷!?」

 

 

 

 私は幻想の楽園に迷い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 どこだろう。体が動かない。声もでない。

 

 ――ここは貴方の魂の中です。

 

 あ、魂喰異変の時の……心にいた人。

 

 ――はい、心にいた人です。お久しぶりですね。

 

 ああ……てか、魂の中って言ったけど吸血鬼とかは?

 

 ――ここは私の部屋です。貴方の魂部屋は呪いに侵食されてしまったので。

 

 呪い?

 

 ――はい、貴方が飲んだあの薬に細工されていたらしいのです。

 

 マジか……外の状況はわかるか?

 

 ――紫と博麗の巫女、あと緑色の髪をした巫女さんが協力して呪いの効力を抑えています。

 

 霊夢と早苗か……紫は知ってるんだな。

 

 ――え? まぁ、はい。

 

 それにしても呪いか……薬を経由してかけたんだろうな。

 

 ――紫もそのような事を言ってました。そして、今のところどうする事も出来ないらしいです。

 

 ……だろうな。呪いの効果ってどんなんだ?

 

 ――内側から体を蝕むようです。今も少しずつですが……。

 

 そうか……後、何日ぐらいで死ぬ?

 

 ――そうですね。もって、3日。早くて明日には。

 

 うおっ……俺、ピンチじゃん。

 

 ――言葉の割には慌てている様子じゃありませんが?

 

 え? あ、ああ……何となくだけど誰かが助けてくれるような気がするんだ。

 

 ――……紫は無理だと言ったのに?

 

 いや、紫じゃない……ましてや、霊夢でも早苗でもない人に。

 

 ――勘ですか?

 

 まぁ、そんな所だ。

 

 ――私も……そう思います。

 

 え?

 

 ――ふふっ、私の勘って当たるんですよ?

 

 そうなの?

 

 ――はい。まぁ、それまで私とお話でもしましょうか?

 

 お話?

 

 ――男の娘と呼ばれてますがどう思いました?

 

 いきなり、変な事を聞くんじゃねーよ!!

 

 ――そうですか? なら、最近あったエッチな事は?

 

 ああ!! お前、あれだろ! 俺とまともな会話をするつもりないだろ!

 

 ――はい。

 

 誰かああああ! 早く、呪いを解いてくれええええええええ!!

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「逃げないでよ!」

「そんな言ったって!?」

 ミスチーが撃つ弾幕が地面を抉り、砂埃が舞う。その中を無我夢中で走り抜ける。

(ど、どうしよう!)

 あれから私は逃げ続けていた。それをミスチーはしつこく追って来る。弾幕を撃ちながら。あれに当たれば痛みで動けなくなり、喰われてしまうだろう。それを阻止する為の策を逃げながら考えていた。

(このまま走って逃げる……のは体力的に無理。向こうは飛んでるし。迎え撃つ……のも駄目だ。攻撃手段がない。なら――)

「ミスチー!」

 走りながら私は飛んでいる夜雀の名を呼ぶ。

「なっ!? あんたもその名前で呼ぶの!?」

 どうやら、他の人にも『ミスチー』と呼ばれた事があるようだ。

「外の世界じゃこっちで呼ばれる方が多いの!」

「え!? 本当に!?」

 因みにこの会話中も向こうは弾幕を撃ち続けている。早くしないと撃ち殺されてしまう。

「弾幕ごっこで勝負しよう!」

「へ?」

 急に弾幕が止んだので振り返って見てみるとミスチーはキョトンとした表情を浮かべていた。

「こういう時は弾幕ごっこで決めるのが幻想郷ルールでしょ!? どうなの!?」

「なるほど……やっぱり、私の事を知ってるって事は幻想郷の事も知ってるんだね。いいよ! やってやろうじゃない!」

 まず、第一段階――弾幕ごっこに持ち込む事に成功する。

「じゃあ、スペル数は2枚。被弾もしくは全部のスペルをブレイクされたら負けでどう?」

「うん。オーケー! じゃあ、行くよ!」

 第二段階。ルールを決める。クリア。後は――。

(被弾せずにスペルをブレイクする!!)

 誰もが無謀だと思うだろう。相手は妖怪。こちらは人間。力の差がありすぎる。だが、私には一つ、誇れるものがあった。

 NNN(ノーミスノーボムノーショット)。東方でもかなりの技術がいる戦い方だ。それで『東方紅魔郷』のエクストラステージ以外をクリアしていた。紅魔郷のエクストラは途中でお兄ちゃんが部屋にやって来てから私は東方をやっていないのだ。それでもミスチー相手ならいけるはず。

 しかし、問題がある。向こうはゲーム。指だけで自機を動かせる。しかし、こっちは実際に自分の体を動かさなければいけない。それにゲームは平面だったが、今からやろうとしている弾幕ごっこは弾が三次元に展開される。果たして、どれほどゲームで培って来た技術を活かす事が出来るだろうか。

「勝負!」

「あんたが負けたら大人しく私のご飯になってね!」

「なら、私が勝ったら……聞きたい事があるから教えてね!」

 そう叫んだが、一撃でも喰らえば私の死が確定するのだ。プレッシャーが襲って来る。

「まずは通常で!」

 そう宣言したミスチーは再び、弾幕を放つ。

(落ち着け……大丈夫。集中)

 自分に言い聞かせるようにそう、頭の中で繰り返して前に――ミスチーがいる方に駆け出した。

「いいの? そんなに近づいたら当たりやすくなるよ?」

「いいの!」

 離れて躱そうとすれば弾の密度は薄いがその分、広範囲に弾幕が展開される。もし、通常弾が残っている状態でスペルを使われたら薄かった密度もグッと濃くなってしまうのだ。そうすればピチュる事、間違いなし。

 ならば、ミスチーに接近すればいいのだ。近くならば弾も一か所に集まっている事が多く、躱しやすい。それに危ないと感じたら後退して安全圏に逃げ込んだ後、また前に出る事も出来る。

「む……なかなか、やるね」

 少しムスッとした顔をしながらミスチー。返答する余裕がないのでスルー。

「そっちがその気なら!」

 来る。瞬間的にそう思った。その証拠に通常弾を撃つのをやめたミスチーの手に1枚のカードが握られている。スペルカードだ。確か、ミスチーのスペルは相手を鳥目にしてその隙に弾幕を撃ち込む技だったはず。しかし、鳥目と言うのは暗い所で見えにくい目の事だ。今の時刻は午後4時半。森の中とは言え木々の隙間から太陽の光が差し込んでいる。つまり、鳥目にならない。

 だが、さすがにミスチーとの距離が近すぎたのでバックステップで離れる。

「ん? なんか戦い慣れてる感じがする?」

 ミスチーは私の行動を見て手を止めてそう呟いた。

「まぁ、ね」

 『ゲームで』、だなんて誰が言えようか。

「それに人間なら息切れしてもおかしくないよね?」

「部活で鍛えたから」

 因みに私が所属しているのはソフトボール部である。中学の3年間、ずっとやっていたので高校でも入ったのだ。練習がきついので有名である。まぁ、そのおかげでこうやって戦えているのだが。

「早く使ったら?」

 あまり興味がなさそうにしていたミスチーに向かって催促する。

「……なら、お望み通り! 夜雀『真夜中のコーラスマスター』!」

 ミスチーがスペルを唱えると大量の弾幕が私を襲った。

 



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第114話 穴

 迫る弾に私は全神経を集中させていた。これを切り抜ければ相手の残りスペル数は1枚。

 姿勢を低くして弾を躱し、すぐに左に飛ぶ。そのまま2回ほど地面を転がって立ち膝を付く姿勢になる。また、弾が迫って来ていたので落ちていた石を拾って投擲。さすがに相殺する事は出来なかったが、弾の軌道をずらす事に成功し、弾は私のツインテール(左の方)をほんの少しだけ掠めて後方に飛んで行った。

「ああ! 躱さないでよ!」

「無理言わないで!」

 理不尽なミスチーの要求に思わず、ツッコんでしまう。そのせいで逃げるのが少し、遅れた。

「きゃっ!?」

 右肩にグレイズする。掠っただけなので被弾した事にはならないが、あまりの衝撃に後方に飛ばされてしまう。急いで起き上がった頃には辺り一面に弾が迫っている。隙間は――ない。

(う……そ)

 こんな所で私は死ぬのか。その疑問がすぐに浮かび上がった。しかし、それも一瞬にして消え、お兄ちゃんの顔を思い出す。

「お兄ちゃん……」

 ここに来たのはお兄ちゃんを探す為だ。それなのにまだ、情報すら手に入れてない。お兄ちゃんに会うまで死ねない。死にたくない。

 そう思った時、弾と弾の間が少しだけ光ったような気がした。まるで、私を誘っているかのように。私は反射的にその光に向かって足を動かした。

「あ!」

 光が消えると同時に隙間を見つける。すぐさまそこへダイブし、躱す。

「なっ!?」

 ミスチーが躱されると思ってなかったようで声を上げて驚いた。だが、その先も弾幕の嵐が迫っている。どこかに穴がないか辺りを見渡しているとまた、光が現れた。

(何なんだろう? あれ)

 とにかく、今は躱し続けよう。そう思いながら、光の下に到着した。弾幕を観察するとその場が弾幕の穴だと判明し、5秒間留まる。そこでスペルがブレイクしたようで弾幕が消えた。

「躱し切った!?」

 ミスチーが目を見開いて驚愕する。その隙に足元に落ちていた石を拾ってダッシュした。NNNじゃやられる。自分からも攻撃しないと負けてしまうとわかったからだ。

「これも弾の一つだよね?」

 念のため、走りながら石をミスチーに見せつけ確認を取る。

「え? えっと……多分?」

 首を傾げるミスチーだったが、弾幕ごっこの途中だった事を思い出し通常弾を放って来た。スペルは残り1枚。きっと、温存させておくのだろう。

(今の内に!)

 その判断が間違いだった事をわからせてやろう。通常弾はスペルと比べれば弾幕の密度は薄い。その隙を狙うのだ。

 ここからミスチーまでの距離は4メートル。一応、中学の頃はソフトボール部でピッチャーをやっていたので届くはずだ。でも、普通に投げても躱されるだけ。どうにかしてぶつけないと。

(ん?)

 弾を躱しながら作戦を考えていると地面に何かが落ちているのを発見する。通り過ぎ様に拾うと白紙のスペルカードだった。どうやら、ミスチーが落としたらしい。見れば木の枝にでも引っ掛けたのだろう。服が破けている。あそこから落ちたようだ。

(これは、使える!)

 もちろん、私にはスペルがない。外来人だから。向こうだってそう思っているはずだ。

「仕方ない! 使いたくなかったけどスペルを使うわ!」

 そう、叫びながらわざとらしく、白紙のスペルカードを掲げた。もちろん、文字が書かれているか確認させないためにミスチーに縦に――つまり、表面を見せないようにだ。

「え!? あ、あんたスペル持ってんの!?」

 ミスチーは空中で器用に後ずさる。

「持ってなかったら弾幕ごっこすると思う?」

「た、確かに……こ、こうなったら私も!」

 私の策略に面白いようにハマり、スペルを取り出すミスチー。

(後はタイミング……)

 スペルを左手に持ち替え、右手の石をギュッと握った。早かったら通常弾に弾かれ、遅かったらスペルに飲み込まれる。

「――」

 でも、不思議と落ち着いていた。まるで、“誰かがタイミングを教えてくれる”事を予知しているかのように。それを証明するかのようにミスチーに光が集まって行く。

(3……2――)

 無意識にカウントダウンを始めた。時間が進むにつれ、光がどんどん強くなる。

(――1!)

「そこっ!!」「夜盲『夜雀の歌』!!」

 夜雀がスペルを発動すると同時にアンダースロー気味で石を投げた。石は弾幕の穴を通り抜ける。掠りもせず、ただ真っ直ぐミスチーに向かって飛んで行った。

「え!? ぐはっ」

 私が投げたショットは綺麗にミスチーの額にヒット。当たり所は良かった(向こうからしたら悪い)のかそのまま、ミスチーは地面に墜落。スペルもすぐに消えた。この勝負、私の勝ちだ。

「あは、あはは……」

 何とか、生き延びたらしい。安心した私はへなへなと乾いた笑顔のまま、その場にへたり込んでしまった。

 

 ミスチーとの激闘から5分が過ぎる。だが、夜雀は目を覚まさなかった。軽い脳震盪を起こしているようだ。

「う~ん……」

 普段なら急いでこの場を離れるだろう。しかし、弾幕ごっこで勝った今、ミスチーに食べられる事はない。それにお兄ちゃんについて聞けるのだ。それが私が勝った場合の報酬だった。

「でも、起きないんじゃ聞きようが……」

 仕方ないのでこの子が目覚めるまでここで待つしかない。溜息を吐いたその時、背後の草むらが揺れた。

(――来る!)

 何かを感じ取った私は瞬時にミスチーをお姫様抱っこし駆け出す。間髪入れずに私たちがいた場所に大きなムカデのような妖怪が飛び込んだ。あのままだったら、食べられていただろう。

「な、何なのよ!! もう!!」

 憧れの幻想郷は危険が一杯だ。諦めが悪いムカデだったようでしつこく私たちを追いかけて来た。

「はぁ……はぁ……」

 ソフトボールで鍛えた足が震えだす。女の子とは言え人――いや、妖怪一人を抱えながら走っているのだから。これでムカデの足が速かったら襲われていた。実際、ムカデのスピードは今の私と同じくらい。ミスチーが起きるまで死ぬ気で逃げ切れば助かる。

「ミスチー、早く起きてえええええ!!」

 私の悲鳴を聞いてもミスチーはうんともすんとも言わない。どうやら、死の鬼ごっこは当分、続きそうだった。

 

「ん?」

 迷いの竹林から出て来た私は木々が倒れる音に気付いた。人里にいる慧音と約束があったのだが、もしかしたら人間が妖怪に襲われているのかもしれない。

(仕方ないか……)

 白くて長い髪をなびかせ、音がした方へ飛んだ。

(それにしても……輝夜が直接、私の挑戦を断るとはな)

 先ほど永遠亭に行き、憎き輝夜に殺し合いを申し込んだ。いつもなら挑戦を断る時、 永琳か鈴仙が出て来るのだが、今日は本人が『今は忙しいの』と言い、扉を閉めたのだ。

(何が起きてるんだ?)

 ここ1週間、響の姿を見てないのも気掛かりだ。響とは意外に馬が合うのでお喋りする。それも頻繁に。

 更に慧音も響がどこにいるか知らないのもおかしい。響に来る依頼はほとんどが人里の住人からだからだ。さすがに1週間、響と慧音が会う、もしくは慧音が響を見かける事がないなんておかしすぎる。

「早くうううう!!」

「おっと……」

 忘れていた。今はあそこでムカデに追いかけられている女の子を助ける事に専念しよう。

「このやろう!!」

 右足に炎を纏わせ、ムカデの脳天に踵落としを決める。ムカデの頭部が地面に埋まった。

「もう一発!」

 動けなくなった敵の腹まで移動し、炎を纏った右手をギュッと握って真上に突き出す。その威力のあまり埋まっていたムカデが空中に放り出され、遠くの森に不時着した。

「大丈夫か?」

 これでムカデはしばらく動けないと判断した私は後ろで目を見開いていた女の子の方を見て問いかける。

「も、もこたん……インしたお」

「は? てか、そいつミスティアじゃないか!?」

 女の子の言葉より彼女が抱えていた妖怪に注目する。ぐったりとしていたが、気絶しているだけのようだ。

「よ、よかった……助かった~!」

 しかし、向こうは私の問いに答える気はないらしく、安堵の溜息を吐いている。

「?」

 改めて質問しようとした時、ツインテールの女の子が着ている服がどこか、響の服装に似ている事に気付いた。

 




望の服装は高校の制服です。響も万屋の仕事をする時は高校時代に着ていた制服を着ているので妹紅は2人の服装が似ていると思いました。


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第115話 発覚

「……ん」

 おでこがヒリヒリする。どうやら、気絶していたようだ。

(確か、外来人と弾幕ごっこをしてて……)

 弾幕の隙間から石が飛んで来るビジョンを思い浮かべた所で記憶が途切れている。頭にヒットして脳震盪を起こしてしまったらしい。

「やっと、目が覚めたか……降りてくれ」

「へ?」

 目を開けると勝手に空を飛んでいた。いや、運ばれているのだ。下の方から声が聞こえたのでそちらを向くと長くて白い髪が目に入った。

「ほら、お前は飛べるんだから」

「え? あ、うん」

 服装から藤原妹紅と判断し、すぐに彼女の背中から飛び立つ。火あぶりにされてはたまらない。

「さすがに2人同時に運ぶのは大変だったぞ……バランスを取るのもな」

「あー、ゴメン」

 妹紅の隣に移動すると私と弾幕ごっこしていた女の子がスヤスヤと眠っていた。妹紅は彼女をお姫様抱っこし、私を背中に乗せて飛んでいたようだ。

「えっと……何があったの?」

「それはこっちの台詞だ。この子がムカデの妖怪に襲われてるのを助けたら、すぐに倒れちゃったんだ」

「ムカデ?」

 数か月前――まだ雪が降っていた頃、響が妖力を飛ばしただけで追い払ったあの妖怪を思い出す。

「で、彼女はお前を抱っこしたまま走ってたんだよ」

「え!?」

 思わず、声を上げて驚いてしまう。この子は幻想郷を知っているタイプの外来人。つまり、私が妖怪だと言う事も知っていたはずだ。それなのにどうして助けたのだろう。

「何があった?」

「そ、それは――」

 妹紅に覚えている限りの事を伝える。

「外来人か……ちょっと、見てみろ」

「ん?」

 妹紅の視線の先は女の子の着物だった。何だろう。

「見た事があるような……ないような」

「だろ? 色から装飾……どれも響が着ている服と似ているんだ。まぁ、スカートとズボンとか大きな違いはあるけどな」

「でも、『自分は外来人だ』って言ってたよ?」

 響はこの幻想郷のどこかで暮らしている(ミスティアも響が外の世界から来ていると知らない)。ならば、この子は響が外の世界にいた頃の知り合いとなる。しかし――。

「響の服は仕事の制服だって言ってたよ?」

「だよな……なら、この子も?」

 響の仕事仲間。そう言う事になる。

「とにかく、人里に連れて行く。お前は帰れ」

 前を見るとそろそろ、人里に到着するだろう。

「いや、一緒に行くよ。約束あるし」

 普通の妖怪なら人里には入れない。でも、私は屋台の食材を買う為に頻繁に通っているのだ。

「約束?」

「弾幕ごっこしたって言ったでしょ? 負けたんだよ、私」

「え?」

 そこで目を見開く妹紅。

「それもスペルなんて持ってない人間に。その子が使ったのは2つの石ころだけ。それで負けたの。で、戦う前に約束したんだ。『勝ったら聞きたい事がある』って」

「……」

「ほら、早く行こう」

 多分、妹紅も思ったのだろう。

 

 

 

 この子は一体、何者なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かわかったら連絡する。それまでは不安だと思うけど我々に任せて欲しい」

「はい、お願いします」

 昨日、望は帰って来なかった。そして、家の近くで望の鞄が見つかったのだ。望に何かあったのは明確。そこであまり頼りたくなかったが、警察に連絡した。

「あ、これは私の名刺だ」

「ありがとうございます」

 刑事さんから名刺を受け取る。見てみると『東 幸助』と書かれていた。

「まぁ、この家にもう一枚あるけどね」

「え?」

「いや、去年の夏に望さんのお兄さん……響さんが失踪してその時もここに来たんだよ」

 きっと、響が初めて幻想郷に行った時の話だ。

「で、また連絡があって……そしたら、雅さんと奏楽ちゃんだったかな? 家族が増えていて吃驚したよ」

「居候なんです。事情がありまして……」

「そうか……しかし、響さんはすごいね。妹さんの他に2人の女の子を養うなんて」

「はい、本当に……」

 幻想郷での仕事は正直言って死ぬ恐れがある。響がいくら強くたって。

「本当に――どんな仕事をしているんだろうね?」

「?」

 何だろう。刑事さんの目が一瞬だけ鋭くなったような。

「雅……」

「ん? どうしたの?」

 隣で静かにしていた奏楽が急に私が着ている制服の裾を摘まんだ。まるで、不安を感じているかのように。

「では、私はこの辺で。響さんも一緒に探しておくから」

「お、お願いします!」

 最後まで笑顔を浮かべたまま、刑事さんが帰って行った。

「……あの人、怖い」

「奏楽?」

「怖い……よく、わかんないけど怖いの」

 その証拠に奏楽の手に力が入る。

「……大丈夫。私たちが奏楽を守るから」

 きっと、刑事特有の雰囲気のせいだろう。だが、奏楽は首を横に振った。

「あの人、何かお兄ちゃんに悪い事をしようとしてる……」

「悪い事?」

「ゴメン、雅。ここまでしかわかんない」

 奏楽の能力は『魂を繋ぐ程度の能力』。人一倍、相手の考えている事を感じ取りやすいのだ。

「……なら、私たちが響を守ろう!」

「……うん!!」

 そう頷いた奏楽はギュッと抱き着いて来た。少し吃驚するがそれに応えるように私もギュッと抱きしめる。響に続いて望までいなくなったのだ。寂しいに決まっている。

(響、望……早く、帰って来て)

 そうじゃないと私も耐えられなくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 体がダルイ。風邪を引いて高熱を出した次の日のようだ。しかし、ずっとこのままでいるわけにもいかず、体を起こしてキョロキョロと辺りを見渡す。全く、見覚えがなかった。まだ、ぼんやりしている頭を動かして状況を把握する。

「そうか……」

 ムカデの妖怪に襲われている所をもこたんに助けられて、疲労で倒れたのだ。きっと、もこたんが運んでくれたのだろう。

「目が覚めたのか?」

「あ……」

 部屋に入って来た女性――慧音だ。服装や帽子ですぐにわかった。彼女がいると言う事は私がいるこの場所は『寺子屋』のようだ。

「調子はどうだ?」

「え? あ、だ、大丈夫です……」

「おっと、安心してくれ。君が私たちの事を知っているのは妹紅に聞いた。肩の力を抜いてくれ」

 よかった。急に『慧音さん』と呼んだら混乱させてしまうと思い、どうしようかと悩んでいた所だったのだ。

「わかりました。慧音さん」

「うむ。では、朝ごはんにしよう。妹紅たちも君の事を待っているから」

(朝? 妹紅“たち”?)

 私がここに来たのは夕方だ。それに慧音さんの口ぶりからもこたん以外にも人がいるらしい。

「ついて来てくれ」

「は、はい」

 大人しく慧音さんの後を追う。そして、とある部屋に入った。

「お? よかった。起きられたんだな」

 そこにはもこたんと――。

「あ、このお味噌汁、美味しい。慧音、後で教えて」

 ミスチーがいた。

「あ、あれ? 何でミスチーが?」

「おはよう。何でって私に何か聞きたい事があったんでしょ?」

 どうやら、弾幕ごっこで負けたから私が出した条件を飲むつもりらしい。

「そうだけど……うん、ありがとう」

「……で? 聞きたい事って?」

 顔を紅くしたまま、ミスチーが問いかけて来る。照れているようだ。

 だが、私はもこたんの方に向き直る。

「その前に、もこたん……じゃなくて、妹紅さん。何か私に質問があるんじゃ?」

 何故だろう。確信はなかったがわかってしまった。

「え!?」

「それにミスチーも慧音さんも同じ疑問を抱いていませんか?」

「「……」」

 妹紅さんたちはお互いに目を合わせる。

「多分、私と同じ疑問です。では、同時に質問しますよ? 準備はいいですか?」

 私はそう言い放つ。

「は?」

 唐突すぎる提案に妹紅さんが目を見開いた。

「行きますよ? せーのっ!」

「ちょっ!」

 

 

 

「「音無 響を知ってる?」」

 

 

 

 そこで私たちは理解した。

 私と妹紅さんの疑問が同じだって事に。

 そして、私には何か『能力』がある事も。

 



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第116話 居場所

 数分間、誰も喋らなかった。妹紅さんたちは驚愕で、私は戸惑いで。

(能力か……)

 今、思えば去年の夏。東方をほぼクリアした時だ。あの時もミスチーとの弾幕ごっこのように光が見えた。そして、そこに自機を移動させると簡単に弾を躱せるのだ。あれから時々、お兄ちゃんの言葉に違和感を覚えたり相手の嘘がわかったりもした。それも能力が原因らしい。

(そんなに前から能力、持ってたんだ……)

「すまない、取り乱してしまった。えっと、君は響とはどんな関係なんだ?」

 そこで慧音が正気に戻り、質問して来た。

「はい、妹です。名前は音無 望と言います」

「そうか……君が妹さんか。よく、響から話を聞いていたよ」

「そ、そうですか……」

 少し、恥ずかしくなって誤魔化すように味噌汁を啜る。

「丁度よかった。実は1週間ばかり響を見かけてなくて心配してたんだよ。今、あいつどうしてる?」

 そう言いながら妹紅さんが安堵の溜息を吐いた。

「え?」

「……まさか、望も響の居場所がわからないのか?」

 どうやら、妹の私ならお兄ちゃんが、どこにいるか知っていると思ったらしい。いや、それよりもだ。

「お兄ちゃん、ここに来てないんですか?」

「「お兄ちゃん?」」

 しかし、私の問いかけより何故か『お兄ちゃん』に反応する慧音さんと妹紅さん。

「い、いや、お姉ちゃんの間違いだろ?」

「は? お兄ちゃんは男ですよ? 本人から聞いてないんですか?」

「「……ないない」」

 何故かは知らないが女にしか見えない兄は2人の誤解を解いていないようだ。

(多分、紫に口止めされてるんだろうね……)

 幻想入りの原因はほぼ八雲 紫にある。ならば、外の世界と行き来させる代わりにここでは男である事を秘密にしろ、と言われたに違いない。理由は簡単。“そうした方が面白そうだから”。

「何言ってんの? 響は男だよ?」

「「「え?」」」

 てっきり、ミスチーもお兄ちゃんの事を女だと勘違いしていると思っていたので聞き返してしまった。

「響から聞いたもん」

「……因みにお兄ちゃんに会ったのっていつ?」

「そうだな……脱皮異変前だったと思う」

「脱皮異変?」

 ゲームに登場していない異変だ。

「ああ、私と妹紅が響と初めて会った時に起きた異変だな」

「そうそう。普通の人間だと思ってたのに強かったよ」

 その時の事を思い出しているのか妹紅さんが苦笑しながら呟く。

「へぇ~。お兄ちゃん、強いんですか?」

「異変を解決できるレベルだ。脱皮異変、狂気異変。そして、魂喰異変を解決して来た。まぁ、狂気異変は響自身が起こした異変だけど」

 慧音さんが丁寧に説明してくれた。

「お兄ちゃんが異変を?」

「ああ……何やら、紅魔館の悪魔の妹が原因らしいが詳しい話を聞かせてくれないんだ」

(フランが原因?)

 フランドール・スカーレット。私が一番、好きなキャラだ。ここに来たのなら一度は会ってみたい。

「まぁ。脱皮異変の時は自己紹介どころじゃなかったからな……」

「そうなんですか?」

「ああ、私なんか戦闘中に会ったし」

 なるほど、それならばお兄ちゃんは自分が男だって言えなかったのも頷ける。

「私からも一ついいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

「その服は響と似ているけど何でなんだ?」

 慧音さんの言葉からしてお兄ちゃんは今でも高校の制服で幻想郷に来ているらしい。

「これ、外の世界の高校……寺子屋みたいな場所の制服なんです。お兄ちゃんと同じ学校なので制服も同じなんですよ」

「でも、響はズボンで望はスカートだよ?」

 ご飯を食べながらミスチー。

「お兄ちゃんのは男用。私が着ているのは女用なんです」

「服で区別、付けてるんだな」

「そんな感じですね」

「……で、響はどこに?」

 ミスチーが首を傾げながら皆に問いかける。

「「「あ……」」」

 世間話に夢中になっていてお兄ちゃんの事を忘れていた。

「望の所に帰って来ていない。そして、人里にも来ていない」

 慧音さんは顎に手を当てつつ、呟く。

「私もお兄ちゃんを見たのは1週間前が最後です」

「ふむ……時期も同じか」

「これは何かに巻き込まれたって考えていいかも」

「……あ」

 私、慧音さん、ミスチーが唸っていると妹紅さんが何か思い出したようだ。

「どうした、妹紅?」

「え? あ、いや……この1週間で変わった事がないか考えてたんだけど今日、輝夜に喧嘩を売りに行ったら輝夜本人に断られたなって」

「また、お前は殺し合いに行ったのか?」

「いや、暇だったから」

 妹紅さんの発言に溜息を吐く慧音さん。

「それより、いつもは輝夜さん以外の人が断るんですか?」

「ああ、普通なら兎やら薬師が出て来るんだけど……『今日は忙しい』って」

「……お兄ちゃんは永遠亭にいるんでしょうか?」

 もし、お兄ちゃんが事件に巻き込まれ、大けがを負っていたなら輝夜さんが断る理由になる。お兄ちゃんを治療するのに精いっぱいで永琳もウドンゲも出て来られないかもしれないのだ。

「「「ない」」」

 だが、私以外の3人が同時に否定した。

「そ、そこまで言い切れるんですか?」

「言い切れる。多分、彼はお前を心配させないように何も言わなかったと思うが実は……響、怪我をしないんだ」

「怪我を……しない? それほど強いって事ですか?」

「いや、逆に多い方だ。1か月前、私と一緒に妖怪退治に行った時なんか左腕を食い千切られていたからな」

「なっ!?」

 慧音さんはお兄ちゃんの腕を食い千切られたと言った。でも、お兄ちゃんの左腕は普通にあったではないか。混乱する私に妹紅さんが説明してくれる。

「響には『超高速再生能力』があるんだ。怪我をした場所に霊力を流すと一瞬にして治っちまうんだ。どんな大きな怪我でもな」

「つまり、響は怪我をしないんじゃない。『怪我が残らない』。その場で治してしまうから永遠亭に行く必要がないんだ」

「だ、だったら! 何か病気が!」

「望、ここの事を知ってるんでしょ? あそこの薬師の能力は?」

 呆れ顔でミスチーに言われ、思い出した。

「『あらゆる薬を作る程度の能力』……」

「そう。だから2~3日はかかるとしても薬が出来上がるのに1週間は長すぎるんだよ」

 怪我でもなく病気でもない。もし、それが正しいのなら永遠亭にいるはずがないだろう。しかし――。

(お兄ちゃんは絶対、そこにいる)

 私の能力が発動したのか確信できた。

「……お願いします。永遠亭に連れて行ってください」

「いや、だから響はあそこにはいないって……」

 妹紅さんが少し困った顔をして言う。

 

 

 

 

「私の能力がそう言っています」

 

 

 

 

「……能力?」

 目を細めた慧音さん。少しだけ空気が重くなる。

「はい、ミスチーにはわかると思うけど私は弾幕の隙間を見つける事が出来ます。それに相手の嘘も見抜ける」

「私たちは嘘を言っているつもりはないけど?」

 ミスチーはムスッとしてしまった。言いがかりをつけられたと思ったのだろう。

「確かにミスチーたちは嘘を吐いてない。でも、他にもわかるんです。タイミングとか色々……ましてや、妹紅さん」

「何だ?」

 急に話を振られた事に吃驚しているようだが、すぐに聞く態勢に入ってくれた。

「私とミスチーがムカデに襲われていた時、妹紅さんはどこから来ました?」

「え? 永遠亭の帰りだったから迷いの竹林かな?」

「なら、私たちが向かっていた方角に何があったか思い出せます?」

「……人里」

「これは偶然じゃありません。私は能力に導かれて人里に向かっていました。そして、最後に慧音さんたちが疑問に思っていた事を言い当てました」

「「「……」」」

「ここまで言えばわかるんじゃないんですか? 私には何か能力があるって」

 その一言を聞いて息を呑む3人。一気に畳み掛ける。

「それも『察知』、『読心』というかなり強力な能力です。私もさっき、気付きました。なら、“他にも能力があってもおかしくない”。例えば……『探索』」

「……君の言った事が本当なら響は永遠亭にいるのか?」

「はい」

 正直言って根拠はない。ただの勘だ。でも、この勘だと思っている事が私の能力が導き出したのなられっきとした能力と言えよう。

「……わかった。永遠亭に行ってみよう。いなくてもまた、考えればいい」

 作戦、成功。言ってしまえば、私の発言に根拠などない。全ては私の考え。それも自分でもよくわかっていない事だ。

 しかし、私はわかっていた。『こう言えば、3人は納得してくれる』と。これも私の能力なのだろうか。

「じゃあ、行きましょう!」

 急いで立ち上がり、私は部屋を出た。

「おい! 出口は分かるのか!」

「はい! 分かります!」

 後ろからミスチー、妹紅さん、慧音さんの足音を聞きながら私は廊下を歩く。確かに私は出口の場所を知らない。だが――。

 

 

 

 

 私の行き先を示すように目の前で光が輝いていた。まるで、お兄ちゃんの居場所へと導くように。

 



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第117話 突破

「ありがと、ミスチー」

「いいよ。望だって私を運んでくれたでしょ?」

 幻想郷上空。私はミスチーに抱っこされていた。

「能力は強力なのに飛べないってお前のアニキそっくりだよ」

 横に並んで飛んでいる妹紅さんが苦笑しながらそう言った。因みに慧音さんは人里に残っている。さすがに出られないそうだ。

「お兄ちゃんも?」

「ああ、最初の頃は自分の力で飛べなかったらしいぞ? 今は指輪を使って飛んでるけど」

「指輪?」

 去年の夏に仕事から帰って来たお兄ちゃんの右手に指輪がはめられていた。きっと、あの指輪にそう言った力があるのだろう。

「お? 見えて来たぞ」

 妹紅さんの声で前を見ると竹林が姿を現す。それは本当に迷いそうなほど大きかった。

「……ミスチー、降ろして」

「え?」

 私の発言を意外だったらしく、聞き返して来る。

「まだ、私の能力が本物かどうかわからないの。だから、ここで試す」

「おい? それって上からじゃなくて竹林の中を進むって言いたいのか?」

 妹紅さんが目を丸くしたまま、問いかけて来た。

「はい」

「無茶だ! あそこは本当に迷う! 下手したら迷って飢え死するぞ!」

「もし、私が道を間違っていたら妹紅さん教えてください」

「でも、早くアニキに会いたいだろ!?」

「駄目なんです!」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

「駄目なんです……何となくだけどお兄ちゃんは今、危険に晒されているってわかるんです。そして、これも根拠はないけど私の能力が必要になると思うんです」

「だからって何もそこまでしなくても……」

 ミスチーがそこまで言ったところで首を横に振る。

「今まで自覚して能力を使って来なかったの。だから、必要な時にこの力を十分、引き出せるか試さなきゃ」

「……わかった。私たちはお前の後ろを歩く。でも、少しでも道が外れたらすぐにやめさせるからな」

「ちょっと! さすがに……」

 まだ、納得できていないミスチーだったが妹紅さんの目を見て口を閉ざした。

「ありがとう。妹紅さん」

「……この努力が無駄にならないといいな」

「……はい」

 もう、竹林は目の前だ。

(待っててね。お兄ちゃん……)

 私は1回、深呼吸して覚悟を決めた。

 

 

 

 ――そろそろ、あなた死にますよ?

 

 いや、知ってるけどさ。どうする事も出来ないんだけど?

 

 ――そこはほら、お得意のベタな覚醒で。

 

 得意じゃねーよ! それに何だよ! 覚醒って!!

 

 ――いけますって! 前だって霊力爆発させましたし!

 

 魂喰異変の時の話か? 確かにあの時は覚醒みたいなのはしたけどよ。

 

 ――そのおかけでトールとのシンクロも出来たわけですし

 

 あ、やっぱり覚醒してなかったら出来なかったの?

 

 ――はい。した瞬間、トールの神力に飲み込まれていたでしょう。

 

 マジか……。

 

 ――そりゃ、彼女……いえ、前は彼でしたか。彼は神ですよ? 量で比べたら山と塵です。

 

 そこまでか!?

 

 ――まぁ、今のあなたの霊力は砂山程度まで増えましたが……。

 

 結構、増えたな! おい!

 

 ――そんな事より、早く何とかしないといけません。

 

 そうは言っても俺、身体は愚か目すら開けられないんだぜ? お前の姿も見えねーし。

 

 ――見なくて結構です。動けないのは私があなたに馬乗りになっているからですよ。

 

 何やっとんじゃ!! 早く、降りろや!!

 

 ――え?

 

 俺、そこまで意外な事、言いましたか!?

 

 ――キャラが変わってますよ?

 

 お前がそうさせんだよ! 俺、普段はここまで叫ばないよ!

 

 ――あら、私の事は特別だと?

 

 ある意味ではね! でも、決していい意味じゃないから!!

 

 ――では、本題に戻ります。

 

 お、おぅ……

 

 ――今、あなたの魂部屋で吸血鬼たちが戦っています。

 

 え? マジ?

 

 ――はい。

 

 なら、俺も最初から戦えば……。

 

 ――あなたは呪いの効果を一番に受けました。なので、瀕死の状態だったんです。先ほど、馬乗りになっていると言いましたがそれは現在進行形であなたを治療しているからです。

 

 まさか、そんな理由があるとは。

 

 ――後、1時間もしたら動けるようになります。それまで彼女たちが生き残っていたらいいのですが……。

 

 もし、負けたら?

 

 ――魂部屋が呪いに完全に侵食されて、あなたは死にます。

 

 ものすごくわかりやすいな……。

 

 ――1時間したらあなたを部屋へ転送します。それまで私と会話しててください。

 

 これ以上、お前と話してると戦う前に体力が底を尽くわ!

 

 ――え? いい感じに緊張感がほぐれません?

 

 ほぐれねーよ!

 

 ――まぁ、それはいいでしょう。

 

 うわ、話を逸らしやがった。

 

 ――もうすぐ、到着しますよ?

 

 は? 誰が?

 

 ――救世主です。

 

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす……」

 無事に永遠亭に辿り着いた私は恐る恐る扉を開けた。外から呼びかけても誰も出て来なかったのだ。

「……まさか、本当に辿り着くとは」

 後ろで妹紅さんが目を見開いたまま、呟いた。

「おかげで何となく、この能力の使い方がわかりました」

 その経験を活かして永遠亭の中にお兄ちゃんがいないか確かめる。

「……! いました! 奥にある部屋にいるようです!」

「ほ、ほんと!?」

 ミスチーの驚く声が廊下に響いた。その問いかけに一つだけ頷く事で答える。

「こっち!」

 靴を脱ぎ捨てて、廊下を走り始めた。後ろからミスチーと妹紅さんが付いて来る。

「侵入者発見! 今の永遠亭には部外者は立ち入り禁止ウサ!」

 すると、前からてゐが走って来た。私たちの邪魔をするらしい。

(させない!)

 てゐの足目掛けてスライディングをかます。

「ウサ!?」

 まさか、攻撃して来るとは思っていなかったのか私のスライディングを受けたてゐはこけて空中に身を投げ出した。

 

 

 

 ――ガシッ!(私がてゐの腰を両腕で抱き抱える音)

 

 

 

 ――――ゴンッ!!(てゐにジャーマンスープレックスを決めた音)

 

 

 

 ――――――ガクッ……(てゐの体から力が抜けた音)

 

 

 

「よし! 行こう!!」

 兎の屍を乗り越えて私は再び、駆け出した。

「「……」」

 口をあんぐりと開けていた夜雀と健康マニアも慌てて追いかけて来る。

「まさか、てゐを突破するなんてね! でも、私は甘くないわ!!」

 しかし、今度はうどんげが現れた。目を合わせないようにしないといけない。

「妹紅さん! 火球一発! 弱火で!」

「お、おう……って、弱火ってなんだよ!!」

 急ブレーキをかけ、立ち止まった。それと同時に背後から少し小さめの火球がうどんげに向かって突進する。

「ちっ!」

 視界が火球でいっぱいになったうどんげが舌打ちしながら座薬弾を撃つ。妹紅さんの火球は私の指示通り弱火(弱め)だったらしく、火球は派手にはじけ飛んだ。

「ッ!?」

 座薬弾をギリギリで躱す形で私は火球の中を突っ切る。うどんげが驚愕しているのが気配でわかった。

「せいっ!」

「きゃあ!?」

 しゃがんでうどんげの足を右足で払う。不意を突いたので簡単に玉兎は後ろに引っくり返った。

「そのまま、ドン!!」

 思い切り、ジャンプして空中で一回転。すぐさま、左足を伸ばしてうどんげの鳩尾目掛けて踵を落とす。

「ぐふっ……」

 綺麗に決まった。うどんげがその場で伸びる。

「よし! 急ごう!!」

 わかる。どれくらいの力で、どれほどの角度で、どのタイミングで体を動かせば自分がイメージした動きが出来るのがわかるのだ。これも能力の1つ。

「そうはさせないわ。本当に危険なの」

 走り出そうとしたが、いつの間にか永琳が目の前に佇んでいた。

「危険?」

「ええ、これ以上、この先に行けば危険よ。貴女が」

「……でも、行かなきゃならないんです」

 この先にはお兄ちゃんがいるのだから。

「……そう、なら気絶しててもらうわ」

 目を細めた永琳の手に弓が握られている。

「まずい! きっと、矢に薬が塗られているぞ!」

「皆、躱して!」

 そう叫んだ刹那、永琳から一本の矢が射出した。私は軌道がわかっていたので、すかさず左に飛んだ。

「うおっ!?」「うわっ!!」

 チラリと後ろを見ると二人も何とか、回避していた。

「ちょっと、いい?」

「「え?」」

 急いで二人に駆け寄り、作戦を伝える。

「ほら、固まってたら当たるわよ」

 今度は3本同時に撃って来た。妹紅さんは自力で私はミスチーにタックルをかまして避ける。

「あ、ありがと……」

「いいって。この作戦はミスチーがいないと成り立たないんだから」

「……頑張るね」

「頼んだよ……永琳さん!」

 私は作戦通り、永琳さんに声をかけた。

「何かしら?」

「この奥には何があるんですか?」

「この奥にある物を貴女は狙ってるんじゃないの?」

「質問に質問で返すのはマナー違反ですよ?」

「数年前まで引き籠っていたから今のマナーなんてわからないわ」

 肩を竦めながら永琳さん。

「ちゃんと勉強した方がいいですよ?」

「なら、貴女が眠って目を覚ましたら教えて貰おうかしら?」

「すみません、眠るのはこの奥にある物を手に入れてからで」

「あら? この奥にある物は知らないんじゃないの?」

「知りません。この奥にある物の“状態”は。正直言って心配で心配で眠れそうにはありません」

 私の口ぶりからお兄ちゃんの事を知っていると気付いたらしく、永琳が目を細める。

「大丈夫よ。私の薬は不眠症でも2秒で眠れるわ。まぁ、あまりにも寝心地が良くて永遠に眠る事もあるけど」

「それはあまりにも寝心地が良すぎるんじゃ?」

「ええ、だから少し抑えようと改良中よ」

「なるほど。では、その薬を飲んだ人に聞かせる歌の試し聞きでもして行ってくださいな」

 気付けば廊下に黒い煙が立ち込めていた。視界が薄暗くなる。

「……私とした事が貴女とのお喋りが楽し過ぎて気付かなかったわ」

「永琳さんが気を引かれるような会話をしましたから」

 能力万歳。

「まさか、そこの蓬莱人があえて弱い炎で廊下に使われていた木を燃やすなんて」

「一酸化炭素中毒の危険性があるので後で換気してください」

「ええ、でも貴女を眠らせてからね!」

「ミスチー!」

「うん!」

 私が呼びかけるとミスチーが歌い始めた。

「……やられたわ。まさか、こんな所で鳥目にされるとは」

「……本当は躱せましたよね?」

「それは言わないのがお約束よ」

「すみません。では、失礼します」

 私の能力で鳥目にされても道がわかる。永琳の横を素通りして先に進んだ。

「あなた達は行かなくていいの?」

「あいつには驚かされてばかりで心臓もたなくてね」

「あなたの心臓は死なないんじゃないかしら?」

「そうは言っても精神的に疲れるんだよ」

 後ろからそんな会話が聞こえた。どうやら、妹紅さんたちはあの場に留まるようだ。私も呼びに戻りはしなかった。

(お兄ちゃん……!)

 廊下を走り続ける。あった。あの部屋から光が出ている。

「はぁ……はぁ……」

 がむしゃらに走ったせいで息が荒くなっていた。心臓の音がうるさく感じるほどバクバクしている。あれだ。あの部屋だ。ゆっくりと扉に手をかけた。深呼吸してから勢いよく開ける。

 その部屋の中にはこちらを見て目を丸くしている紫と早苗。欠伸をしながら私をチラ見した霊夢。そして――。

 

 

 

「いた……」

 

 

 

 

 結界の中でドス黒い煙を噴出しているがあれは間違いない。

 

 

 

 

 

 お兄ちゃんだ。

 




心にいた人と話す時、響のキャラが変わるのには深い理由はありません。心にいた人があまりにもうざいのでツッコんでいるだけです。


あと、てゐとうどんげを一撃で沈められたのは望の能力で『ここを攻撃すれば一撃で気絶させられる』と察知して攻撃したからです。決して、望が人外レベルの力を発揮しているわけではありません。


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第118話 望の力

 薄暗い部屋で私は息を呑んでいた。もちろん、お兄ちゃんの事もあるがこの部屋の空気だ。

(何、これ?)

 重た過ぎる。正直言って部屋に入りたくない。でも――。

「紫さん」

 お兄ちゃんの状態が気になる。意を決して部屋に入りながら、紫さんに声をかけた。

「……何かしら?」

「説明、してくれます?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 そこで早苗が乱入して来る。

「この部屋は危険です! 早く出て行ってください!」

「それぐらいわかってます」

「なら!」

「でも、私にはやらなくちゃいけない事があるんです。早苗さん」

 名前を呼ばれて再び、驚愕する早苗さん。

「早苗、その子はいいのよ」

「で、でも……」

「私が言ってるのよ?」

 霊夢の顔は無表情。しかし、直接言われてない私も数歩、後ずさってしまった。威圧感が尋常ではない。

「霊夢、響が目を覚まさないからってイライラするのはどうかと思うわよ?」

「……はいはい。ご飯食べて来るわ。ねぇ」

「は、はい!」

 通り過ぎ様に霊夢に話しかけられた。

「響の事……頼んだわ」

「え?」

「よかったわ。貴女が来てくれてやっと、勘が働いたから」

「れ、霊夢さん?」

 言っている意味が分からなかったが、何も説明せずに霊夢さんは部屋を出て行ってしまった。

「説明しなくていいの?」

 硬直していると後ろから紫さんにそう言われる。

「あ! お願いします!」

 それからお兄ちゃんに呪いがかけられた事。干渉系の能力が効かず、紫さんの『境界を操る程度の能力』が通用しない事。危険な状況に陥っている事を話してくれた。

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「能力が通用しないって全くなんですか?」

「……本当に変な子ね。いえ、魂の入り口までは行けるわ」

「魂の入り口?」

 聞き慣れない単語に首を傾げる。

「響がかけられた呪いが響の魂に侵食し内側から攻撃する物なの。対処する為にはまず、魂の中に入らなくちゃいけなくて……」

「でも、干渉系の能力が効かない」

「そう言う事。他には?」

「能力を使わなくても解呪、出来ないんですか?」

「出来たらしたわ。でも、呪いの種類が複雑すぎるのよ。東洋の魔法はもちろん、西洋、陰陽術やら私ですら見た事のない術式が組み込まれているの。時間があれば出来なくはないけど時間がなさ過ぎる」

 つまり、複数の術が複雑に混ざり合っていて一つを理解していても他の術が邪魔してしまう。解呪する為には全てを知っていなければならない。

(だから、畳の上に本が……)

 1週間ずっと、調べていたようだ。紫さんも諦めてなかったらしい。

「最後です。解呪って紫さん以外にも出来ますか?」

「そうね……出来なくもないけど」

「なら、私がやります」

「……私の話を聞いていなかったのかしら?」

 『お前のような素人に何が出来る?』と言いたいのだろう。

「私は迷いの竹林を歩いて抜けて来ました」

「え?」

 早苗さんが声を上げて驚く。紫さんも目を細めたので同じだろう。

「もちろん、一人でです」

「……まぁ、運が良かったら出来るんじゃない?」

「私の体を見てください。傷、ありますか?」

 紫さんの発言を無視して質問する。

「ないわね」

「迷いの竹林にも妖怪は住んでいます。足音や匂いで気付かれるんじゃないですか?」

「……そうね」

「でも、私には傷がない。言っておきますけど私は飛べないし弾幕も撃てません」

「そ、それなら能力で切り抜けたんじゃないですか?」

 『早苗さん、墓穴掘りましたね?』と言うかのようにニヤリと笑う私。紫さんもそれに気付いたのか溜息を吐いた。

「ええ。能力で切り抜けました……と言うより能力を駆使して妖怪を避けたとでも言うのでしょうか?」

「つ、つまり?」

「“迷いの竹林を妖怪に出会わないように歩いた”と言う事です」

「そ、そんな事が!」

「それと、永遠亭に入ったらてゐ、ウドンゲ、永琳さんに襲われました。しかし、私はここに来た。しかも、無傷。言ってる意味がわかりますね?」

 あの3人を無傷で倒したのだ。

「「……」」

「まぁ、妹紅さんとミスチーの力を借りましたが……私の能力には『察知』、『読心』などがあります」

「……何が言いたいの?」

「私には私自身すら把握し切れていない能力があると言う事です。紫さん、試しにその呪い、私にも見えるようにしてください」

 今、この場の主導権は私が握っている。どのように会話すればこの状況を作りだす事が出来るのかも能力が教えてくれた。

「……わかったわ」

 数秒間、思考した後に紫さんが横に手を払う。すると、目の前にスキマで作られた記号が並び始めた。

「ちょっとこっちに来て」

 紫さんの指示に従って素直に前に進んだ。

「これで操作できるわ」

 手渡されたのはパソコンのキーボードを小型化した物だ。それを床に置いて十字キーで横にスクロールする。見えている範囲でも凄まじい情報量なのにいくらスクロールしても止まらなかった。

「これは響の魂情報とそれに纏わり付いている呪いよ」

「じゃあ、この中から呪いの部分だけを取り除けば……」

「解呪できるわ。でもね」

 そう前置きして紫さんがキーボードを操作。いくつかの記号を消した。

「最初、私がわかる所だけでも消去しておこうと思ってやったんだけど、ほら」

 紫さんの手によって消された記号が数秒後に復元される。

「どうやら、最初から順番に消して行かないとすぐに修復されてしまうの。そう言うプログラムが組み込まれてるみたい」

「なるほど……本当に全ての術式を理解していないと駄目って事ですね」

「そう言う事よ」

 もう一度、前に映し出されたスキマを眺めた。

(……いける)

「妹紅さん」

「何だ?」

 部屋の外にいた妹紅さんを呼ぶ。もう、私の能力に慣れたのか本人は何も言わずに扉を開けた。

「多分、竹林のどこかに犯人がいるはずです」

 後ろを見ずにそう言う。

「どうしてそう思うんだ?」

「何となくです」

 根拠はある。私ならターゲットが死に至るのを間近で見ていたいと思う。でも、言う必要がないと判断し黙る。

「お前の何となくには変な根拠があるからな……わかった、行って来る」

「殺しちゃっても構いませんから」

「相当、怒ってるな。お前」

「はい、もちろんです」

「……頑張れよ」

 そう言い残して妹紅さんは部屋を出て行った。

「早苗さん」

「は、はい!」

「この結界ってどんな効果が?」

「えっと……この呪いは感染する可能性があったので外部に漏らさないようにするのと呪いの効果を抑制する効果がありますけど……」

 困惑気味に説明する早苗さん。

「霊夢さん、お願いします」

「……早苗、これからは全力を出すわよ」

 また、後ろを見ないで霊夢さんの名前を呼ぶ。それと同時に軽い食事から帰って来た霊夢さん。向こうも私の言いたい事がわかったのか早苗さんにそう指示した。

「え? どうしてですか?」

「ここが正念場って事よ。この子が響の呪いを解く前に死んじゃったら意味ないでしょ?」

「呪いを……この子が?」

「紫さん、サポートお願いします」

「ええ」

 新たなキーボードを取り出して紫さんが頷いた。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸。これ以上、お兄ちゃんをこのままにしていてはいけない。

(行くよ、お兄ちゃん)

 キーボードに指を置く。

「それでは行きます……」

 もう一度、皆を見る。それぞれが頷いてくれた。

(大丈夫。私になら出来る!)

 結界の中にいるお兄ちゃんを数秒間見つめた後、キーボードを叩く。お兄ちゃんの無事を願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……多すぎるだろ!」

 魂の中で狂気の悲鳴が響いた。その後ろで吸血鬼が嘆息する。

「今回ばかりはピンチね……」

 二人の周りには黒い影のような物体がたくさん、存在していた。

「ふんっ!!」

 その影に向かってトールがミョルニルの槌を振りかざす。すると、雷が影を貫いた。

「交代だ! トール!」

 狂気が叫ぶと息を荒くしていたトールが下がり、代わりに狂気が前に出る。体力が尽きかけていた3人は戦うのを1人にして後の二人は体力の回復に専念する戦法に出ていた。

「大丈夫?」

「まぁ、何とかな……そんな事より奴らはどれくらい侵食しているのだ?」

「……正直言ってまずい状況ね。これから私たちが全力で戦い続けても1日も持たないわ」

 あの黒い影は呪いだ。それらの侵食を止めようと3人は頑張っていたが敵が多すぎる。倒してもその倍以上のペースで影が増えて行くのだ。仕方なく、吸血鬼たちは後退しながら戦い、少しでも侵食を抑えようとしている。その結果、響の寿命は4日ほど伸びていた。もし、3人がいなかったら呪いがかかってから3日で死んでいただろう。

「吸血鬼、頼む!」

「ええ!」

 交代する時間になり、吸血鬼が前線に乗り込む。右手をギュッと握って影を殴る。殴られた影はすぐに消滅した。だが、すぐにその場に4体の影が現れる。

(このままじゃ……)

 響が死んでしまう。吸血鬼は相当、焦っていたのだろう。後ろから影が接近している事に気付けなかった。

「吸血鬼! 後ろだ!!」

「え!?」

 トールの大声で振り返った頃にはもう、目の前に影が迫っている。回避は愚か、防御姿勢すらとる時間がなかった。

「霊盾『五芒星結界』!!」

 しかし、吸血鬼と影の間に星型の結界が出現し、影を吹き飛ばす。

「きょ、響!?」

「すまん、遅くなった」

 目を見開いて驚く吸血鬼。

「どうしてここに? 動けないんじゃ?」

「やっと、体が動くようになってね。ここまで転送して貰った」

 そこまで説明して懐から何枚もの博麗のお札を取り出した響。

「狂気! トール! お前らも戦え! 全力でこいつらを止めるぞ!!」

「全力って……いつ、解呪されるかもわからないのにか!?」

 狂気がすぐに反論する。

「大丈夫」

 だが、響は少しだけ笑ってそう答えた。

「……何を根拠に?」

「向こうで頑張ってくれてる奴がいるから」

 トールの質問にそれだけ答えるとお札を放り投げ、印を結んだ。それを見て吸血鬼たちは顔を見合わせ、苦笑。だが、すぐに戦闘態勢に入る。

 実際、響自身も誰が頑張ってくれているのかわからなかった。でも、勘が教えてくれる。その頑張っている人は必ず、響を助けてくれると。だから、時間稼ぎをするのだ。冬――『魂喰異変』の時に霊夢たちが響を信じてそうしてくれたように。

 



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第119話 おかえり――

「ん……」

 ゆっくりと意識が浮上する。いつもならまだ、寝惚けているが不思議と目が覚めた。

(あー……この感じは)

 体に違和感を覚えて悟る。今日は満月の日だ。体を起こして辺りを見渡すとどうやら、永遠亭のようだった。

「そうか……俺、呪いに」

 そう、誰かの策にハマり薬を飲んで呪いをかけられたのだ。そして、1週間ほど魂の中で体の治療をし、それから魂の中で吸血鬼たちと協力して呪いと戦った。

(生きてる……)

『ギリギリ間に合ったようね』

 安堵の溜息を吐いた時、魂の中でも俺と同じ行動をしている吸血鬼がいた。

(ああ、ありがとな。3人共)

『まぁ、お前が死ぬと私たちも死ぬから当然だ』

『そう言う事じゃ』

『全く、狂気もトールも素直になりなさいよ。響が死ぬのが嫌だったんでしょ?』

 吸血鬼が呆れながら呟く。それからすぐに狂気が暴れ出したので、すかさず会話を断ち切る。俺に会話する気がないと3人の声は聞こえないのだ。

「さてと……」

 生きている事はわかった。でも、他にも知りたい事が山ほどある。俺を助けてくれた人(もしくは人外)の事とか。

 とりあえず、この体になった時にやる事をしよう。布団から出て立ち上がる。制服のズボンからスキホを取り出し、晒を出現させた。

(永遠亭の連中には女の――いや、半吸血鬼化した時の姿を見られてるから時間もないし、巻きながら移動するか……)

 上着とYシャツを脱いで上半身裸になる。その2枚を腰に括り付け、ある程度、晒を巻いて部屋を出る。廊下に出てキョロキョロと見渡すが珍しく、兎たち(もちろん、人型だ)は一匹もいない。普段なら通行の邪魔になるほど走り回っているのに。仕方なく、晒を巻きながら適当な方向に歩く事にした。

『体の調子はどう?』

 狂気の暴走が止んだのか吸血鬼が話しかけて来る。

(問題ないみたいだ)

『そう、それならよかった』

「あ、お兄ちゃんおはよ」

「ああ、おはよう」

 吸血鬼との会話に集中していたので適当に挨拶を返した。

『魂の方にも問題、なかったわ。幽霊の残骸が封印されてる部屋もちゃんと機能してたし』

(そうか、あいつが暴れ出したらどうなるかわからないから安心したよ)

「お兄ちゃん、何やってんの?」

「晒、巻いてるの」

『そう言えば、また新しい部屋が出来ていたわ。誰か魂に取り込んだの?』

 どうやら、吸血鬼はあいつ(魂喰異変の時に心から出て来た奴)の事を知らないらしい。

(ああ、まぁ、そっとしておいてくれ)

「どうして、晒なんか巻いてるの?」

「そりゃ、胸を押さえる為……え?」

 ようやく、誰かの質問に無意識で答えている事に気付いた。しかも、その質問者の声には聞き覚えがある。しかし、あり得ない。

 後ろから質問されていたので振り返って確かめる。

「おはよう、お兄ちゃん」

 笑顔でまた、挨拶する質問者。俺は現実を受け止めたくなくてもう一度、前を向いた。

(大丈夫。呪いのせいで疲れているだけだ。後ろにいる人は幻だ……よし!)

 再び、振り返る。その先には――。

 

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 

 ――望がいた。

 

 

 

「狂眼『狂喜の瞳』!!」

 咄嗟に右目に妖力を注ぎ込み、望の目を見ようとした。この技で今見た記憶を消すのだ。だが、それを察知していたかのように望がさっと目を逸らす。

「……妹にそれはないと思うよ?」

「お前、何を見た?」

 100%あり得ないがもしかしたら、我が妹は何も見ていないかもしれ――。

「『お兄ちゃん』が『お姉ちゃん』になった」

「うわああああああ!!」

 永遠亭の廊下に崩れ落ち、破壊する勢いで拳を何度も振り降ろした。

「お、お姉ちゃん! 壊れちゃうから!」

「誰がお姉ちゃんだ!!」

 ツッコむ為にガバッと起き上がる。それがまずかった。俺の手から晒がスルリと抜け出し、そのまま廊下に落ちる。

「うわ、胸大きい……私の何倍もあるよ」

「きゃ、きゃあああああああああ!!!」

 本気で自殺を考えた。

 

「なるほどそれでおね……お兄ちゃんはそんな姿になったんだね」

「わざとかお前!」

 何とか平常心に戻った俺は望に半吸血鬼化の事を説明した。もちろん、晒も巻き終わり高校の制服もちゃんと着ている。

「まさか、お兄ちゃんが本当に人外になってるとは思わなかったよ」

「いや、普段は普通の人間なんだが……」

「そんな事より」

「お兄ちゃんからしたら重大な事なんだけど!」

 何だろう。妹の性格が変わったような気がする。

「さっきの技ってウドンゲのだよね?」

「え? ああ、『狂眼』の事か……そうだけど」

「何で出来るの?」

「いや、まぁ、成り行きで……」

 

 

 

「なるほど、永遠亭に万屋の仕事で来た時、ウドンゲに侵入者と間違われて『狂気の瞳』を使われたんだね。それをお兄ちゃんの魂の中にいる狂気が跳ね返した拍子に出来るようになったんだ……あ、でも『狂眼』を使うと満月の日じゃなくても半吸血鬼化もとい女体化しちゃうからあまり、使わないんだね」

 

 

 

「成り行きって言葉からどうしてそこまで推測できるんだよ!!」

 全力でツッコんだ。

「いや、まぁ、そう言う能力だから」

 少し俯いて望。

「はぁ? どういう能力だよ……ってお前、能力持ちなの――」

「響ちゃあああああああん!!」

「ぐふっ……」

 俺の質問は横からダイブして来た早苗に遮られる。そのまま、俺は廊下に叩き付けられた。デジャビュ。

「いてて……お前! 危ないだろ!!」

「よかった……生きてる。響ちゃん……」

「……ごめん、心配かけて」

 『魂喰異変』の時も同じように心配をかけてしまったので素直に謝った。

「本当です。何回、私たちに心配かけるんですか!」

「ほら、早苗。響はまだ病み上がりなんだからそれぐらいにしときなさい」

 後ろから霊夢の声が聞こえる。どうやら、廊下を二人で歩いていたら俺と望を発見して今に至るようだ。

「あ! だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だって」

 飛び起きた早苗は倒れていた俺に手を差し伸べる。素直にその手に捕まって立ち上がった。

「霊夢もありがとな。ずっと、結界貼ってくれて」

「まぁ、ね。でも、一番はその子よ」

「え?」

 霊夢が指さしたのは望だ。

(そう言えば、さっき能力がどうとかって……)

「あ、私ずっと気になってた事があるんですけど?」

「ん? 何だ?」

 とりあえず、今は早苗の疑問に答えるとする。

「えっと、響ちゃんと望ちゃんの関係ってなんですか? 同じ制服を着ているので同級生とか?」

「お前……今年から俺は大学生って言ったろ。紫に言われて仕方なくこれを着ているだけだ」

「そうでした。なら、先輩と後輩?」

「妹だ」

「あ、妹さんでしたか。初めまして、東風谷 早苗と言います……って妹!?」

 芸人にも負けないリアクションだった。

「初めまして、音無 望です。まぁ、昨日はずっと一緒でしたから少し、変な感じがしますけど」

「そうね。私の名前は知ってるみたいだから省略するわ。響、朝ごはん出来てるから食堂に来なさいって紫が言ってたわよ」

 硬直したままの早苗の隣で霊夢が教えてくれる。

「わかった」

「それより、その翼は何?」

「……あ」

 すっかり、半吸血鬼化していた事を忘れていた。

「そ、そうです! さっき、抱き着いた時、響ちゃんの胸がいつもより何倍も大きくなっていましたし! まさか、呪いの影響で?」

「あ、違います。お姉ちゃん、満月の日だけ翼が生えて巨乳になるんです」

 俺が答える前に望が何やら、色々と勘違いされそうな回答を口にする。

「ま、満月の日だけ胸が大きくなるんですか!?」

 目を見開いて驚愕する早苗。

「そうなんですよ。普段はペッタンコなのに」

 きっと、早苗の口ぶりから俺の事を女だと思っている事に気付いた望はまた、変な事を口走る。

「お前は何を言っとんじゃああああああああ!!」

 そんな言い方では更に早苗が俺の事を女と勘違いするではないか。望の口を塞ごうと手を伸ばすがさっと望がひょいっと躱した。

「待て!」

 頑張って手を伸ばすが何度も躱されてしまう。

「捕まえてみてよ! “お姉ちゃん”!」

「お姉ちゃん言うなあああああああああああ!!」

 何故か、鬼ごっこが始まった。

「早く来なさいよー」

 背後からの霊夢の声など聞こえていない俺であった。

 



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第120話 ――ただいま

 鬼ごっこが始まって数分が経った。その頃になって俺は一つの疑問が浮かび上がる。

(どうして、捕まえられないんだ?)

 確かに望の運動神経は人並み以上だ。その中でも体力は他人を凌駕している。だが、今の俺は半吸血鬼だ。本来の吸血鬼よりは運動能力は劣る。しかし、人間の頃よりは数倍、能力は上昇しているのだ。それなのに、追いつけるには追い付けるがのらりくらりとタッチを回避されている。

「ほら! 何やってるの! お兄ちゃん!」

 首を傾げていると前を走っていた望が振り返って挑発して来た。それを見て少しだけ兄としてのプライドが傷つく。

(やってやろうじゃねーか!)

「分身『スリーオブアカインド』!」

 スペルを唱えて分身し、時間差を付けて望に突進する。

「分身まで出来るんだ! でも!」

 望は今までとは逆に立ち向かって来た。後少しで一人目と衝突する所で望が壁に向かってジャンプ。そのまま、壁を蹴って一人目の肩に両足を乗っけた。

「とう!」

 勢いを殺さずに分身の肩を踏み台にしてまたもや、跳躍。二人目を軽々と飛び越える。

「捕まえたっ!」

 望の前まで翼を使って飛んだ俺は両腕を大きく広げて捕まえようとした。望は今、空中にいる。さすがに逃げられないだろう。

「……残念♪」

 しかし、望は姿勢を変えてさかさまになる。そして、両足で天井を思い切り蹴った。望の体はすごい勢いで廊下へと向かう。

「なっ!?」

 俺が捕まえる前に廊下に着地する望。また、逃げられた。

「この……え?」

 慌てて、追いかけようとしたが望はその場に立ったままだった。

「あ~、楽しかった。そろそろ、朝ごはん食べにいこっか?」

「え? あ、ああ……」

 どうやら、鬼ごっこはここまでのようだ。分身を消してすでに歩き始めていた望の後を追う。

 

 

 

 

 

「「……」」

 それから俺と望は無言のまま、歩き続けていた。聞きたい事ならたくさんあるが今はまだ聞くべき時ではないと何となく思ったのだ。

「なぁ? 望」

 ただ、一つを除いて。

「……何?」

 そう言いながら望は急に歩くスピードを上げる。まるで、横顔を見られないようにするかのように。

「……お前が助けてくれたんだろ?」

「……うん」

 やはり、霊夢も言っていたし望には何か能力がある。その能力を駆使して俺にかけられた呪いを解呪してくれたのだろう。

「ありがとうな。お前がここに来てなかったら……いや、お前がいなかったら俺は今頃、死んでた。ありがとう」

「ううん、『義妹』として当然の事をしたまでだよ」

「そうか……」

 また流れる数秒間の沈黙。

「私からも、一つ聞いていい?」

「ああ」

 沈黙を破った望だったが、また口ごもってしまう。何か聞きにくい事なのだろうか。

「いつも……こんな危険な事に晒されてるの?」

「……それなりにな」

「やっぱり、お金の為?」

 きっと、俺が紫の下で働いているのも知っているのだ。

「う~ん……成り行きって言うしかないな。まぁ、お金もきちんと貰ってるけど」

「死にそうになった事は今まで何回ぐらい?」

「……しょっちゅうだな」

 霊力がなかったら俺はとっくの昔にあの世行きだっただろう。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「あまり、心配かけちゃ……駄目だよ?」

 その声は震えていた。

「ああ、すまん」

「……皆、お兄ちゃんの事が大好きなんだから急にいなくなったら悲しむよ?」

「愛されてるな、俺」

 少し、この空気が嫌で冗談を言ってみる。

「ほんとに愛されてるよ。お兄ちゃんは」

 しかし、望は前を向きながらそう呟いた。

「皆には感謝しなきゃな」

「うん……ねぇ? お兄ちゃん」

 望は俯いたまま、俺を呼ぶ。

「何だ?」

 

 

 

「……おかえり、なさい」

 

 

 

「……ただいま」

 間髪入れずにそう返すと望が歩みを止めた。俺も同じように立ち止まる。

「お願いだから……いなくならないでね」

 もう、顔を見なくてもわかった。肩は震えているし涙声だし。

 不安だったのだ。何もこの1週間がではない。多分、去年の夏。俺が失踪したその時から。あの頃から望の能力が開花しそうになっていたのだろう。中途半端に俺たちの嘘がわかったのがその証拠だ。そりゃ不安にもなる。こちらは良かれと思って吐いた嘘も相手からしたらどんな意図があって吐いた嘘なのかわかるはずもないのだから。

 

 

 

「約束する。俺は絶対にいなくならない」

 

 

 

 確証などない。だが、この約束を破らないようにする努力なら出来る。そう言った意味を含めて俺は言い切った。今から弱気では守れる物も守れるはずない。

「……ぐすっ」

 とうとう、鼻水まで出て来てしまったようだ。

「我慢しなくていいんだぞ?」

 俺がそっと言うと素直に振り返った望。泣いていた。

「お、おにいちゃああああああああああん!!!」

 やはり、我慢していたのか望が勢いよく飛び込んで来る。今回は予測できていたのでしっかり、抱き止める事に成功した。

「怖かった……お兄ちゃんが、いなくなるんじゃないかって……」

「大丈夫。いなくならないよ」

 そう言いながら望の頭を撫でる。望も俺の胸に顔を埋めていた。

(……胸?)

 その単語に違和感を覚える。そう言えば、もう望から涙ぐんだ声は聞こえない。

「……望?」

「うえーん、お兄ちゃーん」

 わざとらしく、妹。

「はい、離れなさい」

 望の体を押して離そうとするが望は俺の背中に手を回して抵抗する。

「何で、離れないんだよ!」

「だって、気持ちよかったんだもん!」

「どこがだ! いや、言わなくていい!」

 口を開こうとしていた妹を見てすぐに止めた。そこでやっと、望を突き放す事に成功する。

「ほら、食堂に行くぞ」

 食堂に向かって歩き始めた。

「うぅ~……わかったよ」

 まだ、俺の胸を見ながらだが、望もしぶしぶ俺の後を追って来る。

「でも、吃驚したよ」

 気持ちを切り替えたのかすぐに望が話しかけて来た。

「この姿が?」

「違うよ。お兄ちゃんが幻想郷に通ってた事だよ」

 確かに望にとってここはゲームの世界。そりゃ驚くだろう。

「俺だって去年の夏まではこんな事になるなんて思わなかったさ」

「人生、何があるかわからないね」

「そうだな」

 それから食堂に着くまで他愛もない話をして暇を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、それはどうかと思うけど?」

「何言ってんだ。良いに決まってんだろ?」

 ――ガラガラ(食堂の扉を開ける音)

「でも、少し相手の事も考えた方がいいんじゃない?」

「これでも考えてるんだぞ?」

 ――スッ……(開いている席に座る音)

「そうかな? なら、足りないと思うけど」

「いや、向こうは一人暮らしなんだぞ? さすがにこれ以上、増やすのはどうかと思うが」

「足りないよりはマシなんじゃない?」

「これでも多い方なんだぞ」

「ど、どうぞ……」

 ――カチャッ(橙が戸惑いながらお盆を二つ、置く音)

「「ありがとう。それでさ」」

「いい加減にしろっ!!」

 突然、妹紅の大声が耳元で響いた。

「「うわっ!?」」

 俺と望はその場で跳ぶほど驚く。

「な、何だよ。急に大声を出して」

「そうですよ。心臓が止まるかと思ったじゃないですか!」

「お前らがこっちの事を無視するからだ!!」

「「へ?」」

 気付けば食堂に到着しているし、いつの間にか座っているし、何故か目の前に朝ごはんがある。

「すまん、全く気付かなかった」

「何か言い争ってたけど何について話してたの?」

 妹紅の隣に座っていたミスチーに質問された。

「「人里に住んでるおばあちゃんにあげるお菓子の量について」」

 何かとお世話を焼いてくれる優しいおばあちゃんが人里にいるのだ。

「はぁ?」

 ミスチーが首を傾げる。他の皆(霊夢、早苗、妹紅、紫、藍、橙、永琳、鈴仙、輝夜、てゐ、その他の兎たち)もはてな顔だ。

「ああ、あのおばあちゃんか」

 しかし、人里に住んでいる慧音だけはうんうんと頷いていた。因みに望はおばあちゃんの事を知らないが、真剣に相談に乗ってくれたのだ。

「さすが慧音」

「こっちもおばあちゃんにはお世話になってるからな」

「て言うか、慧音さん。寺子屋はいいんですか?」

 今の時刻は午前7時半。確か寺子屋は9時から始まるのでそろそろ、寺子屋に向かわなければならないはずだ。

「今日は満月だから寺子屋はお休みなんだ」

「満月?」「あ、そうか」

 俺にはわからなかったが、望には理解できたようだ。

「ふむ。丁度いい。響は何故か、満月の日は休むからな。夜、人里に来てくれないか?」

「え? いいけど……」

(どうせ、帰れないし)

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」

「何だ?」

 ご飯を口に運んでから望の方を向く。

「今日、家に帰らないの?」

 どうやら、望は早く家に帰りたいようだ。

「あー、そうか。ここにいる中で知ってるのは紫、藍、永琳の3人しかいないもんな。紫、いいだろ?」

「ええ」

 最初に紫に許可を取り、その場に立ち上がる。

「皆ー。注目してくれー」

 2回、手を叩いて皆の目をこちらに向けた。

 



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第121話 再会

「知ってるかどうかはわからないけど慧音の言った通り俺、満月の日、休むだろ?」

「そう言えばそうね」

 仕事がある日は必ず、立ち寄るのは博麗神社なので霊夢が頷いた。

「理由は簡単。満月の日は能力が使えないんだ」

「……響ちゃんの能力が変わるのは確か、種族が人間じゃない時ですよね?」

 早苗には魂喰異変の時に説明していたのを今、思い出す。少し、話しやすくなった。また、俺の能力について説明するのは大変だから。

「そうだ。俺は人間の時にしか今まで使って来た能力は使えない。もちろん、この指輪もだ」

「まるで、私みたいに満月の日だけ体が変化するみたいな言い方だな」

 慧音がぼそっと呟く。

「慧音も満月の日に何かあるのか?」

「慧音さんは『ワーハクタク』。満月の日だけ獣人になるんだよ」

 望が解説してくれた。

「ありゃ。俺と同じ感じか……」

「え? もしかして」

 妹紅が目を見開いた。

「少し違うけど俺は満月の日だけ半吸血鬼化する。まぁ、慧音風に言えば『ワーバンパイア』かな?」

 証拠を見せる為に服の下に隠してあった翼を外に晒した(もちろん、制服を破って)。制服はすぐに再生。

「ほら、こんな感じだ」

 俺の背中を呆然と眺める皆。普通にご飯を食べているのは紫、藍、永琳、望の4人だけだった。

「因みに……満月の日、胸も変化するのよ?」

「ひゃい!?」

 スキマに手を突っ込んで俺の胸を触り始める紫。あまり、急すぎて変な悲鳴を上げてしまった。

「このっ!?」

 すぐに手首を握って胸から遠ざける。

「……」

(……?)

 何だろう。一瞬だけ紫の目が細くなった気がする。

「……」

 隣に座っていた望もそれに気付いたらしい。

「無駄よ」

「あ!」

 しかし、すぐに振り払われてしまった。

「ほ、本当に胸がでかくなるんですね……」

 望から嘘を吹き込まれた早苗がそう呟く。もう、どうにでもなれ。

「とにかく! そう言う事だから!」

 そのまま、椅子に座ってご飯を食べ始める。

「なら、今日は帰れないって事?」

 望が味噌汁を飲み干してから問いかけて来た。

「そうなるな」

「そ、そんなぁ……」

 項垂れる望。

「そこまで落ち込むか?」

 逆に『幻想郷を案内しろ』と言って来ると思っていたので拍子抜けてしまう。

「だって、やっとお兄ちゃんと雅ちゃんたちが再会できると思って……」

「あ……」

 そうだ。俺が生きている事は雅と奏楽は知らないのだ。

(スキホで電話するのもいいがそれだと奏楽には連絡できないし……よし!)

「紫、協力してくれ」

「はいはい」

 丁度、ご飯も食べ終えた。スキホを見て時刻を確認。午前8時。

「まだ、間に合うか」

 再び、立ち上がって少しだけテーブルから離れる。十分、距離を取ってから懐からスペルを取り出して宣言。

「仮契約『尾ケ井 雅』!」

 その刹那、スペルから煙が発生し、その中に人影が現れた。

「きょおおおおおおおおおお!!」

「のわっ!?」

 煙が晴れる前に人影――雅が俺にタックル気味に跳び付いて来る。何となく予想できていたので倒れはしなかったが、あまりの勢いに驚愕してしまった。

「お前っ……」

「響……響……」

 文句を言おうとしたが、俺の胸に顔を押し付けながら泣いていた雅を見て留まる。

「本当に、生きてた……よかったよぉ」

「すまん。心配かけたな……」

「本当だよ!! 今まで何してたのさ!」

 ガバッと顔を上げる雅。台詞とは裏腹に口元が緩んでいた。

「少し、な。でも、もう大丈夫だ。明日には帰れるよ」

 俺の言葉の中にあった『明日』と言う単語に違和感を覚えたのか雅が怪訝な顔をする。

「え? あ、そうか。今日は満月だから……ん?」

「――ッ!?」

 首を傾げながら自然に手を伸ばして俺の胸を揉んだ。

「うわ……何これ。まるで、本物……あ」

「雅」

 俺の声が低くなったのに気付いたのか呆然としていた雅の背筋が伸びる。

「あ、あはは……いや、そのこれはですね?」

 雅は俺の殺気に怖気づいたのか数歩、後ずさった。

「そ、その~? 何で、私の主は両手をガッチリ組んで頭の上に持って行ってるんでしょう? あ、魔力まで込めてちゃって……」

「言い残す事は?」

「……一つだけ」

「何だ?」

「とても、柔らかかっ――」

 その後の言葉は雅の頭が床に減り込む音で掻き消された。

「こらこら。あまり、壊さないでよね?」

 溜息を吐きながら永琳が文句を言う。

「あ、すまん。後で直させるから」

「お兄ちゃん……とことん、雅ちゃんには厳しいんだね」

 望の発言を無視して紫の方を見る。

「お、おにーちゃん?」

 丁度、奏楽がスキマから出ていた所だった。雅には携帯に連絡出来たが、さすがに奏楽には携帯を持たせていなかったのだ。それに今日は平日。午前8時では二人とも学校に着いている。

「ああ、おにーちゃんだ」

「ぁ、う……おにーちゃんだ。ホントにおにーちゃん……おに、ぇ、あ、ぐ」

 紫の胸に抱かれたまま、奏楽が泣き出してしまう。望や雅と違ってすぐに動けないようだ。

「ほら、おいで」

「ぅ、ん」

 紫の傍まで近づいて両腕を伸ばしながら促す。奏楽も頷いて俺と同じように両腕をこちらに差し出した。そして、ギュッと抱きしめる。

「おにーちゃん……あったかい」

「そりゃ生きてるからな」

「ホントに会えた……おにーちゃん、約束破らなかった……」

 奏楽との約束。『一緒にいる事』。俺はそれをたったの2か月ほどで危うく、破りそう――いや、もう破ってしまったのだ。少しの間でも、俺は離れてしまった。今は奏楽にとって不安になる時期。なんせ、初めて外の世界で暮らそうとしているのだ。不安にならないわけがない。そして、俺の失踪。

(しっかりしないと……な)

 俺の命は自分一人だけの物じゃない。望、雅、奏楽。もちろん、悟や今はどこにいるのかわからない母さん。あまり、深くは考えてなかったけど今回の事で思い知らされた。

「……おにーちゃん?」

「何だ――ッ!?」

 首を傾げながら奏楽が雅と同じように胸を弄り始める。

「や、め……ん」

 俺の意志とは裏腹にビクッと体が跳ねてしまった。

「あったかい……」

 どうやら、相当気に入ったらしくそれに顔を埋める奏楽。

「あ、こら……ったく」

 さすがに離れろとは言えず、苦笑する事で諦めた。

「私の時とは全く違う……」

 後ろで雅の嘆きが聞こえた気がしたが、スルー。

「はいはい……家族との再会で嬉しいのはわかるけど呆けている人もいるから説明してあげて」

 紫にそう言われて辺りを見渡すと妹紅と慧音、ミスチー。それに鈴仙とてゐに輝夜。それと何故か、橙もこちらを見て唖然としていた。

「ああ、悪い。そこで転がってるのが俺の式神(仮)でこいつが奏楽。この前の『魂喰異変』の首謀者だ」

「え? この子があの異変を起こしたのか!?」

 慧音が立ち上がって声を荒げる。早苗がトールの信仰を得る為に人里へ行ったので噂ではかなり、大きな異変になっていたようだ。慧音は人里を守る為に人並み以上に気にしていたのだろう。その異変を起こしたのがこんな小さな子なのだから驚くのも無理はない。

「まぁ、今は力を失ってるから危険じゃないよ」

「じゃあ、そこの式神は?」

 今度はミスチーがまだ床で倒れている仮式を指さして聞いて来た。

「ただの炭素だ」

「いや、本当に私の扱いひどいよね!?」

 狙い通り、俺の発言にツッコむ為に雅が起き上がる。

「あ! そうだ! 響、大変なの!」

 しかし、すぐに俺の両肩を掴んでそう叫ぶ雅。

「何が? お前の頭がか?」

「え!? どこか凹んだりしてないよね!? お願い、目を逸らさないで! はっきりと首を横に振ってよ! ねぇ!!」

 わざと目を逸らしていた俺を前後に揺らし始めた。

「まぁ、冗談は良いとして何があったんだ?」

「あ、冗談だったんだ……そうそう! 望がいなくなったの!」

「「へ?」」

 何を言っているんだ、この仮式は。望ならここにいるではないか。きっと、俺との再会から地面で伸びていたのでわかっていないのだろう。

「雅、雅!」

 俺の胸から顔を上げて奏楽が雅を呼ぶ。

「何? 奏楽、今はそれどころじゃ――」

「望おねーちゃんならそこにいるよ?」

「へ? あ……」

 雅が奏楽の視線の先を見て望を発見する。

「やっほー。雅ちゃん」

 望は硬直している雅に笑顔で手を振った。

「よ、よかった。望、幻想郷に来て……はっ!?」

 さっと自分の背中を見る雅。そこには6枚の翼があった。俺の仮式は望に妖怪である事を隠していたのでサーッと顔が青ざめてしまう。

 だが、最後の抵抗なのか翼を叩き落してから笑顔で(もちろん、引き攣っている)望を見やる。

「あ、雅ちゃんの翼、取り外し可能なんだね」

 雅はその場で崩れ落ちた。

 



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第122話 質疑

「え!? 雅ちゃん!?」

 いきなり、崩れ落ちたので望が驚愕する。

「ああ……終わった」

「ど、どうしたの? 雅ちゃん」

 恐る恐る望が雅に駆け寄った。

 俺にはわかる。雅が何故、ここまで絶望しているのかを。

 雅は望が自分の事を怖がるんじゃないかと思っているのだ。妖怪は基本的に人間より力が強い。自分の命を意図も容易く壊す事ができる存在が近くにいるのは決して気持ちの良い物ではない。だから、自分から離れていく。雅はそれが一番、恐いのだ。

「……雅ちゃん」

「っ!?」

 望もそれがわかったのか雅を安心させる為にギュッと抱きしめる。

「大丈夫。雅ちゃんが妖怪でも私……ううん。お兄ちゃんも奏楽ちゃんも雅ちゃんの傍から離れたりしないよ」

「で、でも! 妖怪だよ?」

 目に涙を溜めて雅。

「妖怪が怖いなら私は『東方』を好きになんかならないよ」

「あれはゲームじゃん!」

「確かにそうだけど、私は幻想郷に来てみたかったの」

「どうしてなんだ?」

 口を挟むのは少し、気が引けたが質問する俺。

「だって、ここはどんな物でも人でも受け入れる。そうでしょ? 紫さん」

「ええ」

「それってすごい事じゃない? 外の世界じゃ何でも受け入れるなんて無理な話……そのせいでイジメとかたくさん、悲しい事があるの」

 その言葉を聞いて俺は胸がチクリと痛んだ。小学校の頃――まだ、俺の父親(二人目の)と望の母親が再婚してすぐだったのであまり、仲良くなかった頃に望はいじめられていた。理由は『テストで0点を取ったから』。

 そのせいで精神崩壊を起こしそうになった望が取った行動は無心で勉強する事。その時、俺は小さかった望にたくさん、話しかけて何とか精神を崩壊させずに済んだ。親は再婚したばかりだったので色々な問題があり、忙しくて俺がやるしかなかったのだ。まぁ、そのおかげで望は心の扉を開けてくれたのだが。

「だから、私は例え血は繋がってなくても、種族が違くても、育った環境が違くても出来る限り……その人を受け入れたいの。この幻想郷のように。だって、ここの住人はいつ、自分の命が妖怪や災害で落とすかわからないのにそれを感じさせないほど自然に……ううん。外の世界に住んでる人以上に笑顔で暮らしてた。それってやっぱり、ここがそれほど素晴らしい場所だって事でしょ?」

「望……」

 俺は無意識の内に義妹の名前を呼んでいた。それからすぐにとある疑問が頭に浮かぶ。

(お前は……こっちの世界に住みたいのか?)

 二日前までなら望本人もそう問いかけたら鼻で笑っていただろう。もし、幻想郷が本当にあっても行く手段がないからだ。しかし、今は俺の能力のおかげ……いや、能力のせいで自由に行き来できてしまう。

「なら、こっちに住む?」

 紫が放ったその言葉を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。紫が微笑みながら俺が聞くのを躊躇していた質問を望に投げかけたのだ。

「いいえ……私はやっぱり、外の世界で生きていきます」

 だが、望はすぐに首を横に振って拒否した。

「そう? 遠慮ならしなくていいのよ?」

「違いますよ。確かにここは良い所ですけど外の世界にしかない物もありますので」

「へぇ~、例えば?」

 紫がニヤリと笑って更に質問する。

 

 

 

「家族とかですかね? やっぱり、私もお兄ちゃんも外の世界で生きて来たので恋しくなりますよ。それに雅ちゃんはきっと、今まで外の世界に溶け込むためにたくさん、努力して来たんだと思います。今、『こっちに住む事になったからもう隠さなくてもいいんだよ?』、とか言っても納得しないです。奏楽ちゃんだってこれからいっぱい、外の世界の事を知って、たくさん友達を作るつもりなんですよ? その楽しみを取り上げたくないです」

 

 

 

 望の言葉に俺は違和感を覚えた。どうして、そんなに自信満々に言うのだろうか。自分の事はともかく、俺や雅、奏楽については憶測に過ぎないのに。

「それは貴女が勝ってにそう思ってる事なんじゃないの?」

 俺と同じ事を考えたのか紫が即座に反論する。

「いえ、絶対そうなります。だって、私の能力がそう言ってるんですから」

「それなら安心ね」

「ええっ!?」

 紫が意図も簡単に納得したので思わず、声を上げてしまった。

「あ、あの~……」

 俺が紫に声をかけようとした時、早苗が申し訳なさそうに手を挙げる。

「何だ?」

「えっと、望ちゃんが言ってる事ってまるで響ちゃんたちは今でも外の世界に住んでるみたいに解釈できるんですが……」

 しまった。このままでは俺が外の世界と幻想郷を行き来できる事がばれてしまう。即座に言い訳しようとしたが、その前に紫が口を開いた。

「ええ。彼、スキマを使って外の世界から通ってるから」

「「ええっ!?」」

 早苗に加え、俺も驚愕する。あれほど口止めしていた本人があっさりばらしたのだ。

「ど、どうしてばらすんだよ!」

「だって、あの状況じゃどう言い訳したってばれるわよ。なら、最初からぶちまけた方がいいわ」

「それにしたってお前が言う事じゃないだろう……」

「いいじゃない別に」

 紫がコロコロと笑うのを見て脱力していまい、奏楽を床に降ろしてから自分の席に座る俺。

「他の事は?」

「貴方の口からは駄目よ。でも、今みたいのはセーフ」

「何でだよ!! それだったら、別に隠しておく必要ないだろ!」

「だって、その方が面白いじゃない」

 

 

 

 ――ガンッ!

 

 

 

「ひっ!?」

 望の小さな悲鳴が聞こえる。何故なら、俺の後ろにいた雅が復活させていた6枚の翼が紫に向かって伸びており、それを藍が9本の尻尾で受け止めている。

 因みに他の人(妖怪もだが)はこう言うのに慣れているのか見向きもしなかった。

「あらあら? 式神の扱い方がわかって来たじゃない?」

「やっと、主がどんな行動をして欲しいかわかるようになったんだな」

 紫は俺に、藍は雅にそう言った。

「そりゃ、こっちで何回も共闘してるからな。俺の感情とか読めるようになったんだと」

「私が攻撃しないと響が攻撃したからね。さすがに空気は読んだよ」

 俺たちも負けじと言い返す。それから数秒ほど沈黙した後、ほぼ同時に翼と尻尾を降ろした。

「……さて、そろそろ授業が始まる時間だろ?」

 食堂に流れた変な空気を変える為に雅と奏楽に伝える。因みに時刻は午前8時20分だ。

「え? でも、もうちょっとだけ――」

「問答無用」

「ちょっ!?」

 発動していたスペルを解除して雅を外の世界に返した。

「ほら、奏楽も早く」

「おにーちゃん?」

 紫にスキマを開くように目配せしながら、奏楽に話しかけると上目づかいで俺を呼んだ。

「何だ?」

「シキガミってどうやってなるの?」

「へ?」

 いきなりすぎて聞き返してしまった。

「式神の事なら私に聞けばいいわよ」

「ほんと!?」

 答えるか悩んでいると紫がスキマを開きながら奏楽にそう提案する。奏楽も目をキラキラさせ、紫の方に駆けて行く。

「まだ少しだけ時間があるからスキマの中で話し合いましょ?」

「うん!」

 そのまま、紫と奏楽はスキマの中に消えてしまった。またもや、永遠亭の食堂に沈黙が流れる。

「とりあえず、紫が帰って来るまで後片づけでもしておく?」

 お茶を啜りながら霊夢がそう言ったので俺も含め全員が自分の使った食器を手に持った。

 

 

 

 

 

 

「ただいま、っと」

 手分けして食堂を掃除(主に雅が床に開けた穴を塞ぐ作業)していると紫が帰って来る。因みに輝夜とてゐは茶碗を下げてどこかへ行ってしまった。妹紅もいつの間にか消えており、それを慧音が探しに行ったのでここにいるのは俺と望。霊夢、早苗。そして、永琳、鈴仙、ミスチー。最後に藍と橙の9人だ。

「小学校に送るだけで10分とか、どれだけ式神について話してたんだよ」

「9分?」

「ほとんどじゃん……」

 茶碗を洗いながら溜息を吐く。もし、式神の件がなかったら俺は茶碗洗いなどしていなかっただろう。

「で? どうして皆、働いてるの?」

「お前の事を待ってたんだよ」

「どうして?」

 紫の問いかけを聞いて俺と霊夢以外の皆が首を傾げた。そう、彼女たちは別に紫の帰りを待たなくても良かったのだ。

 しかし、俺は別。その事を霊夢だけは勘で知っていたのだろう。

「聞きたい事があってな」

 正直言って紫に会ったら最初に聞きたかった事だ。それを聞いて全員が納得したような表情を浮かべた。

「ああ、そう言う事。いいわよ、わかってる範囲で教えてあげる。貴方に呪いをかけた奴の事よね?」

「は? あ、ああ……それもあったね」

 すっかり、忘れていた。俺の様子を見て紫が目を細める。

「自分の事なのに忘れてたなんて……よっぽど気になってる事なのね」

「ああ」

「それは何なの?」

 扇子で口元を隠して紫。本当にわかっておらず、それを悟られないようにしている時にする仕草だ。それを見て回りくどい質問じゃ駄目だと分かったので単刀直入に聞く。

 

 

 

「望の能力について教えろ」

 



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第123話 応答

「ちょ、ちょっと! お兄ちゃん!!」

 俺の質問に反応したのは紫ではなく、望だった。

「何だ?」

「どうして!? 一番、聞くべきなのは呪いについてでしょ!」

「別に呪いの事は後で教えて貰えればいいし。呪いなんかよりずっと、能力の方が聞きたいから」

「だから、どうして!」

 

 

 

「そりゃお前が大事だからだよ」

 

 

 

 思っている事を正直に言った。今の望には下手な嘘は通用しない。ならば、最初から喋った方が良いに決まっている。

「――ッ!?」

 それを聞いた瞬間、望の顔が真っ赤に染まった。

「ぁ、え……も、もう! 恥ずかしい事、こんな所で言わないでよ!!」

 そして、大声で文句を言いながらプイッとそっぽを向く。

「わ、悪い……」

「……全く、本当に仲が良いのね。まぁ、呪いの事もちゃんと教えてあげるから安心して」

 溜息を吐いてから呆れた表情で紫が言う。

「サンキュ」

「それほどでも……いい? 今から言う事は全て本当の事よ」

 何故、釘を刺すのかわからなかったが素直に頷いておいた。

「そうね……彼女の能力が少し、信じられないような能力だから」

「前置きはいいから早く教えてよ」

 俺ではなく霊夢が紫に続きを促す。

「能力名は決めてあるわ。もう、これしか思いつかないほどピッタリな名前よ」

「で? その名前は?」

 この中で一番、それを知りたいのは望だろう。その証拠に息を呑んでそう聞いていた。紫もクイズ番組で答えを発表する時のように数秒間、沈黙し口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「……『穴を見つける程度の能力』よ」

 

 

 

 

 

 

 世界が凍った。ゆっくり、隣にいた望の様子を伺う。

「……」

 もう、何も聞かなくても望が落ち込んでいるのがわかった。目に光を宿していない。

「まぁ、聞きなさいよ。まだ、説明は終わってないわ」

 最初からこのような空気になるのを知っていたのか紫が少し、微笑みながら望を励ます。

「だって……穴を見つけるだけなんて」

 それにしても望の落ち込みような異常だ。確かに幻想郷で生きて行こうと言うなら不安にもなるだろう。しかし例え、能力がクズでも外の世界で暮らすのならそこまで生活には困らないはず。先ほど、望も外で暮らしていくと言っていたではないか。

「順番に話すから顔を上げなさい。能力名が弱そうでも解釈によってはとても強力な能力になるのよ? 特に貴女の場合、『幻想郷で最も弾幕ごっこで有利に戦える能力』よ」

「弾幕ごっこで有利に?」

 言っている意味がよくわからなかったので聞き返す。

「そうね……夜雀さん? 確か、望と弾幕ごっこしたわよね?」

「え? う、うん。そうだけど……」

 話しかけられるとは思わなかったのか穴を塞いでいた手がビクッと震えてからそう答えるミスチー。だが、俺は紫の言葉が信じられなかった。

(望とミスチーが? でも……“どうして、両方共、怪我をしていないんだ?”)

 弾幕ごっこは遊びだ。しかし、それは子供で言うチャンバラごっこと同じで多少、怪我をする。かすり傷や切傷、打撲など。俺だって被弾すれば数秒間、傷は残る。

 望は幻想郷に来てまだ、3日ほどしか経っていない。それなのにミスチーと弾幕ごっこをして無傷でいられるはずがないのだ。

「その時、何かに気付かなかった?」

 俺が困惑していると紫がミスチーにそう問いかけた。

「気付いた事? えっと……何か、最初から弾幕の隙間が見えてた感じがしたかな?」

「それって弾幕によってはわかるんじゃないですか?」

 ミスチーの呟きに早苗が反応する。

「ううん。通常弾も含めて私の弾幕、全部見破られてたよ。しかも、弾幕の隙間を狙って石を投げて来たからね」

「い、石?」

 我が妹は弾幕ごっこで石を投げたらしい。確かに反則(多分)ではないが、弾に当たれば消滅するか少なくとも弾かれてしまう。

「うん。弾に一回も当たらずに額にヒットさせられちゃって……」

 あり得ない。通常やスペルカードの弾はほとんどが真っ直ぐ進むが前、右、左、上、下からと色々な方向から飛んで来る。それに曲がる弾もあるのだ。そんな中に石を投げ込めば当たらないわけがない。

 そこまで考えてようやく、俺は気付いた。

「もしかして……弾幕の“穴”を見つける事が出来る?」

 俺が放った言葉を聞いて紫と霊夢、永琳以外の人が目を見開いた。

「その通り。例え、弾幕が横に縦に前に後ろに変化してもその後の軌道を予測し、“穴”を見つける事が出来るの」

「あ! あの時の光……」

 望も心当たりがあるようで、そう呟いた。

「ですが、それって本当に“穴”しか見つけられないのでは? さすがにそれだけでは最強とは……」

 どうやら、藍も望の能力については知らないようで質問する。

「最初に解釈の問題って言ったでしょ? 他にも能力があるのよ」

「やっぱりですか……」

 どうやら、望は何となく察していたようだ。

「能力名を聞いて変だと思ったんです。“穴”を見つけるだけだったら、『相手の嘘や疑問がわかる』なんて不可能だって……」

(相手の嘘や疑問がわかる?)

 それには少しだけ覚えがある。食堂に来る前に『狂眼』について望に聞かれた時、誤魔化したら即座にばれたのだ。

「貴女は少し勘違いしているようね。私が言っているのは能力が複数あるって事じゃなくて『穴を見つける程度の能力』には主に3つの能力があるって意味よ」

「3つもあるの?」

 さすがに霊夢もわからなかったようだ。

「なるほど……相手の嘘――つまり、弱みを見つける事が出来るのね」

 永琳が補足してくれたが、あまり俺は納得できなかったので永琳に問いかけた。

「嘘や疑問が弱みなのか?」

「例え、嘘を吐く時っていつかわかる?」

「え? そうだな……相手に知られたくない事があった時か?」

 質問に質問で返され、戸惑ってしまったが何とか自分の考えを口に出す事に成功する。それを聞いて永琳は頷いてくれた。

「だいだいはそうよね。それって弱みとは言えないのかしら?」

「う~ん、言えなくもない」

「じゃあ、その秘密がばれてしまってこちらが不利になるような事だったら?」

「それは弱みだな。弱点とか」

 そこまで言って俺はハッとした。

「解釈の問題か……弱点を知られないように隠す。それって自分の本性を見せないって事だ。それを『嘘』と解釈する事で相手の嘘も弱点、下手したら本音さえもわかってしまう……そう言う事だな?」

「……そこの薬師。私の仕事を取らないで」

 少しだけムスッとした紫が永琳に文句を言う。それを見て俺の推測が正しかったことが分かった。

「はいはい」

「でもよ? 疑問はどうなんだ?」

「自分にわからない事があるって弱みだと思うけど? 勉強とかでもテストでわからなければ減点でしょ?」

 紫にそう言われ、納得する。

「すみません……次、私の疑問に答えて貰えませんか?」

 紫に向かって早苗が申し訳なさそうにそう囁いた。

「ええ。いいわよ」

「少し、話が戻ってしまうんですが……穴を見つけるだけだったら石をぶつける事は不可能だと思います」

「え? 穴を見つけていれば石を投げられるんじゃないんですか?」

 早苗の質問に反応したのは鈴仙だった。

「穴に石を投げても相手に届く前に穴が塞がって石が飲み込まれるじゃないかって……」

 確かに弾は動き続けるので数秒間しか穴は発生しないはずだ。

「へぇ、なかなか頭がキレるのね。そこで3つ目よ」

「最後の能力ですね……」

 望がごくりと唾を飲んだ。

(ん?)

 何故だろう。俺はそんな望の様子を見て違和感を覚えた。

「勝利への道……そう、突破口を見つける事も出来るの」

 それについて追究する前に紫が話を始めてしまう。違和感については後で聞く事にした。

「……突破口? まさか、どのように動けば勝てるかわかるとか言わないよな?」

 自分で言っておきながら冷や汗を流してしまった。もし、本当ならばこの能力は――。

「ふふ。わかってるじゃない。ご名答よ」

 

 

 

 ――最強だ。

 




望の能力が判明しました。


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第124話 音無 望

 望の能力。『穴を見つける程度の能力』。

 中身は“穴を見つける”。“相手の弱み(嘘や疑問、本音)を見つける”。“自分がどのように動けば勝てるかわかる――つまり、突破口がわかる”。

「強すぎるだろ……」

 例えばだ。俺と望が弾幕ごっこをするとしよう。俺はたくさん弾幕を放つが望に全て躱される。更に向こうからの攻撃は的確に俺の隙を突いて来るのだ。勝てるわけがない。

「ええ。確かに最強とも言えるわ。攻撃も防御も完璧なんだから」

「でも、その分、何かあるんですよね?」

 紫の言葉を否定したのは望本人だった。

「あら? どうしてそう思うのかしら?」

「誤魔化しても無駄ですよ? 今は“運良く”能力が発動してわかりましたから。私の能力にはムラがあるんですよね?」

 それを聞いて少し前に感じた違和感の原因がわかった。望の能力ならば紫の言いたい事は最初から分かっていたのではないのか。だが、望は何度か質問すらしている。つまり、能力が発動していないのだ。

「……そう、あまりにも強力すぎるのよ。常に能力は発動し続けていると貴女の頭はいつか耐えられなくなり、壊れてしまうわ」

「なので、能力自体がその危険を避ける為にわざとムラを作った」

「今も能力が?」

 紫が意外そうな表情を浮かべながら聞く。望の言った事は当たっているらしい。

「いえ……私の推測です」

 能力が強すぎるのも考え物だ。自分の体が耐えられなければ最強の能力などただの自殺する為の道具に過ぎない。

「他にもあるわよ。貴女、弾幕は放てる?」

 お茶を啜っていた霊夢が望に質問した。

「弾幕?」

 首を傾げてから望が俺を見る。どうやら、出し方を教えて欲しいようだ。

「ちょっと待ってろ。魔法『探知魔眼』」

 今は半吸血鬼化しているので魔力と霊力しか使えない。だが、『魔眼』は魔力を使う技なので発動する事が出来た。

 魔眼が発動した左目で望を見る。こうすれば、望の中に流れている力を見ながら望に弾幕の出し方を教えられるのだ。

「なっ……」

 だが、俺は望を見て唖然としてしまった。

「ど、どうしたの?」

 不安そうに妹が問いかけて来る。

「まぁ、魔眼を使わなくても他の皆もわかるわよ。その子、力がないの。まるっきり」

 霊夢がそう呟いたので他の人も望の中にある力を探ろうとしたが、全ての人が目を見開いてしまった。

「力がないって……弾幕を放つ事が出来ないって事ですか?」

「いや……それ以上だ。お前には霊力とかそう言った物が一切ない」

 霊力や魔力は実は人間、誰しもが持っている物だ。しかし、普通は微量しかないので気付かない人がほとんどなのだが、望にはない。霊力や魔力、神力、妖力と言った力がゼロ。

「正直言って生きているのが不思議なくらいね……」

 永琳のその呟きが望を更に不安にさせた。

「ねぇ? 紫さん、どういう事ですか?」

「貴女はもはや、死んだ人と同じって事よ」

「バカっ!? 変な言い方すんな!!」

 思わず、俺が叫んでしまったのでそれがトドメとなった。望の目が絶望の色に染まる。

「私……死んでるの?」

「……いいえ、死んではいないわ」

 望の手首を取って脈を測った永琳が教えてくれる。

「脈もあるし、血もちゃんと巡ってる。健康体そのものよ。だから、どうして力がないのか全く分からないわ」

「簡単よ」

 永琳でもわからなかった事を紫がバッサリと斬り捨てた。

「……能力ですか?」

 しかし、またもや能力が発動したようで望が先回りする。

「ええ。貴女の能力は強力ゆえ、大きすぎた。霊力があったら能力に目覚めなかった。だから、霊力を捨てた」

 パソコンで例えると容量が大きすぎて入らないソフトがあり、それを入れる為に他のソフトを消した、と言う事らしい。

「じゃあ、私は死んでるわけじゃないんだね……」

 安堵の溜息を吐きながら望。俺も最初は焦ったので安心する。

「でも、話を聞くとまるで能力に意志があるみたいだな……」

 そのせいかボソッと思った事を呟いてしまった。

 

 

 

「何言ってるの? 貴方が望に能力を与えたのよ?」

 

 

 

 俺の独り言に対し、紫が意見する。

「俺が?」

「考えてもみなさい。こんな強力な能力が自然にこの子に宿ると思う?」

 確かにおかしい。望が能力に目覚める可能性はなくもなかった。しかし、能力の方が明らかに強力過ぎる。まるで、神がイタズラで作ってしまったような能力だ。

「の、望……お前、能力に目覚めたのっていつ頃だ?」

 だが、俺は一つだけそれが起きる可能性を知っている。それを否定するために望に問いかけた。

「確か……東方やってた時が最初に発動したみたい。だから、去年の夏……お兄ちゃんとお母さんが失踪した辺りだと思う」

 ドンピシャだ。

「……その時、お前は何か願わなかったか?」

「願った?」

「ああ、『こうしておけばよかった』、とか」

「えっと……確か、『私にもっと力があったら、お兄ちゃんとお母さんを探しに行けるのに』って思ったかも」

 それを聞いて俺は戸惑った。そう、望の能力は俺が与えたも同然ではないか。

「すまん……お前の能力、きっと俺が作った物だ」

「つ、作った?」

「ああ……俺の能力が、な」

「能力を作る能力なの?」

 望の質問を受けて紫に目配せする。すると、紫は誰にも見られないように扇子を取り出して横に薙ぎ払った。きっと、望の能力を無効化させたのだろう。俺が誤魔化してもばれないように。

「すまん……口止めされてて」

「……もう、こういう時にどうして発動しないかな」

 紫の行動がばれていないようで望が落ち込んだ。

「でもな。これだけは言える。俺の能力はそんな、一言で説明できるような能力じゃないんだ」

「なんか、すごい能力っぽいね……」

 顔を引き攣らせて望。

「まぁ、その能力とこの名前があったからこそ幻想郷に来れたんだけどね」

「名前?」

「はい、そこまでよ」

 更に質問して来た望を紫が止める。

「え~……まぁ、いいや。それでお兄ちゃんの能力はどうやって私に能力を?」

 残念そうにした望だったが、すぐに切り替えて話を戻してくれた。

「詳しい事は言えないが……お前が『力を望んだ』。それに対して俺の能力が発動し、お前の“望”を叶えたんだ」

 だから、あり得ない能力が生まれた。バランスを考えず、使う本人の体を壊してしまうほど強力な能力。本来なら望は耐えられなかっただろう。しかし、それでは望の願いが叶った事にはならないはずだ。だからこそ、『俺の能力が望の力を捨てさせた』。その事を望に包み隠さず、明かした。

「お前の霊力は俺のせいで消えたんだ……ごめん」

 普通、謝っても許して貰えはしない。力とはそれほど人間――いや、生物には大事な物なのだ。

「……お兄ちゃん。一つ、質問いい?」

「何だ……?」

「去年の夏、お兄ちゃん……幻想郷に来たから失踪しちゃったの?」

「……ああ」

 今更、隠しても意味がない。紫はすでに望の能力を無効化するのをやめている。今、望の能力は活動しているのだ。嘘を言っても無駄なので素直に頷いた。

「そう……よかった。私の願い、叶ったよ?」

「え?」

「だって、私はお兄ちゃんを探す為に力を求めた。そして、今になって私の願いが叶ったの」

 望が微笑みながらそう教えてくれる。だが、俺は焦った。

(そんな言い方じゃまるで……“望も自分の力で幻想郷に来れるみたいじゃないか!”)

「その通りだよ。私、博麗大結界の亀裂を見つけてここに来たの」

 俺の穴(疑問)を見つけたのかとんでもない事を言い放つ妹。

「は、博麗大結界の亀裂!?」

 バッと霊夢の方を向いた。もしかして、結界に何か起きたのではないかと思ったのだ。

「大丈夫。たまに亀裂が入るのよ。それにほんの数分で塞がっちゃうから発見する事はほぼ、不可能だし亀裂が入っても外からじゃここの事なんて見えやしないわ。その子以外はね」

 どうやら、亀裂については心配する必要はないらしい。

「私……お兄ちゃんが失踪してからずっと、不安だったの」

 望が話し始めたので慌てて、前を向く。彼女を見ると少しだけ目に涙を溜めていた。

 



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第125話 気持ち

 望は他の人を気にせず、俺の目を見て話してくれた。

「お母さんもどこかに行っちゃうし、家には私だけ……いくら待っても警察から連絡がない。そして、探しに行く力も勇気もなかったの……ただ、ずっと待ってただけ。すごく辛かった……悲しかった。お兄ちゃんやお母さんが居なくなった事もだけど一番は……自分に対してだった。どうして、私はここに独りでいるのか毎日、毎日自分に問いかけた。結局、最後に行きつくのは自分に力がないから……悟さんも毎日、家に来て私を励ましてくれたけど……ダメだった。心にどんどん、黒い何かが溜まって行くのがわかった」

 そこで、望の目からとうとう涙が零れてしまう。俺はすぐにそれを親指で拭った。望が笑顔で『ありがとう』とお礼を言ってから続きを始める。

「1週間ぐらいしてお兄ちゃんが帰って来た。でも、何か隠してるのが分かったの。それからお兄ちゃんは仕事を始めた……お兄ちゃんは心配するなって言ったけど心配するに決まってる。そして、1週間くらい経ってまた、お兄ちゃんが帰って来なかったの」

 そう、その頃になって俺は『狂気異変』を起こしたのだ。

「私……ものすごく不安になった。携帯にお兄ちゃんからメールで『無事だから安心しろ』って連絡が来たけどまた、お兄ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって……また、あんな思いをしなくちゃいけないのかって……どうして、私には何も出来ないのかって……次の日にはお兄ちゃん帰って来てくれたけど仕事が忙しくなったのか深夜に帰って来ることも多くなった。私は何もせずに生活していただけ……もう、そんな自分が嫌でたまらなかった。その時、悟さんから借りた東方が目に入って……廃人になった」

 何という事だ。俺は望の為に幻想郷や仕事について黙っていた。余計な心配をさせないように。だが、それは間違いだった。逆に望に不安を与え、廃人にまでさせてしまった。全て、俺の責任だ。

「でも、お兄ちゃんは雅ちゃんや奏楽ちゃんを連れて来てくれて家が賑やかになった。とても、嬉しかったよ。でもね? やっぱり、雅ちゃんも奏楽ちゃんも私の知らないお兄ちゃんを知ってるみたいで不安になった……私だけが知らない秘密。家族なのに打ち明けられないほどの内容なのかって心配するよりも悲しくなった。でも、夏みたいな事が起きて欲しくなかったの……だから、頑張って気にしないようにした。とても、辛かったけど頑張ったよ?」

 声が震えている。今も一生懸命、俺に伝えようとしているのだ。自分の気持ちを。

「だから、私に能力があるって知って……そして、その能力を使ってお兄ちゃんを助ける事が出来て私は本当に嬉しかった。やっと、やっと……お兄ちゃんの世界を知る事が出来たから。だからね? お兄ちゃん。私に霊力がなくなっちゃった事、気にしなくていいんだよ。ううん……違う。ありがとう。私に力を与えてくれて」

 とびきりの笑顔で望がそう言ってくれた。

「……ああ」

 望の思いを踏みにじるわけにも行かない。俺は無理矢理、笑みを浮かべ頷いた。

「もう、お兄ちゃんは気にしすぎだって」

「仕方ないだろ……お前は大切な妹なんだから」

「……うん」

 俺の言葉を聞いて嬉しさ半分寂しさ半分の笑顔になる望。何故、そのような表情になってしまったのかわからなかった。

「もういいかしら?」

「「え?」」

 紫の声で我に返った俺たちは辺りを見渡す。皆、ニヤけていた。

「う、ぅ……」

 自分が恥ずかしい事を言っていた自覚があるのか望は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「と、とにかく! 望の能力についてはだいたい理解した。次に俺に呪いをかけた奴って誰なんだ?」

 すぐに話を切り替える。俺も恥ずかしかったのだ。

「その事なんだけど……男の妖怪だって事しか判明してないわ。私も直接、見たわけじゃないけどあの健康マニアさんが少しだけ戦ったらしいの。まぁ、すぐに逃げられてしまったらしいけど」

 紫が少し面倒臭そうに教えてくれる。

「妹紅が?」

「私が竹林に犯人がいるから向かってくれって頼んだの」

 まだ若干、顔を紅くしている望が補足説明を入れてくれた。

「向こうの目的は?」

「貴方の抹殺じゃないかしら」

「どうして?」

「それもまだよ」

「う~ん……情報がなさ過ぎるなぁ」

 今の所、人型の妖怪で性別は男しかわかっていない。これでは犯人探しは無理に等しいだろう。

「仕方ない……そいつの事は後回しだな」

「い、いいんですか?」

 俺の呟きに反応する早苗。その目には不安の色が浮かんでいた。

「だって、さすがに無理だろ。この状況じゃ」

「そ、そうですが……念のため、妹紅さんに犯人像とか聞いてみては?」

「それでもいいんだが、あいつ帰ったし……」

 妹紅は家にずっといるわけではないので探すのに一苦労するのだ。夜まで待てば帰って来るのは知っているが、いつも通りなら俺も家に帰っている。そこまで考えて今日は満月の日で能力が使えない事を思い出す。

「……わかった。夜、あいつの家に行ってみるよ」

「はい。でも、周りには注意してくださいね? 夜道とか」

「了解」

「ところで? お兄ちゃん」

 それまでの時間。どうしようかと考え出した時、望が袖をぐいぐい引っ張った。

「何だ?」

「確か、今日は家に帰れないんだよね? 泊まるところとかあるの?」

「多分、博麗神社かな? 霊夢、いい?」

「ええ。私は構わないわ。まぁ、布団は私のも含めて2つしかないから兄妹で1つの布団を使って貰う事になるけど」

「ええ!?」

 霊夢の発言に望が目を見開く。

「そんなに俺と一緒が嫌か?」

 さすがの俺でも落ち込んだ。妹はいつの間にか思春期に突入していたらしい。

「う、ううん! そう言う事じゃなくて……その、寝れるかどうか心配で」

「昔みたいに頭をナデナデしながら寝るか?」

 小さい頃、毎晩そんな感じで寝ていた。

「えええええ!? あ、え、そ、その……お願いします」

「おう」

 再び、真っ赤になる妹。俺はそれを気にせず、頷いておいた。

「しかし……それまで相当、暇だよな」

 今の時刻は午前9時。

「あ! なら、紅魔館に行きたい!!」

 復活した望は興奮気味に叫ぶ。

「そう言えば、お前の好きなキャラってフランだったもんな」

「うん! お兄ちゃんはフランに会った事あるんだよね?」

「ああ、何だって今じゃ俺の妹だからな」

 望とは血が繋がっていない『義妹』。しかし、フランとは少しだけだが、血が繋がっているのだ。

「またまた~! お兄ちゃんったら冗談でも妹の前で『フランは俺の妹発言』はナンセンスだよ~」

「え? あ、ああ……」

 だが、望は全く信じていないようだ。実際に会えば理解してくれるだろうと踏んだのでスルー。

「とりあえず、紫。何かわかり次第、連絡くれ」

「わかったわ」

「それじゃあ、早速行くか。飛べると言ってもここからじゃ結構、遠いからな」

 しかも、望を背負わなければいけない。お昼までに着くだろうか。

「ああ、一番大事な事を忘れていたわ」

 今回の事件に協力してくれた皆に挨拶していると紫に預けたままになっていたPSPを渡してくれた。

「お? メンテ、サンキュな」

 それを受け取ってすぐにスキホに収納。

「それと……これも完成したわ」

「え?」

 紫が差し出して来たのはかなり前に頼んだ物だった。

「で、出来たのか!?」

「ええ。調節がかなり、難しかったけど何とか使えると思うわよ? まぁ、貴方の推測が合っていれば話だけど」

「ありがとう! これでまた、新しい戦い方が出来そうだ!」

 頼んでいた物を受け取って、スキホの中のPSPと同じ場所に収納する。

「あまり、夜遅くにならないでね?」

 そろそろ、出発しようかと思っていると霊夢が最後に話しかけて来た。

「おう。お前もありがとな。ずっと、結界を貼ってくれて」

「別にこれが博麗の巫女の仕事だもの」

「……そうかい。じゃあ、行くわ」

「行ってらっしゃい」

 こうして、この事件は解決し俺と望は紅魔館に向かった。

 

 

 

 

 

 だが、この事件は終わっちゃいなかったのだ。いや、やっと始まったと言っていいだろう。俺はこの件を後回しにした事を数日後、後悔する事になる。

 



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第126話 道中

「うわああああああああ!」

「お兄ちゃん、右!」

 背中にいる望の指示通り、右に旋回。すると、背後から弾が俺たちを追い抜いた。

「待てー!」

 後ろからルーミアの声が聞こえる。

「今日は遊べないって言ってるだろ!?」

 永遠亭を出発してから早1時間。俺と望はルーミアの遊び(と言う名の本気の弾幕ごっこ)に巻き込まれていた。

「だって、1週間も遊べなかったんだもん!」

「だから、また今度たくさん遊んでやるって言ってんじゃん!!」

「左!」

「のわっ!?」

 望の能力のおかげで何とか回避した。だが、これじゃいつまで持つか分かったもんじゃない。

(せめて、この姿じゃなかったらな……)

 半吸血鬼化した体じゃまともに戦えない。翼があるから飛べるには飛べるが、弾幕が放てないのだ。それに自分の能力すら把握していない状況で戦えるはずがない。何とかして逃げなければ望に怪我をさせてしまう。

「上と下から同時に来るよ! 速度アップ!」

 結構なスピードで飛んでいたが、更にスピードを上げる。次の瞬間に後ろから弾幕同士がぶつかったのだろう。爆発音が轟いた。だが、望がいてくれたおかげで後ろを見なくても弾幕の軌道がわかるのはありがたい。それにしても――。

「何か、能力の発動率が高くなってない?」

「う~ん、なんか弾幕の時とか高くなるみたい。あ、真後ろからレーザー来るよ」

 何だが、俺も望もこの状況に慣れ始めている。今も右に少しだけ移動してレーザーを躱した。

「とりあえず、俺の内ポケットにスペルカード、入ってるからそこから『分身』を出してくれ」

「了解。左から2つ。右から3つ。上から1つ来るよ……っと、これかな?」

「サンキュ。口の前に持って来てくれ」

 望が取り出したスペルカードを口でくわえてそのまま、宣言。

「ひゅんしん『ふりーほうふぁあふぁいんほ』!」

 きちんと発音出来なかったが、俺が3人に分身する。分身二人がルーミアに向かって突撃。その隙に本体の俺は一目散に逃げる。

「あー!! 待ってよ!! まだ、終わってないんだから!!」

 ルーミアの叫びが聞こえたが、スルーして紅魔館を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……どうなるかと思ったね」

「ああ。助かったよ」

 霧の湖上空。さすがにルーミアもここまでは追って来ないと踏んだのでスピードを落として飛んでいた。

「それにしてもお兄ちゃん、人気者だね。ルーミアの前にはリグルとか大ちゃんとかも挨拶しに来たし」

「自分でもよくわからんが、寄って来るんだよ」

 そう言えば、最初に会った頃からルーミアとか集まって来た。どうしてなのかは今でも分からない。

「んー、でもものすごく嫌な予感がするだけど?」

「え? 俺も何だけど……」

 この流れはきっと、あいつも来るに決まっている。

「あー! 響だー! 遊べー!」

「「ほーら、やっぱりチルノが来たよ」」

 また、逃走劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「うおーい……美鈴~……」

 紅魔館の門にて、フラフラの俺は門番をしていた(珍しく起きていた)美鈴に声をかけた。

「きょ、響さん!! 大丈夫ですか!?」

「へ?」

 しかし、俺の姿を視界に捉えた美鈴が目を見開き、駆け寄って来る。

「ど、どうしたんだ?」

 あまりにも美鈴が険しい表情を浮かべていたので戸惑ってしまった。

「だ、だって……ほぼ毎日欠かさず通っていたのに急に来なくなってしまったので怪我でもしたんじゃないかって……」

「あー、ちょっと呪いにかかって寝てたわ」

「ああ、そうなんですか~。それならよかった……いやいや、良くないですよ! 軽い感じで言われたのでものすごく軽い感じで返しちゃったじゃないですか!?」

 美鈴のノリツッコミは今日も調子がいい。このやり取りも久しぶりだ。

「いや~、生きてて良かったよ」

 心からそう思う。死んでたら望にも会えなかったし楽しい事も何も感じる事が出来なくなってしまうのだ。

「この場合、その言葉って思いのほか重たいですからね! あれ? 響さん、なんかいつもと違います? 気がまるで、お嬢様やフラン様のような……」

「ああ、半吸血鬼だし」

「あ~! なるほど! だから、お嬢様たちと同じような気ですねってえええ!?」

 本当に美鈴はいいリアクションを取ってくれる。

「ど、どうしてですか? ま、まさか今更フラン様の血が……その翼もお嬢様とフラン様の翼を足して2で割ったような姿をしていますし」

「え? 去年の秋ぐらいからだけど」

「結構前ですね!?」

「何か、この姿だとこっちに来れなくてな。満月の日だけ来ないのはそれが理由だ」

 『もう、響さん。人間じゃなくなってます……』と言う中国の呟きは聞こえなかった事にした。

「あ! そうだ! 一刻も早くフラン様に会いに行ってください!! 響さんが来なくて最近、機嫌が悪くて……」

 美鈴は紅魔館メンバーの中でもフランと弾幕ごっこする機会が多い。相当、やられたのだろう。

「了解……でも、その前に今日は連れがいるんだ」

「連れ、ですか?」

「うん。望ー!」

 少し離れた場所にいた望に声をかける。すると、おそるおそる望が物陰から出て来た。

「ど、どーもー……望です」

「あ、どうも。紅 美鈴です」

 お互いにぺこりと頭を下げて挨拶。

「今日はこいつに紅魔館を案内したいんだけどいいかな?」

「え? あ、はい。響さんの連れならお嬢様も許してくれると思います。因みにお二人のご関係は?」

「妹」

「あ~! 妹さんですか~……ってえええええええ!!?」

 俺の『呪いかかった発言』や『半吸血鬼化発言』の時よりも大げさに仰け反り、驚く美鈴。

「ど、どうした?」

「だ、駄目です……今のフラン様に望さんを会せたら紅魔館が崩壊してしまいます!」

「「へ?」」

 美鈴が変な事を言ったので首を傾げる俺と望。

「大丈夫だろ?」

「いいえ! まずいです! とにかく、今日の所はお帰り下さい!」

「だが、断る」

 面倒になって来たので目に力を入れて『狂眼』を発動。美鈴と目を合わせる。

「なっ!?」

 さすがに気絶させるのは気が引けたので体が上手く動かせないようにしてその横を通り過ぎた。

「じゃあ、また帰りにな」

「ま、待って!! 本当にまずいんですからあああああああ!! の、望さん! 危険ですから戻って来てくださいいいいい!!」

「さようなら、美鈴さん」

 望もゲームで美鈴のキャラを知っているのできっちりスルーしてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ! ホントに紅い!」

 紅魔館エントランス。望が歓喜の声を上げる。それはまるで、玩具を買って貰った子供のようで思わず、微笑んでしまった。

「とりあえず、フランの所に行くか?」

「うん!」

「えっと……この時間なら図書館にいるかな?」

 フランの行動パターンはだいたい把握している。いつもなら図書館で本を読んでいるはずだ。

「図書館と言う事はパチュリーにも会える?」

 そのセリフを聞くと動物園に来た人みたいだ。

「まぁ、あいつはあそこからほとんど動かないしな」

「『動かない大図書館』だもんね」

「じゃあ、行くか」

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「弟様!」

 図書館に向かっている途中で目の前に咲夜が現れた。とても焦っているらしい。

「どうした?」

「美鈴の言ってた事は本当だったみたいね……そちらが弟様の妹様ですか?」

「え? あ、はい。音無 望です」

 最初に何かぶつぶつと言っていた咲夜が望に質問する。少し、望は戸惑ったように自己紹介した。

「どうしてこんな時に来たんですか!?」

 すぐに血相を変えて叫ぶ咲夜。

「な、何なんだよ。一体、お前と言い、美鈴と言い……」

 美鈴はともかく、咲夜がここまで焦っているのは危険だ。その時、どこからか爆音が轟く。

「ッ!? お兄ちゃん! 下から来る!!」

「咲夜! 逃げろ!」

 叫びながら望を抱え、翼を駆使して数十メートル後方にジャンプした。そして、間髪入れず廊下の床が爆発する。

「おにいいいいいいいいさああああああああああまあああああああああああああ!!!」

 爆発音に負けないほどの声量でフランが俺を呼んだ。

 



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第127話 妹VS妹

 空中で器用に1回転し、右手に持っていたレーヴァテインを真っ直ぐ振り降ろして来たフラン。このままでは俺も望も炭になってしまう。本能のまま、俺は左手を前に突き出してそれを受け止めた。咄嗟に離れようとした望を右わきに抱える。離れた所をフランに狙われてしまったら対処できるか分からない。

「くっ……」

 俺の手から黒い煙が立ち始めるが更に力を込めて剣を制止させる。

「お、お兄ちゃん!?」

「お兄様……何か、いつもと違うね」

「今日、は……お前と同じ、種族だ……からな」

 痛みで言葉が詰まってしまう。だが、『超高速再生能力』と半吸血鬼化のおかげですぐに傷が治る。俺の手では火傷を負うのと治るのを繰り返していた。

「へぇ? じゃあ、吸血鬼なんだ」

「半分、だけ――な!」

 『だけ』の部分でフランがいきなり、力を込める。俺も負けじと対抗するが、廊下の方が耐えられなくなり、皹が入り始めた。

「ん? その子は?」

 今更、俺の右わきに抱えられている望に気付いたらしい。

「俺の妹だ」

「い、もうと?」

 その瞬間、フランの目が細くなった。

「ああ……今日はここに案内しに来たんだけどっ」

 俺が喋る毎にフランが力を加える。これ以上、俺の腕も廊下も持たない。ならば――。

「フラン、続きは下の階で、だッ!」

 右足で思い切り、廊下を踏みつける。その瞬間、あまりの脚力(半吸血鬼化+霊力、魔力で身体能力を水増し)で紅魔館が震えた。そのせいでフランがよろける。その隙に今度は左足で廊下を蹴った。

「きゃッ!?」

 とうとう、廊下が耐え切れなくなり、底が抜ける。望が短い悲鳴を上げた頃には一つ下の階に到着していた。

「待ってよ! お兄様!」

 レバ剣で廊下を破壊し、俺たちの前に着地するフラン。

「右上!」

 それも一瞬の事でフランは吸血鬼の身体能力を最大限に活かし、目にも止まらぬ速さで斬りつけて来た。しかし、望の能力のおかげで斬撃の軌道をいち早く知る事が出来たので咄嗟に左腕でガード。

「ぐぁ……」

「お、お兄ちゃん!!」

 剣を腕なんかで受け止めたら切断されるに決まっている。その証拠に俺の左腕はくるくる回って後ろの方へ飛んで行っていた。すかさず、バックステップして左腕を歯で噛んで掴み、そのまま何度もステップ。7メートルほどフランと距離を置いた。

「だ、大丈夫なの!?」

「ふぁふぁ、ほれふらいのひふははれへる!(ああ、これぐらいの傷は慣れてる!)」

 望を降ろし、右手を使って噛んでいた左腕を掴んだ。急いで傷口にくっつけ再生させる。

「ッ! 上!」

「魔力、硬化!」

 また、フランの斬撃を腕でガードする。今度は魔力で皮膚を硬くする余裕があったので切断される事はなかった。

(でも、このままじゃいつか望にも……)

「お兄ちゃん、私に任せて!」

 どうやら、フランの暴走を止めると言っているようだ。もしかすると能力が発動し、穴を見つけたのかもしれない。

「ああ、頼む!」

 その間でもフランは攻撃して来るだろう。それを完璧に防ぐのだ。俺は望の前に跳び出して左目に集中する。

「魔法『探知魔眼』!」

 望の能力よりは性能は落ちるが、ないよりはマシだ。フランの斬撃を次々と両腕で受け止める。

「フラン! あなたはお兄ちゃんの妹なの?」

「うん」

 望の質問に素直に答えるフラン。少しだけ嫌な予感がした。

「私もお兄ちゃんの妹よ。血は繋がってないけど“戸籍”ではそうなってる。でもね? 戸籍は外の世界にしかない。つまり、フランがお兄ちゃんの本当の妹になるには血が繋がってなきゃ駄目なの!」

 望の言葉が廊下に響き渡る。俺もフランもそれを聞いて硬直したのだ。

「……あれ?」

 変な空気が流れているのに気付いたのか望も冷や汗を流している。

「じゃあ、私とお兄様は本当の兄妹なんだね」

 この空気を壊したのは勝ち誇った様子でそう言ったフランだった。

「ど、どういう事? それじゃまるで、お兄ちゃんと血が繋がってるみたいじゃ……」

「悪い……言うのが遅れたけど俺とフランは血が繋がってるんだ」

 トドメは俺。我が義妹の顔から生気が抜けていくのが目に見えてわかる。

「何で? どうして? どうやって?」

「俺が怪我をして瀕死の時にフランが血を飲ませてくれて吸血鬼の治癒能力を得たんだよ。まぁ、飲んだ量が少なかったから普段は人間のままだけど。この半吸血鬼化もフランの血を飲んだからだ」

 俺の説明を聞いていた望がぷるぷると震え始めた。

「あ、でも、その子はお兄ちゃんと血が繋がってないみたいだね? 外の世界じゃ血の繋がり以外で兄妹を証明する方法があるみたいだけど、残念ながらここは幻想郷。“そんな常識は通用しない”んだよね!」

 言い終わると同時に望に向かって剣を振りかざす妹。それを何とか、真剣白刃取りで受け止める。受け止める前に両手に霊力を纏わせる事が出来たので、火傷はしていないがこのままだと押し斬られる。

「俺にとっちゃお前も望も大切な妹だ!! 血の繋がりも何も関係ない!」

「あちゃ~……お兄様にフォローされちゃ負けたのも同然だよ? 義妹さん」

(……フランってこんな性格だっけ?)

 今は精神的に不安定なので仕方ないのはわかるが、望に当たり過ぎだ。

「……もん」

「え? 何?」

 望が小さな声で何かを呟いた。だが、俺にもフランにもその声は届かず、フランが聞き返した。

 

 

 

「義妹は血が繋がってないからお兄ちゃんと結婚できるもん!!」

 

 

 

「はぁッ!?」

 とうとう、義妹までも壊れてしまったらしい。俺が驚愕してしまい、変な叫びを上げてしまった。

「へ?」

「血の繋がった兄妹は結婚出来ないもん! だから、フランはお兄ちゃんと結婚できないんだ!」

「ふ、ふん! そんなのここじゃ通用しないって言ったじゃん!」

「でも、お兄ちゃんは外の世界で生きてるから外の常識を最優先にするもんね!」

 その時、フランの剣を消えた。怒りで制御が出来なくなってしまったようだ。

「そ、外の世界? だってお兄様はここに……」

「お兄ちゃんは外の世界と幻想郷を行き来できるんだよ!」

「そ、そんな……で、でも! 兄妹って結婚できないんじゃ?」

「フランは血が繋がってるから出来ないよ! でもね? 私はお兄ちゃんと血が繋がってないから結婚できるんだよ!」

 望の発言を聞いてフランが数歩、後ずさった。

「こ、この! 壊れちゃえ!!」

 フランが右手を前に突き出す。望の目を集めて破壊するつもりらしい。

「やめろっ! フラン!」

 すかさず、左手でフランの右手を握り、能力の使用を妨害するがフランの怪力によって俺の左手が潰れた。

「がぁッ……」

 皮膚は破け、骨は砕け、血が滴る。痛みには慣れて来たと思っていたがやはり、痛い物は痛い。短い悲鳴を上げてしまった。

「お、お兄ちゃん!?」「あ、お兄様……」

 望が涙目になり、フランは目を見開いている。フランも望んで俺の手を潰したのではないようだ。

「だ、大丈夫……」

「ちょっと! お兄ちゃんになんて事するの!?」

「だ、だって仕方ないじゃん!!」

 だが、またもや妹たちは喧嘩を始めた。

「いい加減にしろッ!!」

 俺もとうとう、堪忍袋の緒が切れる。普段、大声を出さないので望もフランも肩をビクッと震わせて驚いた。

「フラン! 寂しかったとは言え、望にも攻撃したんだ! 謝れ!」

「だ、だって……こいつが」

 口を尖らせてボソボソと言い訳するフラン。

「謝れ」

 それに対して俺は翼を大きく広げ、威圧感を与える。両目に『魔眼』とは違う魔力を送り、『狂眼』を発動させ、紅くした。

「ひぃっ……ご、ごめんなさい」

「望も! フランが一番、好きなキャラだったんだろ! なのに、あんなひどい事を言って! お前もごめんなさいしろ!」

「うぅ……ごめんなさい」

「全く……どうして、喧嘩したんだよ」

 お互いに頭を下げて謝ったので安堵の溜息を吐く俺。それから気になっていた事を二人に問いかけた。

「「だ、だって……お兄ちゃん(お兄様)の妹だって言うから」」

 どうやら、美鈴や咲夜が言っていた通り、望とフランを会わせない方がよかったかもしれない。少なくとも会う前にフランの機嫌を直していたらこんな事にはならなかったはずだ。

「さっきも言ったけどお前たちは俺の大切な妹だ。だから、もう喧嘩しないでくれ」

 右手で望の頭を、左手でフランの頭を撫でながら言う。

「「うん……」」

 二人はお互いに目配せした後、ぎこちなく握手。これで仲良くはなれないかもしれないが、喧嘩はしないはずだ。

「あ、ところでお兄様?」

「ん?」

「結婚するならどっち?」

 フランの口からとんでもない言葉が飛び出した。

「いや、二人は妹だから結婚しないよ」

 その瞬間、望とフランが同時に廊下に崩れ落ちる。

「私たち……敵じゃなかったんだよ。味方だったんだよ」

「そうだね……望。私たち、友達だね」

 俺が首を傾げている中、二人は涙目になりながら抱き合った。

 



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第128話 散策

 肩を落として図書館へ向かったフランを見送ってから数十分後、俺と望は紅魔館で暴れた事を謝る為にレミリアを探していた。

「いつもなら、すぐに見つかるんだけどな……」

 咲夜に呼んで来て貰おうかと思ったが、フランと俺が壊した廊下を修復するのに忙しそうだったのでやめたのだ。

「……いつもあんな無茶な戦い方をしてるの?」

 不意に望にそう問いかけられ、フランの剣を腕で防御していた事を言っているのだとわかった。

「今日は仕方なかったんだよ。指輪も使えないし、あの時はお前を抱えてたから結界も張れなかったし」

「大丈夫なの? 腕」

「ああ、俺の体は特殊でな。霊力を流せば一瞬にして治るんだよ。どんな怪我でも」

 望を安心させる為に袖を捲って傷跡すら残っていない事を確かめさせる。妹は恐る恐る手を伸ばし、俺が切断されたであろう箇所を撫でた。

「……痛みはあるんでしょ?」

「まぁ、な。あまりにも大きな怪我だと痛みだけ残ったりもする」

 フランに手を潰されたのもそれの一つだ。今も少しだけズキズキと痛む。しばらくは左手に無茶させないようにしなければいけない。

「ごめんね……私のせいで」

 どうやら、俺とフランが戦った(まぁ、防戦一方だったが……)のが自分のせいだと思っているらしい。

「いや、きっとお前が今日、ここにいなくても俺はフランと戦ってたよ。1週間も会いに来なかった罰としてね」

「で、でも……」

「それにお前が助けてくれたからこうやって、生きている事を実感できるんだ。痛みは出来るだけ感じたくないけど死ぬよりはマシだ」

「……うん」

 だが、まだ望は不安らしく俺の袖をチョンと摘まむ。振り払う理由もないのでそのまま、紅魔館の廊下を歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 途中で会った妖精メイドにレミリアがどこにいるか聞くとどうやら、食堂にいるらしい。この時間はお茶をしているそうだ。

「で、何であんたたちまで飲んでるのよ」

「「そこにお茶があるから」」

「仲の良い兄妹ね」

 対面に座っているレミリアは苦笑いしたまま、カップを傾ける。隣に座っている望も紅茶を飲み、『美味しい……』と呟いていた。

「そうだ。忘れてたよ。悪かった。紅魔館、結構壊しちゃった」

「大丈夫だと思うわ。咲夜も頑張って直してるだろうし」

「咲夜に謝っておいてくれ」

 お願いすると1度だけ頷いて煎餅(お茶を貰う代わりにお菓子を要求されたのであげた)を手に取った。

「それで? フランはどうなったかしら?」

「私と同盟を結びました」

 俺が答える前に即答する望。

「同盟? ああ、なるほど」

 最初は首を傾げたレミリアだったが、俺を見てニヤリと笑った。

「まぁ、私もあの子をどうしようか悩んでたし」

「そんなに荒れてたのか?」

「ええ。ろくに食事もせずに美鈴と戦ってたわ」

「美鈴さんに八つ当たりですか……」

「あいつもよくフランの部屋に行ったよな」

 普通なら近づこうとすらしないと思うんだが。

「ああ、それは美鈴が寝てる間にフランの部屋に放り込んでおいたのよ」

「「ひどっ!?」」

「そうでもしないと紅魔館を破壊しかねなかったでしょ?」

 確かに先ほどのフランは異常だった。

「よく生きてたな……美鈴」

「まぁ、美鈴だから」

 それだけで納得出来てしまうのは何故だろう。

「それにしてもこの紅茶、美味しいですね」

「咲夜が淹れたお茶だからね」

 辺りを見回しても咲夜の姿はない。廊下の修復途中でレミリアの為に淹れに来ているようだ。さすが瀟洒なメイド長。感心しつつ、スキホから紅茶によく合うショートケーキを2つ、取り出して望と俺の前に置いた。

「ちょっと! なんで、私には煎餅でそっちはケーキなのよ!」

「そりゃ、紅茶にはケーキだろ」

「だから、何で最初から渡さない!」

「2つしかなかったから」

 フォークを突然、現れた咲夜に貰って望とほぼ同時にケーキを口に運ぶ。甘い。

「私に寄越しなさいよ!」

「嫌だよ。俺のおやつなんだから」

「いいじゃない。一口、寄越せ!」

 テーブルを飛び越えてダイブして来るレミリア。

「おっと」

 咄嗟にケーキの皿を掴み、椅子を引いて回避。だが、着地した紅魔館の主は床を蹴ってもう一度、跳躍した。

「しつこい!」

 立ち上がって右に(左には望がいたので)向かって走り始める。

「このっ! 待ちなさい! 私のケーキ!」

「お前のじゃねーって!!」

 レミリアも俺の後を追って走って来るので仕方なく、逃げ続ける。時には回り込んで来るのでケーキを崩さないように躱さなくてはいけない。

「れ、レミリアさん! 私のを上げますから落ち着いて!」

「あら、そう?」

 望が苦笑してレミリアにケーキを渡す。

「全く、最初からくれたらこんな運動しなくてもよかったのに……」

「お前のせいだ。お前の」

「お兄ちゃんとレミリアさん、本当の兄妹みたいですね」

 確かにさっきのは兄妹喧嘩に見えなくもない。

「何言ってるの? 姉弟よ」

 きっと、望が言った兄弟は『兄妹』と書き、レミリアが言った兄弟は『姉弟』と書くのだろう。

「違うわ!」

 なので、ツッコんでおく。

「あ、だから咲夜さんはお兄ちゃんの事を『弟様』って言ったんだ……」

「そう言う事よ」

「もう、知らん……」

 諦めた。何回、注意してもレミリアも咲夜もやめようとしないのだ。

「んー、このケーキ、美味しいわね。外の世界の?」

「ああ……って何で知ってんの?」

「さっき、フランが落ち込んだまま、そう教えてくれたのよ。『お兄様は外の世界から来てるんだってー』って」

 後で一応、秘密だって事をフランに言っておかなければならないようだ。

「……ん? どうかした?」

 その時、レミリアがフォークを口に咥えながら望に問いかけた。左を見ると義妹は何故か、レミリアをジッと見ている。しかし、すぐに俺の方も見た。もしかして、能力が発動しているのかもしれない。

(俺とレミリアの共通の弱み……あ、結構前に2人で咲夜に隠れてつまみ食いした奴か?)

 あの時、咲夜に見つかりそうになってたまたま、キッチンにいた美鈴を囮に逃げ出したんだっけ。すぐ後に美鈴の悲鳴が紅魔館中に響き渡ったのは言うまでもない。

「……レミリアさん」

「何?」

 望の様子からどうやら、レミリアの穴を見つけたらしい。

(でも、何で俺の方も見たんだ?)

 そんな疑問を浮かべていると望がゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「何か、お兄ちゃんに隠し事……してませんか?」

 

 

 

「……何が言いたい?」

 目を鋭くして望を睨むレミリア。

「いえ、小さな隠し事だったらスルーしてたんですが、その隠し事がお兄ちゃんにとってとても大切な事のような気がして」

「それ以上、聞いたら殺すわよ」

 一気にレミリアの霊気が膨れ上がる。

「そう言う事、言うのはやめろ。レミリア。今の俺は手加減出来ないんだから」

 それと同時に俺も霊気を解放した。何としてでも望を守る。

「へぇ。吸血鬼の出来損ないが私に勝てるのか?」

「半吸血鬼、なめんなよ。霊力と魔力を操れんだから今まで以上に凶暴だ。それに狂気たちもやる気だぞ」

 今、俺の体では指輪を使う事は出来ない。その為、妖力と神力は使えない。逆に使える力が少ないので霊力と魔力は普段より量が多いのだ。危険になれば魂同調でもして妖力か神力を使えるようになればいい。

「そんなもんで勝てるとでも?」

 確かにそれでもレミリアに勝てるかわからない。

「……望、お前の力借りても?」

 望のオペレートがあればきっと、勝てる。トールと魂同調し、神力で手を創造。その手を使って望を抱き抱えておけば戦闘に問題はないはず。

「もちろん。なんか、私の能力、勝負の時に発動しやすいみたいだからいけるよ」

「……だ、そうだ。どうする?」

 紅茶を傾け、レミリアを睨む。

「望の能力によるけど……どうやら、こっちの方が不利そうだからパス。でも、望の質問には答えない」

「今更、誤魔化せると思うなよ?」

「誤魔化そうなんて思ってないわ。これを聞いたら貴方、絶対に“後悔”するから言わないの」

「勝手に決めつけんな。後悔するかどうかは俺が決める」

「……今日は帰って頂戴」

 席を立って、食堂を出て行こうとするレミリア。

「おい! 待てよ!」

 それを阻止する為に俺も望も立ち上がる。その時、一瞬だけ風が吹いた。

(え?)

「何度言えばわかる? 帰れ。じゃないと、本当に八つ裂きにするわよ」

 気付けば俺と望の間に立っていたレミリアが俺たちの首に尖った爪を突き立てていた。

「今日は満月。本当にこの日だけは理性を保つの大変なんだから。これ以上、私に努力させないで」

 そう言ってレミリアは手を引き、出て行った。

「望、見えたか?」

「ううん。能力の反応が出た時にはもう……」

「そうか……」

 どうやら、俺はレミリアを侮り過ぎたらしい。

 すぐに動く気になれなかった俺と望は数分経ってから食堂を後にした。

 




レミリアが隠していることについてはいずれ出て来ます。


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第129話 図書館

「ふ~ん……レミィがね」

 レミリアには出て行けと言われたが、どうしてもあの反応が気になってしまい、俺たちはパチュリーのいる図書館にいた。

「ああ、そうなんだよ。何か知らない?」

 これまでにあった事をパチュリーに説明したら、納得したように頷く大図書館。

「まぁ、さすがに真相を語るわけにはいかないわね……」

「どうしてですか?」

 初心者用の魔法の本(望には魔力そのものがないので読んでも使えやしない)を真剣に読んでいた望がこちらに顔を向けずに質問する。

「レミィの言う通り、響にとってこれは重大な問題なの。知ってしまえば、生き方そのものが変わってしまうかもしれないわ」

「そんな事……何でお前は知ってるんだ? そんなに言いたくない事ならお前にだって言わないと思うけど?」

「そりゃ決まってるよ」

 その時、フランが3冊の本を運びながら言った。あの後、地下室には向かわずここに来ていたらしい。

「響は覚えてる? 人間と吸血鬼の物語」

 テーブルに本を置いてから俺に質問するフラン。

「え? あの本の事か?」

 俺がまだ小さい頃、初めて幻想郷に来た時にまだフランが地下室に幽閉されていた。紅魔館に厄介になっていた俺は本を地下室に持って行って読み聞かせしていたのだ。その時に読んだのが『人間と吸血鬼の物語』。

「でも、確かあれはレミリアの話じゃなかったっけ?」

「あれ? あの時、意識あったの? 瀕死だったのに」

「ちょっとな。それがどうしたんだよ?」

「前、お姉様とパチュリーが話してるのを聞いたの」

 フランの言葉を聞いてパチュリーが目を丸くする。聞かれていたとは思っていなかったようだ。

「あの本は実話だけど実話じゃない。最後の結末を少しだけ変えたんだって」

「結末を?」

 本当がどうか確認する為にパチュリーの方を見る。

「……ええ。本当よ。あの本はレミィの話を聞いて私が書いた物なの。でも、『最後だけ変えて』って指示されたのよ」

「どうして?」

「さぁ? 彼女が言うにはフランには正しい道を選んで欲しいって」

 フランもレミリアがそう言ったのは知らなかったらしく、俺と目を合わせて同時に首を傾げた。

「本の結末はどんな感じだったの?」

 望だけは物語を知らない。簡単に説明すると、一瞬だけ目が淡い紫色に光った。もしかして、能力が発動した時に起きる現象なのかもしれない。

「……お兄ちゃんはフランの血を飲んだんだよね?」

「あ、ああ……」

「フラン、お兄ちゃんに血を飲ませる時、レミリアさんは何か言ってなかった?」

「言ってたけど……確か、『吸血鬼にされたキョウの事を考えなさい。私の時は拒否されたけどキョウは答える事すら出来ない。だから、貴女が決めるのよ』って」

 実はその後、フランが俺に血を飲ませたかどうか知らない。そこで吸血鬼の記憶が消えていたのだ。まぁ、生きているから飲ませたのだろうけど。

「その後は?」

「……響は知ってるの?」

「いや、そこまでは……」

 俺の答えを聞いてフランが少し、俯いた。

「私、逃げようとしたの」

「は?」

「もし、血を飲ませてキョウに怒られたり、悲しませたり、拒絶されたらどうしようって考えたら怖くなって……」

「お、おい……じゃあ、俺はどうやって」

 傷を治したんだ?

「もちろん、私の血を飲んだよ?」

「矛盾してるだろ」

「だから言ったでしょ? 『逃げようとした』って。私が図書館から飛び出そうとしたら出て来たの。お兄様の中にいた吸血鬼が」

「吸血鬼が?」『ああ、そんな事もあったわね』

 俺の問いかけと吸血鬼に呟きが被った。本当の事らしい。

「うん。去年の夏みたいに」

『まぁ、そんなに喋ってないわよ。キョウは生きたがってるって言ってる事を教えただけ』

「……おいおい。待てよ」

 俺はてっきり、5歳の時にフランの血を飲み、それから魂に吸血鬼が現れたと思っていた。だが、フランの話じゃ血を飲む前から俺の魂には吸血鬼がいた事になる。今思えば、そうじゃないとフランに本を読み聞かせている記憶があるわけがない。

「じゃあ、なんだ……“吸血鬼はお前と会う前から俺の中にいた”って言うのか?」

「お兄様?」

 俺の様子がおかしい事に気付いたのかフランが心配そうな表情を浮かべる。

「ふざけんなよ……なら、俺は最初から『人間』じゃないってのか?」

 俺は一体、何なんだ? 吸血鬼か? それとも、半吸血鬼か? それ以外の存在なのか?

 ぐるぐると目が回る。自分が一体、誰なのか。そもそも、俺の親は誰なんだ。わからない。わからない。

「お兄ちゃん、大丈夫」「お兄様、大丈夫」

 右側から望が、左側からフランが俺の手を握った。

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」

「種族なんて、自分が誰かなんて関係ない」

 俺の中で何かが弾ける。

「お兄ちゃんだったから今、私はこうやって幸せに暮らしてるの。もし、お兄ちゃんがいなかったらイジメのせいで自殺してたと思う……」

「私だってお兄様が読み聞かせしてくれなかったら、人間に興味なんて湧かなかった。今頃、地下室で孤独に生きていた……」

 妹たちはそこまで言うと手に力を込めた(フランは込め過ぎて俺の左手がまた砕けた)。

「……ああ。そうだな」

 痛みすら気にならないほど魂の中で何かが暴れている。だが、力が暴走しているわけではない。共鳴しているのだ。彼女たちと。

「そうだよ。だから、安心して」

 右を見ると望が微笑んでこちらを見てそう言ってくれ――。

「私たちはいつまでもお兄様の妹だから」

 ――左ではフランが満面の笑みを浮かべてくれた。

「ありがとう。二人とも……」

 何とか返事が出来たが、魂が激しく鼓動を打っている。喋るのは愚か、表情が険しくなるのを抑えるのも厳しい。

(何だよ……これ)

 シンクロした時と似ているが状況が違う。まず、魂を取り込んでいない。それにもっと、鼓動は弱かった。望もフランも変わった様子もない。俺の魂で何かが起きている。

 ――……**術『特殊結界封印―魂―』。

 その時、あの心にいた奴の声が頭に響く。『術』の前にも何か言っていたが聞こえなかった。

「あ、れ?」

 途端に先ほどまで暴れていた鼓動が嘘のように静まる。

「どうしたの? お兄ちゃん?」

 俺の呟きが聞こえたのか望が質問して来た。

「え? あ、いや……なぁ? お前ら、何か違和感なかったか?」

「「違和感?」」

 妹二人は顔を見合わせ、首を傾げる。やはり、俺だけだったらしい。

「何々? お兄様、どこか具合でも悪いの? “妹”のフランに教えて!」

 ニヤニヤしながらフランが俺の左腕に抱き着く。

「あ! ちょっと! 何、抜け駆けしてるの!」

 それを見て望も負けじと右腕にしがみ付いた。

「おい、お前ら何かの同盟を結んでなかったっけ?」

「うん、結んだよ。でも、妹としては望に負けないもん!」

「わ、私だって! フランに負けないもん!」

 それからお互いにぐいぐい俺の腕を引っ張り始めた。

「いででででっ!? こらっ! 引っ張るな! 特にフラン! 本気だろ、お前! 千切れる! 千切れるからあああああ!!」

 叫ぶ俺だったが、少し嬉しかった。何故なら、フランはわざと望を挑発したのだ。元々、地下室に幽閉されていたのでまだ人に慣れていないフランは知らない人の前だと人見知りする。でも、フランは楽しそうだ。望になついている証拠だろう。悪戯好きの妹が姉に悪戯するような感じ。まぁ、しかし――。

「痛い! 痛い!」

 本当に左腕が千切れそうなのでフランには自重して貰いたい。

「弟様。妹様たちとお遊びになっている中、申し訳ござません」

 その時、目の前に咲夜が出現した。

「遊んでないよ! 襲われてるって言っても過言じゃないよ! 助けてよ!!」

「お嬢様から伝言です。『明日までには機嫌を直しておくからいつでも遊びに来なさい』、との事です」

 どうやら、レミリアもやりすぎたと思ってくれているらしい。少しだけ紅魔館に来る頻度を減らそうか考えていたが今まで通り、幻想郷に来たら必ず寄る事にしよう。

「そうか……ってか、お前ら! いい加減にしろ!」

 両腕を思い切り振って妹たちの拘束から逃れる。

「お兄様? まさか、あれだけで私が満足してると思ってる? 後2時間……いや、後3時間は遊んでもらうよ! もちろん、望もね!」

 しかし、すぐに俺の腰に飛びつきながら笑顔でフラン。俺と望はお互いの顔を見て苦笑い。無邪気な妹だ。

「お兄ちゃん」

「ん? 何だ?」

 俺の耳元まで顔を近づけた望が小声で俺を呼んだ。

「なんか、私、フランのお姉ちゃんになった気分なんだけど」

 口では嫌そうに聞こえるが口元は緩んでいるので相当、嬉しいらしい。東方の中でフランが最も好きなのもあるが、“妹”が出来た。つまり、家族が増えたのが一番の理由だろう。

「俺もそう思ってた」

「あ! お兄様! 望! 何こそこそしてんの! 早く、私の部屋に行くよ!」

 腰から離れて俺と望の手を取り、引っ張り始める。

「おい! 望は普通の人間なんだからあまり、力入れるなよ?」

「わかってるって! ほら、早く!」

 それから4時間ほど3人で遊んだ後、俺と望は博麗神社に向かう為に紅魔館を後にした。

 



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第130話 狼

「はぁ~……疲れた」

 背中で少しだけぐったりとした望が溜息交じりに呟いた。

「まぁ、最終的には弾幕ごっこだったもんな」

 テンションが上がったフランが弾を撃ち始めて俺と望が協力(俺は望を背負い、望はオペレートした)して、躱し続けるものだ。

「ん?」

 そこで眼下に広がる森を眺めていたのか変な声を上げる望。

「どうした?」

「なんか、あそこで戦ってる雰囲気がする」

(いや、雰囲気って……)

 最早、穴ではなくなってしまった。

「もし、人里の人間だったら困るから様子を見に行くぞ」

「了解」

 すぐに方向転換し、望が指さす方へ降下し始める。

 

 

 

 

 

 

 

「バゥ!」

 望が言ったポイントまで後少しの所で生き物の吠える声が聞こえた。

「魔法『探知魔眼』!」

 急いで魔眼を発動すると前方に生物の反応を7つ、察知する。動きを見ると1匹を6匹で襲っているような感じだ。

「お兄ちゃん! 助けてあげて!」

 どうやら、望も能力で状況を把握したらしく肩越しにそう叫んだ。

「言われなくても!」

 勘が『その1匹を助けろ』と言っている。地面すれすれを飛び、少しだけ開けた場所に出た。

「あれって狼?」

 着陸し、望を降ろす。それからこちらを見ずに彼女が質問する。その視線の先には血だらけの白銀の狼(だが、でかい。目線が俺とほぼ同じだ)が蜘蛛と蜂を足して2で割ったような妖怪(蜂のような羽が生えており、蜘蛛のように8本脚)と対峙していた。

「ガルッ!」

 まだ、俺たちには気付いていないようで狼が妖怪たちに向かって短く吠え、地面を蹴る。それに合わせて蜘蛛蜂の半分が地面に、もう半分が空中に移動した。

(組織を持ってる?)

 本来、妖怪はあまり群れずに単体でいる事が多い。だが、蜘蛛蜂は自分のすべき事を理解し、配置についたのだ。

「おい! 何か仕掛けて来るぞ!」

 伝わるとは思っていなかったが、大声で狼に向かって忠告した。

「ッ!?」

 しかし、狼は俺の声に反応しその場でジャンプ。同時に地面にいた蜘蛛蜂が一斉にお尻から針を射出する。針は狼がいた場所に刺さり、地面を溶かした。

「毒か!」

 今は奇跡的に躱せたが、狼は負傷している。針が命中するのは時間の問題だ。懐から博麗のお札を5枚、放り投げ印を結ぶ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 星形の結界を狼の前に置き、空中にいた蜘蛛蜂が放った針を弾き飛ばした。

「今だ!」

 俺の登場に動揺した蜘蛛蜂に隙が出来る。狼もそれに気付いたようで地に降り立ち、一気に地面にいた蜘蛛蜂たちに詰め寄る。そして、両前脚の爪で深い切り傷を次々と付けて行く。それを見て空中の蜘蛛蜂が再び、針を狼に向けた。

「お前らの相手は俺だっての! 分身『スリーオブアカインド』!」

 3人に分身した俺は蜘蛛蜂の前に飛び出し、その道を塞いだ。妖怪は一瞬、動きを止めたが標的を俺に変更してくれた。針を2発、連続で撃った2秒後にまた1発、飛ばして来る。

「ちっ!」

 魔眼で察知したが、最初の2発を回避しても軌道的に最後の1発は当たる。結界はまだ狼を守っていて間に合わない。それに分身も他の蜘蛛蜂と戦っているので応援は頼めないだろう。だが、すぐに最後の針の軌道が急に左に逸れた。

「これならっ!」

 左に逸れた事で針と針の間に隙間が出来たのだ。そこに身を潜らせ、何とか危機を脱出。

「サンキュ! 望!」

 針の軌道を変えたのは望だ。能力を使って石をぶつけてくれたのだろう。

「頑張って!」

 妹の声援には手を軽く振るだけで答え、蜘蛛蜂に集中する。敵はもう一度、針を飛ばそうとお尻をこちらに向けた。

「雷輪『ライトニングリング』!」

 魔力があるので、『雷魔法』は使える。半吸血鬼と超高速再生能力があれば筋肉が破裂しても1秒もかからずに治るだろう。それに蜘蛛蜂は6体もいるのだ。少しでも数を減らしておいた方がいいと判断し、両手首に雷で出来たリングを装備。

「シッ!」

 今までとは比べ物にならないほどの速度で蜘蛛蜂の懐に潜り込む。蜘蛛蜂も接近されるとは思っていなかったようで驚愕したのがわかる。右手をギュッと握り、思い切り前に――蜘蛛蜂の腹目掛けて突き出した。あまりの威力に蜘蛛蜂の体が粉々に吹き飛ぶ。

(次!)

 『雷輪』の力を利用し、一瞬にして分身1と戦っている蜘蛛蜂の背後に回り込み、両手を組んで一気にその背中に振り降ろした。背中が千切れ、胴体とお尻が分裂する蜘蛛蜂。これで2体目だ。

「はぁっ!」

 急いで分身2に針を刺そうとしていた蜘蛛蜂の所に移動。移動中に体を捻って蜘蛛蜂の首に当たるように後ろ回し蹴りを放った。クリーンヒットし、蜘蛛蜂の首が遠くの方へ飛んで行くのを横目に地面まで急降下する。

「分身解除!」

 魔力の消費を出来るだけ避けたいので分身を消し、狼の背中に飛びつこうとしていた蜘蛛蜂に踵落としを喰らわせた。蜘蛛蜂の体がぐしゃりと潰れる。前を見ると狼は首に針を刺される寸前だった。

「間に合えっ!」

 両腕を力いっぱい前に振りかぶり、両手首に装備されていた雷のリングを雷弾として飛ばす。蜘蛛蜂に直撃、黒こげにした。その刹那、両腕と両足の筋肉が破裂する。

「ッ……」

 激痛に目の前がぐにゃりと歪む。最近、『雷輪』を使っていなかったからか筋肉は再生したのに体が動かなかった。その隙に蜘蛛蜂が俺の額に向かって針を飛ばして来る。

(まずっ……)

 慌てて避けようとしたが、バランスを崩してその場で尻餅をついてしまった。当たる。

「ガッ!」

 だが、狼が横から針を叩き落とした。そして、最後の蜘蛛蜂に飛びかかる。喉に噛み付き、妖怪の息の根を止めた。

「お兄ちゃん!」

 呆然としていると望が駆け寄って来る。

「大丈夫!?」

「あ、ああ……」

 まだ、ふらつく足に鞭を打って何とか立ち上がった。

「くぅん」

 狼がふらふらしながらも俺の足元までやって来る。そして、俺の頬を舐め始めた。

「ありがとうって言ってるよ」

「わかるんかい」

「何となくね」

 人間と動物の言葉の穴を見つけたのだろう。

「もう、お前にわからない事はなさそうだな……」

「ハイスペックシスター望よ」

「自分で言ってて恥ずかしくないか?」

「それは言わない約束なのに……」

 シュンとなる望は置いておくとしてまだ、ぺろぺろして来る狼の傷を観察する。相当、ひどい。針は直撃せずとも掠っていたらしく、皮膚が溶けている部分が数か所あるのだ。その他にも蜘蛛蜂以外の敵にも襲われたようで、治りかけの傷や古傷も確認できる。

「お前、大変だったんだな」

 俺の呟きに答えるように鼻を鳴らす狼。

「……ん?」

 その時、狼に違和感を覚えた。

(こいつ、どこかで?)

 確か、『魂喰異変』が起きる少し前に女の子をこの狼から助けた事がある。望なら狼と会話が出来るので確かめて貰おうと振り返ったが、いきなり体に何かがのしかかって来た。

「お、狼さん!?」

 望の悲鳴に反応して狼の方を見るとぐったりとしているではないか。

「おい! しっかりしろ!」

 血を流し過ぎているらしい。反射的に懐から博麗のお札を取り出し、本能の赴くまま、地面に貼り付けた。

「お兄ちゃん? 何してるの!?」

「結界を貼る!」

「何で!」

「狼の傷を治す効果を持った結界だ!」

 自分でもよくわかっていなかった。こんな結界、霊夢は使っていなかったし自分も結界について勉強などしていない。どうして、このような術式を知っているのかわからなかった。

「望! 狼を結界の中心に移動させるぞ!」

 一人では運ぶのに時間がかかってしまうと踏んだので妹に助けを求める。

「りょ、了解!」

 二人で頑張って狼を結界の中心に移動させ、望を結界の外に出るよう指示。

「待ってろ。すぐに治るからな?」

 横たわっている狼の背に手を乗せて励まし、結界を起動させた。

 



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第131話 神獣

「わかった! 感謝してるのはわかったから離れろ!」

 結界のおかげですっかり元気になった狼にぺろぺろされまくる。

「それにしても大きいね」

 何とか、狼を引き剥がした時、望が狼を見て感想を漏らした。確かに狼の目線は望よりも高い。

「え? 違う? 力を使って大きくなってるだけ?」

 だが、すぐに首を傾げながら妹がそう狼に質問する。

「どうした?」

「なんか、この狼さん。自分の中にある力を利用して体を大きく見せてるだけなんだって」

 望が説明すると同時に狼の体が縮み、目線が俺の腰――つまり、先ほどより半分ほどの大きさになった。

「お前、本当に喋れるんだな」

「自分でも吃驚してる……あ、この子、女の子みたい」

 メスと言いたいらしい。

「体の調子は?」

 俺が狼に質問すると鼻を鳴らした。

「……バッチリだって」

「通訳どうも。魔眼で見たけどこの辺りにはもう、妖怪はいないから安心していいぞ」

 そろそろ、博麗神社に行かなければお茶を飲む時間がなくなってしまう。

「じゃあ、元気でな」

「バゥ!」

 俺が飛ぼうとしたのだが、狼は一回、吠えた後、俺の袖を噛んだ。

「え? ついて行く? でも……うん。うん」

 望が一生懸命、狼と会話する。

「だから! 駄目だって!」

(言い争いになってるぞ?)

「私たちは外の世界から来てるから付いて来れないの!」

「おい、いい加減なんて言ってるか教えてくれないか?」

 蚊帳の外は寂しい。

「え? あ、なんかお兄ちゃんに一生ついて行くって言ってる」

「……つまり、式神になりたいって事か?」

「バゥ!」

 頷きながら狼。

(どうする?)

 式神は常に主人と繋がっており、主人から力を注ぎ続けられる。つまり、狼が俺の式神になれば俺はずっと、力を注がなくてはいけないのだ。その為、魂の中にいる3人の力を借りる事になってしまう。さすがに独断で決めるのはまずい。

『まぁ、いいじゃないかしら? 仲間が増えた方が楽しいし』

『私も別に問題はない。どうせ、力を与え続けると言っても本当に少量だからな』

 吸血鬼と狂気がほぼ同時に承諾してくれた。

(……トール?)

 しかし、いつになってもトールから返事が帰って来ない。

『いや、式神にするのはいいんじゃが……』

(じゃが?)

『その狼……神獣じゃぞ?』

「……へ?」

 思わず、狼を2度見してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ……これはまた、珍しい物を連れて来るねぇ」

 狼が神獣だとわかり、式神にして何か影響がないか気になった俺は望と狼を頑張って背負って(分身した。因みに狼は2人がかりで運んだ)守矢神社にやって来たのだ。急いで早苗たちを呼んで狼を見せたら、顎に手を当てて神奈子が感想を漏らす。

「これは……神獣ですよね?」

「そうみたいなんだよ。トールがそう言ってたんだ」

「まぁ、これほどまで神力を垂れ流しにしてたらわかるよね」

 やはり、早苗にも諏訪子にもわかるようだ。

「望にはわかるか?」

「へ? う、う~ん。普通じゃないとは思ったけど神獣とは思わなかったかな?」

「だよなぁ」

 俺の場合、体の中で霊力、魔力、妖力、神力がぐちゃぐちゃに混ざっているのでどれがどの力かわからないのだ。特に妖力と神力は普段、あまり使わないので見分けがつかない。

「で? どうして、こんな所に連れて来たんですか?」

 首を傾げながら早苗が問いかけて来た。

「実は、なんか俺の式神になりたいんだってさ」

「へぇ、式神に……式神に!?」

 諏訪子が目を見開く。

「神獣だよ!? 人の前に現れる事自体あまりないのに!?」

「それもこいつは神狼(しんろう)。普通の狼と違って群れを作らず、一匹で過ごしているんだ。それなのに……式神にか」

「妖怪に襲われている所をお兄ちゃんが助けたんですよ」

 『お兄ちゃん?』と目を細める神奈子と諏訪子だったが、すぐに俺の妹だと紹介すると納得してくれた。

「妖怪に? どうして、そんな事になったんでしょうかね?」

「聞いてみますね」

 早苗の呟きが聞こえたのか望が笑顔で応じる。

「「「へ?」」」

 望の意外な行動にキョトンとする3人。

「なんか、嫌な力を感じて攻撃したそうですが、想像以上に相手が多くてピンチになったそうです」

「お前、意外に間抜けなんだな」

「ガㇽㇽ……」

 俺がバカにすると狼が低く唸り始めた。

「すまんすまん」

 すぐに謝ると許した証拠に俺の頬をぺろぺろと舐める。

「ホントに仲がいいですね……神奈子様、神獣を式神にしても問題なんですか?」

「う、う~ん……実例がほとんどないからな。確か、響は神力も持ってたよね?」

「あ、ああ……」

 ぺろぺろされていたので頷くだけで精いっぱいだった。

「外に出せるかい?」

「? やってみる」

 狼の頭を撫でてぺろぺろをやめさせる。すぐ指輪を使って力を合成した。

「……もっと、純粋な神力で」

「わかった」

 一旦、合成した力を消して体の中に流れている神力を(トールに手伝って貰いながら)右手に集める。

(ん?)

 だが、その時に何か違和感を覚えた。

『む? これは?』

 トールも同じように違和感を覚えたようだが、俺もトールもどこに違和感を覚えたのかよくわからない。

「は、はい」

 何とか、肉眼でも神力が見えるほどの濃さになった所で合図を送った。

「そのまま、狼の頭に乗せて」

「おう」

 神奈子の指示通りにポン、と狼の頭に手を乗せる。その瞬間、俺の体と狼の体が輝き始めた。

「な、何これ!?」

「ふむ、共鳴しているから相性は大丈夫みたいだね。もういいよ」

 手をどけると光も消える。

「まぁ、もしかしたら問題があるかもしれない。調べてみるからまた、明日おいで。確か、今日は幻想郷に泊まるんだろ?」

「調べられるのか?」

「多分ね。とりあえず、名前を決めてあげようじゃないか」

 確かに、今まで狼の事はそのまま『狼』としか呼んでいなかった。

「そうだな。式神にしてもしなくても決めないとな」

「くぅん?」

 首を傾げる狼。

「お前に名前を付けようって話。そう言えば、名前あるのか?」

「……ないって」

「名前、欲しいか?」

「バゥ!」

 これは望の通訳がなくてもわかった。

「よし。どんなのがいいかな……」

「女の子っぽいのがいいって」

 すぐに望を通じて注文される。

(女の子……)

「そうだな……霙(みぞれ)ってのはどうだ?」

 天気で言う雪と雨が混ざっている天候だ。白銀で雪のようで尚且つ、雨のように色々な悪い物を洗い流してほしい、と願いを込めてそう決めた。

「……いいって! 気に入ったって言ってるよ!」

 望が通訳した途端、霙が俺に飛びついてくる。

「ちょッ! お前っ!」

 さすがに支えられず、背中から守矢神社の境内に倒れ、またぺろぺろされた。

「でも、可愛いね! 触らせて!」

 そう言いながら諏訪子が霙の背中に飛びつく。

「諏訪子! 重くなったから降りろよ!」

「何! 私は軽い方だよ!」

「霙の体重もあるんだよ!」

 俺の叫びで気付いたのか諏訪子ではなく、霙が俺の上から降りた。

「さんきゅ」

 のろのろと立ち上がり、前を向くと霙の口に何か咥えられているのを発見する。

「それって……スペルカード?」

「バゥ!」

 スペルカードを境内に置いてお座りする霙。近くによってスペルカードを拾うと前にこの狼に襲われた時に奪われたスぺカだとわかった。

「やっぱり、あの時の狼か……よし」

 これも何かの運命だと思い、スペルカードに力を注いだ。

「お兄ちゃん? 何やってるの?」

「え? ああ、霙を式神にした時、必要なスペルを作ってるんだよ。おし、出来た。早苗」

「はい、何ですか?」

 俺に呼ばれ、早苗が駆け寄って来る。

「これ、預かっておいて。もし、霙が式神になっても問題ないってわかったらこれに神力を注ぐように指示してくれ」

「人間の言葉、わかるんですか?」

「バゥ!」

「ほら、わかるって言ってる。お前も覚えておけよ? で、このスペルに俺の名前が浮き出たら成功だ」

 前に紫に式神にするには相当な力の差が必要だと言っていた。でも、それは先ほどの妖怪との戦闘で俺の方が強い事が証明されているので大丈夫だと思う。

「このスペルは俺の持ってるスペルと繋がってるから俺に伝えたい事を念じれば俺に届く。多分、狼語でも話しかけても途中で翻訳されるはずだから安心しろ」

 そこで霙が頷く。

「じゃあ、神奈子よろしくな」

「まかせておけ」

 スキホを見るとそろそろ、霊夢のいる博麗神社に向かわなくてはいけない時間だった。

「望。帰るぞ」

「うん」

 再び、望を背負い、境内にいた早苗たちに手を振りながら守矢神社を後にした。

 



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第132話 特徴

「遅かったじゃない。どこまで行ってたの?」

 博麗神社の境内に降り立った俺に霊夢が箒を片手に話しかけて来た。

「色々あってな」

 フランと遊んだり、霙を助けたり、ぺろぺろされたり。

「まぁ、いいわ。確か、夜は人里に行くのよね?」

「おう。慧音に呼ばれてな」

 時計を見ると午後5時。夕方だが、日没までもう少しだけ時間がある。

「お茶でも飲む?」

「頼む。望もいるか?」

「あ、はい。お願いします」

 いつものように縁側に座った。望も恐る恐る着席。

「はい、お待ちどうさま」

 あらかじめ、用意しておいてくれたのかすぐに台所の方からお盆を持った霊夢がやって来る。

「さんきゅ」

 熱いお茶が入った湯呑を受け取り、お礼を言う。啜るとお茶の苦みがほんのりと口の中に広がった。

「ありがとうございます」

 茶菓子の煎餅に手を伸ばし、バリバリと齧っている横でお茶を受け取り、頭を下げた望。

「あ、美味しい……」

「どうも。で? 何時くらいに出かけるの?」

「そうだな……満月が昇ってからかな?」

 慧音も時間指定はしていなかったし、それぐらいで大丈夫だろう。

「じゃあ、お風呂は帰ってからね。適当にそこの温泉でも使って」

「温泉?」

 俺が首を傾げると霊夢ではなく望が答えた。

「地霊殿の時に間欠泉が湧いたんだよ。その時に温泉を作ったらしいよ?」

「そうなのか?」

「ええ。少し熱めだけどいい温泉よ」

「でも、お風呂道具持ってない……」

 望がシュンとなる。安心させる為に無言でスキホを操作し、着替えやシャンプーなどお風呂道具を縁側に出現させた。それを見て望が目を見開く。

「これで大丈夫だろ?」

「さ、さすがお兄ちゃん」

 それからは満月が昇るまでまったりと過ごした。

 

 

 

 

 

 時刻は深夜。襲って来る眠気を噛み殺しながら俺は慧音の家で夜食のおにぎりを食べている。望もお腹が空いていたのか2個目に突入していた。

「こんな時間まですまない。予定よりも手こずってしまってな」

 俺の対面に座っている慧音(いつもと違って頭に角を生やし、お尻にはふわふわの尻尾がある)が申し訳なさそうな表情を浮かべながら湯呑を差し出して来る。

「いんや、大丈夫だよ。珍しいのも見れたしな」

 俺と望は慧音が満月の日にやる儀式(説明はされたのだが、歴史をどうこうするとしか理解できなかった。てか、説明の途中で寝た)を傍で見学できたのだ。

「ご馳走様」

「お粗末様。確か、これから妹紅の家に?」

「ああ、犯人像を聞いておかないと」

「ふむ……深夜だから気を付けろ。妖怪たちの活動時間だからな。それに響、いつもと能力が違うのだろう?」

 慧音の言う通り、PSPが使えない今、俺は望を背負って妹紅の家まで移動しなければならない。

「まぁ、大丈夫だろ。分身して2人態勢で俺たちを警備させればいいし」

「お前がそう言うなら大丈夫だな」

 お茶を飲み干して溜息を吐く。

「そう言えば、こんな時間にあいつ起きてるのか?」

「う~ん……五分五分かな? でも、今日は起きてると思うぞ」

「何でわかるんだ?」

「そりゃ、満月だからな」

 慧音はそれだけ言うと湯呑を傾けた。言っている意味が分からず、俺と望は顔を見合わせて首を傾げる。

「大丈夫とは言ったが、早めに行った方がいい。今日は少し曇っている」

「お、おう。じゃあ、お茶ご馳走様。行って来るよ」

 疑問を抱きながらも俺は望を連れて妹紅の家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危なかった……」

 妹紅の家の前で着陸した俺はその場で崩れ落ちながら呟く。

「ま、まさかルーミアが昼間の仕返しに来るなんてね……」

 夜。しかも、今日は満月だ。妖怪であるルーミアの力は普段より格段に上がっていた。何とか、望のオペレーションと吸血鬼の運動能力で撃破したのだが、長期戦になってしまったため、慧音の家を出発してから1時間も経っている。

「あー、妹紅? 起きてるか?」

 ドアをノックしながら問いかけるが、応答なし。

「寝ちゃったみたいだね」

「そうだな……ん?」

 諦めて博麗神社に帰ろうかと思ったその時、屋根の上で綺麗な白髪が揺れた。

「あれ? 妹紅?」

「ん? ああ、お前たちか。こんな夜遅くどうした?」

 屋根の上からこちらを見下ろしながら妹紅。

「妹紅さんこそ、そこで何してるんですか?」

 望が問いかけると黙って屋根の上の少女は手招きした。来い、と言いたいらしい。仕方なく、望をお姫様抱っこ(負んぶするのが面倒になったので)して屋根まで飛翔する。

「おお、見せてくれるね」

「は? 何が?」

 何故か顔を紅くした望を降ろして妹紅と向き合う。

「ほら、見てみろよ」

 妹紅が指さしたのは空だった。

「「あ……」」

 空を見上げた俺たちは同時に声を漏らす。

 妹紅の家は竹林の中にある。その為、普段は空など見えやしないだが、屋根の上から見上げると何と、そこには大きな満月が浮かんでいた。

「下からだと屋根が邪魔で見えなかったと思うが、こうやって上に上がれば綺麗に見えるだろ?」

 妹紅の言う通り、ここからだと満月が竹林の隙間から顔を出しており、何とも幻想的な風景を作り出していた。

「綺麗だな……」

「うん。やっぱり、周りが暗いから星もたくさん見えるね」

 俺たちが住んでいるのは住宅街なので繁華街よりかは星が見えるが、やはり幻想郷の方が鮮明にわかる。

「それで? 何か用があったんじゃないか?」

 あまりに綺麗な景色に呆然としていた所に妹紅が質問して来た。

「あ、そうだ。お前、俺に呪いをかけた犯人を見たんだよな?」

「その話か。お前には言っておくべきだったな。確かに見たぞ。でも……」

 そこで妹紅は口を閉ざしてしまう。

「でも?」

「そいつ、二人組だったんだ」

「そいつって事は単数じゃないんですか?」

 妹紅の言葉に疑問を覚えた望が更に聞いた。

「私が見たのは2人だった。そうなんだけど戦った方は1人なんだ」

「つまり、どういう事だよ?」

「つまり……犯人だと思う男が使役してたんだよ。リーマを」

「はッ!? リーマを!?」

 思わず、大声を上げて驚いてしまう。

「誰?」

 俺の反応から知り合いだとわかったのか首を傾げながら望。

「俺が外の世界で初めて戦った妖怪だ。で、紫の誘いに乗って幻想郷で『成長屋』を営んでいる。でも、どうしてリーマが?」

「私にもわからない。リーマに話しかけたが答えないし目も虚ろだった」

「話を聞くと正気ではないようですが……」

「だから、男がリーマに何かしたんだと思うんだ」

「なるほど、リーマは巻き込まれたって事か……なら、犯人は――」

 妹紅が見たと言う男で間違いない。

「その男はどんな感じでしたか?」

 望も俺と同じ答えに至ったようですぐに男の特徴を聞いた。

「それなんだが、暗くて顔は詳しくはわからなかった。背は響よりもでかかったな。180後半ぐらいだろう」

「服装は?」

 さすがに背丈じゃ情報が少なすぎる。

「お前と同じような服装だったな。そのじーぱんって言う奴だ」

 それを聞いて俺は目を細めた。最近、外来人が増えて来て人里にも外の世界で着られているような服も売っている事がある。しかし、ジーパンはまだ見た事がない。

「お兄ちゃん、どう思う?」

「リーマを使役し、ジーパンを穿いている……正直言ってわからん」

 まるで、外の世界から来ているような風貌だ。それにリーマを使役出来ると言う事はリーマ以上に強い事も明らか。

「お前は?」

「う~ん……何となくだけど、お兄ちゃんにとってやばい相手かも」

「どうして?」

「だって、お兄ちゃんって干渉系の能力が効かないんでしょ? 干渉させるには何かを経由しないと駄目なんだよね?」

 望の質問に頷くだけで答えた。

「じゃあ、何で犯人はそれを知ってたんだろう?」

「あ……」

 確かにそうだ。この事は紫や永琳など、幻想郷でも限られた人しか知らない。それにも関わらず、犯人は薬を使って俺に呪いをかけた。

「響、大丈夫なのか? そんな奴に狙われて」

「……はっきり言っちゃえばまずい。向こうの情報はほぼ皆無。でも、敵は俺の事を調べている。こっちが不利だ」

「とりあえず、紫さんに言って1週間ぐらいお仕事休ませて貰った方がいいかも」

「ああ、私と慧音。後、あの文屋とかにも話して情報を集める。それまでは来ない方が良い」

 望と妹紅がずいずいっと俺に迫りながら心配してくれる。

「……だな。もう、死にそうになるのは嫌だし」

 そうと決まれば善は急げ。博麗神社に帰る前に紫にメールすると向こうも同じ事を考えていたらしく、1週間ほど万屋を休む事になった。

 

 

 

 

 

 しかし、この時に紫のスキマを使って急いで家に帰ればよかったのだ。事件は翌日の朝に起こった。

 



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第133話 分断

「もう行くの?」

「ああ、あまり長居してたらここに犯人が来るかもしれないからな」

 望に幻想郷を案内した翌日。博麗神社の境内で靴ひもを結びながら霊夢と話していた。因みに望は準備に手間取っていてまだ母屋の中だ。

「どうだ? 勘で何かわかるか?」

 博麗の巫女の勘は当たる。前から霊夢もそのような事を言ってたので試しに聞いてみる。

「無理よ。何故か響に関わる事だと勘が働く時と働かない時があるから」

「え? そうなのか?」

「まぁ、ね。普段はわかるんだけどこんな風に事件が起きた時は決まって働かないの」

 腰に手を当てて溜息を吐く霊夢。

「いや、いいんだ。あ、それと1週間ほどここに来れないから」

「警戒?」

 俺は霊夢の問いかけに頷く。

「わかったわ。その間に犯人の情報を集めておくから」

「助かる。でも、戦おうとはするなよ? 何だか、やばい相手だ」

「そうなの?」

 首を傾げる霊夢に昨日、妹紅から教えて貰った情報を話した。

「あの成長屋を使役、ね」

「何か仕組みがあると思うんだが、わかるか?」

「う~ん……何かそう言う能力があるんじゃない?」

「能力か……それって――」

「お兄ちゃん! 危ない!!」

 その時、突然横から望に突き飛ばされ、境内を望と一緒に転がる。だが、それと同時に俺がいた地面から無数のツルが飛び出した。

(これって!?)

 慌てて、立ち上がり望を引っ張ってツルから離れる。

「霊夢! 犯人が来たぞ!」

「わかってるわ!」

 見れば霊夢も博麗のお札を構えて辺りをキョロキョロしていた。やはり、勘が働いていないようだ。

「魔法『探知魔眼』! 望、能力で敵を居場所わからないか?」

 魔眼を発動しながら隣にいる望に問いかけた。

「……ダメ。発動しない」

 数秒間、辺りを見渡した望だったが不発に終わったらしい。俺の魔眼も犯人らしい反応を見つけられなかった。

(いや……リーマの能力は確か、そんなに遠い所まで届かなかったはず。距離的に博麗神社周辺にいないとおかしい)

 考えろ。犯人は俺の事を調べている。なら、俺の魔眼の弱点も――。

「上か!」

「……」

 バッと上を見た瞬間、数十メートル上空にいたリーマが急降下を開始した。

「ツルが来るよ! 霊夢さんに2本。お兄ちゃんに5本!」

 望が叫ぶとリーマが9本のツルを伸ばす。望のオペレーション通りだと2本余る。つまり、望も攻撃されているのだ。

「望!」

「私はいいからお兄ちゃんは自分の身を守って!」

 そうは言われても放っておけないので博麗のお札を5枚、投擲し印を結ぶ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 望に向かっていたツルを結界が弾き飛ばした。その隙に俺の方に飛んで来たツルが俺の肩と腰に突き刺さる。痛みで顔が歪んだ。

「くそっ!」

 指輪を使って両手に妖力を纏わせる。そして、手刀でツルをぶった切った。

 ――解毒です!

 心にいた奴の悲鳴が聞こえる。

「わかってる!」

 リーマのツルには毒があり、体が痺れて力が入らなくなり動けなくなってしまう。急いで霊力で体に入った毒を解毒する。

「追撃! 2・8・3!」

 望が指示を出す。先ほどのオペレーションからして霊夢に2本。俺に8本。望に3本だ。魔眼を使って望にむかっているツルを探知し、結界で防御。俺に向かって来るツルは目で見て躱したり、神力で創った壁で軌道を逸らしたりして難を逃れた。

「また来る! 6・6・8!」

「霊符『夢想封印』!」

 望の指示を聞いて俺では捌き切れないと踏んだ霊夢がスペルカードを使用し、望のツルを全て破壊。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 俺と霊夢に向かっていた12本のツルは俺の咆哮により、軌道を逸らされ、境内に突き刺さった。

「ッ!? お兄ちゃん! 後ろ!」

 勢いよく俺の方を向いた望が叫ぶ。振り返ろうとしたが、その前に凄まじい力で頭を掴まれ、そのまま境内に叩き付けられた。

「ガッ……」

 額から境内に突っ込んだ俺は軽い脳震盪を起こしてしまったらしく、意識が朦朧とし始めた。

『響!』

 吸血鬼の大声が頭の中で響くが、体が動かない。

「やれ」

「……」

 微かにだが、音は聞こえていた。後ろでドスの聞いた男の声がする。その次にリーマのツルが何本も境内に刺さる音がした。叫び声が聞こえていないので霊夢や望には当たっていないらしい。

(ま、ずい……)

 多分、リーマはツルで柵を作ったのだ。これで霊夢がツルを破壊する数秒間、俺は無防備。何かされる。

「ふんっ!」

「うごっ……」

 焦る俺だが、何も出来ずに今度は背中から境内に衝突し、埋まった。これでは正気に戻ってもすぐには動けない。

「全てを繋ぎ、全てを断つ」

 顔は上を向いていたので男の顔が見えた。肌は少し、黒い。日焼けしているようだ。髪は短め。坊主だった少年が数か月間、髪を整えずに放置していたような髪型だ。服装は妹紅の情報通り、ジーパンに何故かアロハシャツを羽織っている。体つきはボクサーのようだった。筋肉のせいで体は重いが、相当速いだろう。そんな男が何かぶつぶつと俺の胸に手を当てながら呟く。

(呪文?)

「今、こいつの中にいる全ての魂をこいつから断て。そして、孤独を知れ。俺の名の下で」

 男はそこまで言うと目を閉じて、眉間に皺を寄せた。

「……ッ!?」

 その刹那、俺の中で何かが疼く。昨日、紅魔館で感じた鼓動ではない。これは“呪い”だ。

(まだ、残ってたのか!?)

 体の中で暴れる呪い。次々と何か大切な物が奪われていくような感覚。これは非常にまずい。

 ――**********結界!!

 浮上しかけていた意識が再び、沈みそうになった時、心にいた奴が何かを俺に施したらしい。それが何か確かめる前に俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 目の前が真っ白だ。

(あの女の子は笑ってくれたけど、大丈夫かな?)

 さすがに目が見えない状況で動くのは危険と判断した僕はそんな事を考えていた。

「……ん?」

 そこで足元が柔らかい草地から硬い地面に変わったのがわかる。そして、急に視界が暗くなった。どうやら、僕はいつの間に目を閉じていたらしい。いつまでもこのままではいけないのでゆっくりと目を開けた。

「じ、神社?」

 目の前には少し古ぼけた近所の神社がある。

(僕って幻想郷にいるんじゃなかったっけ?)

 よく観察してもやっぱり、悟と一緒に遊びに行く神社だった。あそこには綺麗で優しい巫女さんがいていつもお菓子を貰っている。

 神社から目を離し、周りを観察するがやはり幻想郷のようだ。前、美鈴さんの背に乗って空から幻想郷を見せて貰った事がある。少し、様子は違うけど幻想郷で間違いなさそうだ。

「あら? どちら様?」

 その時、後ろから女の人の声が聞こえ、振り返る。

「生憎、ここに巫女さんはいないんだけど……何か用?」

 そこには金髪で青いスカートをはいた女性がいた。その肩には小さな人形が乗っている。

「あ、あの……」

「うん、何かしら?」

「ここはどこでしょう?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 金髪の女性――アリスさんの案内で神社の中に入った。

「どうぞ」

 卓袱台にお茶が注がれた湯呑を置きながらアリスさん。

「ありがとうございます……あちっ」

 喉が渇いていたので急いで飲んだのがまずかった。あまりにも熱くて舌を火傷してしまったようだ。

「上海、これに水入れて来てくれる?」

 それを見たアリスさんが気を利かせて人形に湯呑を渡して命令した。人形はコクリと頷き、滑るように空中を移動する。

「に、人形が動いた?」

 先ほどまで気にならなかったが、今思えば廊下を移動する時もあんな感じで付いて来ていた。

「ああ、珍しい?」

 僕の表情を見てアリスさんが問いかけて来る。

「は、はい……初めて見ました」

「紹介するわね。上海よ」

 丁度、湯呑に水を入れて一生懸命、運んで来た人形――上海さんを指さしながら紹介してくれる。

「よろしくお願いしますね。ありがとうございます」

 湯呑を手渡ししてくれた上海さんにお礼を言って、ヒリヒリする舌を冷やすべく湯呑を傾けた。

「えっと……キョウ君だったかな? その背に背負ってるのは……鎌よね?」

「え? あ、はい。そうです」

 鎌を降ろして卓袱台に置く。

「ちょっと触るわね……」

 鎌を持ち上げたアリスさんは真剣に鎌を観察し始める。その間、暇だったので僕の近くを浮遊していた上海さんの頭を撫でたり、握手したり、僕の肩に乗せたりして遊んでいた。上海さんも表情は変わらなかったが、嬉しさを動きで表現してくれたので嬉しかった。

「ねぇ? キョウ君……これ、どこで手に入れたの?」

「こまち先生からです。あ、先生は鎌の使い方を教えてくれました」

「小町!? え? でも、確か鎌は使えなかったはずじゃ……」

 ボソボソと呟いたアリスさんはまた、何か考え込み始める。

「この鎌について何か聞いた?」

「いえ、修行を終えたご褒美にと言われ頂きました」

「……まず、この鎌は緋々色金で出来ているわ」

 聞き覚えのない金属が出て来て、首を傾げている僕を見かねてアリスさんが『錆びない上にどんな環境においても材質があまり変わらない金属よ』と補足してくれた。

「それにこの刃の部分。カバーがあるでしょ?」

「はい。凄まじい速さで振るとカバーが一時的に消滅して刃がむき出しになるんですよね?」

 先ほどの戦闘でわかった事だ。

「少し違うわ。このカバーに使われている素材のおかげで魔力を注げば君が言ったように刃が現れるの。多分、このカバーだけで家が数件建つわ。それほど貴重な素材よ」

「ま、魔力?」

 絵本などで出て来る単語に驚くがここが幻想郷だと言う事を思い出し納得する。

「あれ? でも、僕なんかに魔力があるんですか?」

「今から調べてみる? 少し時間がかかるけど」

「はい! お願いします!」

 それから2時間ほどアリスさんの指示通りに動いて僕に魔力があるかどうか調べた。

 



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第134話 蟠り

「やっぱり、キョウ君には魔力があるみたいね」

 アリスさんが笑顔で断言する。

(僕に……魔力が?)

 そう言えば、こまち先生に会う少し前に体が異常に軽くなった。それは魔力のおかげかもしれない。

「そうね……少し、魔力を扱う練習でもしましょうか。このままじゃこのカバーも消せないだろうし」

「い、いいんですか? 迷惑じゃ?」

「どうせ、ここの巫女も帰って来ないしね。これで5日目よ? 全く、何をやってるのかしら?」

 不機嫌そうに文句を言うアリスさん。

「えっと……じゃあ、お願いします」

「いい返事ね。う~ん、どうやって練習しよう?」

 顎に手を当ててアリスさんが考え込む。そこで上海が目に入り、一つの案が浮かんだ。

「あの?」

「ん? 何?」

「上海さんって確か、アリスさんが魔力で作った見えない糸で操ってるんですよね?」

 先ほど、上海さんについて教えて貰ったのだ。

「なるほど? 人形で練習したいのね?」

「は、はい。なんか、動かせたらすごいなって」

「……なら、作ってみましょうか?」

「へ!?」

 てっきり、上海さんで練習するのかと思っていたので驚いてしまった。

「正直言って上海を操るにはキョウ君の魔力じゃ足りないと思うの。それに構造も複雑だし。だから、もっと簡単な、キョウ君でも操れる人形を作りましょう。もちろん、作るのはキョウ君よ」

「で、出来るんですか? 僕に」

「私も手伝うから。頑張ってみて」

 チラッと上海さんを見る。作ってみたい。

「わかりました! 頑張ってみます!」

 元気よく頷くとアリスさんはニッコリ笑う。

「じゃあ、材料とか準備するわね。手伝ってくれる?」

「はい!」

 僕は人生で初めての人形作りをする事になった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を覚ました俺は体を起こして、カーテンを開けた。朝日が眩しい。

「くそっ……」

 しかし、そんな朝日とは対照的に俺の気持ちは沈んでいる。

(今は過去の夢を見てる場合じゃねーんだよ……)

 俺の呪いが解けたのが3日前。リーマと犯人の襲撃が一昨日。気絶させられた俺が目を覚ましたのが昨日。そして――。

「お兄ちゃん?」

 心配そうな表情で望が部屋に入って来た。いつもはノックするのに忘れていると言う事は相当、俺の事が心配だったらしい。

「大丈夫……」

 安心させようと思い、放った言葉は俺の意志とは裏腹に弱々しかった。掠れた声で言っても信憑性などあったもんじゃない。それどころか逆効果だ。

「うん。朝ごはん、雅ちゃんが作ったから食べてね」

「ああ。すぐに行く」

 俺が頷いたのを見て望が部屋を出て行った。

「……くそっ」

 もう一度、悪態を吐く。

 ――昨日、起きた俺は人間だった。そう、“普通”の人間だ。魂の中にいた吸血鬼たちとも会話出来なくなり、PSPを使ってもスキマを開く事は愚か、他のキャラにも変身出来ない。指輪だってただのアクセサリーになっている。

 俺は幻想郷に入れなくなっていた。スキホも犯人に襲われた時に壊れてしまい、紫とも連絡が出来ない。

 望の話では俺が気絶したすぐ後に俺と望の足元にスキマが開いて俺の家にワープしたらしい。紫が助けてくれたようだ。しかし、それから紫からなんの連絡もない。

「はぁ……」

 あの場に残された霊夢は大丈夫だったのだろうか。

(とりあえず、朝ごはん食べよう)

 急いで寝間着から部屋着に着替えた俺は1階に降りた。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」「いってきまーす!」

「おう、行ってらっしゃい」

 雅と奏楽が学校に向かった。さすがに一昨日帰って来たばかりの俺と望は体の調子(特に俺)が心配なので今週は学校を休む事にしている。因みに望は2人を見送らず、茶碗洗いをしていた。

「今日だよね? 東さんが来るの」

 居間に戻ると望が突然、質問して来る。

「え? あぁ……そうだったな」

 俺に続いて望もいなくなったので雅が慌てて警察に連絡し、また東さんがこの家に来たらしい。昨日、雅が東さんに俺と望が帰って来た事を話すと念のために失踪した理由について聞きに来ると言っていたそうだ。

「なんて言い訳する?」

「遭難で良いんじゃないか?」

「え~? また?」

 去年の夏。俺が初めて幻想郷に行って帰って来た時に慌てて『近くの山で遭難した』、と言ったのを思い出す。

「う~ん、どうしよう?」

「そうだね……よし、これはどうかな?」

 望の目が紫に光った。能力が発動したのだろう。特に俺の考えもなかったので望の案を採用する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ……仕事でトラブル?」

「はい、そうなんです」

 望の言い訳はこうだ。

 まず、俺の仕事は時々、出張がある事を説明。仕事の事は大学にも話していて突然、休む事もあると説明しておいたので東さんが裏を取っても大丈夫だ。

 だが、その仕事先でトラブルがあり、電波も届かない場所だったので連絡出来ずに1週間、経ってしまった。実際、幻想郷には電波は届かないので嘘は言っていない。

「そして……何とか、電波が届く所まで移動した響さんが望さんに連絡。すぐに望さんはお兄ちゃんがいる仕事場に向かった、と?」

「はい、そうなんです」

 俺と同じ台詞を使って望が頷く。

 つまり、連絡を受けた望は俺の事が心配で雅たちには何も言わずに家を飛び出してしまった。まぁ、幻想郷に来たのだから合っている。

「で? その仕事場とは?」

「口止めされてます」

「……大丈夫なのか? その仕事」

「大変ではありますけど、給料が良いので」

 実際、東さんより稼いでいると思う。依頼を解決した時に貰える報酬金を含め、1か月毎にも社会人と同じように給料が振り込まれるし、異変など大きな事件を解決した時にはあり得ないほどのお金が紫から貰える。まぁ、スキホが破壊された今、あまり家に置いてある通帳に入れ替えていないので安心は出来ないが。

「まぁ、いい。二人とも、無事に帰って来てくれてよかったよ」

「心配かけました」

 望が頭を下げて謝ったので俺も頭を下げた。

「いやいや、謝られるのは私ではないよ。雅さんや奏楽ちゃんに、だろ?」

「……はい」

 本当に雅と奏楽には迷惑をかけたな、と思う。幻想郷で再会し、安心させたのだが、俺が傷ついて帰って来てしまったので更に心配かけた。俺を不安な気持ちにさせないように雅も奏楽も表に出さないが今まで、暮らして来たんだ。わかってしまう。

「あ、そうだ。響さんは少し、運が悪いようだね?」

「え? あ、はい」

 確かに去年の夏は山で遭難し、今回は仕事場でのトラブル。運が悪いと思うだろう。

「自分の運勢を占ってみてはどうだろう?」

「運勢、ですか?」

 俺に変わって望。

「ああ、実は世間ではあまり、占いや風水は信じられていないが私は信じていてね」

「へぇ、そんな風には見えませんけど……」

 見た目は中年のおじさんだし。

「そうだな。例えば、テレビで占いをやっていたとしよう。そして、結果は最悪。響さんはそれを見てどう思う?」

「……まぁ、テンションは下がるかと」

 上がったら、ただのマゾだ。

「ふむ。普通はそうなるだろう。考えてみて欲しいが、テンションが低い時ってあまり、良い事がないだろう?」

「気持ちが沈んでいるので悪い出来事は普段より重く受け止めて、良い出来事でもあまり嬉しい気持ちにはなりませんね」

「望さんの言う通りだ。ほら、占い、当たっただろう」

「「あ……」」

 確かに当たっている。逆に占いの結果が良い時も、同じような現象が起きると推測できた。

「つまり、占いの結果を見てその人がどう思うかが大事なんだ。悪い結果だったから注意しよう、とか良い結果だったから宝くじを買ってみよう、とか」

 腕組みをしながら東さん。

「じゃあ、俺は毎日、テレビの占いを見ればいいんですか?」

「嫌そうじゃない。これを使うといい」

 そう言って東さんが懐からたくさんカードが入ったケースを取り出して渡して来た。大きさはトランプより縦長でまるで――。

「タロット?」

 俺が答えに辿り着いた時には望が東さんに問いかけていた。

「そう、タロット占いだ。結構、奥が深い」

 ケースを開けて、一枚目を見てみる。

「……死神?」

 普通なら最初のカードは『愚者』なのだが、何故か俺が引いたカードは『死神』だった。しかも、逆位置。

「ああ、すまない。前に占ったまま、適当に仕舞ったんだった。最初のカード、愚者じゃなかったんだろ?」

「はい……死神の逆位置でした」

「孤独や孤立。しかし、それ以外に再生や立ち直りと言う意味を持っているね」

「覚えているんですか?」

 俺が貰ったタロットは大アルカナのみが入っているデッキだ。しかし、それだけでも22枚ある。更に正位置と逆位置で意味が変わって来るので全て覚えていると言う事は44枚のカードの意味を覚えていると言う事になる。

「占っている内に覚えたんだよ。さて、話も聞いたし私はこれでお暇させて貰うよ」

「あ、はい。ありがとうございました。大切に使わせていただきます」

 お礼を言うと東さんは微笑んで帰って行った。

「やっぱり、不思議な人だね」

「ああ、まぁ、折角だし使ってみるか」

 それから1時間ほどタロットで遊んだ。

 



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第135話 愚者

 俺が能力を使えなくなってから更に3日、経つ。

「今日の運勢は……び、微妙だな」

 東さんから貰ったタロットで一日の運勢を占うのが習慣になってしまった。最初は適当にやってみていたが、意外と当たる。

「響。早くしないと遅刻するよ」

「おう」

 ノックなしで雅が部屋に入って来た。俺も慣れたので何も言わずに頷き、タロットを片づけ始める。

「タロット?」

「あれ? 雅は見るのは初めてか?」

「タロットは見た事はあるよ。でも、響が持ってるなんて知らなかったな」

「東さんに貰ったんだよ」

「え?」

 何故か、東さんの名前を出すと雅が眉間に皺を寄せた。

「どうした?」

「……実はね?」

 雅は奏楽が『東さんが俺に何か悪い事をするつもりだ』と言っていたと説明してくれる。

「奏楽が……」

「うん。何かされなかった?」

「いや、このタロットを貰ったくらい」

「そう。でも、気を付けてね」

「ああ……わかってる」

 今、考えても何も解決はしない。それについての情報がなさ過ぎるのだ。

「……そう言えば、お前大丈夫なのか?」

「え? 何が?」

「今、俺とお前は繋がってないんだぞ? 外の世界にいるんだから何か影響があるんじゃないのか?」

 俺が普通の人間になった日から雅と交わした『仮契約』も解除されているのだ。

「……ないよ」

「嘘つくな」

「はいはい。そうだね。うん、体がだるいかな」

 仮の式神とはいえ、雅は俺から力を供給され続けていたのだ。しかし、今回の事があり、俺からの供給が途切れている。その為、いつもより疲れやすいのだろう。

「大丈夫なのか?」

「もちろんだよ。誰かさんのように無理はしないから」

「すんません……」

 ただでさえ、心配かけているので謝ってしまう。

「響こそ、大丈夫なの?」

 タロットを片づけ終わった時に雅に問いかけられ、動きを止めた。

「肉体的にはね」

「精神的には?」

「ボロボロだよ」

 ここで見栄を張っても意味がないと判断し、正直に白状する。

「何で、言わないのさ」

「言っても仕方ないだろ?」

「違うよ。確かに解決はしないけど……私にだって響の苦しみを分けてよ。家族でしょ?」

 『家族』と言う言葉に俺は目を見開いた。

「……ありがとう」

「それで? ホントに何も出来ないの?」

「ああ、スキホが壊された今、PSPも取り出せないし。ましてや、俺には何も力がないしな」

「え?」

 その時、雅が首を傾げる。

「どうした?」

「いや……響はさ? 今の自分が普通の人間だって言ったよね?」

「だって、魔力や妖力ないし」

「そりゃ、魔力、妖力、神力は感じられないけど……霊力はあるよ?」

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 大学の教室。俺は一人で考えていた。

(魔力、妖力、神力はないけど霊力はある……つまり、まだ俺には力があるって事か? でも、自分じゃ気付いていなかった)

 もしかすると、その霊力は本来、俺が持っていた霊力なのだろうか。それが当たり前だと俺が思っていたら、先ほどの疑問も筋が通る。霊力があるこの状況が普通だと思っている事になるからだ。

「……」

「響、大丈夫か?」

「え? あ、ああ……」

 隣で講義を聞いていた悟が珍しく俺がノートを開いていない事に気付き、質問して来た。

「無理はするなよ?」

「わかってるって……おっと」

 慌てて鞄からノートを取り出したが、その拍子にタロットが入ったケースが悟の足元に落ちてしまった。すかさず、悟はそれを拾い上げる。

「ほい。タロット?」

「ああ、東さんに貰ってな」

「ふ~ん……どれ」

 悟がケースからタロットを出し、机にばら撒く。

「一枚、選んで」

「じゃあ、これ」

 どうやら、簡単に占ってくれるらしい。適当なタロットを選び、ひっくり返した。

「……『愚者』の正位置」

「始まり。直感。何かの始まりを示すカード」

 顔を上げると今まで講義をしていた若い男の先生が引いたカードの意味を教えてくれる。

「あ、すいません……」

「何、気にするな。音無、お前は何か悩んでいるのか?」

「……まぁ、はい」

「よし」

 そこで先生も悟の前にばら撒かれたカードから1枚、引く。

「ふむ……星の正位置。俺にはこのカードを通して、お前にはすでに希望が見えてると判断するが?」

「希望、ですか?」

「星の正位置は希望や理想。順調と言った意味がある。確かに今は絶望の中にいるかもしれないが、すでにお前の目にはその先に待っている光が見えているはずだ」

「じゃあ、俺も」

 先生を真似するように悟もカードを引く。力の逆位置だ。

「意味は過信、独断、見栄っ張り」

 すぐに先生が意味を教えてくれる。

「……なぁ? 響、お前は自分の悩みを誰かに相談したか?」

「あ、あまり……」

「ほら、だから俺はこんなカードを引いたんだ。誰かに相談する事で解決する問題もあるんだぞ。それなのに心配かけたくないからって自分一人で悩んで」

 確かに朝、雅に話した事で自分の中には霊力がある事がわかった。

「俺じゃなくてもいい。師匠や雅ちゃんでも、ましてや奏楽ちゃんでもいいんだ。誰かに話してみろ」

「……わかった」

「じゃあ、もう一度引いてみろ」

「はい」

 3枚のカードを戻し、シャッフルした後で俺はカードを引く。

「……よし! 今日の講義はこれまでとする! 音無、行って来い!」

「はい!」

(まだ、やれる事はあるはずなんだ。諦めない)

 先ほど引いた『戦車』の正位置が示すようにタロットを片づけた後、俺は力強く教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 一番に家に帰って来た俺は自分の部屋にいた。

(今、あるのは数百枚の博麗のお札と指輪、それにスペルカードか……)

 これらはスキホの中に入れておらず、こうして俺の目の前にあるのだが、指輪は能力が使えないのでただのアクセサリー。スペルカードも意味がない。

「使えるのは博麗のお札ぐらいか……」

 雅が言っていたように霊力はあるようで博麗のお札は使える事がわかった。しかし、これだけではあの男に勝てない。

「……待てよ?」

 大学の先生が引いたカードは『星』。希望。つまり、すでにあの男を倒す為の手段を俺は手に入れている事になる。

(じゃあ、この博麗のお札が? いや、違う)

 考えろ。目の前には何がある。博麗のお札だ。他には使えない物ばかり。他にはタロットぐらいしか置いていない。

「タロット……」

 その単語を呟いた時、男の言葉を思い出した。

(全てを繋ぎ、全てを断つ。もしかして、あいつの能力と関係があるのだろうか? 繋ぐと言う事は式神のように人との関係を繋ぐ事。そして、それとは逆に人との関係を断つ事も出来る。と、言う事は……)

「そうか……わかったぞ!」

 もし、俺の推論が正しければ俺の能力はまだ、健在している。そして、あいつが断った物は今まで俺が積み上げてきた人との関係。吸血鬼たちや雅。それは人だけではない。指輪もそれに入るのだろう。あの男が断った物は俺の大切な物だ。

「だからこそ、今から繋ぐ。あいつに断たれた物を取り返す為に新しい関係を築く。その為には……」

 目を閉じて自分の世界に入った。あいつを倒す為には何が必要なのか。考えるんだ。

(まず、自分の能力を取り返さないと……出来るのか? そんな事が)

 更に思考の世界に潜り込む。今までの経験を思い出し、俺に何が出来て何が出来ないのかを確認。

「……これだ。後は――」

「お兄ちゃん?」

 やっと、能力を取り返す方法を考え付いた所でいつの間にか隣に望がいた。

「大丈夫? 何か考え込んでたけど」

「……皆、いるか?」

「え? あ、うん。居間にいると思うよ」

「話がある。行こう」

 机に置いてあった物を回収し、望を連れて居間に向かった。

 

 

 

 

 

 

 居間で望、雅、奏楽に俺が考え付いた作戦を伝える。正直言って上手く行く保障はない。皆、黙っている。

「……やっとだね」

 しかし、最初に沈黙を破ったのは望のそんな言葉だった。

「やっと、話してくれた」

「望……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんの考えた作戦。上手く行く」

 笑顔で望がはっきりと言い放つ。だが、目は紫に光っていない。

「能力、でわかったのか?」

「ううん。違うよ。例え、お兄ちゃん一人で戦っても多分、成功しない。でも、私たちと一緒なら」

 そこで望、雅、奏楽がお互いを見やる。

「今までおにーちゃんは一人で頑張って来たんだから今は頼ってもいいんだよ?」

「今でも私は響の式神だからね。逆に頼らな過ぎなんだよ」

「ずっと、私には力がなかった。でも、今は違う。お兄ちゃんの手助けが出来る。だから、一緒に戦わせてください」

 奏楽は笑顔で、雅は少し不貞腐れて、望は真剣にそう言ってくれた。

「……すまん」

 これで後戻りは出来ない。だから、俺は心に火を灯した。

 




愚者



正位置の意味
『出発。勇気。夢想。新しい発想』など。

逆位置の意味
『愚考。爆発。無謀。根無し草』など



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第136話 魔術師

「全く、何でお前はすぐに手を抜くんだよ」

「仕方ないだろ? まさか、スキマを使って逃げられるとは思ってなかったんだから」

 博麗神社の屋根の上。また、主と式神は話していた。

「いや、あの状況で関わりを断ちに行ったのはおかしいだろ。お前の握力なら響の頭を潰す事だって出来たはずだ」

「まぁ、そこはあいつにもっと恐怖を与えてだな?」

「あの時すでに響は気絶していた。そのせいで外の世界に避難させちゃったんだろうが」

「そ、そうだけどさ……」

 主の正論に式神は小さくなる。

「響がこっちに来る可能性は?」

「能力を断ったから多分、自力じゃ無理だな。PSPとか使わせないようにスキホだって破壊しちゃったし」

「お前、本当に馬鹿だな」

「ぐはぁ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、ダメージを受けたように仰け反る式神。

「それに誰かを生け捕りにして人質にしても連絡する手段もない。ましてや、あたしたちじゃ八雲には勝てないし」

「まぁ、俺の能力でもさすがに素の状態じゃ八雲の能力を断つ事は出来ないもんな」

「使えるのか使えないのかよくわからない能力だな」

「その能力のおかけであの成長を操る妖怪を一時的に式神に出来たけどな」

 ああ言えばこう言う式神を睨む主。

「頼むからその紅い目で睨まないでくれ……心臓に悪い」

「なら、あたしの言う事を黙って聞いておけ」

「へいへーい」

 力なく頷く式神を見て主は深い溜息を吐いた。

「……まぁ、響ならどうにかして幻想郷に来るだろう」

「何で?」

 主の言っている意味が分からず、式神は首を傾げる。

「そりゃお前を倒す為だな」

「能力もないあいつに俺が倒されるとでも?」

 1週間前の戦闘で響の実力を見た式神は余裕ぶっていた。

「……可能性はゼロじゃない。何だって響にはあいつが付いてるからな」

「あいつ?」

「きっと、お前の能力も中途半端にされてるぞ」

「……そう言えば、何かに防がれた感触があった気がしなくもない」

「それに響は本気を出してない」

 主の言葉を鼻で笑う式神。

「だって、自分が殺されそうな状況だったのに本気を出さないってあり得ないだろ?」

「じゃあ、本気になりたくてもなれなかったら?」

「え?」

「誰かのせいで枷をハメられていたら? 自分の力が強すぎて本気を出したら肉体が耐えられなかったら?」

「……なら、なおさら決着を付けたいな」

 ニヤケながら式神がそう言うと博麗神社の屋根から降りて行った。

「……はぁ」

 そんな式神を見て倒されると予測した主は溜息を吐き、一瞬にしてその姿を眩ます。そして、博麗神社の屋根には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

俺の能力が断たれてから1週間が過ぎる。

「……ふぅ」

「どう? 出来そう?」

 心配そうに俺の手に握られたスペルカードを見ながら望。

「わかんない。自分で意図的に能力を使ったのは初めてなんだよ」

 今、俺が言った能力は元々、俺が持っていた変化する前の能力の事である。

「使ってみた?」

「いや、宣言はしてみたけど無理だった」

「え!? 失敗なんじゃないの!?」

「そうでもない。まだ馴染んでないからだと思う」

「馴染む?」

 首を傾げる望だったが、俺自身すら上手く説明出来ないのでスペルカードを制服の内ポケットに仕舞った。

「そっちの準備はどうだ?」

「うん、昨日見つけた亀裂は今もその場にあるってさっき雅ちゃんから連絡があったよ」

「お前の準備は?」

「テストしてみたけど幻想郷でも動くと思う」

 そこで時計を見る。時刻は午前10時。今日は土曜日なので講義を入れていない俺を含め、全員休みだ。

「行くか」

「今から?」

「ああ、亀裂が消えたらいつ、見つけられるかわからない。それにそろそろ、俺の体が限界だ」

 内側から溢れる霊力に体が悲鳴を上げているのだ。

「……わかった。じゃあ、雅ちゃんに連絡するね」

「こっちは悟に電話して奏楽の面倒を見て貰わないとな」

 携帯を取り出して悟に連絡し、事情を説明(まぁ、多少省いたが)すると快く頷いてくれた。それからすぐに悟が家にやって来て俺と望は亀裂を見張っている雅の所に向かった。

「これが博麗大結界の亀裂……」

 本来なら望にしか見えない。だが、望がその亀裂に触れた途端、雅にも見えるようになったのだ。それは俺も例外ではなくちゃんと見えている。

「忘れ物はないか?」

「私は大丈夫だよ。荷物ないし」

 妖怪である雅は背中に10枚の炭素の板を装備していた。普段は6枚なので最初から本気で行くつもりらしい。

「望は?」

「うん。確認したけど大丈夫。必要な物は全部持ったよ」

 望の背には大きなリュックサックがあり、今回の戦闘に役に立ちそうな物がたくさん入っている。まぁ、ほとんど通用しないと思うが。

「そう言う響はいいの?」

「ああ、博麗のお札とスペルがあれば大丈夫だし」

 指輪は今でも外せないのでメリケンサックのように殴って使おうかと思っている。

「……ないなら、行くぞ?」

 俺の言葉を聞いて頷く望と雅。

「今更だが、恐くなったら来なくていいんだぞ? 特に望は戦闘向きの能力じゃないんだから……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん。私は私に出来る事をするから」

 俺は望に留守番しておいて欲しかった。望を守る事を中心とした作戦だが、戦闘中は何が起こるかわからない。

「ほら、行くよ? 響」「ほら、行こ? お兄ちゃん」

 だが、二人同時にそう言われては俺に否定は出来なかった。

「よし! まず、幻想郷に入り次第、戦闘の準備を行う。その間に雅は辺りを探索し、男がいないか確認。発見しても無理に戦わず、俺たちの所に戻って来る事。もし、気付かれてしまったら、そこら辺に生えている木を倒しまくれ」

「何で?」

「そうすれば向こうの邪魔も出来るし、音で雅に危険が迫った事が俺たちにも伝わる。望は俺の傍で待機だ。俺の準備が出来たのち男の探索。そして、発見したら戦闘に入る」

「「了解!」」

「行くぞ!!」

 俺たちは躊躇いもなく亀裂の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 ターゲットの響がそこら辺にいないか探していると森がざわつき始めた。関係を繋いで情報を得る。

(誰かが現れた……人数は3人。その内、二人はその場で何かしており、一人が離れていく……)

「もしかして?」

 響かもしれないが、詳しい場所まではわからない。即席で築いた関係ではこれ以上、情報は得られなかったのだ。

「出鱈目に動くしかないか……」

 俺はジャンプし、木の枝に乗る。そして、別の木に移り、先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん。何かがこっちに近づいて来るよ」

「いきなりか……」

 幻想郷に入ってから目が紫色に光り続けている望の忠告を聞いて舌打ちをする。まだ、こちらの準備が出来ていないのだ。

「雅に戻って来いって連絡してくれ」

「わかった」

 望が頷いたのを見て俺は制服を脱ぎ、上半身裸になった。

「ちょっ!? お兄ちゃん! 何やってるの!?」

「何って……準備だよ」

「そんなの聞いてないよ!」

 だって、言ってないもん。

「急いで連絡しろって。男は後、どれくらいでここに?」

「うぅ~……そうだね。少なくとも10分はかかるかな?」

「それだけあれば必要最低限の準備は出来るな」

 急いで脱いだ制服の内ポケットから博麗のお札を取り出し、準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 木から木へと飛んでいたが急に大きな広場に出たので首を傾げる。

「……」

 その次の瞬間にはこの広場は誰かの手によって人工的に作られた物だと気付き、地面に降り立った。

「出て来いよ。音無 響」

 どうやってかはわからないが、俺がこの森にいる事を知り、わざわざ作った物だ。森からの情報ですぐにわかる。このまま、森と関係を繋いでいたら戦闘に支障が出るので断ち、広場の中心に向かう。これだけ開けた場所では不意打ちは難しいだろう。

「全く……お前の能力は一体、何なんだよ」

 そう言って木の陰から制服姿の響が現れる。

「言っただろ? 俺は全てを繋ぎ、全てを断つ能力だって」

「まぁ、『関係を操る程度の能力』とかだろうけど」

「一言一句間違ってないのが腹立つな」

「ありゃ、そらすんません」

 響は少し頭を下げるが一切、目に怯えがない。まるで、1週間前の戦いなどなかったかのように。

「覚悟はいいか? 今度こそ、お前を殺すから」

「大丈夫。俺はお前なんかに殺されるような人間じゃないから」

 そう言ってから数秒経った後、ほぼ同時に敵に向かって跳躍。俺と響は同じタイミングで右腕を引き、お互いに相手をぶち殺す勢いで思い切り、突き出した。

 




魔術師



正位置の意味
『かけひき。リーダーシップをとれる。進歩。行動を起こせる』など。

逆位置の意味
『無気力。トラブル。チャンスを逃す。反抗的』など。


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第137話 皇帝

「ぐっ……」「いっ……」

 俺と男はお互いの拳をそれぞれの左頬に貰い、後方に吹き飛んだ。しかし、体格差で俺の方がダメージは大きいようで、俺が立ち直る頃には男が目の前まで迫っていた。

「くそっ!」

 下手に攻撃するよりガードを固めた方がいい。そして、隙が出来た所にカウンターを撃ち込む。すぐに構えて敵の攻撃に備えた。

「俺にはガードは効かないぜ!」

 男が叫んだ瞬間、男の両腕が消える。いや、速すぎて肉眼では見えなくなったのだ。これでは防ぎようがない。

『左5、右7。交互に来ます。それから左からのフックの後、右アッパーカットです』

 耳に望の指示が聞こえ、全てを両腕で防ぐ。指示を聞きながらその前の指示通りに動き、攻撃を防いでいるような感じだ。例えば、望が『左、右、左、左、右、右、左』と指示した場合、5つ目の『右』を聞いた瞬間に1つ目の『左』を躱しているような状況である。

「お?」

 俺が完全に見切っている事に気付いた男が目を少しだけ細め、すぐにニヤリと笑った。

「よく、防いでるな」

「こ、っちには仲間が、いるもんで、ね!」

 俺の強がりを聞いた男は楽しそうに笑い、攻撃のスピードを上げる。

『LRRLRLLRLLRRRLLRLLLRLLRRLRLLRLLRRRLLLR――』

 望も負けじと指示を省略化し、対抗した。

(お前ら、俺の気持ちを考えろよ!!)

 半分涙目になりながら必死に男の拳を腕で受け止める。一撃が重い。油断すればバランスを崩され拳を叩き込まれてしまう。

「そろそろ、腕が痺れて来たんじゃないか?」

「それはご心配なく!」

 一瞬だけ男の攻撃に休みが出来た。その隙を狙い、男の懐に潜り込む。

「うおっ!?」

「シッ!」

 目を見開く男の右肩を狙って右腕を撃ち込む。

『お兄ちゃん、男に拳が触れた瞬間、屈んでください』

 望の指示が飛び、当たった瞬間に頭を下げた。

「ちっ!」

 上から凄まじい音と風が起こり、男が左腕を思い切り横に振るったのがわかる。当たっていたら俺の首の骨が折れていただろう。急いで男の股を潜り抜け、距離を取る。

「……色々、準備して来たみたいだな」

「まぁ、ね。誰かさんに能力の一部……いや、ほとんどを断たれたから」

「やっぱり、主人の言う通り、全部は断ち切れなかったか……」

「主人?」

 どうやら、この男の上には誰かがいるらしい。

「ああ、式神使いが荒い人でね。お前の暗殺も主人の命令だ」

「何で俺なんだ?」

「それは知らない。ただ、結構前からお前の事、狙ってたぞ? そんな事より……ふむ。なるほど。とりあえず、その鎧を破壊しようか」

 男が俺を睨んだ瞬間、目の前まで移動した。

(なっ!?)

 すぐに俺の左腕を狙って右フックを放つ。不意を突かれたので構える事が出来ずにもろに食らってしまった。

「っ!? やっぱりか!」

 しかし、弾かれたのは男の右手。そのせいで男にトリックが見破られてしまった。

「このっ!」

 弾かれた時に出来た隙を突き、男の顔面に右ストレートを撃ち込むがあっさり躱され、連続で俺の左腕に打撃を与えた。

(まずっ!?)

 ――ピシッ!

 何十回目かの攻撃でとうとう、左腕から変な音が響く。

「トドメっ!」

 男の叫びと同時に俺の左腕に右フックが衝突し、結界が破壊された。その衝撃で俺の体が右方向に吹き飛ぶ。

「考えたな……自分の体にお札を貼って自分の体の周りに結界を貼る。それに多分だけど五芒星の形になるように貼ってお前の得意な『五芒星結界』を作ったんだろ? 効果は両腕と両足、そして腹部。それぞれが孤立してるからどの部位が破壊されても他の結界は無事ってわけか……確か五芒星には魔除けの効果があったよな? それで魔である俺の拳を弾き、最低限のダメージで抑えてた、か」

 この短時間で全てを当てられ、反論出来なかった。その答えとして立ち上がり、構える。

「いいのか? 左腕の結界が破壊された今、俺の攻撃はガードする毎にお前の体に響くぞ?」

「わかってる。でも、俺は一人じゃない!」

 俺が叫んだ瞬間、男の足元から10枚の炭素板が飛び出した。

「ッ!?」

 すぐに10枚の炭素板が男に絡まり、動きを止める。その頃には俺は男の目の前まで移動していた。

「式神かっ!」

「ご名答!」

 頷きながら結界を纏った右手で男の顔面をぶん殴る。男の体は後方へ吹き飛びそうになるが雅の翼に捕まっているのでその場に踏み止まった。

「もう一発!」

 すかさず右腕を引き、今度は鳩尾に一撃、叩き込んだ。

『お兄ちゃん! 離れて!』

「了解!」

 望の指示に従い、すぐにバックステップで離れた。その刹那、男が雅の翼をバカ力で引き千切り、解放される。

「あー、吃驚した」

 俺のフルパワー(霊力で水増しした)だったのにも関わらず、まるで通用していない。

「まぁ、色々わかったよ。まず、出て来いよ! 式神!」

 大声で雅に声をかけながら地面を右手で殴った。

「うわっ!?」

 男が地面を殴った刹那、地面が大きく揺れ、地面が割れる。

「雅! 出て来い! 飲み込まれるぞ!」

「ふんっ!」

 俺が悲鳴を上げると雅が地割れから飛び出し、それと同時に男がもう一度、地面を叩いた。そして、地割れが塞がる。

(大地と関係を築いて操作したってわけか……)

「ぺっ! ぺっ! 土が口の中に……」

 俺の横に降り立った雅の制服には土がこびり付いていた。雅を呼び戻した後、地面に隠れているように命令したのだ。土の中にいればまず、気付かれないし、雅の場合、土の中を翼でドリルを作り、穴を掘って移動できる。

「上手いな。さすがの俺でも気付かなかったぞ」

 男が呟いた時、雅が地面に手を付いて背中に炭素板を作り出す。

「そして……もう一人。オペレーターがいるな?」

『っ! お兄ちゃん、雅ちゃん! ジャンプ!!』

 望の悲鳴を聞いて思い切りジャンプした。それに続けて男が姿勢を低くし、スペルを構えた。

「足刃『ソニックフット』!」

 宣言した瞬間、男の右足が光り輝き、その場で一回転。そして、男の右足からソニックブームが撃ち出される。そのソニックブームは円を描くように広がって行き、周りに生えていた木を全て斬り倒した。

(しまった!?)

 男の狙いが俺と雅じゃない事に気付くが遅かった。木は倒れ、望の姿が露わになる。

「まぁ、近くにいない可能性もあったが試しみるもんだな。目の前にいたじゃないか」

 ニヤリと笑った男は地面を蹴って望に向かって行く。本気でジャンプしてしまったので今頃になって地面に着地した俺たちはすぐに男を追う。

「雅! わかってるな!」

「当たり前でしょ!」

 雅は頷き、俺の後ろに回った。

「おらっ!」

 その時、男が望の所に到着し、右腕を振るう。しかし、望は目を閉じていた。この状況で目を閉じるなど自殺行為にも等しい。だが、望は知っている。男の拳は絶対に届く事はないと。

「ッ!?」

 男の拳が空中で止まった。いや、結界に防がれているのだ。

「う、お、おおおおおおおおおおっ!!」

 男は雄叫びを上げながら更に拳に力を込めるが、呆気なく後方に――俺と雅の方に吹き飛ばされた。

「雅!」

 背後にいる仮式の名を呼ぶと後ろから雅の翼が俺の右腕に巻き付き、俺の右腕から右手の先まで真っ黒になる。左手でスペルを構えた。

「響! 今!」

 ブチッと雅が己の翼を手刀で切った音が聞こえる。それと同時に俺もスペルを発動させた。

「炭撃『カーボンナックル』!!」

 右手から黒いオーラが漏れる。そのまま、こちらに背を向けて飛んで来る男目掛けて力いっぱい正拳突きを放った。

「がっ!?」

 霊力で身体能力を水増しした上、右手は雅の翼でコーティングされているのでかなりのダメージのはずだ。それを証明するかのように男の体は遠くの方に吹き飛んで行った。

 




皇帝



正位置の意味
『攻撃。実力。ライバルと争う。活動』など。

逆位置の意味
『未熟。自分勝手。暴力。耳を貸さない』など。


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第138話 戦車





『敵、体を起こすのでその場で待機』

 追撃しようかと思ったが、望の指示が飛ぶ。結界があるとは言え、何度も攻撃されては壊れてしまう。なので、望を守るように望に背を向けてその場で立ち止まった。

「いてて……さすがに今のは効いたな」

 15メートルほど先で男が背中を擦りながら立ち上がる。言葉の割には平気そうだ。

「雅、あまり無理はするなよ? 今は俺の仮式じゃない。妖力切れになる」

 右腕から炭素がボタボタと落ちて行くのを見ながら隣で男を睨んでいる雅に忠告する。

「わかってる。あ、やっぱり崩れちゃうんだ」

「まぁ、お前の支配が解けたからな」

 こうなっては邪魔なので叩き落す。雅は地面に手を付いて新たな翼を作り出した。

「さて……お前らの準備が出来るのを待ったお礼にトリックを教えてくれない?」

 確かにあの男ならすぐに攻撃に移れただろう。

「……望」

『大丈夫です。教えても狙いはお兄ちゃんのままです』

 望が能力で察知してくれたので仕方なく話すとする。

「お前だって言ってただろ? 『五芒星結界』だよ」

「はぁ? 結界なら俺の怪力で壊せるはずだ。でも、さっきの結界は今までとは違った。頑丈だったし何より衝撃が凄まじかったぞ」

「そりゃそうだよ」

 そう言って望の前にあった結界を肉眼でも見えるようにする。

「……さ、三重?」

「そう言う事。スペル名は――」

 スペルを取り出して宣言。

「絶壁『三重五芒星結界』」

 『霊盾』は博麗のお札を5枚、使用する。そして、『鉄壁』は『霊盾』を5セット。つまり、25枚の博麗のお札を使う。更に『絶壁』は『鉄壁』を5セット。合計125枚のお札が必要になる。俺が持っていた博麗のお札は130枚。持ち運んでいるのはせいぜい20~30枚なのだが、家に保管していたのでたくさんあったのだ。『絶壁』と俺の体に貼り付けて結界を鎧のように纏うスペル「結鎧『博麗アーマー』」。もう、博麗のお札のストックはないが、あの男でも『絶壁』は一筋縄ではいかないようだ。これで望の安全は守られたと言ってもいい。

「弾幕ごっこは最初に宣言しないと駄目なんじゃないのか?」

「何言ってんだよ。これはただの殺し合いだっつーの」

 俺の言葉を聞いて『それもそうか』と男が納得したらしく、ニヤリと笑う。

「疑問も解消された事だしそろそろ続きを始めようぜ。殺し合いの」

「……雅、A&Gで」

 男の霊気が膨れ上がったのを感じたのですぐに作戦を伝えた。

「了解」

「望はタイミング、お願い」

『オッケーです』

 ここでは望の方にも攻撃の手が向かうかもしれない。

「俺が先行でいいな?」

「うん。頑張って」

「お互いにな」

 雅の方をチラリと見ると心配そうにこちらを見ていた。確かに今の俺は今までとは違う。きっと、弱くなっていると思っているのだろう。

(俺からしたらそっちの方がよかったんだけどな……)

 溜息の代わりに全力で男に向かって駆け出した。男も同じようにこっちにダッシュする。

「二人で戦わなくていいのか!」

 そう問いかけながら男が正拳突きを放って来た。

『右に受け流し』

「――ッ」

 望の指示に従い、左手で男の拳を軽く右方向に叩く。それと同時に頭を左に傾けた。男の左手が俺の右頬を掠る。

『すぐにバック。LRLLで来ます』

 淡々と望の指示が飛ぶ。

「なんだよ! ガードするだけか?」

 ニヤニヤしながら男が叫ぶ。

「……」

 男はそうやって俺の心を乱そうとしているのだ。だから、黙って男の拳を躱し、蹴りを受け流し、攻撃をガードし続けた。これが俺と雅の戦法なのだから。

『雅ちゃん!』

「響!」

「おう!」

 男の足が俺の左わきに浅くヒット。『結鎧』のおかげでダメージを軽減し、脇で挟んだ。

「炭削『カーボンドリル』!」

 後ろで雅がスペルを発動。俺の首すれすれを通り過ぎて男の胸に突き刺さる。男のスピードなら躱せただろうが、俺が足を掴んでいるのでそれは不可能だった。

「ガッ!?」

 男の顔が痛みで歪む。その隙を突いて俺は――男の足を離してバックステップで距離を置いた。

「今度は私だよ!!」

 俺と入れ替わるように雅が前に出る。

「このっ! やってやろうじゃねーか!!」

 ドリルのせいで胸から血が出ている男。しかし、見た目はひどいがそれほどダメージは入っていないらしい。

『お兄ちゃん、20秒後です』

「了解」

 目の前で雅が男の攻撃をガードしている。

「雅! 自分の腕や足に翼を巻き付けろ! そっちの方が妖力を無駄にしなくて済む!」

「ラジャー!」

 俺のアドバイスを聞いて雅が自分の翼を腕や足に巻き付け、コーティングした。

「そんな小細工、通用しないぜ!」

「ぅっ……」

 男の拳を雅は左腕でガードするが、衝撃が強すぎるのだろう。うめき声が聞こえた。

『お兄ちゃん、5秒後。膝でお願いします』

 それを聞いて俺は膝に霊力を注ぎ、頑丈にする。

「せいっ!」

 やられっぱなしだった雅が足に巻き付けていた翼を伸ばし、男に足払いを仕掛けた。

「うおっ!?」

 攻撃に夢中だった男は足を引っかけられ、前のめりに倒れる。

「どらっ!!」

 それにタイミングを合わせて俺が膝蹴りを放ち、男の顎にクリーンヒット。そして、『拳術』の要領で霊力を一気に放出し、インパクトする。それを見た雅は俺の後ろに回り、今度は俺が前に出た。

「くっ……なるほど、そう言う事か」

 吹き飛ばされた男は顎に手を当てながらのろのろと立ち上がる。

「ガードナーが敵の攻撃をガードし、隙を作る。そして、アタッカーがその隙を突いて確実に一撃を決める。『ヒットアンドアウェイ』を改良した戦法か……」

「俺は『アタックアンドガード』。A&Gって呼んでる」

 この戦法は2人専用だ。しかし、普通の人間には出来ないだろう。ガードナーの負担が大きすぎるのだ。

「でも、一方が響のように『超高速再生能力』を持っていて一方が式神だった場合、響は傷ついてもすぐに治るし、式神は響に力を注いで貰えば戦い続ける事が出来る。お前らにしか出来ない戦法ってわけか」

「こんな短時間で色々と暴き過ぎなんだよ」

 『結鎧』、『絶壁』。そして、A&G。

「まだ、あるぞ。そこの結界の後ろにいるオペレーターがトランシーバーとかでお前らに指示を出してガードのサポートやアタッカーに攻撃するタイミングを指示してるんじゃないか?」

 そう、望は俺たちに指示を出す為にトランシーバーを改造し、俺の左耳に入っているコードレスのイヤホンに声を届ける事が出来るようにしたのだ。雅の右耳にも同じようにイヤホンが取り付けられている。しかも、俺たちが混乱しないように俺のイヤホンだけに声を届かせたり、はたまた雅の方だけだったり、両方のイヤホンに声を届かせるように選択できるような仕組みになっているのだ。

「まぁ、A&Gじゃいつかはガス欠を起こすだろうからこのまま戦ってもいいんだが、それは面倒だ」

 A&Gのいい所は相手が常に攻撃側に回るので体力を消耗させる事が出来、尚且つ、こちらの攻撃をほぼ確実にクリーンヒットで当てられる事だ。しかし、この男は式神と言っていた。力を注いで貰えばすぐに体力も回復するし傷だって癒える。ガードナーに回る俺たちの体力が尽きる方が早いだろう。

「よし……なら、面白い物を見せてやろう」

『っ!? お兄ちゃん、雅ちゃん! 逃げて!!』

 望の焦った声が耳に響く。

「「え?」」

「俺の能力は響が言った通り、『関係を操る程度の能力』。じゃあ、この大気中に含まれている酸素と関係を繋ぎ、一時的に操る事が出来たら?」

 そう言いながら男はアロハシャツの胸ポケットからジッポライターを取り出す。

(酸素? それにジッポライター……火?)

「――ッ!? 雅!!」

 望の指示を聞いて硬直していた雅の腕を掴んで右方向に走り始めた。

「知ってるか? 酸素にはな? 『助燃性』って言われる性質があるんだよ」

『前と後ろに1発ずつ! それの1秒後に真ん中に着弾! 当たります!!』

「くそったれがあああ!!」

 思わず、叫んでしまった。

「ほら、燃えろ」

 男がジッポライターに火を灯す音が聞こえる。それと同時に男の方から3つの火球が望の指示通りの軌道を描いて俺と雅に向かって飛んで来た。




戦車



正位置の意味
『向上心。成功。発展。行動範囲が広がる』など。

逆位置の意味
『強引。過労。停滞する。甘く見ている』など。


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第139話 法王

 迫る火球。両サイドでは先ほど火球が地面に衝突し、炎上しているので左右に飛ぶ事は出来ない。

(このままじゃ、直撃だ……やるしかない!)

 隣にいた雅の前に飛び出し、体の前で腕をクロスに組んだ。

「響!?」

「アーマー、展開!!」

 俺が叫んだ瞬間、周囲で爆発が起こった。しかし、爆風は俺と雅を襲う事はない。

「……あ、れ?」

「雅、逃げる準備だ!」

 『結鎧』は一度だけ半径5メートルほどの結界を貼る事が出来る。その代わり、『結鎧』は壊れてしまう。これであの男の攻撃を半減させる事は出来ない。

「へぇ、面白い技を考えるもんだな。でも!」

 結界が消え、男が無傷の俺たちを見て感心するがすぐにジッポライターを構えた。

「雅!」

 まだ、周りの状況を飲み込めず硬直していた雅をお姫様抱っこして走り始める。

「きょ、きょきょきょ響!?」

 雅が顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。

「我慢してくれ! こうやって固まってた方が安全なんだ!」

「い、いやだって! の、望も見てるし……」

『大丈夫だよ、雅ちゃん。わかってるから。お兄ちゃん、とにかく今は逃げてください!』

 望の声が聞こえた刹那、後ろで爆発音が轟く。

(ば、爆発!?)

 酸素は確かに『助燃性』だ。だからこそ、爆発などするはずがない。燃えるのを手助けするだけだ。それなのに何故、爆発する?

「望! 何で、爆発するんだ!?」

 何度も爆発が起こり、爆風に煽られながらも必死で走りながら望に問いかけた。

『ちょっと待って……っ!? お兄ちゃん! 水素です!』

「す、水素!?」

 確か水素には『可燃性』と言う性質がある。『可燃性』の性質は燃えやすい。そして、その気体が高密度で存在し、そこに火が付くと爆発を起こしてしまうと言う物だ。男は酸素を使って水素に着火しているのだ。言うなれば、酸素は導火線。水素は爆弾。

「望! 何かないか!?」

『ごめん、まだ見つけてない。見つけるまで逃げて!』

 望の大声が爆発音でかき消される。

「雅! お前の翼で火球を弾けないか!?」

 とにかく、爆発だけでも抑えたい。その為には導火線の火を途中で止めるしかない。

「む、無理!」

 だが、雅が首をぶんぶんと横に振って拒否した。

「少しでもか!」

「だって、私の弱点が火や爆発なんだもん!!」

「はいっ!?」

 まさかのカミングアウトに目を見開いてしまう。

「そ、そうなのか?」

「うん。炭素だもん……」

「いや、お前の炭素はまだ発見されてない炭素の同素体なんじゃないのか?」

「そのせいでだよ! 私の炭素はめちゃくちゃ硬いけど火には弱すぎるの!」

 その時、真横で爆発が起こり、バランスを崩される。

「うおおおおおおおおっ!!」

 雄叫びを上げながら無理矢理、足を動かして前に突き進む。しかし、このまま逃げ続けてもいつかは爆発に巻き込まれてしまう。

「お前と初めて戦った時、炎を纏った拳で殴っただろ!」

「あれは厳密に言えば炎じゃないの! 霊力がただ炎に見えただけだから!」

 どうやら、妹紅のコスプレの時に俺が出す炎はただの霊力らしい。つまり、霊力を炎のように見せているだけ。他にも俺も知らない事が多そうだ。

「1発でも防げないのか?」

「1発ぐらいなら……でも私、火に触るとその後、しばらく炭素を操れなくなるよ!」

「なんじゃそりゃ!?」

 それじゃ意味がない。きっと、火球を防いで得られる時間は僅か3秒ほどだろう。その間に男が持っているジッポライターをどうにか出来るとは思えない。

「ほらほら! いつまで逃げてんだよ!!」

 男の声が聞こえ、火球が飛んで来る。走る速度を上げて火球を振り切った。

『お兄ちゃん!? 火球、曲がるよ!?』

「はぁっ!?」

 見れば後ろから火球がこちらに向かっているではないか。

「く、くそっ!!」

 悪態を吐き、全速力で逃げる。

「し、仕方ない!」

 雅が翼を操る気配がした。

「雅! 駄目だ!」

「で、でも!?」

「まだ、だ! 何か仕掛ける時にお前の力が必要になる! それまで我慢してくれ!」

「なら、どうするの!?」

 後ろをチラリと見るが、まだ火球が追って来ている。

(酸素や水素は気体……肉眼で見えないのがきついな)

 『魔眼』があれば空気の流れを視る事が出来る。しかし、今はあの男のせいで魔力が使えないので不可能だ。それにいつ、水素に引火するがわからない。望の指示で水素が充満されていない場所を通っているが、男が水素で移動させる可能性もある。油断は出来ない。

(どうにかしないと……)

「気体……そうか! 雅、翼で風を起こせないか!?」

「それぐらいなら!」

 雅が後ろに向かって翼を思い切り振った。その瞬間、俺たちを追っていた火球が弾ける。

「風で酸素の道を吹き飛ばしたか……」

 ジッポライターの火を灯しながら男。そして、胸ポケットから別のジッポライターを取り出す。

「嘘だろっ!?」

 今までは何とか回避して来られた。しかし、ジッポライターが増えれば火球の数も増えるだろう。そうなれば躱し続ける事は難しい。

(どうする? どうすればこの状況を打破できる?)

 結界を貼る為の博麗のお札はもうない。雅の炭素は使えない。望の能力もピンチを脱出する穴を見つけていない。指輪を使えない。吸血鬼たちの力を借りられない。PSPを使えない。今の俺に出来る事は――ない。

「――ッ」

 自分の無能さに下唇を噛んでいると突然、頭の中に声が響く。

「……雅、そろそろ行くぞ」

「え?」

 抱っこされたまま、雅が俺の顔を見上げた。

「俺が合図したら火球を防いでくれ」

「……了解。合図を出したら私を落として。地面から炭素壁を出すから」

「その炭素壁で何度も防げないのか?」

「すぐに突き抜けられちゃう。それに何枚も作ってる暇もないし」

「わかった。火球を防いだら炭素が使えるようになるまで望の傍で待機していてくれ」

 俺の指示を聞いて頷く雅。

(3秒で出来るかわからないが……やるしかないんだ)

『お兄ちゃんなら出来るよ』

 そっと望の声が聞こえる。

「……ああ。ありがとう」

 雅がすぐに望の所に行けるように出来るだけ近くまで移動。

「雅! 今だ!」

 『絶壁』の前で雅に声をかけながら仮式を落とす。

「炭壁『カーボンウォール』!」

 落ちた雅が上手く着地し、地面に手を付いた途端、炭素壁が1枚だけ地面から飛び出した。火球が炭素壁にぶつかる音が聞こえるがすぐに突き破られてしまう。

「まだまだあああ!!」

 絶叫しながら雅が翼で火球を叩く。そして、火球が弾け飛んだ。その間に俺はスペルカードを懐から取り出し、霊力の注入を終える。

「我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る!!」

「え?! その言葉って!?」

「それぐらいで防いだと思うなよ!」

 男が2つのジッポライターを同時に着火し、火球を2つ飛ばして来た。

(間に合えッ!)

 スペルカードを構え、地面に叩き付ける。

「契約『霙』!!」

 火球が直撃する直前、無我夢中でスペルを宣伝。そして、水蒸気が大量に発生した。火球もいつの間にか消えている。男の姿は愚か、近くにいた雅の姿も見えない。

「主がピンチならば、いつでもどこでも駆けつけましょう」

 そんな中、俺の前に誰かがいる。雅は俺の足元に転がっているはずだ。それに背丈が違う。雅より背が低いのだ。

「命を救ってくれたお礼は主に従い、役に立つ事」

(いや、待て……もしかして?)

 どんどんと水蒸気が晴れて行く。それにつれ、目の前にいる人物も見えて来た。

 白くて長い髪。頭に2つの獣耳。お尻からふさふさの白い尻尾。こちらに背を向けているので顔は見えないが、声質で女の子だとわかった。

「神狼。悪の力を食い千切り、爪で切り裂く」

(あり得ない。だって……俺が召喚したのは)

「主を傷つける悪はこの霙が牙で食い千切り、爪で切り裂いてあげます!」

 そう叫ぶ霙。しかし、俺は戸惑っていた。まず、霙は狼の姿をしていたはず。それに――。

「み、霙……」

「はい! ご主人様! 霙、ただいま参上しました!」

 体ごと振り返り、頭を下げながら霙。目は黄金色。歯には鋭い牙が生えているがそれ以外は普通の可愛い女の子だった。

「う、うん。ありがとう。でもね?」

「はい?」

 霙が首を傾げる中、俺、望、雅。そして男までもが硬直していた。

「……服は?」

「ふえ?」

 ――霙は全裸だった。

 




法王


正位置の意味
『忍耐力。信仰。経験。第三者の仲介で解決する物事』など。

逆位置の意味
『おせっかい。自分勝手。孤立無援。鈍感』など。


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第140話 塔

「……い、いやああああああああっ!?」

 俺の指摘を聞いて霙が自分の体を見た。やっと、自分が何も身に纏っていないと気付き、悲鳴を上げる。

「ご、ご主人様!? ど、どうして霙は服を着てないのでしょう!?」

 自分の体を抱いて放送コードに引っ掛かる部位を隠す霙。

「そりゃ、狼だったからだよ!!」

「う、うぅ……」

 涙目になり、霙が俺の方を見上げる。それにしても小さい。150cmないかもしれない。

「わ、わかった! 少し待ってろ!」

 急いで制服の裾を破き、霙に渡す。

「これは?」

「自分の体に当てて着たい服を創造しながら神力を流せ」

「は、はい!」

 霙は目を閉じて集中する。すると、俺が渡した制服の生地が光り輝き、霙の体を包み込み、望や雅が着ている制服に変わった。

「いや、何で制服なんだよ!」

「だ、だって服なんて見る事すらほとんどありませんでしたし、それに望さんやそちらの倒れている女の子も着てるのでこれが普通なのかと」

「……まぁ、いいや。そんな事より」

 今の騒ぎの間、男は攻撃を仕掛けて来なかった。正直言って攻撃のチャンスだったのにも関わらずにだ。

「おおっと……女の裸なんて何年も見てないから鼻血が……」

 慌てて鼻を押させている男。変態で助かった。

「雅、離れろ」

 炭素が操れなくなると言う話は本当らしく雅の背には翼がない。

「で、でも……」

「大丈夫。俺たちにまかせろ」

「……わかった」

 少し不機嫌そうに雅が望のいる方に走って行った。

「状況は把握してるか?」

 男がティッシュを鼻に詰めている間に霙に質問する。共闘するには味方が出来る事を確認しておかなければならない。

「はい、スペルカードを通してだいたいの事は伝わっていましたので」

 霙は男を凝視しながら答える。向こうの攻撃に備える為だ。

「お前の能力は俺が考えているので合ってる?」

「多分、合ってます。あ、狼モードにもなれますので指示していただければいつでも」

「狼モードのなる事によってどんな事が出来る?」

「そうですね……スピードが速くなり、ご主人様たちを背中に乗せて移動できます。ご主人様、望さん。先ほど、ご主人様が雅と呼んでいた方を全員、乗せても大丈夫です」

「……さんきゅ」

 もう少し聞きたい事もあったが、男がこちらを見たので質疑応答はここで終わりだ。

「ふぅ……吃驚したぜ。まさか、俺が関係を断ってから新たな式神を手に入れてるとは」

「契約はさっき済ませたばかりだけどな」

 俺もまさか、出来るとは思っていなかったので準備を放置していたのも原因だが、ここは必死に準備を進めてくれた早苗や神奈子に感謝だ。

「そう簡単に孤独にはならないってわけか……やっぱり、お前は強いな!」

 そう言って男がジッポライターに火を灯し、火球をいくつも飛ばして来る。

「霙!」

「了解であります!」

 頷きながら霙が俺の前に飛び出し、右手を前に突き出す。そして、再び大量の水蒸気が辺りに拡散した。

「水蒸気!? あの式神が召喚された時の煙って水蒸気だったのか!?」

 どうやら、男は霙が召喚された時に発生した水蒸気を式神が召喚される時に漏れる煙だと勘違いしていたらしい。

「ナイス、霙!」

「これぐらいお安い御用です!」

 次々と火球を防ぐ霙。その度に水蒸気が発生し、周りが見えなくなる。

「望、男の様子は?」

『動揺しているようですが、攻撃の手をやめようとはしていないようです。それと雅ちゃんがとても不機嫌になってます』

 まぁ、雅の方が最初に式神になりたいと言っていたのに出会ってまだ、1週間ほどしか経ってない霙がもう式神になっているのだから無理もない。

「すまん、雅」

『い、いいよ。悔しいけど今はその子の方が戦力になるから……』

「ご主人様? 誰と話しているのですか?」

 凄まじいスピードで手を動かしながら霙が質問して来る。

「望と雅だよ」

「テレパシーとかですか?」

「いや、トランシーバー。遠い所にいる人と話が出来る機械だよ」

 『なるほど』とイマイチ理解していない様子で霙が呟く。そこでやっと、男が火球を飛ばすのをやめた。

「……おい、そこのケモ耳巨乳少女」

 男が変な名前で霙を呼ぶ。

(まぁ、確かに霙……でかいけど。下手したら半吸血鬼化した時の俺よりでかいんじゃないか?)

「な、何?」

 霙が戸惑いながら応えた。

「お前……何をした。召喚された時、神狼って言ってたけど普通の神力じゃ水蒸気なんか出ない」

 男の問いかけを聞いて霙がこちらを見る。答えてもいいか聞いているのだろう。俺も黙って頷く。これ以上、火球を飛ばされては攻撃のしようがない。火球では俺たちを倒せないと思わせた方がいいと判断したのだ。

「名前は霙」

「霙? 天気のあれか?」

「そう、雪と雨が混ざった天気」

「……そうか。名前か!」

 神は名前がないとどんどん、神力を失っていく。そりゃそうだ。信仰する神に名前がないと人はどうやってその神の存在を知る? つまり、神にとって名前が命同然。

「霙、雪と雨が混ざった天気」

 もう一度、自分の名前の意味を呟いた霙は右手の平を空に向ける。

「雨は水」

 その瞬間、右手に水の弾が出現した。

「雪は氷」

 今度は地面を蹴ってそこから氷で出来た小ぶりの鎌を創り出す。

「霙は水と氷を操る事が出来る。ご主人様が付けてくれた大切な名前」

 氷の鎌を手に持って俺に手渡しながら霙がそう言ってくれる。

「神力を使えばこれぐらい簡単です。さぁ、そこの悪い人。覚悟はいいですか?」

「水と氷か……良い名前を貰ったな。でも、すまんが名付け親は今、ここで殺す」

 男がライターをポケットに仕舞い、構えた。

「霙、狼モード」

「了解であります」

 指示すると霙がその場でジャンプし、一瞬にして大きな狼の姿になる。しかし、前と違って水色の首輪が付いていた。

(服を首輪にしたか……これで人の姿になった時にまた服に出来る)

 自分の式神に感心しながら氷の鎌に霊力を流す。それから思い切り、地面に叩き付けて壊れない事を確認した。霙の神力ですでに頑丈に出来ていたが霊力で更に丈夫にしたのだ。

「よっと」

 霙の背に飛び乗り、鎌をくるくると回して調子を確かめる。大丈夫。行ける。

「ここからだ。男」

 ピシピシと地面から聞こえた。どうやら、霙が冷気を撒き散らした事によって地面が凍ってしまったらしい。

「望、サポート頼む」

『……は、い』

「望?」

 望の声音に違和感を覚えた。何か苦しそうな気がする。

『だい、じょうぶ、です……そんな事より、お兄ちゃん。男の能力に、ついてわかり、ました……』

「おい! 望!?」

『大変だよ、響! 望が苦しそう!!』

 やってしまった。俺が自分で言っていたじゃないか。『望の能力は肉体にかなりの負荷をかける。常に使っていたら体を壊してしまう』と。男の戦闘中、望はずっと能力を使っていたではないか。

(何で気付かなかったんだ!!)

「霙、望の方へ移動! 雅は望を抱っこしろ!!」

 すぐに式神と仮式に指示を飛ばす。

「おい! 逃げるのか!」

 霙が望の方――男とは逆方向に走り始めたので逃げると思ったようだ

「ちょっと黙ってろ! 俺は逃げないから!」

 俺も叫ぶ。今はそれ所じゃない。

「雅、霙。望を永遠亭まで運んでくれ」

 望の元に到着し、俺は霙から降りてそう指示する。

「え……響は?」

「あいつを放っておけない。追いかけて来るに決まってるだろ」

「駄目、だよ……お兄ちゃん」

 望は息を荒くして俺の制服の裾を摘まむ。

「駄目だ。雅、霙に乗れ」

「……わかった」

 雅も望が限界だと思っているようで、素直に望と一緒に霙の背に飛び乗る。

「待って……情報だけでも」

「移動しながらトランシーバーで伝えてくれ」

「逃がすわけないだろうが!!」

 男が一瞬にして俺たちの前に出現した。『絶壁』を迂回して来たようで今から移動させても間に合わない。

「させねーよ!!」

 霙が作ってくれた鎌で男の拳を受け止める。

「ぐっ……」

 凄まじい威力に数センチ、押されるが何とか留まった。

「響!」「お兄ちゃん!」

「霙、行け!」

「バゥ!」

 吠えて霙は駆け出す。そして、すぐ見えなくなった。

「いいのか? お前一人でこの俺の勝てるとでも?」

「俺はまだ一人じゃない。霙とも繋がってるし何より、俺たちの関係はお前の能力なんかで断てるような関係じゃないんだよ!」

 その時、鎌に亀裂が走る。それほど男のパンチが強いのだろう。

『響。トランシーバーの電波が届くギリギリまで男の能力について説明するよ』

 雅の声が聞こえる。望の代わりに説明してくれるようだ。

「さぁ、ここからだ。音無 響」

「わかってる。お前も覚悟はいいか?」

 雅の説明を聞きながら俺と男は互いに睨み合いながら笑う。そして、氷の鎌が壊れた。

 







正位置の意味
『事故。トラブル。限界を超えたことで気が付く無理。災難』など。

逆位置の意味
『崩壊。身一つになる。大きな失敗。後悔する』など。


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第141話 審判

 氷の鎌の破片が飛び散る中、俺の顔面に男の右ストレートがヒットした。

(くっ……)

 両足で踏ん張るもあっさりと後方に吹き飛ばされ、木に叩き付けられてしまう。

「まだまだっ!」

 着地する前に男の膝が鳩尾に突き刺さる。もう一度、同じ木に衝突し、木が折れ、そのまま地面に倒れる。

「おらっ!」

 しかし、それでも男は攻撃の手を止めずに仰向けで倒れている俺の頭目掛けて踵落としを放つ。咄嗟に右に転がって躱すが男の踵が地面を抉り、飛んで来た石が体中に当たる。顔の前で腕をクロスして頭や顔は守れたが、今度は背中から地面に叩き付けられた。

 立ち上がろうとするが、その前に男の蹴りが左わき腹を捉える。あまりの脚力に数十メートルも飛ばされたのち、何度もバウンドしてやっと止まった。

「……」

 まだ、追撃して来るかと思ったが、何故か男は眉間に皺を寄せてこちらを凝視している。

「どうして、そんな浮かない顔してるんだ?」

 よろよろと立ち上がり、問いかけた。

「お前……何をした?」

「は?」

『ごめ……そろ、回線、途切れ――』

 その時、今まで男の能力について説明していてくれた雅の声が聞こえなくなり、ノイズ音のみになる。もう、イヤホンをする必要がないので左耳から取り出して、制服の内ポケットに仕舞った。

「ほら、もう仲間には聞こえないぜ? 説明してくれよ。“どうして、あれほど攻撃を受けたのに一滴も血が出てない? 何で、あんなに走ったのに息が荒くなってない? 何故、傷を治したのに霊力が増え続けてる?”」

 男が目を鋭くして質問して来る。

「……いいぜ。教えてやる」

 望たちがいたら無視するのだが、今はとにかく時間が欲しい。説明している間は向こうも攻撃はして来ないと踏み、そう答えた。

「その前にお前、俺についてどれだけ知ってる?」

「そうだな……PSPを使ってコスプレ出来る事。指輪を使って霊力、魔力、神力、妖力を合成し、攻撃出来る事。後、フランドールと小町とシンクロ出来る事。『超高速再生能力』を持っている事くらいか?」

「その、『超高速再生能力』が鍵だ」

「ん? いやいや、あれは結構、霊力を消費するだろ?」

 確かに傷を治そうとすればかなりの量を消費する。そう、何度も使えたもんじゃない。

「一先ず、置いておいてだ。次にお前の能力が俺にどんな影響を与えてるか教えてやる」

「それぐらいわかるぞ。お前の能力の9割は関係を断ったからな」

 少し、不機嫌そうに男。

「それだよ。吸血鬼たちや指輪、PSP。そして、魂の一部までも俺から断たれている。お前が言うように断たれる前に出来た事はほとんど出来ない状況だ」

「だから、何だよ?」

「俺の中には霊力、魔力、神力、妖力……4種類の力がある。それぞれが邪魔し合って俺は全てを表に出せない。それぐらい知ってるよな?」

「ああ……もしかして?」

 男が目を見開いて後ずさる。どうやら、気付いたらしい。それでも、ここまで話したのだ。最後まで言わせて貰う。

 

 

 

「今、俺の中にあった魔力、神力、妖力はお前の“おかげ”で俺から隔離されてる。なら、唯一残った霊力はどうなる? 去年の夏からずっと、圧迫され続けた霊力が一気に解放されたんだ。俺の中で暴れて内側から爆発するほどだぜ?」

 

 

 

 だから、『絶壁』を発動する事が出来たのだ。あれは尋常じゃない量の霊力を消費する。それも『五芒星結界』は純粋な霊力じゃないと作れないので俺からしたら『絶壁』なんて机上の空論だったのだ。だが、雅が『霊力が前よりあり得ないほど増えている』と言ってくれたおかげでこうやって『絶壁』を発動し、望たちと一緒に男と戦えている。

「で、でもよ? 血が出ないのはおかしいだろ? 傷を治す霊力が無尽蔵だとは言え、治すのに数秒かかるだろ!」

「自分の意志でやる、ならな」

 男の反論を一言で一蹴する。

「はぁ? なんだ? 傷を負った瞬間、霊力が勝手に治療するってか?」

「そうだよ。今の霊力は俺ですら制御が難しいんだ」

「おいおい……暴走したらどうするんだよ?」

「しないよ」

 俺が即答したので男が意外そうな表情を浮かべた。

「しないよ……この霊力は元々、俺が持ってたもんだ。こいつは暴走なんてしない。少し、やんちゃになってるだけだ」

「……まぁ、今のお前を倒すのが厳しいのはわかった。でも、これならどうだ!」

 突然、男がダッシュし、俺の頭を鷲掴みにする。そして、男とリーマが襲撃して来た時のようにそのまま持ち上げられた。

「潰れろ」

 そう男が呟いた刹那、ぐしゃりと嫌な音が響く。

「……なっ」

 だが、すぐに男が目を見開き驚愕した。

「それで終わりか?」

 そりゃそうだろう。何故なら、『頭を潰したはずなのに時間が戻ったように俺の頭には何も起こっていないからだ』。

「ま、まだまだ!!」

 再度、男が手に力を入れて俺の頭を潰す。しかし、1秒ともかからずに再生。また、男が頭を潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。潰す。再生。

「ふ、ふざけてるだろ。この化け物が!」

 何度も潰しながら男が叫ぶ。

「お前が誕生させたんだぞ。責任を持て」

 俺も潰されながら言い返す。さすがにやられっぱなしは嫌なので右手で男の顔面を覆う。もちろん、動かないようにしっかり掴む。

(霊力を右手に……)

 頭を潰され、少しくらくらするが何とか集中し、右手に霊力を集め、何度も放った。

「――ッ!?」

 男が声にならない悲鳴を上げ、俺の頭を解放し、離れていく。見れば顔から煙が上がっている。効いているようだ。

「調子に乗るなよ!!」

 フラフラしたまま、男が俺の首に目掛けて手刀を繰り出す。角度やスピードを見て本物の刀と同等の威力があると判断出来る。その証拠に俺の首が引き千切れ、飛んでしまう。しかし――。

「今のはさすがに死んだって思った……」

「首を飛ばしても治るって不死身だろ!?」

 衝撃が強すぎたのか男の顔がどんどん、青ざめて行く。

「でも、霊力はあまり攻撃力がないからジリ貧になるよ」

 そう、魔力はともかく神力は武器を作れるし、妖力はそれ自体かなりの破壊力を持っている。だが、霊力は空を飛ぶ為に消費する他に『霊盾』を発動する時か体を治癒する時だけしか使わない。まぁ、怪我が多いから一番、消費が激しいのは確かだが。

「じゃあ、俺が攻め疲れるかお前の霊力が尽きるのが先か……勝負するって事か?」

「何言ってんだよ。お前、式神だから主人から地力の供給があるだろ。こっちがガス欠を起こすのが先だ」

「なら? どうする?」

 やっと、有利になったと思ったのか男が汗を流しながらもニヤリと笑う。

「……いや、お前の好奇心のおかげで助かったよ」

「は?」

 確かにこのままでは俺の負けは確定している。そう“このまま、戦わなければいいのだ”。

「不思議に思わなかったか? 俺の戦い」

「……確かに。いくら傷ついても治るなら捨て身で攻撃すればいい。でも、お前はずっと防御に回ってた……何かを待ってるかのように」

 男が答えに辿り着いたので、制服の内ポケットから1枚のスペルカードを取り出した。

「3日前に全ての技を決めてから今までずっと繋げようとしてたんだけどまさかこんなに時間がかかるとは思わなかったよ……」

 スペルを見れば紫色の文字が浮いている。発動できる証拠だ。

「何だ? そのスペルは高火力なのか?」

「違うよ。お前だって調べてるんじゃないのか? 俺の切り札は運だって」

「確かに『魂喰異変』で小町になるまで戦ってたけど……ってまさか?」

「そう、ギャンブルの始まりだ。俺とお前、どっちの運がいいか。勝負だ」

「……いいぜ。その勝負、乗った!!」

 俺と男がお互いを睨みつける。それから切り札であるスペルカードを宣言した。

 

 

 

「運命『ディスティニータロット』!」

 

 

 

 その刹那、制服のポケットから22枚のタロットカードが飛び出し、俺の周りを出鱈目に旋回し始める。ここからが正念場だ。

 




審判



正位置の意味
『復活。報われる。目覚める。再生する』など。


逆位置の意味
『チャンスに恵まれない。完全な終焉。どうにもならない。認めてもらえない』など。


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第142話 運命の輪

「何だよ……それ?」

 男が目を見開いて俺の方を指さしながら問いかけて来た。そりゃ、タロットカードが勝手に俺の周りを旋回しているのだから仕方ない。

「スペルだよ。これが俺の切り札だ」

 もちろん、先ほど使えるようになったのでこれが初めて使う事になる。タロットたちを観察するとどうやら、俺の周りを旋回するだけでなく、タロット自身もくるくると回転しているようだ。これで“正位置と逆位置、どちらを引くかわからない”。

「切り札がタロットか……確かにギャンブルだな。でも、俺に通用するほどの火力があるのかよ!」

 最初は驚いていた男だったが、落ち着いたようで突進して来る。

(頼む! 上手く、発動してくれ!!)

 心の中で叫びながら手を伸ばし、出鱈目に旋回していたタロットを掴む。カードをチラリと見て引いたカードが『戦車の正位置』だとわかった。

「戦車の正位置!」

 ルールなので引いたカードを宣言。それと同時に引いたカードが輝いて1枚のスペルカードになった。

「なっ!?」

 もうすぐそこまで来ていた男が驚愕したのがわかる。お構いなしに俺はスペルカードを発動させた。

「走符『猪突猛進』!!」

 宣言した瞬間、俺の視界が歪んだ。

「がっ!!?」

 そして、気付いた頃には男の鳩尾に頭突きを喰らわせていた。俺ですら驚くほどの凄まじいスピードで頭突きを喰らった男はミサイルのように向こう側へ吹き飛ばされる。

(こっちも首の骨が折れたみたいだな……これはノーマル時、使えないか)

 勝手に霊力が治してくれたので痛みはなかったが、普段通りだったら悲鳴を上げているほどの激痛が襲っただろう。使ったスペルはまた、タロットに戻り他のタロットたちと同じように旋回し始めた。

「ゲホッ……い、今のは効いたな」

 咳き込みながら男が立ち上がり、俺を睨む。

「やっぱり、お前は一筋縄ではいかないな……俺も本気になるか」

「え?」

 俺がキョトンとなる中、男はアロハシャツを脱いでTシャツ姿になる。そのまま、拳と拳をぶつけて目を閉じた。

「肉体と脳のリミッターの関係を断つ」

「ッ!?」

 男の呟きが聞こえた時には本能的にタロットを引いていた。

「審判の正位置!! 復符『リザレクション』!」

 俺がスペルを唱え終わった刹那、一瞬だけ意識が飛ぶ。

「ちっ……」

 腕を伸ばした状態で男が舌打ちをする。

(あ、あぶなっ……)

 『復符』は死亡もしくは瀕死状態に陥った場合、蘇生できるスペルだ。それが今、発動したと言う事は『俺の体が男のパンチ一つで消し飛んだ』と言う事になる。そうでなければ霊力で再生しているはずだからだ。

 急いで次のタロットを引く。カードは『皇帝の正位置』。

「強化『パワーアシスト』!」

 スペルを宣言し、もう一度タロットを引いた。

「戦車の逆位置! 暴走『壊れたブレーキ』!」

 スペルを唱えた途端、体の中が急激に熱くなる。

「うおおおおおっ!」

 雄叫びを上げながら再度、右ストレートを放って来る男。俺もそれに対抗するように右拳を前に突き出す。拳と拳がぶつかり、その衝撃波で地面が抉れた。

「へ、へぇ……リミッターを外したのにまだ、耐えるか」

「こっちも限界だけどね」

 見れば男の額から凄まじい量の汗が流れている。そう言えば、『肉体と脳のリミッターの関係を断つ』と言っていた。きっと、肉体が悲鳴を上げていて激痛が全身を走り回っているのだろう。

 俺も『皇帝の正位置』の効果で肉体強化し、『戦車の逆位置』で限界まで力を引き出せるようになっているので体のあちこちから骨の軋む音や筋肉が千切れる音が聞こえていた。

「結構、辛いからさっさとくたばれっ!」

「それはこっちの台詞だよ!!」

 男の膝蹴りをバックステップで躱した後、地面を思い切り蹴って頭から突進。しかし、男も右手で軽く俺の左側頭部を叩き、頭突きの軌道を逸らす。側頭部を叩かれたが、男の態勢は膝蹴りで崩れていた為、そこまでダメージはなかった。

(まだ、だ!)

 頭突きを躱された俺は男の首目掛けて左腕でラリアットを繰り出す。

「甘いっ!」

 それを見越していたのか男は左腕を首の前に移動させ、ガードした。更にガードした左腕を思い切り、前に押す。

「おっ!?」

 すると、俺の体は後方に吹き飛ばされた。頭突きの態勢では踏ん張る事が出来なかったのだ。吹き飛ばされた俺は尻餅をついてしまう。

「死ねっ!!」

 その隙を突いて男が俺の脳天に向かって拳を振り降ろした。

(躱せない……ガードしても腕もろとも頭を叩き割られる。なら――)

 目の前に来たタロットを引いてすぐに宣言。

「世界の逆位置! 不足『穴だらけの弾幕』!!」

 このスペルは外れだ。穴だらけで弾幕とは言えないスペルなのだ。しかし、俺と男の距離は零に等しい。そんな状況で弾幕を撃ってみろ。“全弾命中するに決まっている”。俺の計算通り、俺が放った弾幕は男の顔や腹など、体中にヒットした。

「ガッ!?」

 そのまま、男の体は後ろに吹っ飛んで行く。このチャンスを逃す俺ではない。タロットを引いた。

「力の正位置! 強撃『覇気を纏いし拳』!」

 両手に力が集まるのがわかる。地面を破壊するほどの脚力でジャンプし、男の顔面に向かって右拳を突き出した。さすがに男もこの一撃を貰ったらやばいと思ったのだろう。慌てて、能力を使った。

「重力との関係を操る!」

 男が叫んだ瞬間、男の体が不自然に急降下する。

(重力を操って男にかかっていた重力を増やしたのか!?)

 突然の事で対処するのが遅れてしまう。急降下した男がすかさず、両手を勢いよく叩いた。

「衝撃『ソニックブーム』!」

 真下から見えない打撃を受けて俺の体が弾き飛ばされる。空気との関係を操って、振動を俺まで伝えたのだろう。

「くそっ!」

 空中で体を捻り、上手く地面に着地する。だが、その時には男が目の前にいた。

「まずっ」

 急いでタロットを引こうと手を伸ばすが俺が触れる前に男が1枚のタロットを掴んだ。そして、すぐにタロットを手放して離れていく。その行為の意味が分からず、首を傾げるが雅の言葉を思い出してハッとする。

「……お前、俺のタロットと関係を繋いだな?」

「気付くの早いな。何かとやばそうな効果ばかりだったからな。関係を操ってタロットとお前の関係を断つ事にした」

 勝ち誇ったようにニヤリと笑う男。これはまずい事になった。このタロットは俺の切り札。これが使えなくなったら、俺の勝ち目がなくなる。

「やめろっ!」

 無意識に手を伸ばしてタロットを引く。

「愚者の正位置! 無謀『冒険者たちの帰り道』!」

「お前とタロットの関係を断つ」

 だが、宣言した瞬間に男が能力を使用してしまう。これで俺はタロットが使えなくなってしまった。しかし、いつまで経っても俺の周りを旋回するタロットは地面に落ちない。俺とタロットの関係が断たれたらスペルの効果が切れるので落ちるはずなのだが。

「ん?」

 不思議に思っていた時、手に持っていたカード『愚者の正位置』に光が宿っていない事に気付いた。

「……あれ?」

 男も俺とタロットの関係が断たれていない事に気付き、首を傾げている。

「なるほど、そう言う事か」

 男の様子を見て何故、タロットとの関係が断たれていないのか理解する俺。普通なら敵に情報を与える物ではないがここはあえて教えてあげるとしよう。雅の説明を思い出しながら男に話しかける。

「お前、能力にキャパがあるだろ?」

「え? あ、ああ……いや、でもお前とタロットとの関係を断つぐらいは出来るはずだが……」

 やはり、まだ男は気付いていない。

「確か、俺とタロットの関係を断つ為には、一度その関係に潜り込まなきゃいけないよな?」

「まぁ、関係を持たなきゃ断てないし」

「教えてやるよ。俺はタロット自体とは関係を築いてない」

「え?」

 

 

 

「タロット1枚1枚――つまり、大アルカナ22枚それぞれと関係を築いてるんだよ。そして、お前はそれを知らないで俺とタロットの関係に入って来た。つまり、無意識で22枚のタロットと関係を結んだんだよ」

 

 

 

 まぁ、そのせいで俺も『運命』を発動出来るまで時間がかかったのだが、今考えれば正解だった。おかげでこうやって、男の能力を上手く躱せたのだから。

「22枚……さすがに容量オーバーだな。それに関係を断つ為にまた、22枚のタロットと繋がらなきゃいけないから合計44枚分。でも、どうやら“1枚だけはお前と関係を断てるらしいな”。それだけあれば十分だよ」

 男はまだ、諦めていないようで俺の方を見て笑う。

「まぁ、な」

 俺もその事には気付いていたので頷きながらタロットを手放した。そして、『愚者』はまた他のタロットと同じように俺の周りを旋回し始める。

「さっきの感じからしてお前がタロットを引いてスペルを宣言してからじゃないと駄目らしいな。確か、切り札って言ってたから片っ端から関係を断ってスペルを不発させてやるよ」

 実はタロットを引く度、かなりの量の霊力を消費している。男も俺の霊気の減り具合を見て知っているのだろう。因みに男の能力の制限の一つに関係を断つ時は必ず、口で宣言しなければならないと言う物がある。それのせいで俺がスペルを唱えてからではないと関係を断てないようだ。

(でも、それでいい……)

 確かに、このままタロットとの関係を断たれ続ければ俺の霊力は底を尽く。だが、その前に俺の狙っているカードを引けばいいのだ。

 男を睨みながら右手を前に伸ばして再び、タロットを引いた。

 




運命の輪


正位置の意味
『ローテーション。とんとん拍子。大きな節目。進歩』など。

逆位置の意味
『運が悪い。反逆。苦しくなる。打開策の無い状態』など。


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第143話 正義

「悪魔の正位置! 束縛『魔の呪縛』!」

 スペルを発動した刹那、地面から禍々しいオーラを放つ縄が何本も飛び出し、男に向かって直進する。

「タロットとの関係を断つ!」

 しかし、男が能力を使い、縄を消した。すかさず、次のタロットを引く。

「世界の正位置! 完全『完璧な弾幕』!」

「関係を断つ!」

 弾幕が展開された瞬間、男が能力を使う。

「はぁ……はぁ……」

 タロットを引こうとするが呼吸が乱れて上手く掴めない。俺がタロットを使っては男が邪魔をする。これを10分以上、休む事なく繰り返しているのだ。さすがに俺の霊力も底を尽きそうだった。

「そろそろ限界か?」

 俺を見て男も俺に限界が近づいている事に気付く。

(くそ……何で、出ないんだよ)

 確率的に44分の1だ。幻想郷の住人とシンクロを狙うよりも確率は高いのだが。まぁ、小町の時もかなり、待ったから仕方ないのかもしれない。

 それにもし、俺の狙っているタロットが来ても男にキャンセルさせられる可能性がある。俺の考えでは大丈夫なのだが、確信はない。

「死神の正位置! 停止『硬直する世界』!」

 スペルを宣言し、すぐにタロットに手を伸ばす。また、男がスペルをキャンセルすると思っての行動だ。しかし、いつまで経っても男は能力を使わない。

「……あれ?」

 男を見れば口を開けた状態で固まっている。次に周囲を観察するとどうやら、時間が止まっているようだった。

(なるほど……男がスペルをキャンセルできるのは俺がスペルを使ってから。なら、能力を使われる直前はどのスペルも発動するわけだな)

 これで俺が狙っているスペルは男に邪魔される事なく使える事がわかった。まずは一安心。でも、霊力の量を考えて後3回しかタロットは使えない。いや、この時間停止の間に出来る事はある。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸。時間停止は後5分で解けてしまう。だが、それだけ時間があれば瞑想による霊力回復も可能だ。5回分まで増えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「関係を断つ……ん?」

 響がタロットのスペルを使ったので能力を駆使して関係を断とうとしたのだが、不発した。不思議に思ったが、今は響に集中しよう。少しでもタイミングが遅れれば先ほどの『走符』のような目では見る事が出来ない攻撃が来るかもしれない。

(でも、これが切り札なのか?)

 確かに敵が使うスペルはどれも強力だ。正位置はもちろん、逆位置は響にとってマイナスになるような効果もあるがそれを上手く使って来るから油断は出来ない。しかし、何か引っかかる。

(まさか、まだあいつが狙っているカードが来ないのか?)

 さすがにそれはないだろう。あれから30枚は引いているのだ。それでも狙っているカードが来なかったら、相当運が悪い。

「塔の逆位置! 崩壊『壊れゆく塔』!」

 その時、響がタロットを引いてスペルを発動。そして、俺たちの近くの地面から巨大な塔が現れる。あまりにも突然の事過ぎて能力を使うのが遅れた。俺が慌てていると巨大な塔が急に崩れ始め瓦礫が俺と響を襲う。

「関係を断つ!!」

 やっと、我に返った俺が能力を使用し塔を消した。だが、その頃には次のタロットを引く響。

(霊力の大きさ的に後4回か5回。その間さえ切り抜けられれば行ける!)

「審判の逆位置! 自爆『満身創痍』!!」

「関係を断つ!」

 能力を使ってから舌打ちをする。今のスペルは完全に外れ。能力を使わなければ響に大ダメージを与えられたに違いない。

「戦車の正位置! 走符『猪突猛進』!」

 宣言した刹那、響の姿が消える。

「関係を断つ!!」

 関係を断った瞬間、目の前に響が現れた。後0.1秒でも遅れていれば俺は吹き飛ばされていただろう。でも、今の状況もまずい。ここで弾幕系のスペルを使われれば俺が能力を使う前に全弾命中する。

「月の正位置! 透符『消えゆく気配』!」

 響がスペルを発動した途端、響の姿が見えなくなった。

(透明になるスペルかっ!?)

「関係を断つ!!!」

 すぐにスペルをキャンセルするが、もう前に響はいない。右にも左にもいない。つまり――。

「後ろかっ!」

 勢いよく振り返すとタロットを引いてこちらを睨む響。

「死神の逆位置……再開『初めの一歩』」

 次の瞬間、響の周りで旋回していたタロットカードが全て地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ゆっくりと目を閉じる。手に力が入らなくなり、死神のカードが他のタロットと同じように地面に落ちた。そして、左から強風が吹き荒れ、22枚のカードをどこかへ運んで行く。

「……どうやら、外れたみたいだな」

 目を開けて男を見るとニヤついていた。勝利を確信したのだろう。

「待ってた」

「え?」

 しかし、俺は男なんかお構いなしに魂に話しかける。

「今回の事でお前たちの大切さがわかったよ」

『……本当に人に心配させるのは得意なのね』

『全く、私たちの声が聞こえなくなった途端、弱気になって……それでも私を倒した男か?』

『無事でよかった。これで元に戻ったんじゃな』

 ああ、聞こえる。魂から吸血鬼たちの声が。それに指輪も光る。やっと、元に戻ったのだ。

「お前……何を」

 突然、能力の容量が増えた事で気付いたのだろう。男が俺を睨みながら問いかけた。

「戻しただけだよ。1週間前の俺たちに」

「1週間前? 俺がお前の魂を断った日だな……もしかして、さっきのスペルか!?」

「再開『初めの一歩』。あれは俺の体を1週間前と同じ状態にするスペルだ。まぁ、霊力とかは回復しないけど」

「何だそのスペル! 逆位置なのにデメリットがないじゃないか!!」

 男の言う通り、正位置の効果にはほとんどデメリットはない。だが、逆位置はデメリットがあるスペルが多いのだ。

「『再開』は本来、タロットのスペルで俺に追加された効果を無効化してしまうと言うスペルなんだよ。しかも、そのせいで『運命』まで解除される。でも、今回ばかりは俺にとってそのデメリットは好都合だったのさ」

 そこまで説明してポケットに手を突っ込み、1週間前に壊されたはずのスキホを取り出す。

「っ!? させるかよ!」

 男が跳躍し、俺に向かって来る。しかし――。

「ぐっ……」

 途中で男が何かにぶつかり、止まった。『絶壁』だ。

「な、何であるんだよ! 1週間前のお前になったなら『絶壁』だって消えてるはずだ!」

「もう、それは俺の物じゃない。力の供給をやめたんだ。でも、『絶壁』は125枚の博麗のお札から出来ている。そのお札自体に霊力が込められているから消えるまで時間がかかるんだよ。後1分ぐらいだけど」

 『透符』で男の背後に回ったのは俺と男の間に『絶壁』を配置する為だったのだ。まぁ、言ってしまえばもうその頃には俺は『絶壁』を動かせなかったので迂回しただけなのだが。

「このっ!」

 男が『絶壁』に向かって何度も拳を振るう。さすがに霊力が少なくなって来たのか亀裂が走った。

「残念だったな。お前がそれを壊す頃には準備は終わる」

 そう言って、いつものようにスキホに数字を入力し、白いヘッドホンとPSPを出現させる。

「なっ……」

 殴りながら男が俺を見て驚愕した。そりゃそうだろう。男は俺について色々知っている。いつも通りなら頭に白いヘッドホン。そして、左腕にPSPが括り付けられると言う事も知っているはずだ。

 しかし、今は少しだけ違うのだ。

 

 

 

 頭には白いヘッドホン。そして、左腕には革製のホルスターに包まれた紅いPSP。更に右腕には“左腕のPSPと同じようなホルスターに包まれた黒いPSP”。

 

 

 

「PSPが、二つ?」

 男の呟きが聞こえるが、放っておく。右耳側のヘッドホンに紫色のボタンが追加されており、押す。すると、右側のヘッドホンが黒に、左側のヘッドホンが紅に変化する。実際には見えないが、紫がそうなると言っていた。

 紫の改造によりタッチ式になったPSPの画面に指を置く。左のPSPには右手の人差し指を、右のPSPには左手の人差し指を。その姿は自分の体を抱きしめているように見えるだろう。

(頼む……上手く行ってくれ)

 一度だけ短く深呼吸し、左右同時に指で画面をスライドした。右耳と左耳からそれぞれ別々の曲が流れ出す。それと同時に2枚のスペルカードが目の前に現れた。

「させるかああああああああ!!」

 『絶壁』が音を立てて砕け散り、男がすごい形相で俺に向かって突進して来る。俺も急いで2枚のスペルを掴み、宣言した。

「幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~ Border of Life『西行寺 幽々子』! ネクロファンタジア『八雲 紫』!!」

「うおっ!?」

 もう少しで男の拳が届く所で俺の体から強風が吹き荒れ、男を吹き飛ばす。

「……」

 しかし、男に隙が出来たのにも関わらず俺は動けずにいた。もちろん、男から攻撃を喰らったとかではなく、自分の姿に驚いていたのだ。

 服は幽々子の着物にそっくりだが、色が紫色。帽子は紫の物に似ているがリボンの部分が幽々子の渦巻きのような物が描かれたあの三角巾が付いていた。扇子を取り出してみると幽々子の桜が描かれた扇子にスキマの中に浮いている目玉が小さくちらほらと描かれている。

 この姿は幽々子と紫の服を足して2で割ったような感じだ。

「ずっと……思ってた事があるんだ」

 男が立ち上がった所でゆっくりと話し始める。男も今、俺に起きている現象について気になるのか黙って聞いていた。

「去年の夏、俺は初めて幻想郷にやって来た。そして、ミスチーと戦った後、イヤホンが壊れたんだ。左耳の方から音が聞こえなくなった。でも、その後も俺は能力を使う事が出来た。片方からしか曲が聞こえてなかったのに。それからしばらくしてふと疑問に思ったんだよ……『違う曲を同時に流したらどうなるんだろう』って」

 だから、紫にお願いして(雅を紫の家に連れて行った時だ)黒いPSPを改造して貰ったのだ。丁度、2週間ほど前、俺が呪いをかけられた日。紫にPSPを渡してヘッドホンで同時に曲を流せるように改造して貰っていた。しかし、改造が終わった頃には俺は呪いに蝕まれていたのだ。

「名前を付けるとしたら『ダブルコスプレ』」

「……なるほど。それが本当の切り札なんだな? だったら、もう一度お前と関係を繋いで魂を断ってやるよ!」

 いつの間にか目の前に男が出現し、俺の頭を手で掴んだ。次の瞬間、“男の腕が吹き飛んだ”。

「――ッ!?」

 痛みと驚きで男の目が大きく見開かれる。

「もう、お前に俺たちの関係は断てやしない。お前が入り込めるほど今の俺たちの関係は軽くない。お前の腕が吹き飛ぶほど俺たちは強い絆で結ばれているんだ」

 男の腕が再生して行く。どうやら、主人から力を供給して貰い、吹き飛んだ自分の腕の肉片に能力を使用し、繋いでいるようだ。それを見ていると突然、俺の手の中に1枚のスペルカードが生まれた。

「夜桜『スキマの中で舞え、黒染の千本桜』」

 スペルが発動すると、俺と男の周りでスキマが次々と開いて行く。

「な、何だ!?」

「これが幽々子と紫の合体スペル。スペルが出来るまで時間がかかるからすぐには使えないけど、その威力は計り知れない。お前でも一溜りもないよ」

 俺が話し終えた頃には360度、スキマで埋め尽くされる。このままでは俺も巻き込まれてしまうが、体が半透明化しているので当たらないはずだ。スキマをよく見ると1本の満開の桜が生えている。スキマ一つに1本。感覚的にスキマは千個、開いているので桜の数は千本。そう、千本桜だ。

「さぁ、お前の命と一緒に優雅に舞え、黒染の桜よ」

 扇子をゆっくりと右から左に移動させると1個だけ小さなピンク色の弾が男に向かって飛び出した。

「がッ!?」

 背後からの攻撃だった為、男は躱せずもろに喰らう。そして、その場に崩れ落ちる。俺がどれだけ攻撃しても、もろともしなかったあの男が一撃で大ダメージを負ったのだ。

「……散れ」

 俺がそう、呟くと千のスキマから大量の小さなピンク色の弾が男に向かって射出される。

 男の悲鳴すら聞こえないほどの爆発音。それが3分間、続いた所でとうとうコスプレが解除される。

(なるほど、片方の曲が終わると強制的にもう片方の曲も終了するのか)

 スキマも消え、男の方を見ると地面に倒れていた。

「魔法『探知魔眼』」

 魔力を左目に流して男を観察する。どうやら、あれだけやられても生きているらしい。だが、瀕死だ。

「全く……だから、言ったのに」

「っ!?」

 気が付くと男の傍に小さな女の子がいた。

(い、いつの間に!?)

「呪いをかける所までは上手く行ったのによ。お前は本当に爪が甘いな」

 ぶつぶつと文句を言いながら男の襟を掴む女の子。よく見れば初めて、永遠亭に言った日――霙に襲われていたあの女の子ではないか。

「君……いや、お前は誰だ?」

 驚いて気付かなかったが、女の子から強大な力を感じる。

「あたし? あたしはこいつの主人だよ。そして、『お前を殺そうとした黒幕だ』」

「っ!?」

 こんな小さい子が俺を殺そうとした。普通なら信じられないが、もしかしたらこいつは何かの妖怪で見た目の割に年を取っているのかもしれない。

「今回はこの馬鹿のせいで殺せなかったが、いつかは目標を達成するから。今、殺したいんだが、昼間だからあまり力を出せない。別の機会にする」

 そう言って女の子は男を引き摺ったまま、森の方へ歩いて行く。

「あ、待て!」

 慌てて追いかけようとしたが、急に足から力が抜ける。ダブルコスプレの反動だ。予想はしていたが、それを遥かに超える疲労感。

「く、そ……」

 とうとう、地面に倒れてしまった。そのまま、意識が遠のいて行く。

「……お疲れ様」

 後ろからそんな声が聞こえたが、その声の主を確認する前に俺は意識を手放した。

 




正義


正位置の意味
『友好的。穏やか。不正を暴く。決着をつける』など。

逆位置の意味
『不公平。失望。だらしがない。人情の無い判断』など。


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第144話 世界

「で、出来た!!」

 僕は出来立てほやほやの人形をギュッと抱きしめながら叫ぶ。

「初めてにしては上出来よ。これなら魔力の糸で操ってもそう簡単に壊れないわ」

 アリスさんも笑顔で褒めてくれた。

「次はどうするんですか?」

「そうね……とりあえず、試運転でもしましょう。魔力の糸は作れる?」

「いえ……さすがに」

 少し前まで自分に魔力がある事すら知らなかったのにそれをコントロールするなど無理に等しいだろう。

「コツとかありますか?」

「え? う、う~ん……私はもう慣れちゃったから感覚的に出来ちゃうのよ。そうね、最初は1本だけ伸ばして人形の頭に繋いで軽く動かせるように練習しましょうか」

「はい!」

 それから、アリスさんから魔力がどんな物か教えて貰いながら手探りで魔力を操作する。最初は魔力にすら触れられなかったが、どんどん体の中に流れている魔力を感じ取れるようになった。

「いい? ゆっくり伸ばしていくのよ?」

「は、はい……」

 右手の人差し指に魔力を凝縮させ、卓袱台の上に置いてある人形まで伸ばす段階まで成長した僕。でも、この段階ですでに20回は失敗している。途中で途切れてしまうのだ。

(大丈夫……出来る)

 深呼吸し、指先からゆっくりと魔力の糸を伸ばしてゆく。伸ばしていくと糸も細くなって行き、切れやすくなるのだ。アリスさんも固唾を飲んで見守ってくれていた。

「……で、出来た?」

 感覚的に人形の頭に糸は届いたのだが、実際に目では見えないのでアリスさんに問いかける。

「出来てるわ。成功よ」

「や、やったああああああ!!」

 糸が切れないように喜ぶ。次の段階である頭を動かそうと糸に更に魔力を流した。その刹那――。

「え!?」「なっ!?」

 突然、人形が光り出した。あまりにもその光が強すぎて僕もアリスさんも目を庇ってしまう。

「きょ、キョウ君。大丈夫?」

「え、ええ……何とかってあれ?」

 光が弱まり、目を開けて人形の様子を見ようとしたが、卓袱台の上には何もなかった。

「に、人形は?」

「キョウ君、糸はまだ繋がってる?」

「え? あ、すみません。切れちゃいまし……ん?」

 糸は切れているのだが、魔力は何かに注がれ続けているのがわかる。

「どうかしたの?」

「えっと……糸は切れてるんですが、何かに魔力を注いでるようです。無意識なのでよくわからないんですが……」

「魔力を注いでる? その方向は?」

「んー、あっちですかね?」

 丁度、縁側の方だった。僕は立ち上がって縁側に出る。

「マスタあああああああああああ!!」

「うわっ!?」

 その途端に横から何かにタックルされてしまった。反動で外に飛び出し、地面に叩き付けられる。

「だ、大丈夫!? キョウ……君」

 慌てた様子でアリスさんの声が聞こえたが、何故か最後の方は小さくなった。何かを見て驚いているかのように。

「いたた……ん?」

 タックルされた所を擦ろうと手を伸ばしたが、何かに触れる。そこを見ると僕が作った人形がいた。

「あ、れ?」

「マスター! マスター!」

 その人形は僕の腰にしがみ付き、頭をすりすりしながら『マスター』と連呼している。

「キョウ君、何か操作してる?」

「い、いえ……全くです」

 僕だけではなく人形遣いであるアリスさんでもこの現象は初めて見るようだ。

「嘘でしょ……完全自律型人形?」

「何ですか? それ」

 いい加減、人形を放っておくわけにも行かず、アリスさんに質問しながら人形を両手で掴んで引き剥がした。人形はジタバタと暴れて俺にくっ付こうとする。落ち着かせる為に抱き抱えた。すると、人形が『温かいです~』と言いながら暴れるのをやめる。

「人と同じように自分の意志を持った人形の事よ。私、それを完成させる為にずっと、研究してたの。そ、それが目の前に……」

 アリスさんは靴も履かずに僕の傍までやって来て、僕の人形に手を伸ばした。

「ま、マスター! こ、この人は!?」

 だが、人形はアリスさんを見て怯えてしまう。

「アリスさんだよ。僕が君を作るきっかけを作ってくれた人だよ」

「つまり、この方がいたから私はマスターに会えたのですね?」

「うん、そうだよ」

 どうやら、この人形は少しだけ人見知りをするようだ。作られてからすぐなので仕方ないのかもしれない。

「は、初めまして……アリスさん。私は――」

 しかし、そこで止まってしまう人形。

「どうしたの?」

 アリスさんが首を傾げながら質問した。

「名前……私の名前、何でしょう?」

 僕の方を見上げて人形が聞いて来る。そう言えば、決めていなかった。

「キョウ君、決めて上げて」

「は、はい!」

 返事してジッと人形を観察する。見た目は人間のようではなくアニメに出て来るような可愛い顔にした。服装は白と黒を主としたメイド服。アリスさんの持っていた生地で一番、作りやすい物だったのだ。そして、僕の事を『マスター』と呼んでいたし、先ほどもくっ付いて来た。好かれているらしい。

「そうだね……『桔梗』、なんてどう?」

「桔梗……」

 僕の言葉を繰り返した人形は僕の目を見つめ続けた。もしかして、名前の由来を言って欲しいのかもしれない。

「えっとね? 前に図鑑で読んだんだけど、桔梗の花言葉って『誠実』や『従順』って意味なんだ」

 それを聞いて人形はわたわたし始める。何かに動揺しているらしい。

「ま、マスター……わ、たし! 頑張って、マスターの為に働きますね!」

「あ、そうか。君の主人って僕なんだった」

 すっかり、忘れていた。

「もちろんですよ! 私はマスター以外の人の言う事を聞くつもりはありません! 本当に素敵な名前をありがとうございます!!」

 そう言いながら頭を下げる人形。

「えっと、後ね? もう一つ、理由があるんだけど……」

「? はい、何でしょう?」

 少し恥ずかしくて言い出せずにいたのだが、人形――桔梗が促してくれる。

「僕の名前、『キョウ』なんだ。だから、同じ『キョウ』が付く『キキョウ』がいいかなって。よくあるでしょ? 親が自分の名前の一部を子供の名前に使うのって」

 僕の説明を聞いた桔梗は目を見開いて(桔梗は人形だが、口を動かしたり瞬きが出来るらしい)僕の顔を見ていた。

「だめ、かな?」

「そ、そそそそ! そんな意味まで込めて下さるなんて……私は何て幸せ者なんでしょう!」

 顔を真っ赤に(人形なのに)して桔梗が俺の胸に頭を押し付ける。

「いい名前ね。キョウ君」

「ありがとうございます、アリスさん。これもアリスさんが人形の作り方を教えてくれたからです」

「いえいえ。私も完全自律型人形が見れて本当によかったわ。後は自分の手で桔梗みたいな人形を作れるようになるだけね」

 笑顔でアリスさんが僕の頭に手を乗せてくれた。何だが、くすぐったい気持ちになる。

「……マスター」

「何? 桔梗」

 だが、桔梗を見ると不機嫌そうにしていた。

「何でもありません」

「?」

「あらあら……キョウ君はすごい人形を作っちゃったのね」

 少し困ったような、それでいて嬉しそうにアリスさんがそう言ったが、僕には全く意味がわからなかった。

「あ、そうだ。アリスさん。お願いがあるんですが……」

 僕の腕から飛び出し、アリスさんの肩に着陸して話しかける桔梗。

「何かしら?」

「私、武器とか持ってません。マスターを守る為の武器を用意してくれると助かります」

「そうね……桔梗の体は練習用の人形だから専用の武器がないのよ」

 そう言えば、作る前にアリスさんがそのような事を言っていたような気がする。上海さんは弾幕ごっこでも活躍できるようビームを撃ったり出来るらしいが、さすがに人形初心者の僕には操れるわけもなく最初は練習用の――武器を搭載していない人形を作ったのだ。

「え……じゃあ、私は戦えないのですか? マスターの魔力から幻想郷についてのデータを頂いた所、かなり戦闘が多い場所だと思ったのですが」

「まぁ……多いわね。弾幕ごっことか皆、頻繁にやってるし。キョウ君が巻き込まれる可能性もゼロじゃないわね」

「なら! 尚更、武器が必要じゃないですか!」

「桔梗? 僕、一応戦えるよ? 先生に鎌の使い方も習ったし」

 興奮し始めた桔梗を抑える為に教えた。

「でも、ここの戦いは弾幕って言って遠距離攻撃が主なの。さすがに鎌一本じゃ心細いと思うわ」

 しかし、アリスさんに反論されてしまう。

「仕方ありません……この身を盾にしてマスターを守らなければ」

「それだけはしないで」

 アリスさんの肩に乗っていた桔梗を両手で持ち上げて、言い放つ。

「マスター?」

「それだけは駄目だよ? 桔梗を犠牲にして僕は生き残りたくない」

「で、でも!」

「駄目。折角、友達になれたのに」

 僕は比較的一人でいる事が多かった。近所に友達は悟しかいないし、両親は仕事でいつも帰って来るのが遅い。もう、自分では慣れたと思っていたのだが、やはり心の中で寂しいと思っていたようだ。桔梗が傍にいてくれたら僕はすごく嬉しいし楽しいと思う。

「マスター……ですが、私はマスターを守りたいです」

 しかし、桔梗も僕の目を真っ直ぐ見て言った。

「方法はなくもないわ」

「「え?」」

 アリスさんが顎に手を当てながらそう呟く。僕たちは同時にアリスさんを見た。

 




世界


正位置の意味
『完成する。最高潮。頭打ちになる。完全に出来る』など。

逆位置の意味
『どうしても完成しない。はかどらない。進展しない。限界に気付く』など。


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第145話 恋人

「私の力である程度、武器を扱えるように出来るとは思う。でも、さすがに完璧には無理ね」

「アリスさんでもですか?」

 あれだけ人形を巧みに操っているのにも関わらず、今回の件は相当難しい事らしい。

「普通の人形ならいいんだけど……桔梗は完全自律型人形。私にも分からない事だらけなの」

「何かマスターに危険な事は?」

「ない、とは言い切れないわ。貴方たちには素材集めをして欲しいの」

「素材、集め?」

 その言葉の先を促すように僕はアリスさんの言葉を繰り返す。

「例えば、とても熱い物。硬い物。鋭い物と言ったその武器に重要なパーツになる物を手に入れて欲しいの。改造の仕方は後で桔梗に教えるわ」

「しかし、見た目だけで武器に必要な物だとわかるんですか?」

「その為にセンサーを桔梗に取り付けるわ。武器のパーツになりそうな物を見るとわかるようにするの」

 そんな事まで出来るとはさすがアリスさんだ。だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。

「それでもアリスさんが桔梗に武器を取り付ける事は出来ないんですか? 素材がないとか?」

「素材がないのも確かなんだけど、私が使役してる人形が使ってる武器は桔梗には扱えないの。簡単に言ってしまえば、あれは私が操作してるの。上海はともかく、他の人形の槍や盾は私自身が魔力の糸を操ってまるで人形が自分の意志で使ってるように見せているだけ」

「上海さんのは?」

「あれは武器の使い方を指示したのよ。半自律型だからそれぐらいは出来るの。でも、桔梗は自分の意志を持ってる」

「意志を持ってるなら出来るんじゃ?」

 桔梗もアリスさんに問いかける。

「上海が武器を使えるようになるまで相当、時間がかかったわ。それに上海の武器は特注品。今すぐ用意出来るのは魔力の糸を使って操る武器しかないの」

「特注の武器はどれくらいで作れますか?」

 諦められないのか桔梗が問いかけた。

「1~2か月がいいところ。もっと時間がかかるかもしれないわね」

「桔梗、どうする?」

 腕を組んで考えている桔梗。

「……武器は欲しいです。でも、時間もかかりますしマスターが少しでも危険な目に遭う可能性があるならやめます」

 桔梗は俯きながらボソボソと呟いた。

「わかった。アリスさん、桔梗に武器の改造の仕方とセンサーを取り付けてください」

「え!?」

 桔梗は目を見開いて僕の方を見る。

「だって、桔梗は武器、欲しいんでしょ?」

「で、ですが!」

「なら、僕だって桔梗の主として従者の願いを叶えたいんだよ」

「マスター……」

 その時、桔梗の目から涙が零れた。

「嘘……涙まで。これじゃもう人形とは言えないわ」

 アリスさんがそれを見て驚愕する。僕も最初は驚いたが、次の瞬間には桔梗の体をギュッと抱きしめていた。

「本当に生まれて来てくれてありがとう。これから、よろしくね。桔梗」

「は、はい! マスター!!」

 桔梗も目に涙を溜めていたが顔を上げて僕に微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 アリスさんと桔梗が部屋に入ってから3時間。卓袱台のお茶もすっかり冷めてしまった。その間、僕はここでずっと一人で待たされている。僕も桔梗の改造を見たかったのだが、桔梗がアリスさんに何かを聞いた後、顔を真っ赤にしながら『入って来ないでください!』と言われてしまったのだ。

「大丈夫かな……」

 アリスさんに限って失敗はないと思うが、やはり心配だ。

「お待たせ。桔梗の改造、終わったわ」

 その時、襖が開いて汗だくのアリスさんが報告してくれる。

「桔梗は!?」

「大丈夫よ。改造は成功したわ。今は寝てるだけ」

 アリスさんの両手に抱えられていた桔梗は目を閉じて静かに眠っていた。

「人形なのに寝てるんですか?」

「それが体は人形なんだけど人間のように寝たり食べたりしなきゃならないみたい。キョウ君も見たでしょ? 涙」

「……普通はあり得ませんよね?」

「そうね。まず、目に涙腺があるとは思えないし」

「ですよね……うわッ!?」

 僕とアリスさんが話し合っていると突然、ズボンのポケットで何かが揺れた。

「ど、どうしたの!?」

「い、いえ……あ、携帯」

 慌ててポケットに手を突っ込み、揺れている物を取り出すと親が連絡用に買ってくれた携帯だった。どうやら、充電切れを知らせるバイブレーションだったらしい。

「それ……ケイタイよね?」

「知ってるんですか?」

 充電が切れたので揺れなくなった携帯を再び、ポケットに仕舞って聞き返す。

「よく、壊れたケイタイがある店で売ってるのよ」

 壊れているのに売っているとはすごい店だ。そんな事を思っていると桔梗が顔を上げた。

「あ、桔梗。起きた、の?」

 話しかけるが桔梗の様子がおかしい事に気付く。

「マスター、それ。私にください」

「え?」

「それ、私にください」

 そう言う桔梗の目は虚ろだ。嫌な予感がして立ち上がる。

「それって携帯の事?」

「はい、ください」

 アリスさんの方をチラリと見ると少し、動揺しているようだ。アリスさんでも予想外の展開らしい。ゆっくりと携帯を取り出し、卓袱台の上に置いた。すると、桔梗が乱暴にアリスさんから離れて携帯を両手で持つ。

「桔梗、さっき改造のやり方は教えたよね? 出来る?」

「大丈夫です。“それよりも簡単な方法がありました”」

「「え?」」

 僕とアリスさんが首を傾げると携帯を真上に放り投げる桔梗。そして、口を大きく開けて――食べた。そのまま、顎を動かして携帯を噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。それを呆然と僕たちは眺めていた。

「……あれ? アリスさん、私の改造、終わったんですか?」

 数秒が経ち、桔梗がキョロキョロと辺りを見渡した後、アリスさんに質問する。

「え? き、桔梗? 覚えてないの?」

 困惑したまま、僕は桔梗に問いかけた。

「はい? 何がですか?」

 どうやら、何も覚えていないらしい。

「アリスさん、これは?」

「……もしかすると、桔梗はキョウ君の事が好き過ぎるあまり、暴走してしまうかもしれないわ」

「暴走?」

 好き過ぎるの意味はよくわからないが、暴走となるとかなりやばい状況なのかもしれない。

「簡単に言えば、キョウ君の為ならどんな事でもしちゃうって事。自分の頭では暴走しちゃ駄目だと思っていても人形の体が勝手に動いてしまう。本来、人形は人の災いを肩代わりする役目があったのよ」

 つまり、僕に降りかかるであろう災いを桔梗は本能的に防いでしまう。僕を守る為だったら、どんな手段でも使うのだ。

「まぁ、今深く考えても何も解決しないわ。とりあえず、貴方の携帯を食べた事によって桔梗にどんな変化があったか検証する方が優先ね」

「……そうですね。桔梗、何か変わった所ある?」

 僕が桔梗に質問すると、桔梗は戸惑ったように首を横に振った。

「何故、変化があるのでしょうか? 物欲センサーは何も反応していませんし……」

「そう言えば、アリスさん。そのセンサーってどんな物なんですか?」

 見た目は全く、変わっていないのだが。

「魔方陣を桔梗の体に刻んだのよ。それにさっき言った武器についても同じ。素材によってどんな形をしているか。そして、どんな効果があるのかも全て、桔梗次第」

「私、ですか?」

 桔梗自身、きちんと理解していないようだ。

「改めて、説明するけどね? 例えば、キョウ君が持ってる鎌を素材とした場合、桔梗はどんな武器になると思う?」

「そうですね……普通に鎌を使えるようになるんじゃないでしょうか?」

「属性は? イメージでいいわ」

「属性……色が紅いので炎とか?」

「それよ。素材にした物から桔梗がイメージする物がそのまま、桔梗の武器になるようにしたの。さすがに限度があるけどね。桔梗が持てないほど大きかったりとか」

 アリスさんの説明で何となくだが、理解した。言ってしまえば、素材にした物を見て桔梗が思い描いた武器が桔梗の武器となるのだろう。

「でも、アリスさん。桔梗は僕の携帯を食べた事、覚えてませんよ?」

「だから、予想外なのよ。一度、外に出て色々と試してみましょう。もし、神社に傷が付いたら持ち主に殺されるわ」

 アリスさんの目から少しだけ光が失われた。ここはアリスさんの言う通りにしておいた方がいいだろう。僕も桔梗も素直に縁側から境内の方に移動する。もちろん、靴を履いてだ。

「あの~、私、何かしてしまったのでしょうか?」

 その途中で桔梗が困ったような表情を浮かべながら聞いて来た。

「えっとね?」

 僕の携帯を見て桔梗が突然、変になった事。携帯を食べた事。それを桔梗は覚えていない事を手短に説明する。

「す、すみませんでした! まさか、最初の素材がマスターの私物だったなんて!?」

「大丈夫だって。幻想郷じゃ使えないし、充電も切れたし」

「うぅ……それでいて素材を手に入れたのにも関わらず、武器らしき物は何も出て来ないとは……」

 桔梗は俯きながら落ち込む。

「今から確認するから諦めちゃ駄目だよ!!」

「貴方たち、仲が良いわね」

 笑顔で――それでいて少し、寂しそうにアリスさんが呟いた。

「桔梗、マスターを守りたかったら頑張って武器を生み出しましょうね」

「は、はい!」

 桔梗が元気よく返事をした刹那、アリスさんの後ろからガサガサと茂みが揺れる音が聞こえた。

 




恋人


正位置の意味
『愛。選択。好奇心。外交』など。

逆位置の意味
『選べない。裏切り。離別。過干渉』など。


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第146話 力

「アリスさん、何かあそこにいるみたいです」

「え?」

 指をさしながら言うと突如、茂みから大きなイノシシが飛び出した。しかも、何故か怒っているようで僕たちの方に凄まじい速度で突進して来ている。

「きゃあっ!?」

 僕たちはイノシシが茂みから出て来るところから見えていたのですぐに左へ移動したが、イノシシに背中を向けていたアリスさんは回避出来ずに体当たりされてしまった。

「アリスさん!」

 アリスさんは魔女なので人間より遥かに強いのだが、体の大きさは普通の女の人だ。アリスさんの体は数メートル吹き飛ばされた後、勢いよく頭を地面に打ち付けてしまった。不意打ちだったので受け身すら取る事が出来なかったらしい。

「アリスさん! 大丈夫ですか!?」

「……」

 まずい。呼びかけても返事がない。頭を打った事によって脳震盪を起こしてしまったようだ。

「マスター!」

「うわっ!?」

 その時、桔梗に突き飛ばされる。すぐに僕が立っていた場所をイノシシが通り過ぎた。このままでは倒れているアリスさんに再び、イノシシが攻撃してしまう。

(殺しちゃうのは嫌だけど……仕方ない)

 覚悟を決めて背中に手を伸ばすが、鎌がない。

「あ!」

 そうだ。鎌は今、神社の中にある。急いで取りに行かなければならない。だが、神社の中に続く道にイノシシがいた。しかも、こちらを睨んでいる。簡単には通してくれそうにない。

「桔梗! 神社の中にある鎌を取って来て!」

「で、ですが!」

「急いで!」

 桔梗は何か言いたそうだったが、大声を出す事でそれを阻止する。とにかく、今は時間がない。

「りょ、了解です!」

 桔梗が飛んで行くのを確かめた後、アリスさんの傍まで駆け寄って背負った。放置しておいたらいつ、イノシシが標的を変えるかわからないからだ。

(う、動きにくい……)

 体格の差がありすぎる。走る事は愚か、イノシシの突進を躱せるかも危うい。

 どうしようか悩んでいたら、向こうが一つ、吠える。そして、僕に向かって走って来た。

「仕方ない!」

 ギリギリまで引き付けて躱すしかない。

「と……んで」

 耳元で掠れたアリスさんの声が聞こえる。まだ朦朧としているが、意識が戻ったらしい。しかし、体はぐったりしているので動けそうにない。

「僕、飛べません……っよ!」

 体を捻ってイノシシを躱す。イノシシも諦めず、方向転換しまたこちらに向かって来た。

「マスター! 持って来ました!」

 イノシシが迫って来る中、後ろから桔梗の声がする。そう、『真後ろ』だ。

(っ……)

 きっと、桔梗は僕に鎌を渡す為にあまり高く飛んでいないだろう。今、僕がイノシシを避けたら、桔梗に――。

「アリスさん! ごめんなさい!」

 アリスさんを後方にいる桔梗に託す為に投げた後、すぐにイノシシの方を振り返る。鎌が地面に落ちる音だけがしたので桔梗は上手くアリスさんをキャッチ出来たようだ。

「ま、マスター!? 避けて!!」

「うわああああああ!」

 重心を低くし、衝撃に備える。迫り来るイノシシが少しだけ笑っているように見えた。

「――ッ」

 両腕を体の前でクロスした刹那、そこにイノシシが突進して来る。一瞬の浮遊感を感じた後、僕の体は空高く打ち上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、私は生まれていた。

 どうしてなのかは自分でもよくわからないけど、目の前の男の子が私を作った『マスター』である事がわかった。

 喋る人形なのに嫌な顔もせず私に名前を付けてくれた優しいマスター。

 この時に私はマスターを『自分の命を引き替えにしてでも守る』。そう誓った。

 

 

 

 それなのに、何だ? この体たらくは。

 

 

 

 目の前で愛しきマスターが傷ついたのだ。真後ろにいたにも関わらず、何も出来なかった――いや、私がいたからマスターは躱せなかったのだ。

 人形失格だ。

 マスターを守る術も、マスターにお礼する力も、マスターの傍に資格すら私にはない。

 それでも、私はマスターの役に立ちたい。

 マスターを守りたい。

 マスターと一緒に戦いたい。

 ゆっくりと打ち上げられていくマスターを見て私は震えた。

 体の内側からまるで、私の鼓動に共鳴するように――。

 気が付けば、私は空を飛んでいた。もちろん、アリスさんなんか投げ捨てた。

 

 

 

「マスタあああああああああああ!!!」

 

 

 

 マスターの名前を呼んだ瞬間、体の内側で打ち続ける鼓動が激しくなった。マスターに近づけば近づくほど『速く』、『強く』、『激しく』。

 

 

 

 空を飛べ。

 

 

 

 手を伸ばせ。

 

 

 

 その身で守れ。

 

 

 

 そう自分に言い聞かせていると体が光り始めた。

 それでも私は止まらない。

 マスターを守るのだ。

 例え、この身が朽ち果てようとも――。

 光が一層、強くなる。

 もう少しだ。

 マスターが私を見て目を見開いた。

 無我夢中でマスターの方に手を伸ばす。

 マスターも苦しそうな表情を浮かべながら私の方に手を伸ばしてくれた。

 

 

 

「桔梗!」「マスター!」

 

 

 

 手と手が繋がった時、私の体が“分解”され、“再構築”する。

 私が望む姿に、マスターが望む姿に――。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 桔梗から発せられていた光があまりにも眩しくて目を閉じてしまった。このままでは地面に叩き付けられてしまう。だが、いつまで経っても衝撃が来ない。

「あ、れ?」

 ゆっくり、目を開けると前には何もなかった。いや、山は見える。しかし、木や神社がないのだ。360度、回転しても山しか見えない。上を見れば青空が広がっている。次に下を見た。

「え?」

 イノシシやアリスさんが先ほどよりも小さく見える。こんな高い場所からの景色を見るなんて遊園地の観覧車に乗った時以来だ。

「高い? え? え!?」

 飛んでいる。僕は重力に逆らって空を飛んでいるのだ。でも、空の飛び方なんて知らない。

(なのにどうして……)

「マスター! 聞こえますか!?」

 困惑していると後ろから桔梗の声がする。しかし、後ろを見てもどこにも桔梗の姿はない。

「桔梗、どこ?」

「ここです! 後ろです!」

「いや、後ろには何も……」

「だから、“背中の翼”です!」

「へ?」

 意味が分からず、背中に手を伸ばすと何かに当たった。鎌ではないのは確かだが、これは一体、何なのだろうか。

「つ、翼!?」

 自分の目で見たいのだが、さすがに背中は見えないのでその場でグルグルと回転してしまった。

「マスター、落ち着いて!」

「ど、どういう事!?」

「説明は後です! それより、アリスさんが!」

 桔梗の言葉を聞いて下を見ると今にもイノシシがアリスさんに向かって突進しようとしていた。

「……そうだね。今はアリスさんだ」

「マスターの思い描くように飛べますのでやっちゃってください!」

「うん!」

 イメージだ。鳥が地面にいる獲物を捕らえる為に急降下するイメージ。

 すると、体が下を向いて一気に急降下を始めた。それと同時にイノシシの倒れているアリスさんに向かって駆け出した。

「させるかあああああ!!」

 空中で姿勢を変え、足からイノシシに向かって突撃する。

 すごいスピードで蹴られたイノシシの体は吹き飛ばされ、森の奥へ飛んで行く。

「あ、ぐぁ……」

 僕の足も無傷とは行かなかったようで激痛が走った。

「大丈夫ですか!?」

 僕のうめき声が聞こえたのだろう。桔梗が心配そうな声で聞いて来た。

「う、うん……とりあえず、アリスさんを神社の中に」

 今の足じゃまともに歩けないと踏み、飛びながらアリスさんと鎌を回収する。

「マスター、無理しないでくださいね?」

「わかってるよ。ありがと」

 それからも桔梗は何度も声をかけてくれる。そのおかげで足の痛みも気にならなくなり、アリスさんが動けるようになるころにはあの時の痛みが嘘のように消えていた。

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 イノシシに襲われてから30分後。アリスさんが桔梗(翼の姿ではなく、人形の姿でだ。何故、翼になったのかアリスさんに調べて貰っていた)を解放した。

「どうですか?」

「そうね……原因ははっきりとわからないけどきっと、桔梗の思いが強まり、『自分の体を変形させる程度の能力』を生み出したのね」

「何ですか? 程度って?」

「幻想郷では能力名に『~程度の能力』って付けるのがルールなの」

 それにしても桔梗は変形するらしい。僕は桔梗【翼】を装備した事により、飛べるようになったのだ。

「すごいよ! 桔梗!」

「そ、そうですか?」

 褒めたが、何故か苦笑いする桔梗。

「どうしたの?」

「いえ……自分でもよくわかっていないので素直に喜べないと言いますか」

「でも、自分の意志で変形は出来るのよね?」

 アリスさんの問いかけに桔梗は頷いた。

「ですが、結局マスターの携帯を食べたのに何も武器は生まれてないし……」

「きっと、素材を手に入れる事で変形できる物が増えるんじゃないかな?」

 僕の考えを述べるが、桔梗だけでなくアリスさんまでも首を振った。

「必ずしもそうとは言い切れないの。確かに変形には何か理由があるんだろうけど、私が施した魔法は……」

「どうしたんですか?」

 しかし、アリスさんは説明を途中でやめて考え込んでしまう。

「ねぇ? 今も桔梗に魔力を注ぎ続けてるの?」

「え? あ、はい」

「……キョウ君。今まで、何か変な事なかった?」

 突然、アリスさんは変な質問をぶつけて来た。

 







正位置の意味
『快活。誠実。理性的。理性や感情と本能のバランスを取る』など。

逆位置の意味
『独断。苦難。逆境。中傷』など。


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第147話 太陽

「変な、事……」

 思い当たり過ぎて逆に戸惑ってしまった。紅魔館にいたはずなのに森で目を覚ましたり、変な眩暈に襲われた後、景色が変わっていたり。

 その事をアリスさんに言うと目を見開いた。

「……ここに来る前に誰かに会った?」

「はい。色々な人に助けて貰いました」

「名前、言える?」

「えっと……美鈴さん、レミリアさん、パチュリーさん、フランさん。こまち先生ですかね? 小さい女の子は名前、聞けませんでした」

「つまり、紅魔館には結構、滞在してたのね……え?」

 そこまで言って何かに気付いたのかアリスさんが眉を細める。

「咲夜は?」

「さ、くや?」

 聞き覚えがなく、首を傾げてしまった。

「ほら、紅魔館のメイド長よ」

「メイド長? いえ、さくやさんって言う人はいませんでしたけど……」

「どういう事……」

 明らかにアリスさんは驚愕していた。僕も不安になってしまう。

「それにこまち先生って人に鎌を習ったのよね?」

「は、はい……」

「その人、急に遠くに行ったり近くに来たりしなかった?」

 それを聞いてすぐにこまち先生がワープした描写が頭に思い浮かぶ。

「しました!」

「なら、小町で間違いないわね……でも、確か小町は鎌を使えなかったはず。それって……いやでも、あり得ない」

 首を振って自分の考えを否定するアリスさん。

「あの、何かわかったんですか?」

「……最後の質問よ。眩暈がした後、景色が変わったのよね?」

「はい。でも、こまち先生と修行した川の近くでした。ただ、昼と夜が逆転しただけで」

「その時、何か変化はなかった? 例えば、木が大きく成長してたりとか」

「……あ!」

 そう言えば、石に付着していた苔が少なくなっていた事を思い出し、それをアリスさんに告げた。

「そんな……まさか」

 とうとう、アリスさんの顔が青ざめる。

「何かわかったんですね?」

「……本当はあり得ない話なの。でも、キョウ君には何か“特別な力”があるみたい」

「特別な力?」

「私の推測なんだけど……キョウ君には『時空を飛び越える程度の能力』があるかもしれない」

「「……ええ!?」」

 僕もそうだが、そこで空気を読んで黙っていた桔梗も叫んでしまった。

「ま、待ってください? マスターは未来や過去に行けるんですか?」

「もしかしたらよ。まず、紅魔館ね。キョウ君はレミリアたちには会ってるけど、何故か咲夜にだけは会っていない。さすがに咲夜にだけ会わないのは不自然過ぎるの。つまり、キョウ君が行った紅魔館には咲夜はいなかった。正直言って今ではあり得ないわ。咲夜は常にレミリアの傍にいるもの。だから、キョウ君の行った紅魔館は今から見て過去の紅魔館。最近、地下から出て来たはずのフランが幽閉されていたのもそれで説明出来る」

 そこで一度、湯呑を傾けて息を整えるアリスさん。すぐに続きを話してくれた。

「次は小町ね。小町には『距離を操る程度の能力』があるの。貴方が見たワープはこの能力を使って移動していたからね。でも、私の知っている小町は鎌を扱えない。死神らしさを出す為の飾りなのよ。でも、鎌は小町から習った。矛盾が生じているわ。ただ一つだけ、この矛盾を取り払う事が出来るのよ」

「僕が未来の――鎌の扱い方をマスターしたこまち先生に会った場合ですね?」

 アリスさんの言葉を遮って言った。

「そう、君は過去の紅魔館から未来の幻想郷に飛び、小町に会って鎌の扱い方を習ったの。そして、次に小さな女の子に会う前に見た苔むした石。これはキョウ君が未来の幻想郷から再び、過去の幻想郷に飛んだ事が証明された。そして、現在に飛んで来た。嘘だと思いたいけど、可能性は高いと思うわ」

 お茶を飲み干したアリスさんはすぐに急須からお茶を注ぐ。それを僕と桔梗は黙って見ていた。

「マスター……どう思いますか?」

「信じられないけど……ほんとだと思う。アリスさんの説明は筋が通ってたし」

「すごいじゃないですか!? 時空を飛び越えるなんて!」

 目をキラキラさせて桔梗が叫んだ。

「そ、そう?」

「そうですよ! だって、未来や過去を自由自在に行き来出来れば自分の思うがままじゃないですか!」

 確かに時間を移動出来たら何でも出来るだろう。

「それだけは駄目よ」

「「え?」」

 しかし、すぐにアリスさんが反論する。

「前に読んだ魔導書によると『時空転移魔法』は禁術なの。一度、完成間近まで行ったんだけど突然、空間に亀裂が走ったらしいわ。それに続けて何かの唸り声も聞こえたって」

「つ、つまり?」

「“下手に時間を操作しようとすると魔物がこの世界にやって来る”って言い伝えられているの」

「え!? じゃあ、マスターはどうするんですか!? コントロール出来ないからいずれ魔物が!?」

 桔梗が卓袱台に両手を叩き付けながら悲鳴を上げる。よくあの小さな体で出来たものだ。

「その魔術師は時間を操作して過去に起きた事をなかった事にしようとしたの。言い換えれば、過去の改変ね。でも、キョウ君は時間旅行よ」

「えっと?」

 よくわからなかったのでその先を促す為に首を傾げた。

「言い換えれば、“キョウ君がその時代にやって来る事は改変ではない”って事。未来からしたらキョウ君が過去の紅魔館に行ったのも、未来の小町に鎌を習ったのも、小さな女の子に会ったのも、ましてやこうやって私がキョウ君の能力に気付いたのも“過去の出来事”。未来から操作されたわけではないの」

「「???」」

 僕も桔梗もはてな顔だ。僕は時空を飛び越えても改変をした事にはならないと言う事なのだろうか。

「で、でも! もし、1000年前の人に現代の科学についてとか言っちゃえば改変になるのでは?」

 桔梗が焦りながらアリスさんに質問する。

「確かにそれは改変ね。でも、それは例え話。もし、それが起きていたら今頃、世界は魔物に食いつぶされているわ。逆に考えるとそう言った事はこれからのキョウ君には起きない。未来の小町に鎌を習った時代より先の時代に飛んだ時に改変しなかったらね」

 こまち先生に鎌を習っていた時に魔物など見ていない。その先に飛んで僕が変な事を言ったら魔物が出て来るだろうが、こまち先生の時代までは安心して生きていけるらしい。何年後までかは知らないが。

「っ!?」

 その時、急に体から光が漏れ始めた。

(こ、これが時空を飛び越える前兆!?)

「あ、アリスさん!? き、来ます!」

「え?」

「時空を飛び越える前兆が起きたようです! もし、アリスさんの推測が正しかったら、また僕は別の時代に行っちゃいます!」

「「ええ!?」」

 アリスさんと桔梗が驚いている間に立ち上がって縁側の下に置いてあった靴を取りに行く。

「ま、マスター!? その前兆とは!?」

「二人には見えてないと思うけど今、僕の体から光が漏れてるの!」

「桔梗! キョウ君にくっ付いて! 一緒に行きたいんでしょ!?」

 アリスさんは僕の鎌を差し出しながら桔梗に向かって叫んだ。

「は、はい!」

 慌てて僕の右腕にしがみ付く桔梗。鎌を背中に背負って準備が整った。

「アリスさん、本当にありがとうございました」

「いいえ、私も君に会えてよかった。完全自律型人形にも会えたし。桔梗も頑張ってマスターを守ってあげるのよ?」

「もちろんです! アリスさん、マスターに私を作る機会を作ってくださってありがとうございました!」

「じゃあね。二人とも」

 笑顔でアリスさんが手を振ってくれる。僕も右手で手を振った。その途端、景色が真っ白になる。

 また、僕は――僕と桔梗は時空を飛び越えた。

 




太陽


正位置の意味
『幸福。新しく始まる。進歩的。勇気』など。

逆位置の意味
『中止。計画の中止。自分勝手。無駄遣い』など。


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第148話 隠者

「……」

 目を開け、ゆっくりと起き上がった。

「今度は人形か」

 夢の中で俺が作った人形――桔梗。多分、俺の能力のせいで完全自律型人形になってしまったのだ。

(きっと、幻想郷を旅してる途中で壊れるんだな……家に桔梗、なかったし)

 過去の俺が無事に帰って来た(俺が生きているからそうなんだろうけど)のならば、桔梗だって付いて来るはずだ。しかし、俺の記憶が正しければ外の世界で桔梗で遊んだ覚えがない。つまり、外の世界に付いて来ていない事になるだろう。

「桔梗……」

 触れ合った記憶はない。だが、人形とは言えあんなに心優しい子が壊れてしまうのは悲し過ぎる。ましてや、過去の俺にとって幻想郷を旅する仲間なのだ。過去の俺はさぞかし、泣いた事だろう。

 そこまで考えた時、襖が静かにスライドされる。そこに立っていたのは鈴仙だった。

「あ、響さん!」

 襖をスライドさせた鈴仙は俺が起きているのを見て驚愕する。

「おっす。えっと、ここは永遠亭なのか?」

「はい、そうです。響さん、気絶したまま、ここに運び込まれたんですよ」

 そう言えば、男を倒した後、妙な少女が現れて色々、聞かされた。そして、『ダブルコスプレ』の負荷により、俺は気絶したのだ。

「あれ? 俺が戦ってた場所って人、来ないような場所だぞ? 誰が俺を運んだんだ?」

 俺と男の戦いに一般人(もしくは一般妖怪)が巻き込まれてはいけないと思い、あの場所を選んだのだ。

「霊夢さんです」

「は!? れ、霊夢!?」

 予想外の人物だったので叫んでしまった。

「何で、あんな所に?」

「さぁ? 今、食堂にいますので本人に聞いてみてはいかがでしょう?」

「そうするか」

 そう言って立ち上がろうとするが、体に力が入らなくてペタンと座り込んでしまう。

「きょ、響さん!?」

「だ、大丈夫……少し無理し過ぎたかな?」

 想像以上に『ダブルコスプレ』は体に負担をかけるらしい。使えても1日1回だ。

(強いんだけどな……シンクロと同じように使いどころを考えないと)

『もしかしたら、紫と幽々子のコンビが強かったんじゃない?』

(え?)

 鈴仙が目の前にいるので声に出せなかったが、魂にいる吸血鬼の発言に首を傾げた。

『確か、紫と幽々子は親友同士。タブルコスプレって言う事は響の体に2人の能力を詰め込む事でしょ? やっぱり、キャラ同士の関係性もあると思うの』

「どうしました、響さん? どこか具合が悪いんですか?」

「いや……すまん。水を持って来てくれ」

「はい。わかりました」

 吸血鬼から詳しい話を聞きたいので鈴仙を部屋から追い出す。

「つまり、仲が悪いキャラ同士だと弱くなるってか?」

『それはわからないわよ。まだ、一回しかしてないんだから情報がなさ過ぎる。やっぱり、少しの間、様子を見た方がいいかもしれないわね。ピンチの時に変な事になったら困るもの』

(……そうだな)

 吸血鬼の案に頷いた所で鈴仙がコップを持って帰って来る。

「どうぞ」

「サンキュ」

 鈴仙からコップを受け取り、傾けて冷水を飲もうとした。

「バゥ!」

 その瞬間、鈴仙を飛び越えて霙(狼モード)が俺に飛びかかって来た。

「うぐっ!?」

 突然の事で飲み込もうとしていた冷水が気管に入り、咽てしまう。

「大丈夫ですか!?」

「ゲホッ……あ、ああ。それより、霙? どうして、狼のままなんだ?」

 俺が命令しなくても擬人モードになれるはずだ。それなのに霙は狼のままだった。

「クゥ……」

「ん? あ、そうか。俺との契約がなかった事になったから擬人モードになれないのか」

 そうだと言わんばかりに霙が吠えた。

「あー、すまん。すぐに契約したいのはやまやま何だが……今、霊力が足りないから明日な」

 霙はそれを聞いてあからさまに落ち込んだ。どうにかしてやりたいがさすがに無理だ。

「そうだ……望」

 霙を見て妹の事を思い出し鈴仙の方を向く。それだけで俺が何を言いたいのかわかったようで鈴仙が口を開いた。

「望さん、少し瞳力を使いすぎたようです。師匠が作った目薬を差せば明日までには回復するそうですが、それまで光に敏感になってしまうので今日1日、目隠しするようにとの事です」

「意識は?」

「今、食堂で朝ごはん食べてます。見えないので手こずっていましたが」

「そうか……」

 それを聞いて安心した。やはり、望は戦わせない方がいい。能力は強いが体に負担がかかり過ぎる。今回は仕方ないとして出来るだけ望には頼らないようにしよう。

「霙。すまないが、背中に乗せてくれないか? 力が入らなくて」

 お願いすると霙は一つ頷いて姿勢を低くしてくれた。

「サンキュ」

 霙に跨り、鈴仙と一緒に向かう。

 

 

 

 

 

 

「たまたまよ」

 食堂に到着し、望の様子を伺い大丈夫だとわかると次に霊夢に何故、あの場所にいたのか聞いた。すると、まさかの偶然だと言った。

「偶然、お前があそこを通ったってのか?」

「違うわよ。何かスキマのような物が見えたから向かっただけ」

「スキマ?」

 もしかしたら、『夜桜』のスキマかもしれない。

「スキマならここからでも見えたよ」

 俺の隣でご飯をかきこみながら雅が教えてくれる。

「私にも知らない技だった……何をしたの?」

「え? あ、いや……」

 俺は人前で能力を使いたくない。コスプレしなければならないからだ。まぁ、幻想郷ならコスプレとかそう言った概念がないので我慢できるのだが、外の世界では東方も知っている人は知っているので能力は使わないようにしている。誰かに見られたら恥ずかしくて死にそうになるからだ。

 望はもちろんだが、雅も一応、東方を知っているので(悟に教えられた)雅の前でもあまりコスプレしたくない。ましてや『ダブルコスプレ』は2人のキャラの服を足して2で割ったような服装になる。なんか、俺自身が考えてアレンジしたように見えてしまうので見せたくないのだ。

「何で隠すの? 仮でも私は響の式神だよ?」

 『運命』で引いた死神の逆位置の効果によって霙との契約はなかった事になり、男の能力で分断されていた雅との契約は復活したのだ。

「仮だからダメ」

「えええ!? 何で!?」

「何でもだ」

「きっと、お兄ちゃん。恥ずかしいのよ」

 その時、俺の目の前――霊夢の左隣に座っていた望が俺の穴(本音)を見つけて喋った。

「お、お前!? 見えてないんじゃないのか!?」

 目隠ししたままの望に問いかける。もしかして、目で見なくても穴を見つけられるのだろうか。

「何年、お兄ちゃんの妹してると思ってる? お兄ちゃんの仕草とか言葉でわかるよ」

「恥ずかしいの? 響」

 雅がそれを聞いて俺の方に顔を近づけながら聞いて来る。

「あ、ああ……」

「何で?」

「何か、能力が進化したみたいね。いや、進化と言うより新たな使い方を思い付いたって言った方がいいかしら?」

 今度は霊夢にカミングアウトされた。

「能力ってコスプレの方?」

「っ……そうだよ」

「へぇ~、どんなの?」

「それを言うのが恥ずかしいの!」

 しつこく聞いて来る雅の脳天に本気で(もちろん、妖力補強済みでだ)拳を落とした後、望が話しかけて来る。

「で、いつ帰る? 今日、日曜日だから帰らなきゃいけないけど」

「日曜日? 土曜日じゃなかったか?」

「お兄ちゃん、1日寝てたんだよ」

 本当に『ダブルコスプレ』の使いどころは考えなければならないようだ。

「そうか……すまん。少し寄りたいところがあるから帰るのは午後で」

「寄りたいところ?」

 首を傾げながら望。『ダブルコスプレ』のせいで相当、疲労しているのだが、そのような時に寄るような場所がある事に疑問を抱いているようだ。

「ああ……リーマの所にな」

 俺の言葉を聞いて望と霊夢はハッとした。

 




隠者


正位置の意味
『理論的。器用。有能。記憶』など。

逆位置の意味
『頑固。おしゃべり。通じない。苦労性』など。


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第149話 女教皇

「いらっしゃいま……せ」

「……よう」

 リーマが営んでいる成長屋のドアを開けた俺を見た店主は絶句していた。俺もリーマの様子を見て戸惑いながらも店の中に入る。

「……何しに来たの?」

「まぁ、なんだ……男は倒した。それだけ、言いたくてね」

「あいつを? よく、殺されなかったわね」

「危なかったけどな」

 霙やタロット、そしてダブルコスプレがなければ、簡単に殺されていただろう。

「……ゴメン」

 手に持っていた花瓶をテーブルの上に置いてリーマが謝る。

「え?」

「だって……私の意志じゃないとはいえ、貴女を攻撃したわけだし」

「仕方ないだろ? 男の能力のせいだ」

「そうだけど……」

「なぁ? お前、妖怪の中でも強い方だろ?」

 確か、リグル以上アリス以下だったと思う。アリスは魔女か。

「そこら辺の妖怪よりはね」

「男の能力の容量じゃお前を使役出来なかったと思うんだけど」

「あの時は油断してたから。お客のフリをして来て」

 確かに男の能力を防御する為には強い意志が必要だ。何も対策をしていないと簡単に繋がれてしまう。

「本当にゴメン。もっと、気を付けていれば」

「だから、お前のせいじゃないって。それなら俺だって呪いにかからなきゃお前をこんな目に遭わせる事もなかったわけだし」

「う、うーん……それでもなんか気がおさまらないって言うか……そうだ。男を倒してくれたお礼に何かしなきゃね」

「え? いいよ。元々、倒さなきゃいけない相手だったから」

「なら、私の敵討ちをしてくれたお礼って事で。何がいい?」

 リーマがそう聞いて来るが急にそのような事を言われても戸惑ってしまうだけだ。

「そうだな……どうしよう?」

「私が聞いてるのよ……全く。ちょっと、スペルカード貸してみなさい」

「あ、ああ」

 制服の内ポケットに入っていた白紙のスペルをリーマに渡す。受け取ったリーマは目を閉じてスペルに力を込めた。

「はい。これでいいわ」

「これって……」

「式神、にはなりたくないけど……まぁ、たまになら呼んでもいいわ。ただし、私も店があるんだからね」

 そう言って『仮契約』と書かれたスペルを渡して来る。

「よく出来たな。雅の時は杯を交わしたのに」

「貴女には助けられたからね。そのせいで貴女と私に上下関係が生まれたみたい。今は貴女の方が上よ」

 もう一度、スペルを見る。

「わかった……大事にさせて貰うよ。まぁ、呼ぶ事は少ないと思うけどな」

「……へぇ? 仮式一体で十分だって言うの?」

 少し、イラッとした表情でリーマ。

「いや、俺には仲間が増えたからな」

 その時、店の外で霙の吠える声が聞こえた。どうやら、聞き耳を立てていたようだ。

「そう」

「もちろん、お前だって仲間だよ。困った時は助けて貰うから」

「……ええ。わかったわ」

 頷いたリーマが微笑んで手を差し伸べて来る。俺も同じように手を伸ばしてギュッと握手した。

 

 

 

 

 

 

 男を倒してから1週間が経ったある日。

「ただいまぁ」

 スキマを通って帰宅。久々にフランと弾幕ごっこをして疲れた。

「おかえりー」

 居間に入ると望が笑顔で言ってくれる。

「今日はどうだった?」

「フランと弾幕ごっこ」

「うわ、それは大変だったね。勝った?」

「何とかな。全く、途中からレミリアも乱入して来てハチャメチャになったよ」

「あ、響。おかえりなさい」

 お風呂場から雅が出て来る。どうやら、お風呂に入っていたらしい。

「おう、ただいま」

「おにーちゃん! おかえり!!」

 その後ろから霙(子犬モード。雅と一緒にお風呂に入っていたらしく、毛は濡れていた。子犬モードといっても奏楽よりでかい)の背中に乗って髪がびちゃびちゃのまま奏楽が現れた。

「あ! こら、奏楽! 裸のまま出て来たら風邪引いちゃうでしょ!」

「私にお任せください!」

 その瞬間、子犬だった霙が擬人モードに変化する。奏楽が落ちないようにちゃんと四つん這いの状態だ。

「……」

 咄嗟に俺は目を逸らす。

「あああ!? 霙! 服!」

 慌てて雅がバスタオルを霙に投げた。

「え? あ! お風呂に入る時、首輪を外してしまいました!? ご主人様! どうしましょう!!」

「とりあえず、犬に戻れ!」

「私は犬ではありません! 狼です!」

「いいから、早く服を着ろおおおおお!!」

 俺の悲鳴が家の中を木霊する。

 結局、霙は外の世界について来た。と言うより、置いて行こうとしたらのしかかってきて動けなくなってしまったのだ。そして、仕方なく、外の世界に。

 さすがに外の世界で狼の姿でいるのはまずい。でも、擬人モードでも狼の耳が目立ってしまうのでどうしようかと悩み、子犬モードを思い付いたのだ。他の人から見たら大型犬だと思うだろうけど。

 奏楽も大いに喜んでくれた。今では奏楽専用の乗り物になっている。霙も嬉しそうだからいいとしよう。

「おにーちゃん」

 望と雅が霙をお風呂場へ連れ込み、俺は奏楽(ちゃんとパジャマを着ている)の髪をドライヤーで乾かしていた。そろそろその作業も終わりそうな時、奏楽が俺を呼んだ。

「何だ?」

「どうやれば、おにーちゃんの式神になれる?」

「……は?」

「私、おにーちゃんの式神になる!」

「……いやいやいやいや!!」

 ドライヤーを切って奏楽の顔をこちらに向ける。

「今、なんて?」

「式神になる!」

「誰だ! 奏楽にそんな事、教えたの!」

『紫さんじゃない?』

 お風呂場のドア越しに望の声が聞こえた。そう言えば、紫が奏楽を小学校に送った時、奏楽が紫にそんな事を聞いていたような気がする。

「ねぇ? どうすればなれるの?」

 顔を近づけて奏楽。

「駄目。奏楽は式神にしない」

「……ぐすっ」

 奏楽はポロポロと泣き始めてしまった。

「え!? す、すまん! えっと……」

 どうしていいのかわからず、あたふたしてしまう。

「奏楽。あまり、響を困らせちゃ駄目だよ?」

 雅がお風呂場から出て来て奏楽の頭に手を乗せながら言った。

「だって……おにーちゃん、私を式神にしないって」

「それはね? 奏楽を大事にしたいからだよ?」

「え?」

「だって、私を見なよ。式神としてこき使われて……」

 雅の目から光が消えた。まぁ、仮式だから仕方ない。

「……でも、なりたい!」

「いいの? ボロ雑巾のように扱われて最後は捨てられるんだよ?」

「さすがに捨てないよ!」

「ボロ雑巾の方は否定しないの!?」

 自分で言っておいて何を言うか、この仮式は。

「おにーちゃん、駄目?」

「……はいはい」

 仕方ない。リーマと同じように繋げるだけでスペルを使わないようにしよう。白紙のスペルを取り出し、奏楽に渡す。

「これに霊力を込めてくれ」

「うん!」

 目をギュッと閉じて一生懸命、霊力をスペルに込めて奏楽がスペルを返してくれた。

「これでお前と仮契約な」

「ありがと! おにーちゃん!」

 ニコニコしながら奏楽が俺に近づいて来て――俺のほっぺにキスする。

(なっ!?)

 その途端、持っていたスペルから眩い光が放たれた。あまりの眩しさに俺は思わず、目を閉じてしまう。

「お兄ちゃん!? どうしたの!?」「ご主人様! 敵襲ですか!」

 お風呂場から慌てて二人が出て来た頃には光は弱くなっていた。しかし、俺と雅は動けずにいる。何故なら――。

 

 

 

 ――奏楽の髪が真っ白になっていたからだ。いや、それだけではない。体が大きくなっている。見た目からして望や雅ぐらい。いや、それ以上だと推測できた。服装も過去の俺が出会った時に着ていたあの真っ白なワンピースに変わっている。

 

 

 

「お兄さん? どうしたの?」

 首を傾げて奏楽が問いかけて来た。落ち着きのある声音だ。しかも、呼び方も変わっている。

「お、お前……その姿は?」

「え? あ……なんか、大きくなってる」

 今更、自分の体に起きた変化に気付く奏楽。

『きっと、響の正式な式神になったからね。奏楽の能力が響の魂との共鳴率を上げて雅や霙以上に力が強まったのね』

 吸血鬼が解説してくれる。頭の中でお礼を言っておく。

「これで私もお兄さんの式神になれたのかな?」

「え……あ、いや」

 俺の首に腕を回しながら奏楽が質問して来た。なんか、その仕草が変に大人っぽくて動けなくなってしまう。

「奏楽! お兄ちゃんを誘惑しちゃ駄目!」

「ちょっと! 私より早く式神にならないでよ! まだ、私仮式なのに!!」

「そうです! ご主人様の式神は私と雅さんだけで十分であります!」

 望、雅、霙が奏楽に向かって叫ぶが奏楽はそれを無視して俺にしがみ付いて来る。どうやら、体と口調は大人っぽくなっているが頭は子供のままらしい。

「はぁ……」

 これで俺の式神は仮式を含めて4人。力の供給量はさほどの物ではないが、今後、生き残れるのだろうか。

(まぁ、大丈夫か……)

 

 

 

 目の前に守りたい人たちがいるから俺は頑張れる。

 




女教皇


正位置の意味
『理知的。良識。変化する。見えてくる未来』など。

逆位置の意味
『感情的。わがまま。不公平。裏切り』など。



これにて東方楽曲伝第4章は完結です。
1時間後にあとがきを投稿します。
では、第5章もお楽しみに!


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第4章 あとがき

ネタバレを含みます。
なお、小説家になろう様に投稿しているあとがきを読みながら書いています。


皆さん、こんにちは。hossiflanです。

東方楽曲伝第4章、いかがだったでしょうか。かなり長い章となりましたね。

文字数的には約14万3千字らしいです。長居ですね。だいたい、ライトノベル1冊分ぐらいですかね? しかも、結構厚めの。

 

 

 

では、そろそろ解説の方に移りましょうか。

 

 

まず、第4章のテーマは『大切な物』です。

能力や仲間(式神の契約)を奪われ、自分の無力さを痛感した響さん。そんな響さんに手を差し伸べてくれる家族や仲間。

この章で大切な物を再確認し、響さんはとある覚悟を決めます。

それがどんな覚悟なのかは第5章で判明します。

 

因みに各章ごとにテーマがあります。さっき言ったように第4章は『大切な物』。

第1章は『血』。

第2章は『外の世界』。

第3章は『魂』。

こんな感じです。

 

 

 

 

さてさて、本編では響さんの命を狙う奴らが現れましたね。第3章の途中でもちょっとだけ出て来たので初登場というわけではありませんが。

とうとう響さんに明確な敵が現れたことになります。

関係を繋ぐ能力を持つ男とその主人である女の子。まだわからないことだらけですが、いずれわかりますので伏線として覚えていてください。この小説は後半で一気に伏線を回収するタイプなので回収する頃には忘れていると思いますが……。

 

 

 

そして、響さんの新しい力――『ダブルコスプレ』が登場しました。能力の内容は本編中に響さんがやってくれましたのでここでは省きますが、わからないところがありましたら感想などで私に聞いてください。

 

 

 

今回の解説として霙と桔梗について語りたいと思います。

 

 

 

・霙

 

種族は神狼です。元々、名前はなかったのですが響さんに名前を付けて貰ったことにより『水と氷を創造する程度の能力』を手に入れました。

そして、霙の特徴の一つは変身です。

最初は大きな狼の姿でしたが、式神になったことで擬人化出来るようになりました。更に力を調節して大型犬ぐらいの大きさ(奏楽が乗れるほどの大きさ。十分でかい)まで小さくなることも可能です。

狼モードになれば響さんたちを乗せて移動することも出来、最大3人まで乗れます。なお、足から冷気を放出しているので地面を凍らせられます。

擬人モードは両手が使えるので氷で武器を創って攻撃できます。

子犬モード(のちのち、響さんは犬モードと呼ぶ)では基本的に奏楽を乗せています。

性格は本編のように、天然というかアホの子です。ただ、天然なだけであって意外に頭の回転は速く、戦闘時になれば雰囲気も変わり、響さんの役に立てるでしょう。

まぁ、アホの子なので時々やらかしますが……。

 

 

 

・桔梗

 

人形です。服装はメイド。髪型は黒髪のストレートで大きさは人の肩に乗れるほどです。マスターであるキョウが好きで好きでたまらない子です。そのせいでよく暴走します。

アリスによって素材を見つけるために『物欲センサー』とその素材を武器に変えることが出来るようになりました。

そして、キョウを守りたいという強い気持ちから『自分の体を変形させる程度の能力』を得ました。

桔梗は私の中でかなり気に入っているキャラなので今後の活躍をお楽しみに!

因みに一番好きなオリキャラは雅です。少し前に開催した東方楽曲伝人気投票でぶっちぎりで一位でした。

 

 

 

補足として式神についても説明しておきますね。

第4章終了段階で雅とリーマが仮式。霙と奏楽が式神となっております。第4章で3人も増えましたね。正直、リーマを仮式にする予定はなかったのですが、第8章を書いている今は彼女を仮式にしてよかったと思っています。

奏楽は式神として召喚されると大人の姿になります。強さは第5章で。

 

 

 

それでは、次回予告に入りましょう。

 

第5章では大きく分けて2つのお話しを書く予定です。

内容は博麗の巫女に関することとあの子の封印が解けてしまいます。

サブタイトルは~Dropout Dark Girl~です。

第5章は丁度、東方楽曲伝の折り返し地点(全10章になる予定)なのでかなり重要なお話となっております。

 

 

長々とあとがきにお付き合いして頂きありがとうございました。

感想やお気に入り登録をして頂いた方々、本当に感謝感激です。私の励みなっています。これからもどうか東方楽曲伝をよろしくお願いします。

 

 

後、第4章を書き終えた時期にとある方とクロスさせていただきました。ここでそのサイトを紹介してもいいのかわからないのではっきりとは言いませんが、かなり有名な幻想入りだと思います。

『壁を越えた邂逅』と検索していただければヒットすると思いますので後は個人でご確認ください。読まなくても支障はありませんが、読んでおいた方が今後の展開で『ああ、この時の奴か』と思えるかもしれません。

 

 

 

それでは、そろそろあとがきをしめさせていただきます。

また明日から始まる第5章、よろしくお願いします。

 

 

では、お疲れ様でした!



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第5章 ~Dropout Dark Girl~
第150話 お掃除


第5章です。この章も10万字超えていますのでよろしくお願いします!


「ゲホッ……埃っぽいな」

 本に付いた埃を払いながら俺が独り言を呟いた。

「本当にすみません。手伝って貰って」

 数冊の本を抱えた阿求がすまなそうに言ってくれる。

「いやいや、いつも本を見せて貰ってるからそのお礼だよ」

 今、俺は阿求の屋敷で本の整理を手伝っていた。さすがに埃が酷いのでスキホからマスクを2つ取り出す。

「ほれ。これで埃っぽいの気にならなくなるよ」

「あ、ありがとうございます」

 俺がマスクを装着するのを見て同じように阿求もマスクを着用する。

「それにしてもすごい量だな」

 目の前に積まれた本を見て感想を漏らす。

「幻想郷の歴史など色々な本がありますので」

「ふーん……お?」

 手に持っていた本を開くとルーミアがいた。いや、ルーミアを可愛らしく絵にした物が載っていたのだ。どうやら、これは幻想郷の妖怪の詳細を書いた書物らしい。

「へぇ……ルーミアのリボンって封印する為のお札なんだ」

 知らなかった。次のページにはチルノ。その次のページにはリグルが載っている。絵の隣にはその妖怪の解説が分かりやすく書かれていた。

「あ、それ探していたんです。1週間ほど前、なくなってしまって」

「ここに紛れ込んでたみたいだな。はい」

「ありがとうございます」

 阿求に本を渡して次の本を手に取る。これは――料理の本らしい。

「なんでこんな物が……」

「あ、それも探していたんです。本当にありがとうございます」

 少し呆れながらも阿求に本を差し出す。

(えっと……これは?)

 埃を払ってもタイトルらしいタイトルが見当たらなかった。だが、かなり古い物だと言う事はわかる。阿求にどうしようか聞きたかったが料理の本を持ってどこかに行ってしまったらしく、部屋にいない。

「仕方ないか……」

 中身を見て判断するしかない。見た目は普通の本だ。パチュリーの図書館などには開くと危険な本もあるので念のため、この本に魔力など込められていないか魔眼で確認する。

(魔力はない……けどなんか変な力を感じるな)

 今まで感じた事のない力。でも、危険な雰囲気はしない。開けても大丈夫だろう。手に力を込めて本を開こうとした。

「ん?」

 だが、開かない。どれだけ力を加えても開かないのだ。

(どうするか……)

『妖力でこじ開ければいいんじゃないか?』

 物騒な事を言う狂気。まぁ、それしかあるまい。指輪に霊力、魔力、妖力、神力を込め、指輪の鉱石が黄色に光ったのを確認してから力を込めた。

「ふんっ」

 5秒ほど力を加え続けたが、本はビクともしない。

「はぁ……はぁ……」

 ここまで開かないとは何なんだ、この本は。

「あれ? 響さん、どうしたんですか?」

 部屋に戻って来た阿求が俺の息が荒くなっているのを見て問いかけて来た。

「いや、この本、開かなくて……」

「見せてください」

 素直に阿求に本を渡す。阿求が真剣な顔で本を観察する。

「これは……私の記憶によるとかなり昔に書かれた本みたいです」

「いつぐらいだ?」

「幻想郷が出来た頃、だそうです」

 確か、阿求は百数年に一度、転生していてかなり昔の記憶も持っているらしい。能力も『一度見た物を忘れない程度の能力』らしく、その能力を使って幻想郷縁起を書いているそうだ。

「そんな昔に……よく残っていたな」

「それほど大事な物だそうです」

「因みに中身は?」

「それが……何かに弾かれてしまいました」

 弾かれた?

「どういう事だ?」

「わかりません。普段通りなら本の中身も思い出せるのですが、何者かによってこの本に関しての情報にプロテクトをかけられているようで」

「今までには?」

「いえ、こんな事は……」

 少し怯えたように阿求。

(記憶にプロテクト……幻想郷に出来る人はたった一人)

「紫か」

「多分そうです。それほど知られたくない情報なのでしょうか?」

 俺と阿求が再び、本に目を向ける。俺の妖力を使っても開けられなかった本。紫の手によって封印された阿求の記憶。これだけでもこの本の中身に何か重大な事が書かれているのがわかった。

「そうだ。小鈴とかは?」

 人里の貸本屋、『鈴奈庵』で店番をしている本居 小鈴と言う少女には普通には読めない本を読む事が出来るらしい。前に店の手伝いに行った事があってその時に教えて貰ったのだ。

「……きっと、読めません。この本は開ける事すら出来ませんから妖魔本を読む事が出来る小鈴でも字すら読めない本を読む事は出来ません」

「そうか……」

 開ける事さえ出来れば、どのような内容でも小鈴に読んで貰える。じゃあ、どうやって開ける?

「……そうだ」

 望の能力、『穴を見つける程度の能力』ならもしかしたらこの本を開けられるかもしれない。

「なぁ? この本、持って帰ってもいいか?」

「え? でも……」

「大丈夫。家にこの本を開けられるかもしれない人がいるから。明日までには返すからいい?」

「……はい。わかりました。傷つけないようにしてくださいね?」

「おう」

 阿求の目の前でスキホに本を収納した。それを見て阿求も頷いてくれる。

「じゃあ、作業に戻るか」

「はい」

 それから数時間、本の事が気になりながらも俺と阿求は本の整理をした。

 

 

 

 

 

 

 

「――と言うわけなんだ」

 本をスキホから取り出し、テーブルに置きながら望に説明する。それを聞いていた望はジッと本を観察していた。

(……あ、今。目の色が薄紫色に)

 能力が発動したらしい。

「封印されてるみたい。本の中に術式があって外からじゃ開けられないようにしてる」

「やっぱり、すごいね。望の能力」

 望の隣に座っていた雅が感心したように呟いた。

「学校とかじゃテスト中に勝手に発動しちゃって困る事もあるけどね」

「おねーちゃん、すごーい!」

 霙(子犬モード)に乗っている奏楽(俺がスペルを使っていないので大人ではない。あれから一度もスペルを使っていない。少し怖いのだ)が目をキラキラさせて望を褒める。霙も雅や奏楽と同意見らしく、一度だけ鼻を鳴らした。

「で? 開け方はわかるか?」

「うーん、お兄ちゃんを助けた時に使ったキーボードがあれば……紫さんに頼みたいんだけど」

「まぁ、無理だな」

 阿求の記憶を消した張本人だし。

「いいわよ?」

 俺の右隣にいた紫がキーボードのような物を差し出して来る。

「あ、サンキュ。はい、望」

 受け取った俺はそのまま、望に手渡す。

「う、うん……ありがと」

「紫、ありがとな。これでこの本を……え?」

「ん? どうしたの?」

 隣でニコニコしている紫を凝視してしまった。

「お、お前!? いつの間に!」

「ご、ご主人様! こいつ、曲者ですか!?」

 奏楽を背負ったまま(四つん這いとも言う)擬人モードになったら霙が紫に殺気を放つ。

「あらあら。これが響の新しい式神ね」

「貴女は何者ですか!」

「ああ、霙。いいんだ。こいつは俺の上司だよ」

 そう言えば、この2人は初対面だった。

「上司……ですか?」

「前にも言ったろ? 俺は幻想郷で万屋をやってるんだ。その会社の社長が紫なんだよ」

「そ、それは失礼しました! ご主人様の上司様に失礼な事を!」

 奏楽を乗せたまま、土下座する霙。

「いいのよ。気にしないで。主人を守ろうとするその姿勢、式神の鑑だわ」

「ありがとうございます!」

 この二人、意外に相性がいいかもしれない。

「はい、お兄ちゃん。開いたよ」

「え? もうか?」

 テーブルの方に目を向けるとキーボードを紫に返す望と見た目は何も変わっていない本があった。

「見た目は変わってないけど?」

「ちゃんと封印は解けたとおもうよ。試してみて」

「お、おう……」

 何だか、緊張して来る。この場にいる全員に目配せしてからゆっくりと手を伸ばし、本を開けた。

 



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第151話 博麗の秘密

 本はいとも簡単に開いた。とりあえず、開いても魂が本に吸収されるとか悪い事は起きない。

「えっと……『博麗の歴史』?」

 歴史の教科書に出て来る資料に書かれているような流暢な字だったので読みにくかったが、どうやらこの本は博麗の巫女について書かれた書物のようだ。次のページを開くが、やはり字が読めない。文章が暗号化されているらしい。

「お兄ちゃん、貸して」

 望が俺から本を取り上げ、読み始めた。目が常に薄紫色に変化している。

「お前、体は大丈夫なのか?」

「斜め読みするから大丈夫。時間はあまりかからないよ」

 それから10分ほどして望が本を閉じた。

「やっぱり、博麗の巫女が生まれたきっかけとか巫女がして来た事、起きた異変とか書かれてるみたい。内容は詳しく読まないとわからないけど……」

「まぁ、私が阻止するわよね」

 俺の右隣で紫が扇子で口元を隠しながら言う。そのためにここに来たようだ。

「本を開けた瞬間、本を奪うわ」

「じゃあ、返します。ちゃんと阿求さんの所に戻してくださいね」

 素直に望が紫に本を返した。

「はいはい」

 少し面倒くさそうに紫が本を受け取り、スキマに潜り込んで消える。居間を支配していた圧迫感も同時に消滅した。

「はぁ……疲れた」

 とにかく、本の中身はわかった。内容も気になるが仕方あるまい。

「お兄ちゃん……ちょっといい?」

 お風呂に入ろうかと席を立った俺を呼びとめる望。その表情は少しだけ困惑しているようだった。

「どうした?」

 座り直して問いかける。

「さっきの本に書かれてたんだけど……博麗の巫女って2種類いるんだって」

「2種類?」

「うん。普通に博麗の巫女が産んだ娘が次の巫女になるパターンと……外から連れて来るパターン」

「外って……外の世界か?」

 まさか、幻想郷を包んでいる博麗大結界を管理する博麗の巫女が元々、外の世界の住人だったかもしれないなんて信じられなかった。

「そう書いてあったよ? まぁ、外の世界から来る巫女は少ないらしいけど」

「外の世界から幻想郷に行きたいって言う人は少ないだろうしな」

「それに博麗の巫女になれる可能性のある人ってあんまりいないみたい」

 それは霊夢を見ていればわかる。まだ、あいつに弾幕ごっこで勝った試しがない。

「私、そこが気になったから他の場所より注意深く読んでみたんだけど……」

 何故か、望はそこで言葉を区切ってしまった。

「どうした?」

 

 

 

「……霊夢さんが外の世界から来た巫女みたいなの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺には幼なじみがいる。もちろん、悟もそうだがもう一人いた。

 名前は……忘れた。幻想郷に行った頃と同じ時期なので記憶が曖昧なのだ。

 その子は俺と悟と一緒に毎日、遊んでいた。砂遊びをしてドロドロになったり、戦いごっこをしてボロボロになったり。

 でも、その子は俺たちが小学校に上がる頃に引っ越してしまった。親の転勤が理由だ。

 俺たちは泣いて別れを惜しんだ。

 その子が引っ越す日、俺と悟で自分の宝物をその子にプレゼントした。確か、俺は青いリボン(その頃から俺の髪型はポニーテールだった)で悟は恐竜の人形だった。

 その子からも宝物を貰った。俺には可愛い髪留め。悟には可愛らしい着せ替え人形。

 それから数年後。俺はその子の事を忘れていた。髪留めもすぐに壊れてしまったし、何より記憶が曖昧なので思い出すきっかけがなければずっと忘れていただろう。

 そう、きっかけがあれば思い出すのだ。

 そのきっかけは望から霊夢について聞いた翌日、突然訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 大学の講義中。教授の話す事が左耳から右耳へと流れて行く。

(霊夢は元々、外の世界の人間……)

 昨日、望ははっきりとそう言った。あいつの能力からして本当の事なのだろう。でも、俺は信じられなかった。

「おい? どうした、響?」

 隣に座っていた悟が声をかけてくる。

「色々、あってな」

 さすがに霊夢について考えているとは言えず、言葉を濁した。

「お前が悩んでるなんて珍しいな?」

「悩んでるって言うよりも信じるかどうか考えてるって感じ」

「ふーん……ああ、そうだ。今日の講義って午前までだよな?」

 悟の言葉を聞いて頭の中にスケジュール表を思い浮かべて確認する。悟の言う通り、今聞いている講義が今日、最後の講義だった。

「ああ、そうだけど……」

「会わせたい人がいるんだ。ついて来てくれよ」

(会わせたい人?)

 よくわからなかったが、幼なじみの頼みなのでしぶしぶ、頷く。

 

 

 

 

「誰なんだ? 会わせたい奴って?」

 講義も無事に終わり、悟に連れられてやって来たのは大学の食堂だった。いつもはお弁当持参なのだが、今日は午前だけだったので持って来ていない。お金を使うのは勿体ないが、お腹も空いているので(それに悟が言うには『会わせたい人と食事するとの事で一人だけ食べないのは失礼だ』とのこと)仕方なく食堂で食べる事にしたのだ。

「もうすぐわかるよ。えっと……あ、いたいた」

 悟がスタスタと歩いて行く。それについて行くと女の子がいた。

「あ、れ? あの時の?」

 見覚えがあった。確か、4月に大学に書類を提出しに来た時にサークルに無理矢理入れられそうになっていた所を助けた女の子だ。

「あ、覚えていてくれましたか? あの時は本当にありがとうございました」

 席を立って女の子がペコリとお辞儀しながらお礼を言って来る。

「い、いや……まぁ、無事でよかったよ」

 まさか、お礼を言われるとは思わなかったので戸惑いながらも何とか対応した。

「響……思い出さないか?」

「え?」

 突然、悟が変な事を言う。何を思い出せと言うのだろう。『ちゃんと見ろ』、と悟が目で言ったので女の子を観察する。

「……あ」

 そう言えば、4月より髪が長くなっていた。そして、“青い”リボンで後ろを括っている。まだ、長さが足りないので俺のようなポニーテールではない。

(青いリボン……)

 しかし、今は髪型よりも女の子が付けているリボンが気になる。どこかで見た事があるような気がしたのだ。

「もしかして……怜奈?」

 ふと、思い浮かんだ名前で女の子を呼んだ。

「……うん。久しぶり、響ちゃん」

 再び、幼なじみ3人が揃った瞬間である。

 

 

 

 

 

 

「何で教えてくれなかったんだよ?」

 カレーを口に運びながら俺は幼なじみ二人に文句を言い放つ。

「俺も最初は気付かなかったんだよ……でも、1週間前に怜奈が話しかけて来て教えてくれてさ」

「だって、二人とも気付かないんだもん」

 頬を膨らませて怜奈。その仕草は昔、彼女が拗ねた時によくやっていた。懐かしい。

「そりゃ、長かった髪をそんなに切ったらわかるもんもわからねーよ。色も黒から茶色に染めてるし」

 昔の怜奈は黒髪のストレートだったのだ。別れてから10年以上経っているのも気付かなかった理由である。

「……まぁ、ね」

 だが、俺の言葉を聞いて目を伏せる怜奈。何だか、寂しそうに見えた。

「どうした?」

「あ、ううん。何でもない。ねぇ? カレー、一口貰っていい?」

「おう」

 スプーンにカレーとご飯を乗せて、怜奈に向けて差し出す。しかし、何故かそれを見て悟が溜息を吐く。

「え?」

 怜奈もキョトンしている。

「ほれ」

 カレーが落ちない程度にスプーンを振って食べるように指示した。

「……頂きます」

 少しだけ顔を紅くして怜奈がカレーを食べる。何故か、周りで皿が割れる音が連発した。

「美味いか?」

「う、うん。この大学の食堂って美味しいよね」

「だな。今日、初めて食べたけど普通に美味い」

 再び、カレーを口に運ぶ。やはり、美味い。どうやれば、これほどまで美味く作れるのだろうか。

「あ、そうだ。携帯番号、交換しない?」

 いち早く日替わり定食を食べ終えた怜奈が携帯を手に提案して来る。

「いいよ。ちょっと待ってね」

 ポケットに突っ込んでいた携帯を取り出したが、間違えてスキホを出してしまった。

「……随分、古い携帯だね」

 一瞬だけ目を鋭くした怜奈だったが、すぐに普段通りの顔に戻る。

「いや、これは仕事用だよ」

 その顔に少しだけ違和感を覚えたが、質問するのも変なのですぐにスキホを仕舞い、真新しいスマホをテーブルの上に置く。

「仕事?」

「響、今仕事してるんだよ」

「何かあったの?」

 深刻そうな表情で怜奈が質問して来る。

「色々あってな。まぁ、今度話すよ」

 赤外線でお互いの電話番号とメアドを交換し、今日の所は解散となった。

 



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第152話 久しぶりの遊び

「え? 週末?」

 幻想郷から帰って来て飯などを済ませ、そろそろ寝ようかと思った時、突然携帯が鳴った。誰だろうと疑問に思いながら電話に出ると何と、怜奈だった。内容は次の通りである。

『うん。悟君からの誘いでね。久しぶりに3人で遊ばないかって』

 怜奈と再会してから早3日。メールで何回かやり取りしたが、怜奈から電話は初めてだった。

「週末ね……ちょっと、待ってな」

 急いでスキホを取り出し、依頼がないか確認する。

「あー、すまん。仕事があるな」

『どれくらいで終わりそう?』

「そうだな……依頼が4件だから、朝から働けば午後3時くらいには」

『依頼? 仕事って探偵とか?』

 因みに俺の家に起きた事は説明済みだ。話を聞いた怜奈は何故か、泣いてしまい宥めるのに苦労した。

「まぁ、そんな所かな?」

『大変だね……手伝える事とかある?』

「いや、結構危ない仕事だから」

 依頼の途中で襲って来る妖怪とか、紫とか。

『大丈夫なの?』

 心配そうな声で怜奈。

「ああ、これでも体は丈夫だからな」

 なんせ、腕を切り落とされてもくっ付ければ治るのだから。

『……わかった。じゃあ、週末の仕事が終わったらメール頂戴』

「え?」

『悟君がね? 響は仕事があるから、響の時間に合わせようって』

「あいつは本当に……」

 溜息を吐いているが少し、嬉しかった。

「わかった。仕事が終わり次第、メールするよ」

『うん。待ってるね』

「じゃあ、おやすみ」

『おやすみー』

 電話代が勿体ないのですぐに電話を切り、布団に潜り込む。今から週末が楽しみだった。

 

 

 

 

 

「望隊長! 霙隊員の情報によると何やら、響がデートの約束をしている模様です!」

 響の家。望、雅、霙の3人(奏楽もいるのだが夜も遅いので首がカクカクしている。限界だ)は居間で会議を開いていた。

「ふむ……霙隊員、詳細をお願い」

 本来、雅と霙は響とスペルカードで繋がっており、お互いの了承が取れれば、響が聞いた事や雅が見た事、霙が感じた事など意識を共有する事が出来る。

 だが、今は雅も霙も回線を切断しているので響に聞かれる心配はない。

「了解であります! 私がご主人様の部屋の前を通った時の事です。何やら親しげに電話をするご主人様の声が聞こえたのであります」

「相手は? 悟さんじゃなかったの?」

「それが……私の耳は人より優れておりまして、電話の内容まではわかりませんでしたが、電話の相手は女性だったのであります」

「「な、何だって……」」

 望と雅が同時に目を見開く。

 今まで、響は友達と遊ぶ事などなかった。悟は例外である。

 そんな響が初めての友達と遊ぶ約束。ましてや、相手は女性。

「お、お兄ちゃんの恋人っ!?」

「ど、どうするの!? 望!」

 雅には響に恋人がいると困る理由があった。外の世界の住人は妖怪の存在を知らないし、信じていない。きっと、その恋人も同じだろう。そこでもし、響に妖怪の式神がいる事がバレたらどうなる? 恋人に嫌われたくない響が雅を捨てるかもしれない。それだけは避けたかったのだ。

「そうね……」

 望にも理由があるのだが、まぁ、言わなくても見ればわかるだろう。

「尾行しましょう」

「「……そうだね(ですね)」」

 望の一言に頷く響の仮式と式神。もちろん、デートを阻止する事が目的であるが、響が選んだ相手を見てみたかったのだ。

「霙ちゃん! デートの日は!?」

「週末であります! どうやら、ご主人様が仕事をしてる事を知っているようでご主人様の仕事が終わった後、でーとをするらしいであります!!」

「よし! 雅ちゃんと霙ちゃんはお兄ちゃんのスペルを通して監視! 動きがあった際、私に連絡する事! その後は私の能力を使ってお兄ちゃんを尾行し、恋人を確認。そして、壊す!」

「「了解であります!!」」

 その夜、居間から3人の女の子の不気味な笑い声が聞こえたらしい。

 

 

 

 

 

 

「全く……奏楽も式神になった事ぐらい覚えておけよ」

 ターゲットである俺に丸聞こえじゃ意味がない。

『むにゃ……おにーちゃん。もう、いい?』

 頭の中で眠たそうに奏楽。居間に望たちが集まっているのが気になり(しかも、その後すぐに回線を切ったのも理由だ)、こっそり奏楽に頼んで居間の状況を確認させて貰ったのだ。

(全く……)

 俺が恋人なんか作るわけがない。今は仕事しなきゃ暮らしていけないし、好きと言う感情は今まで持った事がないのだ。

「……」

 何だろう。一瞬、何かが頭に浮かんだような気がする。

「気のせいか……」

 とりあえず、俺を罠にはめようとする身内をどうするか考えながら寝る事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 問題の週末。私は居間でじっとその時を待っていた。

「望おねーちゃん? どうしたの?」

 奏楽ちゃんが上目使いで質問して来る。

「奏楽ちゃん。これから大事な戦いが始まるの」

「たたかい?」

 首を傾げて奏楽ちゃんは更に問いかけて来た。詳しく話そうとした時、私の携帯が震える。

「来た!」

 急いで携帯を取り、通話ボタンを押す。

『こちら、雅。響がこっちに帰って来た模様』

 因みにお兄ちゃんからは『今日は遅くなる』と聞いている。

(やっぱり……デート!)

 雅ちゃんからの電話を切り、次に霙ちゃんに電話を掛けた。

「霙ちゃん! お兄ちゃん、こっちの世界に帰って来た! 匂いで居場所を教えて!」

『了解であります!』

 そう言って霙ちゃんが3回、匂いを嗅ぐ。見えてはいないが音でわかった。

『いました! 繁華街と呼ばれる方向です!』

「了解! 雅ちゃんに連絡してから駅前に集合!」

『了解であります!』

 すぐに電話を切り、奏楽ちゃんの方を向く。

「奏楽ちゃん! 出かけるよ!」

「え? どこに?」

「お兄ちゃんの所!」

「? わかった! 準備して来るね!」

 とてとてと可愛らしく2階へ向かう奏楽ちゃん。出かける為の準備をするのだろう。

「私も急がなきゃ!」

 そう言って準備しておいた服に着替え始める。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ? 響ちゃん」

「ああ、知ってる」

 午後4時。繁華街を歩く俺、悟、怜奈。どこに行こうか相談しながら歩いていたのだが、後ろから奇妙な視線を感じたのだろう。怜奈が俺を呼ぶ。まぁ、犯人は知っているんだが。

「あれ、電話? 師匠からだ」

 突然、悟の携帯が鳴り響く。相手は犯人かららしい。

「悟。少しいいか?」

 怜奈を挟んで歩いていたので顔を少しだけ前にずらし、悟の顔を見ながら呼びかける。

「え?」

「望の質問には『偶然だ』で対応しろ」

「? いいけど……」

 首を傾げながらも悟は電話に出る。

「怜奈、少しの間だけ俺の後ろを歩いてくれ」

「ん? どうしてかはわからないけどいいよ」

 怜奈が俺の指示通り、俺の後ろに移動した。これで後ろにいる身内から俺の姿は見えにくくなっただろう(怜奈は意外に背が高く、俺と同じくらいなのだ)。悟の携帯に耳を近づけてもばれない。

「もしもし? 師匠、どうしたの?」

『どうしたも何もありません! どうして、悟さんがいるんですか!?』

「ぐ、偶然だ」

『偶然だ!? 何で空気を読まないんですか! バカなんですか! 死ぬんですか!? 偶然が許される事はランダム性の高い弾幕を避けられなかった時だけなんですよ! いいですか? 早く、その場を離れてくださいね!!』

 ブチッ、と強引に電話が切られる。

「……なぁ、響?」

「お前の思ってる通りだ。ただのバカなんだよ。俺の家族は……」

 溜息、一つ。怜奈に『隣に戻って良い』と言ってから後ろの3人と1匹をどうするか考える。

(……丁度いい機会か)

「悟、怜奈。走るぞ」

「はいはい」「え? 何で?」

「いいから!」

 俺が怜奈の右手を悟が怜奈の左手を掴んで走り始めた。後ろから望、雅、霙(子犬)、それに乗った奏楽が付いて来る。何度も角を曲がって撒こうとするが、霙の嗅覚があるので撒けない。

(それは想定内……なら!)

「いいか? 次の角を曲がった瞬間、180度回転。その後、来た道を戻る!」

「「了解!!」」

 いつしか、悟だけでなく怜奈も笑顔だった。何だか、こうやっていると昔を思い出す。3人で遊んでいた時を――。

「悟!」

 角を曲がった瞬間、悟の名を呼ぶ。これだけで俺の言いたい事は伝わる。

「おう!」

 俺の読み通り、悟が頷き怜奈の手を両手で掴んで踏ん張った。悟を中心に、俺と怜奈が円を描くような軌道を描き、180度回転。先ほど曲がった角を再び、曲がる。それと同時に俺は怜奈の手を離し、一気にスピードを上げた。

「「え!?」」「キャンッ!?」「おにーちゃん!」

 目の前には俺たちを見て驚愕する望、雅、霙。何故か、奏楽だけはわかっていたようで笑顔だった。

「人を尾行するんじゃありません!!」

「ふぎゅっ!」

 俺はそう叫びながらジャンプし、飛び蹴りを放つ。俺の靴底は雅の顔面に突き刺さり、後方に吹き飛ばした。

 



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第153話 昔話

「きょ、響ちゃん!? それはまずいんじゃ!?」

 雅が道路の真ん中で伸びているのを見て怜奈が叫んだ。

「いいんだよ。ほら、お前ら! 謝れ!」

「うぅ……ごめんなさい」「くぅん」「ごめんなさい!」

 望は申し訳なさそうに、霙は一礼して、奏楽は笑顔で、雅は伸びていた。

「全く……」

 再び、溜息を吐いて後ろを振り返る。そこには望たちを見てニヤニヤしている悟と困惑している怜奈がいた。

「紹介するよ。こいつが妹の望。色々あって一緒に住む事になった奏楽。奏楽を乗せてるのが飼い犬の霙。あそこで倒れてるのが居候の雅」

 俺が紹介するとそれぞれが怜奈に挨拶する。もちろん、雅は伸びていた。

 因みに悟も霙の擬人モードは見た事ない。説明が面倒だからだ。

「あ、響ちゃんの家族だったの。てっきり、響ちゃんのファンが私を排除しようとしてるのかと……」

 ホッと胸を撫で下ろしている怜奈。

「は? まぁ、いいか。で、こっちが……怜奈だ」

 咄嗟に苗字が思い出せず、下の名前を紹介する。

「よろしくお願いします」

 怜奈もぺこりとお辞儀をした。

「響は師匠たちが付いて来てるの知ってたんだな」

「え!? そうなの、お兄ちゃん!?」

「まぁ、な。奏楽、ありがとな」

 そう言いながら奏楽の頭を撫でる。

「えへへ」

 嬉しそうな奏楽。本当に助かった。

「あ、そうか……」

 やっと、奏楽も俺の式神になった事を思い出したのか望がハッとする。

「言っておくが、俺には恋人は愚か、好きな人もいないから」

「本当に全部、知ってたんだね……」

 望と霙が同時に溜息を吐く(まぁ、霙はそのような仕草をしただけだが)。

「怜奈さん。本当にごめんなさい」

「いいの。お兄ちゃんの事が心配だったのね」

「え? あ、そ、そうなんです」

 何故か、戸惑いながら答える義妹。

「なるほどね……」

 それを見て悟は何かわかったようだが、俺にはさっぱりだった。

「因みに……怜奈さんはお兄ちゃんとはどのような関係で?」

「怜奈は俺たちの幼なじみなんだよ」

「お、幼なじみ!?」

 目を丸くしながら望が驚く。

「確か、お兄ちゃんの幼なじみって悟さんだけじゃなかったっけ?」

「少し前まで忘れてたんだよ……」

 俺は望の目を見る。一瞬、望の目が薄紫色に変わった。過去の記憶が曖昧になっていたからだと理解してくれたのだろう。

「そっか……それじゃ帰るね。私たちの事はいいから楽しんで来てね!」

「バイバーイ!」

 尾行はもういいらしく、望たちはそう言って踵を返す。

「あ! 待って!」

 だが、望たちを止めた怜奈。

「その、私が引っ越してから響ちゃんたちがどんな感じだったのか気になったから……よかったら、話してくれる?」

「え? あ、はい!」

 突然のお願いに呆けた望だったが笑顔で承諾する。

「なら、立ち話もなんだからどっか店に入るか? もちろん、犬も入れる店な」

 悟が霙の頭を撫でながら提案した。

「ああ、そうだな。携帯で検索すればわかるだろうし行くか」

 そうと決まれば早い。それぞれの携帯で店を調べて犬も入れる店を見つける。さすがに雅を置いて行くわけにもいかないので俺が背負ってその店に向かった。

 

「――響ちゃん、本当に大変だったんだね」

 涙目の怜奈が俺の両手を握って言う。

「いや、楽しかったからいいよ」

 望が俺と出会ってから今までにあったこと(もちろん、幻想郷については内緒だ)を怜奈に話した。するとまた泣きそうになってしまったのだ。

「俺も吃驚したよ。響の母親が失踪したと思ったら、雅ちゃんを住まわせたと思ったら、奏楽ちゃんを拾って来たと思ったら、霙を飼い始めたんだから」

「俺自身、驚いてるよ……」

 まさか、俺が幻想郷に行ってから1年も経たずに生活がここまで変化するとは思っていなかった。霙が来てから約2か月。今は6月なのでもう少しで幻想郷に行ってから1年だ。

(早かったな……この1年)

 去年の夏に幻想郷に行った。その後、雅と戦って仮式にした。冬には暴走する奏楽と戦って、2か月前は能力に目覚めた望に助けられ、俺の初めての式神である霙と共に『関係を繋ぐ程度の能力』を持つ男と戦った。

(本当に色々あったなぁ……)

 やはり、これらの原点は幻想郷にある。幻想郷に行ったことで気付いた俺の能力。そして、その能力から生まれたコスプレや指輪。仮式や式神。この1年で俺は相当、強くなったと思う。

「響ちゃん?」

「え? あ、何でもないよ」

 少し自分の世界に入り込み過ぎてしまったようだ。

「あ、そう言えばこの前、響ちゃんが持ってた携帯見せて欲しいんだけど……」

「携帯? いいよ」

 そう言って俺は自分の携帯を取り出した。

「そっちじゃなくて古い方」

「?」

 どうして、スキホなんか見たいのだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かぶが断る理由もないのでスキホを出して怜奈に渡した。

「……うん。ありがとう」

 数秒間、スキホをジッと見ていた怜奈だったがすぐにスキホを返してくれる。

「……」

 その様子を見ていた望が少しだけ目を細めた。

「私の話はこれで終わりです。今度は怜奈さんの話を聞きたいです!」

 だが、すぐに怜奈に話を振る。

(何かに気付いたけどここじゃ言えないってことか……)

「え? 私の話?」

「はい! 悟さんにも何度か聞いたのですが、怜奈さんからも聞きたいんですよ! 昔のお兄ちゃんのこと!」

「あ、私も聞きたい!」

 望の提案に乗っかる雅。

「そ、そうだなぁ……私が最初に会ったのって悟君だよね?」

「ああ、そうだったな」

「「ええ!?」」

 怜奈の発言に頷く悟を見て驚愕する望と雅。

「そんなに驚くことか?」

 俺からしたら二人の反応に吃驚した。

「だって、てっきりお兄ちゃんが泣いてる怜奈さんを助けて仲良くなったのかと」

「何で私、泣いてる設定なの!?」

「確かあの時は……俺が泣いてたな」

「ええ!?」

 悟のカミングアウトに再び雅が驚く。

「どうしてそんな状況に!?」

「あの時、響も一緒だったんだけど突然、響がいなくなってて怖くなって泣いちゃったんだ」

「兄を溺愛する妹かっ!」

 雅がズバッとツッコミを入れる。

「ちょっと! 私、お兄ちゃんがいなくなっても……泣いちゃうなぁ」

 反射的に抗議しようとした望だったが、残念ながら不発に終わった。

『ねぇ? 今の話ってホントなの?』

 いきなり、吸血鬼が話しかけて来て吃驚した。何とか、表情に出さずに済んだ。

(俺は覚えてないけど……二人が言うんだからそうなんだろ?)

『確か、過去のキョウが幻想郷に行った時も悟とボール遊びしてなかったか?』

 すかさず、狂気が意見した。

(……確かにそうだな)

『悟からしたらキョウが突然いなくなったように思うじゃろうな』

 つまり、こいつらは悟と怜奈が出会ったほんの少し前に俺は幻想郷に行ったということになる。

「で、怜奈と一緒に響を探して神社で見つけたんだよな?」

「ああ! そうだった! 響ちゃん、呆けてたよね」

「懐かしいなぁ……でも、あの時の響、少しおかしかったな」

「詳しく頼む!」

 俺は立ち上がって悟に詰め寄る。

「お、落ち着けって! そうだな……雰囲気とか髪型とか?」

「髪型?」

「ああ、響って昔は髪、ポニーテールじゃなかったろ?」

 確か、幻想郷に行く前の俺は髪を結んでいなかったと思う。あの頃は肩より少し長いくらいだったからだ。それでも普通の男の子より長めだったのだが、散髪屋に連れて行ってくれる人がいなかったのでずっと放置していた。

「でも、神社にいた響はポニーテールだったんだよ。髪も伸びていたし」

「そうだったの? てっきり、響ちゃんの髪ってあれぐらいなのかと」

 悟の言葉が意外だったようで怜奈がそう呟いた。しかし、俺はそれを無視して考える。

(確かに今まで見てきた過去の俺は髪を結んでいない。つまり、これから過去の俺が髪を結ぶ何かがあるんだろう……)

「まぁ、とにかくその神社で響を見つけたのが俺たち3人の出会いだ」

 そうやって悟が手短に話を切り上げる。

 だが、その後のことは俺も覚えていた。

 俺を見つけた悟が俺に飛びつき、号泣。それを俺と怜奈が宥めて何とか泣き止ませたのだ。それから怜奈に悟のことで迷惑かけたと謝ったが、怜奈も楽しかったと言ってくれた。次の日。俺と悟が公園に行ったら怜奈が待っていた。そして、怜奈はこう言ったのだ。

 

 

 

『私とお友達になってください!』

 

 

 

 俺も悟も断る理由もないし、逆に『仲良くなりたい』と話し合っていたぐらいだ。

 こうして、俺たちは一緒に遊ぶ仲になったのだ。

「へぇ……」

 思い出すのをやめた時、こちらを見ながら雅がニヤリと笑う。

「あ」

 雅たちとは遠く離れていても会話できるし、見たものや聞いたことを伝えることも可能だ。しかし、さすがに考えていることについては切断した。お互いに考えていることが筒抜けになるのは恥ずかしかったからだ。

 まぁ、回線を繋げば、考えていることも伝えられるのだ。

 俺も普段、考えていることは伝わらないように気を付けているのだが、考え事していると雅たちに伝わってしまうらしい。

 今も過去のことを思い出していて呆けていたので雅に思い出が伝わってしまったようだ。

(悟……すまん)

 俺が心の中で謝る。

 それからはお喋りして楽しい時間を過ごし、解散となった。

 



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第154話 響の一日

「響! 弾幕ごっこだ!」

「今は仕事中だから後でな!!」

 後ろからルーミアが弾幕を放って来た。それに対抗して魔眼を使って弾の軌道を読み、回避し続ける。手に持っているお届け物(お酒)を傷つけないようにするのが大変だ。

「戦えー!」

「後でって言ってるだろ!」

 何だか、最近のルーミアは好戦的だ。時刻は午後3時。普段なら寝惚けていたり、やる気がないはずなのに今は意識をはっきりしている。それに力も夜の時と同じくらいだ。

「喰らえっ! 闇符『ディマーケイション』!!」

「うおおおっ!? 神箱『ゴッドキューブ』!」

 さすがにスペルは避け切れず、仕方なくこちらもスペルを使用する。俺を囲むように神力で創造された箱が出現し、弾幕を全て弾き飛ばした。

「むぅっ! 月符『ムーンライトレイ』!」

 防がれたのが気に入らないのか再び、スペルを宣言。

(レーザーはさすがに『神箱』じゃ防ぎ切れない!)

 お酒をスキホに仕舞い、スペルを2枚、指に挟む。

「拳術『ショットガンフォース』! 飛拳『インパクトジェット』!!」

 連続でスペルを唱え、一気にルーミアに接近する。

「くっ……」

 レーザーが頬を掠り、鋭い痛みが俺を襲う。一瞬だけバランスを崩したが無理矢理、空中で姿勢を立て直し、ルーミアの懐に潜り込む。

「いい加減にしろっ! 神拍『神様の拍手』!」

 『拳術』の効果が切れると同時に両手を巨大化させる。それを見てルーミアは回避しようとするが、間に合わず俺の両手に潰された。

「お、覚えてろー!」

 落ちて行くルーミアが悔しそうにそう、叫ぶ。そのまま、森の中に消えた。

「……ふぅ」

 何だが、ルーミアの力が大きくなっているような気がする。

(まぁ、いいか……)

 そろそろ、満月だ。そのせいでルーミアの力が増幅しているのだろう。

 依頼の途中だった事を思い出し、慌てて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「ふーん……そんな事がね」

 白玉楼の縁側で幽々子がお饅頭を食べながら頷く。先ほど、覚えた違和感を話したのだ。

「まぁ、考え過ぎだと思うけどね」

 俺も庭を見ながら饅頭を一口、齧る。甘くて美味しい。

「はぁ……はぁ……」

 庭では妖夢が息を荒くしてこちらを睨んでいる。

「集中しろー。霊力がぶれてるぞ」

「は、はい!」

 刀を構えて目を閉じる妖夢。普段の二刀流ではなく長い方の刀を両手で持っている。

「お願いします!」

 神経を刀に集中しているのか目を閉じたまま、妖夢が合図を送った。

「行くぞー。今回は50だ」

 お茶を啜りながら指輪に地力を込める。鉱石が青に変わった刹那、妖夢に向かって小さな雷弾が連続で射出された。それを妖夢が次々と刀で弾く。それを見ながら1つ目の饅頭を食べ終え、次の饅頭に手を伸ばす。

「あれ?」

 しかし、皿にはたくさんあったはずの饅頭が一つもない。

「あら、もうなくなっちゃったみたいね」

「お前、喰い過ぎ」

「あまりにも美味しくて。これじゃ太っちゃうわね」

「幽霊がよく言うよ」

 呆れながらも幽々子から目を離し、妖夢の方に目を向けた。やはり、まだインパクトのタイミングが早い。

「もう少し、遅くだ」

「はい……あっ」

 返事をした妖夢だったが、今度は遅すぎて刀が妖夢の手から弾かれてしまう。

「全く……」

 雷弾が妖夢を襲う前に全ての弾を消す。ギリギリ間に合ったようで妖夢の体には傷一つ付いていなかった。

「今日はここまでだな。集中力も切れただろ?」

「うぅ……まさか、インパクトがここまで難しいなんて」

 前に妖夢との戦闘で『拳術』を完成させた時、妖夢に『その技を教えてくれ』と頼まれた。あれから1週間に2回ぐらいのペースでこのように修行を付けている(小町にも鎌の使い方を教えなければならないので毎日は出来ないのだ)。

 でも、魔眼を持たない妖夢には難しいようで行き詰っていた。俺も魔眼がなければ出来なかっただろう。

「どうすれば、出来るようになるのでしょうか?」

 汗を袖で拭いながら妖夢が質問して来た。

「俺だって感覚でやってるからわかんないよ。お前らが空を当たり前のように飛ぶのと同じだ。だから、こうやって手探りでコツを見つけなきゃならないんだよ」

 妖夢の場合、拳ではなく刀で修行しているので霊力を得物に纏わせなければならず、コントロールが拳よりも難しいのだ。

「確かに『どうやって空を飛んでいますか?』って質問されても困っちゃうものね」

 幽々子がコロコロと笑いながらそう付け足した。

「はぁ……では、荒れた庭を綺麗にして来ます」

 刀で弾いた雷弾が地面を抉ったり、植えている木を傷つけたりと後片付けが大変そうだ。まぁ、木などはリーマに頼んで苗の状態から成長させれば楽なのだが意外に金がかかる。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「ええ。また、よろしくね」

「……それは妖夢の稽古をか? それとも、お菓子?」

 今日のお饅頭は俺が持って来たのだ。

「さて、どうでしょうね?」

「はいはい……安かったら買って来るよ」

(特売だったから土産に持って来ようなんて思わなければよかった。今更、後悔しても遅いけど……)

 溜息を漏らした後、スキホにゴミを収納し、スキマを通って博麗神社に向かった。

 

 

 

 

 

 

「だから! どうしてこんな遠いコンビニ来るんだよ!」

「私が来たかったからだ」

「はぁ……」

 博麗神社でお茶を飲んだ後、外の世界でバイトだ。そして、いつも通り望の同級生の築嶋さんとバイトの後輩である柊が喧嘩中である。

「本当にお前ら、飽きないな……」

「だって、望が!」「だって、りゅうきが」

「はいはい……」

 毎回、同じようなやり取りを見ていてこっちも飽き飽きだ。しかも、築嶋さんも何故か、人が一人もいない時にやって来る。

「頼むから来ないでくれ」

「お客様にそんな口の聞き方でいいのか?」

「生憎、何も買って行かない人はお客様ではございません。どうぞ、あちらのドアから出て行ってください」

「あ、望のお兄さん。あんまん、一つ」

「はーい」

 この流れも何度目だろう。慣れた手付きで俺は築嶋さんにあんまんを手渡した。お代を貰い、レジに打ちこむ。

「これで私はお客様だ」

「くっ……」

 悔しそうな表情を浮かべる柊を見てニヤリと笑う築嶋さん。それを見て俺は溜息を吐いてからあんまんを補充する為にレジを離れた。

「……」

 その瞬間、築嶋さんが鋭い目つきで俺を観察する。これも何度目だろう。

(やっぱり、築嶋さんもこっち側(能力者)か……)

 俺の中に流れている力を視ようとしている気配がする。まぁ、俺も何度か築嶋さんの力を視ようとしたが、力の種類が俺とは違うらしくよくわからなかった。

「……じゃあ、またなりゅうき。望のお兄さんも」

 それは築嶋さんも同じようで少しだけ訝しげな表情を浮かべた後、あんまんを食べながら出て行く。

「早く、帰れ」

「おーう」

 俺たちは力なく返事し、仕事に戻った。

(でも、柊も築嶋さんと同じ力を持ってるんだよな……)

 こちらは本人すら自覚していないけど。やはり、外の世界でも能力を持った人はいるらしい。

「じゃあ、やっぱり、霊夢も?」

「ん? 何か言った?」

 俺の独り言が聞かれてしまったのか柊が首を傾げて問いかけて来る。

「……なぁ? お前って幽霊、信じるか?」

「はぁ? 何を急に」

「いや、何でもない」

「……信じるも信じないもないな」

 頭を掻きながら柊。俺が何故、質問したかわからないが答えていると言った感じだ。

「何で?」

「根拠がないから。幽霊がいるって言う根拠も。いないって言う根拠も」

 意外にこいつは考えているのかもしれない。

「もし、いるって根拠が出来たら?」

「そりゃ、信じるよ。超能力だって信じるし宇宙人の存在も認める」

「結構、サッパリしてるんだね」

 もし、自分の力を自覚しても精神は壊されないだろう。自分に異能の力があればほとんどの人が怯えるはずだ。酷い人は自殺すると紫が言っていた。

「無駄に生きてないからな」

 そう言った柊の顔は少しだけ寂しそうだった。

 

 

 

 人生、何があるかわからない。去年の夏までは俺だって幽霊など信じていなかった。だが、幻想郷を知ってから考え方は変わった。幽霊だっているし、超能力者もいる。ましてや、宇宙から来た薬剤師や兎までいるのだ。今の俺なら何が起きても簡単に吃驚しないだろう。

 

 

 

 だが、その確信もすぐに嘘だとわかる。

 



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第155話 正体

 怜奈と再会して2週間ほど経った。

 今日のバイトも終わり、暗い夜道を肉まん片手に歩いていた。

「ん?」

 丁度、肉まんを食べ終えた時、前に見覚えのある青いリボンが揺れているのを発見する。

「怜奈?」

「え? あ、響ちゃん……」

 俺の声が聞こえたのかすぐにこちらに振り返った怜奈。

「どうしたんだ? こんな夜遅くに?」

「あ、いや……少し買い物を」

「その割には何も持ってないけど?」

 今から行くにしても怜奈が向かっていた先にはヒマワリ神社がある山だ。あのような場所に店などないと思うが。

「い、いや……」

 怜奈が冷や汗を流しながら必死に何かを誤魔化そうとしているのがわかった。

「……ん?」

 何を隠しているのか聞こうと思ったが、その前に山の方に妖力を感じ取る。外の妖怪にしては強い。このままでは山を降りて来て、人を襲ってしまうかもしれない。

「怜奈。今日は帰れ」

「え?」

「ちょっと、用事が出来た。あ、すまん。これ、捨てておいてくれ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 肉まんのゴミが入ったビニール袋を止めようとする怜奈に押し付け、山の方に向かって走り出した。

 山に入ってから魔眼を発動。どうやら、妖怪は1匹ではないようで生き物の反応がいくつか見受けられた。

『どうじゃ? 行けそうか?』

 魂からトールの心配そうな声が聞こえる。

(満月が近いからいつものように妖力と神力は使えないけど……多分、大丈夫)

「いた……」

 茂みから妖怪の様子を窺う。数は4匹。見た目は小さなクマだが、爪が鋭く、頭には2本の角が生えていた。

(やっぱり、一人だと厳しいか……)

「仮契約『尾ケ井 雅』。式神『霙』」

 クマ達に気付かれないように仮式と式神を呼び出す。

「あれ? どうしたの、響?」

 首を傾げながら雅。仮式として呼び出された時は高校の制服なのだ。俺も山を登りながら高校時代の制服に着替えていた。普段着が破けてしまったら、修正できない。

「あれだ」

「……妖怪ですか?」

 外の世界では妖怪を初めて見たのだろう。霙が問いかけて来た。

「ああ、俺の仕事の一つに外の世界にいる妖怪を退治するってのがあってな。妖怪を見かけたら攻撃しろって命令されてる」

 まぁ、軽く痛めつけて『外の世界にはこんなに強い奴がいるんだぞ。外の世界で暴れたら俺が許さないから覚悟しておけ』と脅して人を襲わせないようにするのだ。今までにも何度か脅しているので今の所、妖怪が起こした事件は起きていない。

「なるほど……わかりました。懲らしめればいいんですね?」

「まぁ、ほどほどにな? それにあいつら、それなりに強いから油断するなよ」

「了解であります」

「オッケー。作戦は?」

「雅が霙に乗って、クマ達を撹乱してくれ。その隙を突いて俺が攻撃する」

 俺の発言に何も言わずに頷く二人。霙が狼になり、雅がその背中に乗ったのを確認した後、茂みから飛び出そうと立ち上がった。

「響ちゃん? どこ?」

 だが、俺が飛び出すよりも早く俺を探しに来たのかビニール袋を抱えた怜奈が現れてしまう。

(なっ……)

 暗い山の中、周りをよく見ようとキョロキョロしているのでまだ、怜奈はクマ達に気付いていない。しかし、クマ達はビニール袋に付いていた肉まんの匂いを嗅ぎ付けたのか、ゆっくりと怜奈の方を向く。

(まずいっ!)

 クマ達が一斉に怜奈の方に駆け出したのを見て俺も茂みから飛び出した。その後に続いて雅たちも追って来る。

「怜奈! 前だ!」

「え?」

 俺が声をかけた頃にはクマ達は怜奈を殺そうと鋭い爪で襲い掛かっていた。

(間に合えっ!)

 合成した魔力で雷を生み出し、瞬間的に運動能力を水増しさせる。そのおかげで爪が怜奈をズタズタに引き裂く前に俺はその間に割り込む事に成功した。

「ガッ……」

 だが、さすがにガードは間に合わず、俺の体から血しぶきが上がる。

「響ちゃん!?」

 後ろをチラリと見たら目を丸くしている怜奈がいた。

「雅、霙! やれ!」

 血だらけの胸を押さえ、仮式と式神に指示を飛ばす。

「了解!」「バゥ!」

 雅は6枚の翼で2体のクマを串刺しにし、霙は口から冷気を飛ばして残り2体のクマを凍らせた。ここまでする気はなかったが、仕方ない。

「響ちゃん! 大丈夫!?」

 ビニール袋を投げ捨てて俺の方に駆け寄って来る怜奈。正直言って来ないで欲しかった。

「え……」

 俺の傷がどんどん治って行くのを見て再び、怜奈は驚愕する。見られてしまった。

「俺は……大丈夫だから。今日は帰れ。明日、説明してやるから」

 雅と霙をスペルを解除することで家に帰してから立ち上がる。どうやら、怜奈は俺に集中していて雅たちを見てないようだ。

「……怜奈?」

 しかし、一向に動こうとしない怜奈。

「……響ちゃん」

「何だ? 説明なら明日って――」

 

 

 

「響ちゃん、『博麗』って言う単語に聞き覚えない?」

 

 

 

「――ッ」

 聞き覚えも何も昼間に行って来たばかりだ。博麗神社に。

「やっぱり……知ってるんだね?」

「何が、言いたい?」

 途中で言葉が詰まってしまった。突然、怜奈の体から膨大な霊気が漏れたからだ。

「ねぇ? 響ちゃん、教えてよ。博麗の巫女――霊夢について」

 ゆっくりと立ち上がった怜奈の霊力は俺以上、いや霊夢と同じくらい。

「何でお前が霊夢を知ってる?」

「知ってるんだね。霊夢の事。じゃあ、博麗の巫女については?」

 懐から数枚のお札を取り出しながら怜奈が質問して来る。

「……博麗の巫女は幻想郷を包んでいる2枚の結界の一つである『博麗大結界』を管理している」

「他には?」

「博麗の巫女は中立な立場である」

「他には!」

 どんどん、怜奈の霊力が膨れ上がって行く。

「博麗の巫女には2種類あって……先代の巫女が産んだ娘が受け継ぐパターンと、外の世界から連れて来るパターン」

「……それを知ってるなら霊夢が元々、外の世界に住んでた事も知ってるよね?」

「そう、みたいだな」

 怜奈は俯いてしまう。それと同時に怜奈から殺気が放たれた。

『響! この子、仕掛けて来るわ!』

 魂の中で警告を出す吸血鬼だったが、俺は動けずにいる。

「その話には続きがあるの……実は博麗の巫女になる可能性があった女の子は霊夢だけじゃなかった」

「え?」

「もう一人いたの。霊夢と一緒で外の世界にも博麗の巫女になれる女の子がもう一人」

 今までの怜奈の発言からして答えはわかっている。でも、信じられなかった。

「八雲 紫と先々代巫女の監視の中、霊夢とその女の子は修行をした。女の子は一生懸命、辛い修行に耐えた。博麗の巫女になる事こそ、その女の子に与えられた使命だと信じていたから。でも……巫女になったのは修行をサボってばかりいた霊夢だった。霊夢は元々、天才だったから女の子がどれだけ努力しても最終的には実力は互角だった。それでも、最後の決闘では勝った。ギリギリだったけど霊夢に勝ったの。それなのに……八雲と先々代が選んだのは霊夢。勝ったのに……勝ったのに!!」

 怜奈の悲鳴に反応するように霊力が地面を抉る。

「響!」「バゥ!」

 式神を解除したが、俺の事が心配になったようで俺の家がある方角から雅と霙が飛んで来た。

「ねぇ? 響ちゃん……貴方は何者なの? どうして、異能の力を手に入れちゃったの? 何で、式神がいるの? 何故――響ちゃんの体から博麗特有の霊気を感じ取れるの?」

 一歩、怜奈が俺に近づく。それに続けて雅と霙(擬人モードだ)が俺の前に出て怜奈を警戒した。

「……怜奈。お前は俺と悟の、幼なじみじゃなかったのか?」

 俺と悟の記憶が書き換えられたのか。紫の手によって。

「……ううん。私は響ちゃんと悟君の幼なじみだよ。私が黒い何かに飲み込まれるのを防いでくれた」

「じゃあ……博麗の巫女になれなかった女の子は誰なんだよ!!」

 頭の中がぐちゃぐちゃでどうしていいかわからず、そんな疑問をぶつけていた。それを聞いて怜奈が深呼吸し、俺の目を見てそっと告げる。

 

 

 

「私は――私の本当の名前は『博麗 霊奈』。“博麗になれなかった者”。さぁ、霊夢について知ってる事、全部話してください。さもないと……退治します」

 



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第156話 もう一つの結界

「博麗に、なれなかった者……」

 怜奈が放った言葉を繰り返す。

「さぁ、響ちゃん。話して」

 そう言う幼なじみだが、どんどん霊力をお札に込めている。戦う気だ。

「……なぁ、怜奈――」

 俺が説得しようと怜奈の名を呼んだ瞬間、怜奈の霊力が爆発した。

「その名で呼ぶなッ!! 私は怜奈じゃない! 霊奈だ!!」

「ッ……」

 俺の前にいる雅と霙は首を傾げる。普通の人には怜奈の言っている意味が分からないからだ。しかし、俺には理解出来た。俺が『貴方』と『貴女』を聞き分けられるように怜奈も『怜奈』と『霊奈』を聞き分ける事が出来るのだ。

「……霊奈。霊夢の話を聞いてどうする?」

「わからない。でも、話の内容によっては幻想郷に行く方法も教えて貰う」

「どうして!?」

「戦う為だよ。霊夢と……そして、勝って私が新しい博麗の巫女になる」

 霊奈の目を見れば本気で言っているのがわかる。

「それに、響ちゃんの秘密も教えて欲しい」

「俺の?」

「式神、再生能力……そして、霊気」

 そう言えば、先ほど霊奈は俺から博麗の巫女特有の霊力が感じ取れると言っていた。

(それは博麗のお札を持ってるからだけど……さすがに他の事はあまり、喋りたくないな)

 幻想郷の中なら言ってもいいが、ここは外の世界。どこで誰が聞いているか分からないのだ。

「でも、本当は私の我儘だけど……響ちゃんと戦ってみたい」

「え?」

「再会した時、響ちゃんが出したスキホから八雲の力を感じたの。あの時から響ちゃんの力を探ったんだけど、今まで感じた事のない力だった。それがどんな力か、見てみたい」

 霊奈が言い終わる頃には霊力の増幅もなくなっていた。霊力の大きさでは霊夢と同じ――いや、それ以上だ。

(……何だ? それでも、霊夢の方が何か、大きさだけじゃない。別の何かがあった)

 自分でもよく分かっていなかったが、これだけは言えた。

 

 

 

 霊奈より、霊夢の方が博麗の巫女に向いている。

 

 

 

「……わかった。戦ってやるよ」

「え!? ちょっと、響!」「ご主人様! いけません!」

 雅と擬人モードになった霙が俺の方を振り返って叫ぶ。

「響じゃ勝てないよ! 私たちが時間を稼ぐから逃げて!」

「うるさい。お前らは引っ込んでろ」

「ですが!」

 

 

 

「主人の言う事が聞けないのか? もう一回言うぞ? 引っ込め。俺の命令に逆らうなら契約を解除してお前らを八つ裂きにする」

 

 

 

「「ッ!?」」

 俺の言葉を聞いた雅と霙は硬直してしまう。『狂眼』を発動し、二人の眼を見たからだ。『狂眼』の効果で恐怖感を更に倍増させ、誰が上なのか分からせる。

「……まぁ、今は家に帰ってろ。ピンチになったら呼ぶから。それぐらい、いいよな?」

「う、うん……式神も響ちゃんの力だし」

 俺の威圧が霊奈にも届いたのか、少しだけ顔が青ざめていた。

「じゃ、じゃあ、帰るね? 私たちはいつでも駆けつけるから!」

「ご主人様、気を付けて!」

 慌てて雅たちが離れて行く。やり過ぎたかもしれない。

「す、すごいね。吃驚した」

「いつもは使わないんだけどな。こうなるし」

 背中に生えた翼を服の外に出す。

「つ、翼!?」

「俺は少しだけ吸血鬼なんだ。満月の日は半吸血鬼になるし」

 永琳から貰った薬を口に放り入れ、噛み砕く。すると、背中に生えていた翼が消えた。

「普段は普通の人間だから安心しろ」

「やっぱり、響ちゃんは面白い子だね」

 そう言いながら青いリボンを解く霊奈。

「本気って事?」

「ううん。だって、破けたら大変でしょ?」

「破けたら新しいの買ってやるよ」

「いいの。これが気に入ってるから」

 霊奈はリボンをポケットに入れた。これでお互い、準備完了だ。

「行くぞ?」

「うん、どこからでもどうぞ」

 そうは言ったものの指輪を使ってしまったら、霊奈を傷つけてしまうかもしれない。すぐにスキホを操作して紅いPSPを左腕に装着。それと同時に頭に白いヘッドフォンが装備された。

「それは?」

「俺の武器」

 霊奈の質問に答えた後、PSPの画面をスライドして曲を再生させる。

「少女綺想曲 ~ Dream Battle『博麗 霊夢』!」

 紫によると戦う相手によって再生される曲の確率が変わるらしい。

 例えば、相手が妹紅だとしよう。もし、PSPを使ったとすると、再生される曲は妹紅に関係するキャラの曲がかかりやすくなるのだ。例を挙げると慧音や輝夜だろう。

 今回の場合、相手は霊奈。霊夢が来てもおかしくない。

 スペルを唱えると服が輝いて霊夢の服に変化する。

「れ、霊夢……と言う事はその巫女装束は」

「そう、これは博麗の巫女が着る巫女装束。霊夢の普段着だ」

「……あれ? じゃあ、それってコスプ――」

「それ以上言わないで!!」

 やっぱり、恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じながら、通常弾である博麗のお札を連続で投げる。

「ちょ、ちょっと! いきなりって!?」

 慌てて霊奈が左に飛んで回避した。だが、俺が投げたお札は霊奈を追尾する。

「え!? 嘘!?」

 予想外の出来事に霊奈が目を見開く。避けても意味がないとわかったようで、霊奈もお札を投擲した。お札とお札がぶつかり合い、弾ける。再び、お札を投げ、一気に前に駆け出す。

「夢符『封魔陣』!」

 続けて、スペルを発動させた。

「きゃあっ!?」

 お札の処理をしていた霊奈は対処出来ず、吹き飛ばされる。

「霊符『夢想封印』!」

 その隙を逃さず、連続でスペルを宣言。八つの弾が霊奈を襲う。

「何のっ!」

 飛ばされながらも八つの弾に向かってお札を投げた霊奈。お札が弾にぶつかり、相殺させる。

「霊符『夢想封印 散』!」

 もう一度、スペルを使う。時間切れが迫っているのだ。しかし、再び八つの弾はお札と衝突し、消えてしまった。

「そこっ!」

 俺がスペルを取り出そうとした時、霊奈が2枚のお札を放つ。

「うおっ!?」

 そのお札がヘッドフォンとPSPに命中して弾き飛ばした。霊夢の服が消え、元の制服姿に戻ってしまった。

「響ちゃん、お願いだから本気で戦って」

「……」

 どうやら、手加減しているのがばれてしまったらしい。確かに、PSPは『シンクロ』や『ダブルコスプレ』など強力な力もあるが、通常時はそこまで強くない。指輪の方がスペルの数も多いし、好きな時に魔力や妖力に切り替えたり、技を組み合わせたり出来る。

 しかし、その反面、手加減が難しいのだ。合成するだけでも調節が大変なのに力を制御出来るわけがない。霊奈を傷つけてしまうかもしれないのだ。

「……駄目だよ。私が弱いって思っちゃ」

「え?」

「一つだけ質問、結界の役割って何だと思う?」

 唐突に霊奈が問いかけて来た。

「そりゃ、『守る』とか『阻む』とか?」

「それが一般的だと思う。でも……他にも結界には使い方があるんだよ?」

 そう言って霊奈は大量のお札を放り投げる。

「何を……ッ!?」

 目を疑った。霊奈が投げたお札が空中で浮いたままなのだ。

「これだけで驚いちゃ駄目だよ。おいで」

 その言葉に反応してお札が霊奈の両手と両足に集まって行く。どんどん、お札が重なり、最後に巨大で鋭利な鉤爪になる。お札はそれほど重なっていないのだが、どうやら、爪の形をした結界のようだ。

「守る為の結界じゃなくて、攻撃する為の結界……」

 俺も無意識で使っていた。『雷撃』がそうだろう。あれはドリルの形をした結界を使用しているのだ。

「響ちゃん、お願いだから本気で戦って……じゃないと」

 そこで言葉を区切った霊奈。次の瞬間、目の前まで来ていた。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 本能のまま、スペルを発動し神力で創造された箱型の結界を貼る。それと同時に霊奈が鉤爪で攻撃して来た。

 結界と鉤爪が衝突し、甲高い音が鳴り響く。その音は衝突音ではなく、俺の結界が突き破られる音だった。

「ッ……」

 少しの衝撃と激痛が体を襲う。下を見れば、霊奈の爪が腹部を貫いていた。

「響ちゃんの事、殺しちゃうから」

 寂しそうに霊奈が呟き、俺の腹から爪を引き抜く。

 これは本当にやばいかもしれない。

 



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第157話 3人の式神

「仮契約『尾ケ井 雅』! 式神『霙』!」

 霊奈に貫かれた腹を押さえながら、仮式と式神を呼ぶ。

「やっぱり、私たちの力が必要だったん……ちょっと! 本当にやられてるじゃん!」

「ご、ご主人様!? 大丈夫ですか!?」

 駆け寄って来る雅と霙を手で制止させる。その時には腹部の傷は治っていた。

「ねぇ? これってどういう状況?」

「待って。今、説明する」

 頭の中で今まであった事をまとめ、二人の頭に送る。

「……『神箱』が破られたんだ」

「ああ……多分、あの爪は相当、威力が高い」

 『神箱』は『霊盾』の次に硬度が高いスペルだ。そう簡単にスペルブレイクされたりしない。

「霙、狼モードだ」

「了解であります!」

 霙がジャンプして狼の姿に変わる。

「よかった。やっと、本気になってくれたんだね?」

 待っていてくれた霊奈が安心したように呟く。因みに、霊奈は爪を俺の腹から抜いた時にバックステップして距離を取っていた。だいたい、6メートルといった所か。

「雅。お前の炭素も切り刻まれるかもしれないから気をつけろよ」

「作戦は?」

「雅が霊奈の動きを止めて霙と俺が攻める」

「了解!」「バゥッ!」

 頷いた二人は霊奈に向かって走り出す。

「せいっ!」

 まず、雅が6枚の翼でドリルを作り、一気に伸ばした。霊奈は両爪で迎え撃つ。ドリルと爪がぶつかり合い、火花が散る。その隙に霊奈の左側に移動した霙が口から水圧弾を発射した。

「無駄だよ」

 霊奈はそう言って左足を上げ、水圧弾を蹴る。そして、水圧弾が弾けた。

「マジかよ……」

 霙の水圧弾はドラム缶をぺしゃんこに潰すほどの威力だ。それを鉤爪が付いているからと言って蹴りだけで消滅させてしまうなんて。

「拳術『ショットガンフォース』! 飛拳『インパクトジェット』!」

 連続でスペルを発動。『飛拳』で空を飛び、霊奈の背後を取った。着地せずにそのまま、妖力を纏った右手で裏拳を霊奈の側頭部目掛けて繰り出す。

「――」

 しかし、それを予知していたかのような動きで霊奈が姿勢を低くした。そのせいで裏拳が空を切る。それだけではない。右足を上げて、俺の方につま先――つまり、鉤爪を向ける。次の瞬間、鉤爪が伸び始めた。

「なっ!?」

 このままではまた、刺される。でも、今の態勢では『飛拳』でも回避が間に合わない。

(霙!)

「バゥ!!」

 頭の中で式神の名を呼ぶ。俺の言いたい事が伝わったようで霙が再び、水圧弾を放った。霊奈にではなく、俺に向かって。

「ガッ……」

 爪よりも先に水圧弾が俺にヒットし、吹き飛ばされる。ドラム缶を潰すほどの威力だ。鎖骨と左腕の骨が砕けた。そのまま、地面を転がって霊奈から離れる。その間に霊力を流して骨を再生。

「やっ!」

 とうとう、霊奈が爪で雅のドリルを弾く。雅も急いで距離を取った。

「響ちゃん。少しは考えてみてよ。これでも私は博麗の巫女候補だったんだよ?」

 追撃はして来ないようで俺に話しかけて来る霊奈。

「博麗の巫女候補……そうか。勘か」

 霊夢の勘はあり得ないほど鋭い。それは霊奈も同じようで先ほど、俺の裏拳を躱す事が出来たのも勘のおかげだろう。

「うん。だから、ある程度の事は予知できるよ。だから、早く教えて。色々な事」

「俺と戦いたかったんじゃないのか?」

「もう、いいかな? 響ちゃんの実力はだいたい、わかったし」

 その霊奈の言葉に少しだけイラッとする。

「……すまんな。まだ、俺が満足してないんだ」

 とあるスペルを取り出しながら、断った。

「ちょ、ちょっと!? 響! そのスペル!?」

 スペル名が見えたのか雅が驚愕する。

「契約『奏楽』!」

 スペルを宣言すると、白いワンピース姿の奏楽が現れた。その姿は子供ではなく、大人だ。やはり、式神として呼ぶとこの姿になるらしい。

「奏楽、ゴメンな。呼ぶつもりはなかったんだけど……」

「大丈夫だよ。お兄さん。呼んでくれて嬉しい」

 微笑みながら奏楽。リーマも呼ぼうかと思ったが、あいつも仮式。仮式が二人もいてはすぐに俺の地力が底を尽いてしまう。

「頼むぞ」

「うん」

「奏楽ちゃんも響ちゃんの式神だったんだね」

 さほど驚いてはいないようで霊奈が冷静に状況を把握する。

「霊奈お姉さん。行くよ」

「どこからでもどうぞ」

 奏楽が裸足のまま、霊奈に向かって歩き始めた。それを見て少しだけ眉を顰める霊奈。

(ん?)

 どうして、そのような表情をするかわからなかった。俺が疑問に思っている間に奏楽が霊奈の前まで移動する。だが、何故かそこで立ち止ってしまった。

「来ないならこっちから!」

 霊奈が鉤爪で奏楽を襲う。

「―――」

 それに対して、奏楽は口から俺には理解できない言葉で何かを呟く。その刹那、奏楽の目の前に半透明の壁が生まれる。そのまま、爪が壁にぶつかり、“霊奈を弾き飛ばした”。後方に吹き飛ばされながら目を見開いて驚く霊奈。

「―――」

 また、奏楽が言葉を紡ぐ。そして、吹き飛ばされていたはずの霊奈が空中で止まり、奏楽の方に引き寄せられる。

「ハッ!!」

 タイミングを合わせて、奏楽が霊奈の鳩尾に軽く叩いた。

「~~~~~ッ」

 一瞬、空中で動きを止めた霊奈だったが、1秒後に声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。そのまま、咳き込む。気絶はしていないようだが、相当なダメージを受けたらしい。

「何、あれ?」

 いつの間にか俺の隣まで来ていた雅が問いかけて来るが、俺はただ首を振った。俺もわからないのだ。

「奏楽さんは霊奈さんの魂を揺さぶったようです」

 狼モードから擬人モードになって霙が説明してくれる。

「魂を揺さぶる?」

「はい。物理的ではなく、精神的な攻撃です。例えば、対象者のトラウマなどを思い出させたり、恐怖を与えたり」

「トラウマとかどうやってわかるんだよ」

「奏楽さんの能力ですよ。『魂を繋ぐ程度の能力』。霊奈さんの爪が奏楽さんが生み出した壁にぶつかった時に繋いだのでしょう」

 そこで俺は一つ、疑問が浮かんだ。

「なんで、そんなに詳しいんだ?」

 確か、奏楽の能力名は霙に言っていないはず。

「……一度だけ、奏楽さんと戦った事があるからです」

「「はぁっ!?」」

 衝撃の事実に声を出して驚く俺と雅。

「ご主人様に会う前に……その時、コテンパンにやられました」

 悔しそうに霙。奏楽を見れば、黙ってまだ立ち上がれない霊奈を見ながら涙を流していた。

「きっと、霊奈さんの過去を見たのでしょう……あの子は優しい子です」

「……じゃあ、さっきの壁とかは?」

 今度は雅が質問する。

「周りの幽霊を固めた物だと思います。密度が濃ければ濃いほど頑丈になるみたいです」

「霊奈を引き寄せたのは?」

「幽霊を操って引き寄せたように見せた。まぁ、こちらの世界では幽霊は肉眼で視る事が出来ないのであたかも霊奈さんの体が勝手に奏楽さんの方に引き寄せられたように見えたんです」

 霙の冷静な分析に驚いてしまう。ずっと、アホキャラだと思っていた。

「? そ、そんなに見つめないでください……恥ずかしいです」

 そう言いながら体をくねらせる霙。前言撤回。

「っ! 奏楽!!」

 雅の悲鳴に奏楽の方を見ると丁度、奏楽が倒れた。

「奏楽っ!?」

 急いで奏楽の元に駆け寄る。体を起こして呼吸を確認。息はしているが、苦しそうだ。

「能力の使い過ぎです! ご主人様! 奏楽さんを返してあげてください!!」

 急いでスペルを解除。奏楽が目の前から消えた。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒くしたまま、霊奈が立ち上がる。見るからに限界だ。それなのに構えた。まだ、戦う気らしい。

「お前も休め」

「い、やだ……まだ、負けてない」

「何で、そこまで」

「響ちゃんに勝てなきゃ、霊夢にだって勝てない」

「……俺は何もしてない。式神のおかげだよ」

 霊奈に触れる事すら出来ていないのだ。

「違うよ。雅ちゃんだって、霙だって、奏楽ちゃんだって……響ちゃんがいたから今がある。それぐらいわかるよ」

 その時、霊奈の爪が音を立てて砕けた。奏楽の攻撃によって霊力のコントロールが効かないらしい。

「響ちゃんの強さは純粋なパワーじゃない。その心なんだよ」

「心?」

「響ちゃんの周りの人は響ちゃんに支えられて生きている。望ちゃん、悟君、そして式神の3人。それだけじゃない。私だってそうだ……この青いリボンがあったからここまで頑張って来れた。これを付けていれば響ちゃんが近くにいると思えた」

 ポケットから青いリボンを出して再び、髪を結う。しかし、今度はポニーテールではなく、サイドテール。丁度、フランとは逆側に括り付けた。

「いい? 私は全力で響ちゃんに攻撃を仕掛ける。だから、一撃だけ響ちゃんも本気を出して」

 そう言うと霊奈は先ほどとは比べ物にならないほどのお札を取り出す。

 



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第158話 響の本気

「……お前ら、もう帰れ」

 俺は静かに雅と霙に言う。

「え? でも……」

「大丈夫。俺が負けても傷は治る。それに後、一回だけだから」

 今度は脅さない。これは俺の我儘なのだ。だから、お願いする。

「……わかった」「……わかりました」

 雅と霙が同時に頷き、消えた。

「やっぱり、響ちゃんはすごいよ」

「何がだ?」

「だって、式神たちは素直に帰ったんだもん。普通、怒るよ」

 そりゃ、そうだ。脅して追い払ったのにも関わらず、呼び出しまた帰したのだ。怒るに決まっている。

「でも、二人は怒るどころか笑顔で帰った。響ちゃんにはそう言う才能があるんだよ」

「才能?」

「人から好かれる才能」

 その言葉を発した霊奈は少しだけ寂しそうだった。

「ねぇ? 霊夢は人に好かれてる?」

「……そうだな。人、妖怪問わず好かれてる」

「やっぱりね……博麗の巫女は中立な立場。でも、好かれなきゃ意味がない」

「え?」

「だってそうでしょ? 嫌いな奴が大事な物を管理していたら嫌じゃない?」

 霊奈の言った大事な物はきっと、博麗大結界だろう。

「それに比べて、私と来たら……好きとも嫌いとも思われない。ただの空気だった」

「そんな事……っ!?」

 文句を言おうとしたが、霊奈の霊力が再び膨れ上がった。何も言うな、と言いたいらしい。

「わかってる。きっと、それが私と霊夢の差なんだって……昔から霊夢は修行をサボってたけど何故か、人から嫌われなかった。まぁ、霊夢自身はそんな事、興味なさそうにしてたけど」

 霊夢は昔から変わっていなかったようだ。

「お話もここまでかな? 響ちゃんも準備して」

「……おう」

 目の前にいるのは最近まで忘れていた幼なじみ。その子は霊夢とライバル関係で負けてしまった落ちこぼれ。それでも、俺は優しい子だと思う。辛い過去があるのに俺と悟と遊んでいた時はそんな気持ち、表に出していなかった。俺たちに心配させないように。俺たちに気を使わせないように。

 そんな子が俺と全力でぶつかりたい。本気で戦いたいと言っている。

 それを聞いて俺はどう思った?

 嬉しかった。大事な幼なじみの事を記憶の忘却があったとしても忘れていた酷い奴なのにもう一度、幼なじみとして接してくれて、友達だって言ってくれて――。

(なら、応えないとな)

「紫」

「何?」

 俺が呼びかけるとスキマから紫が出て来た。

「ちょっと本気出すから結界はってくれ」

「……ええ」

 頷いた紫はそのまま、スキマの中に消える。そして、周りに結界が展開された。

「やっぱり、八雲 紫と繋がってたんだね」

「俺の上司だ」

「……そうなんだ」

 微笑みながら霊奈がお札を放り投げる。爪の時と同じようにお札が空中で制止し、霊奈の体にくっ付いて行く。

「開放『翠色に輝く指輪』」

 スペルを宣言すると指輪が翠色に輝き始めた。

「霊術『霊力ブースト』」

 指輪の色が赤色に変化する。

「―――――」

 霊奈は目を閉じて小さな声で呪文を唱えていた。その声は小さすぎて聞こえない。

「魔術『魔力ブースト』」

 指輪の色が青色に変化する。お互いに準備に時間がかかるらしい。すでに5分は過ぎている。

「妖術『妖力ブースト』」

 指輪の色が黄色に変化する。

「すぅ……はぁ……」

 霊奈を見れば深呼吸していた。それに伴い、霊力が大きくなっていく。

「神術『神力ブースト』」

 指輪の色が白色に変わった刹那、幻想的な色に変化する。

「それが響ちゃんの本気……やっぱり、すごいね。さっきとは別人だよ」

「……まだだ」

「え?」

「魔法『探知魔眼』。狂眼『狂気の瞳』」

 目の色が青と赤に変わる。どうやら、『ブースト系』を発動していたら半吸血鬼化しないらしい。『魔眼』で力を視て、『狂眼』で波長をコントロールし、力を制御する。

「準備は出来た?」

「もう少し」

「私も」

 そう言う霊奈は微笑んでいた。多分、俺も。

「神撃『ゴッドハンズ』」

 右手を巨大化させ、ギュッと握る。すぐに左手でスペルを取り出し、宣言。

「凝縮『一点集中』」

 巨大な右拳が少しずつ小さくなっていく。もちろん、神力が足りないわけじゃない。密度を濃くしているのだ。右手が放つ白い光がどんどん、強くなる。それにつれ、力のコントロールが難しくなっていく。

 この技は結構前に思いついていて練習して来たのだが、この辺りで弾けてしまっていた(その時は右腕も吹き飛んだ)。しかし、今は指輪の枷は外れている。いつもより、力のコントロールが効くのだ。

 これが人間の時に出せる本気だ。もちろん、『魂同調』や『シンクロ』した方が威力は遥かに上。しかし、『シンクロ』する為には時間がかかるし、『魂同調』をしてしまうと、『凝縮』が使えなくなる。合成は出来るのだが、地力のバランスが崩れてしまい、普段の時と同じように右手が吹き飛んでしまう。それに霊奈は俺の力が見たいと言ったのだ。だから、俺はこの技を選んだ。

 右手が普段と同じぐらいになった。ふと、霊奈の方を見てみると半透明の鎧を着ているではないか。更に両手で1本の刀を持っている。鎧も刀も結界で出来ているようだ。

(結界であんな事まで出来るんだな……)

「そろそろいいかな?」

「ああ……」

 心の中で深呼吸し、姿勢を低くする。向こうも俺と同じように態勢を変えた。

「「はあああああああああああっ!!」」

 二人同時に地面を蹴って渾身の一撃を放つ。

 拳と刀が、衝突する。

 その瞬間、地面が抉れた。それだけではない。紫が作った結界に亀裂が走る。それほど、衝撃波が凄まじいのだ。

 俺と霊奈は歯を食いしばって、拳を、刀を押す。両目の色が違う男と鎧姿の女。

 その時、何故か俺の頭にはある光景が浮かんでいた。

 

 

 

 小さい頃だ。俺の目線が低いからわかる。目の前には巫女服姿の女の子が2人。小さい頃の俺と同じくらいの歳だろう。

 そして、少し遠い所で飛んでいる人がいた。何かと戦っているらしい。

 その姿は少しだけおかしかった。人間の姿とは思えない。いや、人間ほどの大きさなのだが、ごつい防具を着ていた。その腰には2丁の銃。そして、背中には漆黒の翼。鳥のように羽は付いてないが、翼の形だった。顔はこちらを見ていないので見えないが、髪型はポニーテール。女だろう。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 その光景を吹き飛ばすほどの咆哮。霊奈じゃない。俺が無意識に放っていた。

「……やっぱり、すごいよ。響ちゃん」

 笑顔のまま、霊奈が言う。その途端、霊奈の刀が音を立てて砕ける。

「ッ!?」

 慌てて拳を引こうとしたが、間に合わず、俺の拳は霊奈の腹部を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 本を読んでいると布団の方から声が聞こえる。

「霊奈?」

 声をかけると布団の中にいた霊奈が目を開けた。

「あ、れ? 響ちゃん?」

 まだ、意識は朦朧としているのか霊奈の眼は焦点が合っていなかった。

「よかった……」

 それでも目が覚めてくれた。安堵の溜息を吐くと、襖が開く。

「あ、目が覚めたんですね」

 そこにいたのは鈴仙だった。

「うさ、耳……うさ耳!?」

 鈴仙のうさ耳を見て驚愕する霊奈。布団から飛び上がって俺の後ろに隠れた。

「おい……妖怪には慣れてないのか?」

「外の世界の妖怪は去年の夏から誰かに退治されてて最近、相手してないの。今日だって響ちゃんが倒しちゃったし」

(だから、あんな時間に山に向かおうとしてたのか……)

「あの……体の方は大丈夫ですか?」

「く、来るな、妖怪!」

「いや、こいつは大丈夫だから。鈴仙、永琳を呼んで来てくれ。その間に色々と説明するから」

「はぁ……あまり、騒がないようにしてくださいね。傷口は塞ぎましたが、霊力は完全に回復してないんですから」

 そう言って鈴仙は襖を閉めて永琳を呼びに行った。

「きょ、響ちゃん! ここはどこですか!? 私は確か、響ちゃんにお腹を……お腹を――ッ!?」

 自分に起きた事を思い出したのか霊奈の顔が青ざめた。すぐに体のあちこちを触って傷の確認をする。

「傷が……ない?」

「そりゃ、永琳が手術をしたからな。薬師のはずなのに何で、手術まで出来るんだがか…」

「そんな医者、いるの? 有名になると思うんだけど……」

 確か、霊奈は医学部。有名な医者なら名前を聞いた事がある。だが、永琳と言う名前は聞いた事がない。そう言いたいようだ。

「決まってるよ。ここは幻想郷なんだから」

「幻、想郷?」

「ああ、お前が来たかった博麗の巫女が管理している博麗大結界の内部だ」

「……は?」

 霊奈の目が点になる。それを見て少しだけ笑ってしまった。

 



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第159話 幻想郷の博麗になれなかった者

「本当にありがとうございました」

「いいのよ」

 頭を深々と下げてお礼を言う霊奈。それに永琳は笑顔で答えた。

「俺からも言うよ。あの傷は外の世界じゃ治せないから」

「貴方も気を付けなさいよ? 動けなかったのは貴方だって同じなんだから」

「え?」

「あ、バカッ!」

 『ブースト系』を使うと俺の体は弱体化してしまい、自分で動く事が出来なくなってしまう。幽香と戦った時も大変だった。

 その事は霊奈に言わないでおいたのに永琳にあっさり暴露されてしまう。

「響ちゃん? どういう事?」

「響は『ブースト系』のスペルを使うと数日間、動けなくなるのよ」

「また、お前は……」

「だ、大丈夫なの?」

「まぁ、歩く事は出来るけど走れないだろうな……霙」

 玄関で靴を履いた後、入り口の方に声をかける。外の世界から霊奈を運んだ時、霙に手伝ってもらったのだ。帰そうとしたが、その前に気絶してしまい、そのまま幻想郷に事になった。まぁ、一生懸命俺のお世話をしてくれたからありがたかったのは確かだ。

「はい、こちらに」

「すまん。俺と霊奈を背中に乗せて運んでくれないか? 霊奈は元々、飛び方を知らないし俺も本調子じゃないから」

「了解であります!」

 笑顔で頷いた霙はすぐに狼の姿に変化する。さすがに玄関で霙の背中に乗るわけにも行かず、外に出た。

「1週間後、2人揃って来なさい。診察するから」

「おう」「わかりました」

 霊奈に手伝って貰いながら霙に乗る。すぐに霊奈も俺に続いた。

「じゃあ、またな」

「ええ。今度は元気な姿で来て頂戴」

 手を振りながら永琳。俺たちも手を振り返したのを見て霙が走り始める。

「霙、地上を走ってたら迷うぞ。空を飛んだ方がいい」

「バゥ!」

 頷いた霙はすぐに空を飛んだ。

「うわぁ……」

 竹林を抜け、眼下に緑豊かな大地が広がる。それを見て霊奈が声を漏らした。

「これが幻想郷だ」

「すごいね……」

「霊奈、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」

「え?」

「いや、ここ数日仕事出来なかったから、心配してる人もいるみたいで治ったら顔を出すように言われてて……」

 とりあえず、紅魔館には行かなくてはいけない。また、フランのご機嫌は斜めだろう。

「私はいいけど」

「おう。じゃあ、まずは……人里かな?」

 俺が一番、長い時間過ごしているのは人里だろう。

「人里?」

「ああ、あそこだよ。人間たちが住んでる場所だ」

「幻想郷にも人間がいるんだね」

 意外そうに霊奈は呟く。

「いなきゃ妖怪が生きていけないからな」

「食べ物、ないもんね」

「それは違うよ」

 すぐに否定する。

「?」

「妖怪が存在して行く為には人間の恐怖が必要なんだ。元々、妖怪の産まれた理由は人間の恐怖。だから、人間がいなければ妖怪も死んでしまうんだよ」

「そうだったんだ……」

「じゃあ、人里に向かうぞ。霙」

 俺の指示に鼻を鳴らす事で答えた霙はすぐに人里に向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「すごかったね……」

「ああ……想像以上だった」

 人里である程度、挨拶しまた霙の背中に乗って移動中。俺と霊奈はくたびれていた。

霙に乗ったまま、人里に降りてしまった為、人里の人たちが集まって来てしまったのだ。

 色々と質問攻めにされて霙が神狼だと話すと今度は霙を撫でたり、お肉を与えようとしたり、拝み始めたりと大変だった。

 最近、守矢神社や命蓮寺など信仰を集める人たちが増えたので人里の人々も信仰の大切さを理解しているらしい。

「よかったな、信仰増えて」

 霙の背中を擦りながら言う。これで霙の力も増えたはずだ。

「次はどこに?」

「三途の川だ」

 小町の修行をしなくてはいけない。最近、何かとほったらかしにしていたのだ。

「へぇ……え!?」

「ああ、大丈夫。渡ったりしないから」

「そ、そうなんだ。てっきり、自殺しに行くのかと……と言うより、三途の川あるんだね。幻想郷」

「冥界もあるぞ」

「すごい所だね……本当に」

 その時、後ろから一つの弾が右側を通り過ぎる。

「霙! 旋回!」

「バゥ!」

「え? え? 何!?」

 困惑している霊奈。申し訳ないが、今はスルーさせていただく。すぐに旋回した霙のおかげで襲って来たのがルーミアだとわかる。

「目標、ルーミア! 水圧弾、発射!」

 霙の口から巨大な水弾が射出された。だが、ルーミアの放った弾に弾かれてしまう。

「くっ……霊奈、少し揺れるぞ!」

「う、うん!」

 忠告した途端、目の前に弾幕が広がった。

「魔法『探知魔眼』!」

 『魔眼』を発動させ、情報を霙と共有する。すぐに霙の動きが変わった。

「響ちゃん! 上から来てるよ!」

「白壁『真っ白な壁』!」

 真上に両手を伸ばして白い壁を創る。しかし、3秒ほどで壁が壊れてしまった。その間に博麗のお札を5枚、投げて印を結ぶ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 今度は弾を全て受け切る事に成功する。

(何だ……この違和感)

 一瞬、頭によぎった違和感だが、何に対して違和感を覚えたのかわからなかった。深く考えようとしたが、ルーミアの弾幕がそれを邪魔する。

「くそ! 仮契約『尾ケ井 雅』!」

 急いで雅を召喚。

「また、すごい事になってるね!」

 6枚の翼で弾幕を防ぎながら雅が叫ぶ。

「すまん!」

「大丈夫だよ! それより今の内に攻撃!」

「ああ!」

 実は雅は防御タイプなのだ。今までは俺に火力がないので戦って貰っていたが、今は霙がいる。雅が敵の攻撃を防ぎ、その隙に俺と霙で攻撃すると言う連携が取れるのだ。

 弾幕が落ち着いた所を狙って霙がルーミアに接近する。雅もすぐに俺たちを守れるようについて来た。

「……」

 やっぱり、何か違う。ルーミアの様子がおかしいのだ。

「闇符『ダークサイドオブザムーン』」

「雷雨『ライトニングシャワー』!」

 ルーミアの弾幕と俺の弾幕が衝突し、爆音が轟く。

「なっ!?」

 だが、ルーミアの弾幕が黒煙の中からこちらに向かって来る。雅の翼も間に合いそうにない。

「はあああああっ!」

 その時、霊奈が前にジャンプして、ルーミアの弾幕を巨大な鉤爪で弾き飛ばした。全ての弾幕を弾いた後、霊奈の体は重力に従って落ちて行く。

「雅! 霊奈を頼む!」

「了解!」

 雅の翼が霊奈を受け止めたのを見て目の前の敵に集中する。

「霙!」

 霙の背中から離れながら霙の名を呼んだ。ちょっと、フラフラしてしまったが飛べない事はないらしく、浮遊しながらスペルを取り出す。

「はい!」

 擬人モードになった霙が辺り一面に大量の小さな水の弾を出現させた。すぐに俺の右手から電撃を一番近くにあった水の弾に向かって放つ。すると、電撃が水の弾を伝ってルーミアの方に向かって突進して行く。

「水流『ウォーターライン』!」「電流『サンダーライン』!」

 俺と霙の合体技がルーミアに炸裂する。体から煙を放ちながら森の中へ落ちて行った。

「……」

 だが、勝ったと言うのにこの不安はなんだろう。

「どうしたの?」

 霙がまた、狼モードに変化し、霊奈がその背中に乗るのを見ていたら雅が問いかけて来た。

「……なぁ? なんか、ルーミア変じゃなかったか?」

「そうかな? 最初から戦ってないからわからないけど……あ、情報頂戴」

「おう」

 一応、記憶の共有も出来る。しかし、記憶は時間が経てば曖昧になって行くのであまり、共有した事はない。

 今回はつい先ほどの事だったので無事に記憶を伝える事に成功した。

「確かに……弾幕の威力も上ってるし、雰囲気も違う」

「ああ、いつものように話しかけて来なかった。それに笑ってなかった」

 ルーミアは俺と弾幕ごっこする時はいつも笑顔だった。でも、今日のあいつはどこか、苦しそうだった。

「響ちゃん、どうしたの?」

 その時、心配そうに霊奈が近づいて来る。

「いや……何でもっ」

 やはり、体の調子が悪いようでバランスを崩してしまい、浮遊感が消えた。

(まずっ……)

 このままではルーミアが落下した森に俺も落ちてしまう。だが、その前に雅の翼が俺の体に巻き付いてそれを阻止してくれる。

「全く……ブーストを使うからだよ」

「後悔はしてない」

「はいはい。また、何かに襲われたら大変だから私もついて行くよ」

「すまん」

「いいって」

 霙の背中まで運んでもらい、乗る。霙にも迷惑をかけてしまったので労いを込めて霙の背中を2回、軽く叩く。通じたようで、鼻を鳴らして答える霙。

「じゃあ、行くか」

「そう言えば、どこに行くの?」

 首を傾げながら雅が質問して来た。

「三途の川」

「ああ、鎌の修行ね」

「鎌?」

 今度は霊奈。

「行けばわかるよ。霙、頼む」

「バゥ!」

 ルーミアの事も気になるが、満月が近いからだと納得し、三途の川に向かった。

 



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第160話 響の授業

 ルーミアとの戦闘から数十分後、俺たちは三途の川の上空にいる。

「えっと……」

 小町を探しているのだが、見当たらなかった。いつもはそこら辺でサボっているのだが、珍しく働いているのかもしれない。

「あ、いたよ!」

 雅が指を指しながら叫ぶ。その先には木の根元で昼寝している小町がいた。

「やっぱり、サボってたか……」

「あの人は?」

 後ろから霊奈の問いかけが聞こえる。

「ああ、死神だよ」

「え!? し、死神!?」

「あ、大丈夫。死神と言ってもあまり人を殺したりしないから」

「あまりって……」

 霙の背中を叩いて地面に向かう。

「小町は幽霊を三途の川の向こうにある裁判所に連れて行くんだ」

「へぇ……裁判所って?」

「そこで幽霊を裁くんだよ。地獄に行くかどうか」

「じゃあ、その裁判所には閻魔様がいるんだ」

「ああ、ちっこいけどな」

 霊奈が首を傾げた所で霙が地面に降り立った。すぐに俺も飛び降りて、小町の肩を叩く。

「おい、小町」

「……ん? 誰だい? 私の昼寝を邪魔するのは……ああ、響か」

 大きな欠伸をした後、立ち上がる小町。

「体の方は大丈夫なのか?」

 目を擦りながら小町が質問して来た。

「え? 何で知ってるの?」

「ほら」

 俺の問いには答えずに新聞(文々。新聞だ)を差し出して来る。記事を読むと『俺が力を使い過ぎて永遠亭で休んでいる』と言うものだった。

「どこから情報が……」

「噂によると紅魔館の主が薬師と文屋に交渉したらしい。お前が倒れたり、動けなくなったら教えろって。具体的に言うと薬師が文屋に教えて文屋が記事にしろとか何とか……」

(まぁ、俺が行かなかったらフランが暴れるからな……)

 少しだけ申し訳なくなってしまった。後でレミリアに謝ろう。

「それで? 今日は何の用?」

「久しぶりに鎌の修行しようかなって」

「見た感じ、調子悪そうだけど?」

「まぁ、ね……ほら」

 右手に鎌を出現させようとしたが、形が創造された瞬間、弾けてしまった。

「そんな調子で修行、出来るのかい?」

「今まで対戦形式で教えてたけど今日は今までの復習。今、どれくらい出来てるか確認したかったんだ」

「なるほど……今更だけど、後ろの人たちは?」

 振り返ると霊奈たちが困ったような表情を浮かべていた。どうしたらいいかわからないらしい。

「ああ、紹介が遅れたな。左から順番に、雅、霊奈。狼は霙だ。雅と霙は俺の仮式と式神で霊奈は……俺の幼なじみだ」

「よろしく、私は小野塚 小町。死神だよ」

「よろしく」「よろしくお願いします」「バゥ!」

 雅はぶっきらぼうに、霊奈は丁寧に、霙は吠えて返事した。

「じゃあ、挨拶もすんだしそろそろ、始めるか。すまんが30分ぐらい、小町の修行をする。暇だったら、適当に遊びに行ってもいいけど……」

「ううん。私は見てるよ。響ちゃんの先生姿も見たいし」

「私もここにいるかな。小町がいるから大丈夫だと思うけど、念のためにね」

 霙に至ってはもうその場でお座りしている。

「了解。俺も調子悪いから今日は短めにする。小町もいいか?」

「ああ、幽霊も少ないからサボりたいし」

「……お前、少しは働けよ。映姫に言うぞ?」

「え!? そりゃないよ先生!」

 涙目になりながら小町。その手にはすでに鎌が握られていた。

「はいはい……じゃあ、始めるぞ」

「了解!」

 そう言って小町が能力を使って数メートル先にワープする。

「そうだな……最初はコンビネーションから」

 それから40分ほど、鎌の使い方を復習した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町の修行が終わった後は白玉楼や守矢神社、途中ですれ違ったリグルやみすちーに挨拶した為、予定よりも紅魔館に向かうのが遅れてしまった。

「響ちゃん、すごいね」

「え?」

 もうそろそろ、紅魔館に着く頃。霊奈がボソッと呟いた。

「だって、幻想郷の皆に好かれてる。それってやっぱり、すごい事なんだよ」

「そうかな?」

 俺はただ普通に接しているだけだからあまり、実感できない。

「少なくとも私には無理。あんな風にすれ違っただけで話しかけられたりしないもん」

「幻想郷は狭いから。ご近所付き合いだよ」

「外の世界じゃご近所もなくなって来たよね」

 今はテレビゲームなど、家の中で遊べる物が増えて来た。その為、外で遊ぶ子供が昔より減って来ている。俺たちはゲームを持っていなかったので外で遊んでいた。それもあってかはわからないが、霊奈は寂しそうだ。

「……とりあえず、紅魔館に行こう」

「うん」

 霊奈が頷いたのを見て霙の背中を叩く。すぐに霙が速度を上げた。

「止まってください!」

 だが、突然美鈴が俺たちの前に立ちはだかる。

「美鈴! 俺だよ!」

「え? 響さん?」

 キョトンとする美鈴。

「どうしたんだ? いつもは寝てるのに」

「最近、フラン様が外に出たがるので警戒態勢なんです……誰かさんが永遠亭で寝込んでると文々。新聞に書かれていたので」

「うっ……」

 レミリアの作戦は確かに成功した。美鈴が言うにはフランは暴れていないらしい。しかし、今度は俺のお見舞いに行きたいと駄々をこね始めたそうだ。真面目にレミリアに謝ろう。

「ごめんな?」

「いえ、そのおかげで咲夜さんにナイフで刺される事も少なくなりましたし」

(そりゃ、昼寝していないからな……)

「それにしても吃驚しましたよ。見慣れない狼が近づいて来たんですから」

 美鈴は下から俺たちを見てここまで来たようだ。下からじゃ霙の背中に乗っている俺と霊奈の事はよく見えない。

「そう言えば、雅も紅魔館、初めてか?」

「うん。話では聞いた事あるけど実際に見るのは初めてかな?」

 他の一人と一匹はもちろん、初めてだ。

「……」

 そこで美鈴が霊奈を凝視しているのに気付く。

「どうした?」

「いえ……何やら、響さんの後ろのお方から博麗の巫女と同じような気を感じたので」

「っ!?」

 美鈴の言葉を聞いて霊奈が顔を強張らせた。どうやら、『博麗になれなかった者』の事は知られたくないようだ。

「これのせいじゃないか?」

 霊奈が着ていた上着のポケットに手を突っ込んで博麗のお札を取り出す。

「え?」

 それを見て驚いたのは霊奈だった。

「ああ、なるほど。確かに博麗のお札から博麗の巫女の気が感じ取れるのは当たり前ですね」

 美鈴が納得してくれて助かった。

 手にお札を持って霊奈のポケットに手を突っ込み、あたかもポケットにお札が入っていたかのように見せたのだ。美鈴の能力は『気を使う程度の能力』。すぐにばれてしまうかもしれないと思ったが、俺と霊奈の距離が近かった為、気付かれなかったようだ。

「美鈴、そろそろ中に入っていいか?」

「え? あ、はい! こちらからもお願いします!」

 美鈴が退いてくれたのでやっと、先に進める。霙に合図を出して紅魔館に向かった。

「あ! ちょっと待ってください!」

 しかし、すぐに美鈴に止められてしまう。

「何だ?」

「今、お嬢様と咲夜さんがおでかけ中でして……」

「おでかけ? どこに?」

「え、永遠亭です」

 申し訳なさそうに美鈴が教えてくれた。

「ああ、なるほど……すれ違いか。霙、急いで紅魔館の中に入るぞ」

「え? でも、レミリアいないんでしょ?」

「今は説明してる暇はない! 急げ!」

 雅の質問を無視して移動を開始したが、すぐに後ろに強大な霊気を感じる。

「雅、防御準備! 霙は水圧弾! 霊奈は出来れば鉤爪を出してくれ!」

「「「了解!!」」」

 すぐに3人に指示を飛ばす。俺も博麗のお札を取り出して印を結ぶ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 星形の結界を出現させ、攻撃に備える。

「きょおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 遥か遠くからレミリアの絶叫が轟いた。そのすぐ後に赤い槍が飛んで来る。

「霙! 水圧弾、発射!」

 俺の掛け声に合わせて水圧弾が槍に向かって突進し、衝突した。だが、槍の威力が凄まじく、水圧弾を突き破る。

「雅、翼で防御!」

 雅の6枚の翼が槍を止めようとするが、数秒後には弾かれてしまった。

「はあああああっ!」

 もうすぐで槍が俺たちに襲い掛かる所で俺の結界と槍がぶつかる。水圧弾と雅の翼で威力が落ちているようだが、いつもの調子ではないせいか結界が破壊されてしまった。

「ッ!」

 その時、ジャンプした霊奈が結界で出来た鉤爪で槍を切り裂く。槍はバラバラになって消滅した。その後、霙の背中に上手く着地する。

「響! どこ行ってたのよ!」

 レミリアが超高速で俺の前まで来てそう叫んだ。

「い、色々な所だよ」

「まずはここに来るべきでしょ!」

「紅魔館に来たらフランと遊ぶ事になるだろ? その後、動けなくなるから先に他の所に挨拶しないとって」

「それは明日とかでもいいでしょうが! こっちはどんだけ大変だったかわかってるの!?」

「それはホントにゴメン」

 やっぱり、大変だったみたいだ。

「全く……で? 何で、こんなに大勢なの?」

 横目で霊奈たちを見ながらレミリア。

「とりあえず、紹介するよ。仮式の雅。式神の霙。幼馴染の霊奈だ」

「……まぁ、いいわ。早く行きましょ? そろそろ、パチュリーも限界だと思うし」

 どうやら、パチュリーがフランの相手をしているらしい。後でパチュリーにも謝ろう。

「貴方たちも来なさい」

「え? あ、はい」

 困惑したまま、霊奈が頷く。そのまま、俺たちは紅魔館に向かった。

 



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第161話 レミリアと霊奈

「では、少々お待ちください」

 そう言って咲夜は食堂から消えた。テーブルを見ると紅茶が入ったコップが3つと牛乳が入ったコップが1つ置いてある。時間を止めて用意したのだろう。

「霙、擬人モード」

「了解であります」

 霙が人になった所で席につく。俺の前に霊奈が座り、その隣に霙。俺の隣に雅が座った。

「それにしても何で、紅茶が3つで1つだけ牛乳?」

「そりゃ、霙が狼だったからな。紅茶より牛乳がいいと判断したんだろう」

 雅の疑問に答えた後、スキホからクッキーが入った箱を取り出す。

「ほら、好きなだけ食べていいよ」

「慣れてるね、響ちゃん」

「いつもこうだからな」

 最初の方はお菓子も出て来たが、今は紅茶しか出て来なくなってしまった。

「それにしてもレミリアはどうしたんだ? ここで待ってろって言ってたけど」

「あの中国っぽい人と何か話していましたけど」

 俺の呟きに霙が答えてくれる。それを聞いて俺は霊奈の方を見てしまった。

「……多分、怪しんでる」

 霊奈も気付いたようだ。

「美鈴は『気を使う程度の能力』。あの時は誤魔化せたけど、鉤爪を出しちゃったからばれたかもな」

「どうしよう……」

「まぁ、さすがに言い広めたりはしないと思うぞ? レミリアもそんな事をする奴じゃないし」

「……ねぇ? そのレミリアって子、何者なの? あんなに小さいのにすごい霊気だったけど」

 確かにレミリアの体格は幼女だ。初対面なら子供だと勘違いするだろう。

「レミリア・スカーレット。この紅魔館の主。更に500年以上生きてる吸血鬼でもある」

「500年!?」

 立ち上がって驚愕する霊奈。

「そうだよ。お姉様に限った事じゃなくて幻想郷じゃ見た目と実年齢は一致しない事が多いってさ」

「そ、そうなんだ……って!? きょ、響ちゃん! その子は!?」

 いつの間にか俺の膝の上に座っていたフランを指さして霊奈が叫んだ。

「フランドール・スカーレット。レミリアの妹だ」

「後、お兄様の妹でもある」

 俺の口調を真似してフランが補足する。

「勝手に付け加えるな」

「だって、ホントの事でしょ?」

「お前はクッキーでも喰って大人しくしてなさい」

「食べさせてー」

「はいはい……」

 箱から3枚ほどクッキーを手に取り、フランの口元に運ぶ。それを嬉しそうにフランは齧った。

「……全く意味がわからないんだけど」

「まぁ、そうだろうな。どこから話そうか……」

 いつ、レミリアが来てもおかしくないので手短に去年の夏に起きた事を話す。

「なら、フランちゃんは本当の妹?」

「ああ、血も繋がってる」

「あ、だから響ちゃんには吸血鬼の血が流れてるんだね?」

「……そうだ」

 フランの血を飲む前にはすでに俺の魂に吸血鬼がいた。つまり、俺の体には元々吸血鬼の血が流れていた可能性があるのだ。その事を知っているのは望、フラン、パチュリー、小悪魔の4人だけ。あまり、この事は知られたくないので誤魔化しておいた。パチュリーたちには口止めしておいたので広まっていないだろう。

「待たせたわね」

 その時、食堂の扉が開いてレミリアが入って来る。

「どうしたんだ?」

「少し、ね? それより、フランとは……もう、会ってたのね」

 幸せそうな顔でクッキーを食べているフランをジト目で見ながらレミリア。

「さて、お姉様も来たしお兄様! 遊ぼっ!」

「今日は調子悪いから弾幕ごっこはなしな」

「うん! わかった!」

 頷いているフランだが、多分する事になる。フランはテンションが上がると人の話を聞かなくなり、弾をばら撒いてしまうのだ。

「じゃあ、行って来る。ちょっと揺れるかもしれないけど気にしないでくれ」

「揺れる?」

 雅が首を傾げて質問して来る。

「お兄様! 早く!」

「わ、わかったからそんなに引っ張るな! 千切れる!」

 フランが俺の手を引くので雅の質問に答える事が出来なかった。

 

「行っちゃった……」

 フランちゃんに引っ張られて響ちゃんは食堂を出て行ってしまった。

「さっきの質問だけどフランの弾幕のせいで紅魔館が揺れてしまうのよ」

 すぐにレミリアちゃ――レミリアさんが雅の質問に答える。

「でも、さっき弾幕ごっこはしないって……」

 再度、質問する雅。

「あの子、テンションが上がると弾を撒き散らしちゃうのよ」

「ええ!? じゃ、じゃあ、ご主人様は今、危険なんじゃ!?」

 目を見開いて霙が叫んだ。

「だから、行った方がいいわね。咲夜、式神……一人は仮式だったわね。二人をフランの部屋に案内してあげて」

「かしこまりました」

(まずい……)

 部屋を出て行った3人を見送りながら思った。きっと、レミリアさんは私と二人きりになる状況を作りたかったのだ。

「さて……邪魔者はいなくなったわ。これでゆっくり話せる」

「……何についてですか?」

「決まってるでしょ? 貴女の正体についてよ」

 やっぱり、ばれている。

「私は私ですよ?」

「誤魔化しても無駄。美鈴に聞いたの。貴女から霊夢……博麗の巫女と同じ霊力を感じ取ったって」

 『霊夢』の名前を聞いて一瞬だけだが、口元が引き攣ってしまった。それを見てレミリアさんが目を細める。

「美鈴さんにも言ったように博麗のお札がポケットに入ってたので……」

「何で持ってたの?」

「響ちゃんに護身用に、と」

「じゃあ、私の槍をズタズタに引き裂いたあの爪は?」

「結界で作った物です」

 その時、私は気付いてしまった。墓穴を掘ったと。

 

 

 

「……なら、何で結界を作った時に博麗のお札を使わなかったの?」

 

 

 

 そう、響ちゃんは気付いているかわからないが、私が外の世界で使っていたお札は自作した物だ。博麗のお札など一枚も持っていない。

 さっきもいつもの慣れで普段使っているお札を使用した。と言うより、博麗のお札など持っていない。響ちゃんが美鈴さんに言い訳した時のお札はそのまま、響ちゃんが持って行ってしまったのだ。

「……博麗のお札は1枚しか貰ってなかったので」

 少し、沈黙してしまったが、何とか納得が行く嘘を吐く。

「確かに博麗のお札は1枚でも持つ人を色々な物から守ってくれる。でもね? 貴女から感じ取れる霊力は博麗のお札1枚以上ある。矛盾してない?」

「っ……」

「安心して。貴女の正体を知っても殺したりなんかしないわ。ただ、知りたいだけなの」

「……わかりました。話します」

 私が外の世界で霊夢と一緒に博麗の巫女になる為の修行をしていた事。博麗の巫女には霊夢が選ばれた事。それから響ちゃんたちと会った事。最近、響ちゃんと再会した事を話す。

「……『博麗になれなかった者』。貴女の二つ名ね」

「まぁ、私が勝手に言ってるだけですけど」

「話してくれてありがとう。すっきりしたわ」

 その時、紅魔館が揺れた。

「これって……」

「やっぱり、フラン我慢できなかったのね」

 嘆息しながらレミリアさん。

「大丈夫なんですか?」

「響なら大丈夫だと思うわ。今まで一人で耐えて来たんだし。今日は調子悪そうだったけど味方がいるし」

「あ、わかるんですか? 響ちゃんが調子悪いって」

「私の槍を五芒星で受け止め切れなかったからね。いつもなら、弾けるのに」

(あの槍を!?)

 目の前で見ていたので思わず、驚いてしまった。

「相当、弱ってるわね。仮式と式神の攻撃で槍の威力も落ちてたのにあんな簡単に壊れちゃうなんて」

「す、すいません……」

「? どうして貴女が謝るのかしら?」

「実は――」

 外の世界であった事を手短に教える。

「響が本気を?」

「はい……私の我儘のせいでレミリアさんにも迷惑を」

「いいの。気にしないで……それにしても珍しいわね。響が本気を出すなんて」

「そうなんですか?」

「私は見た事ないわ」

 それを聞いて少しだけ嬉しかった。響ちゃんは私の為に本気を出してくれたのだ。

「すごかった? 響の本気」

「はい。私の技なんか数十秒で破られてしまいました」

「……へぇ?」

 その時、レミリアさんの目が光る。何か嫌な予感がした。

「貴女も強いのね?」

「へ?」

「だって、響の本気を数十秒も耐えるなんて。ねぇ? 私とも戦ってみない?」

 立ち上がりながらレミリアさんが提案して来る。もちろん、丁重にお断りした。

 



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第162話 天才と落ちこぼれ

やってもうた。
また予約投稿し忘れていました。
なので、今日の正午にもう一話、投稿します。


 紅魔館でフランと遊んだ(結局、弾幕ごっこになってしまった)後、霙の背に乗って俺たちは博麗神社に向かっていた。もう少しと言った所で俺の腰にしがみ付く霊奈の手が震えている事に気付く。

「……霊奈、無理しなくていいんだぞ?」

「だ、大丈夫。緊張してるだけだから」

 そう言ったが、霊奈の震えは止まらなかった。やはり、霊夢に会うのが怖いのだろう。

「心配しなくていいと思うぞ? あいつならお前の事を忘れててもおかしくない」

「そ、それはそれで傷つくんだけど……」

「確かに……」

「響? どこに向かってるの?」

 ふと、横を飛んでいた霊夢に質問される。

「どこにって博麗神社だよ」

「あら、丁度よかったわね」

「どこかに行ってたのか?」

「人里に買い物しにね」

「ああ、そりゃよかった」

 行ってみて誰もいなかったらどうするか考えていなかった。そのまま、数秒ほど無言で飛び続け、気付く。

「れ、霊夢!?」

「何よ? 急に大きな声出して」

「い、いや、あまりにも自然に話しかけて来たから……」

「まぁ、いいわ……久しぶりね、霊奈」

「っ!?」

 霊夢に名前を呼ばれて目を見開く霊奈。

「わかるの?」

「何となくね」

「……はぁ。久しぶり、霊夢」

「話は神社に着いてからね」

 そう言って霊夢はスピードを上げた。俺たちもその後に続く。

 

 

 

 

 

 

「――と言うわけだ」

「へぇ……ずずぅ」

 霊奈との再会から今までの事を手短に話したが、霊夢は興味なさそうにお茶を啜る。

「もう少し、リアクションしろよ」

 そう言う俺も湯呑を傾けた。美味い。

「二人とも、何でそんなに和んでるの!」

 俺の隣で煎餅を齧りながら霊奈。やはり、霊奈も博麗神社の縁側は落ち着くらしい。見た感じ、緊張も解けたようだ。

「お前もだ」

 因みに雅と霙は一足先に帰った。雅は宿題があるらしく、霙は少し疲れてしまったらしい。雅はともかく、霙には色々世話になったのでゆっくり休んで貰いたい。

「で? 霊奈はどうしたいの?」

「え?」

「だって、私の事を教えてくれって響に頼んだんでしょ? 私に何か用があったんじゃないの?」

「えっと……もう、いいかな」

 湯呑を見つめながら霊奈が小さく呟く。

「霊夢って昔から修行、サボってたでしょ? だから、博麗の巫女の仕事もサボってるかなって思って……もし、そうだったら霊夢と決闘して私が勝ったら博麗の巫女を私に譲らせようって」

 そこで霊奈は一息入れる為にお茶を啜った。

「でも、響ちゃんとレミリアさんの話を聞いたり、実際に人里に行ってここの人たちを見てちゃんと妖怪を退治してるんだなって」

「まぁ、宴会の時は妖怪も一緒に飲むけどね」

「……やっぱり、霊夢は霊夢だね。ほとんどの物に対して無関心。それでいて何故か人から好かれちゃう」

「私は――」

 それを聞いて霊夢は少し目線を下げた後、本当に小さな声で何かを呟いた。

「霊夢?」

 気になった俺はそっと霊夢の名を呼ぶ。しかし、霊夢は何も答えなかった。

「……それが響から貰ったリボン?」

 霊奈の髪をまとめている(今日はポニーテールだ)青いリボンを見ながら霊夢が質問する。俺の聞き間違いなのかもしれないのでそれ以上、追求出来なかった。

「ああ、霊奈が引っ越す前に渡したんだ」

「そう」

 それだけ聞くと霊夢はまた湯呑を啜る。興味がなくなったようだ。

「あ、そう言えば、霊夢は結界に守る以外の使い道があるって知ってたか?」

 数日前に初めて知った“攻撃する為の結界”。もう少し、詳しく知りたかったのだ。

「もちろんよ。まぁ、私は守る方が性に合ってたから『守る結界』をひたすら練習してたわね」

「私はその逆で『攻撃する結界』を練習してたなぁ」

 霊夢は興味なさそうに、霊奈は昔を懐かしむように呟く。本当にこの二人は全てが正反対だ。

 霊奈は努力型。霊夢は天才型。そして、攻めの結界と守りの結界。霊奈は少し、人の目が気になってしまうタイプで霊夢は他人に無関心。

「結界も奥が深いな」

 俺は今まで、守りの結界しか知らなかった。しかし、霊奈の攻めの結界は俺の守りを粉々に砕くほどの攻撃力だ。

「なぁ? 俺も攻めの結界を使えるようになるかな?」

 気付けば、そう霊奈に質問していた。

「どうだろう……守りの結界は固く、広く結界を展開させるけど攻めの結界は小さく、細く結界を作らなきゃいけないから全く逆なんだよね」

 確かに俺が使っている『五芒星』は面で展開する。だが、霊奈の鉤爪は鋭く尖っていた。腹を貫かれたのだ。威力も高い。もしかしたら、『五芒星』を破られてしまうかもしれないほどだ。

「それに前者は結界の状態を維持するだけでいいけど、後者は維持するのもそうだけど、破損部分を直したり、霊力を纏わせて攻撃力を上げたりしなきゃいけないから……」

 そう簡単に習得できそうな技でもないようだ。実は霊力の量で言えば、霊夢より霊奈の方が多い。まぁ、力の量が多いからと言って強いとは言えないのだが。

 しかし、霊夢や霊奈の霊力が海だとして俺の霊力は水たまり。博麗のお札のおかげで『五芒星』を発動する事が出来るが(それでも、心にいた奴の霊力と俺の霊力が邪魔し合っているので『五芒星』を覚えた頃よりは発動が難しいものになっている)さすがに攻めの結界は無理そうだ。

 ――そうとも限りませんよ?

 その時、タイミングよく心にいた奴の声が頭の中で響いた。

(どういう事だ?)

 ――確かに霊奈の言う通り、守りの結界より攻めの結界の方が霊力の消費は激しいですが、今の貴方には問題ないと言う事です。

「詳しく説明しろよ」

 思わず、声に出してしまった。

「え? 何が?」

 それに反応した霊奈。だが、すぐに霊夢が俺の代わりに対応してくれた。

「大丈夫。多分、魂の中にいる人と喋ってるだけだから」

「は?」

 そう言えば、まだ霊奈には俺の魂について説明していなかった事に気付く。手ぶりで霊夢に『その事について霊奈に説明してくれ』、と頼み、意識を心にいた奴に向ける。

 ――そろそろ、私を『心にいた奴』と呼ぶのはやめてくれませんか?

(だって、お前の名前、聞いてないし)

 ――そうですね……レマとでも呼んでくださいな。

(じゃあ……レマ、俺には問題ないってどういう事だ?)

 ――簡単ですよ。貴方は日ごろから神力で色々な物を形作っていますよね? それと同じ感覚なんですよ。

「つまり……俺はもう、慣れてるって事か」

 また、口に出してしまったが、霊奈は霊夢の説明を真剣に聞いていたので反応はなかった。

 ――はい。なので、『五芒星』よりは霊力を消費しますが、普段の貴方でも攻めの結界を扱う事が出来ます。まぁ、結界の大きさにもよりますが。

(大きさはどれくらいだ?)

 ――そうですね……何かを支えにするなら刀、一本。無からならスコップです。

(……一応、聞くがスコップってあの、工事に使われるような奴?)

 ――いえ、子供用です。あの、取っ手に穴が開いてる奴。

「使えねええええええっ!?」

 公園にある砂場で使われるようなスコップでどう、敵と戦えばいいのだろう。叩くのか? 突き立てるのか? それとも、砂をばら撒いて目を潰せとでも言うのか。

 絶望に浸っているとふと疑問に思った事が一つ。

(支えって何だ?)

 ――例えば、木の棒にお札を貼って結界で覆うんです。そうすれば、芯がありますので無から作るより、霊力を節約できます。まぁ、無から作るより頑丈ではなくなってしまいますが……。

 つまり、棒状の物を使えば刀は作れると言う事だ。しかし、それ以前の前に俺は刀など使えない。まずは誰かに刀の扱い方を教えて貰わなければいけないのだ。

「……あ! そうだ! 霊奈、お前って刀、使えるよな!?」

「え? あ、うん。それなりに……」

 丁度、霊夢の説明も終わっていたので確認すると頷いてくれた。

「頼む! 攻めの結界と刀の扱い方を教えてくれないか?」

「はぁっ!? そ、そんな急に言われても!?」

 目を見開いて霊奈が戸惑う。

「いいじゃない。教えてあげれば」

「じゃあ、霊夢教えてあげてよ!」

「私は攻めの結界は専門外。それに刀も使えないし」

「う、うぅ……」

 自信がないのか霊奈は頷こうとしなかった。

「嫌ならいいんだけど……」

 攻めの結界が使えるようになれば今までよりもぐっと戦略が広がる。それを期待していたのだが、諦めた方がいいのかもしれない。

「そ、そんな顔しないでよぉ……」

 落ち込んでいると霊奈が困った顔になる。そんなに酷い顔だったのだろうか。

「わ、わかった! 教えてあげるから!」

「ホントか!?」

「こんな状況で嘘は吐かないよ。外の世界で暇な時間にだけどね」

「それで十分だよ! ありがとう!」

 霊奈の両手を掴んでお礼を言う。

「え? あ、う、うん……どういたしまして」

 少しだけ、顔を赤らめながら霊奈が頷く。

 こうして、俺は攻めの結界と刀の扱い方を霊奈に教わる事になった。

 

 

 

 響は男だ。しかし、女顔である。それも顔のパーツが整っているので美少女だ。男だけど美少女なのだ。

 その顔は“女としては”凛々しい。そんな子が涙目になって上目使いで何かをお願いして来たらどうだろう。思わず、承諾してしまうのでないだろうか。

 この時もそれと同じだ。

 響は知らず知らず、涙目になってしまっており、落ち込んだ時に姿勢が低くなっていたので霊奈の方を見ると上目使いになっていた。

 それを見てしまった霊奈は断るに断れず、勢いのままに頷いてしまったのだ。

 

 

 

 その様子を見ていた霊夢は深く溜息を吐いた。

 



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第163話 這い寄る仙人

お詫びの連続投稿です。
明日は普通に投稿します。


「……」

 霊夢と霊奈が再会して3日、経った。

 それから、俺のスケジュールも少しだけ変わっていた。

 日にもよるが朝から昼過ぎぐらいまで大学で講義を受け、その後は幻想郷で仕事。そして、夜は1~2時間ほど山で霊奈に攻めの結界と刀の使い方を習う。

「……」

 確かに睡眠時間は少しだけ減ってしまったが、苦になるほどではない。むしろ、やる気が出ているほどだ。霊奈が言うには刀も含め、攻めの結界を使えるようになるには1か月から3か月ほどかかると言われてしまったがまぁ、許容範囲内だ。

「……」

 今だって早く、外の世界に帰る為に万屋の仕事を熟している途中だ。時刻は午後5時。いつもより、依頼の量が多くてこんな時間になってしまった。さすがに今日は博麗神社には寄れそうにない。

「……」

 そろそろ、現実を見よう。今、俺は荷物運びの仕事をしている。さすがに手で運ぶはきついので荷物はスキホに収納しているのだが、届け先に一度も行った事がなく、いつものようにスキマが使えない。その為、こうやって飛んで移動している。

「……」

 そう、それはいいのだ。こういう事も何度かあったし、逆にこれからの予定を考える事が出来るのでありがたい。しかし、今日はいつもと違うのだ。

「……」

 幻想郷に来てからずっと、感じる背後からの視線。人里は家が多いのでその視線を送って来る犯人はわからなかったのだが、今は後ろを見ればわかる。向こうも隠れようともしていないのだ。

「……なぁ?」

「何かしら?」

 いい加減、我慢の限界に達したので振り返りながら犯人に声をかける。それに対して犯人は逃げも隠れもせず、微笑んで答えた。

「何か用?」

「いえ、何もないわ」

「じゃあ、何で俺の後を付けるんだよ。てか、誰?」

 俺が呆れながらも質問をぶつけるが、犯人は黙ったまま、俺に接近して来る。服装は青いワンピースのような感じで、羽衣を身に付けていた。更に髪も青く、独特な髪型だ。

「ちょ、近いよ!」

 俺の悲鳴が聞こえていないのか聞こえていても無視しているのか、犯人は俺の顔を至近距離で観察する。それから、俺の周りを一周して無言のまま、頷いた。

「……?」

「音無 響。万屋をしていて人里でよく、働いている。しかし、住んでいる場所は外の世界。仮式、式神共に2体ずつ使役していてここでもたまに召喚する。更に血の繋がっていない妹が一人。そして、紅魔館の悪魔の妹とは血が繋がっている兄妹。脱皮異変、狂気異変、魂喰異変を見事、解決した。少し前にとある男によって能力を消されてしまったが、無事に取り返し、今に至る」

「ッ!?」

 幻想郷に来てから俺がして来た事を淡々と述べる犯人。すぐに距離を取って5枚のお札を構える。

「大丈夫。私は貴方を殺そうとしないわ」

 今の一言で俺の性別が男である事も知っているのがわかった。お札に霊力を込める。

「だから、大丈夫だって。私は霍 青娥。邪仙よ」

 その名前には聞き覚え――いや、見覚えがある。少し前に阿求の家で本の整理をしている時に見たのだ。

「その邪仙様が俺に何の御用で?」

「警戒しなくてもいいのに……そうね。一言で言ってしまえば“興味を持った”かしら?」

 俺の嫌な予感が的中し、心の中で舌打ちする。阿求の本では青娥は気に入った人物について行く事があると書かれていた。対処法は向こうが飽きるまで無視する事。だが、俺はこうやって会話まで交わしている。

(まぁ、攻撃とかはして来ないみたいだし……無害っちゃ無害だけど)

「何で、俺の事をそんなに知ってる?」

「色々な所で聞いたり、貴方について行ったりしてわかったわ」

「今までにもさっきみたいに尾行を?」

 それが本当だとしたら全然、気付かなかった。

「まぁ、壁の中を通ったりしてたから気付かなかったと思うわ。今日はお話がしたくてわざとわかりやすくしてたの」

「そうなのか……」

 見た目はニコニコしていて優しそうだが、頭は切れるらしい。そう言えば、かなりの実力者と本にも書かれていた。

「それにしても……こうやって、近くで見ても男だって思えないわ」

「どこかで俺が男だって聞いたのか?」

 何気なく質問する。

「いいえ」

 しかし、青娥は首を振って否定した。

「じゃあ、どうやって?」

「そりゃ、あんな立派な物を見れば男だってわかるわ」

 右頬に手を当てて顔を紅くする邪仙。

「……ちょっと待って。言っている意味がわからないんだけど」

「もう、女性に言わせようとするなんて貴方も男なのね」

「……わかった。言わせないから教えろ。いつ見た?」

 幻想郷で俺のあそこを見るタイミングなど皆無にも等しい。

「貴方が博麗神社に義妹と泊まった時に」

「ああああああっ!?」

 確かに望と一緒に博麗神社に泊まった時に博麗神社の露天温泉に入った。まさか、あの時に青娥に尾行、そして見られていたとは。今更、恥ずかしくなり、顔が熱くなっていくのを感じる。

「あらあら、可愛いわね」

「う、うるさい! 誰のせいでこうなってると――ッ!?」

 そこまで言った所で後ろから邪悪な気を感じ取って振り返った。

「どうしたの?」

 そんな俺を見て不思議そうにしている青娥は気付いていないようだ。

「い、いや……何かいたような」

 何か、体の内側を抉り取られるような感覚。全てを飲み込もうとする威圧。そのような感じだった。思い出しただけでも冷や汗が止まらなくなる。

「大丈夫?」

「あ、ああ……」

「依頼を済ませて博麗神社に戻りましょ?」

 確かに少し疲れてしまったので遅くなってしまうが博麗神社に寄ろう。

「付いて来るの?」

「もちろん」

 笑顔で頷く青娥を見て俺は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方も不幸ね。その邪仙に気に入られるなんて」

「助けてくれない?」

「無理よ、諦めなさい」

 そう言って霊夢はお茶を啜った。

「ほら、早く外の世界の話を聞かせて頂戴」

 俺の右腕を引っ張って急かす青娥に嘆息しつつ、湯呑を傾ける。

「えっと……どこまで話したっけ?」

「霊奈の所までよ」

 左から霊夢が教えてくれた。

「ああ、そうだった」

「それなら知ってるわ。私も聞いていたもの」

「あの時、いたんだ……」

「ええ、あの子の事も気になってるの。今度、連れて来てくれない?」

「それは無理かな」

 面倒くさいので。

「なら、万屋の仕事としては?」

「報酬による」

「何か欲しい物、ある? もしくは、して欲しい事」

「俺から離れて欲しい」

「それは無理な相談ね。まぁ、いいわ。これから貴方について行けばいつか、会えるもの」

 こいつは本当にストーカーするつもりらしい。

「……」

「霊夢?」

 青娥に呆れながら左を見ると霊夢が下を向いている事に気付いた。

「ねぇ? 最近、ルーミア見た?」

「ルーミア? ああ、3日前に弾幕ごっこしたけど……」

「どんな様子だった?」

「どんなって……おかしかった」

「具体的に」

 何となくだが、霊夢が焦っているような感じがした。まるで、手遅れになる前に対処しようとするかのように。

「普段よりも強かったかな。それと笑ってなかった」

「……響。明日から1週間、こっちに来ない方が良いわ」

「え?」

「紫には私から言っておくから万屋を休みなさい。どうせ、明日は満月だからこっちには来れないけど」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなり言われてもわかんないよ!」

 立ち上がって霊夢の正面に立つ。

「これは博麗の巫女としての忠告よ」

「……勘って奴か?」

「まぁ、ね。万が一、間に合わなければ貴方に託す事になるけど……貴方なら出来るわ」

 間に合わない? 託す? 俺には全く、意味がわからなかった。青娥の方を見るが青娥もわかっていないようで首を横に振る。

「ちょっと、出かけて来るわ。湯呑とかはそこに置いておいていいから早く帰りなさい」

「霊夢」

 飛び立とうとする霊夢を止めた。

「何?」

「……俺に、どうにか出来るのか?」

「それは私にもわからない。でも――信じてる」

 そう言って、霊夢は凄まじいスピードで飛んで行った。

「……青娥。少し、頼み事があるんだけど」

「何かしら?」

「霊夢について行ってやってくれ。どうせ、万屋の仕事も終わったし、今日は帰るだけだ」

「はいはい。了解したわ」

 青娥が霊夢の後を追って飛んで行くのを見守りつつ、俺はスキホからPSPを取り出す。

 その夜、紫から『1週間、万屋を休め』と言うメールが届いた。

 

 



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第164話 青怪鳥

「ま、マスター! 目の前が真っ白になってます!」

 桔梗が僕の右腕のしがみ付きながら叫ぶ。どうやら、時間を移動しているのはわかるらしい。

「いつもこんな感じなんですか?」

「う~ん……前は一瞬だったけどね」

 今は真っ白なトンネルを飛んでいる感覚だ。自分の能力を自覚したからこんなに長く感じるのかもしれない。

「こうやってマスターは時間を移動していたのですね」

 落ち着きを取り戻したのか辺りを見渡ながら桔梗。

「まぁ、ね」

 頷いた瞬間、景色が白から青に変わった。時間移動が終わったらしい。

「……って!?」

 無事に移動出来た事に安堵していた束の間、重力に従って地面に向かって急降下し始める。出た場所が空中だったのだ。

「き、桔梗! 翼!」

「はい!」

 急いで桔梗が僕の背中に移動し、翼に変形する。ゆっくりと翼を広げて何とか、止まる事に成功した。

「あ、危なかった……」

 もし、桔梗がいなかったら僕はどうする事も出来ずに地面に叩き付けられていただろう。

「マスター、大丈夫ですか?」

「ありがとう、桔梗」

「いえいえ、これぐらいお安い御用です」

 桔梗は嬉しそうにそう言う。僕の役に立つのが嬉しいようだ。

「そう言えば、この翼って桔梗が操ってるの?」

「いえ、操縦はマスターの意志です。私はただ、マスターの意志を感じ取って翼を動かしているだけですよ」

「そうなんだ……あれ? でも、翼って動いてないよね?」

 翼と言えば鳥をイメージする。鳥はもちろん、翼を動かして空を飛んでいるが桔梗の翼は動いてなどいない。

「重力を操ってるようですね。私にも詳しくは説明できませんが……」

 詳しく説明されても僕に理解できるとは思えない。

「そっか。まぁ、飛べるなら大丈夫だね」

「はい!」

「じゃあ、移動しようか」

 まずはここがアリスさんと会った時代より過去なのか未来なのか知る必要がある。

「見た目はあまり変わりませんけど……」

「幻想郷は変わらないんだね」

 適当に飛びながら下を見て何か見覚えのある物を探す。僕の場合、見覚えがあるのが紅魔館と三途の川、そして博麗神社のみ。そう簡単に見つからないだろう。

「ま、マスター! 右を見てください!」

「ん?」

 焦った様子で桔梗が叫んだ。すぐに右を見ると何かがこっちに向かって来ているのが見えた。

「あれって……炎!?」

 このままでは直撃してしまう。急いで翼を動かし、旋回。何とか、炎を回避した。

「な、何だったんでしょうか? 今の火球」

「さ、さぁ?」

 炎が飛んで来た方を見るとオレンジ色の大きな鳥が誰かと戦っているのがわかる。しかし、ここからでは鳥を戦っているのがどんな人なのか見えない。それほど、遠いのだ。

「ここからでもあの鳥が見えると言う事は相当、大きいね」

「はい、マスターの何倍もあるみたいです」

 見れば、鳥は森に向かって何度も火球を放っている。どうやら、あそこに獲物がいるようだ。

「マスター、どうしますか?」

「助けに行こう」

 鳥に襲われているのが人間か妖怪かはわからない。でも、目の前で殺されるのを見逃すのは嫌だった。

 翼を操作して鳥の方に移動し始める。この距離なら3分もしない内に到着するはずだ。何もなければ――。

「ッ!? マスター、下に回避!」

「え?」

 桔梗が悲鳴を上げたのですぐさま、急降下。その刹那、僕の体すれすれを火球が通り過ぎて行く。桔梗がいなかったら直撃していた。

「ま、まさかッ!?」

 火球が飛んで来た方向を見ると見た目は同じだがオレンジ色の鳥ではなく、青い鳥がいた。いや、ここまで大きければ怪鳥と言った方がいいかもしれない。そんな青怪鳥が僕たちを凝視していた。これは狙われている。

(に、逃げなきゃっ!)

 翼を動かして青怪鳥から距離を置こうとした。しかし、翼は言う事を聞かない。

「ど、どうして!?」

 桔梗は言っていたではないか。僕の意志を感じ取って桔梗が動かしていると。ならば、僕が右に行こうとすれば翼が勝って動いてくれるはずだ。それが言う事を聞かないと言う事は――桔梗に何かあったと言う事になる。

「桔梗!」

「……」

 すぐに声をかけるが嫌な予感が的中し、桔梗から何も反応がない。もしかしたら、先ほどの火球が翼に当たっていたのだろうか。そのせいで桔梗が動かなくなってしまったのかもしれない。

(いや、動かなくなってしまったのなら、こうやって浮かび続けていられないはず……なら、どうして?)

「……しい」

「え?」

「欲しい……あの、嘴が欲しい……」

 あの時と一緒だ。僕の携帯を見た時と同じ感じ。桔梗の物欲センサーがあの青怪鳥の嘴を欲しているのだ。

「桔梗! しっかりして、桔梗!」

 叫びながら青怪鳥を見れば、頭を引いていた。火球が来る。

 桔梗は正気を取り戻していない。そして、ここは空中。鎌でガードしようにも火球が大きすぎて全てを防ぎ切れない。

「なら……」

 背中の鎌を手に取り、鞘を消す。

(アリスさんに習った魔力の扱い方……それを応用すれば!)

 鎌を両手で持って右側に引いた。刃は水平に。心を落ち着かせる為に目を瞑る。姿勢を低くして腰も右側に捻った。

「すぅ……はぁ……」

 体の中に意識を集中させ、魔力を探る。

「見つけた」

 見失わない内に魔力を鎌の刃に纏わせ、少しずつ大きくした。目を開けると同時に青怪鳥が火球を吐き出す。数秒で僕たちに着弾するだろう。横目で鎌の刃を確認すると刃が緋色から青に変わっている。魔力の色だ。

「はあああああああああああッ!!」

 雄叫びを上げながら鎌を一気に薙ぎ払った。刃が大きくなった鎌は火球を真っ二つに切り裂く。2つに分断された火球は僕たちを素通りし、遥か後方で爆発した。

「ッ!?」

 青怪鳥がそれを見て驚愕するのがわかる。

「ハッ……ま、マスター! この状況は一体……」

 先ほどの爆発音で桔梗が我に返ったようだ。

「桔梗! 青怪鳥の嘴が欲しいんだよね?」

「え? あ、はい! 正気を取り戻しましたが、今でも欲しいと思っています!」

「了解! じゃあ、倒すよ! 二人で!」

「ッ! はい! わかりました、マスター!!」

 刃が巨大化した鎌を構えて青怪鳥を睨む。

「ギャオオオオオオオオオッ!!」

 僕たちが逃げずに立ち向かって来るとわかったのか青怪鳥が絶叫。その声量に思わず、耳を塞ぎたくなったが我慢する。

「桔梗、トップスピードでお願い!」

「了解です!」

 桔梗が頷いた瞬間、僕の体は青怪鳥の懐に潜り込んでいた。

「ギャッ!?」

 あまりの速さに青怪鳥が遅れて驚きの声を漏らす。その隙に鎌を下から突き上げる。鎌の刃が青怪鳥の嘴を捉えた。だが、すぐに弾かれてしまう。

「硬いッ!?」

 弾かれた衝撃で手がビリビリと痺れる。

「マスター! あの嘴は相当、硬いです! 狙うなら胴体を!」

「了解!」

 もう一度、鎌を下から突き上げるが青怪鳥は翼を羽ばたいてバックした。その時に発生した風圧で僕たちも吹き飛ばされてしまう。

「くっ……」

 何とか、翼を駆使して態勢を立て直す。

「すみません、もう少し早く言っていれば」

「大丈夫だよ。それより、一先ず距離を置いた方がいいかも……」

 嘴を攻撃された事によって青怪鳥が切れたらしい。

「ギャオオオオオオオオオッ!!」

 青怪鳥が雄叫びを上げた後、火球をいくつも放って来る。さすがにこの数は鎌で捌き切れない。

「逃げるよ!」

「は、はい!」

 迫り来る火球に背を向けてスピードを上げた。

「マスター! 右!」

「うん!」

 どうやら、桔梗は後ろを見る事が出来るらしく、僕に指示を出してくれる。その指示通り、右に移動。その刹那、火球が僕たちを通り過ぎて行った。

(火球の方が速い……)

「桔梗! 青怪鳥は!?」

 火球を回避しながら問いかける。

「火球を吐き出しながらこっちに向かって来ています。スピードでは……こちらが負けています」

 どのみち、このままでは追い付かれてしまう。今の内に青怪鳥に対抗する術を見つけないといけないようだ。

「桔梗、少し考え事したいから翼の操縦、まかせてもいい?」

「わ、わかりました!」

 少し、緊張したように頷いた桔梗を尻目に僕は思考の海へダイブした。

 



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第165話 桔梗の性能

 火球が何度も僕たちを追い越して行く。

「うわッ!?」

 その度に桔梗が悲鳴を上げている。翼の操縦を任された事で僕を傷つけまいと頑張っているのだ。そのおかげで僕は考え事が出来る。

(青怪鳥に立ち向かえれば鎌で応戦できるけど……火球の中を回避しながら移動できるとは思えない)

 今は回避出来ているが青怪鳥に向かって飛ぶとなるともちろん、火球のスピードは速く感じる。前に進みながら右や左に移動出来れば可能なのだがさすがに無理だ。

(……かといって止まって火球を回避しても青怪鳥が不審に思って近づいて来なければ意味がない)

 理想的なのは『火球を回避しながら鎌に纏わせた魔力を刃先に一点集中させ、青怪鳥が僕たちが迫っている事に驚いた隙を叩く』だが、その為にはやはり、火球を回避する機動力が必要になる。

「マスター! 急いでください! 青怪鳥が来ます!」

 桔梗の言う通り、時間はない。

考えるんだ。幻想郷で経験して来た事を思い出せ。何か、ヒントになる事があったはずだ。

 

 

 ――どうやら、充電切れを知らせるバイブレーションだったらしい。

 

 

 ――僕とアリスさんが首を傾げると携帯を真上に放り投げる桔梗。そして、口を大きく開けて食べた。そのまま、顎を動かして携帯を噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。

 

 

 ――ですが、結局マスターの携帯を食べたのに何も武器は生まれてないし……。

 

 

 ――きっと、素材を手に入れる事で変形できる物が増えるんじゃないかな?

 

 

 ――必ずしもそうとは言い切れないの。確かに変形には何か理由があるんだろうけど、私が施した魔法は……。

 

 

「……そうか!」

 この状況を打破できる物を見つけた。その嬉しさのあまり、叫んでしまう。

「ま、マスター? どうしたんですか!?」

「わかったんだよ! アリスさんが桔梗に施した魔法が! そして、桔梗の新たな力が!」

「ほ、本当ですか!?」

「うん! とにかく、説明は後! 翼の操縦を僕に戻して!」

「了解です!」

 翼の操縦権が僕に移った瞬間、一瞬だけバランスを崩したが気合いで持ち直す。今まで真っ直ぐ前に飛んでいたが、一気に真上に飛翔する。

「マスター!? どこへ!?」

「僕を信じて! それより、僕の合図に合わせてやって欲しい事があるんだ!」

 手短に桔梗の新たな力を説明。

「そ、そんな力が私に?」

「多分。でも、試してみる価値はあるよ!」

「……わかりました! やってみます!」

 後ろをチラリと見たら青怪鳥が僕たちを追って来るのが見える。もちろん、火球を飛ばしながらだ。一つの火球が僕たちに迫って来る。それを見てその場で止まった。

 左右の翼を僕の前に移動させる。まるで、火球から僕を守ろうとしているようだ。

「1、2の……3!」

 火球が翼に直撃した瞬間、火球が弾け飛んだ。普通なら翼でガードすれば僕の体ごと吹き飛ばされてしまうだろう。しかし、火球が当たったのにも関わらず、衝撃は一切、襲って来なかった。

「やっぱり……」

 気付けば、青怪鳥が火球を吐くのをやめている。どうやら、火球が直撃したのを見て僕たちがやられたと思っているようだ。

「マスター……よくわかりましたね」

「まぁ、ね。そんな事よりも一気に行くよ!」

「はい!」

 翼を勢いよく広げ、煙を吹き飛ばす。

「ッ!?」

 こちらにゆっくりと近づいていた青怪鳥が動きを止めた。驚きで硬直してしまったらしい。その頃には僕たちは青怪鳥に向かって再び、飛翔している。

「ギャオオオオオッ!」

 すぐに硬直から解けた青怪鳥が火球を飛ばした。やはり、普通に移動してはこの火球は躱せない。

「マスター!? どうするんですか!」

「桔梗! 右翼だけ広げて!」

「は、はい!」

 右翼が少しだけ広げられる。空気抵抗などでバランスが取り辛くなってしまったが構わず、直進した。

「それとさっきの力だけど僕の意志で使う事は出来る!?」

「もちろんです!」

「わかった!」

 もう、火球はすぐそこまで迫っている。

(……ここッ!)

 ――バンッ!

 右翼に力を込めた刹那、大きな炸裂音と共に僕の体が横に回転しながら左へスライドした。しかし、その先には二つ目の火球。今度は右翼を閉じて、左翼を広げる。そして、左翼に力を込めて右にスライド。その後も何度か火球を回避する。その間に鎌の刃先に魔力を集中。

「ギャオッ!?」

 気付けば、青怪鳥の懐に飛び込んでいた。驚愕のあまり、仰け反る青怪鳥の左胸に向かって鎌を振るう。鎌の刃が青怪鳥の胸を少しだけ抉り、血が噴き出した。

「うッ、おおおおおおおおおっ!」

 血を見て一瞬、怯んでしまったが鎌を引き抜く。ダメージは与えたが、これだけでは倒したとは言えない。

(だからこそ、桔梗の新たな力――『振動を操る程度の能力』を使う!)

 右翼を勢いよく、青怪鳥の左胸に出来た傷に突き刺す。再び、血が溢れた。

「桔梗! お願い!」

「わかりました!!」

 頷いた桔梗。そして、右翼が激しく振動する。見た目では動いているようには見えない。だが、右翼からブーンと言う音が聞こえた。

「ギャオオオオオオオオオッッ!!?」

 青怪鳥が大暴れするが深々と刺さった右翼は外れない。それどころか振動する事によって肉が引き千切れ、どんどん青怪鳥の体内に右翼が侵入して行く。

「ギャ、オ……」

 いつしか青怪鳥が悲鳴を上げなくなり、落ち始める。

「こ、これで……ッ!?」

 安心した刹那、僕の体も青怪鳥を追うように地面に向かって落下し始めた。

「ま、マスター!? 大変です! 右翼が抜けません!!」

「え!? ちょ、待っ……うわあああああああああッ!?」

 後で気付いたが、桔梗が元の姿に戻ってもう一度、翼に変形すれば解決したのだが、焦っていた僕と桔梗はそんな事にも気付けずにそのまま、青怪鳥と共に森の中に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開くと見慣れた自室の天井が見えた。過去の記憶を見た時は朝でも意識がはっきりしている。そのおかげかすぐに過去の記憶について考える事が出来た。

(5歳児にしては頭の回転が良すぎるな……まぁ、あの頃から家の事を自分の力だけでやらなくてはいけなかったから自然な事なのかもしれないけど)

 過去の俺はあの状況で桔梗の新たな力を見つけただけでなく、アリスが桔梗に施した魔法についても理解したのだ。

 アリスが桔梗に施した魔法。それは『物欲センサー』と『桔梗が食べた素材で武器を得る力』だ。

 更に桔梗が過去の俺を守ろうと覚悟を決めた時に生まれた『自分の体を変形させる程度の能力』。

 この二つがほぼ同時に出て来てしまった為に過去の俺は勘違いしていたのだ。“必ずしも桔梗が素材を食べたら、武器になる”と。

 アリスも言っていたではないか。『食べた素材で変形できる物が増えるとは言い切れない』。言ってしまえば、素材が変形以外の武器になる可能性もあるのだ。

 変形以外の武器。普通なら剣や銃など、桔梗でも扱えるような武器を想像するが、もう一つだけあるのだ。得物以外でも武器になる物が。

 それは『能力』。幻想郷の住人がスペルにも多用するように桔梗には新しい『能力』が生まれていたのだ。

 しかし、問題は桔梗にどんな能力が生まれたのか。アリスも言っていたように食べた素材によって決まるだろう。

 桔梗が食べたのは過去の俺が持っていた携帯電話。主な機能は『電話』や『メール』といった通信機能。更に今の携帯はインターネットにも接続できる。

しかし、過去の俺を守ろうとしている桔梗は通信機能よりも攻撃手段が欲しいを思うだろう。推測だが、素材によって得られる武器は桔梗のイメージの他に桔梗自身の気持ちによって決まると思う。

 話を戻そう。携帯電話の機能の中で攻撃に使えそうな機能。これは偶然だが、桔梗に携帯電話を食べられる前に過去の俺はそれを経験している。

 そう、“バイブレーション”だ。

 バイブレーションは電話やメール、アラームの時に持ち主が気付きやすくする為に携帯電話そのものが振動する機能である。

 そのおかげで桔梗は『振動を操る程度の能力』を得たわけだ。

 過去の記憶が途中で終わってしまったので、どれほどの威力かはわからないが、本気で翼を振動させれば爆発的な威力を発揮できるらしい。

 火球がぶつかった瞬間に翼を振動させ、衝撃を相殺したり、片翼だけ振動させればその反動で体が反対側にスライドされる。それを駆使して青怪鳥を倒した。

「すげーな……」

 まるで他人事のように思えるが、過去の自分がやった事なのだ。実感は湧かないが。

 思わず、欠伸が漏れたところで過去について考えるのをやめ、スキホに手を伸ばす。霊夢に『1週間、幻想郷に来るな』と言われてから1週間が経つ。今日から万屋の仕事が再開するのだ。

「……ん?」

 スキホを操作し、今日の依頼確認をしたのだが――1通も依頼がない。

(おかしい……こんな事、一度もなかったのに)

 その瞬間、嫌な予感が頭を過ぎった。

 



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第166話 闇の首謀者

 スキホを開いたまま、数分間、思考する。

「……よし」

 今日は運よく、大学の講義はない。

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 いつまで経っても起きて来ない俺が心配になったのか望が部屋に入って来た。

「ちょっと、今から幻想郷、行って来る」

「え? そんなに依頼があったの?」

「いや、少し気になってる事があって……」

 身支度を済ませ、部屋を出る。望も一緒について来た。

「あ、でも待って今――」

 望が何か言い終わる前に居間に繋がるドアを開ける。

「行くの? 響ちゃん」

 居間に入るとそこには霊奈が立っていた。

「霊奈? どうして、ここに?」

「……今、幻想郷で悪い事が起こってる気がして」

 霊奈にも博麗の巫女特有の鋭い勘が備わっている。その勘が働いたのだろう。

「多分な……だからこそ、俺は行くよ」

「どうして? わざわざ、危険な場所に?」

「俺は紫の部下で、幻想郷で働いている万屋で……そして、霊夢に『もしもの時は頼んだ』って言われたからだ」

 そう言って、居間にあった荷物を持って玄関から外に飛び出した。一刻も早く、幻想郷に行きたかったのだ。

「待って、響ちゃん!」

 しかし、俺の後を追って霊奈が駆けて来る。

「止めても俺は行くぞ?」

「誰も止めようなんてしてないでしょ? 私も行く」

「は?」

 意外過ぎて思わず、聞き返してしまった。

「どうせ響ちゃんは幻想郷に行くでしょ? でも私、黙ってそれを見逃すのも無理……だから、私も連れてって」

 霊奈は本気だ。目を見ればわかる。しかし、先ほど霊奈が言ったように幻想郷で何かが起こっているのも明らか。

「……わかった。近くの公園にあるトイレから幻想郷に向かう。行くぞ」

「うん!」

 それでも、霊奈のお願いを断る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 公園に到着した後、いつものように男子トイレに入ろうとするが、霊奈に止められてしまう。

「ちょ、ちょっと待って! 私、女だよ!」

「あ、そうか。霊奈もいるんだよな……」

 でも、外でスキマを使って誰かに見られでもしたら大変だ。

(……仕方ない)

「女子トイレに入るぞ」

 俺の見た目は女だ。知らない人が女子トイレで俺と遭遇しても違和感を覚えないだろう。それどころか男子トイレにいたらいつもギョッとされるのだ。

「え!?」

 俺の提案を聞いて目を丸くする霊奈。

「緊急事態だ。見逃してくれ」

「わ、わかった……」

 そうと決まれば早い。俺と霊奈は女子トイレに入り、一つの個室に一緒に入った。

「せ、狭い……」

「我慢しろ。それより空、飛べるようになったか?」

 実は攻めの結界と刀の扱いを習っている間、霊奈は霊力で宙に浮く修行をしていたのだ。

「それなりに飛べるようになったよ。迷惑はかけないから」

「了解。じゃあ、スキマを幻想郷の上空に開くから気を付けてね」

「どうして?」

「幻想郷の状況を見ておきたい。上から見た方がわかるだろ」

 確かに、と頷いている霊奈を尻目に懐から1枚のスペルを取り出して宣言。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 すると、俺の服が紫と同じ物になる。すかさず、扇子を横に払ってスキマを展開した。

「準備はいいか?」

「うん」

「じゃあ……行くぞ」

 そう言って俺はスキマに飛び込む。俺に続いて霊奈もスキマを潜り抜ける。少しの間、目玉が浮いている不気味な空間を通過し、幻想郷に到着。

「何だよ……これ?」

 スキマを閉じるのも忘れるほど眼下に広がる光景に俺は唖然した。霊奈も言葉を失っている。

「本当にこれが、幻想郷?」

 霊奈が俺に質問した。俺も出来たら誰かに聞きたいほどだ。何故なら――。

 

 

 

 ――幻想郷全体が氷漬けだったのだ。

 

 

 

「……やっぱり、何かがあったんだ」

 霊奈の問いかけで我に返り、すぐにスキマを消して高校生の時に着ていた制服を身に付けた。もちろん、スキホを操作すれば着替えなどしなくても制服を着ることができる。

「どうする?」

「とりあえず、博麗神社に行こう……」

 氷漬けの幻想郷を観察しながら移動する。霊奈を見ると少し、フラフラしているがちゃんと飛んでいた。

 とにかく、霊夢が心配だ。

「ちょ、ちょっと待って! 速いよ! 響ちゃん!」

 振り返ると霊奈が涙目になって追いかけて来ていた。どうやら、無意識の内にスピードを上げていたらしい。それから、霊奈の速度に合わせてスピードを調節しながら博麗神社に向かった。

 

 

 

 

 

 

「博麗神社も氷漬けだな」

 博麗神社に到着した俺たちは地面に足を付けないようにしながら(もし、足を付けて自分も氷漬けになったら困るからだ)博麗神社の中に入る。神社の中も外と同じように凍っていた。

「どうなってるの?」

 俺が着ている制服の裾を摘まんだまま、霊奈が問いかけて来る。

「俺にもわからん……」

 答えたその時、霊夢の姿を見つけた。しかし、俺も霊奈も霊夢に声をかける事が出来なかった。

 声などかけられるはずない。“霊夢も氷漬けなのだから”。

「霊夢!」

 慌てて霊夢の元まで移動する。前から見ても後ろから見ても凍っている。

「もしかして……死んでる?」

「魔法『探知魔眼』!」

 『魔眼』で霊夢を視るとちゃんと霊気を感じ取れた。生きている。

「大丈夫……凍ってるだけで死んでない」

 言うなれば、『コールドスリープ』だろう。本来、生物が凍結すると細胞が壊れてしまうのだが見た感じ、大丈夫そうだ。どうやら、この氷は普通の氷と違うらしい。

「融かせるかな?」

「……いや、氷からも少しだけ力を感じる。多分、この力の持ち主を倒さないと融かせない」

 問題はこの異変の首謀者だ。手当たり次第に探しても無駄に時間を喰うだけ。

「どうする? 響ちゃん」

「今、考えてる」

 何かヒントになる物はないかと霊夢をよく観察する。目を閉じていて何かをしていたようだ。霊夢の周りには色々な道具が散らばっている(もちろん、全て凍っている)。

「これは……何か儀式をしてたみたいだね」

 霊奈も道具に気付いたのか、ボソリと呟く。

「儀式?」

「うん。この術式は……お札を作る時に使う術式かな? アレンジが加えられててどんなお札を作っていたのかまではわからないけど……」

「お札……」

 思い出せ。首謀者はだいたい、予想はついている。しかし、首謀者はどうやって幻想郷を氷漬けに出来たのだろうか? あいつにはこのような能力はなかったはずだが。

「あれ? よく見れば、お札は凍ってないよ?」

「何!?」

 霊奈の手に握られたお札を見ると凍っていなかった。よく見るとお札はリボンのように頭に付けられるようになっている。

「人間すら凍らせるほどの氷なのにどうしてお札だけ……」

「氷を無効化する力を持ってるのかな?」

(お札……氷……)

 その時、少し前に阿求の家で読んだ内容が頭に浮かぶ。

 そして、全てが繋がった。

「……わかったぞ」

「え!? ホントに!?」

「ああ……まず、このお札が凍ってない理由だ。霊奈の言う通り、このお札は氷を無効化出来るみたいだ。でも、それが本来の力じゃない」

「つまり?」

 よくわからなかったようで霊奈が先を促した。

「このお札はある力を封印する為の物なんだ。その結果、氷の力を無効化させたんだ」

「じゃあ、この異変の首謀者を封印する為のお札なの?」

「そう言う事だ」

「でも、霊夢がその首謀者を封印する事は出来なかったの?」

「ここからは推測だけど……霊夢が用意したお札は2つあったんだと思う。だが、その首謀者の力があまりにも強すぎて封印できなかったんだ。そして、一つ目のお札は破壊されてしまった……その後、二つ目のお札を強化している最中に氷漬けにされた」

 霊夢の勘なら間に合わない事もわかっていたはずだ。だから、お札を作り、俺たちに託した。

「でも、こんな強大な力を持った妖怪がいるの? 普通なら皆、黙ってないと思うけど……」

「その子は普段から封印されてるんだ。お前も会った事、あるぞ」

「え!? 誰!?」

「ルーミアだ」

「ルーミア……あの闇の力を使ってた子だよね? 氷の力なんて使ってなかったと思うけど……」

 思い出したのかすぐに否定する霊奈。

「闇は全てを引き込む。物も気持ちも光も……そして、熱も。それを利用して幻想郷を凍らせた」

「そんな事、出来るの?」

「この状況が答えだ」

 それからすぐにお札をスキホに収納し、もう一度霊夢を見る。

「……霊夢がこの状態なら他の人も同じだろう。だから、ルーミアを倒せるのは俺とお前しかいない。敵は相当、強い……それでも、一緒に来るか?」

「もちろん」

 俺の問いかけに霊奈は即答した。それを聞いて小さく溜息を吐いた後、霊奈に博麗のお札の束を渡す。

「これって……」

「お前、自作のお札を使ってただろ? でも、それよりもこっちの方は性能がいいはずだ」

「でも、響ちゃんの分は?」

「博麗のお札は常に大量に持ってるんだ。俺の分もある」

 それに大量に持っていたとしても霊力が少ないので大量に展開出来ない。なので、たくさん博麗のお札を持っていたとしても宝の持ち腐れなのだ。

「あ、少し待って」

 スキホからシャープペンシルを取り出し、落としてみる。ペンは凍る事なく、床に転がった。

「降りても大丈夫だな……少し、準備してから出発だ」

「了解」

 頷く霊奈。

 幻想郷を救えるのは俺と霊奈のみ。敵は闇を操る少女。どれだけ戦えるかわからないが、出来る限りの事をしよう。そう心に決めて俺は上着を脱いだ。

 




異変の始まりです。


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第167話 氷河異変

「ルーミア、どこにいるんだろうね?」

 準備を終えた俺たちは幻想郷の上空を飛んでいた。その時、不意に霊奈が問いかけて来る。

「多分、幻想郷で唯一、氷漬けになってない所だ」

「え? どうして?」

「あいつは俺たちを待ってる。俺たちと戦うつもりなんだよ。でも、地面が凍ってたら動きにくいだろ?」

「なるほど……でも、何でそう思うの?」

「勘だ」

 霊奈の疑問を一言で片づけ、目線を幻想郷に戻す。

「……あ! 響ちゃん、あれ!」

 突然、霊奈がある方向を指さしながら叫ぶ。そちらを見ると氷漬けになっていない木がいくつかあった。

「あそこだな。霊奈、最後に確認しておく」

「何?」

「今のルーミアは相当、強い。怪我だけじゃすまされないかもしれないぞ?」

「何言ってるの? 私は自分の意志でここにいるの。そんな心配しなくても大丈夫。“覚悟はできてるから”」

 頷きながら霊奈。

「……よし! 行くぞ!」

「うん!」

 進路を変更し、ルーミアがいるところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 数分で目的地の広場に到着。着陸した俺たちの前にはこちらに背を向けている女性がいた。

「やっと、来たか。音無 響」

 気配でわかったのか女性が振り返る。

「……ルーミア、なのか?」

「ああ、そうだ。わからない?」

 右手を腰に当てながらルーミア。しかし、その姿は前のルーミアとは大きく異なっていた。

 金髪はショートから腰まで伸びている。服装は前と同じで黒いワンピースとYシャツ。それに赤いネクタイ。

 確かにルーミアが成長した姿だと言われたら納得がいく。だが、頭には何も付いていない。そう、お札が外れているのだ。

「まぁ、お前がルーミアなのはわかった。じゃあ、聞くけど何でこんなことしたんだ?」

「この“氷河異変”のこと? 簡単だよ。お前と戦いたかったんだ。まぁ、なんかおまけがいるけど……」

 霊奈を邪魔だと思っているようでギロリと睨んだ。あまりの眼力に霊奈が半歩だけ後ずさる。

「お前に霊奈の何がわかる?」

 すかさず、霊奈の前に出て反論した。

「決まってる。意志の強さだ」

「意志?」

 意味がわからず、首を傾げてしまう。

「気持ちだよ。気持ちが強くなければどんなに強大な力を持っていても宝の持ち腐れ。100%の力を発揮できないどころか自分の身を滅ぼすことになる。だから、邪魔」

「わ、私だって覚悟ぐらいできてる!」

 バカにされ続けるのに嫌気が差したのか霊奈が叫んだ。

「……まぁ、いい」

「ん?」

 今、一瞬だけルーミアの顔が歪んだような気がする。その表情は怒りではなく、悲しみだった。

(でも……何で?)

 この状況でそのような表情を浮かべる理由がわからない。ただの見間違いだったのだろうか?

「響、準備はいいか?」

 問いかけながらニヤリと笑うルーミア。

「ああ、そうだな。氷河異変……だったか? そいつを早く解決させちゃおう」

 構えながら俺は頷く。霊奈も大量の博麗のお札を投げて両手両足に鉤爪を装備する。

「おっと、その前にやることがあった」

 そう言ってルーミアが指をパチンと鳴らした。その刹那、青かった空が真っ黒に染まる。

「な、何!?」

 霊奈が目を見開いて驚愕するが、俺は動けなかった。

「……お前、やってくれたな」

「邪魔者はこれ以上、いらないからな」

 俺を見下すような笑みを浮かべるルーミア。

 ルーミアは闇の力で俺たちを囲ったのだ。だいたい半径50メートルの闇のドーム。

「響ちゃん、これは?」

「闇のドームだよ。これのせいで外部と完璧に遮断された」

「え? それってまさか!?」

「……この空間から出ないと俺は雅たちを呼べない」

 ドームが展開された途端、いきなり雅たちとの通信が切れたのだ。丁度、事情を説明し召喚しようとしていたのですぐに気付いた。

(これは……まずい)

 ルーミアから感じられる力は俺を遥かに凌駕する。それどころか霊奈の霊力よりも大きい。

 その対策として数でルーミアを翻弄し、少しずつダメージを与えようと思っていたのだ。しかし、それも封じられた。

「ここからは私とお前の真剣勝負だ。覚悟はいいか?」

「……ああ!」

 封じられたのなら仕方ない。こうなったら、全力で戦うしかない。

「じゃあ、行くぞ!」

 ニヤニヤしながらルーミアが右足で地面をドン、と蹴った。その瞬間、地面から黒い柄が伸びる。

「はぁっ!」

 その隙を逃すまいと霊奈が一気に跳躍した。

「霊盾『五芒星結界』!」

 印を結び、星型の結界を展開。霊奈に危険が迫った時、すぐに助けられる場所に配置した。

「無駄だ!」

 柄を握ったルーミアがそのまま、上に引く。地面からとてつもなく刃幅が広い剣――大剣が出て来た。その剣は光さえも飲み込みそうなほど黒かった。

 霊奈が横薙ぎに右爪を振るう。しかし、鉤爪はルーミアに当たる前に大剣と衝突。甲高い音が森に響き渡った。

「くっ……」

 悔しそうな表情を浮かべる霊奈を尻目にルーミアはやっと、地面から大剣を抜いた。

(な、何なんだよ……あの大きさ!?)

 ルーミアが手に持っている大剣は持ち主の身長など軽く超えている。

「さぁ、死にな。雑魚」

 今まで笑っていたルーミアの顔から全ての感情が消えた。

「霊奈っ! 逃げろ!」

 俺が叫んだ時には闇を操る妖怪は大剣を霊奈に向けて振り降ろしていた。このままでは霊奈の体は叩き斬られてしまう。

 すかさず、『五芒星』を大剣の前に移動させる。だが、2秒ほどで一刀両断されてしまった。

「あ、ありがとう」

 大剣と『五芒星』がぶつかっている間に霊奈はバックステップで俺の隣まで避難することに成功。

「これで終わりだと思うなっ!」

 大剣を構え直したルーミアが俺たちに向かって突進して来ていた。あんな重い武器を持っているとは思えないスピードだ。

「開放『翠色に輝く指輪』!」

 『五芒星』でさえ、ルーミアの一撃には耐えられない。出し惜しみしていたら負ける。すぐに指輪のリミッターを解除し、スペルを構えた。

「神撃『ゴッドハンズ』! 拳術『ショットガンフォース』!」

 両手を巨大化させ、それに妖力を纏わせる。

「はあああああっ!」

 少しでも時間を稼ごうとしてくれたのか霊奈が鉤爪で地面を抉り取り、ルーミアに向かって投げた。

「小細工なんか効かないっ!」

 岩を大剣で粉々に砕き、速度を上げるルーミア。

「魔法『探知魔眼』!」

 霊奈のおかげで『魔眼』を発動させる時間ができた。後は頑張るだけ。

「はあああああっ!」

 ルーミアが雄叫びを上げながら左手に持った大剣を右から左に払う。それに合わせて俺も大剣に向かって裏拳を放つ。流れもルーミアと同じ、右から左。

 

 

 

 ――ガキーンッ!

 

 

 

 大剣と拳がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃波が生まれ、地面を穿つ。それでも俺とルーミアは力を注ぎ続けた。

「このっ!」

 霊奈がルーミアの背後に回り、鉤爪で攻撃。

「邪魔だって言ってるだろ!」

 動けないルーミアは舌打ちした後、大剣の柄を両手で掴み、力を込めた。

「うおっ!?」

 先ほどまで均衡していたのにもかかわらず、俺の拳は簡単に弾き飛ばされてしまう。その拍子に『神撃』が解除されてしまった。

 そのままルーミアは勢いを利用し、背後の霊奈に反撃する。

「がっ……」

 霊奈はすぐに両手両足の鉤爪を大剣にぶつけることで体への直撃は避けたが、近くの木に叩き付けられた。

「やっぱり、お前から殺す」

 ルーミアが大剣を地面に突き刺す。そして、そこから黒い衝撃波が地面を割りながら痛みで動けない霊奈に向かって突進する。

「霊奈っ!」

 これは弾幕ごっこではない。ただの殺し合いだ。なので、スペルを宣言する必要はない(スペルを唱えた方がイメージしやすいので何もない時はいつもどおり宣言するのだが)。心の中で【飛拳『インパクトジェット』】を唱え、黒い衝撃波を追い越し、霊奈の前に着地した。

(衝撃波を防げるようなスペルは俺にはない……なら!)

 神力で創った鎌を手に出現させ、地面に突き刺す。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 そのまま、鎌の刃を伝って地面に霊力を放つ。地面が爆発した。

 黒い衝撃波も地面が割れたせいで軌道が変化し、俺たちのわずか右を通り過ぎていく。

「へぇ……あの状況からよく守ったな」

「はぁ……はぁ……」

 余裕なルーミアに比べて俺はすでに肩を荒くしていた。指輪のリミッターを外したことによっていつもより使う力の量が増えているのだ。

「よっと……じゃあ、続きと行こうか」

 大剣を地面から抜き、ルーミアが言う。

「……ああ」

 俺も頷き、鎌の刃を地面から抜いた。

 



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第168話 ゾーン

「ッ――」

 鎌を持ち直した時にはルーミアはすでに目の前まで来ていた。そして、大剣を上から振り降ろす。

 このまま避けてしまったら後ろにいる霊奈が攻撃を受けてしまう。

(なら――)

「ふんっ!」

 姿勢を低くして大剣を鎌の柄で受け止めた。その瞬間、今まで経験したことのない衝撃が俺の両手を襲う。

「くっ……」

 鎌を落とすことはなかったが、重い一撃だったため、地面に膝をついてしまう。

「ほらほら! このままじゃ潰されるぞ!」

 上からルーミアの声が聞こえるが答えられなかった。それほど、俺に余裕がなかったのだ。

 柄が折れないように神力を使って太くするが焼け石に水。大剣の重さには勝てず、どんどん押されてしまう。

「くそっ……」

 何かこの状況を打破できないか考えていると突然、大剣が軽くなった。

「ちっ……雑魚が」

 悪態を吐くルーミアを無視して後ろをチラリと見ると霊奈が両手の鉤爪で大剣を押していた。

「一人じゃ無理でも二人なら!」

 ルーミアの大剣がジリジリと押され始める。

「なめるなっ!」

 そう叫んだルーミア。次の瞬間、大剣が更に巨大化する。

「「っ……」」

 再び、大剣が迫る。二人でもこれほど大きな大剣を押し返すのは難しい。

「霊奈! 少しの間、頼む!」

「まかせて!」

 霊奈が頷いたのを見て鎌を消す。大剣がまた近づいて来たが、霊奈が踏ん張ってくれたおかげで俺たちには届かなかった。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 両手を筒状にして口の前まで移動。そして、ルーミアに向かって一気に妖力を吹きつけた。

「なっ!?」

 このような形で反撃されるとは思っていなかったのか、ルーミアの体は後方に吹き飛ぶ。大剣もルーミアの後を追った。

「響ちゃん!」

「おう!」

 霊奈の掛け声に返事をして、鎌を出現させ後ろに引いた。霊奈はその場でジャンプし、鎌の柄に両足の鉤爪を器用に使って着地する。

「いっけええええ!」

 霊力と妖力で両腕の力を水増しさせ、霊奈を乗せたまま鎌を振るう。

 その拍子に柄の上にいた霊奈がルーミアに向かって射出された。

「えっ!?」

 ルーミアが目を丸くして驚愕。霊奈は空中で体を捻り、回転し始める。更に両腕を前に伸ばしたのでその姿はドリルにしか見えなかった。

「ふざけろっ!」

 慌てて大剣を体の前に移動させるルーミア。それと同時に霊奈の爪が大剣と衝突。大剣から凄まじい量の火花が散る。数秒間の均衡。だが、ルーミアが大剣を傾けたことによって霊奈のバランスが崩れ、地面の方に軌道を変更させられた。

 霊奈は回転するのをやめ、宙に浮きながら俺の方に戻って来た。

「もう一回!」

 霊奈の真下に移動した俺がもう一度、鎌を引く。霊奈が柄に着地。先ほどと同じように霊奈を発射した。

「また!?」

 顔を歪ませたルーミアは大剣を構えて霊奈に備える。

「電流『サンダーライン』!」

 鎌を捨てて両手から電撃を放つ。電撃はルーミアの大剣に当たり、そのまま大剣を伝ってルーミアにヒット。

「――ッ」

 それほどダメージは与えられなかったようだが、手が痺れたのかルーミアは大剣を落とした。その隙に霊奈が鉤爪でルーミアの胸を引き裂く。

「なっ!?」

 だが、驚いたのは俺だった。本来、人間でも妖怪でも怪我をすれば血が出る。ルーミアだってそうだった。

 しかし、ルーミアの胸から流れ出たのは黒だった。まるで、黒い血のような液体だ。

「やってくれたな……」

 黒い液体を見せないように両手で胸を押さえながらルーミアが呟く。

「霊奈っ! 離れろ!」

 何か嫌な予感がして無我夢中に叫ぶ。俺の指示を受けて霊奈がバックステップしてルーミアから距離を取る。

「遅い!」

 ルーミアが睨んだと思った時には霊奈に大剣が迫っていた。

「くそっ! 雷輪『ライトニングリング』!」

 両手首に雷の輪を装備し、ルーミアと霊奈の間に割り込む。

「響ちゃんっ!?」

 突然、現れた俺に驚く霊奈を右手で押してルーミアの大剣が届かないところまで避難させる。その隙にルーミアが俺に向かって右手に持った大剣を裏拳を放つように右から左に薙ぎ払う。

 俺は右腕でガード。ここに来る前に『結鎧』を発動しておいたのでルーミアの大剣を弾くことに成功した。指輪のリミッターも解除しているし、『雷輪』で運動能力も格段に上がっている。きっと、どれか一つでも抜けていたら俺の体は大剣によって真っ二つにされていたはずだ。

「まだまだっ!」

 弾かれた勢いを利用し、ルーミアは先ほどとは逆方向に体を回転。その間に大剣を右手から左手に持ちかえた。そのまま、今度は左から右へと薙ぎ払う。

「くっ……」

 俺も左腕で大剣をブロック。しかし、ルーミアは止まらない。

 大剣を薙ぎ払い、弾かれ、持ち替えた後、再び薙ぎ払い。これを何度も繰り返して来た。

(まずっ……)

 怒とうの連続攻撃にどうすることも出来ずにひたすら防御する。

「はあああああッ!」

 ルーミアが雄叫びを上げて大剣を薙ぎ払った瞬間、右腕のアーマーが破壊された。続けて左腕のアーマーも粉々に砕かれる。

 ルーミアの口元が歪む。その笑みは俺に恐怖を与えた。

「このっ!」

 『結鎧』のもう一つの機能――アーマー展開を使用し、ルーミアを吹き飛ばす。

「やっと、壊れたか」

 ルーミアがニヤニヤしながら呟く。見れば、ルーミアの胸の傷は治っている。

(どういうことだ?)

 霊奈が付けた傷はそこそこ大きかったはずだ。それなのに『超高速再生能力』もなしにこんな短時間で治るだろうか。

「油断か?」

「ッ!?」

 考え事は一瞬だけだったが、それはルーミアにとって大きなチャンスとなった。

(――――あれ?)

 目の前の大剣がゆっくりと俺に迫って来る。しかし、その光景に違和感を覚えていた。

(時間がゆっくりになってる?)

 そう、大剣のスピードが著しく落ちているのだ。

(今の内に……え?)

 大剣を躱すべく体を動かそうとするが、上手く動かない。いや、動いてはいるのだが、その動きはとても遅い。

(俺の動きも遅くなってる!?)

 つまり、世界が遅くなっているのではなく、俺の神経だけが研ぎ澄まされているのだ。俗に言う『ゾーン』。

 まぁ、俺の動きも遅くなっているので無意味だと思うが大剣の軌道や周りの様子なども見ることができるのでラッキーと言うべきだ。

(まず、大剣だ。速度的に回避は不可能。ジャンプしても当たるし、しゃがんでも斬られる。今から攻撃しても大剣はビクともしないだろう……ならば違う手を考える)

 大剣から目を離し、今度は霊奈を見る。

 俺の方に向かって走って来ているようだ。しかし、この距離では間に合わない。鉤爪を伸ばしても駄目だ。

(霊奈も駄目か……なら、俺自身に攻撃して吹き飛ぶか?)

 それでも、大剣のリーチなら後方に吹き飛んでも俺の体を捉えるはずだ。

 じゃあ、左右? いや、これも駄目だ。左に飛べば死刑執行が早まるだけだし、右に飛んでもすぐにもう一撃来る。

 前は論外。こんな大きな大剣を操るほどの腕力を持っているのだ。接近したら、片手で頭をひねり潰される。

(やっぱり、大剣を受け止めるしかないか……)

 それでもあの大剣を止める術はない。大技を繰り出すには時間がなさすぎるし、小技じゃ受け止め切れない。

(すぐに出せることができて攻撃力が高い技……)

 思考を巡らせるもこの状況で通用する技がないことなど明白だった。

 考えている間にも大剣は俺に迫って来ている。今は時間がゆっくりになっているが、実際の時間で大剣が俺の体を捉えるのに1秒もかからないだろう。

(何か……何かヒントは?)

 もう一度、周りを見る。

 こちらを見ながら笑っているルーミア。俺に向かって走って来ている霊奈。氷漬けの木や土。

(……あった)

 成功するかはわからない。でも、発動するのに1秒もかからず、この大剣を止められるほどの攻撃力がある技はこれしかない。ぶっつけ本番だが、やるしかない。

(発動するための準備は『雷輪』があるから大丈夫。あとは発動してから大剣を止められるか……)

 これからはミス一つすら許されない。ミスしたら俺に待っているのは死。あの大剣で斬られれば霊力で再生する前に命を刈り取られるだろう。

 慣れた手付きで俺は懐からある物を取り出し、真後ろに投げた。

 そして、急いで術式を組み上げる。

(出来たッ!)

 しかし、術式が完成した刹那、『ゾーン』が解けて時間が元に戻る。

「死ねっ!!」

 ルーミアが今まで一番歪んだ笑みを浮かべながら叫ぶ。

 ――ガキーンッ!

 だが、ルーミアの叫びは甲高い高音によってかき消された。

 



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第169話 過ち

すみません、タイトルの入れ忘れで第174話となっていました。
正しくはタイトルにあるように『第169話 過ち』です。


「なっ……」

 ルーミアの目が見開く。驚愕しているのだろう。

「な、何とか……間に合ったな」

 冷や汗を流しながらも口元が緩む。人間やれば何でもできるのだ。

「そ、それは一体?」

 ルーミアの声が震えるのがわかった。まぁ、無理もない。あの渾身の一撃を止められたのだから。

「……知ってるか? 結界には2種類あるって。一つは普通に守るための結界。そしてもう一つは――」

 そこでチラリと霊奈を見る。どうやら、俺の幼なじみもルーミアと同様、驚愕で動けないようだ。

「――攻撃するための結界……そう、これが俺の攻めの結界だ!!」

 視線を霊奈から大剣を移す。漆黒の大剣が俺を殺そうと迫っているがその動きは止まっている。いや、止められているのだ。たった一本の剣に。

 その剣は白かった。刃先は薙刀のように少しだけカーブしている。だが、薙刀と違うのは持ち手がないことだ。刃の根元からは黒い何かが伸びており、それを辿ると俺の後頭部に到達する。

 その黒い物は蛇のように蜷局を巻き、剣を支えている。まるで、それはバネのようだった。さすがに剣だけじゃ大剣を受け止め切れないのでこの黒い物で即席のバネを作り、衝撃を吸収したのだ。

「な、何で? 髪の毛が剣に?」

 ルーミアが再び、問いかけて来る。

 

 

 

 そう、この剣は俺のポニーテールだ。

 

 

 

 『雷輪』の効果で博麗のお札を一瞬にして後方に投げ、霊力でお札を操り、ポニーテールに貼り付けたのだ。術式を組むのに時間がかかってしまった(それでも『ゾーン』のおかげで1秒かかっていない。それに霊奈との特訓で反復練習をしたので今では霊奈よりも早く術式を組めるようになった)ので、ギリギリだったが何とか間に合った。

「あり得ない! なぜ、髪がそんな動きができる!?」

 悲鳴のような声でルーミアが俺に質問をぶつける。確かに俺のポニーテールはバネのようにぐるぐるしていた。髪は普通、こんなに自由自在に動かない。

「神力だよ」

「え?」

「ポニーテールの中に神力で創られた棒を入れてるんだ。その棒は針金のように簡単に曲がるし、伸びる。だから、こうやってポニーテール自身が動いてるように見えるんだ」

「はり、がね……」

「それだけじゃない。この剣、本体は刃先から1メートルもない。でも、見た目はどうだ? 1メートルより長いだろ? これも神力で伸ばしてるんだ」

「くっ……まぁ、いい。なら、これならどうだ!!」

 ルーミアの体から黒いオーラがにじみ出て球体になる。

「させるかっ!」

 すかさず、ポニーテールを操り、大剣の刃の上を滑らせた。その時、刃と刃がこすれ大量の火花を散らす。

「っ……」

 俺の剣が移動したことによって大剣のバランスが変わり、ルーミアの態勢も崩れる。俺はそれを見越していたので一気にルーミアの懐に潜り込むことに成功した。

「雷雨『ライトニングシャワー』!」

 右手から大量の雷弾を放つと全ての弾がルーミアの体にヒット。

「あぐっ」

 態勢も崩れていたのでルーミアの体はそのまま後方に吹き飛ばされた。素早く、大剣から剣を離し、一気に前に向かってポニーテールを伸ばす。

「がッ!?」

 剣がルーミアの腹部に突き刺さる。だが、先ほどと同じように血の代わりに黒い液体が噴き出した。

(やっぱり……何かおかしい)

 離れるために剣を抜いてバックステップする。

「響ちゃん! やったね! とうとう、攻めの結界を!」

 笑顔でそう言いながら霊奈が駆け寄って来た。

「霊奈! 油断するな!」

「え?」

「ルーミアの様子がおかしい! 何かあるぞ!」

 ルーミアが出したあの黒い球体。多分あれは“闇”だ。ルーミアの能力は『闇を操る程度の能力』。あれぐらいできてもおかしくはない。

 つまり、ルーミアの体から噴出した黒い液体も闇。この推測が本当ならば――。

「まずいっ! 霊奈! 刀だ! もう、鉤爪じゃ対応しきれない!」

「わ、わかった!」

 霊奈は術式を組むのが下手だ。だから、時間がかかる。

 術式を必死に組んでいる霊奈を守るように俺は1歩、前へ出た。

「あーあ……やっちゃったな」

 地面に倒れていたルーミアがゆっくりと起きる。その周りには大量の黒い液体。

「これで私の作戦は失敗だ……殺さないように頑張っていたのによくも邪魔をしてくれたな」

「……」

 俺は何も言い返せなかった。ルーミアではなく黒い液体に気を取られていたからだ。あの黒い液体から得体の知れない何かを感じる。それは決していいものではない。

 悲しみや苦しみ、憎しみなどの黒い感情を凝縮したような。そんな感じがする。そう、まるで幽霊の残骸のようだった。

「せっかく、元に戻れると思ったのに……全部、お前らのせいだ。お前らのせいだ!!」

 ルーミアの表情が険しくなる。そして、その背中に黒い液体が集まり、巨大な手になった。さらに余った液体はルーミアの大剣に集中する。

「霊奈! まだか!?」

「もうちょっと!!」

 液体が大剣に染み込んでいくにつれ、大剣が大きくなっていく。これだけ大きければ大剣というより大木だ。

「じゃあ、死にな」

 敵は巨大な手で大剣を掴み、横薙ぎに振るった。それと同時に霊奈の刀も完成する。しかし、鎧までは間に合わなかったようだ。

「防御!」

 ポニーテールを操作して、大剣を受け止める準備をする。これでも大剣を受け止めるには足りないので両手に神力で創った剣を持つ。

「はあああああっ!」「せやあああああああっ!」

 俺と霊奈が絶叫しながら迫り来る大剣に向かって4本の剣を振るう。だが――。

「なっ!?」「嘘っ!?」

 4本の剣で受け止められたのはほんの1秒だけ。すぐに俺たちは押し負けてぶっとばされた。

 攻めの結界を使った剣と刀合わせて2本。ありったけの神力を込めて創った剣も2本。正直、俺たちが使える全ての技の中で最も攻撃力のある技だ。

 それをいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。

 地面をゴロゴロと転がり、何とか止まったがルーミアはこちらが態勢を整える隙など与えてくれなかった。

「死ねっ! 死ねっ! 死ねえええええ!!」

 いつの間にかルーミアの背中の手が2つに増えている。もちろん、両手にあの大木のような大剣が握りしめられていた。

 両手の剣を交互に振るうルーミアだったが、我を忘れているのか一撃も俺たちに当たっていない。でたらめに攻撃しているのだ。

(それは助かったけど……いつか、当たる)

 それに大剣が地面を抉るたびに岩が撒き散らされている。今は剣で防御できているがこのまま放っておけばどのみちデッドエンドだ。

(でも、今のルーミアに対抗できる技はない……)

 いや、一つだけ――魂同調だ。でも、吸血鬼やトールではまだ攻撃力が足りない。

(……やるしかないか?)

『バカッ! やめておけ! お前だって気付いてるんだろ!?』

 魂の中で狂気が叫ぶ。そう、狂気と魂同調すればルーミアと戦える。

「響ちゃん! 逃げて! 時間を稼ぐから!」

 刀で飛んで来る岩を破壊しながら霊奈。

(狂気と魂同調すれば……霊奈を守れる)

『駄目だ! 下手したらお前が霊奈を殺してしまうのだぞ!?』

「それでも……やらなきゃ駄目なんだ! 魂同調『狂気』!」

 スペルをかかげながら宣言すると俺の体は赤黒いオーラに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 刀で岩を破壊していたら突然、響ちゃんの体が赤黒いオーラに包まれてしまった。

「大丈夫、響ちゃん!? くっ……」

 慌てて駆け寄ろうとしたが、目の前に大剣が叩き付けられ、行く手を塞がれてしまう。

(響ちゃんに一体、何が?)

 確か、『魂同調『狂気』!』と叫んでいた。

(そういえば、霊夢が言ってた……響ちゃんの魂には吸血鬼、狂気、トールの魂がいるって……じゃあ、魂同調ってのは合体すること?)

 ならば、響ちゃんは狂気と合体したのだろう。

「あ! 響ちゃん!」

 赤黒いオーラが消え、響ちゃんの姿が露わになる。しかし、私の声に反応してくれなかった。

「響、ちゃん?」

 様子がおかしい。近くに行きたくても大剣と岩が邪魔で動けない。

「……」

 俯いていた響ちゃんだったが、少しだけ顔を上げた。その拍子に響ちゃんのポニーテールが解かれる。どうやら、結うのに使っていたゴムが切れたらしい。

 フラフラと響ちゃんが歩き始める。

(何? 何が起きてるの!?)

 予感が確信に変わった。絶対に今の響ちゃんはおかしい。

「っ!? 響ちゃん! 避けて!」

 大剣が響ちゃんに向かっていることに気付き、叫ぶが響ちゃんは上すら見ようとしない。

「響ちゃん!!」

 思わず、悲鳴を上げてしまった。

 大剣が響ちゃんを叩き斬ろうと迫る中、響ちゃんの起こした行動は一つ。右手を挙げただけだった。

「……え?」

 あり得ない光景にキョトンとしてしまう。

 

 

 

 響ちゃんは大剣を右手だけで受け止めていた。

 

 

 

「なっ!?」

 その時、ルーミアの動きが止まる。それを狙っていたかのように響ちゃんが左手を前へ伸ばした。

 その刹那、赤黒い光線が響ちゃんの左手から撃ち出される。

「――ッ」

 咄嗟にルーミアが2本の大剣を体の前でクロスさせガードするが、光線の威力が凄まじく大剣ごとルーミアを吹き飛ばす。

(何!? あの、威力!?)

 今までの響ちゃんではあり得ない威力だった。それに――。

「ぐるる……」

 

 

 

 ――響ちゃんから感じ取れる力が、妖力だけになっている。

 



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第170話 暴走と覚悟

 響の能力は変化する。

 時にはコスプレ。時には指輪。

 さらに種族が変わっても変化する。

 トールと魂交換すれば、『創造する程度の能力』。

 つまり、響の能力は驚くほど不安定なのだ。

 そして、どんな能力になるかはわからない。想像はできるのだが、それが当たっているかは能力が変化しないとわからないのだ。

「ぐるる……」

 そう、魂同調をしても響の能力は変化する。いや、能力が増えると言ったほうがいいだろう。

 3月、響は魂喰者と戦うためにトールと魂同調した。その時、響の能力はいつもの能力の他に『創造する程度の能力』を持っていた。

 そのおかげで死神の鎌を持てば魂を狩ることができたし、鎌を創造することもできたのだ。

 今回、響は狂気と魂同調した。

 響の能力はある法則がある。

 それは必ず、原因と能力には関係性があるのだ。

 例えば、指輪。

 指輪に使われているのは『合力石』と呼ばれている鉱石が使われている。

 『合力石』は力を合成することができると言い伝えられているが、実際この石にはそんな力はない。

 だが、響は違う。

 響の能力のおかげで指輪を使えば霊力、魔力、妖力、神力を合成し、使うことができるのだ。

 では、今の響の能力は一体何なのだろうか?

 今、響は狂気と魂同調している。

 響自身も3月に魂同調ができるとわかり、吸血鬼や狂気について調べた。

 吸血鬼の能力は色々候補があり、最後まで決めつけることはできなかったが、狂気は簡単だった。

 狂気には『気が狂っていること。また、異常をきたした精神状態』という意味がある。いや、正直このような意味しかない。

 ならば、答えは一つ。

 

 

 

 今の響の能力は『気が狂う程度の能力』だ。

 

 

 

「響、ちゃん……」

 響が光線を放った後、霊奈は恐怖を感じていた。

 眼は据わっているし、何より妖力以外の力を感じ取れなくなっている。

 そして何より、響から放たれている威圧感が異常だった。

(何が、起きたの?)

 響があのような状態に陥ったのはあの赤黒いオーラに包まれた後からだ。つまり、あのオーラが原因だろう。

 では、あのオーラの正体は?

 そんな疑問が霊奈の頭の中で渦巻いていた。

「へぇ……すごいじゃん」

 煙の中からルーミアが足を引き摺って出て来る。相当、ダメージを受けているようだ。

「ぐるる……」

 そんなルーミアに対し、響は何も答えない。いや、答えられないのだ。言語能力は今、響にはないのだから。

「どうしちゃったの!? 響ちゃん!」

 霊奈の叫びも響には届かない。今は目の前にいるルーミアを殺すことしか頭にない。殺せと本能が響を動かしている。

「じゃあ、私も本気で行く」

 今の響に手加減していたら殺されるとわかったのか、ルーミアが地面に落ちていた大剣の柄を握る。しかし、大剣があまりにも大きすぎて持ち上げられなかった。それはルーミア自身が一番わかっている。だから、闇の力を操作し大剣を小さくしていく。

「ガッ!」

 その時、響がルーミアを八つ裂きするために地を蹴ってルーミアに接近する。

「そう焦るなって」

 大剣を普通の直刀ほどの大きさにしてルーミアが立ち上がった。響の拳がルーミアに迫った。だが、ルーミアの刀が軽く拳を受け止める。

「嘘っ!?」

 それを見て驚いたのは霊奈だった。

 今の響の攻撃は妖力を纏っており、ヒットすれば普通の人間はおろか妖怪でさえただではすまないほどの威力だったのだ。それを霊奈は博麗の勘で察知していたのだが、ルーミアはあの直刀だけで受け止めた。

「っ……」

 しかし、ルーミアは焦っていた。

 この直刀は大剣を小さくした――いや、大剣の中にあった闇の力を凝縮させていた。つまり、密度が濃いのだ。

 そのため、攻撃力は大剣を上回り、振るスピードも上っている。

 ルーミアはそのことを知っていたうえで響の拳を受け止めた。そして、そのまま一刀両断してしまおうと考えていた。

 だが、刀は拳を受け止めただけでその先に進もうとしない。

(それほど、こいつのパワーが上っているってわけか……)

 一先ず、バックステップで距離を取るルーミア。でも、それを響は許さなかった。拳に妖力を纏い、一気に後ろに向かって噴出。ジェット機のようにルーミアのあとを追う。

「くそっ」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらルーミアはもう一本の大剣を掴む。それもすぐに直刀になった。

「ガㇽっ!」

 響が吠え、両腕を引き、肉眼では見えないほどの速さでパンチを連続で繰り出す。

「ちっ」

 ルーミアは舌打ちをして直刀を構え、次から次へと迫る響の拳を受け止めた。目では捉えることができない。そのため、ルーミアは妖力の揺らぎを感じとり、ガードし続けている。

 そんな二人を霊奈は黙って見ていた。

(こんな、戦いに入っていけるわけがない……)

 霊奈の手から刀が滑り落ちる。響もそうだがあの動きについていっているルーミアも異常だ。

 それに比べ、霊奈はただの人間。あの中に入ったらすぐに倒されてしまうだろう。

(何が、『響ちゃんを守る』よ……全然、役に立ってないじゃない)

 先ほどまで刀を握りしめていた右手をギュッと握る。

(覚悟はできてたはずなのにどうして足が震えるの?)

 左手で足の震えを抑えようとするが一向におさまる気配はない。

 霊奈が響について来た理由はただ一つ。響を守るため。

 しかし、霊奈は守るどころか守られている。響が狂気と魂同調した理由も霊奈を守るためだった。

「何で……」

 悔しみを紛らわすために唇を噛む。でも、この悔しさはなくならない。

「私はいつも……」

 博麗の巫女にもなれない。響の助けにもなれない。

 霊奈は絶望のせいかその場に崩れ落ちる。呼吸すら難しく感じていた。

「がああああああああっ!!」

 その時、響が凄まじい声量で雄叫びを上げる。空気がビリビリと振動した。

「なめるなああああああっ!」

 それにこたえるようにルーミアも絶叫する。

 霊奈とは次元が違った。何もかも。

(どうして……私を置いて行くの?)

 拳を振るう獣と直刀を振るう妖怪に向かって手を伸ばすが遠い。距離も、存在も。

「何で……」

 視界が涙で歪む。先ほどまで見えていたものすら見えなくなる。

「私は何で――」

 ――これほどまで弱い?

 そんな疑問が霊奈の頭の中でグルグルと回っていた。

 その答えを知っている人はこの世界にいない。それは霊奈も知っていた。それでも、誰かに答えて欲しかった。

 ――意志の強さだよ。

 ふと、ルーミアの言葉が頭に浮かんだ。

「意志の、強さ……」

 何となく、声に出してみたがその言葉の真意はわからなかった。

(私だって覚悟できてるのに……他に何が足りない?)

 伸ばした手をまた握る。そうすれば何か掴めるような気がしたのだ。

「……意志」

 もう一度、呟く。

(そういえば、ルーミアは響ちゃんの意志の強さを認めていた)

 では、響の意志とは一体なんなのだろうか?

 霊奈の同じように死ぬ覚悟?

 それは違うと霊奈はすぐに首を横に振った。

(……そうだ。響ちゃんは守るために戦っているんだ)

 とくん、と霊奈の鼓動が鳴る。

(でも、私だって響ちゃんを守ろうとした……じゃあ、響ちゃんとの違いは?)

 霊奈は自然と思考の海にダイブしていた。

 響の覚悟はきっと、『生き残ること』だと霊奈は思った。

 死ぬのは簡単だ。わざと手加減をしたり、自殺でもすればいい。まさしく、それは霊奈の死ぬ覚悟と同じだった。薄っぺらい覚悟。死ねばそいつはそこまでだからだ。

 それに対して響の『生き残る覚悟』はどうだ?

 もし、敵と戦っていて追い詰められたら響はどうするだろう。きっと、敵を殺してでも生き残るはずだ。

 それが生きる覚悟の重み。

 殺してしまった相手の命を一生、背負っていくのだ。それだけではない。殺した相手の苦しみ、家族の悲しみ、知り合いの憎しみすらその背中に背負うことになる。

 これはどれほど苦しいことなのか、霊奈には全く想像できなかった。そりゃそうだろう。そのような覚悟、一度も持ったことがないのだから。

(そうか……だから、響ちゃんは今……)

 霊奈を守るためにおかしくなったのだ。ルーミアにはもちろん、正気を保っていないので霊奈にもその牙を向ける可能性だってあるのにもかかわらず。

 響自身、それに気付いていた。それでも響は霊奈を守りたかったのだ。

「……」

 霊奈は先ほどよりも強く唇を噛む。その拍子に口の中が切れ、唇の端から血が流れた。

(私は……バカだ)

 地面に落ちていた刀を掴む。柄のほうではなく刃のほうを。

「ぐっ……」

 鋭い痛みが右手を襲った。これが生きている痛み。響が背負っている痛み。

「“響”」

 刃から手を離し、右手の傷から漏れる血を止めるために響から貰った青いリボンで縛った。青かったリボンが紅く染まる。

「待ってて……」

 ゆっくりと立ち上がり、懐から博麗のお札を取り出し、真上に放り投げた。口を動かして術式を組む。

(私だって……できるんだ)

 お札が宙を舞い、霊奈の体に貼り付く。そして、霊奈の体に半透明の兜と鎧が出現した。

「絶対に、生きて帰る」

 地面に落ちていた刀を掴み、響たちがいる方向を見る。響の拳から少なくない血が噴き出ていた。

(響ちゃんは生きようと頑張ってる。なら、私も――)

 空中にはまだ、数枚のお札が残っている。それを操作して刀をもう一本作る。

「――生きるために努力する」

 新たな刀を左手に掴み、霊奈は前を見据えた。

 




霊奈覚醒


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第171話 刀4本

やっと評価のバーが赤になりました。
評価して下さった5名の皆様本当にありがとうございます。
これからも感想、評価などなどお待ちしていますの気軽にやっちゃってください。


なお、今回のお話は疾走感のあるBGMを聞きながら読むと更に熱くなれるかもしれません。


追記

2015年11月12日12時半頃、日間ランキングを確認したところ、49位にランクインしていました。
ありがとうございます。何とかこちらの小説もランキングに載ることができました。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします。


 霊奈はまず、二人の様子を窺った。

 ルーミアの表情は険しいが、目立った外傷はない。響の拳を全て両手の直刀で受け止めているからだ。

 それに対して、響の足元には血が溜まっている。それほど出血しているらしい。

 そこで霊奈は目を細めた。

(傷が治ってない?)

 初めて幻想郷に――霊夢に会った時に響の体について教えて貰っていた。魂のことはもちろん、『超高速再生能力』も教えて貰っていた。

(そうか、今は妖力しかないから霊力を使って傷を治せないんだ……)

 よく見れば響の腹部に深々と切り傷が付けられている。ルーミアが攻撃と攻撃の合間に生まれた隙を突いて付けたものだろう。

「響っ……」

 思わず、助けに行こうとしたがグッとこらえる。ここで突っ込んでも返り討ちにされるだけだ。

(……よし!)

 一つ、頷いて霊奈は左手に持っていた刀を思い切り、投げた。刀は真っ直ぐ響の方に突進する。

「っ!?」

 それに気付いた響が人間では到底、出せそうにないスピードで刀を右手で掴んだ。運よく刃ではなく柄の方を持つことができた。

「――ッ」

 一瞬、体を硬直させた響だったが、すぐにルーミアに攻撃を仕掛ける。右手に持った刀で。

「くっ……」

 ルーミアは顔をしかめて直刀2本で響の刀を下から受けた。1本では受け止め切れないほど響の斬撃は重たいのだ。

 数秒、響の刀とルーミアの直刀は制止するがすぐに動きがあった。しかし、動いたのは2人ではなく霊奈だ。

「はああああッ!」

 ルーミアの背後に回った霊奈が横薙ぎに刀を振るう。それをルーミアは体から黒い液体を出してガード。黒い液体が真っ黒な壁のようなものに変化したのだ。

「硬いっ!?」

 力いっぱい刀を振るったので右手にビリビリと衝撃が返って来た。だが、そのおかげでルーミアの意識が霊奈に向いた。それを見逃す響ではない。

「ガァッ!!」

 刀を持っていない左手からルーミアに向かって光線を放つ。もちろん、ルーミアの後ろにいる霊奈も巻き込まれるだろう。

「ちっ!」

 ルーミアは慌てて黒い液体を前方に展開し、光線を防ぐ。それを見て霊奈は刀をルーミアの背中を狙って振り降ろす。

「あ、ぐ……」

 さすがに躱し切れなかったが、霊奈の刀が背中を捉える前に体を捻って直撃を避けたルーミア。そして、響の刀を抑えていた直刀が上下にずれる。

「しまっ――」

「ッ!」

 響が刀を出鱈目に振るうといとも簡単にルーミアの直刀は弾かれてしまった。ルーミアに大きな隙ができる。

(まずいッ!)

 ルーミアが心の中で焦るがどうすることもできない。襲って来るであろう激痛に耐えるために奥歯を噛み締める。

 響が真っ直ぐ刀を突き出す。

「っ……」

 しかし、響の刀はルーミアではなく霊奈の方に向かっていた。ここに来て標的を変えたのだ。

「響! しっかりして!」

 霊奈はこうなるだろうと予知していたので焦りはしなかった。そのかわり、響の一撃が予想以上に重かったことに驚愕した。

(……大丈夫。私なら響の攻撃を受け流せる!)

 そう確信しながら響の刀を受ける。

(響の刀の威力はすごい……けど、使い方は私の方が上手い!!)

 響の刀が霊奈の刀に触れたが、それだけだった。そのまま、鍔迫り合いになる。

「響! 私だよ! 霊奈だよ!!」

「……」

 霊奈が響に呼びかけるが睨むばかりで響は何も言わない。

「私を忘れるなあああ!」

 霊奈から見て左からルーミアが直刀を振りかざして来た。左の直刀は霊奈を。右の直刀は響を狙っている。

 霊奈と響はそれを見て鍔迫り合いをやめ、ルーミアの直刀をそれぞれの刀で受け止めた。

「邪魔するなっ!」

 霊奈がそう叫ぶと右足のつま先からナイフの刃ほどの結界が飛び出す。まるで、仕込みナイフのようだった。右足を振り上げ、ルーミアに突き刺そうとするがルーミアはひらりと回避。

「ッ!」

 それを待っていたかのように響が左手から拳ほどの赤黒い球体を撃ち出す。それをいくつも――。

 ルーミアもわかっていたようで黒い液体でできた壁で全弾防ぐ。その隙に霊奈と響はルーミアから距離を取る。

「逃げるな!」

 しかし、すぐにルーミアに追いつかれてしまった。どうやら、狙いは霊奈らしい。確かに響よりも霊奈の方が倒しやすいだろう。今までだったら――。

「――」

 迫り来るルーミアに向かって3枚の博麗のお札を投擲し、術式を組み上げる。お札から結界が展開され、“守りの結界”になった。

「何っ!?」

 まさか、防御して来るとは思わなかったようでルーミアがそのまま、結界に突っ込む。さすがに即席で作った結界ではルーミアの突進を止めることはできなかったようで、結界は音を立てて砕けてしまった。

 でも、霊奈の狙いは別にあった。今、ルーミアの周りには無数の結界の破片が散らばっている。すぐにその破片を操作し、ルーミアに向かって射出した。

「あああああっ!?」

 いくつかは両手の直刀で弾き飛ばせたが、結界の破片がルーミアの体を抉る。また、黒い液体が噴き出した。

「ガㇽッ!」

 さらに響が痛みで悲鳴を上げたルーミアの右肩に刀を突き立てようとする。

(こ、れだけは防がないと!)

 痛みで視界がチカチカするが、黒い液体を操作し、包むようにして響の刀を空中で受け止めた。

「せいっ!」

 その次の瞬間には霊奈の刀をルーミアに向かって振るわれる。

(何で、こいつらこんなにコンビネーションがッ!?)

 響は今、狂気状態だ。連携はおろか先ほどのように霊奈を狙うことだってあるはず。しかし、それを感じさせないほど二人のコンビネーションはバッチリだった。

「くそったれがっ!」

 黒い液体でのカードは間に合わないと思ったルーミアは地面に向かって弾幕を放つ。地面が爆発。その爆発は霊奈や響だけでなくルーミアも襲った。

「ッ――」

 衝撃でルーミアの体が風船のようにぶっ飛んだ。霊奈は博麗の勘のおかげで爆発する前に回避できたが、響は防御という概念はなくルーミア同様、爆発に巻き込まれた。

「響!」

 霊奈が思わず、叫んでしまったが、今の響の体は妖怪である。そのため、これぐらいの爆発なら耐えられた。その証拠にすぐに立ち上がってルーミアと霊奈を交互に睨んでいる。

 だが、ルーミアは違った。3人の中で最も爆発点の近くにいたのもそうだが、傷のせいで上手く受け身が取れなかったのだ。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒くしてルーミアも立ち上がる。まだ、諦めていないようで直刀を構えた。

「があああああああッ!」

 それを見て響が雄叫びを上げ、ルーミアに突っ込む。霊奈も響に続き、そのすぐ後ろを走り始めた。

(どうして……そんなに連携が取れる?)

 この疑問が常にルーミアの頭で響いていた。

 どうして、響は霊奈を襲わないのか? どうして、霊奈があそこまで強くなったのか? どうして、霊奈は響を信じられるのか?

 突進して来る二人を見ながらルーミアは頭を抱えた。ガリガリといくつもの疑問がルーミアの集中力を削る。

「――ッ!」

 その時、響の刀がルーミアの右肩に向かって振り降ろされた。すかさず、右の直刀でガード。

「はあああああっ!」

 響の体を潜るようにして霊奈は切り上げを放つ。今度は左手の直刀で弾いた。そのせいで霊奈のバランスが崩れる。

「ッ」

 ルーミアに霊奈を追撃させる暇を与えることなく響が左手から光線を撃つ。それは黒い液体の壁で防御。

「――――」

 バランスが崩れたまま、霊奈がお札を2枚、投擲。すぐに術式を組み、薄い結界をルーミアに向かって飛ばす。この結界は“攻めの結界”だ。面ではなく辺での攻撃。つまり、薄い結界でルーミアを切り刻むのが目的だ。もし、その結界はルーミアの体を捉えたら、簡単にその身を貫いて体を半分にしてしまうだろう。

 ルーミアは体の周りから黒い球体をいくつも作りだし、結界に向かって飛ばす。薄い結界は簡単に砕けた。

「ッ……」

 砕けた破片の向こうに響の拳が見える。どうやら、右手に持っていた刀を捨てたらしい。

(当たる……)

 今のルーミアは隙だらけだった。

 右手は響の刀を受け止めていたのですぐには動かせない。左手も同じ。

 黒い壁はまだ、光線を防いでいる。

 黒い球体を作り出すには時間が足りない。

(くそ……くそっ! くそっ!!)

 奥歯を噛んでルーミアが頭の中でそう叫ぶ。

 そして、響の右ストレートがルーミアの顔を捉えた。

 



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第172話 溢れる闇

ランキングに載ったからか……アクセス数が3~4倍に増えました。
ランキングって大事ですね。


 響の右拳がルーミアの顔面に突き刺さる。不思議と音はなかった。ゴリゴリとルーミアの顔が変形し、体ごと吹き飛ぶ。

「っ!?」

 それを見ていた霊奈は驚愕した。ただ殴られただけなのにルーミアの体は何本もの木を薙ぎ倒しても止まる気配がないからだ。そのまま、ルーミア自身が生み出した黒いドームの壁に激突した。

「ごはぁ……」

 思い切り背中から叩き付けられたルーミアの肺から酸素が漏れる。あまりにも衝撃が強くて黒いドームに皹が入った。

「す、すごい……」

 ズルズルと黒いドームの壁から落ち始めたルーミアを見ながら霊奈が呟く。響の力はすでに妖怪のそれを凌駕しているのだ。

「――ッ」

 しかし、すぐに刀を右から左に払った。そして響の刀とぶつかり、火花を散らせた。ルーミアを倒したので次の獲物に攻撃を仕掛けたのだ。

「響! しっかりして!」

 鍔迫り合いに持ち込み、再び説得を試みる。

「私だよ! もう、戦いは終わったの! 目を覚まして!!」

「があああああああああああああああああッ!」

 だが、霊奈の悲鳴も響の絶叫に掻き消された。もはや、人間でも妖怪でもない。獣としか思えなかった。

(それでも……響ならきっと!)

 霊奈はもう一度、声をかけた。

「――ッ!」

 響の答えは力で帰って来た。霊奈の刀に小さな皹が走る。このままでは響が強引に霊奈の刀を破壊し、攻撃して来るだろう。でも、霊奈は話しかけるのをやめなかった。

「響、帰ろう? 皆、待ってるよ?」

 ピシッ、と霊奈の刀の皹が大きくなる。

「明日は大学を休んで皆で遊ぼうよ! この異変解決も仕事なんでしょ? なら、いつも心配かけてる望ちゃんたちに何か買ってあげなよ! きっと、喜ぶから!」

 響の力がさらに強くなる。霊奈の刀はもって、後10秒だろう。

「ほら、ルーミアだって許してくれるよ。だって、響だもん。こんなに幻想郷の皆に愛されてるんだもん。皆、響の帰りを待ってるよ? だから――」

 ――帰ろう?

 そう言葉を紡いだのと同時に霊奈の刀が砕けた。そのまま、響の刀は霊奈の鎧を捉え、いとも簡単に切り裂いていく。

「……」

 しかし、霊奈の体から血が噴き出すことはなかった。響の刀が霊奈の体に触れる前で止まったのだ。

「……すまん、霊奈」

 震えた声で謝罪する響。霊奈はそれを聞いて一回だけ頷いた。

 すぐに響は刀を霊奈から離し、地面に叩き付けて砕いた。響の刀も限界だったのだ。

「おかえり、響」

「ああ……本当にゴメン」

「ううん、響のおかげで私も色々わかったから」

「……それで? ルーミアはどうなった?」

 響は魂の中でずっと外の様子を見ていた。だが、それは狂気状態の響が見ていた景色しか見えないので最後に霊奈に攻撃した時からルーミアを見ていないのだ。

「あそこにいると思うけど……」

 先ほどルーミアが飛ばされた方向を指さしながら霊奈。ルーミアの姿を探すが木々が倒れており、奥の方まで見えなかった。

(黒いドームはまだ、消えてない。なら、まだ力を残してるってことかな?)

「気を付けろよ?」

「うん、大丈夫」

 響と霊奈は周囲を警戒しつつ、ルーミアがいるであろう場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 俺たちに気付いたルーミアは戦うために体を起こそうとするがすぐに崩れ落ちてしまった。

「無理するな。お前の体は限界なんだから」

「う、うるさい……早く、早くしなきゃ」

 冷や汗を掻きながらルーミアが体を起こそうとする。しかし、何回やっても駄目だった。

「ルーミア、お前はこの幻想郷を助けようとしたんだよな」

「っ!?」

 俺の問いかけに目を見開くルーミア。

「え? 響、どういうこと?」

 霊奈もわかっていなかったようで首を傾げた。

「考えてもみろ。ルーミアのお札は力を封印するための物だった。そこまではわかるよな?」

「うん。そのお札が外れちゃったからこうやって幻想郷が氷漬けになっちゃったんでしょ?」

「違う。もし、お札が外れるようなことがあれば霊夢が対処してるだろ。まして、外れるまで放っておくはずもない」

 そこで霊奈の頭にはてなマークがいくつも浮かんだ。

「つまり、今回ルーミアの暴走の原因はお札以外にあるんだよ。例えば……お札でも封印できないほど力が増したとか」

「……ちっ」

 ルーミアが小さく舌打ちした。

「力が、増えた?」

「ああ、ルーミアは誰かによって闇の力を増幅させられたんだ。もちろん、突然にではなく少しずつな」

「何で、一気にやっちゃ駄目なの?」

「ルーミアの体が爆発しちゃうからな。きっと、本当の首謀者がルーミアの闇の力を暴走させ、幻想郷をぶっ壊そうとしたんだよ」

「少し違うぞ」

 その時、ルーミアが反論した。

「私の闇の力を増幅させた奴の目的は響、お前だ」

「何?」

「少し前にあっただろ? お前に呪いをかけた奴が犯人だ」

 予想外の情報に俺ですら戸惑った。まさか、今回の氷河異変もあの女の子とその式神によって仕組まれたものだったとは。

「よくわかったな」

「実際、目の前に現れてそう言ってたからな」

「えっと……質問いい?」

 鎧姿の霊奈が手を挙げる。目で先を促す。

「幻想郷を氷漬けにした目的は?」

「簡単だ。被害を大きくしないため」

「氷漬けにすることが?」

「ああ、きっと私を止めるために博麗の巫女や魔法使い、メイド長とか色々な奴が来るだろうと思って。巫女ならまだわからないけど他の奴じゃ私に殺されて終わりだ。なら、まだ『超高速再生』と指輪の力が使える響に頼ることにしたんだ。それが首謀者の目的だったとしてもな」

 そのために幻想郷を氷漬けにして皆を動けないようにしたらしい。

「でも、そこにお前が来た」

 ルーミアは霊奈を睨んでそう言った。

「お前じゃ私に勝てない。それどころか響の足を引っ張ると思ってな。実際、前半はそうだったし」

「うぐ……」

 霊奈が顔を引き攣らせて、後ずさった。

「……まぁ、それは私の間違いだった。お前はあの戦いで何か見つけたんだろ?」

「……うん。おかげさまでね」

 霊奈とルーミアはお互い、微笑んでいた。

「っ……」

 だが、その束の間ルーミアが胸を押さえて呻き声を漏らし始める。

「どうしたの!? ルーミア!」

「ルーミアの体の中で闇の力が暴れてるんだ」

「そんな!?」

「多分、俺との戦いで闇の力を消費して暴走するのを止めようとしたんだが、その前に体に限界が来たんだ」

 ルーミアの体から黒いオーラが漏れている。その量がどんどん多くなっていった。

「どうするの!?」

「大丈夫……俺に考えがある」

 ルーミアの傍まで移動し、姿勢を低くしてルーミアを見下ろした。

「お、お前……まさか?」

 どうやら、向こうは何かに気付いたようだ。

「ああ、そのまさかだよ」

「やめろっ! 私ならともかく、お前じゃ耐えられない!」

「それでもやるんだ……それしか方法はない」

 懐から5枚の博麗のお札を取り出し、投げる。霊力を使ってお札を操作し、地面に五芒星結界を展開した。

「やめろ!! 響!」

 絶叫するルーミアだったが、それを無視してルーミアが持っていた漆黒の直刀を奪う。

 

 

 

「ルーミア、俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 

 

 

 そう言いながらルーミアの体を起こして、抱きしめる。

「響?」

 後ろで霊奈の心配する声が聞こえた。

(ゴメン、また行って来る)

 ルーミアを抱きしめていない手で直刀を逆手に持つ。ルーミアの闇の力も最初よりかは弱まっているようで直刀というよりナイフほどの大きさまで縮んでいる(それでも人の体に刺せば貫通するほどの長さだ)。それを思い切り、ルーミアの背中に突き刺す。

「あ、が……」

 激痛でルーミアの口から短い悲鳴が上がった。

「つっ……」

 ルーミアの体を貫通し、俺の体にも直刀の刃が突き刺される。これで準備はできた。

「ルーミア、俺を信じろ」

「……わかったよ。でも、気を付けろ。中の私は私以上に凶暴だ」

「ああ、わかった」

 深呼吸し、俺は意識を魂に向けて一言、呟いた。

 

 

 

「魂移植」

 



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第173話 シールド

「……ん」

 風が頬に当たって僕は目を覚ました。

「あ、れ?」

 確か、青怪鳥と戦っていて翼が取れなくなり、そのまま――。

(落ちたんだよね?)

 だが、体を見ても怪我一つしていない。あれほどの高さから落ちたら、大けがするはずなのにだ。

「あ! マスター! 起きたんですね!」

「桔梗?」

 首を傾げていると桔梗が飛んで来た。

「よかった、なかなか目を覚まさないので心配だったんですよ?」

「う、うん。ゴメンね? でも、どうして……」

「お? 目が覚めた?」

 その時、後ろから聞き慣れない声が聞こえ、振り返る。

「うん、怪我もなさそうだね。よかった、よかった」

 うんうんと頷く青髪の女の子。服装も全身青だった。背中には大きな緑色のリュックサック。そして、胸のところに鍵があった。

「えっと……」

「あ、紹介しますね! 河城 にとりさんです」

「にとりだよ。よろしくね、キョウ!」

 そう言って手を差し伸べて来るにとりさん。

「は、はぁ……」

 戸惑いながらもその手を取って握手する。しかし、何故か、にとりさんの手は震えていた。

「あの、大丈夫ですか?」

「え!? あ、いや……やっぱり、初対面の人と話すのは苦手で……」

 どうやら、人見知りをするらしい。

「にとりさん、マスターは大丈夫ですってば!」

「そうは言っても……」

 手を離したにとりさんは先ほどまでの威勢はどこへやら、木の陰に隠れてしまった。

「僕はどうしたらいいの?」

「話しかけても逆効果でしょうし……にとりさんが慣れるまで待ちましょうか」

「それもそうだね……あ、そう言えば青怪鳥はどうなった?」

「はい! もう、バッチリですよ! にとりさんにも手伝って貰って嘴を食べました!」

「た、食べたんだ」

 やはり、桔梗は素材を食べることによって武器を手に入れることができるようだ。

「マスター! 早速、試してみましょうよ!」

「いいけど、どんな武器かわかるの?」

「もちろんです! 今回は私も意識がありましたし!」

 なら、話は早い。

「じゃあ、やろうか?」

「はい!」

 笑顔で頷いた桔梗は僕の右腕に引っ付く。

「桔梗?」

「大丈夫です。では、マスター! 意識を集中して私を変形させてください!」

「わかった!」

 目を閉じて魔力を桔梗に流し込む。真っ暗な視界の中、桔梗の体の形が変わっていくのがわかった。

「うおっ……」

 そして、右腕が重くなり、バランスを崩しそうになる。まぁ、桔梗の質量が突然、増えたことに驚いただけでそれほど重くない。

「これは……」

 目を開けて右腕を見てみるとそこにはモノクロの盾が装備されていた。大きさは僕の体ほど。これだけ大きければ前方からの攻撃は全て防ぐことができるだろう。

「どうですか? 青怪鳥との戦いで防御も大事だと思ったので盾にしたのですが……」

「うん! いいよ、これ! 機動力はさっきの振動で補えるし、盾があれば戦略も広がる!」

「そうですか! よかったです!」

 桔梗が嬉しそうに言って盾の姿から人形に戻る。

「ですが……どうして、私に『振動を操る程度の能力』が?」

「ああ、それはね? 携帯を食べたからだよ」

「え? でも、あの時は武器なんてどこにも……」

 確かに目には見えなかった。しかし、アリスさんは『食べることで変形できる物が増えるとは限らない』と言っていた。最初は食べても武器が生まれない場合があると思っていたのだが、それは違った。

「つまり、素材を食べたら目に見える武器も目に見えない武器も生まれてくる可能性があるってこと」

「目に見えない武器?」

 意味がわかっていないようで首を傾げる桔梗。

「能力だよ。目には見えないけどれっきとした武器だよ」

「で、ですが! どうして、携帯を食べたら振動になるんですか!?」

「知ってるかな? 携帯にはバイブレーション機能ってのがあって電話やメールが届いたら持ち主に振動で知らせる機能があるんだよ。きっと、携帯の機能の中でそれが一番、武器になると判断したんじゃないかな?」

 そのおかげで青怪鳥を倒すことができた。

「な、なるほど……」

「そして、今回の盾は桔梗が強く僕を守れるような武器が欲しいって願ったから桔梗が思い描いた武器になったってこと」

「さすがマスターですね!!」

 僕の胸に飛び込みながら桔梗が言う。少し、照れくさかった。

「ね、ねぇ? キョウ」

 後ろからにとりさんに呼ばれて振り返る。まだ、体を木の陰に隠しているがにとりさんがこちらを見ていた。

「どうしました?」

「桔梗、変形できるの?」

「はい、そうですけど……」

「み、見せて貰ってもいい?」

 おどおどした様子でにとりさんがお願いして来た。

「どう? 桔梗」

「はい、にとりさんはマスターと私を助けてくれましたので!」

「助けてくれた?」

「青怪鳥と共に落ちていた私たちを空中で受け止めてくれたのです。受け止めた時に私の変形を解除したので助かりました!」

 なるほど、にとりさんは僕たちの命の恩人のようだ。

「なら、断る理由はないね。にとりさん、どうぞ」

 両手で桔梗を差し出す。

「ありがとう! 変形できる人形なんて初めてで! それも完全自律型人形だし!!」

 一気にテンションが上がったにとりさんは鼻息を荒くして桔梗を観察する。

「ふむ……重さからして体の基本的なパーツを普通の人形と同じだけど内部には機械を埋め込まれてるね」

「持っただけでそこまでわかるんですか!?」

 思わず、驚愕してしまった。

「まぁ、ね。毎日、機械をいじってるからこれぐらいならわかるよ。でも、これじゃ桔梗が衝撃を受けたらボディが破損するかも……」

「え!?」

「内部までは壊れないと思うけど、やっぱり人形の体じゃ脆いんだよ」

「ちょっと、にとりさん。くすぐったいです!」

 あちこちを触られて桔梗が顔を紅くしたまま、笑っている。

「じゃ、じゃあどうすれば?」

「体のパーツを取り換えるのが手っ取り早いんだけど……私も桔梗は未知の存在だからね。改造はしない方がいい」

 でも、もしこの状態で桔梗が攻撃をくらったら壊れてしまう。

「桔梗、さっき食べた嘴って利用できる?」

「利用、ですか? やってみます!」

 ぐぐぐっと力を溜めているようで桔梗が唸る。そして、その体が光り輝いた。

「おお?」

 にとりさんが興味深そうに桔梗を観察している。その間に桔梗の体から発せられていた光は消えてしまった。

「桔梗、大丈夫?」

「……せ、成功です!」

「へ?」

 心配だったので声をかけたのだが、桔梗は満面の笑みで僕に抱き着いて来た。

「何が成功なの?」

「ほら! ボディの硬化に成功したんですよ!」

 僕の手を掴んで体を触らせる桔梗。確かに桔梗の体は金属のように硬くなっていた。

「ちょっと見せて」

 にとりさんが僕から桔梗を引き剥がし、あちこちを触る。その度に桔梗は大笑いしていた。くすぐったいのだろう。

「うん! これなら攻撃を喰らってもそう簡単に壊れないね!」

 うんうんと頷きながらにとりさんがそう言ってくれた。

「よかったね、桔梗」

「はい!」

 笑顔で頷く桔梗。

「それにしても……食べた素材を利用して桔梗自身の強化できるんだね」

「そうみたいですね」

「さっきから気になってたんだけど、その素材を食べて武器を手に入れるってどんな原理でできるの?」

 質問してきたにとりさんに手短に説明する。

「なるほど……じゃあ、こんなのとかどう?」

 にとりさんが背中のリュックサックから人間の拳のようなものが先端にくっ付いている機械を取り出す。

「それは?」

「これはね。『のびーるアーム』って言って遠いところにいる敵に攻撃できる武器だよ」

 そう言いながら実際に『のびーるアーム』を伸ばすにとりさん。確かに遠いところにいる敵にも攻撃できそうだ。

「へぇ~! すごいですね!」

「でしょ! これできた時は嬉しかったなぁ!」

 思い出しているのかにとりさんが微笑む。

「……」

「ん? 桔梗?」

 ふと桔梗に目を移すと虚ろな目で『のびーるアーム』を凝視していた。

(こ、これって……)

「……さい」

「え?」

 フラフラとにとりさんに近づきながら桔梗は何かを呟いた。

「それ、ください」

「に、にとりさん! 逃げて!」

「え? え!?」

 目を丸くして驚くにとりさん。しかし、桔梗は待ってくれない。

「それ、ください。ください。ください! ください!!」

 桔梗が突然、スピードを上げてにとりさんの『のびーるアーム』に飛びつこうとした。

「おっとっと!?」

 体を捻って回避したにとりさんだったが、桔梗も諦めずに何度もタックルをかます。

「きょ、キョウ!? これは一体!?」

「桔梗には物欲センサーがあって反応するとこんな感じで変になるんです! そして、物欲センサーが反応した素材を求めて暴走するんですよ!」

「ええええっ!?」

 それからしばらくにとりさんは桔梗から逃げる羽目になった。

 



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第174話 魂の戦い

「……」

 過去の記憶も気付けばフェードアウトしていた。そして、目を開ける。

「っ――」

 前から黒い球体が俺の顔目掛けて飛んで来ていた。もう、回避は不可能。

「全く……」

 ――ダンッ!

 そう言いながら右隣にいた吸血鬼が手に持っていた拳銃から1発だけ弾を射出。黒い球体を撃ち落としてくれた。

「あ、ありがと」

「油断しないでよ。まぁ、過去の記憶を見ていたのだから仕方ないけど」

 拳銃を太もものホルスターに戻しながら忠告して来る。本当に助かった。

「あらら。確実に殺したと思ったのにな」

 前から聞き慣れた声が聞こえる。そこにはルーミアがいた。

 でも、先ほどまでのルーミアとは全く違った。口元は不気味なほどニタニタと歪んでいるし、眼も俺たちを今にも飲み込もうとする闇のように黒い。白目などなかった。

 髪もボサボサで綺麗な金髪が台無しだった。その背中からは4つの大きな闇の手。それぞれの手にこれまた巨大な漆黒の大剣が握られている。

「残念だったな」

「ホントにね。お前の方から私に殺されに来たのかと思ったのに……面倒だなぁ」

 右手で頭を掻き毟るルーミア。

「じゃあ、ここの戦い方は知ってるんだな?」

「もちろん。私の生みの親に仕込まれたからね」

(生みの親?)

 俺は左隣にいた狂気に目を向ける。

「……きっと、人の負の感情――それらを集めて闇に変換した後、意志を持たせたのだろう。そして、戦い方を教えた」

「せいかーい。頭いいね。その本質はクズだけど」

 本質――つまり、狂気が狂気であることだ。狂気は人を不幸にはするが、決して幸せにはしない。負の感情の中でも最も危険な存在だと言える。

「……」

 狂気は両手をギュッと握るが何も言えなかった。俺と魂同調した時、俺の気が狂ったのを思い出して反論ができないのだろう。

「ふざけてんじゃねーよ」

 だが、俺はルーミアに向かってそう言った。

「は? 何が?」

「狂気は俺の大切な仲間だ。確かに本質は危険な存在かもしれない。でも、狂気が俺の魂にいても俺の気は狂うことはなかった。それって狂気が自分の存在を自分の中で抑えていてくれたからなんだよ」

 狂気が俺の魂に住み始めた頃の話だ。

 俺はふと不思議に思った。魂に狂気がいても俺は大丈夫なのかと。

 それについて狂気に聞いたら

 『何とかする』

 その一言だけだった。

 実際、魂同調をしなければ俺の精神は安定していた。

「知ってるか? 狂気が日々、どれだけ俺のために精神をすり減らしてくれてるのか?」

 自分を抑える行為は決して簡単なものじゃない。

 わかりやすく言えば、娯楽や睡眠、食事を一切、取らずにひたすら、仕事をするようなものだ。それをこの約1年間、狂気は耐え続けた。

「だから、俺は狂気を大事に思っているし、これからも一緒にいたいと思う。お前は黙ってろ」

「……へぇ? 言ってくれるね? 出来損ない」

「どういう意味かしら?」

 ルーミアが今度は俺を侮辱する。それに反応した吸血鬼が珍しく低い声でそう問いかけた。

「響は出来損ないだって言ったんだよ」

「どこがだ?」

 狂気も納得がいかないようで一歩前へ出てそう言う。

「何をするにも他人の力を借りる。それを出来損ないと言うんじゃないの? さっきだって外の私と戦う時、あのお邪魔虫の力を借りてたし、今だって吸血鬼たちの力を借りて私を倒そうとしてる。コスプレだって、指輪だって全て響一人の力じゃない。一人じゃ何もできない。それを出来損ないじゃないの?」

 そう、俺は一人じゃ何もできない。幻想郷に来た時から今でもそれは変わらない。

 脱皮異変では妹紅たちがいなかったら、あの妖怪に食い殺されていただろう。

 狂気異変なんて俺のせいで起きた異変だ。皆がいなければ俺は幻想郷を破壊していただろう。

 魂喰異変もそうだ。4月の呪いだって。そして――氷河異変もだ。

 俺は一人じゃ何もできない。ルーミアの言う通りだ。

「何をバカなことを言っておる」

 しかし、トールが即座に否定した。

「お前さんの言っておる出来損ないは人の力に頼っておる人のことじゃ。じゃが、響は違う。人の力を最大限まで引き出すことができる。そして、皆で協力し事件を解決しておる。それは出来損ないとは言わん」

「じゃあ、なんて言うのさ?」

「決まっておろう。リーダーじゃよ。響にはリーダーとしてのカリスマ性がある。下の者を従わせ、目の前の障害を乗り越える。しかも、下の者も自ら進んで響の役に立とうとする。それをリーダーと呼ばずして何というのじゃ?」

「……なるほどね。まぁ、そんなリーダー、今ここでぶち殺すけど」

 ふわりと浮かんだルーミアは俺たちから少しずつ離れていく。

「トール、ありがと。吸血鬼や狂気も……」

「何、本当のことを言ったまでじゃ。さて、氷河異変を終わらせるとするかのう」

「ああ」

 魂の中で戦うのはこれで3回目だ。

 最初はトール。

 次は幽霊の残骸。

 そして。闇。

(本当に……なんで、俺生きてるんだろう?)

 思わず、苦笑してしまった。

「何笑ってるのよ。ほら、仕掛けて来るわよ」

「悪い。フォーメーションはいつも通り。吸血鬼が遠距離。俺と狂気が近距離。トールは防御に専念してくれ」

「「「了解!」」」

 魂の中では基本、何でもできる。いや、自分ができると思ったことは全てできる。

 この魂の戦いで最も大事なことは『イメージ力』と『意志の強さ』だ。

 武器が使いたければ頭の中でその武器をイメージ。すると、目の前に現れてくれるのだ。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 そう、だからこそスペルカードが有効になる。宣言することで頭の中でその技をイメージするのがグッと楽になるのだ。

「死になっ!」

 どうやら、ルーミアも魂での戦い方を知っているようで体から黒い球体をいくつも作り出し、こちらに射出して来た。この数を躱し切るのは無理だ。

「まかせておけ」

 スッとトールが前に出て両手を地面に叩き付ける。その瞬間、地面が盛り上がって巨大な壁が横一列に何枚も並んだ。黒い球体がその壁に当たると凄まじい炸裂音と共に弾け飛ぶ。

「トール、大丈夫か?」

「……ふむ、少しばかりきついかもしれぬ。ルーミアの意志の強さは相当なものじゃ」

 『意志の強さ』とは簡単に言ってしまえば『負けたくない気持ち』だ。その気持ちの大きさによって技の威力や範囲は決まる。先ほど、黒い球体を展開した時にルーミアの『負けたくない気持ち』の大きさがとんでもないものだとわかった。

(あまり、余裕はないか)

「狂気、行くぞ。吸血鬼は援護を頼む」

 そう言って狂気は俺の隣へ。吸血鬼は両太ももに括り付けられたホルスターから拳銃を2丁、抜いてルーミアに標準を合わせる。

「フォーカスサーチャー」

 ボソッと吸血鬼が呟いた。そして、その両目から十字のマーカーがルーミアに向かって発射される。

「うおっ!?」

 それを間一髪、躱したルーミアだったが、その隙に俺と狂気が空を飛んでルーミアに接近する。俺は鎌を、狂気は素手で。

「おらっ!」

 まず、狂気がルーミアの顎を狙ってアッパーを繰り出す。

「そんな大振りじゃ当たらないよ!」

 それをルーミアが体ごと後ろに下がることで回避。すかさず、俺が上から鎌を振り降ろす。

「よっと!」

 それもルーミアは体を捻って躱す。

「フォーカスサーチャー」

 その瞬間を狙って吸血鬼が再び、マーカーを飛ばし見事ルーミアに当てることに成功した。

「な、何これ?」

 ルーミアに当たったマーカーはルーミアの体に貼り付く。そして、俺の視界に十字のマーカーが出現し、ルーミアを捕捉しはじめた。

「これで貴女は私たちから逃げられない」

 遠いところで吸血鬼のそんな呟きが耳に入って来る。

 吸血鬼が使った『フォーカスサーチャー』はいわば、ルーミアの動きを予知し、後を追跡してくれるレーダーのような物だ。

「ちっ……」

 ルーミアもそのことに気付き、舌打ちする。

「なら、こうするまで!」

 背中の手を操り、4本の大剣が俺たちを叩き潰そうと上から迫って来る。

(この、大きさじゃどこに躱しても当たるっ!?)

「どうするんだよ! 響!」

 隣で狂気が叫ぶ。

(考えろ……何か、何かないか?)

「トール! 吸血鬼! 2本はまかせたぞ!」

「ああ、わかっておる!」「私も準備万端よ!」

 二人の返事を聞くと同時に狂気の手を取って真上――大剣に向かって飛翔し始めた。

「お、おい!? 自ら突っ込んでどうするんだ!?」

「俺にまかせろ!」

 その時、左側から雷が、右側から2発の銃弾が俺たちを追い越してそれぞれ大剣に衝突し、制止させた。残り2本。

「ああ、わかったよ! 私もやればいいんだな!」

 俺の意図がわかったのか狂気が右拳を思い切り、前に突き出す。すると、その拳から妖力の塊が飛び出し、大剣を止めた。

「上出来だ!」

 それを見て俺は狂気の手を離し、鎌を消して両手に神力で創造した刀を装備。一本は青く光り、一本は黄色く光っていた。さらにポニーテールに博麗のお札を貼り付け、髪の刀を生み出す。その刀は白く光り輝いていた。

「うおおおおおおおおおっ!」

 タイミングを見計らい、俺は3本の刀を目の前の大剣に向かって振り降ろした。

 



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第175話 成長

「……」

 3本の刀と大剣が同時に粉々に砕けた。それに続けて他の大剣も砕ける。

「へぇ……狂気と一緒に上昇したのは狂気の技の威力を上げるため。そして、自分自身の技と他の皆の技を共鳴させて全ての技の威力を上昇したってわけか」

 要約すると俺の3本の刀にそれぞれ魔力、妖力、神力を纏わせた。そして、3本の大剣を止めていた吸血鬼たちの技――吸血鬼は魔力を纏わせた銃弾。狂気は拳から妖力を飛ばし、トールは神力を混ぜた雷の威力を俺の刀が増幅させた。まぁ、言ってしまえば吸血鬼たちの技はギターで俺の刀はアンプの役割を果たしていたのだ。

「でも、どうやってやったの?」

 首を傾げながらルーミア。

「ここは魂だぜ? 言うなれば、俺たちのホームグラウンドだ。技同士を共鳴させることぐらい簡単だよ」

「……じゃあ、これはどう?」

 ルーミアは背中の手から再び、大剣を出現させ今度はバラバラに攻撃して来た。俺の刀は吸血鬼たちの技を共鳴できる範囲に限界がある。それを見抜いて大剣の配置を変えて来ていた。これでは先ほどのコンボは使えない。

「トール! 同時に行くぞ!」

 即座にトールの隣に着地した俺は両手を前に突き出しながら叫ぶ。

「わかっておる!」

 俺と同じような構えを取りながらトールが頷く。それを見て吸血鬼と狂気が俺たちの背後に回った。

「「神箱『ゴッドキューブ』!」」

 スペルを宣言すると俺たち4人を囲むように神力で創られた箱が出現。その刹那、4本の大剣がほぼ同時に箱と激突する。

 大剣がぶつかった時に少しだけ箱に皹が走るが壊されずに何とか持ち堪えてくれた。しかし、ルーミアは何度も大剣を箱に叩き付けて来る。強引に箱を破壊するつもりだ。

「吸血鬼!」

「まかせて!」

 大剣の斬撃が凄まじく、外の様子を見ることはできないが『フォーカスサーチャー』のおかげでルーミアの居場所はわかる。吸血鬼たちとは魂の中ならば雅たちと同じように情報を共有することができるので吸血鬼の視界にあるマーカーも俺たち全員が利用可能となっている。

 『フォーカスサーチャー』を使ってルーミアの居場所を突き止め、吸血鬼の立ち位置から一直線上になるように箱に少しだけ穴を開ける。丁度、銃弾が通り抜けられそうな大きさだ。

 穴が開いたのを確認した吸血鬼はその手に吸血鬼の身長を超える狙撃銃を手に出現させ、地面から土台を盛り上がらせる。『イメージ力』さえあれば、空間の改変も可能だ。まぁ、それをするにはかなりの集中力が必要になるが、吸血鬼が今からやろうとしていることの方が集中力を必要とするのでこれぐらいできて当たり前だ。

 土台に狙撃銃を乗せ、穴に標準を合わせる。

「どうだ?」

「……大丈夫」

「おう」

 短い会話で吸血鬼が集中モードに入っているのがわかった。

「トール、後どれくらい持つか?」

「そうじゃのう? ざっと、1分じゃな」

 俺とトールが確認し合っている間にも大剣によって皹はどんどん大きくなっていく。

「すぅ……はぁ……」

 狙撃銃のスコープを覗き込み、吸血鬼が一度だけ深呼吸する。そして――。

 

 

 

 ――ダンッ!

 

 

 

 後ろから炸裂音が轟いた。

「あぐっ!?」

 木霊する炸裂音の中にルーミアの短い悲鳴が紛れ込む。それに合わせて大剣の斬撃が止まった。

 吸血鬼は斬撃の嵐の中に銃弾を撃った。銃弾は一撃も斬撃を喰らわずにルーミアにヒットさせたのだ。もちろん、偶然ではない。吸血鬼の集中力の賜物だ。

「狂気!」

 俺が合図するころには狂気は箱を突き破ってルーミアに向かって直進していた。両手に妖力を纏わせて。

「ガッ!?」

 再び、短い悲鳴。その後、地面が揺れた。狂気に殴られて地面に叩き付けられたのだろう。

「……やっぱり、そうか」

 地面が抉れており、そこからルーミアがゆっくりと出て来た。

「響が近距離ってのに違和感を覚えてたんだけど、ようやくわかったよ。トールは防御。吸血鬼は遠距離。狂気は近距離。響は――オール」

 ルーミアがニヤニヤと笑いながらそう言う。

「すごいな。よくわかったね」

 ルーミアの言う通り俺は防御も遠距離攻撃も近距離攻撃もできる。そのため、その状況に応じて俺の持ち場は変わるのだ。

「そりゃ、近距離だった奴がいきなり、防御に回ったらわかるでしょ。それにしても……響だけじゃなくて皆、色々なことができるんだね」

 自分の体に貼り付いているマーカーを見ながらルーミア。

「ああ、魂の中は暇だからたまに模擬戦をやってるんだってさ」

 俺が大学で講義を受けている時など3人でドンパチやっているらしい。実際に見たことはないが。

 その模擬戦で最も成長したのが吸血鬼だった。模擬戦で吸血鬼は『イメージ力』が優れていることがわかり、トールの神力を駆使しても完璧に創造できなかった銃系統の武器さえも魂の中だったら生み出すことができるのだ。

 次に『フォーカスサーチャー』を習得。『フォーカスサーチャー』のおかげで魂の残骸と戦った時、奏楽の核を傷つけずに済んだのだ。確か、あの時のフォーメーションはトールが防御と援護。狂気が近距離で核以外の部分を削ぎ落とし、俺と吸血鬼が遠距離からの精密射撃で核に近い部分を破壊したのだ。

 吸血鬼だけではない。狂気は妖力の扱い方をマスターしたし、トールも防御技の他にも色々なことができるようになった。

「でも」

 だが、それでもルーミアの口から笑みは消えない。

「私には勝てないよ」

 そう言ってゆっくりと浮上する。

「闇は全てを飲み込み、潰す。ブラックホールのように」

 呟きながら両手を合わせて徐々に両腕を引いて両手を離した。

「っ!?」

 その両手の中に小さな黒い球体がある。しかし、その球体は今までルーミアが出していた物とは性質が違った。破壊するための物ではなく、引き寄せるための物。

「皆、何かに掴まれ!」

 俺がそう絶叫している間にもルーミアはどんどん球体を大きくしていく。そして、少しずつ風が吹き荒れ始めた。風向きはルーミアにとって向かい風。俺たちにとって追い風。

「何かってここは魂の中だ! 掴まる物なんて何もないぞ!」

 狂気が叫び、地面に妖力を纏った両手を突っ込む。俺も鎌を再び、創って地面に突き刺した。トールは吸血鬼を脇に抱いて地面から神力製の円柱を何本も生み出し、体を支えている。

「響! まさか、あれは!?」

 トールに必死にしがみつく吸血鬼が俺に質問をぶつけた。

「ああ! あれは小さいブラックホールだ! 絶対に吸い込まれるなよ!」

 そうは言ったもののこの中で一番、やばいのは俺だ。鎌の刃は突き刺すことにあまり適していない。仕方なく、ポニーテールを刀にして鎌と同様、地面に突き刺して固定する。

「これだけで終わると思うなっ!」

 上からルーミアの大声が聞こえたと思った矢先、大量の黒い球体が俺たちを襲う。この状況では回避はおろか、防御すらままならない。

 ――ダダダンッ!!

 しかし、黒い球体は吸血鬼の2丁拳銃によって駆逐される。

「サンキュ、吸血鬼!」

「でも、これ以上の弾幕だとさすがに庇い切れないわ! どうにかしなさい!」

 どうにかと言われてもさすがにすぐにどうにかできるような状況ではない。

「……わかったよ! 皆、援護頼む!」

 鎌から手を離し、イメージする。すると、頭にはあの白いヘッドフォン。そして、両腕にはそれぞれ紅と黒のPSP。

「そ、それって!?」

「ああ! やってやるよ! これ以外、この状況を打破する技はないからな!」

 ルーミアのブラックホールに吸い込まれ体が宙に浮くがポニーテールが俺の体を引きとめてくれている。それを確認した後、両手をクロスさせ、一気にスライド。スペルカードが目の前に出現する。

「おおっと!!」

 そのスペルさえ、ルーミアに引っ張られるが何とか掴み、大声で宣言した。

「プレインエイジア『上白沢 慧音』! 月まで届け、不死の煙『藤原 妹紅』!!」

 暴風が吹き荒れる中、俺の体が光りに包まれた。

 



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第176話 終幕

「響!」

 俺の変身が終わる前にポニーテールが地面から抜けてしまう。

「くそっ!」

 『ダブルコスプレ』の変身は普段より時間がかかる。その時間は微々たるものだが、この状況では致命傷となった。

 変身が終わるまできっと、10秒もかからないだろうがそれまでに俺の体はあのブラックホールに吸い込まれてしまう。

(でも……この組み合わせなら)

 吸い込まれながら、この後の展開を予測する。しかし、ルーミアは次から次へと黒い球体を撃っていた。これじゃ吸い込まれるその時まで黒い球体が俺の体を何度も貫くだろう。

「させないっ!」

 下から吸血鬼の悲鳴にも近い声が聞こえ、俺に迫って来る球体を撃ち落とす。

「響! どうにかできないのか!」

 狂気の叫び声が聞こえた頃にはもうブラックホールはすぐ目の前にあった。

「大丈夫! このままいけば――」

 そこで俺は黒い球体に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は、はは」

 私は思わず、乾いた笑いを漏らしてしまった。そりゃそうだ。あれだけ私を生み出した奴が危険視していた響がブラックホールに飲み込まれたのだから。

「あーあ……終わっちゃった」

 足止めのつもりで放った技がまさか、敵を倒してしまうなんて思わなかった。

「まぁ、それだけ弱かったってこ、と……」

 しかし、そこで一つの疑問が頭を過ぎる。

(どうして、魂空間が崩壊しない?)

 ここは響の魂の中だ。それに下で目を見開いて動けずにいる吸血鬼たちも消えるはずだ。自分たちが住んでいる世界が壊れるのだから。

「……なるほど」

 そこでトールが小さく呟いた。

「何がなるほどなんだ?」

「響の目的じゃよ……我らの役目もここまでじゃな」

「は? 何言って……ッ!?」

 その時、響を吸い込んだので吸い込みを止めていたブラックホールから変な音が聞こえる。それはまるで、マッチやライターに火を付けた時のような音だった。

「何だ、この音?」

 そんな音が何度もブラックホールから漏れる。それもどんどん大きく、激しくなっていく。

「ま、まさかっ!?」

 私が答えに行きついたその刹那、ブラックホールから真っ赤な炎が飛び出した。その炎は鳥の形をしていた。

「だあああああらっしゃああああああ!!」

 その後すぐに響がブラックホールから脱出する。

「……へぇ」

 まだ、こいつは楽しませてくれるそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあああああらっしゃああああああ!!」

 俺は炎の鳥の尾に捕まってブラックホールを脱出した。追撃されたら困るので即座にルーミアに向き直るが、ニヤニヤしているだけで攻撃は仕掛けて来なかった。

 炎の鳥が消え、地面に着地する。

「響、大丈夫だったか?」

 狂気が問いかけて来るが、その顔には一切、焦りがない。どうやら、あまり心配していないようだ。

「ああ、これのおかげでな」

 俺は自分の着ている服を摘まみ上げて頷いた。

 今、俺が着ているのは制服ではない。

 慧音が着ていたあのワンピースだ。しかし、色は青ではなく赤。そしてポニーテールには妹紅が髪を結うのに使っているリボンが括り付けられていた。

「それが響の力か? やっぱり、誰かの力を借りないと何もできないんだな」

 上からルーミアが俺をバカにするが、今の俺にはどうでもよかった。

「皆、後はまかせてくれ」

「一人で大丈夫なの?」

 吸血鬼が首を傾げて質問して来る。

「ああ……というよりこれじゃ連携取れないだろうし」

 俺たちの連携は普段からお互いの技を見ていたからだ。しかし、俺の力は未知数。それでは連携など取れるはずもない。

「……わかった。後はまかせたわ」

「いいのか?」

 そこに首を突っ込んで来たのは意外にもルーミアだった。

「何で、お前が心配するんだよ」

「私はな? 戦うのが好きなんだ。それも強い奴とな。お前がそいつらと連携しなかったら弱くなると思って」

「大丈夫だ。この力はすごいよ。まぁ、それでも俺たちが本気で共闘するよりかは弱くなるだろうけど」

「……つまり、何か? お前たちは本気を出していなかったと?」

「当たり前だろ? 本気出したらお前なんか消滅させちまうからな」

 俺の発言が気に入らなかったのかルーミアの笑みが消えた。

「……そうか。わかった。そんなに殺されたいならお望み通り、殺してやるよ」

 そう言って、背中から8つの闇の手を出す。その手にはもちろん、漆黒の大剣。

「ちょ、ちょっと! さすがにあれはまずいんじゃないの!?」

 慌てた様子で吸血鬼が俺の肩を掴む。

「あちっ!?」

 だが、すぐに手を離してしまった。今、俺の体は炎のように熱いらしい。

「悪い、時間もないから一気に決めるわ」

 残り時間は3分。長い曲同士で助かった。

「死ねッ! 出来損ない!」

「お前が死ねよ! ボッチ!」

 ルーミアの大剣が全て振り降ろされる。俺もルーミアに向かって走り出していた。

(来た……)

 大剣が迫り来る中、再び『ゾーン』に入る。大剣の速度が一気に下がった。大剣と大剣の隙間を潜り抜ける。大剣が地面を抉り、こちらに地面の破片が飛んで来るがそれも躱す。全て、回避したと同時に世界のスピードが元に戻る。どうやら、魂でも俺が集中すると『ゾーン』に入ることができるようだ。

「なっ!?」

 まさか、8本の大剣を躱し切るとは思っていなかったようでルーミアが目を見開くがすぐ大剣を引いてもう一度、振り降ろして来た。

(利用させてもらおうか!)

「獣化っ!」

 頭の中にはこの『ダブルコスプレ』についての情報がインプットされている。どうやら、このコスプレは2種類あるようだ。

 一つ目は先ほどまでの人間モード。主に妹紅の能力が使える。ブラックホールに飲み込まれ、死んだが蓬莱の薬の力で一瞬にして蘇生。まぁ、死ぬのと生き返るのが目に見えないほどのスピードで繰り返されるだけだが。生きている時のように動けたから問題ない。それを確認した後、炎の鳥を出現させ、脱出した。

 そして、獣化だ。

 これは慧音のワーハクタクモード。つまり、満月の日の慧音だ。

 頭から2本の角が生えただけでなく、服装も変わった。上は白いシャツで、下は緑色のもんぺ。そう、妹紅の服が緑になったような感じだ。このモードは運動能力を大幅にアップさせる効果がある。

「――ッ」

 獣化の反射神経でまた、全ての大剣を回避した。さらに俺の目の前に刺さっていた大剣に飛び乗り、その上を走り始める。

「小賢しいなっ!」

 大剣に乗って迫って来ていることに気付いたルーミアは黒い球体をいくつも作り出し、俺に向かって射出。

「はあああああっ!」

 両手に炎を灯して、俺は黒い球体を弾き飛ばす。その間も足は止めない。

「ちっ!」

 黒い球体を弾きながら迫る俺に対し、イライラを止められないのかルーミアは舌打ちをしたまま、俺が乗っている大剣を思い切り、振り回した。

「のわっ!?」

 俺はそのせいで吹き飛ばされ、ルーミアよりも高い位置に来てしまった。残り時間は1分。

「来たッ!」

 その時、目の前に1枚のスペルが出現する。

「くたばれえええええええっ!!」

 スペルを掴むと同時にルーミアが俺に向かって8本の大剣を突き出す。

 

 

 

 

「鳳凰流星『フェニックスメテオ』!!」

 

 

 

 

 宣言すると俺の角が巨大化する。そして、全身が炎に包まれた。体の向きをルーミアのいる方向に変え、突進する。きっと、吸血鬼たちには俺が隕石のように見えるだろう。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 自然と声が出て、大剣の海に突っ込む。俺の角が大剣に触れると大剣が意図も簡単に砕けた。

 ――ガガガガガガガッ!!

 そこからは連鎖。俺が進めば大剣が壊れ、大剣が壊れたら俺の体が進む。8本の大剣が破壊される度、黒い破片が辺り一面に飛び散った。

「……」

 大剣が根元まで壊され、気付けば目の前にルーミアがいた。その顔は何故か、笑っている。まるで、満足したかのような表情。俺の角がルーミアを貫くまで1秒もかからない。

(『ゾーン』)

 そう、心の中で呟くと景色が止まった。

「……っ」

 だが、ルーミアだけは違う。俺を見て目を見開いている。どうやら、魂の中なら俺以外の人も俺の『ゾーン』に入って来られるようだ。でも、『ゾーン』の中なのでルーミアの表情は見開かれたまま、固まっている。

「お前……これでいいのか?」

 口は動かさずに頭で念じる。この世界ではこれだけで相手に伝わるのだ。

「……だって、これはどう見ても私の負けだし」

 最初は戸惑っていたルーミアだったが、何とか返答する。

「そうじゃない。お前はこれでよかったのかって聞いてんだよ」

「わ、たしが?」

「ああ、他人に生み出され、他人に戦い方を習い、他人の中に入り、他人に悪さをさせ、罪も償わずに他人に成敗される。それって無責任なんじゃないのか?」

「……」

 俺の発言を聞いて黙ってしまうルーミア。しかし、俺は構わず、咆哮する。

 

 

 

 

「お前はどうしたいんだ!? このままでいいのか!? これがお前の望なのか!? これがお前のしたかったことなのか!? これでよかったのか!? 答えろ、ルーミア!!」

 

 

 

 

「いいわけねーだろうがっ!!」

 俺の咆哮に咆哮で返したルーミア。

「私だって……私だって、このままでいいわけないってわかってるんだよ! でも、どうすることもできねーだろ? 私が離れたらルーミアは死ぬんだよ!」

 見開かれたルーミアの目に憂いの色が見えた。

「私はもう、完全にルーミアの闇と融合した。私がルーミアの中から出たらルーミアは死ぬ。私にはもうどうすることもできねーんだよ!!」

「なら、俺を頼れよ!!」

「ッ――」

 

 

 

 

 

「助けて欲しいならそう言え! それがお前の“望”なんだろうがっ!! それぐらいお前にだってできるだろ! 一人で駄目なら二人。二人で駄目なら三人。三人で駄目なら皆で問題にぶつかれば、解けない問題はないんだ!! お前はもう、一人じゃないんだ! 俺がいる!!!」

 

 

 

 

 

 ルーミアの目から憂いが消え、驚愕が現れる。

「……け……れ」

「あ? 何だって?」

「助け、て……くれ」

 ゆっくりとルーミアの眼から涙が零れる。全ての物が動くことのない世界なのに。

 俺にはその涙がひっくり返したばかりの砂時計の砂に見えた。

「……よく言った」

 感覚的にそろそろ、『ゾーン』から出てしまう。その前に今、できることを終わらせよう。

「なぁ? ルーミア」

「な、何だ?」

 

 

 

「俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 

 

 

 ルーミアに向けて言うのは二度目になる。

「……ああ、よろしく頼む」

 見開かれたルーミアの眼にはもう、涙はなかった。

 



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第177話 闇の深さ

「……」

 そっと、目を開けた。魂の戦闘は肉体よりも精神が疲労する。気だるさが俺の体を襲うが体に鞭を打って体を起こす。

「きょ、響!」

 星形の結界の外から霊奈が俺に声をかけた。声を出すのも面倒だったので手を挙げて応える。

(さてと……)

 魂移植は一応、成功した。でも、まだ俺の体に馴染んでいないのでこれから何が起きるかわからない。その前に色々とやることがある。

 急いでポケットに入っていたスキホを取り出し、博麗神社にあったリボンを出現させた。それを俺の胸の中で寝ているルーミアの頭に括り付ける。すると、大人の姿だったルーミアが子供の姿に戻った。これで闇の力を封印できたはずだ。そのまま、抱き上げて霊奈に差し出しながら口を開く。

「霊奈、すまんがルーミアを博麗神社に……氷はすぐに解けると思うから」

「いいけど……響は?」

「俺は……もう少しやることがあるから。ルーミアを頼む」

「う、うん。わかった」

 恐る恐る結界の中に入って来た霊奈にルーミアを渡す。その刹那、恐れていた痛みが俺の胸を抉る。

「響?」

「……いいから、行け」

 力の入らない手を無理矢理、振って霊奈を促す。まだ、納得していないようで何度も振り返りながら博麗神社に向かった。

 霊奈を見送り、もう一度その場に横になる。ルーミアと戦う前は曇り空だったのに対し、今は快晴だ。雲一つない。霊奈には氷はすぐ解けると言ったけど強ち、間違っていないようだ。

「……ぅ、あ、ああああああああああっ!!」

 その時、胸の奥底から何かが溢れだし、俺の体の中で暴れ出した。

「あ、あああっ……ああああああ!!」

 悲鳴を上げている感覚はあるが、自分の耳では感知できなかった。内側からの攻撃でそれどころではないのだ。

(まずいっ……これは)

 体の中で暴れているのは闇だ。ルーミアから移植した闇の力。本来、幽霊の残骸と同じように魂の部屋で封印する予定だった。だが、予想以上に移植した闇が多く、封印を破ろうと暴れている。

 まだ、発動したままの五芒星結界の中を転がるが、何の気休めにもならない。むしろ、胸の痛みはどんどん酷くなっていく。このままではルーミアと同じように闇に飲まれてしまう。その証拠に俺が転がった跡は凍っている。闇の力が熱を吸収し、地面を凍結させたのだ。

「ぐあああああああああああああああっ!!」

 体から黒いオーラが漏れ始めた。俺が闇に飲まれるまで時間がない。何とかしなければ再び、幻想郷が氷漬けになってしまう。

「本当に……世話が焼けるわね」

 不意にそんな声が聞こえたような気がする。しかし、闇を抑えるのに必死で確認できなかった。転がる気力さえなくなってしまい、仰向けのまま制止する。

「ほら、それじゃ付けられないでしょ」

 誰かが俺を見下ろして言った。しかし、視界が歪んでおり誰だかわからなかった。声を出そうと試みるがそれすらできない。限界だ。

 そして、何者かが俺の体を押してうつ伏せにする。何も見えなくなった。

「本当に綺麗な髪ね……」

 そう呟きながら俺の髪を弄り始める。

(だ、め……だ)

 瞼が勝手に閉じて行き、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」」

 僕と桔梗は何度も頭を下げてにとりさんに謝る。

「い、いや大丈夫だよ。作り直せばいいし……」

 苦笑いを浮かべたまま、にとりさん。

「でも……大切な『のびーるアーム』が……」

 結局、桔梗が食べてしまったのだ。しかも、にとりさんを突き飛ばしたのだ。これは謝らないわけにはいかない。

「そんなことより! 桔梗、何か新しい武器は増えた?」

 目をキラキラさせながらにとりさんが桔梗に問いかけた。研究魂に火がついたらしい。

「え、えっと……試してみないことにははっきりとは」

 それに曖昧な回答を返す桔梗。

「さっきは思い描いた武器が作れたのに?」

「あの時は意識がはっきりしていましたから。ですが、『のびーるアーム』を食べたのは無意識だったのでどんな武器になるかわからないんです」

 申し訳なさそうに桔梗が再び、頭を下げる。僕の携帯を食べた時と同じだ。

「そっか……でも、武器は増えるんだよね?」

「はい。きっかけがあればわかると思います」

「なるほど……」

 にとりさんは腕組みをしながら考え事を始めた。だが、それも10秒ほどで終わる。

「じゃあ、試してみよう。私相手でさ」

「「へ?」」

「私、これでも強いんだよ?」

「そ、そう言われても……」

 にとりさんの突然の提案に戸惑っていると近くの茂みから音が微かに聞こえた。

「マスター!」

 桔梗が僕の右腕にしがみ付き、シールドに変形。そして、巨大化した。それと同時に茂みから何かが飛び出す。

 ――ガキーンッ!

 桔梗【盾】と何かが激突し、甲高い音が響いた。

「うわっ!?」

 あまりにも展開が早すぎたため、僕は遅れて悲鳴を上げる。

「キョウ! 妖怪だよ! 気を付けて!」

 桔梗【盾】の陰に隠れながらにとりさんが僕に指示を飛ばす。それに頷くだけで答え、桔梗【盾】から少しだけ顔を出して敵の様子を窺う。

 その妖怪は巨大なムカデだった。体をくねらせていつでも襲えるように準備している。

「どうします?」

 隣で僕と同じようにムカデを見ていたにとりさんに問いかけた。

「うーん……あれぐらいなら私一人で大丈夫だと思うけどキョウ、力試しってことで戦ってみてよ」

 ニッコリと笑いながらにとりさんがとんでもないことを言い放つ。

「は、はあああっ!? ど、どうしてですか!?」

「そりゃ、キョウの力が見たいだけだよ」

「いや、それでもですね? さすがに妖怪相手は厳しいんですが……」

「大丈夫! 危険だと思ったら私も加勢するから!」

「そ、そんなぁ……」

 もう一度、ムカデを見る。体長は3メートル。たくさんの足が付いており、その一つ一つが動いている。顔には巨大な顎。あれで噛まれたら胴体を真っ二つにされるだろう。

「マスター、どうします?」

「どうするって……」

 確かに幻想郷に来たばかりの頃より、僕は強くなった。鎌も扱えるようになったし、桔梗という心強い仲間もできた。でも、あんな化け物と戦うのは怖い。

「キョウ。このままじゃ君は死ぬよ?」

 真剣な顔でにとりさんが物騒なことを言う。

「え?」

「だって、今は私がいるからいいけど君たちは旅をしてるんだよね? そこに私はいないんだよ? これから幻想郷を旅して行くのならあれぐらいの敵は倒せるようにならなきゃ死ぬ」

 にとりさんの言う通りだ。青怪鳥との戦いだってにとりさんがいなかったら僕たちはどうなっていたかわからない。

「キョウ、君は強いんだ。だから、これはそれを確かめるための戦い。試練なんだよ」

「試練?」

「そう、あのムカデを倒せば自信にもなるし、桔梗とのコンビネーションの練習にもなる。生き残るためには戦わなきゃいけないんだ」

「……」

 僕は目を瞑る。そのまま、背中の鎌に手を伸ばして魔力を流す。

「桔梗、翼」

「はい」

 それから目を開けると桔梗【盾】の姿はなく、目の前にムカデがいた。ムカデもそれに気付き、凄まじい咆哮を放つ。

「にとりさん、僕……やります」

「頑張って」

 そう言ってにとりさんが数歩、下がった。すぐに鎌を構え、背中に装備されている桔梗【翼】を動かす。地面から数センチだけ浮かび、ムカデと対峙した。

「桔梗、行ける?」

「はい! 大丈夫です!」

 桔梗の声を聞くと何故か、安心できた。本当に心強い仲間だ。

「ムカデさん、すみませんが倒させていただきます」

 その言葉に対し、ムカデは突進することで答える。また、命がけの戦いが始まった。

 



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第178話 鋼の拳

 ムカデの顎を鎌で受け止め、翼をムカデの眼球に向かって伸ばす。それを軽々とムカデは回避する。

「はああああああっ!」

 鎌を押して顎を弾き、鎌を横薙ぎに振るう。これも体をくねらせて躱すムカデ。

「桔梗!」

「はい!」

 右翼を広げ、振動させる。その反動で僕の体が左側にロールした。それより1秒遅れてムカデの顔が先ほどまで僕がいたところを通り過ぎる。だが、ムカデの攻撃はそれだけで終わらなかった。

「っ!? 盾!」

 ムカデの尻尾が僕に向かって来ていることに気付き、右翼に触りながら指示を飛ばす。すぐに桔梗【翼】は盾に変形し、尻尾を受け止める。

「翼!」

 落下が始まったので再び、桔梗【翼】を装備し態勢を立て直す。

「マスター! 後ろ!」

「っ……」

 背後からムカデが僕を噛み潰そうとする。それを左右の翼を振動させ、バク転する要領で難を逃れた。

「やっ!」

 そのまま、ムカデの脳天に鎌を振るう。攻撃を躱されたばかりだったのでムカデは回避できず、鎌が直撃した。しかし、鎌はムカデの脳天に突き刺さることはおろか、傷一つ付けられなかった。

「硬いっ!?」

「マスター! 危ない!」

 驚愕で体が硬直してしまった僕はムカデの尻尾の接近に気付けなかった。

「しまっ――」

 桔梗【盾】を装備している暇はない。即座に両翼を目の前でクロスさせるが衝撃は抑えられずに思い切り吹き飛ばされた。

「がっ……」

 背中から地面に叩き付けられ、肺の酸素が外に漏れる。

「もう一撃、来ます!」

 桔梗の悲鳴を聞いて左翼を振動。地面を転がってムカデの顎を躱した。それでもムカデの顎が地面を抉り、石が僕を襲う。

「盾!」

 今度は桔梗【盾】を装備する時間があったので盾で石を弾く。

「マスター! ムカデが後ろに回り込もうとしています!」

 桔梗のアドバイスに心の中で舌打ちする。最初の内はこちらも攻撃できたが今じゃ防戦一方。このままじゃ隙を突かれてあの顎の餌食にされてしまう。

「桔梗! 翼になって急上昇!」

「はい!」

 背後からムカデが突進して来るがそれを紙一重で躱す。

「マスター! どうしましょう!」

 桔梗が背中から問いかけて来るが僕もどうすればあのムカデに勝てるかわからなかった。

「……ねぇ? 新しい武器がどんな物かわかった?」

 ふと桔梗が『のびーるアーム』を思い出し、質問する。

「えっとですね……あ、今回はちゃんとした武器です!」

「どんな物か教えて!」

「わかりま――きゃっ!?」

 突然、右側から強風が吹き荒れ、バランスを崩してしまった。原因が何か辺りをキョロキョロ見渡すとどうやら、ムカデが僕たちのすぐ横を通り過ぎたようだった。そのスピードは凄まじく、このまま逃げ続けてもいずれ追いつかれてしまうだろう。

「時間がない! ぶっつけ本番で行くよ!」

「は、はい! 武器はグローブです!」

「それだけで十分だよ!」

 上昇をやめ、頭を地面に向けて急降下を始める。下を見ればかなり高いところまで飛んでいたことがわかった。

「マスター。ムカデは私たちのすぐ後ろを飛んで来ています」

 その言葉を聞いて後ろを見るとムカデも僕たちと同じように降下していた。どうやら、先ほど僕たちの横を通り過ぎた後、旋回などしている間に僕たちとムカデの位置が逆に――つまり、ムカデの方が高い位置にいたようだ。これはラッキー。

「作戦はわかってる?」

「もちろんですよ!」

 そう答える桔梗は何だか、嬉しそうだった。再び、地面を見てみると地面に激突するまで5秒ほどのところまで来ていた。

「行くよ! 3……2……1!」

 僕の掛け声と共に桔梗が両翼を広げ、最大出力で振動した。そのおかげで僕たちの速度は一気に遅くなり、地面に衝突する前に針路を変更することに成功。だが、ムカデはそうも行かず、思い切り地面にぶつかってしまった。

「桔梗! たたみ掛けるよ!」

「はい!」

 地面に降り立ち、人形の姿に戻った桔梗は僕の右手に掴まる。それを尻目に僕はムカデに向かって駆け出していた。鎌を左手に持ち替えるのも忘れない。

「マスター! 行きます!」

「うん!」

 桔梗の声に頷いたその時、桔梗が光り輝いて巨大なグローブに変形した。

 そのグローブはモノクロで僕の頭ほどの大きさだ。だが、大きさの割に重くない。これならグローブを装備したままでも走ることができる。

「うおおおおおおおおっ!」

 やっと、態勢を立て直してムカデの顎に向かってアッパーカットを繰り出す。

「はあああっ!」

 桔梗が雄叫びを上げるとグローブの付け根――手首のあたりから火が飛び出した。それがジェットの役割となり、アッパーカットの威力を高める。

 ムカデの顎に見事、アッパーカットが決まり、ムカデの体が仰け反る。

「まだまだっ!」

 地面に着地すると同時に跳躍。今度はムカデの胴体に向かって正拳突きを放つ。また、手首から火が飛び出し、ジェット噴射し始める。

「――ッ!!」

 正拳突きがムカデの胴体に突き刺さった。上からムカデの悲鳴が聞こえる。

「マスター! 鎌です!」

「え? あ、うん!」

 桔梗のアドバイスに頷くとグローブの側面――僕から見て右側から5本の火柱が飛び出す。そのまま、グローブに引っ張られるように僕の体が回転した。

 その動きに合わせて僕は左腕を自分の体を抱くように引き寄せる。

「はあああああああっ!」

 そして、タイミングを見極め、裏拳の要領で左手の鎌をムカデに向かって横薙ぎに振るった。

「――ッ」

 鎌がムカデの腹を切り裂き、鮮血が飛び散る。それと同時に痛みでムカデが体をくねらせ、慌てた様子で森の中へ逃げて行った。

「はぁ……はぁ……」

 鎌を背中に吊るし直し、僕はムカデが逃げた方向を凝視する。しかし、いつまで経ってもムカデは帰って来ることはなかった。これで安心できる。

「や、やった……」

 緊張の糸が切れ、その場にへたり込んでしまった。

「マスター! お疲れ様です!」

 右手のグローブから元の人形に戻った桔梗が僕に抱き着きながら労ってくれる。

「うん、桔梗もお疲れ様」

 優しく頭を撫でてあげると『えへへ』と照れる桔梗。

 ――バシンッ!

「ひっ!?」

「キョウ! お疲れ! すごかったよ!」

 突然、背後から背中を叩かれ、悲鳴を上げそうになったがにとりさんの声が聞こえたので何とか飲み込んだ。

「に、にとりさん! 吃驚したじゃないですかっ!」

「え? あ、ごめんごめん! テンション上がってて!」

 にとりさんは頭を掻きながら申し訳なさそうに謝った。

「それより! やっぱり、キョウは強いね! これなら幻想郷を旅してても簡単に殺られないと思うよ!」

「何故か“やられない”って単語の漢字がヤバそうなんですが……でも、最初の内はやられっぱなしでしたよ?」

「確かに最初はムカデの動きに翻弄されて防戦一方だったけど、それから敵の動きを見極めて攻撃できてた。それが大事なんだよ」

「動きを見極めて?」

「そう! どんな状況でも諦めず、敵の隙を狙うことこそが戦いで重要なことの一つだと思うんだ! 発明が上手くいかなくても諦めず再挑戦するのと同じようにね!」

 ウインクを決めながらにとりさんが断言する。

 確かに青怪鳥の時も僕は諦めなかった。だからこそ、桔梗の能力にも気付くことができた。そう、どんなピンチでも必ず逆転の一手がある。それを見つけることができる人は『諦めなかった人』だ。

「あ、そうそう! 桔梗、もう一回グローブに変形して貰える?」

「え? は、はい!」

 僕の抱き着くのに一生懸命だった桔梗は戸惑いながらも僕の右手に触れ、グローブに変形した。

「ちょっと観察させてね……」

 そう言って、にとりさんは真剣な眼差しでグローブを観察する。

「やっぱり、至るところにハッチがあるね」

「ハッチ?」

「うん、これのことなんだけど」

 にとりさんが指さしたところを見るとそこには小さな正方形があった。

「これがハッチ。ここからジェットが出て来てたんだ」

「そうだったんだ……」

 僕もグローブを改めて観察する。

 色は手の甲と指先が黒でそれ以外は白だ。先ほど、にとりさんが言っていたようにハッチがたくさんあった。これならどの方向にもジェット噴射できる。

「桔梗、これについての注意事項とかは?」

「そうですね……やはり、ジェット噴射は連発できません。振動と同じようにオーバーヒートを起こしちゃうので」

「オーバーヒート?」

 聞き慣れない単語が出てきたので聞き返した。

「オーバーヒートは機械が熱くなりすぎてフリーズしちゃうことだよ」

 すぐににとりさんが答えてくれる。

「実は先ほどわかったことなんですが、振動の力を使うと私の体が少しずつ熱くなっていくらしいんです。そして、そのまま振動を使い続けたら私はしばらく動けなくなってしまうんです」

「つまり、桔梗の体は熱に弱いんだね」

「みたいです……」

 落ち込んだ様子で桔梗は頷いた。

「桔梗、そんなに落ち込まないで。振動やジェットの使用回数に気を付ければいいんだね?」

「はい、ですがジェットはともかく振動については今まで通りで大丈夫だと思います。確かに振動は最大出力で放っていますが使用時間は本当にわずかなのでそこまで熱は発生しないんですよ」

「ああ! あれって振動を使ってたんだね。急にバク転とかしたから吃驚したよ!」

 まぁ、傍から見たら不自然な動きだと思う。

「……っ」

 その時、僕の前を一つの光が通り過ぎた。それから次から次へと上に上って行く。これは時空移動の兆候だ。

 



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第179話 闇の影響

「き、桔梗! 来たよ!」

「え!? もしかして、時空移動の兆候ですか!?」

「へ? 時空移動?」

 桔梗の言葉に首を傾げるにとりさんだったが、今はそれどころじゃない。

「桔梗、捕まって!」

「はい!」

「ちょ、ちょっと! どうしたの?」

 僕たちが慌てているのでにとりさんも何かあったとわかったようだ。

「すみません、そろそろ僕たちは行かなくちゃいけないんです」

「ありゃ、急だね」

「コントロールできてませんので……にとりさん、何から何まで本当にありがとうございました!」

「いやいや、私も面白い物が見れたし大丈夫だよ!」

 そこで光が一層、強くなった。時間がない。

「にとりさん、またいつか会いましょう!」

「うん! またね、キョウ、桔梗!」

 手を振ってくれたにとりさんに向かって左手を上げた瞬間、視界がホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けると何度目かは覚えていないがすでに見慣れた博麗神社の天井があった。

(過去の記憶……か)

 いつものように俺は過去について考察する。

 今、気付いたが過去の俺が青怪鳥と戦っていた時代は俺が怪鳥と戦っていた時代だ。つまり、約1年前。多分、青怪鳥を見る前に遠くの方で戦っていたのは俺だと思う。過去の俺が見た鳥の特徴は俺が倒した怪鳥とそっくりなのだ。

(あの時、過去の俺も戦っていたんだ……)

 その後、にとりと出会った。俺も何度かにとりの依頼を受けているので話したことがある。そう言えば、昔『のびーるアーム』をなくしたと言っていた。桔梗が食べたのが原因だろう。そして、あの鋼の拳を手に入れた。

(これで桔梗は翼、盾、拳に変形できるんだな……あと、振動)

 順調に桔梗を強化している。しかし、俺は少しだけ違和感を覚えた。

「なんか……時空移動が素材を集めさせてるような」

 アリスの時だって桔梗が『自分の体を変形させる程度の能力』を手に入れ、自分に時空移動の力があるとわかったすぐ後に時空移動した。まるで、時間がないので必要最低限の情報を手に入れたから移動させたように見える。紅魔館の時もフランの血を飲んで移動していたし、小町も鎌の修行が終わって移動していた。

(何だ……これは)

 これでは誰かが意図的に過去の俺を時空移動させているように見えるではないか。

「でも、時空移動の能力は俺が持ってるし」

 これは自信を持って言える。証拠とかはないが、何故か断言できた。

「じゃあ、どうやって……」

「あら? 起きてたの?」

 突然、障子が開いて霊夢が顔を見せる。

「ああ、さっきな」

 そう答えながら起き上がろうとするが、力が入らず失敗に終わった。

「あ、れ?」

「無理しなくていいわ」

 霊夢はぶっきらぼうに言い、そのまま部屋に入って来て畳の上に正座する。

「あ、ああ……」

「まずはお礼を言わせて貰うわ。氷河異変を解決してくれてありがとう」

「いや、これも仕事だから」

「じゃあ、建前はこれぐらいに本音を言わせて貰うわね」

「お礼って建前に入るの?」

 俺の素朴な質問はスルーされ、霊夢は後ろ手で障子を開ける。そちらを見ると霊奈が涙目で仁王立ちしているのが見えた。

「あ、霊奈」

「響……貴方、めちゃくちゃ危険なこと、したんだって?」

「危険なこと?」

「闇を自分の魂に移植させたことよ」

 俺の疑問に答えた霊夢も怒っているようだ。

「今までは体の傷だったから万が一のことがあっても永琳に頼めば何とかなったわ……でもね? 魂はそうはいかないの。魂は自分自身の力でどうにかしなくちゃいけないの。それなのにあのままだったら貴方は闇に飲み込まれ、氷河異変がまた起きるところだったのよ?」

「うぐっ……」

 霊夢の言葉に対して反論できなかった。確かに移植は成功したがその後、闇が俺を飲み込もうと暴走。俺も抵抗したのだが、全く歯が立たなかった。

「あれ? じゃあ、今は?」

 俺が気絶する前の痛みなどどこかへ行ってしまっていた。

「封印したのよ。ルーミアと同じようにね」

「封印? あ、あの時の人ってお前だったのか」

 霊夢は俺の質問に頷くだけで答える。倒れた俺に話しかけていたのは霊夢だったらしい。

「まぁ、封印って言ってもルーミアのように力の大部分を封印するんじゃなくて闇の暴走を抑える感じかな?」

 霊奈が霊夢の隣に座って説明してくれる。しかし、どうして霊夢じゃなくて霊奈が答えたのだろうか?

「私一人でもそんな複雑な効果を持ったお札なんて作れなかったから二人で協力して作ったのよ」

「あ、そうだったのか……あれ? でも、俺が気絶する直前に霊夢、何かしてなかったか?」

「……まぁ、色々あったのよ」

 何故か、目を逸らす霊夢。俺は代わりに霊奈の方を見るが霊奈も霊夢と同じ方向を見て無視していた。

「お前ら、本当は仲が良いだろう……」

「ほ、放っておいてよ!」

 まだ、怒っているのか霊奈がそっぽを向きながら言い放つ。

「はぁ……とにかく、異変は解決したんだな?」

「ええ。氷も解けたし、ルーミアもさっき目が覚めて帰って行ったわ。貴方に感謝していたわよ。まぁ、全てを覚えてるわけじゃなくて何となくみたいだったけど」

「人里の人たちも何ともなかったよ。少しの間、気絶してた感覚だったらしいよ」

「そっか……よかった」

 安堵のため息を吐くと突然、霊夢の眼が厳しくなった。

「……ねぇ? そろそろ、教えて貰えないかしら? 今回の黒幕」

「そう言えば、他に首謀者がいるってルーミアも言ってたよね?」

 霊夢の質問に疑問を持った霊奈が更に質問を重ねてきた。

「……ああ、今回の異変の元凶。ルーミアに闇の力を無理矢理、詰め込んで暴走させた奴がいるんだ」

「で? 誰?」

「あいつだよ。関係を操る式神の主だ」

「また、なの?」

「ああ、何でかはわからないけどな……」

 あの女の子は俺の命を狙っている。しかし、その理由まではわからなかった。

「これからも攻撃して来るわね」

「多分な」

「あ、あの? 私にはさっぱり何だけど……」

 手を挙げて言った霊奈に呪いにかけられたことや能力を奪われたことを説明する。

「そ、そんなことが……」

 顔を青ざめさせながら霊奈は驚愕していた。

「まぁ、生きてるからいいんだけどさ」

 実際、俺はしぶとく生き残っている。

「これから、どうするの?」

 不意に霊夢からそんな問いかけが飛んで来た。

「どうするも何も俺は万屋の仕事をするだけだよ」

「だ、大丈夫なの!?」

「今までも大丈夫だったし、大丈夫だ。今じゃ仲間もたくさんいるしな」

「今回みたいに式神を抑えられたら?」

「俺の仲間は式神だけじゃないよ。魂の奴らもいるし、お前らだっている」

「「――ッ」」

 俺の言葉を聞いて霊夢も霊奈も目を見開いた。

「……はぁ。貴方は頑固ね」

「そうか?」

「まぁ、子供の頃も響は譲らないことは譲らなかったし……」

「そうだっけ?」

「とにかく、敵からの貴方への攻撃の手も増えて来てる。気を付けて」

 真剣な表情で霊夢が忠告して来た。それに対し俺は頷いて答える。

「……じゃあ、次の問題ね」

「次? まだあるのか?」

「貴方の闇の力についてよ」

 忘れていた。

「封印したって言ったよな?」

「ええ、今も封印中よ」

「どうやって封印してるんだ? ルーミアみたいにお札で?」

「うん、そうだよ。でも、頭にお札なんか付けてたら外の世界で変に思われちゃうでしょ? だから、別の物に封印術式を組み込んでカモフラージュしてるの」

「別の物?」

 その単語が気になって繰り返したが、二人とも何も答えずに次の話題に移ってしまった。

「できるだけそれを外さないようにしなさい。1~2時間なら体への影響も少しだけだけど長い時間、取ったままだとまた闇が暴走し始めるわ」

「体への影響って?」

「……知らない方が身のためだと思うよ」

 目を逸らしながら霊奈が俺の疑問を弾く。

「いい? 人前で取ったらダメよ? 絶対にね」

「りょ、了解……」

 まず、何が封印術式なのかわからなかったが、二人の剣幕に圧倒されて質問できなかった。

「じゃあ、後はゆっくり休みなさい」

「またね、響」

 それだけ言って二人は部屋を出て行った。

「……闇の力、か」

 そう呟く。

「?」

 その時、魂の中で何かが動いた。しかし、それが何か俺にはわからなかった。吸血鬼たちでもなかったし、闇でもない。別の何か。

(まぁ……いいか)

 急に睡魔に襲われ俺は思考を止め、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 この時に気付くべきだったんだ。あいつが、動き出したことに。

 



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第180話 ゲットバック

「もう行くの?」

 靴ひもを結ぶ俺に霊夢はそう聞いて来た。

「ああ、永琳も闇の影響は体に出てないらしいから外の世界でも大丈夫だって言ってたし。それに望たちも心配してるだろうし早く帰らないと……」

 氷河異変が解決した翌日、俺もすっかり動けるようになったが念のために午前中に俺と霊奈は永遠亭に行って診察を受けたのだ。もちろん二人とも大学を休んだ。

 診察結果は健康そのもの。どこにも悪いところはなかった。

 靴ひもを結び終え、俺は博麗神社の外に出る。俺に続いて霊夢も霊奈も出て来た。

「とにかく、私から言えることは全部言ったわ。絶対に、外さないこと。いいわね?」

「へいへい」

「ああ、それと……明日、ここに寄りなさい。スペアが必要でしょうから用意しておくわ」

「あれ? 霊奈と一緒に作らなきゃ駄目なんじゃないのか?」

「術式を組み上げていくのが難しいんじゃなくて構造を理解する方が難しかったんだよ。だから、もう霊夢も私も一人で術式を組むことはできるよ」

 隣からの補足説明になるほどと頷く。

「それじゃ、そろそろ行くわ。移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装に着替え、スキマを開く。

「響、気を付けてね。最初は慣れないことも多いだろうけど貴方なら慣れるわ」

「ものすごく意味深なことを今、言わないでくれる?」

 不安になってしまうではないか。

「ま、まぁ……気を付けるよ」

「ええ、頑張ってね」

(何を?)

 色々と疑問は残っているがそれよりも俺は早く家に帰りたかった。俺と霊奈はもう一度、霊夢に手を振ってからスキマを潜る。

 これで闇が引き起こした氷河異変は終わった。でも、俺の騒動はまだ続く。それは家で起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいまー」

 霊奈といつもの公園で別れた俺は恐る恐る玄関のドアを開ける。

「「「……」」」「あ! おにーちゃん、おかえり!」

 そこには3人の修羅と一人の天使がいた。

「お兄ちゃん?」

 修羅の一人である妹修羅がゆっくりと口を開き、俺を呼んだ。不思議と威圧感を感じる。

「はい……」

 諦めた俺は家の中に入り、ドアを閉めた。

「何があったかせつめ……お、お兄ちゃん!?」

 目が据わっていた望だったが、俺を見て驚く。

「え? な、何!?」

 てっきり、怒られると思っていたので予想外の反応に恐怖する。

「響! その頭、何!?」

 続けて雅が俺の頭を指さしながら叫ぶ。

「頭? ああ、ポニーテールはどうしたのかってこと?」

 ルーミアと戦っている間に髪留めとして使っていたゴムが切れてしまったので今の俺はポニーテールではない。

(あれ?)

 そのはずなのだが、俺の髪はいつも通りのポニーテールだったことに今、気付いた。霊夢か霊奈が結んでくれたのかもしれない。

「い、いえ! ご主人様の髪型はいつも通りなのですが、使っている物が……」

 霙(擬人モード)が不安そうに耳をピクピクさせながら言う。

「使ってる物?」

「おにーちゃんの髪留め、れーむとお揃いだね!」

 満面の笑みで奏楽が衝撃の事実を教えてくれた。

「霊夢と……お揃い!?」

 慌てて靴を脱いで鏡のある洗面所に向かう。

「あ、ああ……あああああ!?」

 鏡に映った俺の頭には霊夢と同じ紅いリボンが括り付けられていた。これでは本物の女の子だ。

「何で!? どうして!?」

 そう言えば、闇の力を封印するためにお札の代わりに別の物でカモフラージュさせたと言っていた。つまり、“この博麗のリボンがお札”なのだ。

「嘘……だろ?」

 俺は同時に恐ろしいことに気付いてしまった。

 霊夢は言っていた。お札を取らないで、と。

 つまりだ。俺はこのリボンを頭に乗せて大学に行かなければならない。それを意味することは何か? そう、悟にこのリボンについて何か言われる。

 それだけではない。こんな女の子っぽい物を身に付けていたら変に思われてしまう。

「お、お兄ちゃん? 大丈夫?」

 振り返ると望たちが心配そうにしていた。

「とりあえず、座ろう。詳しい話はその後に……」

 あまり、話す気になれなかったがこのリボンのことを説明するには氷河異変についても言わなければならない。俺は思わず、ため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

「響ったら……また、危険なことをしたんだね」

「それについては霊夢と霊奈にこってり絞られたよ……」

 呆れた様子で雅が肩を竦める。

「それで、そのリボンは闇の力を封印してるんだよね?」

 俺のコップに麦茶を注ぎながら望。

「ああ、お札だと外の世界じゃ目立つからリボンでカモフラージュしたんだよ」

「逆に目立つような気がします……」

 その事実に行きついた霙は外の世界に慣れ始めたのだろう。

「おにーちゃん、可愛いよ!」

「ああ、奏楽よ。それは俺にとって褒め言葉じゃないんだよ……」

 奏楽が俺の膝の上で俺の心を抉った。

「まぁ、見た目の問題はともかく……そのリボンは取っちゃ駄目なんだよね?」

 少しだけ不安そうに望が質問して来る。

「いや、1~2時間ぐらいならいいってそれ以上経つと俺の中の闇が暴走し始めるそうだ」

「そっか、ならお風呂ぐらいなら大丈夫だね」

(お前はそんなことを心配していたのか……)

「あれ? でも、洗濯とかどうしよう? 同じのをずっと使い続けるのは衛生的に厳しいけど……」

「お前は俺の母親かよ……明日、スペアをいくらか貰って来る予定だ」

 俺の言葉を聞いて安心したようで望は笑顔を見せてくれた。

 呆れていると時計から午後5時を知らせる音が聞こえる。

「あ、そろそろ晩御飯の準備をしないと……」

「なら、お兄ちゃん先にお風呂入って」

 俺の家では晩御飯の前にお風呂に入るようにしている。更にいつの間にか晩御飯を作る俺が先に入り、皆がお風呂に入っている間に準備する、という習慣になっていた。

「はいはい……じゃあ、風呂にお湯を入れておいてくれ。その間に着替え、持って来るから」

「了解であります!」

 俺の指示を聞いた霙がお風呂場に突入する。

「さてと……やるか」

 それから10分ほどでお風呂の準備ができ、俺は洗面所で服を脱ぎ始めた。残るは頭のリボンだけとなったが、俺は少しだけリボンを取るのに躊躇していた。

「リボン、取っても大丈夫なんだよな?」

 悩んでいても仕方ない。俺はそっとリボンに触れ――取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああっ!?」

 突然、洗面所からお兄ちゃんの絶叫が轟き、私は思わず、手に持っていたお皿を落としそうになった。

「な、何!? 何があったの!?」

 隣で茶碗を洗っていた雅ちゃんが目を白黒させている。

「今の声、ご主人様ですか!?」

 奏楽ちゃんと遊んでいた霙ちゃんが台所に飛び込んで来た。その腕に奏楽ちゃんもいる。

「そうみたい! 洗面所に行こう!」

 お皿を適当な場所に置き、私たちは洗面所に向かった。

「お兄ちゃん! 何かあったの!?」

 洗面所に到着し、ドア越しに声をかける。

「は、入って来るな!!」

 すると、中から聞き覚えのない声が聞こえた。声質から奏楽ちゃんほどの子供ぐらいだとわかる。だからこそ、私たちは戸惑った。どうして、こんなところに子供がいるのだろうか?

「え、えっと……お兄ちゃん、いる?」

「望! いいか? 絶対に入って来るなよ? 絶対だぞ!!」

 どうやら、この声はお兄ちゃんらしい。

「ねぇ? これって……?」

「ご、ご主人様に一体、何が?」

「おにーちゃん! 入るよー!」

 雅ちゃんと霙ちゃんがこそこそと相談していると霙ちゃんの腕から奏楽ちゃんが抜け出し、洗面所のドアを開けてしまった。

「そ、奏楽ちゃん!?」

 手を伸ばして止めようとするもすでにドアは全開に空いてしまっている。そして、目の前の景色に私や雅ちゃん、霙ちゃんは口を開けて驚愕してしまった。

「お、お兄ちゃん……その、恰好」

「見るなぁ……見るなっ!!」

 洗面所の床で蹲るお兄ちゃん。体を見られないようにさっきまでお兄ちゃんが着ていた服を出鱈目に体に寄せていた。

「あれー? おにーちゃん、私と同じくらいだねー?」

 首を傾げながら奏楽ちゃんが言ってはいけないことを言ってしまった。

「う、うぅ……」

 顔を真っ赤にしてお兄ちゃんは服に顔を埋める。

「お、お兄ちゃん……?」

 私はあまりにもその――『可愛い』姿に戸惑ってしまった。

「お願いだから、見ないでってばぁ……」

 涙目でお願いして来るお兄ちゃんの姿はもはや、子供としか言いようがなかった。つまり、“子供の姿に戻ってしまったのだ”。

 髪型はストレート。どうやら、リボンを取ったせいで子供の姿に戻ってしまったらしく、更に服を全部脱いでからリボンを外したことにより、大きくなってしまった服を着るわけにも行かず、このように体に寄せて露出を防いでいるようだ。

「な、何……この可愛い生物」

 雅ちゃんも後ずさるほどお兄ちゃんの可愛さに驚いていた。

「こ、これがご主人様の子供の頃の姿なのですね!」

 目をキラキラさせながら霙ちゃん。

「おにーちゃん! 可愛い!」

 そう言いながら奏楽ちゃんはお兄ちゃんに抱き着く。

「や、やめてええええええっ!!」

 子供特有の高い声が洗面所に響き渡った。

 



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第181話 原因判明

「……ぐす」

「「「……」」」

「おにーちゃん、大丈夫?」

 涙を流す俺の頭を撫でながら奏楽が励ましてくれた。撫でられている俺が着ているのは奏楽の服なのだが。

「ああ、ありがとう……」

 その手が届くことも俺の心を抉っていることを俺は気付かないふりをする。

「それで、お兄ちゃん。どうするの?」

 頭の上から望の声が聞こえた。

「いや、まず何でお前は俺を抱っこしてるんだよ。リボン、返せよ」

 リボンを頭に括り付けたら戻ることぐらいすぐにわかったのだが、望に盗られてしまったのだ。

「嫌です」

「何でだよ!」

「あ、望。次、私ね」

「うん、いいよ」

「俺の意見は!?」

 余裕でスルーされました。

「でも、どうしてこんなことに?」

「多分、闇のせいだろうな」

 望たちには気付かれていないだろうが、実は今の俺の体は女の子だ。そう、女の子なのだ。

「おい、そろそろ本気でリボンを返してくれ。魂がチクチクし始めた」

「あ、そう言えば1~2時間しかリボンを取っちゃダメなんだっけ?」

 そう言いながらやっと、博麗のリボンを返してくれた。

 すぐに望の膝の上から飛び降りてリボンを頭に括り付けようとする。

「ちょ、ちょっと待って! 服、破けちゃうから!!」

 だが、雅の忠告を聞いてその手が止まった。

「今、思ったけど……俺の体って相当、面倒だよな」

「「「それには同意するよ(します)」」」

 望と雅と霙が頷いたのを見て俺は深いため息を漏らした。

 

 

 

 

 

「……」

 子供には空気を読む奴と読まない奴がいると思う。

 大人の顔を見て状況を把握し、大人しくするのが前者。

 大人の重苦しい空気を気にせず、うるさくするのが後者。

「ねー! ねー!」

 確かに前者の子供は子供っぽくない。子供というのは元気であるべきだ。外で走り回ったり、友達と喧嘩したり。だが、最近では家の中で遊ぶ子供が増え、大人の顔色を伺い、空気を読む。それが今どきの子供だ。

「遊ぼってばー!」

 しかし、元気があるからっていいことでもない。

「ねぇってばぁ!!」

 うるさいのだ。ものすごくうるさいのだ。

「ああ! もう、少しは黙ってろ!」

 俺の肩を揺する子供――黒いワンピースを来たショートヘアーの女の子に向かって叫ぶ。

 ここは俺の魂の中。望たちが寝静まったのを確認した後、子供になる原因を探るため、久しぶりに魂へダイブしたのだ。

「暇なんだもん! 早く!」

 すると、そこで待っていたのは新しい住人である黒いワンピースの女の子。歳は多分、5歳。

「今、大事な話をしてるんだよ! それから遊んでやるから!」

「嫌だ!」

「はいはい、貴女は私とあっちで遊んでましょうね」

 子供を抱っこして吸血鬼が部屋の隅に移動した。やっと、集中できる。

「で、これはどういうことなんだ?」

 目の前で紅茶を啜っている狂気とトールに問いかけた。

「決まっておろう。あいつが闇じゃ」

 トールが面倒臭そうに吸血鬼と遊んでいる闇を指さす。

「いや、それはわかるよ。ルーミアみたいな服装だし、闇の力も感じるし」

「髪は黒で顔はお前の小さい頃にそっくりだけどな」

 狂気は闇の方を睨みながら呟く。子供は好きじゃないそうだ。

「まぁ、原因はお主が闇の力を“半分”だけこっちに移植したからじゃろう。ここではある程度、力の量が体の大きさに影響する。我らは体が大きくなり過ぎないように調節して今の大きさになっておるが、闇はあれしか力を持っていないようじゃの」

「なら、戦いじゃあまり、期待できないな」

「そうでもないぞ」

「え?」

 俺の呟きを否定したのは狂気だった。

「どういうことだ?」

「闇の能力だよ。あいつは……強い。条件が揃えば、私たちよりも強くなる」

「条件?」

「闇の力……つまり、吸収する能力だな。まぁ、能力名にすれば『引力を操る程度の能力』か。闇の地力は確かに少ない。しかし、敵のエネルギーを吸収し、自分の力に変換すれば……」

「そりゃ鬼畜だな……敵は涙目だぞ?」

 苦笑いしながら俺は引いた。

「そのためには闇の力をコントロールしなきゃ駄目だけどな。リボンを取っただけで子供の姿になってたら無理だけど」

「ど、努力する……」

「それとあいつ、どうにかしてくれ。うるさくて仕方ない」

 吸血鬼の胸に顔を埋めてニコニコしている闇を睨み直す狂気。

「いいじゃろう。騒がしくて我は楽しいぞ?」

「こっちは楽しくないんだ」

「おいおい、喧嘩すんなって」

 ため息を吐きながら俺は立ち上がり、吸血鬼たちの元へ歩き始める。

「ん? どうしたの、響?」

「ちょっと、闇に挨拶をな。おい、闇」

「んー? 何ー?」

 積み木を積み上げていた闇がこちらを見上げた。

「俺は響。覚えてるか?」

「もちろんだよ! 私の命の恩人! 遊ぼっ!」

「二言目には『遊ぼう』なんだな……」

 呆れていると吸血鬼が俺の肩を叩く。

「ほら、今ぐらい遊んであげなさい。貴方がここに連れて来たんでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「ねー! キョー! 遊ぼっ! 戦おう!!」

 俺の手を引っ張りながら闇が駄々をこねる。

「はいはい……わかったよ」

 それから2時間ほど5人(嫌がった狂気も巻き込んで)遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、氷河異変かぁ」

 そんな騒動があった翌日。俺は青娥に氷河異変のことを話していた。

「私が法界に遊びに行ってる間にそんなことがあったなんて思わなかったわ」

「逃げたんじゃないのか?」

「まぁ、いいじゃない。そんな些細なことは」

「……そうだな」

 例え、幻想郷に残っていたとしても氷漬けにされて戦える状態じゃなかったはずだ。

「やっぱり、貴方はすごい人なのね」

「もはや、人なのかも分からなくなって来たんだけど……」

 とうとう、闇の力まで手に入れてしまったのだ。これでも俺が人間だと言える人がいたらぜひ会ってみたい。

「それで? 闇の力はどうするの?」

「どうするって……今は様子見かな? 魂の中ではうるさいけど悪い奴じゃなかったし、できれば今後、戦いにも有効活用したいな」

「あらあら、これ以上強くなるの?」

 コロコロと笑いながら青娥。

「ああ、俺は強くなる」

 それに対して、俺は真剣に答えた。

「……その理由は?」

「今回、ルーミアに勝てたのは霊奈がいたからだ。狂気に飲み込まれた俺を救い出してくれたのもあいつだし、俺を信じて戦ってくれた。でも、いつまでも霊奈に限ってじゃなくて皆に頼ってばかりじゃ駄目なんだ。一人でも戦えるようにならないと……」

「それは少し、違うんじゃないかしら?」

「え?」

 反論されるとは思わなかったので俺は隣を飛んでいた青娥を凝視してしまった。

「霊奈が頑張れたのって貴方がいたからじゃない? それに他の皆も貴方がいるから、貴方を助けたいから力を貸してるんじゃないかしら? 貴方が皆を助けたから、その恩返しとして、ね?」

 最後、ウインクを決めた青娥はそのまま俺から離れていく。どうやら、今日の尾行はここまでのようだ。

「……はぁ」

 そんなこと、わかっている。だからこそなんだ。俺が強くならないと周りで力を貸してくれている皆を自分の手で壊してしまうかもしれない。

「このままじゃ……」

 俺の嫌な予感は嫌になるほど当たる。

 このままでは俺は黒い何かに飲み込まれて、皆を傷つけてしまう。

 その黒い何かの侵食は今も続いている。俺の知らないところで。

(やっぱり……狂気と魂同調するんじゃなかった)

 力には大きく分けて二つある。『光』と『闇』だ。

 『光』は霊力や魔力、妖力。そして、神力のような力。つまり、人間や妖怪、神が扱えるような力のことだ。

 『闇』は狂気、闇など特別な能力を持っていないと扱えないような力。

 もちろん、俺には最初からそんな特別な能力は持っていない。言い換えれば、使えば使うほど力に取り込まれていくのだ。そりゃ、手加減すればそう簡単に飲み込まれたりしない。だが、今回のように止む負えない状況になってしまったら?

「俺は……」

 ――本当に大丈夫なのだろうか?

 そんな疑問が渦巻いていた。

「響!」

「え?」

 その時、後ろから声をかけられ振り返るとそこにはルーミアがいた。

「元気そうだな」

「うん! 響のおかげでね!」

「……おう」

「響! 本当にありがとね!!」

 ニッコリと笑いながらルーミアがお礼を言ってくれた。

「……ああ」

 俺にはあるモットーがある。

 『悩んだらとにかく行動する』。

(まぁ、何とかなるか……)

 今は目の前に咲き誇る向日葵のような笑顔を見られたことを喜ぼう。

 




これにて第5章、完結です。
1時間後に後書きを投稿し、明日から第6章が始まります。
第6章は私が最も好きな話なのでお楽しみに!


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第5章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

 

まずは東方楽曲伝第5章を読んでいただきありがとうございました。この章の途中で日間ランキングに載り、お気に入りしてくれた方やアクセス数が増えました。本当に感謝感激です。因みに文字数は11万字だったそうです。やっと半分超えたくらいです。

 

さて、この第5章でも色々なことが起きましたね。今回も小説家になろうで投稿している第5章のあとがきを見ながらこれを書いています。

 

 

それでは、解説の方をしていきましょうか。

 

 

 

 

第5章のテーマは『覚悟』。響さんの『生き残る覚悟』が初めて登場した章でした。この覚悟は今後とも重要な役割を果たしますので要チェックです。

今回のお話しを大きく2つに分けるとしたら

・博麗になれなかった者

・闇

ですね。それでは、博麗になれなかった者の解説からしていきましょう。

 

 

 

・博麗になれなかった者

 

 

この設定は私独自の設定です。ここテストに出ますよ。

この設定を考え付いたのは最初に霊夢は何故博麗の巫女になったのかという疑問を抱いたことが始まりでした。

私が考え付いた仮説は3つ。

1、先代巫女の娘で家業を継いだ

2、幻想郷の中で巫女の素質があったので紫が連れて来た。

3、外の世界にいたが、巫女の素質があったので紫が連れて来た。

実は原作の霊夢の設定はかなり曖昧で、過去のはほとんど明かされていません。

そして、もう1つの疑問。『本当に霊夢だけが巫女の素質があったのだろうか?』というものです。巫女の素質を持つ人はかなり少ないのはわかります。ですが、たった1人しかいないのはあまりにも不自然だと。もう1人ぐらいいたんじゃね? みたいな結論に至りました。

じゃあ、もし巫女候補が他にいた場合、今はどうしているのかなーと思いました。さすがに巫女の素質を持っている人が幻想郷にいたらパワーバランスが崩れてしまうのではないのかという結論に至り、幻想郷は却下。

では、外の世界にいるのかとなりましたが、外の世界に追放されるのはあまりにも可哀そう……あ、じゃあ、最初から外の世界の住人ってことにして。それならいっそのこと霊夢も外の世界出身にしちまえ! と、かなりアバウトに決めた結果、こうなりました。

これからも霊奈は活躍しますのでお楽しみに!

 

 

博麗になれなかった者の設定はこれぐらいです。疑問に思った方は感想やメッセージなどで教えてくださいな。

 

 

 

 

 

・闇

 

 

ルーミアの中にいた闇です。中二心を擽られます。闇の炎に抱かれて消されそうですね。

この闇は元々ルーミアの中にいませんでした。第4章で出て来た関係を繋ぐ妖怪の主が仕組み、人工的に移植された子です。

なお、闇が異変を起こしたのは暴走しそうになりましたが他の人を巻き込まないために一時的に幻想郷を氷漬けにしました。こうすれば暴走を止めようとする子も動けないので巻き込まないと考えた結果です。それすらも響さんたちに邪魔されてしまいましたが。

闇の性能に関しては第6章の序盤で説明します。ちょっと強力過ぎるかもしれませんが、切り札的な存在なのでそこまで出番はないかなーと思います。

因みに魂の中で闇は完全に子供の姿です。今後、闇の力が増幅すれば成長します。

響さんがリボンを外すと縮むのも闇の力が少ないからです。ルーミアもお札で封印された結果、あのような子供の姿になった、という設定ですので響さんもそのルールに縛られた感じです。

 

 

 

 

・生き残る覚悟

 

 

 

今回のテーマですね。この覚悟は第4章で響さんが得たものです。

誰も悲しませたくない。傷つけたくない。心配させたくない。そんな気持ちが響さんの中で大きくなり、何をしてでも生き残ると決意しました。

その結果、霊奈を守るために響さんは危険だとわかっている狂気との魂同調をし、暴走してしまいました。この魂同調ですが……今後の物語に大きく関わってきます。それなりにシリアスな話だと思います。

なお、この生き残る覚悟ですが、響さんが生き残ることもそうですが、基本的に仲間優先です。自分だけが生き残っても意味がないので、仲間が傷つきそうならば自分の身を犠牲にしてでも守ろうとします。そのせいで仲間を必要以上に傷つけないために出来るだけ事件に巻き込みたくないとも考えています。これが今後の話にどう、影響して来るのでしょうか……。

 

 

 

 

 

ここで補足なのですが、サブタイトルのDropout Dark Girlは落ちこぼれの霊奈。そして、闇を操るルーミアの話が出て来るのでこうなりました。

 

 

 

 

解説は以上です。何か疑問があれば気軽に質問してください。答えられる範囲でお答えします!

 

 

 

 

 

さぁ、ここからは次回予告です。

第6章ですが……お待たせしました! やっとあの子のお話しです!

それと、あの子が外の世界に来てしまう? 一体誰なんでしょうか?

因みに、私が今まで(第8章)書いてきた中で一番好きな章だったりします。

では、そろそろサブタイトルを発表しましょうか。

 

 

サブタイトルは~カーボンホープ~です。

 

 

はい、ばれたー。

 

 

 

 

 

長々とあとがきに付き合っていただきありがとうございました。

これからもたくさんの感想、お気に入り、アクセス、評価お待ちしております。

感想などは出来るだけ早く返信しますので気軽に書いてくださいね!

 

 

では、東方楽曲伝第6章もお楽しみに!

 

 

 

お疲れ様でした!

 

 

 



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第6章 ~カーボンホープ~
第182話 紅いリボン


今日から第6章の始まりです!


「……」

 俺は絶賛、絶望中である。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 後ろから望が声をかけてくれるが返事ができないほど俺のメンタルはボロボロだった。

「……なんで、時間は止まらないんだろうな?」

 誰かに向けたわけでもなく、その問いかけは虚空に消える。

「ほら! しっかりしなさい! それでも男なの?」

「男だからこんなに絶望してんだろうがっ!」

「あだっ!?」

 ニヤニヤしながら言って来る雅の脳天に拳を落としながら叫んだ。

 氷河異変を解決してから4日が経った。その翌日は霊奈と一緒に大学を休み、永琳に診察を受けたのでまだ、この頭に括り付けられた博麗のリボンは外界の人々の眼には触れていない。因みに昨日と一昨日は週末だったので大学そのものがなかった。

「ご主人様、そろそろ時間が……」

 唯一、外靴を履いていない霙が時間は残されていないことを教えてくれる。でも、俺にとってその情報は不要なものだ。

「おにーちゃん! 可愛いから大丈夫! いこっ!」

 俺が穿いているジーパンの裾を引っ張りながら奏楽が叫んだ。

「うん。可愛いから問題があるんだよ?」

 玄関で俺、望、雅、奏楽が靴を履いてからもう15分が経っている。さすがに出発しなければ全員、遅刻だ。

「……はぁ」

 今日で何度目かわからないため息を吐く。いや、土曜日から数えたらすでにため息の回数は3桁を超えているだろう。

 土曜日、俺は朝早く霊夢を訪ねた。もちろん、要件は博麗のリボンについて。

 どうにか別の物に術式を組み込められないか聞いてみたところ、無理だと言われた。そもそも、霊夢と霊奈が術式を組み上げられたのは博麗のリボンだったからだそうだ。

 このリボンには博麗のお札と同じように霊力が込められており、持っているだけでさまざまな物から守ってくれるありがたいリボンなのだ。

 その効果を土台にし、霊夢と霊奈は協力して術式を組んだ。

 一応、報告しておくが霊夢は一度、ルーミアが付けているお札を俺の頭に付けたらしい。まぁ、ルーミアを見てくれればわかるが見事、俺の体は縮んだそうだ。慌ててお札を取った霊夢はどうしようかと悩み、霊奈に相談した。そして、この“付けても体が縮まず、闇の力を封印できる博麗のリボン”を開発。

 そのまま、博麗のリボンは俺の頭に結び付けられた。

 今思えば、博麗神社で二人とも目を逸らしていたのはこのリボンのせいだろう。霊夢も霊奈も俺が男だと知っているわけだし。

「じゃあ、行ってきます」

「「「いってきまーす!」」」

「はい、いってらっしゃいです!」

 憂鬱のまま、俺たちは霙に見送られながら外に出た。

「うわぁ……あっつ」

 その瞬間、生ぬるい空気が俺を襲う。

「そろそろ、7月だからね……」

 雅がうんざりした表情で教えてくれた。

「そっか……もう7月か」

 携帯の画面で日にちを確認すると6月27日。確かに1週間も経たない内に7月に突入する。

「お兄ちゃんが幻想郷に初めて行った日から1年だね」

 俺の思っていることがわかったのか望がそう呟いた。

「早いもんだなぁ」

 去年の今頃、俺は一体何をしていたのだろう? それすら思い出せないほどこの1年は激動の日々だった。

「おにーちゃん! 遅刻しちゃうよ!」

「あ、ああ!」

 奏楽に急かされ、慌てて自転車の傍に駆け寄った(望と話している間に雅が出しておいてくれた)。

「奏楽、ばんざい」

「ばんざーい」

 万歳した奏楽を持ち上げ、特等席の籠に収納する。

「雅、鞄」

「あー、持ってもらわなくていいから今日こそ響の後ろに……」

「お兄ちゃん! 急いで!」

 雅が言い終わる前に望が自転車の荷台に腰掛けた。

「まぁ、こういうわけだから」

「……ああ、もう! なんで、私の鞄には替えのYシャツが入ってんだろうね! 慣れちゃったのかなっ!!」

 そう叫びながら雅から鞄を受け取る。それを奏楽に渡し、俺は自転車に跨った。

 すぐに自転車を転がし始める。それと同時に雅が自転車と並走。

「大変だな」

「誰のせいだよ!」

 鋭い目つきで睨んで来る雅をスルーし、ひたすら漕ぎ続ける。

「……ねぇ? お兄ちゃん?」

 不意に望が俺を呼んだ。

「何だ?」

「なんか、後ろから見て分かったけど……お兄ちゃんにそのリボン、すごく似合ってる」

「……だから、困ってんだろうが」

 きっと、博麗のリボンは風になびいているはずだ。博麗のリボンは綺麗な紅なのでそれはとても美しく見えるだろう。

(霊夢も飛んでる時、バタバタさせてるからな)

 しかも、俺の場合、下の方(引っ張るとリボンが解けるあそこ)が余っているため、より一層、綺麗に見えるはずだ。

「あ、本当……綺麗」

「雅だけ今晩のおかずはおからな」

「何でっ!?」

 本当にこいつは空気が読めない。

「あ、悟だ!」

 突然、奏楽が叫ぶ。前を見るといつものところで悟が待っていた。

(……さぁ、ここからだ)

 最初にして最難関の試練。悟にこのリボンを見られることだ。

 悟は東方を知っている。もちろん、霊夢のことも知っている。つまり、このリボンが『博麗霊夢の紅いリボン』と類似していることにも気付いてしまうのだ。

「悟ー! おはよー!」

 手をブンブンと振りながら奏楽が悟に挨拶した。そのせいで前が全く見えず、自転車の運転が不安定になったが。

「おはよう! 奏楽ちゃん、危ないから止まるまで大人しくして……は?」

 最初は奏楽を見て苦笑していた悟だったが俺に(特に頭のリボンに)気付いた途端、目を点にさせた。

「お、おはよ……」

 自転車を停め、俺はおそるおそる挨拶する。急に恥ずかしくなって一瞬だけ俯いてしまったが何とか、顔を上げて悟の顔を見ながら言えた。

「うわぁ、上目使いだよ。望!」

「あちゃ……お兄ちゃん、涙目だよ」

 後ろで高校生共が何か言っているが今の俺はそれどころではなかった。恥ずかしさと不安で心が押し潰されそうだったのだ。

「……響」

「な、何?」

 悟はいつもより真剣な眼差しになり、俺を見て来る。羞恥心で顔が真っ赤になったのが手に取るようにわかった。

「似合ってるぞ」

「っ!? う、うるせー!!」

「ごふっ……」

 我慢の限界が来て俺は思わず、雅を殴ってしまった。望によるとその時、俺の拳から薄っすらと黄色いオーラが漏れていたらしい。南無三。

 

 

 

 余談だが、望たちによるとこの時の響は悟のために慣れないオシャレをして来たが、やっぱり恥ずかしくて泣きそうになり、我慢の限界で思わず、手が出ちゃった(殴られたのは雅だが)ツンデレにしか見えなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~! 吃驚したよ! まさか、響が女の子のリボンを付けて来るなんて!」

 隣で自転車を漕ぎながら悟が言う。望と雅は通っている高校に向かうために別れ、奏楽は小学校まで送った。つまり、二人きりである。

「全く……珍しく真剣な目だったから何事かと思ったぞ」

 まだ、顔が火照っている俺は必死にペダルをこいで頬に冷たい風を当てていた。

「それは悪かったって! でも、本当に似合ってた」

「お前も殴られたいか?」

「い、いや……遠慮しておくよ」

 俺に殴られた雅の頭部が近くにあった塀に埋まったのを思い出したのか悟は青ざめていた。

「お前……本当に強くなったな。前まであんな怪力じゃなかったろ?」

「え? あ、あれはあれだよ。普段から殴り慣れてるから吹っ飛びやすかったんだよ」

 事実である。

「お前、雅ちゃんいじめてるのか?」

「違う。あいつがバカなだけだ」

 事実である。

「……それが本当ならお前、雅ちゃんから相当、信頼されてるな」

「は?」

「だって、あんな理不尽に殴られても雅ちゃんは文句を言っただけだろ? 普通ならあれだけじゃすまないぞ?」

「そうかなぁ?」

 ストレスを解消するために意味もなく殴ったことが何度もあるのでもう慣れただけだと思っていた。

「ああ、それだけのことをお前は雅ちゃんにしてあげた……いや、今もしてあげてるのかもな」

「……俺にはさっぱりだよ」

 例え、俺たちが契約で結ばれていても相手の気持ちまでは理解できない。それは仮式でも式神でも同じだ。

「まぁ……今はこれから起きる騒動をどうにかしないと、な」

「……だな」

 俺たちは二人同時にため息を吐いた。

 



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第183話 響、女の子疑惑

「―――」

 イライラ。

「――――――」

 イライライライラ。

「―――――――――――」

 イライライライライライライライラ。

「え? 音無様、まさか本当に女の子だったの!?」

「誰が女の子だ! それに何で様付けなんだよ!!」

 思わず、近くで噂話していた上級生たちに向かって叫んでしまった。すると、上級生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ったく……」

「あはは……響、荒れてるね」

 後ろで霊奈が顔を引き攣らせながら呟く。

「だな。まさか、ここまで噂が広がるとは思わなかった」

 悟も項垂れていた。

 朝、紅いリボンを付けた俺を見た大学生たちはまず、目を点にする。まぁ、ここまでは想像できたのだが、そこから反応は以下のように分かれた。

 1、何故か感動し、涙する者(ほぼ男)。

 2、その場に土下座し、何故か涙を流す者(ほぼ男。しかも、少し太っている人が多め)。

 3、何故か、合掌する者(ほぼ男。ハゲが多かった)。

 4、何故か、その場に崩れ落ち、涙する者(ほぼ女)。

 5、握手を求めに来る人(男半分、女半分。全て悟に追い返されていた)。

 この他にも色々な人がいたが、だいたいこんな感じだった。

「はぁ……」

 その騒ぎが噂になり、とうとう本格的に俺は女として見られるようになった。トイレに入ろうとしたら、周りから悲鳴が聞こえたほどだ。しかも、中にいた男は全員、俺を見てトイレを飛び出した。

「ああああああっ!! 面倒くさいなああああ!!」

「こりゃ、やばいな」

「うん。響のストレスがね……」

「……なぁ? 怜奈?」

「っ……何?」

 後ろをチラリと見ると霊奈は悟が言った『怜奈』という単語に一瞬、反応してしまったようだ。でも、何とかそれを表に出さないようにしながら返事する。

「いつから、響のことを“響”って呼び始めたんだ?」

「えっ!?」

 まぁ、突然の質問には対処できず、硬直してしまったのだが。

「えっと……」

 さすがに『一緒に共闘した際に呼び方を変えました』なんて説明できるはずもない。

「俺が頼んだんだよ。“響ちゃん”って呼ばれてたら女の子に思われるだろ?」

「ああ、なるほど。意味なかったみたいだけどな」

(呼び方よりもインパクトのある装備品が俺の頭の上でヒラヒラしているからな)

「とりあえず、この状況をどうにかしないと響の身が危ない」

 深刻そうに悟が言い放つ。

「「え? 何で?」」

 しかし、俺も霊奈も首を傾げるだけだった。

「響はともかく、霊奈ならわかるだろ? 今、周りの生徒は皆、響を狙う狼。いつ、響がその毒牙にかけられるかわかったもんじゃない」

「毒牙っていうか……」

 俺がそう呟く。

「返り討ちっていうか……」

 その後、霊奈も俺に続いた。

「とにかく! これじゃ“あれ”の意味がない! 早急に対処するぞ!」

 “あれ”がものすごく気になったが、このまま噂され続けるのは御免だ。

「具体的にどうする?」

 因みに俺はこういったことはサッパリである。戦術なら思考回路もぐるぐる回るのだけれど。

「……よし! 集会をしよう!」

「「……はぁっ!?」」

 悟の突拍子もない提案に俺と霊奈は驚愕してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー、あー。マイクテス。マイクテス。今から音無響非公式ファンクラブ定期集会を開きたいと思います』

 大学にある一番大きな講義室。その教室には大勢の人がいた。席に座れず、立っている人もいる。

『えー……皆さん、今週も集まってくれて感謝する』

 そして、一人だけマイクを持ち、黒板の前で話している俺の幼なじみ1号君。

「ねぇ? これって何なの?」

 隣に座っている霊奈が小さな声で問いかけて来た。

「俺だって聞きたい……あいつ、いつの間にこんな組織、作ってたんだよ」

 俺と霊奈は教室に詰め込まれている人からは見えないように物陰に隠れていた。

「それにしてもすごいね、悟君。ここにいるのって全員、この大学に通ってる人でしょ?」

「それだけならまだいいよ……教授までいる」

 そもそも、俺たちがこんなところにいるのか少しだけ説明した方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 俺のファンクラブ?」

「……黙っててゴメン」

 ここは人気のない校舎裏。そこで俺たち3人で緊急会議を開いた。もちろん、議題は『俺の女疑惑の消滅』。

「え? 響ってファンクラブあったの?」

 意外そうに霊奈が聞いて来る。

「あるわけないだろっ!」

「だから、非公式なんだって」

「……待てよ、幼なじみ。お前、何を言ってるんだ?」

「見た方が早いな。はい」

 そう言いながら悟は1枚のカードを渡して来た。

「音無響非公式ファンクラブ……会員ナンバー0000001」

「あれ? おかしいな? 私の考えが間違いじゃなかったら悟君が会長になるよね?」

「ああ、俺が作ったし」

「「……」」

 思わず、俺と霊奈はお互いに頬を摘まみ合った。痛い。

「嘘……だよな?」

「いや、本当」

「……何で?」

「まぁ、落ち着け。お前、なんか体から黒いオーラが漏れてるぞ?」

 俺の中から本来、外の世界で表に出してはいけない力が溢れているらしい。

「で、でも! 理由があったんだよね? ほら、ここに入会料も0円って書いてるし! 悟君にこんなことをするメリットないもん!」

 もし、入会料があったらこいつは俺を使って金儲けしていたことになる。

「もちろんだ。俺は響を守ろうとしたんだよ」

「俺を、守る?」

「霊奈はわかるだろうけど響ってモテるよな?」

「うん」

「即答!?」

 霊奈の答えが意外すぎて驚いてしまった。

「いや、そこは驚くところじゃないって……望ちゃんや雅ちゃん、それに奏楽ちゃんも霙ちゃんも知ってると思うよ?」

「マジかよ……」

「何で、犬の霙まで?」

 悟の疑問を意図的にスルー。

「で? どうして、ファンクラブが俺を守ることになるんだ?」

「その前に……響、世界には色々な人がいるってわかってるか?」

「あ、ああ……」

 戸惑いながらも頷く。

「いや、お前はわかってない。ヤバい奴は本当にヤバいんだ。例えば、お前を殺してでもその体を手に入れようとする奴とかな」

「は?」

 あまりにも現実味のない言葉が悟の口から飛び出したので目を丸くしてしまった。

「響を殺してでもその体を手に入れたいって?」

 霊奈は冷静に質問する。

「つまり、響が誰かの手に渡るくらいなら観賞用にするってことだよ。ホルマリン漬けにしてな」

「そ、そんなことあるわけ……」

「まぁ、これは大げさにしただけだけど……俺が聞いた中ではお前、外国に売られそうになってたぞ?」

「は?」

「だから、お前を捕えて外国のお偉いさんに高値で売ろうとした輩がいるんだって」

「……いやいや」

 そんな小説のような話あるわけない。

「中学2年の秋。お前、海の近くに呼び出されなかったか?」

「え? あー……そんなことあったな」

 確か、要件は『お前がトイレ行ってる間に美術の先生が教室に来て突然、“海の絵、描いて来い”っていう宿題が出たから一緒に描こう!』みたいな感じだったような気がする。でも、画板を持って持ち合わせ場所に行ったのに誰もいなかった。一人で海の絵を描いたから覚えている。

「あの時、俺が手を回さなきゃどうなってたか……」

「手を回す?」

「ま、それはともかく。お前は常に狙われてるんだよ」

「誰に!?」

 いきなり、物騒な話になったので思わず、叫んでしまった。

「そこで音無響非公式ファンクラブだ」

 だが、俺の質問を無視して悟は説明を続ける。

「俺がこれを作ったのは俺たちがまだ中学3年の時だった。『音無響拉致計画』を何とか、未遂に終わらせた俺はさすがに対処しないとまずいって思ったんだ」

「ものすごく気になる単語があったんだけど!」

 今度は霊奈がツッコむ。それすら悟はスルー。

「そこで考えたんだよ。ファンクラブをな」

 悟はニヤリと笑いながら言った。

 



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第184話 音無響“公式”ファンクラブ

「どういうことだ?」

「まず、俺たちの通っていた中学の生徒全員にこのファンクラブの存在を伝えた。もちろん、お前以外な? すると、全校生徒全員が音無響非公式ファンクラブに入ったんだよ」

「ぜ、全校生徒!?」

 霊奈が驚きのあまり、半歩後ずさった。

「そう。それほど、響は人気があった。元々、人数が少ないのもあったけど……そして、そこからが罠(トラップ)が発動する」

「罠?」

「ああ、ファンクラブにはたった一つだけルールがあったんだよ。『音無響には一切、手を出さず遠いところから見守る』ってな」

 そこまで聞いてやっと悟の目的がわかった。つまり、そのルールで全員を縛って俺を狙わせないようにしたのだ。

「でも、そのルールを破る人だっているんじゃ?」

「それはない。だって、ファンクラブに入ることにもメリットがあるんだよ」

「メリット?」

「まずは響の情報だな」

「……は?」

 俺の、情報?

「響はこんな物が好き、だとか」

「お、お前!? プライバシーの侵害だぞ!?」

「全部、でたらめだから安心しろ」

 それを聞いて昔、くさやをプレゼントされたことがあるのを思い出した。

「そして、仲間だ」

「仲間?」

「同じ物が好きな者同士、好きな物について語り合う。これって意外に大事なんだよ」

「俺からしたらやめていただきたかった!」

「とにかく、ファンクラブのおかげでかなり響を狙う奴らは減ったんだよ!」

「わかったから顔、近づけんなっ!」

 悟の顔を押しのける。

「で、それからどうしたの?」

「中学校時代はそのまま、平和だったよ。それから俺たちは高校に進学した」

「もしかして高校でも?」

「ああ、もちろんファンクラブを作ったさ。でも、こっちは広まるのが遅かった」

「え!? どうして、こんなに可愛いのに――いたッ!?」

 とりあえず、霊奈の頭を叩いておいた。

「響の存在がまだ、広まってなかったんだよ。最初にクラスメイト引き込んで響の噂を流させた」

「お前が!? なんでそんなことを!?」

 広まっていないのなら放っておいても大丈夫だったはずだ。

「バカ、お前は目立つんだよ。体育祭とか文化祭までに対処しなかったらどうなっていたことか……」

「まぁ……襲われていただろうね」

 霊奈はうんうんと頷きながら呟く。

「……わかった。お前のして来たことは俺を守るためだって認めよう。だが、それと今回の事件とどんな関係が?」

「利用するんだよ。ファンクラブをな」

「「は?」」

 ニヤリと笑う悟。俺と霊奈は悟の考えていることがサッパリわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『では、今週の響情報から行こうか』

 マイクを握って講義をしている悟。俺たちは悟にここにいろと言われただけなので何をしていいかわかっていない。

「どうする?」

 霊奈が小さな声で問いかけて来た。その顔には不安の色が見える。

「悟にも考えがあるはず。俺たちは黙って見ていよう」

「あの! その前に良いですか?」

 そっと手を挙げる一人の女子生徒。

「あ、れ? あの人……幹事の人だ」

 春の新入生歓迎会で幹事をしていた人だった。

「音無君がやっぱり女の子だったという噂が流れているのですが……これは一体どういうことでしょう?」

 その女子生徒の質問の後にいくつか同じような問いかけが講義室のあちこちから聞こえる。やはり、俺の噂はかなり広まっているようだ。

『……』

「悟君?」

 霊奈の声が聞こえたので悟の方を見る。

「どうしたんだ?」

 てっきり、すぐに否定すると思っていたのだが、悟は目を閉じたまま、黙っていた。

『……皆、聞いてくれ』

 そして、ゆっくり目を開けた後、言葉を紡いだ。

 

 

 

『皆も信じられないと思うが実は……響は女の子だったんだ!』

 

 

 

「あほか、お前はあああああああああああああっ!!」

 思わず、立ち上がって叫んでしまった。

「何で、否定しないんだよ! 肯定してんじゃねーよ! ここにいる人が信じたらどうすんだよ!!」

「きょ、響! 落ち着いて!」

 俺の肩を掴んで霊奈。

「だ、だって!」

「きょ、響様っ!?」

「は?」

 突然、様付けで呼ばれたので変な声を上げてしまった。

「ど、どうしてこの集会に……」

 幹事の人が目を見開いて驚愕している。その周りの人も驚いているようだった。

『えー、少し紹介するのが早くなったが、今日は俺たちのアイドルである音無 響もこの集会に来ていた。もちろん、最初からな』

 悟の告白に講義室がざわつく。

『理由は簡単。噂について本人に聞くため。じゃ、響よろしく』

 そう言ってポンとマイクを投げて来た。

「おっとっと……」

 反射的にマイクをキャッチしてしまう。これじゃ話さないわけにはいかない。

(いや、これはチャンスかも……)

 これだけの人の前で噂が嘘だっていうことを証明できればこれからの大学生活が平和になる。

「よし……」

 覚悟を決めて俺は悟の隣に移動した。

『えー……音無 響です』

 とりあえず、挨拶から始める。だが、それだけで講義室に黄色い声援が轟く。

『お、落ち着いて! 今日は噂について本当のことを話したいと思います……でも、その前に一つだけ』

 何だか、不思議な気分だ。あれだけ噂をなくしたいと思っていたのにそれ以上、話さなくちゃいけないことがあるような気がした。空気を読んだのか悟が霊奈の隣に移動する。これで黒板の前には俺しかいない。

『俺の……ファンクラブについて悟から聞いた時は吃驚した。だって、こんな俺を好きになってくれる人がいるなんて思ったこともなかったからだ。小さい頃からずっと独りで……やっとできた友達がこんな非公式ファンクラブを作っちゃうような非常識ツンツン頭と自分のことを話さず、周りの眼ばかり気にしてる小心者の女の子』

 チラリと二人を見ると苦笑していた。

『でも、二人にはすごく救われた。いや……二人だけじゃない。家族にも学校の皆にも助けられた。もちろん、ここにいる皆にもだ』

 そこで一度、深呼吸。さぁ、本題に入ろう。

『実は……このリボンも俺を助けてくれた人から貰った物なんだ。俺が倒れた時にいつも駆け付けてくれて』

 そう言えば、脱皮異変の時も、狂気異変の時も、魂喰異変の時も、呪いの時も、氷河異変の時も、あいつは真っ先に俺のところに来てくれた。

『まぁ、そのせいで俺は女なんじゃないかって噂が流れちゃったけど……でも、俺はどれだけ勘違いされてもこのリボンを外す気はない。だって、俺にとってこれは大切な物だから』

 闇を封印するのもそうだが、これを付けていると何だか落ち着くのだ。これも博麗のリボンだからだろうか。

『だが、これだけは言っておく。俺は男だ。誰が何と言おうと、何を思おうともそれだけは変わらない。だから、信じてくれ』

 いつしか講義室は静まり返っていた。

『……最後に。俺を好きになってくれてありがとう』

 そう言った時、俺は自然と微笑んでいた。何より、嬉しかったのだ。

『それでは、俺からは以上です。悟、ほい』

「あ、ああ……」

 悟にマイクを返して俺は講義室を後にした。言いたい事は全部、話した。後は成り行き次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あー、皆。聞いたか?』

 戸惑いながら俺はマイクを使って同志たちに語りかけた。

『あいつも言ってた通り、男だ。それだけは変わらない。それに本人は噂されててすごく怒ってた。だから、これ以上、噂を広めさせないでくれ』

「……あ、あの一ついい?」

 そこで幹事が手を挙げた。今日、幹事には協力して貰っていたのだ。つまり、あの時の質問は俺が指示したものだった。

『何?』

「えっと……音無君が言ったことって悟君が指示したの?」

『いや、あの言葉は全部、響自身の言葉だ』

「じゃあ、私たちに対してありがとうって言ったのも?」

『……そう、なるな』

 嫌な予感がした。

「あの笑顔も?」

『ああ』

「それって……音無君がこのファンクラブを認めたってこと、だよね?」

『っ!?』

 確かに響はファンクラブを否定するようなことはおろか、肯定するような言い方をしていた。しかし、それだけでは認めたということにはならない。

『い、いや待て! この組織は非公式なんだ! それだけは変わらない!』

 咄嗟に否定したがファンクラブメンバーは俺の話なんか聞いていなかった。

「と、とうとうこのファンクラブは公式になったのよ! 皆、今日は宴よ!」

 幹事が立ち上がってそう叫んでしまったからだ。それにつられて他のメンバーも雄叫びを上げ始めた。

『お、おいってば!』

「悟君、これはもう……」

 隣にいつの間にか怜奈がいた。

「で、でもよ?」

「響には私からメールしておくから。ほら、会長なんだから指揮をとらないと!」

「お、おう」

 きっと、怜奈なりの気遣いなのだろう。なら、お言葉に甘えさせてもらおう。

(なぁ、響……)

 騒いでいるメンバーの方に向かいながら俺は出て行ってしまった響に心の中で声をかけた。

(お前はやっぱすごいよ……俺の思い通りにならないからな。それに――)

 その時、思い出した。あいつがどうしてここまで人気者になったのかを。

(お前の笑顔は、卑怯なぐらい綺麗で可愛いんだよ。あんな笑顔見せたら非公式だったファンクラブも公式になっちまうわ……)

 これだから俺はあいつを放っておけない。

 

 

 

 

 

 

『博麗 霊奈:今日から音無響非公式ファンクラブは公式ファンクラブになりました! これは響のせいなんだからね? 悟君を責めちゃ駄目だよ?』

 そんなメール画面を見ながら俺は絶望していた。

「なんでこうなるんだよおおおおおおおっ!!」

 幻想郷の大空で俺は絶叫した。

 



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第185話 厄神様

「……」

 俺は自覚している。最近、イライラしていると。

 原因は主に二つ。

 一つ目はこの前のファンクラブの件だ。霊奈の言う通り、ファンクラブは非公式から公式にランクアップしていた。まぁ、それだけで俺に何も影響はなかったのだが。

 二つ目は――。

「~♪」

「何が楽しいんだ?」

「だって、貴方の傍にいたら暇なことがないのですもの。やっぱり、貴方は面白い人わね」

 ニコニコしながら青娥が言った。俺のイラつき度が50上がった。ステータス、カンスト。

「いいから向こう行け」

「嫌よ」

 即答されてしまった。溜息を吐く。

「今日の依頼は?」

「お前に言う義務はない」

「そう? 手伝えることもあると思うけど?」

「ないよ……」

 こいつはどうしても俺の後を追って来るつもりらしい。

(……ああ、もう!)

「狂眼『狂気の瞳』!」

 スペルを発動させ、青娥の目を見た。

「え?」

 青娥は驚いていたが、すぐにその目から光が消える。

「今の内!」

 手ごたえから青娥の動きを止められる時間は1分ほど。さすが、邪仙。吸血鬼の姿のまま、俺は急降下して森の中に身を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 しばらく、気配を消して(薬を飲んで元に戻っている)身を潜めていたが青娥が来るようなことはなかったので安堵のため息を吐く。

 その時、背後の木が突然、俺の方に倒れて来た。

「ちょっ!?」

 咄嗟に右手から雷撃を飛ばして木を粉々にする。しかし、俺が放った雷撃が別の木々に当たって連続で倒れて来た。

「くそっ!」

 これは俺の運が悪かったとしか言いようがない。仕方なく、懐からスペルを取り出して唱えた。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 俺がスペルを宣言した瞬間、俺の周りに白い壁が――出現しなかった。

『響! トールは今自分の部屋に帰ってるわ!』

 頭の中で吸血鬼の叫び声が響いた。普段、吸血鬼たちは魂の俺の部屋にいる。その時だけ、俺は魔力や神力が使えるのだ。つまり、吸血鬼たちが自分たちの部屋に戻っていたら力を使えなくなってしまう。

「部屋に戻る時は俺に言えって言ってたろうがああああ!」

 俺の悲鳴は木々が倒れた時に発生した轟音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう……」

 私は茂みの中で焦っていた。薬草を取りに妖怪の山を下りて近くの森に来ていた。もちろん、この時間帯はこの森に誰もいないことなどずっと前から知っていた。というより、私が来ると噂を流したので近づいて来る人などいないのだ。

 でも、女の人は目の前で木々に潰されてしまった。突然、空から降りて来たので私にはどうすることもできなかった。話してここから離れて貰おうかと思ったが、私が近づけば『木が倒れるという軽めの不幸』よりももっと酷いことが起こっていただろう。

「とりあえず、様子を見て来よう」

 多分、あれだけ大きな木に潰されてしまったら生きている可能性はゼロ。でも、遺体ぐらいは救出してあげたかった。

 私は急いで木の傍に駆け寄った。その時――。

「ああああああああ!! もう!!」

「え?」

 木々が爆発した。木片が目に入らないように顔を両腕で守りながら状況を整理しようとする。

「何が!?」

「本当に最近、ついてないな! 俺が何かしたってのかよ!」

 木々の方を見れば文句を言いながら服に付いた木の破片を払う女の人がいた。

「あ、あれ?」

 確かに女の人は木に潰されたはずだ。地面にも血痕が残っている。

「ん?」

「あ……」

 とにかく、これはやばい。彼女との距離は約3メートル。このままでは――。

「うおっ!?」

 その場から離れようとした時、彼女の足元が割れた。きっと、さっきの爆発で地殻変動が――。

(起きるわけないじゃない!!)

「何なんだああああああ!?」

 自分にツッコんでいたら女の人が地割れに落ちて行った。

 しかも、割れた地面はどんどん閉じて行く。すぐに彼女は地面と地面に潰されてしまう。「仮契約『尾ケ井 雅』!」

 何か聞こえたような気がしたがそれを確認する前に地面が完全に閉じてしまった。

「う、そ……」

 これでは遺体を回収することもできない。

「私のせいで……」

 死ぬ直前、彼女はどれほどの痛みを経験したのだろう。それを想像するだけで私は眩暈がした。

 立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまった。すると――。

「きゃあっ!?」

 急に紅いスカートが捲り上がった。突然のことで悲鳴を上げてしまう。

「あれ? なんか暗いぞ? 外に出たはずじゃないのか?」

「おかしいな? 感覚的には外なんだけど……」

 スカートの中で何かが暴れている。

「ちょ、ちょっとまっ……あっ」

 何かが私の変なところを触ったのでビクンと跳ねてしまう。

「は、早く、どっか行ってよぉ……あんっ」

「おい、雅。どうなってんだよ」

「もう一回、戻る?」

 それでも何かがスカートから出て来ないので我慢の限界が来た。

「いい加減にしなさい! 疵符『ブロークンアミュレット』!」

「「え?」」

 空中に逃げてスペルを宣言。スカートの中にいた奴らに向かって弾幕を放つが私は目を見開いてしまった。

(さっきの女の人!?)

 咄嗟に弾幕を消そうとしたが間に合わず、弾幕が地面を抉る。

「あ、あああ……」

 あの女の人はどうにかして地割れから脱出し、地面の中を通って外に出ようとしていた。しかし、私のせいで私のスカートの中に出てしまった。

「わ、私が……」

 いつもの遊び用のスペルではなく、割と本気で撃ってしまったのだ。これではまず、彼女は助からない。

「あ、危なかった……」

「響、本当に何かやったんじゃない? これは崇りだよ」

 砂煙が消え、地面を見ると黒い球体があった。その中から声が聞こえる。

「ま、まさか?」

 驚愕で硬直していると黒い球体が解体されていった。

「よっと……」

 そして、その中から二人の女の人が出て来る。片方は先ほど、地割れに飲み込まれたポニーテールの人でもう片方はボブカットの女の人だった。

「まぁ、雅ありがとな」

「いえいえ、じゃあまたね」

 ポニーテールの彼女が手を横に払うとボブカットの人が消えた。

「式、神?」

「さてと……説明して貰おうか?」

 私の方を見上げた彼女だったが、見上げた瞬間、両目に鳥のフンが直撃する。

「ぎゃああああああああああっ!!?」

「だ、大丈夫?!」

 私は目を押さえて悶えている彼女に向かって声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「……で? 何がどうなってるの?」

 俺は丸太(さっき、俺を押し潰した木)に座って目の前で落ち込んでいる少女に聞いた。

「私は鍵山 雛。聞いたことない?」

「鍵山……雛?」

 聞き覚えがなかった。

「あら? け、結構、有名だと思うけど……」

「すまん、俺は外の世界から通ってるから」

「ああ、だからこの時間に森にいたんだ」

 目を丸くして雛がそう呟いた。

「つまり、どういったことで俺はこんな目に遭ってんだ?」

「まずは私について説明しなきゃね。えっと、私は厄神って言って人の厄を集めることが出来るの」

 厄――つまり、災難や不幸などを吸収できるらしい。

「でも、私の近くにいたら私が集めた厄がその人に集まっちゃうの」

「要約するとお前は人の厄を集めるありがたい神様だけど、近くにいたら厄をばら撒いちゃうやばい神様ってことか……」

「まぁ、そんな感じね」

「で……俺はこの姿にならなくちゃいけなかったわけだ」

 慣れない子供の姿で溜息を吐く俺。

 闇の力は『引力を操る程度の能力』。引力は『物を引き付ける力』だ。それを操れるということは反発させることも可能というわけだ。

 その力を使って雛から飛んで来る厄を弾いている。それをしないとさすがの俺でもいつか死ぬ。

「本当、吃驚したわ……まさか、子供の姿になるなんて」

「俺だって好きでなったわけじゃない。何か、物を突き放すことができないかって聞かれたからこうなったんだよ」

 因みに霊夢が言うには子供姿は何もしなければ1時間ほど続けていいらしい。しかし、戦闘だと闇の力を使うのでもっと時間が短くなるそうだ。戦闘面で期待していたのだが、これも切り札の一つにするしかない。

(切り札ばっかりだな……)

 『シンクロ』、『ダブルコスプレ』、『闇』。まぁ、あるに越した事はないが。

「本当にごめんなさい」

 考え事をしていたら雛が突然、謝っていた。

「え? どうして?」

「だって、私に近づかなかったらあんな目に遭うこともなかったし子供になることもなかった……」

「それは仕方ないことだろ? そもそも、俺がこの森に逃げて来なかったらよかった話だ」

 結論:全部、青娥のせい。

「それはそうだけど……あ! 思い出した!」

「な、何だよ。突然……」

 急に立ち上がった雛は目を輝かせていた。

「貴女、万屋さんね! 文々。新聞で見たわ!」

「ああ、どうも……なら、ちゃんと男だって書いてあったよな?」

「……男?」

 目をキョトンとさせる雛。

「男」

「……ないない」

「お前、ぺちゃんこになりたいようだな」

 闇の力を手に集めて米粒程度のブラックホールを作る。だが、それだけでも周りの小石が俺の手に集まって来た。

「ご、ごめんなさい」

 それを見て俺の言葉に嘘がないことがわかったのか雛が謝って来る。

「それでいい」

「あ、あの! お願いがあるんだけど!」

 ブラックホールを消した途端、俺の手を雛が握った。

「お、おい?」

 驚いて言葉が続かなかった。

 

 

 

「私と友達になってください!」

 

 

 

 その後、雛が放った言葉で俺は思わず、目を点にしてしまった。

 



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第186話 厄神デート

「この前はね? 森で見つけた薬草を使って色々な調味料を作ったの」

「……」

「その調味料がとっても美味しくて! あ、今度持って来てあげるね」

「……ありがと」

「それで、妖怪の山に住んでる天狗の話なんだけど」

「ああああ! とりあえず、落ち着け!」

 30分ほど喋り続けている雛に向かって“見上げながら”叫んだ。

「え? あ、うん。ごめんなさい」

 一瞬、『何を言ってんだ、こいつ』みたいな表情を浮かべた雛だったが、状況を把握したのか謝って来た。

「トイレね。そこの茂みで」

 ニコニコしたまま、近くの茂みを指さす雛。

「違うわ! 俺を降ろせって言ってんだよ!」

 今、子供の姿になっている俺は雛に抱きかかえられているのだ。構図的に後ろから俺のお腹に腕を回している感じだ。これじゃヌイグルミと同じではないか。

「だ、だって……可愛いから」

「可愛いからじゃないよ! 友達になることに頷いた途端、俺をだっこしたじゃんか!」

 こうやっていると、俺が雛の妹みたいに思えてくる。自分で妹って言っている時点で俺はもう駄目だと思うが。

「可愛い貴女が悪いのよ」

「お前、まだ俺のことを女だと思ってるだろ!」

「そ、そんなことないわ……」

 目を逸らしながら厄神。

「人と喋る時は人の目を見なさい!」

「貴女の目を見たら抱きしめたくなるのよ」

「よし、見るな。一生、見ないでくれ。そして、俺が男だってわかってくれ」

「それは無理ね」

 キッパリ、断られてしまった。

「何でだよ!」

「私は私のやりたいようにやるわ。だから、抱きしめる!」

「ちょ!? 苦しい!!」

 ぎゅううううう、と雛が俺を抱きしめ始める。苦しくて呻き声を漏らしてしまった。

「い、いいから……離せ」

「嫌よ」

「何で!?」

「私……人の温もり、久しぶりなの」

 そう言いながら雛は力を抜いた。

「え?」

 突然、顔を曇らせた雛。文句を言うために雛を見上げていた俺は驚いてしまった。

「やっぱり、人は私に近づくのが怖いの。お供え物だってお供え場所に置いて貰って私が自分で回収しているし……今まで、慣れていたつもりだったけどこうやって触れられるようになったら寂しかったんだなってわかっちゃったの」

「……」

 俺は何も言えなかった。雛の気持ちは理解できるが、共感はできない。俺自身、そのような体験をしたことがないからだ。

「だから、響に触れることができて本当によかった……こんなにも人間って温かいのね」

「雛……」

 右手を伸ばして雛の頬に触れた。俺の手の平に温もりが広がった。

「やっぱり、駄目ね。一度、幸福を知っちゃったら簡単に忘れられない」

「……」

 俺は必死に言葉を探した。このままじゃ雛は一人ぼっち。そして、それを阻止できるのは俺だけ。

「雛、デート……しないか?」

「え?」

「俺と一緒に遊ぼう。時間はたっぷりある」

 スキホで時間を確認したら、午後1時を過ぎたぐらいだった。

「で、でも……子供の姿になれるのは1時間って。残り時間、少ないんじゃないの?」

 確かにこの姿でいられるのは長くて20分。足りない。だが――。

「もし……雛と同じ厄神がいたとして。雛に近づいたらどうなる?」

「え?」

「いいから答えろ」

「そ、そうね……お互いに厄を集め合うから何も起きないと思うけど」

 戸惑いながら雛はそう答えた。

「よし、なら大丈夫だな。降ろしてくれ」

「嫌よ」

「今回のは違うって……もっと長い時間、一緒に過ごせるかもしれないからそれを確かめたいんだよ」

「……どうぞ」

 少しだけ不機嫌そうに俺を降ろしてくれた。文句を言いたいのは俺の方だが、今はこちらが優先だ。

「少しだけ離れてくれ。元の姿に戻らなくちゃいけないから」

「え!? どうして!?」

「スペルが取り出せないんだよ……」

 今、俺の姿は黒いワンピース。この服には内ポケットがなく、仕事用のスペルカードがないのだ。元の姿に戻った時にはスペルも戻って来るのだが、この姿では元々の俺の能力も使えないのでどの道、いつもの姿に戻らなければいけない。

「だ、弾幕ごっこでもするの?」

 涙目で雛が問いかけて来た。

「違うっての……説明が面倒だから説明しないけど離れてくれ」

「はい……」

 俯きながら雛はトボトボと森の中に消える。

「俺が声をかけるまでこっちに来るなよ!!」

 大声で注意しながらスキホから博麗のリボンを取り出す。それを髪に括り付けた刹那、俺の体が元の大きさに戻った。

「……よし。雛の影響を受けてないな」

 急いで懐に仕舞っていたスペルを掴んでその中から1枚だけ抜き取る。

「集厄『運命のダークサイド』!」

 スペルを宣言し、俺の服が雛と同じになった。

(やっぱり……これにはまだ、慣れないな)

 今でも恥ずかしいと感じるし、進んで着ようとも思えない。でも、今は雛のためだと思うと不思議と嫌ではなかった。

「永遠『リピートソング』!」

 狂気異変で脅威となったスペル。まさか、仕事以外で使うことになるとは考えもしなかった。

「……これでよし」

 雛の曲がちゃんとループしたのを確認。

「雛! もう、来ていいぞ!」

「よ、よかった……逃げなか――」

 安堵のため息を吐きながら走って来た雛は俺の姿を見た途端、言葉を詰まらせていた。

「あ、あんまり、見んな……」

「きょ、響? その姿は?」

「簡単に説明するとだな。俺は幻想郷に住んでる奴らの能力をコピーする能力も持ってんだ。それを使えば雛と長い時間遊べると思って……まぁ、これを使うと見た通り、能力をコピーした奴と同じ服を着ることになるんだけどね」

 恥ずかしさのあまり、雛の顔をまともに見られない。いつもよりも恥ずかしいのは着ている服の持ち主が目の前にいるからだろうか?

「響……ありがとう」

「え?」

「私のためにここまでしてくれて……本当に貴方に会えてよかった」

 そう言いながら雛は俯く。

「ほら、遊べると言っても俺が幻想郷にいる間だけだぞ?」

「そ、それってどれくらい!?」

 タイムリミットがあることがわかったからなのか雛は焦ったように質問して来た。

「そうだな……帰るのは午後6時くらいだから後5時間かな?」

「うわ、そんなに遊べるんだ」

「嫌か?」

 俺の意地悪な問いかけに雛は微笑みながら首を横に振る。

「昨日の私に自慢したくなるほど嬉しいわ」

「お前、見た目は俺と同じぐらいだけど中身は子供っぽいな」

「さっきまで見た目が子供だった人に言われたくないわ」

 お互いに嫌味を言い合う。それすらも俺は楽しんでいた。

「じゃあ、何をする? 時間は長くてもずっとじゃないし」

「そうね……とりあえず、散歩しましょ?」

「ああ、そうだな」

 そう言って俺たちは歩き始めた。もちろん、笑顔でお話ししながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!? 今日、雛様に会ったの!?」

「うん」

 雛とたっぷり遊んで家に帰って来た俺は望にいつものように報告していた(関係を繋ぐ男と戦ったすぐ後に幻想郷であったことを報告しろと命令されているのだ)。

「だ、大丈夫だった? 厄とか……」

「闇とコスプレのおかげでな」

 前者のせいで子供になり、後者のせいで恥ずかしい衣装を着ることになったが。

「よ、よかった……あれ? でも、お兄ちゃんに干渉系の能力は効かないんじゃ?」

 望が首を傾げながらそう聞いて来た。

「多分、『能力』が効かないだけで自然現象は通用するんだと思う。雛の能力は『厄をため込む程度の能力』。俺に厄を押し付ける能力じゃないんだよ」

「つまり、干渉系の能力を無力化できると言っても直接的じゃなかったら効くってこと?」

「そう言うこと。ほら、呪いをかけられたのも薬を経由してたろ?」

「あー、そう言えばそうだったね……」

「おにーちゃん! メール、来てるよ!」

 その時、奏楽がスキホを手に駆け寄って来た。

「おう、さんきゅ」

 スキホを受け取ってメールを確認する。

「あれ? 雛?」

「え!?」

 宛先が雛だったことに驚いてしまい、口に出してしまった。望もそれを聞いて目を見開く。

「ど、どうやって?」

「依頼状として送って来たんだよ」

 確か、雛にお供えするための場所にも依頼箱があったはずだ。

「な、中身は!?」

「ちょ、勝手に人のメールを見るな!」

 画面を覗こうとする望を追い払ってメールを読み始める。

『鍵山 雛:響、こんばんは。突然、ごめんね? 響が万屋やってることを思い出してこうやって依頼状を送っています。届いてるかな? えっと、今日は本当にありがとう。とても楽しかった。それで依頼なんだけど……これからも私と遊んでくれますか?』

「あいつ……」

 きっと、不安なのだろう。やっと、触れることができた人の温もりがまたなくなってしまうのが。

「返信したいけど……これじゃ無理だな」

 諦めてスキホを閉じようとしたが、これが依頼状だということを思い出した。

「あ、そうか」

 あることを思い付き、俺はスキホを操作する。

 

 

 

 

 

 

 

(届いたかな?)

 私は依頼箱の前でドキドキしていた。依頼状を投函してから足に力が入らなくなってしまい、動けないのだ。

「うぅ……大丈夫かな」

 急にあんな依頼を送ってしまったら響は引いてしまうかもしれない。でも、言わずにはいられなかった。

「あれ?」

 そろそろ、家に帰ろうかと思った時、依頼箱が点滅し始める。

「な、何これ?」

 驚きながら依頼箱の使い方が書いてある立札を見た。点滅は響が依頼を受けたというサインらしい。

「と、いうことは?」

 私の依頼を響は受けた。つまり――。

「……本当に、ありがとう」

 私は外の世界にいる私の“友達”に向かって小さな声でお礼を言った。

 



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第187話 ダブルバトル

「……」

 俺は夢でも見ているのだろうか?

「よっしゃー! 覚悟はいいか? 二人とも!」

「私たちは大丈夫よ」

「今度は負けないからね!」

 目の前で繰り広げられている会話はすでに俺という存在を忘れ去っている。

「響! 始めるぞ!」

「いや、待てよ」

 隣で浮遊している魔理沙を止めた。

「何だよ? トイレか?」

「違う。この状況を説明しろって言ってんだよ!」

 ここは紅魔館の図書館。パチュリーに相談したいことがあったので寄ったのだが、気付いた頃には変な戦いに巻き込まれていたのだ。

「見ればわかるだろ? パチュリー&フランチーム対私&響チームの弾幕ごっこだよ」

「だから、何でそうなってんの!?」

 入り口のドアを開けた瞬間、魔理沙に手を引かれここまでやって来た。それだけでわかるわけがない。

「とにかく、やるんだ! これは今後の私にも影響があるんだから!」

「影響?」

「実はね? 本を盗みに来た魔理沙をパチュリーが捕まえたんだけど色々話してる内に弾幕ごっこで決めようってなって」

「勝った方の意見を尊重するってことになったのよ」

 フランとパチュリーが説明してくれる。しかし、俺は納得できなかった。

「だからって何で俺なんだ? レミリアとか咲夜でいいじゃん」

「こっち側に紅魔館に住んでる奴を入れたら裏切るかもしれないだろ? だから、第三者が来るのを待ってたんだ」

 そこに俺がのこのことやって来た、と。

「そう言えば、響は何でここに?」

「あいつのせいだよ……」

 図書館の椅子でくつろいでこちらを見ている青娥を指さす。

「そう言えば、最近……憑かれてるんだってな」

「本当に迷惑だ」

 下を睨んでいると俺の視線に気付いたのか青娥が手を振って来た。当然、無視。

「でも、あいつと図書館、どんな関係が?」

「なんか、図書館に寄りたいって言うこと聞かなくて……まぁ、俺もパチュリーに話があって来たんだけど」

「お前はあいつの親か」

 今、思えば少しの間だけ青娥は俺の傍からいなくなっていた。その時に図書館に来てこの状況を見たのだろう。そして、図書館に俺を連れて来たらこうなると思った。

(本当に……迷惑な奴だ)

 まぁ、『どうしてそんなことをしたんだ』って聞いたら『面白そうだったから』と答えるに違いない。

「二人とも! 喋ってないで始めるよ!!」

 フランが痺れを切らしたのか俺たちに向かって叫んだ。

「はいはい……」

「じゃあ、行くよ!」

 そう言ってフランは波状弾幕を放って来た。

「魔法『探知魔眼』!」

 『魔眼』を発動させ、波状弾幕の穴を見つける。すぐさま、そこを通り抜けた。

「水符『プリンセスウンディネ』!」

 その時、横からパチュリーの水魔法が俺を襲う。

「雷刃『ライトニングナイフ』!」

 咄嗟に雷でできたナイフを何本も投げ、水を蒸発させる。

「禁弾『スターボウブレイク』!」

 いつの間にか背後に回っていたフランが七色の矢を飛ばして来た。

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 それを魔理沙が星弾で弾く。

「まずは小手調べってところかな?」

「小手調べで一人狙いされる俺の身にもなれ」

 俺と魔理沙は喋りながらお互いにお互いの背中を守るような立ち位置で相手の出方を見る。フランは魔理沙の前に、パチュリーは俺の前に移動した。

「禁忌『レーヴァテイン』!」「火符『アグニシャイン上級』!」

 すると、パチュリーとフランは同時にスペルを宣言。

「入れ替わるぞ!」

 パチュリーはともかく、フランの剣は魔理沙よりも俺の方が対処しやすい。それを考慮した上での提案だ。

「了解!」

 魔理沙も同じ考えだったようでスムーズに立ち位置を入れ替えることに成功した。

「結尾『スコーピオンテール』!」

 スペルを唱えながら博麗のお札をポニーテールに貼り付ける。すると、俺のポニーテールから白い刃が伸びた。

「何それ!?」

 驚愕しながらもフランはレバ剣を真上から振り下ろして来る。それを『結尾』で受け止めた。

「拳術『ショットガンフォース』!」

「きゃあっ!?」

 拳に妖力を纏わせ、フランのお腹に向かって突き出す。フランは両手で剣を握っていたため、ガードもできずに吹き飛ばされた。そのまま、いくつかの本棚を薙ぎ倒していく。そのせいで煙が生じてしまい、フランの姿が見えなくなってしまった。

「響、手伝ってくれ! 今日のパチュリー、調子が良すぎる!」

 音で俺とフランとの戦いがひと段落したのに気付いた魔理沙が叫ぶ。

「霊盾『五芒星結界』!」

 五枚の博麗のお札で結界を作り、魔理沙の前に設置。その間も俺はフランの方を見ていた。

「さんきゅ!」

「ああ」

「禁弾『カタディオプトリック』!」

 フランの声が聞こえたと思った矢先、煙の中から大小さまざまな弾が飛んで来る。

「神鎌『雷神白鎌創』! 神剣『雷神白剣創』!」

 右手にいつもの鎌を、左手に神力で創った直刀を持つ。

「はあああああっ!」

 迫り来る弾を右手の鎌で弾き、左手の直刀でぶった切り、ポニーテールで叩き落していく。

「木符『グリーンストーム』!」

 パチュリーがスペルを使った途端、左右から木の葉が現れた。魔理沙はもちろん、俺も攻撃範囲内だ。

「くそっ……神箱『ゴッドキューブ』!」

 俺と魔理沙を囲むように神力の箱が出現する。

「あ、危なかったな……」

「どうする?」

 木の葉と弾が『神箱』にぶつかるのを眺めつつ、聞く。

「そうだなぁ。とりあえず、合体技でもいっとくか?」

「よし、そうしよう」

 魔理沙が取り出したスペルを見て俺もスペルを取り出す。

「5秒後に箱を消してくれ」

「了解した」

 心の中で5秒、数えて『神箱』を消した。それと同時に魔理沙の真上に移動する。

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 スペルを宣言した魔理沙の周りから何本ものレーザーが射出された。

「電流『サンダーライン』!」

 そのレーザーに向かって雷撃を飛ばす。すると、雷撃がレーザーとレーザーを繋ぎ、蜘蛛の巣のようになった。すかさず、魔理沙がレーザーを回転させ始める。

 レーザーが大部分の木の葉と弾を消し、仕留め損なった奴は雷の糸で絡め取って行く。

「禁忌『恋の迷路』!」

 それに対抗するかのようにフランが弾幕を放った。そして、蜘蛛の巣と迷路が衝突する。上から見たらベーゴマとベーゴマがぶつかっているように見えた。

「日符『ロイヤルフレア』!」

 真上で紅い炎が上がる。見るとパチュリーが真下にいる俺たちに向かって巨大な火球を飛ばして来た。

「ちょ!? そんなのありかよ!」

 フランの相手をしている魔理沙が悲鳴を上げる。火球をどうにかできるのは俺だけだ。

(これはやるしかないか……まぁ、試してみたかったし)

 不思議と冷静だった俺はスキホを取り出す。素早く5桁の数字を入力すると目の前に1枚のスペルカードが出現した。左手で掴み取り、スペル名を叫んだ。

「闇開『ダークフォール』!」

 すると、博麗のリボンがスキホに取り込まれ、ポニーテールが解かれる。その直後、俺の体が黒いオーラに飲み込まれた。

「きょ、響!?」

 背後から魔理沙の驚いた声が聞こえるが、無視。黒いオーラが晴れた時には俺は子供の姿になっていた。

「吸収『ドレインホーリー』!」

 そのまま、スペルを使用。両手を上に伸ばし、飛んで来た火球に触れる。

「……え?」

 振り返ると魔理沙は呆けていた。いや、それだけではない。フランもパチュリーでさせ硬直していた。まぁ、あれだけ大きな火球を俺が一瞬にして体の中に取り込んだのを見ればそうなるだろう。

「変換『チェンジオブフォース』!」

 体の中で暴れている炎を闇の力に変換させる。再び、黒いオーラが俺を包み、元の体まで成長できた。俺が子供になるのは闇の力が少ない。つまり、闇の力を多くしてやれば俺の体も成長するのだ。

「後9分」

 スキホの画面を見て残り時間を確認。闇の力を使い過ぎないためのタイムリミットだ。スペルを宣言してからの10分間でケリを付けなければならない。

「魔理沙!」

「な、何だ?」

 困惑しながらも魔理沙は俺の傍にやって来た。

「この図書館を宇宙にするぞ! 星を頼む、出鱈目にばら撒いてくれ!」

「よくわかんないけど……やってやるぜ!」

 頷いてくれた魔理沙はスペルカードを手に取る。それに合わせて俺もスペルを用意した。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 俺と魔理沙の周りに星たちが輝き始める。だが、星たちは真っ直ぐにしか飛んでいない。これでは宇宙とは言えない。

(だから、星たちの軌道を俺が作る!)

「重力『グラビティボール』!」

 スペルを発動させ、俺は黒い弾を両手に作り出した。

 




次回、闇の力の本領発揮です。


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第188話 光と闇

 俺と魔理沙の周りには無数の星屑。しかし、それらは真っ直ぐにしか飛んでいない。これは俺が思い描いている宇宙とほど遠いものだった。

「重力『グラビィティボール』!」

 ならば、俺が星たちを導けばいい。そのためにはまず、重力を生み出さなくてはいけない。地球が太陽の周りを公転しているのは太陽の重力に引き寄せられているからである。

「うおおおおっ!」

 両手に小さな重力の弾を作り上げた。それを真上に放り投げる。その後、どんどん重力の弾を星の中に投げ込んで行った。

「お? おお!?」

 星の様子を見ていた魔理沙が声を上げる。今、星の中に重力の弾は8つ。その重力の弾の周りを星たちが回り始めたのだ。

「す、スゲー!」

 魔理沙の眼がキラキラと輝いている。感動しているようだ。

 星たちは重力の弾に引き寄せられ、カーブ。しかし、重力の弾はそこまで大きくないので吸い込まれることなく重力の弾の後方へ飛んで行く。それが図書館の8つの場所で起こっているのだ。

「ぱ、パチュリー! これ、やばくない!?」

「私たちも反撃よ! 同時に行くわ!」

「わかった!」

 星たちは時間が経つにつれ、スピードが上っている。放っておけば大変なことになると思ったのだろう。パチュリーがフランの隣に降り立ったのと同時に構えた。

「火水木金土符『賢者の石』!」「QED『495年の波紋』!」

 パチュリーの周りに5つの宝石が出現し、それぞれから小さな弾がいくつも射出される。その後すぐにフランから波状弾幕が撃ち出された。

 そして、波状弾幕がパチュリーの放った弾にぶつかり、反射。更に反射した波状弾幕が別の弾に当たり、反射する。連鎖的に反射して行き、図書館内は凄まじい量の弾幕で埋め尽くされた。

 普段なら『神箱』か『五芒星』で身を守り、弾の密度が薄くなったところで一気に反撃とするだろうが、今、俺たちは宇宙の中にいるのだ。ここでは地球のルールは通用しない。

「「え!?」」

 パチュリーとフランが驚きの声を上げた。そりゃ、そうだろう――。

 

 

 ――パチュリー達が放った弾幕すらも黒い弾は引き寄せ、ベクトルを変えているのだから。

 

 

 星と星の間に小さな弾が通り過ぎて行く。その様子はまるで満天の星空に流れる流星群のようだった。

「響! 最後にでかいの一発、行っとくか!」

「でかいの?」

 黒い弾のコントロールが難しいので魔理沙の方を見ずに聞き返した。

「ああ! 二人で同時にだ!」

「……おう、やってみるか」

 じゃあ、この宇宙とはお別れだ。

「――――――」

 神経を集中させ、黒い弾を大きくしていく。離れていても力の糸は繋がっているのでこれぐらい簡単だ。

「きゃっ!?」

 黒い弾が大きくなるにつれ、引力も強くなる。そのため、人間も引き寄せられるのだ。パチュリーの方をチラリと見ると体が浮いていた。このままでは黒い弾に吸収されてしまう。

「パチュリー! 禁忌『フォーオブアカインド』!」

 くねくねした杖を図書館の床に突き刺したフランは4人に分身。4人は手を繋ぎ、離れていたパチュリーの手を掴んだ。

 その頃には黒い弾は星たちを全て吸い込んでいた。そして、黒い弾は小さくなっていき、消えた。吸収した弾幕が俺の体に入って来るのがわかる。全て、闇のエネルギーへ変換した。

「魔理沙!」「響!」

 俺と魔理沙はお互いの名前を叫び、スペルカードを手に取る。

「黒符『ブラックスパーク』!!」「恋符『マスタースパーク』!!」

 俺の右手から黒い極太レーザーが、魔理沙の八卦炉から白い極太レーザーが撃ち出された。

 更に黒いレーザーが白いレーザーを引き寄せ、2本のレーザーが螺旋を描きながらパチュリーとフランに突進。そのまま、二人に直撃し大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたた……」

 瓦礫の下からフランが這い出てくる。その手の先にはぐったりしたパチュリーもいた。

「だ、大丈夫か? フラン」

 慌てた様子で魔理沙がフランの手を取り、起き上がらせる。

「ひ、酷いよ……あんなの」

 フランは俺(『黒符』のせいで闇のエネルギーを使ったため、子供姿だ)を睨みながら文句を言って来た。

「威力も抑えていたしセーフ」

「あれで抑えてたの!?」

「てか、抑えなかったら俺が闇に引きずり込まれる」

 その時、スキホが震えた。時間だ。

「すまん、少しだけ時間をくれ」

「時間?」

 喘息のせいか顔を青ざめさせながらパチュリーが首を傾げた。

「闇のエネルギーを俺の地力に変換しなきゃならないんだ。このまま放っておいたら闇の力が大きくなって俺が堕ちる」

 そう言いながら背中から巨大な闇の手を生やす。

「うわっ……そんなこともできるのかよ」

 魔理沙が顔を引き攣らせながら呟く。

「じゃあ、またな」

 呆けている3人に向かって手を振りながら俺の体は背中の手に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 お兄様が闇の手に飲み込まれた。

「本当にどんどん、人間から離れてしまうわね……」

 呆れたようにパチュリーが言う。

 確かに霊力、魔力、神力、妖力を持ち、魂に吸血鬼、狂気、トールを宿し、曲を聴いて他人の能力をコピーしたり、指輪を使って本来、使うことのできない力を駆使して闘うお兄様。それに加えて闇を使えるようになってしまったのだ。もはや、人間ではない。

「でも、響が幻想郷に来てそろそろ1年か」

「そう言えば、そうだったね」

 この1年は本当に速かった。会えないと思っていた男の子。私が初めて壊そうとしても壊れなかった人間。昔は何の力もない子だったのに今じゃ私を軽く蹴散らせるほど強くなった。

「……あれ?」

 その時、私は気付いてしまった。この1年で起きた異変は『脱皮異変』、『狂気異変』、『魂喰異変』、『氷河異変』。明らかに例年よりも異変の数が多い。

(お兄様が来てから……何かが起こってる?)

「それにしても、響って何考えてるんだろうな?」

「え?」

 魔理沙の疑問の意味がわからずに聞き返した。

「だってさ? 響って外の世界から来てるんだろ?」

「うん」

「普通ならこんなところに来たくないと思うんだよ。ここはいつ、何が起きてもおかしくないし外の世界には家族もいるし」

「あ……」

 確かに魔理沙の言う通りだ。外の世界なら仕事だってたくさんあるだろうし、幻想郷で万屋をしなくても暮らしていけるはずなのだ。一人暮らしならまだしも、家族がいるならこんな危険なところに来ようと思うのだろうか?

「決まってるじゃない」

「「え?」」

 パチュリーがはっきりとそう言ったので私と魔理沙は思わず、目を見開いてしまった。「本人も気付いてないと思うけど彼には覚悟があるのよ。絶対に死なない。必ず、家族の元に帰るって言う覚悟が……だから、今までの異変だって彼はボロボロになって解決して来た。家族のために」

 そうだ。『脱皮異変』も『狂気異変』も『魂喰異変』も『氷河異変』も――いや、それだけじゃない。お兄様は今まで、何回も死にそうになった。それでも、お兄様は起死回生の一手でピンチをチャンスに変えて来たのだ。

「本当……何者なんだろうな?」

 魔理沙はため息を吐きながら私に問いかけて来た。

「うん、私にもそれはわからないかな……」

 私も脱力してしまっていた。

 結局、お兄様は何を考えているのだろう。何がしたいのだろう。何を――求めているのだろう。

 

 

 

 

 

 フランドールの疑問の答えはこの後すぐにわかることになる。しかし、それまでに3つ、大きな事件が発生する。

 その事件が一人の妖怪の運命を変えることになるなどこの時、響もフランドールも知る由もなかった。

「本当に響って面白いわね♪」

 そして、図書館の椅子に座って黒い球体の中にいる響を見ながらそう呟いた全ての事件の元凶になる邪仙すらももちろん、知らないことだった。

 



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第189話 事件勃発

申し訳ありません……テスト勉強してたら日付変わってました。
お詫びとして今日の正午にもう一本投稿しますね!


「……」

 魔理沙とタッグを組んだ変則的弾幕ごっこを終え、俺はフラフラになりながら幻想郷の空を飛んでいた。

「大丈夫?」

 俺の隣を飛んでいる青娥が心配そうに聞いて来る。

「大丈夫じゃねー……」

 先ほどからバランスを保てず、右に行ったり左に行ったりとかなり危なっかしい飛行を続けているのだ。

「あの子たちの弾は闇の力で自分の地力に変換したんでしょ?」

「そうなんだけど……『黒符』が異常なまでに闇の力も地力も消費する技だったんだよ」

 俺の中では闇の力で敵のエネルギーを吸収し、地力に変換。闇は10分間しか持たないが、その後の俺はほぼ戦う前と同じぐらいまで回復しているはずだったのだ。

「でも、闇の力は弾幕ごっこではチートよね? 使っていいの?」

「駄目だってさ」

 図書館を出た時にスキホに紫からメールから来ていた。内容はもちろん、『闇を弾幕ごっこでは使ってはいけない』と言う禁止令だ。

「まぁ、相手の弾幕を吸収したら意味ないものね」

「確かに……」

 でも、今日の戦いで闇について色々とわかった。

 まず、闇の戦闘は一気に決める必要がある。理由は10分間というタイムリミットがあるから。しかし、闇の力で敵のエネルギーを吸収することに成功すれば10分後、俺の体力や地力はほぼ全快になり、闇が使えなくなった後に繋げることができる。

 更に闇の力が増えると俺の体も成長し、複雑な技を放つことができる。あの『重力』がそうだ。普通なら黒い重力の弾は一つか二つしか出せないが、大人モードだったため、八つの重力の弾を出すことができたのだ。

 そして最後に闇の性質について。闇の能力は『引力を操る程度の能力』だ。引力とは物を引き寄せる力。それらを操れるということは逆に反発させることも可能ということになる。これを利用すれば敵の攻撃を弾いたり、わざと敵の攻撃に自分の攻撃を当て相殺させることもできる。

 あの戦いの後、パチュリーと話したが彼女も頷いてくれた。本当なら戦わずに知りたかったのだが。

「今、思ったけど闇……強いな」

「それは傍から見てても思ったわ」

 俺の呟きに珍しく呆れた様子で青娥が言った。

「しょ、しょうがないだろ? 闇を使ったの初めてだったんだから」

「え? あれで初めてだったの?」

 意外そうな青娥。

「ああ、いつ闇に引きずり込まれるかヒヤヒヤしてたぐらいだ」

「初めてであれだけできるなんて……やっぱり、響はすごいわね」

「はいはい」

 適当に頷きながら俺は博麗神社に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ? 闇の力を操れるようになったんだ」

 湯呑片手に霊夢。

「まぁ、な」

「それにスキホを使ってタイムリミットまで用意するとかよく思い付いたわね」

 因みに原理は博麗のリボンをスキホに登録しておいて、番号を入力し、リボンをスキホに収納する。スキホの機能の一つに『タイマー』があるのでそれを10分にセット。10分後に先ほど収納したリボンを元の位置に戻せば闇を封印することができるのだ。

「それにしても弾幕を地力に変換するとかどんだけ人間離れしてるのよ……」

「俺に言われても……」

 俺自身、人間じゃなくなってきた、と落ち込んでいる。

「あの時の響、すごかったわ。まるで、宇宙だったもの」

 俺の隣(霊夢とは反対側)に座っている青娥が感想を述べた。

「宇宙?」

「魔理沙の星弾を重力の弾で曲げて軌道を作ったんだよ」

「図書館内を星たちが流れているようだったわ」

「そんなに闇の力を使って大丈夫なの?」

 宇宙よりも俺の体が心配になったのか霊夢がそんなことを聞いて来る。

「大丈夫だと思うぞ? 闇にも聞いたけど異変は起きなかったって言ってたし」

「……まぁ、それならいいわ」

「それに弾幕ごっこじゃ使ったら駄目だって紫に言われたし」

「「それは当り前よ」」

 霊夢と青娥が同時に頷いた。

「まぁ、異変が起きた時にでも役に立って貰うよ」

「その前に異変なんか起きて欲しくないわ」

「確かに」

 今までの異変で俺は必ず、死にそうになっているのだ。あんな目にはもう遭いたくない。

「氷河異変の時は法界に逃げてたから響の活躍が見れなかったのよね。早く、起きて欲しいわ」

「お前は黙ってろ」「貴女は黙ってなさい」

 俺たちに言われたので青娥は少しだけ落ち込んでしまった。構っても面倒くさいだけなのでスルーさせていただく。

「でも、よかったわ。闇の力も安定してるみたいだし」

「ああ、魂の中で吸血鬼たちに『遊んで!』って我儘言ってるけど暴走したりしないと思う」

 うるさいけど。

「そう」

 霊夢はそれだけ言うと湯呑を傾けた。俺もそれに倣う。

「あ、そうそう。響が幻想郷に来てもう1年よね?」

「え? ああ、そうだな」

 不意に霊夢に話しかけられ戸惑ってしまった。

「それで宴会を開きたいんだけど来られる?」

「いつ?」

「確か7月の中旬だったわよね? そのあたりになるわ」

「あー、試験だなぁ……その後だったら大丈夫だと思う」

「わかった。皆にも言わなきゃならないから予定が開いたら言って」

「了解した」

 どうせ、お酒は飲まないけど料理は美味しいから今からでも楽しみだ。

「あ、そうだ! その時、望たちも連れて来ていいか?」

「望も?」

「ああ、他にも3人かな? ほら、仮式と式神と奏楽だよ」

「奏楽……その名前を聞くの久しぶりね。どう? 元気にしてる?」

「最近、友達ができて遅くまで外で遊んでるよ」

 霙に探しに行かせる時もあるほどだ。

「外の世界で上手くやってるようね」

「みたいだな。あ、霊奈も連れて来る?」

「……そうね。お願いするわ」

 少しだけ微笑んで霊夢が頷いた。

「そろそろ、話してもいいかしら?」

 こちらの話がひと段落したのを見極めた青娥が問いかけて来る。

「「……どうぞ」」

 どうせ、駄目と言っても無駄なので許可することにした。

「確か響には仮式と式神が二人ずついるのよね?」

「ああ、いるな」

「見てみたいわね」

「……何が言いたい?」

「今日、貴方について行って外の世界に遊びに行くわ」

 青娥は微笑みながらとんでもないことを言ってのけた。

「……は?」

「いいでしょ? スキマを通れば私もいけるはずだし」

「いやいや、駄目でしょ?」

「帰る時は結界を通り抜ければいいわけだし」

 駄目だ。こいつ、俺に付いて来る気まんまんだ。

「駄目だ! もし、博麗大結界に何かあったらどうするんだよ!」

「霊夢、どうなの?」

「さぁ? 知らないわよ。でも、いいんじゃない?」

「え?」

 まさか、霊夢が許すとは思わなかったので俺は戸惑ってしまった。

「ほら、管理してる本人がこう言ってるわけだし」

「……ああ! もう、わかったよ」

 直接、俺の部屋に移動すれば大丈夫だろう。

「そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」

 霊夢にそう言われ、携帯で時刻を確認する。午後5時半だった。

「そうだな……帰るか」

「早く行きましょ?」

 青娥はすで立ち上がっている。それほど楽しみらしい。

「はいはい……」

 スキホからPSPとヘッドフォンを取り出し、装着。すぐにスペルを宣言した。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装を身に纏い、スキマを開ける。

「どうぞ、お嬢様」

「あら、きちんとエスコートできるのね?」

「レディファーストですから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そう言って、青娥はスキマを潜った。

「じゃあ、また明日な」

「……ええ。またね」

 何故か、歯切れの悪い霊夢。だが、その理由はわからなかった。

「?」

 首を傾げながら俺も青娥を追ってスキマを通り抜ける。

「遅かったわね」

「霊夢に挨拶してたんだよ。ほら、行くぞ。あ、まずは靴を脱げ」

 青娥は思い切り、土足で床を踏んでいた。

「あら、ごめんなさい」

「……はぁ。とりあえず、皆を紹介するから来い」

 そう言って俺は部屋を出る。青娥もそれに続いた。

 それから突然、訪問して来た青娥を見て驚く望たちを何とか宥め、青娥も一緒に晩御飯を食べた。俺の料理の腕に相当、驚いていたのが印象的だ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、帰るわね?」

「おう」

 玄関で靴を履いた青娥がこちらに振り返りながら言う。

「いいのか? スキマ、開けるか?」

「いいのよ。そう言う約束だったし。それに博麗大結界を通り抜けられるか興味もあるの」

「そうかい」

 なら、俺に止める手段はない。青娥は笑顔のまま、玄関のドアを通り抜けて行った。

「青娥さん、帰ったの?」

 居間に繋がっているドアが開き、望が顔を覗かせる。

「ああ、たった今な」

「そっか……芳香のことも聞きたかったのに」

「芳香?」

 聞き覚えのない単語があったので聞き返した。

「あれ? あったことないの?」

「うん」

「そうなの? てっきり、傍にいるのかと」

「いや、会ったことないな。いつも、向こうから来るし」

「ふーん」

 望は興味がなくなったのかそのまま、居間に引っ込んだ。

「……寝るか」

 呟きながら歯を磨くために洗面所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 青娥が家に遊びに来た翌日の朝。布団に違和感を覚えた。どうやら、誰かが潜り込んだらしい。

(奏楽、か?)

 奏楽はたまに人の布団に潜り込むのだ。比率は霙4割。俺3割。望2割。雅1割だ。やっぱり、いつも遊んでくれる霙に懐いている。

「奏楽?」

 今日は俺のベッドに潜り込んだらしい奏楽に声をかけた。

「……え?」

 目の前に綺麗な結晶がいくつもあった。それには見覚えがある。

(待て……そんなはずは)

 冷や汗を掻きながらも俺はそっと布団を捲った。

「なっ!?」

 布団の中で俺に抱き着きながら寝ている少女を見て思わず、驚愕してしまう。何故なら――

「お兄様ー……むにゃむにゃ」

 

 

 

 

 ――幻想郷にいるはずのフランが幸せそうに寝ていたからだ。

 



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第190話 妹、現代に入る

お詫びの連続投稿。


「「……」」

 朝だと言うのに締め切ったカーテン。仕方なく、電気を付けている。

 そんな中、ベッドの上で俺とフランが真剣な顔で見つめ合っていた。正座で。

「……さて、どうしてお前がここにいるのか説明して貰おうか?」

「いいよ。説明してあげる」

 ニヤリと笑ったフランが立ち上がった。

「昨日の夜、私はいつもの時間にベッドに潜り込んだわ」

 何とも健康的な吸血鬼だ。

「そして……ここで目を覚ましたの」

「……で?」

「え? それだけ」

「わかってないんじゃんか!!」

 俺も立ち上がってフランを睨んだ。

「仕方ないじゃん! 気付いたらここにいたんだもん!」

「……はぁ」

 睨み返して来るフランにため息を吐いた。

「響? 朝から何騒いで……え?」

 突然、雅が部屋に入って来るがベッドの上にいたフランを見て目を点にする。

「あ、雅だ」

「え!? あ、ええええ!? ふ、フラン!?」

 部屋に入って来た雅がフランの頬をグリグリして幻覚じゃないことを確認した。

「み、みひゃび! おひふいへ!」

「ほ、本物!? で、でもフランは幻想郷にいるはずだし! そ、それに響の部屋にいたってことは……まさか!?」

「成敗!」

「ぎゃふんッ!」

 混乱している雅の脳天に妖力を纏った拳を叩き込み、黙らせる。頭に雅が想像したことが流れ込んで来たのだ。

「お、お兄様と……きゃっ♪」

 頬を解放されたフランは顔を紅くしながらモジモジしていた。

「お前も殴られたいか?」

「はい、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、居間。

 学校に行く時間まで少し、余裕があるので緊急家族会議が開かれていた。

「えー……まぁ、見てわかると思うが、何故かフランが外の世界に来てしまった」

「いえーいッ! いだ!?」

 とりあえず、軽くフランの頭を叩いておいた。

「私には全力なのに……」

 頭の上に大きなたんこぶを作って雅が呟くがスルー。

「フランも原因わからないの?」

 望が手をあげて発言した。

「うん。起きたらお兄様の胸の中だったの」

 頬を紅く染めてフラン。望、雅、霙の眼が一瞬だけ鋭くなったような気がする。

「そ、そうなんだ……でも、そろそろ帰った方がいいよね?」

「え?」

「だって、フランは吸血鬼でしょ? もし、外の世界でばれたら大変なことになっちゃう。それに日光だって当たったら困るし」

 確かにフランの背中には翼がある。外出したら目立つだけじゃすまされない。

「大丈夫だよ! 消せるし」

 そう言った瞬間、フランの翼が消えた。

「消せるのか……」

 少しだけ引きながらもう一度、フランを見る。これなら金髪ロリとしか思われないだろう。

「後は服だね。お兄様の話じゃ私たちって外の世界ではゲームのキャラなんでしょ?」

「あ、ああ」

「奏楽、服貸して!」

「え? いいよ!」

 フランのお願いに奏楽は笑顔で頷く。そう言えば、フランを紹介した時、奏楽はものすごくフランに興味を示していた。今では二人とも手を繋いでいる。どうやら、体の大きさが同じくらいなので親近感を抱いたらしい。

「これでどう?」

 ドヤ顔で望にフランは問いかける。

「いや、駄目でしょ。レミリアさんだって心配してるだろうし」

「お、お姉様ならわかってくれるもん!」

(何を?)

 首を傾げる俺だったが、望たちは理解できたらしく唸り声を漏らす。

「でも、幻想郷の住人が外の世界に来たら問題があるんじゃないんですか?」

 即座に霙が質問した。

「きっと、大丈夫!」

 親指を立ててフランがウインクした。

「じゃあ、フラン行くぞ」

「お兄様! 無視するのは酷いと思うよ!」

 目を見開いて妹が叫ぶが、スキホからPSPを取り出していたので返事はできなかった。

「おにーちゃん、フラン帰っちゃうの?」

 不安そうに奏楽が聞いて来る。

「ああ、フランは幻想郷の人……っていうか吸血鬼だからね」

「そうなんだ……」

 奏楽はフランと遊びたいらしい。

「今度、紅魔館に連れてってやるからその時に、な」

「うん……」

 スキホをテーブルに置いて落ち込んでいる奏楽の頭を撫でた。

「そうはさせないよ!!」

 奏楽を慰めているとフランが突然、テーブルの上に立った。そして、右手を握る。

「しまっ――」

 急いでPSPをフランの視界から隠すために体の陰に移動させようとしたが、間に合わずにPSPが破壊されてしまう。

「お兄ちゃん! スキホ!」

 望の声にフランの方を見るとまだ、右手を引っ込めていなかった。

「くそっ!?」

 手を伸ばしてテーブルの上に置いてあったスキホを守ろうとするも、目の前で木端微塵に砕けてしまった。

 居間に沈黙が流れる。

「ふ、ふふふ……これで私、帰れなくなっちゃったね!」

「今、ここでお前を殺す」

 両手に妖力を纏わせ、フランの頭を鷲掴みにした。

「あだだだだだっ!!」

「お兄ちゃん、落ち着いて! さすがに吸血鬼でも死んじゃうから!」

 望の言う通り、フランの頭からミシミシと不気味な音が聞こえる。

「フラン、反省したか?」

「はい! しました! しましたのでどうかその手をお放しくださいいいいいい!!」

「……はぁ」

 ため息を吐きながら手を離した。

「はぁ……はぁ……こ、これが死の恐怖なんだね」

「フラン、外の世界に来てテンションが上がり過ぎてるみたいだね。キャラが定まってないもん」

 望が冷静に分析する。

「そうみたいだけど……どうすんだよ、これ」

 すでに霙が粉々になったPSPとスキホを片づけ始めていた。

「あ、霙待ってくれ」

「え? あ、はい」

 霙の手を止め、PSPの残骸からメモリースティックをサルベージするが、ひび割れていて使い物にならなそうだった。

「これじゃ、能力を使えないな……」

 もう一台のPSPはスキホの中にあるし、パソコンから曲をダウンロードしたくてもパソコンも去年の夏に望から取り上げてからずっとスキホの中にある。これでは『移動』が使えない。

「お兄様? じゃあ?」

「……気は進まないけど、紫がこっちの様子を見に来るまで一緒に暮らすしかないか」

「やったー!」

 両手を上げて喜ぶフラン。奏楽もフランと同じように万歳して喜んでいた。

「いいの?」

 そっと雅が聞いて来る。

「仕方ないだろ……戻れないとなればさすがに外に出すわけにはいかないし、昼間も霙は家にいるからフランを監視できる」

「そうだけど……」

 何故か、雅は不安そうだった。

「あ、そう言えば雅さん」

 その時、霙が雅に一通の封筒を差し出した。

「これは?」

「今朝、郵便受けに届いていました。フランさんの件で渡しそびれていましたので」

「そう、ありがとう」

 雅は封筒を受け取ってそのまま、ポケットに突っ込んだ。

「おにーちゃん、時間大丈夫?」

「え?」

 奏楽の問いかけで時計を見たらいつも家を出る時間だった。

「やっば! 皆、支度しろ!」

「朝ごはんは!?」

「そこら辺の菓子パンを持っていけ!」

 因みに奏楽は毎朝、コンフレークなのでもう食べ終わっている。

「フラン! 霙の言うこと聞くんだぞ?」

「えー……」

「言うことを聞かなかったらお前の頭はザクロのように弾け飛ぶからな」

「霙の言うことをちゃんと聞いて良い子にしています!」

 フランは顔を青ざめながら敬礼した。

「霙、通信は常に繋いでおけ。そして、少しでも言うことを聞かなかったり駄々を捏ねたら連絡しろ」

「了解であります!」

 霙も敬礼して頷いた。

「フランは外に出るなよ? 日光とかに当たったら大変だからな」

「お兄ちゃん! 時間!」

「ああ! じゃあ、行ってきます!」

 鞄を引っ掴み、俺たちは玄関を飛び出した。その後に望たちが続く。玄関先まで霙が出迎えてくれる。

「あ! 霙、すまんがフランに奏楽の服を着させておいてくれ!」

「了解であります!」

「響! オッケーだよ!」

「おう、サンキュ!」

 自転車を運んで来てくれた雅にお礼を言って奏楽を籠に入れる。

「はい、鞄」

「うん!」

 俺の鞄を奏楽に手渡し、サドルに腰掛けた。すぐに望が後ろに乗った。

「よし! 行くぞ!」

「やっぱり、私は走るんだね!?」

 雅が叫ぶが、それを無視して自転車が走り始める。

「行ってらっしゃーい!」

 玄関からフランの大声が聞こえた。外には出ていないようだが、ギリギリのところに立っているようだ。

(霙、とりあえずフランを家の中に)

『了解であります』

 まさか、こんな短時間に霙の『了解であります』を3回、聞くことになるなんて思わなかった。

 

 

 

 こうして、フランが少しの間、俺たちと一緒に暮らすことになった。

 



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第191話 妹、大学に乱入する

やってしまった……。
連日更新遅れたので今回は3話投稿します。
このお話と、午前9時と午後3時に更新します。


「……」

 大学の講義中、俺はノートも取らずにぼーっとしていた。

「なぁ? 響」

「……」

「おい、響」

「……」

「おいってば!」

「え!?」

 突然、両肩を掴まれて変な声を上げてしまった。

「あ……すみません」

 講義中の教授に睨まれ、頭を下げる。教授はもう一度、俺を睨んだ後、講義に戻った。

「どうしたんだ?」

 隣で心配そうに悟が問いかけて来る。

「まぁ……色々な」

 俺が疲れている原因はフランだ。

「はぁ……」

「大変そうだな」

「ああ」

 俺が頷いたのを見て悟は黒板の方を向いた。悟は俺が話そうとしない限り、聞こうとしない。本当に助かる。フランのことをどうやって、説明すればいいかわからないからだ。

 フランと暮らし始めてから早くも3日、経った。その間、フランは色々と問題を起こしているのだ。

 例えば、お風呂。

 俺が入ろうとすると決まってフランも一緒に入ろうとするのだ。それを望たちが必死に止めている。

 他にも外出しようとしたり、霙に変なことを吹きこんだりと悪戯をしまくっていた。

 それに夜には俺のベッドに潜り込んで来るし、朝は不機嫌で抑えるのが大変だ。もう、ヘトヘトなのだ。

「なぁ? そう言えばさ?」

「ん? 何だ?」

 少しだけ言いづらそうに悟が声をかけて来た。

「その、リボンって……博麗 霊夢が付けてるのに似てるよな?」

「ああ、そうだもん」

「そうなのかよ!!」

 悟が立ち上がって叫ぶ。

「あ、すみません……」

 その後すぐに教授に謝って座り直した。

「それ、誰かに貰った物って言ってたけどその人も東方が好きなのか?」

 さすがに本人から貰ったとは思わなかったのか、そう問いかけて来る。

「まぁ、な。俺も本当は付けたくないけど……なんか、これを付けてると仕事が上手く行くんだよ」

 どのように説明したものかと少しだけ、言葉の間に空白が出来てしまったが咄嗟に吐いた嘘としては上出来だ。

「幸運のリボンなのか?」

「さぁ? それに仕事仲間にも好評でもう、外すわけにもいかなくて……」

 このリボンを付けてから人里で仕事をすると色々な人に褒められることが多くなった。

「なるほど……まぁ、似合ってるのは間違いないけどな」

「本当、何で俺はこんなに女っぽいんだろう……」

 思わず、深い溜息を吐いてしまった。最近、街を歩く度に男に話しかけられるようになったし。

「さすがにそれを知ってるのは神様ぐらいだな」

(霙に聞けってか?)

 きっと、質問しても家でフランの面倒を見ている神狼は苦笑いして誤魔化すだろう。

「ん?」

 その時、何だか外が騒がしいのに気付いた。

「どうしたんだろう?」

 悟も異変を感じ取ったらしい。

「さぁ?」

「萩教授! ちょっといいですか!」

 突然、講義室のドアが開いて一人の男性が入り込んで来た。

「どうした? 何だか、外が騒がしいが?」

「それが、女の子が大型の犬に乗って大学内に。保護しようとしたんですが、そのまま学内に侵入してしまい、行方不明になったんです!」

(大型の犬に乗った……女の子?)

 一瞬、奏楽を思い浮かべたが奏楽は今、小学校だ。あり得ない。

「何!?」

「なので、講義を中断してこちらに来てください!」

「わかった! 今日の講義はここまで!」

 そう叫んだ教授は男性と一緒に出て行った。

「何で、あんなに焦ってるんだ?」

 悟が不思議そうに呟く。

「ここにはたくさん、薬品があるだろ? もし、危険な薬品に触って怪我でもしたら大変だからな」

 まぁ、大学側としてはそうなって責任を取りたくないだけだろうけど。

「に、しても大型の犬に乗った女の子って……奏楽ちゃん?」

「奏楽は小学校」

「あ、そうか」

「ほら、今日はこの講義で最後だから帰ろうぜ?」

 そう言いながら鞄に荷物を詰め込み、席を立った。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 焦りながら悟も鞄を持って俺の後を追って来る。

「あー、あつっ……」

 冷房の効いた講義室を出ると一気に蒸し暑くなった。本格的に夏が迫っているようだ。

「こりゃ、気温というよりも湿度が高いな……ジメジメしてる」

「空も曇天だしな」

「あ、響。それに悟君も」

 その時、前から霊奈が歩いて来た。

「おっす。そっちも早めに講義、終わったのか?」

 悟がそう聞いた。

「うん。犬に乗った女の子がどうとか……それって奏楽ちゃん?」

「奏楽は小学校」

「あ、そっか……」

「お前も俺と同じだな」

 苦笑しながら悟。

「え? どういうこと?」

 首を傾げる霊奈だったが、説明する前に霙から通信が入った。

『ご、ご主人様! やっと、繋がった!』

 声だけでもものすごく慌てているのがわかる。

(霙? どうしたんだ?)

『す、すみません! フランさんが!』

「え?」

 思わず、声を漏らしてしまったその時、廊下の向こう側に何か見覚えのあるシルエットが現れた。

「お兄様ー!」

 そう、霙に乗ったフランだ。ちゃんと、奏楽の服を借りていて見た目では誰も『フランドール・スカーレット』だとは思わないだろう。髪もサイドポニーではなく、ポニーテールにしているし、あの目立つ帽子も被っていない。

「ふ、フラン!?」

 驚きのあまり、叫んでしまった。その間も霙が全力疾走でこちらに向かって来る。

「ちょ、ちょっとこれってどういうこと!? 響!」

 霊奈はフランだとわかったようで質問して来た。

「知らないよ! とにかく、止まれ! 危ないか――」

「お兄様にダーイブ!」

 霙の上に立ち、フランが俺に向かって跳躍。躱すわけにもいかず、受け止めたがあまりにも勢いがあったので背中から倒れ込んでしまった。

「いつっ……」

 痛みで息を漏れる。

「お兄様ー」

 俺に抱き着きながら頬をすりすりして来るフラン。傍で霙がお座りした。何だか、その姿は申し訳なさそうにしているように見える。

(霙、どういうことだ?)

 フランを引き剥がしながら霙に問いかけた。

『実はご主人様が忘れ物をしていることに気付いたフランさんが届けるって聞かなくて……』

(忘れ物?)

 そう言えば、2個前に受けた講義のノートを忘れたような気がする。まぁ、悟からノートの切れ端を貰ったので難を逃れた。

「はい、お兄様!」

 霙の話は本当だったようでフランは笑顔で1冊のノートを差し出して来る。

「あ、ああ……ありがとう」

 戸惑いながらもノートを受け取った。

「響、説明して貰っても?」

 上を見上げると悟が顔を引き攣らせながらそう言う。

「あー、えっと……まぁ、とりあえず、教授たちに大型の犬に乗った女の子を保護したって報告しなきゃ」

 その間に何か、考えなくては。

 

 

 

 

 

 

「つまり、その子は奏楽ちゃんの友達で今、その子の両親は遠い所へ出張していてその間、お前がこの子の面倒を見ている、と?」

「そう言うことだ」

 大学の食堂。そこで俺、悟、霊奈、フラン、霙(犬モード)がいた。他の生徒もいるが皆、息を潜めてこちらの様子を窺っているようだ。

「……大変だね」

 霊奈はフランだとわかっているので俺が嘘を吐いていることに気付いている。しかし、こちらの話に乗ってくれた。

「それにしても、綺麗な金髪だな……外国の子なのか?」

「両親が外国に住んでいたんだけど、結婚してすぐに日本に来たそうだ。で、この子は生まれも育ちも日本」

「あ、だから日本語を喋られたんだな」

 納得してくれた悟。

「……で、名前は?」

「え?」

「だから、名前。お前は“フラン”って呼んでたけど……ん? フラン?」

「何?」

 呼ばれたと勘違いしたのか俺の隣でオレンジジュースを飲んでいたフランが首を傾げながら返事をした。

「あ、最初に言っておくがお前の知ってるフランじゃないからな?」

「そ、そうだよな! あり得ないもんな!」

(悟、残念ながら本物のフランだ)

 口では嘘を言い、心の中で本当のことを呟いた。

「お兄様? ダイガクはもう、終わったの?」

 不意にフランが聞いて来る。ナイスタイミングだ。これで、悟の質問に答えなくて済む。

「ああ、講義はもうないよ」

「なら、帰ろっ!」

「まぁ、そうだな……」

 このまま、ダラダラしてフランの正体がバレでもしたら大変だ。それに今は曇っていても晴れる可能性だってある。

「じゃあ、そう言うことだからそろそろ、帰るわ」

「おう、また明日な」

「またね」

 フランを霙に乗せ、俺たちは悟と霊奈に別れを告げ、大学を後にした。

 

 

 

 

 家に帰ってから、フランに説教したのは言うまでもない。

 



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第192話 奏楽、友達を連れて来る

今日2回目の更新です。
次は午後3時です。


「おにーちゃん!」

 フランが大学に乱入した翌日の夜。奏楽が真剣な顔で俺を呼んだ。

「何?」

 茶碗を洗いながら返事をする。

「明日、友達、連れて来てもいい?」

「おう、いいぞ……って、友達!?」

 思わず、お皿を落としそうになった。

「うん! 学校の宿題で二人一組になって何か発表しなきゃダメなの」

「つまり、家で話し合って何をやるか決めたい、と?」

「うん! ダメかな?」

 上目づかいで奏楽。

「……はいはい。大丈夫だよ。明日は講義もないし、フランが暴れても俺が対処できるから」

「やったー! おにーちゃん、ありがと!」

「でも、あまり遅い時間までは駄目だからな?」

「はーい!」

 満面の笑顔で奏楽が手を挙げて頷く。

「お兄様って奏楽に弱いよね」

 いつの間にか奏楽の後ろにフランがいた。奏楽のパジャマを着ている。

「そうか?」

「私のお願いは聞いてくれないもん」

「いや、お前のお願いは叶えられないものばかりだし……あ、それと聞こえたかもしれないけど、明日、奏楽の友達が遊びに来るから暴れんなよ?」

「わかってるよ……さすがに壊さないってば」

 少しだけ拗ねた様子でフラン。

「フラン! 明日、私の友達が来たら一緒に遊ぼうね!」

「え? いいの?」

「うん! だって、友達もフランと遊ぶの楽しみにしてたもん!」

「ホント!?」

 フランは目をキラキラさせて奏楽に質問した。

「そうだよ!」

「やったー! 奏楽、大好き!」

「私もフラン、大好き!」

 そう叫びながら抱き合う二人。

(本当に仲良いな……こいつら)

 何がそうさせるのかわからないが、楽しそうなので良しとする。

「で? 友達の名前は?」

「ユリちゃんだよ!」

「へぇ。何か用意しておく物ってあるか?」

 俺は家に友達を呼んだことがない(悟は友達というよりも、何だか家族って感じがする)のでどうすればいいかわからなかった。

「エミちゃんの家に行った時はお菓子とかジュースとか出て来たよ!」

「なるほど、じゃあ、用意しておくよ……てか、お前、上手くやってるみたいだな」

「楽しいよ!」

 にぱー、と笑う奏楽。どうやら、人と仲良くなる素質があるようだ。

「ねぇ! そのユリちゃんってどんな子なの?」

「えっとね、明るくて楽しい子だよ! 先生にもよく、褒められてるんだ!」

 まるで、奏楽は自分のことのように語る。

「良い子なんだね」

「うん! あ! 後、いつも人形、持ってる」

「人形?」

 茶碗を洗う手を止めて、奏楽に問いかけた。

「そう! おにーちゃんみたいにポニーテールの人形!」

「俺、みたい?」

「うん!」

 奏楽は元気よく頷く。

「そうか。まぁ、いいか」

 奏楽の友達ということはユリちゃんも小学1年生。人形を持っていてもおかしくない。

「奏楽、もっと教えて!」

「いいよ! いこっ!」

 フランの手を握って奏楽が台所から出て行った。

「……大丈夫かなぁ?」

「何が?」

 俺の独り言が聞こえたのかアイスを咥えた雅が聞いて来る。

「明日、奏楽が友達を連れて来るんだ」

「へぇ? 奏楽、上手くやってるみたいだね」

「ああ、まぁ、そこら辺は安心していいかな」

「そうだ。明日、帰り遅くなるから」

「何か用事?」

 何気なく聞いたのだが、雅は一瞬だけ肩を震わせた。

「……まぁ、少しね」

 こちらを見ずにそう答えた雅。

「……そうか」

 雅は何か隠しているのは明白だった。でも、答えたくないのなら無理に聞き出さなくてもいいだろう。

 そう――思ってしまった。俺がこれ以上、質問しないとわかったのか雅はそのまま、自分の部屋に戻った。

「あ、お菓子の買い置き、あったっけ?」

 俺もあまり気にすることなく、棚を開けた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 玄関が勢いよく開き、奏楽の声が聞こえた。

「ワン!」

 いつも通り、霙が犬モードで出迎えをする。

「お、お邪魔します……」

 その後に控えめな声で誰かが挨拶した。きっと、ユリちゃんだろう。

 台所で作業をしながらそんなことを考えていた。

「ほら、ユリちゃん! あがって!」

「う、うん……うわぁ、大きなワンちゃんだね」

「くぅん……」

『私、狼なのに……』

 残念そうに霙がそう呟いた。俺に聞かせたということは何か、言って欲しいらしい。

(絶対、擬人モードになるなよ)

『慰めてくれてもいいじゃないですか!』

 霙のことを無視して、俺はオーブンからクッキーを出した。

「うん、良い感じ」

「お、お兄様! わ、私、どうすればいいんだろう!?」

 俺の隣で今日一日中、テンパっていたフランがやっと、その質問をして来る。

「ユリちゃんを傷つけなければいい」

「そ、そうは言っても! なんか、物を破壊したくてたまらないの!」

「何で、そこで破壊衝動に駆られてるんだよ!」

 ツッコミながらクッキーを冷ますためにテーブルの上に皿を置き、その上に移す。

「だ、だって!!」

「お前ってとことん、コミュ障だよな」

「495年間、幽閉されてたらそうなるってば!」

 目をグルグルと回しながらフランが頭を抱えて唸り始めた。

(本当に、大丈夫かなぁ……)

 ものすごく不安だった。

 その時、居間の扉が開く。それと同時にフランがテーブルの下に隠れた。

「いらっしゃい」

 奏楽と霙の後に居間に入って来た女の子に向かって挨拶する。

「お、お邪魔します」

 勢いよく頭を下げる女の子――ユリちゃん。

(当たり前だけど、普通の女の子だな……)

 服もそこら辺の洋服店で売っているようなワンピ―ス。髪は黒くて長く、カチューシャをしていた。やっぱり、普通な子である。

 人外ばかり見て来たせいで、見た目と年齢が一致しない可能性を考えてしまった自分が悲しい。

「きょ、今日はよ、よろしく、お、おねが、おねがががががが」

 挨拶の途中でユリちゃんがバグった。

「お、落ち着けって!!」

 前言撤回。ものすごく、変な子です。

「そ、奏楽ちゃん……ワタシ、変な子だって思われてないかな!?」

「大丈夫! いつも通りのユリちゃんだよ!」

(あ、学校でもこうなんだ……)

 てっきり、緊張しすぎてバグったのかと思ったが、最初からバグっているようだ。

「あ、あれ?」

 苦笑いをしていると、顔を上げたユリちゃんが俺を見て首を傾げた。

「んー?」

「な、何?」

 ユリちゃんが目を細めて俺に接近して来たので思わず、戸惑ってしまった。

「あ、あー!!」

 そして、目を見開いて俺を指さす。

「だから、どうしたのって!?」

「よ、妖精さんだ!」

「……は?」

 ユリちゃんの言っている意味がわからず、呆けてしまった。

「あ、あの! あの時はとても素敵でした!!」

 目を輝かせて、ユリちゃん。

「あの時?」

 どうやら、ユリちゃんは俺を見たことがあるらしい。

「これ!!」

 そう言って、背中に背負っていたリュックから1体の人形を取り出した。

「……あ!?」

 ユリちゃんの人形は去年、高校最後の文化祭で作った『きょーちゃん人形』だった。

「じゃあ、見てたの?」

「は、はい!! 小さなお人形さんがこのお人形さんを持って来てくれました!」

 興奮気味にユリちゃんが叫んだ。あまりにも声が大きくて耳が痛くなってしまった。

「わ、わかった。えっと、見てくれてありがとう。その人形、大事にしててくれたんだ」

「もちろんです! 私、大きくなったら響さんのような“女の子”になりたいなって思ったんです!」

「……そう、ありがとう」

 今の一言でもう、俺の精神はボロボロだ。

「ユリちゃん、とりあえず、私の部屋にいこ?」

「あ、うん! では、響さん、お邪魔します!」

 いつの間にかバグらなくなったユリちゃんは奏楽の後を追って居間を出て行った。

「……おい、フラン」

 呼びかけながらテーブルの下で震えていたフランを引っ張り出す。

「な、何?」

 少しだけ涙目のフラン。

「クッキーが冷めたら、ジュースと一緒に持ってってくれ」

「え?」

「そうした方が、馴染みやすいだろ?」

「う、うん!!」

 フランは力強く頷く。本当に世話の焼ける妹だ。

 

 

 

 

 それから数十分後、フランはビクビクしながらクッキーとジュースが乗ったお盆を持って2階にある奏楽の部屋に向かった。それから、ユリちゃんが帰るまで1階に降りて来なかったので仲良くなったようだ。

「ユリちゃん、またねー!」「ばいばーい!」

 玄関先で奏楽とフランが帰ってゆくユリちゃんに手を振る。

「はい! また、遊びに来ますね!」

 ユリちゃんも笑顔で帰って行った。

 俺の不安もただの杞憂だったようだ。

 

 

 

「……」

 響が安心している時、ヒマワリ神社の近く。

「おや? 来てくれたのですか?」

「何の用?」

「その言いぐさは酷いですねぇ……せっかく、迎えに来たのに」

「迎えって……私はもう、お前のところには戻らない」

「へぇ? 随分と言うようになりましたね、雅」

 1年ほど前、響と雅が戦った場所で二人の妖怪が話し合っていた。片方は雅。片方は――響も見たことがない妖怪。

「あの頃とはもう、違うの」

「なるほど……でも、僕に逆らうことは出来ませんよね?」

 そう言いながら妖怪は雅に右手の平を見せた。

「っ……」

 たった、それだけで雅は体を硬直させる。

「……あはは。やっぱり、何も変わってないじゃないですか」

 ニヤリと笑った妖怪はそのまま、右腕を降ろした。

「まぁ、僕も鬼ではありません。今、匿って貰ってる人たちに挨拶して来なさい。そうですね……3日後のこの時間、あの山で」

 妖怪がとある山を指さして言う。ここで落ち合えば雅の知り合いが探しに来ると思っての提案だった。

「……」

 雅は俯きながら、唇を噛んだ。

「では、また会いましょう。雅」

 自分にはこの妖怪を倒す術がないことが悔しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻。

「……へぇ? これは面白い。こんなこともあるんだな」

 一人の男がニヤリと笑いながら1枚の写真を机の上に置いた。

 そこには一人の“男”と大型の犬が映っていた。しかし、どこか違和感がある。男は大型の犬を見て笑っているのだ。

 いや、違う。大型の犬を見ているわけではない。大型の犬の上を見ているのだ。

 しかし、そこには誰も映っていない。

「これは面白くなりそうだ」

 実はこの写真を撮ったのはこの男だ。だからこそ、気付けた。

 この写真に写り込まなかった女の子がいることに。

「さて、どうやろうか……」

 男は顎に手を当てて考え始める。

 

 

 

 

 

 全ての偶然が重なり、響にとって――そして、雅にとって大きな出来事が起きることなど、この時は誰も知らなかった。

 



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第193話 響、遊園地に行く

今日3回目の更新です。
1週間分ほど予約投稿しておきますw


「……は?」

 ユリちゃんが来てから“2日後”。

「だから、明日、遊園地に行こうぜ!」

 大学の講義中、突然、悟がそう提案して来たので呆けてしまった。

「な、何で?」

「そりゃ、チケットがあるからさ」

「いや……でも」

「ちゃんと、望ちゃんたちの分もあるって! ほら、皆で行こうぜ!」

 俺の肩を揺さぶって悟が駄々をこねる。珍しい。

「あー、皆の予定を聞いて何もなかったらな」

「よっしゃ! さすが、幼なじみだぜ! 怜奈も誘うから!」

「おう」

 俺は呆れながら頷き、黒板の字をノートに刻み始めた。

 

 

 

 

 

 

「見事なまでに皆、予定がなかったんだな……」

「まぁ、高校1年って受験もないし」

 俺が住んでいる街の中でも一番、大きな遊園地の入り口で俺と望がそんな会話をしていた。後ろにはテンションが上がり過ぎておかしくなっている奏楽とフランを宥めている雅がいる。

 因みに霙は犬なので、お留守番だ。

「あ、響!」

 その時、霊奈が俺に気付いてそう呼んだ。

「おう、おはよう」

「おはよう。待ったかな?」

「いや、悟も来てないし」

 あいつがチケットを持っているので入れないのだ。

「言いだしっぺが最後って……まぁ、悟君らしいけど」

 呆れた様子で霊奈。しかし、フランの姿を見つけると目を見開いた。

「フラン、大丈夫なの?」

「え? 何が?」

 翼は消しているし、服も現代の物。見た目は金髪のロリッ娘だ。

「いや、太陽とか」

「あー、大丈夫だと思う。日傘も持って来てるし」

 手に持っていた日傘を見せながら言った。今は曇っているので日傘なしでも大丈夫なのだ。

「それにフランには必ず、誰か一緒にいるようにするつもりだし」

「それなら……大丈夫かな」

 そう言いながらも霊奈は少しだけ不安そうだった。

「ゴメン! 待たせた!」

 霊奈が一通り、皆に挨拶を済ませた直後、悟が息を切らせて走って来る。

「遅いぞ」

「すまんって!」

 両手を合わせて悟が謝った。

「悟君、おはよう」

「あ、怜奈。おはよう」

 霊奈と悟が挨拶を交わした後、望が前に出る。

「悟さん、おはようございます。どうしたんですか?」

「師匠、おはよう。チケットが1枚、足りないことに気付いて発注してたんだよ」

「あ、そうか。フランの分か」

「そうそう。チケットを貰ったのフランちゃんが来る前だったから忘れててさ」

「もう! 酷いよ、悟!」

 雅と手を繋ぎながらフランが怒る。もちろん、奏楽も雅と手を繋いでいた。完全に雅お母さんである。

「悪い悪い」

 苦笑しながら悟がフランに謝った。

「まぁ、いいや。ほら、早く行くぞ。遊ぶ時間がなくなる」

 俺は皆を促して遊園地の入り口に向かった。他の皆も俺に付いて来る。そう言う俺も少しだけテンションが高かったのかもしれない。

「……」

 だからこそ、俺たちの後を追っている奴らに気付けなかった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 あれから6時間――時刻は午後3時(入場したのは午前9時だった)。俺はベンチでぐったりしていた。

「大丈夫?」

 その時、雅が自動販売機で買ったミネラルウォーターを差し出して来る。

「サンキュ……」

 力なく受け取り、一気に飲み干す。

「皆、元気だね」

「ああ、特に奏楽とフランがやばい」

 まさか、ジェットコースターに20回も乗るハメになるとは思わなかった。

 因みに奏楽もフランも身長は120cmを超えているので乗ることができた。フランはともかく、奏楽は小学1年生だが、体は小学4年生ぐらいなのだ。ユリちゃんよりも背が高かったのも覚えている。

 奏楽とフランは望にまかせて、雅は俺を介抱してくれていた。

「よく、付き合ったね……」

「フランが言ったんだよ……『一緒に乗ってくれなきゃ、壊すよ』って」

 さすがに遊園地を壊されたら弁償しようにも今まで稼いで来たお金でも足りないので、従うしかなかった。まぁ、フランも本気で壊すとは思わないが。

「あー、まだクラクラする」

 空になったペットボトルを近くのゴミ箱に捨て、俺は深呼吸した。

「……ねぇ? 響」

「ん? 何だ?」

 気持ち悪くてあまり頭を動かしたくなかったので空を見上げながら返事をする。

「私って……必要だった?」

「は?」

 しかし、雅が意味のわからないことを言ったので雅の方を見てしまった。

「いや、仮式になってそろそろ、1年でしょ? だから、どうなのかなって」

「……まぁ、楽しかったよ。お前と話してる時とか」

 まるで、親友と話している時と同じような気分だった。

「……そう」

 雅の顔を見ようとするが、俯いていたので表情まではわからない。

「なぁ? 急にどうしたんだよ?」

「……ゴメン」

「え?」

「私、今日で仮式、やめる」

「……は?」

 俺が呆けていると雅が立ち上がって1枚のスペルを取り出した。もちろん、俺との繋がりを意味するスペルだ。

「お、お前……何言って――」

 ――ビリッ!

 勢いよく、雅がそのスペルを破る。その刹那、雅との繋がりが一気に弱くなった。

 スペルを破ろうと完全に関係が消えるわけではない。だが、俺は雅を召喚することはできないし、雅と通信も不可能になってしまった。

「何やってんだよ!」

 俺は立ち上がって雅に詰め寄る。

「……ゴメン。でも、これしか方法はなかったの」

「だから、一体、何があったんだって!?」

 何か理由がない限り、雅はこんなことをしない。それだけはわかっていた。

「……ゴメン」

 しかし、雅は俯いて口を閉ざしてしまう。これでは何もわからない。

「頼むから理由を――」

 その時、ポケットに仕舞ってあった携帯が震えた。

「こんな時に!」

 慌てて、携帯を取り出す。どうやら、電話のようだ。相手は望。

「もしもし! ゴメン、今、立て込んでて――」

 すぐに切るために言葉を紡ぐ。

『大変! フランが誘拐されたの!!』

「なっ――」

 望の一言は俺を絶句させるには十分だった。

「本当にゴメン!!」

 そのすぐ後に雅が走り出してしまう。

「あ! 雅!!」

『お兄ちゃん! どうしよう!?』

 電話の向こうで望が涙声で問いかけて来た。

「くそっ……」

 雅の謎の行動。フランの誘拐。

 俺は今、人生で一番、混乱していると思う。

(どうすればいい?)

 雅はすでに俺の視界から消えている。今から追いかけても間に合わない。

(仕方ないか……)

 優先順位は今、危険に晒されているフランだ。

「悟に代わってくれ!」

『う、うん……』

 指示するとすぐにごそごそと聞こえた。

『もしもし! 響! 聞いたか!?』

「ああ! フランが誘拐されたんだな?」

『そうだ! 突然、後ろから二人組の黒い奴らがフランちゃんを!』

「落ち着け! けいさ……いや、一旦、集まろう。遊園地の入り口に集合だ!」

 警察に通報しようかと思ったが、フランは幻想郷の住人。戸籍などあるわけもなく、色々と調べられてしまったら、お終いだ。

『わかった!』

 そう言って、電話が切れた。

(何がどうなってやがる……)

 混乱しながらも俺は集合場所に向かって駆け出した。

 しかし、これだけは言える。雅もフランも何かに巻き込まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「響!」

 入り口に着くとすぐに悟たちのところに近づく。

「すまん、遅れた」

「そんなことより、どうする?」

 そこで皆の様子を窺う。

 悟は冷静を保っているように見えるが、冷や汗も掻いているし、相当、焦っている。

 望と奏楽は目を紅くしている。どうやら、泣いていたようだ。

 霊奈だけは俺の方を見て指示を待っている。

「あれ? 雅ちゃんは?」

 その時、望が雅の姿がないことに気付いた。

「……色々、あって今は別行動だ」

「フランのことを雅ちゃんは?」

 続けて、霊奈が問いかけて来る。

「いや、知らない。伝える前に別れちゃったから」

「おにーちゃん……フラン、大丈夫?」

 まだ、泣いていた奏楽が俺のズボンの裾を引っ張りながら質問した。

「ああ、大丈夫だ。もし、危険な目に遭ってても俺が必ず、助け出してやるから」

「……うん」

 俺の言葉を聞いて安心したのか、奏楽は少しだけ微笑んでくれた。

(まずは……フランを探さないと)

「悟。すまんが、奏楽を家に連れてってくれないか?」

「え?」

「もし、フランを誘拐した奴らがいたとしたら、多分、狙われるのは奏楽だ」

「で、でも……」

 きっと、悟は俺たちと一緒にフランを探したいのだろう。

「頼む」

 だが、フランを誘拐した奴らは異能持ちの可能性が高い。もちろん、フランを誘拐した理由は『フランは吸血鬼だから』。これしか考えられない。

「……わかった」

「サンキュ。後、雅が家に帰って来たらフランのことを伝えて、俺に電話するように言ってくれ」

「おう、まかせろ。奏楽ちゃん、行こうか」

「うん……おにーちゃん、フランを助けて!」

「ああ、わかってる」

 そう言って悟と奏楽は俺の家に向かって歩いて行った。

「私たちはどうする?」

 霊奈が即座に聞いて来る。

「……望、お前の力を貸してくれ」

「え?」

「お前の能力ならきっと、フランを探せるはずだ。体に負担をかけちゃうけど頼む」

 俺は頭を下げてお願いした。それほど、望の能力は危険なのだ。

「……何言ってるの? お兄ちゃん」

「は?」

「使うに決まってるよ。フランは私たちの大事な妹でしょ?」

 顔を上げると望の目にはもう、涙はなく、その目は紫色に輝いていた。

 



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第194話 魔眼、開放

 望の目の色が紫色に変わった。つまり、今の望は能力を開放しているのだ。

 実は普段、望は能力を自分の意志で封じている。そうしないと穴を見つける度、能力が発動して望の体が壊れてしまうからだ。もちろん、最初からそんなことできるはずもなく、紫の力を借りて少しずつできるようになった。

 だが、それでも能力にはムラがある。能力を開放しても上手く発動しないこともあるのだ。そして、能力を開放している間は能力が発動した場合でも発動しなかった場合でも望の体は蝕まれていく。つまり、能力を開放するということは望の体を壊すようなものなのである。

(それでも……)

 望は能力を開放した。フランのために。

「……ありがとう」

 ならば、必ずフランを見つけなくてはいけない。いや、フランを助け出さなくてはいけない。フランのために。望のために。皆のために――俺のために。

「響、どうするの?」

「え?」

 考え事をしていると霊奈が問いかけて来た。

「フランは今頃、車に乗っているはず」

「どうしてそんなことが?」

「私の勘が言ってるの。フランはどこかに運ばれてるって」

 霊奈は博麗の巫女候補だった。博麗の巫女特有の勘も持っている。

(望の目と霊奈の勘……よし)

「二人とも、協力してくれ」

「「もちろん!!」」

 俺の頼みに即座に答える二人。これほど心強い味方はいないだろう。

「望、どうだ? 反応はあるか?」

「待って……」

 そう答えた望はぐるりとその場で回った。

「……駄目。反応なし」

「そっか。まぁ、そう簡単に発動しないよな」

「それに範囲が広すぎるんだと思う。望ちゃんの能力って視界に入ってる穴を見つけるんでしょ? フランがいる方向を見ていないならそもそも、能力そのものが発動しないと思う」

 霊奈の言う通りだ。フランのいる方向さえわかればグッと見つけやすくなるだろう。

「霊奈の勘はどうだ?」

「勘なんだから、そう簡単に発動しないよ……響の魔眼はどうなの?」

「俺の魔眼は探知系だけど遠いところまではわからないんだ」

 わかってせいぜい半径200メートルぐらいだ。もう、その範囲にはフランがいないことを確認済みである。もちろん、魔眼で。

「どうする?」

 不安そうに望が質問して来た。

(……待てよ?)

 そこで一つの可能性を思い付いた。しかし、ここでは使えない。

「二人とも、ここら辺に隠れられる場所を探してくれ」

「隠れられる?」

 霊奈が首を傾げた。

「ああ、霙に乗って上から探す」

「え!? でも、それじゃ上を見た人に見られるんじゃ!?」

 目を丸くする望。

「そこは俺の魔法で何とかする」

 パチュリーに魔法を習っておいて本当によかった。

「なら、私が人払いの結界でも貼ればいいんじゃない?」

 数枚のお札を取り出しながら霊奈が提案する。

「お前、そんな結界貼れるのか?」

「練習したの。外の世界で何か起きそうな気がして」

「なるほど……でも、ここじゃ駄目だ。遊園地の前にはすでに人がいる。人払いの意味がない」

「人気のない場所を探した方がいいかもね」

 そう言って望は再び、ぐるりと一回転した。

「あった」

「本当か?」

「うん。ここから歩いて十数分だよ」

「なら、走って数分だ! 行くぞ!」

「「了解!!」」

 望を先頭に俺たちは遊園地を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ここだよ」

「工事現場?」

 望が案内したのは工事現場だった。しかし、今は人のいる気配がない。魔眼でも確認した。

「霊奈、いけそうか?」

「うん、数分頂戴」

「おう」

 霊奈は地面にお札を貼っている。工事現場に人はいないが、人が来ないとは限らない。念のために貼って貰おう。

 その間に俺は懐に手を伸ばしてスペルカードを取り出した。

「式神『霙』!」

 スペルを地面に叩き付けると狼モードの霙が召喚された。

「霙、さっき言った通りだ。頼んだぞ」

「バゥ!」

「頑張るって」

 望が通訳してくれる。

(いや、霙とは繋がってるからわかるって……)

「人払いの結界、貼ったよ!」

 そこで霊奈が叫んだ。

「よし、霙に乗れ!」

 俺の指示を聞いて望と霊奈が霙に乗った。俺もそれに続く。

(魔力、集中……)

「―――――――」

 パチュリーに習った姿消しの魔法の詠唱をしながら魔力を動かす。

「お、お兄ちゃんが見えなくなった!?」

 詠唱が終わると後ろから望の声が聞こえた。振り返っても望はおろか、霊奈も霙も見えない。パチュリーならもっと上手くできる(俺たち以外の人たちからは見えないが、魔法をかけられた人同士ならお互いに見えるなど)だろうが、俺にはこれが限界だった。

「上手くいったな。いいか? これからは声でしかコミュニケーションが取れなくなる。くれぐれも霙から落ちたりするなよ?」

 透明のまま、落ちてしまったら拾えないのだ。見えないのだから。

「さすがにそんなヘマしないよ」

 霊奈がそう言い返して来た。

「そう願ってるよ」

 そう言った後、霙の背中を叩く。

「バゥ!」

「うわっ!?」

 突然、飛翔したので霊奈が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「望、駄目か?」

「うん。反応なし……」

「こっちも駄目みたい」

 数十分ほど経ったが、手掛かりは得られなかった。

(どうする?)

 このままじゃフランは――。

 悪い妄想を首を振って消し去る。

「お兄ちゃん、どうしよう!?」

「落ち着け……何か、あるはずだ」

 フランを見つける為には何をすればいい? 俺はどうすればいい? 考えろ。考えろ。

(あいつの痕跡を……霊力の残滓を見つけられれば)

 だが、望の能力でも霊奈の勘でもそれは無理だ。

二人の能力はどのタイミングで、【どの穴を見つけられるのか】、『どんな勘を得られるか』、わからない。いや、コントロールできないのだ。

(でも――)

 俺ならできる。そうじゃない。“俺がやらなくちゃいけない”。

「……」

「響?」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 黙りこくった俺を心配したのか二人が声をかけて来た。

(集中……魔力を、集めるんだ)

「ぐっ……」

 不意に右目に激痛が走る。

「響!? 何しようとしてるの!?」

 魔力の流れを感じ取ったのか霊奈が叫ぶ。

「だ、いじょうぶ……絶対に見つけ、るから」

 右目に魔力を集中。時間が経つほど痛みが酷くなる。

「霊奈さん、お兄ちゃんは?!」

「魔力で何かしようとしてるみたい!」

 後ろで二人が話し合っているが俺は無視した。

(もっと、もっと……集めろ)

 イメージするのはトンネル。魔力でできたドリルで岩を削り、突き進む。

「あ、ぐ……」

 声が抑えられない。それでも、俺はやめなかった。

(フラン……フラン!!)

 思い浮かぶのはあいつの無邪気な笑顔。泣き顔。辛そうな顔。不貞腐れた顔。嬉しそうな顔。全て、俺の中にある思い出。それを絶対に失くすわけにはいかない。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 無意識に雄叫びを上げてしまう。

 

 

 

 全ての魔力が俺の右目に集まり、突き破った。

 

 

 

(頼むぞ、この力があいつを救う手助けに!)

 

 

 

 

「と、透明化が解けた!?」

 望の声で下を見ると霙の背中が見える。魔力が乱れて魔法が解けてしまったらしい。

「―――」

 すかさず、魔法をかけ直した。先ほどよりも早く。

「何がどうなって……」

「望」

「え?」

 声をかけられるとは思っていなかったようで望が変な声を漏らした。

「俺たちの家とは反対方向。山がある方だ」

「何が?」

「遊園地からフランの力がそっちに向かってる。霊力の残滓を追いかければ追い付ける」

「れ、霊力の残滓って……私ですら感じ取られないほど微かな霊力を察知した!?」

 霊奈が驚愕する。

「お兄ちゃん……何をしたの?」

「説明は後だ。霙、頼む!」

「ガㇽッ!」

 霙は俺が言った方向に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……くそ」

 霊力の残滓を追いかけて来たのは町はずれの森だった。この辺りは薄暗く、霊脈でもあるのか他の霊力の残滓と混ざり合って、追跡ができなくなってしまった。

「一旦、降りるぞ」

 俺の指示通り、霙が森の中に降り立った。霙から降りて透明化の魔法を解く。

「お、お兄ちゃん!? 目が……」

 すぐに望が俺の顔を見て気付いた。

「響、両目で魔眼を発動できるようになったんだね」

「まぁ、な」

 霊奈の言う通り、俺の両目は青色に光っているだろう。

 今まで、魔力不足で左目でしか魔眼を開眼できなかった。実は3か月前には魔力も増えて来たのでいつでも両目で魔眼を発動することができた。だが、『狂眼』を発動するために右目には妖力の道ができていたのだ。そのせいで魔力を通そうとすると右目に激痛が走るようになってしまった。

 なので、今日まで両目で魔眼を発動出来なかったが、フランを見つけるためには必要だった。だからこそ、俺は右目に魔力を通した。

「大丈夫?」

 俺の目を見ながら望が問いかけて来る。

「ああ、大丈夫」

 そう答えたが、実際、右目は霞んでいた。先ほどまで気力で魔眼を発動して来たが、さすがに無茶をしすぎたようだ。

「望、後は頼んだ」

 魔眼を解除しながらお願いする。

「まかせて!」

 元気よく頷いた望はジッと森を観察。

「見つけた。この先に大きなお屋敷があるみたい。そのお屋敷の中にフランがいるよ」

「さすがだな」

 素直に感想を漏らす。体に負担がかかるとはいえ、望の能力は強力だ。

「えへへ」

「そのお屋敷の特徴とかわかる?」

 霊奈が質問し、望はもう一度、お屋敷があるであろう方向を見つめた。

「うーん……なんか、古いね。もしかしたら、廃墟になったのかも。そこをアジトにしてるみたいだね」

「廃墟か……暴れても誰にも見られなさそうだな」

「そうだね」

 そこまで話し合い俺たち3人+1匹はそのお屋敷を目指して歩き始めた。

 



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第195話 突入、開始

昨日の日間ランキングにて10位にランクインしました!
これからもよろしくお願いします!


「ここだよ」

「……やけに古いな」

 森の奥に古ぼけた屋敷があった。だが、かなりでかい。さすがに紅魔館ほどではないが、外の世界なら相当、でかい部類に属するだろう。

「この地下にフランがいる」

「地下?」

「うん。ここからじゃわからないけど、このお屋敷は地下があるんだよ。地上部分は4階。地下は2階。計6階で構成されてる」

「望ちゃん、敵の数とかわかる?」

「ちょっと待ってくださいね」

 望がジッとお屋敷を見る。

「……すごい数。地下1階に集中してる。でも、ちゃんとお屋敷の中も巡回してるよ」

「地下はどんな感じだ?」

「かなり広い空間みたい。もしかしたら、この日のためにずっと前からこのお屋敷を改造してたのかも」

「霊奈、鎧を着ろ。相手は魔法とかじゃなくて銃とか現代の武器も使って来るはずだ」

「うん」

 霊奈の鎧は数発なら銃弾を防いでくれる。霊力や魔力などは銃のような現代の武器と相性が悪いのだ。俺の『五芒星』でも10発、耐えられるかどうかわからない。

「望はここで休息。霙はその護衛」

「え!? わ、私も行く!」

「お前は駄目だ。体の方も限界だろうし、それにお前じゃ太刀打ちできない」

「……うぅ」

 望の目が光ったが、反論できないとわかったようで言い返して来なかった。

「霙、敵が現れたらすぐに教えろ。後、擬人モードになっておけ。そっちの方が望を守りながら戦いやすいはずだ」

「了解であります」

 狼モードの時の霙はでかい。それでは敵の的になるだけだ。なら擬人モードの方がいくらか戦いやすいだろう。

「それと霊奈、刀を2本。結界を5枚、展開」

「わかった」

 鎧を展開中だった霊奈が頷くのを見て俺は上着を脱ぎ捨てた。

「お、お兄ちゃん! 脱ぐ前には一言、言ってよ!」

「あ、悪い。時間がないんだ」

 望の文句を軽く流し、すぐに博麗のお札を体に貼り付ける。

「結鎧『博麗アーマー』」

 スペルを宣言し、俺も鎧を作り出した。

「霊盾『五芒星結界』」

 すかさず、結界を作る。その数、3枚。今の霊力ではこれが限界だ。後は回復用である。

「じゃあ、改めて作戦を言う。俺と霊奈はフランの救出。望と霙はここで待機。いいな?」

「「「了解!!」」」

「それじゃ……行くぞ!」

 そう言って俺は屋敷に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

「……よし、オッケーだ」

 屋敷の中はかなり薄暗い。周りの森のせいで光があまり差し込まないのだ。

「響、そこを右」

「おう」

 ここに来て霊奈の勘が働き始めた。これはありがたい。

 敵とはあまり戦闘したくないので慎重に進んでいるが巡回している数が多すぎるので上手く進めていなかった。

「……行くぞ」

「うん」

 銃を持った人が通り過ぎたのを見て部屋から飛び出し、廊下を突き進む。

「前に敵、3人」

「隠れる」

「了解」

 急いで近くの部屋に逃げ込もうとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。

「しまっ――」

「誰だ!?」

 もたついている間に敵に見つかってしまう。逆によくここまで見つからなかったと言えるだろう。

「仕方ない! 霊奈、突破するぞ!」

 右手から雷撃を飛ばしながら指示を出す。

「わかった!」

「相手は異能力者だ! 応援を呼べ!」

「くっ……」

 1人が踵を返して廊下を引き返した。このままでは敵の数が増えてしまう。

「させるかっ!」

 急いで鎌を出現させ、その敵に向かって投擲。

「くそっ!」

 だが、残っていた敵が腰から警棒を抜いて鎌を撃ち落とすべく振り降ろした。

 ――ガキーンッ!

 警棒がグシャリと曲がるが、鎌は屋敷の壁に突き刺さった。その間に応援を呼びに行った敵が見えなくなってしまう。

「作戦変更! この場を離脱。5秒後に後ろに向かって走れ!」

 俺が叫び終えると同時に目の前の敵たちが銃を構えた。どうやら、アサルトライフルらしい。

(乱射は厳しいって!)

「震脚『パワードフット』!」

 いつもの慣れで技名を言いながら右足に妖力を集め、床を垂直に蹴りつけた。

「うおっ……」「な、何だ!?」

 すると、床が激しく振動し、敵の銃口が震える。『震脚』は局地的な地震を起こす技なのだ。

 敵が慌てふためいているのを見ながら俺と霊奈はその場から離れるために来た道を戻り始めた。

「撃てっ!」

 銃口が揺れながらも二人が引き金を引く。凄まじい量の銃弾が俺たちを襲う。しかし、多くは俺たちを取られる事無く、壁に突き刺さったり通り過ぎたりした。更に俺たちに当たりそうな銃弾は『五芒星』が防いでくれる。

(でも、これじゃいつまで持つか……)

「いたぞ!」

 すると、前からも敵が現れる。その数2人。

「こっちだ!」

 霊奈の手を引いて左に曲がった。後ろをチラリと見ると敵が合流している。これで敵の数は4人。

(まずい……霊奈の攻撃手段は刀による近接技のみ。俺もさっきの魔眼のせいで魔力が上手く制御できてない。神力は形を作るために必要だし、妖力も近接系だ。どうする?)

 そこまで考えていると1枚目の『五芒星』が割れた。残り2枚。

「響! こっちの結界も後ろに回す!?」

「いや、お前の結界は前からの奇襲に対処させたい!」

 今、俺たちの前には霊奈の結界が5枚、ある。それを後ろに持って行けばもっと時間を稼ぐことができるだろうが、前から敵が来た場合、銃弾の雨が俺たちを貫くだろう。

(どうする!?)

 霊力を使えば『五芒星』への霊力供給が疎かになり、すぐに割れてしまう。

(式神はどうだ……いや、霙は望の護衛中だし、雅は現在、行方不明。奏楽じゃ数秒しか持たない)

 廊下を右に曲がる。後ろから銃弾によって壁が破壊される音が聞こえた。

「……あ」

 すっかり、忘れていた。まだ、“アイツ”がいるではないか。

「霊奈! 3秒、稼げ!」

「了解!」

 立ち止まり、振り返る。すかさず、スペルカードを取り出し、宣言した。

「仮契約『リーマ』!!」

 スペルを床に叩き付けると煙が発生。もうちょっとだ。

 しかし、その間でも敵の攻撃は止まない。4人一斉に乱射して来た。

「はあああああっ!」

 霊奈が結界を操作し、『五芒星』の前に移動させる。銃弾と結界が衝突し、甲高い音が轟く。しかし、それも2秒しか持たなかった。

(それだけでも十分だ!!)

 ――パキッ……

 ニヤリと笑った俺の耳にそのような奇妙な音が届く。その音の発生源は敵の足元。その時、敵の立っていた床から大量のツルが飛び出した。

「な、何だ!?」

 叫ぶ敵だったが、すぐにツルに飲み込まれ、その声は聞こえなくなる。

「何が……」

 それを見ていた霊奈が呟く。

「全く……貴女って忘れっぽいのかしら?」

 いつの間に目の前に両手を床に付けているリーマがいた。その姿は大人モードだった。

「だってお前、呼び出したら怒りそうじゃん」

「さすがに自分で契約しておいてそれはしないわよ。まぁ、状況によるけど」

「え、えっと……どちら様?」

 リーマを見てそう質問する霊奈。

「あら、初めまして。リーマっていうの。そういう貴女は?」

「れ、霊奈……博麗 霊奈です」

「博麗? もしかして、霊夢と何か関係が?」

「自己紹介はそれまでだ。急いで移動するぞ。リーマにはその途中で状況を説明する」

「それは助かるわ。外の世界だってのはわかるけど、さすがにどうしてこんなことになってるのかまではわからないからね」

 頷いたリーマを見て俺は走り出した。それに続いて二人も付いて来る。

 

 

 

 

 

 

 

「行方不明だった悪魔の妹、こっちに来てたのね」

 あれから何度か敵と遭遇したが、リーマのおかげで切り抜けた。

そして、廊下を移動しながらリーマに説明しているとそんなことを呟いた。

「行方不明?」

「ええ。どこかの邪仙様が無理矢理、大博麗結界を通り抜けて来て結界に歪みが生じたの。その影響でこっちの物がそっちに移動しちゃったのよ。まぁ、大抵は木とか岩とか何だけど運悪く悪魔の妹も巻き込まれちゃったのね」

「他はどうだ?」

「うーん、他の行方不明は……文屋、氷精、玉兎ぐらいかしら?」

「結構、こっちに来てるんだな」

「それをあのスキマ妖怪が回収してるってわけ。きっと、貴女に構ってる暇がないのよ」

(もしくはフランを後回しにするためにわざと俺たちの前に現れないとかだな……)

「響! ここだよ!」

 前を走っていた霊奈が下へと続く階段を見つけた。

「いいか? この先には敵が山ほどいる。気を引き締めろよ?」

「「……」」

 しかし、俺の忠告を無視して霊奈とリーマはお互いの顔を見ながら頷き合っていた。

「おい、聞いてるのか?」

「聞いてるわよ」「聞いてるよ」

「……じゃあ、行くか」

 そう言いながら暗い階段を駆け下りる。降り切った先には一つの扉があり、俺はゆっくりとその扉を開けた。

「……こりゃ、すごいな」

「何人いそう?」

「そうね、ざっと20人かしら?」

 リーマの言う通り、俺たちの前には敵が20人ほど立っていた。その手には様々な近代武器が握られている。

(これは……指輪を開放しないと突破できないぞ?)

 だが、きっとフランを守る奴らもいるはずだ。それまでにガス欠を起こしてしまっては元のこうもない。

「さてと……そろそろ、ヒーロー様にはヒロインのところに行ってもらわないと駄目なのよね?」

「リーマ?」

 突然、変なことを呟くリーマ。

「そうね。きっと、フランも響に助けて欲しいだろうし」

「霊奈?」

「「それじゃ、頑張って。“ヒーロー”」」

「は?」

 意味が分からず、呆けていると霊奈が俺の立っていた場所を刀で斬り取った。

「ッ!?」

 当然、床が抜ければ俺の体は自由落下を始める。そう、こいつらは俺だけを地下2階に向かわせたのだ。

「お前らあああああああ!!」

 俺の悲鳴は空しく虚空に消え、地下2階の床に叩き付けられた。

「いつつ……」

 上を見るとリーマが成長させたツルが穴を塞いだ。

「……ったく」

 こうなってしまっては仕方ない。周りの状況を確認しようとするが、真っ暗で何も見えなかった。手に魔力を集め、光球を作る。どうやら、ここは倉庫のようだ。

「待ってろ、フラン。必ず、助けてやる」

 そう言った後、俺は倉庫を後にした。

 



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第196話 響の変化

「……」

 光球で足元を照らしながら進んでいると広い場所に出た。この屋敷の地下は相当、大きい。

「これは……」

 広い場所には何もなかった。いや、地面に何かを引きずった跡があるので敵が移動させたらしい。

(この場所で一体、何を……)

 そんな疑問を浮かべながら奥に進む。そして、一つの十字架が立っていた。

「ふ、フラン!!」

 その十字架にフランが磔にされていた。両手両足に鎖が巻き付いており、それで磔にしているようだった。

 フランは俯いている。どうやら、気絶しているようだ。目立った外傷はない。傷つけられてはいないらしい。

「待ってろ、今助けてやるからっ!」

 ――ダンッ!

 十字架に向かって走り出してすぐに足元に銃弾が撃ち込まれた。

「くっ……」

 銃弾が飛んで来たであろう方向――天井付近を見ると銃を構えた敵がいた。天井付近の壁に穴を開け、そこに寝転がっているようだ。周りを見ればそんな奴らが何十人もいる。360度、どこからでも俺を撃てるように配置されていた。

「くそっ……」

 残りの霊力を考えて一斉に撃たれたら、生きていられない。ヘッドショットなど、もっての他だ。

『おやおや……よく、ここまで辿り着きましたな』

「ッ!?」

 どこにあるのかはわからないが、スピーカーから声が聞こえる。

「誰だ!?」

『よくもまぁ、そんな典型的な台詞を言えますね? 恥ずかしくないんですか?』

 スピーカーから聞こえる声はボイスチェンジャーでも使っているのか人間のそれとはかけ離れていた。

「うるさい! どうして、フランを連れ去ったんだ!」

『決まっています。研究のため、ですよ?』

「何?」

『我々は異能力者を探しては捕え、その力のメカリズムを解明しようとしていました。ですが、どの異能力者も同じような奴らばかり。これでは研究は一向に進みません。そんな時、これを見つけたんですよ』

 その時、フランが磔にされている十字架の後ろの壁が光った。いや、違う。そこには巨大なモニターがあった。そのモニターには俺と霙(犬モード)が写っている写真が映し出されていた。

「この写真がどうしたん……っ!?」

 最初は気付かなかったが、この写真はフランが俺の大学に乱入して来た時の物だとわかった。俺の顔が霙の上に向かっていたのだ。

『そう、この写真には写っていない人がいるのです。それが、そこの吸血鬼』

「……見られてたのか?」

『はい、それはもうバッチリでした。最初、私も驚きましたよ。あの時いたはずの金髪少女が写っていないのですから』

「それで、フランをこれからどうするつもりだ?」

『決まっていますよ? 解剖するんです』

 『何を当たり前なことを』と言いたげな声音だった。

「解剖……だと?」

『はい、その体をズタズタに切り裂き、吸血鬼のメカリズムを解明。そして、研究に繋げるのです』

「フランを殺す、つもりなのか?」

『もちろんですよ。そんな化け物、生かしておく方がわかりません。よく“貴方”は平気でいられますね?』

「じゃあ、どうしてフランを磔にしたんだ!?」

 解剖するならとっとと道具が揃っている施設に運べばいいのに。

『決まっているでしょう? 貴方を絶望させるためですよ?』

「何?」

『言っておきますが、貴方も我々の立派な観察対象なのです』

「観察対象!?」

『ええ。貴方はとても興味深い能力を持っているようです。我々にもまだ、その全貌を把握し切れていません。そのため、貴方はすぐに解剖できないのですよ。どんな能力なのか知るまでは……』

 スピーカーから聞こえる声はまるで、世間話をするかのように喋る。それが信じられなかった。

「お前……俺の能力を知ってるのか?」

 だが、それ以上に俺の能力がばれている方が驚きだった。

『知っていますよ?』

 その後すぐ、スピーカーから俺の『本当の能力名』が聞こえる。

「嘘……だろ?」

 紫ですら、数えるほどしか言っていない能力名を一語一句間違えることなく言ってのけたのだ。

『嘘ではありません。事実です。貴方の使って来た能力をよく観察し、推測すればわかることですよ。さて、そろそろやりますか?』

「やる、だと?」

『はい、処刑ですよ。そこの化け物の』

「なっ!?」

 つまり、こいつはここでフランを射殺してから解剖するつもりらしい。

『どうせ、死んでからでも変わりませんから。それに今はそんな化け物のお腹の中よりも貴方の能力の方が気になります。絶望を与えるとどうなるのか? 楽しみですねぇ』

「……」

 俺はそれ以上、喋ることができなかった。

 ふつふつと湧き上がる感情。体の芯に集まる衝動。それに比べて頭の中は真っ白になって行く。

「……けろ」

『はい?』

「ふざけろっ……」

『え?』

 俺はこの感情を知っている。“怒り”だ。

 フランを誘拐したこと。フランを化け物扱いしたこと。フランを解剖しようとしたこと。フランを殺そうとしていること。

 それらは俺の堪忍袋の緒をぶった切るに十分すぎるほどだった。

「ふざけろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 俺の絶叫は空気を振動させる。自分の喉が裂けるのがわかった。だが、もう止められない。誰にも、俺にも。そのまま、俺の視界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は異様な空気を感じた。目の前のモニターに映っている響が突然、肩を落としてグッタリしたのだ。顔も下に向いているので何が起こったのかわからない。

(何だ?)

 さっき、鼓膜が破れそうなほどの声量で叫んだのにも関わらず、今は黙っているのも奇妙だ。

「どうしたんですか? 怖気づいたのですか?」

 挑発してみるも不発。響は何も行動を起こさない。

(本当に壊れたのか? 呆気ないですね)

「狙撃班、構え」

 もっと楽しいことが起きると思っていたのに壊れてしまったのでは意味がない。男は嘆息しながら指示を出した。

「……殺せ」

 その一言で狙撃班の一人がフランドールの眉間に向かって発砲。

 ――ダンッ!

「……え?」

 だが、弾け飛んだのはフランドールではなく、撃った本人の頭だった。思わず、間抜けな声を漏らしてしまう。

(一体、何が……)

「まさか」

 監視カメラを動かして響がいた場所を見る。しかし、そこには響はいなかった。あるのは地面に焼け焦げた痕のみ。更にフランの方にカメラを動かすと十字架の前に響がいた。響の足元が燃えている。

 つまり、響は超高速で十字架の前に移動した。その時、急ブレーキをかけたので摩擦によって炎が上がったのだ。

「へぇ?」

 響から黒いオーラが漏れ始めている。男はそれを見てニヤリと笑った。

(やっぱり、貴方は最高の観察対象です。音無 響)

 男は頷きながら録画ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 響は正気ではない。だが、狂気と魂同調したわけではなかった。

 原因は――不明。響に一体、何があったのか吸血鬼たちにも、響にわかっていなかった。

 ただ、闇だけは違和感を覚えている。

(あ、あれ? 私の力がキョーに供給されてる?)

 首を傾げる闇だったが、そんなことするはずもないし、させるはずもない。前に吸血鬼たちと約束したのだ。『勝手に響に闇の力を与えては駄目だ』と。『家賃分しか与えてはいけない』と。

 しかし、闇の力は今、響に注がれている。先ほど、フランに向かって放たれた銃弾を反射させたのも闇の力を使用したからだ。

「闇! どういうことなの!?」

 吸血鬼が闇の肩を掴んで問い詰める。

「わ、わからないよぉ……私も止めようとしてるんだけど、止まらないの!!」

 どんどん、響の体に闇の力が充電されていく。

「……まさか!?」

 その時、何か考え事をしていた狂気が部屋を飛び出す。

「我らも行くぞ!」

 それに倣ってトールも部屋を出た。吸血鬼も闇を抱っこしてその後を追う。

「な、何だ、これは!?」

 狂気がやって来たのはあの奏楽の中にいた『魂の残骸』を封印している部屋の前だった。しかし、その部屋の扉から紺色の煙が漏れており、禍々しい力を感じた。

「こいつが犯人か!?」

 トールが悲鳴を上げると、扉がドンと揺れる。まるで、中から巨大な体で扉に体当たりしているようだった。

「残骸が外に出ようと、もがいているのね!?」

「この子だよ! 私の力に干渉してキョーに闇の力を与えてるの!」

「何!?」

 闇の言葉に狂気が驚いた。闇の力は少量ながらもかなり、強力な力だ。それに干渉し、コントロールするなど普通、できない。

「響の暴走はこいつのせいなのね!」

「ああ、きっと、響の怒りという負の感情に同調してパワーアップしたのだ!」

 吸血鬼とトールが話し合っているが、狂気は口を開けなかった。

 今まで響がキレてもこのような事態に陥ることなどなかったのだ。だが、今、響は『魂の残骸』の影響で暴走している。

(私との……魂同調のせいか)

 『狂気』は負の感情の塊だ。氷河異変の時に響と魂同調したことによって、響の魂に『狂気』を刻み込んでしまった。そのせいで『魂の残骸』に力を与えてしまったのだ。

「おい! 狂気、どうするのだ!?」

 トールからの問いかけに狂気は答えられなかった。今回の暴走の原因は――狂気なのだから。

 



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第197話 心からの悲鳴

 ――響。

 

 ああ、レマか。どうした?

 

 ――また、貴方は暴走してしまったのですね?

 

 そうみたいだな。

 

 ――どうするのですか?

 

 ……もう、無理だ。自分の体なのに自分の体じゃないような感じがする。

 

 ――……このままでいいのですか?

 

 そう言ったってどうすることもできないんだ。

 

 ――まだ、諦めてはいけません。

 

 いや、諦めるなって言われても。

 

 ――大丈夫、貴方にはたくさんの味方がいます。

 

 そんなの知ってるよ。

 

 ――そう。なら、安心ですね。

 

 …………………ああ。

 

 

 

「ん……」

 頭が痛い。何かで殴られたみたい。でも、吸血鬼の私を気絶させるほどの筋力を持っている人が外の世界にいるのだろうか?

(あ、そうか……外の世界だと私たちみたいな人外は弱くなるんだっけ?)

「あ、れ?」

 目を開けると灰色の天井が見えた。どうやら、地面に仰向けに倒れているようだ。体を起こすと床には千切れた鎖が散らばっている。

(何が?)

 そうだ。ユウエンチに遊びに行ってそこで誰かに捕まってそのまま――。

「誘拐されちゃったんだ……私」

 吸血鬼である私が人間に誘拐されるとは滑稽だ。そこでやっと、目の前に立っている人を見た。

「お兄様?」

 私に背を向けて立っていたのはお兄様だった。もしかして、捕まった私を助けるためにここまで来てくれたのだろうか? ならば、とても嬉しいことだ。

「お兄様!」

 笑顔で大きな背中に呼びかけるも応答なし。いや、それ以前に様子がおかしい。何だか、お兄様がお兄様じゃないような。

「え?」

 その時、お兄様から黒いオーラが放たれていることが見える。この前、言っていた闇の力だ。

(でも、あれはできるだけ使わないようにするって言っていたはずなのに……)

 考えながら周りを見る。

「何これ?」

 私とお兄様を囲むように黒い結界が貼ってあった。その円柱に小さな金属の弾が浮いている。その金属の弾は高速回転していて、今にも結界を貫きそうな勢いだった。

「お兄様! 危ないよ! 早く、逃げよう!」

 だが、お兄様は動かない。その間にもどんどん金属の弾が結界に衝突する。

「お兄様!!」

「……」

 私の声が届いていないようだ。どうしようか迷っているとお兄様は右手をゆっくりと上げ、横に払った。

「……え?」

 その瞬間、結界が消える。あの金属の弾もない。どこに行ったのかキョロキョロしていると天井付近から大量の血が流れ始める。それも360度、全ての天井から。よく見ると天井付近の壁に穴が開いていたそこに人がいた。だが、全員死んでいるようだ。

(何で、こんなに死体が……)

 そこでやっと、理解した。『お兄様がやったのだ』、と。でも、お兄様がそんなことをする人ではないことは分かり切っていることだ。なら――。

「まさか、暴走!?」

 私の絶叫に答えるかのようにお兄様がこちらを振り返る。その目に白目などなく、本来黒いはずの瞳はドス黒い赤色に染められていた。

「――ッ!?」

 その目に私は恐怖した。わかる。その目には一つの感情しかないと。

 

 

 

 破壊。

 

 

 

 ただ、それだけしかお兄様は考えていない。私だから――狂気に飲み込まれた私だからこそわかる。その感情が。

「お兄様! 元に戻ってよ!!」

 悲鳴を上げるもお兄様はそれに応えることなく、私の後ろにあったガラス(モニターのこと)に向かってドス黒い赤色の光線を放った。そして、大爆発。

「きゃあっ!?」

 爆風に煽られた私は吹き飛ばされ、床に叩き付けられた。

「……」

 体を起こすとお兄様がこちらを見ているのに気付く。そして、一気に跳躍した。私に向かって。

(私のことも破壊対象!?)

 慌てて左に飛ぶ。その刹那、床が抉れた。お兄様の足が地面に突き刺さったのだ。

「くっ……」

 床の破片が私を襲う。両腕をクロスして顔と頭を守った。

「お兄様! 目を覚まして!」

 呼びかけながら逃げる。だが、お兄様は答えるどころかその攻撃の手を強めた。

「お兄様あああああああ!!」

 叫び。お兄様の答えは――

「ああああああああああああああああっ!」

 ――獣のような咆哮。

(どうにかしないと……このままじゃ)

 今は逃げているが、いつか追い付かれ、殺される。

「え!?」

 走っていると突然、後ろに引っ張られる感覚。振り返るとお兄様の左手には黒い球体が出現していた。引力を操って私を引き寄せるつもりなのだ。

「禁忌『レーヴァテイン!』」

 スペルを発動して炎の剣を床に突き刺した。その瞬間、私の軽い体が浮き上がる。

「くぅ……」

 凄まじい引力に思わず、呻き声を漏らしてしまった。

(どうしよう……どうしよう!?)

 炎の剣の柄を握りしめながら、考える。

「……よし」

 暴走状態のお兄様を止めるためにはその心に私の声を響かせる必要がある。だが、近づけばお兄様に八つ裂きにやれてしまうだろう。だから、少しだけお兄様の技を借りる。

「やっ!」

 柄から手を離し、お兄様に向かって飛翔。

「……」

 今のお兄様には私が諦めたように見えるのだろう。ニヤリと笑ったのがその証拠だ。

(でも、その油断が私の武器になる!)

 お兄様まで残り2メートル。お兄様が右手をこちらに向けた。また、先ほどの光線を放つつもりなのだ。

(……今!)

 お兄様の手から光線が放たれた。それと同時に私の後ろから3体の分身が出現。いや、私の体を壁にしてお兄様から見えないようにしていたのだ。

 光線が私に直撃する前に3体の分身が私の前に移動し、光線を受け止めた。その隙に体を傾け、光線の射線から逃れる。これはお兄様がよく、使っていた誘導作戦だ。お兄様は密度の濃い弾幕を放った後に速い雷撃を放っていたが、そこは少しだけアレンジさせてもらった。

 分身たちが消え、光線が私の頬を掠めて通り過ぎる。

「っ!?」

 お兄様の目が大きく見開かれる頃には私はお兄様の懐に潜り込んでいた。

「お兄様!」

 右手を握ってお兄様の左手の黒い球体を破壊。引力がなくなった。

「お願い! 起きて!!」

 私が地下で泣いていた時にやって来た男の子。いつも私の我儘に付き合ってくれて、いつも私のことを思ってくれて、いつも私に笑顔を向けてくれた。今だって私を助けるために暴走してしまった。

(だからこそ、私が助ける!)

 戸惑っているお兄様の首に腕を回し、そのままお兄様の唇に私の唇を重ねた。

 

 

 

 

 ――おや?

 

 どうした?

 

 ――ふふ、貴方も愛されているのですね?

 

 は?

 

 ――いえ、そろそろこの結界も必要ないですね。

 

 さっきから1人で何を……っ!?

 

 ――あ、やっとわかりましたか?

 

 何だ、これ?

 

 ――さぁ、きっかけは貴方の妹が作ってくれました。後は貴方と魂の中にいる仲間達です。

 

 あ、おい! 結界ってどういうことだよ!

 

 ――決まってますよ。貴方の新たな力です。頑張ってくださいね?

 

 おいってば!!

 

 

 

 

 

 

「響!」

「っ!?」

 目を開けると目の前に吸血鬼がいた。

「こ、こは?」

「魂の残骸の部屋の前じゃよ」

 横を見るとトールを見つける。その顔は険しかった。

「残骸?」

「ああ、お前の怒りによって力を増したようだ。そのせいで闇の力に干渉し、お前を暴走させた」

 部屋の前で腕を組んでいた狂気が教えてくれる。

「怒り……あ」

 全て、思い出した。俺はキレたせいで暴走してしまったのだ。

「そして、これをどうするか悩んでいると突然、お前があの部屋から出て来たということだ」

「あの部屋?」

 狂気の指差した方を見ると一つの部屋があった。あそこは俺のでも、吸血鬼たちのでもない。レマの部屋だ。

「まだ、あそこに住んでいる人と会ったことないのよね? 会ってみたいわ」

「今はそれどころではないだろう。残骸をどうするかじゃ」

「うぅ……お腹すいた」

 闇も俺の体に闇の力を供給しすぎて限界だ。早くしなくては。

「狂気とトールはドアの横に移動。吸血鬼は闇を連れて離れた場所で銃を構えてろ。もちろん、狙撃銃だ。後、扉を封印する用の鎖の準備だ」

「それはいいが……何をする気だ?」

「決まってる。ドアを開けて出て来たところを攻撃して押し戻すんだよ」

「はぁ!? お前、それがどれだけ無謀なことなのかわかっているのか!?」

 狂気が目を見開いて反論する。

「大丈夫。俺たちにならできる」

「何を根拠に?」

 目を細めて質問して来るトール。

「俺の……新しい力ならいける」

 右手を握りしめるとその拳に桃色のオーラが纏った。

 



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第198話 紅い鎖(いと)

「その……力は?」

 吸血鬼が恐る恐る聞いてきた。

「俺にも正直、わからない。でも、こいつならあの残骸を押し戻せるはず」

「……よし、響の考えに乗ろう」

 笑顔でトールが頷く。

「お、おい! そんな簡単に!?」

 だが、狂気はまだ納得していないようだった。

「大丈夫。響を信じよう」

「……ああ! わかったよ。やればいいんだろう!?」

 そう言って扉の左側に狂気が移動する。トールも右側に立った。

「響……私、その力、わかるかも」

「え?」

「でも、言わないでおくわ。この事件が解決してからね」

 ウインクした吸血鬼が離れていく。

「……まぁ、いいか。皆、準備はいいか?」

 俺の問いかけに3人は頷いた。

「闇は手を出すなよ? お前の力は残骸の力を増幅させるんだから」

「はーい!」

「それじゃ……狂気、頼む」

「……ああ」

 狂気が扉のドアノブを握った。それを見て俺は重心を低くし、右腕を引いた。

(この力は何だか、温かい。ものすごく、心が落ち着く)

「行くぞ!」

 そう言って、狂気が扉を開ける。その瞬間、奏楽の中にいた『魂の残骸』が廊下に飛び出して来た。

(この力なら――いや、この力だからこそ!)

「うおおおおおおおおおっ!」

 残骸が俺に向かって突進して来る。タイミングを合わせて思い切り、右腕を突き出した。

「――――――ッ!!!?」

 

 

 

 

 この力だからこそ、負の感情をエネルギーとする残骸を抑えることができる。

 

 

 

 

 俺の拳が残骸に触れた刹那――醜い体が弾け、中から白髪の少女が現れた。顔は俺そっくりだが、その体つきは痩せこけ、今にもボロボロに崩れてしまいそうなほど華奢だった。

「っ……」

 その姿に一瞬、怯んだが、俺の拳は止まらない。残骸の体がくの字に折れ曲がり、そのまま、部屋へと吹き飛ばされた。

「閉めろっ!!」

「うむ!」

 右側にいたトールが扉を閉める。それと同時に吸血鬼が走って来て扉に鍵を閉め、鎖で封印した。

「……ふぅ」

 『魂の残骸』が暴れないのを確認し、俺はその場にへたり込んでしまった。

「お疲れ様」

 俺の肩に手を置きながら吸血鬼が労ってくれる。

「ああ……」

「……ねぇ、さっきの何だと思う?」

 歯切れの悪い俺の返事を聞いて直球で問いかけて来た。

「わからない」

 『魂の残骸』の中に女の子がいた。つまり、その女の子こそ、『魂の残骸』の核なのだろう。奏楽に寄生していた時にはなかったが、『魂の残骸』の形を保つためには核が必要なのかもしれない。そして、その核としてあの子が産まれた。

「また、面倒なことになりそうだな」

 俺の元に歩いて来た狂気が呟く。

「そうだな……まぁ、今はこの力のおかげで力も小さくなったようだし、しばらくは大丈夫だろう」

「それはそうじゃが……まだ、お主にはやることが残っておる。行ってこい」

 そうだ。まだ、フランを助けていなかった。それより、俺が暴走してフランを傷つけていないか心配だ。

「わかった! 行って来る!」

 吸血鬼たちを残して俺は意識を外の世界に集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ…」

 フランの声が聞こえる。

「お兄様!」

「フ、ラン?」

 目を開けるとフランの顔が至近距離で見えた。

「お兄様! よかった! 戻ったんだね!!」

「あ、ああ……それより、お前は大丈夫だったか?」

「うん! 大丈夫!」

 フランの答えを聞いて胸を撫で下ろす。

「そうか……とりあえず、離れてくれ。近い」

「えー? このままじゃダメ?」

「いや、近すぎるだろ」

「……もしかして、覚えてない?」

 少しだけ、不満そうに質問して来るフラン。

「覚えてるって何をだ? 暴走したことなら覚えてるけど……」

「……あーあ、何だ。覚えてないのか」

「だから、何を?」

「もういい! 知らないっ!」

 何かが気に入らなかったようでフランは顔を背けて頬を膨らませた。

「何なんだよ……そうだ! 早く、霊奈たちのところに行かないと!」

「霊奈?」

「ああ、ここに来る途中で敵と乱戦になりそうで俺だけお前のところに向かわせてくれたんだよ」

 あの時、敵は銃を持っていた。リーマがいてもそろそろ、やばいかもしれない。

「そうだったんだ……よし! 行こう!」

「ああ、そのために離れて「嫌だ!」

(何でだよ……)

 その時、俺の体から桃色のオーラが出ていることに気付いた。そう、あの『魂の残骸』を圧倒したあの力だ。

「お兄様! 早くいこっ!」

 そう言って俺を急かすフランも桃色のオーラを纏っている。

(気になるけど……今は霊奈たちが先だ)

「せめて、おんぶにしてくれ。動きづらいから」

「んー、それならいいかな?」

 フランは頷くと俺の背中に移動した。

「よっしゃ! 行くぞ、フラン!」

「うん!」

 そして、足に力を込めて一気に地面を蹴る。真上に向かって。

「お、お兄様!?」

 背後からフランの悲鳴が聞こえた。

「フラン! 天井を壊せ!」

 それに構わず、指示を飛ばす。

「わかった! キュッとしてドカーン!!」

 右手を伸ばしたフランはその手を握る。その瞬間、天井の一部が粉々に砕けた。

「妖撃『妖怪の咆哮』!」

 両手はフランを支えるのに使っているが、俺たちに向かって落ちて来た天井の破片を吹き飛ばすことに成功。

(何だ……今の)

 だが、俺は違和感を覚えた。いつもより、技の威力が高いのだ。

「お兄様……何か、いつもより」

 破片を躱しながら上に向かっていると不安そうな声音でフランがそう呟いた。

「お前も?」

「え? お兄様も?」

 俺もフランもいつもと違う何かを感じ取った。それはやはり、この桃色のオーラが関係しているのだろうか。

「とにかく、行くぞ!」

「う、うん!」

 フランが頷くと同時に天井の穴を潜り抜けた。

「うわ……何これ!?」

 地下1階の様子を見てフランが声を荒げる。そこには数十人の人が倒れていた。きっと、霊奈たちがやったのだろう。だが、まだ銃の発砲音が聞こえる。

「……いた!」

 辺りを見渡すと5人の敵に囲まれた霊奈とリーマを発見した。リーマのツルと霊奈の結界で何とか、銃弾を防いでいるようだ。

「フラン、降りてくれ!」

「了解!」

 状況を把握したのか今度は素直に従ってくれた。地下1階の床に降りた俺たちは並走しながら霊奈たちの方へ駆け出す。

 しかし、霊奈たちの周りにいる奴らの他にも生き残りがいたようで、目の前に立ち塞がった。その手にはアサルトライフル。

(どうする?)

 立ち止まって思考する。このまま突っ込んでもハチの巣にされるのがオチだ。

「お兄様、大丈夫」

 その間にフランが何故か俺の手を握りながら言い切った。

「え?」

「私とお兄様なら何でもできる。何か、そんな感じがするの」

(俺とフランなら何でもできる?)

 頭の中でその言葉を繰り返す。そうすると、何故だか俺もそう思えて来た。

「……ああ。そうだな。俺たちならこの状況をどうにかできる」

「うん!」

 俺の言葉が嬉しかったのかフランは笑顔で頷いてくれた。そして――。

「「うわっ!?」」

 突然、俺とフランの間に1枚のスペルカードが出現したのだ。あまりにも突然のことで俺もフランの驚きの声を漏らしてしまった。

「な、何これ?」

「わからない……けど」

 そのスペルカードは薄い桃色だった。そう、このオーラと同じ色。

「……フラン」

「何?」

「このスペル、同時に宣言するぞ?」

「え?」

「いいから、行くぞ!」

 目の前の敵が銃の引き金を引きそうだったのでフランの返事も待たずに俺はスペルに手を伸ばし、掴んだ。フランも慌てて同じスペルを掴む。

「「恋禁『紅い鎖(いと)で結ばれた鎌』!!」」

 俺とフランが同時に宣言すると俺の手には大きな鎌。フランの手には小ぶりの鎌が出現した。更にその鎌の柄は紅い鎖で繋がっている。鎖鎌だ。

「これは……」

 鎌をマジマジと観察するフラン。

「今は二人の救出の方が先だ!」

 そう叫びつつ、大きな鎌の刃を敵から守るように地面に突き刺した。

 ――ババババババッッ!!

 その瞬間、敵が銃を連射。凄まじい銃声が俺の鼓膜を振るわせる。しかし、銃弾は鎌の刃によって弾かれた。

「やぁっ!」

 刃の陰に隠れながらフランが敵とは反対方向に小ぶりの鎌を投げる。鎌は回転しながら飛んで行く。

「よっと!」

 すかさず、鎖を引いて鎌をコントロールする。小ぶりの鎌は弧を描きながら俺たちの横を通り過ぎ、敵の方へ。

「魔眼『青い瞳』!」

 進化した魔眼を発動し、死角にある鎌の動きを探る。そして、敵の銃に当たるように鎖を動かした。

「っ!?」

 甲高い音が聞こえると同時に銃声が聞こえなくなる。上手く当たったようだ。

「行くぞ!」

「うん!」

 大きな鎌をフランが引き抜き、地面に落ちていた小ぶりの鎌を鎖を使って自分の手元に引き寄せた俺は慌てて銃を拾った敵に向かって駆け出した。

 



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第199話 脱出。そして――

 霊奈たちがいる方を見ると5人の敵が扇状に広がって2人に銃を向けているような構図だった。

「敵を一か所に集めるよ! クランベリー!」

「禁忌『クランベリートラップ』!」

 フランの傍にいくつかの魔方陣が出現し、そこから紫と青の弾が連射される。

「な、なんだこれ!?」

 敵の一人が被弾する前に気づき、回避した。その声に反応し他の敵もこちらを振り返り、弾を躱していく。

「フラン、大鎌を!」

「了解!」

 5人が背中合わせになったのを見てフランに指示を飛ばした。頷いたフランは空を飛んで敵の真上に移動。

「せいっ!」

 そのまま、柄を下に向け大鎌を投擲した。大鎌の柄が地面に深々と突き刺さる。それも5人の中心に。

「え?」

 それに気づいた一人が振り返ると同時に俺も小鎌を真横に投げた。

「な、何だ?」

 敵が目を見開いて小鎌を眺めている。小鎌は5人の周りを中心に円を描きながら飛んでいた。5人の中心に突き刺さった大鎌と鎖で繋がっているので遠心力が働いてぐるぐると5人の周りを回り続けている。

「うわっ!?」

 そして、5人を赤い鎖が捉え、大鎌に磔にする。小鎌が5人の周りを飛び続けていたからだ。

「く、くそ! 外れない!?」

 敵が鎖から逃れようともがくが鎖は複雑に絡み合っており、抜け出すことができない。

「これでよし……霊奈、リーマ!」

 リーマが育てたツルに向かって呼びかけた。

「響?」

 ツルの隙間から霊奈がこちらを覗き込むのが見える。

「響!」

 そして、ツルが消えて中からボロボロの霊奈とリーマが出て来た。

「お前ら、大丈夫か?」

「何とかね……それにしても、そのオーラは何? すごい力を感じるんだけど?」

 リーマが興味深そうに質問する。

「俺たちにもわからないんだけど……とにかく、今はここから脱出しよう。敵の数は相当だ。仲間が来るかもしれない」

「そうだね。それじゃ――いつッ」

 歩き出そうとした霊奈だったが、足を押さえて蹲ってしまった。

「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄り、霊奈の右足首を見ると酷く腫れていた。

「ご、ごめん……」

「謝るなって。それより、動けそうか?」

 俺の問いかけに首を横に振って答える霊奈。

「仕方ない、背中に乗れ」

「え?」

「いいから。時間がない」

「……うん」

 霊奈の方に背中を見せ、その場にしゃがむ。それからすぐに霊奈が俺の背中に乗った。

「それじゃ、行くぞ」

「悪魔の妹、私もお願い。体中、ボロボロで」

「えー、面倒。というより、私の名前はフランだよ!」

 いや、フランドールだ。

「それじゃ……響の妹、負んぶして」

「っ!? い、いいよ! 負んぶしてあげる!」

 突然、態度を変えたフランはリーマを負んぶして飛翔した。それに続いて俺も空を飛ぶ。

「お兄様! どっち!?」

「お前は俺の後ろに回れ!」

 フランがスピードを落として俺が前に移動した。

「おらっ!」

 階段へと続くドアを蹴破り、お屋敷の廊下へ出る。

「えっと、入り口は……」

「面倒だからこのままドーン!」

 入り口がある方へ飛ぼうとしたが、その前にフランが目の前の壁を頭突きで破壊した。

「お、お前な……」

「これでいいでしょ?」

「バカっ! 大きな音で敵が来たらどうするの!」

 背中から霊奈の怒声が飛んで来る。

「ぁ……ゴメン」

「仕方ない。急いで望たちと合流してここから離れよう」

 そう言って、フランが開けた穴を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 お屋敷の入り口の前にいた望が俺たちに気付いて走って来る。

「ただいま」

「おかえり! フランも無事だったんだね!!」

 そのまま、俺の後ろにいたフランを見て笑顔を浮かべた。

「霊奈とリーマは怪我を負ってるから急いで離れるぞ」

「うん……リーマってあの?」

「私よ。久しぶりっていうか、私からしたら初めましてっていうか」

 フランの背中に乗っているリーマが手を挙げる。

「あ、あれ? リーマ……さんの見た目って私と同じぐらいだったはずじゃ?」

「こいつは成長を操るからな。今は大人モード。望が見たのは少女モード。そして、俺が初めて見た時は幼女モードだった」

「そうなんだ……あ、妹の望です」

「あ、ご丁寧にどうも。リーマよ」

 状況に似合わない間抜けな自己紹介であった。

「ほら、行くぞ!」

「響! 待って!」

 霙も俺たちの元に来た(周囲への警戒が強すぎるあまり、俺たちに気付かなかったようだ)のを確認し、お屋敷から離れようとしたが霊奈がそれを止める。

「どうした? 敵か?」

「ううん……ちょっと降ろして」

「でも、お前の足は……」

「いいから」

 そう言われては降ろすしかないできるだけ霊奈の足に負担がかからないように降ろした。

「やっぱり……傷が癒えてる」

「え?」

「ほら、あんなに腫れてたのにそれがなくなってるの」

 霊奈の足首を見てみると本当に綺麗になっていた。

「あら、私もよ」

「なら、降りろ」

「きゃっ!?」

 フランがリーマを落としたのをスルーして思考する。

(傷が癒えた? あんなに腫れてたのに? 俺も霊奈も治療の術を使ったわけでもない……それにリーマの傷もなくなってる。これは……)

 その時、俺の右目がちゃんと視えていることに気付いた。

 俺の右目はお屋敷に突入する前に魔眼を開放したせいで視力が落ちていた。それなのに今でははっきりと見えている。

(もしかして……この力には傷を癒す力もあるのか?)

 俺とフランが纏っている桃色の力にはまだ、秘密がありそうだ。

「とにかく、傷が癒えたのはラッキーだ。霙には望、霊奈、フラン。俺とリーマは自力で飛んで移動する」

 それを聞いて3人は霙に跨る。もう一度、魔眼を使って周囲に敵がいないか確認しようと両目に魔力を流し、魔眼を発動する。

「っ!?」

 そして、見つけた。

「どうしたの?」

 俺が目を見開いたのを見ていたのかフランが問いかけて来る。

「……雅の力だ」

 そう、本当に微かだが、雅の力を見つけたのだ。

「お兄ちゃん! それって!?」

「ああ、雅はこの近くにいる……あっちだ!」

 俺が指さした方には山がある。ヒマワリ神社がある山とは別だが、こちらの方が標高は高い。ヒマワリ神社の山はどちらかというと山と言うより、丘と言う表現の方が合っているような気がした。

「じゃあ、そっちに――」

 雅がいなくなったことを知っている霊奈が何かを言いかけた時、魔眼が別の生命反応を感知。すぐにフランを守るようにジャンプした。

 ――ダンッ!

 それとほぼ同時に銃声が轟くが、『結鎧』が弾いてくれた。

「くっ!?」

 だが、衝撃は無効に出来ず、吹き飛ばされてしまう。

「お兄様!?」

 俺を受け止めてくれたフラン。

「サンキュ」

「お礼はこっちが言うんだよ!」

「響! 囲まれてるわ!」

 ツルを地面から生やしながらリーマが叫んだ。辺りを見渡すと黒いスーツを着た敵がたくさん、森の中から出て来ているのに気付く。

(囲まれたか……でも)

 敵を見れば、手に持っているのはハンドガン。つまり、連射出来ない銃だった。

「お兄ちゃん、どうする?」

「どうするって……戦うしか――」

 俺が言い終わる前に背後から凄まじい爆発音が聞こえる。空気がビリビリと振動するほどだった。

「な、何だ!?」

「お兄様! アレ!」

 フランが指さした方を見ると遠いところで巨大な火柱が天を貫いていた。

「あそこって雅ちゃんがいるかもしれない山の頂上だよね!?」

 望の言葉に俺はハッとなる。

(雅も何かに巻き込まれてて……戦ってる!?)

 もし、戦っているならば雅の方が不利――いや、勝利は絶望的だ。きっと、敵は炎を操っている。雅では絶対に勝てない。

「くそっ……」

 今すぐにでも助けに行ってやりたいが、敵に囲まれているので不可能。先ほどよりは戦いやすいとはいえ、敵の数が多すぎる。時間がかかってしまう。

「響! 行って!」

「え?」

 突然、霊奈が叫んだので驚いてしまった。

「ここは私たちにまかせて、もう一人の仮式を助けに行ってあげなさい」

 それに続けてリーマも発言する。

「そうだよ。お兄様に助けて貰ったからここで恩返ししないと」

 フランも霙から降りて炎の剣を手に出現させた。

「その通りです! ご主人様は早く雅さんの元へ!」

 狼モードから擬人モードに変わった霙の手には氷の小刀が握られている。

「お兄ちゃん、お願い。雅ちゃんを助けてあげて」

 最後に望が俺にそう頼んだ。雅のことは何も言っていないのだが、事情があるのには皆、気付いていたようだ。

「……ああ。行って来る!!」

 俺は山に向かって駆け出した。

 でも、それを見て黙っている敵がどこにいるだろう。俺の前に何十人もの男が立ち塞がった。

「禁忌『フォーオブアカインド』!!」

 背後からフランがスペルを宣言するのが聞こえる。

「「「「お兄様の邪魔をするなああああ!!」」」」

 4人のフランが俺の前にいた敵を蹴散らし、道を作ってくれた。

「ありがとう!!」

「お兄様! 頑張って! こっちが片付いたらそっちに向かうから」

 桃色のオーラを纏ったフラン(つまり、本体。分身は普段と同じで桃色のオーラを纏っていなかった)と言葉を交わして、俺は山を目指して走り続けた。

 



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第200話 炎

200話いきました。


「はぁ……はぁ……」

 森の中を走り続けて10分。俺は息を切らしながら足を動かしていた。

『キョー、飛ばないの?』

 その時、闇が問いかけて来る。

『外の世界で飛んでもし、誰かに見られたら問題になるでしょ?』

 それに対して、吸血鬼が答えた。俺は走っているので答えられないと思ったのだろう。

「もう、ちょっと!」

 森を抜け、やっと山に到着。後は山頂を目指すだけ。

 だが、また山頂付近で火柱が上がった。

(急がなきゃ!!)

 両足に霊力を流してスピードを上げる。

『……ん? 響、桃色のオーラはどうしたんじゃ?』

「え?」

 トールの質問を俺は理解できなかった。

(そう言えば、オーラが消えてる……)

 走るのに夢中で気付かなかったようだ。

『フランと離れちゃったからね』

(どういうことだ?)

『あの桃色のオーラは響とフランが共鳴して生まれた力なの』

『共鳴って……シンクロ状態だったのか?』

 今度は狂気が吸血鬼に質問した。

『シンクロとは違う種類ね。まず、魂を取り込んでいないし』

『じゃあ、何なのじゃ?』

『あの力はフランが響を想ったことによって生まれたの。言っちゃえば、【愛】』

「『『……愛!?』』」

 吸血鬼の発言に驚愕する俺、狂気、トール。

『アイ?』

 闇だけはよくわかっていないようだった。

(ま、待てよ。【愛】って……)

『落ち着きなさい。呼吸が乱れているわよ』

「走ってるからだよ!!」

 思わず、声に出してツッコんでしまった。

『【愛】と一言で言ってもたくさんあるわ。恋愛、家族愛、友情とかね。響の場合、【兄妹愛】。まぁ、兄が妹を想うのは当たり前よね』

 吸血鬼の説明を聞いて安心する。フランが俺に対して恋愛感情を抱いているのかと思ったのだ。

『まぁ、フランは【恋】だけどね……』

(え? なんか言ったか?)

『いいえ、何も』

 吸血鬼が小声で何かを言ったような気がするが気のせいだったようだ。

『響、ここら辺から歩いて行け』

 もう少しで山頂というところで狂気。

「何でだよ! 雅が襲われてるかもしれないのに!」

『そんな息を切らした状態で敵と戦えるのか? さっきの暴走のせいで闇の力を使っているからもう、切り札はないんだぞ?』

 そうだった。スキホがない今、『シンクロ』や『ダブルコスプレ』はもちろん、コスプレそのものができない。それに闇の力が使えるのは1日1回。それ以上、使ってしまったら俺は闇に飲み込まれ、暴走してしまう。それに桃色のオーラが消えてから何だが、体がだるい。桃色のオーラを纏っている間はものすごい力を発揮できるが消えてしまった後は疲労感に襲われるのかもしれない。

「……わかった」

 ただでさえ、コンディションが最悪なのに全力疾走による体力の減少。これでは戦えない。

 俺は仕方なく走るのをやめ、山道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランが連れ去られたのが午後3時。捜索するのに1時間。救出と脱出、そしてここまでくるのに1時間。つまり、今の時刻は午後5時。夏なのでまだまだ、日は高かった。

「な、何だ……これ?」

 山頂付近まで来たところで広場のような場所を発見したのだが、地面は焼け焦げているところだけではなく一部、溶岩のように熔けていた。木も木炭のように真っ黒になっている。まるで、この一帯を、1000度を超える竈にブチ込んだようなイメージを抱いた。

「おや? こんな山に誰か来たのですか?」

 景色に目を奪われていると不意に右側から男の声が聞こえる。

 警戒しながら右を向く。そこには俺より少しだけ年上であろう男が立っていた。服は普通のシャツとズボン。見た目は普通の人間だった。

(妖気をこれでもかってぐらい、撒き散らしてるけど……)

「お前が、やったのか?」

「いえ、僕も先ほどの火柱が見えてここに来たのですが、その時にはもう……」

 俺を一般人だと思っているようで男が嘘を吐いた。

「俺はそっち側を知ってる。嘘なんて吐かなくていい」

「ほう、それは珍しい。まさか、こちら側を知っているなんて。見た目は普通の人間ですが、妖怪なのですか?」

「普通の人間だ」

 ちょっと、霊力と魔力と妖力と神力と闇の力が使えて、曲を聴いたらコスプレするだけの至って普通の人間である。

「それで? 普通の人間様が僕に何か用ですか?」

「用があるのはお前じゃない……お前の下に転がってる女――雅に、だ」

 やはり、こいつと雅は戦っていたようだ。うつ伏せに倒れている。雅の服はところどころ、焼け焦げていた。更に翼がないので能力も使えない状態なのだろう。

「こいつを知っているのですか?」

「ああ」

「そうですか……それじゃ、お友達とか? ならば、申し訳ございませんが、こいつのことは忘れてください」

「何?」

「元々、こいつの所有権は僕なのです。ですが、こいつときたら僕の傍から逃げ出しまして。どうやら、この町に住むとある男に頼み込んで式神にして貰ったようなのです。全く、妖怪が人間の式神になるなど妖怪の恥です。そう思いませんか?」

 男の問いかけに俺は何も答えなかった。

「……まぁ、人間である貴女にはわかりませんよね。さて、今から北海道に帰るのに1時間ほどかかりますよね。あ、もちろん、空を飛んでですよ? 人間は不便ですよね。飛行機にならなきゃ、空を飛べないなんて。雅も担いで行かなければなりませんので、そろそろお暇させていただきます」

 そう言って、地面に倒れている雅に手を伸ばす男。

「待てよ」

「……まだ、何か?」

「お前、雅の何なんだ?」

「だから、言ったでしょ? 私はこいつの主。まぁ、奴隷の後始末をするのも主の仕事ですよ」

「ど、れい?」

 ふつふつと何かが込み上げて来るのに気付いたが、そんなことより大事なことがあったのでスルーさせていただいた。

「そう、奴隷。こいつは妖怪の血が四分の一しか流れていない欠陥品なのです。こんな奴と仲良くするような妖怪はいませんよ。逆に苛められていましたね。こいつは永遠に一人なのです。ですが、僕がいるからには安心してください。もう、絶対に逃がしませんので。死ぬまで奴隷として働かせますよ」

「……」

「もういいですか? では、ごきげんよう」

 男が再び、雅に手を伸ばした。

「ざけんな……」

「え?」

「ふざけるな」

「えっと、何をでしょう?」

 本気でわかっていないようで男は首を傾げる。それを見て、俺は我慢の限界に達した。

「雅が奴隷? 欠陥品? 独り? 言い過ぎると可哀そうな奴に見える」

「そうでしょう? こいつは可哀そうな奴なのです」

「お前がだよ。妖怪」

「……」

 雅を見ていた男が俺を見る。その顔は無表情だった。

「戯言を並べれば並べるほど、滑稽に見えて仕方ない。ただのバカにしか見えなくて仕方ない。胸糞悪い話を聞いてお前を殺したくて仕方ない」

「人間風情が僕に勝てる、と?」

「勝てる勝てないじゃない。殺すんだよ。いや、殺すだけじゃ駄目だ。死にたくなるほど、お前が俺に『殺してくれ』と頼むまで痛みつけて、苦しめて、泣かせてやらなきゃ気が済まない」

「ちょっと、言葉が過ぎてますよ?」

 その言葉と共に男の妖気が膨れ上がった。だが、気にしない。

「お前は勘違いをし過ぎてる」

「勘違い?」

「一つ、俺は人間だ。でも、普通じゃない。

 二つ、俺は女じゃない。男だ。

 三つ、雅はお前の奴隷なんかじゃない。

 四つ、雅は欠陥品なんかじゃない。

 五つ、雅は孤独なんかじゃない。

 六つ、雅の所有権を持っているのはお前なんかじゃない。

 七つ、お前なんかじゃ俺には勝てない。

 八つ、雅は式神じゃない。仮式だ。

 九つ、雅は俺の――仮式だ」

「……では、貴方がこいつの主なのですね?」

 男が問いかけて来た。

「ああ、そうだ」

「では――死んでください」

 その刹那、俺の視界がオレンジ色に染まった。炎だ。

 



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第201話 光を纏いし、四肢

 男は勝利を確証していた。目の前の女に見える男は構えも取っていなかったのだ。これほど至近距離での火炎放射を躱せるはずがない。躱せたとしても視界に入る。すでに数十秒も放射を続けているのだ。炎の中から出て来ないとなると焼け死んだが、焼失したか。

 まぁ、これでは男が生きている可能性はゼロ。これで雅を気兼ねなく連れて行けると男は安心する。

 雅は男の式神だった。本人は契約を破って来たとか言っていたが、微かに雅の物とは違う力を感じていた。それはまだ、雅が式神であるという証拠。

 しかし、主が死ねば式神の契約もなくなり、雅はただの欠陥品へと戻る。そうすれば、雅も観念して付いて来るだろう。そう、男は“失念”していた。

「……っ」

 そこで男は気付いた。火炎放射がどんどん、こちらに近づいて来ている。いや、壁のような物に遮られ、ジリジリと押されていることに。

「こ、これは!?」

 目を見開いた男だったが、それと同時に炎の中から白い得物が飛んで来る。妖怪特有の身体能力でそれを回避した男。だが、集中力が切れて炎を放射するのをやめてしまう。

「っ!?」

 そして、消えゆく炎の中から星形の結界に守られながらもこちらに走って来る敵を見て男は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 やっと炎が消え、男の姿を見つける。すかさず、『結尾』でその首を刎ねるためにポニーテールを横に薙ぎ払った。

「くっ!」

 それを男はまた、躱した。これも予想の範囲内。右手に白い鎌を出現させながら結界を男に突っ込ませる。

「――っ!」

 男は火炎弾を放ち、『五芒星』を破壊。先ほどの火炎放射のせいで限界に達していたのだ。

「はぁっ!!」

 結界の破片をコントロールし、男に向かって飛ばす。男から見れば鋭利なガラスが突っ込んで来ているように見えるだろう。

 だが、男も妖怪だ。飛翔して破片を回避。そう、それを狙っていた。

 神力をポニーテールに流し込み、『結尾』を5メートルほどまで伸ばし、男に向かって突き出した。

「何なんですか!?」

 俺の不可思議な攻撃に耐えられず、叫ぶ男。また、火炎弾を飛ばして『結尾』の軌道を無理矢理、変える。

「攻撃に決まってるだろ!」

 俺も負けじと叫び返し、空を飛んで鎌で斬りつけた。

「人間なのに!?」

 俺が空を飛んでいるのに驚いたのか目を見開きながら男の手から炎の剣が現れ、鎌の刃を受け止める。

「まだまだっ!!」

 軌道を変えられた『結尾』を操作して、男の背後から奇襲をかけた。

「ちっ!」

 『結尾』が迫っていることを気配だけで察したのか、男は舌打ちをしつつ、妖力を体の中心に集め始める(『魔眼』を発動していたので妖力の流れが見えたのだ)。

(何か、来るっ!? 『拳術』、『飛拳』!!)

 掌を下に向け、一気に妖力を放出。その刹那、男の周囲が爆発――いや、炎が燃え上がった。

「あ、あぶなっ……」

 『飛拳』でかなり、距離を取ったのにここまで熱気が届いている。あの炎に触れでもしたら火傷だけじゃ済まされないだろう。

「あれを避けましたか……しかし、貴方、本当に人間ですか? 先ほどから人間に使える霊力や魔力以外の力も感じるのですが。しかも、今のは妖力ですよね?」

「色々あってな。でも、体は正真正銘の人間だ」

「そうですか……なら、これで終わりですね」

「え?」

 ――ドスッ!

 きっと、漫画で効果音を付けるとしたらこんな音になるだろう。俺の右肩に炎で出来た槍が刺さっていた。

「っ!?」

 痛みよりも驚きの方が大きかった。気付けば、男は何かを投げた後のような構えを取っている。

(見えなかった、だと……)

 追撃を避けるため、『飛拳』で距離を更に取る。妖力を放出する度に右肩から血が噴き出す。

「ぐっ……あ、ぐ」

 距離を十分、取ってから炎の槍を引き抜く。抜いたら槍は消えた。

「おや? あれで死なないとは頑丈なにんげ……ん?」

 笑っていた男の表情が厳しくなる。右肩の傷が治っていくのが見えたのだろう。

「貴方、人間ですか?」

「そう、言ってるだろ」

 そう答える俺だったが、冷や汗を掻いていた。

 桃色のオーラには治癒能力がある。そのおかげで俺の右目はいつもの視力を取り戻した。だが、地力は回復しないようで、残り少ない。フランを探すために魔眼を両目で開眼した事による魔力消費。暴走による妖力消費と闇の使用。リーマを召喚しておくための地力消費。ここまで来るのにかなり、消耗していたのだ。

(多分、いつも通りならこいつに負けることはないけど……今は厳しいかな)

 元々、俺は地力が少ない。なので、長期戦には向いていないのだ。フラン救出に続けてなので地力回復も行っていない。これは、かなりマズイ状況だ。

 それに今の槍のせいで霊力も使ってしまった。

「どうしました? そんな、辛そうな表情を浮かべて」

「何でもねー……よ!!」

 ここからは出来る限り、地力を節約する戦法で行く。この戦い方は幻想郷じゃ通用しないが、外の世界の戦いならきっと――。

(霊力を手、足、その周囲に纏い。その上に魔力でコーティング。更に神力を被せ、強度アップ。最後に、妖力を全力で……)

 頭で工程を思い浮かべながら力をコントロール。すると、俺の両手両足が光り輝き始めた。

「……へぇ。楽しませてくれそうですね」

「生憎、こちとら遊びじゃないんでね。殺すつもりで行く」

 そう言って男との距離を1秒でゼロにする。

「ッ」

(『ゾーン』)

 一瞬にして懐に潜り込まれたからか、男の目が見開いて行く。それを見ながら右拳を前に突き出した。

「ガッ……」

 右拳が男の鳩尾に突き刺さり、その体がくの字に曲がり始めた頃、すでに俺は男の背後に移動していた。

(やっぱり、キツイな……『雷輪』)

 ミシミシと俺の骨が、筋肉が、皮が軋んでいる。でも、これ以上、地力を消耗させないためにもこれで終わらせる。

 迫って来る男の後頭部に左肘を撃ち込む。男の体が前にスライドし始めるが、その途中で俺の右足が男の左側頭部にヒット。それとほぼ同時に左足で右側頭部に蹴りを決めた。

(まだ、だ!)

 『雷輪』で瞬間移動し、男の脳天に踵を落とす。地上に向かって落下する男の腹に高速連続パンチを何度も、何度も、何度も、何度も、何度も撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

「はあああああああああっ!!」

 ――ズガガガガガッ!

 腕の筋肉が、足の皮が、引き千切れるのも気にせず、パンチを放つ。

「このっ!!」

 最後に右拳に全ての妖力を纏わせ、男の顔面に繰り出す。直撃すると同時に男の後頭部が地面に衝突し、クレーターを作った。

「はぁ……はぁ……」

 クレーターから数メートルの位置に着地した俺の息は上っていた。無理もない。4種類の力をその四肢に纏わせ、更に『雷輪』と『ゾーン』を発動させたのだ。肉体的にも精神的にもダメージを受けている。

 だが、まだ『雷輪』のデメリットが残っていた。俺の手、腕、太もも、足の筋肉が引き千切れ、血が噴き出した。

「あっ……ぐ……」

 潰れた筋肉では立っていられなくなり、背中から地面に倒れてしまう。でも、それすら感じられないほどの激痛が俺を襲う。

「ぁ、が……」

 息すらもままならない。霊力が傷ついた筋肉を治そうとしているが、霊力も残り少ないのでその進みは遅い。

「はぁ……あ、はぁ……」

 数十秒かけて何とか、筋肉は治ったが痛みはすぐには引かず、悶えながら体を起こす。

『大丈夫か?』

 魂から狂気の心配そうな声が聞こえる。

(ああ……何とかな)

『どうして、『雷輪』を使ったのじゃ? そこまで急ぐ必要もなかったはず』

 続けて、トールが問いかけて来た。

(いや、俺の地力は残り少なかった。さっき、『結尾』を使って戦ってたけどあの男もそれなりに戦える。今の俺じゃ攻撃力に欠けてたからジリ貧になって最後はガス欠で負けてたと思う)

『だから、一気に勝負を仕掛けた……でも』

 吸血鬼が緊張したような声音でそう呟く。

「……ちょっとだけ、急ぎ過ぎたかも。指輪のリミッターも外しておくんだった」

 俺は目の前の光景を見て冷や汗を掻いていた。

「あーあ……まさか、人間如きにやられるなんざぁ……妖怪の恥だなぁ」

 クレーターの中心でフラフラしながらも俺を見て悍ましい笑みを浮かべていた男がいた。

 




普段の響さんならこの妖怪程度ならば完封できますが、ボロボロの状態での連戦なのでここまで苦戦しています。


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第202話 守りたい気持ち

 ユラユラと立ち上がる男。俺はそれを見ながら動けずにいた。

(『雷輪』のせいで手足の自由が効かない……)

 俺も立ち上がることには成功しているのだが、それ以上のアクションが取れない。地力も残り少ないので飛ぶことはできるだけ避けたい。

「それにしても……僕がここまでコケにされるなんて思わなかったよぉ? どうしてくれるのぉ?」

 首を傾けながら男が問いかけて来る。先ほどまでの丁寧な口調とは全く、違う。

『こっちが本性なのかもね……』

(本性を表に引きずり出せたのはいいけど……どうする?)

『『コスプレ』、『シンクロ』、『ダブルコスプレ』、『闇』は使えず、響の地力も残りわずか。詰みじゃな』

(だよなー)

 正直、今の状態でこいつに勝てるとは思えなかった。

『『魂同調』はどうだ?』

(却下……さっきの暴走のせいで今、魂は不安定だ。吸血鬼かトールと『魂同調』しても魂構造がぶっ壊れる)

 もちろん、狂気と闇との同調は論外だ。

『あははー、絶体絶命?』

 楽しそうに闇が結論を述べる。

(ああ、正解だ)

「あれぇ? こないのぉ? ならぁ、こっちからぁ――行くよ?」

「ッ!?」

 男がそう言った瞬間、目の前に火柱が上がった。反射的に右に転がって回避する。

「うおっ……」

 立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、バランスを崩してしまった。

「隙ありぃ!」

「くそったれ!?」

 火柱が連続で上がる。ギリギリで躱すが、どんどん苦しくなっていく。

「このままじゃ……」

 火柱が上がった後、その場が赤熱していた。周りを見れば俺がいる場所以外からも火柱が上がっている。

(めちゃくちゃだな……これじゃ山が火事に)

 その時、俺は気付いた。雅が近くで倒れていることを。

「しまっ――ッ!?」

 俺が雅の方を見た。まだ、火柱は当たっていないらしい。安心した束の間、男がニヤリと笑う。

(くそっ!?)

 残り少ない妖力をかき集めて『飛拳』を発動。低空飛行で雅の方へ向かう。しかし、男は火柱ではなく、火炎放射で雅を攻撃する。火柱よりも火炎放射の方が速いのだ。

「『劣界』!」

 叫びながら博麗のお札を1枚だけ投げた。『五芒星』を作っている暇がない。倒れている雅の前で結界が展開され、火炎放射がそれに直撃した。

 『劣界』は人間のパンチを10発ほどしか耐えられない。そのため、1秒も火炎放射を止められず、すぐに壊れてしまった。

(間に合った!)

 俺はその僅かな時間が欲しかった。そのおかげで火炎放射が雅に届く前に辿り着くことに成功。

「展開ッ!!」

 『結鎧』を展開させる。今まで周囲に広がる結界だったが、今は一点集中。火炎放射を防ぐ為に霊力を全力で流す。

「ぐっ……」

 火炎放射の勢いと霊力が少ないせいで結界に皹が走る。

「絶対に、止めるっ!」

 霊力を更に流す。皹が綺麗に消えたが、また皹が走った。

(こ、んな……ところで、負けるわけには行かないんだよ!!)

 博麗のお札を追加で10枚、投げる。『五芒星』を作る霊力はもう、残っていない。全て『劣界』だ。

 その『劣界』もすぐに壊れる。

『響!!』

 吸血鬼の悲鳴が魂の中で響く。

 ――パキッ! パリーンッ!!

 とうとう、結界が壊れ、目の前が紅蓮に染まった。

 

 

 

 

 

 

 ――私のせいだ。

 響が今、炎に飲み込まれそうになっているのは。

 ――私のせいだ。

 私が魂にいるから怒りで響が暴走した。あの時、響を支配していたのは『狂気』。私がいたから……私と『魂同調』いたから響に『狂気』が芽生えた。

 ――私のせい、だ。

 暴走のせいで響は闇を使えなくなってしまった。闇さえ使えれば今頃、あの男を叩きのめしていた事だろう。

 ――私の、せいだ。

 私がいたから、私がいるから、私が『狂気』だから。響を傷つけ、響を痛めつけ、響を悲しませた。

「……なら」

 私のせいでこんな状況になったのならば――この落とし前は私が付けるしかない。

 

 

 ――この身が朽ち果てても!!!

 

 

 その時、私の身体が輝いて外の世界にいた。

「ッ!? 狂気!?」

「うわあああああああああああああああっ!!」

 両手を広げ、私は火炎放射に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

(な、何だ!?)

 胸の奥が熱い。まるで、体の内側から燃えているようだ。そして、俺の胸のところが紅く光り始める。

「何がどうなって――」

 俺が驚愕している間に火炎放射はもう、目の前まで迫って来ていた。

(このままじゃ……)

 せめて、後ろで倒れている雅だけは守ろうと両手を広げたその時、紅く光っていた胸から何かが飛び出す。

「ッ!? 狂気!?」

 そう、現れたのは制服姿の狂気だった。狂気はこちらに背を向けているが、あの綺麗な黒髪を見ればすぐにわかる。

「うわあああああああああああああああっ!!」

 俺が驚きのあまり、動けずにいると狂気が両手を広げて絶叫した。

『響! 狂気がっ!?』

 魂の中で吸血鬼の叫びが聞こえる。つまり、原因は不明だが狂気が魂から出て来て俺たちを守ろうとしているのだ。

「やめろっ! 狂気!」

 手を伸ばして止めようとするが、その前に狂気が火炎放射に飲み込まれてしまった。

「――ッ」

 そして、その炎を狂気が吸収し始める。それもすごい勢いで、だ。そのおかげで俺たちの方に炎が来なかった。

「電流『サンダーライン』!」

 右手から電撃を放ち、男を攻撃する。火炎放射の勢いが凄まじく、男の姿は見えなかったが、この火炎放射は男の手のひらから放出されているので火炎放射に沿って撃てば――。

「いつっ!?」

 ――電撃を当てられる。

「狂気っ!」

 火炎放射が止み、狂気が俺の方に落ちて来たので抱き止めた。しかし、それと同時に狂気の体が消える。

「あちっ……」

 その瞬間、胸の中が熱くなった。一瞬だけだったので声を漏らす程度で済んだが、火傷してもおかしくない温度だった。

(狂気は……一体どこに?)

『響、狂気なら自室に戻ったぞ』

 トールがそう、教えてくれる。

「あ、あいつはどうやって?」

 魂の中に住んでいる3人は決して、外には出られない。肉体がないのだから当たり前だ。

 しかし、狂気は俺の魂から飛び出し、火炎放射を吸収。そのまま、俺の魂に戻った。まるで、俺たちを守るためだけに外に出て来たようだった。

「あーあ……折角、二人同時に倒そうと思ったのになぁ」

 その声で前を見ると男が残念そうに肩を竦めている。

「……」

 ヘラヘラしている男を見て俺は焦っていた。俺の地力はもう、ほとんどない。それに両手両足は『雷輪』のせいでいつもより動かしにくい。

(まずは、雅をどうにかしないと……)

 男が動き出す前に雅の襟を掴む。右腕に霊力を流し、思い切り後方にぶん投げた。少し経った後、ガサガサと音がする。きっと、森の中に落ちたのだろう。

「あんなこといいのぉ?」

 男がニヤニヤしながら問いかけて来る。

「あいつは頑丈なんだよ。それより、続き始めようぜ?」

 狂気が自室に戻っているので妖力は使えない。霊力、魔力、神力で倒さなくてはいけないのだ。

(出来るかどうかはわからないけど……やるしかないんだ)

「神鎌『雷神白鎌創』! 神剣『雷神白剣創』! 結尾『スコーピオンテール』!」

 右手に白い鎌。左手に白い直刀。ポニーテールに白い刃。

「へぇ? まだ、戦う気なんだねぇ?」

「ああ、負けられないんだ」

 三刀流でどれだけ戦えるかわからないが、これが一番、地力を消費せずに戦えるのだ。

(足に霊力を……)

 そう頭の中で呟くと、数センチだけ体が浮いた。ホバリングである。

「さてと、始めようかぁ?」

 聞いて来た男が一気に距離を詰めて来た。『魔眼』で見ると右拳に妖力を充電しているのが見える。

「おらぁっ!!」

 そして、拳に炎を纏わせたまま、正拳突きを放つ。それを左手の直刀で受け止める。続けざまに炎を纏わせた足を俺の側頭部を狙って繰り出した。

「くっ!」

 右手の鎌の柄を使って止める。あまりにも蹴りの威力が高くて数センチ、体が横にスライドさせられた。

「シッ!」

 俺も負けじとポニーテールで男の喉を狙う。しかし、男は首を傾けるだけで避けた。

「それで終わりかよぉっ!」

 それと同時に男が左足で地面を踏みつける。

(まずいッ!?)

 霊力を操作してバックした。その刹那、地面から火柱が上がる。

「ほらほらぁ? 逃げてばかりじゃ勝てないよぉ?」

 ニヤニヤ笑う男を前に俺は奥歯を噛んだ。

 



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第203話 守りたい心

「おらぁっ!!」

「あ、ぐっ……」

 男が地面に拳を叩き付けた。何とか、直撃だけは避けたが飛んで来た石が俺の額にヒットし、怯んでしまう。

「隙ありぃっ!」

「がッ……」

 男の右足が鳩尾に突き刺さり、後方に吹き飛ばされた。

「まだ、まだぁっ!」

 そのままの勢いで男が火炎放射を放って来る。

「『霊盾』!」

 吹き飛ばされながらも博麗のお札を5枚投げて結界を作った。角度は火炎放射に対して45度。防ぐのではなく、逸らすための結界だ。火炎放射が結界にぶつかると軌道が逸れ、俺の上方を通り過ぎた。

「へぇ? まだ、そんな小細工が出来たんだなぁ!」

 ニタリと笑った男が俺を褒めながら火炎放射を撃つ。

「そっちも火力がすごいね!!」

 苦し紛れの見栄を張りながら横に飛ぶ。ギリギリ躱されたのを見て、男は放出を止め、いくつもの火球を飛ばして来た。

(外の世界でそんだけ妖力があるとか、あり得ないだろッ!!)

 外の世界は幻想郷よりも霊力などのオカルト方面の力が弱くなる。しかし、この男のそれはそれを感じさせないほどの強さだった。それでも、霊夢やレミリアよりは力は劣っているのだが。

「白壁『真っ白な壁』!」

 白い壁を出現させ、即座に空へ逃げる。火球が壁にぶつかると共に音を立てて崩れ、砂埃を発生させた。

「それでぇ、逃げられたと思ってるぅ?」

 男の方を見ようと首を動かしたその時、後ろからそのような問いかけが聞こえる。

「思ってないからこうやって、細工してるんだろ? 雷転『ライトニングフープ』!」

 男の拳が俺に触れそうになった刹那、雷で出来た輪が俺を取り囲むように現れた。それも4つ。等間隔で俺の周りを回っているそれらはフラフープようだった。

「おっと、それは失敬ぃ」

 男が笑いながらそっと拳に火を灯す。

 ――バキッ!

(まぁ、だろうと思ってたけど……)

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 簡単に『雷転』が壊されたが、すぐに『神箱』が俺を守ってくれる。だが、外の世界で一番、力が弱まるのは神力なのだ。外の世界の住人は神の存在を信じていない人の方が多い。そのせいで信仰が薄れ――。

「よわっちいねぇ!」

 ――パリーン!

 こうやって、すぐに破壊される。

(それは俺も重々承知だっての!)

『響、ありがとう。もう、いいわ』

 その時、待ちに待っていた奴から通信が入った。そう、リーマである。

「解除!」

 リーマは仮式だ。そのため、召喚し続けていると俺の地力がどんどん、吸われてしまう。でも、契約を解除し幻想郷に戻すとリーマの中にあった余分な力が俺に還って来るのだ。その証拠に俺の体に霊力、魔力、神力が溢れて来るのを感じている。妖力がないのが心細いが狂気がその体を張ってまで俺を守ってくれたのだ。文句はない。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 両手を大きくして背後にいる男に向かって平手打ちを繰り出すも片手で止められてしまった。

「貧弱だねぇ!」

「ぐっ……」

 お腹に蹴りを貰って地面に叩き付けられる。まぁ、反射的に蹴りに逆らわず、霊力を流してバックしていたのも幸いし、そこまでダメージはなかった。

(……さてと)

 リーマの方も片付いたし、望たちがここに来るまで30分とかからないだろう。しかし、その時間は俺にとって長い。いや、この戦闘が終わるのにそこまで時間はかからないと言った方がいい。

(俺の体力的にも……ここで、決めないと)

 両手を握り、数メートルほど離れた場所に着地した男を睨む。

「凝縮『一点集中』……」

 右手に体の中にある霊力、魔力、神力を集める。右手が仄かに光った。それは赤でも青でも白でもない。全ての色が混ざったような不思議な光。

「……そろそろ、正念場ってところだねぇ」

 俺の様子を見て何かに気付いたのか男がそう質問して来る。

「ああ、そうだな」

「大技で決めるつもりみたいだけどぉ。わざわざ、僕が待ってる必要性もない、よねぇ!!」

 男が一気に俺に距離を詰めて来て、拳が俺の鳩尾に直撃し貫いた。

「ッ……」

 激痛のせいで集中力が途切れそうになり、右手の光が揺らぐが何とか、持ち直す。そして、俺の腹に突っ込まれている男の腕を左手で掴んだ。

「なっ……」

「さすがに、これだけ、やれば反撃さ、れないとで、も……思っ、たか?」

 俺の口の端から血が漏れる。だが、その口元は何故か、緩んでしまう。

「俺は、これまでにな? これ以上の痛みを味わってんだよ……物理的にも、精神的にも。だから、それに比べたらお前のこの一撃だって我慢出来る。もう、これ以上、あんな苦しみを味わいたくないから」

 思い出されるのは、涙。怒って、悲しくて、心配して、流した涙なんかもう見たくない。俺は嬉しさのあまり、漏れた涙だけを受け入れたい。

「お前、本当に、バカだよな」

「な、何が……」

「雅に、手を出したこと。それと俺の覚悟を甘く見過ぎたこと」

 そう言いながらそっと、男の胸に右手を当てる。男は何か感じたようで逃げようとしているが、俺の左手がそれを許さなかった。

(まだ、一度も成功してないけど……これしかないんだ。あーあ、こんな至近距離じゃ俺も巻き添えか……でも、悪くない)

 俺の覚悟は『生き残る覚悟』だ。家族のために、友達のために、皆のために、自分のために、敵を殺してでも生き残る。それが俺の覚悟。

 でも――それ以上に譲れない物がある。それは『俺の知り合いが傷つけられること』だ。

俺が生き残っても俺の帰りを待っていてくれる人が傷つけば意味がない。傷つくのをただ、見ている奴は自己中心的な人だ。俺はそんな奴になりたくない。ならない。なってはいけない。俺はそれらを守るために力を得たのだから――。

 その力で誰かを傷つけてはいけない。俺は守るためにこの力を使う。

 確かに、誰かを守るためには誰かを傷つけなくてはいけないと思う。

 だが、全ての人を守ることなんて出来るはずがない。そもそも、そんな偽善を言うほど俺は自惚れてなどいない。

 しかし、俺の前で知り合いが傷つくのだけは許せない。だから、俺はこの力を振るう。自分の身を傷つけることになっても――。

「開力『一転爆破』」

 スッと男の胸から右手を離すが、不思議な光だけはその場に残った。最初は小さな球体だった光がどんどん、大きくなっていく。

「お、おい? まさかっ――」

 冷や汗を掻く男を見て俺は一言、呟いた。

「……バーン」

 その刹那、俺と男は光に包まれる。

 

 

 

 

「……ん」

 ジンジンと体が痛む。きっと、『開力』のせいだ。でも、胸の痛みは不思議とない。霊力で傷を治したのだろう。まぁ、霊力が足りなくなって『開力』で負った傷は治せなかった。

(でも、これで……)

「いてて……」

「そ、そんな……」

 声がした方を見て俺は倒れながら絶望する。

「あんな技を使って来るなんて思わなかったよぉ? まぁ、僕を殺せなかったのは計算違いだったみたいだけどねぇ?」

 男は肩で息をしているが、確かに立ち上がっていた。

(こいつ、化け物か……いや、『開力』の凝縮が甘かったんだ。それに開放が早すぎた)

 『開力』は俺の持っている力を一転に集め、相手の目の前で開放しその爆発に巻き込む技だ。話を聞くだけではそこまで強く思えないが、例えるなら核分裂が起きる時にその中心にいるような感じだ。まぁ、さすがにそこまで威力はないが喰らえば一溜りもない――はずだった。

 しかし、さっきも言ったようにこの技はまだ、未完成。何とか、爆発には巻き込んだが開放する時に力が分散してしまい、威力が落ちた。

「さぁ? 動けないみたいだけど、僕は遠慮なんかしないからねぇ?」

 男がうつ伏せで倒れている俺に向かって歩いて来る。

(仕方ないか……体は動かないし、闇に頼るしか)

 俺はゆっくりと目を閉じる。

『じゃが、そうすれば響はまた……』

 トールが小声で呟く。トールの言う通り、俺はまた暴走する。きっと、飲み込まれればもう、戻って来られないだろう。

(……まぁ、いいや。雅を守れるならそれで)

「闇開『ダークフ――』」

 闇の力を引き出そうとした――が、俺の言葉はそれ以上、続かなかった。

「きょおおおおおおおおっ!!」

 そんな絶叫と共に男に向かって巨大な岩が飛んで来たからだ。

「……ちっ」

 顔を顰めた男は右手に炎を灯して岩を殴る。岩は簡単に砕けた。

「お、お前……」

 しかし、俺は目の前の光景に呆けて無意識の内にそう言っていた。

「響は、私が守るッ!!」

 黒い長方形の翼が12枚。髪はボブ。色は黒。身長は高校生に見える。その後ろ姿は何度も見て来た。

「雅……」

 俺を守るように雅が両手を広げて、男の前に立ち塞がっていたのだ。

 



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第204話 守りたい人

 ものすごい振動と爆音で私は目を覚ました。

(な、何、今の? それに私は……)

 そうだ。私はあいつ――ガドラ(響が『男』と呼んでいた妖怪)に勝負を挑んで負けてそのまま、気絶してしまったのだ。

「でも……ガドラはいないし」

 周りを見渡すと山の山頂付近だとわかった。だが、私とガドラが戦っていた場所ではない。あそこよりも標高が低い場所だ。

(どうして? ガドラなら無理矢理、連れて行くはずだし……まさかっ!?)

 残った力を振り絞って空を飛ぶ。体を360度、回転させてやっと山頂から黒い煙が昇っている。

「響!」

 私は元主の人間の名前を叫びながら煙の方に向かった。

 

 

 

 

 

「――せなかったのは計算違いだったみたいだけどねぇ?」

 もうすぐで山頂というところでガドラの声が聞こえる。下を見るとうつ伏せで倒れてる響の横顔が見えた。その前にガドラ。

(そ、そんな……響がやられるなんて……)

 私の中で響はヒーローだった。独りぼっちだった私を助けてくれたヒーロー。いつも、自分を犠牲にして私たちを守ってくれた人。

 そんな人の仮だったとしても式神になれて私は幸せだった。私は響より強い人を――いや、響より強い妖怪を知らない。もちろん、力は妖怪の方が強い。だが、響は力もそうだが、何よりその精神力が凄まじいのだ。

 どんな攻撃を受けても、どれだけピンチでも、響は諦めず逆転の一手でどんな敵でも倒して来た。闇の時は通信が途切れていたから直接、見られなかったけど私が仮式になってから響の戦いをずっと見ていた。だが、私が助けに行きたくてもいけなかった。何故なら、私は響が呼んでくれないと響の元へいけないからだ。

「だ、駄目……」

 心配だったけど、響はいつだって帰って来てくれた。でも、今は違う。

 響はガドラをずっと、睨んでいる。多分、策はあるけど危険な賭けなのだろう。だから、ああやって使うかどうか悩んでいるのだ。

「駄目……」

「さぁ? 動けないみたいだけど、僕は遠慮なんかしないからねぇ?」

 ガドラが響に近づいて行く。響はゆっくりと目を閉じた。覚悟を、決めたらしい。

「駄目っ」

 響は自分が危険な目に遭ったとしても家族のためなら犠牲になるのも気にしない人なのだ。

 無意識の内に翼を地面に突っ込み、岩を持ち上げる。

「きょおおおおおおおおっ!!」

 生きてきた中で一番、大きな声で主の名前を叫ぶ。そして、翼を使って岩をガドラに投擲した。

「……ちっ」

 ガドラは小さく、舌打ちした後に拳に火を灯して岩を殴って破壊する。響は私の方を見て目を見開いていた。私は降下して響の前に降り立つ。

「お、お前……」

 後ろで響の声が聞こえたが、スルーした。

「響は、私が守るッ!!」

 両手を広げてガドラの前に立ち塞がる。

「雅……」

「おー? 雅じゃん?」

 ガドラの口調が丁寧じゃない。この状態は彼の本気。

(ガドラをこの状態になるまで追い詰めたんだね、響)

 私でもこの状態のガドラを見たのはこれで2回目だ。もちろん、1回目は私が奴隷にされた時である。それに響もそうだが、ガドラも負けないぐらいボロボロだ。後もう一歩というところで地力が足りなくなってしまったのだろう。

(ガドラは瀕死……なら、私でも……)

 そう自分に言い聞かせるがやはり、怖い。

「……っ」

「あれぇ? どうしてたのぉ? 足、震えてるけどぉ?」

「そんなこと、ない!」

 私が怯えているのを悟られまいと突進を試みる。

「待て! 雅!」

 しかし、その前に響に呼び止められた。振り返ると響が立ち上がろうとしているようだが、手足に力が入らないようで何度も地面に伏している。

「響……やっぱり、地力が……」

「くそっ……暴走さえなければ」

 悔しそうに響がそう呟く。

(ぼう、そう?)

 そう言えば、響は何故、一人なのだろう? 私と別れるまで望たちと一緒だったのに。

「おらぁ! 行くぞぉ!」

「くっ!」

 響に翼を1枚だけ巻き付け、飛翔する。その瞬間、私たちがいた場所に火球が撃ち込まれる。

「さ、サンキュ」

「響は霊力の回復を急いで! まだ傷、治り切ってないんでしょ!」

「……すまん」

 響はそう言って目を閉じた。瞑想しているのだ。

(ガドラは炎を操る……そして、私は少しでも炎に触れたら能力が使えなくなってしまう。それにあいつは体のどこからでも炎を出せるし、どこでも灯せるから触れたら終わりだ。なら、触れなければいい)

 そうと決まれば、私は翼の一つに手を当てる。すると、翼が黒い粒となってガドラに向かって射出された。

「へぇ? 前より強くなってるみたいだけどぉ? 僕には効かないよねぇ?」

 ケラケラと笑いながら手を横薙ぎに払うガドラ。その手の軌道をなぞるように火が出現する。その火に吸い込まれるように黒い粒は燃えて消えてしまった。

 流れるように飛翔してガドラが全身に炎を纏って突っ込んで来る。急いで横にスライド。私のすぐ傍を炎の塊が通り過ぎる。その瞬間、より一層、集中力を高めて火の粉の動きを観察。

(やばっ!?)

 その一つが今まさに私の翼に触れようとしている。これだけでも駄目なのだ。これに触れてしまったら――。

「くっ!」

 即座にその翼の制御をやめる。そして、その場から離れた。

 切り離した翼を見てみると燃えている。きっと、あのままだったら私がああなっていただろう。

 もう一度、翼を黒い粒にして飛ばすがまた燃やされた。

(翼の数は残り9枚……1枚は響を掴むのに使ってるから8枚か……)

 私の飛行能力は翼に依存していないからなくてもいいが、ちょっと試したいことがあるので少し心配だ。

 ガドラが攻撃して来る前に山に生えている木に手を振れた。トン、トン、トン、と。私が触れた木はすぐに黒い粒になり、私の背中に集まる。

「うわぁ。いつ見ても鬼畜だねぇ?」

 それを見てガドラが口笛を吹く。

「生きる為だからね」

「でも、『触れた物の炭素を全て、自分の翼にする』とかヤバいでしょぉ? 人間なら即死だよぉ?」

「人間にはこれ、使わないよ。人殺しにはもう、なりたくない……」

 後ろをチラリと見て翼が12枚あることを確認。そのついでに響の様子も窺う。顔色は悪いが目を閉じて深呼吸を繰り返している。

(絶対に守るから……)

「いけっ!」

 黒い翼を3つ、粒にして飛ばし、すぐ後に岩を地面から削り取ってぶん投げた。

「おっとっとぉ……遠距離は効かないよぉ? 近距離は殺されに来るだけだけどぉ」

 ガドラはそう言いながら黒い粒を燃やし、岩を砕く。すぐに火炎放射を撃って来る。

(躱せないっ……ならっ!!)

 体を左にスライドさせながら右翼の1枚を爆破させた。その勢いで体ごとロールし、火炎放射から逃れる。

「……今のには感心したよぉ。その翼にそんな使い方があったなんて」

「まぁ、ね」

 今のは過去の響が桔梗【翼】の能力である振動を使った移動法である。稀に響が見た夢を私も夢として見ることがあるのだ。丁度、私が見たのは変な怪鳥と戦っている子供の頃の響だった。

「絶対に、響を殺させはしない!」

「……はぁ。雅、お前はそこまでその男に毒されたんだねぇ?」

「毒されたんじゃない! 救われたんだ!!」

「まぁ、どっちでもいいやぁ。だって、二人とも、ここで死ぬんだしぃ?」

 軽い口調でガドラはそう言ったが、目は本気だ。

「あーあ。でも、あんなに弱かった雅がここまで強くなるなんて、ねぇ!!」

「ッ!?」

 左翼の1枚を爆破させて火球を躱す。予備動作なしだったので焦った。

「雅と初めて会った時ぃ、雅は何をしていたっけなぁ?」

 火球をいくつも飛ばしながらガドラが話し続ける。

「な、何が……」

「ああ、そうだったそうだったぁ。雅、妖怪を殺してたっけぇ?」

「ッ……」

 わかった。こいつ、私を揺さぶって動きを止めようとしているのだ。

(でも、その手には乗らないッ!)

 ガドラの言葉を無視して黒い粒と岩を連続で飛ばす。

「あれだったねぇ? 雅、すごく怖い顔してたねぇ? まぁ、自分をいじめていた奴を殺していたんだものぉ」

 言葉を紡ぎながら全てを燃やし尽くした。

「お前は妖怪の血を4分の1しか持っていない。ただのゴミ。屑。カス」

 木に触って自分の翼にする。すぐ、火球を避ける為に爆破させた。

「そんなお前をいじめる妖怪はたくさんいた。すごいよな? お前、ずっと我慢していたんだもの」

 また、木に触る。爆破させる。黒い粒を飛ばす。木に触る。

 ガドラの言葉を気にしないために動き続けた。

「でも――我慢の限界が来た。お前はいじめて来た奴らを皆殺し……いや、自分の力にした」

(気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな――)

「妖怪の体に触って炭素にして自分の体に取り込み、己の地力にしたお前はいつしか、最強になっていた。そりゃ、三桁を超える妖怪を取り込んだんだから」

(攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃爆破攻撃吸収攻撃攻撃爆破爆破吸収攻撃吸収爆破爆破爆破攻撃攻撃攻撃爆破攻撃吸収攻撃攻撃爆破吸収攻撃――)

「それも僕が来るまで。僕をも殺そうとしたお前は僕に触れて――燃えた。今まで取り込んだ妖怪を全て、燃やされた。力を失ったお前を僕は奴隷にした。そりゃ、触れただけで殺せるんだから。僕はお前に仕事を与えた。もちろん、殺しの――」

(攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃吸収爆破攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃爆破吸収攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃ッ!!)

「それから何十年経ったかな……お前は逃げた。僕の傍から離れた。そして、そこの人間に捕まった。いや、人間じゃないな……化け物につかま――」

 

 

 

「響は化け物なんかじゃないッッ!!」

 

 

 

 私は――叫んだ。私のことはともかく、私の恩人の悪口は耐えられなかった。そう、叫んでしまった。

「雅、避けろッ!!」

「ッ!?」

 響の絶叫に下を向く。私の真下から炎が上がっている。数秒で響もろとも私を焼き尽くすだろう。

(爆破ッ)

 ロールして逃げようとしたが、翼が1枚――つまり、響を掴んでいるのに使っている翼しか残っていなかった。

「しまっ――」

 逃げられない。焼かれる。殺される。死ぬ。

 私は恐怖した。死ぬことにではなく、響が殺されることに――。

 響だけは殺させない。絶対に。

 全快とまでは行かないだろうけど、それなりの時間を稼いだはずだ。これだけ妖力を使ったガドラならきっと――倒してくれる。

 私は無意識の内に響を地面に――火柱が上がらない場所に向かってぶん投げていた。

「雅いいいいいいいいいいいッッッ!!!」

 後ろから響の声が聞こえる。

(響、ゴメンね……バイバイ)

 顔だけ振り返って微笑む。それを見た響が私に向かって手を伸ばしてくれた。それだけでも嬉しかった。

 

 

 

 

 そのまま、私は――火柱に飲み込まれた。

 



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第205話 守りたいから――

「雅いいいいいいいいいいいッッッ!!!」

 遠ざかる雅に向かって手を伸ばす。その手には傷はない。雅のおかげで体の傷はほぼ治っていたのだ。

 俺の悲鳴が聞こえたのか、雅が顔だけ振り返って俺を見た。そして、微笑む。

 それはまるで、最期の別れのような――不吉な笑み。今、俺はそんな微笑みは見たくなかった。

「駄目だ、駄目っ! 駄目だあああああ!!」

 飛びたくても霊力は空っぽ。魔力、神力も同様。妖力などもってのほか。闇は使えない。コスプレもできない。指輪も使えない。何か、何かないか? この状況で雅を助ける方法は。何か、何かあるはずだ。いつだって俺はそうやってピンチをチャンスに変えて来た。今回だって何か思いつくはずだ。『ゾーン』を使っているからまだ、考える時間はある。

 だから、火柱。止まってくれ。やめろ。雅を燃やすな。『ゾーン』の中では俺の思考以外、全て時間が止まって見えるほどゆっくりになるのだ。だから、動くな。雅の足を、腿を、腰を、腹を、手を、腕を、胸を、首を、顔を、頭を、命を燃やすな。やめろ。やめてくれ。

 嘘だ。目の前で起きている光景はきっと、ガドラ(雅が叫んでいたのでやっと、名前がわかった)が妖力を使って見せた幻だ。だって、雅が火柱に飲み込まれるはずなんてない。俺がきっと、何とかしているはずだから。俺が、絶対に、守るのだから。

「ああああああああああああああああああああああッ!!」

 ならば、俺はどうして叫んでいるのだ? 絶叫しているのだ? 泣いているのだ? 俺が助けるのなら、叫ぶな。絶叫するな。泣くな。俺は何の為にここに来たと思っているのだ。もちろん、雅を助けるためだ。なのに、なんだ。この景色は? 結果は? 過ちは?

 

 

 

 何故、火柱が消え、その中から黒こげの死体が落ちて来るのだ?

 

 

 

「があああああどおおおおおらああああああああああああ!!!!」

 絶叫のあまり、喉から血が噴き出る。力の入らない四肢から冷気が漏れる。目から涙が零れる。全て、あいつの――ガドラのせいだ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

【ほら、ワタシを使いなよ】

 

 更に冷気が溢れた。まるで、俺の怒りに反応するように。

 

【使って滅ぼしなよ。憎む相手はガドラ】

 

 内なる声が俺を誘う。

 

【ガドラは大切な家族を殺した。殺す理由はそれで十分】

 

 地面が一気に氷漬けになる。

「な、何だッ?!」

 さすがのガドラも驚いていた。俺が殺すべき敵。

 

【開放しなよ。ワタシはいつでも、主の味方だよ】

 

 拳がとうとう、凍った。でも、動く。動かす度にパキパキと音を立てながら壊れ、また凍る。

「お、お前……何が、一体?」

 敵が俺を見て目を見開いている。殺すなら今だ。

 

【そう、殺せ。そして、憎め。その感情がワタシに力をくれる。主も強くなる】

 

 一歩、踏み出す。踏み出した場所から氷が飛び出した。もう一歩。つららのように尖った氷が地面から突き出る。

 

【感情に任せろ。大丈夫。ワタシの言う通りにすれば大丈夫】

 

(コロス。あいつを、殺す。雅を殺したあいつを――ガドラを――殺す。殺す。殺す)

 視界に敵しか入らなくなる。俺を見て後ずさっている敵。あれ? 敵の名前って何だっけ? いいか、どうせ殺すのだから。

 

 ――駄目ですッ!! 雅はまだ、生きています!!

 

 でも、あんなに黒こげなんだ。死んでるよ。

 

 ――見てください。まだ、息をしています!! 早く!! 貴方なら雅を救えます!!

 

 駄目だ。俺はあいつを殺さないと駄目なんだ。

 

 ――いいから、雅を見て!! 響!!

 

「み……やび」

 視界の端に映る雅を見た。

「あ……」

 本当に微かだが、まだ胸が動いている。

「雅っ!!」

 体から発せられていた冷気が消え、俺は雅の元に駆け寄った。細心の注意を払って雅を起こす。

「雅! 目を開けてくれ!! 雅ッ!!」

「ぁ……が……あ」

 もう、顔すらもわからないほど大やけどを負っている雅の口がパクパクと動くが声が聞こえない。声帯がやられているのだ。

「喋るなッ! 今、お前に地力を送って……」

 そこまで言って俺は気付いた。雅はもう、俺の正規の仮式ではないのだ。スペルを破ったから。それに正規の仮式だとしても俺には地力が――。

「雅……」

 ギュッと雅の体を抱き寄せる。

「きょ、う……」

「雅っ!?」

 俺の名前を呼んだ雅の顔を見た。そして、ゆっくりと口を動かす。

『あ、り、が、と、う――ば、い、ば、い』

 それを最期に雅は目を閉じて、力を抜いた。いや、死んだ。

「あ……ああ……」

『ゾーン』

 苦し紛れに発動。これがラストチャンス。

 雅を救うための、家族を救うための、守るための最後の思考。

(何か、あるはずなんだ……きっと、いや絶対にあるはずなんだ。違う。あるはずなんかじゃない。ある。俺ならできる)

 頭の中を穿るように記憶を辿る。答えを探すのだ。

 答えは、あった。それも、雅が今までずっと望んで来た物だ。俺はいつもそれを拒んでいた。

 

 

 

 ――でも、雅を救うためならそんな物、いつでも受け入れてやる。

 

 

 

「『我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る』」

 そっと、呟く。胸が仄かに光る。

「雅、生きろッ!」

 そう言いながら、俺は――俺たちは口付けを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

「……あーあ、まさかこんな形で夢が叶うなんて」

「仕方ないだろ? こうするしかなかったんだから」

「本当に躊躇なく、キスしたね」

「ああ」

「何で?」

「お前を救うため」

「……じゃあ、何で今まで拒んで来たの?」

「恥ずかしいから」

「……乙女か」

「俺はれっきとした男だ」

「……まぁ、いいけど」

「おい」

「何?」

「一緒にガドラをぶちのめしてくれないか?」

「……理由は?」

「俺の家族を――雅を傷つけたから」

「ふーん。でも、違う」

「何が?」

「頼み方」

「どう違うんだ?」

「決まってるでしょ? 命令しなさいよ」

「……雅」

「はい」

「ガドラを一緒にぶちのめすぞ」

「仰せのままに」

「じゃあ、行くぞ。“式神”」

「ええ、“ご主人様”」

 

 

 

 

 

 

「う、嘘だろ……」

 ガドラは目の前の光景に唖然としていた。その口調も軽いものではない。

 そもそも、ガドラは軽い口調の時はマジギレモードなのだ。雅はそれを本気モードと勘違いしていたが、ガドラは今の口調――つまり、標準語の時が本気モードなのだ。

 そんな本気のガドラは一体、何を見て目を見開いていたのか?

「さて……何倍返しで返してやろうかしら?」

「決まってる。無限大倍だ」

「了解」

 響がキスをした瞬間、雅の体が輝いて傷が嘘のようになくなった。そのまま、目を開けて響に微笑んだ後、ガドラを睨んだ。そりゃ、誰でも驚くだろう。瀕死だった奴が全快になって立ち上がったのだから。

「ガドラ。私は絶対に負けない。響が、皆が、私を家族だって言ってくれる間は」

 14枚の黒い板を背中に雅が言った。

「私は、お前を殺す。もう、それで全てを終わらせる。響、お願い」

「……スペルカード」

 さっきまでフラフラだった響もしっかりとその足で立っていた。そして、その手には1枚のスペルカード。

 前、雅が破ったスペルの片割れだ。そのカードに力を込めると光を放ち、そこに刻まれていた文字を変化させる。

 

 

 『仮契約』の3文字が『契約』に――。

 

 

「契約『音無 雅』!!」

 宣言した刹那、雅の14枚の翼が1枚、また1枚と重なって行く。最終的に両翼2枚になった。そして、背中にくっ付いた後、皹。板に亀裂が走り、割れる。その中から響が半吸血鬼化した時とはまた、違う形の漆黒の翼が現れた。その形は機械のように角ばっており、鳥のそれとは印象が違う。まるで、黒い板に黒い板を重ね、翼の形を象ったような、そんな翼。

「いい? ガドラ、今までの私とは全く、違うから注意して」

 その翼を動かして頷いた雅はそっと、ガドラに言った。

 




雅、覚醒。


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第206話 憑依

「お、おい……何がどうなってんだよ?」

「説明してやる義理はない。お前はただ、雅に殺されればいいだけだ」

 ガドラの問いかけを一刀両断する。

「は、はっ! 雅にどんな力を与えたか知らねーけど、炎が弱点なのは変わらねーだろ!!」

 そう叫びながら火炎放射を放って来た。

「……」

 俺は動かない。前に新たな翼を生やした雅がいるからだ。

「ガドラ、残念だったね」

 雅がそう呟きながら2枚の翼を火炎放射にぶつけた。炎は翼に衝突して大きく軌道を逸らされる。

「なっ!?」

 それを見たガドラは目を見開く。そりゃ、雅の能力が失われていないのだから。炎に触れただけで炭素を扱えなくなる雅が炎に触れても堂々と立っているのだ。驚くに決まっている。

「響、力を貸して」

「え?」

「多分、今のでわかったけど、私の力は前より何倍にも跳ね上がってる。でも、ガドラは倒せない」

 その時、ガドラが火球を何発も投げて来た。それを雅は両手に炭素を纏わせ、殴って軌道をずらす。

「私は元々、防御タイプ……式神になってわかったけどより一層、防御タイプに近づいたみたいなの」

 つまり、ガドラの攻撃を抑えることはできるけど、雅の攻撃もあいつには通用しないってことなのだ。

「……でも、俺にも地力は残ってない」

 雅と契約を交わした時に少しだけ増えたけど、ガドラを倒せるほどの力は残っていない。

「どうする? 霙たちを待つ?」

 雅との通信は復活しているので霙と話したのだろう。

「いや、これは俺と雅の問題だ。それにあいつらも限界だと思う」

「そっか……皆、頑張ってたんだもんね」

 顔だけ振り返った雅は少しだけ寂しげな表情を浮かべる。

「お前だって頑張ってたよ」

「……ありがと」

 しかし、これからどうすればいい。きっと、このままジリ貧でもガドラに勝てるが、それでは雅は納得しないだろう。

(……あるっちゃあるけど、出来るのか?)

 一つの奇策を思い付いたが、それを出来るのかどうかわからなかった。

『出来るんじゃない?』

(いや、待てよ吸血鬼。何で、確信を持ってるんだ?)

『決まってるじゃない。雅だからよ』

 吸血鬼は断言する。理屈もあったもんじゃない。でも――。

「雅、やるぞ」

「何を?」

 火球も収まり、今度は炎の剣で切りつけて来るガドラ。雅は右手に炭素の剣で受けつつ、返事をした。

「何って決まってるだろ?」

 声に出せばガドラに聞こえてしまうかもしれないので頭に直接、伝えた。

「……いいね。ガドラを圧倒してあげよっか」

 雅もニヤリと笑ってガドラを黒い翼で牽制する。ガドラは何回もバックステップして雅から離れた。

「来い、雅!!」

 俺はそう言いながら雅に手を伸ばす。

「うん!」

 笑顔で雅は俺の方を振り返り、手を掴んだ。これが第一段階。

 すぐさま、手を離す雅。空を飛んで俺の背後に移動する。これが第二段階。

 ガドラが俺たちの様子を窺っているのを見てそっと目を閉じ、心を落ち着かせる。これが第三段階。

 雅との共鳴率が上がる。お互いにお互いを思い、守りたいと願い、強くなる。これが第四段階。

 すると、目の前に1枚のスペルが出現。それと同時に雅の翼が大きくなった。これが――最終段階。

「憑依『音無 雅』!!」

 スペルを掴んで宣言。

「させるかっ!」

 ガドラは火炎放射を放って来る。しかし、ちょっとだけ遅かった。火炎放射が届く前に俺は雅の翼に包まれる。

 視界は真っ暗。二人の息遣いしか聞こえない。

「……響」

 そう呟く雅の吐息が俺の後ろ首にかかる。真後ろにいるのだから当たり前だ。

「……行くぞ」

「うん」

 俺は振り返る。そこには雅がいた。真っ暗な空間なのに雅の姿は見える。まるで、雅の体にスポットライトが当たっているかのように。

 俺と雅はどちらがともなく、両手を前に出してギュッと相手の手を、指を絡めるように繋ぐ。

「何か、安心する」

「そうか?」

「うん……」

「……俺も」

 多分、共鳴率が上っている証拠なのだろう。でも、俺はその一言だけで片付けたくなかった。

「やっぱり、家族だからかな?」

 そう、家族だから。お互いに守りたいから。俺たちはその気持ちでいっぱいだった。

「うん、家族だからだよ」

 雅はそう言いながら涙を零す。

 こいつは、ずっと独りだったのだ。俺に会う前も会ってからも。ガドラという存在がいる限り、雅は独りなのだ。ガドラという柵がいる限り、雅は孤独なのだ。

「雅、家族を守るために力を貸してくれ」

 だから、俺は雅に手を貸す。家族でいるために。守るために。

「もちろん、私は響の“式神”だよ」

「頼もしいな」

「頼もしいのは最初からでしょ?」

「はは……そりゃ、言えてる」

 この1年間。雅と暮らして来てわかった。俺はこいつに頼りっぱなしだった。戦闘もそうだが、精神面的に。こいつとふざけ合っていると楽しくいられた。幸せだった。

「【憑依】」

 その幸せを守るために俺は雅を取り込む。目の前にいる彼女の体が透き通る。そして、黒い粒子となり、俺の中に入って来た。

 粒子を全て、取り込んで目を開けると木が見えた。

「お、おい……そりゃ、何の冗談だ?」

 後ろからガドラの声が聞こえる。その声音だけでも驚愕していることがわかった。

 体の様子を見ると、服は変わっていなかったが、両手両足――素肌が黒く変色している。言ってしまえば、炭素を纏っていた。

 更に口元に手をやると、ツルツルしている。携帯を取り出してそのディスプレイに映る己の姿を見た。忍者のように口元、鼻に黒い何かが覆い被さっていた。もちろん、黒い何かとは炭素である。俺の素肌が露出しているのは目の周りとおでこくらいだ。これでは本当に忍者みたいだ。

「おい、ガドラ」

 ゆっくりと振り返ってガドラを見ると冷や汗を掻きながら後退しているのが見える。きっと、俺から漏れている妖力の量にビビっているのだろう。

「お前、雅をバカにしていたみたいだけど……これでも同じこと、言えるか?」

「ッ……」

 手を地面に付ける。地面の中に含まれている炭素を背中にかき集めた。黒い鴉のような翼が生まれる。

「さて、ガドラ。ここからは手加減できないから死ぬ覚悟、済ませておいてくれ」

「……だ、誰が死ぬかよッ!」

 目を見開きながらガドラが出鱈目に火球を飛ばして来る。更に火炎放射、火柱のコンボもおまけに。これは簡単に切り抜けられない。

『響、大丈夫。私がいるから』

 魂の中で雅がそう、言ってくれた。

(そうだったな……)

 それだけでも俺はものすごく、落ち着く。

「炭素『黒き風』」

 翼を黒い粒子にして俺の周りを超高速で旋回させる。火球が粒子にぶつかると弾け飛ぶ。火炎放射が粒子に衝突すると弾き飛ばされる。火柱が足元から上っても、軌道を逸らされる。

「な、何っ……」

「今度はこっちの番だな。炭符『カーボンナックル』」

 両手から黒いオーラが漏れた。力が凝縮されている。

「炭路『黒き道』」

 靴底に炭素を集め、ガドラまで黒い道が現れた。

「シッ」

 炭素を操作し、ベルトコンベアのように動かしてガドラの目の前まで高速で移動することに成功。

「なっ?!」

 驚いたガドラは慌ててその場から離れようとするが、その前に俺は右拳をガドラの鳩尾に叩き込んでいた。

「ガッ?!」

 ガドラの体がくの字に曲がるのを見つつ、『道』をガドラの背後まで伸ばして移動。移動が終わった時にはガドラの体は俺の方に向かって来ていた。その隙だらけの背中に左ひじを撃ち込む。

「あっぐっ……」

 ガドラの背骨から嫌な音が聞こえたが、気にしない。『道』を彼の真上に伸ばす。

「炭集『密集炭鉱』」

 『道』から足を外して逆さまのまま、落ちた。その途中で右つま先に炭素を集め、体をグルリと回転させ――。

「回蹴『サマーソルト』」

 ――右つま先をガドラの脳天にぶち込んだ。本来、『回蹴』はただのサマーソルトキックだが、今はつま先に炭素が集まっていたのでいつもより威力が高いだろう。

「ハッ……」

 口から唾を吐き散らしながらガドラは地面に叩き付けられる。しかし、俺の攻撃はまだ、終わってなどいない。

「炭槌『黒き鉄槌』」

 手に炭素を集め、巨大なハンマーを作り出す。その途中で、浮遊し地面と距離を取る。

「せいっ!」

 地面に倒れていたガドラに向かって振り降ろした。衝撃で地面が割れる。

「炭針『黒き針』」

 砂埃が消える前に翼(『道』を作った時にはもう、元に戻っていた)からいくつも黒い針を放つ。まだ、終わらせない。

「炭符『黒き閃光』」

 少しだけ体を上昇させ、右手のハンマーを再び、黒い粒子にする。更に翼の炭素も右手に集めて凝縮させた。

「お前……相当、運が悪いよな。だって、雅と俺をここまで怒らせたんだから」

 右手の粒子を両手で包み、地面に――ガドラに向かって放出。それは『黒符』にも似ているが性質は全く違う。

 『黒符』は引き寄せ、潰すものだが『炭符』は小さな粒子で削り、すり潰すのだ。

「……」

 地面に降り立ち、砂煙が消えるのを待つ。

「……終わったよ、雅」

『うん……』

 俺たちの目の前に、血だらけで地面に倒れているガドラがいた。

 



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第207話 私の覚悟

「完全に気を失ってるな……」

 近づいてガドラの様子を窺ってそう判断した。

「お兄ちゃん!!」「お兄様!!」

 背後からの絶叫に吃驚しながら振り返ると、霙に乗った望、フラン、霊奈を見つける。

「響……その姿は?」

「まぁ、色々あってな。後で説明するよ。今はこいつをどうするか考えよう。雅、どうする?」

 魂の中にいる雅に問いかけた。

『……憑依、解除できる?』

「憑依、解除」

 そう呟くと俺の体から黒い粒子が漏れ、一か所に集まる。そこに雅が現れた。

「おっと……」

 足に力が入らなくなり、バランスを崩してしまうが雅が支えてくれた。

「響、何で地力の残りを私に?」

 俺が憑依を解除した時に俺の中に余っていた地力を出来る限り、渡したのだ。

「だって……これから、何かするんだろ?」

「……うん」

「なら、持って行け。俺は寝れば回復するし」

「えっと……もう一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」

 雅の質問に無言で頷いた。

「先に、帰ってて」

「帰って来るんだよな?」

「もちろん、やっと私を縛っていた鎖が解けるんだよ? もう、私には響しかいないから」

「……ああ、なら帰る。霙、すまんが乗せて――って定員オーバーか……」

「あ、大丈夫だよ。私、飛ぶから」

 フランがそう言って、霙の背中から降りて浮遊する。

「ありがと」

「いえいえ。これでもお礼が足りないくらいだよ」

 ニコニコしながらフランが言う。

「大丈夫?」

 霙に乗るのも一苦労でやっと、乗れた。望にも心配されてしまったらしい。

「ああ、でもこの山を下りて人目が気になり始めたら霙を返さなきゃな……」

『それまで私の背中で休んでいてください!』

 頭に直接、霙がそう伝えてくれた。

「そう、させて貰うよ……」

 そこまで言って、俺は目を閉じて意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

「……雅ちゃん」

「何?」

 私はガドラを見続けながら返事をする。望も私が振り返らないことがわかっていたようですぐに話し始めた。

「雅ちゃん、私たちはずっと雅ちゃんの家族だからね?」

「……うん」

「私たちはずっと、ずっと雅ちゃんの味方だからね?」

「…………うん」

「私たちは――ずっと、一緒だからね?」

「……………」

 私は、返事が出来なかった。今、声を出してしまえば泣いていることがばれてしまうから。

「……じゃあ、家で待ってるね。霙ちゃん、お願い」

「バウッ!」

 後ろで足音が遠ざかって行く。チラリと背後を見ると誰もいなかった。

『霙、奏楽。通信切るよ』

『了解であります』『はーい!』

 これから起きる事は誰にも見られたくない。

 通信を切って私はガドラの頬を叩く。

「……くっ」

 しばらくすると呻き声を漏らしながらガドラが目を覚ます。

「起きた?」

「み、やび?」

「うん、雅だよ」

「ッ!?」

 体を起こして辺りをキョロキョロする。きっと、響を探しているのだろう。響がいないとわかるとほっと安堵のため息を吐くほどだった。

(まぁ、あれだけやられたらね……)

「ガドラ」

「何だ?」

「……私はお前の奴隷だった。これの事実は消えないし、誰にも消せない」

「……」

「これからの私は違う。お前の指図も受けないし、お前にも負けない」

 ガドラが私の目を真剣に見つめる。

「……でも、お前が生きてたら私は――ずっと、お前に縛られたままなんだ」

「っ……お前、まさか?」

 やっと、わかったのかガドラが目を見開く。

「私、覚悟を決めたんだ。一生、響について行くって。響なら――響だからこそ、私は自由の身になれる」

「ま、待てよ……お前はあいつの式神なんだろ? なら、あいつに縛られたままじゃないか!」

「それは違うよ?」

 ガドラの意見をすぐに否定する。

「確かに私は響の式神。主と式の関係。これ以上でもこれ以下でもない。でもね? 響は言ってくれたんだよ。『家族を守りたい』って」

 それに、私のことも家族だって言ってくれた。

「私も、響と同じ気持ちなんだ。家族を――響を守りたい。一緒に戦っていきたい。一緒に傷ついて、一緒に悲しんで、一緒に楽しく暮らしたい」

「だ、だからって……ッ!」

 ガドラが何か、言おうとするのを私はガドラの額に人差し指を当てることで止める。これだけでもガドラは額に銃口を突き付けられたと同じなのだから。

「……だから、お前を殺す。お前が生きていたら私は自由になれない。お前に傷つけられた心の傷がずっと、疼き、痛み、悲しみを生む。だから、お前は死ぬんだよ」

「お、お前ッ!?」

「私は覚悟を決めたんだよ。『生き残る覚悟』だ。誰かを犠牲にしてでも、私は響と一緒に生き延びてやる。でも、お前がいたんじゃ、私は死んだままなんだよ」

「ま、待てよ……」

「お前に拒否権はない」

 皮肉な話だ。ガドラの力に圧倒されていた私は『人差し指をガドラの額に当てる』だけでこいつを殺せるのだから。

「待ってくれよ、雅!」

「お前が、私の名を呼ぶな」

「待ってくれ! 頼む!」

「お前は私がどれだけお願いしても、暴力をやめてくれたことはあったか? 炎を消してくれたことはあったか? 私を開放してくれたことはあったか?」

 そう、それと同じだ。こいつがやめなかったから私は同じことをするだけ。

「お願いします!! 何でも……何でもしますから!!」

 とうとう、ガドラは涙を流して懇願し始める。その姿を見て、私は思った。

(哀れ……)

 ガドラの目には私はどんな顔で映っているのだろう。多分、目に光を宿していないと思う。だって、自分でもそう思うのだから。

「とっくにその台詞を使える期限は切れてんだよ。お前は、死ぬんだ」

 指先に力を込める。

「や、やめてくれええええええええ――」

 山の中に轟いたガドラの声が突然、途切れる。目の前には骨と無機物、服のみが残っていた。

「……………」

 私の身体の周りを飛び回る炭素を自然に戻す。適当に飛ばして空中にばら撒いたのだ。ガドラだった物を。

「…………………はぁ」

 私は天を仰ぐ。すっかり、日は沈み星空が綺麗だった。まるで、汚れた私に見せつけるように。

(これで……終わったんだ)

 何十年にも及ぶ私の柵が消えた。私の手で消した。いや、殺した。

 これが正しかったのかどうかはわからない。けど、これだけは言える。あいつが生きていたら私はずっと、怯えて暮らしていただろう。ガドラの炎を弾き飛ばせるほど強くなったとしてもトラウマが残っていただろう。

「はぁ……」

 まぁ、やっぱり殺しは気持ちのいいものではない。罪悪感と虚無感に襲われ、体が震える。それでも、私は後悔していない。だって、これが私の覚悟なのだから。これから、こんなことが山ほどあるだろう。でも、皆を守るためだったら私は鬼にもなるし、犠牲にだってなってやる。

(まぁ、犠牲にはさせてくれないんだろうな……)

 私の主はそれを許そうとせず、それどころか逆転の一手で全ての守りたい人を守り抜くのだ。

「あーあ……やっぱり、響はすごいなぁ」

 そんなすごい人の式神になれて私は幸せだ。思わず、人差し指を唇にくっつけてしまう。今更、恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。

「……帰ろう」

 今日の晩御飯は何だろう? 霙から教えて貰った情報によると悟も響の家にいるみたいだから、ご馳走かもしれない。フランが助かったパーティーとかやりそうだ。もちろん、望が発案者である。

「楽しみだなぁ」

 山道を歩きながらこれからのことを考えた。まず、皆に謝ろう。そして、お礼を言うのだ。私を助けてくれて――私を受け入れてくれて――私を家族と言ってくれて――私を好きでいてくれてありがとう、と。これ以上の幸せはない。

 

 

 

 

 私は本当の意味で響たちと家族になれた気がした。

 




これにて雅編は終了です。この後は長い後日談。


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第208話 被害報告

 目を覚ますと俺はベッドの上にいた。どうやら、山を下りる前に気絶してしまったようだ。

「お目覚めかしら?」

 そして、目の前に紫がこちらを覗いていた。

「やっと来たか」

「ええ、こっちの問題も解決したのよ」

 問題と言うのは博麗大結界の歪みのことだろう。

「お疲れ様」

「そちらもお疲れ様。全く、あの邪仙のせいでとんだ迷惑よ……」

 確かにあいつが問題を起こさなかったら、フランがこちらに来ることもなく、事件は雅の奴しか起きなかったはずだ。

「本当に……疲れた」

「でも、得られた物はあったでしょ?」

「……ああ」

 あの桃色のオーラと『式神憑依』。また、新しい力を得られた。これから、かなり戦いやすくなるだろう。

「さてと、悪魔の妹を連れて帰りたいのだけど……まぁ、今はやめておきましょうか?」

「何でだ?」

 普通ならすぐにでも連れて帰るはずなのに。

「だって、そんな幸せそうな笑顔を浮かべながら寝ていたら起こせないじゃない」

 紫の視線を追うと俺の体に抱き着いて眠るフランの姿があった。

「……まぁ、スキホさえくれれば明日、連れて行くよ」

「そう言うと思って準備しておいたわ。もちろん、新しいPSPの方もね」

 フランの起こさないように左腕で紫からスキホ(何だか、前よりボロボロで深い切り傷が1つだけあった)を受け取る。軽く操作して機能は前と同じだとわかり、すぐにそこら辺に置いた。

「PSPなんだけど、メモリースティックも壊れちゃったんだ」

「知ってるわ。ちゃんと元のデータを入れておいた……いえ、1曲だけ増えてるわ」

「増えてる? 東方って新作出したっけ?」

「まぁ、その曲が再生された時のお楽しみってことで」

 紫はウインクしてそう言った後、スキマに潜って帰った。

(勝手な奴だなぁ……)

 ため息を吐いて俺は眠ろうとするが、目が覚めてしまってすぐに眠られなかった。

『なら、こっちで話でもしない?』

 その時、吸血鬼が言う。まぁ、暇だしお言葉に甘えて魂の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「よう」

 魂の中に入り、俺はそこにいた“3人”に手を挙げて挨拶する。

「うむ」

「やっほー!」

 トールと闇が返事をしてくれるが吸血鬼は紅茶を入れていたため、無反応だった。

「……狂気は、まだ部屋か?」

「ええ、呼んだのはそのことも話しておこうかと思って」

 ティーポットとティーカップをお盆に乗せてキッチンからやって来た吸血鬼。

「やっぱり、あれはあり得ない現象だったのか?」

 もちろん、狂気の具現化である。

「……ああ、正直言って無茶と無謀だった」

「無茶と無謀?」

 トールの言っている意味がわからず、聞き返す。

「まず、我らがこの魂から出たら魂バランスが崩れてしまう。そうならないために響に力を供給して楔としておるんじゃよ」

「つまり、俺に力を与えることで自分たちを俺の魂に縛り付けてるってこと?」

「そうよ。聞こえは悪いけど響の魂が崩れたら私たちも死んでしまうからこっちにもメリットはあるの」

「じゃが、狂気は一瞬だけだが、響の魂から抜けてお主の盾となった。あと数秒、帰って来るのが遅かったらどうなっていたかわからんかったぞ。これが無茶じゃ」

 そこまで話してトールは紅茶が入ったカップを傾ける。

「じゃあ、無謀は?」

「……狂気はお主の中に全ての妖力を置いて飛び出したんじゃよ」

「なっ!?」

 妖力を全て置き去りにしたということはあの時の狂気は人間――いや、それ以下の存在だったと言うことだ。力が無ければただの抜け殻なのだから。

「あ、あいつ、大丈夫なのか!?」

「率直言うけど、危険な状況よ。ガドラの炎が狂気の体を蝕んでる。このまま、何もしなければ……どうなるかわからないわね」

「くっ……」

 多分、俺には何も出来ないだろう。それが悔しくて奥歯を噛んだ。

「まだ、話し合うことは残ってるわ。残骸について」

 目を鋭くしたまま、吸血鬼が呟く。

「響、雅が殺された時、また残骸に飲み込まれそうになったじゃろ?」

「……ああ」

 あの時、聞いた声はきっと、魂の残骸だ。

「やっぱり、この前の狂気との魂同調のせいで響が負の感情を抱くと力を与えてしまうようね」

 憎しみ、悲しみ、怒り、嫉妬。他にもたくさんあるだろう。

「……結構、ヤバくないか?」

「だから、こうやって話し合っておるのじゃろう。しかし、響も人間。負の感情を抱かないように生きるなんて無理じゃ」

 そりゃ、俺だって怒ったり、泣いたりする。

「でも、推測だけど強い感情じゃなきゃ残骸に力を与えないじゃないかしら?」

「どうして?」

「だって、響が暴走したのはフランと雅が傷つけられた時でしょ? 今まではフランが悪いことして怒っても暴走するなんてことはなかったわけだし」

「……俺、家族を傷つけられて感情を押し殺すなんて出来ないぞ?」

 実際、暴走したのだ。

「それぐらい、わかっておる。だから、悩んでおるのじゃろうが」

「そうだよなぁ……どうしよう?」

「それなら、私にいい考えがあるよ」

 いつの間にか俺の膝の上に座っていたフランが言った。

「いい考え?」

「うん、少し前に――」

「ちょ、ちょっと待って!」

 フランが考えを述べようとするがそれを吸血鬼が止める。

「どうした? 吸血鬼」

「いや、何でフランがいるの?」

「……あれ!?」

 そうだ。ここ、俺の魂だ。フランが勝手に入って来られるわけがない。

「私にもわからないけど……何か、入って来ちゃった」

 舌を出して悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべるフラン。

「きっと、響との共鳴率が上がった事によってこうやって、魂に引きずり込まれたんじゃろうな。まぁ、シンクロは出来んだろうが……」

「そんなに共鳴率が上ってたっけ?」

「多分、桃色のオーラのせいで常に響とフランは共鳴している状態なのかもね」

「簡単に言っちゃえば、私とお兄様の仲が良くなったってこと?」

「間違ってはおらんな」

 トールが頷くとフランは嬉しそうな表情を浮かべ、俺の胸に背中を預けた。

「お兄様、やったね」

「まぁ、仲が良くなることはいいけど……大丈夫なのか? 近くにいるだけで魂に入って来たりとか?」

「それはないわ。今は同じベッドで至近距離で寝てるから来ちゃったけど普段はないと思う」

 それなら、いいだろう。紅魔館に遊びに行く度に引き込んでいたらレミリアに殺されてしまう。

「それで? いい考えって何なのじゃ?」

「ああ、そうだったそうだった。少し前に希望がなくなるっていう異変が起きたんだけど……その原因の付喪神が『感情を操る程度の能力』なんだって」

「『感情を操る程度の能力』? そんな能力があるのか?」

 そいつならどうにかしてくれるかもしれないが、信じられなかった。感情を操るとは一体、どんな能力なのだろうか。

「私も新聞で見ただけだから詳しくはわからないけど……霊夢なら知ってるんじゃないかな? 当事者だし」

「なら、幻想郷にお前を送るついでに聞いてみるか……」

「え!? 私、送られるの!?」

 何を驚いているのだ、この妹は。

「さっき、紫が来てスキホとPSPをくれたんだよ。これでお前を紅魔館に帰してやれる」

「えー……」

「じゃあ、『起きたらすでに紅魔館でした』の方がよかった?」

 吸血鬼が意地悪い笑みを浮かべながらフランに質問する。

「そ、それは嫌だ!」

「まぁ、明日のお昼ぐらいに送るよ」

「う、うぅ……」

 フランはものすごく不機嫌そうな顔で唸った。

「そろそろ、夜明けじゃ。ほれ、お主らはもう、戻れ」

「わかった。狂気のこと、頼む」

「ええ。出来る限りのことをするわ」

 吸血鬼とトールが頷くのを見て俺は最後に闇の方を向く。

「闇、体は大丈夫か?」

「うん! もう、バリバリだよ!」

 バリバリとは一体、何なのだろうか。

「そ、そうか……まぁ、異変を感じたら呼べよ」

「うん!」

「じゃあ、フラン。帰るぞ」

「はーい」

 俺たちは3人を置いて魂から出て眠りについた。

 




雅の方が解決しましたが今度は……狂気ですか……。


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第209話 感情制御練習

「……」

「……」

「貴方たち、何か喋りなさいよ」

 今朝、無茶したことを望たちに盛大に説教された後、俺はフランを紅魔館に帰すために幻想郷に来ている。因みに、雅はいなかった。夜には帰って来たのだが、朝早く出て行ってしまったらしい。

 仕方なく、俺はフランを紅魔館に帰し、博麗神社に来たのだが。

(な、何だこいつ……)

 無表情でこちらをジーッと見て来る少女が目の前にいて動けなかった。

 薄紫がかった腰までのロングヘアに同じく薄紫の瞳。 服装は青のチェック柄の上着に桃色の長いバルーンスカート。上着には胸元に桃色のリボン、前面に赤の星、黄の丸、緑の三角、紫のバツのボタンが付いている。頭には『福の神』のお面を装備していた。

「れ、霊夢……何で、こいつこんなに見て来るの?」

「知らないわよ……ほら、何か言いなさい」

 霊夢が無表情少女に言うが――。

 ジー。

 動かない。ずっと俺を見ている。

「……すごい」

 だが、少女がボソッと呟いた。

「な、何が?」

「ここまで、希望を持った人、みたことがない」

 いつの間にか『福の神』のお面から『女』のお面に変わっている。

「希望?」

「うん。人里とか色々な場所で人々から希望の象徴とされてるみたい……」

 意味が分からず、霊夢の方に目を向けた。

「……こいつは秦 こころ。『感情を操る程度の能力』の持ち主で少し前の異変の原因よ」

「こ、こいつが!?」

 昨日、フランが言っていた『感情を操る程度の能力』の持ち主はこいつだったようだ。しかし、『感情を操る程度の能力』を持つ人としては無表情すぎて逆に感情がないように見える。

「ほら、このお面……これが感情の象徴としてるの」

 ちょんちょんと『女』のお面を指さしながらこころが教えてくれた。

「……なぁ、こころ」

「何?」

「頼む。感情を制御するやり方を教えてくれ」

 頭を下げてお願いする。

「理由は?」

「俺、外の世界とここを行き来してるんだけど……外の世界で怒りが爆発して暴走しちゃったんだ。そのせいでたくさんの人を、殺した」

 フランから聞いた話では銃弾を撃って来た奴らに向かって闇の力で弾を跳ね返したらしい。そのせいで全員が頭を撃ち抜かれ、死んだ。俺は人殺しをしてしまったのだ。

「……暴走?」

「俺の中には闇の力とか狂気とか負の力を宿した魂がいるんだ。俺の魂は変な構造になってるらしくて、いくつも魂を取り込んでいる。その中に魂の残骸がいるんだけど、そいつが強い負の感情を糧に強くなるんだ。今回の暴走も俺の怒りのせいで魂の残骸が凶暴化して……」

 俺の話をこころは黙って聞いていた。無表情のまま、真剣な目を俺の顔に向け続けていた。

「……具体的にどうなりたい?」

「そうだな。負の感情を抱かないようにするとまでは言わない。抑え込むとか出来ないか?」

「うーん、ちょっと厳しいかも。感情って状況に応じて強さが変わるからその時にどれだけ響が強い感情を抱くかわからないから」

 それを聞いて俺は項垂れてしまう。

「でも、負の感情に体が慣れると我慢しやすいかも」

「慣れさせる?」

「これ持って」

 そう言ってこころが『般若』のお面を差し出す。俺も黙って受け取った。

「っ!?」

 突然、目の前が真っ赤になる。頭の中が沸騰してしまうのではないかと疑ってしまうほど正体不明の怒りが湧き上がって来た。

「ちょ、ちょっと! 貴女、何やったの?!」

 傍で見ていた霊夢がこころに向かって叫ぶ。

「あ、あれ!? 持つだけならそこまで感情を抱かないのに!?」

 『猿』のお面を付けたこころが慌てている。

「あ、ぐっ……」

 多分、俺の能力のせいだ。このお面はきっと、『怒り』。他の人が持つ分にはイラッと来る程度だろうけど、俺が持てば俺の感情全てが『怒り』に支配されてしまう。

 

【おお、いい感じいい感じ。もっと、もっと怒って!】

 

 魂の中で残骸が嬉しそうに叫んでいる。

「響の体から黒いオーラが!?」

 また、闇の力が暴走し始めているのだ。

(お、抑えられないっ……)

「全く、世話の焼ける主だね」

 その声が聞こえた瞬間、『般若』のお面が俺の手から離れる。いや、俺の手首に衝撃を与えて、落とさせたのだ。

「はぁ……はぁ……」

 汗を滝のように流しながら博麗神社の境内に膝をつく。

「み、雅……」

 息を荒くしながら顔を上げると雅がいた。

「うん、ちゃんと成功したね」

「な、何が?」

「霙と違って私って仮式期間が長かったでしょ? そのせいで響に呼んで貰わなくても私の任意で召喚できるの」

 それは式神としてどうなのだろうか。

「まぁ、勝手に召喚されるから力の供給は通常の10分の1なんだけどね」

「と、とにかく助かったよ……」

「響……ゴメン。まさか……あんなになるとは……」

 『姥』のお面を付けたこころが弱々しい口調で謝って来る。

「いや、これは俺の能力のせいだから……でも、吃驚したなぁ」

「それはこっちのセリフよ。いきなり、暴走しそうになるんだから」

 霊夢が心配そうな表情を浮かべて言う。

「すまん。でも、これじゃ感情制御は無理かな……」

「持つのは早すぎたかも。でも、触って徐々に慣れさせたら大丈夫だと思う」

 こころが腕を組みながら呟く。きっと、考えながら話していると思うのだが、無表情なのでよくわからなかった。

「じゃあ?」

「うん、付き合ってあげる。私も響に興味を持ったから」

 これで感情制御練習はどうにかなりそうだ。

「それにしてもさっきはどうなるかと思ったわ」

 雅がため息を吐きながら俺の方を見て苦笑する。

「さっき、式神になったとか言ってたけど……何があったの?」

 霊夢が首を傾げて問いかけて来た。俺は手短にガドラのことを教えた。

「ふーん……あれ? 式神になるためには何かしなきゃ駄目じゃなかったっけ?」

「っ……そ、それはだな」

 キスしたとか恥ずかしくて言えない。

「キスしたの」

「「なっ!?」」

 雅の爆弾発言に霊夢も俺も驚愕してしまう。

「おお♪ 若いねぇ♪」

 『火男』のお面を付けたこころは何故か、冷やかして来る。

「え!? 雅も!?」

 その直後、背後でフランが叫んだ。

「ふ、フラン!? 何でこんなところに!?」

「お兄様が携帯忘れたから届けに来たんだよ!」

 そう言うフランの手には俺の携帯(スキホではない方だ)が握りしめられている。

「でも、聞き捨てならない話が聞こえた! 雅、お兄様とキスをしたって本当!?」

「待ちなさい! フラン、今『も』って言ったわよね!?」

 霊夢の質問で俺も思い出した。

「俺はした覚えないぞ!?」

「そ、それは……仕方なかったの!!」

 つまり、したのだろう。

「ええええええ!? い、いつ!?」

「お兄様が暴走しちゃったから少しでも気を引こうとしてつい!」

「ついでしちゃ駄目でしょうが!」

 霊夢の怒声が境内に響き渡る。それから3人で言い争いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「あーあ……始まっちゃった」

 響たちは何故か、言い争いを始めてしまった。私は参加するつもりないので放っておくことにする。

「貴女は入らないの?」

 その時、隣にいたこころ(響の視界を通じて視ていたのでだいたい、状況はわかっている)が質問して来た。

「まぁ、今から入っても響から鉄拳を貰うだけだし」

「……貴女は響が好きなんだね」

「うん、好きだよ。人間としてね」

「女としては?」

「……無理かな。ライバルが多すぎてもう諦めてるって感じ」

 フラン、望もそうだが、霊奈だってきっと――それに。

「響は人気者だね」

「いい男だからね。顔は女だけど」

「あ、男だったんだ。知らなかった!」

 『大飛出』のお面を付けながらこころが驚く。

「おい……」

「さてと、私はこれで帰るね」

「うん。あ、こころ」

 帰ろうとするこころを呼び止めた。

「何?」

「響のこと、よろしくね?」

「……まかせておいて」

 その時、こころの口元が少しだけ緩んだように見えた。

 




雅は自分の意志で響の傍に行けるようになりました。
雅からしたら『響の傍で響を守りたい』という願いが叶った形になります。


……雅、よかったね。


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第210話 宴会

3分遅かったっ……。
とりあえず、正午にもう一本投稿します。


「さてと。皆、準備はいいか?」

「「「「「はーい!!」」」」」

 雅が式神になってから早2週間が経った。テストも終わり、皆の予定が良い感じに空いていたので今日、幻想郷で宴会が開かれる事になった。もちろん、内容は歪異変(博麗大結界に歪みが生じた異変。フランがこちらに来た原因の異変だ)の解決祝いと俺が幻想郷に初めて行った日から丁度、1年経った祝いだ。

「それじゃ、行くか」

 皆(望、雅、霙、奏楽、霊奈の5人)は自分の靴を持って俺の部屋に集合していた。俺はスキホに入れてあるので何も持っていない。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 スペルを発動させると紫の衣装に身を包んでいた。すぐにスキマを開けて博麗神社に向かう。

「あら、早かったわね」

 境内に出ると霊夢が掃除をしていた。靴を履いていないので浮遊したまま、スキマを潜り抜ける。

「まぁ、手伝えることがあったら手伝おうと思ってな」

「そう。今日はたくさん、来たわね」

 俺の後から出て来た5人を見て少しだけ苦笑する霊夢。

「今回の異変は外の世界も巻き込んだからな。皆も活躍したし」

 望、雅、霙、霊奈はそうだが、奏楽も俺たちを手伝おうとしていた悟を引き留めていてくれたのだ。悟も連れて来たかったが、さすがに無理だった。あいつはこちらのことは知らない方がいいだろう。

(幻想郷があるとわかったら喜びそうだけどな……)

「霊夢さん、お久しぶりです」

「いらっしゃい、望。それに響の式神と……霊奈も」

「う、うん」

 やはり、霊夢と霊奈はまだギクシャクしている。

「さて、霊夢。何か手伝うことはある?」

「そうね……じゃあ、響は冷めても食べられる物を作ってて頂戴。他の子は私について来て。会場の準備を手伝ってもらうわ」

 霊夢の指示を聞いて皆、行動を開始した。俺も台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ! だいたい、揃ったからそろそろ始めるぞ!」

 魔理沙が立ち上がって大声で言う。その声を聞いて俺も台所から居間に移動した。

「お? 今回の主役も来た事だし挨拶して貰おうか!」

「俺がするのか?」

「当たり前だぜ! 歪異変がなければこの宴会はお前が主役だったんだし!」

 魔理沙は笑顔で言いながら座る。自然と居間にいる皆の視線が俺に集まった。

「……じゃあ、一言だけ。これからもよろしく」

「響、それだけなの?」

 いつの間にか俺の隣に来ていたリーマ(大人モード)が俺の肩に手を置く。そちらを見ると顔が真っ赤になっていた。すでに出来上がっている。

「もっと、ないの? 『1年前の俺とは違うぜ! 今から誰か戦ってくれ!』とか」

「いや、それはさすがに――」

「何!? 戦うのか?! 弾幕ごっこか! 私、やりたいぜ!!」

 リーマの言葉を否定しようとするが魔理沙の声に掻き消されてしまった。

「魔理沙さん! 待ってください! 私も響さんと戦いたいです!」

 今度は妖夢が立ち上がって魔理沙に抗議する。

「二人とも、抜け駆けはいけません。私も響ちゃんと遊びたいです!」

 早苗も続く。遊びではないのでそこは訂正して貰いたい。

「咲夜、響と戦って来なさい」

「かしこまりました」

 レミリアの指示で咲夜も立ち上がる。

「さすがに4対1は無理だな」

「そこで私たちの出番だね」

 雅がそう言って俺の隣に来た。その後に霙と奏楽も続く。

「え? 奏楽も戦うの?」

「うん! おにーちゃんと遊びたい!」

 だから、遊びではないのだが。

「でも、奏楽は地力が少ないからなぁ」

「そんな時にこれを使えば大丈夫!」

 目の前に現れたにとり(万屋の依頼で何度も会話しているのでそれなりに親しい仲だ)が2つの腕輪を取り出した。

「にとり、これは何だ?」

「こっちの腕輪を響に付けて。こっちをその子に付けてっと……」

 カチャカチャと音を立てながら俺と奏楽の手首に腕輪をハメる。

「これで、その子が力を使うとその子の地力の代わりに響の地力が減るよ」

 つまり、奏楽の地力を消費せずに奏楽の力が使える。しかし、その代わりに俺の地力を消費しなければならないようだ。

(まだ、狂気は部屋から出て来ていないし……うーん……)

「仕方ない……軽くなら」

 こうして、4対4の変則弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「契約『音無 雅』。契約『霙』。契約『奏楽』」

 雅は黒い翼を生やして、霙は狼モードで、奏楽は大人モードで召喚される。

 それを見て博麗神社の方から感嘆の声が聞こえた。きっと、奏楽を見て驚いたのだろう。

「作戦は簡単。俺と霙で攻める。雅は防御。奏楽は援護でどうぞ」

「「了解(なのです)!」」「バゥッ!」

 三人が頷く。それを見て俺は霙の背中に乗った。

「へぇ! 奏楽がそんな姿になるとは思わなかったぜ……でも、相手にとって不足はない!」

「響さんに修行の成果を見せる時が来ました! 絶対に負けません!」

「響ちゃんと遊ぶのは久しぶりです! 頑張りますよ!」

「まぁ、お嬢様の指示なので……手加減はなしで行きます。弟様、覚悟はよろしいですか?」

「ルールは一撃でも有効打を貰ったら戦闘不能。その場から離脱してください。それじゃ、始めっ!」

 審判役の霊奈が合図を出すと魔理沙がいきなり、八卦炉を取り出した。

「まずは小手調べだぜ! 恋符『マスタースパーク』!!」

「いきなりかっ!?」

「魂壁『魂の壁』」

 俺たち全員、極太レーザーの射線に入っている。全員を守るために俺が『神箱』を取り出した時、奏楽が前に躍り出た。

「―――――――――」

 俺には理解できない単語を呟くと半透明の障壁が目の前に出現し、マスパを受け止める。

「うおっ……」

 その途端、俺の中の地力がごっそりと減った。

(こんなに使うのか!? あの障壁!?)

 しかし、そのおかげで障壁はマスパを受け切った。

「そ、そんな!? あんな薄っぺらい壁1枚に!?」

「人符『現世斬』!」

 今度は妖夢が剣を構えて、一気に接近して来る。

「おっと、これは私が止めるね」

 雅が黒い翼を地面に突き立てた。そして、妖夢の足元から炭素でできたツルが何本も飛び出す。

「くっ!?」

 足に絡まって来るツルに妖夢は顔を歪める。

「メイド秘技『殺人ドール』

 しかし次の瞬間、ツルは何本ものナイフによってバラバラにされてしまった。

「妖夢さん、そのまま突っ込んでください! 援護します!」

「はい!」

 妖夢の後ろに早苗という構図で俺たちの方へ走って来る。

「じゃあ、俺たちも動くか。霙、頼むぞ」

「バゥ!」

「それじゃ、私たちは援護ね」

「うん、わかった。お兄さん、気を付けてね」

 そう言って雅と奏楽は妖夢たちに向かって突進する。

「雷刃『ライトニングナイフ』! 神鎌『雷神白鎌創』! 神剣『雷神白剣創』! 結尾『スコーピオンテール』! 魔眼『青い瞳』!」

 雷で出来たナイフを妖夢に投げた後、3本の剣を出現させた。その時には霙も走り出している。目を青くして全体の様子を窺う。

「まずは、妖夢から! あいつはインパクトの修行をしてるから一番、危険だ!」

「炭符『カーボンナックル』!」「魂道『魂の誘い』」

 雅が右手に炭素を集めている間に奏楽が妖夢を引っ張る。

「な、何ですか!? これ!?」

 妖夢が驚愕していると雅が妖夢の鳩尾に拳を叩き込もうと腕を引いた。

「させません!」

 風を巻き起こしながら早苗が雅の前に飛び出す。そして、雅の拳と早苗のお祓い棒が激突した。

「ガㇽッ!」

 早苗と雅を軽々と飛び越えて霙は妖夢へ突進する。

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 だが、俺たちの道を塞ぐように星弾が通り過ぎた。

「霙、右だ!」

 そう言いつつ、俺は左に向かって鎌と剣を突き出す。

「彗星『ブレイジングスター』!」「幻世『ザ・ワールド』!」

 霙の前には何本ものナイフが、俺の前から魔理沙が彗星のように突っ込んで来る。

「魂唱『震え立たせる歌声』」

 それと同時に奏楽の歌声が聞こえ始めた。すると、いきなり体が軽くなる。

(身体能力アップかッ!)

「三本芝居『剣舞舞宴華』!」

 霙の背中から飛んで彗星に向かって剣を振るう。

「なっ!?」

 箒に乗ったまま、魔理沙が驚愕する。その刹那、箒がバラバラになった。

 このスペルは右手の鎌で斬撃を飛ばし、相手の攻撃に隙間を作り、その間に剣を突き刺して、神力を爆発させ、隙間を大きくする。そして、ポニーテールで隙だらけの相手に攻撃する技だ。彗星に穴を開けるのは一苦労だったが、何とか上手く行った。

「うおっ!?」

 魔理沙はそのまま、どうすることもできずに境内に叩き付けられる。

「魔理沙、脱落。霙、脱落」

 紫(有効打を受けたか判断することになっていた)の声を聞いて霙の方を見るとナイフが境内に刺さっていた。そして、その中でプルプルと震えている霙(擬人モード)の姿があった。どうやら、狼モードだとナイフが刺さってしまうと思ったのかモードチェンジしたが、その隙に咲夜に攻められて動けなくなってしまったらしい。

「これで3対3ね」

 咲夜が微笑みながら言って来る。戦闘中は敬語ではないようだ。むしろ、ずっとタメ口でもいいのだが。

「……いや、2対3だ」

「え?」

「妖夢、脱落」

 それを聞いて妖夢の方を見ると仰向けに倒れていた。その辺りの地面は氷漬けになっている。霙が地面を凍らせてそこに奏楽が妖夢を運んだ。スペルを発動したままだったのでそのまま、誰もいないところでスペルを空振りしそのまま、氷で滑って後頭部から倒れてしまったのだ。

「……はぁ、あの半人半霊。何がしたかったのかしら?」

「さぁ?」

 だが、まだ戦闘は終わっていない。俺と咲夜は同時に剣とナイフを振るった

 



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第211話 式神たちとの戦い

お詫びのもう1話です。


 何度も、ナイフと剣がぶつかり合う。

「奇術『ミスディレクション』」

 咲夜がスペルを宣言した途端、目の前から消えた。時間を止めて移動し、その間にナイフを俺に向かって何本も投擲している。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 神力の箱で防御。

「雅! 早苗が奏楽を狙ってるぞ!」

 奏楽の視界に早苗が映ったのを見て叫んだ。

「炭弾『カーボンショット』!」

「くっ! 秘術『グレイソーマタージ』!」

 雅の弾幕と早苗の弾幕がぶつかり合う中、奏楽がこちらに歩いて来る。

「魂剣『ソウルソード』」

 スペルを唱え、半透明の剣を手に取り、横に一薙ぎした。その刹那、凄まじい斬撃が咲夜を襲う。

「時符『パーフェクトスクウェア』!」

 咲夜がスペルを使い、避難する。だが、その先には俺がいた。『魔眼』による力の探知で先読みしたのだ。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 巨大な手が咲夜に届く――しかし、すかさず、早苗がそれを止めにかかる。

「奇跡『ミラクルフルーツ』!!」

 俺の拳は弾幕とぶつかり合い、前に進まなくなってしまう。

「奇術『エターナルミーク』」

 俺が動けないのを見て、咲夜がスペルを発動し攻撃して来る。

「炭壁『カーボンウォール』!」

 弾幕が俺に届く前に雅の作り出した炭素の壁に遮られた。

「―――――――――」

 また、奏楽が何かを呟き、半透明の剣を振るう。それを見て早苗と咲夜が飛翔して逃げる。

(妖力が使えないから『拳術』は使えない……なら!)

「雷雨『ライトニングシャワー』!」

 空に向かって大量の雷弾をばら撒く。これで二人の動きを制限できたはずだ。

「炭装『カーボンヴェール』!」

 雅が二人の後を追って空を飛ぶ。その途中で炭素の粒を体の周りに漂わせ、俺の雷弾を蹴散らしながら突き進む。

「秘法『九字刺し』!」「幻在『クロックコープス』!」

 雷弾の隙間を移動し、雅から逃げながら早苗と咲夜は同時にスペルを宣言。すると、格子状の弾幕の間にナイフがセットされたまま、奏楽の方へ飛んで行く。

『……ごめん、お兄さん』

 それを見て逃げられないとわかったのか奏楽が俺に謝った。手に持っている剣はもう、消えかかっている。時間制限が迫っているのだ。

(お前は良くやってくれたよ。お疲れ様)

 そう言って、自らスペルを解除させた。格子状の弾幕が当たる前に奏楽はその場から消え、博麗神社にいる望の元へ帰って行った。

「奏楽、脱落」

 紫がそっと呟く。

「ふぅ……これで2対2。お前たち、どこかで共闘でもしたことがあるのか?」

「あったじゃない。狂気異変」

「……ああ」

 そう言えば、もっと大人数で一人の敵と戦っていた。それと比べて二人の方が息を合わせるなど造作もないことだ。それに咲夜は従者。主の気持ちを考えて命令される前に用事を済ませている。彼女なら早苗に合わせることだって難しくないだろう。

「さてと……響、どうしよっか?」

 無闇に突っ込めば返り討ちにされると思ったのか雅が俺の隣に着地して問いかけて来た。

「そうだなぁ……まぁ、一気に決めた方がいいかもな」

 それにコンビネーションなら俺たちの方が上だ。

「オッケー。作戦は?」

「臨機応変」

「了解」

 そう言って俺と雅は同時に飛んで二人に突進する。

「開海『海が割れる日』!」

 早苗が唱えたスペルはこちらの動きを制限するような弾幕と自機狙いの直線弾幕。俺と雅はお互いに距離を取って弾幕をばらけさせる。

「幻象『ルナクロック』!」

 それを見越していた咲夜が雅に向かってナイフを連投。更に時間を止めて雅を追い詰めるようにナイフを設置して飛ばして来た。『開海』のせいでただでさえ、動きづらいのにナイフまで飛んで来たら――。

「くっ……」

 雅が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを見た。

(こっち見なくてもわかってるっての)

「再召喚『式神をこき使う主』!」

 スペルを唱えると雅が俺の横に瞬間移動する。本来、このスペルは俺に危険が迫った時に式神を盾にするスペルだ。まぁ、逆に言ってしまえば、式神に危険が迫っていたらこっちに移動させればいいのでこう言った使い方も出来る。

「雅ッ! あれ、頼むぞ!」

「まかせて!」

 頷いた雅は黒い翼を半分ほど黒い粒子に変えて早苗の周りに漂わせた。

「え? え?」

 何が起きているのかわからないようで早苗がその黒い粒子を不安げに眺めている。

「魔法『火の粉』」

 その隙に俺は米粒のようは火種をその黒い粒子に放り込む。火炎魔法は俺の苦手分野で、出せてもこれぐらいなのだ。でも――。

 ――ババババッ!

 雅の炭素は他の炭素よりも燃えやすい。いや、燃えやすいと言うより火が付いたら『爆発する』のだ。

 つまり、小さな火でも炭素の粒子に着火されれば連鎖的に全ての炭素が大爆発を起こす。それを証明するように早苗は大爆発に巻き込まれ、見えなくなっている。

「雅、右から来る」

 そう言いながら右を見ると早苗を抱えた咲夜がナイフを3本、投げたのが見える。咲夜は時間を止められるのでこちらの意図に気付いた瞬間に早苗を救出していた。まぁ、こちらには魔眼があるので二人の反応が移動したのを見ればそれぐらいすぐに察せられた。

「きょ、響ちゃん! 殺す気ですか!?」

 咲夜に抱えられながら早苗が叫ぶ。

「お前たちなら避けるってわかってたし! 憑依『音無 雅』!」

 そして、二人が一か所に集まるのを待っていた。雅が黒い粒子になり、俺を包む。すぐに俺は雅を体に憑依させて二人に突っ込む。

「「なっ!?」」

『響! チャンス!!』

(わかってる!)

 俺の変身を見て早苗と咲夜は目を見開き、体を硬直させる。

「チェックメイト」

 そんな二人の目の前で黒い粒子を飛ばし、動けない二人の額に軽くぶつけた。

「はい、二人とも脱落。響チームの勝ち」

 紫の発言と共に『憑依』を解除して俺たちはハイタッチする。

 

 

 

 

 

 

 

「響! 最後の何だったんだ?!」

 宴会会場に戻って座った途端、魔理沙が詰め寄って来た。

「何って憑依だよ。雅の力を一時的に俺の体に埋め込むんだ」

「いや、そんなことしても大丈夫なのかってことなんだけど!」

 確かに人間がクォーターだったとしても妖怪と合体するのだ。体への負担などが心配される。

「でも、俺たちは大丈夫だよ。な? 雅」

「まぁ、ね。私が響の式神になってからそろそろ1年が経つから」

「へ? 期間が長いと大丈夫なるのか?」

 意外そうに質問して来る魔理沙。

「それだけ、雅の力に俺の体が慣れてるってことだよ。逆も然り。俺たちはお互いに力を供給し合ってたから」

 最近はしていないが、俺の地力がまだ、少なかった時、弾幕ごっこをやった後などは雅から力を貸して貰っていた。1回だけでも俺は動けなくなるほど地力を消費していたから。

「じゃあ、霙たちとは出来ないってこと?」

 魔理沙の隣で飲んでいたレミリアが問いかけて来る。

「ああ、あいつらからは力を借りてないし。それに式神になってから期間も短い。いつか、出来るようになると思うけど今は無理だな」

「ご主人様! 早く、私の力を受け取ってください! そして、憑依させてください!!」

 先ほどまで遠い所で奏楽と話していた霙がいつの間にか俺の後ろにいた。どうやら、繋がりを利用して今までの話を聞いていたようだ。

「いや、急いでも無理な物は無理だし」

「そ、それでも!」

「おにーちゃん! 私もひょーいしたい!」

 これまたいつの間にか俺の膝の上に座っていた奏楽が叫ぶ。

「お前はいいの」

「えー! どうして!?」

「お前は戦う必要がないから」

「嫌だ! さっきみたいに一緒に戦いたい!」

 そうは言われてもこの腕輪を通してわかったが、奏楽の力は本当に燃費が悪い。いや、車で例えるならガソリンを給油しながらではないと走れないほど地力を消費するのだ。戦っていて何度、膝を付きそうになったことか。

「無理な物は無理!」

「いーやーだ!」

「無理!」

「嫌だあああああああああああああ!!」

 奏楽が絶叫すると奏楽の体が白い粒子になって俺の周りを旋回し始めた。

「ま、マジか!?」

 奏楽は『魂を繋ぐ程度の能力』を使って無理矢理、俺と憑依するつもりらしい。驚きで動けずに俺は白い粒子に包まれてしまった。

 



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第212話 ラバーズ

「きょ、響!?」

 雅の声で目を開けると俺は白いワンピースを着ていた。

「お、おお?」

 何だか、体がものすごく軽い。それに視界に白いふよふよした物がいくつも映っている。まるで、妖夢の半霊のようだ。

(あ、これが幽霊か……)

 通常では見ることのできない弱い幽霊すらも見ることができるらしい。

「うわ……これが奏楽憑依か……」

 魔理沙が顔を引き攣らせてこちらを見る。スキホから鏡を出して自分の姿を確認した。

 服は先ほど言った通り、白いワンピース。そして、髪は黒。髪型はストレートになっており、体は半透明――。

「半透明!?」

 体が透けていた。これでは俺も幽霊のようだ。

「うーん、どうやら、霊体のようね」

 霊夢が目を細めて俺を観察した後に教えてくれる。

「まぁ、奏楽は元々『魂の残骸』だったし。妥当かしら?」

「妥当って何!? 妥当って?!」

 霊夢の呟きにツッコむがそれ以上、霊夢は何も言わなかった。

『おにーちゃん! また、遊ぼうよ!!』

 俺の頭の中で奏楽が言う。

「ちょ、ちょっと! 私は1年がかりだったのにどうして、奏楽はいっつも簡単に私を超しちゃうの?!」

「そうですよ! 私は憑依すらできないのですから! ずるいですよ!!」

 俺に向かって雅と霙が突っ込んで来るが霊体なので二人は俺の体を素通りし、畳に向かって顔面ダイブをかました。

「そう言われてもなぁ……よし、ちょっとだけこの憑依の性能を確かめてみるか。誰か、相手頼む!」

「はいはい! 私が遊ぶ!!」

 フランが元気よく立ち上がって境内の方へ飛んだ。俺もその後を追う。

「お兄様! それに奏楽! 覚悟してよね!」

『そっちこそ! 私とおにーちゃんのこんびねーしょんを見ててね!!』

 奏楽、お前の声はフランには届かないぞ。

「奏楽、言ったな!」

 だが、フランは聞こえないはずの奏楽の言葉に返答した。

「え?」

『フラン、勝負!』

「よっしゃ!!」

(……ちょっと、確かめないとな)

 俺は一人、そう思いながらフランと弾幕ごっこを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、奏楽との憑依にあんな能力があるなんて」

 私は負けた腹いせにお酒をがぶ飲みしながら呟く。あれは卑怯だ。隙間妖怪に『奏楽憑依』は弾幕ごっこでは使っては駄目だと注意されたほどチートだった。

「フラン、大丈夫だったか?」

 その時、お兄様が苦笑いしながら私の隣に座った。

「大丈夫じゃない!」

「あはは……まぁ、あれはないわ」

 お兄様も反省しているようだ。今日のところはこれぐらいにしよう。因みに奏楽は力を使い過ぎたのか望の腕の中で寝ている。可愛い。

「それにしても……お前、奏楽の声が聞こえてたのか?」

「え? 普通に聞こえたよ?」

 そう言えば、奏楽に返事をしたらお兄様は驚いていたような気がする。どうしてだろうか?

「本当なら、聞こえないはずなんだよ」

「へ?」

「じゃあ、雅の声は聞こえたか? 俺が雅と憑依してる時」

「……ううん。聞こえなかったよ」

 私の返答を聞いてお兄様は考え事を始めてしまった。何かいけないことでもあったのだろうか。不安になってしまう。

「やっぱり、あの桃色のオーラか」

「桃色のオーラって……お兄様の暴走が止まった時に私たちを包んでたあれ?」

「ああ。あれは俺たちの共鳴率が上がったら、出て来るらしい。吸血鬼が言ってる」

「へぇ? でも、お兄様が雅を助けに行ったら消えちゃったよ?」

 消えた後、凄まじい疲労感に襲われたのを覚えている。

「俺たちの距離が開いちゃったからだって。あれ、『シンクロ』状態に近いんだよ」

「『シンクロ』? 私はお兄様の魂に取り込まれてないけど?」

「だから、近い物なんだって。そうだな……『ラバーズ』とでも名付けておくか」

「ら、『ラバーズ』って!?」

 それでは『恋人たち』という意味になってしまう。

「だって、これの発動条件がお互いに愛し合っているってことなんだって」

「あ、愛しッ――」

 駄目だ。顔から火が出そう。

「俺たちの間では【兄妹愛】。俺はフランを妹として慕い、フランは俺を兄として慕っていたから『ラバーズ』が発動したんだ」

「……アア、ソウデスネ」

 期待した私がバカだった。

「フラン? どうした?」

「エ? ワタシハ、イツモドオリ、デスヨ?」

「い、いや……目が死んでるけど」

 誰のせいだと思っている。

「ゴホン……で? その『ラバーズ』がどうしたの?」

「多分なんだけど、『ラバーズ』が発動したらどれだけ離れていても魂同士は繋がりっぱなしなんだと思う」

 それはつまりどういうことなのだろうか? 先を促すために首を傾げた。

「えっと、俺たちが望めばいつでも『ラバーズ』を発動させられるんだよ。『シンクロ』はさすがに無理だけど」

「さっきの話じゃ『ラバーズ』は距離があったら効果、切れちゃったけど?」

「確かに『ラバーズ』は俺たちの距離が近くないと発動しない。でも、重要なのはそっちじゃない。“俺たちの魂が通常よりも繋がりやすい。それに常に繋がっていること”なんだ」

「???」

 お兄様の言っている意味がわからず、ハテナが頭にたくさん浮かぶ。

「普通、他人同士の魂は繋がっていない。これはわかるな?」

 肯定のために頷く。

「だが、俺たちは魂が繋がっている。これはわかるな?」

 もう一度、頷く。

「それってかなり危ない状況なんだ」

「え?」

「だって、お前にも説明しただろ? 『シンクロ』の危険性」

 確か、私の魂がお兄様の魂に取り込まれてお兄様の力が膨れ上がる。しかし、本来なら『シンクロ』してしまうと私の魂はお兄様の魂に捕まっていずれ、私の体が死んでしまう。お兄様の魂構造が特殊だったおかげでこうやって、私は元気に暮らせている。

「つまり、魂って言うのは簡単に他の人の魂と繋がったら何が起きるかわからないんだよ。今回の『ラバーズ』みたいにプラスの効果だったらいいけど、お前が死んでしまう可能性だってあったんだ」

「……」

「そして、もう一つ。お前、奏楽の声が聞こえたんだよな? それって、お前の魂は予想以上に俺の魂と複雑に絡み合ってるってことなんだよ。だから、魂内での会話がお前にも聞こえた」

「お兄様が言いたいのは、私の魂は今、危険な状態だって事?」

「ああ、正直言って危険どころじゃない。今すぐにでも対処しないと何が起きるかわからないって感じだ」

 お兄様の話を聞いて私は背筋が凍った。お兄様と私がお互いに【兄妹】として愛し合ってしまったからこうなってしまった。それにお兄様は私のことしか言っていないが、お兄様だって私と同じように――いや、それ以上に危険な状態なのだ。

(それでも、私の心配しかしてない……)

 お兄様の話が本当だとしたら、お兄様が本当の意味で愛した人はどうなってしまうのだろう。【兄妹愛】だけでこれほど危ないことになってしまったのなら【恋】だと、どうなってしまうのだろう。

「お、お兄様……」

 きっと、お兄様だってそれは気付いている。そして、“他の人を危険な目に遭わせたくない”と思うことも容易に想像できた。それはつまり――。

 

 

 

 ――お兄様は、一生、人を愛する事ができない。

 

 

 

「何?」

「こ、これから、どうする?」

 私の動揺を隠すために質問する。まぁ、ばれていると思うけれど。

「そうだな……正直、どうしようもない」

「え?」

「だって、俺たちは兄妹なんだ。愛するなって言われても無理に決まってる」

 お兄様は優しい笑顔を浮かべながら私の頭を撫でる。

「お前のことを嫌いになったりしないし、俺はお前を一生、愛し続ける。兄として、な?」

「で、でも……私は怖い。お兄様が死んじゃうのが」

「死なない」

 私の呟きにお兄様は即答した。

「俺は絶対に死なない。そのためにここまで強くなったんだ。もう、誰も泣かせない。だから、お前も泣き止んでくれ」

「え?」

 お兄様に言われて初めて、私の目から涙が零れているのがわかった。

 



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第213話 自分勝手に皆、自分の我儘を突き通す

「わ、私……何で?」

「それだけ、フランが成長したって事だよ」

「せい、ちょう?」

「ああ、495年間も幽閉されてたんだ。人を愛することだってなかっただろ?」

 そりゃ、幽閉されていたのだから当たり前だ。

「う、うん……」

「きっと、戸惑ってるんだよ。愛する事にも愛される事にも……まぁ、レミリアはずっとお前のことを愛してたと思うけどな」

「え?」

「だって、【姉妹】だろ?」

「……うん」

 今ならわかる。お姉様は私を守るために地下に幽閉した、と。

「それにお前のことだって死なせやしない。これが俺の覚悟だから」

「覚悟……」

 やっと、わかった。お兄様が何を求めているのか。

 お兄様はきっと、『人』を求めているのだ。

 守りたい『人』。愛したい『人』。遊びたい『人』。

 その全てを守るためにお兄様は戦っているのだ。

「お兄様!」

「何?」

「私も頑張る! だから、お兄様も頑張って!!」

 そして、私にできることはそれを応援する事だけ。私はお兄様にとって【妹】であり、【守りたい人】なのだ。それを私が“壊す”わけにはいかない。

「……おう!」

 お兄様も力強く頷いてくれた。

「フラン?」

 その時、お姉様の声が聞こえた。どうやら、もう帰る時間らしい。

「じゃあ、お兄様! またね!」

「おう、またな」

 お兄様に挨拶してお姉様の元へ駆け寄った。

「あら、フラン。どこに行ってたの?」

「お兄様のところ」

「また? 本当に響が好きなのね」

「うん!」

(でも、お姉様もお兄様と同じくらい好きだよ!)

 言葉で言うにはまだ、勇気が足りないので心の中で言う。

「じゃあ、帰りましょうか」

「はーい!」

 最後にお兄様を見ると笑っていた。

『聞こえてたぞ』

「あ……」

 そうだった。私とお兄様は魂が繋がっている。更に『シンクロ』のスペルを通せばいつでも会話ができるのだ。

「うぅ……」

 恥ずかしさのあまり、私が唸ってしまう。

「どうしたの?」

 それを見たお姉様が首を傾げながら問いかけて来た。

「何でもないッ!」

 お姉様の顔を見たら爆発しそうなので一足先に飛翔して紅魔館を目指す。

「え? あ、ちょっと! フラン! どうしたの!?」

 お姉様が慌てて私を追って空を飛んだ。

「い、いや! 来ないで!」

「えええええ!? 何で!?」

 しばらく、私とお姉様は鬼ごっこした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……楽しそうだな」

 空を飛んでいる吸血鬼二人を見て一人、ごちた。

「そうだね」

 いつの間にか俺の隣に座っていた望が答えてくれる。

「……なぁ、望」

「何?」

「これからもよろしくな」

「……うん」

 望はわかっていた。多分、俺とフランが『ラバーズ』を発動している時に視たのだろう。

「まぁ、フランには大げさに言ったけどそこまで危険な物じゃないし」

「何言ってるの……お兄ちゃん、ものすごく辛そうだよ」

「……ああ」

 『ラバーズ』の力はチートだ。肉体強化はもちろん、触れた相手の傷を癒す治癒能力。更に負の力を完全に打ち消す能力。

「でも、『ラバーズ』を使うためには愛した相手も戦場に立たなくちゃいけない」

 そう、『ラバーズ』は愛し合った者同士が近くにいないと発動しない。

「しかも、愛した人のためなら相手は戦場に立つことだって拒否しない。だから、辛いんでしょ?」

「……お前には隠し事はできないな」

「だって、お兄ちゃんの妹ですから」

 胸を張って望が自慢した。それを見て思わず、苦笑してしまう。

「で? 今後、『ラバーズ』使う?」

「使うわけないだろ。あいつを危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「こっちのセリフだよ。お兄ちゃん」

「え?」

 望の低い声に驚いて間抜けな声を漏らしてしまった。

「私――いや、私たちだってお兄ちゃんを危険な目に遭わせたくないの。だって、皆、お兄ちゃんに助けられたから。私たちだってお兄ちゃんを守りたいんだよ?」

「……」

「でも、お兄ちゃんはそれを拒む。それってかなり、卑怯だと思うけど?」

「……わかってるよ。それぐらい」

 今回の雅の件で思い知らされた。あいつは俺たちを巻き込まないためにガドラに一人で会いに行ったのだ。そう、俺たちを守るために自分の身を犠牲にした。

「雅ちゃんのやったこと、私は許せない。だって、相談もなしに行っちゃうんだもん。でも、気持ちはわかる。お兄ちゃんを守るためにやったんだから」

「……ああ」

「私だって同じ状況に立たされたら同じ行動を取ってたと思う。だって、お兄ちゃんを守るためなんだから」

「……………ああ」

「……お兄ちゃん。それでも、私たちを守る対象にする?」

 最後の問いかけが俺の心を力強く鷲掴みした。俺が今まで考えて来なかった『守られる側の考え』なのだから。

「……ちょっと、厳しいかもな」

 『守る側の気持ち』は今まで、十分すぎるほど抱いて来た。でも、今回、雅が取った行動で俺は初めて『守られる側の気持ち』を抱いたのだ。

 守る側の人が心配で、相談してくれなかったことが悲しくて、そんなに自分が頼りなかったのかと悔しかった。こんな気持ちを望たちにずっと、抱かせ続けていたのかと思うとゾッとする。

「じゃあ、これからどうするの?」

「……変わらないよ」

 確かに『守られる側』が辛いことはわかった。それでも、俺は皆を『守る』。だって、俺が『守られる側の気持ち』に怯えて、何もせずに皆が傷つけられるのを黙って見ている方が辛い。それこそ、【魂の残骸】が暴走してしまうほど負の感情を抱くだろう。

「俺は守る。どれだけ、お前たちに悲しい思いをさせても俺は何も変わらない」

「……いいんだね?」

「ああ、これは俺の“ワガママ”だから」

 守りたい人がいるのも、それを守るのも、守られる人たちのことを考えずに戦うのも全て、俺の“ワガママ”。これだけは譲れない。

「あーあ……お兄ちゃんは頑固だからね。私が何を言ってもその気持ちは変わらないよね……」

「すまん」

「大丈夫。それは知ってたし。それにこっちの考え方も“ワガママ”だから」

 そう、良かれとやったことはただの自己満足。自分の“ワガママ”を突き通すためなのだ。

「じゃあ、お互い様だな」

「うん、お互い様だね」

 俺たちはそれからしばらく、黙った後、ほぼ同時に笑い出した。

 俺は自分勝手に皆を守る。

 そして、皆は自分勝手に俺を守る。

 それは全て、自分のため。自分がそうしたいからそうするだけ。

 だから、俺は止めない。俺から助けを求めることはないけど、俺を守ろうと動く人たちを止めることはできない。

 だって、それはさすがにワガママが過ぎるから。

 だから、俺たちはお互いにお互いを守るために戦う。

 最終的に、それは自分のためになるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷での宴会から1日が経つ。私は一人でガドラと戦ったあの山に来ていた。通信は

切ってある。これから行く場所を響にも見られたくないのだ。

「はぁ……」

 しかし、私の気持ちは沈んでいた。もちろん、奏楽が簡単に響と憑依してしまった為である。

(確かに、奏楽なら憑依できると思ったけど……あんなに簡単にやっちゃうなんて)

 私とか式神になるまで1年。奏楽はたったの5分だ。もう、何が悲しくて仮式を1年も続けて来たのか誰かに問い詰めたいほどである。この1年は無意味だったのかと疑ってしまう。

「……違うか」

 無意味なのではない。その期間があったからこそ、私は式神になれて、憑依を身に付けた。それに響は奏楽を戦わせることを極力避けているようだから、彼女が憑依する事はほとんどないだろう。

(いや、私や霙も出来るだけ召喚しないようにしてるみたいだし……)

 だが、私は自分の意志で響の元に召喚出来る。多分、仮式期間が長かったから変な契約を結んでいるのだろう。そこら辺はよくわからないが、紫が言うには少しだけ私は特別らしい。

「……よし」

 なら、私は自分の意志で響を助けよう。いや、響と戦おう。『助けられた』と思うのは響しか決められないが、『一緒に戦う』って言うのは事実となる。そう、それが私の意志で、覚悟だ。どれだけ、響に拒否られても私は響と一緒に戦い続ける。

「到着っと」

 山頂に辿り着き、開けた広場に出た。そして、その中央付近にある物に私は近づく。

「ガドラ、私は強くなるよ」

 その中央にある黒い暮石にそっと手を置いて私は呟いた。こいつには散々、酷い事をされて来たが、こいつがいたから北海道からここまで逃げて来て響に会えた。まぁ、そこら辺は感謝している。

「……じゃあ、また来るね」

 そう言って、私は山を下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十年後、この山に登ったとある研究者がこの墓石を発見し、調べたところ未発見の炭素だとわかり、その墓石に刻まれていた名前を取って『ガドラ炭素』と呼ばれるようになるのはまた、別の話。

 




これにて第6章、完結です。
明日から第7章が始まります。


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第6章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

まずは東方楽曲伝第6章を読んでいただきありがとうございました!

第6章中でグンとお気に入り登録数も増え、更に評価、感想をいくつもいただきました。嬉しい限りです。

 

 

 

では、解説の方に移りましょう。今回も小説家になろうに投稿している東方楽曲伝第6章のあとがきを参考にしています。

第6章のテーマは『守ること』です。

この章で響さんは初めて『守られる側』の気持ちを知りました。そして、何かを失うという恐怖も覚えましたね。そのせいで【魂の残骸】が暴走してしまいました。

 

 

 

さてさて、細かい設定などを紹介しますね。

 

 

 

 

 

・雅の炭素について

第4章で雅の弱点が『炎』だとわかりました。触れただけで一定時間、炭素を操れなくなるほどです。ですが、正式な式神になった雅はガドラの炎を真正面から受け止めても能力を失うことなく、防御していました。

もしかして炭素に炎耐性が付いた? と思う方もいたと思います。ですが、実は全くの逆で雅の炭素は『格段に燃えやすく』なりました。

では、何故、炎を受け止め、能力を失わなかったのか。

それは、すぐに燃え尽きて他の炭素に燃え移らないからです。

つまり、雅の炭素は仮式の時よりも炭素の粒子が細かくなり、炎に触れた瞬間燃え尽きてしまうのです。

実は雅が炎に触れると能力を一時的に使えなくなるのは能力そのものがなくなるのではなく、コントロールする炭素を集めるのに時間がかかってしまうためです。

雅の炭素は所謂、磁石のような性質を持っていまして皆さんも一度は見たことがあると思いますが、磁石を蹉跌に近づけると引っ付くのと同じ感じです。更に磁石にくっ付いた蹉跌に別の砂鉄が付く、と言えばいいのでしょうか。つまり、雅の炭素は核となる炭素に別の炭素をくっつけ、そのくっ付けた炭素に別の炭素をくっ付けてコントロールしている、といった感じです。わかり辛いかもしれませんが、磁石に釘を付けてその釘に別の釘をくっ付けられるのと同じかと。

雅が炎に触れてしまったらその核ごと燃えてしまうので核を作り出すまでに時間がかかってしまう、というわけですね。

 

ですが、式神になった雅の炭素は他の炭素に燃え移る前に燃え尽きてしまうので核となる炭素がなくなりません。だからこそ、炎に触れても能力を失わずにすみました。

燃え尽きるなら防御出来ないんじゃね? と思う方もいるでしょう。その仕掛けは大量の炭素を炎にぶつけてエネルギーを消費させる、といった感じです。言っちゃえば物量で対抗しています。

 

雅は式神になったことによって『炭素を操る精度』が増した、ということです。

 

 

第6章の解説はこんな感じですね。ちょっと急いで書いていますので抜け落ちている部分があるかもしれませんが、気になったことがあればいつでも聞いてください。答えられる範囲でお答えします。

 

 

 

 

 

それでは次回予告と行きましょう。

第7章は……そうですね。ものすごく難しいです。

実は第6章では過去編、一度も出て来ていませんでした。

その分、というわけではありませんが、第7章では過去編の方でも色々問題が起きます。響さんとキョウの運命はいかに!?

 

なお、第7章は前編、第8章は後編、のような形になっております。

そう、あいつと初めて戦います。あいつって誰や。

 

 

 

 

とりあえず、サブタイトルいきます

第7章のサブタイトルは~unconscious memory~

完全に直訳ですので、調べればすぐにわかると思います。

 

 

 

第7章はあんまり楽しく読めないかもしれません。ご了承ください。あ、内容がつまらない(と信じたい)のではなく、お話しの展開的にバッドぽいので。

 

 

それでは、今回の後書きはこの辺で。

明日から始まる第7章、お楽しみに!

 

 

 

では、お疲れ様でした!

 

 

 

 



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第7章 ~unconscious memory~
第214話 文化祭、再び


東方楽曲伝第7章、始まりです。


「え?」

 歪異変から早3か月。季節は10月となり、大学内はお祭り騒ぎだった。理由は明白。文化祭の準備期間だからだ。

 しかし、高校のようにクラス単位に出し物を出すではなく、募集制だ。例えば、サークル。他には研究室の数人で集まり、研究の成果を発表したり、仲良しグループで集まって、広場で何か披露するなどもあるようだ。パンフレットにそう書いてあった。

「頼む! 俺たちも何か出し物がしたいんだよ! 協力してくれ!!」

 講義が終わり、家に帰るために大学内を歩いていると悟に声をかけられたのだ。

「俺たちって……一応、聞いておくが組織名は?」

「響公式ファンクラ――」

「丁重にお断りさせていただきます。じゃ」

「お願いだよぉ! 頼むよぉ! 一般の人にも響のいいところを知ってほしいんだよぉ!」

 俺の腰に抱き着きながら幼馴染。

「お前がファンクラブを作ったのは俺を守るためじゃなかったのかよ!?」

「決まってるだろ! 8割はお前が好きだからだよ!」

「ほぼ私情じゃねーかッ!」

「あ、もちろん、友達としてな?」

「それぐらいわかってる! 離せ! 変態!!」

「わかってないだろ!!」

 俺は悟の頭を押し、悟は抵抗して腕に力を込めた。すれ違っていく生徒や教授は何故か優しい目でこちらを見て来る。

「とにかく、公式にしてやったんだ! これ以上、俺を巻き込むな!」

「うるさい! 公式にしたのはお前のせいなんだよ! 責任取れ! こっちはメンバー全員から土下座されてこうやってんだよ! 『響様を連れて来てください! 会長!』ってな!!」

 確か、大学内で俺のファンクラブに入っている奴はかなりいたはずだ。そいつら全員の土下座の景色を想像しようとして慌ててやめた。

「しかもな? 俺たちが卒業した中学、高校の後輩もお前の伝説を先輩から聞いてファンクラブに入るほどなんだ! そいつらも含めたメンバー全員にも『大学の文化祭で響様を拝ませてください! 会長!』ってローリング土下座されたんだ! その後に大学のメンバーは対抗してスライディング土下座し始めたんだ! それを見せられた俺の気持ちがわかるか!?」

「わかるかっ! まず、何人集まったんだよ!」

「聞きたいのか!? 4桁だぞ!?」

「やっぱり、やめてくださいお願いします」

 まず、そんな人数をどこに集めたのか疑問に思う。

「また、会長と響様がいちゃいちゃしてるね」

「仕方ないよ。幼馴染だし。響様は男だって言ってるけど……もしかしたら、恋人同士だったりして?」

「「おいッ! そこの女生徒共! 激しく誤解してるから!! こっちに来て! その誤解を解かせてください!!」」

 すれ違いざまに恐ろしい噂話を消すために俺と悟はジャンピング土下座する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……噂は何とか止められた。しかし、まだ俺のお願いを承諾して貰ってない!」

「だからって家に来るなよ……あ、雅。醤油」

「はい」

 雅から醤油を受け取って大根おろしにかける。

「だって、会長としてお前を舞台に出さないと立場がな……あ、雅ちゃん。俺にも醤油」

「はい」

 悟も醤油を受け取ってから大根おろしにかけた。

「舞台でお兄ちゃんに何をさせるつもりなんですか? あ、雅ちゃん。醤油、くれる?」

「はい」

 望は大根おろしにではなく、サンマに直接、醤油をかける。意外に濃い味が好きなのだ。

「もちろん! ファッションショーだよ! 雅ちゃん。醤油、取って。足りなかった」

「はい」

 悟も望と同じようにサンマに醤油をかけた。

「みやびー! しょーゆー!」

「はい」

 奏楽は俺特製ふりかけバターご飯(ふりかけを混ぜてバターで少し、炒めたご飯)に醤油をちょびっとだけかける。

「ファッションショー? ちょっと、おふざけが過ぎてるんじゃないか? あ、雅。マヨネーズ」

「はい」

「サンキュ……ってこれ、醤油」

「もうっ! さっきから何で私にばっか取らせるの!?」

「「「「だって、持ってるから」」」」

 説明すると使い終わった醤油を皆、雅に返していたのだ。

「全く……あ、あれ? 醤油、もうないの? あーあ、入れなきゃ……」

 大根おろしに醤油をかけようと醤油差しを傾けた雅はため息を吐いて席を立つ。

「あ、すまん。醤油、切らしてる」

 ボトル入りの醤油は煮物を作った時にピッタリ、無くなったのだ

「買ってきまああああああああすぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 涙を流しながら雅は立ち上がって玄関を飛び出した。

「あー……」

(スキホの中に買い置きがあるから別に買わなくてもいいんだけどな……まぁ、いいか)

 買い置きも1本しかないので丁度、買って来て欲しかったのだ。雅のご飯をラップに包んだ後、再び食べ始める。

「んで? どうだ?」

「サンマ、美味いな。サンキュ」

 このサンマは悟が持って来てくれた物だ。因みに霙にはドッグフードだった。聞いたこともない銘柄だったが、霙が美味しそうに食べていたのでよしとする。

『私、狼なのに……何で、こんなにドッグフードを美味しく感じているのでしょう?』

 脳内に響く霙の声は少しだけ涙声だったが、気のせいだと処理しておく。

「お? そりゃ、持って来たかいが……ってサンマじゃねーよ! 舞台に立ってくれるかどうかって話だっつーの!」

「嫌だ。はい、論破」

「論破っていうより、寒波だよね」

 誰が冷たい人間だ。

「大丈夫だって! 女物の服は2着しかないから!」

「何で、そんなに具体的な数が出て来るんだよ!? しかも、女物もあるんかい!」

「大学組と他のメンバー組からリクエストを取ったら……ね?」

「まぁ、お兄ちゃんに着せるなら女物だよね」

 悟の言葉に対して頷く望。

「お前も言ってくれよ……助けて」

「ゴメン。私は悟さんの味方だよ?」

「……え?」

「だって、私もメンバーだし」

 そう言って、望は席を立って自分の財布を取って来た。その中から何かのカードを取り出し、俺に渡して来る。

「『音無響公式ファンクラブ。会員ナンバー0000002。音無 望』」

 理由はわからないし、わかりたくもないが、何故か眩暈がした。

「副会長です☆」

「スカウトしました☆」

「口で『ホシ』って言うんじゃねーよ! 望はともかく、悟は気持ち悪いんだよ!」

「因みに奏楽ちゃんが社長」

「はいっ!」

 奏楽の手にあったカードを見てみると『会員ナンバー0000000。音無 奏楽』と書いてあった。どうやら、立場的には悟よりも上のようだ。

「もちろん、怜奈が書記で師匠の希望で霙を名誉名犬となっている」

 確かに霊奈の字は綺麗だが、霙もメンバーだったようだ。霙も口に咥えてカードを持って来た。『会員ナンバー0000110(わんわんお)』。丁寧にルビまで振ってある。

「……雅は?」

「「庶務」」

「めちゃくちゃ納得した」

 多分、メンバーカードは雅の財布に入っているだろうが、あいつは醤油を買いに行ったので家に雅の財布はない。帰って来たら見せて貰った後に粉々に砕くとしよう。

「では、妹である私からもお願いします。ファッションショーに出てください」

「嫌だ」

「バゥッ!」

『ご主人様! 私からもお願いします!』

「嫌だ」

「おにーちゃん、お願い」

「………………………………仕方ないな」

 そんな目にうるうるさせて上目遣いでお願いされたら断れない。

『響、ちょろっ!?』

 頭の中で雅のツッコミが聞こえた。どうやら、今までの会話は聞いていたようだ。そして、動揺して思わず、ツッコんでしまったらしい。後で、お仕置きが必要だ。

「さすが、社長! これで我が社も安泰だ!」

 悟が満面の笑みで奏楽の頭を撫でる。奏楽は気持ちよさそうに目を細めた。

「…………はぁ。で? 文化祭の何日目?」

 文化祭は3日連続で行われる。

「もちろん、最終日の10月21日だ。その日は土曜日だし一般客も多いだろうし。実は場所も取ってあるから変更もできないんだよね」

「……10月21日?」

「ああ、10月21日」

 その日、満月なんですけど?

 



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第215話 半吸血鬼響のファッションショー

実は12月22日はとあるボイスロイド&ボーカロイドのお誕生日でして……私、その子がものすごく好きで記念動画を作っていたりします。



……まだ出来ていません。ま、間に合うかな?


「……」

「さてと、準備はいいか?」

「……ああ」

「ふっふっふ……やっと、響を合理的に女装させることができるぜ」

「待て。お前、前から俺に女の服を着せたかったのか?」

 俺の問いかけをスルーして悟はどこかへ行ってしまった。どうやら、会長としての準備があるようだ。

『……どうするの?』

 頭の中で吸血鬼の声が聞こえる。それを聞いて俺は項垂れた。

「本当にどうしよっかなぁ?」

 今日は満月の日。つまり今、俺の体は半吸血鬼化&女体化している。

「はぁ……」

 悟が言うには女物の服は2着。他の物は男物らしいが、2着だけでもマズイ。もし、露出の多い物だったら終わりだ。

『この際、見せてしまってはどうじゃ?』

(バカか。見せたらまた、俺が女だって言う噂が流れるだろ……)

 あんな思いはもう、嫌だ。

『そうね……狂気もまだ、部屋から出て来れないし。『狂眼』を使ってお客さんの目を欺く事もできないか』

(まず、そんな広範囲に『狂眼』は使えない。これは厳しいな)

 でも、今さらやめるとは言えない。それならば、10月21日にやると聞いた時に断ればよかったのだ。

「響! そろそろ、準備してくれ!」

 悟が早歩きで戻って来てそう言った。

「……わかった」

 仕方ない。土壇場でどうにかするしかないようだ。

「悟。女物の服ってどんなのだ?」

「それは見てからのお楽しみだ」

「いいから、教えろ」

「嫌だ」

「教えろッ!」

「嫌だッ!」

 俺たちは3秒ほど睨み合ったが、向こうが折れないことなど最初から知っていたのですぐに諦めた。

「……よし。時間だ。お前はこっちで着替えてくれ」

 そう言って、悟は歩き始める。俺もそれに続いた。

「えっと、着替えは一人でいいんだよな?」

「ああ、もちろん。お前の裸をメンバーに見せたら血の海になるから」

 悟の言った内容については無視するとして、着替えが一人でできるのは嬉しい。サラシを見られたら一発で終了だからだ。それに背中の翼も説明のしようがない。

「ここだ。この中で着替えてくれ」

 そこには簡易的に作られた更衣室があった。確かにこの中で着替えても外からは見えないだろう。

「ショーが始まるまで残り10分だ。案内の子が呼びに来るからそれまでに1着目を着ておいてくれ」

「1着目ってわかるのか?」

「ああ、その中に服は1着しかないからな。お前が行って戻って来る間に次の服を準備しておくよ」

 それなら混乱せずに済みそうだ。

「じゃあ、よろしく」

「あ、待って」

 気になることがあったので去ろうとした悟を呼び止める。

「どうした?」

「俺が着替えてる間、舞台はどうなってんだ?」

「ああ、それなら心配しなくていい。お前が裏にいる間、一般応募の出し物をやる予定なんだよ。だから、ゆっくり着替えていいからな?」

「なるほど、了解。でも、出し物が終わる1~2分前になったら教えてくれ。こっちも心の準備があるから」

「わかった。担当の人に伝えておく」

 悟は頷いた後、携帯電話を取り出しながら舞台の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 4着目の服を脱いで俺はため息をつく。舞台の方では誰かが漫才をやっている。時々、大きな笑い声が聞こえて来るから面白いらしい。少しだけ、見たかった。

 俺に対して会場の反応はすごかった。一番、最初はシンプルなジーパンとパーカー。そして、明るめのTシャツを着て舞台に出たのだが、もうお客さんの叫び声で耳が痛くなった。写真もたくさん撮られたようで内心、緊張した。こういったことは今までなかったから。

 その後も俺が舞台に立つ度に拍手喝采。こんな俺のどこがいいのかわからないが、まぁ、やってよかったと思っている。

「えっと次は……うげっ」

 段ボールの中に入っていたのはメイド服だった。これが女物の服、その1だろう。

「ん?」

 メイド服をジト目で見ていると服の中から1枚の紙が落ちて来た。拾ってみると『大学メンバー推薦服』と書かれていた。

(まぁ、大学内じゃずっとシンプルな恰好だったから……こんな派手な服も見たかったのかな?)

 しかし、これは困った。メイド服の着方がわからない。紅魔館でレミリアとフランに無理矢理、着せられたことは何度もあるが、その時は咲夜お手製のメイド服で俺が手に持っているメイド服と少しばかり構造が違うのだ。

 でも、誰かを呼んで着せて貰うわけにはいかない。すぐにサラシを付けていることがばれてしまう。

「……紫」

「何かしら?」

 俺のすぐ横でスキマが開き、紫が顔を出して来た。

「いつも思うけど、何でいるの?」

「だって、こんな面白そうなイベント、見逃すはずがないじゃない」

「そりゃ、そうだけど……とにかく、コレの着方を教えてくれ」

「それぐらい着させてあげるわよ」

「……頼むわ」

 自分でメイド服を着るのが面倒だったのと話したいことがあったので甘えることにした。

「それにしても、すごいフリルの量ね。喫茶店でも働けそうな服」

 俺が渡したメイド服を見て紫が呟いた。

「喫茶店?」

「独り言よ。さてと……とりあえず、それを外してくれないかしら?」

 サラシを指さしながら紫。

「え? どうして?」

「段ボールの中にパッドが入ってるでしょ? それを付けてからこの服を着ろってことなのよ。でも、今の響は女の子でしょ? だから、パッドを付けられないの。それに付けなくてもあるし」

 俺の胸、意外に大きいから、パッドを付けずに女物の下着を付ければ大丈夫そうだ。

「わかった……翼はどうする?」

「そうね。翼を腰あたりに移動させてサラシで巻けばいいんじゃない? 響の腰ってくびれてるからそうやればそれを隠せるでしょうし」

「え? 何で、くびれを隠す必要があるんだ?」

「“貴女”って男なのよ? 男はくびれてないでしょ? このメイド服、体のラインが出やすいデザインだからばれるのよ」

 話を聞いてわかった事は『よくわからないから紫の言う通りにしておこう』だった。

「……よし。これで翼は隠せるわね」

「……なぁ?」

「何かしら?」

「狂気のこと、どう思う?」

 ガドラの炎から身を挺して守ってくれた狂気。2か月経ったがまだ、部屋から出て来られていないのだ。

「……吸血鬼たちはなんて?」

「部屋の前まで行けば会話はできるようだ。狂気は『大丈夫だけど、もう少し休んでいる』って言ったみたいだぞ?」

「完全に回復はしていないのね……まぁ、本人がそう言うから大丈夫なんじゃない? まぁ、その間は妖力を使えないから貴女としては不便だろうけど」

「いや、それほどじゃないよ。魔眼が両目で開眼できるようになってから力のコントロールが簡単になったし……でも、あいつの声が聞けないのは寂しいな」

「貴女も部屋の前に行けばいいじゃない」

 紫の言葉に俺は首を横に振った。

「狂気は俺と会話したくないって……多分、自分に負い目を感じてるんだと思う」

「負い目?」

「俺が怒りで暴走するようになったのは狂気と魂同調してからなんだ」

 トールが言うには俺の魂に負の感情が刻まれたことによって【魂の残骸】と少しだけ繋がってしまったらしい。そして、俺が負の感情を抱くと勝手に残骸に力が供給されて俺の魂バランスが崩れ、暴走する。同じ負の力である闇の力も乗っ取ることが可能で、2か月前のような現象が起きるとの事。

「それを自分のせいだって狂気は思ってるのね……」

「ああ……狂気との魂同調したのは俺の意志だ。お前のせいじゃないって狂気に吸血鬼が伝えたはずなんだけど『それでも私のせいだから』の一点張り」

「……彼女の気持ちが落ち着くまで待つしか出来ないわね」

「そうだよなぁ」

 紫の答えを聞いてため息を吐いた。それと紫が俺の頭に何かを付ける。

「これは?」

「メイドカチューシャに決まってるじゃない」

「……はぁ」

「こっちを向いて」

 紫の指示で振り返った。そこにはニコニコ笑っている紫が立っている。

「うん、バッチリね。これでいつでも行けるわ」

「サンキュ……あ、今思ったけど喋っててよかったのか? 誰かに聞かれたり?」

「大丈夫よ。消音の結界を貼ってるから」

「そっか。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 紫に別れを告げて俺は更衣室から出た。

 



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第216話 絶体絶命

動画は間に合いました。
ですが、火曜日に投稿する小説の存在を忘れており、急いで執筆。
書き終わったのが11時59分。オワタ。
とりあえず、更新。間に合わなかったことを前書きで謝罪。


その後、ハーメルンで東方楽曲伝の予約投稿を忘れていることに気付く。←絶望


とりあえず、今日の正午にもう一本投稿します。すみませんでした!


「……嘘、だろ?」

 もう何着目かわからないが、服を脱いだ俺の顔から血の気が引いて行くのがわかった。

『こ、これは……隠しようがないわね』

『ああ、もうほぼ全裸じゃの……』

『わーい! ビキニだー!』

 そう、俺が手に持っているのはビキニ。つまり、水着だ。そして、段ボールの中には『後輩推薦服』と書かれた紙とパッドが転がっている。

「それにしても表面積、小さくないか?」

『ビキニってこんなに小さいのね……』

 青いビキニを握りしめて俺と吸血鬼は感想を漏らす。

『過激じゃのぅ?』

『うわー! 私も付けたい!』

 トールは首を傾げて、闇は何故か嬉しそうだった。

『多分、後輩たちは響の姿を見た人が少ないからこうなったのね……』

 きっと、俺の姿は写真などで見たことはあるだろうが、生で見たことはないだろう。そのせいで俺に対して抱いている後輩たちのイメージは『少しだけ目付きの悪い女』だ。

「それでこれになったわけか……」

 俺のファンの男女比率は若干だが、男が多いらしい。そして、そいつらに俺に来て欲しい服を聞いたらまぁ、こうなるだろう。男はエロいから。

「さてと……どうするっかなぁ」

 悩んでいると突然、携帯が震える。確かめると悟からだった。

『内容は?』

「今、やってる出し物は吹奏楽でメドレーを演奏するからゆっくり着替えろ……だってさ」

『決心させる時間を与えてくれたのね……』

「……あー、一つ思い付いた」

 不自然っちゃ不自然だけど、誤魔化せる方法がある。

「確認メールをするか」

『キョー? ビキニ、着るの?』

「……ああ、着てやろうじゃんか」

 俺はギュッとビキニを握りしめて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ!?」

「どうしたの? 会長」

 携帯電話に届いた響の返信を見た俺は思わず、大声を上げて驚いてしまう。それを見た幹事さんが声をかけて来た。

(あいつ、何を考えてんだ?)

 メールには俺への頼みがいくつか書かれている。頼みは確かに叶えられるような物ばかりだが、しかし――。

(これは……うーん?)

 正直、響の考えていることがわからなかった。あんなに嫌がっていたのにこんなことを頼むなど不自然だ。

「……でも、まぁ、仕方ないか。幹事さん」

「だから、私はもう幹事じゃないんだけど……何?」

「今から舞台を改造するための準備をする。男手を集めてくれ。力仕事になるから」

「舞台を改造?」

 首を傾げる幹事さん。

「ああ、俺たちの女神からのお願いだ」

「え? 響様が?」

「そうだ。急いでくれ、時間がない」

「は、はい!」

 幹事さんは人を集めるために携帯を取り出しながら走って行ってしまった。

「……俺もやるか」

 出し物が終わるまで残り6分ほど。ギリギリ、間に合うか間に合わないか微妙だろう。俺は急いで携帯で電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

『こ、これ、大丈夫なの?』

(わ、わからないけど……これしかないんだよ)

『そりゃそうだが……思い切ったのう』

『キョー! 可愛いよー!』

 更衣室にある鏡で全身を確認し、ため息を吐いた。

「響様、そろそろ……」

 そんなことをしているとお迎えが来てしまったようだ。

「な、なぁ?」

「はい、何でしょう?」

「変な格好だけど、笑うなよ?」

「? 響様がどんな格好でも笑う人はここにはいません」

「……なら」

 俺は意を決して更衣室のカーテンを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、これは?」

「これが響の頼み事」

 舞台裏で男性メンバーがガヤガヤと準備を進めている。

「でも、これって……」

「ああ、完全に洋館だな」

 そこにはまるで、“吸血鬼”でも出そうなほど不気味な洋館のセットがあった。大学内でお化け屋敷をやっていたグループから借りて来たのだ。

「何で、こんなセットを?」

「わからないけど、衣装に細工したいって。で、その衣装に合うセット……不気味な洋館を用意してくれって言われたんだよ」

「衣装に細工って……どんな服なの? 確か、順番的には後輩が決めた衣装だけど?」

「ああ、ビキニ」

「……ハァッ!?」

 俺だって最初にアンケート結果を見た時は焦った。まさか、水着(ビキニ)が一番になるとは思わなかったからだ。

「え!? び、ビキニって!? あのビキニか!? そ、それを響様が!?」

「ああ」

「りょ、了承したんですか!?」

「細工するって言ったからには着るんだろ?」

 正直言って俺も信じられない。あの時のメールで響が文句を言って来たならすぐにやめさせるつもりだったのに、まさか自ら進んで衣装を着るとは思わなかった。

「きょ、響様、と、とととと到着くくくくでででですすすすす!!!」

 案内役の女子生徒がバグりながらこちらにやって来る。見るからに様子がおかしい。

「お、おい? どうしたんd――」

 心配で声をかけたが、その後ろに見えた――悪魔に心を奪われてしまった。

「「「「………………」」」」

 その場にいる全員がその姿に魅了されている。俺も幹事さんもセットを運んでいる男性メンバーも皆、動けない。

「悟、これで出てもいいか?」

 案内役の子を追い抜いて俺の前に出て来た響が問いかけて来る。

「ぁ、え……あ、ああ」

「そうか。すまん、やっぱり恥ずかしいから視線を散らせるためにこんな感じになっちゃって」

 なるほど。響はビキニに視線が集まるのが嫌で、大掛かりなセットと細工を使って視線を散らせる作戦のようだ。

「で、でも……その恰好は?」

「そこら辺にあった物を使って作ったんだよ」

「そこら辺にあった物でそれが出来るのか!?」

「ああ、頑張ったからな」

 話していると観客の方が騒がしくなっている。どうやら、舞台の出し物が終わってしまったようだ。

「……セット! 急いで、時間がない! 幹事さん、これナレーションの台本! あそこの階段を登ればちょっとした放送スペースがあるからそこに移動して! 響、お前はそこで待機! あと、風邪ひくかもしれないからこれを羽織ってろ!」

 着ていたパーカーを響に投げながら指示を飛ばす。

「「「「は、はいっ!」」」」

 我に戻った全員がドタバタと行動を開始した。

(本当にお前にはいっつも狂わされる……)

 目の前でパーカーを羽織ろうと四苦八苦している響を見ながら呆れる。

(まぁ、そういうところが面白いんだけどな)

 だから、俺はいつまでもお前の味方で居続けようと改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

「……すぅ、はぁ」

 悟から借りたパーカーを羽織っている俺は深呼吸する。そして、後ろにいた悟に頷く。向こうも頷いてくれた。

『本日は皆様、文化祭にお集まりくださって誠にありがとうございます。ここまでの出し物、楽しんでいただけましたでしょうか?』

 スピーカーから幹事さんの声が聞こえる。ナレーションをやっているようだ。

『さて、次の出し物ですがしばらくお待ちください。本日、ファッションショーを開催してくださった響様の案でとある演出をすることになりました。先ほど、私も響様の姿を見ましたがそれはもう、言葉を失ってしまうほど美しい姿でした』

 悟が即興で書いた台本を読む幹事さん。

「あー、あいつ。アドリブ入れてるな……」

「そうなのか?」

「まぁ、ナレーションの目的は準備中、お客さんを帰らせないための時間稼ぎだから好都合だけどな」

『では、そろそろ……とある洋館。そこには一人の美女が住んでいます。しかし、その美女は人間ではありません。そう、悪魔。その姿を見た人を魅了し虜にしてしまう悪魔です』

 そこで悟が手を挙げて合図する。それに対して頷いて舞台に出た。でも、スポットライトは俺を照らさない。まだ、その時ではないからだ。

『その悪魔を見た人は最期。もう、帰ることが……いえ、帰ろうと思いもしません。その美女をずっと見続けたい。その美女に尽くしたいと思うからです』

 お客さんの様子を見ると舞台に出て来た俺には気付いているが暗くてよく見えないようだ。因みに俺は半分でも吸血鬼なのでバッチリ見えている。

『今日は、そんな美女に頼み、その美貌を最大限に引き出せる衣装を着て頂きました。それでは、その姿にどうぞ、存分に魅了されてください!!』

 ナレーションが終わった瞬間、両端から白い煙が発生した。どうやら、そういう演出も悟が考えてくれたようだ。

(あの短時間でよくここまで出来たなぁ……)

 そんなことを思いながら俺は顔を下に向けてパーカーを掴む。スポットライトが俺を照らした。上はパーカーで、下は白い煙で俺の姿はまだ、お客様には露見していない。

(さぁ、行くぞ)

 タイミングを見計らってパーカーを脱いで背後に投げる。そして、白い煙が吹き飛ばされた。

「誰だい? 私の生贄になりたい愚か者は?」

 会場全体に響くほどの声量でセリフを言う。

「さぁ、私の姿を見て、魅了されなさい。感動しなさい。平伏しなさい。さぁ、お好きなように、お好きな順番で、血を吸ってあげるわ」

 バサリ、と背中から音がする。もちろん、『俺が黒い翼を大きく広げた音』だ。

 俺は堂々と黒い翼を外に出している。胸もパッドなのではなく、悲しい事だが自前だ。つまり、『青いビキニを来た半吸血鬼』という姿で舞台に立っている。

「ほら、優しく吸ってあげるわ。いらっしゃい」

 歩きながら右手の平を上に向けながら前に差し出す。こちらに誘うように、引き込むように。

「……あら? 誰もいないのかしら? 残念ね。せっかく、優しくしてあげようとしたのに……じゃあ、強くして欲しいかしら?」

 俺が台詞を紡ぐ度に会場から感嘆の声が漏れる。能力を使っているわけではないのでこの姿に息を呑んでいるようだ。

「さてと、少しここは眩しいわ。そろそろ、帰るわね。あ、もし、私から離れたくないって人がいたら私はいつまでも待っているわ。ここでね」

 そこまで行って俺は舞台から降りた。

 その後すぐに今までで一番大きな歓声が会場から聞こえる。どうやら、成功したようだ。

「……ふぅ」

『お疲れ様』

(ああ、本当に疲れた……)

 ため息を吐いた後、更衣室にダッシュで向かった。もちろん、着替えるためである。

 



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第217話 違和感と不運

「あー……疲れたぁ」

 ファッションショーが終わり、俺は大学内を適当に歩きながら呟いた。

「お疲れ様、お兄ちゃん」

 そして、何故か俺の隣にいる望。

「何で、いるんだよ……」

「まぁ、そこら辺は置いておいて。いいの? それ」

 望の視線の先には黒い翼があった。

 更衣室に戻った俺だったが、その途中で悟に捕まり、『今日一日、それ外すな!』と命令されたのだ。従う義理はなかったのだが、サラシで締め付けるのも一苦労だし、了承した。

「文化祭でコスプレする人もいるからその一環だって思うって」

「そうだけど……それにしても、あの時のお姉ちゃん、めちゃくちゃエロかったよ」

「お姉ちゃんって言うな。エロいとも言うな」

「だって! あのセットをバックに、あの姿は『もう、襲われに行くしかない!』って思っちゃうほど吸血鬼だったもん」

 確かにファッションショーが終わった後にそう言う声が会場から聞こえた気がした。

「響!」

 その時、前から雅と霙(犬モード)に乗った奏楽がやって来る。

「おう」

「響! 何で、あんなにエロかったの!?」「おにーちゃん! えろかったよ!」

「お前ら、殺されたいようだな?」

 俺の一言で二人は口を閉ざした。

『しかし、ご主人様。半吸血鬼だってばれないのですか?』

(ああ、それなら大丈夫だよ)

 頭の中で霙に答えた。

 あの時、俺はあえて半吸血鬼の姿で出たのは諦めたからじゃない。俺のようにオカルト方面を知っているなら半吸血鬼の姿を見たら一発でばれるだろう。しかし、普通の人ならば半吸血鬼の姿を見ても半吸血鬼だとは思わないはずだ。そこに『これは衣装だ』と言えば完全に信じることはできないかもしれないが、半吸血鬼とは思わないだろう。

「まぁ、半吸血鬼だと思わないだろうけど……」

 望は苦笑いしながらそこで言葉を区切る。

「? どうしたの?」

「いや……あれ」

 望の視線を追ってお前を向くと――たくさんの人がいた。全員こちらを向いている。

「こ、これって……」

 冷や汗を掻きながら俺は後ずさりした。

「まぁ、襲われに来た人だよね」

 ため息を吐き、望はその場から離れていく。

「ちょ、ちょっと! 何人いるの!?」

 雅は驚愕して俺に問いかけて来た。もちろん、答える余裕などない。

「うわぁ! すごい人だねって、霙! 何で、逃げるの!?」

 危険を察知した霙は急いで望の後を追う。奏楽は何故か、文句を言っていた。

「お、俺たちも逃げるぞ!」

「う、うん!!」

 俺たちが踵を返して走ると同時に後ろの軍団も俺たちを追って走り始める。

「うおおおおおおお!!」

「響のせいだからねえええええええ!!」

「あの時はああするしかなかったんだよおおおおおおお!!!

 それから1時間ほど鬼ごっこをした。

 

 

 

 

 

「…………」

「会長、お疲れ様ー……ってどうしたの?」

 無事にファッションショーも終わり、舞台の片づけをしている途中で会長が何かを凝視していた。

「会長?」

「……………………」

 私が声をかけても会長は無反応。

「会長!」

「え? な、何? 幹事さん」

「さっきから何を見て……えっ?」

 会長の手にはパッドがあった。

「会長……まさか」

 私の呟きを聞いた会長は最初、首を傾げたが私の視線を追ってパッドを見た瞬間、ハッとする。

「ち、違う違う! ちょっと、気になって」

「パッドが?」

「違うわ!」

「じゃあ、何が?」

「……なぁ、ビキニの時の響、胸大きくなかったか?」

 会長の言葉であの時の光景を思い出す。

「……ふふ」

「幹事さん、何で笑ったの!?」

「え? だって、会長もあの時の響様が気になってるんでしょ?」

「違うっての……ほら、これより大きくなかったか?」

「そんなはず……あれ?」

 確かにこのパッドよりも大きいような気がした。

「確か、ファッションショーって撮影してたよね? それで確認すれば……」

 この大学では出し物を全て、撮影する義務があるのだ。

「……それが駄目なんだ」

「へ? どうして?」

「ほら」

 会長は鞄からカメラを取り出して渡して来る。操作方法を教えて貰いながら再生するとずっと砂嵐だった。

「これって……」

「映像が撮れてないんだよ。全くって言っていいほど。そして――」

 会長が早送りボタンを押すと映像が映った。しかし、ファッションショーではなく、漫才の映像だった。

「あ、あれ?」

「もっと飛ばすよ」

 早送りをするとまた砂嵐。

「これって……」

「ああ、ファッションショーの映像だけ何故か、砂嵐になるんだ」

「何で?」

「事故か……または、誰かの妨害か……」

「妨害って……まさか」

 誰が、どんな目的でそんなことをやったのだろう。

「目的は……響の姿を他の人に出来るだけ見せないようにするため。確かに俺と同じ目的だが……」

 ブツブツと会長が何か呟いているが聞き取れなかった。

「ちょっと、調べる価値はあるか……幹事さん。後は頼むね」

「あ、はいはい。了解……思ったけど、私って会長より年上だって知ってる?」

「立場は上だ」

 確かに私のファンクラブでの立場は『庶務代理』。実は副会長や庶務の任に就いている人を見たことがない。聞いても会長は何故か、話を逸らすので七不思議の一つとなっている。もちろん、『響様は何故、男なのか?』という不思議も入っている。

「じゃあ、お願い」

「了解です」

 会長はそのまま、どこかへ行ってしまった。煮え切らない謎が残ったままなので私は何とも言えない気持ちになり、ため息を吐きながら窓から外を見る。

「ん?」

 そこには黒い翼を付けた響様と見覚えのない子が一緒に走っていた。その後ろに響様に魅了された人たちが二人を追いかけている。

「……本当にあの子は楽しそうに生きてるわね」

 響様の姿は確かに、美しい。でも、皆が響様に夢中になる理由はやっぱり、人柄にあると思う。私もその一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍団から逃げ切った俺と雅は適当な屋台でたこ焼きを買って食べながら歩いていた。

「それにしても、響の人気はすごいね……」

「もう、嫌だ……」

 何故、こんなことになってしまうのだろうか。

「私も不運な方だと思ってたけど、響よりはマシだね」

「はぁ? お前の方が不運だろ?」

「響だよ!」

「お前だよ!」

 ぐぬぬ、と俺と雅は睨み合う。

「ねぇ! 見て! 響様が会長以外の人と睨み合ってる!?」

「そ、そんな!? あの立ち位置は会長だけだと思ってたのに!?」

 睨み合いに夢中になっていると気付けば、周りに人だかりが出来ている。

「ちょ、何これ!?」

「こ、これは……」

 文化祭前に見たことのあるような光景に俺は嫌な予感がしていた。

「ま、まさか!? あの二人、付き合っ――」

「「違うからああああああ!!」」

 俺と雅の悲鳴が大学内に轟く。

 一つ、わかったことは俺と雅は『不運』ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。話を聞かせてくれてありがとう」

「は、はい……でも、気のせいかもしれないので信じないでくださいね?」

「わかってるって。参考にさせてもらうだけだよ」

 俺は案内役の女子生徒に別れを告げて大学内を歩く。

(あの子の話だと……響はメイド服を着た時、何か話し声が聞こえた。しかも、会話のような……しかし、案内役の子って更衣室から離れた場所にいたからあまり、信憑性のない情報だな)

 だが、この情報が本当ならば、どうやって響の更衣室に侵入したのだろう。更衣室に行く為には必ず、案内役の前を通らなければならない。でも、案内役の子は誰も通らなかったと言っていた。それに話し声はすぐに聞こえなくなったらしい。不自然に消えたそうだ。

(うーん……これは……)

 誰にも気づかれずに移動でき、会話を聞こえなくすることができる人物。

「いや……そんなはずは……」

 可能性はゼロ。本当にこれが本当ならば俺の常識が粉々に崩れることになる。

(だが……これだけのことが出来る人物は――)

 

 

 

 東方の――八雲 紫なら出来る。

 

 

 

 それに響のリボン。あれは博麗のリボンだ。あいつは誰かに貰ったと言っていたが、嘘は吐いていない。あいつが嘘を吐く時、右目がほんの少しだけ痙攣するのだ。まぁ、本当にちょっとなので見逃すこともあるがあの時は右目を集中的に見ていたから嘘は吐いていない。

(嘘じゃない……つまり、重要なのは誰に貰ったかだ。ここで『博麗の巫女に直接、貰った』ならば、八雲 紫の存在も肯定される)

 そこまで考えて俺は首を振ってその考えを打ち消す。

「あり得ない、あり得ない……」

 だって、それだと響も八雲 紫、そして博麗 霊夢と知り合い――それも、幻想郷に行った事があるという話になってしまうのだ。おかしい。だって、あいつは外の世界にいて仕事を――。

「……おいおい」

 そうだ。あいつの仕事、まだわかっていない。そうだよ。そこだ。それさえ、わかれば全て、わかる。

「……もしもし、俺だけど。お願いしたい事があるんだ」

 俺は携帯を取り出して、電話を始めた。

 



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第218話 旅行

メリークリスマスです


「……はぁ!?」

 そろそろ雪が降りそうな季節になった頃、俺は紫の家に呼ばれていた。

「だって、面倒だったんだもの」

「いや、それってまずいだろ? チルノ、まだ外の世界にいるのって……」

 そこで『チルノはまだ、外の世界にいて迎えに行って欲しい』という依頼についての話を聞かされたのだ。

「お前が行けばいいだろ? スキマで一発なんだし」

「だって、そろそろ冬眠時期だし」

「その前にやれよ……」

「ちょっと面倒なことになっててね。ほら、貴方の街も結構、ヤバいことになってるでしょ?」

「……まぁ、確かに」

 気付かなかったが、どうやら俺が住んでいる街に射命丸が来ていたらしい。そして、とある商店街に住み込みで働いて飢えを凌いでいたようだ。そのせいで、『天狗は本当にいる』という噂が流れ、商店街の名前は『天狗商店街』という物に変わっていた。

「これじゃ、本物の天狗があの商店街に来そうで怖いわ」

「お前が言うと本当になりそうで怖いわ……それで、面倒なことって?」

「実は、あの氷精……ちょっと力が増えちゃって面倒事に巻き込まれてるのよ」

「力が増えた? どうして?」

 確かにチルノは妖精にしては力が強い方だが、それほどでもなかったはずだ。

「……まぁ、実際に見た方が早いから言わないでおくわ。あ、そう言えば、響の大学ってそろそろ、冬休みよね?」

「え? あ、ああ……1週間後にはもう、休みだけど?」

「そして、望たちもそうだったわね?」

「……何が言いたい?」

「何って決まってるでしょ? 依頼料の代わりに――家族旅行をプレゼントするわ」

 

 

 

 

 

 

「……てな、わけで。まさかの北海道だな」

「うん、まさかの北海道だよ」

 俺と望は大きな荷物を持って目の前に広がる雪景色に呆然としていた。よくこんなに積もっているのに飛行機は飛んだものだ。

「……」

「雅?」

 その景色を見ていた雅に声をかける奏楽。その表情に何か感じたようだ。

「え? あ、うん。何?」

「大丈夫?」

「……ゴメン。ちょっと、一人にさせて」

 雅は元々、北海道にいた。ガドラの件もあって色々、考えたいこともあるのだろう。

「俺たちは紫が予約したホテルに行ってチェックインしよう」

 空港から歩いて20分ほどの場所にあるホテルだ。

「……うん、そうだね」

「それにしても紫の奴、わざわざ飛行機にするなんて思わなかったな」

「だって、紫さんは冬眠するからね。空の旅も面白かったし」

「私が何ー?」

 “空”という単語で自分が呼ばれたと思ったのか、奏楽が返事をする。

「奏楽じゃないよ。あの空のことだってば」

「? ああ、奏楽じゃないんだ。ちょっとビックリしたよ」

 にぱー、と笑いながら奏楽は霙の頭をポンポンと叩く。すると、霙はトコトコと歩いて行った。どうやら、トイレに行ったようだ。

「さて、これからどうするかな……」

「チルノがいる場所、教えて貰ったの?」

「……いや。でも、魔眼で見つけられるからって」

 チルノの力が強くなったという話と関係があるようだ。まぁ、詳細は教えてくれなかったけど。

「雅ちゃん、大丈夫かな?」

「それはあいつ次第だ」

「あ、あの……」

「「え?」」

 後ろから聞き覚えのない声が聞こえ、俺と望は同時に振り返る。そこには見覚えのない――そして、ほんの少しだけこちら側の雰囲気を漂わせた少女が立っていた。

「雅を知ってるんですか?」

「……何?」

 思わず、聞き返してしまう。

「だから、その……尾ケ井 雅を知ってるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ」

「どうも」

 俺は少女――上代 弥生(かみしろ やよい)から缶コーヒーを受け取る。

「さて、上代……話を聞かせてくれ」

 因みに望は奏楽の方へ行っている。後、式神の通信も切った。雅が聞かれたくない話もあるかもしれないからだ。

「うん」

 上代の話によると雅と上代は友達同士だったようで、リーマ(上代ははっきりと名前を言わなかったが、話の内容からして間違いないだろう)と3人でつるんでいたようだ。

「じゃあ、お前は雅の仲間だったんだな……」

「雅ともう一人と一緒によく過ごしてたんだ。だから、雅って聞こえた瞬間、もしかしてって……」

「それにしてもリーマとも知り合いだったとは……」

「え!? リーマを知ってるの!?」

「まぁ、色々あってな。お前は……ハーフか」

 俺の言葉を聞いて上代は目を丸くする。魔眼で視ればすぐにわかる。リーマと雅の間――両極端のクォーター同士の間の妖力だったのだ。つまり、ハーフ。

「そ、そこまで……音無さんって一体?」

「望もいるから響でいいよ」

「では、私も弥生で。まさか、響さんもこっち側?」

「……うーん、違うかな?」

 種族的には人間だし。

「何で、そんなに煮え切らない返事?」

「こっちも色々あるんだよ」

 さすがに全てを言うわけには行かないので誤魔化す。

「あ! 響、こんなところにいた! ゴメンね、さっきは勝手に……え?」

 そこに運がいいのか悪いのか雅がやって来た。そして、弥生の姿を見て固まってしまう。

「おう、雅。お前の友達に会ったぞ」

「え、ええええ!? 何で!?」

「色々あったんだよ。今、伝える」

 通信を使って詳細を教えた。

「……なるほど。そんなことが」

「え? ええ?」

 一瞬で状況を把握した雅を見て弥生が首を傾げる。

「弥生、誰もいない場所ってないか? ここじゃ人通りがあって説明のしようがない」

 ここはたまに人が通っているのだ。

「え? 結構、少ない方だと思うけど……」

「響、望たち呼んだよ」

 霙に通信を使って知らせたのだろう。望は能力を開放しなくても霙の言葉はわかるようだからすぐに来るはずだ。

「な、何、これ?」

「後で説明するから今は場所を移動しよう」

「えっと、じゃあ、私の住処に」

 弥生の案内で俺たちは移動した。

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 弥生の案内で来たところはかなり古臭い建物だった。フランが誘拐されて連れて来られた屋敷よりもボロボロだ。原型を保っているだけでも奇跡と言えよう。

「うわぁ! 懐かしい!」

 しかし、雅だけは違ったようで目をキラキラさせてその建物を見ていた。もちろん、望たちはジト目である。

「こっちに来て」

 弥生はそんな雅を見て嬉しいのか微笑みながら建物の中へと入って行った。俺たちも素直について行く。

「中は意外と綺麗だな」

 細長い廊下を進むが、あまり亀裂や埃は目立たなかった。

「響、逆だよ。外はわざと汚くしてるの」

「……ああ、人が来ないようにするためか」

「さすが、察しが良いね」

 そこで廊下から少し開けた場所に出る。そこには椅子やソファがいくつか置いてあった。

「じゃあ、適当に座って」

 弥生のお言葉に甘えて適当な椅子に座る。望たちも腰を降ろした。

「さてと……お前と雅たちの関係はわかった。とりあえず、3人揃えよう」

「え?」

「仮契約『リーマ』」

 スペルに手を当てながら宣言。すると、俺の隣にリーマ(少女モード)が現れる。

「……へ!?」

「おー、本当に弥生だー」

「ちょ、え? え?」

 弥生は目を点にしたまま、立ち上がった。

「久しぶりに3人、揃ったね」

 雅がリーマの手を取って弥生の傍まで歩く。

「待って! ど、どう言うこと?」

 状況が飲み込めていない弥生は後ずさりする。

「簡単に言っちゃうと、私たちは響の式神になったの」

 リーマが少しだけ不満そうに言う。

「し、式神!? 人間の!?」

「弥生でも勝てないと思うよ。響は強いから」

 雅が微笑みながら断言した。

「でも、普通の人間……」

「弥生でもって言い方だと、お前らよりも強いのか?」

 弥生の言葉を遮って雅とリーマに確認する。

「まぁ、強いよね」

「うん、私の炭素も砕かれるし」

 砕かれる?

「へぇ、意外だな」

「まぁ、今じゃ響の加護があるからどうかわからないけど」

「加護?」

「ああ、俺の力を少しだけ分けてるんだよ」

「じゃあ、本当に……」

 雅とリーマが俺の式神(リーマはまだ、仮式だが)だと言うのがまだ信じられないのか何故か、弥生は俺を睨んだ。

「あ、これヤバい奴だ」

「望たち、こっちに来て」

 リーマと雅が慌ただしく、望たちをこの部屋から避難させる。

(まぁ、これだけ妖力を漏らしてたらそうなるよな? 狂気)

『……ああ』

 狂気が目を覚ましたのは紫の家でチルノの話を聞いた数日後だった。調子はかなり、悪い。あれから妖力も揺らぎっぱなしで戦闘で使えるかどうかわからないのだ。

(復帰戦、厳しくなるかもよ?)

『全く、面倒なことになったもんだ……』

「ゴメン、やっぱり自分の目で見ないと信じられない。だから、戦う」

 弥生の目の色が黄色に変化する。あれは――。

「おおう、魔眼か」

『ありゃ、勘弁じゃのう』

 薄暗い部屋の中、俺を睨む黄色い瞳が淡く光った。

 



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第219話 黄色い瞳

「じゃあ、死ぬ気でどうぞ」

 弥生がそう言うと一瞬だけ目が光った。

「よっと」

 魔力を足元で軽く爆破させて空を飛ぶ。その瞬間、先ほどまでいた場所がなくなった。そう、跡形もなく。

(こりゃ、厄介だな)

 魔眼のことはパチュリーの図書館で勉強したが、彼女の魔眼は見たことがない。多分、『遺伝魔眼』だ。能力がまだ、把握できていない今、迂闊に接近するのは得策ではない。

「油断は禁物だよ?」

「くっ」

 俺を見続ける限り、魔眼はいつでも発動し続ける。本当に厄介だ。

「魔眼『青い瞳』」

 こちらも魔眼を発動し、相手の力を視る。

「魔眼!?」

「お互い様だな!」

 相手の視線を視てその線上から逃れ、右手に神力を込めた。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 巨大な手を思い切り、突き出す。しかし、すぐにその右手が砕ける。

(やっぱり、砕ける……雅の炭素でも砕けるらしいからこれぐらい簡単に、か)

「その力は?」

「質問は後。続きをしよう。霊盾『五芒星結界』」

 5枚の博麗のお札を結んで展開した。だが、砕かれる。

「さすがにきついなぁ」

 攻撃しようにもその武器はすぐに砕かれるのだ。魔眼で視線を先読みしてもこちらの攻撃手段は消されてしまってはジリ貧になる。

(妖力を手に纏わせれば……でも)

『いいから、使え。いざとなれば『狂眼』で安定されられるだろ?』

「それだと、女体化するから嫌なんだよ!!」

「何のこと!?」

「こっちの話だ! 拳術『ショットガンフォース』」

 妖力を両手に纏わせようとするが、違和感を覚えた。

「な、何だこれ……」

 魔眼で両手を見る(もちろん、逃げながらだ)とラグが生じている。

「ぐっ……」

 熱い。両手がものすごく熱い。

「きょ、狂眼『狂気の瞳』!」

 左目は青く、右目は紫色になる。もちろん、これでも魔眼も狂眼も発動する。まぁ、女体化したけれど。

「な、何!? 女に!?」

「分身『スリーオブアカインド』!」

 3人に分身して一気に弥生に接近する。一瞬で2体の分身が砕かれるが、その時には弥生の懐に潜り込んでいた。

「っ!?」

「これでっ!」

 右手を思い切り、弥生の鳩尾にブチ込んだ。

「がッ……」

 体をくの字に曲がらせ、弥生は思い切り、吹き飛ばされた。そして、すぐに壁に叩き付けられる。

「……?」

 今、手ごたえが変だったような気がした。

「異形」

 ぼそりとそんな声が聞こえた瞬間――。

「っ――」

 目の前が真っ暗になった。いや、違う。

「これは、やりすぎじゃない?」

 雅が炭素で俺を守ってくれたのだ。

「雅、邪魔しないで……ってどうやって?」

「私は式神だけど、自分の意志で響の傍に召喚できるんだ」

「それって式神としてどうなの?」

「さぁ?」

 炭素のせいで弥生の姿は見えないが、声は先ほどよりも上から聞こえる。

(異形……それって)

 永琳印の薬を噛んで元の姿に戻った。

「……響さん、私のことどう思う?」

「え?」

 突然、弥生から問いかけられ、聞き返してしまう。

「雅」

「……うん」

 炭素が消え、弥生の姿が露わになる。

「こ、これは」

 弥生の背中から片翼だけ白銀の翼が生えていた。更に目の周りや、首筋の一部に白銀の鱗。

「ドラゴン?」

「さすが、響だね。そう、弥生は……魔眼を持った妖怪と竜のハーフと人間との間の子。つまり、人間の血を2として、魔眼を持った妖怪の血が1、竜の血が1。かなり複雑だけど」

 確かに、目の前の弥生は背丈も高くなっている。

「この姿を見て、どう思う?」

「……普通」

「……え?」

「見た目は竜だけど中身は人間だ。だから、普通」

「そんな理屈ッ!」

 竜の拳で俺に向かって殴りかかってくる弥生。

「くっ」

 それを止めようとする雅だったが、左手で制止させ、右手を前に突き出す。俺の右手と弥生の拳が衝突するもその場で止まった。

「そ、そんな」

「お前は自分の力に恐れ、怯えている。だから、弱い」

「ま、また変な力を!?」

「きょ、響!? 何で、妖力を使わないで……」

 雅の言う通り、俺は何も力を使っていない。強いて言えば、感情のコントロールしかしていないのだ。

「え!? 人間の力だけで竜の力を防げるはずが」

「人間の脳ってさ。30%の力しか引き出せてないんだってよ」

「はぁ?」

「それでも、その限界を超える方法はいくつかある。一番簡単なのは……怒り」

「「ひっ……」」

 俺の目を見た弥生と雅が悲鳴を上げる。きっと、目が血走っているからだろう。少しでも気を抜けば残骸に力を与えてしまうので注意が必要だ。

「さぁ、続きをしよう」

 そう言って右手に力を込める。少しずつだが、弥生の拳が押され始めた。

「何で……」

「気持ちが迷っている奴と怒りすらも力に換える奴が戦ったら勝つのは決まってる」

「迷ってなんか」

「お前は、自分の血を憎んでいた。他の人とは違う容姿を怖がっていた。でも、雅とリーマはお前に寄り添ってくれた。だから、大丈夫だった。そう、その安心は過去形なんだよ。今のお前は、雅もリーマもいないお前は、また独りになったお前は、ひたすら怯えてるだけなんだよ!」

 左手から雷を飛ばす。

「きゃっ」

 感電したのか弥生が右腕を引いた。その隙に雅を脇に抱えてバックステップして距離を取る。

「ちょっと、何で追撃しないの!?」

「怒り状態は長く持たないんだよ!」

「じゃあ、妖力で殴ればいいじゃん!」

「こっちにも事情があるんだ! 契約『霙』!」

 スペルを床に叩き付けて叫ぶ。

「バゥ!!」

 そして、霙が召喚された。

「さっきの犬も式神だったの!?」

「私は狼ですよ!」

 すぐに擬人モードに変わった霙が氷で出来た直刀を両手に持って弥生に突っ込む。

「雅、霙のアシスト! 仮契約『リーマ』!」

「本当にやんちゃな子ね!」

 大人モードのリーマがツルを弥生に向かって伸ばす。

「もう、次から次へと召喚して!!」

 突っ込んで行った霙を左手で軽く跳ね飛ばしてツルに向かって炎を吐き出した。

「炎まで!?」

 燃え尽きたツルを見て声を荒げてしまう。

「だから、私もリーマも勝てないんだよ。でもっ!!」

 こちらに飛んで来た火球を雅が炭素で防いだ。

「え!? み、雅が炎を!?」

「私だって成長してるんだよ! 響、お願い!」

「憑依『音無 雅』!」

 黒い粒子を身に纏い、雅を憑依させた。

「合体!?」

「炭道『黒き道』!」

 炭素の道を使って弥生に接近。

「魔眼!」

 黄色い瞳が光った。

「炭素『黒き風』!」

 咄嗟に黒い粒子を周りに旋回させて身を守った。

「炭槍『黒き槍』!」

 右手に漆黒の槍を持って突き出す。切っ先が弥生の頬を掠める。弥生が反射的に首を傾けて躱したのだ。

「なっ――」

 しかし、一瞬だけだが、隙が出来た。それを狙って霙が弥生の背中に触れて氷漬けにする。

「動きが……」

「やっぱり、翼でバランスを取ってたんだな?」

 よく尻尾の生えている動物は尻尾でバランスを取っていると言う話を聞いたから試したが、見るからに動きが鈍くなっている。

「こんな氷……」

 弥生が翼の氷を破壊しようと翼に向かって拳を振るおうとした。

「させないよっと」

 だが、その拳にツルが巻き付いて邪魔をする。リーマだ。

(もう一回、妖力を!)

 さっき、弥生を殴った時の違和感は多分、腹の部分に鱗があるのだろう。それを普通の――いや、怒り状態でも衝撃は貫通しない。

「はああああああっ!」

 今度は右拳にのみ、妖力を纏わせる。

「何で、人間が妖力を!?」

「ぐぅ……」

 弥生が驚愕で動きを止めている間に何とか、妖力を安定させたい。

『何で、安定しないんだ……』

 狂気の呟きが聞こえる。オレだって知らない。

(……何だろう。この妖力)

 今、気付いたが今までの妖力を何か違うような気がする。根本的な何かが。

「雅、解除」

「え!? ちょ!?」

 突然、憑依を解除された雅は目を見開いて俺の隣に召喚される。

「何で!?」

「ちょっと、試したいことがあって。お前ら、時間を稼げ」

「いい加減にしろっ!」

 とうとう、氷が砕かれてしまった。更に弥生を拘束していたツルも引き千切られてしまう。

「わかったよ! 本当に勝手なんだから!!」

 雅は両手に炭素を纏わせて弥生に突っ込んだ。

『響、何する気なの?』

(決まってる。妖力を安定させるんだよ)

『しかし、どうやって?』

 そう、安定させるための方法はない。だから、妖力を固める。

 



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第220話 チルノ?

(妖力を安定させようとするからダメなんだ。型に流す)

 目を開けると弥生が霙に拳を叩き込もうとしていた。そこに雅が割り込んで防御する。その隙にリーマがツルで弥生に攻撃を仕掛けるが、炎で焼かれてしまった。

「固定『霊力ギプス』」

 右拳が赤色に光る。

「道を開けッ! 神鎌『雷神白鎌創』!」

 左手に鎌を持って走り出した。

「そんなちゃちな鎌で何が!」

 魔眼が俺の左手の鎌を捉える。

「させないっ!」

 視線の間に割り込んだ雅が炭素で俺の姿を隠した。炭素が砕け、黒い粒子が俺の前を舞う。それを掻き分けるように鎌を左右に振って止まらずにダッシュし続ける。

「邪魔しないで!」

 今度は炎を吐いて来た。

「させません!」

 霙が横から水を放ち、水蒸気を発生させる。弥生の姿が見えなくなった。

(リーマ、よろしく)

『まかせておいて』

 しかし、俺には式神の通信がある。リーマが弥生の姿を見ていたら、その映像は俺にも視えるのだ。

「ちっ……」

 水蒸気のせいで俺の姿が見えないのか弥生が舌打ちする。

「せいっ!」

 左手に持っていた鎌をブン投げた。鎌は水蒸気を吹き飛ばしながら飛んで行く。

「そこか!」

 弥生が右拳を振るって鎌を殴る。鎌を俺だと錯覚したようだ。

「しまっ……」

「チェックメイト」

 右腕を引いて思い切り前に突き出す。拳が弥生の鳩尾に触れる刹那、赤から黄色に変化する。霊力の型を壊して妖力を開放したのだ。こうすれば、妖力が揺らぐ前に相手に攻撃することができる。

「ッ……」

 手ごたえは完璧。パキッ、という音も聞こえた。殴られた弥生は後方にぶっ飛ばされ、壁に叩き付けられて、埋もれる。異形化も解け、元の姿に戻った。気絶したようだ。

「やりすぎたかな?」

「うん、妖力で殴ればいいって言ったけど込め過ぎ」

「コントロールが効かないんだよ」

「うわぁ、減り込んでいるわね」

 それから弥生を壁から助け出す作業に20分ほどかかった。

 

 

 

 

 

 

「確かに私は負けたけど……響さん一人の力じゃなかったから認めないよ」

 頬を膨らませながら弥生が椅子の上で体育座りしている。

「何よ。4対1とか卑怯すぎるもん……」

「全く、異形化したらこっちだって出るとこ出るよ」

 雅が腕を組みながらため息を吐く。

「それにしても、すごかったね。異形化」

 その隣で望が弥生を興味深そうに見ている。

「……まって。望は見てないでしょ?」

「ああ、私も魔眼みたいなの持ってるの」

「う、嘘でしょ……」

 ガックリと項垂れる弥生。雅も自分が妖怪だってばれた時の反応と似ていた。

「あ、弥生。大丈夫だよ。望は気にならないみたいだし」

「そうよ。私に襲われた時だって逃げずに立ち向かって来たみたいだし」

「そうそう! お兄ちゃんがこんなんだからもう、異形化とかもう普通に見えるもん」

「こんなん?」

 望の言ったことが理解できなかったのか弥生は聞き返す。

「見たでしょ? お兄ちゃん、たまにお姉ちゃんになるんだよ」

「……待って。響、女じゃないの?」

 少女モードになったリーマが冷や汗を掻きながら質問して来た。

「「「え? 何を今更?」」」

 俺と望と雅が同時に言う。そう言えば、フランが誘拐された時、召喚したら『貴女』と言っていたような気がする。

「ああ、だからあの時、一瞬で男から女になったんだ……」

「ええ!? 弥生も気付いてたの!?」

「魔眼で」

「その魔眼の能力、教えてくれないか?」

「私の魔眼は『凝縮』。視界に入った物を問答無用で凝縮させて砕くの。後は相手の情報が少しだけわかるぐらいかな」

 つまらなそうに弥生が教えてくれた。魔眼で俺を見て『男』だとわかったのだろう。

「なんか、『闇』と似てるな」

「やみ?」

 俺の言葉が理解できなかったようで首を傾げる。

「ああ、さっきの戦いでは使ってなかったけどな」

「そうそう! 何なの!? 人間が妖力とか使うって!?」

「俺、霊力と魔力。妖力に神力を使えるんだよ」

「……は?」

 目を点にして弥生は間抜けな声を漏らす。

「後はコスプレとか。色々、できるよ。さっきだって私と憑依したでしょ?」

「ひょ、憑依? 雅が粒子状になって響さんの体に取り込まれたけど結局、何だったの?」

「簡単に言っちゃえば、合体だよ。雅の力を一時的に使えるようになるんだ」

 弥生はそれを聞いて口を開けて呆けている。まぁ、妖怪を憑依させる人間などいないだろう。

「もう聞けば聞くほど響さんが人間に見えなくなっていく……魔眼の反応は人間なんだけど、納得できない」

「種族的に見れば人間だけど、中身が人間じゃない何かだよね」

 リーマが俺の方を凝視しながら呟く。まだ、俺が男だと信じられないようだ。

「……はぁ。確かに、雅とリーマを式神にできるほどの力はあるみたいだけど」

 弥生も俺を見ながらボソッと言うが、すぐに苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

「弥生って頑固だよね。負けたのは変わらないのに」

 ため息を吐きながら雅。

「だって、他人の力を借りて勝ってもその人の力とは言えないでしょ!」

「まず、その考え方が違うんだよ」

 そう指摘したのは望だった。

「お兄ちゃんの強みは純粋な力とかじゃないの。周りの人の力を数倍も引き上げたり、協力して問題を解決するリーダー的な力なんだよ」

「リーダー?」

「そう。この人の命令なら聞いてもいい。この人のためなら動いてもいいってそう思わせるの。まぁ、カリスマ性が溢れてるって感じかな?」

 望の発言を聞いて何だか、照れくさくなり頬を掻いた。

「カリスマ……うーん?」

 しかし、それでも弥生は首を傾げている。よくわかっていないようだ。

「まぁ、認めなくていいよ。それより、ここら辺で妖精に会わなかったか?」

「妖精?」

「ああ、氷精のチルノって言うんだけど……探してるんだ」

「チルノ……ああ、あのお姉さん?」

 ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「お姉さん?」

「うん。長くて青い髪に青いワンピースだよね?」

「青い髪だけど短いよ?」

 横から望が補足する。

「でも、チルノって名乗ってたし……」

 弥生の様子から見て嘘は吐いていない。もしかしたら、チルノの身に何か起きている可能性がある。

「……あっ!?」

 何か考え込んでいた望だったが突然、大きな声を出す。

「ど、どうしたの?」

 肩をビクッとさせた奏楽が不安そうな表情を浮かべて望に問いかけた。

「い、いや……その、えっと?」

 何か閃いたようだったが、望は困惑したまま首を傾げている。

「何かわかったのか?」

「うーん、弥生ちゃんの話の辻褄が合うかもしれないって思ったんだけど……でも、そう簡単になるかな?」

 まだ、自分の中で疑問が残っているらしい。煮え切らない様子で妹はため息を吐く。

「弥生ちゃん、チルノの場所わかる?」

「え? あー、うん。わかるけど今はちょっと……」

 頬を掻きながら弥生は露骨に目を逸らした。その視線の先には雅がいる。

「……なぁ、もしかしてガドラ関係なのか?」

 弥生ならガドラのことを知っているだろうし、雅に視線を送ったのは雅の前でガドラの話をしていいのか判断出来なかった、と推測して問いかけた。

「ッ!? が、ガドラを知ってるの!?」

 見事、推測が命中したようで見るからに動揺する弥生。

「そりゃ、戦ったし」

「戦った!?」

 首がもげるのではないかと疑ってしまうほどの勢いで雅の方を弥生は見た。

「うん……私と響で倒したよ」

「たおっ――」

 目を見開いたまま、弥生は後ずさる。

「あの子、衝撃的なことがあるとすぐに後ずさるんだよね」

「そうなんだ」

 リーマの捕捉を軽く流す。

「じゃあ、ガドラは?」

「……」

 弥生の質問に雅は答えず、俯いた。雅は俺にも言おうとしないが、だいたい想像は出来ている。

「うーん、これはマズイことになった」

 雅の沈黙で全てを理解したのか弥生が腕組みをしながら唸った。

「何があったんだ?」

「実は……ガドラの子分たちが『ガドラの帰りが遅すぎる』って騒いでて明日の深夜に本州に乗り込もうとしてるの」

「こっちに来るってか?」

「うん、かなり子分たちは焦ってるみたい。確か、ガドラがいなくなったのは今年の7月ぐらいだったから」

 だが、本州に行ったとしてもガドラはもうこの世にはいない。でも、そのことを子分は知らない。俺は心の中で舌打ちをして頭のギアをチェンジさせた。

 



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第221話 作戦会議

「ちょっと面倒なことになってるな……子分の数は?」

 とにかく、今の状況を確認しなければならない。

「ここら一体、ほぼ全ての妖怪に慕われてるからざっと3桁は超えるかな?」

 それを聞いて俺は驚いた。まだ、外の世界――しかも、北海道にそれほど妖怪がいるとは思わなかったのだ。

「それで? それとチルノ、何が関係あるんだ?」

 何とか、驚愕を顔に出さないようにしつつ、疑問をぶつける。

「ガドラの子分たちを止めるために準備を進めてる」

「チルノが?」

「最初に出会ったのが私とガドラの子分が戦ってる時で私に加勢してくれたの。で、事情を説明したら『最強の私にまかせて』って言ってたから力を蓄えてるみたい」

「因みに他の協力者は?」

 俺の問いかけに対し、弥生は首を横に振る。

「弥生はチルノと一緒に戦うんだよね?」

 今度はリーマが聞いた。

「そりゃ、そうだよ。雅をあんなに苦しめた奴の子分にこれ以上、好き勝手やらせる気はないもん」

 弥生の目は覚悟の色に染まっている。

「こっちの勢力は俺たちの他に弥生とチルノか……チルノの状態にもよるけどもう一人欲しいな」

 頭の中で作戦を立てながら呟いている俺を弥生は目を丸くして見る。

「俺たちの他にって……どういうこと?」

「は? だって、ガドラの子分たちが本州に向かおうとしてるんだろ? なら、止めなきゃ」

「いや、だって響さんたちは旅行に来たんでしょ?」

 それを聞いてこのアジトに来る時、雅が嬉しそうに弥生に話していたのを思い出した。

「旅行って言うか、任務って言うか……俺はとある奴からチルノを連れ戻すように言われて北海道に来たんだよ」

「とある奴って?」

「八雲 紫だよ」

 俺の代わりに雅が答える。

「八雲ってあの八雲? いやいや、だってあの人は幻想郷っていう、あるのかどうかもわからない所に住んでるんでしょ?」

「その八雲で合ってるぞ。チルノも幻想郷の住人だし」

「え!? そうなの!?」

「ああ、まず幻想郷って言うのは2枚の結界の中にある。その結界のせいで外の世界からは認識できないんだよ」

「そうなんだ。本当にあったんだね、幻想郷。でも、どうして響さんはそれを知ってるの? 外からじゃ認識できないんでしょ?」

 頭の上にはてなを浮かべながら聞いて来る弥生。

「その例外が紫なんだ。本来、幻想郷に入るのも、幻想郷から出るのも容易じゃない。だが、紫はスキマを使って普通にその境界を超えて二つの世界を行き来してるんだよ。基本、幻想郷にいるけど」

「質問の答えになってないよ」

「今から言うから待ってろって。そのスキマなんだが、俺も使える」

「……八雲の子供なの?」

「あいつとは血縁関係じゃねーよ……俺の能力だと幻想郷の住人全員の能力を使えるんだ。まぁ、戦闘には使えないけど」

 俺の言葉を聞いて弥生は目頭を押さえた。

「雅、アンタなんて人の式神になったの?」

「いや、最初に出会った時は私よりも弱かったんだけど……なんか、もう修羅場を超え過ぎてチートになっちゃって」

「チート言うなっての。俺の能力だって欠点はあるんだ。チートでも何でもないよ」

 ただ、対処法がわかるまで相手が生き残っているかどうかはわからないが。

「とにかく、チルノを連れ戻すのが任務なの。でも、チルノは人の言うことを聞かないから事件を解決した方が早い」

 それにガドラを倒したのは俺と雅だ。ならば、俺たちが対処しなくてはならない。そして、晴れて雅はガドラから解放されるのだ。

「……わかった。一緒に戦ってくれるなら歓迎する。でも、後一人を見つけるのは難しいと思う。ここら辺の妖怪はガドラの子分だし」

「確か、雅がガドラの所から逃げ出したのって去年の夏だったよな?」

「正確には去年の8月末だね。夏休み明けに引っ越したから」

「去年の8月……あああ!? そう言えば、リーマと戦ってたの響さんじゃん!?」

 紫の式神で俺とリーマの戦いを見ていたのは雅だけではなかったようだ。

「忘れてたんだね」

「だって、1年前のことだったし。それに今はガドラの子分の方が気になって」

「でも、急に何で?」

 顔を背けている弥生を放置して雅が質問して来た。

「ああ、1年前にはお前たちのようなアンチガドラがいたなら他にもいるんじゃないかなって」

「いたけどもう皆、違うところへ行っちゃったよ。雅が逃げたからガドラがすごいイライラしてて子分以外の妖怪を次々と殺して回ってたから」

「そりゃまた物騒な」

「そんな奴を倒しちゃうお兄ちゃんと雅ちゃんもすごいけどね」

 望が軽口を叩いたが、無視。

「仕方ないか……もう一人はこっちで手配するよ。じゃあ、チルノの所に案内してくれるか?」

「うん、わかった」

「あ、そうだ。お前たちはここに残っててくれ。明日のために休んでおいて」

「え? ホテルには行かないの?」

 雅が首を傾げながら問いかけて来た。

「今は弥生と離れない方がいい。さっき、ガドラの子分と戦ったって言ってたから子分たちがここに来る可能性もある。弥生、ここに泊まらせてくれ」

「それはいいけど……雅、リーマ。寝室に案内して」

「後、リーマはそれが終わったら俺に連絡。そしたら、幻想郷に帰すから」

「えー」

「お前は燃費、悪すぎなんだよ。さっきの弥生戦でもバクバク持って行きやがって」

 俺がため息交じりに言うとリーマは頬を掻いて視線を逸らした。

「それと……明日はここに居る全員に戦って貰う。覚悟しておいてくれ」

 3桁を超える妖怪との戦闘。『倒す』と口で言うのは簡単だ。しかし、現実はかなり厳しい。正直、ここにいる全員+チルノ+もう一人の9人で戦うのは無謀としか思えない。無傷では済まないことは容易に想像出来る。

 俺の目を見て全員が深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトに望たちを残し、俺と弥生はチルノがいるという小さな湖に来た。そして、その湖の真ん中で一人の少女が立っていた。そう、氷の上にだ。

「あれがチルノだよ」

「……あれが?」

 キラキラとダイヤモンドダストが月の光を反射して輝いている。それは自然の力で出来た物ではない。チルノが作り出しているのだ。

(でも、チルノって……あんなに大きかったか?)

 湖の上に立つ少女は望――いや、もしかしたら成人女性と同じぐらいの背丈だ。こちらに背を向けているので顔は見えないが、顔もそれぐらいだと想像出来る。

「チルノ!」

 試しに大声で呼んでみた。すると、チルノはゆっくりとこちらを振り返る。

「あら? 響じゃない? どうしたの?」

 月光りを背に、青髪の少女が微笑む。髪は長い。腰まで伸びている。服は青いワンピース。だが、少々サイズが小さいのか胸がはちきれそうになっていた。いや、それほどでかいということか。

「お前のようなチルノがどこにいるんだよ!!」

 我慢できずに叫んでしまった。だって、あまりにもその姿が俺の知っているチルノとかけ離れていたから。

「私だってわからないわ。ここに来た時にはこうなっていたんだもの」

「もう、喋り方とか別人じゃねーか!? お前、いつからどこかのお嬢様のような口調になったんだよ!?」

「私だってわからないわ。ここに来た時にはこうなっていたんだもの」

「切り返しが同じなんだけど!?」

「きょ、響さん! 大声出すとガドラ勢に聞こえちゃうから!」

 そう言う弥生もかなりの声量だった。

「……とりあえず、こっちに来い」

「わかったわ」

 チルノはふわりと飛んで俺の前に優雅に着地する。

「もう、何もかもが変わってしまったんだな」

「そうでもないわよ? 最強なのは変わらないもの」

 大きくなっても『最強バカ』だった。

「それで? 何しに来たの?」

「いや、外の世界に残されてたお前を連れ戻しに来たんだよ」

「……ソトノセカイ?」

 棒読みで言葉を復唱するチルノ。

「……お前、ここがどこだかわかってるよな?」

「ええ、知っているわ」

「言ってみろ」

「幻想郷」

(大きくなっても馬鹿だった!?)

 俺と弥生は目を合わせてため息を吐く。

「えっとだな。ここは外の世界なんだよ」

「……響、頭でも打ったの?」

「違う。7月に起こった歪異変でお前はここに飛ばされたんだ」

「……ふっ」

 こいつ、鼻で笑いやがった。

「きょ、響さん! 落ち着いて!」

 俺の地力が膨れ上がったのを感じたのか俺の肩を押さえて宥めにかかる弥生。

「すぅ……はぁ……いいか? もう一度だけ言うぞ。ここは外の世界だ」

「そんなはずはないわよ。だって、私飛ばされた記憶なんてないもの」

「……因みに体が大きくなる前、何してた?」

「お昼寝をしていたわね」

「寝てる間に飛ばされたんだよ!」

 駄目だ。頭が中途半端に良くなったから余計、面倒な奴になってしまった。

「もういい。それで、ここにいる弥生と一緒にガドラ勢と戦うんだよな?」

「その通りよ」

「それ、俺たちも参加することにしたから」

「……ガドラ勢として?」

「お前たちの味方としてだよ!」

 幸先が不安過ぎてその夜、俺はあまり寝つけなかった。

 



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第222話 決戦前夜

 響がうんうんと唸りながら寝ている近くで一人の少女が体を起こした。雅である。

「……」

 響、望、奏楽、霙を見た後、そっと布団から出て部屋を出た。因みにここはアジトの地下で昔、まだ雅たちが3人で暮らしていた時に使っていた寝室である。

 彼女は裸足のまま、ペタペタとアジトの廊下を歩く。向かう先は階段。脳内で式神通信を切って、ゆっくりと登る。

 1階に着いたがその足は止まらず、そのまま2階へ。2階も無視して階段を上り続ける。そして、1つのドアの前に着いた。階段はそこで終わっている。躊躇いもなく、そのドアを開けた。

「やっぱり」

 ドアの先――屋上にいた弥生の姿を見て嬉しそうに雅は呟く。外は静かだったので弥生にもその呟きが聞こえたようだ。振り返ったその表情は驚いていた。

「雅? どうしたの? こんな夜中に?」

「ちょっと、眠れなくてね」

「……そっか」

「ねぇ。ちょっとだけ話さない?」

 そう言い終わる頃には弥生の隣まで移動していた。屋上には大人の胸ほどの高さがある柵があり、二人はそれに背中を預けている。

「話って?」

「もちろん、色々だよ。ちょっとした世間話から真面目な話まで」

 だが、雅の顔は真剣そのもの。ちょっとした世間話などする雰囲気ではない。

「……いいよ」

 その顔を見て何かを感じ取った弥生は頷いた。

「じゃあ、どうぞ」

「……は?」

 話をしようと言ったのは雅だったのにも関わらず、話のタネを要求したので弥生は呆けてしまう。

「弥生、素直に話してごらん」

「な、何を?」

「わかってるんだよ? 何か気になることがあるんでしょ?」

 雅は人の表情から感情を読み取るスキルが高い。昔から多くの妖怪からいじめを受けていたので自然とこのスキルが身に付いた。もちろん、学校でも人の顔色を伺っていたので日々、このスキルを磨き続けていたのだ。無意識の内に。

「……雅には敵わないなぁ」

 弥生は確かに気になっていたことがあった。しかし、それは雅を傷つけてしまうかもしれない。だから、言わなかったのだが、ここまで言わせてしまったのなら言うしかないだろう。

「響さんは……化け物なの?」

 正直、弥生は響の事が怖い。竜と妖怪の血を引いている弥生をそこまで圧倒したのだから。

 特に弥生が弱いわけでなかった。ただ、響が強すぎたのだ。いや、違う。あまりにも行動が不規則すぎて攻撃する暇がなかった。それはつまり、響の戦闘センスが凄まじいことを証明している。あれほどの戦闘センスを持った一般人などいるわけない。だからこその『化け物』発言だった。

「おっと、いきなり確信を突いて来たね」

 しかし、聞かれた妖怪はその問いが来ると思っていたらしくあまり驚いた様子ではなかった。

「響は化け物なんかじゃないよ。ううん、もしかしたら人間の中でもかなり人間らしい人間だよ」

「人間らしい人間?」

 雅の言っている意味が分からず、首を傾げてしまう。

「傷つきたくないの。人一倍、痛みに怖いの」

「痛み?」

「もちろん、物理的じゃなくて精神的にね」

 弥生は無言で言葉の続きを待った。雅もそれを汲み取ってすぐに話し出した。

「去年の夏に響、幻想郷に引きずり込まれたの。本人は紫の仕業だって言ってるけど。そして、幻想郷で1週間ぐらい過ごした後、外の世界に帰って来た。その時にはもう、失踪したと言われてて望が精神的に参ってたんだって」

「そんなことがあったんだ……」

「そのすぐ後、私と出会う少し前。幻想郷で大きな事件が起きてまた家に帰られなかったんだ。まぁ、それも1日だけなんだけどね……向こうではそういうのを『異変』って言うらしくてそれが原因みたい」

「ああ、そう言えばさっき『歪異変』とか言ってたっけ?」

 響がチルノに言った内容を思い出しながら弥生がボソッと声を漏らす。

「そうそう、そう言うのがあったの。その事件の犯人、響なんだよ」

「……え?」

 チルノと別れた後の帰り道に響から聞いた話では『幻想郷で万屋と働いていて異変とか解決している』と言っていた。だからこそ、驚いたのだ。解決する立場の人が異変を起こしては本末転倒である。

「その様子だと万屋の話は聞いたみたいだね。響自身も起こそうと思って起こしたわけじゃないんだけど色々あって……私もまだ、聞かされてない。この事件を知ってるのはその時の異変を解決した人だけ。一時期、新聞で出回ったみたいなんだけど紫が隠蔽したそうだよ。まぁ、それでも幻想郷の中でも力のある人は知ってるんだけどね」

「それほどのことがあったの?」

「わからないけど、それがきっかけで響に『吸血鬼』、『狂気』、『トール』の魂が宿ったんだって」

「魂が宿る?」

「響の魂にはたくさん、魂が生きてるの」

 雅の言っていることは弥生にはわからなかった。そんなことが可能なのかも定かではないし、そもそも魂について何も知らないからだ。

「そして、響の中に霊力、魔力、妖力、神力が流れてるようになった。さて、話を戻そうかな? 響はその異変のせいで望が壊れかけたのを目の当たりにして恐怖したの。また、異変が起こったら望が壊れてしまうんじゃないかって……」

 弥生はその言葉をすぐに飲み込めなかった。あんなに元気な望の姿を見たらそれも仕方ないだろう。

「それからだよ。響が力を求めようとしたのは……力があればすぐに望の傍に帰ることができる。安心させることができる。そう考えて響は指輪を手に入れて、私を式神にして、色々な技を身に付けて、ここまで強くなった」

「でも、それは誰かを守るためなんじゃないの? 最初に言った事とはまた、別だと思うけど」

「響が恐れたのは望が壊れることじゃなくて、望が壊れてしまったのを見ることなんだ」

「それって!?」

「だから、自分が傷つくのが怖いの。そりゃ、望たちが傷つくのも嫌なんだけど、一番の理由はそれを見て自分が傷つくのが怖いの」

 それを聞いてがっかりした弥生だったが、すぐに思い直す。

(あ、あれ? 何で、私、がっかりしたの?)

 すぐに首を横に振って頭の中を白紙に戻した。

「? えっと、だから人間らしいと思うんだよ。傷つくのが怖いんだから」

「でも、それって限度があるでしょ? さすがに自己中すぎるよ」

「自己中だった方がどれだけよかったか……」

 ため息混じりの雅の言葉が不思議と弥生の中に響いた。

「どういう事?」

「響が恐れているのは仲間が傷つくことだってのはわかった?」

 コクリと頷く弥生。

「だから、響は仲間が傷つかなければいいんだよ。そう、自分の身すらもどうでもいい」

「っ!?」

 今度こそ、弥生は絶句した。仲間が傷つくのなら自分の肉体を傷つけるのを躊躇わない。それはもう、狂気の域に足を突っ込んでいるようなものだ。

「まぁ、響は自分自身が死んだら望とか私が悲しむのを知ってるからそこまで無茶なことはしないんだ」

「あ、そ、そうなんだ……」

「うん、相手を殺してでも生き残ろうとするよ。響自身、『生き残る覚悟』って言ってるね」

「生き残る、覚悟」

「殺した相手の家族の悲しみとか友達の怒りとか……その全てを背負って生きていく。それが響の覚悟なんだって」

 雅の話を聞いて弥生の体はブルッと震えてしまった。想像しただけでも気が狂ってしまいそうだったのだ。

「ね? 響って人間でしょ?」

「いや、ただの狂人だよ!?」

「あ、あれ? おかしいな?」

 どうやら、雅は今の説明で響は人間だと証明できたと思っていたらしい。だが、誰が聞いても響はおかしいと思うだろう。

「……でも、響さんの強さは分かったと思う」

 響の覚悟は生半可な気持ちで抱けるようなものじゃないことは弥生にもわかった。

「響は本当に強いよ。弥生との戦闘だって本気出してなかったし」

「え!? あれって本気じゃなかったの!?」

「そりゃそうだよ。私とリーマの友達に本気なんて出すわけないよ。しかも、新しい技の練習してたし」

 『固定』を思い出しながら雅はそう言ってのける。

「そ、そんな……」

「コンディションとか最悪だったよ」

「あ、あれで最悪!?」

「最悪も最悪。ちょっと7月から妖力が使えなくなってて……今日、久しぶりに見たもん。やっぱり、まだ妖力のコントロールはできてなかったみたいだけど」

 もう、弥生はボロボロだった。響の狂った覚悟もそうだが、自分と響の間にそれほどの戦闘能力の差があるとは思わなかったのだ。

「仕方ないよ。響って予想外の動きをしまくるから翻弄されて何も出来なくなっちゃうし」

「そうそう! もう、わけわかんないよね?!」

「式神の私でさえ、わからない時があるから大変だよ。今日だって試したい事があるからって憑依を解いちゃうし……」

「こっちのことも考えて欲しいよね」

 もちろん、弥生が言った『こっち』とは『戦闘相手』のことである。

「うんうん! わかるわかる!」

 こうして、二人は数十分ほど響の悪口を出汁にお喋りを続けた。

 



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第223話 メンバー編成

「ご馳走様」

 朝9時。響は箸を置いてそう呟いた。因みに今の所、誰も起きていない。魔眼でキッチンを探し出し、スキホの中に保存してあった食材を使って朝食を作ったのだ。

「さてと……」

 食器を流しに置いた後、携帯(スキホではなく、響の携帯だ)を取り出して電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、起きるの遅すぎるだろ」

 時刻は午後3時。奏楽と霙が顔を出したのを見てため息交じりに響が呟く。

「だって、お兄ちゃんが起こさないから」

 正午ぐらいに起きた望が反論する。

「……まぁ、いい。じゃあ、作戦会議を始める」

 響の目が真剣な物に変わったのを見て全員がソファや椅子に腰かけた。その間にスキホから大きなホワイトボードを召喚させる響。

「うわっ……何、その携帯!?」

 スキホの機能を始めて見る弥生が驚愕した。

「この中に道具とか色々、収納できるんだよ」

 説明しながら黒ペンでホワイトボードに『作戦!』と書きこむ。

「まず、作戦は『3枚の壁』だ」

 そう言いながら横に真っ直ぐ黒線を等間隔に3本、書いた。

「妖怪たちが上から攻めて来るとして、1枚目の壁の役割は敵に少しでもダメージを与えること」

 一番上の黒線に『ダメージ!』と付け足す。

「そして、2枚目の壁はダメージを受けた敵……つまり、弱そうな敵を出来るだけ排除する」

 2番目の黒線に『撃退!』と書き足した。

「最後の壁は残った敵を全て、片づける。これが『3枚の壁』。もちろん、壁役は俺たちだ」

 3番目の黒線に『駆逐!』と書いた後、ペンを黒から赤に持ち替える。

「そして、重要なのがチーム編成だ。助っ人を加えて俺たちの人数は9人。3人一組で壁役をやって貰う」

 赤ペンで『1枚目』、『2枚目』、『3枚目』とこれまた等間隔に書いて行く。

「とりあえず、ここに全員、集めたいから霙と弥生。すまないが、チルノを呼んで来てくれ。霙に乗れば往復5分もかからないはずだ」

「了解であります!」

 霙は力強く頷いた後、狼モードになって弥生の傍に移動する。

「え、えっと……よろしく」

「バゥ!」

 おそるおそる弥生が霙の背中に乗るとアジトを出て行った。

「仮契約『リーマ』!」

 すかさず、響がスペルを地面に叩き付けてリーマを召喚する。

「わざわざ召喚する必要あったの?」

 式神通信で作戦会議を聴いていたリーマは不思議そうに響に質問した。

「ああ、チームで話し合いをして貰いたいからね」

 スキホを弄り、PSPを腕に召喚しながら軽く説明する響だったが、すぐに別のスペルを唱える。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫の衣装を身に纏い、扇子を横薙ぎに払ってスキマを開く。

「霊奈!」

 スキマに頭を突っ込んで幼馴染の名前を呼ぶ。

「あ、はいはい。やっとね」

 すると、スキホの中から出て来た霊奈は待ちくたびれたような表情を浮かべながらアジトの床を踏む。

「やっぱり、助っ人って霊奈さんだったんだね」

 望の質問に響と霊奈は同時に頷く。

「霊奈、今朝に説明した通りだ。今日はよろしく頼む」

「もちろん、響のためだったら何だってするよ」

 傍から聞けば恥ずかしい台詞だったが、響にとってその台詞は心強い物だった。

「ただいまー」「来てやったわ」

 その時、アジトの扉が開いて狼モードの霙に跨った弥生とチルノが姿を現す。

「早かったな」

「うん、霙の足が速くて助かったよ。ん? そちらの方は?」

 霙から降りた弥生は霊奈の姿を見て聞く。

「博麗 霊奈だよ。響に呼ばれて一緒に戦うことになったの。よろしくね、弥生ちゃん」

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 霊奈が差し出した手をギュッと握り返しながら弥生が頭を下げる。

「……よし! これで全員だ! 今から、チームを発表する。メンバー編成は1チームに『近距離攻撃役』、『遠距離攻撃役』、『防御または援護役』の3人という感じで分けている。まずは1枚目の『近距離攻撃役』は霊奈だ」

「あ、早速だね」

「1枚目はバランスよく敵にダメージを与えることが重要だからな。お前の刀は単発だけど威力の強弱は少ないし、何より攻撃速度が凄まじい」

「了解。とにかく、敵を切ればいいんだよね?」

 霊奈の質問に響は頷くだけで答え、『1枚目』の下に黒ペンで『霊奈』と書く。

「それじゃ、次。1枚目の『遠距離攻撃役』はリーマ」

「はーい」

「お前には遠距離攻撃だけじゃなく、他にも役割があるからよろしくな」

「え? 他の役割?」

「それを説明するために『援護役』を発表する。望、頼む」

 響は望がいた方を見ると、そこに望の姿はなかった。

「あ、ゴメン。もう、書いちゃったよ」

 振り返るとホワイトボードの前に望が立っている。しかも、黒ペンで『霊奈』の下に『リーマ』、『望』と書かれていた。どうやら、響がリーマと話している間に書きこんでいたようだ。

「まぁ、その能力を活かして無傷の敵をリーマと霊奈に教えるんだ。そして、リーマは望の護衛役兼望を運ぶための乗り物だな」

「ツルを伸ばして望を支えればいいんだよね?」

「いや、ツルじゃなくて髪の毛の方が良い。成長を操るんだったら、髪を伸ばしたり短くしたりできるだろ?」

「うぇ……あれ、気持ち悪いからあまりやりたくないんだよね」

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、リーマが文句を言う。

「お前に拒否権はないっての。頼むぞ、3人共」

 リーマもそこまで本気で嫌がっていたようではない。響の作戦を3人は素直に受け入れた。

「じゃあ、次は『2枚目』。『近距離攻撃役』は霙。『遠距離攻撃役』は奏楽。『防御役』は雅だ」

「あれ? てっきり、2枚目の遠距離はチルノだと思ってたのに」

 雅が目を丸くしながら呟く。

「2枚目は出来るだけ敵の数を減らすのが目的。やっぱり、一番きつい壁なんだよ。多分、チルノだと火力不足だ」

「何よ。私が弱いって言いたいの?」

 すぐさま、チルノが横やりを入れる。

「そうじゃない。2枚目に要求されるのは『火力』。3枚目に要求されるのは『精神力』なんだよ。だから、チルノは3枚目に入れた」

「どうして、3枚目は『精神力』が必要なの?」

 弥生の質問はここにいる誰もが思った事だ。本来、3枚目に要求されるべき事柄は『敵を残さないための正確な攻撃』。つまり、『正確性』だと思ったのだ。

「3枚目は最後の砦。3枚目が突破されてしまったら、本州に妖怪の大群が押し寄せてしまう。だからこそ、誰一人通さないっていう気持ちがないと不安と恐怖で潰れる」

 それを聞いた奏楽以外の人は納得した顔を響に向けていた。奏楽は彼が作っていたカツサンドに夢中である。

「最後は弥生、チルノ、俺の3人。基本は弥生が近距離。チルノが遠距離。俺が防御兼援護だ」

「響が2枚目に入った方がいいんじゃないの? この中で一番、2枚目が適任だと思うんだけど」

「いや、俺には式神通信がある。式神同士でも通信は出来るには出来るが、俺が一番、使いこなせるんだ。だから、1枚目のリーマ。2枚目の3人から情報を得て、3枚目の指揮を執った方が安全なんだよ」

 霊奈の疑問にスラスラと響は答える。

「それに雅には『主喚』が使えるから2枚目の助っ人として飛べるから俺と雅は離した方が良い」

「『主喚』って何?」

 首を傾げながら望。

「雅の傍に俺を召喚するスペルだ。まぁ、式神が主を召喚するとかあり得ないんだけど、雅の式神になった経緯は特殊だったから出来るようになったんだってよ」

 因みに特殊な経緯とは響が『雅を守る』と強く祈りながらキスをしたことにより、響の能力が発動し、雅にそのような力を与えた。そのことを知っているのは響と雅、そして紫の3人のみである。

「雅ってそんなに特殊な式神だったんだね」

 感心したように弥生が呟く。

「自分じゃよくわからないけどね」

 正直、雅自身も式神らしくない力を得てしまったことに困惑している。その隣で霙が不満そうに頬を膨らませているのは明らかに雅に嫉妬している証拠だが、奏楽以外、それを見た人はいなかった。

「さて、作戦はこんな感じだ。チームごとにどんな感じで攻めるか話し合ってくれ」

 そう言って、弥生とチルノの傍に響は移動する。

「じゃあ、どうする?」

 腕を組みながら弥生は作戦の立案者に聞いた。

「俺たちは敵を全て倒さなきゃいけないから俺の魔眼で敵を探知し、チルノは弾幕で先制攻撃。生き残った奴を弥生が叩き潰すで良いと思う」

「響さんは魔眼のみ?」

 皮肉に聞こえるようなセリフだったが、響の実力を知っている者だったら、『戦闘には参加しないのか? 響は強いのに?』と言う裏の意図が簡単に予測できる。

「いや、俺は状況によって行動する。2枚目がピンチだったらそっちに加勢しに行くし。チルノと協力して援護射撃するし。お前に攻撃が迫ってたら防御するし。必要なら敵を潰すし」

「……響さんなら出来そうだから困るんだよね」

 昨日の夜、雅に『響に無理させないように見ててあげて』と言われた弥生はため息を吐いた。雅のお願いは弥生にとって少しばかり荷が重い物だったかもしれない。

 



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第224話 自己嫌悪

「……始まった」

 弥生の隣で響が呟いた。壁の1枚目――望たちが妖怪の集団を見つけ、攻撃を開始したのだ。

「弥生、チルノ。準備はいいか? ここまで来るのに30分もかからないだろうし」

「私は大丈夫だよ」

「もちろん、私もよ」

 弥生はノーマルの姿(異形化していない)で、チルノは周囲に冷気を撒き散らしながら言う。

「弥生はもう、異形化してろ。異形化するのに数秒かかるみたいだからその間に抜かれる。チルノはもう少し、力を抑えろ。すぐにバテるぞ」

 しかし、青い瞳で二人を視た響はすぐに注意する。

「……異形」

 響の言葉を聞いて反論できないとわかったのか、弥生の姿が変化し半龍となった。氷精は抑えていないのではなく、抑えることができないようで顔を顰めている。

「まぁ、チルノは遠距離だからそこまで気にしなくていいか……じゃあ、行って来る」

 式神通信で1枚目を突破した妖怪が2桁を超えたので作戦通り、彼の姿は消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弥生とチルノがいる場所から数キロ離れた場所に響が姿を現す。隣には雅が1枚のスペルを持って浮遊していた。

「望たちがいる場所からここまで来るのに10分ほどかかる。その間に準備を終わらせるぞ」

 主の指示に従って雅が黒い翼を全て黒い粒子に変える。霙は狼モードに変化し、力を蓄えた。

「魂唱『震え立たせる歌声』」

 美しい歌声が真夜中の闇夜に解ける。一気に地力が減った響は少しだけ歯を食いしばるが、すぐに1枚のスペルを構えた。

「……来た! 雅、霙!」

 魔眼で複数の生命反応を見つけた響の大声と共に霙の周りに大量の水が出現する。

『水流『ウォーターライン』!』

 式神たちの頭の中で霙がスペルを宣言。途端に響たちに向かって飛んで来る妖怪たちの周囲に小さな水の塊が浮かび始めた。

「炭粒『カーボンパウダー』!」

 すぐさま、雅の炭素粒子がその中に飛び込み、ばらける。

「電流『サンダーライン』!」

 最後に響の手から1本の電流が飛び、霙が作った水の塊の一つに衝突。そして、その周囲に浮かんでいたいくつもの水の塊に向かって飛ぶ。この時点で電流の数が1本から7本に増えた。

 水の塊に導かれるように電流はその数を増やしつつ、妖怪たちの方へ向かい、たった一つの炭素粒子にぶつかった。その刹那――。

 

 

 

 ――空気が震えるほどの大爆発が起こる。

 

 

 

 爆風で吹き飛ばされそうになるのを必死に堪え、響は魔眼で状況を確認。どうやら、今の爆発で先頭集団はほぼ全滅したようだ。

 雅の炭素は2種類あり、着火するとすぐに燃え尽きてしまう物と着火すると爆裂する物がある。主に雅の翼は前者だ。

 では、もし、後者の炭素に火が付いた時、その周りに同じ炭素があった場合、どうなるか。それは7月に行われた4対4の変則弾幕ごっこでもそうだったように大爆発する。あの時は着火したのは火の粉だったが、今回、響が使ったのは得意魔法である雷。その術式に『何かにぶつかった瞬間、着火する』という術式を組み込み、炭素に火を付けたのである。

 更に、霙が作った水の塊に雷がぶつかると電気分解が生じ、水は水素と酸素に分解される。そう、その水素と酸素もこの大爆発の手助けをした。

 水素は可燃性、酸素は助燃性という特性を持っている。水素で大爆発を起こし、酸素で火力を上げたのだ。

 その結果、空中だというのに未だに火は消えず、燃え続けている。

 爆風も落ち着き、響が目を開けると妖怪たちの姿は見えなかった。魔眼では反応しているが、火のせいでこちらに近づけないようだ。

「まずは、成功だな。じゃあ、後は頼む」

 そう言い残して、響は3枚目へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ……」

 響さんが2枚目へ向かってから数分後、突風が私とチルノを襲う。思わず、吹き飛ばされそうになるが、何とか踏み止まった。

「今の、響かしら?」

 隣で首を傾げるチルノ。まるで、何事もなかったように振舞っているが片翼の氷が全て、ぶっ飛ばされているのでカリスマのカの字もない。

「うーん、あんな大爆発を起こせるの?」

「さぁ? でも、響ならやりそうね。あの人には常識が通用しないから」

「それは自分の身を持って理解したよ」

「何の話だ?」

 その時、響が戻って来た。

「お帰り。何をしたの?」

「まぁ、妖怪たちに火の海で遊泳を強制させたかな?」

「えげつないね……」

 呆れながら前を見ると私の魔眼に生命反応が現れる。

「おっと、あの海を泳ぎ切った奴らがいるみたいだね?」

「いや、後から来た奴らだな」

 それを聞いて私は驚いてしまう。早くも2枚目を潜り抜けて来た奴らがいるとは思えなかったのだ。

「こりゃ、1枚目があまり、機能してないな。さすがにリーマと霊奈だけじゃ足りなかったか」

「それって2枚目に来た奴らは元気だったから突破されたってこと?」

「ああ、さすがに数が多すぎるからな。俺たちもそろそろ準備を始めよう。一体一体、確実に殺すんだ」

 響さんの口から惨酷な単語が出て来て、少しばかり気が落ちてしまう。これは遊びじゃない事を突き付けられたからだ。

「チルノは基本、足止め。フラフラしてる奴には眉間に尖った氷を飛ばせ」

「了解」

「弥生はとにかく、殴れ。手当たり次第に飛ばせ。出来るなら、奴らが来た方向に飛ばしてくれ。後始末は俺がやる」

「……わかった」

 雅が言っていたのかこれのことだろう。『汚いことは自分がやる』、『雅の友達を穢すわけにはいかない』。これじゃ、響さんは私たちを守る兵士だ。雅が言ったような家族でも何でもない。

(……でも、その役目の代わりになろうとも思えない)

 雅に頼むと言われたのに私はただ、響さんが穢れて行くのを見るしかできないのだ。そして、自分が穢れなくて済むという安堵感を抱いている自分がいるのに気付いて顔を顰めてしまった。

「……弥生、一ついいか?」

「え?」

「お前、自分の力――いいや、自分のことが嫌いだろ?」

「っ……うん、まぁ、そうだけど」

 こんな中途半端な存在の私。人とは違う私。妖怪でもない私。龍でもない私。そして、異形化できる私が嫌だ。こんな醜い姿で相手を恐れさせ、殺す。本当に嫌だ。

「お前、それだといつか痛い目に遭うぞ」

「は?」

「自分が使う力を嫌っていたら100%の力を発揮できるわけがない。それに死にそうになった時、すぐに諦めてしまう。だから、好きになれとは言わないけど普通に思え。その力があることがお前の常識だと認識しろ。その力は決して、お前を裏切らないと信用しろ」

 響さんはそれだけ言うと前を向いた。それに釣られて私も前方に視線を戻すと妖怪たちが目に見えるほど近づいていることがわかる。

「さて、お前たち……ここからは会話出来ない。味方の行動を予測し、味方の思考を読み、味方の攻撃を援護し、味方のピンチを救え。ただ、それだけで俺たちはあいつらを圧倒できる」

 響さんの言葉は何故か、心の中に響いた。

「それじゃ、行くぞ」

 私たちのリーダーが叫んだ瞬間、右手に白い鎌。左手に白い直刀。ポニーテールに白い刃を創り出す。

 チルノは冷気を発生させ、片翼を再生。両手を前に突き出して遠距離攻撃のタイミングを計っている。

 私は――拳と拳をぶつけて気合を入れた。水色の鱗同士が衝突し、キーンと綺麗な音が出る。

「雪符『ダイアモンドブリザード』」

 そっとチルノが呟いた途端、妖怪たちに向かって大量の氷柱が射出された。それと同時に響さんが凄まじいスピードで敵を駆逐するために突進。

 それに並走して私も飛翔する。前では氷柱が妖怪たちを捉え、何体も墜落させて行く。脳天に刺さり、即死した者もいれば、翼に穴が開いて飛べなくなった者まで。

 

 

 

 さぁ、死闘の始まりだ。

 



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第225話 身代わり

年内最後の更新です。
皆さん、よいお年を!


「はぁっ!」

 弥生が妖怪の顔面を殴り飛ばし、響の方へ飛ばす。それを魔眼で視ていた彼はそっちを見ずに『結尾』で一刀両断する。その行動に慈悲などない。

「……」

 その様子を見ていた弥生は思わず、顔を顰めてしまう。自分が仕向けたとはいえ、あそこまで無表情(弥生の魔眼はある程度、視た人の感情が読める。読んだ感情から表情を予測したのだ)で生物を殺せるなど、普通の人間ではありえないからだ。

 つまり、響はあまりにも人に近くて、あまりにも人の感情から遠い存在なのだ。自分が傷つくならその原因を殺めるのも厭わない人なのだ。それを理解してしまった弥生は込み上げてくる吐き気を飲み込み、ひたすら妖怪を殴る。

「チルノ!」

「氷符『アイシクルフォール』」

 響が叫んだ途端、弾幕が展開された。しかし、妖怪たちの横を通り過ぎて行くだけだ。だが、これで妖怪たちは横移動が出来なくなった。

「側面から火炎放射!」

 すぐに響から弥生に向かって指示が飛ぶ。即座に氷の壁に対して側面に移動し、火炎放射を放った。

 氷の壁で左右に移動出来ず、片方から炎が迫って来たのを見た妖怪たちは上下に別れて炎を躱す。

「大鎌『死神が愛用する巨大鎌』!」

 両手を神力で巨大化させた響の手には今までのとは比べ物にはならない大きな鎌があった。それを思い切り、横薙ぎに振るう。すると、上に逃げた妖怪の胴体を全て、両断した。一匹残らず。

「うおおおおおおおっ!」

 更に雄叫びを上げながら横に振るった鎌を無理矢理、コントロールし斬り上げた。下に向かって逃げた数匹に当たり、その身を二つにする。

「すごい……」

 それを見ていた弥生は思わず、呟いてしまう。1分足らずでここにいた妖怪の半分以上を倒したのだ。

「弥生! 気を抜くなッ! まだ、来るぞ!」

「う、うん!!」

 響の怒声に返事をしながら弥生は近くにいた妖怪の首をへし折った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 俺の隣で弥生が息を荒くしたまま、前を見据えている。そして、その視線の先にはまだ数十体ほど妖怪が残っている。1枚目、2枚目を突破した最後の集団だ。1枚目チームと2枚目チームもこちらに向かって来てはいるが、まだ到着するまで時間がかかるだろう。

「いいか? ここが正念場だ」

「わかってるよ」

 少し拗ねた様子で弥生。因みにチルノはガス欠を起こして海の上で(水を凍らせて)寝ている。体力を回復する為だ。

(それにしても……マズイな)

 弥生の体力は底を尽きそう。それだけならまだしも、俺もかなり厳しいのだ。今日は奏楽も戦っている。あのにとりに作って貰った腕輪の効果で地力を供給しているだけでなく、仮式のリーマ。そして、乱闘・連戦で地力も集中力も限界だ。

「響さん! 来た!」

 策を練っていると妖怪たちの群れが見えた。

(考える時間ぐらい与えてくれよ……)

「何が何でもここを通すなッ!」

「うん!」

 3本の得物を構え、俺は一気に加速する。また、激しい戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、これは……)

 妖怪の首を噛み砕き、適当な方へ放ったその時、後ろから鋭い鉤爪が迫る。尻尾を横薙ぎに振って弾き飛ばし、その勢いを利用して体を回転させ、裏拳でその妖怪を吹き飛ばした。

 こんな危うい場面が増えて来ている。私の集中力がなくなって来ているからだ。

「おらっ!」

 向こうの方で響さんが大声を上げている。きっと、響さんも限界が近いはず。

(チルノ……早く、戻って来てよぉ!)

 下で寝ている氷精はまだ、帰って来ない。

「ッ……」

 一瞬だけ、チルノへ注意が向いた。そのせいで接近している刀に気付かなかった。どうやら、得物を持っている妖怪がいたようだ。

(これ、死ッ――)

 世界がスローモーションになった。ゆっくりと迫る刀。妖怪の顔を見ればニタニタと笑っていた。勝利を確信しているのだ。確かに、刀の軌道からして躱せない。しかも、妖怪の腕力なら私の鱗を貫くはずだ。そして私はそのまま――。

「ッ!?」

 諦めかけたその時、スローモーションの世界なのに普段通り、動いている人がいた。そう、響さんだ。

「……」

 妖怪の背中やお腹にパンチを一発ずつ入れながらこちらに近づいて来る響さん。その両腕には雷で出来たリングがハメられていた。

(な、何で!?)

 そんなことよりも、どうして自由に、速く動けるのかわからなかった。いや、いつもより数十倍、速く動いているのは分かるのだが、どうしてそれほどまで速く動けるのか? 何故、そんなことをしているのか? そんなことをして体は大丈夫なのか? そんな疑問が頭に浮かぶ。

「……」

 目を鋭くしたまま、響さんが私の前で止まった。そこは刀の軌道上。

(でも、今の響さんなら刀ぐらいすぐに!)

 弾き飛ばして妖怪を瞬殺する。そう、思った。でも、現実は違った。

「――ッ」

 ゆっくりと、響さんの両腕と両足が爆発する。いつの間にかあのリングは消えていて、血飛沫が飛び散った。血が刀とぶつかり、二つに分裂する。私の頬に血が付いた。そして――。

「きょ、響さん!!!」

 スローモーションの世界が終わり、通常の時間に戻った。もちろん、ゆっくりだった刀も勢いよく、響さんの体を斬り裂く。少なくない量の血が刀を振るった妖怪に降りかかる。

「う、うわああああああああ!!!」

 響さんの脇を通り抜け、渾身の正拳突きを妖怪のお腹に撃ち込む。腹部を貫き、そのまま余っていた左腕をお腹の穴に突っ込んだ。

「よくも、響さんを!!」

 力任せに腕を開き、妖怪の体を左右に引き千切った。右の残骸を迫って来た妖怪たちに向かって投擲し、左の残骸は真上にブン投げ、サマーソルトキックで背後の敵にぶつける。

「や、よい……」

「響さん!?」

 弱々しい声で振り返ると胸からお腹にかけて深い切り傷を右手で押さえながら浮遊している響さんがいた。

「集中しろ……俺だって、助けら、れない、時は、助けられない、んだ……」

「しゃ、喋っちゃ駄目! 今、チルノを連れて来て傷口を凍らせて貰うから!」

 何もしないよりはマシだろう。すぐに海の方へ急降下しようとするが、腕を響さんに掴まれてしまった。

「な、何するんですか!?」

「俺は、大丈夫……霊力が足り、なくて回復が遅れ、てるけどす、ぐに治るから……」

「な、治るって!?」

 そんな不死じゃあるまいし、右手で押さえていても血はドバドバ流れている。このままでは出血多量で本当に死んでしまう。

「そんなことより、妖怪た、ちを足止めするんだ……」

「そんなこと!? 響さんの命の方が大事に決まってるでしょ!?」

「俺は、大丈夫……ちょっと、本気を出すから」

(ほ、本気?)

 逆に聞きたい。今まで、本気ではなかったのか?

「数分、頼む。その後は俺だけで十分だから」

「え? ええ!?」

「いいから、行けッ!」

 響さんの絶叫が私の鼓膜を振るわせる。

「わ、わかった!」

「チルノ!! やれっ!」

 続けて、海の上で休んでいるはずのチルノに向かって指示を出す響さん。次の瞬間、氷の刃が妖怪たちに降り注いだ。

(そうか……この一撃を与えるために力を蓄えてたんだ……)

 私も負けじと近くにいた妖怪を次々と殴る。蹴る。噛む。焼く。尻尾で叩き落した。

「響! 助けに来たよ!!」

 雅の声が戦場に響く。

「雅! 響が!!」

「わかってる! 響は大丈夫だから戦いに集中して!!」

 私の背後に来た雅がそう言った。

(大丈夫ってあれがっ!?)

 胸からお腹にかけて深い切り傷。両腕と両足の筋肉は爆発している。あれではまともに動くどころか、痛みのせいで呼吸すらままならないだろう。

「響はあれ以上の傷を何度も負って来た! あんなんじゃ響は死なないんだよ!」

「あ、あれ以上って!?」

「いいから、今は戦って! 後2分!」

 背中の黒い翼で妖怪たちを突き刺す雅の目には迷いはなかった。その向こうで妖怪を氷漬けにしている霙も、響さんの近くで真っ白な剣を構えている奏楽も響を信じている。魔眼から伝わる忠誠心と信頼が私の中にあった不安を取り除いてくれた。

(響さんなら……大丈夫)

 私もそう思えた。

「リーマさん! 2、4、2でお願いします!」

「了解!」

 遠くの方で望の声が聞こえたと思ったら8本のツルがそれぞれ、妖怪を貫く。右側と左側の2体。中央付近の4体を無効化した。

「はあああああああああああああっ!!」

 更に私たちの周りに群がった妖怪の半分を霊奈さんが2本の刀で斬り裂く。半透明の鎧を着ていて、その姿は武者のようだった。

「響!!」

 霊奈さんが到着したことを名前を呼んで響さんに伝える。

「わかってる!」

 目を閉じたまま、響さんが頷き1枚のカードを取り出した。

「皆! 急いで雅の周りに移動しろッ!! 魂同調『トール』!!」

 そう叫んだ響さんを包み込むように電撃が迸る。

 



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第226話 終幕

正月初めの更新が遅れると言う失態をおかしました。
あ、皆さん、明けましておめでとうございます。

遅れたお詫び&正月ということでどどんと1時間ごとに更新しちゃいます。
0時、1時分をパパッと投稿した後、2時、3時、4時とどんどん投稿しますのでお気を付け下さい。



追記

予約投稿していたら正直言って爆撃機並みの投稿量だとわかり、これは逆に迷惑だと思い、やっぱり4話ほどに止めておきます。



「きょ、響さん!?」

 電撃に飲み込まれた響さんを見て思わず、叫んでしまった。

「弥生! 急いでこっちに!」

 そんな私に向かって手を伸ばして来る雅。

「で、でも! 響さんが!」

「あれは攻撃じゃないの! 本気の響の攻撃を防げるのは私しかいないから早くこっちに!」

 周りを見てみれば全員、雅に向かって飛んで来ている。

(ど、どんな攻撃をするつもりなの!?)

 チラリと響さんの方を見ると電撃がなくなり、赤髪姿の彼を見ることが出来た。

「か、髪が……」

「弥生! 巻き込まれるよ!?」

 ぐいっと私の腕を引っ張って雅が絶叫する。すでに皆、雅の周りに来ていた。

「神災『降り注ぐ神剣』」

 ボソッと呟きながら響さんが手を真上に振り上げ、ゆっくりと振り降ろす。

「望! 全員、いる!?」

「大丈夫!」

「じゃあ、暗闇になるけど全員、動かないでね!!」

 後ろを見ると雅の翼が大きくなり、ここにいる全員を包み込もうとしていた。そして、そのまま、空を見る。

「ッ!?」

 そこには真っ白で巨大な剣が何本も浮いており、一斉に落ちて来た。いや、全ての物を貫こうと降って来たと言った方がいいだろう。悲鳴を上げそうになったが、その前に雅の翼が私たちを包み込んだ。

 それから暗闇の中、何度も雅の翼に剣がぶつかった時に生じた金属音が響いていた。

 

 

 

 天から降り注ぐ何本もの神剣。妖怪たちはその数になす術もなく、引き裂かれ、貫かれ、斬り刻まれ、落ちて行く。

「……」

 それを見ながら俺は黒い球体――雅たちがいる方を気にしていた。球体にも例外なく、神剣が降り注いでいる。今のところ、弾いているがいずれ限界が来るだろう。

(くっ……)

 ガドラとの戦いから魂が不安定になっていて、去年に出来たトールとの魂同調も上手く制御出来ない。今にも魂に引きずり込まれそうだ。

「う、うおおおおおおおおおおおおお!!」

 気合を入れるために雄叫びを上げ、残った残党に向かって右手の剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった?」

 金属音が聞こえなくなり、そっと周りの人に聞いた。

「多分。でも、妖怪の残党がいるかもしれないからもう少し、待機で」

 私の質問に雅ちゃんが答えてくれる。1枚目の時に瞳力を使い過ぎてあまり、能力を使いたくないのだ。

「な、何が起きたの?」

 暗闇の中、弥生ちゃんの問いかけが聞こえた。

「お兄ちゃんが魂の中にいるトールさんと同調したの」

「同、調?」

「うん。まぁ、シンクロ状態に入ったって言った方がわかりやすいかな? その魂同調をすると一時的にトールさんの力を使えるようになるんだ。雅ちゃんとの憑依みたいなものだよ」

「そんなことして、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫じゃないって聞かれると……大丈夫じゃないね」

 今度は雅ちゃんが答えた。

「え!? 大丈夫じゃないの!?」

「憑依ならいいんだけど……魂同調すると4時間、動けなくなっちゃうの。その分、憑依よりも強い力を発揮できる」

「4時間!?」

「しかも、その間は本当に無防備になっちゃうから切り札なんだよね」

 最後に私がそう締める。

「よし、もう大丈夫だよ」

 式神通信を使ってお兄ちゃんと会話したのか雅ちゃんがそう言いながら翼を操作した。

 開けた視界の中で紅い髪になったお兄ちゃんが周囲を警戒している。

「お兄ちゃん! 大丈夫!?」

「おう、今は大丈夫だ。それより、お前も周囲を見てくれ」

「わかった!」

 能力を発動して、リーマさんに手伝って貰いながら周りを見る。でも、生命反応はなかった。

「何もいないよ!」

「こっちもいない!」

 私に続けて弥生ちゃんもそう報告する。彼女も魔眼持ちだった。

「……よし、終わりだ」

 お兄ちゃんは弱々しい微笑みを浮かべ、グラリと揺れる。紅かった髪が黒に戻り、墜落し始めた。

「響さん!」

 それを見て弥生ちゃんが叫ぶ。だが、その次の瞬間には霙ちゃんがお兄ちゃんを背中で受け止めていた。

「お、おっと。雅、私も限界みたい。望をお願いするわ」

 リーマさんの声で振り返すとリーマさんの体が半透明になっている。きっと、お兄ちゃんから力の供給が途切れてこっちに居続けられなくなったのだろう。

「雅ちゃん! 奏楽ちゃんも飛べなくなるから!」

「わかってるって!」

 リーマさんのツルから雅ちゃんの炭素に移る。その間に大人モードだった奏楽ちゃんが子供の姿に戻ってしまうもすぐに雅ちゃんが受け止めた。

「……雅。いつもこうなの?」

 下を見ていた弥生ちゃんが雅ちゃんに問いかける。お兄ちゃんが自分の身を犠牲にすることを言っているのだろう。

「え? うーん、こんなに大人数で戦った事はないけどだいたい、こんな感じかな?」

「ち、違う……あれ」

 下を指さした弥生ちゃん。そっちを見て私も雅ちゃんも息を呑んだ。

「う、海が……」

 眼下に広がる海に巨大な剣が何十本も突き刺さっていた。大きさもそうだが、何より数がおかしい。3桁は超えている。いや、もしかしたら4桁、行っているかもしれない。

「お兄ちゃん……」

 霙ちゃんの背中でぐったりしている我が兄を見ながら私は思う。

(本当に……無茶し過ぎだよ)

 心配するこっちの身にもなって欲しいものだ。

 こうして、私たちは妖怪たちを全て倒し、進撃を防いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 目を開けると森の中にいた。でも、夜なのかよく見えない。木が生い茂っていて薄暗いのだ。

「マスター、ここはどこでしょうか?」

 僕の頭の上にしがみ付いていた桔梗が問いかけて来る。

「うーん、わからないけど多分、幻想郷だとは思う」

「こんな時、私にレーダーのような物があれば周りに敵がいないかわかるんですけど……」

「いや、さすがにレーダーになるような素材はここにはないと思うよ?」

 なるとしたら、魚群探知機とかだろうか?

「あ、そうだ。飛べばいいんじゃない?」

「そうですね! 空から周りの状況を確認してみましょう!」

 僕の頭から背中に移動した桔梗は翼に変形した。

「それじゃ――」

「きゃああああああああああああああっ!!」

「「っ!?」」

 空を飛ぼうとした刹那、近くで女の子の悲鳴が聞こえる。

「桔梗! どっち!」

「あっちからだと思います!」

 翼から人形に戻った桔梗が右側を指さした。

「よし! 行こう!」

「はい!!」

 すぐに翼を装備して悲鳴がした方に飛んだ。

 

 

 

 

「いた!」

 森を抜け、ちょっとした広場に出た。そこには僕ぐらいの小さな女の子とその子よりもうちょっと幼い女の子が抱き合いながら泣いている。そして、その前には僕よりちょっと大きな女の子が立っていた。その子は黄色いシャツに緑のスカート。黒い帽子を被っている。

「マスター! 妖怪です!」

 そっちに気を取られていて気付かなかったが、黒い帽子の子の前に犬のような生物が4体、いた。どうやら、妖怪に襲われているようだ。そうこうしている内に4匹の妖怪が女の子たちに飛びかかる。

「桔梗!」

「はい!」

 翼を最大出力で振動させ、一気に妖怪との距離を詰めた。

「盾!」

 妖怪の前に躍り出た僕の前に巨大な盾が出現する。

「振動!」

 そう指示すると妖怪と盾がぶつかった瞬間、ドン、という音が盾の向こうから聞こえた。桔梗が振動して、4匹の妖怪を思い切り、弾き飛ばしたのだ。

「翼!」

 桔梗が盾から翼に変形して僕の背中に装備された。すぐに翼を振動させ、混乱している妖怪の1匹に接近。

「はあっ!!」

 背中の鎌を手に持ち、妖怪の首をはねた。妖怪の体が地面に倒れ伏す。

「拳! 右に!」

 翼から鋼の拳に変形した桔梗が拳の小さな穴からジェット噴射し、僕の体が右回転した。そこには僕に向かって突進して来ていた妖怪がいる。すぐに鎌を構えて、下から上に切り上げた。妖怪の腹部に突き刺さり、背中から鎌の刃が飛び出す。

「うりゃっ!」

 息絶えた妖怪を別の妖怪にぶつけて牽制する。

「マスター! 後ろ!」

「え!?」

 だが、背後から近づいて来ていた妖怪に気付くことが出来なかったようで、振り返るとすでに目の鼻の先まで来ていた。このままでは――。

「危ないッ!」

 その時、横から何かが飛んで来て妖怪を吹き飛ばした。

「盾!」

「は、はい!」

 一瞬、フリーズしたが今は気にしている時ではない。すぐに右腕に盾を装備して妖怪をぶつけて怯ませた奴の攻撃を弾く。そのまま、鎌を振り降ろして妖怪の脳天を潰した。

「拳!」

 また、鋼の拳に変形させてその場で回転。こちらに向かって来ていた妖怪に裏拳が決まり、さっきの黒い帽子を被った女の子の方に飛ばした。

「トドメッ!!」

 グッと右腕を引いた女の子が妖怪に右ストレートをブチ込む。妖怪の体は吹き飛ばず、その体に深々と女の子の腕がめり込んでいた。

「うわ……」

 血がドバドバ流れていてかなり、グロテスクな感じになっている。ちょっと、引いてしまった。

「……ふぅ」

 妖怪の体から腕を引き抜いた女の子はため息を吐いて僕の方を見る。

 

 

 

 

 これが彼女との出会いだった。

 



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第227話 珠

「響?」

「んあ?」

 吸血鬼の声で目が覚めた。のそのそと体を起こし、周りを見回す。そこは魂の中だった。

「あ、そう言えばトールと魂同調したんだっけ?」

「貴方ってすぐに忘れるわよね……毎回」

 呆れた様子で吸血鬼。

「それにしても、また私と同調してくれなかったのね……ちょっと、悲しいわ」

「まだ、お前とは同調したことなかったか」

「そうよ。私が一番、この魂に住んでる期間が長いのに。これじゃ雅と同じね」

「雅と?」

「式神期間は一番、長いのにってことよ。雅もいつも言ってるじゃない」

 確かに雅はことある毎に『私が一番、最初なのに!』と言っていた。

「だって、お前との魂同調はどうなるかわかったもんじゃないし」

「そりゃそうだけど……まぁ、今回はトールで正解だったわ。あれだけの広範囲連続攻撃はトール向きだもの」

「あれはすごかったな……自分でやっておいて何だけど、引いちゃったわ」

 海に突き刺さる神剣。もう、地獄絵図だった。世界の終わりが来たのではないかと疑ってしまうほどの光景だった。

「さて、いつまで隠れているのかしら? 狂気」

「え?」

「……久しぶりだな」

 キッチンの陰から狂気が現れた。その姿を見るのは半年ぶりだ。声は聞こえていたが、姿を見るのは久しぶりだった。

「おう。体は大丈夫なのか?」

「お前も知っているだろう? 絶不調だ。妖力も操りにくくなっているし、正直言って戦いたくない」

「そっか。なら、妖力は極力、使わないようにするよ」

「すまんな」

「いや、悪いのはお前と魂同調した俺だし」

「ほら、そんな辛気臭い顔してないで私お手製の紅茶でもどう?」

 俺たちの間に割って入った吸血鬼の手には紅茶が入ったカップがあった。

「さんきゅ」「すまない」

 俺と狂気が同時に受け取り、カップを傾ける。いつも通り、美味い。

「でも、どうしてあの時、狂気は表の世界に来られたんだ?」

 今まで気になっていた事を聞いてみる。

「それは私にもわからない。気が付いたら……」

「……まぁ、これ以上、お前の体が壊れたらヤバいし。無理だけはするなよ?」

「ああ、わかっている」

 それからはゆっくりと3人でお喋りをした。

 因みにトールは魂同調のせいで4時間ほど自分の部屋に閉じ込められていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 あれから4時間が過ぎ、やっと表の世界に帰って来られた。

「響さん!」

「弥生?」

 目を開けるとすぐに弥生の顔が見えたので驚いてしまう。まさか、4時間ずっと俺の傍から離れなかったのだろうか?

「よかった……目が覚めなかったらどうしようかと」

「魂同調について聞かなかったのか?」

「説明はされたけど、もしって思ったら……」

 ちょっと涙目のまま、弥生。本当に心配していたようだ。

「俺は大丈夫だから安心しなって」

「出来ないよ」

「え?」

 即答されて思わず、呆けてしまった。

「だって、魂同調する前に私を庇って妖怪の剣を受けてたし……その傷のせいで魂同調が失敗して目が覚めなかったらって……あの時、私がちゃんとしてたらって……」

「……そっか」

 確かに、弥生を庇った時、彼女は集中していなかった。だが、それは疲労から来たものだ。それを見抜けなかった俺にも責任はある。

 でも、そう言ったらきっと、彼女は否定するだろう。

「弥生」

「な、何?」

「お前は人に頼って来たことがなかったんだな」

「……うん」

 そりゃそうだ。弥生は妖怪でもなければ、人間でも半妖でもない。混血者とも言えるだろう。ほとんどの人が関わろうとしないはずだ。だって、自分とは違う存在なのだから。

 だからこそ、弥生は今まで一人で生きて来た。独りで何とかして来た。

「だから、疲れてても俺に言わなかったんだな」

「……」

 図星なのか、弥生は黙ったまま、俯く。

「そりゃ、いきなり頼るなんてことは出来ないだろうし、昨日今日会ったばかりの奴に頼る気にもならないと思う……でもな? 俺はお前のこと、仲間だと思ってる」

「ッ……」

「お前は雅とリーマの仲間だ。なら、俺の仲間でもある。仲間ぐらいには頼れよ」

「……うん、うん」

 とうとう、弥生は鼻を啜って涙を零し始めた。

「俺は大丈夫だ。仲間を信じろ」

「……わかったよ、“響”」

(そう、それでいい……)

 そっと弥生の頭に手を乗せながら頷く。それを見て弥生は微笑んだ。

「……あの、そろそろ私たちに気付いて欲しいんだけど」

「「うわっ?!」」

 横を見ると望、雅、霙の3人がいた。

「お、お前らいつの間に?」

「少し前に。式神通信が復活したから様子を見に来てみればいちゃいちゃしてて声、かけ辛かったんだよ!」

 少しだけ顔を紅くした雅が叫んだ。

「い、いちゃいちゃ!? だ、誰がそんなことを!!」

 すぐに弥生が全否定した。

「泣いてる女の子を慰めながら頭を撫でる男の子を見れば誰でもいちゃいちゃしてるって思うよ! お兄ちゃん、フラグ建て過ぎ!」

「フラグ言うなッ!」

 俺はフラグなんか建てているつもりなどない。

「でも、よかったです。ご主人様が目を覚まして」

「まぁ、心配かけたな……あ、そうだ。奏楽はどうした?」

「奏楽さんは寝ています。徹夜だったので疲れたのでしょう。私、ちょっと様子を見て来ますね」

 そう言って霙は部屋を出て行った。本当に面倒見の良い犬――いや、狼だ。

「そう言えば、チルノは? 気付いた時にはいなかったけど」

「あー、多分、神剣に巻き込まれて消えたと思う」

「消えた!?」

 俺の言葉を聞いて弥生が素っ頓狂な悲鳴をあげた。

「大丈夫だよ。妖精は死なない。すぐに復活するさ」

「ここは外の世界だよ? ちゃんと復活するのかな?」

「……まぁ、何とかなるさ」

 最悪なパターンをぽいっと捨てて俺はまた、布団の中に潜り込む。

「響! 飛行機、どうするの? 確か、出発って今日のお昼じゃなかった?」

「うわぁ……眠いからパス。明日、スキマ開いて帰ろう」

 今、思い出したが、俺たちは北海道に旅行に来たのだ。少し寝て、観光したい。

「皆、徹夜だもんね。今は寝て、全員が起きたらどこかに食べに行こうよ。ミッションコンプリート記念会みたいな?」

「オッケー。お金は紫に請求するから考えなしに喰える。弥生、後でいいからここら辺の地図、見せてくれ」

「う、うん……」

「それじゃ、おやすみ」

 その後すぐ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッションコンプリート記念会を終えた翌日。俺たちは存分に遊んで午後6時過ぎ。また、あのアジトにやって来た。スキマを開くのに適した場所はここしかなかったのだ。

「移動『ネクロファンタジア』!」

 紫のゴスロリを身に纏い、スキマを開いた。

「危ないから一人ずつな」

 言い換えると一人ずつ、弥生とお別れするということになる。

「それじゃ私から。弥生ちゃん、バイバイ」

「望、バイバイ」

 手を振りながら望がスキマを潜った。

「それでは、弥生さん。お元気で」

「やよい、ばいばーい!」

「霙、奏楽。元気でね」

 続けて、霙と奏楽が手を繋ぎながらスキマの向こうに消える。

「弥生、またね」

「うん、雅、元気でね」

「……響」

 雅が俺を見る。

「はいはい。もし、会いたくなったり、困ったことが起きたらこれに連絡しろ。スキマを開いて駆けつけるから」

 そう言いながら1枚の紙を弥生に渡す。俺の携帯番号だ。念のために、メアドも書いている。

「あ、ありがと……」

「それじゃ、またね!」

 雅は弥生の言葉を待たずに行ってしまった。

「あいつは、本当に素直じゃないな……」

「あれでも直った方だよ?」

「あれでか……」

 さて、残るは俺だけとなった。

「それじゃ、さっきも言ったけどいつでも連絡くれよ?」

「……ねぇ、響」

「ん?」

「これ」

 弥生はギュッと握りしめた右手を俺に向かって差し出した。何か渡そうとしているらしい。

「何だ?」

 不思議に思いながら掌を上に向けて右手を前に出す。

「私の家に代々、伝わる秘宝」

 ポトッと俺の手に落としながら弥生が何でもなさそうに言う。

「ひ、秘宝!?」

「まぁ、結構前に鑑定したら何の力も残ってないって言ってたけどね。助けてくれたお礼にあげる」

「いや、でも、大事な物なんじゃないのか?」

「私が持っててもただの石ころだし。響ならこれを使えそうだって思って」

「使うって……何の力もないんだろ?」

 まぁ、俺が持てば何の力を持たない物でも何かしら、能力が付くのだが。

「そこは勘って奴だよ。お守りだと思って持っててよ」

「……わかった。大事にする」

 秘宝と言われた物を見ると水色の珠だった。見た目は普通のビー玉にしか見えない。

 

 

 

 ――…………め……か? ……ば、そ………に注……、……せ。………………を

 

 

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、何か聞こえたような……」

「そう? 何も聞こえなかったけど」

 答えながら弥生は首を傾げた。どうやら、俺の勘違いだったらしい。

「とにかく、弥生。元気でやれよ」

「響も死んじゃダメだよ?」

「俺は死なないよ」

「なら、大丈夫だね」

 俺も弥生も微笑んでいた。

「またな」「またね」

 同時に挨拶し合い、俺はスキマに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 因みに、チルノは消えた後、幻想郷に戻ったそうだ。これで、本当の意味で歪異変が終わった。

 



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第228話 白髪メイド

「……はぁ」

 俺は霙を連れだって道を歩いていた。もちろん、霙は犬モードだ。その背にはリュックサックを背負っており、そこに今日買った食材を放り込んでいる。

『ご主人様、やはり心配なのですね?』

「……まぁ、な」

 周りには人がいないことは魔眼を使って確認していたので声に出して返事をする。

 季節は5月。その間には大きな異変もなく、こころとの修行も順調だ。もちろん、俺は無事に進級し、大学2年生になった。望たちも留年しなかった。

 平和な日常を送っていた俺たちだったが2週間前に望たちの学校で大きな事件があった。『学校ジャック事件』である。

 その時、雅はどういうわけか通信を切っていたので俺がそんな事件が起きていた事を知ったのは事件が解決し、二人が家に帰って来てからだ。

 望の話では友達と一緒に行動して事件を解決させたと言っていたが、その概要はわからないまま。いくら聞いても二人とも、教えてくれない。

「大丈夫かなぁ?」

『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ! 望さんも雅さんも強いですから!!』

「そうなんだけど……」

 何か、面倒なことに巻き込まれているような気がしてならないのだ。

「……ん?」

 望たちのことで悩んでいると視界の端に何かが映った。何となく、そちらを見て俺は驚愕する。

「え、えっと……この建物が、これで。あれが……あ、あれ!?」

 小学生ほどの白髪で短髪な少女がメイド服を着て地図を凝視しながら何かを呟いていたからだ。

「……」

「あ、あれぇ……ここ、どこでしたっけ? う、うん?」

 どうやら、迷子のようだ。手には買い物かごを持っているのでお使いの途中で道に迷ってしまったらしい。

「……ねぇ? 君」

 さすがに放っておけないので声をかける。

「は、はい!?」

 だが、向こうは地図に集中していたのか驚いて悲鳴を上げた。

「大丈夫?」

「え? えっと……大丈夫ではないです」

 とても正直な子だった。

「迷子?」

「はい……恥ずかしながら」

 俯き気味でメイド少女が言う。その目には涙が溜まっていた。

「その地図、見せて」

「え?」

「ここら辺はそれなりに詳しいから案内してあげるよ」

「ほ、本当ですか!?」

 先ほどの涙はどこかへ行ってしまったようでメイド少女は目をキラキラさせて俺を見た。

(犬みたいな子だな……)

「えっと……この赤い印の場所に行きたいのか?」

「はい。風花さん――私と一緒に住んでる人に書いて貰ったのですが、いつの間にか変なところに迷い込んでしまって……」

「そっか。疲れたろ? こいつの背中に乗れよ」

 そう言いながら霙が背負っていたリュックサックを手に持つ。

「え? い、いいんですか?」

『はい、大丈夫ですよ』

 霙はそう言いながらコクンと頷く。まぁ、霙の声は俺にしか聞こえていないのだが。

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 霙の頷きを了承と解釈したのかメイド少女が笑顔でお礼を言い、霙の背中に乗った。

「そう言えば、名前は?」

 地図を見ながら問いかける。

「はい、私は種子と言います!」

「種子か……珍しい名前だね」

「ご主人が名づけてくれました!」

(ご主人?)

 見た目は小学生だが、幻想郷理論のように見た目より歳を取っているのかもしれない。そう考えると本当に雇われている可能性だってある。

「よし。場所はだいたいわかった。霙、種子を落とさないようにしろよ」

『はい! 了解であります!』

「霙さん、よろしくお願いしますね」

 こうして、種子の家に向かって俺たちは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 歩き始めて十数分後、目的地に到着する。もう一度、地図を見て確かめたが、ここで合っているようだ。見た目は普通の一軒家。俺の家より少しだけ大きいぐらいだ。

「……“柊”?」

 その家の表札を見てバイト先の後輩を思い出すが、『柊』という苗字は別段、珍しい苗字ではない。きっと、違う柊さんなのだろう。

「ここです! 音無さん、ありがとうございました!」

 種子は霙から飛び降りて俺に頭を下げて来た。

「いや、これぐらい」

「あの、お礼と言ってはなんですが……お茶でも飲んで行きませんか?」

「え? でも……」

「大丈夫ですよ! ご主人は学校なのでまだ、帰って来ませんから!」

 因みに俺は講義がない日だ。サボりではない。

『ご主人様、どうします? さすがにそろそろ、家に帰らないと食べ物が痛んでしまいますよ』

 霙が俺の方を見ながら聞いて来る。

「ああ、それなら大丈夫ですよ。お茶を飲んでる間、冷蔵庫に入れておいてください」

 しかし、俺が答える前に種子がそう言ってくれた。

「……種子」

「はい?」

「お前に用事ができた。中に入れて貰うぞ」

「へ? え? あ、はい」

 突然、俺が態度を変えたので種子は目を白黒させながら玄関のドアを開ける。俺たちは種子の案内で中に入った。

「霙、そこで待ってて」

 俺は霙に命令してスキホから濡れタオルを取り出す。もちろん、種子から見えないように。

「今、濡れタオル持って来ますね」

「あ、いや、大丈夫。丁度、ウェットティッシュがあった」

 咄嗟に嘘を吐く。濡れタオルで霙の足を綺麗にして、濡れタオルをスキホに戻した。

「ゴミ、貰います」

「いや、ゴミは自分で処理するから大丈夫だよ」

 そう言いながら自分のポケットにゴミを入れる真似をする。それにしても種子は本当に気が利く。そのせいで色々と面倒だが。

 種子は何故か、俺を見て感心している。

「あ、ではついて来てください」

 我に返った種子は俺と霙を連れてとあるドアを開けた。中を見てみるとどうやら、リビングのようだ。

「適当な場所に座っていてください。今、お茶淹れますので」

 種子はメイド服を翻してキッチンの方へと消えて行った。

「おい、霙。どう思う?」

『そうですね……かなり、怪しいです』

「だよなぁ……」

 種子は霙の言葉を理解していた。そこでまず、種子が普通の人間ではないことがわかる。

(なら、何だ?)

 魔眼で確かめても微弱の霊力を感じるだけ。この霊力量なら普通の人間より少ないほどだ。

「ただいまー」

 その時、種子とは別の女の子の声が聞こえた。

「種子ー。ちゃんと、帰って来られ……およ?」

 リビングのドアが開いて黒髪でボブカットの少女が入って来る。背丈的に中学生。

「あれ? お客さん?」

「あ、お帰りなさい風花さん」

 種子がキッチンから少女――風花を出迎える。

「種子、この人と大きな犬は?」

「はい、音無さんと霙さんです。私が迷子になっている時に助けてくれたんです」

「え!? 地図、描いたじゃん!」

「すみません……地図の見かたがわかりませんでした」

「あー……なるほど」

 風花は納得したように頷く。

「えっと、音無さんだったかな? 種子を助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「それで、お礼にお茶をご馳走しようと思いまして……」

「本当に種子は律儀だねぇ……」

 苦笑いを浮かべる風花。しかし、すぐに俺を見る。その目は鋭かった。

「でも、さすがに人かもわからない奴を家に入れるのはどうかと思うよ」

 それを聞いてすぐに魔眼を発動。

「……お前は人間じゃないけど?」

「いや、今の一瞬で目の色を変えた人には言われたくないよ……」

 ごもっともだ。

「さてと……これはどうしよっかなぁ」

「ど、どうするってどうするんですか!?」

 風花の呟きに過剰反応する種子。魔眼で風花を視ているが妖力を集中させていないので攻撃を仕掛けて来るつもりはないらしい。

「そうだね……とりあえず、殺すか?」

 風花がニヤリと笑い、背中に漆黒の翼を出現させ、俺の喉に向かって伸ばして来た。

 ――パキッ……

「……霙、やめろ」

「で、ですが!?」

 擬人モードになった霙が風花の翼を受け止めてそのまま、凍らせたのだ。

「い、いやぁ……こいつの実力を確かめようとしただけなんだけどまさか、翼を氷漬けにされるとは思わなかった」

 風花もさすがに驚いていた。

「とりあえず、座れ。お互いに話すことがたくさんありそうだ」

「「「……はい」」」

 俺の指示に素直に従う3人であった。

 




今回登場した種子と風花は私のオリジナル小説『モノクローム』に出て来るキャラです。
あ、『モノクローム』はすでにどこにも投稿していない小説です。
……いや、東方楽曲伝を書き始めた当初、『モノクローム』とコラボさせようと思い、色々とフラグを立てたり、お話しの中に加入させていたのですが、まさかここまで東方楽曲伝が長く続くとは思わず、こんな時期にクロスすることになっちゃいました。


まぁ、別にそこまで関係ないので大丈夫だと思いますw


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第229話 風花たちの正体

「さてと、まずお前たちの正体を教えて貰おうか?」

「それはどうかと思うよ? ここは私たちの家なんだからそっちから話すのが礼儀ってもんじゃない?」

 こんな口論が30分ほど続いている。ここで油断して話してしまうと相手に利用されてしまうかもしれない。それに風花はあの翼や妖力から『天狗』だ。射命丸と同じ鴉天狗だろう。

(そう言えば、歪異変で射命丸も外の世界に来たって言ってたな……射命丸を見た人が天狗は実在するって思って本当に生まれたのかもな)

「……はぁ。埒が明かないね」

「ああ、そうだな。天狗」

 ため息を吐きながら先制攻撃を繰り出す。しかし、俺に正体がばれているのはわかっていたらしく風花は驚いたりしなかった。

「それより……種子、お前何やってるんだ?」

 口論の間、種子はずっと風花の翼をナデナデしていたのだ。

「え? 風花さんの治療です」

「治療?」

 再び、魔眼を発動させ、風花の翼の様子を探る。

「本当だ……氷漬けにされたのにその痕跡が一切、残ってない」

「……魔眼持ち、ね。本当に人間なの?」

「ああ、種族は人間ってことになってる」

 最近は自分でも人間じゃなくなって来ていると思っているが。

「はぁ……種子、アンタはすごい奴を連れて来たね」

「へ?」

 作業に夢中だったのか風花の言葉を聞き逃したのか種子は聞き返した。

「いや、何でもない……わかった。話すよ」

 主導権を握った。

「まず、アンタの言う通り、私は鴉天狗。少し前までは山の方に隠れ住んでたんだけど……事情があって降りて来た」

「事情?」

「それは秘密で。そして、種子は妖怪。多分、犬だな」

「ああ、犬だから霙の言葉がわかったのか」

「ご主人様……私は狼です」

 ビーフジャーキーを嬉しそうに食べる狼など聞いたことがない。

「でも、お前の話には証拠がない」

「はい」

 風花は種子の頭に装着されていたカチューシャを外す。そこには犬耳があった。

「……犬、だな」

「スカートの中には尻尾もあるよ。見る?」

「いや、いい」

「風花さん、もし見るって言われたら尻尾以外の部分も見られていたのですが……」

 種子のツッコミを風花はスルーして俺を睨む。

「で? そちらさんは?」

「俺は人間。こいつは神狼」

「シンロウ?」

 風花は一発で脳内変換できなかったらしく、更に聞いて来る。

「神に狼って書いて神狼」

「ああ、その神狼ね……ええええええ!? 何で、こんなところにいるの!?」

 さすがに驚いたようだ。

「まぁ、最初はここにはいなかったんだけど連れて来た」

「いや、連れて来たって……しかも、さっきの行動から見て神狼を式神にしたんじゃ?」

「おお、よくわかったな」

「……もう、響は人外です」

 勝手に断言されてしまった。とても心外である。

「最後に一ついいか?」

 まだ、聞いていないことを思いだしたので質問してみる。

「……何?」

「種子が言ってた『ご主人』ってお前のことじゃないよな? 普通に『風花さん』って呼んでるし」

「……そうですよ。まだ、この家の主が帰って来てない。学校だからね」

 その『学校』という言葉に嫌な予感を覚えた。

「高校2年生?」

「へ? よくわかったね。種子、何か言った?」

「い、いえ……何も」

(苗字が柊で、高校2年生……)

 そこまで考えていると魔眼にこの家に近づいて来る集団を察知する。

「おっと。その主さんには俺たちを見られたくないな……」

「え? 何で?」

 急に立ち上がった俺を見て風花が目を見開いた。

「色々あるんだよ。そうだな……ちょっと、部屋の隅を借りる。俺たちは隙を見計らって脱出するから黙っておいてくれ」

「で、ですが……」

 種子がオロオロしながら声をかけて来る。

「助けたお礼だと思ってくれ。さすがに俺たちのことを一般人に話すのは嫌なんだよ」

 まぁ、犬の妖怪と天狗と暮らしている時点で一般人じゃないが、警戒するに越したことはない。

「――――」

 俺は魔法を使って俺と霙の姿を透明化させた。

「消えた? ああ、魔法か……」

「ただいま……」

 その時、やはりと言うべきか聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえる。

「「「おじゃましまーす」」」

 更に聞き覚えのある女の子の声が3つ。

(……ん?)

 嫌な予感がものすごく嫌な予感にジョブチェンジしたところでリビングに少しくたびれた様子の柊が入って来る。その後に続いて築嶋さん。そして――。

(望!? 雅!?)

 何故か、望と雅が築嶋さんの後に続いてリビングに入って来た。そう言えば、朝に『今日、ちょっとだけ遅くなる』と二人に言われていた。

「あ、ご主人! おかえりなさい!」

「おう、種子ただいま」

 種子が笑顔で出迎えると柊は少しだけ嬉しそうに返事をする。

「おかえりー」

「ああ」

 風花に対してはめちゃくちゃ適当だった。

「……」

 そんな柊に呆れていると望がジッとこちらを見ているのがわかった。

「望、どうした?」

 築嶋さんは望の様子がおかしいことに気付き、問いかける。しかし、望は築嶋さんを無視して、こちらに歩いて来た。その途中でティッシュを2枚、手に持つ。

「……えい」

 その2枚を俺と霙の頭に乗せた。

「……え?」

 雅がそれを見て目を点にする。透明化しているのでティッシュが浮いているように見えたのだろう。

「あ、あの……」

 種子が何か言いたそうにしているが、俺との約束を覚えているのか言い出せずにいる。

「ぷっ……くくく……」

 風花はすでに噴き出しそうになっていた。

「の、望!? これは一体?」

 築嶋さんが目を見開いて驚愕している。

「ちょっと待ってね。能力を使って……あ」

 紫色の瞳の視線と青い瞳の視線が重なった。

「……もう、いいでしょ? お兄ちゃん」

「……お前、マジでチートだな」

 透明化を解除して望の頭を撫でる。悔しいが、俺の負けだ。

「お、音無!?」「望のお兄さん!?」「響!?」

 柊、築嶋さん、雅がほぼ同時に驚く。

(……っていうか、雅。さすがにお前は気付けよ)

「な、何で俺の家に音無がいるんだよ!?」

「す、すみません! 私のせいなんです!!」

 種子が深々と頭を下げて事情を掻い摘んで話す。

「そっか……音無、ありがとう」

「いや、それはいいんだけど……何で、望と雅がここに?」

「え、えっと……あ、あはは」

 雅は苦笑いを浮かべて誤魔化そうとする。

「雅、わかってるよな?」

 そう言って、妖力を右拳に集めた。

「ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも大きすぎるよ!」

 妖力を感じ取ったのか雅が顔を真っ青にして後ずさりし始める。

「おっとっと。最近、コントロールが難しくてなぁ。雅が正直に言ってくれればなぁ」

「ひ、柊!! お願い!! 説明させて! わ、私、殺されちゃううううう!!!」

「……お前、音無に何をされて来たんだよ。まぁ、さっきの感じからして、こっち側なんだろ?」

「ああ、そこに天狗と犬妖怪の正体はわかってるつもりだ」

 俺の言葉を聞いて柊は雅に向かって無言で頷いた。

「よ、よかった……えっと、じゃあ説明するけど長いよ?」

「……霙、奏楽を迎えに行ってくれ。さすがにこの時間帯なら家に帰って来ちゃう」

 今の時刻は午後4時。外で遊んでいたとしてもそろそろ帰って来る時間だ。

「了解であります」

 そう言って、霙は犬モードに変身する。

「お、お前も犬になれるのか……」

 柊はそれを見て呟く。

「お前も?」

「種子も犬になれるんだよ。今、犬になるとメイド服が脱げるからやらなくていいからな?」

 種子が身構えたのを見て柊がすぐに止めた。何故か種子はションボリする。

「で? 説明する?」

「霙と奏楽には通信を繋げたままだから聞こえる。逆にお前だけだぞ? よく通信を切るの」

「いや、さすがに着替えの時とか切るでしょ」

 ああ、なるほど。

「まず、柊たちがどこまで知ってるか教えてくれ」

「私と望の正体は知ってるよ。この前のジャック事件の時に、ね」

 やっぱり、あのジャック事件がきっかけだったようだ。

「ふむ……俺については?」

「何も話してないよ。まぁ、柊君の能力でばれてるかもしれないけど」

 望が補足説明してくれた。

「能力?」

「まぁ、それはおいおい説明するよ。とりあえず、種子。全員分のお茶を頼む」

「あっ!? お茶の準備を放置したままでした!!」

 慌ててキッチンに向かった種子。その後、凄まじい音が聞こえる。その後に柊と風花が同時にため息を吐いた。

 



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第230話 もう一つの世界

「さて、どこから説明したもんかな……」

 種子が淹れたお茶を飲み干した後、柊がごちる。

「とりあえず、この前のジャック事件で何があったのか教えてくれないか?」

「音無妹、兄貴に言ってなかったのか? 音無兄もこっち側なのに」

 どうやら、柊は望のことも『音無』と呼んでいたようで、俺のことを『音無兄』、望のことを『音無妹』と呼ぶ事にしたようだ。

「うん。ちょっとお兄ちゃんと望ちゃんたちは違うからね」

「違う?」

 よく意味がわからなかったので質問する。

「うーん、なんて言うかな? 力の種類が違うんだよ。お兄ちゃんは霊力とか魔力でしょ? でも、柊君と望ちゃんは……」

 そこで、言葉を区切って柊と築嶋さんを見た。話してもいいか確認を取ったらしい。

「そこからは私が話そう。望が言ったように私たちの力は少しだけ特殊なんだ。お兄さんは元々、霊力や魔力を持っていただろう? つまり、お兄さんの力は“才能”なんだ。全ての人類が持ってるわけではない力。まぁ、異能と言うべきだな」

「ちょっと待ってくれ。俺に異能の力があるって知ったのは一昨年の夏だぞ?」

「気付かなかっただけだ。おっと、すまないがこの口調のままでいいか? あまり、敬語は苦手なもので」

 そう言えば、築嶋さんは俺に対して敬語を使っていた。まぁ、そこまで気にする事でもないので了承する。

「ありがとう。それで、お兄さんの力が才能だとすると私たちの力は“病”だ」

「病? 病気だって言うのか?」

「いや、お兄さんが思っているような病気ではないだろう。簡単に言ってしまえば、私たちの力は“感染”する」

「感染!?」

 思わず、声を荒げてしまった。異能の力が普通の人間にも感染するということはいずれ、全人類が異能持ちとなってしまう。

「そう簡単には感染しないけど。そうだな……とりあえず、空気感染はしない。私たちの力――【メア】と呼んでいるが、その【メア】に触れてしまったら十中八九、感染する」

「……築嶋さんは何で【メア】を?」

 少し、プライバシーに反する質問だと自覚していたのでちょっと、声が小さくなってしまった。

「小さい頃に触れてしまったようだ。あまり、覚えていないが」

「じゃあ、柊は?」

「……わからない」

「え?」

「俺の力は普通の【メア】じゃないんだ」

 柊はそう言いながら俯く。

「どういうことだ?」

「【メア】っていうのは感染するけど、遺伝はしないんだって。でも、柊の力は遺伝らしいの」

 雅が困った表情を浮かべながら説明してくれる。

「……つまり、柊の力は親から遺伝したもので、原因は不明で困ってるって感じか?」

「ああ、だいたい合ってる」

「何か困ることでもあるのか? 異能を持ってても日常生活には影響しないだろ?」

「それだったらいいんだけどね……【メア】って、ちょっと野蛮なんだよ」

 望がそう否定した。

「野蛮?」

「【メア】は【メア】を引き寄せる。そして、【メア】を持った人を倒せば自分の【メア】が強くなる」

 腕組みして風花。

「それって……」

「そう、【メア】持ちの人間は力を欲する者はもちろん、別に欲しくない者も戦いに引きずり込んでしまう――嫌なことが永遠に続く悪夢のような力なんだ」

 さっきまでふざけていた表情はどこへやら、風花は真剣な眼差しで俺を見据える。

「……なるほどな」

 こりゃ、面倒な力だ。

「さてと、【メア】についてはわかった。ちょっと、気になることがあるからいくつか質問するぞ。まずは築嶋さんに」

「答えられる範囲で答えよう」

「俺と柊がコンビニでバイトしてる時、よく来るけど……その度に俺の力を見極めようとしてたよな? やっぱり、異能の力を探知できるのか?」

「ばれていたか……やはり、一般人と異能持ちでは雰囲気が違ってな。お兄さんが【メア】だった場合、りゅうきが傷つけられる前に止めなければと思っていたのだ。すまなかった」

「いや、俺も築嶋さんと柊に異能の力があるのは初見でわかっていたことだし、そうだろうと思ってたよ」

 俺の言葉を聞いて築嶋さんと柊は目を丸くした。

「知ってたのか!?」

「そりゃ、魔眼持ちだからな。多分、柊が自分の力に気付く前からお前に力があるのはわかっていたと思うぞ」

「……あーあ、音無妹の言う通り、音無兄はすごいな」

 その場で寝ころんだ柊が呟く。

「次、望と雅。お前ら、【メア】に触れたか?」

「大丈夫だよ。ジャック事件の犯人は【メア】を持ってなかったし」

「それにその頃は柊も自分の力に気付いてなかったからね」

「尾ケ井! しつこいぞ!」

「はいはい」

 珍しく、雅が弄る側だった。ちょっと、驚きである。

「柊と築嶋さん。雅の正体は?」

「「知ってる」」

「それじゃ、ラスト。今まで、【メア】に襲われた事はあるか?」

 これが一番、重要なことだ。

「俺はない。まだ、自覚を持って1週間とか2週間だからな」

「私は3回ほど。何とか、返り討ちにして来たが……自分からは仕掛けていない」

「それでいい。異能な力に頼っていたらいつか、自分を傷つけるだけだからな」

 俺のように。

「因みに【メア】ってどんなことが出来るんだ?」

「個々によって能力が違う。私の場合は両腕、両足の肉体強化。更に高速再生だ」

「……築嶋さん、もしかして」

「言うな。無茶な戦い方しか出来ないのでな」

 俺で言う『雷輪』と同じだろう。高速で両腕、両足を動かせば筋肉や骨が悲鳴を上げる。それを高速再生で治す。これを繰り返しながら戦い続けるのだ。

「お兄ちゃんは何も言えないよね?」「響は何も言えないよね?」

「……わかってる。さすがに」

 両隣から迫る視線が痛い。

「柊は?」

「……アイ」

「え?」

「『モノクロアイ』」

「……いや、中二病はいいから」

「だから、言いたくないんだよおおおおおおお!!」

 突然、柊が暴れ出した。お茶が零れないように自分の湯呑を掴んで退避させる。

「お兄さん、あまりりゅうきをいじめないでくれ」

「いじめたつもりはないんだけど……で、その『モノクロアイ』ってどんな能力なんだ?」

「『モノクロアイ』ってのは、この目のことを言うんだが、一言じゃ何ともな」

 左目を覆いながら柊。

「いくつか能力があるってこと?」

「そう言うこと。今のところ、確認したのは『視界完全記憶能力』、『時間遅延』、『虚偽透視』、『引力』かな?」

「虚偽透視ってなんだ?」

「相手の嘘がわかることだよ」

 俺の質問を望が即座にさばいてくれた。

「それと、『引力』ってのは?」

「何でも引き寄せてしまう能力だ」

「もっと、具体的に」

 食い下がったら、築嶋さんが少しだけ困った顔になる。

「それが、こればかりは何とも言えない……奇跡までも引き寄せてしまうからな」

「……それ、なんてチート?」

 奇跡を何度も引き寄せられたら敵に勝ち目などないだろう。

「コントロール出来たらな」

 ため息交じりに柊が答えた。

「つまり、出来ないと?」

「自覚してまだ2週間だっての。こんな短期間にそこまでコントロール出来るわけないだろ?」

「そりゃ、そうか……」

「あ、そうだ。元はと言えば、ジャック事件について聞きたかったんだよね?」

 雅の指摘にハッとする。忘れていた。

「その名前のまんまだよ。私たちの学校がジャックされたの」

 望が俺の顔を見てそれに気付いたのかすぐに説明してくれる。

「相手の目的は?」

「柊君の両親が残した論文」

「論文?」

「……俺の両親は研究者でかなり、有名だったらしい」

「その論文ってどこにあるんだ?」

 俺の質問に対して、柊は右こめかみを右人差し指でコンコンと叩いて答えた。

「ここ」

「頭の中? あ、そうか。『視界完全記憶能力』」

「そう、小さい頃に親に見せられた論文が頭の中に残ってるんだよ。それをどこからか嗅ぎ付けた奴らが起こしたのが今回のジャック事件ってわけ」

「その論文は相手に渡ったのか?」

「いや、私とりゅうき、望と雅でジャック犯をぶっ飛ばして解決した」

 得意げに話す築嶋さんだった。

「ぶっ飛ばしたって……バカか、お前ら」

「「だよねー」」「まぁ、だよな」「え!?」

 望、雅、柊は頷く。だが、築嶋さんだけは俺がバカにした理由がわかっていないようで驚いていた。

「築嶋さん。君は何もわかってないね」

「え? ええ?」

「確かに、ジャック事件なんてものが起きたら異能の力に頼って解決したくなるだろう。俺だって、この力を使えば十分もかからずに全員を殺せるはずだ」

「じゅ、十分!?」

「望ちゃん、驚くとこ、違うからね?」

 因みに十分とは大げさに言ったつもりはない。半吸血鬼化して3人に分身し、それぞれで適当にスペルを使ったらジャック犯などすぐに倒せるだろう。

「でも、異能の力は今の世界から見たらイレギュラーなんだよ。異能の力を知ってる人同士ならいいけど、一般人に見られでもしたら……」

「み、見られでもしたら?」

「最悪、解剖されるな。異能の力を解明しようとする人も出るだろうし」

「……以後、気を付けます」

 頭を下げた築嶋さんを見て全員が声を上げて笑った。

 



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第231話 敵襲

「ジャック事件についてもわかったしそろそろ帰るかな」

「「「「いやいや、待て待て」」」」

 立ち上がろうとした俺を望、雅、柊、築嶋さんが止めた。

「こっちの説明もしたんだ。音無兄も自分のことを説明しろよ」

「……面倒」

「じゃあ、私が勝手に説明しちゃうね。まず、お兄ちゃんはコスプ――」

「わかった! わかったから!」

 望の口を押えながら何度も頷く。

「……はぁ。それじゃ、説明するけど何について説明した方が良い?」

「とりあえず、尾ケ井について。妖怪って言われてもピンと来なくて」

「お前の両隣りに座ってるワンコと鴉と同じ生き物だ」

「「みじかッ!?」」

 俺の説明に雅と柊が驚いた。

「いや、だって、『妖怪って何?』って言われてもこう説明するしか」

「他にもあるでしょうが!」

 キッと俺を睨む雅の目には少しだけ涙が溜まっていた。雑に扱われたのがショックだったようだ。

「はいはい。まず、妖怪が生まれるきっかけっていうのは人間の恐怖心とかなんだ」

「恐怖心?」

 築嶋さんが首を傾げる。

「ああ、例えば、真夜中に風で揺れる柳が幽霊に見えたりとかな。そして、それが具現化したものが妖怪。つまりは妖怪ってのは人間の恐怖心から生まれた存在ってこと」

「へぇ……それで、尾ケ井はどんな妖怪なんだ?」

「雅は……炭素を操れる妖怪だな。うん」

「響、一瞬だけ私の能力、忘れたでしょ」

 だって最近、雅が戦っているところを見ていないのだから仕方ない。

「本当に雅の扱いが酷いな、お兄さん……」

「いつも通りだよ」

「いつも私の扱いが酷いってことだよね!?」

「まぁ、雅いじりもこれぐらいにして他には?」

 『また、私で遊んでたんだ……』と落ち込み始めた雅を望が介抱する姿を尻目に再び、質疑応答に戻る。

「音無兄は何が出来るんだ?」

「あー、その質問が一番、困るな」

「それだけたくさんのことが出来るってことか?」

 築嶋さんの質問に頷いてから簡潔に答えた。

「魔法も使えるし、築嶋さんのように『超高速再生』を持ってる。他にも色々」

「まぁ、音無妹が言ってた通りだな」

「だから、お前は何を話したんだよ……」

 ジト目で我が義妹を見る。

「普通にお兄ちゃんは強いよって言っただけ」

「ほう、お兄さんは強いのか?」

「はい、そこ。『ちょっと戦ってみようかな?』って目で俺を見るな」

「望、やめておけ。ただでさえ、お前は痛い思いをするのに」

 柊が鋭い目つきで築嶋さんを睨んだ。

「むぅ……わかった」

 確かに築嶋さんの能力は両腕、両足に負担をかける。きっと、激痛も襲うだろう。

「他に……ん?」

 質問を促そうとした時、霙から通信が入った。

『ご主人様! 大変です!』

「どうした?」

「音無兄?」

「あ、今、霙から通信が入ってるの。ちょっと待ってて」

 俺の代わりに雅が説明してくれた。

『今、奏楽さんを背中に乗せたまま、ご主人様がいる家の傍まで来たのですが、玄関先に怪しい3人組がいまして』

「怪しい3人組?」

 俺は望にメモ帳をジェスチャーで要求する。理解してくれた望がバッグの中からメモ帳とシャープペンシルを渡してくれた。

(特徴は?)

『特に目立った特徴はありません。強いて言うなら3人から異能の力を感じます』

(それって……)

『はい、【メア】です』

 メモに『玄関前に【メア】がいる。3人』と書き、皆に見せる。

「何っ!?」

「望ちゃん、静かに! 玄関ってことは私たちの声も聞こえる可能性がある」

「……くそ」

 メモを見た柊が悔しそうな表情を浮かべた。

(そっか。これが『引力』……)

 何でも引き寄せてしまう能力。

「あーあ。面倒なことになったな」

「すまん」

 俺の独り言に対して柊は謝る。

「いや、そっちじゃないよ」

 ぶっきらぼうに否定しながらスキホからPSPを取り出して、右腕に装着した。

「え?」

「移動『ネクロファンタジア』」

 スペルを宣言し、紫の服を身に纏う。それを見た柊、築嶋さん、種子、風花が目を見開く。

「それじゃ、言葉で説明するのも面倒だから見せるわ」

 そう言いながら俺が扇子を横薙ぎに振るう。

「ちょっと、揺れるけど我慢しろよ?」

 注意した時にはすでにここにいる全員の下にスキマが展開されていた。

「「「「―――ッ」」」」

 スキマ初見組は悲鳴を上げる間もなく、落ちて行く。望と雅は慣れたようで大人しく落ちて行った。俺もその後に続く。

「よっと」

 華麗に着地し、周りを見ると望と雅はちゃんと立っていた(靴はないので靴下だが)。柊は種子に、築嶋さんは風花に支えられたのかこけておらず、唖然としている。

「「「うわあああああああ!!」」」

 遅れて、三人の男がスキマから落ちて来た。そのまま、地べたに叩き付けられる。

「いたた……な、何だ?」

 耳に赤いピアスを付けた男が辺りをキョロキョロと見渡し、俺を見つけた。

「お、お前が【メア】か!」

「……ああ、そうだ」

 ちょっと、面白い事を考えたので嘘を吐く。

「見つけた! お前ら、やっちまうぞ!!」

 赤ピアスが立ち上がって、構えた。それ続けて黄色いパーカーを着た男も立ち上がる。

「相手は女。ラッキーだぜ」

 黄色パーカーはそのまま、右手をこっちに向けて伸ばす。

「3人でやれば瞬殺だ!」

 最後の青い靴が目立つ男も俺を睨みながら戦闘態勢に入る。

「お、おい! 音無兄!」

 やっと、俺が男3人に狙われていると気付いた柊が叫ぶ。

「大丈夫。ここら辺は民家もないし」

 どこかの山奥だって紫が言っていた。もし、外の世界で戦うことになって余裕があればここで戦えと命令されているのだ。平地なので戦いやすい。

「そうじゃなくて、相手は3人だぞ!?」

「お前は俺を誰だと思ってる。こんな奴らぐらいすぐだって。手出しは無用だ」

 それに柊達に俺の実力を見せるために嘘を吐いたのだ。

「でも……」

 今度は築嶋さんが何か言おうとするが、望が手だけで止めた。ちょっと驚いた様子で望を見た築嶋さんは結局、何も言わずに俺のことを心配そうに見つめるだけとなった。

「さぁ、どうやって、戦うかな」

 【メア】との戦闘はこれが初めてだ。確か、【メア】は触れると感染してしまう恐れがあると言っていたが、干渉系の能力を無効化してしまう俺なら感染することもないだろう。

「これで終わりだ!」

 赤ピアスが右手から炎を飛ばして来た。どうやら、炎系の能力らしい。

「魔眼『青い瞳』」

 魔眼を発動し、火炎放射の軌道を読んで躱す。

「そこっ!」

 今度は青靴が高圧水流弾を放って来る。これに当たれば肋骨が数本、折れてしまうかもしれない。

「霊盾『五芒星結界』」

 だが、高圧水流弾は結界に阻まれてしまった。

「隙ありッ!」

 最後の黄色パーカー。右手から雷撃を飛ばす。

「……」

 俺はただ、何もせずに雷撃を喰らった。

「音無兄!?」「お兄さん!?」「響さん!」

 柊、築嶋さん、種子の悲鳴が聞こえる。

「よし、これで……ッ!?」

 黄色パーカーが勝ち誇った声を漏らすもすぐに絶句に変わった。

「あーあ。炎もぬるいし、水流弾も雑。雷なんか……こうやって、乗っ取ることだってできる。ちょっと、期待外れだな」

 黄色パーカーが放った雷撃を俺の体の周りを旋回させながら呟く。もうちょっと、強かったら本気で戦えたのだが、これだけ実力の差があれば下手したら殺してしまう。手加減しなければならない。

「う、嘘……だろ」

 赤ピアスが目を見開いていた。

「じゃあ、終わらせるか」

 黄色パーカーの雷撃を真上に打ち上げて、右手に力を込める。もちろん、俺も雷撃だ。

「ふっ!」

 一気に右腕を真上に突き上げて雷撃を飛ばす。大きさは黄色パーカーの5倍。丁度、ボウリングの球と同じぐらいだ。

「なっ……」

 それを見た黄色パーカーが口を大きく開けて驚愕していた。

「雷ってのはこうやって操るんだぜ!」

 黄色パーカーの雷撃に俺の雷撃が衝突。その刹那、黄色パーカーの雷撃が破裂し、放射線を描きつつ、落ちて来た。その後に続けて俺の雷撃も弾け、同じように落ちて来る。それはまるで、流星群のようだった。

「に、逃げろッ!」

 青靴が慌てて逃げようとするもすぐに何かにぶつかって背中から地面に倒れた。

「な、何だよ! これ!」

「牢獄『神に裁かれし者の檻』」

 このスペルは神力で創った檻を俺の周りに出現させ、敵の逃亡を防ぐものだ。範囲はだいたい、100㎡。

「それでは、おやすみなさい」

 その場でお辞儀をすると雷撃が次々と地面に突き刺さる。

「「「ぎゃあああああああああああああ!!!」」」

 哀れな3人組の断末魔を聞きながら俺は望たちの方へ歩き出した。

 



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第232話 協定

普通の投稿に戻ります。


「……」

 望たちの方へ戻るともう、開いた口が塞がらないと言わんばかりに【メア】組たちは呆然としていた。

「もう、お兄ちゃん。遊んじゃダメじゃん」

「そうだよ。ああ言う奴らはすぐに調子に乗るんだから」

 すぐに望と雅に注意されてしまう。

「だって、あいつら戦闘経験ゼロだったし」

 【メア】に感染して間もないのだろう。技も拙い物だったし、戦い方もあったもんじゃない。

「あ、あれで遊んでいた?」

「嘘だろ……」

 築嶋さんと柊が顔を見合わせて頷いた。

「……音無兄」

「ん? 何だ?」

「私たちと戦ってくれないか?」

「……は?」

 正直、さっきの戦いは見せしめだったのだ。俺の戦闘力を見せて柊達に俺と戦おうとする気を起こさせないようにするため。なのに――。

「ど、どうして?」

「私たち、本当に強い奴と戦った事がないんだ」

「だから、本当の強者って奴と戦ってみたいんだよ。後、今の俺たちでどれだけアンタに通用するのか知りたい」

 二人の目を見るとマジだった。これは逃げられない。

「……はぁ。ルールは?」

「悪いけど、音無兄一人で頼む。尾ケ井たちも加勢されたら無理だ」

「判定は望、頼む」

「はいはーい」

 望はこうなるとわかっていたのかすぐに了承した。

(どうして、こうなるんだ……)

 だが、ちょっと面白そうだ。雅に式神通信でさっきの3人を片づけるように指示して準備に取り掛かる。

「わかった。それじゃ、こっちも本気で行かせて貰うけどいいよな?」

 右腕にPSPを装備してニヤリと笑う。

「「お、お手柔らかに」」

 こうして、俺VS柊&築嶋さんで模擬戦をすることになった。

 

 

 

 

 

 

「魔眼『青い瞳』」

 両目を青くし、二人の様子を窺う。二人共、俺の動きをジッと見ているようだ。

「さて、動かないならこっちから行くけど?」

 そう言って、適当に走り始めた。

「望、左」

 柊がそう言った後、右に移動する。どうやら、二手に分かれて俺を撹乱させるようだ。

「そうはいかないけどね。まずは、築嶋さんにしようか。雷輪『ライトニングリング』。『ゾーン』」

 世界が一気に減速――いや、俺が加速した。柊の動きがゆっくりなのに対し、俺は普段と変わらない。

(確か、築嶋さんの能力はこれとほとんど、同じだったはずだ)

 考えながら築嶋さんに接近。向こうも能力を発動したのか、俺と同じスピードで動き始めた。だが、目は見開かれているので相当、驚いているようだ。

 まずは小手調べ。軽くジャブ。築嶋さんは驚きながらも右腕でガード。すぐに左腕でカウンターパンチを放って来る。それは首を傾けて回避。今度は右足でハイキックを繰り出して来た。

(パンツ、見える!?)

 視線を逸らしながら右腕で築嶋さんの右足も逸らす。靴底が俺の額を掠る。急いでしゃがんで足払い。ジャンプして躱された。だが、そのおかげで築嶋さんは今、空中。回避は不可能。

(そこに撃ちこむッ!)

 築嶋さんの鳩尾に向かって掌底。

 

 

 

 ――ドンッ!

 

 

 

「ッ……」

 掌底が当たる寸前で左から凄まじい衝撃。チラリと見ると柊がタックルして来ていた。そう言えば、あいつの能力に『時間遅延』があったはず。それを発動させて築嶋さんに危険が迫っているとわかったのだろう。

「よっと……」

 『ゾーン』を解除して二人に向き直る。その直後、俺と築嶋さんの四肢が弾けた。だが、ほぼ同時に完全に治る。俺も築嶋さんも『超高速再生』を持っているのだ。

「あ、ありがとう……」

「気にすんな。まさか、望と同じ技が使えるなんて」

「厳密には同じじゃないけど……じゃあ、今度は柊だな」

 『モノクロアイ』の力を見せて貰おう。

「雷刃『ライトニングナイフ』!」

 雷で出来たナイフを柊に向けて大量に放つ。

「くっ……」

 柊から感じる力に少しだけ変化が現れた。どうやら、『モノクロアイ』の能力を変更したようだ。つまり、一度に一つしか能力は使えないということ。

「よっと」

 柊はナイフを全て、回避した。その隙に築嶋さんに接近される。

「喰らえッ!」

「霊盾『五芒星結界』!」

 結界を張って築嶋さんの怒とうのラッシュをガード。

「隙ありっ!」

 背後から柊の声が聞こえる。いつの間にか背後に回り込まれたようだ。

「結尾『スコーピオンテール』!」

 すかさず、ポニーテールで柊に迎え撃つ。

「ちょっ!? 髪の毛まで武器になるのかよ!」

「当たったら一溜りもないから気を付けろよ!」

 築嶋さんの攻撃を防ぎつつ、魔眼を使って柊の動きを探知。ポニーテールで攻撃。

「くそっ……なんて、硬さだ」

 顔を歪ませながら築嶋さんがぼやく。

「望! 星の頂点だ! そこが結界の弱点!!」

「わかった!」

(……へぇ)

 柊の目にはこの結界の弱点が見えているらしい。

「そこだ!」

 そして、『結尾』の弱点の刃の付け根に向けて踵を落とし、刃をへし折った。

「なるほど。柊はかなり、面倒な相手だなっと!」

 その時、築嶋さんが『五芒星』を破壊。

「電流『サンダーライン』!」

「うわっ!」

 一気に距離を詰めようとした彼女を『電流』で牽制し、振り返る。

(これなら、どうだ!)

「狂眼『狂気の瞳』」

 右目が紫色になった。そして、柊の目をジッと見る。

「……ッ!」

 異変に気付いたのか柊が顔を歪めた。しかし、それ以上のことは起きない。

「へぇ……『狂眼』を弾き返したか」

「まぁ、この目は特別だって……え?」

 言葉の途中で何かに気付いたのか呆然とする柊。その視線の先には俺の背中。

「おお、そうだった。『狂眼』を使ったらこうなるんだった」

「ちょっと! 響! 着てる服、ライン出やすいんだからバレバレだよ!」

 雅からの忠告が聞こえるが無視。俺だってそれぐらいわかっている。

「音無兄が……女に?」

「色々あってね。あ、女になっただけじゃないからね?」

 服を突き破って漆黒の翼が外に出た。

「な、何ッ!?」

 築嶋さんがそれを見て後ずさりする。

「さぁ、こっからだぜ? 分身『スリーオブアカインド』」

 俺が3人に分身した。

「「……はあああああッ!!?」」

「これからが本番だ」

「いやいや、待て待て!? アンタ、人間じゃないのかよ!?」

「人間だよ?」

 柊の家でも言ったではないか。

「背中の翼は!? 何で、分身しているんだ!?」

「築嶋さん、とりあえず、落ち着こう? 地団駄踏み過ぎて足元にクレーター出来てるし」

「「説明しろっ!!」」

「なんか、日々を過ごしてたら色々と出来るようになってこうなった」

「「説明になってない!!」」

 それにしても息がピッタリだ。

「武器の俺が良い?」

 鎌を召喚しながら、俺の右隣に立つ俺が言った。

「それとも、魔法?」

 今度は左隣。その左手には雷が纏っている。

「本気の俺でもいいぜ?」

 右手に鎌。左手に直刀。ポニーテールにも刃。全てに雷を纏わせている。因みに今までは半吸血鬼化した時、指輪は使えなかったが、魔眼が両目になったことによってコントロールできるようになった。

「「……あー、無理です」」

 両手を上げて柊と築嶋さんが降参する。

「はい、そこまで」

 あっけなく終わってしまった。

「えー。これからが面白いところなのに。折角、この姿も見せたのに」

「いや、その姿を見せたから降参したんだよ!」

 雅の的確なツッコミに何も言えなかった。

「本当に強いな……まさか、あそこまでとは」

 柊がため息交じりでそう呟く。

「ああ、さすがはお兄さんって感じだな」

 築嶋さんは元々、俺が強いと思っていたようでうんうんと頷いていた。

「それで? これからどうする?」

「どうするって?」

「いや、お互いに異能の力を持ってるってわかったことだ。手を組まないか?」

「手を組む?」

 俺の提案の意味がわかっていないようで築嶋さんが首を傾げた。

「お互いにピンチになったらお互いを助けるって事だよ。まぁ、正直言って俺たちの力は種類が違うからあまり関わらない方がいいけど……」

「その提案は私たちにとっては好都合だよ。敵対さえしてくれなきゃ万々歳だ」

 そこで風花が入って来た。

「敵対?」

「ああ、りゅーきは何でも引き寄せるから出来るだけ問題は抱えたくないんだよ」

「なるほど……まぁ、これからは仲良くしようってことでいいか?」

「おう、それで頼む」

 柊と築嶋さんと握手して協定が結ばれた。これで【メア】に関する事は大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 しかし、俺は知らなかった。近い未来、この協定に頼ることになるなんて。

 



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第233話 修行中にて

「『モンキーポゼッション』」

「拳術『ショットガンフォース』」

 こころから飛んで来る青い弾を両拳で弾き飛ばす。だが、次から次へと飛んで来る。

「飛拳『インパクトジェット』」

 掌を下に向けて上空へ避難。こころも空を飛んでこっちに向かって来た。

「拳弾『インパクトガトリング』」

 軽く両腕に電気を流し、肉体強化して高速で両腕を何度も突き出す。その度に拳に込められた妖力が撃ち出された。

「喜符『昂揚の神楽獅子』」

 しかし、こころは『獅子舞』からレーザーを放ち、妖力を消し飛ばしてしまう。

「くっ……」

 その時、俺が頭に付けている『般若』のお面に意識が持って行かれそうになった。ギリギリで踏み止まったが、大きな隙が出来てしまう。

「怒符『怒れる忌狼の面』」

 スペルを発動したこころが凄まじいスピードで接近する。

「霊盾『五芒星結界』!」

 5枚のお札を投擲して結界を張った。こころと結界が激突。

(地力が……)

 『般若』に意識を持って行かれないために俺の頭に常に魔力と霊力を流していたら地力が足りなくなってしまった。このままではやられてしまう。スキホからPSPを取り出し、右腕に装着した。

「亡失のエモーション『秦 こころ』!」

 結界が壊れると同時に俺の服がこころと同じになる。

「……私になるなんてずるい」

「そんなこと、言ってられないんだよ! 『モンキーポゼッション』!」

 怒りに囚われないようにしながら戦うなんて無茶な修行方法だ。【メア】の存在を知った頃から始めたのでこんな修行をやり始めて早1か月、経つ計算になるが未だになれない。

「自分の技はさすがに躱すの簡単」

 そう言いながらこころは淡々と青い弾を躱す。

「ぐっ……」

 それを見て少しだけイラついてしまった。一気に意識が遠のく。

「集中」

「わかってるよ!」

 本当にこんな修行で負の感情を抑えることができるのだろうか?

(そんなことはどうでもいい!! 今、俺ができることをするんだ!!)

 もう、あんな悲劇が起きないように。我を忘れて守るべき人を傷つけないように。俺は強くならなければならないのだ。

 そう思っているとこころの曲が終わって次の曲が再生される。目の前に現れたスペルを掴んで宣言した。

「ハルトマンの妖怪少女『古明地 こいし』!」

 その途端、俺の意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!」

 僕と一緒に戦ってくれた女の子が駆け寄って来てお礼を言って来る。

「え?」

「いやー、さすがに複数の妖怪たち相手に一人だと厳しかったんだよ! 本当にありがとう!」

 僕の手を掴んで上下にブンブンと振る女の子。僕はただただ、呆然とするだけだった。

「ほら、君たちからもお礼を言わなきゃ!」

 すぐに手を離して後ろで震えている二人の女の子に言う。何だか、落ち着きのない子だ。

「あ、ありがとう……」「あ、ありがと……」

 一人はしっかりと、もう一人はまだ、拙い言葉使いで頭を下げてお礼を言った。

「う、うん……どういたしまして」

「それにしても、まだ小さいのに強いね! 何、その背中の翼!」

 今度は僕の背中に装備されている桔梗に興味を示し出す。

「あ、あの!」

「ん? 何?」

「えっと、どちら様ですか?」

 いい加減、この女の子の名前が知りたかった。

「あー! ごめんごめん! 私は古明地 こいし! よろしくね! あ、あっちの大きいのが咲。小さいのが雪だよ」

「よ、よろしくお願いします……」「……」

 おそるおそると言ったように咲さんが頭を下げ、雪ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「キョウです。何があったんですか?」

 確か、人間は人里に住んでいてこういった森の中には極力、入らないようにしているらしい。なのに、こいしさんたちは妖怪に襲われていた。

「あー、実はこれを取りに来たんだけどその途中で妖怪に見つかっちゃって」

 そう言いながら何かを差し出して来るこいしさん。その手には植物があった。

「これ、薬草ですね。熱を下げたりする効果があります」

 桔梗【翼】が説明してくれる。

「な、何!? 今の!?」

 だが、ここにいる人の中で桔梗の存在を知っているのは僕だけなのでこいしさんたちが目を見開いて驚愕していた。

「あ、そうでした。紹介しますね。桔梗」

「はい!」

 翼から人形に戻り、桔梗は僕の頭に着地する。

「に、人形!?」

 オーバーリアクションでこいしさんが叫んだ。その拍子に薬草が地面に落ちてしまう。

「えっと、この子は桔梗って言いまして僕の相棒です」

「ま、マスター! 私のこと、相棒だって思ってくれていたのですね! 感激です!」

「ちょっと、話がややこしくなるから!」

 僕の頬まで降りて来た桔梗は頬すりをして来る。そっと頭を撫でてやめさせた。

「喋る人形なんて初めて見た……」

 咲さんも目を丸くしている。

「……」

 しかし、雪ちゃんだけは驚きではなく好奇心の目で桔梗をジッと見ていた。

「桔梗。皆さんに挨拶」

「あ、はい。私はマスターの相棒であり、従者である桔梗といいます! よろしくお願いしますね!」

 スカートの裾を摘まんで上品にお辞儀する桔梗だった。

「……可愛い」

「触ってみる?」

「いいの?」

「桔梗がいいって言えばだけど……桔梗?」

「はい。大丈夫ですよ」

 桔梗は笑顔で頷いて雪ちゃんの方へ飛んだ。

「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」

 雪ちゃんが桔梗の頭を撫でた。気持ちいいのか桔梗は目を細める。

「可愛い」

「ありがとうございます!」

 満足したのか桔梗の頭から手を離して雪ちゃんが呟く。

「それで、さっきの翼は何だったの?」

 落ち着きを取り戻したこいしさんが質問して来る。

「あ、桔梗は武器に変形できるんですよ」

「ヘンケイ?」

「形を変えるんです。桔梗、翼!」

「はい!」

 桔梗が変形し、僕の背中に装備された。

「おおおおおお!!」

「拳!」

「はい!」

 今度は右手に鋼の拳が装着される。

「おおおおおおおおおおおおお!!」

「盾!」

「はい!」

 僕の身長よりも大きな盾が目の前に現れた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「こんな感じです」

「す、すごい! かっこいい!!」

 目をキラキラさせながらこいしさんが桔梗【盾】に触れる。

「ちょ、ちょっと! こいしさん、くすぐったいです!」

「ああ、ゴメンゴメン! あ、そうだ!」

 こいしさんは桔梗【盾】を迂回して僕の前に来た。

「よかったら、お礼させてよ!」

「お礼、ですか?」

「うん! 妖怪を倒すの手伝ってくれたし!」

 ニコニコしながらそう提案する。

「でも、あれは成り行きって言うか……そこまでしてもらうほどのことじゃないですし」

「何言ってるの! 妖怪を倒すのってすごいことなんだよ!?」

「ですが……」

「お礼させてくれないと私の気が収まらないの! だから、お願い!」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 どうせ、これからすることもないし、もうちょっとこの時代の幻想郷の情報が欲しかった。

「それじゃ、私たちについて来てね」

「え?」

「実は私たち、旅をしてるんだ」

「た、旅……ですか?」

 てっきり、人里から来たと思っていたので驚いてしまう。

「うん。で、その旅の途中で熱を出しちゃった子がいてね」

「あ、だから薬草を」

 僕の呟きに対して咲さんと雪ちゃんが頷く。

「その子って言うのかこの二人の間の子なの。だから、姉として妹として私について来たんだけど……怖い思いしちゃったね」

「確かに怖かったけど……こいしお姉ちゃんが守ってくれるって信じてたから」

 どうやら、こいしさんはその旅をしている人たちの中でリーダー的存在のようだ。

「因みにその旅をしている人たちって言うのはどのくらいいるんですか?」

「うーん、20人くらいかな?」

「20人!?」

「まぁ、全員、子供だけどね。捨てられた子とか……ね」

 少しだけ辛そうにこいしさんが教えてくれた。

「……桔梗、戻って良いよ」

「はい」

 桔梗が人形に戻り、僕の傍まで移動する。

「それじゃ、改めて行くとしましょうか!」

 先ほどの表情はどこへやら。こいしさんは笑顔で歩き始めた。

 



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第234話 迷子

「……ん?」

 突然、視界が開けた。気絶していたわけでもないようで、まるで目隠しを取られた気分だ。いや、その割に光で目は眩んでいない。

(何だ……ここ?)

 周囲を見渡して見ると岩だった。いや、上もそうだ。どうやら、ここは洞窟らしい。

「洞窟?」

 確か、俺はこころと感情制御の修行をしていたはず。そして、地力がなくなったからPSPを装備してコスプレして――。

「あ、あれ?」

 その後の記憶がない。そこで俺は気を失ってしまったようだ。

(気絶したならどうしてこんなところに?)

 これでは俺が気絶したあげく、勝手に動き回ったようにしか見えないではないか。そんなこと今までには……いや、あった。約2年前に起きた狂気異変である。

「じゃあ、また暴走?」

 それにしては体のどこにも異常はない。まぁ、傷が付けば『超高速再生』で回復するし、服が破けてもすぐに直るからパッと見てわからないのだが。違うところと言えば、コスプレしていないところだけだ。

「そうだよ! コスプレはどうなったんだ!?」

 思わず、声に出してしまった。もし、気絶の原因がコスプレだとしたら今もコスプレしているはず。前のように『リピートソング』は使っていないし、原因だと思われるコスプレの曲が終わり、次の曲がかかるからだ。

(PSPはある。ヘッドフォンも付けてる。じゃあ、何で?)

 曲だけが止まっている。これじゃ、俺が“無意識”の内にコスプレを解除したようではないか。

「何がどうなって……っ」

 それについて考えようとした刹那、脳裏に何かが閃き、咄嗟に右に飛んだ。

 

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 

「くっ……」

 先ほどまで俺がいた場所に何かが落ちて来て地面を抉った。その破片が飛んで来るも神力で創った壁で守ることに成功する。

「……」

 落ちて来た何かを見ると女の子だった。緑髪の短いツインテール。白い着物を着ていて何故か、桶に入っている。

(妖怪っ!?)

 桶の女の子がまた、飛んだ。そして、落ちて来る。

「うおっ!」

 また、回避。しかし、今度は間髪待たずに飛んで俺を叩き潰そうと落下して来る。

「ま、待てっての!!」

 女の子の勢いは人を簡単に殺せるほどの威力だ。俺でも叩き潰されてしまえば、一溜りもないだろ。

(かといって、地力も足りないし……)

 こころとの修行の疲れがまだ残っている。倒さなくてもいい。あいつを脅かして追っ払うだけでいいのだ。

「っ! 光撃『眩い光』!」

 目を瞑ってスペルを発動させた。ここは暗い洞窟。そんなところで強い光を出せば――。

「ッ!?」

 女の子の声にならない悲鳴が聞こえ、地面に何かが落ちる音がした。ジャンプしている時に光を見てしまったようで空中でバランスを崩し、狙った場所とは違うところへ落ちてしまったらしい。

「拳術『ショットガンフォース』! 飛拳『インパクトジェット』!」

 光が弱くなった頃を見計らってスペルを連続で発動し、女の子がいる方とは逆の方向へ飛んだ。妖力のコントロールはまだ本調子とは言えないけど、水平に飛ぶぐらいなら出来る。

 こうして、俺は訳の分からない妖怪から逃げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と鼻歌を歌いながらこいしさんが森の中へと入って行く。

「……」

 だが、雪ちゃんはずっと桔梗を見ている。相当、気に入ったようだ。

「桔梗、悪いけど雪ちゃんと遊んであげて」

「はい! 了解です!」

 桔梗が雪ちゃんに近づき、一言二言話した後、手を繋いで歩みを進めた。

「ありがとう」

「え?」

 いつの間にか隣に移動して来ていた咲さんにお礼を言われて面を喰らってしまう。

「あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……」

「そうだったんですか」

 相槌を打つと『そろそろ、歩こうか?』と咲さんが前を指さした。素直に頷いて歩き出す。

「念のために聞くけど……キョウ君って何歳?」

「5歳です」

「え!? 嘘っ!?」

「よく言われます」

 そこまで、僕は5歳に見えないのだろうか?

「だって、5歳ってことは雪よりも2つ下だよ?」

「私が何?」

 桔梗を胸の前で抱っこしながら歩いていた雪ちゃんが振り返る。

「ううん、何でもない……って、あまり桔梗ちゃんに迷惑かけないようにね?」

「はーい」

 返事してすぐに前を向く雪ちゃん。桔梗とお喋りしているようだ。

「全く、あの子は……」

「まぁまぁ」

「ねぇ! 何の話、してるの!?」

「うわっ!?」

 突然、こいしさんが話しに入って来て驚いてしまう。

「お、お姉ちゃん、驚かさないでよ……」

 咲さんも吃驚したようでこいしさんに文句を言った。

「ゴメンゴメン。楽しそうにお話ししてたから気になって」

「雪ちゃんの話ですよ」

 手早く説明する。

「ほうほう。やっぱり、咲は妹思いだね!」

「え!? そ、そんなこと、ないですよ……」

 恥ずかしいのか咲さんは顔を紅くさせる。

「……」

「ん? キョウ、どうしたの?」

「え? あ、えっと……僕は一人っ子なので兄弟がいていいなって」

 僕の家は両親が忙しいので基本、僕一人しかいない。だから、兄弟がいれば一緒にご飯作ったり、食べたり、遊んだり出来て羨ましいのだ。

「そうかな?」

 しかし、こいしさんはそれを否定する。その表情は少しだけ曇っていた。

「何かあったんですか?」

「あー……私にもお姉ちゃんがいるんだけどね? 最近、会ってないから」

(会ってない?)

 それについて追究しようとしたが、こいしさんは足早に僕たちから離れて雪ちゃんの方へ行ってしまった。

「咲さん、あれってどういう意味ですか?」

 本人がいなくなってしまったので仕方なく、咲さんに聞いてみる。

「うーん……私も詳しいことはわからないけど、お姉ちゃんのお姉ちゃんと喧嘩したんだって。で、家出してる途中で私たちと会って……そのまま、どんどん人が増えて行って今みたいに大人数で旅をするようになったの」

「じゃあ、こいしさんと一番最初に会ったのは?」

「そう、私たち。親に捨てられて……森の中を彷徨ってる時にお姉ちゃんと会ったの」

「捨てられ――」

 その単語を聞いて僕は絶句してしまった。

「あはは……まぁ、あの人たちも大変だったんだよ。家を妖怪に壊されて畑もめちゃくちゃになって……もう、どうすること出来なくて、ね」

 そう話してくれた咲さんは悲しそうな顔をしている。でも、その顔は悲しい思い出を思い出した時の顔だった。今ではその出来事も過去のことなのだろう。

「もしかして、こいしさんと旅をしてる子供たちって……」

「うん。お姉ちゃんも言ってたけど捨てられた子ばかりだよ。後、森の中を親といた時に妖怪に襲われて親を殺されちゃった子とか」

 今まで、妖怪に会っても心優しい人ばかりだったのであまり、自覚していなかったが、本当に妖怪というのは人間にとって怖い存在なんだと実感できた。

「キョウ! もうすぐ着くよ!」

 前からこいしさんの声が聞こえ、視線を咲さんから前に移すと開けた場所に出た。

「うわぁ……」

 そこには大きな台車が3つあった。そして、その周りにテントらしき物がある。現代のテントと比べると穴も開いているし、汚れていて快適とは言えないだろう。

 そして、その周りを行ったり来たりしている子がちらほらといる。あの子たちがこいしさんたちと旅をしている子供たちだ。

「皆ー!」

 こいしさんが声をかけると子供たちが一斉にこちらを見て口を綻ばせた。そして、一斉に駆け寄って来る。

「お帰りなさい! お姉ちゃん!」

「咲ちゃんもお帰り! 無事でよかった!」

「雪ちゃん、お帰り!」

 20人ほどの子供たちがこいしさんたちを囲む。その前に桔梗は雪ちゃんの腕から逃げて僕の後ろに逃げていた。

「どうして、逃げて来たの?」

「い、いえ……何か、迫力があって思わず……」

 僕の頭の上で震えている桔梗。

「皆、落ち着いてってば! 今は薬草を月にあげないと!」

 薬草を掲げながら言うこいしさんの言葉を聞いて子供たちが大慌てで散って行く。どうやら、薬草をあげるための準備に向かったようだ。

「……」

 その時、後ろから変な空気を感じる。この感じは――。

(ま、まさか……)

「ください……」

「ちょ、ちょっと!! さすがに桔梗、それはマズイって!」

 飛び出しそうになった桔梗を掴んで止めるも相手は人形。人間より力があるようで引っ張られる。

「こ、こいしさん!!」

「ン? キョウ、どうしたの……って、何!? 桔梗がすごい目でこっちを見てるんだけど!?」

「ください! それ、ください!!」

「うぐぐぐ……そ、その薬草を早く!」

(早く、熱を出した子に渡してあげないと!)

「え? あ、うん!」

 こいしさんは頷いて薬草を――桔梗の目の前に差し出す。

「あああああ!?」

「いただきまああああああすうううううう!!」

 パクっと桔梗は薬草を食べた。

 



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第235話 蜘蛛と鬼

「はぁ……」

 永遠と続く洞窟の中をひたすら、飛び続けている俺。いい加減にうんざりして来た、

(どこまで続いてるんだよ……)

 あの緑髪の桶幼女から何とか、逃げてから早30分。そろそろ、体力も気力も尽きそうだ。

(誰か、いないか?)

 もう、何度目かわからない質問をぶつけた。もちろん、相手は魂にいる吸血鬼、狂気、トール、闇。そして、式神である雅、霙、奏楽、リーマ。だが、いくら呼びかけても応答はない。先ほど、妖力は使えたので部屋に戻っているわけでもないし、式神通信も切っているわけでもない。

「何で、繋がらないんだよぉ……」

 更にスキホも圏外。現在地だけでも調べようとしたが、何と地図に『unknown』と出て来た。どうやら、この地図にない場所に俺はいるようなのだ。

(じゃあ、ここは幻想郷じゃないのか? でも、空気中に漂ってる魔力とかは幻想郷のものと同じだし……)

 幻想郷に比べて外の方が少ないのだ。もし、外の世界にいるのだとしたらそれですぐにわかる。

 もっと、おかしいことがあった。コスプレ出来ないのだ。『移動』を使おうとしたが、無反応。PSPも動かない。

「全く……どうなってんだよ」

 八方ふさがりとはこのことを言うのだろう。仕方なく、誰か話せる人がいないか洞窟を進んでいるのだが、何も景色は変わらない。

「はぁ……」

 ため息を吐きながら上を見る。

「……」

「……」

 女の子と目があった。

「うわっ!?」

「あ、見つかっちゃった。でも!」

 俺が驚愕のせいで身動きが取れない間に女の子が何かを飛ばして来る。

「これって!?」

 蜘蛛の糸だ。俺の体に巻き付き、一瞬で拘束されてしまった。バランスを崩してしまい、地面に叩き付けられる。

「よし、獲物確保!」

 天井から降りて来た女の子が頷きながら俺の方へ歩いて来る。短めの金髪ポニーテールに黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ていてスカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った不思議な衣装だった。

「え、獲物?」

「そう! さっきから見てたけど、相当参ってるようだったからね」

 ニコニコしながら蜘蛛女が言う。

(妖怪か……多分、蜘蛛の一種なんだろうけど)

 何とか、体を起こし腕に力を入れてみるもビクともしなかった。

「そんなことじゃ切れないって」

「……これなら!」

 神力を指輪に込めて体から雷を放出する。

「なっ!?」

 眩しかったのか蜘蛛女が腕で目を守った。その間に雷によって黒こげになった糸を腕に生やした神力刃で切る。

「うわ、こいつ、人間じゃなかったのか」

「いや、至って普通の人間だけど?」

「いやいや、だって、雷出したし、腕から刃物出したし」

「雷は魔法。この刃は神力で創った物」

「うん、君は人間じゃないね」

 そう言いながら、蜘蛛女が構える。妖怪にすら人間扱いされないのはちょっと悲しかった。

「丁度、よかった。妖怪でも誰かに会いたかったんだよ」

「え? 妖怪でも?」

 俺に戦う意志がないのがわかったのか蜘蛛女が構えを解きつつ、聞いて来る。

「ああ、実は――」

 これまでに遭ったことを手短に説明した。

「あー、そいつはキスメだね」

「キスメ?」

「うん。間違いない。よく逃げられたね?」

「まぁ、倒す必要性もなかったしちょっと驚かせて怯ませた隙に逃げたんだよ」

「ふーん……あ、私は黒谷 ヤマメ。よろしく」

 自己紹介するのを忘れていたようで、ヤマメは慌てて名乗った。そして、手を差し出して来る。

「音無 響。よろしくな」

 俺もそれに倣ってがっちりと握手する。

「……ん?」

 手を離すとヤマメが首を傾げた。

「どうした?」

「いや……能力が効かなかったなって」

「何してんの!?」

 自己紹介に紛れてなんてことをするんだ。

「挨拶代わりにインフルエンザにでもかけてやろうかなって」

「挨拶代わりって……」

 そんなことをしたら人に嫌われるだろうに。

「それにしてもどうして効かなかったんだ?」

「因みに能力名は?」

「病気(主に感染症)を操る程度の能力だよ」

「あー、俺に干渉系の能力は効かないんだよ」

 そう言えば、未だにどうして、干渉系の能力が効かないのか判明していなかった。

「それはやめて欲しいんだけど……」

「人間からしたらインフルエンザをやめて欲しいんだが……」

「そりゃ、そっか」

 ケラケラと声を上げてヤマメは大笑いする。

「全く……そうそう、聞きたいことがあったんだよ」

「聞きたいこと?」

「ここ、どこ?」

「ああ、ここは地底へと繋がる洞窟の中だよ」

 俺の話を聞いていたのでその質問の意図がわかったのかすぐに答えてくれた。

「……地底?」

「そう、地底」

「……幻想郷の?」

「幻想郷の地底」

「……」

 俺、幻想郷に地底があるって聞いたことがないのですが。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 ヤマメと話しながら洞窟をひたすら、進んでいると突然、洞窟が終わり開けた場所に出た。そこは大きなドーム状の空間だった。

「ここは地底。そして、この先には旧都があるの」

「旧都?」

「うん。地上から追い出された嫌われ者たちが住んでる場所」

 洞窟の中で地底の話を聞いていたのでそこについては深く突っ込まなかった。

「とにかく、今はあそこで体を休めるといいよ。私の顔が利くところ、紹介するから」

「何から何までありがとな」

「いいってことさ。君も大変な目に遭ってるみたいだし。それにこんな物も貰っちゃったし」

 ヤマメはそう言いながら手に持っている天界の酒が握られている。色々とお世話になったのであげたのだ。

「それならいくらでもあるんだよ」

 実はあれから何度も天子から挑戦状を受け取っており、勝つ度に酒を貰っているのだ。俺自身、飲めないので人にあげるしかない。しかも、天子とは相性が良くて(主に緋想の剣を無効化できる点で)今のところ、一度も負けたことが無いため、酒が溜まる一方なのだ。

「ずっと、気になってたけど響って何をやってるの? 人間なのに空は飛べるし、能力持ちみたいだし、干渉系の能力は効かないし」

「地上で万屋をやってる。でも、何故かは知らないけど地底については全く、教えてくれなかった」

「誰が?」

「俺の上司」

「へぇ……あーあ、その上司が響に地底のことを教えてたらもっと早く知り合ってたのにね」

 本当に残念そうにヤマメが呟いた。

「どうして?」

「だって、人間なのに私のことは怖がらないし、話してて楽しいし」

「そりゃ、どうも。地上に戻ったら頼んでみるよ」

「え? 何を?」

「地底にも依頼状投函ボックスを置くことだよ。そうすれば、俺に依頼を出せる」

 しかし何故、紫は地底にボックスを置かなかったのだろうか?

「そりゃ、いいね。宴会に誘ってやる」

「俺、酒は飲めないから料理を作るぐらいしか出来ないんだけど」

「お? 料理出来るの?」

「人並みにはね」

「そりゃ、いい。頼むね」

 そんなことを話している間に旧都に到着した。

「すごい、賑わってるな」

「ここは鬼がたくさんいるからね。皆、どんちゃん騒ぎさ」

 ヤマメの言う通り、至る所に居酒屋が建っている。しかも、それだけでは足りないようで道端で飲んでいる角を生やした人――鬼までいた。

「スゲーな」

「ここにいたら、飽きないよ。あ、でも気を付けて」

「え?」

「ここに人間が来ると――」

 ヤマメが何かを言おうとするが、魔眼(常に発動し続けていた)に反応があった。方向は前。反応からして、人。いや、鬼。そして、俺に向かって突進して来ている。

「怒符『憤怒のバカ力』!」

 こころとの修行で身に付けた感情制御を使用したスペルを宣言し、思い切り、右拳を前に突き出した。

 

 

 

 ――ガンッ!!

 

 

 

 拳と拳がぶつかり合い、俺たちの足元にクレーターが生まれる。衝撃波も発生したようで周囲にいた人が強風に煽られていた。

「へぇ……私の一撃を受け止めるたぁ。アンタ、なかなかやるねぇ?」

「正直言って、こっちは限界なんだけど?」

 目の前にいたのは一本だけ角を生やした鬼だった。この鬼が来ている服は見たことがある。リーマと初めて戦った時に来たコスプレだ。

「きょ、響!?」

 隣に立っていたヤマメは風のせいで尻餅を付いたらしく、地面に座り込んでいた。

「ヤマメ、こいつをやめさせてくれないか?」

「いいじゃないか? こうやって、鬼と互角の筋力を持つんなら」

「これはリミットっていうか……裏ワザみたいなもので、あまり使いたくないんだよ」

 先ほどからガリガリと魔力と霊力が減っている。

「……そうかい。じゃあ、今日のところはやめておこうかね」

 そう言って、鬼は力を抜く。

「おっとっと……」

 怒り状態を解除するも足に力が入らなくなり、思わずよろけてしまった。

「本当に限界だったようだね」

「ちょっと、いきなりは酷いんじゃない?」

 ヤマメも立ち上がって鬼に文句を言った。

「あっはっは!! だって、人間を見ると前の巫女や魔法使いみたいに強者かどうか確かめたくなるじゃないか」

「巫女? 魔法使い? もしかして、霊夢と魔理沙のことか?」

「お? アンタ、知ってるのか?」

「まぁ、神社にはほぼ毎日、通ってるし。魔理沙はよく会うし」

「本当に地上は変わったね。鬼と戦える奴らがゴロゴロいるじゃないか」

 嬉しそうにそう呟く鬼。

「おっと、自己紹介を忘れていた。私は星熊 勇儀。よろしく」

「ああ、俺は音無 響」

 そう言って硬く握手する。

「……ん?」

 そこで勇儀は首を傾げた。

「どうした?」

「いや、私と握手しても手が潰れないなって」

「だから、お前たちは何をしてるの!?」

 地底の人たちは少しだけ変な奴らだった。

 因みに手が潰れなかった理由は念のために手を神力で創った膜で覆っていたからである。

 



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第236話 歓迎?

「はい、出来たよ」

「おう、サンキュな!」

 熱々のから揚げをテーブルに置くと勇儀が笑顔で頷いた。

「響! お酒、無くなった!」

「ほれ」

「ありがとう!」

 スキホから天界の酒を10本ほど出現させる。それに糸を巻き付けてまとめて抱えたヤマメはお礼を言うとどこかへ歩いて行く。

(俺、休みたいんだけど……)

 ため息を吐いた後、また台所へ戻った。

 そう、また宴会で料理人をしているのである。ヤマメが万屋のことを話してしまい、その流れでこのようなことになってしまった。

「はぁ……」

 ネギをみじん切りにしながらため息を吐く。

(こんなこと、してる場合じゃないんだけどな……)

 スキホも使えず、式神通信も繋がらない。俺が気を失ってからどれくらい時間が経ったのかさえ、わからないのだ。これではまた、望たちに心配をかけてしまう。そう思うと憂鬱な気持ちになった。

「妬ましい……」

「は?」

 突然、右の方から声が聞こえる。そちらを見ると緑色の瞳を持った女の子がいた。

(こいつ……)

「妬ましいわ……そうやって、悩みがあることが妬ましい」

 爪を噛んで悔しそうに俺を見つめる女の子。

 俺はそれをジッと見ていた。

「なぁ?」

「何よ?」

 声をかけると忌々しそうに更に睨んで来る。

「お前、感情を操れるのか?」

「……え?」

「いや、なんかそんな気配を感じてな」

「そりゃ、私は『嫉妬心を操る程度の能力』だけど」

 やはり、思った通りだ。わかったのもこころの修行が原因なのかもしれない。

「それで、俺のどこに嫉妬するんだ?」

「さっきも言ったでしょ? 悩みがあることに嫉妬してるの。しかも、料理も美味しいし、ここに来たばかりなのに皆と馴染んでるし」

 それからブツブツと小声で嫉妬娘が何かを呟くが、無視することにした。

「無視するな!」

 だが、それは出来なかった。

「お前は俺にどうして欲しいんだよ。今、忙しいんだ」

「そうやって、無視する余裕があるところも気に喰わないわ!」

 そう言いながら1枚のスぺカを取り出して、俺に見せつける。

「……はいはい。勝負すりゃいいんだろ?」

「そう、それでいいの! ほら、行くわよ」

「その前に名前を教えてくれ」

「名前?」

「ああ、ずっと嫉妬娘って呼ばなくちゃならないし」

 『嫉妬娘』と呼ばれるのは嫌なのか嫉妬娘は眉を顰める。

「私は水橋 パルスィ」

「音無 響だ」

 それから数秒間、睨み合い、そのまま外に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、では次の方、どうぞー」

 桔梗が笑顔でテントの中から外に呼びかける。そして、お腹を両手で押さえた男の子がテントに入って来た。

「今日はどうしました?」

「ちょっと、お腹が痛くて」

「そうですか……では、この薬草を」

 そう呟きながら桔梗は両手で男の子のお腹を触った。すると、桔梗の手が緑色に光り始める。

「……はい、終わりましたよ」

「うわ! ホントにお腹が痛くなくなった!」

「お大事に!」

「はい! ありがとうございました!」

「では、次の方、どうぞー」

 そう、桔梗はお医者様になっていた。

 こいしさんが持っていた薬草を食べた桔梗だったけれど、我に返った途端、咲さんの妹――月さんのところへ向かい、両手を翳して病気を治したのだ。

 これにより、桔梗が薬草を食べればその薬草が持つ効果を、両手を翳すだけで、発揮できることに気付いた。そして、こいしさんたちが持っていた薬草全種類を平らげ、ちょっとした健康診断が始まったというわけだ。

「どう?」

 看護師よろしく桔梗の隣でその様子を見ていた僕のところにこいしさんがやって来る。

「はい、順調です」

「よかった……薬草って結構、手に入らないからよっぽどのことが無い限り、使えなかったんだよね。皆もそれがわかってるから口にしないし」

 なるほど、だから元気そうにしていた子供も今ははっきりと具合が悪いところを言えるのか。

「桔梗、大丈夫?」

「はい! 薬草の効果も切れそうにありませんし、このまま全員、診ることが出来ます!」

「じゃあ、もう少しだから頑張って」

「はい!」

 ニコニコ笑いながら桔梗はどんどん患者を捌いて行く。

「桔梗、ありがとね?」

「いえ、これぐらいどうってことないですよ!」

「キョウも。君たちも旅の途中だったんでしょ? ごめんね、足止めさせて」

「僕たちも急いでるわけじゃないですし、それに桔梗が勝手に薬草を食べちゃったのもありますし……」

 もし、桔梗【薬草】が発動しなかったらとんでもないことになっていただろう。

「まさか、食べちゃうとは思わなかったよ。あれ、どういうことなの?」

 こいしさんもあの時の桔梗の様子がおかしかったことに気付いているようだ。

「桔梗には物欲センサーが付いていまして。それが反応すると反応した物を食べたくなるんです」

「食べたくなる?」

「はい。そして、食べた物から武器を作るんです。例えば、拳の形をした物を食べて桔梗【拳】に変形できたり」

「じゃあ、桔梗が変形できるのって?」

「素材を食べたからです」

 僕の話を聞いてこいしさんがうーんと唸り始めた。

「正直言って、桔梗って何なの? 人形なのに自立してるし、変形できる……なんか、この世の物とは思えないんだけど」

「僕自身、わかっていません。僕が人形を作って魔力を通したらこんな感じに」

「そっか……ねぇ?」

「はい?」

「模擬戦、やらない?」

 モギセン? ヨモギの煎餅だろうか?

「は?」

「話を聞いてると少し、戦いたくなっちゃった」

「いやいや、おかしいですって」

「そう?」

「そうですよ! 怪我したらやばいじゃないですか!」

 桔梗【薬草】は病気は治せるが、怪我には効果が薄い。

「怪我しない程度でだよ。まぁ、一発当てた方の勝ちってルールでどう?」

「いや、どうって言われても……」

「マスター! 健康診断、全員終わりましたよ!」

 その時、桔梗が僕の頭に着陸する。

「何の話ですか?」

「模擬戦をやらないかって話」

「モギセン? ヨモギの煎餅ですか?」

 主従揃って同じ間違いをするとは犬は飼い主に似ると言うが、それは本当かもしれない。桔梗はペットでも犬でもないけれど。

「違うって。練習試合だよ。桔梗の話を聞いてたら戦ってみたいなって思ったの」

「練習試合ですか?」

 桔梗はチラッと僕の方を見る。それに対して僕は首を横に振った。

「マスターもあまり乗り気ではないようですし……今回はちょっと」

「えー!」

「ごめんなさい」

 桔梗は僕の代わりに頭を下げる。慌てて僕も頭を下げた。

「うーん、残念だな……キョウのカッコいい戦いぶりを見たかったんだけど」

「カッコいい、戦いぶり?」

 こいしさんの呟きに桔梗が反応する。

「そう! 桔梗を色々な物に変形させながら戦う! そんな戦術、見たことないもん! あー、見たかったなぁ!」

「……マスター」

「桔梗、駄目だよ?」

「いえ! ここはマスターのカッコいい姿をこいしさんに見せるべきです!」

 本当にこの子は素直というか単純というか。

「でも、こいしさんと戦うなんて……」

「あ、私のことは気にしないでキョウよりは強いと思うから」

「なっ! それは聞き捨てなりません! マスターは強いんです!」

「お? 桔梗、言ったね? なら、どっちが強いか確かめようじゃん!」

「ええ! いいですよ! こうなったら、マスターがどれだけカッコよくて強くて優しいお方なのか証明しようじゃありませんか!!」

 こいしさんと桔梗はそのまま、にらみ合いを始めてしまう。

「あ、あの……二人とも、落ち着いて」

「キョウは黙ってて!」「マスターは黙っててください!」

「えー……」

(僕、戦いたくないんだけど……)

 こうして、こいしさんとの模擬戦をやることになった。



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第237話 模擬戦

「ほら! どこからでもかかって来なさい!」

「そう言われましても……」

 すでに戦闘態勢に入っているこいしさんを見て僕はそう呟くしか出来なかった。

「お姉ちゃん! がんばれー!」

「桔梗ちゃん! ファイトー!」

 そして、僕たちを囲むように子供たちが座っている。ギャラリーと言った所か。

「ほらほら! 桔梗のご主人様は戦う前からやる気ないみたいだけど!」

「マスター! こいしさんに遠慮なんかいりません! さっさとやっつけちゃいましょう」

 桔梗は僕のほっぺをペチペチと叩きながら叫ぶ。

(ホントに……桔梗は乗せられやすいんだから)

「わかった。わかったからまずは準備をしよ?」

「はい!」

「桔梗【翼】!」

 僕が指示すると桔梗は僕の背中に装備される。すぐに鎌を手に持ち、身構えた。桔梗が変形したのを見て子供たちがどよめく。

「咲! 合図、よろしく」

「あ、はい! では、始め!」

 咲さんが合図すると同時に低空飛行でこいしさんに突進する。

「振動!」

 ――ドン!

 更に翼を振動させ、加速した。

「おお!?」

 突然、スピードを上げた僕を見てこいしさんが目を見開き僕から見て右に飛んだ。

「左翼、ロール!」

 ――バンッ!

 今度は左翼だけ振動させて右にスライド。こいしさんの後を追った。

「そんな無茶苦茶な!?」

 無理な態勢になってしまったが、驚いているこいしさんに向かって鎌を振り降ろす。

「うわ!?」

 それを彼女は紙一重で躱した。

「拳!」

 そのまま、こいしさんを追い抜いてしまったので、体の向きを反転させながら桔梗【拳】を左手に装備。そのまま、ジェット噴射でこいしさんに追撃を試みる。

「えいっ!」

「ちょっ!?」

 鋼の拳を頭を傾けることで回避したこいしさんはその勢いのまま、僕の腕を掴み、背負い投げを繰り出した。ジェット噴射のせいで予想以上に投げられた僕は何も出来ないまま、空中に投げ出される。

「翼!」

 しかし、桔梗【翼】で何とか態勢を立て直す。

「今度はこっちの番だよ!」

 こいしさんはニヤリと笑うと何発の弾を撃って来た。

「盾!!」

「はい!」

 桔梗【盾】で何とか防御する。しかし、それが読まれていたかのようにいつの間にか僕の背後にこいしさんが回り込んでいた。

「これで終わり!」

「翼で弾いて!!」

 ギリギリのところで翼に変形し、それを振動させて弾を弾き飛ばす。

「せいっ!」

 裏拳の要領で背後にいるこいしさんに鎌で攻撃するも簡単に躱されてしまった。

「そんな攻撃、攻撃に入らないよ!」

 僕の真上に移動した彼女はまた、弾を撃って来る。

「振動で急降下! そのまま、低空飛行!」

 指示を飛ばすと凄まじい勢いで僕の体が地面に向かって落ち始めた。桔梗【翼】が上に向かって振動したのだ。その途中で体を回転させ、体の向きを下にし、そのまま地面すれすれを飛ぶ。僕の後を追うように弾が地面を抉る。

「逃げるだけじゃ勝てないよ!」

「急上昇!」

 こいしさんの挑発を無視し、今度は上に向かって飛ぶ。

「そうそう! そうでなくっちゃ!」

 僕が勝負を決めに来たと思ったのか、こいしさんがニヤリと笑う。そして、今までよりも密度の濃い弾幕を張って来た。

「――ロール!!」

 弾幕の穴を見つけ、右にスライドすることにより、通過する。その勢いのまま、こいしさんを追い抜いた。

「え!?」

「旋回!」

 大きく旋回し、下を見るとこいしさんが目を見開いて驚いているのが見えた。

(集中……)

「突撃!」

 鎌の先端に魔力を集めながら、叫ぶ。

「はい!」

 桔梗もここが勝負どころだとわかったらしく、振動も最大で下にいるこいしさんに突進した。

「まぶしっ……」

 僕を見ようと更に顔を上げたこいしさんだったが、僕の背後に太陽があったので怯んでしまったようだ。

「これで!!」

 魔力を開放し、鎌の刃を巨大化させ思い切り、振り降ろす。こいしさんはまだ、こちらを見ていない。

「……なんちゃって」

 確実に当たったと思ったが、こいしさんはその場で体を捻った。すると、不思議なほどあっさりと僕の鎌は躱されてしまう。

「え?」

「はい、終わり」

 あまりにも予想外な展開で硬直してしまった。その隙に後ろからこいしさんの弾が迫る。

「やば――」

「マスター! 危ない!」

 だが、その弾は僕に当たることはなかった。

「き、桔梗!」

 そう、変形を解除し、桔梗が僕の盾となって僕を守ってくれたのだ。

「きゃあああああ!!」

 弾が直撃した桔梗は悲鳴を上げながら僕の方へ飛んで来る。体を捻って桔梗を抱き止めるも、そのまま地面に叩き付けられてしまった。

「ガッ――」

 僕の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ! 桔梗! 大丈夫!?」

 私は慌てて、地面に降り立ち、二人の様子を確かめようと駆け寄った。

「……」

 しかし、その途中でキョウがゆっくりと立ち上がる。結構な勢いで地面に落ちたので怪我などしていないか心配だったが、無事だったようだ。

「よかった……あ、ゴメンね。あの時、ちょっと……キョウ?」

 勝手に能力を使ってキョウの心を読んだことを謝ろうとしたが、様子がおかしい。

(心が読めない?)

 おかしい。キョウは気絶しているわけでもないのに心が読めないのはちょっと異常だ。

「キョウ?」

 もう一度、呼びかける。反応はない。

「……皆! 離れて!」

 何となく嫌な予感がする。その予感が頭を過ぎった刹那、私は無意識の内に皆にそう叫んでいた。

「で、でも!」

「大丈夫! キョウなら大丈夫だから!」

 不安そうにしている子供たちに向かって言うが、私自身、何が起こるかわからなかった。

「キョウ! どうしたの!?」

 立ってはいるものの体に力は入っていないように見える。それにずっと、下を見ていて表情が見えないのも怖かった。

「ねぇ!」

「……」

 私の呼びかけに反応してキョウは顔を上げる。

「ッ!?」

 キョウの顔を見て私はゾッとした。

 

 

 

 キョウの目は悪寒が走るほど、無表情だったのだ。

 

 

 

 こんな目、今まで見たことがない。感情というものが一切、こもっていない目だ。

「きょ、キョウ?」

「……」

 私を無視してキョウはその腕の中でぐったりしている桔梗をそっと地面に寝かせた。そして、私を見る。

「どうしちゃったの!? キョウってば!!」

「…………」

 怖い。心が読めないのもそうだが、とにかくあの目が怖かった。

 思わず、後ずさりしてしまうもそれを追うようにキョウも一歩、前に出る。鎌を構えながら。

「え!? ま、まだやるの!?」

「……」

 質問に答えず、キョウは地面を蹴った。

(早いッ!?)

 桔梗を使っていないのにそのスピードは軽く妖怪のそれを超えていた。でも、真っ直ぐ突っ込んで来ている相手ならまだ反応、出来る。そう、思っていた。

「え?」

 その次の瞬間、キョウの姿が消える。忽然と、音もなく、スッと。

(どこに――)

 辺りを見渡そうと顔を動かした刹那、私は驚愕でその動きを止めてしまった。

 私を殺す勢いで鎌を振り降ろすキョウ。私を殺す勢いで鎌を振り上げるキョウ。私を殺す勢いで鎌を横薙ぎに振るうキョウ。たくさんのキョウが色々な角度から私を殺そうと鎌で攻撃して来ていた。

(え……)

 文字通り、たくさんのキョウを見て私は思考を停止させてしまう。だって、こんなことあり得な――。

 迫り来る鎌の刃をただ、他人事のように見つめていたが、突然、たくさんのキョウが消えて一人になった。まるで、最初から一人だったかのように。そして、そのままキョウは地面に倒れる。鎌が音を立てて転がった。

「……………」

 私も子供たちも呆然とするしかなかった。

「……はぁ、はぁ」

 その後、呼吸を忘れていたことに気付き、慌てて酸素を体に取り込み始める。

(何……何なの、今の)

 キョウの異変。たくさんのキョウ。感情のない瞳。

 その全てが異常だった。

「こいし、お姉ちゃん?」

 その声で隣を見ると雪がキョウを見ながらギュッと私の袖を掴む。

「……大丈夫。キョウを休ませよ?」

「……うん」

 それから倒れている二人を手分けしてテントに運んだ。

 

 

 その間、誰も何も喋らなかった。

 



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第238話 捜索隊

「スペルの枚数は自由。1発もしくは墜落したら終わりでいい?」

「ああ」

 旧都の上空でルールを確認するパルスィ。俺はすぐに頷いた。

「それじゃ、始めるわ!」

 そう叫ぶといきなり、大量の弾幕を放って来る。

(これが通常弾かよ!)

「魔眼『青い瞳』!」

 残り少ない魔力を消費し、魔眼を発動。迫り来る弾幕を何とか、躱す。

「妬符『グリーンアイドモンスター』!」「雷雨『ライトニングシャワー』!」

 そして、ほぼ同時にスペルを発動した。弾幕と弾幕がぶつかり合い、小さな爆発をいくつも起こす。

「霊盾『五芒星結界』!」

 次に10枚のお札をばら撒き、印を結んで星形の結界を2枚、作り出した。

「恨符『丑の刻参り』!」

 また、パルスィがスペルを宣言する。霊力も残り少ないのでこのスペルを全て、受け切れない。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 神力で創った鎌を手に持ち、それに魔力を込める。すると、鎌に雷が纏い始めた。

「鎌鼬『鎌連舞』!」

 結界が弾幕を防いでいる間に準備が整った。結界を迂回した後、一気に加速してパルスィに接近する。

「くっ」

 スペルが通用していないのが見えたのか、パルスィは舌打ちして回避行動を取る。しかし、それでは遅い。

「シッ――」

 俺が鎌を振ると鎌から斬撃が飛び出る。しかも、その斬撃の数は5つ。雷を纏った斬撃がパルスィに向かって飛ぶ。

「嘘っ!?」

 目を見開きながらパルスィは体を捻る。やはり、斬撃の数が少なかったようでパルスィの服を少しだけ斬り裂くだけで終わった。

(やっぱり、地力が足りない!)

「固定『霊力ギプス』! 拳術『ショットガンフォース』!」

 霊力で妖力を固定し、弾幕の隙間をぬってパルスィの元へ向かう。

「させない! 花咲爺『華やかなる仁者への嫉妬』!」

 俺に向かって大玉が飛んで来る。それを右へ回避。しかし、その大玉の後を追うように桜のような弾幕がいくつもその場で止まっていた。

(残るタイプか)

「結尾『スコーピオンテール』!」

 両手は『固定』のせいで動かせないのでポニーテールで桜を散らす。

「花咲爺『シロの灰』!」

 パルスィがスペルを追加。先ほどと同じようなスペルだが、弾の量が桁違いだった。

「うおおおおおおおお!!」

 魔眼で弾の位置を確認し、躱す。ポニーテールで桜を散らせ、前に進む。

「ちっ……」

 そんな俺を見ていてパルスィも危機を感じたのか、後退し始める。それをしつこく追ってやっと、ポニーテールが届く位置まで近づいた。

「しつこい!!」

「勝負だから仕方ないだろっ!!」

 何度もポニーテールで攻撃するが、パルスィは何度も避ける。

(ここッ!)

 ポニーテールに気を取られて、俺の方を見ていなかったのか俺はパルシィの懐に潜り込む事に成功した。そこへ右拳を叩きこむ。

「ッ!? 舌切雀『謙虚なる富者への片恨』!」

 俺の拳が届く寸前でパルスィがスペルを使用した。しかし、間に合わなかったようで俺の拳がパルスィの体を捉える。

「なっ!?」

 だが、その瞬間、パルスィの体が弾け大量の弾幕が俺に迫った。躱せない。『霊盾』で防御するもすぐに壊れてしまった。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 『霊盾』で時間を稼いだおかげで『神箱』が間に合ったようだ。

「あ、あぶな……」

「アンタこそ、あれ、殺す気だったでしょ!?」

 俺の呟きが聞こえたのか『神箱』の外でパルスィが怒っていた。

「あれでも手加減した方だっての」

「あれで!? 当たってたら体が粉々になってたでしょ!!」

「そこは何とかしてたよ」

 多分。

「もう、いいわ! これで終わりよ! 嫉妬『ジェラシーボンバー』!!」

 パルスィからハートの弾幕が撃ち出され、弾けた。そして、そこから大量の米弾が出て来る。

「合成『混合弾幕』!!」

 霊力、魔力、妖力、神力の弾を出鱈目にばら撒いて米弾を全て弾き飛ばす

「何ッ!?」

「こっちも終わらせる! 神撃『ゴッドハンズ』! 神拍『神様の拍手』!」

 両手を巨大化させ、パルスィを叩き潰すように手を合わせた。

「ちょ、ちょっと!?」

 さすがのパルスィも逃げきれずに俺の両手に包まれる。数秒ほどで両手を離すとパルスィが落ちて行く。どうやら、気絶しているようだ。

「はい、おしまい」

 そう呟くと同時にパルスィは旧都の地面に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー! 響も意外にやるもんだな!」

 俺が地面に着地すると勇儀がバンバンと俺の背中を叩きながら大笑いする。ちょっと、骨が軋んだが折れていないようだ。

「もう、無理……倒れそう」

 地力をほとんど使ったのでとにかく、眠い。今なら立ったままでも眠れると思う。

「大丈夫?」

 そこへヤマメがやって来た。

「ああ……寝てもいい?」

「うん、大丈夫だよ。あそこ、使っていいから」

 ヤマメが指さしたのは先ほどまで俺が料理を作っていた家だ。確か、2階があったのでそこで寝るとしよう。

「おお、そうだった。響、ちょっと待ってくれ」

 その家に向かっていると勇儀に止められた。

「何?」

「お前が起きたら案内したい場所があるんだ」

「え? どこ?」

「無意識の妹を持つ奴のところへだよ」

「へ?」

 首を傾げたが勇儀はそれだけ言ってまた酒を飲みに別の家へ入ってしまう。

(無意識の妹?)

 よくわからなかったが、今はそれどころじゃないので無視して目的地へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 響が消えた?」

 私は思わず、お茶を零してしまう。

「うん、パッと」

 目の前にはこころがいる。先ほどまで響と修行していたのに彼の姿はどこにも居なかったので聞いてみたところ、消えたそうだ。

「な、何で?」

「さぁ? 戦っていたら消えちゃった」

 こころもよくわかっていないようで常に首を傾げている。

「……ねぇ? 消える直前はどういう状況だったの?」

「えっと、響は地力が少なくなって来たからコスプレをしてた」

「そのコスプレって?」

「最初は私になって……その後は、何だったっけ? 確か、『ハルトマン』とか言ってたよ?」

「はるとまん?」

 その単語には聞き覚えがなかった。多分、曲のタイトルだろう。

「ああ、その後に『こいし』って言ってたよ」

「こ、こいしですって!?」

 もし、響が『古明地 こいし』に変身したというなら全て、説明がつく。彼は無意識状態に入ってどこかへ行ってしまったのだ。

「まずいわね……」

 こいしは人の目に映らない。いや、そこにいることすら感知されない。そんな響を見つけるなんて不可能に近い。

「そうとは限らないぜ!」

 その時、上空から魔理沙が降りて来た。

「どういうことよ?」

「響の能力はせいぜい5分で変わる。だから、今頃、見えてるようになってるってことだ」

「なるほど……っていうか、聞いてたの?」

「だいたいな」

 ニシシ、と魔理沙は笑う。

「どうする?」

 こころが私たちに質問した。

「そうね……探すわ。でも、闇雲に探しても時間がかかるだけだと思うのよ」

「ほぅ?」

 『その心は?』と言いたげに眉を吊り上げる魔理沙。

「だから、今の響が行きそうな場所へ行く」

「その場所はどこなんだ?」

「こいしになってるって言うなら一つしかないでしょ?」

 そこまで言って、魔理沙も気付いたようだ。

「地底か?」

「そう、もしかしたら帰省本能が働いて地底に向かってるかもしれないわ。それにあそこには私たちしか行けないし、響もあの場所について何も知らないから危険なの」

「よっしゃ! そうと決まれば話は早い! 早速、行こうぜ!」

「私はどうすればいい?」

「こころはお留守番だ。響が帰って来るかもしれないから」

「わかった。気を付けてね」

 手を振るこころを置いて私と魔理沙は地底へ向かった。

 



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第239話 地霊殿

「ここ?」

「そう、ここ」

 勇儀とヤマメに案内されたのは大きなお屋敷だった。

「地霊殿って言って、この地底でも一番の嫌われ者が住んでる所なんだ」

「嫌われ者……」

 確か、地底に降りて来た奴らは地上で嫌われていた奴らだった。その中でも一番、嫌われているという。

(どれだけ、嫌な奴なんだろう……)

「まぁ、根は良い奴だからそこまで気を張る必要はないよ」

「なら、どうして?」

「能力が、ね……響は大丈夫だと思うけど」

「何で?」

「響は干渉系の能力が効かないって話だから」

 つまり、嫌われ者の能力は干渉系なのだろう。

「それじゃ、私たちはここで」

「え!?」

「私たちには能力が通用するからね。じゃあねー!」

「あ、ちょっ!?」

 そう言うと勇儀とヤマメは帰ってしまった。

「……仕方ないか」

 ここでうだうだしていても何も変わるわけではないので、俺は地霊殿に入った。

「うわ……」

 地霊殿の中はとても綺麗だった。地底には太陽の光はないのが、明るい光がステンドグラスを通して俺を照らしている。

「あ、おじゃまします。誰かいませんかー?」

 少し、大声で呼びかけた。しかし、無反応。

(まぁ、結構、広いみたいだし、出て来るまで時間がかかるのかも)

 そう思った俺は軽く地霊殿の中を見て回ろうと歩き始めた。

「ちょっと、いいですか?」

「え?」

 歩き始めてすぐ、誰かに呼び止められる。振り返ると小学高学年ほどの少女が立っていた。

「貴方は一体?」

「ああ、勝手に入ってすまん。ちょっと、聞きたいことがあって」

「いえ……そう言うことではなくて、どうして私の能力が効かないのかってことなのですが……」

「能力?」

 じゃあ、この人がこの地底で一番、嫌われている人なのだろうか。でも、想像と違って人もよさそうだ。

「はい、私は『心を読む程度の能力』を持っています」

「心って……じゃあ?」

 俺が今、思っている事も読まれているのだろうか?

「いえ、貴方の心は読めないんですよ。どうしてかはわかりませんが……」

「ああ、俺、干渉系の能力、効かないんだよ」

 ヤマメの言う通りになったようだ。

「そうなんですか? 珍しい人もいるんですね」

「やっぱり、読めるのが当たり前なのか?」

「はい。まぁ、そのせいであまり人と会えないんですよ。こうやって、相手の心を読む事もなく、お話しできるのは新鮮で楽しいです」

 そう言いながら少女はコロコロと笑った。

「あ、すみません。お名前を聞いてもいいですか?」

「俺は音無 響。地上で万屋をやってる」

「響さんですね。古明地 さとりと言います」

 さとりがスッと右手を差し出して来る。俺も右手を出してギュッと握った。

「それで、何か聞きたいことがあると言っていましたが?」

「えっと……ちょっと長くなるんだけど――」

 俺はそう前置きしてこれまでに起きたことを説明する。

「なるほど……確かにそれは変ですね」

「一言で言ったら、無意識の内にここまで来てたって感じなんだよ」

「無意識? もしかして、こいしと何か関係があるのですか?」

「……待て。こいし?」

「私も妹である古明地 こいしです。あの子の能力が『無意識を操る程度の能力』なんです」

 補足してくれるさとりだったが、俺は別のことを考えていた。

(俺が気を失う前……確か、俺が変身したのは――)

「さとり、こいしって黒い帽子に黄色いシャツ。緑色のスカートを着てないか?」

「え? どうして、それを?」

 驚いたようでさとりは目を丸くしている。

「俺の能力は説明しただろ? それで、俺が気を失う前にこいしに変身したんだ」

「じゃあ、本当に無意識状態でここに?」

「多分……」

「何の話?」

「響さんがこいしに変身してここに来たって話……ってこいし!?」

 さとりはビクッと俺の背中に飛び付いている少女を見て驚いた。

「うおっ!?」

 俺も驚いてしまう。いつの間に背中に飛び付いたのだろうか。

「あ、キョウ久しぶり!」

「え? あ、おう」

 背中のこいしが笑顔でそう挨拶するが、俺たちは初対面だ。そう言ってやろうと口を開くも俺の意志とは全く、別の言葉が出て来る。

(あれ? 何で、俺、頷いたんだ?)

 記憶にはないけど本能的にこいしとは前に会っているかのような言いぐさ。

「覚えてない?」

 俺の表情から読み取ったのだろう。こいしが不安そうに問いかける。

「……子供の頃の記憶がないんだ」

「そっか……なら、仕方ないね」

 それだけ言うと彼女は背中から降りてさとりの隣に立つ。

「改めて、古明地 こいしだよ。よろしく!」

 俺が覚えていないことなど、気にしていないようでニコニコしながら手を差し伸べて来た。

「音無 響だ。よろしく」

 同じように手を伸ばして握手しようとした刹那――体の中で何かが疼く。

「っ……」

 そのせいで視界がブレ、バタリと倒れてしまった。

「響さん!?」「キョウ!?」

 二人の声がどんどん、遠くなる。

(この感じ……どこかで)

 遠のく意識の中、俺は気付いてしまった。

 そう、俺はこれを知っている。前にもこれのせいで倒れてしまったからだ。

 

 

 

「の、ろい……」

 

 

 

 望が解呪したはずの呪いがまた、俺の体を蝕み始めたのだ。

(させるかよ……)

 最後の力を振り絞って俺は霊力で自分自身の体を薄く覆う。そして、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が?」

 突然、響さんが倒れてしまう。呼吸はしているので死んではいないようだが、何が起きたのかわからない。

「お姉ちゃん!」

 こいしの声で我に返り、響さんを見る。

「え!?」

 すると、倒れた響さんの体がどんどん、“石化”し始めていることに気付く。

(何これ!?)

 響さんは気絶しているようで、抵抗出来ていない。このままでは、全身が石になってしまう。

「さとり様!」

 そこへ、お燐が飛んで来る。

「今度は何!? って、ええ!?」

 お燐の心を読んで地霊殿に侵入者が現れたことを知った。

「こっちに近づいて来ています! あれ? この石は何ですか? 人の形をしていますが?」

「どうしよう! キョウが石になっちゃったよ!」

 お燐に説明しようとするが、横からこいしに腕を取られ、舌を噛みそうになり慌てて口を閉じる。

「こいし、落ち着きなさい! まず、お燐はお空を連れて来て!」

「さとり様、呼んだ~?」

 ゆで卵を口に咥えたお空がやって来た。

「お空、侵入者が現れたの。戦う準備しておいて!」

「あ、了解です!」

 お空はそう言うと制御棒を取りに向かう。

「お燐はこいしと一緒に響さんを安全な場所へ!」

 響さんが石化したタイミングで侵入者など、偶然にしては出来過ぎている。侵入者は響さんを狙っている可能性が高い。

「え? これ、もしかして人間ですか!?」

「お燐、早く!」

 こいしが響さんを持ち上げてお燐を急かす。お燐は頷いて猫車に響さんを乗せて地霊殿の奥へ飛んで行った。

「さとり様、お待たせしました!」

 制御棒を右手に装備したお空が帰って来る。

「……はぁ。折角、石にしてやったのにとんだ邪魔が入ったな」

「「っ!?」」

 それとほぼ同時に上から少女の声が聞こえた。だが、その声には不思議と威圧感がある。

「まさか、こんな所まで来るとは思わないって。そう、かっかなさんな、主人よ」

 上を見ると私ほどの女の子とアロハシャツを来た男が私たちを見下ろしていた。

(っ……この人たちっ!?)

 心を読んで二人の正体を知って私は目を見開いてしまう。

 この人たちが響さんを石にした犯人だ。更に男の方は前に響さんと戦って敗れている。

 そして、女の子は――。

「そ、そんなはず……」

「ん? ああ、あたしの心を読んだのか。まぁ、いいよ。好きなだけ読みな」

「え? あの小っちゃいの心、読めるの?」

「ああ、そうだよ」

「へ~……じゃあ」

 ニヤリと笑った男は目を閉じて何かを考え始めた。私はそれを無意識の内に読む。

「っ!? な、なんてことを考えているんですか!?」

「おお、本当に読めるみたいだな。顔を紅くしちゃって。妖怪でも初心なんだな」

「おい、お前は黙ってろ。そこの覚。石になった奴をどこにやった?」

「そんなこと、貴方たちに教える意味はありません」

 今、響さんをこの2人に会わせてはいけない。多分、このままでは響さんは殺されてしまう。

「……ほう。なるほど、そうかわかった。じゃあ、死ねよ」

「っ! お空!」

「爆符『ギガフレア』!」

「やれ」

「あいよ」

 お空が制御棒から極太レーザーを撃つのと同じタイミングで男が女の子の前に飛び出た。

 



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第240話 覚妖怪

「こいし様、この人は誰なんですか?」

 猫車に響を乗せて地霊殿の中を飛んでいる間にお燐がこいしに質問する。

「昔の友達。でも、キョウは覚えてないみたい」

「そうなんですか?」

「過去の記憶がないんだって……はぁ、久しぶりに会えたのに」

 見るからに落胆しているこいし。それを見てお燐は不思議そうに首を傾げた。

「あれ? そう言えば、私、こいし様の姿が……」

「ああ、何かキョウを見た瞬間、能力が効かなくなっちゃって」

「え!? それじゃ!?」

「大丈夫だよ。心は読めないから。多分、キョウが何か影響してるんじゃないかな?」

 そう言うこいしだったが、その表情は嬉しそうだった。

「……ですが、一体、何が起きてるんでしょう?」

「わからない……」

 その時、背後から爆音が轟いた。あまりにも大音量だったので二人はその場で耳を塞いでしまう。

「い、今の何!?」

「お空が核をぶっ放したんですよ!」

「じゃあ!?」

「さとり様たちが戦闘を始めたようです!」

 こいしとお燐は不安そうに後ろを見た後、頷き合って移動を再開した。

(キョウ……頑張って)

 そんな中、こいしはずっと心配そうに石になってしまった響を見ていた。

 過去に助けてくれた命の恩人をずっと――。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 頭の痛みで目が覚める。

「あ!? マスター!」

 すると、桔梗が抱き着いて来た。その眼には涙が溜まっている。

「桔梗?」

「あ、目が覚めたんだね」

 そこへこいしさんが現れた。手には濡れた布を持っている。

「えっと……」

 状況が飲み込めず、狼狽えてしまった。

「マスター、こいしさんとの模擬戦中に気絶してしまったようなんです」

「気絶?」

 そう言えば、こいしさんの攻撃を喰らいそうになった時、桔梗が身代わりになってくれてその後は――。

「あれ?」

 どうやら、そこで気絶してしまったようだ。記憶が途切れている。

「……まぁ、目が覚めてくれてよかった」

 ホッとした顔でこいしさんが言う。

「心配かけてすみません」

「大丈夫だって! 私もズルしちゃったし」

「ズル?」

「私、人の心が読めるんだよ」

「人の心を、読める!?」

 読心術とか会得しているのだろうか。

「ああ、私、妖怪なの。覚妖怪」

「……はぁ!?」

「驚く気持ちはわかるよ。何で、妖怪が人間の子供たちと一緒に旅をしているのかってことでしょ?」

 こいしさんが言ったことは当たっている。人の心が読めるのは本当らしい。

「信じてくれてありがとう。まぁ、大人の人は考えてる事が怖いから読みたくないんだけどね……」

 そう語る彼女の表情は優れない。本当に苦手なようだ。

「それに比べて子供たちは純粋っていうか……私も安心して一緒に過ごせるの」

「そうなんですか……」

 大人は怖い。顔は笑っているのに、心の中では別のことを思っているのだ。そんな黒い部分を見えてしまうのは辛いだろう。

「もう、キョウが落ち込んでどうするの?」

 僕の心を読んだのかこいしさんは柔らかく微笑んでいた。

「でも、ありがとう。やっぱり、キョウは優しいね」

「いえ……」

「ほら! 元気出して!」

「……はい!」

 僕が頷く。くよくよしていても仕方ない。

「あの、何かお手伝いできることはありませんか?」

「え?」

「僕たち、しばらくやることがないんです。旅に付いて行ってもいいですか?」

「……うん、いいよ!」

 こいしさんが怯んだように見えた。しかし、次の瞬間には笑顔になっていたので僕の見間違いだろう。

「そうだね……キョウは強いから敵が来た時に撃退して貰おうかな?」

「敵、ですか?」

「うん、やっぱり妖怪たちが襲って来るんだよ。私一人じゃ大変な時もあるし。手伝ってくれる?」

「もちろんいいんですが……敵が来なかったら暇ですよ?」

「その間は人手が足りない時に呼ぶから安心して。ただ飯は許さないから!」

 こいしさんはそう言って、ウインクする。

「……はい!」

 何だか、必要とされているようで嬉しかった。

「マスター、私もいますよ!」

 少しだけ不貞腐れた顔で僕の頭に乗る桔梗。

「わかってるよ。重たい物とか持つ時とかよろしくね」

「もちろんです! マスターの命令とあらば、例え、火の中、水の中。どこへでもお供します!」

「大げさだなぁ」

「だから、ちゃんと褒めてくださいね?」

「はいはい、わかってますよ」

 そう言いながら頭の上にいる桔梗を撫でる。『キャー』と桔梗は嬉しそうに悲鳴を上げた。ちょっと、強すぎたのかもしれない。まぁ、喜んでいるようなのでよしとしよう。

「二人は仲良しだね」

 それを見てこいしさんが感想を漏らした。

「そうですよ? マスターと私は仲良しなのです」

 桔梗はこいしさんの肩に移動して胸を張る。

「こいしお姉ちゃん! 月が目を覚ましたよ!」

 そこへ咲さんが現れた。

「え!? ホント!?」

「うん! あ、キョウ君も目が覚めたんだね!」

「あ、はい。おかげさまで。それより、こいしさん! 行きましょう!」

 僕が寝ている間に冷えないように、とかけていてくれた薄い布から脱出し、慌てて靴を履いて立ち上がる。

「うん!」

 咲さんの後を追ってこいしさんがテントから出た。僕たちもその後を追う。

「月!」

 月さんが寝ているテントに辿り着き、中に入る。そこには寝ている雪ちゃんの頭を微笑みながら撫でている女の子がいた。きっと、彼女が月さんだろう。

「あ、こいしお姉ちゃん……」

「よかった。目が覚めたんだね!?」

「う、うん。大丈夫だよ」

 あまりにもこいしさんが必死なので若干、引いている月さん。

「あれ? その子は?」

 そこで僕たちに気付いたらしく、月さんは不思議そうに首を傾げた。

「あ、紹介するよ。キョウと桔梗。二人が月を助けてくれたんだよ」

「キョウです。こっちが桔梗」

「よろしくお願いします、月さん」

「え!? に、人形が喋ってる!?」

 やはり、完全自律型人形は珍しいのだろう。桔梗を凝視しながら目を丸くしている。

「そう! この子が月の病気を治してくれたの!」

「そうなの?」

「はい!」

 桔梗はまた、『えっへん』と胸を張った。

「ありがとう、桔梗」

「いえいえ!」

「後、今日からこの2人も一緒に旅をするから」

「よろしくお願いします」

「……うん、よろしくね」

 咲さんは何故か、ほんの少しだけ目を伏せて頷いてくれた。まるで、何かに怯えるように。

「それじゃ、他の皆にも紹介するから付いて来て」

「あ、はい! 桔梗はもう一度、月さんを診察して」

「了解です!」

 頼られるのがよっぽど嬉しいのか、笑いながら桔梗は月さんの方へ飛んで行く。それを見届けて僕たちはテントを出た。

 その後、子供たちに『僕もしばらく、一緒に旅をする』と紹介したら、皆、微妙な表情を浮かべていることに気付く。

(こいしさんとの模擬戦で怖がらせちゃったのかな?)

 それを見て僕はそんなのん気なことを思っていた。

「マスター! 月さん、健康そのものでした!」

 そこへ診察が終わったのか桔梗が帰って来る。

「よかった。皆、もう月は大丈夫だよ!」

 こいしさんが断言すると子供たちは嬉しそうに周りの子と話し始めた。

「月も治ったことだし、そろそろここから離れるよ! 皆、準備して! あ、キョウはまず、上から敵がいないかどうか見て来て」

「あ、はい。わかりました。桔梗【翼】!」

「はい!」

 桔梗【翼】を装備して空を飛ぶ。ある程度、飛んだところでホバリングし敵がいないか目を凝らして確認する。

「桔梗、いた?」

「……いえ、この辺りには何もいないようです」

「よし、なら戻ろう」

 そう言うと僕はこいしさんの傍に降りた。

「いないようです」

「ありがとう。今の内にさっさと移動しちゃおう! キョウは困ってるところを手伝ってあげて」

「はい!」

 こうして、僕たちはこいしさんと一緒に旅をすることになった。

 



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第241話 少女の能力

「嘘……」

 お空の攻撃を受けてもピンピンしている男を見て私は思わず、呟いてしまった。

「全く、腕から核融合を発射するとか下手したら地球、ぶっ壊すんじゃないか?」

「そんな攻撃を受けても死なないお前もお前だけどな」

「そりゃ、死にたくないから」

「まぁ、いい。ここはまかせたぞ」

「あいよ」

 マズい。女の子が響さんたちを追うために移動しようとしている。何としてでも止めなくては。

「爆符『ペタフレア』!」

 先ほどよりも出力を上げてお空がレーザーを女の子に向かって撃つ。

「させないよっと」

 だが、また男が乱入してレーザーを受け止めた。

(何で!?)

 すぐに男の心を読んで理解する。

 あの男の能力は『関係を操る程度の能力』。関係を操るのならば、繋ぐことも出来るし、切ることも出来る。つまり、レーザーが触れた瞬間にお空とレーザーの関係を切ってレーザーを無効化しているのだ。

(でも、そんなこと出来るの?)

 そう思ったが、実際、出来ている。これでは、お空の攻撃は一切、通用しない。

「さとり様! どうなってるの!?」

「あの男、お空のレーザーを無効化、出来る!」

「ええ!?」

「へぇ、心を読んで俺の能力を知ったか。まぁ、知ったところでどうなることでもないけどな」

 ヘラヘラ笑っている男。それを一瞥して女の子は飛んで行ってしまった。

「待って!」

「おっと、この先には行かせない」

 私もその後を追おうとしたが、目の前に男が立ち塞がる。

「くっ……」

「ほら、二人で来いよ。そうしないと俺にはどんな攻撃も効かないぜ?」

「……お空! 早く、この男を倒してさっきの女の子を追う!」

「わかりました!」

「そう来なくっちゃな!」

 私とお空は同時にスペルを持ち、宣言した。

「核熱『ニュークリアフュージョン』!」「想起『ディスティニータロット』!」

 お空の制御棒からレーザーが、私の周りにたくさんのカードが出現する。

「面白い! かかってこい!」

 男はニヤリと笑うと一気に距離を詰めて来た。そして、レーザーと男がぶつかり、地霊殿の床を抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく、飛行を続けていると二人の陰が見える。一人は黒い帽子を被っていて、もう一人は猫耳だ。

「あ!? 来た!?」

 黒い帽子の方があたしに気付く。

「いた」

 そして、猫耳が押している猫車に響が乗っている。呪いが効いてちゃんと石になっていた。

「こいし様! パス!」

「え?! ええええ!?」

 あたしを見た猫耳が猫車を黒い帽子に渡す。

「お燐、どうしたの!?」

「あたいがあの子を足止めしておくから今の内に逃げてください!」

「でも!」

「早く!」

「……わかった!」

 黒い帽子が頷くと猫耳を置いて行ってしまった。

「さぁ、ここを通りたかったらあたいを倒してから行きなっ!」

「……はぁ。あまり、時間はかけたくないんだよ」

 ため息交じりにそう呟く。まぁ、ウォーミングアップにはいいだろう。

「贖罪『旧地獄の針山』!」

 猫耳がスペルを発動させる。それと同時にあたしもスペルを構えた。

「陰符『影踏みホール』」

 その瞬間、猫耳の弾幕が全て、消える。

「……は?」

「手ごたえがなさすぎる。もうちょっと耐えてよ。練習にもならない」

 猫耳に言いながら右手を横に振るう。すると、猫耳の弾幕が猫耳に向かって射出された。

「え!? 嘘!?」

 目を見開く猫耳だったが、すぐに別のスペルを出す。

「猫符『キャッツウォーク』!」

 今度は猫に変身して弾幕の間をすり抜けた。更に移動する度に弾を撃ってあたしに攻撃を仕掛ける。

「それぐらいやって貰わなきゃ、困るよ。影符『シャドウウィップ』」

 足元から影が伸びて猫耳の弾を全て、叩き落した。

「にゃん!?」

「次、行くよ」

 あたしはスペルを持って、一気に猫耳に接近する。

「呪精『ゾンビフェアリー』!」

 人型に戻った猫耳は変な妖精を呼び集めて、あたしに嗾けた。もうちょっとだけ楽しめそうだ。

 

 

 

 

 

 ――お久しぶりですね、響。

 

 おう、レマ。久しぶり。

 

 ――今、自分の身に何が起きてるのかわかりますか?

 

 多分な。きっと、前にかけられた呪いは2段構えだったんだろ?

 

 ――さすがですね。正解です。貴方に隙が出来るのを待っていたようです。

 

 全く。厄介な相手だな……。

 

 ――無意識状態になってしまったのが原因のようです。そのせいで、干渉系の能力無効が切れてしまい、それを突かれました。

 

 だから、吸血鬼たちと通信できなかったのか。

 

 ――はい。

 

 ……はぁ。さて、ここからどうするかな?

 

 ――前にも言ったように待っているしかありませんね。

 

 マジ?

 

 ――今、貴方の体は石になっています。少しでも壊れれば体が戻った時、とんでもないことになるでしょう。

 

 本当に変なのに絡まれたな。呪いってことはアロハシャツとあの女の子だろ?

 

 ――……そうです。

 

 どうした?

 

 ――いえ、何でもありません。ですが、霊力の膜で体を覆ったのはファインプレーでした。それがなかったら、ここにすら来られなかったでしょうから。

 

 でも、石化した体を元に戻すのってどうやるんだ?

 

 ――……さぁ?

 

 え?

 

 ――私にだってわからないことぐらいありますよ。

 

 いやいや、なら俺はずっとこのままか?

 

 ――私的にはお喋りできるのでいいです。

 

 よくねーよ!

 

 ――冗談ですよ。それより、石化が治った後のことを考えましょう。

 

 考えるって言われても……。アロハの方はいいけど、女の子の方は全く、知らないんだぞ?

 

 ――……一つだけ言えるのはその女の子はものすごく強いということです。

 

 それぐらいわかってる。

 

 ――なら、よかった。油断しないでください。

 

 まずは石化を治して貰わないとな。

 

 ――大丈夫ですよ。貴方にはたくさんの仲間がいますから。

 

 ……ああ、そうだな。

 

 

 

 

 

 

 こいしさんたちと旅を始めて早1か月。

 最初の頃は僕たちを見るとビクビクしていた子供たちも今では笑顔で話しかけてくれるほど仲良くなった。特に桔梗の人気がすごい。

「キョウ、これ運んで」

 こいしさんの前には大きな木が倒れている。こいしさんが手刀で折ったのだ。

「はい」

 すぐに桔梗【翼】で空を飛び、木を持つ。桔梗【翼】は重力を操って空を飛んでいるので木の重さも関係なくなるのだ。

「いつ見てもすごいね」

「そうですか?」

「だって、5歳児が空を飛んで大きな木を運んでるんだよ?」

 確かに、こんな5歳児はどこを探してもいないだろう。

「えっと、こいしさん、これどこに運びますか?」

「ああ、ゴメンゴメン。広場にでも置いておいて。皆で手分けして細かくするから」

「わかりました。桔梗、お願い」

「了解です!」

 ゆっくりと移動を始める。

「あ、キョウ君! お疲れ様」

 その途中で釣り道具を持った咲さんに会う。腰の籠にはたくさん、魚が入っていた。

「うわ、大量ですね!?」

「うん。ここら辺、魚がたくさんいたの」

「でも、一人ですか?」

 今日の朝に空から偵察して妖怪はいないと言ったが、さすがに一人で出歩くのは危ないと思う。

「近くにこいしお姉ちゃんもキョウ君もいたから安心かなって」

「安心って……すぐに駆け付けられないんですからもうちょっと、警戒してくださいよ」

「はーい」

 返事をする咲さんだったが、顔は笑っている。それを見て僕は思わず、ため息を吐いてしまった。

「あ、そうだ。乗って行きます?」

「え? いいの?」

「はい、この木に跨ってください」

 木を地面に置くと咲さんは素直に木に跨る。すぐに木を持って浮上した。

「おお! すごい!」

「ゆっくり行きますが、落ちないように気を付けてくださいね?」

「うん!」

 それから僕たちは話しながら広場に向かう。しかし――。

「よ、妖怪だあああああああ!」

「「っ!?」」

 もう少しで到着するというところでそんな悲鳴が聞こえた。

「咲さん! 僕に捕まって!」

「え!? あ、うん!」

 咲さんは僕の腕にしがみ付く。木から手を離して高度を上げた。

「しっかり、捕まっていてください!」

「わかった!」

 僕は咲さんを落とさないように急いで飛ぶ。

「なっ!?」

 広場に着くと大参事だった。手が4本生えた大きな妖怪が広場で暴れ回っているのだ。子供たちは逃げ惑っている。今は誰も殺されていないようだが、時間の問題だ。広場から死角になる場所に降りる。

「咲さんはここにいてください!」

「キョウ君!?」

「絶対、動かないでくださいね!」

 再度、釘を刺して広場へ移動した。妖怪の様子を窺うと子供を捕まえて今にも食べようとしている。

「やめろおおおおおおおおお!!」

 振動で加速し、背中の鎌で妖怪の背中を斬りつけた。妖怪が耳を塞ぎたくなるような声で絶叫する。

「大丈夫!?」

「う、うん」

「ここは危ないから逃げて!」

 指示すると子供は頷いて走り出した。

「マスター!」

 桔梗の声で振り返ると妖怪が僕に向かって突進して来ていた。

「【盾】!」

 即座に桔梗【盾】で防御するも3つの拳が同時に衝突し、吹き飛ばされてしまう。

「ぐっ……」

 何とか、空中で桔梗【翼】を装備し、態勢を立て直すもすぐに妖怪が連続で拳を振るって来た。振動を駆使して、ギリギリで躱す。

「マスター! 振動、そろそろ出来なくなります!」

「嘘!?」

 そうだ。振動を使い過ぎると桔梗はオーバーヒートを起こし、動けなくなってしまうのだ。

「しまっ――」

 桔梗の方へ気を取られてしまった。その隙に妖怪に接近され、胸ぐらを掴まれてしまう。

「……え?」

 まさか、掴まれるとは思わず、硬直してしまった。妖怪は大きく振りかぶり、思い切り、僕を投げる。

「ええええええええええええええええっっ!!?」

 凄まじい勢いで広場から離れて行く。

「き、桔梗! 止めてええええええ!!」

 更に回転しているのでもう、どっちが上か下かわからない。

「む、無理です!! 今、振動したらマスターの体が裂けちゃいますよ!」

「嘘おおおおおおおおお!?」

 そのまま、僕たちは回転が落ち着くまで飛ばされ続けてしまった。

 



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第242話 英雄は遅れてやって来る

「はぁ……はぁ……」

 制御棒を支えて何とか、お空は立ち上がった。その後ろにはボロボロのさとりが倒れている。

「いやぁ、タロットカードが出て来た時は焦ったけど……弱いな、お前ら」

 アロハシャツを来た男がつまらなそうに呟いた。

「ま、まだまだ……」

 そう言うお空だったが、彼女も満身創痍だった。立っているのが不思議なほどダメージを受けている。

「……まぁ、その根性は褒めてやるけど」

 男はジッポライターの蓋を開けたり閉じたり繰り返しながら呟く。

「でも、このままだと妖怪でも死ぬぞ?」

 そして、ジッポライターの火を付けた。

 

 

 

 ――バンッ!

 

 

 

 水素と関係を繋ぎ、導火線のようにお空たちまで伸びていた水素が爆発。そのまま、お空たちに炎が迫る。

「くっ!」

 さとりを守るようにお空は両手をバッと広げた。だが、二人の周りには普段より酸素の密度が濃い。これも男の仕業である。

(終わったか……)

 この技は響も苦しめた。あの時は霙がいなかったら、彼もやられていただろう。

 しかし、今、霙はいない。ましてや、響すらも戦闘不能な状況だ。お空もさとりも助からないだろう。

 そう思っていた矢先、炎とお空の間に誰かが割り込んだ。

「本当に、響が関わるとろくなことにならないわ」

 そんな声が聞こえたが、その後すぐ炎が炸裂し、爆音が地霊殿に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ! キョウってば!」

 地霊殿を脱出した私はずっと、石になってしまったキョウを呼んでいた。しかし、キョウからの返事はない。

(どうして、こんなことに!?)

 ずっと昔、まだ私たちが地上に住んでいた頃に出会った男の子。小さな人形を連れた命の恩人。そんな彼が今、成長して私の前にいるのだ。あの頃から10年ほどしか成長していないように見えるが、この際どうでもいい。今はあの女の子から逃げなければならなかった。

「追いついたぞ」

「っ!?」

 持っていた猫車を落としそうになるが、何とか掴み直して振り返る。そこには傷はおろか、服すらも破れていない女の子の姿があった。

(お燐は!?)

「あの猫耳は無事だ。墜落したから少しぐらい傷はあると思うけど、死んではいない」

「……どうして、キョウを狙うの?」

「決まっているだろう? そいつが生きていると忘れられないからだ」

(忘れられない?)

 女の子の言っている意味はわからなかった。でも、彼女もそれを承知で話したのだろう。すぐに別の話をし始める。

「それにしても、お前こそどうしてそいつを助ける?」

「決まってるよ。キョウは私の友達だもん」

「音無 響は今まで地底に来た事はなかっただろ?」

「ずっと前に助けてくれたの」

「……まぁ、いい。早く、そいつを渡せ。じゃないと、お前ごと殺す」

 その刹那、女の子から凄まじいほどの殺気が溢れ出る。本気だ。

「っ!」

 猫車を持ったまま、戦えるわけもなく、私はすぐに逃げ出した。

「逃がさない」

 その声が聞こえた瞬間、背中に鋭い痛みが走る。チラリと見ると背中から少しだけ血が出ていた。服も破れている。

(この距離を一瞬で!?)

 私と彼女の間は約20メートルもあった。弾幕を撃っても着弾するまで数秒、かかるだろう。それなのに私は攻撃を受けた。しかも、切傷――つまり、剣もしくは鋭い物で斬られたのだ。

「くっ……」

 それでも構わず、逃げる。止まっていたら今度はキョウに攻撃されてしまうかもしれないからだ。

「……じゃあ、死ね」

 彼女の声が耳に届いた時、背中にゾクッと悪寒が走る。そして、無意識の内に振り返ってしまった。

 

 

 

 そこには無数の黒いツルがあった。いや、生えていた。そうじゃない。私の“影”から伸びていた。

 

 

 

「なっ!?」

 黒いツルは私の体目掛けて伸びて来る。このままじゃ、いくら妖怪の私でも一溜りもない。それどころか、黒いツルは私だけでなく、キョウの方にも伸びていた。

「駄目っ!!」

 キョウだけは守ろうと手を伸ばすも、黒いツルが私の手の甲を貫通する。まるで、それ以上、手が届かないように釘を刺すかのごとく。

「キョウ!!」

 キョウは石だ。このまま、黒いツルが彼の体を貫いてしまうともう、元の体に戻れなくなってしまう。確証はないけれど、そう思った。

 走馬灯とはまた、違うが、黒いツルの動きがゆっくりになる。私にキョウが壊される時を鮮明に見せるかのように。

「……恋符『マスタースパークのような懐中電灯』」

 その時、そんな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 俺は思わず、感心してしまう。彼女らはあの攻撃を防ぎ切ったようだ。

「全く、どうしていつもいつもこうなのかしら?」

 黒い煙がなくなっていき、八咫烏の前に立っている女が見えた。紅い巫女服。袴ではなく、スカート。そして、特徴的な紅いリボン。

「あ、え?」

 八咫烏も状況を飲み込めないらしく、狼狽えていた。

「ほら、そこの鴉。貴女の主人を連れて逃げなさい。ここは私がやるわ」

「……いやぁ、俺からしたらそれはご勘弁願いたいのだが?」

「嫌よ。響を殺そうとする奴らは見逃さないわ」

 そう言ってのける巫女――博麗 霊夢は俺を睨みながら祓い棒をこちらに向ける。

「関係を操る? 知らないわ。私は誰にも影響されない。影響されてはいけない。空飛ぶ巫女さんですもの」

「だからこそ、やりたくないんだけどなぁ……」

 どうやら、俺は面倒な相手に睨まれてしまったようだ。溜息を吐きながらジッポライターを構える。

「それじゃ、妖怪退治と行きましょうか?」

 それを見て博麗の巫女もスペルを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、間一髪だったな!」

 笑いながら箒に跨った女が黒い帽子に話しかけた。

「ま、魔理沙?」

「おう、こいし、久しぶり! それにしても、響の奴、また変なのに絡まれてんのな」

「そ、そうなの! なんか、あの子はキョウを殺したいみたいで!」

「わかってるわかってる。お燐に聞いたからな。あいつの目的も、あいつの能力も……」

 なるほど、だから先ほど、黒い帽子たちに懐中電灯を当てたのだろう。そうすれば、あたしの攻撃は一時的に無効化される。

「パチュリー、後は頼んだぜ」

 魔法使いはそう言うと1冊の本を黒い帽子に渡した。

『はいはい。そこの貴女……こいしと言ったかしら? 地上に降りましょう?』

 その本から声が聞こえる。魔法のようだ。

「え?」

『ああ、自己紹介が遅れたわね。まぁ、前に一度は会ってるんだけど……私はパチュリー・ノーレッジ。響の師匠よ』

「キョウの師匠?」

『まず、彼が今、どんな状態なのか調べたいの。この辺りに隠れられるような場所はあるかしら?』

「う、うん!」

 慌てて頷いた黒い帽子は本を連れて地上に向かった。

「……それで、お前はあたしの足止めってところ?」

「いんや、足止めなんかじゃないぜ? 倒してやる」

「魔法使い如きにあたしが倒せるとでも?」

「こういうのは気持ちで負けた方が負けるんだ。どんなに力が強い敵にだって私は突っ込むぜ!」

 そう言いながら魔法使いは正八角形の箱を取り出す。

「……さっきの猫耳よりは持ってくれよ?」

「お前の方が先に沈まないようにな」

 口だけは減らないようであたしは肩を竦めながらスペルを宣言した。

「恋符『マスタースパーク』!」「影砲『シャドウスパーク』」

 その後すぐ、白いレーザーと黒いレーザーがぶつかり合い、大爆発を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

「皆!」

 大きな音がして大慌てで広場に戻って来ると巨大な妖怪が暴れていた。どうやら、子供たちは何とか、避難出来たみたいで誰もいなかった。

「お姉ちゃん!」

 そこへ咲が走って来る。

「咲、大丈夫!?」

「私は大丈夫だけど、キョウ君が!」

「キョウがどうしたの!?」

「あの妖怪に投げられちゃったの!」

 私たちの声が聞こえたのか妖怪がこっちへ近づいて来ていた。

「こっち!」

「え!? あ、うん!」

 咲の手を掴んで逃げる。

「それで、キョウが投げられたってどういうこと!?」

「あっちの方に!」

 そう言いながら南の方角を指さす。比喩的な表現ではなく、本当に投げられてしまったようだ。

(キョウには桔梗がいるから大丈夫だと思うけど……まずは、こっちをどうにかしないと)

 まだ、妖怪は追って来ている。

「咲、皆を集めてこの先にある川に集合!」

「お姉ちゃんは!」

「時間を稼ぐ!」

 このまま、あの妖怪を放っておけばいつか、子供たちを捕まえて食べてしまう。それを防ぐ為には誰かが足止めしなくてはならないのだ。

「でも……」

「いいから! 早く!」

「……わかった! お姉ちゃん、気を付けてね!」

「そっちもね!」

 咲が一度も振り返らずに森の奥へ向かった。

「……それじゃ、こっちもやりますか!」

 私の声が聞こえたのか、妖怪が耳を塞ぎたくなるような声で絶叫する。

 



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第243話 糸

「くっ……」

 僕が目を覚ますと右腕に鋭い痛みが走った。思わず、うめき声を漏らしてしまう。

「マスター! 大丈夫ですか!?」

 背後から桔梗の声が聞こえる。まだ、桔梗【翼】のようだ。

「な、何とか……」

 体を起こすとガサガサと葉っぱが音を立てる。柔らかい葉っぱの上に落ちたらしく、衝撃を吸収してくれたようだ。

「ほっ……ですが、こちらが」

「え?」

 後ろを見ても、翼に何も変化はなかった。

「逆です」

「逆?」

 左翼を見ていた目を右翼に向ける。すると――。

「え!?」

 翼が折れていた。左翼は無事だが、右翼は壊れてしまっているのだ。

「桔梗、大丈夫!?」

「私に痛みはありませんが……このまま、飛ぶのは難しいです」

「一度、人形に戻ってまた、翼になれば!」

「……やってみましょう」

 そう言う桔梗だったが、声に覇気がない。まるで、最初から失敗するとわかっているかのようだった。

 実際、やってみると右翼は折れたままだった。

「そんな……」

「時間が経てば直ると思います。しかし、すぐには……」

「じゃあ、どうすれば!?」

 こいしさんたちがいる広場はかなり遠い。今から歩いて向かっても何日もかかってしまうはずだ。

「うっ」

 また、右腕に激痛。

「マスター!?」

 人形に戻った桔梗が慌てて右腕の様子を確かめた。

「マスター! 右腕の骨が、折れてます」

「嘘っ!?」

「ほら」

 袖を捲ると腕が酷く腫れていた。一目見ただけで怪我をしているのがわかる。

「ど、どうしよう……」

「マスターがこんな状態で動かすわけにもいきません」

 桔梗が食べた薬草は全て、病を治したり、頭痛や腹痛を抑える効果を持っているものばかりだった。骨折に有効な薬草はなかったはず。

「お? こんなところに人間?」

「「っ!?」」

 突然、声が聞こえて僕たちは驚いてしまった。

「それに、人形? 珍しい組み合わせだね」

 振り返ると短めの金髪ポニーテールに黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ていてスカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った不思議な服を着た女の人がいた。

「ん? どうかしたの?」

 首を傾げる女の人だったが、さっきの台詞から妖怪だと推測できる。迂闊に動けなかった。

「あ、あの!」

「え!? 人形が喋った!?」

 しかし、桔梗が話しかけてしまう。人形が喋るとは思わなかったのか、女の人は目を丸くして驚いた。

「マスターが腕を折ってしまって動けないんです! どうか、助けてください!」

「腕を折った? ちょっと見せて」

 桔梗の真剣さが伝わったのか女の人は嫌がることなく、僕の腕を診た。

「確かに、折れてる……よし、ちょっと待ってて」

「あ、はい」

 女の人が僕たちに背を向けて何かをしている。僕と桔梗はそれを黙って見ているしかなかった。

「これでオッケー」

 振り返った女の人は白い糸のような物を持っていた。

「それは?」

「私の糸だよ。これで、腕を固定すればマシになると思う」

 そう言いながら糸を僕の首にかけてそのまま、腕を吊る。

「どう? 痛くない?」

「大丈夫です。本当にありがとうございました」

「いやいや、困った時はお互い様だよ……ん」

 その時、女の人が訝しげな表情を浮かべた。

「ちょ、マスターに何するんですか!?」

 それとほぼ同時に桔梗が叫ぶ。

「桔梗?」

「マスター! この人、マスターを病気にさせようとしました!」

「へ!?」

 驚愕のあまり、桔梗を見ると桔梗の両手が緑色に光っていた。桔梗【薬草】を使っているようだ。

「お? わかっちゃった?」

「じゃあ、本当に!?」

「挨拶代わりに、ね。でも、効かないのか」

「何で!?」

「私なりの冗談だってば」

 女の人はケラケラと笑いながら手をヒラヒラと振る。

「……」

「ん? 桔梗?」

 呆れて横を見てみると桔梗の様子がおかしいことに気付いた。

「ください」

「えっ!?」

「その糸、ください」

 マズイ。折角、女の人が処置してくれたのに桔梗に食べられてしまう。

「すみません! この糸、出してください!」

「え?」

「いいから、早く!」

「あ、うん」

 女の人は糸を手から出した。その瞬間、桔梗が糸の先端にかぶりつく。

「ええええ!?」

「糸を出し続けて! 手が食べられちゃいますよ!」

「あ、アンタの人形、どうなってんの!?」

 悲鳴を上げている女の人だったが、僕の言葉を聞いて糸を出し続けている。桔梗も糸を食べ続けていた。

(……めちゃくちゃ長いうどんを桔梗がひたすら、食べてるみたい)

 女の人には悪いが、そんなことをのん気に思った。

 

 

 

 

 

 

 

「どう?」

 私の隣に浮いている本に質問する。この本の向こうにはパチュリーという人がいるようだ。

『これは呪いね』

「呪い?」

『前、響は呪いをかけられたことがあって……その時にかけられた呪いが再発したんだと思う』

 それから本からガサゴソと物音がしてページを捲る音が聞こえた。本で何かを調べているらしい。

『そうね……この状態になってしまったら基本的に対処法は術者を殺すしかないわ』

「あの子を、殺す?」

 すぐに無理だと思った。あの子は強い。

『でも、さすが私の弟子ね。石になる瞬間に霊力を体に纏っていたようなの』

「それをするとどうなるの?」

『完全に石になっていないってこと。何かきっかけがあれば石化を解除できる』

「きっかけ……」

『例えば、そうね……魂を撃ちこむとか?』

 言っている意味がわからず、本を見ながら首を傾げる。

『自分の魂を響に向かって撃ちこむの。まぁ、魂を撃ちこむんだからその人は死んじゃうし、この方法はなしね』

 パチュリーは自分で提示した案を自分で破棄してからまた本で調べ物を始めた。

「……ねぇ? 魂を撃ちこむのって自分じゃなきゃ駄目?」

『え? いえ、他人の奴も出来なくもないけど……どうするつもり?』

「もしかしたら……ちょっと、行って来る!」

『あ、ちょっと待ちなさい!!』

「キョウを見てて!」

 私はある物を探しに飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

「さっきの猫耳よりは強いみたいだけど、所詮、魔法使いか」

 肩で息をする魔理沙とため息を吐いている女の子。

 魔理沙の服はボロボロなのに対し、女の子は服すら破れていない。

「本当につまらないな」

「へへ……まだ、終わっちゃいないぜ?」

「それでも次で終わる」

 女の子はスペルを構えて発動した。

「影刀『月影刀』」

 女の子の手から黒い刀が出現する。

「それじゃ、落ちて怪我しないようにね」

 そう言いながら女の子はその場で刀を横に一薙ぎする。すると、刀から黒い斬撃が魔理沙に向かって射出された。

「なっ!?」

 咄嗟に回避しようとする魔理沙だったが、急ぎ過ぎてしまった為、バランスを崩してしまう。このままでは斬撃をまともに喰らってしまうだろう。

 ――キンッ

 しかし、その斬撃は魔理沙に届かなかった。そう、誰かが守ったのだ。

「何が……」

「間に合ったみたいだな」

 目を見開いて驚いている魔理沙の前に響がいた。

「響!?」

「すまん、待たせた」

 響は石化していない。どうやら、呪いが解けたようだ。

「あの、呪いを解呪したのか?」

 女の子も予想外だったようで驚愕していた。

「ああ、パチュリーと……こいしのおかげでな。後はこいつもだな」

 呟きながら響は自分の胸に手を当てる。

「響、本当に大丈夫なんだよな?」

「おう、だからもう休んでいいぞ」

「あぁ……しんどかった、ぜ」

 無理をしていたのだろう。魔理沙はそのまま、ゆっくりと落ちて行った。

「契約『音無 雅』」

「後で説明してよね!!」

 召喚された雅はすぐに魔理沙を回収しに急降下する。

「いいのか? 雅を使わなくても」

「使うって言うな。一緒に戦うって言え」

「……それでいいのか?」

「ああ、大丈夫だ」

「余裕か?」

 女の子の問いを聞いて響は呆れたようにため息を吐く。

「違うに決まってるだろ」

「じゃあ、どうして?」

「動けない魔理沙を守りながら移動できるのは雅だけだからな。霙だと攻撃されたら終わる」

 リーマは燃費が悪いし、奏楽はもっての外だ。

「そっか。じゃあ、始める?」

「おう」

 響の手にはいつの間にか白い鎌が、女の子の手には黒い刀が握られている。

 そして、ほぼ同時に攻撃を仕掛けた。

 



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第244話 白い光の向こうへ――向こうから

「……ふぅ、ご馳走様でした」

「はぁ、はぁ……や、やっと終わった」

 女の人はぜぇぜぇと肩で息をしながら呟く。桔梗の暴走がやっと終わったのだ。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて、女の人に駆け寄った。

「すみません! 私、また暴走しちゃって!」

「いや、いいけど。はぁ……それじゃ、私は行くね。その糸、回復を促進させる効果があるから骨折程度なら1週間で治るよ」

 そう言い残して女の人は歩いて行ってしまう。

「ありがとうございました!」

 頭を下げてお礼を言った。顔を上げると彼女の姿はどこにもなかった。

「行ってしまいましたね」

「うん。あ……名前、聞き忘れちゃった」

 まぁ、行ってしまったのでは仕方ない。

「あの人、骨折は1週間で治るって言っていましたけど、今は……」

「そうだね。急いでこいしさんのところへ行かないと」

 今、広場を襲っている妖怪にこいしさんでは勝ち目がない。心が読めるという強い能力を持っているとしてもあの妖怪は――。

「急がないと……」

 歩いて向かおうとした瞬間、近くの森が白く光った。

「何、あれ?」

「どうかしましたか? マスター?」

「え? 桔梗、見えないの?」

「何がですか?」

 本当にわかっていないようで、桔梗は首を傾げている。目を擦って光っている方向を見るとやっぱり、光っていた。

(桔梗が見えなくて、僕にしか見えない光……もしかして!?)

「桔梗! 【翼】であそこまで行ける?」

「あ、はい……低空飛行で短距離なら大丈夫ですけど」

「よし、お願い!」

 すぐに背中に翼を装備して光っている方へ飛ぶ。その場所へは2分とかからずに到着した。

「これは……」

「じ、地面に何か突き刺さっていますよ!」

 桔梗の言う通り、何かが突き刺さっている。タイヤが一つ。取っ手がある。あれはたしか――。

「猫車?」

 その猫車をよく観察すると右側面に細くて長い傷があった。それに他の部分もボロボロだ。戦場の中、あれを押して駆け抜けたような感じ。

(タイヤ……取っ手……駆け抜ける)

「桔梗、あれ、食べられる?」

「へ?」

「あれを食べながら僕の言う物を浮かべて。それに変形できるように……それと、もう一つ」

「え、ちょ、マスター! 注文が多いですよ!」

「もう一つだけでいいんだ。今まで食べて来た物を思い出して。そして――」

 僕の注文を聞いた桔梗は何度も唸って出来るかどうか確認した後、猫車を食べる。

(待っててください……こいしさん、皆!)

 バリバリという音を聞きながら僕は薄暗くなる空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「神撃『ゴッドハンズ』!」「影武者『シャドウドール』」

 巨大な手が黒い武者を潰す。しかし、すぐに武者が現れる。

「ほら、どんどん出て来るぞ」

「だから、何だ!」

 ポニーテールで武者の首を刎ねた。巨大な手に握られた鎌を振るうと何十体もの敵を薙ぎ倒す。

「それなら、これはどうかな?」

 ニヤリと笑った敵が何本もの黒いツルを伸ばして来た。ポニーテールでぶった切る。

「開放『翠色に輝く指輪』! 拳術『ショットガンフォース』!」

 指輪のリミッターを外して拳に妖力を纏う。狂気の調子はまだ万全ではないが、指輪のリミッターを外せば使える。

(それに、あいつのおかげで今まで以上に扱えるようになってるしな!)

「飛拳『インパクトジェット』!」

 両手を後ろに向けて妖力を爆発させる。

「……」

 それを見て敵も一気に距離を詰めて来た。ポニーテールで攻撃を仕掛ける。だが、首を傾けるだけで躱した相手は自分の陰から槍を飛ばす。

「霊盾『五芒星結界』!」

 何とか、結界で防ぐもその間に女の子が結界を迂回して俺の懐に潜り込む。

「終わりだっ!」

 女の子の目が光ったように見えた。勝利を確信したのだろう。

「――――」

 息を少しだけ吸い込み、“加速”した。一瞬だけ視界がブレると俺の前に敵の背中が見える。

「なっ!?」

「三本芝居『剣舞舞宴華』!」

 巨大化していた両手を一時的に戻して鎌と剣を持った。隙だらけの背中へ技を叩きこむ。

「ちっ……」

 後、数ミリというところで女の子は舌打ちして影の中へ消えた。剣は空を切ってしまう。

「反則だろ」

 そう呟きながらも魔眼で敵の位置を把握し、“加速”する。陰から出て来た女の子の脳天に踵を落とす。

「何だ、その速さは!?」

 目を見開いて俺を見上げて叫び、両腕をクロスしてガードされた。

「俺だって、成長してるんだ! いや、仲間を、皆の力を、集めてるんだよ!!」

 “加速”。今度はハイキックをお見舞いする。

「くそっ!」

 影の壁を作り出し、防がれた。もう一度、“加速。”壁の向こう側へ移動する。

「『雷輪』も使ってないのに!?」

「これが、こいしと、あいつの力だ!!」

『にゃー!! そうにゃ、響の力ににゃるならどんにゃことでもするにゃ!』

 あいつ――“猫”の言葉が脳内で響く中、俺の拳が敵の顔面に減り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――少し前、まだ響が石化していた時。

「お待たせ!」

「にゃー」

『……猫?』

 どこかへ行ったこいしが連れて来たのは一匹の猫を抱えて来た。

「猫って9つの魂があるって言うでしょ? この子の了解も得た。だから、お願い」

『猫は9つの魂があるってのは本当かどうかもわからないのに……いや、待って』

 パチュリーはそう言うと何か考え始める。

『響の能力があれば行けるかも……こいし、そこに魔方陣を描いてくれる?』

「魔方陣?」

『120ページに描かれている魔方陣よ』

 こいしは猫を足元に置いてページを開いた後、急いで猫車から響を降ろす。

「うわ、猫車にすごい傷が付いちゃった」

 右側面に細くて長い傷を見てこいしは『後でお燐に謝らなくちゃ』と思った。響を慎重に置いて地面に魔方陣を刻む。

「これでいい?」

『うん、上出来。猫を響の傍に』

「お願いね」

「にゃー!」

 猫はこいしに向かって頷いて魔方陣の中に入る。

『これで、最後。力を注ぎながら私の唱えた呪文を繰り返して』

「わかった!」

 パチュリーはすぐに呪文を唱え始めた。それに続いてこいしも呪文を繰り返す。

(響、お願い……戻って来て)

 魔方陣から高音が響き始めた。

『……これでよし。後は魔法が起動するのを待つ……あっ!?』

「どうしたの!?」

 パチュリーの反応を聞いてこいしも何か起こっている事がわかったのだろう。

『魔方陣の中に猫車があるじゃない!! 何で!?』

「だって、何も言ってなかったし」

『当たり前だっての!? 魔方陣の中に何かあったら魔法が変に発動しちゃうの!!』

「え!? それじゃ早く猫車を取り除かないと!」

 こいしが叫んで魔方陣の中へ入ろうとするが弾かれてしまった。

『無理よ! もう、魔法が発動してる! 入れないわ!』

「そんな!」

 二人が絶叫している間も魔法の完成は近づいている。そして――。

『くっ』「きゃあ!?」

 魔方陣が白く光り始めた。パチュリーもこいしもあまりにも光が強くて目を瞑ってしまう。

『急いでこいしさんのところへ行かないと』

「え……?」

 そんな声が不意に聞こえてこいしは呆けてしまった。

(この声、キョウ?)

 今のではなく、過去のキョウの声が聞こえたのだ。

『一体……どんな、魔法が?』

「わかんないけど」

 魔方陣の方を見ると白い煙のせいで魔方陣の中の様子はわからなかった。

「……サンキュ、二人とも」

「キョウ!?」

 慌ててこいしが叫んだ。

「そこにいるのはパチュリーかにゃ?」

『……にゃ?』「……にゃ?」

「……にゃ?」

 煙が晴れて響の姿が露わになる。

『えええええ!?』「えええええ!?」

「ど、どうした!? にゃにかあったのか!?」

 本人は気付いていないのだろう。

 響の頭には可愛らしい耳が生えていた。もちろん、人間の耳もそうだが、頭のてっぺん付近に猫耳が生えているのだ。更にお尻から長い尻尾が伸びている。

「ね、猫?」

『おかしいわね……魂を撃ちこんでも魂はそのまま、猫の中へ戻るはずなのに』

 パチュリーが使った魔法は術者の魂を他人へ撃ちこむ魔法だった。この時、術者の魂は一度、その体を離れるため、術者は死んでしまう。今回は猫の魂を使用した。猫の魂は9つあるというが、そう言われているだけだ。

 しかし、響の能力があればそれが例え、本当でも嘘でも『猫の魂は9つある』ということになってしまう。響の能力を知っていたパチュリーはそう考えてこの魔法を使ったのだ。

 最初は上手く行っていた魔法も猫車のせいで、おかしくなり、猫の中に戻るはずだった魂の1つはおろか、猫ごと響の魂に吸収されてしまったのだ。

「それで、こうにゃったのかにゃ?」

『……ええ、そうよ。プっ』

「キョウ、可愛い!」

「お前ら、マジでにゃぐられたいようだにゃ」

 プルプル震えながら拳を握る響だったが、もはやその手は猫の手にしか見えない。

『って、こんなことをしてる場合じゃなかったわ。だいたいの状況は説明した。急いで、魔理沙を助けに行ってあげて。呪いは完全に解けているから!』

 元々、今回、響にかけられた呪いは失敗した時のために用意された物だ。そこまで強力な物ではない。

「……猫、聞こえるかにゃ?」

『はいはーい! 聞こえるにゃん!』

「多分、魂のにゃかに入ったばかりで安定しにゃいからこうにゃってるんだって思う。急いで、安定させろ」

『了解にゃ!』

「パチュリー、こいし、後はまかせろ。行って来る」

 魔理沙がいるであろう方向を見た響の目は青く光っていた。そして、その頭には耳もなく、お尻に尻尾もなかった。

 



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第245話 君の元へ!

「ガッ……」

 女の子は凄まじい勢いでぶっ飛んだ。

『にゃにゃん! さすが、響だにゃ!』

「おう」

 魂の中で猫が叫んでいる。すぐに吸血鬼がそれを宥めた。

「スピードが上ってる? いきなり?」

 口から血の塊を吐き出しながら敵が呟く。

「……なぁ?」

「あ?」

「いい加減、お前の名前を教えてくれないか?」

「何で?」

 一瞬だけ、女の子の目が痙攣した。

(やっぱりか……)

 何となく、勘付いていたのだが、こいつは自分たちの情報を言っていない。俺を殺そうとする理由すら話していないのだ。

 今は『ミドルフィンガーリング』と猫――いや、動物の本能が発動してくれているのでわかった。

「どうして、俺に知られたくないんだ?」

「……あーあ、本当にお前は面倒な相手だ。やはり、もうちょっと早めに殺しておけばよかったか。いいだろう、教えてやる。だが、下の名前だけだ」

「何で?」

「あたしの……いや、俺の名前は『リョウ』。今、教えられる情報はこれだけだ。後、あたしの式神の名前は『ドグ』」

「はぁ……まぁ、いいか。リョウ、どうして俺を殺したい?」

 正直、これが一番、気になっていた。

「理由を聞いてるのか?」

「ああ」

「……お前はあたしにとって汚点なんだよ。お前が生きてたらあたしはずっと、縛られたままなんだ」

 リョウはすごく苦しそうな表情を浮かべて言う。本当に辛いことなのだろう。

「何で、俺なんだ?」

「それ以上は駄目だ。どうせ、殺すけど、しゃべり過ぎた」

 呟いたリョウが右手を振るった。

「ッ――」

 リョウの右手から影が出て、俺の胸を浅く斬り裂く。

「ほら、本気でかかって来い。響」

「……はいはい。また、追っ払ってやるよ。リョウ」

 また、俺の手に鎌が握られる。リョウも黒い刀を持っていた。

(絶対に、聞いてやる)

 きっと、こいつは俺の何かを知っている。

(俺の秘密……聞かせろ!)

 口には出さず、無言で鎌を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!?」

 妖怪が2本の腕を同時に振り降ろして来る。それを何とか、躱した。

(心が読めない!?)

 あの妖怪には心が無い。いや、ほぼ本能的に攻撃しているから読めないのだ。

「楽勝だと思ってたけど、ちょっと厳しいかも」

「があああああああ!!」

 今度は4本の腕で攻撃して来た。

「あわわわ!」

 拳と拳の間を飛んで回避。だが、今度は時間差で何度も拳を振るった。

(マズイ! マズイマズイマズイッ!!)

 妖怪の私でも一撃でも貰ったら瀕死レベルだ。

「あッ!」

 冷や汗を流しながら必死に躱していると地面の凹みに足を取られ、転んでしまった。振り返ると妖怪の口元が不気味に歪む。

「こいしお姉ちゃん!!」

 その時、私と妖怪の間に咲が割り込んで来た。

「さ、咲!?」「がああああああああああああああ!!!」

 私が叫ぶのと、獲物が増えて興奮する妖怪の咆哮が被る。それでも、咲は私の前から動こうとしなかった。

(まさか、私を守ろうと!?)

 でも、あの妖怪の怪力なら咲もろとも私に攻撃するだろう。

「逃げて! 咲!!」

「嫌だ!」

 両手を広げながら咲は叫んだ。

「逃げてええええええええええ!!」

 私は絶叫するが、無情にも妖怪が腕を上げる。

 ――……

「……?」

 だが、妖怪は何かの気配を察知したようでそっちに目を向ける。

 ――ブ……ロ……

「これは?」

 微かに背後から何かが聞こえた。咲も妖怪から目を離して後ろを振り返る。

 ――ブロロロロロッ!

「な、何!? この音!?」

 聞いたことのない騒音。どんどん、大きくなっていく。

「こいしお姉ちゃん! こっちに何か来る!」

「咲、こっちに!」

 妖怪の注意がそっちに向いている内に立ち上がって咲を引き寄せる。

「――ッ! ――!」

 騒音の中に別の音が聞こえた。いや、違う。声だ。

 

 

 

「こいしさああああああああああああああん!!」

 

 

 

 この声は――キョウだ。

「キョウ君!? どこに!?」

「声は……後ろから!?」

 背後の空を見る。すでに真っ暗な空にキラリと光った。

(星? ううん、それにしては明るすぎる)

 それにその光は大きくなっているし、二つ並んでいる。

「嘘、でしょ!?」

 光が揺れている向こうで人影が見えた。大きさは子供。

「キョウ!?」「キョウ君!?」

 私と咲が同時に叫ぶ。

「桔梗! 頼むッ!」

「はい!」

 キョウが桔梗に指示すると『ボシュンッ!』という音が聞こえ、細長い物が飛んで来る。その細長い物は妖怪の2本の腕に巻き付く。

「二人とも! 離れて!」

 騒音に掻き消されそうなキョウの声を聞いて咲を抱えて飛んだ。

 その刹那。

 

 

 

 二つの車輪。そして、長くて黒い物に跨ったキョウとすれ違う。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 黒い物の先端付近から伸びた細長い物に導かれてキョウが真っ直ぐ、妖怪の方へ突っ込んで行き――。

「ガッ……」

 ――そのまま、黒い物に乗りながら妖怪に体当たりをして、思い切り妖怪の体が後方へ吹き飛んだ。

「ワイヤー、回収!」

 キョウの指示で細長い物が黒い物に収納された。そして、私たちの前に着地する。

「キョウ?」

「すみません、こいしさん、咲さん! お待たせしました!」

 黒い物に跨ったまま、こちらを見て笑うキョウ。その姿はとても、かっこよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐはっ……」

 リョウの重い拳を腹に喰らって思い切り、地面に叩き付けられる。

「やっぱり、弱いな」

 それをつまらなさそうに見下ろすリョウ。

(くそ、想像以上に強いな……)

 何とか、神力で創った壁でガードしたがそれでも衝撃は防ぎ切れなかった。

「ほら、使ったら? 闇を」

「……ああ、やってやるよ!」

『あいさー!』

 元気な声で闇が返事をしてくれる。

「闇開『ダークフォール』!」

 一気に視線が低くなる。

(すまん! 力を分けてくれ!)

『いいよ! おにーちゃんの為だもん!』『まぁ、私のせいで地力も少なくなってるし』

 リョウほどに縮んでしまった俺の体がまた、今までと同じぐらいに成長した。奏楽とリーマの力を俺に逆流させて、『変換』で闇の力に換えているのだ。

「やっぱり、お前を見ているとイラつくな。あたしを見ているようで」

「俺とお前は似てないだろ」

「……似てないんじゃない。お前があたしの後を追って来てるんだよ。影楔『揺らぐ鎖』」

 リョウの体から何本ものチェーンを飛ばして来る。

「重力『グラビティボール』!」

 2つの黒い球を投げ、その球の後を追う。

 チェーンが黒い球に接触した途端、チェーンは俺を避けるように進路を変更する。

「重弾『グラビティガン』!」

 俺の拳に黒いオーラが纏い、腕を突き出して弾丸のように重力の弾を撃つ。

「影抜『シャドウスルー』」

 しかし、リョウの体が黒い影に変化し、重力の弾を避けるようにそれを動かす。

(本当なら神力とか妖力とかで追撃するんだけど……)

 闇を使っている間、俺の地力は全て闇の力に変換される。つまり、闇の力しか使えないのだ。

「重鎌『反発する黒き鎌』」

 真っ黒な鎌を持ち、リョウに斬りかかる。

「……」

 それを見て相手はまた黒い刀でガードした。だが――。

「ッ!?」

 引力を操って思い切り、吹き飛ばす。

 この鎌に触れた物は全部、反発する仕掛けになっている。磁石の同じ極同士を近づけあった時のように。

「闇撃『ダークブレイク』!!」

 両手に闇の力を集めて合わせる。凝縮して小さな弾にして飛ばす。

「くっ……」

 バランスを崩していたリョウだったが、すぐにその場から離れようと動く。でも、動けなかった。

「引力かっ」

 小さな闇の弾は周囲にある物を引き寄せながら飛んで行く。それのせいで、リョウは逃げたくても逃げられなかったのだ。そのまま、リョウに小さな弾が当たった刹那――リョウの体が凄まじい勢いで弾き飛ばされる。弾が何かに触れると先ほどとは比べ物にならない反発力を発揮する、という技なのだ。

 弾き飛ばされたリョウの体は地面に突き刺さり、クレーターを作る。

「黒符『ブラックスパーク』!!」

 時間もないので一気に決める。両手から黒い極太レーザーをクレーターの中心に向かって発射した。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 レーザーは地面を割り、衝撃波で傍にあった岩を破壊する。

(……くそ)

 でも、クレーターの周りだけは何も起きていない。

「こっちだってな……やられっぱなしじゃないんだよ!」

 魔理沙を運び終わり、近くにいた雅に偵察を頼んでいたのですぐにリョウの姿が見えた。向こうも右手からレーザーを放っているようだ。そのせいで、相殺されているのだ。

「闇、封印!」

 これ以上、闇の力を使っていたら飲み込まれてしまう。すぐに再封印してクレーターの方を見る。

「はっ……闇の力もこんな物か」

 煙が晴れると少しだけ服が破れていたがまだ、元気そうなリョウの姿が確認出来た。

 



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第246話 リョウの能力

「炭粒『カーボンパウダー』」

 しかし、すぐにリョウの周りに黒い粒が集まり出す。

「魔法『火の粉』」

 小さな火種をその中に飛ばし、大爆発が起こった。

「よっと」

 火がまだ、燃えているが目の前にリョウが現れる。

「響、大丈夫?」

「おう、何とかな」

 闇を使ってかなり、地力を消費してしまったが、まだ戦えないことはない。『コスプレ』もある。

「私を『憑依』して」

「……いや、お前はこっちだ!」

「え? きゃっ!?」

 雅の襟を掴んで抱き寄せて右に飛ぶ。その直後に俺たちがいた場所に火球が通り過ぎる。

「おっと、躱されたか」

 リョウの隣には上半身裸のドグがいた。

「アロハシャツはどうした?」

「博麗の巫女に吹き飛ばされちゃってね。命からがら逃げて来たってわけ」

 リョウの質問に肩を竦めながら答えるドグ。どうやら、霊夢も来ていたらしい。

「すまんが、お前はドグの相手を頼む」

「でも……」

「大丈夫。契約『霙』!」

「ご主人様! 呼ぶのが遅すぎます!」

 スペルから飛び出して来た霙が俺に抱き着きながら怒る。

「はいはい、ゴメンゴメン。それじゃ、二人はドグの相手を頼む」

「だから、一人でリョウの相手をしてボロボロにされそうになったんでしょうが!」

「そうですよ! ここは3対2で戦った方がいいです!」

「……お前らはバカか? あの二人がタッグを組んだらとんでもないことになる」

 ドグの能力である『関係を操る程度の能力』は正直言って防御に使われたら対処の仕様がない。触れた瞬間に関係を断たれて完全に無効化される。あいつに攻撃を当てるには別の人が攻撃している間にもう一人が叩く必要があるのだ。

 そして、リョウ。あいつの能力は“俺じゃないと対処できない”。

「それってどういうこと……わっと!?」

 話し合いをしているとドグがまた、火球を飛ばして来る。それを霙が水球で相殺。

「リョウの能力……それは――」

「チェックだ」

「「ッ!?」」

 雅と霙の陰から黒いツルのような物が生えた。

「だから、言ったろ?」

 そう呟きながら召喚を解除して外の世界に戻す。

「契約『音無 雅』。契約『霙』」

 そして、再召喚。

「な、何今の!? ああ、もう! 話してる途中なんだから、火球飛ばすなっての!」

「いや、戦闘中だし!」

 黒い翼で火球を弾き飛ばしながら文句を言う雅に対して、呆れたようにドグがツッコむ。

「リョウの能力、『影に干渉する程度の能力』。自分の影でも、相手の影でも操ることができる」

「ああ、知ってたのか?」

「こいしの話を聞いて『影を操る程度の能力』にしては強力過ぎるなって思ってパチュリーと話し合った結果、これかなって結論付けただけ」

「なるほど、ね!」

「またっ!?」

 再び、影が雅と霙に黒いツルが襲いかかる。

「雅! 翼を広げて自分に影を! 霙は狼モードになれ!」

「っ! えい!」「バゥ!」

 雅が翼を大きく広げると黒いツルに影が差し、ツルが消滅した。霙も狼になった瞬間にツルが消える。

「あいつの能力に対処するには自分の影を一気に変化させる必要がある。もしくは、影に影を差せば、影が一体化してなくなる」

「そこまで、わかってたのか」

「なら、私たちにも戦えるじゃん!」

「そうですよ! 一緒に!」

「まだ、わからないのか? 一人は絶対防御。もう一人は俺たちがどこにいても超至近距離から攻撃できるんだぞ? 雅は翼を広げたり、狭くしたり、霙は狼モードになったり、擬人モードになったり……そんなことを繰り返して戦えるとでも思ってるのかよ!」

 そう叫びながらスペルを構えた。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 俺たちを囲むように神力で創られた箱が出現し、火球と黒いツルを防いだ。

「響?」「ご主人様?」

「……頼むから、ドグの相手をしてくれ。お前らならあいつを倒せる。だから、あいつを倒して。こっちに来い」

「……わかった」「わかりました」

「雅は右へ。霙は左。俺がリョウを引き付けるからドグを連れて行け! 妖怪『威嚇の波動』!」

 『神箱』を消してリョウに向かって妖力の塊を飛ばす。それを片手だけで弾き飛ばした。

「炭綱『カーボンバインド』!」「狼圧『獣の眼光』!」

 霙が狼モードになって、ドグを睨む。

「おっ?」

 その瞬間、ドグの体が硬直した。本人には自覚はないだろうが、本能が恐怖しているのだ。

「せいっ!」

 雅が炭素で作った綱をドグの足に巻き付けた。

「何だこれ!?」

 関係を断つ為に足に手を伸ばすも、霙が氷球を飛ばしてドグの腕にヒットさせる。

「ぐっ」

「おおおおおおおおりゃああああああああああああ!!」

 怯んだ隙に雅が綱を引っ張ってドグを振り回し始めた。

「うおおおお!? ちょ、待て!!」

「やあああああああめえええええええええるううううううううううかあああああああああ!!」

 ブンブンと体ごと回転しながら絶叫する俺の式神。あの炭素は伸縮性が高いようで、最初よりもかなり、伸びている。

「うおおううおおおおううおおおおおお!?」

「……はぁ、あのバカ式は本当に」

 ため息を吐きながらリョウはドグを助けるために移動しようとするが、それを防ぐように俺がリョウの前に立ち塞がった。

「邪魔をするってのか?」

「いや、するでしょ? お互い、駄目な式神を持って」

「確かに、ドグもお前の式神も主人の言うことを聞かないもんな……」

「「……はぁ」」

 どうやら、こいつも大変らしい。

「飛んでけええええええ!!」

「うわああああああああああああああああ!!」

「雅さん! カッコいいです!!」

 綱を離してドグをぶっ飛ばした雅。それを見て霙が黄色い声援を送っていた。ドグはもうすでに見えなくなっている。

「おーい、お前ら、真剣にやれー」

「わかってる! 霙、乗せて!」

「了解であります!」

 俺が注意すると雅は狼になった霙に乗ってドグが飛んで行った方に向かった。

「……お前ら、楽しそうだな」

 それを見ていてリョウが呆れたように感想を漏らす。

「ああ、楽しいよ。だから、お前なんかにそんな毎日を壊させはしない」

「……そうこなくちゃな」

 リョウはニヤリと笑って、一気に距離を詰めて来た。

「おっと」

 咄嗟に上昇して、逃げる。

「逃げてるだけじゃ勝てないよ」

 そう言いながら黒いツルを伸ばす。それに続けて黒い槍も飛ばして来た。

(自由に操れるツルに遠距離攻撃か……)

 厄介な攻撃だ。ツルを対処すれば、槍に貫かれて、槍を何とかしたらツルにやられる。こう言った属性の違う攻撃を同時に仕掛けられるとやられた方はかなり、苦戦するのだ。

「だったら!! 拳弾『インパクトガトリング』!」

 妖力の拳を飛ばし、ツルと槍を破壊する。

(そろそろ、地力が……)

「まだまだぁ!!」

 リョウが叫びながら黒い刀で攻撃して来た。

「……しゃーないか!」

 スキホからPSPとヘッドフォンを取り出して、装着する。そのまま、PSPの画面をスライドし、曲を再生させた。

「廃獄ララバイ『火焔猫 燐』!」

 緑色のワンピースに猫車。俺はまだ、見たことのないコスプレだった。

「また、猫耳か!」

「贖罪『昔時の針と痛がる怨霊』!」

 俺の弾幕がリョウへ向かう。しかし、リョウは簡単に躱してしまった。

「もう、その弾幕は攻略済みだ」

「うわっ!?」

 刀が俺の持っていた猫車を両断する。慌てて、距離を取った。

「逃げてるだけじゃ勝てないぞ」

 その後もリョウの猛攻撃は続く。

(くそっ!!)

 どうやら、リョウはこのコスプレの持ち主と戦った事があるようで、俺がスペルを使ってもひらりと躱してしまう。

 冷や汗を流していると、曲が変わった。

「少女さとり ~ 3rd eye『古明地 さとり』!」

 俺が石化する前に話していたさとりの服に変化する。

(そう言えば、さとりの能力って……)

 相手の心が読める。ならば、リョウの心を読んで情報を引き出せるかもしれない。

「っ!? させるかっ!!」

 俺の姿を見てそのことがわかったのかリョウが影で自分の姿を隠した。

「え……」

 リョウの姿が完全に見える前に少しだけ心を読む事ができたが、俺は思わず、硬直してしまう。

 

 

 

 

 

 そこは、紅いお屋敷。夜遅く。窓からは綺麗な満月が見える。

「今日の月は綺麗ね」

 そんな声が傍から聞こえた。そちらを見るとピンクのワンピースを着た女の子がいた。

「ああ、そうだな」

 また、声が聞こえる。自分の中から。男の声だ。

「ねぇ、やっぱりなる気はないの?」

「……ああ、ない」

「そう……残念ね」

 女の子は本当に残念そうに呟いた。

 そして、二人同時に真っ暗な空に浮かんでいる満月を眺めた。

 

 

 

 

 

「何だよ……これ?」

 紅い屋敷。満月。ピンクのワンピースを着た女の子。

「レミ、リア?」

 服には少し違いはあったが、あれは絶対にレミリアだった。そして、もう一つ。

(男の声は自分の中から聞こえた?)

 でも、それではおかしい。だって、目の前にいるリョウは女の子。それならば、自分の中から聞こえる声は女の子のものではないと駄目だ。だって、俺が読んだのはリョウの心なのだから。

 呆然としていると、曲が終わった。

「何か、わかったみたいけど、もう終わりだ」

「っ!?」

 急いでスペルを掴んで宣言しようとするも、すでにリョウは俺の懐に潜り込んで来ていた。回避、不可能。

「じゃあ、な」

 リョウがそう言いながら両手に持っていた刀を振るった。

 



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第247話 変形強化

「二人とも! 乗ってください!」

 僕を呆然と見ていたこいしさんと咲さんに向かって叫ぶ。桔梗【バイク】でタックルして何とか、隙を作ったが妖怪を見るともう、立ち上がろうとしていた。

「乗るってどこに!?」

 さすがに幻想郷にはバイクはないようで、乗り方を知らないらしくこいしさんが質問して来る。

「僕の後ろです! 急いで!」

 すると、こいしさんは咲さんを抱き抱えるとバイクに跨った。そして、すぐに咲さんをこいしさんの前に座らせる。

「咲さん! 僕の腰にしがみ付いて! こいしさんは咲さんに!」

「う、うん!」「わかった!」

 やはり、未知の乗り物に乗るのが怖いのか、咲さんはギュッと僕にしがみ付く。

「桔梗! お願い!」

「了解です!」

 桔梗に合図を送ると、バイクは一気に加速する。

「「うわあああああ!!」」

 驚いたのか後ろから二人の悲鳴が聞こえた。

「喋らないで! 舌を噛みますよ!」

 右腕はまだ折れているので使えず、左手だけでハンドルを持ち、運転しながら注意する。

「があああああああ!!」

 その時、妖怪が立ち上がって僕たちの方へ近づく。そのまま、側面から3つの腕で攻撃して来た。

「桔梗!」

 そう言うと、バイクのライト付近からワイヤーが2本、飛び出す。そのワイヤーは近くの木に突き刺さった。

「しっかり、捕まってて!!」

 妖怪の腕が迫り来る中、ワイヤーを収納させる。しかし、ワイヤーは木にしっかり刺さっているのでバイクが引っ張られて更に加速。先ほどまで僕たちがいた場所に拳が通り過ぎた。

「ワイヤー、回収!」

 ワイヤーの先端は鉤爪のように4方向に開く仕掛けになっている。それのおかげでさっきは木に先端を引っ掛けてバイクそのものを引っ張ったのだ。

 今は先端を閉じたので、簡単に木から抜けた。

「このまま、この先の広場に向かいます。子供たちはどこにいますか!?」

「反対方向の川だよ! 咲が皆を集めたから!」

 こいしさんの言葉が本当かどうか確かめるために後ろにいる咲さんを見ると頷いた。

「それじゃ、心置きなく! 振動、枝に気を付けて! 姿勢を低くしてて!!」

 僕たちを守るようにバイクのハンドル付近からシールドが伸びてピザ屋のバイクのような形になる。そして、一気に森の中へ突っ込んだ。

「「うわああああああああああああ!!」」

 シールドに木の枝が叩き付けられる度にバイクが大きく揺れる。サイドミラーで後ろを見ると妖怪も僕たちを追いかけていた。

「右に旋回します! しっかり、捕まって!」

 咲さんが更に腕に力を込めて捕まる。その間に右のワイヤーを近くの木に撃ち、先端を開いて固定。軽く車体を左に傾けるとほんの少しだけ左に曲がった。その時、ワイヤーが別の木に引っ掛かり、糸が釘に当たって進路を大きく変えるように右に引っ張られる。すぐにワイヤーを回収。突然、進路を変えたので妖怪が急ブレーキをかけて慌ててこっちに向かって来た。

(もう少しだ……この先に)

「きょ、キョウ!! 前、前えええええええええ!!」

 咲さんは僕の背中に顔を押し付けているので見えなかったが、こいしさんは見てしまったのだろう。この先が崖になっていることを。

「お、落ちるぅぅぅぅぅ!」

「桔梗!!」

「はい!!」

 桔梗が大声で返事をした瞬間、僕が足を乗せている部分(フットレフト)付近から長い板が飛び出る。しかも、両足から。

「いっけええええええええええええええええ!!」

 ハンドルを力いっぱい、持ち上げた。すると、前輪が地面から離れる。その直後、道がなくなった。

 ――ジュボッ!

 重力に捕らわれる前に後ろからそんな音が聞こえる。

「……こいしさん、咲さん。もう、大丈夫ですよ」

 振り返りながら目をギュッと閉じている二人に声をかけた。

「「え?」」

 そんな間抜けな声を漏らしながらこいしさんと咲さんはゆっくりと目を開ける。

「……あれ? 飛んでる?」

 周りを見渡したこいしさんがそう呟いた。

「はい。そうです」

 そう、このバイクは陸を走るだけでなく、飛ぶことも出来るのだ。

 桔梗【拳】の時に小さなハッチから出るジェット噴射を応用してバイクに備わっている二つのマフラーからそれを噴射して飛んでいる。

 更に左右に飛び出ている翼は目に見えぬほど細かく振動しており、飛行の手助けをしていた。

「す、すごいです……」

 空を飛べない咲さんが目を丸くして眼下に広がる森を凝視している。

 その時、背後からものすごい音がした。そちらを見ると崖に気付かずに転落してしまったのか森の木をいくつも薙ぎ倒したまま倒れている妖怪の姿を発見する。

「これで――」

 ホッとした様子でこいしさんが言う。

「いえ、まだです! 来ますよ!」

 薬草を食べてから人の健康状態や怪我の具合、感じている不安などを感じ取れるようになっていた桔梗が忠告した。その証拠に、妖怪は勢いよく立ち上がり、僕たちに向かって走って来ている。

「こいしさん、咲さん! 広場に着いたらあの妖怪と真正面から戦いますので、心の準備を!」

「え? でも、このまま飛んで逃げられるんじゃないの!?」

 確かに咲さんの言う通り、このまま飛んで逃げれば戦わずに済むだろう。だが――。

「僕の……魔力がもう……」

 桔梗【バイク】は僕の魔力を燃やして動いている。普段も僕の魔力を使っているのだが、やっぱり桔梗【バイク】の方が燃費は悪い。

「キョウ、大丈夫?」

 こいしさんが不安そうに問いかけて来るも、返事をする余裕はなかった。

(もうちょっとだから……)

 車体もフラフラし始める。ジェット噴射も不安定だ。

「マスター! 見えましたよ!」

 やっと、目的地である広場が見えた。バランスを崩しながらも何とか着地する。すぐにこいしさんが咲さんを抱っこして降りた。

「桔梗!」

 僕もバイクから降りて背中の鎌に手を伸ばす。

「はい!」

 桔梗が人形の姿に戻り、すぐに僕の腰にしがみ付く。そして、また変形。僕の左右の腰に縦に長い長方形の箱が装備された。その長方形の面にいくつか穴が開いている。

「キョウ、それは?」

「説明は後です! 咲さんは隠れてて!」

「あ、はい!」

 こいしさんから離れた咲さんはそのまま、森の中に身を隠した。

「すみませんが、こいしさんは僕の援護……というよりも、僕の心を読んで合わせてください」

「……オッケー!」

 僕の心を読んだのか、こいしさんがニヤリと笑う。その時、妖怪が森から姿を現した。

「前方の木にワイヤー!」

「はい!」

 僕の腰にある左右の箱からワイヤーが飛び出す。ワイヤーは僕が指示した木に刺さってそのまま、僕の体を引き寄せた。

 それを見て妖怪が動くもその前にこいしさんが弾幕を放つ。

「っ……」

 妖怪は弾幕に気付くと体を捻って回避。だが、その間に僕は目的の木に着地することに成功する。

(こいしさん、ちょっとお願いします)

 チラリと今も弾幕を放って妖怪と戦っているこいしさんに目を向けた。向こうも気付いてくれて僅かに首を縦に振る。それを見て僕は木から木へワイヤーを使って飛びまわった。

「こっちだよ!!」

 こいしさんは妖怪の注意が僕に向かないように大声で叫びながら攻撃している。

「がああああああああ!!」

 その挑発に妖怪が乗ったらしく、こいしさんの方へ突っ込んだ。

「拳!」

 箱になっていた桔梗が僕の左手に移動して鋼の拳になった。

 ――ボシュッ!

 そして、手首のあたりからワイヤーを飛ばしてこちらに背を向けていた妖怪の右上腕に巻きつける。

 桔梗は今まで、素材一つに対して変形一つだった。例えば、桔梗【拳】になっている時に桔梗【翼】にはなれないし、拳の甲にシールドを付けるような他の素材を利用して新しい機能を生み出すことも出来なかった。だが、桔梗【バイク】を手に入れた時、とうとう変形している時に別の素材を使って新しい機能を付け加えることに成功したのだ。

「ジェット!」

 ワイヤーを引き戻しながら拳のハッチを開けて一気に加速。やっと、僕の存在に気付いた妖怪が振り返るとほぼ同時にその頬に鋼の拳を叩き込む。

「ッ!?」

 グラリと妖怪がバランスを崩す。倒れた方にこいしさんがいた。

「これでも喰らえ!」

 両手からたくさんの弾を飛ばして妖怪にぶつける。また、妖怪が苦痛の悲鳴を上げた。

「箱!」

 再び、腰に2つの箱を装備してワイヤーを飛ばす。今度は木ではなく、妖怪の首に向けて。

「っ~~~!」

 首に巻き付いたせいで息が出来ないのか、首元を両手で押さえて苦しむ妖怪。僕は地面に着地して、ワイヤーを戻す。すると、引っ張られたせいで妖怪はそのまま、地面に倒れてしまった。

「チャンス!」

 こいしさんがニヤリと笑って追撃しようと駆け出す。

「あ! 駄目です!!」

 あの妖怪の動きを止めたには止めたが、まだ上部の両腕が残っている。何の策もなく突っ込むのは危険だ。

「桔梗! 翼!」

「は、はい!!」

 右翼が折れた翼が背中に現れ、低空飛行でこいしさんを追い抜く。

「キョウ!?」

「離れて!」

 僕の忠告と妖怪が動き出すのはほぼ同時だった。桔梗が翼になったことにより、首に巻き付いていたワイヤーもなくなったのだ。

(まずっ……)

 慌てて桔梗【翼】を桔梗【盾】に変形させて、こいしさんを庇うように盾を構えた。それから数秒後、盾にものすごい衝撃が走る。

「んぐっ」

 振動で衝撃を軽減させるもさすがにあの巨大な妖怪の拳を4つ同時に受け止めるのは無理があったようで、僕の体はこいしさんを通り越して凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされる。

「ガッ……」

 その後、背中から木に叩き付けられて肺の酸素をほぼ全て外に吐き出してしまった。

「マスター! マスター!」

 木からずり落ちる中、桔梗の声が聞こえるも返事が出来ない。

 ゆっくりと地面に倒れた僕は、気を失ってしまった。

 



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第248話 援護

「本能『イドの解放』!」

 リョウの刀が俺の体を捉える寸前、目の前で弾幕が展開された。

「っ!?」

 怯んで体を引いたリョウ。すかさず、スペルカードを掴む。

「霊知の太陽信仰 ~ Nuclear Fusion『霊烏路 空』!」

 右腕に装備された制御棒をそのまま、前に向ける。

「爆符『ギガフレア』!!」

 そして、制御棒から極太レーザーが放出された。

「影抜『シャドウスルー』!?」

 咄嗟にスペルを唱えたリョウの姿が一瞬にして消えて、レーザーを回避されてしまう。

「……こいし」

 それを見届けた俺は前にいたこいしに声をかけた。

「キョウ、大丈夫?」

 両手を突き出しながら振り返ったこいしが心配そうに質問して来る。

「あ、ああ……でも、何で?」

「そりゃ、助けに来たんだよ! もう、あの時を繰り返すのは嫌なの!」

 『あの時』と聞いて思わず、唇を噛んでしまう。

「そうだな。もう、あんな思いをするのは嫌だ」

 頷くと同時に制御棒を右に向けてスペルを宣言した。

「核熱『ニュークリアフュージョン』」

「ちっ……」

 弾幕をリョウが舌打ちしながら躱す。

「でも、こいし。あいつの能力は……」

「大丈夫! だって、私は――」

 その時、こいしの影からいくつも黒いツルが伸びた。リョウが能力を使ったのだ。

「こいし!」

「――無意識を操るんだよ?」

 そう言い残し、こいしの姿は消えてしまう。それとほぼ同時に黒いツルもなくなった。

「消えた?」

「存在を消したんだよ」

 いつの間にか、またこいしが現れている。

「存在を消した?」

「普段は存在を消してるのが普通なんだけど、キョウの傍だとある程度、コントロール出来るみたい。だから、相手が能力を使っても存在を消しちゃえば、影も消えるってわけ!」

 ウインクしながらこいし。

「……よし、ならやるか!」

「うん!」

 俺たちは頷き合い、リョウの方を見た。

「……まぁ、いい。二人に増えても変わらない」

 両手に黒い刀を持った彼は一気に距離を詰めて来る。

「旧地獄街道を行く『星熊 勇儀』! 四天王奥義『三歩必殺』!」

「抑制『スーパーエゴ』!」

 勇儀の姿になった俺とこいしの弾幕が混ざり合いながらリョウに迫った。

「影撃『影狂い』」

 リョウの影から黒いツルが伸び、俺たちの弾幕を蹴散らす。

「影斬『飛び影』」

 スペルを唱えながら両手の刀を振り下ろした。その刀から黒い斬撃が飛び出し、弾幕の隙間を縫って俺たちを襲う。

「まかせて! 深層『無意識の遺伝子』!」

 俺の前に出てこいしが弾幕で黒い斬撃を吹き飛ばした。

「力業『大江山嵐』!」

 もう一度、弾幕を放ち、リョウに攻撃する。しかし、それは簡単に躱されてしまった。

「キョウ! あれ、使って!」

 それを見たこいしが突然、叫んだ。

「あれ?」

「ほら、あれだよ! あれ!!」

「話してる余裕があるのか!」

 リョウが刀で攻撃して来たので、一度、俺たちは離れる。

(あれ……ああ!)

「待て、こいし! あれは!?」

「出来ないの!?」

 出来るか出来ないかで言えば、出来るだろう。しかし――。

「多分、無理だ!」

「どうして!?」

 リョウから伸びたツルを必死に躱しているこいしが絶叫する。

「自分自身をコントロール出来ないから唱えることすら出来ないと思う!」

 なんせ、俺も“無意識”になるのだから。

「大丈夫だよ! 『胎児の夢』!!」

 弾幕を放ってツルを消した彼女は断言した。

「どうして、そんなこと言えんだよ! 鬼符『怪力乱神』!」

 俺も弾幕を放ってリョウを牽制する。

 

 

 

「私が傍にいるからきっと、出来るよ!」

 

 

 

「……そうだな!」

 こいしの言葉に根拠などない。だが、俺は不思議と信じてもいいと思えた。

(この曲は確か『東方地霊殿』の中にあったよな……なら!!)

 流れは完全にこっちだ。このまま行けば――。

「何か企んでるようだが……させない」

 こいしに気を取られている間にリョウが距離を詰めて来た。

「くっ……」

 リョウの刀を体を捻って躱す。そのまま、バックして距離を取ろうとするが向こうもしつこく追って来る。

(このままじゃ……)

 冷や汗をかいていると運悪く曲が終わってしまい、次の曲が再生された。

「キョウ!」

 それを本能的に察知したようでこいしが俺の背中に飛び付く。

「ハルトマンの妖怪少女『古明地 こいし』!!」

 衣装がこいしと一緒になる。その瞬間、視界にノイズが走った。

(やっぱり、無意識に……)

「キョウ! 私はここにいるから!!」

 薄れゆく意識の中、こいしの声が耳に届く。

(そうだ……今は独りじゃない。こいしがいる)

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 叫んで気合を入れた。すると、視界がクリアになって行き、リョウの姿を見つける。刀を振り降ろしている途中だった。

「死ねッ!!」

(スペル、間に合わないっ!)

 咄嗟にスペルを掴むが唱える前にリョウの刀が俺の体を捉えるのは明白だった。こいしも俺にしがみ付いていて攻撃できる状態じゃない。

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

「ッ!?」

 突然、俺とリョウの間に8つの弾が割り込んで来た。そのせいで、リョウの刀は俺に届くこともなく、通り過ぎる。

「間に合ったわね」

 いつの間にか俺の前に霊夢がいた。

「霊夢!?」

「響! 早く、やりなさい! こっちはまかせて!」

 振り返ることなく、霊夢は俺に向かって叫んだ。

「……ああ! こいし、やるぞ!!」

「うん!!」

 背中に捕まっていたこいしが俺の正面に移動して、手を伸ばして来る。俺も手を伸ばして手を握った。それと同時に、俺とこいしの懐が光り輝く。

「これが……」

「そう、これが……俺たちの絆だ」

 俺とこいしは光っているスペルを取り出す。そこには『シンクロ』と書かれていた。

「夢符『二重結界』!」

 その声で霊夢の方を見ると自分の影から伸びて来るツルを結界で防いでいる。あまり、時間はないようだ。

「準備は良いか?」

「もちろん! いつでもいいよ!」

 使った後にこいしの体が落下するのを防ぐためにギュっとこいしを抱きしめる。

「きょ、キョウ?」

「大丈夫。俺を信じろ」

「……うん」

 安心したようで、彼女は目を閉じた。俺も深呼吸して目を開けて唱える。

 

 

 

「行くぞ!! こいし、俺はお前を受け入れる! だから、お前も俺を受け入れろ!! シンクロ『古明地 こいし』!!」

 

 

 

 赤と青のオーラが俺たちを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ!!」

 木の根元でぐったりしているキョウを呼んでも返事がない。桔梗が一生懸命、体を揺すっているが効果はあまりないようだ。

「があああああああああ!!」

 その轟音を聞いてそちらを見ると妖怪がキョウの方へ走り始めていた。

「駄目っ!」

 すかさず、弾幕を放つも妖怪は止まらない。

「桔梗! そっちに妖怪が!!」

 私の声を聴いて桔梗が妖怪の存在に気付き、キョウの前で両手を広げる。しかし、桔梗の体が小さい。あれでは、守り切れない。

「えいっ!」

 その時、そんな声と共に妖怪の顔面に何かが当たった。さすがに顔面に攻撃を喰らった妖怪は動きを止める。

「こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!」

「咲っ!?」

 泥団子をたくさん、持った咲が妖怪の傍にいて思わず、目を見開いてしまった。

「早く!」

 もう一度、泥団子を投げながら咲。

「……わかった! 咲、頑張って逃げて!」

 急いでキョウの傍に移動し、彼の様子を窺う。どうやら、そこまで大きな怪我はしていないらしい。

「桔梗、キョウを守るように盾になれる?」

「え? あ、はい!」

 頷いた桔梗はキョウの背中に飛び付き、その場で盾に変形する。その盾はかなり大きいのでキョウの体をすっぽり、収めていた。

「うん、これならしばらく大丈夫そうだね。いい? キョウを守り切るんだよ?」

「もちろんですよ! マスターをお守りするのが従者の役目です!」

 桔梗の心強い言葉に安心しつつ、咲の方を見る。

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度、咲の体が横に吹き飛んで行く瞬間だった。

 



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第249話 狂

「……咲?」

 私はそっと咲の名前を呼ぶ。返事はない。

「咲?」

 返事はない。

「うがああああああああああああああ!!」

 妖怪が絶叫する。咲は動かない。

「咲?」

 動かない。

(待って……そんな)

 キョウは桔梗にまかせて私は咲の傍に駆け寄った。

「咲? ねぇ? 咲ってば?」

 咲の胸で泥団子が潰れている。着物が泥だらけだ。

 でも、不思議と顔には泥が付いていない。そりゃそうだ。だって――。

 

 

 

 ――その顔そのものがないのだから。

 

 

 

「さ、咲いいいいいいいいいいいいいい!!!」

 顔を上げて辺りを見渡すと咲の顔が転がっていた。どうやら、妖怪の攻撃を受けた場所が首だったようで千切れ飛んでしまったようだ。

「嘘、いや……嫌ぁ……嫌ああああああああああああああ!!」

 守るって決めたのに。あの子たちを誰一人、妖怪に殺させはしないって決めたのに。それがお姉ちゃんに対する最後の反抗だったのに。どうして、どうして、どうして?

「こいしさん! 危ない!!」

 背後から桔梗の悲鳴が聞こえ、慌てて咲の体を抱いて前に飛んだ。

「咲! 起きて! ねぇ!!」

 首のない体に声をかける。返事はない。

「があああ!! がああああああああ!!」

 それから何度も妖怪の攻撃を躱す。その途中で咲の首を拾った。何とか、くっ付けようとするけど、くっ付かない。

「お願い……お願いだから!」

 それに夢中になっていたため、足元が疎かになっていた。私はくぼみに足を引っ掛けて転んでしまう。咲を守るために背中から落ちる。

「がっ……」

 受け身が取れず、背中を激痛が走った。

「があああああああああああああああああああ!!」

 それをチャンスとちゃんと理解出来たようで妖怪が4つの拳で同時に攻撃して来た。さすがにこれをまともに喰らったら妖怪の私でも一溜りもない。

「……はぁ」

 もう少しで拳が私に衝突すると言うところで、そんなため息が聞こえた。

「……あれ?」

 気が付くと妖怪がいた場所からかなり離れた場所に座り込んでいた。

「全く……お願いだから世話を焼かせないでよ」

「……キョウ?」

 声がした方を見るとキョウが呆れた顔で私を見ているのに気が付く。

「マスター?」

 キョウの背中から桔梗の声が聞こえる。

「ゴメン……今、私はキョウじゃないわ。でも、緊急事態でしょ? 桔梗、力を貸して」

「……はい、わかりました。好きなように使ってください」

「ありがとう。こいし、離れてて。危ないから」

「で、でも!」

 さっき、キョウは背中から木に叩き付けられた。かなりダメージが残っているはず。

「大丈夫」

「……うん」

 しかし、止めなかった。いや、止められなかった。

(キョウじゃないみたい……)

 そう思いながら木の影に隠れる。それを見ていた彼はすぐに桔梗を翼に変形させて、手に鎌を持った。どうやら、私を助ける前に拾っておいたらしい。

「さて……妖怪さん、よくもキョウをいじめてくれたじゃない」

「がああああああああ!!」

「そうだったわね。貴方に答える脳みそはなかったわ」

 そう言って、キョウが目を閉じた。

「桔梗。少しの間、負荷かけちゃうけどゴメンね」

「大丈夫です。それよりもマスターの体にあまり、無茶はさせないでくださいね?」

「それこそ大丈夫よ。ただ、私はキョウの力を借りるだけ」

 そんな会話が聞こえる。その間に妖怪がキョウに向かって突進して来ていた。

「きょ、キョウ!」

 妖怪の拳がキョウに迫る。私は悲鳴を上げてしまった。

「――」

 だが、キョウに妖怪の拳は届かなかった。それは当たり前だった。だって、キョウがその場から消えてしまったのだから。

「ッ!?」

 そして、その次の瞬間、妖怪の周りに20人を超えるキョウがほぼ同時に出現。分身かと思ったが、全てのキョウから魔力を感じるので全部、本物だ。

 そんな20人のキョウが妖怪の体中を鎌で傷つける。妖怪が痛みで叫ぶ。出鱈目に拳を振るうが、またキョウは消えてしまった。

(何がどうなって……)

 今度は40人を超えている。鎌で攻撃した後、また消える。その後すぐ、大勢のキョウが現れ、妖怪を痛めつけた。

 

 

 

 そんな地獄のような攻撃を続けて――10分。

 

 

 

 妖怪はもう、原型を留めていなかった。そこにはただ、肉の塊しか残っていない。

「キョウ?」

 その肉塊を見ていた彼に声をかける。

「……」

 振り返ったキョウの顔に返り血がこびりついていた。すでに乾いている。

(こ、怖い……)

 子供のはずなのにそこら辺の子供とは何かが違う。まるで、大人が子供の姿になってしまったような。少し前のキョウからは感じられなかった違和感。

「後は、お願い、ね」

 私が恐怖していると少しだけ微笑んだキョウはその場に崩れ落ちた。

「キョウ?!」

 慌てて駆け寄ると気絶しているようで子供のような寝顔で彼は寝ていた。

「何が……どうなってるの?」

 それを見てただ、困惑するしかない私だった。

「……あれ? そう言えば、桔梗は?」

 確か、キョウの翼になっていたはずだ。しかし、今はキョウに翼はない。

 ――……ちゃ。

「ん?」

 何か音がする。そちらを見ると私が先ほどまで隠れていた方だ。

「……欲しい」

「桔梗?」

 キョウを背負ってそこに近づいていると桔梗の声が聞こえる。

 ――ぐ……ゃ。

 そして、不思議な音もどんどん、大きくなっていった。

(……待って)

 この音は聞いたことがある。

「欲しい……この――ダが欲しい」

 ――ぐ……ちゃ。

「桔梗!?」

 その音の正体に気付いた私は木の影を覗きこんだ。

「欲しい。この体が欲しい。食べたい。食べたい。欲しい」

 ――ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。

 

 

 

 そこで、桔梗が咲の死体を食べていた。

 

 

 

「き、桔梗!?」

 キョウを落として、桔梗を掴んで咲から遠ざける。

「……え?」

「桔梗! ねぇ!!」

「こ、いしさん?」

「何やってるの!?」

「え? 何って……は?」

 桔梗は本当に何をしていたのかわかっていないようで咲の死体を見て声を漏らした。

「わ、私……翼になって……マスターと一緒に妖怪を攻撃して……あれ? 何してるんですか……こんな血だらけで……」

 自分の口元から垂れる血を手で拭ってそれを凝視する。

「嘘……嘘嘘嘘嘘!? 私、何してるんですか!?」

「ちょ、ちょっと桔梗!?」

「ああああああ!! 私、私、私!! ぁ、あああ、ああああああ!!」

 私の腕の中で桔梗が暴れる。それを必死に押さえつけた。

(何がどうなってるの……)

 肉塊になった妖怪。もうほとんど残っていない咲の死体。気絶しているキョウ。半狂乱の桔梗。

 もう、私には、何が起こっているのか、考えることすら、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けると霊夢とリョウが俺の方を見て呆然としていた。

(成功、か)

 俺の腕の中で眠っているこいしを見て安堵のため息を吐いた。本当に『シンクロ』する時はひやひやする。

「霊夢、こいしを頼む」

「ええ、わかったわ」

 こいしを霊夢に手渡して改めて自分の姿を観察した。

 頭には二股に分かれた黒い帽子。下はふんわりと膨らんだ緑色のズボン。上はだぼだぼの黄色いシャツ。両手には真っ白な手袋。靴は尖がっている。そして、顔に付いていたお面を手に取ってそれを見るとまるで、ピエロのようなお面だった。

(いや、ようなじゃなくて本当にピエロなのか)

 それを確認し、背中を見てみると白い純白の翼が生えていた。すでに『フルシンクロ』状態なのだ。

「シンクロしたか……」

「ああ、さて、ここからだ。リョウ」

「……」

 少し嫌な顔をしたリョウは黒い刀を構える。腰にお面を引っ掛けるひもがあったのでそこにお面を付けて二股に分かれた帽子を叩いた。

「戯冠『クラウンパーティー』!」

 帽子の右の先っぽからステッキが、左からシルクハットが出て来た。右手のステッキでシルクハットの唾を叩くとそこから可愛らしい巨大なドラゴンの首が飛び出てリョウを襲う。

「何だあああ!?」

 あまりにも突然の出来事でリョウが悲鳴を上げた。刀でドラゴンの牙を受け止め、黒いツルでその首を刎ねる。しかし、ドラゴンは止まらない。

「くそったれ!!」

 更にツルを伸ばしてドラゴンを弾き飛ばす。すかさず、ステッキでシルクハットを叩く。今度は真っ黒なハトが2羽、飛び出す。そのハトの嘴はドリルのように高速回転していた。

 すかさず、両手の刀でハトの嘴を受け流し今度は蹴ってハトを吹き飛ばす。

「もう一丁!」

 何だか楽しくなってもう一回、シルクハットを叩くと大きな宝箱が出て来る。その瞬間、ステッキとシルクハットが消えてしまった。

「何だこれ?」

 両手で抱えないと持てないほど巨大な宝箱を見ているとその間にリョウが迫って来る。

「ふざけるのも大概にしろっ!」

「うわっ!」

 不意打ち気味だったので思わず、宝箱を開けてしまった。そして、宝箱から大きなグローブが飛び出し、リョウに直撃する。

「ガッ!?」

 グローブと正面衝突したリョウはかなり遠い所まで飛ばされてしまった。

「あ、ビックリ箱だったのか」

 ビヨンビヨンと跳ね続けるグローブ。ビックリ箱を捨てて今度はズボンを叩いてスペルを唱えた。

「演蹴『ピエロステップ』!」

 尖がり靴が光り輝いて一気にリョウに接近する。

「速いッ!?」

 目を見開くリョウだったが、すぐに刀を構えた。接近している間に腰のお面を右手に持つ。

「シッ!」

 もう少しで懐に潜り込めそうなところでリョウが刀を振るう。このままでは当たる。だが――。

「なっ!?」

 リョウが斬ったのは俺が作り出した幻だった。

「それでは、行ってらっしゃいませ」

 硬直している彼の傍まで近づいてそっと右手のお面をリョウの顔に付けてスペルを宣言する。

 

 

 

「演目『奴隷道化師の悪夢』」

 

 

 

 その刹那、お面からドス黒いオーラが漏れて、リョウの顔を覆った。

 



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第250話 スペルの効果

 リョウはふと気づく。何も見えない。

「何だ?」

 何が起きているのか、理解しようとするもお面を付けられて、響がスペルを宣言したところまで思い出したが、その先の記憶がなかった。

(つまり、これは響のスペルが原因?)

 しかし、それにしては攻撃が一切、ない。弾幕が来るわけでも、剣が飛んでくるわけでも、ましてやまたあのドラゴンが襲いかかって来ることもない。静寂。それはまるで、嵐の前の静けさと言うべきか。恐ろしいほど不気味だった。

「レディースエーンジェントルメーン!」

 その時、全く発音がなっていない英語が聞こえる。声質的に女。しかも、若い。

(この声……まさか!?)

 そして、リョウはこの声を聞いたことがあった。それは今からずっと昔に聞いた声。今となってはリョウにとって憎むべき相手となってしまった女の子。

「皆様! お集まりいただき、感謝いたします!」

 その台詞と共にスポットライトが、一人の女の子を照らした。

 ピンクのワンピース。ドアノブのような帽子。背中の漆黒の翼。胸のブローチ。そして、紅い目と鋭いキバ。そう、レミリア・スカーレットその人である。

「れ、レミリア……」

 それを見たリョウは絶句する。こんな地底に何故、レミリアがいるのか。どうして、こんなことをしているのか。そんな疑問がリョウの頭を過ぎる。

「では、今宵の主役を紹介しましょう!」

 驚愕しているリョウを無視してマイクを持ったレミリアが空いている手の指を鳴らす。すると、今度はリョウがスポットライトを浴びた。それと同時に周りから拍手の嵐が巻き起こる。

(何が、何が起きてる!?)

 自分とレミリア以外、何も見えない。しかし、自分たちの周りにたくさんの人がいることぐらい、容易に想像出来る。リョウは構えて攻撃に備えた。

「さて、ピエロも気合が入っているようです! 私もどんな曲芸が見られるか楽しみであります!」

 レミリアはそんなリョウを見て勘違いしたらしく、嬉しそうだ。

「それでは、まずは一つ目の演目! 綱渡り!!」

「ッ!?」

 レミリアの宣言と共に目の前がぐにゃりと歪んだ。すぐにそれはなくなるも目の前の景色にリョウは目を丸くする。

「こ、これは……」

 綱渡り。そうとしか言えなかった。

 目の前にはとても長いロープが一本。その周りには何もない。そして、自分が立っている場所はどうやら、とても高い場所らしく、チラリと下を見ても底が見えなかった。更に、ロープはリョウが立っている場所と同じような塔に繋がっている。あの塔に向かうためにはこのロープを渡らないと駄目だろう。

「おおっと、これは落ちたら一溜りもないでしょう。しかし! 私の自慢のピエロは破竹の勢いで渡ってくれる事でしょう!」

 そう断言するレミリアはリョウが立っている塔と似たような塔に乗っている。しかし、場所は離れている。丁度、リョウが立っている塔、ロープが繋がっている塔、レミリアが立っている塔を繋げば正三角形が出来るような構図だ。

「じゃあ、演目を盛り上げるためにバンドの演奏をお聞きください!」

 レミリアがそう言いながらまた指を鳴らすとその視線の先にライトが当たって5人の人を照らす。

「あれは……」

 その5人をリョウは見たことがあった。

 ベースを嬉しそうに弾いている響の式神である雅。

 ドラムをおろおろしながら叩いている擬人モードの霙。

 美しくキーボードを弾いているリーマ。

 いつものアロハシャツを着こみ、ギターを鳴らしているドグ。

 そして、可愛らしくトライアングルをかき鳴らしている奏楽。

 リョウと響の式神たちだった。

「ど、ドグ!?」

 自分の味方であるドグが主人を放っておいてギターを弾いていることにドグの主人は叫んでしまう。

「うんうん! 雰囲気も出て来ましたね。ピエロの準備もいいかな?」

 レミリアの問いかけに応じる間もなくリョウの手に細長い棒が出現する。よく、綱渡りをする人が持っているあの棒だ。

「それではー! 行ってみましょう!!」

「なっ……」

 戸惑っているリョウの背中を誰かが押した。振り返るともう一人のレミリアが笑顔でリョウに手を振っているのが見える。

(レミリアが、二人!?)

「おっと!?」

 バランスを崩しそうになり視線を前に戻したおかげでギリギリ、ロープに着地することに成功するも、状況について行けずリョウは困惑していた。

「レミリア!」

 バランスを保ちながらもう一度、後ろを見るがそこには何もなかった。リョウが先ほどまで立っていた塔もない。ロープはどこまでも続いており、終着点は見えなかった。

「な、何で……」

 闇の向こうへ続いているロープを見て呆然としてしまう。

「さぁ! ピエロ、向こう岸の塔に辿り着け!」

 突然、レミリアが命令口調になる。

「……やるしかないか」

 ここは響が作り出した世界。能力はおろか、飛行能力も失われている可能性がある。状況が分からない以上、下手なことはしないほうがいい。そう判断したリョウは長い棒を使って上手くバランスを保ちながらゆっくりと塔へ近づいて行く。

「おお、順調に進んでいますね! でも、ただの綱渡りじゃありませんよ? ここからある仕掛けを作動させましょう」

「何?」

 塔まで後半分というところでレミリアが笑顔で手元のボタンを押した。そして、レミリアの両隣りにガシャンと何かが現れる。

「このガトリング砲でピエロを狙撃します。でも、大丈夫! ピエロなら何とかしてくれるでしょう!」

 2丁のガトリング砲に手を当てながら断言するレミリア。しかし、そのピエロであるリョウは冷や汗を流し始める。

(じょ、冗談じゃない!!)

 ガトリング砲の銃弾を防ぐための能力はない。今、確認した。飛べる保障もない。下がどうなっているかもわからない。そんな中、鉛玉の弾幕を張られたら1秒もかからずハチの巣になる。そこまで考え、リョウは今までより何倍ものスピードで綱を渡り始めた。

「それでは、発射あああああ!!」

 だが、間に合わなかった。レミリアの掛け声と同時に2丁のガトリング砲が火を噴く。

「ガッ?!」

 途端にリョウの体を銃弾が何発も貫く。激痛が体中を駆け巡る。

(痛みが、あるのか!?)

 リョウは危険だとわかっていても、痛覚まであるとは思っていなかった。ここは響が作り出した世界。つまり、幻覚だ。それは夢を見ているのと同じこと。だが、夢なのに痛みがある。それだけでもマズイのに、これから――――――自由落下が起こる。

「うわああああああああああああああああああ!!」

 血だらけの体が空中に投げ出され、重力に捕まってしまう。リョウは物理法則に倣い、そのまま奈落の底へ落ちた。

(やばい、やばいやばいやばい!!)

 ビュウビュウと風を切りながら落ちる。まだ、底は見えない。

「あーあ……落ちてしまいましたか。では、そんな無様なピエロには罰を与えましょう」

「ば、罰!?」

 頭上から聞こえるレミリアの声を聞いた時はどんな罰が来るのか想像も出来なかったが、下を見た瞬間、すぐに理解する。

「……死んだ」

 眼下にはアリすらも貫けるほど、細くて長い大量の針が並んでいたからだ。

 飛べず、力のないピエロは悲鳴を上げながらそのまま―――――――――――。

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 気付いた時には痛みしかなかった。目の前も真っ暗である。

(死んだ……のか?)

「あのピエロは死にました。しかし! 私にはまだピエロはいます! 次こそは成功するでしょう!」

 スポットライトがレミリアを照らしていることに気付き、死んでいないと悟った。

(でも、確かにあの時……)

 針が体中を突き刺した感覚が再び、リョウを襲う。無意識の内に体が震える。

「お次は火の輪潜り!」

 そして、リョウはもう一つ、わかってしまった。

 

 

 

 このスペルは――まだ終わっていないことを。

 



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第251話 道化師の夢

「でも、ただの火の輪潜りじゃありませんよ? なんと、今回はリングではなく筒で行いたいと思います!」

 そして、リョウの前に人一人が潜り抜けられそうなほどの筒が現れる。その筒は燃えている。更に熱が平等になるように筒そのものが回転していた。その筒の下からも火が上っている。

「それでは、ピエロ! 頑張って!!」

 しかし、レミリアの声を聞いてもリョウは動けなかった。筒の全長は20メートル、ある。成功するわけがなかった。飛べたり、能力が使えたらこれぐらい苦でもないのだが、今のリョウにとって目の前で回転し続けている筒は凶器にしか見えない。

「むぅ? 今度のピエロは怖がりなようですね。では、こうしましょう」

 ――ジャキッ!

「え?」

 不意に後ろから聞こえた轟音にリョウは振り返る。そこには巨大なギロチン。

「……は?」

「さてさて、後ろから迫りくるギロチンで死ぬか、はたまた成功すれば怪我一つなく帰って来られる火の輪潜りを選ぶのか? これも一つの余興でしょう!」

 レミリアの言う通り、ギロチンはゆっくりとリョウに向かって来ている。どうして近づいて来ているのか、リョウにはわからなかったが、このままだとあのギロチンに真っ二つにされることはわかった。

「……ああ、もう!」

 筒の中は火傷じゃすまされないほど熱いだろう。だが、必死に前に進めば終わりが来る。筒を選ぶのは必然だった。

 リョウは全力で筒の中に飛び込んだ。

「あ、あああああああ!!」

 やはり、失敗。筒の体を叩き付けた瞬間、痛みがリョウを襲う。

(ま、負けるかよ……)

 そんな中、リョウは転がるように筒の中を進む。もう少しでゴールだ。

「あー、また失敗ですか……なら、おしおきですね。どうぞ」

 でも、レミリアは許さない。

 やっと、筒の終わりが見え、その先にレミリアの姿を捉えたリョウだったが、すぐにレミリアの姿が見えなくなった。

「え?」

 転がりながらリョウは声を漏らしてしまう。

(ま、まさか!?)

 それから数秒で筒の終わりに辿り着くも出られない。蓋がされていた。

「だ、出せ!! 出せよ!!!」

 蓋を乱暴に叩くが、うんともすんとも言わない。

 ――ジャキッ! ジャキッ! ジャキッ!

 そして――確実に近づいて来ている死神の足音を耳にする。

「……」

 痛みを忘れ、リョウはぎこちない動きで振り返った。その視線の先で筒がギロチンに斬られている光景があった。金太郎飴を小さく切っているような。

「あ、ああ……」

 ――ジャキッ!

 ギロチンが目の前で降り降ろされた。後一回でリョウの体をぶった切るだろう。

「や、やめ……助け……」

 ギロチンがゆっくりと上へ戻って行くのを見ながらピエロは神に助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 ――ジャキッ!

 

 

 

 

 

 でも、その願いは届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからもリョウの地獄は続いた。

 クマと同じ檻に入れられ、食い殺された。

 玉乗りに失敗したらその玉に入れられて大砲で壁に向かって撃たれ、潰れた。

 鞭で何回も叩かれ、皮が引き裂かれ、出血多量で死んだ。

 ジャグリングには本物の剣を使い、手が血だらけになった。落としたら、落とした分だけ自分の体に剣が突き刺さったりもした。

 

 

 

「はぁ、は、はぁ……」

 無傷のリョウはもう、満身創痍だった。

 傷は残らないが、激痛と記憶は残る。何度も死んで、何度も痛めつけられて、何度も蘇って――。

(も、もう……殺してくれ……)

 地面に倒れながらリョウは願う。しかし、その願いは叶わない。

「なかなか、成功しませんね……それじゃ、最後と行きましょうか」

「さ、最後?」

 涎を拭き取ることさえ出来ないリョウでもやっと終わりが来ることを理解した。

(やっと……死ねるんだ)

 もう、ここは響が作り出した世界だということを忘れていた。それほど、衰弱しているのだ。

「じゃあ、最後は……復讐と行きましょう」

「……え?」

 一瞬、『復習』と聞き間違えて焦った。今までやって来た演目をもう一度、体験するのかと思ったのだ。

「ピエロは一番、誰を憎んでいるんですか?」

「憎んでいる?」

 そこでやっと『復讐』だとわかった。

(あたしが……俺が憎んでるのは……)

「レミリア・スカーレット」

 リョウはそうはっきりと答えた。

「……ほほう。私のことが憎い? なるほどなるほど。そりゃ、こんなことされたら憎むよねぇ」

 突然、レミリアの声が低くなり、ピエロは主人の顔を窺う。

「ひっ……」

 思わず、悲鳴を漏らしてしまうほども冷笑を浮かべていた。

「では、復讐と行きましょうか。観客の皆さん! お願いします!」

 その時、真っ暗だった周囲が明るくなる。リョウはあまりの明るさに目を庇った。

(な、何だ?)

「……なっ」

 目を細めながら見渡して、絶句する。

 

 

 

 5万人ほど人が入れそうな観客席。その全ての席に――レミリアが座っていた。

 

 

 

「このピエロは主人である私とお客様を深く憎んでいるそうです! そんなピエロは要りません! さぁ、一緒に『復讐』しましょう!」

「何を言って……」

 言葉を失くしているリョウの手首に鎖が巻き付く。

「は、離せ!」

 鎖を解こうと暴れるも無駄。リョウの体は持ち上げられて吊るされてしまった。その姿はまるで、処刑される囚人のようだった。

「では、順番にピエロにこれを投げつけて貰います」

 そう言っているレミリアの手に少し大きめのナイフがあった。

「ま、待ってくれよ……」

「さ! ショーの始まりです! 皆様は係員の指示に従ってこのステージに来てください! 決して、押したり走ったり追い抜いたりしたら駄目ですよ?」

「待ってって!!」

 ピエロは必死に止めようとするが、誰も止まらない。

「はい、どうぞ」

「ええ、どうも。これを彼に投げつければいいのね?」

「そうですそうです。殺すつもりでどうぞ!」

 レミリアがレミリアにナイフを渡す。

「待って……」

 とうとう、リョウは泣き出してしまった。

「それっ!」

「ぁっ……」

 レミリアが投げたナイフはリョウの腹部に深々と突き刺さる。

「それじゃ、次は私! えいっ!」

「あがっ……」

「そいっ!」

「ッ……」

「そりゃ!」

 次から次へと投げつけられるナイフを全て受け止めるリョウは絶望していた。

 

 

 

 この痛みが後5万回以上、続くのだとわかっていたから。

 

 

「あ、そうそう」

 意識が薄れて行く中、ピエロの主人は何かを思い出したようでピエロにこう語った。

「この後、練習ね。今日、失敗した演目を一からやってもらうから」

「……もう、殺してくれ」

 ピエロはそのまま、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 ショーが終わるのはまだしばらく先のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お面を付けたまま、リョウは数秒間、硬直していた。しかし、すぐにお面から漏れていたドス黒いオーラが消える。

「っ……」

 そのまま、お面が砕け散り、いたるところからリョウは体液を撒き散らしながら落下し始めた。

 それを見て俺は正直、戸惑った。一体、この数秒間で何があったのかわからなかったからだ。

(このスペル……どんな技だったんだ?)

「主人!」

 困惑していると下でリョウをドグが受け止めた。

「ドグ!?」

 雅と霙が足止めしてくれていたはずなのに、どうしてこんな所にいるのだろうか。

「おい! しっかりしろ! 主人!!」

「ぁ……ぁっ」

 ドグが必死に声をかけるもリョウは口をパクパクさせるだけで言葉を紡ぐことは出来ない。

「響! お前、何したんだ!」

「俺だってよくわからないんだよ!」

「ちっ……じゃあな!!」

 この状況で俺に勝てる見込みはないと思ったのか、ドグは舌打ちして逃げる。

「あ、待て!」

 追いかけようとするも背中の翼が散った。

「え?」

 純白の羽が舞う中、呆然としていると目の前がぐるりと回転する。いや、違う。俺の体が180度、反転して落ち始めたのだ。

「く、そ……」

 『シンクロ』も解けて普段の制服姿になりながら悪態を吐く。このままでは頭から地面に叩き付けられてしまう。衝撃に耐えるために目を閉じて体を強張らせた。

「全く、貴方は私に受け止められるのが好きなの?」

 背中に温もりを感じて目を開けると呆れ顔で霊夢が俺をだっこしている。

「れ、いむ?」

「ほら、『シンクロ』したら疲れるんでしょ? 十分、頑張ったんだからもう休みなさい」

「でも……」

 すでに小さくなっているドグを見て渋る。あいつらを逃がせばまた、襲って来る。その時に俺の近くにいた人に迷惑をかけてしまう。

「いいから」

 苦笑で霊夢がそう促す。

「……うん」

 彼女の顔を見ていると瞼が重たくなり、俺は目を閉じて魂に引き込まれた。

 



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第252話 理不尽な現実

「……ん」

 目を開けると夜空が見えた。

(あれ……僕)

 確か、妖怪の攻撃を受け止めてそのまま――。

「桔梗ってば! 落ち着いて!!」

「離してください! マスターに会わせる顔がありません! 死にます!」

「だから、落ち着いてって!!」

 体を起こすと少し離れた場所で桔梗とこいしさんが暴れていた。

「ど、どうしたんですか!?」

 慌てて駆け寄り、桔梗を押させる。

「ま、マスター!?」

 僕に気付いた桔梗は目を丸くして驚愕した。

「キョウ、なんだね?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

 こいしさんの質問の意図が分からず、首を傾げるが今は桔梗の方が大事だ。

「桔梗、何があったの? 僕に会わせる顔がないって言ってたけど……」

「……マスター、本当に申し訳ございません!!」

 やっと落ち着いた桔梗は僕から離れて土下座する。

「謝ってるだけじゃわからないよ……何があったの?」

「その……また、物欲センサーが発動しまして……」

「え!? 何を食べたの?」

「……」

 僕の質問に沈黙する桔梗。

「……咲を食べたの」

 その代わりに、こいしさんが答えた。

「え?」

「桔梗、咲の死体を食べたの」

「ま、待ってください! 咲さんが? え?」

 先ほどまで僕の背中にしがみ付いていた咲さん。一緒に旅をすることになって一番、仲良くしてくれた。その咲さんが。

「死んだ?」

「……うん」

 頷くこいしさんの表情は暗い。それが嘘ではないと証明していた。

「そ、そんな……あ、妖怪は!?」

「キョウが倒したよ」

「僕が?」

 そんなはずはない。だって、僕は今まで気絶していたのだから。

「それは後で説明するよ……それより今は」

 こいしさんは今も土下座し続けている桔梗を見る。

「こいしさんが言ってることは本当?」

「……はい、私は咲さんを食べました」

「……そう」

 桔梗の物欲センサーは一度、発動するとなかなか桔梗は正気に戻ることが出来ない。

「咲の死体なら……そこの茂みに」

「……」

 それを聞いて僕はその茂みを覗く。

「うっ」

 そこには見るも無残な咲さんの姿があった。

「咲さん……」

 吐き気を抑えながら両手を合わせる。

「キョウ、どうするの?」

 いつの間にか僕の後ろに立っていたこいしさんが問いかけて来た。

「……」

 正直、どうしていいのかわからない。このまま、放っておいた方がいいのか。それとも、土に埋めたり、燃やしてあげた方がいいのか。

『お願い』

「……?」

 耳元で何かが聞こえ、周囲を見渡す。しかし、何もない。

「どうしたの?」

 そんな僕をこいしさんは不思議そうに見ている。

「いえ、今何か聞こえたような……」

『お願い』

 今度ははっきりと聞こえた。

「ほら! やっぱり、何か聞こえますよ」

「何かって?」

「それは……」

 どこかで聞いたことのある声。そう、この声は――。

『キョウ君、私を連れて行って』

「咲さん?」

 ――咲さんの声だった。

『お願い、桔梗に私を……』

「……桔梗」

「は、はい!」

 振り返ると桔梗が不安そうな顔で僕を見ていた。

「咲さんを……食べてあげて」

「「え?」」

 僕がこんなことを言うとは思わなかったようで桔梗もこいしさんも変な声を漏らす。

「多分、咲さんもそれを望んでるから」

「で、ですが!?」

「お願い、桔梗……」

「……わかりました、マスターの命令とあらば」

 桔梗も僕が真剣だとわかったようで咲さんの元へ飛んで来た。

「キョウ! どうして!?」

 だが、こいしさんは納得していないらしい。

「このまま……こんな姿のまま、埋められたり、燃やされても咲さんは喜ばないと思うんです。なら、桔梗に食べて貰ってその存在を桔梗の中に残す方がいいと思ったんです」

「桔梗の中に、存在を残す?」

「はい。桔梗は何かを食べると力を得ます。薬草がいい例です。あんな感じで咲さんを桔梗の中に残すんです」

 それがどんな形で残るのかは僕にも桔梗にも――咲さんにも分からないけれど。

(これで、いいんですよね?)

『うん。ありがとう、キョウ君』

「咲さん、ごめんなさい」

 桔梗は謝った後、食べかけの死体に再び、食らいつく。涙を流しながら。

「「……」」

 それを僕とこいしさんは黙って見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 俺が目を開けると目の前に吸血鬼がいた。

「……それにしても、増えたなぁ」

 俺の部屋には吸血鬼、狂気、トール、闇。そして、こいしと猫がいた。

「キョウ! すごかったよ!」

 それを見ていると俺に気付いたこいしが抱き着いて来る。

「そうか?」

「うん! あのリョウを一瞬にして倒しちゃうんだもん!」

「……ああ、そうだな」

 実際、俺は何もしていない。全て、こいしや助けてくれた皆のおかげだ。ただ、俺に皆の力が集まっただけのこと。本当にすごいのは皆だ。

「にゃにゃー! 響、やっほー!」

「おう、猫。いらっしゃい」

 更にこいしの頭に乗っている猫(白猫だった)が右前脚を上げて挨拶して来る。

「ありがとな、お前がいなかったら俺は今も石のままだったよ」

「そんにゃことにゃいよ。私も助けて貰ったし」

「助け? そんなこと、したか?」

 猫はこいしが適当に連れて来た。だから、俺との面識はないはず。

「にゃにゃ! これは言っちゃいけにゃことだったにゃ!」

 そう言ってこいしの頭から飛び降りて闇の肩によじ登る。『これ以上、追求するな』と言うことらしい。

(でも、逃げ場所を間違えたな……)

「……にやぁ」

「にゃ?」

「わー!! 猫さんだー!!」

「にゃあああああああああああああああ!!」

 肩に乗っていた猫を闇が捕まえてわしゃわしゃと撫で始める。猫はなすがままにされていた。

「はぁ……それで、外の状況は?」

「ふむ、あの後、雅たちと合流して一度、地霊殿に戻ったぞ」

 トールが腕を組みながら教えてくれる。

「でも、今回は少しヤバかったな」

「え? 何が?」

 狂気の呟きの意味がわからず、質問した。

「こいしとの『シンクロ』が強制的に解除されただろ? あれだよ」

「そうだ。何だったんだよ、あれ」

「多分だけど……響が使った『演目』が原因だと思うわ」

「あのスペル、ものすごく邪悪な力だったよ」

 吸血鬼の推測に闇が補足する。

「これは我の想像なのだが、『フルシンクロ』は陽なんじゃと思う」

「陽?」

「光とかそっち系。つまり、魔力や霊力、妖力、神力が属してる力のことよ」

「そして、陰は私のような狂気。闇といった所謂、ダークサイドの力だな」

「それで? 『フルシンクロ』が陽なら何であんなことが……あ」

 そこまで言いかけて俺も気付いた。

「そうか……俺が使った『演目』は陰。そこで属性の衝突が起きて、『フルシンクロ』が解けたんだ」

「その通りじゃ。今まで使って来たスペルは全て、陽だった。しかし、今回のスペルは陰だった。だから、ああなった」

「でも、小町とのシンクロで使ったスペルは? あれ、完全に陰だろ?」

「そうかしら? 死神と言うのは決して、悪い存在じゃないのよ?」

「死神が悪い存在じゃない?」

 人を死へ誘う存在なのだから悪いのではないのだろうか。

「お前は人間だからそう思うだけで世界から見たら死神は警備員なんだ。溢れ返っている魂を監視して輪廻を繰り返させる。そして、その輪廻から抜け出しそうになっている魂を狩って元の場所に戻す。それが死神の仕事」

「……なるほど。つまり、魂を狩ることは悪い事じゃないんだな?」

「まぁ、必要以上に狩ってたらそれは犯罪だけどね」

 吸血鬼は苦笑いでそう締めくくった。

「しかし……どうして、陽だけだったスペルが陰に?」

 そう、そこが問題だ。

「……多分、私と同調したのが原因だろうな」

 俺の疑問に答えたのは狂気だった。

「どういう事だ?」

「だから、響の魂が汚染され始めてるってこと。今までは何とか、狂気が抑えていてくれたけど……同調した日からそのバランスが崩れたの」

 狂気の代わりに吸血鬼が答える。

「……」

 それを聞いて狂気は奥歯を噛み締めた。見るからに悔しがっている。

「狂気……」

 俺は狂気の名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「狂気よ。そう自分を責めるでない。お主は精一杯のことをしておるではないか」

「そうよ。狂気のせいじゃないわ」

「……ありがとう」

 トールと吸血鬼に励まされて狂気も少しは楽になったようだ。

(バランスか……)

 俺と狂気が魂同調した結果、魂バランスが崩れてしまい、今回のように陰の力が表に出た。

「なぁ、そのバランスってもう直せないのか?」

「ああ、私一人の力では無理だ」

「……一人じゃなかったら?」

「……どういう事だ?」

 目を細めて狂気が問いかける。

「お前一人でやろうとするからダメなんだ。ここにはたくさんの味方がいるじゃんか」

「味方?」

「何じゃ? お主は我たちのことを味方だとは思っておらぬのか?」

「まぁ、それは酷い話ね。一緒に戦った仲じゃない」

「狂気、遊んでくれたじゃん! 友達だよ!!」

「にゃー! 妖力をコントロールするやり方、教えてくれたにゃん!」

 トール、吸血鬼、闇、猫が不満げに言う。

「……本当に、ありがとう」

「おいおい、俺も忘れるなって」

 俯いてしまった狂気に手を差し伸べる。

「一緒に考えようぜ? これからのことを」

「……ああ、そうだな」

 俺の提案に狂気は微笑むとギュッと握手した。

 ――ならば、私も協力しなければなりませんね。

(レマ?)

 突然、レマの声が聞こえたと思った矢先、狂気の体がほんのり光を放つ。

「な、何だ!?」

 それを見て狂気が目を見開く。そりゃ、自分の体が光ったら驚くに決まっている。

「……む?」

 最初に気付いたのはトールだった。

「狂気よ。お主の妖力、安定してはおらぬか?」

「は? そんなわけ……」

 ガドラの炎を喰らってから狂気の妖力はずっと安定していなかった。しかし――。

「あ、あれ?」

 自分の中に流れている妖力を探って狂気は目を点にする。

「本当……安定してるわ」

 目を青くして吸血鬼も驚いていた。

(確かに、妖力が落ち着いてるな……)

 吸血鬼と同じように魔眼で狂気を見ると先ほどまで暴れまわっていた妖力が異常なほど落ち着いていた。

「にゃー! やったにゃー!」

「これで、魂バランスも戻りそうだね!」

 猫と闇が嬉しそうに頷き合っている。

「魂バランスが崩れたのって狂気の妖力が安定していなかったからなのか?」

「ええ、そうよ。響に私たちが地力を渡すことによってバランスを保っていたのだけど、狂気の場合、渡す量の調節が難しくなってて」

(……サンキュ、レマ)

 ――いえいえ、私にはこれぐらいしか出来ませんので。

 心の中でお礼を言うとレマが照れくさそうに(声で判断するしかないのだが)言った。

「……もういいかな?」

「あ、悪い」

 振り返ると部屋の隅でこいしが体育座りで拗ねていた。

 



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第253話 猫の力

「ぶぅ」

「だから、謝ってるだろ?」

「ふん!」

 あれから数十分間、こいしは不貞腐れたままだったので、今度、遊んでやることを約束させられやっと機嫌が直った。

「あ、そうそう。一つだけ気になってたんだけどさ」

 吸血鬼の入れた紅茶を美味しそうに飲んでいたこいしが話しかけて来る。

「ん? 何だ?」

「何で、あんなに速くなったの?」

「はぁ? 何のことだ?」

「ほら! リョウと戦ってた時に! ものすごく速くなったでしょ?」

「……ああ、あれか」

 リョウも驚いていた。俺自身、あそこまで速くなるとは思っていなかったので吃驚したのだが。

「あれは何でなの?」

「にゃにゃ! それは私の力にゃ!」

「猫の?」

 いつの間にかこいしの頭の上にいた猫が俺の代わりに答えてくれる。

「さっきも説明したと思うけど、俺の能力は変わるんだ」

「確か、トールと魂同調すると『創造する程度の能力』になるんだっけ?」

「そうそう。それで、猫の場合は『運動神経が良くなる程度の能力』なんだよ」

「……何で?」

「猫は動物だろ? 人間に比べて運動能力は高い。素早く動いたり、高くジャンプしたりな……それが反映されてんだと思う」

 まぁ、簡単に言っちゃえば、運動神経が普段より何倍も良くなるのだ。

「だから、あんなに速く動けたの?」

「ちょっと雷の力を使って運動神経の伝達スピードを上げたけどね」

 紅茶のおかわりを持って来た吸血鬼が補足する。

「前は『雷輪』っていうスペルを使わなかったら出来なかったけど、猫の力と並行すればスペルなしで同等の力を発揮できたんだ」

「じゃあ、その『雷輪』っていうスペルは必要ないんだね?」

「……そうとも、言えないんだよなぁ」

 実は、猫の能力は効果時間が短い。多分、猫自身の妖力が少ないので動けても一瞬だけなのだ。それにかなりの地力を消費する為、連発できない。

(当分は『雷輪』も使うだろうな……猫は緊急時以外、使わないようにしなきゃ)

「てか、お前、俺たちの戦い、見てたのかよ」

「まぁ、ね。あ、そう言えば、お燐の猫車、どこに行ったか知らない? どこにもないんだよね」

「猫車って……確か、魂を撃ち込む時に魔方陣の中にあった猫車のことか?」

 俺の魂に猫が吸収された原因だとパチュリーが言っていた。

「そうなの。お燐、泣くだろうなぁ……」

「壊れちゃったとでも言っておけば? すでにボロボロだったし」

「うん……って、あれ? キョウ、何で知ってるの?」

「……あれ?」

 そうだ。俺は石化していて自分の目では猫車を見ていない。なのに、どうしてわかったのだろうか。

「……本当に俺って、謎だらけだな」

「?」

 俺の呟きの意味がわからなかったようで、こいしは不思議そうに俺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 桔梗【バイク】に乗って僕とこいしさんは子供たちがいるという川の傍まで来ていた。

「あ! こいしお姉ちゃん! キョウ!!」

 最初に僕たちに気付いたのは雪ちゃんだった。正直言って、今一番、会いたくない人だった。

「大変なの!」

「……え?」

 大変だったのはこっちであって、雪ちゃんたちは安全な場所に避難していたはず。それなのに何か事件でもあったのだろうか。

「お姉ちゃんが! 月お姉ちゃんが!!」

「ッ!? 月がどうしたの!?」

 こいしさんが目を見開いて追究する。

「突然、血を吐いてそのまま、倒れちゃった!」

「桔梗!!」

「はい!」

 もう、倒れそうなほど疲れていた僕たちでも、雪ちゃんの表情から緊急なのはすぐにわかった。バイクから人形の姿に戻った桔梗を肩に乗せて僕たちは月さんの元へ急いだ。

「……これは」

 月さんの様子を見ていた子供たちに避けて貰って月さんの傍に来た。しかし、その姿はあまりにも弱々しくて今にも死にそうだった。

「月! 大丈夫!?」

「……こ、こいしお姉ちゃん?」

 月さんが目を開けて少しだけ微笑んだ。だが、すぐにむせてしまい、血が口から垂れる。

「桔梗! お願い!」

 桔梗【薬草】を使えばきっと、助かるはず。

「……」

「……桔梗?」

 僕の肩に乗ったまま、桔梗は動かなかった。

「どうしたの? ねぇ!」

「マスター……残念ながら、もう……」

「もうって……どういう事なのさ!!」

「キョウ君、もういいの……」

 叫ぶ僕を止めたのは月さんだった。

「月さん?」

「私……昔から体、弱くて。桔梗ちゃんに治してもらったのに……ゴメンね?」

「桔梗! お願いだから、治してあげて!」

「この病気に有効な薬草を……食べていません」

「そ、そんな……」

 つまり、桔梗【薬草】でも月さんを治せないってことではないか。

「やっぱり……なんか、いつもと違うような気がしてたんだよね」

「月、もう喋っちゃ駄目!」

「こいしお姉ちゃん、最期ぐらい話させてよ」

「最後とか言わないで!!」

 これは、僕にもわかった。月さんの言葉とこいしさんの言葉の違い。『最期』と『最後』。

「今まで、ありがとう……私たちを守ってくれて」

「そんなことない! これからも一緒だって!!」

「……キョウ君、咲お姉ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

「え?」

 確かに、僕は咲さんと行動することが多かった。ご飯の時、隣に座ってくれて世話を焼いてくれたり、お仕事もほとんど一緒にやっていた。

「咲お姉ちゃん、多分、キョウ君のことが好きだったんだと思う」

「スキ?」

「弟が出来たって喜んでたけど……ゲホッ」

「月お姉ちゃん!」

 雪ちゃんが慌てて、月さんの背中を擦る。

「ありがと……咲お姉ちゃんは、キョウ君のこと、男の子として好きだったんだよ?」

「え、あ……」

 まだ、好きだとか恋だとか、そう言った感情は理解できなかった。だから、僕は戸惑うしかなかった。

「そんなお姉ちゃんを見て、私、嬉しかった……お姉ちゃん、いないみたいだからバラしちゃったけどお姉ちゃん、怒るかな?」

「「「ッ……」」」

 その発言を聞いて僕とこいしさん、桔梗は思わず、息を呑んでしまった。

「……まさか、咲お姉ちゃんは」

「……ゴメン。私がいたのに……守ってあげられなかった」

 こいしさんはギュッと手を握って言う。その手から血が滴り落ちていた。

「こいしお姉ちゃん、お願い」

「え?」

「雪を、お願いね。私たちがいな、くなっちゃったらこ、の子、独りになっちゃう。だから、出来るだ、け傍にいて、あげて?」

 とうとう、言葉がつっかえ始めてしまう月さん。

「もちろん! 私は、ずっと傍にいるから!!」

 月さんの手を握るこいしさん。月さんの手も血まみれになってしまった。

「雪?」

「何?」

 雪ちゃんは不思議と落ち着いていた。僕たちの傍に咲さんがいなかったからある程度のことは察していたのかもしれない。

「ゴメ、ンね?」

「ううん……私をずっと、守って来てくれてありがとう。私、お姉ちゃんたちの分まで生きるから。絶対に、幸せになるから!!」

 でも――雪さんの目から涙が零れてしまった。

「……そう。なら、あんし、ん……」

 そんな妹を見ながら月さんは笑顔で目を閉じる。そして、そのまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、僕たちは2人も仲間を亡くした。しばらく、子供たちのすすり泣く声が森に響いた。

「……桔梗」

「何でしょう?」

 僕は泣きながら桔梗に話しかけた。

「もう、こんな思い……したくない」

「……はい、私もです」

「僕たちはいつまで一緒にいられるんだろうね?」

「私は、この身が壊れるまでマスターの傍にいますよ?」

「……うん」

 本当に、桔梗がいてよかったと心からそう思った。

「ま、マスター?」

 ギュッとその小さな体を抱きしめる。

「ゴメン。こうしててもいい?」

「……はい。私でよければ」

 桔梗は僕の腕の中で大人しくしていた。その間も僕は泣き続ける。

(どうして……こうなっちゃったのかな?)

 そんな疑問が僕の中にずっと、蟠りとして残っていた。

 



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第254話 数十年後の再会

「……」

 『シンクロ』のデメリットで魂に拘束されていたが、やっと表の世界に帰って来た。

(えっと……)

 目を開けると見覚えのない天井。多分、地霊殿だ。そして、背中から伝わる感触で俺はベッドに横になっていることもわかった。

「でも……これは?」

 そして、一番の問題。それは俺の両隣りに誰かが寝ている事である。腕をギュッと抱きしめられているのでわかった。

 そっと、右を見てみるとそこにはこいしがいた。気持ちよさそうに眠っている。

 左を見ると何故かさとりが寝ていた。こちらもすやすやと寝ている。

「……んん?」

 そこでお腹の辺りが普段よりも重いことに気付く。顔を上げて見てみると尻尾が2股に分かれた黒猫が寝ていた。更に、その黒猫に乗って寝ている鴉。

(何だ、この状況)

 このままでは身動きが出来ない。

「雅」

「はいはい」

 俺が魂に拘束された時に外の世界に戻った雅を呼ぶ。スペルは使っていないが、雅の意志でこちらに召喚出来るのでそれを利用した。

「頼むわ」

「……響って何をしたらそんなに慕われるの?」

「知らねーよ。勝手にくっ付いて来るんだから」

「そんな貴女も響さんの事が大好きなくせに」

「……はい!?」

 俺と雅の会話に割り込んで来たのは、いつの間にか起きていたさとりだ。

「おはよう」

「おはようございます」

「離れてくれない?」

「私、低血圧なのでちょっとこのままでいいですか?」

「いや、そんな微笑みながら言っても説得力のカケラもないんだが?」

 低血圧の人はもっと、イライラしているはずだ。

「それにしても、雅さんは素直ではありませんね」

「な、なな!?」

「あ、さとりは人の心が読めるんだよ。お前、今、めっちゃ読まれてるよ」

「か、帰る!!」

「あ、おい!!」

 顔を真っ赤にして雅は外の世界に帰ってしまった。

「ふふ……」

「あまり、雅をいじめるなよ」

「すみません。でも、貴方も雅さんをいじめてるじゃありませんか」

 俺も一瞬だけ、リョウの記憶を読んだことがある。きっと、心だけでなく過去も読めるのだろう。

「さてと……さすがに起きなければなりませんね」

 俺の腕を離してさとりは黒猫と鴉を抱き上げてベッドから降りた。

「響さんはもう少し、その子と寝ていてあげてください」

「その前に一ついいか?」

「何でしょう?」

「……いや、やっぱいい」

「そうですか?」

 不思議そうに俺を見ながら首を傾げるさとり。

「ああ。あ、そう言えば、魔理沙は大丈夫なのか?」

「はい。今朝早くに目が覚めて今、もりもりと朝ごはんを食べていると思いますよ」

「……お前、もしかしてずっと起きてた?」

 俺たちを起こしに来たさとりはそのまま、ベッドの中に潜り込んだ。そんな気がする。

「何のことでしょう?」

 さとりは素知らぬ顔でそのまま、部屋を出て行ってしまった。

「……たく」

(素直じゃないのはどっちだよ)

「ホントに困ったお姉ちゃんだよね」

「おはよう、こいし」

「おはよう、キョウ」

 こいしの方を見ると彼女は嬉しそうに笑っていた。

「どうしたんだ?」

「ううん! やっと、キョウとお話しできると思って」

「さっきまでしてたじゃんか」

「こうやって、表の世界でだよ……ねぇ、キョウ?」

「ん?」

 突然、顔を伏せてしまったこいし。

「咲と月のこと、覚えてる?」

「……ああ」

「全部、思い出した?」

「全部とは言えないけど……ある程度は」

「そう……」

 まだ、こいしの中で咲と月のことが枷になっているのだろう。

「こいし」

「ん?」

「遊んでやるって約束、したよな?」

「うん、したね」

「遊びじゃなくて……デートしないか?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、響は何を考えてるんだか」

「まぁまぁ! あいつも大変だったんだし! これぐらいいいじゃん!」

「悪いな、二人とも」

 地霊殿の中で合流した霊夢と魔理沙に地上までの道案内を頼んでいた。

「キョウ、どこに行くの?」

 そして、こいしも一緒に来ている。

「内緒だ」

「えー! デートなんだから教えてくれてもいいじゃん!!」

「何がデートよ」

 霊夢は何故か、不機嫌だった。

「霊夢?」

「別に、羨ましいとか思ってるわけじゃないのよ? 今回、響の『シンクロ』は不安定だったみたいだから何か異常があるんじゃないかって思って、今すぐにでも永遠亭に連れて行きたいのよ」

「お前とも今度、出かけてやるから今日の所は許してくれない?」

「ええ、わかったわ」

「ちょろいなっ!?」

 少し満足げに頷いた霊夢に対して魔理沙がツッコんだ。

「……キョウ」

「何だ?」

「楽しいね」

 こいしを見ると微笑んでいた。

「……ああ、そうだな」

 リョウたちはまだ、生きている。きっと、また俺を狙って襲って来るはずだ。

 

 

 

 でも、今は楽しんでもいいだろう。少しぐらい、気を緩めてもいいだろう。

 だって、あんなに頑張ってこの日常を守ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に到着した俺たちは一度、解散した。霊夢はこころに俺を見つけたことを報告するために博麗神社に。魔理沙は汚れてしまった服を変えに自分の家に。そして俺たちは――。

「人里?」

「そうだ。ここに用事がある」

 こいしを連れだって人里に来ていた。

「響ちゃん! 今日は早いんだね!」

「はい、ちょっと泊まりで依頼をこなしていました」

「そうかいそうかい! 頑張ってね!」

「ありがとうございます」

 こいしと並んで歩いていると人里の皆に話しかけられた。いつものことなので、一言二言、言葉を交わしてまた歩き始める。

「キョウ、人気だね」

「そうか?」

「うん、キョウと話してる時、皆、嬉しそうだったもん」

 何故か、そう話しているこいしも嬉しそうだった。

「あ、ここだよ」

「ここ?」

 こいしはその民家を見て首を傾げる。

「ここ、普通の家だよ?」

「そうだな」

「いや、そうだなって……」

 納得していないこいしを放っておいて俺は民家のドアを開けた。

「おばあちゃん、おはよう」

「響ちゃん? どうしたんだい、こんな朝早くに?」

 家の中で食事の支度をしていたおばあちゃんが不思議そうに聞いて来る。

 このおばあちゃんには何かとお世話になっている。望が初めて幻想郷に来た時にお菓子をどれぐらい、あげようか話していたあのおばあちゃんだ。

「ちょっと、ね」

「?」

「ほら、入って」

「え、でも……」

 入り口の影に隠れていたこいしの背中を押して家の中に入れる。

「ッ……」

 こいしを見た瞬間、おばあちゃんは手に持っていた包丁を落としてしまった。

「え? ええ?」

 それを見てこいしは目を白黒させる。こいしは今も無意識状態だ。俺の傍にいたらこいしを知っている人はこいしの存在を認識できるが、知らない人はこいしを認識できない。でも、このおばあちゃんはこいしを認識した。

「おばあちゃん、紹介するよ。古明地 こいし」

「……知ってる」

「し、知ってるって?」

 こいしは戸惑いながらおばあちゃんに問いかけた。

「響ちゃん……響ちゃんはもしかして?」

「そうだよ。今まで忘れてたけど……やっと思い出したんだ」

「ねぇ! キョウ! どういう事なの!? 説明して!!」

「簡単だよ。ね? “雪”おばあちゃん」

「…………雪?」

 目を見開いたこいしはおそるおそる、おばあちゃんに確認する。

「そうだよ。こいしお姉ちゃん」

「え? でも……雪は」

「こいしお姉ちゃんが地底に行っちゃった後、皆で協力して人里まで辿り着いたの」

「じゃ、じゃあ!!」

「……皆、逝っちゃった。ほとんどが老衰だったよ」

 『もう、残ってるのは私だけ』とおばあちゃんが少しだけ悲しそうに教えてくれた。

「そう……」

「でも、皆、幸せそうだった。これも、全部こいしお姉ちゃんのおかげだよ」

「……雪」

 とうとう、こいしは泣き崩れてしまう。

「ありがとう、ね。本当に、ありがとう」

 そんなこいしを雪おばあちゃんはギュッと抱きしめる。

 その途端、こいしは大声を上げて泣いた。

(なぁ、桔梗……)

 傍にいない、俺の大切な友達に声をかける。

(確かに、お別れするのは悲しかったけど。こんな再会を見れたのは幸せだと思うんだ)

 見れば、おばあちゃんも涙を流していた。

「桔梗……お前は今、どこにいるんだ?」

 その問いかけはこいしたちの泣き声にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響とこいしがまだ、魂に捕らわれている頃。ドグはリョウを連れて地上に出て来た。

「はぁ……はぁ……」

 響が追って来ていないと言え、地底では色々な奴が襲って来る。主がこんな状態では普段よりも力を発揮できないドグは全速力で地底を脱出したのだ。

「くそっ……」

 意識はあるのに、喋ることのできない主を見て式神は奥歯を噛み締める。

(精神が崩壊してやがる……あいつ、本当に何したんだ!?)

「ぁ……」

 移動中も時々、声のような音を漏らすリョウ。その眼を虚ろで口からは涎が垂れ流しになっていた。完全に精神が壊れている。

「どうすりゃいいんだ……」

 永遠亭に行きたくてもドグの顔はもう、割れている。あそこには行けない。でも、あそこぐらいしかリョウを治療できないのも事実。

「……そうだ」

 あいつなら、リョウを助けられる。いつも、リョウに付きまとって来て面倒な奴だが、確か元カウンセラーって言っていた。

「よし……」

 ドグは覚悟を決めて、飛翔する。リョウを助けるために。



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第255話 王女の逆鱗

 こいしと雪おばあちゃんが再会した次の日。俺は紅魔館に来ていた。

「お兄様! 遊ぼッ!」

 目的地に向かっている途中でフランに出くわす。

「あー、すまん。今日は無理だ」

「えー!! 何で!?」

「レミリアに用事があるんだよ。また今度な」

「……何かあったの?」

 俺の表情から何かを感じ取ったようでフランが真剣な眼差しで問いかけて来る。

「まぁ……色々な」

「私に言えないようなこと?」

「ああ。今は無理だ。ゴメン」

「ううん! 気にしないで! でも、大丈夫なの? 新聞で読んだけど、石になっちゃったんでしょ?」

 今度は心配そうな顔をしてフラン。

「それに関しては大丈夫だ。あ、パチュリーにお礼言わないと」

「パチュリー?」

「魔導書を通して助けてくれたんだよ。あいつはいなかったら今頃、どうなってたことやら……」

 それにこいし、猫。魔理沙に霊夢。地底の皆。今回、俺はたくさんの人に助けて貰った。天界のお酒でも渡そう。

「……」

「ん? どうした?」

「私は?」

 拗ねた様子でフランが質問して来た。

「え?」

「どうして、私を使ってくれなかったの!?」

「いや……シンクロは無理だったし」

「スキマを開いて私を呼べば『ラバーズ』、使えたじゃん!」

「あれは、気軽に使っちゃ駄目なんだ。今、俺の魂は不安定だからどうなるかわかったもんじゃない」

 俺の答えを聞いて妹は更に頬を膨らませる。

「……今度」

「?」

「今度、お兄様が危険な目に遭ったら……私が助ける。だから、無理しないで?」

「……ああ、ありがと」

 フランの頭に手を乗せて俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 響じゃない。どうしたの?」

 目的地――レミリアの部屋に到着し、中に入ると不思議そうにレミリアが話しかけて来る。

「……ちょっと、聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと? フランのスリーサイズなら教えてあげるけど?」

「すまん。今日は真面目な話だ」

「……で? 何の用かしら?」

 目を細めて再び、聞く。

「単刀直入に聞く……リョウって知って――」

 俺は言葉を切ってしまう。いや、遮られたとでも言うべきか。何故なら――。

 

 

 

「その名前をどこで聞いた?」

 

 

 

 ――レミリアが俺の喉に貫手を突き付けたからだ。

「……やっぱり、知ってるんだな?」

「言え。どこで聞いた?」

 紅い目が俺の目を睨む。後ずさりしそうになるがグッと我慢した。

「さぁ、どこだろうな?」

「殺されたいのか?」

 レミリアの爪が喉に喰い込み、一筋の血が流れる。

「そうはさせないよ」

 だが、いつの間にかレミリアの手は払われていた。

「フラン?」

「お兄様の様子がおかしかったから、こっそりついて来たの。それより、お姉様? お兄様に酷いことしないで」

「私だってこんなことしたくないわよ。でも、私にだって譲れない物がある」

 レミリアとフランが一歩も譲らず、お互いを睨んでいる。

「……はぁ。参った」

「「え?」」

 俺が両手を上げて降参したのを見て吸血姉妹は首を傾げた。

「説明してやるよ、レミリア。本人に聞いた」

「本人って……リョウに!?」

 さすがにレミリアも驚愕する。

「言っちゃえば、俺はリョウに命を狙われている。だから、教えてくれ。お前とリョウの関係を」

「……私のこともリョウに聞いたの?」

「いや、さとりって心が読める奴にコスプレした時にリョウの過去にお前が出て来たんだ」

「そう……残念だけど、話す気はないわ」

「お姉様!?」

 俺のお願いをレミリアは断った。

「もう、私とリョウは関係ないの。思い出したくもないわ」

「リョウの記憶でお前、残念そうにしてた……なぁ? 何かあったんだろ? 俺に出来ることがあったら――」

「もう、終わった事よ。帰りなさい」

「お姉様!!」

 フランの制止も聞かずにレミリアは部屋を出て行こうとする。

「待てよ」

 それを止めた。

「……何?」

「逃げるのか?」

「はぁ?」

「お前は逃げてばっかりだな。フランから、俺から、リョウから、過去から。逃げて、逃げて、逃げ続ける人生。楽しいのか? そんな人生」

「殺されたいのか?」

 レミリアの霊力が一気に膨れ上がる。しかし、俺は止まらない。

「殺せるならな。負け犬に負けるほど俺は弱くない」

「何ッ?」

「負け犬だろ? なぁ? フラン」

「うん、負け犬」

 フランは笑顔で頷いた。

「今のお姉様、かっこ悪いよ」

「……お前ら、殺されたいようだな」

「それだよ、それ。すぐに脅そうとするのがカッコ悪いんだって。もっと堂々としてなよ。ね! お兄様!」

 俺の腕に抱き着いてフランがレミリアを挑発する。

(いい感じだ、フラン)

『そうかな?』

 俺とフランは近くにいれば心の中で会話できる。それを利用して話し合い、レミリアを怒らせようとしたのだ。

「……ああ、わかった。いいだろう。教えてやる。でも、ただで教えるわけにはいかない。私に勝ったら教えてやる」

「戦うってのか?」

「そうだ。もちろん、お前たち二人でかかって来い。これは私たちの問題だ。他の奴らを巻き込むな」

「……フラン」

「わかってるよ。お兄様」

 俺たち3人はそれぞれ、スペルを構えて――。

 

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

「禁忌『レーヴァテイン』!」

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 

 

 ――殺し合いを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦い始めてどれぐらい経っただろう。もはや、時間の感覚なんてなかった。

「ぐっ……」

 俺は力の入らない四肢を懸命に動かして立ち上がろうとする。

「諦めろ。お前たちは私に勝てない」

 そんな俺をレミリアは見下ろしてそう忠告した。

「まだ……だ」

 正直、舐めていた。今の俺なら本気のレミリアに勝てると思っていたのだ。

 しかし、結果はご覧の通り、見事なまでにボコボコにされた。

(でも、諦めない……絶対に聞き出してやる)

 俺は負けられない。いや、負けてはいけないのだ。『生き残る』ためにはレミリアからリョウのことを聞かなくてはならない。だから、そのために俺はどんなことでもやる。

「……はぁ。全く、お前は本当に面白い奴だ」

 闇の力を使おうとするがその前にレミリアが肩の力を抜く。部屋の中を支配していた威圧感がなくなった。

「何?」

「響。もっと強くなりなさい。また戦いましょ? フランと一緒に、ね?」

 そう言い残してレミリアは出て行ってしまう。

「……これは、負けか」

 多分、レミリアにはわかっていたのだろう。今、俺が闇の力を使えばそのまま、引き込まれてしまうと。

 力が入らず、俺は背中から床に倒れた。

「お兄様……」

 右を見るとボロボロのフランが体を引き摺って俺の傍まで来ている

「フラン、ゴメンな?」

「お兄様……どうして、『ラバーズ』を使わなかったの? 私、必死に繋ごうとしたのに」

「さっきも言っただろ? 『ラバーズ』は使っちゃ駄目なんだ」

「……ごめんなさい」

 突然、妹は謝った。

「どうして、謝るの?」

「だって……お兄様、『ラバーズ』を断つことに集中してたから戦いの方は疎かになってた。だから、私のせいでお兄様が……」

「何言ってんだよ。お前、何度も俺の盾になってくれたじゃないか。お前のおかげであそこまで戦えたんだ。ありがとう」

 それに、『ラバーズ』が使えないのは俺のせいでもある。今、俺の魂は不安定だ。猫が増えたこともそうだが、やはり狂気の調子がおかしい。

(狂気……お前、大丈夫なのか?)

 戦闘中、何回も妖力が上手く使えなくなり、技が不発した。

 ――すみません、どうやら私の力でも戦闘出来るほど狂気の妖力を安定させることは出来ないようです。

「……くっ」

 レマの一言に奥歯を噛み締める。

『……正直、私は足手まといだ』

 そう、何の前触れもなく、狂気は言う。

『ッ!? 狂気! どこに行くの!?』

 吸血鬼が叫ぶ。

『猫がいれば妖力は使える。だから、私は自分の部屋に戻る』

(待て、狂気!!)

『響。今まで迷惑かけてすまない。でも、安心してくれ。私が部屋に戻れば妖力も安定するし、『ラバーズ』も使えるだろう。じゃあ、な』

 そう言って、狂気の声は聞こえなくなってしまった。

「お兄様?」

 俺の顔を見てフランが不思議そうに問いかけて来る。

「……今、狂気が部屋に閉じこもった」

「え?」

「あいつ、ずっと調子が悪かったんだ。だから、俺の迷惑にならないようにって……」

「……私、狂気の気持ちがわかるかも。狂気は本当にお兄様のことが好きなんだよ。でも、自分がいればお兄様の迷惑になっちゃう。それが許せないんだと思う」

「フラン……」

 目に涙を溜めている妹を見て俺はそう呟くことしか出来なかった。

「お兄様……私、強くなりたい。お兄様の隣にいても戦えるように。お兄様を守れるように。生きて行けるように……」

「……ああ、俺も強くなる」

 俺は右手を、フランは左手を動かして手を握り合う。

「一緒に強くなろう、フラン」

「うん!」

 今回の事件で色々なことが起きて、色々なことがわかって、色々な物を得て、色々な物を失った。

 リョウのこと。レミリアのこと。桔梗のこと。狂気のこと。気になることはたくさんあるけれど――。

 

 

 

 ――その全てが解決する、その時まで俺は絶対に“生き残る”。皆と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――。

「報告書、お願い」

「かしこまりました」

 青年は自分の部屋で執事から報告書を受け取っていた。

「……行方不明になった?」

「はい、一日ほどですが……我々の監視を逃れたのかもしれません」

「監視を……」

 しかし、青年はそう思わなかった。

(客観的に見ても彼らの監視から逃れるのはかなりきつい……なら、どうして?)

「すまんが、もうちょっと調査頼む」

「かしこまりました」

 報告書を返された執事は一礼すると青年の部屋を出て行った。

「……響、お前は何に巻き込まれてんだ?」

 青年――影野 悟はため息を吐きながら虚空に問いかける。でも、返事はなかった。

 




これにて第7章完結です。
え?中途半端だって?
実は第7章は前編。
第8章が後編という構成になっています。
次章、リョウのと最終対決。






……20万字あるけどいいよね!


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第7章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

東方楽曲伝第7章、いかがだったでしょうか?

今回の話は地底編でした。実は、響さんはこれまで一度も地底に行ったことがありませんでした。

そして、リョウとの戦闘。かなり強かったですね。レミリアとの関係は一体?

キョウも初めて身近な人の死を目の当たりにしました。

 

みたいな感じで全てが中途半端に終わった第7章でした。

 

第8章では、第7章の伏線を回収しつつも新たな伏線を設置する予定です。

響さんの秘密も一部だけ明らかとなります。一番謎が多い主人公って一体w

 

 

 

さて、解説の方に移りたいのですがあまり説明できないことが多くて軽く触れるだけにします。

 

第7章の新キャラである弥生。

そして、私のオリジナル小説である『モノクローム』のキャラたちが登場しました。

この子たちはこれからも出て来るのでよろしくお願いします。

特に弥生は色々と重要な役を担っています。モノクロームのキャラも脇役ではなくちゃんとストーリーに関わってきますのでご了承ください。

 

 

 

過去編では桔梗の新機能である部分変形――主となる変形の他にオプションを付けられる機能ですね。

ですが、キョウの異変。一体、あのキョウは何なんだッ……。

まぁ、すぐにわかると思いますが。

 

 

きっと、第7章で一番、気になったのが狂気だと思います。最後の話で部屋に引きこもってしまいましたね。

正直、第8章は狂気編だと言っても過言ではないでしょう。やっと、あの子の話が書けます!

 

 

 

最後にレミリア。リョウの名前を出しただけで怒るほど彼女たちの関係は歪んでいるようです。

もちろん、第8章で彼女たちの関係も明らかになります。

その前に何としてでもレミリアに勝たなくてはいけませんね……すごい強いですが。

 

 

 

そして――精神が壊れてしまったリョウを助けるためにドグが助けを求めた人とはっ!

多分、第8章の中で重要人物となると思います。

感想の方でも言いましたが、本編内でこの人の存在は出て来ています。台詞などはありませんが。

 

 

 

 

まぁ、解説というよりは軽く振り返っただけですがこれぐらいにしておきましょう。

 

 

因みに、第7章のテーマは『現実』です。

特にキョウに理不尽な現実を突き付けた感じだと思います。

 

 

 

 

では、そろそろ第8章のサブタイトルを発表しましょうか。

 

 

第8章のサブタイトルは~名前と存在~です。

 

どんな話になるのか、読んでからのお楽しみということで。

 

 

じゃあ、あとがきの方もこの辺でしめさせていただきます。

 

 

第8章、よろしくお願いします!!

 

 

 

では、お疲れ様でした!



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第8章 ~名前と存在~
第256話 スランプ


第8章、開始です!


「うおおおおおおおおッ!!」

 俺は雄叫びを上げながらレミリアに裏拳を放つ。それを彼女は姿勢を低くすることによって回避。すぐさま、足払いをして来た。

「くっ……」

 咄嗟にジャンプして躱すもその隙を突かれてレミリアの拳が俺の腹を捉える。

(くそっ)

 何とか、『結鎧』で防いだものの衝撃は殺し切れずに紅魔館の壁に叩き付けられた。

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 レミリアが俺に気を取られている間に後ろに回り込んだフランが炎の剣で斬りかかる。

「……」

 だが、レミリアはそれを予知していたようで後ろ回し蹴りを放ち、フランの手を打った。その拍子にフランが剣を離してしまう。

「しまっ――」

「紅符『スカーレットシュート』」

 目を見開くフランを紅い弾幕がこちらに向かって吹き飛ばした。やっと態勢を立て直した俺はフランを受け止める。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 その時、レミリアがスペルを発動して紅い槍を手に持ち、投げた。紅い槍は衝撃波を撒き散らしながら突進して来る。

「禁弾『スターボウブレイク』!!」

 俺に抱っこされたまま、フランが苦し紛れに虹色の矢を放つもすぐに弾かれてしまう。

「霊盾『五芒星結界』!」

 あらかじめ発動しておいた『霊盾』で防御。結界と槍が真正面から激突し、甲高い音を轟かせた。

 数秒の間、均衡状態だったが『霊盾』に皹が走る。急いで霊力を流して修復するが追い付かない。

「アーマー展開!!」

 『霊盾』が破壊された刹那、今度は『結鎧』を展開。だが、今度は数秒も持たずに槍が『結鎧』を突き抜けて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああ!! もう、また駄目だった!!」

 レミリアと戦い始めてから早3か月。季節も9月となったが、俺とフランは一度も勝っていない。それどころか有効打すら与えていない状況だ。

「落ち着けって……いてて」

 俺の隣で暴れているフランを嗜めつつ、右肩を擦った。レミリアの槍からフランを守ろうと庇った時、槍が俺の右肩を抉り取ったのだ。傷はすでに塞がっているものの痛みは簡単に引かない。

「大丈夫? お兄様?」

「ああ、大丈夫。1時間もすれば痛みもなくなるだろうし」

「うん……」

 頷いたフランだったが、暗い表情を浮かべている。

「気にすんなって」

「でも!」

「あ、すまん。そろそろ、帰らなくちゃ」

 携帯で時刻を確認したら午後6時。望たちがお腹を空かせて待っている。

「お兄様ってば!」

「はいはい、また今度聞くからじゃあな」

 スキマを開いて俺はそそくさと家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 お兄様が帰った後、私は深いため息を吐く。

(もう……どうして、逃げるのさ)

 これでも2年ほどお兄様の妹をしているのだ。すぐにわかる。

「バカ」

 戦闘中、お兄様は何度も私を庇っていた。私の身体能力なら躱せる攻撃もお兄様は受けたのだ。

「まるで、私のことを信じてないみたいじゃん……」

 最近のお兄様は少しだけ様子がおかしかった。過剰なまでに私を守る。

(何かあったのかな?)

 きっと、それを聞いてもお兄様ははぐらかすだろう。

「……はぁ」

 またため息。この問題を解決しないとお姉様には勝てないことは明白。しかし、私の力では問題を解決できないのも事実だ。

「お兄様ぁ……」

 今はここにいない兄を呼びながら私はベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 家に帰る前に俺はヒマワリ神社にやって来た。すでに周りは暗くなっていて、俺以外の人は見受けられなかった。

「……はぁ」

 ダルイ体を引き摺って神社の境内に座る。本来ならここは立ち入り禁止だが、気にしない。どうせ、ここに来るのは俺だけだ。

(どうして……勝てない?)

 確かに、レミリアは強い。だが、強いにしても俺たちが一方的にやられるほど俺たちは弱くはないのだ。

「何でだ……」

 それなのに、勝てない。それどころか有効打すら与えられていない。

(何が、足りない?)

 そんなもの、決まっている。火力だ。狂気が部屋に閉じこもっている今、妖力は猫からしか供給できていない。そして、その猫の妖力は狂気と比べたらあまりにも少ないのだ。これではレミリアに攻撃を当てることが出来ても何の効果もない。

『にゃー……面目ないにゃー』

「お前のせいじゃない」

 シュンと落ち込んでいる猫を宥める。実際、猫を魂に取り込んでから俺のスピードは飛躍的に上がった。それこそ、レミリアに匹敵――いや、それ以上だ。もし、レミリアと徒競走することになったら俺が勝つだろう。

 しかし、そのスピードを活かす前に彼女に肉薄されてしまうのも事実。本来ならば、動き回って撹乱するのが一番なのだろうが、そうした場合、今度はフランが狙われる。

『フランが攻撃されたら、それを庇う……そのせいで、レミリアに懐に潜り込まれる。うん、悪循環ね』

 吸血鬼が導いた結論に黙って頷く。

『響よ。もう少し、フランを信じてやってもいいのではないか?』

「信じる?」

 トールの提案に首を傾げた。俺は十分、フランを信じていると思ったからだ。

『お主はフランの身を案じすぎている。今日だって、グングニル“程度”の攻撃ならば、お主が庇うのではなく、フランの能力を使って無効化した方がよかったはずじゃ』

「……ああ、そうだな」

 確かにトールの指摘は正しい。俺だってそう思う。

 でも、体が勝手に動いてしまうのだ。万が一、フランが傷ついてしまったらどうしよう? もし、大ケガを負ってしまったら? 運が悪くて、死んでしまったら?

 フランは吸血鬼だからそう簡単には死なない。身体能力も高い上、傷もすぐに癒える。

 だが、所詮、“死ににくい”だけなのだ。この世に絶対はない。フランが死んでしまう可能性はゼロではない。限りになくその確率が低くても死ぬ時は死ぬのだ。

『レミリアだって殺したりしないでしょう?』

「ああ、そうだと思うよ。でも……動いてしまう。怖いんだよ……目の前で人が死ぬところを見るのが」

 思い出されるのは俺がまだ子供の頃――夢で見た咲さんの死に様だった。咲さんが死んだ時、俺自身は気を失っていたが何故か、その光景を夢で見たのだ。

 妖怪の剛腕によって吹き飛ぶ首。それでいて、咲さんは満足そうな表情を浮かべていた。まるで、“自分の死に場所を見つけたことを幸運に思っている”ような笑顔。

 咲さんが死ぬのを俺は黙って見ているしかなかった。夢であることを忘れて夢中になって手を伸ばした。でも、その手は届かない。

「……怖いんだ。目の前で知り合いが傷つくのが」

 今までだって、俺の前で皆は傷ついた。一番、恐怖したのは雅が火柱に飲み込まれた時だ。あの時ほど、自分の無力さを恨んだことはない。

「怖いんだよ……何も出来ない自分が」

 俺は強くなった。でも、それは皆の力を借りているだけ。

 コスプレは幻想郷に住んでいる皆の力。

 魔力は吸血鬼の力。

 妖力は狂気の力。

 神力はトールの力。

 闇は闇の力。

 運動能力は猫の力。

 合成する力は指輪の力。

 仲間の力はもちろん、皆がいてこそ発揮される。

 唯一、俺自身が持っている力と言えば、この能力と霊力だけだ。

 しかし、能力は扱いが難しい。霊力もレマが持っている霊力と衝突して上手く使えていない。

「……はぁ」

 空を見上げて見え始めた星たちを観察する。

「どうしたもんかな……」

 やはり、リョウと戦ってから俺の中で何かが変わってしまった。

 現実を知って、無力さを知って、絶望を知って――。

『うーん……響、かなり追い詰められてるわね』

『今まで、何とかなって来たが……今回ばかりは運だけで何とかなるわけでもない。スランプという奴かの?』

『スランプー?』

『調子が悪いことを言うのよ。スランプになったら、何か壁を乗り越えるまで調子は戻り辛い。突破口を見つけられたらいいんだけど……』

『ふむ……それを見つけられないからスランプって言うのだろうな』

 魂の中で真剣に悩んでくれている皆に心の中で感謝を言いながら俺は立ち上がった。

「……帰るか」

 とりあえず、お腹が空いたので家に帰ってご飯を食べるとしよう。決まれば早いもので、すぐにスキマを開いて皆が待っている家に帰った。

 



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第257話 【メア】たち

「このっ! 避けるなッ!」

「無茶言うなって、の!」

 放課後、私と雅ちゃんは家の近くにある公園で呆然とその光景を眺めていた。

「……何で、戦ってんだろう?」

「私に聞かないで」

 雅ちゃんに質問するもため息交じりに拒否されてしまう。

「りゅうき! いい加減にしろ!!」

「お前もいい加減にしろって!」

 戦っている二人――柊君と望ちゃんはお互いに悪態を吐きながら動き続けている。

「それにしても望ちゃんのスピードもすごいけどそれを躱し続けてる柊君もすごいよね」

「あれで能力使ってないんでしょ? もはや、人間やめてるとしか言えないわ」

 妖怪の太鼓判を貰った二人はすごいと思う。

「そもそも、何でこんなことになったんだっけ?」

 今度は雅ちゃんが問いかけて来た。

「えっと、確か……」

 それを聞いて私はこれまでの経緯を簡単に思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? それ、本当ですか?」

「ああ、マジだ」

 放課後、私は担任の笠崎先生(お兄ちゃんが3年生の時の担任の先生だ)に職員室に呼び出されて驚くべき事実を聞かされた。

「本当に……お兄ちゃんのファンクラブが暴動を起こそうと?」

 そう、1年ほど前に公式ファンクラブに昇格した“音無響公式ファンクラブ”が何か問題を起こそうとしているらしかった。

「俺も本当かどうかわからないが……どうやら、公式になったのにどうして、顔を見せないんだとファンクラブ会員が怒ってるみたいでな」

「まぁ……ファンならそうなりますよね」

 全く、お兄ちゃんの人気っぷりには困ってしまう。あれで自分は嫌われていると思っているのだ。普通ならば、そう思わないと思うが。

「ですが、何故、この高校だけ? 他にもお兄ちゃんのファンクラブに入っている人いますよね?」

「音無……お前の兄はこの高校の卒業生だ。だから、一度くらい顔を見せに来るんじゃないかって勝手に期待してたみたいで。その期待が爆発しそうなんだと」

 先生は気怠そうに教えてくれた。本当に困っているらしい。

「早い解決方法はお兄ちゃんがここに顔を見せに来ることですが……」

「ああ、俺もそう思って何度もお前の兄に電話をかけようとした……したけど、な?」

「はい……そうですね」

 どうやら、私の考えていることと先生の考えていることは一致しているようだ。

 

 

 

 

 

「「このままだと……襲われる」」

 

 

 

 

 それほど、ファンクラブ会員は暴走している。先生に言われるまで気にならなかったが、最近、他の生徒たちが希望の眼差しを私に向けていた。お兄ちゃんを連れて来てくれと願っていたのだろう。

「お兄ちゃんなら自衛出来ると思いますが、そうなると暴走した生徒の方が心配です」

「あ、そうなのか? あいつ、何か武道とかやってたっけ?」

 お兄ちゃんがまだ高校生だった頃は普通の人間だったので、私の発言は先生にとって意外な物だったらしい。

「仕事を始めると同時に稽古し始めたので」

 咄嗟に嘘を吐く。

「へー……あいつも頑張ってるんだなぁ。さて。話を戻すがどうしようか?」

「それなんですが、一度、お兄ちゃんと会長に相談してみようかと思います」

 もちろん、ここで言う会長は生徒会長ではなく、悟さんのことだ。

「ああ、頼むよ。用事はこれだけだ」

「はい、失礼します」

 職員室の前に雅ちゃんを待たせているので急いでその場を離れた。

「失礼しましたー!」

 丁寧にあいさつして職員室を出るとすぐに争っているような声を耳にする。

「だから、お前はいつもいつも!」

「俺の勝手だろ? しつこいんだよ」

「こっちは心配しているんだ! そんな言い方はないだろう!?」

「はいはい、わかったから。それじゃ」

「勝手に帰るな!!」

 何故か、職員室の前で柊君と望ちゃんが言い争っていた。

「どうしたの?」

 それを呆れたように眺めていた雅ちゃんに質問する。

「あ、望。おかえり。私がここで待ってたら目の前を柊が通ったの。で、珍しくのぞむを連れてなかったから話しかけて……」

「あ! 望! 聞いてくれ!」

 その時、望ちゃんが私に気付き、声をかけて来た。

「りゅうきが酷いんだ! 一緒に帰ろうと約束していたのに勝手に帰るんだ!」

「別に約束してないだろ? お前が勝手に言ってただけだ」

「そんなこと言ってまた【メア】に襲われたらどうする!?」

「あれは……不可抗力だろ」

「そんなことない! お前は他の【メア】に狙われやすいのだから、私が傍にいて守ってやらないと!」

 望ちゃんは頬を膨らませて怒っている。

(まぁ、あんなことがあったらね……)

 夏休み。私と雅ちゃんは望ちゃんたちと一緒にキャンプに出掛けた。だが、そのキャンプ場で柊君は【メア】に襲われてしまったのだ。丁度、その時、柊君と仲のいい双子の後輩が【メア】に目覚めて何とか倒したそうだが、望ちゃんはその事実を知った時にものすごく落ち込んでいた。自分が傍にいたのに助けられなかったかららしい。

「大丈夫だって。あれから俺だって成長してるんだし」

 そう言いながら柊君は右手首にはめているブレスレットを触った。実際にはまだ見たことないがそのブレスレットが柊君の武器だそうだ。

「成長と言っても武器を手に入れただけじゃないか」

「俺にとって一番、必要だった物は攻撃手段だ」

「私としては戦ってほしくないのだが……」

「仕方ないだろ。【メア】なんだから」

 そう言う柊君の表情は悲しそうだった。

 【メア】は触れると感染してしまう可能性がある。幸い、私には『穴を見つける程度の能力』があるので、【メア】の入り込む隙間がなく感染しない。更に【メア】は人間にしか感染しないので雅ちゃんもセーフだ。

 そして、【メア】は他の【メア】を引き付けてしまう。そこで戦い、勝てばまた新しい力を手に入れられる。それはまるで、永遠に続くゲームのような力。力を求める者はもちろん、力など必要のない者も見境なく戦いへ引きずり込むような醜い力。

 私の知る限り、柊君の知り合いが【メア】に感染してしまったのは望ちゃんも入れて5人。先ほどの双子後輩の他に柊君の同級生。そして、双子後輩の姉が感染した。もしかしたら、他にもいるかもしれない。

 感染者が出る度、柊君はものすごく辛そうな表情を浮かべる。

「……まぁ、いい。それより、一緒に帰ろう」

 何も言えずにいた望ちゃんが空気を変えるためにそう提案した。

「え? 嫌だ」

 だが、それを柊君が一刀両断する。

「はっ!? 何故だ!?」

「今日は1人で帰りたい」

「何で、そんな寂しい事を言うんだ! いいであろう!? 方向は同じだ!」

「同じってか隣同士だよね……」

 雅ちゃんのツッコミは二人に聞こえていないようでまた、言い争いが始まってしまった。

「あああああ!! うるさい!!」

 その時、職員室から先ほどまで話し合っていた先生が出て来る。

「お前ら! 喧嘩なら外でやれっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、先生に怒られて……望ちゃんが決闘で決めようって言って……」

「ヒートアップして人間の域を超越した戦いになっている、と」

 攻撃し続けている望ちゃんと躱し続けている柊君を眺めながら私たちはほぼ同時にため息を吐いた。

「おーい!」

 その時、上から声が聞こえる。そちらを見ると私たちと同じ制服を着た女の子が4枚の翼(上が桃色で、下が水色)を生やしてこっちに飛んで来ているのに気付いた。

「あ、すみれじゃん」

 雅ちゃんも気付いたようで呟く。

「よっと」

 飛んで来た女の子――星中 すみれちゃんが綺麗に着地する。

「どう? りゅうたちの決闘」

 どうやら、空から二人が決闘しているところを見ていたようで聞いて来た。

「いつも通りだよ」

「んー、でもちょっとだけりゅうの動きがよくなってるね。それに比べて望は焦ってるかな?」

 冷静にすみれちゃんが分析している。

 因みに【メア】に感染した柊君の同級生はすみれちゃんだ。確か、能力は『脳の活性化』と『眼力強化』だったような気がする。

「やっぱり、すみれはよく見てるね」

 感心したように雅ちゃん。

「まぁ、これしか出来ないからね。あ、雌花、雄花。もういいよ」

 すみれちゃんは誰にともなくそう言うとすぐに背中の2対4枚の翼が光り輝き、人間の姿になった。

「もう、すみれちゃんは人使いが荒いよ!」

「そうだよ! 折角、家に帰って雌花と一緒にゲームやろうとしてたのに!」

 その人間は双子後輩――松本 雌花と松本 雄花だった。【メア】は『肉体強化』、もしくは体の一部に【メア】を凝縮させ、攻撃する能力が多い。しかし、この2人は珍しいことに【メア】を利用して体そのものを変化させる能力だ。まぁ、変身できるのは【翼】だけなのだが。しかも、雌花ちゃんは『上昇と降下』、雄花君は『加速』しかコントロール出来ないので2人が一緒じゃなければ空を飛んでいるとは言えないだろう。雌花ちゃんだけを装備したら上下に移動するだけで前後左右には移動出来ないし、雄花君に至っては飛べもしない。

「ゴメンゴメン! ちょっとりゅうに急ぎの用事があって!」

 申し訳なさそうに謝るすみれちゃんはすぐに柊君たちの方へ歩いて行く。

「二人とも落ち着きなさいっ!」

「「あだっ!?」」

 そして、思い切り戦っている二人の脳天に拳骨を落としたのだった。

 




たくさんキャラが出て来て混乱すると思いますが、正直言ってそこまで重要なキャラではないのでスルーして大丈夫です。


あと、最後のシーンですみれは人間の領域を超えて戦っている2人の頭に的確に拳を落としています。すみれも十分、人間やめてます。


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第258話 悟の本質

「たくっ……こんなことで呼び出すなよ」

「仕方ないじゃん! りゅうにしか頼めなかったんだから!」

「それにしたって……水道管の破損部分を見つけるだけだぞ?」

 私たちは再び、学校に戻って来ている。ここにいるのは私と雅ちゃん、柊君に望ちゃん、そしてすみれちゃんだけだ。雌花ちゃんと雄花君は帰って行った。

「はぁ……ほれ、こことここだ」

「どれどれ? あ、ホントだ。小さな穴開いてる」

 どうやら、すみれちゃんは生徒会に所属しているようで今は水道管の調子が悪いという生徒からの苦情を取り扱っている、とのこと。問題の水道管を調べても原因がわからず、『幻視』を持っている柊君に水の流れを視て貰って欲しかったそうだ。そのおかげですぐに水道管の破損部分は見つかった。

「はい、これでいいだろ?」

「うん! ありがと!」

 破損部分を確認したすみれちゃんは携帯を取り出してどこかに連絡し始める。

「用事も終わったし、帰るわ」

 鞄を持って柊君は足早にこの場を離れようとした。

「おいおい」

 しかし、それを雅ちゃんが止める。

「駄目だよ? まだ、望ちゃんと仲直りしてないじゃん」

「うぐっ……悪かった。俺のことを心配してくれたのに、それを踏みにじるようなこと言って」

 私に指摘されたらすぐに柊君が謝った。自分が悪いと理解していたみたいだ。

「い、いや……私も少し強引だった。すまない」

 望ちゃんも目を逸らして謝る。素直じゃない人たちだ。

「ん?」

 その時、私の携帯が震えているのが“視えた”。

「はい、もしもし?」

『あ、師匠? 悟だけど』

 電話の向こうから聞こえたのはお兄ちゃんの幼馴染である影野 悟さんの声だった。

「悟さん、こんにちは。どうしたんですか?」

『いや、ちょっとだけ聞きたいことがあって。今から会える?』

「今からですか?」

 ジェスチャーで雅ちゃんに時刻を尋ねる。上手く伝わったようで雅ちゃんが自分の携帯のディスプレイを見せてくれた。時刻は午後5時。

「うーん、そろそろお兄ちゃんが仕事から帰って来る頃ですし、いいですよ」

 悟さんもお兄ちゃんに会いたいはずだ。お兄ちゃんの話では最近、悟さんとあまり会話が出来ていないらしい。同じ大学で同じ講義に出ているも会話が続かないそうだ。

『あー……響には内緒で会いたいんだけど』

「え? お兄ちゃんに内緒?」

『ああ、少しだけだから……駄目か?』

 少し緊張した声音で悟さんが訪ねて来る。

(どうしよう?)

 悟さんがお兄ちゃんに隠し事をするなんて――いや、まぁ、ファンクラブのことはあったけどそれ以外はないはずだ。それどころか、率先してお兄ちゃんを面倒事に巻き込むほどである。そんな悟さんがお兄ちゃんに内緒の話をしたい。ましてや、私に何か聞きたいことがある。

(……まさか?)

 もしかしたら、悟さんはお兄ちゃんの秘密に気付き始めているかもしれない。

「はい、わかりました。待ち合わせはどうします?」

 今会うのは危険かもしれない。だが、断った方が怪しまれる可能性が高い。ここは会って適当に誤魔化した方が良さそうだ。

『師匠、今どこ?』

「学校ですよ」

『なら、学校の近くにあるファミレスでどう?』

「ああ、あそこですね」

 この近くにファミレスは一つしかない

「わかりました。すぐ行きますね」

『ああ、こっちも急いで向かうわ』

 そこで電話を切ってため息を吐く。

「……どうした?」

 柊君が少し、不安そうに質問して来る。私の表情が曇っていたからだろう。

「それが――」

 ここにいる全員、こちら側と【メア】側の協定について知っているので手短に説明した。

「んー、のぞのぞの判断は正しいと思うよ」

 すみれちゃんが頷きながら答える。因みに『のぞのぞ』は私のことだ。望ちゃんのことは『のぞっち』と呼んでいる。

「それで? 望はどうするのだ?」

 腕を組みながら望ちゃんが問いかけて来た。

「誤魔化して来るよ」

「あ、じゃあ私も」

「いや、尾ケ井は行かない方がいい」

 そう雅ちゃんを止める柊君。

「ど、どうして!?」

「音無妹は誤魔化す……つまり、嘘を吐きに行くんだ。なのに、お前まで言って2人が別々の証言をしたら一発でばれるだろうが」

 2人だとちゃんと口裏を合わせなくてはならない。今回、悟さんがどんな質問をして来るかわからないので、対策のしようがないから1人で行った方がいい。

「そ、それは一理ある……わかった。望、頑張ってね」

「うん、行って来るね!」

 皆に見送られて私はファミレスに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンゴメン! 待たせた!」

 ファミレスでコーラを飲んでいると悟さんが息を切らしてやって来た。

「悟さん、大丈夫ですか? コーラ、飲みます?」

「い、いや今、炭酸を飲んだら痛そうだからパス。あ、コーヒーください」

 たまたま通りかかったウェイトレスさんにコーヒーを頼んだ悟さんは鞄を椅子に置いて私の向かいに座った。

「それで、話って何ですか?」

 こちらから催促してみる。

「うん、まぁ……ずっと気になってたことなんだけど」

 何故か言い辛そうに悟さんは言葉を区切った。

「悟さん?」

「……響ってどんな仕事してるんだ?」

「……」

 その質問を聞いて私は確信する。

(やっぱり、何か勘付いてる……)

 悟さんの疑問は2年前に聞くべきことだったのだ。でも、悟さんは私たちに気を使って質問しなかった。ならば、何故悟さんは時効が過ぎた質問をしなくてはならなかったのか?

 それは簡単だ。何かを掴んでしまったからお兄ちゃんの身を案じているのだ。そして、お兄ちゃんに直接、聞かず私に聞いたのはお兄ちゃんに聞いてもはぐらかされるとわかっているから。

 つまり、悟さんが掴んだ情報はかなり真実に迫っている情報なのだ。お兄ちゃんがはぐらかすと推測できるほど、具体的な情報なのだから。

「仕事ですか?」

 そこまでは“視えた”けれど、その悟さんの持っている情報がどれだけのものかわからない。なので、聞き返すことで更に悟さんから情報を得ようとする。

「あいつ、最近、ぼーっとしてることが多くて……その原因ってやっぱり、仕事かなって思って」

「あ、やっぱり悟さんもわかりましたか? お兄ちゃん、様子がおかしいんですよね」

「そうだよな……だから、何か役に立てることがあるんじゃないかって思ってな。まぁ、響ってあまり仕事のこと、話さないよな? だから、聞かれたくないと思ったから師匠に聞いたんだけど……何か知ってる?」

 悟さんの切り返しに私は少し驚いた。

(隙が、ない)

 こちらの武器は『どうしてこのタイミングで仕事のことを聞くのか?』、『どうして、お兄ちゃんに話さないのか?』だった。それなのに、たった二言で悟さんは私の武器を無効化――更に私に答えるように促して来るほどだった。私は能力を使って(最近、相手の表情やこちらの取るべき行動などの穴を見つける時ならば、そこまで体に負担はかからないことがわかった)対処しているのに、悟さんの方が有利な状況に持ち込まれた。

(知らないと、嘘を言うか。それとも、便利屋みたいな仕事をしていると答えるか……)

「お待たせしました」

 その時、ウェイトレスさんがコーヒーを悟さんの前に置く。その間に私は何とか選択し終える。選んだのは後者だった。

「お兄ちゃん、何か便利屋みたいなところで働いているそうですよ」

「あー、そう言えば師匠、一度だけ響の仕事場に行ったことがあるんだっけ?」

 それを聞いてハッとする。そう言えば、私が初めて幻想郷に行った時にそう、言い訳した覚えがあったのだ。

(あ、危なかった……)

 知らないと答えていたらズバッと指摘されたはず。

「でも、お兄ちゃん……私たちにも仕事について何も言わないから詳しくは」

 悟さんが掴んだ情報を引き出そうとしたが、止める。このままではこちらがボロを出してしまいそうだったからだ。

「そっか……」

 悟さんは残念そうに目を伏せる。それを見て私は思わず、ホッとしてしまった。

「師匠、ゴメンね。時間、取らせて」

「気にしないで! お兄ちゃんのこと、心配してくれたんですよね?」

「まぁ、ね。あいつとも付き合い長いし……心配もするさ」

 そう言って立ち上がり、伝票を手に取った悟さん。

「ここは払っておくね。師匠、ありがとう」

 私が何か言う前に悟さんは帰ってしまった。

「……はぁ」

 何とか、誤魔化せたようだ。しかし――。

(――もう、悟さんも気付き始めてる)

 これ以上、悟さんを放っておけば真実に辿り着いてもおかしくない。今日、話して私は直感的にそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 俺は後部座席の背もたれに背中を預けてため息を吐く。

(やっぱり、慣れないこと、するもんじゃないなー)

 罪悪感がやばい。師匠には悪い事をした。というよりも、師匠が俺のことを警戒していたことにショックだ。あまり信用されていないのだろうか?

 でも、まぁ、得られた物もある。

(最後、師匠はホッとしていた。何か知ってるのは明白)

 目を伏せていたが、コーヒーの水面に映っていた彼女の顔を盗み見たのだ。

「調査、だな」

 まぁ、師匠が響の秘密を知っていても知っていなくても俺のすることは何も変わらない。

「出してくれ」

 運転手にお願いして俺は自宅に戻った。

 



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第259話 暗闇の中で

「……何だよ、これ」

 俺は目の前に広がっている光景をただ呆然と眺めることしか出来なかった。

「……にゃー」

 そして、俺の呟きに応えるかのように頭の上で小さな黒い翼が生えていて、尻尾に紅いリボンが括り付けられている黒猫が鳴く。

「え、えっと……」

 一体何があったのか、まだ頭が働いておらず、思い出せない。

(確か……)

 そう。そうだ。俺は幼馴染と待ち合わせをしていたはずだ。そして、あいつが来て――。

「……ん?」

 その後の記憶がない。

「にゃー」

「さて……どうしたものか……」

 頭の上に乗っている黒猫を撫でながらもう一度、記憶を辿ってみた。

(今が午後2時だから……2時間前か?)

 今日、正午に大学近くの公園で俺は――響と待ち合わせていたはずだ。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 やっと全てを思い出した。あの時、俺は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 公園に向かっている最中に思わず、欠伸を漏らしてしまう。昨日、望から悟の話を聞いてあまり眠れなかったのだ。

(あいつが、俺の秘密に気付き始めてる……か)

 これでも慎重に行動して来たと自負しているのだが。

(しかも、その次の日に遊ぶ約束……偶然か?)

 いや、それはないはず。今日、遊ぶ約束したのは1週間前もの話だ。昨日のことを見越して約束したのならば、悟はとんでもない奴だろう。

「はぁ……」

 まぁ、今は何とも言えないので様子を見ることにする。とりあえず、悟と合流しよう。

 そう思いながら歩いていると待ち合わせ場所である噴水が見えて来た。そして、そこにはキョロキョロしている幼馴染の姿がある。

(……あいつ、いつも俺より先に来てるよな)

 悟よりも先に待ち合わせ場所に着いたのはフランがこっちに来た時に遊びに行った遊園地ぐらいだ。

「ん? あ、響!」

 向こうも俺に気付いたのか、笑顔で右手をあげ――。

 

 

 

「え? あ、ああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 ――ようとして、スキマに落ちて行った。

「……は?」

 あまりにも突然すぎて俺は反応することすら出来ずにその場で呆ける。

「スキマ?」

 ハッとして辺りを見渡すが誰もいない。

(あのやろうっ……人払いの結界を!?)

 スキマを使ったということは紫が犯人だ。

「何考えてんだよ……」

 スキマ妖怪の考えが読めず、ため息を吐く。そして、すぐにPSPを装着してスペルを宣言し、幻想郷へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……」

 響を見つけて手を上げようとしたら突然、浮遊感に襲われたところまでは思い出した。しかし、その後の記憶はない。何かに落ちた瞬間、気を失ってしまったようだ。

「どうするかな……」

「にゃー」

 俺の呟きに対し、頭の上にいる黒猫は一つ、鳴いた。目が覚めたら目の前にいたのだ。ずっとこっちを見ていたので何となく、頭の上に乗せたのだが、気に入ったのか全く暴れない。可愛い奴め。

(しかし……この状況は)

 突然の浮遊感。先ほど確認したが、携帯は圏外で使えない。そして、何より――。

「――森の中だよなー」

 俺は森の中で迷子になっているのだ。

「にゃにゃー」

 ポンポンと黒猫が俺の頭を叩く。

「……」

 そう言えば、どうしてこの黒猫には小さな翼が生えているのだろう。普通はありえないのだが。

「……まさか?」

 しかし、俺にはたった一つだけこの状況に陥った原因に心当たりがある。

 

 

「スキマ……八雲 紫」

 

 

 そう。あのスキマ妖怪ならば俺をスキマ送りにし、森の中に取り残すことが出来る。森と言うよりも、幻想郷と言うべきか。普通ならば、鼻で笑って無視する推測だが、この猫は普通の猫ではない。幻想郷に住んでいる妖怪だったら、全ての筋が通るのだ。

「本当に、いるとはなぁ」

 1年前の文化祭で一瞬だけだが、八雲 紫の存在を疑ったことがある。現実味が無さ過ぎて本気にしなかったけれど。

(……そして、その八雲 紫と響が繋がってるって可能性も、な)

 思わず、ため息を吐いてしまう。

「まずは、この森から出ようか」

「にゃー」

 落ち込んでいても意味はない。仕方なく、俺は黒猫を乗せながら歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……疲れた」

 それから1時間。出口が見つからない。

「にゃー……」

 俺の頭で猫も疲れたような声を漏らす。

「お前、歩いてないだろ?」

「にゃにゃにゃ!」

「頭の上にいても疲れるのか?」

「にゃ」

「そんなもんか」

 猫に集中していたので目の前が疎かになっていた。気付いた時には周囲が真っ暗になったのだ。

「何だ?」

「にゃにゃっ!?」

 まだ、時刻は午後3時。まだ日が落ちるのは遅い。それなのに、こんな前触れもなく暗くなるだろうか。

(……いや、違う。これは……)

「ん? 誰か、入ってきたみたい?」

 前方で少女の無邪気な声が聞こえる。

「にゃにゃにゃあ!」

「シッ……気付かれる」

「にゃ……」

 騒いでいた猫を大人しくさせる。この暗闇の原因である彼女自身も俺たちの姿は見えない。だが、声などでこちらの居場所を特定される可能性があるのだ。

「……珍しい。人間なのに騒がないなんて」

「「……」」

「なら、匂いで探すか」

「ッ!」

 マズイ。このままでは彼女に気付かれてしまう。

「にゃー?」

 小さな声で猫が俺に問いかけて来る。『どうするの?』と言いたいのだろう。

「……大丈夫。何とかなる」

 いつだって俺は諦めなかった。響が失踪した時だって、俺は信じて待っていた。だから、今回も俺はこの危機を乗り越えられる。

「あ、いた。美味しそうな人間と……ん?」

「にゃっ!」

 猫が慌てているが、無視した。

(ここは森だ。下手に動いたら木に当たってそのまま、喰われる……)

 集中しろ。彼女の――ルーミアの気配を感じ取るのだ。

「まぁ、いいや。人間の方は食べてもいいよね?」

「……そうは問屋が卸さないぜ」

 そう言ってから俺は駆け出した。ルーミアに向かって。

「え?」

 俺が走り出すとは思っていなかったようでルーミアは目を見開いて驚いていた。その横を通り過ぎる。

「あ、匂いが離れて行く! 待て!」

「待つか!」

 振り返るとルーミアは涎を垂らしながら追って来ていた。

「猫、しっかり、捕まってろよ!」

「にゃ」

 猫の返事を聞いて俺は更にスピードを上げる。昔から足の速さには自信があるのだ。

「待てー!」

 元気な声でルーミアが叫ぶ。

「……」

 それに無言を通して、ひたすら走り続ける。もちろん、目の前に迫って来る木を避けながら。

(どうなってんだ?)

 そんな中、俺は戸惑っていた。

 

 

 

 暗闇でも、見える。目の前に何があるのか、わかる。

 

 

 

 そう、普通ならば何も見えないはずなのに、俺には全てが見えていた。普段通りとは言えないが、それでも見える。真っ暗なのに、見える。そんな矛盾に俺はただ、困惑していた。

「にゃ!」

 その時、猫が俺の髪を右側に引っ張る。咄嗟に軽くジャンプして右にずれた。

「ッ……」

 すぐに紅い弾が俺たちを追い越す。ルーミアが弾幕を放ち始めたのだ。

「にゃにゃ!」

 今度は左に引っ張った。同じようにずれると同じように弾が通り過ぎる。

「サンキュ」

「にゃ」

 小声でお礼を言うと猫は『気にすんなよ』みたいにポンと俺の頭を軽く叩いた。

「当たらない? んー、じゃあ、もっと!」

 俺に命中していないことに気付いたようで、ルーミアの弾幕が激しくなる。猫も連続で俺の髪を引っ張った。

(どうする?)

 例え、森を抜けたとしてもこの暗闇から逃れられるわけではない。何とかしてルーミアの足(飛んでいるので足ではないが)を止めなければ――。

「……そうか」

 俺には見えているが、ルーミアにとってここは暗闇。俺の匂いを辿っているから木にぶつかっていないだけなのだ。

(なら)

 目の前に迫った木を右にずれることで躱す。すかさず、左にずれた。

「待てー! むぎゃッ!?」

 後ろから痛そうな音が聞こえる。ルーミアが木にぶつかったのだ。

「にゃー!」

 『今のうち!』と言いたいらしい。

「わかってる!」

 振り返ることなく、俺は全力疾走でルーミアの暗闇から脱走した。

 



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第260話 寺子屋

「はぁ……はぁ……」

 いつの間にか森も抜けていたが、俺は汗だくのまま、走り続けている。いつ、ルーミアが追って来るかわからないからだ。

「にゃー」

「応援してくれるのはいいんだけど、いい加減降りてくれないか? 首が折れそう」

「にゃっ!」

「……そうかい」

「にゃにゃ」

 ため息を吐いていると、猫は髪を左に引っ張った。

「左に行けばいいのか?」

「にゃ!」

「なら、そっちに行くか」

 この猫は幻想郷に詳しいようだ。ルーミアの弾幕も見えていた――いや、感じ取っていたみたいだから、霊力的な力を感知できるのかもしれない。

「なぁ、俺たちって博麗神社に向かってるのか?」

「にゃにゃ」

 否定の言葉、だと思う。

「じゃあ、人里?」

「にゃ」

 俺たちは人里に向かっているようだ。確かに、博麗神社に向かうよりもまずは慧音などに相談して護衛してくれそうな人を紹介して貰った方がいいかもしれない。

「それじゃ道案内、よろしくな」

「にゃ!」

 まだまだ、この猫にはお世話になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うお……」

 人里らしき物が見えて来て俺は思わず、声を漏らしてしまう。達成感と言う奴だ。

「にゃー」

 ぐいぐいと右に引っ張る。右を向くとそこに門番らしき人が二人、立っていた。

(まずは、あの人たちに状況を説明した方がいいか……)

「あの」

「ん? 何だ……って、もしかして、外来人か?」

 最初、訝しげな表情をこちらに向けた門番だったが、俺の姿を見た瞬間、そう問いかけて来る。

「わかるんですか?」

「人里の外から来て、見慣れない恰好をしているからな。よく、生き延びた。一先ずは人里で休んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 よかった。ここで、門前払いを喰らったら本格的にやばかった。

 門番二人に見送られながら俺と猫は人里に入る。

「おお」

 もう少しで夕方になる、という時刻なのに人々は賑わっていた。夕食の買い物をする人。そんな人たちを呼び込む商売人。夕方になる前に少しでも遊ぼうとしている子供たち。それを見ていると幻想郷なのに平和に見える。まぁ、人里は妖怪に襲われる可能性が低いので当たり前なのだが。

「さてと……寺子屋はどこかな?」

「にゃ」

 俺の独り言に対し、左に引っ張る猫。

「え? お前、寺子屋の場所もわかるのか?」

「にゃ!」

「本当に、頼りになるわ」

「にゃー」

 頭の上にいるので実際に見たわけではないが、猫は満足げだった。

「じゃあ、寺子屋までよろしく」

「にゃにゃ!」

 俺は猫に髪を引っ張られながら寺子屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃにゃ」

「ここか?」

「にゃん」

 猫の自信ありげな鳴き声を聞いて俺はその建物を見上げる。確かに、他の民家より大きい。

「よっと……ん? 何か寺子屋に用か?」

 何か重そうな物を持ってこちらに近づいて来た女性が俺に気付いて声をかけて来る。

(お、おお……)

 ここは三次元なのでゲームのそれとは多少、違うがその女性は慧音そのものだった。

「何か、私の顔に付いているか?」

「あ、いや……えっと、上白沢 慧音、さんですか?」

「確かに、私が慧音だが……おや? その猫」

 俺の頭の上に乗っている猫を見て唸り始める慧音。

「知ってるんですか?」

「いや、気のせい……ってことにしておこう」

「……にゃ」

「あの……」

 慧音と猫の間に何かあったようで完全に蚊帳の外だった。

「おっと、すまない。そこの猫とは仲が良くてな」

「そうなんですか?」

「よく、外来人をここまで連れて来てくれるのだ」

「お前、すごい奴なんだな」

「にゃー!」

 『そうだぞー』、みたいな感じで猫が鳴く。

「さて、君は外から来たのだろう? お茶でも飲んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 ルーミアとの追いかけっこでもうヘトヘトだ。博麗神社に向かう前に少しだけ体力を回復しておこう。

「あ、そうだ。君の名前を聞いていなかったな。その前に一応、自己紹介しておこう。私は上白沢 慧音。この寺子屋で先生をやっている」

「ご丁寧にどうも。影野 悟って言います」

「影野 悟?」

 俺の名前を聞いて彼女は目を細めた。

「どうしました?」

「……いや、何でもない。さ、上がってくれ」

 荷物を抱え直しながら慧音さんは寺子屋の中に入って行く。俺もその後を追った。

「適当に座っていてくれ。今、お茶の用意をして来る」

 囲炉裏のある部屋に通された俺は近くにあった座布団の上に座る。猫は頭から降りて膝の上に乗って来た。

「……ふぅ」

 やっと、一息つける。安心から長い溜息が漏れた。

(まさか……本当に幻想郷に来ちゃうとは、な)

 猫の背中を撫でながら今更な感想を頭に浮かべる。

 そりゃ、そうだろう。今日は響と遊ぶ約束をしていたのにこんな幻想の世界に来てしまったのだから。

「まぁ、何とかなるかな」

 ルーミアに襲われた時は少し焦ったけれど、この猫がいれば何とかなるような気がする。

「なぁ、猫」

「にゃ?」

 大人しく撫でられていた猫が顔を上げてこちらを見た。

「俺が無事に博麗神社に辿り着けるまで一緒に来てくれるか?」

「……にゃん」

 猫は一つだけ頷く。

「そっか。ありがと」

「にゃにゃん」

「待たせたな」

 そんなことをしている間にお盆を持った慧音が部屋に戻って来た。

「ありがとうございます」

「うむ……ところで、悟はこれからどうするのだ?」

 お茶を飲んで和んでいると唐突に問いかけて来る慧音。

「博麗神社に向かおうかと」

 確かに幻想郷に来られたことは嬉しい。しかし、この世界は力がないと生き残れない厳しい世界だ。能力がないと死ぬだろう。

「……そう言えば」

 お茶が美味しくて忘れていた。

「慧音さん。少しいいですか?」

「む? 何だ?」

 首を傾げている彼女にルーミアとの追いかけっこの際、起きた現象について語った。

「……それは、やはり能力だな」

「やっぱりですか?」

「ああ……まぁ、まだ不明な部分も多いから内容までは推測できないが」

 さすがに『真っ暗な場所で周りの様子が見える』だけでは能力の内容まではわからないようだ。

「でも、今の所、この能力……戦闘には使えませんね」

「ルーミアとの相性はいいが他の妖怪となると、な。一気に攻められて……」

 その後の言葉は続けなかった。言わなくてもわかるからだ。

「なら、博麗神社に向かうのも危ないですね」

「ああ、それなら心配ない。人里に案内できる奴がいるか探しておこう」

「いいんですか?」

「もちろん、相手の都合を聞いてオッケーを貰ったらだが」

 そう言って慧音さんは立ち上がる。

「では早速、探して来る。もう少しだけ待っていてくれ」

「ありがとうございます!」

 俺のお礼を聞いて微笑んだ彼女はそのまま部屋を後にする。

「これで、博麗神社には行けそうだな」

「……」

 呟きに対し、猫は少しだけ顔を下に向けるだけだった。

 



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第261話 案内役

「待たせたな」

 あれから一時間ほどで慧音さんが帰って来た。その後ろには緑髪の巫女服姿の女の子。

「初めまして。東風谷 早苗です。よろしくお願いしますね」

「……おおう」

 早苗にまで会えるとは思えなかった。

「ん? その反応からこちら側を知っている人ですか?」

「こちら側?」

「外来人には大きく分けて2種類います。幻想郷を知っている人と知らない人です。確か、『東方』とか言うゲームになってるんですよね?」

「そうだけど……」

 他の外来人から『東方』について教えて貰ったのだろうか?

「あれ? そっちの猫は?」

 疑問に思っていると早苗が俺の膝の上で丸くなっている猫に気付いた。

「ああ、助けてくれた猫だよ」

「へー! すごい猫なんですね」

 そう言いながら猫の背を撫でる早苗。

「……にゃー」

 しかし、猫は溜息を吐くように鳴いた。

「な、何か……呆れられていません? 私」

「み、みたいだな」

 理由はわからない。でも、早苗の後ろで肩を震わせている慧音が気になった。

「い、いや、何でもない。それじゃ、早苗。後はよろしく頼むぞ」

「はい、お任せください! では、行きましょう」

 元気よく出て行った彼女を追って俺たちも寺子屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「念のために聞いておきますけど……空、飛べませんよね?」

「飛べるわけないだろうが……」

 飛べたら苦労はしない。

「ですよね。ここから妖怪が出て来ます。気を付けてくださいね」

 少しだけ目を鋭くして早苗が注意して来た。

「猫、頼むぞ」

「にゃにゃ」

「……そんなに強いんですか? その猫」

「いや、気配を察知できるみたいで」

「にゃ」

 俺の頭で猫は力強く頷いた。頼りになる奴だ。

「すごいですね……あ、そう言えばまだお名前を聞いていませんでした」

「え? 慧音さんから聞いてないの?」

「ええ。外来人を博麗神社まで案内してくれって言われただけなので」

「そうなのか。俺は影野 悟。よろしく」

「か、影野 悟さん?!」

 早苗は目を丸くして叫んだ。

「うぇ!? な、何!?」

 まさか、俺の名前を聞いて驚くとは思わなかったので吃驚してしまった。

「あ、あの影野 悟さんですか!?」

「あのがどれなのかわからないけど……俺の名前は影野 悟だけど」

「う、嘘!? まさかあの影野 悟さんが幻想郷に来てしまったなんて!?」

 よくわからないが早苗はショックだったらしく、肩を落として落ち込んだ。

「あ、あのさ? どうしたの?」

 正直、早苗のテンションについていけなかった。意味が分からなすぎる。

「いえ……影野さんの話はよく響ちゃんから聞いていましたから」

「響に!?」

 ここであいつの名前が出て来るとは思わなかった。

「どうしてあいつの名前が出て来るんだ!?」

 思わず、足を止めて質問してしまう。

(やっぱり、あいつも幻想郷に来てたのか……)

「よく話してくれましたよ? 影野さんや妹さんの話……あー、懐かしいなぁ」

「……懐かしい?」

 待て。響が今も幻想郷に来ているのならばその発言はおかしい。現在も面識があるのならば懐かしむはずがないからだ。

「ええ。私がまだ外の世界にいた時にたくさん話してくれたんですよ」

「外の世界?」

「そうなんです。守矢神社が外の世界にあった頃、響ちゃんがお守りを買いに来てくれて。それから仲良くなったんですよ」

 その話が本当だとすると、早苗と響は外の世界で知り合っていた。その時、俺や師匠の話をしていた、と。

(つまり、今は響との繋がりがない?)

 だが、そう結論付けるには情報が無さ過ぎる。逆に響が幻想郷に来ているというのもまだ断言出来ない。もう少し、情報を集めないと。

「早苗、あのさ――ッ」

 響についてもう少し聞こうと思った刹那、あの感覚――殺気を右側から感じ取って特注のベルトに差してある武器に手を伸ばして一気に横薙ぎに振るった。

「ぎゃんっ!?」

 茂みから飛び出して来た何かに俺が手にしていた物が当たって吹き飛ばす。

「ど、どうしたんですか!?」

 やっと異変に気付いた早苗が目を丸くしてこちらを見ていた。

「か、影野さん? それは何ですか?」

「え? 何って……警棒だけど」

 そう言う俺の右手には警棒が握られている。

「何でそんな物、普通に持ってるんですか!?」

「そんなことより、あれは何だ?」

 話を逸らすために警棒に殴られてフラフラしている見たこともない生物を指さしながら聞いた。

「あれ……って妖怪!? 何でこんな所に!?」

 驚愕する早苗の声に反応するように5匹の妖怪が飛び出して来る。早苗の前に3匹。俺の前に2匹。そして、倒れている奴も合流して俺の目の前には3匹の妖怪が唸り声を上げながら威嚇していた。

「……えっと、これ。ピンチって奴?」

「そうですね。私ならともかく、影野さんを守りながらだと……ちょっと厳しいかもです」

 俺たちはお互いの背を守り合うように構える。

「……どれくらいかかる?」

「え?」

「お前の方にいる妖怪を倒し終わるのにどれだけかかるかってこと」

「そ、そうですね……このタイプの妖怪は連携出来ますので10分もあれば」

 きっと、弾幕を使えばもっと早く片付けられるのだろう。しかし、こんな場所で弾幕を展開してしまったら、俺が被弾してしまう可能性が高い。だから、10分もかかるのだ。

「オッケー。それじゃ、それまで耐える」

「……は?」

「ぎゃうっ!」

 そこで、目の前にいる妖怪の一匹が飛びかかって来る。

「しっかり、捕まってろよ?」

「にゃー」

 ベルトから警棒を抜いて勢いよく振るい(伸縮タイプの警棒。後、少しだけ改造してある)、限界まで伸ばして両手に警棒を持ちながら猫に言う。猫も慣れたように鳴いてくれた。

「よっ」

 そして、右手の警棒を振り上げる。

「ガッ?!」

 空中で回避することも出来ずに妖怪は顎に警棒を喰らい、後方へ飛んで行く。それとすれ違うように2匹の妖怪が突っ込んで来た。

「ッ……」

 腰を低くし、警棒を構え、親指を警棒に付いているボタンに添える。

「「ギャッ!」」

 それと同時に妖怪たちは俺を殺すために爪を振り降ろす。それに合わせてそれぞれの警棒を爪にぶつけ、ボタンを押した。

 

 

 ――バチバチッ!

 

 

「「~~~ッ?!」」

 すると、警棒に高圧電流が流れ、妖怪たちは感電し地面に倒れて転げまわっている。苦しそうだ。

「改造しておいてよかったぜ……」

「にゃっ!」

 ホッとしていると猫が髪の毛を引っ張った。咄嗟に振り返ると最初に突っ込んで来た妖怪がいつの間にか背後に回り込んでいたようで、すぐ目の前まで迫っていた。大きく口を開けて俺を噛み千切ろうとする。

「ぐっ……」

 警棒をクロスして防御。あの電撃は連続で使用できない。さすがに警棒本体が持たないのだ。ジリジリと押されるが何とか踏ん張る。

「ッ! にゃ!」

 俺が妖怪と鍔迫り合い(お互いに剣は使っていないのだが)をしていると不意に俺の頭から飛び降りる猫。

「ね、猫?」

「にゃ! にゃにゃ!」

 どうやら、俺の背中を守ってくれるらしい。多分、後ろにいる妖怪たちが立ち上がったのだろう。

「……よし、任せた!」

「にゃ!」

 正直、猫が妖怪に勝てるとは思えない。確かに、察知能力は高いみたいだが体格の差がありすぎる。

(でも……)

 何故か、俺は猫になら背中を任せられると思った。この猫なら安心だ。俺を守ってくれる――いや、俺と一緒に戦ってくれる。

「じゃあ、こっちは俺が何とかしなきゃ、な」

 あえて、後ろに下がった。そのせいで妖怪はバランスを崩れる。その隙に右手の警棒を思い切り、振り降ろした。

「ギャッ……」

 脳天に警棒を叩き付けられたことで頭から血を流す妖怪。そこへダメ押しの蹴りを放ち、ぶっ飛ばした。

「猫は……って!?」

 チラリと振り返るとすでに戦闘は終わっていた。

「……にゃー」

 無傷な猫の足元に黒こげになった2匹の妖怪が転がっていたのだ。背中を任せられると思ったが、まさかここまでやるとは思わず、呆然としてしまう。

「ッ!? にゃあああ!!」

 猫がこちらを見た刹那、そう叫ぶ。その視線は俺の背後に向けられていた。

「え?」

 放心状態になりながら後ろを見ると蹴りを入れたあの妖怪の牙が顔の前にあった。頭を攻撃したので相当、ダメージを喰らっているはずなのに、だ。

(死っ――)

 警棒でガードしようにも間に合わない。つまり、俺は死ぬ。

「にゃあああああああああああああああああああ!」

 しかし、妖怪の牙が俺の首を捉える前に俺の肩を踏み台にしてジャンプした猫が妖怪の前に躍り出る。その体から突然、雷光が迸った。雷を纏った猫が妖怪に触れた瞬間、凄まじい轟音と光が俺を襲う。

「ッ……」

 あまりにも強い光だったので思わず、腕で目を庇ってしまった。

「な、何だ……」

 チカチカする視界の中、前を見てみると猫の前には無残な妖怪の姿があった。原型を留めていない。ただの灰になっていた。

「……お前が、やったのか?」

 俺の問いかけに猫は顔を洗う仕草をするだけだった。

「影野さん! お待たせ……あ、あれ?」

 それからすぐに早苗が俺の方を見るがすでにこちらの戦闘が終わっていたので首を傾げる。そして、やっと俺たちが妖怪を倒したことに気付いて目を見開いた。

「これ、影野さんが?」

「いや、そこの猫が倒してくれた。俺はあしらうだけだったよ」

「妖怪相手にただの人間があしらえるのもおかしいのですが……まぁ、いいでしょう。周囲に妖怪の仲間がいないか確かめて来ますので、ちょっと待っていてください」

 そう言って早苗は空を飛んでどこかへ行ってしまった。

「……はぁ」

 安心からかその場に座り込む。

「にゃ」

 そこへ猫が何かを咥えて近づいて来た。よく見ると俺の携帯だ。

「あれ? 何で俺の携帯が?」

 確か、ポケットに入れていたはず。そのポケットを見ると破けていた。どうやら、妖怪と鍔迫り合いをしていた時に妖怪の爪がポケットに当たったらしい。

「拾ってくれてありが……あ、あああああ!?」

 猫から携帯を貰うも、その画面に皹が入っているのが見えて叫んでしまう。

「う、嘘だろ……壊れてる」

 電源ボタンを押しても動かない携帯。これは完全に壊れている。

 早苗が帰って来るまで俺は携帯を眺めながら何度もため息を吐いた。

 



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第262話 強制転移

「やっぱり、裏手からなんだな」

 妖怪と戦ってから数十分後、俺は草をかきわけながら呟く。早苗の話では博麗神社の鳥居は外の世界がある方に位置しているそうだ。だから、幻想郷側から博麗神社に入ろうとすると自然と鳥居側じゃない――つまり、他の手入れされていない場所から入ることになる。

「普段は飛んで来ますので……」

「すまんな。案内して貰って」

「いえいえ、これも信仰のため……って、あれ? 影野さんが外の世界に帰ったら意味ないんじゃ?」

「外の世界でも信仰するから安心しろ」

「あ、なら安心ですね」

 そこでやっと視界が開け、少しだけ古ぼけた神社の縁側が見えた。

「ここが?」

「そうですよ。ここが博麗神社です。霊夢さーん、いませんかー?」

 早苗が話しかけるも返事はない。どこかに出かけているのかもしれない。

「んー……いないようですね。どうします?」

「いないものは仕方ないんじゃないか? 適当に待ってようぜ」

 俺はそう言いながら縁側に腰掛けた。

「そうですね」

 早苗も頷いて俺の隣に座る。

「それにしても……どうして、警棒なんか持ってるんですか?」

 すると、彼女がジト目で問いかけて来た。

「まぁ、色々あるんだよ」

「警棒を持たなきゃいけない事情ってどんな事情ですか……」

「これでも、命を狙われたりする身でね」

「……命を狙われる?」

「おう」

 それ以上は答えず、伸ばしたままだった警棒の先端を押して短くする。

「さすがに妖怪を相手にする時用に作ってなかったからさっきは危なかったけどな」

「そう言う割にはものすごく戦い慣れてたような気がするのですが……」

「響を守るために時々、ね」

「響ちゃんを守る?」「にゃー?」

 いつの間にか俺の頭から早苗の膝の上に移動していた猫と早苗は同時に首を傾げた。

「早苗は知ってるだろ? 響ってそこら辺の女子より綺麗だって」

「え、ええ……響ちゃんは綺麗ですけど」

「そんなあいつを自分の物にしたいって奴らが外の世界に結構、いたんだよ」

「……ッ!? そ、それって!?」

「ああ、誘拐計画とかしょっちゅう練られてたみたいだな」

 最近では師匠や雅ちゃんが目を光らせているので手を出せないようだが。

「響ちゃんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。対策は立ててあるし……ん?」

 その時、見上げていた空の向こうから何かが飛んで来ているのが見えた。

「あ、霊夢さんですね。どうやら、買い物に行ってたようです」

 そう答える早苗の言う通り、霊夢らしき人の手には大きな荷物が抱えられている。人里で買い物したのだろう。

「あー……入れ違いだったんだな」

「あ、そうですね。私たちは歩いて行ったので霊夢さんと鉢合わせなかったんですね……」

「待っていれば妖怪と戦わずに済んだのにな」

「まぁ、怪我がなかっただけよかったですよ。霊夢さーん!」

 早苗が猫を落とさないように気を付けながら手をブンブンと振る。それに気付いた霊夢は軽く手を挙げて俺たちの前に着地した。

「あら、早苗。来てたのね。どうしたの?」

「はい、外来人をここまで案内しました」

「外来人? それにその黒猫……」

「にゃー」

 黒猫と霊夢は数秒間、ずっと見つめ合う。

「……そう、わかったわ。貴方が外来人ね?」

 黒猫から目を離し、俺の顔を見る霊夢。

「影野 悟だ。よろしく」

「ええ、よろしく。貴方は外の世界に帰りたいのね?」

「ああ、頼めるか?」

「もちろん、それが博麗の巫女の役目だもの。それじゃ、あがって。準備が出来るまでお茶でも飲んで待ってて」

 そう言って霊夢は縁側から家の中に入って行く。俺も靴を脱いでその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備出来たわ」

 しばらくすると霊夢が戻って来る。

「結構、長かったな」

 かれこれ、1時間ほどかかっていた。その間に携帯をどうにかして直そうとしたが、うんともすんとも言わない。本格的に壊れているようだ。元の世界に戻ったら修理に出さなければならない。

「色々準備が必要なの……ねぇ?」

「ん? 何だ?」

 不意に霊夢が問いかけて来て湯呑に伸ばしかけた手を止める。

「本当に帰るのね?」

「ああ」

「幻想郷に戻って来ることは出来ない。こちらのことを知ってる人は結構、悩むのよ?」

 まぁ、そうだろう。東方を知っている人ならばこの幻想郷は文字通り、楽園だ。しかし――。

「俺は外の世界でやらなきゃならないことがあるからな。幻想郷もいいけど、帰らなきゃ」

「……そう。わかったわ。それじゃ、ついて来て」

 それだけ言うと霊夢はそのまま、縁側の方へ向かう。俺と早苗もその後に続いた。靴を縁側に置いたままだったのだ。

「帰る方法は簡単。鳥居から向こう側に行くだけよ」

「そんだけなのか?」

「いちいち、面倒な方法で帰すの面倒じゃない。だから、今の形に落ち着いたの」

「へぇ、そうだったんですか」

 早苗も知らなかったようで、納得顔で頷く。その時、鳥居が見えて来た。

「ここを通れば帰れるわ」

「なんか、呆気ないな」

「人生、そんなものよ」

「……」

 霊夢の放った言葉は何故か重みがあった。

「……さて、短い間だったけどお別れね」

「もう少しマシな言い方はないんですか!? それだと、素っ気なさ過ぎますよ!」

「だって、本当のことじゃない。私、影野さんと話したの数分ぐらいよ?」

「それでもですよ!」

 霊夢の態度が気に入らなかったらしく、早苗が目を鋭くして注意する。

「……なぁ、もう行っていいか?」

 俺がスキマに落とされたところを響は見ていた。だから、急いで帰らないとあいつを心配させてしまう。

「ええ!? 悟さんも酷いですよぉ」

「いや、だって早く帰らないと」

「一緒に戦った仲じゃないですか!」

「じゃあ、鳥居を通り抜けて」

「霊夢さあああああん!」

 とうとう早苗は涙目になってしまう。からかいすぎたようだ。

「冗談だってば。早苗、ここまで案内してくれてありがとう」

「冗談だったんですか……でも、案内役を受けたのに妖怪に襲われてしまいました。怖い思いをさせてすみません」

「いやいや、お前がいなかったら、死んでたかもしれないし」

 猫がいてくれたからどうにかなったものの、雷撃を使えるからと言って妖怪相手に時間稼ぎにしかなかった。もし、1人で妖怪に遭遇してしまったら殺されていただろう。

「猫。お前もありがとな。お前がいなかったらあの時、死んでた」

「……にゃー」

 その頭を撫でながらお礼を言うと、猫は目を細めて鳴いてくれた。

「別れは済んだ?」

「まぁな。霊夢もサンキュな」

「博麗の巫女の仕事よ。当たり前だわ」

 最後に忘れ物はないか確認して俺は鳥居の前に立つ。

「……」

 何だか、不思議な気分だ。

 東方が好きな俺が幻想郷に来て、すぐに帰ろうとしている。観光せずに、だ。きっと、霊夢に頼めば数日ぐらい、自由に歩き回れるようにしてくれるだろう。しかし、俺は外の世界に帰りたい。

(やっぱり、放っておけないんだな)

 少し前だったら数日ほど幻想郷に残っていたはずだ。

 でも――。

(最近のあいつは、少し様子がおかしい)

 だからこそ、俺は帰りたい。あいつの傍に戻りたい。

「それじゃ、またな」

 もう会えないとは思うが、さようならは言えなかった。さようならを言ってしまったら忘れてしまいそうだったから。

(まぁ、こんな出来事……簡単に忘れられるわけが――)

「――忘れて貰うわよ。もちろん」

「え?」

 突然、目の前の空間が割れたと思った刹那、何かに押さえて鳥居を越えてしまう。

「さようなら、悟君」

 意識が遠くなっていく中、最後に見た景色は金髪で紫色のゴスロリ服を着た女性が不敵に笑っている姿だった。

 



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第263話 悟る

「……全く、突然どうしたの? 紫」

 悟が博麗神社の鳥居を越えて消えてから長い沈黙が流れた。しかし、それを霊夢がため息交じりの問いかけで破る。

「仕方ないじゃない。まさか、あの子がこっちに来るなんて思わなかったのよ。対処が遅れたわ」

「え? 紫さんが影野さんをこちらに呼んだのではないのですか?」

 紫の答えを聞いて早苗が首を傾げた。

「どうしてそう思うの?」

「だって、影野さん言っていましたよ? スキマに落とされてこちらに来たって」

「……私がわざわざ、響の秘密を彼にばらすようなことをすると思う?」

 確かに、悟をこちらに呼んでしまったら秘密がばれてしまう可能性がある。ましてや、悟は東方が好きで幻想郷について知っているのだ。紫がこちらに悟を連れて来るとは考えにくい。

「じゃあ、誰が?」

「それがわからないのよ。調べてみたら彼がスキマに落とされた時、その周囲には人払いの結界が張ってあったみたいだし……」

「痕跡は?」

 霊夢の短い質問に紫は首を振った。なかったらしい。

「ところで……いつまでそんな恰好でいるつもり?」

 紫から視線を外して霊夢が“俺”に話しかける。

「……はぁ。疲れたぁ」

 そこで、緊張の糸が切れて思わず、境内に寝転がってしまう。

「え……ええ? 猫が喋った?」

 そんな俺を見て早苗が目を丸くする。まだ気付いていないようだ。

「お前……気付けよ。響だよ」

「……いやいや。何で、響ちゃんが黒猫になってるんですか?」

「前に話しただろ。地底で魂に猫が入り込んだって。だから、こうやって猫に擬態できるようになったんだよ」

 何故か、猫は白猫なのに俺が猫の姿になると黒猫になるのはわからない。しかも、背中には小さな翼が生えるし、尻尾に博麗のリボンが括り付けられている。自分でもよくわからないが、猫になろうとしたらこうなってしまったのだ。

「じゃ、じゃあ……ずっと?」

「ああ。さすがに悟の前に普通の姿で出たら一発でばれるからな。こうなった」

「吃驚したわよ。響が猫の姿になってるんだから」

「霊夢さんは気付いてたのですか?」

「気付かなかったのお前だけだ」

 慧音ですらすぐに気付いた。しかも、俺の状況まで汲み取ってくれて色々と配慮してくれたのだ。今度、お菓子を持ってお礼を言わなければ。

「で、いつまで猫のままなの?」

 口をパクパクして驚愕している早苗だったが、すぐに紫が聞いて来た。

「……今、猫の姿じゃん」

「ええ、そうね」

 いきなり本題に入らずに前振りを入れる。紫も急かして来ることなく頷いてくれた。

「この姿になった時にさ。服は変わらなかったんだよね」

「……それってつまり?」

 俺の言いたいことが分かって来たのか、顔を引き攣らせて霊夢が先を促す。

「今、俺全裸」

 そう、俺は全裸なのだ。すっぽんぽんなのだ。

 猫に変身したのはよかったものの、服までは変化させることが出来ず、いきなり目の前が真っ暗になった時は本当に驚いた。そして、自分の服から脱出した後、めちゃくちゃ落ち込んだ。それでも、悟の前に普通の姿で出るのはまずいので、我慢したのだ。

 そのおかげで悟に秘密はばれなかったが、色々と失ってしまったような気がする。

「……ほら、早く神社の中で服、着て来なさい」

「……ありがと、霊夢」

 その後、俺は急いで服を着るために神社の中へ入った。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ゆっくりと目を開けると目の前には見慣れた天井。

(俺の、家の寝室?)

 体を起こすとやはり、寝室だった。だが、いつベッドに入ったのか覚えていない。

「おっと」

 ベッドから降りると体に違和感を覚えて、バランスを崩してしまう。この感じは激しい運動をした後の疲労感に似ている。

「何だ?」

 何とか立ち上がって窓から外を覗く。すでに真っ暗だった。部屋の明かりも点いていないので月の光だけがこの部屋の光源だ。

(確か、響と待ち合わせして……あれ?)

 記憶を手繰ろうとしたが、そこで記憶が途切れていた。何も思い出せない。

「旦那様、目が覚めたのですね」

 そこへ執事がやって来てそう呟いた。

「ああ……すまん。状況が飲み込めない。何があった?」

「はい。どうやら、旦那様は転倒したそうでその拍子に頭を強く打ち付けたそうなのです」

「そう……なのか?」

 自分の記憶が曖昧であまり納得できなかった。

「医師の診断書を持って来ましょうか?」

「……いや、いい。ありがと」

「いえ。ですが、連絡をくださった響様には一言、何か言っておいた方が良いかと」

「響が連絡してくれたのか、わかった。後で……」

 その時、俺は口を閉ざして硬直してしまう。

「旦那様?」

「……ちょっと、考え事をする。席を外してくれ」

「かしこまりました。では、何かあればお呼びください」

 丁寧にお辞儀した執事は音を立てずに部屋を出て行く。

 そして、俺の寝室に静寂が訪れた。

(待て……待てよ)

 しかし、俺の心臓だけはそんな静寂とは逆に激しく鼓動を打っていた。

(どうして、響が執事に連絡出来た?)

 俺に執事がいることを響に話していないのだ。だからこそ、響が執事に連絡を取ることはあり得ない。響ならば、自分の家に運んで看病するはずだ。

「いや」

 もしかしたら、俺の携帯の着信履歴から執事の携帯番号を見つけて連絡した可能性もある。ベッドの横に置いてあった携帯を手に取って確認しようとした。

「……あれ?」

 だが、携帯の電源は一切、着くことはなかった。

(壊れ、てるのか?)

 どうやら、俺が転倒した時に携帯を下敷きにしてしまったようだ。画面に皹が入っているので間違いないだろう。

 では、どうして響は俺の携帯の着信履歴を見ることが出来たのだろうか? この携帯は俺が転倒した時に壊れてしまった。それならば、響は携帯の着信履歴を見ることが出来ない。その時点で携帯が壊れてしまっているのだから。

「……」

 おかしい。矛盾だらけだ。

 思い出せ。何か、何か忘れているはずだ。

 その時、月が雲に隠れたのか、月の光が差し込まなくなり、部屋が暗闇と言えるほど暗くなる。

 

 

 

 ――にゃー。

 

 

 

「ッ!?」

 その暗闇の中で俺は黒猫の姿を見たような気がした。しかも、ただの黒猫ではない。小さな翼が生え、尻尾に紅いリボンを括りつけている黒猫だ。その黒猫は俺の方を見て一つ、鳴いた。

 あまりにもあり得ない光景に動けずにいると月の光が再び、部屋へ差し込む。そして、それとほぼ同時に黒猫の姿はなくなった。

「何だ、今の……」

 先ほどまで黒猫がいた場所に向かい、床に触れてみるが何もない。

(黒猫……暗闇……)

 この二つの単語が引っ掛かる。

「よし」

 とりあえず、部屋の中を暗くしてみようと、カーテンを閉めた。また、部屋が暗闇になる。

 

 

 

 ――にゃー。

 

 

 

「……黒猫」

 すると、また黒猫が部屋の中に現れた。今度ははっきりと見える。

「お前は、何なんだ?」

 ――にゃー。

 俺の問いかけに黒猫は気付く様子もなく、鳴いている。

「ん?」

 その時、ふと周囲に視線を向けてみると不自然な点に気付いた。

「部屋が、暗くない?」

 いや、違う。暗いのに視えるのだ。それこそ、明るい時以上に細部まで視える。

「……」

 暗闇でも視える目。特徴的な黒猫。体の疲労。故障した携帯。矛盾だらけな現実。

「思い出すんじゃない。視るんだ」

 思い出せないのであれば、視ればいい。探せばいい。見つければいい。

 暗闇でも視える目を使えば、真実に辿り着けるような気がした。

(思い浮かべるのは、テレビの画面。その画面は真っ暗)

 目を閉じて、テレビを思い浮かべる。そして、その真っ暗な画面に目を向けた。

 しばらくすると画面に何かが浮き出て来る。

 それは、黒猫だった。俺の頭の上でくつろいでいた。

 その次に青い服を着た女性。

 次は緑髪で特徴的な巫女服を着た少女。

 最後に脇を露出させた巫女服を見事に着こなす少女だった。

 その全てに見覚えがある。

「……そうか。わかったぞ」

 見つけた。

 そうだったのか。

 全て、わかってしまった。

「……くそったれが」

 目を開けて俺はベッドに背中から倒れ込む。

「響……お前、また変なことに巻き込まれてるのかよッ……」

 俺の呟きに答えるようにまだそこに視える黒猫が一つだけ鳴いた。

 



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第264話 過去――紅い珠――熱――

「キョウ、まだ寝てないの?」

 僕のテントの入り口から顔を覗かせたこいしさんはそう問いかけて来た。

「あ、こいしさん……はい、ちょっと眠れなくて」

「……もう、1週間もろくに寝てないよ? 本当に大丈夫?」

 こいしさんの言う通り、咲さんと月さんが死んでしまった日から僕は眠ることが出来ず、フラフラだった。更にご飯も食べられずに自分でも衰弱しているのがわかる。

「はい……」

 でも、それを言うわけにもいかず、僕はただ、見栄を張るだけだった。この問題は僕だけしか解決できない。こいしさんに言っても困らせてしまうだけだ。

「そう……でも、無理だけはしないで。それじゃおやすみ」

「おやすみなさいです」

 心配そうに僕を見ながらこいしさんはテントを出て行く。それをいつの間にか治っていた右腕を振りながら見送った。

「……マスター」

 それを見送っていると桔梗が寝床(余った木材を借りて、即席で作った。咲さんと一緒に)から声をかけて来た。

「ん? 何?」

「大丈夫なわけないじゃないですか……もう、フラフラなのに」

「でも、こいしさんに言っても仕方ないでしょ? これは僕の問題なんだから」

 咲さんと月さんの死は僕にとってそれほど大きなことだったのだ。

(僕がもっとしっかりしてたら……)

 あの時、僕は妖怪の攻撃を喰らって気絶してしまった。もし、それがなければ咲さんは死ぬこともなかったかもしれない。月さんもそうだ。彼女の病気に有効な薬草を見つけていれば、彼女は助かった。

「マスター」

 自分を責めていると桔梗が僕の胸に飛び込んで来る。

「き、桔梗?」

「あまり、自分を責めないでください。マスターのせいじゃありませんから」

「でも――」

「それこそ、私がもっと強ければマスターをお守り……いえ、咲さんも守れました。それなのに、マスターが倒れてしまった時、私は混乱してしまいました。あの時、マスターの背中を守ることしか出来なかったんです。だから、マスターのせいではありません」

 そう言いながら桔梗は両手をギュッと握る。本当に悔しいのだろう。

「……桔梗はよくやってくれたよ。ごめん。僕が情けないから桔梗に苦労かけちゃうね」

「いえ、マスターはとても立派です! ですが、私が弱いばかりに……」

「ううん。僕が――」

「いえいえ、私が――」

 そんな言い合いをしていると僕たちはほぼ同時に噴き出してしまった。

「ふふ……僕たち、何やってるんだろ」

「最終的にお互いを褒めるだけでしたもんね」

 笑顔の桔梗。その顔を見て僕の心は不思議と温かくなる。

「桔梗」

 そんな彼女を抱きしめた。一生、離さないと言わんばかりに。

「ッ!? ま、マスター!?」

「ありがとう……桔梗がいてくれるから僕はこうやって元気になれた」

「私は、当たり前のことを言ったまでですよ。元気になれたのはマスター自身の力です」

「それでも、ありがとう。これからも一緒にいてくれる?」

「もちろんです!」

 満面の笑みを浮かべて桔梗は僕の胸に顔をくっ付けてすりすりし始めた。その姿が可愛らしくて思わず、頬が緩んでしまう。

「ねぇ」

「はい、何ですか?」

「今日……一緒に寝てくれる?」

 咲さん達が死んでしまった日からずっと寝つけなかった。でも、桔梗と一緒に寝たら眠れるような気がしたのだ。

「一緒に……寝るッ!?」

 しかし、僕の言葉を聞いた桔梗は目を丸くして頬を紅くした。

「ま、まま、マスター!? い、一緒に、寝るんですか!?」

 そして、そう問いかけて来る。まずかったのだろうか?

「やっぱり、駄目かな……ゴメン。無理言っち――」

「――大歓迎ですッ! さぁ、寝ましょう。速攻で毛布の中へ入りましょう。直ちに、直ちに!」

 絶叫する桔梗の目は血走っていた。何だか、少しだけ怖かった。

「う、うん」

 桔梗に逆らうことも出来ずに、慌てて毛布の中へ潜り込んだ。

「失礼しまああああああああす!」

 桔梗も勢いよく毛布へ入って来る。

「はぁ……マスターのぬくもりに包まれて眠れるなんて幸せですぅ」

「あはは。そんなに喜んでくれるならこれからも一緒に寝よ?」

「はい、是非!」

 僕の胸の中で笑う桔梗を見て一気に眠気が襲って来る。

「マスター、眠いのですか?」

「ぅん……急に……」

「では、子守唄を歌ってあげますね」

 そう言って桔梗は静かに歌い出した。その歌は聞いたことのない歌。

(でも……何だか、懐かしい……)

 目を閉じて思い浮かべたのは――神社。その縁側で、僕は誰かの膝に頭を乗せて寝ている。そして、その誰かは僕のことを微笑みながら見下ろして歌っていた。とても、優しい顔で。幸せそうに。

(だ、れ……)

 そこで、僕は眠りにつく。桔梗の子守唄を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、また来たよー」

 山を登り切り、その頂上にある真っ黒な墓石に挨拶する。

「……何でだろうね。私はお前のことは嫌いなのにここに通っちゃう」

 持って来た水を適当に墓石にかけながらボソッと呟いた。

 やはり、不安なのだろうか。こいつは私に酷い仕打ちをして来た。それでも、一応、保護者だったのだ。

(今、思えば、こいつが最初だったっけ? 私に抵抗したの)

 ガドラに会う前の私はクォーターというだけで他の妖怪にいじめられていた。お前は出来損ないなのだと、クズなのだと、存在していても意味のない奴なのだと。

 ずっと我慢して来たが、爆発してしまい、近づいて来る全ての生物を炭素に換えて私の力にした。

 それを続けている内に私はその地域で最強で最凶の存在になっていた。

 気付いた頃には私に優しくしてくれた数少ない仲間も自分の糧にしていた。だが、私はどうでもよかった。自分の力に酔っていたのだろう。

 そんな時だ。ガドラに会ったのは。

 いつも通りにガドラを炭素に換えようとした。しかし、触れた瞬間、私は燃え始め、ほとんどの力を燃やし尽くされた。

「お前は俺の物だ。逆らえば次はないと思え」

 地面に転がっている私にガドラはそう言った。

 それから私の奴隷生活が始まったのだ。

 ガドラに命令されたことを嫌でも遂行した。反抗すれば燃やされるから。

「……何でだろうね」

 本当に何故なのだろうか。私はどうして、この墓石を洗っているのだろうか。本来ならば、無視するはずなのに。

「……はぁ」

 やはり、不安なのだろう。最近、響の様子がおかしいことに。

 地底で石にされた彼は無事に異変を解決し、戻って来た。しかし、その時にはすでにいつもと何かが違っていた。訳は話してくれなかった。

 だからこそ、私は不安なのだ。また、危険なことをしているのではないか、と。また、私は何の役にも立てずに全てが終わった後に真相を知ることになるのではないか、と。

 もう、嫌なのだ。私の知らないところで響が傷つくのが。役に立てないのが。一緒に戦えないのが。

「ん?」

 不安を拭えないまま、墓石も洗い終わり、帰ろうかとした時、墓石近くの地面に何か光る物を見つけた。

(何だろう?)

 首を傾げながらその光る物を指でつまんでみる。ビー玉ほどの大きさだ。少しだけ力を入れて地面から引っこ抜く。

「うわぁ……」

 それはとても綺麗な紅い珠だった。何とも言えない幻想的な色を放っている。私は一目で気に入ってしまった。

「なんか、良いことがありそう!」

 先ほどまでの暗い気分はどこへやら。私は上機嫌で山を下り始める。紅い珠を握りしめて。

 

 

 

 

 その夜、悟が幻想郷に行ったことを響から知らされた。何だか、響も疲れているようで紅い珠のことは言えず、自分でその紅い珠を小さな袋に入れて、首から下げられるように紐を付けた。裁縫は慣れていないので少しだけ歪な形になってしまったが、私は気にする事無く、首から下げて生活するようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟さんが幻想郷に行ってから二日が経った。何とか、お兄ちゃんは自分の正体を晒すことなく(どうやってやったのかは教えてくれなかった)、無事に外の世界に帰すことが出来たそうだ。

 しかし、悟さんから連絡はなかった。何でも、携帯が壊れてしまったらしく、連絡しようにも向こうからしてくれないとこちらから連絡出来ない。今更だが、悟さんの家の電話番号や住所を知らなかった。

 だから、私たちは悟さんから連絡が来るまで待つことにした。

「おはよー……」

 いつも通りの時間に起きてすでに起きているであろうお兄ちゃんに朝の挨拶をしながら居間に入る。

「……お兄ちゃん?」

 だが、お兄ちゃんからの返事はない。それどころか、居間には誰もいなかった。

(珍しい……お兄ちゃんが寝坊なんて)

 まぁ、悟さんの件もあったし、最近は様子もおかしいので疲れているのだろう。しかし、起きて貰わないと朝ごはんが食べられない。

「お兄ちゃん? 起きてるー?」

 すぐに2階に上がってお兄ちゃんの部屋をノックする。返事はない。

「失礼しまーす。お兄ちゃん、朝だ……よ」

 まだ寝ているのだろうと結論付けてドアを開けて部屋の中に入る。そして、その部屋の光景を見て言葉を詰まらせてしまった。

 

 

 

 

 お兄ちゃんが床にうつ伏せの状態で倒れていたのだ。

 

 

 

 

「お兄ちゃんッ!?」

 すぐに駆け寄って抱き起す。お兄ちゃんは男の子にして軽すぎるので私でも簡単に抱き起すことが出来た。

「はぁ……はぁ……」

 顔を見ると大量の汗を流しているのに気付く。息も荒いし、顔も赤い。

「お兄ちゃん、しっかりして!」

 声をかけるが返事はない。それどころか、どんどん顔色が悪くなっているような気がする。

「望ー? 朝からどうしたのー?」

 その時、目を擦りながら雅ちゃんが部屋の中に入って来た。私の声で起きてしまったらしい。

「雅ちゃん! お兄ちゃんをベッドに運ぶの手伝って!」

「え? あ、うん!」

 最初、首を傾げた雅ちゃんだったが、お兄ちゃんを見てすぐに頷いてくれた。2人で協力してお兄ちゃんをベッドに寝かせる。

「響、どうしたの?」

「わからない。雅ちゃんは霙ちゃんたちを起こして来て」

「うん、わかった」

 雅ちゃんはすぐに部屋を出て行った。呼びに行っている間に私はお兄ちゃんの額に手を乗せる。

「熱い……」

 体温計で測っていないので詳しい数値はわからないが、すごい熱なのはわかった。だからこそ、私は困惑した。

(『超高速再生能力』を持ってるお兄ちゃんが……熱?)

 『超高速再生能力』は怪我だけでなく、自分の体に入り込んだウイルスを殺してくれる効果もある。つまり、お兄ちゃんは病気にならないのだ。ウイルスがたくさん入った物質を体に服用しても一瞬にしてウイルス達は『超高速再生能力』によって死滅するからである。

 それに、気になる点がもう一つ。

(半吸血鬼化してる?)

 そう、今のお兄ちゃんはお姉ちゃんだったのだ。胸のふくらみとパジャマの背中が破れ、そこから顔を出している漆黒の翼を見てすぐにわかった。

「お兄ちゃん……」

 ベッドの上で苦しんでいるお兄ちゃんを小声で呼んでも返事はない。

 

 

 

 

 

 また、何か、始まったのかもしれないと私は直感的にそう思った。

 




第8章は大きく分けて3つのお話で構成されています。


さぁ、1つ目のお話が始まります。


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第265話 看病

「ご主人様!」「おにーちゃん!」

 とりあえず、お兄ちゃんの額に滲んでいる汗を拭いていると霙ちゃんと奏楽ちゃんが叫びながら部屋に突入して来た。

「二人とも、もうちょっと静かに」

 慌てて2人に注意する。騒いでお兄ちゃんの熱が酷くなったら困るからだ。

「で、ですが……」

「霙、奏楽、慌て過ぎだってば」

 霙ちゃんがベッドで寝ているお兄ちゃんを見て涙目になっているとその後ろから雅ちゃんがやって来た。説明している途中でこちらに来てしまったらしい。

「望おねーちゃん……おにーちゃんは大丈夫なの?」

 その時、私の手をギュッと握って問いかけて来る奏楽ちゃん。

「今は熱が出てるだけだから……でも」

 お兄ちゃんは病気にならない体質だ。なのに、これほど高熱を出した。

(お兄ちゃんの体に何か、あったのかな……)

 考えられる原因はいくつかある。

 一つ目は魂。お兄ちゃんの魂はかなり不安定で何かの拍子に魂のバランスが崩れてしまう可能性があると言っていた。

 二つ目は外部からの攻撃。前、フランを誘拐した組織がお兄ちゃんを狙い出したのかもしれない。

 最後に、お兄ちゃんの能力。まだ、能力名は教えてくれないが、お兄ちゃんや紫さんの様子からして強力でコントロールの難しい能力のようだ。その能力が暴走した、ということも考えられる。

「原因はどうであれ、今はやれるだけのことをしよう。雅ちゃんはタオルをいくつか持って来て。霙ちゃんは氷枕の準備。後、桶もお願い」

「わかった!」「了解であります!」

 私の指示を聞いて雅ちゃんと霙ちゃんは部屋を出て行く。

「私は?」

「奏楽ちゃんは……学校に行って?」

 今日は平日で、学校があるのだ。けれど、こんな状態のお兄ちゃんを放っておくわけにも行かないから、私は休むつもりだ。もしかしたら、何かあるかも(敵の攻撃など)しれないので、雅ちゃんにも休んで貰おうかと思っている。でも、奏楽ちゃんはお兄ちゃんに召喚して貰わなければ戦えない。

「嫌ッ! 私もおにーちゃんの傍にいたい!」

 私の要求を奏楽ちゃんは首を大きく横に振って拒否した。

「……」

 もし、私が奏楽ちゃんの立場なら同じように断っただろう。私も奏楽ちゃんもお兄ちゃんのことが好きなのだから。

「……わかった。それじゃ、奏楽ちゃんはお兄ちゃんの手を握って応援してあげて。熱に負けないようにって」

「うん!」

 元気よく頷いてくれた奏楽ちゃんがお兄ちゃんの手を握る。そして、目を閉じて祈り始めた。

「私も動かないと」

 病院に連れて行きたいのは山々だが、お兄ちゃんは普通の体ではない。永遠亭に連れて行くしかないだろう。だが、幻想郷に行く手段を持っているのはお兄ちゃんしかない。紫さんが迎えに来るまでお兄ちゃんの看病をしているしかないだろう。

(でも、このままじゃ……)

 先ほど、手で熱を測ってみたが下手したら40度を超えているかもしれない。何とか熱を下げなければお兄ちゃんが危ない。

「……そうだ!」

 前、お兄ちゃんから聞いた話なのだが、結界には大きく分けて3つの種類があるらしい。

 まずは、攻めの結界。攻撃に特化している結界で、霊奈さんが使える。

 次に、守りの結界。霊夢さんがよく使っている結界だ。

 最後に――援護の結界。この結界はその結界内部にいる味方の攻撃力を高めたり、傷が早く治るように促す結界。どうやら、霊奈さんと霊夢さんの師匠が得意としていた結界らしい。

 そして、霊奈さんと霊夢さんはこの3つの結界を習い、自分にあった結界の腕を伸ばした、と言っていた。つまり、得意じゃないけれど、霊奈さんも援護の結界を使えるかもしれないのだ。

「望、タオル持って来たよ!」

 携帯を取り出して霊奈さんに電話を掛けようとした時、雅ちゃんが帰って来る。

「雅ちゃん、ちょっとお兄ちゃんのこと、よろしく!」

 そう言い残して私はお兄ちゃんの部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響、どんな具合なの?」

 20分ほどで霊奈さんが来てくれた。何でも、近い所に住んでいるらしい。

「とにかく、高熱が出てます」

 階段を上りながら霊奈さんの質問に答える。先ほど、体温計で熱を測ったら40.3度の熱が出ていた。

 お兄ちゃんの部屋に入り、霊奈さんがお兄ちゃんの様子を確かめる。

「あまり、援護の結界は得意じゃないけど……少しでも役に立つなら」

 そう言って、壁や床にペタペタとお札を貼り出した。立体的な結界らしい。

「これでよし……行くよ」

 お札を貼り終えた霊奈さんは一度、深呼吸して結界を作動させる。お兄ちゃんの体から淡い光が漏れ始めた。

「……うん、結界は上手く作動したよ。でも、熱が高すぎるからそんなに効果はないかも」

「ないよりはマシですよ。ありがとうございました」

「ううん、これぐらいしか出来ないから。私も看病していい?」

 本当にお兄ちゃんのことが心配なのだろう。霊奈さんは大学を休んでお兄ちゃんの傍にいたいそうだ。

「もちろんです。何が起こるかわかりませんから用心しておいた方がいいと思いますので」

「そうだね。今の響から今まで感じたことのない力を感じるから……」

 それを聞いてチラリとお兄ちゃんを見る。少し、顔色が良くなっているようだ。

「……とにかく、今は様子見ですね。あ」

 そう呟いてふと気付いた。今のお兄ちゃんは汗だくである。このままでは、汗が乾いて冷えてしまう。拭いてあげよう。

「望、他にやることない?」

 タオルを持とうとしたら、色々と動いて貰っていた雅ちゃんと霙ちゃんが戻って来る。

「今からお兄ちゃんの汗を拭こうかなって思ってるけど」

「あ、それ私がやるよ」

 雅ちゃんは机の上に置いてあったタオルを一つ、手に取ってお兄ちゃんの傍に近寄る。

「……」

 そして、汗を拭こうと手を伸ばすも何故か途中で止まってしまった。しばらくそれを見ていたが、動く気配はない。

「雅ちゃん?」

「……無理」

「え?」

「無理! 私には出来ない。霙、頼んだ」

 タオルを霙ちゃんに向かって投げた後、雅ちゃんは壁に手をついて落ち込み始める。

「では、私がご主人様の汗を拭かせていただきます」

 気合を入れて霙ちゃん。タオルを握りしめてお兄ちゃんに接近した。

「……」

 だが、手が届く距離まで来た刹那、雅ちゃんと同様、固まってしまう。

「霙ちゃん、どうしたの?」

「私には、無理です。霊奈さん、お願いします」

 あれだけ気合を入れていた彼女だったが、耳と尻尾を垂れさせて霊奈さんにタオルを託した。そのまま、雅ちゃんの隣に移動して同じ格好で落ち込む。

「え、えっと、汗を拭くだけだよね?」

 そんな2人を見て苦笑いを浮かべながら霊奈さんが私に問いかけて来る。

「そのはずなんですけど」

 2人が落ち込んでいるのはお兄ちゃんの熱と何か関係があるのだろうか。

「とりあえず、パパッと拭いちゃうね」

 首を傾げていると霊奈さんがお兄ちゃんの汗を拭くためにベッドに近づき、その身を硬直させた。

「こ、これは……」

 ゴクッと生唾を飲み、霊奈さんは後ずさる。

「ど、どうしたんです?」

「の、望ちゃん……お願い、私の代わりに」

「え? あ、はい」

 タオルを受け取ると霊奈さんも落ち込みながら壁に手をつく。

(な、何なんだろう?)

 意味が分からず、首を傾げながらお兄ちゃんの近くへ移動する。そして、汗を拭こうと手を伸ばしたその時、私は見てしまった。

「……」

 熱のせいで赤くなっている頬。

 汗で濡れて顔にくっ付いている髪。

 高熱にうなされて荒い息遣い。

 それでいて、とても美しい姿。

「ごくっ……」

 何だか、とてもいけないことをしているような感覚を覚えた。まるで、弱り切っている女の子を襲っているような。しかも、今のお兄ちゃんはお姉ちゃんである。パジャマが汗で肌に貼り付いていて体のラインが普段よりもわかりやすくなっていてもう、なんていうかエロい。ものすごく、エロいのだ。どれくらいかというと生唾を呑んでしまうほどエロい。

「はぁ……はぁ……」

 部屋に微かに響くお兄ちゃんの吐息。普段、クールで何でもできるお兄ちゃんがこんなに弱っているとギャップのせいで余計、悪いことをしている気分になってしまう。

「……奏楽ちゃん、お兄ちゃんの汗、拭いてくれる?」

「うん、まかせて!」

 元気よく頷いてくれた奏楽ちゃんに手に持っていたタオルを渡す。

「おにーちゃん、きれいきれいしましょーねー」

 役に立てたことが嬉しいのか奏楽ちゃんは満面の笑みを浮かべながらお兄ちゃんの汗を丁寧に拭いて行く。

「「「「はぁ……」」」」

 それを見て『自分たちは汚れているのだな』と私たち4人はため息を吐いた。

 




え、ギャグ回ですけど?


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第266話 インターホン

 何とか、響の汗を拭くことが出来た望たちはそれからも響の看病を続けていた。しかし、その努力も空しく、彼の熱は下がる気配がしない。

「どうする? やっぱり、医者に見せた方が」

 時刻は午後3時。未だに目を覚まさない響を見ながら雅が望に問いかけた。

「でも、病院に行ってお兄ちゃんの秘密がばれたら……」

 確かに、響の種族は人間である。だが、体の構造は人間のそれとは若干、違っている。『超高速再生』がいい例だ。

 そのため、病院に連れて行き、検査した結果、響の体の構造が人間とは違っていることがばれてしまう可能性がある。それを望は危惧しているのだ。

「そもそも、響が熱を出したのは病気のせいじゃないと思う」

 そんな2人の会話を聞いていた霊奈が望に加勢した。

「どういうことですか?」

 すかさず、霙が追究する。

「響には『超高速再生』があるの。それのおかげで病原菌は響の体内に入った瞬間に死滅する。だから、病気で熱が出るのはおかしいの」

「それに、お兄ちゃんって健康管理は完璧だから熱が出るまで体の異変に気付かないのはおかしいんだよね」

 響が熱を出して寝込んでしまうとお金を稼ぐことが出来なくなってしまう。今では貯金も増えて数日程度ならば大丈夫なのだが、幻想郷で働き始めた頃は切羽詰っていた。だから、響は自分や家族の体調を完璧に管理し、予防していたのだ。その時の習慣が今でも残っているのである。

「やっぱり、能力の暴走?」

 お昼ご飯を食べた時、望は自分の考えを皆に話していた。それを思い出した雅は不安そうに呟く。

「そうだと思うんだけど……暴走した原因がわからないことには動きようがないよね」

 そう言って望は悔しそうな表情を浮かべながら拳を握る。響の役に立てないのが悔しいのだ。

 ――ピンポーン。

 会話もなくなり、長い沈黙が響の部屋に流れているとそれを破るようにチャイムが鳴った。奏楽を除いた全員(奏楽は響の無事を祈っているのでチャイムの音すら聞こえていない)が肩をビクッとさせて驚く。

「だ、誰? 望、わかる?」

「……悟さんかも。お兄ちゃんも霊奈さんも休んだから様子を見に来たとか」

 因みに、響が熱を出したことは悟に連絡していなかった。いや、出来なかった。悟に連絡が取れなかったからである。

「ど、どうするんですか? このままではご主人様が寝込んでいることがばれてしまいます」

「……よし。霊奈さん、お札を一度、剥がしてください」

 霙の問いかけに数秒ほど考え込んだ望は霊奈に指示を出した。

「いいの?」

「いっそのこと、お兄ちゃんが寝込んでいることを話します」

「え? 何で?」

 望の作戦を聞いて雅が首を傾げた。響が寝込んでいる原因は能力の暴走によるものだ。それを悟に話してしまったら、響の秘密を全て、話さなくてはならなくなる。

 そのことを言うと望は首を横に振った。

「お兄ちゃんが熱を出した理由は風邪ってことにする。何も知らない人が今のお兄ちゃんを見れば誰だってそう思うだろうし、悟さんは最近、お兄ちゃんの秘密に気付き始めてる。だから、お兄ちゃんは普通の人間だってことをアピールしようかなって」

「お札剥がしたよ」

 望が作戦のアウトラインを説明している間に結界を解除してお札を剥がし終えた霊奈が望に話しかける。

「ありがとうございます。じゃあ、奏楽ちゃん以外はついて来て」

「奏楽だけここに残しておくの?」

「逆にただの風邪なのに全員がお兄ちゃんの傍にいるのっておかしいでしょ? でも、奏楽ちゃんならお兄ちゃんが心配で傍にいるって説明出来る」

 それだけ言って望は急いで部屋を出て行ってしまう。さすがにそろそろ、インターホンに出ないと悟に怪しまれてしまうからだ。

「あ、ちょっと望! 奏楽、響のことよろしくね」

「うん、まかせて」

 奏楽が頷いたのを見て雅たちも望の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

『悟さん、どうしたんですか?』

 インターホンを押してから2分ほど経った頃、やっと師匠の声が聞こえた。

「……急にごめん。響が大学を休んでるって聞いて少し気になって。霊奈も休んでるし」

 あえて、知らない振りをしてみる。

『あ、すみません。お兄ちゃん、風邪を引いたみたいで、寝込んでるんですよ。悟さんに連絡しようにも取れなくて』

「ああ、ちょっと携帯が壊れちゃって。明日、買って来るつもりだったんだ」

 師匠はまだ気付いていないのだろうか? 過ちを犯している事に。

『そうだったんですか』

「それで響は無事なのか?」

『はい。結構、熱は高めですがそれ以外に目立った症状は出てませんよ』

 そうハキハキと俺の質問に答える彼女だったが、俺からしたら滑稽に聞こえた。

「……なぁ、望ちゃん」

『ッ……』

 俺が『師匠』ではなく『望ちゃん』と呼んだことに驚いたのか息を呑む望ちゃん。

「もう、わかってんだ。そんな上手い芝居はいらない」

 正直、何も知らなかったら望ちゃんの芝居に騙されて信じていただろう。

 だが、俺はすでに知ってしまっているのだ。

『芝居? 何のことですか?』

「響は風邪で倒れてるんじゃない。別の理由で倒れてるってこと。それとな。望ちゃん、ちょっとだけ爪が甘かったね」

『え?』

 まだ、この家に来るまで俺の仮説は外れている可能性があった。響は本当に風邪を引いているかもしれない。そうであってくれと願った。

 でも、望ちゃんがインターホンに出た瞬間、俺の仮説は当たっていたと確信してしまった。

『爪が、甘いって……どういうことです?』

「まぁ、俺が突然、家に来たから焦ってたのかもしれない。それに、今の響の姿を見せたら響の秘密に気付かれてしまうと危惧したのかもしれない。でも……それでも、望ちゃんは普段通りに――インターホンに出ずに、カメラで俺だと分かった時点でドアを開けなくちゃいけなかったんだよ」

 望ちゃんは俺が響の家に来た時、いつもインターホンなど使わずに直接、ドアを開けて要件を聞いていたのだ。そりゃ、望ちゃんと出会ってもう10年ほど経つのだ。今更、警戒する必要はない。それなのに、彼女はインターホンで俺とコンタクトを取った。つまり、俺でも警戒することがあるということになる。それはもちろん、響の秘密について、だ。

『あ……』

 やっと、それに気付いたのか望ちゃんは声を漏らす。

「詳しい話は中で聞く。もう、誤魔化さないでくれるよな?」

『……はい』

 それからすぐ、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 




悟の方が1枚上手でした。
望も『穴を見つける程度の能力』で色々な物を見たのでそれなりに頭がよくなっていますが軍師タイプの悟には敵いませんでした。


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第267話 事件は唐突に

「――これが、お兄ちゃんの秘密です」

 私が手短にお兄ちゃんの秘密を悟さんに話した。それを悟さんは腕を組んだまま、ずっと黙って聞いていた。

「……そうか。雅ちゃんが妖怪で、奏楽ちゃんは魂の残骸。霙は犬じゃなくて神狼。霊奈に至っては『博麗になれなかった者』。想像以上に、とんでもないことになってたんだな」

 しばらくして確かめるように悟さんがそう呟く。

「それで、今、響はどんな状況なんだ?」

 だが、すぐにお兄ちゃんの状態を聞いて来た。まるで、最初から何もかも知っていたかのように。

「ちょ、ちょっと待って! 何か質問とかないの!?」

 私と同じ印象を受けたのか雅ちゃんが叫んだ。

「だから、質問したじゃん」

「そっちじゃなくて、響についてとか!」

「別に。雅ちゃんたちの正体は知らなかったけど、響に関してはそれなりに知ってたから」

「……どうして、知ってたんですか?」

 私も我慢できずに問いかけた。

「あー……実は、俺にもよくわかってないんだけどさ。何か、俺も能力があるみたいなんだよ」

「はぁっ!?」

 悟さんの回答に霊奈さんが目を見開いて驚愕する。かくゆう私も驚きのあまり、声が出なかった。

「一昨日ぐらいかな。俺、幻想郷に行ったんだよ」

「……はい?」

 それを聞いて、霊奈さんだけが間抜けな声を漏らす。そう言えば、霊奈さんに話すのを忘れていた。

「その時にルーミアに襲われて。暗闇の中に閉じ込められたんだ」

「ルーミア……」

 ルーミアの名前を聞いて霊奈さんは顔を顰める。1年ほど前、暴走したルーミアと戦った時のことを思い出したのだろう。

「その時、暗闇の中でも周囲の様子がわかったんだよ」

「暗闇なのに、ですか?」

 思わず、聞き返してしまった。さすがに私でも暗闇の中では能力が発動しない(暗闇の中では穴を判別できないらしい。暗闇の中にいる時点で穴という概念がなくなるそうだ)ので、信じられなかったのだ。

「ああ……そして、幻想郷から帰って来た俺は幻想郷のことを忘れていたんだ。きっと、紫が境界を弄って記憶を消したんだろうな」

 そこまで説明して、悟さんはすっかり冷めてしまったインスタントコーヒーに口を付ける。

「でも……色々と違和感を覚えて、部屋を暗くしたら思い出した。幻想郷のことを」

「部屋を暗く……暗闇ってことですか?」

 私の質問に頷く悟さん。

「じゃあ、悟の能力は暗闇に関係することなのかも」

「俺もそう思う……って、今はそんなことを話してる場合じゃないだろ。まずは響をどうにかしないと――」

 

 

 

 ――パリーンッ!

 

 

 

 雅ちゃんの呟きに答えてから悟さんが立ち上がった瞬間、突然、窓ガラスが割れて何かが私の足元に転がって来た。

「KAGEROU?」

「ッ!? 皆、息を止めろッ!」

 その黒い球体に書かれていた文字を復唱すると同時に悟さんが絶叫する。しかし、状況について行けず、硬直しているとその球体から白い煙が噴出し始めた。

「な、なにこれ……」

 その白い煙を見てそう言ったところで私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 1階が少しだけ騒がしい。奏楽は響の手を握りながら、そう思った。

(どうしたんだろ?)

「ぅっ……」

 首を傾げていると、下から邪悪な気配を感じ取り、彼女は思わず、うめき声を漏らす。

「おにーちゃん、ここで待ってて」

 その邪悪な気配の正体を確かめるために響にそう言い残して部屋を出る奏楽。

「――」

「――」

 階段をゆっくり降りていくと居間の方から聞き覚えのない声が聞こえた。その数は2つ。しかし、魂の気配はそれ以上あるため、声を出しているのが2人だけなのだと彼女は簡潔に判断した。

(お姉ちゃんたちが……いない?)

 今、望たちは居間で大事なお話をしている。それなのに、居間からは邪悪な気配しかせず、望たちの魂はどこにも感じられなかった。

「ッ――」

 そのことに気を取られて足元が疎かになり、階段を踏み外してしまった。幸い、階段を転げ落ちることはなかったが、大きな音を立ててしまう。

「誰だ!」

 その音を聞き付けた邪悪な気配の1つが居間のドアを開けて奏楽を見つけた。

(こ、この人……おにーちゃんを……)

 ドアを開けた男(声で男だとわかる)は完全装備と言っていいほど武装していた。真っ黒な服にヘルメット、防弾チョッキまで着込んでいる。そして何より、その手にはアサルトライフル。まるで、これから戦場に向かう人のようだった。

「おい、もう一人いたぞ」

 相手が子供だとわかったからか声を抑えるようにして仲間に伝えたその男はゆっくりと奏楽の方へ歩みを進める。

「……」

 この時点で奏楽は自分に勝ち目がないことを理解していた。奏楽の能力は強いが、それは響が式神として召喚した場合の話である。今の彼女はちょっと力の強い少女だ。それでも大人の男に力負けしてしまう。

(おにーちゃん……)

 そして、この男たちの目的が響だということもわかっていた。だからこそ、奏楽はその場を動かずに響に式神通信で伝える。

 

 

 

(逃げてッ!!)

 

 

 

 響の身に危険が迫っていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ。ここも外れか」

 男は部屋を覗いて誰もいないことを確認した後、悪態を吐く。

「後はどこだ?」

 後ろに控えている部下にそう聞いた。その声には疲労の色が聞いて取れる。

「あの部屋で最後です」

 聞かれた部下が指さした部屋は響の部屋だった。

「そうか」

 そう言って、男は警戒しながらドアを開ける。

「……」

 その部屋は綺麗に整頓されていた。何故か、桶やタオルが散乱しているものの、この部屋の持ち主は几帳面な性格をしていると手に取るようにわかる。

「……いない、か。いや、逃げられたか」

 男はそう言いながら、ベッドに脱ぎ捨てられているパジャマと開けっ放しにされている窓を見て舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く。お前はどうしてそんなに無茶なことをするんだ」

 俺の隣で望が腕を組みながら文句を言った。

「仕方ないだろ? あの状況じゃお前たちに連絡出来なかったし。俺も無事だったんだしよ」

 歩きながら言い訳する。そろそろ面倒になって来た。走って逃げてしまおうか。

「最近、強くなって来たからと言ってあまり調子に乗っていると痛い目に遭うぞ?」

「はいはい……ん?」

 やっと家が見えて来たと思ったその時、家の前に何かが倒れているのに気付いた。

「どうした――って、おい! りゅうき!!」

 望が叫ぶが俺は止まらずにそれに駆け寄る。それの正体は黒猫だった。

「望、猫が倒れてる!」

「何?」

 猫を抱き上げる。尻尾に紅いリボンが括り付けられているところから飼われている猫だと推測できた。

「かなり衰弱してるみたいだ……どうする?」

「一先ず、お前の家に。その間に私は家に行って何か役に立ちそうな本がないか探して来る」

 望はそう言った後、自分の家に入って行く。俺も急いで自分の家に入る。

「種子、風花、ちょっと来てくれ!」

「ん、どうした? リュウキ」「どうしました?」

 俺の声が聞こえたようで二人が居間から顔を覗かせた。

「家の前で猫が倒れてたんだ。かなり弱ってる。風花は何かタオル。種子は治療を頼む」

「う、うん」「はいっ」

 風花は洗面所へ、種子は俺の隣に移動して猫に両手を翳し始める。居間に戻る時間も勿体ないので廊下で、だ。

(頼む。耐えてくれ……ん?)

 その時、猫の背中に小さな黒い翼があることに気付く。保護色になっていたので気付かなかったようだ。

「リュウキ、タオル取って来たよ」

「おう、サンキュ」

 風花からタオルを受け取ろうとした刹那、猫が突然重たくなった。

「なっ!?」

 どんどん猫の体が変化して行く。

「な、何だ!?」

「ご主人、これは一体!?」

 二人が叫ぶも俺もそれどころではなく、大きくなっていく猫を何とか支える。

 その間にも猫の姿は人間のそれに近づいて行く。

「に、人間ッ……」

 風花もわかったようで目を丸くして驚いていた。

 猫だった人は黒いポニーテール。体つきからして女。俺と同じくらいかちょっと上ぐらい。更に背中から黒い翼が生えていて、全裸だった。

「りゅうき。本、持って来た……ぞ」

 完全に人間になったところで望が来る。

「な、何やってんだあああああ! お前はあああああ!」

 そして、絶叫した。

「落ち着けって、今はそんなことしてる場合じゃない。風花、望に説明頼む。その間に……」

 女の人を運ぶために態勢を変えたら顔が見えて思わず、目を見開いてしまう。

「音無兄っ……」

 そう、女の人は音無兄だったのだ。体は完全に女だが、顔はそのままだ。

「お兄さんだと? そんなわけ……本当にお兄さんだ」

「でも、どうして響さんがここに?」

「そんなことを話してる場合じゃないだろ。息も荒いし熱もあるみたい。これは早めに治療しないと命に関わるよ!」

 風花の一喝に俺たちは正気に戻った。

「そうだな。望と種子。お前たちで音無兄を俺の部屋に寝かせてくれ。風花は冷蔵庫から飲み物を持って来い」

「どうして、お前が運ばないんだ?」

 俺の指示に違和感を覚えたのか望が首を傾げながら聞いて来る。

「音無兄は今、女だ。男の俺が運ぶわけにもいかないだろ? 見えるし」

「……そ、そうだな! 種子、急ごう!」

「は、はい!」

 音無兄を望に渡し、氷枕を作るために風花の後を追って俺も居間に入った。

 




次回から【メア】側の人たちがガッツリ出て来ます。ご注意ください。


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第268話 悪夢の中の白い光

 何だろう。ものすごく、苦しい。息が出来ない。体が熱い。身動きが取れない。

 

 

 

 ――逃げてッ!!

 

 

 

 誰かの悲鳴が聞えた。聞き覚えのある声。そして、とても悲痛な絶叫。

(逃げなきゃ……)

 朦朧とする意識の中、俺はベッドから這い出てドアの方へ向かう。

「くそ、抵抗するなガキ!」

 その時、1階の方から聞き覚えのない男の声が聞こえた。それと一緒に争うような音もする。

「1階は駄目だ……」

 自分自身に言い聞かせるように呟き、周囲を見渡す。窓が視界に入った。

(あそこからなら)

 ゆっくりと窓に近づき、そっと開ける。秋も深まり、少しだけ冷たい風が俺の頬を撫でた。火照った体には気持ちよかった。

「よいしょっと」

 一度、ベッドに上がり猫の能力を発動する。体が縮み、目の前が真っ暗になった。ふらつく体に鞭を打ってパジャマから脱出する。

(早く、逃げないと……)

 視界がぐにゃりと歪むが、倒れるわけにはいかない。俺は窓に向かって跳躍し、外に飛び出した。

(逃げないと……)

 行く当てもないが、とにかくここから離れよう。何度も転びそうになりながらただ淡々と歩く。家から離れるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 俺はひたすら何かから逃げていた。

「くそっ」

 しかし、どれだけ走ってもそれからは逃げられず、悪態を吐く。

「お兄ちゃん」

 その時、目の前に望が現れた。その表情は悲しげだった。

「望、逃げろ!」

 叫びながら動こうとしない望の手を取ろうとするも何故か、すり抜けてしまう。思わず、足を止めてしまった。

「お兄ちゃん、ゴメンね」

 望はそう言うと俺の横を通り過ぎる。

「望!」

 振り返るもそこには望の姿はなく、あったには真っ黒な何かだけだった。

「くっ」

 望のことは気になるが今はこいつから逃げよう。俺は再び、走り出した。

「響」「ご主人様」「おにーちゃん」

 しばらくすると今度は雅、霙、奏楽が現れる。やはり、望と同じように悲しそうな表情を浮かべていた。

「逃げろっ!」

 絶叫する。だが、彼女たちも望と同じように俺を無視して黒い何かの方へ歩いて行ってしまう。やはり、振り返ってもそこには黒い何かしかいなかった。

「「響」」

 呆然としていると前に悟と霊奈が立っていた。霊奈は悲しげに眼を伏せていた。でも、悟は違う。明らかに怒っていた。

「響、何で教えてくれなかったんだよ」

「え?」

 何のことかわからず、聞き返してしまう。

「……もう、いい。霊奈行くぞ」

「……うん」

 そんな俺を見て諦めたのか悟と霊奈は黒い何か方へ消えて行った。

「何でだよ……」

 どうして、皆そんな顔をするのだ。呆れているような、諦めているような顔。まるで、何度言っても理解しようとしない子供に向けるような顔。

「決まってんだろ?」

 その時、黒い何かから男の声が聞こえ、そこからドグが出て来た。

「決まってるって何が?」

「お前は何もわかってないって話だ」

「何も、わかっていない?」

「ああ、そうだ」

 いつの間にか俺の背後にいたリョウがドグを肯定する。

「わかってないって何がだよ」

「それに気付いていない時点でお前はもう終わってる。なぁ、ドグ」

「ああ、お前の式神に同情するよ」

「何の話だよ!」

 声を荒げて質問するが、2人は肩を竦めてどこかへ消えてしまった。

「響、まだ気付かないのですか?」

 混乱していると黒い何かから女の声が響く。

「誰だ?」

 その声に聞き覚えはなかった。いや、聞いたことはあるのだが、誰の声だったか思い出せなかったのだ。

「……どうして、あなたはいつもそうなのですか?」

「答えろよ!」

「手を伸ばせば届くのに……その手を見ようともせず、ただ独りで苦しんで。それであなたを見ている人が幸せになれると思っているのですか?」

 声は俺の質問に答えず、寂しそうに語る。

「わかってはいるのです。あなたは今までずっと独りで……いえ、“あの子”と別れてしまったあの日からずっと独りぼっちだったことを。だから、あなたは何でも独りで対処した。周りに誰も人がいなかったから。でも、今は違います。あなたの周りには人がいます。味方がいます。あなたが苦しんでいる時、助けてくれる仲間がいるのです」

 その黒い何かがひび割れて、その隙間から白い光が漏れて俺の足元を照らし始めた。

「お願いです。もう、独りにならないでください。悪いのは全て、あなたからあの子を引き離した私たち、大人なのです。そして、安心してください。あの子はいつかまた、あなたの傍に」

「何を言って――」

「ちょっとでしゃばり過ぎましたかね。では、そろそろお暇することにします。えっと、紫の話だと、ここをこうすれば」

「紫って……」

 声の正体はわからないまま、白い光がどんどん強くなり、目を開けらなくなった。

「それでは、響。頑張ってください。私もいつまでもあなたの傍にいますよ」

 そんな声を聞いて俺は意識を手放した。何だか、懐かしい匂いを嗅ぎながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 誰かが、深呼吸をしている。そして、その人は俺の胸に手を当てているようだ。

「種子、調子はどうだ?」

「……あまり、治癒術は通用しないようです。怪我や病気の類から出る熱ではなさそうですね。ですが、高熱のせいで起こしかけていた脱水症状は何とか、治せました」

「そうか、よかった。意識がないんじゃ水も飲ませられないし」

「ですが、このまま高熱が続けば命に関わりますよ……どうします?」

「んー、病院に連れて行くわけにも行かないからなぁ」

 そんな会話をぼうっとしながら聞く。そして、ゆっくりと目を開けた。

「あ、ご主人! 目を覚ましたようです!」

「種子?」

 まず、目に入ったのは安堵のため息を吐いている種子の姿だった。どうやら、この子が深呼吸をしながら俺の胸に手を当てていたらしい。

「大丈夫か、音無兄」

 声がした方を見ると種子の背後に柊が立っていた。彼も安心したような表情を浮かべている。

「柊もいるのか……っと」

 そう言いながら体を起こそうとするも、上手く力が入らずにベッドに背中を預けてしまう。

「無理するな。40度近い熱があるんだから」

「熱?」

 その単語を聞いて俺は思わず、首を傾げてしまう。『超高速再生』のおかげで俺は病気にならない。だから、熱が出るなどあり得ないことなのだ。

 柊にそう言うと、体温計を差し出されて仕方なく、口に咥えた。しばらくするとピピピと体温計が鳴る。

「あれ?」

 体温計を見ると確かに39.8度と書かれていた。どうやら、本当に熱があるらしい。

「だから言ったろ?」

「ああ……でも、どうして熱が出たんだ?」

「先ほども言いましたが、響さんの熱は怪我や病気から出る熱ではないようなのです」

 では、何が原因なのだろうか。

(……まさか)

 怪我や病気が原因ではないとすると考えられるのはただ一つ。

「能力の暴走」

 それしか考えられなかった。俺の能力は不安定ですぐに変わる。今回も能力のせいで熱が出たに違いない。

「能力?」

「ああ……って、何でお前たちが俺の家にいるんだ?」

 何かあったのだろうか。もし、戦闘になるようなことならば正直、戦える自信はない。

「はぁ? 何言ってんだ?」

 しかし、俺の質問を聞いた柊は呆れたような顔を浮かべる。

「何ってそりゃ普通、自分の家に他人がいたら聞くだろ」

「そっちじゃない。ここ、お前の家じゃない。俺の家だ」

「……はい?」

 いや、俺は熱を出して今までずっと眠っていたのだ。ならば、いつ柊の家に来たというのだ。無理に決まっている。

「よく周りを見ろ」

 柊にそう言われて目が覚めて初めて周囲を見渡す。

「俺の、部屋じゃない」

 彼の言う通り、俺が寝ていた場所は俺の部屋ではなく見覚えのない部屋だった。きっと、柊の部屋なのだろう。

「何で、俺、こんなところに……」

「それは俺にも説明して欲しいわ。どうして、猫の姿になって俺の家の前で倒れてたんだ?」

 それを聞いて余計、混乱してしまった。

(猫の姿で倒れてたって……俺は今まで眠って――)

 その時、何か俺の脳裏に過ぎった。

 

 

 

 ――逃げてッ!!

 

 

 

 奏楽の声だった。悲痛な絶叫。

「……そうだ」

 朝、いつもの時間に目を覚ました俺はベッドから降りた瞬間、倒れてしまったのだ。記憶は途切れているものの望たちが看病してくれていたのを覚えている。そして、奏楽の悲鳴が聞えた。様子を見ようとしたが、1階から聞き覚えのない男の声が聞こえて来て、朦朧とした意識が導くままに窓から逃げたのだ。

「くそっ、何やってんだよ俺!」

 あの時、1階で何かが起きていた。雅や霙がいても太刀打ちできないような敵がいたのだ。それなのに、ろくに確認もせずに逃げ出した。今すぐ、家に帰らなければならない。

 俺はベッドから飛び起きた。しかし、まだ動ける状態ではなかったようで、その場に崩れ落ちてしまう。

「「あっ」」

 突然、動き出した俺を見て柊と種子が声を漏らす。その表情は驚愕というよりも、まずいものを見てしまった時のような顔だった。

「ん?」

 その視線の先にいるのはもちろん、俺だ。気になって自分の体を確かめる。

 その体つきは男のそれではなく、女のものだった。そして、肌色一色だった。

「きゃ、きゃあああああああああああああああああっ!!」

 動けないはずの体が勝手に動き、柊に向かって全力で拳を振るう。

「ガハッ!?」

 俺の拳を右頬に受けた柊はそのまま、部屋の壁に叩き付けられた。

 



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第269話 愚かな自惚れ

すみません、また投稿遅れました。
今日の正午にお詫びのもう1話を投稿します。


「なるほど、だからりゅうきの頬がとんでもないことになってるのか」

「いや、マジで申し訳ないと思ってる」

「いいんだよ。乙女の体を見た代償だから」

「風花さん、響さんは男性ですよ?」

「いいから、話し合いするぞ」

 種子に治療されながら(治癒術というらしい。種子の能力だそうだ)柊が2回、手を叩いて俺たちに呼びかけた。

「俺はこのままでいいのか?」

 俺はベッドに横になって問いかける。やはり、まだ動けないようで柊を殴った後、気絶はしなかったものの倒れてしまったのだ。

「ああ、そのままでいい。また殴られるのは嫌だから」

「服、着てるっての」

 因みにズボンは柊のジャージを、Tシャツは築嶋さんから借りた。Tシャツを着た時、胸が苦しかったのだが、それを見て奥歯で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた築嶋さんを見て何も言えなかった。

「コホン。それで音無兄、何があった?」

 話が脱線していたので咳払いで修正した柊は俺に質問して来る。

「……それが、俺にもよくわからなくて」

「わからない?」

「朝から熱で倒れてたから今日一日の記憶がないんだよ」

「そうか。まぁ、だろうと思ってたけど。風花、すまんが音無兄の家の様子を見て来てくれ」

「あいよー」

 適当な返事を返して風花は窓を開けて飛んで行った。普段なら、スキマで様子を見に行けるのだが、何故か今の俺は半吸血鬼化している。そのため、能力が使えないのだ。

「とりあえず、知ってる限りのことを教えてくれ」

 風花が飛んで行ったのを見送った柊が窓を閉めながら言う。

「わかった」

 それから俺は覚えている限りの情報を柊達に説明した。

「能力の暴走による高熱。しかも、満月でもないのに半吸血鬼化してるってか」

「それに、謎の男の声。何故、お兄さんの家を襲ったのだろうか」

「望さん達は大丈夫なのでしょうか……」

 俺の話を聞いた3人はそれぞれ、感想を述べる。

「それじゃ、状況を整理しよう。今朝、音無兄は高熱により、床に伏せた。それを看病していた音無妹たちだったが、謎の男に襲われ、音無兄に逃げろと言った。それを聞いて意識が朦朧としたまま、猫に変化して逃げ出す音無兄。無意識的に俺の家に向かい、その家に辿り着く寸前で倒れる。そこへ俺と望が帰って来て、猫を保護。その猫は音無兄で先ほど目を覚ましたが、何故か女体「半吸血鬼化」……半吸血鬼化していて現在に至る、と」

「それでいいと思う」

 朝は目が覚めてすぐに倒れてしまったので、朝から半吸血鬼化していたかどうかわからなかった。

「高熱の原因は能力なのだな?」

 そこで、築嶋さんが腕を組みながら問いかけて来る。

「多分。それ以外に考えられない」

「では現在、響さんは能力が使えないのですね?」

「そうなるな」

「能力が暴走した原因はわかるか?」

 種子の疑問に答えていると今度は柊が聞いて来た。

「能力が変わったからだと思う。しかも、急激に」

 大学に入る直前、俺はとある事件に巻き込まれた。そこで、俺の能力が急激に変わることがあったのだ。その時は、2秒ほど能力が使えなくなる程度で済んだが、今回は高熱が出るほど大きく能力が変わった。

「急激ってどういうことだ?」

 俺の言っていることが理解できなかったようで更に聞いて来る柊。

「俺の能力は変化するって言っただろ? でも、その変化にはそれぞれ、度合いがあって普段の能力変化は大丈夫なんだよ」

 普段の能力変化が起きるのは満月による半吸血鬼化と魂同調ぐらいである。その両方共、魂に吸血鬼たちが原因なので、度合いが低いのだ。

 そもそも、俺の能力変化の度合いは俺との関係性によって決まる。俺と密接な関係であればあるほど、その度合いは低くなり能力変化が起きても体に影響がない。

 逆に俺と関係ないところから干渉され、能力変化が起きると度合いが高くなり、俺の体に様々な影響を与えるのだ。

「つまり、今回の能力変化は音無兄とあまり関係のないところから干渉されて起きたってことか?」

「そうなる」

「それなら、望たちを襲った男が怪しいな。お兄さんが熱を出した日に襲って来るなどタイミングが良すぎる」

 築嶋さんの出した答えは俺と一緒だった。敵が何らかの方法で俺の能力を変化させて俺の動きを封じ、その隙に家に侵入した。そして、望たちを誘拐した、と。

「能力変化が起きたのなら、今の能力は何なんです?」

「……知らない」

「へ?」

 俺の答えが予想外だったようで、首を傾げる種子。

「俺の能力って結構、簡単に変わるんだよ。だから、わからない。半吸血鬼化してるから能力も試せないし」

 半吸血鬼化している時は能力がなくなってしまうのだ。存在が曖昧過ぎるかららしい。

「とにかく、今、大事なのは音無兄の体調を回復させること。そして、音無妹たちの行方を探すことだ。幸い、その男が音無兄の能力に干渉して能力変化を起こしたのなら、男の目的は音無兄になる。音無兄を誘き寄せるための人質にするだろ」

「望たちは無事ってことか?」

「おそらくな」

「そっか。それなら」

 今、探せば間に合う。俺はベッドを降りて立ち上がった。

「ま、待てお兄さん、どこに行く気だ!」

 だが、俺の肩に手を置いて築嶋さんが止める。熱でフラフラの俺を気遣ってくれているのだ。

「どこって望たちを探しに行くんだよ」

「そんな体で無茶です!」

 今度は種子が俺の右腕を掴んで引き止めた。

「それでも、行かなきゃ。俺が行かないと」

 決めたのだ。もう、誰一人、傷つけないと。守ってみせると。誰かが傷つくのはもう見たくないから。あの子のように、死なせたくないから。

 築嶋さんと種子を押しのけて俺は部屋を出ようと歩みを進める。

「装着」

 そんな言葉が聞こえた。その次の瞬間、目の前が歪み、トラックに轢かれたような衝撃が襲う。

「がっ……」

 壁に叩き付けられ、ベッドに落ちる。あまりにも唐突すぎて動けなかった。しばらく、倒れていると右頬に痛みが広がり始める。どうやら、殴られたらしい。

(それにしては、すごい衝撃だったぞ……)

 俺の体は今、半吸血鬼だ。普通の人間よりも体は丈夫だったので大きな怪我はなかったが、普通の人間だったら下手すれば首の骨が折れていただろう。

「お前は何がしたいんだ?」

 何とか、体を起こすと柊が見下すようにそう吐き捨てた。その両手に見慣れない黒いグローブ。

「何って……守りたいに決まってんだろ」

 まだ痛みは残っているもののしっかり立ち上がって柊を睨む。築嶋さんと種子はどうしていいのかわからず、俺たちを交互に見ていた。

「守る、か」

 俺の回答を聞いた彼は嘲笑を浮かべる。まさか、笑われるとは思わず、面を喰らってしまった。

「守る。簡単な言葉だよな。“俺が守るから”。そんな安い言葉、お前から出るとは思わなかった」

 バカにするような言い方。いや、本当に柊は俺のことをバカにしているのだ。

「何が悪い。守りたい人たちがいるんだ。守るのが当たり前だろ」

「じゃあ、お前の守るってのは、お前が守りたい人たちを守るってことなのか?」

「ああ、そうだ」

「その守られる人たちの気持ちも考えずに?」

「……」

 その言葉は前に望に言われた。守られる側がどんなに辛いかを。かくゆう、俺も抱いたことがある。雅が燃やされた時だ。

 でも、俺は今日この日まで望たちを守って来たのだ。だから、今回も俺が守らないと――。

「それがお前の自己満足でしかないってことは知ってるよな?」

「ああ、俺が望たちを守るのは自分の我儘だってことぐらいわかる」

「……だから、今回もその我儘を突き通すってか」

 ため息交じりに呟く柊。

「そろそろわかれよ」

 そして、諭すように俺に告げた。

「わかれって何をだよ。我儘だってことぐらい――」

 

 

 

「守りたくても守れない時があることだ」

 

 

 

 俺の台詞を遮るように柊がそう言い放つ。

「ッ!?」

 その言葉を聞いて脳裏に思い浮かぶのは首が飛び、桔梗に喰われてぐちゃぐちゃになった咲さんの死体だった。

「確かにお前は強い。俺たちが束になっても勝てないかもしれない。でもな。どんなに強くたって守れない時は守れないんだよ」

「そんなことッ……」

「じゃあ、今の状況は何だ? 音無妹たちはどこにいるかもわからない。何が起きているのかもわからない。肝心のお前は能力も使えず、高熱で倒れている。こんな状況で、よく守るとかほざけるよな」

 柊の言葉に俺は何も言えなかった。そこに彼は追い打ちをかける。

「いつまでも、独りで守り切れると思うな。これからも守れると思うな。お前は今までずっと、自惚れてたんだよ。自分の力を過信し過ぎてんだ」

「うぬ、ぼれ……」

 この世界の人たちを全員、守るだとか。幸せにするだとか。大きなことは言わない。それはただの自惚れだ。自分の出来ないことを言葉にするのはただの哀れな戯言に過ぎない。

 そんなことは分かり切っていた。だからこそ、俺は周りにいる人たちぐらいは守ろうと心に誓ったのだ。傷つくところを見たくないから。

 しかし、それすらも彼は自惚れだと言う。

「結局、お前は今まで、自分自身を守って来ただけなんだよ。音無妹たちが傷つくところを見たら自分が傷ついてしまうから。だから、自分を守るために音無妹たちを傷つけないようにして来た。ただの自己中野郎だ」

 じゃあ、何だ。俺の今までして来たことは何だったのだ。

「自分の為に、皆を守って来たのか?」

「ああ、そうだ。それに……どうして、気付かないんだよ。お前が皆を守るためにその身を傷つける度、お前が守って来た人たちが苦しんでいるのを。お前、知ってるんだろ? 守られる側の気持ちを。だったら、どうして悲しませるようなことをしてるんだよ……」

「俺が、悲しませる?」

 呟いた俺の言葉がどこか遠くの方へ消えて行くような感覚に陥る。そうだよ。望が言っていたではないか。守られる側の苦しみを。さっきだって思い出したではないか。

 じゃあ、それを俺に教えてくれた時の望の顔はどんな顔だった?

 悲しそうな顔だった。

 雅が召喚してくれとお願いして来た時は?

 寂しそうな顔だった。

 他にも霙の顔、奏楽の顔、霊奈の顔、悟の顔が思い浮かぶ。その全ては幸せとは正反対と言っていいほど暗いものだった。

 俺は――見て見ぬ振りをしていたのだ。守られる側の気持ち。そして、その行為は全て自己満足であることを。

「お、おい、言い過ぎだ、バカ!」

 築嶋さんが柊に怒っている声が遠く聞こえる。

 ――……どうして、あなたはいつもそうなのですか?

 その代わり、寂しそうな声が俺の頭で響き渡った。

(駄目だ……駄目だ)

 このままでは、あの時の繰り返しになってしまう。咲さんを助けられなかった日と同じ結末になってしまう。このままじゃ、俺は望たちを失う。独りになる。

「あ、あぁ……」

 俺の中で何かが砕け散る音がする。それと同時に俺はその場に跪いてしまった。

「響さん、しっかりしてください!」

 種子の必死な声が聞こえる。体を揺すられている。それでも、反応できない。考えられない。

(俺は……今まで、何の為に)

 何の為に戦って来たのだ。俺が皆を守ろうと戦う度、皆は傷つく。それでは、俺は一体、どうすればいいのだ。

「お兄さん! お兄さんってば!」

 築嶋さんが俺を呼ぶが、その時にはもう俺の意識はなかった。

 




おそらく、響さんにとって初めての挫折です。


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第270話 気付けよ

「いやぁ、酷かったよ。家の周りには武装した奴らが何人も張り込んでた。それに、そいつら、かなり戦い慣れてる。住民に見つからないように行動してたから。後、響の部屋にこんな置き手紙が置いてあった」

 偵察から戻って来た風花から件の手紙を貰う。その手紙は風花の字で書かれていた。置き手紙を持って行ってしまったら侵入したとばれてしまうため、書き写したのだろう。

 

 

 音無 響。

 お前の家族は預かった。

 返して欲しかったら、大人しく私たちの前に姿を現せ。

 もし、現れなかったらその時はお前の家族を殺す。

 期限は設けない。気分次第だ。

 以上。

 

 

「なるほど」

 どうやら、音無妹たちはまだ生きているらしい。一先ず、安心だ。しかし――。

(この置き手紙……音無兄が見つからずに家に帰って来ることを想定して残したのか)

 そうでなければ、こんな置き手紙など残さないだろう。音無兄の部屋に置いてあったのもその証拠だ。こっそり、部屋に戻って来ると推測していたに違いない。『私たちの前に姿を現せ』などまさにそうだ。

「どうする?」

 思考を巡らせていると風花が腕を組んで問いかけて来た。戦闘になっても構わないと顔に書いてある。

「手紙は無視だ。向こうも保険として置いた物だろうし……俺たちは俺たちの出来ることをしよう」

「了解。でも、響は?」

 そう言ってチラリと俺の部屋の方を見る。今、音無兄はベッドで寝ていることだろう。

「……知らん」

「種子から話は聞いたよ。全く、もう少し優しく教えてあげるってことは出来ないの? あれじゃ、ただ心を壊しただけじゃん」

「まさか倒れるとは思わなかったけど、あれぐらいやらなきゃ駄目なんだ。それほどあいつは自惚れてた」

「響の気持ち、リュウキが一番、わかるでしょ?」

「……だからこそ、あいつが気付くまで俺は何も言わない」

 自分で気付かなければ意味がないのだ。自分で気付いて初めてあいつは前に進める。

(だから、早く気付けよ。馬鹿野郎)

 俺はこのイラつきを手の中にあった紙を握ってくしゃくしゃにすることで抑えようとするが、くしゃりと紙の音が静かな廊下に響くだけで何も変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けるとそこはもう見慣れた天井だった。

(……)

 しかし、また目を瞑る。溜息を吐くことすら億劫だ。

「失礼しまーす……」

 その時、ドアの方から種子の可愛らしい声が聞こえる。薄目で見ると種子が小さな土鍋が乗っているお盆を持ちながらドアの隙間からこちらの様子をうかがっていた。俺が寝ていると思ったのか、小さくため息を吐いて部屋に入って来る。

「響さん。ここにお粥、置いておきますね」

 そして、机の上にお盆を置いてそう言った。念のために声に出したようだ。

「……ああ」

 さすがに寝た振りをするのも悪いので掠れた声で返事をした。想像以上に声が低くて自分でも驚いてしまう。

「っ……お、起きてたんですか?」

 真っ白な犬耳と尻尾をビクンと震わせて驚愕した種子は俺の方を見ながら質問して来る。

「ああ」

「そうですか。目が覚めてよかったです。大丈夫ですか?」

「熱の方はもうだいたい下がったよ」

「違います。心の方です」

 種子の言葉に何も言い返せなかった。

 今でも俺はこれからどうすればいいのかわからず、動けずにいた。どれほど時間が経ったのかさえわからないほど。

「……もう、放っておいてくれ」

 今、こんなことをしている場合ではないのはわかっている。望たちを助けなければならない。しかし、俺が動けば皆は傷つく。それが怖くて動けないのだ。

「あ、あぅ」

 俺に突き放されて種子は涙目になっておろおろし始めた。どうすればいいのかわからないらしい。だが、すぐに何かに気付いたような表情を浮かべて一つ、頷いた。

「少しだけ昔話をしましょうか」

 そして、唐突に語り始める。まさか、話し出すとは思わなくて目を見開いて種子を見てしまった。

「私は妖怪です。ですが、自分が何のために産まれ、いつどこでどのように生きていたのか、知りません」

「それは、記憶喪失って奴か?」

 俺の問いかけに彼女は頷いて口を開く。

「そうです。私には過去の記憶がありません。気付いた時には子犬の姿のまま、段ボールの中にいました。雨の日も風の日も私はずっと段ボールの中で待ち続けました」

「人間の姿になれるんだからなればよかっただろ」

 そうすれば、段ボールの中で待ち続けることもなかっただろうに。

「何故かわかりませんが、私はそれをしませんでした。本能的に拒否していたようなのです。理由はさっぱりですが、多分過去にそれをして酷い目にあったのでしょう。そんな日々が続いたある日、ご主人が私を見つけました」

 当時のことを思い出しているのか種子の頬は少しだけ緩んでいた。

「最初は犬の姿で拾われてそれをずっと隠して暮らしてました。でも、何か恩返しがしたくてご主人が学校に行ってる間に家事をやったりしてました」

「そんなことしたら柊が変に思うんじゃないのか?」

 家に帰ると洗濯物が畳んであったり、茶碗が洗い終わっていたりしたら怪奇現象である。誰だって怪しむはずだ。

「ご主人も首を捻ってましたがどうでもよかったみたいです。あの頃のご主人は世界に興味がなさそうでしたから……」

 目を伏せて悲しげに教えてくれる。あいつにも色々あったようだ。

「そんな日々が続いたある日、私がシャワーを浴びてると午後の授業がなくなって早く帰って来たご主人に覗かれてばれてしまったのです」

「……あいつ、何でそんなに女の裸を見る機会があるんだよ」

 ライトノベルの主人公か。俺の呟きを聞いて種子は苦笑いを浮かべる。反論出来ないほど見て来たようだ。

「はは……えっと、私は正体がばれてしまった時、この暮らしも終わってしまうんだなと思いました。そりゃ、妖怪なんか家に置いておきたくないに決まってますから。でも、ご主人は違いました。私を受けて入れてくれたのです」

 そう言いながら彼女は自分の胸に手を当てて微笑む。

「私は嬉しかったです。こんな妖怪の私を受けて入れてくれて。家族だって言ってくれて。その後すぐに風花さんとも出会って、一緒に暮らし始めて。この暮らしがずっと続けばいいって思ってました……ですが――」

「――あいつは【メア】に狙われている」

 種子の言葉を俺が引き継いだ。

「はい。ご主人は『モノクロアイ』のせいで他の【メア】を引き付けやすい体質でした。それに、【メア】は他の【メア】を倒すと強くなれます。それは、相手が強ければ強いほど勝った時、より強くなれるのです。ご主人の『モノクロアイ』は補助系の能力としてとても強力です。だからこそ、ずっと狙われてました」

 確かに、柊の『モノクロアイ』は強力だ。俺が知っているだけでも3つから4つの能力を持っている。『視界完全記憶能力』、『時間遅延』、『虚偽透視』、『引力』だったはずだ。特に『時間遅延』が厄介だろう。自分以外の時間を遅くして高速で動けるのだから相手の隙を突いて攻撃すれば大打撃を与えられるはずだ。それなら【メア】が襲って来ても――。

「……響さんはご主人なら他の【メア】を倒せると思ってますよね?」

 ズバリと言い当てられて思わず、目を丸くしてしまう。そんな俺の様子を見て合っていたのがわかったのか、種子は小さく息を吐いてから首を横に振るった。

「思い出してください。ご主人の『モノクロアイ』の能力を」

「『視界完全記憶能力』、『時間遅延』、『虚偽透視』、『引力』だろ?」

「その通りです。今では『幻視』と『以心伝心』もあります。『視界完全記憶能力』は文字通り、視界に映った出来事を全て記憶に残せる能力。『時間遅延』は自分の周囲の時間を遅くしてその中を自由に動けます。そして、相手の嘘を見抜ける『虚偽透視』に神の奇跡すらも引き寄せてしまう『引力』。あと、力の流れが視える『幻視』に自分の考えを相手に伝える『以心伝心』。何か気付きませんか?」

 そう言われて、数秒ほど思考を巡らせて俺は答えに行きついた。

「……攻撃手段が、ない?」

「……正解です」

 種子の小さな声は不思議と部屋の中に響いた。

 



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第271話 仲間の方程式

「ご主人は攻撃手段を持ってません。だからこそ、【メア】に襲われるととても危険なんです」

 しばらく沈黙が流れていたが、俯いていた種子がそう呟いた。

「でも、殴ったり蹴ったり出来るはずだ。攻撃手段がないとしても『時間遅延』とか使えば」

 時間を遅くして相手の隙を突いて殴れば一方的に戦えるだろう。それに殴る速度は普段の数倍なので威力もぐっと上がる。それだけの要素があれば。

「『時間遅延』には制限があって、物体に触れたら自動的に解除されてしまうんです。しかも、回数制限も。今では1日に5回ほど出来るようになりましたが、昔は2回が限界でそれだけでは勝てませんでした」

 俺の思考を遮るように種子が『時間遅延』の弱点を教えてくれた。

「……」

 さすがに俺でもそんな状況ではろくに反撃できない。こちらに攻撃手段がないのもそうだが、向こうは【メア】だ。異能の力を使って攻撃して来るだろう。それを回避し続けるだけでは勝てるわけがない。

「だから、ご主人が【メア】に襲われた時、自然と周りの人がご主人を守るようになりました。もちろん、私もです」

「お前、戦えるのか?」

 てっきり、非戦闘要員かと。メイド服着ているし。

「これでも、炎とか操れるんですよ? それに変化を使えばご主人ぐらい人なら3人ほど背中に乗せられます」

 何だか、霙に似ているなと思う。霙の場合、水と氷を操れるのだが、種子との違いはそこだけだ。

「ご主人は冷静に状況を把握して私たちにアドバイスをしながら相手の攻撃を躱す。そして、私たちはそのアドバイスを聞いて相手と戦う。そんな戦い方ばかりしてました」

 そう言う種子だったが、何故か顔色を曇らせる。

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

 柊が司令塔で、他の皆はそれを聞いて戦う。適材適所でいい関係だと思うのだが。柊の能力は司令塔を務めるのに最適だし。

「……響さんにはわからないかもしれません。かく言う私もわかりませんでしたから」

 首を傾げていると彼女は自虐的に笑った後にそっとため息を吐いた。自己嫌悪しているらしい。

「ご主人に言われましたよね。守られる側の気持ちのこと」

「っ……」

 そうか。確かに、柊は司令塔を務めているが実際に戦うのは自分の周りの人たちだ。彼にとってそれはとても辛いだろう。自分は傷つかずに自分を守ってくれている人たちが傷つくのだから。

「そんな気持ちに気付かずに私は――私たちはご主人を守るために戦って来たんです。これがご主人のためになると思って。ですが、結果的に私たちはご主人を傷つけていたんです」

 何だろう。柊たちの話なのに俺たちの話を聞いているようだ。自然と手に力が入る。

「ご主人はずっともがき苦しんでいたんです。そして、そんな自分を変えるために武器を手に入れました」

「あの、グローブか?」

 柊が俺を殴った時、彼の手にグローブが装備されていた。

「そうです。あれは【メア】専用の武器で<ギア>と言います」

 それから種子が<ギア>について軽く教えてくれた。

 <ギア>は【メア】専用の武器で、武器に<ギア>をはめ込み、それを【メア】で回して様々な技を繰り出す媒体のような物らしい。

 そして、その<ギア>の技は最初に設定しなければならず、その設定した技しか出せなくなる。しかし、【メア】の注ぐ量を調節すれば威力や攻撃範囲を変更できる。

 だが、<ギア>を回すには相当な量の【メア】が必要であり、そう簡単に回せない。少なくとも、種子の知る中では柊と椿(柊に<ギア>を渡した子らしい)という子しかいない。

「やっと、武器を手に入れたご主人はとても嬉しそうでした。これで、俺も戦えるって」

「……そうか」

 強くなれたのなら嬉しいに決まっている。少しだけ羨ましくなった。

(俺にも力があればこんなところで寝てることもなかったのにな)

「……ここまで話しても気付きませんか?」

 そんなことを考えていると種子がため息交じりに問いかけて来る。

「気付くって何に?」

 今、話題に出ていたのは柊だったはずだ。俺は関係ない。

「……きっと、響さんは『ご主人は強くなれたから嬉しかった』と思ってるんでしょうね」

「そりゃそうだろ。強くなれたら誰だって嬉しい。それに、柊は武器を手に入れた。それって自衛出来るようになったってことだろ? これで他の人に戦わせずに済む」

 そう答えると種子は目を丸くして呆れた様子で肩を落とした。

「まさかそこでそんな考えになるとは思いませんでした……いいですか? ご主人は確かに武器を手に入れたことで強くなれました。それは嬉しいことです。ご主人が喜んだ理由の1つでしょう。ですが、最も大きな理由は違います」

「その理由って?」

 種子が言葉を切ったので先を促す。

 

 

 

「仲間と一緒に戦えるようになったからです」

 

 

 

「は?」

 そう言われて俺がまず思ったことは『今までだって一緒に戦って来ただろ?』だった。柊が司令塔になり、皆に指示を出して皆はそれを参考にして戦う。

「違うんです、違うんですよ響さん」

 しかし、俺の考えを聞いた種子は首を横に振る。

「ご主人が苦しかったのは皆が傷つくことだけではありません。それを“黙って見てるしかなかった”からです。助けてあげたくてもろくに戦えないご主人ではかえって足手まといになる。だからこそ、苦しかったんです。役に立てない自分が情けなくて悔しかったんですよ」

「……」

 思わず、狂気のことを思い出してしまった。あいつは俺に迷惑をかけないために自分の部屋に閉じ籠ってしまい、今も出て来ない。もしかしたら、柊も狂気と同じような気持ちになったのかもしれない。

「思い出してください。響さんの守るべき人たちは響さんに何か頼んで来ませんでしたか?」

「……頼み」

 一番、最初に思い出したのは雅だった。ことある毎に言うからすぐに思い出せる。

『召喚してよ』

 雅はいつも俺に向かって怒りながら言うのだ。自分は式神だから響を守りたい。だから、もっと召喚して。そう、頼んで来る。

「召喚してって雅がいつも言ってた」

「その理由はわかりますか?」

「俺を守りたいから」

「では、質問を変えます。そう頼んでるのにも関わらず、召喚しない響さんを見て雅さんはどう思うと思いますか?」

「……」

 何も、答えられなかった。そんなこと、一度も考えたことがないのだから。

「多分ですが、こう思うでしょう。『自分は頼りにされてない。信じて貰えてない』と」

「そんなことっ……」

「だってそうじゃないですか。響さんが召喚しない理由って雅さんを傷つけないためですよね? つまり、雅さんは自衛すら出来ない人だと思ってるんですよね?」

「あいつは強い。確かに攻撃は苦手だけど防御面だと俺よりも上だ。だから、自衛くらい簡単に――」

 

 

 

「じゃあ、どうして召喚してあげないんですか」

 

 

 

 俺の言葉を遮って種子が言い放つ。

「ご主人は戦う手段がなかったから見てるしかありませんでした。ですが、雅さんや霙さんは戦う手段や力があるのに、響さんが傷ついて行くのを見てるしかなかったんです。それって、とても辛くて、苦しくて、悲しくて、悔しいんじゃないんですか? あの時、召喚してくれれば響さんを傷つけずに済んだかもしれないって思ってるんじゃないんですか?」

「……」

「それに、信じて貰えてないって……考えてると思います」

 種子はエプロンを握りしめて俯いてしまった。

「私だったら耐えられません……目の前で大切な人が傷ついているのに、助ける力があるのに手を出せないのって本当に辛いんです。だからこそ、ご主人は言ったんですよ。響さんの守るべき人たちは傷ついてるって」

 彼女の言葉が俺の心を押し潰す。

(そっか……だから……)

 俺と雅が仮契約ではなく、ちゃんとした契約を交わした時、彼女はとても嬉しそうだった。『夢が叶った』と言っていた。それはつまり――。

(――俺と一緒に戦えるようになったから、か)

「……種子」

「はい」

「柊が、武器を手に入れて嬉しかったのは皆と一緒に“並んで”戦えるようになったから、だよな?」

「っ! そうです!」

「あー……そうだったのか」

 今まで、望たちと一緒に戦ったことはある。一緒に異変を解決したことだってあるのだ。

 でも、あれは共闘なんかじゃなかった。だって、俺はずっと守る側で、望たちは守られる側だったから。

 レミリアと戦っていた時だってそうだ。フランと一緒に戦っていたが、俺の中でフランは守られる側だった。だから、レミリアに勝てなかった。そんな関係じゃ連携など出来やしないのだから。

「俺はずっと、勘違いしてたんだ。俺一人で戦えば皆は傷つかずに済む。でも、それは皆が傷つくところを見たら俺が傷つくからだったんだ。俺は自分の身を守ってただけだった。そんなんだから今みたいに独りじゃどうすることも出来なくなったら動けなくなる。だって、頼ることを知らないんだから」

 まだ、熱はある。しかし、最初に比べたらマシだ。ゆっくり体を起こして体の様子をうかがう。半吸血鬼化はしていない。どうやら、呆けていた時間が長くて1日、経っていたようだ。

「そりゃそうだよ。何が守る、だ。何様のつもりだよ。俺は神様か? 本当に嫌になる。柊に自惚れてるって言われても言い訳できない。むしろ、気付かせてくれてありがとうってお礼が言いたいくらいだ」

 ベッドの布団をはねのけ、床に足を置き、立ち上がる。ちょっとだけふらついたが何とか立てた。

「こんな体で何が出来る? 望たちを守るどころか傍にすら行けない。あの時の俺を殴ってやりたい。恥ずかしくて仕方ないわ」

 種子が見守る中、俺は柊の机に向かって歩き始める。

「くっそ……これが柊がずっと抱いてた気持ちか。何も出来ない辛さ。これをずっと俺は望たちに抱かせ続けてたんだな。あーあ、前に誓ったのに。こんな思いさせないって。それに気付いてただろうが。守られる側の気持ち。それなのに、俺は自分のワガママでずっと望たちを苦しめてた」

 やっと、机に辿り着く。そして、イスに座った。

「こんなのもうダメだ。俺はあいつらが傷つくところを見たくない。でも、それは俺のワガママで、そのワガママを突き通せば皆が傷つく。それはもっと見たくない。だから俺は――独りで戦うことをやめる。皆と一緒に“並んで”戦う。もし、その戦いで皆が傷つくのなら傷つかないように俺が頑張ればいい。そして、俺が傷つくのなら、きっと皆が俺を守ってくれる。それでいいんだ。守る、守られるじゃなくて……『一人は皆を、皆は一人を守ればいい』。たったそれだけなんだ」

 じゃあ今、俺は何をするべきか。決まっている。

「いただきます」

 自分の体調を万全にして戦いに備えることだ。望たちの捜索は柊たちがやってくれているはず。だから、彼らが見つけてくれることを信じる。

 俺は種子が持って来てくれたお粥を食べ始めた。

「……美味いな」

 そのお粥は美味しかった。そのせいなのかわからないが、涙が止まらなかった。

 



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第272話 動き出した時間

「ご馳走様でした」

 お粥を食べ終えてそっと息を吐いた。今、この部屋には俺だけしかいない。どうやら、俺がお粥を食べている間に種子は部屋を出て行ったらしい。気の利く子だ。

「さてと……」

 今、俺がすべきことは熱を下げることだ。まぁ、まだ能力は使えないので熱を下げても戦えないのだが戦闘になった時、相手の攻撃ぐらいは回避できるようになっておきたい。因みに魂に話しかけても誰も返答してくれなかった。どうやら、能力変化のせいで通信が出来ないようだ。きっと、吸血鬼たちと話せるようになったら能力が使えるようになるだろう。

「ん?」

 ベッドに潜り込もうとした矢先、柊の机に置いてあった携帯が鳴った。よく見ると俺の携帯だった。風花が俺の家に偵察に行った時に持って来てくれたようだ。

「……まさか」

 ディスプレイに書かれていた名前を見て驚愕してしまう。このタイミングで電話して来るとは思わなかったからだ。

(……よし)

 前の俺ならこの電話に出ることはなかっただろう。もちろん、巻き込んでしまうからだ。でも、今は少しでも戦力が欲しい。だから、俺は――。

「もしもし」

 ――電話に出た。こいつならきっと力になってくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、緊急事態が起きたわ」

 博麗神社。そこで紫がそう言い放った。

「何が起きたんだ?」

 胡坐を掻いて魔理沙は問いかける。

「響の能力が変化して、こちらに来られなくなったの」

「え!? それ、本当なの!?」

 紫のスキマを使って紅魔館からここまで来たフランドールが叫ぶ。

「ええ。しかも、外の世界で事件が起きたみたい。彼は今、窮地に追い詰められてる」

「……それで、私たちが集められた理由を教えて欲しいわ」

 腕を組んで聞いていた霊夢がそっと質問する。

「そうですよ。何か決めるって言ってましたけど何を決めるのですか?」

 それに便乗して早苗。

「彼の能力は知ってる?」

「知らないよ。だって、響は何も言わないからね」

 呆れた様子で小町が首を振った。

「でも、どんな能力かは聞いたでしょ?」

「確か、能力の中身が変わるんだったよな?」

 首を傾げながら妹紅が皆に確認した。皆はそれに対して頷く。

「そうみたい。私が近づいても大丈夫なように私の曲を聞いていつも遊んでるもの」

 紫の能力で一時的に能力を封じている雛が嬉しそうに語る。

「そう。彼の能力は変化する。人間の時は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』。それを利用して私の能力をコピーし、スキマを使って幻想郷に来ていた。でも、色々あって人間の時の能力が変わってしまった」

「……つまり、私たちにその対策を練らせたいのね?」

 まだ難しい表情を浮かべている霊夢が結論を急ぐ。

「いえ、対策はもう立ててある。皆にはそれを決めて欲しい」

 それから紫は件の対策の内容を言う。

「なるほど。だから、私たち……響と仲がいい奴らを集めたってわけだな」

 それを聞いて魔理沙がニヤリと笑った。

「そう。適当に決めても意味がない。響のことを知っている人がちゃんと決めてあげないと彼の能力は反応しない。でも、響を知っている皆なら……きっと、彼の能力も反応してくれる。だから。力を貸して。響のために」

 紫のお願い。それを断る人は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー、桔梗」

「おはようございます、マスター!」

 桔梗と一緒に寝始めてからもう1週間が過ぎた。相変わらず、僕たちはこいしさんたちと共に旅を続けている。

「キョウー、こっちお願いー」

「はーい!」

 桔梗と一緒にテントを出るとすぐにこいしさんに呼ばれた。急いで、鎌を背中に吊るして小走りでこいしさんに近づく。

「んー、キョウ。なんか最近、元気になったね」

 そんな僕の様子を見ていたこいしさんが笑顔で言う。

「はい、ちゃんと寝られるようになりましたから」

 まだ、咲さんと月さんのことは引き摺っている。でも、桔梗のおかげで寝られるようになった。本当に桔梗には感謝してもし切れない。

「それにしても……キョウ、髪伸びたね。女の子みたいだよ?」

「あー……そうなんですよね」

 幻想郷に来てすでに何か月も経っている。その間、僕は髪を切ることが出来ず、もう背中まで届くほど伸びていた。

「切ってあげたいけど、ハサミがないんだよね」

「いえいえ! 気にしないでください。長くても困りませんから」

 少し邪魔だなって思うだけだ。髪を洗う時はちょっと大変だけど。

「ん?」

 その時、目の前を白い球体が通り過ぎる。それは見覚えがあった。

(ま、まさか!?)

「き、桔梗! 来た!」

「え? 何がです?」

 僕が突然、大声を出したので桔梗もこいしさんも首を傾げて僕を見る。しかし、そんなことは気にしていられない。

「何って時空を飛び越える兆しだよ!」

「え、ええええ!? このタイミングでですか!?」

「時空を飛び越えるって……まさか、前に言ってたやつ!?」

 そう言えば、こいしさんには僕たちが別の時間軸から来たことを話していた。

「こいしさん、本当にお世話になりました! すみませんが僕たちはここでお別れです!」

 桔梗が僕に掴まったのを見て頭を下げる。本当にこいしさんには色々、お世話になった。

「……キョウ、最後に一つだけ」

「は、はい!」

 

 

 

 

「また会えるよね?」

 

 

 

 

「……もちろんです!」

 正直、会えないと思った。何故ならば、僕は時空を飛び越える。そして、それをコントロール出来ない。もし、こいしさんと会うためにはこいしさんが生きている時代。更に丁度、こいしさんがいる場所に飛ばなければならない。可能性は低いだろう。

 でも、僕は頷きたかった。もう会えないと決めつけるより、また会えると言った方が寂しくないから。

「じゃあ、こいしさん! また会いましょう!」

「うん! キョウ、またね! バイバイ!」

 僕は右手を振ってこいしさんに別れを告げる。そのまま、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 時空を飛び越え、何とか無事に着地できた。

「ここは……」

 すぐに周囲の様子を確かめる。森ではなく、草原だった。時間帯は丁度、お昼頃だ。太陽が真上にある。しかし、遠いところに森が見えるだけでそれ以外、何も判らなかった。

「うわぁ、何もない場所に出ちゃいましたね」

 僕の肩に乗ったまま、桔梗がそう呟いた。

「うん。どうしよっか?」

「そうですね……移動するにしてもまだ【翼】は修理中ですし」

「【バイク】で行こう。こんなに開けてたら妖怪も襲って来ないだろうし」

「わかりました!」

 僕の意見を聞いて桔梗は肩から降りて【バイク】に変形する。因みに桔梗【バイク】はサイズ変更が可能であり、大人から僕のような子供までちゃんと乗ることが出来るのだ。

 桔梗【バイク】に乗り込み、魔力を注ぐ。すると、【バイク】のエンジンがかかった。

「とりあえず、あの森を目指そっか」

「はーい!」

 桔梗が返事をすると【バイク】が動き出す。

 

 

 

 また2人の気ままな旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し寝て、やっと平熱になった俺はとりあえず、状況を把握するために1階に降りた。

「――ああ、わかった。椿、サンキュ。引き続き頼む」

 居間のドアを開けるとこちらに背を向けた柊が地図に何かを書き込みながら電話している。チラリとテーブルの上を見るともう2台、携帯が置いてあった。その内の1台が鳴り響く。すぐに電話に出る柊。

「もしもし、月菜(るな)か……ああ、了解」

 それだけ言って電話を切り、地図にまた何かを書き込んだ。

「ああやって、ずっとのぞのぞたちを探してるの」

「ッ!?」

 突然、背後から声をかけられて肩を震わせてしまう。振り返ると望たちと同じ制服を着た女の子が立っていた。どうやら、トイレに行っていたらしい。

「えっと……」

「あ、初めまして。私は星中 すみれ。【メア】だよ。りゅうたちの仲間」

「あー……初めまして。音無 響だ」

「へぇー。これがのぞのぞのお兄さんかー……本当に男?」

「男だ!」

 思わず叫ぶ。何だか、失礼な奴だ。

「何、遊んでんだよすみれ。早く戻って来い」

 その時、居間から柊が出て来てすみれに注意する。

「はーい」

 すみれは急いで居間に入って行き、テーブルの上で鳴っていた携帯を手に取って電話に出た。

「今、手足り次第じゃ埒が明かないから目星を付けて捜索中だ。3チームに分かれてる」

 柊は何も聞かずに今の状況を教えてくれた。種子からだいたい、聞いているのだろう。

「その様子じゃまだ能力は使えなさそうだな。まぁ、相手の狙いはお前なんだ。ここで大人しくしていてくれ」

 確かにまだ能力は使えない。きっと、『モノクロアイ』の『幻視』で俺の中に流れる力を視たのだ。目の色がチェス盤のようになっている。

「わかった」

「……やっと、気付いたか」

 俺が素直に頷いたのを見て彼は呆れた様子で笑った。

「う、うるせっ。こっちだって色々あるんだ。悪かったよ……それと、ありがと」

 何だか恥ずかしくてそっぽを向きながらお礼を言う。

「……音無兄、お前ツンデレ?」

「誰がツンデレだ!!」

「りゅう! 大変!」

 俺たちが言い争って(俺が一方的に叫んでいるだけだが)いると居間の方からすみれが飛び出して来た。

「どうした?」

「ここに敵が迫って来てるってのぞっちが!」

 どうやら、敵は能力が使えるようになるまで待ってくれないようだ。

 



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第273話 柊の仲間たち

今回、モノクロームのキャラがたくさん出て来ます。
ご注意ください。


『もしもし!? りゅうきか? よく聞け。今、風花が上空から敵の動きを監視している。それによると今まさにお前の家に向かっているそうだ。しかも、一方からではない。全方向からだ。数も多い。さすがのお前でもお兄さんとすみれを庇いながら戦えないはずだ。だから、私たちと合流するまで逃げ回れ! とりあえず、風花がそっちに向かっている。私たちもすぐに向かう!』

 スピーカーモードにした携帯から築嶋さんの切羽詰った声が響く。

「わかった。俺たちもすぐにこの家を離れる。動きながら合流しよう」

『ああ、了解した!』

 そう言って築嶋さんからの連絡が切れる。

「すみれ、すまんが指示を頼む」

 すると、柊はすみれに指示を仰いだ。てっきり、柊が指示を出すと思ったので驚いてしまう。

「うん。わかった。とりあえず、私たちの目的はお兄さんを守ること。だから、住宅街を逃げ回って時間を稼ぐ。荷物は携帯だけ。私とりゅうが先頭。お兄さんはその後に続いて」

 すみれは慣れたように指示を飛ばした。思わず、柊の方を見てしまう。

「あー、すみれの能力は『脳の活性化』と『眼力強化』なんだ。つまり、頭を使うことはすみれの右に出る者はいない。だから、こういう時、すみれに指示を出して貰った方がいいんだ」

「そっか。わかった。すみれの言う通りにしよう」

「信じてくれてありがと。それじゃ、行こっか」

 それから俺たちは素早く準備を整えて(汗が服に染みこんでいた俺は柊の服に着替えたり、など)家を出る。

「……こっちは大丈夫。すみれ、そっちは?」

「うん、大丈夫だよ」

 柊は『幻視』。すみれは『眼力強化』で周囲を確かめ、すぐに走り出す。俺もその後を追った。

「ッ! 左から2人!」

 しかし、数分もしない内に敵が俺たちの前に姿を現した。敵はプロテクターやヘッドギアなど防具を装備していてまるで、軍人のようだった。さすがに住宅街で銃系の武器は使えないのか手に持っているのはコンバットナイフのみである。まぁ、腰に警棒を下げているのでコンバットナイフだけが武器ではないのだが。

「すみれ、後方を注意。俺たちで音無兄を挟むように」

「了解」

 柊の言葉を聞いてすみれが俺の後ろに回り込む。

「くっ……」

 それを見て俺は奥歯を噛んだ。今の俺は能力が使えないただの人間。戦うことはおろか、自衛すら危うい。元々、俺の戦闘は能力に頼っている部分が大きかったので能力が使えなくなってしまうと途端に戦えなくなってしまうのだ。武術とかも習っているわけではないからそこら辺のヤンキー相手でも勝てるかどうかわからない。

(これが、戦えない気持ちか……)

 ものすごく悔しい。能力さえ使えたら俺だって戦えるのに戦えない。何とももどかしい気持ちだ。

「おらっ!」

 そんなことを考えていると柊が目の前に現れた敵2人を素早く撃退する。あのグローブから見えない衝撃波を放って吹き飛ばしたようだ。

「りゅう、右に曲がって!」

「おう」

 当初の作戦とは違い、柊、俺、すみれの順番で住宅街を走り抜ける。その間に何度も敵が現れ、足止めを喰らった。

「……」

 その間、俺はふと疑問に思う。

(どうして、もっと大人数で襲って来ない?)

 敵は多くて3人。少ない時は単独で襲って来る。だが、築嶋さんの話では相手は大人数でこちらに向かって来ていると言う。普通ならばある程度、仲間が集まってから襲って来るはずだ。それをしないと言うことは――。

「おい、これ」

「うん、私たち、誘い込まれてる」

 俺が後ろに向かって声をかけると同じ結論に至ったのかすみれが頷く。

「くそっ!」

 前にいた柊がまた敵を吹き飛ばした。その後ろにはもう2人の敵。すかさず、左の通路に逃げ込む。チラリと後ろを見ると相手は通路を塞ぐように移動しただけで追って来ない。やはり、俺たちをどこかに誘導しているようだ。

「どうする?」

 このまま相手の思惑通りに進路を変更していたら罠にかかってしまう。何とかしなくては。

「どうするも何も……相手の方が一枚上手だよ。最善の策が相手の誘導に乗ることだから私たちはそれに従うしかない。あのまま、強行突破しても敵がわんさか出て来られたらりゅうの【メア】がすぐになくなっちゃう」

「一応、加減してるぞ?」

「いくらりゅうでも前と後ろから同時に攻撃されたら厳しいでしょ? それに、私たちを守りながら戦うなんて」

 確かにまだ敵の数は少ないが、進路を変更せずに移動していると相手も戦力を増やして襲って来るはずだ。

「じゃあ、どうすればいい?」

「……大丈夫。相手が誘い込もうとしてるのならそれを逆に利用すればいい」

 ニヤリとすみれが笑って携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。何か思いついたようだ。

 そんな中、俺はただ自分の無力さを憎むことしか出来なかった。やっと、気付けたというのにまるで役に立っていない。

「音無兄」

 唇を噛み締めていると柊がこちらを見ずに話しかけて来た。

「俺も、そうだった。目の前で皆が戦ってるのに俺はただ見てるだけ。本当に悔しかった。自分の無力さを恨んだ。だから諦めずに力を求めた。そして、応えてくれた」

 それを聞いて柊のグローブに視線を向ける。このグローブは柊がずっと求めて来た力。俺が今、欲しい物。

「これが手に入った時、嬉しかった。これで誰も傷つけずに済むって。でも、それはお門違いだった」

「お門違い?」

「守るって覚悟を決めても何も出来ない時だってある。守りたくても守れない時だってある。結局、俺は皆を戦いに巻き込んだ」

 そうか。柊は守られる側の辛さと守る側の苦しみを知っていたのだ。だからこそ、望たちの気持ちもわかるし、俺の気持ちも察することが出来た。

「わかったんだよ。俺独りじゃどうすることも出来ないって。だから、皆を守るのではなく“皆と一緒に戦う”ことを選んだ」

「……」

「まぁ、それが正しいのか間違ってるのかわからない。でも、俺は信じてる。この関係が正しいものであると。まぁ、何が言いたいのかっていうとだな」

 その時、突然、目の前が開けた。どうやら、十字路に出てしまったらしい。

「りゅう、止まって!」

 その十字路を駆け抜けようとするもすみれが慌てて止める。すると、十字路の全ての道から敵がわらわらと出て来た。

「ちょっと人数多くないか?」

 ざっと見ても30人はいる。思わず、俺は2人に問いかけていた。

「なるほど。十字路なら4方向から攻撃できるからか」

「敵さんはかなりの策士さんだね。それにりゅうのグローブは攻撃範囲、狭いからこっちはピンチだよ」

「お前たち、ピンチならもう少し焦ったような言い方しろよ」

 俺もそんなに慌ててないけれど。何となく、何とかなりそうな気がするのだ。

「音無 響だな」

 どうしようか悩んでいると敵の一人がそう話しかけて来た。

「そうだけど?」

「置き手紙は見たか?」

「置き手紙?」

 何の話かわからず、首を傾げていると柊が『あ、伝え忘れてた』と呟く。とりあえず、柊の後頭部を殴っておいた。

「その様子だと見ていないようだな。では、ここで伝える。我々について来い。そうすれば、お前の家族は全員、解放しよう」

「嘘つけ。俺を捕えたら殺すに決まってるだろ」

 そんなことわかり切っている。

「……そうか。なら、仕方ない。やれ」

 男がそう言った刹那、4方向から同時に敵が襲いかかって来た。

「させないよっと!」

 しかし、敵が俺たちに迫る前に上空から凄まじい暴風が吹き付ける。思わず、相手は動きを止めてしまった。

「全く、罠だと知りながらわざと嵌るなんてどうかしてるよ」

 そう言いながら俺たちの目の前に風花が着地する。その手にはうちわがあった。あれで暴風を起こしたらしい。

「仕方ないだろ? こうするしかなかったんだから」

 風花の文句を軽く流す柊。その間に敵は我に返ったようで再び、行動し始めた。

 ――バンッ! バンッ!

「ぐあっ!」「あっぐ……」

 すると、右から迫っていた二人が突然、倒れる。

「うわああああああああ!」

 そして、前の方から悲鳴が聞えた。そちらを見ると数人の敵が炎に飲み込まれている。

「はあっ!」

 今度は左だ。そこには何かに吹き飛ばされて地面に倒れている敵がいた。

「ぐわああああああああ!」

 また悲鳴。後ろから冷気が流れて来た。振り返ると複数の敵が氷漬けにされている。

「全く、本当に龍騎さんは面倒事に巻き込まれるんですね」

「で、ですが、ご主人たちが無事でよかったです!」

「すみれに感謝だな。相手の誘導したい場所を教えてくれなかったらここまで早く来られなかっただろう」

「あ、あの……とりあえず、お喋りを止めませんか? 敵の前ですし……」

 いつの間にか俺たちの周りに4人の人影があった。2人は見たことがある。種子と築嶋さんだ。しかし、もう2人は見たことがない。1人は両手に拳銃を持ったツインテールの女の子。そして、もう1人は背中に2対4枚のピンクと水色の翼を生やして手に木刀を持った黒髪のポニーテールの女の子だった。

「さんきゅ、椿。それに月菜(ルナ)も」

 ツインテールの子を椿、ポニーテールの子を月菜と呼びながら柊が2人にお礼を言う。そう言えば、種子の話で椿は<ギア>を回せると聞いた。この子が椿という子らしい。

「ちょっと! 私たちにお礼は?」

「ないの?」

 そんな声が響き、月菜に生えていた翼が2人の人の形に変わる。いや、戻ったと言うべきだろう。その2人の顔はそっくりだった。双子らしい。違う箇所は髪型くらいだ。ピンク色の翼に変身していた子は肩ぐらいまでのセミロング。水色の翼に変身していた子は髪の後ろで軽く結っている。髪を解けばセミロングの子と同じくらいの髪の長さになるだろう。

「おう、雌花。雄花。ありがと」

「「えへへ」」

 まさかこんな短時間で柊の仲間が集結するとは思わなくて目を丸くする。それを見たのか柊は俺の方を向いて少しだけ微笑んでこう言った。

「さっきの話の続きだけど……信じていれば仲間は応えてくれる。こんな感じでな」

 言い終えると柊も前を向いて敵を睨む。

「……本当に、すごいな。お前は」

 俺を守るように柊の仲間たちが並ぶ。その背中はどれも力強くて頼もしい背中だった。

 



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第274話 名

 さすがに敵も俺たちに増援が来るとは思わなかったらしく、動く気配を見せなかった。動揺しているらしい。まぁ、そりゃ追い詰めたと思ったら一瞬の内にこちらの戦力が倍以上になったのだ。驚くに決まっている。

「よかった。何とか間に合ったみたいだね」

 そんな敵を見ていると俺の隣にいたすみれがホッと安堵のため息を吐く。

「お前が呼んだのか?」

「うん。ここら辺の地図を思い出して誘い込むならこの十字路だと思ったからね。予め、ここに呼んでおいたの」

 俺の問いかけに笑顔で頷くすみれ。

「それで? これからどうするの?」

 背後から風花の声が聞こえた。すみれの指示を待っているらしい。

「……いい? 作戦を教えるね。りゅう、のぞっち、風花にゃん、しゅしゅ、お兄さんをここから逃がす。そのために、つばきちとルナルナで全方向に攻撃して。で、申し訳ないけど私は空に逃げながら2人に指示を出すから」

 そう言いながらすみれは雌花と雄花を背中に装備する。椿と月菜も背中合わせになって構えを取った。

(すげー)

 普通、唐突に指示を出されてもこれほど早く行動出来ない。しかし、ここにいる人は皆、すみれの指示を聞いて疑うことなくそれに従っている。これが信頼関係というものなのだろうか。

「音無兄、早く種子の背中に乗れ。望は音無兄の前だ」

「あ、ああ」

 目の前の光景に呆然としていると種子(大きな狼になっていた)の背中に乗っている柊に急かされてしまった。急いで種子に飛び乗り、築嶋さんの背中に抱き着く。

「それじゃ、椿、月菜。頼むぞ」

「わかりました。任務を遂行します」

 柊の言葉を聞いて椿が頷いて答えるが、月菜は俯いたまま、動かない。手に持っている木刀も少しだけ震えている。怖いのだろうか。

「……くっ、くくく」

 しかし、その予想はすぐに裏切られることになった。唐突に月菜が笑い始めたのだ。

「な、なぁ……あの子」

「気にするな。発作だ」

 思わず、前にいる築嶋さんに声をかけるが短い溜息を吐いた築嶋さんは呆れたように言う。

「これだけの敵がいれば暴れ足りないってことはねーな!」

 月菜が顔を上げて叫んだ刹那、黒かった髪が朱色に染まる。そして、木刀から炎が噴出して地面を照らした。

(何だあれは……)

「月菜は戦闘が始まるとあんな風に髪の色と口調と性格が変わるんだ。まぁ、いつもああだから気にしない方がいいぞ?」

 俺が目を見開いているとそれを察したようで柊が教えてくれる。気になるが、今は聞かないでおこう。

「それじゃ、合図を出したらつばきちとルナルナは全方向に手分けして攻撃。3、2――」

「お、おい! 全方向って!?」

 今、俺たちは十字路の真ん中にいる。この状況で全方向に攻撃するとなると4人必要になる。しかし、攻撃するのは椿と月菜の2人だけ。これでは全方向に攻撃など出来ない。

「――1!」

 俺の制止を聞かずにすみれは合図を出して空を飛んだ。それを追うように風花と俺たちを乗せた種子も飛翔する。

「行きます!」「おーらっよ!!」

 椿は前方に2丁の拳銃を向けて引き金を引き、月菜は地面に木刀を突き刺した。

「なっ……」

 すると、月菜の木刀から炎、氷、雷の柱が同時に出現し、それぞれが別々の方向へと向かう。月菜1人で3方向同時に攻撃したのだ。そして、残りの1か所は椿の拳銃から撃ち出された白い球体で埋め尽くされている。

 さすがに4方向同時に攻撃できるとは思っていなかったようで敵は混乱状態に陥った。その隙に俺たちは猛スピードでこの場を離れる。

「月菜の能力は『炎』『氷』『雷』の3属性。それを同時に操ることが出来るのだ」

 遠くなる十字路を呆然と眺めていると築嶋さんが説明してくれた。

「そう、だったのか」

 3つの異なる属性を同時に操ることなど並大抵のことでは出来ない。だからこそ、にわかにも信じられなかったが実際に操っているところを見せ付けられたので納得するしかなかった。

「とりあえずは危機を凌いだけど……」

 前の方から柊の声が聞こえる。確かに相手の多くはあの十字路で待ち伏せしていたのですぐに俺たちの後を追うことは出来ないだろう。しかし――。

「だからと言って望たちの居場所は未だにわからないから安心はできない」

 俺が考えていたことを築嶋さんが代弁してくれた。

「どうするの? このまま上空からしらみつぶしに探しても意味ないよ」

 俺たちの横を並走しながら柊に問いかける風花。

「……でも今のところ、それしかない」

 だが、まだいいアイディアは考え付いていないようだ。

(このままじゃ……)

 一応、望たちが生きていることはわかった。しかし、俺を捕まえられないと思ったら真っ先に殺すだろう。時間に猶予はない。

(何か……何か出来ることはないか?)

 能力変化のせいで俺は今、能力が使えない。でも、諦めたくない。諦めたら望たちの命は――。

(力……)

 目を閉じて深呼吸。周囲の音が消え、俺の心臓の音しか聞こえなくなった。

(何かあるはずなんだ。俺にも出来ること……力があるはずなんだ)

 柊は言った。諦めるな、と。信じろ、と。仲間を信じていれば応えてくれる、と。

 俺に出来ることがあると信じろ。そして、考えるのだ。望たちの為に。

「貴方は仲間を信じている?」

 その時、そんな声が耳元で聞こえた。その声を聞いて俺は思わず、安心してしまう。万屋の仕事を終え、家に帰る前にいつも聞いていた声だったからだ。

 

 

 

 ――ああ、信じている。もう、独りで戦わない。皆と一緒に戦う。だから、信じている。

 

 

 

「例え、能力変化のせいで力が使えなくなっても?」

 

 

 

 ――能力だけが全てじゃない。どんな状況でも俺は全力で戦うって決めたんだ。力が使えなくても俺に出来ることは必ず、あるんだ。

 

 

 

「もし、そのせいで仲間が傷ついてしまったら?」

 

 

 

 ――目の前で仲間が傷つくのを見るのは辛い。でも、その辛さから目を逸らしてしまったら、もっと仲間が傷つく。今回のように。

 

 

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 

 

 ――決まっている。目の前で仲間が傷ついたら俺が助ける。これ以上、傷つかないように一緒に戦う。守るんじゃない。そんな一方的な関係じゃ守れない。一緒に戦ってお互いがお互いを支え合うんだ。

 

 

 

「……それじゃ、最後に。貴方は力が欲しい?」

 

 

 

「欲しい。この状況を打破できるような力が……皆と一緒に戦っていけるような力が欲しい!」

 

 

 

「貴方の仲間はこちら側にもいるのよ? それだけは覚えておいて。そして、その仲間たちが一生懸命、考えたこの名を大事にしなさい」

 その言葉を聞いて俺は種子の背中から飛び降りた。

「音無兄!?」「お兄さん!?」「ちょっ!?」

 そんな俺を見て柊達は目を見開く。当たり前だ。俺は今、能力が使えない。空すら飛べないのだ。このままでは地面に激突して死んでしまうだろう。体の向きを変えて空に向けて手を伸ばす。空は曇っていて星が見えなかった。

「じゃあ、行きなさい」

 声が聞こえた方を見ればスキマが開いている。そのスキマの奥から再び、聞き覚えのある巫女の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「“幻想曲を響かせし者”よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリ、と胸の奥で何かが噛み合った。その途端に懐で水色の光が漏れ始める。

 

 

 

 ――汝、儂を求めし者か? ならば、その力を儂に注ぎ、示せ。儂への信仰を。

 

 

 

「……ああ、くれてやる。こんなちっぽけな力でいいならいくらでもくれてやるよ。俺はお前を受け入れる。だから、お前も受け入れろ!!」

 

 

 

 服の中に手を突っ込んで首から下げていたお守りをギュッと握った。そのお守りの中には弥生から貰ったあの水色の珠が入っている。そして、その珠は太陽のように光を放っていた。

(頼む、これが俺たちの希望となってくれ!)

 そう願いながらありったけの地力を珠へ注いだ。

 

 

 

 ――汝の信仰、しかと受け止めた。受け取れ、これが儂の力だ。

 

 

 

「あっ……が」

 体が悲鳴を上げる。水色の珠から逆流して来た力が俺の中で暴れ回っているのだ。思わず、目を閉じて体を丸めた。

(絶対に、コントロールしてやるッ……)

 

 

 

「あ、あ……がああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 丸めていた体を開いて天を仰ぎながら絶叫する。体の構造が変わっていく。能力も変わる。自分でもわかるほど強烈な変化。そして、魂の中に入って来た。凄まじい霊力を持った存在が。

 俺の慟哭がビリビリと大気を震わせ、空を覆っていた雲が吹き飛ぶ。

「……」

 しばらくしてゆっくりと目を開けた。その視界には満天の星空が広がっていた。

 



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第275話 【本能力】と派生能力

今回の話に挿絵がありますが、イラストではなく簡単な図です。


「お、音無兄……その姿は……」

 種子に乗って俺の前に来た柊は目を見開いて驚愕していた。いや、柊だけではない。築嶋さん、種子、風花も驚いている。

(無理もないか)

 そう思いながらギュッと左手を握る。その手は白銀の鱗で覆われており、左肩まで伸びていた。左肩だけではない。首筋や顔にまでちらほらとだが、同じ色の鱗が見受けられる。そして、背中には白銀の右翼。左翼はない。弥生が異形化した姿に似ている。違う点は弥生の場合、右腕が鱗に覆われて、左翼が生えるところだけだろう。

「魔眼『青い瞳』」

 柊達には悪いが、今は時間が惜しい。スペルカードを取り出して宣言し、両目を青く染めた。

「いた」

 ヒマワリ神社とは反対方向にある山の麓に微かにだが、奏楽の霊力が残っている。

「なっ……どこだ!?」

 慌てた様子で質問して来た柊に場所を教えた。

「そこは……今は使われてない工場がある。くそ、あそこは崩れやすくなってるから身を隠すには向いてないって高を括ってた」

「知っているのか?」

「夏休み前にその工場でちょっと色々あってな。そこで戦ったんだけど、そのせいで工場はほぼ半壊。崩れないのがおかしいってレベルだ」

 それなら身を隠すには向いていないのにも納得できる。いつ、天井が崩れて潰されるかわからないのだ。好き好んでそこを選ぶ奴はいないだろう。

「他に何かわかるか?」

 柊の言葉に頷くとすぐに次の質問をぶつけて来た。両目に魔力を集中させ、奏楽の霊力を辿るといくつかの生体反応をキャッチした。

「感じたことのない生体反応がいくつもある。多分、敵だろう」

「音無妹の力は?」

「あいつは霊力とか全くない。俺の魔眼じゃ視つけられない。でも……おかしい。雅の妖力も霙の神力も感じない」

「……おい、まさか」

 築嶋さんが顔を青ざめさせて口元を右手で覆った。

「音無兄をコントロールするために全員の無事を確認させるはずだ。その後で殺しても遅くない。だから、今、尾ケ井たちを殺すわけがない」

 最悪のケースを握り潰した柊だったが、その顔は暗いままだ。希望的観測なのだろう。

「……ん?」

 その真相を確かめようと更に奏楽の痕跡を辿っていると見覚えのある気配を視つけた。奏楽とピッタリとくっ付くように寄り添っている。不安になっている奏楽を抱きしめて落ち着かせているのだろう。

(何故、悟が……)

 幻想郷から帰って来てから音沙汰のなかった幼馴染の存在に思わず、驚いてしまう。タイミング悪く事件に巻き込まれてしまったようだ。

「どうした?」

「俺の幼馴染も巻き込まれていたみたいようだ。奏楽の傍にいる」

「守る対象が増えたか……他には?」

「感じない」

 どうやら、悟は能力を持っていないので奏楽と一緒の部屋に閉じ込められているらしい。その周囲も魔眼で視てみたが知っている反応はなかった。

「とりあえず、近くまで移動しよう。音無兄、その途中で何があったか教えろよ?」

 そこで柊がジト目で俺を睨みながら言う。

「わかった。手短に話す」

 頷いてみせて俺は片翼の翼を動かして移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二つ名?」

 俺の説明を聞いた築嶋さんが繰り返す。

「そう、二つ名だ」

 あの時、スキマから霊夢の声が聞こえた。そして、俺のことを『幻想曲を響かせし者』と呼んだ。おそらく、幻想郷で俺の二つ名を決めたのだろう。

「どうして、二つ名を貰ってそんな姿になるのだ?」

「二つ名とこの姿は直接的な関係はない。二つ名を貰ったことによって元々の能力である『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』に戻ったのだ」

 俺の能力は変化する。今回、高熱が出て能力が使えなくなった理由はその能力変化が原因である。ならば、元の能力に戻せば能力変化がなくなり、普段通りに能力が使えるようになるのだ。

「二つ名を得ただけで能力が戻る? そんな簡単に変化するのか?」

「だからこそ厄介なのだ。まぁ、厳密には元に戻ってなどいないのだが」

「どういうことだ?」

 今度は柊が問いかけて来た。

「人間の時は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』だって言っただろう。これは俺の名前が原因なのだ」

「名前が、原因……【音無 響】が原因なのか」

「ああ。名前の漢字をバラバラにして考えるのだ。“音”はそのまま音。“無”はないことを表している。つまり、現実にはない物。言い換えれば幻想だな。そして、“響”は響く。共鳴。同じ音になるって意味だ」

「“音”と“無”は納得できるけど、“響”だからってどうしてコピー能力になるんだよ」

「音叉と同じ原理だ。同じ波長の音叉を並べて置いて片方を叩いて鳴らせばもう一個の音叉も鳴り始める。これが共鳴だ。で、俺の場合、音叉を魂に置き換える」

「……まさか、同じ魂になるとでも?」

 柊の言葉に対し、首を振って否定した。

「同じ魂にはならない。音叉だって共鳴してもBの音叉がAの音叉になるわけじゃない。それと同じだ。この場合、俺の魂波長を共鳴した相手の魂波長に合わせると言えばいいのか」

「全く意味わかんない」

 とうとう風花が音を上げる。柊と築嶋さんもまだ納得していないようだ。

「魂は人それぞれ違う。固有の波長を持っているのだ。その波長は一生、変わらない。変わってしまったらその人ではなくなるからである」

「魂の波長が変わると具体的にはどうなるのだ?」

「これは俺の考えなのだが人の体格や性格は魂の波長を元に構成されている。DNAみたいなものだな。だが、魂波長が変わってしまったらその人の体格や性格なんかも変わってしまう。突然変異って奴だ」

「でも、音無兄は魂の波長を相手の波長に合わせてるんだろ」

「俺は特殊なのだ。そもそも魂の構造が違う。ほら、俺と柊達が戦った時に半吸血鬼化したはずだ」

「ああ、そう言えば女に「半吸血鬼化だ」……半吸血鬼になったな」

 俺の鋭い視線を受けた柊は言葉を言い直して頷く。

「あれは『狂眼』を使ったことにより俺の魂波長が変化して強制的に半吸血鬼化するのだ。それと同時に能力も『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』ではなくなる。ここまでいいか?」

 俺の質問に全員が首肯する。

「これと同じことが『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』でも起こるのだよ」

「えっと、魂波長が変わるとその波長に合った能力にまた変化するってこと?」

 首を傾げながらも自分の考えを述べる風花。

「その通り。ちょっとややこしいが、俺の元々の能力――仮に【本能力】と呼ぼうか。この【本能力】は俺が人間の時、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』になる……いや、追加されると言っていいか」

「追加だって?」

 俺の言葉が信じられなかったのか目を丸くして築嶋さんは驚いた。

「【本能力】はどんな状況になってもなくならない。派生して行くのだ。人間の時は【本能力】と『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』。トールと同調した時は【本能力】と『創造する程度の能力』……まぁ、【本能力】があるからと言って随時、発動しているわけじゃないが。それに、派生能力も同時に存在できない物もある」

 『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』と指輪から派生した『合成する程度の能力』がいい例だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「つまり、俺の能力は【本能力】を基点とし、枝分かれして行く能力なのだ。そして、今回の場合だが、俺の【本能力】に何か、もしくは誰かが干渉し、人間時の能力――『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』が変化してしまい、高熱が出た。そこで、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を復活させるために俺の仲間が別のベクトルから【本能力】に干渉した」

「それが、二つ名」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 柊の呟きに俺は黙って頷き、もう一つの説明を始めようとするが、目の前の景色を見てため息を吐いた。

「さて、ここまでが前振りなのだが……すまん。もう時間のようだ」

 そう、すでに俺たちは件の工場の近くまで来ていたのだ。

 



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第276話 救出作戦

「音無兄の姿も気になるが、こっち優先だな……それじゃ、作戦を説明する」

 工場の近くに着地し、茂みに身を隠した俺たちは柊の言葉に耳を傾ける。

「まず、音無兄。ここまで来て何か感じるか?」

 そう聞きながら柊は地面に近くにあった石で何かを書き始めた。

「……いや、奏楽と悟以外の力は感じない」

「この見取り図のどこら辺だ?」

 地面には簡易的な工場の見取り図が書かれている。これを描いていたようだ。

「北側だな」

「俺たちがいるのは南側。一番遠いところに捕まってるのか」

「……なぁ、一ついいか?」

 ずっと黙っていた築嶋さんが発言権を得ようと手を挙げた。それに対し、目線だけで柊が許可を出す。

「お兄さんは知らないと思うが、この世界に【メア】の力を完全に封じることが出来る鉱物がある。それを加工して手錠にし、罪を犯した【メア】を捕まえるのだが……望や雅たちもそのような特殊な鉱物によって力を抑えられているのではないか?」

 確かにそのような鉱物、または道具があれば辻褄が合う。それに望や奏楽はともかく、雅や霙の手にかかれば全員を助け出した上で脱出することなど容易い。それが出来ていないとなると現在になっても身動きの取れない状況なのだろう。

「なるほど。音無兄、力が全くない場所はどこだ?」

「力が全くない場所……ここと、ここ。そして、こことここだな」

 俺が指さした点と奏楽たちがいる場所を結べば丁度、星型になった。

「待て。4か所もあるのか?」

「ああ。だから俺もおかしいと思ってな」

 今回、捕まっているのは望、雅、霙、奏楽、悟の5人。奏楽と悟は一緒の部屋に捕まっているので、それ以外の人がバラバラに捕まっているとなると力が全く感じない場所は3か所になるはずだ。

「いや、待て!」

 力の全く感じない場所を集中的に視ていると微かにだが、霊力を感じることが出来た。奏楽たちが捕まっているところを星の上部分だとすると東側の下側だ。

(この霊力は……知らない?)

 だが、どこかで感じたことのある霊力。それは今、俺の近くにも――。

「ッ……『博麗のお札』!」

 何故、こんなところに博麗のお札の霊力を感じるのだ。あれは幻想郷でも霊夢しか持っていないはず。外の世界で持っているのは俺の他には霊奈しかいない。

「……あー、そう言うことか」

 高熱で倒れている俺をどうにかしたくて望たちが霊奈を呼んだのだろう。そして、俺と霊奈が大学を同時に休んだことを怪しく思った悟が家に来て、そのまま全員が捕まってしまった。こんなところか。

 そして、お札だが普段なら霊奈自身がお札に霊力を流し込むのでもっと霊力は大きいが今は霊力を流せない。だが、お札そのものにも霊力は微弱ながら宿っているので、俺に発見して貰おうと捕まっている部屋のどこかに隠したのだ。まぁ、あまりにも小さすぎて集中しなければ視えなかったのだが、気付けて良かった。

「また救出者が増えたか。まぁ、いいだろう。さて、これで星形になった理由がわかった。問題はどこを誰が担当するかだが……音無兄は奏楽たちのところに行ってくれ」

「理由は?」

「奏楽の力を引き出せるのが音無兄だけだからだ。戦闘になった場合、音無兄以外だと2人を守らなくちゃならなくなる。でも、音無兄が行けば奏楽も一緒に戦える」

 奏楽の力は強大だが、奏楽の体に負担がかかる。きっと、今までの俺だったら反対していただろう。

「ああ、わかった」

 しかし、俺は何も言わずに頷くだけだった。もし、他の人が奏楽と悟を守り切れなかった場合、奏楽たちだけでなく助けに行った人も傷ついてしまう。それだけは避けなければならない。

「それじゃ、俺は西側の上。種子は西側の下。望は東側の上。風花はその下だ」

「だが、どうやって侵入する? 工場はかなり崩れやすいのだろう?」

「……それが、前来た時よりも綺麗になってる。多分、敵がこの工場を立て直したんだ」

「じゃあ、多少暴れても構わないのだな?」

 柊の言葉を聞いた築嶋さんはニヤリと笑って己の拳と拳をぶつける。気合十分だ。

「まぁ、落ち着け。まずは建物の中に入らなくちゃいけないだろ。その方法はあるにはあるけど……」

「ああ、リュウキの<ファイナル≪G≫>であの大きな扉をぶっ壊すんだね。でも、あれかなり燃費悪いよ?」

 そう言いながら風花が工場の方へ顔を向ける。そこには大きくて頑丈そうな扉があった。その前には見張りが2人いる。見つからずに扉を開けるのは無理そうだ。

「そうなんだよな。この中で何があるかわからないから出来るだけ力は温存したいんだけど……」

 腕を組んで悩む柊。確かに、敵のアジトに乗り込むのだから戦闘になる確率は高いだろう。

「じゃあ、俺がやろうか?」

 俺の言葉を聞いて全員がこちらを見て首を傾げる。

「今の俺ならあんな扉ぐらい簡単に破壊できるぞ?」

「簡単にって……音無兄なら出来そうだけど」

 苦笑いを浮かべて柊は頬を掻く。まぁ、無理もない。今の俺の姿は人間のそれとは違う。そんな奴が扉を簡単に破壊できるなどと言えば引くに決まっている。

「それじゃ、音無兄が扉を破壊した後、全員で突入。音無妹たちを助けた後、中央に集合だ」

 そう言って簡易見取り図の中央に書かれた大きな部屋を指さした。

「どうして集合するのだ?」

 首を傾げながら築嶋さんが問いかける。

「俺たちは今からばらばらになる。きっと、戦うことになるだろう。通路も狭いし、特に築嶋さんと風花は戦い辛いはずだ。だからこそ、皆で一度、集合して一気に突破した方が安全だと思うぞ」

 柊の代わりに俺が答えた。普段なら個々で脱出しても問題はあまりない。ここにいる全員、普通の人間相手に遅れを取るようなこともないだろう。例え、相手が武装していても、だ。しかし、今回の場合、望たちを守りながら戦うことになる。そんな状況で満足に戦えるとは思えない。なので、集合した方がいいのだ。

「なるほど……わかった。中央の部屋に集合だな」

「他に質問はないか?」

 柊の質問に対し、全員が無言だった。質問はないらしい。

「じゃあ、作戦開始だ!」

 こうして、俺たちの救出劇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(さてと……)

 まずはあの扉を破壊しなくてはならない。

「お手並み拝見といきますか」

 左手をギュッと握って深呼吸。この力を初めて使うので少しだけ緊張しているのだ。覚悟を決めて霊力と神力を左腕に流す。すると、左拳が仄かに光り輝いた。

「皆、準備しておけ。一気に行くぞ」

 後ろにいる皆にそう言いながら、茂みを出た。

(扉までの距離は結構ある。でも、俺なら……いや、俺たちなら届く)

「ん? お、おい! あいつ!?」

 音で気付いたのか欠伸を噛み殺していた見張りの一人が俺に気付き、大声を上げる。

「ターゲットだ! 連絡しろ!」

 そして、もう一人の見張りが叫びながらトランシーバーで連絡を取ろうとした。

「電流『サンダーライン』」

 すかさず、右手を前に突き出して雷撃を放つ。

「あぐっ!?」

 雷撃を喰らった見張りは顔を歪めてトランシーバーを落とした。その隙に左腕を引き、腰を落として構える。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸しながらゆっくりと力を開放して行く。左手の輝きが増す。

「竜撃『竜の拳』」

 そう宣言すると左手が突然、巨大化した。その大きさは『神撃』を上回っている。そして、霊力と神力を開放して扉に向かって思い切り、振るった。

「「うわあああああああっ!?」」

 巨大な拳が迫って来るのは相当、怖いだろう。この見張りたちも例外ではなく、悲鳴を上げた。俺の拳はそのまま扉に突き刺さり、粉砕した。

「よし、皆行くぞ!」

 左手を元の大きさに戻すと同時に柊と風花を乗せた種子が俺の隣を走り抜ける。その後を築嶋さんが追いかけた。築嶋さんは種子に乗るよりも早く走れるのだ。

(皆、待っていろよ!)

 俺も急いで工場の中へ入った。

 




モノクローム図鑑

柊 龍騎(ひいらぎ りゅうき)

能力
・モノクロアイ(内容は本編参照)


武器:<ギア>グローブ
・<ファイナル≪G≫>などステップによって技が変わる。<ファイナル≪G≫>の場合、手の平から極太レーザーをぶっぱなす。なお、Gはグローブという意味であり、決して黒い悪魔のことではない。
ステップはファースト、セカンド、サード、フォース、ファイナルまで存在している。
<ギア>グローブは元々、<ギア>ガン(椿が所持している物。攻撃手段がなかった柊に椿が渡した)だった。しかし、敵の攻撃を<ギア>ガンが受けてしまい、破損。そのせいで<ギア>が回らなくなり、柊は再び攻撃手段を失った。失ったと言っても<ギア>ガンは貰った当初から柊の【メア】に合わず、椿ほど使いこなせていなかったが。
しかし、風花の危機にありったけの【メア】を<ギア>ガンに注いだところ、<ギア>がそれに応え、再構築され、<ギア>グローブへと姿を変えた。
普段はブレスレットになっており、任意のタイミングでグローブに展開できる。
また、【メア】をグローブに纏わせることができるため、<ギア>を回さなくても殴るだけならば地面を陥没させられるほどの威力を持つ。
地面に向かって【メア】を放出することで空を飛ぶことも可。どっかの大空みたいですね(ニッコリ)。
【東方楽曲伝番外編】ではガン=カタを見よう見まねでするなど、意外に器用なこともできる。

なお、【東方楽曲伝番外編】は今のところ、どこにも投稿していません。


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第277話 頼もしい背中

「はああああ!!」

 種子の前に敵が躍り出た刹那、築嶋さんが一瞬でそいつを殴る。

「<セカンド≪G≫>!」

 攻撃後の硬直を狙って突撃して来た敵を吹き飛ばす柊。すかさず、風花が団扇を振るって突風を起こし、目の前に群がっている敵たちをまとめて排除した。

「竜炎『神龍の伊吹』!」

 それを見届けた俺は振り返って口から火炎放射を放つ。俺たちを追いかけていた奴らは炎に包まれるも、手加減はしたので酷い火傷ぐらいで済むはずだ。

「音無兄、人間やめたのか?」

 そんな俺の様子を見ていたのか柊が冷や汗を流しながら問いかけて来た。

「……否定できないことに若干だが、傷ついているぞ」

 どこに左手を巨大化させたり、口から炎を吐き出す人間がいようか。

「バゥ!」

 小さなため息を吐いていると種子が唐突に吠えた。すぐに前を見ると道が3方向に分かれている。

「それじゃ、ここで一旦、お別れだ。中央の部屋で落ち合おう」

 そう言って柊と種子は西側――左へ曲がった。

「お兄さん! 必ず、助けるから待っていてくれ!」

「また後でねー」

 築嶋さんと風花も右へ曲がって東へ向かう。それを見届けて俺はすぐ低空飛行で真っ直ぐ、進んだ。

「竜撃『竜の拳』」

 目の前に現れた敵を巨大化させた左手でぶっ飛ばす。

(それにしても……すごいな)

 実は俺が攻撃を仕掛ける間、ずっと敵は銃を撃っていた。つまり、俺はひたすら撃たれまくっているのだ。それなのに、傷はおろか痛みすら感じない。

『響!』

 その時、やっと頭の中で吸血鬼の声が聞こえた。

「吸血鬼、聞こえるか?」

『聞こえるかじゃないわよ!? 一体、貴方は何をしたの!? 全く、通信できなくてひたすら声をかけ続けてたのに、突然、すごいのが魂に入って来たのよ!? それにやっと、繋がったと思ったらとんでもない姿になって!』

「あー、それについては謝る。後で説明するから今はちょっと黙っててくれ」

『黙ってて!? 私がどれだけ心配したと――』

 強引に通信を切った。吸血鬼たちには申し訳ないが、今はそれどころではない。きっと、トールあたりが吸血鬼を宥めてくれるだろう。

(……本当なら、吸血鬼を宥めるのは狂気なんだろうな)

 あいつならため息を吐きながら吸血鬼を羽交い絞めにして抑えるはずだ。それをトールが微笑みながら眺め、闇と猫は笑う。そんな光景を思い浮かべてしまった。

「……待っていろ」

 それは奏楽たちに対してなのか、狂気に対して呟いたのか俺には分からなかった。

「竜撃『竜の拳』」

 また敵を吹き飛ばして突き進む。そして、目的の場所へ辿り着いた。あの扉の先から奏楽と悟の力を感じる。

「おらっ!」

 スペルを使わずに左手をギュッと握って扉を殴って破壊。もちろん、吹き飛んだ扉が奏楽たちに当たらないように角度を調節した。

「うわっ!?」「きゃっ!?」

 そんな声が聞こえる。そりゃ、いきなり扉が吹き飛んだら驚くだろう。そう思いながら俺はその部屋へと入った。

「奏楽、悟。すまん、待たせた」

 声をかけるとやっと2人は俺を見て、目を見開く。

(あ、こんな姿じゃ驚くよな)

 その点に気付かないとは相当、焦っていたのだろう。

「おにーちゃん?」

 自分自身に呆れているとやっと我に返ったのか奏楽が声を絞り出した。

「ああ、おにーちゃんだ」

「お、おにいいいいいちゃあああああああああん!!」

「おっと」

 悟を突き飛ばして奏楽が俺の胸に飛び込んで来る。潰さないように優しく抱き止めた。

「こわかったぁ……こわかったよぉ……」

「ゴメン。ゴメンな」

「うええええええええん!」

 俺の胸に顔を埋めて奏楽は大泣きする。こんなところに1日以上も閉じ込められていたのだ。悟が励ましていたとしても不安になるに決まっている。

「……響なのか?」

 そう聞きながら悟が歩み寄って来た。その顔を見ると信じられないような物を見ているような表情だった。

「……ああ」

「……そうか。今は何も聞かない。でも、後で教えろよ? 色々」

「わかっている」

 悟の言葉に頷いてそっと悟を抱き寄せる。

「きょ、響?」

 突然、抱きしめられた悟は目を白黒させた。それに構わず、俺は立ち上がる。

「2人とも、準備はいいか?」

「「え?」」

 キョトンとする2人を放って部屋を出た。廊下の向こうを見ると敵が何人もこちらに向かって走って来ている。

「ちょっと熱いかもしれないけど、我慢してくれ。竜炎『神龍の伊吹』」

 今、俺の両腕は奏楽と悟を抱えていて塞がっている。ならば、必然と使う技も絞られた。

 俺の口から火炎放射が吐き出され、敵を飲み込む。敵の絶叫が廊下に響き渡る。

「「……」」

 それを間近で見た奏楽と悟は目を丸くして口をパクパクさせていた。

「……響、お前人間やめたのか?」

「やめろ。その言葉を聞くのは2度目だ」

 少しだけ傷つきながら、俺はまた低空飛行で中央の部屋を目指す。もちろん、立ちふさがる敵は全て、黒焦げになった。

「くっ……」

 しかし、敵の数が多い。火炎放射は連続で撃てない。撃ってしまうと廊下の酸素がなくなってしまい、呼吸困難になってしまうからだ。

(どうする?)

 敵の銃弾を右翼でガードしながら考える。

「おにーちゃん!」

 悩んでいると不意に腕の中にいた奏楽が俺を見上げながら叫ぶ。奏楽を見ると真剣な眼差しでジッと俺を見つめていた。

「……わかった。奏楽、頼むぞ」

「うん!」

 そっと奏楽を地面に降ろしてスペルカードを構える。

「契約『奏楽』!」

 そして、スペルカードを地面に叩き付けて宣言。すると、奏楽の体が輝き出した。

「な、何だ!?」

 悟が悲鳴のような声を出すが今は説明している暇はない。

「……行くよ。お兄さん」

 光が弾けるとそこには白いワンピースを着た大人モードの奏楽がいた。悟と敵は奏楽の姿を見て呼吸をすることすら忘れているようだ。

「奏楽、付けろ」

 スキホからにとりが作った腕輪を奏楽に投げ渡す。俺もすぐに対となる腕輪を右手首に装着した。

「魂剣『ソウルソード』」

 腕輪を付けた奏楽は右手に半透明な剣を握ってゆっくりと横薙ぎに振るう。動けずにいた敵だったが、何もない場所で剣を振った奏楽を見て首を傾げる。

≪がっ!?≫

 しかし、次の瞬間には目の前にいた敵、全員がその場に倒れ伏すことになった。奏楽の使った『魂剣』は魂に直接ダメージを与える技である。しかも、斬撃を飛ばすことが出来るので遠くにいる相手にも当てられるのだ。まぁ、敵に当たった分だけ地力を消費するのだが、俺が肩代わりしているので問題ない。相当な量、持って行かれたが。

「奏楽、ちゃん……」

 まさか、奏楽が敵を全滅させるとは思わなかったようで悟が呆然としていた。無理もない。あんなに小さい子が突然、大きくなって無双しているのだから。

「……悟」

 そんな彼に俺はそっと声をかけた。

「な、何だ?」

「これが、俺たちの正体だ」

 この言葉は予想以上に俺の中で冷たく響いた。何だか、もう悟とは元の関係に戻れないような気がして。

「覚悟はしてたけど……ここまでとは思わなかった」

 やはり、悟は俺たちの秘密に気付いていたようだ。

「……怖いか?」

 すでに人間をやめている俺。目の前で絶対的な力を振るった奏楽。ここにはないが、全てを見通す望。炭素を操る雅。神獣の霙。『博麗になれなかった者』の二つ名を持つ霊奈。悟の周りだけでもこれだけ、異能の力を持つ人がいるのだ。

「……いいや。怖くない。むしろ、誇らしいよ」

「誇らしい?」

 俺の問いかけを無視して俺の背中にそっと手を置く悟。

「俺の知ってる幼馴染は鈍感で、独りにしたら何をしでかすかわからないような奴だった。でも、今じゃ、師匠たちの保護者として立ってる。あんなに小さかった背中が……いつの間にかこんなにも頼もしい背中になってるなんて気付かなかった」

「……俺は変わってない」

「え?」

「俺は音無 響。今も昔も、未来もずっと音無 響だ」

 例え、考え方が変わっても、人間ではなくなっても、俺は俺だ。誰が何と言おうと、俺が俺だと言い続ける限り、俺なのだ。

「ああ、そうだな。お前は音無 響だ」

 顔だけ後ろに向けると悟は笑いながら頷く。その顔に畏怖の感情は見当たらなかった。自然と俺も笑顔になる。

「お兄さん、そろそろ……」

 俺と悟が笑い合っていると奏楽に注意されてしまった。

「おっと、ゴメン。奏楽はそのまま、飛んでくれ」

 そう言って、俺は悟を抱える。また、移動を開始した。

(それにしても……)

 奏楽と一緒に敵を蹴散らしながら俺は思う。

(俺、悟に嫌われるのが怖かったんだな)

 悟に嫌われずにすんでホッとしている自分がいた。こんな姿になってしまったが、俺はまだ人間のようだ。

「悟、ちょっと我慢していろ」

「え? あ、ああ……」

 頷いた悟を右脇に抱えて左腕を引く。

「――――――」

 俺の行動を見た奏楽は聞いたことのない言葉を紡ぎ、魂を呼び寄せて右手に集めた。俺の考えがわかったのだろう。

「竜撃『竜の拳』」

 俺の左拳が廊下の壁を粉砕し、隣の廊下に繋がる。そして――。

「魂撃『ソウルナックル』」

 ――右拳を輝かせた奏楽が隣の廊下に移動して思い切り、振るう。凄まじい衝撃と共に廊下の壁が吹き飛んだ。

「竜撃『竜の拳』」「魂撃『ソウルナックル』」

 それから何度も俺たちは廊下を破壊して行く。目指すのは中央の部屋。

(待っていろよ、皆)

 そんな逸る気持ちを抑えながら。

 




モノクローム図鑑

種子

種族:犬の妖怪

能力:基本的にメイド姿。柊家の家事を任されている(柊も手伝う)。なお、変身すると大きな狼の姿になる。もはや、霙。
しかし、霙とは違い、青い炎を操る。空を飛ぶときは足に青い炎を纏う。
因みに狼の姿になるとメイド服が脱げるため、人型に戻ると全裸である。いいぞもっとやれ。

……ここだけの話。種子は半妖半霊であり、柊が小さい頃、飼っていた犬の幽霊。
オリジナルの話では文化祭が近くなった頃、体が透け始めた種子。それを見て種子の正体に気付いた柊が文化祭の舞台で種子の為に作った歌を歌い、成仏する予定だった。
なお、成仏した後、幻想郷に行き、紅魔館でメイドとして働いている、となる予定だった。
多分、ならないけどね!


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第278話 白銀の両翼

「大丈夫か? 望」

「うん……何とか」

 心配そうに私の顔を覗き込んで来る望ちゃんにそう返事をする。しかし、精神的にちょっと辛かった。狭い部屋にずっと閉じ込められていたからだ。

「ご主人、外せません……」

「もうちょっとだ、頑張れ。右手を3ミリ、左にずらして」

 そんな声を聞いて振り返ると種子ちゃんが柊君の指示を聞いて雅ちゃんの黒い首輪を外そうとしていた。その首輪は雅ちゃん、霙ちゃん(擬人モード)、霊奈さんに取り付けられている。どうやら、この首輪が雅ちゃんたちの地力を吸い取っているようで、3人はぐったりしていた。首輪には鍵穴があり、柊君が『幻視』で鍵の内部を見て種子ちゃんが落ちていた針金を使ってピッキングしているのだ。あまり芳しくないようだが。

「それにしても、遅いね。響たち」

 周囲を警戒していた風花ちゃんがため息交じりに呟く。

「敵の目的は音無兄だからな。向こうも躍起になって取り押さえようとするだろ」

 首輪を見ながら柊君が答える。それにお兄ちゃんは奏楽ちゃんと悟さんを連れてここに向かっているのだ。時間がかかっても遅くない。

 ――ドゴンッ!!

 突然、右側の壁が吹き飛んだ。大量の粉塵が舞い散る。

「キャッ……」

 その粉塵の中から白いワンピースを着た女性が転がり出て来た。そして、べちゃっと地面に顔面を叩き付けてしまう。あれは式神召喚されて大人になった奏楽ちゃんだ。

「奏楽ちゃん!」

 私はそれを見て叫んだ。声が聞こえたのか体を起こした奏楽ちゃんは私の方を見て軽く手を振ってくれた。

「奏楽、大丈夫か?」

 その時、今一番聞きたかった声が粉塵の中から聞こえる。

「お兄ちゃん!!」

 あそこにお兄ちゃんがいる。それだけで私の目に涙が溜まっていく。思わず、走り出してしまった。

「この声、望か?」

 向こうも粉塵のせいでこちらが見えていないらしい。でも、そんなのお構いなしに私はお兄ちゃんの影に向かってダイブする。

「おにいいいちゃあああああん!!」

「おっと」

 ギュッと抱き着くとお兄ちゃんが抱きしめてくれた。お兄ちゃんの胸はとても硬くて少しだけ顔が痛い。いつの間にこんなに硬く――。

「……硬い?」

 おかしい。お兄ちゃんの胸は男の子にしては柔らかく、とても気持ちいいのだ。だが、今は鉄板のように硬い。不思議に思いながら上を見上げた。

「どうした、望?」

 そこには龍がいた。顔にちらほらと白銀の鱗があり、目は恐竜のような目だ。先ほど口を開いた時に鋭く尖った牙があるのも確認できた。これを龍と言わずしてどれを龍と言うのか。そんな姿だった。

「えっと……ドラゴンさん、こんにちは」

「お前は何を言っているのだ?」

 首を傾げながらドラゴンお兄ちゃんは私を降ろしてくれる。

「師匠、無事だったんだね」

 声がした方を見ると悟さんがお兄ちゃんに抱えられていた。その顔は少しだけ青ざめている。

「悟さん、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……ちょっと酔っただけだから」

「酔った? それってどういう――」

「音無兄たち、早くこっちに来い!」

 悟さんの言葉の意味を聞こうとしたが、柊君が私たちを呼んだ。確かにここで話しているような時じゃなかった。急いで柊君のところに移動する。

「雅、霙、霊奈……」

 悟さんを地面に降ろしたお兄ちゃんは3人の姿を見て悔しそうに拳を握った。

「この首輪が3人の地力を吸い取ってる。急いで外さないと危ないぞ」

 未だに雅ちゃんの首輪を外そうと四苦八苦している種子ちゃんを見ながら彼が教えてくれる。

「破壊することは?」

「首輪だぞ? 危な過ぎて出来ない」

「……」

 3人の首輪を外す手段がないのかお兄ちゃんも柊君も黙ってしまう。

「ピッキングなら出来るぞ」

 その時、悟さんが手を挙げながら言った。

「悟、出来るのか?」

「ああ、戦闘面じゃそこまで役に立てないけど、ピッキングみたいな工作作業は得意なんだ。ちょっと見せてくれ」

 そう言いながら雅ちゃんの首輪を観察する悟さん。因みに普通の人間は工作作業も出来ません。

「……このタイプか、面倒だな。でも、時間をかければ外せるぞ」

「そうか。じゃあ、ここから離れて安全なところに移動してから外そう」

 悟さんの言葉を聞いた柊君が種子ちゃんに狼になるように指示を出す。実はピッキングで首輪が外せそうになかったらこの工場内のどこかにある首輪の鍵を探さなくてはならなかったのだ。

「ッ! 魂壁『魂の壁』!」

 ホッとした束の間、後ろにいた奏楽ちゃんが半透明の壁を私たちの周囲に展開させる。その直後、半透明の壁が何かを弾いた。地面に転がったのはひしゃげた弾丸。

「全員、構えろッ!」

 柊君の怒声で皆、周囲を警戒する。そして、すぐにそれらを発見した。

(囲まれてる……)

 いつの間にか私たちは敵に囲まれていたのだ。この中央の部屋には高いところにある窓を閉めるために窓の付近に通路が設置されている。そこには銃器を持った敵がずらりと並んでいた。更に地面にはナイフや警棒を持った敵。その数は数え切れないほど多かった。

『聞こえていますか?』

 あまりにも現実離れした光景に呆然としていると、ボイスチェンジャー特有の不気味な声が響く。

「……あの時の」

 それを聞いたお兄ちゃんがキョロキョロと天井を見上げ、何かを見つけた。そちらを見ると小型カメラが設置されている。

『おお、よくわかりましたね。そうです、あの時の人ですよ』

「最初からお前だとわかっていたさ。こんなことをするのはお前たちぐらいしかいないからな」

 話し振りからお兄ちゃんとボイスチェンジャーの人は会ったことがあるらしい。

『なら、話は早いです。我々に協力しなさい』

「断る」

『……いいんですか? 貴方たちは囲まれている。すぐに蜂の巣ですよ。まぁ、龍の力を得た貴方は死ぬことはないでしょうけど』

「誰も殺させはしない」

 そう言いながらお兄ちゃんは右手を背中に隠して手を振る。それから指を微かに動かした。

「っ……」

 意味が分からず、不思議に思っていると悟さんが何かに気付いて雅ちゃんに近づいた。ここでピッキングするように指示を出したらしい。

『貴方の後ろにいる人たちを独りで守り切れるとでも? 知っているんですよ? そこの人間の出来損ないは燃費が悪く、すぐに倒れてしまうと』

 人間の出来損ない――奏楽ちゃんのことだ。

「俺の仲間を舐めないで貰いたいね」

『……どうやら、言葉で言ってもわからないようですね。撃ちなさい』

 ボイスチェンジャーの声が響くと同時に4つの音がした。

 1つは銃を持っている敵が構えた音。

 1つは一斉に銃の引き金を引く。

 1つは連続で轟く発砲音。

 1つは――。

 音の正体を確かめる前にお兄ちゃんが私たちを守ろうと片翼の翼を広げる。だが、片翼だけでは半分しかカバーし切れていない。このままではカバーできていない柊君たちが危ない。

「くっ……」

 一瞬だけ奏楽ちゃんが展開した障壁が銃弾を防いでくれた。だが、すぐに壊れてしまった。全方向から一斉射撃だ。異能の力は強力だが、現代武器との相性は悪い。お兄ちゃんの『五芒星』でも数発しか守れないと言っていた。

 悔しそうに顔を歪ませる奏楽ちゃん。それと対照的なのは勝ち誇ったような表情を浮かべるお兄ちゃんだった。

「おに――」

 声をかけようとするが、それを遮るように弾丸が雨のように私たちを襲った。だが、その直前に私の顔に影がかかる。

「……」

 どれほど経っただろうか。部屋はしんと静まり返っているので敵が息を呑んでいるのがすぐにわかった。

『……何を、したんですか?』

 ボイスチェンジャーの人も驚いているらしい。

「決まっているだろう」

 それに応えるお兄ちゃんはとても嬉しそうだった。

「決まってるよ」

 お兄ちゃんの声と重なる声。ここにいるはずのない人の声。

「信じたのだよ、仲間を」「助けたんだよ、仲間を」

 螺旋を描くように大きな白銀の翼が私たちを覆っている。その数は2つ。両翼。そして、龍人2人。その龍人たちはゆっくりと体を起こし、並んだ。

「さぁ、ここからだ。行くぞ、弥生」

「任せておいてよ、響。こんな奴らぶっ飛ばしてやる」

 鱗に覆われた左手を差し出すお兄ちゃんと鱗に覆われた右手でそれを掴む弥生ちゃん。お兄ちゃんは右翼を広げる。弥生ちゃんもそれに倣うように広げた。その2人の姿はまるで、1体の龍のようだった。

 




因みに最後の音は天井から弥生が突入して来る音でした。



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風花

種族:烏天狗

詳細:柊の頭の中にある柊の両親が最期に書いたレポートが色々な人に狙われると思い、様子を見に来たらそのまま住み着いてしまった烏天狗。実は科学者で柊の両親とは同僚だった。武器は鉄製のうちわで天狗――と言うよりは妖怪特有の怪力で思い切り、振りおろし風を起こす。完全な力技。射命丸文が幻想郷から外の世界に飛ばされた(第6章の歪異変)際、柊家の近くにある商店街でお世話になったため、風花もちょっとだけ崇められている。その理由として射命丸文が商店街復興のため、色々とお手伝いをしたから。確かそんな設定があったはず。完全な裏設定。
家では完全にニート。しかし、真面目な時は真剣になる。柊を守ろうとする傾向があり、自分の身を犠牲にして気絶する柊を守ったこともある。その時に<ギア>ガンが<ギア>グローブに変化した。



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第279話 終わりと企み

 俺たちの姿を見て敵は皆、動けずにいる。しかし、俺たちから動くことも出来ない。もし、動けば望たちが狙われてしまうからだ。奏楽に皆を守らせることも出来るが、先ほども見たように銃弾を弾くほどの防御力はない。

『なるほど……まだ仲間がいたのですか。これは予想外ですね』

 ボイスチェンジャー特有の気味の悪い声が部屋に響く。

「そりゃ、さっき呼んだからな」

 俺がお粥を食べた後、掛かって来た電話の相手が弥生だったのだ。何となく、電話を掛けたくなったらしい。

『そうですか。まぁ、いいでしょう。確かに、龍の鱗は銃弾を弾きます。ですが、鱗以外の部分は普通の人間と同じでしょう。なので――』

 そうボイスチェンジャーが言った刹那、目の前の壁に小さな穴が開き、そこからスナイパーライフルの銃口が出て来た。壁に細工を施していたらしい。

『――そこを狙えばいい』

 バンッ、とスナイパーライフルが弥生に向かって火を噴いた。急いで弥生を突き飛ばす。突然、突き飛ばされたので弥生は倒れてしまったが銃弾の軌道上から外れることが出来た。その代わり、俺がその軌道上に躍り出ることになったが。

(『ゾーン』)

 すぐに『ゾーン』を発動させ、俺に迫る銃弾の軌道を読む。銃弾の矛先は――俺の眼球だ。

 ――キンッ!

 だが、銃弾は何かに弾かれてしまう。俺の目の前には黒い板。

「寝起きに……これはちょっと辛いって……」

 振り返ると雅がフラフラしたまま、地面に両手を付いていた。炭素を操って俺を守ってくれたのだ。

「雅、頼む」

「っ……やっと、わかったんだね」

 俺の言葉の意味を理解した雅は目を見開いて驚くが、すぐに笑った。

「契約『音無 雅』!」

 地面にスペルカードを叩き付けて、俺の前に雅を召喚する。それと同時に俺の中の地力を分けた。

「あー、やっと力が出て来た。全く、何なの? あの首輪」

 歪な黒い翼を広げ、溜息を吐く雅。まぁ、地力が全て吸い取られていたのだから仕方ないか。

「悟、次は霙だ」

「もうやってるよ」

「あ、悟、ありがと。助かったって……響、何その恰好!? それに弥生まで何でいるの!?」

「後で説明するからお前は皆を銃弾から守れ」

「むぅ……わかった。でも、必ず話してよね!」

 そう言って雅は黒い翼を地面に突き刺して、いつでも炭素壁を召喚できるようにした。これで俺たちも自由に動ける。弥生も立ち上がって俺の隣に来て俺の指示を待ってくれている。

 では、もう少し準備を進めよう。幸い、敵の動きはない。何が目的なのかはわからないが、好都合だ。

「紫」

「……何かしら?」

 小さな声で虚空に呼びかけると小さなスキマが開き、紫の声が聞こえた。

「今から反撃に出る。瀕死の奴を永琳のところに届けて欲しい」

 正直、龍人の力は計り知れない。きっと、殴るだけでも人間相手ならば一瞬にして粉々にしてしまうだろう。

「優しいのね」

「無駄な殺しが嫌なだけだ。頼むぞ」

「はいはい、わかったわ。でも、治療が終わったら適当な場所に放り捨てるわよ?」

「構わん」

 さて、これで準備が整った。最後の仕上げと行こう。

「弥生、いいか?」

「うん、覚悟は出来てるよ」

 あの時の電話で俺たちはすでにお互いの覚悟を言い合った。そして、今からその覚悟を形にしよう。

「『我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る』」

 弥生の肩に手を置いて軽く口付けを交わす。すると、俺たちの前に2枚のスペルカードが出現した。俺たちはそれぞれ、1枚ずつスペルカードを掴み取る。そして、すぐに宣言した。

「契約『音無 弥生』!」

 弥生を召喚(目の前にいるので煙は出なかった)すると地力をやり取りする見えないパイプが繋がる。更に、弥生の体を覆う鱗が増えていた。

「望、後はよろしく」

 全ての準備は整った。早く、この悪夢を終わらせるとしよう。後ろにいる望にそっと言ってから俺と弥生は同時に飛び出す。

「え? あ、うん! お兄ちゃんと弥生ちゃんが遊撃するみたいだから私たちは自分の身を自分たちで守ろう! 悟さんたちを囲むように――」

 そこまで聞いてもう俺はナイフを構えていた敵の一人に迫っていた。軽く左拳で敵の頬を殴る。

「ガッ……」

 敵はトラックにでも轢かれたかのように壁に叩き付けられて消えて行った。スキマに落とされたようだ。

(やっぱり、手加減が難しいな)

 ならば、一思いにやってしまおう。どうせ、力をセーブしても意味がないのだ。手加減して敵を排除する時間が長くなってしまうより、さっさと倒して家に帰った方がいいだろう。

「竜撃『竜の拳』」

 空を飛んで2階に移動し、敵が密集しているところへ巨大な龍の拳を撃ち込む。面白いように敵が吹き飛んだ。そのまま、左腕を振るって周りにいた敵も撃退していく。

 だが、俺の攻撃を掻い潜った1人の敵がジャンプして俺の目の前で銃を構える。その銃口が向く先は俺の素肌。この距離では躱すことは出来ないだろう。

(捨て身の一撃か)

 このまま、俺の撃っても敵はそのまま、1階に向かって落ちていくだろう。そんな敵の度胸と根性に感心した。

「狼迫『狼の咆哮』!」

 ――ウォォォォォォォン!!

 敵が引き金を引く直前で下の方から凄まじい遠吠えが部屋に轟く。その衝撃により敵はバランスを崩して明後日の方向に銃弾をばら撒く。

「翼撃『白翼の舞』」

 左腕を振るった勢いを利用してその場で回転し、白銀の片翼で敵を打った。うめき声を漏らしながら敵は地面に叩き付けられ、またスキマに落ちていく。

「霙、ありがとう」

 フラフラしたまま立っている霙にお礼を言った。この距離では声など届かないだろうが、式神通信を使えば何も問題もない。

「いえ、ご主人様のお役に立てなかった分、ここで汚名を返上したいと思います!」

「心強いよ。契約『霙』」

 召喚したことによって霙が大きな狼となり、近くにいた敵に襲い掛かったのを見て気持ちを切り替える。

(さてと……)

 敵の数は減っている。地上は奏楽と霙、柊たちが、2階では弥生が暴れているからだ。このまま、敵の殲滅は出来る。しかし、だ。

「どうして、ボイスチェンジャーは指示を出さない?」

 撤退するにしても、迎え撃つにしても、ボイスチェンジャーの指示があれば少しは抵抗できるはずだ。先ほど、捨て身で俺に攻撃しようとした敵を見れば敵たちは相当、ボイスチェンジャーのことを信頼していることがわかる。そんな信頼しているボイスチェンジャーの指示一つで士気は上がり、仲間同士で連携が取れるだろう。

 だが、現状はどうだ。敵は個々で攻撃し、お互いがお互いの足を引っ張り合っている。

「……そうか」

 ボイスチェンジャーの狙いに気付いた俺はすぐに飛翔し、小型カメラを殴って破壊した。

『ほう、気付きましたか』

 今まで黙っていたボイスチェンジャーが感心したような声を漏らす。

「俺としたことが、忘れていた。お前の狙いは俺を観察、研究すること。俺や俺の仲間の戦闘力を計っていたな?」

 こいつは自分の部下を犠牲にして俺たちを観察していたのだ。反吐が出る。

『ご名答。いやぁ、もう少し見ていたかったです』

「嘘つけ」

 ボイスチェンジャーの愚痴に対して、悪態を吐きながら別の小型カメラを翼で叩き落とす。それからすぐにもう一台を握り潰した。

『なかなか抜け目がありませんね。安心して研究できませんよ』

「それはこっちの台詞だ」

 さて、この部屋に後どれほどのカメラがあるのだろうか。

「弥生、そっちは頼んだ」

 これ以上、情報が漏れないようにカメラを全て破壊しなくてはならない。敵の方は弥生たちに任せても大丈夫だろう。

「任せて!」

 笑顔で頷いた弥生は迫って来ていた敵を魔眼で吹き飛ばした。消滅させないように手加減しているようだ。

「お兄ちゃん、右側のドラム缶の側面にカメラがあるよ!」

 俺とボイスチェンジャーの会話を聞いていたのか、望がカメラの場所を教えてくれた。

「その調子でよろしく」

「うん!」

 それから俺は小型カメラを破壊し続け、気付いた頃には敵は全員、スキマ送りになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 いくつものモニターがある部屋で男はため息を吐く。最初は全てのモニターが光っていたのだが、今は砂嵐だ。1つのモニターを除いて。

(まさか、部下のヘルメットに取り付けていたカメラ以外、破壊されるとは思いませんでした)

 しかも、小型カメラを取り付けていた部下は数多くいたのだが、このカメラ以外は全て全滅である。他のカメラは壊されていない物もあるようだが、何故かモニターに情報を送って来なくなっている。

「まぁ、運が良かったですね」

 生き残ったカメラは偶然、部下の頭から落ちた物だった。そのおかげで今も部屋の中の様子をモニターに送ることが出来ている。すでに部屋には誰もいないのだが。

「では、次の段階に移行しましょうか」

 男は笑みを浮かべながら後ろを見る。

 そこには大きなガラスで出来た筒があった。人さえも入りそうなほど大きな筒の中は何かの液体で満タンだった。

「観察、研究、推測、考察はもう十分しました。その次は何か? 決まっています。実験ですよ」

 誰にともなく呟いた声は部屋に響くだけだった。

「……」

 唯一、男の言葉を聞いたのは筒の中で自分の体を抱いて丸くなっている人だけだった。

「さぁ、音無 響。貴方の力を見せて貰いますよ」

 

 

 

 また、新しい戦いが始まろうとしていた。

 




モノクローム図鑑


築嶋 望(のぞむ)


能力:四肢の強化、超高速再生


詳細:柊の幼馴染で彼に【メア】の存在を教えた人。学校ジャック事件にて柊に自分が【メア】であることがばれてしまった。攻撃手段は単純で殴る蹴るのみ。ただし、凄まじい速度と破壊力を持つため、初見だと対処するのが難しい。その代わり、雷輪のように能力を使った後、筋肉が破裂する。それを補うのが超高速再生。痛みにはもう慣れたもよう。
オリジナルの話では望は【メア】ではなく一般人として柊を支えていた。結局、最終的に【メア】になったが。オリジナルでも四肢の強化と超高速再生。名前は同じだが、苗字は違う。竹……何とか。ちょっと忘れてしまいました。
両親は共に医師であり、柊の両親と一緒に研究したこともある。元々、柊の両親と望の両親は学友で将来、隣の家に住もうという夢を果たした結果、柊と望は幼馴染となった。つまり、2人が初めて出会ったのは0歳の時である。
<ギア>は持っておらず、少しだけ前に出過ぎる欠点があり、戦闘時は柊に注意されることが多い。


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第280話 弁償

「マスター、前方に何か見えました」

「え?」

 長閑な風景の中、空を見ながらバイクを走らせていると桔梗が教えてくれる。視線を前に移せば、遠かった森はすでにすぐ近くまで迫っていた。

「何かって森のこと?」

「違います。森の手前に家らしき物があるんですよ」

 そう言われて目を凝らして見れば確かに、家っぽい建物がある。しかし、何だかごちゃごちゃしていた。たくさんの物で溢れ返っていると言うか。

「とりあえず、行ってみようか」

 まぁ、目的地もないわけだし寄り道してもいいだろう。それにもしかしたら、今、どの時代なのかわかるかもしれない。

「わかりました。では、行きましょう」

 僕の提案を聞いた桔梗は少しだけ走るスピードを上げた。基本的に僕はバイクに跨っているだけで、桔梗が運転しているのだ。

 ブロロロ、と景色に似つかわしくない音を轟かせながら僕たちは怪しい家に向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……何これ」

「さ、さぁ?」

 目的地に到着して僕と桔梗(人形に戻って僕の肩に乗っている)は呆然としていた。

「ものすごく、ごちゃごちゃしてるね……」

「はい、物で溢れ返ってます」

 桔梗の言う通り、目の前に立っている建物の前には色々な物が置いてある。看板があるのでお店のようだが、このまま置いておいたら盗まれてしまいそうだ。

「とりあえず、入ってみようか」

「そう、ですね」

 戸惑いながらも僕たちはお店の中に入った。

「うわぁ……」

 お店に入った途端、視界いっぱいに広がる道具たち。それはよくここまで集めたな、と感心してしまうほどだった。

「これはすごいですね。埃っぽいですが、道具一つ一つきちんと掃除されてます」

 僕の肩から飛び立って近くに立てかけてあった刀を見ながら桔梗が感想を漏らす。

「いやぁ、いらっしゃい。香霖堂へようこそ」

 その時、お店の奥から眼鏡をかけた白髪の男性がやって来る。この人がお店の店長さんらしい。

「えっと、ここにある道具って全部、売り物なんですか?」

 ここにある道具たちには値札が付いていなかったのだ。

「一部を除いてね。僕のお気に入り以外は売り物だよ」

「お気に入り?」

 刀から目を離して店長さんに質問する桔梗。しかし、店長さんは質問に答えずに目を見開いた。

「これは……驚いた。完全自律型人形じゃないか」

「わかるんですか?」

「僕の知り合いにも人形遣いがいてね。たまにこの店で買い物して行くんだ」

 僕の問いかけに答えながら店長さんは桔梗を観察している。桔梗はじろじろ見られて少しだけ恥ずかしそうにしていた。

「……しかも、もう人形じゃなくなってる」

「え?」

 店長さんの言葉の意味が分からず、首を傾げてしまう。それを見た店長さんが詳しく説明してくれた。

「僕は道具の名称と用途がわかるんだ。でも、この人形の名称も用途もわからない。つまり、この子は人形であって人形ではないんだ」

「それって……私が人間に近づいてるってことでしょうか?」

「すまない。そこまではわからない。けど、君は普通の人形ではないことは確かだよ」

 そんな店長さんの説明を聞いて僕と桔梗は目を合わせた。でも、店長さんの言うことは合っていると思う。すでに僕は桔梗のことを人形ではなく、家族だと思っている。

「さて、面白い物を見せて貰ったお礼としてはなんだけど、ここにある物の中から1つ、あげるよ。あ、僕のお気に入りは駄目だよ?」

「いいんですか?」

「もちろん、人生で1回見られるかどうかもわからないような存在を見せて貰ったからね。おっと、自己紹介が遅れた。僕は森近霖之助。この『香霖堂』の店主だ」

「キョウと言います。こっちが桔梗です」

「よろしくお願いします」

 遅れながらも自己紹介を済ませた僕たちは早速、お店の中を回ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごめんなさい……」」

 あれから数時間後、香霖堂はめちゃくちゃになっていた。僕と桔梗は頭を深々と下げて謝罪する。

「色々聞きたいことはあるけど……とりあえず、桔梗はどうしたんだい?

「えっと……桔梗には物欲センサーというものがありまして」

 そう、物色している途中で桔梗の物欲センサーが発動して手当たり次第に道具たちを食べ始めたのだ。慌てて僕と森近さんがそれを止めるけれど、暴走状態の桔梗を止めることは出来ずに振り回され続けた結果、お店の中がぐちゃぐちゃになってしまった。

「……はぁ、なるほど。桔梗が普通の人形じゃないのはその物欲センサーのせいなのかもしれないね」

「え? それってどういう……」

 ため息交じりに呟いた森近さんの言葉が気になって問いかける。

「本来、道具と言うのは感情を持たない。人に使われるだけだ。でも、桔梗の場合、感情……つまり、欲望があるんだ。人間でいう煩悩だね」

「煩悩、ですか」

 そう言われてもあまりピンと来なかった。桔梗も同じようで首を傾げている。

「さてと……桔梗が暴走した理由はわかった。でも、それとこれとは話は別。しっかり、弁償して貰うからね?」

「「ひ、ひぃ!」」

 ニッコリと笑う森近さんの顔が怖くて僕と桔梗は抱き合いながら悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、僕たちは森近さんの家に厄介になりながら借金を返すことになった。そして、初めてのお仕事は――。

「桔梗の力が見たい?」

 散らかってしまったお店を片づけていると森近さんがそうお願いして来たのだ。

「そう、確か桔梗は素材となる物を食べると新しい武器や能力を得られるんだよね?」

「はい、そうです。携帯電話を食べたら『振動を操る程度の能力』。猫車を食べたらバイクに変形出来るようになりました」

「バイク?」

「バイクと言うのは自転車にエンジンを取り付けたような乗り物です。実際に見て貰った方が早いと思いますので外に出ましょうか」

 お店の片づけを中断して僕たちはお店の外に出た。

「じゃあ、桔梗。順番に変形して行こう」

「はい、マスター」

 森近さんには少し離れて貰って早速、桔梗【翼】を装備する。『おお』と森近さんが感嘆の声を上げた。

「あれ?」

 その時、桔梗が変な声を漏らす。

「どうしたの、桔梗」

「翼が直ってるんです」

「あれ、本当だ」

 まだ翼は折れたままで修復中だったのにも関わらず、新品のようだった。

「そう言えば、さっき桔梗は何を食べたの?」

「えっと……刀2本、拳銃2丁、あと変な石。鉄くずもいくつか食べましたね」

「その鉄くずで修復したんじゃない?」

 怪鳥の嘴を食べたことによって桔梗の体は固くなった。それと同様に食べた素材を利用して装備の修復も出来るのではないかと思ったのだ。

「あ、なるほど……確かにそうかもしれません」

 僕の推測に納得したのか桔梗も頷いてくれた。

「そうだ。ついでに新しい変形も見てみよう」

「わかりました。えっと、次は何に変形しましょう?」

「次は拳でお願い」

「了解しました」

 それから桔梗が変形する度に森近さんは興奮し、バイクに変形した時は一緒に乗って走ってみたりもした。

「いやぁ、バイクってすごいね。あんなに速く走れるんだ」

「外の世界にはもっと早い乗り物もありますよ。その分、大きくなりますが。次ですが、僕も初めて試す変形なのであまり期待しないでくださいね」

 僕の言葉を聞いて彼は頷いた。でも、その目は輝いているので期待しまくっているようだ。

「まずは刀から行こうか。出来そう?」

「ちょっと待ってくださいね……あ、駄目みたいです」

「駄目?」

「はい、他の変形の素材になってるみたいなんですよ。何かきっかけがあれば変形出来そうなんですが、現段階では無理そうです」

「そう……じゃあ、その素材になった変形って何?」

 刀と拳銃を素材とした機能がどんな物かも確認する必要がある。

「刀は【翼】。拳銃は【拳】に使用されてるようですね」

「まずは【翼】から確認しよっか」

「はい、わかりました」

 首肯した桔梗は僕の背中にくっ付いて【翼】になった。

「何か変わったところある?」

 僕からじゃ見えないので桔梗に聞いた。

「何だか、翼が鋭くなったような気がします」

「鋭く、か……よし」

 低空飛行で近くの木まで行き、それに向かって翼を一閃する。すると、木はいとも簡単に切断され、大きな音を立てながら倒れた。

「翼が刃のようになったんだね。これなら【翼】を装備してる時、鎌以外の攻撃が出来るかも」

「そうですね。やはり、【翼】は移動手段ですので手数が減ってしまいますから……」

「次は【拳】で」

「わかりました」

 【翼】から直接、【拳】に変形した桔梗。右手に装備された巨大な拳は少しだけごつくなっていた。それと指先にも小さなハッチが出来ている。

「もしかしてこの穴から銃弾をばら撒くのかな?」

「だと思います。やってみましょうか」

 桔梗に促されて先ほど倒した木に指先を向け、一斉射撃。凄まじい銃声と共に木はボロボロになってしまった。

「うわ……」

「これは、すごいですね」

 僕と桔梗は新しく得た力に呆然とし、森近さんが声をかけて来るまで動くことが出来なかった。

 




モノクローム図鑑


星中 すみれ


能力:脳の活性化、眼力強化


詳細:柊の友達で【メア】で生徒会に所属。生徒会長ではない。妹がいる。はっきり言っちゃえばユリちゃん。
能力は脳を【メア】で活性化させて即座に答えを導き出す。しかし、脳に負担がかかるため、ここぞと言う時にしか使えない。眼力強化で周囲の状況や相手の動き、癖などを見極めることも可能。これらの能力を利用して司令塔のような役目を担っている。
オリジナルでは生徒会には入っておらず、ただの友達だった。能力は同じ。正直、生徒会に入っているか入っていないかの違いしかない。あ、ユリちゃんの存在の有無もそうだったり。悟と同じ軍師タイプ。


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第281話 盛大なすれ違い

「さて……響、そろそろ説明して貰おうか?」

 工場から帰還した俺たちは一度、俺の家に集合していた。だが、さすがに肉体的にも精神的にも疲れていたのでお茶を飲みながら休憩していたのだ。そして、そろそろ日付が変わりそうな頃、俺(さすがに人間の姿に戻っている)の前でお茶を飲んでいた悟がそう言った。

「……何から話そうか」

 きっと、ここにいる全員が俺に対して疑問を持っているだろう。しかし、どこから話した方がいいのかわからなかった。特に悟には最初から話さなくてはいけない。

「最初からでいいんじゃないか? あの龍のことも聞きたいが、影野は何も知らないんだろ?」

 悩んでいると柊が湯呑を傾けながら提案してくれた。

「そうだな……それじゃ、俺が幻想郷に行ったきっかけから話そうか」

 そう言えば、この話をするのは初めてかもしれない。悟や柊たちはもちろん、望たちにもしていなかったような気がする。

「きっかけ? 八雲 紫のせいじゃないのか?」

 東方を知っている悟だからこそ、そう言う発想が生まれたのだろう。でも、違う。俺は首を横に振って否定した。

「実は俺が幻想郷に行ったのは自分の力が暴発したからなんだ」

 当時は原因がわからず、放置していた。それから何年も経ち、ふと俺が幻想郷に行った原因を考えたところ、一つの仮説を思い付いたのだ。

「まさか、お兄ちゃんはたまたま紫さんになってスキマを開いちゃったって言うの?」

 俺の言葉から推測したのか、望が問いかけて来る。

「ああ、あの日、俺はPSPを使って『ネクロファンタジア』を聞いてた」

 今でも忘れない。PSPの充電が終わっていて不思議に思っていたら急に浮遊感に襲われたのだから。

「PSPの充電が不自然に終わってたってどういうこと?」

 皆の湯呑にお茶を注いで回っている雅が俺に顔を向けずに質問して来た。その隣で霙が尻尾を振りながら急須にお湯を注いでいる。

「多分、俺がPSPを撫でた時に紫の能力が発動して変に境界を弄っちゃったんだと思う」

「では何故、お兄さんの能力が唐突に発動したのだ? 今までそんなことなかったのに」

 腕を組みながら首を傾げる築嶋さん。

「それこそ、何かきっかけがあるのではないのですか?」

 雅に頭を下げてお礼を言いながら椿(あの後も敵を見つけ次第、倒していたらしく、先ほどこの家に到着した)が確信を突いて来た。

「……そうだ。俺の能力が開花したきっかけがある」

 全てはあの時から始まった。俺の運命が変わった瞬間。俺がこうして異能の力を手にして何度も死にそうになり、大切な仲間を手に入れ、大事なことを気付かせてくれた、きっかけ。それは――。

 

 

 

「――きっかけはお前だよ、悟」

 

 

 

「……俺?」

 数秒ほど硬直していた悟が少しだけ慌てた様子で確認を取る。

「そうだ。お前から東方の曲を聴かされたあの時だ」

 悟から東方の話を聞かなかったら俺は一生、自分の能力に気付かずに過ごしていただろう。

「あ……」

 そこでやっと理解したのか彼は声を漏らして俯いてしまった。

「そっか……俺のせい、だったのか」

「それは違う」

「いてっ」

 勝手に落ち込み始めた悟の頭を叩く。こいつは何を勘違いしているのだろうか。

「お前のおかげだ。そこは間違えんな」

「おかげ?」

 “せい”と“おかげ”では何もかもが違う。俺はムッとしながら立ち上がって悟に目を向けた。

 

 

 

「お前のおかげで俺はたくさんの仲間に恵まれた。まぁ、何度も死にそうになったり、傷ついたりしたけど……俺は後悔してない。それどころか感謝するほどだよ。だから、ありがとう悟」

 

 

 

 悟は俺を守るために色々なことをしていた。俺のファンクラブがいい例だ。だからこそ、俺が幻想郷に来てたくさん傷ついたこと。それを阻止することが出来なかったこと。むしろ、悟自身が原因になってしまったこと。

 ずっと俺を守って来た悟にとってそれらは耐えられないことだったのだ。だから、後悔して謝った。

(俺……みたいだ)

 俺と彼は似ている。自分一人で守ろうとしているところなんかそっくりだ。そして、俺たちは挫折した。独りで守ることが出来ると自惚れて、結局は守れなかった。

「……何だよ、全部俺の独り相撲だったのか」

 今だって、俺を守ることが出来なかったと悟は自分を責めている。

「何言ってんだよ。お前は俺を守ってくれただろ」

「え?」

「今となっては俺も異能の力を持って自衛出来るようになってる。でも、昔の俺は本当に世間知らずで自分の身に危険が迫っていることすら気付かない奴だった。そんな俺を守って来てくれたんだろ」

 幻想郷で悟と一緒に博麗神社に向かっている途中、妖怪に襲われた。その時、悟は特殊な警棒を使って戦った。戦闘と言うのは土壇場で出来るような物じゃない。ましてや、悟の身のこなしは素人のそれとは比べ物にならないほどだった。

「ずっと、俺にばれないように戦い続けてくれてありがと。この恩は一生、忘れない。お前が自分を責めたとしても俺は一生、お前に感謝し続けるからな」

「……は、はは。やっぱり、お前はすごい奴だ。綺麗で眩しくて、本当に」

 そこで悟は一粒の涙を零した。その涙の理由はわからなかった。

「光あるところに影はある」

 ボソッと柊が唐突に呟く。何事かと俺を含めた全員が彼に視線を向けた。

「音無兄が光なら影野は影。輝く音無兄の傍で支える縁の下の力持ちってとこか?」

「りゅうきにしては珍しい。詩人のようなことを言うのだな」

 柊の言葉を聞いた築嶋さんがくすくすと笑いながらからかう。

「思ったことを言っただけだ」

 からかわれた本人は誤魔化すように湯呑を傾けるが中身がもうなかったようで、咳払いをしながら急須からお茶を注いだ。それを見た築嶋さんも自分の湯呑を柊に差し出してお茶を要求する。

(そっか、柊と築嶋さんも幼馴染同士だったな)

 だから、俺と悟のことも少しはわかるのかもしれない。幼馴染だからこそ、相手の役に立ちたい。迷惑をかけたくない。助けたい。俺と悟はお互いに相手のことを考え、良かれと思って行動したが、盛大にすれ違ってしまっただけに過ぎない。

 俺は異能の力を隠すことで悟を巻き込まないようにした。

 悟は影から俺をサポートしようとした。

 ただ、ろくに相談もせずに行動した結果、今回のようなことになってしまった。それだけは反省しないといけない。

「縁の下の力持ち、ね」

 柊の言葉を復唱しながらふっと悟が笑った。

「響は太陽のように輝いてる。皆を守ってる。じゃあ、俺は? 影から響を守ろうとしてた。でも、それだけじゃ駄目なんだな。響だけ守ろうとしても駄目なんだ。それほど響が背負ってる物が大きい。響だけを支えようとして設計され作られた縁はその重さに耐えられずに崩れてしまう。なら、もっと支えられるように頑丈な縁を作ればいい」

 悟は自分に言い聞かせるように呟き、俺を見た。

「響」

「何だ?」

「俺はまだ響がどんな目に遭ってどんなことを想って来たのかわからない。でも、きっとその全てを聞いても……俺はお前の味方でいたいと思う。例え、寒気がするような酷い目に遭っていたとしても……これからお前じゃなく、俺がそんな目に遭うことになっても。俺はお前の味方だ。だから――」

「――何言ってんだ、アホ。お前はもうとっくの昔から俺の仲間だ」

 悟を遮って手を差し出す。もう何十年の付き合いなのだ。こいつの言うことぐらい容易に想像出来る。『仲間にして欲しい』。でも、この言葉を使わせてしまったら今まで悟は仲間じゃないことになってしまう。だから、俺はその言葉を使わせなかった。

「……ああ、そうだったな。じゃあ、言い換えるよ。これからもよろしくな、響」

「おう、よろしく。悟」

 俺たちはまたここから始めよう。盛大なすれ違いがあっても、また並んで歩けばいい。また並んで歩いて行けばいい。

 そう思いながら俺と悟は握手を交わして微笑み合った。

 




モノクローム図鑑


松本 雌花

能力:変身(ピンク色の翼)


松本 雄花

能力:変身(水色の翼)



詳細:柊の後輩。双子。雌花が姉、雄花が弟である。柊に会うまでは不良だった。一番最後のモノクローム図鑑で詳しく書くが、柊も不良(と噂されているだけだが)である。
不良時代は不死身と呼ばれていた。致命傷を与えてもすぐに傷が癒えてしまうからである。しかし、これにはタネがあり、二人同時に戦うのではなく、雌花か雄花のどちらかが最初に戦い、怪我をしたら懐中電灯で相手の目を眩ませた後、一瞬にして隠れていたもう片方と入れ替わっていただけ。そのトリックを柊に見破られ、ボコボコにされた。その後、柊に憧れるようになり、今のように慕うようになった。
ピンク色の翼は『上下の移動』、水色の翼は『加速』しかできないため、2人同時に装備しなければ自由に空を飛ぶことはできない。なお、加速を操るため、ベクトルをマイナス方向にすればバックする事も可能。空を自由に飛べなさそうに聞こえるが、上下の移動しかできなくても前や横、後ろに加速することで斜め前など全方向に移動できる。
変身前でも【メア】を消費することで雌花は『凄まじい跳躍』、雄花は『超加速』が可能である。しかし、変身した時よりも多くの【メア】を消費するため、あまり使わない。個人で使ってもそこまでうまみもない。雄花に至っては『超加速』すれば体がボロボロになってしまう。
オリジナルとの差はほとんどない。あるとすれば2人の姉である月菜の名前が違うくらい。前の月菜の名前は麗菜。さすがに楽曲伝では使えなかった。無念なり。
2人が不良になった原因も月菜である。月菜の才能に嫉妬してグレた。月菜の才能に関しては後日のモノクローム図鑑にて。
今は可愛らしい?後輩だが、不良時代はかなり口も悪く、結構有名な不良だった。


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第282話 龍の正体

「……あの友情を確かめてるところ悪いけど、茶葉切れちゃった」

 おそるおそると言ったように手を挙げながら教えてくれる雅。しかし、タイミングが悪かった。

「……雅、買って来い」

「いつも私、パシリだよね!?」

「雅だから仕方ないだろ?」

「当たり前なこと聞くな、みたいな顔して言われても困るよ……」

 ため息を吐きながら雅は財布を持って家を出て行く。確か、この近くのコンビニには茶葉など置いていなかったので結構、遠くまで行くことになりそうだ。

「あ、やべ。スキホの中に茶葉の予備あったわ。まぁ、いいか」

「……なぁ、師匠。響と雅ちゃんっていつもこうなの?」

「はい、いつもお兄ちゃんが雅ちゃんをからかってますね。今みたいに予備あるのに買いに行かせたり。今回は本当に忘れていたみたいですけど」

 望と悟が何かひそひそ話しているが、無視してスキホから茶葉を取り出す。そして、霙にそれを渡そうとそちらを見た。

「ご、ご主人様……」

「あー……」

 そこにはすやすやと眠る奏楽を抱っこして身動きの取れない霙がいた。そりゃ、こんな時間にもなれば奏楽も眠くなるだろう。

「霙、すまんが奏楽をベッドに連れて行って」

「了解であります」

「んにゅ……霙、おはよー」

 霙が移動しようとした時、その振動で奏楽が目を覚ましてしまった。

「まだ深夜ですよ、奏楽さん」

「んー、何だか眠くなくなっちゃった……絵本、読んでー」

「了解であります」

 よく奏楽は霙に絵本を読んで欲しいとお願いすることがあるので、霙も慣れたらしい。明日にでも式神通信で今日のことをまとめて伝えよう。

「さてと、とりあえず悟に軽く俺のことを話した後、あの龍について教えるな」

 俺の提案に全員が首肯したのを確認して今までに起きたことを手短に話す。まぁ、また後で悟には詳しく話すつもりだ。

「――ってなわけで二つ名を手に入れて能力が戻った」

 そこまで話して俺は一度、お茶を啜る。手短にとは言ったものの一つ一つがとても濃い話なので1時間ほど時間が経っていた。雅はまだ帰って来ない。霙と奏楽もそのまま寝てしまったようだ。霙は地力を吸い取られていたので疲れていたのだろう。それは雅にも言えるのだが、何故かあいつは今も元気に茶葉を求めてコンビニを回り続けている。

「本当に……何で生きてるの?」

 最初はワクワクした様子で聞いていた悟だったが、いつの間にか呆れ顔になっておりそんな質問をぶつけて来た。

「それは俺も不思議でたまらない」

「しかも、お兄ちゃんかなり省いて話してるので実際はもっと……」

「え……これ以上なの?」

 魂喰異変の時の内側からズタズタにされた話などは省いた。話してもあまり意味ないし。

「それじゃ本題に入るか。まずはこれを見てくれ」

 そう言いながら俺は弥生から貰ったあの水色の珠をテーブルに置く。

「あ、これ……」

 珠を見てすぐに弥生がハッと息を呑む。

「弥生はわかるよな。この珠は弥生から貰った物なんだ。それを俺は袋に入れて首から下げてた。お守り代わりとしてな」

「それはどうして?」

「何となくって言った方がいいか。俺もよくわからないけど」

 椿の問いかけに答えながら俺も首を傾げた。今でもこの珠を常に持ち歩いていた理由はわからない。

「あー……響もだったんだ」

 しかし、弥生だけは違ったようで少しだけ顔を引き攣らせながら呟く。

「どういう意味だ?」

「いやー……私もそんなに詳しくないんだけど、昔その珠を巡って争いが起きたらしくてね。話によると珠を自分の傍に置いておきたくて喧嘩したらしい」

「何でそんな物騒なもん、持たせたんだよ!?」

 下手したらこの珠を巡った争いに巻き込まれていた。でも、弥生がこの珠をくれたらから皆、無事に救出できたのだが。

「響は干渉系の能力が効かないらしいから大丈夫かなって思って。でも、その珠って何の変哲もない珠なんでしょ?」

「ああ、この珠は何の変哲もない珠だぞ。ただ、俺が持てば話は別」

 きっと、昔は水色の珠にも何かしらの力があったに違いない。だが、時が経つと共にその力が衰え、最終的にはただの綺麗な珠になってしまった。だからこそ、弥生は俺にこの珠を渡したのだ。

「俺が持てば何の変哲もない物でも力を持つことがある。例えば、この指輪も他の人が身に付けても何の効果も発揮されない。でも、俺が持てば『合成する程度の能力』を得ることができる」

「そう言えば、さっき言ってたな。合力石だっけ?」

 悟が顎に手を当てながら呟く。

「ああ、この石が合力石と呼ばれてたから俺は『合成する程度の能力』を得られた」

「それでは、その珠は一体、何なのだ? 龍珠とか言うのか?」

「いや、その珠には特に名前なんてなかったはずだよ」

 築嶋さんの疑問に弥生が答える。それもそのはずだ。弥生自身もこの珠について知らないのだから。

「別に名前だけじゃない。猫のような『魂が9つある』という伝説や存在そのものでもいい。何か由来のある物ならば俺が持つと能力になることがある」

 今回はちょっと特殊だったが。

「もう前振りはいいだろ。あの龍の正体言えよ」

 煮えを切らしたのか柊がため息交じりに先を促す。ちょっと前振りがくどかったかもしれない。

「結論から言うとあの龍は――“青竜”だ」

 四神の一角。方角は東、五行で表すと木。有名な龍だ。

「……」

 だからだろう。ここにいる全員が口をぽかんと開け、俺を見ていた。

『そんなに珍しいか?』

 その時、魂の中にいた青竜がそんなことを呟く。

(まぁ、青竜は色々な話に出て来るからな。知ってる分、驚きも大きいんじゃないか?)

 俺だって吃驚した。なんせ、珠から声がして『力を分けろ』と言って来たのだから。

『どれ、続きは儂から説明しようか』

(お前から? どうやって?)

『儂はこの魂にいる奴らとは違って汝の魂に縛られておらん。じゃから、このように……』

 すると、俺の胸と珠が輝き始める。そして――。

「よっと」

 俺の隣に俺が出て来た。いや、俺であって俺ではない。身長は俺と同じぐらいだが、髪が綺麗なエメラルドグリーンで頭には立派な角が生えている。服装は俺が通っていた高校の制服だから露出が少ないのではっきりとは言えないが、首にいくつか緑色の鱗があるので体にも鱗があるのだろう。それに龍のような尻尾がここからでも見える。

「お、お兄ちゃん……この人は?」

 いち早く我に返った望が喉を震わせながら問いかけて来る。

「あー……青竜、だよな?」

「いかにも。儂は青竜。まさか女子(おなご)の姿で出て来るとは思わなかったが、よろしく頼むぞ」

 腰に手を当てながら自己紹介する青竜だったが、それに応えられる人はいない。

「えっと、お前……表に出られるのか?」

 仕方ないので俺が質問した。基本的に魂の中にいる吸血鬼たちは外に出ることはできない。例外として『魂交換』で体の所有権を一時的に渡せば可能となる。

「表に出るも何も先ほども言ったように儂は汝の魂に移住しているわけではない。まぁ、汝の地力を借りているのは確かだが」

「つまり、俺の力を使って珠から出て来てるってことか……」

「そう言うことだ。汝の魂とこの珠は儂の霊力で繋がっているから行き来自由なのだ。だから、汝の魂にいてもこのように儂の分身を生み出すことができる。しかし、どうして儂は女子になってしまったのだ? 今まで、このようなことはなかったのだが」

「ああ、それは俺の力を使ってるからだよ。お前も見ただろ? 俺の魂にいる奴らは皆、俺のような姿をしてるんだ。違うところもあるけど」

「すまん。ずっと儂の部屋にいたのだ。他の住人には会っていない」

 なるほど、だから自分の姿を見て驚いていたのか。

「でも、吸血鬼はお前のこと知ってただろ?」

「ドア越しに挨拶したからであろう。あの時はまだ汝の魂に慣れていなくてな。まだ部屋から出られなかったのだ」

『ホントに……響はいつもいつも』

 青竜の話を聞いていると突然、頭の中で吸血鬼の声が聞こえた。呆れたような声音である。

(いつも、何だよ)

『ずっと私たちを放置してたから教えてあげない』

 『べー』と言って通信が切れてしまった。どうやら、拗ねているらしい。

『吸血鬼はずっと心配しておったからの。後で埋め合わせしなければな』

(……ああ、わかったよ。トール)

 トールのアドバイスに声だけで頷いて改めて周囲の状況を確かめた。

「お? これは今のお茶か。少し貰うぞ」

 青竜は表に出て来たことにテンションが上がっているのか俺の湯呑に急須からお茶を注いでいる。ちょっと顔がにやけているので日本茶が好きなのかもしれない。

「それで……問題が……」

 青竜の登場から一切、瞬きをしていない皆を見て俺は深々とため息を吐いた。

 




モノクローム図鑑


霧下 椿


能力:圧力


詳細:【メア】を取り締まる機関に属している。【メア】に感染してしまうと他の【メア】を引き寄せやすくなってしまうため、戦う意志の無い人が殺されてしまうことが多く、そう言った犯罪を未然に防ぐ、もしくは犯罪者を捕まえる警察のような機関である。その中でも椿は<ギア>を扱う珍しいタイプで圧力というそこまで使えない能力を上手く使って戦う。圧力は本来、【メア】を凝縮させて相手にぶつけることぐらいしかできないが、<ギア>に【メア】を無理矢理流し込めるのでさほど【メア】が多くなくても回すことが可能となる。それでも銃に組み込めるような小さな<ギア>しか回せない。まぁ、<ギア>自体、【メア】が多い人でないと回せないのでその小さな<ギア>を回せるだけ十分すごい。因みに圧力の能力を応用して肉体強化も可能だが、使い過ぎると体が壊れてしまう。
彼女の苗字を忘れて1時間ほど探したのは内緒である。
兄と弟がいたが、九門という人に殺されてしまい、自分も殺されそうになったところで機関の人に助けられ、そのまま機関に属することになった。元々、機械いじりが好きで機関の中でも<ギア>に関する部署に属しており、柊に初めて会った時に自身のことを『メカニック』と説明している。ただし、説明するのがすごく下手くそ。
風花のうちわを作ったのも椿。しかし、本人同士は面識なし。柊の両親が【メア】に関して研究していたので機関もそれに協力していた。その時に研究者たちも自衛できるように何か武器を用意することになり、柊の両親の同僚だった風花の武器を作ることになった。
オリジナルとの差はほとんどない。
因みに兄も弟も生きていたりする。兄はオリジナルですでに登場済み。楽曲伝では出て来ていないので図鑑紹介はなし。


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第283話 これからの方針

「……はぁ。青竜に自分の地力を与えて龍化。お前、本当に人間なのかよ」

「うっせ」

 俺と青竜の説明を聞いた悟がテーブルに突っ伏しながら言うので悪態を吐く。

「儂は正直、響を人間だと思っていないぞ」

「この珠、粉々にしてやろうかっ……」

「すまぬ。本当にこの通りだ」

 青竜はこの珠に“宿った”魂である。そのため、この珠を壊されれば青竜は消えてしまう。

「またお兄ちゃんが人間から離れちゃった……」

「おい、妹。何で絶望してるんだよ」

「だって……数年前まで普通の綺麗だったお兄ちゃんが今じゃ綺麗で強くて人外になっちゃったんだから」

「人外言うな。俺は人間だ」

 俺にとって自分の存在が人間であることは重要なのだ。これだけは譲れない。

「とにかく話をまとめると、弥生からこの珠を……青竜玉とでも呼ぶか。青竜玉を貰った瞬間から青竜の魂が珠に宿った。でも、宿ったばかりだったから霊力とか神力が足りず、俺の魂に青竜自身の魂を繋いで少しずつ力を貰っていたと」

 実はこの話は俺も初めて聞いた。今思えば、弥生から珠を受け取った時に何か聞こえたような気がしたが、青竜の声だったのだろう。

「その通りだ。だが、汝は儂の声を無視して日々を暮らしていたからな。完全に復活するのに時間がかかった」

「お前の声、小さすぎるんだよ。それで、今回の事件だ。俺が『二つ名』を得て能力を取り戻した時、青竜の声がはっきりと聞こえた。能力が元に戻って魂に再接続したからだと思う」

「再接続ってなんだ?」

「俺の魂構造の話はしたろ? アパートみたいになってるって。能力変化の影響で魂に接続……つまり、アパートに入れなかったんだよ。で、能力が戻ってやっとアパートに帰って来た矢先、新しい住民に出会ったってわけだ」

「住んでいるわけではないがな。別荘という言葉が的確だ」

 柊の疑問に俺と青竜が答える。まぁ、そこまで重要なことではないので簡単にだが。

「話を戻すぞ。俺は青竜に地力を渡してあんな姿になったんだ。そのおかげで皆を助けることができたんだよ」

 龍化の破壊力は俺の想像以上だった。あれで“半分”なのが今でも信じられない。

「そう言えば、龍化してた時の響って手とか大きくなってたよな」

 首を傾げながら悟。確かに龍化と聞いても俺の手が大きくなる理由はわからないだろう。実際、普通の龍化だったら手など大きくならないはずだ。

「それは青竜だったからだよ。青竜は霊力と神力を持ってるからな。神力を使って手を大きくしたんだ」

 青竜は四神である。だからこそ神力を存分に使うことができた。俺自身、普段からトールの神力を使っているので神力の扱いに慣れているから何の障害もなく扱えたのだ。

「儂からしたら人間が神力の扱い方を知っていることに驚きだがな」

 感心しているのかまったりとお茶を飲みながら青竜が呟く。

「おっと、そうだった。この青竜玉を持っていたのはどいつだ? 弥生と言っていたが」

「え? 私が弥生だけど……」

 突然、青竜に名前を呼ばれたので弥生は目を丸くしながら手を挙げる。

「ふむ……汝がそうか。どれどれ」

 湯呑を置いた青竜は立ち上がり、弥生に近づいてじろじろと観察している。

「なるほど。やはりそうか。この娘に儂の片割れが宿っている」

「……はい?」

「響と汝の龍化を見てずっと疑問だった。何故、“半分”だけしか龍化していないのかと。そして、今わかった。その原因は儂の魂は今、二つに分かれていて一つはあの青竜玉に、もう一つは汝に宿っているからだ。おそらく汝の先祖が青竜玉の危険性に気付いて珠の力を分散させたのだろう」

 2つに分けた力。一つはそのまま珠にして、もう一つを人の体に移した。青竜の力を宿した人は子孫を残し、その子孫に青竜の力を託し続けたのだ。しかし、青竜の力は人の手から妖怪の手へと渡った。途中で人と妖怪が混じったのだ。そして、青竜の力は今、弥生が持っている。

「じゃあ、私の力は……青竜の」

 まさか自分の中にそんな存在がいるとは思わなかったのだろう。弥生は声を震わせて己の手を見ていた。

「そうだ。だが、問題はどうやって一つにするか、だ。今のままでは儂の力を存分に発揮できない。だからと言って弥生の魂では儂の完全な魂には耐えられない。戻すに戻せない」

「ああ、それなら大丈夫だと思うぞ」

 腕を組んで悩んでいる青竜の肩に手を置いてそう言い切る。

「どうしてそう言い切れるのだ?」

「弥生は俺の式神だ。だから【憑依】させればお前の魂は一つになる」

「【憑依】とは?」

「式神の力を俺に宿すことだ。まぁ、【憑依】するためには色々条件があるんだけど、『青竜の魂』って言う共通点があるから大丈夫だと思う」

 雅を【憑依】できるのは長い間、『仮式』だったから。

 奏楽を【憑依】できるのは奏楽自身の能力で魂を繋ぐから。

 逆に霙と【憑依】できないのは俺と存在がかけ離れて過ぎているから。

 このように【憑依】するにはきっかけが必要なのだ。霙の【憑依】はまだきっかけを見つけていない。だからできない。

 でも、弥生はすでに『青竜の魂』というきっかけがある。まだ試していないので俺の想像だが、きっとできるはずだ。

「じゃあ、今試してみる?」

 ちょっとワクワクした様子で弥生が提案して来る。でも、俺はすぐに首を横に振った。

「やめておこう。“半分”だけでもあんなに強力なのにこんなところで青竜の魂を一つにしたら何が起こるかわかったもんじゃない」

 下手したらこの一帯が焼け野原になる。今度、紫から指定された練習場(本当に何もない辺鄙な土地だ)で試してみよう。

「うん、わかった」

 それを聞いた弥生は少しだけ残念な表情を浮かべつつ、頷いた。

「他に気になることはないか?」

 俺からの説明はこれで終わりだ。後は質問に答えるだけ。なのだが、俺の問いかけに答える声はなかった。

「それじゃ、今日のところは解散するか」

 そろそろ俺も限界だ。今日――いや、俺が熱を出した日からずっと気を張っていたからもう疲れた。黒い首輪などの検証はまた今度にしよう。

「そうだな。皆も疲れただろうし」

 柊が頷いたので皆、帰り支度を始める。俺だけじゃなく皆もくたくたなのだろう。今回の事件を踏まえて色々と対策を立てないといけないがとりあえず、それは後日だ。

「あ、そうだ。いい加減、あれどうにかした方がいいと思うぞ? じゃあな」

 次々と柊の仲間が帰る中、玄関まで見送りに行った俺にそう言って最後まで残っていた柊も帰って行った。

「……はぁ」

 柊に言われなくてもわかっている。でも、何と声をかけていいかわからないのだ。

「なぁ、響。どうすんの、これ」

 居間に戻ると悟がため息交じりに質問して来る。俺だって困っているのだ。因みに青竜は『眠い』と言って少し前に珠に帰った。結構、自由な奴である。

「……そろそろ元気出さないか? 霊奈」

 おそるおそる目を覚ましてからずっとテーブルに突っ伏している霊奈に声をかけた。実は霊奈が目を覚ましたのは家に帰って来てからなのだ。工場では皆、敵と戦うのに忙しく、悟もそれに参加していたので首輪を外す暇がなかった。そのため、霊奈は今回、戦闘しなかったのだが、そのことを知ると今のように落ち込んだのである。

「だって……私だけ戦ってないんだよ」

 突っ伏した状態で霊奈が言った。その声に覇気はない。何を言ってもこんな感じなのだ。時間が経てば少しは立ち直るかと思ったが効果はなかったらしい。

(さて、どうしたもんか)

 でも、霊奈の気持ちもわかる。気付いた頃には全てが終わっていたのだ。役に立てなかった悔しさ。戦えなかった罪悪感。そんな負の感情が霊奈の心を抉っているのだろう。俺だってそうだった。

「確かに今回、霊奈は戦わなかった。はっきり言うと救出作戦開始直前まで捕まってることすら知らなかった」

「え……それホント?」

「お兄ちゃん、ずっと熱で寝込んでたから霊奈さんが家に来たこと知らなかったんだね」

 俺の言葉を聞いて顔を上げた霊奈に望がトドメを刺す。ゴン、ともう一度テーブルに頭を打ちつけて涙を流し出した。

「じゃあ、どうやってわかったの?」

 そんな霊奈を無視して質問して来る望。今の霊奈に声をかけると面倒なことになるとわかっているようだ。

「博麗のお札だよ。多分、朦朧とする意識の中で部屋のどこかに隠したんだろ。お札も微弱な霊力を放ってるからな。そのおかげでわかったんだ」

 もし、あれがなければ霊奈の救出は遅れていただろう。ある意味、ファインプレーだ。霊奈が人質に取られれば俺は何もできなくなる。そして、そのままあいつらのモルモットになっていたはずだ。

「だから助かったよ。ありがとな」

「……でも、自分の存在を知らせただけだよ」

 霊奈は少しだけ顔を上げてそう呟く。

「なら、今回の分を今から取り返せばいい」

「……取り返す?」

「ああ、そうだ。なんかこの世の終わりみたいな顔してるけどお前はまだ生きてる。だからこれから取り返すチャンスがあるんだよ。そんな落ち込んでばかりじゃ取り返せるものも取り返せないぞ」

「私、何すればいいのッ!?」

 立ち上がった霊奈が俺の両肩を掴んでブンブンと揺する。話そうとするが、あまりにも勢いよく揺すられているので話すことはおろか呼吸すらままならない。

「お、落ち着けって! 響がとんでもないことになってるぞ!」

 そろそろ胃の中にあったお茶が逆流しそうなった時、悟が霊奈を止めた。

「え……あ、ごめん」

「うっぷ……元気、出たな。よかったよ」

 肩で息をしながら何とか逆流して来る液体を抑え込んだ。後少し遅かったら色々とやばかった。

「それで私は何をすればいいの?」

 俺が落ち着いたのを見計らって再度、質問を重ねる霊奈。その答えはもう決まっていた。

「練習に付き合え」

「練習? 今までと一緒じゃない」

「いや、新しい技……技ってか戦闘方法かな」

 今回のことで俺ははっきりとわかった。今のままではレミリアはもちろん、これから襲って来るであろう脅威に太刀打ちできない。だから、俺自身が変わらなければならないのだ。

「俺は色んな人の力を借りて戦って来た。でも、今回みたいにその手を借りれなくなったら何も出来ないんだ。それを少しでも克服したい。今、考えてる技も結局は魂の中にいる奴らの力を借りるんだけどな」

 魂との繋がりを断たれたら終わり。しかし、使える技が増えれば増えるほど俺たちの生存確率が上がる。何も努力しないで待っているより出来るだけ努力してもしもの時に備えたい。

「どんな技なの?」

「……いや、そのー」

 望の疑問に対して俺は目を逸らして答えた。あまりやりたくない技なのだ。それに――。

「今は出来ないんだよ。足りない物があるからな。それも含めて霊奈、明日にでも幻想郷に行くぞ」

「え? あ、うん」

 この技が使えるようになるには霊奈と、霊夢の力が必要なのだ。

「大丈夫? 私、役に立てるかな?」

「大丈夫だよ。やったことあるから。前と同じようにやればいい」

「やったことがある? 何なんだろ」

「それは明日、霊夢にも話さなきゃいけないからその時に」

 何も難しいことを頼むわけではない。この『紅いリボン』を三つ用意して貰うだけだ。

「よし、霊奈も元気になったし、寝ようか。悟、霊奈、泊まって行けよ」

「ああ、頼むわ。いつもの部屋でいいのか?」

 悟は何度も俺の家に泊まったことがある。高校に上がった頃から泊まる回数は少なくなって最近ではめっきりなくなってしまった。

「ああ、いいぞ。霊奈はすまんが望と同じ部屋で頼む」

 さすがにもう部屋がない。押入れから布団を出して望の部屋に運ぼう。

 それから布団の準備が終わってすぐに俺は眠りについた。

(アレ、何か忘れてるような……まぁ、いいか)

 眠る直前、何か思い出しそうになったがそんなに大事なことでもないと思ったので無視した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ただいまー。あ、あれ? 開かない。おかしいな。それにカーテンの隙間から光、漏れてないし。おかしいな……嘘だよね? 寝ちゃったとかないよね? ねぇ! 開けて! 開けてってば! おーい! 響! チャイム連打してるのに出て来ないってどういうことなの!!」

「うっせ! 黙ってろ!!」

 せっかく寝ていたのに玄関先で騒がしくしていた奴に向かって窓から目覚まし時計を投げた。

「ぎゃんっ!」

 

 

 

 

 翌朝、学校に行く為に玄関のドアを開けると雅が茶葉の入ったコンビニ袋を持ったまま倒れているのを見つけた。

 




モノクローム図鑑


松本 月菜


能力:炎、氷、雷


詳細:雌花と雄花の姉で柊の同級生。2学期に転校してきた。普段は人見知りでびくびくしているが、一度戦いとなると凶変してしまう困った性格。
凶変するのは生まれつきなのだが、その凶変の際に髪の色が変わるのは【メア】が関係している。本来、【メア】というものは他の【メア】を倒さなければ能力は増えない。そのため、最初は1つか2つしか能力を持っていない。だが、月菜の場合、炎、氷、雷――さらに相反する3属性を操れてしまうため、体が【メア】に耐え切れず、体質が変わってしまった。その体質と言うのが凶変時の髪の色の変化である。
武器は木刀。剣術の天才で剣道の試合では全国レベルであり、転校する前の高校にもスポーツ推薦で入学している。その才能に嫉妬した雌花と雄花はぐれた。月菜は2人のことを溺愛しているが、両親は月菜ばかりをかわいがったせいで姉に嫉妬してしまい、最近までぎくしゃくしていた。
彼女が【メア】に目覚めた時期は未だ公開されていない。そもそも決めていない。多分、今後この謎が明かされることもない。
オリジナルでは麗菜という名前だった。それ以外にはさほど変わっていない。つまり、凶変する性格も変わっていない。実は転校して来た時、もう1人同時期に転校してきた人がいたのだが、その人は柊の元友達であり、椿の兄である陽だったという話もあるが、楽曲伝で陽は出て来ないので図鑑には載らないと思う。
……いります?


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第284話 少しの休息

誤字報告ありがとうございます!
今後も誤字がありましたらどんどん報告して頂けたら幸いです。


「――ええ、それぐらいお安い御用よ」

「おう、サンキュ」

 博麗神社の縁側。俺と霊夢、霊奈の三人は湯呑を持って話し合っていた。話し合っていたのはほとんど俺と霊夢だけだが。

「霊奈、さっそく取り掛かりましょう」

「うん、わかった」

「完成するまで時間がかかるわ。数が数だからね。その間、何するの?」

 湯呑を置いて霊奈は神社の奥へと向かった。霊夢もその後に続くが、その途中で俺の方を見て問いかけて来た。

「ああ、皆にお礼を言って回ろうかと思ってな。二つ名考えてくれたから助かったんだし」

 その話し合いに参加した人は結構いるようなので急いで回らなければ回り切れないだろう。

「ならそれが終わったら帰って来て。細かい調節したいから」

「わかった」

 頷いた俺を見て縁側を後にする霊夢。それを見送ってから俺も助けてくれた人たちの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「しつれいしまーす」

 職員室のドアを開けながら私は小さな声で言う。やはり、職員室は居心地が悪い。こそこそと担任の笠崎先生の元へ向かう。

「あれ悟さん?」

「おっす、師匠」

 すると、笠崎先生の前に悟さんが立っていた。彼も私に気付いたようで手を挙げて挨拶する。

「おう、来たか」

 私の到着を待っていたようで先生はほっとしたような表情を浮かべていた。何かあったのだろうか。

「それで俺たちを呼んだ理由って何?」

 腰に手を当てて少し面倒くさそうに聞く悟さん。どうやら、まだ話を聞いていないらしい。

「2人を呼んだのは頼みがあるからだ」

「頼み、ですか?」

「ああ……頼む! 音無をここに連れて来てくれ!」

 頭を下げて先生が叫んだ。それを聞いた私たちは目を見合わせて首を傾げる。

「えっと……詳しい話をお願いします」

「前にも言っただろ? 暴動が起きそうだって。それが本格的になって来た」

「え!? マジかよ」

 ファンクラブ会長でも知らなかったようだ。まぁ、無理もない。詳しい数は知らないが、会員数はかなりのものだ。それに最近はお兄ちゃんのことで頭が一杯だったみたいで、そこまで気が回らなかったのだと思う。

「何だ、伝えてなかったのか?」

 悟さんの反応を見て私をジト目で睨む先生。

「ちょっと色々ありまして……」

 私たちが捕まっている間、柊君たちが誤魔化してくれたらしい。『投影』の能力を持っている後輩が柊君の舎弟なので快く協力してくれたのだ。まぁ、私と雅ちゃんの姿を皆に見せて欠席していないように見せかけていたそうだったが。因みに私たちを捜索していた柊君たちももちろん、学校をサボっていたので柊君たちの姿も作ることになった後輩君はものすごく大変だったようだ。

「……まぁ、いい。それでその暴動が起きればとんでもないことになる。だからこの学校に音無を呼んで何かやって欲しいんだよ」

「なるほど、ファンイベントって奴か」

 悟さんはうんうんと頷き顎に手を当てて思考を巡らせる。

「いいよ。何かやろっか」

 そして、先生のお願いを受け入れた。

「いいんですか? お兄ちゃんに何の相談もなくて」

「昔のあいつなら拒否してたかもしれないけど、今なら大丈夫だ」

 あの事件からお兄ちゃんは少し変わった。別に悪い意味ではない。見て見ぬ振りして来たことと向き合おうとしているのだ。今も霊夢さんと霊奈さんに頼みごとをしに行っている。

「頼んだ俺が言うのもなんだけど、音無ってこういうの嫌いじゃないのか?」

「あー……確かに嫌いだけど俺たちが困ってるなら協力してくれると思うよ」

「そうか? ならお願いするよ」

「おう、企画とかはこっちで練るから舞台とか色々手配よろしく」

「任せとけ。何か決まったら連絡してくれ」

 こうして、お兄ちゃんのファンイベント開催が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでね! すごかったんだよ!」

『へぇ、そんなことがあったんですか』

 時刻は5時。遊びに行っていた奏楽さんを背に乗せて私は道を歩いていました。その間、興奮した様子で奏楽さんは私に話しかけます。今は子犬モード(それでも奏楽さんを乗せるほどの大きさはあります)なので人の言葉を話すことは出来ませんが式神通信で返事をしました。

「で、でね? 霙……聞きたいことがあるんだけど」

 先ほどまで楽しそうに話していた奏楽さんは突然、言いにくそうにそう言います。

『何ですか?』

「悟って……家に来てる?」

『いえ、来てなかったですよ』

 もじもじしながら問いかけて来ましたが残念ながら悟さんは来ていません。それを聞いた奏楽さんは少しだけしょんぼりしてしまいます。何かあったのでしょうか?

「あらぁ、奏楽ちゃん、霙ちゃんこんにちはー」

 その時、よく私たちに話しかけてくれるおばさまに会いました。最初は犬に乗った奏楽さんを見て驚いていましたが、奏楽さんと会話する内に奏楽さんのことを気に入ったようです。

「こんにちはー!」

 しょんぼりしていた空気はどこへやら。奏楽さんは元気よく挨拶しました。

「ばぅ」

「うんうん、今日も元気だねぇ。今日は楽しかったかい?」

「うん! とっても楽しかったよ!」

 おばさまの質問に満面の笑みで奏楽さんは答えます。ユリさんと遊んだようでとても有意義な時間を過ごしたようです。

「そうかいそうかい。子供は遊んで大きくなるからねぇ。これからもたくさん遊んで大きくなるんだよ」

「はーい!!」

 手を挙げて返事をした奏楽さんを見ておばさまは目を細めます。そして、そのまま私たちはおばさまとお別れしました。

「こんにちは」

 その直後、不意に後ろから声をかけられ、思わず驚いてしまいます。振り返るとそこには奏楽さんよりも少し大きい女の子がいました。その子は体に合わないぶかぶかの服を着ていてとても不思議な雰囲気を纏っています。何より目立つのが胸に輝く蒼いアクセサリーでした。その蒼いアクセサリーは少し大きめの球でそれをチェーンに付けてネックレスにしていてここからでもその蒼い球がひび割れているのがわかります。それ以外は“右腕と左目がない普通の女の子”でした。

(気配が、なかった?)

 ですが、それ以上に気になることがありました。常に周囲の気配を探っていたのですが、全く気付かなかったのです。

「お姉ちゃん、誰ー?」

 少しだけ警戒している私でしたが、奏楽さんは無邪気に質問しました。

「んー……そうだね。少し変なお姉ちゃんとだけ言っておこうかな」

 変な女の子は寂しそうな表情を浮かべて胸のアクセサリーを撫でます。その手付きはとても優しいものでした。

「ふーん、それでどうしたの?」

 曖昧な返答だったので奏楽さんは首を傾げますが、すぐに次の質問をぶつけます。

「ちょっと可愛らしい子と子犬さんがいたからね。思わず声をかけちゃったんだ」

 奏楽さんの質問に照れくさそうに答える女の子でしたが、すぐにぶかぶかの上着のポケットに右手を突っ込みました。

「はい、これをあげるね」

 そう言って差し出して来たのは『黄色い珠』と『緑の珠』でした。その大きさは女の子の胸にある蒼い球よりも2回りほど小さいものです。丁度、ビー玉ほどの大きさでしょうか。

「うわぁ! 綺麗ー!」

 奏楽さんは目を輝かせて黄色い珠を手に取り、色々な角度から観察します。

「はい、子犬さんにも」

「くぅん?」

 まさか私にもくれると思わなかったので驚きましたが、素直に女の子が差し出した緑の珠を口に咥えます。確かにとても綺麗な珠です。

「お姉ちゃん、ありがと!」

「バゥ!」

「その珠はお守り代わりに持っててね。首から下げるとより効果的だよ。後、私に会ったこととこの珠のことは秘密だよ?」

「うん!」

「それじゃ、またね。奏楽ちゃん、霙ちゃん」

 そう言って女の子は歩いて行ってしまいました。

「霙、綺麗だね!」

『はい、家に帰ったら首から下げられるように袋と紐を縫いますね』

「うん、お願い!」

 それから私たちは色々なお話をして家に帰りました。

「あれ? どうして私たちの名前を知ってたんでしょう?」

 家に着いて早速、首から下げられるように布を縫っていた時、女の子が私たちの名前を知っていたことに気付きましたが、考えてもわかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

「……」

 幻想郷での用事も終わり、俺は家に帰らずに辺鄙な土地で呆然としていた。

『ね、ねぇ……これは……』

 頭の中で弥生(式神になったので家に居候するか聞いてみたところ、考えてみるとのこと。今は仮居候している)の声が響く。無理もない。俺だって驚いているのだから。

「あー……正直扱いにくいな」

『これで手加減したんだよね?』

「したに決まってんだろ。してなかったらどうなってたことか」

 俺と弥生は【憑依】してその性能を確かめていた。しかし、目の前の光景にただ困惑するしかなかった。

 

 

 

 何故なら、辺鄙な土地に巨大なクレーターを作ってしまったからである。

 

 

 

 とりあえず、弥生との【憑依】は本当に困った時に使うことを心に決めた。

 




モノクローム図鑑



柏木 陸斗


能力:投影


詳細:柊の後輩で舎弟。それだけ。本当にそれだけ。自身の影の薄さが最近の悩み。柊に憧れて舎弟になった。因みに柊は陸斗があまりにもしつこかったため、渋々了承した。リクと呼ばれている。パシリ君や後輩君とも呼ばれたりしている。
能力の投影はどこぞの正義の味方みたいな投影魔術ではなく、ホログラムのような物を出すだけである。一応、触れられるが強い衝撃を与えると消えてしまう。戦闘方法は投影して自分や味方の偽物をたくさん出して敵をかく乱したり、偽物に紛れて攻撃をするなど。たくさん投影しなければならないのでどんどん【メア】が増えて行き、今では柊以上に【メア】は多い。しかし、それを知っている人は誰もいない。リク本人もまさか柊より【メア】が多くなっていることに気付いていない。椿あたりが知ればリク専用の<ギア>を作ってくれるに違いない。
オリジナルでも同じような扱いを受けている。しかも、【メア】にすら感染していない。楽曲伝で彼の台詞は出て来るのだろうか。作者の私もわからない。でも、出す可能性があるので図鑑に載った。よかったね、リク。私は応援しているよ。
……出してあげたくなったので出る予定です。


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第285話 久しぶりの母校

 あの工場での戦いから5日ほど経った。そんな日に俺は何故か俺が通っていた高校の体育館にいる。

『皆さん、お待たせしました! これから『音無響公式ファンクラブ開催、音無響母校に帰る!』イベントを開催します! 今回のイベントで司会進行を務めますのは、この私、音無響の妹、音無望です。よろしくお願いしますー!』

 司会を務める望は笑顔でそう宣言すると空気がビリビリと震えるほどの歓声が上がる。

「……」

 それを聞いて俺は眉間を指でつまむ。俺のどこがそんなにいいのだろうか。

「それじゃ、手筈通り頼むぜ」

 俺の隣で台本を片手にサムズアップする悟。元はと言えば、こいつが一昨日に『イベントに出てくれね? 暴動起きそう』とお願いして来たのが原因だ。

(暴動って……)

「手筈通りって何も聞いてないんだけど」

「大丈夫。そこら辺は全部、師匠に頼んでおいたから」

 ものすごく嫌な予感がするけど今更である。

『それでは、今回の主役であるおに――音無響さんに出て来て貰いましょうー。じゃあ、皆! 声を合わせて呼んでください。せーの!』

≪響様ああああああああ!!≫

「人の名前を様付けするんじゃない!!」

 そう叫んで俺は舞台に飛び出す。まさかそんな呼ばれ方をされるとは思わなかったからだ。因みに俺の胸にピンマイクが付いている。なので、俺の声はスピーカーから吐き出されるから声を張らなくても大丈夫だ。望は普通にマイク持っているけど。

『お兄ちゃん、いきなりツッコミから登場ってお笑い芸人みたいだよ』

 俺の登場により更に大きくなる歓声。それが少し落ち着いてから望が俺に向かってツッコんだ。

「だって、そんな呼ばれ方されるの慣れてないし。そもそも、俺のどこがいいんだか」

「可愛いところー!」

 俺の呟きに最前列に座っていた女の子が答える。でも、全然嬉しくない。苦笑いしながら手を挙げることでお礼を言うと『きゃー!』と言いながら大興奮していた。

「俺は男だってば……はぁ」

 それからすぐに小さな声で呟く。でも、俺の声をしっかりとピンマイクは拾っていたようで望が口を開く。

『そうやってため息を吐いてる仕草も絵になってるんだよ。さてさて、お兄ちゃんも出て来てくれたことですし、イベントを進めていきましょう。そんなに時間ないからね』

 確かイベント時間は2時間だったはずだ。このイベントは平日の放課後に行われているのだから仕方ない。

『それにしても……全校生徒参加だって。どう思う、お兄ちゃん』

 手に持っていたカンペを見て次の企画を確認しながら望が俺に質問する。時間稼ぎをしたいらしい。

「全校生徒ってことは柊とかもいるのか? あいつ、こんなのに興味なさそうだけど」

「おい! 柊、どうやって響様と知り合った! 吐け!」

「うっせ」

 生徒たちがいる方からそんな声が聞こえたので本当にいるようだ。

「いやいや、知り合いってか……望たちと仲良くしてるから自然と話すようになったぞ」

 何故か周りの人から柊が責められているのでフォローしておいた。

「特に雅がお世話になってるみたいだから今度、お菓子でも――」

「ちょっと、どうして私なの!?」

 舞台袖から顔だけ出して生徒たちにも聞こえるほどの大声で雅が叫ぶ。計画通りだ。少しだけいじってやろう。

「よく俺の作った弁当のおかず、床に落とすじゃん。それで泣きそうになってるお前に柊たちがおかずを提供してるって聞いてるぞ」

「なっ……望! 秘密って言ったでしょ!!」

『私、お兄ちゃんには言ってないよ? 奏楽ちゃんには話したけど』

 もちろん、俺は奏楽から聞いた。ものすごく嬉しそうに話してくれた。

「うわあああああああん! 皆のばかああああああ!」

 秘密をカミングアウトされた雅は絶叫して舞台から飛び降りてどこかへ行ってしまう。裏方の仕事は大丈夫なのだろうか。

「響様って……とてもクールでカッコよくて可愛いイメージで近寄り辛かったけど、違ったね」

「うん、ツッコミやフォローもしてたし何より、あの子をいじってる時の響様、ものすごく楽しそうでこっちまで楽しくなっちゃった」

 走り去る雅を見ているとそんな会話がちらほらと聞こえた。普通にしていたのに何故、こんなに好印象なのだろうか。

『えっと、色々とありましたが企画の方へ移りましょう。題して、『ドキッ! 音無響への質問!』。この企画は事前に皆さんに答えて貰った質問を運営が全て目を通し、その中で多かった質問、面白かった質問、ぜひお兄ちゃんに答えて欲しい質問をぶつけてみよう、というものです。じゃあ、お兄ちゃんはそこの椅子に座って』

「おう」

 望に勧められた椅子に座る。その対面にも椅子があり、そこに望が腰を下ろした。

『まずはこちら。“どうして、女の子なのに男の子って言うんですか?”』

「いや、戸籍でも生物学上でも男だからだよ」

『皆さん、聞きましたか? まだ疑っている人もいるかもしれませんがお兄ちゃんは正真正銘、男の子です。妹である私が保証します』

 それを聞いて悲鳴を上げる低い声と歓喜の叫びをあげる高い声。どうやら、結構な人がまだ疑っていたらしい。

『じゃ、次ー。“嫁でも婿でもいいので、嫁ぎに来てください”。2年の男子から』

「嫌だ」

 生理的にも法律的にも無理である。

『……って、“嫁に来て!”とか“婿に来て!”って質問ばっかりなんだけど』

「……それ以外で頼む」

 さすがに望も引いていた。もちろん、俺も引いている。

『そ、それじゃこれなんかどう? “この前、道を歩いていると響様と隣のクラスの尾ケ井雅って子が仲良さそうに歩いていました。2人は付き合っているのですか?”』

「雅と? 何の冗談だよ」

 確かに雅は大切な人だが、それは家族としてである。そんな感情、持ったこともない。

『おー、ばっさりだね。まぁ、雅ちゃん自身もお兄ちゃんをそう言う目で見なくなったから違うと思うよ』

「……ん? 見なく“なった”?」

『さーて、次の質問に行きましょう。“趣味は何ですか?”』

「お見合いかよ!!」

 そんなこんなで俺はどんどん、質問に答えて行き、イベントは大盛り上がりで終わった。どうして盛り上がったのか最後までわからなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……疲れたぁ」

 食堂で俺はテーブルに突っ伏しながら呟く。あれから変な質問ばかり来て精神的に疲れてしまったのだ。

(こんなんで暴動、治まるのかな)

 ただ舞台に立ってお話ししていただけだ。ファンイベントと言っていたので握手とかすると思っていたのだが、そんな企画が一切なかったので驚いた。悟曰く、『響に触れた瞬間、その人の血が出てしまう。鼻から』らしい。まぁ、この学校は結構、大きいので全校生徒の数も尋常じゃなく、握手会などしていたら日が暮れてしまうだろう。実際、もう暮れてしまったが。

「よう、音無」

 コップの水を飲み干したところで食堂の入り口から笠崎先生が入って来た。卒業以来だが、あまり変わっていない。

「おっす」

「……影野も音無もそうだけど何で敬語使わないんだ?」

「そりゃ、先生だから」

「……もう何も言うまい。で、どうだったんだ? イベントの方は」

「失敗はしなかった。成功したのかどうか俺には判断できない」

 先生の質問に肩を竦めながら答える。

「影野は成功だって喜んでたけどな。でも、何で一人なんだ?」

「疲れたんだよ。あんな大勢の前で話すことなんか今まで……あったにはあったけど慣れてないし。だから、一人になりたくて」

 一瞬、去年の文化祭を思い出してため息を吐きたくなったが我慢して天井を仰ぐ。この学校に通っていた頃に比べて、俺は何もかも変わってしまった。そんなことを思い、ちょっとだけしんみりしてしまう。

「あー……なるほどな。あ、そうだ。久しぶりに来たんだから校内でも回ったらどうだ? 今なら学校の校門以外の敷地内には誰もいないし」

「敷地内にいない?」

「ああ、影野たち運営が生徒たちを抑えてるんだよ。お前に会わせてくれって騒いでるんだ」

 余計、暴動が悪化したような気がする。

「そうだな……回るか。サンキュ、先生」

「おう、こっちも助かった。でも、校門には近づくなよ? 地獄絵図だから」

「……了解した」

 それから先生と別れて校内を徘徊する。使っていた教室や先ほどまで使っていた体育館、悟がカッターで傷を付けた机などを見て回り――。

 

 

 

「懐かしいな」

 

 

 

 ――最後に旧校舎を訪れた。

 




モノクローム図鑑


柊 龍騎


詳細:『モノクローム』の主人公。主人公なので詳細を書こうとすると長くなると思ったため、2回目の図鑑となった。
柊の両親はすでに死亡しており、一人暮らしをしていた。しかし、種子を拾い、風花がやって来てから3人で暮らしている。隣の家は望の家でよく柊の家に遊びに来る。柊の能力『モノクロアイ』により、頭の中に柊の両親が書いたレポートがあり、とある組織がそれを狙っているため、よく【メア】と遭遇し、戦う羽目になっている。
オリジナルの方では不良として学校の人たちに恐れられている。その不良の噂も実は真実ではなく、チンピラに絡まれ、それをやり過ごしたところを生徒に見られ、それから『柊は不良』という噂が広まってしまった。そのせいで双子後輩に勝負をしかけられたり、リクに付きまとわれたりした。楽曲伝でその不良設定が残すかどうか私もまだ決めかねている。
楽曲伝でもオリジナルでもバイトをしているが、楽曲伝ではコンビニ。オリジナルでは新聞配達+その他となっている。しかし、オリジナルでは日曜日に1週間の間に溜まった疲れを取るためほとんど寝て過ごしている。
実はオリジナルの方では柊が幻想入りし、紅魔館で働いていたこともある。幻想入りと言うよりは住み込みのバイトの張り紙を見て紫と会い、紅魔館に住み込みで働くことになっただけである。その頃はまだ銃を使っていた。楽曲伝で幻想入りする予定はない。
オリジナルの方で『モノクロアイ』や<ギア>グローブの他に『光』と『手』という【メア】を持っている。『手』は手に【メア】を集めると言う能力でそれを利用して<ギア>を回す。『光』は危険が迫っていたり、何かヒントとなる場所を見ると光って見える能力。『光』に関しては柊自身、自覚していないため、たまにしか発動しなかった。楽曲伝では出て来ない予定。


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第286話 旧校舎にて

『本当に懐かしいわね。高校に通ってた頃はここで幻想郷に行ってたもの』

 魂の中にいる吸血鬼も懐かしんでいるようだ。因みに吸血鬼の機嫌は何とか直した。その時に『1回だけ何でも言うことを聞く』という約束を交わされてしまい、どんなお願いをされるのか少しだけビビっている。狂気がいた頃、いつもあいつに罰を与えるのは吸血鬼だったから吸血鬼の怖さを知っているのだ。

『当時はまだ我と吸血鬼……そして、狂気しかいなかったからの。振り返ると色々なことがあったのぅ』

 旧校舎の中を歩いている最中、吸血鬼とトールは思い出話に花を咲かせていた。時々、闇や猫から質問を受け、あることないこと教えている。もちろん、俺に関することは訂正するが狂気に関することは無視だ。

(……ほら、闇と猫のお前に対するイメージがどんどんカオスになってるぞ。早く訂正しなかったらとんでもないことになる。だから、出て来いよ。狂気)

 あれから俺はそれなりに強くなった。昨日、霊夢と霊奈に頼んでいた物も届いて新しい技も使えるようになった。弥生との【憑依】も何とか使いこなせるようになって来た。こころとの『感情制御特訓』も続けていて今では般若の仮面を付けている状態で戦いながら世間話が出来るほどまでになった。後は――お前だけなのだ。

「狂気……」

 旧校舎に訪れたことによって狂気に対する感情が溢れ、誰にともなく呟いた。今まで気にしないようにして来たが、やはりあいつが部屋に閉じこもったままなのは許せない。何とかして出て来て貰わなければ。

『……ん?』

 俺の呟きを聞いて黙っていた皆だったが、不意に吸血鬼が声を漏らす。

「どうした?」

『今……後ろから足音が聞えたような』

「そんなはずないだろ。だって、生徒たちは悟たちが抑えてるはずだ。それに旧校舎なんて場所に人がいるわけ――」

 そこまで言って振り返る。そして、俺は見てしまった。闇に紛れる人影を。

 現在の時刻は午後6時半。そろそろ日が落ちて月が顔を出す時間帯。そのため、旧校舎はとても暗く、窓から差し込む光しか光源がない。

 だからこそ、俺の目の前にいる人の容姿は見えなかった。その人影はゆっくりと俺の方に歩いて来る。

「誰だ?」

「……」

 ファンなら俺が気付いた時点でアクションを起こすはずだ。しかし、目の前の人は何の反応も見せずにただ近づいて来る。そのまま、一番近くの窓の前で立ち止まった。まるで、自分の姿を俺に見せつけるように。

「なッ――」

 俺は夢を見ているのだろうか。そうとしか言いようがない。

『嘘ッ……何で!?』

『こ、これは……どうなっておる?』

『あれぇ?』

『にゃにゃっ!?』

『ふむ……興味深いな』

 魂の中で吸血鬼たちも驚いていた。無理もない。目の前にいる存在はそれほど不気味だったのだから。

 別に見た目が異様な姿をしているわけではない。この学校の女子の制服。女子にしては高い身長。少しだけ鋭い目。整った容姿。黒い髪にポニーテール。そのポニーテールを結っている――紅いリボン。

 

 

 

「何で……俺がいる?」

 

 

 

 俺の目の前に俺がいた。鏡に映したようにそこに佇んでいる。

「……」

 目の前の俺は黙ったまま、じっと俺を見ていた。その表情は無。何も感じていないし、何も考えてもいないような顔。その顔はとても不気味だった。

(雅、霙、奏楽、弥生。聞こえるか?)

 目の前の俺が動き出す前に式神通信を使って応援を頼む。嫌な予感がするのだ。目の前の存在から。いや、違う。俺と全く同じ気配だったのだ。あの4つの力が混ざり合った独特な気配。

「……?」

 今すぐ来てくれと通信を送るが誰一人返信して来なかった。雅はともかく霙や奏楽、弥生は今、家にいるはずなので聞こえるはずなのに。

『響! 外を見るにゃ!!』

 不思議に思っていると猫がそう叫ぶ。すぐに窓の方に顔を向けると外に薄い黒の膜が見える。

「これは」

 あの膜は旧校舎を覆っているようでどこにも綻びはない。俺を閉じ込めておくかのように。

『あの時と似ているのぅ』

「……ああ、忘れもしない」

 あれは霊奈と再会して間もない頃、暴走したルーミアと戦っていた時にルーミアが使ったドーム状の闇だ。あのドームのせいで俺は式神通信が使えず、霊奈と一緒にルーミアと戦うことになり、狂気と魂同調した。そして、結果的に狂気は自分の部屋に閉じこもってしまった。

『どうするの? 逃げる?』

 吸血鬼が心配そうにそう提案する。

(ここで逃げたらこいつが校門にいる人たちを襲うかもしれない。それに……多分逃げられない)

 これはただの勘だ。俺が逃げたとしても追いかけて来るとは限らないし、仮に追いかけて来ても関係ない人を襲わないかもしれない。だが、逆に言ってしまえば襲うかもしれないのだ。それに式神通信が使えない時点であの薄い膜は相当な力を持っていることがわかる。簡単に逃がしてくれるとは考えにくい。

「音無響」

「ッ……」

 どうするか悩んでいると俺が俺の声で俺を呼んだ。まさか声をかけて来るとは思わなくて驚いてしまう。

「私は君の偽物。知ってる」

 少しだけぎこちない口調でそう言った。どうやら、こいつは自分が俺の偽物だと自覚しているらしい。

「でも、他の人はわからない。入れ替わってしまえば」

「……ドッペルゲンガーってことか」

 ドッペルゲンガー。自分とそっくりな姿をしていてドッペルゲンガーを見てしまったら死んでしまうと言う。今まさしく俺の目の前にいる俺がドッペルゲンガーなのだろう。

「大丈夫。殺しはしない。あの人のところへ連れて行くだけ」

「あの人?」

「私を作ってくれた人……安心して。入れ替わって私が君の代わりにこっちで暮らすから」

「作ったって……それってどういう――」

 真相を問いただそうとするが、本能的に右に飛んだ。その後すぐに先ほどまで立っていた場所で赤い球が弾ける。霊弾だ。ドッペルゲンガーが撃ったのだろう。

「……話すことはもうないってことか」

 これで向こうの意志もわかった。やはり戦うしかないようだ。

『気を付けてね。ドッペルゲンガーだからきっと響の使う技を使って来るわ』

『そうだな。響は手数が多いから大変そうだ』

 吸血鬼の忠告に青竜が頷く。確かに俺の戦闘スタイルは手数の多さで臨機応変に対応するものだ。少しでも気を抜けば隙を突かれてしまう。でも、それは相手も同じ。

「「神鎌『雷神白鎌創』。神剣『雷神白剣創』。結尾『スコーピオンテール』。霊盾『五芒星結界』。魔眼『青い瞳』」」

 右手に真っ白な鎌。左手には真っ白な直剣。ポニーテールの毛先は薙刀のように沿った白い刃があり、傍に五芒星の結界が1つ浮かんでいる。ドッペルゲンガーも俺と同じスペルを使った。青い瞳同士、見つめ合う。

「殺さないけど……動けなくなるぐらいまで痛くするよ。ごめんね」

「自分の偽物に負けるようじゃ守る物も守れやしない。本物の方が勝ってることを教えてやる」

 腰を低くして構えると向こうも同じように構えた。

 そして、ほぼ同時に前に跳躍する。自分を殺すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 真っ暗な部屋。私は床に倒れていた。ベッドもなければ布団もない。

「……」

 何もない部屋でやることと言ったら思い出に浸るぐらいしかない。

(楽しかったな)

 自らこの部屋に閉じこもることを選んだ。それは後悔していない。そのおかげであいつを守っているのだから。

 でも、叶うなら――もう一度、話したかった。そして笑い合いたかった。素直じゃない私が笑えるとは思えないけど。

『……それでいいのか?』

「……?」

 不意に声が聞こえる。聞き覚えのない……いや、聞いたことはある。だが、誰の声だったか思い出せない。

『思い出さなくてもいい。今はお前のことだ。もう一度、問おう。それでいいのか?』

「……いいんだ、これで」

 私が我慢すればあいつを傷つけずに済む。いっそのこと、消えてしまった方が良かったのかもしれない。

『その行為が……いや、その思考そのものが人を傷つけるとは思わないのか?』

「……」

『お前はただ自分のせいで人が傷つくところを見るのが怖いだけだ。人のためなんかじゃない。自分のために殻に篭ってるだけなんだよ』

「……放っておいてくれ」

 結局、声の主はわからなかったが鬱陶しい。確かに、あいつならこんな私がいなくなっても傷ついてしまいそうだ。しかし、私がまたあそこに戻れば余計、あいつを傷つけることになる。

『……はぁ。本当は誰に知られずにここからあの子の様子を見てたかったんだけど……仕方ない。ちょっと待ってろ』

 謎の声はため息交じりにそう言った後、どこかへ行ってしまったようだ。

「何だったんだろう、あいつ」

『教えるつもりはない』

「……まだ居たのか」

『裏で絶賛作業中だ。その間に世間話でもしよう』

「……はぁ、しょうがないな。付き合ってやるよ」

 どうせ、やることもない。暇つぶしだ。

『そうだな……まずは俺の話を聞いて貰おうか』

「好きにしろ」

『……俺は、酷い奴だったよ。守りたい物があった。けど、それを守るために守りたい物を傷つける方法しか思いつかなかった』

 そう切り出した謎の声。少しだけ、私は謎の声の話に興味を持った。

 

 

 

 何となく、私と謎の声は似ていると感じ取ったから。

 



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第287話 偽物の中の存在

 ドッペルゲンガーが右の鎌を振り降ろして来た。それを紙一重で躱す。すかさず、左の直剣を右から左へ横薙ぎに振るう。しかし、それをドッペルゲンガーは直剣でガード。

「ッ!」

 その次の瞬間には目の前にポニーテールの切っ先が迫っていた。咄嗟に五芒星で防ぎ、五芒星の下を掻い潜るようにポニーテールを伸ばしてドッペルゲンガーを狙う。だが、その途中で相手の五芒星がポニーテールの進行を止める。これを待っていた。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 右手の鎌を思いっきり振り降ろして鎌から雷の刃を撃ち出す。右の壁に向かって。

「闇転『リフレクトウォール』!」

 闇の力を使って雷の刃の軌道上にぶつかった技をそのまま跳ね返す黒い壁を少しだけ角度を付けて出現させる。雷の刃は黒い壁に当たって跳ね返った。ドッペルゲンガーの方に向かって。

「――」

 まさか雷の刃が跳ね返るとは思っていなかったのだろう。ドッペルゲンガーは雷の刃をまともに喰らって吹き飛んだ。その拍子にドッペルゲンガーのスペルは『五芒星』と『魔眼』以外解除される。

 ドッペルゲンガーも『闇転』は使えるが手数が多い分、防ぐ方法はいくつもあり、慣れていないと土壇場で使うのは難しい。つまり、手段が多すぎてどの技をどのタイミングで使えばいいのか考えなくていけないのだ。考える分だけタイムロスがあり結果、今のように防ぐことが出来なかった。

『それは響にも言えるんだけどね……』

 呆れた声で吸血鬼は呟くが無視してドッペルゲンガーの様子を窺う。相手は俺なので不用意に近づけば返り討ちに遭う可能性が高いのだ。

 ドッペルゲンガーはすぐに立ち上がってこちらを見る。傷はない。霊力で再生させたらしい。お互いに再生能力を持っているのでこの戦いは長期戦になりそうだ。

「解除」

 そんな現実に辟易しているとドッペルゲンガーが右手の中指に付けていた指輪を3回指で叩く。

「解――「妖撃『妖怪の咆哮』」」

 それを見て急いで指輪のリミッターを解除しようとするが、ドッペルゲンガーが撃ち出した妖力を叩き付けられてしまう。

「ぐっ……」

 指輪のリミッターを解除したからか、普段の数倍の威力を持った『妖撃』は俺の体を易々と吹き飛ばし、そのまま壁に激突してしまった。

「雷撃『サンダードリル』」

「白壁『真っ白な壁』!! 拳術『ショットガンフォース』!」

 目の前まで迫っていたドリルを神力の壁で防御するが、すぐに破壊されてしまう。『白壁』で防いでいる間に『飛拳』で逃げたかったが、『飛拳』は『拳術』を使っていないと使用できないスペルだ。だから、逃げるのが遅れてしまった。すぐに鎌と直剣を消して『拳術』を使う。

「飛拳『インパクトジェット』!」

 ドリルの先端が俺の右頬を少しだけ抉ると同時に『飛拳』で左に飛ぶ。もう少し遅かったら俺の顔面はミンチになっていただろう。

「解除!」

 飛んでいる間に指輪を3回叩いて指輪の制限を解除する。

「拳弾『インパクトガトリング』!」

「霊盾『五芒星結界』」

 着地してスペルを唱えた。数え切れないほどの妖弾をドッペルゲンガーは新しく生み出した『五芒星』で全て防ぎ切る。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 廊下で使用するには狭いが仕方ない。振り回してもぶつからないほどの大きさにしてドッペルゲンガーに向かって突進する。向こうは『五芒星』で防ぐつもりのようでその場から動かずに反撃の機会をうかがっていた。『五芒星』は俺の使えるスペルの中でも強力な部類に入る。例え、指輪の力を開放していても『神撃』と『拳術』だけでは弾かれて終わる。

 でも、少し工夫するだけでそれを覆すことは可能だ。

「ハッ!」

 左手を裏拳のように振るって『五芒星』にぶつける。正面ではなく側面に。そして、『拳術』を発動させた。インパクトしても『五芒星』はまだ消えていない。だが、“『五芒星』本体が少しだけ左にずれた”。それだけで十分である。俺の体もインパクトの反動で“右に移動している”のだから。

 『五芒星』と俺の体がずれたことによってドッペルゲンガーの体は『五芒星』から半分ほど出ていた。まぁ、俺の体は前にではなく右に移動しているのでこのままでは攻撃しても届かない。どうにかして体の軌道を前に変更する必要がある。そこでポニーテールだ。ポニーテールの刃を俺の斜め左の床に突き刺す。すると、右に進んでいた俺の体はポニーテールに引っ張られて円を描くような軌道に変わり、ドッペルゲンガーに接近する。

「うおおおおおおおおっ!!」

 咆哮しながら右腕を突き出し、真っ白な拳がドッペルゲンガーに直撃した。凄まじい勢いでドッペルゲンガーがぶっ飛び、廊下を2バウンドほどして止まる。休ませる暇を与えないために『飛拳』で飛びながらそちらへ向かう。

「神拍『神様の拍手』!」

 ドッペルゲンガーが立ち上がったところへ追撃。『拳術』を発動すれば左右から衝撃波がドッペルゲンガーを襲い、大ダメージを与えられるだろう。

「展開」

 しかし、ドッペルゲンガーは『結鎧』を仕込んでいたようでドーム状の結界が俺の手と衝突した。

「拳術『ショットガンフォース』。飛拳『インパクトジェット』」

 そして、『結鎧』が壊れると同時に後ろへ飛んで『神拍』の範囲から逃れる。だが、俺の攻撃はまだ終わっていない。

「飛神『神の飛び出す手』!」

 両手を前に突き出して、文字通り真っ白な手を飛ばした。ロケットパンチである。

「霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』。霊盾『五芒星結界』」

 『飛神』をまた新しく作った4つの『五芒星』で受け止めた。ただ、正面から受け止めるのではなく、4つを並べてレールのように軌道を逸らすように設置している。そのレールに沿って『飛神』は軌道を変えて、廊下の壁を粉砕した。

『……吸血鬼。少しいいか?』

 4つの『五芒星』がドッペルゲンガーの背後に移動するのを見ていると魂の中で青竜が吸血鬼に話しかける。

『何よ。こんな時に』

『あのドッペルゲンガーは響と同じなのだな?』

『ええ、戦い方は少し違うけど技もその出力もたいだい同じね』

 ドッペルゲンガーはジッと俺の方を見たまま、動かない。それにしてもずっと無表情で不気味だ。何も感じていないのだろうか。

『響が霊力の他に魔力、妖力、神力が使えるのは儂たちが魂の中にいるからだろう?』

『そうよ。そのせいで一度に放出できる量は制限されてるけどね』

 さて、この後はどう動こうか。今のところ俺の方が一歩、優勢だと思う。お互い、自分の手札は全て把握している。しかし、あのドッペルゲンガーはまだ戦い慣れていない。その隙を突けば――。

『では、あのドッペルゲンガーにも儂らのような存在がいるのではないか?』

『ッ! 響、逃げ――』

 吸血鬼がそう叫ぶのと遠くの方にいたドッペルゲンガーが消えるのはほぼ一緒だった。

「ッ!?」

 反射的に右半身を守るように『五芒星』を動かす。しかし、次の瞬間には『五芒星』は粉々に砕けていた。『五芒星』の残骸が舞い散る中、ドッペルゲンガーの姿が目に入る。その頭には――真っ黒な猫耳が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そいつは強力な力を持っていたが、境遇のせいで酷く虐められていた。いや、あれは虐めなんて生易しいものじゃなかった……その時は俺とそいつはお互いに名前も知らなかったけど、そいつの噂だけは聞いていた。髪を掴まれ泥まみれの水たまりに顔を突っ込まれ、その状態で暴行を受けていた、なんてのもあった』

「……それは、酷いな」

 下手したら死んでいただろう。私たち人外と違って人間は結構、簡単に死ぬ。殺そうと思っていなくてもやりすぎて結果、殺害してしまったなんて報道も部屋に閉じこもる前に何度かテレビで見たことがある。

『俺だって酷いとは思ったが、それだけだった。だって、顔も見たこともなければ名前も知らない。ただ近くにそんな奴がいるってだけ。それ以上でもそれ以下でもない。だが……そいつが狂ったようにキレた。あれはすごかった。近づいた人、全員殺しまくっていたからな』

「殺しまくったって……そんなことできるのか?」

『ああ、そいつにはできた。どんなに強い奴でもそいつには敵わなかった。そりゃそうだろうよ。“触れるだけで殺されるんだから”』

「ッ……おい、待て。それってまさか――」

『――まぁ、俺の話を聞け。そいつをどうにかしないと皆、殺されてしまう。そう結論付けた奴らが俺のところに来た。そいつに対抗できそうなのが俺だけだったからだ』

 私の言葉を遮って謎の声は話を続ける。しかし、それを聞きながら私は他のことを考えていた。

(こいつの正体はまさか……)

 いや、でもありえない。何故なら私の予想している奴はここにいるはずのない存在だったから。

『仕方なく俺はそいつに会うことにした。理由は頼んで来た奴の中におっぱいのでかい奴がいたからだったような気がする』

「……」

『おっと、そんな目で見るなよ。男ってのはそんなもんだ』

 少なくとも響はそんな奴じゃない。まぁ、女に興味がなさすぎて『こいつ、本当に男なのか? もしかして、女なんじゃないか?』と思うこともあったが。

『で、俺とそいつは出会った』

 内心で溜息を吐いていると謎の男が今までで一番、低い声でそう言った。

 



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第288話 猫の円舞曲

「ガッ……」

 その光景に驚愕しているとドッペルゲンガーの姿がブレて目の前からいなくなり、いつの間にか背後に回り込まれていた。そのまま背中を蹴られてしまう。スペルを唱えていないことから普通の蹴りだと思うが、それだけなのに背中から嫌な音が聞こえた。ノーバウンドで壁に叩き付けられ、壁を破壊し教室の中まで吹き飛ばされる。ガラガラと机やいすが俺の上に落ちて来た。

「はぁ、あ……は、はぁ」

 上手く呼吸ができない。でも、そんなこと気にしている暇はない。俺の上に乗った机やいすを強引に退かして上半身だけ起こした。

「……」

 壁の穴から教室に入って来たドッペルゲンガーは無表情のまま、ゆっくりと近づいて来る。やはり頭には猫耳が、お尻には尻尾が生えていた。

「そういう、ことかよ……」

 確かに技術面では俺の方が上だ。だが、それが通用するのはお互いの力がほぼ同じ時だけ。今、ドッペルゲンガーの戦闘力は俺の遥か上。ちょっとまずい。

『あれは、猫との魂同調……』

 吸血鬼の呟きに答えるかのようにドッペルゲンガーはスペルを唱える。

「猫言『猫の独り言』」

 俺の知らないスペル。ぼそぼそと何か言っているドッペルゲンガーを警戒していると不意に視界がぼやけ始めた。

「な、に……?」

 ふらふらとコントロールの効かない体に鞭を打って立ち上がるが、その先が続かない。目を開けていられない。今にも眠ってしまいそうだ。

『にゃああああああああん!!』

 すると、魂の中で猫が絶叫した。その途端、視界がクリアになる。それと同時にドッペルゲンガーの体がぐらりと揺らいだ。

「今のは?」

『にゃにゃん。ドッペルゲンガーのスペルは呪詛を使って相手を昏倒させる技にゃ。私、一応妖怪だからあんにゃこともできるにゃ』

 だが、俺には干渉系の能力は効かないはずだ。呪詛も干渉系の技。そのはずなのに何故か眠たくなった。

『あの技の原理は呪詛を使って相手をリラックス状態にして眠気を誘う技にゃ。しかも、呪詛と言っても子守唄みたいにゃ感じで呪詛そのものを言葉に乗せてるから響の干渉系を無効化する力でも防げないにゃ』

 つまり、先ほどの睡魔はただの副産物であの呪詛の内容は別の物なのだ。更に言葉を経由して呪詛を使用しているため、俺にも通用した。厄介なスペルだ。

『まぁ、私もおにゃじ力を持ってるから弾き返してやったけどにゃ』

 『にゃはは』と笑う猫だったが、それに答える前にドッペルゲンガーが首を振ってこちらを見た。どうやら、正気に戻ったらしい。

『どうするの? 相手は猫と魂同調してるからとんでもないスピードで攻撃して来るけど』

「……どうすっかなぁ」

 吸血鬼の質問に俺はため息交じりにそう呟くしかなかった。猫の魂同調はまだ経験したことないが、効果は十中八九『スピードと攻撃力の上昇』だと思う。対抗手段は今のところない。どんなに攻撃力を上げたって攻撃を当てられなければ意味はないし、それは防御にだって言える。唯一、俺も猫と魂同調すれば同じ条件になるが、こんなに早くドッペルゲンガーが魂同調を使った理由がわからない今、迂闊に切り札を使うわけにはいかない。魂同調は同調を解いた時から数時間、魂に捕らわれてしまうからである。

(今できるのは相手の魂同調が解けるまで耐えることぐらいか)

 そうすれば、相手は魂に捕らわれて動けなくなる。それを狙うしかない。

「『ゾーン』」

 ドッペルゲンガーのスピードに少しでも追い付くために『ゾーン』を発動するが、その時にはすでにドッペルゲンガーは右腕を引いた状態で俺の懐に潜り込んでいた。

(くっ……)

 『ゾーン』を発動している間は通常、相手の動きも俺の動きも遅く見える。しかし、今は向こうのスピードは普段と同じぐらいだ。間に合わないかもしれないと内心、焦ったがドッペルゲンガーの右ストレートの軌道上に何とか右手を置くことができた。ドッペルゲンガーの右拳の側面にそっと手を当てて左に向かってインパクトする。受け止めるのではなく、受け流す。攻撃力が上がっている上にスピードもあるので正面から受け止めても受け止め切れずにそのまま攻撃を喰らう可能性が高い。なら、最初から受け流すつもりで対処すればまだ対抗できる、はず。

 俺の思惑通り、ドッペルゲンガーの体は俺の左を通り抜けて行った。だが、一瞬でも目を離せばすぐに見失って隙を突かれてしまう。なので、左手のひらを前に向けてインパクト。俺の体はその場でぐるりと半回転した。そして、俺の右腕に迫るドッペルゲンガーの左足。

『蹴術『マグナムフォース』』

 脳内でスペルを唱えて両足に妖力を纏わせ、右足を上に高く蹴り上げた。俺の右足とドッペルゲンガーの左足が交差するもすぐに力負けして俺の体は左に倒れ込む。でも、それは予定調和だ。

『飛蹴『インパクトターボ』』

 もう一度、頭の中でスペルを使用し、左足から妖力を放出してくるっと側転する。もし、受け流せない状況になってしまい、受け止めるしかなかった場合、力に逆らわずに逃がせばいい。殴られた時、後ろにジャンプすれば衝撃が少ないのと同じだ。暖簾に腕押しということわざがもっとも近い表現になるだろう。

 側転し、着地した俺はドッペルゲンガーが態勢を立て直して突っ込んで来るのを見てバックステップする。『飛蹴』も同時に使ったので教室の壁から廊下に出ることができた。まぁ、その間に向こうは俺の背後に回り込んでいるのだが。

『震脚『パワードフット』』

 両足が廊下の床に触れると凄まじい衝撃が旧校舎を揺らす。さすがに躱し切れなかったのか床に足を付けていたドッペルゲンガーはバランスを崩した。もう一度『飛蹴』を使ってジャンプしバク宙。バランスを崩しながらも前進して来る敵の上を通ってドッペルゲンガーの背後を取った。

『雷撃『サンダードリル』』

 雷を纏ったドリルがドッペルゲンガーに迫る。普通ならば躱せないだろう。でも、相手は猫と魂同調をしている化物だ。振り返ることもなく、右足を後ろに振り上げて踵でドリルを蹴り上げた。蹴るのと同時に踵から神力の棒を伸ばしてドリルの軌道を真上に変える。ドリルは神力の棒に逆らうことなく天井を貫いた。

「……おいおい」

 仕切り直したいのかドッペルゲンガーはこちらを見て構えるだけだった。『ゾーン』を解除して声を漏らす。今、ドッペルゲンガーは神力を使った。普通の神力ならさほど気にならないのだが――先ほどの神力の密度はいつものそれとは全く違ったのだ。

「気付いた?」

「俺の予想が正しかったら……マジで止めて欲しいってお願いするわ」

「嫌。だって、こうでもしないと勝てないもん」

「……とりあえず、素の状態を見せてくれ」

「わかった」

 俺がお願いするとドッペルゲンガーは頷き、指を鳴らした。すると、ドッペルゲンガーの姿が揺らぎ、“本当の姿”を晒す。

 髪はポニーテールからストレートに。

 目は青からドス黒い紅に。

 体格は男から女に。

 背中から漆黒の翼が生え、髪の色は紅に染まる。

 制服が黒いワンピースへと変化した。

 変わらなかったのは目以外の顔のパーツと真っ黒な猫耳と尻尾のみ。

「……くそったれ」

 俺の目の前には――吸血鬼、狂気、トール、猫、闇と魂同調したドッペルゲンガーの姿があった。

「私は君の偽物。魂も偽物。だからこそ……魂を同調させずに『魂同調の真似事』ができる」

 呆然とする俺に彼女は無表情のまま、そう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そいつを見た時、俺はまず噂は間違っていたと思った。だって、見た目はただの女の子だったからな。でも、俺を見た次の瞬間にはそいつは俺に襲い掛かって来た。まるで獣のようだった。咄嗟に躱さなかったら今頃、俺もそいつの養分になってただろうな』

「……」

 謎の声は私の様子を気にすることなく、話を続けている。やはり、話を聞けば聞くほどこいつの正体が私の予想通りなのだと確信できた。だが、それを私は信じたくなかった。

『すでに俺の正体に気付いてると思うが、まぁ、気にしないで聞いてくれ。ここにいる理由とか、な』

 この後、どのように動こうか悩んでいると声がそうお願いして来る。相手の目的が分からない今、無闇に動くべきではないだろう。

「……わかった。話を続けてくれ」

『サンキュな。これでもお前には感謝してるんだ。狂っていた俺を正気に戻した……いや、戻るきっかけを作ってくれたんだから』

「……」

『おお、そうだったそうだった。黙っていてくれって頼んだったんだ。後で全部説明するからまずは昔話の続きでも話すよ。どこまで話したんだっけな……そうそう、あいつの攻撃を躱したところだったな。それから何とか声をかけたが、そいつは聞く耳を持たなかった。それどころか言葉すら発さなかった。獣のような唸り声しか漏らしてなかった。気が狂ったんだろうな。そいつは色々な奴から力を吸収してたから凄まじい力を持っていた。だから、俺もどんどん追い詰められてとうとう触れられてしまった。死ぬと思って俺は……反射的に――』

 謎の声はそこで言葉を区切る。何か言いにくそうに……いや、言いたくなさそうに続きを語った。

『――燃やしたよ、文字通りな』

 その声音はとても辛そうだった。

 



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第289話 本物と偽物の違い

「魂を同調させずに『魂同調』ができる? 矛盾してるぞ」

「言い方がまずかったね。『魂同調』の真似事。君の『魂同調』よりも性能は低いよ。偽物だから仕方ない」

 俺の言葉を聞いてドッペルゲンガーはすぐに訂正した。

「でも、性能が低いからこそデメリットも少ない。私の場合、ほとんどデメリットはない」

「……デメリットがない。それってどういう?」

「まず、『魂同調』しても魂の揺らぎは起きない。だって、『魂同調』じゃないから」

「言葉が足りなくて意味わからないんだけど」

「君が霊力、魔力、神力、妖力を使えるのは魂に吸血鬼たちがいるから。でも、私の魂には吸血鬼たちのような存在はいない。さすがにそこまで真似できない。だからこそ、別の方法を取った。私の魂に魔力、神力、妖力、闇の塊を埋め込んだ」

 『魂移植』に似たことをしたようだ。確かに魂に魔力などの力の塊を埋め込み、少しずつ供給できるようにすれば4つの力を使うことは可能であり、更に闇の力も使用できるだろう。ただそれほどの力をどこから集め、どうやって固めたのかは全く分からなかった。

「後はその力に私の魂波長を撃ち込んで共鳴させるだけ。ほら、『魂同調』の出来上がり」

 『魂同調』は俺と魂と吸血鬼たちの魂を共鳴させ、魂波長を同じ物にする技だ。そうすることによって俺たちの魂波長の齟齬を失くし、通常時よりも力の供給をスムーズにする。そのため、いつもよりも力を自由に扱えるし、魂波長が同じなので吸血鬼たちの力を使えるのだ。

 それをドッペルゲンガーは疑似的に同じようなことをした。所詮、同調する相手は意志のない力の塊なので本来の『魂同調』よりも性能は落ちる。しかし、『魂同調』すると必ず、起きる魂の揺らぎ――つまり、魂が不安定になるのだが、ドッペルゲンガーにはそれがないのだ。俺が『魂同調』すると6時間、魂に引き込まれてしまう理由は魂の揺らぎを抑えるためであり、同じになった魂波長を元の波長に戻すためでもある。じゃあ、魂の揺らぎが起きないドッペルゲンガーは――。

「――魂に引き込まれないってことか」

「正解。しかも、闇のような負の力も力には意志がないから『魂同調』しても闇に引き込まれることはない。使い放題」

「……」

 衝撃の事実に俺は言葉を失くしてしまった。俺が『魂同調』を使わない理由は魂が不安定になるのと、使っても相手を倒し切れなかったら無防備になってしまうからである。でも、ドッペルゲンガーはそんな心配をしなくてもいい。それに性能が落ちると言っても通常時の俺よりも攻撃力や素早さなど全てにおいて上をいく。時間切れもないので防御に徹しても無意味。それどころか俺の方がガス欠を起こして結局、倒されてしまうだろう。

「ここまで偽物が厄介だとは思わなかったぞ……」

「普通の人なら偽物相手に負けることはないけど、君の場合、不運にも劣っていることが偽物にとって強みになっただけ」

「……はぁ」

 ため息を吐いて己の不運を呪う。攻めても返り討ちに遭い、守っても結局、倒される。助けが来る見込みがないので現状維持も無駄。さて、これは本格的にまずいことになった。

「ッ――」

 戦いは突然、再開される。『魔眼』で力の揺らぎが視えた頃にはすでに俺の懐にドッペルゲンガーは潜り込んでいた。

「霊盾『五芒星けっ――』」

「遅い」

 結界を作る前に思い切り、腹部を殴られる。

「ガッ……」

 一瞬だけ浮遊感を覚え、すぐに背中に凄まじい衝撃を受けた。廊下の天井に叩き付けられたのだ。そして、俺の体が重力に捕らわれ、落下し始めた直後に顔面に彼女(ドッペルゲンガーの性別は今、女だ)の右足が叩き込まれる。そのまま、廊下をバウンドしゴロゴロと転がされた。

「くっ」

 霊力を流して怪我を素早く治し、立ち上がる。でも、目の前にドッペルゲンガーの姿はない。

「タッチ」

「え?」

 そんな声と共にドッペルゲンガーはポンと俺の背中を軽く叩く。あまりにも不可解な行動。何の目的で俺のせな――。

「なっ!?」

 そこで気付いた。『結尾』と『魔眼』が解除されている。いや、それどころか俺自身の地力そのものがごっそり減っていた。彼女は『闇』の力を使って俺の力を吸い取ったのだ。

「神鎌『雷神白鎌創』」

 驚愕していると目の前で白い鎌を展開したドッペルゲンガー。急いで『飛拳』で逃げようとするも『飛拳』はもちろん、『拳術』、『蹴術』、『飛蹴』の効果もなくなっていた。

「鎌撃『爆連刃』」

 その事実に戸惑っている間にドッペルゲンガーのスペルが発動する。目と鼻の先で鎌の刃が炸裂し、破片が俺の体をズタズタに引き裂いた。痛みと衝撃でバランスを崩してしまい、廊下に倒れてしまう。

「結尾『スコーピオンテール』」

 ポニーテールに白い刃が出現し、俺の眉間に向かって伸ばして来る。右に転がって避けるも先回りされたようで彼女が右手に『闇』の力を凝縮させて待ち構えていた。

(これはやばいッ!?)

「重拳『グラビティナックル』」

 スペルを宣言し、右手を振るう。重力の塊を纏った右手だ。あんなのに殴られたらひき肉にされてしまう。

「雷輪『ライトニングリング』」

 両手首に雷の腕輪が出現し、その場を離れる。何とか直撃は避けたもののドッペルゲンガーが床を殴った時に発生した衝撃波に煽られ、吹き飛ばされてしまう。

「はぁ……はぁ……」

 フラフラしながら立ち上がって前を見ると床に彼女の拳大の穴が開いていた。

「……」

 躱されたのが意外だったようでゆっくりと床から手を離し、俺の方を見る。

『響、大丈夫!?』

 戦闘がひと段落したのを見て吸血鬼が話しかけて来た。

(あ、ああ……今のところは、な)

 ドッペルゲンガーはジッと俺を見つめている。俺たちの戦いはものすごく頭を使う。一瞬の判断ミスで命がなくなってしまう可能性が高いからだ。そのため、神経も使うし頭の回路がショートしてしまいそうになるのである。だから、長時間の戦闘は出来ない。つまり、俺たちは今、オーバーヒートしてしまいそうな脳を冷やしているのだ。まぁ、俺の場合、冷却時間を少しでも伸ばしてこの状況を打破する作戦を考えなくてはいけないのだが。

「……なぁ、一ついいか?」

 時間稼ぎのために質問する。それに少し気になっていることがあったのも本当だった。

「何?」

「お前がその姿を隠せたことだよ。多分、『狂眼』で姿を隠してたんだろうけど、俺には干渉系の能力は効かない。それなのにお前は見事、隠せた。それは何故だ?」

 さて、質問はした。ドッペルゲンガーがこの問いの答えを言っている間に突破口を見つけよう。もちろん、吸血鬼たちにも協力して貰う。

「それは簡単だよ。『猫言』の呪詛に紛れ込ませたの。君の魂にいる猫は私の呪詛だけを弾いたから『狂眼』だけ残った。だから、君は幻覚を見ていた。まぁ、強力な幻覚は見せられなかったけど、私の姿を隠せる程度にはできたの」

 つまり、彼女の目的は俺を眠らせることではなく、自分の姿を隠して『魂同調』することだったようだ。そうすることによって俺の警戒度を低くし、俺が油断しているところを一気に倒す作戦だった。しかし、予想外に俺は耐えた。それどころか手加減していたとは言え、ピンチになり神力を使う羽目になったのだ。そのおかげで俺はドッペルゲンガーに違和感を覚え、看破できた。あのまま気付かなかったらチャンスとばかりに懐に潜り込んだ瞬間、意識を刈り取られていただろう。

「危なかったみたいだな……よかったよ、気付けて」

(どうだ?)

 安堵のため息を吐きながら吸血鬼たちに問いかけた。

『ごめんなさい、何も浮かばないわ……誰か何か思い付いた?』

『……いや、正直ドッペルゲンガーを倒す方法は響も『魂同調』するしかないのぅ』

『だとしてもにゃ。トールだとドッペルゲンガーのスピードに追い付けにゃい。それに私と同調してもパワーが足りにゃくて相手の防御を破れにゃいにゃ……』

『ふむ。儂の力を貸せばまだ戦えそうだが……決定打にはならないだろうな。それどころかまだ向こうは儂の力を見せていない。もし、響が龍化したら向こうも龍化するかもしれない。そうなってしまえばもうおしまいだ』

『役に立てないのー……』

 攻めても勝てない。守っても勝てない。何をしても勝てない。どうすることもできない。

(……待てよ?)

 そうだ。ドッペルゲンガーは俺の偽物だからこそ『魂同調』のデメリットがない。じゃあ、その逆は? 本物の俺にしかできなくて、ドッペルゲンガーにはできないことを探せばいいのではないだろうか。

「質問は終わり? なら、行くよ」

「……あった」

 そうだよ。俺にしかできないことが。今までずっとピンチになってボロボロになってどんな手を使ってでも生き残って来た俺だからこそできる。

「何があったの?」

「……お前を倒す方法だよ」

「え?」

「簡単なことだった。自分の身を案じるから勝てない。じゃあ、案じなければいい」

 思い付いた作戦はとても危険だ。失敗すれば俺は連れて行かれてドッペルゲンガーと入れ替わってしまう。でも、試してみる価値はある。

「霊術『霊力ブースト』!!」

 そう叫ぶと赤い靄が俺を包んだ。

「ッ……まさか?」

 初めてドッペルゲンガーの表情が変わる。その顔は驚いていた。俺の考えていることがわかったのだろう。

「攻めても勝てない。守っても勝てない……じゃあ――」

 俺は『魔術』のスペルカードを構えてニヤリと笑った。

 

 

 

「――自爆。この手しかないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後はあいつから聞いた通りだ。俺はあいつを奴隷のように扱った。俺には逆らえない。逆らったら燃やされるとあいつの心に刻み込んで寝首をかかれないようにしたんだ』

「……話し合いで何とかならなかったのか?」

『無理だな。もう俺は手を出してしまった。急いで炎を消した時は虐められていた頃のあいつに戻ってたよ。俺を映すあいつの目には恐怖が浮かんでた。でも、そのまま放置しておけばまたあいつは暴走する。それほど危険な状態だった。だからこそ、首輪を付けておく必要があったんだ』

「それでも殺しまでさせる必要は……」

『何とかあいつを家に連れて帰って仮眠を取っていた時、あいつは眠ったまま俺の首を絞めて来た。俺だけじゃない。その後も俺の家を勝手に出て行ってはそこら辺にいた動物を八つ裂きにしてたよ。眠ったまま、な』

 心が壊れていたのだろう。無意識の内に殺すことでストレスを発散させていたのだ。

『しかも、ストレスを発散させるだけじゃない。もう……快楽だった。ひき肉になってる死骸を見て頬を赤くして笑っていた……もはや、普通の暮らしができるとは思えなかった。殺しに悦びを感じ、狂ったように笑ってる姿を見てそう結論付けたよ』

「……だから、殺しをさせてその子の精神を調節していた?」

『最初はそうだった。あいつのため、あいつのためと自分に言い聞かせて殺されて同然な外道共を殺せと命令した。今思えば、その頃から……俺も狂ってたんだろうな』

 謎の声はそこまで言って乾いた笑い声を漏らし、こう吐き捨てた。

 

 

 

『最終的に俺はあいつのことを殺しの道具としか見てなかったんだから』



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第290話 自爆へのライン

「ッ――」

 俺が『自爆』と言った瞬間、ドッペルゲンガーは目の前からいなくなっていた。まぁ、そうだろう。ドッペルゲンガーの勝利条件は“俺を連れ去る”ことだ。もし、『俺が自爆して死ぬ』ことがあれば彼女は負ける。だからこそ、あの一言が有効だった。そうすれば、ドッペルゲンガーに『俺が自爆する前に勝負付けなければならない』という時間制限が発生するのだから。実際、ドッペルゲンガーは焦ったように俺を攻撃して来た。

(そう、それでいい)

 焦れば焦るほど攻撃が大振りになるし、隙もできやすくなる。手の内を明かすことでドッペルゲンガーを追い詰めたのだ。

 それに――俺だってこの勝負、負けるわけにはいかない。絶対に“生き残る”。それが俺の勝利条件だ。

「『ゾーン』」

 世界がスローモーションになる。まぁ、スローなのは俺だけであってドッペルゲンガーは普段より少し速いくらいなのだが。

(でも、これだけでも十分対処可能だ)

 今、俺の両手首には雷の腕輪がある。『魂同調』をした相手には勝てないが攻撃を受け流すには問題ない。

 

『魔眼『青い瞳』』

『拳術『ショットガンフォース』』

『蹴術『マグナムフォース』』

『飛拳『インパクトジェット』』

『飛蹴『インパクトターボ』』

 

 5つのスペルを発動してドッペルゲンガーの様子を確かめる。俺の右腕に向かって鎌を振り上げていた。俺の右腕を斬り落とすつもりらしい。確かに右手には『合力石』の指輪がある。右腕が斬り落とされてしまったら『合成する程度の能力』は使えなくなってしまい、霊力を使ってくっ付けるまで厳しい戦いになるだろう。

『魔術『魔力ブースト』』

 鎌が俺の右腕に触れる直前でやっと唱えることができた。そのまま、術式を構築して新しいスペルを作り上げる。

『硬術『フルメタルボディ』』

 

 

 

 ――ガギンッ!

 

 

 

 ドッペルゲンガーの鎌は俺の腕を切り裂くことはなく、弾かれてしまった。

 『魂同調』は強力な技だ。通常時の俺では太刀打ちできない。

 だが、『ブースト』系のスペルはデメリットが大きい分、効果も大きい。『霊術』、『魔術』のように単発ではそこまで強くはないのだが、重ね掛けすることによって相乗効果が得られる。『魂同調』が足し算ならば『ブースト』系は掛け算。まだ『霊術』と『魔術』しか発動していないのに5つの魂と同調しているドッペルゲンガーの鎌を弾いたのだ。その効果は絶大である。

 何より『ブースト』系のスペルは吸血鬼たちからの力の供給量を増やして俺自身の地力を水増しする技だ。つまり、魂の中に吸血鬼たちのような意志を持った存在がいなければならない。力の塊しかいないドッペルゲンガーは使用できないのだ。

「龍化!!」

 そこへ更にダメ押し。左腕に白銀の鱗が現れ、背中には白銀の右翼だけ生えた。

「竜撃『竜の拳』」

 左手を巨大化させてドッペルゲンガーへ振るう。

「――」

 しかし、彼女は『猫』の運動神経で体を捻り、紙一重で回避する。それどころかポニーテールを伸ばして俺の右目を狙って来た。

「雷転『ライトニングフープ』!」

 咄嗟にスペルを唱えて雷の輪でポニーテールの進路を塞ぐ。さすがに弾くことは出来なかったが、軌道を変えられた。ポニーテールは俺の右頬を掠って通り過ぎていく。

「「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』」」

 一度、距離を取って同時に鎌と剣を創造する。問題が俺はまだ『結尾』を発動していないことだ。

「結尾『スコーピオンテール』」「三本芝居『剣舞舞宴華』」

 やはり、『三本芝居』を使って来た。目の前にドッペルゲンガーの鎌が迫る。それを龍の鱗に覆われた左腕で弾き、すかさずスペルを宣言。

「三本芝居『剣舞舞宴華』」

 弾いた鎌の代わりに突っ込んで来たポニーテールを直剣で受け流す。しかし、その頃には俺の首に相手の直剣が届こうとしていた。鎌の柄で直剣の軌道をずらし、バックステップで逃げる。だが、ドッペルゲンガーもしつこく追って来た。

「くっ……」

 ポニーテールを鞭のように振るって足払いするも軽くジャンプして回避された。その隙に鎌の刃が俺の右腕を斬る。傷は浅いがやはり向こうの方が身体能力は上なので徐々に追い詰められていた。

 そもそも、『三本芝居』は鎌で相手の攻撃に穴を開けて直剣で相手を牽制し、ポニーテールで隙だらけの敵を攻撃する技だ。しかし、お互いに『三本芝居』を使っているため、普段通りの動きをしてもお互いに同じ動きをすることになり、力で負けている俺にとって不利になってしまう。だからこそ、変則的な『三本芝居』をしようと攻撃する機会をうかがっているのだが、そんなものどこにもなく、それどころか防御すら危うい状況だ。やはり、『霊術』、『魔術』、『龍化』を重ねても『魂同調』には敵わない。かといって、次の『ブースト』系を発動するにはもう少し時間がかかる。

「光撃『眩い光』!」

 『三本芝居』を解除して次のスペルを使った。

「――」

 さすがのドッペルゲンガーも顔を背けて目を庇う。その隙に天井を頭で破壊(勢いよく突っ込んだ)して2階に逃れる。俺が開けた穴から数歩、後ろに下がってドッペルゲンガーが出て来るのを待つ。

「神撃『ゴッドハンズ』」

「ッ!?」

 しかし、俺の予想に反して彼女は俺が立っていた床を巨大な手で破壊して来た。ジャンプして躱すが手の勢いは死んでいない。このままでは掴まれてしまう。

「回蹴『サマーソルト』!」

 両手から妖力を噴出し、体を無理矢理回転させて『神撃』につま先をぶつける。もちろん、インパクトも有りだ。

 巨大な手とつま先がぶつかった瞬間、衝撃波が発生し周囲の窓が粉々に割れる。空中にいた俺は踏ん張ることなどできるわけもなく、吹き飛ばされてまた天井を破壊した。

「よっと」

 何とか、3階の床に着地するがすでにドッペルゲンガーは俺を捕まえようと真上に移動していた。

(早すぎんだろ)

「雷刃『ライトニングナイフ』」「合成『混合弾幕』!!」

 彼女が生み出したいくつもの雷のナイフを合成弾で撃ち落とすがあまりにもナイフの量が多く、いくつか俺の体に刺さる。それらを引き抜きながら少しでも距離を置こうとバックステップするがドッペルゲンガーはそれを予知していたのか突進して来た。

(ここだ)

「妖術『妖力ブースト』!」

 インターバルも終了し、3枚目の『ブースト』を使用。体から放出されるオーラの色がまた一つ増えた。

「「妖拳『エクスプロージョンブロウ』」」

 右拳に妖力を凝縮し、一気に前に突き出す。ドッペルゲンガーも同じようにスペルを使用する。俺の右拳とドッペルゲンガーの右拳が激突し、また衝撃波が生まれる。

 『妖拳』は妖力を拳に集めて相手に当てた瞬間に開放するスペルだ。インパクトにも似ているがこちらは文字通り、『爆発』する。そんな技を狭い校舎――しかも、3階で使ってみろ。

「のわ!?」「っ……」

 足元が崩れるのも無理はない。ガラガラと崩れる中、俺たちはお互いを見つめながら次のスペルカードを構えた。

「竜撃『竜の拳』」「神撃『ゴッドハンズ』」

 俺は龍の、ドッペルゲンガーは神の拳を作り出し、また衝突させる。今度は2階が壊れた。

「拳弾『インパクトガトリング』」

「ッ!?」

 衝撃波に煽られ、バランスを崩しているところに『拳弾』が飛んで来る。これをまともに喰らったらマズイ。

「劣界『劣化五芒星結界』!」

 足元に博麗のお札を1枚だけ投げて『劣界』を発動し、それを足場にして攻撃範囲から逃れる。

「黒符『ブラックスパーク』」

 だが、その声がした方を見ると俺に向かって右手の平を突き出しているドッペルゲンガーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『気付いた頃には俺は自分が殺したい相手をあいつに殺させてた。あいつを手に入れて自分が強くなった気にでもなってたんだろ』

 謎の声は明るい声音でそう言った。

「……」

 それを私は黙って聞いているしかなかった。かける言葉が見つからないのだ。

『それから月日が経ってあいつの精神も安定して来た。俺には見せなかったが、新しく出来た友達には笑顔を見せていたらしい。だからなのか殺しをしたくないと言って来た』

「なんだ、よかったじゃないか」

 バッドエンドを迎えるかと思ったが気が狂った子は何とか落ち着きを取り戻した。これでめでたし。

(……とはならない)

 結末を知っているからこそこの後の展開が読める。私だってその場にいたのだ。気を失っていたが。

『ああ、よかった。俺の気が狂ってなければな。殺しをしたくないと言うあいつを問答無用で燃やした。泣き叫ぶあいつに俺は言ってやったよ。『殺せ』ってな。今考えれば何て外道なんだろうな俺。最初は更生させるためだったのに俺自身があいつを狂わせる元凶になりそうだった』

「“なりそう”? じゃあ――」

『ああ、ならなかった。気が狂う前にあいつは逃げたんだよ。“音無響を倒す”、“リーマの仇を取る”って言ってな』

 その後は私も知っている。

「……おい。もういいんじゃないか?」

 『お前の正体を明かしても』と言おうとするがそれを止めたのは謎の声だった。

『おっと、すまん。話してる内にこっちの準備が出来た。サンキュな、誰かさん』

「誰かさん?」

『手伝ってくれたんだよ。誰か知らないけどな。会ったことないか?』

「……そう言えば」

 吸血鬼たちが謎の声に協力するとは思えないので省いた。そうすれば自ずと一人しか思い当たる節はない。

(ずっと部屋に閉じこもっている……レマって奴か?)

 まだ会ったことはないが、そう言う奴がいると響が言っていた。十中八九、レマだろう。

『よっと』

 思考を巡らせているといつの間にか部屋に大きなテレビが出現していた。

「これは?」

『外の様子を見ることができるらしい。見てみろ。お前がいなくなった結果だ』

 謎の声がそう言った瞬間、テレビが点いた。

「ッ!? 響っ!!」

 そこに映し出されたのは――床に倒れて動かない男の響とそれを見下ろす女の響だった。

 



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第291話 結界牢獄

「霊盾『五芒星結界』!!」

 咄嗟に『五芒星』を発動する。さすがに『黒符』を防ぎ切れないかもしれないが、逃げるぐらいの時間は稼げるだろう。

 しかし、ドッペルゲンガーは俺の予想を裏切る行為に出た。

「なっ……」

 目の前にいたはずなのにいつの間にか俺の右側に移動したのだ。『五芒星』で防ぐことを予知していたのだろう。俺が見ていたのは超高速移動による残像だったのだ。

(このままじゃ)

 すでに彼女の手は真っ黒に染まっている。『五芒星』を動かそうにも移動は出来ても向きを変えることは無理そうだ。顔を動かす時間すらないのだから。それに移動しても『黒符』を面ではなく線で受けなければならず、そのまま『黒符』は俺を飲み込むだろう。

「くそっ!」

 やらないよりはマシなので俺の右側に『五芒星』を動かす。それと同時にドッペルゲンガーが『黒符』を放った。俺へ死の光線が迫る。

『響!』

 吸血鬼の悲鳴が聞える中、横目で『五芒星』を見た。丁度、『黒符』と衝突し、光線を切り裂いているところだった。

(切り裂く?)

 そう、『五芒星』は光線を分断していたのだ。俺の前後を黒い光線が通過して行く。だが、徐々に『五芒星』が押されている。放っておけば光線に飲み込まれる。

「う、うお、おおおおおおおお!!」

 雄叫びを上げながら無我夢中で『五芒星』を操作する。もちろん、向きを変えるのではない。縦に“回転”させた。『五芒星』は凄まじい勢いで回転し、『黒符』を斬りながら進んで行く。

 

 

 

「回界『五芒星円転結界』ッ!!」

 

 

 

 即興でスペルを作り(弾幕ごっこではないので唱える必要はないのだが)、『五芒星』を通じて霊力を放ち『黒符』を吹き飛ばした。

「ッ!?」

 キラキラと黒い光が舞う向こうでドッペルゲンガーが目を丸くして俺を見ている。

「合成『混合弾幕』」

 そして、すぐに『回界』に向かって合成弾を放つ。だが、それすらも『回界』の前では無に等しかった。スパスパと合成弾を両断して進む『回界』。

 霊夢が教えてくれた守りの結界。

 霊奈が教えてくれた攻めの結界。

 その二つが組み合わさって出来たのがこの『回界』だ。ちょっとやそっとじゃ防ぐことはできない。

「霊盾『五芒星結界』」

 顔を歪ませながら彼女は『五芒星』を発動させた。最強の矛を防ぐためには最強の盾しかない。『五芒星』と『回界』は激突すると甲高い音と火花を激しく散らした。

「ぐっ……」

 例え『魂同調』しているとは言え、こちらは本物の『五芒星』で『霊術』で威力が上っているのだ。少しずつだが、ドッペルゲンガーの『五芒星』が後退し始める。

 

 

 

「神術『神力ブースト』」

 

 

 

 インターバルが終わり、スペルを発動した俺はすでにドッペルゲンガーの背後に回り込んでいた。

「やめっ……」

 顔だけで振り返った彼女は俺に手を伸ばすが俺は止まらない。

 幽香との戦闘で使ったのは『魂絶』。『ブースト』系を全て使った時、初めて使用可能となるスペルカード。残っている4つの力の全てを使って大爆発を起こす技だ。使用した後、俺の力は底を尽きるため、指一本動かせなくなってしまうまさに自爆技である。あれから『ブースト』系を4つ使った後に使用できるスペルをいくつか作ったのだが――。

 ――その中でも『魂絶』を超える自爆技。俺が持っている霊力、魔力、妖力、神力はもちろん、肉体すら消滅させるほどの威力を持った一撃。俺の命すら吹き飛ばすだろう。

「魂断『ソウルフルバースト』」

 そう、このスペルを“使えば”俺は死ぬ。そうすればドッペルゲンガーの目的は達成できない。

「吸収『ドレインホーリー』!」

 俺の右手から放たれた爆発を彼女は両手で吸収し始めた。ドッペルゲンガーは俺が俺自身の技で死ぬ前に爆発を吸収するしかないのだ。

(これを待ってたッ!)

「えっ……」

 爆発を吸収し始めてすぐドッペルゲンガーは目を見開いて驚愕する。無理もない。『魂断』にしては“威力が7割ぐらいしかない”のだから。

 『魂断』は全ての地力を使う技だ。使ってしまえば、俺ですらコントロールできない。じゃあ、“『魂断』を使わなければいい”。

 だが、俺ははっきりと『魂断』と宣言した。だからこそ、ドッペルゲンガーは俺の命を救うために爆発を吸収したのだ。では、何故俺は消費する地力をコントロールできるのか。

 理由は簡単。『魂断』を使っていないからだ。

 『魂爆『ソウルアウト』』。

 これも『ブースト』系を唱えてからでないと使用できないが使用する地力の量をコントロールできるスペルカードだ。もちろん、地力を全て使用する『魂絶』や『魂断』の方が威力は高いが『使用後、行動不能』というデメリットがなくなる。しかも、『魂爆』は使っても『ブースト』の効果がなくならない。『ブースト』が切れた瞬間、地力が残っていても4つの力が使えなくなるので結局、倒れてしまう。そのデメリットすらない技なのだ。

 そもそも、これは殺し合いなのでスペルカードを宣言する必要はない。まぁ、ドッペルゲンガーは唱えなければならない制約があるかもしれないが。俺はそこに罠を張った。

 宣言したスペルとは違うスペルを使用したのだ。

 それに俺は『自爆』と言ったが、決して『俺が自爆する』とは言っていない。『相手を自爆に追い込む』という意味なのだ。それを勝手にドッペルゲンガーが“勘違い”して焦って俺を攻撃して来たり、俺が使用したスペルを『魂断』だと“決めつけ”爆発を吸収した。

「凝縮『一点集中』」

 ドッペルゲンガーが爆発を吸収している間に右手に残り2割の地力を集中させる。

「ちっ……」

 それを見た彼女は舌打ちするが今、吸収を止めてしまうと至近距離で爆発に巻き込まれてしまう。動くに動けないのだ。全ては彼女の勘違いから起きた。これこそ、墓穴を掘る――つまり自爆だ。

 両手を伸ばしているドッペルゲンガーの懐にゆっくりと近づき、その胸に手を当てた。

(俺とドッペルゲンガーの魂波長は同じ……なら!)

「開力『一転爆破』」

 直接、ドッペルゲンガーの魂に干渉して『開力』を彼女の体内に撃ち込むことができる。すぅ、と俺の右手からドッペルゲンガーの中に光が溶けていく。その光はとても小さいが、俺の地力2割分――しかも『ブースト』を使った超高密度の力の塊だ。胸を仄かに光らせたまま、ドッペルゲンガーが顔を歪ませた。彼女は俺自身。この後に起きることを理解しているのだろう。

「チェックメイト」

 そう俺が呟いた刹那、彼女の胸で仄かに輝いていた光が一気に大きくなり、大爆発を起こした。

「ッ――」

 急いで距離は取ったが、ここは狭い廊下だ。逃げ切れなかった俺も爆風に煽られ、地面に叩き付けられた。間近で目を突き刺すような光を見た結果、ズキズキと頭が痛むし耳など聞こえない。鼓膜がやられてしまったようだ。霊力を流してすぐに治す。まだ地力は1割ほど残っているとは言え、すでにボロボロだった。廊下の天井を見上げてそっとため息を吐く。

『うむ、作戦成功じゃな』

(ああ、そうだな)

 トールの満足そうな独り言に頷きながらフラフラと立ち上がる。『開力』の爆発で廊下や教室、天井が吹き飛び、煙が立ち込めていて周囲の状況がよくわからない。

『……まだ生きているな』

「みたいだな」

 『魔眼』で見てもドッペルゲンガーの姿は視えないが俺の勘が彼女はまだ生きていると叫んでいた。警戒しながら煙が消えるのを待つ。

「……霊盾『五芒星結界』」

「っ!?」

 ドッペルゲンガーの声がしたと思ったら突然、足元が救われて尻餅をついてしまう。お尻と背中を強打して息が詰まった。

『だいじょうぶー?』

 心配そうな声で問いかけて来る闇に頷こうとするがその前に一つの疑問が浮かんだ。

「……俺は、“何に背中をぶつけた?”」

 『開力』により周囲の壁はほぼ崩れていた。つまり、背中をぶつけられないのだ。嫌な予感がする。すぐにその場から離れようと立ち上がろうと前を見た。

「これ、は」

 目の前の光景にただ呆然とするしかなかった。

 俺は5枚の『五芒星』に取り囲まれていたのだ。前後左右はもちろん、俺が尻餅をついている床も『五芒星』だった。よく見ると廊下から数cmほど浮いているようだ。合計6枚の結界が俺を包んでいる。唯一、開いているのは上のみ。

『響、逃げて!』

 吸血鬼が何か感じ取ったようで叫んだ。上から脱出しようと立ち上がるがそれを阻止するように7枚目の『五芒星』がそっと出現し、蓋をした。

「……」

 星の頂点を重ね、上下1枚ずつ。側面に5枚の結界を使った『結界牢獄』の完成だ。隙間はあるが子供でも通り抜けられそうにない。

『してやられたのぅ……』

『にゃー……』

 閉じ込められたことを理解したのかトールと猫がため息を吐く。どうやら、今まで彼女が発動した『五芒星』をどこかに隠していたらしい。

「結檻『五芒星結界牢獄』」

 煙の向こうから傷だらけのドッペルゲンガーが現れた。その姿は普段の俺(まだ女だが)なので『魂同調』は解除されたらしい。しかし、状況は先ほどよりも深刻だった。

「危なかった。咄嗟に吸収していた力を『開力』の爆発にぶつけて相殺しなかったら死んでた」

「そのまま死ねばよかったのに」

「私にはやることがあるから無理。そのおかげで君を捕まえることができた。それそんなに維持できないけど」

 どうやら、『結檻』は燃費が悪いようで長時間の維持はできないらしい。

「じゃあ、どうするんだ? 地力が減ったとは言えまだ『ブースト』の効果は残ってる」

「知ってる。だからこうする」

 そう言いながら人差し指に地力を集中し始めた。最初は球体だったそれを細く鋭く変形させていく。まるで針のようだった。細すぎて線にしか見えないが。

「霊転『五芒星転移結界』」

「……おい、まさか」

 ドッペルゲンガーが発動したスペルですぐに彼女の考えがわかってしまった。

「大丈夫。頭と心臓には当てないから」

「竜撃『竜の拳』!」

 巨大化した左手で目の前の『五芒星』を殴る。だが、檻は壊れない。

「霊盾『五芒星結界』、回界『五芒星円転結界』!」

 新しく『五芒星』を作り出し、回転させて檻の繋ぎ目を切断しようとするも俺自身の霊力が足りず、なかなか斬れない。

「時間切れ」

 彼女の声は恐ろしいほど低かった。無表情のまま、指先の針を『五芒星』の1つに当てる。針は『五芒星』に吸収され――。

「ガッ……」

 7枚の『五芒星』から同時に細い針が飛び出し、俺の体を易々と貫通した。針の勢いは衰えずまた『五芒星』に吸収され、今度はそれぞれの結界から7本――計49の針が俺を襲う。頭と心臓に当たりそうになった針はスッと消えるが少ない霊力がどんどん減っていく。

「これで終わりかな?」

 どれほど時間が経っただろう。『結界牢獄』が消滅し、血だらけの俺は床に落ちた。

(くっそ……)

 指一本動かせない。霊力がなくなったのもそうだが激痛で『ブースト』が切れてしまったのだ。霊力を回復しても今日1日動けない。

「……うん、体の損傷はなし。傷があったら出血しすぎて死んじゃうかもしれないからね」

 うつ伏せで倒れている俺の体をペタペタと触って頷くドッペルゲンガーの声は少しだけ嬉しそうだった。

 



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第292話 狂い咲く炎

「響! 響ってば!」

 響の魂で吸血鬼がテレビに向かって叫んでいる。そのテレビには廊下に倒れている響とドッペルゲンガーの姿があった。このテレビは響の目線を映す他、三人称視点も映すことができるため、周囲の状況も見えるのだ。

「落ち着け、吸血鬼。お前が焦っても意味がない」

 テレビにしがみ付いている彼女を青竜が引き剥がした。だが、青竜自身も内心、穏やかではない。『ブースト』の効果で身動きの取れない響を救う方法を模索している最中だ。

「そんな事言ったってッ……」

「青竜の言う通りじゃ」

 トールも吸血鬼の体を引っ張ってやっと画面から離すことに成功した。しかし、吸血鬼は顔を真っ青にしてブルブルと震えている。

「にゃー……吸血鬼、どうしたにゃ? 焦るのもわかるけど焦り過ぎにゃ」

 猫の知っている吸血鬼はいつも微笑みながら猫と闇の世話を焼いてくれる優しいお姉さんだ。それに響の信頼もこの中でダントツである。響が魂に遊びに来た時など長年連れ添った夫婦のようなやり取りをしているのだ。

「駄目なの。響は……私が、守らないと」

 自分の体を抱いて弱々しく呟く吸血鬼。それを見た他の人たちは困惑した表情を浮かべながら彼女を見つめる。

「きゅーけつき、おちついて」

 そんな中、闇が心配そうに吸血鬼の背中を撫でた。闇の精神年齢はまだ6歳ほどだ。そのため、今の状況をあまり理解していない。しかし、何かを感じ取ったのだろう。これ以上、吸血鬼が暴走しないように声をかけたのだ。

「……ええ、大丈夫よ。皆もありがと」

 やっと落ち着いたのか2回ほど深呼吸して彼女は立ち上がった。

『さて、後はこれを付けるだけ』

 その時、画面からそんな声が聞こえる。全員が画面に目を向けるとドッペルゲンガーの手には雅と霙、霊奈に取り付けられていた黒い首輪があった。

「まずいのぅ。あれを付けられたら響は何も出来なくなるぞ」

「でも、響は干渉系の能力は効かにゃいにゃ」

「“能力”だろう? あれは“道具”だ」

 猫の反論を青竜が潰す。屁理屈のように聞こえるが実際、響の能力は屁理屈で能力の内容が変わることがある。だからこそ、干渉系の能力が効かないと言っても安心できない。付けられない方がいいに決まっている。

「どうする? 我らでは何もできないぞ」

 ここは魂の中である。外の世界には干渉できない。

「青竜なら出来るんじゃないかしら?」

 少しだけ考えた後、吸血鬼は青竜に問いかけた。

「ああ、可能だ。だが、響自身の地力がほとんどないから通常よりもグッと力は落ちる。正直、ドッペルゲンガーに勝てる自信などない」

「勝てなくてもいい。時間稼ぎさえしてくれれば」

「なにかさくせんでもあるの?」

「……作戦、なのかしら」

 少しだけ呆れた様子で彼女は扉の方へ向かう。それを見てトールが目を見開き、思わず口を開いた。

「まさか……連れ戻すつもりなのか?」

「ええ。何となくあの子がいれば何とかなりそうな気がするの。何の根拠もない、私の願望。私たちで無理でもここにいない人なら何かできるかもしれない。だから――」

 そこで言葉を区切り、ドアノブに手をかける。

 

 

 

「――狂気を連れて来るわ。必ずね」

 

 

 

 体が全く動かない。うつ伏せの状態だからドッペルゲンガーの様子すら見られない。

「さて、後はこれを付けるだけ」

 どうしようか思考を巡らせているとそんな声が聞こえた。

(これ?)

 これとは一体、何なのだろうか。俺にとって良くない物なのはわかるが。

「貴方でもこの首輪を付けられたら何もできなくなる。そして、あの人の研究材料になって」

「ま……さか……」

 首輪と聞いて雅たちに付けられたあの黒い首輪を思い出した。確かにあれを付けられたら干渉系の能力が通用しない俺も能力を発揮できなくなってしまう。今、悟に頼んで首輪の仕組みを調べて貰っているがまだ解析の途中だ。無い物を強請っても意味などない。

「へぇ、話せるんだ」

 俺の呟きを聞いて驚いたような声を漏らすドッペルゲンガー。身動きできないからと言って声帯ぐらいは動かせる。

「まぁ、いいや。それじゃ付けるね」

「くっ……」

 気配でドッペルゲンガーが近づいて来ているのがわかった。後数秒で首に黒い拘束具が取り付けられ、そのまま彼女の言うあの人の元へ連れて行かれるのだろう。『ブースト』のせいで地力はおろか闇すら使えない(闇の力は地力を変換して使うので地力が使えない状況だと闇も使えなくなる)俺はただその時を待つことしかできなかった。

「……」

 だが、いつまで経っても首輪は付けられない。どうしたのだろうと再び、周囲の気配を探った。すると彼女は数メートル先まで移動している。そして、俺の目の前にもう1つの気配。

「これが噂の」

「これがどれを意味するのかわからないがこれ以上、響をいじめないで貰いたい」

「それは無理」

「そうか。ならば仕方ない。戦うとしようか」

「せい……りゅ、う」

 そう、この気配は青竜の物だ。まぁ、前に比べて恐ろしいほど力は少ないようだが。

「すまない。今の儂ではドッペルゲンガーには勝てない。時間稼ぎが関の山だ」

 青竜は俺の地力を借りて分身を生み出す。そのため、俺の地力が少ないと分身の力も弱まってしまうのだろう。

「だが、安心しろ。今、吸血鬼が何かしようとしている。それまで待つのだ」

 そう言って青竜はドッペルゲンガーの方へ走り出した。それからすぐに青竜とドッペルゲンガーは激しい戦いを始める。

「青竜って言う割には弱いね。貴女の力を使う必要もないみたい」

「何を言う。汝こそ儂の力が使えないのだろう」

「……どうしてそう思うの?」

「汝は狂気の力も使っていた。だが、狂気は今、魂の部屋に閉じこもっている。響は狂気の力を使えないのだ。じゃあ、何故汝は使えるのか。答えは簡単である。“汝は狂気が部屋に閉じこもる前の響”なのだ。まぁ、響の戦いを観察して随時、更新していたようだが、さすがに目覚めたばかりの儂の力を模倣することは叶わなかったようだな」

「正解。すごいね、青竜。でも、だから何? 別に貴女の力がなくても貴女を倒せるよ。死んで」

 そこで2人の会話は途切れ、時々ドッペルゲンガーがスペルを唱えるだけでそれ以外ではずっと無言だった。

 青竜はわざと声に出してドッペルゲンガーに質問したのだろう。俺にヒントを与えるために。

(でも、俺は動けない)

 何もできない。まただ。また俺は肝心な時に何もできない。

「くっそ……」

 俺の悔しげな声は2人の拳がぶつかり合う轟音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビの画面で響の前に緑の髪の幼女が現れた。どこか闇に――いや、響の小さい頃の顔に似ている。

『ああ、それは青竜だ。最近、仲間になったらしい』

「青竜……」

 確か四神の一角だったような気がする。何故、そんな奴が響の仲間になったのか気になるが響だから仕方ないと自己解決した。

『まぁ、普段はもっと大きいみたいだが今はあいつ自身の地力が枯渇してるしあんな姿になったんだな』

「……待て。その言い方だと響の魂から召喚したように聞こえるが?」

『実際そうだ。青竜玉とか言う珠にいたらしくて今じゃ、あいつの魂を別荘代わりにしてるんだと』

「まさか魂の具現化?」

『ああ、青竜本人は分身だって言ってるけど具現化に似たような現象だな。青竜の魂は珠にあって響の地力を借りて分身を作り出し、あんな風に響の助けをする。お前がやったようにな』

 その言葉に私は眉を顰めた。何故なら、私はもちろん吸血鬼たちだって一度も魂の具現化に成功していないのだ。

『しただろ。あの時』

「あの時?」

 詳しい話を聞こうとするがそれは部屋の扉を誰かが叩いた。

『狂気、いるんでしょ!』

「吸血鬼……」

『今、響がピンチなの。でも、私たちじゃ何もできない。お願い……貴女なら何とかしてくれそうな気がして』

 きっと何の根拠もない彼女の願望だ。吸血鬼たちにはできないけど私なら、と。彼女は何もできないまま終わってしまうのが怖いのだ。

『狂気、出て来て。お願いよ。青竜って子が今、響を助けてくれてる。ただ、その子じゃ勝てない。このままじゃ響は連れて行かれちゃう……今しかないの』

「ッ……」

 震える吸血鬼の声を聞いて私は立ち上がり、玄関まで走ってドアノブに右手を伸ばした。「……」

 だが、そこまでだった。私は恐れているのだ。私が部屋から出て行ったら今度こそ響が壊れてしまうのではないか。私のせいで響が狂い、自分自身を傷つけてしまうのではないか。私のせいで、私の――。

『……ごめんなさい。貴女をずっと放置したままでこんな時だけ力を借りようだなんて都合のいい話よね。私たちで何とかしてみる』

 そう言って吸血鬼の気配は消えた。

「まっ……」

 慌てて扉を開けようとするも右手が震えて言うことを聞かない。

(何で……何で!)

 何とか震えを止めようと左手で右手を押さえるが全く意味がない。仕舞には足に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。

「くそ、くそ……くそ!!」

 私は何て弱いのだろうか。響が危険な目に遭っていて私が行けば何とかなるかもしれないのに自分のせいで響が傷ついてしまう可能性があると考えただけで動けなくなってしまう。

『それは違うな。お前はお前のせいであいつが傷つくところを目の前で見て自分が傷つくのが怖いだけだ。臆病なんだよ』

「……そうかも、しれないな」

 私は傷つきたくなかったのだ。それを響のためだと言って誤魔化して来た。

「何だよ。結局、私は……自分のために部屋に閉じこもっていたのか」

『ああ、お前は最低な奴だ。クズで臆病で情けない……人間らしい』

「え?」

『人間はそういう生き物だ。そして、お前は狂気という感情に意志が宿った存在。なのに人間にほど遠いのに人間らしさを持っている』

「何を言って……」

 私が人間らしい。そんなことあるはずがない。私は狂気。狂った人間が抱く感情。狂った人間など人間などではない。ただの化物だ。

『お前の中にある感情はなんだ?』

「感情?」

『お前は狂気。狂った存在。だが、狂った奴が人の身を案じるなんて……普通、あり得ない。矛盾している。そう、お前は矛盾した存在なんだよ』

「だ、だから何だ」

 確かに私は狂気という存在なのに矛盾した行動ばかりして来た。これ以上、響が狂わないように抑えたり、自分自身を部屋に閉じ込めたり。

『変えたいか?』

「変え、たい?」

『ああ、お前は自分の存在を変えたいと思わないか?』

「そんなことできるはずが」

『できる』

 その声は真剣そのものだった。私をバカにしているわけではない。

『お前は全ての条件を満たしている。自分の存在を否定するような感情。自分の存在を変えるような強い素材……そして、自分の存在を変えたいという想い』

「……」

 自分を変えたい。それはずっと想い続けて来た。私が“狂気”じゃなかったらもっと響の役に立てた。私が“狂気”だったから響は傷ついた。

「……変えたい」

 無意識の発した言葉は私に立つ力をくれた。

「私は、自分の存在を変えて響を助けたい」

 この想いは私の震えを止めてくれた。

「どうすればいい? 私は何をすればいい?」

 もう迷わない。今こそ立ち上がる時だ。グッと両手を握り、前を見据える。そこに“あいつ”がいると思ったから。

『……いい眼だ。何、簡単なこと。自分の胸の内に語りかければいい。そうすれば、“素材”が答えてくれる』

「素材って何だよ」

『もう気付いてるんだろ? それだ』

「……」

 こいつの言う通りだ。私はすでに何をすればいいのかわかっている。だが――。

「お前はどうなるんだ?」

『さぁな。消えるんじゃないのか?』

「いいのかそれで」

『いいも何もここであいつが死ねば悲しむ奴が多い。その中にいるんだよ。俺の守りたかった奴が。ほら目を閉じな。案内してやる』

 素直に目を閉じた。そして、語りかける。私を変えて欲しいと。どうか、私に響を守る力をくれと。

『いいや、違うな。お前の望んでいる力は“守る”力じゃない。もっと欲望に忠実になれ。本当に欲しい力は何だ』

「私の、望んでいる力……」

 響は強い。自分の身は自分で守れるだろう。それにすでにたくさんの人が響を守ってくれている。私1人強くなろうと私の出番はずっと後だ。それでは私は満足しない。私にしかできない物が欲しい。たくさん傷つけてしまった分――いや、それ以上に私は彼を――響を――。

 

 

 

「――癒してあげたい」

 

 

 

『お前の想い、聞いたぜ。いいじゃないか。『狂気が人を癒す』。さぁ、俺の分まで頑張ってくれよ』

 それを聞いて目を開けると目の前に一つの炎が浮かんでいた。真っ赤に燃えている。何故かその炎を見て怖いと思った。だが、それと同時にとても綺麗とも感じた。矛盾の感情。まるで、私のようだ。

「……」

 導かれるようにその炎に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁッ……」

 青竜の苦しそうな声と共に木片が俺の頭に当たる。どうやら、吹き飛ばされて壁に叩き付けられたらしい。

「しつこい」

「はは、さすが、に……限界、か」

 そんな呟きが聞こえたと思ったら青竜の気配が消えてしまった。これで俺を守るものは何もない。それなのに俺はまだ動けずにいた。

(動けよ……動け!!)

 必死に体を動かそうと力を入れるが言うことを聞いてくれない。情けなくて目に涙が溜まって来た。それほど俺は今、追い込まれている。

 きっと油断していたのだ。仲間の力を借りてお互いに守り合う、という考えを持つことができてこれからは心強い仲間と一緒に戦っていくのだと思っていた。

 しかし、現実は違った。仲間とは隔離され、吸血鬼たちがいても対処できない敵が現れた。何も出来ない自分に腹が立つ。

「無駄だよ」

 俺が逃げようと四苦八苦しているのに気付いたのかすでに彼女は目の前まで迫っていた。

「くそ、たれ……」

「悪態吐いても意味ないよ。それじゃ、早速――ッ」

 俺に手を伸ばしかけたドッペルゲンガーだったが息を呑んですぐに離れていく。何かを見て驚き、距離を取ったようだ。

「もう、響は傷つけさせない」

「……え」

 聞こえるはずのない声が上から聞こえて驚いてしまう。だってこの声の主は今、部屋の中で――。

「燃えろ」

 ――驚愕していると視界いっぱいが緑に染まった。いや違う。俺は今、炎に包まれているのだ。

「あ、熱ッ……くない?」

 慌てて“起き上がり”炎を消そうとするが全く熱くなかった。むしろ、気持ちいいと感じる。

「響、大丈夫か?」

 呆然としていると炎は消え、目の前に立っている人物が声をかけて来た。顔を上げて目を見開く。

「きょう、き……」

 そうそこにはあの狂気がいた。ただあのドス黒くて紅い瞳ではなく、綺麗な緑色。髪は黒いままだが、両肩から緑色の炎がユラユラと揺れている。

「体の調子は?」

「え……あ」

 狂気の言葉で動けるようになっているのに気付いた。まるで、“ドッペルゲンガーと戦う前に戻ったような感覚”。

「貴女は、誰?」

 立ち上がって狂気の隣に立つとやっと正気に戻ったのかドッペルゲンガーが質問した。

「……私はずっと響を傷つけて来た。だから部屋にこもった。そうすれば響を傷つけずにすむって。でもそれは間違いだった。逃げていただけだった。そして、私が逃げた後も響は傷ついていた。ずっと……ずっと!」

 狂気が声を荒げると彼女の方の炎も激しく燃え始める。しかし、近くにいる俺は熱気を感じなかった。温かくて優しい炎。ずっと見ていたいと思った。

「だから私は……変わった。もう響を傷つけたくないから。癒してあげたいから。私はもう、狂気じゃない」

 そう言いながら俺の前に出て彼女は堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

「私は“翠炎(すいえん)”。矛盾の炎。私の炎は全ての矛盾を焼き尽くす。お前も燃やしてやるよ。矛盾(ドッペルゲンガー)」

 




狂気――いや、翠炎覚醒。


さぁ、逆転劇の始まりですよ。


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第293話 魂装

「すい、えん……」

 翠炎。緑色の炎。それが目の前にいる女の子の名前だった。

「翠炎……なんて知らない。データに、私の中にそんな存在はいない!」

 ドッペルゲンガーはこちらが驚いてしまうほど狼狽している。彼女は俺の偽物だ。力は劣っているとは言え、俺なのだ。

 だが、翠炎は彼女の中にいない。何故なら、翠炎は狂気が生まれ変わった姿だからだ。たった今生まれたのだからドッペルゲンガーが真似できるわけがない。

「ドッペルゲンガー、だったか? 散々、響をいじめてくれたようだな」

 翠炎の声は至って冷静だった。しかし、肩の炎は激しく燃えている。それだけで彼女が怒り狂っているのがわかった。そんな姿に俺は思わず、見とれていた。

(綺麗だ)

 緑の光が翠炎の黒髪を照らし輝いている。その光景はとても幻想的で美しいと感じた。

『響、大丈夫!?』

 呆けていると吸血鬼が息を切らせて叫んだ。

(あ、ああ……なぁ、何が起こってるんだ?)

『私も詳しい話は聞いてないだけど部屋の中で響が捕まりそうになってるところ見てとある人に助けて貰って自分の存在を変えたみたい』

(自分の存在を変えるって……そんなまさか)

 それは決して楽なことではない。狂気だった頃、俺が狂わないように抑えていただけでも辛そうだった。相当、苦しい思いをしたに違いない。

「だから、何?」

「お返ししないと、って思って」

「私は響の偽物。でも、偽物だからこその強さがある。それでも君は私を倒せるの?」

「……まぁ、無理だな」

『響、聞こえているか?』

 翠炎とドッペルゲンガーが話していると不意に脳裏に翠炎の声が響いた。どうやら、表に出て来ていても通信は使えるようだ。

(聞こえてるぞ)

「格好よく出て来た割には情けないね」

「響を回復するので精いっぱいだった」

『今行ったようにもう私にはあまり力は残っていない。独りでは無理だ』

 まぁ、『ブースト』系のスペルを使って戦闘不能になった俺をドッペルゲンガーと戦う前の状態まで回復させたのだ。無理もない。

「そもそもどうやって回復させたの? あの緑色の炎が原因?」

「そうだな。響にも説明しておこうか。さっき言ったように私の能力は『矛盾の炎』」

『でも、響と一緒なら倒せる』

(魂同調でもするのか?)

「この緑色の炎は全ての矛盾を焼き尽くす。簡単に言ってしまえば、魂波長を基準に対象者に生じている矛盾――傷、強化、弱体化、呪いみたいなものを全部、焼き消す」

 魂波長は変わらない。もし、変わってしまったらその人の存在が変わってしまうからだ。どんなに怪我や強化、弱体化しても変化はない。

 翠炎はそれを利用しているのだ。魂波長を読み取って燃やした相手をその波長と同じ状態――つまり、初期状態に戻す。少しプロセスは違うと思うが魂波長をコピーしてその人に上書きするのと同じである。

『いや、魂同調はしない。狂気のように狂ったりしないだろうけど、何が起こるかわからないからな』

(じゃあ、どうするんだ?)

『私を使え』

「動けなかった響を燃やしてお前と戦う前の状態に戻した。たったそれだけ」

(使えって……どうやって)

 まるで、道具のような言い方。だが、翠炎を道具のように使うとしてもどのようにすればいいのかわからない。

『大丈夫、お前ならすぐにわかる』

「……じゃあ、また倒れるまで傷つければいいだけのこと」

「お前はまだわかっていないようだな」

 腰を低くして今にもこちらに突進して来そうなドッペルゲンガーだったがそれを翠炎が止めた。

(……ああ、わかった。やってみる)

「魂波長に刻まれている状態に戻す。それは普通の人ならの話。じゃあ、お前は? 作られたお前はどうなるんだろうな」

『それでこそ響だ』

 ドッペルゲンガーが何かを理解して顔を青くする中、俺の方をチラリと見て微笑む翠炎。その眼差しには俺に対する信頼の色があった。

(本当に、恵まれてるな俺)

 翠炎は狂気だった頃からずっと俺のことを守って来てくれた。自分を押し殺してまで。仕舞には部屋に閉じこもってしまった。それは俺が弱かったからだ。狂気に蝕まれ、狂いそうになってしまった。それを翠炎が防いでくれたのだ。感謝してもし切れない。

『期待に答えなきゃね』

 微笑ましそうな声で吸血鬼がそう言った。何も言わずに心の中で頷くだけにして翠炎の動きに注目する。何が起きてもすぐに対処できるように身構えた。

「まさか……」

「偽物だからこそ、“魂波長を持たない”。そう、消えるんだよ。文字通り。消滅するんだ」

 緑色の炎に触れただけで消滅すると言われれば誰だって恐怖する。それは彼女も変わらない。

「ッ……で、でもさっき言ってた。もう君に力は残ってない。ただの的に過ぎない」

「そうだ。私はもう炎を出すことはできない。だが――2人なら可能だ」

 そう言いながら翠炎は両手を自分の胸の前で組んで祈るような構えを取った。

「響、後は任せる」

「ああ、任された」

 頷いた俺を見て笑顔を浮かべた彼女の全身を緑色の炎が包む。そして、俺の目の前にバスケットボールほどの緑の炎が浮かんでいた。ユラユラと揺れ、生きていることを証明している。

「俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ!」

 何かに導かれるように俺はその炎に手を突っ込んだ。とても暖かくて優しい炎の奥で何かを掴んだ。しっかりとそれを握り、一気に引き抜く。

 

 

 

「魂装『炎刀―翠炎―』!!」

 

 

 

 俺の手には1本の刀があった。その刃は綺麗な翠色。先ほどまで浮かんでいた緑色の炎は刀を引き抜くと同時に消えてしまった。

『さぁ、行くぞ! 響!』

 翠炎が叫ぶと翠色の刃から炎が噴出する。柄を両手で握ってドッペルゲンガーを睨んだ。

「う、あ、あぁ……」

 彼女は目を見開いて数歩、後ずさる。俺の持つ刀の攻撃を一撃でも喰らったら消滅することを理解しているのだ。

「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』、結尾『スコーピオンテール』!」

 そして、右手に鎌、左手に直剣、ポニーテールに刃を装着して凄まじいスピードで突っ込んで来た。翠炎を当てることは簡単だ。この旧校舎いっぱいに炎を撒き散らせばいいのだから。しかし、それだけでは足りない。確かに翠炎は矛盾を全て焼き尽くすことが可能である。だが、今は翠炎の力は俺を回復させるためにほとんど使ってしまった。そのため、直接刀をドッペルゲンガーに当てないと倒すことはできないだろう。

「ああああああああああああ!!」

 半狂乱になっているドッペルゲンガーが右手の鎌を振り降ろした。それを炎刀でガード。

 

 

 ――パキッ……。

 

 

 たったそれだけで彼女の鎌はひび割れて砕け散る。彼女は矛盾の存在。そんな彼女が作り出す物も矛盾の存在なのだ。その証拠に炎刀に触れただけで消滅した。その光景を目を丸くして見つめているドッペルゲンガーに向かって刀を横に振るった。

「くっ」

 一瞬だけ顔を歪ませた彼女はすぐに姿を眩ませる。どうやら、『魂同調』をして交わしたようだ。

「翠炎『矛盾を焼き尽くす炎』!」

 すぐに炎刀を廊下に突き刺して思いっきり炎を噴出させた。翠色の炎が旧校舎を包み、破壊された場所が復元されていく。

「え……」

 後ろからそんな声が聞こえたので振り返ると翠色の炎に当たったのかドッペルゲンガーは自分の両手を見て呆けていた。そう、『魂同調』が解除されたのだ。確かに刀を当てなければドッペルゲンガーを倒すことはできない。でも、『魂同調』という強化を強引に引き剥がすことは可能だ。それほど彼女の『魂同調』は不安定なのである。

「一刀『居合の炎』」

 鞘がない炎刀を持ちながら居合の構えを取った。呆然としていた彼女は急いで『魂同調』しようとするが――。

「斬」

 ――その前に俺の体が彼女の横を通り抜け、ドッペルゲンガーの右太ももを刀で浅く斬る。その刹那、彼女の右太ももが両断され、その断面から緑の炎が噴出した。

 



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第294話 本物

「ぁ……」

 刀を振り切った姿勢で制止しているとドッペルゲンガーは小さく声を漏らしながら倒れた。

「も、えてる」

 振り返って彼女の様子を見ると切断された右足が燃えている。弱々しい炎だったが確実にドッペルゲンガーの体を蝕んでいた。彼女はその炎に触れようと震えている手を伸ばす。

「やめておけ。触れた場所も燃えるぞ」

 いつの間にか刀から人の姿に戻っていた翠炎がそう忠告する。ドッペルゲンガーはチラリと翠炎を見た後、手を伸ばすのを止めた。

「私……死ぬの?」

「元々、お前は生きていない。消滅するだけだ」

「それは死ぬのと違うの?」

「死ぬのは生きている人の特権だ。偽物のお前にそんな特権などない」

 人は死ぬ。そして、また産まれる。輪廻と呼ばれるものだ。だが、ドッペルゲンガーは作られた存在なので輪廻転生することはない。つまり、彼女の魂はここで燃え尽きるのだ。

「……仕方ない、か」

 翠炎の言葉を聞いた彼女は少しだけ残念そうに笑った。諦めた人が浮かべる笑みだった。

「偽物の私は結局、こうなる運命だったの。意志が生まれた時から予感はしてた。あの人から戦い方を教わってる間もずっと。でも、止められなかった。消えるのは嫌だったけど……それ以上にあの人の役に立ちたかったから。偽物の私に笑顔を向けてくれたから」

 翠色の炎はすでにドッペルゲンガーの下半身を全て燃やし、腹部まで浸食していた。

「お前は偽物だ」

 俺は倒れている彼女に向かって言葉を紡ぐ。翠炎とドッペルゲンガーは意外そうに俺を見た。

「作られた存在でその命が消えれば一生、転生することはない使い捨ての魂。それに価値があるのかどうか俺にはわからない。でも……その気持ちは俺にはないものだ。だから、その気持ちはきっと本物なんじゃないのか?」

 ドッペルゲンガーは俺の偽物だ。顔、能力、戦い方。力の差はあるがそのほとんどが酷似している。

 しかし、彼女が胸に抱いているその感情を俺は持っていない。この世に誕生した後に得た唯一の物だ。

「だからこそ、お前の気持ちは翠炎でも燃やせない。お前が消滅しても……俺の中で生きてる。お前が抱いた感情は確かにお前の中にあったんだって覚えてる」

 すでに緑色の炎は彼女の胸まで到達した。数分も耐えられないだろう。

「……本当に優しいんだね。君は」

 目を見開いて俺の話を聞いていたドッペルゲンガーは弱々しく微笑むと俺に向かって手を伸ばした。

「最期のお願い、聞いてくれる?」

「……何だ?」

「私を、受け入れて」

 その一言で全てを理解する。彼女が今から何をしようとしているのかを。

「私は矛盾の存在。偽物。偽物はどれだけ本物を模倣しても偽物でしかない。でも……君は私の気持ちは本物だって言ってくれた。私のことを覚えていてくれるって言ってくれた。それだけで十分。だから、私を本物にして」

「……俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 そう言いながらゆっくりとドッペルゲンガーの手を握った。

「うん。受け入れるよ。私は君。君は私。私の力が君を助けるって……信じてるから」

 ドッペルゲンガーはそう言った後、緑色の炎に包まれて俺の中へ消えて行った。

「終わったな」

「……ああ」

 翠炎の言葉に頷きながら立ち上がろうとするも緊張の糸が切れたのかバランスを崩してしまう。

「おっと」

 それを翠炎が支えてくれた。丁度、彼女の胸に抱かれるように。その温もりでやっと翠炎が帰って来たのだと実感することができた。

「……おかえり、翠炎」

「ただいま、響。立てるか?」

「ちょっと難しい」

 翠炎の力は強力だが、その分俺の地力をごっそりと使った。そのせいで回復したにも関わらず上手く立つことができない。

「外の黒い障壁もなくなってる。外に出られそうだ。運ぶぞ」

 そう言って俺をお姫様抱っこする。ひょいっと軽く持たれて驚いてしまった。

「え、ちょ……この運び方は」

「お疲れのお姫様を運ぶのには適してるだろ」

「俺は男だ」

「拉致られそうになった奴が言うな。どっかのゲームのヒロインだろ完全に」

 思わず、納得しそうになって顔を歪める。それを見た翠炎は嬉しそうに笑って旧校舎の中を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 翠炎に抱っこされたまま、旧校舎を出ると望たちがいた。どうやら、俺がいないことに気付いて学校中を探し回り、旧校舎に辿り着いたようだ。

「おお、また増えてる……」

 俺を抱っこしている翠炎を見て“奏楽を抱っこしている悟”が顔を引き攣らせていた。まぁ、俺に似た奴が俺を運んでいるのだから仕方ない。

「響、大丈夫!?」

 望と一緒に駆け寄って来た雅が慌てた様子で問いかけて来る。

「ああ、何とかな」

「よかった。式神通信が使えなくなってものすごく心配したんだから! 旧校舎は変な壁のせいで入れないし!」

「色々あったんだよ……俺だってお前たちを呼べなくて結構、苦戦した」

 独りで戦うことを止めた矢先にこれだ。今回は翠炎が助けてくれたから何とかなった。もっと力を付けなくては。

 『苦戦』というか『絶体絶命』まで追い詰められたのを知っている翠炎は呆れたような表情を浮かべていた。あまり心配させたくないのだ。察して欲しい。

「それで……その人は?」

 望が俺の体に異変がないか確認し終わったようで翠炎に目を向けた。

「響の魂にいた狂気だ。今は翠炎だけど」

 手短に話した翠炎は俺を雅に預ける。肩を貸してくれた雅にお礼を言った後、周囲の様子をうかがう。ここにいるのは俺、望、雅、霙(子犬モード)、霊奈、奏楽、悟、翠炎だ。霙と奏楽は家にいたはずなのだが、俺がいなくなったので急いで来てくれたらしい。

『響! 生きてる!?』

 これからどうしようかと思っていると弥生の声が頭の中で響いた。雅が式神通信で俺の無事を伝えたのだろう。

(ああ、心配かけた)

『本当に響は人に心配をかける天才だよね』

(……すまん)

『……はぁ。でも、良かったよ無事で。じゃあ、先に家に帰ってるね』

 そこで弥生との通信が切れた。どうやら、彼女は上空から俺を探していたらしい。後でお礼を言っておこう。

「響。すまないが魂の中に戻る」

 突然、俺にそう告げた翠炎はスッと消えていく。やはり、力を使い過ぎていたようだ。

(ありがとな、翠炎)

『お前を助けるのは当たり前だ。気にするな』

「お兄ちゃん、歩ける?」

 翠炎が自分の部屋に戻るのを感じていると望が俺の顔を覗き込みながら質問して来た。

「支えて貰いながらなら何とか」

「また無茶したの?」

「今回のは怪我じゃなくて地力の使い過ぎだって」

 翠炎が回復してくれたとは言え、極限状態がずっと続いていたのだ。地力もそうだが、精神もすり減っている。早く寝たい。

「寝る前に全部説明して貰うからな」

 俺の考えていることがわかったのか悟はジト目で俺を見る。

「わかってるって……なぁ、何で奏楽を抱っこしてるんだ?」

 少し気になった事を聞いてみる。奏楽はいつも霙の上に乗っていた。しかし、今は悟の服をギュッと掴んで離そうとしない。何かあったのだろうか。

「あー……なんかお前がいなくなったから不安になっちゃったみたいで。抱っこしてって言われたんだよ」

「おにーちゃーん……」

 悟に抱っこされたまま、奏楽は涙目で俺に手を伸ばす。本当に不安だったのだろう。

「ゴメンな、不安にさせて」

 その手を握り、空いている手で(雅に体が倒れないように支えて貰いながら)奏楽の頭を撫でる。撫でられた彼女は少しだけ微笑むと安心したのかそのまま、寝息を立てて眠ってしまった。それでも悟の服を離さない。

「随分、懐かれたみたいだな」

「まぁ、この前の誘拐事件の時、こうやってずっと抱きしめてたから少しは、な」

「おにーちゃん……さとる……」

 むにゃむにゃと寝言を言う奏楽を見て俺たちは静かに笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗しましたか」

 モニターに映るターゲットたちを見てそう呟く。丁度、学校から出ようとしているところだった。今、ちょっかいをかけても返り討ちにあるのは目に見えている。

「さて……今回の戦いで興味深いものが出て来ましたね」

 両肩から緑の炎を噴出している音無響と同じ顔を持った女。きっと、彼の中にいる誰かが自分の存在を変えたのだろう。

「翠炎、でしたか?」

 彼女の力は人工生物にとって天敵――いや、それ以上の存在だ。触れたらそこで終了なのだから。

「……」

 だからこそ、次の作戦は少し見直さなければならない。このまま作戦を進めてもすぐに燃やされて終わってしまう。

(翠炎に対抗できる人工生物……いえ、人工妖怪を作りましょう)

 大丈夫。時間はたっぷりある。多少、計画が遅れても問題はない。むしろ、焦り過ぎて失敗でもしたら全てがおじゃんだ。

「音無響……必ず、貴方を手に入れます。私たちの野望のために」

 そう呟きながらそっと手に持っている黒い鉱石を指で撫でた。

 




少しだけ翠炎の解説を。



癒しの力だと言っていましたが、少し違ったりします。
癒すのではなく、なかったことにする、と言った方が正しいでしょう。
今回の場合は響さんの体の状態をドッペルゲンガーと戦う前に戻しました。そのため、地力も戦う前に戻っています。
ですが、翠炎の力を使用する際にも地力を使うので一気にガス欠を起こしてしまいました。翠炎自体の力も消費しますので2人ともすっからかんでした。
例えるなら、響さんの地力がガスで翠炎の力がそのガスを送る力、と言った感じでしょうか。響さんの地力が少ないと炎そのものを維持できなくなり、翠炎の力が少ないと火力が足りなくなる感じですね。
そして、翠炎の力にも大きくわけて2つあります。


1つが呪いや肉体強化を焼き消す効果。そのままですね。こちらはそこまで力を消費しませんし、能動的に使用できます。ですが、格上の敵には通用しない可能性があります。また、魂装を使えば翠炎の効果が上昇(ただの翠炎で効かなかった相手でも効くようになる。それでも効かない場合もある)します。そのかわり、刀で斬るもしくは突き刺す必要があります。


もう1つが響さんが意識を失うか死亡した際、自動的に発動する白紙効果です。こちらは翠炎の力をかなり消費しますので1日1回が限界です。なお、魂同調やシンクロのデメリットも消せます。上記の白紙効果を使い過ぎると白紙効果が発動しなくなってしまいます。また、白紙効果を使用した後でも上記の効果は使えます。


翠炎そのものにダメージはありません。火傷もしなければ魂装で斬られても血の一滴すら流れません。狂気が人を傷つけたくない、響さんを癒したいと祈った結果ですね。


ですが、響さんの力の中でもかなり強力な部類に入ると思います。特に魂同調のデメリットを消してもう一度、魂同調できる点ですね。


一応、次話でも作中で説明があります。


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第295話 炎の微笑み

とうとう評価がオレンジになってしまいました。
ぬぅ……ちょっと悔しいですね。


 家に着き、詳しい話はまた明日話すと言って俺は自分の部屋に入った。ドッペルゲンガーとの戦いでヘトヘトだったし何より俺自身、翠炎について何も知らないからだ。とりあえず直接会って話を聞こう。

 寝間着に着替えた後、ベッドに潜り込み目を閉じて意識を魂に向ける。

「おかえりなさい」

 その声を聞いて目を開けると目の前に吸血鬼がいた。少しだけ心配そうに俺を見ている。あんなことがあったのだ。心配するのも仕方ない。

「ただいま。皆は?」

 周囲を見渡すが珍しく吸血鬼しかいなかった。いつも俺の部屋に集まっているのに。

「たくさん人がいると話が進まないでしょ? 響も疲れてるから早く話し合いを終わらせて休ませてあげたいって皆、部屋に戻っちゃった」

 確かに闇や猫がいたら話が脱線してしまいそうだ。皆の気遣いに感謝しながら床に置いてあった座布団に座る。

「それじゃ翠炎を呼んで来るわ。それまで紅茶でも飲んで待ってて」

 紅茶の入ったカップをテーブルに置いて吸血鬼は部屋を出て行った。紅茶を啜って一息吐く。

(勝ったんだな……)

 いつもながらギリギリだった。『ブースト』系はやっぱり使いどころを間違えると取り返しのつかないことになる。もっと気を付けなければ。

「待たせた」

 丁度、紅茶を飲み干したところで翠炎が吸血鬼と共に部屋に戻って来た。外で見た時と同じように肩で緑色の炎が揺れている。

「いや、大丈夫。そっちはどうだ?」

「力を使い過ぎただけだからそこまで気にしなくていい。さてと……何から話したもんかな」

「まぁまぁ。そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」

 『紅茶のおかわりを淹れて来るわ』と言って吸血鬼はキッチンの方へ消えて行った。

「……響、今から話すことは本当のことだ。信じてくれ」

 吸血鬼が見えなくなったのを確認して翠炎は真剣な眼差しを俺に向けながらそう切り出す。

「信じるも何も話を聞いてみないことには……そんなに突拍子もない話なのか?」

「ああ……覚えてるか? ガドラのこと」

 ガドラ。雅を奴隷のように扱っていた奴で雅が俺の式神になるきっかけを作った。

「……覚えてるよ。でも、どうして今更ガドラの事を話すんだ? あいつはもう」

「あの時、私はお前を炎から庇ったのは?」

「覚えてるに決まってるだろ……そう言えば」

 まだ翠炎が狂気だった頃、ガドラの炎から俺を守ってくれた時、狂気は炎を吸収していた。そして、目の前にいる翠炎は“炎”。

「そう、私はガドラの炎を吸収していた」

 俺の表情から察したのか頷く翠炎。ガドラの炎と翠炎。偶然にしては出来過ぎている。

「まぁ、すぐにわかったと思うが私はガドラの炎を素材にして存在を変えた。しかも、炎が素材になるって教えてくれたのはガドラだった」

「待て。何故、ガドラが出て来る? あいつは死んだんだろ?」

「私が吸収した炎に術式を組み込んで私の中に潜んでいたそうだ。私が存在を変える時に手伝ってくれて……消えて行ったが」

 確かに突拍子もない話だ。死んだはずの人が他の人の魂に潜むなど。

 ――ですが、不可能ではありません。そう言った術式は存在します。

 その時、久しぶりにレマの声を聞いた。翠炎は何の反応も起こしていないので俺にしか聞こえていないらしい。

(じゃあ、翠炎の言ってることは本当だってのか?)

 ――ええ、私もお手伝いしましたから。彼女の言っていることは本当です。

「……わかった。信じる」

 俺がそう告げると翠炎はホッとため息を吐いた。信じて貰えるか不安に思っていたようだ。実際、レマに言われなくても俺は翠炎のことを信じていた。

 ――あら、余計なお世話だったでしょうか?

(いや、確信が持てただけで十分だよ)

 ――それならよかったです。

 嬉しそうに言ったレマの声は消えて行った。もう話すことはないらしい。

「お待たせ」

 キッチンの方から吸血鬼がティーポットとカップが載ったお盆を持って現れる。テーブルにお盆を置き、カップに紅茶を注いでいく。

「はい、どうぞ」

「おう、サンキュ」「ああ」

 吸血鬼からカップを受け取り、紅茶を啜る。ガドラの話を聞いて少し動揺していたのでホッと一息吐けるのは嬉しい。

「……にしても吸血鬼、嬉しそうだな」

 翠炎の言葉を聞いて彼女を見るとニコニコと笑っている。本当に嬉しそうだ。

「だって、響と狂気……いえ、今は翠炎だったわね。貴方たちが一緒にいるところをまた見られるなんて思わなかったんだもの」

「その点に関しては申し訳ないと思っている」

「別に翠炎だけが悪いわけじゃないわ。貴女は響を守ろうとしただけだもの。貴女を放っておいた私たちにも責任があるわ」

 そう、翠炎が部屋に閉じこもったのも悪いが、それを放置していた俺たちにも非がある。話し合えばもっと早く翠炎は部屋から出て来てくれたのではないか。俺がもっと強くなれば、と今でもそう思っている。

「まぁ、翠炎が部屋に閉じこもってくれたおかげで今回、響は助かったわ。ありがとう、翠炎」

「私はただ、響を守りたかっただけだ」

 ぷいっとそっぽを向く翠炎だったがほんのり耳が赤くなっている。照れているのだろう。その点は翠炎になっても変わっていない。

「他に何か質問はないか?」

 話を変えようと早口で俺たちに問いかける翠炎。これ以上、からかえばヘソを曲げてしまいそうなのでやめておこう。

「翠炎の効果って聞いたまま?」

 吸血鬼が手を挙げて質問する。翠炎の効果は相手の魂波長を読み取って初期状態に戻すというものだ。彼女の炎に触れれば強化、弱体化、呪いの類はもちろん、怪我すらもなかったことになる。そして、人工生物は魂波長がないため、消滅する。今のところ、俺が持っている翠炎の情報だ。

「じゃあ、私が翠炎になったことについて話そう。翠炎は見た目通り、緑色の炎だ。緑には『優しい』や『癒す』などの意味がある。そして、炎は人を傷つける。人を傷つける優しい炎、と言えばいいか。これが矛盾の一つだ」

「一つってことはまだあるのか?」

「ああ。私は狂気なのに響のことを守りたいと思っていた。それに加え……私が傷つけた分、癒してあげたいと思った。狂気が人を癒してあげたいと思うなんて矛盾しているだろ?」

 『だから私は矛盾の炎になったんだ』と彼女は右頬を掻きながら締めくくる。

「……翠炎、ありがとな」

 それを聞いて俺は彼女に感謝した。癒してあげたいと思ってくれて、こんな俺のために存在を変えてくれてありがとう。

「気にするな。私はお前の仲間なんだから当たり前だ」

 そう言い放つ翠炎は優しく微笑んでいた。

 




これにてドッペルゲンガー戦および翠炎編、終了です。
まぁ、まだ第8章は続きますけどね……


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第296話 成長屋さん

「キョウ君、次はこれを向こうに運んでくれるかい?」

「はい、ただいまー」

 桔梗【翼】(素材に刀を選択していないので切断能力はない)で低空飛行しながら森近さんから商品を受け取り、指定された場所に運ぶ。あれから僕と桔梗は森近さんの家に住みながらお店を手伝っていた。刀やら拳銃やら色々な物を桔梗が勝手に食べてしまったからである。

「そう言えば、桔梗」

「何ですか?」

 【翼】のまま桔梗は首を傾げた。実際に傾げているわけではなく、僕にそんなイメージを送って来ただけだが。

「変な石を食べたって言ってたけど結局何だったの?」

 森近さんのお店は見ての通り、ごちゃごちゃしているのでどこにどんな商品があるか森近さん本人も把握していない。それどころか何の商品があるかもわかっていないようだ。そのせいで桔梗が食べた石の正体は不明なままだった。

「んー、私にわかりません。全体的に白っぽくて石の中心が青っぽいのは覚えてるんですけど……」

「石の中心が青っぽい?」

「はい。白っぽいところが半透明で中まで見える感じでした」

 それが本当だとすると不思議な石だ。まぁ、森近さん曰くここにある石は珍しいだけで何の効力もないらしい。たまに名称があるくらいだとか。この前見せて貰った緑色の鉱石は『合力石』と言うらしい。その『合力石』を装飾に使った指輪はとても綺麗だった。しかし、この前、桔梗が暴れたせいで少しだけリング部分が歪んでしまったらしく、森近さんに内緒で棚に戻しておいた。でも、そのせいでお客さんの指から外れず、結局その指輪を持って帰る羽目になったようでちょっとだけ罪悪感に苛まれている。もし、その時、3週間ほど前に知り合ったミスティアさんの頼まれたおつかいでお店を空けていなければちゃんと注意していたのに。

(そう言えば、この前、僕に似た人を見たって言ってたけど……何だったんだろう?)

 ミスティアさんは終始、首を傾げていたが結局答えは見つからなかった。言われた僕も気になってしまってその日は仕事が手に付かず、森近さんに注意された。

「キョウ君、次お願い」

「はーい」

 とりあえず、また注意されないように今は森近さんのお手伝いに集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませーん」

 テキパキと仕事を熟していると不意に女の子の声が店内に響いた。お客さんだろうか。

「依頼を受けて来た成長屋ですけど誰かいませんかー?」

「少し待っていてくれ。すぐに行く」

「成長屋って何なんでしょう?」

「さぁ?」

 商品を整理していた手を止めて森近さんが女の子のところへ向かったようだ。僕もどんな人が来たのか気になったが、手が離せない。作業しながら森近さんと女の子の会話を盗み聞きする。

「それで依頼の木は?」

「ああ、外に苗があるんだ。それを埋めて成長させて欲しい。埋める場所は大きな切り株があるからすぐにわかると思う」

「あー……あの切り株ですか。あんな大きな木、どうやって切ったんですか……まぁ、いいですけど。じゃあ、パパッとやっちゃいますね」

 そう言って成長屋さんは店を出て行ってしまった。後、その木を切ったのは僕だ。拳の銃で粉々にした木くずは片づけたのだが、切り株は放置していた。

「森近さん」

 少し気になったことがあったので彼を呼ぶ。空を飛んでいる僕を見上げて『何だい?』と視線を向ける。

「どうして、木を植えるんですか? あの木に何か思入れでも?」

「うーん、何となくかな。あの木って大きかったからないと寂しくなっちゃって」

 本当に何となくらしい。疑問もなくなったのでまた作業に戻った。

「それにしても成長屋って木を成長させるお仕事みたいですね」

「そうだね。そう言う能力なのかな?」

「な、なら! マスターを成長させて大人の姿にすることも!?」

「見てみたいの?」

「ぜ、ぜひ! マスターならきっと格好よくなれると思います!」

 何故か興奮気味の桔梗を見て苦笑しながら僕は乱れた自分の髪を後ろに払う。こんなに髪を長くしていたら女の子と間違えられそうだ。

「でも、お仕事だから何か支払う物がないと駄目だよ」

「そ、そこは……マスターの将来の姿を見せることが報酬ということに」

「ならない」

 『そ、そんなぁ』と落ち込む桔梗。

「大丈夫だって。ずっと一緒にいればいずれ僕も成長するから」

「ッ! そうですよね! 一緒にいればいつか必ず!」

「終わりましたー」

 その時、成長屋さんが帰って来た。もう終わったらしい。チラリと窓から外を見ると立派な大木が見えた。本当に成長させたらしい。

「おお、すごいね。本当に成長させられるんだ」

 森近さんも感心したようで成長屋さんを称賛する。

「……まぁ、いいです。それで報酬は?」

「この店の中で好きな物を選んで持って行っていいよ。あ、でも非売品はなしで」

「……はぁ」

 成長屋さんは1つため息を吐いた後、お店の中を徘徊し始めた。まさか真上に人がいるとは思わなかったのだろう。僕たちの真下を通っても僕たちに気付くことはなかった。

「うわぁ……なかなかカオス……」

 それには同感します。

 何となく彼女の後を追って浮遊していると不意に成長屋さんが足を止める。その視線の先には白い珠。ビー玉ほどの綺麗な珠だった。

「……これにします」

「ん? いいのかい? それ、何の名前もないただの綺麗な白い球だけど」

「何となく……これがいいような気がして」

 自分でもどうして選んだのかわからないらしく成長屋さんは不思議そうに手に持った白い球を眺めている。

「君がいいなら構わないけど。うん、これで交渉成立だね。今日はありがとう。またお願いするよ」

「できれば今度は現金でお願いしますね……こっちもお店始めたばかりでカツカツなんですよ」

 成長屋さんも大変らしい。彼女はそのまま、お店を出て行った。それを見て僕は床に着陸する。

「森近さん、こっちの仕事終わりましたよ」

「うん、ありがとう。今日はもう店仕舞いにしようか」

「はーい」

 お店を閉める作業をしながら僕は何故かあの成長屋さんにまた会うことになると確信していた。その理由はわからない。けど、何となくそう思った。

 



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第297話 音無響のサークル見学

「音無響のサークル見学うううううう!」

 悟がそう叫ぶとスタッフたちが拍手し始めた。それを俺は自分でもわかるほど冷めた目で見ている。

「……何だこれは」

「何って文化祭の出し物に決まってるだろ」

「決まってねーよ」

 それに文化祭まで後2週間もある。急に呼ばれたと思ったらいきなり企画の説明をされて撮影が始まってしまったのだ。因みにスタッフはカメラマン2人、マイク1人、音響1人、AD3人、悟の計8人いる。結構、本格的な撮影で驚いた。

 望たちにドッペルゲンガーの話をしてから約1週間。その間、比較的平和だった。まぁ、フランと色々試すこともあったので戦闘がなかったわけではないのだが。あれからドッペルゲンガーを送り付けて来た敵は動いていないのか何もして来なかった。そのおかげで例の件に集中できた。

「とりあえず、サークル見学すればいいのか?」

「その通り! 普段のお前で見学して来い。勝手に撮ってるから」

「……わかった。でも、行く場所くらい指示してくれよ?」

「任せとけって。まずはここだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本日は我がテニスサークルのけ、見学にお、お越しいただきあ、ありが、ありありいいいいい!」

 そこで挨拶をしていた眼鏡の男が背中から倒れる。それをすぐに他のサークルメンバーが運んで行った。

「おっと、いきなり響様の毒牙にやられてしまいましたね」

「毒牙ってなんだよ。口調変わってるし」

「一応、俺の声も入るからな。敬語で話しておこうかと」

「……とにかく、見学よろしくお願いしまーす」

「じゃあ、これに着替えてください」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 更衣室(女子用)で着替えた俺は悟を睨みながらテニスコートに入る。もちろん、ラケットを持って。

「じゃあ、メンバーと軽く練習試合でもしましょうか」

「待て。まずこの格好について説明しろ」

「普通のユニフォームじゃないですか」

「ああ、普通の“女子用”のユニフォームだな」

 スカートが気になって試合に集中できないのだが。そして、悟の狙いもわかった。

(こいつ、サークルごとに衣装用意してるな……)

 去年のファッションショーが大盛況だったから俺の衣装チェンジを提案したのだろう。正直、いちいち着替えるのは面倒だ。

「さぁ、お願いします!」

 俺のジト目を無視して悟がサークルメンバーに合図を送る。俺の相手は茶髪が映える女子だった。男対女で戦おうとしているのにどうして誰も文句を言わないのだろう。

「い、行きます!」

 わざわざ宣言した相手は軽めにサーブを打って来る。素早くボールの元に走り、返した。しかし、テニスをするのは初めてだったので力加減を間違えてしまったようだ。凄まじいスピードでボールが飛んでいき、コートの隅に突き刺さって、背後の壁にぶつかった。

「……」

 身動きすら出来なかったのか目を丸くして後ろに転がっているボールを見る女子。他の人も唖然としていた。

「あー……響、力みすぎ。あと、スカートなんだから少し気を使え。島崎さん、次お願いします」

 相手――島崎さんはガチガチになりながらもう一度、サーブを打った。

(力を抜いて……)

 パコンと軽くボールを返す。ホッとしたような表情をしてまたボールを打つ島崎さん。それからラリーが続いた。こんな風にスポーツをしたのは久しぶりだ。何だか楽しくなって来た。

「あぁ……響様が笑っていらっしゃる……」

「テニス、初めてのはずなのにあんなに上手いなんてさすが響様だ」

「カメラマン! 響の顔アップで!」

 せっかくいい気分だったのに外野がうるさくて気が散ってしまう。仕切り直すために強めにボールを打ち返してラリーを止めた。サーブもしたいので速攻でポイントを取りに行く。

「つ、つよ……」

 サーブ権が俺に移った頃にはすでに島崎さんの息は荒かった。まぁ、結構な時間ラリーが続いていたので普通の人間には辛いだろう。

「それじゃ、今度は俺がサーブを打つ番だよな」

 悟からボールを投げ渡して貰い、サーブを打った。鋭い弾道でボールがコートに突き刺さる。ちょっと本気を出し過ぎてしまったようだ。

「え……」

 目で追えなかったのかおそるおそる後ろを振り返る島崎さんだったが半壊したボールを見つけるとラケットを落とした。

「ストップストップ!」

 すでに満身創痍な彼女をサークルメンバーが連れて行く様子を見ていると悟が怒った顔で詰め寄って来る。

「響、本気出し過ぎだっての! 島崎さん、めっちゃ震えてただろ!」

「いや、だって楽しくて」

「子供かっ!」

 少しムキになってしまったようだ。申し訳ない気持ちになりそっと目を逸らした。

「カメラマン! 拗ねてる顏撮ったか!?」

「バッチリっす!」

「撮るな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は音楽サークルです! ここは軽音楽からクラシックまで様々な曲を弾くサークルですね。そのため、色々な楽器もあります。響様! 準備はいいですか?」

「……動きにくい」

 悟がサークル紹介をしている間に着替えさせられたのだが、渡された衣装はドレスだった。パッドまで用意されていて付けるのが面倒で翠炎に手伝って貰ったほどだ。因みに表に出て来られるのは俺の魂を別荘代わりにしている青竜と翠炎だけである。青竜はともかく翠炎が表に出て来られる理由はまだわかっていない。

「どの楽器を弾きますか?」

 悟の問いかけで用意された楽器を確かめる。グランドピアノやトランペット。バイオリンにギターなど本当に色々あった。

「じゃあ、ギターから……ってドレスのままじゃ弾きづらいな」

「あ、ギターを弾くなら別の衣装に――」

「よーし、バイオリンいってみよー。懐かしいなー」

 実際、バイオリンには何度か触ったことがある。病死した父がバイオリンを持っていて教えて貰ったのだ。

(あのバイオリンどこ行ったっけな)

 家に帰ったら倉庫でも漁ろうと考えながらバイオリンを弾く。1曲しか弾けないけどまだ感覚は覚えているようですんなりと弾けた。

「お、お前……バイオリン弾けたのか?」

 一息吐いていると目を丸くした悟が問いかけて来る。

「ああ、父さんが、な」

「あ……そっか。おい、カメラマン! 今の寂しげな表情撮ったか!?」

「バッチリっす!」

「もう、お前らどっか行けよ!」

 まぁ、沈んだ気持ちを紛らわせてくれたことには感謝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お疲れー」

「ああ」

 撮影も終わり、家に帰って来た俺と悟はコップに入れた麦茶で乾杯する。あの後も色々とあったが無事に終わったのでよしとしよう。

「にしてもお前……どんな服着ても似合うって」

「……言うな」

 ジト目で俺を見る悟から目を逸らして麦茶を啜る。俺だって驚いているのだ。

「そう言えば、あの黒い首輪の結果がそろそろわかりそうだ」

「お? 本当か?」

 霊奈に付けられていた首輪を調べて貰っていたのだが、やっとその結果が出るらしい。

「ああ……でも、あまりいい結果にはならないだろうな」

「どういうことだ?」

「正直、あれはただの黒い石だってこと。成分とかも普通だったし」

「そうか……」

 ではどうやって雅たちの地力を吸い取っていたのだろう。そう思っていると“あの子の記憶”が断片的に脳裏に浮かんだ。

「……もしかしたら」

「何か気付いたのか?」

「いや……敵は俺の能力名を知ってた。だから、俺の能力をコピーしたのかも」

「……詳しく話せ。メモするから」

 目を鋭くして悟が鞄から紙とペンを取り出す。手探りで記憶を手繰り寄せ、その中で使えそうな物を選別する。やっぱり、“あの子はあいつに色々聞かされている”。あいつの顔までは視えなかったし、声もノイズのせいで聞き取り辛かったが何とかわかった。

「『合力石』と同じ原理だ。あの黒い鉱物には名前があってそれを利用して雅たちの地力を吸収した」

「……能力ってコピーできるものなのか?」

「ドッペルゲンガーがいい例だろ。能力はおろか俺自身をコピーしたんだから」

「確かに……ありえる。その辺も調べておくよ」

「おう……ところで、どうやって調べてるの?」

 前々から気になっていたのだ。あの電撃の出る警棒のこともあるし。

「お前も知らない裏の顔があるのさ。いつか話すよ」

「……ああ、わかった」

 誰にだって秘密はある。もちろん、俺にも。翠炎のことは皆に話したが、ドッペルゲンガーのことは消えたと嘘を吐いた。もし、“吸収して一つになった”と言ってしまったら心配されてしまうから。

 ドッペルゲンガーを吸収して変わったことは二つ。

 一つは俺の地力が増えたこと。元々、ドッペルゲンガーの中にあったのは地力の塊だ。それを丸ごと俺が吸収したので一気に地力が増えたのだ。

 そして――ドッペルゲンガーの記憶を少しだけ視ることができる。視られると言っても映像は途切れるし、音もノイズだらけでそこまで役に立たないが。

「そうだ。なぁ、明日どっか遊びに行かないか?」

 携帯でどこかに連絡していた悟だったが、電話を切ってそう提案して来る。

「あー……すまん。明日は無理だ」

「何かあるのか?」

「まぁ、色々な」

 明日は――レミリアと決着を付ける日なのだから。

 

 



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第298話 王女の試練

待ちに待ったレミリア戦の始まりです。
結構、長く戦います。



後、評価が赤に戻りました。評価を入れて下さった方々、誠にありがとうございます!
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします!


 紅魔館の一室。部屋と言ってもかなり広い。咲夜の能力を使って作られた特別製の部屋だからだ。使用用途はもちろん、“戦闘”である。

「あれから随分経つけど……またやられに来たのね」

 腕を組みながら俺とフランを見て笑うレミリア。確かレミリアに初めて戦いを挑んだのは6月なのでかれこれ4か月ほど経っている。それでも俺たちは未だ、レミリアを倒せずにいた。しかし、あれから俺は変わった。

「お姉様、余裕でいられるのは今の内だよ」

「……まぁ、響の地力が跳ね上がってるけど。何かあったの?」

「それはお前に勝ってから説明する」

「へぇ、自信たっぷりね」

 あの頃の俺は何もかもが駄目だった。フランを過剰なまでに守ろうとして連携を乱す。攻撃の手数も少ない。地力だってそうだ。

 だが、望たちが誘拐されて俺は仲間と共に戦う大切さを知った。

 翠炎が戻って来てくれた。

 ドッペルゲンガーを吸収して地力が増えた。

 新しい技も身に付けた。

 やっぱり、俺は他の人に頼ってばかりだ。でも、それを駆使してレミリアを倒し、リョウのことを教えて貰う。

「それじゃ……始めましょう? 殺し合いを」

「ああ」「うん」

 レミリアはニヤリと笑いながらスペルカードを取り出す。俺とフランは手を繋いだ。因みに『魔眼』はすでに発動しておいた。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」「「ラバーズ!」」

 俺たちの体から桃色のオーラが噴出すると同時に紅い槍を投げるレミリアだが、その表情は少しだけ驚いていた。無理もない。俺たちが『ラバーズ』を使ったからだ。

「お兄様!」

 右手を前に突き出して俺の名前を叫ぶフラン。それだけで彼女の言いたいことがわかり、レミリアに向かって走り出した。

「キュッとしてドカーン!」

 フランの能力で紅い槍は粉々に砕け散る。紅い破片の中、走る俺はスペルを構えた。

(いつものままじゃ、レミリアには勝てない。フランと共に戦うとしても、だ。だからこそ、この技を使う)

 霊夢と霊奈にお願いして作って貰った新しい紅いリボンを取り出して、宣言した。

「霊双『ツインダガーテール』!」

 元々、頭に括り付けられていたリボンと手に持っていたリボンが俺の髪をツインテールに結う。そして、博麗のお札がそれぞれの尻尾にくっ付き、小さな刃となる。

「なっ……」

 まさか俺の髪型が変わるとは思わなかったようで彼女は目を丸くしていた。男の俺がこんな女の子のような髪型で戦おうとしているのだから仕方ない。

「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』」

 すぐに別のスペルを唱え、右手に真っ白な小ぶりの鎌。左手に真っ白な直剣を持ち、レミリアに肉薄した。

「面白い!」

 驚いていたレミリアだったが、不敵に笑った後、貫手で俺の喉を貫こうとして来た。左手に直剣で受け流す。それとほぼ同時に左の尻尾がレミリアの左眼球へ突進。それは首を傾けて簡単に躱されてしまう。でも、それでいい。

「はぁ!」

 右手の鎌に雷を纏わせて横に一閃。躱したとしても雷の刃が飛ぶ2段階攻撃だ。

「ふん!」

 しかし、俺の思惑を見通していたのか軽くジャンプして俺の鎌を踏みつける吸血鬼。すぐに鎌から手を離して右の尻尾で攻撃する。

「紅符『スカーレットシュート』」

 尻尾の刃とレミリアが放った紅い弾幕がぶつかり合い、小さな爆発を起こした。霊力で床から数センチほど浮き、爆風に身を任せて後退する。それと入れ替わるように俺の左側をフランが通り過ぎた。

「禁忌『レーヴァテイン』」

 炎の剣を振り降ろすフランだったが、レミリアは躱すどころか前に出てフランの懐に潜り込み、振り降ろしている途中でフランの手を殴った。そのせいで軌道がずれ、炎の剣を床に叩き付けてしまう。その隙を見逃すレミリアではない。

「呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』」「神箱『ゴッドキューブ』」

 レミリアが弾幕を放つ寸前にフランの首根っこを掴んで後ろに引っ張り、スペルを発動させた。弾幕が俺の箱にぶつかるが箱は何事もなくそれらを全て受け止め切る。相手のスペルがブレイクしたのを確認して後ろにいたフランのところまでバックステップで避難した。

「……なるほど。前より何倍も強くなってるのね」

 一度、攻撃の手を止めてレミリアは感想を漏らす。前まで一方的だったのが嘘のようだ。

「『ラバーズ』のおかげだけどな」

「話は聞いてたけど敵に回すと厄介ね……」

 そう呟いた彼女の霊力が膨れ上がる。本気を出して来たのだ。

(フラン、行くぞ)

『うん、お兄様』

 なら、俺たちも本気で行かせて貰う。

「狂眼『狂気の瞳』」

 左目に妖力を集める。自分からでは見えないけど、左目が紫色になっているはずだ。背中から漆黒の翼が生え、女体化した。

「分身『スリーオブアカインド』」「禁忌『フォーオブアカインド』」

 俺が3人、フランが4人に分身するが、その時にはすでにレミリアが俺の分身の1人の懐に潜り込んでいた。

「はぁッ!」

 右拳を分身のお腹に放つレミリア。

「白壁『真っ白な壁』!」

 当たる直前に俺とレミリアの間に真っ白な壁を創る。これでレミリアの視界を防ぐことができた

「「禁忌『レーヴァテイン』!!」」

 その隙に狙われた分身の両隣に炎の剣を持った2人のフランが移動し、分身の前で炎の剣をクロスさせた。真っ白な壁を破壊したレミリアの拳が炎の剣に衝突する。

「くっ……らああああ!」

 顔を歪ませながら強引に炎の剣を破壊された。だが、狙われた分身だって黙っていたわけではない。

「雷撃『サンダードリル』!」

 接近するレミリアに雷を纏ったドリルが迫る。普通ならば技を使ってドリルの軌道をずらすかわざと正面から当てて逃げる時間を稼ぐだろう。でも、レミリアは構わずドリルに右ストレートを激突させた。『白壁』、炎の剣2本、『雷撃』でガードしたのにも関わらず、彼女の拳は止まることなく、ドリルを粉砕する。そのまま、俺の分身を殴り分身が消されてしまう。フランは自分の分身たちを避難させて別の分身をレミリアに向かわせた。

「禁弾『スターボウブレイク』」

 至近距離で虹の矢を放つが、レミリアはそれを裏拳で弾く。しかも、弾いた矢が避難させていたフランの分身の1人に当たって消された。

(出鱈目だな)

 俺もフランも本気だ。弾幕ごっこの時より技の威力も上がっている。しかし、レミリアには通用していない。それだけレミリアの強さが化物染みているということだろう。まぁ、フランはまだ力の制御ができていないので力を十分に発揮できていないのだが。

(とにかく、今は攻撃あるのみだ)

 拳術『ショットガンフォース』

 蹴術『マグナムフォース』

 飛拳『インパクトジェット』

 飛蹴『インパクトターボ』

 4つのスペルを使い、レミリアの背後から殴りかかる。それに合わせて彼女の正面から俺の分身とフランの分身が攻撃を仕掛けた。

「神撃『ゴッドハンズ』、飛神『神の飛び出す手』」「禁弾『カタディオプトリック』」

「魔符『全世界ナイトメア』」

 レミリアから全方向に向かって紅い珠がいくつも射出される。それを見て俺は右手を前に突き出して妖力を放出し、弾幕を弾き飛ばす。でも、レミリアの弾幕は俺とフランの分身が使用したスペルごと消し飛ばした。

「はあああああっ!」

 俺の背後に隠れていたフランが俺の横を通り抜け、レミリアの背中に炎の剣を振るう。振り返ったレミリアは炎の剣を“掴んで”フランを後方へ投げた。投げられたフランはなす術もなく、床に着地する。

「――」

 フランを投げた直後で動けないレミリアの左頬にフランの分身の右拳が突き刺さった。やっと、レミリアに一撃入れることができた。

「……」

 殴られたレミリアは俯きながらフランの分身を蹴って消す。半吸血鬼化を治す薬をかみ砕いて人間に戻った俺と炎の剣を持ったフランは警戒しながら彼女の様子をうかがう。

「……やっぱり、強くなったわね。響、フラン。でも、それだけじゃ勝てないわ」

 顔を上げたレミリアは俺の方を見てニヤリと笑った。その眼は不気味なほど紅く輝いていた。

 




響さんの新技、『霊双』のイメージは緋弾のアリア1巻で理子が髪の毛を使って2本のナイフを操るあの感じです。緋弾のアリアを知らない人はごめんなさいw


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第299話 王女の本気

 レミリアの嘲笑を見た瞬間、俺は本能的に『五芒星』を展開する。

「ぐっ」

 その判断は正しかったらしく、目にも止まらぬ速さで突っ込んで来たレミリアの貫手を『五芒星』が防いでくれた。あのまま何もしていなかったら彼女の手が俺の腹部を貫いていただろう。

「本当にこの結界、硬いわね。邪魔」

 防がれて少しだけ不機嫌になったのか笑みを消して『五芒星』を睨むレミリアだったが、すぐに右手を握りしめて結界の頂点を一発だけ殴った。それを見て足から妖力を噴出させて急いで後退する。俺が先ほどまで立っていた場所に結界の破片が散らばる。あの『五芒星』が一撃で破壊されてしまったのだ。

「そんなっ……」

 フランが目を見開いて驚愕した。よく俺に抱き着こうとして来るのを『五芒星』で防いでいたからこの結界の頑丈さを知っている。だからこそ、レミリアが簡単に破壊してしまったことに驚いてしまった。それが隙になるのにも関わらず。

「フラン!」

「ッ……」

 俺の声に反応して気を引き締める彼女だったがその時にはすでにレミリアがフランの背後を取っていた。普段のフランだったらこのままレミリアの攻撃を受けてダウンしていただろう。でも、今は――。

「転移『ラバーズエスケープ』!」

 ――俺がいる。

 『ラバーズ』を使用している間、専用のスペルカードが使えるようになる。『恋禁』がいい例だ。今回使用した『転移』は『ラバーズ』の相手と立ち位置を入れ替えるというもの。つまり、俺とフランの立ち位置が入れ替わり、レミリアと正面から対峙しているのだ。

 硬術『フルメタルボディ』

 咄嗟に魔術を使い、体を硬化させガードの構えを取る。レミリアの左足が俺の右側頭部へ吸い込まれるように振るわれた。『魔眼』で空気の流れを視て右腕で受け止める。もちろん、インパクトするのを忘れない。それでも俺の体が左へ押された。その流れに逆らわず、左へ飛んだ。レミリアが追撃しようと追いかけて来た。

 妖拳『エクスプロージョンブロウ』

 空中でバランスを取りながら近づいて来るレミリアに向かって右拳を突き出す。普通の人間なら躱せないだろう。しかし、レミリアは吸血鬼だ。持ち前の身体能力で紙一重で回避する。

「ガっ――」

 だが、彼女の左頬のすぐ近くを俺の右拳が通り過ぎた瞬間、爆発して吹き飛ばした。『妖拳』は物体に触れなくても任意のタイミングで妖力を爆発させることができる。まぁ、直撃させているわけではないのでさほどダメージがあるわけではない。でも、俺の目的は他にある。

「やあああああ!」

 吹き飛ばされてバランスを崩したレミリアの左側からフランが突っ込んで来た。そのまま、レミリアの左わき腹にフランの右足が直撃する。痛みで顔を歪ませるレミリアだったがすぐにフランの右足を掴んで投げた。その隙に俺は2人から離れる。

 投げられたフランはあえて床を転がって態勢を立て直す時間を稼いでいた。でも、レミリアがそれを黙って見ているわけがなかった。転がるフランを追いかけて何度も床を殴る。そのあまりの威力に床に小さなクレーターができていた。

「ちょ、ちょっと! お姉様! 洒落にならないよ!?」

「これは殺し合いよ? 貴女も私を殺すつもりで来なさい!」

「じゃあ、殺すわ」

 重拳『グラビティナックル』

 背中を向けていたレミリアに重力を纏わせた拳を叩き付ける。不意打ちを受けた彼女はガードなどできるわけなく俺の拳を背中で受け止めた。骨が砕ける音と共にレミリアが凄まじい勢いで吹き飛ばされる。すかさず足から妖力を噴出させ、後を追いかけた。

「レッドマジック」

 しかし、それはレミリアの罠だったようで顔を引き攣らせたまま、俺へ弾幕を放って来る。一撃でも掠れば大けがでは済まされないだろう。

「『五芒星』!」

 がむしゃらに博麗のお札を投げて弾幕を防ぐがどんどん押されていく。このままでは『五芒星』に皹が入り、弾幕に飲み込まれるだろう。

 回界『五芒星円転結界』

 『五芒星』を回転させた。これからは『防ぐ』ではなく『斬る』。回避できる弾は回避し、回避出来ない弾だけ『五芒星』で斬っていく。少しずつだがレミリアに近づいていく。

「くっ……」

 まさか『五芒星』にこのような使い方があるとは知らなかったのか、レミリアは悔しそうにしながら背筋を伸ばした。どうやら、すでに骨折は治っているようだ。さすが吸血鬼。

「……ああ、そうか。そう言う作戦か」

 レミリアまで後もう少しというところで彼女に気付かれてしまったようだ。

 A&G。『アタック&ガード』戦法。ガードナーが敵の攻撃をガードし、隙を作る。そして、アタッカーがその隙を突いて攻撃する。今度はアタッカーがガードナーとなり、敵の攻撃を防ぎ、ガードナーからアタッカーになった人が攻撃する戦術。まぁ、フランとは練習中だったし、今のレミリアの攻撃をガードするのは文字通り、骨が折れるのでフランは回避に専念。俺は攻撃を受け流すことにした。

「種がわかってしまえば」

 ニヤリと笑ったレミリアは弾幕を撃つのを止めて全方向に霊力を撒き散らした。霊力の塊が衝撃波となって俺とレミリアの背後から近づいていたフランを吹き飛ばした。この作戦の弱点はアタッカーとガードナーが同時に敵から引き離されてしまったら、戦術が使えなくなってしまうこと。絶え間なくガードナーが張り付き、敵の攻撃を受け止め続けなければアタッカーは攻撃できないし、その時にはA&Gについて知られている可能性が高いので何かしらの対策を立てるだろう。だから、もうA&Gは使えない。

「なるほど。この日のために色々仕込んでいたのね。そんなにリョウのことを知りたいの?」

 これからどのように攻めようか悩んでいると霊力の放出を止めた彼女が俺に問いかけて来た。

「……ああ」

 あいつは俺の命を狙っている。何故、俺の命を狙っているのか。リョウとレミリアの間に何があったのか。そして、それを聞いて俺は何をするべきなのか。俺は知りたい。いや、知らなくてはならない。

「いいの? 正直に言うとリョウは手強いわ。今の私となら互角に戦えるかもしれない」

「昔は違ったのか?」

「……これ以上は私に勝ってからにしなさい」

 ふっと乾いた笑いを漏らし、俺を見たレミリア。その姿はどこか儚げだった。

「お兄様」

「……わかってる」

 俺の隣に立ったフランが俺の袖を引っ張って呼んだ。それに対して頷いて答える。リョウとレミリアの話を聞きたいなら勝つしかない。それにもうこれがラストチャンスなのだ。俺とフランが立てた作戦は一度しか通用しない。失敗すれば何もかもが水の泡になってしまう。

「負けられない」

 負けてはならない。俺のためにも。俺のために頑張ってくれているフランや魂に住んでいる奴らのためにも。俺たちは勝つ。

「……いい眼だわ。それじゃ、私も」

 俺の目を見て嬉しそうに笑っていたレミリアだったが、その小さな体から凄まじい殺気が漏れ始めた。どうやら、今までお遊びだったらしい。

「ほら、もっと私を楽しませて頂戴」

「ッ!」

 雷輪『ライトニングリング』

 俺の両手首に雷の輪が装備された時にはもうレミリアの右手は俺の胸を貫き、心臓に届く直前だった。強引に体を捻って彼女の右手の軌道上から心臓をずらす。心臓は何とか潰されずに済んだが、遅れて激痛が体を駆け巡る。目の前が一瞬だけ真っ白になったが何とか意識だけは繋ぎ止めた。

「え……お兄様?」

 俺の隣に立っていたフランは何が起こったのかわからないようで俺たちの方を見て呆然としていた。

「フランったら何驚いてるのよ。ただ、“私が響の心臓を握り潰そうとしたのを響が何とか防いだ”だけじゃない」

 真っ赤に染まった右手を俺の体から抜いて涼しげな表情で言ってのける。

「心臓を……ってそんなことしたらあのお兄様でも!?」

 死ぬ。『超高速再生』を持っていると言っても即死すれば意味がない。心臓を握り潰されれば即死間違いないだろう。もし、数秒生きていてもその数秒の間に脳を潰されて終わりだ。

「何甘えたこと言ってるの? これは殺し合いよ?」

 俺とフランは勘違いしていた。殺し合いと言ってもそれは弾幕ごっこの延長戦なんだと。でも、違った。

 レミリアは本気で俺とフランを殺そうとしている。彼女の目を見ればすぐにわかった。

「そ、そんな……」

「いいんだ、フラン」

 霊力を流して傷を塞ぎながらレミリアを睨みつける。

「レミリア。本気で行くぞ?」

「ええ、いらっしゃい」

 レミリアと戦っていて気付いたのが彼女の速度の異常さだ。確かに攻撃力も高いのだが、速すぎる。きっと『雷輪』を使っても追い付けないと思う。じゃあ、彼女の高みへ俺も行けばいい。

 

 

 

「魂同調『猫』」

 

 

 

 そうスペルを宣言した刹那、俺の体を白いオーラが包み込んだ。

 




実は感想で猫の魂同調するのがばれてちょっと焦ったのは秘密です。
本当に読者様たちは勘が鋭くて私、何度冷や汗を掻いたかわかりませんw
これからも私をひやひやさせてくださいねw


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第300話 紅い月を見て黒猫が鳴き悪魔が笑う

 白いオーラが消えた後、俺の頭には黒い猫耳、お尻には尻尾も生えていた。腕には雷の腕輪。俺の使える技で一番速いスタイルだ。

「……ぷっ」

 しかし、俺の姿を見たレミリアは吹き出して大声で笑い始めた。まぁ、いきなり猫耳が生えたら笑うだろう。

「何それ! 私を笑わせて集中力を切れさせる作戦?」

「……」

「さっきも思ったけど響って男よね? それなのにツインテールになったり、猫耳生やしたり……ふざけてるのかしら?」

 笑っていたレミリアは目を鋭くして俺を睨む。この姿で戦おうとしていたらふざけていると思われるのも無理はない。

「これを見てもそう思うか?」

「え――ッ」

 一瞬にして彼女の背後を取り、首筋に右のツインテールの先に付けられた刃を突き付ける。もちろん、左の刃はレミリアの後頭部に向けられていた。

「……へぇ。ふざけてるわけではないのね?」

「俺だってこんな姿で戦いたくねーよ。でも、俺はもうそんな言い訳はしない。この姿は皆が俺に力を貸してくれてる証拠だから」

 このツインテールも霊夢と霊奈が新しく紅いリボンを作ってくれたから出来た技。猫耳もそうだ。だからこそ俺は否定しない。それは力を貸してくれている皆に失礼だから。

「それじゃ」

「始めようか」

 俺から離れたレミリアと俺はニヤリと笑いながら交互に口を開き――。

「「殺し合い」」

 ――同時に地面を蹴った。

 『ゾーン』

 俺とレミリアの動きが遅くなる。それでも俺たちの動きは普段のそれとほとんど変わらない。それほど高速で動いているのだ。

 まず、先攻したのは俺だ。左のツインテールを神力で伸ばし、レミリアの眉間を狙う。それを彼女は体を捻って躱す。しかも、躱した時に霊弾を一つ飛ばして来た。急いで『回界』を引き寄せて右手に固定させる。固定と言っても直接触れているわけではない。右手の動きに合わせて『回界』を動かせるようになっただけだ。だが、それだけで十分である。飛んで来る霊弾を『回界』で切り裂いた。

 雷雨『ライトニングシャワー』

 小さな雷の弾をばら撒き、それを“追い抜いた”。『雷雨』よりも俺の方が速いのだ。『雷雨』を見て右に逃げようとしたレミリアを『回界』で斬りかかることで足止めする。すかさず、己の爪で『回界』をガードするレミリアだったが、その顔は驚愕の色に染まっていた。このまま動かずにいたらレミリアはもちろん俺も『雷雨』に飲み込まれるだろう。“俺が通常状態なら”。

 何度も爪と結界をぶつけ合って火花を散らせる。『回界』はあの『五芒星』を高速回転させて攻撃する技だ。『五芒星』自体、強力な技に部類させるため、『回界』もかなり強力な技である。だが、それを爪のみで防御するレミリアはもっとすごいと思う。

 もう何回『回界』をぶつけただろうか。そろそろ『雷雨』が俺たちを飲み込もうとしていた。さすがのレミリアも焦りが出たのか顔を引き攣らせて高速で両手を動かす。急いでこの場から離れるためだ。でも、それを許す俺ではなかった。

「っ!」

 俺の背後から迫って来る『雷雨』を見て彼女は目で訴えかけて来る。『これでいいのか?』と。俺が使用した『雷雨』はもちろん、弾幕ごっこ用ではなく当たれば下手すると骨が折れるほどの威力がある。まともにくらえば例えレミリアでもただではすまないだろう。それは俺も例外ではない。しかし、俺が何もしないはずがない。

 『魔眼』で背後から迫る雷弾たちを視てタイミングを計る。

(3……2……1!)

 そして、猫のもう1つの能力を使った。そう、『猫化』である。

「ッ!?」

 突然、人間だった敵が黒猫になったので目の前の吸血鬼は目を見開いて驚いた。俺は俺で猫になったため、体が空中に投げ出されて身動きが取れない。そんな2人を『雷雨』が飲み込んだ。小さな雷弾がレミリアにぶつかり、弾けてその体を吹き飛ばす。俺も体は小さいと言ってもさすがに全てを躱し切れず、いくつかの雷弾が体に当たった。

 だが、『猫化』の能力の一つに“雷系の技を吸収し、帯電させる”というものがある。悟の警棒から発せられた雷を身に纏い、妖怪を灰にできたのもこの能力があったからだ。

 雷獣『サンダーキャット』

 バチバチと音を立てながら『雷雨』が直撃して吹き飛ばされているレミリアの後を追いかける。地面を蹴る度に体から雷光が走り、溜めている雷の威力を高めていく。

「にゃあああああああああ!」

 雄叫びのような鳴き声を上げながら頭からレミリアのお腹に突っ込んだ。俺の体に溜まっていた雷が一気に解放され、レミリアを襲う。

「あああああああああああ?!」

 さすがのレミリアもこれには絶叫する。超高圧の電流を流されているのと同じなのだから。

「……」

 俺の体に溜まっていた雷の力を全て放出し尽くした時には倒れはしなかったが、レミリアの体から力が抜ける。体中から黒い煙を昇らせていて服もボロボロだった。

「にゃっ!?」

 しかし、すぐに彼女の右手に捕まってしまう。気絶させることはできなかったようだ。

「……死ね」

 無表情で俺の顔を見た後、力いっぱい地面に叩き付けられた。グチャ、と体から嫌な音が聞こえる。猫の体なので人間の頃より体は脆い。口から空気が漏れ、意識が飛びそうになる。だが、すぐに激痛で強引に正気に戻されてしまう。急いで体に霊力を流そうとするが、その前にレミリアが血だらけの俺の体を持ち上げて壁に向かって投げる。咄嗟に体を人間に戻すが、勢いは抑えられずに背中から壁に激突し、そのあまりの威力に壁にクレーターができた。

「く……そ……」

 痛みと疲労、『雷輪』のデメリットで筋肉が破裂したせいで『魂同調』が解除されてしまった。このままでは魂に引き込まれて動けなくなってしまう。

『任せろ』

(ああ……頼む)

 そんな頼もしい仲間の声を聞きながら俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様!」

 目にも止まらぬ速さで戦っていたお兄様とお姉様だったが、いきなり地面と壁が陥没した。壁の方を見ると傷だらけのお兄様が倒れていた。どうやら、お姉様にやられてしまったらしい。でも、お姉様もお姉様でかなりダメージを受けている。

「やっと沈んだ……後はフラン。貴女だけ」

「……」

「響の『魂同調』が解除されてる。確か、6時間ほど魂に引き込まれるのよね? 傷が治ってももう復帰できない」

 お姉様はニヤリと笑って私の方へ近づいて来る。

(お兄様は言ってた……)

 もし、俺がやられても諦めるな。時間を稼げ。何とかする、と。

「……」

 でも、私に出来るだろうか? お兄様は一時的にとは言え、お姉様のスピードに追い付きダメージを与えた。だが、私はダメージを与えるどころか2人の姿を捉えることすらできなかった。そんな私に――。

『お前はただ力のコントロールができないだけだ』。

 昨日、お兄様に言われた台詞が頭の中に響く。

『でも、コントロールするのって難しいんだよ?』。

 少しだけ拗ねたような声音で反論する。私だってコントロールしたいのだ。しかし、上手く行かない。やり過ぎてしまう。だから、力をセーブするしかない。

『……お前はまだわかってないのかもな』

『え?』

『いや、何でもない。ほら続きしよう。明日までに完璧にしないと』

 昨日の会話はそこで終わった。あの時は何が何だかわからなかった。

(……もしかして)

「だんまり、か。それじゃ貴女も沈みなさい」

 俯いていた私に向かってお姉様が突っ込んで来る。目にも止まらぬ速さで鋭く尖った爪を私の喉へ伸ばした。

「……」

 それを私は右手で掴んだ。

「なっ……」

 今までやられっぱなしだった私に捕まれたからか、お姉様は驚愕した。

「わかった」

 やっと気付くことができた。私は力をコントロールするためにセーブしていたのだ。弾幕ごっこで本気を出してしまうと相手を壊してしまうから。だから、セーブしていた。

「間違いだったんだね」

 私の独り言を聞いて首を傾げるお姉様。そうだ。お姉様が言っていたのだ。『殺し合い』だと。だから、“力をセーブする必要なんてどこにもない”。“コントロールする必要なんてどこにもない”。

「お姉様、私も本気出すね」

 そう言った後、お姉様の手を引き千切った。満面の笑みを浮かべて。

 



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第301話 翠色の炎と紅色の炎

「くっ」

 レミリアは顔を歪ませてフランから距離を取った。吸血鬼特有の超高速再生ですでに血は止まっているがさすがに部位欠損となると元に戻るまで時間がかかる。更に今のフランは力のコントロールを放棄している状態だ。近くにいたら何をされるかわからない。

「逃げたら駄目だよ」

 フランも黙って逃がすわけもなくニヤリと笑いながらレミリアの後を追う。2人の速度はほぼ同じ。しかし、レミリアは後退しているのに対し、フランは前進。どうしても、後退しているとバランスを崩してしまう。だからだろう。

「えいっ!」

「うっ……ああ!」

 右手に出現させた炎の剣をレミリアは躱し切れず、胸を浅く斬られてしまった。斬られた箇所は火傷し、爛れる。そのせいですぐに回復できなくなってしまった。慌てて紅い霧から鎖を出現させ、フランの動きを止めにかかる。

「無駄だよ」

 炎の剣を消して右手を握り、鎖を破壊した。その直後、4人に分身してレミリアを包囲した。後退できなくなってしまったので床に足を付けて相手の出方をうかがうレミリア。

「あらあら」

「囲まれちゃった」

「お姉様」

「カゴメ。カゴメ」

「どうしましょう。どうしましょう」

「あはは」

「あははは」

「あはっ!」

 くすくすと笑い、レミリアの周囲をグルグルと回るフランは目をギラギラと光らせている。まるで、獲物を狩る肉食動物のようだった。

「……」

 そんな中、レミリアは油断せずにジッと観察し続ける。

「「「「死んじゃえっ!」」」」

 そして、フランがほぼ同時にレミリアに攻撃をしかけた。2人が上から炎の剣で斬りかかり、残り2人は少し遅れて左右から突きを放つ。

「はぁっ!」

 だが、レミリアも慌てずに突きを放って来た2人を弾幕で牽制し、上から来た2人の剣に欠損していない左手と右足をぶつけて軌道を逸らした。まさか対処されるとは思わず、フランたちは目を丸くして体を硬直させる。その隙に上の2人を弾幕で片づけた。

「「やぁ!」」

 分身が消されたことで正気に戻り、炎の剣を投げる2人のフラン。

「あっぐ……」

 1本は躱したが、残った1本はレミリアの右肩に突き刺さる。すぐに引き抜くが右肩に大きな穴が開いてしまった。それを見てフランは思わず、“気が緩んでしまった”。

「ッ――」

「え!?」

 右肩が抉られていてもレミリアの速度は変わらなかったのだ。すぐに分身を消され、レミリアの貫手がフランのお腹を貫通する。

「いっ……」

 激痛で顔を歪ませるがレミリアは止まらない。高速で移動し鋭い爪でフランの体に切り傷を付けていく。

「はぁ……はぁ……」

 服も体もボロボロのフランはその場に膝を付いた。

「さっきまでの勢いはどこに行ったのかしら?」

 攻撃しながら挑発するレミリア。しかし、フランは動けない。

(少し焦ったけど……こんなものか)

 力のコントロールを止めると言っていたので暴走するかと思ったがそんな気配を見せなかった。レミリアは動けないフランに失望していた。そして、気付く。

(……あれ?)

 フランは力のコントロールを止めると言って攻撃して来た。なら、どうして“フランの体を覆うピンク色のオーラは消えていないのだろうか”。響はすでに戦闘不能。更にコントロールを放棄したフランだって『ラバーズ』を維持するのも難しいと思う。じゃあ、どうして――。

「翠炎」

「ッ!?」

 不意に背後から聞き覚えのある声が聞こえ、急いでその場から離脱。振り返ると翠色の炎を纏った響が低空飛行でフランに向かって飛んで来ていた。

(何、あの炎!?)

 初めて見る炎にレミリアは目を丸くするがすぐに気を取り直す。あの様子ではフランに突っ込んで自爆するだろう。

「フラン!」

「お、お兄様!」

 だが、2人は求め合うように手を伸ばし、ぶつかる。凄まじい勢いで翠色の炎が燃え上がった。その勢いにレミリアはまた距離を取る。

「何、あれ……」

 緑の炎は渦を巻くように昇り続け、天井を焼いていた。しかし、よく見れば天井は焼けていない。

「魂装『炎刀―翠炎―』!!」

 その時、炎の中から響の声が響き、翠色の炎が響の右手に集まる。そして、翠色の刀が出現した。その隣には紅色の炎の剣を持ったフラン。2人の顔は2色の炎で照らされていた。

「嘘……」

 『魂同調』のデメリットを無視して動いている響もそうだが、あれだけ傷つけたフランが完全回復しているのに気付き、驚愕するレミリア。

「はあああああああっ!」

 レミリアが我に返った時にはすでにフランは彼女の懐に潜り込んでいた。炎の剣を何度も振るい、レミリアを攻撃する。レミリアも混乱しながら炎の剣を防ぎ続けた。だが、それは長く続かない。

「二刀『突きの炎』!」

 フランが攻撃を止め、しゃがんだと思ったらその後ろから凄まじいスピードで翠色の刀を持って響が突っ込んで来たのだ。どうやら、翠色の炎を足の裏から噴出させてスピードを上げているらしい。

「がっ……」

 刀をお腹に突き刺され、レミリアは襲って来るだろう痛みに備える。だが、いくら待っても痛みは襲って来なかった。

「やぁっ!」

 その代わり、下からフランの拳が飛んで来る。訳の分からないことが立て続けに起こったせいで動きが遅くなってしまい、レミリアはその拳を顔面で受け止め、吹き飛ばされる。そのまま、壁に叩き付けられた。お腹に刺さった刀が壁に突き刺さり、磔にされる。

「縛界『縛術符』!」

 すぐに響が博麗のお札を何枚も取り出し、レミリアに向かって投げた。お札が空中で繋がり、一本の縄となってレミリアの両手を壁に縛り付ける。

「こんなものっ!」

 響のお札は強力だが、レミリアの全力ならば引きちぎることは可能だ。そう、“全力”ならば。

「……え」

 力を入れようとするが入らない。

「翠炎……矛盾の炎」

「その炎はね? どんな呪いも怪我もなかったことにしちゃうの」

 その声で前を見ると響とフランが笑っていた。

「それは『霊力のブースト』も含まれる。つまり――」

「――お兄様の刀が刺さってる限り、お姉様はさっきまでの力を出せない」

 そして、刀を抜くためには両手を縛っているお札を引き千切る必要がある。だが、そのお札を引き千切るためには刀を抜く必要がある。そう、レミリアは詰んでいた。

「……私の、負けね」

 その呟きを聞いた響たちは満面の笑みを浮かべて喜び合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……翠炎で『魂同調』のデメリットをなくしたのね」

 紅魔館の図書館。そこで俺はレミリアからリョウについて聞くことになった。フランも気になるのか一緒にいる。

「さっきの戦いの解説はこんなもんでいいだろ? 早くリョウについて教えてくれよ」

 確かに先ほどの戦いはレミリアに見せたことのない技ばかりを使った。そのせいでレミリアから質問されて答えていたのだが、もう我慢の限界だった。

「……そうね。先延ばししても意味ないもの」

 そっとため息を吐いたレミリア。その顔には哀愁の色。やはり、何かあったらしい。

「まずはどれくらいリョウについて知ってるか教えてくれる?」

「リョウは小さな女の子だ。丁度、レミリアやフランぐらい。能力は『影に干渉する程度の能力』。そして……お前と仲が良かった。ここからは俺の推測だが、リョウは元々男で何かあって女になったんじゃないか?」

「結構知ってるじゃない。私が話すことなんて――」

「――今更逃げんな」

 勘が教えてくれる。リョウにはもっと何か重要な秘密がある、と。

「……本当に、話してもいいの? 正直、この話を聞いたら後悔するわ」

「後悔? 何でだ?」

「……リョウとあなたには切っても切れない縁があるの。それでも聞く?」

 真剣な眼差しで問いかけて来るレミリアに対し、俺は黙って頷いた。

 




レミリア戦、終了です。
さぁ、また1つ謎が解けますよぉ。


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第302話 全ての始まり

今回、説明ばっかりです。
ちょっと読みづらいかもしれません。ご了承ください。


「そう……わかったわ」

 俺の考えは変わらないとわかったのかレミリアはそっとため息を吐いて椅子の背もたれに背中を預けた。

「そうね。何から話そうかしら。うん。まずは彼との出会いから話しましょうか。あれは何年前だったかな……幻想郷に来たばかりの私は人間を見つけては食い散らかしてた。手当たり次第にね。その1人にいたのよ、彼が。普通私を見た人間は恐怖し震えてた。でも、彼は違った。私を見た時、なんて言ったと思う?」

 当時のことを思い出しているのか彼女は微笑みながら紅茶の入ったカップを傾ける。

「『美しい』だって。思わず、殺そうとした手を止めてしまったわ。しばらく見つめ合っていたら急に彼は私に手を伸ばして『好きです』と告白して来た」

「それはまた……突然だな」

「元々変人だったのよ。当時の私もそんなこと言われるとは思わなかったから……何を思ったのかそいつを生かしたまま、自分の家に連れて行っちゃったわ」

「お持ち帰りって奴?」

 隣でクッキーを食べながら呟いたフランの脳天に軽くチョップする。『あでっ』と涙目になってフランは俺に抗議の視線を送って来るが無視。

「それからは……適当に暮らしたわね。私が人間を食って帰って来たらおかえりって迎えてくれた。今でも不思議よ。こんな私のどこに惚れたのか」

「……でも、お前もそいつのことが好きだったんじゃないか?」

 さとりの能力でリョウの過去を覗いた時のレミリアの顔はとても幸せそうだった。

「ええ。そうね。私もいつの間にか彼を愛していた。ずっと傍にいたいと思った……そして、提案したの。『吸血鬼にならないか』って」

「……あ。そう言えば、あの本の話」

 フランの呟きで俺も思い出した。子供の頃、フランに読み聞かせしたあの本はレミリアの話だった。そして、その本の結末だけ変えた。

「その様子だとパチェから何か聞いてるようね」

「ああ。あの本はレミリアの話で結末だけ変えたって」

「ええ、その通り。私はあえて物語の結末を変えて欲しいってお願いした。フランに後悔して欲しくなかったから」

 カップに入っていた紅茶を飲み干して一息つくレミリア。

「……彼が死にそうになった時、私は血を飲ませた。無断で、ね」

「……それで、どうなったんだ?」

「彼は息を吹き返したわ。しかも、若返った。それで気付いたんでしょうね。自分の体内に吸血鬼の血が混じってしまったと。私が飲ませた血の量は少なかったからすぐに吸血鬼にならなかったけど、いずれ吸血鬼になってしまうと。それからは想像出来ると思うけど、私たちはすれ違ってしまった。いつの間にか彼は私の前から消えたわ」

「そうか」

 リョウはレミリアの提案を断っていた。それなのにレミリアに吸血鬼にされてしまった。怒るのも無理はない。人間から人外にされてしまったのだから。

「とりあえず、私とリョウの関係は元恋人……みたいな感じかしらね」

「質問いいか?」

「どうぞ」

「今のリョウはお前やフランぐらいの女の子だ。でも、リョウは男だった。女になった原因はわかるか?」

「多分、吸血鬼の血のせいね。吸血鬼は人間を襲いやすいように美しい外見を持っていることが多いわ。でも、リョウは……私の血の影響を受け過ぎちゃったのね。染色体が汚染され、性別が女になってしまった」

 そう言えば、昔ここで読んだ吸血鬼について書かれた本に『吸血鬼の血は人間の血を喰い、汚染する』と書かれていた。それに俺自身も吸血鬼の血が少しだけ混じっている。今はまだ人間だが、いずれ吸血鬼になると言われた。リョウも吸血鬼の血に人間の血を食い殺されてしまい、吸血鬼になってしまったのだろう。

「……んー」

 その時、フランが腕を組みながら唸った。

「どうした?」

「あ、いや……リョウが女の子になった理由ってお姉様の血が強かったからだよね?」

「ええ、そうよ」

「吸血鬼の血ってすごいなーって。男から女になるなんて。それに……」

 何故かフランは言葉を区切る。何か言いにくそうに。

「言ってみろよ」

「響って私の血を飲んじゃったでしょ? だから、いずれ女の子になっちゃうのかなって」

「まさかそんなわけ……ッ」

 待て。思い出せ。俺が読んだ吸血鬼の本にはなんて書いてあった。そして、俺は思い立ってしまう。

「響、何か気付いたの?」

「……ありえない」

「言ってみなさいよ」

「嫌だ。絶対言わない」

 言ってしまったら認めてしまいそうだったから。だが、それだけは嫌だった。

「ここでおさらいといきましょう。フラン、吸血鬼について教えてくれる?」

「え? 吸血鬼?」

「そう。吸血鬼について」

「えっと……吸血鬼は人間の血を飲む。身体能力が高い。でも、太陽や流水が苦手で蝙蝠になったりできる人もいる。あとは、自分の眷属……まぁ、下僕みたいな存在を作ることができて匂いで眷属がどこにいるのかだいたいわかる。あとはさっき言ったように吸血鬼の血を飲まされた人間は拒絶反応を起こして死ぬか、生きててもいずれ吸血鬼になっちゃう。それと子供ができない」

「そこまででいいわ」

 レミリアは無表情のまま、俺を見つめる。

「響……もうわかってるんでしょ?」

「……」

「私の考えも貴方の考えも結局のところ推測……でも、私は当たってる気がする。貴方だって当たってると思うからこそ黙ってるのでしょう?」

「ね、ねぇ! さっきから私だけのけ者にして! どういう事なの!?」

 我慢できなくなったのかフランが大声を上げて抗議して来た。でも、俺は答える気などない。

「……ずっと前から気になってた。どうして、フランの血を飲む前から吸血鬼の血が混ざっていたのか。どうして、フランの血をすんなりと受け入れたのか。どうして、何年も経っているのに吸血鬼化がほとんど進んでいないのか。どうして、リョウは貴方を狙うのか。どうして――貴方の顔は“女顔”なのか」

「ッ……」

「全ては繋がっていた。簡単なことだったのよ。リョウは――」

 

 

 

「黙れッ!」

 

 

 

 叫びながら右拳をテーブルに叩き付けた。テーブルは粉々に砕け、俺の右拳に木片が突き刺さり、紅い血が漏れる。

「リョウは私を憎んでいる。吸血鬼にさせられ、女の子にされたから。そして、貴方を見つけた。匂いでわかったのよ」

「やめろ……」

「貴方を見つけたリョウはすぐに殺すことを決意した。そりゃそうでしょうね」

「やめろおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、憎んでいる私の血が混じっている自分の血を受け継いだ息子なんだもの」

 

 

 

「……」

 言ってしまった。レミリアは俺が考えた最悪のケースを口に出してしまった。

「え、ええ? リョウがお兄様の親? どういう事?」

「フラン。さっき貴女が言った中に答えがあるわ」

「へ?」

 混乱しているのかフランは首を傾げて呻く。

「……眷属ってのは主人の血を自分の体内に入れて作られる。つまり、吸血鬼が眷属の匂いがわかるのは“自分の血の匂い”がするからだ。眷属から漏れる自分の血の匂いで判断してる」

「あら、説明する気になったの?」

「もう、誤魔化せないだろ……」

 リョウは俺から漏れる自分の血の匂いでわかったのだろう。リョウ自身、吸血鬼になることは望んでいなかった。眷属など作らないはずだ。憎んでいる女の血を受け継ぐ奴なんか増やしたくないに決まっているから。それに言っていた。

 

 

 

 

 ――お前はあたしにとって汚点なんだよ。お前が生きてたらあたしはずっと、縛られたままなんだ。

 

 

 

 

「もし、リョウが俺の親なら全て納得できる。俺の血に最初から吸血鬼の血が混じってたのは吸血鬼の血が混じっていたリョウの息子だから。フランの血を受け入れられたのはレミリアの血が俺の体内にあったから。お前たちは姉妹だからな。他の奴の血よりも受け入れやすいだろう。吸血鬼化がほとんど進んでいないのは俺の体が吸血鬼の血に慣れているから。リョウが俺を狙うのはレミリアが言った通り。そして、俺が女顔なのはレミリアの血の影響が出ているから。ほら……全て辻褄が合う」

「……本当に世間って狭いわね。リョウに血を飲ませた私の前に響がいるって」

 ため息を吐くレミリアはどこか悲しげだった。

「お前は、いつから気付いてた?」

「そうね……少なくとも望がここに初めて来た時には何となくそうかもって」

 数年前の話だ。もうその頃からレミリアは勘付いていた。

「それで、どうするの? 自分の親かもしれない相手だってわかったけど」

「……決まってる。戦って真相を確かめる」

「……言っておくけど、リョウは強いわよ? まだ仲がよかった頃、私を外に出したいからって色々な術式を学んで『影に干渉する程度の能力』を手に入れたんだから。今じゃ本当の吸血鬼になったリョウでもその能力のおかげで太陽の下を歩けるし、色々な術式を組み合わせた術を使って来る。何が起こるかわからないわ」

 それでもやらなくてはならない。相手が親かもしれなくても俺を殺しに来ているのには変わらない。黙って殺されるわけにはいかないのだ。

「今日は帰る」

「……響」

 席を立った俺にレミリアは静かに声をかけた。返事せずに視線だけを送る。

「使いなさい」

 そう言って1枚のスペルカードを投げて来た。それは『シンクロ』。いつの間にか発現していたようだ。

「いいのか?」

「私だってリョウに文句があるのよ。黙って消えたことを後悔させてあげるわ」

 『今更恋人にはなりたくないけどね』と呟くレミリアの口元は微笑んでいた。

「……そうだな。一緒に倒すか」

「ええ。そうしましょう」

「それじゃ、よろしく」

「よろしく」

 後日、リョウを倒すための作戦を練る約束をし、俺は紅魔館を後にした。

 




響さんが男の娘だった理由が明らかになりました。
なお、吸血鬼の設定はとある小説を参考にさせていただいています。
その小説に関してはいずれお話しするとして……この時点でその小説が何かわかった人、いますかね?


次回、リョウとの戦闘……前の会話です。


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第303話 リョウとドグ

さぁ、お待たせしました!
とうとう最終決戦ですよ!


「……響」

 レミリアからリョウについて教えて貰ってから数日後、いつものように依頼を全て解決させて博麗神社に来ると霊夢が真剣な表情を浮かべていた。

「どうした?」

「これ」

 霊夢の手には1通の手紙。それを見て察した。

「早いな」

「準備はできてるの?」

「レミリアと作戦は立てた。勝てるかは……わからん」

 そう言いながら手紙を受け取って中身を見る。そこには日時と場所しか書いていなかった。だが、それだけでわかる。

「それ……呪いがかかってたわ。開けた瞬間、呪われるような仕掛けが施されてたの」

「解呪してくれたのか?」

「嫌な感じがしたから念のために。そしたらドンピシャよ」

 本当に抜け目がない。まぁ、俺たちも相当、えぐい作戦を立てているが。さて、こうなったらレミリアに会って最終調整しなくてはならない。紅魔館に行こう。

「気を付けてね」

「おう、行って来ます」

 後ろで手を振っている霊夢に手を振り返しながら紅魔館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ここは数年前、俺が奏楽と出会い、『断殺』を使ったことにより森が消し飛んだ場所。ここなら無関係な人を巻き込むことなく戦えるだろう。

「逃げなかったか」

 懐かしんでいるとリョウとドグが俺の目の前に降り立った。前、俺のスペルを受けて精神が壊れていたが、完治したようだ。

「お前の方こそ……こんな場所を選ぶなんて意外だった」

「何?」

「お前は俺を殺すためなら手段を選ばない。だから、人里で戦うのかと」

 そうすれば少なくとも俺は全力で戦えない。しかし、リョウはそれをしなかった。

「……止められたんだよ」

「は?」

「だから! 止められたんだ!」

 少しだけ顔を紅くするリョウ。何だか、前より表情が柔らかくなっていると言うか、なんか恥ずかしがっていた。

「何かあったのか?」

「あー、それは「ドグッ!」」

 説明しようとしたドグをリョウが止める。知られたくないことらしい。

「別に隠すようなことじゃねーじゃん、主人」

「これからあたしたちは戦うんだぞ? こんな雑談してる時点でおかしいんだ」

「それじゃ始めるか? “親父”」

「ッ……気付いたのか」

 俺の言葉を聞いてリョウは目を鋭くさせた。レミリアとの話し合いでわかったことは俺の親がリョウだと言うこと。そして、完全な吸血鬼は繁殖機能を持っていない。つまり、リョウが息子を持つためには完全な吸血鬼になる前に作る必要がある。リョウはレミリアの血を影響で吸血鬼化が進むと同時進行で女体化が進む。完全な吸血鬼になったら性別の完全な女になるのだ。これらのことからリョウは俺の父親以外あり得ない。

「レミリアから話を聞いたからな」

「ちっ……その名前を聞くとイライラする」

 レミリアの名前を聞いた途端、顔を歪ませるリョウ。やはり、憎んでいるようだ。

「なぁ、リョウ」

「あ?」

「……戦わずに話し合うって選択肢はないのか?」

 リョウがレミリアを憎むのはわかる。勝手に人外にされたのだ。

「無理だ」

「……そうか」

 即答する彼女を見てため息を吐いた。出来れば戦わずにレミリアと会話させたかったのだが、仕方ない。

「この戦いで俺が勝ったらレミリアと話し合え」

「……この戦いであたしが勝ったらお前は死ね。それとこっちはドグも戦う。殺し合いだからな」

「ああ、こっちも式神と一緒に戦うから」

「へぇ、いいのか? あたしの能力を忘れたわけじゃないだろ?」

 リョウの能力――『影に干渉する程度の能力』。影ならどんな影でも干渉し、操ることができる。これを使われたらゼロ距離から絶え間なく攻撃される。逃げようにも自分の影なのでどこに逃げても無意味。更にリョウ自身も攻撃して来るので対策を立てないとすぐにやられてしまう。

 俺は干渉系の能力が効かないのでリョウの能力で俺の影を操られることはない。リョウと満足に戦えるのは俺だけだ。

「俺の心配をしてる暇はあるかな? 契約『音無 弥生』!」

 スペルを宣言しながら地面に叩き付ける。リョウたちは一度、俺から距離を取った。

「響!」

 召喚された弥生はすぐに俺の隣に立つ。そして、手を繋いだ。

「見たことない式神……でも、関係ない!」

 俺たちが何かする前に弥生を潰すつもりなのかリョウが能力を発動させ、弥生の影を操る。弥生の影は黒い棘となり、まっすぐ彼女の首筋へ向かって伸びた。

「「四神憑依!」」

 しかし、黒い棘が弥生に刺さる前に俺たちは全ての準備を済ませ、叫んだ。

『本気で行くぞ、響! 弥生!』

 魂の中で青竜が咆哮する。それと同時に弥生の体が粒子状になり、俺の中へ入り込んだ。

「ぐっ……お、おぉ」

 内側から溢れる霊力と神力に体が軋む。何度やってもこの感覚には慣れない。自然と声が漏れてしまう。

 俺の背中に2枚の翼が出現する。体全体が龍の鱗に覆われ、目が恐竜のような目になり、牙も鋭くなった。最後に大きな尻尾が生え、鱗が白銀から緑へと変化する。

「四神憑依『弥生―青竜―』」

 確かにリョウの能力は強いが俺には効かない。だから憑依してしまえばいい。

「……なるほど。前より強くなってるってことか」

 俺の姿を見たリョウはニヤリと笑いながら呟く。

『響、準備はいい?』

 頭の中で弥生の声が響く。両手を何度か握って具合を確かめて頷いた。『四神憑依』は弥生と憑依することによって半分に分かれていた青竜の力を一時的に一つに戻す技だ。半分でも強力な力なのにそれを一つに戻すとなるとかなりコントロールが難しい。だが、その分、破壊力は凄まじい。

「竜炎『神龍の伊吹』」

 尻尾を地面に突き刺し、両手を地面に付いて口を開く。そして――ブレス。目の前が真っ白になった。俺の口から凄まじい爆炎が射出されたのである。

「くそっ!」

 爆炎の向こうからドグの声が聞こえた。すぐに爆炎がかき消される。

「はぁ……はぁ……」

 爆炎によって地面が赤熱している中、ドグの後ろは何事もなかったかのように平気だった。もちろん、リョウも。

「この姿のブレスなら防げないと思ったんだが」

「通常時だったら危なかったぞ……リョウが召喚してくれなかったら消滅してた」

 あの一瞬でリョウはドグを召喚し、式神としての力を与えたらしい。あの爆炎を防いだドグもドグだが、それを熟してしまうリョウもリョウだ。

「ドグ、繋げ」

「ああ」

 リョウとドグは手を繋いだ。すると、リョウの体が淡く光り輝いた。何をしたのだろうか。

「音無響。お前が式神を纏うなら……あたしたちは『共有』する」

「共有?」

 俺が首を傾げるが、その答えは行動で返って来た。リョウではなくドグが突っ込んで来たのである。ドグの能力である『関係を操る程度の能力』は触れた物と関係を築いたり、断つことができるのだが、キャパシティーがあって強い絆を断つことは不可能だ。しかし、防御面では強力な能力。つまり、突っ込んで来るメリットがないのだ。ましてや、今はドグよりも攻撃力の高いリョウがいる。

「竜撃『竜の拳』」

 ドグの狙いはわからないが突っ込んで来るからには迎え撃たなくてはならない。右拳を巨大化させてドグに向かって振るった。

「はぁっ!」

 しかし、俺の拳は広がったドグの影に包まれ、右へ引っ張られた。わずかに右へずれた拳を掻い潜るように避けたドグが俺の懐へ潜り込む。

「竜炎『神龍の伊吹』」

 口に炎を蓄えて一気に放出。この距離ならば防いだとしても少しの間、硬直するはずだ。その隙に攻撃を――。

「させない」

 ――そう言いながらドグの前に躍り出たリョウが炎を消した。ドグがやったように。

(なっ!?)

 その光景を見て目を丸くしているとリョウの背後からドグの影が伸びて来る。その矛先は俺の眼球。急いで左翼で顔をガードし、思いっきり翼を広げて風を起こした。風圧でリョウたちを数メートル後退させる。

「……共有ってそういうことか」

 リョウの能力――『影に干渉する程度の能力』。

 ドグの能力――『関係を操る程度の能力』。

 それをドグの能力で共有し、リョウの能力をドグが、ドグの能力をリョウが使えるようにしたのだ。

「気付いたか。そうだ。最強の近接能力と最強の防御能力をあたしたちは共有できる。つまり、疑似的に2つの能力を使えるんだよ」

 リョウはそう言って笑った。

(これは……)

 かなり厳しい戦いになるかもしれない。

 




式神共有。


最強の近接能力を持つリョウと最強の防御能力を持つドグが編み出した技。
はたして響さんは彼らに勝つことはできるのか!?


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第304話 四神憑依

 響が龍の鱗で覆われた右拳でリョウを殴る。しかし、その間にドグが割り込み、自身の影をぶつけて威力を殺し、拳に触れて関係を繋ぎ勢いを断った。すると、響の拳はドグの両手に受け止められてしまう。その隙にリョウがドグを飛び越えて影で出来た剣を響の眼球へ突き刺そうとする。それを翼で弾く響。すぐに爆炎を放った。

「関係を断つッ!」

 空中で身動きが取れないリョウはドグの能力を使って爆炎を掻き消す。だが、そこへ地面から響の尻尾が飛び出した。青竜は神なので神力で部位形態を変化することができる。今、響の背後を見れば尻尾が地面に突き刺さっているだろう。

「くっ……」

 尻尾がリョウの腹部を貫こうとしたその時、ドグが尻尾に飛び蹴りして防いだ。それと同時にジッポライターに火を灯す。予め酸素と水素と関係を繋いでいたので導火線に火を付けたように爆発が連鎖し響へ向かう。

「すぅ……」

 それを見て龍は大きく息を吸い――。

 

 

 龍叫『ドラゴンハウリング』

 

 

「―――――――――」

 人間の耳では感知できないほどの高音を放った。その声には霊力が乗っており、爆発をドグごと吹き飛ばす。ドグの両耳から血が迸る。あまりの声量に鼓膜などの器官が傷ついたのだ。

「化物が……」

 それを見たリョウはドグへ地力を送りながら舌打ちする。『四神憑依』をした響はまさしく怪獣のようだった。いくら攻撃しても龍の鱗の前では歯が立たない。一時は響もリョウとドグの『式神共有』に驚いていたが今は防御に徹底することで難を逃れている。

(それにしても……)

 ドグの耳が完治するのを見ながらリョウは思考する。

 現在、リョウたちは動いていない。正直、今の響なら攻撃に移ってもリョウたちと対等に戦えるだろう。しかし、響は自分から動かない。

(何か待ってるのか?)

 仲間? 機会? いや違う。仲間を呼んでも影を操れば対処はできる。機会などいくらでもあった。じゃあ、何故動かない。

 ジッと響の“黄色い瞳”を見ながら考え、気付いた。

「黄色い、瞳?」

 響の目は通常時ならば黒い。『魔眼』を使えば青くなるし『狂眼』を使えば紅くなる。『魔眼』と『狂眼』を並行して使っても紫になるだけで黄色くはならない。

 疑問に思っていると響の目が黄色く光り、口を開いた。

「ッ……ドグ! 離れろ!」

 背中を襲った悪寒に従ってリョウはドグに命令して全力で後退した。

「凝炎『黄色い瞳の龍炎』」

 響の口内に炎が出現するが射出しない。だが、炎の色が赤から白へ変化する。それにつれて響の目もどんどん輝きを増していく。そして、白い炎は青い炎になった。

(これは……)

 マズイ。リョウの脳内で警報が鳴り響く。炎は温度によって色を変える。青い炎はその中でもかなり温度が高い状態を表しているのだ。それを今までのように放たれでもしたら――。

 そこまでリョウが考えた時、世界は真っ白になった。ドグと共に並んで両手を前に突き出し、炎を消そうと能力を使う。

(この炎っ)

 しかし、能力のキャパシティーを越えたのか炎を全て消せず身が焼かれ始めた。

 弥生の力は何も青竜だけではない。『凝縮の魔眼』。空間を凝縮して力を圧迫させたり、空間そのものを破壊することが出来る魔眼だ。

 『四神憑依』は強力だが、全力を出せるまで少々時間がかかる。突然、力が増幅したら響の体が耐えられず内側から弾け飛んでしまうからだ。だからこそ、響は防御に徹底しその時が来るのを待っていた。

「はぁ……はぁ……」

 リョウとドグはところどころに火傷を負っているが無事だった。関係を断ったからこそ耐えられたのである。距離を取ったのも幸運だった。もし、至近距離であの攻撃を受けていればその身は火傷どころか焼失していただろう。

「これでも倒れないか」

 響も響で今の技で決着をつけるつもりだった。響とリョウたちの間の地面はマグマのようにドロドロに溶けている。それだけ響の技が強力だったのだ。

『どうする? 今ので結構力使っちゃったよ?』

 響の中にいる弥生が心配そうに問いかけた。『四神憑依』の弱点の一つに時間制限がある。力を使えば使う分だけ『四神憑依』が解除される時は近づく。現段階であと十数分持てばいい方だ。つまり、これ以上力を使えばたった数分で解除される。

「でも」

 しかし、響はすでに『式神共有』の弱点を見抜いていた。だからこそ、攻める。

「霊双『ツインダガーテール』!」

 髪型をツインテールにしてそれぞれに結界でできた短剣が出現した。そして、飛翔。地面は先ほどの火炎でドロドロに溶けているため戦うには不向きなのだ。リョウとドグも同じことを思ったのか響の後を追う。

 だが、それは全て響の思惑通りだった。

「ッ――」

 響を追いかけていたドグは不意に背中に悪寒を感じて右に移動する。先ほどまでドグがいた場所を響の尻尾が通り過ぎた。神力を使って尻尾を極限まで伸ばし、迂回して攻撃したのだ。急いで響の方を見ると軽い幻術(パチュリーから習っていた。まだ慣れていないので軽い術しか使えないが)で伸ばした尻尾を隠していたのだ。

「ドグ! ちっ……」

 まだ尻尾に狙われているドグを助けに行こうとしたリョウだったが響自身がそれを阻止する。リョウの影刀と響の翼が衝突し、火花を散らす。すぐに口を開いて火炎弾を射出する。リョウはそれに触れて関係を断って消した。

「しつこいなっ!」

 ドグもドグで響の尻尾と『霊双』に翻弄されていた。尻尾が迫ったかと思えば時間差で左右から響のツインテールの先にある短剣が襲う。響は疑似的に1対1にもっていったのである。

「お前の頭、どうなってんだ!?」

 響が繰り出す拳を影で防ぎながらリョウが絶叫した。

 現在、響の本体はリョウと対峙し、その後ろで尻尾と『霊双』でドグを足止めしているのである。そう、響は“後ろを見ずに”ドグを足止めしているのだ。響自身、リョウと戦う際、両手はもちろん両足も使っているので両手両足、尻尾、『霊双』の計7つの武器を同時に扱っている。

(本当に、こいつ……人間か!?)

 自分の息子なので純粋な人間ではないのはわかっていた。だが、一応種族は人間である。それなのに吸血鬼であるリョウと妖怪のドグをここまで手玉に取っている。その事実にリョウは驚きを隠せなかった。

「俺は至って普通の人間だ」

 リョウの表情から自分を化け物扱いしているとわかったのか響は攻撃しながら答える。それもそのはず。響だってこんな芸当、普通は無理だ。目の前にいる敵に攻撃しながら後ろを見ずに尻尾と『霊双』を操るなど頭一つではすぐにパンクする。

 そう――頭一つならばの話だ。

『響、尻尾を下から上に。そう、その角度』

『右の尻尾を真っ直ぐに突き出すのじゃ』

『にゃにゃ! 左の尻尾にドグが触れそうにゃ! 一旦、引っ込めるにゃ!』

『ドグは左に移動。左の尻尾に触れられず舌打ちした。一瞬、右を見たから右の尻尾は躱される』

 響の魂には頼もしい仲間がいる。吸血鬼が尻尾。トールがツインテールの左の尻尾。猫が右の尻尾。翠炎がドグ本人を見て随時、響に情報を教えてくれている。それを補佐しているのが弥生と青竜だ。『四神憑依』は響が弥生と青竜をその身の纏う技だ。だからこそ、弥生と青竜は少しだが響の体に干渉できる。それを利用して微妙はズレを修正し、ドグに攻撃しているのだ。

『きょー! 頑張れー!』

 因みに闇は応援係である。精神年齢が低いため、指示を出すのに適していないのだ。それでもたまに尻尾や『霊双』に闇を纏わせてドグを引き寄せたりして闇は闇なりに響のために頑張っている。

「こなくそっ!」

 ドグは悪態を吐きながら影を操って響の攻撃をいなしていく。リョウも影刀の他に自分の手足に影を纏って被害を最小限に抑えている。

「竜炎『神龍の伊吹』」

 その時、突然後ろを振り返った響の口から炎が放たれた。ドグの方に向かって。そのまま、体を一回転させる。ワンテンポ遅れて尻尾がリョウを襲う。

 『霊双』を躱していたドグは目を見開きながら何とか炎を消すことができた。リョウも影を一点に集中させることで尻尾を受け止めることに成功している。だが、今までとは違う攻撃に2人は動きを止めてしまった。一気にドグへ接近した響は右拳に妖力を集中させてスペルを使う。

 

 

 

 妖拳『エクスプロージョンブロウ』

 

 

 

 響の右拳が迫っていることに気付いたドグ。いつものように関係を断ってその勢いを殺した。その刹那、凄まじい爆発。『妖拳』は触れた瞬間、妖力が爆発する技だ。ドグの能力はキャパシティーがあり、右拳の“勢い”を断つので限界だった。

「ガッ……」

 そのせいで妖力の爆発に零距離で巻き込まれたのだ。全身から黒い煙を昇らせながらドグは落下し始めた。飛べなくなるほどダメージを受けたのである。追撃しようとした響だったが目の前でドグの姿が消えた。リョウが影を操ってドグの足を引っ張り、森の方へ投げ飛ばしたのである。

『ごめん……もう限界……』

「っと」

 そこで『四神憑依』が解除された。すぐに弥生の召喚を解除する。

「……結局、こうなるのか」

「ああ、みたいだな」

 リョウの呟きに響が答えた。

「と言うより、ここからが本番だろ? 『式神共有』のせいで身体能力は低下してたんだし」

「よくわかったな」

 『式神共有』は能力だけを共有するわけではない。響が言ったように身体能力も共有――つまり、平均されてしまう。力の弱い者は強化されるが逆に力が強い者は弱体化されてしまうのだ。今回の場合、ドグの身体能力は上昇したがリョウは弱くなってしまったのである。

「それじゃ2回戦と行こうか」

「ああ」

 頷いた響は『五芒星』を2枚展開させた。リョウも両手に影刀を持つ。

「回界『五芒星円転結界』!」「『両影刀』!」

 そして、どちらからともなく動いた。

 




響さんは人間だよ。
本当だよ。
嘘じゃないよ。


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第305話 魂同調の真骨頂

 リョウの影刀が俺の頬を掠める。少しだけ血が出たが気にせず右の『回界』を振るう。それを彼女は左の影刀で受け止めた。甲高い音が響き、火花が散る。硬直状態が続くもツインテールを操作してリョウの背中を狙う。

「『柵影』」

 だが、彼女の影が伸びて柵となって俺のツインテールを防いだ。

「さっきからそんなぬるい攻撃ばっかでいいのか?」

 顔を歪ませながら言うリョウ。でも、俺はそれを無視して左の『回界』を上に投げた。そして、急降下させる。

「『影潜り』」

 俺の攻撃を影に潜って回避した。今、俺たちは空中にいるのだが、リョウの影は地面にある。つまり――。

「『影針』」

「ッ!」

 地上から伸びて来た影の針を右手の『回界』で防御する。しかし、その影の針に潜り込んでいたのか影の針から飛び出したリョウが『回界』を迂回して俺の眉間に影刀を伸ばした。

「光撃『眩い光』!」

 咄嗟に『光撃』を放って影を変える。リョウの弱点は急激に影を変えられると伸ばしていた影がリセットされてしまうことだ。『光撃』は強い光を放つ技。この技があったから今までほぼ無傷でやり過ごせていた。まぁ、俺の攻撃もことごとく無効化されているのだが。

 そのまま左手から妖力を飛ばして後退した。

「……はぁ。本当にそれ厄介だ」

 攻撃が不発に終わり、リョウはため息を吐くが押されているのは俺だ。『光撃』で何とか致命傷を受けていないだけで何度も背筋が凍りつく場面があった。雅たちに力を借りようにも影に干渉されて攻撃されてしまうし、干渉系の能力が効かないのは俺だけなので翠炎が出て来ても同じことが起きてしまう。それに今回の作戦で翠炎が鍵となる。無闇に手札を見せるべきではない。

「なんでわざわざ技名を言うんだ?」

 時間稼ぎ目的で気になった事を質問する。スペルカードでもないし、そもそもこれは弾幕ごっこではない。なので、技名を言わなくてもいいのだ。俺の場合、スペルカードを使えば技を使う時の処理が通常よりも少なくなるから使うこともあるが。

「……お前に精神を壊されたせいでまだ不安定なんだよ。技名言わないと安定しない」

 前、リョウと戦った時に使った技のせいで彼女は精神が壊れた。その後遺症が残っているらしい。

「よくそこまで立ち直ったな。どうやった?」

「お前には関係ない。それよりそろそろ夕方になるけど……いいのか? このままダラダラと戦ってて。夜になれば影も増えて更に手数が増えるぞ」

 影刀を影から引っ張り出しながら問いかけるリョウ。戦闘が始まってすでに数時間ほど経っている。太陽は沈みかけていて地面にある俺たちの影は最初の頃よりずいぶんと伸びた。このまま戦っていても余計不利になるだけ。それに俺の地力もかなり消費している。

(潮時か……)

 出来る限り時間稼ぎをしたかったが、無理をしてやられてしまったら意味がない。

(吸血鬼、どうだ?)

 魂の中にいる吸血鬼に声をかけるが帰って来たのは唸り声だった。

『……ごめん、無理そう。今回は諦めるわ』

(そうか……トール、行くぞ)

『うむ』

 今まで吸血鬼と『魂同調』したことがなかった。なので、この数日間、何度も吸血鬼と『魂同調』しようとしたができなかった。その原因は不明。今もできそうか聞いたが無理そうだった。仕方ない。今回は諦めよう。

「魂同調『トール』!」

 俺を覆うように電撃が迸り、トールと『魂同調』する。髪は紅く染まり身長も少しだけ伸びた。

「やっと使って来たか」

 俺が『魂同調』を使って来ると予想していたのかリョウは一息吐いて目を閉じる。そして、何かブツブツと言葉を紡ぎ出した。

『響! 何か術式を使おうとしてるわ!』

 いち早く察知した吸血鬼の声を聞いて右の『回界』に雷を纏わせてリョウに向かって飛ばした。普段は『回界』にどんな力を纏わせてもその回転の速さのせいですぐに吹き飛ばしてしまうのだが、『魂同調』をしている今なら『回界』にも纏わせることができる。

「――」

 『回界』が当たる直前、目を開けたリョウの体が白く光った。そのまま、『回界』を左手で掴んだ。どうやら、術式が完成してしまったらしい。舌打ちしていると握力だけで『回界』を粉々にされた。肉体強化系の術式のようだ。

「確かに『魂同調』は強力な技だ……でも、一度でも解除させてしまえば魂に捕らわれて身動きができなくなる」

 ニヤリと笑うリョウだったが、俺はそれを聞いて内心ホッとしていた。まだ彼女は翠炎の効果を知らないのだ。翠炎は一度だけ俺の体を戦う前の状態に戻す――白紙効果がある。それを使えば『魂同調』のデメリットを一度だけだがなかったことにできる。

(でも、リョウは今、さっきよりも強くなった……)

 これも翠炎を使えば無効化は可能だろう。だが、翠炎を使おうとすれば『魂同調』が解除されてしまう。白紙効果は戦う前の状態に戻すのだが、白紙効果を使わずとも翠炎に触れた瞬間、肉体強化や弱体化、呪いなどは全てなくなってしまう。その中に『魂同調』も含まれる。もし、翠炎に触れて『魂同調』が解除されてしまえばデメリットのみが残るのだ。

 それに翠炎は燃費が悪く、白紙効果は1日に1回。しかも、翠炎をあまり使わなかった場合、使える。先ほどの術式はそこまで力を消費するようなものじゃないようなのでそれを使われる度に翠炎で解除していたら白紙効果は使えなくなってしまう。『魂同調』では到底倒せるとは思えないから翠炎は慎重に使うべきだ。すなわち、リョウの強化術式を解除せずに戦う。

「すぅ……はぁ……」

 リョウは今、俺の出方を見ている。今の内に『フルシンクロ』状態に入ろう。深呼吸してトールと魂波長を合わせる。すると、俺の背中から純白の翼が生えた。綺麗な羽が風に乗って飛んで行く。

「はぁっ!」

 それを見たリョウが一気に突っ込んで来た。彼女の両手には影刀。そして、地面の影から黒い棘が飛び出す。強化されたリョウは目で追うのがやっとなほど速い。それに影刀や黒い棘に込められた力も相当なものだ。普通に防いでも突破されてしまうかもしれない。

『じゃが、我らも強くなっている。そうじゃろう、響?』

(ああ、そうだ)

 地底でリョウたちと戦った頃からまだ数か月しか経っていないが、俺もその中で成長している。『フルシンクロ』状態でも魂波長を合わせた相手と会話できるようになった。ドッペルゲンガーを吸収したことにより地力はもちろん、力のコントロールもしやすくなった。だからこそ、この技が使える。

 

 

 

 

「神手『千手観音』!」

 

 

 

 

 スペルカードを使い、背中に神力で創られた手が何本も出現する。その数は千。手そのものは小さいが数が数なのでかなり神力を消費する。ドッペルゲンガーを吸収しなかったら使うことすらできなかった技だ。更に――。

「拳術『ショットガンフォース』! 飛拳『インパクトジェット』!」

 『拳術』と『飛拳』は自分の手に妖力を纏わせ、一気に放出する技。つまり、『神手』と一緒に使えば『神手』にもその効果が付与される。ただ、猫の妖力(狂気は翠炎になってしまったので妖力を持っているのは猫だけになってしまった)だけでは足りないので闇の力を借りて俺の霊力と吸血鬼の魔力を一度、闇に変換した後、妖力にしてそれを使っている。普段なら青竜の霊力と神力も使うのだが、『四神憑依』でかなり消費したので今回は力の供給に参加しなかった。

「おらっ!!」

 千の内、200の手を右に、もう200を下に向けてインパクト。俺の体は左へスライドして黒い棘を回避しつつ、体をぐるりと横回転させる。それを見てリョウが目を丸くする。そのまま300を真後ろへ向けてインパクトして前進する。そして、残った300の手を一箇所に集めて俺の体が回転したことにより生まれた遠心力を乗せながら一気に振り降ろす。

「ぐっ……」

 慌てて影を集めてガードするリョウだったが、いとも簡単に300の手に影の壁を破壊されて直撃する。インパクトは影の壁を破壊する時に使ったのでリョウ本人にはインパクトできなかったがそれでも300の手に殴られた彼女は凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。その威力に地面が陥没し、割れる。

「『魂同調』は切り札だ。使うタイミングを間違えれば死ぬだろう。だからこそ、本気で行く。死なないために――いや、生き残るために」

 割れた地面から這い出てくるリョウに向かって告げた。それと同時に太陽が沈み、もうすぐ夜が来る。リョウは吸血鬼だ。たとえ、影に干渉する能力を得て太陽の下を歩けるようになったとしても夜の方が強くなる。ここからが本番だ。

 



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第306話 影使い

 一度、地面に降りてリョウと睨み合う。向こうは口でも切れたのか口の端から血を流していた。すぐに拭って口の中にたまった血を地面に吐き出す。血が流れて来ないことから吸血鬼特有の治癒力ですでに傷は治っているのだろう。

『響……』

 その時、吸血鬼が言い辛そうに俺の名前を呼んだ。

(ああ、わかってる)

 先ほど『神手』と『拳術』、『飛拳』のコンボを試してみたが、想像以上に神力と妖力を使ってしまった。このまま戦ってもすぐにガス欠を起こす。

「神術『神力ブースト』!」

 神力を水増しする。俺の体が白いオーラに覆われたのを見てリョウも小さく言葉を紡ぎ、術式を完成させた。前に使った術式もそうだがリョウの使う術式は見たこともない。いや、ところどころ知っている箇所もあるのだが、ほとんどは知らない物ばかりだ。

「そんなに警戒しなくても普通の術式だっての。色々なのが混ざってるけどな」

「混ざってる?」

「お前にかけた呪いと同じだ。本に関してはあいつの友達に借りられたし」

 おそらくパチュリーのことを言っているのだろう。今思い出したがレミリアから聞いた話ではリョウはレミリアを外に連れ出すために色々勉強したそうだ。当時はまだ一緒に暮らしていなかったパチュリーのところへ行き、たくさんの本を借りていた。そして、完成したのが『影に干渉する程度の能力』。その副産物として彼女は様々な分野の技術を手に入れ、それらを組み合わせてより高度な術式を組み上げることができるようになった。

「妖術『妖力ブースト』!」

「――」

 俺が妖力を水増しする。それに合わせてリョウも別の術式を完成させた。お互いの地力が膨れ上がる。

「さてお喋りはこれぐらいにして……最低限の準備はできたんだろ?」

「……ああ」

「『影刀』」

 リョウは自分の影から刀を取り出して構えた。俺も『神手』の100を前に向けて腰を低くする。そして2人同時に駆け出した。

「『抜け影』」

 その途中でリョウの姿が消える。『魔眼』で周囲を確認するが反応はない。

「神波『神の波紋』」

 『神手』を全方向に広げて妖力を全力で放つ。すると上の方で妖力の波が歪んだ。いつの間にか俺の真上に移動していたらしい。200の手を真上に向ける。

「神砲『神々の咆哮』」

 真上に向けた200の手から神力と妖力が合成された極太レーザーが撃ち出された。

「『影跳び』」

 咄嗟に影刀を地面に向かって投げる。影刀が地面に刺さった瞬間、リョウの姿がまた消えた。地面に刺さった影刀に瞬間移動したのだ。

(あんなこともできるのかよ)

 心の中で悪態を吐きながら300の手で地面を殴った。生じた衝撃波が影刀を揺らす。

「ぐっ……」

 急いで影刀から出たリョウだったが、苦しそうに顔を歪めていた。衝撃波に神力と妖力を混ぜておいたのだ。

「霊術『霊力ブースト』!」

 更に地力を底上げして400の手を背後に向けてインパクト。一気にリョウに接近する。

「『飛沫影』」

 影刀を一振りして細かな影を飛ばすリョウ。その細かな影は小さな棘となり俺を襲う。すかさず200の手を前に広げて全ての棘を受け止めた。

「『影跳び』、『抜け影』」

 その時、受け止めた小さな影に跳んだリョウが『神手』をすり抜けて俺の懐に飛び込んだ。『抜け影』は自分の影に潜り込んだ後、影を縮小させて小さな隙間を通り抜ける技のようだ。前に使った時は影を小さくしてあたかも消えたかのように見せかけて凄まじいスピードで俺の真上に移動したのだろう。『魔眼』は周囲の反応を感知できるが真上はあまり得意ではない。そこを利用されたのだ。

「『影仕込み』」

 リョウを捕まえようと『神手』を操作するがその前に影刀が俺の腹部を貫いた。激痛で顔が歪む。反射的に『光撃』で影刀を消し、そのまま『神手』で彼女を突き飛ばす。

「『影打ち』」

 突き飛ばされたリョウはニヤリと笑った後、技を使う。その瞬間、俺の体から黒い棘が何本も生えた。

「ガッ……」

 目の前が真っ白になり、気絶しそうになるが気合で何とか持ち堪える。

 先ほどの『影仕込み』は影刀を相手の体に刺しこみ、影の一部を残す。その後、『影打ち』を発動させて体の内部に残っていた影を操作して攻撃する。俺は干渉系の能力は効かないが『影仕込み』はリョウの影を使っているので俺に干渉していない。俺の体の中に残っていた影もリョウの影だ。だからこそ、俺にも通用したのだ。

「『影縛り』」

 霊力で傷を回復させているとリョウの影が伸びて俺の体を縛り付ける。回復中で逃げることはできなかった。神力の刃を体中から生やして影を斬り、脱出するがその隙にリョウが影刀を投げる。影刀は目の前の地面に突き刺さった。

「『影跳び』」

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 再び、俺の懐に潜り込んで来たリョウを大きくした右手で殴りつけた。『神手』は俺の背中から生えているため前に移動させるのに多少時間がかかる。その間にリョウの攻撃を受けてしまうので『神撃』を使ったのだ。

「『影潜り』」

 迫る『神撃』を躱すためにリョウは自分の影に潜る。そのせいで『神撃』は空ぶってしまった。影が地面を滑るように移動し、リョウが飛び出す。その手には影で出来た大きな鋏。

「『影鋏』」

「ッ――」

 大きな鋏を両手で持って俺の体を両断しようとする。霊力ですぐに回復できるとは言え、さすがに体を真っ二つにされるのはまずい。500の『神手』を真下に向けて妖力を放ち、逃走を図る。しかし――。

「なっ」

 右足が何かに捕まっていてそれはできなかった。あの時の『影縛り』だ。多分、俺が神力の刃で影を斬った時、ばれないように右足だけ再度、影を絡まらせていたのだろう。中途半端な高さで硬直していた俺の右足を『影鋏』が捉え、斬り落とされた。膝から下が地面に落ちると共に血が噴水のように溢れ出る。

「あ、ぐ……魔術『魔力ブースト』!!」

 激痛で目の前がぐにゃりと歪むが堪えて最後のブーストを使う。出鱈目に魔法を放ってリョウを遠ざけた。さすがの彼女も逃げるしかなかったようで舌打ちをしながら後退する。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をしつつ、地面に落ちた右足を掴み、傷口にくっ付けた。

 やはりリョウは強い。『魂同調』とブースト系のスペルを全て使っているのに押されている。太陽も完全に沈み、夜になってしまったせいもあるが何よりリョウの戦闘技術が高いのだ。

(どうするかな……)

 このまま攻めても返り討ちに遭うだけだ。確実に攻撃を当てないといけない。だが、リョウのスピードはかなり速い上、『影跳び』や『影潜り』がある。どうにかしてリョウ自身を捕まえないと。空を飛んで戦うのも手だが、リョウが何も対策を立てていないなんてこともないだろう。

『1つ考えがあるわ』

 どうしようか悩んでいると吸血鬼がアイディアを出してくれた。

「『影跳び』、『影潜り』」

 しかし、それを聞いている途中でリョウがまた影刀を投げて消える。影刀が刺さったのは――俺の左の地面。そっちに向かって『神手』を伸ばすが影刀はすぐに消滅してしまった。

「しまっ――」

 『影跳び』と言ったがリョウはあえてそれを使わずに『影潜り』で自分の影に潜んだ後、地面を移動したのだ。急いで正面を見る。

「『影牢』」

 リョウの影が檻のように俺を囲み、閉じ込めた。『神手』で影の檻を殴って破壊しようとするも『神手』が当たる寸前にその場所が開いて『神手』を回避する。更に『神手』が外に飛び出した後、開いた場所が閉じて『神手』を捕まえた。一瞬の内に『神手』が封じられてしまった。

「『影杭』」

 どうにかして檻から脱出しようとした刹那、檻から何本もの杭が飛び出し俺の体を何度も貫いた。

「ッ――」

 声にならない悲鳴を上げて俺はその場に膝を付く。今までのダメージが蓄積したせいか『魂同調』が解除され、髪が黒に戻る。

「く、そ……」

 消えゆき意識の中、最後に見たのは歪んだ笑みを浮かべたリョウの顔だった。

 



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第307話 舞踏会

 血だらけのまま倒れている響を見下ろしながらそっと息を吐いた。『影牢』を解除し、空を見上げる。すっかり夜になってしまった。満月が淡く輝いている。

(勝ったのか……)

 響は予想以上に強かった。前、地底で戦った頃よりもずっと。特に『四神憑依』と『魂同調』。もし、『四神憑依』に時間切れがなかったらやられていたかもしれない。『魂同調』も術式をいくつも組み合わせて強化しなければ一瞬の隙を突かれてそのまま倒されていた。正直、あたしが勝ったのはほぼ運だ。

「さてと」

 これで目的が達成できる。そう思いながら響に視線を向けた刹那――。

 

 

「魂装『炎刀―翠炎―』」

 

 

 

 ドス、とあたしの腹部に何かが突き刺さった。それと同時に翠色の炎が響を包んでいる。

「なっ……」

 確かに響は倒れていた。『魂同調』も解除されていたし、ブースト系のスペルを使っていたからこんなに早く復帰できるわけがない。『魂同調』は一度、解除されると魂に6時間拘束されるはずだ。ブースト系のスペルなど使用したら一時的に該当する力を使えなくなる。今回、響が使ったブーストは『霊力』、『魔力』、『妖力』、『神力』の4つ。それなのに響はゆっくりと立ち上がっている。右手に持った翠色の刀をあたしに突き刺しながら。

「翠炎……矛盾の炎。その効果は俺の状態を戦う前に戻す白紙効果。そして、炎刀で刺された相手にかけられた呪いや強化を全て解除する」

 響の説明を聞いてあたしはすぐに自分の状態を確認した。すると、響の言う通り、今まで重ね掛けしていた術式が全て破壊――いや、なかったことにされている。その代わり、刀で刺されているのに痛みはない。しかし、この刀が刺さっている限り、術式を組むことはおろか影を操作することすらできない。

「くそっ!」

 急いで響から距離を取ろうとしたが、すぐに響のツインテールが伸びてあたしの両手に絡みつく。いつもならすぐに振り切れるのに術式がなくなっているせいで上手く外せない。その間に響はいつものヘッドホンと音楽プレーヤー2つを携帯からワープさせ、装着する。まずい。このままではいつか『シンクロ』を使われてしまう。

「亡き王女のためのセプテット『レミリア・スカーレット』!」

 だが、最初に再生されたのがあの忌まわしきレミリアの曲だったらしい。驚きのあまり、視線を響に戻す。一瞬だけ目が合う。『コスプレ』の影響か目が紅かった。

「光撃『眩い光』!」

 その瞬間、響から眩い光が発せられ、目が潰されてしまう。目を閉じてすぐに気配を探る。刀はすでに消えていた。おそらく翠炎は響にも影響があるのだろう。

「シンクロ『レミリア・スカーレット』!」

 術式を組もうとした時、一番恐れていたことが起きてしまった。今のあたしは術式が掻き消され、目が潰されている。刀はもうないので影は操ることは可能だが、それだけでは『シンクロ』に勝てない。やはり術式を完成させなければ。

「――」

 しかし、あたしの口は動こうとしない。金縛りにあったような感覚。何が起こっているのかわからず、混乱していると不意に目の前に誰かの気配を感じる。あまり気配を探るのは得意ではないので響かどうかわからない。

「魂召『王女の舞踏会』!」

 響がスペルカードを使った。すると腕の拘束が解ける。すかさずバックステップをしようとしたら今度は左手を握られ、腰に手を回された。まさかこの状況で腰に手を回されるとは思わず、目を開けてしまう。まだぼやけているが目の前にいる奴が誰かすぐにわかった。

「レミ……リア……」

「久しぶりね、リョウ」

 やっと普段通りに目が見えるようになってあたしは声を震わせて彼女の名前を呼んだ。レミリアは少しだけ顔を引き攣らせながら挨拶する。

「何で、お前がこんなところに」

「『シンクロ』で魂に引き寄せられた私を響が召喚したのよ。スペルの効果だから私もあまり自由に動けないけど」

 それを聞いてレミリアの背後にいる響に視線を向ける。そこには綺麗なドレスを着た響がいた。髪はいつものポニーテールに戻していて背中から黒い翼が生えている。レミリアとの『シンクロ』だから生えたのだろう。そして、目は紫色に光っていた。推測だが、今の響は『魔眼』を発動し、『シンクロ』の効果で目が紅くなっていたから青と赤が混ざって紫になったのだろう。

「さて、そろそろ始めましょう。響、お願い」

「ああ」

 頷いた彼は携帯から1つのバイオリンを取り出して弾き始めた。すると、体が勝手に動き始めてレミリアとダンスを踊り出した。

「な、なんだよ、これ……」

「あなたは今、響のスペルのせいで音楽を聞くと体が勝手に踊ってしまう。私はそれの相手ってわけよ」

「何でお前なんかと踊らなくちゃならないんだ」

 口では文句を言うがレミリアの言う通り、体は言うことを聞いてくれない。どうにかして抜け出さないと。術式を組み上げようとするがその瞬間、声が出なくなってしまった。あたしの術式は声に出さないと構築することができない。

「駄目よ? 今、私と踊ってるんだから。踊ってる相手を退屈させるのは禁止」

 その場でクルクルと回りながらレミリアがウインクする。本当にこいつは昔から変わっていない。だからこそ、“オレ”は顔を歪ませた。

「そんな嫌そうな顔しないで楽しんだら? このスペル中はどうすることもできないんだから」

「お前なんかがいて楽しめるかよ」

「そう? 私は楽しいわ。昔に戻ったみたいで」

「……お前が、変えたんだろ? 全部」

 そうだ。こいつがオレに血を飲ませたからこんなことになったのだ。オレの体は時が経つにつれどんどん女体化が進み、今はもう完璧な女になってしまった。背も声もレミリアへの感情も全て変わってしまったのだ。

「……ごめんなさい」

 オレの言葉を聞いてレミリアは顔を俯かせて謝った。

「謝って許せることじゃねーんだよ」

「そんなこと知ってるわ。あなたの人生を狂わせたのは私だもの。でも……本当に私はあなたを救いたかった。病で倒れ、やつれていくあなたを見ているのが辛かった」

 レミリアの声は震えていた。本当に後悔しているようだ。

「……だからってそれは免罪符にならない。オレはずっと苦しんだ。独りで変わっていく体に恐怖しながら耐えた」

「……」

「そしたらどうだ。一回の過ちで……残してしまったんだよ。あいつを」

 レミリアの前から逃げ、路頭に迷っていたオレを助けてくれた人がいた。その人はオレの事情を知るととても優しく接してくれた。それをオレは仇で返した。吸血鬼の血が混ざり、どんどん人間の血が殺され、女体化が進んでいたオレは男としての生存本能が働き、その人を襲ってしまった。その人は抵抗できたはずなのに同情したのか全く抵抗しなかった。そして、産まれたのがあそこでバイオリンを弾いている音無響である。

「だから響を殺そうとしたの?」

「……ああ、そうだ」

 レミリアの質問に簡潔に答えた。そうだ。オレは何としてでも響を殺さなくてはならない。

「それは……響のため、なのよね?」

 彼女の言葉に思わず、目を丸くしてしまった。

「図星みたいね。理由まではわからないけど、リョウが響を見る目が私を見てる時と違ったから。まるで、心配してるようだった」

「何が言いたい?」

「別に特別なことを言うわけじゃないわ。ただ、あなたも父親なんだなって。理由、聞かせてくれるかしら?」

 そこでオレはどうしてこんなことを話しているのか不思議に思った。目の前にいるのはオレの人生を狂わせた元凶だ。そんな相手に何故、弱音を吐いている? どうしてこれほどまでにスムーズに言葉にできる?

 しかし、そんな思考の裏ではこのまま話してしまおうと考えている自分もいた。その考えはどんどん大きくなり、不思議に思っている自分は“いつの間にか消えていた”。

「オレのように苦しんで欲しくないだけだ。自分がどんどん変わっていくのがすごく怖かった。最初から前の自分なんかいなかったかのように……人間だった頃のオレが思ったこと、感じたこと、触れたことが全て泡のように消えて行った。今じゃもうほとんど思い出せない。残ってるのはお前に対する憎悪だけ。そして――」

 響もいずれ女になるだろう。すでに顔は女そのものだ。それと同時に男の頃の記憶はほぼ消えてしまう。だが、それ以上に怖いことがあった。

「――今の……女のオレの記憶もなくなり始めてる」

「え?」

「すでにオレの血は吸血鬼の血しか残っていない。でも、オレは元々人間だ。血は吸血鬼でも体は人間なんだよ。そして、今、吸血鬼の血は体に侵食し……蝕んでいる」

 だからこそ、オレは色々な術式を組み合わせて吸血鬼の血を抑制していた。少しでも“長生き”するために。

「どういう、こと?」

 レミリアは唖然とした様子で問いかけて来た。その声は震えている。すでに答えに行きついているようだが、信じられないらしい。

 じゃあ、それが答えだと教えてやろう。

 

 

 

「オレは……もうすぐ死ぬ。そして、響も女体化した後、オレと同じように体が蝕まれ、死ぬはずだ。記憶がなくなると共に」

 

 

 

 だから、オレは響を殺す。消えていく記憶を必死になってかき集める苦しさを味わってほしくないから。それが響を残してしまったオレにできる親としての最初で最後の務めだ。

 



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第308話 運命と吸血鬼の王女が願うこと

「死ぬ……それは本当なの?」

 リョウの言葉を聞いたレミリアは目を見開き、震える声で問いかけた。

「ああ。自分の体のことは自分がよくわかってる」

「でも、どうして記憶までなくなるの?」

「吸血鬼の血が体を蝕んでるって言っただろ。脳も例外じゃない……ッ」

 そう答えた後、突然リョウは顔を歪ませる。彼女と踊っていたレミリアも目の前で容態が急変したリョウを見て驚愕した。

「リョウ!?」

「ぁ、ぐっ……」

 レミリアの声も聞こえていないようで苦しそうに何かに耐えていた。

 リョウは吸血鬼の血が体を蝕むのを長年培って来た様々な知識を使って組み上げた特殊な術式で抑制している。しかし、この戦いで彼女の術式は『魂装』によって無効化されてしまった。そのせいで吸血鬼の血が活発に活動を始め、リョウの体を破壊しようとしているのだ。元々、リョウの体はすでに限界で体が完全に壊れる前に術式が完成したのも奇跡に近かった。だからこそ、リョウは響を殺そうと躍起になった。この苦しみを味わってほしくないから。それが過ちを犯したリョウに出来る吸血鬼の血に対する最後の抵抗だった。

「しっかりしなさい! 貴方は間違ってるのよ! それがわかるまで死ぬなんて許さないわ!」

「まち、がい?」

 レミリアの言葉を掠れた声で繰り返した。リョウは響を殺すことが正しいと思っている。そのため、レミリアが指摘した『間違い』がわからなかったのだ。

「今まで響は何度も死にそうになったわ。そう、何度もよ! それでも彼は必死になって生き残った。自分には家族がいるから……自分がいなくなったら悲しませてしまう人がいるから。そう言って最後まで諦めずに前を見続けた! そして、今日まで生き残った! 貴女の息子は、すごく強いのよ!! 吸血鬼の血になんて負けるわけない!」

 

 

 

「――その通りだ」

 

 

 

 歪む視界の中、不意に聞こえた響の声。そこでリョウは気付いた。“バイオリンの音が聞こえないことに”。急いで振り返るとそこにはレミリアの衣装を身に纏った響がいた。

(何で……すでにレミリアと『シンクロ』してたはずなのに……)

 リョウと戦うまでの間、響はレミリアと共にリョウを倒す作戦を練っていた。そんな中、リョウの強さを考えると真っ向勝負ではまず勝てないと判断した。『魂同調』もリョウはすでに知っているので利用される可能性も高い。必然的にリョウの隙を突いて決着をつけるしかなかった。

 そこで響はとある技を強化することにした。それは『狂眼』である。翠炎でリョウの術式を無効化し、『狂眼』で体の自由を奪えば大きな隙ができると思ったのだ。だが、『狂眼』を使っても響の体の変化ですぐばれてしまう。だからこそ、“レミリアと『シンクロ』した振りをした”。そうすれば、響の両目が紅い(強化されて『狂眼』を使うと両目が紅くなる。『魔眼』も使っていたので紫になっているが)ことも、背中から翼が生えているのも不思議ではない。

 強化された『狂眼』は相手の体の自由を奪う他、ある程度相手の体を自由に動かすことや本音を吐かせやすくする効果が発現した。しかし、それは『狂眼』が使われていると気付いていない場合に限る。『狂眼』は身構えている相手や『狂眼』の効果を知っている相手には効き辛いのだ。だからこそ、ドレスとバイオリンを用意した。レミリアとの『シンクロ』の効果だと勘違いさせたのだ。ドレスは少し前に行われたサークル見学で来た物を借り、バイオリンは物置に仕舞ってあったのを引っ張り出した。

 今回の目的はリョウを殺すことではなく、レミリアとリョウの間に出来てしまった蟠りを失くすことだった。そうすれば響がリョウに狙われる意味がなくなると思っていたからだ。実際はリョウの歪んだ親心が原因だったが。

 当初は響がバイオリンを弾きながらリョウを説得する予定だったが、レミリア本人がリョウと話をさせて欲しいとお願いして来た。しかし、リョウと戦うのは外なのでレミリアがリョウと話せるのは夜の間のみ。だからこそ、響は少しでも時間を稼ぐために指輪の力や『魂同調』で粘っていた。そのおかげでレミリアはリョウと話し、リョウの本心を聞き出すことができたのだ。

「リョウ……お前は何もわかってない」

「な、にが……」

「俺は生きててすごく幸せなんだぞ。何度も死にそうになったからこそ、生きてて良かったって思える。例え、この先記憶がなくなるとしても……俺は多分、産まれて来て幸せだったって心の底から感謝できる。だから――」

 響はリョウが何のために自分を残したのかずっと不思議だった。レミリアのことを恨んでいるのにどうして、血縁を残そうと思ったのか理解できなかった。

 しかし、彼女は己の過ちを認め、響のために出来ることをしようとした。それが響の殺害という時点で彼女の精神はすでに崩壊していることぐらい容易に想像出来る。実際、響のスペルで一度、リョウの精神は崩壊しているのだ。

 リョウの話を聞いて響が思ったことはただ1つだけ。

 

 

 

「――俺を残してくれてありがとう。父さん」

 

 

 

 感謝の気持ちだった。リョウが過ちを犯していなかったら響はこの世に存在していなかった。そもそも、リョウの過ちは響が吸血鬼の血に苦しめられているという事実があって初めて成立する。つまり、リョウは正しいことをした。少なくとも響はそう思っている。他の人がどう思うかは知らないが、当事者である響がそう考えている時点で他の人の意見などどうでもよかった。

「なんで……オレは、お前に恨まれる、はずなのに」

「誰が恨むかよ。それこそ攻撃して来た方が恨むわ。実の息子を殺そうとするとか普通ありえない」

「……はは」

 響の言葉を聞いたリョウは乾いた笑いを零し、空を見上げる。そこには綺麗な満月――いや、少し欠けている十六夜の月があった。

「オレは、間違ってたのか……ぐっ、あああああああああああああああああああ!!」

 リョウが呟いた次の瞬間、絶叫をあげる。そろそろ限界なのだ。能力もコントロール出来ないのか彼女の影が出鱈目に周囲の地面を抉っていた。

「レミリア!」

「ええ!」

 リョウの傍にいたレミリアは響の隣に移動する。そのまま、響はレミリアの体を抱きしめ、スペルを取り出す。

「リョウ……俺たちはお前を受け入れる。だから、お前も俺たちを受け入れろ!! シンクロ『レミリア・スカーレット』!!」

 スペルを唱えた刹那、響の体が淡いピンクのオーラが覆う。オーラが消えると響の服装はピンクのタキシードに変化し、背中には黒い翼があった。ピンクのシルクハットの位置を右手で調整して『シンクロ』によって気絶したレミリアを地面にそっと降ろす。

「きョう……ニゲ、ろ……」

 理性がなくなりそうになっているのかリョウは目をドス黒い赤に染めていた。

「……俺は、すでにお前を受け入れたんだ」

 そんな彼女を見て響は静かに言葉を紡ぐ。

「だから、お前が消える運命なんて受け入れない。そんな運命……俺たちが変えてやる」

「―――――――――!!」

 とうとうリョウは暴走し始める。影が響の頬を掠め、切り傷を付けた。血が流れる前に傷が治る。

「運命『猶予(いざよ)う月に光る弾丸』」

 『運命』のスペルを使用する条件は――十六夜の月の下にいること。十六夜の意味は『躊躇』、『揺蕩う』、『停滞』。銃弾を受けた対象の運命を1つだけ停滞させる。つまり――。

 響の右手にピンク色の拳銃が出現し、リョウを狙う。そして、発砲。

 拳銃から放たれた一発の銃弾は真っ直ぐ進み、リョウの心臓を捉えた。

 

 

 

 ――この瞬間、リョウの『吸血鬼の血によって体が崩壊する』という運命が停滞した。しかし、このスペルは運命を停滞させるだけで元には戻らない。

 

 

 

「レミリア、後は頼んだ」

『任せなさい。貴方の父親を死なせはしないわ』

「改変『王女の願い』」

 だからこそ、もう一発銃弾を撃ち込む。『フルシンクロ』状態に移行させた後、響はまた拳銃の引き金を引いた。ピンクの閃光が拳銃から飛び出し、そのままリョウの体へ到達し先ほど撃ち抜いた部分から彼女の体の中へ侵入する。

『リョウ……リョウ!!』

 すでにボロボロになってしまったリョウの中を移動しながらレミリアは願う。レミリアとリョウはもう昔には戻れない。そんなこと知っている。だが、やり直せないわけじゃない。

『私は貴方と一緒に居れて楽しかった。一緒にお茶を飲んだり、お話ししたり、満月を見上げたり……だから、今度は貴女と一緒に時を過ごしたい。すれ違ってしまった分、取り戻したい。恋人のようには戻れないけど、友人として笑い合いたい!』

 レミリアはリョウの魂に辿り着いた。彼女の魂は吸血鬼の血に汚染され、いつ壊れてもおかしくない状況だった。

『こんな運命……変えてやるッ!!』

 『改変』の効果――『一度だけ対象の運命を変える』。スペルの発動条件は『レミリアが心の底から対象の運命を変えたいと願うこと』。運命と吸血鬼の王女は停滞した『吸血鬼の血によって死ぬ運命』を変えるために魂の中心に移動した。『改変』のデメリットは運命を変えた後、どのような運命になるかわからないこと。しかし、レミリアにとって『吸血鬼の血』で死ぬことだけは許せなかった。

『リョウ、目を覚まして!』

 ギュッと目を閉じて願う。その刹那、レミリアの体が光り始めた。その光はとても暖かくて優しかった。光はどんどん大きくなり、いつしかリョウの体全体を覆うほどまでに広がっている。

「……成功、か」

 光が消えた後、響が目にしたのは地面で倒れているリョウの姿だった。暴走している様子はない。

「よかっ……た……」

 仕事を終えたレミリアが響の魂に戻って来るのを感じながらその場に倒れそうになる。『運命』と『改変』のせいですでに限界だったのだ。

「……お疲れ様」

 響が気絶する直前に感じたのは懐かしい香りと温もりだった。

 




これにてリョウ戦終了です。
次回から後日談的な感じで色々と解説して行きます。


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第309話 響の母親

「そろそろ12時間よ」

「おう」

 吸血鬼から紅茶のおかわりを貰いながら頷く。『シンクロ』のデメリットで魂に12時間ほど意識が固定されてしまうのだ。その間、吸血鬼たち+レミリアと一緒にリョウとの戦いの反省点やリョウ本人について話し合った。まぁ、途中で飽きて闇と猫と遊んだが。レミリアも楽しそうだった。遊び疲れて魂の中で眠ってしまい、今もベッドで気持ちよさそうに寝ている。次、彼女が目を覚ました時はすでに表の世界に戻っているだろう。

「時刻はだいたい朝の6時か7時だ。すぐに気絶したから今、響の体がどんな状況下まではわからない。目を覚ます時、十分気を付けろ」

 腕を組みながら忠告する翠炎。本当にこいつがいなかったらどうなっていただろう。頼り過ぎている気もする。ドッペルゲンガー事件から幾度となく助けられて来た。レミリアやリョウと戦った時など翠炎でリザレクションし、不意を突いたのだ。あれがなかったらと思うとぞっとする。もう少し翠炎に頼らなくてもいいようになろう。

「……響、顔に出てるぞ。私の力を使い過ぎてるってな」

「そ、そうか?」

「私が狂気の時、たくさん迷惑をかけた。だから、この力が響の助けになってることがすごく嬉しいんだよ。これからも頼ってくれ」

「でも、魂ごと響と分断されたら翠炎のリザレクションも使えないから気を付けてね。翠炎だけじゃなくて魂にいる皆の力が使えなくなるもの」

 『デメリットもなくなるけどね』と吸血鬼が苦笑いを浮かべながら呟く。すると、丁度12時間経ったのか意識が表に引っ張られ始めた。

「皆、今回もありがとう。それじゃ行って来る」

 そう言って俺は表の世界へ意識が移動した。

 

 

 

「……」

 目を開けるとすやすやと眠る幼女の姿があった。何故か俺の右手を逃がさないと言わんばかりに両手で掴んでいる。

「……リョウ」

 そう、俺と同じ布団で寝ていたのは12時間前まで殺し合いをしていた俺の本当の父親であるリョウだった。それにしてもこいつが男だったとは思えない。俺もよく女に間違われるがリョウの場合、本当に女になってしまった。

「ん……」

 その時、リョウも目が覚めたようでゆっくりと目を開ける。まだ寝惚けているのか俺の顔をジッと見つめ、すぐに顔を引き攣らせた。

「お前、何のつもりだ?」

 そして、幼女にしては低い声で問いかけて来る。俺だって望んで自分の父親と同じ布団で寝ているわけではない。

「知らん。俺もさっき目を覚ましたところだ」

「……はぁ。とりあえず起きるか」

「ああ」

 何とも言えない空気になり、俺たちはほぼ同時に体を起こして布団を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おはよう」

 リョウと一緒に居間に移動すると霊夢がお茶を飲んでいた。どうやら、今回も彼女がここまで運んでくれたらしい。

「おはよう。それとここまで運んでくれてありがとな」

「いつものことでしょ。気にしないで」

 『お茶淹れて来るからそこで待ってて』と言い残し、霊夢が居間を出て行く。立っている必要もないので俺とリョウは素直に座った。さすがに隣同士ではなく、対面に。

「お待たせ」

 会話もなく黙っているとお盆を持った霊夢が帰って来た。すぐに座って俺とリョウの前に湯呑を置き、お茶を注ぐ。お礼を言ってから湯呑を傾けて一口、飲んでそっとため息を吐いた。

「そうそう。少し前に雅が来たわ。響の様子を見に来たって」

「そうか。一応、連絡入れておくよ」

 パパッとスキホで俺の無事と少しリョウと話すことを書いたメールを皆に送る。

「これでよし……さて、リョウ少し話でもしないか?」

「……ああ、そうだな」

 俺の提案にリョウはそっぽを向きながら頷く。だが、どうしてそっぽを向いているのかわからず、首を傾げた。

「何から話すか……とりあえず、吸血鬼の血は落ち着いてる。これからどうなるか調べないとわからないが当分、大丈夫だろう」

「つまり、俺たちはリョウの運命を変えられたのか」

 よかった。あそこまでしてもうすぐ死ぬと言われたらショックだ。そう言えば、レミリアの姿が見えない。咲夜がレミリアの体を紅魔館に移動させたのだろうか。

「その点に関しては感謝してる。記憶もそれなりに戻ってるし」

「それなりってことは戻ってない記憶もあるのか?」

「男の頃の記憶はほぼ全滅だ。後、女になった直後もない。あるのはドグと出会った以降だ」

「そうか……俺の母親のことも覚えてないのか?」

 リョウは俺の実の父親だ。こうやって出会ったのは奇跡にも近い。だからこそ、俺は俺を産んだ母親について少し知りたくなった。

「……」

 しかし、彼は視線を下に向けて黙る。何か知っているようだが話す気はないらしい。リョウは当時、男から女に変化する直前だったようで男としての生存本能が働き、俺の母親を襲ったらしいから話すのが辛いのかもしれない。

「すまん。少しデリカシーが欠けてた」

「いや、大丈夫。確かに今でもあの時のことは後悔してるが話さないのは口止めされてるからだし」

「口止め?」

「あー……お前の母親はちょっと変わった奴というか、変な奴というか」

 歯切れの悪いまま、リョウはため息を吐く。どうやら俺の母親は相当、変わっている人らしい。吸血鬼の血に犯されてボロボロだったリョウを助けたと言っていたし。

「口止めした理由とかも話せないのか?」

「その方が格好いいから、だったか。元々、お前は俺とお前を産んだ母親の元から離すつもりだったらしくて、再会した時に驚かせてやりたいって言ってた」

「あれ? でも、襲った後すぐに逃げたって言わなかったか? いつそんなこと話せたんだよ」

「……それは、察してくれよ」

 ああ、なるほど。襲ったすぐ後に子供が出来てしまった時の話をしたのか。布団の中で。暴走状態だったリョウもその時にはある程度、落ち着いているだろうし。

「でも、なんでそうなったんだ? リョウの元から離すのはわかるが、母親まで離れる必要なかっただろ」

「あいつにも立場があったからな。子供――しかも、あたしみたいな化物との間に出来た子と一緒に暮らせなかったんだろ。ものすごく苦しそうに話してたしな」

 俺の母親は俺と離れたくなかったようだ。それが少しだけ……嬉しかった。

「じゃあ、最後だ。俺の母親は……生きてるのか?」

「……わからない。でも、多分もうこの世にはいない」

「わからないのにわかるのか?」

「元々、体が丈夫じゃなかった……と言うより、限界だったからな。余命は数年って聞いた。だから多分もういない」

「……そうか」

 それを聞いて俺は意外にも落ち込んだ。もう諦めていたのに。いや、諦めていたところへ実の父親であるリョウと再会したから期待してしまったのだ。俺を産んでくれた本当の母親に会えることを。

 ――まだはっきりと死んだとは言っていません。可能性はありますよ。

 落ち込む俺にレマが優しく言ってくれた。

(勘か?)

 ――はい、私の勘はよく当たるのです。

(……なら、その勘を信じてみようかな)

 レマのおかげで元気が出て来た。確かに俺の母親は生きているか死んでいるのかわからない。でも、わからないからこそ希望が持てる。今は母親が生きていることを信じて日々を過ごすしかない。

「……母親、ね」

 俺とリョウの会話をずっと黙って聞いていた霊夢が小さな声でそう呟く。チラリと彼女の顔をうかがうがいつも通りだった。そのせいで余計、その呟きの意味がわからず、質問しようとした時、リョウが何かに気付いたようで目を細める。

「どうした?」

「……ドグがここに向かってるのがわかったから少し連絡を取った」

 そう言いながらも彼はどこか不満そうだった。

「ドグが迎えに来たんだろ?」

「ドグだけだったらよかったんだけどな」

「……どういう意味だ?」

 ドグの他にも人がいるのだろうか。

「前、お前のスペルであたしの精神が壊れた時があっただろ? その時、助けてくれた奴なんだが……はぁ」

「なんかものすごく嫌そうね」

 霊夢の言う通り、リョウの顔はリストラを言い渡され、公園で今後の生活をどうするか悩むサラリーマンのようだった。

「だって……治療した代わりに結婚しろって要求して来るぶっ飛んだ奴だぞ。憂鬱にもなるわ」

「へぇ……はぁ!? 結婚!?」

 思わず、声を荒げてしまう。まさかそんな話がこんな時に出て来るとは思わなかったからだ。

「ドグも焦ってたのか契約書に勝手にサインしちゃったし、そのせいで本当に結婚しちゃったし……あぁ、もう嫌だぁ」

 戦う前のリョウから想像も出来ないような弱々しい声を漏らしながら彼はちゃぶ台に突っ伏する。こいつも相当、苦労しているらしい。

「じゃあ……俺の親になるのか?」

 だが、俺の実の父親であるリョウは現在、女である。なら、結婚相手は男だ。この場合、リョウは母親になるのだろうか。それとも父親のままなのだろうか。

「……複雑な家庭ね」

 さすがの霊夢も顔を引き攣らせていた。

「そして、一番嫌なのが……それをすでに受け入れてしまっているあたしなんだけどな」

「……リョウ、もう少し自分を大切にしろよ。襲われたらちゃんと悲鳴を上げるんだぞ」

「ああ……なんかありがと。でも、女同士だから性的に襲われないからその点は安心できる」

「……あ? 女同士?」

「もうすぐそこまで来てるみたいよ」

 詳しい話を聞こうとしたら霊夢が教えてくれた。それを聞いたリョウはもう一度、ため息を吐き、立ち上がる。どうやら、出迎えるらしい。色々と疑問もあるが実際にリョウの結婚相手を見てから質問した方が効率は良さそうなので俺もついて行くことにした。外に出て境内の方へ向かうとすでにドグたちは到着していたようだ。境内で俺たちが出て来るのを待っている。

「お、主人たちが出て来たぞ」

 いち早く俺たちに気付いたドグが隣に立っていた女の人の肩を叩く。少し茶色っぽい髪を適当に結っていて、何故か白衣を着ている。リョウの言ったようにリョウと結ばれた相手は女だったらしい。同性だと結婚できないのだが、それは後で説明して貰おう。

 

 

 

 

 

 そう、全て後回しでいい。

 俺はその女を見た瞬間、考えることを放棄し、自分が出せる最大速度で女の傍に移動したのだから。

 

 

 

 

 

「おー、リョウちゃ――」

「くたばれクソばばああああああああああ!」

 女が振り返ったところを狙って思いっきり(人間が死なないギリギリの威力)でぶん殴った。




次回、響が殴った相手の正体が明らかに!



……いや、まぁ、予想通りだと思います。


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第310話 事件の原因

「もういきなり殴るなんて酷いよ、響ちゃん」

 博麗神社の居間。そこで頬を赤く腫らしながら怒る白衣の女。怒っているが反省のために正座されられているので迫力など全くない。

「もう一発行くか?」

「本当にすみませんでした」

 腕を組みながら低い声で言うと白衣の女は土下座して謝る。

「……お前たち、知り合いなのか?」

 それを見て顔を引き攣らせていたリョウが俺たちに問いかけた。まぁ、いきなり殴って正座させればそう思うだろう。

「……俺の母親だよ」

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「音無響の母でーす」

「響、もう一発殴っていいぞ」

「すみませんでした」

 リョウの言葉で白衣の女――母さんは額を畳にこすり付けて謝罪する。リョウも色々、大変な思いをしているようだ。

「さてと、響ちゃんの怒りもそれなりに鎮火したところで自己紹介しておこうかな。改めまして、響ちゃんの母親でリョウちゃんの妻である静(しずか)です。博麗の巫女さん、よろしくねー」

 何年間も一緒に暮らしていただけあって声音のみで俺の機嫌がわかるようだ。

「ええ、よろしくお願いするわ。お義母様」

「もうっ! 霊夢ちゃんったら大胆なんだから!」

「……って、待て。今、なんて言った?」

 頬に手を当ててくねくねしている母さんの肩を掴んで言う。聞き捨てならない言葉を言っていたような気がする。

「霊夢ちゃんったらだいた――」

「違う。もっと前」

「響ちゃんの母親でリョウちゃんの妻――」

「妻? リョウの妻!?」

 叫んだ後に縋る思いでリョウの方に顔を向けるが向こうも絶望したような表情を浮かべながら弱々しく頷く。ドグも『あちゃー』と言いたげにため息を吐いた。

「あ、そうそう! 響ちゃん、この子が貴方の新しいお父さんだよ」

「……」

「ん? やっぱり驚いちゃった? そりゃ、リョウちゃんは女の子だもんね。でも、リョウちゃんから聞いたんだけど元々、男の子だったんだって! 戸籍上、セーフ!」

 いや、アウトだよ。何もかも。

「はぁ……色々把握した」

「へ?」

 俺の呟きを聞いて不思議そうに首を傾げる母さん。

「まず、母さんはずっと幻想郷にいたのか?」

「うん! なんかいつの間にか迷い込んじゃってて。で、森の中を彷徨ってたらリョウちゃんに会ったの! その後、保護してくれて――」

「――それで俺たちを置いて行ったのか?」

 母さんの言葉を遮って問いかけた。俺が高校3年生の時、母さんは蒸発した。『運命の人に会った』と言って。

「響ちゃん?」

「母さんがいなくなって……どれだけ大変だったと思ってんだよッ!!」

 怒りを抑え切れずに拳をちゃぶ台に叩き付ける。力の制御ができなかったのかちゃぶ台は粉々に割れた。それを目の当たりにした母さんは珍しく目を見開いて驚愕する。

「望は気持ちが不安定になって壊れかけた。俺だって何度も死にかけた。そして、何より、心配するだろ……母さんは血が繋がってなくても、俺の母さんなんだから」

「……ゴメンなさい」

「まぁ、落ち着け。響」

 シュンと肩を落とす母さんの肩に手を置くリョウ。何かあったのだろうか。

「静と会った時、こいつは必死に家に帰る方法をあたしに聞いて来た。『家に娘がいるから急いで帰らないと』って。それに泣きながらお前のことも、な」

「ちょ、ちょっとリョウちゃん! それは言わない約束!」

「ああ、懐かしいな。すぐに帰られないってわかったら何度も家に電話をかけて奇跡的に繋がったと思ったら心配させないように運命の人に出会ったって嘘まで吐いて」

「ドグううううううう!」

 母さんは顔を真っ赤にしてドグの首を掴み、締め上げた。首を絞められているのに苦しくないのかドグは笑いながら母さんの手をタップする。

「……はぁ。母さん」

「な、何?」

「心配させた罰として望にちゃんと謝ること。約束してくれるなら許す」

「きょ、響ちゃん……」

「この件に関しては、な」

 それを聞いた母さんの顔は見るからに青ざめていく。自分勝手な行動をした罰だ。

「リョウと結婚したんだろ?」

「は、はい……」

「運命の人に会ったって嘘を吐いてまで誤魔化したのに……本当に運命の人になったわけか」

「その通りです」

 どんどん小さくなっていく母さんだったが問題は次だ。

「……俺とリョウの関係は知ってるのか?」

「響ちゃんとリョウちゃんの関係? 私とリョウちゃんが結婚したから親になったんじゃないの?」

 この反応を見ると母さんは俺とリョウの関係を知らずに結婚したみたいだ。

(何と言うか……これも運命なのかな)

『こんな酔狂な運命はあまり受け入れたくないわね』

 吸血鬼の言う通りである。俺が幻想郷に迷い込み、俺を探すために母さんまで幻想郷に来て、俺の実の父親であるリョウに助けられ、結婚してしまった。こんな偶然あるのだろうか。まるで、“誰かに操られているかのような”。

(まぁ、今は置いておこう)

「母さん、実は……リョウは俺の父さんなんだよ」

「うん、そうだよ?」

「いや、そうじゃなくて実の父親なの。さっき母さんが言ってたけど、リョウが男の頃にできた子供が俺なんだって」

「……詳しく話して」

 突然、目を鋭くさせる母さん。それを見て驚きながらも俺はリョウとの間に起きたことを話した。

「なるほどね。うん、だいたい把握したよ。そっか、リョウちゃんが響ちゃんの……」

「その様子だと何か知ってたみたいだな」

「まぁ、ね。響ちゃんを産んだあの子に頼まれたぐらいだし。まさかあの人と結婚して戸籍上だけどお母さんになるとは思わなかったけど」

「ッ……お前、あいつのこと知ってるのか!?」

 まさかリョウの俺の本当の母親を母さんが知っているとは思わなかったようで驚いていた。後、母さんが言ったあの人は2番目の父親のことだろう。

「友達だったんだよ。色々あって響ちゃんのことを頼まれてね。その頃はすでに響ちゃん、あの人に引き取られてたからたまに家に行って遊ぶ程度だったけど……望の本当の父親と別れた後、ちょっとナイーブになっちゃっててさ。あの人と響ちゃんに慰められてコロッと」

 リョウの件と言い、今話した件と言い、母さんはちょっと惚れやすい人みたいだ。リョウもそう思っているようで苦笑いを浮かべている。

「でも、何でリョウは母さんと結婚したんだ?」

「……いや、別に何でもない」

「響に精神を壊された後、静に一生懸命看病されて惚れたらしいぞ。元々、静はカウンセラーだったらしいからリョウの本心を聞くの上手くてな。あの時にはすでにリョウの過去についてほとんど聞き出してたし」

「ドグうううううう!」

「主人のは洒落にならないから止めてくれ!!」

 リョウの影がドグに迫るが何とか関係を繋いで防御するドグ。暴れている2人を放っておくことにし、母さんに再度顔を向ける。

「整理すると……俺を探していた母さんは幻想郷に迷い込んですぐにリョウに助けられた。しかし、家に帰りたくてもすぐに帰られないとわかり、望に電話をして誤魔化した」

「博麗の結界が緩めば外の世界に繋がることはあるわ」

 そこで霊夢が補足してくれたので軽く頷いてみせてから情報の整理に戻る。

「その後、リョウに保護されて生活していたら、惚れてしまった」

「あはは、なんか面目ないです」

 嬉しそうに頭を掻いている母さんにデコピンをした。ついでにまだ喧嘩しているリョウたちに雷撃を飛ばして強制的に喧嘩を止めさせる。

「うぅ……響ちゃんが知らない間に強くなってる。なんか異能の力使ってるし」

「それについてはまた後で説明するよ。母さんがリョウに惚れた所まで話したよな。で、あの地底の事件だ。俺のスペルでリョウの精神が壊れてドグはカウンセラーだった母さんに助けを求めた。合ってる?」

「ああ、リョウを助けられそうだったのは静だけだったからな」

 因みに外の世界で母さんはカウンセラーとしてちょっと有名だった。

「助けて貰ったリョウも母さんを好きになって……ゴールイン」

「なんか息子に馴れ初めをまとめられると恥ずかしいね」

「言うな」

「問題はここからなんだよ」

 そう、ここまで言ったことは俺が一番、気になっていた事件の原因だ。

「母さんはリョウと結婚して妻になったんだよな?」

「そうだけど?」

「リョウは外の世界にいたことあるか?」

「……ああ。お前の母親と出会ったのも外の世界だからな」

 やはり、俺の思った通りだ。母さんも言っていたではないか。『リョウは元々男で戸籍上、セーフ』だと。つまり、外の世界でリョウは男として生きていた。戸籍上、男だったのだ。そのおかげでリョウの体が女になっても母さんと結婚できた。

「やっとわかったんだよ。どうして、“俺の能力が変わったのか”」

 俺が高熱を出し、能力が使えなくなったあの日。そのせいで望たちが誘拐され、助けるのに時間がかかったあの事件。その原因は――。

 

 

 

 

 

「母さんがリョウと結婚して“俺の苗字も変わったんだ”」

 

 

 

 

 

 ――俺の名前が変わったから。

 



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第311話 響の名前

 俺の能力は些細なことでも変化する。いや、変化というより追加されると言った方がいいだろう。例えば、俺の右手の中指にある指輪。この指輪には合力石と呼ばれる石が装飾されている。この石によって俺は『合成する程度の能力』を得ることができた。そして、人間の時の能力は自分の名前で能力が決まる。

 『音無響』では『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』だった。

 『音』は音楽や曲などを表す。

 『無』は存在しない。現実ではない――つまり、幻想を表す。

 『響』は共鳴を表す。

 このように俺がコスプレできたのは『音無響』という名前があったからだ。

「逆に言えば名前が変わっただけで能力変化が起きるんだ。母さんがリョウと結婚したことで『音無』から別の苗字になったからそれが起きた。その時は二つ名を霊夢から貰って能力を強引に戻した……いや、戻したんじゃなくて追加したんだ」

 ここにいる皆に誘拐事件のあらましを説明した後、俺の推測を述べる。

「なるほど。多分、合ってると思う。でも、まさかあたしたちが結婚した影響が響に出てるとは……」

「響ちゃん、本当にゴメンね。私たちのせいで辛い目に遭わせちゃって」

 俺の話を聞いたリョウは納得しながら驚き、母さんは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝った。

「それと前にも言ったけど二つ名は私が決めたんじゃなくて皆で決めたのよ?」

「知ってるって。ちゃんとお礼しに回ったし。後、もう終わったことなんだから気にしなくてもいいよ」

「……うん」

 母さんが頷いたのを見て俺はリョウの方を向く。一番重要なことをまだ聞いていないのだ。

「リョウ、お前は俺の実の父親だよな?」

「ああ」

「じゃあ、俺の実の母親と結婚は?」

「してない。子供が出来てたこと自体、お前を見て初めて知ったぐらいだ」

 リョウから得られる情報はこれぐらいだろう。リョウ自身、俺が生まれた後のことは知らないからだ。

「次に母さんに質問するけど、父さんと結婚したのはいつ?」

「んー、響ちゃんが9歳の時かな?」

「父さんが俺を引き取ったのは?」

「7歳とか8歳だったような……でも、正式に引き取ったのがそれぐらいってだけであの人と私が交代で響ちゃんの面倒をみてたよ。あの子、すごく忙しかったから」

 それを聞いて俺は思わず、言葉を失ってしまった。

(俺が親だと思ってたのは……違う人だった?)

 過去の記憶は曖昧になっているが、よく独りで晩御飯を食べていたのは記憶に残っている。しかし、必ずと言っていいほど寝る時間には父さんと母さんのどちらかが俺の様子を見に来ていた。俺はその2人が実の両親だと“勘違い”していた。その2人こそ後に結婚し、俺の義理の両親になってくれた父さんと母さんだったのだ。もしかするとこれがリョウの言っていた吸血鬼の血による記憶忘却なのかもしれない。

「……母さんは知ってるだろ? 俺の苗字は4回変わってるって」

「あー、そう言えばそうだったね」

 先ほども言ったように過去の記憶は曖昧だ。でも、苗字が4回変わった事実は覚えている。最も長く使っていた『雷雨』。少し前まで使っていた『音無』。だが、1つ目と2つ目の苗字は忘れてしまった。

 そして、今その1つが明らかになる。

 

 

 

 

 

「1つ目の苗字は……リョウ、お前の苗字だよな?」

 

 

 

 

 

「待て。俺はあいつと結婚しなかったんだぞ?」

「でも、お前が俺の父親という事実は変わらない」

 その証拠に俺は4回も苗字が変わっている。1つ目はリョウの苗字。2つ目は実の母親の苗字。3つ目は父さんの『雷雨』。4つ目は母さんの『音無』。そして、5回目はリョウの苗字。

「じゃあ、なんであたしの苗字からあいつの苗字になったんだよ。あれ以来、会ってないのに」

「3つ目の苗字になったのは俺が7歳から8歳の間。つまり、それまでは1つ目か2つ目の苗字だった。4つ目の音無は父さんが病気で死んだから変わった。そう、父親が死ぬと苗字は変わるんだ。変えないこともできるだろうけど」

「でも、あたしは生きてる」

「そうだ。リョウは生きてる。でも、法律的に死んでるんだ」

「法律?」

 外の世界を知らないドグが不思議そうに言葉を繰り返した。霊夢も外の世界に住んでいたことがあるため、それほど不思議には思っていないらしい。

「そう、法律。その中でもリョウは失踪扱いされてたんだと思う」

 母さんがいなくなってから俺は失踪について調べた。その中に『失踪したと思われる時から7年過ぎた場合、その者を死亡扱いする』というものがあった。つまり、7年間生存が確認されなかったら死んだと扱われるのだ。リョウがいなくなったのは俺が生まれる前。大雑把に1年だとすると俺が6歳の時に死亡扱いされる計算になる。それから1年後か2年後に俺は『雷雨』になった。

「だとすると響ちゃんは1~2年だけあの子の苗字になった計算になるね」

「ああ。全部、俺の推測だけど計算は合ってる。勘だけど間違ってないと思う」

「私も合ってると思うわ」

 霊夢も頷いてくれた。彼女の勘は恐ろしいほど当たる。博麗の巫女特有の能力だ。

「なぁ、リョウ。お前の苗字を教えてくれよ。過去の記憶が曖昧で覚えてないんだ」

「……そうか。響もそれなりに症状が進行してるんだな。それは後で話すとして――」

 吸血鬼の血による記憶忘却を思い出したのか少しだけ顔を強張らせたリョウは深呼吸した後、口を開いた。

 

 

 

 

 

「――時任(ときとう)。オレは時任涼(ときとう りょう)だ」

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。だから過去の俺は『時空を飛び越える程度の能力』を持っていたのか。しかも、自分ではコントロールできない。“時に任せている”のだから。“響”という字の意味は『共鳴』。つまり、共鳴した時代に勝手に飛んでしまう能力――いや、体質になったのだろう。

「それじゃ、今の俺は『時任響』ってことか」

「外の世界でもそう名乗るの?」

「いや、音無のままにする。なんで名前が変わったのか説明できないし」

 母さんの問いかけに首を横に振って答えた。このことを教えるのは仲間にだけだ。望や俺の式神たちはもちろん、悟や霊奈にも教えるつもりである。

「名前によって能力が変わるんだろ? なら、今の能力は何なんだ?」

 そう質問して来たドグだったが、それを聞いて俺は思わず、顔を引き攣らせてしまう。今の能力は過去と同じであれば『時空を飛び越える程度の能力』。なら、過去の俺と同じように勝手に時空を飛んでしまう可能性が高い。そうなるとこの時代に戻って来るのは難しいだろう。的確に戻って来られる保証などないのだから。

「響、どうしたの?」

「……実は――」

 皆に過去のことを簡単に話した。

「そうか……それはかなりまずいな。今のところ、能力は発動していないみたいだけどいつ発動するかわからないんだろ?」

 リョウが腕組みをしながら質問して来る。俺は黙って頷いた。他の人も今の状況を知り、黙り込んでしまう。

「あ、その点に関しては大丈夫だと思うよ」

 しかし、母さんだけは笑顔でお茶を飲んでいた。

「何でそう言い切れるんだ?」

「ふふふ、響ちゃん忘れてるー。私は響ちゃんのお母さんなんだよ? 響ちゃんの過去はある程度、あの子に聞いてるから」

「……どういうこと?」

 訳が分からず、質問を重ねた。俺の過去を知っているからと言ってこの能力をコントロールできるとは思えない。

「響ちゃんが小さい頃、幻想郷に行ったこと自体、知ってたの。まぁ、幻想郷って場所については教えてくれなかったけど、能力のせいで遠い場所に行ってたってあの子が教えてくれてね」

 母さんの言ったことが本当だとすると俺の母親はこちら側――異能について知っていることになる。まぁ、リョウを保護した時点でそれを知っている人だとは思っていたが。

「その時に私はすぐに質問したよ。『じゃあ、その能力が発動したらどうするの?』って。そしたら、あの子笑ってこう言ったの」

 くすくすと笑っている母さん。昔を思い出しているからかその表情はとても楽しそうで――寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

「響ちゃんの能力はきちんと封印しておいたから……って。だから大丈夫だよ。響ちゃんは今もあの子に守られてるんだから」



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第312話 逃げ出した2人の背中とその背中を見て前に進む2人

「能力を……封印?」

 俺は思わず、母さんの言葉を繰り返してしまった。封印術は干渉系の技だ。俺には効かない。まぁ、過去の俺に干渉系の技が効いたのかはわからないが。

「うん。響ちゃんには干渉系の能力が効かないからかなり苦労したみたいだけどね。一回、封印を弾かれたって落ち込んでた」

 どうやら、過去の俺も干渉系の能力が効かなかったようだ。じゃあ、どうやって封印したのだろうか。そう母さんに問いかけたが、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんね。私もわからないや。あの子に封印したって話を聞いただけだから」

「……まぁ、しょうがないか。今もその封印は残ってるのか?」

「ちょっと待ってろ」

 俺の疑問に答えたのはリョウだった。目を閉じて小さい声で言葉を紡ぎ、術式を組み上げる。その途中で、何故か首を傾げるがすぐに目を開けてそっとため息を吐いた。

「……残ってるみたいだが、もう何年も経ってるから劣化してるな。このまま放っておいたら勝手に壊れる」

 つまり、いつかは『時空を飛び越える程度の能力』が発動してしまう。その前にコントロールできるようにしなければならない。だが、問題は今の俺に『時空を飛び越える程度の能力』の練習をする術がないことだ。能力を使おうにも封印されているし、使い方そのものわからない

「方法は一応あるぞ」

 悩んでいるとリョウが腕を組みながら言った。その表情は暗い。

「どんな方法だ?」

「意図的に封印に傷を付ける。そうすればその時間跳躍の能力を少しだけ使えるようになるはずだ」

「……そのデメリットは?」

「封印が壊れるのが早くなる。それと……」

 そこで言い辛そうに口を閉ざしてしまった。それほどまずいことなのだろうか。

「教えてくれよ。別にその方法に決まったわけじゃないんだから」

「いや……なんていうか説明しにくくてな。あたしはこの封印はギリギリまで残しておきたい」

「封印に何かあったのか?」

「……お前に施されてた封印にはいくつかの効果があった。1つはさっき言ってたお前の能力を封じる効果。そして――お前のとある感情を抑制する効果だ」

「とある感情?」

 リョウの言葉を信じられなかった。感情を抑制されていた感覚がなかったから。

「それでその感情って何なの?」

 霊夢がリョウに説明するように促した。促された本人は少しだけ視線を逸らした後、そっと言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「恋愛感情」

 

 

 

 

「……はい?」

「つまり、お前は人からの好意、自分の想いに気付きにくい体質だったんだよ。多分、あたしのように吸血鬼の血のせいで人を襲うことがないようにしたんだろうな」

 リョウが俺を産んだ母親を襲ったのは吸血鬼の血による女体化のせいだ。男としての生殖本能が働いたのだ。

「でも、恋愛感情だけだったら意味ないんじゃないのか? 好きとか嫌いとか関係なく襲うだろ」

 リョウの言葉に納得できなかったドグが湯呑のお茶を注ぎながら呟く。

「……響、聞きにくいこと聞くけどいいか?」

「あ、ああ……」

 ドグの呟きを聞いてリョウは俺の方を見ながら聞いて来た。とりあえず、頷いておく。

「抜いたことあるか?」

「……抜く?」

「だから、自慰行為をしたことがあるかって聞いてんだよ」

 自慰行為――ああ、そういうことか。

「あるに決まって……あれ?」

 俺だって男だ。人並みの性欲はある――はずだ。でも、今思い返してみるとそう言った行為をした覚えがない。

「封印の効果に性欲を抑えるのとそれに気付かないように記憶を誤魔化す――さっきみたいに深く考えないとわからないようにするものがあった。つまり、お前はこの封印がある限り、人のことを好きになることもなければずっと不能だってこと」

「……」

 必死になって記憶を掘り起こしてみるがリョウの言ったように俺は欲求不満になった覚えがない。その事実を初めて認識して冷や汗が流れた。

「あの子……自分の息子を不能にするって。何考えてるの」

 母さんも知らなかったようでため息交じりにそう吐き捨てた。ドグは俺に対して可哀そうな人を見るような目を向けている。その時、突然霊夢は立ち上がった。

「霊夢?」

「……ちょっと用事を思い出したわ。後でわかったこと、教えてちょうだい」

「あ、ああ……」

 そう言って居間を出て行ってしまう霊夢。どうしてしまったのだろうか。

「……話を戻すぞ。もし、封印に傷を付けたらお前は異性を好きになってしまうかもしれない。それに今まで抑えつけられていた性欲もどうなるかわからない。だから、あまりお勧めはしない」

 確かに何が起こるかわからない。封印に傷を付けるのは得策ではないか。

『いや、そうでもない』

 不意に話しかけて来たのは翠炎だった。

(どういうことだ?)

『私の能力は白紙に戻すことだ。ならば、お前の性欲も0の状態に戻せばいい』

(そんなことできるのか?)

『現状では何とも。だが、今の響は性欲がない……いや、性欲が限りなく0に近い状態だから戻せるとは思う。封印されていた時の魂波長に合わせればいいからな。さすがに恋愛感情までは戻せないが』

 翠炎が白紙にできるのは体の状態だけだ。性欲は溜まるものなので翠炎で白紙に戻せるが、感情だけは翠炎ではどうすることもできない。

 とりあえず、翠炎の話をリョウたちに話した。母さんは翠炎を知らないので彼女について始めから説明する羽目になったが。

「……でも、やっぱり不安だ。性欲を失くせるとはいえ、人を好きになったらお前が苦しむことになるぞ」

 リョウはそう言いながら両手を強く握りしめていた。俺は人間だが、吸血鬼の血が混ざっている。もし、俺が人を好きになってその人と結ばれれば問題がいくつも出て来るだろう。もちろん、原因は吸血鬼の血だ。

「そんなの関係ない」

 だが、俺は躊躇するわけにはいかなかった。

「お前……苦しむってわかってるのにッ!」

 リョウも吸血鬼の血に苦しめられた1人である。俺が苦しまないように殺そうとするほどだ。声を荒げるのも無理はない。わざわざ苦しい道を選ぶ息子が目の前にいるのだから。

「駄目なんだよ。吸血鬼の血がどうとか、種族の違いがどうとか。その苦しみを……覚悟を受け入れて歩み寄ってくれた子を知ってる」

 瀕死だった俺に血を飲ませてくれたフラン。彼女はどれだけ悩み、苦しみ、涙を流したのだろう。俺には想像もできない。過去の記憶もそこの部分だけ抜け落ちているのでわからない。だが、彼女が苦しい思いをして俺に血を飲ませてくれたことには変わらない。

 

 

 

「だから、俺はその苦しみを背負う。フランが背負って兄である俺が背負わないわけにはいかない。それが……『皆と一緒に生き残る覚悟だ』」

 

 

 

 リョウの目を真っ直ぐ見ながらそう言い放つ。

「本当に、いいんだな?」

「ああ」

「……わかった」

 俺の覚悟がわかったのかリョウは渋々、頷いた。

「でも、皮肉な話だな」

「何がだ?」

 自虐的な笑みを浮かべている彼女に質問する。

「だって、お前とフランドールは真っ直ぐ前を向いて進んでいるのに……父親であるオレと姉のレミリアは背負い切れずに崩れてしまった。情けないな」

「それは違う」

 リョウの言葉を否定した。まさか否定されるとは思わなかったのか、それとも同情されたのかと思ったのか彼女は俺をギロリと睨んだ。

「違うって……何がだよ。事実だろうが」

「確かにお前とレミリアは吸血鬼の血から逃げた。無様にな。お前は吸血鬼の血に怯えて八つ当たりして、振り回されて。レミリアは罪悪感に押し潰されて、リョウから逃げて、後悔して。でも、それだけじゃないんだよ。自分の妹のために苦々しい思い出を本にした。吸血鬼の血が混じっている息子に苦しい思いをして欲しくなかったら殺そうとした。妹に、息子に、覚悟があるかどうか確かめた。俺とフランはリョウとレミリアの背中を見たから……覚悟を決められたんだ」

 レミリアがフランを試そうとしなかったら。リョウが俺に会いに来なかったら。きっと、俺とフランは彼らと同じように吸血鬼の血から逃げていただろう。

 

 

 

 

「俺とフランが前に進めるのはお前とレミリアがいてくれたからだ。だから、誇ってくれよ……何も知らない息子を正しい道へ導いたんだ。誇れよ、父さん」

 

 

 

 

「……辛い道だぞ」

「ああ」

「途中で逃げたくても逃げられないんだぞ」

「わかってる」

「……頑張れよ、響」

 そう言ったリョウ――父さんの目から涙が一粒だけ零れた。

 




次回第8章完結。


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第313話 日々の変化

 リョウとの死闘から数日が経った。外の世界では文化祭の準備があり、それなりに忙しい。すでに俺たちの出し物(この前撮影したサークル見学)は完成しているが、上映する場所を決めたりチラシ配りなど色々と作業が残っている。残っているのだが――。

「うぅ……」

「響、大丈夫か?」

「話しかけんな。目立つだろ……」

 リョウとドグの協力で俺に施されていた封印に傷を付けることには成功した。俺は干渉系の技が効かないのでドグの能力を使って関係を繋ぎ、それを経由しないと封印に傷を付けられなかったのだ。

 そのおかげで一応、『時空を飛び越える程度の能力』の練習は出来るようになった。まぁ、1秒後の世界に飛ぼうとして失敗し文字通り、上半身と下半身が裂けてしまったが。

 そして、性欲に関しては翠炎の力を借りて何とかなっている。リョウの想像通り、最初は暴走してしまいそうになったがしばらくするとコツを掴んだのかコントロールが出来るようになった。後は翠炎の力を借りずに普段通りの生活が送られるようになればこれについては解決したことになるだろう。

 しかし――。

「何で、こんな視線を送られ続けて気付かなかったんだよ、俺」

 好意の視線だけはどうにもできなかった。今でもこんな俺のどこがいいのかわからないが、ものすごい気になってしまう。

「それにしても……まさかあの鈍感様が向けられてる視線の意味に気付く日が来るとは」

 俺の隣でノートに黒板の字を書き殴っている悟が笑いながら言った。

「説明しただろ。俺のせいじゃない」

「俺は何度も言ったけどな。ほら、見てみろよ。縮こまってるお前を見てきゃーきゃー言ってるぞ」

「講義中に何で俺を見てるんだろうな……」

「あ、そこはまだ理解してないのか」

 呆れた表情を浮かべている悟の頭を殴って俺もノートにペンを走らせる。ただそれだけなのに周囲の学生たちは少しだけ騒がしくなった。もしかして、今までずっとこんな感じだったのだろうか。そう考えただけでため息が出そうになり、慌てて文字を書くのに集中する。

「……俺も、前に進むか」

 隣で悟が何か呟いたが、どうせ聞いても誤魔化されるだろう。そう結論付けてノートに文字を刻む作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 封印に傷を付けた影響は何もそれだけではなかった。

「ちわーす、万屋でーす」

 大学で恥ずかしい思いをした後、いつも通り幻想郷で万屋の仕事をしていた。今回は守矢神社へお供えを運搬する仕事だ。スキマから出た俺は境内にいる早苗(魔眼で霊力を探って見つけた)に声をかける。

「あ、はーい!」

 俺に気付いた早苗が笑顔で返事をしながらパタパタと駆け足でこちらに向かって来た。

「響ちゃん、お久しぶりです!」

「おう、久しぶり」

 最近、リョウを倒すために万屋の仕事はお休みしていたので早苗と会うのは久しぶりだった。普段も依頼がなければほとんどここには来ないし。早苗はもっと遊びに来て欲しいみたいだが、俺もそれなりに忙しい身だ。こればっかりは我慢して貰うしかない。

「いつもお仕事ご苦労様です。お供えはいつもの場所に置いておいてくだ……え?」

 何かに気付いたようで目を見開いて言葉を失う早苗。

「どうした?」

「う、嘘っ……どうして!?」

 俺の質問に答えずに声を荒げた後、彼女はペタペタと俺の体を触る。

「な、何? 何か付いてる?」

「違います! きょ、響ちゃんが……男の人になってるんですよ!」

「……はい?」

 いや、元々男なんだが。

『待って。確か早苗は響のことを女だと思ってたわ』

(あ、そう言えば)

 何度言っても信じて貰えなくて諦めたのだ。すっかり忘れていた。

「……って、お前やっと気付いたのか?」

 しかし、問題は何故気付いたか、である。服装はいつもの制服(高校時代の制服)だし、男だと言葉にしたわけでもない。

「だ、だってこの前まで女の子だったのに今は男の子なんですよ!? 何かあったんですか!?」

「この前まで女だった? いや、俺ずっと男だけど」

 月に1回は女になるけど。

「だから、霊気です! 霊気には陰と陽があって女の子の霊気は陰。男の子の霊気は陽なんですよ! 少し前の響ちゃんの霊気は陰でした。それなのに今は陽なんです!」

「……何?」

 霊気の性質が変わったらしい。つまり、今まで俺が女だと勘違いされていた原因の一つは霊気にあったのだ。早苗に何度も男だと言っても信じて貰えなかったのは霊気の性質が陰だったから。

 そして、霊気の性質が変わった原因はあの封印に傷を付けたからだろう。それしか考えられない。もしかしたら、封印の効果の一つに『霊気の性質を陰にする』というものがあったのかもしれない。リョウが言っていたが、あの封印術の目的は俺の能力を無効化にするのと俺が異性を好きにならないようにすることだった。そのせいで俺は好意に気付かない体質になり、異性(霊力の性質を区別できる人限定だが)からは女だと勘違いされていたのだ。

「――えっと、じゃあ、響ちゃんは本当に、男の子?」

「そうだって。今までは封印術のせいで霊気が陰だったんだよ」

「……そ、そうなんですか。へ、へぇー、響ちゃんは男の子だったんですかー」

 混乱していた早苗に事情を説明したのだが、余計混乱させてしまったらしく彼女は目をぐるぐるさせて呟いていた。

「お、おい……大丈夫か?」

「ひゃうっ!?」

 肩に手を乗せながら問いかけたが、早苗はビクッと肩を震わせて驚く。顔も少しだけ赤い。今まで女だと思っていた人が男だったのだ。動揺するのも無理はない。

「なんかゴメン……でも、今まで通り接してくれたら嬉しいな」

「い、いえ響ちゃんはずっと男だと言っていましたし、信じなかった私が悪いんです! 謝らないでください!」

 手をぶんぶんと振って早苗が叫んだ。そう言って貰えるとありがたい。早苗とは昔からの知り合いだ。こんなことで疎遠になったらショックである。

「まぁ、これからもよろしくってことで」

「はい! よろしくお願いしますね、響ちゃん!」

「……とりあえず、ちゃん付けは止めようか」

「いえ、止めません! これは私と響ちゃんの親友の証です!」

 鼻息を荒くして力強く宣言する早苗を見て俺は諦めた。今の早苗に何を言っても意味などないだろう。それがわかってしまうほど俺と早苗の仲はいいのだ。それこそ、“親友の証”なのだろう。そう思ったらちゃん付けも悪くない。俺にとって大事なのは呼称ではなく、早苗と笑い合えることなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 それから霊気の性質がわかる人に会う度に封印について説明した結果、かなり遅い帰宅になってしまった。事前に望たちには連絡しておいてよかった。

「おかえりなさーい」

 リビングに入るとお風呂からあがったばかりなのかバスタオルを頭に乗せながら棒アイスを咥えている雅がいた。しかし、問題はそこではない。

「おい……それ俺のアイスだぞ」

 そう、雅が食べている棒アイスは俺のアイスだ。雅の分は昨日、本人が食べていた。それをすっかり忘れて食べてしまったのだろう

「え? でも、これ私が買って来たやつ……あ」

 やっと思い出したのか己の過ちに気付いた雅は顔を引き攣らせて咥えていた棒アイスを俺の方に差し出す。

「と、溶かしておきました。ささ、アイスが垂れない内にパクッと」

「新しいの買って来い、バカ式」

「えー……お風呂入ったばかりだし。湯冷めしちゃうし。風邪ひくと面倒でしょ?」

「妖怪のお前が風邪なんかに負けるかよ。ほら、行って来い。ダッシュ」

「へーい」

 悪いのは自分だとわかっているのかバカ式はバスタオルをソファに投げて着替えに行った。俺も部屋着に着替えて晩御飯の準備(望たちはすでに済ませてある。遅くなる日のために作り置きをしているのだ)をする。今日は簡単に済ませてしまおう。チャーハンでいいか。

「あ、お兄ちゃん、おかえりー」

 適当に作ったチャーハンを食べているとリビングに入って来た望が俺に気付いた。

「おう、ただいま。奏楽と霙は?」

「奏楽ちゃんは宿題。それを霙ちゃんが見てるよ」

 霙は天然だが、意外に頭は良いので奏楽の宿題程度であれば教えられる。

「あ、そう言えば雅ちゃんどうしたの? こんな時間に出かける用事でもあったっけ?」

「俺のアイス食った」

「……雅ちゃーん! 私にもアイス買って来てー!」

 どうやら望のアイスが食べたくなったらしい。まだ着替えている雅に大声で頼んでいた。

「えー、奏楽と霙にも頼まれたんだけど……まぁ、いいや。何でもいい?」

「うん、何でもいいよ」

「はいはい、それじゃ行って来ます」

 そんな雅の声が聞こえたので立ち上がって玄関に向かう。そして、出かけようとしている雅に声をかけた。

「行ってらっしゃい、パシリガミ」

「どうせ私は皆のパシリだよおおおおおおおおおおお!!」

 叫びながら雅は玄関を飛び出した。こんな夜に大声を出したら近所迷惑だ。帰って来たら説教しないと。

「お兄ちゃん、雅ちゃんいじりもほどほどにね」

「お前だって狙ってたくせに」

「あ、ばれてた?」

 そんな会話をしながらリビングへ戻る。俺はチャーハンを食べ、俺の対面に座った望はそれを見ながら世間話をする。そんな世間話がひと段落したところを見計らって本題に入った。

「なぁ、望」

「ん? 何?」

「母さん、見つかったぞ」

「……え?」

 実は今のままで母さんのことを話せなかったのだ。理由は封印に傷を付けたことで俺の体に起きた影響が大きかったからである。『時空を飛び越える程度の能力』の練習、性欲の暴走、好意の視線。いや、これは全て言い訳だ。やはり、言い出しにくかったのだ。今の望は明るいが、俺が幻想郷で仕事を始めた頃に一度、壊れかけている。そのため、望が母さんをどう思っているかわからなかった。会いたいのか。怒っているのか。話したいのか。忘れたいのか。そのせいで今日の今日まで話せずにいた。

「お母さんが……見つかった?」

「ああ、幻想郷にいた。まぁ、色々あったみたいだけど元気そうだったよ」

 それから俺はリョウとの死闘から封印に傷を付けたことなど色々と説明する。途中まで放心していた望だったが、母さんがリョウと結婚したと聞くと目を丸くして驚いた。

「ええ!? お母さん、また結婚したの!? しかも、今度は女の子と!」

「体は女だけど戸籍上、男らしいぞ。そこら辺はよくわかんないけど」

「お母さん、昔から可愛い物には目がないもんね。昔、よく2人まとめて抱きしめられてたっけ」

「……それでどうする? 会いたいか?」

 母さんには望に謝るように言ったが、望が拒否したら会わせないつもりだ。こればっかりは母さんの自業自得だし、何より無理矢理会わせたら望が壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

「もちろん! 今まで遭ったこと全部話して吃驚させちゃうんだから!」

 だが、俺の心配は杞憂だったようで望は嬉しそうに頷く。

「……そっか。それじゃ母さんの都合を聞いて会う日を決めるよ」

「うん! あ、新しいお父さんにも挨拶しないとね。お兄ちゃんを作ってくれてありがとうって」

「言葉、変えようか。ものすごく生々しい」

 まさか望の口からそんな言葉が出て来ると思わずに溜息を吐いてしまった。

(まぁ、でも……)

 望も母さんに会えるとわかって嬉しいみたいだし、何とかなりそうだ。後は――。

(――俺か)

 封印に傷を付けて対策を練られるようになったとは言え、時間はあまり残されていない。何としてでも『時空を飛び越える程度の能力』を使いこなせるようにしないと。

「あ、そう言えば」

 突然、望が立ち上がってテレビのリモコンを手に取り、電源を点けた。

「どうした?」

「悟さんからこの時間になったらテレビを見てって言われてたの」

 望の言葉を聞いて俺は何となくテレビに視線を移す。どうやら何かの会見をしているらしい。何の会見なのかテレビに映っている人物を見て――。

「「……へ?」」

 ――俺と望はほぼ同時に声を漏らした。

『えー、皆さん。初めまして。株式会社O&Kの影野悟です。一応、社長をやらせて貰っています。あんまり、こう言った場所に出たことがないので口調とか見逃して欲しいなー、なんて。ははは』

 そこには俺の幼馴染がスーツを着て笑いながら話していた。

「ただいまー! ねぇ、抹茶とバニラどっちが……どうしたの2人とも」

 コンビニから帰って来た雅に声をかけられるまで俺達は動けなかった。無理もない。株式会社O&Kとは今、急成長している大企業である。様々な商品を開発し、安い値段で売っている会社だ。しかも、その商品の品質はとんでもなく高い。俺もよくO&Kの商品を使うからよくわかる。

「その会社の社長が……悟?」

 画面の向こうで記者たちの質問に答えている悟を見ながら俺は震える声で呟いた。

 

 

 

 

 

 どうやら、今までの日常も少しずつ変化しているらしい。その変化は良い方に進むのか、悪い方に進むのか。今の俺には判断など出来やしなかった。『時空を飛び越える程度の能力』を持っていても未来がわかるわけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはやはり唐突だった。

「――ッ!?」

 森近さんに言われたように物を運んでいると目の前に白い球体が視えた。そう、時空を飛び越えるの兆しである。

「き、桔梗!! 森近さん!!」

 慌てて2人を呼ぶ。僕の切羽詰った声を聞いたからか2人はすぐに来てくれた。

「マスター、どうしました?」

「時空を飛び越える兆しが出ちゃった! もう少しで跳んじゃうよ!」

「え、ええええええ!?」

「そう言えばキョウ君と桔梗は時空を飛び越えてこの時代に来たんだったね。じゃあ、もうお別れなのかい?」

「はい……すみません、突然で」

 まだ桔梗が食べてしまった道具の弁償は終わっていない。申し訳なくなってしまう。

「それじゃ、また僕に会うことがあったらその時に弁償の続きして貰うよ」

「は、はい、わかりました! 桔梗、おいで!」

 僕が桔梗を呼ぶと彼女はギュッと僕の腕に抱き着く。その間に鎌を背中に背負い、準備が整った。

「森近さん、今までありがとうございました!」

「僕も楽しかったよ。まだおいで」

「はい!」

 右手で手を振りながら森近さんとお別れの挨拶を交わす。そして、目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃったか」

 目の前にいた少年と人形が消えたのを見届けて森近霖之助はそっと言葉を吐いた。確かに弁償はまだ残っているがそれ以上に彼はキョウたちを気に入っていた。彼らが来てから今日までの日々がとても楽しかったのだ。

「寂しくなるな」

 シンと静まり返った自分の店を見渡す。

「あ、そう言えば……」

 その途中であることを思い出し、近くの引き出しの中に入れていた紙を取り出す。そこには桔梗が食べてしまった道具の名前と個数が書かれていた。だが、キョウには簡単にしか説明しておらず、具体的な内容を言っていなかったのだ。

「まいったな」

 特に桔梗が食べた石に関して伝えるべきだったと今更ながら霖之助は後悔する。その紙はこう書かれていた。

 

 

 

 黄泉石、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いい加減慣れて来た時空移動も終わり、僕は地面に着地した。

「桔梗、大丈夫?」

「はい、何ともありません。マスターも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 心配そうに問いかけて来る桔梗の頭を撫でた後、周囲を見渡す。どうやら、ここは林の中らしい。

「ここはどこでしょうか?」

「うーん、とりあえず、空を飛んで周りの様子を見た方が――ッ!!」

 そこまで言った時、凄まじい轟音が上空から聞こえた。その音を聞いた瞬間、僕は言葉を失ってしまう。

(う、嘘……)

「ま、マスター! 何ですかこの音!? 敵ですか!?」

「う、ううん、違う! この音は!」

 そう言いながら空を見上げる。木々の隙間から青い空が見えた。それと同時にその空を巨大な鉄の塊――飛行機が通り過ぎる。

「飛行機……じゃあ、ここは」

 幻想郷の外の世界。つまり、僕の住んでいた世界だ。




これにて第8章、完結です。


今日中に第8章のあとがきを投稿し、明日から第9章を投稿します。

なお、あとがきに第9章に関する重要なことが書いていますので必ず、お読みください。


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第8章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

東方楽曲伝第8章まで読んでいただいてありがとうございます。

この章は今までで一番長い章となりました。20万字越えです。小説家になろうの方では1年以上かけて投稿していたりします。本当に長かったです。

 

 

 

 

 

 

 

さて、第8章では大きく分けて3つのお話がありました。

1つ目は響さんの二つ名。

2つ目は翠炎。

そして、3つ目のリョウとの戦い。

終盤に差し掛かっていることもあって伏線を回収する機会が多く結構大変でした。私自身、何度も読み返して書き直した覚えがあります。フラグの書き忘れもありましたし……いや、本当に大変でした。響さんとか何度殺してしまったことか。

 

 

 

 

 

 

では、そろそろ解説の方に行きましょう。今回は翠炎についてです。なお、今まで同じように小説家になろうで投稿しているあとがきを見ながら書いて……というより、ほぼコピー&ペーストです。ご了承ください。

 

 

 

 

 

・翠炎

元狂気。響さんを助けたいという想いとガドラの助けにより、翠炎へと生まれ変わりました。因みにガドラは翠炎と融合したことにより、自我はもうありません。ですが、ガドラの炎は今も翠炎の中で燃えています。

 

 

 

さて、翠炎の能力はかなり強力なものです。傷や疲労、死すらもなかったことにする白紙能力と呪いや肉体強化など体の変化をなかったことにする能力――ポケモン的に言うと『くろいきり』です。あの技が一番近いと思います。

ですが、翠炎の能力が強力な分、回数に制限があります。まず、白紙能力は1日1回。つまり、事実上1日1回は死んでも生き返るリザレクション能力です。このリザレクションは響さんに意識がなくても死んだ時に自動的に発動します。ですが、『魂同調』などのデメリットもこのリザレクション能力で消していますのでもし、『魂同調』のデメリットを消した後に、死んだ場合、蘇生できなくなってしまいます。

白紙能力とは別にくろいきりは出力を抑えれば何度か使用できます。ですが、出力を抑えたら強力な呪いなどはなかったことに出来ない可能性が出て来ます。その場の状況に応じて出力をコントロールする必要がある、ということです。

 

 

 

最後に翠炎が表に出て来られる理由です。本編ではまだ出て来ていませんが、ここで説明しておきます。

吸血鬼たちが表に出て来られない理由は吸血鬼たちに核がないからです。この核と言うのは……何と言うか言葉にしにくいのですが、支えとなるエネルギー源とでも言っておきましょうか。ぶっちゃけると外に出た時にバッテリーがないからすぐに倒れてしまう、もしくは死んでしまうため外に出られません。

ですが、翠炎の場合、ガドラと融合したおかげでエネルギー源――バッテリーがあるため、外に出られます。同じ理由で青竜もあの珠が核となっているから外に出て来られます。

つまり、吸血鬼たちも翠炎のガドラ、青竜の珠と言った核となる物を手に入れれば外に出て来られます。まぁ、バッテリーと例えているだけあって充電が必要なのでずっと外に出続けられるわけではないのですが。

簡単にまとめますと外に出るためには外で活動するためのエネルギー源となる核が必要で翠炎と青竜はそれを持っているから外に出て来られる、ということなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・リョウについて

本編でも説明しましたが、リョウについて話しておきます。主にリョウの人生ですね。

まず、リョウは元々人間でレミリアに見つかった瞬間、レミリアに一目惚れします。そして、レミリアもきまぐれで館へ連れて帰り、2人の共同生活が始まります。レミリアも途中からリョウのことを好きになっていましたのでとても幸せでした。

ですが、リョウは病に倒れます。

そして、死にそうになったリョウを助けるためにレミリアは自分の血を飲ませ、助けます。ですが、吸血鬼の血は強力でまず、リョウは若返りました。それからどんどん体に変化が現れます。

まず、身長がどんどん縮んで行きました。これは吸血鬼の血がリョウの血を攻撃し殺して吸血鬼の血がどんどん増えて行ったからです。遺伝子に影響を与えた結果、女体化が進んで行ったのです。その兆しとして身長が縮みました。

リョウ自身、かなり勉強していましたので体の変化の原因やその変化が進行したらどうなるかすぐにわかり、発狂。そのせいでレミリアとも疎遠となり、館を出て行きました。因みに勉強した理由はレミリアを外に連れて行きたいという想いから『影に干渉する程度の能力』を開発するためです。

館を出たリョウはいつの間にか外の世界にいました。そこで出会ったのが響さんを産んだ実の母親です。リョウの事情を知り、一緒に住み始めました。

リョウと響さんの実の母親はしばらく一緒に暮らしましたが、とうとうリョウの体に大きな変化が現れました。記憶の忘却です。それと共に男性の体から女性の体へと徐々に変化し始めました。そのせいで男性としての本能――生殖本能が暴走し、響さんの実の母親を襲います。はい、響さんの出来上がりー。

襲ってしまった罪悪感と記憶忘却により意識が朦朧としていたのでリョウは響さんの実の母親から逃げます。

そして、女になったリョウは再び、幻想郷へと戻って来てドグと出会います。

後は、静(響さんの2番目の母親)と出会ったり、響さんが実の息子だと知り、殺そうとしたりして今に至ります。

因みに静と結婚した理由は響さんのスペルにより精神崩壊してしまい、それを治療するために静が親身になってカウセリングしてくれたことにより、いつの間にか好きになっていたとのこと。静も似たような理由でリョウに惚れてそのまま結婚。この結婚は口約束のようなもので外の世界のように婚姻届を提出したわけではない。

静は響と再会しましたが、リョウと一緒に暮らすために幻想郷に残っています。

静と望の再会は第9章で。

 

 

解説はこんなものでいいでしょうか。わからないことがあれば感想、もしくはメッセージなどで質問してください。可能限りお答えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、次回予告と行きましょう。

とうとう第9章となりました。この章は今までとはちょっと違った進め方をします。

今回は3つの場面を1話ごとに交代しながら投稿して行きます。

例えばAの場面、Bの場面、Cの場面があったとしてAの場面が1話、Bの場面が2話、Cの場面が3話となり、4話はまたAに戻ってAの場面となります。それからは5話がBの場面、6話はCの場面、7話はAの場面……といったようにA、B、Cとなって行きます。

そして、この場面ですが、時間系列も主人公――視点も違います。まぁ、響さんとキョウ、それともう1人別の誰かのお話しなのですが。

つまり、Aの場面が響さん。Bの場面がキョウ。Cの場面が???、と言ったように現代、過去、???が交互に投稿される、というわけです。

現代の響さんのお話しは1話、4話、7話、10話、といったように3話飛びで投稿される、というわけですね。お話自体は繋がっていますのでいきなり、違うシーンに移ったりなどはしません。

どうしてこのような形になるのかは後ほど判明します。

 

 

 

 

第9章の投稿の仕方はわかりましたか?

かなり複雑になっていますのでお気を付け下さい。

では、サブタイトルを発表します。

 

サブタイトルは~響とキョウ~

 

そう、とうとう過去編が完結します!

外の世界に来てしまったキョウはどうするのか。そして、桔梗は一体どこに行ってしまったのか?

そんな過去のお話しとは別に響さんもピンチになって、とうとうあの子と!!!!!!

やっとあの子にスポットを当てられます。

 

 

 

第8章で響さんの秘密も少しだけ明かされ……更なる謎が出て来ました。

実は……第8章の終盤でとある方に見破られました。え?何をかって?

 

 

 

 

響さんの実の母親です。

 

 

 

ガチでばれました。正体も伏線の場所もほとんど言い当てられ、感嘆の声を漏らすほどでした。

つまり、今の段階で響さんの実の母親がわかる、ということですwww

ぜひ、皆さんも推理してみてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

それでは、そろそろこのあとがきをしめさせていただきます。

 

 

では、お疲れ様でした!

東方楽曲伝第9章もよろしくお願いします!



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第9章 ~響とキョウ~
第314話 目覚め


第9章の始まりです。


Aパート:1話


 気付けば私がいた。いるはずのない私がいた。ここはどこなのだろう。私は誰なのだろう。わからない。わからない。わからない。

「……」

 どうやらここは液体の中みたいだ。何も見えないから断言はできないけれど。体も動かせないように拘束されている。

(なんで私、知っているのだろう?)

 先ほどまでいなかった私の中に常識がある。それがとても不気味で、少しだけ怖かった。本当に私は私なのか。これは夢ではないのか。私の存在そのものが偽物なのではないのか。そんな自問自答を繰り返し、結局答えは出ない。そりゃそうだ。私は結局のところ私なのだから。

 とりあえず、動いてみよう。拘束されているが少しぐらい動けるはずだ。目は目隠しされているようで開けても目の前は真っ暗だったが。

 まずは指先。これは問題なく動く。動かす度に抵抗を感じるからやはり液体の中にいるようだ。次に腕。こちらは少ししか動かせなかった。ガチャガチャと拘束具の擦れる音が聞こえる。かなり頑丈な作りになっていて壊そうと力いっぱい引っ張ってみたがビクともしなかった。他の部位は拘束具のせいで動かすことすらできない。ここから脱出するのは不可能みたいだ。

(どうしよう……)

 この後どうするか悩んでいると不意に疑問に思った。液体の中にいるのに私はどうやって呼吸しているのだろうか。口は猿轡をされているから少し開いている。その隙間から空気が漏れてしまうはず。それなのに苦しくならない。そもそも呼吸すらしていない。私は本当に生きているのだろうか。私は一体、何のためにここにいるのだろうか。

 ――……。

 その時、どこからか声が聞こえた。誰だろう。聞き覚えのない声。でも、その声を聞くと胸の奥がキュッと締めつけられる。私はこの声を知っている? 聞き覚えはないはずなのにこの声を聞くとすごく落ち着く。ずっと傍で聞き続けていたような。私はたった今、自我が生まれた赤子のような存在なのに。

 ――……い。

(何? 何て言っているの?)

 お願い。もっと貴方の声を聞かせて。貴方のためなら私、どんなことでも出来る気がする。例え、自分の存在が何であれ、私の存在理由は貴方だと断言できる。

 ――……きたい。

「ごぼっ……」

 私の口から空気の泡が漏れた。そして、気付く。“猿轡”がなくなっている。声が聞こえる度、私を縛り付けていた物が消え去って行く。ああ、そうか。そうだったのか。思い出した。私の役目を。私の存在理由を。

 ――……いきたい。

 腕を拘束していた拘束具がなくなった。すぐに目隠しをむしり取り、目を開けた。

(これが、私?)

 目に映るのは不気味なほど真っ白な肌。服は着ていない。下を向けば豊満な胸があって少しだけ驚いた。私はどうやら、女らしい。そんなことすら気付かなかったのかと自分自身に呆れる。意外にも私は切羽詰っていたようだ。でも、もう大丈夫。気を引き締めるために両手を握りしめてそっと深呼吸――しようとして思い切り何かの液体を飲んでしまう。鉄の味が口いっぱいに広がった。

 ――生きたい。

 そうだ。今はあの子だ。上を見れば光がユラユラと揺れている。あそこが出口。きっとここから出たらもう後戻りはできない。それは“私の役目”を放棄すること。でも、今動かなければ絶対に後悔する。私の役目は“あの子を守ること”なのだから。

(今行くからっ……待ってて!)

 背中に“黒い翼”を生やし、一気に羽ばたいて光を目指す。そう、あの向こうに私の存在理由があるのだ。

 ――生きたい!

 その途中であの子の叫びが聞こえた。ああ、知っている。貴方はずっと求めていた。たった独りで日々を暮らし、いつも誰かを求めていた。親も友達もいるけれど最後はいつも独りだった。でも、今日から私がいる。貴方の傍でずっと見ている。だから、笑って欲しい。私の存在理由は貴方なのだから。私の願いは貴方の幸せ。貴方が幸せになれるのならば私は何だってやる。私は貴方。貴方は私。同じ魂を持つ運命共同体。

 どんどん近づく光に向かって手を伸ばす。近づけば近づくほど目の前の光が小さくなっていく。いや違う。私が近づいているから小さくなっているのではない。時間が経つほど小さくなっているのだ。つまり、もう時間がない。

(間に合って!!)

 あの子の命が尽きようとしている。でも、今私と入れ替わればまだ可能性はあるはずだ。“外”がどんな状況なのかはわからない。敵に攻撃されているのかもしれないし、病気で力尽きようとしているのかもしれない。だが、絶対に死なせはしない。

 光が今にも消えそうになった時、私は勢いよく外へ飛び出した。

「っ……」

 まず感じたのは痛みだった。全身が焼けるように痛い。目を開けて体を起こし、体の様子を確かめる。

(酷い……)

 “右腕は潰れ、左足は足首から下がなくなっていて右足は膝からあり得ない方向へ曲がっている。更に腹からどくどくと血が噴き出していた”。体を起こしたせいか口から大量の血を吐き出し、唇を真っ赤に染める。

「きょ、キョウ?」

 何とか動く左腕で血を拭っていると横から女の子の声が聞こえた。そちらを見ると背中に黒い翼を持つピンクのワンピースを着た少女の姿。その隣には青い顔で私の体に魔法をかけている女性とそれを補佐している悪魔。少し遠いところには右手の人差し指が千切れている金髪の少女がいた。こちらを見て涙を流している。

「キョウ!」

 泣いていた金髪の少女は私の方へ駆け寄り、抱き着こうとした。それをピンクのワンピースを着た少女と悪魔が止める。さすがに今の状況で抱き着かれたら私でも死んでしまうので助かった。

「ごめんなさい」

「「え?」」

 突然謝った私に首を傾げてみせる少女たち。

「私は……この子ではないの」

 少女たちはこの子のことを『キョウ』と呼んでいたが本名かどうかわからない。この子でも十分伝わるだろうと思い、名前は言わなかった。

「……じゃあ、誰だって言うの?」

 ピンクの少女は目を鋭くして私を警戒した。無理もない。キョウではない人がキョウの体を使って話しているのだから。私だって警戒するだろう。いや、もしキョウの体を乗っ取られたらその乗っ取った奴を殺す。それこそ、自分の身を犠牲にしてでも。

「そうね……名前はないけれど、こう言えばわかるかしら」

 初めて人と会話したからかこんな状況でも思わず、笑ってしまった。ああ、楽しい。人と話すのが。キョウのために動けることが。ああ、私は満足している。生きていてよかったと思える。そして、もっと生きたいと思う。

 

 

 

「吸血鬼。よろしくね、外の世界の吸血鬼さんたち」

 

 

 

 微笑みながら挨拶をする。

 これが私――吸血鬼の始まり。これから起こる悲劇の目撃者だ。

 




Aパート:吸血鬼


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第315話 O&K

Bパート:1話


『音無響公式ファンクラブプレゼンツ。音無響のスクール見学!』

 でかでかとプロジェクターに映し出された見たくもないタイトル。それを見た俺はそっとため息を吐く。他の人にばれないように透明化の魔法を使って天井付近でこっそり見ているのだが、ため息でばれそうだ。

 今日は大学の文化祭。やっとと言うべきか、とうとうと言うべきか。今日まで頑張って準備を進めたおかげで何事もなく準備が整った。だが、何故か俺には一度も完成した映像を見せてくれなかったのだ。そこで俺は黙って会場に潜り込み、映像を見てやろうと思ったのである。すでに後悔しているが。

<音無響のサークル見学うううううう!>

 スピーカーから悟の絶叫が響く。そして、真っ白だった画面には腕を組んだまま冷たい目の俺が映った。その瞬間、会場に来ていた観客が歓声を上げる。

『人気者ね』

(嬉しくない……)

 くすくすと笑っている吸血鬼に言い返してそっと額に手を当てた。頭痛がする。

<……何だこれは>

 映像の中の俺が面倒臭そうに悟に質問した。因みに悟の姿は一切映っていない。俺だけである。

<何って文化祭の出し物に決まってるだろ>

<決まってねーよ……とりあえず、サークル見学すればいいのか?>

≪早速、ツンデレを魅せてくれた響様。我々の心を鷲掴みにする何とも罪なお方だ≫

 副音声のような悟のナレーション。問題はその内容だった。『誰がツンデレだ!』と叫びそうになったが何とか飲み込む。

<その通り! 普段のお前で見学して来い。勝手に撮ってるから>

<……わかった。でも、行く場所くらい指示してくれよ?>

≪文句を言いつつ頷いてくれた。最後に浮かべた笑顔が美しく間近で見ていた撮影班はいつの間にかその微笑みの虜になっていた≫

『響、抑えないとばれてしまうぞ?』

 トールが笑いを抑えながら忠告して来る。それがなければ今すぐあのプロジェクターを破壊していただろう。必死に拳を握って怒りを抑えていると映像はテニスサークルの見学シーンに映っていた。

<はぁ……>

 映像の俺は女子用のユニフォームを着ながらため息を吐いている。今の俺もため息を吐きそうだ。

≪我々が用意した女子用のユニフォームを身に纏い、憂いの表情を浮かべる響様。実は男子用のユニフォームも用意していたのだが我々の我儘に付き合ってくれる響様は本当に優しい。だからこそ、人を惹き付けるのだろう≫

「男子用……あったのかよ」

 文句を言えば女子用のユニフォームを着なくて済んだと知り、項垂れる。魂の中から吸血鬼たちが慰めてくれた。闇だけは嬉しそうに『きれー!』と笑っていたが。

≪早速、響様の試合が始まった。事前に話を聞いたところ、響様はテニスをするのは初めて。上手く出来るのか撮影班は心配だったが、それも杞憂だったようだ。最初は上手く返せなかったが徐々にコツでも掴んだのか笑いながらボールを打ち返している。楽しそうにテニスをプレイする響様。なびく綺麗な黒髪。ほとばしる汗。聖女のような微笑み。いつしか撮影班はもちろん、テニスサークルのメンバーでさえ彼の姿に魅了されていた≫

 悟のナレーションと共に俺がテニスをする映像が流れる。楽しそうにボールを打ち返すシーンやボールを追いかけるシーン。ポイントを取って小さくガッツポーズも取っていた。

『あの時は楽しそうだったからな。映像からでもよくわかる』

(頼むから何も言わないでくれ……めちゃくちゃ恥ずかしいんだから)

 何故か嬉しそうに感想を述べた翠炎にお願いしていたらいつの間にか試合が終わっていた。映像には汗を流して物足りなさそうな顔をしている俺の姿。

<響、本気出し過ぎだっての! ――さん、めっちゃ震えてただろ!>

<いや、だって楽しくて>

<子供かっ!>

≪不慮の事故で対戦相手を怯えさせてしまった響様。彼も少しやり過ぎたと思っているのか目を逸らす。そんな表情を浮かべる響様も美しかった≫

 そこでテニスサークルの見学が終わった。色々と問題はあったが、テニスボールが半壊したところや対戦相手の名前を伏せていたのはいいと思う。

<よーし、バイオリンいってみよー。懐かしいなー>

 次の見学先は音楽サークルだった。綺麗なドレスを着た俺はバイオリンを手に取って懐かしそうに眺めている。そして、何も言わずに弾き始めた。

≪目を閉じてバイオリンを弾く響様。これには我々撮影班も驚愕した。まさかバイオリンを弾けるとは思わなかったからだ。しかし、すぐにそんなことどうでもよくなった。バイオリンを弾く響様がとても綺麗で、儚げで……幻想的だったから。音楽サークルの人たちも響様が奏でる音を聞き逃さないと言わんばかりに真剣に聞いていた。バイオリンを弾き終わった後、バイオリンを弾けたのかと質問したところ、少し寂しそうな表情を浮かべる響様≫

<ああ、父さんが、な>

≪静かにそう答え、愛おしそうにバイオリンを撫でる。普段はクールな姿で勉学に励んでいる彼だがそれとは違った一面を我々に見せてくれた。これからも我々は響様を静かに見守りたいと思う≫

 そう締めくくった後、別のサークル見学へ移った。しかし、俺はそこで気付かれないように会場を後にする。やはり自分の姿を見続けるのは耐えられない。まぁ、観客は嬉しそうに見ていたからよかったが、とりあえず悟を殴るか。

 

 

 

 

 

 

「正直すまんかったとは思ってる。でも、後悔はしていない」

「もう一発いっとくか?」

「すみませんでした」

 頭を深々と下げて謝る悟。彼の頭を殴った手を軽く擦りながらため息を吐く。絶対に反省していない。

「お前、ファンクラブが公式になってから遠慮なくなったな」

「そりゃ公式なんだから遠慮なんてするわけないだろ」

「……」

 公式になったのは俺のせいでもあるから悟ばかり責めるわけにも行かず、この苛立ちを無理矢理抑え込んで近くのソファに座った。高いソファなのかとても座り心地がいい。

「それにしても……お前、本当に社長なんだな」

 悟が作った会社――『O&K』の社長室を見渡ながら呟く。あの会見を見た後、すぐに悟に連絡したら1人でここに来るように言われたのだ。

「まぁなー」

 あっけらかんと答えるが悟は今も書類に目を通している。その姿を見ると嘘ではないと嫌でもわかる。

「なぁ、なんで会社なんか作ったんだ?」

 悟が社長だと知った日と同じ質問をする。すでにその答えは聞いたがまだ納得できていない。

「言っただろ? お前を守るためだって」

「だから何で俺を守ることに繋がるんだよ!」

 そう、『O&K』が出来た理由が『音無響を守るために権力を得ようとした結果、いつの間にかここまで大きくなっていた』だったのだ。理由を聞いて大声でツッコんだ時、悟も少しだけ苦笑いを浮かべていた。こんなふざけた理由で作った会社がまさかここまで大きくなるとは当時まだ15歳だった彼も思わなかったのだろう。

「前にも言ったけどさ。お前を利用しようとする奴らは少なからずいるんだよ。そいつらからお前を守るためにはどうしても権力とかお金が必要だった。純粋な力も大事だが組織を相手にする場合、絶対に負ける。数は暴力ってな。だから、こっちも数を揃えた。会社って名義だけどな」

「それは前に聞いた。その点に関しては感謝してる。でもな……ここの社員全員、俺のファンだってのはどう説明する気だ?」

 この会社に初めて来た日、ビルの中に入った瞬間、その場にいた全員が俺に向かって頭を下げたのだ。それを見て戸惑っているとすぐに執事らしき人が現れ、社長室へと案内してくれた。それはいいのだが、移動中、モーゼが海を割ったかのように社員たちは俺たちに道を譲り、頭を垂れていた。

「あー……会社を作った時にな? 社員を集めるためにちょっとお前のことを話したんだよ。そしたら、あれよあれよと仲間が増えて行って……今じゃこの会社の利益の3分の1はファンクラブのために使ってる。今日の文化祭で上映したあのプロモーションビデオのDVDも無料配布するし」

 つまり、この会社が出来た時からいる社員は俺のファンらしく雪玉を雪の上で転がすように社員(俺のファン)が増えて行き、ここまで大きな会社になってしまったようだ。途中、倒産の危機にも陥ったようだが、『響のために頑張るんだろ! ここで踏ん張らなきゃ響がどうなるのかわかってんのか!』と悟が叫び死にもの狂いで会社を立て直すために新商品を開発したそうだ。因みにその新商品が望たちが誘拐された時に使われた対テロリスト制圧用の催眠ガスグレネード『KAGEROU』らしい。従来の催眠ガスとは違い、人体に余計な悪影響を与えず、ガスが消える時間も短縮され、警察などで重宝されているらしい。

「DVDって……自分で言うのもなんだけど何で有料じゃないんだ? それなりに稼げるだろ」

「お前を利用して金儲けはしないって最初から決めてんだよ。それに元々ファンクラブはお前に関わるつもりはなかった……なのに博麗のリボンとか付けるから」

「……なんかすまん」

 書類に判子を押した後、俺を睨む悟に謝った。

「あ、そうだった。響に報告することがあったんだ」

「報告?」

「この前言ってた黒い石についてだ」

 そう言った悟の目は鋭い。何か嫌な予感がする。

 




Bパート:響さん


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第316話 運命の出会い

Cパート:1話


「つまり、ここはマスターが住んでいた世界……幻想郷から見て外の世界ということですか?」

 飛行機を目撃して混乱していた僕だったが、心配そうにしていた桔梗を見てすぐに混乱していた理由を話した。それを聞いた桔梗は目を丸くして驚く。

「うん……でも、どうして外の世界に来ちゃったんだろ? 今までそんなことなかったのに……」

「少なくとも幻想郷内でしたよね? そもそもマスターの時空移動に法則性を見受けられません」

「それさえわかれば色々助かるんだけど……」

 いつも唐突過ぎるのだ。はた迷惑な能力だと思う反面、この能力がなければ桔梗や今まで出会って来た人たちと会うこともなかったのだと能力に感謝している気持ちもある。もうちょっと融通を利かせてくれたら、とは思うが。

「ん?」

 そっとため息を吐いていると不意に桔梗が後ろを振り返った。

「どうしたの?」

「いえ……何か音がしたような気がしまして」

「音?」

 それを聞いて僕も耳を澄ませてみる。すると、何か聞こえた。これは水の音だ。

「水、みたいだね」

「そのようです。水の周囲には人が集まるとも言いますし、そちらに向かってみてはどうでしょう?」

「そうだね。今のところ、行く当てもないし。外の世界だから迂闊に空を飛ぶわけにもいかないもんね」

 もし空を飛んでいるところを見られたら大変だ。下手したら研究所に連れて行かれて解剖されてしまうかもしれない。

「【バイク】で行きますか?」

「……ううん、やめておこう。音大きいし」

 わかりました、と桔梗が頷いたのを見て僕たちは歩いて(桔梗は浮いて)水の音が聞こえた方向へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

「川ですね」

 歩き始めてから少し経って僕たちの目の前に綺麗な川が現れた。太陽の光を水が反射してキラキラと光っている。

「綺麗な川だね。飲めるかな?」

「ちょっと待っていてください」

 こいしさんと出会った時代で薬草を多く食べた桔梗は毒素を探知できるようになっていた。そのため、飲めそうな水を見つけた時には桔梗に飲めるかどうか判断して貰っている。

「……毒素は含まれていません。飲めます」

 川に手を入れた桔梗はすぐに頷く。それを見て僕は手で川の水をすくって飲む。冷たくて美味しい。この時代に来る直前まで森近さんの店で仕事をしていたせいで喉が渇いていたのだ。

「ふぅ……生き返ったー」

「ですが、人の気配はありませんね。外の世界の話はマスターから何度か聞いていましたのでもっと騒がしい世界なのかと思っていました」

「んー、そのはずなんだけど」

 僕たちの頭上を飛行機が通り過ぎたからそこまで辺鄙な土地ではないはずだ。それなのにここまで静かだと本当に外の世界なのか疑ってしまう。

「あ、丁度いい機会だから体、洗っちゃおうかな。この先、綺麗な水があるとは限らないし」

 今までも何度か野宿をして来たので川などで体を洗うことはあった。お風呂のようにお湯を使えないから不便だが下手するとしばらく体を洗えないから綺麗な水源を見つけた時には積極的に水浴びをしている。

「ま、マスター、水浴びをするのですか!? ごくっ……」

 その度に桔梗がちょっとおかしくなるけど。何だか身の危険を感じる。

「えっと……桔梗、出来れば乾いた木を探して来てくれないかな? 太陽もそろそろ沈みそうだし。今日はここで野宿しようかなって」

「へ? あ、はい! 桔梗、マスターのために乾いた木をたくさん集めて来ます!」

 敬礼をした後、ものすごい勢いで桔梗は飛んで行ってしまった。

「外の世界だから見つからないようにねー……って、聞こえてるのかな?」

 まぁ、桔梗のことだからそんなヘマはしないだろう。服を脱いで近くの枝に引っ掛ける。もちろん、尖った部分で服が傷つかないようにした。裸になった僕はゆっくりと川の中へ入る。水の冷たさに驚いて小さく悲鳴を上げてしまったが、次第にそれにも慣れて体の汚れを落とすように体を擦った。石鹸などがあればいいがそんな贅沢は言っていられない。それに前、テレビで石鹸などの化学製品をそのまま川に流すのは駄目だと見たことがある。ここに石鹸があったとしても使わないだろう。

「よっと」

 ある程度体を擦ったら今度は髪だ。少し前までは鬱陶しいと感じていたこの長い髪も今では当たり前になってしまった。髪一本一本を洗うようにゆっくり丁寧に水で洗う。シャンプーがない分、こうやって丁寧に洗わなければボサボサになってしまうのだ。何だか女の子みたい。

(そう言えば……)

 森近さんの店に来た人たちに、『女みたいな髪だな』と言われたことがある。つまり、僕のことを男だとわかっていたのだろう。髪が長くなって改めて鏡を見たら女の子に見えたのだが、大人の人からしたら男に見えるのだろうか。そんなことを考えている内に髪を洗い終わった。後は桔梗が帰って来るまで水に浸かって――。

「そこに誰かいるの?」

 その時、対岸の草むらから僕と同じくらいの少女が顔を覗かせた。自然と目が合う。あまりにも唐突だったので体が硬直してしまった。

「「……」」

 しばらく無言のまま、僕と少女は見つめ合う。裸の僕と草むらにいたからか頭に葉っぱを付けている少女。傍から見たらとてもシュールな光景だろう。

「え、えっと……とりあえず、服着ていい?」

「あ、うん。いいよ」

 僕は少女に見守られながら急いで服を着る。体に付着していた水は手で払い落したが急いでいたため、落とし切れなかったらしく少しだけ気持ち悪かった。桔梗がいれば丁寧に落としてくれたのだが。何故か鼻息荒くして。

「ごめん。待たせちゃったかな」

「それはいいんだけど……話し辛くない?」

 まぁ、川を挟んで話しているから当たり前だ。でも、もう一度服を脱いで対岸に行くわけにもいかない。それに――。

「というより何で草むらから出て来ないの?」

 ――僕と話している少女は草むらから出て来る気配がなかった。まるで、警戒しているかのように。

「……だって、ここに人がいるわけないから」

「え? それってどういう――」

「マスター! 乾いた木、たっくさん持って来ましたよー!」

 詳しい話を聞こうとした時、桔梗が戻って来てしまったらしい。少女は草むらの中にいるので桔梗から見えなかったのだろう。振り返ると乾いた木をこれでもかと持った(片手を【拳】に変形させて巨大化させていた)桔梗が満面の笑みを浮かべてこちらに向かって来ていた。

「あーあ……」

「あれ? マスター、どうしたんで……あ」

「に、人形が……空飛んで、話して」

 面倒なことになりそうだ。自分の失敗を理解して大慌ててしている桔梗とそんな桔梗を見て目をグルグルと回して混乱している少女を見て僕はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大体の話はわかったけど、信じられないよ。時空を移動してるなんて」

「まぁ、そりゃそうだよね」

 桔梗【翼】で対岸に移動した後、僕は未だ草むらに隠れている少女に全てを話した。あのまま誤魔化しても意味ないと“何となく”そう思ったからだ。

「でも、人形は話すし、変形するし……信じるしかないんだよね」

「信じてくれるの?」

「うん。これでも一応、そっち側の話は他の人より詳しい自覚あるから」

「小さいのにすごいね」

「貴方も私と同じくらいだよ?」

 そう言えば僕って5歳だった。何年も経っていると錯覚してしまうほど濃い時間を過ごして来たからすっかり忘れていた。

「これで貴方がここにいる理由がわかった。そりゃ、内側にワープされたら防ぎようないもん」

「内側? 防ぐ?」

「ここは貴方の言ったように外の世界。だけど、私が住んでいる周囲には結界が張ってあるの」

「あー……その結界の内側に僕たちが出て来ちゃったのか」

「そう言うこと」

 少女はくすくすと楽しそうに笑った。どこに笑う要素があったのかわからなくて首を傾げてしまう。

「ごめんね。こうやって男の子と話したの久しぶりだったから。それに」

 そこまで言って彼女は僕の右隣を指さした。そちらを見る。

「むぅ……」

 そこには僕の袖を引っ張って不機嫌そうに浮かんでいる桔梗の姿があった。少女との話に夢中で放っておいたから拗ねているのだろう。

「ゴメンゴメン。忘れてたわけじゃないよ」

「マスターはすぐ女の子と仲良くなります! もうちょっと気を付けてください!」

「気を付ける? 何を?」

「知りませんッ!」

「ふふ、愛されてるんだね」

 そっぽを向いた桔梗を見て不思議に思っていると嬉しそうに笑う少女。

「あ、そう言えば名前言ってなかったね。僕の名前はキョウ。で、こっちが桔梗だよ」

「……桔梗です。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。キョウ、桔梗」

 まだ拗ねている桔梗の頭を撫でた(草むらから手を伸ばした)彼女はやっと草むらから出て来る。僕の目に飛び込んで来たのは彼女の服装だった。

「巫女服?」

 そう、彼女が来ていたのは巫女服だったのだ。まさかそのような格好をしているとは思わず、驚いてしまう。

「それじゃ私も自己紹介するね。私の名前は霊夢。博麗 霊夢。ここ、博麗神社の巫女見習いをしてるの」

 

 

 

 

 

 これが、僕――『時任 響』と少女――『博麗 霊夢』の出会いだった。

 




Cパート:キョウ


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第317話 今後の楽しみ

「吸、血鬼?」

 私の言葉を聞いたピンクの吸血鬼は目を丸くして呟いた。推測だが、この子を普通の人間だと思っていたのだろう。魔法の子と悪魔、金髪の吸血鬼も驚愕しているようだし。

「う、嘘だよ! だって、キョウの気配は普通の……あ、あれ?」

「……気配が吸血鬼に変わってるわね。けほっ」

「驚くのはいいけど時間がないの。お願い、力を貸して」

 今、この子の体は吸血鬼――いや、純粋な吸血鬼ではないけれど、人間より頑丈に、なおかつ傷が治りやすくなっている。しかし、吸血鬼特有の治癒能力をもってしてもこの子の傷は治り切らない。純粋な吸血鬼ならばすぐに治ったのだろうけれど。このままではこの子は死んでしまう。私にできるのは時間を稼ぐことだけ。

 そのことを皆に手短に説明する。

「……それじゃキョウは純粋な人間ではなく、少しだけ吸血鬼の血が混じってるの?」

「私も詳しいことはわからないけれどおそらく。私がこの子の中にいる理由はそれしか考えられないもの……それより、魔法さん? さっきから咳してるけど風邪?」

「ごほっ。喘息よ……魔法さんって私のこと?」

「魔法使ってこの子の寿命を伸ばそうとしてるから」

「……私は、パチュ――げほっ!」

 魔法さんはパチュと言うらしい。それからピンクの吸血がレミリア、悪魔が小悪魔と名乗った。後は金髪の吸血鬼だけなのだがこの子の話を聞いてからずっと俯いたままだった。

「どうしたの? 吸血鬼さん?」

「え、えっと……もし、キョウを助けた後、ずっと吸血鬼がキョウの体を乗ったままなの?」

 どうやら、ずっとこの子の心配をしていたようだ。優しい子。そして、そんな子に心配されるほどこの子はいい子なのだろう。早く会ってお話ししてみたいな。それは決して、“叶うことのない願いだけれど”。

「いいえ、私がこの子の体を借りてるだけよ。そうでもしないともうこの子は死んでたから。私が体を借りても、パチュの魔法があっても傷が癒える前に死んじゃうけれど」

「わ、私はパチュじゃなくてパチュ――けほっ。パチュ――ゴホゴホ」

「わかってるわ。何度も言わなくていいのよ、パチュ」

 『だ、だから』と何か言いたそうしているが魔法を長い間、使っているためか咳が酷い。大丈夫だろうか。ここ、図書館みたいだし埃っぽいから余計心配である。

「それで? キョウを助けるためにどうすればいいのかしら?」

 レミリアが本題に入った。それを聞いた瞬間、金髪の吸血鬼がビクッと肩を震わせる。

「簡単よ。この子の傷が治り切らないのは吸血鬼の血が弱いから。なら、吸血鬼の血を飲んで治癒能力を向上させればいいの」

「それでキョウが吸血鬼になったらどうするの!!」

 こちらが吃驚するほど大きな声で叫ぶ金髪の吸血鬼。見れば顔を青くさせて震えている。

「……ふふ」

 それを見て私は思わず、笑ってしまった。

「どうして笑うの!? 笑い事じゃないんだよ!」

「ええ、わかってる。吸血鬼は確かに強い種族だけれどその分、弱点も増えるし自分の知らない間に人間から人外に変わっていたらこの子の気がおかしくなるかもしれない」

「なら!」

「でもね? 確かに聞いたの。生きたいって。この子の叫びを」

 私はその叫びを聞いて産まれた。私の役目を果たすため。この子を死なせないため。

「ありがとう。この子の心配をしてくれて」

「……だって私のせいでキョウがこんなことになっちゃったから。私の、せいで」

 そこまで言って金髪の吸血鬼は再び、ポロポロと涙を零し始めた。あらら、この子が原因でこうなっちゃったのか。ずっと後悔や心配、この子を傷つけてしまった悲しみと恐怖に心を蝕まれていたのだろう。右手の人差し指が千切れていることからこの子に血を飲ませようとしたが、その直前で吸血鬼になる可能性を思い出したのかもしれない。

「そっか。でも、大丈夫。この子ならきっと許してくれるわ」

 まだ会ったことないけれど何となくそう思う。だって、あんなに優しそうな声だったのだから。

「そのせいで吸血鬼になっちゃったら? 私、嫌われちゃう」

「ふふ。もう心配性ね。もし、この子が吸血鬼になっちゃって貴女のことが嫌いになっちゃったら私が説得するわ。『吸血鬼さんは最後まで拒んでたけど私が無理矢理飲んだ』って。それに生きたいって強く願ってるのはこの子なのだから感謝すると思、うけれ、ど――ッ」

 そこで口からまた血が吹き出した。タイムリミットが近いらしい。パチュも変な呼吸になっているし。私とパチュが死にそうだから早くしなければならない。

「きょ、キョウ!」

「だから、私、はこの、子じゃないっ、て……吸血鬼、よ。貴女は?」

「……フラン。フランドール」

「フラン、ね。お願い……貴女、の血を、飲ませて? この子、のために」

「……うん」

 まだ怖いのかこちらに差し出した右手は震えている。人差し指から血が床に落ちてピチョンと音を立てた。

「ありがとう」

 動く左手でフランの右手を優しく握ってお礼を言う。それから口元まで移動させて彼女の人差し指を咥えようとして言わなければならないことを思い出した。

「あ、吸血鬼の、血を飲んで、もこの子、吸血鬼化し、ないから」

「「「「え?」」」」

「それじゃ、いただきます」

 呆ける4人を見て笑いながらパクリと指を咥える。血特有の鉄の味が口いっぱいに広がった。吸血鬼にとって吸血鬼の血は毒になると言われているがこの子は純粋な吸血鬼ではない。毒で死ぬ可能性もあったがもしそうならば口に入れた瞬間、拒絶反応が起こるので何とかなったようだ。

 フランの血を飲んだ影響はすぐに出た。まず、ずっと感じていた痛みがどんどんなくなっていったのだ。それからすぐに傷が治り始めていく。それを見ていたパチュがほっと安堵のため息を吐いて背中から後ろに倒れた。慌てて小悪魔が駆け寄る。やはり限界だったらしい。パチュがいなければフランを納得させる前に血を飲まなければならないところだった。やはり血を提供してくれる相手の了承は得なければこの子の今後に悪影響を与えるだろうし。

 この子の傷が半分ほど治ったところでフランの指から口を離した。

「もう、いいの?」

「ええ。十分、吸血鬼の力は向上したから。それにこれ以上飲んだらこの子でも吸血鬼化しちゃうもの」

 あ、左足生えて来た。他の吸血鬼より自己再生能力が高めなのかもしれない。

「そうそれよ! 普通、人間が吸血鬼の血を飲めば拒絶反応を起こして死ぬか最終的に吸血鬼になるわ。それなのにどうしてキョウは吸血鬼にならないって断言できるの?」

 レミリアがぐいっと顔を近づけて質問して来た。その顔はとても歪んでいる。何か嫌なことでも思い出したのだろうか。

「この子は元々、吸血鬼の血が混じってたの。吸血鬼化しないほど少量だけどね。でも、吸血鬼の血に慣れるには十分だったのよ。確か人間が吸血鬼の血を飲んで吸血鬼化するのは吸血鬼の血が人間の血を殺して吸血鬼の血が増えるからよね?」

「……ええ、そうよ」

「つまり、この子の血は吸血鬼の血に強いの。抗体があるって言った方がいいかも。そのおかげで少しぐらい吸血鬼の血を飲んでもこの子の体は人間のまま。まぁ、飲みすぎるとやっぱり人間の血が吸血鬼の血に負けちゃうんだけど。それにこれからは私がある程度、吸血鬼の血をコントロールするし」

 そう言えば、どうして私は“そんなこと”を知っているのだろうか。自分の存在すら知らなかったのに。まるで、“最初から知識を与えられていた”みたい。

「それじゃ……キョウは人間のままなんだね?」

 不安そうにフランが問いかけて来た。

「ええ、大丈夫よ。後は安静にしていれば時期に目を覚ますわ。さてと……そろそろ私も帰るわね」

「帰るってどこによ」

「この子の中。言ったでしょ? 私はただこの子の体を借りてるだけこれからはこの子の中からこの子を見守ってるわ」

「そう……もう貴女には会えなさそうね」

 私の答えを聞いたレミリアは少しだけ残念そうに呟く。寂しいと思ってくれているのかもしれない。それはとても嬉しい。

「この子に何かあればまた会えるわ。私としてはそうならないことを願ってるけどね」

「それには同感。フランがまた癇癪起こしそう」

「お、起こさないよ!」

「あら? 癇癪起こしてキョウをこんなにした子は誰だったかしら?」

「お、お姉様……って、吸血鬼?」

 フランの声が遠くなる。ああ、そっか。時間なのか。ゆっくりとこの子の体を動かし横になる。あのままだったら背中から後ろに倒れてせっかく治りかけている傷がまた開いちゃうから。

(楽しみね)

 次の目を覚ますのはきっと、この子が目を覚ます時だ。私はこの子、この子は私。私たちは運命共同体。いつまでも魂の中で見守っていよう。この子に危機が迫り、私の命を引き換えにこの子を守る、その時まで。

 



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第318話 黒石

久しぶりにやらかしました。
お詫びの次話は今日の正午に投稿します。


 『O&K』の社長室。その部屋にある大きな長机に数枚の書類とサンプルのあの黒い首輪が置いてある。書類の一枚を手に取った悟が口を開いた。

「まず、俺たちはこの黒い石の成分を調べた。これは言ったよな?」

「ああ、確か普通の鉱石とほとんど変わらなかったって」

「そう。やっぱり分析結果を見ても目立つ箇所はなかった。これがその分析結果」

「……いや、見せられてもわからないから」

 『それもそうか』と納得した彼は机の上に置いてあった書類を全てファイルに仕舞って鞄の中に入れた。全部分析結果だったのか。

「その次にお前の指摘を参考にしてこの石が何なのか徹底的に調べたんだ。皆、笑顔で協力してくれたよ」

「おい、皆って誰だ。もしかしてここの社員か?」

「……まぁ、それは置いておいて」

 本当らしい。『O&K』は今、注目されている会社だがこんな変態な集団だとは誰も思わないだろう。もはや宗教である。こっちのことはいいから普通に仕事して欲しい。

「なかなか見つからなかったよ。なんせこっちの手がかりはあんまり役に立たない分析結果と異能の力を吸収するってことだけだったしな」

 そう言った後、悟は鞄から一つの石を取り出し、机の上に置いた。隣に置いてある首輪と同じ黒い石だ。どこかで手に入れたらしい。

(あれ……)

 しかし、よく見ると先ほど悟が取り出した鉱石には綺麗な光沢があるが、首輪の方にはない。

「調べた結果、この石は黒曜石に似た鉱石だってのがわかった。黒曜石って言うのは真っ黒な鉱石のことでものすごく硬い。昔、矢じりの先とかに使われてたほどだ」

「でも、黒曜石じゃないんだろ? 俺だって名前ぐらい聞いたことあるから黒曜石の成分と今回の分析結果と比較すれば一発でわかるだろうし」

「そう、そこなんだよ。この黒曜石に似た鉱石は……成分も似てる。でも、黒曜石にはない成分も出て来たんだ。そのせいで黒曜石だって断定できず、最後まで答えが出なかった」

「……つまり、まだ鉱石の正体は分かってないんだな」

「ああ、すまん。ただ推測だけど異能の力を吸収する理由がわかったから報告しようと思ってな」

 それだけでも十分だ。メモするためにスキホからペンと紙を取り出す。

「まず、この鉱石……そうだな。適当に黒石って呼ぶか。黒石と黒曜石は似てる。成分も性質もだ。でも、無視できない程度の相違点があるんだ」

 その一つに光沢の有無があるのだろう。見た目以外にも何かあるのかもしれない。

「だから黒曜石の意味にも無視できない程度の相違点が存在すると仮定した上で話を聞いて欲しい」

「黒曜石の意味? そんなのがあるのか」

「ダイヤモンドとか真珠とかにもあるぞ。パワーストーンとして黒曜石も有名だからな。お前の能力ってそう言ったのに敏感なんだろ?」

「……多分、触れただけで俺の体に影響を及ぼすレベルで、な」

 『合力石』やこころのお面で派生能力が生まれたり感情が変化したのだ。きっと、黒曜石に触れたらすぐ何か起こる。それが良い影響なのか悪い影響なのかまではわからないが。

「そんなにか……まぁ、黒曜石の意味はそこまで悪い意味じゃないから変なことは起きないはずだ。触れてみろよ」

「まずはその意味を教えてくれ。さすがに何も知らないまま、触れたくない」

「おっと、すまん。焦り過ぎた。えっと、黒曜石には強力な力が秘められていて持っている物の眠っている力を目覚めさせる。後は、ストレスを取り除いたり、安心感を与えたり……感情のバランスを保つんだとよ」

 意外にいい意味だった。パワーストーンと言うのだから当たり前だが。感心していたのだが、言葉を区切った悟の目が鋭くなったのに気付いてすぐに聞く体勢に戻る。

「ここからが問題だ。黒曜石には……悪い気。否定的なエネルギーを吸収する力があるらしい」

「否定的な、エネルギー?」

「ネガティブな思考とかだな。前向きになるんだよ。ほら、似てるだろ?」

 確かに似ている。雅たちの力を吸収した黒い首輪。そして、否定的なエネルギーを吸収する黒曜石。だが、所詮それは“似ている”なのだ。結局、この鉱石の正体はわからない。せめて黒石の本当の名称がわかればよかったのだが。

「……手詰まり、か」

「ああ、黒石については今後も調査を続けるけどあまり期待しないでくれ。皆、栄養ドリンク片手に頑張ったんだ」

「普通の業務を頑張ってくれよ……」

 よくこの会社、潰れなかったな。そのおかげで黒石について少しだけわかったが。

「とにかく今度、犯人がまたちょっかいをかけて来たらこの首輪に触れないように戦うしかないみたいだな」

「そうだな。響の能力に関して詳しくは聞かないけど警戒して損はないと思う。干渉系の能力も効かないみたいだけど道具でもそうなのかわからないしな」

 悟はそう言うが十中八九、道具の干渉は受けるだろう。そもそも、俺が何故か持っている干渉系の能力を無効化する能力は何かを経由すれば簡単に抜けられる。能力を道具に付加して使えばそれだけで経由していることになるのだ。それに道具そのものにそう言った効果、もしくは伝説などがあればそれだけで俺の本能力が発動し、罠に嵌めることができる。自分の能力に振り回されるとは情けない。

『しょうがないわ。貴方の能力はそれだけ強大な力を持ってるのよ。人間にコントロールしろって言う方がおかしいわ』

(そうは言っても……もっと上手く使えそうなんだよなぁ)

 物に触れる時、その物の言い伝えや伝説、名称がわかっていればある程度、予測はできる。しかし、その予想が外れた場合、周囲にどんな影響を与えるかわからない。そのせいで今も黒曜石や黒石に触れられない。能力が暴走した時、その被害に遭うのは俺の目の前でニヤニヤ笑っている悟なのだから。

「……何で笑ってんだよ」

「いや、真剣に悩んでるなーって」

「お前、他人事だと思って……こっちは結構、大変なんだぞ」

「わかってるよ。能力に振り回されるのはお互い様だしな」

「……どういうことだ?」

 そう言えばまだ悟の能力について聞いていなかった。確か暗視能力があったはず。

「お前も知ってるかもしれないけど真っ暗な中でも色々と見えるんだよ。ある物からない物まで」

「ある物からない物?」

「例えば部屋を真っ暗にした時、壁とか机とか椅子とかはっきりと見える。ただ……他にも何か見えるんだよ。ない物ははっきりと見えないけど。日によって大きさとか明るさも変わるし。それが気になってぐっすりと眠れないんだよ。目を閉じたらそのもやもやした物しか見えなくなるから余計、目立ってな」

 幽霊の類だろうか。だが、いつも見えるようだし、常に近くに幽霊がいるとは考えにくい。今も幽霊の気配は感じられないことから悟が憑かれているわけでもない。それに目を閉じている時も見えるとは一体、どういうことなのだろうか。

(あ、そうだ)

「奏楽を呼ぼうと思うんだがいいか?」

「奏楽ちゃんを? 何でまた」

「奏楽は幽霊とかに敏感だからな。幽霊以外にも反応したりするし」

 俺ですら感知できないほどの微弱な気配さえも感じ取ったこともある。

「なるほど……俺が見えてる何かを探って貰うってことか」

「そう言うこと。まぁ、奏楽のボキャブラリーに該当する言葉があればいいけど。だから、今日……奏楽をお前の家に泊めてやってくれないか?」

「……は?」

「だって、真っ暗な場所でしか見えないんだろ? なら夜一緒に寝た方が効率いいじゃん」

 今の言葉は建前で実はあの誘拐事件から何かと奏楽は悟に会いたがるのだ。しかし、あれ以来、黒い首輪や文化祭の準備で忙しく俺の家に来ることが減っていた。この機会に会わせてやろうと思ったのだ。

(それに多分、奏楽は……)

 以前の俺ならば気付かないような気持ちを悟に抱いているらしい。まぁ、俺もそう言った気持ちに疎かったせいで推測の域を越えられないのだが。多分、霙ならば奏楽の気持ちを知っているに違いない。今度さりげなく聞いてみよう。

「……はぁ。わかったけど奏楽ちゃんがいいって言ったら――」

「失礼しまーす」

 そこまで言った時、俺の隣に雅が現れた。その顔はとても疲れ切っている。服も少しだけ乱れているし。

「雅、どうした?」

「……奏楽、悟の家に行けるってすごいテンション上がってるから早く引き取ってくれない? 早くしないと霙の毛がなくなっちゃう」

 式神通信で奏楽に事情を説明したのが裏目に出てしまったようだ。おそらくテンションが上がり過ぎて力のコントロールが出来ず、霙の毛をむしっているのだろう。

「それじゃ頼むわ」

「へいへい。何でそんなにテンション上がるんかねぇ」

 そう呟きながら立ち上がり、出かける準備をする悟。雅もそれを見て帰って行った。

「あ、そうだ。お前の能力名って何なの?」

「……それ聞いちゃう?」

「聞いちゃう」

 ジッと俺の目を見ていた彼だったが諦めたのかそっとため息を吐く。

「紫に教えて貰ったんだけどさ……『暗闇の中でも光が視える程度の能力』らしい」

「……そのまんまだな」

「ああ、ただの暗視能力って……使えねー」

 肩を落とす悟だったがまぁ、無理もない。後、紫と接触していたことに驚いた。

「はいはい。聞いた俺が悪かったよ。早く行こう、霙の毛が心配だ」

「おーう」

 俺と悟は並んで社長室を後にする。余談だが、霙の毛は大丈夫だった。本人はむしられた箇所を泣きながらペロペロ舐めていたが。




因みに『O&K』は『Otonashi Kyo』の略です。
この会社は響さん100%で成り立っています。


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第319話 巫女見習い2人

お詫びのもう1話です。


「それじゃ霊夢は博麗神社の巫女になるために修行してるんだ」

「うん。まぁ、あまり乗り気じゃないけど」

 そう言いながら霊夢は邪魔な草を腕で払って進んでいく。その後ろを僕と桔梗はキョロキョロと辺りを見渡ながら追う。そろそろ日が沈む時間なのに行く当てがなかった僕たちを霊夢が神社まで案内してくれることになった。実際には『泊まって行けば?』と言ってくれたのだが素直に頷くことはできなかった。やはりこういうのは保護者の許可を得ないといけない。そう言った結果、とりあえず神社まで行くことになったのだ。

「乗り気じゃない? 何で?」

「だって面倒。修行って言っても瞑想したり、お札を投げたり、結界を張ったりするだけだから」

「本当に修行って感じだね。でも、修行しなきゃ巫女にはなれないんでしょ?」

「別に他にも候補はいるからその子になると思うけど」

 どうやら、巫女見習いは霊夢以外にもいるようだ。競争相手を作って相手に負けないように努力させようとしたのかもしれない。まぁ、霊夢本人はやる気がないから意味なかったようだけど。

「霊夢さんは巫女になりたくないんですか?」

 俺の肩の上に座っている桔梗が問いかける。

「興味ない」

「でも、もう1人の見習いの子は本気なんでしょ?」

「そうね。あれを本気って言わなかったらおかしいぐらい本気。博麗神社の巫女になることが自分の使命だって思ってるみたい」

 博麗神社の巫女になることがどれほど名誉あることなのかわからないが少なくとももう1人の巫女見習いは本気らしい。

(ただ……)

 気になるのは霊夢の態度である。本当に興味がないのだろう。心底どうでもよさそうに話していた。

「そんなことよりキョウのこと教えてよ」

「僕のこと?」

「だって今まで色々な時代に跳んでたんでしょ? なら、私なんかよりずっと面白い話を聞かせてくれるはずよね?」

「なんでハードルあげるかなぁ……そうだね。前、青い怪鳥に襲われたことがあったんだけど」

 それから僕は経験して来た冒険を霊夢に語る。最初の話題として『青い怪鳥との戦い』を選んだのがよかったのかいつしか霊夢は僕の隣に並んで歩いて話を聞いていた。

「へぇ、だから鎌を背負ってるのね」

「うん。こまち先生から貰った大切な物だし、背負ってなかったらその時代に置いて行っちゃうから時空跳躍の時にいつもヒヤヒヤするんだ」

 さすがに森近さんのところで仕事していた時は背負えなかったが。それでもいつでも手を伸ばせる距離に置いていた。

「キョウって本当に色々な経験してるのね……」

「まぁね。いい思い出ばかりじゃないけど」

 思い出すのは咲さんのことだ。もっと僕に力があれば咲さんを死なせずに済んだのではないか。そればかり考えてしまう。でも、もうそれは過ぎてしまったこと。アリスさんの言葉を借りるなら『歴史』になってしまった。僕が時空跳躍して咲さんを助けたら化け物がこの世界を滅ぼしてしまう。それだけは駄目だ。

「ふーん」

 僕の顔を覗き込んで何か察したのか霊夢はそれ以上、何も聞いて来なかった。少しだけ空気が重くなってしまったため、僕たちは無言で歩き続ける。だが、不思議と嫌ではなかった。その理由はわからない。

「あ、見えた」

 疑問に思っていると不意に霊夢が声を漏らした。彼女の視線の先を見れば木々の隙間から見覚えのある神社が見える。

(この神社……)

 そう、よく悟と遊んでいた神社。そして、アリスさんと出会ったあの神社だ。まさか霊夢の言っていた神社がこの神社だとは思わなかった。桔梗も驚いたのか僕の肩から落ちる。地面に激突する前に浮遊してすぐ僕の肩に戻ったが。

「どうしたの?」

 驚きのあまり、歩みを止めていた僕を見て首を傾げる霊夢。

「う、ううん。何でもない……」

 答えるわけにもいかず誤魔化した。もし答えて『歴史』が変わってしまったら化け物が出て来てしまう。

(もしかしたらここ、僕が住んでた場所に近いのかも)

 しかし、問題は悟と遊んだ時もアリスさんに会った時も霊夢の言っていた結界などなかったことだ。そもそもアリスさんと会った場所は幻想郷である。何もかもが噛み合わない。結界の有無。神社の場所。外の世界と幻想郷。この3つが僕を混乱させた。

「あ、そうだ」

 その時、霊夢が僕の方を振り返る。

「ようこそ、博麗神社へ。歓迎するわ」

 そして、微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り、神社を案内してくれた後、僕たちは母屋の居間で休憩することにした。

「どうだった?」

「んー……なんか趣があるね」

「古いって言っていいのよ。実際古いし」

 せっかく言葉を選んだのにはっきり霊夢が言ってしまった。まぁ、確かに古いけど僕からしたらこの古さを知っていたのでそこまで気にしていない。

「それにしてもどこに行ったんだろ? キョウの話したかったのに」

 霊夢が淹れてくれたお茶を飲んでいると彼女はボソッと呟いた。

「あ、さっき言ってた巫女見習いの子?」

「ううん、師匠の方。キョウを泊めてもいいか聞きたくて。そうしないと泊まってくれないんでしょ?」

「出来れば泊まりたいけどさすがに、ね。でも、何でそんなに僕を泊めたがるの?」

 気になったことを聞いてみる。僕と彼女が出会ってから1時間も経っていない。普通ならば泊めようと思わないだろう。

「何となく」

 しかし、彼女の返答はあまりにも簡素で納得のできないものだった。

「何となくって……」

「キョウをここに泊めた方がいいって思っただけ。理由まではわからない」

「いや、そんなことって――」

「――あー! 霊夢!」

 僕の言葉を遮るように誰かが叫んだ。声がした方を見ると霊夢と同じ巫女服を着た少女が縁側に両手を突いていた。それを見たのか咄嗟に桔梗は体を硬直させて人形の振りをする。

「霊奈、うるさい」

「だって、修行をサボったくせに男の子とまったりしてるんだもん! お師匠様に言いつけてやる!」

 鬱陶しそうな霊夢を見て更に声を荒げる少女――霊奈。この子が他の巫女見習いのようだ。霊奈は興奮していてこちらの話を聞こうとしていない。少し落ち着かせないと。そのためにも――。

「こんにちは」

 ――挨拶をした。霊夢と違ってまだ幼さが残っているから別の話をすればいくらか落ち着くだろう。

(霊奈が子供っぽいんじゃなくて僕と霊夢が子供っぽくないだけか)

「あ、こんにちはー!」

 苦笑していると僕の挨拶が聞えたのか笑顔を浮かべた霊奈が挨拶を返してくれた。

「僕の名前はキョウ。君は?」

「霊奈は霊奈だよ!」

「霊奈ね。よろしく」

「よろしく!」

 お互いに名前を言い合ったところで霊奈は履物を脱いで縁側から僕たちのいる居間に移動して来た。

「はい、お茶」

「ありがとー」

 流れるような動きで霊奈にお茶を差し出す霊夢。僕が霊奈の気を引いている内に淹れておいたのだろう。

「実はね。僕、今日行くところがなくてどうしようか悩んでたら霊夢に会ってここまで連れて来てくれたんだ。だから、あまり霊夢を怒らないであげて」

「え……キョウ、捨てられたの?」

 霊夢を庇おうとしたが変な勘違いをされてしまったようだ。

「違う違う。僕はちょっと事情があって旅をしてるんだよ。ただちょっと色々あってこの神社に迷い込んじゃって」

「そうなんだ、よかったー。あれ? でも結界は?」

「僕もよくわからないけどなんか入れちゃった」

「ふーん」

 納得したのかしていないのかよくわからないが霊奈はそれ以上何も聞いて来なかった。僕の事情より今はお茶の方が大事らしい。美味しそうにお茶を飲んでまったりしている。

「霊奈、師匠は? キョウを泊めてあげたいからその許可を貰いたいんだけど」

「お師匠様ならお出かけするって言ってどっか行っちゃったよ? しばらく戻って来ないって」

「「……」」

 なんとタイミングの悪い人だ。僕と霊夢は顔を見合わせた後、ため息を吐いた。さて、どうしようか。

「あ、それとキョウ。お師匠様から伝言」

「……僕に?」

「お師匠様が帰って来るまでここにいいって」

「ちょ、ちょっと待って! 何で霊夢たちの師匠が僕のこと知ってるの!?」

 僕がここに来て会ったのは霊夢と霊奈の2人だけだ。なのに師匠は僕の存在を知っていた。どこかで見ていたのだろうか。

「えっとね。お師匠様が『今日、ここに人が来るからその人に伝えて』って言ってたから多分、キョウのことだと思って」

 霊奈の説明には肝心の『師匠が僕の存在を知っていた理由』が含まれておらず、はてなマークが浮かぶばかりだった。

「……私たちの師匠ってものすごく勘がいいのよ。そのせいだと思うわ」

「か、勘って……」

 もはや予言とも言える。

「博麗の巫女って勘がいいの。私も霊奈もまだ未熟だけど他の人よりは勘はいいはず。キョウを見つけたのも何となく川の方が気になったからだし」

「そ、そうだったんだ……」

 そう言えば、僕を泊めようとしていたのも勘だった。霊夢の話は本当のことらしい。

「とにかく、師匠のお許しも出たし。しばらくよろしくね、キョウ」

「うん、こちらこそよろしく。霊夢、霊奈」

「わーい! 楽しくなりそー!」

 こうして僕は彼女たちの師匠が帰って来るまで博麗神社に住むことになった。



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第320話 こまち先生

「よーし! 今日も特訓だ!」

「はい、先生!」

(……はぁ)

 もう1人の私――キョウはこまち先生の声に頷いた。それを見て思わず、ため息を吐いてしまう。正直言ってこまち先生は教えるのが下手くそ、と言うよりも教えるのが適当だった。キョウに素振りをさせてみたと思ったら今度は走り込み。はたまた、瞑想など。鎌の使い方を教えているはずが挙句の果てに料理まで教え始める。全く意味のないことまで吹き込む始末だ。料理はこまち先生よりキョウの方が上手いし。

 フランの血を飲んだ後、意識を失くした私が次に目を覚ましたのはキョウと同じタイミングだった。どうやら、キョウが見たことや聞いたこと、感じたことは私にも伝わるらしい。それはいいのだが、吸血鬼の血を少し飲んだことで身体能力が高まったキョウは少しだけはしゃいでいる。少し心配だ。何かあれば私が無理矢理にでも体の所有権を奪えばだいたいのことは何とか出来るにしてももうちょっと落ち着いて周りを見て欲しい。特にこまち先生。絶対キョウで遊んでいる。目を見ればわかる。

「さて、今日は……何にしようかな」

 ほら、今日に至っては特訓メニューすら考えていない。いつものキョウならこまち先生のポンコツっぷりに気付くはずなのだが、今のキョウは年相応の思考回路になっている。いや、キョウは確か5歳だったはず。これが当たり前なのかもしれない。あれ、じゃあおかしいのは私なのだろうか。まぁ、私が生まれてからさほど時間は経っていないから私の常識は一般的なものではないのかもしれない。そう考えると非常識なのは私になり、常識人が今のキョウやこまち先生となる。それは何だか悔しい。

「よし、お昼寝をしよう」

「先生、さすがにそれはないと思います」

 ……やっぱりおかしいのはこまち先生だった。私は常識人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなポンコツ先生の元で修行をしているキョウだが、次第に鎌の扱いにも慣れ、今では自由自在に操れるほどにもなった。決してこまち先生のおかげではない。キョウの努力の成果だ。

「……さてと。そろそろかな」

 そんなある日、キョウはすやすやと眠っているところにこまち先生がやって来た。因みに今はこまち先生の家で暮らしている。

「出ておいでよ、吸血鬼。いるのはわかってるんだ」

 何故、来たのか不思議に思っていると不意に私を呼んだ。まさか呼ばれるとは思わず、驚愕してしまう。

「……何で知っているのかしら?」

 一時的にキョウの体を借りてこまち先生に話しかける。私はキョウが眠っている、もしくは気絶している間なら自由にキョウの体の所有権を得ることができるのだ。私には睡眠は必要ないから周囲を警戒する時にも役立つ。もし、キョウが寝込みに何者かに襲われても私が対処すればいいのだから。

「ちょっととある奴に聞いてね。あんたと話しておけって言われてるんだよ」

「……そう。で? 私に何の用?」

「いや、別に」

「は?」

 用事もないのに私を呼んだ? 意味がわからない。

「何となく今が話すべきタイミングだって思ってね。あんたのことを教えてくれた奴は話しかけるタイミングまで教えてくれなかったから」

「……」

「そう訝しげな表情を浮かべるんじゃないよ。可愛いキョウの顔に皺が残っちゃう」

 それは駄目だ。可愛いキョウのお顔に皺を残すなんて誰が許しても私が許さない。外の世界に戻ったらキョウが寝た後、こっそり体を借りてスキンケアでもしようかしら。

「それにしても……本当に吸血鬼がいるとはねぇ」

「何よ。居ちゃまずいの?」

「そんなこと言ってないだろ? あんたがいなかったら今のキョウはいないんだろうし」

「……それも私のことを教えた人が言ってたの?」

「いんや。キョウからは吸血鬼の気配がほんの少しだけするからね。何かあったことぐらいすぐに想像つくよ」

 フランの血を飲んだことでキョウの気配に吸血鬼のそれが混じってしまったらしい。ちょっとそれはいただけない。何とかしないと吸血鬼ハンターのような存在に気付かれて攻撃されてしまうかもしれないから。

「そう焦らなくてもいいと思うけどねぇ。吸血鬼の気配なら吸血鬼であるあんたがどうにかできるんじゃないか?」

「……私は生まれたばかりからそう言った知識を知らないのよ。知ってたら教えて欲しいくらい」

「教えてやってもいいよ」

「ッ! し、知ってるの!?」

「何、簡単なことさ。もう少しキョウを信じてやればいい。今のあんたはキョウといつでも体を交換できるように準備しているんだよ。言っちゃなんだがでしゃばり過ぎだね」

 確かにこまち先生の言う通り、私はいつでもキョウと体を交換できるように用意をしていた。そのせいで私がキョウの体に悪影響を与え、吸血鬼の気配が混じるようになってしまった。その解決方法は簡単。私の存在をもう少しだけキョウの魂の奥に引っ込めてやればいい。おそらく引っ込めてもキョウと感覚は共有しているからまたあんな暗い場所に戻る羽目になることはないと思う。ただの推測だが。

「……教えてくれてありがと」

「キョウはあたいの弟子だからねぇ。こんな頼りない先生なのに心の底から信頼してくれるって何だかんだ言って嬉しいことなのさ。だから……鎌に限ったことじゃなく色々なことを教えてやりたい。そう思うのが人情ってもんだろう?」

 そうか。こまち先生は教えるのが適当なのではなかった。ただ、教えたいことがたくさんあってごちゃごちゃになってしまったのだ。まぁ、ごちゃごちゃになっている時点でやっぱりポンコツなのだが。

(何よ……いい先生じゃない)

 でも、悪くない。少なくともロボットのように教える先生よりずっとマシだ。勘違いしていたことが少しだけ恥ずかしかった。

「……人間じゃないくせに」

 だから素直にお礼など言えず、毒を吐く。まぁ、視線を逸らしてしまったのでばれているだろうけれど。

「はは。人間じゃないのはお互い様だろう?」

「それもそうね。人間なのはキョウだけで十分よ」

 私にとって大切なのはキョウだけなのだ。他の人なんてどうでもいい。だからいらない。

「もしキョウに守りたい人が出来たら……どうする?」

 私の表情から何か読み取ったのかニヤリと笑いながら問いかけて来るこまち先生。意地悪だ。キョウに守りたい人が出来たら――私も同じように思うって知っているはずなのに。

「私はキョウ、キョウは私……それが答えよ」

「そう言うと思ったよ。相変わらず……いや、いつも通りで安心した」

「え?」

 私と会ったことのあるような言い方だった。それについて聞こうとするがその前にこまち先生の人差し指が私の――キョウの唇を抑える。

「無粋な質問はしちゃいけないよ。いずれわかることさ。後、これだけはあんたに伝えたい……キョウを、頼んだよ」

「……ええ、わかっているわ」

 こまち先生の人差し指が離れた後、そっぽを向きながら答えた。私はキョウで、キョウは私。キョウのためは自分のため。だからこそ、私はここにいる。

「あ、どうだい? 一杯、付き合わないかい?」

「キョウはまだ未成年よ、飲んだくれ。独りで飲んでなさい」

 まぁ、とりあえず今はこまち先生からキョウを守るとしよう。これも私の役目だ。



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第321話 親子と”おやこ”

「よっと」

 スキマから出て博麗神社の境内に降り立つ。すぐに振り返って後ろにいる望に手を伸ばす。スキマと境内は高低差があるので空が飛べないと躓きやすいのだ。

「ありがと、お兄ちゃん」

 お礼を言った望はすぐにその場を離れる。他にも雅たちがいるからだ。

「いらっしゃい」

「おう。今日はありがとな。場所貸してくれて」

 雅たちが出て来るところを見ていると箒を持った霊夢が声をかけて来た。すぐにお礼を言う。霊夢が場所を貸してくれなかったら別の場所を探す羽目になっていただろう。

「いいのよ。基本暇だし。私も気になってたから」

「霊夢もあの場所にいたもんな。そりゃ気になるわ」

 霊夢の言葉に納得していると雅が手を振って合図を出して来た。全員出て来たようだ。スキマを閉じてコスプレを解除する。因みに今日連れて来たのは望、雅、奏楽、霙、弥生だ。

「おーい、響ー」

 そこへ飛んで来たのは高校生姿のリーマだった。待ち合わせの時間ピッタリだ。境内に着地したリーマは雅と弥生に手を振り近づいて行く。式神通信で会話しているとは言え、会うのは久しぶりなので嬉しいのだろう。弥生も正式に俺の家に住むことになったから雅とは会えるが幻想郷にいるリーマに会うには俺がスキマを開くしかない。

「皆揃ったな。霊夢、向こうは?」

「もう居間にいるわ。早く会ってあげて。うるさくて仕方ないの」

「全く……」

 仕方のない人だ。まぁ――。

「お、お兄ちゃん! 早く早く!」

 ――“娘”も同じようにはしゃいでいるからしょうがない。さすが親子と言うべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢はそのまま境内の掃除をするらしいのでここでお別れ。望に腕を引っ張られながら博麗神社の中に入った。その後ろを雅たちが笑ってついて来る。望が今日と言う日をずっと楽しみにしていたのを知っているからだ。悟も一緒に来る予定だったが急に仕事が入って来られなかった。

 そんなことを考えていると突然、望が歩みを止める。

「望?」

「……ここに、いるんだよね?」

「ああ」

「……ぐすっ」

 いきなり望は泣き始めた。ここに来て涙腺が崩壊してしまったらしい。

「ちょ、会う前に泣くなって」

「だ、だってぇ……会えると思ったら急に涙がー」

「お、落ち着きなさいって……ふぇ」

 そして、望を落ち着かせようとした雅がもらい泣きした。

「お前まで何で泣くんだよ……」

「の、望ね? 昨日、ずっと嬉しそうにしてたから……やっと会えるんだなって思ったらなんか私も……私もおおおおおお!」

 望以上にポロポロと泣き始めた雅が俺に抱き着いて来る。そう言えば雅は涙もろかったな。テレビの感動系の番組とかじゃよく泣いていたし。

「雅ちゃん、もう……ふふっ」

 俺の胸で号泣している雅を見て望は小さく笑う。狙ったわけじゃないだろうけど雅のおかげか。よくやった。だから離れろ。

「落ち着いたか?」

「うん。もう大丈夫だよ」

 まだくっ付こうとする雅を引き剥がしながら問いかけると彼女は笑顔で頷いた。せっかくの再会なのだ。泣き顔より笑顔の方がいいに決まっている。

「じゃあ、開けるぞ」

「うん!」

 雅を蹴り飛ばした後、俺は居間に繋がる襖を開けた。

 

 

 

 

 

「リョウちゃん、どうしよう! 会うのが怖いよぉ」

 

 

 

 

 

 そこにはリョウに抱き着いて泣いている母さんの姿があった。リョウも呆れた様子で宥めている。そんな2人を可笑しそうに見ながらドグはお茶を飲んでいた。

(うるさいってはしゃいでるんじゃなくて泣いてたのか)

 今更霊夢の言葉の意味がわかり、ため息を吐いてしまう。まぁ、望も泣いたからやっぱり親子ってことか。

「……お母さん?」

「ッ……の、望ちゃん」

 やっと俺たちが来たことに気付いた母さんは勢いよく振り返り口をわなわなさせる。あれはかなり混乱しているサインだ。仕方なかったとはいえ俺たちを置いて行ったことを母さんはずっと後悔していた。だからこそ直前になって望に会うのが怖くなってしまったのだろう。許してくれなかったら、罵倒されたら、拒絶されたら。そう考えてしまったのだろう。誰だって怖くなる。俺だって望たちに秘密を話した時は怖かった。

「あ、あの……その……」

「……」

 そんな恐怖と戦いながら何か言おうとする母さんだが、望は何も言わない。怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか。彼女の後ろにいる俺たちにはわからない。母さんの様子を見るに笑ってはいないようだが。めっちゃ震えているし。

「……お母さん」

 怯えている母さんを呼ぶ望。ビクッと肩を震わせて母さんは俯いてしまう。しかし、すぐに顔を上げた。震えている母さんに望が抱き着いたから。

「お母さん、やっと会えた」

「望ちゃん……」

「ずっと……ずっと心配してたんだからね? 無事でよかった」

「今までごめんね。ホントに、ごめんね」

 謝りながら母さんも望の背中に腕を回す。もう離さないと言わんばかりに。

「上手く行ったようだな」

 いつの間にか俺の隣に来ていたリョウがホッとしたような表情で言う。リョウもリョウで望たちのことを心配していたのだろう。

「そうだな……でも、あれ放っておくのか?」

「……仕方ないだろ。多分、何言っても聞こえないと思うぞ」

 再会したことで緊張の糸が切れたのか望と母さんは子供のようにわんわんと泣き始め、それを見た雅もリーマと弥生に抱き着いて号泣していた。他にも奏楽が望たちの魂と共鳴したのか今にも泣き出しそうになっていて霙が一生懸命、宥めている。奏楽は『魂を繋ぐ程度の能力』なので複数人の人が同時に泣いているとその魂に引っ張られて泣いてしまうのだ。

「はは、本当に面白いな、お前ら」

 ただ1人、ドグだけはケラケラと笑いながら煎餅を齧っている。とりあえず、俺とリョウも煎餅に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで経っても泣き止まない望、母さん、雅、奏楽だったが掃除から帰って来た霊夢の一喝でピタリと泣き止んだ。境内まで聞こえていたらしい。

「あ、その子が新しいお父さん?」

 お茶を飲んでいると不意に望が母さんに問いかける。そう言えば今日の目的は母さんと再会させることとリョウとドグを紹介することだった。すっかり忘れていた。

「うん、そうだよ。リョウちゃんって言うの」

「……リョウだ。よろしく」

「よろしくー! うわー、本当に女の子なんだね」

 興味深々と言った様子でリョウを見ている望に対し、リョウは視線を逸らす。あまり注目されるのは慣れていないようだ。だからと言って隣に座っている俺に助けを求めるような視線を送らないで欲しい。助けられないから。

「んー……」

「母さん、どうした?」

 リョウから逃げるように母さんに話しかける。俺とリョウを見ながら腕を組み、唸っていたのだ。

「いや……リョウちゃんと響ちゃんって親子でしょ?」

「ああ、血は繋がってるな。何かあったのか?」

「えっと、別に改めて言うことじゃないんだけど」

 そこで言葉を区切る母さん。自然と皆が母さんを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが本当の親娘(おやこ)かなーって」

 

 

 

 

 

「本当に改めて言うことじゃねーよ!!」

 空中に娘と書きながら言った母さんに向かって叫んだ。何だ、その言葉は。初めて聞いたぞ。

「あ! なるほど、男の娘と元男だから親娘ね! お母さん、上手ーい!」

「いやー、それほどでもー」

「照れるなよ……」

 呆れた様子でじゃれ合っている望と母さんを見ながらリョウはため息を吐く。その後ろで縁側の方にいたドグが腹を抱えて笑っていた。それがムカついたのかドグの陰をハリセン状にして思い切り彼の尻を叩く。

「望、あれ言わなくてもいいの?」

「あれ? あ、ああ! そうだったそうだった」

 奏楽と遊んでいた雅が望に聞くと何か思い出したのかすぐに姿勢を正した。

「お母さん、リョウちゃ……お父さん。実は今度私の学校で文化祭があるんだけど来てくれる?」

 『リョウちゃん』と呼びかけたがリョウ本人に睨まれてすぐに言い直す望。それにしても文化祭か。俺たちも遊びに行く予定だ。その日の仕事は全てキャンセルしているし。

「もちろん行く! 響ちゃん、当日よろしくね!」

「ドグも一緒にいいか? 残念ながらあたしとドグはあまり離れられないんだ」

「えー、ドグも一緒に来るの? 来なくていいのに」

「あんたら、俺の扱い酷くね?」

 まぁ、普段の態度のせいだろう。母さんも自分に興味のある人以外にはかなり辛辣なのだ。

「あ、よかったらリーマも来ない?」

「え、いいの?」

「当たり前でしょ。来てくれなかったら響に言って無理矢理連れてくつもりだから」

「いや、そこは普通に説得してよ。行くけどさ」

 雅の交渉も終わったようだ。当日は悟と霊奈も来る。悟の場合、今日のように突然仕事が入るかもしれないが。

「あ、そうだ。リーマ」

「ん?」

 

 

 

 

「そろそろ正式な式神になるか? お前だけ式神になってないし」

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 さすがに皆の前で仮式から式神にするわけにも行かないので場所は移動したがとうとう式神が5人になった。リーマが式神になって一番喜んでいたのは雅と弥生だ。まぁ、雅たちは昔から友達だったので嬉しいのだろう。そんな3人の様子をドグはとても羨ましそうに見ていた。羨ましいならもっとちゃんとしろよ。リョウと母さんがお前をぞんざいに扱うのは完全にお前のせいだから。




霊奈は普通に誘われていません。いつの間にか不憫キャラになっていた、後悔はしていない。


まぁ、霊奈は静と面識がないので呼ばれても少しばかり気まずくなってしまいますし。
……響さんも忘れていたわけじゃないんですよ?ほんとだよ?


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第322話 神社の暮らし

 博麗神社。外の世界と幻想郷の狭間に存在する神社である。そのため、博麗神社は外の世界にも幻想郷にもあるらしい。僕がアリスさんと出会ったのは幻想郷の博麗神社だったのだ。そして、博麗の巫女は代々、幻想郷を覆う博麗大結界を管理している。

「ちょっと違うかな」

「え? そう?」

 博麗神社に泊まることになったが何もやることがなかったため、博麗神社について霊夢に聞いてまとめてみたのだが、ちょっとだけ違う箇所があったようだ。

「博麗神社はここと幻想郷の境界になるんだけどどっちにもあってどっちにもないの」

「……どういうこと?」

「つまり、どっちにも属してないってこと。私もあまり理解してないんだけど師匠がそう言ってたから。外の世界の常識を持ってる人は外の博麗神社に、幻想郷の常識を持ってる人は幻想郷の博麗神社にしか行けないんだって」

「そうなんだ……あれ?」

 じゃあ、何で僕は両方の博麗神社に行けたのだろうか。外の世界で育った僕は外の世界の博麗神社――今、僕たちがいる博麗神社に行ったはずなのに。

「多分、時空を移動したからじゃない? 時空を跳ぶとか非常識だし」

「ひ、非常識って……」

 確かに時空を移動するとかあり得ない話だけど。僕自身、なんでできるのかわからない。

「まぁ、博麗神社についてはこれぐらいかしら。他に聞きたいことは?」

「んー……特にないかな? 外の世界に博麗神社があるのかって疑問は解決したし」

「そう。なら、手伝って」

「手伝う? 何を?」

「色々よ。師匠がいないんだから家事は私たちでやらなきゃ駄目なの。霊奈は基本的にポンコツだから私1人でやる羽目になるのよ……」

 そもそも5歳児に家事をさせる方が無謀だと思う。僕と霊夢が規格外なだけだ。

「私もお手伝いしますよー!」

 両手を挙げながらアピールする桔梗。そう言えばまだ霊奈に桔梗が自律していることを伝えていない。桔梗を紹介する前に修行に行ってしまったからだ。

(晩御飯の時にでも紹介しよっと)

「家事は何が残ってるの?」

「だいたい残ってるわ。料理とかお風呂掃除とか洗濯物とか」

「……手分けしてやろっか」

「そうね」

 話し合いの結果、僕が晩御飯作り、霊夢が洗濯物、桔梗がお風呂掃除になった。その後、修行を終えてお風呂に入ろうとした霊奈とお風呂掃除をしていた桔梗が鉢合わせ、霊奈の絶叫が神社に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「へー、桔梗はお人形さんなのに生きてるんだね」

 目をキラキラさせて霊奈が桔梗に質問する。

「はい、マスターのお役に立つために生まれて来ました!」

 桔梗は胸を張って自慢した後、僕が作ったうどんをちゅるりと啜った。桔梗の体は小さいので食べやすいように短めに麺を切ってある。僕の魔力で動いている彼女だが、食べることによって自分でも魔力を補充することができるのだ。

「最初、キョウの隣にお人形さんが置いてあったのを見てそう言うのが好きなのかなって思ったけど違ったんだね!」

「……さすがにお人形遊びはしないよ」

 5歳でも僕はれっきとした男の子だ。桔梗のことは大好きだけど、だからと言ってお人形が好きということではない。

「ほら、お喋りばかりしてないで早く食べちゃいなさい。麺が伸びるわよ」

「はーい」

 ずっと話していた霊奈に霊夢が注意する。確かに霊夢のうどんはもう無くなっているのに対し、霊奈のうどんは全くと言っていいほど減っていなかった。せっかく作ったのに麺が伸びてしまうのはちょっと悲しい。

「っ! れ、霊奈さん! 早く食べてください!」

「え? あ、うん」

 僕の顔を見た桔梗は慌てて霊奈を急かした。目を丸くしたまま、うどんを啜り美味しそうに微笑む霊奈。よかった。口に合ったらしい。

「マスターのうどん、美味しいですね!」

「うん!」

「……はぁ」

 桔梗と霊奈たちが笑い合っているのを見て霊夢は呆れたようにため息を吐く。まぁ、桔梗はいつもこんな感じなので大目に見て欲しい。僕も止められないから。

「それにしてもキョウって料理上手いのね」

 ちゅるちゅるとうどんを食べている2人を放置することにしたのか僕に話しかけて来る霊夢。

「昔から作ってたからね。慣れかな」

「キョウって5歳よね? 昔って……」

「それ以上は言わないで……」

 僕だって今の発言のおかしさに気付いているのだ。視線を霊夢から逸らす。

「ホントにどんな暮らしして来たのよ。旅をしてるって言ってたけど」

「だから僕だって気付かない内に幻想郷に来ちゃったんだよ。その前までは普通に……普通に?」

 両親が常にいない家って普通なのか? でも、僕の家はそれが普通だし。両親が帰って来ないって言っても静さんはよく来る。“普通”って何だろう?

「キョウ、聞いてる?」

「え、あ、ゴメン。ちょっと考え事してた」

「考え事してる暇あったら桔梗を助けてあげたら?」

「桔梗を?」

 そう言われて桔梗の方を見ると頭からうどんが入っている器にダイブしていた。自分では抜け出せないのか足をじたばたしている。飛べば簡単に脱出できるだろうけどそうするとうどんのおつゆがちゃぶ台に飛び散ってしまうため、何とか飛ばずに脱出しようとしているらしい。

「き、桔梗!? なんでこんなことに!?」

「桔梗ね、うどんのおつゆを飲み干そうとしたんだけどバランス崩しちゃってドボンってしちゃったの」

「もう……桔梗、ジッとしてて今引き上げるから」

 その後、僕はうどんのおつゆまみれになってしまった桔梗と一緒にお風呂に入った。そう言えば桔梗の服って1着しかないから新しく縫わないと。因みにこいしさんたちと旅をしていた時に破けてしまった衣服や毛布を縫っていたからお裁縫もできるようになっている。今のメイド服より少し落ち着いた感じにしようかな。

「ま、マスター……こんな私のために! ありがとうございます!」

 お風呂に入りながら桔梗に相談すると嬉しかったのか涙を流しながらお礼を言われた。

 

 

 

 

 

 

「キョウ、そろそろ寝ましょ?」

 桔梗の新しい服を縫って(霊夢からいらない布を貰った)いると寝間着に着替えた霊夢に声をかけられる。

「あれ、もうそんな時間?」

「もう日付が変わりそうよ」

 時間が経つのを忘れるほど夢中になって縫っていたらしい。見ればちゃぶ台の上で桔梗が布の切れ端に頭を突っ込んで寝ていた。僕を黙って待っていたようだが寝落ちしてしまい、寝惚けて近くの布に潜り込んだのだろう。その光景を見て思わず、微笑んでしまう。「本当に桔梗のことが大切なのね」

 いつの間にか僕の隣に座っていた霊夢が散らばっていた布を集めながら言った。片づけを手伝ってくれるみたいだ。

「桔梗が生まれてからずっと一緒にいたからね。今じゃ僕の家族だよ」

 桔梗がいなければ僕はすでに死んでいただろう。幻想郷はただの人間が簡単に生き残れるほど甘くない。桔梗がいてくれたからこそ僕は今、ここにいる。

「……家族、ね」

「霊夢?」

「何でもないわ。ほら、早く片付けちゃいましょう?」

「う、うん」

 一瞬だけ霊夢の顔が曇ったが聞く前に誤魔化されてしまった。聞かれたくないことなのだろうと思い、僕も作業を再開させた。霊夢が僕と桔梗を羨ましそうな目で見ていることにも気づかずに。



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第323話 桔梗

「で、出来た!!」

 嬉しそうに頬を緩ませたキョウはできたばかりの人形をギュッと抱きしめながら叫んだ。人形の作り方を教えていたアリスも彼の子供らしい笑顔を見て微笑んでいた。

「初めてにしては上出来よ。これなら魔力の糸で操ってもそう簡単に壊れないわ」

 アリスに褒められて嬉しかったのか照れくさそうに笑ったキョウだったが、すぐに人形を体から離してアリスの方を見た。

「次はどうするんですか?」

「そうね……とりあえず、試運転でもしましょう。魔力の糸は作れる?」

「いえ……さすがに」

 キョウは少しだけ悲しそうに首を横に振る。当たり前だ。少し前までただの人間だった彼に魔力を操れるわけがない。しかし、操れないだけで魔力は確かにあるのだ。しかも、私の分もキョウは使えるから子供にしては多い方である。どうやら、私がキョウの魂に居続けるためには自分の力を少しだけキョウに与えなければならないらしい。まぁ、渡した分だけキョウも強くなるので私としては構わないのだが。

「コツとかありますか?」

 そんなことを考えていると彼はアリスに魔力の操り方を聞いた。

「え? う、う~ん……私はもう慣れちゃったから感覚的に出来ちゃうのよ。そうね、最初は1本だけ伸ばして人形の頭に繋いで軽く動かせるように練習しましょうか」

「はい!」

 アリスの言葉に力強く頷くキョウ。その姿に思わず、感動してしまった。キョウ、頑張れ。

 それからキョウはひたすら魔力を操る練習をした。時々、魔力の流れを感じ取れるように私の方から魔力をキョウに送って手助けをした結果、次第に魔力を操れるようになった。キョウにはセンスがあるかもしれない。私が手助けしたとはいえ、ここまですんなり魔力を操れるようになるとは思えなかったからだ。

「いい? ゆっくり伸ばしていくのよ?」

「は、はい……」

 そして、今は人形の頭に魔力の糸を伸ばす練習をしている。これが難しいのかすでに20回以上失敗していた。それでもキョウは諦めず懸命に魔力の糸を伸ばす。大丈夫。キョウならできる。私はずっと見て来たのだ。

『(大丈夫……出来る)』

 キョウの思考と私の言葉が重なった時、とうとう人形の頭に魔力の糸が届いた。

「……で、出来た?」

 確認のためにアリスに質問するキョウ。傍で見守っていたアリスは笑顔を浮かべながら頷く。

「出来てるわ。成功よ」

「や、やったああああああ!!」

 やっと努力が実り、彼は両手を挙げて喜んだ。だが、魔力の糸が切れそうになったのかすぐに冷静になる。

『……っ。キョウ、待って!』

 キョウが人形の頭を動かすために魔力を注ごうとした時、不意に何かを感じ取った私は叫んだ。しかし、私の声は届かずキョウは人形に魔力を流してしまった。その刹那――。

「え!?」「なっ!?」

 突然、人形が光り出した。私はキョウと感覚を共有しているので咄嗟に目を庇ってしまう。

(何? 何が起きたの!?)

 急いで周囲を警戒するが脅威となりそうな反応はなし。じゃあ、あの光は一体? 人形が光るなんて現象は普通ありえない。

「きょ、キョウ君。大丈夫?」

「え、ええ……何とかってあれ?」

 光が弱まり、やっと目を開けられるようになった。すぐに卓袱台の上にある人形を見た。

『人形が、ない?』

 しかし、卓袱台の上に件の人形はいなかった。キョウとアリスもそれに気付いて困惑している。私も集中してキョウの魔力の流れの先を辿った。すると、縁側の方に反応を見つける。

『ッ!? う、嘘!?』

 その反応は少しずつだが動いていた。私はその反応の正体を知っているからこそ驚いた。

「んー、あっちですかね?」

 キョウも魔力の流れを辿って縁側に行きつき、そちらへ向かう。

「マスタあああああああああああ!!」

「うわっ!?」

 縁側に出た瞬間、横からタックルされたキョウはそのまま地面に落ちた。咄嗟に魔力を送ってキョウの防御力を上げておいたから痛みはそこまでないはずだ。それよりも問題が――。

『どうして、人形が動いてるの?』

 ――今、キョウにタックルした人形だ。この人形はキョウが作ったあの人形である。人形が意志を持って動いていること自体、ありえなかった。何が起きているのだろう。

(……ああ、そうか)

 そうだ。キョウの能力のせいだ。この人形は先ほどまではただの人形だった。しかし、“キョウが作ったこと”と“キョウが魔力を注いだ”ことにより、自我が生まれ動き始めた。そう、人形に命を吹き込んだのだ。本当にキョウの能力は面倒である。ただ人形を作っただけで完全自律型人形になってしまうのだから。それに、時空移動だってキョウの名前――『時任 響』が原因で起きている現象だ。こまち先生の時代から移動した時、私はそれに気付いてしまったのだ。キョウはまだわかっていないようだが。

「そうだね……『桔梗』、なんてどう?」

『……はぁ』

 今ほどキョウと会話できないことが悔やまれる。確かに人形に名前を付けるのは主人であるキョウの役目だ。しかし、安易に名前を付けた結果、『世界が崩壊する』可能性だってある。それほどキョウの能力は影響力が高いのだ。それなのに気軽に名前を付けるなど見ているこっちの心臓に悪い。今回は『桔梗』という綺麗な名前でよかった。花言葉も『誠実』や『従順』。人形――いや、桔梗にはピッタリな名前だ。キョウはなかなかセンスがある。今度、私の名前も考えて貰おうかな。まぁ、そのせいで世界が崩壊したら困るので頼みはしないが。

「私、武器とか持ってません。マスターを守る為の武器を用意してくれると助かります」

 名前を貰って喜んでいた桔梗だったが、自分に武器がないことに気付きアリスに相談していた。キョウには私がいるのだから別に武器はなくてもいいのだが、人形として、従者としてそれは許せないのだろう。私もしょっちゅう外に出ていたらキョウを完全な吸血鬼にしてしまいそうだ。私からもお願いしたい。

 アリスは少し考えた後、素材を集めて桔梗本人に改造させれば武器を扱えると言った。アリスの傍にいる人形は半自律型人形である。ある程度自分で考えて動くことはできるがやはりアリスの命令がなければ満足に動けないのだ。しかし、桔梗は完全自律型人形。もはや人形などではなく生きている人間だ。だからこそ、操られるだけの人形とは違い、武器を自分で操らなければならない。人間が武器を扱うために訓練するのと同じように桔梗も訓練が必要なのだ。ましてや、人から貰った武器を即座に操れるとは思えない。ならば、最初から自分に合った武器を自分で作ればいくらかマシだろう。後は桔梗の努力次第だ。

「本当に生まれて来てくれてありがとう。これから、よろしくね。桔梗」

「は、はい! マスター!!」

 まぁ、この様子だとどんな困難が待っていても桔梗なら越えられるだろう。それが全てキョウのためとなるならば。

 じゃあ、私も応援しようではないか。私と桔梗はキョウを守る役目を担っている。いわば仕事仲間。いや、仕事と言うのはいささか気分が悪い。

 そう――同じ人を愛した仲間、と言っておこう。私がキョウのために何でも出来るように桔梗もキョウのためなら何でもするだろう。それこそ自分を犠牲にしても。

(桔梗……頑張ってね)

 新しく仲間になった桔梗を応援しながら私は目を閉じる。気分はとてもよかった。

 



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第324話 おしおき

 季節は10月末。秋も終わり、冬に変わる季節の境目だ。そんな時期に望たちの高校の文化祭が開かれる。

「なぁ」

 悟、霊奈と並んで高校へ歩いて向かっていると不意に悟が声をかけて来た。因みに俺たちの後ろには楽しそうに話しているリーマと弥生。子犬モードの霙とその上で少し眠たそうにしている奏楽(昨日、文化祭が楽しみすぎて寝るのが遅かった)。最後尾に不機嫌そうな母さんと大きな欠伸をしているドグがいた。望と雅は準備があるため先に行き、リョウは望の影に入り付いて行った。望は新しく家族になったリョウにもっと自分のことを知って欲しいらしく『一緒に来て』とお願いしたのだ。最初は断ったリョウだったが母さんも望の気持ちを尊重したいのか親子で強請った結果、渋々頷いた。まぁ、そのせいでというか自業自得というか。母さんはリョウと一緒にいられなくなり、現在進行形で不機嫌である。ドグとあまり離れられないと言っていたが高校までの距離ならそこまで問題ないそうだ。

「何だ?」

「師匠たちってどんな出し物をするんだ?」

「さぁ?」

「さぁって……何も聞いてないの?」

 俺の返事に呆れた様子で霊奈が再度問いかける。そう言われても望たちに聞いても教えてくれなかったし、そもそも文化祭のパンフレットすら貰っていない。俺が通っていた時は事前に親御さん向けのパンフレットが配布されていた。おそらくパンフレットは貰っているが俺たちに渡していないだけだろう。

「そう言えばそうだったな。でも、何で秘密にするんだ?」

 そのことを話すと悟は首を傾げて呟く。確かに秘密にする必要はないと思う。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

「奏楽」

「んー? なぁに?」

 振り返って奏楽を呼ぶがまだ眠たいのか彼女はフラフラしていた。霙も少しだけ不安そうに俺を見ている。奏楽が寝落ちして落馬改め落犬したら、と思っているのだろう。さすがにここじゃ擬人モードになれないから奏楽を抱っこすることはできない。代わりに俺が奏楽の元へ行き、抱き上げて霙を連れて悟たちの隣へ戻った。

「おにーちゃん……どうしたのー?」

「雅から今日やる出し物について聞いてないか?」

 雅は意外にも俺や望ではなく奏楽に愚痴をこぼしている。奏楽も雅の愚痴を聞くのが好きなようで楽しそうに雅の話を聞いているのを何度も見たことがあった。

「だしものー?」

「ああ。これが大変、とか」

「んー……そう言えば、何かお料理してるみたいだよー。望おねーちゃんをカテイカシツにいれないようにするのが大変ーって」

「あー……」

 望の料理センスは壊滅しているからな。悟も顔を引き攣らせているし。

(料理ってことはカフェとか?)

「あと、おにーちゃんのなんたらかんたらーって……なんだっけー?」

「俺?」

 どうして料理に俺が出て来るのだろうか。別に文化祭のために雅に料理を教えて欲しいとか言われていない。それ以前に雅は普通に料理できる。俺が家を留守にしている時の料理担当は雅だ。

「あ」

 その時、何か思い出したのか悟が声を漏らす。俺の視線を受けて気まずそうにしている。言いにくいことなのだろうか。

「悟君?」

 霊奈もその様子が不自然に見えたのか少しだけ目を細めて悟の名前を呼ぶ。

「あ、いや……正直言って話していいもんかどうか。特に響には」

「いいから言えよ」

「……この前、雅ちゃんが俺の会社に来てさ。『響の写真をありったけくれ』ってお願いして来たんだよ」

「俺の、写真を?」

 それが何か文化祭の出し物と関係して来るのだろうか。

「さすがに変に思って何に使うのか聞いたら『ファン増やして来る』の一言だけで大量の写真を持って帰って行った」

「まず、俺の写真を大量に持ってたことについて聞こうか?」

「普通に社員たちが持ってた盗撮写真を没収しただけだぞ」

「普通に盗撮してる時点で普通じゃないんだけど……」

 ドン引きしている霊奈の言葉に俺も頷く。ドッペルゲンガーを吸収してから強くなった俺の気配察知を潜り抜けて盗撮するとか人間業じゃない。

「しゃしん?」

 半分寝ていた奏楽が『写真』という言葉に反応した。何か知っているようだ。

「えっとね。雅の部屋でお話ししてた時に何かしてたよ」

「何かってどんなことかわかるか?」

「うーんと、写真を何かの袋に入れてた。それでね。透明な袋に写真を入れた後、キラキラしたシールとかリボンとか貼ってたよ?」

「「「……ラッピング」」」

 俺、悟、霊奈が同時に呟いた。問題は何故、俺の写真をラッピングしていたか、である。料理、文化祭、ラッピングした俺の写真。この3つから導き出される答えは――。

 俺たちは目を合わせて頷く。どうやら同じ答えに行きついたようだ。

「……おい悟。ファンクラブ的にこれはアウトか? それともセーフか?」

「アウトだけど例外はある」

「例外って……“響の写真を景品にする”のに例外ってあるの!?」

 そう、望たちの出し物は『料理を頼んだ人に俺の写真をプレゼントする』というものだ。俺が通っていた高校だから嬉しくはないがファンクラブに入っている人も多いだろう。それを利用して客を集めようとしているのだ。

「ああ。奏楽ちゃん、許可出した?」

「うん」

 悟の言葉に頷いてみせる奏楽。今の会話の意味がわからず悟に視線を向けた。

「前にも言ったと思うけど俺は会長で、奏楽ちゃんが社長なんだよ。まぁ、本来なら会長の方が権限はあるけど、響のファンクラブでは社長の方が偉い。つまり、俺がNGを出しても社長である奏楽ちゃんが頷けば何でもOKになる」

「何で小学生の方が偉いんだよ!!」

「いやー、その場のノリ?」

 そのノリのせいで俺の写真が景品にされているのだ。

「奏楽……何で許可出しちゃったんだ?」

「だって『もっと響のいいところを知って欲しい』って雅が言ったから私ももっとおにーちゃんのいいところを皆に知って欲しいなーって……だめ、だった?」

「いや、全然いい」

 だからそんな泣きそうな目で俺を見上げないでくれ。今回の件に関して奏楽は何も悪くない。悪いのはあの式神だ。

 一瞬だけ雅の視界をジャックし、周囲に雅の正体を知っている望たちしかいないことを確認する。

「強制召喚『脱走式神へのおしおき』」

「――ょうぶだって……あ」

「おはよう、雅」

 何か話していたのか笑っていた雅だったが俺の顔を見た瞬間、顔から表情が消えた。その手には俺の写真が入った袋がいくつか。現行犯逮捕だ。

「何か言いたいことは?」

「い、いやですね? これは皆から頼まれちゃって! 私はやりたくなかったんだよ!? でも、皆から頼まれちゃってね! 断れなくてね!!」

「何か、言いたいことは?」

「……すみませんでした」

「リーマ、鞭」

 後ろで雅に向けて哀れむような視線を送っているリーマに手を差し出す。雅が召喚された時点で人避けの結界を張っておいたからリーマが能力を使うところを見られる心配はない。

「はい」

 植物でできた鞭を貰ってピシッと音を鳴らした。

「あ、あはは……ご主人様? それで一体何をするんですか?」

「別に写真を景品にして一儲けしようとしたことに怒ってるわけじゃない。多分、頼まれて仕方なくやったのも本当だろう。でもな? “俺に黙って裏でこそこそやってた”のはいただけない。そうだろ、式神」

「はい! 全くその通りでございます!」

「……じゃあ、わかってるよな?」

 

 

 

 

 

 

「……痛く、しないでね?」

 

 

 

 

 

 

 その後、雅の悲鳴が結界内に響き渡った。印象的だったのはおしおきを受けている雅を見ながら大笑いしている母さんとドグだった。母さんの機嫌は治ったらしい。なお、おしおきが終わった後、写真を景品にすることを土下座しながらお願いして来たので許してあげた。最初から普通にお願いすればよかったのに。



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第325話 巫女見習いとの戦い

「「……」」

 小鳥の鳴く声が微かに聞こえる中、何故か僕と霊夢はジッと見つめ合っていた。そして、僕たちの間で気持ちよさそうに眠っている桔梗。霊奈はすでに起きているようで霊夢の背後に綺麗に畳まれた布団が見える。

「「……」」

 それにしても何故、霊夢はジッと僕のことを見ているのだろう。まぁ、僕も霊夢と同じように彼女の目を見ているのだが。

「……おはよう」

「……おはよ」

 僕の挨拶に対して少しだけ照れくさそうに返す霊夢。挨拶を交わしたことに満足したのか彼女は布団から出てテキパキと畳み始める。僕も桔梗を抱っこして布団から出してから布団を畳む。

「桔梗ってお寝坊さんなのね」

「うん。朝ごはんの匂いを嗅いだら起きるよ」

 布団を畳み終えた僕は桔梗を胸に抱き、霊夢の後を追って居間に向かう。

「ねぇ、霊奈はどうしたの?」

「朝の修行よ。よく続くわね。私には絶対無理」

「ふーん」

 霊奈は霊夢と違って真剣に修行に励んでいる。博麗の巫女になるために頑張っているのだ。

「だから」

「ん?」

「……だから、朝起きてすぐキョウの顔を見れてちょっと……嬉しかった」

 『それだけよ』と言い、スタスタと歩みを早め、最終的に駆け足になって廊下を曲がった。恥ずかしかったのだろう。

「……」

「ふわぁ……あ、まふたー、おはよーございま、すやぁ……」

「まだ朝ごはん出来てないから寝てていいよ」

「はぁーい……」

 とりあえず、朝ごはんでも作ろう。居間に桔梗を置いて僕は台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味ーい!」「美味しいですー!」

 ガツガツとご飯をかきこみながら叫ぶ霊奈と桔梗の湯呑にお茶を注ぐ。やはり美味しそうに食べてくれるのは作る側として嬉しい限りである。

「少し落ち着いて食べなさいよ。喉に詰まらせるわよ」

「「うぐっ」」

「……言わんこっちゃない」

 苦しそうに顔を歪めながら湯呑に入ったお茶を飲み、今度はお茶の熱さで騒ぐ2人を見て霊夢はため息を吐く。

「霊夢」

「何よ」

「美味しい?」

「……ええ」

「そっか」

 よかった。まだ霊夢から料理の感想を聞いていなかったから不安だったのだ。

「そう言えば、霊奈ってどんな修行してるの? あ、飲み込んでからでいいよ」

 僕の質問に答えようとする彼女だったがパンパンに膨れた両頬を見てすぐにそう言った。きっと何を言われてもわからなかっただろう。

「普通に瞑想とかお札投げたりとか結界作ったりとか」

「へぇ」

 博麗の巫女は幻想郷を覆っている大きな結界を管理しているらしい。妙に納得してしまった。

「あ、そうだ! キョウ、修行に付き合ってよ!」

「え……いや、そう言われても結界とか作れないし」

「大丈夫! 少し戦うだけだから!」

 つまり、模擬戦のようなことがしたいのだろう。確かに個人で練習するのもいいが実践も大切である。

「どうする桔梗」

「私はマスターの指示に従うのみです」

 そう言う桔梗だったがちょっとだけうずうずしていた。最近、戦っていなかったし感覚を取り戻すという意味でも戦った方がいいかもしれない。

「うん、なら少しだけやってみよっか」

 こうして、僕は霊奈と模擬戦をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー、頑張るぞー!」

 僕たちの前で霊奈は肩をグルグル回して気合を入れている。因みに霊夢は縁側に座ってお茶を飲みながら審判役をするらしい。

「マスター、どうやって戦います?」

「とりあえず、霊奈の出方を見るために【盾】で行こう」

「わかりました」

 頷いた桔梗は僕の右腕にくっ付いて変形し、大きな白黒の盾になった。

「おおー! 桔梗が盾になった!?」

「こっちの準備はオッケーだよ」

 驚いている霊奈に声をかけて自分の体を守るように盾を構える。さて、どんな攻撃をして来るのかな。

「よーし! それじゃ行くよー!」

 嬉しそうに叫んだ彼女は数枚のお札を取り出し、真上に放り投げる。だが、すぐにお札が霊奈の両手に貼り付いて半透明の鉤爪を形成した。そのまま僕たちに向かって来る。腰を低くして霊奈をジッと観察する。

「せいっ!」

 霊奈はジャンプして一気に鉤爪を振り降ろす。冷静にそれを盾で受け止めた。そして、接触した刹那、ドン、という衝撃波が盾から発生し霊奈を吹き飛ばす。

「わっ」

 まさか吹き飛ばされるとは思わなかったようで慌てて空中でバランスを取りながら着地する霊奈。すぐに左手の鉤爪を消して懐からお札を取り出し、僕たちの方へ投げた。何となくあのお札から力を感じるので当たったらそれなりのダメージを受けるだろう。でも、桔梗【盾】の前じゃそんな小細工は通用しない。盾を前に突き出すように構えてお札をガードする。当たる度に衝撃波を発生させているので僕には一切衝撃は伝わらない。

「やっ!」

 だが、いつの間にか僕の後ろに回り込んでいたのか霊奈がまた鉤爪を振り降ろして来た。今から盾を動かしても間に合わない。すぐに左手で背中の鎌の柄を掴み、鍵爪に鎌の柄をぶつけた。

「【拳】!」

「はい!」

 鎌の柄で鉤爪を防御している間に【盾】から【拳】に変形させ、大きな手の指先を霊奈に向ける。そして、指先のハッチが開き――。

「発射!」

 ――銃弾を1発だけ放った。

「ッ!?」

 僕が放った銃弾は霊奈の顔のすぐ横を通り過ぎる。しかし、それだけでも霊奈には十分衝撃的なことだったようで目を丸くして慌てて僕から距離を取った。でも、それは悪手である。

「【翼】!」

 背中に桔梗【翼】を装備し、低空飛行で一気に霊奈へ接近して右翼の刃を彼女の喉元に当てた。キラリと右翼の刃が光る。

「はい、そこまで」

 霊夢の声が聞こえて右翼を霊奈の喉元から離す。少し怖かったのか霊奈はそのまま尻餅を付いてしまった。やりすぎたかもしれない。

「霊奈、大丈夫?」

「だ、大丈夫……じゃない。すごくこわかった……」

 まぁ、銃弾が飛んで来たり刃物を突き付けられたら怖いよね。

「ごめんね」

「う、ううん、霊奈が頼んだんだし! 気にしないで!」

 謝りながら手を差し出すとすぐに笑って僕の手を掴んでくれた。嫌われていないようで安心した。霊奈を立ち上がらせて僕たちは霊夢のいる縁側に向かう。

「キョウ、すごいのね。桔梗の変形は聞いてたけどあそこまで戦えるとは思わなかったわ」

「色々あったからね」

「マスターはすごいのです!」

 何故か【翼】のままでいる桔梗は嬉しそうに叫ぶ。

「それにしても桔梗ってたくさん変形できるんだね! 他に何ができるの?」

「えっと、【バイク】とか【ワイヤー】とかかな……よく使うのは【翼】だけど」

 空も飛べるし翼の刃ですれ違いざまに相手を斬りつけることもできる。機動力、攻撃力共に優れた変形だと思う。

「あの盾は? 霊奈の体ごと吹き飛ばしてたけど」

「あれは桔梗の能力で相手を吹き飛ばしただけだよ。振動して衝撃波を発生させたんだ」

 相手の勢いを弾き返すので並大抵のことでは僕に衝撃は伝わらない。まぁ、連続で攻撃されたらすぐに桔梗がオーバーヒートを起こしてしまうのでその点には注意しなければならないけれど。

「卑怯ね……鉄壁じゃない」

「でも、意外にあの盾って重いから霊奈みたいに簡単に後ろに回り込まれるけどね」

 あの時、鎌でガードしていなければ負けていたのは僕たちだ。

「今回は負けちゃったけど次は負けないよ! だからまた戦ってね!」

 僕たちに負けたのが悔しかったのか気合満々で霊奈が再戦を望んで来た。

「うん。ほどほどにね」

 僕の願いは叶わず1日1回、霊奈と戦うことになるのだが、それはまた別のお話。

 



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第326話 トランキライザー

 正直、私は桔梗を見くびっていた。キョウを守るという同じ使命を持った仲間だが、彼女には彼を守る武器がなかった。だからこそ、桔梗が力を発揮するのはずっと後だと思っていたのだ。

 しかし、キョウが猪に襲われ、上空に弾き飛ばされた時、桔梗は真っ先に駆け付けた。そして、想いを力に変えて、体を翼に変えてキョウを救った。そう、彼女は武器を手に入れたのだ。『自分の体を変形させる程度の能力』。それが桔梗の力。

「すごいよ! 桔梗!」

 それを聞いたキョウも嬉しそうに桔梗を褒めた。しかし、褒められた本人は苦笑いを浮かべている。どうやら、桔梗自身、よくわかっていないので素直に喜べないようだ。変形は自分の意志で出来るが、肝心の『素材を食べて武器を作る』というアリスが施した魔法の詳細は不明である。桔梗自体、奇跡にも近い形で産まれたのでアリスも予期せぬ現象が起きているのだ。

「必ずしもそうとは言い切れないの。確かに変形には何か理由があるんだろうけど、私が施した魔法は……」

 そこまで言ったアリスだったが、何かに気付いたようで言葉を区切る。

「どうしたんですか?」

「ねぇ? 今も桔梗に魔力を注ぎ続けてるの?」

「え? あ、はい」

「……キョウ君。今まで、何か変な事なかった?」

「変な、事……」

 アリスの質問を受けたキョウは黙ってしまった。

(まぁ、変なことだらけだったものね……)

 私が生まれた時点でキョウは瀕死だった。他にもこまち先生に鎌の使い方を教わったり、今にも消えてしまいそうな女の子と再会の約束をしたり。キョウも私と同じことを思い出したのかアリスに今まであったことを簡潔に教えた。

「……ここに来る前に誰かに会った?」

 キョウの話を聞いたアリスは少し驚きながら更に質問を重ねる。

「はい。色々な人に助けて貰いました」

「名前、言える?」

「えっと……美鈴さん、レミリアさん、パチュリーさん、フランさん。こまち先生ですかね? 小さい女の子は名前、聞けませんでした」

「つまり、紅魔館には結構、滞在してたのね……え? 咲夜は?」

「さ、くや?」

 聞き覚えのない名前だった。まぁ、私の場合、産まれてすぐ紅魔館を離れてしまったのでさくやという人があの場所にいなかっただけかもしれないが。

「ほら、紅魔館のメイド長よ」

「メイド長? いえ、さくやさんって言う人はいませんでしたけど……」

 しかし、キョウも知らないようで戸惑いながら首を横に振る。

「どういう事……それにこまち先生って人に鎌を習ったのよね?」

「は、はい……」

「その人、急に遠くに行ったり近くに来たりしなかった?」

「しました!」

「なら、小町で間違いないわね……でも、確か小町は鎌を使えなかったはず。それって……いやでも、あり得ない」

 アリスは何かに気付いたようだが、自分でそれを否定していた。だが、おそらく彼女の推測は合っている。さすがに私も気付いた。

『キョウは……時間跳躍をしている』

 魂の中で私の声が響く。

 さくやというメイド長の有無。こまち先生の鎌修行。変わる景色。

 これらのことからキョウはアリスから見て過去の紅魔館に行き、未来のこまち先生に鎌を習った。これなら全ての辻褄が合う。景色の変化も未来から過去、過去から未来に行けば変わるに決まっている。あの石に付着した苔が少なくなっていたのも納得がいく。何より、あのこまち先生の意味深な言葉。私やキョウを知っていたような口ぶりの説明もできるのだ。

 そして――私はその原因を知っている。

「私の推測なんだけど……キョウ君には『時空を飛び越える程度の能力』があるかもしれない」

 冷や汗を掻いているとアリスが自分の考えを述べた。それを聞いたキョウと桔梗は驚きのあまり、叫んでしまう。

 だが、アリスの推測は少しだけ違う。『時空を飛び越える程度の能力』などという陳腐な能力ではない。『時空を飛び越える程度の能力』はただの派生。『時任 響』という名前から生まれた能力なのだ。私自身、キョウの本当の能力は知っていた。いや、インプットされていたと言うべきか。私が産まれた時点ですでに私の知識として脳に刻み込まれていた。

『でも……まさか名前だけで』

 正直、名前だけで時空を飛び越えてしまうほどの能力が生まれるとは思わなかった。だからこそ、私は恐怖している。もし、悪い奴がキョウの能力を利用とすれば――簡単に世界の常識が変わる。下手をすれば滅んでしまうかもしれない。それほどキョウの能力は影響力がある。それも簡単に派生能力が生まれてしまう。それ以上にキョウ自身、自分の能力の危険性に気付いていないことはおろか、能力の存在そのものを知らないことが一番危険だ。自分の能力を熟知していないと暴走した時に対処できないのだから。

(問題は私もキョウの能力についてわからないことだらけってところね)

 キョウが自分の能力に気付いていなくても入れ替わって対処すればいい。しかし、私がわかっていることはキョウの能力名のみ。その能力名から色々推測出来る。だが、確証のない対処法はただの賭け。それはキョウを守ると誓った私が許さない。

『さて、どうしようかしら』

 ただの戦闘ならばキョウが負けたとしても私が代わりに戦えば十中八九、勝てるだろう。だが、キョウの能力を利用しようとした場合、入れ替わったとしても上手く回避できるとは思えない。何か確実な対処法を考えなければ。

「その魔術師は時間を操作して過去に起きた事をなかった事にしようとしたの。言い換えれば、過去の改変ね。でも、キョウ君は時間旅行よ」

 その時、アリスの言った言葉が気になった。時間旅行。それは一体、どういう意味なのだろう。

「言い換えれば、“キョウ君がその時代にやって来る事は改変ではない”って事。未来からしたらキョウ君が過去の紅魔館に行ったのも、未来の小町に鎌を習ったのも、小さな女の子に会ったのも、ましてやこうやって私がキョウ君の能力に気付いたのも“過去の出来事”。未来から操作されたわけではないの」

「「???」」

 キョウと桔梗はアリスの説明を聞いてもわからなかったようだが、私には理解出来た。つまり、キョウの時空移動はイレギュラーではないということだ。アリスの言葉を借りるならキョウの時空移動は歴史。時空移動した先でキョウがしたこと、考えたこと、与えたこと。それら全てが歴史の一部であり、起こらなければならない現象なのだ。

(……それって)

 不意に私は思い当たってしまった。

 キョウの魂に私が存在していることも必要なのだろうか。私の存在はキョウにとってイレギュラーではないのだろうか。

 そう考えたら少しだけ気持ちが楽になった。ずっと、思っていたことだから。いつか私の存在がキョウの邪魔になるのではないか、と。私の存在に気付いた彼から拒絶されるのではないか、と。

 だが、少なくとも今は――今だけはここにいてもいい。そう言われたような気がした。たったそれだけで私は安心してしまう。ちょっとした精神安定剤となる。そして、再び心に誓った。キョウの能力を狙う奴がいたら何としてでも排除する、と。

「っ!?」

『え、何!?』

 すると、いきなりキョウの体から光が漏れ始めた。“初めて”見る光景に目を丸くしてしまう。

「あ、アリスさん!? き、来ます!」

「え?」

「時空を飛び越える前兆が起きたようです! もし、アリスさんの推測が正しかったら、また僕は別の時代に行っちゃいます!」

「「『ええ!?』」」

 キョウの言葉に私たちは同時に叫んでしまった。この光が時空移動の兆候らしい。それを知っていると言うことはこの光をキョウは見たことがあるのだろう。しかし、私は今初めて光を見た。これもキョウの能力のせいなのだろうか。よくわからないけれど、頭の隅に置いておこう。

「アリスさん、本当にありがとうございました」

「いいえ、私も君に会えてよかった。完全自律型人形にも会えたし。桔梗も頑張ってマスターを守ってあげるのよ?」

「もちろんです! アリスさん、マスターに私を作る機会を作ってくださってありがとうございました!」

 時空移動の準備が整い、アリスにお礼を言ったキョウと桔梗。私もアリスには感謝していた。キョウの友達を作る機会を与えてくれたこと。私に希望の光を見せてくれたこと。何より、私がこれからやるべきことを教えてくれた。

「じゃあね。二人とも」

 笑顔を浮かべてお別れを言うアリスに見送られながら私たちは時空を飛び越えた。




トランキライザー:精神安定剤


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第327話 音無響喫茶

 午前11時。望たちが通う高校の文化祭が始まる時間だ。しかし、その時刻になっても俺たちは校内に入らず、近くの路地にいた。

「さて……とりあえず、皆すまん」

 頭を下げた俺に対して皆、苦笑を浮かべるだけだった。高校に着いたのはいいが、校門前で文化祭が始まるのを待っていた人たちが俺に気付き、騒ぎ始めたのだ。危うく、警察にお世話になるところだったが、その前に俺たちは校門前から離れ、この路地に逃げ込んだのだ。

「それにしてもどうする? 俺も失念してたけど、お前が校内に入った瞬間、さっきの騒ぎよりも大きくなるのは間違いない。下手すると文化祭そのものが中止になる」

「さすがにそこまで……いや、ありえるのか」

 否定しようとするが皆の目が突き刺さり渋々、頷く。実際、問題になりかけたので強く出られなかったのだ。

「まぁ、方法はある」

「そんな簡単に解決できるの? 変装しても響から溢れるカリスマ力の前じゃ無意味だよ?」

 俺の言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべる霊奈。後、溢れるカリスマ力とは何なのだろうか。

「溢れるカリスマ力に関しては触れないでおくけど……変装って言うより、魔法を使って俺を別の姿に見せるんだよ」

 そう言いながら変化の魔法を使う。ただ、この魔法の問題点は俺の知っている姿にしかなれないこと。しかし、ここにいる人はもちろん、学校にいる望たちの姿にはなれない。かといって幻想郷の住人に変化して向こうの世界を知っている人に出会ってしまったら面倒なことになる。だからこそ――。

「ッ!?」

 変化した俺の姿を見て母さんが驚愕する。俺は今、病死した父さんの姿になっているからだ。

「母さん、ごめん。父さんしか変化できる人がいなかったんだ」

「……ううん。気にしないで。久しぶりにあの人の話す姿を見れて嬉しいから」

「ありがと。それじゃ、行こうか」

 少しだけわくわくしている自分に苦笑しながら俺たちは路地を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちが卒業したと言ってもまだ2年ほどしか経っていないので校舎内にさほど変化はない。まぁ、それに関してはこの前、開催されたファンクラブのイベントで知っていたのだが。しかし、文化祭となれば校内の雰囲気も普段と変わり、とても賑わっている。

「お、響。見てみろよ。霊夢のコスプレしてる人がいるぞ」

 いくつかの店を見て次、どこに行こうか話していると悟が霊夢のコスプレをしている人を指さす。因みにここにいるのは俺と悟、奏楽の3人。霊奈とリーマ、弥生は先ほど寄ったクラスにまだいる。丁度、生徒たちが作った衣装を使ってファッションショーを開くそうで残ったのだ。母さんとドグ、擬人モードの霙(路地で擬人モードになった。俺の変化の魔法を応用して耳と尻尾は隠した)は途中で合流したリョウと一緒に別行動している。何故か奏楽は俺と悟と一緒に行くと言って聞かず、悟に抱っこされていた。

「へぇ。初めて見たわ」

「高校最後の文化祭で俺たちが披露した出し物のおかげで『東方project』も一気に有名になったって噂だからな。映像は残ってない……と言うか、紫が消したみたいだけど」

「こっちで『東方project』が有名になればなるほど幻想郷に迷い込む人も増えるしな」

 博麗大結界は常識と非常識を隔てる結界。しかし、幻想郷が常識となってしまったら色々な問題が起こってしまうだろう。わざとオカルト方面の力を世間に晒し、手品だと思わせることもできるがやり過ぎに注意しなくてはならない。

「おにーちゃん、悟! あっち行きたい!」

 悟の頬をぺちぺちと叩きながら奏楽。楽しそうにしている彼女を見て俺と悟は笑い合った後、奏楽が指さす方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 午後12半。そろそろお昼ご飯を食べようと別行動している皆に連絡を取るがお昼時と言うこともあってかなり混んでいる。10人でまとまって一つの場所でお昼を済ませるのはお店側に迷惑をかけてしまいそうだ。なので、お昼は別々の場所で済ませることにした。したのだが。

「なぁ、奏楽。ホントにここで食べるのか?」

「うん!」

「……」

 俺たちは今、望たちのクラスの近くにいる。お店の名前は『音無響喫茶』。そのまんまであった。チラリと中を覗くと黒板に俺をデフォルメしたようなちびキャラがたくさん書かれている。問題は行列ができていることか。望たちのクラスメイトらしき女子生徒が『ただいま1時間待ち』と書かれた看板を持って行列が他の人の邪魔にならないように大声を上げて整理していた。

「どうする? かなり待つみたいだけど」

 キラキラと目を輝かせている奏楽を抱っこしている悟に問いかける。俺としてはあまり入りたくない。望たちのお店だとしても半分、見世物にされている本人がここに入るのはいささか勇気がいる。

「……くくく」

 いきなり悟が笑い始めた。何か思いついたらしい。だが、唐突に笑うのは気持ち悪いから止めて欲しい。

「悟、きもーい!」

「きも……い、いや! そんなことより、響。面白いこと思いついた。協力してくれ」

 奏楽に笑顔できもいと言われ、ショックを受けたような顔をした彼だったがすぐに俺に向かってニヒルな笑みを浮かべながらそう言う。

「別にいいけどきもーい」

「きもーい!」

「……奢るんで勘弁してください」

 今日のお昼代が浮いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これがお前の思い付いた面白いことか」

「おう、サプライズサプライズ! 後はお前のカリスマ力に任せた!」

「……カリスマ力ねぇ」

 俺のカリスマ力がどれほどなのかはわからないが、とりあえず気持ち悪い笑みを浮かべている幼馴染の言葉を信じてみよう。

「おにーちゃん、暗くない?」

 未だ悟に抱っこされている奏楽が少しだけ心配そうに俺を見ていた。そんな姿を微笑ましく思いながら彼女の頭を撫で、前を向く。そこは望たちの喫茶店『音無響喫茶』の入り口。行列に並んでいる人たちは俺たちを見て何事かとひそひそ話をしていた。まぁ、無理もないか。

「あのー、お客様? 申し訳ありませんが列に並んでいただけますか?」

 看板を持った女子生徒が訝しげな表情を必死に隠そうとしながら話しかけて来る。

「いやー、申し訳ない。俺はこういう者でして」

 それに対応したのは悟だった。そう言いながら公式ファンクラブの会員証を女子生徒に見せる。

「は、はい……ッ!? こ、公式ファンクラブ会長!?」

 確か公式ファンクラブカードは偽造できないように色々と仕掛けを施されているらしい。もちろん、カードを作っているのは『O&K』。

「いやはや、響を題材とした喫茶店があると聞いて様子を見に来たしだいで。繁盛してますねー」

「あ、あの! これはっ」

「ああ、大丈夫大丈夫。響本人の許可を得てるのは知ってるから」

 パニックを起こしかけている女子生徒を落ち着かせようとする悟。まぁ、パニックを起こしてもおかしくない。ファンクラブを立ち上げた人が目の前にいるのだから。

「お店に入る前に責任者の人とお話しようかなって思ったけど……混んでるみたいだから俺たちも並ぼうか」

「ちょっとお待ちください! 今、色々と確認して来ますのでえええええ!」

 行列に並ぼうとするが女子生徒は急いで教室の中に入った。

「さて、これで雅ちゃんが出て来てくれればいいんだけど……お」

 悟の呟きが天に届いたのかウェイトレス姿の雅が先ほどの女子生徒を引き連れて教室から出て来る。そして、俺を見た瞬間、顔を強張らせた。

「ちょっ!? なんで!?」

「雅ちゃん、それ以上はいけないよ。さて、責任者さん? 多分、色々とわかったと思うけど……どうする?」

「……はぁ。こっちにも事情があるんだからね? 色々利用させて貰ってもいい?」

「最初からそのつもりだってば。な?」

 確認するように俺に向かって聞く悟。黙って頷く。

「それじゃこの喫茶店の責任者である尾ケ井 雅がお店を案内します。こちらへ」

 雅の後を追って俺たちは教室の中へと入る。しかし、そんな俺たちを見て行列に並んでいた人たちが文句を言い始めた。横入りされたからのだから怒るのも仕方ない。

「……ちょっと行って来る」

 さすがにこのまま放っておくのはお店の迷惑になってしまうため、悟と奏楽に一声かけて行列の方へ向かう。いきなり、俺が近づいて来たので行列に並んでいた人たちは警戒し始める。

「えっと、横入りしてすみません。ですが……事情があって」

 そう言いながら被っていたフードを行列に並んでいる人たちに見えるように少しだけ脱ぐ。そこでやっと俺の正体がわかったのか彼らは目を丸くした。

「おっと、静かに。続きは教室の中で」

 しーっと口に人差し指を当てながらウインクする。あまりこういうことはしたくないが、効果はあったようで行列の人たちは黙って頷いてくれた。フードを深く被り直し、教室の前で待っていてくれた悟たちの元へ戻る。

「手慣れたもんだな」

「できればやりたくないけどな……それじゃ行くぞ」

 雅を先頭に教室の中へ突入した。

「おー!」

 奏楽が楽しそうにキョロキョロと教室の中を見回している。教室の中は意外にも落ち着いた雰囲気だった。

「……もっとべたべた写真を貼ってるかと思った」

「そんな下品なことしないって。ここは響のファンクラブに入ってる人たちが楽しくお喋りする場所でもあるんだから。あ、ここに座って」

 俺の呟きが聞えたのか苦笑いを浮かべて説明する雅。感心しながら雅に指定された椅子に座った。丁度、教室の真ん中に位置するテーブルである。パーカーのフードを深く被っているからかまだ俺が響だと周囲の人にはばれていないようだ。奏楽は悟の膝の上に座った。

「こちらがメニューとなっております」

 雅からメニューを受け取って開く。

「……」

 感心した俺が馬鹿だった。ケーキセットや紅茶セット、サンドウィッチセットなど色々なセットメニュー。それに加え、単品でも頼めるようでわかりやすく書かれていた。だが、問題は特典。

「おい」

「何でございましょうか、お客様」

「お前ら外道か?」

「特典には限りがございますので抽選になります。抽選権は500円ごとに1枚お渡ししますので頑張って響様の秘蔵写真を当ててください」

 そう、まさかの抽選だったのだ。倍率はそこまで高くないみたいだが、さすがにこれは酷い。もはやソシャゲのガチャだ。

「……とりあえず、サンドウィッチセット3つ」

「私、ケーキ食べたーい!」

「あ、俺も」

「……食後にショートケーキ3つ追加」

 まぁ、ここの支払いは悟だから俺も頼もう。

「かしこまりました。では、続きは通信で」

 丁寧にお辞儀をした雅はそのまま黒幕で隔てられた裏へ引っ込む。

『響。それじゃ続き話すけどいい?』

(ああ、大丈夫だ)

『いやー、最初どうなるかと思ったけど……少しわくわくして来た』

(……俺も)

 さて、どんな風にここにいる人たちを驚かせようか。




響さんのカリスマ力:だいたいの人をウインク一つで従わせられます。


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第328話 博麗のお札

「それにしても」

 霊奈との模擬戦から数時間後、皆でお昼ご飯を食べている時にふと僕は言葉を零した。

「どうしたの?」

 いち早く食べ終えた霊夢がお茶を飲みながら問いかけて来る。それにつられて霊奈と桔梗が僕に視線を向けた。口をもごもご動かしているのはご愛嬌である。

「霊奈が使ってたお札だよ。投げただけで【盾】の衝撃波が発生するとは思わなかったんだ」

 桔梗【盾】はある一定の衝撃を受けると自動的に衝撃波を発生させて相手を吹き飛ばすのはもちろん、最低でも衝撃を相殺してくれる。つまり、さほど衝撃を受けない攻撃では衝撃波は発生しないのだ。

「確かにそうですね。もし、あのままお札ばかりを投げられていたらオーバーヒートを起こしていたかもしれません」

「え!? そうなの!?」

「まぁ、オーバーヒートを起こしそうになったら【翼】とか【バイク】で距離を取るけどね」

「むー……なんかずるい」

 桔梗【盾】の攻略法を見つけたと思ったのか目を輝かせた霊奈。しかし、僕の言葉を聞いて少しだけ不貞腐れてしまった。なお、思い切り地面に【盾】を叩きつけ、その衝撃波を利用して大きくジャンプすると言う手もある。手札が多いと色々な対策を思い付けるので便利だ。扱い切れなければ意味はないけれど。

「あのお札、ただ投げてるだけじゃないのよ」

 むくれている霊奈を見て苦笑していると霊夢が口を開いた。

「博麗のお札って言って博麗の巫女、もしくは博麗の巫女候補しか使えない物なの」

「そっかー、使えそうなら僕も使いたかったなー」

 しかし、僕は博麗の巫女でもなければ博麗の巫女候補でもない。残念だ。

「えー、キョウ今でも十分強いじゃん!」

「桔梗って基本的に近接武器しかないから遠距離からでも攻撃できるようになりたかったんだよ。桔梗が遠距離武器に変形できるようになったとしても変形の隙を突かれる可能性もあるからね」

 もし、僕が博麗のお札を使えたならばお札で牽制しつつ、桔梗の変形や鎌で攻撃できる。先ほども言ったが、手札は多ければ多いほど戦術が広がるのだ。手を伸ばし過ぎるのも駄目だが、可能な限り用意しておくべきである。

「そうね……少し試してみる?」

 肩を落としている僕を見かねたのか霊夢がそう提案してくれた。

「いいの?」

「別にお札の1枚くらいすぐに補充できるし、キョウって魔力の他に霊力も持ってるから。後は博麗の巫女の素質があれば使えるわ」

「それが一番の問題なんだけど……」

 それにしても僕に霊力があるとは思わなかった。今まで扱って来たのは魔力だけだったので霊力を使った技を考えるのもいいかもしれない。まずは霊力の動かし方を覚えなければならないけれど。

「とりあえず、霊力ってどんなものか見せて貰える? あれだけじゃよくわかんなくて」

「あら? さっき普通に霊力使ってたわよ?」

「へ?」

 全く身に覚えがない。確かめるように桔梗に目を向けるが彼女もそれに気付いていなかったようで驚いていた。

「キョウすごいよねー。あんな綺麗な強化、なかなかできないよ!」

「強化って?」

「その様子だと無意識でやってたみたいね。肉体強化よ。あんな大きな盾とか鉄の拳を軽々と持ち上げたり、翼で高速移動した時の負荷とか……子供の体じゃ耐え切れないことを当たり前のようにやってたじゃない」

 霊夢が呆れたように教えてくれたがよくわからなかった。盾や拳は初めて変形した時から普通に扱えるし、高速移動の時の負荷は桔梗が何かしてくれているものだと思っていた。

「え? 私、何もしていませんよ?」

 そのことを桔梗に聞いてみると首を横に振った。どうやら、霊力による肉体強化は僕が無意識の内にしていたらしい。

「一通り家事を終わらせたら練習してみましょ? 強化はできてるけど、霊力の扱い方は全く分からないみたいだし」

 そう言って霊夢は湯呑に残っていたお茶を飲み干し、台所へ湯呑を置きに向かった。それを見送りながら未知(と言っても肉体強化はしていたが)の力にちょっとだけワクワクしている僕がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、霊力の扱い方だけど……まぁ、慣れね」

「大雑把だね……」

 境内で僕と霊夢は向かい合っていたのだが、そんな彼女の一言を聞いてため息を吐いてしまった。

「しょうがないじゃない。慣れは慣れなんだから」

 腕を組みながら彼女は視線を逸らす。上手く説明できないようだ。因みに霊奈は自分の修行があるので修行場へ。桔梗はお昼寝中である。チラリと縁側の方は見るとハンカチをタオルケット代わりにして気持ちよさそうに寝ていた。

「……とりあえず、霊力を感じさせてほしいかな。そうすれば何となくわかりそうだし」

 すでに僕は霊力を扱っている。しかし、僕には魔力もあるのだ。恥ずかしい話だが、今の僕には魔力と霊力の違いがわからない。いや、違いが分からないと言うより、魔力しか感知できないのだ。霊力と言う物を知れば体の中に流れている霊力を感じられると思う。

「じゃあ、お札に霊力を込めるから頑張って感じ取ってね」

 僕のお願いを受け入れてくれたようで霊夢は懐から博麗のお札を取り出すとそれに力を込め始める。仄かにお札が輝いた。

「……」

「どう?」

「……行けると思う」

 何となくわかって来た。頷いた僕を見て『そう?』と首を傾げる彼女だったがすぐにお札をくれる。霊力を持っている。霊力を扱える。後は――博麗の巫女の素質があるかどうかだ。

 目を閉じて先ほど感じた力に似た気配を探る。イメージは海。浅いところにあるのは魔力だ。今まで僕が使い続けて来たからすぐに感じられる。それに対して使い慣れていない霊力は深い、深い海の底に溜まっている。潜る。潜る。潜る。

「ッ――」

 数分経った時、僕は深海で霊力を捉えた。そして、一気にそれを手の中にあるお札に注ぎ込む。そのまま、近くに立っていた木に向かって投げた。

 ――さすがね。

 赤く輝くお札が木をへし折った時、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、僕にも博麗の巫女の素質があると?」

「……ええ、そうみたいね」

 木をへし折った後、僕と霊夢は居間でお茶を飲みながら話し合っていた。内容はもちろん、僕が博麗のお札を使ってしまった件について。霊夢もまさか僕が博麗のお札を使えるなんて思っていなかったようで、一度博麗のお札を使わせて失敗した後に一般的に使われているお札で練習させるつもりだったのだ。しかし、現実は違った。

「えっと……この場合、どうなるの? 僕も修行した方がいい?」

「そもそも、あなた男じゃない。女装するつもり?」

「……おっしゃる通りで」

 さすがに僕も女装はしたくない。まぁ、女装をする機会などないだろうけれど。

「この件に関しては師匠が帰って来たら相談しましょ?」

「あー……でも、また時空移動が来たら……」

 確かに彼女たちの師匠に相談したいが、それまで僕がこの時代にいる保障はないのだ。

「その時はその時よ。それじゃ、はい」

 僕の心配を一蹴した彼女は何十枚もの紙束をくれた。そう、博麗のお札である。

「え、こんなに貰えないよ!」

「いいから貰っておきなさい。お札は消耗品だから早く使わないと擦り切れるのよ。一応、私も霊奈もお札は作れるし、博麗のお札はその辺のお札より何倍も力があるけど、その分、他のお札よりも扱いにくいの。だから、これを全部使い切る勢いで練習しなさい」

「……つまり?」

 

 

 

 

 

「修行よ。霊奈と一緒に、ね」

 

 

 

 

 

 そこで自分と言わないあたり霊夢は本当に修行が嫌いなのだと苦笑してしまった。

 



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第329話 彼らの成長

「うわッ!?」

 背後から迫る火球を回避するキョウと桔梗。いや、【翼】になっている桔梗が必死に躱していると言った方がいいか。現在、キョウは後ろから追って来る青い怪鳥を倒す作戦を考えているので【翼】のコントロールを桔梗に任せているのだ。

『桔梗、右! 右に避けて!』

 聞こえないのはわかっているが私は大声で叫んだ。もしもの時はキョウと入れ替わって青怪鳥を倒せばいいがそうしてしまうと桔梗に私の存在がばれてしまう。できるだけそれは避けたかった。もし、ばれたとしてキョウや桔梗に警戒されてしまったら泣いてしまうだろう。

『左、左よ! ああ、今度は右から来てる!』

 まぁ、何だか迫り来る火球を回避し続ける光景が映画のワンシーンのようでちょっと楽しいのは秘密である。さすがにキョウが危なくなったら真面目になるけれど。

(でも、このままじゃジリ貧よね……)

 今は何とか回避できているが桔梗の集中力が切れた瞬間、火球が直撃するのは明白。桔梗は青怪鳥の嘴が欲しいらしいが、私とキョウが入れ替わったらあの嘴は諦めるしかないだろう。キョウを傷つけられて手加減できるとは思えない。

「……そうか!」

 すると、何か思いついたのかキョウは笑顔を浮かべて叫ぶ。どうやら、アリスが桔梗に施した魔法の効果がわかったらしい。しかも、桔梗に新しい力があるというではないか。その力は『振動を操る程度の能力』。アリスの施した魔法は『素材を元に武器を作り出す』というもの。その武器とは何も得物だけではない。そう、能力だって立派な武器である。だからこそ、桔梗が携帯を食べても桔梗本人の武器や変形が増えなかった。すでに能力として桔梗の中に発現していたのだから。そして、携帯を食べた桔梗が手に入れた『振動を操る程度の能力』。これは携帯の機能の一つ、バイブレーションが元になったと考えられる。

 新しい力を自覚したキョウと桔梗は振動を駆使して左右に回転するように移動し、火球を回避していく。まさか接近されるとは思わなかったのか青怪鳥は仰け反りながら驚愕の声を漏らす。その隙に青怪鳥の懐に潜り込んだキョウは鎌の刃先に魔力を集中させ、敵の左胸に向かって一気に振り下ろす。鎌は青怪鳥の胸を少しだけ抉り、血が噴き出した。

「うッ、おおおおおおおおおっ!」

 初めて生き物を傷つけたからか一瞬だけ怯んだキョウだったが、すぐに鎌を引き抜き、桔梗【翼】の右翼を勢いよく胸の傷に突き刺す。

「桔梗! お願い!」

「わかりました!」

 キョウの指示に頷いた桔梗は右翼を振動させた。青怪鳥の肉は翼が振動する度に引き千切れ――。

「ギャ、オ……」

 ――完全に息の根が止まった。よかった。今回も何とか切り抜けられたらしい。そう安堵の溜息を吐いた時だった。

「こ、これで……ッ!?」

 一息吐こうとしたキョウの体が落下し始めた青怪鳥の後を追うように落ち始めたのだ。まだ青怪鳥の胸に桔梗【翼】の右翼が突き刺さっているからだ。

「ま、マスター!? 大変です! 右翼が抜けません!!」

『いや、元の姿に戻るだけで抜けるわよ……』

「え!? ちょ、待っ……うわあああああああああッ!?」

 ため息交じりに呟いたが、キョウと桔梗はパニックを起こしているせいでそんな簡単なことにも気づかなかったのか青怪鳥と共に森に向かって落ちていく。

『ああ、もう! 仕方ないわね!』

 まさか戦闘以外の時に入れ替わることになるとは思わず、悪態を吐きながらキョウの意識をこちら側へ引っ張る。そして、私の意識がキョウの体へと移った。私とキョウが入れ替わる際、キョウの意識はなくなるので入れ替わっただけでキョウに私の存在がばれる心配はない。だが、問題は周囲にいる人だ。

「マスター、しっかりしてください!」

 入れ替わった時、一瞬だけ反応がなくなったのを見た桔梗はキョウが気絶したと思ったのか大声を上げた。

「ききょ――へぶっ」

 『変形を解除して』と声をかけようとするが丁度、森の中に入ったのか木の枝が顔面に直撃して怯んでしまう。

「大丈夫ですか!?」

「そんなことより変形を――ぶふっ」

 キョウの体を心配する桔梗にもう一度、言おうとするもまた木の枝に邪魔されてしまった。まずい。このままでは青怪鳥と仲良く地面に激突してしまう。今のキョウは半吸血鬼化しているため、地面に激突するぐらいでは怪我などしないがそのせいで桔梗に怪しまれてしまうかもしれない。

(……桔梗なら『怪我がないなんてマスターすごいです!』とか言いそうね)

 呑気なことを思っていると突然、誰かに抱きしめられた。

「っ! そうか変形を解除すれば!」

 やっとその点に気付いた桔梗が元の人形の姿に戻る。どうやら、キョウの体を抱きしめている人は空を飛んでいるのか青怪鳥だけが落ちていき、大きな音を立てて地面に激突した。

「ふー、何とか間に合ったみたいだね」

 後ろの方から女の声が聞こえる。お礼を言うべきか、それとも相手の正体がわかるまで言葉を発さないでおくべきか。

「あ、あの!」

 悩んでいると桔梗が背後の女に声をかけた。

「ん? おお? 人形が飛んで言葉を話してる!?」

「マスターを助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして。困った時はお互い様だよ。まぁ、あの怪鳥に襲われているのかと思って助けようとしたけど、すでに死んでるみたいだね」

 女はそう言いながらゆっくりと下降していく。

「何とか倒すことはできたのですが色々あって怪鳥と一緒に落ちてしまい……マスターも枝にぶつかった衝撃で気絶してしまったようなのです」

 どうやら、桔梗はキョウが気絶していると思っているようだ。ならば気絶したふりをし続けるべきだろう。

「よっと……さて、君のマスターをどこに寝かせようかな。お、あそこなんかよさそう」

 キョウの体を寝かせるのに適している場所を見つけたようで少し歩いた後、そっと地面にキョウの体を置く女。顔のすぐ近くに気配を感じる。桔梗がキョウの顔を覗き込んでいるのかもしれない。目を閉じているから見えないが。

「怪我はなさそうです。よかった……」

「さて、どうしてこうなったのか説明してくれると助かるんだけど…その前に自己紹介かな。私の名前は河城 にとり。よろしくね」

「あ、これはご丁寧にどうもです。こちら、私のマスターであるキョウ。そして、私は桔梗といいます。実は――」

 それから桔梗は青怪鳥に遭遇してからのことを簡単ににとりに説明した。

「なるほど、あの嘴が欲しいのか。ちょっと調べさせてね」

 薄目を開けて2人を観察していると何か思い当ったのかにとりは桔梗に許可を取り、青怪鳥の死体を調べ始める。その間、桔梗はキョウの体を念入りにチェックしていた。ちょっと鼻息を荒くしていたことはキョウに黙っておこう。

「……ねぇ、桔梗」

「はい、なんですか?」

「私が青怪鳥の解体をやるからさ。嘴以外の素材くれない?」

 青怪鳥の素材が欲しいのかにとりがそう提案した。

「私は構いませんが……」

 チラリと桔梗がキョウの方へ振り返る。キョウの許可なく素材をあげてもいいのか悩んでいるようだ。

「正直、その子がこの素材を欲しがるとは思えないよ? それに桔梗だけで解体できる?」

「うぐっ……できません」

「なら、確実に嘴を手に入れる方が賢明だと思うよ」

「うぐぐ……わかりました。解体お願いします」

 丸め込まれたと自覚しているのか項垂れながらも桔梗は頷く。別にキョウは青怪鳥の素材は欲しくないだろうし、なかなか魅力的な提案だと思う。それに素材を手に入れても困るだろうし。

「ありがとー。それじゃぱぱっと解体しちゃおうか」

「あ、私のお手伝いします!」

「うん、よろしくね」

 それから桔梗とにとりは青怪鳥の死体を解体して何とか嘴を手に入れることができた。

「とりあえず、嘴は手に入れたけど……それどうするの? 何かに加工するなら手伝うけど」

 大きな嘴を桔梗に渡しながらにとりは首を傾げる。キョウは子供だし、桔梗は人形だ。嘴から何かを加工できるようには見えない。

「あ、大丈夫です。食べるだけなんで」

「食べるだけなんだ。それは楽……は?」

「いただきまーす」

 目を点にしているにとりの前で桔梗が嘴にかじりついた。キョウの鎌を弾くほどの硬度を持つ嘴だったが、スナック菓子を食べているかのようにパクパクと食べていく。これもアリスの魔法の効果なのだろうか。

「ごちそうさまでした」

「……」

 驚いているにとりと呑気に手を合わせて挨拶をする桔梗を見て少しだけ笑ってしまう。もうそろそろキョウと入れ替わっても大丈夫だろう。そう判断した私は桔梗を問い詰めるにとりを横目にキョウの中へと帰った。



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第330話 楽しい時間の最後

『みなさーん! こんにちはー!』

 午後12時45分。黒板の前でマイクを持った(混乱が起きた時のために用意していたらしい)雅が大きく手を振る。何事かとお客たちは雅に注目し始めた。

『えー、まずは音無響喫茶に来ていただいて誠にありがとうございます! 話は変わりますが、響様の写真は抽選でのみ獲得できます。しかし、皆様もお察しの通り、当たる人もいれば当たらない人もいます。そこで! この場にいる皆さん、そして外で待っているお客様のみビッグチャンス! 響様の写真を賭けたジャンケン大会を開きたいと思いまーす! 外で待っているお客様にはすでに整理券を配布しており、じゃんけん大会が終わった後でも再び列に並んでいただければ優先して入店できますのでご安心を。ですが、さすがに全員は教室に入れませんので整理券を持っている人のみ、教室に入ってくださーい。あ、押さないでねー。ウェイトレスさんの指示に従ってねー』

 雅の言葉を聞いたお客さんは嬉しそうにウェイトレスさんの指示に従って教室に入って来た。どうやら、整理券は有限のようで配られなかった人たちは悔しそうに教室の中を覗いている。まぁ、行列に並んでいた人は俺の存在を知っているのでこの後の展開が読めているのだろう。

『これで全員かな? はい、オッケーみたいですね。さて、それではさっそくジャンケン大会の方を――と、言いたいところですがー! ここで特別ゲストの登場でーす! どうぞー!』

 笑顔で叫んだ雅の言葉を聞いて俺は席から立ち、雅の隣に移動する。まだフードを被っているので最初から教室の中にいた人たちと雅を除いた望たちのクラスメイト(クラスメイトにも俺の存在を教えていなかった)は不思議そうな表情を浮かべていた。

『それでは自己紹介をお願いします』

 俺にマイクを向ける雅は口元をひくひくさせて笑うのを堪えていた。

『……えー、皆さんこんにちは。音無 響です』

 そう言いながら俺はフードを脱ぐ。一瞬だけ教室の中が静まり返り、目の前に俺がいると認識したのかここにいる全員が口を開け、悲鳴を――。

 

 

 ――パンッ!

 

 

 ――あげる前に俺は手を一回だけ叩いた。たったそれだけでお客さんや生徒たちは黙ってしまう。別に難しいことをしたわけではない。ちょっとだけ音に霊力を乗せただけだ。お呪いに近いだろう。こちら側を知っていたり、俺に何も関心が無ければ効かないほど弱いお呪いだが、幸いか不幸か。ここにいる人たちは俺のファンである。この場を支配することなど造作もない。

「他の人に迷惑をかけちゃうから静かに、ね」

 黙りこくっている皆に見せつけるように人差し指を唇に付けながら注意する。今、騒げば先生たちに目を付けられてしまう。下手すれば営業停止を命じられるだろう。

『さて……改めまして、音無 響です。えっと、何だか気恥ずかしい話ですが、こうやって皆さんと一緒にイベントに参加できて嬉しいです』

『と、いうわけでスペシャルゲストはこの喫茶店のテーマというか目玉と言いますか……音無 響さんです。皆さん、拍手ー!』

 雅の合図で割れんばかりの拍手が教室に響き渡る。まぁ、これぐらいなら大丈夫だろう。頭を下げて挨拶しておく。

『さて、短い間ですが、響様と一緒に盛り上がって行きたいと思います』

『なんかお前に様付けされるの慣れないな……』

『だって、しょうがないでしょ! 付けないと怒られるんだから!』

『怒られるの!?』

『とにかく文化祭の間は様付けるからね!』

 俺と雅のやり取りが面白かったのかお客さんたちは笑顔を浮かべている。まあまあの滑り出しだ。

『それじゃさっそくじゃんけん大会をして来たいと思います! もちろん、じゃんけんをするのは響様! さぁ、響様を倒して響様の写真を手に入れるのは――』

『――あ、ちょっとストップ』

『ちょ、いきなり止めないでよ……どうしたの?』

『写真をプレゼントしたら抽選の倍率上がるんだよな? 数、減るんだし』

『まぁ……数に限りがあるから』

 何だかそれは申し訳ない。せっかくお金を払って貰っているのに景品なしはあまりに可哀そうだ。

『俺にじゃんけんで勝ったら一緒に記念撮影をしてそれを渡すってのはどう?』

 俺の提案を聞いたお客さんたちは歓喜の声を漏らした。

『私たちからすれば願ってもない提案だけど……いいの? あんまりこういうの得意じゃないでしょ?』

『まぁ、せっかく来てくれたんだし。今日ぐらいは、ね』

 悟に視線を向けると腕を組んだまま、頷いてくれる。ファンクラブの会長の許しも得た。奏楽も嬉しそうに拍手しているし。

『えっと……それではちょっとルール変更! じゃんけんに勝った人は響様とのツーショット写真をゲットできます! 何人くらいまでオッケー?』

『そうだな……じゃあ、10人かな』

『では、皆さんツーショット写真をゲットできる10人になれるよう頑張ってくださいね! 準備はいいですかー?』

 雅の掛け声に歓声を上げるお客さんたち。だが、俺とのツーショット写真がそんなに欲しいのか、少しギスギスした空気が流れていた。これはちょっとよろしくない。ちらりと雅にアイコンタクトを送ると彼女も俺と同じことを思っていたのか頷いてくれた。これぐらいなら式神通信を使わなくても意思疎通できる。

『あ、生徒さんたちもどうぞ。じゃんけんに入っていいですよ』

『じゃあ、私も』

『お前は司会に集中しろ』

『あだっ!』

 空気を変えるためにちょっとしたコントを披露。その甲斐あってギスギスした空気は一瞬にしてなくなった。

『では、行きますよー! 勝った人だけ残ってくださいねー。あいこか負けた人はその場にしゃがんでくださーい! それじゃ、響様お願いします』

『はーい。あ、俺最初グー出すので皆さん、チョキ出してくださいね』

『おっと、いきなり心理戦になったぞ! 響様のお願いを聞くのか、それとも自分の欲望を優先するのか!』

『最初はグー! じゃんけんポンっ!』

 宣言通り、グーを出す。

『あいこと負けの人はしゃがんでくださーい……って、全員チョキなんだけど』

『なんかごめん。そして、ありがとう』

 まさか全員負けてくれるとは思わなかった。逆に申し訳なくなる。

『はーい、やり直しー。響様、もうお茶目はなしでお願いしますね』

『へいへい。それじゃもう一回行きますよー。最初はグー。じゃんけんポンっ!』

 こうして、急遽開催されたイベントは大いに盛り上がった。最初どうなるかと思ったが、こういうイベントをやるのも悪くないかもしれない。

「おにーちゃん、だっこ!」

「……お前、じゃんけん強いんだな」

 最後まで勝ち残ったのが奏楽だったのには驚いたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後1時半。無事にイベントも終わり、俺は独りで校内を歩いていた。あの後、はしゃぎ過ぎたのか元々寝不足だった奏楽はちょっとだけぐずり始めたのだ。そのため、『音無響喫茶』の控室を借りてお昼寝中である。イベントのおかげで更に客足が増えたからか、雅たちが快く貸してくれて助かった。まぁ、寝ている間も悟の服を掴んで離さなかったせいで悟も控室に残る羽目になったが。もちろん、変化の魔法を使って父さんに変装中である。

「あ、お兄さん」

 その途中で不意に声をかけられた。振り返ると柊の友達である星中 すみれの姿。

「……よく俺だってわかったな」

「目はそれなりにいいから。変装上手いね」

「ちょっとした特技だよ……ん?」

 すみれの後ろに誰かいることに気付き、覗き込む。

「あ、あわわ……」

 何故か奏楽の友達であるユリちゃんがいた。きょーちゃん人形を力いっぱい抱きしめながらパニックを起こしている。やはりちょっと変な子だ。

「もうユリったら……妹ったら人見知りが激しくて。ほら、ユリ。挨拶は?」

「あ、あの! あの、こ、こんにち……こん、こおおおおおおおお!」

「……はぁ」

 このままではユリちゃんが壊れてしまいそうなので変身を解く。もちろん、人払いの結界を貼った後でだ。人払いと言っても俺たちに注目しなくなるタイプの結界だ。まぁ、俺が一歩でも動けば壊れてしまうような弱い結界なので普段は使えないが。

「あ、あれ……響、さん?」

「おう、久しぶり。ユリちゃん」

「知り合いだった?」

「うちに住んでる子と友達みたいでずっと前に遊びに来たことがあるんだよ。奏楽って子なんだけど」

「あ、ああ! あの子ね! どこかで見たことがあると思ったらユリの友達だったんだ!」

 あの誘拐事件の時は世間話をしている暇などなかったからしょうがないとはいえ、まさかユリちゃんがすみれの妹だとは思わなかった。

「あれ、あれれ? でも、さっきおじさんがいたのに……響さんになって。あれ?」

 まぁ、当の本人は絶賛混乱中だが。どうしたものか。

「ユリちゃん」

「は、はい!?」

「実は俺、魔法使いなんだ」

 とりあえず、遊んでみよう。この子の反応は一々面白いからついいじってみたくなってしまう。昔の俺ならこんなこと考えもしなかったが、雅をいじりまくった弊害かもしれない。

「やっぱりそうなんですか!?」

「やっぱりってそう思ってたの!?」

 しかし、彼女の反応は予想外だった。

「だって、空とか飛んでたじゃないですか!」

「あれはそう言うマジックで……」

「それに響さんの美しさは魔法って説明された方が納得できます! どんな魔法なんですか!? やっぱり、血とか飲むと永遠の美貌が手に入るとかそんな感じなんですか!?」

「……なんかごめんなさい。この子、お兄さんの大ファンで」

「いや……俺も悪かった」

 俺の顔が女っぽいのは吸血鬼の血が混じっているのが原因なので『血』という点に関しては見事に的を射ている。ユリちゃんは勘の鋭い子なのかもしれない。

「――ッ」

「ん? どうしたの、お兄さん」

 すみれは少しだけ訝しげな表情を浮かべながら問いかけて来る。

「……いや、何でもない。あ、そうだ。今、奏楽は『音無響喫茶』の控室で寝てるから遊びに行ったらどうだ? ユリちゃんも奏楽と一緒に回りたいんじゃないか?」

「え? 奏楽ちゃんも来てるんですか!? はい、一緒に回りたいです!」

「なら、行っておいで。悟って奴も一緒にいるから」

「お兄さんは?」

「……俺はちょっと用事が出来たからそろそろ帰るよ。悟に帰ったって伝えておいて」

 何か言いたげだった彼女だったが、俺の目をジッと見た後、渋々と言った様子で頷いてくれた。それでいい。名残惜しそうに俺に向かって手を振るユリちゃんを見て苦笑を浮かべた後、振り返った。

「これでいいのか?」

「うんうん、いい判断だね。もし、一緒にいたら……きっと私に殺されてたから」

 振り返った先にいたのはニコニコと笑っている幼女。着物を着ており、その姿は現代の日本に全くそぐわない。まるで日本人形のような恰好だった。

「それじゃ行こうか。ついて来て」

「……その前に変身魔法使っていいか?」

「あ、大丈夫大丈夫。お前の姿も周りの人には見えてないから」

 ニシシと笑う彼女。

「……喰えない奴」

「そういう妖怪なもので。ニシシ。さぁ、行こうか」

 そう言って幼女は歩き始める。彼女にぶつかりそうになった人々は操られるように左右に避けた。俺の時も同じように避けていく。不気味だ。何もかも。

「ほら、早くおいで。じゃないとここにいる人たち、全員殺すよ」

「……わかった」

 どうやら、楽しい時間はここまでのようだ。ため息を吐いた後、俺は彼女の後を追いかけた。

 



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第331話 修行の日々

「よっ」

 3枚のお札を適当に置かれた大きめの石に向かって投擲する。3つの内1つだけ当たった。それを見ながら懐から追加で2枚のお札を取り出し、木に向かって投げる。今度は2枚とも命中。最後に両手に3枚ずつ持って霊力を先ほどよりも多く流し、追尾効果を付加して真後ろに放る。すると、追尾効果によりお札たちは何かに導かれるように岩の上に――右手首に白黒のリングを装備している“霊夢”に向かっていった。

「はい、不合格」

 向かって来るお札を見てため息交じりに呟いた彼女のすぐそばを6枚のお札は通り過ぎる。そのまま草むらの向こうへ消えてしまった。

「あちゃー……」

「ここまでにしましょう。そろそろ朝ごはんの時間だし」

「うん、わかった」

 岩から降りた霊夢に駆け寄り、霊夢から反省点を指摘されながら神社に向かう。霊夢曰く、霊力の流し込みが甘いらしい。そのせいで追尾効果も弱くなってしまい、霊夢に当たらなかった。

「私が桔梗【盾】を使うことになるのはいつになるのかしらね」

「そんなのすぐに決まっていますよ! 今に見ていてください!」

 霊夢の皮肉に白黒のリングに変形している桔梗が反論する。もし、お札が霊夢に命中したら危ないのでそれを防御して貰うためにリングに変形していた。修行を始めた頃は霊夢の傍にいただけだったが、2日ほど前に輪っか状の鍋敷きを食べた結果、リングに変形できるようになり、霊夢がそれを装着することになった。その方が桔梗【盾】を展開しやすいのだ。

「桔梗の期待に応えられるように頑張るよ……でも、なかなか難しいね」

「まぁ、1週間でここまでできるようになったのは純粋にすごいとは思うけど実戦で使えるかって聞かれたらすぐに否定するレベルね」

 肩を落としている僕を見てフォローしようとしたのか今の僕のレベルを教えてくれた霊夢だったが、余計悲しくなってしまった。もっと上手くならないと。

「あ、霊夢ー! キョー! お腹空いたー!」

 神社が見えて来た頃、僕たちの帰りを待っていた霊奈が縁側に座りながらブンブンと手を振る。それを見て僕と霊夢は顔を見合わせ、苦笑しながら神社へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕と桔梗が博麗神社に来てからすでに1週間が経つ。だが、まだそれだけしか経っていないのかと少しだけ吃驚するほどこの1週間は忙しかった。

 博麗のお札が使えるとわかった後、霊奈にお札の修行に付き合って欲しいとお願いしたのだが、自分の修行で精いっぱいだと言われて断られてしまったのだ。念のために霊奈の1日のスケジュールを聞いたところ。

『朝起きたら修行! 朝ご飯食べたら修行! お昼ご飯食べたら修行! 晩御飯食べてお風呂入って寝る! あ、そうだ。お昼ご飯の後、組手頼める? キョウと戦えば実戦経験積めそうなの!』

 逆に組手を頼まれてしまう始末。組手をするのはいいのだが肝心のお札の修行ができない。じゃあ、どうしようかと悩んでいたら霊夢が仕方ないと修行に付き合ってくれることになった。付き合ってくれるとは言ってくれたがまずは止まっている的に当てることと博麗の巫女特有の技能『追尾』を覚えてから本格的な修行をするらしい。しかし、その二つでも今の僕じゃ満足にできなかった。しかも、壁にぶつかっているのは僕だけじゃない。

「あ、当たらないよぉ!」

「あはは……」

 涙目になって鉤爪を振るう霊奈。それを苦笑しながら桔梗【翼】でホバリングしつつ、ひょいひょいと回避する。たまに振動を使って左右にロールすれば――。

「あ、あれ!?」

 ――いきなり目の前から消えたと錯覚する。そのまま驚愕している彼女の後ろに回り込んで覚えたてのお札を投げた。お札から漏れる霊力を感じ取ったのか慌てて振り返った霊奈は鉤爪を振るい、お札を弾く。それを見ながら桔梗【拳】を装備して手首からワイヤーを伸ばした。ワイヤーは霊奈の鉤爪に引っ掛かり、思い切り腕を引いて霊奈のバランスを崩す。

「あ、あわわっ……」

「はい、おしまい」

 前のめりに倒れそうになった霊奈を桔梗【拳】で受け止めた。

「あー……また負けちゃった」

 僕が敵だったら桔梗【拳】で殴られていたと察したのか彼女はため息を吐く。霊奈は僕と組手をしてから僕を倒すことを目標にしているらしい。

「何で負けちゃうんだろ……」

 だが、手札が多い僕に翻弄されてしまい、未だに攻撃を当てられたことがなかった。それが悔しいのだろう。

「んー……霊奈は鉤爪とお札しか攻撃手段がないから対策立てやすいんだよ。鉤爪で攻撃して来たら翼とかワイヤーで躱せばいいし。お札を投げて来たら盾で防げばいいから」

「むぅー。新しい技か……うん、頑張ってみる!」

 まぁ、霊奈は前向きな子だからきっとすぐに僕を驚かせてくれるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも日課が増えていたりする。

「……おはよう」

「……おはよ」

 目を覚ましたすぐ後の霊夢との朝の挨拶だ。寝る時は天井を見ているのだが、朝起きてみれば必ずと言っていいほど僕たちは向かい合って寝ている。それに加え、ほぼ同時に目を覚ますので最初に目にするのは霊夢の寝惚けた顔なのだ。一度だけ霊夢にこのことについて聞いてみたが、彼女も不思議そうに首を傾げていた。まぁ、問題はないので放っておくことになったがちょっとだけ照れくさい。少し前まで朝の挨拶をすることなんてなかったから。

「ねぇ」

「ん?」

「……何で手、繋いでるの?」

「……さぁ?」

 霊夢の指摘で彼女と手を繋いでいることに気付いたが、その原因は当事者である僕たちでもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桔梗」

 そんなことがあった夜、僕はテーブルの上でゴロゴロ転がって遊んでいた桔梗を呼んだ。

「はい、何でしょう?」

「新しい服ができたから試着してくれる?」

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 嬉しそうに飛び回る桔梗を捕まえて新しい服を渡した。ニコニコ笑いながら受け取った彼女だったが、すぐに首を傾げる。

「あれ、これメイド服じゃありませんよ?」

「今回は嗜好を変えてみたんだ。どうかな?」

 ここで暮らし始めて毎晩のように服を作っていたのですでに桔梗の服は4着目。しかし、完成させた服は全てメイド服だったので別の服を作ってみようと思ったのだ。

「私のためにそこまで……感謝の言葉で喉が詰まってしまいそうです!」

「もう大げさだなー」

「では、さっそく着て来ますね、と言いたいのですが……巫女服の着方がわかりません」

 そう、今回作ってみたのは巫女服なのだ。巫女服にした理由は単に僕たちが博麗神社で暮らしているからである。

「しょうがないわね、教えてあげるわ」

 そんな僕たちをお茶を飲みながら見ていた霊夢が湯呑を置いて立ち上がった。

「ありがとうございます、霊夢さん。よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をした後、霊夢の後を追う桔梗。因みに霊奈はお風呂に入った後、すぐに寝てしまうので寝室にいる。霊奈が桔梗の巫女服姿を見るのは明日になりそうだ。

「お待たせ」

 散らかっていた布を集めていると霊夢が戻って来る。だが、肝心の桔梗の姿はない。

「あの、どうでしょう?」

 そう思っていると霊夢の後ろから桔梗がおそるおそる出て来た。メイド服以外の服を着るのは初めてだったので自信がなかったようだ。

「うん、似合ってる。可愛いよ」

 霊夢たちが着ている巫女服を参考にしたかいがあったのか桔梗の巫女服姿は様になっていた。サイズも合っているようで直さなくてもいいみたい。

「あ、ありがとう、ございます……」

 褒められた桔梗は顔を真っ赤にして霊夢の後ろに隠れてしまった。もっと見ていたいのだが、巫女服に慣れていないからか恥ずかしいらしい。

「本当に裁縫が得意なのね」

 キャーキャー言っている桔梗から目を離した霊夢が呆れた様子で呟く。

「まぁね。あ、巫女服見せてくれてありがとう。そのおかげで素敵な服ができたよ」

「それほどでも……まぁ、博麗の巫女服は別なんだけどね」

「別?」

 何か特別な装飾でもあるのだろうか。それなら是非見てみたい。

「……それはいいとして今日はもう寝ましょ? 結構、いい時間だもの」

 霊夢の言葉を聞いて時計を見ればすでに日付が変わっていた。明日も修行がある。寝不足の状態では満足に修行もできない。

「それじゃ片づけるね。桔梗、手伝ってくれる?」

「は、はい! あの……今日はこのまま寝てもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 新しい服が嬉しかったようで許可を出すと桔梗は満面の笑みを浮かべる。

(今度は桔梗のパジャマでも作ろうかな)

 そう考えながら裁縫道具の片づけを始めた。

 



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第332話 理不尽の始まり

 時空を超えた先で古明地こいし、咲、雪を助けたキョウと桔梗。それにしてもさっきの戦いはなかなか鮮やかだった。あのムカデとの戦いを乗り越えたからだろう。あの程度の妖怪なら私の手助けも必要ないはずだ。にとりに感謝だ。

「ありがとう」

 こいしからお礼を受け取るために森の中を歩くことになったのだが、雪がずっと桔梗のことを見ていた。どうやら桔梗のことを気に入ったらしい。それに気付いたキョウが雪の元へ桔梗を送り出すと不意に咲からお礼を言われたのだ。

「え?」

「あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……」

 首を傾げるキョウに咲は嬉しそうに話す。妹の人見知りを気にしていたのだろう。彼女たちは旅をしている。しかも、子供だけで大人は一人もいない。それがまだ10歳ほどの咲を大人にしたのだろう。咲の顔は10歳の子供が浮かべていい顔ではなかった。どこか、“安心したような”表情。もう自分がいなくても大丈夫だと少しだけ寂しそうな笑顔だった。

「そうだったんですか」

 こいしの後に続いて歩いている雪とその隣で浮遊している桔梗を見ながら頷くキョウ。それから数秒ほど沈黙が続き、『そろそろ、歩こうか?』と咲は提案する。今日も素直に頷いた。

「念のために聞くけど……キョウ君って何歳?」

「5歳です」

「え!? 嘘っ!?」

「よく言われます」

 歩き始めてから少しした後、キョウの年齢を聞いて咲は目を丸くする。まぁ、無理もない。キョウは5歳にしてはしっかりと物事を考えられるし話し方も5歳のそれとは大きく違う。5歳の子供の体に大人の精神が入っていると言われても納得してしまうほどキョウは大人びていた。まぁ、こまち先生の時のようにテンションが上がれば子供特有の無邪気な笑顔を浮かべてくれるのだが。

「だって、5歳ってことは雪よりも2つ下だよ?」

「私が何?」

 咲が少しだけ小さな声で教えてくれたが、前を歩いていた雪の耳に届いてしまったようで桔梗を抱っこしながら振り返った。随分と桔梗と仲良くなったようだ。

「ううん、何でもない……って、あまり桔梗ちゃんに迷惑かけないようにね?」

「はーい」

「全く、あの子は……」

「まぁまぁ」

 少しだけ抜けた返事をする雪を見て彼女は苦笑を浮かべる。それを宥めるキョウだったが、彼の表情はちょっとだけ寂しげだった。キョウはほとんど独りで過ごしていた。だから兄弟というものに憧れているのかもしれない。

『……あれ?』

 不意に覚えた違和感。そう、どうして私は“目覚める前のキョウの様子”を知っていたのだろう。あの頃はまだ私というイレギュラーは存在していなかった。それなのに私は過去のキョウを知っている。

(本当に……何なのかしら?)

「咲さん、あれってどういう意味ですか?」

 自分のことなのに何もわからない気持ち悪さに顔を顰めているとキョウが咲に質問した。話を聞いていなかったので質問の意味はわからなかったが。

「うーん……私も詳しいことはわからないけど、お姉ちゃんのお姉ちゃんと喧嘩したんだって。で、家出してる途中で私たちと会って……そのまま、どんどん人が増えて行って今みたいに大人数で旅をするようになったの」

「じゃあ、こいしさんと一番最初に会ったのは?」

「そう、私たち。親に捨てられて……森の中を彷徨ってる時にお姉ちゃんに会ったの」

「捨てられ――」

 咲の話を聞いてキョウは絶句する。独りで過ごすことが多いキョウだが、寝る前には必ず両親が様子を見に来るので親が子供を捨てるという行為が理解できなかったのだろう。その様子を見た咲は悲しげな笑みを浮かべた。

「あはは……まぁ、あの人たちも大変だったんだよ。家を妖怪に壊されて畑もめちゃくちゃになって……もう、どうすることも出来なくて、ね」

 家を破壊され、畑もめちゃくちゃ。そんな状況で子供3人を養っていくことなどはっきり言って不可能だ。誰かに頼ると言っても無償で手を差し伸べてくれる人もほとんどいないだろう。だから、咲たちの両親は咲たちを捨てた。理解はできる。納得もできる。しかし、理解できても、納得できても、それを受け入れられるかと聞かれれば首を横に振る。そんな葛藤が目に見えてわかった。特に咲は姉である。小さな妹たちを守るために頑張ったのだろう。今ではこいしという存在がいるから元気そうに見えるが、彼女が一体、どれだけ泣いて、叫んで、苦しんだのか想像もできない。

「もしかして、こいしさんと旅をしてる子供たちって……」

「うん。お姉ちゃんも言ってたけど捨てられた子ばかりだよ。後、森の中を親といた時に妖怪に襲われて親を殺されちゃった子とか」

 そう語る咲は真っ直ぐ前を見ていた。きっと、その現実から目を逸らしてはいけないと理解しているのだろう。その現実から目を逸らしてしまえばすぐに死んでしまうのだから。

「キョウ! もうすぐ着くよ!」

 そんな彼らに向かってこいしが叫んだ。そして、すぐに開けた場所に出る。その場所には大きな台車が3つとその周囲にテントらしき物が建てられていた。だが、そのテントは穴が開いていて長年使って来たのか汚れも酷い。あのような状態では熟睡などできないだろう。テントの様子を確かめた後、その周りにいる子供たちに目を向ける。咲よりも大きい子はいない。それどころか咲と同年代の子もいなかった。

「皆ー!」

 こいしがそう声をかけると子供たちが一斉にこちらを見て口を綻ばせ、我先にと駆け寄って来る。その迫力に恐れをなしたのか桔梗が雪の腕から逃げてキョウの背中に逃げ込む。

「お帰りなさい! お姉ちゃん!」

「咲ちゃんもお帰り! 無事でよかった!」

「雪ちゃん、お帰り!」

 20人ほどの子供たちがこいしたちを囲む。こいしはまだしも咲と雪はただの人間で子供だ。相当、心配していたのだろう。

「どうして、逃げて来たの?」

「い、いえ……何か、迫力があって思わず……」

 背中から頭に移動して震えている桔梗に対してキョウは苦笑いを浮かべた。

「皆、落ち着いてってば! 今は薬草を月にあげないと!」

 こいしが薬草を掲げながら叫ぶと子供たちは慌ててテントの方へ向かった。咲の妹である月に薬草をあげるための準備をするのだろう。

「最初はどうなるかと思ったけど皆の様子を見る分にはまだ大丈夫そうだね」

「うん……よかった」

 わいわいと騒いでいる子供たちを見ながらこいしと咲は安堵のため息を漏らす。もし、月が手遅れになっていれば子供たちはあんなに騒がないはずだ。因みに雪はいつの間にかいなくなっていた桔梗を探してキョロキョロと辺りを見渡している。

「ください……」

 そんな光景を見て微笑ましく思っているといつもより低い声で桔梗が呟いた。この反応はもしや――。

「ちょ、ちょっと!! さすがに桔梗、それはマズイって!」

 嫌な予感が脳裏を過ぎった瞬間、キョウが飛び出しそうになった桔梗を掴んで止める。しかし、桔梗の力の方が上のようで止まらない。

「こ、こいしさん!!」

「ン? キョウ、どうしたの……って、何!? 桔梗がすごい目でこっちを見てるんだけど!?」

「ください! それ、ください!」

 たまらずこいしの名前を呼ぶキョウ。だが、呼ばれた本人は桔梗の急変に驚いたのか体を硬直させてしまう。その間にはどんどん桔梗がこいしの持っている薬草を目指して前に進んでいた。

(……少しだけなら)

 さすがに桔梗に薬草を食べられるわけにはいかないので吸血鬼の力を少しだけ開放できるように調節する。しかし、それでも桔梗は止まらない。

『でも、これ以上は……』

 今は人間のままでいられているキョウだが、何度も吸血鬼の力を使っていればいずれ本物の吸血鬼になってしまう恐れがある。それに吸血鬼の力を開放すればこいしに気付かれる可能性もあるのだ。

「うぐぐぐ……そ、その薬草を早く!」

「え? あ、うん!」

 どうしようか悩んでいるとキョウの指示を聞いて勘違いしてしまったのかこいしは桔梗に薬草を差し出した。

『あ……』

「あああああ!?」

「いただきまああああああすうううううう!!」

 パクっと薬草を食べる桔梗。

「「「……」」」

 もしゃもしゃと薬草を食べている彼女をこいしと咲は目を点にして凝視し、キョウはダラダラと冷や汗を流し始める。雪はいつの間にかいなくなっていた。子供たちの手伝いをしに行ったのだろう。

『あちゃー……』

「「あああああああああああああああああ!?」」

 ため息交じりにそう呟いたすぐ後、こいしと咲は悲鳴のような声をあげる。

「すみません! 本当にすみません!!」

 幸せそうな顔で薬草を食べている桔梗と腕に抱え、何度も頭を下げるキョウ。まさかこのタイミングで物欲センサーが働くとは。

「ど、どうしよう!? もう薬草を取りに行く時間なんかないよ!」

「あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!」

「桔梗、ぺってしなさい! ぺって!」

 頭を抱えて叫ぶこいしと涙を流して妹に謝る咲。何とか薬草を吐き出させようと頑張るキョウだが、その努力も空しく桔梗は薬草を飲み込んだ。

「ぷはぁ……あ、あれ。私……」

 やっと正気に戻った桔梗だったが目の前の惨劇を見て戸惑っている。そして、こいしの手に薬草がないことに気付いたのか、どんどん顔を青ざめさせていった。

「ま、マスター……まさかとは思いますが……」

「そのまさかだよ! あの薬草、食べちゃったの!」

「きゃあああああああ! すみません!」

 やっと自分のしでかしたことを理解したのか桔梗は涙目になって謝る。だが、彼女の謝罪は2人の耳に入っていないようでまだ喚き散らしていた。

『少しは落ち着きなさいよ』

 桔梗が薬草を食べたということは何かしらの力を手にしたことになる。しかも、薬草なんかで武器に変形できるとは思えない。つまり――。

「ッ! そ、そうです!」

 私と同じ考えに至ったのか謝っていた桔梗はテントの方へ向かう。

「き、桔梗!?」

 慌ててその後を追うキョウ。こいしたちもその後を追いかけた。

「雪さん!」

「あ、桔梗。やっと見つけた」

 桔梗が向かった先は雪だった。彼女は水の入った桶を持っている。どこかに運ぼうとしていたようだ。

「私を月さんのところへ連れて行ってください!」

「? 丁度今から行くからいいよ」

「ありがとうございます!」

 桶を持った雪の案内で月が眠っていると思われるテントに到着した。桔梗は雪にお礼を言った後、テントの中に入る。キョウたちもその後に続いた。テントの中には薄い布の上で寝ている女の子がいた。その女の子は苦しそうに顔を歪め、呼吸も乱れている。

「こいしさん! あそこで寝ている方が月さんですか!?」

「う、うん。そうだけど」

 頷いたこいしを見て彼女は月のお腹に着地した。

「私の予想が正しければ!」

 そして、おもむろに月の胸に両手を当てる。すると、桔梗の両手が緑色に光った。苦しそうに寝ていた月の顔色がどんどんよくなっていく。

「……これで、大丈夫です」

 しばらくして両手から緑色の光が消え、頷いた桔梗。その頃には月の呼吸も安定しており、気持ちよさそうに眠っていた。

(やっぱり、能力になったみたいね)

 キョウたちが言葉を失っている中、私は自分の予想が当たっていたのだと理解する。物欲センサーが働いたということはそれを食べることによって変形か能力を得られるのだ。今回の場合、桔梗は薬草を食べて能力を得た。そして、その能力を使って月を治したのだ。

「よかった……本当に、よかったよぉ」

 自分の妹が助かったとわかったのか咲はその場にへたり込んでしまう。こいしが笑いながら咲の背中を擦る。その2人の姿は本当の姉妹のように見え、私は少しだけ嬉しくなった。独りで頑張って来た咲。でも、今は頼れるお姉ちゃんがいる。そう、思えたから。



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第333話 気配

 着物を着た幼女の後ろをついて行くこと、数十分。時刻は2時を過ぎた。

「うんうん、ここがいいかな」

 ヒマワリ神社の空き地で幼女は頷きながらくるりと俺の方を振り返る。重心を低くして構えた。

「ニシシ……そうやって気を張りすぎたら疲れちゃうよ? ほら、リラックスリラックス」

「妖力を撒き散らしてよく言うよ。これから戦おうって言ってるようなもんだろうが」

「シシ、そうなんだけどね。少しぐらい私との会話を楽しんでもいいじゃないか」

 着物の袖で口元を隠しながら笑う幼女。それに対して俺は少しばかり焦っていた。

(どうして……気配がない?)

 そう、この場所に着いてから幼女の気配を感じ取ることができなくなっていたのだ。目の前にいるのに気配だけがない。魔眼を発動しても目の前にいる幼女から一切の力を感じない。妖力は確かに感じるのに。

「おやおや? どうしたのかな? ずいぶん表情が強張ってるようだけど」

 幼女はニヤリと笑いながら首を傾げる。やはり、何かの能力を使っているらしい。だが、俺には干渉系の能力は効かない。つまり、自分に対して使っているのだろう。気配を遮断する能力か、はたまたそれに類似した能力か。

「おっと、まずはこれを起動させないと駄目だったね。よいしょ」

 そう言って彼女は着物の袖から機械のような物を取り出してスイッチを押した。すると、空き地を囲むように半透明のドームが展開させる。これには見覚えがあった。ドッペルゲンガーと戦った時に旧校舎を覆っていたあのドームだ。

「ニシシ。式神を呼ばれると面倒だからね。隔離させて貰ったよ」

「……」

 まぁ、何となくこうなることは予想していた。それにこの幼女はあのドッペルゲンガーを送り込んで来た組織に属しているらしい。そうでなければこのドームを展開できた理由にはならない。なら、こいつらの目的は俺なのだろう。もしかしたら、こいつも人工的に作られた存在なのかもしれない。どうにかして『魂装』を当てれば俺の勝ちだ。

「シシ、これで誰にも邪魔されることなく“お前を殺せる”な」

「何?」

 ドッペルゲンガーの時は俺を連れ去ろうとした。だからこそ、あのような作戦を考え付くことができたのだ。しかし、この幼女は俺を殺すと言った。何か状況が変わったのだろうか。

「ああ、お前はもう用なしなんだってさ。よかったな、もうストーカーされないぞ? 私に殺されるんだからな」

「用なしなら俺を殺す必要もないんじゃないか?」

「計画の邪魔になるらしい。私も詳しい話は知らんよ。まぁ、雑談はこれぐらいにしてそろそろ始めようじゃないか。殺し合い」

「……ああ」

 頷きながら右手に鎌。左手に直剣を創造する。未だに彼女の気配を感じ取れないが、仕方ない。まずは小手調べだ。

「ニシシ。いいのか? そっちを見てて」

「え?」

「私はこっちだよ」

 いきなり目の前にいる幼女の姿がぼやけたと思った刹那、俺の脇腹に凄まじい衝撃を激痛が走る。鮮血が舞い散る中、下を見ると幼女が笑いながら俺の脇腹から手を抜いた。あの一瞬で俺の懐に潜り込み、貫手で脇腹を貫かれたようだ。霊力を流して治しながら幼女から離れるため、後ろに跳ぶ。

「いらっしゃい」

「ガッ……」

 だが、いつの間にか後ろに移動していた幼女が蹴りを放つ。回避することもできず、まともに背中に受けてしまった。蹴った衝撃で俺は吹き飛ばされ、鎌と直剣を落としてしまう。

『響、大丈夫!?』

(あ、ああ……霊双『ツインダガーテール』)

 吸血鬼に返事をしながらスペルを使用する。少しだけふらつきながら立ち上がり、もう一度、鎌と直剣を創造した。

「ニシシ。ほらほら、おいで。遊んであげるよ」

 よほど自信があるのか幼女は笑いながら俺を挑発する。さすがにそんな安い挑発には乗らないがどうやって攻めようか悩んでしまう。俺の魔眼でも追い付けないようなスピードで移動するのだ。無闇に突っ込んでも返り討ちにされる。ここは素直に青竜を憑依させた方がいいかもしれない。弥生がいないから『四神憑依』の効果も半減するが素のままでいるよりはマシだろう。確実に『魂装』を当てられる状況を作るまで持ちこたえれば。

『……青竜は弥生の方に行ってるぞ』

(……は?)

 青竜は俺の魂と弥生の魂を行き来できる。そして、青竜が魂にいなければ『四神憑依』は不可能だ。いつもなら式神通信で弥生に連絡し、青竜に戻って来て貰えればいいのだが、このドームのせいで式神通信は使えない。つまり、『四神憑依』は使用不可、ということになる。

「来ないならこっちから行くよ」

 翠炎の声に呆けていると幼女が突っ込んで来た。咄嗟に鎌を振るって牽制する。しかし、鎌が当たる直前で幼女の姿がスッと消えた。

「なっ」

 鎌を空振り、バランスを崩してしまう。しかし、今度は魔眼が幼女を捉えていた。真上だ。2つの尾の先にある刃を真上にいる幼女に向かって伸ばす。

「残念」

 幼女の声が聞こえた瞬間、左腕が飛んだ。いや、斬り飛ばされた。突然の激痛に思わず、膝を付いてしまう。そんな俺を見下ろしながら脇差を振るい、刃に付いた血を払う幼女。

(何だ……何が起きた?)

 幼女は真上にいたはずなのに左腕を斬り飛ばされた。あの一瞬で真上から移動したのか。いや、ならば魔眼に何らかの反応があったはず。何かが引っ掛かる。ただ単純に速いだけじゃない。別の何かが。

 思考を巡らせながら立ち上がり、ツインテールの右の尾で左腕を拾い上げた。その間、幼女が攻撃して来てもいいように身構えていたが意外にも彼女は何もして来なかった。それを不思議に思いながら左腕を傷口にくっ付けて治す。その瞬間、幼女の姿がまた消えた。咄嗟に右に跳ぶ。先ほどまで俺がいた場所を脇差が通り過ぎた。

(何なんだよ!)

 ゴロゴロと地面を転がりながら鎌を振るい、斬撃を飛ばす。幼女は向かって来る斬撃を見て嗤った。そして、斬撃は――。

「ッ!?」

 ――幼女を捉えることなく通り過ぎた。最初からそこ幼女などいなかったと言わんばかりに。

「そう言うことか!」

 速いのではない。“元々、そこにいなかったのだ”。あの幼女は気配を消すだけでなく、自分の姿を眩ませ、別の場所に自分の幻影を作っていた。だからこそ、俺は騙された。魔眼の反応は彼女自身ではなく、幻影が纏っていた妖力だったのだから。

(ならっ!)

「遅い」

 いつの間にか後ろに回り込んでいた幼女が脇差で俺の背中を斬った。痛みで顔を歪ませるが、2つの尾を操作して脇差に絡ませる。だが、遅かったのか2つの尾は脇差を素通りした。霊力を背中に流しながら前にダイブする。次の瞬間、幼女の踵が地面を抉った。俺の頭を潰そうと踵落としを放ったのだろう。

『今だ、響!』

「ぐ、お、おおおおおおおおお!!」

(魂装『炎刀―翠炎―』!! 三刀『投げの炎』!)

 体を回転させて逆さになりながら右手の翠色の刀を出現させて投げる。刀は柄から翠色の炎を噴出させ、スピードを上げて幼女の胸に向かって突き進む。幻影に惑わされるのならば相手が俺に攻撃して来るタイミング――つまり、実体を晒した時に攻撃すればいい。『三刀』は投げた後、加速し続ける技だ。踵を落としているこの状況ならば躱せないだろう。

「っ……へぇ?」

 翠色の刀を見て幼女は目を見開き、感心したような表情を浮かべる。そして、炎刀が彼女の胸を貫いた。

「ガハッ……」

 だが、それとほぼ同時に俺の鳩尾に幼女のつま先が突き刺さった。あまりの脚力に地面を2回ほどバウンドしてドームの壁に叩きつけられる。肋骨が粉々にされて上手く呼吸ができない。急いで霊力で再生させる。

「どう……して?」

 確かに炎刀は彼女を捉えたはずだ。なのに、どうして彼女は俺を攻撃できた? 実体だと思っていたが、幻影だったのか? しかし、あの幼女は踵で地面を抉った。実体じゃなければありえない。

「ニシシ。混乱してるね」

 フラフラしながら立ち上がると脇差を手にした幼女が笑いながら俺の前に立っていた。やはり、気配を感じ取れない。なら、実体なのか。それとも幻影なのか。わからない。

「シシ。このままお前を殺してもいいんだけど……それもつまらないなぁ。あ、そうだ。なら、タネを教えてあげよう。そうすれば少しは戦えるよね?」

「タネ、だと?」

 何故、わざわざ俺が有利になるようなことをするのだ。こいつの目的は俺を殺すことなのに。余裕ぶっているのか?

「何、簡単な話さ。お前も気付いてると思うけど私は気配を消せるし、幻影を生み出せる。自分の姿だって見えなくできる。だから、お前は攻撃した直後に攻撃した。幻影ならお前に攻撃しても無意味だからな。幻影はただの幻。お前の攻撃も素通りするようにこっちからの攻撃もお前を素通りする。“ただの幻影ならな”」

 そこで脇差を真上に投げる幼女。そして、彼女は自分の真横に幻影を生み出し、落ちて来た脇差を幻影が掴んだ。

「私は幻影にいつでもどこでも実体を与えることができる。いや……厳密に言えばこれは幻影ですらないんだけどね」

「幻影、じゃない?」

「ああ、これはただの“気配”さ。自分の姿を見えなくさせるのだって自分の気配を別の場所に移し、本体の気配をそこら辺の石ころと同じレベルまで小さくさせてるだけ。お前は道端に落ちてる石ころを一々目に捉えながら歩くか? しないだろ? それと同じ現象さ。つまり、見えなくなってるんじゃなくて……目に入らないように仕向けてるだけなんだよ」

 ニシシ、と笑う2人の幼女。

「幻影だってそうさ。気配を濃くすれば“世界が勝手に勘違いする”。そこにいないのにいると思い、そこにいるのにいないと思う。さっきの踵落としだって幻影の気配を濃くした結果、勝手に地面が抉れただけ」

「まさか、お前の正体は……」

 気配に関する能力を持っていて世界に干渉できるほどの強大な妖怪と言えば。

 

 

 

 

 

 

「ニシシ。気付いたかな。さぁ、続きと行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 『妖怪の総大将』、ぬらりひょん。それが彼女の正体だ。

 



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第334話 新技を開発しよう!

「キョウ、手伝って!」

 いつものように修行を終え、お昼ご飯を食べている時、不意に霊奈が僕にそう叫んだ。

「手伝うって何を?」

「新技! あれから頑張って練習してるんだけど全然できなくて……」

 どうやら、新技の開発に行き詰ってしまったらしい。でも、僕を倒すのを目標にしているのに新技の開発に僕が関わってしまったら意味がないのではないのだろうか。

「お願い!」

 そう指摘しようとしたが、両手を合わせて拝むようにお願いして来たので口を閉ざしてしまう。まぁ、新技の内容を知られても技のバリエーションが増えれば戦略も広がるしいいか。

「うん、いいよ」

「やった! じゃあ、お昼ご飯食べたら早速やろっ!」

 満面の笑みを浮かべながら霊奈はチャーハンをかきこむ。それを見て霊夢がそっとため息を吐いた。呆れているのだろう。

「新技、か……」

 手数が多い僕もそろそろ新しい技を身に付けた方がいいかもしれない。そう思いながらチラリと桔梗を見る。ほっぺたにご飯粒を付けながら嬉しそうにチャーハンを食べていた。

(……まぁ、しばらくいっか)

「桔梗、ご飯粒付いてるよ」

「え? どこですか?」

 スプーンを置いてペタペタとほっぺたを触る彼女だったが見当外れなところばかり触っている。僕はそんな彼女を見て苦笑を浮かべた後、サッと彼女のほっぺたに付いていたご飯粒を取り、口に入れる。

「はい、取れたよ」

「は、はぃ……ありがとう、ございます」

「桔梗?」

 何故か俯いてしまった桔梗を不思議に思っていると再び、霊夢がため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ新技を開発しまーす!」

「おー!」

 家事を一通り終わらせた僕は神社の境内で霊奈と一緒に気合を入れた。こうやって技を開発するのは何気に初めてなのでちょっとだけ楽しみだったりする。因みに霊夢は残りの家事、桔梗はお昼寝をしている。

「「……」」

 気合を入れた僕たちはお互いに見つめ合う。そして、ほぼ同時に首を傾げた。

「新技を開発するんじゃないの?」

「うん、だから何かアドバイスちょうだい!」

「あ、そう言うこと……」

 まぁ、今まで一人で新技を開発して来て出来なかったのだから僕にアドバイスを求めるのも無理はないか。

「新技ねぇ……うーん」

「……どうしたの?」

「えっと、桔梗が素材を食べれば新しい変形や能力が得られるから……僕自身が新技を開発したことはないんだよね」

「それってつまり?」

「アドバイスは……できないかな」

 僕の言葉を聞いた霊奈はその場に崩れ落ちた。アドバイスを貰えれば簡単に新技を開発できると踏んでいたのだろう。

「ほ、ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うし! 僕も手伝うから一緒に頑張ろ!」

「そう、だね……うん、頑張ろ!」

 元気を取り戻した霊奈と頷き合う。そう、僕たちは独りじゃない。

「まずはどんな技にしたいか考えてみよう。どんな技がいい?」

「ドカーンってやってズバーンってやってズバババーって!」

「オッケー、少し落ち着こうか」

 そんな擬音語ばかりで説明されてもわからない。そもそも霊奈の技は博麗のお札を投げるか結界で鉤爪を作ることだ。それからかけ離れているような技はできないだろう。

「おー、確かに!」

 そのことを指摘すると彼女は感心したように頷いた。

「そう言えば、霊奈の技って結界っぽくないよね。結界って何かを守ったり邪魔したりするだけかと思ってたよ」

「これは攻めの結界って言って結界を鋭くしたりして攻撃するんだよ。霊奈はこっちの方が得意だからこっちを練習してるの」

「攻めの結界? なら、守りの結界もあるんだ」

「そっちは霊夢が得意なんだ。あ、それとお師匠様は全部できるけどその中でも援護の結界が得意なんだって!」

「援護の、結界?」

 攻めの結界と守りの結界はわかる。しかし、援護の結界は想像できなかった。

「霊奈もよくわかんないけど……結界内の仲間を助けるんだって。後、自分に結界を貼り付けたり」

「貼り付ける?」

 結界って貼り付けられるものなのだろうか。それにしても結界にそれだけ種類があるとは思わなかった。

「とにかく、今は攻めの結界を使った技を作ろう。きっとそっちの方が霊奈に合ってると思うし」

「よっしゃー! 頑張るぞー!」

「方向性はこれで決まったから……次は霊奈の弱点を考えよう」

「じゃ、弱点? なんで?」

「その弱点をカバーできるような技にした方がいいでしょ?」

 『なるほどー』と言った彼女は腕を組んで唸り始める。だが、それも数秒で終わり、口を開いた。

「いっぱいあるんだけどどうしよ?」

「あー……」

 手数の少なさ、攻撃力の低さ、機動力のなさ。少し考えただけでもこれだけ出てしまった。特に霊奈の場合、何かずば抜けたものがない。例えば、僕のように手数の多さで相手を攪乱したり、相手の技を的確にあしらったり、スピード特化の人なら目にも止まらぬ速さで動き、相手に隙ができた瞬間に鋭い一撃を入れたり。このように『これだけは誰にも負けない!』と言えるようなものがないのだ。

「だから、霊奈も何かそう言ったものがあればいいんじゃないかな」

「これだけは誰にも負けない、かー……うーん。食欲?」

 確かにたくさん食べるけれどそういうことじゃない。

「キョウは手数の多さだよね?」

「それもあるけど……後は意外性とかかな」

「意外性?」

「ほら、一番最初の模擬戦で霊奈の鉤爪を桔梗【盾】で防いだ時、衝撃波が発生して霊奈、すごく吃驚したでしょ?」

 うん、と霊奈は頷く。

「あの時は霊奈がどんなことをして来るかわからなかったから何もしなかったけど、吃驚した瞬間に桔梗【拳】で銃弾をばら撒いてたらどうなってたかな?」

「……蜂の巣だったと思う」

「つまり、僕の強みは相手の不意を突けることなんだ。初見でしか意味ないけどその初見で相手を仕留められる可能性が高くなる。それだけでも勝率はグッと上がると思うんだ」

 僕もそこまで戦い方に詳しいわけではないけれど不意を突くというのはとても重要なことだと思う。

「な、なるほど……」

 実際に不意を突かれた霊奈はそう呟いた後、目を閉じた。自分の強みを探しているのだろう。

「……霊奈は、霊夢みたいに守りの結界が得意じゃないし、お師匠様みたいに何でもできない。キョウと桔梗みたいに手数も意外性もない。でも……やっぱり、攻めの結界だけは誰にも負けたくない。だから、攻撃あるのみ! 攻撃して、攻撃して、攻撃して! 相手が疲れるまで攻めまくる! 一撃を重く鋭く激しく! 攻撃は最大の防御だよ!」

 グッと両手を強く握って霊奈は叫んだ。

 攻めて攻めて攻め続ける攻撃特化。何の小細工もない真正面から相手の攻撃を受け止めて叩き潰す。

「……うん、霊奈らしいね」

 でも、それが一番、霊奈に合っていると思った。

「じゃあ、具体的な技を作ってみよっか」

「うーん……具体的って言ってもなー。攻めの結界は鉤爪があるし。今から新しい術式を組むのも大変だし……」

「まずは鉤爪の派生技を作るのは?」

「派生、技……っ! そっか!」

 何か思いついたのか霊奈は神社の方へ走り出す。

「れ、霊奈!?」

「ごめん! いい感じの術式を思いついたからさっそく組んで来る!」

 そう言い残して彼女は神社の中へ消えて行った。

「……全くもう」

 術式に関しては何もアドバイスできないので仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

(できれば最後まで一緒に作りたかったな)

 少しだけ残念に思っていると洗濯籠を持った霊夢が神社から出て来るのを見つけた。駆け足で彼女のところへ向かう。

「霊夢、手伝うよ」

「あら、ありがと。霊奈の方はいいの?」

「術式を思い付いたから組んで来るって言って神社の中に」

「ふーん」

 そこまで興味はなかったのか霊夢は適当な返事をするだけで洗濯物を干し始めた。僕も洗濯籠から桔梗の予備のメイド服を引っ張り出して干す。

「霊奈から聞いたんだけど結界にも色々あるんだね」

「そうね。私は守りの結界が性に合ってるからそればかりしか練習してないけど」

「へー、やっぱり得手不得手があるんだね」

「師匠が言うには全部使えるようにしなきゃ駄目らしいけどね。攻めるのは面倒だし、援護の結界に限っては術式が複雑すぎて今の私たちじゃ使えないし」

「そんなに難しいんだ、援護の結界って。僕はどの結界が得意なんだろ?」

 何となく呟いただけなのだが、それを聞いた霊夢は洗濯物の影からジト目でこちらを見た。

「まずは私の合格点を取ってから。今のままじゃどの結界もできないわ」

「はーい、師匠」

「師匠言うな」

 そんな他愛もない会話をしながら洗濯物を干す。バタバタと洗濯物が風で揺れる音を聞きながら空を見上げる。そこには青空が広がっていた。博麗の巫女になることを夢見る女の子を応援するように。

 




明日で追いつきます。


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第335話 片鱗

「ほら! どこからでもかかって来なさい!」

 桔梗が色々な薬草を食べて子供たちの病気を治した後、こいしから模擬戦をやらないかと提案され、桔梗がそれに乗ってしまった。

「そう言われましても……」

 気合いの入っているこいしを目の前にしてキョウは困惑した様子でそう呟く。急に戦うことになったのはもちろん、周囲で楽しそうに応援している子供たちが気になるようだ。

「ほらほら! 桔梗のご主人様は戦う前からやる気ないみたいだけど!」

「マスター! こいしさんに遠慮なんかいりません! さっさとやっつけちゃいましょう」

 こいしの挑発に桔梗がまた乗せられ、キョウの頬をペチペチと叩きながら叫んだ。それを見た彼は呆れたようにため息を吐く。

「わかった。わかったからまずは準備をしよ?」

「はい!」

「桔梗【翼】!」

 やっと戦う決心がついたのかキョウが桔梗に指示して翼を装備し、背中の鎌を手に持って構えた。人形だった桔梗が変形したのを見て周囲の子供たちがどよめく。

「咲! 合図、よろしく」

 キョウの準備が整ったのを見て笑ったこいしが咲に審判役をお願いする。

「あ、はい! では、始め!」

「振動!」

 咲の合図とともに低空飛行でこいしに突進したキョウは翼を振動させて一気に加速した。

「おお!?」

 予想以上のスピードにこいしは目を見開き、回避するために右へ飛んだ。

「左翼、ロール!」

 それを見たキョウが咄嗟に右へスライドしてこいしの後を追いかける。キョウの強みは桔梗の変形を用いた変則的な戦い方だ。桔梗の翼は一見すればただの翼にしか見えないが、今のように振動を利用することでアクロバティックな飛行を可能とし、相手の意表を突くことができる。

「そんな無茶苦茶な!?」

 その証拠に迫って来るキョウを目の当たりにしてこいしは驚いて硬直している。少しばかり体勢を崩しているが彼は思い切り鎌を振るう。

「うわ!?」

 だが、妖怪特有の身体能力を活かして彼女は鎌を回避。躱されたキョウはそのままこいしを追い抜く。

「拳!」

 すぐに体の向きを反転させ、桔梗【拳】を左手に装備し、ジェット噴射でこいしに追撃を試みる。「えいっ!」

 しかし、拳を頭を傾けることで躱したこいしはそのままキョウの腕を掴んで背負い投げの要領でキョウを投げた。

「ちょっ!?」

 投げられた彼はジェット噴射の勢いもあって地面に叩きつけられるのではなく、空中に投げ出される。

「翼!」

 慌てて桔梗【翼】に変形させ、体勢を立て直した。

「今度はこっちの番だよ!」

 その直後、ニヤリと笑ったこいしが何発もの弾を射出する。弾速はそこまで速くないが弾数があまりにも多すぎる。これを回避するのは難しいだろう。

「盾!!」

「はい!」

 キョウも回避出来ないと判断して桔梗【盾】を装備し、弾を受け止めた。弾が盾にぶつかる度、衝撃波が発生する。

「これで終わり!」

 弾を防ぐことに気を取られていたからか、いつの間にかキョウの後ろにこいしが回り込んでいた。勝利を確信しているのか彼女は笑いながら弾を放つ。

「翼で弾いて!!」

 だが、キョウもまだ負けていなかった。咄嗟に桔梗【翼】で背後の弾を弾いた。それを見たこいしは感心したように声を漏らす。

「せいっ!」

 そんな彼女に向かって裏拳をするように鎌を振るうキョウだったが簡単に躱されてしまう。

「そんな攻撃、攻撃に入らないよ!」

 躱した勢いのまま、キョウの真上に移動したこいしはそう言いながら弾を撃つ。

「振動で急降下! そのまま、低空飛行!」

 キョウの指示を聞いて桔梗が上に向かって振動し、弾から離れる。落ちている間に体を回転させ、地面の方を向き、そのまま地面すれすれを飛ぶ。その直後、こいしの弾が地面を抉った。

「逃げるだけじゃ勝てないよ!」

「急上昇!」

 こいしの挑発を無視したキョウは方向転換して彼女の方へ突進する。

「そうそう! そうでなくっちゃ!」

 向かって来るキョウを見て楽しそうに笑うこいし。そして、今までよりも密度の濃い弾幕を放った。だが、キョウはそれを見ても怯むことなくジッと観察する。

「――ロール!!」

 弾幕とぶつかる寸前で弾幕の穴を見つけたらしく、右にスライドして弾幕をやり過ごした。躱されるとは思わなかったようで目を丸くしながら防御をしようと身構えるこいしだったが、その横をキョウは通り過ぎる。

「え!?」

 攻撃されると思っていたからかこいしは声を漏らしながら通り過ぎたキョウを目で追った。

「旋回!」

 大きく旋回しながらキョウは鎌に魔力を込め、先端へ集中させる。鎌の先端が青白く光った。

「突撃!」

「はい!」

 キョウの叫びを聞いた桔梗が一気に急降下して下にいるこいしに突撃する。

「まぶしっ……」

 上にいるキョウを見ようとした彼女だったが、キョウの背後にあった太陽を見てしまい、目を庇った。キョウは最初からこれを狙っていたのだろう。

「これで!!」

 魔力を開放し、鎌の刃を巨大化させた彼は怯んでいるこいしに向かって鎌を振り降ろした。

『――ッ!』

 その瞬間、魂の中にいた私は何かを感じ取り、少しだけ力を開放して弾く。

(今のは……)

「……なんちゃって」

 首を傾げているとキョウを見ていたなかったはずのこいしがその場で体を捻って鎌を躱した。

「え?」

「はい、終わり」

 躱されるとは思わなかったようで呆けていたキョウの背中に向かって弾を撃つこいし。

「やば――」

「マスター! 危ない!」

 キョウを庇うため変形を解除し、人形の姿に戻った桔梗にこいしの弾が直撃する。

「き、桔梗!」

「きゃあああああ!!」

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされる桔梗をキョウが受け止めた。

「ガッ――」

 しかし、勢いを殺すことができずにそのまま地面に叩きつけられてしまい、気を失ってしまう。それと同時に私に体の所有権が移った。

(……そういうことね)

「キョウ! 桔梗! 大丈夫!?」

 一人で納得していると慌てた様子でこいしが駆け寄って来る。

「……」

 私は気絶している桔梗を抱き、ゆっくりと立ち上がる。

「よかった……あ、ゴメンね。あの時、ちょっと……キョウ?」

 私が何の反応も示さないことに気付いたのか謝ったこいしが首を傾げる。そして、またあの感覚。今度は完全に防いだ。まさか能力を弾かれるとは思わなかったのか彼女は訝しげな表情を浮かべた。

「キョウ?」

 そう、こいつはあの時、キョウの心を覗いたのだ。咄嗟に防いだから私の存在までは知られなかったみたいだが。しかし、それでも私は少しばかり怒っている。これは模擬戦だ。キョウの力を見せるための戦い。それなのに負けそうになって、ムキになって、能力を使って、キョウを傷つけた。ああ、イライラする。キョウの能力に“干渉系の能力を防ぐ”というものがあって本当に助かった。もし、これがなければこいしに私の存在がばれていただろうから。早くキョウもこの能力を使いこなせるようになって貰わなければこいしのような干渉系の能力を防げるようになって貰わなければならない。

 まぁ、いい。今はそんなことより――。

「……皆! 離れて!」

 ――この妖怪をどう懲らしめてやろうか。

「で、でも!」

「大丈夫! キョウは大丈夫だから!」

 子供たちを安心させるために叫ぶこいしだったが、今の私には大人ぶった子供にしか見えない。

「キョウ! どうしたの!?」

 ずっと下を向いているから向こうから私の表情を見えないだろう。それが不安なのか少しだけこいしの声は震えていた。

(これは、お灸をすえる必要がありそうね)

 恐怖するなとは言わない。だが、それを表に出すなどリーダーの風上にも置けない。ほら、そんなお前を見た子供たちが更に不安そうに身を縮めている。お前はリーダーに向いていない。

「ねぇ!」

 そして、何より――得体の知れない存在に話しかけるな。どんなことが起きてもいいように身を構えろ。それが先ほどまで笑っていた仲間だったとしても。

「……」

 私は説教するのをグッと我慢して顔を上げた。きっと、言葉にするより実際に体験して貰った方がいいだろう。そっちの方がずっと効率的だ。

「ッ!?」

 私の顔を見たこいしが目を見開き、半歩あとずさった。

「きょ、キョウ?」

「……」

 恐怖しながらも話しかけて来るこいしを無視して桔梗を地面に寝かせる。自分を犠牲にしてまでキョウを守ろうとしてくれてありがとう。ここからは私の仕事だ。一度だけ桔梗の頭を撫でた後、再びこいしを見た。

「どうしちゃったの!? キョウってば!!」

「…………」

 無言のまま、ひたすらこいしの目を見続ける。それに耐え切れなかったのかこいしはとうとう一歩、あとずさった。すかさず、私も一歩だけ前に出て鎌を構える。

「え!? ま、まだやるの!?」

(ええ、やるわ。あなたに色々と教えなきゃならないもの)

 心の中でそう呟いた後、地面を蹴ってこいしに接近する。吸血鬼の力を開放しているのでこいしの相手なら桔梗なしでも余裕でできるだろう。

 そう、思っていた。

「ッ……」

 こいしに向かって鎌を振り降ろそうとした刹那、勝手にキョウの能力が発動した。いきなり目の前が真っ白になったのだ。だが、次の瞬間、こいしの横顔が目に入る。気持ちを切り替えて鎌を振るう。だが、振り降ろす前にまた視界が白に染まった。

(これ、はッ……)

 能力の暴走。この能力は本来、キョウの物。それをイレギュラーである私がこいしの能力を弾くために使ってしまったせいで暴走したのだ。何度も白い空間とこいしがいる空間を行き来する。コントロールが効かない。私にできることはこいしが目に入る度に鎌を振るうことだけ。

「ごめ、ん……キョウ……」

 そう呟いた後、能力の連続使用による地力不足で私は気を失った。

 




と、いうことで追いつきました。
長かったです。ほぼ1年かかりました。


次話から毎週土曜日に更新しますが、土曜日のどこかで投稿します。また、書くのが遅れて日をまたいでしまってもお詫びのもう1話は物理的に厳しいのでなしとさせていただきます。



これからも東方楽曲伝をどうかよろしくお願いします。


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第336話 ぬらりひょんの能力

 妖怪の総大将、ぬらりひょん。夕方時などにどこからともなく家に入り、お茶を

飲むなど自分の家のようにふるまう。また、それを家の者が見ても『この人はこの家の主』だと思ってしまうため、追い出すことができない。はたまた、その存在に気付かない。

 そんな妖怪が目の前にいる。こちらを見てニタニタ笑っているのだ。思わず、生唾を飲んでしまう。おそらく、今まで戦って来た妖怪の中で最も強い。その証拠に俺はすでに何度も脇差で斬り付けられている。

「ニシシ。随分と顔が強張ってるじゃないか」

 冷や汗を流していると彼女――ぬらりひょんは楽しそうに言った。その隣にもぬらりひょん。どちらが本物かわからない。そもそも2人とも本物ではない可能性もある。

「その様子だと私の能力名にも勘付いてるみたいだ。少しばかりヒントを与えすぎたか?いやはや、さすが『音無 響』と言ったところかな。お前さえよければ答え合わせといこうじゃないか」

 余裕綽々。その言葉が一番適しているだろう。俺にヒントを与えたばかりか答え合わせまでするつもりらしい。それは自分の手の内を明かすと同じこと。だが、それでも彼女は勝利を確信している。それほど彼女の力が強大なのだ。

「……お前の能力は主に2つ」

 しかし、それは俺にとって都合がいい。少しでも情報を得よう。

「1つは『気配を操る程度の能力』。これは自分の気配を消したり、他の場所に気配を移して自分の姿を認識させないようにする能力。お前が言ってた石ころの話がこれだ」

 家に侵入したことに気付かない。そこにいることさえ気付かない。それがぬらりひょんである。

「あえて気配を濃くして威圧させることもできるけどね。まぁ、お前には通用しないから使わないけど。それでもう1つは?」

「……正直言って『気配を操る程度の能力』だけなら何とかなった。全方向に力を放てば当たるからな。でも、もう1つの能力が厄介だ」

 気配を他の場所に移すことでそこにいるのに“いない”と世界に勘違いさせる。移した気配を濃くしていないのにそこに“いる”と世界に勘違いさせる。だからこそ、幻影が生まれ、幻影なのに実体がある。その能力は――。

 

 

 

「――『誤認させる程度の能力』」

 

 

 

 見つかっても家の主だと思ってしまうから追い出せない。つまり、家の主だとその人に誤認させる。気配を消し、誤認させ、自由に過ごす。ひょんと現れ、ぬらりと消える。だからこそ、“ぬらりひょん”。掴みどころのない妖怪。

「ご名答。でも、まだ疑問に思ってることがあるみたいだ。ついでにそれも教えるから何でも聞きなよ」

「……確かにお前の能力はぬらりひょんの言い伝えに沿ったものだ。その点に関しては俺も合ってると思う。ただ、どうして人工妖怪であるお前がそこまで強力な力を使える? ぬらりひょんでもお前はどこまで行っても偽物だ。偽物が……いや、本物でもここまで強力な能力を使えるとは思えない」

 そう、あまりにも強すぎるのだ。ドッペルゲンガーでさえも俺より力は劣っていた。『魂同調のデメリットがない』という利点がなければあそこまで苦労しなかったはずである。

「ニシシ。私が人工妖怪って気付いてたのか。まぁ、それなら翠炎を使って来たのも頷ける。お前の言う通り、私は人工妖怪でお前の翠炎に当たればすぐに焼失するだろう。ましてや、偽物が本物に勝るほどの力を使えるわけがない。ただ、1つだけお前が知らない情報がある」

 弱点を自らばらしてもなお笑っているぬらりひょんはその情報を開示した。

「私はお前の能力で生まれたんだよ。お前のドッペルゲンガーを作り出した時にできた副産物でね」

「俺の、能力だと?」

 ありえない。この能力は生み出すことはおろか俺でさえ操り切れていないのだ。しかし、実際に俺はドッペルゲンガーに襲われた。俺の能力も完全にコピーしていたのだ。その時の副産物によって生まれたのが目の前で笑っているぬらりひょん。もし、それが本当だとするならば納得できる。すでにその答えを俺は言っていた。

「妖怪の、総大将……それが原因か」

 俺の能力は言い伝えや伝承、二つ名などに反応し、それに基づいた能力に派生する。そして、目の前にいるぬらりひょんが俺の能力を使って生み出されたのならば彼女の能力や力も俺の能力によって強化される。だからこそ、『気配を操る程度の能力』と『誤認させる程度の能力』を持っているのだ。生み出されたのがぬらりひょんでなければこの2つの能力は持っていなかっただろう。

 更に『妖怪の総大将』という異名により、偽物であるはずの彼女はここまで強力な存在となった。いや、偽物だったからこの程度ですんだとも言える。たとえ、『妖怪の総大将』が本当であっても嘘であっても、彼女が本物であっても偽物であって“そう言い伝えられている時点で、ぬらりひょんとしてそこに存在している時点で俺の能力が発動し、全ての妖怪を統べるほどの力を得られるのだから”。

「ニシシ。これで私についてだいたいわかったかな? あ、どうやって生み出されたのかはわからないよ。私だって気付いた頃には生まれていてお前を殺せという命令をされてたんだから」

「……お前はそれでいいのか? 妖怪の総大将が人間に命令されるのは嫌じゃないのか?」

「別に? 逆に感謝してるほどだよ。私を生み出してくれたこともそうだし、お前を殺せることが何よりも嬉しいからね。まぁ、この気持ちも結局のところ、そう思うように作られたからこそ生まれたんだろうけど。私が嬉しく思ってるのには変わらない。お前を殺したくて仕方ない。だから――」

 ニヤリと口元を歪ませた彼女が一瞬にして消え、俺の右腕を切り裂いた。

「――死ねよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はとても幸せな一日になると思っていた。響の実の父であるリョウと和解して、響の義理の母と再会して、望たちの文化祭を満喫して、笑顔で帰られると思っていた。

 だが、現実は違う。

「響っ!」

 響の部屋にあるテレビにはぬらりひょんに斬られて血を流す彼の姿。それを見た私は何度目になるかわからない悲鳴をあげる。

「どうする、打つ手がないぞ」

「うむ……翠炎を当てれば勝てるのじゃが。当てる方法がないのぅ」

 冷や汗を流して相談している翠炎とトール。その隣には心配そうにテレビを見つめる猫と泣きながら猫に抱き着いている闇がいた。そう、相手を倒す手段をすでに私たちは持っているのだが、それを当てる手段がない。

『ぐっ……』

『へぇ、まだ耐えるんだ』

 右足首を切り落とされた響は顔を歪ませながら霊力で浮き、後退する。それを見たぬらりひょんは楽しそうに笑いながら姿を眩まし、彼の背後からまた切りつけた。紅い血がまた迸る。

「ッ……」

 それを私はただ見ているだけしかできなかった。あれだけ響を守ると言っておきながらろくに魂同調もできない。

 ――キョウ君。

 不意に理不尽な現実のせいで命を落としたあの子の声が、私たちが守れなかったあの子の言葉が脳裏に響く。

(嫌……)

『もしキョウに守りたい人が出来たら……どうする?』

『私はキョウ、キョウは私……それが答えよ』

 こまち先生との会話。私は自惚れていたのだ。キョウが死にそうになっても私がいればいつでも助け出せる、と。キョウに守りたい人ができたら私が守る、と。

 それがどうだ。キョウの守りたかった人は死に、今まさに響が殺されそうになっている。それを私は――見ているだけ。

「嫌……」

 何もできない。何もしてあげられない。守れない。救えない。戦えない。使えない。

 私は何のために生まれて来たのだろう。キョウを、響を守るためじゃないのか。なら、どうしてこんなところで拳を握っていることしかできない。悔しくて涙を流すことしかできない。

「吸血鬼?」

 私の様子がおかしいことに気付いた翠炎が声をかけて来る。でも、返事ができなかった。

『ガハッ』

『そろそろ霊力が切れそうなんじゃないか? まぁ、翠炎がいるからもう一回、殺さなくちゃいけないんだけど……でも、それも楽しいか。シシ』

 すでに地面は響が流した血でドロドロになっている。それでも響は死なない。倒れない。まだ、諦めていない。目が死んでいない。どうにかしてぬらりひょんを倒そうと必死になって考えている。逆転の一手を。

「あぁ」

 私はキョウ。キョウは私。

 私は響。響は私。

 なのに、私はすでに諦めていて、響はまだ諦めていない。何が運命共同体だ。全く違うじゃないか。そうだ。私と響は違う。“同じ魂波長”を持つだけで性格も、話し方も、性別も、種族も、好きな物も、嫌いな物も、何もかもが違う。

「同じ、魂波長?」

 その単語を思い浮かべた時、何かが引っ掛かった。何だろう、この違和感。いや、私と響の魂波長が同じということは前から知っていたし、響にも伝えた。だからこそ、私たちの相性は抜群で“魂同調”をすれば強力な力を得られると確信していた。実際はできもしなかったが。

「ぁ……」

 そもそも前提が違ったのだ。魂同調というのは魂波長を合わせることによって発動する技である。シンクロもそうだ。

 なら、最初から魂波長が同じ私と響は、どうなる?

「マズイ、あと一撃でも喰らえば響の霊力が底を尽くぞ!」

 翠炎の大声でテレビに視線を向けてみれば丁度、響の首すじから血が噴水のように吹き出ていた。霊力によってその傷はすぐに再生するが、これで響の霊力が尽きた。まだ翠炎によるリザレクションが残っているがそうなれば『魂装』が使えなくなる可能性が高くなる。すでに一度、使っているから翠炎の力も少なくなっているのだ。そうなってしまえば、私たちの勝ちは完全になくなる。

『まずは1回』

 響の表情から霊力がなくなったことを察したようでぬらりひょんが嗤い、脇差を振るう。

(もし、私と響の魂波長が同じなのが原因で魂同調ができなかったとしたらっ!!)

 いや、違う。そもそも、私と響は常に魂同調をしている状態だったとしたら――。

「響!」

 右手に魔力を込めて天井に向かってそれを放出した。届けと願いながら。

『……何をした』

 テレビに映るぬらりひょんは怪訝な顔をして響に問いかけた。だが、響は答えない。その答えを知らないのだから。

「吸血鬼……お主、何を」

 唖然とした様子で私に質問するトールだったが、私もできるとは思っておらず、驚いていたので口をパクパクさせるのが精一杯だった。

『色々と説明して欲しいんだけど……吸血鬼?』

 そう言ってフラフラしながら立ち上がる響。その両手には“私の狙撃銃が握られていた”。

 



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第337話 塗り潰された名前

「行っくよー!」

 霊奈と新技を考えてから数日が過ぎた。今日もいつものように霊奈との模擬戦である。

「よっ」

 彼女が投げたお札を桔梗【盾】で防ぎ、すぐに鎌を後ろに向かって一閃。僕の背後に回り込んでいた霊奈の右手の鉤爪と激突し、火花を散らす。

「伸びろっ!」

 その瞬間、彼女は左手の鉤爪を伸ばした。

「ッ――」

 切り裂かれる直前で体を大きく仰け反らせて躱す。しかし、そのせいで体勢が崩れ、鍵爪に鎌を弾かれてしまう。

「これで!」

 勝利を確信したのか霊奈は笑顔でお札を投げようと左腕を引いた。その隙に桔梗【翼】を装備して体の前でクロスさせる。霊奈が投げたお札と翼が衝突し、翼から衝撃波が発生した。

「えっ……」

 初めて見る技に目を白黒させている霊奈。そんな彼女に向かって鎌を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああ! また負けた!」

 境内で大の字になって寝転がっている霊奈は悔しそうに叫んだ。

「あはは……でも、前よりずっと強くなってるよ。今日は特に危なかったし」

 そう、この数日で彼女は前よりもグッと強くなっている。僕が言った鉤爪の派生技のおかげもあるが、何より霊奈本人のやる気が今までとは段違いなのだ。気迫と言うか勢いと言うか。自分の戦闘スタイルを固定させたからか攻撃の手に迷いもないし、防御について全く考えていないから相手の隙を見逃さなくなって来ている。攻撃は最大の防御。まさにそんな感じだ。

「そんなこと言ってー……キョウだってまだまだ隠してる技あるんでしょ!」

 ブスッと不満そうに霊奈が聞いて来る。確かにまだ桔梗【バイク】で飛んだり、鎌に魔力を込めて刃を大きくする技は見せていない。しかし、それは見せないのではなくこの模擬戦には適していないからだ。特に刃を大きくして攻撃すれば霊奈を傷つけてしまう。そんなことしないし、したくない。

「さぁ、どうだろうね」

 まぁ、自ら手の内を明かすこともしないけれど。

「むぅ……じゃあ、午後の修行して来る」

 『次は絶対勝つ!』と気合いを入れた彼女はそのまま修行をするために林の方へ消えて行った。

「マスター、お疲れ様です」

「桔梗もお疲れ様。それじゃ、僕たちも行こっか」

「はい!」

 まずは洗濯物を干している霊夢のお手伝いかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なら蔵の掃除手伝って欲しいんだけど」

「蔵?」

 洗濯物を干して次に何をするか霊夢に聞いたところ、今日は蔵の掃除をするらしい。面倒臭そうな霊夢が指さした方を見るとそこには古ぼけて大きな地震があれば簡単に崩れてしまいそうな大きな蔵があった。そう言えば、まだ蔵の中には入ったことがない。少し面白そうだ。

「うん、いいよ。雑巾とか必要かな?」

「まずは蔵の中にある物を外に出しましょ。バケツを倒したら面倒だもの」

 確かに物を運ぶのに夢中になってバケツをひっくり返したら大参事だ。納得している僕にマスクを差し出した霊夢はそのまま蔵の方へ行ってしまう。慌ててマスクを付けてから彼女の後を追った。

「えっと、これだったかな」

 カチャカチャと鍵の束を見比べた後、1つの鍵を蔵の錠前に挿して回す。錠前が外れて蔵の扉を開けた。

「うわ……」

 霊夢の後ろから蔵の中を覗いた僕は思わず、うめき声を漏らしてしまう。蔵の中は薄暗くここからでも埃が大量に積もっているのが見えた。マスクを付けていないと咳き込んでしまいそうだ。

「私は細かい物を運び出すからキョウは大きな物、お願いしていい?」

「うん、大丈夫だよ」

 桔梗【翼】を装備して引っ掛からないように折りたたんだ後、蔵に入る。桔梗【翼】を装備していると重い物も重力を操作して軽くできるのだ。入り口付近に置いてあった大きな箪笥を持ってぶつけないように注意しながら外へ出て邪魔にならないように入り口の傍に置いた。

 それから僕たちはどんどん荷物を運び出す。大きな家具もあればよくわからない道具もあった。霊夢に聞くと儀式に使う物らしい。

「ん?」

 蔵の中を大方、外に出した頃、後ろから霊夢の声が聞こえた。振り返ると何かアルバムのような物を開いて首を傾げている彼女の姿。

「どうしたの?」

「……何でもないわ」

 首を横に振った彼女はパタンとアルバムを閉じて段ボール箱の中に戻した。

「霊夢?」

「ほ、ほら! 早くそこの荷物運んじゃって!」

「う、うん……」

 霊夢の指示に従って別の段ボールを持ち上げる。しかし、古い段ボールだったのか底が抜けて中身が蔵の床に落ちてしまった。床の埃が舞う。

「もう、何やってるのよ」

「段ボールの底が抜けたんだよ……えっと、本かな?」

 ボロボロな段ボールを置いて足元に落ちていた本を拾った。とても古く、タイトルは見当たらない。何となく開いた。

(『博麗の歴史』……)

 昔話に出て来るような流暢な字だったが、何とか読むことができた。パラパラと流し読みしてみると博麗の巫女が誕生し、関わって来た事件や歴代の巫女に関して書いていた。最後のページには家系図のような物があり、一番の下には『博麗 霊夜』と刻まれている。

「ねぇ、霊夢」

「何よ」

 ガサゴソと荷物を整理している彼女の背中に話しかけるとこちらを向かずに返事した。

「霊夢の師匠の名前って霊夜?」

「それは今の巫女の名前よ。私たちの師匠は先代巫女の……って、何で霊夜さんの名前を?」

 首を傾げながら振り返った霊夢が僕の持っている本を見て――顔を顰めた。

「それ、見たの?」

「見たって言うか……読んだって言うか」

「……いや、あり得なくないか。博麗のお札も扱えるんだし」

 ため息交じりに呟いた彼女は荷物の整理に戻る。彼女の言っている意味はわからなかったが、別に読まれても大丈夫な物だったらしい。

(えっと、霊夢の師匠の名前は……あれ?)

 今の巫女の名前が『博麗 霊夜』。そして、霊夢と霊奈の師匠は先代巫女と言うことは『博麗 霊夜』の上に書かれている名前が彼女たちの師匠の名前だ。だが、僕はその名前を読むことはできなかった。

「ねぇ、霊夢」

「……」

 そのことについて質問しようとするが僕を無視して霊夢は外に出て行ってしまう。この件に関しては話したくないと言わんばかりに。気になるが諦めるしかない。

(でも、どうして……名前が塗りつぶしてあるんだろ……)

 真っ黒に塗りつぶされた名前をジッと観察した後、息を吐いて本を閉じた。こうしてはいられない。早く新しい段ボールに散らばった荷物を片づけなければ――。

「ッ……」

 その時、僕の脳裏に何かが過ぎった。何と言えばいいのだろうか。とても良くない物が近づいて来ている。いや、現れたと言うべきか。急いで蔵の外に出た。

「霊夢!」

 先ほど出て行った彼女の姿を探す。しかし、どこにもいない。蔵の掃除を放ってどこかに行くとも思えない。なら、一体どこへ。

「マスター、あそこ!」

 翼から人形の姿に戻った桔梗が地面を指さした。そこには霊夢が持っていた荷物が散乱している。やはり何かが起きたのだ。散らばった荷物の傍まで駆け寄り、地面を観察する。すぐに霊夢の足跡を見つけることができた。その足跡は林の方へ向かっている。一度、神社に戻って鎌を背中に背負い、桔梗【翼】で低空飛行しながら霊夢の後を追った。

「いたっ!」

 林の間を飛んでいると前方に霊夢の姿を見つける。そして、その傍には禍々しい姿をした化け物――おそらく妖怪だろう。その妖怪が霊夢に向かって爪を振るった。



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第338話 小さな体で

 私が目を覚ましたのはキョウとこいしの模擬戦から1週間ほど経った頃だった。あの時の暴走が祟ったのだ。そして、私が眠っている間にキョウと桔梗はこいしたちの旅について行くことにしたらしく、今は咲と一緒にベースキャンプ近くの川で釣りをしている。

「はぁ……」

「どうしたの?」

 釣竿を持ったまま、キョウは深いため息を吐く。それを見た咲が首を傾げた。

「えっと……どうすれば皆と仲良くできるかな、と思いまして」

 まだ旅を始めたばかりで馴染めていないキョウは少しでも皆と距離を縮めようと子供たちに話しかけるのだが、肝心の子供たちがキョウを怖がって逃げてしまうのだ。おそらく私の暴走を見てしまったからだろう。あの時の私は本当にどうかしていた。あのままこいしを殺していた可能性だってあるのだから。

「あはは……もう少ししたら皆も慣れると思うから根気よく、ね?」

 咲は苦笑しながらアドバイスした。彼女はまだ馴染めていないキョウが独りにならないように何かと一緒にいてくれている。釣りも彼女が誘ってくれた。

「はい……おっと!」

 ため息を吐いたキョウの竿が大きくしなる。魚が食いついたようだ。上手く竿を操り、魚を疲れさせて一気に釣り上げる。

「これで3匹目」

「キョウ君、上手いね」

「……咲さんには言われたくないです」

 ニコニコと笑っている咲の籠には10を超える魚がビチビチと暴れていた。何故か彼女の竿にばかり魚が食いつくのだ。今も笑いながら釣り上げている。

「もしかして今まで食べた魚って全部咲さんが?」

「だいたいはね。たまに他の子たちに手伝ってもらうけど」

 『今みたいにね』と楽しそうに咲が魚の口から針を外しながら言う。そのまま籠に魚を放って釣竿に餌である小さな虫を付けた。

「あの、咲さん」

 胡坐を掻いているキョウの足の上に座っていた桔梗が咲に声をかける。

「何?」

「咲さんは怖くないんですか?」

「え?」

「だって、子供たちがマスターを怖がってるのってこの前の模擬戦が原因ですよね? それなのに模擬戦を見ていた咲さんはマスターを怖がっていないなと思いまして」

 ただ単純に疑問に思ったことなのだろう。しかし、咲にとって聞かれたくないことだったのか目を伏せた。キョウも咲のようすがおかしいことに気付いて竿を引いて針を回収した。

「実は……私も少しキョウ君が怖かったの。もちろん、今は違うよ? キョウ君はとっても優しくていい子だってわかってるし、自主的に見回りをしてくれてることも知ってる」

「あ、ば、ばれてました?」

 実はキョウと桔梗は寝る前にベースキャンプの周囲に敵がいないか見回りをしている。私も目が覚めてからはキョウたちが眠っている間も気配を探って危険が迫っていないか確認しているし。

「……少し、気分悪くなるかもしれないけど、ちゃんと話すね」

 俯いていた彼女は針を回収して地面に竿を置いた。話すのに覚悟がいるのかキラキラと日差しを反射する川を見つめたまま、深呼吸をしている。キョウも桔梗も咲が話し始めるのをジッと待った。

「模擬戦があった夜……私、こっそりキョウ君のテントに行ったの」

「僕の、テントに?」

「うん……本性を探るために」

 無理もない。リーダーであるこいしを一瞬でも圧倒(私の暴走が原因だが)したのだ。警戒してもおかしくない。だが、彼女は顔を歪ませていた。

「キョウ君たちは月の病気を治してくれたし、皆の治療もしてくれた。その点に関してはすごく感謝してた。でも、もし……もし、それも何かの作戦だったら? キョウ君の正体は妖怪みたいな人外で、こいしお姉ちゃん以上に強かったら? 私たちは皆、殺されちゃう。だから……だから、キョウ君のテントに行って何か手がかりになる物でもあればいいなって、思って」

「咲さん……」

 咲はこいしの次に子供たちに頼られる存在だった。だからこそ、責任感に苛まれた。自分が何とかしなければならない。こいしにばかり任せていたら駄目だ。お姉ちゃんだから。色々な理由があったのだろう。そんな理由に押し潰されそうになりながら彼女は行動した。こんな小さな体で、たった独りで、キョウを疑い、どうにかしようと頑張った。

「テントに行ったらキョウ君たちはいなくて……私の不安が的中したのかって怖くなったの。それから急いで皆のテントを回って、誰もいなくなってないことに気付いてまた不安になって」

 ギュッと拳を作る咲。見れば彼女は涙を流していた。キョウの目的がわからなかったからこそ余計、不安になってしまったのだろう。

「こいしお姉ちゃんを起こそうかと思ってたら丁度、キョウ君たちが帰って来て……その時に、聞こえたの。『今日は何もいなかったけどこれからも見回ろう』って。私、すごく最低だ……キョウ君たちは私たちのために見回りまでしてくれてたのに疑って。ごめんね、キョウ君……ごめんね」

 ポロポロと涙を零しながら何度も咲は謝った。もう、この子は限界だ。子供が子供を守ろうとすればこうなるに決まっている。ましてや、咲はとても優しい子だ。馴染めないキョウを独りにしないように罪悪感に苛まれながら一緒に行動していた。それはどれほど辛いことなのだろう。私にはわからなかった。

「……咲さん。色々と言いたいことがあります」

「ッ……」

 体を硬直させた彼女は目を閉じてキョウの言葉を待った。きっと、罵倒されると思っているのだろう。

「どうして独りで外に出たんですか!」

 しかし、キョウの口から出たのは罵倒とは程遠いものだった。

「え……」

「ベースキャンプ内だったとしても咲さんのテントから僕のテントまでそれなりの距離があるんですよ!? その間に何かあるかもしれないとは考えなかったのですか!」

「あ、あの、キョウ君?」

「だいたい、なんで自分だけで解決しようとしたんですか? こいしさんに相談しようって思わなかったんですか?」

「いや、あの……」

 ガミガミと叱るキョウを前に咲は困惑した顔で桔梗に視線を向ける。しかし、桔梗もキョウと同じように怒っているようでムスッとしていた。

「前々から思ってましたが、咲さんは独りで何でも背負い込みすぎなんですよ。もっと周りの人に頼ってください!」

「は、はい! ごめんなさい!」

「じゃあ、今度から何か辛いことがあったらこいしさんや他の子に相談するって誓いますか?」

「誓います!」

 何度も頷く咲を見てやっと納得したのかキョウは腰に手を当てて呆れたように息を吐く。桔梗も『相談してくださいね!』とダメ押ししていた。

「ね、ねぇ……怒ってないの?」

「怒ってます!」

「そっちじゃなくて! 私が……キョウ君たちを疑ったこと」

 不安そうに質問する咲だったが、キョウと桔梗は不思議そうに顔を見合わせる。

「いえ……僕たちを疑うのは仕方ないと思うんですけど」

「そうですよね……こいしさんが警戒しなさすぎなんだと思います。心を読めるので仕方ないと言えば仕方ないのですが」

 まぁ、確かに1度や2度助けただけで人を信用するのはどうかと思う。咲の反応が普通だ。きっと、こいしや他の子供たちが警戒していないせいで彼女の行動や警戒心が浮き彫りになってしまったからだろう。

「そう、なの?」

「はい。僕だって吃驚しましたよ……まさか見回りどころか見張りすらいないなんて」

「さすがに見張りまではできませんが寝る前に見回りはしよう、という話になりました」

 キョウと桔梗の話を聞いて私も驚いてしまった。よく今まで生き残って来られたと思う。こいしがどんなに心を読めると言っても寝ている間に襲われたら一溜りもないだろうし、もし相手が本能で行動している獣だったら心を読んでも意味などない。こいしは少し自分の能力に頼りすぎているのかもしれない。そんな彼女を咲は影で支えていたのだろう。

「あ、見張り……」

 咲も今になって考え付いたのか顔を青ざめさせながら呟く。子供たちのお世話だけで精一杯だったのだろう。何というか、咲の負担が大きすぎる。食料の調達、子供たちのお世話、こいしの補佐、警戒、心配。そんな生活をずっと続けていたらいつ壊れてもおかしい。ここまでよく持った方だと思う。キョウもさすがにこのまま放っておくのは駄目だと思ったのか咲の両肩に手を置いた。

「いいですか、咲さん。独りでできることなんて高が知れてるんです。皆で話し合って皆で意見を出していれば見張りだってすぐ思いついたはずです」

「……はい」

「警戒しなさすぎのこいしさんも悪いですけど、独りで抱え込む咲さんも悪いです。さっきも言いましたが、もっと人を頼ってください。皆、咲さんの味方なんですから。こいしさんも、皆も……もちろん、僕や桔梗だって」

「……ねぇ、キョウ君」

 咲は静かにキョウを呼び――。

「はい、何でしょう?」

 

 

 

「……私、ね。すごく辛かったんだ」

 

 

 

 ――溜め込んでいたものを吐き出すために口を開けた。

 



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第339話 勝つための布石

 俺の手の中で光っている吸血鬼の狙撃銃。咄嗟に脇差をガードしてしまったせいで少しばかり傷ついてしまったが、ちゃんと持てるし金属特有の冷たさを感じる。つまり、これは幻などではなく実体がある、ということだ。だが、それはおかしい。この狙撃銃は吸血鬼のものだ。魂の中でしか扱えない。

(でも、狙撃銃はここにある)

 謎が謎を呼ぶ、というのはこういうことだろう。そして、その謎を唯一解明できる吸血鬼は――。

『え、えっと……』

 俺以上に狼狽えていた。試しにやってみたら出来てしまった時の反応である。吸血鬼もまさかできるとは思わなかったのだろう。そのおかげで助かったのだが。

「まぁ、いい」

 いきなり狙撃銃が現れ、警戒していたぬらりひょんだったが再び脇差を片手に突っ込んで来る。慌てて狙撃銃を構えた。しかし、脇差が狙撃銃に当たる直前で彼女の姿が消え、背後にぬらりひょんの反応が現れる。防御は間に合わない。

『狙撃銃を送れたなら!』

 そんな吸血鬼の声と共に銃声が2つ。すると、背後の反応が途絶えた。また吸血鬼が何かしたらしい。おそらく、“魂の中で撃った銃弾をこちらに送ってぬらりひょんの幻影を潰した”のだろう。

(おい、吸血鬼!)

『私もわかんない! わかんないけど……今は私を信じて!』

 魂の中でしか扱えないはずの狙撃銃。魂からの援護。そんなあり得ない現象が立て続けに起きている。きっと、吸血鬼も混乱しているはずだ。だが、何となくわかる。伝わって来る。ちぐはぐだった何かが、やっと――一つになる。あるべき形に戻りつつあるのを感じる。

「ちっ」

 幻影を潰されたからか俺の前に姿を現したぬらりひょんは舌打ちをした。吸血鬼の援護があるとしてもまだ具体的な作戦を思い付いたわけではない。翠炎を確実に当てる方法さえ思い付けばこちらの勝ちなのだ。しかし、翠炎を発動している間、コスプレや魂同調はできない。素の俺でぬらりひょんを捉えなければ――。

「ッ……」

 思考回路を巡らせているといきなり右側にぬらりひょんが現れる。しかし、それは吸血鬼の援護射撃に射抜かれ、消え失せた。実体のある幻影は必ず、姿が見える。それを吸血鬼は第三者目線で俺たちを見ることができるのだ。精密射撃と反射神経のいい吸血鬼にとって突然現れたぬらりひょんの幻影を撃ち抜くことなど造作もない。吸血鬼が時間を稼いでくれている間に対策を考えよう。

(何か……何かないか?)

 今、俺にできることはいつもの技とコスプレ、魂同調。だが、ぬらりひょんにいつもの技は通用しなかったし、コスプレや魂同調は翠炎を使う時に解除されてしまう。他に武器があるとするなら俺の手の中にある狙撃銃ぐらいか。

(狙撃銃?)

 吸血鬼は自分の狙撃銃を俺に、魂の中で撃った弾丸をこちら側に送った。じゃあ、もしかしてあれも?

『……できる、と思う。でも、それもぬらりひょんに当てる方法を見つけないと』

 そう、翠炎を当てるための布石を当てるためにまた何か手を加えなければならない。でも、翠炎じゃなければ――。

「ぬらりひょん」

「……何だ?」

 いきなり話しかけられたので彼女は訝しげ表情を浮かべる。その間にスキホを取り出してとある番号を打ち込む。はっきり言ってこれが上手くいかなければ俺にもう打つ手がない。最後の賭け。だから、無茶もできる。

「運試しだ。俺の運がいいか、お前の運がいいか」

「何を……まさか!」

 ぬらりひょんも俺の両腕に装着された2つのPSPと赤と黒のヘッドフォンを見て察したのだろう。俺は腕を交差させながらそれぞれのPSPの画面に指を添えて――一気にスライドさせた。それと同時に吸血鬼との繋がりをより強化する。

 

 

 

「『ダブルコスプレ』!」

 

 

 

 俺の前に2枚のスペルカードが出現する。それを掴んで大声で宣言した。

「亡き王女の為のセプテット『レミリア・スカーレット』! U.N.オーエンは彼女なのか?『フランドール・スカーレット』!」

 俺の服が輝きフランの服になった。しかし、色は赤ではなくピンク。更にレミリアのブローチが黄色いタイの代わりに付いている。背中にはレミリアの漆黒の羽とフランの独特な羽。最後に両側に大きなリボンの付いた彼女たちの帽子。まさにレミリアとフランの服を足して2で割ったような姿だ。

 『ダブルコスプレ』は完全にランダム、というわけではない。何か要因となるものがあればそれに引っ張られるようにして曲が決まる。今回の場合、俺は吸血鬼と今まで以上に強い繋がりを持っていた。それが要因となり、同じ吸血鬼であるレミリアとフランの曲を引き当てた。だが、これだけでは終わらない。終わってはいけない。『ダブルコスプレ』はギャンブルだ。曲が決まってもどのような技を使えるか実際に戦ってみないとわからないのである。ぬらりひょん本体を補足できるような技が使えないかもしれない。だから、できるだけ強化しておきたい。ぬらりひょんに対抗できるほどの強い力が欲しい。

『まぁ、リョウの件で借りもあることだし……別に構わないわ』

『お兄様の助けになるなら頑張るよ!』

 頭の中で響く2人の声を聞いて思わず、破顔してしまう。本当に俺は運がいい。前々から考えていたことを“同時に2つも”試せるのだから。

「ッ……させるか!」

 『ダブルコスプレ』を前に呆然としていたぬらりひょんが数え切れないほどの幻影を作り出し、攻撃して来た。だが、その幻影たちは虚空から現れた弾丸に次々と撃ち抜かれていく。

『こっちだって負けてないんだから』

 吸血鬼が何度も引き金を引きながら静かに呟く。今がチャンスだ。

「行くぞ、レミリア、フラン!」

『ええ』

『行っちゃえ!』

 レミリアは優雅に、フランは楽しそうに頷いた。

 

 

 

「俺はお前たちを受け入れる! だから、お前たちも俺を受け入れろ! 『ダブルシンクロ』!」

 

 

 

 服装は――変わらない。だが、レミリアとフランの魂が俺の魂に入って来た瞬間、一気に力が溢れた。これが試したかったこと。『ダブルコスプレ』をした時、もしその2曲とも『シンクロ』できる相手だった場合、2人同時に『シンクロ』できるのかどうか。結果は成功。しかし、これは長くは持たない。普通の『シンクロ』ならば曲を固定できるが、『ダブルシンクロ』は体に大きな負担をかけるようでせいぜい数分が限度だ。それ以上は体がもたない。だが、まだ終わらない。終わらせない。

「トール!」

『うむ』

 そして、もう1つ。『シンクロ』中に『魂同調』をした場合、どうなるのか。正直言って『シンクロ』と『魂同調』は相いれない技である。何故ならば俺を含めた3人の魂波長を合わせなければならないからだ。俺とトールたちが『魂同調』できるのはトールたちが俺の魂に住んでいるからであってそう簡単にできるようなことではない。ただでさえそうなのに外部から引き寄せた魂の波長を変えることなど不可能に近い。

 だが、これには1つだけ抜け道がある。それは引き寄せた魂とトールたちに何か“共通点”があれば俺がどうにかできる、というものだ。『式神憑依』の応用である。『式神憑依』は何かきっかけがあれば式神の力をこの身に纏い、式神の力を一時的に使用可能とする技だ。逆に言ってしまえば式神だったとしてもきっかけがなければ『式神憑依』はできない。

 それと同じ原理である。『式神憑依』がきっかけを必要とするならば、『シンクロ』と『魂同調』の同時発動は共通点が必要となる。魂波長を合わせる基準をその共通点に設定すればいいのだから。

 そして、レミリアとフラン、トールの共通点は――北欧神話の武器を使うこと。

 レミリアは『グングニル』。

 フランは『レーヴァテイン』。

 トールは『ミョルニル』。

 この共通点が今回の鍵となる。

 この3つの技が本物でないことはわかっている。レミリアの『グングニル』とフラン『レーヴァテイン』はただの技名で、トールは人工的に創られた魂だ。だが、“その技名が俺にとって大事”なのだ。いや、俺の本能力を使用しても上記の3つは技名の域から超えないし、本物そっくりな力を発揮できると言うわけではない。ただ、『北欧神話に出て来る武器』という概念を持たせるだけ。今回はそれだけで十分だ。目を閉じて本能力を初めて意図的に発動する。すると、レミリアとフラン、トールとの間にパスができたのを感じ取った。

「魂同調『トール』!」

 俺の髪が紅くなり、背丈が若干ながら伸びる。それに合わせて『ダブルコスプレ』の衣装もサイズが変わった。

「『フルシンクロ』!」

 続けてトールと『フルシンクロ』をして背中から純白の翼が生える。さぁ、準備は整った。『シンクロ』と『魂同調』を同時に発動させ、そこから更に派生するこの技の名前は――。

 

 

 

「――『シンクロ同調』!」

 

 

 

 その瞬間、俺たち4人の魂波長がピッタリと重なり合い、目の前にスペルカードが現れた。

 




色々設定が出て来ましたが……まぁ、読んだ通りです。


シンクロと魂同調を同時に使いたい

しかし、魂波長を合わせるのが難しい

じゃあ、『式神憑依』みたいに共通点があれば可能(響さんの本能力――『音無 響』の『響』という字から派生した能力のおかげ)

他の人では無理だが、レミリアとフラン、トールって北欧神話の武器を使ってる。

しかし、ただの技名。レミリアの場合は”グングニルという名前の付いた槍”、フランの場合は”レーヴァテインという名前の付いた炎の剣”と言ったようにただの槍と剣なのでこの段階では不可能。トールは人工の魂だが、一応、クリアはしている。

響さんの本能力を使用してレミリアの槍、フランの剣に『北欧神話に出て来る武器』という概念を持たせる。イメージ的には『北欧神話』という属性を付加する感じ。

レミリアの槍、フランの剣、トールの槌に『北欧神話』という属性が付加されているので共通点が成立。

その共通点を基に魂波長を重ねて『シンクロ同調』発動


と、言った流れとなります。
……これで、大丈夫ですかね……我ながら色々無茶なこと言っているとは思うのですが、納得して頂けたのなら幸いです。


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第340話 風弓

「くっ……」

 咄嗟にお札を投げて結界を貼り、妖怪の攻撃を防ぐ霊夢。しかし、結界は簡単に壊れてしまう。前に霊夢の結界を見せて貰ったが、僕は一度も彼女の結界を破壊することはできなかった。それほど妖怪の攻撃力が高いということなのだろう。

「桔梗【ワイヤー】!」

 腰に長方形の箱を装備して霊夢に向かってワイヤーを飛ばす。こちらに気付いた彼女はすぐにワイヤーを掴んだ。急いでワイヤーを回収し、霊夢の体をこちらに引き寄せて妖怪から距離を取った。すぐに桔梗【盾】を構える。その次の瞬間に盾に凄まじい衝撃が襲った。桔梗【盾】の特性である衝撃波ですら殺し切れないのだ。

「時間稼いで!」

 後ろから霊夢の声が聞こえてすぐに盾を引く。そして、一気に前に押した。防御の盾ではなく攻撃の盾。わざと相手に盾を当てて衝撃波を喰らわせる技だ。霊奈と新技を考えた後、僕も自分なりに新しい技を考えてできたのがこの技である。

 盾が激突し、衝撃波を受けた妖怪はうめき声を漏らしながら後退する。本来なら相手を吹き飛ばすほどの威力なのだが、目の前にいる妖怪は重いか脚力があるようで踏ん張られてしまった。すぐに妖怪が僕に向かって突っ込んで来る。それを盾で受けようと構えるが、妖怪の姿が一瞬にして消えた。

「後ろです!」

 桔梗の叫びを聞いて体ごと振り返る。だが、妖怪の爪がすぐそこまで迫っていた。直撃だけは避けようと無理矢理盾と体と爪の間に割り込ませるも盾の縁に当たる。そのせいで上手く衝撃波が発生せず、吹き飛ばされてしまった。急いで桔梗【翼】を装備し、空中で急停止する。

「霊夢!」

 術式を組んでいる霊夢に妖怪が突進しているのを見て叫んだ。しかし、彼女は術式を組むのに必死で動こうとしない。術式を組むのが得意な霊夢でも難しいのか額に汗を滲ませている。翼を振動させてトップスピードで霊夢の元へ飛ぶがこのままでは間に合わない。咄嗟に博麗のお札を妖怪の足元に向かって投げ、爆発させる。いきなり足元が爆裂したので妖怪は怯み、バックステップして逃げた。

「はああああ!」

 背中の鎌を抜き、妖怪に向かって振り下ろす。振動を真上に放って威力を底上げするが渾身の一撃は妖怪の爪で受け止められてしまった。攻撃後の硬直で動けない僕の脇腹に妖怪の足蹴りが直撃する。そのあまりの威力に一瞬だけ意識が飛び、地面に叩きつけられた衝撃で我に返った。

「ガッ、は……」

 痛い。呼吸が上手くできない。もしかしたらどこかの骨が折れているのかもしれない。

「マスター、大丈夫ですか!?」

 背中から桔梗の心配そうな声が聞こえる。でも、痛みで返事ができない。霞む視界の中、妖怪が霊夢の方へ向かうのが見えた。早く、早くしないと霊夢が。

 ――どうして、そこまで頑張るの?

 どこからか声が響いた。聞き覚えがないはずなのに妙に懐かしく、それでいて近く感じる。そんな声が僕にそう問いかけた。

「がん、ばる……」

 確かに僕と霊夢は出会ったばかりだ。僕の時空跳躍は発動するまでの関係。でも、彼女は僕に手を差し伸べてくれた。一緒にご飯を作ったり食べたりしてくれた。それが、嬉しかった。桔梗と出会う前――いや、幻想郷に来るまで僕は独りだったから。両親も、友達もいたけれど、僕と一緒にご飯を食べてくれる人は、一緒に寝てくれる人はいなかった。

「絶対、に……」

 桔梗【翼】から【盾】に変形させ、地面に付き立てる。それを支えにして立ち上がった。霊夢と妖怪の距離はすでに目と鼻の先。今から向かっても妖怪が霊夢を八つ裂きする方が早いだろう。霊夢の術式もまだ完成していない。

(それ、でも……)

 諦めたくない。彼女は言ったのだ。時間を稼いでくれ、と。こんな僕を信じて託してくれた。その期待に応えたい。彼女を、守りたい。もうあの時の悲劇を繰り返さないために。

 ――ふふっ。そう、ね……そうよね。なら、力を貸してあげる。今度こそ、守ってあげる。

 誰かが笑う。その瞬間、僕の体から青い光が漏れた。脇腹の怪我がどんどん治っていく。

 ――さぁ、一緒に霊夢を守りましょう?

「……うん!」

 そう頷いた瞬間、桔梗【盾】が輝き始めた。あまりの輝きに妖怪が動きを止めてこちらを振り返る。その間にも盾の形が変わって行き、蒼い弓になった。

「これは……」

「嘴と糸の変形です、マスター!」

 まさかこのタイミングで新しい変形が生まれるとは思わず、呆けてしまう。だが、霊夢よりこちらを脅威と感じたのか妖怪が再び突っ込んで来た。急いで桔梗【弓】を構えるが、肝心の矢がなかった。

「矢は!? 矢はないの!?」

「……ないですね」

「そんなああああ!」

 混乱していると妖怪が僕を殺そうと腕を振るう。咄嗟に桔梗【弓】で受け止める。甲高い音が響き渡った。妖怪の剛腕に膝を付きそうになってしまうが、歯を食いしばって耐える。

「きつっ……」

 ――頑張って!

 そんな声と共に体の底から力が湧き、それに共鳴するように弓が青く光り風が吹き荒れる。それはあの青怪鳥の羽ばたきによって生じた風圧を彷彿とさせた。

「ッ!?」

 暴風によって妖怪の体が浮き、吹き飛ばす。ここだ。

「マスター!」

 桔梗の絶叫に応えるように弓を構え、魔力を指先に集める。想像するのは1本の矢。あの妖怪でも貫けるほどの鋭く、細い、頑丈な矢。

 すると、僕の手に青い矢が生まれた。それを弓に番え、力いっぱい弦を引く。産まれてから弓など持ったこともなければ触れたこともない。それなのにどのように弦を引けばいいのか、姿勢をどうすればいいのか、呼吸の仕方が全て頭の中に入って来る。いや、入って来るのではない。最初からわかっていたかのように体が勝手に動くのだ。こう動けば間違いないと本能が語ってくれているのだ。

「いっけええええええ!」

 パシュ、ととても小さな音と共に青い矢が射出された。矢が妖怪の腹に突き刺さる。そして、刺さった瞬間、矢から風が巻き起こり、更に加速した。

「――――!!」

 矢に押され、木に叩きつけられた妖怪が悲痛な叫びをあげる。それでも矢は消えない。逃がさないと言わんばかりに。

「……お待たせ。格好良かったわよ」

 そんな声が聞こえ、振り返ると宙に浮いた霊夢を見つける。その周囲には4つの弾が飛んでいた。そんな弾を操っている彼女は僕に向かって微笑んでいる。

「れい、む……」

 僕はその姿に思わず、見惚れてしまった。あまりにも幻想的な光景だったから。いや、それ以上に彼女がとても、綺麗だったから。

「『夢想封印』」

 静かにそう唱えた刹那、4つの弾が妖怪に向かって飛翔し、爆裂する。

「うわっ」

 爆風に煽られるが弓を地面に突き刺して何とか耐えた。暴風が止み、目を開けるとそこには何もなかった。妖怪を木に縫い付けていた僕の矢も、大きな木も、妖怪も。

「ふぅ……」

 宙に浮いていた霊夢は肩で息をしながら着地する。あれほどの威力だったのだ。霊力の消費も激しかったのだろう。

「……」

 そんな彼女に声をかけようとするが、何故か先ほどの霊夢が思い浮かんで言葉を詰まらせてしまう。

「ん? どうしたの?」

「え、あ、いや……さっきの技は何?」

 誤魔化すように質問する。僕の様子がおかしいことに気付いているのか首を傾げた霊夢だったがすぐに僕の質問に答えてくれた。

「あれは博麗の巫女が使える技……のような物ね。まだ練習中で半分しか力出せないけど」

「あ、あれで半分!?」

 妖怪を木端微塵にする威力だったのにまだ全力ではないらしい。

「そう半分……だから、木端微塵にはできないはずなのよね。でも、弱ってる様子でもなかったし……まぁ、いいわ。少し疲れちゃったの。帰りましょ」

 やはり、あの技は消費が激しかったらしい。なら、蔵の掃除は僕がやろう。新しい変形が出来たと言ってもそこまで力を消費していないし、怪我もあの青い光のおかげで治っている。

(そう言えば、あの声って……誰だったんだろ?)

「ん?」

 その時、どこかで草むらが揺れる音が聞こえた。普段なら風だと思っただろう。でも、何故かとても気になった。

「キョウ?」

 神社に向かって歩いていた霊夢が振り返って僕を呼ぶ。

「……ちょっと見て来る」

 そう言って、僕は草むらの方へ駆けだす。何か胸騒ぎがする。とても嫌な予感。何か、起きてはいけないことが起きてしまっているような。これから何かが起きてしまうかのような。とても、不安になるような予感。背後から聞こえる霊夢の制止の声すら無視してしまうほど焦っていた。

「ッ……」

 そして、見つけてしまう。

「キョウ、どうした、の……って」

 僕の後ろにいた霊夢もそれを見て言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 とても綺麗で腰まで届きそうなほど長く真っ直ぐな黒髪。目を閉じていても美人だとわかってしまうほど優れた顔。女性なら誰でも羨ましくなってしまうほど整ったスタイル。そんな女性が木に背中を預けながら眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 全裸で。

 



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第341話 初めての気持ち

前話でミスがありました。
まだスペルカードルールができていないのに霊夢が普通に霊符と言っていたので底の部分をカットしました。


「月や雪、皆を支えるのはお姉ちゃんの役目だって思ってて。でも、こいしお姉ちゃんは警戒心があまりなくて……なら私が頑張らなきゃって。お姉ちゃんが皆を引っ張って、私が後ろから見守ろうって。そう、思って今まで……がんばって、きたの」

「……」

「最初の頃はよかったんだけど、どんどん辛くなって。でも、こいしお姉ちゃんを心配させたくなくて、心を読まれないようにこいしお姉ちゃんの前では楽しいことばっかり考えて。独りになったら心配して……怖くて、こわ、くて」

 声を震わせながら彼女は溜め込んでいたものを全て吐き出す。顔を涙でぐちゃぐちゃにして。無理もない。咲は私から見てもしっかりした子供だ。しかし、結局のところ“子供”なのだ。どんなに大人っぽくても決して大人ではない。誰かが守らなくてはならない存在なのだ。

「なら、今からでもこいしさんに相談すれば……」

「……ううん。それはしたくない」

 キョウの提案を彼女はすぐに拒否した。意地を張っているわけではないようだが、理由はわからない。

「もし、今までのことを話せば絶対にお姉ちゃんは落ち込んじゃう。そうしたら他の子たちも不安がると思うんだ」

 確かに子供たちがいつ妖怪に襲われてもおかしくない危険な旅をしているのに笑っていられるのはこいしが皆を引っ張っているからだ。だが、リーダーであるこいしの弱い部分を見ればどうなるだろう。不安になるに決まっている。それを咲は危惧しているのだ。

「だからって咲さんだけが我慢するのはおかしいと思います。こいしさんだって、皆だって咲さんの気持ちを知ればきっと!」

「うん、きっと励ましてくれると思う。私だけが背負うこともなくなると思う……でもね。その分、皆も背負うことにもなるの。まだ、あんなに小さな子たちにこれを背負わせるのは、嫌なの」

 咲の背負っているものは決して軽くはない。いつ妖怪が襲って来るかわからない恐怖。この先の不安。皆の心配。部外者への疑心。姉としての責任。それを彼女は何年も背負い続け、耐えて来た。耐えて来たからこそ重さを知っている。知っているからこそ背負わせたくない。彼女は――優しすぎるのだ。他の子に背負わせるくらいならば自分で背負う。そっちの方が気が楽だから。罪悪感を抱かなくていいから。だから、彼女は独りで背負った。

「……その皆に、僕も入ってるんですか?」

「……どう、なんだろう。私もまだわかんないや」

 キョウはここに来たばかりだ。背負わせたくないと思えるほど咲と仲良くもなっていなければ、背負わせられるほど信頼も得ていない。つまり、まだ咲にも仲間と認められていないのだ。だが、この事実にキョウも咲も気づいていない。これに気づけるほど彼らは大人ではなかった。

 だからだろうか――。

 

 

 

 

 

「なら、僕にも背負わせてください」

 

 

 

 

 

 ――仲間とも認められていなければ信頼も得ていない部外者は手を差し伸べた。

「旅をしてからまだそんなに経っていないけど……僕は皆が大好きです。こいしさんも、子供たちも、咲さんも……だから、大好きな人が苦しんでるのを見たくないんです。お願いします。僕に……僕たちにそれを分けてくれませんか?」

「っ……え、あ、その……」

 キョウの真剣な眼差しを受けた咲は迷うように視線を逸らす。その先にはキョウと同じように彼女を見つめている桔梗がいた。

「……そろそろ、帰ろっか」

 沈黙を破った言葉は――まさかの保留だった。

「……え?」

 保留にされるとは思わなかったようで目を点にするキョウを放って咲が魚の入った籠を持ってベースキャンプの方へ歩き始める。キョウも慌てて荷物をまとめ、彼女を追いかけた。

(まぁ、無理もないか……)

 キョウは少しだけ急ぎすぎてしまったのだ。仲間でもなければ信頼も得ていない部外者。そんな存在の願いを受け入れるわけがない。咲は人一倍臆病で慎重に事を進める性格だ。いや、そんな性格になってしまった。救いは拒否されなかったことか。

「……はぁ」

 まぁ、それことに気づけるほど大人ではないキョウはかなり落ち込んでいた。頼りにされていないと認識しているらしい。先ほどから深いため息を吐き、その度に桔梗に励まされている。

「……ふふ」

 そんな彼らを見て咲は小さく笑った。認められていないわけではない。ただ気持ちの整理がついていないだけ。今、咲に必要なのは時間なのだ。キョウを仲間と認め、信頼して、一緒に背負っても潰れないと確信できるまでの時間が。まぁ、あの様子では案外早く解決しそうだ。

「おねーちゃーん!」

 もう少しでベースキャンプに着くといったところで雪ほどの男の子が草むらをかき分けて現れた。喧嘩でもしたのか顔をくしゃくしゃにしている。

「どうしたの?」

 魚の入った籠を地面に置いて泣いている男の子に話しかける咲。先ほどまで不安がっていた彼女とは思えない。

「僕のテントに、穴あいたぁ!」

「え? でも、あのテント直してまだ2日だよ?」

「ケンタとヨシオが遊んでて……それで、僕のテントに!」

 どうやら、ケンタとヨシオが遊びに夢中になっていて彼のテントに突っ込み、その拍子にテントが破れてしまったらしい。せっかく2日前に直したのにすぐに穴が開いてしまったのでショックだったようだ。それを聞いた咲はその場に膝を付いて彼の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

(……ん?)

「よしよし……後でお姉ちゃんが一緒に直すからね」

「ホント?」

 咲の言葉を聞いて男の子はすぐに泣き止んだ。それどころか笑みすら浮かべている。

「うん。あ、でも、今日の晩御飯の準備のしなきゃ。誰か、このお魚さんをこいしお姉ちゃんのところまで運んでくれると助かるんだけどなー」

「っ! 僕、行って来る!」

 泣いていたはずの男の子は咲の籠を掴んでそのまま走って行ってしまった。先ほどまで泣いていたとは思えないほど元気になっている。

(今のは……)

「あやすの上手ですね」

 何とも言えない違和感を覚えているとキョウが感心したようにそう言った。

「これでもお姉ちゃんしてるからね……ねぇ、キョウ君」

「はい?」

「……テント、直すの手伝ってくれる?」

「……もちろん!」

 満面の笑みを浮かべて頷くキョウ。それに対し、咲は少しだけ慌てた様子で背ける。その顔は若干だが、紅くなっているようにも見えた。

(……これは)

 妖怪に襲われそうになっているところに颯爽と現れ、見事妖怪を打ち倒した。自分の妹の命を助けてくれた。疑っていたが、本当にいい人だとわかった。自分のことを心配して怒ってくれた。一緒に背負うと手を差し伸べてくれた。

 考えうる理由はいくらでもある。いや、これら全てが原因かもしれない。

(ああ、そういうこと……)

 確かに咲には時間が必要だった。だが、それはキョウを仲間と認めることでも、キョウを信頼することでもなく――自分の気持ちに向き合う時間だった。

「じゃあ、急いで帰りましょう! そろそろ暗くなって来ちゃいますからその前に直さないと」

 そう言ったキョウは未だ立ち膝を付いている咲に手を差し出す。

「う、うん……そう、だね」

 それを遠慮がちに握り、立ち上がる咲。そして、2人は手をつないだまま、歩き始める。

『……頑張れ、女の子』

 私は真っ赤な顔を俯かせながらキョウに引っ張られるように歩く咲を密かに応援した。

 



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第342話 全てはこの一撃のために――。

「ガッ……」

 力が溢れると同時に体が軋み始める。『シンクロ同調』の負荷があまりにも大きすぎるのだ。1分も持たないかもしれない。これでぬらりひょんに対抗できるような技が出てくれなければそこで俺たちの負けだ。祈るようにスペルカードを手にして唱える。

 

 

 

 

 

「運壊『ミョルニルの運命と破壊の槌』!」

 

 

 

 

 

 宣言すると同時に両腕に『メギンギョルズ』が巻かれ、目の前に巨大なハンマーが出現する。柄は『ミョルニルの槌』とは違い、とても長い。俺の身長以上あるかもしれない。その柄の先には赤熱したヘッド。バチバチと火花が散っている。更にヘッドの右側面にはピンクの宝玉が3つ、左側面には紅い宝玉が3つほど施されていた。本当に武器なのかと思ってしまうほど綺麗だった。ぬらりひょんも赤熱したハンマーを呆然とした様子で見ている。

 そのハンマーを俺はいつの間にか両手に装備していた『ヤールングレイプル』でしっかりと掴む。持てるか不安だったが、両腕の『メギンギョルズ』のおかげかさほど重く感じない。これならば思い切り振り回せるだろう。これが、俺たちの絆の証。

「行くぞ……ぬらりひょん!」

 まだこのハンマーにどんな効果があるかわからない。しかし、俺は確信していた。これがぬらりひょんを倒すきっかけになる、と。

 俺はハンマーを掲げて――地面に向かって一気に振り降ろす。だが、地面にぶつかる前に何かがハンマーに当たり、砕ける音が響いた。

「ッ――」

 その瞬間、ハンマーの真下にぬらりひょんが姿を現す。最初からそこにいたかのように。彼女は慌てて脇差を突き出してハンマーにぶつける。赤熱しているハンマーと妖力を纏っている脇差が激突し、衝撃波が地面を抉った。ぬらりひょんは――消えない。本体だ。やっと捉えた。

「くっ、ぉ……おおおおおお!」

 ハンマーの重量と『メギンギョルズ』でブーストされた俺の怪力に潰されまいと彼女は顔を歪ませながら絶叫する。一瞬だけ俺のハンマーが押され、その隙にバックステップして離脱するぬらりひょん。支えを失ったハンマーはそのまま地面を叩く――前に再び、何かに衝突し、破壊する。ガラスが割れるような音が響いた。その刹那、俺の視界がブレてぬらりひょんの背後に瞬間移動する。ハンマーはすでに横薙ぎに振るわれていた。背後に回り込まれたことに気づいたのか振り返ろうとするが、その前に赤熱したヘッドが彼女を捉え、スパークを起こした。雷にも匹敵する電撃がぬらりひょんを襲い、声にならない悲鳴を上げる。

「フラン!」

『えいやっ!』

 魂の中でフランに声をかけると同時に左側面の紅い宝玉が1つ、音を立てて砕け散った。そして、スパークを起こしているヘッドから爆炎が噴出する。電撃と炎を撒き散らすハンマーを強引に振り抜き、ぬらりひょんを吹き飛ばした。

「が……ぐっ……」

 吹き飛ばされた彼女はその勢いを利用して地面を転がり、燃えていた体を消火する。しかし、ダメージが大きかったのかぬらりひょんは血を地面に吐き捨てながら立ち上がった。妖力を纏っていたのか大きな傷は見受けられない。あれほどの電撃と爆炎を零距離で喰らったのにもかかわらず。

「なるほど……そういう武器か」

 どうやら今の攻防でこのハンマーの性能がばれてしまったらしい。

 『運壊『ミョルニルの運命と破壊の槌』』。『ミョルニルの槌』にレミリアとフランの能力を付加した武器。つまり、レミリアの『運命を操る程度の能力』とフランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を備えたハンマーだ。このハンマーで攻撃し、対象に当たらなかった場合、“運命を破壊して対象に当たる運命を引き寄せる”。また、それは“対象に当たるまで何度でも繰り返される”。一言で言ってしまえばこのハンマーは『必中』なのだ。躱されても、受け流されても、受け止められても、直撃するまで何度でも襲い掛かる絶対の一撃。更に赤熱したヘッドに当たった瞬間、電撃が対象を襲う。加えて紅い宝玉を割れば爆炎も追加される。わかったところでどうすることもできない必中の絶対的一撃。

 しかし、デメリットがないわけではない。チラリとハンマーの右側面を一瞥し、ピンクの宝玉が1つだけ砕けているのを確認する。そう、回数制限だ。最大3回まで運命を破壊し、引き寄せ、対象に攻撃を当てることができる。つまり、後2回でぬらりひょんをどうにかしなければならない。それに――もう、体が限界だ。急がなければ。

(迷ってる暇はない)

 ハンマーの柄を握り直した後、適当に振り下ろした。またガラスの割れる音がする。運命が破壊されたのだ。引き寄せた運命により、振り上げた姿勢のまま、ぬらりひょんの真上にテレポートする。

「今度は真上かよ!」

 悪態を吐きながら脇差を真上に突き出す。俺もハンマーを思い切り振り下ろした。だが、ハンマーと脇差が激突する直前で運命が砕ける音が響く。そして、俺はぬらりひょんの前に移動し、がら空きの顔面に向かってハンマーを叩きつけた。もちろん、ヘッドが彼女の顔面を捉えた瞬間に紅い宝玉を割るのを忘れない。再び、電撃と爆炎が彼女を襲った。閃光と爆炎の光でチカチカする視界の中、両腕に力を入れてそのまま彼女の体を地面に叩きつける。地面が砕け散り、瓦礫が周囲に飛び散った。すぐに後ろにジャンプして彼女から距離を取り、もう一度ハンマーを振り下ろす。砕ける音がした。目の前にボロボロになったぬらりひょんがいる。今度は妖力を纏う隙がなかったのか服は焼け焦げ、体中から血を流していた。

「砕け、散れえええええええ!」

 そんな彼女に最後の一撃を叩きこむ。最後の紅い宝玉が割れ、電撃と爆炎がぬらりひょんを襲い、俺たちを囲む黒いドームの壁に叩きつけた。その勢いにドームは耐えられなかったのか亀裂が走る。天井付近からパラパラと黒い破片が落ちて来る中、俺はハンマーの柄を地面に突き刺して体を支えた。服のあちこちが血で染まっている。『シンクロ同調』の反動で皮膚が千切れ始めたのだ。だが、これでぬらりひょんに大ダメージを与えることができた。

「後は――」

「――お前が死ぬだけだな」

 ドス、と俺の心臓から脇差が生える。

 ゆっくりと振り返ると左腕を失ったぬらりひょんが笑いながら俺を見ていた。

「左腕を、犠牲に……」

 『運壊』は直撃するまで運命を破壊し、引き寄せることができる。だが、言い換えれば“直撃さえすれば終わる”のだ。左腕を切り離してハンマーにぶつけたのだろう。

「どうせ、翠炎で復活するんだろうけど……もう、油断しない。本気で行く。この手で殺してやる」

 そう言い終えた彼女は脇差を持った右腕を捻る。幻影とは比べ物にならないほどの怪力で。実体の幻影より本体の方が強いのだろう。そんな怪力で脇差を半回転させたからか、俺の心臓が捻じ切れた。

「……」

 薄れゆく意識の中、俺はその時が来るのを待つ。翠炎が俺の体を包み込んだ。ぬらりひょんはジッと翠炎が消えるのを待っている。翠炎に触れたら存在を燃やし尽くされてしまうからだ。だが、翠炎が消えた瞬間、俺はもう一度殺されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、ここで勝負を決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『フォーカスサーチャー・改』」

 

 

 

 

 

「なっ……」

 俺と吸血鬼の声が重なり、翠炎から十字のマーカーが飛び出し、ぬらりひょんの胸に直撃する。翠炎によって消されるのは魂波長が変化している現象やぬらりひょんのような魂波長を持たない存在である。つまり、通常の技である『フォーカスサーチャー・改』は消されない。

「『捕まえた』」

 視界に十字のマーカーが出現するのを確認した後、ぬらりひょんに吸血鬼の狙撃銃の銃口を向ける。自分の胸に刻まれたマーカーを見ていた彼女は舌打ちをしながら気配を操り、姿を消した。だが、もう俺たちからは逃げられない。視界を移動するマーカーを狙って引き金を引く。

「くっ……」

 姿を現したぬらりひょんは体を捻って銃弾を回避する。そこへもう一発、銃を放つ。今度は脇差で銃弾を一刀両断された。悔しそうに顔を歪ませながら胸のマーカーを睨み付けるぬらりひょん。

「『どうした? これでおしまい?』」

「……んなわけ――ガッ!?」

 俺たちの挑発に乗ったぬらりひょんがこちらへ駆け出した瞬間、彼女の胸から血が迸る。背後から撃たれたのだ。目を見開きながら前へ倒れる彼女に再度、銃口を向けて発砲。銃弾がぬらりひょんの胸に直撃し、彼女の体が後方へ飛んだ。血は出ていない。また妖力で弾いたのだ。さすがに衝撃までは殺せなかったようだが。

「くっそたれえええええ!」

 血だらけのまま、ぬらりひょんが叫び、彼女の周囲に何十体もの幻影が出現した。幻影を盾にするつもりらしい。俺たちに向かって突進して来る。それを狙撃銃と2丁拳銃で駆逐していった。ぬらりひょんのマーカーは動かない。

((そろそろね))

 狙撃銃を前方に見えるマーカーに向けた。小さく息を吐き、狙撃銃に力を籠める。ゆっくり、ゆっくりと確実に。2丁拳銃の狙撃により、どんどんぬらりひょんの幻影が消えていき、やっとマーカーの付いた本体の姿を視認できた。

((これがラストチャンス……一発で決める))

「『装填』」

 カチャリ、と狙撃銃から音がした後、引き金を引く。その瞬間、前方にあったマーカーが消えた。

「死ねええええええ!」

 『ゾーン』

 背後から迫るぬらりひょんを“もう1つの視界”で見つけた。俺たちが引き金を引くタイミングで俺たちの背後に回ったのだろう。銃弾に当たる前に殺せばいい。常に狙われているのなら一瞬の隙を突けばいい。そう考えたのだろう。ああ、そうだ。きっと、俺たちはこのまま黙っていれば脇差に斬られ、死に至る。翠炎によるリザレクションも先ほど使用した。リザレクションどころかぬらりひょんを倒すための白紙効果でさえ、『魂装』すら展開できないほど消耗している。

 スローモーションの世界でゆっくりと背中に脇差が迫る。それと反比例するように俺たちが放った1発の弾丸のスピードが落ちていく。何かに引っ張られるように。

 『フォーカスサーチャー』は対象にマーカーを付けて常に相手の位置情報を知らせる技だった。それを吸血鬼は改良し、『フォーカスサーチャー・改』を編み出した。そう、『追尾機能』である。だからこそ、“躱したはずの1発目の弾丸は反転し、ぬらりひょんの心臓を背後から貫いた”のだ。

 じゃあ、今、目の前で完全に空中で停止している弾丸はこの後どのような軌跡を描くのだろうか。決まっている。俺たちの背後にいるぬらりひょんを射抜こうと“戻って来る”。そして、戻って来る弾丸は――翠色。

 

 

 

 

 

 

「『翠弾――』」

 

 

 

 

 

 

 俺たちは狙撃銃を構えたまま、翠色の弾丸に心臓を射抜かれた。しかし、翠色の弾丸は止まらない。目標にたどり着くまで止まることはない。止めてつもりはない。全てはこの一撃のために繋いだ俺たちの――絆だ。

 

 

 

 

 

 

「『――『矛盾を撃ち抜く弾丸』』」

 

 

 

 

 

 

 俺たちの体を貫通した翠弾はそのまま、背後にいたぬらりひょんの胸を貫き―—その存在(矛盾)を燃やした。




次回(といっても3週間後)、Bパート完結。


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第343話 欲しい物

そう言えば、ハーメルンに東方楽曲伝を投稿して早1年が過ぎました。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします!


「み、見ちゃ駄目!」

 非現実的な光景を目の当たりにしたせいで呆然としていた僕の目を霊夢が背後から塞いだ。確かに僕は男なので女性の裸を見るべきではない。だが、僕の目を塞ぐために彼女と密着することになり、思わずドキッとしてしまった。

「れ、霊夢! 近いよ!」

「でも」

「じゃあ、後ろ向くから!」

 僕と霊夢はその場で体を反転させる。こうすれば後ろを振り返る時に女性の裸を見てしまうこともない。霊夢もすぐに離れてくれた。

「ねぇ、その人……霊夢の知り合い?」

「……いいえ、会ったこともなければ見たこともないわ。そっちは?」

「僕もないよ」

「そうよね。なら、誰なのかしら?」

 そう言いながら後ろにいる霊夢が女性に近づく気配がした。

「怪我は……なさそうね。本当に眠ってるだけみたい」

「眠ってるだけって……裸の時点で異常だと思うんだけど」

「くしゅっ」

 霊夢の言葉に顔を引き攣らせていると不意にくしゃみが聞こえる。おそらく女性がくしゃみをしたのだろう。こんなところで裸で寝ているのだから当たり前だ。

「どうする?」

「……連れて行きましょう。さすがに放っておけないわ」

「うん、そうだね。それじゃ……桔梗に運んで貰って――」

 男の僕が裸の女性を運ぶわけにもいかないし、霊夢では大人の女性を運べない。なので、桔梗に頼もうとしたが桔梗の姿がないことに気付く。それに今まで一言も言葉を発していなかったことにも。

「霊夢!」

「何?」

「桔梗がいない!」

「……いるわよ。ここに」

 僕の言葉を聞いて桔梗の存在を思い出したのか霊夢はすぐに教えてくれた。ここに、ということは女性の近くにいるのだろう。しかし、彼女の声はいつもより低かった。どこか緊張しているような。

「……欲しい」

「っ……」

 背後から桔梗の声が聞こえた。そして、すぐに理解する。物欲センサーが反応していた。だが、おかしい。女性は荷物はおろか衣服すら着ていない。物欲センサーが反応する対象がないのだ。そう、思っていた。

「欲しい」

 桔梗がもう一度、呟く。振り返りたい衝動に駆られるが何とか我慢した。霊夢も物欲センサーが働いている時の桔梗を見たことがあるのですぐに動けるように構えているらしく、背後に霊力の乱れを感じる。

「欲しい……欲しい」

「霊夢、桔梗の様子は?」

「……ゆっくりと女性の方に近づいてるわ。それと緊急事態だからこっち向いていいわよ」

 さすがに暴走状態の桔梗を止める自信がないのか霊夢から許可が下りた。女性の方を見ないようにしながら振り返り、桔梗を見つける。物欲センサーが働いているせいでフラフラとしていた。

「欲しい――」

 そう言葉を紡いだ桔梗は女性の体に触れ、欲しい物の名前を言った。

 

 

 

 

 

「――魂が欲しい」

 

 

 

 

 

「ッ! 霊夢!」

 嫌な予感が頭を過ぎり、そう叫んだ。すぐに霊夢が博麗のお札を投擲する。

「きゃぅ……」

 桔梗にお札が直撃し、吹き飛ばす。こうでもしなければ桔梗は正気に戻らない。もし、あのまま放置していれば何をしていたかわからなかった。そう、咲さんの時のように。

「あ、れ……私、何を……」

 やっと正気に戻ったようで吹き飛ばされた桔梗は周囲を見渡しながらこちらに向かって来る。そして、僕たちの視線で暴走していたことに気付いたのか顔を青ざめさせた。

「あ、あの……もしかしてまた私やっちゃいましたか?」

「……いいや。今回はやっちゃう前に何とかなったよ」

 震えそうになる声を抑えて桔梗を抱っこする。いきなり抱っこされたからか、僕の方を見上げて不思議そうに彼女は首を傾げていた。

 今まで桔梗は何度も物欲センサーが反応し、暴走して来た。しかし、その全ては物体に反応していた。咲さんの時も死んでいる時点で(言いたくはないが)ただの肉だと言い換えることもできる。だが、今回、桔梗が欲しがったのは『魂』。見ることもできなければ本当に存在していることを証明すらできない。あのまま桔梗を放置していたら魂を得るために何をしていたのだろうか。そして、魂を得たら彼女はどうなっていたのだろうか。

「……桔梗、お願いがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

「そこで眠ってる女性を神社まで運んで欲しいんだ」

「女性? あの、何で裸なんでしょう?」

「……さぁ?」

 安全なはずの博麗神社に侵入した妖怪。裸の女性。桔梗が欲しがった『魂』。立て続けに色々なことがあったせいで少しだけ疲れてしまった。とりあえず、今は妖怪を退き、無事に女性を保護したことを喜ぼう。桔梗が右手を巨大化させて優しく女性を持ち上げているのを見ながら同じことを考えていた霊夢と頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……そんなことがあったんだ」

 晩御飯を終え、僕の話を聞いた霊奈はそう言った。霊夢と桔梗には女性の様子を確かめて来るようにお願いしたのでここにはいない。桔梗に『魂』を欲しがったことを聞かれたくなかった。もし、魂の話をしてまた暴走状態になってしまったらどうなるかわからないからだ。

「霊奈はどう思う?」

「んー……妖怪のことも気になるけど、やっぱりその女の人が起きるのを待つしかないんじゃないかな? 何か知ってるかもしれないし」

「そう、だよね」

「桔梗のことは……わかんないや。前、鍋敷きを食べた時とは違うの?」

「違うわけじゃないんだけど欲しがった物が物だから」

 女性の魂を得るために何をしでかすのかわからないのもそうだが、僕が一番懸念しているのは何かしでかしてしまった後のことだ。咲さんの時も桔梗は暴走し、正気に戻った後、取り乱していた。あの時、咲さんはすでに死んでいたのでショックはそこまで大きくなかったのかすぐに落ち着いてくれたが、もし、欲しい物を得るために誰かを殺してしまったら桔梗はどうなるのだろう。桔梗は人形だが、それ以外は人間と同じである。食べることもできるし、眠らなければ体調を崩す。感情だってある。だから、人殺しをしたら最悪の場合、精神が壊れてしまうかもしれない。それが一番怖かった。

「……キョウは桔梗のことが大好きなんだね」

 これからどうすればいいか悩んでいると小さく笑いながら呟く霊奈。

「だって、桔梗は僕の家族だから」

 桔梗がいなければ僕は今頃、死んでいただろう。妖怪に食い殺されていたか、それこそ精神的に壊れていたか。いずれにしても僕にとって桔梗は大切な存在だ。

「……そっか」

 僕の言葉に対して霊奈はただ相槌を打つだけだった。

「霊奈?」

 天真爛漫な彼女にしては珍しく寂しそうな笑みを浮かべていたので思わず、名前を呼んでしまった。だが、霊奈は何も言わずにお茶を啜っている。その姿は少しだけ霊夢に似ていた。

「マスター!」

 その時、障子が勢いよく開き桔梗が居間に飛び込んで来る。しかし、勢いが強すぎたのか僕と霊奈の前を通り過ぎて壁に激突してしまった。

「お、おぉぅ……」

「桔梗、大丈夫?」

「はい……ってこんなことをしている場合ではありません! 例の女性が目を覚ました!」

 顔面を押さえてゴロゴロと畳の上を転がっていた桔梗だったがすぐに浮上して報告する。女性が目を覚ましても桔梗は暴走していないようだ。一先ず、安心した。まぁ、暴走した時のために霊夢と行動させていたので最悪の事態にはならないとは思っていたが。

 だが、まだ安心はできない。あの女性の正体がはっきりさせなければ。僕と霊奈は桔梗の後を追って霊夢と女性がいる部屋に向かった。

「霊夢、入るよ」

「ええ、どうぞ」

 霊夢の声が聞こえたので部屋の中に入る。そこには霊夢たちの師匠の寝間着を借りたのか、白い着物を着て布団の上で正座している女性と布団の横で腕を組んで目を閉じている霊夢がいた。少しだけ空気が重い。

「あの……あなたが私を助けてくれた、ますたぁ……さんですか?」

 女性は不安そうにこちらを見ながらそう尋ねて来る。

「あー、初めまして。『時任 響』って言います。こっちは『博麗 霊奈』」

「どうもー」

「キョウ、さんと霊奈さんですね。初めましてー」

 先ほどまで眠っていたとは思えないほどほのぼのとした挨拶になってしまった。霊夢の隣に移動して座る。霊奈もその後に続く。

「それで……あなたは?」

「えっと、そのー」

 女性の名前を聞いたが、何故か彼女は言い淀んで目を逸らした。何か事情でもあるのだろうか。霊奈と目を合わせて首を傾げているとすぐに女性が口を開いた。

「実は……記憶がないんです」

「え?」

「自分の名前も、住んでいた家も、家族のことも……何も思い出せないんです」

 記憶喪失。全裸で眠っていた時点で何か事情があるとは思っていたが、まさか記憶がないとは。なら、あの妖怪のことを聞いてもわからないだろう。いや、今はそんなことよりも彼女のことだ。どう励ますべきか。生憎、記憶喪失の人に初めて会ったのでどのような言葉をかければいいのかわからないのだ。

「大丈夫ですよ」

 不意に桔梗が女性の握りしめた拳に両手を置いた。

「桔梗、さん?」

「大丈夫ですよ。ここには優しい人ばかりです。貴女の味方になってくれる人たちです。だから、安心してください」

 彼女の手を優しく撫でながら桔梗は上を見上げて笑う。それを見て僕は思わず、目を丸くしてしまった。桔梗は初めて会う人に対して少しばかり警戒する。そんな彼女が目覚めたばかりの女性を励ました。これも『魂』を欲しがったことと何か関係があるのだろうか。

「……ありがとうございます」

 桔梗の言葉を聞いた女性は目に涙を浮かべてお礼を言う。この様子なら大丈夫そうだ。

「霊夢、どうする?」

「あなたはどうしたい?」

「いや、居候の僕に意見を求められても……」

 僕に決定権などあるわけないのに。それに気付かない霊夢でもない。何か考えでもあるのだろうか。

「うーん……少しの間でもいいからここに住まわせられない? もしかしたら記憶が戻るかもしれないし、桔梗のあれもまだ解決してないから」

「本心は?」

「放っておけない」

 何となく――この人を見捨てたら取り返しのつかないことになる。そんな予感がした。霊夢と霊奈も僕と同じ意見だったのか納得したように頷いている。桔梗も懐いているようだし、反対する人はいなさそうだ。

「私が言うのも変ですがいいんですか? こんな怪しい人を住まわせてしまって」

 桔梗を抱っこしながら確認するように問いかけて来る女性。

「悪い人はそんなこと聞きませんよ。それに霊夢と霊奈は勘が鋭いのですぐにわかります」

「そう、ですか……では、お言葉に甘えさせていただきます。これからよろしくお願いしますね」

 女性は嬉しそうに笑いながら頭を下げる。その拍子に彼女の豊満な胸が桔梗の顔面を押し潰した。息ができないのかもがく桔梗だったがそれに気付いていないようで頭を下げた状態で制止している。僕たちが何か言わない限り、頭を上げるつもりはないようだ。礼儀正しいのだがさすがに僕たちは窒息しかけている桔梗を見て顔を引き攣らせることしかできなかった。

「どうしました?」

 何も言わない僕たちを不思議に思ったのか顔だけ上げてこちらの様子をうかがう女性。

「か、体起こして! 桔梗が死んじゃう!」

「へ? あっ! す、すみません!」

「うきゅぅ……」

 目を回している桔梗を泣きそうになりながら揺らしている彼女を見て僕は少しだけ不安になるのだった。

 



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第344話 不運の重なり

 川の流れる音を聞きながら今日もキョウと咲は釣りをしている。数日前、初めて釣りをした日に咲がこいしに『これからもキョウと一緒に釣りをさせて欲しい』とお願いしたのだ。キョウも意外と釣りが好きなようで釣り当番になったことを喜んでいた。その裏に隠された乙女の気持ちに気付くこともなく。まぁ、いくらキョウが大人っぽいと言っても五歳児なのだ。咲の気持ちに気付けるわけがなかった。

「……」

「咲さん? 何か僕の顔に付いてます?」

「へ!? あ、ううん! 何でもないよ!」

 呆けた様子で釣りをしているキョウの横顔を見ていた咲だったが、視線に気付いたキョウに問いかけられ慌てて顔を正面に向ける。キョウは首を傾げながらペタペタと顔を触り、最終的に彼の膝に座っていた桔梗に顔に何か付いているか聞いていた。見ているこちらがもやもやするようなすれ違いぶりである。

(うーん……)

 どうにかしてあげたいのだが、私が介入するわけにも、できるわけもなかった。しかし、このまま見ているのも嫌だった。せっかくキョウを好きになってくれたのだ。その恋をどうにかして成就してあげたいものである。

「……」

「……」

 何よりこの何とも言えない空気がいただけない。咲は恥ずかしがってもじもじしているし、キョウはそんな咲の様子に気付くことなく釣りを楽しんでいる。頼みの綱である桔梗もすでに夢の中。確かにとても天気がいいので眠たくなる気持ちもわかるが、この空気をどうにかしてから寝て欲しかった。咲も咲である。キョウを釣り当番にしたのならば2人きり(桔梗もいるが)になることぐらい予想できたはずなのにこの体たらく。初めての気持ちに焦っていたのかもしれないが、もう少し計画性を持って行動して欲しかった。

「あ、そう言えば――」

「ひゃいッ!」

「ど、どうしたんですか、咲さん?」

 何か言いかけたキョウに過剰反応する咲。それを見て思わず、ため息を吐いてしまう。

「な、何でもないよ、何でも! それでどうしたの?」

「いえ……洗濯物干しっぱなしだったな、と」

 キョウの服は1着しかないため、一気に洗濯するわけにはいかない。上着だけ洗って干している間は肌着で過ごしたり、寝る直前にズボンを洗うなど工夫しているのだ。因みに今も肌着で釣りをしている。

「あ、それなら私、取り込んでおいたよ」

「本当ですか? ありがとうございます。あれ、でも咲さんに洗濯したって言いましたっけ?」

「え、えっと……そ、そう! 釣りに来る前にキョウ君を見かけて肌着だったから上着洗ってるんだなって思って!」

(見かけた、ねぇ)

 キョウは気付いていないと思うが、私は知っている。あの日から暇があれば咲は影からキョウの姿をジッと見ているのだ。その時にキョウが上着を着ていないのを見たのだろう。物陰からこっそりこちらを覗いている咲は可愛らしいが将来、ヤンデレにならないか不安である。

『……ヤンデレって何よ』

 自然と頭に浮かんだ言葉に疑問を抱くが今更なので無視することにした。とにかく今は咲の恋の行方だ。キョウがいつ時間跳躍するかわからない今、もたもたしているわけにもいかないだろう。咲もそのことをわかっている。だからこそ、無理やりにでも一緒にいる時間を増やそうとしているのだ。

「そうですか。何から何までありがとうございます。この前から皆も話しかけてくれるようになってくれましたし」

「この前?」

「ほら、ユウタ君のテントを直した時ですよ」

 あの日、キョウは咲と一緒にユウタのテントを直した。そのおかげでユウタがキョウを警戒しなくなり、連鎖的に他の子もキョウに歩み寄ってくれるようになったのだ。まさかこまちから習った手芸術がこんなところで役に立つとは思わなかった。

「ううん、あれはキョウ君の力だよ。私は何も」

「そんなことありませんよ。咲さんがいてくれたから皆と仲良くなれたんです。ありがとうございました」

 お礼を言いながら咲に笑顔を向けるキョウ。子供らしい太陽のような笑顔を目の当たりにした咲は顔を赤くしてそっぽを向いた。

「咲さん、どこか具合でも悪いんですか?」

 先ほどから様子がおかしい彼女を心配したのか針を回収して地面に釣竿を置いたキョウは咲の顔を覗こうとする。

「大丈夫……大丈夫だから!」

 さすがに今の顔を見られたくない咲はキョウから逃げるように立ち上がった。だが、それと同時に咲の竿に当たりが来る。大きな魚だったのかぐいっと竿を引っ張られた。

「わわっ」

 立ち上がったばかりで体勢を崩していた彼女はそのまま引っ張られ、数歩前に出てしまう。その数歩がまずかった。

「あ、ああ!?」

 バランスを崩した彼女は川に落ちそうになり、川岸で腕を振り回して踏ん張る。だが、その努力も空しく彼女の体は川の方へ傾いて行く。川に落ちるまで数秒もかからないだろう。

「咲さん!」

 そんな彼女にキョウは手を伸ばし、奇跡的に咲の手を掴むことができた。後はこのまま引き上げるだけ、なのだが。

「あっ……」

 いきなり手を掴まれた咲は思わず、体を硬直させてしまい、キョウの手を引いてしまう。女の子の方が第二次性徴は早く訪れる。そのため、キョウと咲の体格の差はかなりあった。どんなに戦い慣れているキョウであっても自分よりも大きい人をバランスを崩した状態で引っ張り上げることなどできるわけもなく――。

「うわああああ!」「きゃああああ!」

 ――2人仲良く川へ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅ!」

 川辺にパチパチと焚火特有の音が響く。その近くにずぶ濡れになったキョウと咲が体を震わせていた。

「マスター、まだ寒いですか?」

 右手を巨大化させて大量の枯れ枝を持っている桔梗が心配そうにキョウに問いかける。キョウたちが川に落ちた後、その音で起きた桔梗に引き上げられた。風邪を引く前に濡れてしまった服をどうにかするため、急いで近くに落ちていた枯れ枝を集め、桔梗【拳】のジェット噴射で火を起こした(それしか火種がなかった)のだが、さすがにジェット噴射で上手く火を起こせるわけもなく、何度も枯れ枝を吹き飛ばしたせいで時間がかかってしまった。その間、ずっとずぶ濡れだったキョウと咲の体はすっかり冷えてしまったのだ。

「ちょ、ちょっとね……うぅ」

 桔梗に笑って見せるキョウだったが声は震えている上、唇も少しだけ紫色になっている。桔梗を心配させないように強がっているのが丸わかりだった。

「ごめんね、キョウ君。私のせいで」

 そんなキョウを見て咲が震えながら俯いてしまう。キョウを巻き込んで川に落ちてしまったことを悔やんでいるらしい。

「いえいえ、気にしないでください。ほら、服だってすっかり乾いて……は、はっくしょん!」

 たとえ服が乾いたとしても冷え切った体が温まるまで時間がかかってしまう。更に不運は続く。

「あ……雨」

 ぽつぽつと雨が降って来てしまったのだ。ここからベースキャンプまでさほど離れていないとはいえ、冷え切った体で雨に打たれてしまったらほぼ確実に風邪を引いてしまうだろう。桔梗【薬草】ですぐに治るが、可能であれば引かずに済ませたい。

「どこかで雨宿りしましょうか」

 火を消すためにあらかじめ用意していた砂を焚火にかけながらキョウが咲に提案する。

「う、うん。そうだね。確かこの近くに大きな木があってそこに私たちが入れそうな洞があったはず……」

「ああ、目印にしてたあの大木ですか。じゃあ、そこにしましょうか」

 念のために数本の枝にまとめた即席の松明を消えかけている焚火に突っ込んで火をつけた後、咲の案内で件の大木へ向かった。

 




松明ですが、本当にお粗末な物でただ火の付いている枝を持っているような感じです。


なお、次回のAパートは咲さんとのいちゃいちゃです。


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第345話 仲間を信じて

 パラパラと黒い破片が舞い散る。そんな中で俺はただ目の前で倒れているぬらりひょんを見下ろしていた。彼女の胸では小さな翠色の炎が揺れている。

「ニシシ……一杯喰わされたってことかな」

 引き攣った笑みを浮かべながらぬらりひょんは空を見上げていた。その視線の先ではきっと黒いドームが今にも崩れ落ちそうになっていることだろう。だが、そんなことよりも俺は自分に起きた異変に戸惑っていた。

『ねぇ、さっき……』

(……ああ)

 どうやら、吸血鬼もその異変に気付いているようで声を震わせている。『フォーカスサーチャー・改』を使用した瞬間、俺と吸血鬼は文字通り、一つになった。視界も聴覚も、思考も全て重なったのだ。だが、それが当たり前のように俺たちはそれを受け入れた。まるで、“最初からそれが本当の形だった”と言わんばかりに。

「……おい」

 何とも言えない気持ちを抱いていると不意にぬらりひょんが声をかけて来る。翠炎はすでに彼女の肩や腰にまで至り、数分と持たずに彼女は存在を燃やし尽くされるだろう。

「何だ?」

「最期に聞かせろ。どうやって翠炎を撃った? あれは他の力と並行して使えなかったはずだ」

 『魂同調』や『シンクロ』中に翠炎を使うと魂波長が元に戻り、解除されてしまう。また、神力で創造した武器も同じ。だからこそ、翠炎を使用する際、他の力を頼ることはできない。しかし、俺はあろうことか吸血鬼の狙撃銃の空薬莢に翠炎を込め、銃弾として放ったのだ。

「……俺だってまだちゃんと理解してるわけじゃないけど、魂波長が存在してる物は翠炎じゃ燃やせない。その翠炎で燃やせなかったってことはあの狙撃銃はちゃんとした武器だったってことだろ」

 例えば『神鎌』。あれは俺の神力を使って創造した武器だ。これは魂波長を持たない『虚』から生まれた武器なので翠炎で燃やし尽くされる。つまり、『虚』から生まれた武器でなければ翠炎では燃やせないのだ。むしろ、傷や汚れがなくなってしまうだろう。

 翠炎に燃やされなかった吸血鬼の狙撃銃は魂波長を持つ武器となる。だが、吸血鬼は俺の魂に住む存在。吸血鬼本人には魂波長はあるが、あの狙撃銃は魂の中でしか取り出せないものだ。そんな狙撃銃に魂波長があるとは思えないが、実際、狙撃銃は燃えなかった。それがあの武器に魂波長がある証拠になる。

「そっか。うん、やはり強いな、音無 響」

 すでに上半身が翠炎に包まれたぬらりひょんはニタリと口元を歪ませた。その笑顔を見て思わず、背筋が凍りつく。

「……ッ」

 俺は急いで上を見上げた。黒いドームはもう原型を留めていない。だからこそ、おかしい。ドームが壊れたにも関わらず、雅たちと連絡が取れないのだ。

「ニシシ。気付いたか? 気付いちゃったかな?」

 足元でぬらりひょんが楽しそうに呟く。そんな彼女を無視して携帯を取り出し、望に電話をかけた。何度もコール音が響くだけで繋がらない。

「……くそ」

 悪態を吐きながら携帯をポケットに仕舞って足元の彼女に視線を向ける。今にも存在を燃やし尽くされそうになっているのにぬらりひょんは楽しそうに笑っていた。

「囮、だったのか」

「そう、そうだ。私は単なる囮。きっと、あいつらは私でもお前を倒せないと思ってたんだろうな。できるだけ時間を稼げって言われた。まぁ、私は本気で殺そうとしてたんだけどな」

 『ニシシ』と笑い、彼女はわずかに残っている右手で胸の炎に触れ、そのまま自分の頬に当てる。それだけで右手に燃え移った翠炎が彼女の顔を犯し始めた。もう彼女は話すことすらできないだろう。

「ニシ、ニシシ」

 それでもぬらりひょんは笑い続けた。翠炎に燃やし尽くされるその瞬間まで。

「……」

 俺を苦しめた妖怪の大将軍がこの世から消え去った後も俺は動けなかった。ぬらりひょんは囮。つまり、今もなお望たちは戦っているはずだ。一応、黒いドームに阻まれていても雅たちとの繋がりが完全に消えるわけではない。そして、彼女たちとの繋がりは今も健在なので殺されてはいないのだろう。だが、それも時間の問題だ。

『どうする、響』

「……」

 翠炎の声に対して無言を突き通した。今から学校へ戻ってもあの黒いドームのせいで中には入れない。あのドームを破壊することは可能だが、それは『魂同調』を使えば、の話である。ぬらりひょんに『翠弾』を当てた時、俺自身も撃たれたので体の調子は万全だが、翠炎はしばらく使えない。ドーム内の様子がわかっていない現状、『魂同調』で強引に黒いドームを破壊するのは得策ではないだろう。なら、俺のすべきことは――。

「吸血鬼」

『……何?』

「さっきのあれを完璧にするぞ」

 俺と吸血鬼が一つになったあの現象。あれはきっと俺たちの新たな力になる。いや、違う。あれが本当の形なのだ。

『完璧にって……どうするの? 私もどうやったのかわかってないのに。今からじゃとても間に合わないわ』

「いや、そうでもない」

 俺の予想だが、あの現象を俺は一度だけ見たことがある。それを参考にすれば何とかなると思う。いや、何とかしなければならない。

『だが、肝心の突入法はどうするのだ? 響たちの新技に賭けるのは不安要素が多すぎると思うが』

「……ドーム内の状況によるけど可能性はある」

 もはや賭けとも言えないほど可能性は低い。もし、俺の思惑通りに運んだ場合、偶然や奇跡ではなく、運命だったと言わざるを得ないだろう。

 不安はないわけではない。失敗すれば望たちは死んでしまうのだから。だが、今はそれしかない。少なくともこの新技が完成するまでは。

(それに……)

 チラリと学校がある方角へ視線を向ける。ここからでは見えないが、学校をすっぽりと覆うように黒いドームが展開させているだろう。その証拠に学校周辺に人払いの結界が張られているのが視える。これでは近隣住人が学校の異変に気付くことはない。携帯を取り出して、時刻を確認する。午後2時半。俺が学校を出てすでに1時間が過ぎていた。それなのにまだ黒いドームは消えていない。

「あそこにはあいつらがいるからな」

 俺は今もなお、頑張っている仲間を信じている。やっと、信じられる。これまでずっと裏切り続けて来たのだ。そろそろ信じてやらなければ怒られてしまうだろう。

『……ふふ。そうね』

 それを聞いた吸血鬼は楽しそうに笑う。ああ、そうだ。今は信じよう。この困難を乗り越えて皆で笑い合える未来が来ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭、1週間前。

「……美味い」

「そう? それならよかった」

 大きな紅いお屋敷のテラスに2人の幼女と1人のメイドの姿があった。幼女の1人は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。そして、もう1人の幼女はレミリアの元恋人のリョウ。再会して初めてのお茶会を開いている彼女達だったが、レミリアもリョウも緊張はしていないようで自然体で過ごしている。

「それにしてもまさかこんな日が来るなんて思わなかったわ」

 紅茶を口に含んだ後、微笑みながらレミリアがそう呟く。それを聞いたリョウも腕を組んで頷いてしまった。彼女たちは恋人関係を築いていたが、レミリアが無断でリョウを吸血鬼にしてしまったことにより、その縁はズタズタに引き裂かれてしまったのだ。それから時は過ぎ、リョウの体は女になった。昔、再びリョウと紅茶を飲めるようになりたいと願ったことのあるレミリアだったが、まさか女になってしまったリョウと紅茶を飲むようになるなんて予想もできなかった。リョウも同じ気持ちなのか深いため息を吐いている。

「咲夜、今日の茶請けは何かしら?」

「はい、弟様から教えていただいたクッキーでございます」

「ほう? 響から?」

 レミリアの背後に立っていたメイド――咲夜の言葉を聞いてリョウは思わず、言葉を漏らしてしまった。リョウの実の息子である響と仲直りしたとは言え、仲良くなったわけではない。なので、響が料理を得意としていることを知らないのだ。

「ええ、彼、料理が上手だから咲夜もたまにレシピを聞いているみたい。食べたことないの?」

「この前、博麗神社で再会してから会ってないからな。あの時は静と望がわんわん泣いてそれどころじゃなかったし」

 そこまで言って不意に用事を思い出したのか彼女は姿勢を正してレミリアの目を見つめる。リョウの視線を受け止めたレミリアは不思議そうに首を傾げた。

「実は今度、望の学校で文化祭があるらしくてな」

「文化祭……そう言えば、昔、響がそんな話をしていたような気がするわ。確か、学生が色々なお店を出すお祭りだとか何とか」

「まぁ、そんなもんだ。それに呼ばれたんだけど……何着て行けばいいと思う?」

「……待って。色々聞きたいことができたわ」

 リョウの相談に待ったをかけ、眉間に皺を寄せるレミリア。昔のリョウはそんなことを気にするような性格ではなかった。一緒に暮らしていた頃はレミリアが言わなければ同じ服を2日連続で着ることだってあったほどである。それなのに今、リョウは文化祭に着て行く服で悩んでいた。それだけでも昔の彼を知っているレミリアを混乱させるには十分だったのだ。

「えっと……着て行く、服だったかしら? 今のような服装でもいいんじゃないの?」

「これか? うーん、どうなんだろう。文化祭とか行ったことないから何とも言えん」

 リョウは自分の着ている白いワンピースを眺めながら頭を掻いた。因みにリョウのワンピースを用意したのは静である。苦手な裁縫だったが、リョウのためならばと手を文字通り、真っ赤にして作ったのだ。他にも何着かあるが、今、リョウの着ているワンピース以外、どこかしら静の血が付着しているため、どこかに着て行くことはできないのだが。

「それこそ妻に相談すればいいじゃない」

 リョウの話を聞いたレミリアは突き放すように言う。レミリアにはリョウの話は惚気にしか聞こえなかったのだ。誰だって元恋人が他の女性と仲良くしている話を聞くのは嫌だろう。

「それが……なんか真っ黒なゴスロリを着て行けばいいとか言い出して。絶対、違うよな?」

「……ええ、それはさすがに駄目なんじゃないかしら。似合いそうだけど」

 一瞬、真っ黒なゴスロリ衣装に身を包み、漆黒の傘を持ったリョウを想像してしまったが、すぐに否定する。幻想郷では受け入れられると思うが、外の世界でそのような衣装を着ている人はいないと、コスプレはしたくないと響が愚痴を零していたのだ。

「うーん……なら、響に相談してみるか」

「ええ、その方がいいわ。常識はあるから。色々と異常だけど」

 もちろん、異常なのは彼の体質である。

「あー……うん。そうする。さて、そろそろ帰る」

「あら、もう? まだ30分と経っていないわよ?」

「あたしにだって色々用事があるんだよ。それじゃ、またな」

「ええ。またね」

 カップに残っていた紅茶を飲み干し、クッキーを1枚だけ食べたリョウはそのまま、影に沈んで行った。普段、彼女は影の中を移動しているのである。

「……お嬢様、あのことは言わなくてもよろしかったのでしょうか?」

「ええ、いいのよ。そう言う運命じゃなかったから」

 少しだけ不安そうにしている咲夜を見てレミリアは微笑む。悪魔の犬と呼ばれている彼女もれっきとした人間。特にリョウはレミリアの元恋人であり、響の実の父親。気にするには十分だった。

「はぁ……楽しかったわ」

 そう言いながら彼女はクッキーを齧る。その破片が零れたのか、それとも別の要因があったのか。すでに冷たくなってしまった紅茶の水面がピチャンと揺れた。

 




Bパート完結。

これからDパート、学校側のお話がAパートとCパートの間に入ります。なお、視点はBパートとは違って、色々と変わる予定なのでちょっと読みにくいかもしれませんがご了承ください。


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第346話 ななさん

 目を閉じて2回、深呼吸。深く、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。右手の指先に魔力を集中させ、青い矢を作り、左手に持った蒼い弓に番え、目を開けた。数十メートル先には手作りの的。力いっぱい弦を引きながら息を吸い、止める。

「……」

 集中。川のせせらぎや木々が風で揺れる音、近くに巣でもあるのか草むらの陰からこちらの見ている兎の呼吸。集中すればするほど周囲の様子が手に取るようにわかる。しかし、それは全て余計な情報だ。今、この瞬間だけ意図的に遮断する。すると、今まで鮮明に聞こえていた様々な音が消え失せ、僕の視界には的とそれに向けられている青い矢のみが映っていた。

(中る)

 そう確信し、止めていた息を吐き出しながら僕は矢を射った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいですね……本当にど真ん中に当たっています」

 手作りの的を手に持った“ななさん”が目を丸くしながら呟く。魔力で作った矢なのですでに消えているが、的の中心に穴が開いているのだ。因みにななさんとは数日前に神社の近くで眠っていたあの女性のことである。さすがに名前がないと不便なので『名無し』から『ななさん』と呼ぶようになった。

「本当に……お札の扱いは下手なのに弓の才能はとんでもないのよね」

 ななさんの呟きに呆れた様子で霊夢がため息を吐く。僕だって驚いているのだ。桔梗【弓】から人形の姿に戻してななさんから的を受け取る。

「ななさーん、見てましたか?」

「はい、とってもかっこよかったですよ」

 ななさんに褒められた桔梗は嬉しそうに彼女の周りを飛び回っていた。やはりと言うべきか桔梗はななさんにとても懐いており、よく一緒に縁側でお昼寝しているのを見かける。昨日の夜、僕たちの修行を見てみたいとななさんが言った時だって今まで以上に張り切っていた。

「あ、そろそろ私戻りますね。今日は何がいいですか?」

「そうね。じゃあ、お味噌汁お願いしようかしら」

「僕は卵焼きかな」

「お漬物お願いします!」

「はい、わかりました。では、行ってきます」

 笑顔で頷いたななさんは長い黒髪を翻して神社へ走って行った。記憶のないななさんだったが何故か家事全般できたのだ。彼女も自信なさそうに『何かお手伝いさせてください』とお願いして来たが、本人も驚くほどスムーズに熟していた。それからはななさんが自主的に家事をしてくれるので僕の修行時間も前より確保することができるようになったのだ。特にななさんの料理は絶品であり、初めて食べた時は皆でななさんを褒めちぎったほどだった。褒められたななさんが顔を真っ赤にして戸惑っていたのを今でも思い出せる。彼女の容姿は可愛いというより綺麗でクールな印象を受けるので恥ずかしがっているななさんとのギャップが凄まじく色々な男性を虜にして来たのだな、と何となくそう思った。

「ななさんが来てから楽になったわね」

「まぁ、修行をした後に家事をしてたからね。ななさんも記憶がないことをあまり気にしてないみたいだから安心したよ」

 ただ問題は残っている。あの妖怪と『魂』だ。博麗神社の周囲には結界が張ってあり、外部から侵入することは不可能である。例外として僕たちの時のように結界内に直接ワープするしかない。つまり、あの妖怪は誰かの手によって結界内に送り込まれたと考えるべきだろう。じゃあ、誰が送り込んで来たのか、という話になるのだが、今のところ、何の手がかりも掴めていない。ななさんの記憶が戻れば何かわかるかもしれないが、あまり期待はしないでおこう。

 そして、桔梗。ななさんの『魂』を欲しがったのだが、あれ以来、暴走はしていない。異様に懐いているだけだ。きっと、懐いている理由の一つが物欲センサーなのだろう。まぁ、ななさん本人がとてもいい人なので物欲センサーの件がなくてもすぐに懐いていただろうけれど。これに関しても今のところ、何もわかっていない。今できることは桔梗が暴走しないように注意しておくことだけだ。もちろん、桔梗にこのことは話していない。話してせっかく仲良くなったななさんとぎくしゃくさせたくなかったのだ。

「マスター、私たちもそろそろ戻りましょう」

 今日使用した的(実はこれを作ったのはななさんだったりする)を回収していた桔梗が的を持つために右手を巨大化させながら急かす。目をキラキラさせているのでよっぽどななさんの朝食が楽しみなのだろう。それを見た僕と霊夢は顔を見合せて苦笑し、すでに神社に向かっていた桔梗の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 僕の背後でななさんが少しだけ疲れた様子で息を吐く。薄暗い中でも彼女の首筋に汗が滲んでいるのが見える。

「大丈夫?」

「はい、これぐらいへっちゃらです。ですが、ちょっと腰が痛くなって来ました」

「あはは、ずっと屈みっぱなしだもんね」

 朝食を食べた後、僕は桔梗とななさんと一緒に蔵の整理をしていた。ななさんと出会った日、蔵の整理どころではなかったので僕と霊夢は蔵の外に出していた荷物を手当たり次第に蔵の中に運んだため、蔵の中はぐちゃぐちゃになってしまったのだ。元々、僕と霊夢で整理しようとしたのだが、それを聞いたななさんが『私がやります!』と叫び、こうして僕たちと一緒に整理することになった。霊夢はやることがあるらしく、蔵の中の整理をするだけでいいと言ってどこかへ行ってしまったのだ。

「桔梗、ななさんにお水を持って来てくれる?」

「はい、わかりました」

 蔵の中は少しだけ暑いので脱水症状が起きてしまうかもしれない。彼女にそう言っても大丈夫とか言いそうなので聞かずに桔梗に頼んだ。

「キョウさん、これはどこに置きましょうか?」

 蔵から出ていく桔梗を見ていると古い段ボールを抱えたななさんが首を傾げながら問いかけて来る。ななさんは見た目から二十歳近い年齢だと思われるが、敬語で話す方がしっくり来るそうで子供の僕たちに対しても敬語で話す。

「あー……それはあっちかな。そのダンボールが入る隙間があったと思う」

「了解です」

 僕の指示通り、段ボールを隙間に押し込むために持ち上げようとするがそこで彼女は動きを止めた。

「……ななさん?」

「きょ、キョウさん、大変です! これ以上、持ち上げられません!」

「まぁ……そうだろうね」

 段ボールにななさんの胸が乗っているので持ち上げようとすると胸がつっかえてしまうのだ。初日にも桔梗を圧死させるところだったし、少しおっちょこちょいな人なのかもしれない。今も何とか段ボールを持ち上げようと頑張っている彼女の姿を見て苦笑を浮かべながら指摘しようと口を開いた。

「ななさん、胸が――」

「――え? あ、あっ!」

 僕が話しかけたことで視線をこちらに向けたななさんが手を滑らせて段ボールを落としてしまう。床に落ちた瞬間、埃が舞い、視界が悪くなる。

「けほっ……す、すみません」

「ううん。とりあえず、落ち着くまで外に出てよっか」

 段ボールから出てしまった荷物をまとめていたななさんにそう提案して僕は外に出た。ななさんもそれに賛成だったようで申し訳なさそうに肩を落としながらついて来る。その手には何冊か本を持っていた。

「あれ、それ何?」

「あの段ボールに入っていた物です。持って来ちゃいました」

 『待っている間に読もうかと思って』と笑って彼女はその場に座ってしまう。確かに埃が落ちるのを待っている間は暇である。僕もななさんの隣に座って1冊の本を貰った。

「えっと……料理の本、かな」

 ぱらぱらとページをめくると流暢な文字で和食のレシピが書かれていた。見慣れない文字だったせいで読むのに苦労したが、コツなどが書かれていて面白い。

「マスター、ななさん。お水を持って来ました」

 感心しながら本を読んでいるとお盆を持った桔梗が帰って来た。本を置いて桔梗の元まで行き、お盆に乗っていた2つのコップを持つ。

「ありがと、桔梗。ななさん、お水どうぞ」

「あ、ありがとうございます。桔梗ちゃんもありがとう」

「いえいえ、これぐらいのこと。えっと、何かあったんですか?」

 冷たい水で喉を潤していると外で座っていた僕たちを見た桔梗が質問して来た。別に隠すようなことでもないので手短に事情を話す。

「あー……ななさん、大きいですもんね。それでマスターはどのような本を読んでいたんですか?」

「料理の本だよ。結構、面白かったから今度、試してみようかなって」

「マスターのレパートリーが増えますね。ななさんは?」

「えっと……『博麗奥義集』っていう本、みたいです」

「……奥義?」

 首を傾げているとななさんが持っていた本を渡してくれた。流し読みしてみるとどうやらこの本は今までの博麗の巫女たちが編み出した奥義をまとめたものらしい。先日、霊夢が使った『夢想封印』もちゃんと記されていた。

「へぇ、色々な奥義があるんだね……ん?」

 たくさんの奥義がある中、僕は一つの奥義が目に留まる。

「『夢想転身』?」

 他の奥義は『夢想封印』のように遠距離技だったり、結界術だったりしたが、この奥義だけは違う。この奥義は――肉体強化だった。




なんかななさんが可愛くてしょうがなくなってきました。


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第347話 洞の中で

 歩き始めて数分、咲の話通り、キョウたちが入れるほど大きな洞を見つけた。すでに雨に打たれていたせいですっかり濡れてしまったキョウと咲は急いで洞の中へ入る。因みに即席の松明は洞を見つけるちょっと前に雨で消えてしまった。まぁ、洞の中で火は使えないので丁度よかったと思う。

「ここなら雨宿りできそうですね」

 洞の中で雨宿りという行為に少しだけわくわくしているのか嬉しそうに笑いながらキョウが洞の奥に移動し、座った。桔梗もすぐにキョウの頭に着陸する。しかし、咲だけは狼狽えるように視線をあちこちへ逸らしていた。無理もない。キョウと咲が入れるほど広い洞と言っても入れるだけであって二人が伸び伸びと寝転がれるほどの広さはないのだ。つまり、洞の奥に行けばキョウと密着することになる。しかし、入り口付近では入り込む雨に打たれてしまう。完全に板挟みとなったせいで咲は動けなくなってしまったのだ。

「咲さん?」

 立ったまま動かない咲を見て首を傾げるキョウ。桔梗も不思議そうに咲を見ていた。

「え、えっと……」

「ほら、そこだと雨に打たれちゃいますよ」

 そう言いながらキョウは自分の隣の地面をポンポンと叩く。もう逃げられないと判断したのか顔を赤くしながら『失礼、します』と咲はおそるおそるキョウの隣に座った。その拍子にキョウと咲の肩が触れる。

「ッ――」

 ビクッと体を震わせた彼女だったがその場で小さく震えていた。ここで逃げてしまったらキョウを避けているように見えるため、逃げられなかったのだ。

「寒いんですか?」

 震えている咲を見て勘違いしたキョウが彼女の手を握る。少しでも暖めようとしたのだろう。しかし、それは完全に悪手だった。優しく手を握られた彼女は呼吸すらまともにできないほど緊張することとなり、顔を更に赤くする。

「顔が真っ赤……もしかして、風邪引いちゃったんじゃ!」

 そのせいでキョウの勘違いが加速し、熱を測るために咲の額に空いている手を当てた。すでに咲の呼吸は停止している。そろそろ解放してあげなければキュン死してしまいそうだ。

(やめてあげて……)

 だが、五歳児に察しろとは言えないし、言う手段もない私は深いため息を吐くしかなかった。どうにかしないと咲が死んでしまう。

「すごく熱い。桔梗、咲さんを診てあげて」

「はい、わかりました!」

「ッ……ハッ。ぁ……」

「じゃあ、咲さん――」

 額から手を放したおかげで何とか一命を取り戻したと安心した咲だったが、本当の地獄(天国)はここからだった。

 

 

 

 

「――横になってください」

 

 

 

 そう言って自然な動きで咲の体を引っ張り、自分の太ももにその頭を乗せる。そう、膝枕だ。

「……」

(咲いいいい!)

 止めを刺された咲は嬉しそうに微笑みながら目を閉じた。それが大勢の身内に囲まれながら息を引き取ろうとする老人のようで思わず叫んでしまう。そんな彼女に気づかないまま、桔梗が咲の胸に降りて両手を緑色に光らせ、診察を始める。

「えっと……これでもない。これでも、んー、これでもないですね。至って健康だと思いますけど」

「でも、すごく熱かったよ?」

「そうなんですよね。発熱と異常な鼓動の速さ……ん?」

 そこで何かに気付いた桔梗は咲の顔を見てすぐに頬を膨らませた。これはもしかして咲の恋心に気付いたのだろうか。

「桔梗?」

「咲さんは健康です! そうやって膝枕しながら頭撫でてあげればきっと元気になりますよ!」

 やはり、桔梗は気づいたようだ。腕を組んでキョウからそっぽを向いているのも、自分というものがありながらフラグを立てたことによる嫉妬だろう。何とも可愛らしい理由である。そして、キョウの将来も心配だ。5歳児で立派なフラグ建築士。大人になったら一体どれだけの女の子を泣かす男の子になるのだろうか。

「咲さん、大丈夫ですか?」

「は、はぃ……大丈夫、です」

 桔梗に言われた通り、頭を撫でる。しかも、優しく声をかけるオプション付き。顔をだらしなく緩ませた咲は朦朧とした様子で返事をする。全然大丈夫そうには見えない。さすがに桔梗もそんな咲の様子が気になったのかキョウたちの方を振り返っている。

「もう、どうしたんですか。もしかして眠たいのかな」

「いえ、これは完全にメロメロにされているだけだと思います」

「めろ……何?」

 どうやら、キョウの頭の中の辞書に『メロメロ』という言葉はなかったようで不思議そうに首を傾げていた。その間も彼の手は止まらず、優しい手付きで彼女の頭を撫でている。

その姿は頑張った子供を褒めている親のようだった。

「咲さん」

 そんな私の思考が移ったのかキョウは小さく微笑みながら少しだけ濡れた咲の前髪をかき分け、彼女と視線を合わせる。まさか見つめられるとは思わなかったのか咲は言葉を失い、黙ってキョウの顔を見上げていた。

「ゆっくり休んでくださいね」

「え?」

「僕、知ってるんですよ? 咲さんがどれだけ頑張ってるか。皆のために働いて、考えて、悩んで、笑って、泣いて……だからこんな時ぐらいゆっくりしてください。あ、なんなら眠っちゃっても構いませんよ」

「でも……」

 やはり、年上としてのプライドがあるのか彼女は躊躇い、言葉を濁す。もちろん、プライドだけが理由ではないはずだ。好きな人に自分の弱っている姿を見せる。それは少しばかり勇気のいる行為だろう。ましてや、数日前、咲はキョウの提案を保留にした。それなのに今更頼ってもいいのか悩んでいるに違いない。

「大丈夫、誰も見てません。もし、年下の僕に頼るのが嫌なら早く咲さんに頼って欲しい僕の露骨な点数稼ぎだと思ってください。ほら、僕ってとてもゲスな子です。そんな子、利用しちゃってください」

「そんな……キョウ君はとてもいい子だよ」

「なら、咲さんはもっといい子です。いい子なら寝てくれますよね?」

「うん……うん?」

 キョウの巧みな言葉選びに咲はいつの間にか頷いていた。本当に五歳児とは思えない子だ。まぁ、おそらく何度か私の力を譲渡したことによる精神年齢上昇のせいでもあるのだろう。もっと慎重にならなければ。

「いい子いい子」

「うぅ……」

 寝つけない子供を寝かしつける親のような表情を浮かべるキョウとさすがに五歳児に子供扱いされるのは恥ずかしいらしく顔を赤くして目を閉じる咲。そして、数分と経たずに咲の口から寝息が漏れ始めた。

「寝ちゃい、ましたね」

 そんな彼女の寝顔を覗き込みながら桔梗が苦笑しながら呟く。あれだけ寝るのを嫌がっていたのにとても幸せそうに寝ているから。

「食材の調達、家事、皆のお世話、周囲の警戒……そんなに一人でやってたら疲れるのも当たり前だよ。もっと頼って欲しいのに」

「マスターだからこそ頼れないってことかもしれません」

「それってどういうこと?」

「……これはマスターが気付くべきことだと思いますので私からは何も」

 そう言って桔梗は『外の様子を見て来ます』と言って洞の外に出て行ってしまった。服は濡れてしまうが彼女は人形。風邪を引くことはない。そのため、周囲の様子を見て来るのに最も適しているのだ。特に今は眠っている咲はもちろん、膝枕をしているキョウも動けない。まぁ、色々な理由は思い浮かぶが、きっと咲に気を使って2人きりにさせてあげただけだろう。

「……」

 洞から出て行った桔梗の背中をキョウは黙って見ていた。しかし、その間も咲の頭から手を離さない。

「……いつか僕に話してくれますか?」

「すぅ……すぅ……」

 少しだけ寂しそうに呟いたキョウの言葉に対し、咲は寝息を立てるだけだった。




いちゃいちゃ回かと思いきやギャグ回かと思いきや意外にシリアスっぽい終わり方でした。そろそろAパートもあのシーンに移ります。あの惨劇の中、吸血鬼は一体、何をして、何を思ったのか。
お楽しみに。


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第348話 需要と供給

Dパートの始まりです。
……まぁ、導入なので完全にギャグですが。


 季節は10月末。秋も終わり、冬に変わる季節の境目だ。

「雅ちゃん、忘れ物ない?」

「ちょっと待って……うん、大丈夫」

 私の後ろで鞄の中を覗き込んだ雅ちゃんは忘れ物がないか確認した後、私に頷いてみせた。玄関のドアノブを握り、もう一度、“自分の影”を一瞥する。

「よし、それじゃ行って来まーす」

 そして、玄関を開けてまだ家の中で家事をしているお兄ちゃんに向かって言い、扉を開けた。

「おーう、後で合流なー」

「はーい」

 遠くから聞こえるお兄ちゃんの声に返事をして雅ちゃんと一緒に外に出る。そう、今日は――文化祭だ。しかも、今年の文化祭はお母さんも新しいお父さんも一緒。うん、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

 学校に到着した私たちは朝早くから準備していたクラスメイトたちに挨拶する。彼らも準備をしながら適当に挨拶を返してくれた。

「それは……あっちだ。あー、おい。黒板班、漢字間違えてるぞ」

「む、どこだ?」

「だから――っと、音無妹、尾ケ井来たか」

 黒板にチョークで文字を書いていた望ちゃんに注意していたのは柊君だった。近寄ったことで私たちに気付いたのかこちらに視線を向ける。因みに私たちの出し物は『音無響喫茶』。身内である私がいるのと他の誰よりもお兄ちゃんとじゃれている雅ちゃんがいたせいでクラスメイト達からお願いされてしまったのだ。特に雅ちゃんはお兄ちゃんと仲がいいと校内でも有名であり、皆から期待されていたらしく、頼られることが好きな彼女は渋々ながらも交渉してみると言ってしまったのである。

「柊君、何かやることある?」

「いや、特に。こっちはそろそろ終わるから今日の段取りでも確認しておいてくれ。尾ケ井は念入りに、な」

「わかってるって……はぁ」

 念を押すような言葉を聞いて雅ちゃんは鬱陶しそうにため息を吐く。交渉して来たからか『音無響喫茶』の責任者になってしまったのである。

「おい、りゅうき。どこが間違えているのだ?」

「響が饗になってんだよ!」

「何!? 私としたことが!」

 放置されて少しだけふてくされている望ちゃんに叫びながら柊君は黒板の方へ行ってしまった。よく廊下で“決闘”している二人だが、やはり幼馴染だからか仲がいい。私には幼馴染がいないのでちょっとだけ羨ましくなってしまう。

「望ー、段取り確認しに行くよー」

「あ、うん」

 鞄を抱えた雅ちゃんの後を追って私たちはウェイトレス班と合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 段取りの確認も終わり、1時間もせずに文化祭が始まる。本番前の休憩ということで私と雅ちゃん、柊君に望ちゃんは休憩を取ることにした。

「……なんで生徒会室に来るかなぁ」

 熱いお茶の入った湯呑を傾け、お茶を一口だけ含み和んでいるとすみれちゃんがため息交じりにそう呟いた。他の役員たちは文化祭の準備に追われているらしく、この場にはいない。その隙を突いて生徒会室でお留守番をしていたすみれちゃんを巻き込み、プチお茶会を開いたのだ。

「こっちは書類整理があるのに……」

「もう終わってんだろ?」

「まぁねー」

 すみれちゃんは【メア】のおかげで思考回路の回転率がとんでもないことになっている。それに付け加え、眼力強化により書類整理などほんの一瞬で終わらせてしまったのだろう。まぁ、どんなに処理が早くても体が追い付かないので処理が終わってからそれなりの時間が経っているのにも関わらず書類をフォルダに挟む作業をしているのだが。

「それにしてもよく許可出してくれたよね。りゅうたちのクラスの出し物」

「まぁ、身内と式神がいるからな。さすがに音無兄も拒否できなかったんだろ」

「え? 響の許可は取ってないよ?」

 すみれちゃんと柊君の会話に首を傾げながら答える雅ちゃん。どうやら、お兄ちゃんの許可は取っていないらしい。許可うんぬんは全て雅ちゃんに任せていたから知らな――。

「って、えええええ!? 取ってないの!?」

「おいおい? さすがにそれはまずいんじゃないのか?」

「あ、響の許可は取ってないけど奏楽がオッケーしてくれたから大丈夫だよ。ラッピングも手伝ってくれたし」

 そう言いながら何故か制服からお兄ちゃんの写真が入った袋を取り出す雅ちゃん。確かに一つだけ他の袋に比べてラッピングの拙さが目立つものがあった。きっと奏楽ちゃんが作った袋なのだろう。

「しかし……お兄さんも怒るのではないか? 勝手に自分の写真を景品に使われるのだぞ」

「……言えると思う? 『クラスの出し物で響を見世物にするけどいい?』って。言えると思う!? しかも、写真を景品するとか! 言った瞬間、絶対におしおきされるに決まってるじゃん!」

 切羽詰まったように叫ぶ雅ちゃんに対し、私たちは顔を引きつらせることしかできなかった。確かに言えるわけがない。特にお兄ちゃんはそういったことがあまり好きじゃないので余計言い辛い。ましてや、いつもいいようにおもちゃにされている雅ちゃんがそんなことを言えば何をされるかわかったものじゃない。因みに私が見た中で一番えぐかったおしおきは神力で創った無数の手で雅ちゃんの体を固定し、色々なところをくすぐるというもの。字面は可愛らしく見えるかもしれないが、実際にされた人はたまったものではないだろう。しかも、くすぐっている手の数は2桁を超える。地獄と言っても過言ではない。実際、雅ちゃんは笑いながら涙を流し謝っていた。まぁ、お兄ちゃんはそれを聞いても『何言ってるのかわからないから駄目』と言って続行していたが。お兄ちゃんは雅ちゃんにだけ少しSになるようです。まぁ、あの時は雅ちゃんが悪いのでそれぐらいされても仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「だから、もう強行突破しようってことにしたの。悟も写真提供してくれたし、共犯者だよね?」

「……その時、説明は?」

「してないよ。『ファン増やして来る』って言って誤魔化した」

「アウト、かな」

 事情を説明した上で写真をくれたのならまだしも、誤魔化してしまっている時点で共犯者もない。

「……ばれたらおしおきされるかな」

「うん、間違いなく」

 頷いた私を見ておしおきされた時のことを思い出したのか体を震わせる雅ちゃん。そんなにおしおきが怖いならちゃんと許可を取ればよかったのに。

「で、でも! 始まっちゃえばこっちのものだよね! うん、だいじ――」

 話している途中で雅ちゃんの姿が消えた。おそらくお兄ちゃんに勘付かれて強制的に召喚されてしまったのだろう。

「尾ケ井……」

「なんということだ」

「惜しい子を失くしちゃったね」

 消えてしまった雅ちゃんを見て私と同じことを思ったのか柊君たちは嘆いていた。さほど悲しそうにしていないのは今回も完全に雅ちゃんが悪いので同情する必要がないからだろう。それから10分ほど経った頃、雅ちゃんが帰って来た。

「あ、おかえり」

「……うん」

 どんよりとした空気を纏った雅ちゃんはおもむろに席を立って生徒会室の隅っこに移動し、その場で三角座りをしてしまった。その背中には『話しかけないで』と書かれている。

「落ち込むのはいいが……ばれたんだろ? どうなったかぐらい教えてくれ」

 呆れたように言った柊君の言葉はもっともだ。もし、お兄ちゃんがNGを出した場合、『音無響喫茶』は開店できないのだから。

「……許可は、出してくれたよ。ちゃんと写真も景品にするって言った上でいいって言ってくれた」

「何だ、てっきり駄目だと言われて落ち込んでいるかと思ったぞ。ならば何故、そんなに落ち込んでいるのだ?」

「……おしおき、がね。リーマが作った鞭でひたすらお尻を叩かれるって奴だったんだけど」

 いきなりマニアックなプレイを口にする雅ちゃん。まさかの発言に顔を引き攣らせる柊君たちに対し、今回は優しい方だな、と思ってしまった私はもう駄目かもしれない。

「そ、そっか。うん、大変だったね」

 ドン引きしながらフォローに入るすみれちゃんだったが、雅ちゃんは首を横に振った。どうやら、落ち込んでいる理由はおしおきではないらしい。

「確かに……痛かったし、お尻ぺんぺんみたいなことをされてすごく恥ずかしかったってのもあったけど……けど」

「けど?」

 

 

 

 

 

「こういうの、ちょっといいかもって思ってる私もいたことが一番ショックでした……」

 

 

 

 

 

 その時、生徒会室の空気が凍りついた。

「……よーし、そろそろ文化祭が始まる時間だ。準備するぞ」

「うむ、準備だ準備。特に望は最初からシフトが入ってるから急いだ方がいいぞ」

「そうだね、早く準備しに行かないと」

「あ、もしもし先輩? 書類整理終わりました。私もそろそろ巡回の準備をしますので留守番役変わってください」

「露骨すぎるよ! なんか言ってよ!」

 『私はMじゃなあああああい!』と叫んでいる雅ちゃんを無視して私たちは生徒会室から出た。雅ちゃんはお兄ちゃんに対してMになるようです。

 




因みにくすぐりの刑の時、雅は響にまたたびをぶっかけました。
またたびは響さんの唯一と言ってもいい弱点です。それが初めて露見した話ですね。


その時のお話は番外編でやろうかなと思いますので詳しい話はそちらで。


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第349話 奥義

「『夢想転身』、ですか」

 僕の横から本を覗き込んだななさんが不思議そうに呟く。この本の中で僕が唯一興味を示した技だったからだろう。桔梗も興味深そうに本の文字を読んでいた。

「……あの、マスター」

 そんなことを思っていたら訝しげな表情を浮かべた桔梗が僕を呼ぶ。何かあったのだろうか。

「何?」

「これ、読めるんですか?」

「……へ?」

「私にはこの本に書いてある文字が読めないんです」

 桔梗の言葉に僕とななさんは顔を見合わせてしまう。僕もななさんも問題なく本の文字を読むことができる。だが、桔梗だって人形でありながら日本語ならば読み書きできるのだ。この本に書かれている文字はもちろん、日本語。だからこそ、桔梗が読めないのがおかしいのだ。

「ななさんは読めます、よね?」

「はい、読めます。普通の日本語で書かれていますし」

「え、日本語!? これがですか!?」

 どうやら、桔梗には日本語にすら見えていないらしい。この本に何か細工でも施されているのだろうか。なら、何故僕とななさんは読める? 僕とななさんに何か共通点があるかもしれない。

「でも、その共通点って?」

「私には……記憶もありませんから。すみません」

 申し訳なさそうに謝るななさん。記憶がないのはななさんのせいではない。しかし、これで手がかりはなくなってしまった。これも後回しにするべきだろう。もしくは霊夢に聞いてみるのもいいかもしれない。

「それでこの奥義がどうしたんですか?」

 僕の提案を受け入れてくれたななさんが再び問いかけて来る。だが、僕も何となく目に入っただけなので言葉が出なかった。どうして、僕はこの技が気になってしまったのだろう。

「マスター、この技はどのようなものなのですか?」

「肉体強化みたいだね。他の技は結界とか遠距離技ばっかりだったんだけどこれだけ異質だったから」

「肉体強化、ですか。霊夢さんたちの話では博麗の巫女はお札や結界を好んで使うと言っていましたので何だか目立ちますね」

「そうですね。製作者も不明ですし」

 ななさんの言葉を聞いて『夢想転身』のページをもう一度見ると製作者の名前を書く欄は空欄だった。いや、空欄ではなく黒く塗り潰されていたのだ。そう、あの『博麗の歴史』と同じ。じゃあ、あの黒く塗り潰された巫女がこの技を作ったのだろうか。

「……僕、この技覚えてみようかな」

「え? いきなりどうしたんですか、マスター」

「何となく、覚えたい……ううん、覚えなきゃ駄目。よくわからないけどこの技は――」

「キョウ君?」

 ポン、とななさんに肩を叩かれて正気に返る。でも、気持ちは変わらない。勘でしかないけれど、この技は僕が覚えなきゃならない、と思う。

「桔梗、手伝ってくれる?」

「もちろんですよ、私はいつだってマスターの味方ですから」

「わ、私も手伝いますよ!」

 こうして、僕は新技を覚えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはこの奥義の仕組みを確認してみましょう。生憎私には読めないので解説お願いします」

 蔵の掃除を終わらせた僕たちは神社に戻って来てすぐに奥義習得会議を始めた。因みに霊夢は博麗のお札の補充、霊奈はいつものように修行している。霊夢に話を聞きたかったが今は我慢しよう。

「えっと、さっきも言ったけど技の内容は肉体強化。自分の霊力を全て使って発動するみたい」

「霊力の全て、ですか。なかなか使い辛い技のようですね。奥義を使って倒せなかった場合、ガス欠を起こしてしまいそうですし」

「その点も本に書いてありました。使いどころを考えろって」

 桔梗の考えにななさんが賛成する。確かに霊力がなくなれば動くことはおろか気を失ってしまう可能性もある。敵の目の前で気絶などすれば一瞬で殺されてしまうだろう。

「まぁ、覚えていて損はないみたいだよ。霊力の全てを使うって言っても少しでも残ってたら発動できるんだって。つまり――」

「――一発逆転の一手、ということですね」

 そう、ななさんが言ったようにこの奥義は切り札と言うより秘密兵器に近い。強い敵にやられ、瀕死になってしまった場合でも使用できるのだ。相手の虚を突くこともできるし、倒すことだって目じゃない。この奥義はそう言う技だ。だが、問題は他にもある。

「問題は……反動が凄まじいことかな」

「下手をすれば筋肉が……いえ、腕や足が引き千切れてしまいます。多用するのはお勧めしません」

「……ななさんって意外にこういうの経験あるの?」

「え? 何故そのようなことを?」

「だって、手と足が引き千切れるとか……顔色一つ変えずに言えることじゃないと思うんだけど」

 それにこの本には『体を壊すほどの反動有り』としか書いていない。それなのにななさんは『手と足が引き千切れる』と予想した。戦ったことのない素人がそんな予想できるわけないのだ。

「えっと……すみません。私もよくわかっていないんです。キョウ君に言われて初めて違和感を覚えたほどです」

「うーん、またななさんの謎が深まってしまいましたね。まぁ、今は奥義を優先しましょう。反動がある、ということですが大丈夫なんですか?」

 話が脱線しそうになったが桔梗のおかげで話を戻すことができた。

「大丈夫って言われると大丈夫じゃないと思う。僕はまだ子供だから使ったらすぐに壊れちゃうと思うし」

「なら、覚えない方が……」

「ううん、覚える。それだけは譲れない」

「……わかりました。でも、無理だけはしないでくださいね」

 珍しく頑固な僕を見て桔梗は渋々頷く。納得はしていないが僕の気持ちを尊重してくれたのだろう。お礼を言ってすぐに本に視線を戻す。そこには奥義の習得方法が書かれている。

「覚えたい気持ちはわかりましたが、習得方法が……」

「うん……ちょっとよくわからないんだよね」

「よくわからないとはどういうことです?」

「……自分の霊力を『ぎゅーん』として『パーン』ってなったら体の中で霊力が『ぐるぐる』して最後に『ちゅどーん』となる、らしいよ」

「何言っているかわからないです」

 僕もわからない。おそらくななさんも。つまり、この奥義を編み出した人は恐ろしいほど説明が下手くそなのだ。感覚的に編み出してしまったので言葉にしようとしても上手くできなかったのだろう。

「いきなり座礁しましたね。一応、絵も描いていますが」

「その絵も下手で何が何だかわからないんだよね……」

「このページに絵も描いてるんですか?」

 ため息を吐く僕とななさん。桔梗には絵も見えないようだが、見なくて正解だと思う。幼稚園児でもここまで酷い絵は描かないだろう。それほど酷い絵なのだ。

「嘆いていても仕方ない……一つ一つ処理して行こう。まず、自分の霊力を『ぎゅーん』ってするところなんだけど」

「ぎゅーん、ですか。ぎゅーんって何ですか」

「それがわかれば苦労はしないよ……多分その後の『パーン』に繋がると思うんだけど」

 顔を引き攣らせた桔梗の呟きにため息交じりに返答してから自分の考えを述べる。それを聞いたななさんが顎に手を当てながら口を開く。

「『パーン』ってことは何かを爆発、または解放した感じですかね」

「その何かは霊力、かな。じゃあ、その前の工程で霊力を集中させて一気に解放するとか?」

「霊力を『ぎゅーん』と集中させて『パーン』と解放する。一応、辻褄と言うか、流れはできていますね」

 僕とななさんの考えを桔梗がまとめるとそれっぽい文章になったのでちょっとだけ感動した。あの酷い文章からここまでよくできたものだ。

「とりあえず、今はそれで行こう。次に体の中で霊力が『ぐるぐる』して『ちゅどーん』、か。ぐるぐるは解放した霊力を体の中で巡らせるって感じするよね」

「ちゅどーん……これが『夢想転身』ですよね」

「では、霊力をぐるぐるさせたら完成ってことですか?」

「そんな簡単な話じゃないとは思うんだけど……後は試行錯誤かな」

 肉体強化と言っても奥義の一つである。習得するのも大変だろう。試行錯誤するには危険な技だが今はこうするしかない。

「あ、それと奥義のことは霊夢たちには言わないようにね」

「え、どうしてですか? 協力してくれるかもしれませんよ?」

「霊夢さんたちに心配かけたくないから、ですよね」

 ななさんの言葉に僕は黙って頷いた。僕も最初は霊夢たちにアドバイスして貰おうと思っていた。しかし、僕の予想以上にこの奥義は危険だったのだ。試行錯誤してみて習得できなかった時は霊夢たちにも協力して貰うかもしれないが、止められる可能性があるのでまずは僕たちだけで練習したかったのである。

 僕の意見に桔梗とななさんも賛成してくれたので霊夢たちには内緒で奥義の練習をすることになった。

 



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第350話 崩壊の序曲

久しぶりの予約投稿です。
学会発表頑張ります。


 こいしたちと旅を初めて早1か月。

 最初はなかなか皆と仲良くなれなかったキョウだったが、今ではすっかり仲良くなっていた。何より桔梗の人気が爆発した。可愛らしい人形が楽しそうに飛び回っているのだ。人気が出るのも不思議ではない。桔梗も子供たちと遊ぶのが楽しいのかあんなに懐いていたキョウと別行動を取ることもしばしば。その間、咲がキョウを独占するのだが、初心なせいで距離は微塵も縮まることはなかった。もう少し頑張って欲しいものである。最初よりはまだマシにはなったのだが。

「キョウ、これ運んで」

 手刀で叩き折って倒した大きな木を指さしながらこいしがキョウに指示を出す。いつもなら咲と釣りをしている時間だが、今日はこいしに頼まれて彼女の仕事を手伝っているのだ。

「はい」

 桔梗【翼】を装備したキョウが頷いて空を飛び、木を持ち上げる。一般の大人でも持ち上げられないような大きな木でも桔梗【翼】を装備していれば重力を操ることができるので軽々と持ち上げることができるのだ。

「いつ見てもすごいね」

 5歳児が大きな木を持って浮遊しているのを見てこいしが苦笑を浮かべながら感想を述べる。確かに何も知らない人がこの光景を見たら目を丸くして驚愕するに違いない。

「そうですか?」

「だって、5歳児が空を飛んで大きな木を運んでるんだよ?」

「……えっと、こいしさん、これどこに運びますか?」

 こいしの言葉を聞いてキョウは若干顔を引き攣らせ、誤魔化すように質問する。己の異常性を実感したのだろう。

「ああ、ゴメンゴメン。広場にでも置いておいて。皆で手分けして細かくするから」

「わかりました。桔梗、お願い」

「了解です!」

 キョウの言葉に従い、桔梗が翼を操作してゆっくりと前に進み始める。こいしはそれを見届けると別の場所へ歩いて行った。他にもやることがあるのだろう。それからしばらく会話をしながら広場に向かう。

「あ、キョウ君! お疲れ様」

 その途中、釣竿を持った咲と鉢合わせた。今日も大漁だったようで彼女の腰に括り付けられていた籠にはたくさんの魚が入っている。

「うわ、大漁ですね!?」

「うん。ここら辺、魚がたくさんいたの」

 咲の場合、いつでもどこでも大漁なのだが。因みにキョウは日によって大漁だったり一匹も釣れない時もある。それが普通であって常に大漁の咲が異常なのである。

「でも、一人ですか?」

 籠を覗き込んでいたキョウが意外そうに咲に問いかけた。無理もない。ベースキャンプにしている広場に近いと言っても妖怪に襲われたら逃げる間もなく殺されてしまうのだ。朝にキョウが空から偵察して近くに妖怪がいないと知っていたとしても一人で行動するのは危険すぎる。

「近くにこいしお姉ちゃんもキョウ君もいたから安心かなって」

 言い訳をする咲だったが、私はそれだけで何となく察してしまった。キョウとこいしがここで作業をするとは誰にも言っていない。それなのに咲は知っていた。つまり、キョウたちの後を付け、作業する場所を特定し、その近くの川で釣りをしていたのだろう。そして、恋する乙女の勘でキョウが広場に戻ることを察知し、偶然を装い合流した。何と言うか、恋ってすごい。そして、何故それほど行動力があるのにキョウと対面したらヘタレるのだろうか。

「安心って……すぐに駆け付けられないんですからもうちょっと、警戒してくださいよ」

「はーい」

 年下のキョウに説教された咲は嬉しそうに笑っている。それを見てキョウはため息を吐くと何か思いついたのかすぐに口を開いた。

「あ、そうだ。乗って行きます?」

 どうやら、運んでいる大きな木に咲を乗せるつもりらしい。まぁ、重さは桔梗【翼】で運べば関係ないし、咲も大漁の魚が入った重い籠を携えたまま、歩くのは辛いだろう。

「え? いいの?」

「はい、この木に跨ってください」

 木を地面に下した後、キョウの指示で咲が木に跨った。そして、ちゃんと咲が座ったのを確認してキョウは再び大きな木を持って浮上する。

「おお! すごい!」

「ゆっくり行きますが、落ちないように気を付けてくださいね?」

「うん!」

 キョウと一緒に帰るのがうれしいのか咲はニコニコ笑いながら彼とお喋りをし始める。恋心を自覚した頃の彼女は話すことすら難しかったのだが。私としてはもうちょっと積極的になって欲しいところだが、まぁ、最初よりはマシだ。もしかしたらそろそろキョウも咲の気持ちに気づけるかもしれない。キョウは何かと勘がいい。きっと、何かきっかけがあれば。しかし――。

「よ、妖怪だあああああああ!」

「「っ!?」」

 ――そんな考えは悲鳴によってすぐに中断させられた。

「咲さん! 僕に捕まって!」

 ただならぬことが起きていると瞬時に把握したキョウが咲に向かって叫ぶ。先ほどの悲鳴は広場の方から聞こえた。今まさにベースキャンプにいる子供たちが妖怪に襲われているはずだ。急がなければ犠牲者が出てしまう。

「え!? あ、うん!」

 最初は困惑していた咲だったがすぐにキョウの腕にしがみ付き、それを見たキョウは木を離して一気に高度を上げた。

「しっかり、捕まっていてください!」

「わかった!」

 さすがに照れている状況ではないとわかっているのか真剣な表情で頷く咲。それから咲を落とさないように注意しながら急いで広場に向かった。

「なっ!?」

 広場に到着したキョウはそのあまりの惨状に声を漏らしてしまう。手が4本生えた巨大な妖怪が広場で暴れ回っていたからである。救いなのはまだ犠牲者は出ていないことか。子供たちは小さな体を上手く利用して妖怪の攻撃を躱している。だが、それも時間の問題だろう。キョウもそれがわかっているのか広場から少しだけ離れた場所に着陸し、咲を地面に下した。

「咲さんはここにいてください!」

「キョウ君!?」

「絶対、動かないでくださいね!」

 心配そうにしている咲に釘を刺したキョウは再び空を飛び、広場に移動した。だが、キョウが広場に戻って来た直後に子供が妖怪に捕まってしまう。

「やめろおおおおおおおおお!!」

 今にも食べられそうになっている子供を発見した彼は背中の鎌を持ち、妖怪の背中を斬りつけた。斬られた痛みで妖怪が絶叫し、捕まえていた子供を離す。空中に放り出された子供をキョウが上手くキャッチしてすぐに地面に降ろした。

「大丈夫!?」

「う、うん」

「ここは危ないから逃げて!」

 助けた子供に怪我はないようですぐに走って逃げていく。その間に妖怪がキョウに向かって突進して来ていた。斬られたことが相当頭に来たようで顔を歪ませている。

「マスター!」

 それにいち早く気づいた桔梗が絶叫し、キョウは振り返る。しかし、その頃にはすでに妖怪はすぐそこまで迫っていた。

「【盾】!」

 咄嗟に桔梗【盾】を装備して迫る3つの拳を受け止める。桔梗【盾】は防御すると同時に衝撃波を発生させ、勢いを殺す。だが、さすがに3つの拳をほぼ同時に受け止めたのは無茶だったようで桔梗【盾】で防御したにも関わらず、吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ……」

 何とか空中で桔梗【翼】に変形させて体勢を整えるも妖怪が連続で拳を振って来る。一撃でもまともに食らえば戦闘不能にさせられるだろう。それをキョウも理解しているのか振動を駆使して紙一重で躱していく。

「マスター! 振動、そろそろ出来なくなります!」

「嘘!?」

 だが、振動を使いすぎたようで桔梗が焦った様子で叫び、キョウも顔を引き攣らせた。『振動する程度の能力』を持つ桔梗だが、それを使いすぎるとオーバーヒートを起こしてしばらくの間、動けなくなってしまう。今、桔梗が動けなくなったらキョウは鎌1本で妖怪と戦わなくてはならなくなる。さすがのキョウでも負けてしまうだろう。私の力を使わなければ。これは、覚悟を決めた方がいいかもしれない。

 しかし、私がキョウに力を譲渡する前に桔梗の言葉に気を取られた彼は妖怪に接近されてしまい、胸ぐらを掴まれてしまう。

「……え?」

 まさか掴まれるとは思わなかったようで硬直してしまうキョウ。そのまま妖怪は大きく振りかぶり、思い切りキョウを投げた。

『まずい!』

 こんな勢いで投げられたらキョウの体はすぐに壊れてしまう。急いでキョウに力を譲渡し、彼の体を強化した。

「ええええええええええええええええっっ!!?」

 絶叫しながら彼は回転しながら飛ばされてしまう。どんどん広場から離れていくが、今桔梗の振動を使ったら体を強化したとしてもキョウの体は裂けてしまう。

「き、桔梗! 止めてええええええ!!」

「む、無理です!! 今、振動したらマスターの体が裂けちゃいますよ!」

「嘘おおおおおおおおお!?」

『これは、ちょっとやばいかも』

 回転しながら飛び続けるキョウの体を守りながら私は冷や汗を掻く。私はキョウの体を守るだけで(キョウの体を借りれば何とかなるかもしれないが、桔梗に私の存在がばれてしまうので強化しかできない)精いっぱい。桔梗の振動は使えない。つまり、回転が落ち着くまで私たちは飛ばされ続けるのだ。その間、子供たちはどうなる? このままでは――。

(こいし……)

 すでに小さくなってしまった広場の方を見ながら私は祈るようにこいしの名前を呟いた。

 



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第351話 迫る危機

 騒ぐ雅ちゃんを生徒会室に閉じ込めた(開けられないようにモップをつっかえ棒にした)私たちは文化祭の準備を再開するために教室に向かっていた。

「でも、本当にみーやん閉じ込めてよかったの? すぐに生徒会の先輩が来ると思うんだけど」

「あれぐらいで閉じ込められる雅ちゃんじゃないよ。炭素を操ってドアの隙間から外に出せばいいんだから」

 今頃、無事に生徒会室を脱出してこちらに向かって来ているはずだ。因みに『みーやん』は雅ちゃんのニックネームである。まぁ、そう呼んでいるのはすみれちゃんだけなのだが。

「もおおおお! 閉じ込めないでよおおおお!」

「ほら」

 後ろから涙目になってこちらに走って来る雅ちゃんを見て私は苦笑を浮かべる。やはり雅ちゃんを弄るのは楽しい。お兄ちゃんの気持ちがよくわかる。

「こら、みーやん。廊下は走っちゃ駄目だよ」

「あ、ごめん……じゃなくてあんたらのせいでしょうが!」

「早く行くぞ。最初の当番お前らだろ」

 『うがー!』と吠えている雅ちゃんに柊君が忠告して再び廊下を進み始めた。そう言えば、雅ちゃんと私が最初のウェイトレス当番だった。急がないと間に合わないかもしれない。

「雅ちゃん急いで」

「もう、誰のせいだって思って――」

「――お兄ちゃんに許可を取らなかった雅ちゃんのせいだと思う」

「そ、それはそうなんだけど……そうなんだけど!」

 頭を抱えて唸っている雅ちゃんの手を引っ張り、私たちは早歩きで教室に向かった。教室に着くとすでにウェイトレス当番の人は可愛らしい制服に着替えて準備をしていたので遅れたことを謝ってから雅ちゃんと一緒に更衣室用の空き教室に入る。

「急げ急げ!」

 予め空き教室に置いておいたカバンからウェイトレス服を取り出し、すぐにスカートに手を伸ばす。

「待て待て待て! オレのこと忘れてるんじゃねーよ!」

 そんな大声と共にいきなり私の影から手が伸びて私の腕を掴んだ。そして、すぐにお父さんの全身が影から出て来る。そう言えば、昨日の夜に一緒に登校して欲しいとお願いしていた。文化祭の準備に夢中ですっかり忘れていた。

「な、ななななっ!? なんでここにリョウがいるの!?」

 制服を脱いだ後だったようで下着姿になっていた雅ちゃんが目を見開いて叫ぶ。

「言ってなかったっけ? 朝からずっと私の影に入って貰ってたの。忘れてたけど」

「ほんとに……こんななりでも一応、男なんだからな。しっかりしてくれ」

「ごめんなさーい」

「被害受けてるの私なんですけど!?」

 何とか自分の体を隠そうとしているのか顔を紅くしながら自分の体を抱きしめている雅ちゃん。ほう、これはなかなか。

「雅ちゃん、黒い下着似合うね。エロいよ!」

「いいから何とかしてえええええ!」

 とりあえず、お父さんにはドアの隙間から外に出て貰った。影に潜れると色々便利である。さぁ、文化祭頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 午後1時半。今日は色々ありすぎてすでに疲れてしまった。望もいつも以上にはしゃいでいるし。そのせいで私に被害が及ぶのは納得できないが。

「あ、チーフ。後はやっておくんで休憩いいですよー」

「うん、そうする……」

 クラスメイトに勧められて休憩を取ることにした。いや、本当に疲れた。特に響たちが突入して来た時はどうなるかと思った。まぁ、そのおかげでお店は盛り上がったので感謝しているのだが、出来れば事前に知らせて欲しかった。

「お疲れ様ー」

 そう言いながら更衣室兼休憩室にしている教室に入る。お腹も空いたし何か食べて来ようかな。この格好で出歩くのは少し恥ずかしいけど。

「お、雅ちゃんお疲れ様」

 その声にハッとして顔を上げると机をくっ付けただけの簡易ベッドですやすやと気持ちよさそうに眠っている奏楽と奏楽に服を掴まれている悟がいた。他に人はいない。響たちが来る前に休憩に入った望もどこかに遊びに行っているようだ。

「あー……そうだった」

「あれ、忘れてたの? ここ貸してくれたの雅ちゃんなのに」

 昨日の夜、文化祭が楽しみだったようで奏楽はなかなか寝付いてくれなかった。そのせいで寝不足になり、喫茶店から出ようとした時にぐずり始めたのだ。さすがに放っておいたら他のお客さんの迷惑になると思い、すぐにここを使うように言って押し込んだ。駄目だ、本当に疲れているみたい。

「ちょっと疲れちゃって……これなら戦ってた方が楽かも」

「ははは、妖怪も文化祭の騒がしさには敵わないか」

「騒がしさというより皆のテンションが高すぎて……何故か私のことチーフって呼ぶし敬語だし」

 これでも何十年も生きて来ているがこんなに騒がしいのは久しぶり――いや、初めてかもしれない。ガドラの傍にいた頃はまさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。

「まぁ、責任者だからな。ノリってのもあるだろうけど、けじめは大事だよ」

「……現役社長が言うと説得力があるね」

「おう、もっと敬え」

「はいはいすごいすごい」

 ドヤ顔で言う悟だが幼女に服を掴まれて動けなくなっている時点で情けないのだが。小さくため息を吐き、食べ物を調達して来ようと教室の隅に置いてあった鞄から財布を取り出す。

「し、しつれいしますー!」

 すると、いきなり教室の扉が開いて奏楽よりも幼く見える女の子が顔を覗かせた。その後ろにはすみれもいる。

「すみれどうしたの?」

「さっきお兄さんに会ってここにこの子の友達がいるって聞いたから……って、本当に寝ちゃってるみたいだね。あ、シャチョさんこんにちは」

「……それは俺のことか?」

「ごめん。この人、人に変なあだ名付けることで有名なの……」

 私のことも『みーやん』と呼んでいるし。唯一あだ名で呼ばれていないのは響ぐらいである。奏楽の友達はちょこちょこと歩いて机の上で眠っている奏楽に近づく。その途中で彼女が響によく似た人形を抱っこしているのに気付いた。

「お、また懐かしいもの持ってるなー」

「うえっ!?」

 悟もそれに気付いたようで嬉しそうにその人形を指さしながら呟く。奏楽の友達は文字通り飛び上がり、わたわたと走ってすみれの後ろに隠れた。

「ありゃ、驚かせちゃったか」

「ものすごい人見知りなの。この子は妹のユリ。ほら、挨拶して」

「こ、ここここん……こん、こ、こんに……ちは」

 すみれの影から顔を出して挨拶をする涙目のユリ。うん、なかなか面白い子である。それよりも気になったことがあったので挨拶もそこそこに悟の方を見た。

「懐かしいって響に似た人形のこと?」

「ああ。俺たちが高校3年の時の文化祭で配ったんだよ」

「へ? 何で知って……」

「だってきょーちゃん人形作るって決めたの俺だし」

 悟の言葉を聞いたユリはすみれの後ろから出て悟の元まで移動し、その場で土下座した。丁寧に自分の背中にきょーちゃん人形を乗せて。

「神よっ!」

「……ごめん、この子本当に変な子なの」

「うん、なんとなくわかってた」

 両手で顔を覆いながらすみれは声を震わせていた。思わず、彼女の肩に手を乗せて慰めてしまう。

「おお、ユリちゃんは響の信者だったのか」

 神扱いされているにも関わらず動じていない悟は嬉しそうに土下座しているユリの頭を撫でた。完全に宗教である。まぁ、わからなくもないが。

「はい! 響さんはわたしの目標です!」

「……ユリ、響は男の人だって知ってる?」

「は? あんなに美しい人が男の人なわけないじゃないですか」

 私の質問に顔だけをこちらに向け、ジト目で返答するユリ。駄目だ、この子。完全に目が曇っている。すみれも顔を引き攣らせているし。絶対、ユリの部屋には引き伸ばした響のポスターとか貼ってあるに違いない。

「ははは! とうとう響も女子小学生の目標にされたか!」

「シャチョさん……せめてお兄さんが男だってことだけでもユリに教えてくれない? 何度言っても信じてくれなくて」

「別に訂正する必要はないと思うけどな。男でも女でも響だし……てか、男にも女にもなってるし」

「「……」」

 悟の言葉に私とすみれは何も言い返せなかった。確かに戸籍上は男であるが、満月の日や闇の力を使えば女になる。反論できない。

(まぁ……一応、響に報告しておこうかな)

 悟が何か変なこと言ったりしようとした時はすぐに式神通信で知らせるように言われているので響に繋ぐ。後でおしおきされてしまえばいい。そして、開けてはならない扉を開けてしまえばいいのだ。

「……あれ」

 しかし、いつもなら1秒もかからずに繋がる通信が繋がらなかった。急いで鞄から携帯を取り出し、響の携帯に電話をかける。繋がらない。

「……雅ちゃん?」

「悟、響に連絡取ってみて」

 私のお願いで状況を察したのか悟もすぐに携帯を操作するが顔を歪ませた。式神通信も携帯も繋がらない。嫌な予感がする。

「……まさか」

 何か思い当たる節でもあるのかすみれが眉にしわを寄せていた。視線だけで説明を求めるとすぐに彼女は口を開く。

「ここに来る前にお兄さんに会ったんだけどもう帰るって言ってたの。ちょっと様子もおかしかった」

「帰るだって? あいつに限って独りで黙って帰るなんてありえないぞ。少なくとも一緒に来た奴らの誰かに伝えるはずだ。すみれちゃんに伝言を託すのはおかしい」

 つまり、すみれに伝言を託すようなことが起きた、ということなのだろう。携帯のディスプレイで時間を確認すると午後1時45分を過ぎていた。今から追いかけるにしてもどこに行ったのかわからない上に何に巻き込まれたのか。そもそも何かに巻き込まれているかも把握できていない。憶測だけで動くにはあまりにも情報がなさすぎた。

「あ、あれ……」

 不意にユリが体を起こして首を傾げる。その視線は窓の方に向いていた。無意識の内に私たちも窓へ視線を送る。

「……嘘」

 そこには先ほどまで青かった空は消え、黒い何かがあった。私はそれを知っている。響が旧校舎に閉じ込められていた時に旧校舎を覆っていたあの黒いドームだ。やはり、何かが起こっている。私は冷や汗を流しながらごくりと唾を飲み込んだ。

 



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第352話 焦りと八つ当たり

「おはよ、キョウ」

「おはよう、霊夢」

 いつものように隣の布団にいる霊夢に朝の挨拶をして体を起こす。昨日は早く寝たはずなのに少しだけ気怠かった。右肩をぐるぐる回して体の調子を確かめていると後ろから霊夢の視線を感じたので振り返る。そこにはジッと僕のことを見ている霊夢がいた。

「どうしたの?」

「……何か私に隠してること、ない?」

 その言葉を聞いてドキッとしてしまう。まさに僕は彼女に隠し事をしているから。

「そんなことないよ。ほら、早く起きないと。今日も忙しいんでしょ?」

 この前、妖怪が侵入して来たせいで結界に綻びができてしまったのだ。外からの侵入を防ぐことに重点を置いた結界だったので侵入された時の設定が疎かになっていたらしい。その結果、結界に不具合が生じた。それを数日前に霊奈が発見し、霊夢に報告。神社を覆っている結界を弄れる人は霊夢しかいないので彼女が対処に回っている。そのため、最近の霊夢は何かと忙しいのだ。

「……そうね」

 忙しい自覚はあるのか不貞腐れたように布団から出て畳み始めてしまう。それを見て全て話してしまいたくなったが、話したら絶対止められるのでグッと我慢する。

(ゴメンね)

 心の中で謝った僕は隣でまだ眠っている桔梗を起こすために立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 桔梗【弓】の練習が終わった僕は地面に座って目を閉じていた。

「『ぎゅーん』……『ぎゅーん』……」

 体の中にある霊力を慎重にお腹の下当たり――丹田に集める。前、一気に集めようとした結果、集めた霊力が爆散して後方に吹き飛んでしまったのだ。運よく怪我はほとんどしなかったものの、近くで見ていた桔梗とななさんに心配をかけてしまった。

「……ッ!」

 限界まで霊力を溜めた後、一気に解放する。抑えつけられていた霊力が僕の体を駆け巡り、そのまま霧散した。失敗である。

「うーん……上手くいかない」

 額の汗を袖で拭った後、僕は寝転がって空を見上げた。綺麗な青空が僕を見下ろしている。でも、僕の心は曇っていた。

「マスター、大丈夫ですか?」

 そんな僕の顔を覗き込むように浮遊している桔梗が不安げに問いかけて来る。大丈夫だと言ってあげたかったが、修行が上手くいかないせいで見栄を張ることさえできなかった。仕方なく苦笑しながら彼女の頬を撫でるとくすぐったいのか桔梗は身を捩らせる。

「キョウ君、少し休憩しましょうか」

 倒れている僕に水筒を差し出しながらななさんがそう提案して来た。確かにそろそろ朝ご飯の時間だ。今日の修行はここまでにしよう。

「ありがと……何で上手くいかないんだろう」

「『ぎゅーん』は出来ているようですが、問題はその後の『パーン』ですよね。何となく私も霊力を感じ取れますが、解放した瞬間にコントロールを失っているように思えます」

「……本当にななさんって何者?」

 記憶喪失なのに家事が出来たり、変な経験がありそうだったり、霊力を感じ取れたり。記憶を失う前の彼女の姿が全く想像できない。でも、少なくとも普通ではなかったと思う。

「ななはななですよ」

 くすくすと笑って冗談を言った後、僕の手を掴んで引っ張る。体重の軽い僕は簡単に引き起こされたが、霊力の使い過ぎのせいで体に力が入らず、そのままななさんの胸に顔を埋めてしまった。

「焦らなくていいんですよ」

 すぐに離れようとするがそれを遮るように僕の体を抱きしめるななさん。いつもなら暴れる状況だがななさんの言葉に思わず、身を硬直させてしまった。

「事情はわかりませんがキョウ君は今、焦ってるんだと思います。ですが、それでは何も上手くいきません。むしろあなたの身を滅ぼしてしまうことに繋がるかもしれません」

 目だけでななさんの方を見ると彼女は微笑んでいた。まるで、自分の子供をあやす母親のような笑み。他の子共はわからないが、僕にとってそれは見慣れない笑顔だった。僕はいつも独りだったから。

「大丈夫です。あなたには私や桔梗ちゃんがついています。もちろん、ここにいない霊夢さんや霊奈さんも。あなたはもう、独りじゃありませんよ」

「……そうなのかな」

 彼女の言葉を聞いて僕は思わず、反論してしまった。まさか反論されるとは思わなかったのか、ななさんの拘束が緩んだ。その隙に彼女から離れる。

「それは、どういう意味でしょう?」

「確かにここに来てから桔梗と出会って、色んな人に助けて貰ったよ。そのおかげで僕はここまで強くなれた。でも……」

 そこで言葉を切ってななさんから視線を逸らす。わかっているのだ。こんなこと言っても無意味だと。この感情は自分勝手で、独りじゃない幸福を知ってしまったから生まれてしまったものだと。この気持ちと僕の焦りは無関係で、ずっと想っていた願いだということも。

 

 

 

「……でも、やっぱり僕は、お父さんとお母さんも一緒がいい」

 

 

 

「マスター……」

 僕の言葉で桔梗は目を伏せる。ななさんなど言葉を失っていた。そんな2人の様子を見ていたたまれなくなり、気付いた時には駆け出していた。後ろから桔梗とななさんの声が聞こえるが無視してがむしゃらに走る。きっと修行のストレスのせいだ。僕が弱音を吐いたのも、ななさんに八つ当たりしてしまったのも。

「あっ……」

 木の根に足を引っかけてしまい、転んでしまった。体中擦り傷だらけでヒリヒリする。それでもすぐに立ち上がって歩き始める。

 ――どうして?

 その時、どこからか声が聞こえた。聞き覚えのない、懐かしい声。立ち止まって辺りを見渡すが誰もいなかった。気のせいだったのだろうか。それとも、自分に対する疑問が声になって聞こえたのだろうか。

 ――どうして、焦ってるの?

「どうして……なんだろうね」

 自分でもよく分からなかった。あの奥義書を読んで『夢想転身』を習得しようと心に決めた時から僕は焦っていた。早く覚えなければ。何としてでもものにしなければ。そんなことばかり考えていた。

 ――あなたは十分強いのよ?

「違う。僕は弱いよ」

 その言葉を首を振って否定した。強かったらあの妖怪など簡単に倒していたはずだ。しかし、実際は違った。僕はボロボロにされ、もう少しで霊夢も傷つけられそうになった。あの時、桔梗【弓】に変形できなかったらどうなっていたのだろう。想像もしたくない。

 ――だから、あなたは強くなりたいの?

「……」

 そう、なのだろうか。よくわからない。自分のしたいことが、気持ちがわからない。

 ――しょうがないわ。だってまだあなたは“子供”なんだもの。

「そんなの言い訳にもならないよ」

 子供だから仕方ない。それで誰も傷つかないのならば僕はずっと子供のままでいい。だが、現実はそこまで甘くないことを知っている。僕のことをずっと心配して、傍にいて、笑ってくれたあの人の死で嫌と言うほど。

「ねぇ、教えてよ。僕はどうすればいいの? よかったの?」

 ――それは……。

 声は戸惑ったような声音でそう言って沈黙してしまう。駄目だ。また八つ当たりしてしまった。こんなの僕じゃない。いつもの僕は――。

 

 

 

(――いつもの僕って、どんな子だっけ)

 

 

 

「あああああ! もう!」

 心の中がもやもやして無意識の内に近くに立っていた木に拳を叩きつける。そして、殴られた木はそのまま折れて地面に落ちた。ズシンと地面が揺れる。

「……何、今の」

 思わず、自分の手を見つめてしまった。力いっぱい殴ったのは本当だが、木が折れるほどの力が込められていたとは思えない。じゃあ、何か別の原因が?

「あれ、キョウ?」

 唖然としていると草むらを掻き分けて顔を見せたのは霊奈だった。どうやら、いつの間にか彼女が修行に使っている広場の近くまで来ていたようだ。不思議そうに僕を見ていたが、すぐに折れた木を見つけて目を見開く。

「な、何かあったの!? 妖怪!? また妖怪なの!?」

「ち、違うよ。僕が殴って折ったんだよ」

「あ、そっかー。キョウが殴って折ったん……ってそっちの方が問題だよ!」

 混乱しているようで僕に駆け寄って来て僕の手と木を交互に見ていた。その姿が何だかおかしくて思わず、笑ってしまう。

「キョウ?」

「ごめんごめん……ねぇ、霊奈」

「なに?」

 霊夢とはちょっとぎくしゃくしている。桔梗とななさんの前だと八つ当たりしてしまう。でも、自分じゃどうにかできない。だからだろうか。気付けば僕は――。

「ちょっと、相談があるんだ」

 ――そう、霊奈に言っていた。



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第353話 破損と怪我

予約投稿です。
また、必ず活動報告をお読みください。
とても……というわけではありませんが投稿に関することなのでよろしくお願いします。


 妖怪に投げ飛ばされてからしばらく経ち、キョウと桔梗は草木に突っ込み、やっと止まった。しかし、飛んでいる途中でキョウは気絶し、桔梗も意識が朦朧としているようだ。

(周りには……何もいないみたいね)

 付近の気配を探るが妖怪はもちろん、獣もいない。とりあえず、キョウたちの安全は確保できた。

「ますたぁ……無事ですかぁ?」

 目を回しているのかいつもより言葉が拙い桔梗。人形でも目を回すらしい。まぁ、桔梗はすでに人形とは呼べない存在なので不思議ではないが。

(答えない方がいいわよね?)

 キョウは気絶しているので一時的に体を借りて動くことはできるが私の正体がばれる可能性もある。ここは様子を見た方がいいだろう。

「……マスター?」

 やっとキョウに意識がないことがわかったのか桔梗は不安そうに彼の名を呼んだ。声を出して安心させたいがここはグッと我慢する。

「あ……」

 何度かキョウを呼んでいた桔梗だったが、何かに気付いたようで声を漏らす。私もすぐに気付いた。桔梗【翼】の右翼が折れていたのだ。桔梗の様子を見るに痛みなどはないようだが、飛ぶことは難しいだろう。相当な距離を投げ飛ばされたはずなのでこいしたちがいる広場まで相当距離がある。桔梗【翼】がないと皆のところへ戻るのに時間がかかってしまう。

「くっ……」

 その時、キョウの口からうめき声が漏れた。やっと意識を取り戻したらしい。

「マスター! 大丈夫ですか!?」

「な、何とか……」

 そう言いながらキョウが体を起こす。それを見て安心したのか桔梗は安堵のため息を漏らすが、すぐに落ち込んだ様子で口を開いた。

「……ですが、こちらが」

「え?」

 桔梗の声を聞いて振り返る彼だったが、見たのは折れていない左翼。すぐに桔梗が右翼を見るように言って翼が折れてしまったことを教えた。

「桔梗、大丈夫!?」

「私に痛みはありませんが……このまま、飛ぶのは難しいです」

 桔梗【翼】は重力を操作して飛んでいるので折れていたとしても飛行は可能である。しかし、もし敵に襲われ、振動を使わざるを得ない状況になった場合、右翼は振動できず、下手をすれば破損が広がり、桔梗本体が壊れてしまう可能性だってあるのだ。

「一度、人形に戻ってまた、翼になれば!」

「……やってみましょう」

 キョウの提案を聞いた桔梗は覇気のない声で頷く。自分の体のことなので上手くいかないことを察しているのだろう。その証拠に実際にやってみたが右翼は折れたままだった。

「そんな……」

「時間が経てば直ると思います。しかし、すぐには……」

「じゃあ、どうすれば!? うっ」

 彼も桔梗【翼】がなければこいしたちのところへすぐに戻れないことを理解しているのだろう。焦ったような声で叫び、すぐにうめいた。まさか、キョウもどこか怪我を?

「マスター!?」

 キョウのうめき声を聞いて桔梗が人形の姿に戻り、彼の体を診てすぐに顔を青ざめさせる。

「マスター! 右腕が、折れてます」

「嘘っ!?」

「ほら」

 袖を捲るとそこには酷く腫れた右腕があった。草木がクッションになってくれたとは言え、さすがに全ての衝撃を吸収してくれたわけではなかったようだ。

『ごめんね、キョウ……』

 私がいながらキョウに怪我をさせてしまった。それがショックで聞こえるはずのない謝罪をしていた。もちろん、その謝罪に対する言葉はない。

「ど、どうしよう……」

「マスターがこんな状態で動かすわけにもいきません」

 こいしや咲がいれば折れた右腕に添え木をしてくれただろう。しかし、今はキョウと桔梗しかいない上、縛る物もない。このまま動いて悪化させてしまうかもしれない。病ならば桔梗【薬草】で治せるのだが、怪我はどうすることもできないのだ。

(吸血鬼の自己再生能力があれば)

 骨折などほんの数秒で完治するだろう。だが、私はすぐに頭を振ってそんな考えを消した。吸血鬼の自己再生能力をキョウに譲渡、もしくは発現させた場合、必ずキョウの血に吸血鬼の血が混ざる。そうなったら彼は人間でも、吸血鬼でもない存在――言うならば半吸血鬼になってしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。

「お? こんなところに人間?」

「「っ!?」」

「それに、人形? 珍しい組み合わせだね」

 不意に声が聞こえ、キョウと桔梗が驚愕する。私も驚いた。いつの間にか近づかれてしまったらしい。ショックを受けている場合ではない。キョウが振り返るとそこには短めの金髪ポニーテールに黒いふっくらとした上着。その上にこげ茶色のジャンパースカートを着ていてスカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った特徴的な服を着た女がいた。

「ん? どうかしたの?」

 唖然としているキョウを見て首を傾げる女だったが、先ほどの言葉からして妖怪だと思われる。今、キョウは腕を折っていて、桔梗【翼】が使えない。下手に刺激して攻撃されてしまえば一巻の終わりである。

「あ、あの!」

 だが、桔梗が切羽詰ったように話しかけてしまった。いつでもキョウの体を乗っ取れるように身構える。

「え!? 人形が喋った!?」

「マスターが腕を折ってしまって動けないんです! どうか、助けてください!」

 桔梗が言葉を発したことに驚いている女に桔梗は助けを求めた。確かにこの妖怪ならもしかしたらキョウを助けてくれるかもしれない。もし、悪い妖怪なら油断していた隙にキョウを殺せたはずだから。

「腕を折った? ちょっと見せて」

 桔梗の言葉を聞いてすぐに女はキョウの腕を診る。そして、本当にキョウの右腕が折れていることを確認した後、少し待つように言い、こちらに背を向けてしまった。

「これでオッケー」

「それは?」

 振り返った女の手にあった白い糸のような物を指さすキョウ。糸にしては少しばかり太いような気がする上、魔力とは違った力が込められている。妖怪だから妖力だろうか。それに糸を出したと言うことはこの女は蜘蛛の妖怪かもしれない。

「私の糸だよ。これで、腕を固定すればマシになると思う」

 女は糸をキョウの首にかけ、折れた腕を吊り、固定しながら言った。これで一先ず安心だ。だが、状況は芳しくない。早くこいしたちのところへ戻らなければ手遅れになってしまう。

「どう? 痛くない?」

「大丈夫です。本当にありがとうございました」

「いやいや、困った時はお互い様だよ……ん」

 キョウと話していた女が急に訝しげな表情を浮かべる。それとほぼ同時にキョウの中に何かが侵入して来た。慌てて魔力を少しだけキョウに譲渡し、それを打ち消す。

「ちょ、マスターに何するんですか!?」

 そして、違和感を覚えたのは桔梗も同じだったようで女に向かって絶叫する。いや、違和感を覚えたというより、女が何をして来たか理解しているようだ。

「桔梗?」

「マスター! この人、マスターを病気にさせようとしました!」

「へ!?」

 桔梗の言葉にキョウだけでなく、私も驚いてしまった。この女には病を操る能力があるのはもちろん、助けてくれたとは言え、初対面の子供を病にするような人がいるとは思わなかったのだ。

「お? わかっちゃった?」

「じゃあ、本当に!?」

「挨拶代わりに、ね。でも、効かないか」

 挨拶代わりに病気にさせられそうになったこっちの身にもなって欲しい。私や桔梗がいなかったら今頃、キョウは病に倒れていただろう。

「何で!?」

「私なりの冗談だってば」

 ケラケラと笑っている女を呆れた様子で見ていたキョウだったが、ふと桔梗が沈黙していることに気付く。これは、まさか――。

「ん? 桔梗?」

「ください」

「えっ!?」

「その糸、ください」

 マズイ。桔梗の物欲センサーが反応した。このままではキョウの腕を吊っている糸が食べられてしまう。その拍子にキョウの腕が悪化する可能性もある。どうにかしなければ。

「すみません! この糸、出してください!」

「え?」

 キョウも今の状況に危機を感じたのか女にそう頼んだ。しかし、状況が上手く飲み込めていない彼女は不思議そうに首を傾げる。ヤバい、桔梗がキョウの腕に近づき始めた。

「いいから、早く!」

「あ、うん」

 女が手から糸を出すと魚のように糸の先端に食いつく桔梗。そのまま、麺を啜るように糸を食べ始めた。

「ええええ!?」

「糸を出し続けて! 手が食べられちゃいますよ!」

「あ、アンタの人形、どうなってんの!?」

 悲鳴を上げながら女は手から糸を出し続け、それを桔梗が食べ続ける。

(……めちゃくちゃ長いうどんを桔梗がひたすら食べてるみたいね)

 彼女には悪いが目の前の光景を見ながらそう思い、こんな状況だと言うのにくすりと笑ってしまった。



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第354話 事前準備

お久しぶりです、hossiflanです。
無事?にインターンシップも終え、今日から更新再開です。
これからも私と東方楽曲伝をよろしくお願いします。


 午後2時。

 窓の外を見て私は思わず、息を飲んでしまった。この光景を見たことがある。そう、お兄ちゃんが旧校舎でドッペルゲンガーに襲われた時だ。あの時、私たちは外にいたが電話は通じないし、いくら攻撃してもビクともしなかった。それが今、私たちの学校を覆っている。急いでお兄ちゃんに電話を掛けるがコール音が空しく響くだけ。

「どうしよ……」

 今、私は単独行動をしている。お昼ご飯を食べるために散策していたのだ。だが、まさかこんな事態になるとは思わなかった。近くに知り合いがいればいいのだが。

(……しょうがないか)

 今は緊急事態である。四の五の言っている場合ではない。意図的に能力を使用する。

「いた!」

 運よく穴(お客さんの中にいる知り合い)を見つけ、駆け出した。確か私が向かっている教室ではファッションショーをやっていたはず。誰がいるかまではわからなかったが、とにかく誰かと合流することが先決。お客さんの合間を縫って向かっていると件のクラスから誰かが出て来た。

「っ! 弥生ちゃん!」

 その子が弥生ちゃんだとわかり、大声で呼びかける。彼女も私に気付いたようでこちらに駆け寄って来た。

「望、大変! 青竜が!」

「青竜に何かあったの?」

「響の方へ移動できないって! 響に何かあったのかも!」

 どうやら、弥生ちゃんは外の異変に気付いていないようだ。まぁ、ファッションショーをしていたのなら教室のカーテンを閉め切っていたはず。

「多分、あれが原因だと思う」

「あれ? あっ……」

 やっと外の異変に気付いたようで顔を青ざめさせて声を漏らした。すると、弥生ちゃんが出て来た教室から霊奈さんとリーマちゃんが現れる。弥生ちゃんの後を追って来たのだろう。

「あれ、望ちゃん?」

 弥生ちゃんを追い掛けて来たら私がいたので首を傾げた霊奈さん。すぐに外の異変を教える。

「これって……響に連絡は?」

「駄目でした。私もさっき気付いて誰かと合流しようとして」

「それで私たちのところに来たってわけね」

 リーマちゃんの言葉に頷いてみせる。とりあえず、当初の目的は達成した。次は状況の確認。しかし、その方法が思いつかない。私の能力を使っても確実に欲しい情報が手に入いるわけでもないし、何より体への負担が大きすぎる。

「うん……わかった、向かってみる」

 悩んでいると青竜と話していた弥生ちゃんがこちらを向いた。青竜から何かアドバイスを貰ったのかもしれない。

「青竜が言うには黒いドームの中に嫌な雰囲気を5つ感じるって」

「嫌な雰囲気? 何よそれ」

「わかんないけど……その一つが屋上みたいなの」

「屋上……」

 その嫌な雰囲気の正体は気になるが、行ってみる価値はある。屋上なら外の様子をもっと詳しく知ることができるだろう。

「他の4つは?」

 次の目的地を屋上にしようと思っていると霊奈さんが弥生ちゃんに問いかけた。

「それが……屋外みたいで。黒いドームの端っこ。丁度、校門が北だから……東西南北それぞれ1か所ずつから感じるって」

「校門から嫌な雰囲気……ちょっとまずいかも。この黒いドームを何とかしても脱出出来ないかもしれない」

「……とにかくその嫌な雰囲気がするっていう屋上に行きませんか? その雰囲気の正体がわかるかもしれませんし」

 私の提案を聞いた皆は顔を見合わせた後、頷いてくれた。急がなければお客さんが学校から出られないことに気付いてパニックを起こしてしまうかもしれない。

『――あーあー。マイクテスマイクテス』

 その時、校内放送が流れた。ポンポンとマイクを叩いて音量チェックをしている。

「え、何で……」

 だが、私は突然、校内放送が流れたことよりもその放送の声に驚いてしまった。

『音量オッケー? よし……あー、皆さんこんにちは。株式会社O&Kの影野悟です』

 そう、放送をしているのは何故か悟さんだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時45分。

「あれは……」

 悟が冷や汗を掻きながら声を漏らす。私も言葉を失って外を眺めていた。電話も式神通信も通じず、いくら攻撃しても無効化してしまう外部と内部を完全に遮断する黒いドーム。つまり、今私たちは学校から逃げられない。さっき響は家に帰ったとすみれが言っていたので私の主は校内にいないかもしれないが、その代わり、別の場所で厄介ごとに巻き込まれている可能性が高い。

「悟、どうする?」

「……まずは状況確認だ。響には通じなかったけどドーム内なら電話できるかもしれない。雅ちゃん、俺に掛けてみて」

 悟の提案に頷いた後、電話を掛けた。すると、すぐに悟の携帯が鳴り始める。どうやら、ドーム内では電話は通じるようだ。これで望たちとすぐに合流できる。

「何となく状況が分かって来たよ。でも、このままじゃパニックとか起きちゃうんじゃない?」

 すみれが私たちの行動を見て察してくれたのか話し合いに参加する。彼女の能力は『脳の活性化』。話し合いにはもってこいの能力だ。

「……なぁ、確か俺たちが捕まってた時、すみれちゃんたちは学校をサボって探してくれたんだよな?」

「うん、そうだよ」

「その時、サボってることを隠すために後輩の能力を使ったって言ってたけど具体的にはどんな能力なんだ? 『投影』って能力らしいけど」

「あー……『投影』は思い描いた物を出現させる能力かな。一応、実体もあるけど転ぶだけで消えちゃうぐらい脆いから戦闘には使えないけど」

 悟の質問にすみれが苦笑を浮かべながら答える。私も『投影』を使える後輩――リクの能力を見せて貰ったがとてもではないが戦闘向きとは言えない。視覚や聴覚は共有できるので偵察や【メア】の消費量はそこまで多くないので大量に偽物を作り出して攪乱する、と言ったように援護に向いている能力だ。

「よし。すみれちゃん、今すぐその後輩に電話を掛けてくれないか? いけるかもしれない」

「わかった」

「次は……ユリちゃんか」

 すみれが電話を掛けたのを見て今度は外を呆然とした様子で眺めているユリを見る悟。

「あ、あの……神様。あれは、一体?」

 自分が見られていることに気付いたのかユリは外を指さしながら悟に質問した。とりあえず、悟を神と呼んでいることにツッコみたいが今はそれどころではないのでグッと我慢する。

「あれは……アトラクションだ」

「へ?」「は?」

 悟の言葉を聞いて私とユリはほぼ同時に声を漏らしてしまった。アトラクションと言われても反応に困ってしまうのだが。

「それについては後で教えるよ。あ、そうだ。ユリちゃん、奏楽ちゃんを起こしてくれる?」

「わ、わかり、ましたです」

 悟のお願いを聞いてユリは未だ眠っている奏楽を起こしに向かう。しかし、寝不足の奏楽はなかなか起きないのだが、ユリに任せても大丈夫なのだろうか。

「シャチョさん、はい」

「お、ありがとう」

 すみれから電話を受け取った悟はすぐにリクと話し合いを始めてしまった。その間に何かできることはないだろうか。そうだ、式神通信が通じるか確認でも――。

「あ、そう言えばみーやん」

「何?」

 ――しようかと思った矢先、すみれに声をかけられた。何か気になることでもあるのだろうか。

「着替えた方がいいんじゃない? 戦闘になったらマズイと思うんだけど」

「あー……」

 私は今、『音無響喫茶』の制服を着ている。さすがにこの恰好のまま戦うのは避けたい。しかし、着替えようにもここには悟がいる。男の前で着替えるのは嫌だ。そう思っているとリクと話していた悟が私に頷いてみせた後、こちらに背を向けた。なるほど、これなら見られずにでき――。

「――ないからね!? 嫌だからね!?」

「みーやん、ガンバ!」

「応援されても嫌なものは嫌だから!!」

「でも、そんなこと言ってられない状況だよ?」

「うっ……」

 確かに緊急事態なのはわかっている。でも、嫌なものは嫌なのだ。せめて悟じゃなくて響だったら――って、響でも駄目だ。普通に響を女の子のカテゴリーに入れていた自分に驚きである。

「じゃあ、よろしく。タイミングはこっちで指示するから。じゃ」

 頭を抱えて悩んでいると悟の電話が終わってしまった。私が着替えていないとわかっていたようですぐにこちらを振り返った。

「とりあえず、パニック対策はできそうだ。すみれちゃん、放送室って使える?」

「放送室? うん、放送担当の子、お兄さんのファンだから買収できると思う」

「なら、とびきりの物をあげなくちゃな。賄賂の準備をして来るからその間に雅ちゃんは着替えちゃってね。後、奏楽ちゃんも起こしておいて」

 ナチュラルにとんでもない会話を聞いてしまったような気がする。まぁ、いい。何か問題が起きても私は何も聞いていなかったので関係ない。まずは着替えてしまおう。

「奏楽ちゃーん……起きてぇー」

「すぅ……すぅ……」

 そして、その後に奏楽を起こそう。さすがにユリには荷が重すぎたようだ。



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第355話 キョウの武器

 僕のお願いを聞いた霊奈は笑顔で頷き、霊奈がいつも修行で使っている広場に移動した。

「それで? 相談って?」

 休憩する時に使っているという丸太に座った霊奈は首を傾げながら問いかけて来る。

「うーん……」

 しかし、霊奈の隣に腰掛けた僕は腕を組んで唸ってしまった。相談したい気持ちはあるが言葉にするのが難しく、どう説明しようか悩んでしまったのだ。

「相談があるんじゃないの?」

「どう説明しようかなって……僕もよくわかってなくて」

「何それ? 難しいこと言われてもわかんないよ?」

「難しいこと、なのかな?」

「とりあえず、何があったのか教えてよ」

 それから僕は先ほどあったことを霊奈に説明した。修行が上手くいっていないこと。桔梗とななさんに八つ当たりしてしまったこと。ななさんが言うには僕は焦っているらしいこと。

「ふーん……そんなことがあったんだ」

 話を聞き終えた霊奈は意外そうに僕を見ていた。何故、そのような表情を浮かべているのかわからず、目を細めてしまう。

「あ、ごめんごめん。霊奈の中でキョウって何でも簡単に出来ちゃう人だったから」

「僕だって悩むことぐらいあるよ」

「でも、焦る必要はないと思うけどなぁ……別に期限があるわけでもないし」

「あー……」

 期限はないわけでもない。僕の能力が発動してしまったら強制的にこの時代から別の時代に飛んでしまうのだ。そうすればあの奥義書は読めなくなってしまうし、ななさんに手伝って貰えなくなってしまう。まぁ、奥義書の内容はすでに覚えてしまった上、ななさんがいなくても修行はできるので焦る要因ではないだろう。

「んー……何でだろうね。やっぱり霊奈には難しいことわかんないや」

「あはは……聞いてくれただけでもよかったよ」

 だが、結局、問題は解決していない。このまま修行を続けても上手くいかないだろう。何とかしないと。

「よし!」

 その時、不意に霊奈が立ち上がって僕の方を見た。嫌な予感がする。

「悩んでる時は体を動かすのが一番! 一緒に修行しよ!」

「……いやいやいや!」

 霊奈の提案に思わず、声を荒げてしまった。今、ここに桔梗はいないのだ。修行しようにも桔梗のいない僕ではすぐにやられてしまうだろう。

「キョウはもっと自分の力を信じるべきだよ! 確かに桔梗は強いけど、もしもの時はどうするの?」

「もしもの……時?」

「今みたいに桔梗がいない時だよ! ずっと桔梗が傍にいるわけじゃないんだよ?」

「うっ……」

 霊奈の言う通りだ。必ずしも桔梗がいるわけではない。僕一人でも戦えるようにしておかなければ対処できず殺されてしまうだろう。

「……わかった、やろう。でも、最初は軽くね? 桔梗がいない時の動き方の確認をしたいから」

「オッケー!」

 嬉しそうに頷いた彼女は僕から距離を取った。さて、修行をやるとは言ったもののどうしよう。今の手札は博麗のお札と背中にある鎌。そして、まだ成功したことのない奥義のみ。どれだけ桔梗に頼った戦い方をして来たのかわかる。

「それじゃ行っくよー!」

 霊奈がそう言った後、お札を投げて両手にいつもの鉤爪を作った。急いで鎌を手に取り、構える。

「やー!」

(とにかくやるしかない!)

 霊力で肉体強化でもしたのか凄まじい勢いで突っ込んで来る霊奈。鎌に魔力を流して刃を大きくしつつ、肉体強化に使おうと練っていた霊力を博麗のお札に流し、左手で地面に向かって投げた。地面に当たったお札は小さな爆発を起こし、砂煙を巻き上げる。霊奈の視界が塞がっている間に鎌を横薙ぎに振るって魔力刃を飛ばした。

「うわっと!?」

 博麗の巫女特有の直感が働いたのか霊奈は魔力刃をジャンプして躱す。そして、鉤爪に引っ掛けてあったお札を後ろに放って爆破させた。その爆風に乗って真っ直ぐ僕に向かって来る。慌ててお札を投げるが彼女は体を捻ってそれを回避し、鍵爪を振るった。肉体強化している時間はない。襲って来るであろう衝撃に備え、腰を低くした直後、鎌に鉤爪が直撃した。

「ぐっ……」

 しかし、身体能力が上がっている霊奈の攻撃力には勝てなかったようで魔力で大きくした刃が粉々に砕かれてしまう。すぐにバックステップして距離を取り、お札を連続で投げる。霊奈はそれらを鉤爪で引き裂き、また近づいて来た。鎌の刃を大きくして僕も駆け出す。走りながら霊力を体に流して身体能力を向上させ、僕と霊奈はほぼ同時に得物を振るった。鎌と鉤爪が激突し、火花を散らす。

「そんな技もあったんだね」

 鍔迫り合いの状態(両方共鍔はないけれど)で霊奈は僕に笑って言う。魔力で鎌の刃を大きくする技は危険なので今まで使ったことはなかった。だが、桔梗がいない今、手加減しながら勝てるわけがないので使ったのだ。

「じゃあ、霊奈も新技いっちゃうよ」

 彼女はそう言った後、ドンと右足を地面に叩きつける。すると、裾から博麗のお札が落ち、彼女の右足に貼り付いた。

(まさかっ!?)

 咄嗟に魔力を鎌に流して刃を更に大きくし、霊奈の体を押し返す。そして、鎌の刃を地面に突き刺し、即席の盾にした。

「せいっ!」

 体を押され、バランスを崩しているのにも関わらず、霊奈は右足をその場で振るう。彼女の右足に形成されていた鉤爪が伸び、鎌の刃に激突した。その衝撃で吹き飛ばされそうになったが、何とか踏みとどまる。しかし、霊奈の攻撃は終わっていなかった。次々と博麗のお札が鎌の刃に直撃したのだ。刃に皹が走った。

「これで!」

 今度は右手の鉤爪を伸ばし、鎌を切り裂く。魔力刃が砕け、宙を舞った。そして、その先には3枚のお札。ああ、駄目だ。当たる。負ける。

 

 

 

 ――諦めるの? あの時はあんなに必死だったのに?

 

 

 

 その時、あの声が聞こえた。

 諦める?

 嫌だ。諦めたくない。

 

 

 

 ――じゃあ、何で何もしないの?

 

 

 

 僕だってこのままやられるなんて嫌だ。でも、鎌はすぐに動かせない。お札だって投げる暇なんてない。後はあの未完成の奥義だけ。

 

 

 

 ――まだ……あるじゃない。地面を蹴る両足が。希望に伸ばす両手が。決して折れることのない不屈の心が。あなたにしかない最強の武器が。

 

 

 

「……ッぁ!」

 迫り来るお札に向かって僕は右手を伸ばす。無我夢中で。我武者羅に。一心不乱に。

 そうだった。何もできないなら見つければいい。それで自分が傷つくことになろうとも。僕はもう諦めるという行為を捨てたのだから。何もしないという手段を放棄したのだから。

 足を動かせ、手を伸ばせ、ハッピーエンドを望め。どんなに手札を用意しても、力を付けても、絶対に最初の一歩は気持ちが動かすのだから。気持ちだけは、心だけは負けちゃ駄目なのだ。それさえ忘れなければ僕は何度だって立ち上がれる。手を伸ばせる。最良の結末を望める。もう、あんな結末を迎えるのは嫌だから。

 心臓がうるさいほど鼓動を打つ。体の底から何かが湧きあがる。視界には迫るお札しか入らない。

「『ぎゅーん』……」

 小さな声でそう呟き、伸ばしていた手を握って拳を作った。すると、湧き上がって来た何か――霊力が一点に集まる感覚を覚える。そして――。

 

 

 

 

 

「『パーン』!!」

 

 

 

 

 

 

 ――それを一気に解放し、解放した霊力を伸ばしていた拳に乗せ、撃ち出す。僕の手から放たれた紅い旋風がお札を吹き飛ばし、そのまま霊奈に向かって突き進んだ。

「え? え? えええええ!?」

 まさか反撃されるとは思わなかったようで霊奈は目を丸くし、旋風に飲まれて後方へぶっ飛んだ。そのまま地面を転がり、気絶してしまったのか動かなくなった。

「はっ……ぁっ……はぁ……はぁ……」

 僕は肩で息をしながらまだ震えている右手を見る。無理矢理霊力を撃ち出したからか、ズタズタになってしまった手の平から血が流れていた。不思議と痛みはない。

「あれは、一体……」

 すぐに撃ち出してしまったのではっきりとは言えないが解放した霊力を僕は一瞬だけコントロールしていた。もしかしたらもう一度やれば何かわかるかもしれない。

「あ……れ?」

 だが、ぐにゃりと視界が歪み始める。手足に力が入らない。それからほどなくして僕は地面に倒れ、意識を失った。

 



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第356話 目指すのは仲間の元

「……ふぅ、ご馳走様でした」

「はぁ、はぁ……や、やっと終わった」

 桔梗が糸を食べ始めてから十数分後、やっと暴走が終わったのか満足そうにため息を吐いた。その後ろでは女が肩で息をしている。何度か糸の排出速度より桔梗の吸引速度が勝り、手を食べられそうになったからか顔は青ざめていた。

「大丈夫ですか!?」

 桔梗の暴走に巻き込まれないように遠巻きに見ていたキョウが女に駆け寄り、声をかけた。その声で桔梗も正気に戻ったのか慌てた様子で頭を下げる。

「すみません! 私、また暴走しちゃって!」

「いや、いいけど。はぁ……それじゃ、私は行くね。その糸、回復を促進させる効果があるから骨折程度なら1週間で治るよ」

「ありがとうございました!」

 疲れた様子でそう言った女はキョウたちに背中を向けて歩き出す。キョウはすぐに頭を下げながらお礼を言うが、頭を上げた頃には彼女の姿はどこにもなかった。

「行ってしまいましたね」

「うん。あ……名前、聞き忘れちゃった」

 名前を聞かずに別れてしまったことに気付き、落ち込むキョウだったがすぐに気持ちを切り替えたようで桔梗の方を見る。

「あの人、骨折は1週間で治るって言っていましたけど、今は……」

「そうだね。急いでこいしさんのところへ行かないと」

 私もキョウの言葉に頷く。こいしは心が読める。しかし、それは相手に理性がある場合だ。あの妖怪との戦いは短いものだったが、理性があるとは思えない。更にあそこはベースキャンプ。子供たちを守りながら戦うとなると厳しいものになるだろう。

「急がないと……」

 キョウがそう呟きながらベースキャンプのある方角へ歩き出した瞬間、近くの森が白く光った。

「何、あれ?」

「どうかしましたか? マスター?」

 思わず足を止めてしまったキョウを見て桔梗が不思議そうに問いかける。彼女の反応を見るにあの白い光が見えていないらしい。

「え? 桔梗、見えないの?」

「何がですか?」

 やはり桔梗には見えていなかった。だが、キョウにも見えているので私の見間違いではない。なら――。

『キョウの能力に関係してる?』

「桔梗! 【翼】であそこまで行ける?」

 キョウも私と同じ結論に辿り着いたようで白く光っている場所を指さしながら桔梗に質問する。子供の足で向かうには少しばかり遠いからだ。

「あ、はい……低空飛行で短距離なら大丈夫ですけど」

「よし、お願い!」

 すぐに背中に桔梗【翼】を装備して白く光っている場所へ向かう。2分ほどで目的地に到着したが、その頃には白い光は消えていた。だが――。

「これは……」

「じ、地面に何か突き刺さっていますよ!」

「……猫車?」

 キョウの言う通り、地面に何か――猫車が突き刺さっていた。だが、問題はその周囲だ。森の中なので地面は雑草で覆われているのだが、猫車の周りだけポッカリと穴が開いたように地面がむき出しになっているのだ。また突き刺さっている猫車も異常だった。右側面に細くて長い傷があり、他の部分もボロボロだ。戦場をあの猫車を押して駆け抜けたと言われたら納得してしまうだろう。

「桔梗、あれ、食べられる?」

「へ?」

『……キョウ?』

 突然、キョウが桔梗に質問した。何か考えでもあるのだろうか。

「あれを食べながら僕の言う物を浮かべて。それに変形できるように……それと、もう一つ」

「え、ちょ、マスター! 注文が多いですよ!」

「もう一つだけでいいんだ。今まで食べて来た物を思い出して。そして、それを組み込めない?」

「組み込む、ですか?」

 首を傾げる桔梗だったが私には理解できた。今まで素材一つに対して変形一つだったが、他の変形に今まで食べて来た素材を利用できるのではないかとキョウは考えたのだ。

「……なるほど。やってみる価値はありそうですね」

 キョウの説明を聞いた桔梗も賛成したので早速試してみることにした。

「まず、基となる変形を思い浮かべよう。桔梗には乗り物に変形して欲しいんだ」

「乗り物ですか……しかし、猫車は乗り物に適していませんよ?」

「今までの変形だって食べた素材よりも複雑な……というか全然形が違ったよ。嘴から盾になったり」

「あ、そう言えば……それでどのような乗り物がいいんですか?」

「バイクってできるかな?」

 キョウの言葉に思わず、私は驚いてしまう。しかし、すぐに納得した。車の場合、敵に襲われた際、窓から身を乗り出さなければ反撃することができない。また、どうしても幅ができてしまうので森の中では走り辛いだろう。それに比べ、バイクならばすぐに反撃できる上、森の中でもある程度、自由に走れるはずだ。まぁ、振動は凄まじいものになりそうだが。

「バイク……二輪車ですか。試してみないことには何とも言えませんが、出来る限りやってみます」

「うん、ありがとう。じゃあ、次は素材を利用できるかなんだけど……」

「これもやってみないことには……」

 初めての試みだ。やり方などわからなければ成功する保証もない。それはキョウも知っている。だが、何故か彼は笑顔を浮かべて桔梗の頭に手を乗せた。

「大丈夫。桔梗ならできるよ」

 その言葉に迷いはなかった。まるで成功すると確信していると言わんばかりに。

「っ……はい! 私、頑張ります!」

 キョウの信頼を目の当たりにした桔梗は気合いを入れて猫車の方へ飛んで行った。

「いただきます」

 そして、地面に突き刺さったままの猫車を食べ始める。バリバリという音が森の中に響き、数分ほどで猫車は桔梗の胃の中(本当に胃があるかわからないが)に消えた。

「……どう?」

 食べ終わってもなお動かない桔梗の背中におそるおそる問いかけるキョウ。ゆっくりと振り返った彼女は嬉しそうに笑っていた。

「マスター、成功したようです!」

「ホント!?」

「はい! 【バイク】に今までの素材を基にした機能を付けられました!」

 それから桔梗は桔梗【バイク】の説明をし始める。

 燃料はキョウの魔力で速度によって消費される魔力が変動するらしい。また、バイクのサイズはキョウの体に合わせられる。これで子供のキョウでも乗れそうだ。

 次に機能。桔梗の『変形する程度の能力』が基になった桔梗【翼】を参考にした飛行能力。桔梗【翼】は重力操作で飛行するのに対し、こちらは『振動する程度の能力』を利用する。だが、飛行している間、翼を振動させているので熱が発生――つまり、オーバーヒートしてしまうため、長時間の飛行は望めないとのこと。更に飛ぶ時にマフラーからジェット噴射して進むらしく、余計熱がこもりやすいそうだ。これは桔梗【拳】のジェット噴射を利用した。

 他にも青怪鳥の嘴からシールド。先ほど食べた糸からワイヤーとアンカーなど色々な機能が備わっていた。

「運転は?」

「マスターもできますし、私が代わりに運転することも可能です」

「なら、今回は桔梗に運転任せていい? さすがにこの腕じゃ……」

 そう言いながらキョウは顔を歪ませて右腕を見た。片腕が折れている状態で運転などできるわけがない。

「わかりました、任せてください!」

 頼られたのが嬉しかったのか桔梗は嬉しそうに自分の胸を叩いた。その仕草が可愛らしくキョウも私も思わず、笑みを零してしまう。

「それじゃあ、行こっか」

「はい!」

 頷いた彼女は桔梗【バイク】に変形した。車体は黒一色で染められている。それにキョウが跨り、桔梗【バイク】に魔力を注いだ。するとバイクのエンジンがかかると同時にライトが点いて目の前を照らす。

「桔梗、お願い!」

「行っきますよー!!」

 しっかりとハンドルを握ったのを確認した桔梗がエンジン特有の騒音と共にバイクを発進させた。すぐにハンドル付近からシールドがせり上がる。これで森の中を走っても枝からキョウを守ることが出来るだろう。

「桔梗、もっと早く!」

「はい!」

 シールドに枝が当たる中、キョウは桔梗に向かって叫ぶ。速度が上がった。

「もっと!」

 更に速度が上がる。

「もっと!!」

 速度が上がれば上がるほど振動が激しくなった。その度にキョウは顔を顰める。振動で骨折した右腕が痛むのだ。だが、彼は泣きもしなければ速度を落とそうとしない。それどころかどんどん速度を上げ続ける。そして――。

「ッ!」

 おそらく大きな木が倒れていたのだろう。猛スピードで走っていた桔梗【バイク】の車体が浮いた。このまま地面に着地すれば桔梗が運転していたとしても転倒してしまうだろう。

「飛んで!」

 キョウの絶叫に応えるようにバイクのフットレフト付近から翼が飛び出し、振動し始め、マフラーからジェットが噴射した。

「いっけええええええ!」

 キョウはハンドルを掴んでいる左腕に力を込めて車体を斜め上に向ける。すると桔梗【バイク】は重力に逆らい、上昇し出した。どんどん高度を上げ、木々を突き破り、森を抜ける。すっかり夜になってしまったせいか私たちの目の前に星空が広がった。

「このまま行くよ!」

「わかりました!」

 車体を平行に戻し、キョウと桔梗は目指す。こいしが――私たちの仲間がいるベースキャンプに向かって。



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第357話 偽る現実

 午後2時。

 放送室に到着した私たちはすみれの巧みな話術と悟の賄賂(響のブロマイド)で放送担当の子を買収し、放送室の使用権を得ることができた。放送の準備を進める悟と携帯でどこかに連絡しているすみれを見つつ、まだ寝惚けている奏楽を背負い、不安そうにしているユリの手を握りながら励ます。完全に保育園の先生状態な私だが、悟とすみれから感謝された。緊急事態だからか子供たちのお世話をしている暇がないそうだ。まぁ、私も彼らのように頭を使って対策を立てるのは苦手なので適材適所というやつである。

「それでどうするの? 放送しても外には逃げられないと思うけど」

 ユリの気を紛らわせるためにあっち向いてホイをしながらメモ帳に何かを書いている悟に質問する。黒いドームは外からも中からも通り抜けることはおろかどんな攻撃でも弾いてしまうほど頑丈なのだ。何より校舎はもちろん、校門やグラウンドを含めた敷地内全てが黒いドームに覆われている。そのため、今、学校から脱出することができないのだ。たとえ、どこかに誘導したとしてもパニックになるだろう。

「確かにそうなんだけど何もしないよりはマシだ。それにパニックにならない方法が一つだけある」

「え、そんなのあるの?」

「あ、雅ちゃんの負けー!」

 悟の言葉に思わず、彼の方を見てしまう。それと同時にユリが悟がいる方に指を差したようで負けてしまった。ちょっと悔しい。

「あー、負けちゃったー……それでその方法って?」

「手品」

「……は?」

「シャチョさん、こっち準備オッケーだよ」

 悟の不可解な発言に首を傾げるがそれについて追究する前にすみれが悟に声をかけた。どうやら、すみれは悟の作戦がどのようなものなのか知っているらしい。

「よし、それじゃ放送中に手で合図するからすみれちゃんお願いね」

「任せてー」

「雅ちゃんは奏楽ちゃんとユリちゃんのお世話よろしく」

「う、うん……」

 頷いた後、ユリの手を引いて部屋の隅に移動する。ここなら多少小さな声で話しても放送に声が紛れることはないだろう。

「それでは放送開始まで3、2……」

 すみれが指を折りながらカウントダウンしてスイッチを押した。放送中を示す赤いランプが灯る。

「――あーあー。マイクテスマイクテス」

 すぐに悟が声を出してマイクテストをする。放送室の扉の向こうから放送特有のエコーがかかった悟の声が聞こえた。

「音量オッケー?」

 そう言いながらこちらに視線を向ける悟。一応、ここからでも廊下の放送は聞こえるので大丈夫だろうと判断し、頷く。

「よし……あー、皆さんこんにちは。株式会社O&Kの影野悟です」

 メモ帳に視線を落としながら自己紹介する悟。つまり、悟はO&Kの社長として放送しているのだ。

「高校の文化祭でいきなり会社の社長が放送しているので驚いている方も多いと思います。ただ少々……どころではない問題が発生しまして放送室をお借りしました」

 彼の言葉に思わず、目を丸くしてしまう。まさか少々どころではない問題――黒いドームのことを正直に話してしまうのだろうか。だが、正直に話しても信じる人はほとんどいないだろうし、信じたとしてもパニックに繋がるだけだ。あの悟がそれに気付かないとは思えない。そう思っていると携帯を持ったすみれがこちらにやって来た。

「重要なお知らせなので一度、手を止めて聞いていただけると幸いです。生徒会の人たちや先生たちが見て回りますので彼らの指示に従ってください」

「生徒会?」

「さっき頼んでおいたの。こっちで聞いてって言っても聞かない人はいるからね。もちろん、先生たちも動いてくれてるよ」

 小さな声ですみれが教えてくれた。まさかこの短時間で生徒会たちだけでなく、先生たちすら動かしているなんて思わなかった。私の表情から色々察してくれたのかクスリと笑ってすみれは口を開く。

「生徒会はもちろん、先生たちもお兄さんのファンだからね。影でお兄さんを守ってたって話もファンの中では有名だし。シャチョさんに対する信頼は篤いんだよ。だからお兄さんを守ることに繋がるって説明すれば協力してくれるんだ」

 先生としてそれは大丈夫なのだろうか。まぁ、そのおかげでこちらは助かっているのだが、響のカリスマ力は相変わらずである。ここにはいない主に対してため息を吐いているとすみれが携帯に視線を落とした後、悟に手を挙げて合図した。

「それでは説明します。まず、私たちO&Kは秘密裏にとある企画を進めていました。わが社で開発したVRゲームの体験プレイです」

「は?」

 VRゲームの体験プレイ? いきなり何の話をしているのだろうか。

「本来の企画では参加者を募り、抽選で当選した人にプレイしていただく予定でした。ですが、テストプレイの際、システムの範囲設定を間違えてしまい、この学校の敷地内にいる全ての人を巻き込んでしまいました。現在、皆さんは仮想空間にいます」

「なっ……」

 あまりにも突拍子のない嘘に言葉を失ってしまった。唐突にここはVRゲーム内の仮想空間だと言われても信じるわけがない。ましてやO&Kが開発したVRゲームの不具合で関係のない人を巻き込んでしまったと言えば、O&Kの信用は落ちてしまう。

「おそらくほとんどの人が信じていないと思われます。なので、証拠と言いますか……ゲームで登場させる予定だったNPC……自動で動くキャラクターを召喚します。いきなり現れますので驚かないでください」

 そう言った後、悟は手を挙げた。それを見たすみれがすぐに携帯を操作する。すると、突然、目の前に人が現れた。

「ッ――」

 悲鳴を上げそうになったユリの口を塞ぐ。無理もない。廊下にお客さんたちの悲鳴が響いている。大人でも悲鳴を上げてしまうのだ、小学生ならなおさらのこと。だが、この人は一体? この学校の制服を着た男子生徒。見た目は格好良くもなければ不細工でもない。不気味なほど普通な人だ。見覚えはない。いや、待て。廊下でも悲鳴が上がったってことは他の場所にも何かが現れたことになる。そして、ここに来る前に悟はリクに連絡を取っていた。じゃあ、この目の前に現れた人はリクの『投影』で創り出した分身なのではないだろうか。つまり、悟の目的は――。

「落ち着いてください、ただのNPCです! これで信じていただけたでしょうか。先ほども言ったようにここはVRゲームの仮想空間です。現在、皆さんを安全に現実世界に帰すために作業を進めております。ですが、人数が人数ですので少々お時間をいただきます」

 ――『投影』をNPCと偽り、ここが仮想空間だと信じ込ませること。そう、手品と一緒だ。話術や視線、大げさな身振りでタネや仕掛けを隠し、騙す。今回もそれと同じ。事実を隠し、ここが現実ではなく仮想空間だと偽る。だが、ここを仮想空間だと信じ込ませたところで何になる? 確かにここが仮想空間だと言い、校門から脱出できないこととここが安全であることを伝えればある程度、パニックは抑えられるかもしれない。しかし、ここは仮想空間でもなければ安全とも言い難い。

「もちろん、巻き込んでしまった人全員にお詫びの品を用意します。ですが、こちらで用意したお詫びの品では納得しない人も必ずいると思います。なので、1人1人に欲しい物を聞いて後日、ご自宅に発送するつもりです。ただ申し訳ないのですが、用意できるのはO&K製品のみとなっておりますのでご了承ください」

 そう思っていると悟が賠償の話をし始めた。確かにお詫びの品と言ってタオルを貰っても納得する人はほぼいないだろう。

「こちらのミスで皆さんを巻き込んでしまったあげく、身勝手なお詫びをしてしまい、申し訳ありません。また、皆さんの要望を聞くために一度グラウンドに集まっていただきます。なお、今から移動する時の注意事項を言いますのでよく聞いてください」

 彼の言葉を聞いて私はすぐに首を傾げた。悟はお客さんたちを一箇所に集めようとしている。何か問題が起きた時に守りやすいからだろうか。だが、いきなりVRゲームの仮想空間にいると告げられ、お詫びの品を聞くためにグラウンドに集まれと言われてもすぐに動ける人はいないと思う。

「まず、仮想空間と言っても痛覚はあります。お気を付け下さい。また、ここはゲームですのでMOB――つまり、敵キャラも出現する可能性があります。敵キャラが出現するタイミングと場所はランダムです。もちろん、敵キャラがいるということは味方のキャラもいます。敵キャラが出現してしまった場合、味方キャラが助けに向かいますのでご安心ください。この放送が終わり次第、今、皆さんの近くにいるNPCが誘導します。NPCたちの指示に従って行動してください。皆さんの要望は必ず聞きますので押したり、走ったりせずゆっくり移動してください」

 そんな説明で納得する人はいない。ゲームなのに痛覚がある? しかも、敵キャラが襲ってくる? 味方キャラがいると言っても安心できるわけがない。むしろ余計パニックになるだけだ。だが、私は忘れていた。

「最後に音無響公式ファンクラブ会員諸君に連絡です。NPCだけでは全員を安全に誘導できないと思いますので皆さんで協力して移動してください。また、今回の一件が無事に終わったらお詫びとしていつもより豪華な特典を発送します。後、皆さんの動きはNPCを介して見ていますので皆さんの動き次第で特典が増えるかもしれません。では“頑張ってください”」

 響のカリスマ力を。




なお、現在この学校にはファンクラブ会員がお客さんの内、3分の2ほどいます。


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第358話 温かいヒント

今回のお話を書きながらずっとFGOイベ周回していたのですが一向にドスケベ礼装が落ちません。
おかしいなぁ……2~3時間は周回してるのに、おかしいなぁ……。


 不意に額に冷たさを感じた。そして、ゆっくりと意識が浮上して行く。体が重い。でも、その気怠さが心地よかった。

「ん……」

 重い瞼が自然と動き、目を開ける。ぼやける視界の中、誰かが僕の顔を覗き込んだ。

「……体の調子はどう?」

「れい、む?」

 僕の顔を覗き込んでいたのは霊夢だった。彼女は僕の額に手を当てながらホッとした様子でため息を吐く。心配かけてしまったらしい。

「えっと……」

「霊奈との模擬戦の後、気絶したのよ。ななさんと桔梗が見つけてなかったらどうなってたことやら」

 霊夢の言葉で思い出した。そうだ、霊奈を吹き飛ばした後、僕も気絶してしまったのだ。動かし辛い体に鞭を打って右手を布団の中から出す。ズタズタになってしまった手の平は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「……何をどうしたらあんな傷できるのよ。全然血も止まらなかったし」

「そう、だったの?」

「ええ、後でななさんにお礼言いなさいよ。あの人がいなかったら出血多量で死んでたかもしれないんだから」

「う、うん……」

 どうやら、ななさんにも迷惑をかけてしまったようだ。八つ当たりしてしまったし、そのことも後で謝ろう。

「それじゃ私は行くわね」

「あ……」

 立ち上がろうとした霊夢の手を傷だらけの右手で掴んでしまった。一瞬だけ痛みが走り、顔を歪ませる。

「……何やってんのよ」

 それを見た彼女は呆れた様子で座り直した。反射的に手を掴んでしまったので僕にもよくわからない。どうして僕は霊夢を引き止めたのだろう。

「もう……そんな顔しないでよ。こっちが悪いみたいじゃない」

「……僕、今どんな顔してる?」

「泣きそうな顔」

 そう言いながら霊夢は立ち上がり、布団の反対側に回り、布団から僕の左手を出して握った。

「こっちなら痛くないでしょ」

「……うん」

 冷たくて温かいぬくもりを感じつつ、僕は目を閉じる。相当、疲労が溜まっていたのだろう。いつの間にか意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に心配したんですからね!」

「すみません……」

 すっかり体調も元通りになり、皆で朝ごはんを食べた後、僕は桔梗にお説教されていた。なお、霊奈は霊夢に怒られている。ただでさえ修行で霊力が減っていた僕に対し、本気で戦ったからだそうだ。僕がお願いしたことだし、気にしていないと言ったのだが霊夢的にアウトだったようで部屋の隅に連れて行かれた。

「ななさんが凄まじい霊力の爆発を感じ取って慌ててその場所へ行ってみたらマスターと霊奈さんは倒れていましたし、マスターの右手は血だらけで……こ、このまま、ぐすっ……マスターが死んじゃったら、どうしようって」

「あ、ああ! 泣かないで!」

 ポロポロと涙を零す桔梗。慌てて彼女の涙を指で拭うが次から次へと溢れてしまう。

「ほら、桔梗ちゃん。泣いていたらキョウ君が困っちゃいますよ。きちんとお説教するんでしょう?」

 ティッシュで桔梗の涙を拭いながらななさんが笑顔で言った。そして、すぐに僕の方へ顔を向ける。

「桔梗ちゃん、キョウ君の悩みに気付けなかったってずっと後悔していたんですよ? 私も無神経なこと言っちゃって……本当にすみませんでした」

「ごめんなさいいいい!」

 ななさんは申し訳なさそうに、桔梗は大泣きしながら謝った。まさか謝罪されるとは思わず、狼狽えてしまう。

「い、いえ……僕の方こそ八つ当たりしちゃってごめんなさい。後、助けてくれてありがとうございました」

「いえいえ、気にしないでください。私は何もしてないんですから」

「数キロ離れた場所で起きた霊力の爆発を感じ取るわ、桔梗【翼】を初見で乗りこなすわ、傷だらけのキョウの右手を無意識で治癒術を使って治すわ……それで何もやってないってどの口が言うのかしら」

 お説教が終わったのか呆れた様子で呟いた霊夢の言葉にギョッとしてしまった。霊力の爆発の感知や治癒術はわからないが、桔梗【翼】を初見で乗りこなす難しさは知っている。桔梗【翼】は重力を操作して飛行するのだが、空中姿勢を保つのが意外と難しいのだ。ましてや乗りこなしたということは桔梗による自動運転ではなく、ななさんの意志で飛んだことになる。桔梗も焦っていただろうし、桔梗の補助なしで飛んだはずだ。

「あはは……無我夢中でやっていたので何でできたのか私もわかりません」

 僕の表情から言いたいことを察してくれたのか苦笑を浮かべながら首を横に振った。僕も霊奈に霊力の爆発を放った時は無我夢中で今すぐ同じように放てと言われても出来るかわからない。

「ななさんの件は後回し。まずは色々説明して貰おうかしら? 私に隠して今まで何をしてたのか」

「ひっ……」

 肩を霊夢に捕まれて悲鳴を上げてしまった。チラリとななさんと桔梗を見るがななさんは困った様子で肩を竦め、桔梗はまだ泣いている。話すしかないようだ。

 それから僕は蔵で奥義書を見つけたこと。そして、その中にあった『夢想転身』を習得しようと修行していたこと。その修行の途中で行き詰ってしまい、桔梗とななさんに八つ当たりしてしまったこと。霊奈に相談して模擬戦することになったこと。模擬戦の終盤で霊力の爆発を起こし、それを放ったこと。そのせいで右手がズタズタになってしまったことを説明した。

「……たくさん言いたいことがあるけれど、まずは一番気になることから聞くわ。“どうして奥義書が読めたの?”」

 霊夢の鋭い視線が僕を捉える。自然と背筋が伸びた。

「えっと……前に博麗のお札を使った時に僕に博麗の巫女の素質があるって言ってたけど、それが原因なんじゃないの?」

「いいえ、違うわ。博麗のお札なら素質があるかもしれないってだけで終わるけれど、奥義書は『博麗の巫女の関係者』じゃないと読めないの。私や霊奈ならまだしも部外者であるキョウが読めるのはおかしい」

「あの……私も読めました……」

 そっと手を挙げたななさんがそう言うと霊夢は目を吊り上げてななさんを睨む。ななさんが小さな悲鳴を上げて僕の腕にしがみ付いた。

「……もう何も隠してないわよね?」

「た、多分……」

「おそらくですが……」

 僕とななさんは顔を見合わせた後、そう答えるのが精一杯だった。

「はぁ……時空跳躍でたまたまここに辿り着いた子と記憶喪失でどこの誰かもわからない人が『博麗の巫女の関係者』? 偶然にしては出来過ぎよ。そもそもキョウは記憶消えてないんだから自分がどんな家で育ったのかぐらいわかるでしょ? 何か思い当たる節はないの?」

「僕いつも家で独りだったから。お父さんもお母さんも夜遅くに僕の様子を見に来るだけだったし」

「そう、だったわね……まぁ、いいわ。読めちゃったものは仕方ないもの。それで? 霊奈との模擬戦で何か掴んだっぽいけど」

「……やってみなきゃわからないけど何としてでも習得するよ、『夢想転身』」

 僕は霊夢の目を真っ直ぐ見て断言する。きっとそれが僕たちがこの時代に跳んで来た理由だと思うから。

「……あんまり無理はしないように。それと絶対に誰かと一緒に修行すること。それだけ奥義は危険な物なんだから。特にキョウが覚えようとしてる『夢想転身』は」

「うん、わかった。気を付けるよ」

「キョウ君、一緒に頑張りましょう! 私も出来る限り協力します!」

「わ、私も精一杯お手伝いしますよ! むしろさせてくれなきゃ泣きます!」

 ななさんと桔梗の応援に思わず、笑みを浮かべてしまう。僕にはこんなにも頼もしい人たちが傍にいてくれる。それがわかった途端、胸の中が温かくなった。それと同時にやっと理解出来た。これがずっと探していた奥義を習得するための手がかりだと。でも、まずは――。

 

 

 

「ありがとう、皆」

 

 

 

 ――感謝の気持ちを伝えよう。



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第359話 一時撤退

 桔梗【バイク】でこいしたちの元へ向かうこと数分。そろそろベースキャンプが見えて来るはずだ。キョウもわかっているのかハンドルを握る左手に力が入った。妖怪が襲撃してからすでに1時間以上経っている。犠牲者が出ていてもおかしくない。最悪の事態を想像したのかキョウは視線を落としてしまう。

「マスター、見えて来ました!」

 桔梗の言葉にハッとして顔を上げた。まだ距離はあるが妖怪の姿を見つける。それだけあの妖怪が巨大なのだろう。

「――て! ――!!」

「――!」

 そして、広場の方から絶叫が聞こえる。会話の内容はバイクのエンジン音で掻き消されてしまったが、この声はこいしと咲だ。よかった、無事だった。ホッと安堵のため息を吐いた瞬間、妖怪が腕を振り上げる。きっと、前にこいしか咲がいるのだろう。

「っ……こっちだ!!」

 それを見たキョウが咄嗟に魔力を周囲に撒き散らしながら叫んだ。すると、妖怪はキョウの魔力を感じ取ったのか動きを止めてこちらに顔を向ける。

「いた!」

 やっとこいしと咲を発見した。妖怪がこちらに気を取られている間に立ち上がって咲の手を掴んでいる。

「こいしさんッ! 咲さん!」

 キョウが必死になって叫ぶが二人はこちらに気付かない。キョロキョロとしているので声自体は聞こえているようだ。それがわかったのかキョウは息を吸い――。

 

 

 

「こいしさああああああああああああああん!!」

 

 

 

 ――絶叫した。こいしさんと咲が振り返った。バイクのヘッドライトが眩しかったのか目を細め、すぐに驚愕する。

「桔梗! 頼むッ!」

「はい!」

 桔梗がヘッドライト付近からそれぞれアンカーの付いたワイヤーを撃ち出す。

「二人とも! 離れて!」

 キョウの言葉を聞いてこいしが咲を抱えて横に飛ぶ。それとほぼ同時に二人の傍を通り過ぎた。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「ガッ……」

 雄叫びを上げながら妖怪に体当たりし、妖怪の体を吹き飛ばす。妖怪と激突した瞬間、車体から衝撃波を放ったのだ。

「ワイヤー、回収!」

 すかさずワイヤーを回収し、放った衝撃波の反動でこいしと咲の前まで戻されてしまった。

「キョウ?」

 後ろからこいしの声が聞こえる。見慣れないバイクに跨っているからか、それとも他にも原因があるのかこいしと咲は呆然とした様子でキョウを見ていた。

「すみません、こいしさん、咲さん! お待たせしました!」

 そう言って振り返ったキョウが笑うとこいしは安心したように息を吐き、咲は微かに顔を赤くして(吸血鬼の視力で何とかわかった)目を逸らす。気になる男の子に絶好のタイミングで助けられたのだ。キュンとしてもおかしくない。そんな咲の姿にほっこりしていると妖怪が立ち上がろうとしていた。倒せるとは思っていなかったがあのタックルを受けて傷一つないとは。おそらく今まで出会って来た中で一番強い。

「二人とも! 乗ってください!」

 妖怪が立ち上がったことに気付いたキョウがすぐに叫んだ。しかし、乗り方がわからないのか戸惑う二人。

「乗るってどこに!?」

「僕の後ろです! 急いで!」

 すると、こいしは咲を抱えてバイクに跨り、そのままキョウの真後ろに咲を降ろした。

「咲さん! 僕の腰にしがみ付いて! こいしさんは咲さんに!」

「う、うん!」

「わかった!」

 キョウの指示に従ってこいしはすぐに咲にしがみ付くが、咲は少し躊躇した後、キョウに抱き着いた。こんな状況なのに幸せそうな表情を浮かべている。

「桔梗! お願い!」

「了解です!」

 キョウが桔梗に合図を送るとバイクが急発進した。幸せそうにしていた咲の顔が恐怖に変わる。

「「うわあああああ!!」」

「喋らないで! 舌を噛みますよ!」

「があああああああ!!」

 左手だけで器用に運転しながら注意するキョウだったが、立ち上がった妖怪が私たちに迫り、側面から3つの腕で攻撃して来た。

「桔梗!」

 すかさず桔梗がワイヤーを撃ち、ワイヤーの先端のアンカーが近くの木に突き刺さった。「しっかり、捕まってて!!」

 妖怪の腕が迫る中、ワイヤーを回収する。しかし、アンカーがしっかり木に突き刺さっているので車体が引っ張られ、加速した。妖怪の拳はバイクのすぐ後ろを通り過ぎる。

「ワイヤー、回収!」

 木に突き刺さっていたアンカーは鉤爪のように4方向に開く仕掛けになっている。木に突き刺さった後、アンカーが開き、固定したのだ。回収する時はアンカーを閉じるだけで簡単に外れた。

「このまま、この先の広場に向かいます。子供たちはどこにいますか!?」

「反対方向の川だよ! 咲が皆を集めたから!」

 こいしの言葉に私はそっと息を吐く。どうやら、犠牲者は出ていないようだ。

「それじゃ、心置きなく! 振動、枝に気を付けて! 姿勢を低くしてて!!」

「「うわああああああああああああ!!」」

 そう言った後、バイクのハンドル付近からシールドが伸びた。そして、森の中へ突っ込む。シールドに木の枝が叩き付けられる度にバイクが大きく揺れ、その度に後ろで悲鳴が上がった。森の中を全速力で走れば悲鳴も上げたくなるだろう。だが、それでも背後から迫る妖怪との距離は遠ざからず、むしろ少しずつ縮まっている。

「右に旋回します! しっかり、捕まって!」

 このままでは逃げ切れないと思ったのかキョウが叫んだ後、右のワイヤーを近くの木に撃ち、アンカーを開いて固定する。そして、軽く車体を左に傾けるとほんの少しだけ左に曲がった。すると、ワイヤーが別の木に引っ掛かり、糸が釘に当たって進路を大きく変えるように右に引っ張られる。すぐにワイヤーを回収。突然、進路を変えたので妖怪が急ブレーキをかけて慌ててこっちに向かって来た。

「きょ、キョウ!! 前、前えええええええええ!!」

 咲はキョウの背中に顔を押し付けているので見えなかったが、この先が崖になっていることに気付いたこいしが絶叫する。しかし、キョウはスピードを緩めない。むしろ、加速し続ける。

「お、落ちるぅぅぅぅぅ!」

「桔梗!!」

「はい!!」

 桔梗が返事をするとフットレフト付近から翼が飛び出した。

「いっけええええええええええええええええ!!」

 そして、ハンドルを全力で持ち上げ、前輪を浮かせる。その直後、道がなくなり、バイクは空中へ投げ出された。すぐにマフラーからジェット噴射され、飛行する。

「……こいしさん、咲さん。もう、大丈夫ですよ」

 車体が安定したのを確認し、キョウは振り返って二人に声をかけた。どうやら、落下すると思って目を閉じていたようだ。

「……あれ? 飛んでる?」

「はい。そうです」

 ゆっくりと目を開けたこいしはキョロキョロと辺りを見渡し、目を丸くした。すぐに咲も目を開けて眼下に広がる森を見下ろしている。すると、背後から凄まじい騒音が響き渡る。振り返るとあの大きな妖怪が崖から転落し、木々を薙ぎ倒したまま、倒れているのが見えた。

「これで――」

「いえ、まだです! 来ますよ!」

 それを見たこいしがホッとした様子で呟く。しかし、すぐに桔梗が忠告した。その証拠に倒れていた妖怪が雄叫びを上げながら立ち上がり、私たちの後を追って来た。

「こいしさん、咲さん! 広場に着いたらあの妖怪と真正面から戦いますので、心の準備を!」

「え? でも、このまま飛んで逃げられるんじゃないの!?」

「僕の……魔力がもう……」

 桔梗【バイク】はキョウの魔力を燃料に動いている。妖怪に投げ飛ばされた場所からここまで来るのにほぼノンストップで乗っているのだ。私が少しだけ魔力消費の肩代わりをしているとしてもキョウの消費は激しいのである。車体もフラフラし始め、このまま飛行し続ければ後数分もしない内に墜落してしまうだろう。

「マスター! 見えましたよ!」

 桔梗の言葉にキョウは安堵のため息を漏らした。そして、バランスを崩しながら着陸する。妖怪の足音はもうすぐそこまで迫っていた。

 



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第360話 仕掛け

 2時10分。

「はーい、では皆さんグラウンドへ移動しまーす。走らず、押さず、ゆっくりとついてきてくださーい」

 悟さんの放送が終わると教室から生徒会の人が現れ、指示を出す。すると、生徒はもちろんお客さんも生徒会の人の指示に従い、移動し始めた。

「幹事さんは1階の様子を見て来て。僕は3階に行って来るので」

「りょうかーい。数人借りて行くわね。ああ、それと外にも数人配置しておこうかしら。グラウンドに集合って言ってたけど並び方までは指示されてなかったからね。こっちで指揮しちゃいましょう。あと、幹事さんはやめて」

「わかった。じゃあ、他の奴らにも……って携帯通じないか。ゲームの中だし」

「あ、でも、この学校にいる人には通じるみたい。さっき、後輩ちゃんに電話かけたら出たよ」

「なら、連絡も楽だな……それじゃそういうことで幹事さんよろしく」

「ええ、幹事さんじゃないけどよろしくされたわ」

 更にファンクラブメンバーらしき女の人と眼鏡の人が廊下で話し合っている。さっそくファンクラブの人が動き始めたらしい。その光景を見ているといつの間にか生徒会メンバー数人とファンクラブらしき人たちが手を組んで誘導していた。彼らはどこかで特別な訓練でも受けていたのだろうか。

「す、すごいね……」

 弥生ちゃんが顔を引き攣らせて呟く。確かにすごいとは思うが、少し前にお兄ちゃんと一緒にO&K本社に遊びに行った時、ロビーにいた会社員全員が同時に頭を垂れた光景を見たことがあったのでそこまで驚かなかった。

「あ、幹事さん、悟たちがグラウンドに行くから本部的なの作っておいて欲しいんですけど大丈夫ですか」

「オッケー、任せて!」

 そして、何より霊奈さんが幹事さんと呼ばれていた女の人に指示を出していた。きっと、大学ではもっとすごいことになっているのだろう。本人がいないところでもここまで発揮するとはお兄ちゃんのカリスマ力には本当に驚かされる。そんな中、リーマちゃんはため息を吐いた。

「はぁ……まぁ、これならパニックは起こらないと思うし。私たちも移動しましょ」

「うん、できれば他の人とも合流したかったけど……」

「幹事さーん! 私たちが屋上に向かったって響関係の人たちに伝えておいてくださーい!」

「いいよー!」

 私の言葉を聞いた霊菜さんはすでに階段を登り始めていた幹事さんにお願いしてくれた。ファンクラブネットワークを利用すればすぐに伝わるだろう。

「響関係って……幹事さんわかるの?」

「さ、さぁ?」

 リーマちゃんと弥生ちゃんが困惑した様子で話しているが、まぁ、大丈夫だろう。お兄ちゃんを見守るというルールがある以上ファンクラブの人はお兄ちゃんに近づかない。つまり、お兄ちゃんの近くにいる人はお兄ちゃんの関係者か、ファンクラブではない人となる。もし、お兄ちゃんが誰かと一緒にいるところをファンクラブの人が見つけた場合、ファンクラブ本部へ連絡し、お兄ちゃんの関係者かどうか判断して貰うことになっているのだ。関係者であればお兄ちゃんたちを見守り、部外者であればお兄ちゃんに気づかれないように排除する。まぁ、お兄ちゃんの友好関係は狭いのでほとんどのファンクラブメンバーはお兄ちゃんの関係者を暗記しているのだ。

「これでよし……それじゃ屋上に行こう」

 手を振って幹事さんを見送った霊菜さんが歩き出した。私たちもその後に続く。誘導の邪魔にならないように移動したので少々時間かかってしまったが、無事に屋上に到着した。

「……これは」

 屋上に出た私は思わず、声を漏らしてしまう。一見、何の変哲もない屋上だが、何かある。しかも、とてもよくないものだ。今すぐにでもここから立ち去りたいと思ってしまうほど禍々しい何かがここにはある。

「青竜」

『うむ、間違いない。これは霊脈だ。しかも……なんと愚かなことをしよって。反転しておる』

 頭に青竜さんの声が響く。念話を飛ばしてくれたようだ。だが、霊脈を反転とは一体?

「霊脈を反転、させた? そんなこと可能なの?」

 青竜さんの言葉を理解したのか霊奈さんが顔を引き攣らせた。あまりよくないことのようだ。

『それこそ天災レベルの惨事だ。自然現象でもほぼ起こりえない現象を人の手で行うなど不可能に近い。だが、この霊脈は異質も異質。明らかに天然物ではない。更に他4つの地点に繋がっている。放っておけば何が起こるかわからんぞ』

「つまり、この霊脈は人工的に造られて反転までさせて他のポイントと繋いだってこと?」

『うむ』

 霊奈さんの言葉に青竜さんは頷いた。結局、霊脈を反転させることによってどのような影響があるのかわからない。そんな私の視線に気づいた霊菜さんがすぐに口を開いた。

「霊脈を反転させると良くないものが集まりやすくなるの。悪霊とか」

「じゃあ、ここは今、悪霊とかが集まりやすくなってるってこと?」

「それだけならよかったんだけど……青竜の話だと他の霊脈と繋がってるから結構、まずいかも」

 リーマちゃんの質問にそう答えた霊奈さんはポケットから数枚のお札を取り出し、地面に貼り付けていく。術式を組んでいるのだろう。

「霊脈っていうのは扱い方を知っていれば利用することができるの。さすがに使い過ぎたら乱れて使い物にならなくなるし、下手したら霊害も起きちゃうものなの」

「霊害?」

 聞き慣れない単語があったので思わず、呟いてしまった。

「霊力の爆発が起きちゃって悪霊が発生したり、物理的に物が壊れちゃったり……まぁ、霊力が原因で起こる災害のことだよ。それこそあの“ヒマワリ神社”も霊媒師たちからは霊害の一つだって呼ばれてるみたい。事実を知ってる私たちからしてみれば見当外れにもほどがあるけど」

「あー……」

 ヒマワリ神社と聞いてリーマちゃんが口元を引き攣らせる。あの向日葵はお兄ちゃんがリーマちゃんとの戦闘中、『風見幽香』になって生やしたものだ。しかし、それを知っているのはお兄ちゃんの身内のみ。他の人から見ればいきなり向日葵が大量発生したように見えたはずだ。それが霊害扱いされているとは思わなかったが。

「青竜、これでどう?」

『……とりあえず、他の霊脈との繋がりは阻害できているようだ。だが、相変わらず反転したままである。放っておけば結界も破壊されるだろうな』

「うーん……駄目か」

「霊奈さん、一体何をしたんです?」

 青竜さんと話していた彼女に質問する。すると、霊奈さんは別の術式を組みながら説明してくれた。

「さっき言ってたまずいことを防ごうとしたけど……駄目だったみたい。普通なら悪霊が集まるぐらいで終わるんだけど他の霊脈と繋がることで相乗効果が生じちゃうの。運が悪ければ妖怪が目の前で生まれる。しかも、相当強力なのが、ね。この霊脈は人工的に造られた上、今、学校はあの黒いドームに覆われてるからドーム内にどんどん力が溜まっちゃうから外の世界でも弱体化しないし」

「それだけじゃない」

 霊奈さんの説明の途中で屋上の扉が開いた。そこには柊君、望ちゃん、種子ちゃん、風花ちゃんの4人の姿。しかも、柊君は『モノクロアイ』を発動しているのか、黒目がチェス盤のようになっている。

「柊君、どういうこと?」

「……おそらく霊奈さんや青竜は霊力を感じ取っただけだから気付いていないと思う。でも、俺には“はっきり視える”。この霊脈、術式の一部だ」

「術式の一部!? それって霊脈で術式を描いてるってこと!?」

 私の疑問に答えてくれた柊君だったが、それを聞いた霊奈さんは目を丸くした。それほどあり得ないことらしい。

「ああ、どんな術式なのかはわからないけど……いや、待って。霊奈さん、俺の目を見てくれ。伝えるから」

 『モノクロアイ』の能力の一つである『以心伝心』を使うのだろう。数秒ほど見つめ合った二人だったが、すぐに霊奈さんが奥歯で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「なるほど……想像以上にマズイ状況かも。とりあえず、結界は解除」

 霊奈さんはそう言いながら足元に貼ってあったお札を剥がした。

『何かわかったのか?』

「柊君の言ったように霊脈で術式が組んである。人工霊脈だからこそできる反則技ね。しかも1人では組み上げられないほど高度な術式がいくつも組み合わさってる。見たことない術式もあるけど『認識阻害』、『霊力爆破』、『妨害感知』、『切断感知』……ほとんどがこの霊脈を破壊した瞬間に『霊力爆破』が起こるような仕掛けばっかり。まさに爆弾ね。柊君、霊脈の流れは見える?」

「……ここを中心に4方向へ流れてる」

「やっぱり……多分だけどこの霊脈はただの霊力タンクで青竜が言ってた他のポイントに別の術式が組んであるんだと思う。本来であればここの霊脈を解体すればいいんだけど、さっき言った仕掛けのせいで下手にいじればこの学校はドカン」

 霊奈さんの説明が終わった後、誰かが生唾を飲みこんだ。私たちの足元に学校を丸ごと爆破できるほどの特大の爆弾があるのだ。緊張するのも無理はない。そして、再び屋上の扉が開き、ほとんどの人が肩を震わせて驚いていた。

「あ、皆いる……ってどうしたの?」

 そこには見知らぬ女の子と手を繋いだ雅ちゃんがいた。その後ろには悟さんとすみれちゃん、気持ちよさそうに眠っている奏楽ちゃんを背負っている霙ちゃんがいる。確か霙ちゃんはお母さんたちと一緒にいたはずだが、どこかで別れてしまったのだろうか。

『……揃ったか』

 不意に青竜さんが神妙な声音で呟いた。どうやら、青竜さんの呟きが聞こえたのは私だけのようで他の人は雅ちゃんたちの方を見ていた。それにしても揃ったとはどういうことなのだろうか。青竜さんはお母さんたちが学校に来ていることを知っているのに。そのせいか私は不思議と青竜さんの言葉が気になった。



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第361話 彼女の気持ち

 迫るお札は3枚。すかさず桔梗【盾】で防ぎ、急いで後ろに跳んだ。すると、盾を迂回するように真上から飛んで来たお札が地面を抉り、砂煙が舞った。

(視界をっ……)

 砂煙のせいで彼女の姿が見えなくなってしまう。桔梗【翼】を装備してその場に浮いた。その直後、砂煙を吹き飛ばしながら2枚のお札が飛んで来る。こちらもお札を投げて応戦した。お札同士が激突し、小さな余波が僕を襲う。

「ッ――」

 余波に煽られながら咄嗟にしゃがんだ。それとほぼ同時に僕の頭上を彼女の足が通り過ぎた。そのまま地面を転がり彼女から距離を取った。

「へぇ……あれを躱せるとは思わなかった」

 そう言って微笑む霊夢。それに対して僕は何も言わずに桔梗【拳】を装着する。少しでも油断すれば隙を突かれてしまう。

「……うん、警戒するのはいいけど。目の前の敵ばっかり見てたら駄目よ?」

「え?」

 霊夢の言葉の意味を理解する前に背後で小さな爆発が起こり、その爆発に巻き込まれた僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ジッとしていてください」

「はーい……いつっ」

 縁側で僕はななさんの治療を受けていた。修行なのでかすり傷程度の傷しかないが動くと少しだけ痛みが走るのでななさんの治療は修行後の恒例行事になっていた。

「あ、ここ少し切っちゃっていますね。もう霊夢さんったら……」

 傷を一つ一つ丁寧に治していたななさんは苦笑しながら腕の切り傷に手をかざすと治癒術を発動する。彼女の手が仄かに輝くとすぐに切り傷が治ってしまった。

「本当にそれ便利ですよね」

「ええ、まだどのようにやっているのかわかっていませんけど……」

 奥義のせいでズタズタになってしまった僕の右手を治して以来、彼女は治癒術が使えるようになっていた。ななさん自身も何故使えるかわかっていないようで不思議そうに首を傾げながら使っているのだ。

「これでよし……はい、もう大丈夫ですよ」

「ななさんありがとう」

「いえいえ。では、戻りますね」

「あ、私もお供します」

 僕の治療を終えたななさんは縁側に置いてあった洗濯籠を持って外に行ってしまった。治療中、僕の隣で大人しくしていた桔梗も彼女の後を追う。本当に桔梗はななさんによく懐いている。

「治療終わったの?」

 腕をグルグル回して体の調子を確かめていると霊夢に声をかけられた。因みに彼女は怪我一つしていない。思わず、ため息を吐いてしまう。

「人の顔見てため息吐くのやめてくれないかしら……」

「あ、ごめん」

「全く……その様子だと治療は終わってるみたいね」

「うん、大丈夫だよ」

 ななさんが来てからもう1か月が過ぎようとしている。まだ彼女の記憶は戻っていないが彼女はそれを気にしていないのか楽しそうに日々を過ごしていた。結局、桔梗が欲しがった『魂』の謎もわかっていなければ僕の奥義も完成の目途は立っていない。まぁ、焦ってもしょうがないとわかったので焦らず修行している。

「じゃあ、今日の反省会をしましょう。お茶の準備をして来るから居間で待っててちょうだい」

 そして、ななさんが来て一番変わったのは霊夢が僕の修行相手になったことだ。元々、霊夢が修行しなかったのは本人にやる気がなかったのもそうだが、家事などやることが多かったからである。しかし、今はななさんが家事全般をやってくれるので霊夢に時間ができたのだ。まさか彼女から僕の修行相手になると言って来るとは思わず、最初は耳を疑った。彼女曰く『これ以上、放置して勝手に死んだら困る』とのこと。確かに無茶をした自覚はあるのだが、死んじゃうほど無理をするつもりはないので少しだけ不服だった。因みに霊奈は自分が僕の修行相手になると言ったのだが、『自分より弱い相手じゃ修行にならない』と霊夢に一蹴され泣きながら修行しに神社を飛び出した。

「お待たせ」

 そんなことを考えているとお盆を持った霊夢が戻って来る。てきぱきとお茶の準備をして僕の前に湯呑を置いた。

「ありがと」

 お礼を言い、一口だけ口に含む。美味しい。そっと息を吐いている間に霊夢は煎餅が山盛りになったお皿を卓袱台に置いた。

「さて、じゃあ反省会ね。何が駄目だった?」

 バリッとお煎餅をかみ砕いた彼女がつまらなさそうに問いかけて来る。おそらく彼女にとってこの反省会は興味のないものなのだろう。だが、僕には必要だからやってくれるのだ。

「えっと……砂煙が舞っちゃったのが原因かな。あそこは後ろに下がるんじゃなくて盾で弾き飛ばすのがよかったかも」

「……他には?」

「修行中にも言ってたけど霊夢に集中し過ぎて後ろから迫ってたお札に気付かなかった。今度はもっと周囲に気を配ることにするよ」

「……まぁ、妥協点かしら。他にも砂煙が舞った後、動きを止めたところも駄目だったわ。桔梗【翼】じゃなくて桔梗【拳】で範囲攻撃するべきだった」

「いや、桔梗【拳】って……実弾による範囲攻撃だよね? さすがに……」

「そんなんじゃいつまで経っても強くなれないわよ。修行でできなかったことが本番でできるわけないじゃない」

 霊夢の言う通りだ。修行だからと言って遠慮していたら僕は強くなれない。奥義だってまだ形にすらなっていない。もっと頑張らないと。

「まぁ、今回の反省会はこれぐらいかしら。次に奥義ね。調子はどう?」

「うーん……一応、『ぎゅーん』はできそう」

 以前まで霊力を丹田に集めていたが、今度は心臓に集めてみたのだ。すると、丹田で集めた時は霊力を解放するとすぐに霧散してしまったが、心臓で試した場合、霧散せずに体の中を走り抜けたのだ。ななさんが言うには心臓から解放された霊力は血管のような管を通って体を巡っているらしい。そして、『パーン』の後にあった『ぐるぐる』は霊力を体の中で循環させることではないか、とも推測していた。つまり、『夢想転身』は霊力をチャージ(『ぎゅーん』)し、一気に解放(『パーン』)して溜めた霊力を体内で循環(『ぐるぐる』)させて肉体強化(『ちゅどーん』)する奥義なのだろう。

「話を聞く分には『パーン』もできそうじゃない?」

「僕も最初はすぐにできるとは思ったけど……一気に解放するのが意外と難しくて」

 心臓に集中させた霊力は高密度で扱うのがとても難しく一気に解放し切れないのだ。言ってしまえば水道管に穴が開いている状態。蛇口を捻っても途中で穴が開いているので水圧が弱まり、満足に蛇口まで水を届けることができないのだ。体中に霊力を循環させるには霊力を高密度になるまで溜め、一気に解放し勢いを付けなければならないのである。

「ふーん」

「……もう少し興味持ってくれてもいいんじゃない?」

「だって私にはあまり関係ないもの」

「関係ないって……一応、僕の修行相手なんだから」

「……じゃあ、奥義の修行も頑張ってね」

 何故か少しだけ不機嫌になった霊夢はお煎餅を2枚ほど持って居間を出て行ってしまった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。

「あれ、キョウ君どうしたんですか?」

 彼女が去って行った方を見ながら首を傾げていると桔梗を頭の上に乗せたななさんに声をかけられた。

「あ、いえ……霊夢を怒らせちゃったみたいで」

「霊夢さんを?」

 僕が霊夢を怒らせたのが意外だったのか目を丸くするななさん。それから手短に事情を話すと彼女は優しく微笑んだ。

「ああ、なるほど……大丈夫ですよ。霊夢さんは別に怒っているわけではありません」

「え、でも……」

「前、霊夢さんに聞きました。キョウ君は奥義を習得できるのか、と。すると彼女はすぐに不貞腐れたように言いましたよ。『私が面倒を見なくてもキョウは奥義を習得していた』と」

 それを聞いて僕は驚いてしまった。まさか霊夢がそんなことを思っていたなんて思わなかったからだ。

「霊夢さんがキョウ君の修行相手になったのも奥義が完成した時にキョウ君が自爆しないように力をコントロールできるようにするため……あ、すみません! これ内緒でした!」

 咄嗟に両手で口を塞ぐななさんだったが完全に手遅れだった。

「基本、霊夢さんはマスターを怒りません。怒ったとしてもマスターがいけないことをした時ぐらいです」

 口を塞いだななさんの代わりに桔梗がそう言った。それにしても何故桔梗はななさんの頭の上でくつろいでいるのだろうか。

「何ででしょう? ななさんの頭の上ってものすごく落ち着くんですよね」

 聞いてみると桔梗もよくわかっていないようだった。まぁ、落ち着くのなら仕方ない。ななさんも嫌がっていないようだし。

「ちょっとだけ拗ねているだけだと思います。なので、根気よく接してあげてください。もちろん、奥義の相談も」

「そう、ですね。わかりました」

 霊夢が何故、拗ねているのかわからないがななさんの言う通りにしておこう。

 その日の夕食の時、奥義の修行について霊夢に相談したら満更でもない表情を浮かべながら相談に乗ってくれた。

 




霊夢が拗ねていた理由は自分が質問しないと奥義に関してキョウ君が一切話題に出さなかったのもあります。


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第362話 慢心

 着地するとすぐにこいしが咲を抱えて桔梗【バイク】から降り、妖怪のほうへ振り返った。妖怪の足音はどんどん大きくなっている。

「桔梗!」

「はい!」

 キョウもバイクから降りて背中の鎌に手を伸ばす。そして、桔梗はキョウの腰にしがみ付き、桔梗【ワイヤー】に変形した。キョウの腰に装備された長方形の箱からワイヤーを射出する武器である。

「キョウ、それは?」

「説明は後です! 咲さんは隠れてて!」

「あ、はい!」

 こいしの質問を一蹴し、咲に指示を出すキョウ。あの妖怪はキョウが出会った妖怪の中で最も強く凶悪だ。咲を守りながら戦えるとは思えない。咲もすぐにこいしから離れ、森の中に身を隠す。

「すみませんが、こいしさんは僕の援護……というよりも、僕の心を読んで合わせてください」

「……オッケー!」

 こいしは人の心を読むことができる。それを利用すれば言葉を交わすことなく、キョウと息を合わせることが可能だ。キョウの言葉にこいしがニヤリと笑うととうとう妖怪が森から姿を現した。崖から転落したのにほとんど傷はない。並大抵の攻撃では傷すら付けられないだろう。人間であるキョウの攻撃は通用しないかもしれない。

(でも、キョウにはこいしや咲が……私がいる)

 キョウがこいしや咲を助けたいと願ったように私だって彼女たちが大切なのだ。まだ出会って1か月しか経っていないけれど彼女たちは――皆はキョウを受け入れてくれた。一緒に遊んでくれた。笑いかけてくれた。それだけで理由になる。自分の存在が露見する危険を顧みずに動くことができる。

『一緒に戦いましょう、キョウ』

 届くことのない言葉を紡ぎ、私は力をキョウに譲渡した。これでキョウでもあの妖怪を傷つけることができるはずだ。

「前方の木にワイヤー!」

「はい!」

 キョウの指示が飛ぶとキョウの腰にある左右の箱からワイヤーが飛び出し、前方の木に刺さり、アンカーが開いた。そして、ワイヤーを回収するとキョウの体が木の方へ引っ張られる。妖怪がキョウを追いかけようとした直後、こいしが妖怪に弾幕を放った。

「っ……」

 妖怪は巨大な体を捻って弾幕を回避。だが、その隙にキョウは目的の木の枝に着地することができた。こいしとアイコンタクトを交わした後、桔梗【ワイヤー】を駆使して木から木へ飛び移る。

「こっちだよ!!」

 その間、こいしは弾幕を放ち続け、妖怪の気を逸らす。囮になってくれたのだ。妖怪もこいしの挑発に乗り、こいしの弾幕を躱しながら彼女へ迫る。そして、キョウは妖怪の背中を取った。

「拳!」

 桔梗【拳】を左手に装備し、桔梗【拳】の手首に該当するパーツからワイヤーを飛ばす。ワイヤーはキョウに背中を向けていた妖怪の4本ある腕の内、上右腕に巻きついた。ワイヤーがピンと張ったのを見てキョウが枝から飛び降りる。

「ジェット!」

 ワイヤーを回収しながらジェットが拳のハッチから噴出し、キョウの体が凄まじい速度で妖怪へ突撃する。その頃になってやっとキョウの存在に気付いた妖怪が振り返るとほぼ同時にその頬に鋼の拳が叩き込まれた。

「ッ!?」

 グラリと妖怪がバランスを崩し、こいしの方へ倒れる。それを見上げていたこいしが両手を前に翳した。

「これでも喰らえ!」

 叫びながら両手から大量の弾を射出し、妖怪にぶつける。妖怪は苦痛の悲鳴を上げた。

「箱!」

 空中で桔梗【ワイヤー】を装備し直したキョウはそのままワイヤーを飛ばして妖怪の首に巻きつけた。そのせいで呼吸ができなくなった妖怪は2つの手で首元を押さえる。このままではワイヤーが引きちぎられてしまいそうだったので咄嗟にワイヤーに魔力を流して補強した。ワイヤーを外せずもがき苦しんでいる妖怪を尻目に着地したキョウがワイヤーを回収すると妖怪がそのまま地面に倒れてしまう。呼吸ができず体に力が入らなかったのと一時的に吸血鬼の力を得たキョウの怪力に勝てなかったようだ。首元を押さえていた2つの手も妖怪の体の下敷きになっている上、残った腕は位置的にワイヤーに届かない。後はこのまま窒息死を――。

「チャンス!」

 ――だが、妖怪が倒れたのを見てこいしが突っ込んでしまった。

「あ! 駄目です!!」

 キョウもそれに気づき、止めようとするが妖怪に攻撃することに集中しているせいかこいしに彼の声は届かなかった。

『ッ……』

 その時、暴れていた妖怪の2本の腕が止まり、こいしに向かって振り下ろされる――ビジョンが私の脳裏を過った。このままではこいしが危ない。

「桔梗! 翼!」

「は、はい!!」

『ッ! 駄目ッ!!』

 キョウが桔梗を呼んで右翼が折れた桔梗【翼】を装備してしまった。たとえ素材によって変形に機能が増えたとしても別の武器に変形したら――。

「キョウ!?」

「離れて!」

 桔梗【翼】でこいしを追い越したキョウが彼女に向かって叫ぶのと妖怪が動き出すのはほぼ同時だった。桔梗が翼になったことで妖怪の首に巻きついていたワイヤーが消失したのだ。妖怪の全ての腕が振り上げられるのを見たキョウは顔を引きつらせ、空中で桔梗【盾】に変形させ、こいしを庇うように構えた。その直後、桔梗【盾】に凄まじい衝撃がキョウを襲う。

「んぐっ」

 桔梗【盾】は物体が盾に触れた瞬間、前方に衝撃波を放ち、その勢いを完全に殺す機能がある。しかし、巨大な妖怪の拳を4つ同時に受け止めるには無理があったようでキョウの体は吹き飛ばされてしまった。

「ガッ……」

 こいしの頭上を通り越し、背中から木に叩き付けられた彼は肺の酸素を吐き出し、地面に倒れ込んでしまった。

「マスター! マスター!」

「……っ」

 桔梗の悲鳴が響く中、体の所有権が私に移る。背中に走った激痛に顔を歪ませた。吸血鬼の力を得たキョウでもまだ子供だ。気絶してもおかしくない。

「マスター、起きてください!」

 桔梗【盾】から人形の姿に戻った桔梗が体を揺する。どうする? このままキョウのふりをして戦う? いや、駄目だ。絶対、桔梗にばれる。それにあの妖怪を倒すためには吸血鬼の力を使わなければならない。今までは一時的に譲渡していたが、体の所有権を得た私が吸血鬼の力を開放してしまったらこの体に吸血鬼の力が根付いてしまう。なら、どうすればいい?

「キョウ!!」

「があああああああああ!!」

 その時、こいしがキョウの名前を叫んだ。そして、妖怪も私に――地面で倒れているキョウに向かって来ている。これは悩んでいる暇はないか。

「駄目っ!」

 こいしが妖怪に向かって弾幕を放つが殺されかけたキョウへの怒りが痛みを上回っているのか弾幕の直撃を受けた妖怪の足は止まらない。

「桔梗! そっちに妖怪が!!」

 こいしの絶叫で桔梗がやっとこちらに向かって来る妖怪に気付き、倒れている私の前に立ち、両手を広げた。桔梗の体は頑丈だ。妖怪の4つの拳を同時に受け止めたのに凹み1つできなかったほどだ。だが、人形の桔梗の体はとても小さい。妖怪の拳1つなら受け止められるかもしれないが、受け止めている隙にキョウを攻撃されてしまうだろう。

「えいっ!」

 その時、そんな声と共に妖怪の顔面に何かが当たった。さすがに顔面に攻撃を受けた妖怪は動きを止める。

「こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!」

「咲っ!?」

 どうやら、妖怪の動きを止めたのは咲だったらしい。たくさんに泥団子を抱えた彼女は顔を真っ青にしながらも妖怪の前に立っていた。

『な、何をっ……』

 こいしは妖怪で、キョウは桔梗や私がいる上、何度か妖怪と戦ったことがある。だからこそ、妖怪に立ち向かえた。だが、咲は普通の人間の女の子だ。今だって妖怪の殺気を真正面から受け、目に涙を浮かべ、震えている。それでも咲は泥団子を手に持ち、妖怪に向かって投げた。

「早く!」

『咲……』

 私はそんな彼女の姿を見て思わず、目を逸らしてしまった。

「……わかった! 咲、頑張って逃げて!」

 咲の覚悟を見たこいしはすぐに私のところへ駆け寄り、容態を確かめてホッと安堵の溜息を吐く。本当は背中の骨は折れていたのだが、私に体の所有権が移った時点で吸血鬼特有の治癒能力が発揮されているのですでに完治している。ただ命に係わる怪我を優先的に治したので小さな怪我はまだ残っているが。

「桔梗、キョウを守るように盾になれる?」

「え? あ、はい!」

 こいしの指示を聞いた桔梗が私の背中に飛び乗り、桔梗【盾】に変形した。これならある程度の攻撃は桔梗が守ってくれるだろう。

「うん、これならしばらく大丈夫そうだね。いい? キョウを守り切るんだよ?」

「もちろんですよ! マスターをお守りするのが従者の役目です!」

 ああ、そうだ。桔梗だけじゃない。キョウやキョウが助けたいと思う人たちを守るのが私の役目だ。こいしが離れた隙に桔梗に話しかけていつでも助太刀できるようにしておこう。もう私の正体がばれてもいい。それで皆を守れるなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、私は調子に乗っていたのだろう。自分の正体がばれる恐怖さえ克服できればキョウを、皆を守ることができる、と。この吸血鬼の力さえ恐れなければ何でもできる、と。

 

 

 

「……え?」

 キョウの安全を確保したこいしが振り返るのとほぼ同時に咲の体が横に吹き飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、それは愚かな勘違い。この世界ではどんなに強力な力があっても、どんなに守りたいと願っても――全く無駄になってしまうことがあるのだ。

「……咲?」

『……嘘』

 ああ、なんて私は愚かなのだろうか。最初からわかっていたはずだ。咲は“普通の人間の女の子”だと。なのにどうして私は目を逸らした? いいや、違う。何故、すぐに咲を助けなかった? わかっていたはずだろう? 知っていたはずだろう? 人間は――生物はふとした瞬間に死んでしまうことぐらい。

「咲?」

「うがああああああああああああああ!!」

 こいしの震える声が妖怪の雄叫びにかき消される。だが、そんなこと誰も気にしない。誰も気づかない。こいしはもちろん、私や桔梗も目の前の現実に思考を停止していたのだから。

「咲?」

(嘘……嘘嘘嘘嘘ッ!!)

 やだ。やだやだやだやだ。信じない。ありえない。だって、私には吸血鬼の力があって。その気になれば――正体がばれる恐怖さえ何とかできれば皆を守れる。そのはずなのに。

「咲? ねぇ? 咲ってば?」

 その、はずなのに。

「さ、咲いいいいいいいいいいいいいい!!!」

『いやあああああああああああああああ!!!』

 そのはずなのに――私たちの目の前で倒れている咲の顔がなくなっているのはどうしてだろうか。

 









吸血鬼が咲を助けられなかった理由:慢心から来る油断


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第363話 脅威と光

「霊奈、状況は?」

「えっと――」

 悟さんに問いかけられた霊奈さんが手短に今の状況を説明し、悟さんたちも顔を俯かせる。術式のせいでこの霊脈は解体できない上にここからでは他の霊脈にどのような術式が組んであるのかわからない。対策を立てようにも情報が少なすぎる。状況は芳しくない。

「悟さん、お母さんたちを知りませんか?」

 霊脈に関する情報は一通り共有したので気になっていたお母さんたちの行方を聞いた。

「オレたちはここにいるぞ」

 すると、お父さんの声と共に霙ちゃんの影から小さな手が伸びる。どうやら、お父さんは影の中にいたらしい。こんな状況なのにもかかわらず影から生えた小さな手に思わず、苦笑してしまった。

「霙ちゃんたちと合流する前に幹事さんに響の関係者が屋上に集まってるって聞いてな。リョウたちはファンクラブの人たちに認識されていないから問題が起こる可能性があったんで合流してすぐ隠れて貰った……って、いい加減出て来ていいんだぞ?」

「望ちゃーん、やっほー。ほら、ドグもやりなさい」

「……へいへい」

 悟さんを無視してお母さんらしき手がお父さんの手の隣から伸び、すぐにドグさんらしき人の手も出て来た。シュールな光景に皆、苦笑している。少しだけ空気が軽くなったような気がした。

「まぁ、いいか。それで今後の方針だけど……手分けして他のポイントの様子を見て来るしかないか」

「それに加えてここの見張りとグラウンドに集まって来るお客さんの護衛、校内にお客さんが取り残されていないか見回る人も必要かも」

「リクの能力を使えば見回る必要はないぞ。俺の代わりに悟が指示してくれたから早めに配置できたし。今、月菜と雌花、雄花がリクの護衛に付いてる。偵察もしてくれてるみたいで何かわかったら連絡が来ることになってる」

 悟さん、すみれさん、柊君が相談している。それにしてもリク君の『投影』は便利である。『投影』で創り出した分身は軽く叩かれただけで消滅してしまうほど脆いが、本体のリク君と感覚を共有できるので索敵や誘導に使うのに最適なのだ。感覚を共有すると言っても視覚や聴覚だけなので分身を攻撃されても【メア】を少しだけ消費するだけでリク君には何も影響はない。ただ、能力を使用している間、リク君は無防備になってしまうので護衛が必要なのだ。

「つまり、ここと他の4つの霊脈、グラウンドに行けばいいのかな。特にグラウンドは戦える人がいないともしもの時は困るよね」

「後、リクのところにブレインがいないと指示が間に合わないかもしれないぞ」

「なら、すみれちゃんは後輩君のところに。グラウンドの護衛は……他のところを決めてからの方がいいか。俺は確定だけど」

 すみれちゃんと柊君の意見を聞いた悟さんがそう結論を出した。この中でブレインを務められるのは悟さん、すみれちゃん、柊君の3人。そして、悟さんはお兄ちゃんのファンクラブ会長としてグラウンドに行かなければならず、柊君は戦える。リク君のところにはすでに月菜ちゃんたちがいるので貴重な戦力である柊君を配置するのは勿体ないのだ。だからこそ、非戦闘要員かつブレインを務められるすみれちゃんがリク君のところに行くべきだと悟さんは思ったのだろう。すみれちゃんも納得しているようで何も言わずに頷いた。

「霊奈、この霊脈は解体できないのか?」

「慎重にやればできないことはないよ。時間はかかるけど」

「じゃあ、霊奈はここで霊脈の解体をやって欲しい。後は他の霊脈の様子を見て来る人か……誰にする?」

「前提として飛べる人だな」

 悟さんの呟きに柊君が答えた。ここから霊脈までそれなりの距離がある上、今はお客さんたちが避難している。地上を移動するのは現実的ではないだろう。

「なら、私たちが行くべきね。式神通信を使えばすぐに伝えられるし、奏楽が残ってくれればリアルタイムで指示を出せる」

 悟さんたちの会話に割り込んだのは雅ちゃんだった。黒いドーム内でも式神通信は使えるなら雅ちゃん、霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃんにそれぞれの霊脈の様子を見に行って貰えば奏楽ちゃんを通して情報を共有することができる。

「よし、それで行こう。でも、危険だと思ったらすぐに帰って来いよ? ピンチになってもすぐに助けに行けないからな」

「わかってるよ。どっかの誰かさんと違って無理はしないから」

 雅ちゃんはここにはいない主をからかうように言い、奏楽ちゃん以外の式神組を集めて話し合いを始めた。誰がどこに向かうか話し合っているのだろう。

「奏楽ちゃんは俺と一緒に来た方がいいか。ユリちゃんも」

「悟といっしょー!」

「か、神様と一緒ですか……」

 話し合いをするために霙ちゃんから奏楽ちゃんを受け取った悟さんがそう言うと2人は素直に頷いた。しかし、ユリちゃんが悟さんのことを神呼ばわりしているのは何故だろう。

「ちょっといいか」

 その時、私の影から顔だけを出したお父さんが悟さんに話しかけた。いつの間に私の影に移動していたのだろうか。気付かなかった。

「オレたちを見回り組にしてくれ。連携とかできないからな」

「あー……そうだった。見回りも必要だったか。でも、おばさんは大丈夫なのか?」

「オレの影に収納しておく」

「物扱い!?」

 お父さんの言葉にお母さんも影から首だけ出して叫んだ。傍から見ると生首が並んでいるように見える。ユリちゃんも首だけのお父さんとお母さんを見て悲鳴を上げていた。

「望、ちょっと」

 再び、私の影に沈んで行った2人を見送っていると雅ちゃんに声をかけられる。何だろうと首を傾げながら雅ちゃんに近づいた。因みに他の式神組は少し離れた場所でまだ話し合っている。リーマちゃんと弥生ちゃんは友達だったのでお互いの手の内を知っているが霙ちゃんが二人と一緒に戦うのはこれが初めて。念のために確認しているのだろう。

「どうしたの?」

「1回だけでいいから霊脈を視て欲しいの。やっぱり何も情報がない状態で向かうのは、ね……」

 申し訳なさそうにお願いする雅ちゃん。彼女は私の能力が体に負担かけることを知っている。本当は私の能力に頼りたくはないのだろう。

「うん、いいよ」

 でも、私の能力で皆が助かるなら少しぐらい苦しい思いをしても構わない。きっと、能力を使うことを躊躇したせいで皆が傷ついた方が苦しいはずだから。

「何も視えなかったらごめんね」

 私の能力は発動しても視えないことが多い。そのため、雅ちゃんにそう言ってからここからでも見える校門に視線を向け、意図的に能力を発動させた。

「――ッ」

 そして、視た。今まさに解き放たれそうになっている悍ましい何かを。更に個々の力はそこまで強くないがその数が異常だった。全て解き放たれてしまったら黒いドーム内にいる生物は蹂躙される。たとえどんなに強い力が思っていたとしてもそれが個々の力なら数の暴力には勝てない。まずい。このまま放置していたら私たちは――。

「――み! 望!」

「ッ……み、やび、ちゃん」

「大丈夫!? 酷い汗だけど」

 肩を揺すられて我に返る。隣を見ると雅ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。気付けば額に冷や汗が滲んでいる。

「大丈夫、じゃないかも」

「……何か視えたの?」

「うん……早く皆に伝えな――」

「望!」

 能力を使ったからか、それとも視た光景で心が折れたのか、足に力が入らなくなり、その場でバランスを崩したが地面に倒れる前に雅ちゃんが支えてくれた。

「師匠!?」

 雅ちゃんの声で悟さんたちが私たちに駆け寄る。少し力が入らないだけなので深刻そうな表情を浮かべられると申し訳なくなってしまう。

「望、これに座れ」

 そう言ってお父さんが私の影を椅子の形に変形させてくれた。すぐに雅ちゃんが私をその椅子に座らせる。自分の影に座る日が来るなんて思わなかった。

「ありがと……」

「それで何が視えたの?」

 それから私は皆に能力を使って視た光景を話す。上手く言葉にできたかわからないけど話し終えた時、皆の表情は暗かった。

「数の暴力……霊脈組の人数を増やすか?」

「増やしたところで焼け石に水だと思うけど。霊脈組は偵察に集中して貰って情報を集めた方がいいかも」

「……いや、それもどうだろう。少しでも数を減らしておかないと反撃する時、数で押し切られる。雅ちゃんたちには無理しない程度にその何かの数を減らして貰う。幸い、個々の力はそこまで強くないみたいだからな」

「でも!」

 だからと言って単独で突撃させるのはあまりにも危険すぎる。せめて二人組を作って――。

「大丈夫だよ、望」

 その時、ポンと私の肩に手を置く雅ちゃん。すぐに振り返って食い下がろうとするが、彼女の表情を見て口を噤んだ。

「雅、ちゃん……」

「これぐらいのことできなきゃ……響の傍にはいれないから。だから、大丈夫」

 そんな雅ちゃんの言葉に霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃんも頷いた。覚悟はできている、ということなのだろう。

「悟、他の場所は決まったの?」

「……ここの霊脈には霊脈を解体する霊奈、それを護衛する築嶋ちゃんと椿ちゃん。後、師匠。グラウンドは俺、奏楽ちゃん、ユリちゃん。それと護衛として柊、種子ちゃん、風花ちゃん。他の場所はさっき言った通りだ」

 雅ちゃんに問いかけられた悟さんが淡々と答えた。霊奈さんは霊脈の解体に集中するため、彼女を護衛する人も必要だったのだ。おそらく私がここに配置されたのは能力の制限を考慮したからだろう。私の能力が発動する条件として『視なければ』ならない。屋上からならグラウンドはもちろん、他の霊脈ポイントも見えるので能力が発動しやすいのだ。

「……」

 確かに霊脈組に回す戦力はない。でも、やっぱり心配だ。雅ちゃんたちも、そして彼女たちが自分のいないところで傷ついたと知ったお兄ちゃんのことも。

『……はぁ』

 唐突に誰かのため息が聞こえた。いや、脳内に響いた。だが、おかしい。ため息を吐いたのは“女性”だったのだ。

『せっかく相性のいい人を見つけたっていうのに……まさかここまでお転婆だったなんてついてないわ』

『ふふ、そう言って……ちょっと楽しそうではありませんか?』

 最初にため息を吐いた女性が嘆き、可笑しそうにそう指摘した別の女性。一体、どこから?

『なんだ、もう目覚めていたのか』

 呆れたようにそう言った青竜さん。彼女たちは青竜さんの知り合いのようだが――まさか。

『全員起きてるわよ』

『ええ……とっても不機嫌そうですけれど』

『他人事みたい言いおって……ほら、お主らも何か話せ』

『……あ?』

 青竜さんに促されて威圧するように声を漏らしたのは男性だった。姿は見えないのにその声だけで背筋が凍りついてしまった。他の人も冷や汗を掻いてキョロキョロと辺りを見渡している。お父さんだけは影から顔を出すだけでつまらなさそうにしているが。

『……もー、駄目だよー。威圧しちゃー』

『うっせぇ』

 また別の声。おっとりした声音で威圧した男性を宥めている。声は中性的で男性か女性かわからない。これで青竜さんを入れて念話に参加しているのは5人。やっぱり、この人たちは――。

『まぁ……すでに私たちの正体を察している人がちらほらと。優秀な方たちなのですね。ですが、やはりここは自己紹介をしておきましょう。ここから共に戦う仲間なのですから』

 丁寧な口調が特徴的な女性がそう言った途端、5つの光が屋上を照らす。その光は水色、紅、黄色、緑、白。そして、その発生源は――。

 

 

 

「青竜……これは一体?」

 水色の光は弥生ちゃんから。

 

 

 

「え、ええ?」

 紅い光は雅ちゃんから。

 

 

 

「うわー、キラキラー!」

 黄色い光は奏楽ちゃんから。

 

 

 

「な、何なのでありますか!?」

 緑の光は霙ちゃんから。

 

 

 

「これって……」

 白い光はリーマちゃんから。

 

 

 

 光は彼女たちの胸から漏れている。すぐに5人は首から提げていた小さな袋を服の中から引っ張り出し、その袋の中に入っていたビー玉を手の平に落とす。

 

 

 

 

 

 

 

『では、改めまして……皆さま、初めまして。私の名前は“麒麟”。青竜が大変お世話になりました。本来ならきちんと具現化してご挨拶させていただきたかったのですが、まだ本調子ではないため、黄色い珠の中から失礼いたします』

 

 

 

 

 女性――麒麟は黄色い珠を点滅させながら楽しそうにそう言った。

 






第7章
第227話:水色の珠

第8章
第264話:紅い珠
第284話:黄色い珠、緑の珠
第296話:白い珠


参考にどうぞ。


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第364話 母親の面影

「はい、今日はここまで」

「あ、ありがとう、ございました……」

 少しだけ額に汗を滲ませた霊夢に地面に大の字になって寝たままお礼を言うと彼女は神社の方へ歩いていった。そろそろお昼ご飯の時間なので僕も戻りたいのだが、疲労困憊で動くに動けない。

「キョウ君、大丈夫ですか?」

 しばらく少しだけ曇っている空を見上げながら体力の回復を図っているとななさんが心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。声を出すのも億劫なので頷いて答える。

「……」

 しかし、彼女は少しだけ顔を顰め、深いため息を吐いた。何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。

「キョウ君、あなたを『明日の修行はお休みの刑』に処します!」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、連日の厳しい修行で僕の体はボロボロだと」

「はい、治癒術で誤魔化して来ましたがこれ以上無理をすれば取り返しのつかない怪我をする可能性が高いです」

 よくわからない刑に処された僕はお昼ご飯の時に皆と一緒にななさんから詳しい話を聞いた。どうやら、自分でも気づかない内に無理をしていたらしい。しかし、あまり実感が湧かず首を傾げてしまった。

「……キョウ君、昨日のスケジュールを教えてください」

「え? どうして――」

「――いいから教えてください」

「は、はい」

 ななさんの剣幕に姿勢を正して昨日のスケジュールを思い出す。

 朝の4時半に起床し、着替えや顔を洗うのに30分ほどかけて5時から7時まで朝の修行。朝ご飯を食べ終わったらお昼まで霊夢と模擬戦。お昼ご飯を食べた後、夕方頃まで個人的に奥義の修行。その後はななさんと一緒に晩ご飯を作ったり、お風呂に入るなど日付が変わるまで色々と作業をして就寝。

「……こんな感じかな」

 僕が話し終えると皆、唖然としていた。特に霊夢は片手で額を押さえている。どうしたのだろうか。

「ごめんなさい。完全に私の責任だわ……」

「いえ、私もキョウ君の手当てをしていたのに気付きませんでした。申し訳ありません」

「それを言うなら私こそマスターの従者なのにここまで無茶しているなんて……本当にすみません」

 昨日のスケジュールを聞いた霊夢、ななさん、桔梗が謝り合っている。霊奈も呆れたようにため息を吐いていた。どうやら僕はまた何かやらかしてしまったらしい。

「えっと……ごめんなさい?」

「原因わかってないのに謝らないで……今までのように修行してたらすぐに体壊すわよ」

「ええ、キョウ君は無茶し過ぎです。これからは交代制でキョウ君を監視します」

「か、監視?」

 確かに無茶している自覚はあったが監視されるとは思わなかった。さすがにそれは勘弁願いたい。

「それを言うなら霊奈も結構無茶してると思うんだけど。朝から修行漬けだよね?」

「んー……朝から昼まで修行してるけど午後はほとんど部屋で新技とか考えてるからキョウほど修行してないよ? 夜も早めに寝るし」

「それに対してマスターは半日以上修行した後、家事とかもやってますから……夜も遅いみたいですし」

「そもそも日付変わるまで何やってるのよ」

 ジト目で霊夢が問いかけて来る。奥義とか戦い方について考えることも多いが桔梗の服ことが多い。それこそ日付が変わったことに気付かない時もあるほどだ。

「ま、マスター……い、いえ! 私の服を作っていただけるとはとても嬉しいのですがそのせいでマスターが倒れでもしたら私、泣いてしまいます! 止めてください!」

「それは嫌」

 最近、桔梗の服作りが寝る前の楽しみになっているのだ。そろそろ浴衣が完成する。黒い生地に桔梗の花を刺繍してみた。なかなかの自信作である。

「完全に服作りにハマってるじゃない……じゃあ、他の修行時間を削りなさい。朝の修行とか」

「でも、まだ博麗のお札は扱い切れてないし、桔梗を使った戦い方も練習しなきゃならなくて」

 午前は霊夢と模擬戦。午後は奥義の修行に時間が取られてしまうのでお札や戦い方の練習時間がないのである。

「なら、せめて家事は私に任せてください。家事に使っていた時間を服作りに充てれば早く寝られるはずです」

「えっと……実は家事も結構楽しくてついつい手伝っちゃうんだよね」

「裁縫が趣味な専業主婦か。どれか止めなさい。拒否権はないわ」

「えー……」

 桔梗の服作り、朝の修行、家事の手伝い。どれも僕には必要なものだ。どれか止めろと言われても困ってしまう。特に朝の修行は今後に関わる。しかし、服作りも家事もしたい。

「うーん……」

「……そんなに悩むことかしら」

「きっとキョウ君にとって全部大切なことなのでしょう。趣味は完全に女の子ですけど」

 腕を組んで悩んでいる僕を見て霊夢とななさんが意外そうに話していた。昔から(と言ってもまだ5歳だが)家事をしていたので苦とも思わないし、むしろ人に任せてしまうと居心地が悪いのだ。桔梗の服作りが趣味になったのは最近だが。

「まずはキョウが一日でやってることを書き出した方がいいんじゃない? 優先順位を付ければ切り捨てやすいし」

「切り捨てるとか言わないで……」

 それから霊夢のアドバイス通り、紙に僕が一日でやっていることを書き出した。具体的には朝の修行、午前の修行、午後の修行、家事、服作りの5つだ。

「家事と服作りのせいで修行が物騒に見えるね」

「ギャップがすごいです……」

「むしろ、何故前半3つと後半2つを天秤にかけられるのかしら」

 酷い言われようである。

「やっぱり家事と服作りをどうにかしないといけないわね。服作りは週3日にするとか」

「せめて5日でお願いします」

 いつまでここにいられるかわからないので出来るだけ早く完成させたいのだ。あと少しで完成するというところで時空跳躍が起きたらそれなりに落ち込むだろう。

「……キョウ君、そこに正座してください」

「え?」

 唐突にいつもより低い声でななさんに命令され、間抜けな声を漏らしてしまう。彼女は真剣な眼差しで僕を見つめていた。そんな見慣れないななさんの表情に気後れした僕はすぐに正座する。

「いいですか? 私たちは決してキョウ君をいじめているわけではありません。あなたのことが心配で言っているのです。わかりますか?」

「は、はい……」

「それにこのまま無茶を続ければいずれ倒れてしまうこともわかりますね?」

「わかります」

「じゃあ、あなたがどうすべきか……キョウ君ならわかりますよね?」

 こうして僕の1週間のスケジュールはななさんに管理されることになった。

 月曜日から金曜日は朝、午前、午後の修行に集中する。家事はななさんに全て任せ、服作りも寝る前の1時間だけとなった。

 土日は軽く体を動かす程度の修行だけとなり、家事はななさんと分担することになった。また、服作りもあまり遅くならなければ長時間作業してもいいとのこと。

「因みに前科のあるキョウ君には罰として出来る限り、他の人がいるところにいてください。朝は桔梗ちゃん、午前は霊夢さん、午後は私です」

「え? 午後ってななさん普通に家事してるよね?」

「奥義の修行ならどこでもできます。私について来てください」

「でも――」

「拒否権はありません。最初にそう言ったはずです。そもそも奥義の修行は誰かと一緒にやるって言っていたではありませんか!」

 ななさんの言葉に僕たちはハッとする。そう言えば霊夢とそんな約束をしていた。すっかり忘れていた。霊夢も同じだったのか居心地が悪そうに目を逸らす。

「私であれば霊力の流れが視えますし、多少怪我してもすぐに治せます。明日から私の傍で奥義の修行をすること。いいですね?」

「はい、わかりました……」

「よろしい。さて、すっかり冷めてしまいましたね。温め直して来ます」

 僕が了承したのを見て満足そうに頷いたななさんはいつもの笑顔を浮かべて立ち上がり、台所へ消えて行った。

「……何と言うか。ものすごくお母さんだったね」

「ええ、そうね」

 そんな彼女の背中を見ていた霊奈が苦笑しながら感想を漏らし、霊夢も呆れたようにそれに同意した。だが、僕はそれに共感することはできなかった。僕は今まで独りだったから。

「……初めて、叱られた」

 無意識で僕はそう呟いていた。お父さんもお母さんも遅くまで帰って来なかった。だから先ほどのように叱られた経験がなかったのだ。だからだろうか。ななさんは僕の本当のお母さんじゃないけれど、母親がどういうものなのか少しだけわかったような気がした。



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第365話 気

 ――あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……。

 

 

 雪と桔梗が楽しそうに話しているのを見ながらキョウに笑顔でお礼を言う咲。自分だって先の見えない現実に恐怖していたはずだ。だが、そんな状況でも人見知りの激しい妹の心配する立派な姉だった。

 

 

 

 

 

 ――あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!

 ――よかった……本当に、よかったよぉ。

 

 

 病気の妹が助かって涙を流す咲。本当に妹想いのお姉ちゃんだと思った。

 

 

 

 

 

 ――キョウ君たちは月の病気を治してくれたし、皆の治療もしてくれた。その点に関してはすごく感謝してた。でも、もし……もし、それも何かの作戦だったら? キョウ君の正体は妖怪みたいな人外で、こいしお姉ちゃん以上に強かったら? 私たちは皆、殺されちゃう。だから……だから、キョウ君のテントに行って何か手がかりになる物でもあればいいなって、思って。

 ――私、すごく最低だ……キョウ君たちは私たちのために見回りまでしてくれてたのに疑って。ごめんね、キョウ君……ごめんね。

 

 

 こいしの代わりにキョウを警戒していた咲。きっと怖かっただろう。心細かっただろう。でも、彼女は皆を守るためにたった独りで動いていた。そして、キョウが味方だと気付き、罪悪感に苛まれ、心を痛めた。とても弱くて、優しくて、とっても強い女の子。

 

 

 

 

 

 ――へ!? あ、ううん! 何でもないよ!

 ――ひゃいッ!

 ――は、はぃ……大丈夫、です。

 

 

 キョウへの淡い恋心に気付き、戸惑いながらも彼との仲を深めようと頑張っていた。それが初々しくて応援していた。

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 足を震わせながら妖怪に泥団子を投げる咲。怖かったはずなのに、すぐにでも逃げたかったはずなのに、キョウを守るために囮になってくれた。ちょっとしたことで壊れてしまう人間でありながら。

 

 

 

 

 そして、私は――私たちはその言葉に甘えてしまった。きっと大丈夫だと高を括り、彼女から目を離してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「嘘、いや……嫌ぁ……嫌ああああああああああああああ!!」

 結果、彼女の頭が地面に転がることになってしまった。目の前の光景にこいしが絶叫する。その隙に妖怪がこいしの背後から迫っていた。

「こいしさん! 危ない!!」

 それに気付いた桔梗が叫ぶとこいしは首のない咲の体を抱えて前に跳んだ。何とか妖怪の拳を回避することはできたが妖怪はしつこくこいしの後を追う。

「咲! 起きて! ねぇ!!」

 首のない体にこいしは何度も声をかける。だが、もちろん返事はない。完全に錯乱している。あのまま逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。

「ど、どうしたら……」

 桔梗もそれがわかっているようでキョウの背中を守りながらそう呟いた。しかし、ここにはこいしの他に気絶しているキョウしか――いえ、ワタシしかいない。

『ぁー……』

 自然と声が漏れた。おかしい。いつものわたしじゃないみたいだ。あたしじゃない、みたい。

(咲が死んだ)

 いえ、そんなはずない。だって私が守ると決めたのだから。ありえない。ワタシは吸血鬼。正体が露見してしまう恐怖さえどうにかすれば――。

(どうにもならなかったくせに)

『……』

(思い出せよ。お前は何度も覚悟を決め、何度もそれをなかったことにした)

『なかったことになんか……』

(じゃあ、何故何度も覚悟を決めた? お前が決めなければならない覚悟はたった一つ。『正体の露見』。そのはずなのに何故?)

『あ、あぁ……』

 指摘されて気付いた。そうか、私は――。

(本当にお前は薄情者だな。キョウやその周りにいる人たちを守ると誓ったのに……正体の露見を恐れた。自分が一番大切だから)

『そ、れは……』

(その結果がこれだろう? お前は自分のことが一番大切なんだよ。キョウよりもな)

『ッ……』

 そう、なのだろうか。わたしは薄情者なのだろうか。私は。ワタシ、は。あたしは――。

(なぁ、悔しくないか? 咲をあんな目に遭わせたあの妖怪が)

『……』

(憎くないか? 報復したいと思わないか? 壊したいと思わないか?)

『――たい』

 ああ、憎い。咲を殺したあいつが。

『――したい』

 壊したい。ワタシが薄情者だと気付かせたあいつを。

『殺したい』

(ああ、なら“俺”に任せろ。咲の分まで……お前の分まで仇を取ってやるから。大丈夫、お前の振りをしてやる。そうすればお前の正体が露見した時、お前の手柄になる。きっと、キョウも褒めてくれるはずさ)

『キョウ、が、ホめ、て……くレ、ル?』

(もちろん。咲の仇を取ってくれてありがとうって言ってくれるだろう)

『……そっカ。ソッカ』

 キョウが褒めてくれる。ワタシのことを受け入れてくれる。もし、それが本当になったらどんなに嬉しいことだろうか。だが、その前に聞かなければならないことがある。

『アナタハ、イッタイ?』

(俺か? 俺はお前だよ、吸血鬼。まぁ、それも今日までだろうけどな)

 私の問いに答えたワタシはケタケタと笑う。そして、私の意識は闇の中へ沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体の所有権を強奪した俺は吸血鬼の力をフル活用して地面に落ちていた鎌を拾った後こいしの前に移動し、彼女に拳を振るおうとしていた妖怪の懐に潜り込んで全力で殴った。吸血鬼の力を使っているので巨大な妖怪の体は後方へ吹き飛び、地面に背中から叩きつけられる。

「……はぁ」

 そして、思わずため息を吐いてしまう。何故、こんな弱い妖怪相手にここまで追い詰められているのだろうか。

「……あれ?」

 こいしは間抜けな声を漏らしながら目を開け、妖怪が遠くの方で座り込んでいるのに気付いた。それを見て咄嗟に罵倒しそうになったがあいつとの約束を思い出し、グッと堪える。

「全く……お願いだから世話を焼かせないでよ」

 あいつの口調を真似ながらこいしの方へ顔を向ける。彼女は目を丸くして俺を見ていた。まぁ、さっきまで気絶していた奴が目の前に立っているのだ。驚くのも無理はない。

「キョウ?」

「マスター?」

 こいしと背中の桔梗がほぼ同時にキョウの名前を呼んだ。しかし、俺はキョウじゃない。まだ“吸血鬼”だ。

「ゴメン……今、私はキョウじゃないわ。でも、緊急事態でしょ? 桔梗、力を貸して」

 だが、正直に吸血鬼と名乗るわけにも行かず、そう言って誤魔化した。どうせこの戦いが終わったら俺も吸血鬼ではなくなるし。

「……はい、わかりました。好きなように使ってください」

 今の状況を考慮し、俺の正体よりあの妖怪を処理する方を優先した桔梗。俺としてもありがたい。早くあの妖怪をぐちゃぐちゃにしたくてたまらないのだ。早くしないと手当たり次第に――コワシテシマウ。

「ありがとう。こいし、離れてて。危ないから」

 胸の奥から湧き上がる破壊衝動を抑えながらこいしに話しかける。近くにいたら思わず攻撃してしまいそうだから。

「で、でも!」

 だが、こいしはすぐに食い下がって来る。こいしにとってキョウは守るべき人であると決めつけている。それが“気に喰わない”。『キョウは弱い』と見下しているから。

「大丈夫」

 ああ、そうだ。大丈夫だ。キョウは強い。ただまだ自分の力を自覚していないだけ。まだコントロールできないだけ。彼の能力はそれほど強力で危険なものなのだから。だから、今だけ俺がコントロールしてやる。

「……うん」

 俺の目を見つめていた彼女は戸惑いながら頷き、近くの木の影に隠れた。頷いてくれてよかった。もし、抵抗するようだったら――。

「さて……妖怪さん、よくもキョウをいじめてくれたじゃない」

 桔梗【翼】を装備し、緋色の鎌を手に持ってやっと立ち上がった妖怪を睨む。それに対して妖怪は咆哮で答えた。

「そうだったわね。貴方に応える脳みそはなかったわ」

 そう言った後、俺は目を閉じる。すでにこの力はあいつが使っている。あの時、あいつはコントロール出来ず暴走してしまった。吸血鬼であるあいつでさえもコントロールできなかったのだ。

「桔梗。少しの間、負担かけちゃうけどゴメンね」

「大丈夫です。それよりもマスターの体にあまり、無茶はさせないでくださいね?」

「それこそ大丈夫よ。ただ、私はキョウの力を借りるだけ」

 俺はキョウで、キョウは俺。俺はキョウにできることしかできない。あいつだってそうだ。俺たちはキョウがいて初めて存在できる。

「きょ、キョウ!」

 こいしの悲鳴が聞こえ目を開けると妖怪がすぐそこまで迫っていた。しかし、その時点で俺の準備は整っていた。

「え……」

 翼から桔梗の呆けたような声が聞こえる。驚くのも無理はない。今、俺たちは白い空間を“移動している”のだから。

「私の名前は『時任 響』。能力は『時空移動』」

 そう呟きながら鎌を構えた。そして、視界が開ける。そこには妖怪を中心にたくさんのキョウが鎌を振り上げていた。その数、約20。そう、その全てが“未来の俺”だ。吸血鬼の怪力を駆使して鎌を振るい、妖怪の腕を斬りつけた。他の俺も同時に妖怪を攻撃し、赤い血が舞う。その次の瞬間、俺たちはまた白い空間を移動していた。

「マスター……これは」

 戸惑いながら桔梗が問いかけて来るが無視して振り下ろしていた鎌を再び、振り上げる。そして、また視界が開けた。

「ッ……」

 その光景を見て息を呑む桔梗。また俺たちはたくさんのキョウが妖怪を囲んでいる場所にいるのだから。チラッと視線を動かすと数秒前の俺たちを見つけた。さっきと同じように妖怪の足を斬り、白い空間に戻る。

「まさか……」

 どうやら桔梗も気付いたらしい。

 妖怪を斬りつけた後、時空を移動して数秒前の時間に戻り、また妖怪を斬る。それを何度も繰り返す。その結果、『1つの時間軸に複数のキョウが存在する』現象が起きた。あの時、妖怪の周りにキョウは20人以上いた。つまり、俺たちはこれから20回以上あの時間軸に移動し続けるのだ。更に全員妖怪を斬りつけに成功しているので邪魔されないことも確定している。だが、20回では足りない。もっと痛めつけなければ。俺は――あいつは満足しない。だから、俺たちは手を止めない。俺たちの憎しみはこんなものでは解消されないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度斬りつけただろうか。途中から桔梗もどこかに行ってしまった。気配は感じるのでこの時間軸にはいるみたいだが。

「キョウ?」

 すでに肉塊になってしまった妖怪を眺めていると背後からこいしに呼ばれた。無言で振り返ると彼女は俺を見て顔を強張らせた。その表情は恐怖。

(こんな子供を怖がるなんて……まぁ、仕方ないか)

 キョウの能力の一つ――と言うか副産物により干渉系の能力を無効化できる。まだキョウは能力を自覚していないので上手く無効化できないが、俺やあいつは別。体の所有権を持っている間ならこいしに心を読まれることはない。

「ッ……」

 その時、ぐにゃりと視界が歪んだ。どうやらそろそろ時間切れらしい。

「後は、お願い、ね」

 咲が殺され、元々あいつの中にいたあれが目を覚ましてしまった。あのままあいつを放置していたらあれに飲み込まれ、狂っていただろう。そうすればキョウにも影響を与えていた。それだけは避けなければならなかった。だから俺が生まれた。あいつの精神がおかしくなる前に、あいつがあれに飲み込まれる前に入れ替わる必要があったから。あいつが目を覚ました時、俺はいなくなっているだろう。元々1人だったあいつと俺が分かれ、俺はあれに飲み込まれるのだから。おそらく今までのようにはならない。それほどあれは厄介なのだ。

 

 

 

(頑張れよ、“俺”。絶対に負けるなよ)

 

 

 

 そして、俺はあれ――狂気に飲み込まれた。

 




俺=狂気ではありません。

俺は吸血鬼の別人格で咲が殺され、狂いそうになった吸血鬼が無意識の内に生み出したもう1人の自分です。
そのもう1人の人格である俺が狂気に飲み込まれ、狂気――今で言う狂気になりました。
狂気が響さんの身を案じていたのはもう1人の吸血鬼の名残だったりします。
また、狂気に自分がもう1人の吸血鬼だった記憶はありません。何となくフランの中から響の魂に移動したことぐらいしか覚えていません。


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第366話 譲渡と変化

 麒麟。黄色い珠から聞こえた声は確かにそう言った。中国に伝わる天の四方の方角を司る四神である青竜、朱雀、白虎、玄武に対し、麒麟は中央を司っている。いわば神様だ。そんな存在があの珠の中にいる。弥生が持っている水色の珠の中に青竜がいるのは知っていたが、まさか他の霊獣も同じように珠の中にいるとは思わなかった。

「……ってことはこの中にも?」

 私は呟きながら手の中にある紅い珠を凝視する。数か月前、ガドラのお墓参りに行った時に拾った物だ。あまりにも綺麗で家に持ち帰り、お守り代わりに小さな袋に入れて首から下げて持ち歩いていた。

『……何よ』

「っ!?」

 しばらく紅い珠を見ていると珠から不満げな女性の声が響き、目を丸くしてしまう。青竜や麒麟のようにこの珠にも誰かいるらしい。そして、何となく私はその正体を察している。

「……朱雀?」

『あら、もう気づいたの? 早いのね』

「いや、まぁ……紅いから」

 朱雀は五行説の一つである火を司っているので珠の色も火の色である赤だと思っただけだ。深い意味はない。でも、どうしてこの珠に朱雀が宿っているのだろうか。初めて見つけた時はただの綺麗な紅い珠だったのに。

『さて、皆さまも疑問に思っていることでしょう。どうして、私たちがここにいるのか。なぜ、このような小さな珠に宿っているのか。理由は簡単です。あの方……『音無 響』の能力により私たちは生まれたのです』

『お主らの持っている珠は曰く付き……つまり、響の能力が発動したのだ』

 青竜が水色の珠に宿った原因は響の能力だと言っていた。そして、響の能力は私たちが持っていた珠にも影響を与えていたのだ。

『出来ることなら他の四神の紹介をしたいところですが、今は時間がありません。先ほど望さんが説明したようにあの霊脈からよからぬものたちが今まさに産まれようとしています』

 麒麟の言葉に私たちは姿勢を正す。先ほど麒麟は私たちのことを『共に戦う仲間』と言っていた。何か考えでもあるのだろうか。

『その数は数えることすら馬鹿らしくなるほどです。本来であれば全戦力を投入する場面です。しかし、明らかに人手不足。霊脈に戦力を集中したせいで他の場所で綻びが生じる可能性もあります。おそらく悟さんが考えた案が最も有効的な配置だと思います。つまり、霊脈を直接叩く人はたった独りで戦う必要があります。軍勢に単騎で突っ込むのです』

 それがどれほど無謀なことなのか私にはわからない。ただ厳しい戦いになることぐらい容易に想像できた。

『最悪の場合、即死します。即死しなくてもいずれよからぬものの波に飲み込まれるでしょう。それでも――行きますか?』

 麒麟が霊脈組に問いかけた。

「行く」

 その問いかけに対し、私は即答していた。即死する? 軍勢に飲み込まれる? それがどうした。やらなければやられるのだ。ならばやって死んだ方がマシである。いや、そもそも負けるつもりはない。死ぬつもりもない。必ず生き残って響に『大変だった』と文句を言ってやるのだ。

「ご主人様がいない今、ご主人様の代わりに皆さんをお守りします!」

「響に少しでも恩返ししたいから……どんなに危険でも、無茶でも、大丈夫」

「私たちがいてお客さんたちが傷ついたってなったら響に馬鹿にされるからね」

 頷いた私に続くように霙、弥生、リーマが堂々と言い切った。その目に迷いはない。きっと響に会う前の私なら――私たちなら死地に自ら赴くようなことはしなかっただろう。でも、今の私たちは違う。自分の命をかけられると何の迷いもなく思える。それだけのものを響から貰ったから。

『……そうですか。ええ、そうでしょう』

 私たちの覚悟を聞いた麒麟は嬉しそうに声を漏らした。初めから私たちが頷くと確信していたように。

『その言葉を聞いて安心しました。あなたたちに拾われてよかった……心の底からそう思います。いいでしょう。ぜひ私たちにもお手伝いさせてください』

「お手伝い?」

 本調子ではないので具現化できないと言っていたがどのような手助けをしてくれるのだろうか。

『皆さま、珠に力を注いでください。それだけで繋がりができます』

「っ! まさか!」

 麒麟の言葉に弥生が目を見開いて声を荒げる。弥生は生まれた時から青竜の力をその身に宿していた。だからこそ、彼女の言葉の真意にいち早く気付くことができたのだろう。

『弥生さんの想像している通りだと思います。繋がりを作り、一時的に私たちの力を皆さまに譲渡するつもりです』

「それって……『四神憑依』?」

 『四神憑依』は響に弥生が憑依することで分割されていた青竜の力を一時的に一つに戻す技だ。実際にはまだ見たことないが響曰く『使うと地形が変わる』ほど強力らしい。その力が私たちにも――。

『残念ながら『四神憑依』はできません。響さんがいれば可能だとは思いますが、今の私たちで譲渡できる力は半分ほど……いえ、3分の1程度になるでしょう。なお、弥生さんの場合はすでに青竜の力を宿していますので申し訳ありませんが普段通りとなります』

(3分の1、か……)

 確かに四神の力を扱えるようになれば生き残れる可能性はグッと高くなるだろう。だが、確実と言い切れない。それほど今の状況は厳しいのだ。

「……でも、やるしかないんだ」

 むしろ生き残れる可能性が増えたことを喜ぼう。しかし、四神の力、か。ずっと青竜の力に振り回されていた弥生を間近で見て来たのでちょっとだけ怖い。本当に大丈夫なのだろうか。

「じゃあ、力いれるねー!」

 手の中にある紅い珠を見ながら不安に思っていると霊脈組ではない奏楽が笑顔で黄色い珠を握りしめた。

『あ、いえ、奏楽さんは別に力を注がなくてもああああああああああああああ!』

 力を譲渡する必要のない奏楽を止めようとした麒麟だったが途中で絶叫する。おそらく奏楽が流した力の量のせいだ。許容量を超えていたのだろう。

「んー、これぐらいかなー?」

『や、やめっ! それ以上は、は、はいらな――』

「どーん!」

『ああああああああああああああ!』

 更に力を流す奏楽。何というか麒麟が気の毒だった。奏楽も叫ぶ麒麟が面白いのか嬉しそうにどんどん力を注いでいる。奏楽は霊力の量は膨大だが、子供だからか放出限界量が少ないのだ。今回、力を注ぐだけなので放出量は関係ないため、あんな惨事が起きたのだろう。

『……あんなにいれないでよね?』

「いれないよ……」

 少しだけ声を震わせた朱雀を安心させるためにきちんと頷いておいた。

「奏楽ちゃん、ストップ」

「んー?」

 暴走する奏楽を悟が止める。すると麒麟が泣き叫んでも力の注入を止めなかった奏楽が注入を止め、すぐに悟の方へ振り返った。

「もう十分だってさ」

「わかった!」

『はぁ……はぁ……悟さん、ありがとうございます』

「ああ、うん。どういたしまして」

 姿は見えずとも声だけで疲労しているのがわかる。朱雀も小さく悲鳴を上げた。

『すぅ……はぁ……他の皆さまもこのように力を注いでください。奏楽さんちょっと驚かせさせちゃうかもしれません』

「びっくり? ひゃうっ!?」

 首を傾げていた奏楽の体から一瞬だけ電撃が迸り、すぐに“奏楽の額から小さくて真っ白な角が生えた”。

「び、びっくりしたぁ……」

『申し訳ありません。ですが、このように繋がりを作ることで奏楽さんは私の力の一部を使えるようになりました。奏楽さん、試しに真上に“電撃”を放ってみてください』

「はーい!」

 麒麟の指示を聞いた奏楽は勢いよくその場で万歳をした。その瞬間、奏楽の両手から大人の拳ほどの電撃が放たれる。そのまま電撃は黒いドームに激突し、スパークを起こした後、消滅した。

『基本的に私たちの力に“形”はありません。得手不得手はありますが、宿り主のイメージを基に能力が決定されます。奏楽さんの場合では……えっと、狩猟ゲームのイメージで電撃が使えるようになりました』

「ああ、あれか……でも、力に形がないってどういうことなんだ? 四神なら方角や五行なんかがあるだろ」

『あくまでも私たちは響さんの能力で生まれた存在……分霊のような存在なのです。本物と酷似していますが私たちは人工物であるため、本物が持っている力を扱うことは不可能です。人工的に創られた存在が本物の神の力を使えたら神様の存在意義がなくなってしまうのです』

 悟の質問に麒麟は淡々と答えた。麒麟たちは響の能力から生まれた存在。そのため、色々な制約があるらしい。

「……よし」

 霊脈組ではない奏楽に先を越されてしまったが、私も紅い珠に力を注ぐ。もちろん、朱雀を驚かせないようにゆっくりとだ。

『……うん、もう十分よ』

「え、これだけでいいの?」

 想像していたよりも少ない力で繋がりができたらしい。そう言えば、何となく紅い珠との間に繋がりを感じる。

『元々、私たちは相性が抜群にいいから。じゃあ、行くわよ』

「ッ――」

 紅い珠から何かが私の中に入って来るのがわかった。その何かは私の体を巡り、体の在り方を一部だけ変えていく。

『バッチリね』

 自分の体の変化から数秒後、朱雀は満足げにそう言った。どうやら、終わったらしい。だが、自分の体を見渡しても奏楽の角のような体の変化は見受けられない。てっきり翼とか生えると思ったが。

「み、雅ちゃん!」

 不思議に思っていると慌てた様子で駆け寄って来た。能力を使ったせいで疲れているはずなのにどうしたのだろうか。他の人も苦笑を浮かべていたり、目を逸らしたり、ため息を吐いている。

「後ろ!」

「後ろ?」

 その場で振り返るが何もない。だが、その時、何だかお尻がいつもよりスースーするような感覚を覚え、視線をお尻へ向け、すぐに理解した。

「なっ……ッ!!」

 綺麗なオレンジ色の羽がスカートから顔を覗かせている。奏楽の角のように私の体にも変化は現れていたのだ。現れてしまっていた。

『あ、ごめん』

「い、いやああああああああああああああ!!」

 私の体の変化――“尾羽”に押し上げられたせいでスカートが捲れていたのである。

 



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第367話 崩れる平和

先週は更新できずに申し訳ありません。一応、活動報告には載せたのですが更新を楽しみにしてくださっていた方々、すみませんでした。
ですが、おかげで無事に修羅場を乗り越えることができましたので今週からいつも通り、週1更新しますのでご安心ください。


これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします。


「それにしても」

 僕の隣でネギを刻んでいたななさんが不意に声を漏らした。何だろうと僕は手元から視線を彼女に移す。

「どうしたんですか?」

「キョウ君はお料理上手だなと思いまして」

「そう?」

 首を傾げながら視線を手元に戻す。そこには途中まで桂剥きされた大根がある。まぁ、確かに5歳児に桂剥きはできないとは思う。

「あ、そうです。キョウ君、お願いがあるのですがいいでしょうか?」

「はい、何でしょう?」

「実は午後、霊奈さんから修行に付き合って欲しいと頼まれまして……お掃除の方、任せてもいいでしょうか?」

 平日の午後は家事をしているななさんの傍で奥義の修行をしているが今日は日曜日。僕の修行はお休みだ。午後から僕の修行を監視しなくていいので頼んだのだろう。ななさんは治療もできるし、霊力を感じ取ることができるので的確なアドバイスをくれるのだ。

「大丈夫ですよ。桔梗がいれば高いところにも手が届きますし」

「任せてください!」

 両手でお玉を持って火にかけている味噌汁をかき混ぜていた桔梗が元気よく頷いてくれた。最近、ななさんの傍にいることが多かったので修行の方に付いて行くと言われたらどうしようかと思ったが手伝ってくれそうでよかった。

「大根終わりましたのでここ置いておきます。桔梗、交代」

「はい、マスター」

 桔梗からお玉を受け取り、小皿に味噌汁を少々注いで味見をした。うん、大丈夫そう。

「味噌汁完成しました」

「ありがとうございます。後はやっておくので霊夢さんと霊奈さんを呼んで来てください」

「わかりました。桔梗、霊奈お願いね」

 霊奈は神社から離れたところで修行しているので常に浮遊している桔梗が呼びに行った方が早いのだ。

「了解です。行って来ますね」

 身に付けていた桔梗専用エプロンを僕に渡した桔梗はそのまま台所を去って行った。さて、僕も呼びに行こう。確か霊夢は縁側でのんびりすると言っていた。彼女のことだ、湯呑を持ったまま居眠りしているに違いない。ななさんに声をかけた後、僕は縁側へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、やっぱり……)

 縁側に来た僕がまず目にしたのはかくかくと頭を揺らしている彼女の後姿だった。今日は暖かくてお昼寝日和だ。平日の午前中は僕の修行相手をしてくれているのでああやってゆっくり休むのは久しぶりなのだろう。

「霊夢、起きて」

 隣に座って持っていた湯呑を回収した後、彼女の肩を揺らす。

「すぅ……すぅ……」

 しかし、霊夢は気持ちよさそうな寝息を立てるばかりで目を覚ます気配はなかった。疲れでも溜まっていたのだろうか。もし、そうだったら申し訳ない。僕の修行に付き合わせてしまっているから。でも、前科があるので遠慮しようにも逆に睨まれてしまいそうだ。

「霊夢、霊夢ってば」

「……んぅ、キョ、ウ――」

 その時、不意に霊夢が僕の名前を呼んだ。寝言だろうか。そんな彼女に思わず、苦笑を浮かべてしまう。ななさんには申し訳ないがギリギリまで寝かせておこう。

「――ちゃん」

 そう思っていたが彼女の寝言には続きがあったようで僕のことを『キョウちゃん』と呼んだ。

 

 

 

 ――***ちゃん!

 

 

 

「ッ……」

 今のは、何だったのだろうか。何かを思い出しかけたような気がする。だが、その正体はわからなかった。

「……んぁ?」

 しばらくその正体について考えているとやっと霊夢が目を覚ます。目を擦り、手に湯呑がないことに気付いたのかすぐにこちらに視線を向けた。

「おはよう、霊夢」

「……おはよ」

 おはようの挨拶をすると眠っているところを見られたのが恥ずかしかったのか彼女は視線を逸らした。さっきの現象も気になるが思い出せないものは仕方ない。今は置いておこう。

「お昼ご飯できるよ」

「ええ、わかったわ。後で行くからななさんの手伝いして来なさい」

 頷いた霊夢は立ち上がった後、手をひらひらさせて台所とは反対の方へ歩いて行く。どこへ行くか気になったが藪蛇になりそうだったので聞かずに台所へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと」

 桔梗【翼】を装備したまま、棚の上にある荷物を床に置く。ななさんには簡単に掃除してくれればいいと言われたがやるからには満足のいくまでやりたい。だが、神社を一日で掃除するのは無理があるのでまずは皆が過ごす居間を掃除することにしたのだ。因みに他の場所はすでに終わらせてある。

「桔梗、この棚の上、雑巾で拭いて来てくれる?」

 僕が桔梗【翼】を装備したまま、棚の上を拭ければよかったのだが、棚の上まで浮遊すると【翼】が天井にぶつかってしまうのだ。

「はい、任せてください!」

 笑顔で頷いた桔梗は雑巾を水の入ったバケツに入れ、絞り始める。だが、雑巾が大きいせいか上手く絞れていない。その姿を見て微笑ましく思いながら彼女から雑巾を受け取り、絞ってあげた。

「では、行って来ます」

「お願いね」

 雑巾を持った桔梗を見送った僕は降ろした荷物を軽く拭いた後、棚の周辺に落ちた埃を箒で集め、ちりとりに回収する。後は棚全体を雑巾で拭けば――。

「マスター!」

「へ――ぶっ!」

 突然、桔梗に呼ばれ上を見上げた瞬間、湿った何かが僕の顔面に直撃する。気持ち悪い感触と嗅げば思わず顔を顰めてしまいそうになる特有の匂い。

「わわっ! 大丈夫ですか!?」

 慌てた様子で僕の顔面に乗った何かを取り除く桔梗。幸い、目に汁は入らなかったのですぐに開けることができたが、涙目になって雑巾を持っている彼女を見てため息を吐いてしまう。

「すみません! 本当にすみません!」

「もう……どうしたの? こんなミスするなんて珍しいね」

「えっと、一瞬だけ体の調子が変になってその拍子に……」

「体の調子? ちょっと来て」

 近寄って来た桔梗から雑巾を奪うように受け取りバケツへ放り投げた後、桔梗の体に魔力を流す。桔梗の体に何か不具合が生じていた場合、魔力の流れ方がいつもと違う。それを利用して調べているのだが、流れ方はいつもと同じだ。

「うーん、別にどこも悪くないみたいだけど」

「何だったんでしょうか?」

「原因はわからないけど心配だから休んでて。棚の上拭いてくれてありがとう」

「で、でも」

「ほら、テーブルにでも座っててよ。後は一人でもできるから」

 この棚さえ終われば後はもう一度掃き掃除をするだけである。まだ何か言いたそうにしている桔梗の頭を撫でた後、バケツに入っている雑巾を持ち上げて絞った。

「あ、綺麗なタオル持って来ます!」

 それを見ていた桔梗はすぐに居間を出て行った。そう言えばまだ顔を拭いていなかった。彼女が戻って来たら拭かせて貰おう。それまでちょっと気持ち悪いけれど。

「ん?」

 適当に鼻歌を歌いながら棚を拭いていると引き出しの1つが少しだけ開いていることに気付く。しかも、その隙間の奥で何かが点滅している。何か機械類でも入っているのだろうか。そう思いながら何となくその引き出しを引っ張り、中を覗き込んだ。

(携帯?)

 引き出しの中で点滅していたのは少しばかり古ぼけた二つ折りの携帯電話だった。これは霊夢たちの師匠の物だろうか。

「マスター、タオルお持ちしましたー」

 携帯を観察していると洗濯したばかりのタオルを抱えた桔梗が戻って来た。そして、すぐに僕の手の中にある携帯を見て首を傾げる。

「携帯? どうしたんですか、それ」

「引き出しの中に入ってたんだ。なんか点滅してたから」

 おそらく着信かメールが来たのだろう。人の携帯を勝手に見るのはいけないことなので後で霊夢たちに渡しておこう。きっと彼女たちならどうすればいいかわかるはずだし。

「じゃあ、続きを――ッ」

 掃除の続きをしようと引き出しの中に携帯を仕舞おうとした刹那、外で凄まじい爆音が轟いた。そのあまりの音に僕と桔梗は咄嗟に耳を塞いでしまう。

「な、何でしょう!?」

「外だ! 行ってみよう!」

 目を白黒させて驚いている桔梗と僕は慌てて神社の外に出た。そして、境内を見た僕たちは息を呑んでしまう。

「これ、は……」

 午前中まで綺麗だった境内には大きな穴が開いていた。まるで、小規模な爆発があったような穴。桔梗も唖然とした様子でそれを眺めている。

「みーつけた」

「「ッ!!」」

 頭上から男の声が聞こえ、僕たちはそちらを振り返った。

「ったく、自力で時空移動なんかできるせいで“探すのに時間がかかっちまった”」

「あなたは……」

 神社の屋根に腰掛け、ため息を吐いていたのは紺色のジャージを着た中年一歩手前に見える男だった。そんな彼は僕のことを面倒臭そうに眺め、いきなり口元を歪ませた。

「でも、無事に見つけられたぜ。“音無 響”」

「……あの、人違いじゃないですか?」

 僕の苗字は『時任』である。『おとなし』ではない。だが、男はキョトンとした後、すぐに納得したように頷いた。

「ああ、そうだった。お前はまだ音無じゃなかったな。まぁ、苗字なんかどうだっていい。お前を殺すことには変わりないんだからな」

 そう言った彼は懐から1丁の拳銃を取り出して僕に向け、ニヤリと笑った。



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第368話 遅すぎた決意

今年最後の更新です。
来年もよろしくお願いします。


 ゆらゆらと意識が揺れる。まるでゆりかごの中で眠る赤子のように。海に漂う海藻のように。どうして私は揺れているのだろう。どうして私は動けないのだろう。そして、気付くのだ。動けないのではない。動きたくないのだと。

『ありがとう……桔梗がいてくれるから僕はこうやって元気になれた』

 どこからかそんな男の子の声が聞こえる。少しだけ声を震わせているがはっきりとした声音。その声を聞くと何故か私は申し訳なく思う。

 情けなくてごめんなさい。

 怯えていてごめんなさい。

 支えてあげられなくてごめんなさい。

 守れなくてごめんなさい。

『私は、当たり前のことを言ったまでですよ。元気になれたのはマスター自身の力です』

 今度は可愛らしい女の子の声が聞こえる。男の子のことが本当に好きなのだろう。彼女の声には慈愛の他に男の子に対する恋情を感じられた。だが、私はその声を聞くと胸が苦しくなる。

 彼を任せてしまってごめんなさい。

 あなたに頼ってしまってごめんなさい。

 一緒に彼を支えてあげられなくてごめんなさい。

 一緒に守れなくてごめんなさい。

「おいおい、何故悲しんでいるんだ?」

 揺れている私の耳元で聞き覚えのない女の声が響いた。彼女はとても愉快そうに私に囁き続ける。

「違うだろう? 悲しむんじゃない。憎むんだ。ああ、あの子を殺したあの妖怪が憎い。ああ、こんなに私を苦しめたあの妖怪が憎い。ああ、全てが憎い」

 ケタケタと笑う声。憎む? 何故? 全て私が悪いのだ。あの子が死んだのも。彼が悲しんでいるのも。彼女が彼を心配しているのも。

「本当に?」

 本当に。

「でも、考えてもみろ。あの妖怪さえいなければお前はこんなに苦しまなくてもよかったはずだろう? あの子は死なずに済んだだろう? 彼は悲しまずに済んだろう? 彼女は彼を心配せずに済んだろう? なら、悪いのはあの妖怪だ。お前は悪くない」

 私は、悪く――。

「ああ、そうさ。全部押し付けてしまえばいいんだ。そうすれば楽になる」

 楽に、なれる。ああ、そうか。私は悪くないのか。全てあの妖怪が悪いのだ。私のせいじゃない。私は悪くない。あの妖怪が悪い。アノ、ヨウカイガ――。

『では、子守唄を歌ってあげますね』

 私の心が何かで埋め尽くされそうになった時、不意に優しい歌声が聞こえた。聞いたことのない歌。だが、それでいて何故か懐かしく感じる優しくて温かい子守唄。

「おい、どうした?」

 その歌声に聞き惚れていると女が不思議そうに声を漏らす。どうやらこの歌が聞こえていないらしい。きっと、聞こえていたら彼女も聞き惚れるはずだから。

「……憎まない」

「……何?」

「確かにあの妖怪がいなければあんなことにはならなかった。咲が死ぬことだってなかったし、キョウが悲しむこともなかった」

 もうあの揺れは感じない。しっかりと地面に足を付けて目を開ける。目の前には私がいた。でも、よく見ると彼女の目は赤黒く濁っているし、胸だって私の方が大きい。彼女は私じゃない。キョウでもない。勝手に入って来た部外者。

「でもね。あの妖怪じゃなくてもいつか同じようなことが起きていたかもしれない。妖怪だけじゃない。事故で死ぬかもしれない。病気で死ぬかもしれない。この世界は理不尽なんだから何が起きたって不思議じゃない」

 そんな部外者の言葉にどうして私は耳を傾けてしまったのだろう。自分の不甲斐なさが嫌になる。

「でも……そんな『たられば』をどうにかするのが私の役目なの。私がしなければならないことなの。私の存在意義なの。どんなに相手が強敵でも、どんな悲惨な事故でも、どんな難病でも……全ての理不尽からキョウを守らなくちゃならなかった。それなのに私は自分を優先にしてしまった。それが間違いだった」

 どんなに自分の身を守ってもキョウがいなければ全て無駄に終わってしまうことを忘れていた。私がこうやって生きていけるのはキョウがいたからだ。キョウが死んでしまえば私だって一緒に死んでしまう。だって、私たちは一心同体なのだから。

「この罪は誰にも押し付けちゃいけない……ううん、誰にも押し付けたくない。私という存在は“キョウを守る”ためにあるんだから。こんな理不尽なんかに負けていたらこの先、キョウを守ることなんて出来るわけないんだから!」

 だから、私はもう目を逸らさない。全ての理不尽からキョウを守るなんてできなかった。そのせいでキョウは苦しんでしまった。でも、彼はまた立ち上がってくれた。前に進んでくれた。なら、私だって同じだ。キョウが立ち上がるのなら私も顔を上げよう。キョウが前に進むのなら私も前を見よう。もうあんな結末を迎えないために。

「……はは」

 すると、彼女は肩を竦めながら笑った。

「まぁ、いいさ。手っ取り早くお前を取り込みたかったけど他にも方法はある」

「……どういうこと?」

「私は狂気。憎しみや悲しみなどの負の感情で強くなる」

「狂気!? 何故、そんな存在がキョウの中に!?」

 そこまで言って私はフランの顔を思い出した。もしかしたら彼女の中の狂気がキョウに移ってしまったのだろうか。

「確かに私はあの吸血鬼の中にいた。だが、自我なんてなかったさ」

「自我がなかった……じゃあ、何故今のあなたは」

「お前のおかげだよ、吸血鬼」

 ニヤリと笑う狂気の言葉に思わず、言葉を失ってしまう。私の、おかげ?

「ああ、そうさ。あの子が死んでしまった時、お前の感情が爆発し、私に自我が生まれた」

「そんなこと、起きるわけが……」

「起きているんだから認めろよ。私がここにいることがその証拠だ」

「そんな……」

 まさかまた私のせいでキョウが危険な目に遭うのだろうか。一瞬、目の前が真っ暗になりかけたがグッと堪え、頭を振って気持ちを切り替える。

「……負の感情で強くなるならキョウにそんな感情を抱かせなければいい。楽しい気持ちでキョウの心をいっぱいにすれば!」

「それができるとでも思ってるのか?」

「っ……」

「キョウは人間だ。負の感情を抱くことなく生き続けるなんて不可能。確かに楽しいことがたくさんあればその分、私に供給される力は少なくなるだろう。だが、長い年月が経てばどうだ? どんなに小さな力でも溜まれば大きくなる。そして、力を蓄え終えた時、キョウは狂う」

 彼女の計画に私は奥歯を噛みしめた。息を潜め、牙を研ぎ、キョウの首を噛み潰すその時をジッと待ち続けるつもりなのだ。狂気の言う通り、今すぐとは言わずともキョウはいつか狂ってしまう。それまでの間にどうにかしなければ。

「おっと、言っておくけどお前だって無関係じゃないんだぞ」

「……え?」

「考えてもみろ。吸血鬼は人外。人であるキョウが使っていい力じゃない。そんな力を使い続ければ……どうなるんだろうな」

「何を、言って……」

 いや、私は知っている。何度も言い聞かせて来たことだ。吸血鬼の力を使えば使うほどキョウはこちら側に近づいてしまう。そして、使い過ぎてしまったらキョウは吸血鬼になってしまうのだ。

「その顔は知ってるんだな。なら、後はわかるよな? 吸血鬼になってしまったキョウがどうなるのか」

「……」

 この狂気は元々フランの中にいた存在。吸血鬼との親和性は高いはず。もし、キョウが吸血鬼になってしまったら――。

「まぁ、今日はこの辺で引っ込むとする。せいぜい大人しくその時が来るまでキョウを見守ることだな」

 そう言って狂気は姿を消した。その瞬間、私は思わずその場にへたり込んでしまう。

 キョウが負の感情を抱けばその分だけ狂気が強くなる。

 でも、負の感情を抱かないように私が手助けしようとするとキョウの吸血鬼化が進み、一線を越えてしまったらキョウは吸血鬼となり、狂気に飲み込まれる。

 だが、私が手助けしなければキョウは傷つき、負の感情を抱く。

 完全に手詰まり。私は何もかも遅すぎたのだ。何もかも。

「……キョウ、ごめん、なさい」

 桔梗の子守唄を聞きながら気持ちよさそうに眠る彼の寝顔を見ながら私は一粒の涙を零した。



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第369話 作戦始動

「……」

「あ、雅ちゃんおかえりなさい」

 搭屋の影でスカートを直し終えた雅ちゃんが若干顔を紅くしたまま戻って来る。ちらりと見るときちんとオレンジ色の尾羽はスカートの裾の上から出ていた。一度スカートを脱いで穿き直したのだろう。

「雅ちゃんも戻って来たことだし話を戻そう。弥生ちゃんはすでに譲渡されてるからいいとして問題は霙ちゃんとリーマちゃんか……」

 ため息交じりに言う悟さんだったが気持ちはわかる。雅ちゃんの尾羽を見て何となく碌なことにならないような気がしているからだ。霙ちゃんもリーマちゃんも顔を引き攣らせて手の中にある珠を見ている。

「……では、次は私が行きます」

 深呼吸した後、覚悟を決めたのか霙ちゃんが緑色の珠を握りしめた。すると、霙ちゃんの体が光り輝いて――。

 

 

 

「……な、なんですかこれえええええええ!」

 

 

 

 ――見事な甲羅が霙ちゃんの体を覆っていた。どうやら緑色の珠には玄武が宿っているらしい。

「素敵な……ぶふっ! こ、甲羅ですねっ」

「リーマさんだって他人事じゃないんですよぉ!」

 肩を震わせて笑いを堪えているリーマちゃんに涙目になった叫ぶ霙ちゃんだったが他の人も必死に吹き出さないように我慢している。私も例外ではない。

「みぞれ! 空見て!」

「うぅ、いきなりどうしたんですか奏楽さん……」

「いいから見て!」

「はぁ……上ですね。でも、上には黒いドームしか――ああああ!?」

 泣きそうになっていた霙ちゃんだったが奏楽ちゃんの指示通り上を見上げ、そのままひっくり返った。上を見上げた時、重心が後ろに移動して転んでしまったのだろう。

「誰か助けてください! 起き上がれないんです! 誰かあああああ!」

「わーい、引っくり返ったー!」

 じたばたと暴れる霙ちゃんの上に奏楽ちゃんが嬉しそうに飛び乗った。そして、そのまま霙ちゃんのお腹の上でバランスを取って遊んでいる。霙ちゃんは泣いているけれど。

「何やってるんだか……ほら、リーマもいい加減笑うの止めなさい」

「だ、だって……あれは反則。ぶっ……あはは!」

 呆れたような表情を浮かべた雅ちゃんがリーマちゃんを落ち着かせようとするがツボに入ったのかなかなか笑いが止まらない。

「もうそんなに笑って……自分も変な格好になっても知らないよ?」

「でも、この中にいるのって白虎でしょ? どうせ虎耳とか尻尾生えるぐらいじゃない? それぐらいなら大丈夫よ」

 私もリーマちゃんを嗜めようとするが本人は聞く耳を持たず手をひらひらさせる。確かにパンツを見せたり、甲羅を背負うことになるより耳と尻尾が生える方がマシかもしれない。でも、リーマちゃんそれは完全にフラグです。

『すみません、時間もないのでそろそろ……』

「はいはい、了解。白虎、行くよ」

『……勝手にしろ』

 リーマちゃんの言葉に素っ気なく答える白虎。それが気に喰わなかったのかムッとするリーマちゃんだったが気を取り直して珠に力を注いだ。すると、リーマちゃんの頭に白い虎耳が、お尻から白黒の尻尾が生える。

「あ、やっぱり耳と尻尾が生え、て……って何なのこれ!?」

 最初は安堵のため息を吐いた彼女だったが自分の両手が肉球付きの手袋みたいになっていることに気付いて叫んだ。やっぱり一筋縄ではいかなかったらしい。

「ちょっとなにこれ!? めっちゃ動かしにくいんだけど!?」

『知らん』

「あんたのせいでしょうがああああ!」

 肉球ハンドをブンブン振ってリーマちゃんは喚くが見た目は完全にコスプレ少女なので迫力など皆無である。

「……私が一番マシだったかも」

 いまだ起き上がれない霙ちゃんとどうにかして肉球ハンドを外そうとしているリーマちゃんを見て呟く雅ちゃんだった。

「まぁ……色々あったがこれで式神組の準備もできたな」

 奏楽ちゃんに遊ばれている霙ちゃんから目を逸らしながら悟さんが話を切り替えた。それを聞いた弥生ちゃんもすぐに青竜さんと合体した姿になる。相変わらず格好いい。他の4人とは大違いだ。

「それじゃ、改めて配置を確認する。まず、ここで霊脈を解体する班、霊奈、築嶋ちゃん、椿ちゃん、師匠の4人」

 私のグループだ。霊奈さんが霊脈を解体している間、望ちゃんと椿ちゃんがその護衛。私は見渡しのいい屋上にいれば能力が発動する可能性が高いのでここに残る。

「グラウンド班、柊、種子ちゃん、風花ちゃん、奏楽ちゃん、ユリちゃん、俺の6人」

 次にお客さんたちが集まるグラウンド。麒麟の力を借りている奏楽ちゃんはともかくユリちゃんは完全に保護対象だ。他のお客さんが集まっているグラウンドに連れて行くべきだろう。柊君たちは空も飛べるし一緒に暮らしているので連携も取れる。グラウンドの護衛にピッタリだと思う。

「偵察班、後輩君、月菜ちゃん、雌花ちゃん、雄花君、すみれちゃん」

 ここにはすみれちゃんしかいないがリク君の『投影』を利用した偵察隊である。ただ『投影』している間はリク君が無防備になってしまうため、主戦力に月菜ちゃん、もしもの時に脱出できるよう雌花ちゃんと雄花君。そして、ブレインとしてすみれちゃんが加わる予定だ。

「見回り班、リョウ、ドグ、静さん。あ、そうだ。見回る前にすみれちゃんを偵察班のいる教室まで送って欲しい」

「ああ、わかった」

 次にお父さんたちの見回り班。校舎内に取り残されてしまった人がいないか、また高車内に侵入して来た敵を排除するのが目的だ。最初はすみれちゃんを送り届ける仕事があるみたいだけど。

「最後に霊脈偵察班、雅ちゃん、霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃん。えっと、四神の方角に合わせた方がいいよな?」

『そうですね。そちらの方が戦いやすいと思います』

「それじゃ……南は雅ちゃん、北は霙ちゃん、西はリーマちゃん、東は弥生ちゃんか」

 この学校は東から南にかけてL型の校舎が建っており、北に校門、西に旧校舎がある。この屋上は東側の校舎なのでここから一番近いのは東の霊脈だ。なお、グラウンドは敷地の中央に位置している。グラウンドに向かう奏楽ちゃんは中央を司る麒麟を宿しているので丁度いい。

「配置に関してはこれぐらいだけど何か質問はあるか?」

 悟さんの問いかけに皆は何も答えなかった。おそらくこれが一番理に適った配置だと思うから。

「よし、次にそれぞれの目的だ。霊脈解体班はゆっくりでいいから慎重に解体してくれ」

「うん、任せて」

 悟さんの言葉に霊奈さんは頷いた。私も時々能力を使って少しでも情報を集めよう。

「グラウンド班はとにかく守ること。状況次第で他の場所の助っ人に出すかもしれないから用意だけはしておいて」

 グラウンド班はお客さんたちの守りが仕事なので敵が現れなければ柊君たちはやることがないのだ。そのため、状況により臨機応変に対応することができる。

「偵察班は引き続き頼む。何かあったら俺に連絡……って、すみれちゃんの携帯番号知ってたっけ?」

「あ、じゃあ後でシャチョさんに送るね。りっくんたちにも今の状況を説明しないと」

「いや、あいつの『投影』がそこにいるから伝わってるぞ」

 偵察班はすでに動いているので動きに変化はない。ただリク君たちに今の状況を伝えていないのですぐにでも伝え直さなければならないが柊君の言葉通り、搭屋の上に『投影』によって生み出されたリク君がいたので大丈夫そうだ。なお、すみれちゃんの言った『りっくん』はリク君のことである。

「見回り班は自分たちで判断して暴れるなり守るなりして」

「随分適当だな」

「だって、リョウたちの実力知らないから」

 そう言えばお父さんたちが戦っているところを見たことがない。この中でも雅ちゃん、霙ちゃん、弥生ちゃんしか見たことなかったはずだ。そのため詳しい指示が出来ないのだろう。

「霊脈偵察班はとにかく自分の命を優先。あと奏楽ちゃんに随時状況を教えてくれ。奏楽ちゃんは俺に皆の状況を教えてね」

「はーい! わわっ」

 霙ちゃんの上でバランスを取って遊んでいた奏楽ちゃんが手を挙げて返事をするがその拍子に後ろへ倒れてしまう。だが、地面に激突する直前でふわりと浮かんだ。

『気を付けてくださいね』

「うん、ありがと」

 どうやら奏楽ちゃんを助けてくれたのは麒麟らしい。姿は見えないがはしゃぐ娘を嗜める母親のような声音だった。そのままふわふわと奏楽ちゃんは悟さんの元へ移動する。

「奏楽ちゃんはもう少し落ち着いてくれ」

「はーい……」

 悟さんが奏楽ちゃんをキャッチして怒るとシュンとしてしまう奏楽ちゃん。その姿に皆が口元を緩ませる。

「作戦は以上! 皆、自分の出来る範囲でいい。霊脈を解体するまで頑張ってくれ!」

 最後に悟さんがそう締めくくり私たちの作戦は始まった。



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第370話 桔梗【盾】の弱点

「マスター!」

 桔梗の声で僕は咄嗟に腰を低くして盾に変形した桔梗を構える。それとほぼ同時に凄まじい轟音が境内に響き渡り、桔梗【盾】が何かを弾いた。

「へぇ、あれを防ぐか……なかなか楽しめそうだな」

 盾から慎重に相手の様子を窺うと男は拳銃をこちらに向けながらニヤリと笑っていた。おそらくあの拳銃から放たれた銃弾を弾いたのだろう。

「何で攻撃するんですか! まずは話を――」

「――する必要はない」

 僕は慌てて男に向かって叫んだ。先ほど男は僕のことを『おとなし』と呼んでいた。人違いである可能性が高いのである。だからこそ話を聞こうとしたのだがその前に男が立ち上がってポケットから小さな機械を取り出した。

「まずはこれだな」

 そう言いながら機械を操作していた男の目の前に手の平サイズの箱がいくつも出現する。何だろうと思い様子を見ているといきなり全ての箱が変形し機械仕掛けの鳥になった。

「ッ! 翼!」

 桔梗【盾】では全ての鳥を捌けないと判断した僕は桔梗【翼】を装備して真上で飛ぶ。すぐに僕の後を鳥たちが追って来た。スピードはさほど速くない。このまま逃げ続ければ――。

「マスター、前!」

「ちょっ」

 桔梗の悲鳴を聞いて前を見ると前から数羽の鳥が迫っていた。後ろの鳥たちは囮で目の前にいる鳥たちが本命だったようだ。普通の鳥ならまだしも迫って来ているのは機械の鳥。鋭く尖った嘴と爪が光った。しかし、ここで止まったら後ろから迫る鳥たちに襲われる。

「ロール!」

 それならばと右翼を振動させてその場で左にスライド。その勢いを殺さずにもう一度右翼を振動させ、鳥たちを回避する。そのまま鳥たちが激突し合うかと思ったが彼らはぶつからずにすり抜けた。あれほどの速度でぶつからずにすり抜けられるとは思わず目を見開いてしまう。その間に旋回した2つの群れが再び向かって来た。

(……よし)

 翼が水平になるように姿勢を変えて一気に右の群れに突っ込んだ。そして懐から3枚のお札を前に投擲する。右の群れの前でお札が爆発し、群れがバラバラになり鳥たちにぶつからないようにバラバラになった群れの中へ突撃した。

「桔梗!」

「はい!」

 桔梗が返事をすると同時に両翼が仄かに輝く。それを確認した後、近くにいた鳥のすぐ右を通り過ぎる。鳥は左翼に当たり真っ二つに斬られた。その後も同じように可能な限り、鳥たちを翼で切り刻んでいく。全ての鳥を処理できなかったが再び群れを作るまで時間はかかるはずだ。

「これで――」

「マスター、下です!」

 群れを抜け、体勢を立て直そうとした矢先、下からもう一つの群れが迫っていた。チラリと壊滅させた群れを見て桔梗【翼】に手で触れる。桔梗を【盾】に変形させ下に――迫る群れに向けると僕の体は落下し始めた。

「衝撃波最大出力!」

 盾に先頭にいた鳥が接触する直前で叫ぶ。そして、ドン、と言う音と共に機械仕掛けの鳥たちは四方へ弾け飛んだ。衝撃波で粉々になってしまった鳥もいれば粉々になった鳥の破片にぶつかって墜落していく鳥もいる。襲って来る鳥がいないことを確認して再び桔梗【翼】を装備した。2つの群れに分かれていた鳥たちは男の元へ戻り、その後ろに控えるように羽ばたいている。

「ははは! さすがってところだな」

 ゆっくりと下降して境内に降り立つと男は愉快そうに笑った。僕を殺すと言っていた割に戦いを楽しんでいるようだ。桔梗【翼】から盾に変形させて構える。僕の手札は桔梗と博麗のお札のみ。鎌は神社の中にある。

「こいつらでどうにかできれば良かっただけど……まぁ、いい。次のステップに――ッ!」

 笑っていた男はいきなり目を鋭くさせて右腕を広げるように振るう。その動きに合わせて背後にいた鳥たちが男の右へ移動し、男に向けて飛来した何かを受け止めて弾け飛んだ。

「……邪魔すんなよ、博麗の巫女」

「巫女見習いよ。不法侵入しておいて何言ってるんだか」

 いつの間にか僕の隣に立っていた霊夢は男の言葉を聞いて呆れたように肩を竦めた。戦闘音を聞いて駆けつけてくれたようだ。

「はぁ……音無が意外にやるから邪魔な奴が来ちまったなぁ」

「……人違いじゃない? この子の苗字は時任よ?」

「それさっきやったっての……仕方ない、真面目にやるか」

 ため息交じりにそう呟いた男は小さな機械を操作して数羽しか残っていなかった鳥たちをその機械に収納する。そして、また箱が出て来た。今度は先ほどの箱よりも大きい。

「気を付けて。あれが武器になるから」

 翼を桔梗【盾】に変形させた後、霊夢を守るように前に出て桔梗【盾】を構えた。鎌がない今、気軽に攻めることはできない。博麗のお札は牽制ぐらいにしか使えないため、攻撃するには桔梗を攻撃力の高い武器に変形させる必要がある。もし、攻撃を防がれカウンターされた場合、僕に防ぐ手段はない。ならば博麗のお札でも十分戦える霊夢が攻撃に集中できるように守るべきだ。

「それの弱点は2つ」

 だが、そんな考えは変形し終えた彼の武器を見て吹き飛ぶ。あれはまずい。

「一つは範囲攻撃もしくは連携攻撃。盾は前方しか守れない。どれだけ強力な攻撃でも衝撃波で無効化にできる盾だとしても爆発の中心に音無がいれば自ずとダメージを入れることはできる。もちろん、音無自身が移動して爆発の中心から逃れられれば防げるだろう。連携攻撃にしてもそうだ。盾で守っている間に背後から迫る敵を音無が対処すればいい。だから俺はもう一つの弱点を突かせて貰う」

 そう言った男は手に持った武器――ガトリング砲を僕の後ろにいる霊夢に向けた。霊夢の結界術が強力なのは知っている。鎌で斬りつけても桔梗【拳】で殴りつけても傷すら入らなかったのを修行で何度も見たから。でも、彼女は言っていた。『結界は基本的に質量武器に弱い』と。

「霊夢!」

 これが相手の策略だということはわかっている。だが、いくら霊夢でもあのガトリング砲を防ぎ切れるとは思えない。だからこそ僕は桔梗【盾】を地面に叩きつけてしっかりと固定した。

「もう一つの弱点……連続攻撃。このガトリング砲の弾がなくなるのが早いか、それともその盾がオーバーヒートするのが早いか。見物だな」

(ッ!? なんで、オーバーヒートのことを)

 男の言葉に目を見開き驚愕しているとガトリング砲が火を噴いた。バリバリと耳を劈くような轟音と桔梗【盾】が銃弾を弾く甲高い音が境内に響く。

「うっ……」

 桔梗【盾】の特性である衝撃波のおかげで僕には一切衝撃は伝わらないものの桔梗はうめき声を漏らした。オーバーヒートを起こしそうになっているのだ。

「桔梗、どれくらい持つ?」

「すみません……長くは、持ちません」

「なら、早くあれを止めるわ」

 僕の後ろにいた霊夢は冷静にお札を真上に投げ、一斉に男の方へ飛んで行った。誘導弾である。しかし、誘導弾は男に当たる直前で全て破裂してしまった。

「遠距離攻撃対策してないわけないだろ」

 よく見れば男の足元に砲台が4つほど置いてある。あれで誘導弾を撃ち落としたのだろう。あれがある限り、生半可な遠距離攻撃は無効化されてしまう。近づいて直接破壊しなければならない。だが、ガトリング砲の攻撃が止むまで僕たちは動けない。このままでは――。

「大丈夫」

 冷や汗を掻いて思考を巡らせているとそんな声と共に銃弾を弾く時に響いていた甲高い音が聞えなくなる。

「確かに結界は質量武器にめっぽう弱い。でも、少しの間ぐらいなら防げるわ」

 振り返ると両手に数枚のお札を持った霊夢が笑っていた。桔梗【盾】をずらして前方の様子を窺うとガトリング砲の弾を結界が防いでいるのに気付く。すでにひび割れているが霊夢の言う通り、銃弾の雨から僕たちを守ってくれていた。

「選手交代よ、キョウ。攻撃お願いね」

 僕の前に移動した霊夢はひび割れていた結界を見た後、お札を結界に投げつける。すると結界は修復された。

「……うん、任された」

 頷いた僕は桔梗【盾】から桔梗【弓】に変形させて魔力で矢を生成する。僕なら確実にガトリング砲を破壊してくれると信じてくれている霊夢の期待に応えるために。

 



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第371話 疑心暗鬼

 吸血鬼の力をキョウに譲渡できなくなってしまった事実にショックを受け、しばらく呆然としているといつの間にかキョウたちは時間跳躍していた。更にお店の物を桔梗が勝手に食べてしまい、弁償するまで『香霖堂』というお店で働くことになったらしい。弁償することになって落ち込んでいたキョウたちには悪いが吸血鬼の力を譲渡できない今、比較的平和そうな時間軸でホッとした。

「桔梗の力が見たい?」

「そう、確か桔梗は素材となる物を食べると新しい武器や能力を得られるんだよね?」

 桔梗が散らかしたお店の中を掃除していたキョウに香霖堂の店主である『森近 霖之助』が最初の仕事として指定したのが『桔梗の性能確認』だった。

「はい、そうです。携帯電話を食べたら『振動を操る程度の能力』。猫車を食べたらバイクに変形出来るようになりました」

「バイク?」

「バイクと言うのは自転車にエンジンを取り付けたような乗り物です。実際に見て貰った方が早いと思いますので外に出ましょうか」

 そう言ってキョウたちはお店の片づけを中断して外に出る。本当に幻想郷なのかと疑ってしまうほど静かな場所だった。ある程度お店から離れたところで店主に待つように言ったキョウは桔梗【翼】を装備する。

「あれ?」

「どうしたの、桔梗」

「翼が直ってるんです」

「あれ、本当だ」

 桔梗の言葉を聞いて翼を見たキョウは目を丸くして驚いた。この時間軸に来る前は折れていたはずだ。それなのに今は直っている。何かあったのだろうか。

「そう言えば、さっき桔梗は何を食べたの?」

「えっと……刀2本、拳銃2丁、あと変な石。鉄くずもいくつか食べましたね」

「その鉄くずで修復したんじゃない?」

 確かに桔梗は怪鳥の嘴を食べることによって頑丈になった。それと同じように鉄くずで折れた翼を修復したのだろう。桔梗も納得したようですぐに頷いている。それにしても鉄くずの他に刀と拳銃を食べてしまったらしい。新しい変形は今まで以上に物騒なものになりそうだ。それこそ簡単に人を殺せてしまいそうなほど。今は仕方ないとしてキョウにはあまり危険なことはして欲しくないので少々不安である。ましてや人殺しなどしてみろ。下手すればキョウの精神が崩壊してしまう。

 そんな私の不安に気付くわけもなく、桔梗は確認のために桔梗【拳】や桔梗【盾】など全ての武器に変形した。結果的に新しい機能は増えていなかったのが。

「いやぁ、バイクってすごいね。あんなに速く走れるんだ」

「外の世界にはもっと早い乗り物もありますよ。その分、大きくなりますが。次ですが、僕も初めて試す変形なのであまり期待しないでくださいね」

 満足げに桔梗【バイク】から降りた店主はキョウの言葉を聞いて再び離れた。桔梗が食べた『刀』、『拳銃』の変形を試すのだろう。

「まずは刀から行こうか。出来そう?」

「ちょっと待ってくださいね……あ、駄目みたいです」

「駄目?」

「はい、他の変形の素材になってるみたいなんですよ。何かきっかけがあれば変形出来そうなんですが、現段階では無理そうです」

 基本的に桔梗が素材を食べる時は我を失っている。そのせいで素材を食べてもすぐに変形できないのだろう。今回は新しく増えた機能の確認だけになりそうだ。

(……あれ?)

 

 

 

 では、何故先ほどその新しい機能は発現しなかったのだろうか。

 

 

 

「そう……じゃあ、その素材になった変形って何?」

 思考の海にダイブしようとするがその前にキョウが桔梗に質問した。先ほどの疑問も気になるが今は新しい機能に集中しよう。吸血鬼の力が使えないのでキョウの身の安全は桔梗の変形にかかっているのだ。

「刀は【翼】。拳銃は【拳】に使用されてるようですね」

「まずは【翼】から確認しよっか」

「はい、わかりました」

 そう言って桔梗は翼に変形した。パッと見変化はないが前より鋭くなったような気がする。桔梗も同じことを思ったのかキョウに翼が鋭くなったと報告した。

「鋭く、か……よし」

 それを聞いた彼はお店の近くに立っていた木まで低空飛行で移動し、それに向かって左翼を一閃。すると、木はいとも簡単に切断され、大きな音を立てながら倒れた。とんでもない切れ味だ。

「翼が刃のようになったんだね。これなら【翼】を装備してる時、鎌以外の攻撃が出来るかも」

「そうですね。やはり、【翼】は移動手段ですので手数が減ってしまいますから……」

「次は【拳】で」

「わかりました」

 キョウの指示で桔梗【拳】に変形した桔梗。右手に装備された巨大な鋼の拳は以前よりもごつごつした造形に変化していた。更に指先には見覚えのない小さなハッチ。確か【拳】に使われている素材は拳銃だと言っていた。つまり――。

「もしかしてこの穴から銃弾をばら撒くのかな?」

「だと思います。やってみましょうか」

 私と同じ結論に至った2人は先ほど倒した木に指先を向ける。その瞬間、指先に付いていた小さなハッチが開き、火を吹いた。銃声が静かな草原に響き渡る。

「うわ……」

「これは、すごいですね」

 銃声が止んだ頃には木はボロボロになっていた。

『翼による一閃と射撃、ね』

 新しい機能を見て私は思わず笑みを零す。桔梗【翼】を装備している間、キョウの武器は鎌だけになってしまう。翼を直接相手に刺して振動するという方法もあるが現実的ではない。いくら桔梗【翼】で機動力を得たとしても攻撃方法が鎌1本では心もとない。しかし、大きな木ですら簡単に斬ってしまうほど鋭くなった翼なら機動力を活かして接近し、すれ違いざまに相手を両断、なんてことも可能だ。

 桔梗【拳】の場合、今までは直接相手を殴るという攻撃方法しかなかった。たとえば桔梗【拳】を装備している時に遠距離攻撃を主体とする敵と遭遇したとしよう。直接攻撃しかできない桔梗【拳】では一方的に攻撃されてしまう。きっとキョウは桔梗を別の武器に変形させるはずだ。だが、桔梗を変形させる時、一瞬だけキョウが無防備になってしまう。その隙を突かれてしまうかもしれない。しかし、桔梗【拳】に射撃機能があれば射撃で牽制し、敵が隙を見せたところで変形することができる。

 新しい機能は桔梗【翼】と桔梗【拳】の弱点を上手くカバーしていた。

『……』

 別に不満はない。むしろ、弱点をカバーできるのは嬉しい。それだけキョウが傷つく可能性は下がるのだから。しかし、この蟠りは何なのだろう。何か引っかかる。

「キョウ君、桔梗。大丈夫かい?」

 ボロボロになった木を呆然と眺めていたキョウたちに店主が話しかけた。私はもちろん、キョウたちも新しい機能の力を前にして驚いていたらしい。

「あ、はい……大丈夫です。依頼はこんな感じでよかったでしょうか?」

「うん、十分だよ……ただまさか木を倒しちゃうとはね」

 店主はそう言いながら地面に倒れているボロボロになった木を眺める。その表情には何も浮かんでいない。思い入れのある木ではなかったようだ。

「あ……すみません。勝手に倒しちゃって」

 だが、キョウの言うように思い入れがないからと言って勝手に倒してしまっていいものではない。桔梗も人形の姿に戻り、頭を下げた。

「別に構わないよ。じゃあ、そろそろ戻ろうか。早く片づけを終わらせないとね」

 店主の言葉にキョウと桔梗はホッと安堵のため息を吐いた。また弁償とか言われたら堪らないからである。

「よかったぁ……怒れるかと思った」

「ですね。まさかあそこまで強力になってるとは思いませんでした」

 お店に向かって歩く店主の背中を眺めながら呟くキョウに同意する桔梗。私自身、翼であの大きな木を斬れるとは思わなかった。

「でも、これで戦いの幅が広がったね」

「はい、特に翼が鋭くなったのは嬉しいです。幻想郷は空を飛べる人が多いので自然と空中戦になりますので」

「そう考えると丁度よかったね。森近さんに時間作って貰って新しい機能の練習しよっか」

 確かに比較的平和そうなこの時間軸なら練習する時間はあるはずだ。店主もキョウたちをずっと働かせるわけでもないだろうし。新しい機能が増えたのはタイミングが――。

『……タイミングが、よかった?』

 そうだ、それだ。あまりにも出来過ぎてはいないか? 比較的平和な時間軸に来たのも、新しい機能が増えたのも、ここが練習できる環境であることも。

『……』

 気のせいかもしれない。考えすぎかもしれない。疑い過ぎかもしれない。でも、私は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 この時間旅行は誰かに仕組まれたものではないのか、と。

 



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第372話 戦いの始まり

 最初に動いたのは意外にもリョウだった。

「ほら、行くぞ」

「え? ちょっ――」

 影から顔を出していた静とドグの頭を押しこみながらリョウがすみれに影を伸ばし、一瞬にして沈めてしまったのだ。あまりの早業に私たちは目を見開いてしまう。そして、そのままリョウの影がするすると移動して屋上の扉の下から校舎の中へ入って行った。早くすみれを偵察班に届けて見回り班の仕事に専念したのだろう。

「……よ、よし。俺たちも移動しよう」

 いち早く我に返った悟は抱っこしていた奏楽を右肩に座らせるように抱え直す。その後、影に飲み込まれた姉を見て顔を青ざめさせているユリも同じように左肩に座らせた。幼女は言え、女の子2人を抱えながら移動できるのだろうか。

「種子に乗せた方がいいんじゃないか?」

 私と同じことを思ったのか柊が悟に提案した。今の種子は奏楽やユリと同年代に見えるが大きな狼に変化することができる。悟が2人を抱えて走るよりそっちの方が早いし安全だろう。

「いや、種子ちゃんが変化するのはできるだけ控えて欲しい。ここがゲームの世界って言っても狼になった種子ちゃんを見てパニックになるかもしれないから」

「でも、その状態で襲われたらどうするの?」

「そのために柊と風花ちゃんがいるだろ」

「あの、私も戦えますよ?」

 悟の答えに種子が苦笑を浮かべて補足する。悟の言い分も理解できるがそのせいで危険な目に遭ったらどうするのだろう。グラウンドに辿り着くまで私も一緒に行きたいが一刻も早く南の霊脈に向かわなければならない。

「……あ、そうだ。ねぇ、奏楽ちゃん」

「んー? 何ー?」

 その時、望が楽しそうに悟の右肩に座っている奏楽へ近づく。何か思いついたのだろうか。

「今から奏楽ちゃんとユリちゃんを悟さんがグラウンドまで運ぶの。奏楽ちゃん、応援してあげて」

「おうえん?」

「そう、頑張れーって」

 望の言葉を聞いた奏楽ちゃんはキョトンとしながら悟の顔を覗き込んだ。顔がくっ付いてしまいそうなほど近づかれた悟は咄嗟に顔を引いて距離を取った。

「悟、おうえんされたい?」

「……そうだな、応援してくれた方がやる気出るかな」

「そっか、ならおうえんするね! 悟、がんばって!」

 笑顔を浮かべた奏楽が叫んだ瞬間、悟の体から霊力が溢れ出した。そうか、奏楽の能力――『魂を繋ぐ程度の能力』を応用した強化。望はこれを狙っていたのだ。

「おぉ……これすごいな」

 悟自身、体の変化に気付いたのか感嘆の声を漏らした。数年前の宴会で一度だけ奏楽の強化を受けたことがある。軽めの強化だと言っていたがその効果は本当に軽めなのかと疑ってしまうほどのものだった。そんな奏楽の強化を悟は独り占めしているのだ。効果もあの時よりもあるはず。

「これなら敵に襲われても逃げ切れそうだ。奏楽ちゃん、ユリちゃん、しっかり掴まっててね」

「うん!」

「は、はい」

 幼女2人が頷いたのを見て悟は意気揚々と屋上を出て行った。柊と種子、風花もその後に続く。屋上に残っているのは霊脈解体班と私たち霊脈偵察班だけだ。

『皆さん、霊脈に向かう前にいくつかお話ししておきたいことがあるのですが』

 不意に麒麟の声が脳に響いた。私だけではなく、ここにいる式神組にも聞こえているようだ。奏楽を通して話しかけて来ているのだろう。

『まず、先ほども言ったように四神の力にはきちんとした形はありません。皆さんのイメージが重要になります。各々の四神と打ち合わせして力を使ってください』

『因みに私は基本的に炎しか使えないから』

 麒麟の説明に補足するように朱雀が言った。私の炭素と一緒に使えば大爆発を起こすことができるだろう。

『後は四神の力も無限ではありません。使い過ぎれば倦怠感を覚えることでしょう。最悪、気絶してしまいます。四神の力ばかり使うのではなく、ご自身の力も使ってください。また、皆さんと四神との相性の良さは体に現れた変化の度合いでわかりますのでそちらを参考にしてください。それでは検討を祈ります』

 そこで麒麟からの通信が途切れた。それにしても四神との相性か。朱雀が言うには私たちの相性は抜群らしいけれど――。

(――もし、麒麟の話が本当なら尾羽しか生えないっておかしいよね?)

 体の半分が龍の鱗に覆われ、左翼が生える弥生。虎耳、尻尾、肉球ハンドのリーマ。そして何より体全体が甲羅に覆われた霙。

「この中で四神との相性が悪いのは私と奏楽か」

『あー……麒麟たちは別格』

「別格?」

『麒麟たちの相性はほぼ100%よ。でも、100%ってことは奏楽の体が麒麟になっちゃうからああやって角だけ生やしてるってわけ』

「つまり……」

 私たちの相性が一番悪い、と。少しだけショックだった。とにかく今は霊脈の偵察をきちんとこなさなければ。響がいない今、私たちで何とかしないと。

「――じゃあちょっとやってみますね」

 改めて決意しているとまだ転がっていた霙が声を漏らした。私と同じように四神の玄武と会話していたのだろう。弥生とリーマもそれぞれの四神と話し合っていたようでいきなり声を出した霙に視線を向ける。そんな私たちの視線に気付くことなく霙は顔、手足、尻尾を甲羅の中に収納した。

「……は?」

 完全に甲羅の中に入ってしまった霙を見て思わず目を見開いてしまう。そのまま霙は前後に揺れ始めた。きっと今の光景を奏楽が見れば声を出して笑うに違いない。

「皆さん、離れてください!」

 呆然としていると霙から注意が飛んで来た。慌てて私たちは霙から距離を取る。何が起こるのだろうか。

「1、2の……3!」

 尻尾の穴が下を向いた瞬間、その穴から凄まじい量の水が噴出した。そして、その水圧でペットボトルロケットのように空へ飛び立つ霙。それから飛び方を確かめるように何度か上空を旋回した後、霙は校門の方へ飛んで行ってしまった。

「……あれは何?」

『玄武の属性は水だから……まぁ、麒麟たちの次に相性がいいからあんなことできるでしょうけど』

 朱雀が呆れたように呟いたその時、望の携帯が音を立てて着信を知らせる。何か変化でもあったのだろうか。

「はい、もしもし……っ! 皆、四方の霊脈に変化が!」

 電話に出た望は慌てた様子で叫んだ。偵察班からの連絡だったのだろう。そう言えば、悟とすみれは電話番号を交換せずに別れてしまった。いや、今はそれよりも霊脈の方が優先だ。

「私たちも行こう」

 背中に12枚の炭素の板を出現させ、弥生とリーマに声をかけた。霊脈に変化が現れたとしたらいつ敵が出て来てもおかしくない。急いで向かわなければ。

「リーマ!」

 私たちが霊脈に向かおうと空を飛んだ時、霊奈がお札の束をリーマに向かって投げる。見たところ博麗のお札ではないようだが。

「おっと」

 リーマはお札の束を肉球ハンドで挟むように受け取った。あの手では物を掴むことはできないのだろう。

「それを悟君に! 霊力を流せば簡易的な結界張れるから!」

「う、うん。わかった、渡しておくね」

 私は南、弥生は東に行くのでグラウンドを通らない。そのため、グラウンドを挟んだ向こうに建っている旧校舎へ向かうリーマにお札を渡したらしい。悟の傍に奏楽がいるのですれ違うこともないはずだ。霊力も奏楽に頼めばどうにかなるだろう。

「雅ちゃん、弥生ちゃん、リーマちゃん。気を付けて」

「そっちも無理しないでね」

 心配そうにこちらを見上げている望に笑ってみせた私は弥生とリーマと共に霊脈に向かって移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 午後2時半。一番遠い霊脈に向かっていたリーマが霊脈に辿り着くとほぼ同時に夥しいほどの妖怪が霊脈から出現する。そして――終わりの見えない戦いが始まった。

 



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第373話 連続変形

「すぅ……」

 ゆっくりと息を吸い込む。いつものように矢を射っていけない。このまま射ってしまうと目の前で銃弾を防いでくれている霊夢に直撃もしくは結界を破壊してしまうから。では、どうする? 霊夢を傷つけず確実にガトリング砲や砲台を破壊するにはどうすればいい?

「はぁ……」

 吸い込んだ息を吐き出し、魔力の矢を弓に番える。そして、限界まで弦を引っ張り、息を止め、射った矢が結界の上部ギリギリを通り抜けるよう少しだけ上に向けた。霊夢の体が邪魔でここからターゲットは見えない。それにターゲットは複数なので一本の矢で同時に射抜くことは不可能である。なら、“まとめて吹き飛ばせばいい”。魔力を桔梗【弓】と矢に注ぎ、もう一度深呼吸。

「――ッ」

 パシュ、という音は銃声に掻き消された。射った矢は狙い通り結界の真上を通り過ぎ、ある程度進んだところでいきなり軌道が変わる。矢から放たれた風を利用して無理矢理軌道を変えたのだ。

「霊夢、下がって!」

 桔梗【弓】から桔梗【盾】に変形させた僕は叫びながら霊夢の前に立ち、盾を地面に叩きつけてしっかりと固定する。それとほぼ同時に風を纏った矢が男の目の前の地面に突き刺さり、爆風を巻き起こした。

「くっ」

 男は咄嗟に背後に控えさせていた機械仕掛けの鳥たちを前方に移動させ、爆風を防いだ。しかし、ガトリング砲や砲台たちは爆風に煽られ、空中に投げ出された後、地面に叩き付けられる。そのまま壊れてしまったのか動かなくなってしまった。

「霊夢」

 爆風で粉々に砕けてしまった結界の破片を桔梗【盾】で防ぎながら懐から博麗のお札を取り出して霊力を注ぐ。見れば今の爆風でほとんどの鳥たちが壊れてしまっている。今がチャンスだ。

「ええ」

 僕がお札に霊力を注いでいる間にすでに準備を終えていた霊夢が5枚のお札を投げた。だが、そのお札は数羽だけ残っていた鳥たちが自分の体を犠牲にすることで防がれてしまう。すかさず僕もお札を投げて追撃した。

「ッ……」

 迫るお札を彼は目を見開きながら体を傾けることで回避するが大きくバランスを崩した。もしかしたら彼自身の能力はそこまで高くないのかもしれない。桔梗【翼】を背中に装備した僕はそう思いながら低空飛行で男へ突進する。狙うのは彼が持っている端末。あれさえどうにかしてしまえばこれ以上兵器を召喚されることはないはずだ。彼も僕の狙いが端末だと気付いたのだろう。バランスを崩しながら慌てて端末を操作して箱を出現させた。

「桔梗!」

 ガチャガチャと箱が変形していくのを見ながら叫ぶと翼が鋭くなった。あの箱が変形し終える前に翼で両断する作戦である。体を傾けて右翼を彼が持っている箱に当たるように調整した時、男はニヤリと笑った。

「キョウ!」

「――ッ」

 背後で霊夢の声が響いたのと右翼を振動させて左にスライドしたのはほぼ同時だった。僕が先ほどまでいた場所に一本の赤い光線が通り過ぎたのだ。更に男が手の平に乗せた小さい蠍のような機械をこちらに向け、蠍の尻尾の先端から連続で光線を放った。翼を振動させて左右へスライドして光線を躱すがこのままでは桔梗がオーバーヒートを起こしてしまう。

「はぁ!」

 どうしようか必死に思考を巡らせていると霊夢が再び男に向けてお札を投擲した。男の気を引くつもりなのだろう。だが、男はすでに新しい箱を出現させており、変形を終えるところだった。

(あれは、傘?)

 男が手に持ったのは機械仕掛けの傘。それを開き、霊夢が投擲したお札の方へ向けた。まさかあれでお札を防ぐつもりなのだろうか。桔梗【盾】でもあれを無効化するには最大出力とまではいかないが強力な衝撃波を放つ必要がある。桔梗のような特別な武器でない限りあれを防ぐのは――。

「なっ」

 ――不可能。そう思っていた。しかし、男の傘とお札が激突する直前、雨を受ける部分が高速回転しお札を弾き飛ばしてしまったのだ。驚愕するあまり回避が遅れてしまい、光線が右頬を掠った。

「ほらほら、こんなガラクタに苦戦してんじゃねーよ」

 光線を放つのを止めた蠍を僕に向けながら男はニタニタと口元を歪ませる。どうする? 僕は光線を回避するのにせいいっぱい。霊夢の攻撃はあの傘で防がれてしまう。チラリと下にいる霊夢に視線を向ける。彼女はお札を持ちながら僕を見上げていた。

(上手くできるかわからないけど……よし)

 それだけで何となく彼女の考えがわかり、男に向かって急降下するが同時に蠍からの攻撃が再開する。翼を振動させて光線を躱すが先ほどよりも攻撃が激しい。やむを得ず降下するのを止めて上昇した。僕の後を追うように光線が何度も通り過ぎていく。まだだ。まだ、耐えろ。

「ここっ!」

 僕に迫っていた光線に右手を翳す。その掌には1枚のお札。僕の前に結界が展開され、衝突した光線が四方へ分散した。それを見た男はすかさず蠍を操作して光線を放とうとするがその直前に霊夢の投げたお札が地面を抉り、砂埃を巻き上げる。その隙にひび割れていく結界を放置して男の真上に移動し、全力で降下した。

「くそっ……」

 砂埃のせいで反応が遅れた男は舌打ちしながら光線を放つが翼を振動させてくるりと回転するように光線を回避。だが、彼も僕が光線を躱すことを予測していたのだろう。回避した先には迫る光線。

「桔梗!」

「はい!」

 僕の声に応えてくれた桔梗は盾に変形し光線を真正面から受け止める。衝撃波の影響か光線はいくつにも分散し、後方へ流れていく。その間も僕たちは重力を利用して男へ迫る。しかし、光線を受け止めているせいかいつもより桔梗【盾】が熱くなるのが早い。このままじゃ男に一撃お見舞いする前に桔梗がオーバーヒートを起こしてしまうだろう。それなら別の作戦に変えるまで。

 ――肉体強化、オッケー。いつでもいいわよ。

 脳裏に響く声に驚きながら僕は落ちながら思い切り後ろへ仰け反った。その時にはすでに桔梗【盾】は別の変形に移行しており、僕の目の前を赤い光線が通り過ぎていく。そして、くるりと一回転した後、桔梗【ワイヤー】を男の足元に飛ばし地面に打ち込んだ。

「なにっ」

 それを見て声を漏らす男を無視してワイヤーを回収するが、ワイヤーの先端はアンカーのように開いているため、僕の体が地面に向かって引き寄せられた。急いで両足を下に向けて男の目の前に着地し、その衝撃で地面が少しばかり割れる。普通なら足の骨が粉々になってもおかしくない衝撃だったが何とか持ち堪えてくれたらしく、桔梗【拳】を装備した右腕を男に向かって振るった。だが、男も黙っていたわけではない。手に持っていた傘を閉じ、桔梗【拳】に向けていたのだ。

「ッ!?」

 僕は驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げてしまった。桔梗【拳】が傘に当たる寸前、いきなり傘がミサイルのように射出されたのだ。

「ぐっ……」 

 桔梗【拳】と傘が激突し、火花を散らす。すぐに弾こうとするが傘の勢いが予想以上に強く押し切られないように手首のハッチを開け、ジェットを噴射させる。しかし、それでも拳と傘の勢いが均衡するだけだった。まずいと急いで男の方を見れば持ち手しか残っていない傘を放り投げて蠍をこちらに向ける。蠍の尻尾の先端に赤い光が集まっていく。

「――私を忘れないで欲しいわ」

 その声と共に右から飛んで来たお札が小さな蠍を粉々に破壊し、男にも数枚のお札が直撃して吹き飛ばした。

「れい、む……」

 徐々に傘の勢いが弱くなっていくのを拳ごしに感じながら助けてくれた彼女に視線を向ける。霊夢はため息を吐いた後、お札を持ったまま、僕の方へ歩き出す。そして、完全に傘が停止し、地面に落ちるのを見届けてから俺の隣に立った。

「ありがとう、霊夢。助かったよ」

 初めて試みた桔梗の連続変形。桔梗は何度も変形すると熱を持ってしまう。そのため、できるだけ連続で変形することを避けていたのだが、今回ばかりは連続変形していなければ男の攻撃を防ぎ切れなかっただろう。まぁ、最後は霊夢に助けて貰ったのだがそのおかげで男も無力化でき――。

「……まだ終わってないみたいよ」

「え?」

「そりゃそうだろ。あんなお札でやられてちゃ俺たちの目的が達成されるわけねーからな」

 そんな言葉と共に吹き飛ばされた男はゆっくりと立ち上がった。お札の直撃を受けたせいでジャージがところどころ破けている。最も破損が激しいのは咄嗟に防御したと思われる右腕。

「あれ、は……」

 その隙間から見えたのは甲鉄に覆われた男の右腕だった。

 



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第374話 おつかい

「こんにちはー」

「あ、はーい」

 キョウがとある家の扉をノックすると中から声が響き、扉が開く。そこには部屋着なのかラフな服を着た背中から翼を生やした女の子――ミスティアがいた。

「いらっしゃい、キョウ。今日はごめんね、お店の方は大丈夫だった?」

「はい、森近さんにも許可貰ってるので大丈夫ですよ」

「そう? あ、とりあえず中に入って」

「お邪魔しまーす」

 ミスティアの後を追い、キョウも家の中に入った。

 ミスティアと出会ったのは今から3週間ほど前、休憩時間を利用して何となく気になっていたという近くの森を散策しているといきなりキョウの前に現れ、弾幕を放って来たのだ。ただ向こうも本気ではなかったようで吸血鬼の力を譲渡しなくても何とか勝つことができ、いきなり襲ったお詫びとして屋台のメニューであるヤツメウナギの蒲焼をご馳走になった。どうやらミスティアはキョウを妖怪だと勘違いし、別の妖怪のなわばりに侵入する前に追い払おうとしたらしい。

 それから森を歩く時の注意などを受けて別れたのだが、森を散歩していると何度も遭遇。後でわかったことなのだが、キョウの休憩時間とミスティアが人里に買い物に行く時間がほぼ同じであり、買い物に行く途中のミスティアが上空から森の中を歩いているキョウを見つけて下りて来る、というのがいつもの流れになっていた。

「それで頼みというのは?」

 少しばかり世間話をした後、キョウが本題に入る。昨日、いつものように一緒に森を散歩していると彼女が『頼みたいことがあるから明日家に来て欲しい』とお願いしたのである。キョウと桔梗はもちろん私も出会って3週間も経っていたので何の警戒もせず了承し、家の場所を聞いて別れたのだ。

「いやー、実は最近この辺に大きな怪鳥が出るようになっちゃってさ。今、人里が大騒ぎしてるんだよね」

「あー、それ前お客さんから聞きました」

 よくお店に来る魔理沙から聞いた。魔理沙は笑いながら話していたが人里の人たちはさぞ困っているだろう。前、キョウと桔梗は青い怪鳥を倒したことがある。怪鳥の話を聞いた時、もしかしたらキョウたちが倒した怪鳥のことかと思ったが問題となっている怪鳥は橙色だったらしく別の種類だとわかった。

「それでね、今妖怪の私が人里に行くのはちょっと、ね……」

「いつものお店で買い物する分には大丈夫なんじゃないですか?」

「そうなんだけど一昨日買い出しに行ったら歩いてるだけでじろじろと見られちゃって」

「ですが、昨日も会いましたよね?」

「昨日はキョウに会いに来ただけ」

 首を傾げた桔梗の質問にミスティアが笑いながら答える。昨日はお願いするつもりでキョウを探していたらしい。

「えっと、お願いと言うのは買い出しのことでしょうか?」

「そうそう。昨日は何とかやり過ごせたんだけどこのままじゃ屋台ができなくなっちゃうから。ちょっと荷物多くなっちゃうけど……お願い、できる?」

「それぐらいのことなら大丈夫ですよ。ね、桔梗」

「はい、もちろんです。荷物も私がいれば何とかなると思いますし」

 桔梗は変形できる他に重力を操ることができる。操ると言ってもキョウが持っている荷物を軽くする程度だが。

「じゃあ、お願いね。これがお財布。中にメモが入ってるから」

「わかりました。では、行って来ます」

「妖怪に気を付けてね」

 財布を受け取ったキョウは家の外に出て桔梗【翼】を装備し、人里へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと……これで終わりかな?」

 俵を担いだキョウはメモに目を通して買い忘れがないか確認する。私も一緒に確認したが買い忘れはないようだ。

「ん?」

 確認が終わったキョウがメモを財布の中に仕舞っていると遠くの方で轟音が響いた。そちらを見るとレーザーのような光が空に向かって走っている。人里の近くで誰かが戦っているのだろうか。この時代にはすでにスペルカードルールがあるようだし弾幕ごっこで遊んでいるのかもしれない。

「すごい力だね」

「はい……ですが、何でしょう? とても濁ってるといいますか色々とごちゃまぜといいますか」

 桔梗の言うようにあのレーザーのような光から感じる力は純粋な力ではなかった。魔力や妖力を無理矢理混ぜて撃ち出しているようで綺麗だと言えない。

「気になるけど早くミスティアさんのところに戻ろう。悪くなっちゃうし」

 ミスティアから頼まれた買い物はほとんど保存が利く食材ばかりだったがそれでも足が早い食材もある。できるだけ早くミスティアの家に戻った方がいいだろう。

「そうですね。急いで戻りましょう」

 そう言ってキョウと桔梗は人里の出口へ向かう。人が多いため桔梗【翼】を装備したら他の人の迷惑になってしまうからだ。子供が俵など大きな物を軽々と担いでいるが人里の人たちは気にしていない。たまにだが肉体強化できる子供もいるからだ。

「よいしょっと。それじゃいこっか」

「はい」

 人里の外に出たキョウは荷物を地面に置いて桔梗【翼】を装備する。その後、左右の翼に食材を入れた袋の紐を引っ掛け、両手に俵を抱えて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物を抱えたキョウがミスティアの家に帰って来ると彼女は外で屋台の準備をしていた。何か修理でもしているのか地面に工具が置かれている。

「ミスティアさーん、荷物運ぶの手伝ってくださーい」

 着地したキョウが俵を地面に置いてミスティアに声をかけた。肉体強化や翼で荷物の重さをほぼ感じないと言っても食材を保管する場所を知らないからである。

「はいはーい、ご苦労様……って、すごいことになってるね」

「まぁ、これが一番楽でしたから」

 ミスティアは苦笑しながら翼に引っ掛けた荷物を受け取った。肉体強化や桔梗【翼】で荷物の重さをどうにかできたとしてもキョウは子供。俵を抱えるので精いっぱいで全ての荷物を1人で持つことができず、人里では桔梗に袋の一つを持たせ、俵を片腕で担ぎ(かなりギリギリだったが何とかできた)空いた手にもう一つの袋を持っていた。しかし、ミスティアの家に帰るために桔梗は翼になるので袋を持つ人がいなくなり、2つの袋を翼に引っ掛けないと全てを運ぶことができなかったのだ。

「あー……ごめんね。無理させちゃって」

「いえいえ、これぐらいどうってことないです」

 買った食材を仕舞った後、そのことを話すとミスティアは申し訳なさそうに謝った。キョウが子供であることを忘れていたらしい。

「あ、そうそう。買って来てくれたお礼ってわけじゃないけど晩御飯食べてってよ。何でも作っちゃうよ、屋台のメニューであればだけど」

「じゃあ、蒲焼ください。あとご飯も」

「あいよー……ん?」

 買ったばかりの食材を持って台所に向かおうとしたミスティアだったがキョウの顔を見て首を傾げた。何かあったのだろうか。

「ど、どうしました?」

「んー……どっかでキョウに似た人見たような気がして」

「僕に似た人、ですか?」

「どこだったかなぁ……うーん、ごめん思い出せないや」

 首を傾げたままミスティアは台所へ引っ込んで行った。それにしてもキョウに似ている人、か。世界には自分に似た人が2~3人いると言うがその人が幻想郷にいる、というのは偶然にしては出来過ぎている。この時間旅行と言い――もうちょっと警戒した方が良さそうだ。

(まぁ、私が警戒したところで……)

 もうキョウに手を貸すことが出来ないので意味などないのだが――しかし、やっぱり警戒せずにはいられない。

「あ、良い匂い」

「楽しみですね、マスター」

『……はぁ。本人がこれだから、ね』

 のん気に椅子に座ってご飯を待つ彼らを見てため息を吐いた。







・響:橙色の怪鳥を倒す
・キョウ:青怪鳥を倒す
・キョウ:未来の自分と過去の自分が戦っている間、おつかい


このようにこの時代はなかなかカオスなことになっていたりします。


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第375話 霊脈攻略 前編

前編と書いていますが、後編は3週間後です。


「会長、貼って来ました」

「ああ、ありがとう」

 無事にグラウンドに辿り着いた悟は早速リーマから受け取ったお札の束を使おうとした。しかし、すぐに問題が発生する。霊力を流せば簡易的な結界を張れるとリーマから伝えられたがグラウンドにいる人の中でお札に霊力を注ぐことができるのは奏楽と種子しかいなかった上、使い方自体知らなかったのだ。もし、一般人でもお札を扱えられたのならば配布して助けが来るまで自衛できただろう。また、結界陣を使えたのならお客さんを守るようにドーム状の結界を張ることもできたはずだ。霊奈に電話すれば簡単な結界陣を教えてくれるかもしれない。でも、彼女は霊脈の解体を行っている。できるだけ邪魔はしたくなかった。

『……はい、大丈夫です。綺麗に組めていると思います』

 そこで助け船を出したのが麒麟だった。彼女は基本的なお札の使い方を知っていたのである。麒麟に結界陣を教えて貰い、急いでファンクラブメンバーを集めてお札を指定した位置に貼るように指示。メンバーたちは何も聞かずに手分けしてお札を貼りに向かった。そして、今まさにその作業が終わったのである。なお、柊たちは結界の外で護衛するため、陣の外で待機していた。

「それじゃ奏楽ちゃん、お願い」

「オッケー!」

 ずっと悟の肩に座っていた奏楽は頷くとふわりと浮かび、陣の中心に貼ったお札の上に着地した。ゲームの中と信じているメンバーたちはそれを見てギョッとし、『ああ、ゲームの中だからできるのか』と納得する。奏楽が本当に浮遊していると考えるよりこの世界はゲームなのだと考える方が現実的だったからだ。

「えっと、これぐらい?」

 奏楽が足元のお札に霊力を注ぐと地面が赤く輝き、彼女を囲むように結界陣が形成させた。更にその結界陣から四方へ赤いラインが走り、東西南北それぞれで赤い光の柱が空へ伸びる。麒麟の教えた結界陣は『四神結界』と呼ばれるもので中央と東西南北に小さな結界陣を作り、その小さな結界陣を繋いで大きな結界を作る仕組みになっている。

『もうちょっと……ええ、それぐらいで大丈夫です。奏楽さん、私の言うことを繰り返してください』

「はーい!」

 本来この『四神結界』は小さいと言っても結界陣を5つ作り、それらを繋げなければならないため、凄まじい量の霊力を必要とする大規模な結界だ。通常、術者5人で協力して作る結界であり、とてもではないが1人で作れるものではない。だが、今回の場合、術者は規格外だった。『魂を繋ぐ程度の能力』を持つ奏楽と四神の分霊である麒麟が協力していたからである。奏楽は凄まじい霊力を持ち合わせている上、魂ですら繋いでしまう彼女に遠いところに作った結界陣を繋げることは容易いことだった。子供ゆえ霊力のコントロールは大雑把だったがそれをカバーしたのが麒麟である。相性が100%だったこともあり奏楽の霊力をほぼ損失なしで動かすことができたのだ。莫大な霊力、繋ぐことに特化した能力、麒麟のフォロー。『四神結界』を作るのにここまで適した人材はいないだろう。その証拠に麒麟と奏楽が詠唱を終えた瞬間、お客さん全員を囲むように結界が出現した。

「おぉ……すげぇ」

 信用していなかったわけではないが大規模な結界を見た悟は感嘆の声を漏らす。因みにお客さんには事前に結界を張ることを知らせてあるのでパニックにはならなかった。

「奏楽ちゃん、どこか痛むところとかダルイところとかない?」

「ないよー?」

『本来であれば干乾びてもおかしくないのですが……本当にこの子は……』

 小さな結界陣の中にいる奏楽はにへらと笑いながら答え、麒麟はそんな奏楽の様子にドン引きしていた。なお、彼女は小さな結界陣の中にいるが結界そのものは他の小さな結界陣と繋がっているため、彼女の周囲には結界は存在していない。

「そっか……奏楽ちゃん、麒麟。結界は任せたぞ」

「奏楽ちゃん、頑張って!」

「うん、任せて!」

『ええ、お任せください』

 悟とユリの言葉に2人は頷いた。奏楽は結界陣の中から出られない。そのため、仕事のある悟とはここで分かれなければならないのである。もちろん、最初奏楽は少しばかりぐずった。そこで悟が説得するために何でも言うことを聞くと約束したのだ。

「お泊りー、お泊りー」

『楽しそうですね、奏楽さん』

「うん!」

 ユリと手を繋いで仕事に向かった悟の背中を見ながら奏楽は笑った。少し前に奏楽は悟の能力について調べるために彼の家に泊まったことがあり、今回の約束でもう一度家に泊めて貰おうと思っているのだ。

『そんなことが……それで悟さんの能力は何だったのですか?』

「さぁ?」

 お泊り会の話を聞いた麒麟の質問に彼女は笑いながら首を傾げる。はしゃぎ過ぎた奏楽は悟の胸の中でぐっすりと寝てしまったのだ。

「でもね、お星さまが綺麗だったのは覚えてる」

『へぇ、お星さまですか』

「うん! また見たいなぁ」

 奏楽は結界陣の中でニコニコと笑顔を浮かべていた。彼の目に浮かぶ星を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!!」

 近づいて来た妖怪たちを龍の鱗に覆われた腕を振るい、吹き飛ばした。たったそれだけで妖怪たちは砂のように消え失せる。

『ふむ、脆いな』

「そうだね」

 青竜の言葉に頷いた弥生は大きく息を吸った後、妖怪が密集しているところに向けて火球を吐き出す。火球に飲み込まれた妖怪たちは一瞬にして焼失してしまう。

 霊脈から妖怪が現れたのを見た弥生はすぐに妖怪に攻撃したのだが、予想以上に妖怪たちは弱かった。式神通信で雅たちと連絡を取り合いながら動いているのだが、他の霊脈から現れた妖怪も動揺らしい。

「よっと」

 背後から接近して来た妖怪をひらりと躱し、すれ違いざまに翼でその体を切り裂いた。そのまま飛翔し、状況を確認する。

「……」

 確かに妖怪たちは弱い。下手をすればただの人間の攻撃でも倒せるかもしれないほどだ。しかし、問題はその数である。妖怪たちが現れ始めてからまだ10分ほどしか経っていないのにすでに3桁を越える妖怪が霊脈から溢れていた。

『状況はあまり芳しくない。今も妖怪の出現速度は上昇している』

「殲滅するっ!」

 青竜の言葉に弥生は再び息を吸い込んだ。だが、今度はすぐに吐き出さず数秒ほど溜めた。そして、爆炎を眼下に広がる妖怪の絨毯へ放つ。爆炎は地面に叩きつけられると同時に四方八方へ広がり、着弾地点付近だけでなくその周辺にいた妖怪すらも焼き殺した。

「……くっ」

 だが、それでも妖怪の数は減らない。倒した途端、その倍以上の妖怪が霊脈から出現する。埒が明かないどころではない。このままでは捌き切れなかった妖怪がグラウンドの中央へ向かってしまう。その証拠に妖怪たちは何かに導かれるようにグラウンドの中央へ歩みを進めていた。

「魔眼!」

 黄色い瞳で妖怪がいる空間を圧縮し、爆破させる。それとほぼ同時に炎を吐き出して別の場所にいた妖怪を焼き払う。とにかく数を減らす。弥生にはそれしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弥生だけではない。他の霊脈にいる式神たちも同じだった。

 尻尾の穴から水を噴出させて霊脈へ向かった霙は上空を旋回しながら霊脈の様子を窺っていた。しかし、妖怪が現れ始めてから彼女はすぐに地上に降りたのである。甲羅の中に顔、手足、尻尾を収納したまま。

「大丈夫なんでしょうか?」

『うん、大丈夫だよー。ねー?』

『ええ、きっと大丈夫よ』

 甲羅の中から迫る妖怪を見ながら不安げに玄武に聞く霙に対し、玄武“たち”はのん気に答えた。玄武は亀に似た姿をしていると言い伝えられているがその亀の尻尾は蛇であるとも言われている。そのため、声は2つ存在しているのだ。なお、おっとりとした声は亀。少し低い女性の声は蛇である。

「……わかりました。私も覚悟を決めます」

 玄武たちの言葉を聞いた霙は小さく深呼吸した後、一気に冷気を放出し、地面を凍らせた。その後、手足の穴から水を噴出させ、その場でクルクルと回転し始める。

『僕たちの相性はー、バッチリー』

『ましてや扱う属性すら同じ』

 凄まじい速度で回転する霙の耳に玄武たちの声が届いた。『霙』。雪と雨が混ざり合った天気。ご主人様である響が付けてくれた大切な名前。霙の力の源。水と氷を操る力を持つ神狼。水の力を操る四神と相性が良くないわけがなかった。

「それでは……まいります!」

 十分な回転速度に達した霙は水の噴出を止め、全ての穴から同時に同じ水圧で水の刃を周囲に放つ。水の刃は妖怪の体を捉え、それを真っ二つにしてしまった。しかも一体だけでなくその後ろに立っていた妖怪たちも一緒に両断している。

「……」

『どんどんいこー』

「あっ……は、はい!」

 予想以上の威力に回転しながら呆然としてしまった霙だったが玄武の声で我に返り、次から次へと水の刃を撃ち出す。

 これほどの速度で回転していれば三半規管がやられてしまうだろう。しかし、そこで役に立ったのが玄武の言い伝えだった。玄武は『亀蛇、共に寄り添い、もって牡牝となし、後につがいとなる』と言われており、陰と陽は合わさっている様子に例えられたことがあり、陰と陽――つまり、相反する力を同時に保有している。その言い伝えを利用して回転する方向とは逆方向の作用を霙の三半規管に伝え、バランスを取っているのだ。本物の玄武ですらこんなことはできないだろう。しかし、この玄武は響の能力の影響を受けている。そのため、言い伝えを利用できるのだ。なお、視覚に関しては玄武の視界を共有しているおかげでいつも通りに見えている。

『よーし、次は前だー』

『いえ、まずは背後の敵を倒しましょう』

「どっちかにしてくださああああい!」

 水の刃を撃ち出しながら霙は玄武たちの指示通り甲羅を滑らせて移動する。地面は凍っているため、摩擦力は小さく、軽く水を噴出するだけで移動することができた。どうにかして霙を止めようと妖怪たちも彼女たちに迫るがそのほとんどは近づく前に水の刃に両断され、近づいても高速回転する霙に触れようとした途端、はじき飛ばされる。霊脈偵察組の中でも霙が断トツで妖怪討伐数が多かった。

『右ー』

『左よ』

「うええええええん!」

 本人は玄武たちに振り回され、泣きながら我武者羅に水の刃を撃ち出しているだけだが。

 



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第376話 決死の衝撃波

先週は更新できずに申し訳ありませんでした。
今週から通常通り週1更新しますのでよろしくお願いします。


 霊夢のお札は桔梗【盾】でも防ぐのに相当な衝撃波を放たなければならないほど強力なものだ。しかし、その直撃を受けたのにも関わらず鈍い光を放つ男の腕には全くと言っていいほど傷は付いていなかった。

「さてと……さすがに遊びすぎたみたいだし。そろそろ真面目にやろうかね」

 むき出しになった甲鉄に覆われた腕を動かし辛そうにグルグルと回す男。動きが悪かったのはあの甲鉄のせいだったらしく、腕だけでなく体全体を覆っているかもしれない。つまり、霊夢のお札でさえ傷を付けられないほど頑丈な甲鉄の鎧を着込んでいることになる。そうなるとあいつを倒すには鎧に覆われていない部分――頭部か霊夢のお札以上の威力を持つ攻撃をぶつけるしかない。だが、頭部への攻撃は機械や腕でガードされる可能性が高く、後者に至っては至近距離で桔梗【弓】を当てるぐらいしか思いつかない。桔梗【盾】でもダメージは通るかもしれないが桔梗【盾】の攻撃は面。威力が分散してしまうのだ。

「次はこいつだ」

 桔梗【盾】に変形させ、どう攻撃しようか悩んでいる内に男の手に新たな機械仕掛けの箱が現れる。そして、その箱はどんどん形を変え、筒になった。男はそれを地面に置き、僕たちの方を見てにやりと笑う。

「そばにいると危ないぜ?」

「――っ!」

 嫌な予感がして地面に桔梗【盾】を叩き付けて衝撃波を発生させ、上空へ避難すると筒から兎の顔が描かれたミサイルが飛び出し、霊夢を無視して僕の方へ向かって来た。桔梗【盾】で防御しようと構えるがすぐに桔梗を桔梗【翼】に変形させる。もし、あのミサイルが何かに接触した時、爆破するとしたら桔梗【盾】では完全に防ぐことができないからだ。幸い、ミサイルの速度はさほど早くないため、桔梗【翼】でも十分逃げられるはず。

(しつこいっ……)

 何度か方向転換してミサイルを撒こうとするが追尾性能は高いせいで上手くいかない。仕方なく懐から1枚のお札を取り出して背後に投げた。お札がミサイルに当たり、爆発する。僕が予想していたよりも遥かに上回るほどの爆風を起こしながら。

「うっ……」

 爆風に煽られ、バランスを崩しそうになるが何とか耐えられた。だが、問題はここからだ。あの兎のミサイルは速度はそこまで速くないものの高い追尾性能と凄まじい爆発を起こす。1つだけなら遠いところから的確に破壊すればいいが――。

「ほれ、追加だ」

 ――そんな簡単に行くわけがないことぐらいわかっていた。

 いつの間にか筒は3つに増えており、次から次へと兎のミサイルは吐き出している。霊夢は咄嗟にお札を投げようとするが先ほどの爆発を思い出したのか悔しそうに動きを止めた。筒から飛び出したばかりのミサイルを破壊してしまうと筒の中に残っているミサイルに誘爆してしまうかもしれないからだ。数秒ほどお札を構えていた彼女だったがすぐにお札を仕舞い、目を閉じて詠唱を始めた。何か策でも思いついたのかもしれない。なら――。

(それまで耐える!)

 桔梗【翼】を操作して迫るミサイルから逃げる。だが、すぐに僕は動きを止めてしまった。背後だけでなく、前からもミサイルが迫っていたからだ。

「マスター!」

 どうしようか一瞬だけ悩んだが桔梗の声で体を下に向けて左右の翼を振動させて急上昇した。迷っている暇はない。ミサイルに距離を詰められたら爆風のみならず爆破に巻き込まれてしまう。迫っていたミサイルは僕が急上昇したからか軌道が上に修正した。だが、いきなり真上に進めるだけではなかったようで前後から迫っていたミサイル同士が軽く接触してしまう。そして――爆破。更に誘爆。先ほどとは比べ物にはならないほどの爆風が巻き起こった。

「桔梗!!」

 咄嗟に翼を体の前で交差させて防御する。もちろん、振動も忘れない。しかし、それでも完全に防ぐことができず、僕たちは爆風に煽られてもみくちゃに回転しながら真上に吹き飛ばされてしまった。

「うっ、ぁ……あああああ!」

 軋む体に鞭を打って交差させていた翼を大きく広げて空気抵抗を大きくする。振動すると僕の体がバラバラになってしまう可能性があるので自然に回転が止まるのを待つ。

「ま、すたぁ……まだ、来てます!」

 翼を細かく操作して回転を止めようとしてくれているようで桔梗は辛そうにしながら叫んだ。グルグルと回る視界でもミサイルを捉えることができた。

「ッ――」

 やっと回転が止まった頃にはすぐそこまでいくつものミサイルが迫っており、すぐに加速してミサイルから離れる。

「マスター、駄目です! 逃げられません!」

「わかってる!」

 どうする? どうすればいい? 何か、あのミサイルをどうにかできる策はないの?

 ――キョウ! 前!

「ッ!?」

 頭の中で女性の声が響き、先ほどと同じように前からミサイルが僕たちに向かって飛んで来ているのが見えた。駄目だ。この速度では避けられない。なら、さっきと同じように上に――。

(あ……)

 そして、気付いてしまった。兎のミサイルが上からも迫っていることに。逃げ場は下にかない。だが、下に逃げたら。

(でも、やるしかない!)

 体をぐるりと回転させ、真上を見る。そのまま全力で振動。僕の体は急降下し、ミサイルも僕の後を追って激突した。

 ――キョウ!

 翼を交差させて爆風から身を守ると同時に僕の体が一瞬だけ青く輝き、凄まじい衝撃が僕を襲う。どうやら、爆風に煽られたせいで翼を広げる間もなく地面に叩きつけられてしまったようだ。何故か痛みはないが地面が陥没してしまうほどの勢いで叩きつけられたせいですぐに体を動かせない。霞む視界の中でも地面に倒れている僕に向かってミサイルたちが突っ込んで来るのがわかった。

「マスター! 逃げて……逃げてください!」

 桔梗が僕の名前を叫んでいる。わかってはいるのだ。早く逃げなければ死んでしまうことぐらい。でも、もう間に合わ――。

 

 

 

 

 

 

 

「防いで!」

 

 

 

 

 

 

 その声が聞こえた瞬間、僕は桔梗を盾に変形させて体を覆うように展開させた。その後すぐに凄まじい轟音が響き渡る。どうやら傍でミサイルが爆破したらしい。しかも、誘爆しているようで轟音は何度も轟いている。桔梗【盾】でも防ぎ切れないかもしれない。

「絶対に――」

 のん気にそんなことを考えていると衝撃波を放って僕を守ってくれている桔梗の声が聞こえた。本来であれば轟音のせいで聞こえるはずないのに自然と彼女の声は耳に届いたのだ。

「絶対に……守り切ります!!」

 絶叫した桔梗は連続で衝撃波を放ち始める。爆風に押し切られそうになった衝撃波ごと吹き飛ばすように。

(桔梗……)

 衝撃波を連続で放つということはそれだけ桔梗の体が熱くなり、オーバーヒートを起こしてしまう可能性が高くなる。そして何より桔梗にとってオーバーヒートを起こすということはとても辛いらしい。特にオーバーヒートを起こす直前は体が動かなくなっていく恐怖と虚無感で悲鳴を上げてしまいそうになると言っていた。

 しかし、彼女はオーバーヒートを起こしてしまうかもしれないのに衝撃波を放ち続けている。僕を守るために。まだ桔梗は諦めていないのだ。なら、僕だってまだ諦めるわけにはいかない。魔力を溜めた両手を桔梗【盾】に当てて全力で桔梗に魔力を注ぐ。少しでもオーバーヒートを抑えるためだ。森近さんの店を手伝っていた頃、どうやってオーバーヒートを抑えることができるか色々実験した時に見つけた方法である。

「はぁ……はぁ……」

 実際には数秒の出来事なのだろう。でも、僕には何時間も経ったような気がした。いつの間にか轟音は止み、息を荒くした桔梗は人形の姿に戻って僕のお腹の上に背中からぽすっと落ちた。服越しに感じる彼女の体温はとても熱い。オーバーヒートしていてもおかしくないほどの熱量だった。でも、桔梗は気合いで意識を繋ぎ止めてくれたのだろう。僕を守るために。

「ありがとう、桔梗」

「いえ……ご無事でなによりです」

 体を起こした後、ギュッと桔梗を抱きしめる。すると、彼女は顔を上げて嬉しそうに笑った。

「キョウ、大丈夫!?」

 その時、両手両足に鉤爪型の結界を展開させている霊奈が僕の隣に着地して顔を覗き込んで来る。『防いで』と言ったのか彼女だったようだ。ここから霊奈が修行している広場までそれなりに離れているが騒ぎに気付いて助けに来てくれたのだろう。

「な、何とか――」

「――霊奈さん!」

「は、はい!」

 霊奈に無事を伝えようとするが僕の言葉を遮るように桔梗が叫んだ。霊奈は肩をビクッと震わせる。

「大丈夫じゃありませんよ! もう少しでマスターが怪我するところだったじゃないですか!? 助けてくれたことには感謝していますがもっと他にやり方があったんじゃないですか!?」

「ご、ごめん」

「まぁまぁ。あそこでミサイルを破壊してくれなかったら怪我じゃすまなかったんだし」

「もう……マスターは優し過ぎます」

 僕の胸の中で怒る桔梗を宥めるが納得していないのかそっぽを向いた。そう言えば追加のミサイルが飛んで来ない。気になってミサイルの発射台が置いてある方を見てすぐに目を見開いた。

「あれ、は……」

 3つの発射台を囲むように箱型の結界が展開されていたのだ。あれではミサイルを発射した瞬間、結界にぶつかって爆発し、発射台を破壊してしまう。普通の結界であればあのミサイルの爆発に耐え切れずに破壊されてしまうだろうけど術者が霊夢であれば話は別だ。男もそれがわかっているのだろう。発射台を遠隔操作してミサイルを発射しないようにしているようだ。

「桔梗、体大丈夫?」

「はい、ある程度休みましたのですぐにオーバーヒートを起こすことはないと思います」

 睨み合っている霊夢と男から視線を外し、桔梗の具合を確かめるが大丈夫そうだったのでホッと安堵のため息を吐く。

「そう言えば霊奈、ななさんは?」

 確かななさんは午後から霊奈の修行に付き合うと言っていた。彼女がここにいると言うことはななさんも一緒に来ているはずだが姿が見えなかったのだ。

「ななさんは――」

「キョウ君!」

 霊奈の言葉を遮るように男の後ろ――神社の方からななさんの声が響く。どうやら僕の鎌を取りに行ってくれていたようで丁度紅い鎌を抱えたななさんが境内に出て来るところだった。

「……おいおい」

 その時、不意に男が霊夢から視線を外し、ななさんを見て声を漏らす。ななさんも男の視線に気付いて動きを止める。

「何で……」

「え?」

「お前がここにいるんだよ!!」

 今までどれだけ機械を破壊されても余裕そうだった男は切羽詰ったように絶叫した。それに対してななさんは戸惑った表情を浮かべている。

(まさか……)

 ななさんと男は知り合い?

 



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第377話 運命の再会

「――ッ!?」

 それはやはり唐突だった。店主に言われた通りに荷物を運んでいるといきなりキョウはビクッと肩を震わせたのだ。私もそれを見つけて目を丸くしていた。そう、時空を飛び越える前兆である白い球体だ。

「き、桔梗!! 森近さん!!」

 キョウはその場に荷物を置いて近くで働いていた2人を呼ぶ。彼の声を聞いた2人は慌てた様子でキョウの元へ駆け寄った。

「マスター、どうしました?」

「時空を飛び越える兆しが出ちゃった! もう少しで跳んじゃうよ!」

「え、ええええええ!?」

 まさかこのタイミングで来るとは思わなかったのか桔梗は目を丸くして叫ぶ。そんなことをしている間も白い球体の数はどんどん増えていく。

「そう言えばキョウ君と桔梗は時空を飛び越えてこの時代に来たんだったね。じゃあ、もうお別れなのかい?」

「はい……すみません、突然で」

 キョウたちはまだ弁償を終えていない。それが心残りなのだろう。彼は申し訳なさそうに店主に謝罪した。

「それじゃ、また僕に会うことがあったらその時に弁償の続きして貰うよ」

「は、はい、わかりました! 桔梗、おいで!」

 キョウが桔梗を呼ぶと彼女はすぐに彼の腕にしがみ付き、その間に素早く鎌を背負った。これで忘れ物はないはずである。

「森近さん、今までありがとうございました!」

「僕も楽しかったよ。またおいで」

「はい!」

 右手を振りながら店主に別れを告げると私たちの視界は白に染まる。しかし、奇妙な浮遊感を覚えただけで気を失うことはなかった。どれほど時間が経っただろう。時空移動が終わり、キョウは難なく地面に着地した。

「桔梗、大丈夫?」

「はい、何ともありません。マスターも大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

 ちゃんと腕に桔梗がいることを確認した彼はすぐに周囲を見渡す。林の中なのはわかるが幻想郷のどの辺りなのか把握するのは難しい。だが、何なのだろうか、この違和感は。幻想郷にしては空気中の霊力や魔力の濃度が薄いような気がする。

「ここはどこでしょうか?」

「うーん、とりあえず、空を飛んで周りの様子を見た方が――ッ!!」

 その時、私たちの頭上から凄まじい轟音が轟いた。聞き覚えのない音。しかし、私はその正体を知っていた。いや、知識として植え付けられていた。だからこそ私もキョウも言葉を失ってしまう。

(う、嘘……)

「ま、マスター! 何ですかこの音!? 敵ですか!?」

「う、ううん、違う! この音は!」

 慌てふためく桔梗を宥めながら彼は空を見上げる。そして、木々の隙間から見えた青空を巨大な鉄の塊――飛行機が通り過ぎた。

「飛行機……じゃあ、ここは」

(幻想郷ではなく……)

 外の世界。つまり、ここはキョウが住んでいた世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ここはマスターが住んでいた世界……幻想郷から見て外の世界ということですか?」

 飛行機を目撃して言葉を失っていたキョウだったが心配そうにしていた桔梗を見て我に返り、ここが外の世界であると説明した。それを聞いた桔梗は目を丸くしている。無理もない。桔梗は幻想郷で生まれた。いきなり外の世界だと言われても困ってしまうだろう。

「うん……でも、どうして外の世界に来ちゃったんだろ? 今までそんなことなかったのに……」

「少なくとも幻想郷内でしたよね? そもそもマスターの時空移動に法則性を見受けられません」

 キョウの能力により時空を移動してここまでやって来たのだが、飛んだ先は幻想郷内という共通点しかなく、場所はもちろん時間軸すら違うのだ。

「それさえわかれば色々助かるんだけど……」

「ん?」

 憂鬱そうにため息を吐くキョウに対し、桔梗は不意に後ろを振り返った。彼女が見た方に注意を向けると微かに水の音が聞こえる。キョウもそれに気付いたようで話し合いの結果、徒歩で水の音が聞こえる方向へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

「川ですね」

 歩き始めてから少し経ってキョウたちの目の前に外の世界にして珍しい綺麗な川が現れた。

「綺麗な川だね。飲めるかな?」

「ちょっと待っていてください」

 桔梗はこいしと出会った時代で薬草を食べたことで毒素を探知できるようになっていた。そのため、飲めそうな水を見つけた時に桔梗に毒素が含まれているか確認して貰っているのである。まぁ、毒素が含まれていないと言っても生水を飲むのはあまりお勧めしないが。

「……毒素は含まれていません。飲めます」

 川に手を入れた桔梗はすぐに頷いた。それを聞いたキョウは川の水をすくって飲み始める。この時代に来る直前まで力仕事をしていたからか喉が渇いていたらしい。それにしても外の世界なのに人の気配を感じられなかった。先ほどまで歩いて来た林はそれなりに手入れされているようだったし誰も近づかない場所だとは考えにくいのだが。キョウたちも人の気配がないことを不思議に思っているようで首を傾げている。しかし、すぐにキョウが体を洗うと言ったせいで話はそこで打ち切られてしまった。私としてはもう少し周囲の安全を確認した後にして欲しいのだが、私の意見など伝わるわけもなく、桔梗に薪を探しに行かせる。

「よっと」

 石鹸のような便利な道具はない――そもそも川で化学製品を使ってはいけないので体を擦って汚れを落としたキョウは髪を洗い始める。幻想郷を旅している間、キョウは髪を切る機会がなく、伸ばしっぱなしになっていた。普通ならばパサパサになったりと不恰好になってしまうのだが、キョウの髪型は肩甲骨に届くほどの綺麗なストレートである。キョウのキューティクルは相当強いらしい。キョウ自身まだ子供なので一般人には女の子にしか見えないだろう。まぁ、幻想郷の住人たちは霊力を感じ取れるのでキョウの霊力が陽であることから男だと判断したようで間違えられることはなかったが。

「そこに誰かいるの?」

 髪を洗い終えたキョウが水に浸かろうとした瞬間、対岸の草むらからキョウと同じくらいの少女が顔を覗かせる。考え事に夢中で気配に気づかなかった。すぐに警戒するが何も出来ないことを思い出し、奥歯を噛みしめる。

「「……」」

 いきなり少女が現れるとは思わなかったキョウとまさか川で体を洗っているとは思わなかった少女は無言のまま、見つめ合う。

「え、えっと……とりあえず、服着ていい?」

「あ、うん。いいよ」

 さすがにこのまま硬直していれば風邪を引くと思ったのかキョウが少女にそう言うと彼女は戸惑いながらも頷いた。それから話し合おうとしたが薪を拾って来た桔梗が来てしまったりと色々あったが何とか落ち着かせて少女に事情を説明した。

「……大体の話はわかったけど、信じられないよ。時空を移動してるなんて」

「まぁ、そりゃそうだよね」

 事情を聞いた彼女は訝しげにキョウたちを見たがすぐに諦めたようにため息を吐く。

「でも、人形は話すし、変形するし……信じるしかないんだよね」

「信じてくれるの?」

「うん。これでも一応、そっち側の話は他の人より詳しい自覚あるから」

「小さいのにすごいね」

「貴方も私と同じくらいだよ?」

 忘れそうになるがキョウはまだ5歳。それなのに色々なことに巻き込まれ、経験して“しまった”。そのせいで彼は他の子よりも聡明になってしまったのだろう。私としてはキョウには普通の子供のような人生を送って欲しい。もう、私がいる時点で手遅れなのだが。

(それにしても……)

 私はジッと少女を観察する。未だ草むらから出て来ない。それほどキョウたちを警戒しているのだろう。別に警戒することに異を唱えるつもりはない。私だっていきなり川で体を洗っている男の子を見たら警戒する。しかも、その子の傍に動く、話す、変形する人形がいればなおさらのこと。私が気になったのは彼女の口調。何というか無理して“幼く”話しているような気がする。いや、無理はしてない。警戒して『自分がただの5歳児』であるように見せているような――。

「それじゃ私も自己紹介するね」

『……え?』

 その時、彼女はやっと草むらから出て来た。そして、私は目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ごめんね。こうするしか、ないの。もしものことがあった時、この子をよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 不意に脳裏に過ぎる誰かの言葉。思い出そうとするがバチッと電撃のような痛みが走って思い出すことができない。でも、これだけはわかった。

 

 

 

 

 

「私の名前は霊夢。博麗 霊夢。ここ、博麗神社の巫女見習いをしてるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は少女――『博麗 霊夢』に会ったことがある。

 




やっとAパートが第9章に追い付きました。これからAパートはCパートのおさらいと言いますか、ナレーションが多くなると思いますのでよろしくお願いします。


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第378話 霊脈攻略 中編

後編だと言いましたが予想外に長くなったため、中編になりました。
後編は3週間後になります。


 西の霊脈。弥生や霙と同じようにリーマも霊脈から溢れ出る妖怪と戦っていた。そして、その戦闘はグラウンドの中央に集まっている人たちからも見えるほど派手だった。

『左だ』

「はいはい、と」

 頭の中に響いた白虎の声を聞いてリーマは面倒臭そうに左足でトンと地面を叩く。すると左側の地面が大きく隆起し、リーマの左側を通り抜けようとした妖怪たちは吹き飛ばされて地面に叩きつけられる前に消滅した。

「はぁ……なんか拍子抜けなんだけど」

『仕方ないだろ。俺とお前の能力は殲滅戦に適してんだから』

 リーマの能力は『成長を操る程度の能力』。主に植物を成長させる時にこの能力を使っている。その証拠に彼女は常に植物の種を持ち歩いており、先ほどまで種を妖怪たちが集まっている場所に投げて急成長させて攻撃していた。リーマは成長させる他に成長させた対象をある程度操ることもできるのだ。ガドラの手下と戦った時は髪を成長させて望を運んだこともあった。

 そして、リーマに宿った白虎が司る属性は『金』――つまり、鉱物や金属である。おそらくリーマ以外の人に白虎が宿った場合、手に持っている金属を変形させることぐらいしかできなかっただろう。だが、リーマは成長を操ることができる。地面の中に含まれている微細な鉱物や金属を急成長させ、地面を隆起させているのだ。一応、リーマ単体でも鉱物を成長させることは可能である。だが、鉱物は長い年月をかけて成長するため、リーマの能力を駆使しても大きく成長できず、地面を隆起させるには膨大な霊力が必要となるのだ。

 それを手助けしているのが白虎である。彼のおかげでリーマは鉱石を少量の霊力で地面を隆起させるほどまで成長させることができるのだ。しかも、その工程も至極簡単であり、ただ地面を肉球付きの足で叩くのみ。それだけで妖怪たちは隆起した地面に打ち上げられ、消滅していく。何より隆起した地面を元に戻せることがリーマの強みだった。妖怪は何かに引き寄せられるようにグラウンドの中央へ向かうため、必ずリーマの左右どちらかを通る。その直前に地面を隆起させれば勝手に自爆するのだ。また隆起した地面の高さもそれなりにあり、いきなり現れた土壁を見た妖怪たちは止まろうとするが激突して消滅。止まれたとしても後ろから別の妖怪に突っ込まれて圧死する。

「ふわぁ……」

 つまり、リーマは左右の地面を隆起するだけで妖怪の進攻を完全に食い止めることができるのだ。加えて細かい操作も必要ない。言ってしまえば飽きていた。

『一体抜けたぞ』

 だからだろう。隆起させるタイミングが一瞬だけ遅れてしまい、一体だけ突破されてしまった。それでもリーマは焦った様子も見せずに手に持っていた(肉球でも不思議と持てた)種を後方へ放り投げて地面に落ちた瞬間に発芽して突破した妖怪へ蔓を伸ばし、串刺しにする。その間もボコボコと地面を隆起させて妖怪たちを倒していた。雅や弥生よりも長い時を生きているからか冷静に対処している。

『……お前、なんかすごいな』

「何が?」

 それは白虎ですら感心してしまうほどだったがリーマにとって普通のことだったので首を傾げるだけで終わった。しかし、完全に妖怪たちの進攻を食い止めているリーマだが地面を隆起させるタイミングは妖怪が左右のどちらか、もしくは両方を通り過ぎようとした時なので一度に倒せる数は決まっており、縦横無尽に無双している霙に比べて妖怪討伐数は少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなリーマに比べ、南の霊脈担当の雅は少々厳しい戦いになっていた。

「はぁ!」

 12枚の板状の翼を伸ばして次々に妖怪を薙ぎ倒していく。だが、妖怪が消滅した次の瞬間には別の妖怪がその隙間を埋める。その間も妖怪たちの進攻は止まらない。他の霊脈と比較しても妖怪たちに押されている。

「くっ……」

 チラリと後ろを振り返り少しずつ近づく四神結界を見て奥歯を噛みしめる雅。だが、すぐに頭を振って翼を振るう。響に召喚された状態であれば炭素を操る力が向上し、殲滅力も増していただろう。

『……』

 今は何とか妖怪に突破されずに済んでいる雅を朱雀は黙って見ていた。きっと姿が見えていればその表情は厳しいものだっただろう。妖怪に押される雅が不甲斐ないからではない。彼女が一度も朱雀の力を借りていないからだ。

『……ねえ』

「何!? 今、忙しいんだけど!」

『もしかして、炎が怖いの?』

「ッ……」

 朱雀の言葉に雅は体を硬直させる。彼女は数年前までガドラに奴隷にように扱われており、体罰として毎日のようにガドラの炎で燃やされていた。雅にとって炎はトラウマであり、少し前まで炎に触れただけでしばらく能力が使えなくなってしまうほどだ。今は炎に触れても能力は使えるが、炎に対する恐怖心が完全になくなったわけではない。ましてや自分の意志で炎を操るなど出来そうにもなかった。だからこそ、下手に炎を使って自爆するよりいつもの戦闘スタイルで戦った方が確実だと判断し、このような状況に陥っている。

『……ああ、だからこうなってるのね』

 雅と朱雀の相性はいい。本来であれば弥生と青竜以上――つまり、彼女たちの相性は50%を超えているはずだった。だが、実際は尾羽しか生えず、相性も10%程度。それは雅の炎に対するトラウマが原因だったのだ。

『……どうするの? 多分、数分も経てば突破されるけど』

「……しょうが、ないか」

 覚悟を決めた雅は妖怪を倒しながら式神通信に意識を集中させる。本当なら自分の力だけで妖怪たちの進攻を喰い止めたかった。でも、できなかった。自分が情けないばかりに。だが、己のプライドを守るためにこのまま戦い続けて妖怪に突破されることだけは避ける。雅は知っているのだ。自分一人だけでできることなどほんの少ししかないことを。仲間という存在が近くにいることを。それをずっと彼女の主人である響にわかって欲しくて願い続けた。なのに――。

(――願った本人ができなきゃ説得力ないもんね)

 やっと頼ってくれるようになったのにまた守られる側に戻るのは御免である。どんなに情けなくても、悔しくても、不甲斐なくても自分には無理だとわかった以上、雅は仲間を頼る。それが響に願ったことなのだから。

『これぐらいのことでそこまで思いつめなくてもいいと思うけど』

『雅さんは頑張り屋さんですから』

『私もそこまで余裕ないんだけど……まぁ、何とかしよっか』

『雅ー、がんばれー!』

「……ありがと」

 リーマ、霙、弥生、奏楽の声に雅は笑みを浮かべた。そして、すぐに思考を切り替える。手短に今の状況を教えて貰ったが余裕があるのは霙とリーマだ。しかし、霙の担当は北の霊脈。雅が担当している南の霊脈と正反対の場所に位置している。ならば自然とリーマが雅の補助に入ることになるのだが、それに待ったをかけたのは弥生だった。

『申し訳ないけど私にも補助必要かも。霙、お願いできる?』

『そうですね……今のままだと遠すぎて補助に入るのは難しいかもしれません。なので、全体的に下がりましょう』

『下がる? ああ、そっか。合流させちゃうのか』

 霙の提案にリーマが首を傾げるがすぐに納得する。現在、妖怪たちの進攻は雅たちのおかげで何とか食い止められている。だが、そのせいで雅たちもお互いの距離が離れており、連携が取れないのだ。そこで前線を下げて雅はリーマと、弥生は霙と連携が取れるようにすれば個々で戦うよりも突破される可能性は低くなる。それに加え、北と東、南と西の霊脈から溢れ出る妖怪を合流させ、一箇所に集めて一網打尽にする作戦だ。

『奏楽、今から下がるから悟にそう言ってくれる? 結界に近づくけど心配いらないって』

『うん、わかった!』

 雅がそうお願いすると奏楽は頷いて式神通信を切った。奏楽自身は四神結界を保つために動けないので近くにいるファンクラブメンバーに悟を呼んで欲しいとお願いするためである。

『それじゃ……少しずつ下がるよ。特に雅と弥生は焦って突破されないように気を付けてね』

『わかってるって』

『了解』

 リーマの言葉に苦笑しながら雅は不甲斐ない自分を責めることなく助けてくれる仲間達に心の底から感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後2時50分。四神結界内からでも妖怪の姿が視認できるほどまで前線を下げた式神組は反撃を開始した。

 



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第379話 この子だけでも

「……」

 絶叫した男を見て戸惑っていたななさんはすぐに僕の鎌を構えて警戒する。男は彼女のことを知っているようだが友好的ではなかった。記憶がなくなる前のななさんと男は敵対していた可能性が高いと判断したのだろう。しかし、警戒したななさんを見て彼はすぐに首を傾げた。僕たちの存在など忘れてしまったかのように彼女を観察して――。

「……はっ。はは、ははは」

 ――嗤う。あれだけ切羽詰った様子で叫んだ男がお腹を抱えて笑い出した。

「なんだ……そういうことか。あー、なるほど」

「……何がおかしいんですか」

「ぷっ……何がおかしいって? 全部だよ全部。その姿も、話し方も、在り方もめちゃくちゃじゃねーか。警戒して損した」

 そんな男の反応にななさんは眉間に皺を寄せる。笑われているのだ、不機嫌にもなるだろう。それにしてもやはりあの男は記憶を失くす前にななさんを知っているようだ。彼が言うには姿も話し方も在り方も今のななさんと違うらしいが1か月近く一緒に過ごしていた僕からしたら他のななさんの姿は想像できなかった。

「いやぁ、俺も馬鹿だった。どんな方法を使って追って来たのか知らねーけど事故って記憶失くしてちゃ元もこうもねーな……よし、予定変更」

「ッ! させないよ!」

 勝ち誇った様子で話していた彼は端末を操作して新しい箱を取り出す。それを見て霊奈が男に向かって駆け出した。僕と霊夢もその後を追おうとしたがすぐに止まった。霊夢はうさぎミサイルの発射台を止めるために結界を張っているし、桔梗も先ほどの無茶でまだ体に熱を持っている。彼女は戦ってもすぐにオーバーヒートは起こさないと言っていたがまだ休ませるべきだ。それに嫌な予感がする。男は僕を殺そうとしていた。だが、ななさんを見てすぐに予定を変更させると言った。つまり、彼は――。

「桔梗、ワイヤー!」

 予感が外れていればそれはそれでいい。そう思いながら僕は桔梗【ワイヤー】を装備する。そして、それとほぼ同時に霊奈の鍵爪が箱を持つ男に振るわれた。すぐそこまで迫っている鉤爪をチラ見した彼はニヤリと笑って左腕を上げて鉤爪をガードする。すると霊奈の鉤爪はいとも簡単に折れてしまった。

「えっ……ガッ」

 まさか折れてしまうとは思わなかったのか彼女は折れた鉤爪を見て硬直してしまう。その隙に男はその場でくるりと回り、霊奈の小さな体に蹴りを叩き込んだ。体重の軽い霊奈は吹き飛ばされて境内をバウンドしそのまま木に叩きつけられてしまう。それを見届けた男は再びななさんへ視線を戻した。やはり彼はななさんを殺そうとしている。僕の鎌を持っているとはいえななさんはまともな戦闘経験はない。記憶を失くす前はわからないが記憶喪失の彼女に鎌一つで男の攻撃を凌げと言うのは酷な話だ。

「桔梗!」

 霊奈も心配だが蹴りを受ける直前に小さな結界を張っていたから致命傷ではないはず。しかし、今からななさんの元へ向かっても男の持つ箱が変形し終えてしまう。それでは間に合わない。だから僕はななさんに向かってワイヤーを飛ばした。ワイヤーはそのままななさんの左腕に絡まり、僕の意図に気付いてくれた彼女は鎌から右手を放してワイヤーを掴んだ。いつもならワイヤーを回収してななさんをこちらに引き寄せていただろう。だが、僕とななさんは男を挟むように立っていたのでななさんがこちらに引き寄せられている間に男に攻撃されてしまう可能性が高い。見ればすでに箱の変形は終わっており、うさぎミサイルを撃ち出していた発射台とは違った形状の筒状の兵器を男はななさんに向けている。

「桔梗ちゃん、お願いします!」

 ななさんが桔梗にそう言うと桔梗【ワイヤー】から桔梗【翼】に変形する。だが、装備したのは僕ではなくななさんだった。桔梗を装備する時、必ず彼女に触れていなければならないという制約がある。しかし、逆に言えば“触れてさえいれば装備することができる”。それを利用して桔梗をななさんに渡したのだ。

 桔梗【翼】を装備したななさんは翼を振動させて急上昇して男から距離を取る。しかし、それを見ても男は焦らず筒状の兵器を真上に向けてトリガーを引いた。パシュ、という軽い音と共に筒状の兵器から細長い何かが撃ち出される。

「あれは、トビウオ?」

 その細長い何かはトビウオによく似ていた。トビウオは真っ直ぐななさんに向かって飛んでいる。うさぎミサイルと同じように追尾機能を搭載しているようだ。だが、うさぎミサイルとは違う点があった。

(速いッ……)

 トビウオの速度はうさぎミサイルと比べ物にならないほど速かった。細い形状なので空気抵抗が小さいのだ。あのままではすぐに追いつかれてしまう。ななさんもチラリと後ろを振り返って顔を強張らせ、速度を上げた。だが、それでもトビウオの方が速い。何度か翼を振動させて躱しているが桔梗【翼】の操作になれていないせいか少しずつ追い詰められている。桔梗も僕とななさんの体格は大きく違っているせいでいつものように飛べないようだ。あのままではトビウオに追い付かれて爆発に巻き込まれてしまう。今すぐに助けに行きたい。でも、僕は桔梗なしじゃ空を飛べないし、霊夢も結界を張っているせいで動けない。霊奈は木に背中を預けてぐったりしている。男を攻撃しようにも桔梗【弓】以外にあの男にダメージを与えられる手段がない。僕たちは黙って見ていることしかできなかった。そして、ついにその時が来てしまう。

「桔梗ちゃん!」

 これ以上に逃げられないと判断したのかななさんは振り返り、迫るトビウオを睨む。その手には桔梗【盾】。後ろから攻撃されるくらいなら真正面から受け止めた方がマシだ。そのままトビウオは桔梗【盾】に激突し、爆発――しなかった。うさぎミサイルとは違って物体に接触しただけでは爆発しないらしい。

「……違う」

 そもそもあんなに細いフォルムであれば大爆発を起こせるほどの火薬を積めないだろう。つまり、あのトビウオはうさぎミサイルとは別の――。

 そこまで考えた時、トビウオの勢いが増した。どうやら今まで抑えていたようだ。だが、問題はそこではない。トビウオが桔梗【盾】の衝撃波を受けても吹き飛ばされなかったことだ。トビウオは細い。そのせいで面の攻撃である衝撃波の威力が分散し、トビウオを吹き飛ばせなかったのだ。その証拠に何度か衝撃波を放っているがほとんど効果がない。それに加え、今のななさんは桔梗【翼】を装備していないせいで自由落下し始めていた。しかし、トビウオの特性はそれだけではなく、桔梗【盾】に触れながらその場で回転し始めたのだ。

『くっ……う、うっ』

 凄まじい量の火花が散る中、桔梗の悲痛な声が不思議と耳に届いた。衝撃波を放っている上、摩擦熱でどんどん桔梗の体が熱くなっているらしい。あのままではオーバーヒートを起こしてしまう。もし、そうなればドリルのように回転しているトビウオがななさんの体を貫く。そう、あのトビウオは対桔梗【盾】用の兵器なのだ。うさぎミサイルといい、あの男は桔梗に有効な手札が多い。いや、多すぎる。まるで“最初から桔梗を相手にする”と知っていたようではないか。

「ぁ……」

 その時、桔梗【盾】から凄まじい量の水蒸気が噴き出た。あれは桔梗がオーバーヒートを起こした合図であり、すぐに桔梗【盾】から人形の姿に戻ってしまった。あのままではななさんが危ない。それに人形に戻って目を回している桔梗もトビウオに貫かれてしまう。

「桔梗っ! ななさんっ!」

 たまらず僕は2人に手を伸ばしながら絶叫した。

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 

 

 

 聞いたことのない聞き覚えのある声が脳裏に響く。ああ、駄目だ。このままではななさんも桔梗もいなくなってしまう。それだけは嫌だ。絶対に守ると、もう失わないと決めたのに。お願いだからもう僕から大切な物を奪わないで。

「っ……」

 僕の悲鳴が聞こえたのかななさんは目を丸くしながら僕を一瞥した後、桔梗を掴んで抱き寄せた。オーバーヒートを起こしている桔梗は素手で触れれば火傷してしまうほど熱くなっている。ななさんも例外ではなく火傷を負ってしまったのか顔を歪めた。それでも桔梗を守るように抱えながらくるりと体を回転させてトビウオに背を向け――。

 

 

 

 

 

「な、ななさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女の胸からトビウオの頭が飛び出したのを見て僕は言葉を詰まらせた。



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第380話 巫女の素質

「よっ」

 キョウが的として置かれた大きめの石に3枚のお札を投げる。3枚のお札の内、石に当たったのは1つだけだった。それを見ながら追加のお札を懐から取り出して2本の木に投擲。今度は2枚とも命中し、最後に両手に3枚ずつ持って霊力を多めに流して追尾効果を付加した後、真後ろに放った。すると、6枚のお札は何かに導かれるようにキョウの後ろにある岩――の上に座っている霊夢へ向かって行った。

「はい、不合格」

 迫るお札を見てため息交じりにそう呟いた彼女に6枚のお札は掠ることなく通り過ぎて草むらの向こうへ消えた。どうやら、霊力の流し方に問題があったようで上手く追尾効果が付加できなかったようだ。

「あちゃー……」

 振り返って霊夢が桔梗【盾】を展開していないのを見て失敗したとわかったのかキョウは肩を落として声を漏らした。成功した時は霊夢の手首に装着されている白黒のリング――桔梗を盾に変形させて防御する手筈になっているのだ。

「ここまでにしましょう。そろそろ朝ごはんの時間だし」

「うん、わかった」

 頷いた彼は岩から降りた霊夢に駆け寄り、霊力の流し込みが甘いと指摘されながら神社へ向かう。それから桔梗も会話に参加して賑やかになった。

『もう、1週間か』

 そんな彼らの話を聞きながら何となく呟く。キョウと桔梗が博麗神社に来て巫女見習いである霊夢と霊奈と暮らし始めてから1週間が過ぎた。今のところ何も問題は――まぁ、博麗の巫女と巫女見習いにしか扱えない博麗のお札を何故かキョウが使えてしまったり、霊夢と霊奈と一緒に修行したり、輪っか状の鍋敷きを桔梗が食べてリングに変形できるようになったり、と色々あったが特に事件らしい事件は起きていない。特に最近は博麗のお札を上手く使えるように朝早くから修行している。吸血鬼の力を譲渡できない今、キョウが強くなるのは賛成だ。だが、修行の成果はあまり芳しくない。霊夢曰く『1週間でここまでできるようになったのは純粋にすごいとは思うけど実戦で使えるかって聞かれたらすぐに否定するレベル』らしい。また霊奈相手に組手をしているので対人戦の経験も積んでいる。襲って来るのが妖怪だけとは限らないし、人の姿をしている妖怪もいる。霊奈との組手で対人戦が得意になるとまでは言えないが何もしないよりかはマシだろう。

 そして、キョウに趣味ができた。桔梗の衣装作りである。今までは趣味らしい趣味もなく、旅をしたりお店の手伝いばかりしていたので息抜きができたのは喜ばしい。キョウもまだ5歳だ。少しでも長く楽しい時間を過ごして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なら蔵の掃除手伝って欲しいんだけど」

「蔵?」

 そんな平和な日々が続いていたある日、洗濯物を干し終えて何かすることはないかと霊夢に問いかけたキョウは面倒臭そうに指を差した方を見る。そこには大きな地震があれば簡単に崩れてしまいそうなほど古ぼけた大きな蔵があった。確かにあの蔵を1人で掃除するのは大変そうだ。

「うん、いいよ。雑巾とか必要かな?」

「まずは蔵の中にある物を外に出しましょ。バケツを倒したら面倒だもの」

 心なしかわくわくした様子で頷いたキョウにマスクを差し出した霊夢はそのまま蔵へ向かう。キョウも慌てて彼女の後を追いかけた。

「えっと、これだったかな」

 鍵束から錆付いた鍵を選んで錠前に挿し、錠前を外した霊夢が蔵の扉を開ける。蔵の中は薄暗く、ここからでも埃が大量に積もっているのがわかった。マスクなしで掃除はできそうにない。

「うわ……」

「私は細かい物を運び出すからキョウは大きな物、お願いしていい?」

「うん、大丈夫だよ」

 蔵の中を見てドン引きしていたキョウだったが霊夢に話しかけられてすぐに承諾した。桔梗【翼】の力を応用すればどんな重い物でも軽々と持てる。それに加えて細かい物は何かと繊細なのでちょっとしたことで壊れてしまうかもしれない。霊夢は壊れやすい物や大切な物を把握していると思うので彼女に任せた方が得策である。キョウはすぐに桔梗【翼】を装備して邪魔にならないように折りたたみ、入り口付近に置いてあった大きな箪笥を持ってぶつけないように注意しながら外へ出た。それから彼らは手当たり次第に荷物を蔵の外へ出して並べる。

「ん?」

 そして、蔵の中にあった荷物をあらかた外に出した頃、後ろで作業していた霊夢が声を漏らした。そちらを見ると彼女はアルバムのような物を開いて首を傾げている。何か気になる写真でもあったのだろうか。

「どうしたの?」

「……何でもないわ」

 キョウの問いかけに霊夢は首を振り、パタンとアルバムを閉じて段ボールの中に戻すがまだ動揺しているようで微かに手が震えていた。

「霊夢?」

「ほ、ほら! 早くそこの荷物運んじゃって!」

「う、うん……」

 誤魔化すように指示を出す彼女を心配そうに見つめながら古い段ボールを持ち上げるキョウ。しかし、段ボールの底が抜けてしまい、中身が床に落ちて床の埃が舞う。

「もう、何やってんのよ」

「段ボールの底が抜けたんだよ……えっと、本かな?」

 持っていた段ボールを床に置いて散らばってしまった本の一つを拾った。とても古くタイトルの類はどこにも見受けられない。だからだろうか、キョウは自然とその本を開いていた。

『……何これ』

 だが、そこに書かれていたのは私には読めない文字だった。いや、文字ですらない。暗号化されている。特定の人もしくは暗号の解き方を知っている人にしか読めないように仕掛けが施されているようだ。おそらくキョウにも読めない。そのはずなのに彼は何故かページをめくり続け、最後のページを見て『へぇ』と声を漏らした。

(まさか……読めてるの?)

 慌ててキョウの視界情報を共有する。すると今までぐちゃぐちゃだったページは家系図のような物に変化した。やはりキョウには読めていたらしい。その家系図は歴代の博麗の巫女の名前や務めた年代、該当するページ数が書かれている。

「ねぇ、霊夢」

「何よ」

「霊夢の師匠の名前って霊夜?」

 家系図の一番下に『博麗 霊夜』と書いてあった。キョウの言う通り霊夢たちの師匠かもしれない。

「それは今の巫女の名前よ。私たちの師匠は先代巫女の……って、何で霊夜さんの名前を?」

 こちらを見ずに答えた霊夢だったがすぐに振り返ってキョウが持っている本を見て目を丸くした。まぁ、ここに来て1週間ちょっとしか経っていないキョウが読めるのはおかしいか。

「それ、見たの?」

「見たって言うか……読んだって言うか」

「……いや、あり得なくないか。博麗のお札も扱えるんだし」

 ため息交じりに呟いた後、彼女は再び荷物の整理に戻った。つまりこの本を読めるのは博麗のお札を扱える人――博麗の巫女の素質を持った人だけらしい。それにしても何故キョウに博麗の巫女の素質があるのだろうか。男の子なのに。そんなことを考えているとキョウの視線が『博麗 霊夜』の上に移動する。霊夢たちの師匠は先代巫女であるなら『博麗 霊夜』の上に書かれている巫女が彼女たちの師匠だ。

(……どうして?)

 だが、私はもちろんキョウもその名前を読むことができなかった。黒く塗り潰されていたから。

「ねぇ、霊夢」

「……」

 そのことについて聞こうとしたのかキョウが霊夢に話しかけるが彼女は何も話さないと言わんばかりにそれを無視して荷物を持って外に出てしまった。彼女から話を聞くことはできないだろう。彼もそれに気付いているがそれでも気になるようでしばらく黒く塗り潰された名前を観察した後、息を吐いて本を閉じた。そのまま未だ床に散らばっている荷物を片づけようとして――。

「ッ……」

『この感じっ……』

 いきなり博麗神社近くの林に妖力が発生した。数秒前まで何も感じなかったのに。しかも、その近くに霊夢もいる。そう言えば博麗の巫女は勘が鋭いらしく霊夢たちの師匠は未来予知レベルで当たると言っていた。霊夢の巫女の素質があるので異変が起こると予測して現場に向かってしまったのかもしれない。

「霊夢!」

 キョウは慌てて蔵の外に出たがやはり霊夢の姿はない。すぐに桔梗が地面に彼女が外に運んだはずの荷物が散乱していることに気付き、その近くに足跡を見つけた。急いで神社に鎌を取りに戻って桔梗【翼】を装備し低空飛行で足跡を追った。

「いたっ!」

 林の中を飛んでいると前方に霊夢の姿を見つける。だが、その刹那禍々しい姿をした妖怪が彼女に向かって爪を振るった。

 



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第381話 霊脈攻略 後編

「――うん、これなら大丈夫だろ。このまま資料作りしちゃって」

 渡された資料を流し読みした悟は1つ頷いた後、O&K社員かつファンクラブメンバーである部下に資料を返す。お礼を言いながら資料をクリアファイルにしまった部下はそのまま資料作りを任されているファンクラブメンバーたちのところへ向かった。

「神様、今のはなんですか?」

 不安で力いっぱいきょーちゃん人形を抱きしめていたユリはタブレットを操作していた悟に問いかけた。なお、抱きしめられているきょーちゃん人形はそのあまりの腕力にサバ折りにされている。

「お客さんたちの個人情報とお詫びの品をまとめた資料だよ。見やすいようにまとめてって頼んだ」

「……どうして、そんなに落ち着いていられるんですか?」

 人見知りである彼女は他人と接する時、安全な人なのか判断するために相手の表情や言葉、声音で考えていることや感情を読む癖がある。そのおかげで知り合ってまだ数時間しか経っていない悟が平常心で仕事していることに気付いていた。だからこそ、質問したのだ。自分は震えるほど怖い思いをしているからこそ何故、彼が平気そうな顔でいられるのか不思議だったから。

「……そう、だな」

 ジッと自分を見上げる彼女に対して悟はタブレットから視線を外して空を仰いだ。身長差のせいでユリには彼の表情を見ることができなかった。

「信じてるんだろうな」

「信じ、てる?」

「ああ、あいつの力を知ったのは最近だけど……いつだってあいつは乗り越えて来たんだ。きっと今回も簡単に問題を解決して俺たちを助けに来てくれるさ」

 そう言いながらユリに笑ってみせる悟。その顔には不安や心配の色は一切見受けられない。彼は本当に信じているのだろう。

「……そうですよね。響さんならきっと」

 この世界はゲーム(本当は現実世界だが)だ。響が騒ぎに気付いたとしてもここに来る可能性は低い。幼い彼女でもその事実に気付いている。悟の言葉にユリは強張った顔を少しだけ緩ませた。

 

 

 

 ――実は俺、魔法使いなんだ。

 

 

 

 数時間前、久しぶりに会った憧れの人が言った言葉。彼女自身、この世界に魔法があるとは信じていない。それなのに信じてしまう。彼ならば魔法を使って助けに来てくれるのではないかと期待してしまう。恐怖に震えるユリが縋れる人物は彼しかいないから。

「響さん……わたしたちを助けて」

 彼女の小さな願い事を聞いたのはその腕に抱かれているきょーちゃん人形しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四神結界に影響がないギリギリのところまで下げた前線は円を描くような形になっていた。東西南北に設置されている霊脈から現れる妖怪たちが合流し、四神結界を包囲するように攻めて来ているからだ。本来であれば合流された時点で前線は突破される。物理的に敵の数が増え、範囲も広がるからだ。だが、今のところ――いや、むしろ前線を下げる前より安定していた。

「よっ」

 西の霊脈を担当していたリーマはそんな声を漏らしながら妖怪たちに背中を向けて“尻尾”を振るう。尻尾は迫る妖怪たちを薙ぎ払い、消滅させた。

『次だ』

「ほい」

 白虎の声に返事をして今度は逆の方向に尻尾を振るうと反対側から迫っていた妖怪たちも消滅する。そんな動きをひたすら繰り返していた。もちろん、ただ尻尾を振っているだけでは妖怪を倒すことはできない。リーマの尻尾は彼女と白虎の能力を使って鉱石を纏わせて巨大化しているのだ。更に殺傷力を高めるために巨大化させた尻尾に茨を巻きつけている。尻尾を振るう速度はその重量のせいでさほど速くない。だが、激突した瞬間、茨の棘が体中に突き刺さる。それだけで妖怪たちは消滅してしまうのだ。妖怪たちの耐久力は一般の成人男性がバットで全力で殴っただけで消えてしまうほど低い。そのおかげでリーマは尻尾を振るうだけで妖怪たちを倒すことができる。実際には尻尾を振るだけでは鉱石の質量のせいで千切れてしまうので尻尾だけでなく鉱石そのものを動かしているのだが、白虎の能力が使えるリーマにとってさほど難しくないことだった。それこそ彼女の担当範囲は前線の3分の1であるにも関わらず安定して妖怪を処理できるほどである。

『こちらリーマ。こっちは安定してるけどそっちはどう?』

 もはや戦闘ではなく作業と化していたせいで暇を持て余していたリーマは式神通信を使って他の式神たちに語りかけた。

『大丈夫じゃないです! 敵が多すぎませんか!?』

 リーマの言葉に答えたのは霙だった。彼女は先ほどと同様に水の刃を飛ばして妖怪を両断しており、切羽詰っているような声音で叫んでいるが今のところ問題は起きていない。彼女の担当範囲もリーマと同程度であり、範囲だけ見れば前線を下げる前より狭くなっている。だが、敵の数は増えているため飛ばす水の刃の数も増やさなければ間に合わず、結果的に前線を下げる前よりも忙しくなったのだ。

『大丈夫そうね』

『大丈夫じゃないって言ってますよね!?』

『こちら雅。霙と同様こっちも今のところ大丈夫だよ。柊たちも来てくれたし』

『何で無視するんですかぁ!』

 大変そうだがヘルプは出していないので大丈夫だと判断したリーマと雅は泣き叫ぶ霙を無視してお互いの状況を軽く教え合う。

 炎に対するトラウマのせいで朱雀の力を使えない雅と殲滅戦が苦手な弥生は残った3分の1を担当している。2人で戦っていたため前線を下げる前よりも安定して戦えていたが何度か突破されそうになった場面があり、どうしようか悩んでいた時、四神結界を守るために結界外にいた柊、種子、風花が雅たちに合流した。炎を飛ばせる種子や空から攻撃できる風花はもちろん遠距離技を持たない柊も能力を使って戦況を的確に把握し、雅たちに指示を出すことで効率的に妖怪を倒せるようになったのだ。

「尾ケ井、右に薙ぎ払え。上代は炎!」

 式神通信を終えた雅は柊の指示通り、右に炭素を払うように展開して靴底に纏わせていた炭素を操作して滑るようにその場から離れる。そして、次の瞬間、弥生の口から撃ち出された火炎弾が右に散布された炭素に当たって大爆発を起こした。

「風花!」

「はいよっと!」

 爆風が雅たちに届く前に庇うように地面に着地した風花はその手に持った団扇を思い切り振り降ろす。団扇から放たれた突風が爆風を押し返し爆発に巻き込まれなかった妖怪たちを消滅させた。

「おー」

「何ぼさっとしてんだよ。次だ次」

 まとめて吹き飛んだ妖怪を見て感嘆の声を漏らした雅にジト目を向ける柊。能力を使用している彼の目はチェス盤のように白黒だった。

「はいはい。次は?」

「とりあえず手当たり次第に頼む。種子行くぞ」

 巨大な狼の姿に変化している種子の背中をポンと叩き、種子に乗ったまま迫る妖怪へ突っ込んだ。柊は両手に装備したグローブを使って、種子は青い炎を放って妖怪を倒していく。雅もそれを見て炭素を操作して滑るように別の場所から接近して来る妖怪の方へ向かった。

「……ん? なっ!?」

 だが、その途中でガラスが割れるような音が耳に届く。何だろうと振り返り、目を丸くする。全員が必死になって守っていた四神結界が粉々に砕け散っていたのだ。

『奏楽、何で結界が!』

『わ、わかんない! いきなり割れちゃった!』

 すぐに式神通信を使って奏楽に問いかけるが彼女も何が起こっているのかわからなかった。それこそ四神結界が崩壊する直前まで欠伸をしていたほど何も起きていなかったのだ。それなのに結界は砕け散った。まさか自分たちが気付かない間に妖怪が結界を破壊してしまったのだろうか。

『そんなっ……』

 結界を守り切れなかった悔しさのあまり奥歯を噛みしめる雅の脳裏に麒麟の震えた声が響いた。彼女は気付いてしまったのだ。

『麒麟、どうしたの!?』

『……内側から破壊されています。北に設置した結界陣を結界内にいた誰かが破壊したのです!』

 敵は外だけでなく結界内にもいたことを。そう、今まさにお客さんの近くに結界陣を破壊できるほどの力を持った敵がいるのだ。その事実に気付いた雅は顔を青ざめさせた。

「尾ケ井!」

 麒麟の声に耳を傾けていた雅を柊が呼ぶ。彼は携帯片手に表情を強張らせていた。四神結界が崩壊した直後に偵察班であるすみれから連絡が来ていたのだ。

「霊脈から妖怪が溢れるスピードが速くなった! 一気に数が増えるぞ!」

『奏楽さん、上昇してください! 結界を張り直す時間はありませんので私たちも戦います!』

『わかった!』

 3時15分。四神結界が崩壊し、妖怪の数が増加。戦況は確実に悪い方へ向かっていた。

 




次回(3週間後)、Dパート完結。


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第382話 カウントダウン

 ――よ、よろしくお願いします……。

 ――そう、ですか……では、お言葉に甘えさせていただきます。これからよろしくお願いしますね。

 

 

 2人の女の子(女性)の顔を思い出す。2人の年齢は一回りほど離れていた上、生きて来た環境も違う。一方は記憶すら失っていた。それなのに僕は2人と出会った頃のことを思い出した。

 

 

 ――あ、ありがとう……。

 ――……ありがとうございます。

 

 

 彼女たちは僕にお礼を言った。1人はしっかりと頭を下げながら、1人は泣きそうな表情を浮かべながら。違う。僕はお礼を言われるような人じゃない。感謝を述べられるようなことはしていない。だから、頭を上げて。

 

 

 ――あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!

 ――……キョウ君、そこに正座してください。

 

 

 1人は妹を想い、涙を流していた。1人は僕のために叱ってくれた。僕にとって彼女は()のような存在だった。

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 また、あの言葉が脳裏に響いた。悲鳴にも近い絶叫。この声を聞く度に僕は胸が締め付けられる。駄目だ。止めて。逃げて。今更そんなことを願っても無意味なのは知っている。だが、祈らずにはいられなかった。

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 

 

 彼女の最期の言葉。僕のせいで死んでしまったのにその声はとても優しかった。

 

 

 そして、彼女は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごぼっ……」

 胸からトビウオ型のミサイルの弾頭を生やしたななさんは口から血を吐き出した。だが、それでも胸に抱いた桔梗を離そうとしない。それどころか桔梗にミサイルの弾頭が当たらないように位置を調整している。

「っ……嘘っ」

 隣にいた霊夢は声を震わせながら呟いた。僕もすぐに気付く。ななさんの胸を貫いたミサイルはまだ動いていることに。胸に刺さった衝撃で止まっていたが再び回転運動を始めていたのだ。ぐちゃりと肉が千切れる音が微かに聞こえる。しかも、断続的に。そう、ミサイルの推進力もまだ死んでおらず、ななさんの体を引き裂きながら前に進んでいるのだ。

「ッ――」

 痛みで彼女は顔を歪ませる――歪ませただけだった。激痛で絶叫してもおかしくないのに、死んでもおかしくないのにななさんは悲鳴すら上げず、ただ黙って痛みに耐えている。もちろん、桔梗を守りながら。

(どうして、そこまで……)

 桔梗はオーバーヒートを起こしているので今すぐに壊れることはない。最悪、男に攻撃されないような場所へ投げればそれだけで桔梗の命を守れる。ななさんだってわかっているはずだ。わかっているはずなのに彼女は一向に桔梗を放す気配を見せなかった。いや、違う。おそらくななさんが桔梗を手放した瞬間、男は身動きの取れない桔梗を狙い撃ちするだろう。あれだけ桔梗対策を施していたのだからこんなチャンスを逃すとは思えなかった。だからこそななさんは桔梗を放さない。放さなければ桔梗を破壊される前に自分の身を挺して守れるから。

「くっ……」

 そんな彼女を見て僕は拳を握ることしかできなかった。桔梗もいない、鎌もない、お札も満足に扱えない僕ではななさんを助けられない。それが悔しくて、悲しくて、情けなくて。もう、あんな悲劇を繰り返さないと誓ったのに。どうして僕はこれほどまでに無力なのだろうか。

「――ッ」

 俯いて悔やんでいると霊夢が小さい悲鳴を上げた。すぐに顔を上げたがその時にはすでにトビウオ型のミサイルはななさんの胸を貫通し、彼女の胸に大きな穴が開いていた。役目を終えたミサイルはそのままどこかへ飛び去り、ななさんの体は落下し始める。

「ななさん!」

 桔梗を抱きしめながら頭から落ちてゆく彼女の名前を叫ぶ。僕の声が聞こえたのかななさんの顔が少しだけ動き、目が合った。生気のない目を向けられた僕は思わず顔を強張らせてしまう。嫌でもわかってしまったのだ。もう、彼女は――助からない。

「――」

 その時、僅かにななさんの唇が動く。読唇術なんて学んだこともない僕でも不思議と彼女の言葉を理解することが出来た。

 

 

 

『ごめんなさい』

 

 

 

 その6文字を紡いだななさんは微かに微笑み、林の向こうに消えた。何に対する謝罪なのかはわからない。でも、僕はそれを気にしていられるほど冷静ではなかった。

 

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 

 

 

 救えなかった女の子の声が聞こえる。ああ、また僕は駄目だったのだ。また繰り返してしまったのだ。僕の、せいで。ぼくのせい、で。ボクノセイデ。

 ――ッ! 駄目、キョウ!

「ガッ……」

 誰かの叫びが脳裏に響いた刹那、体の中で何かが弾けた。痛みは感じられない。だが、体の芯が氷のように冷たくなっていく。たまらずその場に膝を付いてしまった。上手く体が動かせない。

「キョウ!?」

 僕の異変に気付いた霊夢が駆け寄り、僕の体に触れた。しかし、触られた感触がない。体から赤黒い何かが漏れ始める。視界がどんどん狭くなっていく。

 ――自分を責めないで! キョウは悪くない!

 誰かが声を震わせながら必死に僕を励ます。でも、僕にもっと力があればななさんを救えた。あの兵器を破壊できるほどの力があれば誰も死なずに済んだ。強大な力があれば咲さんが死ぬことなんてなかった。

「あああああああああああああああああああ!」

 遠くの方から誰かの絶叫が聞えた。顔を上げると両手両足に鉤爪型の結界を展開した霊奈が泣きながら男に突っ込むのが見えた。吹き飛ばされた拍子に切ったのか頭から血を流している。それでも彼女は止まらない。

「敵討ちってか?」

 突っ込んで来る彼女を見てニヤリと笑った男は霊奈が振るった右の鉤爪を右腕で受け止める。男が着ている鎧が頑丈なのか、怒りで組んだ術式が雑になっていたのか霊奈の鍵爪は簡単に折れてしまう。だが、霊奈はそれを無視して左の鍵爪を振るう。男も同じように左腕でガードした。飛び散った鉤爪の破片が霊奈の頬を掠り、血が流れる。今度は足の鍵爪で攻撃しようとその場でジャンプする霊奈。

「悪いな、チェックメイトだ」

「ッ! 霊奈、逃げて!」

 霊夢の忠告が境内に響いた瞬間、霊奈の真下の地面が割れて何かが飛び出す。それはモグラのような造形をしており、先端が鋭く尖って高速回転していた。ドリルである。男は僕たちがななさんに気を取られている間に新しい兵器を用意していたのだ。見れば彼の足元に大きな穴が開いている。

 突然現れたドリルモグラに目を見開く霊奈だったが空中では逃げることができず、ドリルが霊奈の体を捉え――ようとした時、彼女の目の前に“五芒星”の結界が出現した。ドリルと結界が激突し甲高い音が耳を劈く。しかし、質量兵器であるドリルとは相性が悪かった結界はすぐに砕けてしまうが結界が稼いだ時間で霊奈は咄嗟に体を捻った。

「ぐっぁ、あああああああああああああ!」

 何とか直撃は避けたものの横腹をドリルに引き裂かれた霊奈は背中から地面に倒れた。その後を追いかけるようにドリルモグラが先端を霊奈に向けて落ちる。このままでは――。

 

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 ――ごめんなさい。

 

 

 

「う、うぉおおおおおおおおお!」

 絶叫しながら右手に体から漏れていた赤黒い何かを集めてドリルモグラに向けて放った。僕の手から放たれた何かはドリルモグラに当たり、粉々に砕く。この感覚は『夢想転身』の練習で霊力を爆発させて放った時と似ている。じゃあ、この赤黒い何かは霊力?

「ぬぐっ……」

 今まで体から漏れていた霊力がグルグルと体の中を回り始める。このまま放置していれば霊力が暴走してしまいそうだ。何とか抑えようと霊力をコントロールするが速度を抑えるだけで精一杯だった。

「……やっぱりお前も潰しておくべきか」

 赤黒い霊力を放った僕を男がギロリと睨んだ。まずい。桔梗と鎌はななさんと一緒に林の中。お札は霊力を抑え込むだけで精一杯で使えない。どうすることも出来ず奥歯を噛みしめていると僕の前に霊夢が移動する。

「れい、む?」

「私が、守るから」

 掠れた声で彼女の名前を呼ぶ。霊夢はチラリとこちらを見て微笑んだ。

「お前のお札は効かないって知ってるだろ?」

「ええ、知ってるわ。だから……こうするのよ!」

 霊夢が前方に結界を何枚も張ると同時にウサギミサイルの発射台を囲んでいた結界が一気に収縮して発射台が破壊される。そして、大爆発が起こった。爆風が僕たちを襲うが霊夢の結界に阻まれる。結界の1枚が砕けたがすぐに新たな結界が展開された。確かにこの大爆発なら男に通用するかもしれない。だが、問題は地面に倒れていた霊奈だ。

「霊奈には師匠お手製の術式がこれでもかってぐらい刻まれたお守りがあるから大丈夫よ。さっきの星型の結界もその内の一つ。こんな爆発じゃ霊奈は死なないわ」

「へぇ、そんな仕掛けがあったのか」

 僕の不安を和らげようと説明してくれた霊夢の目の前にスコップを持った男が現れた。見れば地面に穴が開いている。大爆発が起きる直前、先ほどのドリルモグラが開けた穴に飛び込んだのだろう。そして、彼が持っているスコップでここまで移動して来たのだ。男は僕たちの目の前で悠々と端末を操作して新しい箱を取り出す。隙だらけなのに僕たちはそれをただ見ていることしかできなかった。僕はもちろん霊夢も爆発から身を守るために結界を維持しているせいで動けないのだ。男の手の中で箱が変形していき、一丁の銃になった。

「じゃあな」

 カチャリと音を立てながら銃を僕に向ける男。そして、何の躊躇いもなく引き金を引いた。



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第383話 過去から現在へ

「くっ……」

 霊夢は咄嗟にお札を投げて結界を張り、妖怪の攻撃を受け止める。だが、結界はすぐに破壊されてしまった。攻撃を防ぐために簡略化した術式だったため、いつもより脆くなったようだが彼女の結界は恐ろしいほど頑丈である。少なくともキョウは一度も破壊することはできなかった。そんな結界を一撃で破壊してしまう妖怪の攻撃力は計り知れない。直撃はもちろん掠っただけでも致命傷になりえる。

「桔梗【ワイヤー】!」

 地面に降り立ったキョウが声をかけると長方形の箱に変形し、彼の腰に装備される桔梗。そして、霊夢に向かってワイヤーを飛ばした。彼女はキョウの意図に気付いたのかすかさず飛んで来たワイヤーを掴み、すぐにワイヤーが回収される。霊夢の体はワイヤーと共にキョウの元へ引き寄せられた。しかし、それを黙って見ているほど妖怪は間抜けではない。霊夢の後を追い、今度はキョウに向かって爪を振るった。霊夢を引き寄せ終えた彼は爪の餌食になる直前で桔梗【ワイヤー】を桔梗【盾】に変形させ、寸でのところで防御する。

『ッ……』

 キョウと感覚を共有しているせいか凄まじい衝撃に襲われた。つまり、妖怪の一撃は桔梗【盾】の衝撃波でも殺し切れないほどの破壊力を持っていることになる。

「時間稼いで!」

 何か考えでもあるのか後ろで霊夢が叫ぶ。それを聞いたキョウはすぐに盾を引き、一気に前へ突き出した。突っ込んで来るとは思わなかったようで妖怪の体に桔梗【盾】が接触し、ドンと重い音と共に衝撃波が発生。まともに衝撃波を喰らった妖怪はうめき声を漏らしながら後退する。本来であれば桔梗【盾】の衝撃波は相手を吹き飛ばすほどの威力を持っているのだが踏ん張られてしまった。衝撃波で吹き飛ばせないほど重いのか、はたまた妖怪の脚力が凄まじいのかわからないが吹き飛ばして体勢を崩す作戦は失敗した。お返しとばかりに妖怪がキョウへ迫る。妖怪の攻撃を受けようと盾を構えるが攻撃する寸前でキョウの前から妖怪は姿を消した。妖怪の反応は――キョウの背後。

「後ろです!」

 桔梗の叫び声を聞いて彼は盾ごと振り返ったが、少し遅かった。何とか直撃は避けたが爪は盾の縁に当たり、上手く衝撃波で勢いを殺せず吹き飛ばされてしまう。急いで桔梗【翼】を装備して空中で体勢を整えた。

「霊夢!」

 術式を組んでいる霊夢に妖怪が向かっているのを見てキョウが叫ぶ。しかし、彼女は術式を組むのに必死で動こうとしない。術式を組むのが得意な霊夢でも額に汗を滲ませるほど難しいらしい。キョウもそれがわかったのか翼を振動させてトップスピードで霊夢の元へ飛翔する。だが、このままでは間に合わない。そう判断した彼は博麗のお札を妖怪の足元へ投げ、爆発させる。いきなり足元で爆発が起きたからか怯んだ妖怪はバックステップして爆発から逃げた。

「はああああ!」

 背中から鎌を抜いたキョウは妖怪に向かって振り降ろした。振動を真上に放って威力を底上げした渾身の一撃。しかし、妖怪はいとも簡単に鎌を爪で受け止めた。更に攻撃後の硬直で動けないキョウの脇腹へ妖怪が足蹴りを繰り出す。

『キョウッ……くっ』

 咄嗟に力を譲渡して防御力を高めようとするが狂気の言葉が頭を過ぎり、動きを止めてしまった。その間に妖怪の一撃がキョウへ直撃する。その瞬間、キョウを通して凄まじい衝撃と激痛が私を襲う。キョウはあまりの衝撃に意識が飛んだようだが私は何とか持ち越えた。

「ガッ、は……」

 地面に叩きつけられた拍子に我に返った彼だったが痛みで呼吸が上手くできていなかった。キョウの体を調べてみると肋骨を含めた数本の骨が折れている。早く治療しなくちゃ。でも、それをしてしまうと彼をこちら側へ引き寄せてしまう。それだけは駄目だ。じゃあ、どうすればいい? 私にできることはないの? こうしてただ黙って見ていることしかできないの?

「マスター、大丈夫ですか!?」

 キョウの背中から桔梗の心配そうな声が聞こえた。しかし、彼は返事をしない。いや、それができないほどのダメージを受けてしまった。共有している視界も霞んでいる。その視界の中で妖怪が霊夢の方へ向かっていた。

『……嘘』

 私は思わず声を漏らしてしまった。それを見たキョウは痛みで動けないはずなのに霊夢の元へ向かおうともがいていたから。痛いはずなのに。骨も折れているのに。キョウの実力ではあの妖怪を倒すことはできないのに。キョウだってそれぐらいわかっているはずなのに。

『どうして、そこまで頑張るの?』

 霊夢には悪いがキョウが身を挺して守るほど密接な関係ではない。だからこそわからなかった。そこまでする理由がないから。

「がん、ばる……」

 立ち上がろうともがきながら彼は小さく呟く。そこで私と彼の繋がりが強くなっていることに気付いた。まずい。このままでは吸血鬼の力がキョウに――。

 

 

 

『確かに僕と霊夢は出会ったばかりだ』

 

 

 

『え?』

 どうにかして繋がりを元に戻そうとした時、不意にキョウの声が頭に響いた。繋がりが強くなったせいで彼の心の声が私に流れ込んだのだ。

 

 

 

『僕の時空跳躍が発動するまでの関係。でも、彼女は僕に手を差し伸べてくれた。一緒にご飯を作ったり食べたりしてくれた。それが、嬉しかった。桔梗と出会う前――いや、幻想郷に来るまで僕は独りだったから。両親も、友達もいたけれど、僕と一緒にご飯を食べてくれる人は、一緒に寝てくれる人はいなかった』

 

 

 

「絶対、に……」

 桔梗【翼】から桔梗【盾】に変改させ、地面に付き立てるキョウ。そして、それを支えにして立ち上がった。霊夢と妖怪の距離は目と鼻の先。唯一の救いは霊夢が動けないと知っているからか妖怪の歩みが遅いことぐらいである。それでも今から向かったとしても妖怪が霊夢を八つ裂きにする方が早いだろう。

 

 

 

『それ、でも……諦めたくない』

 

 

 

 それなのに彼の声は死んでいなかった。絶望的な状況なのに諦めてなどいなかった。

 

 

 

『彼女は言ったのだ。時間を稼いでくれ、と。こんな僕を信じて託してくれた』

 

 

 

 その声は喜びに満ちていた。独りぼっちだった彼にとって霊夢の言葉は嬉しかったのだ。こんな状況でも彼女の言葉は立ち上がる力を彼に与えた。

 

 

 

『その期待に応えたい。彼女を、守りたい』

 

 

 

 ああ、そうか。そうだった。私はキョウで、キョウは私。キョウの守りたいものは私の守りたいもの。キョウのしたいことは私のしたいことになる。理屈なんかどうだっていい。事情なんかどうだっていい。大切なのはキョウの気持ち。

 

 

 

『もうあの時の悲劇を繰り返さないために』

 

 

 

 また間違えるところだった。吸血鬼の力を譲渡すればキョウはこちら側へ近づいてしまう。それは嫌だ。彼には普通の人間と同じような人生を歩んで欲しい。でも、それは“キョウの幸せ”が絶対条件。出し惜しみしてキョウが不幸になったら、キョウの守りたいものが傷ついてしまったら意味がない。

『ふふっ。そう、ね……そうよね。なら、力を貸してあげる。今度こそ、守ってあげる』

 自然と笑みが零れた。そして、キョウの体を治療する。いきなり体が治って彼は目を丸くした。

『さぁ、一緒に霊夢を守りましょう?』

「……うん!」

 キョウが頷くと突然桔梗【盾】が輝き始めた。その輝きに妖怪が動きを止めてこちらを振り返る。ここにいる全員が驚愕する中、盾の形が変わり、蒼い弓になった。私はその弓を見て思わず息を呑んでしまう。私にはその弓がとても美しく見えたから。

「これは……」

「嘴と糸の変形です、マスター!」

 新しい変形に驚いているキョウだったが霊夢よりも彼を脅威だと感じたのか妖怪が再び突っ込んで来た。慌てて桔梗【弓】を構えるが矢がないことに気付き、動きを止めるキョウ。

「矢は!? 矢はないの!?」

「……ないですね」

「そんなああああ!」

 キョウが絶叫している隙に接近した妖怪が爪を振るう。咄嗟に桔梗【弓】で受け止め、甲高い音が響き渡った。妖怪の剛腕に膝を付きそうになる彼だったが歯を食いしばって耐える。

「きつっ……」

『頑張って!』

 応援しながら更に力を譲渡。今度は吸血鬼の力の他に魔力も渡した。そのせいか力を渡すとほぼ同時に弓が青く光り風が吹き荒れる。それはあの青い怪鳥の羽ばたきによって生じた風圧を彷彿とさせた。

「ッ!?」

 弓から生じた暴風によって妖怪の体が浮いて吹き飛んだ。チャンスは今しかない。

『キョウ!』

「マスター!」

 私と桔梗の声に応えるようにキョウは弓を構え、魔力を指先に集める。彼が創造したのは一本の矢。あの妖怪を貫けるほど鋭く、細い、頑丈な矢。するとキョウの手に青い矢が生まれた。それを弓に番え、力いっぱい弦を引くと弓の輝きが増して矢に風が付加される。

「いっけええええええ!」

 キョウが絶叫しながら矢を放った。パシュととても小さな音と共に矢が射出される。

 何があっても、どんな絶望的な状況でも立ち上がり、ただひたすら目標(ハッピーエンド)に向けて突き進む彼のように。だからこそ、私は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 この先もこの青い矢のように真っ直ぐ未来へ歩んで欲しい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、思っていたのに。どうして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 境内に響き渡った銃声の余韻に紛れるように男が声を漏らす。その表情はとても楽しそうだった。

「……霊夢?」

 先ほどまで銃口を向けられていたキョウは視界いっぱいに広がる小さな背中に声をかける。紅い巫女服を身に纏った小さな女の子。その女の子の目の前に展開された結界の破片が地面に落ちて霧散する。

「無事、みたいね」

 彼女はチラリとこちらを見て微かに微笑む。そして、人形のようにバタリと倒れてしまった。うつ伏せに倒れた彼女の腹部から血が零れる。男が引き金を引く寸前、霊夢はキョウの前に移動して結界を張ったのだ。しかし、至近距離から放たれた銃弾を弾き飛ばせず結界は破壊され、銃弾は霊夢の腹を抉った。

「ぁ……」

「あーあ、やっちゃったなぁ。他の奴は殺すなって言われてんだけど……まぁ、後始末が終わった後に治せばいいか」

 男が面倒臭そうに何かを呟き、もう一度キョウへ銃を向ける。しかし、それを気にしてなどいられなかった。

「あ……あぁ……」

『ぐっ……きょ、ぅ』

 なながやられてから蝕み続ける負の感情が更に巨大化し、私のいる空間へ流れ込む血の量が増えた。何とか飲み込まれないように抵抗するがすでに血は私の首を飲み込んでいる。これに全身を呑まれた時、私は――キョウは――。

『駄目っ……もう』

 言葉を紡いだ後、とうとう私は血に飲み込まれ、口から空気を漏らす。空気は泡となって上へ昇って行った。

(キョウ……)

 その泡を掴もうと手を伸ばすがその前に意識が遠のいて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして――こうなってしまったのだろうか。キョウは……私はただ大切なものを守りたいだけなのに。

 

 

 最後に思ったのは理不尽な現実に対する疑問だけだった。

 




次回からAパートとCパートが合併します。
つまり、Dパート→Aパート→Dパートというように2パートを交互にしていくことになりますのでご了承ください。


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第384話 前線の崩壊

「種子!」

 すみれとの通話を切った柊は急いで巨大な狼の姿に変化していた種子から飛び降りた。いきなり自分から降りた主の行動に驚きながらも彼女は彼に視線を送る。

「すぐに悟と合流して今後どうするか話し合え。最悪、客全員を眠らせてもいい。パニックを起こされたらおしまいだ」

「……わかりました。ご主人、ご武運を」

 狼の姿に変化している間は言葉を話すことはできない。だが、どうしても気持ちを伝えたかったのかメイドの姿に戻り、頭を下げた後、もう一度狼の姿になって悟の元へ向かった。

「種子を向かわせてよかったの?」

 炭素を薙ぎ払うように操りながら雅が問いかける。これから今まで以上に激しい戦いになることは明白なので種子を前線から離脱させて大丈夫なのか気になったのだ。

「よくはない。だが客がパニックを起こして収拾がつかなくなった方がもっとまずい。それに――」

 柊が何か言いかけたがそれを遮るように背後で雷鳴が轟き、視界がホワイトアウトする。そして、2人の目の前に蔓延っていた妖怪たちが一瞬にして黒焦げになっていた。麒麟を宿した奏楽からの援護射撃である。四神結界がない今、一体でも突破されてしまえば被害者が出てしまう。しかし、だからと言って四神結界は準備に時間がかかってしまうため、もう一度展開するのは現実的ではない。そこで麒麟は上空からの援護射撃を選んだのだ。

「うっわ……なにこれ」

「予想以上だな……」

 雷撃によって真っ黒になった地面を見て雅と柊は顔を引き攣らせた。雅は式神通信を使って、柊は『モノクロアイ』の能力で奏楽から援護射撃が来ることは知っていたが妖怪はおろか地面まで焦がすほどの雷撃が飛んで来るとは思わなかったのだ。更に2人が驚いている間もあちこちに雷が落ちていた。四神結界をたった1人で展開しただけある。

「まぁ、こういう理由で種子を向かわせた。あと俺たちの中で客を全員どうにかできるのはあいつしかいなかったしな」

「そっか」

 柊の言葉に短く答えた雅だったがその表情は少しだけ安心したように緩んでいた。しかし、すぐに気を引き締めて妖怪たちを見据える。奏楽の援護射撃によって妖怪は減ったがすでにその穴は妖怪たちで埋まっている。すみれが言っていたように妖怪の数が増えているのだろう。また奏楽の援護射撃は一度にたくさんの妖怪を倒せるが雅と柊がいる場所だけ集中するわけにもいかない。奏楽に頼って油断していた結果、突破されてしまったら死んでも死に切れない――いや、響に顔向けできない。

 だから雅は足に纏わせた炭素を操作して妖怪が集まっている場所へ移動する。きっと今も自分たちを信じてくれている彼のため、朱雀を扱い切れず迷惑をかけたのに何も言わずに助けてくれた仲間たちのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟さーん!」

 四神結界が崩壊して慌てふためくお客さんたちをファンクラブメンバーたちが宥めているのを見ていると上空から種子ちゃんが降りて来た。柊の指示で俺のところに来るように言われたのだろう。

「ご主人に合流するように言われました。そちらの状況は?」

「一応パニックは起きてない。でも、時間の問題だな」

 正直種子ちゃんが来てくれて助かった。柊の話では種子ちゃんは治癒術を応用して人を眠らせることができるらしい。それを使えばパニックを起こしそうになっている人たちを沈黙させられる。

 だが、問題は仮に雅ちゃんたちが妖怪に突破されてしまったら眠っているお客さんたちは抵抗できずに殺されてしまうこと。そして、何より四神結界を崩壊させた犯人がまだ見つかっていないことだ。今の状態でお客さんを眠らせるのは危険である。どうしたものか。

「会長!」

 悩んでいると幹事さんが慌てた様子で駆け寄って来た。何か問題が起きたらしい。思わずため息を吐いてしまう。お客さんたちがパニックを起こしそうになったせいで対応に追われている内にはぐれてしまったユリちゃんの顔が無性に見たくなった。

「何があった?」

「一部のお客様が暴動を起こしそうになっています。このまま放っておけば……」

 そもそもゲームの中に閉じ込められた時点で暴動が起きてもおかしくないのだ。ここまでよく持った方だろう。犯人は見つかっていないが背に腹は代えられない。

「……しょうがないか。種子ちゃん、お願いできる?」

「はい、わかりました。悟さん以外の肩を対象に力を使います」

 そう言って種子ちゃんは狼の姿に変化して空中を蹴るようにして空を駆けて行った。白髪メイドがいきなり狼になったからか目を丸くしている。

「か、会長……あの子は?」

「お助けキャラ」

「それは……どう、いう……」

 俺の解答を聞いても幹事さんは納得していなさそうな表情を浮かべていたが種子ちゃんの力が発動したのかこちらに倒れ込んで来た。怪我をしないように受け止めてそっとその場に寝かせ、周囲の状況を確認する。種子ちゃんの力のおかげで暴動を起こしそうになっていたお客さんを含めた全員が気持ちよさそうに眠っていた。

「悟さん、これで大丈夫ですか?」

「ああ、かんぺ――え、ちょ、どうしたの!?」

 仕事を終えて帰って来た種子ちゃんを見ると明らかに小さくなっていたので声を荒げてしまった。今までは奏楽ちゃんよりも少し大きい程度だったが現在の種子ちゃんは幼稚園児ほどの身長になっていたのだ。

「え? あ、すみません。力を使い過ぎると身長が縮んでしまうんです」

「使い過ぎるって……大丈夫なのか?」

「はい、ある程度休めば元に戻ります。ですが……すぐには前線に戻れそうにありません」

 肩を落として落ち込む種子ちゃん。きっと主である柊が戦っているのに自分は戦えないことが許せないのだろう。だが、彼女が力を使ったのは柊の指示でもある。

「種子ちゃんの力のおかげで安心して戦えるようになった。それだけでも十分柊の役に立ってると思うよ」

「……はい」

 フォローしても彼女の表情は暗いままだった。種子ちゃんを元気づけられるのは柊だけなのだろう。それだけ彼は種子ちゃんに愛されているのだ。響と雅ちゃんたちのような――信じ合い、助け合い、頼り合う主従の関係。

 ショボンとしている彼女を見て苦笑を浮かべてしまう。そんな相手がいることにほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったから。

「あの……」

 その時、不意に後ろから声をかけられた。だが、今ここにいる人で起きているのは俺と種子ちゃんだけ。話しかけられること次第があり得ない状況の中、その可愛らしい聞き覚えのある声を聞いた俺はおそるおそる振り返った。

「か、神様! み、みんな……急に寝ちゃったんですが」

 そこにはきょーちゃん人形が折れてしまうのではないかと心配になってしまうほど力強く抱きしめながら俺を見上げているユリちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 妖怪の数が増えてから10分ほど経った。正直言ってきつい。奏楽の援護射撃があっても追い付かない。必死に炭素を操って妖怪を薙ぎ払って数を減らしているのにあざ笑うかのように妖怪の数は増えるばかり。考えてはいけないと自分に言い聞かせているのにどうしても考えてしまう。この戦いに終わりがあるのだろうか、と。

「尾ケ井、そっち行ったぞ!」

「わかってるよ!」

 相変わらず私の近くで妖怪を蹴散らしている柊が叫んだ。敵が多すぎるあまりいらつているようでその言葉には棘があった。私も声を荒げて返事をした後、炭素を飛ばして妖怪を倒す。しかし、倒された妖怪を飛び越えるように別の妖怪がこちらへ向かって来た。

「もう! きりがない!」

「文句言ってる暇があったら手を動かせ!」

「わかってるって!」

『雅、落ち着きなさいよ』

 今まで沈黙を貫いていた朱雀が呆れたように忠告する。そう言われてもいつ終わるかもわからない戦いなのだ。少しぐらい見逃して欲しい。

「ッ……来るぞ!」

 『モノクロアイ』が何かを見つけたのか柊は顔を歪ませて右手を前に突き出し、左手で右手首を握った。初めて見る構えだ。

「俺が妖怪を薙ぎ倒す。撃ち漏らしは頼んだぞ」

「薙ぎ倒すって何をするつもりなの!?」

「いいから少し下がってろ! <ファイナル≪G≫>」

 彼のグローブから甲高い音が響く。<ギア>を回しているのだろう。大技が来る。柊の傍にいたら巻き込まれてしまいそうだ。急いで後ろに下がった。

「いっけええええええええ!」

 眩い光を放っていたグローブから妖怪に向かって極太のレーザーが撃ち出される。更に柊は無理矢理右から左へ腕を動かした。もちろん腕の動きに合わせてレーザーも横薙ぎに払われ、妖怪たちは光線に飲み込まれた。だが、運よく消滅を逃れた妖怪もいる。そいつらに向けて炭素を飛ばして仕留めた。

「尾ケ井、上だ!」

「ッ――」

 何とか柊の撃ち漏らしを処理できたと安心した束の間、顔を歪めて右腕を押さえていた柊が絶叫する。咄嗟に上を見ると数体の妖怪がこちらに向かって飛びかかっていた。おそらく味方の体を踏み、上空へ逃げてレーザーを凌いだのだろう。

(まずっ――)

 炭素を操っても間に合わない。肉弾戦をしても数で押し切られる。柊は動けない。奏楽の援護射撃も期待できない。なら――。

「ぁ、あ、ああああああああ!」

 気合いを入れるために叫びながら妖怪たちへ突っ込む。捨て身の特攻。絶対に通さない。この身がどんなに傷ついたとしても絶対に守ってみせる。一番近くにいた妖怪を思い切り殴り、そのすぐ後ろにいた妖怪に向かって吹き飛ばした。

「ガッ……」

 攻撃直後の硬直の隙を突かれ、背中を鋭利な何かで抉られる。爪か、牙か。いや、今はそんなことどうでもいい。激痛で顔を歪ませながら振り向き様に回し蹴りを繰り出す。爪を紅く染めた妖怪の顔面に直撃して数本の牙が宙を舞う。

「<サード≪G≫>!」

 左手に白い拳銃を持った柊が何度も発砲した。白い弾丸に撃ち抜かれた妖怪の体が灰のように消滅する。それでも妖怪の数は減らない。

「くそ、くっそおおおおおおおおお!」

 悪態を吐きながら炭素を両手に纏わせて手当たり次第に妖怪を殴る。ああ、駄目だ。無理だ。こんな数、処理し切れるわけがない。悔しい。絶対に通さないと誓ったのに。これじゃ響に顔向け、できないよ。

 

 

 

 

 

 

「奏楽、ごめん……数体、通しちゃった」

 

 

 

 

 

 式神通信を使って奏楽に報告したが思わず声に出してしまった。その声は、自分でも情けなくなるほど震えていた。

 




Dパート終わる予定でしたが予想以上に長くなったため、分割しました。次回こそ(2週間後)Dパート完結です。


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第385話 変化と起動

 ああ、きっとこれは夢だ。僕は目の前に広がる光景を呆然と見ながらそう思った。

 だって、1時間前まで僕たちは普通に暮らしていたのだ。ななさんとお昼ご飯を作って、お昼寝していた霊夢を起こして、桔梗と一緒に神社のお掃除をしていた。そう、普通に生きていただけなのに。

「……へぇ?」

 境内に響き渡った銃声の余韻に紛れるように男が声を漏らす。でも、僕には彼の表情を見ることができなかった。前に立つ小さな背中が僕の視界を塞いでいたから。

「……霊夢?」

 その背中に声をかけた瞬間、彼女の前方に展開されていた結界が粉々になって崩壊する。結界の破片が地面に落ちてガラスが割れたような音を立てながら霧散した。

「無事、みたいね」

 彼女はチラリとこちらを見て微かに微笑み、糸の切れた操り人形のように倒れてしまう。霊夢に震える手を伸ばすがうつ伏せに倒れた彼女の腹部から血が広がっていくのを見て体を硬直させた。

「ぁ……」

「あーあ、やっちゃったなぁ。他の奴は殺すなって言われてんだけど……まぁ、後始末が終わった後に治せばいいか」

 遠くの方で男が何か言っていたがその言葉を理解できなかった。いや、違う。僕の意識は霊夢に向いているので聞き流しただけ――ううん、気付いてしまったのだ。

「あ……あぁ……」

 彼女は僕と男の間に割り込み、結界を張った。だが、質量兵器である銃弾を受け止め切れずに貫通。そのまま霊夢の腹部を貫いたのだ。僕を守るために。

(そうか……僕はまた……)

 もう悲劇は繰り返さないとあれほど誓ったはずなのに守れなかった。それどころか僕のせいで霊夢は――。

 

 

 

 

 ――駄目っ……もう。

 

 

 

 

 脳裏に苦しそうな女性の声が響く。だが、僕はそれを無視した。無視するしかなかった。

「はぁ……はぁ……」

 胸が熱い。心臓が痛い。必死になって抑えていた赤黒い何かが溢れ始めた。当たり前だ。もう抑えていないのだから。僕に銃口を向けていた男も怪訝そうな表情を浮かべている。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」

 息が苦しい。体が軋む。抑えつけていた何かが体の中でグルグルと暴れ回っているのだ。でも、気にならなかった。今はただ――目の前の男をどうやって殺すか考えるのに忙しいから。

 

 

 

 

 ――なら、いい方法を教えてやる。体を駆け巡っているそれを一気に解放すればいいだけだ。

 

 

 

 

「ぁ……ああああああああああああああああああああああああ!!」

 その声に従い、僕は赤黒い何かを解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の行動は早かった。霊夢を撃った後、様子のおかしくなったキョウを観察していたが赤黒い何かが溢れ始めた時点で引き金を引いていたのだ。

「なにっ……」

 しかし、すぐに男は目を見開いた。音速を越えた速度で射出された銃弾をキョウの周囲を旋回していた赤黒い何かが受け止めたのだ。キュルキュルと高速で回転していた銃弾だったが数秒経った後、地面に落ちてしまった。

 基本的にオカルトは質量兵器に弱い。その証拠に霊夢の結界は爆風を防ぐことは可能だが至近距離で放たれた銃弾を防ぎ切れなかった。そのはずなのに彼の周囲を旋回しているだけの何かに銃弾は防がれた。

「くっ……」

 驚きのあまり一瞬だけ硬直してしまった男だったが銃を構え直して何の躊躇いもなく何度も引き金を引いた。しかし、先ほどの銃弾と同様に全て赤黒い何かに受け止められてしまう。

(何だ……何が起きてやがる)

 弾切れを起こしたのでマガジンを取り換えながら彼は思考を巡らせる。あの赤黒い何かの正体。おそらくあれは霊力。それもただの霊力ではなく何か混ざっている濁った霊力だ。普通に生きていれば手に入ることはおろか見ることすらないだろう。

「……」

 だからこそ男は不思議だった。目の前の少年はどうやって濁った霊力を手に入れたのだろうか、と。そう思いながら呼吸を荒くしたまま睨みつけて来るターゲットを見据える。だが、すぐにその疑問を頭の隅に追いやった。やっとここまで来たのだ。あの濁った霊力さえどうにかしてしまえば男“たち”の積年の悲願が果たされる。そのために男はしたくもない仕事をして来た。心の奥底で煮えたぎる憎しみを隠し続けて来た。我慢し続けた。やっと、やっとこの恨みを晴らすことができるのだ。

「『起動』」

 開発同時から設定していたキーワードを呟くと男がジャージの下に着込んでいた鎧からブォンという音が漏れ、霊夢のお札によって破損して露出していた右腕の溝に青い光が流れ始めた。そう、男の鎧は今まで待機状態だったのだ。

 そもそもこの鎧はただの鎧ではない。男が一から設計して開発した特別製だ。待機状態でも素材にオカルトに強い特殊な合金を使用しているため、霊夢のお札ではダメージを与えることはできなかったのである。

 今までの兵器も全て男が開発した兵器だ。彼は小さい頃から機械いじりが大好きでよく機械仕掛けの玩具を作って妹にプレゼントしていた。今でも玩具を貰った時の妹の顔を思い出すほど男は妹のことを溺愛していたのだ。

「……」

 今も鎧の起動が終わるまでの間、幼い妹の顔を思い出しながら空を仰いでいた。だが、それも長くは続かない。

「ぁ……ああああああああああああああああああああああああ!!」

 突然、息を荒くしていたキョウが空に向かって絶叫したのだ。その刹那、今まで彼の周囲を旋回するだけだった霊力が彼の体に纏わりついた。ドロドロとした霊力が境内に零れ落ちて霧散する。それを黙って見ていた男だったが再びキョウに視線を向けられた瞬間、背中を凍りつかせた。

(こいつっ……)

 幼い少年の瞳が赤黒く染まっていたのである。また、彼から感じる悍ましい気配が男の心を蝕んだ。男は今まで戦いながらも少年の雰囲気がどこか幼かった頃の妹のそれと似ていると思っていた。だが、今の少年からはそんな雰囲気を微塵も感じられない。それどころか別の存在だと言われた方が納得してしまうほど変化していた。

「――ッ!」

 男を黙って見ていたキョウは獣のように四つん這いになって姿勢を低くし、目にも止まらぬ速さで突っ込んで来た。咄嗟に――というよりも鎧の機能の一つである『絶対防御』が作動して自動で動いた右腕でキョウの頭突きを受け止める。その余波によって男の周囲に霊力が飛び散り地面を抉った。更に受け止めたはずなのにキョウの勢いは衰えることはおろかどんどん勢いが増していく。彼は纏っている霊力を後ろに噴出させているのだ。

「くっそが!」

 オカルトに強いはずの鎧の軋む音を聞いてこのまま受け止め続けるのは愚策だと判断して右腕を突き上げるように動かしてキョウの軌道を真上に逸らした。キョウはそのままロケットのように空を飛翔して男が見上げる程度の高度を保ちながら男の方へ体を向ける。彼の腕の中に先ほどのどさくさに紛れてキョウに回収された霊夢の姿があった。頭突きは霊夢を回収するためのカモフラージュだったらしい。霊力を足の裏から噴出させて浮遊しているキョウを見ながら男はそう結論付けた。雰囲気が変わっても根本的な本質は変わらないようだ。その証拠に濁った霊力の中にいる霊夢は“傷一つ”なかった。

「……まぁ、いい」

 確かにキョウの様子はおかしい。優しそうだった表情はどこかに消え、泣きながら男を殺すと言わんばかりに睨みつけ、体に濁った霊力を纏っている。だが、男には関係ない。やることは最初から決まっている。

「『MODE:ATTACK』」

 やっと起動し始めた鎧を着ながら男は起動時に拡張されたガントレットをガツンとぶつけ合いながらキーワードを呟く。すると、溝を流れていた青い光が赤に染まり、流れる光の速度が上がった。

「かかって来い」

 腰を落として構えた男が飛んでいるキョウを挑発すると一つ吠えた後、霊夢を抱えたまま再び突っ込んで来る。濁った霊力を纏うキョウと鎧を起動させた男の戦いが幕を開けた。



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第386話 英雄の掟

「じゃあ、ユリちゃんもどうして起きてるかわからないのか」

「は、はい……すみません」

「いや、謝るようなことじゃ……」

 あれからユリちゃんに話を聞いたのだが種子ちゃんの力が効かなかった理由はわからなかった。種子ちゃんもきちんと俺以外の人を眠らせようとしたし、再度眠らせようとユリちゃんに力を使ってみたが通用しなかったのだ。大人でも何の抵抗もできずに眠ってしまうほど強力な力だ。子供のユリちゃんが抵抗できるとは思えないのだが。

「さーとーるー!」

 どうしたものかと頭を掻いていると慌てた様子の奏楽ちゃんが飛んで来た。彼女の表情はどこか焦っているように見える。何か嫌な予感が――。

「突破された!」

「なっ! 雷撃で迎撃できないか!?」

『すみません、雷撃では威力が高すぎるあまり他の方を巻き込んでしまう可能性がありまして……後30秒で眠っている人たちに接触します!』

 奏楽ちゃんの雷撃は強力だが周囲への被害も大きい。調整も難しいのだろう。それに時間がなさすぎる。考えている暇はない。とにかくお客さんたちを守らなければ。

「くっ……奏楽ちゃんは今すぐそこへ向かって時間を稼いで!」

「わかった!」

「私も行きます!」

 俺の指示を聞いて頷いた奏楽ちゃんと種子ちゃんは急いで妖怪がいる方向へ飛んで行った。飛んでいる奏楽ちゃんたちなら数秒で妖怪のところへ辿り着くはずだ。しかし、雷撃を封じられた奏楽ちゃんと力をほぼ使い切ってしまっている種子ちゃんでは妖怪を倒せるとは思えない。

「……しょうがないか」

 すみれちゃんの話ではあの妖怪たちは力は強いが大人が全力でバットで殴れば消えてしまうほど脆いらしい。なら、俺の持っている警棒を使って倒せるはずだ。

「か、神様?」

 奏楽ちゃんと種子ちゃんが向かった方向へ歩き出した時、ユリちゃんが俺の袖を掴んで引き留めた。この子は何かと察しがいい。俺が妖怪を倒しに行くと何となくわかったのだろう。目に涙を溜めている。

「……大丈夫。すぐに戻って来るさ」

「で、でも!」

「安心しろって俺は神様なんだぜ?」

 ポンと彼女の頭に手を置いて優しく袖を掴む小さな手を外した。ユリちゃんは再度俺に向かって手を伸ばすが何を言っても無駄だと悟ったのか震える手を降ろす。申し訳ない気持ちで心が痛むが今は緊急事態である。我慢して貰おう。もう一度ユリちゃんに『大丈夫だから』と伝え、俺も奏楽ちゃんたちの後を追った。

 走って1分もかからずに奏楽ちゃんたちを見つけ、立ち止まる。やはり今の奏楽ちゃんと種子ちゃんでは妖怪たちを倒し切れないようで時間稼ぎに徹底していた。特に奏楽ちゃんは周囲に被害が出ないように手加減するので精一杯なようで動きがどこかぎこちない。それに加え、3体の妖怪の連携が不気味なほど上手いのだ。どんな格下でも実力を出し切れない状況では倒すのは至難の業である。そんな感想を抱きながらベルトに括り付けてあった警棒を両手に持ち、左右に振って最大まで伸ばす。

「奏楽ちゃん、種子ちゃん!」

 走りながら2人に向かって叫び、警棒のスイッチを押してスパークを起こした。バチバチという音を聞き付けたのか1体の妖怪がこちらに気付き、雄叫びをあげながら突進して来る。それを見た俺は立ち止まり腰を低くして右の警棒を構え、妖怪も右腕を引いた。

「――ッ」

 徐々に迫る妖怪をジッと観察し、タイミングを見計らって妖怪が振るった腕を“躱して奥にいる2体に向かって突撃する”。後ろを一瞥するとまさか無視されるとは思わなかったのか攻撃して来た妖怪は驚いた様子でこちらを振り返っていた。

「どーん!」

 そこへ雷を纏った奏楽ちゃんが体当たりを仕掛け、激突。その刹那、凄まじいスパークが起こり、妖怪が悲鳴をあげた。元々耐久の低い妖怪だ、まず助からないだろう。そこまで確認した俺は再び視線を前に移す。種子ちゃんが大きな狼姿(それでも最初に比べて小さい)になって妖怪たちを牽制している。そこへ割り込むように突っ込み、手前の妖怪に警棒を振るった。

「――」

 火花が散る音に紛れ、妖怪が絶叫する。手加減が苦手な奏楽ちゃんはともかく普通の大人が殴っても倒せる相手だ。雷を纏った警棒で殴られれば一溜りもないだろう。その証拠に俺が殴りつけた妖怪は黒こげになって灰となってその場に崩れた。

「悟!」

 振りかぶっていた警棒のスイッチを切って電撃を消す。ずっと放出していてはすぐにバッテリーが切れてしまうからだ。残り1体と改めて気合いを入れたところで奏楽ちゃんの声が聞こえた。そちらを見ると狼姿の種子ちゃんが綺麗な白い毛を紅く染めて倒れていることに気付く。俺が妖怪を倒している間に反撃されてしまったらしい。苦しそうに顔を歪ませているが命に別状はないようでホッとする。

(あの妖怪はッ!?)

 だが、問題は種子ちゃんに怪我を負わせた妖怪だ。奏楽ちゃんの様子を見るに彼女も妖怪を見失っている。やばい、脆いとはいえ相手は妖怪。このままでは誰かが被害に遭ってしまう。

「か、神様? 奏楽ちゃん?」

 その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。まさか、いやそんなはずない。もしそうならばまずいことになる。だからこそ、俺は信じない。

 そう自分に言い聞かせながら声が聞こえた方に視線を向け、見てしまった。

「あの、大丈夫、ですか?」

 心配そうに俺たちに声をかけるきょーちゃん人形を抱えたユリちゃんと彼女の背中に迫る妖怪の爪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は楽しい一日になるはずだった。何の変化も起きない平凡な日常の中で特別な思い出となる一日。事実、お姉ちゃんの学校で開催された文化祭はとても楽しかった。途中で憧れの人である響さんにも会えた。友達である奏楽ちゃんは会った時は寝ていたが彼女が起きた後、たくさん遊べると思っていた。それなのに、そのはずだったのに。

「ユリちゃん、後ろ!」

「え?」

 神様たちが向かった先がピカピカと光ったので心配になって様子を見に来た途端、神様が絶叫した。奏楽ちゃんも泣きそうな表情を浮かべながらパチパチと電気を纏ってこちらに向かって来る。そんなことよりも背後だ。何だろうと振り返り、目を見開く。すぐそこまで鋭く尖った爪が迫っていたのだから。

「きゃっ」

 吃驚して背中から地面に倒れる。そして、私の前髪が宙を舞った。子供でもわかる。今、私は“死にかけた”、と。恐怖で震えてしまい、カチカチと歯から音がした。自分に落ち着けと言い聞かせながら腕の中にいるきょーちゃん人形を抱きしめていると大きな影がかかる。おそるおそる顔を上げるとこの世の物とは思えない不気味な姿をした生物が私を見て笑っていた。

「ひっ……」

 小さな悲鳴を上げて慌てて逃げようとするが化け物に背中を向けた瞬間、化け物に左手で押さえつけられてしまう。その拍子にきょーちゃん人形を手放してしまい、少し離れた場所に落ちる。

「や、やだ……たすけっ――」

 見れば奏楽ちゃんも神様も私を押さえつけている化け物に似た生物と戦っていた。必死にこちらに向かおうとしているけど確実に間に合わない。やだ、やだやだやだやだ! 死にたくない! まだ、死にたく――。

 

 

 

 

 

 ――実は俺、魔法使いなんだ。

 

 

 

 

 

 不意に響さんの言葉が脳裏を過ぎる。魔法、使い。

 そんなもの現実にいないことぐらい知っている。

 私を殺そうとしている化け物もゲームの中の存在だってわかっている。

 願ったところでこの状況をどうにもできないことぐらい悟っている。

「響、さん」

 勝利を確信しているのか化け物は嬉しそうに雄叫びをあげている中、私は必死に目の前に落ちているきょーちゃん人形に手を伸ばす。涙のせいで視界が歪む。恐怖で指先が震えている。化物の左手の爪で肌が傷ついてジンジンと鈍い痛みが走る。でも、それでも私は手を伸ばすことを止めなかった。

 届いて。

 届け。

 届いてよ。

 お願いだから――私を助けてよ、魔法使いさん。

 

 

 

 

 

「たす、けて……響、さんっ」

 

 

 

 

 

 掠れた声で呟くと私の指がきょーちゃん人形に触れ、頭上から風を切る音が聞えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユリちゃん!」

 妖怪に押さえつけられながら泣いている女の子の名前を呼んだ。今すぐ助けに行きたい。だが、どこかに隠れていたのかいきなり現れた数体の妖怪に邪魔されて近づくことができなかった。奏楽ちゃんもユリちゃんの名前を何度も叫びながら妖怪を倒している。しかし、今から向かっても間に合わない。すでに勝利を確信しているのか妖怪は嬉しそうに雄叫びをあげていた。

 こんなことになるならユリちゃんも一緒に連れて来るべきだった。俺なら倒せるなんて慢心しなければよかった。そんな後悔が脳裏を過ぎる。しかし、そんなこと気にしている場合ではない。たとえ、間に合わなくても最後まで諦めない。諦めたくない。諦めてしまったら俺はきっと壊れてしまうから。

「くそっ……くっそおおおおおおお!」

 すでに警棒のバッテリーは切れている。そんなこと知るか。倒さなくていい。前に進むことだけを考えろ。

「――――――」

 妖怪と妖怪の隙間からきょーちゃん人形に手を伸ばすユリちゃんが見えた。ボロボロと涙を零し、唇を噛んで、震える指先を必死に伸ばしている。そして、何かを呟いた瞬間、彼女の指先がきょーちゃん人形に触れ――妖怪の爪が彼女の頭に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

「――よくやった」

 

 

 

 

 

 

 その刹那、きょーちゃん人形から“星型の結界”が現れ、妖怪の爪と激突した。ガリガリと結界と爪がぶつかり合い、火花を散らす。だが、その均衡はすぐに崩れた。きょーちゃん人形からもう1枚の結界が出現し、一瞬にして妖怪を両断してしまったのだ。

「きょーちゃん?」

 体を起こしたユリちゃんは彼女の目の前でふわふわと浮かんでいるきょーちゃん人形を呼ぶ。見ればきょーちゃん人形が着ている制服――具体的には胸に刻まれている校章に重なる形で幾何学な魔法陣が展開されていた。

「あれは……」

 気付けばこの場にいる全員がその光景に見とれていた。俺も、奏楽ちゃんも、種子ちゃんも、妖怪たちも。その魔法陣から溢れる光がとても幻想的で美しかったから。

『数年前に刻んだ魔法陣だったが……問題なく起動したな』

 ほどなくしてきょーちゃん人形から今となっては懐かしく感じる声が響いた。ああ、何だよ。いつも遅いんだよ、お前は。

『よく頑張ったな、ユリちゃん』

 声はそう言った後、きょーちゃん人形の校章に展開されていた魔法陣がどんどん広がり、それにつられるようにきょーちゃん人形の体が上を向いた。

「ぁ、あぁ……」

 ゆっくりと浮上する人形を追いかけるように顔を上げるユリちゃん。その頬は涙で濡れていた。いつしか人形は動きを止め、魔法陣も2~3mほどの大きさになっている。

「さてと……随分と大変なことになってるみたいだが――」

 そして、魔法陣から――。

 

 

 

 

 

 

 

「――後は任せろ」

 

 

 

 

 

 ――約2時間ぶりに見る俺の幼馴染、『音無 響』が現れた。




Dパート完結。

次回(2週間後)から改めて響さん視点=Eパートの開始です。




さぁ、無双タイムですよ。





なお、響さんは約1年ぶり(2016年6月18日以来)の登場です。


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第387話 コード

 戦いが再開してすぐに男の右拳とキョウの右足が激突し、その衝撃で男の足元に皹が走った。キョウは足に纏わりついている濁った霊力を鉤爪のように尖らせた上、後方へ霊力を放出している。普通ならば彼の一撃を拳で受け止めた瞬間、骨折はおろか拳そのものが砕けてしまってもおかしくない。だが、男の拳はしっかりとキョウの足を受け止めていた。

「――ッ」

 数秒ほど拳と足が均衡していたが男が顔を歪ませながら右腕を引き、もう一度前で突き出す。すると、ガントレットから甲高い音が響き、先ほどの均衡が嘘のように簡単にキョウの体を吹き飛ばした。吹き飛ばされたキョウは霊夢を落とさないように気を付けながら空中でバランスを取る。だが、男がその隙を見逃すはずがなかった。

「守ってみろよ」

 いつの間にかキョウの頭上へ移動していた男はニヤリと笑った後、幼い獣の頭目掛けて踵を振り落した。咄嗟に霊力を真上で集中させるキョウだったが男の踵落としの勢いに負けて霧散してしまう。霊夢だけでも守ろうとしたのかキョウは後ろを振り返り、踵落としを背中で受けた。そのまま凄まじい勢いで地面に叩き付けられ、粉塵が舞う。

 それを見ながら地面に着地した男だったがすぐに飛び退り、粉塵から濁った霊力が鞭のように伸びて男が先ほどまで立っていた地面を抉った。

「ちっ……ノーダメージか」

 粉塵が晴れ、傷一つないキョウの姿を見て彼は舌打ちする。踵落としが当たる直前、濁った霊力を真上に放出して踵落としの勢いを殺すと同時に急降下して直撃を避けたのだ。もちろん、霊力の中にいる霊夢も無傷である。

「……」

 飛び退った男がキョウに視線を向けると彼は腕の中にいる霊夢をジッと見ていた。追撃して来ると思っていた男はその光景に目を細める。そして、キョウは霊夢から手を放して濁った霊力を操作し、戦いの余波で境内の端に飛ばされていた霊奈の隣に寝かせた。男と戦いながら霊夢を守るのは難しいと判断したらしい。

「『MODE:QUICK』」

 キョウが霊夢を避難させている間、男が小さな声で別のキーワードを呟いた。溝を流れていた赤い光が緑に変化する。そして、男の姿が消えた。

「――」

 目の前から敵が消えてキョウは目を見開き、濁った霊力を地面にぶつける。その反動で小さな体が真上に飛んだ。

「ほー、躱したか」

 空中で体勢を立て直しながら周囲を見渡していたキョウの後ろで男が感心したのか声を漏らし、幼い獣の頭を鷲掴みにする。

 一度真上を取られたキョウだったがあの時は吹き飛ばされた隙を突かれた。しかし、今回は違う。本能に従って上空に逃げたキョウはずっと男の気配を探っていた。理性を失っていても今までの旅で得た経験は消えなかったのだ。

 だからこそ、獣は驚愕した。捉え続けていた男の気配が突然背後に移動したのである。キョウが混乱している間に頭を掴んだ男は急降下して地面にキョウの頭を叩きつけた。そのあまりの腕力に境内が陥没する。

「くっ……」

 しかし、うめき声をあげたのは男の方だった。キョウの頭から手を離して距離を取る。彼の手に濁った霊力が纏わりついていた。微かに肉が溶ける音が聞こえる。

(鎧の隙間から入ったか)

 男が作った鎧の素材はオカルトに強い上に弾くという特殊な金属を使用している。だが、鎧がカバーできるのは鎧に触れている部分であり、隙間から侵入した力はどうすることもできない。偶然ではあるがキョウの霊力が鎧の隙間から中に入り込み、男の右手を“腐食”させているのだ。だが、彼にとって今の状況は想定内である。

「『RESIST』、『RECOVERY』」

 キョウが体を起こしているのを見ながら男は冷静に言葉を紡いだ。すると、鎧の隙間から漏れていた霊力が弾け飛び、腐食していた右手から痛みが引いた。鎧から侵入したオカルトを弾く『RESIST』、負傷した部位を局地的に治療する『RECOVERY』である。この2つ以外にも一時的に相手の動きを止める弾丸を放つ『STUN』、認識外もしくは認識できないほどの速度で放たれた攻撃を防ぐ絶対防御『AUTOGUARD』、鎧の破損を修理する『REPAIR』など様々な状況を想定してキーワードと機能が設定されている。『AUTOGUARD』は常時発動しているが。

 また、『MODE:ATTACK』、『MODE:QUICK』のように鎧の基本性能を変えて、敵のバトルスタイルに合わせて戦法を変更することも可能だ。攻撃力が高くなる『MODE:ATTACK』。移動速度が極限まで高まる『MODE:QUICK』。まだ出て来ていないが防御力の増す『MODE:DEFENSE』がある。多くの兵器を開発して来た彼自身が『2番目の傑作』と自賛するほどこの鎧は高性能だった。

「……」

 傷を治した頃になってやっとキョウが顔を上げる。地面が割れるほどの勢いで叩きつけられたのにもかかわず彼に目立つ傷はない。いや、額に血がこびりついているので傷はできていたようだがすでに治っていたのだ。更にいつの間にか彼の背中に漆黒の小さな翼が生えていた。

(……吸血鬼化が進んでる? いや、始まったのか)

 ある程度キョウに関する情報を持っている男は彼の姿を見てそう結論付ける。情報よりも彼から感じる吸血鬼の力が弱いのだ。吸血鬼には『超高速再生』という能力があるので傷が治ったのも頷ける。

 だが、問題は吸血鬼化が始まったことによるキョウの戦闘力の上昇。『MODE:ATTACK』では勝てないと踏み、『MODE:QUICK』に変えて攻撃力を犠牲にして上げた速度で翻弄しながら少しずつダメージを与える作戦だったが『超高速再生』は即死しなければ霊力がある限り、傷を治すことができる。今の彼は理屈は不明だが体から溢れるほどの霊力を持っているのだ。『MODE:QUICK』では長期戦になってしまう。

(あんまり長居はできないんだよなぁ)

 自分の体の変化に戸惑っているのか背中の翼を動かしているキョウを見ながら男はそっとため息を吐いた。おそらく治癒能力だけでなく、攻撃力や速度も上がっているだろう。普通に攻撃しているだけでは倒し切れそうにない。『これで2番目の傑作か』と鎧を持参した昔の己を嘲笑した後、口を開く。

「『MODE:ATTACK』、『STUN』」

 再び攻撃重視に戻した彼は左手をキョウに向けて拘束のコードを呟いた。左手から放たれた光球は体の調子を確かめている幼い吸血鬼に当たり、その体を痺れさせる。

「……?」

 いきなり体が動かなくなったキョウはわずかに首を傾げ、男に視線を向け自然と2人の目が合った。

「ッ……」

 ドス黒い紅に染まった瞳。血を彷彿とさせる眼。それでいてとても宝石のような美しい目。一瞬だけその紅に引き込まれそうになったが頭を振って正気に戻り、次のコードを使った。

「『BIND』」

 男の手から鎖が伸びてキョウの体に巻き付き、拘束する。『STUN』は相手の動きを止められるが数秒で効果が切れてしまう。また、『BIND』は頑丈な鎖で相手を拘束する機能だが、拘束するまでに多少時間がかかってしまうため、躱される恐れがあった。だから、男は『STUN』で動きを止め、『BIND』を確実に決めたのだ。

「『SCISSORS』」

 そして、最後のコードを使うと彼の右手に巨大な鋏が出現した。キョウは鋏を見て己の危機に気付いたのか逃げようと暴れるが吸血鬼の力でも『BIND』は解けない。ガチャガチャと鎖がぶつかり合う音が響く中、男はゆっくりとキョウの前まで移動する。そのまま両手で持ち手を動かして鋏の刃を開き、キョウの首に宛がう。

(何か、拍子抜けだな……)

 吸血鬼化した獣を倒すのにどれだけ苦労するのだろうと悩んでいたのが嘘のようだ。そう、あまりにも上手く行きすぎているからこそ、彼は気付けた。

(いや、違う……拍子抜け、すぎるッ!)

「――ぁッ!」

 咄嗟に持っていた鋏の刃の先端を鎧の隙間に突き刺した。太ももに走った痛みで目の前が一瞬だけ真っ白になるがその刹那、目の前で拘束されていたキョウの姿が消え、背中に悪寒が走る。すぐに前に飛ぶと頭上でゴウ、と空を切る音が聞こえた。地面を転がった後、後ろを見れば霊力を纏った右足を横に振り抜いた状態で浮遊しているキョウの姿を見つける。

(幻覚!? あの時か!)

 今まで見ていた光景が彼の創りだした幻覚だとわかり、すぐにキョウと目が合った時、彼の瞳に吸い込まれそうになったことを思い出した。もし、違和感に気付かなければ今頃、彼の頭部は体に永遠の別れを告げていただろう。

「『RECOVERY』……さすがに一筋縄じゃいかねーか」

 地面に着地してこちらの様子を窺っているキョウを見て男は冷や汗を流しながら面倒臭そうに独り言をごちた。



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第388話 砲撃

Eパートの始まりです。


(なるほど、な……)

 魔法陣の上に立ったまま、俺は式神通信を使って雅たちの視界をジャックし状況を確かめる。どうやら、東西南北に設置されている霊脈から人工妖怪が溢れ出ており、文化祭に遊びに来た人たちを守るために戦っているらしい。ぬらりひょんの話通り、彼女はただの囮だったようで敵の目的は『文化祭の襲撃』。おそらく仲間を捕獲して俺を脅迫するつもりなのだろう。だが、俺が来たからには敵の思惑通りにはさせない。

「回界『五芒星円転結界』」

 ユリちゃんの傍に待機させていた五芒星結界を手元に移動させ、悟たちの前にいた妖怪に向けて投げた。『回界』は妖怪たちの体をバラバラに切り刻む。予想以上に脆い。人工妖怪だからだろうか。

「おにーちゃーん!」

「おっと」

 妖怪について考察していると胸に衝撃が走る。下を見れば額から角を生やした奏楽がポロポロと涙を流しながら抱き着いていた。黒いドームに閉じ込められてずっと戦っていたのだ。俺の姿を見て緊張の糸が切れてしまったのだろう。

「よく頑張ったな。よしよし」

「ひっぐ、えへへ……」

 抱っこして涙を拭いながら褒めると彼女は泣きながら笑った。それにしてもこの額の角は何なのだろう。どことなく神力を感じる。それこそ青竜と同じ気配だ。

『響ッ!』

 その時、脳裏に雅の絶叫が響いた。そのあまりの声量に顔を歪めてしまう。奏楽も目を回していた。驚いたおかげで涙は引っ込んだようだが。

「雅、声大きい」

『あ、ごめ……ってそうじゃない! やっと、やっと来てくれたんだねっ』

「遅れてすまん。そっちの状況はだいたい把握してる。詳しい話は後だ。まずは前線を押し返すぞ。もう少しだけ耐えてくれ」

『え? 押し返す?』

「響!」

 雅が不思議そうに聞き返すが答える前に悟がこちらに駆け寄って来た。たった2時間しか離れていなかったのに随分と久しぶりに思える。とりあえず、未だフラフラしている奏楽を抱きしめながら魔法陣から降りた。すると、魔法陣がガラスの割れるような音を立てながら砕け散る。

「遅くなった」

「本当に……いや、よく来てくれた。でも、どうやって? 黒いドームのせいで式神通信すら使えないんだろ?」

 悟の疑問はもっともだ。黒いドームは破壊することはおろか外部と内部では連絡を取り合うことすらできない。式神召喚などもっての外だ。だからこそ、彼は疑問に思ったのだろう。

「これを使ったんだよ」

 説明しながら空中に浮かんでいたきょーちゃん人形を手に取った。きょーちゃん人形は淡く輝いており、特に制服に縫い付けられている校章の部分には魔法陣が浮かんでいた。

「きょーちゃん人形……いつの間に」

「俺たちが高校生の時だな」

「……はぁ!?」

 高校最後の文化祭。悟の提案できょーちゃん人形を作ることになり、クラスメイト全員が文化祭当日までその作業に追われていた。その途中、裁縫が苦手な女子の手伝いをしたのだが、ちょっとした悪戯心でキョーちゃん人形の一つに魔法陣を刺繍したのだ。まさかそのたった一つの人形がユリちゃんの人形だとは思わなかったが。

「魔法陣か。どんな効果なんだ?」

「それは……いや、それはまた後で。今は時間がない」

 脳内で雅たちにどうにかできるなら早くしてくれと催促されたのだ。どうやら、上手く黒いドームの中に入れたかので浮かれているらしい。間に合ったからと言って危険はまだ取り除いたわけではないのだから気を引き締めよう。

『雅、とりあえず奏楽の額の角とか色々説明してくれ』

『式神の中で一番余裕ない私に頼むなああああああ!』

 そう言いつつ雅は手短に説明してくれた。どうやら、俺の能力の影響で雅たちが持っていた珠に四神の魂が宿り、今まで持ち堪えられたのは四神の力があったかららしい。雅だけは朱雀の力を操り切れず、追い詰められてしまったようだが。

「奏楽は俺が準備できるまでここで援護射撃してくれ。悟、ここは任せた」

「わかった!」

「おう」

「え? えぇ?」

 俺の指示にすぐに頷く奏楽と悟だったがまだ状況を飲み込めていないユリちゃんはキョロキョロと視線を泳がせて戸惑っていた。彼女はまだ小学2年生だ。戸惑うのも仕方ない。

「ユリちゃん」

 彼女の目線に合わせるためにしゃがみながら名前を呼んだ。いきなり名前を呼ばれたからか肩をビクッと震わせるユリちゃん。そのまま不安げに俺に視線を合わせた。

「俺を呼んでくれてありがとう」

「え?」

「ユリちゃんが俺を呼んだんだよ。君がいなかったらどうなってたかわからない。だからありがとう」

「ぁ……ど、どう、いたし……まし、て」

 褒められることに慣れていないのか彼女は顔を紅くしてもじもじし始める。その姿が微笑ましくて思わずくすりと笑ってしまった。まだ敵は倒していない。でも、この笑顔が失われる前にここに来られて本当によかった。

「はい、これ」

「きょーちゃん人形……」

 淡く輝き続けるきょーちゃん人形を差し出すと彼女は震える手で受け取り、ギュッと抱きしめる。この人形がなければ何もかも終わっていただろう。

「これを持っていればある程度安全だ。必ず持ってろよ」

「はい!」

 笑顔で頷いたユリちゃんを見た後、悟に視線を向ける。彼も俺の視線の意味に気付いたのか親指を立てた。きょーちゃん人形があるとはいえ物理的な攻撃には対抗できないし種子の治療もしなければならない。悟なら何とかしてくれるだろう。

「それじゃ行って来る」

 そう言って俺はグラウンドが見合わせる程度まで上昇する。俺が来た時に比べて少しだけ前線が下がっていた。のんびりし過ぎたかもしれない。

(吸血鬼)

『はいはーい、こっちの準備はできてるわよ。どうぞ』

 吸血鬼に話しかけると俺の目の前に1丁の狙撃銃が出現した。吸血鬼がいつも使っている物だ。それを手に持って目を閉じる。普通の狙撃銃――いや、武器では無理だ。これが“吸血鬼が使っている物”だからこそ俺の力を使うことができる。

複製(コピー)

 地力がグンと減り、目の前に俺が持っている狙撃銃と同じ物が9丁現れた。手の中にあった狙撃銃から手を離して次の工程に移る。

操作(オペレート)

 計10丁の狙撃銃が移動し、俺の周囲に等間隔に並んだ。狙撃銃を移動するだけだったので地力の消費は少ない。だが、この先から一気に難しくなる。

拡張(エクステンド)変更(チェンジ)

 10丁の狙撃銃の銃口が広がり、銃弾を実弾からエネルギー弾に変える。予想以上に大変な作業で額に汗が滲む。練習すれば比較的楽にできそうだがぶっつけ本番なので予定よりも多く地力を消費している上、無駄な工程もある。後で練習しよう。

砲撃準備(チャージ)

 俺の周囲に浮遊していた狙撃銃の銃口に光が集まり出した。更に式神通信を駆使して雅たちの視界をジャックし、狙撃するポイントを決める。

『衝撃に備えろ』

照準変更(ロック)

 通信を使って忠告した後、銃口の角度を調整。やはり雅と弥生がいる場所が妖怪の数が多い。10丁中7丁を雅側に向けた。残りの3丁は霙、リーマ、2人の中間に照準を合わせる。

照準確定(オン)

『充電完了。派手にやっちゃいなさい!』

 銃口を固定させたところで吸血鬼が嬉しそうに叫んだ。まだ俺たちはこの力を完全にコントロールできているわけではない。しかし、人工妖怪を吹き飛ばすことぐらいはできるだろう。これが“俺”の本来の形なのだから。

砲撃開始(ファイア)

 その刹那――空間が揺れた。狙撃銃から放たれたエネルギー弾がグラウンドに着弾し周囲の妖怪たちを巻き込む形で大爆破を起こしたのだ。雅たちは俺の警告を聞き、一時的に前線から離れていたので無傷だが妖怪たちの大半は爆発に巻き込まれて消滅した。

砲撃準備(リチャージ)

『……え、えええええ!?』

『ちょ、何ですか今の!?』

『響、あなた何したの!?』

『く、クレーターできてる……』

 再充電していると雅の絶叫が脳裏に響く。雅だけじゃない。霙、リーマ、弥生も砲撃の威力に驚いていた。クレーターまでできているらしい。やりすぎてしまったかもしれない。

『おにーちゃんすごーい!』

 まぁ、奏楽だけは喜んでくれたので良しとしよう。戦況を確認すると人工妖怪の数が半数以上減っていた。だが、あの霊脈がある限り、人工妖怪は増え続ける。油断はできない。

『でも、その砲撃があれば……』

『いや、今は緊急事態だったから使ったけどこれすごい燃費が悪くてな。霊奈が霊脈を解体し終わるまで持つかわからん』

『じゃあ、どうするの? 私たちが抑えて危なくなったら砲撃する?』

 霙の言葉を否定すると今度はリーマが問いかけて来た。確かにそうすれば砲撃し続けるよりも持つだろう。しかし、問題は式神組ではなく柊たちだ。魔眼で柊の力を視れば普段よりも減っており、後数分ほどで尽きてしまうだろう。もちろん、式神組だって四神を宿しているからと言って永遠に戦い続けていられるわけではない。

『なら――』

『――落ち着け。策がないわけじゃない』

 焦った様子で何か言いかける雅だったがそれを遮って周囲を見渡した。人工妖怪は未だ進攻を続けているが雅たちがいる場所まで到達するのにもう少しかかる。あれなら間に合うはずだ。

「吸血鬼、準備はいいか?」

「ええ。もちろん」

 いつの間にか俺の隣にいた吸血鬼がニコニコと笑って手を差し出した。



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第389話 才能

 キョウの目を見れば幻覚にかかってしまう。ならば、彼の目を見なければいい。言う分には簡単だが、実行するとなると話は違って来る。理性のない敵と戦う時、基本的にフェイントなどの搦め手を使って来る確率は低い。そのため、敵の目を見れば次にどこを狙って来るか判断できるのである。実際、男は今までキョウの視線を見て攻撃の軌道を予測していた。それを封じられるのは些か辛い。

「『VISOR』」

 そこで男の取った行動は覆面(フルフェイス)を被ることだった。本来、このコードは砂塵や毒霧を吸い込まないための機能だ。しかし、今回は直接キョウの目を見ないようにするために使った。男の鎧はオカルト方面の力をほぼ無効化してしまう。もちろん、男が被った覆面も同じ効果を持っているため、覆面を通せば彼の目を見ても幻覚にはかからないと判断したのだ。

「……?」

 男の目論見通り、覆面越しであればキョウと目が合っても幻覚にかかることはなかった。男が幻覚にかからないのが不思議なのかキョウは小さく首を傾げる。理性を失っているはずなのにその仕草はどこか人間臭かった。だが、その仕草もすぐに止め、今度は彼の周囲に赤黒い霊力が集まり、いくつかの球体になった。

(何だあれ……飛ばして来る気か?)

 しかし、球体が作り出されてから数十秒ほど経ったが一向に撃つ気配はない。だからこそ、男は目を細めた。ああやって霊弾を待機させ続ける意図がわからない上、理性がないとは言え、男の鎧にオカルト方面の攻撃が通用しないことぐらい理解しているはずだ。

「――ッ」

 そう思考を巡らせていた時だった。いきなり右膝に力が入らなくなり、その場で片膝を付いてしまう。その刹那、彼の目の前にキョウの右足が迫り――。

「ガッ」

 思い切り顔面を蹴られ、吹き飛ばされてしまった。空中で何とか体勢を立て直そうとするが今度は左肩に衝撃が走る。トラックに轢かれたと錯覚してしまうほどの衝撃に目を白黒させたまま、境内に叩き付けられ、口から酸素が漏れた。覆面をしていたおかげでダメージはほとんどなかったものの脳を揺さぶられたせいで立ち上がるのに苦労してしまう。

「な、何が……」

 だが、そんなことよりも彼を混乱させたのは最初の一撃についてだった。右膝を見れば鎧の隙間から血が流れている。オカルトに強いはずの鎧を貫通されたのだ。じゃあ、その攻撃方法は? どうやって貫いた? 男の脳裏にそんな疑問ばかり浮かぶ。

「ぐっ……」

 そこへ更に追撃。力の入らない右足を庇いながら何とか立ち上がった男の右肩に鋭い痛みが襲った。鮮血が境内に広がる。思わず、右肩を左手で押さえようとするがその途中で左手首が跳ね、その衝撃で左手が上に挙がってしまう。再び血が宙を舞う。

(そういう、ことかよっ!)

「『RECOVERY』!」

 奥歯を噛みしめながら治療のコードを叫ぶ。左手首を“撃ち抜かれ”ながら彼はキョウの周囲に浮かぶ球体の一部が波打っているのを見たのだ。つまり、今までの攻撃は全てあの球体から放たれていたのである。

(あれはただの霊弾じゃねー……銃口だ!)

 おそらく霊弾の一部を変形させ、超極細の針のようにして撃ち出している。それに加え、鎧と鎧の隙間を縫うように射出しているらしい。だが、正解に至ったはずの男の表情は優れなかった。霊力を針のようにして撃ち出すだけでもそれなりの技術が必要なのに鎧の隙間を的確に撃ち抜くなどまずありえないことなのだ。特に男の鎧はオカルトに強い。掠っただけでも極細の針は弾け飛んでしまうのである。

 しかし、キョウは成功させた。それも何度も。偶然ではないことは一目瞭然。男は今まさに額に銃口を突き付けられている状況なのだ。

「くっそたれ!」

 このまま立っていれば鎧の隙間という隙間を針山にされる。更に隙間があるのは間接部分が多いのでそこを破壊されてしまったら身動きが取れなくなってしまう。慌てて移動しようとするがその前に左足首を撃ち抜かれた。超極細の針だが赤黒い霊力の効果なのか鋭い痛みが全身を駆け抜ける。

(な、めんな!)

 赤黒い針が迫るのを見て倒れてしまいそうになる体を無理矢理動かして前で跳躍した。その刹那、先ほどまで彼が立っていた地面に小さな皹が走る。

「ガ、ァああああああああ!」

 だが、そのことについて考えることはできなかった。躱したはずなのに右肩に被弾したのだ。そのまま地面に倒れ、右肩を押さえるが針が撃ち出されたのを見てすぐにその恰好のまま左へ飛ぶ。再び地面が小さく割れる。そして、背中に衝撃。男は前のめりになり、境内を転がった。更にそこへ追撃と言わんばかりに霊力の針が次々に射出される。

(こいつッ!)

「『RECOVERY』! 『SHIELD』!」

 治療と盾のコードを使い、目の前に出現したタワーシールドの後ろに隠れながら男は心の中で悪態を吐く。針は躱した。そのはずなのに体は無様に地面に転がされている。しかし、彼はすでにその原因に気付いていた。キョウはわざと視認できる太さの針を撃ち、あえて回避させ、回避後の硬直を狙ったのだ。やはり、彼の射撃の才能は達人レベル――いや、もしかしたらそれを越えているかもしれない。回避後の硬直を狙うということは男が回避行動を取る前に撃ち出さなければ間に合わないのである。また、動いている状態で鎧と鎧の隙間を狙撃した。理性を失っている獣ができるとは到底思えない曲芸にも近い技能。だからこそ、男は動揺した。彼の持っている“音無 響”の情報には射撃に関する才能などなかったのだから。

(どういうことだ? あいつの才能に射撃なんてなかったはず……じゃあ、魂の中にいる奴らに手助けして貰っているのか? いや、この時代のあいつには吸血鬼と狂気しか……ッ!)

 そこで男は気付いた。今のキョウは現在進行形で吸血鬼化が進んでいる。つまり、“あの状態”に近い状況なのだ。ならば、キョウに射撃の才能があるのも納得できる。すでに男は今の状態に近いキョウと対面したことがあるのだから。

(なら、話は早い)

 吸血鬼化が進んでいるのならそれを利用するまで。そう思いながら男は空を見上げる。そこには太陽がさんさんと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと不思議だったことがある。何故、吸血鬼は狙撃銃を使っているのか、と。吸血鬼は俺の魂に住んでいる。彼女にも確認したが自我が生まれてから今まで外の世界に出たことがないらしい。それこそ彼女が外の世界と初めて触れたのは狂気異変からだ。そのはずなのに吸血鬼は最初から狙撃銃を使用していた。知るはずもないことを知っていた。

 特に他の奴らとは普通にできたのに何故か最も相性がいい俺と吸血鬼が『魂同調』できないことが不思議でたまらなかった。だが、その原因もぬらりひょんとの戦闘で全て理解した。俺たちの魂波長は元々同じだったのである。一応、それは知っていた。だからこそ、俺たちの相性はいいと思っていた。そう、“相性が良すぎた”。

 『魂同調』は魂に住む住人と魂波長を無理矢理合わせて行うシンクロ。じゃあ、最初から同じ波長を無理矢理合わせようとすればどうなるだろうか。答えはすでに知っている。同じ波長なのだから片方の波長を変えれば違うものになってしまう。だからこそ、俺たちは『魂同調』することができなかった。最初から『魂同調』しているようなものだから。

「「行こう」」

 差し出された彼女の手を掴んで笑い合う。ああ、そうだ。俺たちはいつでも一緒だった。狂気異変よりもずっと前から。それこそ産まれた時から。

 そして、疑問がもう1つ。同じ魂波長なのに俺たちは性格も、話し方も、性別も、種族も、好きな物も、嫌いな物も、何もかもが違う。原因はわからない。だが、それこそが“俺たちの強みとなる”。

(リョウ、ドグ……借りるぞ)

 ()吸血鬼()と声を合わせてそっと呟く。その瞬間、俺たち(私たち)の中で別れるはずのなかった――別れてはならなかった何かが繋がった。そして、不完全が完全へと戻る。

 

 

 

「「魂共有」」

 

 

 

 黒いドームの下、1対の漆黒の翼が2つ、咲いた。

 



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第390話 魂共有

 ()の魂に住む奴ら(人たち)()に似ているがそれぞれ違うところがある。吸血鬼()は性別が女で射撃が得意。翠炎は翠色の瞳に両肩では翠炎が揺れており、白紙効果(矛盾を燃やす炎)にはずいぶんお世話になっている。トールも()の魂に来てから女になったが髪は紅いままで闇に至っては子供の姿。猫も猫耳と尻尾が生えている。つまり魂の住人たちの容姿は()と似ていても見ただけで()ではないとわかるのだ。

「「……」」

 だが、今の俺たち(私たち)は全く同じ姿だった。大きな漆黒の翼。吸血鬼()より若干小さくなったが確かに存在する乳房。腰まで伸びたポニーテール。髪を一本にまとめている紅いリボン。骨格は女性らしく丸みを帯びており、手を繋いでいなければ鏡に映っているとしか思えないほど瓜二つである。

「「……」」

 俺たち(私たち)は同時に顔を上げてお互いの容姿を確認し、微笑み合う。そして、すぐに『きっと“()が女”だったらこのような姿をしているだろう』、と苦笑を浮かべた。

 『魂共有』は()吸血鬼()の魂波長を合わせる技能だ。リョウとドグが使っていた『式神共有』と似ているが大きな違いはリョウとドグはお互いの力を足して2で割る。そのせいでリョウはドグの能力を手に入れた代わりに身体能力が低下した。ただの足し算や割り算をしただけなのだから当たり前である。

 だが、『魂共有』は根本的に仕組みが違う。『式神共有』は能力を共有するが『魂共有』は魂波長が対象だ。能力であれば足して2で割るだけだが魂波長の場合、そう簡単にはいかない。足しただけで魂波長の意味が変わってしまうのだ。ましてや足して2で割った場合、意味は複雑に変化する。

 更に俺たち(私たち)の魂波長は同じだ。同じ波長を足したところで波長の大きさが変わるだけであり、それを2で割ったら元の大きさに戻る。しかし、ここで問題になるのが俺たち(私たち)の魂波長は同じでありながら意味が違うことだ。同じでありながら意味が違うという矛盾を持ち合わせている魂波長を共有した場合、どうなるのか。答えは“俺たち(私たち)の力は分割されずにお互いに配分される”だった。つまり、()には吸血鬼特有の身体能力や吸血鬼()の射撃の才能が、吸血鬼()には博麗のお札や魔眼など()の使える技が使えるようになる。言ってしまえば右の()も左の()も同一人物なのだ。地力も思考も性別も能力も全て一緒。分かれるはずのなかった何かが元に戻ったのだから当たり前だ。“俺たち(私たち)は元から一つ”だったのだから。

「「さてと」」

 『魂共有』は無事に成功した。後はこの状況をひっくり返すだけである。だが、このまま戦っても意味はない。ここまで戦況が悪化したのは単純に人手不足だからだ。ならば、俺たち(私たち)で人手を増やそう。

「「禁じ手『ファイブオブアカインド』」」

 俺たち(私たち)は声を合わせてスペルカードを使用する。すると、俺たち(私たち)の後ろに4人の分身が現れ、合計10人になる。本体に比べれば若干弱体化しているものの『魂共有』している今ならば妖怪に殴られた程度で消えることはないだろう。

『『今から向かうからもう少し耐えて』』

 式神通信を使って雅たちにそう伝えた後、5人の分身が式神たちの元へそれぞれ向かって行った。ここに残ったのは本体2人と分身3人。

「「露払いよろしく」」

「魂同調『トール』」

「魂同調『猫』」

「魂同調『闇』」

 分身がスペルカードを持って宣言すると3人の体がそれぞれ紅、白、黒のオーラに包まれる。そして、オーラが消えるとトールと『魂同調』した分身は髪が赤く、猫と『魂同調』した分身は黒い猫耳と尻尾が生え、闇と『魂同調』した分身は髪がストレートになり黒いワンピースを着ていた。共通点は『魂共有』の影響で“黒い翼”が生えていることぐらいだ。

 闇との『魂同調』は暴走する危険があったため、今まで出来なかったがそれは闇に飲まれそうになるからだ。だが、今の状態であれば闇に飲まれることはないだろう。俺たち(私たち)の絆に入り込める存在などいやしないのだから。

 『魂同調』した分身たちは頷き合うと前線へと向かった。彼らはただの時間稼ぎ。とにかく妖怪の放出を止めなければ人手を増やしたところで戦いはいつまで経っても終わらない。だが、ただ霊脈を破壊するだけでは駄目だ。『霊力爆破』が起きて学校が吹き飛んでしまう。じゃあ、同時に解体すればいい。俺たち(私たち)にはそれができる。

「行って来る」

「行ってらっしゃい」

 本体の片方がもう1人の本体にそう言うと霊奈たちがいる屋上へ飛んで行った。残った本体は砲撃準備(リチャージ)の終わった10丁の狙撃銃を動かして再び照準を合わせ――。

砲撃開始(ファイア)

 ――砲撃を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中心の霊脈がある屋上。そこでは霊奈が額に汗を滲ませながら霊脈の解体作業を進めていた。その後ろには護衛役の築嶋さんと椿。そして、異変をいち早く察知できる望の姿。

「あ……お兄ちゃ、ん?」

 彼女たちの中で()に気付いたのは望だった。最初は笑顔を浮かべていた彼女だったが()に違和感を覚えたのかすぐに首を傾げる。望の声で築嶋さんと椿も俺に気付いたようで目を丸くしていた。霊奈はよっぽど集中しているのかこちらに見向きもしない。

「そっちの状況は?」

「え、あ……霊脈の解体作業は進んでるけどまだ時間がかかりそう、かな」

「ああ、わかった。よく頑張ったな」

「っ……うん、うんっ」

 説明してくれたお礼と心配させてしまったお詫びをかねて望の頭にポンと手を乗せる。その途端、緊張の糸が切れたのか望の目から涙がこぼれた。そんな彼女の肩を築嶋さんが叩いた後、俺に顔を向ける。

「お兄さん、よく来てくれた」

「いや、遅くなってすまない。後は任せろ」

「ああ、期待しているぞ」

 微笑みながら頷いた彼女はそのまま泣いている望を連れて霊脈の傍を離れる。それを見ていると椿も()に一度だけ頭を下げて2人について行った。

「……霊奈」

「わかってる」

 ()の声に霊奈はそう応えるだけだった。すぐに彼女の元へ駆け寄り、魔眼を発動して霊脈の様子を確かめる。雅の話の通り、反転していた。それに複雑な術式がぐちゃぐちゃに絡み合ってまた別の術式になっている。まさに時限爆弾だ。

「どこまで進んだ?」

「……ごめん。全然進んでない。どこからか妨害されてるみたいで術式を解体してもすぐに修復されちゃうの」

「だから、術式を解体してすぐに固定化の術式を組んでるのか」

 術式を固定化すれば修復されないが、その分手間が増える。そのせいで解体作業が進んでいないのだろう。敵の目的は解体作業の邪魔をして時間を稼ぐことか。解体作業を遅らせれば妖怪の放出が続く。そして、妖怪の足止めをしている雅たちは――。

「響、何とか出来る? このままじゃ皆が……」

 術式を解体しながら霊奈が悔しそうに顔を歪めた。自分の作業が遅れているせいで雅たちを危険に曝し続けているのだ。それが悔しくてたまらないのだろう。

「方法はある。そのために少しでもこの霊脈の仕組みを理解したい」

「理解? 解体じゃなくて?」

「翠炎ならこんな術式、一発だ」

「あ、そっか……でも今壊しちゃったら霊力爆破が起きる」

 そう、それがネックなのだ。この霊脈さえ解体してしまえば他の4つの霊脈を乱暴に破壊しても『霊力爆破』は起きない。だが、翠炎でこの霊脈を破壊してしまったらこの霊脈に仕掛けられている妨害用の術式が作動する。おそらく破壊された瞬間に発動するように仕掛けてあるのだろう。翠炎の力をもってしてもそれは避けられない。その仕掛けが施されているのは他の4つの霊脈の方なのだから。

「じゃあ……他の4つの霊脈も同時に破壊したらどうなる?」

「え? それは……うん、いけるかもしれない。中央の霊脈が破壊された場合の仕掛けも、4つの霊脈が破壊された時の仕掛けもどっちかが残って初めて作動するものだから。それが本当にできるなら、だけど」

「ああ、できるよ。今の()なら」

 そのために分身5体を彼女たちの元へ向かわせたのだから。



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第391話 勝ち筋

前回(2週間前)からDパートにEパートがめり込んでいますがそういう仕様です。








 『吸血鬼の弱点は何か?』という問いに『日光』と答える人が多いのではないだろうか。驚異的な身体能力と回復力を誇る吸血鬼だが、日中は夜間よりもグッと弱体化してしまう。日光を浴びた瞬間、灰になるシーンは創作物の中でも度々登場している。

 他にもニンニクや十字架、流水など不老不死と呼ばれているにも関わらず彼らには数多くの弱点が存在していた。

 もちろん、上記の弱点は完全な吸血鬼だった場合であり、中途半端な存在――例えば、半吸血鬼であれば身体能力は完全な吸血鬼に劣るが弱体化を抑えられる。

 つまり、吸血鬼化が進行しているキョウはまだ完全な吸血鬼ではないため、弱点を突いたところで効果は薄い。しかし、だからと言ってこのままでは霊力の針で体をズタズタにされる。

「ハハ」

 すでに盾は霊力の針によってボロボロにされていた。数分で破壊されてしまうだろう。追い詰められているはずなのに盾の後ろで男は笑った。彼の声が聞こえたのか霊力の針を飛ばし続けていたキョウが不思議そうに首を傾げる。

「なんだ、警戒して損した」

 盾の後ろから少しだけ顔を覗かせた男がニヤリと口元を歪ませながら呟く。傍から見れば彼は絶体絶命である。もちろん、男自身もそんなことわかっていた。いつ盾が砕け、体が針鼠にされるかわからないのだから。

「霊力の針を飛ばされた時はどうなるかと思ったが……盾で防げるほどの威力なら別に気にするほどでもないな」

 それでも男の戯言は止まらない。止めてはならない。キョウの表情を見ながらひたすら言葉を紡ぐ。勝つために虚勢を張る。

「こんなことなら鎧を起動しなくてもよかったかもな。遊びで作ったガラクタで十分だったか。あの巫女見習いみたいに」

「――ッ」

(来たッ!)

 男が霊夢たちの話をした途端、霊力の針の勢いが増した。その拍子に盾に大きな皹が走る。だが、彼は絶望していおらず、引き攣っていた頬が勝利を確信したかのように緩んだ。

「あ? なんだ? あの巫女見習いたちがどうかしたのか?」

 男は盾から顔を出して霊夢たちが倒れている方向を見ながら話を続ける。その表情から彼女たちを馬鹿にしていることがわかる。

「ぁ、あ……あああああああああああ!」

 理性を失っているキョウもそれを理解したのかどんなに自分のことを言われていても反応を示さなかった彼が吠える。大気すら震えるほどの声量で吠えたからかいつ壊れてもおかしくなかった盾がとうとう音を立てて粉々に砕け散った。それでも彼の笑みは消えない。消す理由がないのだから。

「ハッ! なんだよ、弱い奴らを馬鹿にしちゃ駄目なのか? 事実だろ? あんな玩具であそこまでボロボロにされてる奴らなんか雑魚だよ、雑魚」

 砕けた盾を踏み砕きながら男は彼女たちを鼻で笑った。それを見て顔を歪ませるキョウ。それに応えるように彼を覆っていた赤黒い霊力も増幅する。いつしか彼の周囲に浮遊していた霊力の弾もなくなっていた。怒りのあまり細かいコントロールが効かなくなってしまったのだろう。予想以上の成果に男はほくそ笑む。

「ほら、かかって来いよ化け物。そんなに俺が憎いなら怒りに身を任せて襲って来い」

「ガァ、あああああああああああああ!!」

 そんな男の安い挑発に乗った小さな化け物は赤黒い霊力を翼のように変形させて男に向かって飛翔した。己の体に起きている変化に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各地へ散らばった5体の分身。その内、最も早く目的地に到着したのは奏楽に向かった分身だった。

「おにー、ちゃん?」

 (吸血鬼)の指示通り、前線を保つために援護射撃に徹していた奏楽の元に(吸血鬼)がやって来た。最初は笑顔で(彼女)を見た奏楽だったが(彼女)に違和感を覚えたのかキョトンと首を傾げる。奏楽の能力は『魂を繋ぐ程度の能力』。『魂共有』状態の(彼女)の魂に違和感を覚えてもおかしくはない。

「奏楽、いいか?」

「うん、いいよ」

 (吸血鬼)は詳しい話は一切せず、彼女に許可を求め、奏楽も何も聞かずに頷く。話さずとも(彼女)のやろうとしていることを奏楽は理解するとわかっていたのだ。

 奏楽の了承を得た(彼女)は彼女に手を差し出す。奏楽はニコニコと笑いながらその手を取った。

『では、始めましょう』

 そんな彼らを黙って見ていた麒麟がそう言うと笑っていた奏楽の体が仄かに輝き出し、白い粒子となる。そして、少しの間、(吸血鬼)の周囲を旋回し、(彼女)の胸へと吸い込まれた。

「四神憑依」

 奏楽の粒子が完全に(吸血鬼)へ入ったのを確認して(彼女)は目を閉じて告げる。その刹那、(彼女)の着ていた制服が白いワンピースへ変わり、黒かった髪が白へと染まる。最後に(彼女)の額から美しい角が生えた。バチバチと(彼女)の周囲でスパークが発生し、『魂共有』の影響で背中から生えている漆黒の翼が帯電し始める。

「四神憑依『奏楽―麒麟―』」

『……やはりと言うべきでしょうか。四神憑依をした途端、地力が底上げされましたね』

 『四神憑依』が完了し、小さな声で(吸血鬼)がそう呟いた後、麒麟が驚きを隠せないようで声を震わせた。だが、それも無理もない。元々、地力が馬鹿みたいに多い奏楽と『四神憑依』をしたのだ。地力はもちろん雷撃の威力やコントロールなど全てのステータスが極限にまで上昇している。もはや奏楽と『四神憑依』した(吸血鬼)だけで前線を保つことができるだろう。

『それでおねにーちゃん、この後どうするの? 戦うの?』

「いや、戦わない」

 『四神憑依』したことで今の(彼女)の状態がわかったからか、変な呼び方になっている奏楽に対して苦笑しながら(吸血鬼)は首を横に振った。

『ならば、どうして『四神憑依』を?』

「前線は『魂同調』した分身だけで何とかなるからな。俺たち(私たち)は霊脈をどうにかする」

『どーやって?』

 校舎の屋上にある霊脈と東西南北に設置されている4つの霊脈。これらは繋がっており、一つ破壊しただけでは問題は解決しないどころか、霊力爆破が発生し、黒いドーム内にいる人々は仲良く吹き飛ばされてしまう。だからこそ、霊奈は必死になって屋上の霊脈を解体しているのだ。

「翠炎を使う。そのためにここで術式を組むんだよ」

『術式、ですか』

「ああ、四神にはそれぞれ司る方角がある。そして、麒麟は中央……つまり、ここにいる時が一番力を発揮するだろう?」

 青竜は東、白虎は西、朱雀は南、玄武は北、麒麟は中央を司っている。だからこそ、悟たちが作戦を立てた時も青竜を宿した弥生は東に、白虎を宿したリーマは西に、朱雀を宿した雅は南に、玄武を宿した霙は北に向かった。

『それはそうですが……』

「だからこそ、中央であるここで俺たち(私たち)が必要な術式を組むんだ。5つの霊脈を同時に破壊するために、な」

『では、他の四神のところにも分身が向かっていると?』

「そうだ。そろそろ――」

 その時、(吸血鬼)の言葉を遮るように“南の方角”で大爆発が起こり、空へと凄まじい勢いで火柱が上がった。

『あれは、まさか……』

 未だ衰える様子のない火柱を目の当たりにして麒麟は言葉を失う。四神の中で火を司っている神は1柱しかいない。だが、“相性100%の奏楽と麒麟”の次に相性のいい彼女たちは力を扱い切れていなかった。いなかったはずだった。

「あいつの力はあんなもんじゃない。だって、()の最初の式神だからな」

 そんな(彼女)の期待に応えるように火柱の中から巨大な炎の翼を背負った人影が飛び出し、その翼を思い切り地面に叩きつける。その拍子に発生した熱風が中央にいる彼ら(彼女ら)のところまで届いた。すかさず前方に大きな結界を張ってお客さんたちを守った(吸血鬼)は太陽のように輝く炎を見上げながら誇らしげに微笑んだ。



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第392話 不死鳥の誕生

砲撃開始(ファイア)

 彼は前線を押し返すと言っていたがどうやってやるのか全く想像できなかった。自慢ではないが私は響が今のように人外染みた力を手に入れる前――まだ弱かった頃から知っている。もちろん、彼にも広範囲を一度に攻撃できる技はあるのだが、さすがにこれだけの範囲をどうにかできるとは思えなかった。

「嘘、だろ……」

 私の隣で戦っていた柊が顔を引き攣らせて呟く。私だって目の前に広がる光景に驚いている。たった一撃だ。私たちがどんなに頑張っても維持はおろか後退させられた前線をたった一撃で押し返し、グラウンドをクレーターだらけにしてしまった。他の式神たちもその砲撃の威力に声を上げる。この砲撃なら前線を押し返すだけじゃなく、妖怪たちを全滅することだって夢じゃない。

『いや、今は緊急事態だったから使ったけどこれすごい燃費が悪くてな。霊奈が霊脈を解体し終わるまで持つかわからん』

 そう思っていたのだが、響に否定されてしまった。確かにあの砲撃の威力は凄まじい。しかし、その分、地力を消費してしまうそうだ。それに響の話では柊たちはすでに限界らしい。

「なら――」

『――落ち着け。策がないわけじゃない』

「あっ……」

 『私と憑依する』という案を言う前に響に遮られ、式神通信を切られてしまった。思わず、目の前に誰もいないのに手を伸ばしてしまう。妖怪たちが近くにいなくてよかった。今の私は完全に無防備だったから。

「尾ケ井……」

 何があったのか察したのか柊が辛そうに私の名前を呼んだ。彼の能力は強力だ。しかし、敵を攻撃する手段がなくグローブを手に入れるまで仲間の後ろで守られながら指揮を執っていたらしい。だからこそ、彼は知っている。守られる辛さを、何も出来ない悔しさを、頼ってくれない悲しさを。

「――っ」

 その時、グラウンドの中央で響の地力が爆発的に増幅した。慌てて振り返るとそこには人影が2つ。式神通信で今の響の状態について情報が流れて来たが、どうやら響は『魂共有』という新しい力を手に入れていたらしい。

「尾ケ井! 妖怪が来たぞ!」

 柊の声ですぐに翼を伸ばして迫っていた妖怪たちを薙ぎ払う。集中しろ。響の準備が終わるまで何としても耐え――。

「……」

 今、私は何を考えていた? 耐えればどうなる? 決まっている。響が解決してくれるだろう。『魂共有』という新しい力を使って助けてくれるだろう。さっきもここに来てたった数分で、たった一撃で戦況をひっくり返してしまった彼ならいとも簡単に終わらせてしまうだろう。

『『今から向かうからもう少し耐えて』』

 二重に聞こえる響の声。ほら、やっぱり助けに来てくれる。彼は生粋の英雄なのだから。

「……」

 私はずっと彼に言い続けていた。もっと頼ってくれ、と。なのに、その私が彼を頼りに――押し付けていた。何とかしてくれると勝手に決めつけ、希望を託し、何もかも任せようとしていた。

砲撃開始(ファイア)

 響の砲撃が再びグラウンドに着弾する。妖怪たちが吹き飛ばされ、私たちの目の前にはクレーターだけが残った。

「……もう、俺は戦わなくていいみたいだな」

 柊はそっとため息を吐いて携帯を取り出し、電話を掛ける。電話の相手はすみれなのか彼の携帯から女の子の声が聞こえた。次にどう動くか相談しているらしい。

「すごいなぁ」

 そんな彼から目を離し、遠くの方からこちらに向かって来る妖怪を見ながら小さく呟く。私のご主人様は本当にすごい人だ。これでも頑張って来たと思っていたが彼は私の何倍もの速さで先を行ってしまう。どんなに追いかけても、どんなに手を伸ばしても、どんなに願っても届くことのない背中。狡い。そう思わずにはいられなかった。

(遠いなぁ)

「ふぅー」

「ひゃうっ!?」

 いきなり耳に息を吹きかけられて肩を震わせて驚いてしまう。そちらを見ると背中に漆黒の翼を生やした響が立っていた。『魂共有』の影響で体は完全に女になっている。半吸血鬼化した時よりも胸は大きくなっているようだが。それに何だかいつもと雰囲気が違う。響であって響ではなく、響ではなくて響であるような不思議な感覚。

「どうしたの? 呆けていたけど」

「……別に」

 自分の不甲斐なさと響に対する嫉妬からか目を逸らしてしまう。私の態度がいつもと違うことに気付いたのか彼は不思議そうに首を傾げ、すぐに微笑んだ。

「怒ってるのか?」

「怒ってない」

「じゃあ、お腹でも空いてるのか?」

「なんでそうなるかなぁ! 私はただ――」

 醜い言葉を吐き出しそうになって慌てて口を閉ざした。何やっているのだろう、私は。響は助けてくれたのに八つ当たりしてしまった。これでは式神失格である。ずっと正式な式神にはなれず仮式だったのも納得できてしまう。

「ただ?」

「……」

「……はぁ。“しょうがないな”」

 その言葉を言った途端、いつもと違った雰囲気がいつもの響に戻った。体つきは依然女のままだが目の前にいるのは響であると確信できる。

「何に怒ってるのか知らないけどお前の力が必要なんだよ。だから協力してくれ」

「……え?」

 私の、力が必要? 砲撃一つでここまで相手の戦力を削れたのに? 地力の消費が激しいとはいえ、『魂共有』のおかげで人手が増えたのだ。私の力を借りる必要はないと思うのだが。

「あのなぁ……妖怪はどうにかできても原因を取り除かなきゃ終わらないだろうが」

「でも、それは霊奈が何とかしてくれてるし」

「時間がかかりすぎる。“俺たち”でぶっ壊すぞ」

「ぶっ壊すって……霊脈を破壊したら『霊力爆破』が……」

「それを起こさないために今、俺の分身が霊奈に霊脈について教えて貰ってる。まぁ、今のところ問題はなさそうだけどな」

 でも、私の力は『炭素を操る程度の能力』。霊脈をどうこうできるようなものではない。ましてや朱雀の力すら使えない私なんか――。

「てい」

「ガッ」

 響の渾身のデコピンを受けてその場で引っくり返り、頭から地面に叩きつけられる。時速100kmで走るトラックにぶつかったような衝撃だった。頭が砕けるかと思った。

「し、死ぬ……死ぬから止めて……」

「あ、ごめん。力加減がイマイチわからなくて」

 額を押さえて悶える私に謝りながら手を差し伸べる響。彼の手を取ろうとしたが、その直前で体を硬直させてしまう。私に彼の手を取る資格はあるのか、と疑問に思ってしまったのだ。

「……あああああ! もう!」

 拗ねている私がもどかしかったのか響は叫んで私の肩を掴んだ。それでも私は彼に視線を合わせない。合わせられない。

「お前の力が必要なんだ。他の誰でもない“音無 雅”の力が必要なんだよ。俺だけじゃ霊脈をどうもできない。だから手を貸してくれ、雅」

「……私の、力って何?」

 気付けば両肩に乗った彼の手を払いのけていた。本当に馬鹿だなぁ、私。こんなこと言っても意味ないことぐらいわかっているはずなのに。こんなことしている場合じゃないのに。

「私だって……響の役に立ちたいけど。朱雀の力は使えないし、皆には迷惑かけちゃうし、妖怪を通しちゃうし……この戦いで私がどれだけ弱いのか痛いほどわかった。私なりに頑張って来たけどそれでもまだ弱いの。響の背中がすごく遠くて……役に立つなんて夢のまた夢で。それなのに私の力が必要って言われてもわかんないよ!」

「じゃあ、教えてやる」

 その時、グイッと体を引っ張られた。どうやら、私は響に抱きしめられているらしい。突然抱きしめられた私は狼狽えるばかりで声すら出せなかった。

「仮式だった時期は長かったけど……お前は俺の最初の式神だ。俺が最初に仲間として認めた女だ」

「最初の、式神……」

「だから自信を持て、雅。お前は自分が思ってる以上に強い。俺が保証してやる。お前は式神たちの中で一番俺が“頼りにしている”仲間だ」

「……」

 なんで、この人の言葉はこれほどまでに私の心を震わせるのだろう。

 どうして、あんなに信じられなかった己を信じようと思えるのだろう。

 何故、体の奥底から力が湧いて来るのだろう。

「信じろ、雅。よく聞く台詞だが……お前を信じる俺を信じろ。それだけでお前は強くなる。一緒に強くなれる」

「一緒に……強く……」

 あぁ、本当に馬鹿だ。仲間に頼れと響に言っていた私が仲間()を頼らないなんて。本当に、馬鹿。大馬鹿。

「だから、力を貸してくれ。俺がいれば炎なんか怖くないだろ?」

「うん……うんっ」

 彼の背中に腕を回しながら何度も頷く。

 ガドラを倒した時だって私は独りじゃなかった。響がいてくれたから炎に対する恐怖を克服することができた。だから、今回も大丈夫。響と一緒なら――どこまでだって強くなれる。

「「四神憑依」」

 同時に呟くと私の体が分解させ、彼の中へ吸収された。温かくて心地よくて安心する。

『もう大丈夫そうね。さぁ、魅せてあげましょう。私たちの本当の力を』

 朱雀の声が響き、私たちは1つの存在になった。『式神憑依』した時とは比べ物にならないほどの同調率(シンクロ)だ。そのせいか私たちが立っていた場所から凄まじい勢いで火柱が上がり、黒いドームにぶつかり四方八方へ火の粉が飛び散った。

「四神憑依『雅―朱雀―』」

 彼が来ていた高校の制服姿はいつの間にか橙色の丈の短い着物――ミニ着物に変わり、綺麗だった黒髪は毛先だけオレンジ色に染まっていた。鼻と口を黒いマスクが覆い、背中には漆黒の翼とその何倍もの大きさを誇る炎の翼。

「翼炎『不死鳥の羽ばたき』」

 弾幕ごっこでもないのスペルを宣言した響は背中の翼を妖怪たちが密集している場所へ叩きつけた。炎に直撃した妖怪はもちろん熱風に煽られた妖怪も消滅していく。

「どうだ、雅。すごいだろ、俺たち」

『……うん、すごいね私たち』

 溶岩のようにドロドロに溶けてしまったグラウンドを見ながら私たちは笑い合う。ああ、本当に響が主でよかった。彼の式神になれてよかった。そんなことを想いながら。



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第393話 汚れた一撃

 ズガン、という音が境内に木霊する。それは男の拳とキョウの霊力で出来た鉤爪が激突した音だった。オカルトに強い素材で出来た鎧と赤黒い霊力がぶつかったせいかスパークを起こし、その余波で2人の足元が抉れていく。

「ちっ」

 ただでさえ吸血鬼化が進み、化物染みた腕力を発揮するようになったキョウの怒りに身を任せた渾身の一撃には勝てなかったのか吹き飛ばされたのは男の方だった。舌打ちをしながら何とか空中で体勢を立て直すがその隙にキョウの周囲に霊力の弾丸が現れ、一斉に射出。肉眼でも見えるので鎧の隙間を狙っているわけではないらしいが、弾丸にぶつかった時に体勢を崩され、その隙を狙われてしまう。

「『SHIELD』!」

 右手を前に翳して盾のコードを使用し、男の前に現れたタワーシールドが霊力の弾丸を防ぎ切る。だが、次の瞬間、男の背中に凄まじい衝撃が走った。そのままタワーシールドに突っ込み、盾を粉々に砕きながら境内をゴロゴロと転がる男。タワーシールドで視界を遮られたせいで背後に回ったキョウを見過ごしてしまったのだ。幸いなのはキョウの体は霊力に包まれているので装甲を貫かれなかったことだった。

「く、そがァ!」

 あえて自分から転がってキョウから距離を取った男は片膝を付いたまま、左腕を前に突き出した。

「『FLYING FISH』!」

 コードを叫んだ男の左腕の装甲の一部が開き、そこから3本のトビウオ型のミサイルが飛び出す。男の兵器が動物をモチーフにしたものが多かったのはコードとして登録しやすくするためだった。鎧の内部に仕込んであったのでななを襲ったトビウオミサイルより小さいがその分、加速力は増している。

「ッ――」

 理性を失っていてもななの腹部を貫いた兵器だとわかったのか彼の体を覆っていた霊力が炎のように激しく揺らいだ。そして、その霊力が前方へ放出され、凄まじい速度で迫っていたトビウオミサイルを包み込み、霊圧を操作して真ん中からへし折った。

「なっ」

 トビウオミサイルが有効打になるとは思っていなかったが簡単に対処され、戸惑いを隠せなかった男は声を漏らしてしまう。その隙にキョウは足の裏から霊力を放出してジェット機のように低空飛行で男へ接近する。

「このっ――」

 隙を突かれた男が悪態を吐きながら右へ飛んで突撃して来るキョウを回避した。すれ違った時、赤黒い霊力が鎧を掠るが素材のおかげか大きな怪我も衝撃もなく、2人の立ち位置が入れ替わる。

(埒が明かねぇな)

 今のところ、お互いに有効打を与えられていない。むしろ、『RECOVERY』がなければ男は負けていただろう。このまま戦闘が長引けば『RECOVERY』すらできなくなってしまうかもしれない。それに加え、『RECOVERY』などのコードは使用する時、鎧の中を循環しているエネルギーを消費する。更に数百キロという重量を誇る鎧を身に纏っていながら戦えるのは鎧のアシスト機能のおかげであり、エネルギーがなくなればコードはもちろんそのアシスト機能も停止してしまうため、身動きが取れなくなってしまうのだ。

(……それに)

 男の作戦は順調に進んでいる。進んでいるはずなのに彼の体に変化が一向に現れない。その原因はあの赤黒い霊力のせいだろう。言ってしまえば、あの霊力を何とかしてしまえば形勢が逆転する。そして、その霊力をどうにかする手段を男はすでに考えついていた。

「『RABBIT』」

 右腕を横に突き出してコードを宣言。右腕の装甲の一部が変化し、そこから暴走する前のキョウを散々苦しめたあのウサギミサイルが射出された。

「……? ッ!」

 だが、ウサギミサイルが撃ち出された方向にキョウはいなかった。不思議そうに首を傾げた彼だったがすぐに目を見開く。ウサギミサイルが向かった方向には未だ気絶して倒れている霊夢と霊奈がいたのだ。

「ガァああああああ!」

 それに気付いた彼は全速力で2人の元へ向かい、ウサギミサイルが霊夢たちに接触する前に割り込み、大爆発に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 火柱が黒いドームの天井に激突し、四方八方に火の粉が飛び散るのを見ながら私は隣に立っている響に視線を向ける。

「もしかして四神憑依したら私たちもああなるの?」

「さぁ……弥生の時は龍になったけれど。憑依してみなきゃわからない」

 そう答えた後、クスクスと笑う響。その視線は私の両手両足、尻尾に向いている。おそらく、私の姿を見て四神憑依した時の姿を予想しているのだろう。彼の中でどんな姿になっているか気になるが今はそれどころではないので尻尾で落ちている石を拾って響に投げるだけで終わらせた。

「そろそろ準備はいい?」

「……」

 どうやら私が不安に思っていたことは筒抜けだったらしい。弥生はもちろん、雅と奏楽と違い、私は『式神憑依』すら経験したことがないのだ。苦痛は感じないらしいがそれでもすぐに踏ん切りはつかなかった。

「大丈夫、なんだよね?」

「ああ、安心しろ。リーマは何でもそつなくこせそうだし」

「根拠に納得できないけど……まぁ、いいか」

 絶望的だった戦況を一瞬でひっくり返してしまう人だ。もし失敗しても響が何とかしてくれるだろう。小さくため息を吐いた後、能力を使って大人モードになる。この姿を維持するにはそれなりに地力を使うがどうせこれから『四神憑依』するのだから関係ないだろう。

「なんかその姿で肉球ハンドとか付けていると色々と問題だな」

「それはどういう意味かしら……それよりやるなら早くやってしまいましょう?」

 そう言いながら彼に肉球ハンドを差し出す。見れば雅だけでなく弥生も『四神憑依』して腕や尻尾を巨大化させて妖怪たちを薙ぎ倒している。炎を吐く姿はまさに怪獣だ。

「そうだな」

 私の肉球ハンドを掴み、目を閉じる響。私も彼に倣って目を閉じた。そして――。

「「四神憑依」」

 特に合わせたわけではないが自然と彼と声が重なり、私の体が彼の中へ移動する。雅たちの話通り、苦痛は感じない。むしろ、心地よかった。響と私と白虎が混ざり合って一つの存在になっていくのがわかる。

「四神憑依『リーマ―白虎―』」

『……って、何なのこれえええええええ!?』

 『四神憑依』が完了し、目を開けて響の中から自分の姿を確認して思わず声を荒げてしまう。

 体は鎧のように白黒の硬い装甲に包まれ、首には地面まで着いてしまいそうなほど長いマフラー。丁度、雅がいる方から吹いて来た熱風に煽られ、マフラーの余っている部分がバタバタとなびく。よく見ればマフラーの余っている右側は白、左側は黒で背中の黒い翼だけはマッチしていないがその姿はまさにヒーローだった。

「へぇ、鎧か。白虎は金を司っているからこうなったのか?」

『そんな考察どうでもいいのよ! なんで、雅はあんなに可愛い服なのに私は特撮ヒーローみたいになってんのよ!』

『うるせぇ。格好いいだろ』

 白虎はこの姿を気に入っているらしい。だが、女の子からしてみれば特撮ヒーローは納得できないのだ。

「フルフェイス部分は虎みたいになっているぞ」

『そんなことどうでもいいわ!』

 動転していたせいでいつの間にか少女モードに戻っていた。あんな可愛い服になった雅が羨ましい。

「さてと……それじゃそろそろこちらも動く、かな!」

 ガツン、とガントレット同士をぶつけた響は目の前に迫る妖怪たちを一瞥し、右腕で思い切り地面を殴ると前方の地面が消滅した。いや、違う。“陥没”したのだ。『成長を操る程度の能力』を応用して地中深くの地面の成長を“戻して”その大きさを小さくしたのだろう。だが、問題はその規模である。成長を戻したとしても鉱石がなくなるわけでもなく、限界まで小さくしてもその差は微々たるものだ。つまり、これだけの範囲を陥没させるには恐ろしいほど地中深くから地表付近までの鉱石全てを小さくしなければならないのである。

「潰れろ」

 響はいきなり地面が陥没し、空中へ身を投げ出された妖怪たちに呟くように言うと口のように空いた陥没した地面がバクリと閉じる。今度は左右の地面を成長させて陥没した地面を埋めたのだ。成長速度があまりにも速すぎて生きているかのように見えたのだろう。

『す、すごい……』

「何言ってんだ? お前の力だろ?」

『……うん、そうだったね』

 思わず、声を漏らしてしまった私に呆れた様子で響が笑う。たったそれだけなのに私の実力を認められたような気がして悪くない気分だった。

 



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第394話 地獄絵図

 奏楽さん、雅さん、弥生さん、リーマさんが『四神憑依』したと式神通信を通じてわかりました。一度だけ弥生さんとご主人様が『四神憑依』したことがあったため、その力の強大さを知っていましたが雅さんとリーマさんの『四神憑依』も弥生さんの『四神憑依』に匹敵するほどの力を秘めていました。特に雅さんは彼女から離れた場所にいる私が怯んでしまうほどの熱風をまき散らしながら妖怪たちを殲滅しています。奏楽さんの『四神憑依』の力はまだ見ていませんがおそらく雅さんたちの『四神憑依』に負けない力を宿しているのでしょう。

 もちろん、『四神憑依』をするにはご主人様の力を借りなければなりません。そのため、必然的に『四神憑依』をする相手は一人だけになっていまいます。ですが、ご主人様は『魂共有』の力で10人に分身することでその欠点を補い、雅さんたちは同時に『四神憑依』することができました。それは私も例外ではありません。

「……駄目みたいだ」

「そう、ですか……」

 ご主人様の分身が難しい顔で首を横に振ります。『式神憑依』の経験のある雅さんや奏楽さん、『四神憑依』したことのある弥生さんはもちろん、最近正式な式神になったリーマさんでさえご主人様と『四神憑依』できました。しかし、私だけはどんなに頑張ってもご主人様と『憑依』することができなかったのです。

 雅さんたちは人間をベースにした妖怪なのでご主人様と『憑依』できましたが私は神狼。人間であるご主人様と種族がかけ離れすぎているせいで魂波長が上手く噛み合わず、今まで何度もご主人様と『式神憑依』しようと挑戦して来ましたが『式神憑依』することはできませんでした。今回は『四神憑依』なのでできるかもしれないと期待していましたがそれも失敗してしまいました。ご主人様も私と『四神憑依』できないとわかっていたのか特に驚いた様子もなく、腕を組んで目を閉じていました。どうやら、どうにかして私と『四神憑依』できないか考えているようです。

「……気にしないでください」

 自然と言葉を紡いでいました。ご主人様が駆け付けてくれてからまだ数十分しか経っていませんが彼は一瞬にして戦況をひっくり返してしまいました。ですが、まだ事件が解決したわけではありません。たとえ、目の前にいるご主人様が分身だとしても私と『四神憑依』するために時間を浪費するより今すぐ戦場へ向かった方が皆さんのためになるのです。実際、私とご主人様が『四神憑依』に挑戦している間、『トール』と『魂同調』したご主人様と『闇』と『魂同調』したご主人様が妖怪たちを抑えてくれています。

「私には玄武がいますから『四神憑依』しなくても皆さんのお役に立つことができます。なので早く他の方のフォローに――」

「――いや、『四神憑依』する」

 私の言葉を遮って断言するご主人様。彼の表情はとても真剣で本気で私と『四神憑依』する気のようです。

「ですが! 私たちは『憑依』できません……今までだってそうだったじゃないですか」

 思わず、声を荒げてしまいましたがすぐに声を抑えます。私だってご主人様と共に戦いたい。雅さんたちのように『四神憑依』して皆さんのお役に立ちたい。しかし、できないものはできないのです。

「確かに何度も試したが結局、『憑依』できなかった。だから、別の方法を試す」

「……え? 別の、方法ですか?」

 ご主人様の言葉を聞いて目を見開いてしまいました。狼の姿になってご主人様の乗せたまま『式神憑依』を試みたり、逆にご主人様におんぶして貰ったりなど今まで色々な方法を試しましたがその全てが失敗に終わっているのです。これ以上どうするつもりなのでしょうか。

「まずは原因の確認だ。霙、俺たち《私たち》が『憑依』できなかった原因はなんだ?」

「それはご主人様と私の種族がかけ離れすぎているからです。そのせいで魂波長が噛み合わず、『憑依』できませんでした」

「ああ、そうだ。だからこそ何とかして魂波長を噛み合わせようと様々な方法を試した。だが、上手く行かなかった。魂波長はそう簡単に変わるものじゃないからな。でも、俺は違う」

 能力、もしくは体質のおかげでご主人様の魂波長は簡単に変わります。そのため、人間ベースの妖怪である雅さんたちとも『憑依』することができたのです。ですが、魂波長が変わりやすいご主人様でも限度があったようで『魂波長がかけ離れている霙とは『憑依』できない』、というのが様々な方法を試した後に出したご主人様の結論でした。

「今までは噛み合わない魂波長を無理矢理合わせようとしていた。だから今度は俺《私》の魂波長を“噛み合いやすい魂波長”に変える」

「ご主人様の魂波長を変える? それって……」

「こういうことだ」

「ッ!?」

 背後から聞こえたご主人様の声に驚いて咄嗟に振り返ります。そこには黒い猫耳と二股の細い尻尾、蝙蝠のような翼を生やしたご主人様の分身が立っていました。そう、彼は『猫』と『魂同調』したご主人様の分身です。

「まさか魂波長を変える、というのは……」

「ああ、『猫』と『魂同調』した俺の魂波長は動物ベースに……神狼であるお前の魂波長に近づく」

 猫耳を生やしたご主人様はそう言いながら笑いました。ご主人様の魂波長は変わりやすい。その性質を利用した方法です。ですが、私は素直に喜べませんでした。

「どうして……そこまでして私と『憑依』を?」

 まだ事件は解決していないとはいえこのまま妖怪を抑え続ければいずれ霊奈さんが霊脈を解体します。どんなに『四神憑依』の力が強大だったとしても戦況はこちらに傾いているのですからこれ以上戦力を増やす必要はないはずです。

「早めに解決した方がいいだろう。それに……」

「ご主人様?」

「いや、何でもない。とにかく霊脈を早く壊すことに越したことはない。そのためにはお前と『四神憑依』する必要があるんだよ」

 途中、言葉を区切ったご主人様でしたがすぐに私に手を差し出しました。彼の口ぶりから霊脈を破壊する以外にも目的があるようですが説明してくれそうにありません。

「……わかりました」

 それに私は式神。ご主人様の考えていることは気になりますがそれよりも私の力を必要としてくれた喜びの方が大きいのです。差し出された彼の手を取って何度か深呼吸しました。私と『憑依』するために『猫』と『魂同調』してくれたご主人様の心遣いを無駄にしないためにも必ず成功させます。

「「四神憑依」」

 ご主人様の声と重なった刹那、歯車同士が噛み合うようにカチリと音を立てて魂波長が噛み合い、粒子状になった私がご主人様の中へ吸い込まれました。

 黒かった猫耳が白い狼耳に、細かった二股の尻尾も二股の白い狼の尻尾へ変わり、マントのように広がった白い毛皮のコートが現れ、ご主人様の体を覆い、黒い翼がコートを突き抜けました。更に毛皮のコートの袖が伸びてご主人様の指先を隠し、袖の上からご主人様の手首に黒いベルトが装着されます。最後に目の前に亀の甲羅のような模様が刻まれた巨大なタワーシールドが現れ、ご主人様は盾の裏に取り付けられていた金具に左腕を通し、左手で持てないからか金具が動き、左腕を固定しました。

「四神憑依『霙―玄武―』」

 『四神憑依』を終えたご主人様は妖怪を抑えていた2人の分身に手を挙げて(袖が長すぎて右手は見えませんでしたが)離れるように指示して盾を持ち上げます。そして、妖怪たちに向かって突き出すと左腕を固定している金具部分を残したまま、甲羅の部分だけが射出されました。

『そこ飛ぶんですか!?』

 思わず、声を荒げてしまいましたが射出された甲羅は止まることはおろか甲羅から水の刃が飛び出し、すれ違った妖怪たちを両断していきます。水の刃を纏いながら飛ぶ甲羅はブーメランのように方向転換してご主人様の元へ戻り、残った金具部分と合体しました。盾はもちろん、甲羅の部分を飛ばすことで投擲武器にもなるようです。

「シッ」

 ご主人様が右腕を横薙ぎに振るう袖から無数の蛇が飛び出し、妖怪たちへ飛びかかりました。あの蛇は猛毒を持っているようで噛まれた妖怪は一瞬にして灰になり、蛇は別の獲物を探して徘徊し始めます。なんと言いますか、とても凶悪な攻撃でした。

「上手く行ったな」

『そ、そうですね……』

『うわー、これは酷いわー』

『そうかしら? 効率的だと思うけれど』

 蛇さんの言う通り、蛇たちをばら撒けばばら撒くほど効率は上がりますが目の前で繰り広げられている光景は地獄絵図なのです。雅さんは炎を、リーマさんは地形を、弥生さんは拳や尻尾を変化させて攻撃していますが私の場合、甲羅を投げたり蛇を妖怪に差し向けるだけです。他の方と比べると地味といいますか『四神憑依』したのでもっと派手な攻撃がしてみたい――はっきり言ってしまいますと攻撃がダサいのです。

『ご、ご主人様! 他の攻撃方法はないんですか!?』

「ん? あるぞ」

『それも見てみたいです!』

「わかった」

 私のお願いを聞いたご主人様は背中の翼を広げて奏楽を飛びました。上空からの飽和攻撃でしょうか。魔法陣とか出して大量の水を地上に向けて放射するのでしょうか。とにかく何だか期待できそうです。

「よっと」

 そう思っていた矢先、左腕の盾を掲げた後、地面へ急降下し始めるご主人様。その途中で甲羅が巨大化し、地面へ叩き付け、蛇ごと妖怪たちを圧殺しました。妖怪は灰になるだけですが蛇は死んでも残るようでグラウンドは蛇の血で赤く染まり、猛毒のせいかポコポコと泡立っています。その光景はまさに地獄そのものです。

「この甲羅の盾、便利だな」

『……何でですかああああああ!』

 この後、ご主人様を説得して水や氷を飛ばすなど範囲攻撃に切り替えて貰いました。







なお、弥生は一回描写しているのでカッとします。


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第395話 立ち上がる者たち

「……」

 ウサギミサイルの爆発のよって舞った砂塵が晴れていくのを男は警戒を解かずに無言で見守る。ミサイルが爆発する直前、霊夢たちを守るためにキョウがミサイルと2人の間に割り込んだのだ。その証拠に砂塵の向こうに小さな人影が見える。できればウサギミサイルの爆発で仕留めたかったがそれは無理だろうと予想していたので男に動揺はない。むしろ、ウサギミサイルを使った本当の目的が達成できているか気になった。もし、男の目的が達成できなかった、もしくは目論見が外れていた場合、キョウを倒す術がなくなってしまうのだ。だからこそ、この一撃は賭けにも近かった。

「……よし」

 そして、男はその賭けに勝った。

 砂塵の中から姿を現したキョウは身を守るように腕を交差させていたがさすがに無傷でやり過ごすことはできなかったのか彼の体を覆っていた赤黒い霊力が吹き飛んでいた。それこそが男の狙い。

「ッ……ぁ、ああああああああああ!」

 男を警戒していたのか腕を交差したまま、黙っていたキョウだったが突然、悲痛の叫びを上げた。彼の体から煙が昇り、プスプスと肉が焼ける音が境内に木霊する。今まで平気だったはずの太陽光線が彼の体を焼き始めたのだ。

 『日光』は吸血鬼の弱点として最もポピュラーだ。それこそ創作の中では日光を浴びた瞬間、灰になってしまうほどである。だが、吸血鬼化したキョウは日光を浴びても灰になるどころか弱体化すらしなかった。

 その原因の一つとして男が考えたのが『中途半端な吸血鬼化』である。男の持つ情報に『半吸血鬼は太陽の下でも活動できる』というものがあり、キョウは先ほど吸血鬼化したばかりだった。そのため、まだ日光を浴びてダメージを受けるほど吸血鬼化は進んでいないと判断し、吸血鬼化した原因である『霊夢たち』を馬鹿にすることで彼を怒らせ、強制的に吸血鬼化を進ませたのだ。その結果、彼が怒りに身を任せて絶叫した瞬間、吸血鬼化した時に発生した赤黒い霊力が増幅し、彼の思惑通り吸血鬼化は進行した。

 しかし、吸血鬼化が進行したのにも関わらず日光で弱体化した様子はなく、むしろ赤黒い霊力が増幅したことによって攻撃が苛烈を極めたが男は幸運にもすぐにその原因に思い立った。あの赤黒い霊力である。あれさえどうにかしてしまえばキョウは日光にその身を焼かれ自滅する。そして、霊力をどうにかする作戦もすぐに思いついた。

 理性を失っていても霊夢たちを馬鹿にしただけで怒り狂った彼のことだ。彼女たちを狙えばどんな手を使ってでも守り切ろうとすることぐらい容易に想像できた。実際、吸血鬼化が始まった当初、霊夢を守るために攻撃を囮にして彼女を保護していた。だから、ウサギミサイルを彼女たちに向かって放ったのだ。その結果、キョウは男の期待通り、その身を挺して守り切り、日光が体を蝕み始めた。すぐに攻撃せず身を焦がす彼を観察したが赤黒い霊力が復活する様子はない。

「何というか……お前らしい最期だな」

 呆気ない彼の最期を憐れんでいるのか男はフルフェイスの下で悲しげに呟いた後、右手を今もなおもがき苦しむキョウに向けた。

「『SCORPION LASER』」

 男がコードを使用すると右手から紅いレーザーが放たれる。激痛と日光による弱体化のせいでキョウは身動きが取れない。そして――。

 

 

 

 

 

 

「『二重結界』」

 

 

 

 

 

 

 ――紅いレーザーは2枚の結界に阻まれ、四方へ飛び散った。

「ぜ、絶対に」

「キョウは殺させないんだから!」

「……ほう?」

 もがき苦しむキョウの前で肩で息をしながら結界を張り続ける霊夢とその隣で右手だけに鉤爪を展開させた霊奈を見て男は口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の鱗に覆われた右拳を巨大化させて横薙ぎに振るうと攻撃範囲内にいた妖怪たちがまとめて吹き飛び、灰になった。それを見送りながら『凝縮の魔眼』を使って口内に炎を溜め、別の方向に向けて一気に放出。炎に直撃した個体はもちろん、その周辺にいた妖怪たちも熱風にその身を焼かれ、消滅する。

 今回で『四神憑依』を使った戦闘は二度目だがその強大さには慣れない。自分が自分ではなくなったと言えばいいのだろうか。響が体を動かしているので当たり前なのだが『四神憑依』の力の基となったのが自分なのだと実感が湧かないのである。

 それに加え、私だけでなく雅たちも同時に『四神憑依』しているが私の『四神憑依』と同様、その力は凄まじいものだった。特に雅の『四神憑依』は今もなお勢いが増していくばかり。朱雀との相性がいいからか『凝縮の魔眼』を使って強制的に温度を上げている私の炎よりも激しかった。リーマもグラウンドの地形を変えてしまうほどの力を持っている。霙は――なんというか攻撃のベクトルが違い過ぎて何とも言えない。奏楽も奏楽で妖怪の殲滅に参加せずに何かしているのでその実力は未知数だ。

『よし、準備できた』

 そんなことを思った直後、奏楽と『四神憑依』していた響の声が脳内に響いた。霊脈を破壊するために準備を進めていると言っていたがそれが終わったらしい。

『準備?』

『ああ、奏楽と麒麟と協力して特殊な術式を組み上げた。お前らはそれぞれの方角にある霊脈に向かえ』

『待って。それじゃ、前線は誰が守るの?』

 雅の声に答えた響だったがすぐに疑問をぶつけた。今は『四神憑依』した私たちで前線を抑えているが霊脈に向かえば前線を守る人数が減ってしまう。

『それなら大丈夫だ。()の分身がどうにかするし、柊たちも少しの間なら戦えるそうだ。だからお前たちはどうにかして霊脈までたどり着くんだ』

『辿り着いた後はどうするのですか?』

『辿り着けば自ずとわかる。もちろん、こちらも援護する』

 響が叫んだ瞬間、私の周囲に白い何かが現れ、クルクルと旋回し始めた。式神通信を通して他の式神たちの様子を確かめたが皆の周囲でも白い何かが旋回している。これが奏楽の『四神憑依』の力?

「うわっ」

 もっと近くで見ようと顔を近づけた瞬間、バチッと小さなスパークを起こした。そして、こちらに向かって来ていた妖怪に突撃。白い何かと妖怪がぶつかると小さかったスパークが激しくなり、妖怪の体を黒焦げにしてしまった。どうやらこの白い何かは近くにいる妖怪を自動的に攻撃してくれるらしい。しかし、白い何かは1つしかないので一度に攻撃できる数は1体。援護するとは言ってもこれでは――。

「……へ?」

 そう思っていた矢先、再び私の目の前に新たな白い何かが出現した。いや、違う。1つだけじゃない。次から次に白い何かが増えていく。その数は既に3桁は超えている。まさかこれだけの数を全員のところに送ったのだろうか。

『これだけあれば十分か?』

『十分すぎるよ! 過保護か!』

『お、おう』

 雅の鋭いツッコミに狼狽える響。そんな2人の声を聞いて思わず、くすくすと笑ってしまった。学校が黒いドームに包まれてからまだ2時間程度しか経っていないが2人のやり取りが懐かしく感じてしまう。

「その日常に戻るためにも霊脈に辿り着くぞ」

『……うん』

 言葉にせずとも伝わったのか私と『四神憑依』している響が励ますように言った。きっと私だけじゃない。皆だって同じ気持ちだ。絶対に霊脈に辿り着いてみせる。

『ちょっと! 白いの多すぎて前見えないんだけど! てか、私の炎で白いの消滅しちゃう!』

『え? 地面の中を泳いで行くの? なんか怖いんだけど……ちょ、待って! 待ってってば! いやああああああ!』

『だから、蛇を撒き散らさないでくださいよぉ! うえええええん!』

『白いのいっぱい出すねー。それー!』

「……はぁ」

 頭の中で喚く式神たちに呆れているのか白銀の尻尾を振り回しながら響は深々とため息を吐く。

(なんかごめん……)

 同じ式神として申し訳なく感じ、心の中で謝っておいた。

 



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第396話 中央から届く小さな炎

 3時50分。響が仲間の元に駆けつけてから20分ほど経過したが戦況は劇的に変化していた。

 グラウンドの中央に集まっているお客さんたちは種子の力によって眠らされ、戦闘の余波から彼らを守るために展開された巨大な結界とその中央で1つの術式を構築し、その時が来るのを待っている奏楽と『四神憑依』した(吸血鬼)。更にその上空では(吸血鬼)の分身が改造された10丁の狙撃銃を操り、援護射撃に励んでいる。

 そして、東西南北に設置されている霊脈に向かう式神組と彼女たちの穴を埋める形で暴れている『トール』や『闇』と『魂同調』した分身たち。その後ろで『猫』と『魂同調』した分身の代わりに(吸血鬼)の分身がサポートに徹していた。

「……」

 その様子を屋上から眺めている人物がいた。『魂共有』した(吸血鬼)の分身である。(彼女)の視線の先では『トール』と『魂同調』した分身が神力で編んだ無数の剣を妖怪たちに向かって射出し、『闇』と『魂同調』した分身は広範囲に及ぶ重力操作によりその範囲内にいた妖怪たちを押し潰している。また、『魂同調』している2人に比べ、『回界『五芒星円転結界』』を操作している分身の殲滅力は低いが2人の猛撃を潜り抜けた妖怪を的確に処理していた。

 今のところ、3人の分身のおかげで前線は何とか保たれているが『四神憑依』した式神組がそれぞれの霊脈に向かったせいでいつ崩れてもおかしくない。(吸血鬼)の力は強大だが個人では守ることのできる範囲に限界があるのだ。狙撃銃による援護射撃もグラウンドにクレーターを作るほどの威力を誇るがその分、砲撃準備(リチャージ)する必要があるため、砲撃だけでは処理し切れないのである。柊たちも先ほどまで頑張って戦っていたがさすがにガス欠を起こしたらしく、悟の近くに移動して今後の方針を話し合っていた。

「響、私も手伝った方がいいんじゃない?」

 (彼女)の隣でグラウンドの様子を見ていた霊奈が不安そうにそう提案する。式神組が『四神憑依』している間に霊脈の仕組みは理解したので準備が整うまで手持無沙汰だったのだ。だからこそ、霊奈は加勢するべきだと言ったのである。

「……いや、その必要はないみたいだ」

「え?」

「「『影針』」」

 その時、サポートに徹していた分身を飛び越えようとした妖怪の体に数本の針が突き刺さり、消滅する。更にその奥にいた妖怪たちも無数の針の餌食になっていた。

「あの人たちは……」

「リョウとドグだな。校舎内の見回りを終えたらしい」

 そう言いながら視線を針が飛んで来た方に向けると丁度、学校の巡回していたリョウとドグがグラウンドに出て来るところだった。すでに『式神共有』しているようだが、彼らの影が大きくなっている。それに気付いた(吸血鬼)が魔眼を使って影の中を探ると最初から影の中にいた静以外の生体反応を見つけた。どうやら、逃げ遅れた人も少なからずいたらしく、影で保護しているようだ。しかし、保護する人が多すぎて容量オーバーになったのか彼らは『式神共有』を使って2人の影を共有し、影そのものを大きくして容量を増やしていた。

「彼らが来たならもう心配ないだろう。そろそろこっちの準備を進める」

「準備?」

 首を傾げる霊奈を放置して(吸血鬼)は再び霊脈の前に移動し、その場で片膝を付いた。霊奈はもちろん、望たちも(彼女)の傍に近寄る。

「そろそろ式神組が霊脈に辿り着く。チャンスは一回。霊奈は霊脈の監視をして少しでも不審な動きを見せたら教えてくれ」

「うん、わかった」

「望は少しの間だけでいいから能力で周囲を観察してくれ。無理はしなくていいぞ」

「大丈夫。任せてよ」

 (吸血鬼)の指示に頷いた2人は早速、作業に取り掛かった。そんな2人の余所に指示されなかった『築嶋 望』は少しだけ寂しそうに(吸血鬼)を見つめている。

「……築嶋さんは周囲の警戒。妖怪がここに来る可能性もあるからな」

「っ! ああ、任せておけ!」

 命令された彼女は嬉しそうに笑い、搭屋の上に跳躍一つで登り、キョロキョロと周囲を警戒し始めた。そんな彼女を見て苦笑を浮かべた後、(吸血鬼)は目を閉じて胸に手を当てる。

(今日はぬらりひょん戦で翠炎の白紙効果はおろか銃弾に込めて放った。そのせいで翠炎の力は残り少ない。だから、かき集めろ……何としてでも形にしろ)

 魂の中に残っている翠炎の力を右手にかき集めながら自己暗示をかける(吸血鬼)。その右手は仄かに翠色の炎が灯っていた。

『こちら、雅。霊脈に辿り着いた!』

『こっちも辿り着きました! ですが、敵の数が多くてこの場に留まり続けるのはちょっと難しいそうです!』

 その時、『式神通信』で雅と霙が今の状況を報告する。霊脈から妖怪が溢れているため、『四神憑依』している彼女たちでも霊脈の傍は危険だ。奏楽の能力で生み出した白い靄がなければ数の暴力に飲み込まれていただろう。

『はいはーい、こちらリーマ。こっちは比較的安全に辿り着いたわ。今も潜ってるから大丈夫だし』

『同じく弥生も霊脈に到着したよ』

 白虎を宿しているリーマは地面の中を移動したので他の3人とは違い、妖怪に襲われることなく、辿り着くことができた。

『奏楽、準備はいいか?』

 『魂共有』している(吸血鬼)は10人に分身しているが、その全てに意志が存在し、話すことも考えることも可能である。しかし、今回の作戦には全ての分身の意識を統一する必要があり、主人格は最初に動く中心の霊脈の傍にいる(彼女)だった。

『バッチリだよー!』

『よし……じゃあ、行くぞ。式神組は合図があったら右手を思い切り、霊脈に叩き付けろ!』

 作戦を開始した瞬間、(彼女)の右手に灯っていた翠色の炎が小さなナイフに変化する。『魂装』を展開するには翠炎の力が足りず、ナイフを作るだけで精一杯だった。もちろん、『魂装』のように白紙効果もなければ矛盾を焼却する力も劣化している。そのため、どんなに翠炎の力が強力だったとしてもこのまま霊脈にナイフを突き刺したところで霊脈そのものを破壊できず、霊脈に仕掛けられた術式が作動して『霊脈爆破』が起きてしまうだろう。たった独りでそれを行えば、だが。中心の霊脈を破壊もしくは傷を付ければ霊脈爆破が起きてしまうならば中心の霊脈ではなく、4つの霊脈を同時に破壊すればいい。そのために『四神憑依』した式神たちを霊脈に向かわせたのだ。

 しかし、問題は翠炎の力が足りないことだった。翠炎のナイフでは霊脈を破壊出来ない上、1本のナイフを作るだけで翠炎の力は尽きてしまった。だからこそ、奏楽たちは今まで戦闘に参加せずに術式を準備していたのだ。

転送(トランスファー)!」

 右手に持っていたナイフをグラウンドの中央で術式を起動していた奏楽と『四神憑依』している分身へ転送した。ナイフを受け取った分身は術式に右足を叩きつけて起動させ、術式から4本の霊力の光が伸びる。その光はグラウンドを駆け抜け、東西南北に設置された霊脈の前にいる式神組の足元もしくは頭上で術式が展開された。すぐに雅、霙、弥生は術式の上に移動し、地面に潜っていたリーマも術式の真下から飛び出して術式に乗る。

模倣(イミテーション)!』

 奏楽と『四神憑依』している分身が叫ぶと他の式神たちと『四神憑依』していた分身の姿が奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿になった。『模倣(イミテーション)』は自分の姿を対象と同じものにする力で姿を真似るだけで能力までは引き継ぐことができない。今回は他の式神たちと『四神憑依』していた分身を奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿にしただけである。もちろん、分身が持っていた翠炎のナイフも4人の分身の右手に存在していた。また、『模倣(イミテーション)』は自分の視界に対象がいなければ使えないが奏楽たちが準備していた術式のおかげで『模倣(イミテーション)』の欠点を補っている。

 本来であれば彼らが持っているナイフはただの虚像。しかし、彼らの持つナイフには質量が存在している。そう、響の本能力で虚像を本物にしたのだ。これによりナイフで霊脈を刺せば翠炎の力が働く。後は翠炎のナイフの出力を上げるだけ。そして、その問題はすでに解決していた。

「今だ!」

 中心の霊脈の傍にいた(吸血鬼)が合図を出すと式神たちは持っていたナイフを振りかざし、ナイフから漏れていた翠色の炎の勢いが増した。翠炎のナイフは所持している人の力に比例してその効果を増加させる。今の(吸血鬼)は『魂共有』しているとは言え、翠炎そのものの力が少ないので霊脈を破壊できるほどの力はない。

 では、『四神憑依』している分身ならどうだろうか。その結果はナイフを見れば一目瞭然である。四神にはそれぞれ司る方角が存在し、麒麟がいる場所を中心とすればそれぞれの方角に設置されている霊脈に該当する四神が近づいている今の状況はまさに四神たちの力を最大限発揮できる。それこそ、一撃で霊脈を破壊できるほどに。

 『模倣(イミテーション)』により奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿だが、本能力で実体化させたのはナイフだけなので中身は何も変わってないため、ナイフの出力が増加したのである。

『『『『いっけえええええええ!』』』』

 4人の式神の絶叫が自然と重なり、同時に翠炎のナイフを霊脈に突き刺す。その瞬間、反転していた影響で妖しい光を放っていた4つの霊脈から翠色の火柱が昇り、その周囲にいた妖怪もろとも消滅した。

 




簡単にまとめますと


・中心の霊脈を破壊すれば4つの霊脈が霊力爆破を起こす。
・4つの霊脈の内、1つを破壊しても霊力爆破を起こす。
・中心の霊脈には霊脈爆破する機能はないが、異常を感知する機能がある。
・霊力爆破を回避する為には4つの霊脈を同時に破壊する必要がある。


この条件を満たすために

・中心の霊脈を監視しながら翠炎のナイフをグラウンドの中央にいる分身に渡す。
・ナイフを受け取った分身が術式を使って4つの霊脈の前にいた分身の姿を自分と同じ姿に変える。
・本来であればそのナイフは虚像だが、響さんの能力により実体化。
・四神を宿しているため、司る方角にいることで力を増幅。
・4人同時にナイフを霊脈に刺した。


なお、虚像のナイフを実体化させた本能力ですが、第339話で使った『シンクロ同調』と同じ仕組みでたとえ偽物でも概念させあれば本物にしてしまう能力です。これも本来の能力の一部にしかすぎず、結局まだ本能力名は明らかになっておりません。


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第397話 絶望再戦

 目を覚ました時、まず視界に映ったのはキョウの背中だった。おそらく気絶してしまった私たちを守るためにずっと独りで戦っていたのだろう。そんなことを考えていたがすぐに彼の様子がおかしいことに気付いた。肉の焼ける音が彼の体から聞こえたのだ。それに加え、キョウの背中には蝙蝠のような小さな翼が生えている。だが、何より気になったのが彼から放たれる気配が人間のそれとは異なっていたことだった。

「何というか……お前らしい最期だな」

 その時、男の声が聞こえた。キョウに集中し過ぎていたため、彼の前にいた男の存在に気付かなかったらしい。男は見覚えのない鎧を着ていた。おそらくキョウと戦っている間に着たのだろう。私たちは相当手加減されていたらしい。しかし、キョウの実力は私よりも低い程度だった。そんな彼が桔梗なしで男の本気を引き出せるとは思えないのだが。

「霊、夢」

「っ……霊奈?」

 霊奈の声を聞いて初めて彼女が隣で倒れていることに気付いた。守りやすいようにキョウが私たちを一箇所に集めたのだろうか。

「ッ――」

 彼女に話しかけようと口を開けた刹那、脳裏に紅いレーザーに撃ち抜かれるキョウの姿が過ぎった。咄嗟に懐から博麗のお札を取り出し、キョウの前に移動しながら術式を組み上げる。

「『SCORPION LASER』」

「『二重結界』」

 男の手から紅いレーザーが放たれるのと私の目の前に2枚の結界が出現したのはほぼ同時だった。紅いレーザーは2枚の結界に阻まれ、四方へ飛び散る中、隣を見れば霊奈も私の隣で顔を歪ませながら右手に鉤爪を展開している。だが、彼女の目を見て私と同じ気持ちなのだとすぐにわかった。

「ぜ、絶対に」

「キョウは殺させないんだから!」

「……ほう?」

 だからだろう。すでに満身創痍の私たちは息を切らしながらも頷き合い、結界の向こうにいる男に堂々と宣言した。しかし、何工程も省略して構築した術式だったからか結界に皹が走る。

「くっ……」

 急いで補強するためにお札を投げたがそれでも結界の皹は大きくなるばかり。何としてでも食い止めなければ全員レーザーに飲み込まれてしまう。

 だが、そんな私の気持ちは届かず、結界は音を立てて粉々に砕かれてしまった。少しでも彼のダメージを軽減するために立ち塞がるように両手を広げる。

「はぁっ!!」

 レーザーが私に届く寸前で私の前に躍り出た霊奈は右手の鍵爪を振るった。鉤爪に当たったレーザーは軌道を変え、霊奈の左肩を掠ってしまう。彼女の肩から血が迸る中、レーザーは私とキョウのすぐ左を通り過ぎ、後方へ消えて行った。

「霊奈!」

「だい、じょうぶ!」

 肩から血を滲ませながら霊奈はぎこちない笑みを浮かべる。無理しているのは明らかだ。でも、無理しなければキョウを守ることはできない。チラリと後ろを見ると体から煙を昇らせながらキョウは苦しそうに顔を歪ませながら呻き声を漏らしている。

(キョウ……)

 意識が戻ってから彼を正面から見るのは初めてだったがキョウの目は赤黒く染まり、八重歯が牙のように伸びていた。何があったのかはわからないが男を倒すために暴走状態になって戦っていたようだ。背中の小さな黒い翼、赤黒く染まった瞳、牙のように伸びた八重歯、彼から放たれる人間ではない気配。これらを考慮すれば自ずと彼の正体も掴めた。

「れ、ぃ……」

 日光を浴びてもがき苦しんでいた彼だったがとうとう限界が訪れたのかキョウは私たちを見て安心したように笑みを浮かべ、地面に倒れてしまう。そして、暴走状態が解除されたらしく、背中の翼がフッと消えた。気配も人間のそれに戻っている。

「やっと沈んだか」

 気絶したキョウを見てため息交じりに呟く男。私たちを圧倒した彼でも暴走状態のキョウを相手にするのは大変だったのだろう。私たちは無言のまま、キョウを庇うように一歩前に出た。

「……はぁ。あんな玩具にいいようにされてたお前らなんかで俺を止められると思ってんのか?」

 そんな私たちに対して、呆れたように問いかけて来る男。あの鎧にどのような機能があるかわからないがこのまま黙ってキョウを殺させるつもりはない。沈黙を貫いている私たちの様子からこちらの答えを察したのか男はため息を吐いた後、ガツンと拳をぶつけ合った。

「覚悟は出来てんだろうな……さすがにもう怪我だけじゃすまないぞ」

「そんなの最初から出来てる!」

 男の問いかけに叫んだ霊奈は新しく左手に鉤爪を展開して突撃する。先の見えない(希望のない)戦いが再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠色の火柱から距離を取って私は周囲の様子を確かめる。霊脈付近の妖怪は翠色の火柱の余波を受けて消滅しているが遠くにいる妖怪はまだ消えていない。翠炎のナイフで霊脈を無効化できたとしても妖怪を全滅させるまで気は抜けないだろう。

『雅、大変よ』

「どうしたの?」

 その時、少しだけ焦った様子で朱雀が私を呼んだ。何か問題でも起きたのだろうか。とりあえず霊脈がちゃんと無効化できたか確認してからにして欲しいのだが。

『『四神憑依』が解除されてる』

「え?」

 そう言えば翠色の火柱から距離を取った時、私は自分の体を動かした。『四神憑依』している時は体の所有権は響にあるので私の意志では体を動かすことができない。急いで自分の体を確認しようと視線を下に向けた瞬間、視界いっぱいに橙色が広がった。

「……は?」

 『四神憑依』が解除されているならば私は朱雀を宿している姿――尾羽が生えている姿になっているはずだ。なのに、何故か私の体は橙色の何かに覆われている。両手を持ち上げてみると私の両手はもこもこの橙色の翼に変わっていた。

「はあああああああ!?」

『あー、『四神憑依』で炎への恐怖心が消えたから本来の姿に戻ったのね』

「本来の姿って何!? これ、完全に着ぐるみだよね!?」

 もこもこの翼で体中をもこもこと触って私の顔以外が橙色のもこもこに覆われていることに気付いた。傍から見れば顔の部分だけ出るタイプの着ぐるみにしか見えないだろう。

「尾羽しかなかったはずなのにどうなってるの!?」

『言ったでしょ? 私たちの相性は抜群だって。もうちょっとで100%だったのに惜しかったわ』

「ホントだよ!!」

 相性100%なら奏楽のように自由に姿を変えられる。こんな着ぐるみ姿にならなくても済んだのだ。

「ぐぬぬ……やっぱり脱げない! しかも着ぐるみなのにもこもこに感覚があるよぉ……変な感じするぅ」

『だって、地肌だもの。触覚あるに決まってるじゃない』

「……待って」

 朱雀の言葉に待ったをかける。この着ぐるみは着ぐるみではなく地肌? それはつまり私、今全裸?

『そうなるわね』

「いいいいいやあああああああああ!」

 もこもこの翼で体を抱きしめながらその場にしゃがむ。『四神憑依』の姿はとても格好良かったのに素の姿は着ぐるみに見える全裸とか冗談じゃない。

『そんなことよりほら、霊脈が見えたわよ』

「そんなこと!? 全裸だよ!?」

『いいから見なさい』

 今の姿は嫌だがどうすることもできないので仕方なく、霊脈に視線を向ける。朱雀の言葉通り、翠色の火柱は消えていたが、破壊したはずの霊脈は未だグラウンドに刻まれていた。まさか失敗?

『いえ、霊脈の機能は停止してる。翠炎の出力が足りなくて霊脈そのものは破壊できなかっただけ』

 中身の破壊には成功したが、外側までは破壊し切れなかったらしい。だが、これで霊力爆破が起きることも妖怪が溢れることもない。後は――。

「――妖怪を全滅させるだけ」

 すでに私以外の皆は妖怪を倒すために動いている。私も急ごう。

「……その前に着ぐるみ(これ)何とかならない?」

『ならない』

 因みに着ぐるみ状態でも炭素はもちろん炎も使える上、威力も申し分なく、尾羽だけだった時よりも強かった。



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第398話 犯人

 響の式神たちが妖怪の残党を処理している頃、中央の霊脈があった屋上ではちょっとした騒ぎになっていた。

「響! しっかりして!」

 未だ稼働し続けている霊脈の傍で息を荒くして倒れている響の体を霊奈が叫びながら起こす。式神組が霊脈に翠炎のナイフを突き刺した直後、響は何の前触れもなく崩れ落ちたのだ。

 しかし、彼が倒れたのは当たり前のことだった。黒いドーム内に駆けつける前にぬらりひょんと死闘を繰り広げていたのだから。最後の翠炎の弾丸である程度回復したとはいえ、本調子ではない中、『魂共有』という荒業を土壇場で成功させ、『四神憑依』はもちろん『魂同調』まで同時に発動したのだ。翠炎のナイフを霊脈に刺すまで根性で分身を維持していたが翠炎のナイフの効果が4か所で同時に発動したことで残り少なかった地力を根こそぎ奪われ、倒れてしまったのである。

「お兄ちゃん!」

 遠くで周囲を警戒していた望も響の異変に気付き、慌てて駆け寄って来る。だが、響は青ざめた顔でそちらをチラリと見るだけだった。声すら出せないほど疲労しているのだ。長年彼と共に暮らして来ただけあって望は響の容態を一目見ただけで把握し、グラウンドの中央にいる悟へ電話を掛けた。

『もしもし、師匠? 何かあったのか?』

「お兄ちゃんが倒れたの! そっちの状況は!?」

『やっぱりか……いきなり『四神憑依』が解けたって奏楽ちゃんが騒いでるんだ。見れば上空で援護射撃していた響の姿もない』

「じゃあ……」

『ああ、相当無理していたんだろうな……今、奏楽ちゃんに雅ちゃんたちに響の容態を伝える。詳しい状況を教えてくれるか?』

 すぐに悟に響の様子を伝えた望は指示があるまで待機するように悟に言われ、電話を切ったその刹那、望の目に激痛が走る。能力を酷使し過ぎた反動だ。

「くっ……」

「望、大丈夫か?」

 激痛でふらついた望の体を築嶋が咄嗟に支えた。彼女も望の後を追いかけて来たのだ。だが、望は彼女の問いかけには答えず、顔を歪ませながら屋上の端へ移動する。

「なんで……」

「望?」

 フラフラと落下防止のために設置されていた金網に手をかけ、グラウンドを見下ろす望。その声は震えていた。様子のおかしい彼女を見て霊奈と築嶋が顔を見合わせる。

「望ちゃん、急いでグラウンドに向かって」

「どうしたのだ? 霊脈を破壊したのだから焦る必要は――」

「――まだ終わってない!」

 築嶋の言葉を遮って絶叫した望の言葉を証明するようにグラウンドの中央で大爆発が起こった。霊奈も築嶋もハッとした表情を浮かべ、慌てて(霊奈は響を抱えながら)望の傍へ駆け寄った。

「どうして……」

 望は奥歯を噛みしめて言葉を漏らした。あの激痛の中、彼女の目はしっかりと視ていたのだ。今回の事件を引き起こした犯人の姿を。

『ふ、ふふふ……やはり、あの霊脈をどうにかするためには音無を犠牲にするしかなかったようだな』

 学校の敷地内にいる全ての人に見えるように至るところにモニターが突如として現れ、1人の男が映った。その姿を見た霊奈は訝しげに目を細め、築嶋は愕然とした様子で目を見開く。

『お疲れ様だな、音無。まさかあのぬらりひょんをほぼ無傷で倒してここに来るとは思わなかったぞ……いや、違うな。無傷になって来たのか。もし、本当に無傷で倒せていたら普通に翠色の炎を霊脈にぶつければ終わっていたもんな』

「なんで、貴方が……」

『だが、お前の犠牲は無駄に終わる。お前さえどうにかすれば“俺たち”の勝利は確実だった。そして、お前はガス欠を起こして戦闘不能。ここまで上手く行くと本当に上手く行っているのか不安になってしまうな』

「笠崎先生!!」

 望は一番近くに浮かんでいるモニターを睨んで叫んだ。そこには響と悟の元担任であり、現在は望たちの担任を務めている笠崎が“ジャージ姿”でニヤニヤと口元を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けほっけほっ……もう、びっくりしたぁ」

 奏楽ちゃんが咄嗟にお客さんを囲むように結界を張っていなければ今ので全員死んでいただろう。だが、あの奏楽ちゃんの結界でさえ爆発を防いだ瞬間、砕けてしまい、爆風がが俺たちを襲った。

「奏楽ちゃん、助かった!」

「よっと」

 俺の前で咳き込んでいた奏楽ちゃんの頭を撫でていると風花ちゃんが団扇を振り降ろして舞っていた砂塵を吹き飛ばす。そして、砂塵が晴れてまず目に入ったのは空中に浮いているいくつものモニターだった。

「何だこれ……」

「黒幕のお出ましってところか」

 目の前の光景に呆然としていると不意に後ろからリョウが呟く。敵は響が動けなくなるのを待っていたのだろう。どうする? 敵の思惑通り、響は動けない。俺たちだけで何とかするしかないが響が倒れたタイミングで出て来た敵だって俺たちのことを忘れているわけではないだろう。

『ほう……あれを防いだか。少し侮り過ぎたかもしれないな』

「笠、崎!?」

 モニターに映っていた男を見て思わず叫んでしまった。四神結界を内側から破壊されたのでグラウンドにいるお客さんの中に犯人が紛れているとは予想していたがまさか笠崎が犯人だとは思わなかったのだ。

「お前……いつから!」

『あ? ああ、影野か。音無を守るために会社を立ち上げやがって……お前には散々俺たちの計画を邪魔されたぞ。それで、いつからだっけ? まぁ、最初からだ』

「最初からって……俺たちがまだこの学校に通ってる時からずっと?」

『いや、お前らが入学する前からだ。俺たちは音無を殺そうとしていた。だが……どうしてもできなかった。事ある毎に邪魔が入ってな』

「高校に入る前……まさか中学時代に起きた『音無響を外国の偉い人に売って良い生活をさせてあげよう事件』や『音無響拉致計画』はお前らが仕組んだことなのか!?」

 てっきり響を盲目的に好きになってしまった奴らの暴走だと思っていたのに。まさかあいつらを操って響を殺そうとしたのだろうか。

『え、何それ初耳なんだけど……』

「……何で響を狙うんだ!」

 変な空気が流れそうになったので慌てて話を逸らした。あいつら、社長権限で減給してやる。そもそもなんで中学生が外国の偉い人に伝手があったり、あんな拉致計画を立てられるのだろうか。無駄にハイスペックだから余計、阻止するのに手古摺った覚えがある。

『別に音無を恨んでるわけじゃない。ただ邪魔なだけだ』

「邪魔なだけ……ふざけてるのか?」

 さすがに黙っていられなかったのかリョウが影に匿っていたお客さんを適当に放り出して無数の影棘を目の前に浮かんでいるモニターに飛ばす。しかし、影棘はモニターに刺さらずにすり抜けてしまった。どうやら、あのモニターには実体がないようだ。笠崎が属している組織には未知数の技術があるらしい。

『おいおい、怒んなよ。お前らがあいつを説得してくれるならこれ以上ちょっかいかけないぞ?』

「ふん。お前の企みを知らないでどう説得すればいい? それにあいつの力は強大だがそこまで警戒するようなものか? あいつだって人間。目に映るものしか守ることはできないだろう?」

『確かに全てのものを守ることはできない……なら、自ずと答えは絞られるだろう?』

 リョウの質問を鼻で笑いながら一蹴する笠崎。人間は全てのものを守ることはできない。地球の反対側で今にも殺されそうになっている子供を助けに行くことはどうやっても不可能だ。それは響だって同じ。それでも彼らにとって響は邪魔になる。つまり――。

(――奴らの目的は……響の目に映るもの?)

『さて……冥途の土産は十分に持っただろ。そろそろ終わらせよう』

「終わらせる? 何を言って……」

 俺の言葉を遮るように笠崎は右手を挙げる。その手には1つのリモコンが握られていた。

『音無が必死になって壊した霊脈の起爆術式……だが、あいつが壊せたのはそれだけ。爆弾はまだそこにある。影野、お前ならもうわかっただろう?』

 ここに響が駆けつけるまで彼が何をしていたのかは奏楽ちゃんから聞いている。最初は人工妖怪であるぬらりひょんを使って響を殺すつもりだったのだろうと思っていたが、ぬらりひょんをぶつけたのも霊脈を仕込んだのも響の地力を削ぎ、翠炎の力で起爆術式のみを破壊させるためだったのだ。

「最初から……お前の手で霊力爆破を起こすつもりだったのか!」

 俺の絶叫に笠崎は勝ち誇るように笑いながらリモコンに1つだけ付いているスイッチに指を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前らの企みは“何となく”わかってたぞ』

 

 

 

 

 

 

 そんな声がモニターから聞こえ、笠崎の持つリモコンが両断された。彼は両断される直前にリモコンから手を離していたので彼の手が切り飛ばされることはなかったが顔を歪ませて後ろを振り返る。

『開力『一転爆破』』

 だが、モニターに笠崎の背後に立つ人が映る前にすぐ近くで凄まじい爆発が起こった。再び奏楽ちゃんが結界を張って爆発に巻き込まれることはなかったが爆発が起こった方を見て俺は思わず笑みを零してしまう。

「これでお前らの企みは全て潰した……だろ、笠崎先生?」

 そこには校舎の屋上で倒れているはずの響が周囲に4枚の星型の結界を浮かべたまま、笠崎を睨んでいた。



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第399話 最後の抵抗

「ガッ……ぁ、あああああああ!」

 男に吹き飛ばされた霊奈は苦しそうに顔を歪ませたが絶叫しながら空中で体勢を立て直して境内に着地した瞬間、再び男へ突っ込んだ。私もすぐにお札を投げていつでも防御できるように彼女の傍に数枚の結界を展開させた。だが、このまま結界で攻撃を防いでも1秒も時間を稼ぐことはできない。

(なら……)

 展開した結界の全てを重ねて厚みを作り、走る霊奈のすぐ横に設置する。それを見た男は私の方に視線を向け、鼻で笑った後、霊奈に拳を振るう。厚みを作ったところで男の攻撃を防ぐことはできない。そんなこと私だってわかっている。だからこそ、私はタイミングを見計らい、霊奈の横に設置していた結界を操作して男の拳に側面からぶつけた。受け止めるのではなく、軌道をずらすための結界。

「『ANALYZE』」

「なっ」

 だが、男の拳にぶつかった結界はまるで水に溶けるようにバラバラになってしまった。あの鎧はオカルトに強いのはわかっていたがここまで通用しないとは思わなかった。でも、男の拳の軌道は少しだけずらすことができた。そのわずかな軌道のずれを掻い潜るように霊奈が体を捻って拳を躱す。霊奈は子供なので男よりも身長が低い。そのため、自然と男の拳は上から振り降ろすような形になる。だからこそ、横へずらされた場合、すぐに軌道修正はできない上、霊奈は横へずれるだけで拳を躱すことができた。

「はあああああ!」

 男の顔面に向かって右の鍵爪を突き出す霊奈。しかし、彼女の鍵爪は当たったもののフルフェイスを破壊することはおろか傷一つ付けることができなかった。

「下がって!」

 それを見て急いで指示を出しながら数枚のお札を男の足元に向かって投げつける。お札が地面に当たった瞬間、砂塵が舞い上がった。これで相手の視界を奪った。今の内に霊奈が下がれば――。

「無駄だ」

「ごっ……」

「ッ!? 霊奈!」

 霊奈がバックステップして後退するも砂塵の向こうから男の右足が矢のように飛び出して霊奈の腹部に突き刺さった。凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされた彼女の名前を叫ぶが男が目の前に立っていることに今更ながら気付く。

「あの子が心配なら傍にいてやれ、よ!」

「――ッ」

 咄嗟に結界を張るが男の蹴りは結界を易々と破壊し、蹴られた私の体は霊奈の近くに落ちた。痛みですぐに起き上がることができない。霊奈も限界が近いのか彼女の両手に展開されていた鉤爪は消えている。そして、私たちの傍にキョウが倒れていることに気付いた。彼を傷つけないために離れて戦っていたが男は吹き飛ばすついでに私たちをキョウの傍に蹴り飛ばしたのだ。

「しまっ――」

「じゃあ、仲良く死にな。FLYING FISH』」

 右手を私たちに見せ付けるように突き出した男の腕からななさんの胸を貫いたトビウオ型のミサイルが3つ、私たちの心臓に向かって凄まじい速度で射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 地面に散らばったリモコンの破片を見て笠崎は舌打ちした後、ジャージのポケットに手を突っ込んだ。

「動くな」

 これ以上好き勝手させないために結界の1枚を笠崎の首元まで飛ばして寸止めさせる。至近距離でギロチンのように回転し続ける結界に彼は冷や汗を流した。

「本当に……お前は厄介だよ。音無」

「そっちこそ徹底的に俺を警戒しやがって。吸血鬼が無理をしてくれなかったらどうなっていたことか」

「……なるほど。屋上で倒れたのはお前じゃなく、吸血鬼だったわけだ。だが、あの女も限界みたいだぞ」

 そう言いながら彼は空中に浮いているモニターに視線を向ける。モニターにはいつの間にか霊奈に支えられながら滝のように汗を流して苦しそうにしている吸血鬼が映っていた。

『はぁ……はぁ……笠崎って言ったかしら。私の声、き、聞こえてるわね?』

「ああ、俺だけじゃなく他の連中にもな。ずっとお前らの動向を監視していたが入れ替わったタイミングはわからなかったぞ」

『いいえ……私たちは入れ替わってないの。最初から私たちは私たちなの。最初は分身だった個体もちょっと無理すれば本体にできるわ。こんな風に、ね』

 翠炎のナイフを霊脈に刺した瞬間、1秒にも満たない間だったがグラウンドは眩い光に包まれた。それに紛れて狙撃銃を駆使して援護射撃していた個体には俺が、屋上にいた個体には吸血鬼が入って『魂共有』を解除した。もちろん、彼女の姿は『魂共有』した時と同じ姿を保っている。そうしなければ笠崎に俺たちが分離したことがばれてしまうから。

「どうせ俺が半吸血鬼化した姿だって知ってたんだろ? だからこそ、吸血鬼の姿を見ても俺だと断定できた。『魂共有』した姿と半吸血鬼化した姿はまるっきり同じだからな」

「……ああ、全くのその通りだ。お見事。さすが音無といったところか。でも、いいのか? そんなに悠長に話して。吸血鬼が消えたらお前に負荷がかかるんだろ?」

 やはりこいつは――いや、笠崎が属している組織は俺のことを調べ上げている。そうでなければ時間を稼ぐようなまねはしないはずだ。しかし、そのことに気付かずに馬鹿正直に話に付き合うほど俺たちは間抜けではない。

「対策しているに決まってるだろ? 吸血鬼、もういいぞ。助かった」

『ええ……“次、いつ会えるかわからないけれど”また会いましょう』

 そう言い残して吸血鬼は俺の魂の中へ還り、自分の部屋に閉じ込められた。だが、いつもなら一緒に魂に引き込まれる俺は今もなお気絶せずに笠崎を睨み続けている。

「……どういうことだ?」

「『魂共有』は俺と吸血鬼の魂波長を重ね、一時的に同一人物にする。だから、俺にかかる負荷は吸血鬼のものでもあるし、吸血鬼にかかる負荷は俺のものでもある。じゃあ、『魂共有』を解除する直前にその負荷を一方に集められたら、どうなる?」

 その答えはご覧の通りだ。吸血鬼にかかる負荷は大きくなるが魂の部屋に閉じ込められるだけなので吸血鬼自身に危険は及ばない。つまり、『魂同調』などの使用した後にデメリットのある技でも『魂共有』で吸血鬼にデメリットを押し付ければ俺は戦闘を続けることも可能である。問題は彼女がいつ部屋から出られるかわからないことぐらいだ。

「『魂共有』を使えば傷や疲労も吸血鬼と分け合うから『魂共有』を解除した後でも俺は戦える。そして――」

 そこで俺が言葉を区切ると笠崎の足元からいくつもの光の鎖が飛び出して彼の体を拘束した。突然現れた鎖に目を見開いた彼は何とか拘束から逃れようともがくが光の鎖はビクともしない。吸血鬼が消える寸前まで魔力を注ぎ込んだ特性の光魔法だ。ただの人間の力では解くどころか傷一つ付けられないだろう。

「――時間稼ぎしていたのはお前だけじゃない」

「くっ……吸血鬼が消えたら魔法は使えないはずだろ」

「確かに吸血鬼がいない今、魔力を使うことはできないがすでに発動していたものは関係ない」

 『魔眼』を発動できないのは痛いが笠崎の姿は目の前にある。『開力』で粉砕した自分の周囲を透明化する何かを使われても『魔眼』による看破はできないが彼が移動出来なければ意味はない。これでチェックメイトだ。

「負けを認めろ、笠崎」

「……ああ、本当にすげぇよ、お前。だがな……こっちだって負けるわけにはいかねぇ。こっちにだって譲れないものがあんだよ!! 『起動』! 『ANALYZE』!」

 笠崎が絶叫した瞬間、頑丈な鎖がバラバラに引き千切られた。いや、違う。何かによって分解されたというべきか。まさか光の鎖が破壊されるとは思わなかった俺は一瞬だけ硬直してしまい、結界を動かすのが遅れてしまった。

「ほら、おかわりだ!」

 その隙に笠崎はポケットから取り出した端末から3つの箱を出現させ、思い切り投げる。3つの箱は悟たちの近くに落ちて形を変え始めた。最初は手の平に乗る程度の大きさだったが今では見上げるほど大きくなっている。嫌な予感がした俺は博麗のお札を投げて新たに『五芒星結界』を4つほど作ったがそれとほぼ同時に見上げるほど大きくなった箱が展開され、中から無数の妖怪が飛び出した。



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第400話 繋がる物語

「皆、下がれ!」

 悟の指示が飛ぶと同時に少しでも時間を稼ぐために新しく作った『五芒星結界』を悟たちと妖怪の間に設置した。『魂共有』でぬらりひょん戦と霊脈破壊で疲労した体はある程度回復したが全快とまではいかず、吸血鬼が部屋に閉じ込められたせいで魔力は使えない上、翠炎もガス欠。他の力もほぼ使い切っている状態だ。今は『合力の指輪』で何とか誤魔化しているが他の力が混ざった霊力で編んだ結界では妖怪の津波には耐えられないだろう。

 しかし、妖怪たちの進行方向にいる悟たちは奏楽とリョウ、ドグ以外戦える状態ではなく、雅たち式神組は妖怪の残党狩りですぐに応援には向かえないと式神通信で伝えて来た。それに加え、笠崎が新しく召喚した妖怪の中に空を飛んでいる飛行型の妖怪もいる。苦し紛れに設置された『五芒星結界』では飛行型を止めることはできない。

『奏楽、飛んでる奴を優先的に倒してくれ』

『うん!』

 式神通信で奏楽に伝えた後、俺は笠崎を睨みつける。彼は俺が妖怪たちに気を取られている隙に一番近くにあった結界を破壊していた。『魔眼』は使えなくてもこれだけ近くで何か力を使えば感覚でわかるがそんな気配は一切なかった。

(つまり、こいつはオカルト(こっち)側の人間じゃない)

 だが、銃のような兵器を使用した形跡も見受けられない。いや、今はそんなことどうでもいい。問題は早く彼を捕まえなければ確実に逃げられる、ということである。ここで逃がしてまた事件を起こされては溜まったものではない。

「いいのか? 俺なんかに気を取られてて。お仲間さんが大ピンチだぜ?」

「お前を捕まえる時間はある」

 そう言いながら残った3枚の『五芒星結界』を高速回転させながら笠崎に向かって飛ばし、濁った神力で鎌を創造して駆け出す。

「『ANALYZE』!」

 笠崎は先ほどと同じ言葉を叫んで高速回転している結界の1枚を蹴った。本来であれば触れた瞬間に両断するはずの結界は光の鎖と同じようにバラバラに分解されてしまう。残りの2枚の結界も肘打ちと膝蹴りで破壊されてしまった。

「ほら、受け取れ」

 笠崎の元まであと少しというところで彼は新たな箱を端末から出現させ、ポイと目の前に放り投げる。箱は地面に落ちると変形し、2メートルほどの人型のロボットになった。そのロボットの右手は機関銃、左手はチェンソーになっており、両足の部分は棘のように鋭く尖って地面から数センチほど浮いている。

「何っ!?」

「それじゃしばらくそいつと遊んでいてくれよな」

 ロボットの背後で勝ち誇った笑みを浮かべる笠崎。そして、それが合図だったのかロボットは俺に右手の機関銃を向ける。咄嗟に真上に飛翔すると先ほどまで俺がいた場所に銃弾の雨が通り過ぎた。ロボットは上空へ逃げた俺を追い掛けるように右手を挙げる。結界で防ごうにもオカルトは質量兵器に弱いため、濁っている霊力はもちろん純粋な霊力で編んだ結界だとしても銃弾の雨を防ぎ切ることは不可能。近づこうにも銃弾の雨を回避することは難しく、運よく近づけたとしても左手のチェンソーが厄介だ。ここは機関銃の弾切れを待ってその隙に接近し、右手を落とすしかない。

『お兄ちゃん!』

 銃弾の雨から逃げていると不意にモニターに望が映っていた。能力を使い過ぎたのか息は荒く、立っていられないのか築嶋さんに支えられながら薄紫色に染まった瞳をこちらに向けている。

『笠崎先生を止めて!』

 青ざめた顔で絶叫した望の言葉を聞いて笠崎を見た。無数の妖怪を収容していたコンテナやロボットのように小さな箱を変形させたのかこちらに背中を見せている彼の傍に大人の男がギリギリ入れるほどの小さな筒が鎮座している。

「望、あれが何かわかるか!?」

『あれは……タイムマシンだよ! 笠崎先生は過去に戻って小さい頃のお兄ちゃんを殺そうとしてるの!』

「タイムマシン!?」

 突拍子もなく彼女の口から出て来た単語に俺は目を丸くしてしまう。現在の俺を殺せないのなら過去に戻って幼少期の俺を殺せばいい。そうすれば現在の俺もいなくなる。そんなことが可能なのか? もし、過去の俺が殺されているなら現在の俺はここにいない。では、笠崎を追い込んだのは誰、という話になる。

(いや、違う……平行世界の現在の俺がいなくなるのか!)

 この世界線の俺はここにいる時点で幼少期の俺は殺されていない。だからこそ、笠崎を追い込むことができた。だが、そのせいで笠崎はタイムマシンで過去に戻り、幼少期の俺は彼に殺されてしまったとした。その時点で俺が幼少期に殺されなかった世界線と俺が幼少期に殺されてしまった世界線に分かれ、幼少期に殺されてしまった世界線に戻れば彼の目的は達成される。

「くそったれ!」

 確かにこの世界線の俺たちは笠崎の野望を阻止できるかもしれない。だが、この考えは俺の推論に過ぎない。この世界線の俺が消えてしまう可能性もある。このまま笠崎の思い通りにさせるのはまずい。

 そう結論付けた俺は銃弾の雨から逃げながら博麗のお札を投擲に笠崎の傍にあるタイムマシンを破壊しようと試みる。しかし、俺がタイムマシンを狙っていることに気付いたのかロボットは目標を俺からお札に変え、機関銃でお札を撃ち落とし、落とし切れなかったお札はチェンソーで両断。それでも捌き切れなかったお札をロボットはその身を盾にしている。いくら質量兵器だといってもお札の直撃を受けたロボットはどんどんボロボロになっていく。

「邪魔だああああああ!」

 お札を投げ、機関銃の銃口を別の方へ誘導した隙にロボットの懐に潜り込み、手に持って行った鎌で一閃。そのままロボットの横を通り過ぎると背後でロボットが大爆発を起こした。

「じゃあな」

「待て、笠崎!」

 だが、ロボットが稼いだ時間で笠崎はタイムマシンの中に乗り込んでしまった。お札を投げるよりこのまま低空飛行で突撃した方が早い。間に合う。間に合わせてみせる。目の前でタイムマシンから白い光が漏れ始めた。その白い光はどんどん量を増やし、光が現れる範囲も広がっていく。しかし、タッチの差でこちらの勝――。

「ッ――」

 今まさにタイムマシンを鎌で両断しようとした時だった。いきなり目の前に2体の妖怪が割り込み、その内の1体が俺に向かって突進して来たのだ。鎌はタイムマシンに向かって振り降ろそうとしていたので妖怪の突撃を躱し切れず、俺と妖怪は正面から激突した。

「ガッ……」

 激突した衝撃で妖怪は灰に戻ったが俺はバランスを崩してしまう。その隙にもう一体の妖怪が俺の腕に噛み付き、噛み千切ろうと出鱈目に首を振った。そのせいで俺と妖怪はもみくちゃになりながらタイムマシンへぶつかり――。

 

 

 

 

 

 

 ――その瞬間、目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響!」

 妖怪の隙間から見えたのはタイムマシンにぶつかった響がタイムマシンや妖怪と共にその場から消えた瞬間だった。まさか時間遡行に巻き込まれてしまったのかもしれない。

「さとる! おにーちゃんが!」

「わかってる! わかってるけど……今は妖怪(こっち)だ!」

 響が消えたせいで飛行型以外の妖怪を止めていてくれた結界がなくなってしまった。無限に湧くわけではないがまともに戦えるのが奏楽ちゃん、リョウ、ドグだけなのでいつ戦況が変化するかわからない。

「しゃがんで!」

 その時、上空からずっと待ち望んでいた声が聞こえ、咄嗟に近くにいた奏楽ちゃんを押し倒すように地面に転がる。そして、爆発。爆風に煽られながら薄眼を開けて妖怪たちの方を見ると上空から何度も放たれる爆炎に飲み込まれていた。更に別の場所では水や氷が飛び交い、地面が陥没し、鞭のように白い何かが妖怪たちを薙ぎ払っている。

「皆、無事!?」

「あ、ああ……助かった、雅ちゃ――あ?」

 爆炎が止み、俺たちの傍に降り立った雅ちゃんを見て言葉を失う。四神を宿した時は尾羽しか生えなかったはずなのに何故か彼女はオレンジ色のニワトリの着ぐるみを着ていたから。しかも、顔だけ露出するタイプ。

「え、何その恰好」

「お願い、触れないで。お願いだから……そんなことより響は!?」

「……タイムマシンに巻き込まれた」

「ああ、もう! 何でいつもいつも心配ばかりかけるの! あのバカ主!」

 『でも、今は妖怪の方が先決か』と怒りながら雅ちゃんは再び空を飛び、トサカから爆炎を放った。そこから放つのかというツッコミは何とか飲み込んだ。

「さとる、おにーちゃん大丈夫かな?」

「……ああ、きっと大丈夫だ」

 俺の胸の中で涙目になりながら震えた声で問いかける奏楽ちゃんを抱きしめながら言い切った。あいつなら大丈夫だ。きっと戻って来てくれる。そう自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はこの光景を知っている。この空間を知っている。何度も通り抜けた。何度も行き来した。でも、今までと違うのは俺の力ではなく、他の人の力でここに来てしまったこと。まるで嵐の中を体一つで通り抜けるような衝撃が俺を襲う。

 笠崎が乗ったタイムマシンは随分前にどこかへ行ってしまった。俺の腕に噛み付いていた妖怪も少し前にどこかへ飛んで行った。

(駄目、だっ……)

 この空間に来たばかりの時は聞こえていた魂の住人たちの声はもう聞こえない。衣服も衝撃に耐え切れず、燃え尽きてしまった。体も、魂もボロボロだ。『魂共有』のせいでいつもより魂バランスが不安定だったせいもあるだろう。

(も、ぅ……)

 意識が遠のいて行く。走馬灯のように皆の顔が頭を過ぎり、どこかへ消えていく。だが、過ぎって消えた顔を再び思い出すことはできなかった。おそらくこの空間に生身で放り込まれたせいで魂が傷ついてしまったからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちょっとだけ“あの子”に夢を見させてあげてください。

 

 

 

 

 

 

 意識を手放す寸前、そんな優しい声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ているのだろうか。目の前で私たちを守るように佇む3枚の星型の結界を眺めながら私はそう思わずにはいられなかった。私たちを殺すために射出されたトビウオ型のミサイルは縦に両断され、境内に転がっているのだから。

「……間に合ったようだな」

 そんな声が背後から聞こえ、私と霊奈はほぼ同時に振り返り“彼女”の姿を見つけて目を見開いた。

 見慣れないクールな微笑み、男のような話し方、彼女から放たれる気配全てが私たちの知っているものと違った。何より森の中へ落ちる前は服が白い着物を着ていたのに今はどこかの学校の制服を着て、髪を博麗のリボンで1本にまとめている。

「さてと、笠崎。覚悟はできてるんだろうな?」

「“音無 響”!」

 そう言って右手に紅い鎌を、左手に数枚の博麗のお札、背中に漆黒の機械染みた翼を装備したななさんがニヒルな笑みを浮かべ、男に鎌を向けた。







これで全てのパートが繋がりました。
次回からパート分けせずに投稿します。


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第401話 従者の心

「ん……」

 私は体を包み込む温もりを感じながら目を覚ましました。よくマスターに抱っこされる私ですがいつもと感覚が違うので彼の温もりではないようです。でも、マスターとは違う安心感に思わず破顔してしまいました。ですが、いつまでもこの温もりに包まれているわけにもいきません。状況を確認するために目を開けました。

「ここは……」

 どうやら林の中にいるようです。どうしてこんなところにいるのでしょう。そもそも私は何故気絶していたのでしょうか? 寝起きのせいで上手く働かない頭を必死に動かして記憶を探ります。

「っ……」

 そうです。マスターが謎の男に襲われ、戦っている途中でななさんが狙われたのでした。彼女の治癒術は目を見張るものでしたがその代わり、戦う手段が皆無です。そのため、私がななさんの元へ移動して必死に男の攻撃を防いで、それで――。

「……」

 そこまで思い出した私はおそるおそる私を抱きしめている細い2本の腕を見下ろしました。争いを知らない優しい綺麗な手。その手が真っ赤に染まっています。きっとそれだけで理解してしまったのでしょう。だからこそ、この腕から抜け出したくありませんでした。抱っこして貰っていれば後ろを確認できませんから。ですが、ずっとこのままでいるわけにもいきません。出来る限り、揺らさないように“彼女”の腕から脱出した私は後ろを振り返りました

「ッ!? ななさん!」

 そこには胸に大きな穴が開き、微笑みながら木に背中を預けて眠っているななさんの姿がありました。オーバーヒートを起こした私が見たのは私に向かって来るトビウオ型のミサイルです。薄れていく意識の中、トビウオに貫かれると覚悟を決めたのを思い出しました。でも、私は故障どころか服に彼女の血液が付着しているだけでほつれすらありませんでした。つまり、ななさんが私を身を挺して守った、ということです。

「そんな……どうして、私なんか!」

 思わず声を荒げてしまいましたが今はそれどころではありません。急いでななさんの傍に移動し、容態を確かめます。胸に大きな穴が開いているのはもちろん、出血が酷くすでに呼吸が止まっていました。体にまだ温もりが残っているので心肺停止してからまだそこまで時間は経っていないようです。今ならまだ間に合うかもしれません。ですが、私には彼女を治療する手段がありません。【薬草】で治せるのは私が食べた薬草で治る病気のみ。一応、傷にも効く薬草もありますが胸に空いた大きな穴を一瞬で塞ぐことなど不可能です。いえ、ななさんの治癒術があれば助かる可能性があります。

「ななさん! ななさん、起きてください!」

 木に背中を預けているななさんの肩に立ち、優しく彼女の頬を叩きながら声をかけました。お願いします、起きてください。このままでは貴女が死んでしまいます。例え、出会ってまだ1か月しか経っていなくてもマスターにとって貴女はすでに守りたい人の1人なのです。このまま貴女が死んでしまったら今度こそマスターは――。

「起きて、ください……お願いですから!」

 ――いえ、これはただの言い訳。ななさんが死んでしまったらまた私は守ることができなかったことになってしまう。それを認めるのが嫌なのです。それが事実になってしまうのが怖いのです。貴女が死ねばマスターだけでなく、私もきっと壊れてしまうでしょう。だから、どうか。どうか、目を覚ましてください。

「な、なさんっ」

 目から溢れる涙を抑えられず、ボロボロと泣きながら必死に彼女の名前を呼びます。どれほどの時間が過ぎたでしょうか。数分か、数十分か。それとも数秒かもしれません。ですが、これだけは言えます。もう、とっくの昔にタイムリミットは過ぎている、と。次第に私の声も小さくなり、とうとう喉を震わせる力がなくなってしまいました。どうやら、マスターとの繋がりが切れてしまい、魔力の底が尽いてしまったようです。

(でも……このまま止まれば私は……)

 発狂せずに済む。そう、思った時でした。

「ッ――」

 ななさんの体が突然、緑色の炎に包まれたのです。神様は彼女の綺麗な遺体さえ残してくれないのでしょうか。それはあまりにも理不尽ではないでしょうか。急いで炎を消そうと小さな手で炎を叩きますがすぐに違和感を覚えました。

「熱く、ない?」

 緑色の炎が全く熱くなかったのです。むしろ、この炎を見ていると心が安らいでいくような気がしました。力の入らない体に鞭を打って宙に浮き、ななさんを見ると緑色の炎は彼女の体を覆っています。特に胸のあたりの炎は激しく燃えていました。そして、ななさんの指がピクリと微かに動きます。

「嘘……」

 心肺停止していたはずのななさんが息を吹き返しました。それだけではありません。マスターとの繋がりが切れたはずなのに私の体に魔力が流れ込み始めたのです。しかも、その魔力はマスターのものとあまりにも似て――いえ、全く同じでした。

「んっ……」

 彼女の体を覆っていた緑色の炎が消えるとななさんが声を漏らし、ゆっくりと目を開けます。眠たそうに目を擦る彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、宙に浮いている私を捉え、大きく目を見開きました。

「……桔梗?」

「え?」

 私の名前を呼んだ彼女の声はいつもより低いものでした。それに加え、私の呼び方も変わっています。表情もいつも朗らかに笑っていたのに今は真っ直ぐ私を見つめていました。

「ななさん、ですよね?」

「なな? あー、待って。状況が全然飲み込めないんだが……」

 どうやら、口調も大きく変わっているようです。失っていた記憶が戻ったのかもしれません。そう言えば、気配も何だか――。

「ッ……あ、あの! 勘違いかもしれないんですけど……確認してもいいですか?」

「あ、ああ」

「もしかしてですけど……マスター、なのですか?」

 自分でもおかしいとは思います。でも、気配、魔力、雰囲気。その全てがマスターのものと同じだったのです。違うのは姿だけ。いえ、顔もよく見れば今のマスターの面影があります。

「……久しぶりだな、桔梗」

 そう言って彼女――彼は私がよく知るマスターと同じ笑みを浮かべて私に手を伸ばし、ギュッと抱きしめてくれました。ああ、同じです。マスターに抱っこされた時の温もりと全く一緒でした。

「マスター……とてもお綺麗になりましたね」

 未来のマスターは綺麗な黒髪に誰もが見惚れてしまうほどの美貌を手に入れていました。ななさんが大和撫子であれば、彼はクールな美人と言う印象を受けます。記憶がないだけでここまで違うが出るものだとは知りませんでした。

「それ褒め言葉じゃないからな……でも、よく気付いたな。こんなに違うのに」

「いえ、今のマスターも未来のマスターも……一緒ですよ。私が間違うわけないじゃないですか」

「……そっか。さて、再会はこれぐらいにしておこう。桔梗、すまんが状況を説明してくれ。ここが過去だってのはわかるんだが」

 『見覚えのない服着てるし』と血で真っ赤に染まってしまった白い着物を見るマスター。どうやら、ななさんだった頃の記憶はないようです。その証拠にななさんと出会ってからのことを手短に話すとマスターは首を傾げました。

「なるほどなぁ……とりあえず、その謎の男は笠崎だな」

「カサザキ、ですか?」

「ああ、未来で色々あって過去の俺を殺そうとタイムトラベルした奴だ。急いでそれを止めようとしたんだが、妖怪に邪魔されてタイムトラベルに巻き込まれたんだよ」

「妖怪……あ!」

 ななさんを見つける直前、私たちは妖怪と戦ったのを思い出しました。もしかしたらマスターの邪魔をした妖怪も一緒に過去に来たのかもしれません。

「とにかく、今は過去の俺と霊夢たちを助けるのが先だ。桔梗、手伝ってくれるか?」

「もちろんです! 私は貴方の従者なのですから!」

「ありがとう」

 頷いた私を見て笑ったマスターは立ち上がって地面に落ちていた紅い鎌を拾い、軽くその場でクルクルと回し始めました。今のマスターよりも鎌の扱いは上手いようです。

「うーん……少し小さいかな。まぁ、いいか」

 そう言いながら彼は私を肩に乗せた後、おもむろに手を伸ばしました。すると、目の前の空間が歪み、マスターの手がその空間に飲み込まれます。

「ま、マスター!? 大丈夫ですか!?」

「え? ああ、大丈夫。ただの空間倉庫だし」

 苦笑を浮かべたまま、空間から一つの携帯を取り出してポチポチと操作し始めました。何をしているのか携帯の画面を覗き込もうとしますがその前にマスターの着ていた服が着物から洋服に変わり、驚いてしまいます。

「な、何が……あ、髪も」

「ちょっとこのリボンしてないと暴れるやつがいてな。よし、身支度はこれで大丈夫だ。桔梗、翼」

「は、はい!」

 紅いリボン――霊夢さんと同じリボンで髪を一本にまとめたマスターの指示に従って変形しました。その間にマスターは数枚のお札を投げて星型の結界を3つ作ります。術式を組み上げる速度は霊夢さんを遥かに超えていました。

「行くぞ」

「はい!」

 星型の結界と共に私たちは低空飛行で林の中を駆け抜けます。今のマスターたちを守るために。

(マスター……よかったですね)

 その途中、咲さんを失ってからずっと強くなりたいと願っていたことを知っていた私は未来のマスターの姿を見て感動せずにはいられませんでした。

 マスター、貴方はこんなにも強くなれるのですよ、と。

 こんなに立派になるのですよ、と。

 私は、心の底から安心することができました。



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第402話 適材適所

 見慣れない鎧を着た笠崎に紅い鎌を向けながら前方で倒れている霊夢たちをチラリと見た。後衛に徹していたのかほぼ無傷の霊夢はすでに立ち上がり、いつでも動けるようにお札を構えて俺と笠崎を交互に観察している。霊奈は前衛タイプなので笠崎を真正面から戦ったらしく、ボロボロな姿で倒れていた。そして、最も重症なのが過去の俺だ。一体どんな無茶をしたのかわからないが全身に酷い火傷を負い、うつ伏せになって気絶している。急いで治療しなければ命に関わるだろう。

『……響』

 その時、記憶を失っている間に部屋から出ることのできた吸血鬼が震えた声で俺を呼んだ。おそらくすでに過去の俺()が手遅れであることに彼女も気付いたのだろう。このまま放置しておけば過去の俺()は確実に――。

「『霊双』」

 ポニーテールにしていた髪をツインテールに変え、髪の先に小さな刃を創造する。とにかく過去の俺()を救うには笠崎をどうにかしなければならない。

 しかし、問題はあの鎧だ。笠崎はありったけの魔力を込めて作った光の鎖を一瞬で破壊している。おそらくあの鎧の機能で破壊したのだろう。オカルトの力は通用しないと思っていいはずだ。そうでなければ霊奈があそこまで傷つくはずがない。まだ小さいとはいえあの霊夢の援護があったのだから。つまり、笠崎には質量兵器しか通用しないのだ。

 きっと今までの俺なら真正面から戦っていれば苦戦を強いられていただろう。小さい頃に比べたら確実に強くなったが俺の力は全てオカルト。笠崎との相性は最悪だった。

「桔梗」

「はい」

 でも、今は違う。俺の背中には数年ぶりに再会した相棒がいるのだ。ずっと行方を捜していた家族がいるのだ。負ける気がしない。

 『五芒星結界』を霊夢たちの前に固定し、俺は桔梗【翼】を操作して浮上し、笠崎と霊夢たちの間に降りた。

「なな、さん……」

 不意に後ろから幼い霊夢の声が聞こえる。桔梗曰く、俺と『なな』は記憶がなかったとはいえ同じ存在であるはずなのにじっくり見なければ同一人物だとはわからないほど似ていないらしい。姿だけでなく、雰囲気や魔力、気配も同じはずなのに別人のように違うのだ。でも、霊夢はすぐに俺を『なな』と認識した。今の霊夢たちは博麗の巫女になるために修行していると聞いたがすでに巫女の素質は発現しているのかもしれない。

「少し待ってろ」

 そう振り返らずに言い、左手に持っていた数枚のお札を笠崎に向かって投げた。だが、彼は避けるつもりも防ぐつもりもないのか真っ直ぐ俺に突撃して来る。その途中でお札の直撃を受けたが彼の勢いは全く衰えなかった。やはり、あの鎧にはオカルトを破壊、もしくは無効化する何かがあるらしい。念のために新しく2枚の『五芒星結界』を作った後、桔梗を盾に変形させて左手に持った。

「それはもう攻略済みだ! 『RABBIT』!」

 笠崎は叫びながら右腕の装甲からウサギ型のミサイルをいくつも撃ち出し、それを見た桔梗が息を呑む。境内に向かう間、可能な限り今の状況や笠崎に関する情報を桔梗と話し合ったが急いでいたので情報交換は中途半端だったのだ。

「あれは少しでも衝撃を与えたら大爆発を起こします! 追尾機能も!」

 幸い、『ウサギ』の速度はそこまで速くないので何とか桔梗の説明が間に合った。どれだけ逃げても追尾して来る上、逃げている間に『ウサギ』同士が接触し、連鎖爆発を起こすのだろう。桔梗【盾】はほとんどの攻撃を防ぎ、直接触れるものであれば衝撃波でカウンターすら可能とする。だが、盾であるため正面以外からの同時攻撃や範囲攻撃を全て防ぎ切ることはできない。また、攻撃を防ぐ時、必ず衝撃波を放つため、連続で攻撃されたらすぐにオーバーヒートを起こしてしまう。『ウサギ』は連鎖爆発を起こして桔梗【盾】で防ぎ切れないほどの範囲を爆炎で埋め尽くす兵器なのだ。

 おそらく笠崎は最初から過去の俺を殺すつもりで色々と準備していたのだろう。俺を狙う奴らは何故か俺たちの情報を持っている。桔梗について調べ、対策を立てていても不思議ではない。

「神箱『ゴッドキューブ』」

 だが、今の俺は桔梗以外にも手札を持っている。通常、『神箱』は自分の周囲に神力の箱を創造して防御するものだが、今回は全ての『ウサギ』を囲うように箱を設置。ほどなくして先頭の『ウサギ』が神力の箱にぶつかり、大爆発を起こしてその後ろを飛んでいた『ウサギ』たちをまとめて吹き飛ばし、次の瞬間、『神箱』の中が爆炎で埋め尽くされた。その爆発の威力に『神箱』に皹が走るが追加で神力を注ぐことで破壊を免れる。

「『FLYING FISH』!」

 箱の向こうから今度は数本のトビウオ型のミサイルが飛んで来た。あれも桔梗【盾】対策の一つなのだろう。桔梗【盾】は攻撃を防ぐ際、衝撃波を放って勢いを殺すがあのトビウオは細長い形状であるため、桔梗【盾】の衝撃波では完全に勢いを殺すことができない。しかし、衝撃波を放たなければいずれ盾を貫通されてしまう。そのため、貫通されないために衝撃波を放ち続け、いずれ桔梗はオーバーヒートを起こしてしまうのだ。だが、それは『トビウオ』が桔梗【盾】に接触した場合の話。霊夢たちを助けた時のように接触する前に破壊してしまえばいい。

「鎌鼬――」

 右手に持った紅い鎌を体を捻るように左側へ引き絞り、居合の構えを取る。『トビウオ』は『回界』で両断することができた。つまり、あの鎧のようなオカルトを無効化することはできない。

「――『鎌連舞』」

 魔力を紅い鎌に込め、その場で一閃。すると、7つの紅い斬撃が鎌から放たれ、『トビウオ』たちを両断した。しかし、笠崎も『ウサギ』や『トビウオ』で俺を倒せるとは思っていなかったのか動揺もせず冷静に『トビウオ』を切り刻んだ紅い斬撃を殴って粉砕した後、両手をこちらに突き出した。

「『GATLING』!」

 そう叫んだ彼の両腕の装甲が変形し、ガトリング砲になった。広範囲の『ウサギ』に衝撃波を貫通する『トビウオ』に続いて連続攻撃の『ガトリング』。どうやら、笠崎は相当この盾を警戒しているらしい。

 通常であれば上空へ逃げるのだが、背後には霊夢たちがいる。ここで逃げるわけにはいかない。だが、だからといって桔梗【盾】で真正面から受け止めるのは愚策。

(でも、今はこれ()が必要だ……なら)

「吹き飛べ!」

 笠崎が絶叫すると彼の両手のガトリング砲が火を吹いたがそれとほぼ同時にその場で半身になり、桔梗【盾】を体の後ろへ隠す。霊夢たちが流れ弾で傷つかないように2枚の『五芒星結界』を後ろへ配置し、高速回転させて自動的に銃弾を両断するように設定した後、右手の鎌と『霊双』を構えて一気に前へ駆け出した。迫る銃弾の壁を視認し、右の『霊双』で銃弾の一つを弾き、すぐに紅い鎌で斬撃を飛ばしていくつかの弾を吹き飛ばす。だが、処理できたのはそこまでだった。『霊双』と紅い斬撃の合間を縫うように潜り抜けて来た1発の弾丸が俺の眉間に迫り――。

『残念』

 ――横から飛んで来た別の銃弾と衝突し火花を散らした。軌道が変わった弾丸は俺の右頬のすぐ横を通り過ぎ、境内に穴を穿つ。それからも鎌と『霊双』で可能な限り銃弾を弾き、どうしても処理し切れなかったものは“彼女”に任せながら少しずつではあるが前に進む。

「ふざけんな!」

 銃弾の雨の中、怯まずに進み続ける俺と虚空から突如として現れる弾丸を見て笠崎が大声で悪態を吐いた。彼からしてみれば桔梗【盾】対策として用意した兵器を別の方法で処理されているのだ。怒るのも無理はない。だが、今ガトリング砲を止めてしまえばその一瞬の隙に懐に潜り込まれる。それを恐れているのか笠崎は銃撃を止めようとしなかった。

『ふふ、銃撃戦が貴方の専売特許だとは思わないことね』

 俺を守るために魂の中から銃弾を弾いてくれている吸血鬼が嬉しそうに呟く。ぬらりひょんとの戦いで彼女も翠炎と同様、表の世界で活動できるようになったがそれを応用することで魂の中にいる状態でも援護射撃することが可能となったのだ。そして――。

「ッ――」

 ――ついに俺は笠崎の前に辿り着いた。紅い鎌で2つのガトリング砲を同時に両断する。ガトリング砲の残骸が宙を舞う中、体を捻るように左手に持っていた桔梗【盾】を笠崎に向かって思い切り突き出した。

「お前が吹き飛べ」

「……最大出力、ですっ」

 桔梗【盾】が笠崎に接触した刹那、凄まじい爆音と共に木々を軒並み倒しながら林の中へ笠崎は消えた。



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第403話 決別の時

 パラパラと小さな石が境内に落ちる音がする中、突き出していた桔梗【盾】を引いて姿勢を戻す。目の前に広がるのは桔梗【盾】が放った衝撃波によって倒れる木々。笠崎の姿はどこにもない。いや、林の向こうに消えたせいでここから見えないだけだ。そんな林の無残な姿を見て背後で霊夢と霊奈が声を失っているのが気配だけでわかった。驚くのは無理もない。俺だってこれほどまでに桔梗【盾】の衝撃波に威力があるとは思わなかったのだから。

「すみません……マスターと契約してから私の性能が全体的に上がったようで」

「いや……まぁ、結果オーライ。一先ず、人形に戻ってくれ」

「わかりました」

 人形の姿に戻った桔梗は俺の肩に乗り、すぐに霊夢たちの傍へ駆け寄る。笠崎を林の向こうへ追いやったのは彼女たちの治療をするためだ。特に過去の俺(キョウ)は今すぐ処置しなければ手遅れになる。

「ななさん、よね?」

「今は時間がない。後で説明する。桔梗、霊夢と霊奈の治療を頼む。【薬草】を使えば何とかなるだろ?」

「そう、ですけど……マスターが治した方がいいのではないでしょうか? 【薬草】はあくまでも治癒能力を向上するだけで一瞬で傷を癒すことはできません。霊夢さんはともかく霊奈さんの傷をこのまま放置するわけにも……」

「すまん、俺、回復魔法は使えないんだ」

 俺にはパチュリーすら他の魔法を伸ばした方がいいと匙を投げるほど回復魔法の才能はなかったらしい。回復魔法よりまだマシだった火炎魔法は念のために初級レベルの魔法は覚えたが吸血鬼の特性の一つである『超高速再生』もあったので回復魔法に関しては完全に放置したのだ。そのため、他の人の治療をするためには翠炎で患部を焼いて傷そのものをなかったことにするしかないのである。

「……え?」

「だから、2人の治療は頼んだ。これ使っていいから」

 何故か目を丸くしていた桔梗をまだ混乱している霊夢にスキホから取り出した救急箱と一緒に預けてうつ伏せで倒れている過去の俺(キョウ)を仰向けにした後、容態を確かめた。全身に酷い火傷を負っているが他の傷はほとんど見当たらない。

『……気のせいであって欲しかったけどやっぱり』

(ああ、吸血鬼化が進んでる)

 桔梗がいる時点で過去の俺(キョウ)の中にいる吸血鬼に自我が芽生えているのは知っている。火傷を負っているのは吸血鬼化が進み、太陽光線に焼かれてしまったからだ。他に傷が見当たらないのは『超高速再生』で傷を治したのだろう。気絶したせいか吸血鬼化は多少抑えられているが目覚めたら吸血鬼化が進んでしまうはずだ。そして、一日も経たずに完全な吸血鬼になってしまう。

 もちろん、このまま過去の俺(キョウ)を放置するつもりはない。ここで吸血鬼化してしまったら俺とは別の存在になってしまうからだ。なにより何とかできる方法があるのに見捨てるなどあり得ない。あり得ないのだが、一つだけ問題があった。

「……桔梗」

「はい、なんでしょう?」

 大怪我を負って倒れていた霊奈を霊夢が抱えるように支え、【薬草】と救急箱に入っていた道具を使って治療している桔梗に声をかける。彼女は治療の手を一度止めてこちらを見ながら首を傾げた。

「過去の……キョウの容態だが一刻を争う」

 念のために過去の俺(キョウ)未来のキョウ()であることをぼかして時間がないことを教える。気絶してからどれほど時間が経っているかわからないがいつ目覚めてもおかしくないのだ。そして、目覚めた時、彼は人間ではなくなる。

「え……でも」

 桔梗は過去の俺(キョウ)未来のキョウ()であることを知っているため、困惑した様子で過去の俺(キョウ)未来のキョウ()を交互に見た。もし、過去の俺(キョウ)が死んだ場合、未来のキョウ()はここにはいないのだから。

「実は――」

 すぐに3人に過去の俺(キョウ)の血に吸血鬼のそれが混ざっていることや今まさに吸血鬼になってしまいそうになっていることを説明する。話を聞き終えた霊夢と霊奈は心当たりがあったのか顔を見合わせた。

「何かあったのか?」

「私たちが目覚めた時、キョウの背中に黒い蝙蝠のような翼が生えてたのよ。気配も人間のものじゃなかった。気絶したら普段の彼に戻ったけど」

 確かに今のキョウの気配は人間のものに“近い”。吸血鬼の気配は薄かったので吸血鬼という存在を知らなければ気付けないだろう。

「それでキョウは助かるの?」

「ああ、方法はある……あるにはあるが」

 霊奈の言葉に頷くがすぐに桔梗を見た。この方法を実行するには彼女の許可が必要になる。この方法は彼女にとって耐えがたいものだから。

「桔梗、俺が生き返るところを見たんだよな?」

「は、はい……絶命してすぐに緑色の炎に包まれた時は本当に驚きました」

 『生き返る』や『絶命』という言葉を耳にして霊夢たちが目を丸くしている。だが、彼女たちに説明している時間はないので無視することにした。

「あの炎は翠炎と言って矛盾を焼き尽くす炎なんだ。それを応用すれば焼いた対象の時間を戻すことができる。それで“俺の死”をなかったことにしたんだ」

「じゃあ、マスターにその翠炎を使えば!」

「ああ、吸血鬼化する前に……具体的に言えば彼の中にいる吸血鬼に自我が芽生える前の状態に戻せば吸血鬼化を防ぐことができる」

 おそらく笠崎と出会う前の時点で過去の俺(キョウ)はある程度吸血鬼化が進んでいたのだろう。そのため、吸血鬼の自我が芽生える前に戻さなければ時間が経つにつれ自然と吸血鬼化が進んでしまうのだ。俺の中にいる吸血鬼も過去の俺(キョウ)を助けるために何度か力を貸していたと言っているのでこの推測は間違っていないと思う。

「でも、翠炎はそこまで便利なものじゃない……戻す時間が長ければ長いほど色々な問題が起こる。その中の一つに魂波長と肉体のズレだ。この二つのズレが大きくなるとキョウの体に異常が生じてしまう可能性が高くなる。最悪、廃人になるだろう」

 そもそも魂波長に干渉すること自体、危険な行為なのだ。俺は魂の構造が歪だからこそこのような反則技を使えるが過去の俺(キョウ)の魂はまだ俺のように歪んでいない。それに加え、彼の中には翠炎がいないので体の内側から魂バランスを調整できないため、魂波長と肉体のズレを大きくしてしまうと何が起こるかわからないのである。

「そんなっ……では、マスターは助からないのですか!?」

「いや、逆に言えば魂波長と肉体のズレをなくせばいい」

「……キョウの肉体の時間も戻すのね」

 霊夢は霊奈の傷を消毒しながら呟く。彼女の声は少しだけ震えていた。勘のいい彼女のことだ。俺がここまで躊躇している理由がわかってしまったのだろう。

「なら、マスターの肉体の時間を戻してください! そうすれば――」

「――キョウの記憶も消える。肉体ごと時間を巻き戻すなら混乱しないようにキョウが幻想郷に迷い込む直前までの記憶を消すつもりだ。きっと桔梗たちのことも忘れてしまう」

 先ほど蘇生したせいで少しばかり翠炎の力が足りなくなってしまったので幻想郷に来てから成長した肉体の全ては元に戻せない。そのため、目が覚めた時に自分の体に違和感を覚えるかもしれないが記憶だけは中途半端にするわけにはいかないのだ。もちろん、混乱してしまうのはそうだが――。

「マスターの、記憶が消える? 待ってください、貴方は私のことを覚えていましたよね?」

「……俺は過去の記憶を夢として見ただけで記憶そのものを取り戻したわけじゃない」

 ――なにより今の俺が過去の出来事を覚えていないので辻妻を合わせなければパラドックスが起きてこの世界が俺のいる世界軸からズレ、平行世界になってしまうのだ。きっと俺が見て来た夢は魂に残った記憶の残滓だったのだろう。

「……おそらくキョウの記憶が消えることに一番抵抗があるのは桔梗のはずだ。だから、お前が決めろ。記憶をなくして彼を助けるか。記憶を消さずに彼を吸血鬼にするか。もちろん、吸血鬼化してしまったら俺も可能な限り手助けする。これでも吸血鬼には慣れてるんだ。彼が吸血鬼について学び、1人でも生きて行けるようになるまで面倒を見る。吸血鬼になったとしても多少暮らしにくくなるだけで別に今すぐ死んでしまうわけではないからな」

「……」

 桔梗は戸惑った様子で俺と過去の俺(キョウ)未来のキョウ()を見比べた。彼女は過去の俺(キョウ)と出会ってから彼の傍にいた。一緒に笑い、泣き、戦い、ここまで成長して来た。それが全てなかったことになってしまうのだ。俺でも躊躇うだろう。しかし、桔梗はすぐに優しく笑みを浮かべ、ゆっくりと気絶している過去の俺(キョウ)に近寄った。

「マスター……お元気で」

 そのまま彼の頬に短い口付けを落とし、別れを告げる。記憶をなくせば彼の傍にいられないことを彼女は察したのだ。

「……いいのか?」

「はい。死ぬわけじゃないかもしれませんが彼はまだ子供です。きっと人間のまま成長した方がいいと思います。それに……私には貴方がいます。何も変わりません。まぁ……成長する彼を傍で見守りたかったのも事実ですが」

 そう言って苦笑を浮かべる桔梗。ああ、やっぱり(キョウ)は幸せ者だ。こんな(キョウ)を慕ってくれる従者がいた(いる)のだから。

「あ、でも記憶を消してしまうからには責任を取って貰いますからね! ちゃんと私も連れて行ってください!」

「最初からそのつもりだって……お前たちも異論はないな?」

「ええ、もちろん。私には何も言う資格はないもの」

「寂しいけど……キョウのためだもん。仕方ないよ」

 霊夢と霊奈も寂しそうな表情を浮かべたがしっかりと頷いてくれた。ならば、急いで処置を施してしまおう。翠炎のナイフを創って逆手に持ち、構えた。

『もしかしたら本当にここは私たちがいる世界軸なのかも。うん、きっとそうね。ここは平行世界じゃなくて私たちが歩んで来た過去()

(ああ、だから……今は知らなくていい。忘れていい。また会えるから。また皆と一緒に笑い合えるから。だから、今はゆっくり休め。お疲れ様、過去の俺(キョウ)

 たった独りで幻想郷に迷い込み、様々な出会いを経て、何度も死にそうになりながらもここまで成長した過去の俺を労い、彼の胸に翠炎のナイフを突き刺した。



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第404話 初めの一歩

 過去の俺(キョウ)に翠炎のナイフを刺した途端、彼の体が翠色の炎に包まれた。それを見た霊夢と霊奈が息を呑んだが普通の炎ではないことを瞬時に理解したようですぐに落ち着きを取り戻す。

「この炎が消える頃には過去の俺(キョウ)が幻想郷に迷い込む前の状態になってるはずだ。その間、触るなよ」

 そう3人に忠告した時だった。林の方から木々が倒れる音が轟いたのである。あの方向には桔梗【盾】で吹き飛ばされた笠崎がいるはずだ。また新しい兵器の準備をしているのかもしれない。あまり時間は残されていないようだ。

 しかし、このまま笠崎と戦ったとして決定打に欠ける。オカルトは通用しないし桔梗は1つの武器にしか変形できない上、何かしらの対策を立てられているだろう。負けはしないが勝つための道筋が思いつかないのも事実。どうしたものか。

「マスター、霊夢さんと霊奈さんの手当てが終わりました」

 木々の倒れる音がする中、笠崎を倒す方法を考えていると救急箱を頭の上に掲げるように持った俺の傍に寄って来る桔梗。お礼を言いながら救急箱を受け取り、スキホの中に収納してスキホも空間倉庫に放り込んだ。その時、俺の手元を見て桔梗が首を傾げているのに気付いた。

「どうした?」

「いえ……先ほどの携帯、どこかで見たことがあるような気がしまして。あまり気にしないでください」

 そう言って笑う桔梗だったがその言葉に何か引っかかりを覚える。そう言えば桔梗が初めて食べたのも俺の携帯だった。あの時は武器ではなく能力を手に入れたのだ。何となく懐かしい気分になっていると一つだけ疑問が浮かぶ。

「なぁ、桔梗。お前、物欲センサーはどうなってる?」

「へ?」

「俺と繋がってから性能が上がっただろ? なら、物欲センサーにも変化があったのかと思ってな」

「……そうですね。どうやら以前のような暴走は起きないようです」

「つまり……今、食べたいものがある、と?」

 物欲センサーの変化を知るためには物欲センサーが反応する必要がある。そして、桔梗はその変化に気付いていた。見れば桔梗は少しだけそわそわしているようだ。彼女の視線の先には紅い鎌。

「こいつか?」

「っ……い、いえ、それはマスターがずっと使っていた大切な鎌です! それを食べるなど私にはできません!」

 両手をぶんぶんと振って叫ぶ桔梗だったが視線は相変わらず紅い鎌に注がれている。暴走しなくなったとはいえ、やはり物欲センサーが反応してしまうと素材に夢中になってしまうようだ。今まで暴走して俺に迷惑をかけたと思っているようなのでそれも彼女が自粛している理由の一つなのだろう。

「別に俺はいい……というより、これ過去の俺(キョウ)に合わせて作ったものだからちょっと小さくて扱い辛いんだよ。だから、お前が食べて俺に合うように調整してくれ」

「で、ですが……」

「いいから食べてくれ」

「……わかりました。あの、そのついでというわけではないのですがもう1つだけ我儘を言ってもいいでしょうか」

 俺から紅い鎌を受け取った桔梗はもじもじしながら俺を見上げる。彼女の頬はわずかに紅く染まっていた。それを見て体は人形であっても彼女は生きているのだと改めて実感する。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの……魂が欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな言葉を発した彼女の声は震えていた。紅い鎌を両手で持ち、目を閉じて懺悔するように頭を垂れる。

「ずっと、おかしいと思っていたんです。どうして、初めて会った人なのにこうも惹かれてしまうのか、と。どうして、傍にいると心が温かくなるのか、と。ずっと不思議でした。それと同時に罪悪感で胸がいっぱいになりました」

 そこで言葉を区切った桔梗は今もなお翠色の炎にその身を焼かれている過去の俺(キョウ)を見て微笑んだ。

「私はマスターの従者。“桔梗”という名前を頂き、忠誠を誓った。そのはずだったのに彼の想いを裏切ってしまった。彼以外に心を許してしまった。それが許せませんでした。それでも彼女の傍を離れることも嫌だった。その矛盾が……ずっと心苦しかった」

 桔梗の言葉を聞いていた霊夢と霊奈は顔を見合わせ、ほぼ同時に首を振る。おそらく彼女の中にあった葛藤を知らなかったのだろう。誰にも心配されないように隠し続けていたのだろう。自分の葛藤を知られ、心配される方が嫌だったから。きっと過去の俺(キョウ)現在の俺(なな)もそれに気付いていなかった。

「でも、やっとわかったんです。当たり前のことだったんです。私が惹かれるのはあなた(マスター)しかいないんですから。あなた(マスター)しか私の主はいないんですから」

 己の心を蝕んでいた葛藤から解放された彼女は再び俺を見上げて嬉しそうに笑う。そして、そのまま地面に降り立ち、赤い鎌を地面に置いてその場に跪いた。

「守ると誓ったはずなのに彼は何度も死にかけました。彼の大切な物を失わせ、悲しませました。それは従者として有ってはならないこと。彼をそんな目に遭わせてはならないこと。私はまだまだ従者として未熟であり、貴方の傍にいる資格はありません」

 己の気持ちを吐露する彼女の姿はまるで王に忠誠を誓う騎士のようだった。きっとこれは彼女なりの覚悟なのだ。過去の俺(キョウ)と決別し、現在の俺()について行くと決断した心の表れ。

「ですが……それでも私は貴方の傍にいたい。貴方を守りたい。貴方と共に生きたい。だから、どうか……こんな未熟な私を連れて行ってくださるのならば、私の全てを貰ってくださるのならば……貴方の、魂をください」

「……ああ、もちろん。今までも、これからも俺たちはずっと一緒だ」

 その場で片膝を付いて跪く桔梗の頭に手を乗せる。その刹那、俺たちの足元に幾何学な模様が無数に刻み込まれた魔法陣が展開された。突然の出来事に魔法陣の中にいる俺と桔梗はもちろん、霊夢たちも目を見開く。

「これ、は……」

「ッ! マスター、鎌が!」

 魔法陣を見下ろしていると桔梗が悲鳴のような声を上げる。即座に顔を上げ、先ほどまで地面に置いていたはずの鎌が宙に浮いていることに気付いた。紅い鎌はその場でクルクルと回転し、俺と桔梗の間――魔法陣の中央まで来ると柄を下にして地面に落ちる。だが、いつまで経っても倒れない。その姿は俺たちが動くのをジッと待っているようだった。そう言えばこいつも過去の俺(キョウ)とずっと一緒に戦ってくれた。だから、こいつ抜きで話を進めようとした俺たちを見て拗ねてしまったのだろう。ここから始めるのならば皆で最初の一歩を踏み出そう。そう、言ってくれたのだ。

「……桔梗」

「はい、マスター」

 俺と桔梗は過去の俺(キョウ)に合わせて作られた小さな鎌の柄を同時に掴んで持ち上げる。彼女はすぐに鎌から手を離して俺と視線を合わせられるように浮遊し、少しだけ後退した。

「俺はお前たちを受け入れる。だからお前たちも俺を受け入れろ」

 自然と口から漏れた言葉と共に紅い鎌を桔梗に向かって突き出し、それを桔梗が大きな口を開けて受け止める。そして、鎌を持つ俺と口で鎌を受け止めた桔梗、俺と桔梗の間を繋ぐ鎌が一つになった瞬間、魔法陣から漏れる光がより一層大きくなり、俺たちを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ななさんが桔梗に向かって紅い鎌を突き出した瞬間、魔法陣から眩い光が放たれ、思わず目を閉じてしまった。だが、その閃光も数秒ほどで収まり、目を庇っていた腕をゆっくりと退け、目の前に立つななさんの姿を見て声を失う。

 鋭く尖った指先とその右手に持つ紅い鎌。

 両手、両腕を守るようにそれらを覆う漆黒の装甲。

 腰には二丁の拳銃。

 足は分厚い白い装甲に包まれ、一歩踏み出せばその重さで地面が割れてしまいそうだった。

 また、彼女の背中には翼のようなものが生えている。

 鳥でもなく、蝙蝠でもない機械染みたそれは片翼に4つの筋のような部分――計8つの筋の先端は尖っていた。

 そして、胸には桔梗の花が彫られた装甲。

 むき出しになっているのは肩と首、頭ぐらいでその姿はロボットのパーツを無理矢理人間に取り付けたようにも見える。しかし、それでいて私は彼女の姿に見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『着装―桔梗―』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまさに彼女たちが共にいると望み、共に歩むと決めた覚悟の姿だったから。



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第405話 着装

「『着装―桔梗―』」

 俺たちを包んでいた光が消え、目を開けた俺は何も持っていない左手を見る。黒い装甲に覆われ、指先は鉤爪のように鋭かった。また、右手に持っている紅い鎌は普段俺が使っているものとほぼ同じ大きさになっている。

 今度は装甲が動きを阻害しないか腕を軽く動かす。ロボットのような装甲に覆われているが不思議とスムーズに腕を動かすことができた。腰に二丁の拳銃がホルスターに収められていたがこればっかりは今すぐに性能を確かめるわけにはいかないので放置。他の武器は念じれば出て来るようだ。

 次に脚部だが、両手や両腕の装甲とは違い、色は白く分厚かった。いや、脚部に“ホバー装置”があるせいで装甲が分厚く見えただけだ。さすがに空高く飛ぶことはできないが地面を滑るように移動できるのはありがたい。

 最後に背中の翼。吸血鬼の視線(彼女は俺の姿を俯瞰から見ることができる)をジャックして翼を見たがかなり歪な形をしていた。今まで様々な翼を見てきたがその全てと違う。特に特徴的なのは翼膜が一切なく、片翼に4つの筋――合計8つの筋が存在し、その先端が鋭く尖っている点である。俺自身、空を飛べるので翼膜はなくてもいいが少しだけ頼りなく見えた。だが、桔梗から聞いた話では『着装―桔梗―』の中で最も殲滅力の高い武器らしいので笠崎と対面した時に使ってみよう。

『調子はいかがですか?』

 耳に装着されていたインカムから桔梗の声が聞こえる。その声は少しばかり震えていた。この姿になってまだ一度も言葉を発していなかったので不安になってしまったようだ。

「ああ、大丈夫だ。実際に戦ってみないとわからないが俺たちが一緒になって戦うんだ。強いに決まってる。こいつもそう思ってるみたいだしな」

 桔梗の花が彫られた胸の装甲を撫でながら言った俺に賛同するように紅い鎌が震えた。この鎌は作られてから長い時が経っている。まぁ、人形を作っただけで桔梗のような完全自律型人形になってしまう俺の傍にいたのだ。付喪神にはなっていないようだが意志のようなものはすでに生まれているのかもしれない。

『……はい、そうですね!』

 俺と紅い鎌を見て彼女の不安もなくなったのか嬉しそうに頷いてくれた。しかし、そんな空気を壊すように笠崎が吹き飛ばされた方から轟音が響く。どうやら向こうの準備も終わったらしく、さっそく攻撃を仕掛けてきたようだ。

『9時の方向、砲弾来ます!』

 桔梗の声を聞いて9時の方向を見ると1発の砲弾がこちらに迫っていた。急いで霊夢たちの前に移動し、迫る砲弾に向かって手を伸ばし――。

「【盾】」

 ――俺たちを守るように白黒の巨大な盾を出現させ、砲弾を受け止める。砲弾が盾にぶつかった瞬間、左右に爆風が分散するように振動させた。しかし、砲弾は次から次へ飛んで来る。更に2枚の盾を追加し、自動で砲弾を防ぐように設定した。

『設定完了しました。飛んで来る砲撃の数からオーバーヒートを起こすまで計算。3分後にオーバーヒートが起きます』

「3分もあれば十分だ」

 盾越しに林の方を見ればいつの間にか要塞が建っていた。人より大きいロボットを小さな箱に変形させる技術を持っている。さすがにあの巨大な要塞を1つの小さな箱に変形するのは無理だと思うが、要塞を細かいパーツに分解して小さな箱に変形すれば不可能ではない。念のために霊夢たちの傍に白黒の盾を一つ設置しておき、要塞へ向かうために飛翔した。

「響!」

 だが、すぐに下から霊夢の悲鳴のような声が聞こえ、浮上を中止する。戸惑う霊奈の隣で彼女は不安そうに俺を見上げていた。2人の後ろにいる過去の俺(キョウ)を包んでいる翠炎の勢いは弱い。後数分と経たずに過去の俺(キョウ)は幻想郷で経験した全てを燃やし尽くされ、普通の人間に戻る。普通の子供に戻ってしまう。

「また……会える?」

「……会えるよ。きっと」

 霊夢の問いに俺は何の迷いもなく、頷いた。

 この世界が俺たちのいる世界軸と同じならば十数年後、俺は再び幻想郷の地を踏む。そして、博麗神社で彼女と再会し、様々な事件に巻き込まれ、かけがえのない仲間たちと一緒に未来に向かって歩みを進める。

 もちろん、良いことばかりではなかった。たくさん痛い思いもしたし、心が折れてしまったこともあった。

 

 

 

 

 

 

 ――大好きだよ!! キョウちゃん!

 ――これからも一生、一緒だよ!

 ――うん!

 

 

 

 

 

 

「だから、待っていてくれ。また会いに来るから」

 気付けば俺は霊夢にそう言っていた。どんなに辛くても、悲しくても、後悔しない。彼女たちと出会ったことをなかったことにしたくない。たとえ、“過去”のことを覚えていなくても俺たちが出会った事実(歴史)はなくならないのだから。

「……待ってる。ずっと、待ってるから……行ってらっしゃい」

「ああ、行って来る」

 先ほどの不安はどこかへ行ってしまったのか、霊夢は笑みを浮かべて手を振る。俺は巨大な要塞へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “響”は要塞へと飛び立った。どんどん遠ざかる彼の姿を忘れないようにしっかりと目に焼き付けていると不意に隣で私たちの会話を戸惑った様子で聞いていた霊奈が私の肩を叩く。

「霊夢、炎が……」

 彼女の言葉どおり、キョウを覆っていた翠色の炎はすっかり消えてしまっていた。つまり、今目の前にいるキョウはもう私たちのことを覚えていないのだ。髪は女の子のように長いままだが、体は少しだけ小さくなったようにも見える。

「これで、キョウは助かるんだよね?」

「ええ、彼の話が本当なら……」

「……ねぇ、ななさんってキョウなの?」

 ずっと聞きたかったのだろう。霊奈はおそるおそる私に問いかけてきた。断言できるほど証拠はないけれど、カサザキがキョウを『音無 響』と呼んでいたし、桔梗があそこまでななさんに懐いていた理由もキョウが響なら納得できる。それに――。

「ん? それ何? 写真?」

 懐から取り出した1枚の写真を霊奈が不思議そうに覗き込み、言葉を失った。これを見つけた日から皆に気付かれないようにこっそりお守り代わりに持っていたのだ。

「ねぇ、この写真に写ってるのって」

「……大丈夫。きっと会える。だって、私たちは“また”会えたんだもの」

 そう言いながら私は要塞から放たれる砲撃を次から次へ防ぐ響を見つめる。遠すぎて響が何をしているのかよくわからないが何度も空中で爆発が起きていた。時々、爆炎に紛れるように青い光線が響の周囲から放たれている。そんな彼の活躍を見て自然と笑みが零れた。

「ッ――」

 写真を懐に戻そうとした時、私たちに影がかかる。そして、振り返る暇もなく、私たちの意識は刈り取られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林で響が要塞を操る笠崎と戦っている時、境内に3人の子供が倒れていた。そんな3人を見下ろす1人の大人。その人は無言のまま、つい先ほどまで翠炎に身を焼かれていたキョウに近づき、彼のズボンのポケットに手を突っ込む。そして、二つ折りの携帯を取り出した。桔梗と部屋の掃除をしている時に見つけたものである。だが、笠崎と戦っている間に傷が付いてしまったのか深い切り傷が付いてしまっていた。

「……」

 その人はその傷を見て携帯を開き、ロックを外してきちんと動くか確認した後、懐に仕舞ってキョウを片腕だけで抱き上げてしまう。そのまま神社の方へ向かうがその途中、霊奈に重なるように倒れていた霊夢が何か持っていることに気付き、それを拾った。

「ふふっ」

 拾った写真を見て思わず微笑んでしまったその人は写真を霊夢に返した後、再び神社へ歩みを進める。微かな声で子守唄を歌いながら。










第14話、第158話、第208話参照。


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第406話 ビット

難産でした。


 俺の頭上で凄まじい爆音が轟く。しかし、爆発そのものは白黒の盾に阻まれ、俺に届くことはなかった。更に前から追加の砲弾が迫るが左翼を振動させて右にスライドすることで回避する。

『再計算。砲弾を回避することでオーバーヒートが起きる可能性がほぼ0%になりました。反撃可能です』

「ああ」

 桔梗の声に頷き、格納庫に意識を集中させて今は持っていても意味のない紅い鎌を収納する。そして、翼の8つの先端を本体から分離させ、尖っている方を前に向けて待機させた。

『魔力充電開始。充電完了まで残り30秒……そう言えば、この兵器はどのように呼びますか?』

「あー……とりあえず、【ビット】で」

『了解しました。【ビット】、充電完了。オートで砲弾を狙撃するように設定』

 桔梗が【ビット】の設定を終えた瞬間、8つの【ビット】からほぼ同時に青い光線が放たれ、砲弾を全て撃ち落としてしまう。これなら回避行動を取る必要もないので移動に集中することができそうだ。砲弾を次々に撃ち落としていく【ビット】を尻目に2枚の【盾】を格納庫に収納する。

 今までの桔梗であれば一つの武器にしか変形できず、別の武器に変形する際、ほんの一瞬だけ隙ができてしまった。しかし、『着装―桔梗―』の場合、武器の形状が今までのそれと変化しているのはもちろん、複数の武器を同時に展開できるのだ。

 だが、武器を展開すればするほど桔梗にかかる負担が大きくなり、オーバーヒートを起こしやすくなる。それに加え、攻撃もしくは武器の能力を使用すると以前と同様、桔梗は熱を持ってしまうのだ。『着装―桔梗―』を使う時は武器をどれだけ展開せずに戦うかが重要になる。

『着装―桔梗―』を発動して生まれた武器――【ビット】は2つのモードがあり、今のモードは8つの端末を同時に動かしているが青い光線を放つだけなのでほとんど熱は持たず、【盾】で砲弾を防ぐ方が熱量は大きくなる。その代わり、一度に充電できる魔力量は少ないため何度も魔力を充電しなければならない。その反面、もう1つのモードの場合、熱量が『着装―桔梗―』の中で最も大きくなるがその分、殲滅力が極大に増加するそうだ。

『マスター、あれを!』

 防御は【ビット】に任せ、格納庫にある武器の能力を確認していると桔梗が大声を上げる。前を見れば思いの外、要塞に近づいていたようで予想通り見上げるほど巨大な要塞だった。これだけ要塞に近いと【ビット】で砲弾を撃ち落とし切れないので2枚の【盾】を展開し、いつでも防御できるように準備する。

『……音無』

 しかし、不意に砲撃が止み、要塞から笠崎の声が響いた。彼の姿は見えないので要塞の中からマイクか何かを使って話しかけて来ているようだ。攻撃が止んだので【ビット】を待機させ魔力を充電する。

『ずっとお前の行動を監視して来たが……本当に恵まれた奴だ』

 俺の姿を見てため息交じりに呟く笠崎。適当な話をして【ビット】の充電時間を稼ごうと思っていたが向こうから気になる話をしてくれたのは好都合だ。時間稼ぎついでにできるだけ情報を聞き出そう。

「……いつからだ?」

『そりゃ、“最初”からだ』

 笠崎は高校三年生の時に俺の通う高校に転任して来た。もし、笠崎の言う通り当時から俺のことを監視していたとして一つだけ疑問に思うことがある。

「俺が幻想郷に行った(オカルトを知った)のは夏休み直前……それなのにお前たちはその前から俺に目を付けていたのか?」

『ああ、そうだ。最初から……お前が生まれる前からずっと組織はお前を警戒していた』

「そ、それは一体どういう意味ですか! あなたたちは未来を知っているとでも言いたいんですか!?」

 笠崎の言葉に桔梗が叫ぶ。先ほどまでは敵に俺たちの会話を聞かれないようにインカムを通して話していたがインカムを通さなければ他の人ともちゃんと会話出来るようだ。

『そのままの意味だ。音無、お前は俺たちの邪魔になる。だから、今ここで殺す必要があるんだよ』

「……」

 正直、笠崎の話はすぐに信じられるものではない。でも、仮に彼の話が真実であれば俺の能力を知っていたことや桔梗対策を数多く立てられたことも納得できる。

(なら……どうして笠崎はここまで追い詰められてるんだ?)

 未来を知っているのなら俺の弱点を突けば過去に逃げることにもならなかったはずだ。断片的な未来しか知らないのだろうか? しかし、それなら俺のことを知りすぎているようにも感じる。情報が偏りすぎていると言うべきか。

「どうして俺なんだ? 俺はお前たちの邪魔をする気なんて――」

『――お前は絶対俺たちの邪魔をする。だから、“ミカ”のためにも負けるわけには、いかねぇんだよッ!』

 笠崎の絶叫に応えるように再び要塞の至るところに設置された砲台が同時に火を吹く。それはまさに銃弾の雨――いや、壁と言っても過言ではなかった。咄嗟に【翼】を振動させ、急上昇して難を逃れるが、俺の後を追うように銃弾が迫って来る。先ほどまでの攻撃とは比べ物にならないほど激しい。【ビット】はもちろん3枚の【盾】を同時に展開してやっと直撃を免れている状況だ。このままでは桔梗がオーバーヒートを起こしてしまう。

「桔梗!」

『【ビット】回収します! 少しの間、耐えてください!』

 俺の周囲で待機していた【ビット】を急いで回収し、翼の先端と結合した。それと並行して全力で【翼】を駆使して後退しながら左手に【弓】を展開して魔力矢を番え、射る。放たれた魔力矢は暴風を起こしながら銃弾の壁と激突し、人一人通れるほどの穴を穿った。急いでその穴へ飛び込み、今度は3本の矢を同時に放つ。迫っていた砲弾を撃ち落とし、死角の銃弾は【盾】で防御。【ビット】の準備が終わるまで後30秒。でも、このままでは――。

「――だから言ったでしょう? 銃撃戦が貴方の専売特許だとは限らないのよ」

 そんな声と共に傍で銃声が轟き、大気が震える。そして、要塞のあちこちで爆発が起こり、いくつかの砲台が破壊された。いきなり砲台を破壊されたからか攻撃が止む。何かトラブルでも起きたのだろうか。

「吸血鬼……」

 その隙に隣を見れば抱えるほど大きな狙撃銃を持った吸血鬼がスコープを覗き込み、呼吸を整えていた。インカムから突然現れた吸血鬼に驚く桔梗が聞こえる。

「少しはマシになったと思ってたけどそうでもなかったみたいね」

 こちらに顔を向けずに少しばかり不機嫌そうに言う吸血鬼から目を逸らしてしまう。仲間を頼ることに慣れていないので助けて欲しい時、どう声をかけていいかわからないのだ。

「そんな難しく考える必要はないの。ただ『一緒に戦ってくれ』。それだけで十分」

「彼女の言う通りです。私たちはいつだってマスターの力になりたいと思っているんですから!」

「……ああ、気を付けるよ」

 吸血鬼と桔梗に頷いてみせた後、準備を終えた【ビット】を起動させる。8つの端末が俺の周囲に浮遊するが先ほどまでとは違い、【ビット】は目に見えないほど細いワイヤーで翼と繋がっていた。

『【ビット】、分離完了。オーバーヒートを起こしそうになったらお知らせします』

「了解。吸血鬼はそのまま砲台の破壊に徹底してくれ」

「ええ」

『調子に乗んじゃねええええ!』

 トラブルを解決させたのか要塞から笠崎の絶叫が響き、砲撃が再開される。その刹那、8つの【ビット】も銃弾の壁に青い光線を射出するが、撃ち落とせた銃弾は数えるほどしかなく、8つの小さな穴を開けることしかできなかった。あの穴を通ろうとすれば銃弾によって体はズタズタに引き裂かれてしまうだろう。

「すぅ……はぁ……」

 隣で狙撃銃のスコープを覗き込みながら吸血鬼は深呼吸を繰り返す。迫る壁など気にする様子もない。俺たちがどうにかすると信じているのだ。

「――」

 そして、8つの【ビット】が銃弾の壁に開いた穴を通り抜けた瞬間、狙撃銃の銃口から一発の弾丸が放たれた。



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第407話 殲滅モード

 【ビット】が青い光線を放ち、銃弾の壁に小さな穴を穿つ。その隙間を【ビット】が潜り抜けるとほぼ同時に隣にいる吸血鬼が持っている狙撃銃の銃口からマズルフラッシュが瞬いた。

 ――『ゾーン』。

 意識を集中させ、己の思考速度と認識能力を大幅に向上させる。銃弾の壁も、【ビット】も、吸血鬼が放った弾丸も、この世の全てがその動きを止めた。いや、止まったように見えるほど動きが遅くなったのだ。その証拠に今まさに吸血鬼の放った弾丸が最も俺たちに迫っていた銃弾を掠め、火花を散らせた。弾丸はそのまま軌道を変え、別の銃弾とぶつかる。おそらく吸血鬼は砲台を狙う“ついでに”銃弾の壁を解体しようとしたのだろう。弾丸はは少なくとも十数回ほど銃弾にぶつかって跳弾する軌道を描いている。

 しかし、たった十数回の跳弾で解体できるほど銃弾の壁は薄くない。なら、俺たちが吸血鬼の弾丸に当たる銃弾以外の全てを無効化すればいいだけだ。

 ――【ビット】、起動。

 横に、縦に、斜めに8つの【ビット】を動かす。すると、俺と【ビット】の間にあったいくつかの銃弾がその場で弾け飛んだ。それを尻目に再び【ビット】を操作。また銃弾が弾ける。それを何度も繰り返すと銃弾の壁にポッカリと大きなが穴が開き、俺たちはその穴を潜り抜けた。そして、最後の銃弾とぶつかり跳弾した弾丸が砲台の一つを木端微塵に砕く。

 とりあえず、銃弾の壁はやり過ごした。だが、まだ敵の攻撃は止んでいない。吸血鬼にはこのまま砲台の破壊に専念して貰い、俺たちは彼女の護衛に徹しよう。砲台がなくなればその分、こちらにチャンスが巡って来る可能性が高くなる。【ビット】を使えば強引に要塞に近づくことは出来ると思うが今の【ビット】を使い続ければほんの数分で桔梗はオーバーヒートを起こしてしまうので肝心な時に動けなくなるかもしれない。そのため、今は砲台の破壊を最優先にしてその時が来るのをジッと待つのが得策だろう。

『何なんだよ、それ……聞いてねぇぞ!』

 青い光線を放つ【ビット】が移動する度、俺たちと【ビット】の間を飛んでいた銃弾が弾け飛ぶ光景を見て笠崎が声を荒げる。それを聞いて俺は確信した。彼は『着装―桔梗―』の存在を知らない。もし、知っているのなら何か対策を練っているはずだ。少なくとも馬鹿みたいに銃弾をばら撒くような無駄なことはしないだろう。

 今の【ビット】は翼と肉眼では見えないほど細いワイヤーで繋がっている。そのワイヤーから常に魔力を【ビット】に供給し、充電せずに青い光線を撃ち続けることができる。しかし、それはそこまで重要な機能ではない。この【ビット】の最も特徴的な点は【ビット】と翼を繋いでいるワイヤーが“超高速振動”することである。更にワイヤー自体、よっぽどのことがない限り千切れないように加工してあるので【ビット】が動くとワイヤーも移動し、そのワイヤーが通り過ぎた場所はバターを切るように一刀両断されてしまう。銃弾の場合、ワイヤーの超高速振動に耐え切れずに内側から弾け飛ぶ。確かに殲滅モードの【ビット】は強力だが、8本のワイヤーを同時に超高速振動させるのでその分、熱量が大きくなる。たとえ、インパクトの時だけ振動させても桔梗はたった数分でオーバーヒートを起こしてしまう。だからこそ、殲滅モードの【ビット】はもしもの時にしか使えない切り札の一つだった。そして、今がその“もしもの時”である。

『マスター! オーバーヒートまで残り1分です!』

 インカムごしに聞こえた桔梗の声を聞き、右腕の装甲に視線を落とす。そこには黒かったはずの装甲が熱によって真っ赤になり、焦げ臭い匂いがした。おそらく腕の装甲だけでなく全身の装甲が赤熱しているのだろう。オーバーヒートすると桔梗は人形の姿になってしまうので仕方なく【ビット】を回収。幸い、吸血鬼が砲台を破壊してくれたおかげで先ほどよりも弾幕は薄くなっている。これなら【盾】でも完全とは言えないが防ぐことは可能だ。

『あ? まぁ、いいか。それなら今度はこっちの番だ!』

 2枚の【盾】を出現させるとほぼ同時に要塞から人型のロボットが何体も出て来た。ここに来る直前に戦ったあのロボットと同じ機体である。ただ両手に装備している武器が機体によって違った。そんなロボットが俺たちに向かって一斉に突っ込んで来る。軽く数えても二桁を越えていることは明らか。殲滅モードの【ビット】が使えたら適当に動かしてワイヤーで両断すればいいが今【ビット】を使うことはできない。だが、この数を相手にするとなると少々骨が折れる。ならば――。

「吸血鬼!」

 少し離れたところで狙撃銃を構えていた吸血鬼を呼び、右手を伸ばす。そんな俺を見て伝わったのか彼女も狙撃銃を手放し、俺に向かって右手を差し出した。

「「『魂共有』!」」

 俺と吸血鬼が声を揃えて叫ぶと俺たちの身体を青白い光が包む。そして、光が消えると()の前に()と同じ姿の吸血鬼()がいた。しかし、今回、1人の()は『着装―桔梗―』を身に付けているのですり替わりはできない。まぁ、すり替わりは敵を欺くためにしか使えないので笠崎が要塞の中にいる今、すり替わりをする必要はないだろう。

「「禁じ手『ファイブオブアカインド』」」

『くそ、またそれか! でも、本体は丸わかりだぞ!』

 10人に分身した俺たち(私たち)を見て悪態を吐いた笠崎だったがすぐに『着装―桔梗―』を身に纏った本物の()にロボットを向かわせる。確かに『着装―桔梗―』を装備している()は本物だ。しかし、『魂共有』状態の俺たち(私たち)()吸血鬼()という区別はない。()吸血鬼()であり、吸血鬼()()なのだ。

「「桔梗、笠崎がどこにいるかわかる?」」

 5人の分身が二桁を越えるロボットへ向かうのを見送りながら桔梗へ問いかける。『魂共有』は何かと吸血鬼()に負荷がかかるので出来るだけ早く済ませて負荷を軽く(部屋に入る期間をできるだけ少なく)したいのだ。

『え、あ、はい! 少しお待ちください。えっと【薬草】を応用して……できました!』

 ぶつぶつと呟きながら桔梗が新しい武器を創りだした。どうやら生物を感知できるレーダーらしい。使用するのは桔梗本人なので武器というより『着装―桔梗―』そのものに機能が追加された形になる。

『笠崎はどうやら要塞の中心部にいるようです。ですが、奴のことですからおそらく簡単には辿り着けないように罠を仕掛けていると思われます』

「「……関係ない」」

『へ?』

 桔梗の言う通り要塞の中に侵入できたとしても様々な兵器が()の前に立ち塞がるだろう。でも、それは馬鹿正直に真正面から突っ込んだ場合だ。

任せた(任せて)

 5人の分身のおかげでロボットは()を襲うことはなく、【ビット】によって赤熱した装甲もだいぶ冷めて来た。笠崎の居場所も把握できた。後は突撃するだけ。

 本体を含めた9人の()がこちらへ迫るロボットへ一斉に攻撃を仕掛ける。狙撃銃や神力で創造された白い武器、雷撃などを受けたロボットたちは次から次へと墜落していき、ロボットの海に僅かに隙間ができた。そこへ2枚の【盾】を割り込ませ、最高出力で振動することで隙間を更に広げ、両足に備わっているブースターを吹かして一気に加速。そのままロボットの海を突破した。

「このまま真っ直ぐ要塞に行くぞ」

『はい、マスター……え、吸血鬼さん? どっちですか?』

 『魂共有』の効果を知らない桔梗は困惑しているが今は説明している暇はないので放置し、要塞へと向かった。



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第408話 破城槌

『マスター、要塞からロボットが追加で出現しました』

 ロボットの海を『魂共有』と【盾】を駆使して何とか突破した()たちだったがすぐに追加のロボットが進路を塞ぐ。さっきに比べればその数は少ないが無理矢理突破するのは少々骨が折れそうだ。しかし、それは()が独りだった場合の話。今は仲間(私たち)がいる。

砲撃開始(ファイア)

 そんな声が脳裏に過ぎり目の前にいたロボットたちは背後から飛んで来た砲撃によって破壊された。現在のグラウンドで()がやったように分身の1人に砲撃を徹底させたのである。そうすることによって()の援護はもちろん隙があれば要塞の砲台を破壊することも可能だ。とにかく今は俺が(響を)要塞に辿りつく(つかせる)ことが目的である。()さえ要塞に辿り着けばこの戦いは終わるのだ。

「今の内に!」

 そう叫んだ“俺”は翼を大きく広げた後、最大出力で翼を振動させ、トップスピードで要塞へ向かう。もちろんそれを見て笠崎が黙っているわけもなく、残った砲台が一斉に火を吹いた。だが、吸血鬼が狙撃銃で砲台を破壊してくれたおかげで弾幕はそこまで厚くない。破壊した個数を考えればもう少し薄くてもよさそうだが今はそんなことを気にしている時ではない。新たに【盾】を出現させ、計3枚の【盾】を操って砲撃を防ぐ。

『させるかよっ!』

 要塞まで後少しというところで要塞から笠崎の切羽詰ったような絶叫が響き、要塞の壁の一部がシャッターを下ろすように穴が開き、そこからいくつかの巨大な大砲が顔を覗かせた。そして、その大砲からも砲撃が飛んで来る。大砲だけではない。要塞の至るところからウサギ型やトビウオ型のミサイル、紅いレーザーが俺たちを襲う。さすがに危機感を覚えたようだ。迫る大砲の弾を格納庫から取り出した紅い鎌で一刀両断し、両断された弾を蹴飛ばして難を逃れる。

『マスター、ウサギが迫って来ます! 気を付けて――!』

『――構わず進め。こっちは我が受け持とう』

 桔梗が声を荒げて忠告するが言い終わる前にこちらに迫っていたウサギ型のミサイルは白い箱に包まれ、それを見た()は思わずその場で停止した。そのまま白い箱を観察しているとそれはすぐに収縮し始め、ウサギ型のミサイルは白い箱の中で大爆発を起こす。チラリと振り返れば知らぬ間に『魂同調』していたようで紅い髪になった()がこちらに右手を伸ばして笑っていた。ウサギ型のミサイルは速度は遅いが高い追尾性能と驚異的な威力を誇る爆発が厄介な兵器だった。そこでトールは密閉された白い箱に閉じ込め、その中で爆発されることで連鎖爆破を防ぎつつミサイルを処理したのである。

『じゃあ、こっちは私がやっちゃうよー!』

 そんな可愛らしい声が脳裏に響くと別の方向から飛んで来ていたトビウオ型のミサイルがバキリと真ん中から折れ、そのまま落ちていく。闇と『魂同調』した()がニコニコ笑いながらバカスカと重力の塊をトビウオ型のミサイルに向かって投げたのだ。

 可能であれば吸血鬼()にかかる負担を軽くしたかったが想像以上の激しい攻撃にやむを得ず『魂同調』を使った。見れば猫と『魂同調』した()も空中を素早く移動して紅いレーザーを誘導し、こちらに攻撃させないようにしていた。他の分身たちも各々ロボットや砲撃、砲台そのものを攻撃して進路を確保してくれている。後は俺たちの仕事だ。

「行くぞ、桔梗」

「はい、マスター」

 短く会話を交わした後、再び翼を大きく広げ振動を開始。だが、今度は翼を振動させると同時に脚部のホバー装置をジェット噴射ができるように変形(改良)し、点火した。翼の振動と脚部のジェットにより凄まじい速度で要塞へ迫る俺たち。もはや笠崎が用意した兵器では()たちを止めることはできない。止めることなど仲間たち(私たち)が許さない。仲間たち(私たち)が頑張ってくれているから俺たちは止まるわけにはいかない。

「【拳】!」

 右手に持っていた紅い鎌を格納庫へ押し込み、新たな武器を右手に装着する。それは全長2メートルを優に超える巨大な鋼の拳だった。限界まで右腕を引き、タイミングを見計らって要塞の壁に向かって鋼の拳を振るう。壁と拳が激突した瞬間、凄まじい轟音と火花が飛び散った。

「ぐっ」

 巨大な鋼の拳を受け止めた要塞の壁は想像を絶するほど硬い。ただ殴りつけただけなのに反動で体がバラバラになりそうになった。凄まじい速度で突っ込んだ体を一瞬にして速度を0にされたのだ。『着装―桔梗―』を身に付けているので体にかかる負荷を多少だが軽減できたがそれでも思わず顔を歪めてしまうほどの反動だったのである。だが、どんなに硬い物質でも必ず限界は存在する。

「い、っけええええええええ!」

 巨大な拳の手首に該当する部分に無数にあったハッチが開き、ジェットが火を吹いた。翼、脚部、拳の推進力によりジリジリと俺たちの体は前に進み始める。

緊急事態発生(エマージェンシー)! 緊急事態発生(エマージェンシー)! オーバーヒート発生まで残り20秒!』

「20秒、もあれば!!」

 そう叫びながら赤熱する右腕に更に力を加えた。そして、とうとう要塞の壁は限界を迎え、鋼の拳が壁を貫く。すぐに振動とジェットを停止させ、巨大な鋼の拳を格納庫へ収納し、紅い鎌を取り出しながら要塞の中を観察する。普通の廊下に見えるが何故か地面に線路が敷いてあった。それを見て首を傾げていると1台のトロッコが俺たちの前を通り過ぎる。そのトロッコには子供と同じくらいの大きさのロボットが乗っており、ロボットの後ろにはボロボロになった砲台が積まれていた。どうやら、砲台を破壊されても自動的に修復できるようにしていたらしい。なるほど、あれだけ吸血鬼が砲台を破壊したのに弾幕が薄くならなかったのはこれが原因か。

『っ! マスター、急いでください! カサザキが動き出しました!』

 【薬草】で生体反応を調べたのか桔梗は焦ったように言った。しかし、『着装―桔梗―』はまだ冷却を終えていない。何よりこんな狭い廊下では巨大な鋼の拳を満足に振るうことはできないだろう。すぐに格納庫にあった博麗のお札を1枚だけ取り出し、霊力を込めて廊下の壁に向かって投げてみる。壁に当たったお札は爆発を起こし、壁を少しだけ傷つけた。要塞の壁にオカルトは通じる。それなら――。

「回界『五芒星円転結界』」

 格納庫から取り出した博麗のお札を宙へ放り、『回界』を4枚ほど作り、廊下の壁を切断した。これなら笠崎のところへ真っ直ぐ進むことができる。

「笠崎の居場所は?」

『このまま真っ直ぐ進んだところにいます。ですが、左の方へ移動していますので』

「ああ、左斜めに進めばいいんだろ?」

 『回界』を操作して要塞の壁を解体し、笠崎の元へ急ぐ。しかし、これだけ大きな要塞だ。直線に進んでいるとはいえ、笠崎のところへ辿り着くまでそれなりに時間がかかってしまう。

(それに……)

 嫌な予感がする。急がなければならないと俺の“勘”が叫んでいる。何が起こるかわからない。でも、悠長に進んでいれば取り返しのつかないことになるということだけは何となくわかっていた。

「ッ!?」

 そして、その答えは突然、俺の目の前に浮かんで来た。それはまるで蛍のようにユラユラと揺れながら上へ登り、やがてフッと消えていく。色は白い。俺は何度もこの光景を見て来た。何度も見せられていた。そう、これは“時空跳躍”の兆候だ。



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第409話 白い景色の中で

 『時空を飛び越える程度の能力』。過去の俺(キョウ)が幻想郷に迷い込んでからその効果を発揮し始めた能力でその名の通り、過去や未来に移動する力である。しかし、過去の俺(キョウ)はそれをコントロールすることができず能力が勝手に発動してしまい、過去や未来へ移動していた。その現象はあまりに唐突であり、移動できるのは過去の俺(キョウ)と彼に触れている物だけなので自由に動ける桔梗や普段はどこかに置いてある紅い鎌を置いて行かないように気を付けていた。能力の発動する時は必ず過去の俺(キョウ)の体から白い球体が空へ昇り、時間が経つにつれてその数を増やし、最終的に視界全てが白に染まる。

 それから時は経ち、俺の苗字が『時任』から『雷雨』、『音無』へと変わった。俺が人間の時の能力は名前に因んだものになるので能力も『時空を飛び越える程度の能力』から『雷や水を操る程度の能力』、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』へと変化し、『ネクロファンタジア』を聴いて再び幻想郷へ迷い込んだ。すでに一度、過去の俺(キョウ)が幻想郷を訪れていたと知らずに。

 そして、数か月前、幻想郷に迷い込んでいた母さんとリョウが結婚(幻想郷なので婚姻届という概念がない上、2人とも人里から離れた場所で暮らしていたため事実婚だが)し、俺の苗字が再び『時任』へ戻り、人間時の能力も『時空を飛び越える程度の能力』になった。能力が変化したせいで俺の体は不調を起こしたが霊夢たちに『幻想曲を響かせし者』という二つ名を貰い、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を取り戻して事なきを得た。

 しかし、人間時の能力である『時空を飛び越える程度の能力』は健在であり、何度か試しに使ってみたがコントロールが想像を絶するほど難しく、無理矢理使ってみたところ俺の上半身と下半身がお別れしてしまった。翠炎のおかげで何とか生きているが(一回死んで蘇生した)すぐに使いこなすのは不可能だと判断して今まで放置していた。

(それがどうして今になって!?)

 視界を滑るように登って行く白い球体を見ながら心の中で悪態を吐く。まだ白い球体の数は少ないが数分と経たないうちに俺は時空を移動してしまうだろう。コントロールもできないので行先は不明。

「……そういうことか」

 おそらく、行き先は現在だ。過去(ここ)に来られたこと自体、奇跡に近いのだ。いわば俺はこの世界にとってイレギュラーな存在。世界は元の正しい形へ戻るためにイレギュラー()排除しよう(元の世界へ戻そう)としているのである。それは別に構わない。むしろ、現在に戻れるのならありがたい話だ。

 しかし、笠崎を放っておくわけにはいかない。あいつだけはどうにかしなければまた事件を起こすに決まっている。それに――。

「桔梗」

『え、あ、はい?』

 この状況で話しかけられるとは思わなかったのか返事をした彼女の声は困惑に満ちていた。時空を移動する前に笠崎を何とかしなければならないのも俺の本心だ。しかし、それ以上に確かめなければならないことがあった。

「時空跳躍の兆しが出てる」

『え!? このタイミングでですか!?』

 彼女の悲鳴のような声は『回界』が破壊した瓦礫の崩壊する音に掻き消される。インカムがなければ聞こえなかっただろう。会話に集中したいので『回界』を自動的に壁を両断するように設定して立ち止まる。

『マスター? 時空跳躍の兆しが出ているのであれば急ぐ必要が……』

「その前に……本当にいいんだな? すぐに俺から離れればこの時代に残ることも――」

『――それ以上は言わないでください』

 インカムを装着していた右耳に桔梗の低い声が滑り込んで来た。初めて聞く声音に体を硬直させてしまう。

『言いましたよね? 責任を取ってくださいって。ちゃんと私を連れて行ってくださいって。貴方が言ったんですよ。受け入れるから受け入れてくれって。その問いに私と紅い鎌(あの子)は頷いたんです。それなのに……その確認はないと思います』

 先ほどの低い声とは打って変わり、寂しげに呟く桔梗。

 俺は最近まで桔梗の存在を忘れていた。そして、夢で過去の記憶を見て彼女の存在を思い出した。それと同時にすでに別れていることも。

 桔梗を思い出した後、夢=過去の記憶なのか疑ったことがある。彼女はよほどのことがない限り、俺の傍を離れるとは考えられなかったから。だが、つい先ほど彼女は彼の未来を想い、別れることを決意した。

 きっと俺は怖かったのだ、俺のためならば俺の傍を簡単に離れられる彼女のその忠誠心が。自分の存在が俺にとって害になると判断したら桔梗は俺の傍を離れてしまう。だからこそ、質問した。心のどこかで今のうちに別れておいた方がいいのでは、と。俺にとっても、彼女にとってもその方がいいのではないか、と。ただ俺は再び彼女を失うことを恐れているだけなのだ。

『それに! もし、貴方が私たちを連れて行かなくても勝手について行っちゃいます! 押しかけ女房ならぬ押しかけ従者です!』

 『随分臆病になってしまったんですね』とため息交じりに呟く桔梗の様子に思わず口元が緩んでしまう。顔を上げれば白い球体がいくつも空へ昇り、幻想的な景色を作りだしていた。

「……ああ、そうだな。もう聞かない。早く笠崎をどうにかして現在に戻ろう。お前のこと、皆に紹介したいしさ」

『皆? も、もしかしてマスターのご家族の方ですか!? ど、どうしましょう! なんてご挨拶すれば!?』

「はは、じゃあ、帰るまでに挨拶の言葉でも考えてろよ。その間に決着を付けてやる」

 白い球体も増えて来たので急いで笠崎のところへ向かうとしよう。短い時間だったが会話したおかげで『着装―桔梗―』の熱はある程度冷めているので翼を広げ、脚部のブースターに火を灯し、『回界』が作ってくれた道を飛んでいるとすぐに『回界』に追い付いた。どうやら、あの壁は他の場所よりも厚いようで両断するのに時間がかかっているようだった。

『マスター、この先にカサザキがいます!』

 白い球体のせいで視界が不鮮明だがそんなことを気にしている暇はない。桔梗の言葉を聞き、博麗のお札を投げて更に4枚の『回界』を作る。そして、計8枚の『回界』で手古摺っていた最後の壁を切断し、大きな広間に入るとそこには今まさにタイムマシンに乗り込んだ笠崎の姿が見えた。

「逃がすか!」

 オーバーヒートを起こす勢いで翼を振動させ、一気に加速した俺は飛びながら紅い鎌を構える。皮肉にも今の状況は過去(ここ)に来る前と全く同じだった。目の前はもうほとんど白い光でいっぱいになり、目を開けていられないほど眩しい。時空跳躍が起きるまで残り数秒といったところか。

(でも、この一撃だけは……絶対に!)

 タイムトラベルする兆候なのか消えかかっているタイムマシンに向かって鎌を横薙ぎに振るうと同時に体全体が何かに引っ張られ、俺たちは世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、助かった。何かあったらまた連絡してくれ」

 無茶なお願いにも関わらず何の躊躇いもなく承諾してくれたことに感謝しながら電話を切り、そっとため息を吐く。空を見上げればそこには綺麗な星空が広がっていた。

「会長、ちょっと相談がー……」

「はいはい、今行きますよーっと」

 数枚の書類を持った幹事さんが少しばかり申し訳なさそうにしているのを見て苦笑を浮かべながら携帯をズボンのポケットに仕舞う。彼女は優秀な人だが、それは“大学生にしては”と頭に付く。彼女が持っている書類は大学生が片づけるような仕事ではないのでわからない点も多いはずだ。しかし、今は人手が足りない。それこそ猫の手も借りたいほどだ。

「――ってな感じで」

「うーん? まぁ、やってみる」

 首を傾げながらも何とか理解出来たようで幹事さんは近くにいたファンクラブメンバーを呼んで学校に向かった。先生たちに頼んで一時的にいくつかの教室を借りて事後処理を行っているのである。

「オーライ、オーライ……はい、オッケー。じゃあ、くっつけるから離れて」

 そんな声が聞こえ、そちらを見ると竜の姿になっている弥生ちゃんが持っていた巨大な岩をグラウンドに開いた穴の中に置き、それを肉球ハンドと虎耳、尻尾を付けたリーマちゃんが能力を使って岩と穴を1つに繋ぐ。その後、オレンジ色のニワトリの着ぐるみを着た(実際には素肌らしい)雅ちゃんが炎を使って赤熱するまで熱し、霙ちゃんが水を放って冷やしていた。音無響公式ファンクラブメンバーは彼女たちが他の人とはちょっと違うことをある程度ではあるが知っているので騒ぎにならないが何も知らない人がこの光景を見れば目を丸くするだろう。

「……なぁ」

「へ?」

 今のところ早急に済ませなければならない仕事はないのでグラウンドの修復作業を観察しているといつの間にか俺の隣にリョウが立っていることに気付く。彼女は腕を組んで仕事をしている響の式神たちを見て訝しげな表情を浮かべていた。

「どうして、お前らはそんなに平気そうなんだ?」

「平気って……今、すごく眠いけど」

 事件に巻き込まれた上、時刻もそろそろ日付が変わりそうになっている。何とかお客さんたちは無事に家に帰すことはできたが片づけなければならない案件はいくつも残っているのだ。

 だが、俺の答えは彼女の望んでいたものとは違ったらしく呆れた目で俺を見上げた後、ため息を吐いた。

「違う。あいつのことが心配じゃないのかって聞いてんだよ」

「あー……」

 俺たちの危機に駆けつけてくれた響は笠崎が起動した機械に巻き込まれ、俺たちの目の前で姿を消してしまった。もちろん、消えてしまった直後は混乱したし、今も心配している。ただ――。

「――まぁ、響のことだから大丈夫でしょ」

「……信頼されてるんだな」

「これまでも色々あったみたいだからなー。特にあの子たちはずっと傍にいた俺以上に響を信じているんだと思う」

 その証拠に響が消えたせいで泣き出してしまったら奏楽ちゃんも今では静さんの腕の中ですやすやと眠っている。むしろ、静さんの方がそわそわしていた。

「……まぁ、いい。少し寝るからあいつが帰って来たら起こせ」

 そう言ってリョウは俺の影の中へ溶けるように消えた。何だかんだ言って彼女も響が帰って来ると信じているのだろう。好きな子に素直になれない子を見ているようで微笑ましく感じた。中身は男だけど

「あれ……なんだろ、これ?」

 その時、グラウンドの修復作業を進めていた雅ちゃんが首を傾げながらぽてぽてと移動し、何もない場所で立ち止まった。いや、よく観察すれば雅ちゃんの目の前の空間が少しだけ歪んでいた。その歪みは少しずつだが確実に広がっている。さすがに警戒せずに近づくのは危険だと判断して雅ちゃんに離れるように声をかけようとしたがその前に空間の歪みが一気に広がり、そこから何かが飛び出した。

「むぎゅっ」

 その何かとぶつかった雅ちゃんはゴロゴロと地面を転がり、砂塵が舞って彼女の姿が見えなくなってしまう。俺はもちろん他の作業をしていた子たちも騒ぎに気付いて雅ちゃんの元へ駆け寄る。俺たちが駆け寄った頃には舞っていた砂塵も風に運ばれ、雅ちゃんの姿が見えるようになっていた。

「いてて……大丈夫か、桔梗」

「は、はい……何とか。マスターは?」

「こっちも大丈夫だ」

 そこには地面に倒れる雅ちゃんを座布団のように尻に敷いている響が見覚えのない人形とお互いの無事を確認し合っていた。そして、やっと俺たちに気付いたのか響は気まずげに頬を掻き――。

「……ただいま」

 ――何かをやり遂げたような笑顔を浮かべてそう言った。



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第410話 終結

 例の白い空間を進んでいると不意に視界が開け、何かに激突した。『魂共有』が解除されたばかりで上手く動けずゴロゴロと無様に転がり続け、少しばかり気持ち悪くなったところでやっと止まった。転がった拍子に舞った砂塵が気管に入り、ゴホゴホと咳き込んでしまう。

「いてて……大丈夫か、桔梗」

 砂塵が風に運ばれた頃になって身に纏っていたはずの『着装―桔梗―』がないことに気付き、相棒の安否を確認する。魔力の繋がりを辿ることができればすぐにわかるのだが、吸血鬼は『魂共有』のせいで部屋に閉じ込められているので魔力に関する力を使えないのだ。

「は、はい……何とか。マスターは?」

 そんなか細い声が下から聞こえる。どうやら、『着装―桔梗―』が解除された瞬間、咄嗟に俺の胸に掴まったらしく問われた彼女は俺を心配しているのか不安そうにこちらを見上げていた。

「こっちも大丈夫だ」

 とりあえず桔梗が無事だったことに安堵する。問題は俺たちがいる場所が一体“いつ”の“どこ”か、だ。そう思いながら周囲を見渡し、すぐに俺たちを取り囲むように悟、霙、リーマ、弥生、霊奈、寝ている奏楽を抱っこしている母さんが立っていたことに気付き、少しだけ気まずくなってしまう。この時代でどれだけ時間が経っているかわからないが少なくとも彼らは俺が目の前で消えるところを見ているはずである。更に行方不明だった奴が小さな人形を連れて帰って来ただけでなく、自分たちを無視してお互いの無事を確認し合っているところを見せ付けられたのだ。文句を言われても仕方ないだろう。

 だが、その反面、無事に戻って来られたのだとわかり、自然と頬が緩んでしまった。長かった一日(過去に行って記憶を失い、ななとして1か月ほど生きていたが)がようやく終わったのだと、俺を含めた全員が無事に再会できたのだと、誰に言われずとも理解した。だから――。

「……ただいま」

 ――胸を張って笑うことができた。そんな俺につられたのか他の皆の呆れたように苦笑を浮かべ始める。

「んぅ?」

 その時、俺の気配を感じ取ったのか母さんの腕の中で寝ていた奏楽が目を覚まし、俺を視界に捉えてにへらと笑った。まだ寝惚けているようだ。

「あー……おにーちゃんだ」

「ただいま、奏楽。ほら、まだ朝じゃないからもう少しだけ寝てなさい」

「うん……わかった」

 俺の声を聞いて安心したのか彼女は安心したように再び眠りについた。空を見上げれば綺麗な星空が広がっている。過去に飛ばされたのは夕方頃だったのでななとして1か月ほど過去で過ごしたが現在(こちら)ではまだ数時間ほどしか経っていないらしい。

「お兄ちゃん!」

 そんな絶叫がグラウンドに木霊する。校舎の方を見れば望が全力疾走でこちらに向かっていた。その後ろからドグが欠伸をしながら歩いている。他の皆はグラウンドで作業していたようだが、彼女とドグは校舎の中で動いていたらしい。

「よかった。無事だったんだね」

「ああ、怪我もないぞ」

「うん……うん!」

 右肩を回して元気だとアピールするとそれが可笑しかったのか望は笑いながら目元と指で拭う。よく見ればすやすやと眠っている奏楽も少しだけ目が紅く腫れていた。少し前まで泣いていたのかもしれない。もう傷つけないと決意しても結局、彼女たちを泣かせてしまった。それに気付いて情けなくなってしまう。もっと俺に力があれば、と悔やんでしまう。

「……あれ、雅は?」

 式神3人はここにいるのに雅だけいないのはおかしい。それに彼女との繋がりを辿れば近くにいることもわかっている。だが、周囲を見渡しても彼女の姿を見つけることはできなかった。

「下だよ、下」

「下?」

 ちょんちょんと俺が座っている地面を指さす悟。何だろうと下を見れば俺はオレンジ色の座布団に座っていた。しかし、座布団にしては異常にモコモコしている。羽毛布団の上に座っているみたいだ。自然と手が伸びてオレンジ色の座布団を一撫でする。

「んっ」

 すると座布団がビクッと震えた。そして、バタバタと暴れ出す。その度にオレンジ色の羽毛が舞い散り、風に流されオレンジ色の粒子に変わって消えていった。そっと立ち上がって座布団から距離を取る。

「ぷはっ……はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」

 すぐに座布団()が顔を上げて四つん這いの状態で息を荒くしていた。グラウンドに小さなくぼみが出来ているので顔を地面に押しつけられて息が出来なかったのかもしれない。

「あなたはいつもいつもいつも! わざとなの!? ねぇ、わざとなの!?」

 しばらくその状態のまま、息を整えていた彼女だったがおもむろに立ち上がって文句を言いながら早歩きで向かって来る。今回に限って言えば決してわざとではないがそう言っても簡単に納得してくれなさそうだ。さて、どうするか。

「マスター!」

 雅の手が俺に届きそうになったところで俺と雅の間に割って入った小さな影――桔梗が【盾】に変形した。いきなり目の前に白黒のタワーシールドが出現したので桔梗【盾】の向こうで雅が息を呑んだ。だが、咄嗟に止まれなかったのか雅が桔梗【盾】に軽くぶつかり――ドン、と衝撃波が発生した。

「きゃああああああああああああ!」

 桔梗【盾】の横から顔を出すと衝撃波をまともに受けた雅は悲鳴を上げながら凄まじい勢いで吹き飛ばされた。彼女の軌道を描くようにオレンジ色の羽が散り、粒子となって消えていく姿はまるでオレンジ色の彗星のようだった。

 しかし、滑空時間は短く地面を何度もバウンドしてゴロゴロと転がり続ける。その拍子に砂塵が舞い、彼女の姿は見えなくなってしまった。

「ふぅ……危ないところでしたね、マスター。まさか家族との感動の再会の最中にニワトリの妖怪に襲われるとは思いませんでした。ですが、私がいる限り、お疲れのマスターの手を煩わせることはありませんよ!」

 桔梗【盾】から人形の姿に戻った桔梗は一仕事を終え、やり切った表情を浮かべながら胸を張っている。その頃には砂塵も晴れ、地面で倒れている一羽のニワトリの姿も見えるようになっていた。いつまで経っても起き上がる様子はない。とりあえず、放置しておこう。桔梗の登場に他の皆も驚いているようだし、早く紹介しよう。新しい家族のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません! 本当にすみません! ああ、マスターの式神……しかも、初めての式神である雅さんに私、なんてことを!」

「い、いいって……響を守ろうとしたんでしょ? その気持ちだけで嬉しいから」

 自己紹介を終え、雅が俺の式神であることが判明した桔梗はサーッと顔を青ざめさせて地面で転がっていた雅の元へ文字通り飛んで行ってひたすら謝り倒していた。そんな彼女の様子に若干引きながらも雅は謝罪を受けて入れている。

「何だか面白い子だな」

「ああ……気合いが空回りする子なんだよ」

 そんな2人を俺の隣で見て笑っていた悟にため息交じりに言う。他の皆は俺の無事を確認できたので再び自分の持ち場に戻って行った。ここにいるのは今すぐに終わらせる仕事がない悟と寝ている奏楽を抱っこしている母さんだけだった。

「また女の子が増えたねぇ……ハーレム?」

「ちげーよ」

「そんなこと言って本当――痛いッ!」

 ニヤニヤと笑いながらすり寄って来る母さんの頭に拳骨を落としてため息を吐く。すっかり仲良くなったのか桔梗と雅は他の式神3人と合流して笑顔で話しながらグラウンドの修復作業を進めていた。

「おい」

「なんだ?」

 悟の影からリョウの声が聞こえ、そちらを見ずに答える。姿が見えないので誰かの影に潜り込んでいると思っていたが悟の影だったらしい。

首謀者(あいつ)はどうなった?」

「……わからない」

 白い空間に飛ばされる直前、俺が振るった鎌は確かに笠崎の体――というよりタイムマシンを捉えた。だが、その後どうなったのか俺にはわからない。だが、向こうも無傷と魔ではいかないはずだ。タイムマシンは鎌の一撃を受け、半壊したところまで覚えている。あんな状態でまともにタイムトラベルできるとは考えにくい。

「一先ずこの事件は解決、ということか」

「ああ、笠崎が帰って来てまた襲って来るかもしれないが……あいつはそこまで強くない。オカルトはほとんど通用しないけど」

 そこで言葉を区切ってグラウンドに視線を向けると右手を巨大化させ、地面を何度も叩いて均している桔梗を雅たちは呆然とした様子で眺めていた。そんな彼女たちを見て笑みを浮かべる。

「相棒がいれば大丈夫だろ」

 俺と桔梗が過ごした時間は決して長くはない。1年にも満たないだろう。だが、それでも彼女は俺にとって“初めての家族”なのだ。たった独りで過ごしていた俺の傍にいてくれた初めての存在なのだ。信頼していないわけがない。

「……ふん、そうか」

 俺の解答に満足したのかリョウは悟の影から母さんの影に移動して姿を消した。心配してくれたのだろうか。

「それじゃ私もそろそろ向こうに行くかなー」

 自分の影を見て笑っていた母さんだったが悟に眠っている奏楽を預けて校舎の方へ歩き出した。校舎で仕事をしているのは望とドグ、柊たちだ。きっと、望の応援に行くのだろう。

「マスター!」

 母さんの背中を見送っていると桔梗の声が聞こえた。巨大な右手を振って笑っている。俺の仲間と仲良くなれたことが嬉しいのだろう。

「ちょ、桔梗危なっ――ガハッ」

「あ、す、すみません! 大丈夫ですか!?」

「鼻血! 雅さん、鼻血出てます!」

「何やってんの。作業進まないじゃない」

「あはは……」

 桔梗を止めようと近づいた雅の顔面に右手が直撃し、桔梗と霙が慌てて駆け寄り、そんな3人を呆れた様子で見るリーマと弥生。しかし、すぐに雅たちの元へ向かい、わいわいと騒ぎ始める。

「ふふっ……」

 そんな皆の様子に引っ張られたのか悟の胸で眠る奏楽が小さく笑みを零した。



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第411話 晴れのち曇り

「くぁ……あー、ねみぃ」

 俺の隣を歩いていた悟が大きな欠伸をした後、心底疲れた顔で呟いた。そんな彼の肩を霊奈が同情したような表情を浮かべながらポンポンと叩く。

 あの事件から数日が経ち、俺たちは普段の生活に戻った。悟が色々な場所に根回ししてくれたおかげでそこまで大きな騒ぎにならず、事件の翌日の新聞にも『O&K、VRゲームを開発。しかし、テストプレイの際に不具合発生』と大きく掲載されていた。文化祭に来ていたお客さんたちがパニックを起こして怪我人が出ないように咄嗟に『O&Kで開発したVRゲームの不具合』と説明したのであの事件の原因はO&Kにあると世間に広まってしまったのである。

 そのせいで右肩上がりだったO&Kの評価が下がってしまったが、その反面、O&Kが開発したVRゲームについてネットで話題になっているようで問い合わせの電話が鳴り止まないらしい。もちろん、O&KでVRゲームの開発は行われていないのだが、このまま放置すれば更に評価が下がってしまいかねないので大急ぎでVRゲームの開発を進めている。そのため、悟はここのところずっと働き詰めなのだ。

「しゃちょー! ゲーム楽しみにしてまーす!」

「あはは……どうもー」

 お昼ご飯を食べるために食堂に向かっている途中ですれ違った後輩らしき女の子に応援された悟は苦笑を浮かべながら軽く手を挙げる。悟がO&Kの社長であることはすでに大きく広まっているため、ここ数日は俺だけじゃなく、悟にも声をかける人が増えた。

「はぁ……どうすっかなぁ」

「ゲームのこと? そんなに難しいの?」

「いや、別にVRの技術はそれなりに進められてるし、開発自体もさほど難しくはないんだけど……めっちゃ期待されてんだよ」

 霊奈の質問に肩を落として答える悟。昨日の夜に少しだけO&Kが開発するVRゲームについて語る掲示板を覗いてみたが期待している声が多かった。どうやら、あの事件の被害者の1人が『まるで現実世界にいるようだった』とか『魔法とか使っていた』などと書き込んでしまったらしい。今までO&Kが開発してきた製品の質が高かったこともあって『O&Kが開発したVRゲームだからきっと』というように期待されてしまったのだ。

「……マスター、そろそろいいでしょうか」

 その時、俺の右手首から小さな声が聞こえた。腕輪に変形してついてきた桔梗である。最初の出会いこそ雅と一悶着あったものの桔梗が増えた生活は今まで以上に賑やかなものになっていた。特に奏楽は言葉を話す人形(桔梗)を見て大喜びしてよく彼女を抱っこしている。桔梗も満更ではないようで出かける時は今のように俺についてくるが家では奏楽と行動することが多い。

「桔梗、あまり話さないでってお願いしただろ?」

「わかっています。わかってはいるんですが――」

「響様ー! こんにちはー!」

「ああ、こんにちは」

「――何故、皆さん、マスターにメロメロなんですか!?」

 声をかけてくれた学生に手を振って応え、嬉しそうに去っていくのを見送ると桔梗が大声で叫んだ。咄嗟に左手で腕輪を押さえ、周囲に聞こえないようにしたが何人かはこちらを振り返っていた。誤魔化すように会釈してそそくさとその場から移動する。

「す、すみません……ですが、マスターの人気っぷりに思わず」

「気持ちはわかるぞ、桔梗ちゃん。もう慣れたけど」

「響の人気はすごいもんね……もう慣れちゃったけど」

 桔梗の言葉に悟と霊奈はうんうんと頷いていた。小さい頃から一緒にいた悟はともかく大学で再会した霊奈は染まるのが早い気がする。

「それにしても……うーん」

「まだ思い出せないのか?」

「……うん」

 腕輪になっている桔梗を見て首を傾げる霊奈に問いかけると彼女は悲しそうに首肯した。過去の俺(キョウ)と桔梗は外の世界の博麗神社に辿り着き、小さい頃の霊夢や霊奈と短い間だったが一緒に暮らしていたらしい。だが、俺も霊奈もそんな記憶はなかった。過去の俺(キョウ)を人間に戻すために翠炎で過去の記憶ごと燃やされた俺はともかく霊奈の記憶と桔梗の記憶の齟齬の原因は全くわかっていない。俺が過去に行った後の出来事を誰も知らないからだ。霊夢に聞けば何かわかるかもしれないが『魂共有』のせいで吸血鬼が部屋に閉じ込められている今、何故か『コスプレ』が使えないので幻想郷に行くことができない。吸血鬼が解放され次第、リーマと母さんたちを幻想郷に送るついでに霊夢に聞こうと思っている。こいしや雪おばあちゃんなど幻想郷でお世話になった人たちに桔梗を会わせたい。きっと皆喜んでくれるはずだ。

「いいか、桔梗ちゃん。この街はすでに響に支配されてるんだ」

「し、支配!? マスター、王様なんですか!?」

「どっちかっていうと女王? いや、お姫様か」

「おい、殴られたいのか」

「冗談だって――ごふッ!?」

 桔梗にあることないこと吹き込んでいる悟のお腹を殴り、食堂へと歩みを進める。色々と疑問は残るが吸血鬼が部屋から出て来ない限り、話は進まない。今は守り切った日常を満喫しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、心に決めた夜。その日は夕方からポツポツと雨が降り始め、日が暮れる頃には土砂降りの雨に変わり、家の中にいても雨の音が聞こえていた。

「そこでマスターは私の力を使い、見事青い怪鳥を倒すことができたんです!」

「おー! おにーちゃん、すごーい!」

「そうでしょうそうでしょう! マスターはとても強く、優しく、美しい最高のマスターなんです!」

「何言ってんだお前ら……」

 夕食を済ませ、お皿を洗っていると俺の過去の話を聞き、手を叩いて喜ぶ奏楽と胸を張って俺の自慢をする桔梗にツッコむ。因みに望と雅は一緒に学校の宿題を、霙と弥生は洗濯物を干し、リーマとドグは桔梗たちの傍でゲームをしている。

「そういえば母さんは?」

「あー、主人と一緒に部屋に戻ったぞ。何ヤってんのか知らんけどな」

「ドグ、そっち行った! ちょっと研ぐから時間稼いで!」

「エリチェンしろ、エリチェン。火炎弾飛んで行くぞ」

 俺の疑問に短く答えたドグはすぐにゲーム画面に視線を戻してがちゃがちゃとボタンを連打し始める。いつの間にか馴染んでいる彼の背中を見ていると不意にチャイムが鳴った。こんな夜――しかも、大雨の日に来客とは珍しい。

「はーい……あれ」

 泡だらけの手を洗い、手早く拭いてからインターホンを確認する。普通ならばインターホンに付いているカメラで来客の姿を見ることができるのだがそこには誰も映っていない。これが俗にいうピンポンダッシュか?

(でも、一応見てみるか)

 首を傾げながら玄関に向かい、ドアを開けるがその途中で何かにぶつかり止まってしまう。何だろうとドアの隙間から外を覗き、目を見開いた。

「お、おい! 大丈夫か!?」

 インターホンを押した直後に倒れたのか玄関先で人がうつ伏せで倒れていたのだ。傘も差さずにここまで来たのかその人はすっかりずぶ濡れになっており、ピクリとも動かない。ドアの隙間から外に出てその人を抱き上げ、初めて女性だとわかった。暗くて服装までよく見えなかったのである。ところどころ服も破けている。誰かに襲われたのかもしれない。そう判断した俺は急いで横抱きに持ち上げ、家の中に入った。

「誰かタオル持って来い! あとお風呂沸かして!」

 式神通信を使って式神組に状況を伝え、他の人にも伝わるように大声で叫んだ。2階や洗面所からドタバタと音が聞こえ、皆が動き始めたことを把握し、倒れていた女性の容態を確かめようと彼女の顔を覗き込み――息を呑んだ。

「西、さん?」

 その女性は俺と悟の高校生時代の同級生である西さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 ゆっくりと浮上する意識につられ、小さく声を漏らした。そして、そのまま目を開けると見覚えのない天井が私を出迎える。寝惚けた頭で今の状況を整理しようと記憶を辿り、ハッとして体を起こした。

「ここは……」

 部屋を見渡すとやはり見覚えのない和室だった。視線を横にずらせば外の光により白く光る障子が目に入る。今の時刻は昼間。だが、肝心の場所に関する情報は皆無。早く場所を把握してキョウたちと合流しないと。

「お、目覚めたか」

 その時、障子がスライドして背の高い女性が部屋の中に入って来た。敵意は感じない。しかし、問題は彼女の服装だった。つい数か月前まで毎日見ていた服――師匠が来ていた博麗の巫女服だった。

「あなたは……」

「ん? ああ、そうだった。まずは自己紹介からだな。私は博麗 霊夜。博麗の巫女なんてものをやってる。よろしく、霊夢」

 『博麗 霊夜』。その名前は師匠から何度も聞いたことがあったし、写真も見せて貰ったことがあるので本人だとすぐにわかった。だが、何故博麗の巫女である霊夜さんが外の世界に――。

「ッ!? あ、あの……ここって、どこですか?」

「ここ? あれ、話は通ってるって言ってたのに……ここは幻想郷の博麗神社だ。お前の修行がひと段落したから今日から私と一緒に生活して実際の巫女の仕事について学んでもらう」

「……っ」

 彼女の言葉を聞き、私は思わず息を呑んでしまった。ついさっきまで私たちは鎧の男と戦っており、未来から来たキョウに助けられたはず。そして、あの写真を懐に戻そうとした瞬間、何者かによって気絶されられた。その、はずなのに何故私は幻想郷に来ているのだろう。キョウや霊奈、桔梗はどうなってしまったのだろうか。

「……おい、紫。話が違うじゃないか」

「あら、おかしいわねぇ」

 気絶する直前までの話をキョウに関することだけをぼかして(結界内に入ってきたことや未来のキョウが来たことを説明するのが難しかった)霊夜さんに伝えると彼女は虚空に向かって話しかけた。すると空間が不気味な音と共に割れ、何度か私たちの様子を見に博麗神社に遊びに来た紫さんがその割れ目から顔を覗かせ、霊夜さんと話し始めてしまう。確か紫さんは幻想郷を作った妖怪らしく、一緒にお酒を呑むほど師匠と仲がよかった。

「ん?」

 彼女たちが話し合っているのを見ていると不意に服の中でカサリと何かが音を立てた。首を傾げながらそれを取り出すとあの写真と共に見覚えのない四つ折りになった紙が出て来る。写真を懐の中に入れ、紙を広げるとそれが手紙であることに気付き、書かれていた文字を読んだ。

(……そう。そういうこと)

 手紙にはキョウは外の世界に戻ったこと。そして、霊奈も記憶を改ざんされた状態で両親の元へ送り届けられたことが書いてあった。とりあえず、キョウと霊奈は無事であることがわかりホッと安堵のため息を吐く。幻想郷に迷い込んでしまったキョウはともかく霊奈は自分が博麗の巫女見習いであったことを忘れており、普通の女の子として生きていくらしい。つまり、博麗の巫女になるのは――。

「霊夜さん、紫さん」

 手紙を懐にしまい、2人の名前を呼ぶと彼女たちは私に視線を戻した。頭のどこかでこうなると“わかっていた”のかもしれない。不思議とすぐに受け入れることができた。それに未来のキョウ()『また会いに来る』と言っていた。

「巫女の仕事について教えてください」

 だから、彼と会えるその時までに私は博麗の巫女になる。そう心に誓った。そうすることが彼のためになると何となく“わかっていたから”。




これにて東方楽曲伝第9章完結です。


第9章のあとがきは2017年11月18日夜11時を予定していますのでぜひそちらも読んでみてください。


次回からは東方楽曲伝最終章の始まりです。


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第9章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

東方楽曲伝第9章まで読んでいただきありとうございます。

皆さんもわかっている通り、第9章が最も長い章となりました。文字数的に言えば約35万字、普通のライトノベルで換算すると3.5冊分です。

第9章の始めの話である第314話を小説家になろう様に投稿したのが2015年11月14日ですので2年に渡って投稿してきたことになりますね。自分でも思います、長すぎだろう、と。

第9章の話の構造は特殊だったので他の章より長くなるとは思っていましたけどまさかここまで長くなるとは……。

最終章である第10章はここまで長くならないので安心してください。

では、そろそろ今回のお話の解説をしていきましょう。

ここから第9章までのネタバレがありますのでまだ読んでいない方がいるのでしたらブラウザバックしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・話の構造について

 

先ほどもお話ししましたが今回の章ではパート分けをして投稿しました。すでに読み終わった方ならどうしてそんな面倒なことをしたのかわかると思いますが、ぶっちゃけますと『響さん=なな』を隠すためです。他にも色々理由はあるのですがやはりそれが一番の理由ですね。

Aパートは過去の吸血鬼視点。Bパートは響視点1。Cパートはキョウ視点。

第345話でBパートが終了し、学校組視点のDパートが始まり、第383話にてAパートとCパートが合併してAパートとDパートが交互に投稿されるようになりました。

そのすぐ後の第386話でDパートが完結し、響さん視点2であるEパートが始まりました。なお、この時点で響さんの登場は約1年ぶりと、主人公どこいった状態が1年続いていたことに驚きました。

最後に第400話で全てのパートが繋がり、笠崎との最終戦へと突入した感じです。

改めて整理するととんでもなく遠回りした印象を受けますね。

最終章は普通の書き方になるのでご安心ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・伏線について

 

第9章ではいくらかの伏線を回収しましたね。特に第2章の伏線を回収できて一安心です。

響さんがグラウンドに現れた時のきょーちゃん人形は第2章第64話でクラスメイトがきょーちゃん人形を作っている際に響さんが手伝ったシーンにて布の下にパチュリーに習った魔法陣を糸で描いています。この魔法陣の効果は実はそこまで難しい物ではなく、きょーちゃん人形を持っている状態で響さんと話したいと願った時に響さんに繋がる、という電話のような効果でした。響さん自体は初めてユリちゃんが家に遊びに来た時点できょーちゃん人形を持っていることに気付いていた上、あの文化祭にはユリちゃんだけじゃなくきょーちゃん人形を持っている人が多かった(持っている人はだいたいファンクラブに入っている)ので可能性はそれなりにあると信じていました。

そして、ユリちゃんのきょーちゃん人形が響さんに繋がり、そこに割り込んで無理矢理グラウンドに空間を繋げた形になります。

本来であれば作中で描写すればよかったのですがどうしても入れる場所がなくてあとがきで解説することになってしまい、申し訳ありません。

他にも第14話の謎の会話、第158話の『着装―桔梗―』で空を飛んでいる響さんのうしろ姿、第208話の深い切り傷が一つだけあるボロボロのスキホについて回収できたかなと思います。特に響さんが貰ったボロボロのスキホの元々の持ち主が誰かわかりました。

後、第411話で出て来た響さんの高校時代のクラスメイトである西さんも伏線ですので第2章を読み返してみるのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・吸血鬼について

 

第9章前半戦ヒロインの吸血鬼です。ずっと『魂同調』ができなかった彼女は悩みに悩み、最終的に響さんと吸血鬼の魂は波長が同じものだと気付きました。『魂同調』は魂の波長を一時的に同じものにして響さんに力を与える、というものです。しかし、響さんと吸血鬼の魂波長は同じなので『魂同調』できません。そこで魂波長を重ねる『魂共有』を思い付きます。

本来であれば同じ魂波長を重ねても『波長が同じ=同一人物』なので意味はありません。ですが、響さんと吸血鬼は同じ魂波長であるにも関わらず性格や能力が違う特異的な存在でした。そのため、『魂共有』すると響さんは吸血鬼の力を得て、吸血鬼は響さんの力を得ることができました。また、今後吸血鬼は翠炎と同様に自分のタイミングで外に出ることができます。翠炎の場合はガドラの炎が核となりましたが吸血鬼の場合、『響さんと同じ魂波長=響さん本人』ということに気付き、試しにやってみたらできました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・桔梗について

 

お待たせしました、桔梗についてお話しましょう。

彼女は小さな人形で丁度人の肩に座れるほどの大きさです。彼女が初登場したのは第4章第144話にてキョウがアリスの指導を受けて人形を作ったことがきっかけでした。その際にキョウの能力が発動して桔梗が誕生しました。最初の頃はできる変形も少なく主に桔梗【翼】でアクロバティックな飛行をして敵を攪乱し、紅い鎌で攻撃する、というものでした。

ですが、それから【拳】、【盾】、【ワイヤー】、【バイク】、【薬草】など様々な変形が増え、組み合わせることで更に戦略の幅が広がり、最終的に『着装―桔梗―』となり全ての装備を同時に展開することが可能となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・キョウについて

 

キョウに関しては第1章から出ているのであまり語ることはありませんがここではキョウが跳んだ幻想郷の時間軸についてお話しようかと思います。

 

第1章:現代から60年以上前

 

吸血鬼から記憶を貰った形で響さんはフランたちと出会っていたことを思い出します。この時点では夢で過去の記憶を見られる薬を飲んでいないのでやっと自分の過去の記憶がおかしいことに気付いたところです。

 

 

第2章:なし

 

 

第3章:現代から数十年後

 

目覚めたキョウは小町と出会い、鎌の使い方を習い、最後に紅い鎌を貰いました。なお、この時の小町は響さんから直接『過去の俺に鎌を教えて欲しい』とお願いされており、その時点で紅い鎌を小町に預けていました。

 

 

第4章:序章、響さんが人里で倒れている時。

 

序章で脱皮異変を解決し、力を使い過ぎた響さんが倒れている時に博麗神社で霊夢の代わりに留守番していたアリスと出会い、桔梗を作り出します。また、この時点でやっとキョウは自分が時代を越えていることに気付きます。

 

 

第5章:第1章の最後、第8章、第9章Aパート吸血鬼視点にて、怪鳥騒動

 

響さんはオレンジ色の怪鳥と戦い、その近くでキョウは青怪鳥と戦い、それとほぼ同じ時代にて香霖堂のお手伝いをしているキョウです。響さんとミスティアが出会った時に『どこかで見たことがある』と言ったのは香霖堂で手伝っていたキョウとミスティアが出会っていたからです。また、香霖堂で働いていたキョウはリーマともニアミスしていたりとこの時代はかなりおかしいことになっています。

 

 

第6章:なし

 

 

第7章:現代から数十年前、こいしが家出している時。

 

キョウの旅の中で最も過酷だったと言える時代です。特に咲さんの死はキョウだけでなく、響さんにも影響を与えていました。おそらく東方楽曲伝だけでなく私が書いている小説の中で重要人物が死んだ初めてのケースになると思います。書いている時、ちょっとだけ泣きそうになったのを今でも思い出します。しかも、第9章で咲さんとのラブコメを書いた後にあのシーンをもう一度書いたのでかなり辛かったです。ですが、彼女の死だけはどうしても話の展開的に避けられなかったので……。

 

 

第8章:香霖堂。第5章の解説参照。

 

 

第9章:外の博麗神社にて。霊夢、霊奈共に幼女の時。

 

キョウの旅で最後に辿り着いたのは外の博麗神社でした。笠崎に襲われ、霊夢が傷つけられたところを目の当たりにして吸血鬼化が一気に進み、暴走状態になってしまいます。

ですが、未来から来た響さんによって幻想郷に来る直前の記憶を消され、何者かによって外の世界に帰されました。第5章第153話で悟が語った昔話にて、いなくなった響さんを悟とその時に出会った霊奈が探し、神社で響さんを見つけました。その響さんこそ博麗神社で起きた事件に巻き込まれ、吸血鬼化が進み、翠炎によって思い出を燃やされてしまったキョウです。因みにキョウは伸びた髪を結んでいませんでしたので“何者”かが彼の髪を結った、ということになります。この点に関してはいつか語ることができたら、と思います。

 

 

このようにキョウは様々な時代に跳び、色々な経験を得ました。この経験があったからこそ響さんは生き残って来られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ななについて

 

彼女に関して語ることはあまりありませんがとりあえず彼女は響さんの……別人格、といいますか。響さんの別の可能性、と言えばいいでしょうか。詳しく説明するとネタバレになってしまうので言えなくて申し訳ありません。ですが、彼女と響さんは同一人物であり、同一人物ではない、といった関係です。ななは治癒術が得意なのに対し、響さんは回復魔法が使えないなど持っている能力は全く違います。逆にななは射撃スキルが全く皆無です。

等式に表すと響(吸血鬼)≠なな、と言う感じでしょうか。響と吸血鬼のスキルも違いますが魂波長は同じなので同一人物と見なします。

いつかななについても語ることができたら、と思います。

なお、ヒントと言いますか……私がニコニコ動画に投稿されている朗読動画シリーズの一つ『結月祭シリーズ』を見れば何かわかるかもしれません。とても長いですが是非暇な時にでも見ていただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、長かった解説もこれで終わりにしましょう。第9章は色々詰め込んだので私自身、どこに何を書いたのか把握していません。きっと見落としているところもありますので何かわからない点がありましたら感想やメッセージで言っていただけたら説明できる範囲でするつもりです。ぜひお気軽に送って来てくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、恒例の次章予告です。

 

第9章で笠崎の陰謀を阻止した響さんたちでしたが突然高校時代のクラスメイトである西の訪問により、とうとう響さんを狙っていた組織の本当の目的を知ります。

そして、響さんは理不尽な現実に絶望し、情けない自分を呪い、行き場のない怒りで身を焦がし、やっと己の運命を知ることになります。

西のような懐かしいキャラから予想外の展開、今まで進展しなかった彼女の関係も一歩前進するかもしれません。東方楽曲伝に足りなかったラブコメ展開もあるかも?

さて、書いている私本人も何言っているのよくわかっていませんが今までの伏線もほとんど回収するつもりですのでお楽しみに。

 

 

それではサブタイトルの発表です。

 

 

 

 

 

 

サブタイトルは~silent echo song~

 

 

 

 

 

東方楽曲伝を書き始めて早6年弱。やっと最終章に辿り着くことができました。

これからも週1で更新しますので最後までお付き合いしていただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

では、そろそろあとがきをしめさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

お疲れ様でした!

東方楽曲伝最終章もよろしくお願いします!

 



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最終章 ~silent echo song~
第412話 面倒事の布石


東方楽曲伝最終章の始まりです。


 飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周りでは女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。

 そんな阿鼻叫喚な惨事の中、俺の腕の中で少しずつ小さくなってゆく灯が一つ。先ほどまで一緒に笑い合っていた“はず”なのにその笑顔はどこかへ行き、彼女の顔は死人のように白く、それでいてその白さが彼女をより一層美しく彩っていた。

 また、それとは対照的に彼女の腹部は鋭い爪で切り裂かれ、ズタズタになり、少しずつ――しかし、確実に血の泉は広がって行く。

「愛してるわ……」

 俺の頬に白かったはずの紅い手を添え、小さく微笑んだ彼女はそのまま静かに息を引き取った。きっと激痛と大量の血を失ったせいで視界が霞んでいたのだろう。もし、しっかりと俺の顔を見ていたら微笑んでなどいられなかっただろうから。

 彼女の遺体をゆっくりとその場に横たわらせ、最期のお別れに彼女の唇に軽く口付け。ああ、俺も愛していた。愛していたとも。だが、その感情はもはや記録に代わり、思い出は復讐の炎を燃やす薪となっている。彼女に対する愛情などどこかへ行ってしまった。

 でも――それでも、彼女の微笑む姿を見る度、心が壊れそうになるほど締め付けられた。だから、俺は一度も立ち止まることなくここまで来た。ここまで来てしまった。

「……」

 一度だけ深呼吸して立ち上がると“あいつ”に貫かれた腹部が『これは現実だ』と言わんばかりにズキズキと痛んだ。でも、腹部に視線を落としてもそこには傷など一つもない。いっそのこと彼女と一緒に殺して欲しかった。そうすればこの地獄から抜け出せそうだったから。

(ああ、またこの景色か……)

 だが、目の前に広がる光景を見て俺は未だ地獄を彷徨っているのだと思い知らされる。すでにこの場に俺以外の人間はいない。あるのは無数の死体と俺の前に立つこの世ならざる存在だけだ。

「――」

 もはや誰の血かわからないほど真っ赤に染まった鉤爪を一舐めした化け物は耳をつんざくような雄叫びを上げ、こちらに向かってくる。このまま何もしなければ後数秒のうちに化け物によって殺されてしまうだろう。しかし、俺はただ黙って迫る妖怪を眺めていた。

「失礼」

 今まさに化け物の鉤爪が俺の喉元を貫こうとした瞬間、俺と化け物の間の空間が嫌な音を立てながら割れた。その空間の割れ目から無数の目に視線を向けられ、背筋が凍りついてしまう。一方、いきなり空間が割れたからか化け物は後方へ跳躍して割れ目から距離を取る。

「まったく……最近、面倒事ばっかりで嫌になるわ」

 そして、その空間の割れ目から“そいつ”は現れた。

 紫色のドレスに身を包み、頭にはナイトキャップのような帽子を被っている。そして、その帽子からは思わず目を庇いたくなるほどの美しい金髪が零れていた。彼女の右手には白い日傘、左手には黒い扇子を持っており、扇子で口元を隠している。

「結界が緩んだのかしら。あの子にしては珍しい……帰ったらちゃんと確認しないと」

 独り言なのかぼそぼそと何かを呟いたそいつは口元を隠していた扇子をパチンと閉じてその場で横薙ぎに振るう。するとこちらを警戒していた化け物の足元に空間の割れ目が出現し、化け物はそのまま割れ目に落ちていった。それを見届けたそいつは満足そうに頷き、すぐに俺に目を向けた。

「ごめんなさいね。でも、大丈夫よ」

 無言でいる俺に対し、ちらりと俺の足元を見た彼女はにっこりと笑って告げる。何も心配はいらない、と子供に語る母親のような微笑みだった。

「これは夢。その人を失った悲しみは消えないけれど……こんな惨劇はなかった。そう、これはただの夢なの」

 コロコロと笑い、ゆっくりとこちらに向かって手を伸ばす彼女。そのまま俺の目を覆うとグラリと体から力が入らなくなり、その場に倒れてしまう。生暖かくて鉄臭い匂いが鼻孔を貫く。

「目覚めた時、きっと貴方は“現”へと戻るでしょう。だから、安心しておやすみなさい」

 薄れゆく意識の中、何度も聞いた台詞を残して去るそいつの背中を眺める。

 ああ、お前の言う通り、俺はこの惨劇を忘れてしまうだろう。だが、この胸に残った炎だけは消えない。たとえ記憶を改ざんされ、その炎がマッチの火より小さくなろうと思い出()がある限り、再び燃え上がる。

(だから、その時まで……)

 せいぜい、楽園の中で悠々と過ごしているといい。その楽園を壊しに行く、その時まで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、とドアを閉める音がして顔を上げる。そこには冷たい水の入った湯桶を持った望がいた。命に別状はないのか彼女はホッとしたような表情を浮かべていた。

「どうだ?」

「うん、お風呂に入る直前に意識を取り戻したからシャワーだけだけど浴びてもらったよ。今は疲れて眠っちゃった」

「……そうか。話を聞くのは明日になりそうだな」

 そう言いながら俺の部屋に視線を向ける。1時間ほど前にインターホンを鳴らしたのは俺と悟が高校三年生の時に同じクラスに属していた西さんだった。高校卒業後はすっかり疎遠になっていたのでまさかこんな夜に――しかも、あんなボロボロな状態で再開するとは思わなかった。

 玄関先で倒れていた彼女を家の中に入れたが男の俺が西さんのお世話をするわけにも行かず、望たちに彼女のことを任せ、俺は悟に電話をして彼女の両親に連絡を取れないか相談した。悟曰く、少しばかり時間はかかるが何とかできるらしいので連絡は彼に押しつけて彼女の寝床を用意したのである。寝床と言っても空き部屋はないので俺の部屋を使ってもらうことにしたのだが。

「様子はどうだった?」

「うーん……少しやばいかなー。シャワーを浴びた後も顔を青くしてたし。ずっとお兄ちゃんを探してたけど疲れてたせいか視界もぼやけてたっぽい。途中で転んだみたいで右膝を結構派手にすりむいちゃってた」

 『ちゃんと手当てしておいたよ』と望は笑い、湯桶を洗面所に置くために歩き出した。俺も思考を巡らせながらその後ろをついて行く

「考えられるのは……誰かから逃げていてたまたま俺の家を知ってて駈け込んで来た、とか」

「でも、保護されたのに顔を真っ青にしてるのはおかしいんじゃないかな。少しぐらい安心してもいいよね?」

「それに俺を探してたんだろ? 何か伝えたいことでもあったのか?」

「転ぶほど焦ってたみたいだけど……やっぱり西さんが起きてからちゃんと話を聞いた方がよさそうだね」

「ああ、そうだな。色々助かった。それ、片づけておくからもう休んでいいぞ」

 俺の言葉に頷いた彼女は湯桶を俺に渡した後、『おやすみ』と言って自室へと向かった。他の皆も万が一のことを考えて早めに休んで貰っている。

「マスター」

 望を見送った後、俺の右手首に装着されていた白黒の腕輪――桔梗に声をかけられた。彼女の姿を西さんに見られるわけにはいかないので腕輪に変形していたのだ。

「ん?」

「西、さんでしたか……大丈夫でしょうか?」

「まぁ、今すぐどうにかなるわけじゃないし……問題は彼女がここに来た理由だな」

 念のために家の周囲に結界を張っておいた方がいいかもしれない。こういったことは俺よりも霊奈、霊奈よりも霊夢の方が得意なのだが霊夢は幻想郷にいるし、霊奈もこんな真夜中にわざわざ家に来てもらうのも申し訳ない。四神たちも宿主たちが寝ている間は活動できないので四神結界を張ることもできないのでやはり俺が張るしかないだろう。

「とにかく今は西さんが起きるのを……おっと」

 桔梗と話しながら洗面所に湯桶を置くとポケットに入れておいた携帯が震えた。取り出して画面を見ると『影野 悟』と表示されている。西さんの両親に連絡が取れたのかもしれない。桔梗に電話が来たことを伝えた後、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『ああ、響? 今、大丈夫か?』

「こっちは落ち着いた。連絡取れたのか?」

『あー、いや、それが……西さんの両親の連絡先がなかったんだよ』

「連絡先が、なかった?」

 連絡が取れなかったのなら話はわかるが連絡先がなかったとは一体どういうことなのだろうか。桔梗にも悟の声が聞こえたのか人形の姿に戻り、そのまま携帯に耳を近づけた。

『俺の情報網を使っても探し出せなかったってことは連絡先そのものがない……もしくは隠蔽されてるかもしれないんだよ』

「悟さんの情報網ってそんなにすごいんですか?」

『その声は桔梗ちゃん? これでも大企業の社長だからねー。響、西さんは?』

「今、眠ってる。何か事情があるっぽいけどまだ話は聞けてない」

『そうか……一応、警戒しておいた方がいい。この前の例だってある』

 この前の例――笠崎のことだろう。彼が属していた組織は俺が生まれる前から俺のことを警戒していたと言っていた。つまり、どこに俺を狙う組織のメンバーが潜んでいるかわからないのである。西さんも絶対に組織のメンバーではないと言い切ることはできない。

「わかった。油断はしない」

『おう……っと、そろそろ仕事に戻らなきゃ。何かわかったら連絡してくれ』

「ああ、そっちも仕事頑張れよ」

 そこで電話を切り、携帯をポケットに突っ込んで小さく息を吐いた。笠崎の一件が終わってすぐに表れた西さん。無関係だとは思えない。そんな俺の様子を見たからか桔梗が心配そうな表情を浮かべ、俺の顔を覗き込んだ。

「マスター、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だよ。それじゃあ、結界張ってくる」

「あ、私も行きます!」

 慌てて俺の肩に掴まった桔梗を微笑ましく思いながら空間倉庫からスキホを取り出して博麗のお札を出現させる。悟の忠告通り、念入りに結界を張ろう。外からも中からも出られないようにすれば西さんが敵だったとしても逃がすことはないはずだ。笠崎の時みたいに過去に逃げられたらたまったものではない。

(何事もなければいいんだけどな……)

 博麗のお札に霊力を注ぎながらそう考えてしまう。そして、その反面きっと面倒事に巻き込まれてしまったのだと何となくわかっていた。



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第413話 レポート

 ゆっくりと意識が浮上していく感覚とともに寝起き特有のだるさが私を襲う。カーテンの僅かな隙間から朝日が漏れ、私の顔を照らしている。昨日、“あれだけ望んだ”朝日だというのに寝惚けた状態の私はそれを煩わしく思い、朝日から逃れようと体を右に捻った。

「うっ……」

 その時、擦った右膝に小さな痛みが走り、思わず呻き声を漏らしてしまう。普段はあまり運動しないので怪我をすることが少ない私にとって久しぶりの痛みだったため、過剰に反応してしまったがすぐに治まったので擦り傷程度の軽い傷なのだろう。しかし、問題は運動をしない私が膝を擦りむいてしまった原因だ。確か――。

「ッ――」

 昨夜の出来事を思い出して勢いよく体を起こした。そうだ。あの後、私はどうなった? 土砂降りの中、必死になってあの人の家に向かったのはもちろん、足がもつれて転んでしまった時の痛みも鮮明に思い出せる。でも、“レポート”に記載されていた住所を頼りに彼の家に着いてインターホンを押したところから記憶があやふやになっていた。

「あ……」

 不意にか細い女の声が聞こえ、反射的にそちらへ視線を向ける。そこには濡れたタオルを両手で持ちながら宙に浮く人形がいた。その人形は私と目が合うと顔を引き攣らせる。そして、そのままピシリと体を硬直させ、床に落ちた。ベッドの上から下を覗き込むと先ほどまで宙に浮いて顔を引き攣らせていたとは思えないほどピクリとも動かない可愛らしい人形が床に転がっている。

「……」

 しかし、だからといって先ほど見た光景はなかったことにはならない。昨日、読んでしまったレポートといい、この人形といい――一日にも満たない時間で私の常識は完全に崩壊してしまった。だからだろうか、急に力が入らなくなり、再びベッドに横になってしまう。

(何で……こんなことに……)

 一体、私が何をしたと言うのだろう。いや、私は何も知らずに“関わってしまった”。きっとこれは無知だった私に対する罰なのだろう。だが、私は知ってしまった。もう後戻りはできない。早くあのことを音無君に伝えないと。

「ッ! そうだ、音無君!」

「呼んだか?」

「……へ?」

 もう一度ベッドから体を起こして叫んだ私の声に応えたのはいつの間にか床に落ちていたはずの人形を抱え、ジッとこちらを覗き込むように見ていた音無君だった。高校卒業後、別々の大学に進学したため、久しぶりに彼の姿を見たが高校生の時よりずっと大人っぽくなっており、見覚えのない綺麗な紅いリボンで髪を一本にまとめている。

「お、音無君?」

「そうだけど……具合はどうだ? 昨日、ずぶ濡れになっていたけど風邪とか引いてないか?」

 そう言えば音無君の家に辿り着いた後、誰かに『体を暖めて』と言われてシャワーを浴びたような気がする。それにもしかしてここは音無君の部屋で、私がずっと寝ていたのは彼のベッド――ッ!?

「きゃ、きゃああああああああああああああ!」

 昨日、あのレポートを読んだ時も、宙に浮く人形を見た時も決して発しなかった悲鳴を上げてしまい、軽い騒動になった。

 

 

 

「はぁ、とうとうお兄ちゃんが欲望に負けていたいけな女の子を襲ったのかと思っちゃったよ……改めまして、妹の望です。よろしくお願いしますね、西さん」

 荒れに荒れた騒動も何とか静まり、居間に移動した後、居心地悪そうにソファに座っている西さんに挨拶する望。それから西さんと初対面である雅たちも自己紹介を始めた。因みに難しい話をするので退屈しそうな奏楽と擬人モードになっても俺が魔法を使えない今、耳と尻尾を隠すことのできない霙、見た目幼女なリョウと見た目ヤンキーなドグは別室にいてもらっている。

「お、音無君……妹さんだけしか家にいなかったんじゃ?」

 テーブルの上に置いた人形の振りをしている桔梗をちらちらと見ながら顔を引き攣らせた西さん。確かにここには俺を含めて望、雅、リーマ、弥生、母さんの6人がいる。別室に他の人がいることを知らされている彼女からしてみればクラスメイトがたった数年で大家族になっていれば驚くのも無理はない。

「色々あってな。まぁ、話せば長くなるから今は気にしないでほしい……それで昨日、何があったんだ?」

「あのね、音無君。多分、信じてもらえないと思うけど……音無君、命を狙われてるんです!」

「……」

 まるで己の罪を告白するように叫んだ西さんだったがあまりに今更な情報に俺たちは思わず顔を見合わせてしまう。しかし、そんな俺たちの反応を見た彼女は自分の話を信じてもらえなかったと判断したのか再び口を開いた。

「ほ、本当なんです! 私も最初にあのレポートを見た時は信じられませんでしたけど……」

「レポート?」

「あっ……えっと、音無君について書かれたレポートが私の両親が働いてる研究所にありました。私、その研究所にちょくちょく手伝いに行ってたんですけど書類整理してる時に誤って書類が入った段ボールを引っくり返しちゃって、その中にたくさん……」

「ッ! 響、その研究所って!」

 西さんの言葉を聞いて俺と同じ考えに至ったのか雅が声を荒げた。他の皆も緊張した様子で俺に視線を向けてくる。いきなり皆に緊張が走ったのを感じ取ったのか西さんは不安そうにしていた。とにかくもう少し彼女の話を聞こう。

「……西さん、そのレポートにはどんなことが書かれていたか覚えてるか?」

「そ、その……音無君のスリーサイズとか」

「いや、何故顔を赤らめる……他には?」

「……」

 そこで西さんは言い辛そうに口を噤んだ。何度も俺や皆の様子を窺い、深く息を吸った後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「音無君の……能力とか、戦い方とか色々書いてありました。最初はゲーム……例えば、TRPGのキャラクターシート――えっと、自分が操作するキャラのプロフィールみたいなものなのかなって。研究所って分析を待つ時間とか結構あるのでその待ち時間の間に皆で遊んでるのかなって思いながら流し読みしてました」

 TRPG――トークロールプレイングゲームのことで昔、俺、望、雅、奏楽、悟の5人でやったことがある。西さんがTRPGを知っているのは意外だったが確かにオカルトを知らない人からしてみれば能力や戦い方が書いてあるレポートを見ればキャラクターシートと思ってしまうのも仕方ないかもしれない。

「でも、それと同時に私が関わったところもいくつかあって……『ここ、私が数値計算したところだ』とか『私の仮説が使われてる』とか思い出しながら読んでて、そこで気付いたんです。これはキャラクターシートなんかじゃなくてレポートに書かれていることが本当のことなんだって」

 そこで言葉を区切った西さんは徐に立ち上がってテーブルの上で静かに座っていた桔梗を手に取ってジッと観察する。ずっと見つめられているせいか桔梗は冷や汗を掻いていた。

「……気付いた私ですがやはり最初は信じられませんでした。でも、読み進めれば進めるほど本当のことにしか見えなくなって……桔梗、でしたか。この子が空を飛んでいたのを見て確信しました」

「……おい、桔梗」

「す、すみません! タオルを変えようとしたら目を覚ましてしまって!」

 部屋に入った際、床に桔梗が転がっていたのを見た時から嫌な予感はしていたのだ。おそらく西さんが読んだレポートに桔梗のことも書かれていたのだろう。西さんの腕の中でバタバタと腕を振り回しながら弁解する桔梗を見て苦笑する。それを見て最初から怒っていないとわかったらしく、桔梗はすぐに落ち着きを取り戻し、改めて西さんの方に顔を向けた。

「自己紹介が遅れました。マスターの従者であります、桔梗です」

「西、です。よろしくね、桔梗」

「……さてと、どこまで話したか。確かレポートに書かれてることが本当のことだって確信したところだったか」

「は、はい。それで……音無君と戦う時の対策法が山ほど書いてありました。特に何度も“殺しても復活する可能性があるのできちんと死んだことを確かめること”と記載されていて……」

 それで俺の命が狙われているとわかったのだろう。しかし、彼女の話にはいくつか疑問がある。他の皆も訝しげな表情を浮かべていた。

「まず、そのレポートを作成する時、西さんも関わってたんだよな? どうして、俺のことだって気付かなかった? 手伝いだったとしても俺の名前ぐらい出てきたはずだ」

 もし仮に俺の名前に呼称を付けて呼んでいたのならレポートにも俺の名前ではなく、呼称を使われていたはずだ。

 俺の問いに西さんは顔を歪ませ、俯きながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。音無君の名前は何度も出てきたし、私も普通に言ってました。でも、全然“気にならなかったんです”」

 



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第414話 響となな

「全然気にならなかった?」

「はい、まるで知らない人の話をしてるみたいでした。それに今思えば研究内容も音無君の能力に関することが多かったです。普通では考えられないような会話とかもしてて……吸血鬼かどうとか……」

 詳しく話を聞くために質問すると西さんは不安そうに目を伏せながら呟くように言う。人工的に俺のドッペルゲンガーを作り出した組織だ。俺だけでなく吸血鬼たちの研究もしていたらしい。

「話せば話すほどおかしい部分が出て来るんです。何よりどうして私は研究に夢中になっていたのかわからないんです……自分が自分じゃなかったみたいで」

 当時のことを思い出すのも辛いのか彼女はガタガタと震える体を抑えるように彼女の膝の上に座っていた桔梗をギュッと抱きしめる。かなり力が入っているのか桔梗の口から『ぐえっ』という潰れた蛙のような声が漏れた。しかし、そんな彼女の様子に気付くことなく、西さんはとうとう俯いて口を閉ざしてしまう。

 敵は外と中を完全に隔離する黒いドームを発生させたり、オカルトの力を吸収してしまう首輪を作ってしまうほどの技術力を持っている。西さんを含めた研究所にいる人たちは何かの装置によって操られていた可能性が高い。

「……そうか。ありがとう、話してくれて」

「っ……ごめんなさい。これぐらいしか、できなくて」

 研究が進めば進むほど不利になるのは俺だ。言い換えれば俺が殺される可能性が高くなるということである。だからこそ、西さんは罪悪感に苛まれ、苦しんでいるのだろう。研究所から逃げ出したのも無意識の内に俺に対する罪滅ぼしをしようとしたからなのかもしれない。

「いや、それが知れただけでもかなりありがたい。休憩しよう」

「ううん、まだ大丈夫です。まだ話してないことがあって……」

「焦らなくてもいいんだぞ?」

「今言わないと……怖くなって言えなくなっちゃうかもしれないので」

「……そうか。無理はするなよ」

 俺の言葉に未だ青ざめた顔のまま西さんは笑みを浮かべて頷いた。今のところわかっている情報は『俺の能力を研究している施設があること』、『研究をまとめたレポートがあること』、『研究所で働いている人は操られているかもしれないこと』の3つ。敵の目的や情報源を知りたいところだが言い方は悪いが西さんのような下っ端が入れるような場所にそんな重要機密が記載されているファイルがあるとは思えない。

 そんな予想が当たっていたのか『そんなに重要なことじゃないかもしれないですけど』と西さんが前置きして小さな声で話し始めた。

「音無君のレポートが2種類あったんです。しかも、記載されてる能力とか注意事項がところどころ違ったんです」

「え? どういうこと?」

「えっと……うろ覚えで申し訳ないんですが片方の音無君は鎌や剣を複製したり、両手足に魔力を纏って近接戦闘したり、弓で遠くから狙撃したりと戦うことに特化していました。ですが、もう片方は結界を張ったり、治癒術(・・・)で回復したりとどちらかといえば支援が得意な音無君でした。後、狙撃能力が前者と比べるまでもなく劣ってましたし……桔梗や『魂同調』、でしたっけ? そういった共通点もあるんですけど……」

「ッ! 治癒術、ですか!?」

 雅の質問に首を傾げながら答えた西さんだったがまさかこのタイミングで『治癒術』という単語が出て来るとは思わなかった。それは桔梗も同じだったようでいきなり声を荒げてしまい、吃驚したのか西さんの肩がビクッと震える。今の西さんは何かの拍子に壊れてしまいそうなほど繊細になっているので桔梗は頭を下げて謝った。空気を変えるためにも今度は俺から質問しようと口を開いた。

「西さんはそれを読んでどう感じた?」

「うーん、前者の音無君のデータはちゃんと分析結果とか載ってて信憑性があったけど、後者は何というか……前に分析したことを思い出しながらまとめたような(・・・・・・・・・・・・・・)レポートでした」

「つまり、後者のレポートには分析結果がなかった?」

「はい、私が読んだ部分には一つもありませんでした」

 西さんの話を聞く分には前者が今の俺で、後者が“なな”という印象を受ける。俺は治癒術や回復魔法のような力を扱うことができない。使ったのは記憶喪失だった頃の俺(なな)だ。狙撃能力も今ではすっかり吸血鬼の十八番になっているが、桔梗の話では過去の俺(キョウ)も修行の時、百発百中で的のど真ん中を射抜いていたという。

「桔梗、記憶喪失だった頃の俺(なな)は戦ったことあるか?」

「いえ……ほとんどありません。例の男に襲われた時にちょっとだけ戦いましたが……ほとんど何もできずに森の中に落ちてしまいました。弓を持ったところすら見たことがありません」

 例の男――笠崎にやられた記憶喪失だった頃の俺(なな)は森の中に落ち、そこで死んだ。そして、翠炎が発動して蘇生し、俺は記憶を取り戻すことができたのだろう。しかし、桔梗の話が本当ならば敵の組織は“どうやって記憶喪失だった頃の俺(なな)の戦闘データを蒐集”したのだろう。様々な兵器を持っていた笠崎なら戦闘データを組織の誰かに送ることはできたかもしれないが、そもそも記憶喪失だった頃の俺(なな)はほとんど戦っていないのだ。過去の俺(キョウ)が修行している時に使用していたという治癒術はともかく弓すら持ったことのない人の狙撃能力のデータをどうやって蒐集したのだろうか。記憶喪失だった頃の俺(なな)の戦闘データに分析結果がなかったことも気になる。きっとそれが組織の情報源に繋がっているのだろう。でも、情報が足りず、情報源の尻尾を掴むことができない。

「他に何か気になったことは?」

「……すみません。それ以上のことはわかりません」

 もう少し情報が欲しくて聞いてみたが西さんは申し訳なさそうにしながら首を振った。当時の彼女は混乱していただろうし、最初にうろ覚えだと言っていた。これ以上の情報を求めるのは酷だろう。

「他に何か気になったことはない? 西ちゃんが正気に戻った原因とか」

 その時、メモ帳に何かを書き込んでいた母さんが西さんに質問する。確かに俺の名前や能力を研究していた時は全く違和感を覚えなかったのにレポートを読んだだけで正気に戻るとは考え辛いのである。何か原因があったかもしれない。

「原因……」

「原因じゃなくてもいつもと違ったこととか」

「……そういえば、普段の研究員の人たちは忙しそうだったのにあの日は妙にゆっくりしてたような気がします」

「つまり、研究がひと段落したってこと?」

「そう、なのかもしれません。書類整理もあの日、初めてやりましたし」

 母さんの言葉に頷いた西さんを見て俺たちは思わず顔を顰めてしまう。研究がひと段落したということは“組織の目的を達成する目途が立った”とも言い換えられる。笠崎の陰謀を食い止めたにも関わらず、だ。これはちょっとまずいかもしれない。

「西さん、研究所の場所は?」

 もし、本当に組織の目的を達成する目途が立ったのならば一刻を争う。笠崎は組織の目的を達成するのに俺が邪魔になると言っていた。それは彼らの目的は俺にとって邪魔をするほど都合の悪いことなのだろう。そんな目的を達成する目途が立っているのならば今すぐにでも動き出さなければ手遅れになってしまうかもしれない。

 そう思って質問したのだが何か言おうとした西さんは口をパクパクと動かした後、目を丸くし、すでに青かった顔から更に血の気が引いていく。

「あ、あれ……嘘……」

「ど、どうしたの?」

 誰が見ても正常ではないと答えるほど彼女の様子はおかしかった。さすがに聞かずにはいられなかったのかリーマが不安げに問いかけるとハッとした彼女はリーマに視線を向ける。

「覚えて、ないんです……研究所の名前も、場所も。全然、思い出せないんです」

 そして、顔面を蒼白させながら彼女は言葉を紡いだ。



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第415話 手がかりを求めて

「ふーん……なんか面倒なことになってるな」

 悟は俺の話を一通り聞いた後、書類に目を通しながら他人事のように呟いた。昨日、西さんの両親の連絡先を調べてもらったせいで仕事が溜まってしまったらしい。もう少し真剣に考えて欲しかったが調べるようにお願いしたのは俺なので言い辛く、そっとため息を吐いてソファに背中を預けた。

「それで? 西さんは?」

「家で休んでる。精神的にまいっちゃったみたいでな」

「……それもそうか。今まで手伝っていたことが全部響を殺すための研究だったんだからな。研究所の名前も場所も覚えてないらしいし発狂してもおかしくないレベルだろ」

 自分が研究所について何も覚えていないことに気付いた西さんは見ているこちらが気の毒になるほど顔を真っ青にして混乱してしまった。さすがにこれ以上詮索するのは危険だとカウンセラーの資格を持つ母さんからドクターストップがかかり、話し合いは中止。西さんはそのまま俺の部屋で休ませ、母さんを中心に彼女の看病をすることになったのである。

 そして、俺は西さんから聞き出した情報を悟に話すために『O&K』の本社を訪れたのだ。一応、霊奈に連絡して家にいてもらっている。敵が来ても式神組だけで対処できると思うが西さんを直接狙われる可能性もあるので霊夢には及ばないが守りの結界を使える霊奈に守るようにお願いしたのだ。今頃、霊奈にも今の状況を説明している頃だろう。

「しっかし……敵は技術力もそうだけど響に関する情報を持ちすぎてる。お前が生まれる前からお前の存在を知ってたんだろ?」

「ああ、笠崎はそう言ってた」

「で、今度は内容がところどころ違うレポート、か……確かお前が記憶を失ってる時、治癒術が使えたんだろ?」

「はい、ななさんの治癒術には何度もお世話になりました。ですが、記憶を取り戻したマスターは使えませんでした」

「そこなんだよなぁ……記憶が戻る前と後で何が違うんだろ」

 腕輪に変形している桔梗の言葉を聞き、ため息交じりに呟いた悟はジト目でこちらの方を見るがすぐに手に持っていた書類に視線を落とした。しかし、集中力が切れてしまったのかため息を吐いた後、書類を机の上に置いて立ち上がり、俺の対面にあるソファに腰掛けた。

「問題はお前ですらわかっていないことを敵が知ってることだよな。何か情報源があるはずなんだが……未来がわかってるとか?」

「なら、『着装―桔梗―』も対処できたはずだろ。何というかムラがあるんだよな。桔梗の変形は完璧に対処できていたのに『着装―桔梗―』には驚いたりとか」

「ムラ、か。さっきのレポートもお前のやつにはちゃんと分析結果があったのにななの方にはなかった……って、ななのレポートで確定していいのか?」

「しょうがないだろ、ななの戦闘データにしか聞こえなかったんだから。まぁ、仮にもう1つのレポートがななだとして俺もその点が気になってた。ななは弓を一度も持ったことがないのに『射撃の才能がない』と書いてあったことも変だし」

「まるで……ななの戦うところを見たことがあってそれを思い出しながら書いたみたいなレポートだ」

 悟の言う通り、ななのレポートはあまりにも根拠がなさすぎる。俺のレポートに分析結果を載せていることから調べられるところはきちんと調べるようにしているはずだし、ななのレポートにだけ分析結果が載っていないのは不自然だ。分析することができず、見たり聞いたりしたことをそのまま書いたとしか思えない。じゃあ、どうやってななの戦う姿を見た? もし、敵の情報源が未来視だとしてもななは一度も弓を持っていないのだから未来を見ても彼女に射撃の才能があるかどうかわかるわけがないのである。

「……駄目だ。情報が足りな過ぎてここで詰まる」

「でも、西さんからはもう情報は引き出せそうにないんだろ? 研究所に直接乗り込むにしても名前も場所もわからないし……研究員を操ることができるぐらいなんだから研究所が見つからないように仕掛けを施してるはずだ。虱潰しに探しても見つかりっこないぞ」

 今のところ研究所についてわかっているのはこの街のどこかにあることだけ。それだけで仕掛けを施されている研究所を探すのは至難の業だ。それこそ望が『穴』を見つけない限り、不可能と考えてもいいだろう。

「……いや、もしかしたら」

「お? 何か思いついたか?」

「ああ、確証はないけど試す価値はある」

 立ち上がった俺を見てニヤリと笑う悟。彼の手に携帯が握られているので何かお願いすれば動いてくれるのだろう。だが、昨日も迷惑をかけたし今回ばかりは彼の伝手では対処できるような案件ではない。

「1年半ぐらい前にフランが誘拐された時のことを覚えてるか?」

「え? あ、ああ……って、まさか」

「あの時にあいつらが使ってた屋敷に行ってみる。何か残ってるかもしれない」

 フランが捕まっていた地下室は四方の壁に狙撃手が入り込めるほどの穴がいくつも開いていた。つまり、あいつらはあの屋敷を改造していたのだろう。望みは薄いが可能性はゼロじゃない。行ってみる価値はあるはずだ。

「さすがにこっち側じゃない人にあの屋敷を調査させるのは危険だ。だから、俺と……リーマと弥生で調査してくる」

 西さんが襲われたとして戦場になるのは俺の家だ。そんな狭い場所では植物や髪を伸ばして戦うリーマと龍の力を使う弥生は力を発揮することができない。なので、狭い場所でも戦える雅と逃げることになった際、足になる霙を家に置いておくことにした。すでに式神通信を使ってリーマと弥生に連絡して途中で合流することになっている。当時、リーマは屋敷で召喚した上、弥生にいたってはまだ出会ってもいないので現地集合できないのだ。

「……そっか、わかった。何かわかったら教えてくれ」

 今のところ自分にできることはないとわかったのか悟は苦笑を浮かべて再び机に戻り、書類整理を始めた。忙しい中、相談に乗ってくれたお礼を言って俺は社長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、これが例の屋敷かー」

 屋敷に向かう途中でリーマと弥生と合流し、屋敷に辿り着いた矢先、弥生が感心したような声を漏らした。ここに来るのは1年半ぶりだが多少寂れただけで崩壊などはしていない。ただ中は戦闘や脱出する時にフランが色々と破壊したのでボロボロになっているだろう。

「うわぁ……結構派手に戦ったんだね」

「まぁ、あの時は余裕なかったから」

 屋敷の前に残っていた激しく戦った痕を見て呟く弥生とどこか懐かしそうに言うリーマ。雅の元へ向かうために俺は一人で雅がいる山に向かい、望、霙、霊奈、リーマ、フランの5人が残った敵の相手をしてくれたのだ。

「それじゃとりあえず中に入ってみよう」

 俺が声をかけるとキョロキョロと辺りを見ていた2人も俺の後を追って屋敷の中へと入った。中は予想通り、かなりボロボロだ。この屋敷は地上4階、地下2階の計6階で構成されている。たくさんの敵がいた地下1階やフランが捕まっていた地下2階はともかく1階から4階まではほとんど探索しなかったので全てを調べるのは骨が折れそうである。『魂共有』が使えたら分身するのだが吸血鬼は部屋に閉じ込められているのでそれもできない。翠炎に手伝って貰うか。バラバラで行動すれば効率はいいが1人だと何か見落とすかもしれない。ここは二手に別れて探索した方がいいだろう。

「二手に別れよう。こっちは翠炎と一緒に探すからそっちは2人で頼む。1階から4階を探索した後に地下に行こう」

「うん、わかった。それじゃ4階に行こっか」

「りょうかーい」

 俺の言葉に頷いた弥生が近くにあった階段を昇り、リーマがその後に続く。それを見送った俺はいつの間にか隣に立っていた翠炎に視線を向けた。

「じゃあ、よろしく」

「ああ、任せておけ」

 頼られたのが嬉しいのかどこか機嫌良さそうに笑う翠炎と共に屋敷の探索を始めた。



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第416話 日記

 翠炎と共に屋敷の1階を探索し始めて10分ほど経ったが壁が崩れていたり、廊下に穴が開いていたりとボロボロ過ぎるあまり探索のしようがなかった。1年半前、フランを助けに来た時、1階部分で暴れた上に脱出するために壁を破壊したせいである。2階から4階には行っていないので1階よりはマシなはずだ。また、仮にこの屋敷を拠点としていたとしても戦場になると思われる1階の部屋で寝泊まりするとは考え辛い。

「これ以上は無駄みたいだ。2階に行こう」

「ああ」

 翠炎にそう提案すると彼女も同じことを思っていたのか頷き、近くにあった階段を昇って2階にやって来た。予想通り、壁や廊下はさほど壊れていない。各部屋を回って何か残っていないか確かめよう。

 とりあえず一番近くにあった部屋に入る。中は簡易ベッド、小さな机と椅子、クローゼットが一つずつあるだけで特にめぼしい物はなかった。だが、いくつかの部屋を物色すると、しわくちゃになったシーツや机の上に置いてあった小説、クローゼットの中に放置されていた衣服を見つけ、奴らがここを拠点にしていたと確信した。

「最後の部屋も特になかったか」

 しかし、2階の全ての部屋を調べても研究所にまつわる手がかりは出て来なかった。リーマたちには何か見つけ次第、式神通信で知らせるように言ってあるが今のところ連絡はないので向こうもまだ何も見つけていないのだろう。

「どうする? 3階に行くか?」

「……そうだな。行こう」

 地下には全員で行くことになっているので先に向かうことはできない。本来であれば3階はリーマたちの担当だがこのまま何もしないのも勿体ない。早速3階に続く階段を昇ると丁度部屋から出て来るリーマたちを見つけた。向こうもすぐにこちらに気付き、首を傾げる。

「あれ、響どうしたの?」

「2階まで終わったから手伝いに来た。何かあったか?」

「まったく……誰かが寝泊まりしてたのはわかったけどそれ以上は何も」

「そうか。なら、早く3階の探索を終わらせて地下に行こう」

 俺の質問にため息交じりに答える弥生。まぁ、最初から地上部分は手がかりがあればいい程度だったのでさほど気にせずまだ探索していない部屋を聞き、二手に別れて探索を再開する。だが、やはりと言うべきか俺たちが探索した部屋には何もなかった。

『きょ、響、こっち来て! 右端の部屋!』

 リーマたちと合流しようと部屋を出た時、脳内にリーマの声が響いた。どうやら、何か見つけたらしい。式神通信は翠炎にも聞こえるので俺たちはほぼ同時に右端の部屋に向かって駆け出した。

「あ、響! これ!」

 部屋に入るとリーマと弥生が机の前に立っており、こちらに気付いたリーマがすぐに何かを差し出した。彼女の手にあったのは1冊の大学ノート。ノートを受け取り、表紙を見ると『diary』と書いていた。ここで寝泊まりしていた人の日記。勝手に見るのは心苦しいが仕方ない。心の中で謝った後、ノートを開いた。

 

 

 

 

 

『上司の命令で郊外にある屋敷に引っ越して来た。どうやらここで大規模な作戦が行われるらしい。仕事なのでしょうがないが正直言って面倒だ。早く終わらせて家に帰りたい』

 

 

 

 

 

 日付の書いていない1ページ目を読み、俺たちは目を見合わせる。俺が戦った兵士は雇われた人だったらしい。確かに研究員を何人も抱えている状態で兵士まで用意するのは難しいだろう。だが、日記にも書いてある通り、雇った兵士はよっぽどのことがない限り、士気は高くない。

(でも、当時の兵士たちの士気はそこまで低くはなかった)

 大規模な作戦――フランの誘拐が実行されるまでの間に士気が高くなる出来事でもあったのだろうか。とりあえず、このまま考えていても埒が明かないので次のページを開いた。

 

 

 

 

 

『ここに来てから数日が経った。当初は面倒な仕事だと思っていたが雇い主と話している内に不思議とやる気が出てきた。他の奴らも同じみたいで今では屋敷の中を歩き回って色々と作戦を考えているらしい。俺も負けてられないな』

 

 

 

 

 

 この日記を書いた人はかなりずぼらだったようで1ページ目から数日が経っていた。しかし、たった数日で低かった士気が高くなっている。原因は雇い主と話したことみたいだがそれだけで士気が高まるとは思えない。ページを捲って続きを読むが雇い主を褒める言葉や作戦の内容が淡々と綴られているだけで手がかりとなるようなことは書いていなかった。

「雇主と会話しただけで士気が上がる……それほど雇い主が素晴らしい人だったということか?」

「でも、雇われた兵士全員が尊敬するってあり得ないでしょ。響じゃあるまいし」

「どういう意味だっ」

「いたっ」

 翠炎の言葉を否定したリーマの頭を軽く叩いてもう一度日記に視線を落とす。途中で書くのが面倒になったのか、それとも作戦が始まったのか日記のページは半分以上残っている。最後のページも今までと同じような内容だった。

「……ねぇ、確か西さんって操られてたんだよね?」

 これ以上の手がかりはないと判断し、日記を閉じようとした時、不意に弥生が確認するように俺たちに問いかける。確実とは言えないが彼女の話を信じるならば西さんは操られていた可能性が高い。操られていたというより洗脳というべきか。『俺の名前を聞いても言気にならない』、『研究内容に不信感を抱かない』と洗脳すれば研究員と話す時に俺の名前が出て来ても何も思わなかったことや明らかにオカルト染みた研究なのに真面目に働いていたことも説明できる。研究所の名前や場所がわからなくなったのもそのように仕掛けを施せば可能なはずだ。

「ああ、そう考えるのが妥当だと思う。それがどうかしたのか?」

「もしかしてこの兵士たちも操られたんじゃない? 雇い主と話した時に」

 なるほど、それならば数日で兵士たちの士気が高まったのも頷ける。しかし、もしそれが本当だとすれば雇い主は“会話しただけで洗脳できる”ことになってしまう。敵には未知の技術があることもわかっているので洗脳する機械の小型化に成功したのかもしれない。少なくとも厄介なことには変わらないが。

(問題は雇い主が誰かってことだが……おそらくボイスチェンジャーだ。あいつは俺の能力を知っていた上、望たちが誘拐された時も兵士たちは奴のことを信頼していた。この兵士のように洗脳したんだろう)

 だが、西さんの洗脳が解けた今、他の人たちの洗脳も解けた可能性が高い。俺の名前や明らかにおかしい研究内容を見聞きしても正気に戻らないほど強力な洗脳だ。レポートを見ただけでそれが解けるとは思えない。つまり、組織の目的を達成する目途が立ち、洗脳していた人たちは用済みになり、解放されたのである。

「それなら西が目を覚ました後、親に連絡が取れるか試してもらおう。西以外の研究員の洗脳も解けてるかもしれない」

 俺の推測を聞いた翠炎が腕を組みながらそう提案した。雅に式神通信で連絡を取ったところ、まだ西さんは目を覚ましていないらしい。とりあえず、兵士の日記や洗脳に関する推測を伝え、式神通信を切った。兵士の日記をスキホに収納した後、部屋を出る。

「ここが最後の部屋だったのか?」

「ううん、あと2つ残ってるよ」

「じゃあ、パパっと探索して地下に行こう」

 これだけ屋敷を探索して見つけた手がかりは1つ。地上部分にはもう何もないと判断して手早く探索を済ませようと俺たちは再び二手に別れて部屋に入った。

「……これは」

 そして、何となく気になったベッドのシーツを捲り、一つの封筒を見つける。それは『■■■へ』と何故か宛名が黒く塗り潰された名も知らぬ誰かの遺書だった。



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第417話 置いてきた罪

実は12月30日はpixivに東方楽曲伝を初めて投稿した日です。
投稿し始めてかれこれ6年になりました。
これからも東方楽曲伝をよろしくお願いします。


『■■■へ。

 瀕死になれば走馬灯を見てあなたを思い出すかもしれないと期待していましたが、どうやら生きている間にあなたを思い出すことはできないようです。こんな薄情な私を許してください。

 代表は記憶そのものを消されたので望みは薄いと言っていましたがやはりショックが大きいです。なので、こうやって血だらけの手であなたに送る最初で最期の手紙を書いています。遺書、になるのでしょうか。まぁ、どうせ読む人も読ませたい人もいない私にはどうでもいいことなのでしょう。

 あなたが私の好きな人なのか、それとも子供だったのか。はたまた男だったのか、女だったのかわかりませんが私にとってあなたが大切な人であったことは覚えています。写真も映像も何も残っていないのがとても残念です。

 代表の話では他の人はもう少しマシだったようですが、私とあなたは結びつきが強すぎるあまり、あなたの存在そのものが抹消されたらしいです。あなたの存在が消された悲しみもありますが、それ以上に私たちの絆が強かったことが嬉しいです。

 そろそろペンを握ることも難しくなってきました。最後まであなたを思い出せないことが心残りです。私の能力が記憶系の能力であればあなたのことを思い出せたのでしょうか。まぁ、この能力のおかげで何とか生き延び、こうやって手紙を書けたので今回ばかりは感謝しましょう。それに前に記憶系の能力を持っている人にお願いしてあなたのことを思い出そうとしましたが結局失敗に終わりました。それだけ奴の力が強大だったのでしょう。彼女をこの手で殺せないことが残念でなりません。

 私はここで終わりですが、私のような被害者が出ないように願っています。代表、あなたに全てを託します。彼女を、あいつらを――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 封筒の中に入っていた血だらけの遺書はそこで終わっていた。きっと、書いている途中で力尽きてしまったのだろう。読み終えた遺書を封筒の中に戻し、俺はそっとため息を吐いた。

「……ねぇ、これどういうこと? 兵士は雇われてたんじゃないの?」

「さぁな……ただ言えるのはこいつはあの時、あの場所で戦っていたことぐらいだ」

「でも、私たちは誰も殺してない! 手加減はちゃんとした!」

 リーマが声を荒げて叫ぶ。フランを取り返すためにこの屋敷に突入した俺たちは襲い掛かって来る兵士をねじ伏せた。だが、気絶させただけで殺しはしなかった。その、はずなのに俺は頷くことができなかった。その理由はわからない。だが、何となくその答えが地下にあるような気がする。一刻も早く地下に行かなければ(絶対に地下に行っては)ならないと何かが訴えかけてくる。

「……地下に行こう」

 矛盾する警告に俺は地下に行くことを選んだ。このまま帰ったところで奴らに関する情報は出て来ない。ならば、危険だとしても地下に行った方がいい。

「え? でも、色々気になる点が――」

「――いいから」

 不思議そうに首を傾げる弥生の言葉を遮って遺書をスキホに収納し、俺は部屋を出た。翠炎の役目は屋敷の地上部分の探索を手伝うことなのですでに魂の中に帰っている。きっと彼女も俺の態度を見て何かを悟ったのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌てたようなリーマの声と共に後ろからバタバタと慌ただしい足音が2つ聞こえた。だが、俺はそれを無視するように無言のまま、歩みを進める。その途中、廊下に微かに残っていた“血を拭き取ったような痕”をいくつか見つけた。

(ああ、やっぱり……)

「こ、これって……」

 ボロボロになった1階から地下1階へ繋がる階段とその階段に付着した血の付いた何かを引き摺った痕を見つけた。それはまるで血だらけになりながらも必死に階段を這い上ったような血痕。さすがにそれを見てリーマと弥生も気付いたのか言葉を失っていた。そんな2人に視線を向けた後、黙って階段を降りる。下に行けば行くほど鉄臭い匂いが強くなっていった。

 俺たちと兵士が戦闘を繰り広げたせいでボロボロになってしまった地下1階に辿り着き、そのまま何かを引き摺ったような血痕の後を追いかけると何の変哲もない壁に突き当たった。その壁を手で押すと隠し扉になっていたのか壁の一部が回転し、その奥に階段を発見する。誰一人声を発することなく階段を降りた俺たちの前にフランが磔にされていた十字架とその周囲に散らばった鎖の破片。そして――。

 

 

 

 

 

 

 ――大量の血が付着した四方の壁が現れた。

 

 

 

 

 

 

「ッ……何、これ」

「酷い……」

 妖怪であるリーマと弥生ですら声を震わせるほど地下2階は酷い有様だった。血はすっかり乾いているが生臭い匂いが充満しており、普通に呼吸するだけで吐き気を催してしまいそうになる。見れば壁に付着した血は地面に近づけば近づくほど血痕が細くなっている。どうやら、この大量の血は天井付近に開いている穴全てから滴り落ちたらしい。あの穴には兵士たちが潜伏していた。つまり、この血はあの穴の中にいた兵士たちのものなのだろう。誰かが片づけたのか穴の中に死体はないようだ。

「ねぇ、これってどういう……響?」

「……」

 リーマの問いかけを意図的に無視して何かを引き摺ったような血痕を視線で追うと左の壁の下に水溜りのように広がった血痕を見つけた。その血痕から目を離し、天井付近を見れば他の場所と同じような穴が開いている。あの穴に遺書を書いた(血の水溜りを作った)人が潜伏していたのだろう。

(まさか……あの時――)

 もう一度、遺書に目を通して全てを悟った。

 フランを助けるために地下2階に向かった俺はボイスチェンジャーを使って話しかけてきた奴と四方の天井付近にいくつも穴を開け、そこに潜伏していた兵士たちに囲まれた。そして、ボイスチェンジャーにフランを殺すと言われ、暴走してしまった。その後、フランのおかげで正気に戻り、地下1階で戦っていた霊奈とリーマを助けるために周囲の様子を確かめる間もなく、すぐに地下2階を後にした。そこに広がる惨状とたった独り生き残った生存者を残して。

「響? ねぇ、大丈夫? 響!」

 俺の様子がおかしいことに気付いたリーマが慌てた様子で俺の肩を揺らすがそんなことすら気にしていられなかった。頭の中で遺書の文章と目の前に広がる光景がグルグルと混ざり合い、認識していなかった事実がその姿を現し、視界が狭くなっていく感覚に陥っていく。ああ、あの何かからの警告は正しかった。何かはこの事実は俺が知らなければならないことで、知ってしまえば己の罪を自覚し、絶望すると知っていたのだ。

「――、――! ――!」

「――! ――――、―――――――!」

 リーマと弥生が何か叫んでいるが俺の耳は仕事を放棄してしまったのか彼女たちの声を聞き取ることができなかった。

(俺は……この人を――)

 何があったのか覚えていないがおそらく暴走した俺が穴に潜伏していた兵士を全員“殺した”。だが、この遺書を書いた人だけは能力のおかげで何とか生き延び、自力で穴から脱出して地面に体を打ち付けた。その拍子にこの血の水溜りを作ったのだろう。その後、瀕死の体に鞭を打ち、地下2階から地下1階へ、地下1階から1階へ這い上り、廊下を張って部屋まで戻った。そして、最期の力を振り絞って遺書を書き、その途中で息を引き取った。

 もし、あの時、俺がもう少し周囲の様子を確かめていれば。

 もし、あの時、生存者に気付いていれば。

 もし――。

 そんな『たられば』を並べたところで過去を変えられないことぐらいわかっている。だが、それでもそう思わずにはいられない。なぜなら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺はあの時、殺人を犯した上に助けられたはずの命を見捨てたのだから。

 



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第418話 封筒と遺書

明けましておめでとうございます。
今年も東方楽曲伝をよろしくお願いします。


 屋敷の探索から帰ってきた響たちだったが『1人にさせてくれ』と言って響はすぐ部屋に閉じこもってしまった。敵の襲撃に備えて警戒していたせいで『式神通信』を使っていなかった私は慌ててリーマと弥生に話を聞くと彼女たちは彼から預かっていた一つの封筒をテーブルの上に置いた後、屋敷で起きたことを説明してくれた。

「それがその人の遺書か?」

 話を聞き終え、最初に口を開いたのはリョウだった。ここにいるのは私、望、リーマ、弥生、霊奈、リョウ、ドグの7人。響の様子がおかしいことにいち早く気付いた奏楽も話を聞きたがったが子供に聞かせるような内容ではなかったようで霙に引っ張られるように部屋を出て行き、静さんはまだ眠り続けている西さんの付き添いだ。

「そうよ。動揺してる間に響から奪うように貰っておいたの。あの様子じゃ何するかわからなかったし」

 リーマがため息交じりにそう言った後、テーブルの上に置いていた封筒を手に取り、中身を取り出す。中から出てきたのは話にあったようにところどころに血が付いた便箋だった。それを受け取ったリョウは遺書を読み、すぐに面倒臭そうな表情を浮かべる。その後、隣に座っていたドグに遺書を渡した。

「……はっ。これはひでぇな。ほれ」

 遺書を読み終えたドグは鼻で笑った後、私に遺書を差し出す。受け取って遺書に目を通し、気になる点をいくつか見つけた。だが、今は遺書の情報を共有することが先決だ。頭のメモに気になる点を刻み込み、望に遺書を回す。

(……まぁ、気持ちはわかるかな)

 望と霊奈が遺書を読み終えるのを待つ間、私は響が部屋に閉じこもってしまった気持ちを理解していた。彼の罪は彼だけのものじゃないから。

 響が部屋に引きこもってしまったのは救えたはずの命を見捨ててしまったせいだ。だが、彼がすぐに屋敷を離れたのは私のせいでもある。つまり、この罪は私の罪でもあるのだ。

 だが、正直な話、フランを誘拐して殺そうとしたのは向こうだ。響だってフランに手を出されなければ人を殺めることはしなかっただろうし、遺書を読んでわかったことだがこの人は死にたがっていたように見えた。

 確かに地下2階から脱出する前に周囲を見渡せばこの人の命を救えたかもしれない。しかし、だからといってこの人自身を救えたとは到底思えないのだ。むしろ、『どうして助けた』と文句を言われた可能性だってある。なら――。

「……雅ちゃん?」

「へ?」

「どうしたの? ぼーっとしてたけど」

 望に声をかけられ、顔を上げると6人の視線が私に集中していた。考え事に夢中になっている間に霊奈も遺書を読み終えたのかテーブルの上に遺書が置いてある。

「ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ」

「そう? えっと……じゃあ、とりあえず気になったことでも話し合う? お兄ちゃん、部屋から出て来ないし」

「ああ、そうだな」

 望の提案にリョウが頷き、自然と全員の視線が遺書に注がれた。念のために響に『式神通信』を繋いで会議の様子を中継する。返事には期待していない。会議を聞いて少しでも気が紛れればいい程度だ。

「それじゃあ、私が司会しようかな。弥生ちゃん、書記お願い」

「うん、わかった」

 頷いた弥生は固定電話の近くに常備されているメモ帳数枚とペンを取りに向かった。彼女が戻って来るまで頭のメモに書いておいた気になる点を整理する。それからほどなくして弥生が戻ってきたので『コホン』と望が一つ咳払いをした。

「まぁ、皆気になる点があると思うし順番に気になる点を言って、それについて議論しよっか。まずは霊奈さんから」

「んー、確か兵士って雇ってたんだよね? でも、この人は自分から志願したのかな」

 霊奈が指摘したのは兵士に関することだった。大切な人を思い出すために走馬灯を見ようとしていたが代表――兵士の日記に書いていた雇い主は思い出せる可能性が低いことを知っていたらしい。それでも兵士になってまで思い出そうとするほどこの人にとって忘れてしまった人は大切だったのだろう。

「おそらくな。だが、こいつみたいに志願して兵士になった奴は少ないだろう」

「どうして言い切れるのよ?」

「代表って奴の話を信じるなら走馬灯という確実に起こるとは思えない現象に縋りつかなければならないほど記憶を消されたのはこいつだけだ。それに兵士の数が揃っていれば別の場所から兵士を雇うわけがない」

 リョウの言葉に思わず『あー』と声を漏らして納得してしまった。西さんの話では研究所に勤めている研究員の数は相当なものだったらしい。だが、その代わり、兵士が足りず、雇うしかなかった。走馬灯を見るという目的があったこの人が例外だったのだろう。

「じゃあ、兵士は基本的に雇われた人ってことでいいかな。雅ちゃんは何か気になるところあった?」

「……そもそもどうしてこの人は記憶を消されたの? 他にも消された人いるみたいだけど」

「それはこの遺書からじゃわからなくね? 記憶が消されてるんだから。それにこいつの大切な人は存在そのものが抹消されたらしいし、どこにも痕跡は残ってないんだろうよ」

 私の疑問を一蹴するドグ。確かに彼の言う通り、記憶を消されたのならその理由もわからない上、消された方法や誰に消されたのかさえ覚えていないだろう。

「待て……ドグ、今なんて言った?」

 だが、彼の発言に反応したのはその隣で腕を組んでいたリョウだった。その表情は険しい。何かわかったのだろうか。

「は? いや、痕跡は残ってないって言っただけだけど」

「ああ、そうだ。痕跡は残っていない……じゃあ、何でこいつは“記憶を消された”ことを覚えている? 存在そのものを抹消したのならこいつだって覚えていないはずだ」

 リョウの言葉に私たちは顔を見合わせてしまう。存在を抹消されたはずなのにいたことを覚えていること自体がおかしいのだ。存在を抹消できるほどの力を持っているならばいたことすら忘れられるようにできるはず。でも、この人は覚えていた。それほどこの人たちの絆が強かったのか。それとも誰かの手によって少しだけ記憶が戻ったのか。

「……おそらく今の手札ではわからないだろう。これは後回しだ。ほら、司会。次だ次」

「う、うん。じゃあ、リーマちゃんはどう?」

「え!? あー、そうね。この人も含めて異能力者がいるっぽいこととか?」

 誰も答えに行きつくことができず、無言になってしまう。これ以上考えても話は進まないと判断したのかリョウが議題を変えるために望に話しかけた。望に質問されたリーマは慌てた様子で答える。組織は異能力者を集めて研究していると響が教えてくれた。それこそフランが誘拐された時にボイスチェンジャーを使って話すリーダー――代表から聞いたのだ。

「遺書を読んだ時点でこの人を含めてすでに2人いるから他にいてもおかしくない……けど、さっきも言ってたけど兵士にはなってないよね?」

「遺書に出てきた能力者は記憶系だったし戦闘系の能力を持ってる人がいなかったんじゃない? もしいたらどこかで戦ってるだろうし」

 ペンを動かしながら弥生が周囲を窺うように聞くとすぐに霊奈が頷いた。他の皆も弥生の意見に賛成だったようで特に反論はしない。

「別に他に能力者がいてもいなくても今は関係ない。それよりもこっちの方が問題だ」

 そう言いながらリョウがテーブルの上に置いてあった遺書と遺書が入っていた封筒を私たちに見えるように持ち上げた。それを見て何だろうと首を傾げる弥生以外の全員が顔を顰める。

「……1人だけ気付いていなかったみたいだな」

「この子、結構疎いのよ」

 呆れた様子で弥生を見るリョウにリーマが弥生の肩に手を置いてため息交じりに言う。そういえば昔、一緒に住んでいた頃から時々、変なことをやらかす子だった。

「え? ええ? 何? 封筒と遺書がどうしたの?」

「ほら、よく見てよ。遺書には血が付いているのに封筒には全く血が付いてないでしょ?」

「それに封筒の中を覗き込んだが中にも血は付いていなかったし、遺書も中途半端なところで書き終わっていた。途中で力尽いたんだろうな」

「あ、ホントだ……って、途中で力尽いちゃったならどうやって封筒に遺書を入れたの?」

 不思議そうにしている弥生に説明する望とそれを補足するドグ。それでやっと封筒と遺書の矛盾に気付いた弥生が更に問いかけてくる。その疑問が浮かんだ時点で答えは出たようなものだが今は時間が惜しいのですぐに答えを言ってしまおう。

 

 

 

 

 

 

「つまりね、遺書に付いた血が乾いた後に封筒に遺書を入れた別の人がいるってこと」

 







とうとう、響さんの本能力名を突き止めた読者様が現れました。
投稿し始めて6年で初めてです。
とりあえず、今の段階でも響さんの本能力はわかると実感できて一安心しました。


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第419話 遺書の罠

『え……それってどういう?』

 雅の言葉を繰り返す弥生だったが彼女自身、すでにその意味を理解しているのだろう。その証拠に弥生の声は微かに震えていた。そんな弥生を見てため息を吐いたリョウは面倒臭そうに口を開く。

『そのままの意味だ。遺書を書いた奴が死んだ後、何者かが遺書を封筒に入れ、死体を片づけた。おそらく地下の死体を処理したのもそいつだ』

『けど、お兄ちゃんが雅ちゃんを助けに行った後、私たちを囲んでた兵士たちは少ししたらどこかに行っちゃったからあのお屋敷には誰もいなかったはずだよ? さすがに地下の死体を1人で片づけるのは無理なんじゃない?』

 地下2階の死体は数もそうだが天井付近の穴の中で死んでいたため、片づけるためには最初に穴から死体を引っ張り出さなければならない。その作業を1人で行うのは些か無茶である。それに屋敷に誰かが戻ってくる可能性もあったため、ゆっくりと作業している暇はなかったはずだ。その証拠に廊下の血痕は一目見ただけではわからない程度には片づけていたのに地下に残っていた血は放置されていた。

『いや、当時の話を聞いた限りではたった1人だけ屋敷に残っていたかもしれない奴がいる』

『……響にボイスチェンジャーを使って話しかけた人――代表が死体を片づけたってこと?』

 リョウの発言にいち早く反応したのは雅だった。当時、彼女はガドラに呼び出され、屋敷から少し離れた山の山頂付近にいたため、フランの救出には参加していない。だからだろうか、事件が終わり、生活が落ちついてきた頃になって何があったのか皆に聞いてまわっていた。そのため、フラン誘拐の首謀者であるボイスチェンジャーを知っているし、彼女もボイスチェンジャーに誘拐されたことがあるのですぐに名前が出てきたのだろう。

『さすがに1人じゃ無理だろう……だが、あの女の話を聞く分には協力者が多いみたいだから代表が人を集めて片づけさせたとしか考えられない』

 望が言っていた兵士は雇い主である代表と話してやる気になっていたが所詮、雇われ兵士だ。戦況が悪くなれば逃げてもおかしくはない上、死体の片づけまでやろうとする兵士はいないだろう。その反面、代表の協力者は代表の命令ではなく、遺書を書いた人のように自分の意志で動いている。きっと代表と協力者の目的が一緒なのだろう。自ら兵士に志願した人がいるのだ、目的を達成するためならば死体の処理すらこなしてしまう人がいてもおかしくはない。他の皆も彼の考えに納得したのか誰も反論せず、頭の中で情報を整理しているようだった。

『うーん……なら、遺書を封筒に入れたのは別の人なのかな。最初は代表が入れたと思ってたんだけど』

 そんな中、霊奈だけは首を傾げながら遺書と封筒を手に取り、その2つを見比べるように天井の照明にかざした。だが、不審な点はなかったのか残念そうに息を吐いてすぐに遺書と封筒をテーブルに置いてしまう。

『多分、遺書を封筒に入れたのは代表で合ってるよ』

 霊奈の意見に頷いたリーマへ全員の視線が向けられる。まさか注目されるとは思わなかったのか彼女はビクッと肩を震わせた。

『ぅ……え、えっと、結局のところ推測にすぎないんだけど……』

『構わん、今までの話し合いだって全部推測だ』

『……この人は遺書を書いてる途中で力尽きたんだよね? そして、誰かが封筒を用意して血だらけの遺書を入れ、隠すようにベッドのシーツの下に隠した。まるで、屋敷を訪れる誰かに託すように』

 そこまで言ったリーマはテーブルの上に置いてあった封筒を持ち、皆に見えるように掲げた。そこには『■■■へ』と書かれている。

『それに加えてこの塗り潰された名前。この字だけ遺書の文字と筆跡が明らかに違うよね』

 リーマの言う通り、遺書の文字は丸みを帯びており、どこか女性らしさを感じる字だった。それに対し、封筒の唯一塗り潰されていない『へ』は達筆ながらも力強い印象を受ける文字だった。封筒の文字は一字しか見えないため、断言はできないが遺書と封筒の文字を書いたのは別人であると予想できるほどには筆跡が異なっている。

『きっと、封筒に遺書を入れた人はこの遺書を誰かに読んで欲しかった』

 遺書に書かれた『■■■へ』を真似るように書かれた封筒の『■■■へ』。遺書を読んだとしてもわざわざ封筒を用意した上、『■■■へ』と書くようなことは普通しないだろう。遺書を書いた人の事情を知らなければ。

『この遺書を書いた人と親しい関係で、兵士に志願した理由を知っていて……あの屋敷に私たちが訪れることを予測できた人。そんな人、たった1人しか思いつかない』

『じゃあ、なんだ? 代表は俺たちがあの屋敷に行くことを知ってたってのか?』

『……まぁ、否定はできないか。向こうはこちらの手の内をほとんど把握されていたし、行き詰って屋敷を調べることぐらい容易に考えられる』

 ドグが眉を顰めて確認するように問いかけ、リョウもため息交じりにその問いに頷く。奴らはこの時代に来たばかりの桔梗の情報すら持っていた。情報戦ではこちらが圧倒的に不利。敵の情報源を特定しない限り、ずっと後手に回ってしまうだろう。

『でも、代表はなんで罠を仕掛けなかったんだろう。警戒してたとは言え、遺書だけ残すなんて』

『……ああ、そっか。だから、“残していったんだ”』

 弥生の呟きを聞いた雅は何か閃いたのか納得したように言葉を漏らした。そして、リーマが持っていた封筒を奪うように取り上げ、テーブルの上にあった遺書をその中に入れ、立ち上がる。そのまま居間を出てしまった。

『代表は遺書を残したのはこの人の無念を私たちに知って貰うため……でも、もう1つだけ目的があった』

 独り言のように言いながら階段を登る雅。彼女の後ろから困惑しながらもその後を追う皆の足音が聞こえる。

『それは“誘導”。響たちを地下2階に向かわせ、殺人を犯した上に生存者を見殺しにした事実を響に突きつけるため。実際、遺書を見つけた響はすぐに地下に向かい、大量の残っていた血痕を見て事実を知ってしまった』

 そこでガチャリ、と扉の開く音が脳裏と鼓膜を同時に震わせる。真っ暗だった部屋に光が差し込み、そちらに視線を向けると遺書の入った封筒を持った雅が俺をジッと見つめていた。彼女の後ろには心配そうにこちらを見ている望や厳しい目を向けるリョウもいる。位置的に見えないが他の皆もいるはずだ。

「敵は同情と罪の意識で響の戦意を喪失させたかった……でも、その様子だと案外、大丈夫そうだね。喝を入れようと思ったけど無駄だったみたい」

「……まぁ、何とか、な」

 苦笑を浮かべる雅にそう言って手に持っていた博麗のお札を机に置く。その周囲には大量生産した博麗のお札が散乱していた。

 確かに認識していなかった己の罪を目の当たりにして動揺しなかったわけじゃない。こうして、作業に没頭していなければ罪の意識に囚われてポッキリと折れてしまっていたかもしれない。会議を彼女に任せたのは申し訳ないが俺には多少なりとも時間が必要だった。だが、そのおかげで心の整理がついた。

 奴らの目的は未だにわからない。遺書に書いていた“彼女”や“あいつら”という言葉が関係しているのだろう。そのためにあの手この手を使って俺を無効化しようした。

「でも、俺たちは屈しなかった。だから、殺そうとした。もしかしたら、屋敷の仕掛けは本来、もう少し早く作動するはずだったのかもしれない」

 奴らの情報収集能力は凄まじいが笠崎が『装着―桔梗―』を知らなかったようにところどころ穴があった。下手をすると俺たちが気付いていないだけで他の場所にも奴らは罠を仕掛けていたのかもしれない。

「今まで奴らが俺を襲う理由はわからなかったし、その理由を考えようともしなかった。襲われたから戦った。だが、向こうにだって何か理由や事情があるはずなんだ。それこそ、死んでも成し遂げたい目的が……俺は、それが知りたい」

「……知ってどうする」

 腕を組んで睨むように俺を見ていたリョウが小さな声で問いかけてくる。

 望たちを人質に俺を仲間にしようとしたり、殺そうとしたり、戦意を喪失させようとした。その全ては目的を達成するために俺に手出しをさせないようにするためだ。

「一度だけ俺に協力するように言っていた。なら、まだ可能性はゼロじゃない。だから、まずは奴らの目的を――」

 その時だった。机の上に置いてあった俺のスマホが音を立てて振動する。未だに部屋は真っ暗だったせいかスマホの光がどこか妖しく輝いていた。画面を覗き込むと『影野 悟』と表示されている。皆に目配せした後、電話に出た。

「もしもし?」

『もしもし、響! 大変だ! ネット見ろ!』

「……何?」

 珍しく声を荒げた悟に思わず目を細めてしまう。他の皆も悟の声が聞こえたのか首を傾げながら顔を見合わせている。何があったのかわからないがあまり嬉しい知らせではないらしい。そっとため息を吐いた後、パソコンの準備をするように『式神通信で』で雅に指示しながら色々と喚いている悟を落ち着かせた。



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第420話 崩壊の予兆

『……本当にいいんですね?』

『はい、覚悟はできています』

 彼女は私の目を真っ直ぐ見て頷いた。予想ではもう少し戸惑うと思っていたがあの子に出会って彼女も随分成長したらしい。それがとても嬉しく思い、今からそれを奪う罪悪感に心が締め付けられる。だが、やらなければならない。やらなければ目の前にいる彼女もあの子も全員、死んでしまうのだから。

『わかりました。では、始めます』

 予め組んでいた術式を発動させた。薄暗かった部屋が淡い光によって照らされ、床に書かれた術式の真ん中に立っている彼女の髪や服が揺れる。そして、パタリとその場で倒れてしまった。

『……』

 これで再び薄暗くなった部屋で立っているのは私だけになってしまった。あの子はすでに家に帰したし、この子も後数時間で向こうに行ってしまう。

『……情けないですね』

 気絶してしまった彼女を横抱きにして持ち上げながら思わず呟いてしまった。本当なら罪を犯した私たち大人が解決するべきなのだろう。でも、それは叶わない。他の皆は奴の手によって動きを封じられてしまうし、私にはもう時間がない。全てをあの子に託すしか方法がなかった。

『ごめんなさい』

 隣の部屋に敷いていた布団に寝かせ、彼女の頭を撫でながら謝る。不甲斐ない自分が許せない。この子や彼に運命を委ねることしかできない自分が情けなくて仕方ない。でも、やるしかない。ここまで来たらもう後戻りはできないのだから。

『……さて、そちらの準備は大丈夫でしょうか?』

『……ああ』

 私の問いかけにずっと別の部屋で術式を組んでくれていた彼が静かに頷いた。その顔はどこか儚く、とても美しかった。彼ともっと話していたかったがそれは贅沢な願いなのだろう。

『では……始めましょう』

 だからだろうか、悔しさや悲しみが表情に出ないように私は彼に微笑んだ。それに対し、顔を歪めて俯く彼。そんな顔をしないで。そんな顔を見てしまったら決心が揺らいでしまう。このまま彼と一緒に逃げてどこかで静かに暮らしたいと願ってしまう。だが、それはもう願わない。彼が私の目の前にいることがその証拠。運命はもう決定している。あとはなぞるだけ。

『後のことはお願いします』

『……わかってる。だから……ちゃんと見守っていてくれ』

『ええ、もちろん……それが私の役目ですから』

 頷いた私に彼は悲しげな笑顔を浮かべ、部屋を出た。私もその後を追う。彼の背中を見て私は思わず目から涙が零れてしまった。ああ、生きていてよかった。あの日、覚悟を決めてよかった。

『……ありがとう、ございます』

『……』

 自然と漏れた感謝の言葉に彼は何も言わず、開かれていた両手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分かけて悟を落ち着かせた後、皆を連れて居間に戻ると丁度雅がノートパソコンを起動するところだった。雅のノートパソコンはそれなりに古いらしく(1年ほど前にどこかで買ってきた)起動するまで時間がかかるので望と霊奈はお茶を淹れに台所へ消える。その間に悟から事情を聞こうと携帯を操作してスピーカーモードに変えた。

「それで何があったんだ?」

『パソコンは?』

「今、起動中」

『なら、ちょっと待っててくれ。実際に見た方が早い。その間に俺も用事済ませるからパソコンが起動したら電話して』

 そう言って悟は電話を切ってしまう。焦る悟を見るのは久しぶりだ。他の皆も何事かと目を見合わせている。

 それからほどなくしてノートパソコンが起動し、いつでも使える状態になった。その頃には望たちもお茶を淹れ終わり、お茶を啜りながら悟へ電話を掛ける。掛け直すと言っていたのに電話に出られないほど忙しいのかしばらくの間、コール音が響いた後、繋がった。

『すまん、遅くなった』

「いや、大丈夫。そっちこそいいのか? 忙しそうだけど」

『ああ、忙しいっちゃ忙しいけど今はそっちが優先だ。前に話してた掲示板を覚えてるか?』

 掲示板という単語を聞いて数日前に見たO&Kが開発するVRゲームについて語る掲示板を思い出した。もしかしてO&Kの評判が一気に悪くなってしまったのだろうか。しかし、悟なら『自分の会社のことだ』とか言って俺たちには黙っているはずだ。

「ああ、覚えてる。それがどうかしたのか?」

『ちょっと覗いてみろ』

 彼の指示に首を傾げながらもパソコンを操作して数日前に見た掲示板を探す。だが、かなり書き込まれたのかすでにいくつかのスレッドが立てられていた。過去のスレッドはいつでも見られるのでとりあえず最新のスレッドを覗いてみる。

「なっ……」

 スレッドを覗いて俺は思わず声を漏らしてしまった。数日前まではO&KのVRゲームについて語っていたはずなのに何故か文化祭の事件が掘り下げられている。しかも、頻繁に『妖怪』や『ロボット』という言葉が出てきていた。

「悟、これはどういう!?」

『……誰かは知らないけどあのグラウンドで起きたことを撮影してた奴がいたみたいで数時間前に至るところで公開されたんだ』

「公開って……誰が何のために」

『一応、何とか映像は消させたけど時間がかかったせいでそれなりの人に見られた。掲示板を見ればわかると思うけどあれがVRゲームだったって信じてる人の方が少ない』

 悟の言う通り、ざっと流し読みだがVRゲームという単語は書き込まれている様子はない。むしろ、O&Kが妖怪やロボットなどの創作物に出てくるような存在を隠蔽していたのではないかという意見があり、下降気味だったO&Kの評価が更に下がっていた。きっとその対応に追われていたのだろう。

「そっちは大丈夫なのか?」

『ああ、何とかな。オカルトを隠蔽してたって証拠はないし、今は本当にVRゲームを開発してるのか』って問い合わせが殺到してるだけだ』

 O&KのVRゲームはかなり話題になったのでゲーマーたちが心配して問い合わせしているらしい。その時、ずっと黙っていた望が自分のスマホを俺に見せるように差し出した。スマホの画面にはO&Kのホームページが開かれており、開発途中のVRゲームのイメージ映像が流れている。何だか映像の中で暴れ回っている女のキャラが俺に似ているような気がするが、とにかく悟はイメージ映像を流して『O&KはVRゲームを開発している』とアピールしたようだ。

「元の映像はもうないのか?」

『ああ、保存した奴もいるだろうけど公開されたらすぐに対応できるようにしてる。ネットの奴らも公開しても消されるってわかったのかやっと落ち着いてきたんだ』

 つまり、今のところネット上に映像はないらしい。しかし、映像はないのにこれだけ騒がれているということは映像を保存した人がかなりいるのだろう。

「……ちょくちょくお前の戦う姿がやばいって書き込みがあるのは触れた方がいいのか?」

「やめろ」

 マウスを操作して掲示板を読んでいたリョウが画面を指さしながら呆れたように聞いて来たがすぐに彼女の手を叩いて拒否する。確かに映像に関する話題と同じくらい――いや、それ以上に俺に関する話題が書き込まれていた。いくつかのスレッドを遡って確認したところ、『あの映像が本物なら戦っている美人も実在してるんじゃね?』というレスから爆発的に俺に関する書き込みが増えていた。むしろ、俺が実在して欲しくて映像は合成ではなく本物だ、と言っている人もいるようだ。

「……これ、まずいんじゃね?」

 リョウの後ろでパソコンを見ていたドグが冷や汗を流しながら呟いた。それを聞いた皆もハッとして俺に視線が集まる。だが、俺は彼女たちの視線を気にしていられるほど冷静ではいられなくなっていた。

 映像は見ていないが『妖怪』や『ロボット』という単語や俺の話題が出てきている時点で掲示板の住人はもちろん、他の人にあの映像について伝わるのは時間の問題だ。

(このままこれを放置すれば……)

 オカルトが今まで以上に世界に伝わってしまう上、『本当にあるのではないか?』と思われてしまう。つまり、現実と幻想の垣根が曖昧になる。そう、それは幻想郷の崩壊を意味していた。

 



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第421話 常識と非常識

 幻想郷は2種類の結界に囲まれている。一つは『幻と実体の境界』。そして、もう一つが『博麗大結界』である。

 『幻と実体の境界』とは紫が作り出した結界で、外の世界に対して幻想郷を幻の世界と位置付けることで弱まった勢力――外の世界の妖怪を自動的に幻想郷に呼び込む効果を有している。妖怪は基本的に人の恐怖を糧にしているが、外の世界ではすっかり妖怪の存在は『非常識』とされ、人々は妖怪に怯えることがなくなってしまった。そのため、妖怪たちは外の世界に居続けるといずれ存在を保てなくなってしまうのである。だが、『幻と実体の境界』があれば外の世界にいる妖怪を幻想郷へ引き込み、存在を保たせることが可能だ。

 それに対し、『博麗大結界』は博麗の巫女が管理している『常識の結界』であり、外の世界と幻想郷の『常識』と『非常識』を区別し、更に外の世界の『常識』を幻想郷の『非常識』に、外の世界の『非常識』を幻想郷の『常識』にする効果を有している。それにより、外の世界の『常識』を阻み、幻想郷の『常識』を引き込むのだ。そして、外の世界の『常識』が幻想郷へ行こうとしてもどこまで行っても延々と同じような景色が続くだけで結界にすら辿り着けず、幻想郷から外の世界に行くこともできない。つまり、『常識』と『非常識』を完全に区別してしまうのである。この結界は物理的なものではなく、論理的なものだが非常に強力で妖怪でも簡単に通ることはできない。

「もし……もし、このまま妖怪の存在が再び外の世界の人たちに知れ渡って『常識』になってしまったら?」

「……幻想郷の常識が引っくり返って『非常識』となり、幻想郷にいる妖怪が外の世界にはじき出される」

 俺の呟きに対し、腕を組んだままリョウが静かに答えた。他の皆もリョウに言われずとも気付いていたのか、誰も驚きの声は漏らさずに俯く。常識が引っくり返り、幻想郷に住んでいる妖怪――いや、妖怪だけじゃない。外の世界で非常識(オカルト)とされている存在全てが外の世界に吐き出されてしまうかもしれないのだ。たとえ、幻想郷にあっても外の世界でそれが『常識』になれば幻想郷で『非常識』となり、外の世界へ追い出されてしまうからだ。

 もし、そうなったら幻想郷は確実に崩壊する。最悪の場合、外の世界に吐き出されたオカルトと人間が争い、世界そのものが滅亡する可能性だって十分ありえる。

「でも、本当にそんなことが起こるの? 今だって妖怪を知ってる人はいっぱいいるのに」

「知ってるって言ってもそれは創作の話だろ? むしろ、そのおかげで妖怪は想像上の存在だって思われてる。だが、今回の一件は……」

 リーマの疑問を首を横に振りながら否定した。現在、外の世界の人たちは妖怪を『いそうでいない想像上の存在』だと認識している。しかし、流出した映像は掲示板の反応を見るにその『常識』を揺るがすほどのものだったのだろう。このまま放置しておけば『疑惑(いるのではないか?)』は『願望(いて欲しい)』に、『願望(いて欲しい)』は『常識(いる)』になる。今は『願望(いて欲しい)』と思っている人が少ないから『常識(いない)』とされているが、『願望(いて欲しい)』が増えれば『常識(いない)』は『皆そう思っているから(数の暴力)』によって『常識(いる)』に変わるのだ。

「そして、『常識』から『非常識』に、『非常識』から『常識』に引っくり返ったならまだしも『常識』が『非常識』になってからもう一度『常識』になった場合、それを引っくり返すことは不可能だろう。そうなってしまえば幻想郷を立て直すこともできなくなる」

「どうして? 引っくり返ったならその逆だってあり得るはずだよね?」

「『非常識を引っくり返す』のは『常識を引っくり返す』よりも比較的、簡単なんだよ。見つければいいんだから。まぁ、ほとんどの場合、それは目の錯覚か勘違いなんだが」

「あー、よく聞くよね。お化けだと思ったら風で揺れるただの柳だったとか」

 弥生の問いにリョウが答え、それを聞いた霊奈も納得したように頷いた。『いる』ことよりも『いない』を証明する方が難しいのは当たり前だ。『いない』ことを証明するには世界中を同時に監視しなければ証拠にならないのだから。それに比べ、『いる』を証明するには実際にその存在を発見するだけでいい。

「だからこそ、オカルトはなくならない。『あり得ない』を証明するには情報が少なすぎるからな」

 よくテレビで幽霊やUMAの特別番組が放送されているのも“情報が少ないあまりいるかいないかも判断できない存在”だからだ。目撃証言だけで視聴率が取れるほど世間は幽霊やUMAの情報を求めているのだろう。面白半分だろうが何度も特別番組が放送されるのがその証拠である。視聴率が取れない内容を放送しても意味はないのだから。

「つまり、すでに世間は妖怪みたいな『想像上の存在』を『いそうで未だに発見されていない存在』だと思っている。じゃあ、今回の映像を見て世間が今まで発見されていなかった存在が確認されたのだと……昔はいたと数多くの文献が残っている妖怪が現代にもいたと認識したら?」

「『常識(いない)』が『常識(いる)』に……引っくり返る」

「だけど、今までも同じような目撃証言が出ても常識は引っくり返らなかったじゃん! なら、今回だって――」

「――いや、どうだろうな」

 俺の推測を雅が引き継ぐように漏らす。それをすぐに否定しようとするリーマだったがその途中でドグが遮ってしまった。きっと、リーマも苦し紛れに発した言葉だったのだろう。ドグの方を睨んだ後、悔しそうに俯いてしまった。

「確かに今までみたいな目撃証言だったら面白おかしく騒いですぐに落ち着くんだろうけどさ……この掲示板の騒ぎ方は異常だろ」

「それにあの映像は本物だ。こいつらの認識は正しい。むしろ、それを嘘にしようとする俺たちが間違っているのかもしれない」

「でも、どうにかしないと幻想郷が……」

 ドグとリョウの結論に望が声を震わせながら呟く。そう、断言はできないがこのままこの一件を放置するのは得策ではない。だからこそ、ここまで騒ぎになっているのに“紫が動いていない”のが不思議でたまらないのだ。幻想郷の危機ならば最初に紫が動くに決まっている。そもそもここまで騒ぎになる前にどうにかしてしまうのが八雲 紫だ。

 

 

 

 

 

 ――そっちも大きく分けて2つ。1つ目は幻想郷に纏わる事の消去。2つ目は妖怪退治ね。貴方の能力を使って戦いなさい

 

 

 

 

 そして、何より俺自身、冬眠のせいで動けない紫の指示で幻想郷に纏わる記録を消したことがある。こうなる前に紫か彼女の指示で俺が動いていたはずなのだ。しかし、彼女からの連絡はない。紫は冬眠してしまうがまだ冬眠する季節ではない。じゃあ、どうして――。

「……おい、待て」

 誰にともなく呟いた言葉に全員の視線がこちらに集中する。だが、そんなこと気にしていられなかった。急いで空間倉庫からスキホを取り出して紫に電話を掛けるが、いつまで経ってもコール音が響くばかりで繋がる気配はない。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「……全部、繋がってたんだ」

「え?」

「全部、繋がってたんだよ! あの遺書も、映像も、奴らの目的も!」

 あの遺書に書いてあった『彼女』と『あいつら』という言葉。また、『彼女』や『あいつら』は記憶や存在を抹消できるほどの力を有している。そんな力を持っている存在を俺は一人しかいない。そう、『八雲 紫』である。だが、彼女は無闇に外の世界に干渉することはない。手を出す時は決まって幻想郷を守る時だ。

 なら、どうして遺書を書いた人の大切だった人は存在を抹消された? それは流出した映像と同じように幻想郷が崩壊してしまうかもしれなかったからだ。幻想郷の秘密を知ってしまったからか、妖怪に殺されてしまったのか。それはわからないが紫に存在を抹消しなければならないと判断され、消されてしまったのである。

 じゃあ、何故映像は流出された? 人の存在すらも抹消できる紫にとって映像の流出を止めることぐらい容易なはずだ。仮に冬眠していたとしても俺に指示を出しただろう。でも、映像は流出され、連絡は来ていない上、こちらからも連絡が取れない。スキホはどこにいても通じる特注の携帯電話だ。むしろ、奴らが使っていた黒いドームが異常だったのである。なのに、紫は電話に出なかった。

 これだけ物的証拠が揃っているのだ。そこから導き出される答えはただ一つ。

「奴らは……本当に幻想郷を崩壊させるつもりだ。いや、すでに手遅れかもしれない。幻想郷を崩壊させることも手段の一つだっただけ。奴らの本当の目的は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は全ての人を救おうだとか、世界平和のために何かしようだとか、そんな自惚れたことを言うつもりはない。ただ手の届く範囲にいる皆を守ることができればよかった。

 そして、あの遺書を読んで奴らの目的は知りたくなった。もし、俺にできることがあれば協力したかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――八雲 紫。そして、妖怪のような想像上の存在を抹殺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、俺たちは分かり合えるわけがなかったのだ。奴らは最初から俺の手が届く範囲にいる者たちを狙っていたのだから。

 



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第422話 移動方法

「抹殺……でも、なんでそんなことを」

「答えならそこに書いてるだろ」

 リーマの疑問にドグがテーブルの上に置いてある遺書を指さした。この遺書を書いた人は事情があったとはいえ紫に大切な人の存在そのものを消されてしまった。それだけでも十分、復讐する動機になる。

「そもそもあの人をどうにかできるの? 隙とかなさそうなんだけど」

「効くとは思えないが代表には人を洗脳する能力がある上、笠崎も謎の技術力を持っていた。どちらにしても敵の戦力を把握できていない今、具体的な方法を考える必要はない。杞憂に終わってもいいから最悪の事態を考えるべきだ」

 意外そうに呟く雅を嗜めるように言ったリョウは確信が持てない現状、最悪の事態と言葉を濁したが紫があの映像を放置している時点でほぼ間違いないだろう。

『じゃあ、幻想郷が手遅れなのはどうしてなんだ?』

 今まで黙っていた悟の声が携帯から響く。彼も仕事に追われているので話し合いはこちらに任せていたのだろう。

「紫は自由に外の世界と幻想郷を行き来できるけどそんな頻繁に外の世界に来るわけじゃない。文化祭の一件でこっちに来た可能性もあるが……どちらにしても敵はすでに幻想郷に侵入する手段を手に入れてるはずだ」

「え、幻想郷に行き来できるのは紫さんとお兄ちゃんだけだよね? さすがに謎の技術力がある組織でもそこまではできないと思うけど」

「忘れたのか? 相手は俺のドッペルゲンガーを作ったんだぞ」

 俺や紫の能力をコピーすればスキマを使えるだろうし、紫本人を操れるかもしれない。リョウも言っていたが笠崎が幻想郷に侵入できる機械を作っていた可能性だってあるのだ。少なくとも西さんの催眠が解けた時点で奴らは外の世界でやれることを全て終わらせたことになる。つまり、奴らの目的が妖怪の殲滅、及び幻想郷の崩壊であるならば幻想郷への侵入に成功、もしくは侵入する目途が立ったのだ。

「えっと、整理すると敵の組織は遺書を書いた人みたいに八雲 紫や妖怪みたいな存在を恨んでる人たちばかりで、復讐するために妖怪たちを滅ぼそうとしてて……確証はないけど、映像が流れた時点で八雲 紫が動けない状況に陥ってるってわかるからこのまま放置すれば幻想郷は崩壊。しかも、相手はすでに幻想郷に侵入する手段を持ってる、って感じ?」

「だいたいそんな感じだ。物証に頼った推測に過ぎないけど辻褄は合ってるし、奴らが俺を引き込もうとした理由も納得できる」

 確認するようにまとめてくれた弥生に頷いてみせる。外の世界と幻想郷を自由に行き来できるのは紫と彼女の能力をコピーできる俺だけだ。俺を仲間にすれば幻想郷へ簡単に侵入することができる上、俺自身、幻想郷に住む皆と面識があるため、何か事件を起こさない限り、警戒されることもないだろう。

 だが、彼らは協力の申し出方を間違えた。俺を脅迫するのではなく、きちんと事情を説明し、同情を誘えばまだ可能性はあったのだ。そして、何より動くのがあまりにも遅かった。奴らが接触してきた時点で俺は幻想郷の住人たちと親睦を深め、身内と認識していた。奴らが俺を引き込むためには説得は難しいと思うが幻想郷へ迷い込む前に俺に接触するべきだったのである。まぁ、不気味なほど俺に関する情報を持っている彼らが幻想郷に迷い込む前に接触してこなかったのは俺を仲間にすることはさほど重要なことではないからなのだろう。

「情報が少ないせいで確証が持てないのは痛いが今のところ、そう仮定して行動するしかないだろう。さて、次の議題は今後の方針についてだ。奴らの目的が妖怪や幻想郷であるならばあまり時間は残されていない。だが、問題は――」

「――『魂共有』の影響で『コスプレ』ができないことだ」

 リョウの言葉を引き継ぐようにはっきりと答えた。今、優先するべきことは映像によってネットに広がった噂の鎮火と幻想郷内部の調査だ。もし、本当に奴らが幻想郷の内部へ侵入できたとしたら映像を何とかしても結局、幻想郷は内部から破壊されてしまう。幻想郷には妖怪はもちろん霊夢のような強い人間もいる。しかし、八雲 紫を無力化してしまう相手だ。あまりにも分が悪すぎる。一刻も早く彼女たちの無事を確認し、対策を立てなければならない。そのためには幻想郷の内部へ向かわなければならないが『魂共有』のデメリットにより、吸血鬼は自分の部屋に閉じ込められている。そのせいで『コスプレ』が使えず、紫の能力をコピーすることができないのだ。リーマが幻想郷に帰らず、この家にいるのもそれが原因である。

「前に結界の亀裂から中に入ったことがあるけど……さすがに神頼みすぎるか」

「あの事件の後、霊夢がしっかりと結界のメンテナンスをしてたからそう易々と亀裂が入るとは思えないしな」

 ドグに襲われた時の話だ。あの頃はドグの主人が俺の本当の父親で今、一緒に住むようになるとは夢にも思わなかった。事件を起こした張本人は霊奈にお茶のおかわりを要求しているが。

『翠炎で『魂共有』の発動をなかったことにはできないのか?』

「さすがに日にちが経ちすぎてる。それにあの時は翠炎も使えなかったから当時の魂波長に戻すと何か問題が起きるかもしれない。できれば最終手段にしたい」

「と、なると吸血鬼が部屋から出て来るのを待つしかないけど……」

 雅の呟きにここにいる皆は押し黙ってしまう。実はいつ吸血鬼が解放されるのかわかっていないのだ。『魂共有』や『禁じ手』を使ってもさほど問題はないがたとえ分身でも同時に『魂同調』をすれば凄まじい負荷がかかるのである。彼女が解放されるのは明日かもしれないし、1か月後、1年後だってありえるのだ。吸血鬼が解放されるのを待つのも得策ではない。他の皆もいいアイディアが浮かばないのか会議は停滞してしまった。

「……あのー」

 その時、腕輪に変形してずっと俺の傍にいてくれた桔梗が不意に声を漏らした。何事かと皆の視線が俺の右手首に集まる。すぐに彼女は人形の姿に戻り、俺の膝の上に座った。

「桔梗、何か思いついたのか?」

「一応……ですが、上手く行くかわかりませんしマスターを危険な目に遭わせてしまうのであまりお勧めできないです」

「それでいいから教えてくれ」

「……わかりました、というよりマスターがどうして気付かないのかちょっと不思議なんですけど……『時空を飛び越える程度の能力』を使って幻想郷の中に飛べばいいんですよ」

 過去の俺(キョウ)が幻想郷へ迷い込んだのは『時空を飛び越える程度の能力』があったからだ。そして、小さい頃の霊夢や霊奈に会った場所は外の世界。つまり、過去の俺(キョウ)は能力を使って自力で外の世界と幻想郷を行き来していたのである。過去の俺(キョウ)と共に旅をした彼女だからこそすぐに思いついた方法だ。

「……だが、この能力はかなりコントロールが難しい。前に実験した時は上半身と下半身が分断されたし」

 能力が『時空を飛び越える程度の能力』に戻ったのはつい最近のことであり、未だに思うように能力を使うことはできないのだ。過去から現代に戻ってきた時も俺の意志で能力を使ったわけではない。

「えっ……ま、マスター、体は大丈夫なんですか!? 傷は!? 痛みは!? 後遺症は!?」

「い、いや……翠炎のおかげで何ともないよ」

 大声を上げながら俺の腰にしがみ付いて傷の有無を確かめる桔梗を引き剥がす。心配してくれるのはありがたいが少しばかり過保護気味である。きっと、彼女の中ではまだ俺は過去の俺(キョウ)のままなのだろう。

「でも、亀裂の出現や吸血鬼が解放を待つよりは確実だ。時間跳躍までは無理だが、幻想郷の中に移動するだけならできるかもしれない。桔梗、助かったよ」

「い、いえ! マスターのお役に立てて光栄です!」

 引き剥がした桔梗の頭を撫でながらお礼を言うと彼女は嬉しそうにはにかんだ。とにかく今は『時空を飛び越える程度の能力』を少しでもコントロールできるように頑張るしかない。

『じゃあ……続きは響が能力をコントロール出来た後だな。こっちは何とか噂を鎮火してみる』

「あ、悟さん、待ってください! もう一つ頼みたいことがあるんです」

『ん? どうしたの、師匠』

「確実とは言えませんがもしかしたらお兄ちゃんの推測を裏付けられるかもしれないんです」

 電話を切ろうとした悟を望が呼び止めた。何も情報がない時点でこれ以上どうしようもないはずだが何か思いついたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笠崎先生を調べてください。特に家族や友人、女性関係について」



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第423話 残滓

「……」

 目を閉じ、深く呼吸して集中する。思い浮かべるのは5メートル先に置いてあるカラーコーン。頬に伝う汗に意識を取られそうになるが気合いで無視して能力を発動。胸の奥からごっそりと地力が何かに奪われる感覚を覚え――。

「ッてぇ」

 ――突然、背中に凄まじい衝撃が走った。思わず、うめき声を漏らしてしまう。じんじんと痛む背中を擦りながら体を起こし、そっとため息を吐く。空を見上げれば綺麗な星空が広がっていた。数分ほど空を眺めた後、立ち上がって周囲を見渡すと10メートルほど先にカラーコーンを見つけた。その奥から桔梗が慌てた様子で飛んでくる。

「マスター、大丈夫ですか!?」

「ああ……でも、なかなか上手くいかないな」

 屋敷探索、そして奴らの目的がわかった翌日の深夜。早速、俺は『時空を飛び越える程度の能力』を使いこなすためにヒマワリ神社の近くで練習していた。様子見として5メートル先に置いたカラーコーンの傍まで転移しようとしたのだが、結果は惨敗。桔梗が向こうから来たということはスタート位置から15メートル先に飛んでしまったのである。何度か試して上半身と下半身が両断されていないのでまだマシだが使いこなせているとは言えない。

「今日はもう止めた方が……」

「いや、もう一回――」

 スタート位置に戻ろうと踵を返したが疲労が溜まっていたのかバランスを崩してその場で膝を付いてしまう。『時空を飛び越える程度の能力』は1回使うだけでふらついてしまうほど燃費が悪い。そのため、練習を始めてすでに2時間は超えているがまだほんの数回しか練習できていなかった。それに加え、能力を発動するのに時間がかかるので実用的ではない。目的は幻想郷の内部への転移だが、可能であれば戦闘にも活用できるようにしたいところだ。

「……あんまり無理しないでください」

 膝を付いてしまった俺の肩を支えるように寄り添った桔梗はそう言って心配そうにこちらを見上げた。そんな彼女を見て想像以上に焦っていたのだと自覚する。悟が映像の流出を抑え、噂の鎮火に走ってくれているおかげで幻想郷はまだ崩壊していない。だが、それは外の世界の話。内部から物理的に結界を破壊されたら俺たちにはもうどうすることもできないのだ。

「……すまん。今は無理をする時なんだ」

 桔梗に笑って見せ、俺はフラフラと立ち上がり、スタート位置に向かう。本当なら外の世界に住んでいる俺がこうなる前にどうにかするべきだったのだ。それが俺の役目。俺の仕事だ。

 しかし、俺が不甲斐ないせいで幻想郷の皆に危険が迫っている。このまま見て見ぬフリなんてできるわけがない。だから、手遅れ(部外者)になってしまう前に間に合わせたかった(当事者になりたかった)

「……行くぞ」

 スタート位置に辿り着き、目を閉じて深く息を吐いて集中する。背後に桔梗の気配を感じながら地力を練り上げ、能力を使う。どうか、間に合ってくれと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『師匠、ビンゴだ。笠崎には美香(ミカ)という妹がいたらしくて十数年前に死んでいる。事故死として処理されてるけど……調べる価値はあるかもしれない』

 あの話し合いから数日が過ぎ、昨日の夜に悟さんから笠崎先生の身辺調査の結果がメールで送られてきた。十数年前の話なので今更何かわかるとは思えないが今は少しでも情報が欲しい。そのため、能力で何か見つけられるかもしれない私と私の護衛である雅ちゃん、お父さん、ドグの4人は電車で数時間ほどかけて笠崎先生の妹さんが死んだ村にやってきた。

「……さむっ」

 季節は11月初め。そろそろ本格的に冬が始まる上、今日は風が強く、駅から出た私はブルリと体を震わせてしまう。お兄ちゃんの言う通り、コートを着て来ればよかった。

「望、どうしたの?」

「み、雅ちゃんはさ、寒く、ないの?」

「へ? 別に……逆に暑いくらいかな」

 お兄ちゃんの忠告をきちんと聞いてコートを着ていた雅ちゃんだったが震えている私を見てコートを脱ぎ、こちらに差し出した。実は学校でお兄ちゃんの次に人気のある雅ちゃんだが、こういうことを自然とやっちゃうところが原因なのだろう。私も少しだけドキッとしてしまった。

「あ、ありがと……って、なんかめちゃくちゃあったかいんだけど!?」

「そう?」

 不思議そうに首を傾げる雅ちゃんだったがこれは異常だ。コートの内側にカイロを貼りまくってもここまで温かくなるとは思えない。試しに彼女の頬に両手を当ててみれば明らかに人の体温を越える熱さだった。

「雅ちゃん、熱! 熱あるよ、これ!」

「はぁ? 具合なんて悪くないけど……」

「でも、この熱さは変だって。ほら、お父さんも触ってみてよ」

「……ああ」

 お父さんの身長では手を伸ばしても雅ちゃんの頬に届かないので脇に手を突っ込んで持ち上げる。そんなお父さんを見たドグが後ろでゲラゲラと笑っているが今はそんな場合ではない。雅ちゃんに熱があるのなら急いで帰った方がいいだろう。

「確かに熱いな……具合は悪くないんだよな?」

「うん、気怠さもないし咳も鼻水も出ないよ」

「……もしかして朱雀の影響か?」

『ええ、私の影響よ。体温が高くなるみたい』

 彼女の呟きにしれっとした様子で答える朱雀。それなら早く言って欲しかった。でも、雅ちゃんが元気でよかった。

「え、何それ……初めて聞いたんだけど」

『初めて言ったもの。それより早く調査を済ませましょう』

「元はと言えばお前のせいなんだがな……だが、調査と言ってもどこをどう探せばいいんだ? 影野の情報は?」

「うーん、この村で死んだことしかわかってないみたい。もう少し時間をかければわかると思うけど今日は……」

 私がそこで口を噤むと皆はどこか納得したようにため息を吐いた。本来であればお兄ちゃんもここに来る予定だったのだ。しかし、映像の流出によって広まった噂をどうにかするために悟さんが動き始め、その協力を依頼されたのである。内容は詳しく聞いていないが家を出る前のお兄ちゃんの憂鬱な顔を見ただけで碌なことではないことぐらいわかった。

「地道に探すしかないみてーだな」

「一応、能力は使いっぱなしにするね。何かわかるかも――」

 面倒臭そうに呟いたドグにそう言いながら能力を使ったその時だった。私の目の前を誰かが横切る。咄嗟にその誰かを目で追うとくたびれたスーツを着た半透明の男性がどこかに向かって歩いていた。右手に“見覚えのある楽器ケース”を持っている。幽霊、ではない。この場所に残っている誰かの残滓? でも、おかしい。だって、彼は――。

「望?」

「……ごめん。ちょっとついて来て」

 あり得ない。そんなわけがない。そう思いながら私は雅ちゃんの言葉に短く答えた後、彼の背中を追うように歩き出す。彼はすぐに姿を消し、数メートル先に再び現れる。それを何度も繰り返すので彼の背中はすぐに小さくなってしまった。

「待って!」

 慌てて駆け出して彼の後を追う。まさかこんなところで彼の残滓を見つけるとは思わなかった。きっと、残滓が村にこびりつくほど彼はここに通ったのだろう。そういえば夏が来る度、あの人は少しの間だけどこかに行っていた。それがこの村だったのだ。

「はぁ……はぁ……」

 やっと彼が立ち止まった頃にはすっかり息が上がっていた。後ろから雅ちゃんたちの足音が聞こえる。だが、そんなこと気にしていられない。彼はキョロキョロと視線を泳がせ、何かを見つけたのか森の方へ歩き出してしまったのだ。私も彼を追って森の中へ入る。それから数十分ほど森の中を歩き続け、不意に開けた場所へ出た。

「ッ……ここ、は」

 私の前に現れたのは綺麗な池だった。ここからでも池の底が見えるほど透き通っている。その池の畔で彼は嬉しそうに空を――いや、宙を見つめていた。まるで、そこに何かがいるように。だが、それも長続きはしない。静かに何かを見つめていた彼は私の方へ視線を向け、微かに微笑んだ後、スッと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ッ――“お父さん”ッ!!」

 

 

 

 

 

 慌てて彼――お父さんに手を伸ばしながら叫ぶがすでに彼の姿はない。周囲を見渡してもうどこにもお父さんの残滓がないことがわかると力が抜けてしまい、グラリとバランスを崩してしまう。しかし、地面に倒れる前に誰かに両肩を支えられた。顔を上げれば心配そうに私を見る雅ちゃんを見つけた。

「大丈夫?」

「……うん。もう大丈夫」

「お父さんって言ってたけど……リョウのことじゃないよね」

「前の……病気で死んじゃったお父さん」

 お兄ちゃんは父親と母親が2人ずついるが私にとってお父さんは3人、お母さんは1人だけだった。3人と言っても私と血の繋がっているお父さんのことは何も覚えてない。だからこそ、私にとってお父さんは今、目の前で消えた彼だった。今のお父さんは出会ったばかりだし可愛すぎてお父さんとは思えない。だから、やっぱり私のお父さんは彼だけなのである。

「でも、どうしてお父さんがここに――」

「――おや……こんなところで、人に会うのは……久しぶりだ」

 呆然としたまま、呟いていると不意に背後から声が聞こえる。振り返るとどこか懐かしそうに私たちを見つめる中年の男性が立っていた。




なお、お父さんのお話はニコ動に投稿した動画、『ほたる道』を参照。


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第424話 池

「あの、あなたは……」

 私たちをどこか懐かしそうに眺める男性におそるおそる尋ねる。服装はジーパンにダウンと普通の恰好。大きな荷物を持っていないのでこの辺りに住んでいる人なのだろう。でも、どうしてこんな森の中に?

「ああ、すみません。この池を管理している者です……まぁ、自称しているだけだから証拠を出せと言われたら困るんだけどね。でも、一応、この森の所有権は僕の家が持っているからそれで納得してくれるかな?」

 そう言って男性は笑みを零して池に視線を移す。池を眺める表情は優しく、池を管理していると言ったのも頷ける。彼は本当にこの池が大切なのだとわかってしまったから。

「……信じます。それで、えっと……池の管理者さん? さっき言ってた久しぶりっていうのは」

「ん? ああ、それはね……この池はちょっと特殊な場所にあるからここに人が来るのは本当に珍しいことなんだ。正直、君たちがここに僕の案内なしで辿り着いたことに驚いているんだよ?」

「特殊な場所? そんな風には見えないけど」

 私を支えながらキョロキョロと辺りを見渡す雅ちゃん。少し離れた場所で管理人さんを警戒しているリョウ(お父さん)とドグも何か異常がないか探っている。しかし、そんな3人の反応を見て管理人さんはいきなりくすくすと笑いだした。

「ははっ……ごめんごめん。この池は別に普通だよ。特殊なのはここまで来る道さ。君たちはどうやってこの池に辿り着いたんだい?」

「それは……えっと、何となく進んだら」

 お父さんの残滓を追いかけて辿り着いたとは言えず、適当に誤魔化してしまう。我ながら何とも苦しい誤魔化し方だと思うが何故かそれを聞いた管理人さんはまた懐かしそうに目を細めた。

「まさかとは思っていたけど……何かに導かれてここに来たんじゃないのかい?」

「ッ……どうして、それを」

「僕もそうだったからさ。この森は高低差が激しく、目印となるものも少ないから初見でこの池に辿り着ける人はまずいない。僕も案内人なしでここに辿り着けるようになるまで数年ほどかかったよ」

「そ、その案内人って!?」

 もしかしたらお父さんの知り合いかもしれない。そう思い当たった瞬間、私はそう大声で問いかけていた。いきなり声を荒げたせいか目を白黒させる管理人さんだったがすぐに優しげに微笑んだ。

「信じてもらえないかもしれないけど……蛍さ」

「蛍?」

「ずっと昔、真っ暗な夜に散歩していたら一匹の蛍を見かけてね。それを追いかけてこの池に辿り着いたんだよ。それからこの池に通い始めたんだけど、本格的にこの池を管理するまで蛍が出る季節にならないと池に辿り着けなくてね。でも、逆に言えば蛍さえいれば必ずここに辿り着くことができたんだよ」

 蛍に導かれなければ辿り着けない池。こんな状況でなければロマンチックだと女心をくすぐられていたかもしれない。じゃあ、どうしてそんな池までお父さんの残滓が残っていたのだろう。そういえば森に入る前に何かを探していた。お父さんも管理人さんと同じように蛍を探していたのだろうか。

「それで? 君たちは何に導かれてここまで来たんだい? お嬢さんの反応からしてあまり人に信じてもらえなさそうなものだったみたいだけど」

 さすがに私が適当に誤魔化したことはばれているらしい。いや、誤魔化したからこそ“誤魔化さなければならない理由”があることを悟られたのだ。どうする? 正直に話すか。それとも、ここで会話を打ち切ってお父さんの残滓を見たことを忘れるか。

「……実はお父さんの姿を見たような気がしてそれを追いかけて来たらここに辿り着いたんです」

 この村に来たのは笠崎先生の妹さんの死について調べるため。こんな話をしている場合ではないことは理解している。

 でも、今思えば私はニコニコ笑って遊んでくれるお父さんしか知らなかった。

 いつも夏になると数日ほどどこかへ行ってしまうお父さんの背中しか見ていなかった。

 だからこそ、どうしてもお父さんが何度もこの池を訪れていた理由が知りたかった。

 私の知らないお父さんの姿を見たかった。

 そう、考えてしまった私はほとんど勢いで正直に話していた。もしかしたら、この男性はお父さんのことを知っているかもしれない。そんな淡い希望を込めて。

「お父さん……ッ! も、もしかして『雷雨』さんの娘さん!?」

 そして、私の言葉を聞いて管理人さんは目を見開いて叫んだ。『雷雨』はお父さんの苗字。お父さんが死ぬまで私も『雷雨』だった。もちろん、お母さんも、お兄ちゃんも。まさか本当に知り合いだとは思わず、言葉を失ってしまい、コクコクと頷くしかできなかった。

「そっか……そっかぁ。いやぁ、大きくなったんもんだなぁ。確か、望ちゃん、だったかな?」

「そ、そうです……でも、どうして私の名前を?」

「君のお父さんに何度も話を聞いたからさ。毎年、蛍が出るようになったらこの池を見ながら一緒にお酒を呑む約束をしていてね。雷雨さんは酔っぱらうと決まって家族自慢をしていたのさ」

 家では決してお酒を呑まなかったお父さんが管理人さんと一緒にここで酒盛りをしていた。いきなり私の知らないお父さんの一面が出て来て目を丸くしてしまう。しかも、家族自慢をしていたらしい。

「お、お父さんはどんな話を?」

「奥さんに振り回されて大変だけど楽しい、とか。響君にはバイオリンの才能がある、とか……望ちゃんが可愛くて仕方ない、とかね。事ある毎に写真を見せてきて。本当に……本当に、幸せそうに笑っていたよ」

「っ……」

 私たちの家族は私とお母さん以外、血の繋がりのない歪な家族だった。お兄ちゃんもお父さんもそんなこと気にしていないように家族として接してくれた。でも、もしかしたら心のどこかで不安があったのかもしれない。だから、私はお父さんのことを深く知ろうとしなかったし、悩みがあっても家族に相談せずにずっと飲み込み続けて壊れてしまったこともあった。あの時はお兄ちゃんのおかげで何とか正気に戻ることができたがあのまま放置されていたら私はどうなっていたことだろう。

「そっか……お父さん、幸せだったんだ」

 だが、管理人さんの話を聞いてやっと確信が持てた。お母さんも、お父さんも、お兄ちゃんも、本物の家族だったのだと。ただ一つ悔やまれるのが気付くのがあまりに遅かったこと。お父さんが死ぬ前に気付くことができていたら、そう思わずにはいられなかった。

「幸せ、だった……ということは」

「……はい、病気で亡くなりました」

 お父さんが死んだことを知らなかったのか管理人さんはそれを聞いて初めて顔を歪めた。そのまま私たちから顔を隠すように池の方へ視線を戻す。

「聞いてはいたんだ、重い病気を患ってるって……そしたら、数年前からぱったりと連絡が取れなくなって。蛍の季節になっても池に来なかったんだ」

「……すみません。きちんと知らせることができなくて」

「いや、謝らないでくれ。連絡先は知ってたから僕から君たちに聞くこともできたんだ。それをしなかった僕に責任がある……でも、雷雨さんも死んでしまうなんて。もしかしたら本当にこの池は“呪われている”のかもしれないね」

「呪われている、だと?」

 管理人さんの言葉に目ざとく反応したのはリョウ(お父さん)だった。管理人さんの言葉から察するにお父さん以外に彼の知り合いは死んでしまったらしい。しかも、この池が何か関係しているようだ。

 いきなりリョウ(お父さん)に話しかけられて戸惑ったのか言葉を詰まらせた管理人さんだったがすぐに教えてくれた。

「僕にこの池のことを教えてくれた母も結構若い歳で死んだんだ。あと、お兄ちゃんに手を引かれてこの池に辿り着いた女の子も、ね……特にその女の子は“この池で溺れ死んでしまったんだよ”」

 “兄”と“溺れ死んでしまった”。管理人さんが話してくれた女の子は今、私たちが探している笠崎先生の妹さんに違いない。思わぬところで手がかりを見つけてしまった私たちは顔を見合わせてしまう。

「……すみません、その女の子について教えてくれませんか?」

 もしかしたらお父さんの残滓は管理人さんと会わせるために私たちをここまで導いてくれたのかもしれない。そんなことを思いながら私は管理人さんにお願いした。



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第425話 隙間の真実

「どうして、聞きたいんだい?」

 私のお願いに対して管理人さんは訝しげな表情を浮かべながら問いかけてきた。いきなり死んだ女の子について聞いてきたら誰だってその理由を聞くだろう。特に彼の場合、大切な池で溺れ死んでしまった子に思い入れがあってもおかしくはない。もちろん、理由を聞かれることは予想していたのであらかじめ用意していた言い訳を口にする。

「私たち、数日前に行方不明になった笠崎という男性について調べていまして……彼の妹さんがこの村で亡くなったとわかり、少しでも笠崎先生の行方の手がかりが欲しくてここまで来たんです。もしかしたらその女の子が先生の妹さんかと思って……」

 幸いにも私と雅ちゃんは笠崎先生が担任を務めたクラスに属していた。彼の行方を探す理由としては十分だろう。

「先生? 彼は先生になったのかい?」

「管理人さんの言う彼が先生ならそうです。お願いします、先生の行方がわかるかもしれないんです。些細なことでも構いませんので教えてください」

 再度、お願いすると彼は少しだけ考えた後、小さくため息を吐き、チラリとリョウ(お父さん)の方を見た。あまり子供(実際には大人だが)に聞かせる内容ではないらしい。

「……あれは10年以上前かな。その頃から蛍の季節になったら雷雨さんと毎年、ここでお酒を呑んでいてね。でも、彼が来る具体的な日とかは毎年バラバラで、まだ連絡先を交換してなかったから僕は蛍の季節になったら毎晩、ここに来るようにしていたんだ」

 しかし、リョウ(お父さん)の子供らしくない目つきと態度から彼女にも話して大丈夫だろうと判断したようだ。そう言えば、お父さんは毎年、夏に数日ほど家を空けていたが年によって空ける日とその期間はバラバラだったような気がする。

「蛍が現れるようになって数日が経った頃、いつものように蛍を見ながらお酒を呑んでいたんだ。すると、背後でいきなり草むらが揺れる音がしてね。雷雨さんかなって思いながら振り返ると高校生くらいの男の子とその手に引かれる小学生くらい女の子が驚いた顔で僕を見ていたんだ」

 『いやぁ、あの時は吃驚したよ』と懐かしそうに笑っていた管理人さんだったがすぐに目を伏せてしまう。彼はすでに事の結末を知っている。たとえ、それが“何者かによってすり替えられた偽物”であっても女の子が死んだことには変わらない。

「話を聞くと2人は夏休みの間だけ母方の祖父母の家に泊まりに来たんだって。でも、この村って何もないし、夜も真っ暗になるから女の子が寝る直前になって怖くなっちゃって男の子と一緒に夜の散歩をしていたんだ。そして、一匹の蛍を見つけ、この池に辿り着いた」

「あの、やっぱりその男の子と女の子は……」

「ああ、君たちの先生である笠崎くんとその妹の美香ちゃんだよ」

 予想通り、笠崎先生と妹さんもこの池に来ていたのだ。管理人さんの話では妹さんはこの池で溺れ死んでしまったらしいが、おそらくそれは紫さんによってすり替えられた偽物の死因。何としてでも本物の死因を見つけなければ、と能力を発動して彼の話をよく聞く(視る)

「真っ暗な道を怖がりながら歩いていた美香ちゃんの恐怖心も蛍と池の美しさには勝てなかったようで興奮した様子でその光景を褒めていたよ。笠崎くんも感心したように自作したというカメラで何枚も写真を撮っていた。それから2人と途中から合流した雷雨さんも入れて4人で蛍たちを驚かせないように小声で話すようになったんだ」

 まさかお父さんも笠崎先生や妹さんと会っているとは思わず目を見開いてしまう。能力に反応はないのでここまで紫さんの介入はない。私の能力は穴を見つけても見つけなくても能力を発動するだけで脳に負担がかかる。出来れば早めに手がかりを見つけたいのだが。

「雷雨さんが帰ってからも3人で会う日々が続いて……ある日、僕は夏風邪にかかってしまってね。それが結構、酷い風邪でとても出歩ける状態じゃなかったんだ。最初に2人と会った次の日から森に入る前に待ち合わせしてたから、家の者に笠崎くんと美香ちゃんの家に『今晩は行けないから君たちも行かないように』と伝言を頼んだんだ。未成年……しかも、美香ちゃんはまだ10歳だったから夜道は危ないからね。でも、美香ちゃんはどうしても蛍を見たくて笠崎くんを含めた家族全員が寝静まるのを待ってこっそり外に出ちゃったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――笠崎先生と妹さんは家族全員が寝静まるのを待ってこっそり家を出た。

 

 

 

 

 

 

 その時、今まで何も反応を示さなかった能力が発動し、瞼の裏に真実の光景を映し出す。家を出る直前、若い頃の笠崎先生が靴を履く際に誤って音を立ててしまったのか、美香ちゃんに『しっー』と注意されていた。それに対して笠崎先生も笑いながら『しっー』と人差し指を唇に当て、2人でくすくすと笑う。たったそれだけで仲の良い兄妹だったことがわかる。そのまま2人は楽しそうに笑いながら手を繋いで蛍に導かれながら森の中へ入った。

 だが、そんな幸せな光景は長く続かなかった。

 森の中へ入った2人だったが不意に蛍がいなくなってしまったのである。蛍がいなければ池にはたどり着けない。不安で泣きそうになってしまった妹さんだったが笠崎先生がポケットから小さな板状の機械を取り出すのを見てホッと安堵のため息を吐いた。その板状の機械には見覚えがある。あのグラウンドの死闘で笠崎先生が持っていた端末だ。

 先生は端末を操作してある方角を指さした。家の方向か、それとも池を目指すのかわからないが2人は先生が指さした方へ歩き出す。その刹那、彼らはビクッと肩を震わせ、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。音がないので詳しくはわからないが聞き慣れない音を聞いたらしい。妹さんは泣きそうになりながら先生の手を引っ張って何か話している。何の音か聞いているのかもしれない。先生もその正体がわからなかったようで首を横に振り、警戒しながら彼女の手を引いて再び歩き始めた。

 そして、音を聞いてからほどなくして目的地である池に辿り着く。だが、池には蛍が一匹もおらず、2人は目を丸くして驚いていた。蛍がいなくて悲しげに俯く妹さんと彼女の頭を撫でながら笑って励ます笠崎先生。数分ほど待っても蛍が現れず、そろそろ帰ろうと踵を返した瞬間、再び彼らの肩が跳ねる。また、何かを聞いたのだ。しかも、先ほどよりも音の発信源が近かったのか笠崎先生は更に警戒心を強め、妹さんに話しかけた。

『―――ッ!? ――! ――――!』

 妹さんは目を見開き、笠崎先生の足に抱き着いて何度も首を横に振る。どうやら、森の中に何かがいて先生が先に行って安全を確かめるために妹さんにここで待つように言ったらしい。

『――――。―――。―――――――』

『――――! ―――――ッ! ――!!』

『―――。――――――』

『…………――』

 それを嫌がった妹さんだったが先生の説得で最終的には頷いた。今にも泣いてしまいそうな彼女に笑ってみせた先生は端末を操作して猫型のロボットを出現させ、妹さんに手渡した後、1人だけで森の中へ消えていく。妹さんは猫型のロボットを抱きしめ、池の畔に座りロボットに話しかけながら兄が帰って来るのを待ち続けた。

 どれほどの時間が過ぎただろう。いつしか猫型のロボットに話しかけることすらしなくなった妹さんだったが不意に後ろを振り返った。

『――?』

 猫型のロボットを抱きしめながら立ち上がり、森の中へ声をかける。物音を聞きつけて先生が帰ってきたと思ったらしい。だが、森の中から現れたのは先生ではなく、狼の頭と熊の体を合体させたような不気味な生き物――妖怪だった。妖怪の出現に声すら上げられなかった妹さんは猫型のロボットを落として半歩だけ後ずさる。それが合図となったのか一度の跳躍だけで妹さんの目の前に移動した妖怪が鋭い鉤爪を無造作に突き出す。鉤爪はズブリと妹さんの腹部を貫き、大量の血が周囲を赤に染める。腹部を貫かれた彼女は数秒ほどガクガクと痙攣した後、動かなくなり、妖怪は乱暴に腕を振るって妹さんの死体を池に捨て、森の中へ消えた。池は妹さんの血でどんどん赤に染まっていき、猫型のロボットが飼い主の姿を探すように周囲を歩き回っている。

『―――――?』

 それからしばらく経った頃になって先生が池に帰ってきた。妹さんの姿がどこにもなく、慌てて猫型のロボットに近づき、端末と猫型のロボットをケーブルで繋いだ。そして、猫型のロボットに記録されていた先ほどの惨劇が端末に映し出された。その映像を見た先生は端末を落とし、池の中へ入る。

『――! ――――――!!』

 池に沈んでいた妹さんの死体を抱え、陸にあがった彼は何度も彼女に話しかけながら必死に人工呼吸を繰り返す。だが、妹さんが息を吹き返すことはなかった。

『…………』

 妹さんの死体を抱きしめながら泣き喚く彼の背中を紫さんが静かに眺め、不意に扇子を横薙ぎに振るう。すると、テレビの電源が落ちるように真実の光景はそこで途切れてしまった。



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第426話 打ち止め

『朝、美香ちゃんがいないことに気付いた家族は慌てて探したけど見つからなかった。笠崎君は最初から池に行ったと察して森の中に入ったらしいが、蛍の案内なしでは辿り着けなくて僕のところに池までの道のりを教えてくれと頼みに来たんだ。でも、当時の僕は池の道のりを知らなかったからどうすることもできなくて……結局、夜まで待ってから熱で動けない僕を笠崎君が支えて蛍の後を追って』

 真実の光景を見た後、我に返った私が聞いたのは事の結末を話す管理人さんの悲しげな声だった。彼はそこで言葉を区切ってしまったがすり替えられた妹さんの末路は最初に聞いていたので容易に想像できる。

(……あの後、能力は反応しなかった)

 つまり、例の光景を見た後に聞いた彼の言葉は真実だったのだろう。おそらく、妹さんが妖怪に殺された後、笠崎先生は紫さんに記憶を封印され、別の記憶を埋め込んだ。そして、笠崎先生を自宅に運び、陰から事件の結末を見届け、妖怪の露見を防いだことを確認して笠崎先生から離れた。

 しかし、その記憶の封印は何者かによって解かれ、笠崎先生も紫さんや妹さんを殺した妖怪たちを恨むようになってしまった。その記憶の封印を解いたのが確証はないけれど代表なのだろう。

 話しにくいことを話してくれた管理人さんに私たちは彼にお礼を言って池を後にした。念のために帰り道、雅ちゃんの能力で支配下に置いた炭素を目印代わりに時々、木に付着させた。これで雅ちゃんがいればいつでも池に来ることができる。

 それと同時に私が見た真実の光景について話した。管理人さんの話を聞いている最中、私の様子がおかしくなったことには気付いていたがまさか映像として見ているとは思わなかったようで驚いていた。私が見た光景について話し合う前に駅に着いてしまい、これ以上の手がかりは出て来ないと判断した私たちは家に帰ることにした。

「それで……さっきの光景の話なんだが望、もう一回詳しく教えてくれ」

「うん、わかった」

 電車が発車して少し経った頃、お父さんが小さく咳払いをした後に話し合いを再開させる。私は真実の光景についてはもちろん、その光景を見て思ったことや感じたことを皆に伝えた。

「相変わらず、代表の能力はわからないが……お前の想像通り、代表が笠崎に施された封印を解いたんだろうな。それにまだ笠崎のことしかわかっていないが例の組織は『八雲 紫』や妖怪みたいな想像上の存在を滅亡させるために動いているとみて間違いないだろう」

「と、言っても予想が真相に近づいただけで現状に進展はねぇけどな」

 お父さんの言葉に続くようにドグがつまらなさそうに肩を竦めながら言葉を漏らす。彼の言う通り、笠崎先生が代表に協力していた理由はわかったが『代表と先生が会った映像』などの決定的な手がかりを見ることはできなかった。私の能力はあくまでも管理人さんの話の真実()を見つけただけに過ぎない。穴の中にある真実以外のことは見つけられないし、見つけるためには別の穴を探し出すしかないのだ。

(でも、他に穴がありそうな場所は……)

 私の能力は意図的に発動した時よりも確率は低いが勝手に穴を見つけることもある。遺書を見た時に穴を見つけられなかったことを考えると能力を発動していても無駄に終わるだろう。それは西さんのことも言える。彼女の消された記憶を見つけることはできなかった。だが、遺書と西さん以外に穴を見つけられそうな場所はない。

「望、どうする?」

 私にできることがないことを自覚した瞬間、雅ちゃんが私の顔を覗き込みながら問いかけてくる。彼女に視線を向ければとても心配そうに私を見ていた。

「……ごめん。何も思いつかないや」

「そっか。じゃあ、やっぱり響が能力を使えるようになるまで待つしかないか」

 雅ちゃんはそう言ってスマホを取り出し、操作し始める。どうやら、お兄ちゃんに私が見た光景について報告するつもりらしい。謝る私を励ますことなく、さらっと流してしまったからかお父さんとドグは意外そうに顔を見合わせた。

 他の人なら私を励ましていたかもしれない。でも、かえってその励ましが辛く感じる場合もある。それを彼女も今の私と同じように何度も自分の力不足を突き付けられた雅ちゃんは知っていた。だからこそ、私の気持ちを一番理解できる彼女だからこそ軽く流したのである。

「……ありがとう、雅ちゃん」

「ん……ん? んんん?」

 私のお礼に対して小さく頷いた彼女だったがすぐに眉を顰め、スマホの画面を凝視した。何だろうと横から画面を覗き込むと『O&K』の公式ホームページが映し出されているのに気付く。

「え、あ……はぁ!? な、何これ!?」

「雅ちゃん、どうしたの?」

「こ、これ」

 そう言いながら震える手でスマホを指さす雅ちゃん。そこには今日新しく公開されたVRゲームのPVが再生されていた。例の噂をどうにかするために悟さんが手を打つはずだったがこれがその一手なのだろうか。

「……ん?」

 その時、流れているPVに出ている綺麗な女優さんを見て首を傾げてしまう。綺麗な黒髪を大きな紅いリボンで一本にまとめ、迫り来る敵を白い鎌でバッタバッタと薙ぎ倒している。場面が次から次へと変わってしまうため、見逃していたがその女優さんにとても見覚えがあった。それに加え、彼女の傍で援護をするメイド服をきた可愛らしい人形も。

「お、お兄ちゃん!?」

 そう、『O&K』新作のVRゲームの新しいPVに出ていたのはお兄ちゃんと彼の従者である桔梗ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響たちが巻き込まれた文化祭事件の同日。幻想郷に1人の人間が訪れた。その人間はキョロキョロと周囲を見渡し、すぐに自分のいる場所が幻想郷の森の中であることを把握すると地面に落ちていたバッグを拾って背負った。もう一度、周囲を観察して忘れ物がないか確認した後、歩き始める。その歩みに迷いはない。まるで、“最初から目的地の方向を知っている”かのように。

「……」

 ものの数十分で森を抜けた人間は足を止め、目の前に広がる広大な草原を忌々しげに眺める。だが、それは長く続かない。その人間に近づく女がいたからだ。

「ごきげんよう。ようこそ、幻想郷へ」

 その女の名前は『八雲 紫』。幻想郷最古参の妖怪の1人であり、賢者と称えられている。また、彼女こそ幻想郷を包む博麗大結界の提案者の1人であり、幻想郷の創造にも関わっているとされている妖怪だ。

 ニコニコと笑いながら挨拶した見る紫だったがその内心は目の前に立つ人間を警戒していた。彼女の記憶が正しければその人間を見るのは初めてだった。言い換えれば初めて幻想郷を訪れた外来人である。それにも関わらず、人間は焦った様子もなければ初見の森を迷うことなく脱出した。そう、目の前の人間は明らかに異常なのである。彼女が警戒しても何もおかしくはない。

「肝が据わっているのか。それとも驚きのあまり表情筋が麻痺してしまったのか……いえ、あなたは最初から幻想郷を知っていた(・・・・・・・・・・・・・)。違う?」

「……」

 紫の質問に人間は無言を貫く。だが、ただ黙っていたわけではない。彼女の質問に答えるように徐に持ち上げた右腕を横に軽く振るった。その光景を訝しげに見つめていた紫だったがすぐにキョトンとした表情に変わる。

「……そんなわけない、か。ごめんなさい、最近色々あって神経質になっていたみたいなの。そうだわ、疑ってしまったお詫びとして幻想郷を案内しましょうか?」

 彼女の提案に対し、言葉を発さずに頷く人間。それを見て満足そうに笑った紫は扇子を取り出して横に一閃。彼女の能力であるスキマを開き、優雅に右手をちょいちょいと動かして人間を呼び寄せた。その動きに誘われるように人間が紫の隣に立つと2人はスキマの中に消えていった。



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第427話 映像

「うわぁ!」

 始発の電車に乗って降りたことの駅に向かっている途中、車内に誰もいないので人形の姿のまま、桔梗は流れる外の景色を眺めていた。彼女は電車に乗るのは初めてだからか妙に楽しそうだった。

「マスター、とっても速いですね!」

「俺はあまり利用しないけど便利な交通機関だよ」

「……私の方が速いですし。外の世界でなければ空を飛ぶか、バイクで移動出来たのに」

 俺の返答に拗ねてしまったのか口を尖らせる桔梗。出発するまで桔梗【バイク】で向かうと思っていたようで電車で向かうと知るや否や肩を落として落ち込んでいた。

 滅多に争い事が起こらない外の世界で桔梗を使うとすれば桔梗【腕輪】か桔梗【バイク】くらいしか思いつかない。だが、一応、車の免許は持っているが桔梗【バイク】は明らかに大型バイク。つまり、桔梗【バイク】を使うなら大型バイクの免許が必要になる。さすがに大型バイクの免許は持っていないので今回ばかりは彼女に諦めてもらうしかなかった。

「……全部終わったら大型バイクの免許取りに行くよ。そしたら、どこかにドライブに行こうね」

「ッ! 約束ですよ!」

 機嫌を直してもらうために彼女と指切り(さすがに小指を絡めることはできないので俺の小指を桔梗は掴む形になったが)をした。事件を早く解決させて長期休暇を利用して桔梗と一緒に旅に出よう。今から楽しみになってきた。

「そろそろ降りる駅に着くから腕輪になってくれ」

「わかりました」

 桔梗が腕輪に変形し、俺の右手首に装着されるのを見届けた直後、電車が目的地に到着した。まだ通勤ラッシュ前だからか人気の少ない改札を抜け、駅の外に出た俺は周囲を見渡す。そして、近くの駐車場に停まっているワゴン車の傍で幹事さんと何か話している悟を見つけ、そちらへ向かう。

「悟」

「お、来たか。すまんな、急に呼び出したりなんかして」

「いや、別にいいんだが……」

 本来であれば悟の調査が終わり次第、望たちと一緒に手がかりを探す――今回の場合、笠崎の妹の死について実際に笠崎の妹が死んだ村へ調査しに行くつもりだった。しかし、昨日の夜に彼から調査の結果を伝えられると同時に映像の流出によって広まった噂をどうにかするために協力を求められたのだ。俺にしかできないことらしく、仕方なく望たちに笠崎の妹に関する調査を任せることにした。

「で、俺は何をやらされるんだ? 嫌な予感しかしないんだけど」

 昨日の電話で悟は申し訳なさそうな声で協力を求めた。つまり、彼にとって不本意なお願いか、もしくは俺が嫌がりそうなお願いということなのだろう。まぁ、俺に協力を仰ぐ前にリョウに何かを確認していたのも気になるが。

「……車の中で説明するからとりあえず、移動しよう」

 悟は言い辛そうに幹事さんと目を合わせ、そっとため息を吐いた後、彼は近くに停めていたワゴン車の後部座席へ乗り込んでしまう。そんな彼の様子を見て慌てたように助手席へ向かう幹事さん。チラッと運転席を覗くと執事服を着た老人がカーナビを操作していた。

(まぁ、しょうがないか)

 説明を聞かなければ断ることすらできない。それに例の噂によっていつ幻想郷が崩壊してもおかしくない現状、出来る限りのことはしておきたい。覚悟を決めて俺もワゴン車へ乗り、ほどなくしてワゴン車は発進した。

「さて……まずはこれを見て欲しい」

 悟はバッグからノートパソコンを取り出し、俺の方へ差し出す。受け取って画面を覗くとそこには10丁の改造狙撃銃を操り、無数の妖怪たちを吹き飛ばしている『魂共有』状態の(吸血鬼)の横顔が映っていた。

「これは……」

「例の映像だ。対策する前にいつでも見られるように保存しておいたんだよ」

 悟から例の噂について教えてもらった時はすでに公開されていた映像は全て削除されていた。そのため、実際に映像を見るのはこれが初めてになる。目を丸くしながら映像を見ていると場面が切り替わり、トールと『魂同調』した『魂共有』状態の(吸血鬼)が大量の剣を展開して妖怪たちを切り捨てていた。

 それから(吸血鬼)を中心に次から次へとシーンが切り替わり、最終的に反転した霊脈を破壊したところで映像は終わっている。もう一度、最初から映像を見直してノートパソコンを悟に返した。

「どうだった?」

「……どうして、(吸血鬼)ばかり映ってるんだ?」

 俺が黒いドームの中へ転移した時、きょーちゃん人形の効果(俺と話したいと願った時に俺に通信が入る電話のような機能と微弱な状態異常無効)を受けていたユリちゃん以外のお客さんは全員、種子によって眠らされていた。つまり、仮にお客さんの誰かがこの映像を流出したのなら俺の姿は映っているはずがないのである。

 それに映像の最初に改造狙撃銃を操っている『魂共有』状態の(吸血鬼)の横顔が映っていた。当時の(吸血鬼)は空を飛んでいたので(吸血鬼)の横顔を撮るには撮影した人も同じ高さまで飛ぶ、もしくはドローンのようなものを使用しなければならない。しかし、妖怪たちを殲滅するのに集中していたとはいえ空を飛んでいる人やドローンぐらい視界に入るだろう。

「でも、当時の響は気付かなかったってことは撮影した人、もしくは物は視界に映らない状態……透明化していた可能性があるな」

「いや、俺には魔眼がある。透明化していたとしても人なら気付けたはずだ。つまり、この映像を撮影したのはドローンのような機械……そして、透明化機能が付いているドローンを作れる奴は一人しかいない」

 そう、笠崎である。タイムマシンすら作ってしまう奴の技術力があれば透明化機能付きの高性能ドローンを作ることだって容易だろう。映像に俺ばかり映っていた理由は未だにわからないが笠崎がこの映像を流したのなら俺が映像に映っていたのも頷ける。それに笠崎ならば自動で映像をネットに流出することだってできるはず。

「で、それがどうかしたのか? そんな重要なことだとは思えないけど」

「いや、かなり重要だ。本当に笠崎が撮影して流出した映像なら実際に見た人はいない(・・・・・・・・・・)ことになる。つまり、誰もこの映像が本物だと証明できないんだ」

 確かに掲示板で流れている噂も『合成ではなく本物ではないか?』程度でしかなく、推測の域を超えていない。むしろ、ネットの住人の反応は願望に近かかった。そして、その『いて欲しい』(願望)が増えれば増えるほど幻想郷が崩壊する危険性が高まっていく。

「だから、俺たちもそこを突く。あの映像に映っていたものが作り物であると信じ込ませるんだ」

「……具体的な方法は?」

「映像には映像。響、お前には女優(・・)になってもらう」

「……は?」

 色々とツッコみたいが、とりあえず『女優』ではなく『俳優』だと思う。いや、『俳優』と言い直しても悟の発言の意味は理解出来ないけれど。

「長年、お前と一緒にいてずっと疑問に思ったんだよ。お前は顔も良ければ性格もいいからモテるのはわかる。だが、お前のモテ方は異常だ」

「お、おう……確かにな」

 少し前までの俺ならば悟の言葉を信じずにスルーしていただろう。しかし、実の母親が俺に施した封印に綻びができた今、その疑問を共有することができた。悟の言う通り、俺は異常に人に好かれやすい。よく綺麗と言われるので容姿が原因かと思っていたが顔がいいだけではあそこまで人に好かれることはないだろう。性格に関しては自分では何とも言えないので今回は無視する。

「でも、お前の過去とか聞いてやっとその理由がわかった」

「……その理由は?」

 先を促すと悟は一度、前部座席で運転している執事と幹事さんの方をチラッと一瞥し、俺の耳元へ顔を寄せる。彼らに聞かれるとまずい理由らしい。

 

 

 

 

 

 

「お前に流れる吸血鬼の血……それも、魅了の類だ。お前は常に周囲に魅了の魔法を撒き散らしてるんだよ」




響さんのモテる理由ですが、過去に書いた覚えはありませんがすでに出ていたら教えてください。私も可能な限り読み返しましたが見つからなかったので大丈夫だと思いますが……。


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第428話 要因

なろうの方でまた能力を的中させた方が出ました。
感想で的中させましたので消去せざるを得ませんでした。しかも、匿名投稿だったのでメッセージを送ることも出来ず……申し訳ありません。


もう一度、確認のためにお知らせしますが、感想欄で能力を的中させた場合、その感想を削除させていただきます。匿名でなければ感想を消した後にこちらからメッセージを送りますが、匿名だった場合、読者様の方からメッセージを送ってくださると助かります。


 吸血鬼の文献には様々な種類があり、記述されている内容も文献によって差異が生じる。だが、たった一つだけ全ての文献に共通して書かれていることがある。それは『吸血鬼は定期的に人間の血を飲まなければ衰弱、もしくは死んでしまう』ことだ。それほど吸血鬼にとって血は大切な存在なのだ。

 しかし、血を分けてくれる協力的な人間はほとんどいない。むしろ、小説などの創作物の中では化け物扱いされることが多かった。そのため、基本的には人間を襲って血を吸うしかない。そして、人間から血を奪いやすくするために“魅了”が使えると記述されていることがある。

「俺は魅了なんか使えないぞ」

 俺は吸血鬼の血が流れているとはいえ、少量なので普段は半吸血鬼ですらない。だからこそ、太陽の光を浴びても死ぬになることはないし、流水も吸血鬼の血が活発になる満月の日以外、無害である。吸血鬼にとって命の源である血を飲まなくても平気だ。

 だが、反対に満月の日であってもレミリアやフランのように蝙蝠に変身することはできない。

 つまり、吸血鬼の血が薄いため、弱点はないが吸血鬼の能力を存分に発揮できないのである。もちろん、魅了の類も扱えないし、魔法適正を調べた時に確認済みだ。

「だろうな。それに使えたとしてもお前の性格的に乱用しないだろう。じゃあ、無意識で使っていたとしたら?」

「……いや、使えないんだから無意識でも使えないだろ」

意図的に使え(アクティブスキルじゃ)ないだけで常に発動してる(パッシブスキルな)んだよ。お前の能力的にも否定できないだろ」

「そりゃ……そうだけど。俺の能力が関係しているなら魅了だけ発現するのはおかしくないか?」

 悟の推測が正しければニンニクに苦手意識を持っていたり、日焼けしやすくなっているなど認識できる程度には吸血鬼の性質が発現していなければならない。だが、半吸血鬼になる満月の日以外、俺は普通の人間。他の吸血鬼の性質は発現していないのに魅了だけ無意識に使っているとは思えないのである。

「俺も思いついた時はすぐに違うって思って頭の隅に置いておいたんだけど、昨日、調査の結果を伝えた時に思い出して念のためにリョウに確認したんだよ」

「あの時、リョウと話してたのはそれだったのか」

「そうそう……で、リョウもさすがに魅了はないって言ってたんだが、急に黙り込んじゃってさ。そしたら、いきなり『あり得る』って答えたんだ」

「はぁ?」

 完全な吸血鬼である上、俺の能力を知っているリョウが『あり得る』と答えるとは思わず、眉間に皺を寄せてしまった。

「理由は聞いたか?」

「あー……俺も聞いたんだけど詳しい話はしてくれなくて。でも、吸血鬼とは別の要因が絡んでくるらしい。その要因も“人に好かれやすくなる”性質があるみたいでその性質が吸血鬼の血と上手い具合に噛み合って魅了だけが発現した、ってのがリョウの推測」

 おそらく要因について全く触れなかったことから悟もリョウから聞かされていないのだろう。リョウは俺よりも(音無 響)という人物について知っている。今までも何度か俺について彼女に質問したことがあり、彼女も小言を言いながらも教えてくれた。

 だが、そんな彼女でも一つだけ頑なに教えようとしないことがある。そう、俺の実母だ。つまり、魅了が発現した要因は実母に関係している可能性が高い。今、リョウに電話して問い詰めても教えてくれないだろう。

「もちろん、響が魅了の魔法を撒き散らしてるか確認してもらったら、相当集中して観察しなければ気付かないほど微弱な魅了を感知したみたいだ」

「……そうか」

 ここまで言われてしまっては否定することはできない。だからこそ、ため息交じりに言葉を漏らしながら背中を背もたれに預けた。

 無意識であっても俺は魅了の魔法で人々を惑わしてしまった。もしかしたら、俺に魅了されて人生を狂わされてしまった人もいるかもしれない。そう思うと罪悪感で顔を顰めてしまった。

「まぁ、そう気落ちするなよ。さっきも言ったが魅了は本当に脆弱なものらしい。魅了といっても第一印象がよくなる程度だってさ。ここまで皆に愛されたのはお前の魅力あってのものだ……まぁ、お前の魅了は何か特殊みたいで一定以上の好意を持てばどんどん好きになってしまう泥沼タイプらしいけど」

「じゃあ、俺にファンクラブができたのは……」

「いや、ファンクラブに介入するぐらいじゃ泥沼には嵌らないみたいだ」

 『だから、安心しろ』と笑う悟だったが素直に喜べない。とにかく、俺が好かれやすい体質なのは理解した。だが、それが女優と何の関係があるのだろう。

「あの掲示板では妖怪やロボットの話題と同じぐらいお前に関する書き込みが多かっただろ」

「……まぁ、そうだな」

「だから、お前が女優だと掲示板の住人が知ればあの映像もお前が出演したPVだと思うはずだ」

 悟が考え付いたのは俺が女優(偽物)だと思わせることで映像も作り物だと誤認させる作戦だ。確かにあの映像の中で偽物だと証明しやすいのは俺だ。『本物であってほしい』と思われている今なら『やっぱり偽物だった』と納得する人も多いはず。

「理屈はわかった。じゃあ、俺は具体的に何をすればいいんだ?」

「……引き受けてくれるのか?」

「そりゃ、じょ……俳優として働くだけで例の噂をどうにかできるなら喜んでやるさ。あんまり無茶なのは無理だけど、お前がそんなこと言うわけないしな」

 俺が素直に引き受けるとは思わなかったのか目を丸くする悟。確かに俺は目立つのが得意ではない。ファンクラブもなし崩しに認めてしまったが可能であれば今すぐ解体して欲しいと思っている。

 でも、そんなちっぽけな羞恥心よりも幻想郷の方が大切だ。少しぐらい目立つことになってもそれで幻想郷を救えるのなら構わない。

「……ありがとう。それじゃ、幹事さん、スタジオに連絡をお願い」

「わかりました。それにしても会長、よかったですね。響様が了承してくれて」

 携帯を操作しながらこちらに顔を向けた幹事さんはくすくすと笑っていた。それを見た悟が気まずそうに顔を背ける。彼の反応を見て首を傾げていると幹事さんが嬉しそうに口を開けた。

「響様も知ってると思いますがファンクラブはもちろん、O&Kも響様でお金儲けはしないと決めているんですよ。ですが、今回ばかりは響様の力を借りなければ厳しいらしくて……O&Kの会社の皆さんは結構前から『響様に助けを求めては?』と意見が出ていたみたいなんですけど会長だけは昨日までずっと反対していて」

「ちょ、幹事さん止めて! 恥ずかしいから!」

「いいじゃないですか。良い話なんですから」

 珍しく慌てる悟に対し、『では、電話しまーす』と逃げてしまう幹事さん。さすがに電話の邪魔はできないのか悟は悔しそうに顔を歪め、すぐに俺の視線に気付いた。

「ま、まぁ……自分で決めたことを曲げるのは嫌だったし。お前はあっちの方に集中して欲しかったら」

「わかった、わかったから詳しい話を頼むよ」

「……はぁ。さっきも言ったけどお前には女優……簡単に言ってしまえばO&Kが開発してるVRゲームのイメージキャラクターになって欲しい。そうすれば例の映像もVRゲームのPVだと思われる可能性もあるし」

「イメージキャラクター、か。でも、演技とかあんまり自信ないぞ」

 昔、俺、望、雅、悟、奏楽の5人でTRPGをした時に俺の大根役者っぷりを弄られたことがあり、少しだけトラウマになっているのだ。あの時は俺のキャラを俺自身だとイメージして何とかなったが、VRゲームのイメージキャラクターともなれば何かしらの設定があるはずだ。

「ああ、その点に関しては大丈夫。お前は普段通り、暴れるだけでいい。もちろん、桔梗ちゃんにも協力して貰うからね」

「へ? 私もですか?」

 幹事さんたちに聞こえないように小さな声で問いかけた桔梗に笑ってみせた悟はそのまま俺が持っていたノートパソコンを操作し始める。

「あの映像に映っていたのはお前だ。俺たちが勝手に決めたイメージキャラクターはお前じゃない。だから、イメージキャラクターを演じるんじゃなくて、響自身がイメージキャラクターになるんだよ」

「現場に到着しました」

 悟の言葉の真意を確かめる前に運転していた執事さんがよく通りそうな低い声で目的に着いたことを告げる。窓から外を見ると車は丁度、立派な建物の駐車場に入ったところだった。



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第429話 撮影

「ここだ」

 立派な建物の中に入り、悟に案内されたのは大きなスタジオだった。すでに撮影する準備は終わっているのかスタジオの中央には巨大なランニングマシンのようなものとそれを囲うように無数のカメラと証明が設置されている。なお、執事さんと幹事さんは別の用事があるようで撮影が終わった頃に迎えに来るそうだ。

「誰もいないみたいだけど」

「さすがにお前が暴れる姿をO&Kの社員に見せるわけにはいかないからな。固定カメラで何とかなるし」

「そうなのか?」

「とりあえずついて来てくれ」

 バッグからクリアファイルを取り出した悟はスタジオの中央へ歩みを進めた。車内ではあんなこと言ったが、やはりというべきか少しだけ緊張している。文化祭など今まで何度か人前に出たことはあるがこうやって自分の意志で出るのは初めてなのだ。

「概要を説明するぞ」

 そんな俺に気付いていないのかクリアファイルから数枚の書類を取り出す悟。とにかく今は悟の説明に耳を傾けよう。そうすれば緊張も多少薄れるはずだ。

「まず、お前にはこのランニングマシンに乗ってもらう」

「これ、本当にランニングマシンだったのか」

 スタジオの入り口から見ただけでも既存のランニングマシンとは比べ物にならないほど大きいのはわかっていたが間近で見るとより実感できる。幹事さんの話では悟は昨日まで俺に協力を仰ぐのを渋っていた。だが、準備だけは進めていたのだろう。そうでなければこんな巨大なランニングマシンを1日足らずで準備できるわけがない。

「そして、走る速度に合わせてこちらで用意したホログラムがお前の前に現れる」

「ホログラム?」

「まぁ、的みたいなもんだ。お前はただそれを殴るなり、斬るなりすればいい。ただ手加減はしてくれよ? 踏みこみでランニングマシンが壊れたらおしまいだからな」

「それはもちろんだけど……それだけでPVになるのか?」

「さすがに撮った映像のまま公開するわけないだろ。ホログラムを倒すお前の動きに合わせて敵を合成するんだ」

 そう言って彼は手に持っていた書類の1枚を俺に差し出す。受け取って目を通すとそこにはデフォルメされた俺らしき絵がゴブリンっぽい敵を殴っている絵が描いてあった。そして、その下にはその映像を加工しているデフォルメされた悟らしき絵も添えてある。

「ランニングマシンはお前の走る速度に合わせる。でも、速度が速ければ速いほどホログラムの出現も速くなる。時間はそれなりに取ってるからその辺はやりながら調節してくれ」

「わかった」

「あのー……私はどうすればいいんでしょう?」

 物は試しとランニングマシンに乗ろうとした矢先、腕輪から人形の姿に戻った桔梗がおそるおそる悟に問いかける。車内で悟に協力してほしいと言われた彼女は移動中、嬉しそうにしていた。だが、彼から何も指示されなかったので不安になってしまったのだろう。

「ああ、ごめんごめん。桔梗ちゃんは響のサポートをお願い。音声は入らないから自由に話しても大丈夫だよ。頑張ってね」

「はい、精一杯頑張ります! さぁ、マスター! 行きましょう!」

 気合を入れて頷いた桔梗は俺の手を掴んだ。そのまますごい力で引っ張られ、ランニングマシンの上に乗った。一先ず、動きやすいようにスキホを操作していつもの制服姿になる。

「あ、すまん。制服はなしで」

 だが、その直後に悟から声がかかった。俺の制服は高校のそれを改造して造られているので制服から身元がばれてしまうかもしれない。それだと後々面倒なことになるので制服は着ないでほしいとお願いされてしまった。。

「では、【着装】しますか? そちらの方が作りものっぽいですし」

「あー、それもなし。桔梗ちゃんは合成ってことにしてるから」

 桔梗の提案も悟に却下されてしまった。

 少しでも早くPVを完成させるために映像を編集するスタッフを大勢、O&Kに待機させているらしい。更に細かく工程を分けることで作業の効率化を図り、その役割分断もすでに終えており、その最初の工程が『桔梗の合成』だそうだ。そうすることで映像を編集する人は映像に桔梗が映っていても『別な人が合成した作りもの』だと勘違いする。だからこそ、桔梗が映っていても問題ない。

 しかし、その反面、『着装―桔梗―』は技術的に難しいらしく、それを見られてしまったら桔梗が合成ではないことがばれてしまう可能性が高いそうだ。変形は大丈夫みたいだから

「じゃあ、このままやるか? 完全にゲームの世界観を壊してるけど」

 先ほどの書類にはゴブリンの絵が描かれていた。きっと、ファンタジー風のゲームなのだろう。そんなゲームのPVに現代の服を着た俺が出ていたら世界観がめちゃくちゃになってしまうはずだ。

「……いや、ありかもしれない」

「何?」

「このゲームはVRゲーム……お前が現代の服を着てPVに出ることで現実世界から仮想世界へ飛び込んでいるように見えるはずだ。それを基になにかキャッチコピーみたいなものを画面に出せば……うん、全然あり。むしろ、そうした方がいいような気がして来たぞ」

 そう言いながら興奮した様子でメモ帳にガリガリとアイディアを書き込む彼の背中を見て苦笑を浮かべてしまう。例の噂をどうにかするためとはいえ、悟はO&Kの社長。商売に繋がることは見逃せないようだ。

「そうと決まればこのままで行くぞ」

「ん? ああ、頼む。カメラはずっと回ってるからそっちのタイミングで始めていいよ」

 アイディアをメモることに夢中になっている悟に俺と桔梗は顔を見合わせて笑い合った。そして、俺はゆっくりとその場で歩き出す。ランニングマシンのベルトもそれに合わせて動き始めた。

「マスター、私はどのようにしましょう?」

「ホログラムの出現パターンがわからないから後ろを警戒していてくれ。あと、何度か変形してもらうから頼む」

「はい、わかりました!」

 嬉しそうに頷いた桔梗を尻目に少しずつ走る速度を上げた。スタジオは広いといっても限度があるので派手な攻撃はできない。それに魔法も『着装―桔梗―』と同じ理由でNGだ。

「ホログラム、出現しました!」

 桔梗の声で前に意識を向けるとゴブリンのホログラムがこちらに向かってきていた。咄嗟に神力で鎌を創造し、右へ薙ぎ払う。鎌はゴブリンのホログラムをすり抜け、そのまま消えてしまった。それから次から次へとゴブリンが現れ、鎌を振るう。

「マスター!」

 不意に隣を飛んでいた桔梗が叫びながら俺の後ろへ移動し、桔梗【盾】に変形する。どうやら、背後からゴブリンが迫っていたようで桔梗【盾】で防御してくれたらしい。普段は魔眼で周囲を警戒しているが敵はホログラムなので魔眼で感知することができないのだ。

「桔梗、助かった」

「すみません、マスターの戦う姿に見惚れていて気付くのが遅れました!」

「あくまでも相手はホログラムなんだし。失敗してもカットしてくれるさ……さて、じゃあ、そろそろギアを上げるか」

「え?」

 俺の言葉を聞いて呆ける桔梗を見てクスリと笑った後、気合いを入れるために鎌をクルクルと回す。その間にいつもより鎌のリーチを伸ばしておいた。

 今回の目的は魅せること。多少、無駄な動きがあっても問題はない。ランニングマシンの強度も何となく把握できたから壊す心配もないだろう。

「よし……行くぞ」

 その掛け声と共に一気に走る速度を上げ、ギュルギュルとランニングマシンが激しく動く音がスタジオに響く。それに比例するようにゴブリンはもちろん、ウサギやトカゲ、トリのようなモンスターの出現速度も上がった。だが、問題はない。これぐらいなら鎌一本あれば十分に対応できる。

「シッ――」

 走りながら鎌を一閃。数体のモンスターを一撃で屠り、その場で跳躍して突撃してきたホログラムをやり過ごす。

「【拳】!」

 そう言って左手を横に突き出すと隣を飛んでいた桔梗が俺の手に抱き着き、桔梗【拳】に変形した。そのまま軽くジェットを噴出させ、迫ってきていたモンスターたちをまとめて殴る。変形を解除してランニングマシンに着地した。

「次!」

 すぐに駆けだし、モンスターに鎌を振るう。その頃には俺たちを囲む無数のカメラの存在など俺の意識から消えていた。



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第430話 最悪

新しい活動報告がありますので必ず、読んでください。







『――それでこんなPVができたんだ』

 撮影はつつがなく終わり、家に帰って家事をこなしていると望から電話が掛かってきた。てっきり、調査の結果を伝えるために掛けてきたと思ったが『O&K』の公式ホームページで公開されたVRゲームの新作PVを見たらしく、慌てた様子でどういうことなのか問い質されたのだ。

「ああ……というかもう公開されてたのか」

 出来る限り早く公開すると言っていたがまさか撮影が終わって数時間で映像を完成させるとは思わなかった。

「ネットの反応はどうだ?」

『待ってね……あー、お祭り状態だね。特にお兄ちゃんについてめちゃくちゃ書き込みされてる』

 少し引き気味で教えてくれた望だが、当事者である俺は少しばかり不安になってしまう。望が引くほどのお祭り状態とは一体、どんなものなのだ。リビングでゲームをしていたリーマとその画面を覗き込んでいた弥生に家事の続きを頼み、自室へと移動する。すぐに雅のノートパソコンを起動した。

「そっちの方は? 何かわかったか?」

『……えっとね』

 パソコンが起動し終えるまで暇なので望にそう問いかけると彼女はどこか言い辛そうにしながら調査結果を教えてくれた。

「……そうか、父さんが」

『うん。一応、帰ったらお母さんにも聞いてみる。お母さんは?』

「ずっと西さんに付き添ってる。母さんのおかげで西さんもだいぶ落ち着いてきた。ただ精神的な疲労と長い時間、雨に打たれたせいで風邪を引いたみたいで熱が出ちゃってな」

 事情が事情なので病院にも行くわけにもいかず、家にあった風邪薬を飲ませ、寝かせている。とりあえず、西さんには何か思い出したら教えるように言ったが期待はできそうにない。

「っと」

 望との会話に夢中になるあまり、パソコンの存在を忘れていた。携帯をスピーカーモードに切り替え、『O&K』に関する掲示板を探す。

『お兄ちゃん? もしもーし』

「聞こえてるよ。なんだ?」

『なんかカタカタって聞こえ……もしかして掲示板、探してる!?』

「ああ。例の噂がどうなったか気になるしな。お、これかな」

『ちょ、待って! 止めた方が――』

 望の必死な制止が耳に届くと同時に俺は掲示板を開いてしまう。そして、いくつかの書き込みを読んでその場で突っ伏した。

「お、おい……何だ、これは」

 その状態で震えた声で望に問う。確かにあの映像が流出した時、妖怪やロボットに関する書き込みと同じくらい俺に関する書き込みもあった。だからこそ、それを利用して俺が女優(偽物)だと偽り、あの映像も合成(偽物)であると勘違いさせる。それが悟の作戦だった。

『……遅かったみたいだね。よかったね、お兄ちゃん。大人気だよ!』

「よくねぇよ!」

 からかう望に叫び、掲示板へと視線を戻す。つい先日まであの映像について議論されていた掲示板にはもう“俺”に関する書き込みしかなかった。どうやら、あまりの書き込み量にいくつかのスレッドが埋まり、新しくスレッドが立てられているようだ。

 マウスのホイールを回転させ、流し読みすると『あの女優は誰だ!?』と俺の正体について議論し合う書き込みがいくつかと、その書き込みの間に『綺麗』、『やばい』、『俺も斬られたい』、『ぺろぺろ』など一部正気とは思えない映像に関する感想が大量に書きこまれていた。彼女の言う通り、『O&K』の新作VRゲームについて語る掲示板はまさにお祭り状態だ。

『うわぁ、全然追い付けない。どんだけ書き込まれてるんだろう』

「俺が知るかよ。でも、ちらほらと俺があの映像にも出てるっていう書き込みがあるな」

『っ! なら、あの噂もこれで……え? なに、雅ちゃん?』

『響、聞こえてる!? パソコン見てるなら『O&K』のホームページに飛んで!』

 ガサゴソとノイズ音が聞こえ、すぐに焦った様子の雅の声が携帯から響いた。望に変わってもらったらしい。彼女の指示通り、魔の掲示板を閉じて『O&K』のホームページを開いた。

「……新作PV?」

 そこには今日、撮影したPVの他にもう一本、新しくPVが公開されている。今日、撮影した方も気になるがとりあえず、新しい方を見てみる。

「これは……」

 それはスタジオに行く前に悟に見せられた流出したあの映像だった。もちろん、『O&K』のロゴや字幕が挿入されており、昼間に見た時よりもPVっぽく加工されていたが内容はほとんど変わっていない。

『響、見た? これって流出したっていう映像だよね?』

「ああ、昼間に映像を見たけどほとんど内容は変わってない。でも、どうして……」

『多分……あの流出した映像もPVだってことにしたんだと思う。このPVもお兄ちゃんばっかり映ってるから別バージョンだって勘違いするから』

 いつの間にか向こうもスピーカーモードに変えていたのか雅に続いて望がそう結論付けた。

 VRゲームのPVに俺が出ることで流出した映像も合成されたものだと錯覚させる作戦だったが、肝心の流出した映像は悟たちのおかげで全て削除されていた。映像を保存している人は見返せば俺が出ているとわかるが、噂に釣られて騒いでいるひとたちはあの映像を見ることができない。

 だからこそ、あえて流出した映像を公開することで『加工前の新作PV』だったと認識させることにした。そうすれば『O&K』が率先して映像の削除に奔走した理由付けも可能。その証拠にホームページには『加工前のPVが流出した件について』というページが出来ている。そのページを開けば流出したせいで世間を騒がせた謝罪やあの映像は偽物(フィクション)であると弁明していた。流出した映像を無断で加工して新作VRゲームのPVとして公開したが流出者である笠崎はいない。文句を言う奴は誰もいないのである。

「これで……噂は大丈夫そうだな」

『うん、そうだね。後は――』

 幻想郷へ行き、状況を確かめる。それが外からの崩壊を阻止した俺たちが次に優先すべきこと。だが、未だに『時空を飛び越える程度の能力』はコントロールできず、手がかりもなくなってしまった。

『ふわぁ……響、おはよー』

(ああ、おはよ、吸血鬼……って、吸血鬼!?)

 どうしようか悩んでいると不意に眠たそうに欠伸をしながら吸血鬼が挨拶した。あまりに自然な挨拶で流しそうになったがほぼ半月ぶりの彼女の声を驚いてしまう。

『ん? どうしたの?』

「いいから、早く表に出て来い! 緊急事態なんだ!」

『う、うん? わかったわ』

 不思議そうにしながら吸血鬼が俺の隣に現れた。『魂共有』を覚えてから彼女は翠炎と同じように好きなように表の世界に出て来ることができるようになったのである。

『きょ、響?』

「吸血鬼が部屋から出てきた! お前ら早く帰って来い!」

『へ!? 電車に乗ってるから今すぐは無理だけど!?』

「いいから寄り道せずに帰って来いよ!」

 そう言って俺は乱暴に電話を切った。そんな俺の様子を見てただ事ではないとわかった吸血鬼は真剣な眼差しでこちらを見つめている。そして、手短に事情を説明すると彼女は目を大きく見開いた。

「私が部屋に閉じ込められてる間にそんなことがあったなんて……」

「とりあえず、今すぐ幻想郷へ行って状況を――」

「――それはどうかしら」

 苦虫を噛み潰したような顔で俺の言葉を遮った吸血鬼はベッドに腰を下ろし、ため息を吐く。そのまま背中の翼を大きく広げてパタパタと動かし始めた。久しぶりに部屋から出たので羽を伸ばしたかったのだろう。

「どうって……どういうことだよ」

「私が部屋に閉じ込められていた間、『コスプレ』できなかったのよね? でも、『コスプレ』はあなたの本能力によって二つ名から派生した派生能力。魔法ではないわ。普通なら私がいてもいなくても関係なく使えるはずよ」

「だが、実際に使えなかった。だから!」

「ええ、私がいなくなった途端、『コスプレ』が使えなくなったのなら原因はそれだと思うに決まってる……これは私の思い過ごしかもしれない。ただ可能性はゼロじゃない」

 そこで言葉を切った吸血鬼は立ち上がり、机の上に置いてあったPSPを手に取った。彼女の額に汗が滲んでいる。きっと、それは冷や汗。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『コスプレ』は幻想郷の住人の能力をコピーする能力……それが使えなくなったということはコピー先の人に何かあったから。その可能性もあるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺が考えないようにしていた可能性の一つ(最悪)を口にした。

 



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第431話 発動へのプロセス

皆さん、お久しぶりです。
予定通り、本日から更新再開です。
これからも『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


「はぁ……はぁ……」

 暗い森の中で俺の荒い呼吸音が木霊する。目の前が霞み、今にも倒れてしまいそうだ。だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。今、倒れている暇などないのだから。

「マスター……」

 もう一度、とスタート地点へ戻ると桔梗が小さな声で俺を呼んだ。しかし、それ以上の言葉は出て来ない。きっと、彼女は俺の体調を優先するべきか、俺の気持ちを優先するべきか悩んでいるのだろう。

 結局、吸血鬼の予想通り、『コスプレ』は使えなかった。つまり、『コスプレ』ができなかったのは吸血鬼が部屋に閉じ込められていたからではなく、幻想郷内で何かが起きたせいである可能性が高くなったのだ。そして、幻想郷内に移動する手段は『時空を飛び越える程度の能力』だけになってしまった。

「すぅ……はぁ……」

 スタート地点に立ち、5メートル先のカラーコーンを見ながら深呼吸。もうほとんど残っていない地力をかき集め、一点に集中する。『時空を飛び越える程度の能力』を発動する際、地力を集中させないと上手くいかないことが多かったのだ。

「ぐっ……」

 しかし、少ない地力を強引に集めたせいか地力が不安定になり、体の中で暴走し始めた。咄嗟に集中するのを止めるが地力の暴走は治まるどころか激しさを増す。あと数分で体の中で暴れている地力が爆発してこの辺一帯が焦土と化してしまうだろう。

「マスター!」

 俺の顔が歪んだのを見て桔梗が慌てて飛んで来た。まずい、このままでは桔梗が地力の暴発に巻き込まれてしまう。青怪鳥の嘴のおかげで頑丈になった彼女でも至近距離で暴発に巻き込まれたらひとたまりもないはず。

「に、げ――」

 何とか地力を抑えようともがきながら言葉を紡ぐが出たのはなんとも情けない擦れた声だった。そんな声など桔梗の耳に届くわけもなく、彼女は心配そうに俺の顔を見つめている。抑え切れない地力が風となり、俺と桔梗の髪を揺らしていた。

(こうなったら……)

 無理矢理にでも『時空を飛び越える程度の能力』を発動させてこの場から離れるしかない。俺には翠炎がいるのでたとえ死んだとしても生き返ることができる。とにかく今は桔梗の安全を優先にして――。

『……はぁ。闇、お願い』

『はいはーい!』

 ――と、その時、脳裏に呆れたような吸血鬼と嬉しそうに返事をする闇の声が響き、あれだけ大暴れしていた地力が何かに“吸い取られ始めた”。そのまま、地力の暴走によって発生していた風が止む。桔梗を傷つけずに済んだと安堵のため息を吐くと同時に体から力が抜けて膝から崩れ落ちた。

「もう……無茶しすぎよ」

 倒れる前に顔にポフッと柔らかい何かが当たり、優しげな声が耳に滑り込んでくる。懸命に顔を上げると吸血鬼が苦笑を浮かべていた。俺が無茶をするとわかっていたか、地力が暴走した時のために闇に声をかけていたのだろう。

「すまん……闇もありがとう」

『どーいたしましてー!』

 俺の地力を吸って暴走を止めてくれた闇にお礼を言うと彼女は嬉しそうに笑った。闇の能力は引力。それを駆使して暴走していた地力を俺から引き剥がし、吸収したのだろう。

「吸血鬼さん、マスターは!?」

「大丈夫よ。ちょっと無理して地力を使い切っちゃっただけ。明日になれば元気になるわ」「そう、ですか……よかったです」

 ほっとした桔梗を見てくすくすと笑った吸血鬼は動けない俺を横抱きにして近くに生えていた大きな木まで移動する。そして、背中を木に預けられるようにそっと地面に降ろした。

「はぁ……」

 また失敗だ。最後は大失敗だったが、それ以前も全然だめだった。能力の発動に地力を集中しなければならないことに気付いてからまったく進歩していない。このままではいつまで経っても幻想郷に行くことができない。

「ほら、そんな暗い顔しない」

「いでっ」

 パチンという軽い音と共に額に痛みが走る。顔を上げると吸血鬼が少し怒ったような顔で俺を見つめていた。

「焦ってもさっきみたいに上手くいくはずないわ。それよりもどうして上手くいかないのか考えた方が賢明よ」

「……そりゃそうだけどなんで失敗するのかいくら考えてもわからないんだよ。地力を集中することぐらいしかわかってないんだから」

「地力を集中、ねぇ……」

「吸血鬼さん?」

 俺の言い訳染みた言葉を聞いた彼女は納得できていないのか腕を組んで首を傾げた。それにいち早く気付いた桔梗が声をかける。

「ねぇ、地力を集中した後はどうしてる?」

「どうって……能力の発動と同時に開放してるけど」

「『開力』と同じプロセスね」

 “開力『一転爆破』”は地力を一点に集中した後、相手に向かって解き放つスペルカード。文化祭の日、笠崎の透明化(具体的には中にいる人を透明化するフィールドを発生させる装置)を吹き飛ばしたのもこのスペルだ。確かに彼女の言う通り、能力を発動させる時の感覚は『開力』に似ている。

「それがどうかしたのか?」

「うーん、私も何となくしかわかってないんだけど能力を発動した瞬間、せっかく集中させた地力がバラバラになってたような気がするの。そのせいで設定した座標が狂って変なところに飛んでるんだと思う」

「集中した地力を開放せずに能力を発動させるってことか」

 しかし、少し前に一度だけ地力を開放せずに能力を発動させたが、上手くいかなかった。むしろ、能力すら発動しなかったのである。つまり、開放ではない別のプロセスが必要となる。

「でも、開放以外にどうすれば……」

「あの、一つ質問いいですか?」

 再び行き詰りそうになった時、桔梗が手を挙げた。黙って頷くと彼女はどこか居心地が悪そうにしながらそっと口を開いた。

「えっと、『カイリョク』という技は地力を解き放つものなんですよね?」

「ああ、そうだ」

「つまり、地力を外に漏らさずに開放すればいいのではないでしょうか」

「地力を外に漏らさずに?」

 桔梗の発言に俺と吸血鬼は思わず顔を見合わせてしまう。そんなことできるのだろうか。少なくとも今までそんな地力の使い方をしたことはない。仮にできたとしても使いこなすためには相当な時間がかかってしまうだろう。

「いえ、マスター。あなたは覚えていないかもしれませんが小さい頃、ずっと練習していました。結局、最後まで上手くいきませんでしたけど」

 そう言うと桔梗は少しだけ寂しそうに目を伏せた。桔梗と経験した旅は永琳の薬のおかげで夢に見ることはあるが全てを見たわけではない。何より、俺によって過去の俺(キョウ)記憶(思い出)は翠炎によって全て燃やされてしまった。ただの記憶の忘却とは違い、それを思い出すことはない。燃やし尽くされた(なかったことにされた)ものを思い出すことはできないのだから。過去の俺(キョウ)の頃から意識があった吸血鬼も翠炎によって再び意識のない状態に戻されたので過去の記憶は曖昧らしい。

「それはどんな技なんだ?」

「……『夢想転身』。博麗の巫女に伝わる奥義の一つだそうです」

「『夢想転身』……」

 まさかこのタイミングで博麗の奥義が出て来るとは思わなかった。霊夢の『夢想封印』とは違う技なのは明らかだが、どんな技なのだろうか。

「私自身、読んだわけではありませんが肉体強化だそうです。他の奥義は結界や遠距離攻撃が多く、肉体強化の奥義は『夢想転身』だけだった、と」

「でも、どうしてその奥義が地力を外に漏らさずに開放することに繋がるの?」

「その奥義の習得方法が自分の霊力を『ぎゅーん』として『パーン』ってなったら体の中で霊力が『ぐるぐる』して最後に『ちゅどーん』、です」

「……え? なんて?」

「ですから、自分の霊力を『ぎゅーん』として『パーン』ってなったら体の中で霊力が『ぐるぐる』して最後に『ちゅどーん』とするんですよ!」

 グッと胸の前で両手を握りしめて力説する桔梗だったがまったく意味がわからなかった。吸血鬼も理解出来なかったのかキョトンとしている。

「マスターは『夢想転身』は霊力を心臓にチャージ(『ぎゅーん』)し、一気に解放(『パーン』)して溜めた霊力を体内で循環(『ぐるぐる』)させて肉体強化(『ちゅどーん』)すると言っていました。一応、『ぎゅーん』と『パーン』はできるようになりましたが、集中させた霊力を一気に解放することに手こずっていたようです」

 だが、それは過去の俺(キョウ)の話。今の俺なら集中させた地力を一気に解放することぐらい容易だ。

「……」

 目を閉じて意識を体の内側に向ける。会話の間に回復したなけなしの霊力を心臓に集め、圧縮。弥生との四神憑依のおかげで凝縮のコツは掴んでいる。

 限界まで霊力を集中させた後、一気に解放。その刹那、体中に巡っている霊力が通る器官へ圧縮されたそれが凄まじい勢いで駆け抜ける。そして、俺の体から紅いオーラが迸り、桔梗と吸血鬼の髪を揺らした。




なお、第355話で霊奈を倒した紅い旋風は『開力』だったりします。


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第432話 畳の部屋

 ふと鼻をくすぐったのは畳の匂いだった。そして、自分は畳の上で横になっていることに気付く。起きたばかりでまだ正常に働いていない思考回路を必死に巡らせながら体を起こすが6畳ほどの見覚えのない畳の部屋にいることぐらいしかわからなかった、

(そもそも、俺はいつ寝たんだ?)

 確か桔梗から教わった博麗の巫女に伝わる奥義の一つ、『夢想転身』を発動した――ところで記憶が途切れている。おそらく、衰弱している状態で奥義を発動したせいで気絶してしまったのだろう。

「……」

 じゃあ、なおさら今の状況が不可解だ。気絶したとしても吸血鬼は単独行動できるので魂へは還らず、俺を家まで運んでくれるはずだ。

 しかし、俺がいるのは見覚えのない畳の部屋。それに加え、部屋にあるのは唯一の出入り口である襖が1枚のみ。聞こえるのは己の息遣いぐらいだ。そう、魂の住人の声すら聞こえないのである。いつも聞こえていた彼らの声が聞こえない今、少しばかり寂しさを覚えてしまうがとにかく状況を把握しよう。

(そのためには……)

 立ち上がって襖へと近づく。念のために聞き耳を立ててみるがやはり音はしなかった。魔眼を発動しようとしてもしないし、ここでは俺の力は制限されているようだ。魂の住人たちの声が聞こえないのもそのせいかもしれない。

「……」

 意を決して襖を開けると目の前に広がったのは何の変哲もない畳の部屋だった。俺が目を覚ました部屋と同じぐらいの大きさ。だが、明らかに違う点が2つ。

 1つは部屋の隅に置いてある古臭い黒電話。そして――。

「―――――」

 ――部屋の中心に設置された結界陣の中に人影。結界陣から漏れる光があまりに強く、中にいる人のシルエットぐらいしかわからない。その人はぶつぶつと何か呟いており、微かに聞こえる声でその人が女性であることがわかる。

「―――……っ」

 不意に女性の声が途切れ、僅かに影が動き息を呑む。俺の存在に気付いて驚いたらしい。こちらから相手を見ることはできないが何となく目が合っているような気がする。

「……」

「……」

 お互い、何も反応せずに見つめ合う。力が使えない現状、下手に動いて敵と認識されてしまうのは避けたい。俺としては向こうから何かしらのアクションがあると嬉しいのだが。

「……響」

「ッ――その声、レマか?」

 その声で結界陣の中にいる人物がレマだとわかった。しばらく声を聞いていなかったので心配していたが無事だったらしい。

「どうして、ここに?」

「いや……俺もよくわかってないんだ」

 かすかに震えた声でレマが質問してきたので素直に答えた。しかし、それだけこちらの状況を把握したのか彼女は深々とため息を吐く。きっと、結界陣から漏れる光がなければ呆れた表情を浮かべていたに違いない。

「まったく……あなたは私ですら予測できないことばかりしますね。少し自信をなくしてしまいそうです」

「はぁ? なに言ってんだよ」

「いえ、ただの独り言なので気にしないでください。さて、簡単に説明しますとここはあなたの魂の中――私の部屋です」

「ここが、レマの」

 もう一度、周囲を見渡すがやはり外と連絡を取るための黒電話以外なにもない。

 俺が自分の魂の中に初めて入った時、俺の部屋には何もなかったが置きたい家具をイメージすれば簡単に設置することができた。ほとんど俺の部屋にいる他の魂の住人たちも自分の部屋を好き勝手に改造している。もちろん、魂の住人の1人であるレマも例外ではないはず。

「私は他の住人とは少しばかり在り方が違うせいでしょう」

 どうして家具を設置しないのか、と問うとレマはあっけらかんとそう答え、彼女の視線が俺から外れる気配がした。どうやら、彼女も部屋を見渡しているらしい。

「どう違うんだ?」

「……なんと言えばいいのでしょう。そうですね、簡単に言えば私は家賃を滞納している、ということです」

 魂の住人たちは少しずつ俺に地力を供給している。吸血鬼は魔力、トールは神力、猫は妖力、闇は闇力、翠炎は炎力。今は弥生の魂へ移動してしまった青竜も俺のところにいた頃は神力を払っていた。

 しかし、今思えばレマから地力を受け取った記憶は一度もない。むしろ、出会った頃の彼女の話が本当ならば俺の霊力とレマの霊力はお互いに干渉し合い、結果的に霊力の出力が落ちている。今まで霊力の出力に関して問題は起きていないのですっかり忘れていた。

「だからこそ、私は家具を設置することはおろかこの部屋から出ることもできません」

「その結界陣のせいか?」

「いいえ、これは()が設置した結界陣です。何も関係ありません。なので――」

 そこで言葉を区切ったレマが僅かに体を動かした。その刹那、俺の体が凄まじい力で後ろへと引っ張られ始める。何とか踏み止まろうと必死に抵抗するがその抵抗も空しく俺は紙のように宙を舞い、襖を再び潜り抜けた。本来であれば俺が起きた畳の部屋に繋がっているはずなのに遠ざかる景色は白。まるで、俺が起きた部屋など最初から存在しなかったと言わんばかりに周りは白で埋め尽くされていた。

「――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう」

 彼女の部屋はどんどん遠ざかっているのに自然と声だけは耳に滑り込んできた。

(なん、だよ……)

 別に彼女とお別れするわけではない。レマ自身、また話そうと言っている。あの人(・・・)のようにいなくなるわけではない。

(なんで、だよッ!)

 でも、遠ざかる彼女のシルエットを見ると胸が締め付けられる。心がバラバラになりそうになる。何か、大切なものを失ってしまったような――取り返しのつかない過ちを犯したことに気付いた時の絶望感に苛まれる。だからだろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

「レマぁあああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 ――俺は必死に手を伸ばしながら遠のく彼女の名前を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましたか」

 独りでに閉まる襖を見てほっと安堵のため息を吐いた。まさか、あれがトリガーとなって彼がここに来てしまうとは思わなかったのである。私としては彼があれを習得してくれたら嬉しいが、その度にここに来られてはたまったものではない。

(何か対策する必要がありそうですね)

 彼をこの部屋から強制退出させた際、咄嗟に彼の魂に引っ掛けておいた霊力の糸を見つめながら脱力してその場で寝転がる。淑女あるまじき行為だが今は許して欲しい。何の覚悟もなく彼に会うのは心臓に悪すぎるのだから。

「本当、面倒なことばかりです」

 霊力の糸を手の中で遊ばせながら天井を見上げる。ああ、これも彼の言葉に甘えて魂に転がり込んだ己に対する罰なのだろう。生きている時(・・・・・・)はさほど苦労せずに暮らしていたので余計、辛く感じる。

「すぅ……はぁ……」

 深呼吸して思考をクリアにして本格的に対策を考える。

 そもそもの話、あれは一日にそう何度も発動できる技でもない。仮にここに来そうになっても繋いである霊力の糸を通して霊力の塊をぶつけて押し返せばいい。多少の痛みはあるだろうけれどこれも彼のためだ。彼が再びここに現れることはほとんどないだろう。

 そんな結論に至り、私は体を起こして伸びをする。さて、気を取り直して術式の構築に戻ろう。放置し過ぎてせっかくの結界陣が崩壊してしまったら最悪だ。

「よーし、頑張りましょー……はぁ」

 彼と久しぶりに話したせいで独り言を漏らす自分が何だが空しく感じる。今まで必要最低限の会話しかしてこなかったがもう少しだけ話す機会を作ってもいいかもしれない。術式を完成させた私へのご褒美として検討しておこう。







レマさん久しぶりの登場。
なお、前回の登場がいつだったか作者である私自身、把握していない模様。


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第433話 夜更けの声音

 ――言ったでしょう? その内、わかります。これだけは覚えていて。響。私はいつも、貴方の傍にいますよ。

 

 

 

 

 

 頭の中に響いたのは初めてレマと会った時の会話の一部。あの時は勢い任せに彼女を受け入れたが、彼女が消えるのを見過ごしていたら今頃、俺はここにいないだろう。彼女の言葉どおり、俺の傍で何度も手を貸してくれたのだから。

 

 

 

 

 

 ――そうですね……レマとでも呼んでくださいな。

 

 

 

 

 

 霊夢と霊奈が再会した日、初めて彼女の名前を聞いた。明らかに偽名だったが少しだけ彼女との距離が縮んだように感じた。

 

 

 

 

 ――ふふ、貴方も愛されているのですね?

 

 

 

 

 フランが傷つけられ、怒りに身を任せて暴走してしまった時、俺のために皆が頑張ってくれたことをまるで自分のことのように喜んでいた。

 

 

 

 

 

 ――大丈夫ですよ。貴方にはたくさんの仲間がいますから。

 

 

 

 

 

 リョウの策略に嵌まり、体を石にされてしまった際には俺の不安を和らげようと話し相手になってくれた。

 今思えば話した回数は少ないけれど決まってレマは俺が悩んでいる時や独りでいる時に勇気づけるように話しかけて来てくれた。『貴方は独りじゃない』、『私が傍にいる』と言わんばかりに。

 

 

 

 

 

『響、まだ気付かないのですか?』

 唐突に響いたのは聞いたことのない聞き覚えのある声(・・・・・・・・・・・・・・・・)だった。その声音はとても寂しげで……どこか怒りの色が見える。しかし、その怒りは俺に対してではなく、別な人――おそらく己自身に向けられたもの。

『……どうして、あなたはいつもそうなのですか?』

 まるで、何度も注意しているのに何度も同じ過ちを犯す子供を諭す母親のように彼女は言葉を紡ぐ。あの頃の俺は自分の力を過信して独りで何でもやろうとしていた。今でもその癖は抜け切れていないが少しぐらいマシになったのだろうか。

『手を伸ばせば届くのに……その手を見ようともせず、ただ独りで苦しんで。それであなたを見ている人が幸せになれると思っているのですか?』

 なれる、そう思っていた。でも、種子から柊の話を聞いてやっと気付くことができた。俺の自己満足な行為は皆を傷つけ、泣かせてしまった。俺だけでできることなどごく僅かしかない。思った以上に人の力はちっぽけなのだ。

『お願いです。もう、独りにならないでください。悪いのは全て、あなたからあの子を引き離した私たち、大人なのです。そして、安心してください。あの子はいつかまた、あなたの傍に』

 その言葉が響いた時、何故か桔梗の顔が思い浮かんだ。過去の俺(キョウ)の吸血鬼化を抑えるために彼を翠炎で燃やし、なかったことにした。だが、それをしたのは俺だ。引き離したのは俺自身なのだ。なのに、その声は罪の意識を覚えていた。なにより、あの場にいた人しか知らない桔梗が俺の傍を離れたこと。そして、あろうことか桔梗が戻ってくることまで予知していた。

『それでは、響。頑張ってください。私もいつまでもあなたの傍にいますよ』

 最後に聞こえたのは彼女――レマの優しげな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ふと見覚えのある天井が目の前に広がっていた。状況が飲み込めず、数秒ほど身を硬直させ、すぐに全身をロープでぐるぐる巻きにされたように体が上手く動かせないことに気付く。なんとか動かせる首を懸命に動かしてやっとここが自室であることを把握した。

『……おはよう』

 俺が目を覚ましたからか、すぐに吸血鬼が声をかけてくる。だが、あまり機嫌は良くないのかどこか投げやりな挨拶だった。

(おはよう……すまん、何となく理解してるけどあの後何があったのか教えてくれないか)

『……奥義を発動した瞬間、血を吐いて倒れたのよ。翠炎が頑張って奥義を発動する直前まで燃やしてくれたわ。地力がすっからかんだったからかなり無理したみたいで今は自分の部屋で休んでる』

 おそらく体が動かないのは地力が空っぽなことと翠炎が部屋に戻っていることが原因なのだろう。それにしても翠炎が部屋に戻って休むとはよっぽど無理を――いや、俺は危険な状態だったのだ。本当に彼女にはお世話になりっぱなしである。

『まぁ、あとはわかってると思うけど私があなたをここまで運んだだけ。桔梗はもちろん、他の皆もすごく心配してたからきちんと謝るのよ』

「……ああ、わかってる」

『それじゃそろそろ私は寝るわ。また明日』

 吸血鬼はそれっきり話しかけて来ることはなかった。彼女からしてみれば部屋から出て来た直後に今の状況を説明され、修行に付き合っただけでなく、倒れた俺のお世話までしたのだ。それに彼女のことだから俺が目を覚ますまで見守っていてくれたはずだ。相当、疲れていたのだろう。

「……」

 チラリと視線を壁に掛けられた時計に向けて時刻を確認すると深夜3時を半分ほど過ぎていた。こんな夜更けに目を覚ましたことを伝えれば皆、起きてしまう。明日の朝にでも目を覚ましたことを伝えればいい。特に望や雅、リョウ、ドグは遠出をしたので疲労が溜まっているはずだ。

 俺の右手首に桔梗【腕輪】がないことだけが気がかりだが、確認する手段がない今、気にしたところで無意味だ。それよりも――。

 

 

 

 

 

 ――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう。

 

 

 

 

 

 

 今、考えるべきはあの畳の部屋で初めて顔を合わせた(と言っても結界陣の光のせいで顔は碌に見えなかったが)レマについてだ。

 彼女との出会いはあまりに唐突で出会って数年ほど経つが未だに顔も見たことなければ彼女の素性についてまったく情報がない。レマと話す時も決まって彼女から声をかけてきた時だけだった。魂の住人たちもレマが部屋を出たところを見たことがないらしい。その理由はわからなかったが彼女は消えようとしていたのであまり外に出たがらないだけだと思っていた。

 だが、今日、あの畳の部屋を見てすぐにわかった。俺が最初に目を覚ましたあの部屋は本来であれば存在せず、レマがいた部屋には襖――つまり、出入口そのものがない。そのせいでレマによってあの部屋を追い出された時に俺の体は白い空間に投げ出された。そう、彼女は出なかったのではない、出られなかったのだ。彼女の部屋は魂の中にあるとはいえ、完全に隔離されていたのだから。

 そして、そのことを彼女自身、受け入れている。それが当たり前だと……むしろ、『外に出る』、『俺と会う』という選択肢すらない。会うこと自体、罪である。だからこそ、彼女からの連絡はほとんどなく、部屋からすぐに追い出した。何の根拠もない穴だらけの推理だが、なんとなく(・・・・・)間違っていないと確信できた。

 しかし、問題はそんな考えに至った理由である。彼女は一体、何者なのだろうか。

「響ちゃん、入るよー」

 その時、ノックもなしに部屋に入って来たのは母さんだった。返事をする間もなく、俺の顔を覗き込んで優しく微笑んだ。部屋に明かりは点いていないので目が暗闇に慣れておらず、俺が起きていることに気付いていないのかもしれない。

「……話は何度も聞いたけど本当に頑張ってたんだ」

「っ……」

 俺を踏まないように慎重にベッドに腰をかけた母さんは俺の頭を撫でながら小さな声で呟いた。普段の母さんと雰囲気があまりにも違い、息を呑んでしまう。

「どうして、ここにあの子はいないんだろうね。本当ならあの子こそ、この子の傍にいなきゃ駄目なのに」

 あの子――俺を産んだ母親のことだろうか。母さんもリョウも俺を産んだ母親のことを教えてくれない。2人は本人に口止めされていると言っていたが、本当にそれだけが理由なのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。だが、肝心の母さんとリョウは口を閉ざしたまま。八方ふさがりである。

「……それじゃあお休み、響ちゃん」

 俺の様子を見に来ただけだったのか母さんは部屋を出て行った。再び、自室に静寂が訪れる。

「……」

 相変わらずレマのことも、俺を産んだ母親のことも何もわかっていないがとにかく今は幻想郷に行く方法――『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールすることに集中しよう。そう決意して体を休めるためにそっと目を閉じた。




なお、レマの台詞は上から順番に第93話、第162話、第197話、第241話、第268話にあったのものです。


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第434話 前日譚

またもや能力を的中させた方が現れました。
本当は2週間ほど前に的中させていましたが報告が遅れてすみません。


もう一度繰り返しますが感想欄で能力を的中させた場合、その感想は削除させていただきます。


可能な限り、メッセなど送らせていただきますが特に匿名ではなく、通常の状態で感想を投稿した場合、投稿した本人しか削除できませんのでご協力よろしくお願いします。


「……」

 ざわざわと風で木々の揺れる音が耳に届く。その瞬間、心の中で己を叱咤する。音が聞こえている時点で集中し切れていないのだ。

 意識を更に体の中心――心臓へ向ける。一定の速度で鼓動するそれに少しずつ霊力を流し込み、慎重に圧縮。その頃には先ほどまで聞こえていた木々のざわめきも気にならなくなり、すぐに圧縮作業も終える。

(座標、設定)

 転移先は“50メートル”前方に設置されたカラーコーン。きっと、そこには心配そうに俺を見つめる桔梗がいる。もし、少しでも座標がズレ、彼女のいるところに転移したら――。そんな妄想にも似たイメージに背筋が凍りつく。

 だが、だからこそ全神経を集中させることができた。失敗したらカラーコーンの近くにいる桔梗を危険な目に遭わせてしまう。そう考えるだけで思考がクリアになり、目を閉じていても転移先にあるカラーコーンの気配を感じられる。

「『夢想転身』」

 ぼそりと奥義の名前を呟くと同時に心臓に圧縮していた霊力を一気に解放。体中に張り巡らされている霊力の通り道を凄まじい勢いで圧縮された霊力が巡り始める。きっと、傍から俺を見れば紅いオーラを迸らせているに違いない。事実、目を開けた状態で『夢想転身』を発動した後、手を見れば紅いオーラに覆われていた。

「転移」

 『夢想転身』が安定したところで『時空を飛び越える程度の能力』を発動させる。その刹那、一瞬だけ体の節々が軋むほどのGが襲った。

「……成功です!」

 そんな嬉しそうな声に目を開けると50メートル先にあったはずのカラーコーンとその傍で浮遊していた桔梗がすぐ目の前にいた。どうやら、今度も上手くいったらしい。

「マスター、やりましたね! またまた記録更新です!」

 文字通り両手を挙げて喜ぶ桔梗を見ながらホッと安堵のため息を吐く。そして、『夢想転身』を解除してその場で尻餅を付いた。急激に体から力が抜け、倒れる一歩手前で何とか踏み止まる。

「あっ……だ、大丈夫ですか?」

「ああ、何とかな」

 今日だけ何度も経験している感覚だが未だに慣れない。

 『夢想転身』は全ての霊力を使用して発動する博麗の巫女に伝わる奥義。奥義の内容は単純な肉体強化である。しかし、その効果は絶大であり、『夢想転身』を発動した状態で木を指で軽く突けば簡単に穴が開いてしまうほど。もう少し詳しく検証しなければならないが少なくとも俺が今まで使った肉体強化の中で最も強力な部類に入るだろう。

 なにより、この奥義の利点は初めて『夢想転身』を使った時のようになけなしの霊力でも発動できる点だ。あの時は発動時の衝撃に耐え切れずに気絶してしまったが、その衝撃さえ耐えることができれば強力な肉体強化を施せるのである。戦闘が長引き、霊力が底を尽きかけた時に一発逆転の切り札として発動することも可能。それに加え、限界はあるけれど『夢想転身』の効果時間はそれなりに長い。『夢想転身』の検証を行った時は何もしなければ1時間ほど効果が持続した。戦闘の激しさ、もしくは俺が気絶してしまったら解除されるがそれでも十分長い方である。

 だが、逆に言えば全ての霊力を使用しなければ発動しない。それこそ何も消耗していない状態で奥義を発動する時も全ての霊力を使用するのである。

 今回、『時空を飛び越える程度の能力』の修行するにあたってそのデメリットが俺たちの前に立ち塞がった。霊力はもちろん、魔力、妖力、神力にもいえることだが、この中の1つだけでも使い切れば戦闘不能になってしまう。つまり、たった1回の修行で俺は倒れてしまうのである。しかし、だからといって『夢想転身』を使わなければ『時空を飛び越える程度の能力』を発動させることができない。

 1日あれば体は動くようになるとはいえ、翠炎を使ったとしても1日の限度は2回。それではいつまで経っても『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールできるようにはならない。

 そこで思いついたのが闇による地力の変換だ。数日前に検証した結果、どうやら『夢想転身』は霊力を体中に循環させ、その勢いがなくなった瞬間に外に漏れてしまうらしい。俺が動けなくなるのは地力の1種類でも完全に底が尽いた時なので少しの間だけ猶予がある。その間に闇が魂の住人の地力を霊力に変換して俺に供給すれば間に合うのだ。変換といっても全てを霊力にできるだけじゃなく、変換前の地力は多少無駄になってしまうが回数は確実に増える上、翠炎の白紙効果を使えばその数も倍になる。

「……よし、もう一回」

 闇からの供給を終えて立ち上がり、カラーコーンを掴んでスタート地点とは逆方向へ歩みを進めた。最初は5メートル先にさせ転移できなかったが、『夢想転身』の存在を知って数日、今では50メートルまでは成功している。他にも俺とカラーコーンの間に障害物を置いたり、空中にも転移できるか色々試した。その結果、途中に障害物があっても座標さえ設定すれば転移できること、また空中でも問題なく飛べることがわかった。

「この辺かな」

「そんな一気に距離を伸ばさなくても……」

「いいんだ、やらせてくれ」

「……気を付けてくださいね」

「ああ、わかってる」

 はらはらした様子の桔梗に頷いてスタート地点へ戻る。今回の距離は100メートル。ここは学校のグラウンドのような開けた場所でなく、ひまわり神社のある山近くの林の中なので100メートルも離れていたら木々が邪魔でカラーコーンは見えなくなる。

「……」

 木々の向こうにあるカラーコーンと俺を待っている桔梗を想像しながら霊力を心臓に集め、圧縮。『夢想転身』を発動させて転移した。

 

 

 

 

 

 

 西さんが家に来てからもうすぐ1か月。未だに幻想郷へは行けていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすっかり秋も終わりを告げ、本格的に冬が始まった11月末。白い息を吐き出しながら住宅街を歩く。エコバッグ代わりのトートバッグを持つ右手にかかる重量感になんとなく懐かしさを覚えた。

 買い物へ1人で行くのは久しぶりだ。最近は大学すら自主休講(可能な限り悟が代返してくれているが)していたのでこうやって出かけること自体なかった。

「はぁ……」

 首に巻いたマフラーを少しだけ緩めて息を吐き、そのまま雨が降りそうな曇天の空を見上げる。その時、突然強い風が吹き、俺の髪が揺れた。咄嗟に立ち止まって手で髪を押さえる。

 この1か月、色々なことがあった。でも、肝心のことは何もわかっていない。西さんの両親の行方も、代表の正体も、笠崎の末路も、幻想郷の現状も、幻想郷の皆が無事かどうかも――そして、レマ、実母のことも。

 今の状況はあまり芳しくはない。こちらは幻想郷を崩壊させようと企てる組織について何も知らないのに対し、向こうは未知の情報網、もしくは知識を持っている。情報戦では明らかにこちらが不利。なにより何とかかき集めた情報ですらあくまで仮説であり、何も確信を得られていないのである。

(でも……それでも……)

「お兄ちゃん」

 不意に声をかけられ、顔をあげると温かそうなコートで身を包んだ望が立っていた。少しゆっくりし過ぎたのか、心配して迎えに来たらしい。

「そんなところで立ち止まってどうしたの?」

「……何でもない。ただ強い風が吹いてな」

「ふーん……うぅ、さむ。早く帰ろうよ。今日の晩御飯は何?」

「今日は鍋だ。人数も多いしな」

 今、俺の家にはいつものメンバーに加え、悟、霊奈がいる。13人分のご飯を1人で作るのはなかなか骨がいるので皆で一緒に食べられる鍋になったのだ。

「おー、鍋! いいねぇ……うん、すごく美味しそう」

 嬉しそうに笑った望だったがすぐに目を伏せてしまう。それを見てすぐに彼女の気持ちを悟り、俺も足元に視線を落とした。

「……明日、なんだよね」

「ああ……明日だ」

 『時空を飛び越える程度の能力』を完璧、とまではいかないものの幻想郷へ転移できるほどにはコントロールできるようになった。つまり、幻想郷の内部へ向かえるのである。本当ならば今日行くつもりだったのだが、幻想郷の内部へ転移する“準備”に時間がかかる上、皆から『1日ぐらい休め』と言われてしまった。こうやって1人で(桔梗も向こうの手伝いをしている)買い物に出かけたのもそれが理由だ。

「向こうの調子はどうだ?」

「うん、結界陣も問題なく設置できるみたい。まだ陣を描いてる途中だけど明日には完成するって」

「そっか。なら、あいつらのためにも美味い飯、作らないと」

「そうだね。あ、片方持つよ!」

 頷いた望は唐突にトートバッグの持ち手の片方を掴んだ。1人でも十分持てたが望の好きなようにさせる。そして、2人で1つのトートバッグを持ちながら家へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の日はすぐそこまで来ていた。



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第435話 運命の朝

「……」

 カーテンの隙間から差し込む朝日に目が眩み、目を開けた。だるい体に鞭を打ち、上体を起こしてカーテンを全開にする。日が昇ったばかりなのかまだ外は薄暗く、微かに鳥の声が聞こえた。

「ふわぁ、ますたぁ?」

 その時、机の上に置かれた小さなベッドからもぞもぞとパジャマ姿の桔梗が姿を現す。まだ寝惚けているのかフラフラしながらこちらへ飛んで来る。

「おはよう、桔梗。まだ寝ててもいいぞ」

「いえ……ますたぁがおきるなら、わ、たしも……」

 しかし、その言葉とは裏腹にそのまま俺の胸に飛び込んで――というより不時着した桔梗は再び眠りについてしまう。そんな彼女を見て自然と口元が緩んだ。

「……今日、か」

 今日、俺たちは幻想郷へと向かう。そのための準備は全て終わらせた。あとは『時空を飛び越える程度の能力』を使うだけ。

 十中八九、幻想郷で何かが起きている。そして、それにずっと俺を狙っていた奴らが関係しているのも明白。わからないことばかりで不安だが、外の世界(こっち)でもうできることはない。実際に幻想郷へ行き、状況を把握するしかないのだ。

 すっかり眠気も吹き飛んでしまったので桔梗を起こさないように彼女のベッドへ戻した後、自室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は正午過ぎ。俺たちはヒマワリ神社近くの広場に来ていた。この場所こそ、昨日、リョウと四神たちを中心に準備していたところであり、幻想郷へ向かう出発地点。

 広場の中心に巨大な結界陣が刻まれており、その陣の中心で俺、桔梗、望、雅、奏楽、霙、弥生、リーマ、悟、霊奈、リョウ、ドグ、母さんはその時が来るのを待っていた。西さんを幻想郷へ連れて行くのはさすがに精神的負担が大きいので柊たちに預けている。また、俺たちがいない間、組織の奴らが何か悪さした時に対処して貰うようにも頼んでおいた。

『それでは、始めます。まずは雅さん、霙さん、弥生さん、リーマさんはそれぞれの位置に』

 脳内に響く麒麟の指示に4人は頷き、雅は南、霙は北、弥生は東、リーマは北に設置されている小さな結界陣の中へ入り、その場で四神を纏った。半龍の弥生はともかく、亀の甲羅に身を包まれている霙や虎耳、虎の尻尾、肉球ハンド姿のリーマ――そして、なにより完全にオレンジ色のニワトリの着ぐるみを着ているようにしか見えない雅。そんな彼女たちが真面目な顔をして陣に地力を注いでいる光景は彼女たちには悪いがあまりに滑稽である。雅たちを見て悟とドグは必死に笑いをこらえ、それぞれ霊奈と母さんに殴られていた。

『では、奏楽さん、お願いします』

「はーい!」

 俺たちの傍にいた額から白銀の角を生やした奏楽も陣の中心に向かい、陣に地力を注ぐ。その刹那、巨大な結界陣が真っ赤に輝き出した。『四神結界』が発動したのである。

『これで準備は整いました。後はお任せします』

「……ああ」

 『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールできるようになったのはいいものの、俺1人で幻想郷へ向かうことに皆が反対したのである。もちろん、桔梗には腕輪に変形してついて来てもらうし、なにより向こうに着いたら式神組は呼ぶつもりだった。

 しかし、それでも駄目だと猛反対したのが悟。『時空を飛び越える程度の能力』を発動した後、『夢想転身』のデメリットで俺は闇が地力を供給する数秒の間、身動きが取れなくなる。幻想郷の現状が把握できていない今、それはあまりにも危険。それが彼の主張だった。更にその意見を聞いた全員が悟に賛成し、全員で幻想郷へ向かうことにしたのである。

 だが、『時空を飛び越える程度の能力』で俺以外の人と一緒に飛べるか、という問題が発生したのである。試行錯誤するにも失敗した場合を考えると安易に試すこともできず、どうしたものかと頭を抱えているところに声をかけてきたのが麒麟だった。

『『四神結界』を使い、その結界内にいる人全員を転移させればいいのではないでしょうか? それに今回の場合に限って言えば『夢想転身』に使用する霊力をこちらで肩代わりすることも可能でしょう』

 彼女の話によると『四神結界』を展開するメンバーが俺の式神なので親和性が高く、彼女たちとの間に築かれている契約を通して霊力を俺に供給し、俺の霊力を一切使わず、『夢想転身』を発動させることができるらしい。一度、俺の霊力を別の地力に変換して隔離した後、『四神結界』から霊力を供給。『夢想転身』を発動して能力を使った後、もう一度地力を霊力に戻せば変換する時のロスト以外の消費はない。もちろん、『理論上は』という但し書きが付くけれど。

 一応、試験的に簡単な結界の中で『時空を飛び越える程度の能力』を発動し、結界内に置いておいたカラーコーンと共に転移したが、その時は結界が『時空を飛び越える程度の能力』の負荷に耐え切れずに粉々に砕けてしまい、一緒に転移したカラーコーンは200メートル先の木の枝にボロボロの状態(具体的には真っ二つになっていた)で引っ掛かっていた。なお、片割れはいくら探しても見つからなかった。

 また、別の機会では結界内にカラーコーンを置き、俺1人だけで転移したところ、結界は壊れず、残ったままだった。つまり、結界が壊れた理由は『時空を飛び越える程度の能力』によるものであり、逆説的に言えば結界さえ壊れなければ『時空を飛び越える程度の能力』で結界内にある物と一緒に転移できることがわかった。そして、失敗すれば真っ二つになったカラーコーンのように無残な姿になってしまうことも。

 やり直しの効かない、練習すら許されないぶっつけ本番。しかも、失敗した場合、最悪なことも考えられる大勝負。緊張しない方がおかしい。深呼吸を繰り返し、『四神結界』の中心でジッと俺が来るのを待っている奏楽に視線を向ける。彼女はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。ぐるりと周囲を見渡せば他の皆も奏楽と同じように俺のことを笑いながら見守っている。俺が失敗することなど一切考えていないと言わんばかりに。そう、あのリョウですら。

「……はぁ」

 皆から寄せられる信頼に思わずため息を吐いてしまう。俺自身、自分のことを信じられないのに皆の方が俺を信じている矛盾。でも、その信頼を裏切りたくない。

「始めるぞ」

 そう誰にともなく呟き、一歩、また一歩と奏楽へ近づく。そして、手を伸ばせば頭を撫でられるほどの距離まで来たところでその場で片膝を付き、地面に手を触れさせた。そのまま『四神結界』に意識を向け、ゆっくりと霊力を吸い上げる。ここに来る前に霊力はほぼ空っぽの状態にしていたのでスポンジが水を吸収するようにどんどん俺の体の中へ霊力が流れ込んで来た。

「『夢想転身』」

 限界まで霊力を吸収し、博麗の奥義を発動させる。俺の体から紅いオーラが迸り、その拍子に発生した風で結界内にいた全員の髪が揺れた。

 これで全ての準備は整った。後は『時空を飛び越える程度の能力』を発動するだけ。桔梗に頷いてみせると彼女はすぐに腕輪に変形して俺の右手首に装着された。『夢想転身』を発動したからか、変に高揚している。それを抑えるために左手で自分の胸を押さえた。

 対象は『四神結界』内にいる人間全員。転移先は幻想郷。範囲設定も座標設定もスムーズに完了。この時点で異常が起きれば頭に痛みが走る。それがないということは上手くいけばここにいる全員で幻想郷へ飛べるということ。

「――ッ!!」

 そして、『時空を飛び越える程度の能力』を発動させた。

 その刹那、ピシリと『四神結界』に皹が走る。まさか発動しただけこれほどの負荷がかかるとは思わなかったのか麒麟が小さく息を呑んだ。

『皆さん、地力を結界に! 絶対に破壊されてはなりません!』

 遠くの方から麒麟の絶叫が聞こえる。だが、それを気にするほど俺に余裕はなかった。範囲が範囲なので転移に時間がかかっているらしく、それと同時に体から急速に霊力が失われ、『夢想転身』を維持するだけで精一杯だった。救いなのは『時空を飛び越える程度の能力』は一度発動してしまえば放っておいても転移してくれることぐらい。もし、最後まで『時空を飛び越える程度の能力』に意識を向けていなければ『夢想転身』は解除され、失敗していただろう。

 ぎしぎしと軋む体に鞭を打ち、顔を上げると『四神結界』の皹が少しずつ――しかし、確実に大きくなっていた。雅たちも滝のように汗を流しながら結界を維持しようと地力を注ぎ込んでいるがその効果はあまりないようだ。

『くっ……こう、なったら!』

 麒麟が悲鳴のような大声を上げ、その次の瞬間、複数のガラスの砕ける音が耳に届き、目の前が真っ白になった。

 



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第436話 異常事態

「っ……」

 体全体に広がる鈍痛と激しい頭痛に襲われ、閉じていた目を開ける。どうやら仰向けの状態で寝ていたらしく、最初に目に入ったのは木々の隙間から顔を覗かせている、今にも雨が降りそうな曇天だった。

(確か……)

 ガンガンと痛みを訴える頭を右手で押さえながら必死に状況を把握しようと思考回路を巡らせる。だが、考えがまとまる前に不意に右手首にはめられた腕輪の一部に光が灯った。

「あ、れ……ここは」

 そんな声と共に腕輪から人形の姿に戻った桔梗はフラフラとしたまま、周囲を見渡していた。その様子を見るに俺と同じように腕輪に変形していた彼女も気絶していたのだろう。

「桔梗」

「え? あ、マスター! ご無事でなによりです!」

「そっちも故障はないみたいだな……何があったか覚えているか?」

「えっと、結界が壊れそうになって、皆さんが必死に耐えていたら突然目の前が真っ白になって……それから……」

 そこで言葉を詰まらせた桔梗。そして、その先のことは何も覚えていないのか無言のまま首を横に振った。俺もそこまでしか覚えていないのでほぼ同じタイミングで気を失ったのだろう。

 役に立てなかったと思っているようで肩を落として落ち込んでいる桔梗の頭を撫でた後、立ち上がった。周囲を見渡しても雅たちの姿は見当たらない。式神通信も通じないので式神組全員まだ気絶している、また何者かによって遮断されている可能性も否定し切れない。契約の繋がりはまだ残っているので無事なのはわかるが連絡が取れないとやはり不安である。

 それに加え、俺たちがいるのは森の中なのか周りには木や草しかなく、目視だけで現在地を割り出すのは不可能に近い。下手に動けば森の中で迷子になってしまうだろう。ならばと空間倉庫からスキホを取り出した。

「スキホ、ですか?」

「そう、これには幻想郷の地図がインプットされてるから」

 転移が成功しているのならば俺たちは幻想郷のどこかにいる。スキホの地図は現在地も表示してくれるので本当に俺たちが幻想郷にいるなら――。

「……これは」

 しかし、俺の期待を裏切るようにスキホの画面は砂嵐だった。画面を一緒に覗いていた桔梗も落胆の声を漏らす。

「残念ながらここは幻想郷じゃないんですね……ま、まさか皆さんがいないのも転移に――」

「――いや、それにしては変だ」

 顔を青ざめさせた桔梗の言葉を遮った。仮にここが桔梗の言う通り、幻想郷ではなかった場合でもスキホの画面が砂嵐になることはない。ただ外の世界の地図が表示されるだけだ。

 そもそもスキホには電波の概念はなく、地下深くにいても電話は繋がる。そんな万能なスキホですら使用できないのは明らかに異常。考えられる可能性は1つだけ。

「……何者かによって妨害されてるってことですか?」

「ああ、雅たちと連絡がつかないのもそのせいだと考えれば納得できる。それに外の世界ではスキホは普通に使えたんだ。スキホが使えなくなったのは幻想郷に来たからとしか思えない」

 『四神結界』は崩壊寸前だったが壊れてはいなかった。その代わり、気絶する直前に麒麟の声と共にガラスの割れる音が聞こえたのであれが原因で俺たちはバラバラに転移されてしまったのだろう。それに転移先に設定したのは博麗神社の境内だったが、実際に目を覚ましたのは森の中だったことから俺たちだけがはぐれてしまったわけではないはずだ。

「そ、それってかなりまずいんじゃ!?」

「式神組やリョウたちならまだしも望と悟、母さんが孤立してたら……」

 特に母さんは望のように強力な能力を持っているわけでもなく、悟のように自己防衛できる手段を持っているわけでもない。幻想郷には野生の妖怪が多く住んでいる。運悪く野生の妖怪に遭遇してしまった場合、母さんが生き残れる確率は低いだろう。

「なら、早く探しに行かないと!」

「わかってる。でも、まずは現在地を把握する方が先だ」

 スキホが使えないとなると空から現在地を割り出すしかない。幸い、『四神結界』から霊力を供給して貰ったおかげで地力の消費はほぼなかったし、あの激しい頭痛も治まった。いつでも出発することは可能である。

 さっそく、桔梗には腕輪に変形して貰い、木の枝にぶつからないように上昇してある程度の高さまで飛んだところで周囲の様子を確かめた。

「ここは……妖怪の山だな」

 てっきり森の中だと思っていたが俺たちがいた場所は妖怪の山の麓だったらしい。しかも、守矢神社に繋がる参道から大きく離れた場所だ。博麗神社とは正反対の場所に転移していたようでこの分では他の皆もかなり広範囲に散らばっているかもしれない。

「これからどうしますか?」

「闇雲に探しても見つからないだろうしこのまま守矢神社へ向かう。早苗たちに幻想郷の状況を教えてもらった後に皆を探すのを手伝って貰おう」

「サナエ、さんですか? 初めて聞くお名前ですね。どんなお方なんですか?」

「女の子なのに男みたいな趣味してて、明るくて優しい……俺の親友だよ」

 唯一、『響ちゃん』呼びを許した女の子である。きっと、彼女なら俺の頼みを笑顔で承諾してくれるだろう。

「ッ……凄まじい速度でこちらに向かって来る生体反応があります!」

 【薬草】を素材にして作った桔梗の生物レーダーに反応があったらしい。すぐに桔梗【鎌】を手に持って戦闘態勢に入ったがこちらへ迫る人影たちを見つけ、ホッと安堵のため息を吐く。

「なんだ、天狗たちじゃないか」

 俺たちがいた場所は参道から大きく外れた場所――妖怪の森を警備している天狗の巡回範囲だ。きっと、侵入者(俺たち)に気付いて慌てて飛んで来たのだろう。彼らなら顔見知りなので事情を説明すればわかってくれるはず。それに彼らを通じて射命丸と会えれば皆の情報を集めて貰うことだってできるだろう。

 桔梗【鎌】を腕輪に戻して天狗たちの到着を待つと1分もせずに彼らは俺たちを逃がさないように包囲し始める。警戒しているのか手に持つ剣の先をこちらに向けていた。

「あの、今にも攻撃してきそうなのですが」

「おかしいな……あの、万屋なんですけど覚え――」

「――ッ! 総員、かかれ!」

 確認のために声をかけたが部隊長らしき天狗が指示を出すと俺たちを囲んでいた天狗たちが一斉に襲い掛かってきた。慌てて桔梗【翼】を装備し、翼を振動させて急上昇する。なんとか彼らの攻撃を躱せたがすぐに俺たちの後を追って来る天狗たち。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんで攻撃してくるんだ!」

「答える義理はない!」

 次から次へと振るわれる斬撃を回避しながら問いかけるが素直に答えてくれるはずもなく、答えの代わりに中ぐらいの妖弾が飛んできた。咄嗟に右翼で妖弾を弾き飛ばし、左翼を振動させてその場で回転しながら右に避けて後ろから斬りかかってきた天狗をやり過ごす。

「マスター、これは一体!?」

「わからん! でも、どうにかしないと」

 俺たちを囲む天狗の数は二桁を越えている上、きちんと連携も取れており、相手にするのはなかなか骨が折れそうだ。それにこれは弾幕ごっこではなく、ただの殺し合いである。巡回天狗相手でもこんな大人数相手では手加減できず、殺してしまうかもしれない。

「止まれ、響!」

 そんな大声と共に眼下に広がる森から何かが飛び出し、俺と天狗の間に割り込んだ。それが誰か確認する前に黒い棘が迫っていることに気付き、慌てて急停止して頭を下げる。その棘は1人の巡回天狗の羽を貫いた。羽を傷つけられたその天狗はそのまま森へと落ちていく。すぐに視線を戻せば最近ようやく見慣れてきた小さな背中が一つ。

「りょ、リョウ?」

「早くこっちに来い!」

 巡回天狗たちへ黒い棘を射出しながらリョウは俺の手を取り、その場で急降下。そのまま、森へと逃げ込んだ。



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第437話 干渉と合流

 森に逃げ込むことで巡回天狗たちを撒いた俺たちは妖怪の山から脱出するために歩みを進めていた。しかし、先ほどから天狗たちが空を飛び交っているため、飛ぶのはもちろん、上から見えないように隠れながら移動しているからかあまり距離を稼げていない。

「方向はこっちで合ってるのか?」

「ああ、このまま行けば魔法の森に出る。そっちは?」

「相変わらず応答はない」

 リョウも式神であるドグと連絡が取れないらしく、俺の後ろを不機嫌そうに歩いていた。話しかけて八つ当たりされても面倒なので彼女のことは放置してひたすら足を動かし続ける。リョウに言った通り、このまま進めば魔法の森へ入る。そのまま森を突っ切って博麗神社まで行くつもりだ。今朝の時点で博麗神社に転移すると言っていたので他の皆もそこに向かっているはず。

「それにしても……天狗の監視が邪魔だな」

「仕方ないだろ。見つかったら襲われるんだから」

 とうとう痺れを切らしたのか後ろからリョウのぼやきが飛んでくる。俺だって焦る気持ちを必死に抑えているのだ。少しぐらい我慢して欲しいものである。

「そもそもなんで襲われてたんだよ」

「こっちだって聞きたいって。今までだったら厳重注意ぐらいだったのに」

 妖怪の山は守矢神社に繋がる参道以外、基本的に立ち入り禁止だ。もし、立ち入り禁止エリアに侵入した場合、天狗たちが文字通り飛んで来て事情聴取を受ける。もちろん、不審者であれば攻撃する場合もあるが何か事情があれば見逃してくれるのだ。

 だが、今回の天狗たちは俺の話を碌に聞かずに襲い掛かってきた。まるで、話を聞くまでもないと言わんばかりに。

「……おい」

「なんだよ」

 リョウに呼び止められ、歩きながら振り返った。彼女は腕を組んで立ち止まっている。彼女に倣って俺も足を止め、言葉の続きを待つことにした。

「お前もわかってると思うがこのままじゃ妖怪の山を抜けるのに相当な時間がかかる」

「……でも、他に方法はないだろ。それに天狗たちを傷つけるのはごめんだぞ」

 俺たちがこうやってこそこそ移動しているのは天狗たちに襲われ、反撃した時に“怪我”を負わせないようにするためだ。あんな大人数相手を手加減して捌き切れるとは思えないし、リョウなら問答無用で殺してしまうだろう。それこそ森の中へ逃げ込む前に『影棘』を牽制に使っていたこと自体、あり得ないことである。おそらく巡回天狗たちを倒すより逃げた方が早いと判断したのだろう。そういった理由がなければリョウはあの時、確実に天狗たちを殺していた。

「そんなのわかってる……要は見つからなければいい。そうだろ?」

「そう、だけど」

「なら、方法はある。なに、そう難しい話じゃない。お前がオレを受け入れればいいだけだ」

「……はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウの能力、『影に干渉する程度の能力』は自分の影だけでなく、他人、もしくは物の影すら操ることができる。地底で戦った時も雅たちは自分の影を操られ、絶えずゼロ距離から影による攻撃を受けていた。

 しかし、俺には干渉系の能力は効かない。レミリアの『運命を操る程度の能力』でも俺の運命は見えないし、リョウの能力では俺の影を操ることができないのである。逆説的にリョウは他人ですら己の支配下に置いた影の中に入られるが、リョウの能力が一切効かない俺はそれができない。だが、絶対にできないわけじゃない(・・・・・・・・・・)

 干渉系の能力が効かないとはいえ、俺が許可すれば(受け入れれば)干渉系の能力でも通用するようになる。元々、『干渉系の能力が効かない』という常時発動能力(パッシブスキル)は本能力に備え付けられていたおまけみたいなものだ。道具を経由すれば干渉系の能力でも通用するようになるほど穴だらけのお粗末な力。

「……すっごい変な感じがする」

「我慢しろ」

 実際、リョウの『影に干渉する程度の能力』を受け入れると影の中へ入れるようになった。初めて影の中に入ったが体全体が言葉では形容しがたい感覚に包み込まれ、いささか居心地が悪い。それに加え、影の中では自由に動けない俺の手をリョウが引いて移動しているため、どこか気恥ずかしさを覚えてしまう。

「どっちだ?」

「左だ」

 だからというわけではないがリョウとの会話はほとんど単語のみ。向こうも普段からよく話すタイプではないので自然と無言になってしまう。なんというか沈黙が痛かった。

 しかし、幸いにもここは深い森の中。影が途切れていることもなく、スムーズに移動できる。また、俺たちがいたのは妖怪の山でも麓に近い場所だ。影の中を移動すればすぐに妖怪の山を出られるはず。

「……抜けたな」

 その時、唐突にリョウが止まり、俺を引っ張り上げて外へ出た。そこは妖怪の山と魔法の森の境界。歩いて数分という狭い草原である。それでもめぼしい影がないため、一度外に出るしかなかったのだろう。

 予想通り、十数分ほどで妖怪の山を脱出することができた。後は魔法の森を突っ切って博麗神社に――。

「……おい、あれまずくないか?」

 不意にリョウが草原に向かって指を差す。すぐにそちらへ視線を向けると小さな霊弾が飛び交っていた。あそこで誰か弾幕ごっこでもしているのだろうか。

(いや、違う)

 よく見れば霊弾は一種類しか飛んでいない。つまり、誰かが遊びで適当に霊弾を撒き散らしているか、誰かが誰かを一方的に攻撃しているか。今回の場合、後者だった。

 攻撃しているのは力の弱い妖精。異変の時はよく霊弾をばら撒いているらしいが普段の気性はそこまで荒くなく、悪戯はするもののあのように一方的に攻撃することはあまりない。

 そして、攻撃されていたのは必死に走って逃げている悟とその背中でぐったりしている奏楽、その隣を白衣を翻して全力疾走している母さんだった。奏楽なら召喚していない状態でも妖精一匹ならどうにかできるはずだが何かあったのだろうか。

「桔梗!」

 とにかく3人を助けることが先だ。腕輪に変形していた桔梗を弓に変え、魔力の矢をつがえた。桔梗【弓】に魔力を込めると魔力の矢に風が付与される。

「『風弓』」

 妖精に当てないように狙いを定めて矢を放った。放たれた“風矢”は矢羽から風を撒き散らし、悟たちと妖精の間を通り過ぎる。通り過ぎた際に風矢の爆風に煽られ、悟たちはその場で転倒。空を飛んでいた妖精はどこかへ吹き飛ばされてしまった。

「どうにかなったみたいだな」

「ああ、早く合流しよう」

 再び桔梗【腕輪】に戻し、フラフラと立ち上がろうとしている2人の(あの爆風に煽られてもなお、奏楽は目を覚ましていなかった)元へ急ぐ。その途中で向こうも俺たちに気付いたようで安堵のため息を吐いた後、またその場でへたり込んでしまった。

「リョウちゃーん……」

「はいはい」

 今にも泣き出しそうな母さんの傍で歩み寄るリョウを尻目に転んでも決して奏楽を放さなかった悟に近づく。彼の服はところどころ破れており、擦り傷がいくつか目に付いた。奏楽を守るために色々と無茶をしたのかもしれない。

「無事か?」

「ああ、何とかな……今回ばかりは死ぬかと思ったけど」

「……とにかくここじゃ目立つ。魔法の森へ行こう」

 見ればリョウも影を使って母さんを担ぎ上げているところだった。妖怪の山さえ出てしまえば巡回天狗に襲われる心配はないが野良妖怪に見つかる可能性がある。現に悟たちは妖精に攻撃されていた。奏楽のことも気になるが、今は移動を優先するべきである。

「あー……響やリョウはともかく俺たちは無理だろ」

「は? 何言って――あ」

 しかし、いつまで経っても立とうとしない悟が呆れた様子でため息を吐く。最初、彼の言葉の意味がわからず首を傾げてしまったがすぐに魔法の森の特性を思い出した。

 魔法の森は化け物茸の胞子が宙を舞っているため、普通の人間では息をするだけで体調を壊してしまう。吸血鬼の特性である『超高速再生』を持つ俺とリョウはともかく悟や奏楽、母さんは魔法の森に入った途端、具合が悪くなってしまうはずだ。

「……魔法の森に入ってすぐに影の中へ避難しよう」

「……そうするか」

 先ほどのこともあってあまり影の中に入りたくないのだが仕方ない。憂鬱になりながらも俺たちは魔法の森を目指す。俺たちを待ち受ける森は不気味なほど薄暗かった。



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第438話 影酔い

 妖怪の山を脱出する際、大いに役立ったリョウの『影に干渉する程度の能力』だが、もちろん制限はある。その1つが『影の大きさと容量は比例する』こと。文化祭の時にお客さんを影の中に避難させて移動していたが、あれはただお客さんを影の中に突っ込んだのではなく、『式神共有』を使ってリョウとドグの影を共有――そして、ドグの『関係を操る程度の能力』で『影の大きさと容量』の関係を操り、影の要領を最大限にまで広げていたからできた、いわば例外。普段のリョウの影ではリョウ一人で影の容量がいっぱいになってしまう。

 その証拠に先ほどまではリョウの影だけでは俺の入るスペースはなく、木の影を利用するためにわざわざ木の影から影へ移動していた。

 そして、悟と奏楽、母さんが増えた現状、木々の影だけでは明らかに影の大きさが足りないのである。このままでは悟たちは魔法の森の瘴気にやられてしまう。

 だが、当たり前のことだが、魔法の森は季節問わず日差しがほぼ差し込まない、薄暗くてジメジメした環境である。そのため、妖怪の山よりも圧倒的に影が多い。つまり、俺たち全員影の中に潜れるだけでなく、影から影に移動する必要がないのでほぼ一直線で博麗神社に向かうことが可能だった。

「響、方向はこっちで合ってるのか?」

 最初はどうなるかと思ったが予定通り、魔法の森に入る直前にリョウの影に潜った俺たちはそのまま影の中を移動して博麗神社を目指す。しかし、他にも問題は発生していた。

「……うっぷ」

「おい、吐くなよ。絶対吐くなよ。位置的に全部俺にかかるんだからな!?」

 リョウの問いに答える余裕はなく、こみ上げる吐き気を必死に抑えている中、後ろから悟の悲鳴に近い声が聞こえる。妖怪の山を脱出する際、影の中を移動していた時に感じていた気持ち悪さは気のせいではなく、影酔いを起こしてしまった。『超高速再生』は霊力を消費して怪我や病気を治す便利な能力だが、影酔いに効果がないらしい。

「まさか響ちゃんにこんな弱点があるなんてね……一回、外に出る?」

「そんなことすれば今度はお前たちが森の瘴気にやられる。響には我慢して貰うしかない」

「知ってるって……だから、こうやって――おぇ」

「わかった! わかったからもう喋んな! 頼むから!」

 現在、リョウを先頭に彼女の手を俺と母さんがそれぞれ掴んで移動していた。また、悟は右腕で気を失っている奏楽を抱えながら俺と手を繋いでいる。つまり、俺は両手がふさがっている状態であり、咄嗟に口元を手で押さえることができないのだ。もし、この状態でリバースした場合、俺に手を引かれる形になっている悟と奏楽に直撃してしまうのである。なお、桔梗【腕輪】は奏楽の右手首に装着されており、彼女の容態や【薬草】で治療できないか確認して貰っているので最悪、桔梗にも吐瀉物が降りかかってしまう

「はぁ……もういい。それで? 何があった?」

 騒ぐ俺たちを無視してリョウが悟たちに問いかける。俺の影酔いのせいで情報交換できずにここまで来てしまったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだが今、声を出せば絶対に吐くので黙っていることにした。

「えっと、あの草原で目が覚めた後、すぐ近くにいた悟君と状況を整理しようと覚えてることを確認し合ったんだけど」

 母さんはそこで言葉を区切ってしまう。おそらく俺たちと同じように今の状況を把握できなかったのだろう。

「それから移動しようって話になって……歩き始めてすぐに倒れてる奏楽ちゃんを見つけたんだ。奏楽ちゃんの容態を確かめてる時にあの妖精に襲われて」

 その後、妖怪の山から脱出した俺たちと合流して今に至る。結局のところ、彼らも俺たちと同じように訳もわからないまま妖精に攻撃されたのだ。

「そっちは?」

「こっちも似たようなもんだ。妖怪の山で天狗たちに襲われてた響を連れてあの草原まで逃げてきた」

「天狗? なんで響が天狗に?」

「さぁな。『事情を説明すれば攻撃されないのに』って言ってたけど……俺も目覚めてすぐに響と合流したから今起きている状況を把握できていない」

「……」

 妖怪の山を移動している最中、気まずさのあまり情報交換するのを忘れていた。本当なら俺もきちんと説明すべきなのだろうが今、声を出せば絶対に吐いてしまうので黙っているしかない。移動速度と魔法の森の広さを考慮すれば十数分ほどで博麗神社に到着するのでその時に改めて説明するとしよう。

「襲ってきた妖精に変なところはなかったか?」

「え? あー、どうだろう。俺、幻想郷に一回しか来たことないし」

「そうだねー……なんか悪戯で襲ってきたわけじゃなかったかも。すごい怒ってたし」

 幻想郷の妖精は悪戯好きだが、気性は荒くないので怒りに身を任せて攻撃してくることはないはずだ。天狗たちと同じように妖精の様子も普段と違うらしい。それに加え、どうも天狗たちに攻撃されたのは『音無 響()だから』というわけじゃないようだ。

「そうなると他の奴らも幻想郷の住人に攻撃されている可能性があるな」

「俺たちは運よく響たちと合流できたけど……特に師匠が独りだったらまずい」

 『四神結界』の中にいた人の中で妖怪や妖精を倒せる手段を持っていなかったのは望、悟、母さんの3人。悟と母さんとは上手く合流できたが望は今もどこにいるかわかっていない。

 もちろん、『穴を見つける程度の能力』を使えば逃げ回ることは可能だろう。しかし、それにも限界がある。能力が強力だったとしても彼女はただの人間。逃げ道を見つけられても体が追い付かなければ意味がない。

 それに加え、『穴を見つける程度の能力』は脳に多大な負荷をかける。長時間の戦闘には不向きな能力。攻撃手段を持たない望ではいずれ――。

「でも、私たちみたいに近くに誰かいるかもしれないよ」

「……」

 母さんの言葉を素直に飲み込むことはできなかった。『時空を飛び越える程度の能力』を発動させる時、俺の傍には奏楽がいた。そのはずなのに彼女が倒れていたのは妖怪の山と魔法の森の間にある草原。最初に予想したように全員ランダムな場所に転移されてしまったと考えた方がいい。

 だが、だからといって今の俺たちには何もできない。空を飛んで捜索したところでまた誰かに攻撃されるのがオチだ。『穴を見つける程度の能力』を使って『非力な自分でも生き残れる抜け道(仲間と合流する方法)』を見つけられることを祈るしかない。

「マスター、奏楽さんの検診が終了しました……マスター?」

 何も出来ない自分を情けなく思っていると奏楽の容態を確かめていた桔梗に声をかけられる。しかし、吐き気を抑えるだけで精一杯な俺に返事などできるわけもなく、すぐに俺を心配する桔梗の声が耳に届いた。

「あ、駄目だよ桔梗ちゃん。響ちゃん、話せるような状態じゃないから」

「え!? 何かあったんですか!? マスターは無事ですか!?」

「ただ酔っただけだ。それで、何かわかったのか?」

 声を荒げた桔梗を一蹴して本題に入るリョウ。もしかしたら桔梗【薬草】で影酔いを治せるかもしれないが生憎、リョウ以外の人は視界を完全に塞がれている上、影の中を自由に動き回ることはできない。

「は、はい。おそらくですがマスターの『時空を飛び越える程度の能力』で転移した時になにかしらのショックを受けて気を失ってしまったようです」

「ショック? 頭でも打ったのか?」

「いえ、頭部に外傷は見当たりませんでした。原因はわかりませんがいずれ目を覚ますと思います」

 桔梗の言葉に悟と母さんがホッと安堵のため息を吐いた。転移する直前、ガラスの割れるような音が聞こえたがもしかするとあれが原因かもしれない。奏楽が近くにいるのに麒麟の声が一切聞こえないのも不自然だ。奏楽が無事で何よりだがまだ安心はできない。

「そろそろ魔法の森を抜けるぞ」

「……うえぇ」

「お、おい。響、気を抜くな……絶対に抑えろよ!」

「マスター、ファイトですよ!」

 リョウの一言で油断したせいか口内に吐瀉物特有の気持ち悪い酸味が広がる。それを何とか飲み込み、悟と桔梗に応援されながら魔法の森を抜けるまで必死に吐き気を抑え続けた。



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第439話 心の蟠り

「……よし、いいぞ」

 少し離れた場所を飛んでいる妖精を見送り、探知魔眼と桔梗【薬草】の生体センサーで近くに誰もいないことを確認した後、後ろにいる皆に声をかけて茂みの中から出る。

 魔法の森を抜けた俺たちは影の中から出て徒歩で博麗神社を目指していた。周囲を警戒しながらの移動なので普段ならとっくに博麗神社に着いているはずなのに大きな鳥居すら見えていない。

 リョウの能力を使って影の中を移動できればよかったのだが魔法の森から博麗神社までの道は比較的に見通しがよく、リョウを含めた5人が潜れるほどの影がない。ドグと『式神共有』すれば物体と影の関係を断ち、一時的に影を大きくすることもできたのだがいない奴のことを考えても仕方ない。

「ストップ」

「……いつまでこんなこと続ける気だ」

 再び魔眼に反応があり、静止するように言うが不意に後ろからリョウの低い声(低いといっても“女の子”にしてはだが)が聞こえる。振り返ると腕を組んだ彼女が不機嫌そうに俺を睨みつけていた。その隣では母さんがリョウを宥めようと声をかけているが当の本人はそれを無視して一歩だけ前に進む。俺とリョウの距離はお互いに手を伸ばせば届くほど近い。

「どういう意味だ」

「いつまでこそこそしているつもりだと言っている。妖怪はともかく妖精は自然から発生する自然現象。基本的に不滅だ。そんな奴らを気にしたところで時間の無駄だ」

 リョウの言う通り、妖精は自然から発生し、その自然が維持される限り死ぬことはない。もちろん、雷に打たれたり、真冬にお酒を呑んで外で眠って凍死することもあるらしいが個体差はあれ、死んでも(一回休みでも)時間が経てば復活するのである。

「……戦闘音で他の奴らを呼び寄せるかもしれない」

「お前なら音すら出さずに殺せる。なんなら俺が代わりにやってやろうか?」

 そう言って彼女は自分の影を操り、細く長い針を作り出した。それを妖精の眉間に向かって射出すれば確実に妖精は死ぬ。俺だって『回界』を使えば悲鳴を上げる暇さえ与えずに両断できるだろう。

「……」

「……まぁ、いい。好きにしろ。手遅れにならなければいいな」

「リョウちゃん!」

 黙る俺を見て付き合っていられないとばかりにため息を吐いたリョウはそのまま母さんの影へ潜り込んでしまった。さすがにリョウの発言を無視できなかったのか母さんが自分の影に向かって叫ぶがリョウの反応はなし。

「ごめんね、響ちゃん」

「いや……リョウは間違ってないよ」

 申し訳なさそうに謝る母さんに首を振って答えた。きっと、間違っているのは俺だ。幻想郷が崩壊するかもしれない現状、一刻も早く状況を確かめなければならない。それこそ襲い掛かってくる奴を返り討ちにしてでも、だ。妖精など殺したところで復活するのだからさっさと倒して先に進むべきである。

 でも、俺はそんな妖精ですら原因も分からずに攻撃できなかった。妖精だけじゃない。巡回天狗も野良妖怪も俺は理由があったとしても殺せないだろう。

「マスター……」

 心配そうに俺の名前を呼ぶ桔梗【腕輪】を軽く撫でながら守ることのできなかった“あの子”を思い出す。俺にもっと力があれば、もっと上手くやれたら、もっと、もっともっと。

 また、それと同時に思い浮かぶのは俺が作り出したあの地下室の地獄絵図。怒りで我を忘れなければ、力を制御できれば、人を殺せるほどの力がなければ。

 そんな矛盾に近い願望を抱えた俺の答えがかくれんぼ(逃げ)である

 今までは力を求めるだけだった。皆を守れるほどの力が欲しいと願うだけだった。

 そして、俺は初めて幻想郷に来た時よりも強くなった。

 また、俺1人ではどうすることも出来ない時があると知り、皆で守り合うことを誓った。

 でも、強くなったからこそ力の使い方を間違えれば最悪の事態を招くことも知った。1年半前、俺が犯した罪がその証拠。もし、あの頃よりも強くなっている俺が間違えた場合、どれだけの被害が出るのか想像すらできなかった。

「響、大丈夫か?」

「……行こう」

 空を背負っている悟の言葉に笑ってみせた後、俺は再び歩き始める。妖精はとっくの昔にどこかへ行っていた。もう少しで博麗神社の鳥居も見えるだろう。とにかく今は心の蟠りよりも霊夢に今の幻想郷の状況を聞くことが先だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくしてようやく博麗神社に辿り着いた俺たちは閑散としている境内をぐるりと見渡した。目立つ物は一箇所に集められた枯葉とその近くに落ちている箒。見ればところどころに枯葉が散乱しており、掃除の途中なのかもしれない。

「……」

 だが、それにしては少しおかしいような気がする。霊夢はあまり掃除が好きじゃないので途中で休憩を入れていた。また、掃除の途中で誰か訪ねて来た時も今のように掃除を中断することもしばしば。でも、決まって掃除を中断する時、箒はあのように無造作に地面に置かず、何か立てかけていたはず。

「境内にはいないみたいだな……って、響!」

 悟の声を無視して俺は母屋の方へ駆け出し――すぐに足を止めることになった。俺の後を追ってきた皆の足音もすぐに聞こえなくなる。

「れい、む……」

 境内から母屋へ繋がる道の真ん中で霊夢がうつ伏せの状態で倒れていた。数秒ほどその光景に動揺して体を硬直させていたが我に返って彼女の傍へ駆け寄り、体を起こす。ぐったりとしており、息も荒い。

「ちょっと診せて」

 その時、母さんがポケットから小さなライトを取り出して霊夢の顔を覗き込んだ。そのまま彼女の瞼を指で開けて瞳に向かってライトの光を当てた。それから脈を取ったり、体のあちこちを触診して霊夢の容態を確かめる。母さんの本業はカウンセラーだが、小児科や脳外科など様々な分野の医学を満遍なく学び、カウンセラーになることを選んだらしいので触診程度だったらできるようだ。

「桔梗、お前も頼む」

「わかりました!」

 俺の指示に人形の姿に戻った桔梗はすぐに霊夢の手首へ触り、腕輪へと変形した。奏楽にもやっていた【薬草】による診察。触診ではわからないような――たとえば毒などによる衰弱ならば桔梗【薬草】で治すことができる。

「悟とリョウは母屋に行って布団を敷いておいてくれ」

「お、おう。わかった!」

「……」

 奏楽を抱え直して母屋へと向かう悟の後を母さんの影から出てきたリョウが追う。布団を敷くなら悟1人で十分だが母屋の中に霊夢をこんな状態にした犯人がいるかもしれない。あの霊夢ですら負けてしまった相手に奏楽を抱えた悟が勝てるわけがないため、リョウにも付き添いを頼んだのだ。

「……駄目。衰弱してることしかわからない」

「こちらも特に異常はありません」

 そうこうしている内に診察を終えた2人だが原因はわからなかったらしく、沈んだ声で報告する。原因不明の衰弱。境内の様子を見るに少し前まで霊夢は普通に動いていたはずだ。寝不足や風邪にしたってこの衰弱の仕方は異常。触診や桔梗【薬草】では見つけられない何かが原因であることには間違いない。

(だが、その原因がわからないんじゃ……)

「……とにかく霊夢を母屋に運ぼう」

 原因がわからないのは気がかりだが、衰弱している霊夢を野外にいさせるのはまずい。雪はまだ降っていないようだが、12月に入っているせいもあり、外は酷く冷える。急いで母屋の中に入るべきだ。霊夢を揺らさないように横抱きにして立ち上がる。

「ッ……」

 母さんの触診の時に巫女服が少しだけ緩んでいたのか彼女の懐から何かが零れ落ち、空中でそれが止まった。自然と目でそれを追い、すぐに気付いてしまう。

 霊夢の懐――いや、首から零れ落ちたのは1つのペンダント。そのペンダントの装飾に使われていた黒い鉱石には見覚えがあった。

「なんで、こんな物が」

 俺の口から零れた声に応えるように彼女が付けていたペンダントの宝飾、“黒石”が日差しを受けて鈍い光を放った。




諸事情により、来週の投稿はお休みさせていただきます。
次の投稿は8月11日です。


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第440話 ペンダント

「はぁ……はぁ……」

「……うん、やっぱり異常はないよ」

 霊夢を寝室に連れてきて悟たちが用意してくれた布団に寝かせた後、念のために、ともう一度、触診していた母さんだったが首を傾げながら霊夢から手を離す。異常がないにしては霊夢の呼吸は酷く荒い上に顔色もどんどん悪くなっているように見える。これで異常がないと言われても到底信じられなかった。

「やはり……それが原因だろう」

 壁に背中を預けて座っていたリョウが霊夢の胸元――見覚えのないペンダントに視線を向ける。母さんが触診している間、件のペンダントを調べていたが案の定、装飾部分に黒石が使われていた。更に外だと周囲が明るくて気付かなかったが黒石本体が淡い光を放っており、何かしらの術式が発動していることが判明。

 望たちが誘拐された時、雅たちは黒石で作られた首輪により異能の力を封じられた。そんな厄介な石のペンダントを付けている霊夢も無事では済まないはずだ。だからこそ、急いでペンダントを外そうとしたがどうやっても留め具を外せず、鎖を切ろうとしても何かに弾かれてしまったのである。また、頭を潜らせようとしても首から上に上がらなかった。おそらく黒石に施された術式にペンダントを外せないように細工でもされたのだろう。

「翠炎で付ける前には戻せないのか?」

「無理だ。白紙に戻せるのは体の変調だけ。術式は一時的に解除できるかもしれないけどペンダントそのものを外さない限り、意味はない」

 悟の問いに首を横に振って答えた。たとえ、霊夢の体を数時間前の状態に戻したところで原因のペンダントは霊夢の首に下がったまま。すぐに術式が発動して今の状態にもどってしまうだろう。

 ペンダントに施された術式を破壊出来ればいいが翠炎によれば翠炎で燃やしても破壊できないほど強力な防御壁が仕組まれているらしい。破壊できないというよりも翠炎で燃やしつくせないほど黒石の周囲に目には見えない薄くて高密度な壁がある、と言った方がいいか。きっと、ドグの『関係を操る程度の能力』も術式が刻まれているであろう黒石に触れられない時点で通用しないはずだ。とにかく、今言えるのは現段階で霊夢を助けることができない、ということ。

「それで今後はどう動く? 他の奴らの到着を待つか?」

 選択肢は二つ。今、リョウが言ったようにここで望たちの到着を待つこと。そして、もう一つは博麗神社を離れ、皆を探しながら霊夢にペンダントを付けた犯人を捜す。

 前者は望たちが博麗神社を目指していた場合、確実に合流できるが逆にここを目指していなければいつまでも合流できないし、敵の情報は一切手に入らない。

 後者も後者で広い幻想郷を闇雲に探すのだからすれ違いになる可能性もある。それに先ほどのように野良妖怪や妖精に襲われるだろう。だが、上手くいけば皆と合流でき、敵の情報も手に入る。

「……」

 しかし、一つ気がかりなのが霊夢の存在である。こんな状態の彼女を置いていくのはあまりに危険だ。犯人がまた霊夢を襲うことだって考えられる。彼女を放置してここを離れるのは得策ではないだろう。

「俺は……外に出るべきだと思う」

 その時、おそるおそると言った様子で意見を述べたのは未だ目覚めない奏楽に膝を貸している悟だった。すやすやと眠っている奏楽の頭を優しく撫でながらしっかりと俺を見ている。

「そもそもあの(・・)霊夢がこんな状態になること自体、おかしいんだ。多少危険でも今すぐ幻想郷の現状を確かめるべきだ」

「えっと……悟君、それってどういうこと? 博麗の巫女だからってそこまで万能なわけじゃ――」

「――博麗の巫女特有の勘、か」

 母さんの疑問を遮ったリョウに悟は頷いてみせた。博麗の巫女は鋭い直感を持っている。特に異変を解決する時の直感は一種の未来予知と言えるほどの正確さ。それに黒石のことは霊夢に話したことがあるので彼女ならすぐにペンダントが危険な物だと気付くはずなのだ。そのはずなのに、彼女はペンダントを付け、倒れた。

「彼女がペンダントを付けている時点でただ事ではない。つまり、今の幻想郷では異変レベルの事件が起きている。そう言いたいのだろう?」

「ああ……だから、少しでも情報を集めた方がいいと思うんだ。異変解決のエキスパートである霊夢はこんな状態だし」

「だからって霊夢を置いていくわけにもいかないだろ」

「あ、なら私が残るよ。ついて行っても足手まといだし……」

 俺の反論に対し、母さんが手を挙げて答えた。確かに母さんが傍にいるのなら容態が急変しても対処できるだろう。それでも敵がいつ襲って来るかわからないので安心はできないのだが。

「じゃあ、外に出るとしてそいつはどうする」

 立ち上がったリョウの視線の先にいたのは気持ちよさそうに眠っている奏楽の姿。彼女も彼女で気絶した原因がはっきりしていないので連れて行かない方がよさそうだ。

「あー……」

 俺たちの様子を見て悟は引き攣った笑みを浮かべ、視線を下に向けた。よく見れば奏楽の小さな手が悟のズボンを掴んでいる。奏楽は見た目に反して力が強いため、ちょっとやそっとでは離してくれそうにない。奏楽を置いていくには悟のズボンを脱がせるか、悟もここに残すしかないようだ。

「さすがにパンツでうろつくのはちょっと……」

「なら、ここに残れ。さすがにお前らを連れて行くのは反対だ」

 行先は決めていないがずっと影の中に潜っておくわけにもいかないので必ず妖怪や妖精に襲われるだろう。眠っている奏楽と妖怪や妖精相手では自己防衛すら危うい悟を連れていくのは俺とリョウがいるからといって危険である。

「いや、俺も行く。もちろん、俺の能力とか武器なんて何の役にも立たないのはわかってんだ……でも、この子は絶対に連れて行くべき、だと思う」

 そう言って彼は奏楽を抱え直して立ち上がる。相変わらず視線は奏楽の方を見ているため、表情はよく見えないが声はどこか嬉しそうだった。

「根拠は?」

「ない。ただそう思っただけだ」

 リョウの言葉に顔を上げた悟は苦笑いを浮かべている。自分でもめちゃくちゃなことを言っていると自覚しているのだろう。だが、それでも言葉にしたのは本当にそう思っているから。自分の判断が正しいのだと自信を持って言えるから。

「……勝手にしろ。響、お守りは任せたぞ」

「あ、ああ……」

 すんなりと了承したリョウに動揺しながら頷く。リョウのことだからもう少し食い下がると思っていた。しかし、奏楽が目を覚ませば『魂を繋ぐ程度の能力』を使って幽霊たちに周囲の探索を頼むことができる。まぁ、幽霊たちも妖怪や妖精のように俺たちを襲って来なければの話だが。

「問題はどこに向かうかだけど」

「人里に行くのはどうだ? 妖怪の出入りも多いだろうし、何かと情報も集まってるだろ」

「いや、妖怪や妖精たちの様子を見るに人里の人間たちも俺たちを敵と認識している可能性がある。襲っては来ないだろうが情報はおろか話すらして貰えないかもしれない」

 悟の意見をリョウが一蹴してしまうが彼女の言う通りである。幻想郷で起きている“異変”について把握するまで極力、秘密裏に情報を集めるべきだ。

「とにかく、今はこうやって話し合いをしている時間すら惜しい。静、博麗の巫女はどれくらい持つ?」

「え? あー……うーん、大きく見積もって3日。最悪、明日には衰弱死しちゃうかも」

「ッ……」

 母さんの診察結果を聞いて俺は思わず息を呑んでしまった。まさかそこまで酷い状態だとは思わなかったのである。確かに一刻も早く異変を解決して霊夢を助けることが先決だ。

「……ん? あのお母様、今、衰弱死(・・・)と言いましたか?」

「うん、簡単な触診しかしてないから断言はできないけど……それがどうかしたの?」

「いえ、私も先ほど【薬草】を使って霊夢さんの容態を確かめたのですが少しずつ生体反応が小さくなっていくように見えたので……こう、なんと言いますか。まるで、地力を何かに吸い上げられているように。それが原因で霊夢さんは衰弱しているのかと思いまして」

「吸い上げ……まさか!?」

 桔梗と母さんの会話を聞いて嫌な予感がした俺はすぐに『探知魔眼』を発動させる。そして、彼女の霊力が黒石のペンダントを通してどこかに流れていくのが視えた。

 地力の流出。それが黒石のペンダントに仕掛けられた術式であり、霊夢が衰弱している原因だ。



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第441話 霊力の行方

 博麗神社を出た俺たちは全力で森の中を駆け抜けていた。いや、駆け抜けるというよりは超低空飛行で地面すれすれを飛んでいた。

「お、おい! こっちで合ってるのか!」

「ああ、このまま真っ直ぐ突っ切るぞ」

「わか――っとと!」

 隣から聞こえた悟の質問に前を見ながら返事をする。その直後、バランスでも崩したのか彼の間抜けな声が耳に届いた。無理もない、だってこれが悟にとって初めての“飛行”なのだから。

「桔梗、もう少し悟を気遣ってやれ」

「は、はい……ですが、森の中をこんな高速で飛べば自然と荒くなってしまいます!」

 俺の右手首――ではなく、悟の背中で必死に木々を躱している桔梗【翼】。

 外に出ると決まってすぐに悟の移動手段が話題に上がった。俺とリョウが悟たちを守るとはいえ、移動速度を彼に合わせていたらいつまで経っても目的地(・・・)に辿り着けない。そこで桔梗【翼】で悟を運ぶことにしたのだ。

「くっ……またか」

 探知魔眼が前方に多数の生体反応をキャッチし、思わず舌打ちをしてしまう。悟と奏楽がいるので魔法の森を迂回するように移動しているため、野良妖怪や妖精が次から次へと襲い掛かってくるのだ。

 この反応は妖精。しかも、かなり数が多い。先ほどまでは妖精たちの身を案じて隠れるように移動していたが霊夢の容態がいつ急変してもおかしくない現状、彼らには――特に妖精には死んで(一回休みして)もらう。

「このまま突っ込む。奏楽を離すなよ」

「わかってるって!」

 頷いた悟を見て速度を上げ、彼を守るように前に出た。そして、事前に展開してあった4つの『五芒星結界』を高速回転させ、探知魔眼の反応を頼りに前方に飛ばす。するとすぐに7つの反応が消えた。本当は8人ほど殺すつもりで放ったのだが、肉眼で見ていなかったせいで外してしまったらしい。

 妖精の大群はもうすぐそこまで来ている。しかし、『五芒星結界』の攻撃は線であるため、殲滅に時間がかかってしまう。このままでは彼女たちと正面衝突し、悟と奏楽が怪我をしてしまうかもしれない。ならば――。

「吸血鬼!」

「ええ!」

 俺の隣に現れた吸血鬼が周囲に狙撃銃を10丁ほど出現させ、その銃口から銃弾の雨を降らす。その直後、森の奥から出てきた妖精たちがハチの巣にされ、消滅した。だが、全ての妖精を撃ち落とすことはできなかったようで数匹ほど生き残りがいた。

 とにかく今は可能な限り、速度を落とさずに目的地に向かうことが最優先。撃ち漏らしは無視して仲間がやられて困惑している妖精たちの横を通り抜けた。

「うおっ」

 しかし、一匹だけ正気に戻るのが早く俺の後ろにいた悟たちへ霊力の弾を射出する。視覚からの攻撃だったが桔梗【翼】の振動を使えば余裕で回避できる攻撃だが、ここは木々が生い茂っている森の中。緊急回避すれば周囲の木に当たってしまう。それに今回の場合、悟の腕の中には奏楽がいる。もし、桔梗【翼】の緊急回避のGに耐え切れず、奏楽を落としてしまう可能性だってゼロじゃない。

「……ふん」

 悟に霊弾が当たる直前、彼の周囲からいくつもの影の鞭が飛び出し、霊弾はもちろん吸血鬼が撃ち漏らした妖精たちを全て薙ぎ払ってしまった。そう、悟の影に潜んでいたリョウが妖精たちを倒してくれたのだ。

「さ、サンキュ」

「別にこれぐらいどうってことない。それよりも目的地はまだなのか?」

「ああ、まだみたいだ」

 リョウの言葉に俺は上空を流れる霊夢の霊力を見上げる。今にも切れてしまいそうなほど細く、それでいて濃い霊力の線は博麗神社で視た頃と変わらない軌跡を描いていた。

 黒石のペンダントの術式が『地力の流出』だとわかった後、すぐにその地力が真っ直ぐ西の方角へ向かっていることに気付いた。博麗神社は幻想郷の一番東に位置しているため、方角だけでは霊夢の霊力がどこに流れているかわからないが霊力を追えば黒石のペンダントを彼女に付けた犯人に辿り着ける。

「それにしても自分の居場所を悟られないためにこんな面倒なことまでするとは……犯人は相当用心深いな」

「響の魔眼じゃないと視えないんだろ? リョウだって気付かないほど細く地力を運ぶことなんでできるのか?」

 普通であれば地力が漏れていれば感覚的に察知できるのだが、霊夢の霊力が奪われていることに気付くのが遅れたのは霊夢から流出している霊力の線があまりにも細かったからである。今だって力の流れを視ることができる探知魔眼でも凝視しなければ見失ってしまいそうだ。

「実際できているのだからできるのだろう。どれほど複雑な術式を使っているか知らんが……問題は奪った地力を使って何を企んでいるか、だ」

 霊力の線がどこに繋がっているか不明であるが、十中八九何かに利用されているはず。利用しないのであれば霊力の輸送などせず、その場で垂れ流すように術式を組めばいい。そちらの方が術式も簡潔になるし、こうやって俺たちに追跡される心配もなくなるのだから。

「とにかく今はこの森を突破することに集中しよう。吸血鬼は一旦、戻ってくれ」

「ええ、また何かあったら呼んでね」

 吸血鬼が表に出ている間、少しずつではあるが地力が消費されるので少しでも力を温存しておくために魂へと帰ってもらう。犯人がどんな人かわからないがこんなことする奴が素直に黒石のペンダントの術式を止めるとは思えない。その場合、力づくで……最悪、殺してでも術式を止める。そうしなければ霊夢が――。

(……ん?)

「響、どうした?」

「……何でもない。お前は飛ぶことに集中しろ」

「集中しろって言われても操縦は桔梗ちゃんがしてる……うわっと!?」

 再び俺の隣へ移動した悟がこちらを見ながら首を傾げたが怪しまれないように誤魔化すように指摘する。幸い、バランスを崩して奏楽を落としそうになった彼は慌てて前を見て迫る木々に集中し始めた。

「……」

 何とか上手くはぐらかせたようだが、今の違和感は何だったのだろう。

 霊夢が死にそうなのにすぐに助けられなかった情けなさ?

 明日までに何とかしなければ霊夢が死んでしまうことに対する焦り? 

 こうして縋る思いで霊力の線を追いかけることしかできないもどかしさ?

 いや、どれも違うような気がする。では、この感情は一体――。

「響、しっかりしろ。前から妖精の大群が迫っているぞ」

「ッ……すまん」

 リョウに指摘され。すぐに意識を魔眼に向ける。彼女の言う通り、すぐそこまで妖精の大群が来ていた。

 母さんの見立てでは霊夢が衰弱死するのは良くて3日後、最悪の場合、明日。それなのに犯人はおろか仲間たちとの合流すら済んでいない。ただでさえ幻想郷が崩壊するかもしれない状況なのに、それに加えて人の……顔見知りの生死が関わっているのだ、焦る気持ちがあってもおかしくはない。おかしくはないのだが、どうも腑に落ちないのだ。この心を燻る感情は“情けなさ”や“焦り”とは違うような気がする。

(駄目だ、今はこっちだ)

 首を振って強引に思考を止め、『五芒星結界』を動かして森の奥から出てきた妖精たちを受け止めた。受け止められた妖精たちは渋滞を起こし、動くに動けない状況に陥っている。その間にリョウが影を伸ばして次々に妖精たちを倒していく。

「邪魔だ!」

 リョウの影を潜り抜けるように移動し、『五芒星結界』を飛び越えた俺は広範囲に雷撃を放ち、残っていた妖精を殲滅した。

 霊力の線の行き先はまだ見えない。



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第442話 幻想郷の現状

 博麗神社を出て魔法の森を迂回するように移動していた俺たちだったが、次第に周囲から木々が消え、悟たちと合流した草原に出る。魔法の森を突破するよりも時間がかかるとは思っていたが妖精たちの妨害で予想以上に手間取ってしまった。

「霊力の線は?」

「……あった」

 悟の影から顔だけ出したリョウの言葉に視線を上に向け、少し離れた場所に紅い線を見つける。霊力の線は相変わらず西へ向かっているようだ。

 可能な限り、霊力の線の真下を移動していたが魔法の森の上空を通るように伸びていたので迂回するにあたって何度か線から離れなければならない時があった。霊力の線は魔眼を使って辛うじて見える程度なので線から離れた後、すぐに空を見上げて線を探す作業を繰り返していた。

「まだどこに繋がってるかわからないか?」

「ああ、ただひたすら真っ直ぐ西へ向かってる」

 そう言いながら線の軌道を示すように指を動かすと悟は顔を引き攣らせる。桔梗【翼】で移動しているとはいえ、迫る妖精の大群や緊急回避のGにより少しずつ体力を削られているらしい。時間がないのも事実だが疲労困憊の状態で犯人と会うのも危険だ。

「その方角、丁度人里の真上を通るのではないか?」

 そんな彼女の指摘を受け、脳内に幻想郷の地図を広げて確認すると確かに線は人里の真上を通る軌道を描いていた。ここで取れる選択肢は2つ。

 1つは野良妖怪や妖精たちが襲ってきたことを考慮し、人里の人々に襲われないように迂回すること。

 そして、異変や犯人の情報を得るために多少の危険を冒してでも人里へ入ること。

「別に人里へ入ること自体、それほど危険ではないと思うが」

「いや、人間たちが襲ってきたら手加減しなきゃならなくなるだろ? 妖精みたいに瞬殺するわけにもいかないだろうし」

「バカ正直に正面から入る必要はないと言っている。要は俺たちが俺たちだとばれなければいい」

 腕を組んだ状態で悟の影から出てきたリョウを見て俺たちは思わず、顔を見合わせた状態で首を傾げてしまう。

「たとえ俺が魔法で姿を変えたところで魔力を感じ取れるやつがいれば一発でアウトだぞ。影の中に潜るとしても視界は塞がれるから音だけで情報を集めなきゃならなくなる」

 俺たちだとばれなければいい。そう簡単にいうが人里には人間しかいないわけじゃない。寺子屋には慧音がいるし、鈴仙や永琳は薬を売りに来る。人里といっても人間以外の者は立ち入り禁止、という決まりがあるわけではないのだ。

 幸い、悟が幻想郷へ来たのは1回きり。人里へ入ったことはあるものの、滞在時間も短かったし、なので人里へ入っても襲われることはないだろう。

「ああ、確かにその通りだ。だが、それは前提として魔力を感じ取れるやつがいる場合の話。今回に限っていえば大丈夫だろう」

 そう言ってリョウはこちらに背中を向けて歩き出してしまった。仕方なく、俺たちも彼女の後を追う。『大丈夫』と言った割にはどこか沈んだ彼女の顔を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たことあるか?」

「……いや、ない。別の人たちだったはず」

 人里の近くまで来た俺たちはリョウの影の中から門番の顔を観察していた。悟が幻想郷に来た時、まともに話したのは慧音、早苗、霊夢――そして、門番の二人だけ。あれから数か月ほど経っているが外来人である彼のことを覚えている可能性もあったのでこうやって確認していたのだ

「なら、行くか」

「お、おう」

 変身魔法で父さんの姿(服装は人里の人たちに合わせて着物)になった俺と少しばかり緊張している様子の悟は並んで門番へと近づく。空から侵入すれば誰に見られるかわからないため、こうやってきちんと入り口から入った方がいいという話になったのだ。

 暇そうに欠伸をしていた片方の門番が俺たちに気付いて目を細めた。やはり、警戒されている。普段の人里ならここまで警戒しないはずなので人里でも何かあったのは確かなようだ。

「……見ない顔だな」

「おいおい、酷い人だな。一昨日、散々一緒に呑んだじゃないか(・・・・・・・・・・・・・)

 俺を見て明らかに怪しんでいた門番2人に俺はしっかりと目を合せながら暗示の魔法を発動させる。変身魔法に気付かない時点でこの2人は異能の力を感知することはできないことはわかっていた。暗示の魔法も簡単に掛かってくれるに違いない。

「――そう、だったか。そうだったな。すまん、まだ酒が残っているのかもしれん」

「はは、一昨日の酒がまだ残ってるなんてしつこい酒もあったもんだ。あんまり呑みすぎるなよ」

「ああ、気を付けるよ。ほら、入りな。また呑みに行こう」

 俺の予想通り、暗示に掛かった門番2人は俺と悟を怪しむことなく、人里へと招き入れた。ばれる前に人里へと入り、悟も慌てて俺についてきた。

「は、話には聞いてたけどさ……実際にあんなの見ると魔法って怖いって思っちゃうんだけど」

「あんなの手品みたいなもんだって」

 少しでも異能を知っていれば簡単に弾ける弱い暗示だ。それに加え、掛かる時間も短い。すでに門番たちの暗示は解けているはずだ。まぁ、暗示に掛かっている間の記憶は曖昧になるのでうたた寝していたと思うだろう。

「それでどこに向かう? さすがに寺子屋に行くのは反対するぞ」

 悟の影からリョウの小声が耳に届いた。さすがに幼女姿のリョウと気絶している奏楽は目立ってしまうため、悟の影の中にいてもらっている。また、桔梗も俺と悟が離ればなれになってしまった時のために桔梗【腕輪】に変形して悟の右手首に装着されていた。

「わかってる。まずは人里の様子でも見て違和感がないか探してみる。まぁ、時間がないから軽くだろうけど」

 チラリと上を見上げ、霊力の線の存在を確認する。情報を集めるとしても人里を突っ切る短い間だけだ。その間に霊夢を助ける方法や犯人に繋がる何かが見つかればいいが。

 それからしばらく人里を悟と並んで歩くが特別、変なところはなかった。あるとすれば人里全体がピリピリしていることぐらいか。だが、人里に影響が及ぼすような異変が起きた時もこのような雰囲気になると阿求が言っていたので今の状況が異変に近いのだと確信を得ることしかできなかった。

「……ん?」

 そろそろ人里の中心へ着くといったところで不意に悟が声を漏らす。視線を彼に向けると首を傾げながら前を指さした。

「あれ、なんだろう? 看板の、残骸?」

 悟が指さした物は支柱が真ん中からへし折られており、看板部分らしき残骸がその周囲に散らばっていた。あれが看板だと認識できたのは地面に散らばっている木片にビリビリになった紙が貼りついていたからだ。

「なぁ、響、あれが何か知って……響?」

「……」

「……なるほどな。原因はわからないが少なくとも人里もお前の敵らしい」

 看板の残骸を前に呆然としていると影からリョウの声が聞こえた。ああ、俺だって納得している。こんなものを見せられて納得しないわけがなかった。

「行こう。これを見ていたら怪しまれる」

「え? あ、おい!」

 これ以上、この場に残っていられるほどの胆力は俺にはなく、悟を置いて歩き出した。悟も慌てて俺の隣に並び、心配そうにこちらを見ている。

「結局、なんだったんだよ。あれ」

「……俺の看板だ」

「え?」

「万屋『響』の看板だ」

 幻想郷の各地に設置された万屋『響』の看板。依頼を出す時のルールや注意点が書かれた紙と依頼状を投函できるポストが一つになっているそれが粉々に砕かれていたのだ。しかも、人の手によって。

「人里の人たちはあれを気にしてる様子はなかった。つまり、人里の人たちも俺の敵に回った、ということだ」

 俺たちは幻想郷で何が起きているか調べに――そして、崩壊の危機にあるならそれを阻止するべくここに来た。

 でも、妖怪の山では巡回天狗に追いかけられ、普段はそこまで気性の荒くない妖精にも襲われ、人里では万屋の看板が破壊されていた。

 今、疑惑は確信へと変わる。そう、今の幻想郷には俺たちの味方はいない。きっと、他のところも他の奴らと同じような反応を見せるだろう。

(なぁ……霊夢、お前は――)

 まるで、人里の人たちから逃げるように早歩きで道を歩きながら俺は思わず、博麗神社で今もなお苦しんでいる彼女へ問いかけてしまった。

 

 

 

 

 

(――お前は……俺たちの味方、なのか?)



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第443話 手記

No.00001

 

 

 これは、どういうことなのだろうか。俺は一体、どうしてしまったのだろうか。

 いつものように仕事を終え、1人で住むには広すぎる部屋の中でちびちびと酒を呑んでいたはずだ。強いていえば仕事の関係でポニーテールの女の子(・・・)と出会い、少しばかり会話をしたところした違いはない。

 だが、その女の子と話してから少しだけ頭痛がするようになり、家に着く頃には金槌で何度も殴られていると錯覚してしまうほど酷くなっていた。それを誤魔化すために普段はそこまで飲まない酒を呑み、深い眠りにつこうとしていただけだ。

 そして、何と突拍子もなく俺の何かが弾け、その中に封じられていた得体の知れない感情が体を蝕む。熱い、苦しい、寒い、愛おしい、暖かい、痛い、憎い、冷たい、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い!

「ぁ、っ……あぁ」

 相反するいくつもの感情を一度に思い出し(・・・・)、脳が焼き切れてしまいそうになった。気絶したくてもその感情が意識を手放すことを許さない。忘れていた己が悪いのだと言わんばかりに。

(そう、か……そうだった、のか)

 感情の正体を、忘れていた記憶を取り戻した俺は机に置かれた写真に目を向け、すぐに視界がぼやける。ずっと不思議だったのだ。不思議なだけだった。別段、おかしいところはない現実。そのはずなのにどこか違和感を覚えてしまっていた。

 だから、こうやって何年も彼女のことが忘れられず、ただ何の目的もなく生きていることしかできなかった。

 でも、俺は間違っていなかった。やはり、何者かによって事実は捻じ曲げられ、彼女の死の真実は隠蔽されていた。どうやってそんなことができたのかはわからない。

「く、そっ……くそくそくそくそぉ!!」

 怒りのあまり、手に持っていたグラスを乱暴に投げ、俺に涼しい風を送っていた扇風機に激突して音を立てながら倒れてしまう。だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。物に当たらなければ今にもどうにかなってしまいそうだったから。

(あいつ、か……あいつがやったのか)

 思い出されるのは無力な己を嘲笑うように真っ赤な鉤爪を振るう化け物、血だらけの妻、空間の割れ目からこちらを覗く無数の目、紫色のドレス、目を庇いたくなるほど美しい金髪……そして、あの胡散臭い笑顔。

「あ、あああああああああああああああ!!」

 気付けば絶叫していた。涙を零し、周囲にあった物を手当たり次第に破壊していく。

 あまりにも唐突で、自然で、不自然な妻の死だったが長い時を経て無理矢理飲み込み、彼女の分まで生きようとここまできた。何度も自殺を考えたが、そんなことをしても彼女は決して喜ばないとわかっていたので生き続けた。

 ああ、なんて俺は馬鹿なのだろう。間違っているとわかっていたはずなのに、それが現実であると自分に言い聞かせていた。

 だが、もう、間違えない。この燃え上がる怒りの炎は決して消えない。消してはならない。これは妻を殺した化け物に、真実を隠蔽した女に、なによりまんまと女に騙され、偽りの真実を信じた情けない自分自身に向けられた感情。

 ああ、やってやる。なんとしてでも成し遂げてやる。やっと生きる目的ができたのだ、どんな手を使ってでもあいつらを殺してやる。そう、殺されたとしても、何度だって蘇って復讐してやる。

 だから、覚えておけ。俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.00013

 

 

 何となく状況がわかってきた。正直、あまりに現実味のない話に自分自身の正気を疑ってしまったが、あんな化け物がいたのだ。この現象だって絶対にありえないとは言い切れない。

 それにこの現象は俺の目的を達成するにはあまりに都合が良かった。時間はかかるかもしれないが望むところである。元々、ほとんど情報のない絶望的な状況から始まった復讐だ。

 さて、やることは山ほどある。まずは――コネクション作りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.00504

 

 

 今回は非常に興味深い奴を見つけた。

 『音無 響』

 一見、平凡な人間だが、あの女と繋がりがあるらしい。詳しい経歴は今から調べるが彼女(・・)の存在が奴らの弱みになればいいのだが。

 また、前に見つけておいた人材とやっと接触することができた。彼は俺と同じように妹を妖怪に殺され、あの女に記憶を弄られているようだ。彼の記憶を開放する方法を確立できればきっと手を貸してくれるだろう。彼の能力(・・)は非常に役に立つ。なんとしてでも仲間に引き入れたい。

 とにかく、今の季節は秋なので本格的に動くのはあの女が動けなくなる冬。それからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.02028

 

 

 今まで正体がわからなかった『音無 響』だが、今回の調査で少しだけ情報を得ることができた。どうやら、彼女は幻想郷で万屋を営んでいるらしい。どういう仕掛けがあるのかわからないが、幻想郷と外の世界を行き来できるようで何としてでもその方法を探る必要がある。

 また、1か月前に仲間に引き入れた笠崎だが俺の話を聞いて次々に新しい兵器を作り出していた。この調子でいけば今までの分はもちろん、俺ですら考えつかないような兵器を作り出せるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.08092

 

 

 なんだ、あれは。あいつは一体、なんなのだ。

 あれだけ研究したのにも関わらず、『音無 響』はこちらの攻撃を簡単に凌ぎ、一瞬にして撃退されてしまった、やはり、あの能力が厄介である。また、彼女には強力な仲間がいる。こちらが束になったところで勝てないだろう。

 やはり、あの能力をどうにかするしかない。でも、どうやって? まだ研究が足りていないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.09709

 

 

 『音無 響』だけでなく彼女の周囲にいる人物についても調査を進めていたが俺たちの敵になるのは『音無 響』だけのようである。あの『音無 奏楽』という幼女に気になる点はあるが今のところ気にしないで計画を進めることにした。

 また、笠崎がとうとうタイムマシンを完成させた。これで過去に戻り、幼少期の『音無 響』を殺せば……いや、それでは駄目だろう。彼女の派生能力の一つに時空を飛び越える類の能力があったはず。きっと、彼女のことだ。俺たちの邪魔をするに決まっている。

 もう少し作戦を練ってからタイムマシンを使うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.10047

 

 

 とうとう『音無 響』を倒す算段がついた。更に彼女の能力を研究し、一部だけだが彼女のコピーすることにも成功。やはりというべきか彼女の能力は制御することが難しい。だが、ここまできたのだ。焦らず、ゆっくりこのコピーした能力と向き合っていくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.11873

 

 

 ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。

 なんだ、あの化け物は。長年生きてきてあそこまで恐ろしい怪物を見たのは初めてだった。どうする? あれは絶対に倒せない。関わってはいけない。あの怪物を世に放ってはいけない。

 まずい。これでは『音無 響』をどうにかしても俺たちの復讐は達成できなくなってしまった。どうする? どうすればあの怪物を世に放たずに幻想郷を――『八雲 紫』を殺すことができる?

 とにかく今回は諦めて情報収集に徹底することにする。何かあの怪物をどうにかする手立てが思い付けばいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

No.11874

 

 

 情報収集のおかげでなんとか形にはなった。上手くいくかはわからない。だが、この方法が一番確実かつ成功率が高いだろう。

 計画が完成したのなら早く動くべきである。まずは世界に黒楼石(こくろうせき)の存在を広めるところが始めなければならない。時間がないので上手く浸透させることができればいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……『音無 響』が男だった。戸籍を調べるなど全力で調査したがやはり男だった。

 意味が分からない上、あの見た目で男なはずがない。しかし、戸籍上も、生物学上でも男だった。

 ……計画に修正が必要かもしれない。調査を進めなければ。




No.00001の文章が途中で終わっているのは仕様です。


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第444話 組織と犯人

 高校最後の夏に幻想郷に迷い込んでから様々なことがあった。楽しいこともあれば苦しいこともあったし、今でも後悔し続けていることも思い出せた(・・・・・)

 そして、それと同時に戦い続けた。

 家に帰るために。

 忘れてしまった狂った運命をやり直すために。

 独りぼっちの女の子を助けるために。

 絆を取り戻すために。

 友人を深い闇から引っ張り上げるために。

 俺のために離別を選んだ仲間を抱きしめるために。

 俺を殺そうとする敵を追い返すために。

 切りたくても切れない縁を持つ相手と話すために。

 今は燃やし尽くされてしまった過去と脅かされた未来を守るために。

 これらの戦いは決して生易しいものではなかった。何度も死にそうな目に遭ったし、俺に力を貸してくれた仲間もボロボロになってしまった。それどころか俺が守ろうとした相手を傷つけたこともあった。

 だが、無駄な戦いなど一つもなかった。自分の身を守ることすら危うかった俺を皆が強くしてくれた。一緒に戦うと誓ってくれた。自惚れていた俺に現実を教えてくれた。

 “皆で生き残る覚悟”。それがこの数年、戦い続けた中で得た俺の答え。

 しかし、結局のところ、俺は運が良かっただけなのだろう。

 たまたま、困難を乗り越える力を持っていて、俺に力を貸してくれる仲間がいて、心が折れても支えてくれる家族がいて、俺が守ろうとした物もそれを受け入れてくれたからこそここまで生き残ることができた。

 1つでも歯車が狂っていれば俺は死んでいただろうし、かけがえのない仲間達とも出会えなかった。

 でも、今回は違う。全てを受け入れるはずの幻想郷は俺たちを拒んでいる。力のある者は敵対し、それ以外は拒絶する。この場に俺たちの味方はいない。助けに来たはずなのに俺たちは異物と認識されている。

「――い! 響!」

「ッ……」

 俺の耳元でリョウが叫び、正気に戻る。周囲を見渡せばいつの間にか人里を抜け、森の中を移動していた。あの万屋の看板を見てから考えがまとまらない。想像以上にショックだったようだ。

「大丈夫か? 一旦、休憩した方が……」

「……いや、いい。早く移動しよう」

 俺の顔を心配そうに覗き込む悟の肩を押して歩きながら上空を見上げる。ぼうっとしていた間に霊力の線が見えなくなっていたら大変だ。だが、目に入ったのは赤い線ではなく、青い線(・・・)だった。そして、すぐにその近くに赤い線を見つける。

「見失ったのか?」

「見失ったわけじゃない……けど、別の線があった」

「……やはりか」

 俺の言葉を聞いたリョウは苦虫を噛み潰したような顔をした。まるで、予想していた最悪の事態が現実になったと言わんばかりに。

「あの青い線が何か知ってるのか?」

「知っているわけではない、見えないからな。だが、予想はしていた」

 勿体ぶる――いや、話すことを躊躇するように言葉を濁すリョウだったが俺の視線に負けたのかため息を吐いた後、立ち止まった。俺たちも彼女に倣い、足を止めて彼女へ顔を向ける。

「別に難しい話じゃない。被害者が霊夢だけではないという話だ」

「被害者が霊夢だけじゃない……おい、それって」

「言葉のままだ。霊夢のようにあのペンダントを付け、地力を奪われている奴がいる。それも相当の実力者たちが、な」

 幻想郷に住んでいる全員が俺たちと敵対しているのなら、妖怪の山で巡回天狗たちに襲われた時、しょっちゅう、新聞のネタを探して幻想郷を飛び回っている射命丸はともかく巡回天狗たちと同じように妖怪の山の見回りをしている椛がいなかったのはおかしい。椛とはそれなりに仲がいいし、俺の戦い方も知っている。彼女がいたらこちらも本気で戦わなければならないほど追いつめられたはず。

 もし、侵入者が俺だと知らずに様子を見に来たとしてもあれだけの人数がいたのだ。1人だけ応援を呼びに行き、椛を連れて来たはず。それをしなかったということは自分たちだけで俺を捕縛、もしくは殺害できると踏んだか――椛が動けない状態だったか。

 それに加え、少なくとも巡回天狗たちが迷わず襲い掛かってきたということは事前に俺と戦うことを視野に入れていたことになる。それなら椛から俺の戦い方を教わっていただろうし、もう少し苦戦していたはずだ。

 それすらなかったということは動けないどころか、言葉すら発せない状態である可能性が高い。そう、今の霊夢のように。

 考えもしなかった最悪の事態に視界が狭くなる錯覚に陥る。頭の中で整理が追い付いていないのだ。

 いつまで経っても仲間たちと合流できない焦り。

 倒れた霊夢を見てから胸の奥で燻る正体不明の感情。

 幻想郷から敵対されている孤独感。

 そんないくつもの異常(イレギュラー)を抱えている中、これ以上それが増えれば頭がパンクするに決まっている。

「人里で寺子屋に近づくなって言ったのは」

「ああ、あのワーハクタクが変身魔法を見破る危険性もあったが、なにより霊夢と同じような状態だった場合、お前は絶対に動揺するだろう」

「……」

 彼女の言葉は間違っていなかった。こうして口頭で可能性を伝えられただけで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなのに何も知らない状態で寝込む慧音を見つけたら間違いなく俺は動揺してしばらくまともに頭を働かせられなかったはずだ。

「でも、椛も他の巡回天狗と同じ下っ端だったはずだろ? どうして椛だけ動けなくなってるんだ?」

「十中八九、幻想郷を崩壊させようとしている組織とペンダントを霊夢たちに付けた犯人は繋がっている。なら、犯人も外の世界を知っている(・・・・・・・・・・)だろう」

「ッ……『東方project』!」

 悟の疑問に答えたリョウだったが、彼女の言葉を引き継ぐ形で閃いた答えを叫んでしまった。

 外の世界と幻想郷を繋ぐ唯一の存在である『東方project』に登場するキャラのほとんどは幻想郷の中でも実力のある住人たち。つまり、ゲームに登場したことのある人たちにペンダントを付ければ幻想郷の実力者のほとんどを無力化できる。また、ゲームに出ていない人たち(たとえば天狗たちのリーダー)もどこかで情報を得られるだろうから特定することも容易い。

「それが本当ならマジでまずいぞ……犯人は幻想郷の実力者の地力を一箇所に集めてるんだよな!? どれだけ莫大なエネルギーになるんだよ!」

「知らん。だが、それだけのエネルギーがあれば幻想郷を内側から崩壊させることぐらい、簡単だろうな。適当に開放するだけで幻想郷全体を更地にできるだろう。下手すれば外の世界にも多大な影響を与えるかもしれない。それほど一箇所に集めたエネルギーを開放した時の破壊力は凄まじいからな」

「なんだよ、それ……」

 気絶している奏楽を抱えながら絶叫する悟とこんな状況であるにも関わらず冷静なリョウを見ながら声を漏らしてしまう。

 これまでの戦いは俺や俺の周りにいる人たちを守るためのものだった。今回だって幻想郷の崩壊の危機だとわかったからここまできたのだ。

 しかし、幻想郷の崩壊を止めに来たはずなのに住人達に敵対される上、外の世界すらも危険な状態だと判明した。これではまるで、世界の滅亡を止める救世主のようだ。

「……早く行こう。時間がない」

 正直、今も混乱しっぱなしでどうすればいいのかわからない。だが、間に合わなければ霊夢たちは死に、幻想郷は滅び、外の世界もただでは済まないのだ。なら、早く犯人のところへ行き、この異変の真相を知るべきである。考えるのはその後でもできるのだから。

「え? あ、おい!」

「……ふん」

 何やら騒いでいる悟たちを置いて俺は2本になった地力の線の後を追い始めた。



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第445話 不気味な信用

 リョウの予想を裏付けるように視界に入る地力の線が一本、また一本と増え、目を凝らさなくても視認できるほどになっていた。さすがにこれほどの地力の線が集まればリョウも存在を感じ取れるようになったのか、顔を顰めている。

「……リョウ」

「ああ……いるな」

 地力の線を追いかけてもうどれほどの時間が経っただろうか。俺たちは幻想郷の中でも端――人はもちろん人外すらあまり寄りつかない焼野原に辿り着いた。この場所は暴走していた奏楽を助けるために振るった死神の鎌の影響からか数年経った今でも草木が一切生えて来ず、幻想郷の中では唯一の『死んだ土地』。今でも微かではあるが死の匂いがする、魔法の森とはまた違った意味で生物にとって近寄りたくない場所だった。そう言った気配に敏感な俺やリョウだけでなく、リョウも居心地悪そうにしているので本能的に死を察知しているのだろう。

(そんな場所に好き好んで待ち構えるなんて……趣味の悪い奴だな)

「誰か、いる」

 遠くの方に人影らしきものが見えたのか、リョウがどこか他人事のように呟いた。地力の線が多すぎてよく見えなかったため、魔眼を解除する。確かに彼女の言う通り、数人の人影が見えた。地力の線の影響でその人影が誰か気配を探ることができず、どうするかリョウと悟に視線を向ける。2人はほぼ同時に頷いたので俺たちは警戒しながら人影へと近づくことにした。

「ッ――まさか!?」

 しかし、その人物たちを視認できるようになった時点で俺は駆け出してしまう。悟たちも気付いたようで俺の後を追って来る足音が後ろから聞こえた。

「お前ら、無事だったのか!?」

「あ、お兄ちゃん!」

 そこにいたのはずっと探していた望、雅、霙、リーマ、弥生、霊奈、ドグの7人。まさかこんなところに――しかも、全員合流しているとは思わず、叫びながら駆け寄ってしまった。皆は円陣を組むように集まっており、何か話し合いをしていたようだ。パッと見、怪我をしている人はいないみたいで胸を撫で下ろした。

「響、よかった! 無事で……え、奏楽どうしたの?」

 向こうも俺たちに気付き、雅がホッと安堵のため息を吐くが悟の胸の中で気絶している奏楽を見て目を見開く。きっと、合流した皆に怪我がなかったので心のどこかでこちらも無事だと思っていたのだろう。

「転移のショックで気絶したらしい。多分、もうすぐで目を覚ますだろうけど……そっちは何事もなかったか?」

「う、うん……式神通信が繋がったからすぐに合流できたし」

「……は?」

 式神通信が、繋がった? いや、そんなはずはない。移動中、何度か式神通信で雅たちに連絡を取ろうとしたが応答はなかった。もちろん、リョウも同じ。

 式神通信は俺を介してやり取りしている。つまり、たとえば雅が霙に連絡を取るためにまず、俺にパスを通してから霙に繋げなければならない。もちろん、俺には聞かせられない話の時は俺に聞こえないようにやり取りすることは可能だが、それは俺に話の中身が聞えないだけで実際には俺ともパスが繋がっている状態なのである。

 今回の場合、ネットワークの中心である俺からパスを繋げられなかったので雅たちもお互いに連絡を取り合えないはずなのだ。

「それなのに響は全然連絡寄越してくれないし……パスが繋がったから死んでないのはわかってたけど、怪我とかしちゃったのかなって。やっぱり、奏楽のことがあったから?」

「んなわけあるか。俺だってお前たちに何度も連絡しようとしたぞ。そもそも、どうしてこんなところに集まってるんだよ。ここは幻想郷の中でも端の方なんだぞ」

「え? でも……ここにいれば合流できるって言われて」

 そう言って雅は後ろに視線を向けた。雅だけじゃない、他の皆も全員、同じ方向を見る。だからだろうか、俺も皆に釣られる形でそちらへ目をやり、そこにいた人物を初めて認識した(・・・・・・・・・・・・・・・)

(この人……)

 そこには少しだけくたびれた灰色のスーツ、赤茶色のネクタイ、髪はこだわりがないのかただ適当に短く切りそろえられており、何よりスーツには似合わない大きなリュックサックを背負っている中年の男性が立っていた。どこかで見たことがあるような気がするがすぐに思い出せず、目を細めてしまう。

「久しぶりだね、響さん」

「えっと……」

「お兄ちゃん、覚えてない? (ひがし) 幸助(こうすけ)さん」

「東……幸助……」

 ああ、そうだ、思い出した。俺が幻想郷へ迷い込んだ高校三年生の夏、望に事情聴衆をしていた刑事だ。確か、今も家のどこかにあの時に貰った名刺があるはず。しかし、どうして刑事がこんなところにいる? 彼も幻想郷へ迷い込んでしまったのだろうか?

「ッ――」

 その時、胸の奥で何かがドクン、と跳ねた。博麗神社を出発してから心を蝕み続けている蟠りとはまた違った、何か。

 この感情は喜びと悲痛? いや、懐かしさや焦りもある。なにより、この感情はどこか他人事のような……俺ではない誰の感情と俺の心が共鳴しているような感じ。まるで、創作物を見てその登場人物に感情移入してしまったような。

「実はね、こっちに来た時、望だけ単独で転移しちゃって私たちと合流するまでたまたま(・・・・)森の中で再会した東さんが襲って来る妖怪や妖精から守ってくれたみたいなの」

「いやいや、私はただ持っていた拳銃で威嚇射撃しただけだよ。こっちに来てそろそろ1か月経つけど、銃弾を取っておいてよかった」

「東さん、ホントにありがとうございました。貴重な銃弾を使わせてしまって」

「はは、気にしないでくれ。物っていうのは消費してなんぼだからね。使わずに取っておいたせいで怪我をしてたら意味がない」

 その感情の激流に翻弄されていると雅の言葉に苦笑を浮かべながら東さんが首を横に振る。そんな彼に対して望が感謝を述べながら頭を下げたが本当に気にしていないのか東さんは髭のない顎(・・・・・)を撫でながら微笑んだ。

(……おい)

 なんだ、今の会話。違和感を覚え、俺は思わず、その場で半歩だけ後ずさってしまう。

 望が単独で転移してしまったのはまだ信じられる。だが、望が転移した場所の近くに1か月前に迷い込んでいた東さんがいて、助けが来るとは限らないのに1か月間、消費せずに取っていた銃弾を惜しげもなく使い、雅たちとすぐに合流できた? 話が出来過ぎにもほどがある。

 なにより、1か月間、幻想郷にいたのならスーツは少しだけくたびれるだけではすまない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。必ず、どこか破けたりするはずだし、ましてや、髭の手入れなどできるわけがない(・・・・・・・・・・・・・・・)。彼が髭の生えない体質かもしれないが、それにしても彼の恰好はあまりに綺麗すぎる。

 しかし、なによりも気持ち悪かったのがそんな彼を一切、疑うような素振りを見せない皆の顔だった。

 あまりにも不自然な台詞なのにそれに疑問を持つことなく会話を続ける三流の小説を読んでいるような気分だ。作者の思い通りに物語を進めるため、多少強引な設定でも登場人物たちは疑問を抱かない、読者を置いてけぼりにするようなシナリオ進行。

「へぇ、そうだったのか……」

「……」

 悟は東さんを見て感心するように声を漏らし、リョウも言葉にはしないがどこか優しげに望を助けてくれた彼を凝視していた。2人とも望たちと同じように東さんの言葉に違和感を覚えていない様子だ。

「……それで、ここで待っていれば俺たちと合流できるって言ったのは?」

「東さんです。本当に合流できちゃうなんてすごいですよね!」

 俺の質問に答えたのは霙だった。ブンブンと尻尾を振って嬉しそうに笑っていた。彼女は基本的に他人の前では子犬モードで過ごしている。そのはずなのに霙の姿は擬人モード。完全に東さんを信用している証拠だ。

 確かに望を助けてくれたのなら多少なりとも信用するかもしれない。だが、これはあまりにも異常だ。望や雅ならまだしも幻想郷に住んでいるリーマとドグはこの土地のことは知っている。彼らならこんな場所で待っていても俺たちと合流できるとは思わないはず。

「すげぇな、東! お前の勘って当たるんだな!」

「いや、たまたまだよ。ここって見晴らしもいいし、空を飛んできたらすぐに見えるだろう?」

「そこまで考えてたのね。疑ってごめんなさい」

 だが、バシバシと東さんの背中を何度も叩いて褒めるドグ。リーマは最初こそ疑っていたが本当に俺たちと合流できたからか申し訳なさそうに謝っていた。

「あ、そうだ。弥生さん、これありがとう。調べ終わったから返すよ」

「は、はい! あの……どうでしたか?」

「……正直、修復は難しいね。力になれなくてごめん」

「いえいえ、気にしないでください! 東さんも気遣ってくれてありがとうございます」

 そんな会話を交わしながら東さんの手に握られていた物を見て目を見開いてしまった。あれは弥生の家に代々伝わる秘宝――青竜の珠。何があったかは知らないがそれを他人である東に預けていた?

(なんなんだよ、これッ)

 幻想郷に来てからまだ数時間も経っていない。そんな短時間で弥生が青竜の珠を預けるほどの信用を得た東さんに恐怖を抱いてしまう。

 あまりも現実味のない話とそれを何の疑いもなく信じる皆。あの警戒心が強いリョウですらすでに皆の輪に入ってしまった。まるで、東さんを信じることが当たり前であり、疑っている俺が間違っていると言わんばかりに。

(皆、どうしちゃったんだよ……)

 幻想郷の住人が敵対しているせいか、このまま皆も俺と敵対してしまうのではないかと考えてしまった。そんなこと起こり得るはずがない。はずがないのに、どこか不安に思う自分がいる。

「くそっ……何がどうなってんだ」

 東さんと楽しそうに話す皆を見て俺は奥歯を噛みしめた。




あ、霊奈さん出て来ていませんが忘れているわけじゃないので安心してください。


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第446話 魂の悲鳴

「……ねぇ」

「ぁ……な、なんだ?」

 その時、どこか訝しげな表情を浮かべていた霊奈が悟とリョウが加わった皆の輪から離れて俺の傍に来た。東さんを訝しんでいることがばれてしまったのかとビクッと肩を震わせてしまう。

「なんか、変じゃない?」

「ッ!」

 皆に聞こえないように俺の耳元でそう囁き、思わず目を見開いてしまう。彼女の表情は疑う、というよりも困惑に近かった。もしかして皆とは違い、東さんを完全に信じているわけではない?

「なんかって……なんだ?」

「それは……上手く言えないけど、何となく。さっきから頭痛が酷くて上手く考えがまとまらないの」

「え? 霊奈さん、大丈夫ですか? 診ましょうか?」

 頭を押さえた霊奈の手首に移動した桔梗【腕輪】が【薬草】を使って簡易的な検診を始める。その様子を見ながらホッとため息を吐いてしまった。頭痛は心配だが東さんを疑っているのが俺だけじゃなくて安心してしまう。

 じゃあ、他の皆と霊奈の違いはなんだ? どうして、霊奈だけは東さんを信用していない?

 

 

 

 

 ――そもそもあの(・・)霊夢がこんな状態になること自体、おかしいんだ。多少危険でも今すぐ幻想郷の現状を確かめるべきだ。

 

 

 

 

 ――えっと……悟君、それってどういうこと? 博麗の巫女だからってそこまで万能なわけじゃ。

 

 

 

 

 ――博麗の巫女特有の勘、か。

 

 

 

 

 

 そうか、博麗の巫女の鋭い勘。霊奈も博麗の巫女候補。霊夢には劣るかもしれないがあの直感を持っている。だからこそ、霊奈は違和感を覚えた。それは博麗の巫女の勘も東さんを信じてはいけない(・・・・・・・・)と告げていることになる。

(そういえば……)

 皆と合流できたせいですっかり忘れていたがここに来たのは霊夢たちから地力を吸い上げている犯人を見つけるためだ。そして、地力の線が集中していた場所に東さんがいた。つまり――。

 そこまで考えて咄嗟に魔眼を発動させ、皆に囲まれている東さんを見る。無数の地力の線が視界を遮り、上手く見えないが線の終着点は彼だった。

 方法は未だにわからないが現在進行形で東さん――東は『東方project』に登場した人物たちから地力を奪い、何かを企んでいる。

 それに東を信用する皆の様子にも見覚え、というより読み覚えがある。そう、あの屋敷で見つけた兵士の日記だ。あの日記を書いた兵士は当初、やる気なかったのに雇い主と話したら忠誠心を見せ始めた。西さんだって洗脳されて研究に協力させられていた。

 ここまで状況証拠が揃えば自ずと予想もつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、彼こそ幻想郷を崩壊させようと今まで色々と企てた組織の代表、東 幸助。俺たちの敵である。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、これはまずい状況だ。幻想郷の住人たちが俺たちに敵対しているのも彼の仕業だろう。このまま放置すれば皆も西さんのように洗脳されて東の言いなりになってしまうかもしれない。霊奈も違和感を覚えているとはいえ、疑っているわけではないのだ。何かのきっかけで東を信じてしまう可能性だってある。

(どうする、どうすればいいッ……)

 東がどうやって皆を洗脳しているのか分からない限り、こちらとしても対処の仕様がない。翠炎ならば一時的に皆を正気に戻せるかもしれないが霊夢のペンダントと同じように原因をどうにかしなければ何も解決しないのである。

「さて、それじゃあ、響さんたちとも合流できたので移動しましょうか」

「移動ってどこに?」

「事情は移動しながらするのでまずはついてきてほしい」

 その時、皆と話していた東がいきなりそんな提案をした。彼が何を企んでいるのかわからないが奴は地力を奪う術を持っている。ついていくのは絶対に避けなければならない。だが、東を信じ切っている皆は首を傾げながらも歩き始めた彼の後を追いかけた。違和感を覚えていた霊奈も俺と東を何度か見比べ、東の方へ向かってしまう。彼女の手首から桔梗の困惑する声が聞こえた。

「ま、待て!」

 さすがに見逃すわけにはいかず、慌てて叫んだ。俺の声に反応した皆が一斉にこちらを振り返り、向けられた訝しげな(・・・・)表情に心臓が締め付けられた。『どうして、呼び止めるのだろう? あの東さんがついて来いと言っているのに』と言われているようで背筋が凍りつく。駄目だ、今ここで何を言っても皆は奴に味方する。むしろ、幻想郷の住人のように俺に敵対するだろう。

 だが、だからといって黙っていられない。いられるわけがない。皆、大切な人なのだ。こんな俺に今までついて来てくれた――想ってくれた人たちなのだ。だから、そう易々と奪われてたまるか。絶対に、取り返してみせる。

「……ん」

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、悟の胸の中で眠っていた奏楽が目を覚ました。彼女は寝惚けた様子でキョロキョロと辺りを見渡し、東を見つけ――。

 

 

 

 

 

 

「い、ぃや……いやああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――絶叫した。

 そのあまりの声量に奏楽を抱っこしているため、両手が使えない悟以外の全員が耳を塞ぐ。ビリビリと大気が震え、目の前がチカチカする。耳を塞げなかった悟などその場で膝を付いて悶えていた。この悲鳴を聞くのは魂喰異変以来だ。下手をすればあの時よりも威力があるかもしれない。

『どうして、あいつがいるの!?』

『どうして、みんな何も思わないの!?』

『どうして、あいつが危ないことにみんな気付かないの!?』

『もう、もうもうもうもうもう!!』

 なにより能力が暴走しているのか奏楽が感じている恐怖と怒りが魂へ直接伝わってくる。この様子だと奏楽は洗脳を受けていない。だが、この異常な反応は一体、なんなのだ。まるで、ずっと昔から警戒していた人が突然目の前にいたような――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの人、何かお兄ちゃんに悪い事をしようとしてる……。

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、東からタロットカードを貰った数日後、雅から奏楽が彼を警戒するようなことを言っていたと報告を受けた。まさか、あの時から奏楽は東の企みを本能的に察知していたのか。

『そ、そう、だ。あの時、奏楽は……』

 未だに泣き止まない奏楽を見て雅の心の声が聞こえる。奏楽の『魂を繋ぐ程度の能力』の影響で無差別に人の心が伝わっているのかもしれない。俺には干渉系の能力は効かないので俺の心の声が伝わることはないと思うが。

(待て、干渉系の能力が効かない……そうかっ)

『桔梗!』

 こんな状況では普通に声を出したところで桔梗には届かない。だが、俺は桔梗と魔力の糸で繋がっている。それを介して念話を送った。

『へぇあ!? マスターの声が聞こえました!? これは、幻聴!?』

『幻聴じゃない! お前は東をどう思ってる!?』

『東、さんですか? 会ったばかりなのでよくわかりませんが……いまいち信用できないとは思っています。どうして、皆さんあんなに彼のことを信じているのでしょう?』

 霊奈が東について行った時、桔梗は困惑していた。おそらく、彼女にも東の洗脳は効いていない。完全自律型人形だからといって桔梗は人間ではない。それが影響しているのかもしれない。とにかく、奴の洗脳は一部の奴には通用しない。

 また、洗脳自体、そこまで強いものではない。いや、というより脆い。

 博麗の巫女の勘を持つ霊奈が違和感を覚えたのも、洗脳が解けた西さんが再び洗脳されることはなかったのもその脆さのおかげ。何か引っ掛かりがあればすぐに解けてしまうはずだ。

 つまり、一度でも正気に戻せば洗脳されていたと自覚し、奴の洗脳を無効化出来る可能性が高い。

 そして、なにより俺にその洗脳が通用していないということは――。

 

 

 

 

 

 

 

(――この洗脳は東の能力によるもの!)

 

 

 

 

 

 

 

「翠炎!」

 耳を塞いでいた両手を思い切り地面に叩きつけ、翠炎を炸裂させる。翠色の炎が四方八方へ飛び散り、津波のように皆へ襲い掛かった。



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第447話 能力の浸食

 翠炎の波に飲まれた皆はキョトンとした様子でこちらをジッと見ていたが、すぐにハッとして後ろにいる東の方へ振り返った。そして、慌てて彼から距離を取る。どうやら、上手くいったようだ。

「……」

 だが、皆の洗脳が解けたのに東は未だにこちらに背中を向けたまま、動かない。それに翠炎を放った時も皆が驚いて振り返ったのに彼だけは反応しなかった。まるで、最初からこうなるとわかっていたように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「ひ、東さん……」

 少しだけ怯えた様子で望が東に話しかける。洗脳が解けたおかげで東に操られかけていたことに気付いたようだ。俺の予想が正しければこれで奴の洗脳は無効化される。

「どうして、こんなことを?」

 望たちの話が本当ならば東は敵でありながら望を助けた。だからこそ、翠炎で正気に戻ってもにわかに信じられなかったのだろう。

「駄目だよ、望。そいつは敵なんだから」

 そう言いながら望を庇うように雅は背中に炭素の翼を形成しながら前に出た。やはり、奏楽の忠告を聞いたことがあるからか奴への警戒心が跳ねあがっている。

 他の皆もそれぞれ戦う準備を終え、いつでも動けるように構えていた。あの奏楽でさえ悟の胸に抱かれながら魂を固めて作ったナイフを持っていた。

「……く、くくく」

 その時、ずっと沈黙していた東が唐突に笑い始め、こちらを振り返る。先ほどまでの温厚そうな微笑みは消え去り、ニタニタと下品な笑みを浮かべていた。

「ああ、わかっていたさ。こうなることぐらい、お前がその炎を手に入れてからな」

「……やっぱり、お前が代表なんだな」

 雰囲気どころか話し方までがらりと変わった東に戸惑いながらそう問いかける。俺の言葉に皆が目を見開き、すぐに納得したような表情を浮かべた。

 そんな中、東だけは下品な笑みを崩さず、一歩だけ前に出た後、背中のリュックサックを下ろした。重い物でも入っていたのか地面に落ちた時にドス、と鈍い音がする。

「ああ、そうだ。だからなんだ?」

「なんだって……お前は幻想郷を崩壊させる気なんだろ!?」

 平然とした様子で答えた東に思わず声を荒げてしまった。幻想郷を崩壊させるだけじゃない。こいつは霊夢たちから地力を奪っている。このままでは地力を奪われている皆が死んでしまうのだ、冷静でいられるわけがない。

「はっ……今更そんなことを聞いてどうする? 答えなどわかり切ってるだろ」

 彼の言う通り、あの組織の目的が幻想郷を崩壊させることぐらい知っている。だから、それを食い止めるために俺たちはここに来た。

 そして、幻想郷の住人から地力を奪って――殺してでも成し遂げようとしている時点で俺が何を言っても止める気などないこともわかっている。

 結局のところ、どんなに言葉を交わしたところで意味はない。むしろ、こちらは皆の命が尽きる前に地力の流出を止めなければならないため、会話する時間すら勿体ない。最初から戦う(こうなる)運命だったのだ。

「……まぁ、本当に戦えるのならな」

「え?」

「このッ……きゃあっ!?」

「み、雅ちゃ――わわっ」

「ぐえっ」

 ニヤリと笑った東に首を傾げたその時、いきなり雅がその場で派手に転び、顔を地面に強打した。更に転んだ雅に駆け寄ろうとした望も雅と同じように転倒。幸い、望が倒れた先に雅がいたので地面とキスすることはなかったが二人とも何が起こったのかわからず、困惑しているようだ。

「お前、何をした!?」

「いや、なにも? その子が勝手に転んだだけだ」

「そんなわけ――ッ」

 俺の質問に肩を竦めた東だったが、追究するすぐに周りを見て言葉を失ってしまう。雅や望だけじゃない。他の皆もその場で片膝を付いていたり、転倒はしていないが動き辛そうに顔を顰めていた。

(まさかこれも東の能力!?)

 てっきり、洗脳系の能力だと思っていたがそんな単純な能力ではなかったようだ。だが、奴の能力は一体? 洗脳と今の状況に関連性はないように思えるが。

「不思議に思ってるみたいだな。そうだな……仲間を正気に戻した褒美に教えてやろう」

「褒美だと? ふざけるな!」

 東の言葉にリョウが声を荒げて自分の影を針状に変化させ、奴へ飛ばす。しかし、上手く能力が使えないのかほとんどの針が外れ、当たりそうだったそれも東は右手だけで叩き落としてしまう。

オレ(・・)の能力は『神経を鈍らせる程度の能力』。周囲にいる生物の神経を鈍らせるだけの能力だよ」

 つまり、皆が転んだり、動き辛そうにしているのは『運動神経』を鈍らされているせいか。でも、それだけなら洗脳に関して説明できない。それに『運動神経』を鈍らされただけでリョウが『影針』を外すのも不可解だ。

(ッ……そういうことか!)

 なにも奴が鈍らせられるのは『運動神経』などの神経系だけじゃない。警戒や技のコントロールなど神経を使うこと全てを鈍らせられる(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 だからこそ、皆は警戒心が鈍らされ、簡単に東を信じた。洗脳ではないので一度、解除され、東に何かされたと自覚した瞬間、警戒心が跳ねあがり、それを鈍らされても信じなくなっただけ。

 しかし、問題は神経系を鈍らされた場合だ。翠炎で一時的に元に戻すことは可能だが、すぐに鈍らされて動けなくなってしまうだろう。

「くっ……」

 見れば、炭素のコントロールすらできなくなってしまったのか雅の背中の翼がサラサラと風に飛ばされ、消えてしまった。他の皆も顔を強張らせて東を睨みつけている。俺以外に能力が使えそうなのは魂を固めたナイフを持っている奏楽ぐらいだろう。

「……やはり効かないか。まぁ、いい。オレの能力はいわば毒のようなものでな。傍にいる時間が長ければ長いほど鈍らせられる大きさが増す。集中力に始まり、警戒心、神経系……さぁ、人間の神経を極限まで鈍らせたらどうなるか。想像できるか?」

「ッ!? お前ら、響と俺を残して逃げろ! 自律神経系を鈍らされたら死ぬぞ!」

 東の言葉の意味を理解したリョウが絶叫した。

 大学の授業で習ったが自律神経系は心拍、呼吸、分泌の調整など、内部環境の調節を行っている神経系だ。もし、それらを鈍らされたら呼吸や鼓動が上手くできなくなり、死に至るだろう。

 すでに運動神経――体性神経系を鈍らせることができている時点でいつ自律神経系を鈍らせられるかわからない。今すぐにでも皆をここから離すべきだ。

「リョウ、お前はどうすんだ!?」

「お前の影に入る! 翠炎で俺を燃やせ!」

 干渉系の能力が効かない俺の影に入ればリョウも東の能力を無効化することができる。東の実力が分からない現状、少しでも戦力を残しておくべきだ。

 すぐにリョウの傍に移動して翠炎を灯した右手で彼女の頭に触れ、リョウの能力だけ受け入れるとすぐに俺の影へ潜り込んだ。

「お前らは急いでこの場から離れろ!」

「でも……もう、ほとんど体の感覚が、なくて」

 俺たちと合流するまで東の傍にいた雅たちはすでにかなり東の能力に浸食されていたようで悟と奏楽以外、その場でへたり込んでしまっていた。逃げることはおろか立ち上がることすらできないらしい。

「ぐっ……奏楽、幽霊を使って皆を運べるか!?」

「うん、できる! 皆、お願い!」

 奏楽は力強く頷いた後、幽霊を操って皆の体を浮遊させ、凄まじい速度でこの場を離脱する。

『桔梗、動けるか!?』

『はい、私は“生物”ではないので奴の能力は効きません!』

『奏楽は幽霊を動かすのにせいいっぱいなはずだ。皆を守ってくれ!』

『わかりました。マスター、ご武運を!』

 東を警戒しながら霊奈の手首に装備されたままだった桔梗に念話を送る。これで野良妖怪や妖精に襲われても何とかなるだろう。

「……これで邪魔者はいなくなったな」

 すんなりと皆の逃走を見逃した東だったが最初から俺としか戦うつもりはなかったらしい。地面に落としたリュックサックを蹴飛ばした後、ニタリと笑った。

「邪魔者なんかじゃない。俺の大切な仲間だ」

「足手まといにも気を配るなんてお前も大変だな。ほら、かかってこいよ。守りたいものがあるんだろ?」

「……言われなくても、やってやるよ!!」

 余裕綽々といった様子で佇んでいる東に向かって俺は突っ込んだ。俺の影に潜っているリョウも俺の影を操作して奴へ攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 幻想郷の崩壊を阻止、そして、霊夢たちの命を救うための戦いが始まった。

 



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第448話 計り知れない実力

 俺と東の間には数メートルほどの距離がある。何かしらの能力を使えばそんな短い距離、一瞬で縮めることは可能だ。しかし、問題は東の戦闘能力が不明であること。

 あれだけ大口を叩いておいて東の戦闘能力が人並みだった場合、野良妖怪や妖精を蹴散らした時のように戦えば確実に殺してしまうだろう。

 もちろん、彼がやろうとしていること、霊夢たちを苦しめていることは決して許されることではないし、許すつもりもない。だが、仮に東を殺してもあの黒石のペンダントに仕掛けられた術式が止まらなかった場合、霊夢たちの衰弱死は止められない。

 ましてや、東が死ぬことで一箇所に集められた霊夢たちの地力が暴走し、大爆発を起こして幻想郷が滅びてしまう可能性も否定し切れない。

 だからこそ、俺たちの目的は東の戦闘能力を測ること。そして、生かしたまま、戦闘不能に持ち込み、企みを諦めてもらうよう説得、もしくは『狂眼』を使って一時的に彼を操り人形にすること。

 一つ懸念すべき点があるとすれば西さんが言っていた俺に纏わるレポート。あれが本物であるなら俺の戦い方は東にほとんど筒抜けである。そんな相手に俺の攻撃が通用するか。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかく、やってみるしかないのだから。

「――ッ!」

 彼が何か仕掛けて来てもいいように右拳に妖力を纏わせ、『拳術』を発動させた俺は東が死なない程度に手加減して拳を振るう。防御されても拳が接触した瞬間にインパクトすれば防御を貫くことぐらいできるはずだ。

「……はぁ」

 そんな俺を見てどこか失望した様子の東だったが、徐に左手を持ち上げて俺の右拳を掴む(・・)。その仕草があまりに自然でインパクトし忘れてしまった。

(な、に……)

 手加減したとはいえ『拳術』を発動した重い一撃だ。それを防御するどころか受け止めた時に後ずさることすらしなかった。

 驚愕のあまり、体を硬直させていたが顔のすぐ横を黒い何かが通り過ぎる。リョウが操っている俺の影だ。『影針』は東の能力のせいで普段の半分以下の威力しかなかったが、奴の能力の影響下から外れたリョウの攻撃は当たれば骨折程度ではすまされないほどの破壊力を持っている。

「ふん」

『なっ……』

 それを東はこともなげに右手で虫を払うように弾いてしまった。さすがに予想外だったのかいつも冷静沈着なリョウも唖然とした様子で声を漏らす。

 とにかく今は一度体勢を立て直すべきだと判断して東に掴まれている右手を引く。

「ぐっ」

「おいおい、様子見にしちゃ随分と軽い攻撃だな」

 だが、いくら引っ張っても東の左手から逃れることができなかった。まずい、少なくとも東は俺たちの攻撃を簡単にいなせるほどの腕力を持っている。このまま攻撃を受けるのは得策ではない。

 

 

 

 

 凝縮『一点集中』

 

 

 

 

 慌てて掴まれている右手に地力を込め、ポニーテールに意識を向けて『結尾』を発動させる。そのまま『開力』を使用し、爆発する直前で『結尾』を操って自分の右手首を切断した。

「おっと」

「ぐぅ……」

 東の左手の中にあった俺の右手が爆発を起こす。至近距離で発生した爆風に身を任せて何とか東から距離を取った。もちろん、すでに右手は『超高速再生』によって元通りになっている。

「自分の右手を犠牲に逃げたか……まるで、蜥蜴だな」

 爆炎が消え、再び姿が見えるようになった東は文字通りゼロ距離で爆発に巻き込まれた左手を見て興味なさげに呟いた。奴の左手は無傷。傷はおろか煤すら付いていない。

『……おい、あれはなんだ? 人間か?』

(気配は人間だけど……霊夢たちの地力で強化してるんだろ)

 リョウの愚痴に適当に返しながら再生した右手の具合を確かめる。

 霊夢たちの地力を使って強化ぐらいしているとは予想していたがここまで強くなるとは思いもしなかった。本来であればあれだけ強力な肉体強化を施せば数秒と経たずに体が悲鳴を上げるはず。なのに、東はケロッとした顔で俺たちの前に立っている。

(単純な腕力は確実に負けてる。なら――)

 

 

 

 

 雷輪『ライトニングリング』

 蹴術『マグナムフォース』

 

 

 

 

 両手首に雷の腕輪を装備し、拳だけでなく、足にも妖力を纏わせ、一気に跳躍。一瞬にして東の背後へ回った。力で駄目なら速度で勝負だ。肉体強化で体も頑丈になっているだろうが何度も攻撃を当てればいずれ効いてくるはず。

 そう思って今度こそ全力の右ストレートを放とうと右腕を引いた時――東が顔だけでこちらを見ていることに気付いた。奴は目にも止まらぬ速さで背後に回った俺の動きを目で追っていたのだ。だが、その体勢ではろくに防御できないはず。

「あ、ぁあああああああああ!!」

 自然と声を上げていた俺の右拳の軌道上に東の右腕が割り込む。上半身だけ捻って右腕でガードしようという魂胆なのだろう。なら、そのガードごとぶち抜いてくれる。

(ここッ)

 右拳と右腕が激突した刹那、『拳術』によって拳を覆っていた妖力を開放。それと同時に『蹴術』で足の裏から妖力をジェット噴射させて勢いを増加させる。これなら肉体強化で強くなった東でも――。

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その、はずだったのに俺の拳は右腕一本で完全に止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちっ……』

 渾身の一撃が防がれたのを見てリョウは舌打ちした後、影を俺の体に巻きつけて後ろへブン投げた。空中へ放り出された俺はすぐに我に返り、『蹴術』で妖力を噴出してバランスを取る。そして、難なく地面に着地して東を睨んだ。

 ああ、認めよう。単純な身体能力で俺は東に劣っている。そして、なにより俺の攻撃を見て驚いている様子がない。やはり、俺の手の内はほとんどばれていると思っていいだろう。

 おそらく生半可な攻撃では防がれることはもちろん、反撃(カウンター)を受けるだろう。俺やリョウの攻撃を軽くあしらう東のそれをまともに喰らえばただではすまないはずだ。

 しかし、だからといってこのままあいつを放置しておくわけにはいかない。そのためには身体能力以外で奴を上回るしかない方法はないだろう。

『でも、どうするの? あの肉体強化も翠炎じゃ燃やし尽くせないんでしょう?』

(それ、は……)

 吸血鬼の言葉に俺は思わず奥歯を噛みしめる。先ほど皆を正気に戻すために翠炎を放ったが全員を巻き込めるほど炎を広げたせいで能力の浸食を完全に燃やし尽くすことができなかった。リョウの時は右手に集中させたおかげで何とか全て燃やせたが東に対して燃やせた手ごたえは全くと言っていいほどなかったのである。すでに翠炎では燃やせないほど東の肉体強化は強力なものになっているのだろう。至近距離で爆発に巻き込まれても無傷でいられたのもそれなら納得できる。

 つまり、東に有効打を与えるためには奴の知らない手札で、強力な肉体強化でも対処し切れない一撃を与える必要がある、ということだ。

 俺が使える中で東に通用しそう手札は『ブーストシリーズ』、『コスプレ』、『ダブルコスプレ』、『魂同調』、『四神憑依』、『魂共有』、『着装―桔梗―』。

 だが、霊夢たちが倒れている今、『コスプレ』や『ダブルコスプレ』はもっての外。また、『四神憑依』をするためには雅たちの誰かを呼び出さなければならないが今も式神通信は通じていないので召喚することができない。『着装―桔梗―』も桔梗がこの場にいないので不可能である。

 また、『ブーストシリーズ』は準備に時間がかかりすぎてしまう。その隙を東が見逃すとは思えない。

 それに『魂同調』や『魂共有』だってすでに東は知っている――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――えっと……うろ覚えで申し訳ないんですが片方の音無君は鎌や剣を複製したり、両手足に魔力を纏って近接戦闘したり、弓で遠くから狙撃したりと戦うことに特化していました。ですが、もう片方は結界を張ったり、治癒術で回復したりとどちらかといえば支援が得意な音無君でした。後、狙撃能力が前者と比べるまでもなく劣ってましたし……桔梗や『魂同調』、でしたっけ? そういった共通点もあるんですけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや、待てよ……)

 ふとレポートに書かれていた内容について話していた西さんの言葉を思い出した。可能性は低いが奴はあの技を知らないかもしれない。試す価値はあるだろう。

 問題はタイミング。確実に東を出し抜くために何か策を講じる必要がある。

(リョウ)

『……なんだ?』

(東の実力をもっと明白にしておきたい。フォロー頼んだぞ)

『ふん、好きにしろ』

 不機嫌そうに了承したリョウに苦笑を浮かべながら一向に攻撃を仕掛けてくる様子のない東へ視線を向ける。

 さぁ、第二ラウンドの始まりだ。



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第449話 希望の連撃

 霊双『ツインダガーテール』

 

 

 

 

 スキホを操作し、博麗のリボンを取り出してそのまま自動的に髪型を二つ結びに変更された。幸い、『雷輪』はまだ機能しているので速度も出せる。『拳術』、『蹴術』で威力を高めた渾身の一撃を腕一本で防がれたのだ。今度は威力ではなく、手数で勝負する。

 二本の尻尾の先に小さな刃が生えたのを確認し、一瞬にして東の懐へ潜り込む。そのまま右手に持った『神鎌』を振り降ろした。

「……」

 それに対し、東はただ無表情で右手を払い、『神鎌』を粉々に破壊する。だが、その隙に『霊双』が左右から迂回するように彼の背中へと向かい、刃を突き立てる――が、体に当たった瞬間、バキンと音を立てて砕けてしまった。手数でも攻撃が通らなければ意味がない。

 

 

 

 

『ゾーン』

 

 

 

 

 意図的に意識を引き延ばして砕けゆく2つの刃と東の背中を吸血鬼の目を借りて観察する。やはりと言うべきか刃が当たった場所が若干揺らいでいるように見えた。つまり、この揺らぎを大きくすれば奴の防御を抜けるかもしれない。

(リョウ!)

『わかっている』

 『ゾーン』を解き、影に潜むリョウを呼ぶとすぐに『霊双』が付けた揺らぎへ俺の影が伸びた。それと同時に東の注目を集めるために今度は左手に出現させた『神剣』を突き出す。

「……さすがというべきか」

 『神剣』を左手で掴み、そのまま握り潰した東は背中に当たった影をチラ見した後、そう呟いた。俺たちの目的を見破ったらしい。

 だが、もう遅い。

 

 

 

 

 回界『五芒星円転結界』

 

 

 

 

 懐から何十枚もの博麗のお札をばら撒き、『五芒星結界』を組み上げ、それを高速回転させて東へと突っ込ませる。さすがにこれは無視できないと判断したのか初めて顔を歪めた彼はバックステップしながら迫る『回界』を両手で破壊していく。その間も俺とリョウは東の背中(揺らぎ)へ攻撃を仕掛ける。そのほとんどは体を捻られたり、足で踏み潰すように防がれてしまったが着実に揺らぎは大きくなっていた。

「くっ……」

 奴も背中の揺らぎを気にしたのか『回界』を無視し始め、背中への攻撃から身を守るようになっていく。しかし、リョウはともかく『雷輪』で高速移動し続けながら、『霊双』、『神鎌』、『神剣』、そして、無数の弾幕を張る俺の攻撃は肉体強化で強くなっている奴でも防ぎ切るのは至難の業だ。それどころか俺に集中あまり、奴の隙を突くように影を操作するリョウの攻撃も通るようになっていた。

(もう少し……もう少しだ)

 相変わらず、東に傷を負わせられないが背中の揺らぎは視認できるほど大きくなっている。この防御さえ突破すればやっと奴にダメージを与えられる。

「ちっ、なめるな!」

 しかし、東もいい加減ちまちまと攻撃する俺たちが煩わしくなったのか叫びながら地面を殴りつけた。その瞬間、東の足元が粉々に砕け散り、衝撃波が発生する。そのせいで俺は吹き飛ばされ、リョウの操る影も地面が割れた拍子に大きく形が変わってしまったため、消えてしまう。

「あら、そんな無防備でいいのかしら?」

 そこへ俺の魂から抜け出した吸血鬼が空中で狙撃銃を構えながらニヤリと笑った。そして、東が行動する前に何の躊躇いもなく、引き金を引く。狙撃銃から放たれた銃弾は寸分違わず東の背中へと直撃。背中の揺らぎが消えたのを感じ取った。今ならあそこへ攻撃が通じる。俺の直感が即座に根拠のない結論を弾き出した。切り札を使う前にダメージを与えられるチャンスを掴めるとは思わなかったが、好都合だ。

「吸血鬼かっ……だが!」

 もう一度、同じ場所へ銃弾を撃ち込もうとリロードする吸血鬼を睨んだ東は地面を蹴って俺たちから数メートルほど距離を取る。だが、それだけでは『雷輪』を装備している俺からは逃げられない。

(今度、こそっ!)

 一瞬にして東の背中へ回り込んだ俺は右手を握りしめ、全力で拳を突き出す。一般人に当てれば肉片に変えてしまうほどの威力を誇った一撃が無防備になった背中へ迫る。

「――ッ」

 しかし、彼も黙って攻撃を受けるつもりはないらしい。右腕を俺の拳の軌道上へ滑り込ませようと体を捩らせた。このままでは先ほどと同じように片腕で防がれてしまう。そう、このままでは(・・・・・・)

「なッ……」

『させると思うか?』

 東の右腕が突然、上へと僅かに跳ね上がった。リョウが俺の影を使って奴の腕を下から打ち上げたのである。リョウのアシストでも東の腕の位置は少ししか変わらなかったが、俺の拳の軌道上から外れたのは間違いない。

「いっけええええええええ!!」

 奴の腕と俺の拳が掠れるように交差し、そのまま吸い込まれるように無防備になった背中を捉えた。ゴキリ、と骨が砕ける音を聞きながらダメ押しでインパクトを放つ。

「ガッ」

 そのあまりの威力に東の体はまるで全速力で走っている車に轢かれたように吹き飛び、何度も地面をバウンドした。すぐに探知魔眼を発動して東を見るが相変わらず霊夢たちから集めた地力を纏っている。奴はまだ倒れていない。

「あの人、まだッ」

 俺と視界を共有していた吸血鬼はすぐに狙撃銃の銃口を遠くにいる東へ向けた。だが、引き金に指をかける前に彼女の横に東が突如として現れる。

「……え?」

 吸血鬼が顔を上げると同時に虫でも払いのけるように彼は右手を払う。その刹那、今度は吸血鬼の姿が消えた。いや、消えたのではない。東の腕力が化け物染みているあまり、彼女の体はバウンドすらせずに数百メートル以上離れている森の中まで吹き飛ばされたのである。

「吸血鬼ッ!」

「人の心配してる場合か?」

 森の中へ消えた吸血鬼の方へ顔を向けようとするがその前に東が目の前に現れ――視界が弾けた。そして、数秒遅れて襲う激痛と凄まじい衝撃。

(な、にが……)

 チカチカと迸る視界に映る曇天の空を見ながら俺は状況を飲み込もうと必死に思考回路を巡らせた。どうも、体の負傷具合からして顎を蹴り上げられたらしい。しかも、その拍子に顎と首の骨が砕け、ほとんどの歯が抜けたようだ。

『ちっ……』

 『超高速再生』によって負傷箇所が治る感覚を覚えながらリョウの操る影によって東から距離を離されているらしい。

「……」

 何とか体勢を立て直して東へ視線を送る。無傷とまではいかなかったようで彼は口の端から血を流し、くたびれていたスーツの背中部分はほとんど消し飛んでいた。

『どうなっている? 普通に死ぬレベルの攻撃を受けたんだぞ?』

(こっちが聞きたい……吸血鬼、無事か?)

『ええ……でも、ごめんなさい。ちょっとダメージ受けちゃってしばらく動けないかも』

 リョウの問いに首を振り、吸血鬼の容態を確かめる。吸血鬼は本来、肉体を持たない霊体のような存在。今では外で活動できるようになったが魂のみの存在であることには変わらない。そんな彼女が攻撃を受ければ肉体ではなく、魂がダメージを負うことになる。そうなってしまうとそのダメージが回復するまでの間、彼女は俺の魂の中で休息を取る必要がある。

「やっぱり……攻撃特化のお前ならこうなるか。とことん、面倒な存在になりやがって(・・・・・・)

 口元をスーツの裾で拭った東はスーツの上着を抜いてワイシャツ姿になった。やはり、ダメージを受けた様子ではあるが目立った外傷はない。骨が折れるどころか内臓が破裂するレベルの攻撃を受けたのにも拘らずに。

(何かカラクリがある、のか)

 背中は未だに無防備のままであるようだが、このまま攻撃したところでそのカラクリがわからなければ無駄に終わってしまう可能性が高い。切り札を使うのはもう少し様子を見てからの方がよさそうだ。

「……いいのか? そんな悠長なことをしていて」

 何とか体の修復も終わり、どうやって攻めようか考えているといつの間にか東の拳が目の前まで迫っていた。

「ゴッ」

「言っておくが……背中のシールドが剥がされた時点でお前らの負けは決まったようなもんだぞ」

 顔面を殴られ、地面に叩きつけられた俺の耳に滑り込んできたのはそんな東の言葉だった。



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第450話 悟の直感

「奏楽さん、前方から妖精の群れが迫っています」

「うん、わかった……――、―――!」

 私の言葉を聞いた奏楽さんは普段とはかけ離れた真面目な表情で頷き、聞き覚えのない言葉を紡ぎます。その刹那、私たちの前に白い靄が湧き出て前にいる妖精たちへ群がりました。最初は不思議そうに首を傾げていた妖精たちでしたが、すぐに苦しげに顔を歪め、そのまま消滅してしまいます。

(まさか、ここまで強いなんて……)

 私はこの時代に来てからまだ1か月ほどしか経っていませんので皆さんはおろか今のマスターの実力すら把握し切れていません。しかし、奏楽さんの力はあまりに強大。ただ言葉を紡ぐだけで妖精をまとめて屠ってしまいます。

 なにより彼女はまったく地力を消費していません(・・・・・・・・・・・)。つまり、どれだけ力を使っても奏楽さんはガス欠を起こさない。

「――――――……さぁ、いこ!」

 白い靄に話しかけ、消した(もしくは白い靄が自分で消えた)奏楽さん。私もすぐに出発したいのですが、そう上手くもいかないようです。

「ま、待って……速いよ、2人とも」

 その時、覚束ない足取りでやっと私たちに追い付いたのは悟さんでした。その後ろには彼以上に息を切らせた望さんたちの姿。

 最初は奏楽さんの能力で飛んで移動していたのですが、あの未知の力を使う奏楽さんでもさすがに8人もの大人を木が生い茂る森の中を運ぶのは難しかったようです。森に入って数分で雅さんが勢いよく木に激突し、鼻血を出した時点で顔を青くした皆さんは奏楽さんに降ろして欲しいと頼み込みました。あの勢いで木にぶつかったら一般人である望さんと悟さんは首の骨が折れて死んでしまうでしょう。

 ですが、森の中を走って移動することにしましたが奴から距離を取っても能力の影響はすぐに消えないのか、皆さんの走る速度は恐ろしいほど遅く、何度も躓き、何度も転び、何度も木にぶつかってここまで来るのにすでに満身創痍です。

「はぁ……はぁ……なにこれ、全然体が言うことを聞いてくれないんだけど」

 とりあえず、待っていると悟さんの次に追い付いた霊奈さんがそう呟きました。東は自分の能力を毒と例えました。奴の傍にいればいるほど、信用すればするほど神経を鈍らされ、泥沼のようにはまっていきます。

 そのため、皆さんの中で最後に合流した悟さんはもちろん、霊奈さんも東を信用し切っていませんでしたので能力の浸食はそこまで深くないようです。奏楽さんの場合、東のことを最初から拒絶していたので能力が効かなかったのでしょう。彼女の力はまだよくわかっていないのであくまで推測の域は超えられませんが。

「……も、ぅ……無理」

「の、望さん!? 大丈夫ですか!?」

 霊奈さんが合流してから3分と経たずに皆さんも何とか私たちに追い付くことができましたが、その途端、望さんがその場で倒れてしまいました。彼女は最も東さんの傍にいた時間が長く、窮地を助けてくれたせいで(・・・)信用してしまい、体力も人並みしかありません。そんな状態でただでさえ走りにくい森を何度も転びながら全力疾走(東の能力で100メートル走を20秒かけて走り切るほどの速度。なお、転んだ時間はいれておりません)したのですから倒れてしまうのも無理はないでしょう。

「ねぇ、あんたの能力で能力の浸食(これ)、どうにかできないの?」

「できたらとっくにやってるつーの。深くまで根付いてて関係を断ちきれねぇんだ」

 望さんだけでなく、あーだこーだと言い争っているリーマさんとドグさん以外の皆さんも心底疲れ切った表情を浮かべています。マスターは博麗神社に行けと言いましたが本当に辿り着くことができるのでしょうか。

「悟、大丈夫?」

「あ、ああ……なんとか――」

 心配そうにしている奏楽さんの頭を撫でる悟さんでしたが、彼の言葉は遠くの方で響いた轟音によって掻き消されてしまいました。丁度、マスターたちが東と戦っている方向です。かなり遠くの方まで来ましたがここまで戦闘音が届くとはそれほど激しい戦いが繰り広げられているのでしょう。

「マスター……」

 きっとマスターの身を心配しているのは私だけではないようで皆さん、轟音が響いた方向を不安げに見つめていました。マスターには東の能力は効かないことはわかっていますが奴の実力は未知数。マスターがそう簡単に負けるとは思えませんが心配なものは心配です。

「……」

「ん? どうしたの、悟」

「……ああ、いや」

 その時、鼻に詰め物をした雅さんが鼻声で悟さんに声をかけました。何か考え事でもしているのか顎に手を当てている悟さんは何か言いかけますがすぐに口を噤んでしまいます。何かあったのでしょうか?

「奏楽さん、望さんだけでも運ぶことはできませんか?」

「んー、出来るよー」

 地面に倒れ込んでいる望さんを見かねたのか奏楽さんに提案する霙さん。奏楽さんもすぐに頷いて大量の汗を掻いている望さんを白い靄で持ち上げました。

「あ、ありがと……」

「ううん、だいじょぶ!」

 ふわふわと浮かびながらお礼をいう望さんに奏楽さんは笑顔を浮かべます。この中で最も危険な状態なのは望さんです。奏楽さんの操る白い靄は不思議な力を持っているので望さんの身も守ってくれるでしょう。ですが、本当にあの白い靄は何なのでしょう? マスターがいうには幽霊、らしいのですがただの幽霊があそこまで強い力を持っているとは思えないのですが。

「……うん、やっぱり駄目だ」

 皆さんの息も整ったところでそろそろ出発しようと思っていたところでした。ずっと考え事をしていた悟さんが覚悟を決めたような顔でそう呟きます。

「何が駄目なの?」

「なんというか……このまま響に任せるのはまずい気がする」

 彼の呟きに顔を見合わせた私たちですが代表して弥生さんが悟さんに問いかけます。悟さんもすぐに答えてくれましたがそれでも彼の言葉の真意を理解することはできませんでした。

「まずいってどういうこと?」

「いや……どういうことって言われたら困るんだけど最悪な事態になる(・・・・・・・・)、と思う」

 おそらく悟さん本人も根拠のないただの勘なので上手く説明できないのだろう。皆さんも困惑した様子で悟さんのことを見つめています。

 

 

 

 

 

 

 ――いや、俺も行く。もちろん、俺の能力とか武器なんて何の役にも立たないのはわかってんだ……でも、この子は絶対に連れて行くべき、だと思う。

 

 

 

 

 

 

(これは、もしかして)

 ですが、私は悟さんの言葉を聞いて博麗神社での出来事を思い出します。あの時も悟さんは直感に従って奏楽さんと一緒にマスターたちについていくと言い出しました。

 そして、奏楽さんがいたおかげで東について行こうとした皆さんを一時的に止め、今のように逃げることもできたのです。

 たった一回。されど一回。悟さんの摩訶不思議な直感を無視するには状況があまりにも悪すぎました。もし、ここで彼を信じなかったせいでマスターの身に何か起きれば私は一生後悔することでしょう。まぁ、マスターが死んでしまった時点で私も死んでしまう(活動停止)してしまうのですが。

「……悟さん、マスターのところに戻るなら誰がいいと思いますか?」

 このまま放置すれば最悪の事態になるのでしたらマスターを放置せず、何かしなければならないことに他なりません。そのためにはあの場所へ必要があります。ですが、こんな状況ですので全員で戻るという選択肢はあり得ない。彼の直感を信じるのなら最後まで判断を委ねるべきでしょう。

「俺と、桔梗ちゃんかな。皆は東のせいでまともに動けないし。桔梗ちゃんより奏楽ちゃんの方が皆を守ることに適してる。なら、この中ではまだマシな俺と人一人なら余裕で守り切れる桔梗ちゃんが行くべきだ」

 まるで、最初から質問が来るとわかっていたように悟さんははっきりとそう答えました。まさか『暗闇の中でも光が視える程度の能力』という戦闘には不向きの能力しか持たない非戦闘員の悟さんが戻ると言い出すとは思わなかったのでしょう。皆さんは目を丸くして驚いています。

「だ、駄目です! 危険すぎます! けほっ」

 その証拠に悟さんと最も付き合いの長い望さんが真っ青な顔のまま、声を荒げました。声を出すのも辛いのでしょう、彼女はすぐに咳き込んでしまいます。

「大丈夫だって桔梗ちゃんはともかく俺が戦場に出て行けば東の能力の餌食だし。少し離れた場所で待機してるだけだから」

「でも……」

「望さん、ここは悟さんを信じましょう。もちろん、私が全力で悟さんをお守りします!」

「……わかった」

 私も悟さんの意見に賛成すると望さんは渋々といった様子で頷いてくれました。きっと、彼女もマスターのことが心配で戦力に慣れずとも私たちが戦場の近くで待機しておいた方が安心できると思ったのでしょう。

「じゃあ、悟君、桔梗ちゃん。気を付けて」

「ああ、そっちもな。奏楽ちゃん、皆のこと頼んだよ」

「うん、頑張る!」

 私の代わりにまだ能力の浸食度が低い霊奈さんが奏楽さんのサポートをすることになったようで彼女たちを先頭に皆さんは博麗神社を目指して移動を再開しました。

「……よし、桔梗ちゃん、行こ――のわっ!?」

「……飛んで行きましょうか」

 皆さんの背中が見えなくなったので早速、来た道を引き返――そうとしますが、悟さんは一歩目から転んでしまいました。本当に、あの場所へ戻っても大丈夫なのでしょうか。少し不安です。



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第451話 崖っぷちの推理

 花はおろか生命力の高い雑草一つ生えていない死んだ大地に鈍い音が響く。ゴリッ、と肉が抉れ、引き千切れる音が鳴る。

「ガッ……ぁ、はっ……はぁ……」

 その音を何度、聞いただろうか。何度、己の体から響いただろうか。

 視界は常にブレ、今自分がどこにいるのか把握すらできない。

 殴られ、蹴られ、踏まれ、投げられ、千切られ、抉られる。

 血が染み込んだ地面に血が降り注ぎ、吸収し切れなくなったのか水溜りになっていた。

『ちっ……あのやろう』

 もうほとんど見えない瞳に黒い線のようなものが映る。おそらく、リョウの影が俺の前を通ったのだろう。だが、その影は無残にも弾け飛んだ。そして、その向こうから拳が――。

「ゴッ」

 凄まじい衝撃と骨が折れる音。その後すぐに襲う鈍い痛み。

 殴り飛ばされたであろう俺はそのまま吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドする。ゴロゴロと転がり続け、何とか止まったが体は痙攣するばかりで立ち上がることができなかった。

「……まだ回復するか」

 地面を踏む音が耳の傍で聞こえたと思ったら東は意外そうにそう呟く。まるで、『超高速再生』に必要な霊力の残量を知っているかのように。

 実際、奴は知っているのだろう。どれほど俺のことを知っているか定かではないが、俺すら知らないことすら知っていそうである。

 だからこそ、東が知らない手札を使うしかないと考えた。まぁ、実際にはその手札を切らずに奴の背中の『シールド』を剥がすことができたのだが。

 だが、その結果がこれだ。手加減なしで放った渾身の一撃でも東は倒れず、むしろシールドを剥がされたことで本気になってしまったのである。

 それからは防戦一方――いや、防ぐことすらできていないワンサイドゲーム。ただ東が俺を殴るだけの遊びとなってしまった。

 正直、俺は舐めていたのだろう。どれだけ霊夢たちの地力を集め、強化したところで俺の本気の一撃には耐えられないと自惚れていたのだろう。これまで数々のピンチを一発逆転の一手で引っくり返してきたから今回もそうだと高をくくっていたのだろう。

 しかし、ピンチを引っくり返した、ということは相手に付け入る隙があったことに他ならない。

 じゃあ、東の場合は? 単純な身体能力の違いにどんな付け入る隙があるというのだろうか。こちらがどんなに大勢でも、どんな搦め手で攻めても奴のステータスの高さの前では意味をなさない。ただ適当に払いのけられて終わってしまう。今だって東の圧倒的なスピードに追い付けず、何の対処もできずに攻撃され続けている。

 きっと、奴がその気になれば『超高速再生』で回復する間もなく、殺され、翠炎で復活し、復活した直後にまた殺されるだろう。

(……あ、れ)

 そうだ。どうして、俺はまだ生きている? 幻想郷を崩壊させることが東の目的ならば俺の存在は邪魔なはず。幻想郷そのものを壊すのならここに住んでいる人たちも死ぬので人を殺すのを躊躇しているわけではないだろう。じゃあ、何故?

「ちっ……ドッペルゲンガーを吸収したせいか? いや、それも計算の内にいれたはず……まぁ、いい。翠炎が発動するまでひたすら殴ればいいだけか」

 何かぶつぶつと独り言を言っている東だが、今はそれどころではない。

 

 

 

 

 

 ――ああ、そうだ。最初から……お前が生まれる前からずっと組織はお前を警戒していた。

 

 

 

 

 

 過去で笠崎と戦った時、彼はそう言っていた。そう、つまり東は俺が生まれる前から俺の存在を知っており、ずっと警戒していた。なら、俺が生まれた瞬間に殺せばよかったのだ。それが無理でも俺が幻想郷へ行くまでの十数年の間にチャンスなどいくらでもあったはず。

 事実、俺の力を借りなくても幻想郷を崩壊できただろう。俺を仲間に引き入れるメリットが『俺と敵対しない(・・・・・・・)』以外ほとんどないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、もし、本当に東が俺を仲間に引き入れようとした理由が俺と敵対しないためだったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、奴の力は圧倒的に俺を凌駕している。俺と敵対しても何の問題もなかったはずだ。つまり、俺と敵対することで必然的に敵になる人を警戒していた? でも、敵になる人なんて俺の仲間ぐらいしかない。その皆も東の能力で歩くこと満足にできないレベルの運動音痴にされ――。

「違う……皆じゃ――ッごぼ」

 何か閃きかけた時、俺の腹部に凄まじい衝撃が走り、胃液をぶちまけてしまった。そのまま地面を転がりながらも何とか正気を保ち、思考を巡らせる。

(そう、だ……奏楽だ。あの子だけは東の能力が効いていなかった)

 そういえば、東は皆をどこかに連れて行こうとしていた。その時、奴は妙に急いでいたように見える。出鱈目でもどこに行くかぐらいは説明してもよかったはずなのに。皆を逃がした時も妙に素直に逃がしてくれたのも気になっていたが奏楽を警戒していたのなら納得できる。

 でも、どうして奏楽なんだ? 確かに奏楽の力は強大だがそこまで警戒するほどのものではないはず。

 いや、東は俺ですら知らないことを知っているのだ。奏楽の知られざる力を恐れているかもしれない。

 東が奏楽を警戒していたと仮定しよう。俺を一思いに殺さなかったのも奏楽が遠くまで逃げるのを待っていたという可能性も考えられる。

 だが、皆が逃げてからそれなりの時間が経っている。時間稼ぎは十分だ。俺を生かし続ける理由はもうないはずだ。

 では、奴が俺を殺さない理由はなんだ? 俺が死ぬと都合が悪いことでもあるのか?

(……これ以上、考えても無駄か)

 とにかく重要なのは奴が奏楽を警戒していること。俺を今すぐ殺すつもりがないこと。

「はぁ……はぁ……」

 『超高速再生』で治っていく体に鞭を打って何とか立ち上がる。それを見た東は目を見開き、すぐに無表情に戻った。

「何度も殴られても、蹴られても立ち上がる……本当に、面倒な奴だよ」

「な、にを……言って……」

「だから、ここで終わらせてやる。ここで全部、済ませておく」

 よくわからないことを言った奴は一瞬にして姿を眩ます。その刹那、俺の背骨が折れた。おそらく背中に回った東に蹴られたのだろう。そのまま無様に倒れ、現在進行形で修復されている背中に再びドンと衝撃が襲った。東が俺の背中を踏んづけたのだ。ぐりぐりと奴が足に力を込める度に皮膚が、骨が、内臓が、壊れていく。

「く、そ……」

 奴に俺を殺すつもりがなくてもこのままやられ続けたらいずれ全ての地力を失い、動けなくなってしまう。そうなってしまえばもう何もかもおしまいだ。東もそれを知っているから『超高速再生』を何度も発動させて俺がガス欠を起こすのを待っているのだろう。

 しかし、だからといって東の身体能力を前に俺はどうすることもできない。背中のシールドはまだ剥がれたままみたいだが、奴はあそこへ一撃を与える機会すら与えてくれないはずだ。それにあの渾身の一撃を受けてもピンピンしているのだ、たとえ隙を突いて背中に一撃を喰らわせられたところで何の意味もない。

「……」

 ああ、そうだ。無防備な背中に一撃を与えたところで無意味なのだ。奴が本気になる必要はあったか? 俺を行動不能にするのが目的なら最初から本気で来ているだろうし、本気を出したタイミングがあそこだったのは明らかに不自然。つまり、あの攻撃、もしくは無防備になった背中は奴にとって不利益になることだった。無駄ではなかった。

(なら……可能性はゼロじゃない)

 確かに奴の身体能力は異常だ。今のままでは一撃を与えることすらできない。

 だから、チャンスは1度きり。

「『霊力ブースト』」

 擦れた声で呟くと俺の体から紅いオーラが噴出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今こそ切り札(ジョーカー)を切る。まずは土台作りだ。




次回、一矢報います。


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第452話 総力戦

「ブースト、か」

 俺の体から迸った紅いオーラを見て東が小さな声で呟いた。

 『霊力ブースト』を含めた『ブースト』系のスペルは一時的に該当する地力を爆発的に増加させる。その代わり、『ブースト』が切れた瞬間、しばらくの間、その地力を使用できなくなってしまう諸刃の剣。

 今はなんとか『合力石』の恩恵で『超高速再生』に使用する霊力に他の地力を混ぜて凌いでいるがこのまま何もしなければ地力は底を尽きるだろう。だが、『ブースト』を使えばその『超高速再生』に使用する霊力を補充できる。

 しかし、『霊力ブースト』を目の当たりにした東に驚いた様子はないので『ブースト』のことはすでにばれている。これでは奴の意表を突けない。そもそも『ブースト』で強化したところで東の身体能力の前では焼け石に水。今だって奴の足から逃れようともがくがビクともしない。

(だからこそッ……)

 

 

 

 

 

 開力『一転爆破』

 

 

 

 

 切り札(ジョーカー)を切る前の布石として使用する。

 出鱈目に合成した地力を右手に集めて地面に叩きつけ、地面を爆破させた。どんなに強くてもいきなり足元が爆発すればバランスを崩す。東も例外ではなかったようで俺の背中から奴の右足が離れた。その隙に残っていた左手(・・・・・・・)に纏っていた妖力を噴出させ、転がるようにその場から退避する。

 もちろん、ゼロ距離で地面を爆破させたので俺はボロボロ。全身に火傷を負い、爆破させた右手は綺麗に消し飛んでいる。

「『神力ブースト』!」

 しかし、どうせこの傷も『超高速再生』で治る。とにかく今は少しでも時間を稼いで全ての『ブースト』を発動させることに集中させるべきだ。『ブースト』は重ねれば重ねるほど次の『ブースト』を使うための待機時間(キャストタイム)が伸びる。『ブースト』を使うのを躊躇っていたのはこの制限の存在が大きい。

「そんなもの使ったところで俺には通用しない!」

 案の定、東は紅白のオーラに包まれた俺を見てすぐに攻撃を仕掛けてきた。『ゾーン』を使って迫る東の姿を視認し、タイミングを見計らって猫に変身する(・・・・・・)

 魂の住人、猫の能力の一つ。『猫化』。その効果はその名の通り、俺の体を猫にする。もちろん、猫になったところで東には勝てない。だが、『猫化』の優れている点は当たり前の話だが俺の体が著しく小さくなること。そして、変身に使用する時間が一瞬であること。そのおかげで東の拳は体の小さくなった俺の頭上を通り過ぎた。

(ぐ、ぅ……)

 しかし、直撃は免れたが拳を振るった際に発生した風圧によって小柄な体は吹き飛ばされてしまう。人間の頃に比べ、猫の体は脆弱だからかそれだけで体のいたるところから骨の折れる音が響き、顔を歪めた。

「ちっ」

 攻撃を躱された東の舌打ちを聞きながら体を丸めて勢いをなるべき殺さないように地面を転がる。傍から見れば黒い毛玉がコロコロと転がるように見えるだろう。勢いがなくなってきたところで再び人間の姿に戻り、『猫化』した時に首輪にしていた紫特注のどんな服にでも変えられる仕事着を着こむ。これがなければ今頃、全裸で戦っていただろう。

 そんなことを考えている内にすでに東は俺の懐に潜り込んでいた。猫になったのは意外だったようで少しの間、動きを止めてくれていたがそう都合よく時間を浪費してくれないらしい。

 でも、空間倉庫からスキホを取り出す時間は稼ぐことができた。

 

 

 

 

 

 白壁『真っ白な壁』

 

 

 

 

 俺と東を分断するように真っ白な薄い壁が出現する。別にこんな壁1枚で奴の攻撃を防げるとは思っていない。今、大事なのは俺から東が、東から俺がその壁によって視認できなくなった。ただの一点。

 『白壁』が粉々に砕け、その向こうから東の拳が現れる。だが、その時点で俺は『超高速再生』によってすでに完治していた右手に握りしめていたスキホを開き、『5』を3回連続で押していた。奴の拳が俺に当たる寸前、『瞬間スキマ』が発動し、元いた場所から3歩だけ右にずれた場所に転移する。

 『瞬間スキマ』。雅と初めて戦った頃に紫に追加して貰ったスキホの機能の一つ。消費する地力の量は馬鹿にできないが、特に術式を組まずに半径10メートル範囲内のどこかにランダムで転移できる簡易的な転移術。この機能を使ったのは随分久しぶりだが上手く起動してよかった。まぁ、本音を言えばもう少し離れた場所に転移したかったのだが。

「ッ――」

 きっと、東も『瞬間スキマ』のことは知っていた。しかし、俺の使える技や術式、機能は100を越える。知っていたとしても即座に反応できるとは限らない。特に『瞬間スキマ』のような俺ですら(・・・・)使わなくなった使いづらい技に関してはほぼノーマークだったのだろう。

 東の攻撃を凌ぐためには中途半端に逃げても意味がない。追い付かれて追撃を受けるからだ。

 ならば東ですら追い付けない――どんなに速くても物理的に追撃不可能な回避をすればいい。それが一瞬にして自分の立ち位置を別の場所を変える移動手段、転移。

 だが、転移系の技は基本的に発動までに時間がかかるか、消費が激しい。『瞬間スキマ』でさえも『ブースト』によって爆発的に増えた地力をごっそり削った。何度も使用できるものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、俺は2つ目に『神力ブースト』を使用した。

 

 

 

 

 

 

 

 『瞬間スキマ』を使ったことに驚いていた東だったが、すぐに3歩分だけしか転移できなかった俺へ攻撃しようと伸ばし切った右腕を裏拳のようにこちらへ振るう。その僅かな時間が次の一手に繋がった。

 

 

 

 

 神箱『ゴッドキューブ』

 

 

 

 

 『白壁』とは違い、お互いの姿は見える透明な板――箱が俺の周囲に現れ、東の拳と激突する。俺が何をしても問答無用で破壊した東の拳は確かにその箱に受け止められていた。

 そもそも『ブースト』の原理は霊力、魔力、神力、妖力それぞれが邪魔し合い、低くなっている出力を元の出力値に戻して供給量を増やしているだけに過ぎない。

 つまり、使用した『ブースト』に該当する地力の量が増えると同時にその地力を使用した技の威力も底上げされるのだ。そして、『ブースト』を重ね掛けした時に得られる相乗効果を考慮すれば『神箱』の頑丈さは計り知れないほどのものになっている。今なら幽香の本気のパンチですら易々と受け止められるだろう。

「ぉ、らぁ!!」

 しかし、出力が上がって頑丈になっているはずの『神箱』は東が力を込めただけで皹が走った。俺もこれだけで奴の攻撃を止められるとは思っていなかったので落ち着いて次の手を打つ。

 

 

 

 

 神撃『ゴッドハンズ』

 飛神『神の飛び出す手』

 

 

 

 

 少しでも東から距離を取るためにバックステップしながら両手から巨大な手を出現させ、ドン、ドンと時間差をつけて放つ。『神箱』が砕けるとほぼ同時に今度は東の拳と神力で創造した巨大な右拳がぶつかり、そこへ巨大な左拳が右拳を押すように連結する。

「こ、んな……もので止められると思うなぁああああああ!!」

 重なる『神撃』の向こうで東が叫び、巨大な右拳が粉々に砕け散った。だが、その後すぐに右拳を押していた左拳が東へ襲い掛かる。それすらも奴は簡単に破壊してしまった。

 『神力ブースト』により威力も耐久力も遥かに底上げされた『神撃』にさすがの東も破壊するまでに数秒ほどかかった。たかが数秒、それど数秒。俺はその数秒のために死に物狂いで耐え切ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『魔力ブースト』!!」

 

 

 

 

 

 

 俺の体から青いオーラが迸り、紅、白、青の光が俺を包み込む。残る『ブースト』は『妖力ブースト』のみ。次の『ブースト』を唱えられるまでの待機時間(キャストタイム)は今までのそれとは比べ物にはならない。

 

 

 

 

 

 

 さぁ、本番はここからだ。

 




思った以上に長くなったので一矢報いるのは次回か、その次回です。


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第453話 切り札の定義

「いくら『ブースト』を重ねたところで!」

 『霊力ブースト』、『神力ブースト』、『魔力ブースト』を発動した影響で俺の体は紅、白、青色のオーラに覆われている。それを見た東は忌々しげに舌打ちをした後、すぐに地面を蹴って一瞬にして俺の懐に潜り込む。

(くっ……でも)

 『ブースト』を3つも重ね掛けしたのにも拘らず奴の動きを見切れなかったのはさすがに精神的に堪えたが予想していたことなので予定通りにその場で両腕をクロスして振り払うように仕掛けを発動させる。

「アーマー、展開(パージ)!」

 俺を中心に半径5メートルほどのドーム型の結界が展開され、それに阻まれた東の動きが一瞬だけ止まった。幻想郷へ転移する前に服の下に施して今まで使っていなかった『結鎧『博麗アーマー』』を発動させたのだ。きっと、拳を振るわれていたら一瞬すら動きを止めることはできなかっただろう。まぁ、『結鎧』だけでは東を完全に止めることはできず、すぐに音を立てて結界は崩壊してしまったがそれでいい。その時間が欲しかった。

「ッ!?」

 東が俺を殴ろうと腕を引いた刹那、俺と奴の間に割り込む1枚の結界。そう、背中の防壁を破った時に使用した『回界』――今は回転していないので『霊盾『五芒星結界』』の生き残り(最後の1枚)だ。念のために遠くの森の中に隠していたのだがさすがに距離があって呼ぶのに時間がかかってしまったのである。

「こ、のっ」

 行く手を阻む『霊盾』に顔を歪ませた東は構わず拳を振るう。『霊盾』は奴の一撃を受けて何の抵抗もできずに砕かれてしまった。

 キラキラと舞う『結鎧』と『霊盾』の破片。『ゾーン』を使って破片の位置を確認し、奴の拳の軌道上で重なるように結界の破片を霊力の線で繋いだ。結界の破片は破壊された直後ならば操作できるのである。

 さすがに何十本も重なった霊力の線を簡単に破壊できなかったようで東の拳は確かに止まった。だが、それも長くは続かず、1秒ほどで全て粉砕されてしまう。

(でも、これでタイミングがずれたッ!)

 どのような攻撃でも必ず“ジャストミート”という位置とタイミングが存在する。野球では『バッターが球の中心を捉えて上手く打つこと』をいうがこの場合、『最も相手にダメージを与えられる位置とタイミング』のことを示す。

 普通であれば相手が動き続けている状況でその場所を的確に攻撃することは難しいが東の身体能力を考慮すればそれぐらい容易にできてしまう。事実、今まで俺を攻撃した時、奴の攻撃は全て“ジャストミート”していた。しかし、タイミングがシビアなため、ほんの少しでも東の動きを止められればそれを外す。

「リョウ!」

『わかっている』

 『結鎧』、『霊盾』、霊力の線で防いだのに未だに俺へ迫る拳を視ながら俺が声を荒げるとリョウが前方広範囲――それこそ俺の姿を隠すように影を操作した。きっと東からしてみれば巨大な影が己を飲み込もうとしているように見えるに違いない。まぁ、この影は壁としての機能はなく、その証拠に影の中から東の拳が現れ、少しずつ奴の姿が影から出てくる。そして、俺の体に拳が届く寸前、とうとう東の顔が影を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 光撃『眩い光』

 

 

 

 

 

「ごっ……」

「なっ――」

 “ジャストミート”を外したとはいえ東の攻撃力は化け物染みており、凄まじい衝撃といくつかの内臓が破裂したようで激痛が襲う。だが、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。

 どんなに東の身体能力が高くとも人間の基本的な機能は俺とは変わらないはずだ。そこで考え付いたのが『光撃』による目つぶし。閃光弾レベルの強い光をまともに見てしまえばしばらくの間、目は使えなくなるだろう。しかし、何の対策もなく、『光撃』を放っても躱されてしまうのはわかっていた。

 だからこそ、奴の顔が影を通り抜け、かつ、俺に攻撃が届いた最も気が緩みやすいタイミングでカウンター(『光撃』)を放ったのである。俺の予想は正しかったようで東はその場で目を両手で押さえていた。これがラストチャンス。ここで決めるしかない。

「吸血鬼!」

「ええ!」

 動けない東から目を離さず、やっとダメージから回復した吸血鬼を呼び、手を繋いだ。そして、お互いの魂に意識を向け、波長を合わせた。

「「『魂共有』!!」」

 『魂共有』を済ませ、()吸血鬼()すぐに頷き合い、手を離して東へと駆け出す。その途中で()は『禁じ手』を使い、10人に分身した。そのまま狙撃銃を手にした5人の分身が上から、鎌を持った残り5人が地面を走って目標へと迫る。

「それは、識っている(・・・・・)!」

 しかし、しばらくは動けないはずだった東は潰された目を開けてニヤリと笑った。

 『魂共有』は約1か月前、母校である高校の文化祭の時に初めて使った技だ。また、西さんが東の能力から解放されたのも約1か月前。つまり、西さんから東が離れた――つまり、幻想郷へ来たのは1か月前であると予想できる。そう、笠崎の騒動は東が幻想郷へ侵入するための囮であった可能性が高い。

 そう考えれば笠崎と()が戦った時点で奴は外の世界にはいなかった。『魂共有』をその目で見ることはできないのである。

「――ッ!」

 だが、確かに今、東は『魂共有』を見て『シッテイル』と言った。この切り札はすでに見破られている。そう判断した本体()はその場で急停止して分身たちを先に行かせた。

 技を事前に知っていればいくらでも対策できる。その証拠に化け物染みた身体能力を武器に狙撃銃による銃撃や吸血鬼特有の身体能力を駆使して暴れる9人(・・)相手に対等はおろか優勢を保っていた。

 意識が繋がっているため、連携は完璧なはずの分身たちでも東の動きについていけず、いなされ、躱され、攻撃され、どんどん傷ついていく。

 どんなに遠くから狙撃しても東はそれを回避した後、トン、と軽く飛んで空にいる分身を蹴って他の分身たちにぶつける。

 きっと、あの分身たちは数分とかからずに全員消されてしまうだろう。

 ああ、わかっていた。『魂共有』でいくら人手や手数を増やしたところで東には到底及ばないことも。西さんが見たというレポートに『魂同調』のことが書かれていた時点で奴が物理的に自分の目で観察できない『魂共有』を識っていることも。なにより、東が()が『魂共有』を使うと予想して対策を立てていることも。

 そもそも、切り札とは対策を立てられていない、相手が予期せぬ逆転の一手。使うこと自体、あってはならない緊急処置。つまり、『識っているかもしれない』と予測できる時点でそれは切り札とは呼べない。

 だから、今こそ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――確実に知らない切り札(ジョーカー)を切る絶好のチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『妖力ブースト』!!」

 分身たちが稼いでくれた数分で待機時間(キャストタイム)を終えた『妖力ブースト』を唱え、全身が幻想的なオーラに包まれる。これで全ての準備が整った。

「なッ!?」

 分身を全て消した東は切り札(『魂共有』)を攻略されてもなお、動こうとする()を見て目を見開いた。しかし、すぐに正気に戻り、()を止めようと一瞬にして距離を詰め、拳を振るった。

 

 

 

 

 『ゾーン』

 

 

 

 

 お互いが腕を伸ばせば届く距離。瞬きをして目を開けた瞬間には殴られて地面を転がることになるであろう刹那の時間。その間を『ゾーン』で限界まで引き伸ばし――それ(・・)を見た()はニヤリと笑った。

(飛ッッッべえええええええええ!!)

 分身たちが戦っている間に構築した術式を起動させ、『魂共有』が強制的に解除されると共にぶちりという音が腰から聞こえる。その痛みに思わず瞬きをし、凄まじいGが俺の体を軋ませ、ハッと我に返ると目の前にはこちらに背を向ける東と俺を見てニヤリと笑う俺がいた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『時空を飛び越える程度の能力』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の俺(キョウ)が幻想郷を旅するきっかけに、また、幻想郷へ転移する時に使用した『時任 響』の派生能力。

 本来であれば位置はもちろん過去や未来まで移動できるとんでもない能力だが、俺はそれをコントロールできず、1秒後の世界に飛ぼうとしただけで上半身と下半身が分かれてしまった。おそらく、1秒前の世界に飛ぼうとしても同じ結果になるだろう。

 そう、逆説的に言えば上半身と下半身が分かれるという些細なデメリット(・・・・・・・・)だけで1秒という短くも人間が絶対に越えられない時間の壁を移動できる。あのレポートに一切記されていなかった、とっておきの切り札(ジョーカー)

「っ……」

 目の前で不気味に笑う俺の上半身が消え、東が息を飲む。そして、残った下半身から噴水のように溢れる血を浴びる東の無防備な背中に残った地力全てを込めた鎌を一閃。そのままやつの胴体は俺と同じように両断され、真っ赤な鮮血が宙を舞った。



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第454話 絶望の連鎖

「ごっ……」

 『ゾーン』の影響がまだ残っていたのかゆっくりと東の胴体が横にズレるのを見ていると地面に叩きつけられ、バウンドした後、時空転移の際に置き去りにされた下半身の傍に落ちた。

「はぁ……はぁ……」

 『ブースト』の効果も切れ、地力も時空転移と東を攻撃する時にすべて使い果たした。『超高速再生』は発動しない。あと数秒も経たずに俺は死に、燃える(生き返る)。そうすれば『魂共有』で自室に閉じ込められた吸血鬼も『ブースト』のデメリットも失った地力も全て東と戦う前の状態に戻る。

「かひゅ……」

 喉から擦れた息が漏れ、目を開けた。そこには相変わらず曇天に包まれている空が広がっている。何となく力の入らない体を必死に動かして空に手を伸ばした。

 『時空を飛び越える程度の能力』を使った起死回生の奇襲。それが俺の知らないことすら知っている東を出し抜く考え付いた作戦だった。

 しかし、もちろん、時空転移を発動させるためには色々なものが足りなかった。

 まず、発動させるための燃料(地力)

 時空転移を発動させるために消費する地力は凄まじく、それこそ素の状態で全ての地力を消費してなんとか発動できるレベル。

 おそらく『夢想転身』を使えばもう少し楽に発動できたのだろうが、『夢想転身』を使った時空転移はしたことがなかったので今回は見送った。

 とにかく、そんな地力を消費する術式を戦闘中に発動できるわけもなく、足りない地力を補うために準備に時間のかかる『ブースト』を使うしかなかった。

 次に時空転移を発動させるための段取り。

 東に『魂共有』のことがばれているとわかった時点でそれを囮に使うと決めた。だが、『魂共有』は解除された時点で吸血鬼が自室に閉じ込められ、魔力を使用する技全て使えなくなってしまう。失敗した時のリスクを考えると正直いい作戦とは言えないだろう。それでも最後の『ブースト』が使えるようになるまでの時間稼ぎができるのは『魂共有』しかなかった。

 最後に時空転移を発動させるタイミング。

 何の作戦もなしに時空転移を発動させたところで東の身体能力なら反応できるだろう。だからこそ、何かしらの対策を立てる必要があった。それが東の知る俺が使える技の中で最強の技、『魂共有』を突破させること。ここまで東と戦ってきたが身体能力はずば抜けているものの戦い慣れていない様子だった。ならば、必ず俺の切り札だと認識している『魂共有』を突破したら油断する。

 そして、切り札を攻略されたのに何かしようとする俺に驚き、焦って止めようとするだろう。そこが最初で最後のチャンスだった。

 危ない綱渡りだったが、東の背後に1秒未満後の俺の姿を見た瞬間、勝利を確信した。事実、残った地力全て注ぎ込んで創造した鎌は奴の体を真っ二つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずだったのに――。

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか2回も殺されるとは思わなかった」

 ――どうして、奴は何事もなかったように立っているのだろうか。

『嘘……どうして!?』

 いつの間にか翠炎の白紙効果が発動していたのか自室から戻ってきた吸血鬼が悲鳴を上げた。

 何故、立っている? 確かに東の体を両断したはずだ。この手にまだその感触が残っている。でも、東は倒れている俺を見下ろしていた。

 それに今、こいつは『殺された』と言ったのか? それも2回? それじゃ、まるで生き返った(・・・・・)ような言い方ではないか。

「お前、まさか……」

蘇生(リザレクション)がお前だけの専売特許だと思ったら大間違いだぞ」

 そう言いながら東はゆっくりと俺の方へ近づいてくる。急いで立ち上がろうとするが治ったばかりの体は言うことを聞いてくれず、その場で両膝を付いてしまった。

 東の背中の防壁を剥がした時、全力で殴ったはずなのに奴は無傷だった。あれは俺の攻撃が通じなかったのではなく、今のように死んですぐに生き返っただけだったのだ。

「さすがに今のは予想外だったが……これでお前の残機はゼロ(翠炎は使えない)。チェックメイトだ」

 翠炎のおかげで体は完治し、地力も回復した。だが、もう東を止める方法を俺は思いつかない。

 霊夢たちから吸い取っているので奴の地力は事実上、無尽蔵。

 拘束してもあの身体能力ですぐに抜け出される。

 決死の思いで殺しても生き返る。

 駄目だ。無理だ。こいつには勝てない。俺が何をしても東を止められない。

 じゃあ、幻想郷は? 霊夢たちはどうなる?

 俺がどうにもできないのなら皆は――。

『おい! しっかりしろ!』

「ッ――」

 影の中から聞こえたリョウの声にハッとして顔を上げるともうすぐ目の前に東が立っていた。奴は無表情で俺を見下ろしている。それがどこか恐ろしく見えた。

 ああ、そうか。俺は初めて真正面から戦い、コテンパンに叩き潰されたのだ。

 何をしても意味がない。

 勝てるビジョンが浮かばない。

 切り札まで使って勝てなかった。

 望たちが東の組織に誘拐され、能力が変わって何もできなかった時とは違う無力感。全力で戦い、抗い、もがいた結果、どうすることもできなかった絶望感。

 東は俺を動けなくなるまで攻撃し続けるだろう。そして、俺の地力が尽きた時、幻想郷も、地力を吸われ続けている霊夢たちも終わる。

『ちっ……響、逃げろ。勝ち目がない。一旦、立て直すべきだ』

「……」

『響? 聞いているのか?』

 リョウの忠告に俺は何も反応できず、ただ東を見上げていた。たとえ、逃げようとしても奴の速度ならすぐに追いつかれ、捕まる。だが、戦ったところで俺の地力が尽きて終わるだけ。

 終わる?

 勝てない?

 負ける?

 逃げられない?

 壊れる?

 避けられない?

 死ぬ?

 死ぬ。

 皆、死ぬ。

 俺が東を止められなかったから。俺のせいで幻想郷が壊れ、皆が死ぬ。

 グルグルと思考が巡り、視界がどんどん狭くなる感覚に襲われた。ああ、これはいけない。こんなことしている場合じゃないのに、思考回路ばかりが回転して身動きが取れなくなる。

「……もう少しか」

 東が何か呟いたがその言葉の真意を知る前に東の拳が俺へと迫る。よほど精神的に追い詰められていたのか、俺は不覚にも反射的に目を閉じてしまった。

「……え?」

 しかし、いつまで経っても衝撃は来ず、おそるおそる目を開けて声を漏らした。俺の前に両手を広げて立つ小さな背中があったから。そして、その背中から生える何かを握る血だらけの男の手。その手に握られている心臓()は弱々しく鼓動していた。

「……リョウ?」

「心臓を抜き取られたのにまだ生きてるのか」

「これでも……吸血鬼だからな……ガッ」

 ぐちゅりとリョウの体から手を引き抜いた東は握っている心臓を興味深そうに眺めている。その間に体に穴を開けられたあげく心臓すら抜かれたリョウが膝を付いた。

「りょ、リョウ!?」

 慌てて彼女に手を伸ばし、その背中を支える。吸血鬼特有の『超高速再生』が機能していないのか彼女の傷はいつまで経っても治らなかった。それどころかどんどんリョウの体から生気が失われていく。

 

 

 

 

 

 

 ――キョウ君。

 

 

 

 

 

 

 その時、燃え尽きてしまったはずの懐かしい声が蘇る。永琳の薬のおかげで燃え尽きた思い出を視ることはできたが未だに彼女に関しては全てを思い出せていない。覚えているのは彼女の声や顔、よく過去の俺(キョウ)の面倒を見てくれたこと。そして、彼女の死に様。その時の彼女とリョウの姿が重なって見えた。

「リョウ、おい……しっかりしろ!」

「う、るさい。離せ」

 心臓が抜かれたのに震える俺を振り切る力があったのか、リョウは俺を突き飛ばして立ち上がる。その拍子に体に開いた穴から血が溢れ出てしまう。さすがに立ち上がれるとは思わなかったようで東もリョウの心臓を持ったまま、目を見開いていた。

「まだ、あきらめるな……まだやってないことがあるだろう」

 立ち上がった彼女はのろのろと東へと歩み寄る。その軌跡を描くように彼女の血が垂れる。東の理不尽な強さに追い込まれて歩みを止めてしまった俺に見せ付けるようにリョウは歩き続けた。『こうやって歩くんだ』と子供に教える父親のように。

「まだ、終わっていない。まだ、まだやれることがあるはずだ……まだ――」

「――死ね」

「ぁ……」

 あともう少しで東に手が届くというところで奴は軽く心臓を握り、潰す。その瞬間、リョウの体がビクンと跳ね、その場で硬直した。吸血鬼であっても心臓を潰されれば一巻の終わり。今、確実にリョウは東にトドメを刺された。

「すまな、い……最期ま、で……みま、もれ……な、かった……」

 どこか名残惜しそうに東へ――いや、虚空へと手を伸ばし、そのまま倒れた。最期まで歩くことを止めなかった彼女が最後に触れたのは東の影。結局、東には届かなかった。

「ぁ……あぁ……」

 目の前で倒れるリョウと咲さんの姿が重なる。

 片や、胸に穴が開き、血まみれで無残な死体。

 片や、首だけ跳ね飛ばされた泥だらけの死体。

 その二つの命は俺が強ければ、しっかりしていれば、どうにかできていれば失われることはなかっただろう。結局のところ、俺の力が及ばなかったせいで彼女たちは死んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシリ、と心に皹が走る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――ッッッ!」

 そう、俺のせいでリョウは死んだ。東の強さに怯えて立ち止まってしまったせいで俺を庇ってリョウは殺された。俺がリョウを、殺した。そして、これから俺が東に及ばなかったせいで皆が死ぬ。また、俺は人を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……捉えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのことを自覚した瞬間、目の前が真っ暗になる。最後に見たのは光すら飲み込んでしまいそうなほど真っ黒な鉱石を持って嗤う東だった。



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第455話 甘かった認識

 正直言って俺は何もわかっていなかった。

 もちろん、俺がオカルト(そっち側)を知った時、響から幻想郷に迷い込んでから今までにあったことを聞いていた。目の前で異能の力を使って見せてくれたこともあった。

 それこそ俺たちの母校の文化祭では戦いに巻き込まれ、響の強さを目の当たりにした。

 響だけじゃない。あの文化祭の戦いで俺は初めて皆が戦う姿を見た。普段は普通の人間と変わらない皆だったがあの時は強大な力を持つ頼もしい仲間だった。きっと、1人でも欠けていれば俺たちは妖怪たちの波に飲みこまれ、死んでいただろう。

 しかし、やはりと言うべきか。響の強さは他の皆とは次元が違った。

 『東方project』の曲を聴くだけで幻想郷の住人の力を得られる。

 霊力で結界を組み、攻撃と守りを同時に行うことができる。

 魔力で雷を操り、瞬きすらする暇もなく感電させられる。

 神力でいくらでも武器が作れる。

 妖力で攻撃力を底上げし、まとめて敵を吹き飛ばせる。

 『超高速再生』で地力がある限り、自動的に傷が治る。

 翠炎で矛盾を焼きつくし、蘇生(リザレクション)すら可能にする。

 魂に住む住人と魂を重ね、強大な力を得られる。

 吸血鬼と魂を共有して力をシェアできる。

 他にも猫になったり、闇の力で相手の攻撃を吸収したり、魔眼を持っていたりとまさに規格外の存在。

 たった1人でこれだけのことができる上、雅ちゃんたちのような式神と契約している。話に聞いただけでもお腹いっぱいになってしまう。それが響から全てを聞いた後の俺の感想だった。

 そう、俺は彼から話を聞いただけで理解したつもりだった。文化祭の戦いで見せた『魂共有』こそ彼の全力なのだと。

 だが、目の前で繰り広げられているあの戦いとすらいえない圧倒的不利な戦況(ワンサイドゲーム)を見てわかってしまった。あの文化祭の戦いでさえ、響は本気を出していなかった。

 いや、響自身、本気は出していたのだろう。

 ただ、全力ではなかっただけ。

 ただ、死にもの狂いではなかっただけ。

 ただ、己の力を全て出し切らなければならないほど切羽詰っていなかっただけ。

 だからこそ、俺はわかっていなかった。響が全力を出す意味を、彼が全力で戦う姿を、何故、文化祭の戦いで全力を出さなかったのかを。

「ッ――」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、それは彼が全力で戦う姿があまりにも醜いからだ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 『O&K』で開発した小型双眼鏡を覗きこんでいた俺は響の左腕が千切れるのを見て即座に顔を背け、その場で吐瀉物を地面にぶちまけた。すでに胃の中は空っぽであり、吐き出されるのは酸っぱい胃酸のみ。それでも吐き気は止まらない。それどころか今まで見た彼の無残な姿がフラッシュバックしてもう一度、胃酸を吐きだした。

「悟さん……」

 そんな俺の背中を桔梗ちゃんが心配そうに優しく撫でてくれた。きっと、吐き気を抑える【薬草】を使っているのだろう。だが、あまり効果は得られていないようでいつまで経っても気持ち悪さは消えてくれない。

「はぁ……はぁ……なぁ、桔梗ちゃん。あれは、なんだ?」

「……」

 俺の質問に桔梗は何も答えず、背中を擦り続ける。もちろん、彼女の答えがなくてもすぐに察することはできた。

 『超高速再生』。吸血鬼の特性の一つで地力があれば傷を治すことができる体質。小型双眼鏡で再び戦場に目を向ければ千切れたはずの左腕は何事もなかったように存在しており、潰された右足が現在進行形で再生中である。

 皆と別れて戦場に戻ってきた俺たちは響の邪魔をしないために森の中に身を隠し、助けに入れるようにために戦況を観察することにした。しかし、ここから響たちがいる場所までそれなりの距離がある。桔梗ちゃんの目にはズーム機能(携帯電話を食べた時に目に追加されたらしい)があり、ここからでも戦況が見えるらしいが普通の人間である俺にそんな機能は付いていないので小型双眼鏡を使うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、響の右肩が抉れる瞬間を見てすぐに吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞い散る鮮血。

 宙を舞う肉片。

 むき出しになる人骨。

 それなのに抉られた当の本人は気にする様子もなく、少しでも東から距離を取ろうともがいていた。普通であれば激痛で身動きすら取れないはずなのに彼の目の光は消えず、全力で戦い続けていた。

 それから響と東の戦いを見守った。見守ったといっても2人が速すぎて目では追えず、一瞬止まった時しか見えない。それに止まった時は決まって響がやられた瞬間なのでそういったことに耐性のない俺は何度も吐いた。

(なんなんだよ、これ……)

 少し前まで響は仲間である雅ちゃんたちを傷つけないために独りで戦うことが多かったらしい。俺たちが東の組織に誘拐されてから皆で戦うようになったと聞いたがそれまで雅ちゃんたちは歯痒い思いをしていたそうだ。

 その気持ちが今、少しだけわかったような気がする。

 雅ちゃんたちは頼られなかったことが悲しかっただけじゃない。

 信じられなかったことが寂しかっただけじゃない。

 響が独りで戦えば『超高速再生』頼りの捨て身の戦いをすることも、皆を守るためにたった独り、血まみれになって、傷ついて、それでも戦い続けると知っていた。

 雅ちゃんたちはそんな無茶を響にさせたくなかったから。少しでも響にかかる負担を減らしたかったから一緒に戦いたかったのだ。

 そして、こんな役にも立たない能力(『暗闇の中でも光が視える程度の能力』)を持つ俺はこうやって響がやられる姿を見続けることしかできない。一緒に戦おうとすら思えない。それが情けなくて双眼鏡を握る手に力が入った。

「ッ……あれは!?」

 その時、俺を介抱してくれていた桔梗ちゃんが声を荒げる。吐き気を気合いで誤魔化し、急いで双眼鏡を覗き込むと丁度、背中から漆黒の翼を生やした9人の響が東に向かって突撃しているところだった。

 『魂共有』で力をシェアした響と吸血鬼は最大10人まで分身できる。つまり、とうとう響が切り札を切ったのだ。

 しかし、分身たちに囲まれた東はまるで子供を相手にするように次々に分身を消していく。文化祭の戦いであれだけ猛威を振るった『魂共有』でさえ東に通用しない。その事実が信じられず、言葉を失った。あの響でさえ、奴に勝てない。このまま負ける。

 そう、思った時だった。

 『魂共有』を突破されたはずの響の体が幻想的なオーラに覆われ、それを見た東が焦ったように響へ迫ったのである。

 そして、今まさに響へ東の拳が届くといったところで、いきなり東の背後に鎌を振りかぶった響が出現した。それも、上半身しかない状態で。

「――え?」

 そんな言葉を呟き終える前に殴られそうになっていた響の上半身が突然消え、残った下半身から凄まじい量の血が溢れ、東を濡らす。そこへ奴の背後に現れた響が鎌を振るい、東の腰を両断した。そのまま響は地面に叩きつけられ、残っていた下半身の傍に落ち、体を真っ二つにされた東の上半身も地面にコロリと落下する。

「ッッッ!?」

「さ、悟さん!」

 今まで一番強烈な光景に俺は吐き気を催し、またその場で胃液を地面に吐き散らした。慌てた様子で桔梗ちゃんが俺の傍に飛んでくる。背中に仄かに広がる温もりのおかげで吐き気も少しだけ治まり、思考を巡らせられるようになった。

「今、のは……」

「おそらく『時空を飛び越える程度の能力』で1秒前の世界に飛んで東を斬ったのでしょう」

「1秒前の世界って……でも、時空移動は難しいって言ってただろ」

 桔梗ちゃんの解説に思わず、反論してしまう。幻想郷内に転移するだけでもあれだけの準備をしなければならなかったのに時間軸さえも移動することになればそれ相応の代償が――。

「――まさかあいつの体が真っ二つになったのは」

「……はい、私の聞いた話ですがマスターは一度、意図的に時空移動をして死にました(・・・・・)

「死んだって……」

 つまり、翠炎で蘇生(リザレクション)したがもし、翠炎がいなければその時点で響はこの世を去っていたということになる。しかも、試験的に発動させた能力の事故によって。きっと、今までにも戦闘や能力の事故で何度も死にかけ、『超高速再生』や『翠炎』で死の淵から蘇ってきたのだろう。だから、あんな自分の生すら顧みない無茶苦茶な作戦を実行することができた。

 あれが響の全力。最終的に無傷であるのなら途中でどんなに傷ついても構わない、正気とは思えない戦い方。

 ああ、認めよう。今、俺は多少なりともあいつに恐怖を抱いている。力にではなく、響の考え方に。

 響の話を聞いて理解したつもりだった。

 文化祭の戦いを見て響の戦い方は綺麗なものだと誤認した。

 あんなに強い響の心配をする雅ちゃんたちは大げさだと思っていた。

 なにもかも、甘かった。

「……」

 だから、俺は吐き気を無理矢理飲み込んで双眼鏡を覗きこむ。これからも響と一緒に過ごすために彼の戦いを、覚悟を、考え方を見届ける。それができなければ俺は響の傍にいる資格はない。あれを含めて響なのだ、それすら受け入れられず、共に過ごしたところでお互いに不幸になるだけ。そんな上辺だけの関係に俺はなりたくない。

 翠炎による蘇生が始まったのか響の体は翠色の炎に包まれていた。そして、東の死体は――。

「……は?」

 ――ふと奴の胸が一瞬だけ光った(・・・・・・・)ら何事もなかったように元の姿で立っていた。響の返り血でスーツは真っ赤に染まっていたが体の方はここで会った時に戻ったかのように汚れ一つ付いていない。

「え、あれ……なんで」

 桔梗ちゃんも東が無傷で立っているのに気付き、呆然とした様子で声を漏らした。

 そんなことよりも東が無傷で立っているのなら非常にまずい状況だ。『時空を飛び越える程度の能力』で響が死んでしまったのなら翠炎の蘇生(リザレクション)が発動したことになる。それはつまり、今日はもう蘇生(リザレクション)できないことでもあるのだ。もし、このまま東に攻撃され、『超高速再生』が起動できないほど地力を減らされたら響は、今度こそ死ぬ。

「桔梗ちゃ――」

 急いで響のところへ向かおうと声をかけながら桔梗ちゃんに視線を向けた瞬間、彼女は顔を真っ青にして両手で口元を押さえた。まるで、殺人現場を目撃した登場人物のように(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。俺もすぐに双眼鏡を覗きこんで戦場に視線を戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには響を庇うように両手を広げ、東の腕に胸を貫かれているリョウの姿があった。

 



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第456話 過呼吸

今週から週1更新再開です。


「え、あれ……なんで」

 確かにマスターの鎌は東の胴体を両断しました。ズーム機能のあるこの目でしっかりその光景を見たので間違いありません。しかし、地面に転がっていた東の胸で何かが光った瞬間、何事もなかったようにマスターを見下ろすように立っていました。マスターも驚きを隠せないようで目を見開いて唖然としています。

(いえ、今はそんなことより!)

 すでに一日一回という制約のある翠炎さんによる蘇生は使ってしまいました。ましてや現在進行形で蘇生中であるため、身動きすら取れません。あの驚異的な身体能力を持っている東ならたとえ翠炎さんの白紙効果で地力が元に戻り、再び『超高速再生』を使えるようになったマスターでも一瞬で嬲り殺すことぐらい容易でしょう。今からマスターのところへ向かって到底間に合いません。

 しかし、私の予想とは裏腹に東はゆっくりと(それでも普通の人ならば目で捉えるのは難しいですが)マスターへ拳を振るいます。まるで、精神的に追い詰めるように。そして、あれだけ手足が千切れても顔を歪ませるだけだったマスターが、痛みを恐れるように目を閉じました。

(マスターッ!?)

 思わず、心の中で悲鳴を上げてしまいます。ですが、その直後、マスターの影が歪み、小さな女の子――リョウさんが姿を現しました。彼女はマスターを守るように両手を広げ、東を睨みつけています。

 おそらく、東もリョウさんが出てきたのを視認したのでしょう。僅かに嫌そうな表情を浮かべ、振るっていた拳が消えました。その刹那、リョウさんの胸から大量の血が迸り、気付けば東の腕が彼女の胸を貫通しています。あまりの光景に私は咄嗟に両手で口を押えてしまいました。

「桔梗ちゃ――」

 隣に座っている悟さんの声が遠くの方から聞こえます。それほど私の意識は目の前の光景に集中しているのでしょう。見ればリョウさんの胸を貫いた東の手に小さな肉の塊が握られています。あれは、まさか――。

「はッ、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「ッ! さ、悟さん!?」

 その時、悟さんの息遣いが異常に速いことに気付いて彼に向けると苦しそうに胸を押さえている悟さんがいました。今までマスターが大怪我を負う度に彼は何度も吐いていましたがとうとう限界を迎え、過度のストレスによる過呼吸を起こしてしまったようです。

「悟さん、落ち着いてください!」

 慌てて彼の背中を擦りながら声をかけます。

 過呼吸は極度の不安や緊張などで呼吸を何度も激しく繰り返すことで血液中の酸素と二酸化炭素のバランスが崩れてしまい、酸素過多、また、二酸化炭素不足となります。そして、血液中の二酸化炭素濃度が減少することで血液がアルカリ性に傾き、その濃度を正常に戻すために延髄が反射によって呼吸を停止させ――それを大脳皮質が呼吸ができなくなることを異常と捉え、呼吸させようとする悪循環が発生。息苦しさ、動悸、眩暈、手足の痺れとどんどん症状が酷くなっていくとマスターの部屋に置いてあった本で読みました。マスターは『超高速再生』による治療を効率よく行うために医学の本をたくさん持っていましたので【薬草】の役に立てようと時間を見つけては読みふけっていたおかげで知識だけは蓄えられました。

 過呼吸の対処法はとにかく落ち着くこと。呼吸のリズムさえ戻ってしまえば自然と血液中の酸素と二酸化炭素の濃度が正常に戻るそうです。少し前までは紙袋などを口や鼻に当てて普通の空気より二酸化炭素濃度の高い空気を吸わせる方法もあったそうですが今はあまり推奨されていないようです。

「悟さん、大丈夫ですよ。ゆっくり息を吸ってください」

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 私が食べた薬草の中に心を落ち着かせるハーブがあったので【薬草】を使用して少しでも悟さんを落ち着かせようとします。しかし、彼の呼吸は一向に落ち着くことはおろかどんどん速くなっていきます。何度も吐いた後の過呼吸。きっと体力的にも精神的にもすでに限界を超えていたのでしょう。推奨されていない紙袋を使った対処法を試そうにも今は紙袋を持っていません。

「このままでは……」

 過呼吸そのもので死ぬことはないそうですが失神してしまう可能性があり、そうなってしまえばマスターの救出は絶望的。私には東の能力は効きませんが(変形)を使う人は必要です。ここで悟さんに倒れられたらマスターたちを助けに行くことすら叶わなくなってしまうのです。

 ですが、だからといってこれ以上、私にできることはなく、ただ震える声で悟さんに話しかけながら【薬草】を発動させた手で背中を擦るだけ。それが悔しくて思わず奥歯を噛みしめてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 その時、微かに誰かの声がしたような気がして擦る手を止め、顔を上げます。しかし、ここには私と悟さんしかおらず、マスターたちとも離れているため、彼らの声ではないことは確か。それに風の音にすら掻き消されてしまいそうなほど小さな声でしたがその主は可愛らしい女の子でした。

「はぁ……はぁ……あ、れ」

 声の主を探そうと視線を彷徨わせていると不意に悟さんが声を漏らします。慌てて彼を見ると不思議そうに私のことを見つめていました。

「悟さん! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ……今の――いや、それよりも響たちは!?」

 何か言いかけた悟さんでしたが地面に落とした小型双眼鏡を手に取ってマスターたちへ視線を向け、それに倣うように私もそれを追いました。そこには倒れるリョウさんと呆然とした様子でへたり込むマスター。そして、そんなマスターの顔を覗きこみながら手に持った黒い石をマスターに翳す東の姿。たったそれだけで私は理解してしまいました。私の生物センサーに彼女が引っ掛からなかったから。

「くっ……あいつ、なにやってんだ!?」

 倒れているリョウさんを見て悟さんが悔しげに顔を歪めましたがすぐに冷静になって状況を把握しようと声を荒げます。先ほどまでの悟さんならあの無残な光景を見たら吐いていたはずなのに吐き気を催した様子すら見受けられませんでした。そんな彼の変わりようが気になりましたが今はそれどころではありません。

「何をしているのかまではわかりませんがマスターの様子が明らかにおかしいです!」

 あんな黒い石を翳されているのに何も反応しない時点でマスターに異常が起きているのは間違いありません。とにかく今は東からマスターを離した方がいいでしょう。あの異常な身体能力を持つ東相手に私たちが敵うとは思いませんがこのまま黙っていることはできません。真正面から戦えば一瞬で叩きのめされてしまうので戦わずにマスターたちを救出するしかなさそうです。

「急いで助けに――ッ」

 悟さんも同じことを考えたのか急いで立ち上がろうとしましたがバランスを崩してその場で片膝を付いてしまいます。度重なる嘔吐と過呼吸で彼の体力は想像以上に削られているようでした。このまま【翼】でマスターを助けに行っても今の悟さんではマスターとリョウさんを掴んで持ち上げることは難しいでしょう。しかし、私も東から逃げるために変形していなければならず、マスターたちを持ち上げるお手伝いはできません。

「……悟さん、10秒待ってください」

「え、いや、でも」

「大丈夫です。少し改造(・・)するだけですから!」

 ならばと頭の中で変形の設計図を広げ、パパッと追加の機能を書きこみます。そして、約束通り、10秒で変形の改造を済ませ、悟さんを立ち上がらせました。

「お待たせしました! これなら大丈夫です!」

「大丈夫って……もう腕力が――」

「――わかってます。なので、悟さんはハンドルを握ってるだけでいいです(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 悟さんも体力が底を尽いていることに気付いていたようで悔しげに両手を握りしめましたが時間もないのでそれを遮って私は【翼】ではなく、【バイク】に変形します。まさか大きな音の出る【バイク】に変形するとは思わなかったのか悟さんは目を丸くしました。

「早く乗ってください!」

「……」

「大丈夫。私を信じてください」

「……わかった」

 私の言葉に悟さんが頷き、【バイク】に乗っておそるおそるハンドルを握ります。しかし、ハンドルを握る手は微かに震え、発進した瞬間、投げ出されるでしょう。

「少し苦しいかもしれませんが我慢してくださいね!」

「え? おわっ!?」

 バイクの両側面に取り付けたハッチからワイヤーを伸ばし、悟さんの腰に巻き付けた。車が事故を起こした時に乗っている人たちの体が吹き飛ばないように固定するシートベルトを参考にしました。これで全力を出しても悟さんは吹き飛ばされません。

「それじゃあ、行きますよ! 姿勢は低くしててくださいね!」

「え、ちょ、待っ――」

 悟さんの制止の言葉をあえて無視して私はエンジンを全開に、『振動を操る程度の能力』の出力を最大にして茂みの中から飛び出しました。



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第457話 見逃された逃走

「――――ッッッ!?」

 【バイク】に跨って必死にハンドルを握る悟さんは声にならない悲鳴をあげました。無理もありません。ワイヤーで体を固定しているとはいえ、時速100キロを余裕で超えるほどの速度で走れば風圧で体が吹き飛ばされそうになります。それに加え、ハンドルを握るための握力はほぼなく、風圧のせいで呼吸すら難しいかもしれません。

 一応、こいしさん、咲さんと一緒に森の中を走った時のように悟さんを守るためにシールドを出すことは可能ですが空気抵抗が大きくなり、速度が落ちてしまいます。1秒でも早くマスターの元に行かなければならない現状、悟さんには我慢していただきましょう。

(……おかしいです)

 エンジン音と『振動』で大きな音が出てしまう【バイク】で走っているのに未だに東はこちらに気付いている様子はないのです。この距離ならば聴覚を強化せずとも騒音は耳に届いているはず。それでもこちらに視線を向けないということは気にすることすら必要ないほど私たちを下に見ているか、何かに集中しているせいで(・・・・・・・・・・・・)私たちに気付いていないか。その原因は定かではありませんがこちらとしては好都合です。

『悟さん、少し衝撃が来るかもしれませんが頑張って耐えてください!』

 騒音に負けないように大きな声で悟さんに言った後、彼の体に追加でワイヤーを巻き付けます。特にハンドルを握っている両手は念入りに固定しました。そして、ズーム機能を使わなくても彼らの姿が見えるほど近づいた時、ヘッドライト近くのハッチから更にワイヤーを飛ばします。そのワイヤーは東の後ろで倒れているリョウさんの体に巻き付き、グンと引っ張って回収しました。

「ッ!?」

 いきなり飛んできたリョウさんに息を飲んだ悟さんでしたが構わず、ワイヤーを巧みに操って彼の膝の上にリョウさんを落とします。そのままワイヤーで悟さんの体とバイクに固定。その時、すでにリョウさんが息を引き取っていることに気付いたのでしょうか、ハンドルを握る悟さんの手に僅かではありますが力が込められました。

 本来であればもう手遅れであるリョウさんのことを無視してマスターだけを回収するべきなのでしょう。ですが、リョウさんはマスターの実の父親で、マスターを守るために命を散らせた恩人。そんな方の死体をこの場に残すことなどできるわけありませんでした。

(次はッ!)

 リョウさんの死体を回収している間にマスターたちとの距離はもうほとんどありません。十数秒もすればマスターたちの傍を通り過ぎてしまうでしょう。

 だからこそ、チャンスは一度きり。東に邪魔された時点で私たちの負け。そうなってしまえば玉砕覚悟で東と真正面から戦うしかありません。そして、私たちは――。

『マスター!』

 頭を過ぎった最悪な可能性を打ち消すように絶叫しながら私は再びワイヤーを射出しました。ワイヤーは真っ直ぐ呆然としているマスターへと伸び、その体に巻きつけることに成功します。

「……」

 その時、東が疲れ切ったような表情(・・・・・・・・・・)でこちらに視線を向けますがその時点ですでに私たちは彼らの傍を横切り、遅れてマスターの体を引き寄せました。彼の体は私たちの後を追うように宙を飛び、ワイヤーの角度を調整して悟さんの後ろにストンと座らせます。そして、リョウさんの時と同様にワイヤーで悟さんの体に密着させ、落下を防ぎました。

(邪魔、してこない?)

 すんなりとマスターたちの回収に成功しましたが東の妨害は一切なく、追って来る気配もありません。生憎、【バイク】に変形している時は後ろを見ることができませんので奴がどのような顔で遠ざかる私たちを見ているかわかりませんでした。

『飛びますよ!』

 東のことも気になりますが今はとにかくこの場から離れることが先決です。私はフットレフト付近から飛行用の板を伸ばし、前輪を思い切り振動させ、その反動でウィリー状態になりました。そのまま飛行用の板を振動させると車体が宙に浮き、どんどん高度を上げます。

『悟さん、東は!?』

「……追いかけて来ないな」

 離陸特有の揺れも落ち着き、即座に悟さんに確認しました。後ろを振り返った悟さんも不審そうに声を漏らします。あれだけマスターを傷つけていたのに追いかけこないと何か裏があるのではと疑ってしまいます。いえ、実際に裏があるのでしょう。そうでなければ私たちは逃げられなかった。

『逃がされた、のでしょうか』

「だろうな。向こうの目的がすでに達成されていたか……俺たちが逃げることで目的が達成されるのか。もし、後者なら俺たちは東の掌で踊ってるだけだな。響も完全に気絶してる」

 そう言って悟さんはどこか自虐的な、乾いた笑い声を漏らします。ええ、彼のいうとおり、私たちがマスターを連れて逃げることさえ東の目論見通りなら私たちの敗北でしょう。

 奴はマスターという邪魔な存在を戦闘不能にした挙句、幻想郷が崩壊するまでの時間を稼ぐことに成功しています。それに対し、私たちは東の異常な身体能力と『蘇生』できることしか知り得ませんでした。その『蘇生』の仕組みすらわかりません。これではマスターが目を覚ましたとしてもすぐに動くことは難しいでしょう。

(なにより……)

 気になるのが【バイク】の騒音を無視した、もしくは聞こえていなかったこと。前者ならともかく騒音に気付かないほど何かに集中していたのなら――東はあの時、何をしていたのでしょう。手がかりは目を開けたまま、ただ東を見上げるマスターと東が手に持っていた黒い石のみ。こればっかりは目を覚ましたマスターに聞いてみるしかないでしょう。

「……いや、もう1つだけわかる」

 そう悟さんに言うと彼はどこか深刻そうな声音で呟きました。そういえばリョウさんの死体が膝の上に乗っているのに悟さんは一切、気にしている様子はありません。いえ、気にしていないというより、死体を見ても気分が悪くならなくなった、といえばいいのでしょうか。妙に落ち着いているように感じます。

「東が持っていた黒い石……あれは、『黒石』だ」

『『黒石』……霊夢さんのペンダントに使われている鉱石ですか?』

「ああ、すれ違った時に確かに見た。間違いなく『黒石』だった……でも、東はあれで何をしてたんだ? 力を吸収する能力があるのは知ってるが、響から力を吸い取ってた様子はないし。そもそも光り方が違った(・・・・・・・)

『光り、方……』

 霊夢さんのペンダントに施されていた『黒石』の装飾。あれは『黒石』から仄かに光が漏れている程度でしたが、思い起こせば東が持っていた『黒石』からは黒い瘴気が溢れていたように見えました。東は霊夢さんたちから地力を吸い取っているので前者の光からは『力の吸収』。では、後者は? あの黒い瘴気は一体、どんな――。

「とにかく今は皆と合流しよう。話はそれからだ」

『……はい』

 悟さんの言葉に頷いた私はオーバーヒートを起こさない程度に速度を落として博麗神社へと飛びます。マスターが悟さんの体に密着しており、顔が見え辛かったからでしょうか。その道中、私たちは誰からも襲われることはありませんでした。



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第458話 地獄

『――! ――、――――――!? ――――!』

 声が、聞こえる。

『―――――。―――、―――――――!』

 ノイズが酷く、その内容はわからない。

 だが、その声の主は女性で、どこか焦っているように、見受けられる(・・・・・・)。目を閉じているはずなのに悲痛な表情を浮かべながらこちらに手を差し伸べる彼女の姿を幻視した。

 彼女は一体、誰なのだろう。俺は知っているはずなのに、どうもその解が頭に浮かんでこない。いや、わかっているのに何かに邪魔されているのだ。

『―――……――……――――――』

 いつしかその声が遠くなっていた。そして、遠ざかるほどに彼女の声は震える。まるで、『イカナイデ』と言っているようで俺の心を締め付けた。そのまま俺は底なし沼に沈むようにゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはまさに地獄だった。

 飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。

 そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。

「愛しているわ……」

 そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見た男は震えのせいで歯をカチカチと鳴らし、死んだ彼女を否定するように何度も首を横に振る。

 

 

 

 

 

 ――そう、だからこそ俺は周りが見えていなかった。迫る彼女を殺した化け物にも、後ろに開いたスキマにも。

 

 

 

 

 

「ぁ……あぁ……嘘、だ……嘘だ」

「ええ、そう。これは嘘。これは夢」

 女性の死体を抱きしめながら言葉を紡ぐ男の後ろにいつの間にか女性が立っていた。その女性は紫色のドレスに身を包み、頭にはナイトキャップのような帽子を被っている。そして、その帽子からは思わず目を庇いたくなるほどの美しい金髪が零れていた。彼女の右手には白い日傘、左手には黒い扇子を持っており、扇子で口元を隠している。

 そんな彼女は男の背中を見下ろしながら少しばかり憂鬱そうにため息を吐く。それに男は気付くことなく、ただひたすら腕の中で安らかに眠る女性に声をかけ続けていた。

 

 

 

 

 

 ――そう、だから俺は聞えていなかった。化け物がアイツを見て漏らした呻き声も、アイツの独り言も。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。でも、大丈夫。その人を失った悲しみは消えないけれど……こんな惨劇はなかった。そう、これはただの夢だもの」

 

 

 

 

 

 その時、男はやっと背後に立つ女性の存在に気付いたのか、涙を流したまま振り返る。しかし、男が何か言う前に女性はコロコロと笑いながらパチン、と扇子を閉じる。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 

 

 

「ぁ、っ……あぁ」

 6畳一間の狭い部屋で男が頭を抱えて呻き声を漏らしている。晩酌する時に使っている机の上には倒れて中身を垂れ流す500mlの缶ビールと微笑んでいる女性の写真が飾られた写真立て。そんな悲惨な状態の机に突っ伏してもがき苦しむ男だったが、手に持っていたグラスを扇風機に向かって投げてしまう。

「く、そっ……くそくそくそくそぉ!!」

 そのまま男は怒りに身を任せ、手当たり次第に周囲にあった物を破壊し始めた。そう、あの女性の写真すらも。

「……思い出してしまったのね」

 そんな中、あの紫色のドレスを着た金髪の女性が憐れんだ目で暴れている男を見ていた。その手に白い傘も黒い扇子もない。ただ、静かに右手を男の背中に伸ばし、その手から小さな弾丸(妖力弾)を放つ。

 そして、部屋の中に血の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 

 

 

 そこはまさに地獄だった。

 飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。

 そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。

「愛しているわ……」

 そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見た男は目を見開き、女性の死体を見つめる。

「な、にが……」

 擦れた声で漏れた言葉は前回(・・)と違い、男が受け入れられないのは女性の死ではなく、今起きている現象(・・・・・・・・)のように見えた。

「嘘だ……こんなの、ありえ――」

「そう、これは嘘。ありえないこと。あなたはただ運が悪かっただけ」

 その声にハッとした男が振り返る。そこには紫色のドレスを着た金髪の女性が立っていた。あの、胡散臭い笑顔を浮かべて・

「お、まえは……」

「そんなこと気にしなくていい。その人を失った悲しみは消えないけれど……こんな惨劇はなかった。私にも会わなかった。だって、これは夢なんだもの」

 そう言って金髪の女性はパチンと扇子を閉じる。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 

 

 

「……」

 男は静かに机に向かい、ノートに何か書きこんでいる。彼の体が邪魔でその内容はわからないが男の表情は怒りのせいで酷く歪んでいた。

「許さない……ぜってぇ許さない」

 扇風機の風で揺れる前髪。そこから覗く彼の額には汗が滲んでいた。

 ガリガリと憎しみを込めてノートに文字を刻み続ける男だったが不意に後ろを振り返る。

「思い出してしまったのね」

「お前はッ!!」

 男の後ろにはどこか面倒臭そうにスキマに腰掛けるあの金髪の女性が佇んでいた。彼女を目に捉えた彼は椅子を倒しながら立ち上がり、女性へ殴り掛かる。それに対し、女性はただ右手を前に伸ばし、そこから――。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはまさに地獄だった。

 飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。

 そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。

「愛しているわ……」

 そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。それを見届けた男は何も反応せず、女性の手を握っている。

「ああ、そういうことか」

 小さな声で呟いた彼は徐に後ろを振り返った。丁度、スキマからあの紫色のドレスを着た金髪の女性が出てくるところを目撃する。

「あら……意外と冷静なのね。まぁ、いいわ。ごめんなさいね、でも大丈夫。だってこれは夢だもの」

 男に見つめられ、少しばかり目を見開いた女性だったがすぐに黒い扇子で口元を隠し、パチンと閉じる。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が変わる。

 場面が――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 揺蕩う意識の中で、ただひたすら男の一生を見せ続けられる。

 これまで歩んできた男の絶望をこの身で体験させられる。

 たった独りで復讐を誓った男の心を理解させられる。

 ああ、そうか。そうだったのか。だから、お前は――。

 目の前に広がる光景。それはまさに地獄だった。

 飛び散る血しぶき。倒れ伏せる人々。周囲では女性の甲高い悲鳴が響き、ドタバタと逃げる人々の足音が聞こえる。

 そんな阿鼻叫喚な惨状の中、ただ1人だけ地面に座って呆然としている男がいた。彼の腕の中には今まさに命の灯が消えつつある美しい女性。彼女の腹部はズタズタに引き裂かれ、彼らの足元に血の泉が広がっていく。

「愛しているわ……」

 そう言った女性は男の頬に紅い手を添え、小さく微笑む。そして、そのまま静かに息を引き取った。

「……」

 もう、何度目かわからない、愛する人の死を目の当たりにした彼は黙って女性の死体を抱える。その手にもはや力は込められていない。ただ、意識を取り戻した状態を保っているだけに過ぎない。

「――」

 男の前で化け物が耳をつんざくような雄叫びを上げる。それでも男は動かない。動いたところで全て無駄に終わると識っている(・・・・・)から。

「失礼」

 その声を聞いた男はただスキマから出てきた金髪の女性を見つめる。その目に光はない。復讐以外の感情はすでに枯れ果ててしまったのだから。

「目覚めた時、きっと貴方は“現”へと戻るでしょう。だから、安心しておやすみなさい」

 パチン、という扇子を閉じる音と共に男の体が前に倒れる。その動きに合わせるように映像にノイズが走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、場面が変わる。



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第459話 二つ前の結末

あけましておめでとうございます。
今年も『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


『ふざ、けないでッ……』

 そう叫んだ彼女の周囲の木々は燃え、膝を付く大地は煤や燃え残った草に溢れ、激しい戦闘があったのだと一目でわかる。大怪我を負って動けない少女を抱きしめながら彼女はキッと目の前に立つ男を睨んでいた。

『ふざけてなどいない。ただ、お前が邪魔だっただけだ』

『なら、皆を巻き込む必要はなかったはずです! なのに、どうしてッ』

『それが効率的だった……というより野放しにすれば面倒だったからだ』

 男はそう言ってチラリと後ろを振り返る。そこには虚ろな目でかつて仲間だった彼女を見つめる数人の人影。そう、彼女は男の手によって仲間を奪われてしまったのである。今、彼女の味方は腕の中で眠る少女のみ。そして、その少女も男と仲間たちとの戦いで深手を負い、動けなくなってしまった。今もなお、治癒術で治療しているが少女の治療が終わる前に男の手によって彼女は殺されてしまうだろう。

『皆を……返してください』

『別に洗脳してるわけじゃない。こいつらが勝手に俺についてきただけだ』

『そう仕向けたのは貴方の能力です!』

 声を荒げ、悔しげに奥歯を噛み締めながら手首に装着されていた白黒の腕輪に視線を落とす彼女。数分前まで少女だけでなく、彼女自身もかつての仲間相手に戦っていた。だが、彼女本人に戦う術はなく、白黒の腕輪――『桔梗』を使って戦っていたのだが、戦闘中に『桔梗』がオーバーヒートを起こして戦えなくなってしまい、狙われた彼女を庇って少女が大怪我を負ったのである。

『マスター、申し訳ございません。まだ、完全に冷め切っていません。このまま戦ってまたすぐに……』

『くっ……』

『もう手はないようだな。じゃあ、死ね』

 男はそう言って右手を挙げる。その瞬間、男の後ろにいる彼女の仲間だった少女の足元から黒い粒子が舞い、彼女たちを襲う。咄嗟にお札を投げて結界を張ったが黒い粒子はそれを粉砕。粒子が彼女たちを通り過ぎた頃には彼女は全身切り刻まれたように血だらけになり、その場で蹲っていた。

『はぁ……はぁ……ぐっ』

『ほう……そいつを守ったか。本当に聖人のような奴だ』

 震える体に鞭を打って顔を上げた彼女を見て男は感心したように声を漏らす。彼女は少女を守るために自分の身を盾にしたのだ。

『絶対に、守ってみせます。この子は、最後まで私についてきてくれましたから』

『……やれ』

 黒い粒子によってボロボロにされてもなお、自分ではなく少女の治療を続ける彼女に対し、男はただ冷たい視線を向け、再び指示を出す。そして、彼女に向かって黒い粒子が、茨の鞭が、炎の塊が、無数の結界でできた刀が、氷の礫が飛来する。それを見た彼女は最後の力を振り絞って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……んぅ?』

 少女は頬に落ちた何かで意識を取り戻した。生暖かく、少しばかり粘度のあるその何かの正体がわからず、無意識の内に右手を頬に伸ばし、それに触れる。指先が濡れ、それが液体であることがわかり、ゆっくりと瞼を開けた。

『……おねーちゃん?』

 そこには少女が姉と慕う女性の顔があった。目覚めたばかりで思考回路がまだ働いておらず、目と鼻の先にいる姉に思わず笑みを零すがすぐに理解してしまう。姉の顔は真っ青であり、それと対比するように彼女の体は真っ赤に染まっていた。

『だい、じょうぶ? 怪我は、ない?』

『え、お、ねーちゃん?』

 あまりの事態に姉の問いに答えられるわけもなく、少女はただ呆然としていた。そんな彼女を見て女性は小さく笑い、少女を潰さないように僅かに体を捻って地面に倒れる。

『おねーちゃん!? ねぇ、おねーちゃんってば!』

 ドサリ、という音で我に返ったのか慌てて体を起こして女性の体を揺する少女。しかし、すでに女性は事切れており、少女の言葉に反応することはなかった。

 きっと、治癒術を少女ではなく、女性本人に使えば生きていただろう。だが、仲間を失った彼女は本人が思っている以上に精神的負担がかかっており、怪我をしている少女を見捨てることができなかった。その結果がこれ()である。

『そん、な……』

 目の前が真っ暗になっていく中、ふと周囲に白や黒の破片が飛び散っていることに気付く。そう、姉の従者である『桔梗』の残骸。そして、『桔梗』の心臓(コア)である蒼い球体は粉々に砕け散っていた。心臓(コア)さえ無傷で残っていれば『桔梗』は再起動できる。だが、肝心の心臓(コア)が破壊されているため、もう手遅れ。姉だけではなく、『桔梗』も死んでしまったことに他ならない。

『ぁ、あぁ……』

 幼い少女は気付いてしまった。

 姉はもう死んでいること。

 姉はもう動かないこと。

 姉はもう話さない。

 姉はもう――笑わないこと。

 独りぼっちだった自分を助け、家族として迎えてくれた。

 ずっと一緒にいると約束してくれた。

 他の仲間が男の味方になってしまった時、共に取り戻そうと戦った。

 だからこそ、姉が戦えなくなったとわかった瞬間、彼女に迫る攻撃へ身を躍らせた。

 そして、家族も、仲間も、姉も。何もかも失った。

 これで少女は独りぼっち。孤独。孤立。

『ほう、守り切ったか』

 不意に男の声が耳に滑り込んできた。錆びついた機械のようにぎこちない動きで振り返るとそこには家族や仲間を従えた男が少女を見下ろして嗤っていた。いや、少女ではなく、女性を見て嘲笑を浮かべていた。

『やっと……やっと、終わる。ここで長かった。あぁ……■■■。これで、やっと終われるよ。これで解放される』

 不気味なほど歪んだ笑みを浮かべていた男だったが次第に声を震わせ、涙を流しながら独り言を呟き始める。もはや、少女のことなど目に入っていない。

 確かに少女は強かった。幼いながらも女性と並び立ち、かつての仲間と勇敢に戦った。

 だが、結局のところ、それだけ。いくら仲間と戦えたところで勝たなければ意味がない。守りたいものを守れなければ無駄に終わるだけ。

 だから、男は自分の世界に夢中になっていた。

 敗れた少女にできることはないから。

 自分1人油断していたとしても下僕と化した彼女たちの仲間がどうにかしてくれるから。

 すでに勝利を確信していたから。

『…………――』

 そのせいで、少女の言葉を聞き逃した。

 いや、たとえ聞いていたとしても男は理解できなかっただろう。その言語は人間には到底理解できないひどく冒涜的な何かであるからだ。

『――――……――……………――――――』

『……ん?』

 ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ少女はいつしか立ち上がって――否、幽霊のように音もなく、浮かび上がっていた。そのことに気付いた男だったがすでに手遅れであった。

『許さない……許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆルサないユるさナイゆルサナいゆルサナいユルさナイユるサナイユるさない。ユルサナイ』

 いつしか人間が理解できる言葉を話していた少女だったが漏らすそれはたった一言、『許さない』。

 家族や仲間を奪われ、姉を殺され、孤独に叩き落された少女はもう理性という枷が外れていた。今まで幽霊を操るだけで済んでいた力(・・・・・・・・・・・・・・)が男のせいで解き放たれてしまった。

 少女の能力――『魂を繋ぐ程度の能力』は少女が幽霊に声をかけることで力を発揮する。しかし、少女が少女となる前、姉に助けられることとなった事件の際、彼女は周囲の魂を取り込み、強大な力を得ていた。

 そう、『魂を繋ぐ程度の能力』とは己の魂と他者の魂を繋ぎ、時には力を借り、時には吸収して糧とする禁術に認定されるほどの危険な能力。魂を吸収されたものはその瞬間、死んでしまうからである。

 その証拠に彼女の周囲の動植物は例外なく、死んだ。燃える木々も、僅かに燃え残った草も、炎から逃げ惑う動物たちも、家族だった人間も、仲間だった妖怪も。唯一生き残っていたのは女性の能力を研究し、その力を一部でありながら(干渉系の能力を弾く力を)コピーした男のみ。

『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』

 それでも少女は止まらない。魂という魂を吸収し、力を蓄え、膨れ上がり――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんな世界、もういらない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 それがこの世界で最期まで生きていた存在が漏らした最後の言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから遅れて1秒後、一つの世界線が終わりを迎えた。



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第460話 今すべきこと

「……よく、眠ってるよ。今、奏楽ちゃんと霙ちゃんがついてくれてる」

 襖を開けて居間に戻ってきた静さんが小さな声で診断結果を口にします。しかし、彼女の表情はどこか深刻そうであり、『眠っている』だけではないことはすぐにわかりました。それでも命の別状がないだけでも安心したようで私を含めた全員がホッと安堵のため息を吐きます。

 【バイク】と【ワイヤー】を駆使してどうにか逃走に成功した私たちは博麗神社に辿り着き、すぐに手短に状況を説明して静さんに意識を失ったマスターを診察してもらうようにお願いしました。そして、静さんの診察が終わるまでの間、無事に博麗神社に戻っていた雅さんたちに今までにあったことを説明していたところです。診察に時間がかかったのかもうほとんどのことを話してしまいましたがあれ(・・)について医者である静さんの意見も聞きたかったので本題に入る前に戻ってきてくれて助かりました。

「……それで、主人は?」

 壁に背中を預け、腕を組んでいたドグさんが今まで誰も話さなかった――いえ、話せなかった話題を口にしました。静さんにマスターを預ける際、リョウさんも一緒に母屋の中へ運びましたがその時すでに何事かと集まってきた皆さんはリョウさんの死体を目撃しています。

 だからこそ、全員ドグさんへ非難の目を向けました。だって、リョウさんは静さんの旦那さん(体は女の子でしたが)で、その質問は自分の夫の死を言葉にさせる、あまりにむごい仕打ちでしたから。

「リョウちゃんは……うん、ダメだった」

 ドグの質問を受け、目を伏せた静さんは首を振って微かに笑って答えます。見れば彼女の手の爪に赤い汚れが僅かに付着していました。きっと、診察がここまで遅くなったのはマスターの容態を確かめるよりもリョウさんの蘇生に時間をかけたのかもしれません。

「そんな……お父さん……」

 静さんの言葉にとうとう望さんが涙を零してしまいます。私と悟さんの話を聞いている間もリョウさんの無残な姿を思い出して目に涙を溜めていましたが、死を言葉にされて我慢の限界を迎えてしまったのでしょう。

「ちょっとドグ! あんたねぇ!」

「リーマ、今はそれどころじゃないでしょ!」

 無神経な質問をしたドグさんの胸ぐらをリーマさんが掴みますがすぐに弥生さんが止めに入ります。私たちの中で東の能力が効かないのはマスター、奏楽さん、私の3人のみ。しかし、奏楽さんはまだ幼く、私にいたっては1人で戦うことすらできません。そのため、唯一東に勝てるのはマスター1人。そのマスターの全力を持ってしてでも東には敵わず、たとえ私と共に戦っても勝てないでしょう。それだけ東の強さは異常でした。

 そんな状況で身内で争っている暇はありません。ありませんがそれよりも私が気になったのはドグさんの態度です。ドグさんはリョウさんの式神であり、彼女の死は彼にとってもショックなことであるはず。それなのに彼は静さんの答えを聞いても、望さんの涙を見ても、リーマさんに胸ぐらを掴まれても表情一つ変えることなく、ただそれを受け入れていました。

「……ドグはいつから気付いてたの?」

「主人が死んだその時から」

 その時、不意に霊奈さんが鋭い視線をドグさんに向けながら問います。そして、なんの躊躇いもなくそう答え、私はハッとしました。

 ドグさんはリョウさんの式神。つまり、マスターと雅さんたちのように式神の繋がりがあるのです。その繋がりが突如としてなくなればリョウさんの身に何かあったとすぐに気付くでしょう。だからこそ、彼は他の皆さんよりも落ち着いている。すでにリョウさんの死を受け入れる覚悟を決めていたから。

「ッ……待って。ドグ、大丈夫なの? リョウから地力の供給がないってことは」

「まぁ、いずれ消えるだろうな。お前たちとは違って死体から生まれた式神だし」

 この中で最も式神歴の長い雅さんが何かに気付いたのか少しばかり顔を青ざめさせてドグさんに聞くと彼はあっけらかんとした様子でそう言いました。ですが、それは納得できる答えではなかったのか雅さんは目を細めます。

「死体からって……どういうこと?」

「だから、俺は元々普通の人間で主人の目の前で妖怪に殺された。だけど主人は何を思ったのかよくわからん術式を組んで俺を式神として蘇生させたんだよ」

 雅さんを始めとしたマスターの式神たちは皆さん、式神になる前は生身の妖怪でした。おそらくマスターからの供給がなくなっても大幅な弱体化はしても死ぬことはないでしょう。

 しかし、ドグさんはすでに死んでいる身。蘇生させたところでいずれドグさんは亡骸へと戻ってしまうでしょう。それを防いでいたのがリョウさんの術式であり、その術式を発動し続けていたものこそリョウさんから供給されていた地力。

 そう、リョウさんが死ねばドグさんの命の源である地力の供給もなくなり、彼は活動を停止し、再び死ぬ。いえ、本来あるべき姿(死体)へと戻るのです。

「じゃあ、どうにかしなきゃ!」

「別にいいよ。主人が死んだ時点で俺が生きてる意味はないし、そもそも俺が消えるまでの間に幻想郷はぶっ壊れるだろうしな。それよりも早く今後の方針を考えようぜ。ここまで来たら最期まで付き合うぞ?」

 弥生さんの悲鳴を鼻で笑い、ニタニタといつものように口元を歪ませるドグさん。もう少しで死んでしまうというのに彼は何も変わりませんでした。それがどこか不気味で、人間味がなく、『ああ、本当にこの人は一度、死んでしまったのだ。だから、どこか頭のねじが外れているのだ』と納得してしまいます。

「うん、ドグの言うとおり、今は東って人をどうにかしないと」

 そんなドグさんの異常さに皆さんが困惑する中、静さんが座布団の上に正座しながら言いました。まさかドグさんだけでなく、静さんまでリョウさんの死を悲しまずに話し合いを始めようとするとは思わず、大きく目を見開いてしまいました。

「静さん、どうして……」

「だって、リョウちゃんのことを悲しんでいても何も変わらないでしょ? なら、さっさとこの事件を解決して……心おきなく悲しむ。もし、東の思惑どおり、幻想郷が崩壊したらそれこそリョウちゃんの死は無駄になっちゃうから」

 擦れた声で質問した悟さんに引き攣った笑みを浮かべ、静さんは答えます。リョウさんはマスターを庇って死にました。その時、彼女がどんなことを考えていたのか、それを確かめる手段はリョウさんが死んでしまった今、目を覚ましたマスターにその時の状況を聞くことぐらいしかできません。

 なら、今の私たちにできることはリョウさんの死という結果から彼女の考えを推測し、それを尊重する行動を取る。それが、リョウさんの死を無駄にしない唯一の手段です。

「……わかりました。じゃあ、本題に入ります」

 ドグの覚悟と静さんの想いを聞いた悟さんは見渡すように全員に視線を向け、反対意見がないことを確認した後、ゆっくりと口を開きました。

「静さんがいない間にある程度の話をしました。簡単に言えば東の異常な身体能力を前に響は完全敗北。で、ここからが本題。響の翠炎の蘇生を考慮した特攻すら東には通用……いや、向こうも響と同じように蘇生能力があった」

「蘇生、能力!?」

 悟さんの言葉にリーマさんが声を荒げます。もちろん、彼女だけでなく、他の皆さんもひどく驚いているようでした。

「ああ……確かにあの時、響の鎌は東を両断した。そのはずなのにあいつの胸が一瞬だけ光ったと思ったら何事もなかったように立ってたんだ。そして、蘇生中で動けない響へ攻撃を仕掛けた東の前にリョウが飛び出して……」

 そこで悟さんは言葉を区切り、数秒ほど沈黙します。『蘇生』、『リョウさんの死』と衝撃的なことをいっぺんに伝えたので少しだけ情報を整理する――というより、気持ちを整理する時間を与えたのでしょう。そのおかげで悟さんが再び話し出した時には皆さん、悟さんの方を真っ直ぐ見つめています。あの涙を流していた望さんでさえ。

「それから色々あって少しの間だけ俺と桔梗ちゃんは響たちから目を離してたんだけど……気付いた時には東は響に妖しげに輝く『黒石』を翳して何かをしていた。それを見て俺たちは慌てて響とリョウを回収して逃げたんだ」

「よく、逃げられたね……響を一方的に殴れる相手に」

「あの時、東が何をしていたのかわかりませんが、どこか疲れている様子でした。きっと、あの時点で東はマスターに何かをして、それを終わらせていたのでしょう。だから、追いかける必要がなかった。もしくは逃がすことこそが目的だった。そうとしか思えません」

 霊奈さんの呟きに震えそうになる声をなんとか抑えて言いました。そう、私たちは負けたのです。全て、東の掌の上。一矢報いることすらできず、ただ奴の思惑通りに逃げ出すことしかできなかった。その事実が私たちに重くのしかかります。

 それから私たちの間で今にも押し潰されそうになりそうなほどの重い沈黙が流れました。ですが、それも無理はありません。きっと、ここにいる全員がマスターの強さを知っています。そのマスターが手も足も出ず、東にいいようにやられたのです。東の強さを目の当たりにした私と悟さんならまだしも、ここにいる皆さんはまず、マスターと東の戦力差を受け入れるところから始めなければなりません。そのため、その事実をすぐには受け入れられないのでしょう。

「皆さん、マスターが目を覚ましました!」

 すると、突然襖が勢いよく開かれ、霙さんが姿を現し、待ち望んでいた報告をしてくれました。彼女の言葉を聞いた皆さんは一斉に立ち上がり、マスターが寝ている寝室へと大慌てで向かいます。もちろん、私も例外ではありません。むしろ、空を飛べる分、他の方よりも早く寝室へと辿り着きました。

「マスター、ご無事ですか!?」

 持てる力を込めて寝室へと繋がる襖を開けるとそこには呆然としている奏楽さんと相変わらず荒い呼吸で眠っている霊夢さん。そして、眠る彼女の隣に敷かれた布団の中で上半身だけ起こしてこちらに視線を向けるマスターがいました。霙さんの言うとおり、マスターは無事に目を覚ましてくれたようです。

「……その声は、桔梗か?」

「はい、マス――え?」

 寝起き特有の擦れた声で呼ばれたので返事をしたのですが、その途中で違和感を覚えて言葉を詰まらせてしまいました。こちらに視線を向けているはずなのに何故か目が合わないのです。

「マス、ター?」

 そう声をかけながらゆっくりとマスターの元へと移動します。背後に皆さんの気配を感じますがそんなことは気にしていられません。嫌な予感が頭の中でガンガンと警報のように鳴り響いています。

「ッ――」

 そして、マスターの目を覗きこんで私は気付いていまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターの黒目が限りなく白に近い灰色になっていたのです。

 



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第461話 絶望と絶望

 よく見なければわからないほど白に近い灰色に染まってしまった黒目を私に向けるマスターは悲しげな笑みを浮かべています。いえ、悲しげというよりも力なく微笑んでいると言うべきでしょうか。少なくとも彼の精神状態は不安定であることには違いありません。あんなことがあったのにリョウさんの死を悲しむことも、東にいいようにやられて悔しがることも、幻想郷の危機に焦ることもなくただ私を見つめているだけなのですから。

「マスター……その、目は」

 震える声で彼に問いかけますがきっと私はこの時点で気付いていたのでしょう。いえ、私だけではありません。私の後ろにいる皆さんもマスターの様子を見てある程度、察していたのだと思います。

「……ああ、これか」

 遠目から見れば真っ白に見える右目を右手で覆うマスター。そして、今にも消えてしまいそうな声で言葉を紡ぎました。

「何も、見えないんだ」

「……え?」

「光すら感じられない。本当に真っ暗なんだ」

「ッ……」

 マスターの言葉に私たちは息を飲みました。目が、見えない。それはつまり、マスターは失明した、ということでしょうか。

 いえ、確かにマスターが失明してしまったこともショックでしたが、それ以上に目が見えなくなったのに彼は慌てる様子もなく、いつものように佇んでいることが気がかりです。私のこの胸を燻る嫌な予感は別のことを示しているような気がしてならないのです。

「くそっ……あの時、東がやってたのはこれだったのか!」

「ああ、悟か。久しぶりだな(・・・・・・)……えっと、そうそう。そういえば助けてくれてありがとな」

「お礼なんか言ってる場合じゃないでしょ!? 目が見えなくなっちゃったんだよ!?」

 悔しげに奥歯を噛み締める悟さんに笑顔を浮かべてお礼を言うマスター。それを聞いた望さんが涙を流しながら声を荒げます。やはり、マスターの様子はおかしい。

「響、魔眼は!? あれなら見えるんじゃない!?」

「いや、駄目だった。どうも俺が失ったのは視力じゃないみたいなんだよ」

 雅さんの指摘にマスターは首を振ります。ああ、そうです。やっと違和感の正体がわかりました。今のマスターは失明したのにまるで他人事のように落ち着いているのです。目が見えなくなったことなどどうでもよさげに、ただの事実としか捉えていないようでした。

「静、どういうことだ?」

「うーん……さっき触診した時、目にライトを当てたら瞳孔が動いたから眼球が死んだわけじゃないし、光もきちんとわかる、はず。それなのに何も見えないのは少し変かな」

 ドグさんと静さんもリョウさんが死に、マスターが失明したにも拘らず冷静に状況を分析しています。人形の身である私が言うのも変ですが、マスターも、ドグさんも、静さんも……簡単なプログラムしか内蔵していない、自分の仕事を淡々とこなす機械のように見えました。

「静さんにはまだ説明していませんでしたが東の能力は『神経を鈍らせる程度の能力』。おそらく、響の視神経を光すらほとんど感知できないほど極限にまで鈍らせて失明させたんだと思います。でも、鈍らせるだけだから完全になくなったわけじゃないから瞳孔は反射で動いた」

「でも、響は干渉系の能力は効かない。どうやって視神経に干渉したの?」

 唯一あの場にいなかった静さんに悟さんが解説するとすぐに霊奈さんが問いかけます。その答えは悟さんだけでなく、私も知っていました。

「おそらく『黒石』が原因でしょう。マスターの干渉系の能力を無効化する力は何かを経由すれば簡単に突破できてしまいます」

 問題は何を経由したか。その答えを知っているのはマスターしかいません。ですが、答える気はないのか彼はただひたすら虚空を見つめています。

「おにーちゃん……だいじょうぶ?」

 その時、ずっと呆けたようにマスターを見続けていた奏楽さんが不意にマスターに声をかけました。その声は僅かに震えており、今にも泣き出してしまいそうでした。

「ああ、目が見えない以外、特に問題は――」

「――でも、おにーちゃんの心はこなごなだよ?」

 首を傾げながら言う奏楽さんに部屋にいた全員が言葉を失いました。『心が粉々』――つまり、マスターの心はすでに折れていることになります。それも失明したことすらどうでもよくなるほど。

「……はは、そっか。ばれてたか」

 数秒ほど沈黙したマスターでしたがすぐに乾いた笑い声を漏らし、ボフッと背中から布団に倒れ込みました。その姿があまりに儚く、今にも消えてしまいそうで思わず彼の右手に両手を重ねます。

「何が、あったんだ」

「……地獄を見た」

 悟さんの問いにマスターは擦れた声で答えました。それからしばらく言葉を発しなかった彼ですが徐に口を動かし、絞り出すように言葉を紡ぎます。

「ずっと不思議だった。どうして俺たちの情報が筒抜けだったのか。その情報源が何なのか。でも、やっとわかったんだ。何故、東が俺以上に俺のことを知っていたのか」

 そこで言葉を区切った彼はもう何も映すことのない真っ白な瞳で天井を見上げます。そんな彼を皆さん、息を殺して見守り続けました。

「あいつは……『東 幸助』は死に戻っている(・・・・・・・)。何度も、何度も何度も死んで、ある地点に戻って、また死んで……少しずつ状況を理解して。少しずつ情報を集めて。何度も失敗して。やっとここまで来た。俺たちを無力化して確実に幻想郷を崩壊させるために」

 東が死に戻っている。そう言われても理解が追い付かず、私たちは何も言えませんでした。つまり、東は何度も死に、意識だけが過去に戻ってやり直している、ということになるのでしょうか。確かにそれならば私たちの情報を持っていても不思議ではありません。

「東は……何回死に戻ってるの?」

「……途中で数えるのを止めたけど1万回くらい、かな」

 ずっと口を閉ざしていた弥生さんが質問するとこともなさげに答えるマスターでしたが私たちは目を見開いてしまいます。

 1万回。口にするのは簡単ですが言い換えれば東は1万回、死んでいることになります。たとえ惨たらしい死に方をしても死んでしまえば過去に戻り体は元通りになるでしょう。しかし、意識だけは違います。私たちの情報を持つためには過去に戻っても記憶を保持している必要があります。そう、死んだという経験だけは死に戻る度に東に積み重ねられるのです。

 そうなればいずれ精神が崩壊することぐらい容易に想像できます。ですが、東は1万回もの死を経験しても正気を保ち、今もなお幻想郷を崩壊させようとしている。

「そもそもどうして響はそれを知ってるの? どうやって知ったの?」

「……」

 続けざまに雅さんが問うと今まで微かに笑みを浮かべていたマスターが初めて顔を歪ませました。まるで、思い出したくもないことを思い出してしまったかのように。

「俺が失明したのは東が持っていた『黒石』……黒楼石(こくろうせき)が原因だ」

「黒楼石……」

「黒楼石は絶望という意味がある。つまり、あいつは俺がリョウの死を見て絶望したところを突いて『神経を鈍らせる程度の能力』を干渉させた」

 それがマスターに能力が通用した理由。しかし、肝心の東の死に戻りについてまだ触れていません。その答えをマスターはすぐに言葉にしてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒楼石を経由した能力の干渉……つまり、俺の絶望と東の絶望をリンクさせた結果、東が今まで経験してきた全てを俺も経験させられた。1万回以上の死と死に戻る度に目の前で妖怪に殺される恋人を見せつけられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう語ったマスターはそっと息を吐き出します。そんな小さな音すら耳に届くほど部屋は静まり返っていたのです。

 ですが、まだ私たちは知らなかったのです。東の死に戻りを経験させられ、その結果知ってしまった事実こそ、マスターの心を折ってしまった原因について。



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第462話 世界の運命

(1万回、か……)

 両手を祈るように組み、目を伏せる響を見てその数字の重さを噛みしめるように頭の中で繰り返した。

 響の話が本当ならば東は何度も死にながら試行錯誤を続け、幻想郷を確実に崩壊させる方法を模索し続けたことになる。それに加え、死に戻る地点は恋人が妖怪に殺される直前らしい。つまり、奴は1万回以上、目の前で恋人を殺された。何度も失敗し、失敗する度にその罰として恋人の死を見せつけられた。

 きっと、相当なストレスだっただろう。心が壊れなかったこと自体、奇跡に近い。いや、もしかしたらすでに心は擦り切れ、恋人の復讐をするという目的を忘れ、復讐の手段である『幻想郷の崩壊』を成し遂げることしか覚えていないのかもしれない。

 だが、問題はそこじゃない。東の事情など俺たちには関係のないことだ。

 問題は試行錯誤が実を結び、今まさに『幻想郷の崩壊』が成し遂げられそうになっていること。そして、響の心が折れていることである。

「響、東の経験を見たのならあいつの作戦の内容もわかったのか?」

「……ああ」

 俺の問いに響は静かに頷いた。しかし、それ以上のことを言うつもりはないのか沈黙を貫く。それほど恐ろしい体験だったのか、それともまた別の理由なのか。それでもここで終わってしまっては幻想郷の崩壊を止めることはできない。

「わかったのなら何か対策を立てるべきだろ。今、こうしている間にも霊夢たちは――」

「――わかってるよ」

 どうにか話を聞き出そうとするが途中で言葉を遮られてしまう。彼の顔は酷く歪み、何かを堪えるように手を握りしめていた。

「別に俺たちの想像を超えることはなかったんだ。東は霊夢たちから地力を奪い、自分の身体能力を向上させ、俺を圧倒した。それだけの話」

「なら、あの蘇生(リザレクション)は!? あれについてもわかったんだろ!?」

「回数制限ありの蘇生能力(リザレクション)を付与した使い捨てアクセサリーを作ったみたいだ。あと5回、復活できる」

「ごっ!?」

 そういえば東が蘇生する直前、奴の胸が光ったのを見た。あれが件のアクセサリーなのだろう。

 響が死力を尽くしてやっと殺せた回数は2回。そんな相手を5回も殺さなければならない。響でさえ1日1回しか蘇生できないのにそんなの無茶苦茶だ。

「そんなアクセサリーどうやって作ったの!?」

「……笠崎だよ。あいつ、『機械を作成する程度の能力』を持ってたみたいで資金と材料さえあればどんな機械だって作ることができる。制限はあるみたいだけど」

 雅ちゃんの絶叫に淡々と返す響。望ちゃんの話では笠崎は小さい頃から機械を収納していたあの端末を所持していたらしい。その端末から色々な機械を出していたそうだ。きっと、そんな小さい時から高性能な機械を作ることができたのは能力のおかげだったのだろう。

 そして、東が笠崎を仲間にしたのは偶然ではない。試行錯誤を重ねていく中で奴はどんな機械でも作れる笠崎を見つけ、仲間にしたのだ。

「それに……」

 その時、何かを言いかけた彼は奏楽ちゃんをチラリと見た後、口を閉ざしてしまった。奏楽ちゃんに何かあったのだろうか。

「黒楼石を使うために地力を消費し、ある程度弱体化しても東の身体能力は俺よりも上。しかも、俺の心を折る時、ついでとばかりに視力を奪っていった」

 だが、そのことについて追究する前に再び響は話し始めてしまう。まるで、言いかけたことを誤魔化すように。

「翠炎で元には戻せないのか?」

「戻せる。だが、今日はもう白紙効果(リザレクション)を使ったから視力を戻せるのは明日以降になる。でも、それじゃ遅い。奴の作戦通りに事が進めば、夜明けと共に幻想郷は崩壊。霊夢たちも同時に死ぬ」

 予想以上に迫っていたタイムリミットに俺たちは思わず閉口してしまう。今の時刻は午後3時を過ぎたところ。あと半日しかない中、響を立ち直らせ、東を倒す方法を模索しなくてはならないのである。

「こんなことしてる場合じゃないってことぐらいわかってる。でも、少しだけ休ませてくれ……もう色々ありすぎて頭がパンクしそうなんだ」

 滅多に弱音を吐かない響が震える声でそう呟いた。

 幻想郷に着いた途端、幻想郷の住人に襲われるという孤立感。

 霊夢たちが瀕死の状態で自分がどうにかしなければ死んでしまうプレッシャー。

 死力を尽くしても東に勝てなかった無力感。

 目の前で自分を庇って死んだリョウに対する罪悪感。

 1万回という死に戻りを強制的に体験させられ、絶望の淵に叩き落された。

 たった数時間の間に起きた出来事に響も満身創痍の様子で布団の中に潜り込んでしまう。

「……」

 何か声をかけなければ、と思いつつも頭に浮かぶのは中身のない上辺だけの戯言のみ。他の皆も響の様子に言葉が出ず、ただ俯くばかりだった。

「……行こう」

 どれほど時間が経っただろうか。俺は皆に聞こえるように小さな声で退室を促す。

 確かに時間はない。だが、あまりにも情報が錯綜しているため、整理する必要がある。

「おにーちゃん……」

 俺の言葉に従い、皆が寝室から出ていく中、奏楽ちゃんの心配そうな声が耳に滑り込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が寝室から出ていったのを気配で何となく感じ取り、俺は布団から顔を出す。相変わらず、世界は真っ暗で光すら感知できない。1日我慢すれば見えるようになるとはいえ、失明したとなれば多少なりとも不安になる。それに東の能力によって俺が鈍らされたのは視神経。限りなくゼロにされたせいで魔眼を使っても感知する視神経がやられているから意味がない。それに視神経を潰された影響からか、周囲の気配すら感知しにくくなっている。皆が出て行ったのも本当に何となくでしかわからなかった。

「……」

 だが、それは本当に些細なこと。俺が本当に恐れているのは俺が死ぬことによって訪れる(・・・・・・・・・・・・・)世界の終わり(・・・・・・)である。

 東の経験を見た中で一つだけ世界そのものが滅んだ世界線があった。それが今の世界線から2つ前の世界。奴の能力によって桔梗と奏楽以外の仲間が奪われ、その猛撃の中、俺と桔梗が死んでしまう世界だ。

 そして、俺たちが死んだことを認識した奏楽は――絶望して能力を暴走させ、東以外の地球上に存在する魂を全て繋ぎ、一気に解き放った。その爆発によって世界そのものが吹き飛び、奏楽の間近にいた東は即死。映像はそこで途切れたがあの規模の爆発ならば地球すら無事であったか定かではない。それほど奏楽の能力は危険なものだとやっと気付いた。気付かされた。

 だからこそ、怖いのである。俺が死ぬことによってこの世界線もあの世界と同じように滅んでしまうことが。そう、俺が死んだせいで(・・・)世界が滅ぶのだ。東もそれを知っていたから俺を殺さずに絶望させて心を折ろうとした。

 でも、東を止めるためには戦わなければならない。それこそ死ぬ覚悟で、だ。東だって俺が立ち向かえば作戦に支障が出るため、俺を殺さなければならないだろう。奴自身も『音無 響を殺害した場合の対処法』をいくつも考え、準備をしていた。それでも奏楽の暴走を止める確実な方法は思いつかなかったようだが。つまり、次、奴と戦おうとすれば確実に俺は殺され、世界が滅ぶ。そして、東は再び死に戻り、今度こそ幻想郷を崩壊させるために復讐をやり直すのだ。

 だが、あくまでも東の目的は幻想郷の――そして、妖怪たちの全滅。俺たちを狙うのはその障害になるからであり、俺を無力化させた後、襲って来なかったように障害とならないと判断されれば見逃してくれる。つまり、奴の邪魔をしなければ俺たちは助かり、世界を滅ぼす可能性が消えるのだ。

 幻想郷を救うために世界を危険にさらすか、それとも世界を守るために幻想郷を諦めるか。

 今の俺にそれらを選ぶ勇気も、覚悟も、元気もなかった。

 

 

 

 

 

 

「きょ、ぅ……」

 

 

 

 

 

 

 その時、不意に近くから擦れた声が耳に滑りこんできた。目は見えずとも声がした方へ顔を向ける。そうだ、ここは博麗神社の寝室。そこに寝かされているということは――。

 

 

 

 

 

 

 

「おき、てる……かし、ら」

 

 

 

 

 

 

 

 ――今、俺に話しかけているのは現在進行形で地力を奪われ、半日もすれば死に至るほど衰弱している博麗の巫女、『博麗 霊夢』だ。



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第463話 自覚する希望

 居間に戻った俺たちだったがしばらくの間、誰も喋らなかった。いや、喋ることができなかった。

 もちろん、現状を受け入れるのに精一杯だったこともあるが、たとえ東を打倒する方法を見つけたとしてもそれを実行する響があの状態では意味がない。それを知っているからこそ俺たちは停滞した。暗闇の中、手に持つ松明が消えてしまい、身動きが取れなくなった迷子の子供のように。

「……で、どうする?」

 重い沈黙を破ったのはドグだった。リョウが死んだ今、彼に時間はあまり残されていない。俺たちの――そして、幻想郷の行く末を見届けるつもりである彼にとって今の状況(硬直状態)が続くのは避けたいのだろう。

「どうするって……あいつは何度も死に戻って私たちの情報を集めたんでしょ? そんな自分すら知らないことを知ってる相手にどうやって戦えばいいの?」

 どこか投げやりな言い方でリーマちゃんがそう言うとほとんどの人が視線を落とした。無理もない。それほど東の持つ情報は驚異的なのだ。それこそ過去の世界で笠崎は桔梗ちゃん対策の兵器をいくつも所持していたのは東が桔梗ちゃんの変形を知っていたからに他ならない。こちらの手はほぼ筒抜けであると考えていいだろう。

(でも、もし本当にそうだったら2回も殺せないはず……)

 1度目は見ていないが2回目の時、響は『時空を飛び越える程度の能力』を使い、1秒後の世界に飛んで東の不意を突き、殺した。もし、東が俺たちの全てを知っているのなら不意打ちは絶対に不可能であるはずなのに。

 つまり、死に戻りしている東でさえ知らないことがある。それさえわかれば東をどうにかできるかもしれない。

 だが、それを実行する響があの状態では意味がない。結局、響を立ち直らせない限り、俺たちが何をしても無駄に終わる。だからこそ、皆はどこか諦め始めていた。いつだって俺たちを引っ張っていたのは響だったから。

 なにより今の俺たちに響を立ち直らせる手段がない。彼が経験した地獄を知らない俺たちの言葉などに意味などないのだから。

「……」

 そんな絶望的な状況の中、顔を上げているのは5人。

 皆を見守るようにジッと待つ静さん。

 どこか挑戦的な目で俺たちを見渡すドグ。

 どうすればいいかわかっていないがこの状況をどうにかしようとキョロキョロしている桔梗ちゃん。

 今もなお心配そうに響のいる寝室の方を見続けている奏楽ちゃん。

 そして――こんな状況の中でも思考回路を巡らせ、打開策を考え続けている俺。

 静さんとドグはリョウの死をすぐに受け入れ、前に進んだ。

 桔梗ちゃんはずっと子供の頃の響と旅をして様々な経験を積んできた。

 奏楽ちゃんは東の能力を無効化し、響の心が折れていることを看破するなど、常識外れな一面も多く、まだ子供であるため、今の状況を飲み込むよりも響の心配をする方に集中していた。

 なら、俺は?

 響の醜い戦いを目の当たりにして吐瀉物をぶちまけるほど脆いメンタルを持ち、どんなに考えたところで無駄だと正しく理解している。

 ああ、わかっている。自分でも自分がおかしいことぐらい、わかっていた。

 響のようにたくさんの人の力を一つに集め、困難に立ち向かえない。

 師匠のようにチート染みた能力を持っていない。

 雅ちゃんたちのように異能の力を使って戦えない。

 静さんのように愛する人の死を一時的とはいえ後回しにし、愛する人が望んだ未来を掴むために前を向くような強さを持っていない。

 ドグのように自分の死を受け入れ、笑いながら未来を見届けようと思えない。

 桔梗ちゃんのように守りたい人の右腕となり、傍に居続けられない。

 奏楽ちゃんのようにどんな状況でも純粋に大好きな人を心配できるような、自分よりも他人を優先するような慈悲深さを持ち合わせていない。

 そんなただの人であるはずの俺は未だに考えることをやめない。やめたくない。やめられない。やめてはならない。

 そう、結局のところ、まだ諦めていないだけ。まだ暗闇(絶望)の中で灯り(希望)を探そうともがき続けているだけ。俺にできるのはそれだけだから。

 そして、気づく。ああ、そうか。そういうことだったのか。俺の能力は――。

「……皆、聞いてくれ」

 シンと静まり返っていた部屋に俺の声が響く。いきなり声を発したからか皆は一斉に顔を上げ、俺の顔を見て目を見開いた。

「東をどうにかできる方法……あるかもしれない」

 その言葉に全員が声を失う。それもそのはずだ。師匠の『穴を見つける程度の能力』ですら見つけられなかった打開策をちょっとした企業の代表取締役を務めているだけの一般人である俺が持ち出したのだから。

「それって……どういう」

「どういうも何もそのままの意味だ。つまり、東をどうにかするためには『響を立ち直らせた後』、『東が知らず』、『東の身体能力ですらどうにもできないような攻撃を』、『5~6回』撃ち込めばいい」

 今、問題になっているのは『響の心が折れていること』と『東の持つ情報』。そして、『異常な身体能力と『蘇生能力』の4点。言ってしまえばそれさえどうにかすれば東を倒せる。

「そんな簡単に言わないでよ……」

「いや、別段、難しい話じゃないんだ。実際、死に戻って情報を集め続けたはずの東ですら響に2回殺されている。そう、すでに響はさっき言ったことを2回もやってるんだ」

「あっ……」

 俺の発言にハッとする雅ちゃん。2回もできたのだからあと5~6回できてもおかしくはない。少なくとも可能性はゼロではないことだけは確かである。

「で? その具体的な案はあんのか」

「……ああ。それが本当にできるかどうか皆と話し合いたいんだ」

 その言葉に皆はお互いに顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷き合うと再び俺に視線を戻した。続きを話せと言いたいのだろう。

「俺が視えた(・・・)打開策は2つ。1つは桔梗ちゃん」

「へ? 私ですか?」

「ああ、この中で東とまともに戦えるのは奏楽ちゃんと桔梗ちゃんしかない。その中でも桔梗ちゃんは手っ取り早く強化できる方法があるだろ」

「……素材を食べさせて新しい変形を生み出すこと」

 いち早く答えに行き着いたのはやはり師匠だった。彼女は能力が開花されてから妙に頭の回転が速くなった。そうしなければ能力をまともに使えなかったのだろう。

「そう、桔梗ちゃんの真骨頂はそこだ」

「その新しい変形すら東が知ってたらどうするの?」

 質問してきたのは霊奈。しかし、その質問は問題にすらならない。何故なら東が『何を知っていて』、『何を知らないのか』を知っている人がいる。

「その点は後で響に聞けばいい。あいつは東が経験したことを経験してるんだからな」

「あ、そっか。でも、東すら打倒できるような素材が――」

「――ねぇ、桔梗」

 霊奈の言葉を遮ったのは雅ちゃんだった。座っていた場所が遠かったからか話しかけられた桔梗ちゃんはパタパタとちゃぶ台の上を走り、雅ちゃんの前に移動する。

「はい、なんでしょう」

「素材だけど……どんなものでもいいの?」

「え、ええ。食べられるものならどんなものでも素材にできます」

「……そう。なら――ッ!!」

 そう言って彼女は能力を使ってどこからか炭素を集め、短い剣を作り――自分の左腕を切り落とした。



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第464話 想いの素材

「ぐっ……」

 痛みでうめき声を漏らした雅ちゃんだったが血が飛び散らないように炭素を操作し、床に落ちた左腕の切断面を覆った。それと同時に残った腕から黒い腕が生えた。そう、炭素でできた義手である。

「これも……食べられる?」

 脂汗を額に滲ませながら左腕を拾った後、桔梗ちゃんに左腕を差し出す雅ちゃん。まさかの展開に俺を含めた全員が絶句していた。俺が視た(・・)のは打開策まで。だからこそ、雅ちゃんが自分の腕を素材にしようとするなんて思わなかった。

「食べ、られますけど……な、何をしているんですか!?」

 思わずといった様子で左腕を受け取った桔梗ちゃんだったがすぐに我に返って叫んだ。きっとここにいる全員が彼女と同じ気持ちである。確かにここに桔梗ちゃんの変形の素材になるようなものはない。しかし、だからといって何の躊躇いもなく、腕を差し出すのはあまりに――狂っている。

「私にできることってこれぐらいだから……左腕ぐらい炭素で代用できるし、こんな腕一本で幻想郷(ここ)が救われるなら安いもんだよ」

 どこか寂しげに目を伏せ、雅ちゃんは微笑む。それは嬉しさからこみ上げた笑みではなく、呆れから漏れた微苦笑。そんな彼女の笑みに隠された覚悟を見て皆、言葉を失った。

「それに……悔しいんだ。私たちが東の能力に引っかかったせいでリョウは死に、響は光を失った。あんな経験をした。絶望した。心が折れた。もう、響が苦しんでる時に見てることしかできないのは嫌だったのに……また、私は見てることしかできない。だから、これが私の覚悟の証。式神なのに主の傍にすらいられなかった情けない私にできる最大限の努力。本当に役に立つかわからないけど私にできる精一杯が左腕《これ》だった」

 そう言って雅ちゃんは自分の体を抱くようにそっと右手で黒い腕を掴み、桔梗に頭を下げる。まるで、閻魔大王に懺悔し、許しを請う罪人のように。

「だから……お願い、桔梗。私の代わりにこれを使って響を守って。響を助けて。私の……代わりに」

「……わかりました。雅さんの想い、確かに受け取りました」

 雅ちゃんの言葉に頷いた桔梗ちゃんは大きく口を開けて左腕を丸呑みした。桔梗ちゃんが素材を食べるところを見るのは初めてだったがまさか丸呑みするとは思わず、目を丸くしてしまう。

「ごちそうさまでした」

「……どう?」

「そう、ですね。こうして生物の部位を素材にするのは初めてですので……新しい変形ができるまで少しばかり時間が必要になるようです。ですが、必ずマスターの力になるような変形にしてみます」

「あ、桔梗ちゃんストップ」

 グッと両手を握りしめて宣言した彼女に待ったをかける。雅ちゃんが左腕を失ってしまったのはショックだ。だが、だからこそ彼女の想いを無駄にしないためにその変形に注文を付ける。

「今回の目的はあの異常な身体能力を持つ東を一撃で屠ること。それに見合った変形にできるか?」

「……はい。火力重視、もしくは即死するような特殊な能力を持った変形にすれば可能かと。しかし、その場合、変形を使う度に多大なエネルギーを消費します。全快しているとはいえ、今のマスターの地力量でも足りるかどうか……」

 そうか、その問題もあったか。先ほどの戦闘で響は翠炎の白紙効果を使ってしまっている。わざと死んで地力を全回復することはできない。一応、響には一時的に地力を増幅させる『ブースト』はあるがそれを使用して倒し切れなければ今度こそおしまいだ。

「エネルギーがあればいいの?」

 その時、今まで響が寝ている寝室の方を見ていた奏楽ちゃんが俺の袖を引っ張って質問してきた。雅ちゃんが腕を切断したところを見ていたはずなのにさほど動揺しているようには見えない。本当にこの子は不思議な子である。

「あ、ああ……」

「んー……じゃあ、もうちょっと増やそっかな」

 頷いた俺を見て首を傾げた彼女は胸に両手を当てて差し出すように掌を上にして前に突き出す。すると彼女の両手の上にバレーボールほどの白い球体が浮かんだ。一見して何の変哲もない白い球体だが不思議と圧迫感を与える不気味な球体。

「はい、ききょー。これあげる。おにーちゃんを助けてあげてね」

「え? ど、どうもです」

 どうやら雅ちゃんが左腕を差し出したのを見て自分も素材を提供するつもりらしい。桔梗ちゃんは戸惑いながら白い球体を受け取り、口に入れた。そして、目を大きく見開き、顔を青ざめさせる。

「な、なんてものをッ!? 奏楽さん、あなたは――」

「――だって、このままじゃみんな死んじゃうんでしょ? な、ら……わた、しも、がん、ば、らなきゃ。あ……余ったの、はエ、ネ……ルギー、に使って、ね?」

 突然、ふらふらし始めた奏楽ちゃんはそのまま俺の胸にポスっと頭を預けて眠ってしまった。桔梗ちゃんの様子から奏楽ちゃんが差し出した素材がとんでもないものだと推測できるが、それがいきなり奏楽ちゃんが眠りについた原因なのだろうか。

「えっと、桔梗ちゃん……奏楽ちゃんは何を?」

「……奏楽さんは自分の魂を差し出しました」

「……は?」

 自分の、魂? それは、どういうことだ。いや、言葉の意味は理解している。それに彼女の能力を考えれば納得もいく。だが、それによって引き起こる奏楽ちゃんへの影響がわからない。考えたくもない。

「それもおそらく大部分の魂を渡したようです。私は食べた素材を解析して変形を作るのですが少し解析しただけでそれがわかるほどのエネルギー量です。おそらく奏楽さんの言う通り、この魂を使って変形を作っても余ってしまうでしょう」

「じゃあ……『余った分はエネルギーに使ってくれ』っていうのは」

「私たちの話を聞いて変形だけでなく、エネルギー不足を解決しようとしたのでしょう。そして、これだけのエネルギー量ですから高火力、もしく特殊な効果を持つ変形で消費するエネルギーも『奏楽さんの魂(これ)』で賄えます」

「奏楽、ちゃん……」

 彼女の能力は『魂を繋ぐ程度の能力』。繋ぐことができるのならば――自分の魂を別の何かに繋ぎ、疑似的に切り離すことだって可能なはずだ。

 すぅすぅと眠る奏楽ちゃんを見て奥歯を噛み締めた。気持ちよさそうに眠っているが桔梗ちゃんの話を聞いた今は大部分の魂を失い、その失ったエネルギーを睡眠で補おうとしているようにしか見えない。彼女はいつ、目覚めるのだろうか。いつ、あの太陽のような笑顔を浮かべてくれるのだろうか。

「……雅と奏楽がそこまでするなら私だってやらなきゃね。2人みたいに自分の身を犠牲にする覚悟はないけど」

 不意にリーマちゃんが自虐的な笑みを浮かべ、桔梗ちゃんの前に移動して彼女に背中を向けるように座った。そして、凄まじい勢いで髪の毛が伸びていく。『成長を操る程度の能力』で髪の毛を伸ばしているのだ。

「ほら、私の妖力がなくなるまで伸ばすから端から食べてって」

「は、はい!」

「あ、ドグ、ハサミ持ってきて」

「……へいへい」

 桔梗ちゃんに麺をすするように髪の毛を食べられながらドグに指示を出すリーマちゃん。やはりというべきか『成長を操る程度の能力』を使うために妖力を使用するらしく、限界まで髪の毛を食べさせる気のようだ。

「……霙、ちょっと手伝ってくれない?」

「あ、はい。私も丁度、手伝って欲しいことがあったので」

 そんな2人を見ていた弥生ちゃんと霙ちゃんは立ち上がって別室へと消えていった。きっと、桔梗ちゃんに食べさせる素材を用意するのだろう。

 そして、リーマちゃんの妖力が底を尽き、倒れた頃になって弥生ちゃんと霙ちゃんが戻ってくる。2人とも――特に弥生ちゃんの衣服には少ない量の血がついていた。

「はい、桔梗。私からはこれ」

 そう言って弥生ちゃんが差し出したのは両手一杯の白銀の鱗。彼女は龍人ができる。つまり、あの鱗は霙ちゃんに一枚一枚引きちぎって用意したのだ。あれだけ血だらけになるほど鱗を千切られるなんてどれほど痛かったことだろう。

「私からはこちらを」

 霙ちゃんの手の中には4本の大きな牙と白い毛の束だった。おそらく神狼の姿になった後、弥生ちゃんに牙を折ってもらい、ついでに白い毛も切ったのだ。

 これで桔梗ちゃんに与えられた素材は6個。

 雅ちゃんの左腕。

 奏楽ちゃんの魂。

 リーマちゃんの髪。

 弥生ちゃんの鱗。

 霙ちゃんの牙と毛。

 多少時間はかかるかもしれないが皆の想いが込められた素材だ。東を打倒するような変形になる。俺はそう確信していた。

「……ごめんなさい。私は素材になりそうなものは」

「望は人間だもの。仕方ないよ……私はお札、とか? ありったけの霊力を込めれば素材にはなると思うけど」

「いや、霊奈には別のことをやってもらうから霊力は温存しておいてくれ。もちろん、師匠にも協力してもらうよ」

 俺の言葉に『え?』と驚いた様子で顔を見合わせる2人だったが今は時間が惜しい。桔梗ちゃんに新しい変形を作り出す作業に集中するように指示を出し、俺の腕の中で眠っている奏楽ちゃんを静さんに渡して改めて皆に視線を向けた。

「桔梗ちゃんの強化はこれぐらいにして……2つ目の方法を試そうと思う。ドグ」

「あ?」

 いきなり名前を呼ばれたせいかドグはキョトンとした様子で首を傾げる。アロハシャツ姿の男がそんな反応をしても気持ち悪いだけだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。正直、桔梗ちゃんの強化は上手くいくと思っていた。式神組の5人が文字通り自分の体を削って素材を用意したのは予想外だったが。

 しかし、2つ目の方法は危険である上、失敗する可能性が高い。そもそもできないかもしれない。それほど現実味のない方法だ。その分、成功した時、響の問題は『立ち直らせる』以外、全て解決する。その方法は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の能力で俺と師匠の能力を――響に移植できるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と師匠の『穴を見つける程度の能力』の移植である。

 



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第465話 希望の光

「能力を……移植?」

 全員が困惑した表情を浮かべる中、左腕を切断した痛みで額に汗を滲みませている雅ちゃんが言葉を零す。まぁ、無理もない。俺でも能力で視なければ絶対に思いつかなかっただろう。

「それってどういうこと? それに悟と望の能力は……」

 雅ちゃんの言葉を受け継ぐように質問した霊奈。しかし、その途中で口を閉ざしてしまった。

 俺と師匠の能力は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と『穴を見つける程度の能力』である。だが、今の響は東の『神経を鈍らせる程度の能力』により、視神経を極限まで鈍らされ、光すら認識できない――疑似的な失明状態にさせられた。俺たちの能力は目に関する能力だ。失明している響では能力を移植できても意味がない。そう、普通の能力であるならば。

「俺の能力は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。普段なら役にも立たない能力だが、失明しているのなら?」

「目の前は真っ暗だから……暗闇の中にいる。でも、それで視えるようになるって確証はどこにも」

「俺が幻想郷に初めて来た時、ルーミアに襲われて暗闇の中に閉じ込められた。でも、俺は普段と同じように視えた。視えないのに視えたんだ」

 師匠の反論に冷静に返した。響の場合、視神経を鈍らされているので本当に視えるかわからないが上手くいく可能性は高いだろう。そんな俺の言葉に納得しかけた皆だったがすぐに首を傾げた。

「じゃあ、望の能力は? 悟の能力で目が視えるようになるなら必要ないんじゃ」

「それはまた別の話。俺の能力で響の目が視えたところで東には勝てない。だから、師匠の能力で東の弱点……穴を見つけるんだ」

 リーマちゃんの疑問に短く答える。どんなに雅ちゃんたちが提供した素材で桔梗ちゃんが強力な変形を作り上げたとしてもそれを当てられなければ意味がない。先の戦闘で響は東の異常な身体能力を前に防戦一方になっていた。そんな相手に初めて使う変形を何の策もなく当てられるとは到底思えない。

「でも、この能力はいつ発動するかわからないんだよ? そんな不確定事項を当てにするのは――」

 重要な場面で発動しない能力にやきもきしていたからこそ、師匠は悲しげに告げる。しかし、それは織り込み済み。それを踏まえた上で俺はドグに移植できるか聞いたのである。

「――俺の能力は『暗闇の中でも光を見つける程度の能力』」

 師匠の言葉を遮って言い放ったのは何度も伝えた俺の能力名。遮られた師匠はもちろん、他の皆も目を細めて俺へ視線を向けた。

「さっき言ったように暗闇の中で普段通りに周囲が視えるだけの能力だ。でも……わかったんだ。この能力にはもう1つだけ効果がある」

 それがどんなに追い詰められた状況でも俺が諦めずに思考し続け、東を打倒する方法を視つけ出した理由でもある。そして、俺が見出した最後の希望()

 

 

 

 

 

「『暗闇(絶望)の中でも(希望)が視える程度の能力』……追い詰められて目の前が真っ暗になっても諦めず、小さな希望を見つける。それが俺の能力だ」

 

 

 

 

 

 あの時、自分の能力を自覚した瞬間、真っ暗だった目の前に一筋の光が射し込んだ。その光を覗きこむ(・・・・)と二つの景色が視えた。一つは何かを美味しそうに食べる桔梗ちゃんの姿。そして、もう一つは俺、師匠、ドグの三人が手を繋いでいる光景だった。それを見てあの方法を思いついたのである。

「絶望の中でも希望が視える……ッ!」

 俺の言葉を繰り返すように呟いた師匠だったがすぐに気付いたのだろう。ハッとして自分の右目を覆うように右手を顔に当てた。そのままおそるおそる俺の方を見る。

「まさか……」

「え? どういうこと?」

 師匠の様子を見て視線を彷徨わせる弥生ちゃん。きっと、自分だけが気付いていないのではないかと不安になったのだろう。だが、今のところ、師匠だけしか気付いていないようで他の皆も混乱した様子で俺と師匠を見ている。

「そうだな……例えば、真っ暗な森の中を歩いてていきなり目の前から懐中電灯を持った人が来たら? どんな風に見える?」

「そりゃ懐中電灯を向けられてるから眩しいんじゃ?」

「ッ! そっか、暗闇の中で光が視えるならそれは()になる!」

 俺の質問に答えた弥生ちゃんだったが答えに行き着いたのは霊奈だった。

 暗い世界に光が射す――それはつまり、暗黒の世界に穴が開き、そこから光が射しこんだことに他ならない。

 また、師匠の能力が思うように発動しないのは穴がある場所を見つけられなかったからだ。

 だが、もし、その穴が常に見つけられるような状態になれば? 師匠の能力が常に発動し、穴を見続けられる。それはつまり、勝つための方法を常に得られ続けるのだ。

 俺の能力で絶望の中でも()を生み出し、師匠の能力でそれを見つける。それが俺が見つけた(希望)。たった一つの東に勝つための活路。

「……それでドグ。答えはどうなんだ?」

 俺の問いで全員の視線がドグに集中する。彼は目を閉じながら腕を組み、静かに俺たちの話を聞いていた。数秒ほど沈黙が続いたがやがてドグは目を開き、溜息を一つだけ吐く。

「答えはイエスでもあり、ノーでもある。それもノーが二つだ」

「……その心は?」

「お前の言う通り、俺の能力ならお前らの能力を響に移植できるだろうな。これがイエス。でもな? 忘れたわけじゃないだろ? 俺は現在進行形で消滅しつつある。能力を使えば一瞬で消えちまうだろうさ」

 肩を竦めて他人事のように言った後、『それにな』と続けた。一つ目のノーの解説はまだ続くらしい。

「お前たちの能力を移植するためには3つのプロセスが必要だ。1つはお前たちから能力を断つこと。これはお前たちの能力がどれだけ癒着しているかによって消費する妖力が変わる。二つ目に能力を響の体に移動させること。まぁ、移動させるだけならさほど妖力は必要ないだろうが、問題は3つ目――響に能力を移植させるプロセス。これについてはやってみなきゃわからん。響と能力の相性にもよるし、そもそもキャパシティーが足りるかどうか」

「キャパシティー?」

「言っておくが何事にも限界ってもんがある。強力な能力になれば容量が大きい。そんな能力を容量が足りないのに無理やり移植すれば代わりに何かを削らなきゃならん」

「……」

 ドグの言葉に師匠が俯いた。確か彼女は『穴を見つける程度の能力』が発言した拍子に全ての地力を失ったと聞く。それもその能力を与えたのは響の本能力らしい。つまり、師匠は容量の大きい能力を得る代わりに地力を削ったのだ。もしかしたら響も容量が足りなければ何かを失うかもしれない。

「……二つ目のノーは?」

「簡単な話だ。能力ってのは体の一部。自分を構成する大切な存在だ。それを移植すれば……どうなるかわからんぞ。特に……」

 そう言ってドグは師匠に視線を向けた。地力を削ってまで手に入れた能力を手放せばどうなるか。また地力が戻ってくるのか、それとも能力も地力も失って死んでしまうのか。それを知る者はここにはいない。

「……構いません。私の能力でお兄ちゃんが……幻想郷が救われるのなら」

 静まり返った部屋に師匠の声が響く。死ぬかもしれないと聞かされたのに彼女は顔を青ざめさせながらもしっかりとした眼差しでドグを見つめていた。

「雅ちゃんも言ってたけど……私だってずっと悔しかった。私をずっと支えてくれたお兄ちゃんのために何かしたかった。でも、何もできなかった。能力を手に入れてやっとお兄ちゃんの役に立てるかもしれなかったのにそれもできなくて……だから、今度こそお兄ちゃんや皆のために頑張りたいの。頑張らせてほしいの!」

「望ちゃん……」

 彼女の覚悟の言葉に静さんは悲しげにその名を呼び、唇を噛み締めた。静さんは今まで3回、結婚している。1度目の夫とは離婚。2人目の夫は病死。3度目――事実婚だったがリョウまで亡くした。

 そして、今度は愛娘である師匠まで失うかもしれない。しかし、師匠の能力がなければ東に勝てないのも事実であり、なにより娘の気持ちを尊重したいのだろう。だから、彼女はまた心を押し殺す。『死なないで!』と叫びたいのに静さんは自分自身でそれを良しとしない。

「もちろん、俺も構わない。そうじゃなきゃこんな危険で成功率の低い方法なんて提案しないさ」

「……いや、お前らの覚悟はわかったが、一つ目の問題が――」

「――それならすぐにでも解決するぞ」

 ドグが気まずげに頭を掻いて視線を彷徨わせたその時、ここにはいないはずの人の声が聞こえた。ほぼ全員がその声が聞こえた方に目を向ける。

 

 

 

 

 

「ドグ、俺の式神になれ」

 

 

 

 

 

 そこには相変わらず限りなく白くなってしまった黒目を虚空に向けながらも『俺たちの希望の光(音無 響)』が立っていた。



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第466話 思考の定義

「おき、てる……かし、ら」

 皆が寝室を出て行った後、たどたどしく、今にも消えてしまいそうな声で問いかけたのは東に霊力を奪われ続け、衰弱しているはずの霊夢だった。

「霊、夢?」

「ぁ……起きてた、のね」

 俺が声を出すとどこかホッとしたように声を漏らす。目が見えないので彼女が今、どんな顔をしているかわからないが安心したことは何となく察した。

「お前こそ、起きたのか」

「そりゃ、あんなに近くで騒がれたら、ね……ふぅ」

 俺の質問に答えた霊夢だったが一言話しただけで溜息を漏らす。話すことすら億劫なのだろう。それだけ霊力を奪われてしまったのだ。そう、幻想郷が崩壊すると同時に彼女も死ぬ。もう彼女の命は半日後には――。

「……もう、馬鹿ね」

 その時、不意に俺の頬に温かい何かが触れた。それが彼女の手だと気づくのに数秒ほどかかり、すぐにその温かさに顔を歪めてしまう。この温かさは半日しか持たないことを知っているから。

「あなたは、本当に……馬鹿よ」

「何の、話だ」

「さっきの話、意識が朦朧としててよくはわからなかったけれど……響が苦しんでることぐらいわかるわ」

 震える手を俺の頬を撫でるように動かしながら優しい声音で話す霊夢。もう彼女の顔は見えないが優しく微笑んでいるような気がした。

「ええ、そう。あなたは苦しんでるの。色々なことがあって、色々なことを思って、それが重くて、苦しんで、悩んで、悶えて……動けなくなっちゃった」

「……」

 諭すように語る霊夢に俺は無言を貫く。

 世界の滅亡、幻想郷の崩壊、霊夢たちの命――そして、俺の死。

 その全てが重い。1つですら一人で背負うには重すぎるのにそれが複数あるのだ。

 それに加え、俺が死ねば世界は滅亡し、世界を守るためには幻想郷と霊夢たちを諦めるしかなく、幻想郷と霊夢たちを救おうとすれば十中八九、俺は死ぬ。

 そう、今の俺には全てを救うことができない。東との戦力差は歴然。ましてや、俺が死に、世界が滅亡すれば幻想郷と霊夢たちも共倒れする。俺が東と戦えば全てを失うのである。

 なら、いっそのこと、幻想郷と霊夢たちを諦めた方が、と考えてしまい、そんな自分に失望した。

 だから、考えることを止めた。

 こんなことをしている場合ではないのはわかっている。世界を守るにしても、幻想郷を救うにしても早くどちらかに決めて動くべきなのだ。

 でも、東の絶望を経験した俺は少しばかり疲れてしまった。何かを背負うことに嫌気がさしてしまった。戦うことに怖気づいてしまった。真っ暗な世界が怖くなってしまった。その結果、俺は今、ここで動かずに布団の中で震えている。惨めにこの先に待つ未来を想像しながらも最悪を恐れて身を丸めている。なんと情けない話だろう。

「……ふふ」

 突然、霊夢が小さく笑い声を漏らす。まるで、簡単な問題なのに答えがわからず、ずっと悩んでいる子供を見守る母親のように。

「そこが馬鹿だって言ってるの。確かに考えることは大切……でもね、考えるのは動くための準備なの」

 霊夢はそこで言葉を区切り、少しだけ深く呼吸を繰り返した。きっと、衰弱しているから長くは話せないのだろう。今の霊夢にとって話すことすら体力を消費する行為なのだ。

「動くために考える。考えたから動く。考えるだけじゃ……意味がないの」

 だが、彼女は話すことはやめなかった。震える手を俺の頬に当て、掠れた声で言葉を紡ぎ、消えかかっている命を懸命に燃やして俺に気持ちを伝えているのである。

「だから、響……前を見なさい。立ちなさい。歩きなさい。走りなさい。戦いなさい。そして、守りなさい。考えてしまったのなら……この状況をどうにかしようと思考を巡らせてしまったのなら最後まで足掻きなさい。それが、私の知る『音無 響』という人物よ」

「……でも、無理だ。東を倒す手段がない。どうすればいいかわからないんだ」

 そう、結局のところ、そこへ収束する。全てを守るためには俺が東を倒すしかない。だが、立ち上がったところで今の俺では東を倒せない。だから、世界も滅亡し、幻想郷も崩壊し、霊夢たちも死ぬ。共倒れするぐらいならいっそ――。そこまで考えて思考がストップする。それをずっと繰り返しているだけ。

「じゃあ、仲間を頼りなさい。あなたはもう知っているでしょう? 仲間の大切さを。一人でできることの少なさを。肩を並べて戦う心強さを」

「だが、東に近づけば今度こそ皆は……」

 あいつの絶望を経験したからこそあの能力の恐ろしさを俺は識っている。神経を鈍らされることはもちろん、何より恐ろしいのは自分が神経を鈍らされていることに気づけないこと。東の傍にいればいつの間にか警戒心を鈍らされ、自分から近づき、奴の手の中にいて逃げられなくなる。前々回の世界線ではそれのせいで皆は東に味方し、あんなことになってしまった。翠炎がいなければ前々回の世界線と同じように今頃、桔梗と奏楽以外、東の味方になっていただろう。

 すでに東の能力を知っている皆ならすぐに奴の虜になることはないだろうが翠炎が使えない今、運動神経はどうにもならない。俺と一緒に戦えば皆はすぐに殺されてしまう。

「だから、相談すらしない? これ以上、巻き込むわけにはいかないから事情すら話さず、ここで独りで拗ねてるの?」

「拗ねてるわけじゃ――」

「――拗ねてるじゃない。どう足掻いても勝てない相手を前にどうすることもできなくて、そんな自分が嫌で不貞寝してる。違う?」

「……」

 何か言い返そうと口を開けるが言葉が詰まり、結局、小さく息が漏れるだけに終わる。

 東と戦い、俺が死ねばそれを見て絶望した奏楽によって世界も幻想郷も霊夢たちも終わる。しかし、逆説的に言えば俺が東に勝てば全てを救うことができるのだ。そう、勝つことさえできれば。

 世界が滅亡するだの、幻想郷が崩壊するだの、霊夢たちが死ぬだのと色々と考えたが根本的な問題は俺が東に勝てないことにある。それがわかっているから俺は布団の中で思考を停止させた。だって、勝てないのは自分が弱いせいだから。

 東に勝てなかったことが悔しくて、自分せいで何もかも失うことが怖くて、何もせず幻想郷や霊夢たちを失うのが恐ろしくて、こんなところで無駄に時間を浪費している。これを拗ねていると言わずして何になる。

「響……こっちを見て」

「……もう何も見えない」

「いいから。声で私の顔ぐらいどこにあるかわかるでしょう」

 ずっと触れていた手を引っ込めたのか、頬からぬくもりが消えた。そして、霊夢の指示通りに彼女の声を頼りに顔を動かす。一体、この行為に何の意味があるのだろう。もう俺は彼女の生きている(・・・・・)姿を網膜に焼き付けることはできないのに。

「……」

「……」

 顔を向けたはずなのに彼女は何も言わない。俺も霊夢が何をしたいのかわからず、黙っているしかなく、沈黙が続いた。

 それからしばらく黙っていたが真っ暗な世界にいる俺にとってその沈黙はとても辛く、どんどん不安になっていった。

 俺が顔を向けた瞬間に彼女に限界が来て気を失ってしまったのではないか?

 いや、長く話したせいでとうとう霊夢の体力が底を尽き、そのまま――。

 そんな嫌な考えが頭を巡り、胸の奥の何かを燻ぶらせる。そう、それこそ彼女が倒れているのを見た時に、彼女の命が失われかけていると分かった時に動いた俺の知らない感情。名前のない気持ち。それらが時間が経つにつれ、どんどん揺れ動き、胸を締め付け、心を闇色に染めていく。

「霊夢? 起きてるのか?」

「……ええ、起きているわ」

「っ……そうか。なら、何か言ってくれ。こっちは何も見えないんだから」

「それはごめんなさい。謝るわ……でもね、響、あなたの仲間もきっと今のあなたと同じ気持ちよ。だって、気持ちは目には見えないもの。言葉にしなきゃわからない……いえ、言葉にしてもわからないことはあるけれど、言葉にしなきゃ何も始まらない」

「……」

 そこで霊夢は乱れ始めた呼吸を整える。今度は深い呼吸音が聞こえたので不安にならなかったが、それ以上に今の彼女の言葉に僅かながら罪悪感を覚えた。

 今の俺は物理的に何も見えない。だから、歩くためにはまず手探りで何か触れるものを探すだろう。しかし、どんなに手を振り回しても、めちゃくちゃに歩いても何も触れられなければいずれ立ち止まってしまうはずだ。自分が今、どこにいるのかわからず、不安になってしまうから。

 きっと、これは精神的な意味でも同じだ。相手が何を考えているかわからないから人は会話をして手探りでその人の性格や考え方、好みを知る。そうして初めてその人へと歩み寄ることができるのだ。

 では、こちらの質問に相手が何も答えなければ? 会話という会話がなく、表情も読めず、何をしても無視するような相手ならどうだろう。もちろん、そんな人へ歩み寄ることはできない。好きになるにも、嫌いになるにもまずはその人を知らなければどうすることもできない。

 目に見えないのに、体のどこにあるのか現代医学でもわからないのに、確かに存在しているそれを人は『心』と呼ぶ。

 そして、俺はその『心』を皆に隠している。だから、皆は俺を助けたくても助けられない。

 『皆で生き残る覚悟』。皆は俺を、俺は皆を、皆は皆を守り、全員で生き残るという覚悟を俺は果たして持ち続けているのだろうか。こんな――仲間に頼ることすら怯えるようになってしまった情けない俺は果たして。

「だから、まずは皆と……話しなさい。今後どうするか、皆で話し合ってきめ、るの」

「……霊夢?」

「あと、は……お、ねがい、ね」

 伝えたいことは伝えたのか、霊夢の声がどんどん弱くなり、聞こえなくなってしまった。とうとう限界が来てしまったらしい。残り時間はもう半日もない。小さくも苦し気な霊夢の寝息がタイムリミットが迫っていることを示していた。

「……」

 だが、命を燃やしてまで伝えてくれた言葉は弱りきった俺の心を動かすには十分すぎるほどの熱量を持っていた。もう少し、もう少しだけ考えてみよう。この後、どう動くか決めるために、もう少しだけ思考を巡らせよう。それが俺のために頑張ってくれた霊夢への唯一のお礼だから。



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第467話 この世界のために

「……」

 霊夢の苦し気な寝息を聞きながら俺はあえて目を開けたまま、思考を巡らせ――ようとしてすでに思考を巡らせるほどの問題は残っていなかったに気づく。言ってしまえば俺が東に負け、死ねば奏楽が世界を滅ぼし、それを恐れて東と戦わなければ幻想郷が崩壊し、霊夢たちが死ぬだけの話なのだ。これ以上、この点に考えてもその事実は変わらない。きっと霊夢なら俺との会話でその点を理解している。

 なにより霊夢は一言も『助けて』と言わなかった。『救って』と願わなかった。『戦って』と命令しなかった。彼女は『この状況をどうにかしようと考えたのならそのために動け』と言っただけ。

 そして、俺は一度だけ東と戦い、勝利して幻想郷も霊夢たちも世界も救う方法を模索した。でも、その方法がわからなかった。今の俺には東に勝つ手段がない。彼は俺や仲間たちのことをほとんど()っているから。もう、俺だけでは守りたいものを守ることができなかった。

 だが、それは俺だけの話。たとえ、東の能力で俺、桔梗、奏楽以外の仲間が戦えない状況でも話し合うことができる。一緒に東を倒す方法を考えてくれる。遠くから俺たちの勝利を願ってくれる。

 霊夢も言う通りだ。一緒に戦場に出れば東に殺されるとわかっているから少しでも戦場から遠ざけようとして口を閉ざした。もし、話し合って仲間の誰かを犠牲にするだけで(・・・・・・・・)全てを救えると結論が出ればきっと実行されてしまう。世界と少ない犠牲を天秤にかければその重さに耐えきれなくなるのは犠牲になる仲間だ。だって、自分さえ犠牲になれば世界を救えるということは逆説的に言えば自分の命可愛さに犠牲にならなければ――その仲間のせいで(・・・)世界は滅んでしまうのだから。『世界と自分の命、どちらを犠牲にした方が楽か』などその答えは言わずとも、その状況にならなくとも容易に想像できた。

 だから俺は仲間と話し合うことを避けた。一緒に東を倒す手段を模索することを躊躇した。たった独りでこの重荷に耐えようと殻に閉じこもった。

 そんな俺を叩き起こしたのは霊夢である。全ての事情を理解した上で仲間を話し合えと、どうにかしたいと思ったのなら仲間を頼れと言ったのだ。

「……」

 ああ、わかっている。わかっていた。こんなところでうじうじ布団の中で丸くなるより仲間たちに東の絶望を経験して得た情報を話して一緒に考えた方がいいことぐらい。でも、世界の滅亡だとか、幻想郷の崩壊だとか、霊夢たちの死だとか、仲間が犠牲になる可能性だとか、色々なことを考えてしまい、俺は怖くなった。今まで経験したことのない重量を誇る大切なものを背負いあげようとして押しつぶされた。それはもう無様なほど簡単に。

 結局のところ、ただ俺が臆病なだけだったのだ。だから、霊夢は俺の背中を押してくれた。死にそうになりながらも必死に言葉を紡ぎ、どうしても踏み出せなかった一歩を踏み出させてくれた。

「……」

 俺はゆっくりと――一つ一つの動作を確認するように布団から出て立ち上がる。相変わらず、俺の世界は真っ暗だが手探りでなんとか壁まで辿り着き、壁伝いに歩いて襖を発見。そのまま、開けて居間の方向へ向かう。

 もし、東と戦えば俺は殺されるかもしれない。

 もし、俺が死ねば世界は終わるかもしれない。

 もし、俺が戦わなければ幻想郷は崩壊するかもしれない。

 もし、俺が逃げ出せば霊夢たちは死ぬかもしれない。

 もし、仲間たちと話し合えば誰かが犠牲になるかもしれない。

 廊下を歩きながらそんないくつもの『たられば』が頭を過ぎり、額に冷や汗が流れる。息が荒くなる。胸が苦しくなる。手が震える。足に力が入らなくなる。今にも膝から崩れ落ちそうになる。

 東に植え付けられた絶望が鎖のように俺の体を縛り付ける。それこそが奴の考えた作戦。俺の心をへし折り、戦う意欲を失くし、不戦勝狙い。それが奴の目的を達成しつつ、奏楽がこの世界を滅ぼさない勝ち筋。仮に心をへし折れず、俺を殺し、奏楽が世界を滅ぼそうと自分には次があるから関係ない。勝てはしなくとも絶対に負けがない、東にとって有利な状況。

 だから、俺は歩みを止めなかった。止めてはならなかった。

 次のある東はともかく、俺は絶対に動かなければならなかった。奴にとってこの世界は数ある世界線の一つでも俺にとってここが唯一の世界なのだから。世界も、幻想郷も、霊夢も、仲間も失いたくない大切なものだったから。俺はそれらを守るために――前を見る。たとえ、光は見えずとも立つことはできる。歩くことはできる。走ることもできる。戦う手段だってあるはずだ。戦えるのなら大切なものを守ることだって可能。ああ、俺は独りじゃない。独りじゃなかった。

 

 

 

 

 

「お前の能力で俺と師匠の能力を――響に移植できるか?」

 

 

 

 

 

 仲間がいる。

 居間に繋がる襖の前に立ち、中から聞こえた悟の声で俺は自分の愚かさは恥じた。きっと、俺が不貞寝している間も皆はこの状況を打破するためにずっと頑張ってくれていたのだ。俺がうじうじ悩んでいる間に東をどうにかする方法を見つけてくれたのだ。

「簡単な話だ。能力ってのは体の一部。自分を構成する大切な存在だ。それを移植すれば……どうなるかわからんぞ。特に……」

 拳を握りしめ、時間を無駄にし続けていたことを後悔している間も居間では話し合いが続いている。どうやら、悟は彼と望の能力を俺に移植することで俺の失明と勝利への道筋を見つける方法を同時に解決するつもりらしい。

 だが、問題があった。これこそ俺が恐れていた仲間の誰かが犠牲になること。その犠牲者は――望。彼女は俺の本能力が『穴を見つける程度の能力』を与えた際、ドグが言っていたキャパシティーを超え、地力がなくなってしまった。それこそ永琳や紫に生きていることが不思議、死んだ人と同じと言われてしまうほどのイレギュラー。そんな彼女から能力を移植すれば――。

「……構いません。私の能力でお兄ちゃんが……幻想郷が救われるのなら」

 ――それがわからない望ではない。わかっていながらも彼女は能力の移植を承諾した。自分の命がかかっているのに少しだけ考え、答えを出した。下手をすれば一生、答えの出ない問題なのに。

「雅ちゃんも言ってたけど……私だってずっと悔しかった。私をずっと支えてくれたお兄ちゃんのために何かしたかった。でも、何もできなかった。能力を手に入れてやっとお兄ちゃんの役に立てるかもしれなかったのにそれもできなくて……だから、今度こそお兄ちゃんや皆のために頑張りたいの。頑張らせてほしいの!」

「……」

 そんなことはない。望がいてくれたから俺はここまでなんとか生き残ってこられた。

 そう言ってやりたがったが何故か俺の足は動かない。その原因はわかっている。望にそんな気持ちを抱かせたのは長い間、仲間に頼ろうとせず、『皆で生き残る覚悟』を決めたのに結局、今も独りで解決しようとした俺のせいだから。

 

 

 

 

 

 ――だから。

 

 

 

 

 

「……いや、お前らの覚悟はわかったが、一つ目の問題が――」

「――それならすぐにでも解決するぞ」

 襖を開け、一歩前に踏み出す。これから大切なものを守るために様々な困難を乗り越えなければならないだろう。成功する確率も低いし、最悪の場合、全てを失う可能性だってある。

 

 

 

 

 

「ドグ、俺の式神になれ」

 

 

 

 

 

 でも、常に安全な方法を取れるわけじゃない。そんなこと、今まで何度も死にかけ、何度も失いかけた俺が一番知っていることだった。

 だからまずは仲間を頼ることから始めよう。それがたとえ、誰かが犠牲になろうとも俺はその重荷を背負う。背負いきってみせる。それぐらいしなければ守るものも守れないだろうから。



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第468話 覚悟を決める時

「響……」

 俺の登場に驚いたのか、少しの間、何も反応なかったがやっと悟が絞り出すように声を漏らした。相変わらず目は見えないので皆の様子がわからず、続きを話してもいいか悩んだかこのままでは埒が明かないので構わず口を開く。

「一つ目の問題はリョウが死んでドグに地力の供給がなくなったのが原因だ。なら、別の供給源を作ればいい。そうすれば一つ目の問題も解決されるし、ドグも消えずに済む」

「キャパシティーの方は? さすがのお前でも能力を2つ……まぁ、悟の方は軽量だろうけど、移植するのは――」

「――俺の魂構造が特殊なのは知ってるだろ。まだ空いてる部屋があるからそこに格納できるはずだ」

 家で例えるなら物置に普段使わない物を保管しておくようなものだ。それに悟と望の能力は常時発動型(パッシブスキル)なので空いている部屋に保管しても問題なく発動するだろう。

「……はぁ。見守るって言ったからな。お前らの決定に任せる」

 溜息を吐いたドグだったが、すぐにトサリと畳特有の軽い音が聞こえた。どうやら、その場でドグが畳に横になったらしい。これでドグの協力は得られた。

「悟」

「お、おう?」

「すまないが詳しい話を聞かせてくれ。途中からしか聞いてなかったんだ」

 俺が居間に入った時、真っ先に声を出しそうな桔梗の声がずっと聞こえてこない。それに雅の苦しげな息遣いや微かに血の匂いがする。俺が布団の中で燻ぶっている間に何かあったのは間違いない。

「わかった」

「はい、響ちゃん。移動するから手を握るよ」

「……ありがと、母さん」

 こちらを気遣うように優しく手を握った母さんに引っ張られ、俺は座布団の上に座ることができた。

 それから悟は彼が能力で視つけた東対策について話す。

 一つ目の対策は『東の知らない桔梗の変形を使い、一撃で倒す』というもの。その過程で雅が左腕を切り落としたこと。また、奏楽が魂の一部を桔梗に提供して深い眠りについたことを知った。リーマ、霙、弥生も自分の体の一部を素材としたため、多少なりとも疲労、負傷しているそうだ。因みに桔梗は新しい変形を生み出す作業に集中しており、俺が戻ってきたことに気づいていないらしい。

「雅、大丈夫か?」

「大丈夫……ではないかな。炭素を義手代わりにできるとはいえ、すぐに痛みは引かなくて」

「……すま――」

「――そこはお礼を言って欲しいかな。私は……ううん、私たちは私たちのために響を助けたいから桔梗に素材を提供したんだから。

「……ああ、ありがとう。皆も、ありがとな」

 頭を下げてお礼を言うと周囲から堪えきれず思わず漏れてしまったような小さな笑い声が聞こえた。

 二つ目は『ドグの力で悟と望の能力を俺に移植させる』方法だったので手短に話し、情報共有は終了した。

「それで? 俺の対策は東に通用しそうか?」

「……そうだな。まず桔梗の変形についてだが東が知る変形は今まで俺が使ったことのなる変形だけだ。今、開発してる変形は()らないだろう」

 でも、それは()らないだけだ。実際に変形が完成しなければ東に通用するか判断できない。そもそも東が培ってきた1万回以上の経験(絶望)とこの世界線では大きく違うところが一つだけある。

「その違うところって?」

「……俺の性別が違う」

「……は?」

「だから……今までずっと女だった『音無 響』がどういうわけかこの世界線だけ男として生まれたんだ」

 霊奈の質問に嫌々ながらも答えた。

 そう、理由はわからないがこの世界線の『音無 響』は男だったのである。それに気づいた東は散々調べ上げた俺について調査し直す羽目になり、計画は年単位で遅れた。更に今までの世界線では一度も生まれなかった翠炎の存在もあり、計画を大きく見直すことになったのだ。

「響が女の子……どんな子だったんだ?」

「桔梗が話していた『ななさん』って人格が俺の女バージョンそっくりだった。女の俺はどちらかといえば後方支援が得意だったし」

 それこそ彼女は仲間と一緒に困難に立ち向かうタイプだった。いや、女の俺は最初、支援しかできず、仲間に頼る他なかったのである。本当に俺と彼女はコインの表と裏のように真逆の性質を持っていた。東の経験(絶望)からしてみれば彼女こそ(本物)の『音無 響』であり、男である俺は(偽物)なのだろう。

「二つ目の対策も……と、いうよりそもそも悟に能力があること自体、東は()らない」

「……そ、そうか」

「別に眼中になかったわけじゃないんだぞ? 今までの世界線じゃ悟の会社がなければやばかったこともたくさんあったし。でも、悟自身、能力が発現、もしくはその存在そのものに気づいてなかっただけの話だ」

 きっと悟が能力を発現させたのもこの世界線だけ。なお、望の『穴を見つける程度の能力』は東も調査済みである。随分前の世界線で望の能力が最終決戦で発動し、逆転したことがあったので警戒しているのだ。だからこそ、東は俺たちが幻想郷に転移した後、最初に望に接触し、信用を得ようとした。最悪の敵を抱き込めば最強の味方になるのだから。

「じゃあ、対策が有効かどうかやってみるしかないってことか」

「ああ……なぁ、本当に――」

「――いいのかって質問はなしだよ、お兄ちゃん」

 悟に対して問いかけようとした言葉に答えたのは望だった。雅たちはすでに桔梗に素材を提供した後だったが、望と悟に関してはまだ間に合う。今ならまだ止められる。そう考えて思わず零れた問い(弱音)。でも、それを口にすることすら望は許さなかった。

「確かに能力を移植しても無駄に終わるかもしれない。そのせいで私たちが死んじゃうかもしれない。でもね、やらなくても死ぬんだよ。私たちはお兄ちゃんが『コスプレ』で紫さんの能力をコピーしない限り、幻想郷から出られないんだから」

「……待て。どういうことだ」

 たとえ、俺の目が潰されようとも能力そのものが消えたわけじゃない。幸い、『ブースト』は使えるのでもう一度、『時空を飛び越える能力』と四神結界を使って転移すれば――。

「――そうだ。四神たちはどうした? さっきから……と、いうより幻想郷に来てから一度も声を聴いてないんだが」

「あ、れ? お兄ちゃん、知らなかったの?」

「待って、師匠。俺も知らない。四神たちがどうしたんだ?」

 俺に続き、悟が質問すると他の人たちが困惑したように沈黙してしまう。あの時は幻想郷の異変に気を取られていて気づかなかったが今思えば奏楽と合流した時、彼女が気絶していたとしても麒麟が状況を説明してくれてもおかしくはなかった。

「あ、そっか。奏楽はずっと気絶してたから……えっとね。悟、これを見てほしいんだけど」

 そう言って雅が何かをちゃぶ台に置いたのかコトリという音が聞こえる。それから3回に分けて連続で同じような音がした。雅が座っているであろう方向とは別の場所から聞こえたので別の誰から同じような物を置いたのかもしれない。

「そ、それって……」

 その何かを見た悟が息を飲んだ。それからすぐに隣に座っている母さんの方からごそごそと何かを探す気配を感じ、再びコトリとちゃぶ台から音がした。聞こえた音は計5回。音の大きさや響きから察するに彼女たちが置いたのは――四神の珠。

「四神の珠が、どうかしたのか?」

「音だけでそこまでわかったことには突っ込まないけど……あの転移の時、すごい負荷がかかったみたいで――」

 最初、僅かに呆れたような声音で言葉を発した雅だったがすぐに深刻そうに声を低くする。

 

 

 

 

 

 

「――四神の珠、全部が罅割れちゃって四神たちの声も存在も消えちゃったの」

 

 

 

 

 

 

「それは……」

 転移の負荷に珠が耐え切れず、破損したことにより俺の本能力が生み出した四神たちは消滅。もちろん、四神結界も使えず――『時空を飛び越える程度の能力』で外の世界と幻想郷を行き来できなくなった。それは幻想郷の崩壊、そして、霊夢たちの死と同時に俺たちも彼女たちと一緒に死ぬことに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 ――覚悟を決める時だよ、『偽物(音無 響)』。

 

 

 

 

 

 

 そんな『本物(音無 響)』の声が聞こえたような気がした。



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第469話 未実行の覚悟

 東の手によって幻想郷が崩壊すれば霊夢たち、幻想郷の住人だけでなく、俺たちも同時に死ぬ。つまり、最初から世界のために幻想郷を、霊夢たちを見捨てるという選択肢はなかった。あれだけ布団の中でうじうじ悩み、無力感に苛まれ、己の不甲斐なさに奥歯を噛み締める必要もなかったのである。

「……」

 四神たちが消滅したと告げた雅はもちろん、他の皆も無言になり、重い空気が居間を支配した。視線を感じるので俺が何かアクションを起こすのを待っているらしい。

「……く、くくく」

「きょ、響?」

 そして、俺はそんな沈黙を破るように思わず笑い声(・・・)を漏らしてしまった。まさか笑い出すとは思わなかったようで悟は困惑したように俺の名前を呼んだ。他の皆からも何となく俺を心配している気配を感じる。

「す、すまん……ほんと、俺ってバカだなって思っただけで」

 必死に笑いを堪えながら悟にそう答えた。

 確かに四神が消滅したことはショックだったし、あの東を止められなければ俺たち全員死んでしまうという事実も恐ろしかった。

 だが、それ以上に霊夢の言った通り、もっと早く皆と話し合えば選択肢が一つしかなかったことに気づけたのだ。あんな無駄な時間を過ごさず、東を倒す方法を考えられたのだ。

「……ああ、わかった。やるしかないのならやろう。とことんまで抗ってやろう」

 

 

 

 

 

 なぁ、『本物(音無 響)』。

 

 

 

 

 

「悟が考えた対策を中心に東を倒す作戦を立てよう。俺が東の絶望を経験した今、情報量は変わらない。いや、むしろ、新しい手札を増やせる俺たちの方が有利だ」

 

 

 

 

 

 きっと、今みたいにやるしかなかったから仲間を頼った。自分一人だけじゃ誰も守れないから仲間と一緒に戦い、傷つき、守り合った。

 

 

 

 

 

「やるぞ、皆で」

 

 

 

 

 

 

 それこそ俺が見つけた『皆で生き残る覚悟』。下手に戦えてしまったからこそ独りだった『偽物(音無 響)』が『本物(音無 響)』に憧れ、今の今まで実行に移せなかった覚悟である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の絶望から奴が本格的に動き出す――つまり、幻想郷を崩壊させる時間帯は朝方であることはわかっていたのでそれに間に合うようにタイムスケジュールを立て、日付が変わった頃に奴の元へ向かうことに決めた。俺が無駄な時間を過ごしたり、作戦を立てるために時間を使ったので今の時刻は午後6時。残り時間はおよそ6時間。その間に全ての準備を終えなければならない。

「問題は……桔梗がまだ調整中ってことだよな」

「お兄ちゃんが戻ってきてることにも気づいてないもんね。はい、置いたよ」

 望がちゃぶ台に長方形に切られた半紙を置き、慣れた手つきでさらさらと術式が書き込んでいく。目が見えずとももう何度も繰り返してきた工程なので特に難しく感じることなく、作業を進める。

「そっちの調子はどうだ?」

「……うん、大丈夫だと思う」

 俺の問いに答えたのは少し前に居間に戻ってきた霊奈だった。彼女には『博麗の巫女』の素質がある。つまり、『博麗大結界』に干渉する資格があるのだ。

 そもそも東がどうやって幻想郷を崩壊させようとしているのか。それは単純に霊夢たちから奪った高密度の地力を使い、『博麗大結界』を破壊することである。

 母校の文化祭で俺が戦う姿を撮り、世間に流したのも『博麗大結界』の外の世界の『常識』を幻想郷の『非常識』に、外の世界の『非常識』を幻想郷の『常識』にする。そして、結界を超えられるのは『非常識』のみとする効果を利用し、外の世界で『非常識』をされた妖怪の存在を『常識』と認識させ、幻想郷で『常識』とされたそれを『非常識』に変え、外の世界へ流れさせるためだ。それはあのPVでなんとか防いだが、結局のところ、『博麗大結界』そのものが崩壊してしまえば妖怪たちの存在は外の世界に流れ、世界は大混乱へと陥る。

 いや、『博麗大結界』の崩壊とともに幻想郷という土地そのものが吹き飛び、妖怪はもちろん、人間や俺たちも消滅する可能性だってある。少なくとも結界が崩壊した時点で俺たちの命の保証はない。だからこそ、選択肢は一つしかなかったのである。

「……あの子、よくこんな恥ずかしい服を堂々と着てたね」

 そんな呟きと一緒にパタパタと服が擦れる音が聞こえた。どうやら、博麗の巫女服を身に纏った霊奈がその場で腕を動かして袖が揺れているらしい。

 そう、霊奈には博麗の巫女服を着て『博麗大結界』に干渉し、少しでも崩壊を食い止めてもらうことになった。東の作戦は結界を木っ端微塵に粉砕するわけではなく、徐々に結界を溶解させ、強度を落としてから壊す、というものだ。その溶解させる時間を少しでも長引かせればそれだけ崩壊を遅らせることも可能。それができるのは『博麗の巫女』の素質を持つ霊夢か霊奈しかいない。そして、霊夢は今、床に伏している。

「これで、よし……頼むぞ、霊奈」

「うん、任せて。それじゃ、私も儀式の準備してくるから」

 嬉しそうな声音でそう言った彼女は俺が作った『博麗のお札』を持って(紙特有のくしゃりという音が聞こえたのでわかった)居間を出て行った。『博麗大結界』に干渉するために長時間、儀式を執り行う霊奈とは東を倒すまで会えないだろう。でも、俺たちはそんな軽い挨拶だけで別れた。お互い、作戦の成功を――いや、作戦が失敗するなど微塵も思っていなかったから。

「お兄ちゃん、そろそろ」

「……ああ」

 望に手を掴まれた俺は彼女の助けを借りて立ち上がり、居間を後にする。そして、目が見えれば庭が見渡せる縁側へとやってきた。感じられる気配は2人。

「おう、遅かったじゃねぇか。こっちの準備はとっくの昔にできてるぜ」

 縁側に腰を下ろすと予想以上に近いところから楽しそうに笑うドグの声が聞こえた。今までならこんな状況でもケラケラ笑っている彼の正気を疑っていただろう。でも、今は能天気なドグの笑い声を聞いているとどこか安心できてしまった。

「待たせたみたいですまん。それじゃ、さっそく始めるか」

「おう」

「はい、お兄ちゃん。気を付けてね」

「おっと……」

 ドグが頷き、俺の傍にいてくれた望から小さな杯を受け取る。杯の重みから神酒が並々注がれていることがわかり、その重みに少しだけ動揺したのか僅かに零してしまった。

「おいおい、しっかりしろよ? もう神酒はないんだから」

 式神にするための儀式はいくつか存在している。一つは雅と交わした口づけのような粘膜接触による契約。また、霙のような動物型なら主を決め、それを受け入れれば式神化する。奏楽みたいに能力が影響することもあるが今から執り行うのは『杯を交わす』方法だ。

 杯を交わす行為は契りを交わすにあたってポピュラーな方法である。もちろん、今回の場合も例外ではない。なにより、これは式神にする方法を紫に聞いた時に教えてくれた方法でもある。

 しかし、肝心の酒だが東のせいで霊夢は準備する余裕がなかったのか。それとも準備を忘れるほど追い詰められていたのか。いつもなら常備しているはずの神酒が杯2杯分しか残っていなかったのである。これを零せば俺はドグとキスするしかなくなるので零すわけにはいかない。

「『我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る』」

 ずっと昔に紫から教えてもらった術式を起動する合言葉を口にして杯を構える。ドグも杯を持ち、それを突き出したのか彼の気配が少しずつ近づいてきた。

「後悔はしないか? 俺の式神になればこれからも面倒ごとに巻き込まれるかもしれないぞ」

「……ばーか。お前の近くで面倒ごとに巻き込まれる方が今ここで消えるより絶対楽しいに決まってんだろ」

「……そうかよ」

 そして、俺たちは杯を交わし――リョウが死に野良式神となっていたドグは正式に俺の6人目の式神となった。



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第470話 想いを背に

「調子はどうだ?」

「ああ……正直、お前のこと舐めてたわ。こりゃあ想像以上だ」

 杯を交わし、式神の契約を結んでから1時間後、やっとドグに流れる地力量が安定した。どうやら、リョウと契約していた時よりも供給される地力の質が良く、量も多かったらしい。これでドグが消滅する危機は去り、能力を移植する際に消費する地力も確保できた。

「それで能力の移植はどうやってやるんだ?」

「別にお前らは何もしなくていい。俺が能力を切り離して、移動させて、二代目に移植するだけだし」

「……二代目ってのは俺のことか?」

 悟の質問に答えたドグだったがそれ以上に俺の呼び方が気になり、聞いてしまう。俺が二代目ということはリョウが初代なのだろう。

「そりゃもちろん。初代には世話になったしな。呼び方だけでも敬ってやらんと」

「敬ってるのかなぁ、それ」

「まぁ、そんなことより時間もないことだし……早速、始めるか。まずは――」

 望のツッコミは聞かなかったことにしたのかドグはいつになく真剣な声音で俺たちに指示を出し始めた。指示と言っても俺の右側に悟、左側に望、彼自身は俺の正面に座り、全員で手を繋ぐだけだ。俺は悟と望。悟は俺とドグ。望は俺とドグと手を繋いでいる状態だ。

「さぁ、一か八かの大勝負。死なないように祈ってな。なに、安心しろ。たとえお前らが死んでも能力だけは確実に二代目に移植してやる。キャパシティーに関しては管轄外だが」

 どこかおどけたようにドグはそう言った。そして、凄まじい勢いで地力がドグへと流れ始める。ドグが『関係を操る程度の能力』を使用したのだ。

「……よし、悟の方はほぼ切り離したぞ。でも、望の能力は頑固だ。キャパシティーが足りなかった場合、悟の能力しか移植できなくなるから悟の方は現状を維持。望の能力を引っぺがしたら同時に移動させて移植させる。悟、頑張れよ」

「お、おぅ……」

 やはり能力を切り離されるというのは体に多大なダメージを与えるのか、ドグの言葉に頷いた悟の声は苦しげだった。それから望からも呻き声が漏れ始め、それを聞く度、心が締め付けられる。だが、我慢だ。もう後戻りはできない。やり直す機会はとうの昔に失っている。だから、やるしかないのだ。

「……よし、もうちょっとで切り離せる。いいか、お前ら。絶対に手を離すなよ。離したら二代目に能力が移植できなくなる。数秒でいいから意識を保て……行くぞ、3、2、1――!!」

「ッ……」

 ドグのカウントダウンがゼロになった瞬間、左右から巨大な何かが俺の中に入ってくるのがわかった。その途端、俺の手を握る悟と望の手から力が抜け、慌てて強く握りしめる。それと同時に魂の空いている部屋の扉を開け、二つの巨大な何か――能力を誘導し、その部屋へと押し込めた。

「ぐッ……お、おお」

『このままじゃ部屋が破壊される! 皆、扉を押さえて!』

 押し込められた二つの能力はお互いに反発し合い、主の元へと返ろうと部屋の中で暴れ始めた。暴れる能力を移植させようと必死に能力を酷使するドグから漏れた声を聞きながら魂の部屋が破壊されないように俺も部屋の耐久度を一時的に強化させる。また、念のために空き部屋の近くで待機していた吸血鬼たちも協力してくれた。

 どれほど時間が経ったのだろう。おそらく数秒の出来事だ。しかし、失敗は許されず、悟と望が命をかけたのだ。プレッシャーと暴れる能力を抑えるのに神経をすり減らしたせいでとても長く感じた。だが――。

「……終わったぞ」

「そ、う……か」

「ぉ、にい、ちゃ……」

 ――ドグがそう言った瞬間、悟と望がその場でバタリと倒れてしまった。失明しているせいで反応が遅れ、手を離してしまい、彼らの体が畳に倒れこむ音が聞こえる。それからすぐに誰かがこちらへと駆け寄ってくる足音がした。近くで待機していた母さんが二人の容態を確かめるために近づいたのだ。

「母さん、二人は……

「待って……うん、大丈夫。気絶してるだけ。しばらくすれば目も覚めるよ」

「……よかった」

「おいおい、安心してる暇はねぇぞ。移植は成功したがその能力をちゃんと使いこなせるようにしなきゃならねぇんだからよ」

「わかってる」

 悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。

 望の『穴を見つける程度の能力』。

 二人から託されたバトンは絶対に無駄にはしない。必ず、使いこなせるようにしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前0時を少し過ぎた頃、本来であれば街灯のない幻想郷は闇に染まる。唯一の光源は空で輝く月のみ。

 だが、今夜の幻想郷はいつもとは違い、どこからか淡い光を放つ白い球体が現れ、空へと昇っていく。球体の光量は僅かであるが量が膨大であり、昼間とまでとはいえないが十分歩けるほど明るかった。

 そんな幻想的な光景の中、俺は空を見上げ、球体と空に浮かぶ月を眺めていた(・・・・・)

「マスター、準備ができました」

「……ああ」

 背後から桔梗に話しかけられ、振り返る。そこには桔梗の他に母さんと彼女の胸の中で眠る奏楽がいた。悟と望は能力を切り離され、気絶したまま。雅、霙、リーマ、弥生、ドグは今もなお『博麗大結界』の溶解の進行を必死に食い止めている霊奈の手伝いをしている。『博麗大結界』の溶解の速度が予想よりも早く、急遽、眠っている奏楽以外の式神組が霊奈の手伝いをすることになったのだ。

「響ちゃん、調子はどう?」

「大丈夫。地力も全快したし、ちゃんと視える(・・・)

 悟の予想どおり『暗闇の中でも光が視える程度の能力』のおかげで俺の失明は疑似的に治った。そう、あくまで疑似的なものである。『見えないからこそ視える』。『見えない状態を視える状態にする』。それが今の俺の状態。それが悟の能力の本質。

「ふふ、その目、すごく可愛い」

「……はぁ」

 奏楽を抱いた母さんはそう言ってコロコロと笑う。それを見て思わずため息を吐いてしまった。

 能力の中には使用すると体の一部が変化するものがある。たとえば『魔眼』の場合、俺の目は青に、『狂眼』を使えば赤くなった。

 悟の能力もその類のものだったらしく、俺の瞳は相変わらず黒目はほぼ白に近い灰色だが、その灰色の瞳の部分に星型の模様が浮かんでいる。文字どおり、星である。また、望の『穴を見つける程度の能力』も能力が発動すると瞳の色が紫に染まる。つまり、今の俺は目には紫色の星が輝いている状態なのだ。

「桔梗、頼む」

「はい、マスター!」

 気を取り直して桔梗に指示を出すと彼女は俺の肩に飛び乗り、『着装』する。雅たちが用意してくれた素材を使って5つの変形を生み出した桔梗だったが『着装―桔梗―』の見た目に変化はない。だが、雅たちの想いが込められた素材を使って生み出した変形だ。必ず東を打倒してくれるだろう。

『各機能に不備はなし。いつでも戦えます』

 体を軽く動かして調子を確かめているとインカムから桔梗の声が耳に滑り込んでくる。時間も押しているので急いで東のところへ向かおう。

「それじゃ、行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

 ゆっくりと浮上しながら母さんの方へ振り返ると彼女は引きつった笑みを浮かべる。今にも泣きだしそうなのに俺が不安な気持ちにならないように必死に笑顔を見せてくれた。

「……絶対に勝とう」

「はい」

 やるべきことは全てやった。

 そのせいで自分の体を傷つけた、能力を使い倒れた式神たちがいた。

 いつ目覚めるかわからない深い眠りについた子がいた。

 能力を切り離し、俺に渡した家族、幼馴染がいた。

 愛する夫を亡くし、それでも彼の想いを無駄にしないために我慢した母がいた。

 今もなお溶解の進行を食い止めてくれている巫女になれなかった者がいた。

(待ってろ、東)

 そんな皆の想いを背に、俺は昇っていく球体の中を進む。東と決着をつけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷崩壊まで残り3時間。



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第471話 最終再戦

 博麗神社を出発して数十分後、目的地に着いた俺は『着装―桔梗―』のホバーを噴出させ、地面に着地する。ここは数時間前に東と戦った広場。小町とのシンクロで発動させたスペルの影響で死んでしまったあの土地だ。

「……戻ってきたか」

 降り立った俺を見ていた東はどこからか持ってきた岩から腰を上げ、静かに口を開く。俺を絶望の底に落としてから移動していなかったらしい。俺と東の間をいくつもの白い球体が通り過ぎていく。

「その様子だと心は折れていないみたいだな」

「……まぁな」

 彼の質問に短く答えると『そうか』と残念そうに呟き、この数時間の間に着替えたのか新品のズボンのポケットから手を出した。そして、俺の姿を観察してどこか訝し気な表情を浮かべる。だが、些細な違和感だったようで質問することなく、別の話題を出した。

「お前がここに来たってことは俺を止めるために戦うんだろ?」

「ああ」

「そんな()で? さすがに無謀すぎる」

 そう言って彼は俺の閉じられた目(・・・・・・)を指さす。そんな彼の様子に俺は心の中でホッと安堵の溜息を吐く。

 俺の目には悟と望の能力の影響で紫色の星が浮かんでいる。それを見れば内容はともかく対策を立てたことがばれてしまう。それを避けるためにあえて目を閉じていた。幸い、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』は目を閉じた状態でも『視える』ので戦うのに支障はない。魔法を使えば星を隠せるだろうが、その術式を組み上げる時間がなかった。

「そんなのわかってる。でも、お前を止めなきゃ俺たちは全員死ぬ。だから、戦う」

「……」

 俺が引く気がないとわかった東はどこか悲し気な――いや、諦めたような顔をした。まるで、最悪の事態に陥ったかのように。

「お前だって()ってるだろ。お前が死ねばあの化け物がこの世界を破壊する。なんならお前らだけでも外の世界に戻してやる。そうすれば幻想郷が崩壊してもお前らが死ぬことはない。お前にとって悪くない話だ」

「……いや、それでも俺はお前と戦う。止めてみせる」

 きっと、今の東の言葉は嘘ではない。彼の復讐対象は俺ではなく、あくまで紫や妖怪、そして、幻想郷。俺が逃がしてほしいと願えば奴は今言ったように逃がしてくれるだろう。

 だが、もう手遅れだ。その(頭を垂れる)段階はすでに通り過ぎている。逃げを選択するには犠牲を出しすぎた。ここで逃げたら皆の想いが無駄になる。それだけはしたくない。してはならない。

「……なら、お前はこの世界が滅亡してもいいって言うんだな?」

「それは俺が死んだ場合だろ。最初から負けるつもりで戦いほど馬鹿じゃない」

「さっきの戦いを忘れたのか!?」

 俺の返答に納得できなかった東は声を荒げる。もちろん、忘れるわけがない。あれほどいいようにやられたことは今までなかった。死ぬ気で――実際、死んでまで殺したのに蘇生されて無駄にされた。おそらくこれまで戦った相手も『超高速再生』で回復、翠炎で蘇生する俺を見て同じような気持ちを抱いただろう。

 今まで様々な奴と戦ってきたがその多は厄介な能力を持ち、その能力に俺は幾度となく窮地に追いやられた。また、純粋に身体能力の差で何もできずにボコボコにされ、不意を突いて何とか勝利を勝ち取ったことだってある。しかし、俺のように回復、また、蘇生する相手はいなかった。ましてや東は俺より蘇生できる回数が多く、霊夢たちから奪った地力で身体能力を著しく向上させている。誰が見たって無謀としか思えない戦いだ。

「忘れたわけじゃない。でも、どんなに強い相手だとしても戦わなきゃならない時がある」

 それに勝ち目はないわけじゃない。東の経験(絶望)()っているし、今度は奴が俺の切り札(希望)を知らない。そう、今まで『死に戻り』という現象によって情報に関して常に俺たちよりも優位に立っていた彼にとって初めて()らない情報を俺たちは持っているのだ。

 また、これは喜ぶべきことではないが世界が滅亡する原因である奏楽は深い眠りについている。たとえ俺が殺されても奏楽が世界を滅ぼすことはない。これも東は知らないことだ。つまり、今の俺には東のことは筒抜けだが、東は俺の目を潰してから得た力を知らず、それを使えば確実に不意を突ける。

「……そうかよ。じゃあ、死ね」

 そうとは知らない東は静かに告げ――。

 

 

 

 

 

 背後から殴られる。

 

 

 

 

 

 ――俺は暗闇の中にあった『(突破口)』を視て背後に格納庫に納めていた白黒の盾を展開し、その直後、ドバン、という凄まじい轟音が響き渡った。

「なっ」

 振り返れば盾の衝撃波を受け、一歩だけ後ずさった彼は目を丸くしている。本来であれば体ごと吹き飛ぶレベルの衝撃波だったのだが、驚異の身体能力で踏みとどまったのだろう。しかし、それよりも重要なのは奴の一撃を完全に見切って防ぐことができたこと。

 悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』。そして、望の『穴を見つける程度の能力』を組み合わせれば常に『(突破口)』を見つけられる。また、悟の能力は『暗闇(絶望)』が深ければ深いほど視える『(希望)』は強くなる。つまり、東との戦力差が開けば開くほど『(突破口)』を見つけやすくなるのだ。

「くっ」

 まさか目が見えない俺に攻撃を止められると思わなかったようで彼は悔しげに顔を歪めた後――。

 

 

 

 

 

 上からの踵落とし、と見せかけた下からのアッパーカット。

 

 

 

 

 

 ――真上に現れた東の踵を一歩だけ下がることで回避。着地した東はすかさず真上に拳を突き上げるが一歩下がった時、地面に展開した盾を踏み、軽い衝撃波を発生させて自分の体を後方へ吹き飛ばしてそれも躱した。

「……何を、した」

 さすがに最初の回避が偶然ではないと理解した奴は震える声で目が見えないはずなのに難なく地面に着地した俺に問いかけてくる。

「お前の攻撃を躱しただけだ」

「どんな手を使って躱したのか聞いてんだよ!!」

 こちらの秘策を教えるわけもなく、淡々と答えると東は絶叫した後、再び姿を眩ませた。高速で移動して攪乱する作戦なのだろう。

「……」

 だが、俺は慌てずに目を閉じた状態でその時が来るのを待つ。

 実は複数回の蘇生、異常な身体能力を持つ絶対的強者である東にもいくつか弱点がある。

 一つは『死に戻り』という現象による失敗に対する恐れのなさ。たとえ、この世界線で作戦が失敗したところで死ねばまたあの始まりの日(地獄)からやり直すことができる。だから、俺が戦う意思を見せても東は世界が滅びる可能性があるのにすぐに俺が諦めるのを諦めた。世界が滅んでも奴からしてみればすぐにやり直せるからである。だからこそ、東の作戦はどこに穴があり、その対処法も杜撰なものが多い。何度も『死に戻り』を経験したせいで試行錯誤を重ねる癖がついているのだ。その穴を突けば東を倒すことだって可能。

 そして、もう一つは――。

「な、んで当たらないッ」

 何度も振るわれる拳を体を捻って躱し、盾を使って防ぎ、翼から衝撃波を放って距離を取る。たったそれだけで数時間前まであれだけ優勢だった東は冷静さを欠き、大振りの攻撃を放ち続ける。

 

 

 

 

 

 ――圧倒的な戦闘経験のなさ。

 

 

 

 

 

 これまでの東は基本的に裏から暗躍する役目が多かった。能力を使って仲間を増やし、『死に戻り』で培った情報を基に作戦を立て、リーダーとして指示を出す。前線に出てきても能力を駆使して敵を懐柔して味方にしてしまう。1万回以上のやり直しを経てもこれまで奴自身が戦ったことは片手で数えるほどしかなかったのである。数時間前にまだ東の経験(絶望)を知らない時にすでに感じ取っていたことだ。

(さぁ、行くぞ……覚悟しろ、東)

 振るわれた拳を盾で受け止め、俺は初めて自ら前へ――東へと迫る。このタイミングで接近されるとは思わなかった彼は目を見開き、体を一瞬だけ硬直させた。そのまま、盾から拳を離し、慌ててバックステップ(後退する)。身体能力の高い東が全力で後退すれば1秒足らずで数十メートルも離れることができる。格納庫から武器を展開しても到底間に合わない。だが、すでに展開している武器を変形させれば話は別。

 東の知らない情報(切り札)

 試行錯誤前提の杜撰な作戦。

 戦闘経験のなさ。

 この3つを考慮すれば桔梗が生み出した5つの新しい変形の中で先陣を切る武器は自ずと決まった。それは――最も攻撃力がなく、不意を突ける“長い得物”。

 『ゾーン』を発動し、世界がゆっくりになる中、目の前に展開されていた白黒の盾に触れ、変形。盾の形は一瞬で変化してスローモーション再生のようにゆっくりと東の眼球へとその矛先が迫る。

「ッ――」

 自分の眼球が今まさに貫かれそうになっていることを視認したのか、奴は矛先から逃れようと顔を無理やり動かす。そして、矛先は東のこめかみを掠る(・・)結果に終わった。

「なんだ、それは……」

 数メートルほど離れたところまで後退した東はこめかみから僅かに血を流した状態で俺が手にする得物を見て問いかける。

「式神武装――」

 その問いに答えるように呟きながら俺は静かにその得物を両手で持ち、構える。

 長く、細いフォルム。色は深い緑。ところどころに鋭利な棘が生え、先端はどんな物も貫いてしまいそうなほど鋭く尖っていた。

 

 

 

 

 

 

「――棘の魔槍(スピアーナ)

 

 

 

 

 

 そう言って俺は『成長を操る式神(リーマ)』の想いが込められた魔槍の矛先を東へと向けた。

 



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第472話 棘の魔槍

棘の魔槍(スピアーナ)……だと?」

 リーマの素材から生まれた変形――『棘の魔槍(スピアーナ)』を持って構えた響に対し、東は予想外の展開に少なからず動揺していた。それもそのはず、1万回以上死に戻り、少しずつ情報を集めた彼にとって宿敵()が手に持つ得物は初めて見るものだったからである。

 確かに響が今までとは違い、男だとわかってからこれまでになかった展開や能力を手に入れることはあった。しかし、まさかこのタイミングで初見の武器が登場するとは思わなかったのである。

(いや、ありえなくもない話か)

 響の戦意を喪失させるために彼は自分の経験(絶望)を体験させ、ついでに自身の能力である『神経を鈍らせる程度の能力』を使い、響の目を潰した。だが、その代償として1万回以上死に戻った東の経験や知識を響に与えてしまったのである。それを活用して東の知らない武器や作戦を用意した。その一つが式神武装――棘の魔槍(スピアーナ)

「ちっ」

 この時、東は情報戦で不利な状況に陥ったことに気づいた。それと同時に失明したはずなのに攻撃を躱し続けられたのも己の知らない何かが原因であると推測。だが、今までの世界線で『暗闇の中でも光が視える程度の能力』を持つ悟に対してさほど調査していなかったことが災いし、その正体まではわからなかった。

「……」

 そこまで考えた東は軽く頭を振って思考を切り替える。目の前で妖しく光る棘の魔槍(スピアーナ)を観察する。一見、ただの深い緑色の槍だが、ところどころに鋭利な棘が生えており、今までの桔梗の変形と同様、何かしらの能力があるはず。そう考えた彼はいつでも動けるように重心を低くし、能力向上の比率を変更した。

 東の身体強化は身体能力や防御力を満遍なく向上させるだけのではなく、その比率を変更させることが可能である。つまり、防御力の強化比率を下げることによって攻撃主体の身体強化になり、更に体の一部を集中的に強化――たとえば、脚部を強化すれば凄まじい破壊力を持つ蹴りを放てるようになる。

 また、敵の攻撃がヒットする寸前に防御力の強化比率を上げればどんなに強力な攻撃でも弾き返してしまうほどの防御力を得られるのだ。

 棘の魔槍(スピアーナ)の初撃を回避できたのも目と脚部を限界まで強化したおかげである。

 今の能力向上比率はどんな攻撃にも反応できるように目と脚部を集中的に強化。その代償にその他の部位の強化と防御力を少しずつ下げている。

「すぅ……はぁ……」

 その時、今まで棘の魔槍(スピアーナ)を構えたままだった響が深呼吸を繰り返し始めた。相変わらず目を閉じたままだが確実にこちらの動きが見えているため、東も強化した目で響の動きをじっくり観察する。

「ッ――」

 そして、数メートルも離れている場所で東を貫くように棘の魔槍(スピアーナ)を突き出し、その矛先が凄まじい勢いで東へと迫った。そう、棘の魔槍(スピアーナ)の矛先が伸びたのである。

 桔梗はリーマの素材を最大限に生かせるように【薬草】と組み合わせた。そう、棘の魔槍(スピアーナ)の正体は植物――茨である。しかし、ただの茨では鞭のように相手を殴りつけることしかできないため、響が子供の頃に桔梗が食べた『青怪鳥の嘴』の特徴である『硬化』を利用し、茨を槍へと変質させた。そうして生まれたのが棘の魔槍(スピアーナ)だった。

「ぐっ」

 目を強化していたおかげで迫る矛先が見えた東は強化した脚部で地面を蹴り、その場から逃れる。棘の魔槍(スピアーナ)はそのまま、彼の傍を通り過ぎてしまった。

 だが、東の予想通り、棘の魔槍(スピアーナ)には一つだけ能力があった。それこそ矛先が急激に伸びた原因であり、リーマの素材の特徴である。

「――ッ!?」

 通り過ぎたはずの棘の魔槍(スピアーナ)だったが、彼の瞳はそれを視認した。棘の魔槍(スピアーナ)の至るところに生えていた棘がほぼ同時に伸びたのである。一斉に伸びた棘はすぐ傍にいた東へと到達。脚部は限界まで強化されていたので足に激突した棘はポキリと折れたがそれ以外の場所――右脇腹と左肩に掠り、小さな切り傷を作る。

 棘の魔槍(スピアーナ)の特徴、それは『成長(・・)』。

 植物である棘の魔槍(スピアーナ)はどこまでも成長し、伸びる。また、槍の至るところに生えている棘も例外ではなく、たとえ槍を躱しても棘が迫り、それを回避してもその棘に生えている棘がまた成長する。それを繰り返せばどこまでも成長する茨の檻の完成だ。

「っ……っらぁ!!」

 だからこそ、東は全力で後退した。檻の中に閉じ込められる前に包囲網から逃れる。それが今まで何度も死に戻り、培ってきた経験と直感を基に弾き出した東の棘の魔槍(スピアーナ)の対処法だった。

 東の答えは間違えていなかった。どこまでも成長する棘の魔槍(スピアーナ)だが成長させるためには響の地力を消費する。また、急激に成長させるため、成長させた棘の魔槍(スピアーナ)はすぐに枯れてしまう(・・・・・・)。現に響の手にある棘の魔槍(スピアーナ)は枯れ始め、数秒と経たずにボロボロに崩れてしまうだろう。東のように棘の魔槍(スピアーナ)から逃げ続ければいずれ響の地力が尽き、成長が止まれば棘の魔槍(スピアーナ)が枯れて包囲網を突破することができる。また、東には無理だが棘の魔槍(スピアーナ)を破壊できるほどの広範囲攻撃で伸びる茨を全て破壊するのも対処法の一つだ。

 しかし、今回ばかりは事情が違う。確かに地力を消費し続ける棘の魔槍(スピアーナ)だが、素材の一つに『奏楽の魂』があり、それがバッテリーの役目を果たしているため、しばらくの間、棘の魔槍(スピアーナ)の成長は止まらない。

 そして、棘の魔槍(スピアーナ)は桔梗の制御下にあるので響の手から離れても問題はない。それに加え――。

「桔梗、行くぞ!」

『はい、マスター!』

 枯れ始めた棘の魔槍(スピアーナ)から手を離した響は機械染みた翼を振動させ、一気に東を追いかける茨の波へと迫る。その棘の一本が響の前へと成長し、細長い()のような棘を生やす。それを掴んで折った。その棘は棘の魔槍(スピアーナ)そのものであり、事実それは棘の魔槍(スピアーナ)だった。

 

 

 

 

 

 ――棘の魔槍(スピアーナ)は成長する限り、いくらでも増やすことができるのである。まるで、成長し、実を付け、子孫を増やす植物のように。

 

 

 

 

 

「シッ」

 短く息を吐きながら波から逃げる東へと棘の魔槍(スピアーナ)を投擲する響。そして、すぐに近くの棘から生えた2本の棘の魔槍(スピアーナ)を両手で掴み、連続で投げる。

「くそがっ!」

 『死に戻り』という現象を何度も経験したおかげで『死』の気配に敏感な東は茨の波から逃げながらも飛んでくる3本の棘の魔槍(スピアーナ)を全て回避してみせた。しかし、地面に刺さった棘の魔槍(スピアーナ)もまた成長する。3本の棘の魔槍(スピアーナ)は茨の波に合流して更に巨大化した。それを見た響は再び棘へと手を伸ばし、棘の魔槍(スピアーナ)を掴み、東へと投擲する。『奏楽の魂』がなければとっくの昔に地力は枯れ果てていただろう。それほどの物量だった。

(これはッ……)

 背後から迫る茨の波。次から次へと投擲される棘の魔槍(スピアーナ)。このまま逃げてもいずれ波に飲まれてしまう。そう判断した東は覚悟を決めて立ち止まり、腕を顔の魔でクロスさせながら能力向上を全て防御力へと回した。その直後、茨の波は東を飲み込んだ。

 




槍:スピア(英語)
棘:スピーナ(ラテン語)

この二つを組み合わせて棘の魔槍(スピアーナ)になりました。


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第473話 芽吹く槍

 棘の魔槍(スピアーナ)の驚異的な増殖力を前に奪った地力で身体能力を向上させた東でさえ逃げ切ることはできず、茨の波に飲み込まれてしまった。

 しかし、波に飲み込まれる直前に逃げ切れないと判断した彼は全地力を防御力に回した。たとえ、『青怪鳥の嘴』で硬化していたとしても茨は茨。防御力を極限まで高めた東を貫けず、全ての棘は折れ、地面に落ちる前にボロボロに枯れて崩れてしまった。

 だが、彼が着ていたスーツは棘により穴が開き、スーツの下に仕舞っていた7つの蒼い宝玉が施されたネックレスが零れ落ちる。ネックレス本体は霊夢たちが付けていたそれと同様に強力な結界で守られており、傷一つ付いていない。また、7つある宝玉の内、5つが仄かに輝いており、残りの2つは黒く濁っていた。

「……さてと」

 胸元でゆらゆらと振り子のように揺れるネックレスに視線を落とし、ネックレスが無事であることを確認した後、改めて周囲の様子をうかがう。茨の波に飲み込まれたものの、防御力を高めたおかげで傷つかずに済んだが彼の周りは茨に囲まれ、すぐに脱出できるような状態ではない。今もなお増殖を続けているようでギチギチと茨と茨がこすれる不気味な音が耳に届いていた。まさにその光景は『茨の檻』。頭上に多少のスペースがあるだけで彼は完全に包囲されていた。

 しかし、東は茨の波から逃げながらも後方から枯れていく様をあざとく見つけていた。そのため、このまま待っていれば彼の周囲に密集している茨もいずれは枯れ、穴が開く。その瞬間、能力向上の比率を変え、一気に突破してしまえばいい。そう考えた彼は身動きが取れない状態でも比較的冷静を保っていられた。

「――育て」

 だが、初見の東ですらわかる『茨の檻』の突破方法に気づかない響ではない。不意に上から聞こえた宿敵の声にハッとした東が顔を上げる。そこにはいつの間にか『茨の檻』の中にいた響が右手を広げながら急降下してくるところだった。彼の右手の先には数本の小さな短槍(スピアーナ)があり、彼の掛け声と共に数本の小さな短槍(スピアーナ)が急成長し、まるで雨のように東へと降り注ぐ。通常の大きさの棘の魔槍(スピアーナ)を持てる数は両手に一本ずつ。しかし、小さな短槍(スピアーナ)であれば数本をまとめて持てることができ、同時に成長させることで範囲攻撃が可能となる。

「ぐっ」

 咄嗟に逃げようとした東だったが周囲の茨が邪魔で動けず、小さな短槍(スピアーナ)の雨の直撃を受けた。しかし、小さな短槍(スピアーナ)であっても彼の防御力を貫けず、スーツを損傷だけに終わり、東を囲うように小さな短槍(スピアーナ)が地面に突き刺さる。その後、響は東の前に降り立ち、両者の視線(響は相変わらず目を閉じたままだが)がぶつかった。

「……どうやら攻撃は無駄に終わったようだな」

 数秒の沈黙を破ったのは東だった。確かに棘の魔槍(スピアーナ)の能力は強力だ。だが、どんなに増殖したところで東の防御力を突破できなければ意味はない。それどころか増殖のために地力を無駄に減らすだけだ。さすがの東も増殖するための地力、もしくはそれに準ずる何かを消費することぐらい容易にできた。もう翠炎による白紙効果は使っているため、死んで地力を回復することは不可能。ただの浪費で終わった。

 それに加え、数分と経たずに彼を拘束する茨は枯れ落ちる。その瞬間、能力向上比率を変更して反撃に出ることだってできるだろう。そう考えた彼はニヒルな笑みを浮かべて勝ち誇った。

「……」

 それに対して響は無言のまま、近くの茨から採取した棘の魔槍(スピアーナ)を水平に持ち、構える。その姿はまさに全てを貫かんとする槍騎兵(ランサー)そのもの。まだ諦めていない響を見て目を細め、首を傾げる東。すでに『茨の檻』は崩れ始め、彼らの周りにボロボロになった茨が落ちてきている。今は茨の棘が刺さらないように防御力を底上げしているので動けないが、(化け物)が解き放たれるのも時間の問題だ。

棘の魔槍(スピアーナ)は成長、増殖する槍だ」

 不意に語り出した響だったが彼が纏っている『着装―桔梗―』の両腕の装甲が輝き始め、東は動けないながらも警戒する。あの輝きも東にとって知らない情報だ。

「茨の棘が更なる茨を生み出し、増殖する。また、棘そのものを棘の魔槍(スピアーナ)にすることだって可能だ」

 少しずつ強くなる両腕の装甲の光を見つめながら響は静かに話し続ける。まるで、何かを待っている間、暇を潰すように。

「だが、その驚異的な増殖力の反面、枯れるのも早い。たった今、成長させた小さな短槍(スピアーナ)ですらご覧の有様だ」

 響の言葉通り、すでに小さな短槍(スピアーナ)も枯れ始めていた。あと1分もしない内に全ての茨が枯れ、東は自由の身になる。言い換えればすでに棘の魔槍(スピアーナ)の増殖を止めていることに他ならない。

「でも……棘の魔槍(スピアーナ)の攻撃力じゃお前には届かない。それぐらい、わかっていた。だからこそ、少しばかり裏技を使わせてもらった」

 そう響が言い終えた刹那、両腕の装甲の輝きが弾け、白銀のガントレットが姿を現す。そのガントレットは龍の鱗に覆われ、その指先は爪のように鋭く尖っていた。

(弥生ってやつを素材にした鎧か……じゃあ、成長する棘の魔槍(スピアーナ)はリーマか)

 『死に戻り』によって響のみならず彼の式神である弥生とリーマのことも知っていたため、『式神武装』の基となった人物に行き着いた。だが、何故か響は棘の魔槍(スピアーナ)の時のように武装名を口にせず、何かを探すように目を動かしているのか僅かに閉じられた瞼が動いている。

凝縮(・・)―腕力―」

 武装名の代わりに響がそう告げた瞬間、両腕のガントレットから黄色いオーラが漏れ始めた。東の予想通り、このガントレットの素材は弥生が提供した龍の鱗である。そして、弥生の特性は『龍』と彼女の持つ『凝縮の魔眼』が基となった『凝縮』。今までの変形では東には太刀打ちできないと判断した桔梗は新しい変形を作ると同時に式神組から提供された素材を使って今までの変形の強化も図ったのである。その一つが『凝縮』の特性を装甲に組み込んだ『装甲凝縮』。指定した部位の力を向上させる。今の場合、響の腕力が強化されている状態だ。

「――ッ」

「ぐ……」

 黄色いオーラを放つガントレットによって強化された両腕を使い、響は全力で棘の魔槍(スピアーナ)を突き出す。槍の矛先は真っすぐ東の左胸へと向かい――僅かに血が出ただけですぐにその動きは止まってしまった。『装甲凝縮』を駆使しても東の防御力を突破しきることはできなかったのである。血が出た時は思わずドキリとした東だったが棘の魔槍(スピアーナ)を突き出した状態で静止している響を見てニヤリと口元を歪ませた。

「終わりだな」

「……ああ、終わりだ」

 東の言葉に対し、響も笑みを浮かべ、裏技を発動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――芽吹け、槍の種(スピアーナ)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が――ッ!?」

 僅かに東の左胸に突き刺さっている棘の魔槍(スピアーナ)の矛先が仄かに輝き、消える。そして、東の体の至るところから棘の魔槍(スピアーナ)が飛び出し、鮮血が迸った。あまりの事態に目を白黒させている東だが次から次へと体の内側から生える棘の魔槍(スピアーナ)のせいで思考が回らず、ただただ激痛と衝撃に耐えるばかり。しかし、その我慢も長くは続かない。

「まずは、1つ目」

 何故なら、響がその言葉を発した瞬間、無数の棘の魔槍(スピアーナ)を体から生やした東は息を引き取り、彼のネックレスの宝玉の1つが輝きを失った。



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第474話 行動パターン

「がっ……」

 ネックレスの宝玉の1つが輝きを失った瞬間、彼の体から飛び出した槍の種(スピアーナ)が消失し、その反動で東はその場に膝を付く。それを見た俺は手に持っていた棘の魔槍(スピアーナ)を消し、数歩だけ後退して東から距離を取る。

 棘の魔槍(スピアーナ)はその特性上、『成長』して物量で相手を圧し潰す方が得意だ。実際、あの驚異的な身体能力を東でさえ、棘の魔槍(スピアーナ)の増殖力を前に逃走は叶わず、防御に専念するしかなかった

 しかし、その反面、東の絶望(経験)と『穴を見つける程度の能力』からせっかく桔梗が作り出してくれたリーマの『式神武装』――棘の魔槍(スピアーナ)には東の防御力を突破する破壊力がないことがわかった。防御に専念されたら棘の魔槍(スピアーナ)は東を傷つけられず枯れ、奏楽のおかげで地力を気にせず消費できるようになったといってもいずれガス欠を起こす。それでは東を倒せない。

 だからこそ、外側からではなく、内側から奴を倒せる槍の種(スピアーナ)を使った。

 槍の種(スピアーナ)――その名の通り、棘の魔槍(スピアーナ)の種子である。東の防御力は外からの攻撃には強いが体内側からの攻撃には弱い――いや、そもそも体の内側から攻撃されることなど想定していない。つまり、奴の体内に槍の種(スピアーナ)を侵入させ、一気に成長させれば強固な防御力を無視して東を殺すことができる。

 もちろん、槍の種(スピアーナ)を発動させるには様々な問題があった。

 まず、どうやって東の体内に槍の種(スピアーナ)を侵入させるか。棘の魔槍(スピアーナ)で奴に傷を付けられればその傷口から槍の種(スピアーナ)を侵入させることは可能だ。だが、防御力を高められたら棘の魔槍(スピアーナ)単体(・・)では傷を付けられないため、真正面から攻撃しても意味がない。不意を突き、防御される前に傷を付ける必要があった。

 そこで役に立ったのが望と悟から譲り受けた『穴を見つける程度の能力』と『暗闇の中でも光が視える程度の能力』である。この2つの能力を使い、東の攻撃を防ぎ、いなし、やり過ごした。そして、目を潰したはずなのにことごとく奴の攻撃を防ぐ俺を見て動揺している彼の眼球に向かって棘の魔槍(スピアーナ)を突き出し――こめかみに傷を付け、槍の種(スピアーナ)が東の体内に侵入した。その後、棘の魔槍(スピアーナ)の特性を利用して奴の右脇腹と左肩を切り裂き、再び槍の種(スピアーナ)を追加させたのである。

 この時点で問題の8割は解決していたのだが、最後の工程として奴の体に侵入した槍の種(スピアーナ)を成長させるために東の体に棘の魔槍(スピアーナ)を突き刺さなければならなかった。

 棘の魔槍(スピアーナ)だけでは奴を傷つけられないため、弥生の素材を使った新機能の『装甲凝縮』を使用し、威力を底上げするのは確定だったが『装甲凝縮』には溜めが必要であり、東の動きを止めなければならなかった。そこで棘の魔槍(スピアーナ)で『茨の檻』に東を閉じ込め、小さな短槍(スピアーナ)で磔にし、防御に専念させ、動きを封じた。

 身動きの取れない東に棘の魔槍(スピアーナ)の矛先を向け、『装甲凝縮』で無理やり奴の防御力を突破し、『穴を見つける程度の能力』で見つけた最も防御力の低い場所へ突き刺す。あとは槍の種(スピアーナ)を成長させ、奴を体の内側から殺した。

(あと、4回……)

 奴の首に下げられているネックレスの輝いている宝玉を数えて両手を握りしめる。あのネックレスこそ蒼い宝玉の数だけ復活できる反則級(チート)の蘇生アイテムだ。今は7つの内、3つの宝玉が輝きを失っているため、残り蘇生回数は4回。

 おそらく棘の魔槍(スピアーナ)の特性を知られた今、この『式神武装』では東を殺せない。むしろ、奏楽がくれた地力を無駄にしてしまうだろう。

 だが、だからといって桔梗が新しく作った5つの変形の中で最も攻撃力が低いのは棘の魔槍(スピアーナ)だが残り4つの内、半分は攻撃力が全くないサポート系の変形。そのため、攻撃力を持つ残り2つの『式神武装』を使ってあと4回ほど東を殺さなくてはならないのである。

「なに、を……した?」

 棘の魔槍(スピアーナ)を消したことで茨の枯れるスピードが上がり、『茨の檻』が崩れていく中、か細い声が俺の耳に滑り込んでくる。意識を東に戻せばフラフラと立ち上がった東は俺を睨んでいた。蘇生したとはいえ、いきなり体の内側から槍で貫かれた痛みや衝撃、殺された動揺を抑えきれないのか僅かに奴の唇が震えている。

「『式神武装』を使ってお前を殺しただけだ」

 本来であれば何も答えずにすぐに攻撃した方がいいのだが、ここはあえて手の内を少しだけ曝す。それが次の一手に繋がる突破口が視えたから。

「そうじゃねぇ! なんで、目が見えないのに……」

「視えている。見えないけど視えている」

 そう言いながら俺はずっと閉じていた目を開ける。元から見えていない視界に変化はないが俺の目を見た東は目を見開き、半歩だけ後ずさり、その際に踏んだ枯れた茨がカサリと音を立てて塵と化した。

「なん、だ……その目」

「そこまで教える義理はないが……お前ならだいたい予想はついてるんじゃないか?」

「まさか、いやあの能力は目が見えてなければ意味がない。それにその()は見たことがない! 新しい能力でも作ったってのか!?」

「いいや、能力は作ってないぞ。武器だけだ」

 1万回以上死に戻り、経験を積み、知識を得たはずの東だが、悟のことだけはただの人間だと侮り、碌に調べずに放置していたのだ。『暗闇の中でも光が視える程度の能力』を知らなくて当然である。だが、そんな東の反応が悟を『調べる価値もない』と言っているようで思わず顔を顰めてしまう。

「くっ……」

 『茨の檻』が完全に崩壊し、俺と東の間をいくつもの白い球体が下から上へ登っていく。そんな中、4回も生き返られるはずの東は顔を歪ませていた。目が見える理由はわからないが俺に『穴を見つける程度の能力』が宿っていることに気づいたのだろう。そうでなければ東の攻撃を完璧に防ぎ切れないと俺も東も知っているから。

 さて、ここから東の行動パターンは3つ。

 1つはここで東がこの世界線で幻想郷を崩壊させることを諦め、自害すること。

 未知の能力や棘の魔槍(スピアーナ)のような一筋縄ではいかないまだ知らない『式神武装』に恐れをなして次の世界線に活かすために自殺する可能性もゼロではない。しかし、それならば少しでも情報を得ようと様子を窺うはずだ。正直、このパターンはほぼなしといっていい。

 2つ目はがむしゃらに攻撃してくること。

 東の知らない能力や武器があろうと身体能力の高さでは東の方が優位であり、事実、俺を追い詰めた。『穴を見つける程度の能力』のデメリット――発動タイミングがランダムであることを()っているため、『穴を見つける程度の能力』が発動しなかった隙を突こうと攻撃してくる可能性が高い。実際は『暗闇の中でも光が視える程度の能力』のおかげでよっぽどのことがない限り、『穴を見つける程度の能力』は発動するのだが、東はそれを知らない。知らないからこそ攻撃してくる。一番面倒なパターンだ。

 そして――。

「……」

 気づけば目の前から東の姿は消えていた。それから少し遅れて凄まじい風圧が俺を襲う。そう、奴は驚異的な身体能力を利用して俺から逃げたのである。

 ――最後のパターンは逃げる。

 奴の勝利条件は俺を殺すことではない。幻想郷が崩壊する時は殺されず、術式を維持すること。つまり、馬鹿正直に未知の存在となった俺と戦う意味はほとんどないのである。それならば攻撃力や防御力を犠牲にして全力で逃走した方が遥かに効率的だ。このまま数時間ほど俺から逃げるだけで勝てるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それこそ俺が望んでいた展開でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……式神武装――」

 東の姿は見えないが『穴を見つける程度の能力』を持つ俺には奴が今、どこにいるのか視えていた。問題は追いつけるかどうか。

 そして、その足こそ桔梗が作ってくれたサポート系『式神武装』の1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(借りるぞ、霙)

 

 

 

 

 

 

 

「――霙の鉤爪(スリート・タロン)

 



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第475話 霙の鉤爪

先週は予告せずに休んでしまってすみませんでした。突然、PCをいじれない状況になってしまって活動報告を書く暇もありませんでした。

今週からは通常通り、週1投稿しますのでご了承ください。


 白い球体が浮遊する森の中は真夜中であるにも拘らず、肉眼でもはっきり見えるほど明るかった。響と東が戦い始めてすでに1時間が過ぎ、徐々に白い球体の数も増えているためである。

「……」

 そんな森を東は化け物染みた身体能力を駆使してただひたすらに駆け抜けていた。もちろん、生い茂る木々に激突しないように何度も進路を変更しているのでトップスピードというわけではないが、それでも常人では到底追いつけないほどの速度が出ている。

 東の目的はあくまで幻想郷の崩壊。響を殺す必要はない上、本音を言えば敵対したくなかった相手ですらある。だからこそ、あの手この手を使って響を懐柔、もしくは戦意喪失させようとしていた。それほど響は東にとって驚異的な存在だった。

 そんな響が東の『死に戻り』で培った知識と『式神武装』という未知の力を手に入れたのである。もはや、今の響は東が知る今までの響とは似ても似つかない存在になったのは間違いない。

 死んでも4回は蘇生できるとはいえ油断すれば簡単に殺されてしまうのは明白だ。ならば真正面から戦うより幻想郷が崩壊するまで逃げる方が得策であるのは間違いない。

 そして、なにより――。

 

 

 

 

 

 

棘の魔槍(スピアーナ)は『成長を操る式神(リーマ)』の『式神武装』……それなら他の4人の『式神武装』があってもおかしくはない)

 

 

 

 

 

 

 響の目的は東を殺してでも幻想郷の崩壊を止めること。残り4つの『式神武装』も棘の魔槍(スピアーナ)と同様、東を殺すために作られた殺傷能力の高い変形であると予想できた。

 それに加え、今の響には『穴を見つける程度の能力』が宿っている。彼がはっきりそう言ったわけではないがあの不可思議な回避能力や常に最適解を選択しながら戦う姿を見れば容易に想像できた。

 化け物染みた身体能力があるとはいえ、さすがに飛行まではできない東だが、幸い、彼の最高速度は響のトップスピード――猫との『魂同調』+『雷輪』を凌駕していた。追いつかれなければ『式神武装』で殺されることも『穴を見つける程度の能力』で弱点を見つけられることもない。それを()っていたからこそ彼は『逃走』を選択したのである。

 

 

 

 

 

 

 だが、東は過ちを犯した。判断を誤った。

 

 

 

 

 

 

 

 響が東の知識と未知の力を手に入れ、己の()る彼ではなくなったことを知りながら培った知識を基に行動を選択してしまったのである。

「――ッ!?」

 しばらくの時間、闇雲に逃げ続けていた東は唐突に真上に感じた冷気に目を見開き、身を投げ出すように右へ跳んだ。その刹那、先ほどまで己のいた場所に氷柱が出現した。

「やっと追いついたぞ」

 そして、『着装―桔梗―』を身に纏った響が氷柱の上に立っていた。突如として現れた響に東が目を見開く中、彼の姿が一部変化していることに気づく。

 『着装―桔梗―』の脚部はホバー装置が施され、分厚い装甲が特徴的だった。だが、今の彼の脚部は白い毛に覆われたブーツであり、その足の裏には1枚のブレード。あまりの事態に呆ける東はまるで、スケート靴のようだと他人事のようにそんな感想を頭に浮かべていた。

「お、まえ……」

「どうして追いつけたかって? そんなの当り前だ。お前より俺の方が速かった」

 そう言った響は不意に右足を上げる。すると、空中には何もないはずなのに彼の右足はしっかりと何かを踏みしめ、氷柱の上から離れた。それから左足、右足、左足と足を動かせばその分だけ高度を上げていく。その姿はまるで階段を昇っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 『式神武装』――霙の鉤爪(スリート・タロン)

 

 

 

 

 

 

 霙の想いが込められたその変形の形状はスケート靴。

 だが、もちろんただのスケート靴ではない。その名の通り、『水と氷を司る神狼』の特性を宿したそれはブレードが触れた場所に水と氷を生み出せる。そして、霙の鉤爪(スリート・タロン)の最大の特徴はどんな水でも氷でも踏みしめられること(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 つまり、霙の鉤爪(スリート・タロン)はブレードが触れていれば空中でも水や氷を生み出せる上、生み出した水や氷も踏みしめられるので今の響のようにまるで地面のように空中でも立てるのだ。殺傷能力はさほど高くないが使いようによっては十二分に脅威となる『式神武装』である。

「くっ」

 もちろん、東は霙の鉤爪(スリート・タロン)の特性を知らないため、今の状況に混乱するばかりだ。それでもわかったことがいくつかある。

 まず、あのスケート靴は『水と氷を司る神狼()』の『式神武装』であること。

 また、今の響は東の化け物染みた身体能力の最高速度に匹敵する速度を生み出せること。

 最後に現在の状況は己にとって不利であること。

 そう判断した東はすぐに身体能力を駆使してその場を全力で離れる。一瞬にして響の姿は見えなくなったが、それでもがむしゃらに森の中を駆け抜けた。

(あいつはあの時、『やっと』と言った……なら、最高速度が出るまでそれなりに時間がかかる!)

 いずれ追いつかれてしまうかもしれないがとにかく今は少しでも時間を稼ぐ。幻想郷が崩壊するまで約2時間。それまで死ななければ東の勝ちなのだから。

「はぁ……はぁ……」

 迫る木々を体を捻って躱しながら走る東の呼吸はいつしか乱れ始めた。無理もない。白い球体で周囲は昼間のように明るいといっても草木が生い茂る森をいつ響に追いつかれるかわからない状況の中、草に足を取られながら、木々を回避しながら、背後を常に気にしながら全力で駆け抜けているのだ。身体的にも精神的にも負荷がかかるに決まっている。

 だが、そんな彼の耳に森の中では決して聞くことのない氷の上で刃物が滑るような音(・・・・・・・・・・・・・)が届いた。咄嗟に上を見上げれば生い茂る木々の隙間から自分の頭上を移動する人影が一つ。その人影はスピードスケーターのような動きで空中を滑り、その速度を少しずつ上げていく。その動きはどこかぎこちなく見えるがそれでも己と同じ――もしくはそれ以上のスピードが出ている。

「く、そがッ……」

 今頃になって東は理解する。最高速度が出るのが遅くなったのではない。霙の鉤爪(スリート・タロン)の扱いに慣れるまで時間を要したのだ。それもそのはず。『式神武装』が生まれたのはたった数時間前であり、概要は知っていても初めて使用する変形だ。霙の鉤爪(スリート・タロン)のような特殊な変形であれば扱い方のコツを掴むまで時間が必要になる。

 また、飛ぶことのできない東は森の中を木を躱しながら走っているが霙の鉤爪(スリート・タロン)で空中を滑ることができる響は森の上空を移動している。それに加え、草に足を取られながら走るよりも摩擦力の小さい氷の上を滑る方が速度が上がりやすいのは当たり前の話。

 もちろん、霙の鉤爪(スリート・タロン)を設計した桔梗だって本当であれば棘の魔槍(スピアーナ)のような殺傷能力の高い変形を作りたかった。しかし、弥生の本命の変形を作り、余った素材を使って作った『凝縮装甲』とは逆に霙の素材の大半は別の機能(・・・・)に充ててしまったのだ。それこそ弥生の変形のデメリットを解消する機能を作るために。

「弥生ッ!」

 東の頭上を滑りながら響は右手を横に突き出し、『凝縮の魔眼を持つ半龍(弥生)』の名前を叫ぶ。すると彼の右腕の装甲が輝き、別の形へと変形し始める。

 そして、それと同時に左足を上げ、勢いよく下へと振り下ろした。その瞬間、左足のブレードから氷柱が飛び出し、眼下の森へと突き刺さる。

「なっ」

 いきなり目の前に現れた氷柱に東が声を上げ、慌てて左に跳んで氷柱を避けた。しかし、響は『穴を見つける程度の能力』を駆使して真下を走る東を狙って氷柱を何度も森へと打ち付ける。

 道を塞ぐように上から落ちてくる氷柱に東は舌打ちをしながら必死に躱す。もはや、真上を滑る響のことなど気にしている暇などなかった。速度を落とせば響に追いつかれ、『式神武装』で殺される。ましてや、氷柱に激突などすれば隙が生まれ、すぐにネックレスの宝玉の1つがその輝きを失うだろう。今のところ、氷柱が落ちてくる速度に反応できている。このままこの状態を維持し続けて少しでも時間を稼げればいい。そう東は4回生き返るという事実のせいで(・・・)それほど今の状況に危機感を覚えていなかった。

 だが、それすらも響にとって想定済みだった。それどころか氷柱はただの囮にすぎない。本命はすでに彼の右腕に現れている。

「式神武装――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕は白銀の龍の頭そのものに変化し、その鋭い牙の隙間から巨大な砲台が見える。そして、その龍の瞳は黄色く輝き、口内の砲台の奥から白い光が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――青龍の(あぎと)



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第476話 青龍の顎

 『式神武装』――青龍の(あぎと)は龍の頭の形をした砲台である。その特性『龍』と『凝縮』。半人半龍であり、『凝縮の魔眼』を持つ弥生の『式神武装』だ。

 もちろん、砲台というからには攻撃方法は砲撃。それも凝縮された炎を放つ驚異的な攻撃力を持つ変形である。

「すぅ……はぁ……」

 響は深呼吸を繰り返しながら右腕の龍砲に意識を向け、準備が整うまでの時間を計算。やはりというべきか炎を限界まで凝縮させるため、準備に時間がかかってしまうのである。

(……よし、そろそろか)

 青龍の(あぎと)を展開してから5分ほど経った頃になってやっと最低限(・・・)の威力まで高めることができた。東に向かって放つ頃にはそれ相応の威力になっていることだろう。

「ちっ」

 そして、森の中を走り続けている東からも青龍の(あぎと)の口から漏れる白い光が見えていた。だが、響が凝縮(チャージ)を待つ間も霙の鉤爪(スリート・タロン)で氷柱を森へ落とし続けていたため、彼はそれを回避するのが精一杯で凝縮(チャージ)を止めることができなかった。

「ッ――」

 準備ができた響は薄紫色の星が浮かぶ目に地力を注ぎ、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と『穴を見つける程度の能力』の効果を底上げしてから一気に降下して森の中へ侵入。最高速度を維持した状態で森の中を駆け抜けるには2つの能力が通常時のままでは心許なかったのである。

 能力の効果を向上させたおかげで木々の隙間をすいすいと潜り抜け、少しずつ東へと迫る響。東も響が接近していることに気づいているが今もなお、氷柱が己の行く手を阻むように飛んでくるため、どうすることもできずにそれを躱しながら走り続けていた。

「……」

 いつしか響は東を追い抜かし、まるで東を先導するように森を滑り抜ける。その間も東も東で前から迫る氷柱を驚異的な身体能力を駆使してやり過ごしていた。だが、先ほどと違うのは彼の顔にはどこか諦めの色が見て取れる点である。

 そう、彼は響に追い抜かされた時点で逃げ切ることを諦めた。この命を捨てた。足を止めても、このまま走り続けてもあの龍の口から放たれる砲撃の餌食になることぐらい、青龍の(あぎと)を初めて見た東でもすぐに理解したから。

 だから、氷柱を躱しながらも前を滑る彼を観察し続ける。次の命に繋いだ(蘇生した)――また、死に戻った時に少しでも役立てるために。

「……はぁ」

 そして、後ろを走る東が今の命を諦めたことに響も気づいていた。いや、東が諦めるようにすでにこの戦いの勝負は決まったも同然である。だからこそ、次に考えるのは東を殺した後の展開だ。

 おそらく東は霙の鉤爪(スリート・タロン)を持つ響から逃げられないことを悟った。ならば幻想郷が崩壊するまで彼は死に物狂いで抵抗するに違いない。そうなれば仕掛けがばれている棘の魔槍(スピアーナ)はもちろん、殺すほどの威力を持たない霙の鉤爪(スリート・タロン)凝縮(チャージ)が必要であり、砲撃の特性上、直線的な攻撃しかできない――なによりデメリット(・・・・・)のせいで砲撃を連発できない青龍の(あぎと)では東を殺すことはできないだろう。

 だが、5つの『式神武装』の内、最も殺傷能力(・・・・)の高い雅の『式神武装』なら地力さえあれば残りの蘇生回数を削り切ることは容易い。ならば、この一撃で東の蘇生回数を一つ削りながら雅の『式神武装』が使いやすい場所まで移動させる(吹き飛ばす)

 その場でくるりと身を翻した響は両足の霙の鉤爪(スリート・タロン)を同時に東に向かって突き出す。ブレードから勢いよく飛び出した氷柱が東の左右を通り過ぎ、逃げ道を塞いだ。東も碌に抵抗せずに両サイドの氷柱に沿って走り続ける。

「……飲み込め――」

 すでに目を庇いたくなるほどの光をその口内から漏らしている青龍の(あぎと)を東に向け、薄紫色の星が浮かぶ目が捉えた穴に従って微調整を行い――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)

 

 

 

 

 

 

 

 ――その瞬間、幻想郷中に響き渡るほどの爆音が轟き、彼らが戦っていた森の一部は焼失。焼失せずに済んだ部分も木々のほとんどが龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)の爆風で吹き飛び、事実上、一つの森が幻想郷から姿を消したことになる。その威力はまさに天災。

「……」

 もちろん、森を消し飛ばすほどの砲撃を放った響自身、無事ではなかった。青龍の(あぎと)を装備していた右腕の骨は粉々に砕け、それ以外の部位も反動によって筋肉が千切れ、体を支えていた両足は皮膚が破けて血だらけになっている。霙の鉤爪(スリート・タロン)も衝撃に耐えきれなかったのか、破損して通常状態のホバー機構に戻っていた。

『ぐっ……うぅ……』

 また、彼が身に纏う『着装―桔梗―』も赤熱し、周囲に焦げ臭い匂いが漂っている。響の耳に装着されているインカムから桔梗の呻き声が漏れた。

 東の企みを止める方法として『新しい変形を生み出す』という悟の意見を聞いた桔梗はまず驚異的な身体能力を持つ東ですら耐え切れないほどの高威力を持つ変形を設計した。

 その結果、桔梗の望み通り、最初に作り出した青龍の(あぎと)は『式神武装』の中で最も攻撃力を持つ変形となる。だが、初めて『式神武装』を設計したせいで加減がわからず、青龍の(あぎと)は攻撃力が高くなりすぎた。

 そのあまりに高すぎる威力のせいでリーマの『式神武装』である棘の魔槍(スピアーナ)のようにデメリットが存在する。それは何か対策を考えなければ東に勝てないほどに桔梗にとって致命的だった。

 

 

 

 

 

 

 そのデメリットは桔梗の機能が一時的に停止してしまう『オーバーヒートを起こす』こと。

 

 

 

 

 

 

 つまり、青龍の(あぎと)を使えば桔梗は機能を停止し、熱が冷めきるまで身動きが取れなくなってしまうのである。東の蘇生残数を削り切る前に幻想郷が崩壊する(タイムリミットを迎える)だろう。

急速冷却(クイック・クーリング)!」

 響が叫ぶと『着装―桔梗―』の装甲から凄まじい量の白い水蒸気が噴出する。そして、赤熱していた装甲が元の白黒へと戻った。

 急速冷却(クイック・クーリング)は文字通り、桔梗の熱を一瞬にして冷やす機能である。

 青龍の(あぎと)を使うと『オーバーヒート』を起こしてしまうと判明した後、桔梗は慌てて霙の『水と氷を司る』特性を活かして『オーバーヒート』を回避する機能を作り出した。しかし、その機能に素材を使いすぎたせいで霙の『式神武装』はサポート系にするしかなくなったのである。

「桔梗、無事か?」

『はい、大丈夫です……ですが、やはり青龍の(あぎと)の攻撃力は過剰でした。申し訳ありません』

「いや、気にしなくていい。むしろ、好都合だった」

 桔梗がオーバーヒートを起こしてないことを確認した響はすっかり燃え尽きてしまった森を眺める。青龍の(あぎと)龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)に飲み込まれた東の姿はない。もちろん、あのまま死んだわけではない。彼の付けているネックレスの効果はネックレス本体が無事であれば東の体そのものが消滅しても蘇生能力が発揮される。

 そして、ネックレス本体も何重にも術式を重ね、いかなる攻撃を受けても傷つかない効果が付与されているため、龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)ですら破壊できない。それを東の経験(絶望)を体験した響は知っていた。

 だが、ネックレス本体は傷つかずとも衝撃は受ける。龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)を受けたネックレスは吹き飛ばされ、蘇生はネックレスを起点として発動するので吹き飛ばされた先で東は蘇生している。その場所こそ次の戦場だ。

「行くぞ、桔梗。ここが正念場だ」

『はい、マスター』

 東の残り蘇生回数は3回。それを雅の『式神武装』で削り切る。しかし、これから東は死ぬ気で抵抗するだろう。雅の『式神武装』がいくら殺傷能力が高いとはいえ一筋縄ではいかないだろう。

(頼むぞ、雅……そして――)

「……いや、まずは足止めか」

 青龍の(あぎと)で破損した霙の鉤爪(スリート・タロン)の修復が済み、再びそれを装備した響は次にその手に白黒の弓を持つ。魔力の矢を作り出して弓に番え、力いっぱい引き絞る。

 狙うのはここからでは肉眼では見えないほど遠い場所で蘇生した東。それでもまるで()を見ながら狙いを済ませる弓兵のように彼は一点に狙いを定め――。

 

 

 

 

 

「――風弓(・・)

 

 

 

 

 

 ――矢を放った。



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第477話 必中の風矢

「……」

 ふと東が我に返ると響と戦っていた死の大地に立っていた。響の読み通り、幾重にも重ねた術式のおかげで傷つけることのできない東のネックレスは龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)によってここまで吹き飛ばされ、ネックレスが死の大地に落ちた後、東は復活したのである。ネックレスの蘇生は東が設定した状態で蘇生するので焼失した彼の衣服――灰色のスーツも再現されていた。

(なんて……破壊力だ……)

 どんな攻撃を受けても蘇生できるとはいえ体全てが焼失した影響で数秒ほど呆けていた彼だったが目の前の光景を見て冷や汗を流す。

 地面はドロドロに溶け、一部の木々は龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)によって跡形もなく消し飛んでいる。また、消し飛ばされずに済んだ木もそのほとんどが爆風によってなぎ倒され、響から逃げるために駆け込んだ森の姿はどこにもない。

 『式神武装』を見た東はすぐに極限にまで底上げされた防御力を貫けるほどの威力を持った変形を響たちが用意していると予想していた。だからこそ、真正面から戦うことを止め、幻想郷が崩壊するまで時間稼ぎすることにしたのだ。

 だが、崩壊を止めるためとはいえ、まさか地形を変えてしまうほどの威力を持つ一撃を何の躊躇いもなく、放つとは思わなかった。まぁ、これほどの威力を持つ一撃を放てばその反動も自然と大きいはずだ。響も無傷とはいえないだろう。彼には『超高速再生』があるので数分と経たずに全快するだろうがその分、地力も消費する。『式神武装』という大技を連発できる原因は不明だが少しでも地力を削っておくことに越したことはない。

 それに加え、威力が高すぎたおかげで東は一切、痛みを感じることなく、一瞬で死ぬことができた。蘇生できても痛みまでは誤魔化せないのでその点に関しては感謝する。

「……」

 死の大地に立つ東は視線を落としてネックレスを見た。そこには7つの内、3つの宝玉が輝いている。残りの蘇生回数は3回。全ての宝玉の光が消えた時、彼は蘇生できなくなり、殺されたら再び『死に戻り』が発動してあの地獄へ戻るだろう。そうならないためにも――そして、そうなってしまった時のために少しでも抵抗して時間を稼ぎ、情報を集める。もう逃げることすらできない彼に残された唯一の道だった。

「ッ――」

 厄介な『穴を見つける程度の能力』を持つ響相手にどのようにして戦うかシミュレートしようとした瞬間、向上した聴力で遠くの方から異音を捉え、咄嗟に左に跳んだ。その刹那、先ほどまで彼が立っていた場所に青白く光る一本の矢が突き刺さり、地面を粉砕した。

(これは、風弓!?)

 桔梗の変形の一つ――『風弓』。その名の通り、矢に風の力を宿らせ、速度と破壊力を底上げする弓だ。その威力は射った場所と着弾地点によっては東の防御力を貫くほどである。また、今までの響は射撃スキルが皆無であり、出鱈目に射って暴風を起こし、戦場をかく乱させるために使用していた。

 しかし、今回の響(・・・・)は異常なまでの射撃スキルを持つため、彼の視界内にいる間、どこにいても常に狙撃される危険性があった。この戦いで東が最も警戒していた桔梗の変形である。

「おい……おいおいおい!」

 そして、地面を抉った風の乗った矢を見て気づく。彼は今、『穴を見つける程度の能力』を持っている。つまり、彼の視界から外れていたとしても能力が発動すれば――。

「くっ」

 遠くの方から届く風を切る複数の音が耳に届き、顔を歪めて東は全力でその場からバックステップした。その直後、何本も青白い矢が地面へと突き刺さり、死の大地を揺らす。

 そう、『穴を見つける程度の能力』を持つ響の手に風弓が握られた瞬間、どこにいても狙撃される危険性に晒されることに他ならない。

 そんな矢が己の命を貫こうとこれから何本も飛んでくる。東は背中が凍り付かせながら必死に飛んでくる矢を躱し続けた。

 きっと、響は地面を抉るほどの威力を持つ風弓の被害を最小限に抑えるために開けた場所までネックレスを吹き飛ばした。そうなるように『穴を見つける程度の能力』を駆使して龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)を放ったのだ。

(なんて、出鱈目な奴に……)

 いや、出鱈目だったのは元々だった。響が女だった頃も何度も死に戻り、ありとあらゆる手を使って追い詰めてもその度に仲間の手を借りて逆転してみる。それが『音無 響』という人間であり、復讐を成し遂げるにあたって唯一無二の障害だった。

 それは性別が男になっても変わらない。むしろ、サポート寄りだった彼女よりも攻撃的になったことで使えなくなった手札が多く、一から調べなおす必要があった。それほど東にとって『音無 響』という存在は厄介であり、無視できない相手だった。

「ちっ……」

 異常な身体能力を持つ東にとって本来であれば飛んでくる矢を躱すことぐらい容易である。それは風弓であっても変わらないはずだった。

 風弓は矢に風を乗せるだけであり、それ以外に恐れるような機能はない。だからこそ、警戒していたとはいえ彼が狙えないほどの速度で動き回れば問題ないと思っていた。

 それが『穴を見つける程度の能力』を持った瞬間、風弓は驚異へと変貌する。

 常人であれば肉眼で捉えられないほどの速度で動いても正確に飛んでくる。

 回避しても回避した先へ落ちてくる。

 こちらの動きを先読みされ、まるで道を塞ぐように地面を抉る。

 一撃でもまともに受ければ東の動きが鈍り、すぐにハチの巣にされる。そうなれば彼の胸で輝く3つの宝玉の1つが輝きを失うだろう。5つあるであろう『式神武装』の内、2つが不明な状態で残機を減らされるのは間違いなく悪手。だから、東は全力で風弓を躱す。掠ることすら許されない。掠っただけで王手をかけられる棘の魔槍(スピアーナ)の件があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『式神武装』――」

 

 

 

 

 

 そのせいで風弓の矢を躱すのに夢中になり、それ(・・)に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 背後から聞こえたその声に東は目を見開き、背後を振り返らずに全力で前に跳ぶ。そして、その場に何かが通り過ぎ、彼の背中――灰色のジャケットに小さな切れ込みが付いた。地面をゴロゴロと転がった後、すぐに立ち上がった東は横薙ぎに手に持つ吸い込まれそうなほど真っ黒な刀(・・・・・・・・・・・・・・・)を振るった状態で静止する響の姿を見つける。

「はぁ……はぁ……お前、どうやって」

 つい先ほどまで風弓による攻撃を受けていた東はいつの間にか響に背後を取られていたことに疑問を持つ。

 弓はずっと森があった場所から飛んできていた。しかし、今の響は東の背後――つまり、森側とは逆の位置に立っている。矢を躱すのに夢中になっていたとはいえ、ここは草一つ生えてこない死の大地。こんな開けた場所で響の姿が見えればすぐに気づくはずだ。

「どうやってって……上から」

 漆黒の刀を構えながら『そんな簡単なことにも気づかないのか?』と言わんばかりに告げる響。彼は風弓で矢を放ちながら霙の鉤爪(スリート・タロン)で上空を滑って移動していた。そして、東に見つかるギリギリの場所で矢を上空へと放つ曲射に変更し、放ってから着弾するまでの時間を引き延ばした。ほぼ垂直に落ちてくる風弓の中をすいすいと移動して一気に降下して東の背後に着地。そのまま今もなお手に持っている漆黒の刀で東を切りつけたのだ。

「……」

 そう、不思議なほど丁寧に説明する響に東は首を傾げる。響の説明で背後を取られた理由はわかった。だからこそ、不思議でたまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、彼はわざわざ技名を口にして自身の居場所を教えたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、いいのか?」

 何を企んでいるのかわからず、どう動くか悩む東だったがそんな彼を見て響はどこか挑発するように笑みを浮かべてそう言った。

「何がだ?」

「気づいてないのか……いや、別にいいんだ。ただ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前、もう死ぬぞ?」

 

 

 

 

 そう響が告げた瞬間、東の目の前は真っ暗になり、彼の胸で輝いていた宝玉の一つが輝きを失った。

 



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第478話 純粋な気持ちが込められた形

「……ッ!?」

 目の前がブラックアウトし、1秒と経たずに意識を取り戻した東はたった今、己が死んだこと(・・・・・・・・・・・・)を理解した直後、ほぼ反射的に全力で後退して漆黒の刀を持つ響から距離を取った。それに対し、響は霙の鉤爪(スリート・タロン)を使って追いかけることもなく、着地した東を見つめ続けている。

(なんだ……何が起きた!? 俺は、何をされた!?)

 響が動く気配を見せないので彼はすぐに今の状況を整理しようと思考回路を巡らせた。だが、彼からしてみれば響が放った横薙ぎの一振りを紙一重で回避して1分と経たずに突然、死んだのである。状況を整理しようにも死因すら把握できていない以上、何もわかるわけがなかった。

(いや、死因は確実にあの刀だ……でも、あれは躱したはず)

 響は攻撃を仕掛ける前に『式神武装』――そして、刀の名前を呟いた。つまり、あの刀は『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』という名前から『炭素を操る式神(尾ケ井 雅)』の『式神武装』だろうと東は推測する。

 1万回を超える『死に戻り』を繰り返した東は『炭素を操る程度の能力』を持つ雅を響の次に警戒していた。その理由は雅に触れられた生物は体の全ての炭素を別の同素体の炭素に変えられ、死に至るからである。そう、何も対策していなければ雅に触れられた時点で東の負けが確定するのだ。彼自身、雅の研究が進む前は響を追い詰めた途端、彼女の逆鱗に触れ、何度も殺されていた。そんな妖怪の『式神武装』であるならば己が気づかない間に殺されてもおかしくはない。

 しかし、問題は雅の能力に対する対策を怠っていなかった点だった。

 彼は幻想郷の住人から地力を奪い、身体能力を強化すると同時に響と同じような干渉系の能力を無効化する術式を施している。それは触れた対象の炭素に干渉する雅の能力も例外ではなく、事実、干渉系の能力を無効化する術式を施せるようになってからは雅の能力は東に通用しなかった。

 そのはずなのに雅の『式神武装』で気づかぬ間に殺された。だからこそ、東は何が起きたのかわからなかったのである。

「……くそっ」

 数分経っても東はもちろん、響も動かずにふわふわと白い球が二人の間を何度も通り過ぎていく。だが、その沈黙も長くは続かず、最初に動いたのは東だった。

 残りの蘇生回数は2回であるが幻想郷が崩壊するまで約1時間もある。その間に『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』で蘇生回数を削り切られる可能性が高い。ならば自ら攻めて『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』の秘密を――あわよくば響を殺す。そう考えた結果からの特攻だった。

「……」

 目にも止まらぬ速さで距離を詰める東だが響は黙って漆黒の刀を構え続けるだけで身動き一つしなかった。もちろん、『穴を見つける程度の能力』を持つ彼に限って東の速度に反応できなかったわけではない。する必要がなかっただけだ。

「ッ――」

 一気に響の懐に潜り込み、常人であれば受けた直後、体が吹き飛ぶほどの威力を持った右ストレートを放つ東。しかし、響の体に拳が触れる直前、何かに触れ、ピタリと止められた。まさかの事態に東は大きく目を見開き、慌てて左拳を振るう。その左拳も右拳と同様、何かに触れた途端、勢いがなくなり、止まってしまった。

(何が……っ!)

 それから何度も響へ攻撃を仕掛ける東だったがその全てが何かに阻まれ、勢いを殺される。そして、東は微かにだが、薄い布らしきもの(・・・・・・・・)が響の体を包み込んでいることに気づいた。

「……『式神武装』――」

 彼の式神は5人(実際にはドグが増えているので6人だが)であり、今まで明らかになっている『式神武装』は4つ。そう、この薄い布らしきものこそ、最後の『式神武装』――『魂を繋ぐ式神(奏楽)』の想いが込められた形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――魂の羽衣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『魂の羽衣』――攻撃、呪い、毒、不運などありとあらゆる災厄から響を守る羽衣。羽衣は目を凝らさなければ見えないほど薄い布であり、響の全身をすっぽりと覆っている。これに包まれている間、響は攻撃からはもちろん、『攻撃の最中に蹴躓く』などの不運(運命)すらなかったことにし、最良の結末を引き込む。

 奏楽は『式神武装』を運用する地力として己の魂の一部を桔梗に提供したがそれを受け取った桔梗は最初に4つの『式神武装』を設計した。その後、それらを使う際に消費される地力量を計算し、地力を使いすぎないように4つの『式神武装』を使う時に使用できる地力量を決め、その計算値よりも多めに分配していたのである。

 そして、余った魂の一部を使い、彼女の『式神武装』を設計――しようとしたのだが、少しばかり問題が発生した。

 式神たちが提供した素材で作られる『式神武装』は提供された素材の特性や想いが形態や性能に反映される。

 『成長を操る程度の能力』を持つリーマの式神武装は『成長する槍』。

 『水と氷を司る神狼』である霙の式神武装は『水や氷を創造し、それを踏みしめられるスケート靴』。

 『凝縮の魔眼を持つ半龍』である弥生の式神武装は『炎を凝縮し、全てを焼き尽くす龍の一撃を放つ砲台』。

 そして、奏楽の場合――彼女の想いが性能に強く反映された。

 響を守りたい。

 響の役に立ちたい。

 響の傍を離れたくない。

 幼いからこそ、そんな純粋な気持ちばかり込められた彼女の魂は他の素材と併合しようとしてもサポート系の変形にしかならない上、他の素材を使うと性能が格段に落ちてしまうことが判明した。

 なにより、一部とはいえ奏楽の魂を食べた桔梗は他の素材を食べた時よりもそれに込められた想いを強く感じ取り、共感してしまったのである。

 東を倒さなければならない状況であっても同じ想いを抱く桔梗がそれを無下にできるわけもなく、彼女は奏楽の想いを受け取り、『式神武装』を設計した。それこそ一針一針丁寧に縫いあげていくように。

「すぅ……はぁ……」

 『魂の羽衣』は他の『式神武装』と同様、凄まじい量の地力を消費する。だが、他と違う点は無効化した災厄の数ではなく、『魂の羽衣』を展開していた時間によって消費する地力量が決まること。4つの『式神武装』に分配した地力量と『魂の羽衣』を作る際に使用した魂の大きさから羽衣を展開できる時間は約3分だ。

(その間に一つ、命を奪う)

 『魂の羽衣』の性能を知らない東は闇雲に移動し、あらゆる方向から攻撃してくる。おれを眺めていた響は深く深呼吸した後、徐に『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』を真っ直ぐ振り下ろした。

「ッ!?」

 その直前、『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』の軌道線上に東が現れ、目を丸くする。『穴を見つける程度の能力』を使い、東が正面に来るタイミングを見つけ、それに合わせて刀を振るったのである。

 慌ててその場から離れようと後退する東だが、攻撃しようと右拳を振るっていた状態であったため、置いていかれるように刀の軌道上に残った右手の中指に刀の切っ先が掠った(・・・)

「ぐっ……」

 その刹那、顔を歪めたのは刀が掠った東ではなく、攻撃を仕掛けたはずの響だった。額に脂汗を滲ませ、貧血でも起こしたようにその場で倒れそうになるが何とか踏み止まり、視線を前に戻す。

「ぁ……あぁ……」

 彼の目に宿る薄紫色の星が捉えたのは右手の中指がゆっくりと黒ずんでいくのを茫然と見つめる東の姿だった。数秒と経たずに彼の右手は真っ黒になり、ボロボロと崩れていく。また、右手が完全になくなる頃には東の右腕もすっかり黒く染まり、右手と同様、崩壊が始まる。そのまま右肩、右胸と黒ずんでいき、いきなり彼の体が元に戻った。そう、たった今、東は死んだのである。その証拠に彼の首に下げられているネックレスの輝く宝玉は一つだけとなっていた。

「はぁ……はぁ……さぁ、あと一個だ。覚悟しろ、東」

 『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』の切っ先を東に向け、肩で息をする響。東も残機が残り一つになり、悔し気に奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷が崩壊するまで1時間を切った今、最終再戦は最終局面へと突入する。



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第479話 望まぬ未来予知

昨日は更新できずに申し訳ありませんでした。



 『式神武装』を駆使してなんとか東の残り蘇生回数を1回まで減らすことに成功した響だったがその手は僅かに震え、手に持つ『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』はカタカタと音を立てていた。たった数分で2回も東を殺した『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』だが、地力を大量に消費する。奏楽の魂で足りない地力を補っているとはいえ、急激に地力が減り、彼は息を切らしていた。

 対して東も最初は7回もあった蘇生回数が少なくなり、冷や汗を流している。だが、東には『死に戻り』があるため、さほど焦ってはいなかった。

 『ここで殺されるのは本望ではないが、殺されたら殺されたで仕方ない』。

 『今回の失敗を次の世界線で活かし、今度こそ幻想郷を崩壊させる』。

 減らされたとはいえ、蘇生回数はまだ1回あるというのに東はそんなことまで考えていた。

「すぅ……はぁ……」

 乱れる息を整えるため、深呼吸を繰り返す響。次第に手の震えも収まり、薄紫色の星が浮かぶ目に意識を集中させ、(突破口)を探す。最初に比べ、穴を見つけるのに少々時間を要したが、刀の刃を東に確実に当てる穴を見つけ、霙の鉤爪(スリート・タロン)を使って予備動作なく、一気に東との距離を詰める。

「くっ……」

 いきなり数メートルという距離を詰められた東は奥歯を噛み締め、全力で後退。それと同時に響は『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』を振り上げ、霙の鉤爪(スリート・タロン)のブレードから氷柱を生み出し、更に加速した。

(あれに当たったら、今度こそ俺はッ……)

 迫る響を前に彼は漆黒の刀を睨みつけ、数秒後の己の姿を想像する。予想が正しければあの刀に触れただけで死ぬ。あれは武器などではない。触れた場所を炭素に変える毒のようなものだ。

 『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』――東の予想通り、雅の『式神武装』は刀身に触れた物を炭素の同素体に変換する刀である。しかし、変換された炭素の同素体には一つの特性があった。それは伝染すること。炭素の同素体は少しずつ伝染し、浸食する。そして、最後は全てを炭素に変えてしまう『炭素を操る式神(尾ケ井 雅)』の『式神武装』であり、他の『式神武装』とは異なり、殺すことしかできない(・・・・・・・・・・)変形である。

 先ほど、『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』で実際に触れた場所は中指の先端だけだったがそこからゆっくりと炭素は東の体を蝕み、やがて心臓そのものが炭素に変換され、死に至った。

 また、『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』は肌だけでなく、物すらも炭素に変えてしまう。最初に響が『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』を振るった際、東のスーツに掠っただけだった。だが、そこから炭素が浸食し、やがて東の体に到達。そのまま、彼は死んだのである。

「ッ――」

 今までの戦いから死の一振りを完全に躱しきることは不可能。驚異的な身体能力でどんなに速く動こうと今の響は一瞬の隙を見逃さず――むしろ、その隙を作り出すことができる。現に霙の鉤爪(スリート・タロン)によって目にも止まらぬ速さで距離を詰められ、今まさに刀身がまた指先に触れようとしていた。

(どうやっても避けられないのだったらッ!)

 ここで死ねば蘇生できなくなり、『着装―桔梗―』の機能を全て使われればどれだけ身体能力を向上させても殺されてしまうだろう。ならば、死ななければいい。どんな形でも生き残ればいい。だからこそ、東は覚悟を決め、とうとう『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』が東の左手の薬指の先に触れた。指先は少しずつ黒ずんでいき、体を蝕んでいく。

 それを見届けながら響は地力が大量に消費され、その場で膝を付く。その拍子に手に持っていた『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』と脚部の霙の鉤爪(スリート・タロン)が消え、通常状態の『着装―桔梗―』に戻っていた。

 きっと、響ももう少しだけ譲り受けた望の『穴を見つける程度の能力』と悟の『暗闇の中でも光が視える程度の能力』の関係性を考えていれば薄紫色の星が浮かぶ瞳の弱点に気づいていただろう。

 元々、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』はその名の通り、暗い場所、目が見えない状況でも周囲の様子がわかるようになる能力である。また、暗闇を絶望に、光を希望に読み返ることで『どんな状況でも僅かな希望を見つけることができる』能力になる。そして、それは絶望的な状況であればあるだけ光――希望の強くなるのだが、逆説的に絶望的な状況でなければ希望も見えにくくなってしまうことに他ならない。先ほども(突破口)を見つけるのに時間を要したのは東を追い詰めたからだった。

 そして、『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』で東に触れた瞬間、響は初めて東よりも優位に立った。立ってしまった。そのせいで東の次の行動を視逃してしまったのである。

「ぁ、ああああああああああ!!」

 少しずつ浸食する炭素から――死から逃れるために彼はまだ炭素になっていない二の腕を右手で掴み、全力で引っ張り、引き千切った。夥しい量の血が左腕から溢れ、周囲を真っ赤に染める。それでもなお、引き千切られた左腕は黒ずんでいくが東は真上に放り投げた。驚異的な身体能力によって投げられた東の左腕は空中で完全に真っ黒になり、ボロボロに崩れ、風に流されて消えていく。

 触れた物を炭素に変える炭素の同素体を放っておくといずれ地球全てが炭素になってしまうため、空中で霧散し、その特性が消えるように設定した。そのため、風に流されたとしてもその先で再び浸食が始まることはない。

「なっ……」

 東が左腕を引き千切ったこと。なにより、薄紫色の星が浮かぶ瞳がそれを視逃したことに驚愕し、響は体を硬直させる。それが致命的な隙となってしまう。

「あああああああああああ!!」

「ガッ……」

 激痛に苛まれながらも好機と判断した東は全力で響に詰め寄り、未だ健在の右拳を振るう。彼の右拳は唯一『着装―桔梗―』に守られていない響の顔面に突き刺さり、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。何度も地面をバウンドし、その勢いがなくなる前に再び接近した東に蹴られ、地面を転がる。何とか態勢を立て直そうとしても『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』を使った際に地力を一度に大量に消費したせいで上手く力が入らず、次第に意識も朦朧とし始めた。攻撃を受ける度に『超高速再生』が発動し、予定にない地力の消費によって桔梗が計算した地力消費値が狂い始めたのである。

『マスター! マスター!!』

 何度も殴打され、蹴られ、地面に叩きつけられる響に桔梗は何度も呼びかけるがその声に応える余裕は響にはなかった。【盾】を展開しようにも目に集中できず、どこに展開していいのか判断できない。下手に展開し、【盾】を破壊されでもしたらしばらくの間、使えなくなってしまう。出し惜しみしている場合ではないのは確かだが闇雲に【盾】を使うわけにもいかず、響はただ東の攻撃を受け続けた。

 地力は残り僅か。頼みの綱である『式神武装』は使えない。残りの切り札は全てばれている。東の驚異的な身体能力は健在。

 まさに絶望的な状況であり、彼の目に浮かぶ薄紫色の星が輝く状態でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――砕ける小さな体。散らばる破片。くるくると回転しながら舞う頭部(・・)

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 だからこそ、響は視えた。この状況を打破するために誰が何をして、誰がどうなってしまうのか。

 しかし、その希望は彼にとって希望でも何でもなかった。ただ薄紫色の星は機械的に彼が生き残る唯一の道を教えてくれただけに過ぎない。それもその希望は未来に繋がる道の入り口しか照らしてくれず、どうしてその光景が視えたのか彼にはさっぱり理解できなかった。

「マスター!」

 だが、それでも時間は、世界は止まらない。視えた未来予知に困惑し、思わず体を硬直させる響に東の右拳が迫る中、小さな影が目の前に躍り出た。

 



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第480話 概念の具現化

『マスター! しっかりしてください!』

 必殺であったはずの『黒刀―炭鋼(すみはがね)―』の呪いを強引に左腕を引き千切ることによって死を免れた東にマスターは一瞬だけ隙を見せ、そこを突かれてしまいました。片腕を失っても勢いが落ちない東の驚異的な身体能力を前に地力を著しく失ってしまったマスターはどうすることもできず、ただひたすら攻撃を受け続けるばかり。『超高速再生』も発動しているため、このままではマスターの地力は底を尽き、彼は死ぬでしょう。

(それだけは……絶対にッ)

 しかし、【盾】で防いだところで耐えられるのは数秒のみであり、すぐに破壊されることは容易に想像できます。それでは意味がありません。東の動きを止め、マスターが能力で勝利への突破口を見つけるまでの時間を稼ぐ。それさえできれば今度こそ、マスターは東を倒し、奴の企みを止めてくれるでしょう。

(そのために、私に何が……)

 もう嫌なのです、あの時のように――咲さんが妖怪に殺された時のように何もできず、無力な自分に打ちひしがれ、ただ涙を流すのは、もう……。

 ですが、私たちの手の内は全て東にばれてしまっているのも事実です。『式神武装』を使おうにもマスターの地力はガス欠寸前。

「……ぇ?」

 その時、不意にマスターが声を漏らしました。あの薄紫色の星が浮かぶ瞳で何かを視たのでしょう。しかし、問題は驚愕でマスターは体を硬直させてしまったことです。すでに東は健在の右腕を振りかぶっていました。今まで、攻撃を受けながらもマスターはなんとか致命傷――つまり、即死だけは逃れていました。『超高速再生』は怪我を治す能力です。即死してしまっては意味がないのです。

 そして、このままでは東の拳はマスターの頭部を粉砕し、マスターは即死するでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 

 

 

 

 

「マスター!」

 あの時はマスターを守ることしかできず、咲さんが死ぬところを黙って見ているしかありませんでした。だからでしょうか、気づけば私は『着装―桔梗―』を解除し、人形の姿でマスターと東の間に飛び出していました。今まさに大切な人が目の前で殺されそうになっているのを見逃すことなんてできませんから。

 特に何の作戦もないのに飛び出すなど我ながら無茶をしたと迫る東の拳を視ながらどこか呑気に考え、無駄だと思いながらも素材の『青怪鳥の嘴』を使い、体を硬化させます。

「がッ……」

 東の拳は私の体を捉え、目の前が真っ白に染まりました。やはりというべきでしょうか、奴の一撃に私の体は耐えられず、粉々に砕かされてしまったようです。意識を取り戻した頃にはすでに体はどこにもなく、頭部はクルクルと宙を舞っているのかノイズの走る視界がグルグルと目まぐるしいほどに回転していました。

「ぁ……」

 少しずつ遠くなっていく意識ですが、その掠れた声はしっかりと耳に届きました。ああ、よかった。無事だった。生きていた。守ることができた。

 それ、だけで……私は、十分、です。

「……桔梗?」

 す縺ァにテ繝ャビの砂嵐縺ョよ縺にノイ繧コば縺りに縺ェ縺」てし縺セった世界で縺が、一瞬だけマ繧ケターの蟋ソが映繧ました。

(マ繧ケ繧ソ繝シ……)

 譛?譛溘?譛?蠕後∪縺ァ荳榊?譚・縺ェ蠕楢??〒逕ウ縺苓ィウ縺ゅj縺セ縺帙s。縺ァ繧ゅ?√≠縺ェ縺溘r螳医k縺薙→縺後〒縺阪※遘√?蟷ク縺帙〒縺励◆。縺ゥ縺?°縲√%繧後°繧峨?縺ゅ↑縺溘↓蟷ク縺帙′蠕?▲縺ヲ縺?∪縺吶h縺?↓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……」

 砕ける小さな体。散らばる破片。くるくると回転しながら舞う頭部(・・)

 桔梗に東の渾身の一撃が決まり、『青怪鳥の嘴』で硬化されているはずの体がコマ送りした映像のようにゆっくりとバラバラになっていく光景を響は目の当たりにする。

 東もまさか桔梗が響を庇うとは思わなかったのか、体を硬直させた。その間に桔梗の体だったものは地面に散らばり、響の前に彼女の頭部が落ちてくる。

「……桔梗?」

 何が起きたのかわからず、響は声を震わせ、目の前に落ちている桔梗の頭を両手で包むように拾い上げる。桔梗はどこか満足げな笑みを浮かべ、完全に機能を停止していた。桔梗は響を庇い、東の手によって粉々に砕かれてしまったのである。

「桔梗……返事、してくれよ」

 そんな彼の声に応えるようにパキリ、という音と共に桔梗の顔に裂傷のような皹が走った。それを見てしまった響は手の震えが止まらなくなり、その震えに耐え切れず、桔梗の頭部が地面に落ちる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 少しずつ響の呼吸が乱れ、早くなっていく。東との戦いが始まり、リョウを殺され、仲間は傷つき、己の油断のせいでとうとう桔梗まで失ってしまった。その過度なストレスのせいで過呼吸を起こしかけているのである。

「あ……」

 狭まる視界の中、響は落ちた桔梗の頭部の近くに四神が宿っていた珠よりも二回りほど大きい蒼い珠が落ちていることに気づいた。これこそ、桔梗のコア――魂そのもの。

(これが、あれば……)

 東によって破壊されたのは桔梗の体であってコアさえ残っていればいずれ代わりとなる体を作り、桔梗を生き返らせることができる。絶望の中に希望を見出した響はいつまで経っても(希望)を捉えない目を不思議に思いながらもコアである蒼い珠へと手を伸ばす。そして、彼の手が蒼い珠に触れる直前、先ほどの桔梗の顔と同じように蒼い珠にもいくつもの皹が入った。

「ッ――ぁ……あぁ……あああ……」

 能力で桔梗が壊される姿を予知した時に――また、蒼い珠を見つけたのに瞳が一向に光を捉えないことに気づいた時に、きっとこうなってしまうと頭のどこかで悟っていた。

 だが、わかっていたとしてもそれを受け入れられるかは別である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――……あら、お呼びかしら?

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ!?」

「なっ……」

 どこか楽しそうに笑うそんな声が魂の部屋から聞こえたのを最後に響の意識は真っ赤に染まる。そして、彼の周囲が霙の鉤爪(スリート・タロン)を使っていないのに一瞬にして氷漬けになった。

 この現象に東は見覚えがあった。随分前の世界線で響の魂にいる闇の力が暴走した時に力をコントロールできずに周囲を手当たり次第に氷漬けにしていたのである。つまり、今の響は完全に暴走状態であり、何をしでかすかわかったものではない危険な状態だった。それでも不思議と桔梗のパーツだけは氷漬けになっていないので完全に我を忘れているわけではないのが救いか、と東は結論付ける。

 だが、彼は甘かった。我を忘れていないからこそ――響は自らの意志で禁忌を犯す決意をしたことに気づいていなかった。

「こ……し……やる」

 フラフラと立ち上がり、東を睨みつける響。彼の口から白い息が吐き出され、綺麗な結晶が宙を舞う。

「ころ……てやる」

 響は一歩、前に足を踏み出す。その瞬間、花が咲いたように鋭い氷が彼の足の周りから飛び出した。その氷は罅割れた桔梗の顔を掠り、彼女の肌を少しだけ氷づかせる。

「ころして、やる」

 彼はまた一歩、前に進む。その踏み出した瞬間、再びその足の周りから氷が生えた。その氷は皹が入った桔梗のコアに当たり、少し離れた場所まで弾き飛ばす。

「殺して……やる」

 そのために響は『夢想転身』を発動させる。本来であれば純粋な紅であるはずのオーラは赤黒く染まっていた。

「殺してやる」

 中途半端では許さない。ただ殺すだけでは意味がない。確実に殺す。そのためには『音無 響』では駄目だ。東を殺せる存在にならなければならない。そのための力が、彼にはある。

 これから響が行うのは人間の身で行うにはあまりにも冒涜的な儀式。彼が自身の能力を知ってすぐに思いつき、あまりに危険だからと試すことすらやらなかった禁忌。奏楽から貰った地力(バッテリー)を闇の力で霊力に変換し、『夢想転身』を使用して一時的に身体能力、及び地力のそのものの質を向上させる。

 これで全ての準備が整った。あとは、儀式に必要な呪文を唱えるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シ……、ク……イ……ン――『死』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掠れた声で響は何かを呟いた瞬間、彼の右頬は熱で溶けた蝋のようにドロリと地面に落ちる。

 今、この瞬間、儀式は完了した。『音無 響』という人間は溶解し、別の存在に成り代わる。

 そして、この世に概念であるはずの『死』が具現化した。




桔梗の最期の言葉


『最期の最後まで不出来な従者で申し訳ありません。でも、あなたを守ることができて私は幸せでした。どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように。』


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第481話 急変する事態

 ボトリ、ボトリとヘドロのような何かが地面に落ちる。それもただのヘドロではなく、それは強い酸が物体を溶かしたような音を立てながら地面に張られた氷を溶解させた。

「……」

 もし、それが本当の強い酸を含むヘドロであれば東もさほど驚きはしなかっただろう。だが、目の前で落ち続けるヘドロの正体は『音無 響』の肉だった。彼が掠れた声で何かを呟いた途端、彼の体は溶解し、肌色のヘドロを地面に落とし始めたのである。

 女と見間違えるほど美しかった響の顔面はすでにほぼ爛れ落ち、目などの部位すら判別できないほどになっていた。また、顔面だけでなく、彼の体全体が溶けていた。

(何が、起きて……)

 桔梗が破壊されたことで響の何かが壊れたことは想像できる。それだけ東は何度も『死に戻り』、響の思考パターンを研究してきた。しかし、現在、響の身に起きている現象は1万回以上『死に戻り』を繰り返した東でさえ、初めて見る。これまでの響がやろうと思えばできたがやらなかったことといえば――。

「まさか……」

 東がある一つの仮説に辿り着いた時には響の体の肉はほぼ溶け落ち、その下から白い骨が姿を現す。骨は肉と違い、溶けている様子はなく、その骨からどす黒い瘴気が漏れていた。

『……』

 『音無 響』だった何かは溶けた肉の塊から抜け出すように一歩、前に出る。その拍子に歪んでいて外すことのできなかった『合力石の指輪』が骸骨の右手の中指から落ち、氷の上に落下して甲高い音を立てた。

 数歩ほど歩いたそれは肉の塊から完全に抜け出す。綺麗だった髪も抜け落ち、肉は一片すら残っていない白い骨。それはまさしく骸骨であった。

「ぁ……あぁ……」

 響だったものの正体がわかり、東は顔を真っ青にしながら半歩後ずさる。響は本能力を使い、自身の存在を書き換えた。東を確実に葬れる存在に成り代わった。それは――。

「――『死』……」

 東の呟きに応えるように骸骨の右手に黒い大鎌が出現し、骨だけになった右手で掴んだ。骸骨は鎌の刃先を引きずりながらカタカタと音を立てながら東へとゆっくり歩み寄る。氷と刃が擦れる音が不気味に響き渡った。

(これは、やばい)

 未だに左腕からの出血が止まらず、いつ出血多量で死んでもおかしくない状況の中、概念であるはずの『死』が顕現したのである。たとえ、ネックレスの蘇生回数が潤沢であっても東はすぐに殺しつくされてしまうだろう。幸い、『死』となった響に思考能力があるようには見受けられないので結界の溶解が完了するまで逃げ切ることは難しくない。

『ふぅ』

 そう考え、逃げようとした東だったが少しばかり行動に移すのが遅かった。『死』は不意に数メートル先にいる東に息を吹きかけたのである。

「……え?」

 その直後、彼の左腕は元に戻り、胸にぶら下がっていたネックレスが砕け散った。そう、数メートル先から息を吹きかけただけで東は死に、何重にも術式を重ね、守られていたネックレスもあまりにも濃密な『死』の負荷に耐え切れなかったのである。

 ネックレスには蘇生や身体能力の向上の他にも幻想郷の住人から地力を奪う機能や結界の溶解に関する術式も組み込まれていた。今頃、地力を奪われていた幻想郷の住人たちの首に下げられたネックレスも粉々になっているだろう。

 そう、東の計画は響の手によって頓挫したのである。

 これで幻想郷の崩壊、なにより住人たちが地力の枯渇による死は免れた。

『……』

 だが、そのことに響は気づいていない。東の予想通り、すでに響に思考能力はなく、ただ『生』を奪うだけの存在となってしまっている。それこそ、幻想郷の『生』を全て奪いつくすだろう。

「……はは」

 このまま放置しておけば響が幻想郷を崩壊させることに気づいた東は乾いた笑い声を漏らし、東は自身に残った地力を全て消費する勢いでその場から逃げ出した。ネックレスの補助がなくとも数秒間だけ普段よりも数倍もの速さで動けるのである。

『……』

 それを響は見逃した。『死』となった彼にとって東もその辺りに生えている草も同じ『生』である。動いても動かなくても奪う対象であることには変わらないため、見逃したというよりも『生』を奪う優先順位がなかったのだ。

 しかし、それはつまり響にとって目に映る『生』全てが奪う対象であり、目に『生』が映らない――全てを奪いつくさない限り、止まることはない。その証拠に響はゆっくりと龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)によってそのほとんどが焼失してしまった森の方へと向かう。『死』による幻想郷の崩壊が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 時を同じくして博麗神社で結界の溶解を食い止めていた霊奈は突然、結界の溶解が止まり、目を丸くする。そして、その拍子にずっと張りつめていた緊張の糸が切れ、その場で床に両手をついてしまう。

「霊奈!?」

 いきなり倒れかけた彼女にそばで手伝っていた雅が駆け寄る。心配する雅に『大丈夫』と答える霊奈だったが何が起きたのかわからず、周囲を見渡す。周りには霊奈と雅を目を丸くして見ているリーマと弥生。ドグと霙は先ほどまで作業の手伝いをしていたがリーマと弥生と入れ替わる形で休憩に入っていた。

「何かあったの?」

「……結界の溶解が止まった」

 雅の質問に震える声で答える霊奈。それを聞いた3人はその言葉の意味を理解できず、キョトンとする。だが、脳内でその言葉を何度も繰り返すことでやっと飲み込むことができた。

「それって……響が東を止めたってこと?」

「多分、なんだけど……」

 東を止めたということは幻想郷の崩壊はもちろん、霊夢たちの命も救われたのだ。本来であるならば喜ぶところだが、何故か霊奈の顔色は優れない。そんな彼女を見て雅たちも喜ばずに霊奈の言葉を待っていた。

「……嫌な、予感がする」

「嫌な予感?」

「よくわかんないけど……東よりも、何か悪いことが起きてるような」

 そう言いながら霊奈の脳裏にピリピリと小さな痛みが走る。

 実際に博麗の巫女になったのは霊夢だったが、霊奈もれっきとした博麗の巫女候補である。つまり、博麗の巫女が持つ鋭い直感が働いていた。

「東よりもって……それってどういう――」

 雅が霊奈に質問しようとしたがそれを遮るように彼女たちが作業していた部屋の襖が凄まじい勢いで開き、スパン、という大きな音がする。

「れ、霊、奈……」

 そこにいたのは先ほどまで東に地力を奪われ、床に臥せていた霊夢が立っていた。相変わらず、顔色は悪く、立っているだけでもやっとな状態であるのは一目でわかる。だが、それでも彼女はしっかりとした眼差しで霊奈を見つめていた。

「どう、したの?」

「響のリボンが……壊れた」

「え……あっ」

 『闇』の暴走を抑えるために彼は常の博麗のリボンを身に付けている。それこそ、入浴中でさえ、手首に巻いているほどだ。しかし、響が『死』という存在になった際、博麗のリボンは『死』の負荷に耐え切れず、壊れてしまったのである。

 その博麗のリボンを作ったのは霊夢と霊奈であり、彼女たちは博麗のリボンに異常が起きた時に感知できるように術式を組み込んでいた。

 霊奈は混乱してすぐには気づかなかったが、地力を奪われなくなり、微かに意識を取り戻した霊夢は博麗のリボンに異常が起きたことに気づき、飛び起きたのである。そして、持ち前の直感で異変を感じ取ったのだ。

「響が……危ないわ」

 霊夢の一言に全員が息を飲む。離れていながらも博麗の巫女たちは幻想郷の危機を察知していた。



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第482話 干天の慈雨

「……これで、よし」

 持っていたドライバーを小型の工具箱に置いた東は溜息を吐くように言葉を漏らした。彼の手には腕輪型の装置が握られており、それを手首にはめて立ち上がる。

 彼が付けていたネックレスは『死』となった響によって破壊され、その機能を失ったのである。蘇生はもちろん、東の身体能力を向上、幻想郷の住人から地力を奪う、『博麗大結界』の溶解、と彼の復讐には欠かせない機能だった。

 しかし、これからの機能は最初から一つに組み込まれていたわけでなく、研究としてそれぞれの機能を搭載している装置を作ってから一つの装置にまとめ、小型化していった。つまり、試作品としてそれぞれの装置が存在している。因みに『蘇生』だけは貴重な素材が使われており、試作品を作る余裕はなかった。そのため、『蘇生』が搭載された装置に他の機能を付け加えた形で作ったので試作品は存在しない。

 その中でも東は予備として身体能力向上の装置を持ってきていた。また、幻想郷の住人から奪う装置は地力を一時的に蓄積できるバッテリーを持っている。装置の小型化の関係でそのバッテリー自体はネックレスとは別に作られたため、破壊されずに残っていた。バッテリーの状態では地力を使うことはできないため、彼は急遽、身体能力向上の装置にバッテリーを組み込んだのである。

(出力自体はネックレスの時よりも劣るが……何もないよりはマシか)

 試しに装置を起動させ、身体能力が向上していることを確認した東だったが『死』となった響が幻想郷の全てを殺しつくすまで逃げ続けることぐらいしかやることはなく、この後の動き方は考えていなかった。むしろ、適当に動いて響と鉢合わせてしまったらその時こそ殺されてしまう。

 それならばここで静かに息を潜め、背筋が凍るほど濃密な死の気配を探り続けていた方が賢明だ。それにバッテリーがあるとはいえ、これ以上の地力の供給はないため、無駄遣いはできない。

「すぅ……はぁ……」

 いつでも動けるように立ったまま近くの木に背中を預け、目を閉じる東。そして、数キロ離れていても感じる死の気配に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわふわとした、それでいて体は底なし沼にはまってしまったようにドロドロとした何かにまとわりつかれている。それはまるで体がなくなってしまったような――操り人形が糸を切られて無様に地面に転がるような感覚。

 そんな俺……私? 僕、あたし、儂。我? それすらもオレ(・・)はわからなくなっていた。ただあるのは今にも窒息してしまいそうな息苦しさと感じることのできないはずの胸の奥から湧き上がる悲しみ、憎しみ、怒り、恐れ、冷たさ。それがぐちゃぐちゃに混ざり合い、膨れ上がり、今にもなくなってしまった体が爆発してしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 ――ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

 爆発してしまいそうなのは体ではない、魂だ。ギシギシと軋み、今にも崩壊してしまいそうになっている魂。じゃあ、体は? オレは一体、どうなってしまったのだ?

『……』

 その時、何かに引っ張られるようにオレの意識は外へ向けられる。まるで、テレビのチャンネルを変えるように。

 最初に感じたのは痛いくらいの冷たさだった。そして、とてつもなく濃い死の気配。また、どこからかカラカラと馴染みのない何かが擦れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 ――これは、なんだ。

 

 

 

 

 

 何が起きているのか、さっぱりわからなかった。ただ一つ言えるのはオレはどうやら人間ではない――もしくは人間ではなくなってしまったこと。おそらく存在そのものを上書きされてしまったのだろう。だから、自分が誰なのかわからず、ただ海に浮かぶ海藻のように漂うことしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あらあら、冷静なのね』

 

 

 

 

 

 不意に楽しそうに笑う女性の声が聞こえた。どこかで聞いたことがあるような、それでいて全く知らない声。いや、聞いたことがあるのではなく、似ている声を知っている? 確か、小さくて黒い綺麗な髪が特徴的な女の子だったような……それでいてその女の子が大人になった時の声に――。

 

 

 

 

 

『別にいいじゃない。そんなことぐらい? それより、他に感じることはない?』

 

 

 

 

 

 

 女性の声に従うように再びテレビのチャンネルが変えられ、意識は魂の内側へと向かった。

 そこはまさに地獄だった。全ての負の感情がひしめき合い、早く外に出せと言わんばかりに暴れている。ドクドクと心臓が鼓動するように感情が魂の壁を叩いていた。あと数分と経たずに魂は内側から打ち破られ、僅かに残ったこの意識も消えてしまうだろう。

 

 

 

 

 

『そう、そして、私があなたになる。私が『オトナシ キョウ』に成り代わる』

 

 

 

 

 

 体はないのにその声は真後ろから聞こえたような気がした。そのまま意識がくるりとその場で回転。オレの後ろには一人の女性が歪な笑みを浮かべていた。その顔は――が式神として召喚された時の姿にそっくりだった。唯一違うのは式神の女の子は長い黒髪なのに目の前に立つ女性は短い白髪であった。

 

 

 

 

 

『大丈夫、私に任せて。ずっとあなたの魂の中で力は蓄えておいたの。それに元々、幽霊の残骸だった私なら『死』になったところで自我は失わないわ。あなたと違って』

 

 

 

 

 

 そう言ってニタニタと笑う女性。彼女の言葉の真意はさっぱり理解できなかったがこのままではオレという存在は消えてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

『でも……このまま崩壊を待つのも暇だからぱぱっと消しちゃいましょう。ねぇ、あれは何かしら?』

 

 

 

 

 

 女性は世間話するように人差し指でオレの後ろを指す。もう一度、意識がその場で一回転するとそこには小さな女の子がいた。こちらに背中を向けているが腕を組んでいるらしい。また、その子の影は異様に大きく、その輪郭は陽炎のように揺らめいていた。

 そして、次の瞬間、その子の背中から手が生え、血が噴水のように溢れ出る。その背中から生えた手には小さな肉の塊――女の子の心臓が握られていた。

 

 

 

 

 

『はい、キュッとしてどっかーん』

 

 

 

 

 

 女性が楽しそうに言うとその手は心臓を握りつぶす。そのまま女の子は前のめりに倒れ、ふっと消えてしまう。

 魂の中で暴れていた感情の一つ――怒りの炎が一層激しく燃え上がった。

 

 

 

 

 

『あら、今度は何かしら』

 

 

 

 

 

 その声に導かれるように意識は右に移動し、いくつかの人影を見つける。その人影は先ほどの女の子と同様にこちらに背中を向けていたがその背中に見覚えがあった。あったのに、誰か思い出せない。でも……何か、オレのために犠牲にしてくれた、ことだけはわかる。

 それを理解した瞬間、罪悪感の雨脚が強まった。

 

 

 

 

 

『じゃあ……これで、おしまい』

 

 

 

 

 

 弾むような女性の声と共に上に何かを感じて意識を向け、抱えられるほどのメイド服を着た人形がおちてきたことに気づく。その人形は目を閉じているのに今にも目を覚ましそうなほど精巧に作られていた。思わず、ありもしない手を伸ばし、その人形を受け止めようとして――手に触れる瞬間、バラバラに砕け散り、粒子となってどこかに飛んで行ってしまった。

 その刹那、悲しみの絶叫が響き渡る。それに呼応するように魂の中で暴れていた感情という感情が暴走し、魂の壁を破壊していくのを見て初めて気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

(あぁ……悲鳴を上げていたのは、()だったのか)

 

 

 

 

 

 

 もう間もなく()は崩壊し、あの女性がオレになるのだろう。だが、それも悪くないかもしれない。

 怒りの炎は()を燃やし尽くす。

 罪悪感の雨は()を溺れさせ、溺死させる。

 悲しみの絶叫は()を揺さぶり、共鳴を起こして精神を崩壊させる。

 もう、限界だった。もう、赦してほしかった。もう、解放してほしかった。

 だから、俺は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だよ、キョウ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声と共にポン、と頭に手を乗せられた。その瞬間、魂の中で暴れていた負の感情は一斉に沈黙する。いや、沈黙したのではない、鎮められた(・・・・・)のだ。

『なっ……』

 いつの間にか目の前にいた白髪の女性が目を丸くして()の背後を見つめる。それにつられて振り返ろうとしたがその前に小さな腕が俺の首に回され、抱きしめられた。そして、その時になって初めて体があることに気づく。

「諦めちゃ駄目だよ。きっと、あの子も君に生きていてほしいって願うはずだよ」

「あな、たは……」

「これまでたっくさん大変なことがあったね。いっぱい傷ついたね。いろんな物を失っちゃったね。すっごく辛くて、悲しくて、今にも泣き叫びたくなるよね。でも、キョウ君は皆の期待や犠牲、それ以外も色々なことを背負って生きてるから誰にも、どこにも吐き出せなかったんだよね」

 この声は、知っている。聞き覚えがある。でも、そんなはずはない。だって、この声の持ち主は……彼女は、もう何十年も前に、あの夜に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……今度は私が一緒に背負ってあげる。私だって大好きな人が苦しんでるのを見たくないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲、さん……」

 

 

 

 

 

 

 母親のように俺を抱きしめていたのは過去の俺(キョウ)が救えなかった――あの夜に妖怪に殺されてしまった咲さんだった。





第341話、参照


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第483話 残骸の想い

「咲さん……なんで――」

「――説明は後。まずはあの人をどうにかしないと」

 あの夜に救うことができなかった咲さんが何故、生きているのか。ここは俺の魂の内側なのにどうしてここにいるのか。色々と聞きたいことはあったが彼女は言葉を遮り、目の前に立つ白髪の女性に視線を向けた。

『ぐっ……もう少しだったのに、余計なことをしてくれたわね!』

 女性は俺の後ろにいる咲さんを睨みつけ、彼女の周囲からパキパキと音が鳴った。ここは魂の内側なので何もないのだが、彼女の体から空間を凍り付かせるほどの冷気が漏れているらしい。

「あれは……幽霊の残骸」

 奏楽と出会ってすぐ彼女から摘出した幽霊の残骸は魂の一室に封印していた。それから色々なことがあり、何度か幽霊の残骸が暴走しかけたことはあったが体は少女ほどのものだったし、顔は俺に似ていたはずだ。しかし、今は大人の姿で奏楽にそっくりな容姿。一体、何があったのだろうか。

(いや……そうか)

 魂の住人は俺に似るが幽霊の残骸も例外ではない。俺は東に桔梗を破壊され、怒りに身を任せて本能力を使って自分の存在を『死』へと作り替えた。そのせいで俺という存在がなくなり、その法則も崩壊。幽霊の残骸は元々、奏楽の一部だったため、彼女に似た容姿になったのだろう。

『まぁ、いい。こうなればやることは一つ。あなたを殺して私があなたになればいい!』

 そう言った幽霊の残骸は右手を地面に叩きつける。その途端、地面から鋭い氷の棘がいくつも飛び出し、俺たちへと射出された。即座に使い慣れた鎌を出現させ、後退しながら氷の棘を弾く。ここは魂の内側。吸血鬼たちの力は使えないが武器ならばいくらでも生み出せる。

「キョウ君、鎌が!」

「ちっ」

 背中に抱き着く咲さんの言葉で手に持つ鎌を見れば刃が凍り付いていた。ここでは意志や想いが強いほど力が増す。氷を弾いた鎌すら凍らせるほど幽霊の残骸の意志や想いが強いのだ。

 このままでは俺の手すら凍り付くので鎌を手放し、再び新しい鎌を生み出す。だが、それだけでも数秒のタイムラグが発生するため、氷の棘が俺たちを捉えるのも時間の問題だ。このままでは俺だけではなく、せっかく再会できた咲さんまで――。

 しかし、今の状況ではどうすることもできず、氷の棘を弾き、鎌を捨て、新しい鎌を掴んで振るう。そんな単純な作業を繰り返していると不意に首に回された咲さんの腕に力が込められた。

「大丈夫……大丈夫だよ、キョウ君」

 鎌が氷の棘を弾く音に紛れるように耳元で囁く咲さん。彼女の顔は見えないが声音だけで笑っているのがわかった。

「ここは君の魂の中……君が望めば何でも生み出せる空間。だから、君の中で一番強い武器を使えばいいんだよ」

「……駄目だ。それはできない」

 俺の中で一番強い武器――そんなの、決まっている。

 だが、あの子はただの武器じゃない。ただの人形じゃない。

 あの子には意志があった。命があった。想いがあった。

 ここで生み出せるのは無機質な武器だけ。形は作れてもあの子ではない。あの子を作り出すためには彼女の意志がここになければならない。だから――。

「――だから、私がここにいる。あの子から君を託された私の中に……あの子の想いがある」

 咲さんの言葉を理解する前に彼女が後ろから俺に見せるように右手を差し出す。そこにはビー玉よりも二回りほど大きな蒼い珠。

「キョウ君、お願い。この子を使ってあげて」

「……ああ!」

 両手に鎌を出現させ、向かってくる氷の棘に投げつける。鎌は氷の棘に激突し、他の棘を巻き込んで吹き飛んでいった。その隙に咲さんから蒼い珠を受け取り、握りしめて強く願う。

(頼む、桔梗……もう一度、俺に力を貸してくれ!)

 

 

 

 

 

 

『……当たり前じゃないですか、マスター』

 

 

 

 

 

 

 握りしめた蒼い珠が輝き、人形の姿へと変えた。

 白黒のメイド服。綺麗な黒髪。人形とは思えない生き生きとした表情。

 もう見ることはできないと思っていた桔梗の姿がそこにはあった。

「……桔梗」

『マスター、時間がありません。私は咲さんの中に残っていた桔梗(・・)の残留意志です。すぐに摩耗して消えてしまいます。その間にあの人を!』

 謝りたいことも、お礼も、何の変哲もない会話も、これからのことも、彼女と話したいことは山ほどある。

 だが、今はそれどころではない。幽霊の残骸を何とかしなければ俺と咲さんは彼女に殺されてしまう。魂の内側で殺されたらどうなるかわからないが、いいことは起きないだろう。

「ああ、頼む!」

『はい、マスター!』

 俺は桔梗の右手を掴み、地力を注ぎ込む。その瞬間、彼女の体は融解し、俺を包み込んだ。これが――最後の『着装―桔梗―』。桔梗と最後の共闘だ。

「キョウ君、あの人の近くに! その後は私が何とかするから!」

「わかった!」

 相変わらず俺の背中にくっついたままの咲さんに頷き、俺はすぐに背中の8つのビットを飛ばした。ビットから照射されたレーザーが氷の棘を溶解させ、翼とビットを繋ぐワイヤーが切り刻む。

『このっ……あなたはいいの!? 表に戻ってもリョウも、桔梗もいないのよ!?』

 ビットとワイヤーで氷の棘を阻まれてもなお、射出を止めようとしない幽霊の残骸が悲鳴を上げるように叫んだ。

 ああ、彼女の言うとおり、リョウは死に、桔梗は破壊されてしまった。怒りと悲しみで今にも胸が引き裂かれそうだ。現に絶望した俺は自分の存在すら投げ捨て、東を殺すために『死』へと成り代わった。

「行くぞ、桔梗! 最大出力!」

『オーバーヒートまで残り10秒。急速冷却(クイック・クーリング)、使用します』

 脚部のホバー装置に地力を注ぎ、飛来する氷の棘を回避しながら彼女へと迫る。急速冷却(クイック・クーリング)を使用し、凄まじい量の水蒸気が『着装―桔梗―』から漏れた。

『私があなたになればもうそんなに苦しむ必要はなくなる! 私があなたの代わりに成ってあげるから! 私が全てを背負うから!』

 水蒸気をまき散らしながら迫る俺たちを拒絶するように氷の棘を飛ばす幽霊の残骸は奏楽にそっくりな顔でポロポロと涙を零す。

(ぐっ……)

 それに比例するように氷の棘の威力と冷気が強くなった。ビットのレーザーですら溶解できず、ワイヤーによる切断も難しい。彼女から発生する冷気で俺のまつげが凍り始めた。だが、それでも俺たちは止まらない。止まってはならない。

 パキパキと音を立てながら凍り付く桔梗の花が刻まれた胸部に手を当てる。彼女は俺の魂の中で幽閉されていた存在。そのせいで彼女の感情が俺の中へと流れ込んでくる。負の感情を糧として成長する彼女がその胸に宿す感情――それは、孤独。

『だから……私にも、命を、頂戴よ。もう、真っ暗な部屋で、独りは、嫌だよ。寂しいよ』

 氷の棘の雨が降る中、その隙間から見えた彼女と初めて幻想郷に行く前、たった独りで家で留守番していた過去の俺(キョウ)の姿が重なった。

(確かに、表に戻ったところでリョウも、桔梗もいない。失った物はもう取り戻せない。それはすごく辛いし、全てを投げ捨てて楽になりたい。何もかも放り投げて消えてしまいとさえ思った!)

 でも、自分を失ってしまった俺を落ち着かせるように咲さんに撫でられ、俺の背中を押すようにまた会いに来てくれた桔梗を見てわかったのだ。

 2人を失った悲しみはどうしたって消えないけれど、俺にはまだ助けたい人が、助けてくれる人が――仲間がいる。俺を支えてくれる大切な人たちがいる。その人たちのために、俺はまだ死ぬわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。

 しかし、幽霊の残骸にはそんな存在がいなかった。奏楽を助けるために身勝手に彼女から切り離し、危険だと判断して魂の一室に幽閉。俺はそんな彼女から目を逸らし続け、今日この日まで生き続けてきた。

 俺はそんな彼女の犠牲の上に立ち、ずっと皆に救われ続けた。ならばそのお返しに俺も彼女を救わなければならない。

 だから――。

 

 

 

 

 

 

 

「――俺はお前を受け入れる! だから、お前も俺を受け入れろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――手を伸ばせ、幽霊の残骸。もう、お前は独りじゃない。お前には俺たちがいる。

 

 

 

 

 

 

 

『うるさい、うるさいうるさいうるさあああああああい!!』

 氷の棘の隙間を縫うように移動し、とうとう彼女の傍まで辿り着いた俺は右手を伸ばすが幽霊の残骸はそれを左手で払った。払われた右手が凍り付き、桔梗の右手の装甲が砕け散る。

 彼女の想いや自身の罪に気づくのが遅すぎた。当たり前の話である。奏楽から彼女を切り離してからすでに数年は経ち、その間、ずっと放置され続けたのだから。こんな言葉だけで信頼しろというのが間違いである。

「……大丈夫だよ」

 だが、ずっと俺の背中にくっついていた咲さんが飛び出し、幽霊の残骸へと抱き着く。その瞬間、彼女の体も凍り付く――はずなのに不思議と咲さんの体は無事だった。

「大丈夫……キョウ君は信じられるよ。ずっと傍で見ていたあなたならわかるでしょう?」

『あっ……』

 そのまま子供をあやすように優しく幽霊の残骸の頭を撫でる。幽霊の残骸は氷の棘を射出するのを止め、ただ茫然と涙を流していた。

「もし、不安だったら私が一緒にいてあげる。奏楽ちゃんの代わりにあなたのそばに……」

「咲さん、それは」

 幽霊の残骸の核になる、ということなのだろうか。だが、それはあまりに危険である。幽霊の残骸は負の感情で強くなる。そんな存在の核になれば彼女も負の感情に飲み込まれてしまうだろう。

「ふふ、大丈夫だよ。お姉ちゃんに任せて、ね?」

 どこかおどけたように俺に笑ってみせた咲さんは幽霊の残骸から体を離し、彼女の額にそっと口づけを落とした。

「独りで寂しかったね……これからは私がずっと一緒にいてあげるから」

『……うん』

 いつの間にか子供の姿になっていた幽霊の残骸は素直に頷くと彼女の体は白い粒子へとなり、咲さんの体へ吸い込まれていった。

「……お疲れ様。よく頑張ったね」

 自分の胸に手を当てて笑う咲さん。何もない空間のはずなのに風が吹き、咲さんが着ている白いワンピースを揺らす。

 

 

『ありがと』

 

 

 その風に乗ってそんなお礼の言葉が聞こえたような気がした。



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第484話 最期の言葉

「……咲さん」

 幽霊の残骸を吸収した後、咲さんは祈るように胸の前で両手を組み、目を閉じていた。その姿がどこか神秘的で俺は少しの間、彼女を眺め、改めて声をかける。

「あ、ごめん。今は時間なかったね」

「それは……そうなんだけど、大丈夫なのか?」

「ん? ああ、あの子なら落ち着いてるよ。もう暴れることなんてないと思う」

 あれだけ暴れていた幽霊の残骸が簡単に落ち着くとは思えず、もう少し詳しく聞こうとしたがその前に『そんなことよりも』と咲さんに遮られてしまった。

「最後の、お別れ……すませないと」

「え……あっ」

 咲さんが俺を――具体的に言えば俺が身に纏っている『着装―桔梗―』を悲しげに見つめながら言い、そこで桔梗から白い光が漏れていることに気づく。

 『着装―桔梗―』を発動する直前、桔梗は自身のことを『残留意志』と言っていた。そして、すぐ摩耗して消えてしまうとも。

「桔梗……」

『……申し訳ありません。限界のようです』

 そう言って『着装―桔梗―』を解除した彼女は目を伏せて謝る。それだけ彼女とのお別れがもうすぐそこまで迫っているのだと悟ってしまった。

「……どうにも、ならないのか?」

『はい……先ほども言いましたが私はただの残留意志。それも咲さんの能力の影響で微かに残っていた程度のものです』

 それでも諦めきれず、質問するが桔梗は首を振った後、俯いてしまう。

 桔梗は過去の俺(キョウ)をずっと守ってくれた。吸血鬼化を止めるために翠炎によって燃やされたため、過去の記憶は永琳から貰った薬で夢として見た程度にしか覚えていないが、幻想郷に行く前、家で独りぼっちで留守番していた俺にとって初めてできた家族といっても過言ではないほど大切な存在。だからこそ、現在に桔梗がいなくて過去に何が起きたのか気になったし、彼女と共に現在に戻って来られた時は記憶を燃やされてしまった分――いや、それ以上に彼女との思い出を作ろうとも思った。

 だが、桔梗と再会してすぐ西さんを保護して東の組織の足取りを掴み、彼女と碌に遊ぶことはできず、幻想郷に来てしまったのである。

 まだ、たくさん話したい。

 まだ、たくさん遊びたい。

 まだ、一緒にいたい。

 まだ、まだ、まだ……。

 でも、それはもう叶わない願い(・・)。こうやってもう一度、話すチャンスを得ただけでも幸運だと泣いて喜ぶべきだ。

 桔梗は俺の目の前で、俺を庇って東に破壊された。油断した俺のせいで桔梗は死んだ。

 今も桔梗の体は少しずつ融解し、体も消えている。あまり時間は残されていない。

 泣くことも、悔やむことも、悲しむことも後でできる。それに謝罪も主想いの小さな従者は『従者としての務めを果たしただけです』と言って素直に受け取ってくれないだろう。

 

 

 

「桔梗、ありがとう」

 

 

 

 だから、俺の本当の気持ちを――感謝の気持ちを伝えよう。この胸から溢れるほどの感謝の気持ちを。

「ずっと俺の傍にいてくれてありがとう……俺のために頑張ってくれてありがとう」

『マスター……』

「桔梗がいてくれたから過去の俺(キョウ)は頑張ることができた。咲さんや月さんが死んで……塞ぎこんでいた時、桔梗が励ましてくれたからもう一度、立ち上がることができた。桔梗がいなかったら……お、れは……」

 ああ、駄目だ。堪えきれない。泣くのは、悔やむのは、悲しむのは後だと決めたはずなのに少しでも気を抜くと謝りそうになる。逝くなと泣き叫びそうになる。少しでも桔梗の姿を目に焼き付けたいのに涙で前が歪んでしまう。

『……マスター、聞いてください』

 言葉がつっかえてしまい、何も言えなくなってしまった俺を見て桔梗は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みはどこか大人びており、見慣れない表情に思わず見惚れてしまった。

『決して私は後悔などしていません。あの時、この身を挺してあなたを守ったことを誇りにすら思っています』

 『ですが……』と桔梗は俺から目を逸らす。すでに彼女の体はほとんど消えており、向こう側にいる咲さんの顔すら見えるほどだ。あと数分たらずで彼女は完全に消滅してしまうだろう。

『もっと、お話ししたかった。もっと、思い出を作りたかった。もっと、あなたの役に立ちたかった。もっと……一緒にいたかった。そんな思いが溢れてなりません』

「……」

『しかし、それはもう届かない祈り(・・)。私が自分の意志で捨てた未来です。だから、あなたが気に悩む必要はないのです』

「ッ!? それは――」

『――それに、私はこんなにも幸せなのですから』

 そう言った桔梗の目からポロリと一粒の涙が零れ落ちた。あれは悲しみの涙ではない。別れを惜しむ涙ではない。自分は幸せ者だと俺に言えた嬉し涙。己の行いに恥はなく、後悔はなく、力の限りに生き抜いた。だから、桔梗は満足して――逝ける。そんな彼女をこれ以上、引き留めることは俺にはできなかった。

「……ありがとう、桔梗。今までありがとう。ゆっくり休んで」

『はい、マスターも……どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように』

 すでにほとんど見えなくなってしまった桔梗は俺にゆっくりと近づき、俺の額に口づけを落とした。人形の体なのにキスをされた場所からほのかにぬくもりが広がっていく。

『マスター、ありがとうございました。大好きです』

 最期に彼女は俺から離れた後、白い粒子となって魂の外側へと向かい、やがて見えなくなった。しばらく俺と咲さんは桔梗が消えた方を見続ける。

「……キョウ君、大丈夫?」

「……ああ。咲さん、ありがとう。咲さんのおかげで桔梗と最後の別れができた」

 桔梗の残留意志が残っていたのは咲さんの能力の影響だと言っていた。つまり、咲さんがいなければ最後の別れすらできなかったことになる。

「ううん、こちらこそ桔梗のおかげで今もこうして生きて……はいないけど、元気にやってるから」

 少しおどけるように言った咲さんだが、すぐに真剣な眼差しを俺に向けた。きっと、俺が質問すると察したのだ。

「……咲さんはどうしてここに? それに能力って」

「えっと、ここにいる理由と能力は別だから順番に話すね。まず、私がここにいるのは桔梗に食べられたから」

「食べられ……」

 そういえば咲さんが殺された後、過去の俺(キョウ)が咲さんの声を聞いて桔梗に食べるように指示していた。もしかしてあの時、桔梗が食べたから咲さんの魂が素材として桔梗の中に残っていたのだろうか。

「私は桔梗の中でずっと2人を見守ってた。そして、『着装―桔梗―』した時、私の魂はまだ部屋に余裕のあったキョウ君の魂に引き込まれたの」

「じゃあ、初めて『着装―桔梗―』した時からずっと俺の中に……」

「うん、それに君の魂の中でキョウ君のことを教えてくれた人(・・・・・・・)がいて――」

 その時、突然頭上から何かが割れる音が聞こえ、俺と咲さんはほぼ同時に上を見上げた。そこでは天井に亀裂が入り、今もなお広がっている。この空間は俺が『死』となったせいで魂の部屋という概念がなくなったことで生まれた。その空間が壊れようとしている、ということは。

「どうやら、間に合ったみたいだね」

「何か知ってるのか?」

「幽霊の残骸を私が吸収したから『死』になりつつあったキョウ君の存在が元に戻ろうとしてるんだよ」

 咲さんの説明を聞いて俺は思わず目を見開いてしまう。本能力を使って『死』に成り代わったと思っていたがすぐに成り代われるものではなく、段階を踏む必要があったらしい。その進行が止まり、俺は『音無 響』に戻る。

「あんまり時間もなさそうだから手短に話すね。まず、私の能力は――」

 彼女はそこで言葉を区切り、ひらりと浮かび上がり、彼女の着ている白いワンピースがふわりと揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『魂を鎮める程度の能力』」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、どこか誇らしげに自身の能力名を告げた。

 



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第485話 始まりの能力

「魂を……鎮める」

 咲さんの能力名を噛み締めるように言葉にした。その言葉を鵜呑みにするのならば咲さんの能力は魂を鎮める――鎮魂を操る能力になる。おそらく、幽霊の残骸を吸収してもなお暴走せずにいるのは能力を使って幽霊の残骸を鎮めているおかげなのだろう。

 そういえば、咲さんは異様に魚を釣るのが上手かった。もしかしたら、無意識の内に能力を使って魚を落ち着かせ、警戒心を解いていたのかもしれない。

「もしかして桔梗の残留意志が咲さんの中にあったのは……」

「うん……桔梗が壊された時、私、何もできなかったからせめてこの世を彷徨わないように慰めようと……」

 そうどこか悔しげに言う咲さんだったが、彼女のおかげで俺は桔梗と最後の別れをすることができた。そもそも、咲さんが暴走する俺の魂を鎮めていなければ幽霊の残骸の思惑どおり、自我を失い、成り代わられていただろう。

「そんなこと言うなよ。咲さんがいたから俺は今、こうやって生きてるんだから」

「……そう、かな」

 俺の言葉に咲さんは苦笑を浮かべる。それにしても『魂を鎮める程度の能力』は想像以上に強力な能力かもしれない。負の感情をあれだけ溜め込んだ幽霊の残骸を落ち着かせているのはもちろん、ただ頭に触れるだけで魂の暴走を止めてしまう。彼女の能力を世界中に拡散すれば全ての戦争を止めることだって――。

「……なぁ、咲さん。もう少しだけ俺に力を貸してくれないか?」

「力を? これからは表立ってキョウ君の魂に住むからもう少しだけなんて言わずにずっと貸すけど……何か考えがあるの?」

「ああ。上手くいくかわからないが試してみる価値はあると思う」

 そもそも東の目の前で愛する妻が妖怪に殺されたことが全ての始まりだった。

 そして、その事実を紫に隠蔽され、東は偽物の記憶を受け付けられる。だが、ふとした拍子に彼は記憶を取り戻し、妖怪や紫に対して深い憎悪を抱く。それを危険だと紫に判断され、殺された東だったがどういうわけか『死に戻り』を発動させてしまった。

 それから東は何度も死に、何度も妻が逝く直前に戻された。その度に憎悪は膨れ上がり、今では妻の仇を取るという目的よりも仇を取る手段である幻想郷の崩壊にばかり集中している。目的と手段が入れ替わってしまうほど彼の心は擦り切れ、彼自身、殺された妻のことをほとんど思い出せない状態だ。

 きっと、彼の『死に戻り』の原因はその自身の身すら燃やしてしまうほどの憎悪。それさえ取り除いてしまえば彼は『死に戻り』せず、仮にしたとしてももう復讐など考えないはずだ。

 しかし、その具体的な方法がなく、俺は東を倒して止めるしかなかった。もし、その際、東を殺してしまっていたら再び彼は『死に戻り』、別の世界線で復讐を企てたに違いない。

 では、今は咲さんがいる。咲さんの能力を使い、東の魂を鎮めることができれば――。

「……それだけ大きな感情なら私の能力で沈められるかわからないや、ごめん」

 すでにいつ空間が崩壊してもおかしくない状況だったため、手短に話したが咲さんは目を伏せて謝った。確かに俺の魂を鎮められたのは桔梗が殺され、衝動的な怒りに身を任せていたからであり、その感情は刹那的なものだ。だが、東のそれは1万回以上の『死に戻り』を繰り返すごとに勢いと濃度を高め、手の施しようがないほどに燃えている。たとえ、負の感情の塊である幽霊の残骸を落ち着かせられるほど強力な能力でも東の憎悪の炎まで鎮火できる保証はない。

「なら、咲さんの能力を底上げする」

「え、そんな方法あるの?」

「ああ、いくつか方法がある。まぁ、全部試せるかは運次第だが」

 それでも東の憎悪の炎を鎮火できず、幻想郷の崩壊させるために動くというのなら潔く俺は東を殺すだろう。やはり、桔梗と最後の別れをして多少、気は紛れたが彼女を東が殺したことには変わりない。正直、今にも奴の首を刎ねてしまいたいほどだ。

 しかし、それでは何も変わらない。憎悪が別の憎悪を生み、皆傷つくばかり。誰も救われず、誰にも救われない。そんな結末を俺は望んじゃない。目指すのは大団円(ハッピーエンド)。全員、救われてこその最高の結末(トゥルーエンド)だ。その中には東も含まれている。だから、救う。

「咲さん、最後の抵抗に付き合ってくれ。こんなくそったれな運命――俺が止めてやる」

「……ふふっ。やっぱり、キョウ君は昔から変わってない。うん、お姉ちゃんに任せて!」

 咲さんは嬉しそうに笑い、上を見上げてふわりと浮かび上がった。彼女の視線の先には空間の裂け目。あそこから外に出れば『音無 響』は意識を取り戻す。これが正真正銘の最後の戦いだ。

「いい? 今、魂の住人たちはこの騒ぎで魂の中で迷子になってる。だから、彼らの力はキョウ君の魂の修復が終わるまで借りられない」

「まぁ、そんなことだろうと思ったよ」

 先ほどから心の中で吸血鬼たちに語り掛けているが一切、反応がない。魂の中なら彼らがどこにいても繋がるはずだが、咲さんの話が本当なら納得がいく。

「じゃあ……行くか」

「うん、行こう」

 浮いている咲さんに手を伸ばすと彼女はそれを握り、空間の裂け目へと2人並んで飛翔する。裂け目に近づくにつれ、視界は白い光に染まり――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ――俺は目を覚ました。

 最初に感じたのは肌寒さと鼻につく濃密な死の匂い。それから今にも眠ってしまいそうになるほどの倦怠感と胸のつっかえが取れたようなすっきりとした感覚。『死』になるために奏楽から貰った地力(バッテリー)はもちろん、自身のそれすらほぼ消費してしまったため、今にも倒れそうだ。

 手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せ、俺は目を開けるが『死』となったオレはさほど移動していなかったようで振り返るとあの死の大地が目に入った。だが、俺が立っている森はすっかり姿を変え、周辺の木々は全て灰となり、地面に砂になってしまっている。やはりというべきか『死』となったことで『生』を手当たり次第に奪っていたようだ。

 なにより、あのたくさん浮遊していた白い球体がなくなっている。『博麗大結界』の溶解が止まっているのだ。

(なら、あのネックレスの破壊に成功した? 『死』が何かしたのか)

「キョ、キョウ君! 服、服を着て!」

 その時、一緒に表に出てきた咲さんが両手で顔を隠しながら叫んだ。どうやら『死』になった際、俺がどんな状態になったのかまでは定かではないが服が脱げてしまったらしい。すぐに空間倉庫に手を突っ込み、スキホを取り出す。そして、スキホから紫が作った仕事服の予備を出し、高校時代の制服を着た。

「東は?」

「んー……近くにはいないみたい」

「……奴のことだ、俺が『死』ではなくなったことに気づけばすぐに接近してくるだろう」

 咲さんは浮上して周囲を見渡し、首を横に振った。東がまだ復讐を諦めていないのなら俺の存在は邪魔になる。『死』になったことで満身創痍状態の俺を放っておかないだろう。東は身体能力を向上させる装置の予備を持っている。それを使えば今の俺を殺すことぐらい容易だ。

「それで具体的にどうするの?」

「どうするもこうするも――」

 吸血鬼の力は借りられない。地力は底をついた。式神たちに助けを求めても博麗神社からここまでそれなりの距離があるため、間に合わない。幻想郷の住人たちはネックレスが破壊されたことで解放されたが全員、身動きが取れないほど消耗しているだろう。

「――俺にはもうこれしかないな」

 だからこそ、この力に頼る。俺が幻想郷に来た原因であり、それなりに力を付けるまでお世話になっていたあの能力。

 スキホから2台のPSPを取り出し、両腕に装着。そして、自分の体を抱きしめるように構え、右手で左腕のPSPの画面を、左手で右腕のPSPの画面を触る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ダブルコスプレ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそう呟き、両手でPSPの画面をスライドする。

 俺の原点。

 始まりの能力。

 皆から『幻想曲を響かせし者』という二つ名を貰い、取り戻すことができた『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を使用した。

 一世一代の大勝負。ここで引いた切り札(カード)で俺たちの未来が決まる。

 



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第486話 未完成の曲

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。心の乱れは地力の消費に繋がる。少しずつ近づいてくる『死』の気配に今すぐにでもここから逃げ出せと心臓を激しく鼓動させることによって警告する本能を東は気合で抑え込む。

 一体、どれだけの時間が経ったのだろうか。きっと、ほとんど時計の針は進んでいないのだろう。しかし、『死』という存在が具現化した影響はただならぬようでまだそれなりに距離があるはずなのに東の周囲の植物は少しずつ枯れ始めている。その強烈な死の匂いに彼は顔を歪ませ、慌てて気持ちを落ち着かせた。

「……」

 だが、不意に少しずつ近づいていた『死』が歩みを止める。具現化したといっても『死』に思考能力はない。もし、あったのなら東が逃げ出す前に殺されていたはずだからだ。だからこそ、歩みを止めるという行為をするとは思えず、東は閉じていた目を開けた。

「……あれは」

 そして、『死』がいる辺りが仄かに輝いているのに気付く。『博麗大結界』の溶解が止まったことで白い球体もなくなり、森の中は真っ暗なため、小さな光でも目立つのだ。嫌な予感がしつつ、その光を見守っていると輝きは消え、それと同時に『死』の気配も消滅した。

「ッ……くそッ!」

 完全に『死』になったと思っていたがどうやら『音無 響』は自我を取り戻したようだ。つまり、『死』による幻想郷の崩壊は叶わない。このままでは東の復讐は達成されない。

(……仕方ない、か)

 しかし、ネックレスが破壊された今、響が満身創痍状態であっても彼を倒せる保証はない。それこそ、地力を消費しない『ダブルコスプレ』を使われたら詰みである。

 それでもここで諦める理由はならない。今回で駄目なら次に繋ぐ。少しでも情報を得て、死ぬ。そして、次の世界線で今度こそ復讐を果たす。

 覚悟を決めた東は立ち上がり、身体能力を向上させて先ほど輝いていた場所へと急ぐ。そこがこの世界での己の死に場所だと悟りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』は『東方project』のBGMを聞くとそのテーマの幻想郷の住人の服や能力をコピーする力である。例えば、『ネクロファンタジア』を聞けば『八雲 紫』の、『U.N.オーエンは彼女なのか?』を聞けば『フランドール・スカーレット』の服と能力をコピーする。

 それを応用して両耳から別々のBGMを流すことで2人の服の能力を同時にコピーする技が『ダブルコスプレ』。

 『ダブルコスプレ』にはいくつか法則があり、かかった2曲の住人の服は色や装飾を融合されたものになるし、能力も掛け合わさり、強力な能力へと昇華する。

 また、今まで何度か『ダブルコスプレ』をしているが、『上白沢 慧音』と『藤原 妹紅』。『八雲 紫』と『西行寺 幽々子』。『レミリア・スカーレット』と『フランドール・スカーレット』といった具合に関係の深い住人たちの曲がかかりやすい。

 その、はずだったのだが――。

「……」

「……キョウ君?」

 いつまで経っても動かない俺を不審に思ったのか、隣で浮遊していた咲さんが声をかけてくる。だが、あまりに予想もしない出来事が起きたせいで俺は何も答えられなかった。

 『ダブルコスプレ』が発動しなかったわけじゃない。きちんと左右で別々の曲がかかっているし、能力が発動した感触もあった。

 だが、いつまで経っても服が仕事服である高校の制服から変わらないのである。そして、何より、左耳から聞こえるBGMに全く聞き覚えがなく(・・・・・・・・・)、メロディーしかない明らかに未完成の曲だった。

 『コスプレ』を使い始めた頃、俺は『東方project』の曲を全て聞き、すぐに誰の曲か判断できるように勉強していたのだ。もちろん、新作が出る度に勉強しなおしていた。だからこそ、聞き覚えない上、未完成の曲がかかるなんてありえない。

(一体、何が起きて……)

 

 

 

 

 

 ――まぁ、その曲が再生された時のお楽しみってことで。

 

 

 

 

 

「ッ……」

 フランが外の世界に飛ばされた時、幻想郷に戻りたくないばかりにスキホとPSPを破壊してしまったことがある。その後、紫から深い切り傷が一つだけ付いたスキホと新しいPSPを受け取った。その際、紫がどこか悪戯めいた笑みを浮かべながら『新しい曲を入れておいた』と言ったのである。

 それが今、左耳から聞こえるBGM。しかし、この曲は一体――。

「……ああ、そういうことか」

 少し考えればわかることだった。むしろ、今までそのことについて紫に聞かなかったことが不思議だったぐらいである。

 『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』は『東方project』のBGMを聞くとそのテーマの幻想郷の住人の服や能力をコピーする力。だからこそ、俺は『東方project』の新作が出る度に勉強していた。

 それは『東方project』を制作している人がいることに他ならない。

 紫がその制作者に依頼をして『東方project』を作ったのか、それとも偶然にも幻想郷という存在を認識することができ、ゲームとして外の世界に広めたのか。はたまた、奇跡的に制作者の想像で作った幻想郷が本当に存在していたのか。それは定かではない。しかし、確実に言えるのは紫が制作者に接触すること。そして、接触してもなお、製作者は『東方project』の制作を紫から許されていることだ。もし、紫が許さなければ『東方project』の新作など出せるわけがないのだから。

 また、昔、『東方project』を俺に知ってもらおうと悟に色々な話を聞いたが、その中に『東方project』のBGMも製作者が作曲しているというものがあった。つまり、俺が普段、聞いている曲を作っているのは『東方project』の制作者であり、その人と紫が定期的に接触しているのだとしたら――。

「……」

 全てを理解した途端、俺の前に2枚のスペルカードが出現する。いきなりスペルカードが現れ、小さく悲鳴を上げた咲さんだったが、俺はゆっくりとそのカードに手を伸ばし、人差し指と中指で挟むように掴んだ。そのまま右手のスペルカードを唱える。

「少女綺想曲 〜 Dream Battle『博麗 霊夢』――」

 右の耳から聞こえるのは小さい頃に出会い、再会してからもずっと俺を支えてくれていた博麗神社の巫女。俺が倒れそうになる度に一番に駆けつけてくれた、俺の大切な――。

『響』

 『ダブルコスプレ』の影響か、それとも左の耳に流れる曲のせいか。俺の魂に引き寄せられた霊夢の魂は俺の左手にそっと手を添え、名前を呼ぶ。チラリと左を見ると半透明の霊夢が俺に一つ、頷いてみせた。東のネックレスが破壊され、目を覚ましたのだろうか。こんな時でも俺の傍に一番に駆けつけてくれたことに喜びを覚える。

「ああ、わかってる」

 彼女に俺も頷き返し、左手のスペルカードを上へ掲げる。初めて聞く曲でもこの曲ならば俺は絶対に使いこなせる。むしろ、俺にしか使いこなせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって、この曲は……まだ、名前さえ付けられていない、未完成の曲は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【無題】『音無 響』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺をテーマにして作られた曲なのだから。

 








第71話、第208話、参照


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第487話 奇跡を掴むために

 『【無題】』と名付けられたそのBGMは『東方project』には登場していない未完成の曲。それは『東方project』の制作者兼作曲者が作った俺をテーマにしたBGM。だからこそ、『ダブルコスプレ』したにも拘らず服装が変わらなかった。何故なら、これはもはや『ダブルコスプレ』ではなく――。

「音無……響!!」

 スペルカードを唱えたすぐ後に東が森の中から姿を現し、顔を歪ませて叫んだ。『死』から『音無 響』に戻ったことを察知して戻ってきたらしい。今度こそ、俺を殺す――もしくは俺に殺されるために。その証拠に彼は俺を見つけた途端、地面を蹴り、凄まじい勢いで接近してきた。化け物染みた身体能力を与えていたネックレスは破壊したが、そのネックレスの試作品である腕輪を奴は持ってきている。霊夢たちから奪った地力もバッテリーに残っているだろう。

 それに比べ、俺は『死』となり、魂構造が破壊された今、魂の住たちからの恩恵を受けることができない。地力も尽き欠けている今、『超高速再生』も発動して数回が限界だ。このままでは俺は東に殴られ、殺されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――咲さんが俺と東の間に割り込む。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウ君!」

 『紫色の星が輝く目』がその光景を見せた瞬間、東が拳を振るう前に咲さんが俺と東の間に割り込み、分厚い氷の壁を出現させた。『幽霊の残骸』を吸収した彼女は氷を操る能力を手に入れたようだ。

「こっのおおおおお!!」

 東が全力で氷の壁を殴る。咲さんが出現させた氷の壁は一撃で半壊したが見事、奴の拳を防いだ。しかし、東はすでに逆の腕を引き始めている。このままでは氷の壁を破壊した後、『幽霊の残骸』を吸収した咲さんだが、普段は実体があるため、奴の拳の直撃を受けてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――東の拳を2枚の結界が防ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(霊夢!)

『ええ』

「透過して後ろへ!」

 即座に隣に浮遊している霊夢に声をかけ、目の前に現れたスペルカードを掴み、なけなしの地力を込めた。それと同時に咲さんへ指示を出す。すぐに彼女は体を霊体化させ、俺の体を素通りし、逃げる。その瞬間、東の拳が氷の壁を破壊し、先ほどまで彼女がいた場所を通り過ぎた。だが、奴の拳は止まることはおろか更に勢いを増し、俺へと迫る。

「夢符『二重結界』!」

 東の攻撃が当たる直前、俺と霊夢は同時にスペルカードを宣言し、2枚の結界を出現させた。2枚の結界は東の拳を受け、ガキン、と甲高い音を響かせる。氷の壁と違い、2枚の結界には皹は入っていない。

「こんな、結界ッ」

 2枚の結界に攻撃を阻まれた東は顔を歪ませ、目にも止まらぬ速さで何度も結界を殴りつける。『夢符『二重結界』』も数秒と経たずに破壊されてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その数秒が欲しかった。その数秒で俺は――俺たちは更に強くなれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『博麗霊夢』、保留(ストック)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何かあったら呼びなさい。どんな攻撃も防いでみせるわ』

 俺の隣にいた霊夢はそう微笑み、スッと消える。チラリと後ろを見れば『博麗霊夢』と書かれたスペルカードが浮いていた。あそこに霊夢の魂を一時的に格納しているのだろう。それを確認した俺は再び、右腕のPSPに左指を置き、スライドさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「U.N.オーエンは彼女なのか?『フランドール・スカーレット』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お待たせ、お兄様!』

 右耳で流れていたBGMが変わり、今度は隣に半透明のフランが現れ、嬉しそうに笑った。たくさん話したいことはあるが時間がないので頷くだけで済ませ、現れたスペルカードを掴む。

『じゃあ、思いっきり行くよー! せーのっ!』

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 フランの掛け声に合わせ、炎の剣を東へと振り下ろす。炎の剣は崩壊寸前だった『二重結界』を粉砕し、東は攻撃の手を止め、大きく後退した。

『あー、躱されちゃった……え、何? だって、仕方ないじゃん』

(どうした?)

『霊夢から文句言われちゃった。結界を破壊するなって』

 どうやら、魂がスペルカードに格納されている状態でも呼ばれた人たちは会話できるらしい。それならばフランに手短にこれからの動きを説明し、これから来る人たちへ伝えるようにお願いする。

『ふふっ、やっぱり、お兄様は優しいね。あんな奴すら救おうとするなんて。うん、わかった。こっちは任せて! あと、また呼んでね』

(ああ、ありがとう)

「『フランドール・スカーレット』、保留(ストック)

 未だ燃え盛る炎の隙間からこちらに向かってくる東を見ながらフランの魂を格納して右腕のPSPの画面をスライドさせる。また、BGMが切り替わった。

「信仰は儚き人間の為に『東風谷 早苗』!」

『響ちゃん、私が来たからにはもう安心ですよ!』

 今度は早苗が来てくれた。ああ、本当に俺は恵まれている。皆、東に地力を吸い取られて満身創痍のはずなのに何も文句を言わずに俺に手を貸してくれるのだから。

「頼む、早苗。風を」

『はい、お任せください!』

 笑顔で頷いた早苗はお祓い棒を構え、目を閉じる。すると、いきなり上昇気流が発生し、燃え盛る炎が激しさを増しながら柱のように空高く伸びた。さすがの東もその炎の勢いに押され、身動きが取れないらしい。

『これでいいですか?』

(ああ、助かった。また呼ぶな)

『……え、私の出番これで終わりですか? もっとスペルカードとか使って攻撃は――』

 『そんなばかな』と言わんばかりに目を見開く早苗を無視してスペルカードに格納する。彼女には申し訳ないが今回の目的は東を殺すことじゃない、救うことのだ。そのためにはもっと仲間を集めなければならない。『コスプレ』、『ダブルコスプレ』では厳しかった例の作戦だが、この技なら――『マルチコスプレ』ならもしかしたら成功するかもしれないのだから。

 基本的に『コスプレ』、『ダブルコスプレ』は再生されたBGMが終わるか、無理やり変更しなければこの身に宿す幻想郷の住人を変えることはできない。

 それに比べ、『マルチコスプレ』は呼んだ住人の魂をスペルカードに格納し、別の住人を呼べる。一度に宿せるのは1人だけだが、格納した住人も再度、宿せるため呼べば呼ぶほどコピーできる能力、スペルカードが増え、戦略も広がる能力だ。

 しかし、『マルチコスプレ』はいわば、俺固有の能力であるため、能力やスペルカードを使用しても地力を消費しない『コスプレ』や『ダブルコスプレ』とは違い、俺とその持ち主の地力を消費する。

 普段なら大丈夫なのだが、俺は『死』となった時に地力のほとんどを使い切り、住人たちは東に地力を吸い取られ、ガス欠状態。霊夢たちにはまた呼ぶと言ったが、彼女たちも限界が近いだろう。かく言う俺も能力やスペルカードは使えてあと数回。その間にできるだけ仲間を集めなければならない。しかし、その道を『紫色の星』は一向に教えてくれなかった。

(でも……それでも――)

「恋色マスタースパーク『霧雨 魔理沙』!」

『お、なんだなんだ? どういう状況だ? まぁ、いいか。響、全力でぶっ放してやれ!』

「恋符――」

 目の前に現れたミニ八卦炉を掴み取り、右手を炎の向こうにいる東へと向ける。残り僅かになった地力をミニ八卦炉に注ぎ込んだ。

「――『マスタースパーク』!!」

「なっ」

 ミニ八卦炉から放たれた極太レーザーは炎を吹き飛ばした。そのあまりの威力に右手首から骨が軋む音が聞こえ、慌てて左手で右手首を支える。肉眼では東に当たったか確認できなかったが『紫色の星』が直撃したことを教えてくれた。これだけで奴を気絶させ垂れたとは思えないが、少なくとも今すぐには動け――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『恋符『マスタースパーク』』を強引に突破する東。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――」

「ぉ、おお、おおおおおおおおおおお!!」

 『紫色の星』の警告通り、極太レーザーの右側面から人影が飛び出す。レーザーを強引に突破したからか、全身ボロボロになった東が鬼の形相を浮かべ、俺へと迫った。



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第488話 後ろ姿

 痛い。熱い。苦しい。憎い、憎い憎い憎い憎い憎い。

 『恋符』に飲み込まれた東は顔の前で両腕をクロスさせ、必死に耐えていた。一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされてしまう。だが、このまま耐え続けてもダメージが蓄積するばかり。両腕も皮が焼け、使い物にならなくなるまでそう時間はかからないだろう。そして、おそらく響は『スペルカードルール』を適用している。たとえ、人を丸呑みするほどの極太レーザーであっても人は死なない。だが、気絶させられたら封印されてしまうかもしれない。

(ならっ……)

 封印されてしまったら『死に戻り』できず、彼の復讐は一生、果たされなくなってしまう。それだけは避けなければならない。

「ぉ、おお、おおおおおおおおおおお!!」

 そう考えた東はバッテリーから幻想郷の住人から奪った地力を腕輪に注ぎ、身体能力を限界まで向上させた。無理やり体を動かそうとしたせいで全身の骨が軋む。特に防御に使っていた両腕は今にも取れてしまいそうだ。

 しかし、それでも彼は体に鞭を打って転がるように側面からレーザーを脱出する。まさか『恋符』がこのような形で突破されるとは思わなかったのか、『薄紫色の星』が浮かぶ瞳を大きく見開く響。その隙に東が限界まで向上させた身体能力を駆使して響へと迫る。

「危ない!」

 響に手が届くというところでずっと後ろで待機して咲が響の体を透過して東の前へと割り込み、分厚い氷の壁を出現させた。

 だが、東はすでに咲の能力を見ている。響に迫れば彼女が前に出てきて進路を塞ぐように氷の壁を張ることぐらい容易に想像できた。

「ッ!? そんなっ」

 だからこそ、彼は飛んだ。壁が目の前に現れるのなら飛んで回避し、上空から響を狙う。『死』になったことで響の地力はすでに底を尽いている。『超高速再生』が発動しなければ攻撃が決まった時点で東の勝ち。攻撃を躱される、もしくは『超高速再生』が発動し、反撃を受け、死んでも次の世界線でまた一から始めればいい。むしろ、今回の世界線ではネックレスが破壊され、計画が頓挫した上、響に関する情報を掴んだため、次に繋げた方が効率はいいのである。

「『霧雨 魔理沙』、保留(ストック)!」

 東が氷の壁をジャンプして回避したのを見て『恋符』の放出を止めた響は魔理沙の魂をスペルカードに格納。続けて背後に浮かんでいた1枚のスペルカードが響の手の中に瞬間移動した。それを見ながら東も右足を大きく振り上げ、踵落としの態勢に入る。

「『博麗 霊夢』、再生(チェンジ)!」

 魔理沙は『恋符』を放ったせいでガス欠を起こしている。かといって、新しい仲間を呼んでもその人によって東の攻撃を防げない可能性もあった。そのため、響は最初に呼び出し、あれから数分ほど経ち、地力が少しだけ回復している霊夢を再びその身に宿す。

 しかし、魂状態の霊夢が響の隣に現れた時点ですでに東の踵はすぐ目の前まで迫っていた。東を殺さないために今の響は自ら『スペルカードルール』を適用しているため、必ずスペルを宣言しなければならない。

『響ッ!』

 それが仇となり、スペルが間に合わなかった。今まさに響の頭蓋を破壊せんと東の踵が彼へと牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……霊()『五芒星結界』」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、響と東の踵の間に1枚の星型の結界が出現し、東の踵を真正面から受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 その結界には見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。いつも俺が使っている『五芒星結界』そのものだ。

 だが、俺は『五芒星結界』を発動していない。『死』になったことで地力は枯渇寸前な上、そもそも『五芒星結界』では東の攻撃を受け止めきれないのである。発動させても無駄に地力を消費するだけだ。

 では、目の前で東の踵を受け止めている『五芒星結界』は一体、誰が発動させたものなのか。思い当たる節はどこにも――。

 

 

 

 

 

 ――星型の結界がモグラ型の兵器のドリルから幼い霊奈を守っている。

 

 

 

 

 

 不意に『薄紫色の星』が見せたのは見覚えのない光景だった。モグラ型の兵器と幼い霊奈から推測するに過去にタイムスリップした笠崎と霊奈が戦っている場面の光景なのだろう。きっと、翠炎によって燃やされ、幻想郷にいた頃の記憶が欠如したことでそれを『穴』だと判断した能力が見せたのだろう。だが、過去の俺(キョウ)は『五芒星結界』を使っていなかったはず。

『この、結界は……』

 その時、隣で浮遊している霊夢が驚きを隠せない様子で言葉を漏らした。何が起きているのかわかっていない俺とは違い、彼女には目の前の結界に心当たりがあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……何とか、防げたようですね」

 

 

 

 

 

 

 

 その声は突然、真後ろから聞こえた。混乱している最中、ここにはいるはずのない、聞き覚えのある声を聞いたせいで俺は体を硬直させ、振り返ることができなかった。

 幻想郷に迷い込み、異能(オカルト)を知り、魂喰異変の時に初めて出会い、ずっと俺の心の中にいたという女性。

 まだ一度も姿を見たことがなく、常に声だけの存在でありながら幾度となく俺を励まし、助けてくれた人物。

「ぐっ!?」

 その時、東が何かに弾かれるように吹き飛ばされ、数メートル先に着地した。その拍子にバチバチと『五芒星結界』がスパークを起こしたので結界の効果だったのだろう。

「……」

 東が離れてもなお、俺は振り返られなかった。あまりに予想外の展開に思考が追いついていないのである。

「貴方の魂構造が崩壊した時はどうなるかと思いましたが……なるほど、こういうことだったのですね」

 そう言いながら彼女は後ろから俺を追い抜く。彼女と出会って数年、俺は初めて彼女の姿を見た。

 脇だけが露出している独特な巫女服。頭部には俺や霊夢が付けている物と同じ紅いリボン。ゆったりと下げている両手に5枚ずつ握られているお札。

 そう、まさにその後ろ姿は『博麗の巫女』と呼ばれる存在そのもの。

『ッ!? 嘘……なんで、あなたが……』

「ぁ……」

 霊夢も咲さんもその女性について何か知っているのか、驚愕のあまり独り言を零す。そんな中、俺だけはその女性の後ろ姿を見ても何も言わなかった。

 

 

 

 

 ――言ったでしょう? その内、わかります。これだけは覚えていて。響。私はいつも、貴方の傍にいますよ。

 

 

 

 

 ――大丈夫、貴方にはたくさんの味方がいます。

 

 

 

 

 ――お願いです。もう、独りにならないでください。悪いのは全て、あなたからあの子を引き離した私たち、大人なのです。そして、安心してください。あの子はいつかまた、あなたの傍に。

 

 

 

 

 ――あなたは還りなさい。ここに来るべきではなかったのです。またお話ししましょう

 

 

 

 

 

「……響」

「……」

 女性に呼びかけられても俺は答えない。何も答えられない。頭の中では走馬灯のように彼女との会話が繰り返し、再生されており、今にもショートしそうなほど思考回路がグルグルと回っていた。

「……っ」

 そして、唐突に一つの仮説が生まれる。ただの閃きとも言えるだろう。だが、その仮説のせいであれほど回っていた思考回路は止まり、目の前に立つ女性の背中を見つめることしかできなかった。

(まさか……まさかまさかまさか!?)

 ああ、そんな馬鹿な、と。

 しかし、この仮説が正しければ全ての辻褄が合う、と。

 そんな話があっていいものか、と。

 

 

 

 

 

 

「合っていますよ、響。それが答えです」

 

 

 

 

 

 

「ぁ、あぁ……」

 俺は肯定と否定を何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し――彼女のたった一言でその答えは決まってしまった。

 ずっと、不思議だったのだ。

 どうして、自分は博麗の巫女しか使えないはずの『博麗のお札』を使えたのか。

 どうして、己の勘はとある巫女と同じようによく当たるのか。

 どうして、博麗の奥義である『夢想転身』を使えたのか。

 ずっと、ずっと不思議だった。疑問に思っていた。答えを知りたかった。しかし、いくら考えてもその答えは出ず、考えても仕方ないといつしかその疑問は頭の片隅に放置されるようになった。

 だが、彼女を見た瞬間、全ての疑問が一本の線で繋がり、答えを導き出した。

「お前は……誰だ」

 『恋符』のダメージが残っていたのか、しばらく呼吸を整えていた東は不意に邪魔をした彼女に質問する。それを聞いた女性は微かに笑い声を漏らし、チラリと後ろを――俺を見た。初めて見た彼女の素顔は……あまりにも俺の顔にそっくりであった。

「そうですね……これでも、幻想郷では活躍した身でしたので色々な呼ばれ方をしました。『博麗の巫女』、『裏切者』、『師匠』……ですが、この場で名乗るに相応しいものが3つ、あります」

 そう言った女性は両手に持つお札を宙に投げ、2枚の五芒星結界を作る。その星型の結界は俺を守るように目の前に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『先々代博麗の巫女』、『博麗 霊魔』。今回は博麗の巫女としてではなく、『母親』としてこの異変、解決に尽力いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レ、マ……」

 その女性――俺の魂の中にいたはずの『レマ』はどこか嬉しそうに東に言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、ずっと心と魂の中で俺を見守り続けてきた『レマ』――『博麗 霊魔』こそ俺の実の母親だ。








実は能力予想以上に当てた人がいなかったレマさんの正体。





過去の光景:382話





レマのセリフ

・93
・197
・268
・432


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第489話 背負うべき義務

前回のお話の感想で本能力とは違いますが、ちょっとばらしたくないネタバレがあり、事情を説明して削除していただきました。
感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、そういったネタバレを書かれてしまうと
感想欄を覗いた人にそれがばれてしまいます。
なので、可能な限りでいいので、感想を書く方もネタバレに関して意識していただけると幸いです。


また、わざわざ感想を削除してくださった方、本当にありがとうございました。そして、感想を削除させてしまい、申し訳ありません。


今後とも、『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


『師匠……』

 誰もが言葉を失う中、魂状態である霊夢が小さくそう零した。

 結界には主に3つの使い方がある。

 頑丈な結界を張り、攻撃を防ぐ『守りの結界』。

 鋭く尖らせたり、刃のように薄く展開した結界で攻撃する『攻めの結界』。

 そして、身体能力の強化や治療など様々な効果を発揮する結界で援護する『援護の結界』。

 霊夢と霊奈はそれぞれ『守りの結界』と『攻めの結界』が得意であり、幼い頃は自分の得意な結界ばかり練習していたらしい。

 しかし、彼女たちの師匠は『援護の結界』の使い手であったと聞く。

 その師匠が今、目の前に立っている『レマ』――いや、俺の母親である『博麗 霊魔』。

「さて、色々聞きたいことはあると思います。ですが、時間がありません。事情は霊夢から聞けば大方理解できるでしょう。では、ご武運を」

 こちらを見ずに彼女は懐から新しく博麗のお札を数枚ほど取り出し、地面に向かって投げる。お札はいくつかの小さな星型の結界を作り、地面に張り付くように展開された。一見、『五芒星結界』のように見えるがあれは『守りの結界』である。ああやって地面に展開しても意味はない。

 そう思った矢先、レマは一歩だけ足を踏み出し、一番近い星型の結界を踏みつけて破壊する。その刹那、彼女の姿が消えた。いや、いきなり速度が上がり、目では追いつけなくなったのである。それから遅れること1秒後、展開されていた全ての星型の結界がほぼ同時に粉々に砕け散った。

「ちっ……」

 混乱していたせいで集中力が途切れていたのか、俺はレマを見失ってしまったが東はきちんとレマの姿を捉えていたらしく、彼女が投擲したお札を体を捻って回避した。その時には何とかレマの速度に俺の目も慣れ、凄まじい速度で移動しながらお札を投げる彼女の姿を見つける。

「何が、起きて……」

『……あれが『援護の結界』。まぁ、あんな使い方をできるのは師匠だけなんでしょうけど』

 俺の呟きに答えたのは俺の隣で浮遊している霊夢だった。星型の結界を踏んで破壊することで発動する『援護の結界』。おそらく、踏んで破壊した者の身体能力を上げるなどの効果が付与させている結界なのだろう。だからこそ、一つ目の結界を破壊した瞬間、彼女は忽然と姿を眩ましたと錯覚してしまうほどの速度を手に入れた。どうやったらそんな術式を組み上げられるのか、今の俺には思いつかない。

 そういえばレマが東に攻撃を仕掛ける前に霊夢に事情を聞けと言っていた。『援護の結界』も気になるがとにかく、今は状況を整理しよう。そうしなければ今後、どのように動けばいいのか決めるに決められない。

『ずっと不思議ではあったの。どうして、響は博麗のお札を使えるのか』

 しかし、質問する前に霊夢は独り言を言うようにぼそりと零したが、それからまた口を噤んでしまう。どう言えばいいのか、言葉を選んでいるようにも見えた。

『覚えてないでしょうけど……あなたは小さい頃、博麗神社の蔵で『博麗の歴史』という家系図と歴代の博麗の巫女が作り上げた奥義が載っている『博麗奥義集』という本を見つけたわ。それらは博麗の巫女かその関係者にしか読めないように細工がしてあったの。でも、あなたには普通に読めた。もちろん、“ななさん”だった頃のあなたもね』

「……」

『あの頃から博麗のお札は使えたからきっと博麗の巫女の末裔で……先祖返りが起きたのだと思ってたわ。まさか、師匠の息子が、あなただったなんて』

 『博麗の歴史』という単語には覚えはないが、『博麗奥義集』には心当たりがある。それこそ俺が『時空を飛び越える程度の能力』をコントロールするために何とか完成させた『夢想転身』だ。あの時、桔梗は『自分は読んでいない』と言っていたので誰かから『夢想転身』について聞いたと思っていたが、『博麗の巫女の関係者』ではない桔梗は読めず、先々代巫女の息子であるキョウとななさん(俺たち)は読めたのだろう。

「でも、なんでレマは俺の中に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――響ちゃんの能力はきちんと封印しておいたから……って。だから大丈夫だよ。響ちゃんは今もあの子に守られてるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢に質問している途中、ふと母さんの言葉が脳裏に蘇った。

 俺は『時空を飛び越える程度の能力』を持っているが、今でさえ碌にコントロールできていない。幼い頃の俺はまさにその能力によって幻想郷へと飛ばされた。

 また、俺には干渉系の能力は一切、通用しない。母さん自身、封印は一度、弾かれてしまったと言っていた。

 じゃあ、どうやって俺の能力を封印したのか。外から干渉して弾かれてしまうのなら内側から封印するしかない。俺がリョウに呪いをかけられた時も錠剤を使って体の内側から呪いをかけられた。それと同じ要領である。

 つまり、レマは――俺の実の母親は俺を助けるために体を手放し、自分の存在を俺の心に押し込め、ずっと能力が暴走しないように守ってくれていた。

 しかし、母さんの口ぶりからするに俺の能力を封印した後、顔を合わせている。その時点でレマは俺の心の中にいるはずなのに。別の協力者がいる、ということなのだろうか。

『……きっと、師匠は全部わかってたんだと思う』

「わかってた、だって?」

『ええ……『博麗の巫女』は勘が鋭いのはあなたも知ってるでしょうけど、師匠は別格。彼女の直感は未来予知と言っても過言ではないわ』

「未来予知……だから、キョウ君の魂に移動した後、色々と教えてくれたのかな」

 霊夢の言葉に咲さんはどこか納得したように声を漏らした。そういえば咲さんと再会した時に俺について誰かに聞いたと言っていた。それがレマだったのだろう。

「……」

 先々代博麗の巫女、鋭すぎる直感による疑似的な未来予知、俺の母親。そして、先ほどの言葉。

 ああ、わかった。彼女の言うとおり、俺は全てを理解した。理解してしまった。だからこそ、レマは東を足止めするように戦っている。時間を稼いでいる。少しずつ、後退(・・)している。

「……霊夢、色々ありがとう。助かった」

『……気をしっかり持ちなさい』

「わかってる。『博麗霊夢』、保留(ストック)

 心配そうに俺を見つめる霊夢をスペルカードに格納し、俺は数歩だけ下がった(・・・・)後、右腕のPSPに左手の人差し指を置き、一気にスライドさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命のダークサイド『鍵山 雛』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 心から魂へと移動したレマは現在進行形で東と戦っている。俺の能力を封印するために体を失ったレマが外で霊力をまき散らしながら足止めしている。そんな状態の彼女が外で活動していれば――。

 それを含めて全てを理解した。理解してしまった。だから、俺は必ず東を救わなければならない。この世界線を越えた残酷な復讐劇を終わらせなければならない。それが力が及ばず取り返しのつかない犠牲を出してしまった俺が背負うべき義務である。








第311話、第337話、第346話、第420話、参照


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第490話 母親の形

 レマが投げたお札は紅い霊力を纏いながらまるで追尾性能が付いているように出鱈目に動き続ける東へ飛来する。それを彼は両手で弾き飛ばしながら凄まじい速度でレマに迫るがその時点で彼女は回避行動を取っていた。レマの左頬を東の右拳を掠め、その瞬間、彼と彼女が立っている地面に星型の結界が展開され、磁石の同じ極同士を近づけた時のように2人の体はそれぞれ後方へと吹き飛ばされる。結界内の人や物体を強制的に結界外へ弾き飛ばす効果があるのだろう。

「……」

 こちらへ飛んできたレマを見て俺は手を止めずにまた数メートルほど下がった。仲間を呼ぶ作業もPSPの画面をスライドしてスペルを宣言するだけなのでさほど意識せずとも続けることができる。なにより、『マルチコスプレ』で駆けつけてくれた皆には悪いが今はレマの戦いを見たかった。これが正真正銘、彼女の生き様を見る最初で最後の機会なのだから。

「ちっ」

 後方へ飛ばされた東は舌打ちをしながらも再びレマへと接近する。奴の動きは『薄紫色の星』が浮かぶ瞳を通してやっと捉えられるほど速い。あのネックレスは破壊され、予備の腕輪を使用しているがここが正念場だと判断してバッテリーに残っている地力を湯水のように消費しているのだろう。そんな東を俺のように特殊な魔眼がない限り、肉眼で見切るのは不可能だ。

 そもそもレマは博麗の巫女であるが、人間である。吸血鬼やトールなど皆の力を借りて身体能力を向上させた状態の俺でさえ弄ばれていたのにただの人間であるレマがあそこまで戦える方がおかしいのだ。

 だが、現実は違う。レマと東の戦いは一向に決着がつかない。それには理由が3つある。

 1つが『援護の結界』。地面に展開された星型の結界を踏み壊すことで効果を発揮するように調整されたそれらはどれも強力な強化を踏み壊した人に付与するがその持続時間は限りなく短い。おそらく強力な強化を付与するために持続時間を犠牲にするしかなかったのだろう。戦いながら何度も強化を掛け直すなど現実的ではない。

 それを可能としたのが『踏み壊す』という過程(プロセス)。『移動』、『回避』、『踏み込み』など戦う中、地面を踏みしめるという行為は必ず必要になる。その行為に『結界を踏み壊す』という過程(プロセス)を組み込み、本来、持続時間が短く、何度も掛け直さなければならない強力な強化を常にその身に施し続けているのだ。

 もちろん、踏み壊し続ければいいという話ではない。強化されすぎて体の動きに振り回されてしまうのか、それとも重なってしまうと体への負担が大きくなりすぎるのか。彼女の強化の詳細はわからないのではっきりとは言えないが、強化の重ね掛けをしていない。『薄紫色の星』が浮かぶ瞳で視てわかったが彼女の身体能力は常に一定。つまり、強化が切れた瞬間、一秒――いや、コンマ単位の狂いなく星型の結界を踏み壊しているのである。それも目で追い切れない速度で走り回る敵と戦いながら、次に切れる強化の種類、時間、結界の展開場所、踏み壊すタイミング全てを完璧に合わせなければならない。常人ならば考え付いてもすぐに無理だと投げ捨てるレベルの机上の空論。

 それを可能としているのが2つ目の理由である博麗の巫女特有の『直感』。

 霊夢の話ではレマの直感は未来予知の如く、当たる。それを利用すれば無謀ともいえる強化方法も不可能ではなくなるだろう。未来予知レベルの『直感』がどのようなものなのか、経験したことのない俺ではわからないが、目の前で実際にレマが実行しているので納得せざるを得ない。もちろん、強化以外にも彼女が投げたお札が目で追えないはずの東を必ず捉えるのも、奴の攻撃を回避できるのも『直感』の恩恵である。

 そして、3つ目の理由は――。

「ッ……」

 レマが投げたお札に紅い霊力が纏っておらず、すぐに地面に落ちてしまった。その隙に東がレマの懐に潜り込み、鋭い蹴りを放つ。間一髪、『五芒星結界』を展開して直撃を避けたが、結界はすぐに破壊され、レマは吹き飛ばされてしまう。そこへ更に追撃しようと東は後を追おうとするが破壊された『五芒星結界』の破片が東へと射出され、奴は回避。その間に態勢を整えたレマがお札を投げて牽制する。そのお札も半数以上が霊力は込められておらず、風に飛ばされてしまった。

「霊魔さん……?」

 レマの様子がおかしいことに咲さんも気づいたようで不安そうに戦う彼女を見守っていた。

 これが3つ目の理由。レマの霊力が不足しているせいで東を倒し切れないのである。

 そもそもレマは『時空を飛び越える程度の能力』を封印するために体を失った。じゃあ、目の前の彼女は一体、何なのか。その答えは至極簡単、霊力の塊である。彼女の体は霊力によって形成され、活動しているのだ。そんな状態で戦えば体を形成する霊力は失われ続け、やがて彼女そのものが消滅する。そう、レマは自分の命を削って戦っているのだ。

 おそらく今のレマは本気を――体があった頃よりも実力を出していない。いや、出せないのだ。出してしまったら東は倒せるかもしれないが、彼女もすぐに消えてしまうからである。

 あくまでレマの目的は俺の準備が整うまでの時間稼ぎ。東を倒すことではない。だから、彼女は本気を出さず、東の邪魔をし続ける。自分の命を消費しながら。

「すぅ……はぁ……」

 東の猛撃をやり過ごしながら不意にレマが深呼吸し、突然、彼女の体から紅いオーラが迸った。あれは――『夢想転身』。各代の博麗の巫女が開発した奥義をまとめた本に載っていたという異質の身体強化。

(じゃあ……あれを作ったのは……)

 なんと皮肉な話なのだろうか。俺は桔梗から、桔梗は過去の俺(キョウ)女の俺(なな)から、過去の俺(キョウ)女の俺(なな)は奥義書を通してレマ――母さんから伝えられ、習得した奥義。一見、何の関係もないと思っていたものがまた、繋がった。いや、きっと母さんは知っていたのだろう。あの未来予知(ちょっかん)で、全てを予知して、この日のために、この瞬間のために準備を進め、こうして命を燃やして俺を助けてくれている。全ては自分が産み落とした子供のために。

「ぅ……くっ……」

 駄目だ、まだ終わっていない。目の前で母さんが戦っているのだ。しっかりと目に焼き付けろ。その姿を、背中を、生き様を、想いを。彼女から受け継がれた『直感』に頼らずともわかる。これが、今の姿が、レマが俺に見せたかった『母親』という形なのだと。

「――ええ、だから、頑張れるのです」

 さほど大きな声でもないのに彼女の声は俺の耳に届いた。こちらに背中を向けているはずなのに彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。

「あなたがわかってくれることも、涙を流しながら目を逸らさず見ていてくれることも、やっと私を母親だと認めてくれたことも……全部、わかっています」

 『夢想転身』で不足し始めた霊力を爆発させ、持ち直した彼女だったがそれでも本気は出せず、東の攻撃を何度も受けていた。巫女服は破けて素肌を外に晒し、右腕は折れているのか変に曲がっており、地面には彼女の血が落ちては霊力の霧となり、風に飛ばされている。

「だから、頑張れるのです。何となく理解はしていましたが、母親はそういうものだと……やっと実感できました」

 東の連撃を両腕でいなしながら母さんは嬉しそうに言う。それが聞こえたのか、東は訝しげに目を細める。そんな奴の姿が見えるほど彼女の背中はすでに取り返しの付かないほど透けていた(・・・・・)

「ですが、楽しい時間というのは長くは続かないもの……そろそろ終わりにしましょう」

 そう言って、母さんはわざと東の拳を胸で受け止め、俺の方へ吹き飛ばされる。バキリ、という骨が砕ける音が聞こえた。彼女の肋骨は粉々になってしまったのだろう。

「ごふっ……さ、て……そう、し、あげ……で、す」

 彼女の動きに合わせて俺も下がる。気づけば俺たちはあの『死の大地』に戻ってきていた。ああ、そうだ。ここだ、俺たちが目指していた場所。作戦の要でもある『東をここまで誘導するか』は母さんのおかげで達成された。

(くそっ)

 母さんはもう限界だ。でも、あと十数秒足りない。あともうちょっとで準備が整うのに、あと少しで東を救えるのに。母さんが倒れたら、東は俺を一瞬で殺すだろう。それで終わり。何もかもおしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、借り、し……ます、よ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 だが、母さんはまだ諦めていなかった。

 ボロボロの母さんにとどめを刺すために足を踏み出した東だったが、突然自身の足元に展開された星型の結界を見て目を見開く。あの結界は先ほど込められた霊力が少なく、風に飛ばされてしまったお札で作られた結界。母さんはこのタイミングで偶然、風に乗って飛ばされたお札で星型の結界を作れることを直感()っていたのだ。その結界から紅い鎖が飛び出し、東の体を拘束する。いきなり鎖で縛られた東は数秒ほど硬直するが、すぐに我に返り、力を込めて鎖を破壊。再び母さんへと接近。

「くっ……」

 その時、母さんはいきなり1枚のお札を真上に投げて閃光弾のように光った。真夜中の暗闇に慣れていた目が眩むが、それでは東は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――(リョウ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の拳が届く寸前――いや、閃光弾によって伸びた母さんの影と東の影が重なった瞬間、東の影から黒くて太い蔦が飛び出し、東を雁字搦めにする。

「あれ、は……」

 母さんがリョウから影を操る術式を習ったのか、と思ったがあの蔦からリョウの地力が漏れていた。つまり、あの蔦はリョウの力によって作られたもの。でも、リョウはすでにこの世にはいない。じゃあ、どうやって――。

「ッ……」

 いや、あった。リョウが東の影に術式を仕込めたタイミングが、たった一度だけあった。そう、リョウが東に心臓を握りつぶされ、死ぬ寸前、彼女の手は東の影に触れていた。

 きっと、レマも魂の中からそれを見ていた。そして、その術式を起動する方法も直感(わか)っていたのだ。

「あの、死にぞこないがッ!!」

 それでも東は止まらない。黒い蔦はブチブチと音を立てて引き千切られてしまう。そして、奴が足を踏み出そうとして――何かに蹴躓き、よろめいた。身体強化の負荷がここにきて出たのか、とその足元を見て俺は目を丸くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは桔梗の頭部だった。ここは『死の大地』。桔梗が破壊された場所でもある。母さんは未来予知(ちょっかん)でお札による拘束、リョウが遺した影の術を使い、桔梗の頭部で東が躓くように仕向けた。彼女は――桔梗は壊れてもなお、俺のために貴重な1秒を稼いでくれた。これで、あと数秒。

「死ねえええええええ!!」

 よろめきながらも繰り出された東の一撃は母さんの腹部を貫き、霊力の霧が迸る。だが、その瞬間、母さんは東の腕を掴んだ。彼女の足元には踏み壊されてキラキラと輝く結界の破片。最期の強化が母さんに施された。

「いえ、死、にま……せ、ん。死、な……せ、ませ、ん。死な、せ、て……たまる、もんで、すか」

 そう言いながら母さんが纏う紅いオーラが激しく鼓動し始める。更に霊力の密度がどんどん上がっていく。彼女の思惑に気づき、俺は顔を青ざめさせた。そうか、ずっと俺の前に展開されていた2枚の『五芒星結界』はこの時のための防壁。

「母さん!!」

「ッ……あぁ、やっと、呼ん……で、くれ、まし、た……ね。そ、れだけ、で……お母さん、幸せです」

 目の前で2枚の『五芒星結界』が重なる。待って、駄目。まだ、もうちょっと、だけ。もう少しでいいから。まだ、俺は何も――。

「じゃ、あ……響、また(・・)

 母さんはこちらを振り返って笑った後、自身の霊力を暴走させて――自爆。その爆発は

間近にいた東はもちろん、本来であれば俺も飲み込むほどの威力だったが母さんが遺した『五芒星結界』により爆風に巻き込まれることはなかった。

「……」

 パラパラと小さな破片が地面に落ちる中、俺はただ母さんがいた場所を見つめることしかできない。そこにはまだ奴が立っていたから。

「た、耐えた、ぞ……これで――」

「――ああ、おしまいだ」

 母さんが総仕上げといって稼いだ時間はたったの十数秒。そう、その十数秒で全ての準備が整った。さぁ、覚悟しろ、『東 幸助』。これから行われるのは望まぬ強制的救済である。





第454話、参照。




次回、響さんの本能力、判明。



なお、11月2日は諸事情により、お休みします。
次話の更新は11月9日です。申し訳ありません。







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第491話 本能力

 俺の魂構造は他の人とは違っており、いくつも部屋が存在している。そして、吸血鬼や翠炎のように魂だけの存在にその部屋を貸し与え、共存することが可能だ。

 もちろん、『貸し与える』ため、タダではない。家賃代わりの地力を少しだけ俺に与え続ける必要があり、そのおかげで本来、霊力や魔力しか持たない人間の身であるにも拘らず、神力や妖力も扱うことができた。

 それは『シンクロ』などで一時的に俺の魂を訪れた人も同じであり、魂の中に滞在している間、俺に地力を与えなければ自分の体へ強制送還されてしまう。ただし、共存している吸血鬼たちよりも与える地力量は少なく、家賃というよりも入場料と言った方が正しい。そんな微々たる地力は『シンクロ』を1秒でも維持すればすぐになくなってしまうほど少量であり、それを使って大技を繰り出すなど夢のまた夢であった。

 また、『ダブルコスプレ』や『マルチコスプレ』も宿している幻想郷の住人たちの魂は俺の魂の中へ移動し、入場料を払う(地力を与える)。特に『マルチコスプレ』は『保留(ストック)』した後、『再生(チェンジ)』で宿し直す度に入場料を払わなければ(地力を与えなければ)ならないため、今回のように住人たちが衰弱している状態では何度も『再生(チェンジ)』できない。ましてやその地力も極少量のため、それを利用することは不可能に近かった。なにより、『マルチコスプレ』は複数人の魂を同時に宿すとお互いが干渉し合い、同じ極を近づけた磁石のように魂が弾け、強制的に自分の体へと戻ってしまう。だからこそ、一人ずつしか宿すことはできない。

「皆、準備はいいか?」

 肩で息をしながらもまだ立っている東を睨みながら俺は背後に浮かぶ無数のスペルカードへと声をかける。あのスペルカード1枚1枚に幻想郷の住人たちの魂が宿っており、合図を待っている状態だ。もちろん、実体化していないので皆の声は聞こえないが一斉に頷いたような気がした。

 確かに『マルチコスプレ』は一人ずつしか魂を宿すことができない。複数の魂を宿したところで、干渉して弾かれてしまう。それでいて俺の魂はしっかりと入場料(地力)を徴収するため、質が悪い。

 だが、今回の場合、そのデメリットこそ救済の鍵。そもそも東を救済するのだからこれ以上、戦う必要がない。今、必要なのは大技一つ繰り出すのに必要な地力だ。

「行くぞ!」

 そう叫んだ瞬間、ズガン、と魂が震えた。スペルカードに格納されていた皆の魂が一斉に俺の中に入ってきたのだ。ギシギシと魂が軋む音が体の底から轟いた。こちらへ向かってくる東の姿がぐにゃりと歪む。いや、歪んでいるのは俺の視界だ。

「ガッ……」

 その衝撃に体が悲鳴を上げ、吐血。当たり前だ。いくら魂構造が人と違うと言っても部屋数には限度がある。そこへ一瞬とはいえ、大量の魂を受け入れたのだから。皆のスペルカードは俺の背中に集まり、まるで翼のように繋がっていた。

 だが、幸いにも今の俺の魂は『死』となったことで修復中であり、大部屋1つしかない。普段ならその負荷に耐え切れなかっただろうが、魂が大部屋になったことで普段よりもスペースが増え、何とか耐えることができた。『薄紫色の星』が浮かぶ瞳で成功する姿が視えていたので心配はしていなかったがこの衝撃はさすがに堪える。もう二度とやりたくない行為であり、もう二度とやらないために全てを終わらせるのだ。

『響!』

 そして、皆の魂は一斉に弾け、自分の体へと強制送還される。背中のスペルカードで形成された翼も飛び散り、周囲へバラバラに撒き散らさせた。それと同時に霊夢の悲鳴のような絶叫が体の中で響き渡る。いや、霊夢だけではない。皆が俺の名前を呼んだ。心配そうに、背中を押すように、面白がるように、怒ったように、楽しそうに、悲しそうに、様々な気持ちが俺の名前に込められ、魂を震わせる。

「ッ……ハっ、ぁ……」

 1秒にも満たない永遠に近い地獄を潜り抜け、俺は止まっていた呼吸を再開させる。そして、体の中を暴れまわっている地力に思わず、右手を握りしめた。もし、『【無題】』(俺の曲)がかかっていなければ『ダブルコスプレ』で呼ばれた2人の住人を説得して一か八かの大勝負をするところだったのだ。きっと、『ダブルコスプレ』で決行していれば地力は足りず、十中八九、俺は死んでいただろう。本当に『マルチコスプレ』が発動して助かった。

(皆の、想い……受け取ったぞ)

「音無!」

 大気を震わせるほどの怒声にハッと顔を上げればすでに身体能力を極限まで引き上げた東はすぐそこまで迫っていた。きっと、数秒後には東の拳は俺の心臓を貫き、殺すだろう。

 

 

 

 

 

 だが、一歩届かない。

 

 

 

 

 

「――」

 『死の大地』への誘導、そして、地力の確保は完了した。だから、終わらせよう。俺は右手を前に伸ばし、目を閉じる。

 『死』となった時のように『概念』そのものになってはいけない。それでは東は救うことはできても『音無 響』は『概念』に塗りつぶされ、消滅してしまう。だから、成り代わるのではなく、宿す。自分の存在を糧にしないため、消費する地力はあまりに多いが皆から受け取った地力で賄える。

「キョウ君!」

 隣に立つ咲さんが俺の左手を掴んだ。幽霊であるはずの彼女の手は温かく、ぬくもりが左手から広がっていく。

 ああ、そうだ。そうだった。皆に、母さんに、咲さんに呼ばれ、俺は自覚する。

 全てはこの名前から始まったのだ。

 『時任』、『博麗』、『雷雨』、『音無』と両親から受け継いだ苗字。その一つでも欠けていたら俺はきっと死んでいた。父さん(リョウ)が、母さん(レマ)が、義父さんが、義母さんが俺を守ってくれたから今、ここに立っている。『音無 響』は立っている。

 だから、使え。全ての始まりであり、俺がこの世に生まれ落ちた時から宿している能力を、自分の意志で、誰かを殺すためではなく、誰かを救うために。

 その身に宿せ、全てを救う『モノ』になれ。俺は『響』。全ての事象に共鳴し、何にもなれる。何にも染まれる。

 響き渡れ。

 響き合え。

 響き交え。

 そうすれば、俺は望んだ存在に昇華できる。それが俺の能力。それが俺の生まれ持った力。あまりに強力であり、影響を受けやすいからと危険視され続けた武器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、俺がこの能力を持って生まれたのはこの瞬間のためだったのだろう。1万回以上の『死に戻り』を繰り返し、復讐を成し遂げるために抗い続けた男を止めるために。

 でも、もう安心しろ。たとえ、お前が望まなくても俺はお前を救う。それが俺から様々なモノを奪ったお前に対する罰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――象徴(シンボル)付与(エンチャント)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、東の拳が届く寸前、俺は本能力――『象徴を操る程度の能力』を発動させ、俺の背中から真っ白な翼が生えた。

 








と、いうことで響さんの本能力は『象徴を操る程度の能力』です。


数話前にも書きましたが、感想で本能力名に関して記載はしないようにお願いします。


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第492話 鎮魂歌

 『象徴』とはその事柄と関係が深い、またはそれを連想しやすい具体的なものを言う。

 例を挙げるなら、『吸血鬼』=『血』、または『不死性』。

 『狂気』=『気が狂っている』。

 『神』=『創造主』といったように言葉の等式を作った時の答えがその事柄の象徴である。

 だからこそ、俺の能力は種族によって簡単に変化した。その種族によって象徴するものが違うためだ。そして、ちょっとした拍子に能力が変わってしまってはその負荷で俺の体は壊れてしまう。それを防ぐために『象徴を操る程度の能力』にはある程度の抵抗力が備わっていた。それが『干渉系の能力の無効化』として機能していたのだ。しかし、れっきとした能力ではないため、干渉系の能力でも物を経由すれば無効化できない、穴だらけの能力になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 

 

 

 

 

 

 『象徴を操る程度の能力』は『狂気』の時は『気が狂う程度の能力』、『トール』の時は『創造する程度の能力』といったようにその能力以外にも持ち主の種族などにより派生能力が生じる。

 では、『人間』の時はどうだろう。個人を特定するため――その人を連想するために人間が与えられるモノ、人間の象徴とは一体、なんなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは『名前』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よっぽどの事情がない限り、人間はこの世に生まれ落ちた後、親から『名前』を貰う。それこそ人間が最初に与えられる個人を特定する記号である。

 だから、俺は――『音無 響』は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』になった。まぁ、途中で父さん(リョウ)と義母さんが結婚(事実婚だが)し、俺の苗字が『時任』に戻り、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』から『時空を飛び越える程度の能力』になってしまったが、それも霊夢たちから二つ名(象徴)を貰い、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を取り戻すことができた。

 だが、あくまでもこれらは派生能力である。『象徴を操る程度の能力』自体にもきちんと使い道はある。

 例えば、文化祭の時に使用した吸血鬼が愛用する狙撃銃の複製、改造。

 あれは『吸血鬼の狙撃銃』という彼女の武器(象徴)に干渉し、複製、改造を行い、人工妖怪を攻撃した。つまり、『象徴』を弄ることができるのである。しかし、あまり大きく弄ればその分、地力を消費する上、下手をすれば失敗してその反動でダメージを受ける羽目になるため、使いどころが難しい。

 また、フランとレミリアとの『フルシンクロ』とトールとの『魂同調』を同時に発動させた『シンクロ同調』の時のように偽物(レプリカ)に『概念』を持たせることも可能である。

 そして、己の存在(象徴)を塗りつぶして別の存在(象徴)になる『象徴(シンボル)創造(クリエイション)』。これを使い、俺は『死』となり、危うく幻想郷を滅ぼしかけた。

 今回、俺が使ったのは概念を持たせる――付与(エンチャント)である。だが、『シンクロ同調』とは違い、偽物(レプリカ)はないため、多大な量の地力を消費する。そのために『マルチコスプレ』を用いて地力を確保する必要があったのだ。

「……」

 『象徴(シンボル)付与(エンチャント)』を発動した時に発生した余波でその場で尻餅を付いている東を一瞥し、翼を大きく広げた。その拍子に翼から数枚の羽根が東の足音に落ちる。専門家ではないため羽根を観察しただけでその動物を言い当てることはできないが、自分の能力が生み出した翼だ。その正体ぐらい、容易に想像できる。

 もちろん、『魂を鎮める程度の能力』を持つ咲さんとの『魂同調』を使えば東の復讐心を鎮めることは可能だろう。だが、1万回以上『死に戻り』を繰り返すほど激しく燃える復讐心は時間が経てば必ず再び燃え始める。それでは意味がない。このいくつもの並行世界を超えた復讐劇はここで確実に止めなければならない。俺の手で終わらせなければならない。

 そのために必要な『概念』――象徴はたった1つ。この背中の純白の翼が持つシンボル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、これは――白い鳩(・・・)の翼である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ、キョウ君!」

 無事に『象徴(シンボル)付与(エンチャント)』が成功したのを確認した咲さんは俺の背中に手を当てる。そのまま彼女を受け入れ、『魂同調』を発動させた。白い鳩の翼とは別の真っ白な翼が生え、2対4枚となったそれらを羽ばたかせる。

「待っ――」

 咄嗟に手を伸ばした東だったが尻餅を付いている状態では俺を掴むことはできず、奴を置き去りにして俺たちは一気に上昇。数秒足らずで幻想郷が一望できる高度に辿り着いた。数時間に渡って戦っていたからか、何も聞こえない状況に違和感を覚える。それだけ俺と東の戦いは激しく、周囲を気にしていられないほど必死だったのだろう。

「……」

 だが、その戦いもこれで終わる。これで終わらせる。それが俺から大切な物を奪ったあいつへの罰であり、大切な物を守り切れなかった俺の責務だから。

 そのために、これ以上大切な物を奪われないために、今にも爆発してしまいそうなほど暴れるこの想いを届けるために、俺の全てを込める(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2対4枚となった純白の翼を大きく広げると白い粒子が翼から跳ね、キラキラと月光を反射させる。そして、大きく息を吸い――俺は静かに歌い始めた。

 歌詞はもちろん、タイトルすらないその歌はマイクを通していないにも拘わらず、幻想郷中に響き渡る。それもそのはず、俺の名前は『音無 響』。『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を持つ人間だ。そんな俺が自分をテーマにした曲(『音無 響』の象徴)――『【無題】』を歌えばその効果は爆発的に跳ね上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響け、響け、響き渡れ。どこまでも、どこまでも、どこまでも。

 この歌に込められたのは咲さんの能力である『魂を鎮める程度の能力』と白い鳩が表す『平和』。そして、俺の想い、願い。その全てをこの『鎮魂歌(レクイエム)』に乗せ、響かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう誰も傷つかないように。もう誰も泣かないように。もう誰も悲しまないように。歌う。願う。想う。

 ああ、どうか、どうか東の――彼の怒りや悲しみ、憎しみをこの歌が全て鎮め、奪い去れますように。

 そして、この歌を聞いた全ての生物に幸せが訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそんな想いをありったけ込めて歌う。その歌声は月明かりが照らす幻想郷に静かに響き渡る。まるで、子供を寝かしつける母親が歌う子守唄のように。



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第493話 復讐者の最期

 その姿はまさに天使そのものであった。

 2対4枚の翼を大きく広げ、尻餅を付いた己を見下ろす響を見上げながら東はどこか他人事のようにそんな感想を抱いた。もちろん、少し前まで彼は本気で響を殺そうとしていたし、事実、響が能力を発動させるのが1秒でも遅ければ今頃、東の拳は響の胸を貫き、リョウと同じように心臓を握りつぶしていただろう。

 だが、1秒足りなかったのは偶然ではない。つい先ほどまで戦っていた未来予知にも匹敵する直感を持つ響の生みの親である先々代巫女『博麗 霊魔』と死ぬ間際に東の影に術式を仕込んだリョウ。そして、最期の最後まで――いや、壊れてからも主を守った完全自立型人形であり、響の従者である桔梗が稼いだ1秒。その1秒を偶然という言葉で片づけるにはあまりにも奇跡的であり、込められた想いは重かった。

 また、1万回以上の『死に戻り』を繰り返し、なんとか響の本能力が『象徴を操る程度の能力』であると突き止めた東も『象徴(シンボル)付与(エンチャント)』を見るのは初めてだった。無理もない。並行世界の『彼女(音無 響)』も含め、『象徴を操る程度の能力』で己の存在を書き換え、もしくは上書きしたのは今日が初めてだったのだから。

 そもそも今回の世界線はおかしいことばかりだ。女だったはずの響は男として生まれ、攻撃方法も、思考も、得た能力も何もかも違いすぎた。

 だからこそ、東は『象徴を操る程度の能力』に変更点がないか、『タロットカード』を渡すことで確かめようとした。そして、響が『タロットカード』を使ったスペルカードを使用したことで本能力に変更はないと判断したのである。

 だが、まさか今までの響が使わなかった使い方があるとは思わなかった東は茫然と尻餅を付いて響を見上げていた。

(なんて……)

 何も書かれていないスペルカードが花吹雪のように舞う中、翼から跳ねる白い粒子が月光を反射させる。そんな神々しい響の姿に東は不覚にも見惚れてしまった。1万回以上の『死に戻り』を繰り返し、記憶が摩耗し始めている東ですら今まで見た中で最も美しい景色だと断言できた。

「待っ――」

 しかし、すぐに我に返り、咄嗟に手を伸ばす。ここで響を逃がせば取り返しの付かないことになる。殺されるよりも、封印されるよりも、復讐を成し遂げるよりも恐ろしい何かが起きる。何故か東はそう確信していた。

 必死に伸ばされた東の手が触れる直前、響は翼を羽ばたかせ、一気に上昇。そもそも尻餅を付いている状態で手を伸ばしたところで届くはずもない。そんなことにすら気づかないほど東は動揺していた。

 一条の光となった響がどんどん高度を上げていくのを見ながら彼はそれでもなお、空へと手を伸ばし続ける。その時点で幻想郷の住人から集めた地力は底を尽き、あの驚異的な強化は行えなくなっていた。つまり、東の負けが決まったのである。それでも、東は諦めていなかった。

 ここで負けを認めてしまったらこれまでの努力は無駄になる。

 ここで諦めてしまったら自分を信じて――能力を使って騙した協力者たちの犠牲が無駄になる。

 ここでこの気持ちに蓋をしたら殺された■■■への想いは行き場を亡くし、まるで最初からなかったように消えてしまう。

 だから、負けを認めない。諦めない。復讐の炎を燃え上がらせる。

(そうだ、俺は……やらなければならない。やらなければ!)

 すっかり、響の姿は見えなくなり、一番星のように輝く光にしか見えなくなった頃、東は伸ばし続けていた手を降ろし、徐に懐から一丁の拳銃を取り出した。ネックレスによる蘇生時に一緒に復活していたのである。だが、その拳銃には弾丸は1発しか込められていない。それもそのはず、これは響を殺すためではなく、己を殺すために用意していた自決用の拳銃なのだから。実際、これまでの世界線で追い詰められた東は何度かこの拳銃を使い、自殺し、『死に戻り』を発動させている。だから、今回も今までと同じように自殺して次の世界線の自分にバトンを繋ぐ。もう、自殺する恐怖心はない。そんな感情、すでに失くしてしまった。

「じゃあな……」

 こめかみに銃口を向け、引き金に人差し指を引っかける。少しでも力を入れれば弾丸が東の脳髄を破壊し、『死に戻り』するだろう。

「……」

 この世界線でも駄目だった。しかし、この世界線で得た経験や情報は絶対に次の世界線で役に立つ。なにせ、この世界線はあまりにイレギュラーであり、まだ情報が足りていないと自覚できたから。きっと、これからは再び情報収集に勤しむことになるだろう。そして、十分に情報を収集し、きちんと対策を立てた暁には、絶対、復讐してみせる。そう決意した東は空に浮かぶ光を見上げながら引き金を――。

「――――」

 ――引く直前、光から不意に歌声が聞こえ始めた。最初は聞き間違いかと思ったがすぐに気のせいではないとわかった。そう、響はこの状況になって突然、歌い始めたのである。

「何、を……」

 てっきり、己を殺すか、封印するために『象徴(シンボル)付与(エンチャント)』を使ったのだと思っていた。殺されるならまだしも封印されてしまっては『死に戻り』ができない。だからこそ、東は自殺しようとした。だが、蓋を開けてみれば攻撃するわけでもなく、封印するわけでもなく、ただ歌を歌っている。思わず困惑してしまった東はその体を硬直させてしまった。それが致命的な隙になると気づかずに。

『―――』

 何が起きているかわからず、響の歌声を聞いているとどこからか声が聞こえたような気がした。聞き覚えのない、聞き慣れた声。その声の主は近くにいるのか、東は何故か耳元で囁かれているような感覚を覚える。自殺を邪魔されてはたまったものではないといつでも引き金を引けるようにしながら周囲を見渡すが誰もいない。

『―――た』

 気のせいだと判断する前に再び声が聞こえ、彼は自然と立ち上がっていた。相変わらず、響の歌声が響き渡る中、東は声の主を探す。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はっきりとその声が聞こえた時、東は響の本当の目的に気づいた。

「ぁ……」

 そもそもおかしかったのだ。歌声が聞こえた程度で自殺の手を止めた時点で彼は響の術中にはまっていた。咲の『魂を鎮める程度の能力』によって復讐の炎の勢いを抑えられたせいで『何の躊躇いもなく自殺する』という狂気を取り除かれていたのである。

 だが、今更気づいたところでもう遅い。東の持つ『神経を鈍らせる程度の能力』と同様、響の『鎮魂歌(レクイエム)』は聞けば聞くほど負の感情は抑えられ、正気に戻ってしまう。実際、こめかみに当てられた拳銃の銃口は震えていた。まるで、初めて自殺する際、子供のようにガタガタと震えていた自分のように。

『……あなた』

 そして、響の『鎮魂歌(レクイエム)』に込められたもう一つの効果。それは響の翼にもなっている白い鳩が象徴する――『平和』。その権化が今もなお、東の後ろから声をかける女性の存在である。

「ぁあ……」

 その声に東は聞き覚えがなかった。いや、忘れてしまっていた。聞き慣れた声だと思ったのは擦り切れた記憶の中に埋もれたピースが反応したせいだ。彼が復讐者になってしまった原因でもあり、復讐する本当の目的だった女性。

『あなた……ごめんなさい』

「……」

 謝る女性に対し、東は何も反応しない。振り返りもしない。声もかけない。ただ、震える拳銃の引き金を引こうと精一杯、人差し指に力を込めるだけ。だが、いつまで経っても人差し指は引き金を引かず、ただ震えるばかり。

『私が死んでしまったせいで……あなたに、悲しい思いをさせてしまったわ』

 そう言って女性は東を後ろから抱きしめる。それでも東は反応しない。彼自身、わかっているのだ。後ろにいる女性は響の能力によって生み出された幻であり、偽物である、と。今、ここで振り返って女性の姿を見た瞬間、東は本当の意味で負けてしまうのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも……それでも、彼女が偽物だとわかっていても、抱きしめられた瞬間、東の手から拳銃が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響の目的は東の復讐劇を止めること。しかし、咲の能力では一時的に復讐心を抑えることしかできない。だからこそ、『平和』という概念を『付与(エンチャント)』して復讐する理由そのものを取り除こうとした。

 その結果、生み出されたのが復讐するきっかけとなった――東の妻、■■■の幻影であった。響自身、東の身にそんなことが起きていることは知らない。ただ、『平和』を込めて歌っているだけにすぎない。

 だからこそ、■■■が現れたのは東の心が原因である。そう、彼を抱きしめている彼女を生み出したのは他でもない、東本人なのだ。

『本当に、ごめんなさい……でも、もう十分よ。十分だから……もう、休んでいいの』

「き、えろ……偽物」

『ええ、私は偽物よ。でも、この気持ちは本物。きっと、■■■も同じことを思ってるわ』

 今もなお、名前を思い出せないからか、妻の名前だけノイズが走り、思わず顔を顰めてしまう東。この復讐劇を始めるきっかけとなった妻の名前を忘れてしまっていることに今更ながら気づいた東は思わず苦笑を浮かべる。

『やっと、笑った』

 その声にハッと前を見れば見覚えのない女性が笑っていた。だが、見覚えがないはずなのにその微笑みを見て胸の奥底で何かが震えるのがわかった。

『やっと……見てくれた』

「や、めろ……」

 いつかのように己の右頬に手を当て、優しく笑みを浮かべる女性。その姿は彼女の死ぬ直前と瓜二つであり、東の目から自然と涙がこぼれ始めた。

 偽物なのはわかっている。幻であるのはわかっている。

 しかし、それでも……東の凍り付いた心を溶かすには十分すぎるほど■■■の温かさは熱を持っていた。

『あなたはもう、十分頑張ったわ。だから、もう休んで。本当に、お疲れ様』

 気づけば女性も東と同じように涙を流し、儚げに笑みを零す。『私のことは気にしないで』、と安心させるように。

「あぁ……そう、だな」

(そうか……俺は、止められたのか)

 響の目的も、女性が偽物であることも、ここで折れてしまえば『死に戻り』が起きないことも東は気づいている。気づいていても、それを赦してしまえるほど、むしろ、響に感謝してしまえるほど東の心はとっくの昔に限界を迎えていた。

『そろそろ、お別れみたい……愛しているわ、あなた』

 それを感じ取ったのか、女性の体はどんどん透けていき、白い粒子が天に昇っていく。まるで、心残りを解消し、成仏する幽霊のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……俺も愛してるよ、ヒビキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、愛する女性の名前を思い出せた東が最後に見たのは目を大きく見開き、驚いた後、満面の笑みで喜びを噛み締める最愛の女性の姿だった。



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第494話 戦いの終焉

 響が歌い始めてどれほどの時間が過ぎただろうか。それを正確に把握している者はいないが少なくとも空が白み始めているので1時間以上は経過していた。

「――――」

 それでも響はまだ歌い続けている。彼の『象徴を操る程度の能力』を使い、咲の『鎮魂』と白い鳩の『平和』をその身に宿して東の復讐心をなくす。だが、あくまでも響にできるのは願いと想いを込めて歌うことだけ。それが東にどう影響するのか、そもそも作戦が上手くいくのかさえ定かではなかった。

「―――――――」

 しかし、だからこそ響は歌うしかなかった。歌い続けるしかなかった。もし、途中で歌うのを止めたせいで東の復讐心を取り除けなければその時点で作戦は失敗してしまう。地力が底を尽きても、喉から血が溢れても、限界を超えても、響は歌い続ける。それが今の彼にできる精一杯のことだったから。

 事実、響の努力はすでに報われている。東の復讐心は響の能力によって生み出された幻影により、取り除かれ、『死の大地』に倒れているのだ。だが、それを知る術を響は持っていなかった。

「―――――――――――…………」

 そして、その時は唐突に訪れる。

 いきなり歌うのを止めた彼は白み始めた空を眺め、どこかやりきった表情を浮かべると突然、2対4枚の翼が弾け、真っ白な2種類の羽根が響の周囲に散らばった。

「……」

 翼がなくても霊力を使えば空を飛べる響だが、能力を発動させた際に地力のほとんどを使い切ってしまった。自力で飛ぶことのできない彼はゆっくりと頭が地面へと落ち始める。その速度は重力加速度に従い、徐々に上がっていく。吸血鬼特有の再生能力――『超高速再生』は地力不足で使えず、1日1回限定の翠炎の蘇生能力もすでに使用済み。もし、このまま何もせずに地面に叩きつけられれば幾度となく死地を駆け抜けた響でさえ、ひとたまりもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に……無茶するんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽根が舞う中、一つの人影が響の体を受け止めようと両手を広げる。まだ落下し始めたばかりだったのでその人影も特に怪我することなく、受け止められた。

「……お疲れ様、響」

 そう言って自身の腕の中で死んだように眠る響を労ったのは博麗神社の巫女――『博麗 霊夢』であった。魂が自分の体に戻った後、霊奈の協力してもらって何とか飛べるまで回復した彼女は響のいる『死の大地』に向かっていたのである。『マルチコスプレ』中、フランドールから作戦を聞いた時から響が自力で飛べなくなるまで無茶をするとわかっていたため、そのフォローをするためだ。そのおかげで響は今日も生き残った。皆と一緒――とは簡単に言えないほど大切な存在を失ってしまったけれど。

(本当に、救ったのね……)

 肌を刺すような寒さに白い溜息を吐き、暖を取るように響の体を抱きしめた彼女は眼下に広がる『死の大地』を眺める。そこには星型の結界を組み合わせて作られた巨大な星型の結界が展開されていた。そう、『二重五芒星結界』である。これこそ響が東を『死の大地』に誘い込んだ理由。

「『未来予知』に似た直感……いえ、あなたの場合は『未来を見出す瞳(・・・・・・・)』、かしら」

 『マルチコスプレ』が解除され、自分の体に戻った後、博麗神社にいた雅たちから状況を聞き出した霊夢は響の『薄紫色の星が浮かぶ瞳』のことを知っている。また、博麗巫女特有の直感で響がどうやってこれほどまでの結界を東にばれずに仕掛けたのかわかっていた。

 弥生の『式神武装』――龍弾砲(ドラゴ・ハウザー)を放ち、東が『死の大地』に戻された後、響は『薄紫色の星が浮かぶ瞳』を駆使して風弓で魔力で編まれた矢をガトリング砲の如く、射った。その際、『二重五芒星結界』を展開するため、25枚の博麗のお札を矢に貼り、東を狙いながらも所定の位置に放っていたのだ。

 もちろん、その時点で響は『マルチコスプレ』の存在はおろか、東を救済するために『象徴を操る程度の能力』を使うことすら考えていなかった。ただ、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』がそうした方がいいと響に知らせただけ。東を救済するという普通であるならば考えもつかない希望()を見つけ、それに必要な手札すらも見出す。それが『薄紫色の星が浮かぶ瞳』――霊夢の言った『未来(希望)を見出す瞳』である。

 術者である響が気を失ったせいか、『死の大地』に展開されていた『二重五芒星結界』は紅い粒子を放ちながら崩壊し始めた。そして、『死の大地』の中心で倒れる東の姿を見つけ、霊夢はやっと安堵の溜息を吐き、空を見上げる。

「……朝ね」

 地平線の向こうから顔を覗かせた朝日に目を細め、彼女は独り言を呟く。もう見られないかもしれないと思っていた太陽を見て霊夢はやっと戦いが終わったのだと実感した。

 そう、永い……永い戦いの終幕。

 一人は愛する者を殺され、無力ながら何度も『死に戻り』、復讐しようとした男。

 一人は『死に戻り』を繰り返しながら何度も復讐を成し遂げようとする男に立ちはだかった()

 そんな2人の戦いは1万以上の世界線を越え、とうとう終わりを迎えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……先ほどぶりですね、響」

「……母さん?」

 だが、戦いは終わっても物語は終わらない。

 気づけば何もない真っ白な世界に立っていた響は目の前にいるレマ――自身の産みの親である『博麗 霊魔』を見て目を白黒させた。

「ええ、あなたのお母さんです」

 そんな彼を見てコロコロと笑いながら頷く霊魔。たったそれだけで響はまだ今回の異変は終わっていないのだと悟り、どこか諦めた様子で溜息を吐いた。

 








次回から後日談です。
永かったこの物語もそろそろ終わりが見えてきました。
皆様、最後までお付き合いください。


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第495話 母さんの夢

「……ここ、は」

 ふと気づくと俺は見渡す限り真っ白な世界に立っていた。起きたばかりだからか、まだ頭が回っておらず、記憶も曖昧である。だが、このまま黙っているわけにもいかないので少しでも情報を集めようと周囲を見渡すが『何もない』こと以外に手掛かりは得られなかった。

(確か……)

 少しずつ意識もはっきりしてきたため、今度は記憶を辿ることにする。俺は『象徴を操る程度の能力』を使い、東の復讐心を取り除くために想いを込めて歌っていたはず。そして、いつしか力尽きてそのまま落ちて――。

 そこまで思い出したところでいきなり背後に誰かの気配を感じた。そのあまりの唐突さはまさに瞬間移動して俺の後ろを取ったとしか思えない。いや、実際にそうなのだろう。後ろの気配には覚えがあり、その気配の持ち主はいつだって俺の傍にいたのだから。

「……先ほどぶりですね、響」

「……母さん?」

 おそるおそる振り返るとレマ――『博麗 霊魔』が最初からそこにいたといわんばかりにすまし顔で立っていた。何となく予想していたとはいえ、目の前で自爆した彼女の元気な姿を目の当たりにして俺は思わず驚いてしまう。

「ええ、あなたのお母さんです」

 俺に『母さん』と呼ばれたことが嬉しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべて頷く。そんな母さんの様子に俺は溜息を吐いてしまう。

 俺がここにいる時点で東の件はどうにかなったのはわかっていた。そうでもなければ俺は『死の大地』に墜落して死ぬか、奇跡的に生きていても墜落した後、東に殺されていただろう。こうして意識があることこそ、俺が生きている証明になっているのである。

 だが、目覚めた場所がこんな何もない真っ白な世界であり、目の前には死んだはずの母さんの姿。どうやら、まだ異変は解決していない――というより、まだ片づけなければならないことが残っているらしい。

「お母さんの顔を見て溜息を吐くのは感心しませんよ」

「だって……まぁ、いい。それでここは……俺の魂の中、か」

 母さんの顔を見たからか、混乱していた頭の霧も晴れ、ここが俺の魂の中だと何となく把握できた。崩壊した魂構造は修復中なのか、見慣れた部屋はどこにもない。もちろん、吸血鬼たちの姿もなかった。

「ええ、その通りです。もう少しで魂構造の修復もありますが……少しばかりお時間をいただきました。それに――」

「――母さんは、母さんの……残留意志、なんだよな?」

 その言葉を遮るように言うと母さんは目を伏せた後、苦笑を浮かべて頷く。ああ、わかっていた。彼女の姿を見た時、『もしかしたら』を考えてしまったが、そもそも『博麗 霊魔』はすでに死んでいる。俺の能力を封印するためにその身を捧げ、俺の心の中で術式を維持していた。ああやって外に出て東相手に時間稼ぎできた方が異常なのである。ましてや、度重なる無茶と最期の自爆。こうやって残留意志を対面できただけでも奇跡なのかもしれない。

「やはり、理解が早いですね」

「まぁ……残留意志には一度、会ってるから」

 思い出すのは『死』になりかけていた時、壊されてもなお俺を助けてくれた桔梗。永い間、離れ離れになっていたのに桔梗の残留意志は存在していたのだ。数十年にも渡って俺の中にいた母さんの残留意志が存在していても不思議ではない。

「そう、でしたね……さて、あまり時間もないことですから手短に済ませてしまいましょう。まずは……おめでとうございます、響。あなたは見事、東の復讐心を完全に取り除くことに成功しました」

 母さんはまるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。魂の中にいるので生きていることはわかっていたが、東の復讐心を完全に取り除くことができたのかわからなかったのでホッと安堵の溜息を吐く。これで彼が『死に戻る』こともないだろうし、別の世界線の俺が戦うことにもならないだろう。

「そっか……ありがとう、母さん。母さんがいなかったら――」

「――感謝の言葉はいりません」

 ピシャリ、とどこか怒ったように言われ、思わず口を噤んでしまう。母さんも予想以上に鋭い口調になっていたのか、ハッとした後、わたわたし始める。それを見て跳ねた心臓も落ち着き、いつも冷静だった『レマ』がこうやって慌てたところはあまり見たことないな、と呑気な感想を抱いてしまう。

「い、いえ……これは、違うのです。あなたからの感謝の言葉は嬉しい。嬉しいのですが、私にはそれを受け取る権利はありません」

「それは、どういう……」

 そこで俺の言葉は力を失くしたように途切れてしまう。いきなり目の前で母さんが正座し、地に両手をつけて頭を地にこすりつけるように下げる。その姿はまさに土下座と呼ばれるものだった。

「え、お、おい! いきなりそんなことされても……」

「あなたが戸惑うのは当たり前です。ですが、どうしても私はあなたに――息子である響に謝らなければならないのです」

「……説明くらい、してくれよ」

 土下座を続ける母さんを見て何を言っても無駄だとわかり、素直に事情を聞くことにする。『ありがとう、ございます』とどこか泣きそうな声で母さんはお礼を言い、その姿勢のまま話し始めた。

「あなたも知っての通り、私には『未来予知』にも似た直感を持っています。だから、全て知っていました(・・・・・・・・・)。あなたが生まれる前から……いえ、(リョウ)と出会う以前から私は吸血鬼の血の影響で暴走してしまった(リョウ)におそわれ、子を孕み、あなたを産むことを。そして、あなたが東と戦うことすらも」

「ッ……」

 確かリョウは瀕死のところをレミリアから血を分けられ、眷属――吸血鬼にされた。そして、吸血鬼の血の影響で性別そのものが変化しそうになっていた時、母さんと出会い、過ちを犯した。その時にできた子供が俺だったはず。それを母さんは知っていた。最初から、何から何まで。

「だ、だったらなんで行き倒れそうになっていたリョウに接触したんだよ。わかってたなら回避することだって……」

「ええ、できたでしょうね。私の『未来予知』はあくまで『可能性』を見せるだけ。直感通りに動けばイレギュラーがなければその通りになりますし、その未来が気に食わなければそうならないために動けばその未来には辿り着きません。でも、できませんでした……だって、あんな未来、見せられたら――幸せそうに笑う息子の姿を見せつけられたら、そうなってほしいと願ってしまったのですから」

 そこで土下座していた母さんは体を起こし、どこか誇らしげにそう言い切る。母さんは『未来予知』にも似た直感が見せた未来を見てから俺の――まだ産まれてもいない息子のために生きようと決意したのだ。

「なんで、そこまで……」

「どうしてでしょう。まだ子供を産める年齢ですらなかった時に見た未来で、本来であれば母親の気持ちなんてわからないはずなのに……どうしてか、あなたの未来を見たいと思ったのです。たとえ、その選択が茨の道で、命すら自分で捨てることになるとわかっていても、どうしてもあなたに出会いたかった」

 そう言いながら母さんは正座したまま、俺に向かって右手を差し伸べる。慌てて駆け寄った俺は肩膝を付いて彼女の右手を両手で握った。

「ほら……これが、私の、夢にみた未来。あぁ……やっと、叶った。叶ったのです。ずっと、こうして触れたかった。全ての困難を打ち破り、成長した立派なあなたの手を取りたかった。『よく頑張りましたね』と褒めてあげたかった」

 いつしか母さんは自身の右手を握る俺の両手に額を当て、涙を流していた。その涙に悲しみは含まれていない。親譲りの直感が告げている感情は嬉しさと、後悔。

 しかし、どうして母さんは俺に謝ったのだろうか。後悔したのだろうか。俺の方こそ、俺のために命を燃やしてくれた彼女に対して感謝と謝罪の言葉を述べるべきなのに。

「わかっています。あなたの疑問は正しい……正しいからこそ、謝らなければならないのです」

 そう言って顔を上げた彼女の顔は酷く歪んでいた。きっと、母さんの罪はここからなのだろう。俺は覚悟を決め、肩膝を付いたまま、彼女の言葉を待った。

 



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第496話 母さんの罪

明けましておめでとうございます。
昨年は何かと更新をお休みすることが多く、大変申し訳ありませんでした。
完結までもう少しですので最後まで後悔なく書き続けたいと思いますので皆さん、これからも『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


「あなたはきっと……『私が導いたおかげで東の復讐心を排除することができた』。そう思っていますね?」

「それは……もちろん。リョウに襲われるって知っていながらそれを受け入れてくれたおかげで俺は産まれてきたし、封印も……それに俺の魂の中から何度も助けてくれただろ」

 そう、俺は母さん――『レマ』がいなければ途中で死んでいた。東に辿り着く前にリタイアしていた。だから、母さんが謝る理由がわからない。どうして、そこまで自分を責めているのか理解できない。

 そんな俺の疑問すらも彼女は知っている。直感で把握している。それでも俺の言葉を聞くのは少しでも俺と会話したいからなのかもしれない。

「はい、それはそうかもしれません。私も直感(未来予知)を使って少しでもいい未来に行き着くようにあなたに助言したつもり(・・・)です。ですが、前提が違うのです。」

「前提?」

 『助言したつもり』という言い回しに少しばかり違和感を覚えるが、それは後回しだ。それよりも『前提』とは何なのだろう。俺は母さんに助けられたから東の問題を解決できたと思っている。それが根本的に違うということなのだろうか。

(いや、そもそもそれ自体が違う?)

 母さんが謝らなければならないのは俺が産まれてからのことではなく、それ以前の問題? なら、なおさら俺に謝る必要はないはずだ。母さんがなにかしでかしたとしても産まれていない俺には何も関係が――。

「……気づいたようですね」

 俺が大きく目を見開いたことで母さんは俺が気づいたことに気づいたようだ。

 通常であれば未来は未定であり、人は選択を迫られる度、何かを選んで後悔する。そうやって後悔を積み重ねて人は生きていく。もちろん、俺だって何度も選んで何度も後悔して……ここに立っている。

 だが、母さんは違う。彼女には直感(未来予知)がある。未来を視た上でその未来に繋がるように選択できる。それでも後悔するし、その途中で失うものもあるだろう。けれど、少なくとも自分の望んだ未来に行き着く。

 そう、何かを選ぶということは何かを選ばないということでもある。今回の場合、母さんは俺が東の復讐心を排除する未来を視てそれに辿り着くために選択し続けた。それを言い換えれば俺からそれ以外の未来を奪った(・・・・・・・・・・・)ことに他ならない。本来、俺自身が選ばなければならない不確定の未来――数多く存在する夢を産まれる前から一つに絞り込まれた。

「あなたには文字通り、無限の可能性がありました。その美貌を買われ、女優もこなせる異質な俳優として活躍する未来。『象徴を操る程度の能力』の影響で心に響かせる歌声を持ち、歌手として有名になる未来。他にもモデル、アイドル、バイオリニスト……色々な未来がありました。まぁ、あなたは綺麗ですのでどうも芸能関係の道に進むことが多かったですね」

「……」

 芸能活動をする自分を思い浮かべ、なんとも言えない気持ちになり、母さんが続きを話し始める。確かに俺は『綺麗』と言われることが多い。しかし、どうにもそれを実感できないのだ。リョウの手によって古くなった術式は少しずつ崩壊している。それでもその影響がまだ残っているのだろう。

「ふふ、困っていますか? 困っていますよね? あなたは自分の容姿の異常さに未だに気づいていません。私が気づかせませんでしたから」

「それは……」

「酷い母親でしょう? 東の復讐心を排除する未来はまさに茨の道。それも私ではなく、あなたがその道を進む。それを知っていながらも私は望んだ未来に行き着くために産まれてもいないあなたを茨の道へと突き飛ばしたのです」

 『それに』と彼女は正座したまま、話を続ける。彼女が望んだのは『俺が東の復讐心を排除できるほど成長する』未来。だからこそ、この俺に出会う(この未来に行き着く)ためには俺を成長させなければならない。それがたとえ、どんなに厳しく、狭い道だとしても。

「あなたの『象徴を操る程度の能力』は子供が持つにはあまりにも危険すぎました。それにどうしてもあなたは幼少期に吸血鬼の血に飲まれる運命にありました。そのため、笠崎が幼いあなたを襲う事件の全てが解決した後、私は自分の命と引き換えにあなたに術式を施し、心の中からその術式を維持していたのです」

 つまり、吸血鬼の血が暴走するのは止められず、『笠崎と戦った後に処置する』未来が最良だったのだろう。そして、俺が笠崎と戦っている間に母さんは死んだ。体を捨て、俺の能力と吸血鬼の血が暴走しないように術式を維持し続けた。

「能力と吸血鬼の血……それはあなたという存在を構築する大切な要素です。それらを無理やり封印したせいであなたは『好意』に鈍くなる体質になってしまいました」

 そこで言葉を区切った彼女は再び頭を深々と下げる。やっと、俺が母さんの罪を理解したから改めて謝罪するつもりなのだ。

「私の夢のために……あなたから数多くの夢、未来、出会いを奪ったこと。茨の道に突き飛ばし、絶望を味わわせ、辛い人生を強要したこと。『好意』に鈍くなるという異常を煩わせたこと。お詫びいたします。大変、申し訳ありませんでした」

「……」

 確かに母さんの言うとおり、俺には色々な可能性があったのだろう。この世界線とはまた違った仲間と出会い、誰かを好きになり、子供を持っていたのかもしれない。もしかしたら望が義妹にならず、悟と霊奈とは幼馴染ではなく、雅、奏楽、霙、弥生、リーマとも出会わず、桔梗がこの世に産まれなかったことだってあるだろう。

 でも、それは全て可能性の話だ。望は義妹だし、悟と霊奈は大切な幼馴染で、雅、奏楽、霙、弥生、リーマは俺の式神である。リョウとドグと戦ったのだって俺だ。なにより……桔梗は『音無 響』である俺の従者であり、相棒。それは誰にも変えられない事実だ。

 その道のりは確かに茨の道だったと思う。それでも母さんが手を引き、未来に向かって導いてくれたからこそ、俺は死に物狂いで駆け抜けられた。

 どんなに可能性があったとしても俺はこの世界の、ここまで駆け抜けた『音無 響』の物語しか知らない。この物語こそ母さんが望んだ未来だというのなら、俺は心からよかったと思える。だって、この未来は母さんが無限に存在する未来の中から選んだ、最良の結末(ハッピーエンド)なのだから。

 それに――。

「――なぁ、一つ聞かせて欲しい」

「なん、でしょうか?」

「あの時……母さんが心から出てきた時、俺が引き止めたらどうしてあんなに驚いていたんだ? まるで、予想外の出来事(・・・・・・・)に出くわしたように」

 俺が『魂喰異変』の途中で重傷を負った際、母さんは俺の霊力と母さんの霊力が衝突するからと消えようとしていた。それを俺は止め、そのまま俺の魂の一室に住むことになったのだが、彼女には直感(未来予知)がある。俺が引き止めることも知っていたはずだ。

「……あれがターニングポイントだったのでしょう。実はあの未来はなかったのです。私はあそこで消える運命でした」

「……何?」

 あの時の俺の行動は母さんの視た未来にはなかった? つまり、母さんの直感(未来予知)が外れたのだ。だから、あそこまで驚いていたのか。

「でも、どうして……」

「それはわかりません。ですが、困惑しながらあなたの魂の一室に移動し、直感(未来予知)を発動させた時は驚きました。私が視た未来よりずっと素晴らしい未来が視えたのです」

 それを聞いて俺は先ほど母さんが直感(未来予知)を説明する時に『イレギュラーがなければ』と言っていたのを思い出す。きっと、そのイレギュラーこそ母さんの直感(未来予知)では予測できなかった俺の行動だったのだ。

「ですが、その未来を視て私は不安になってしまったのです」

「どうしてだ? よりいい未来になったんだろ?」

「ええ……でも、またイレギュラーが発生する可能性がありました。そのイレギュラーのせいであの未来がなくなってしまう。そう考えただけで恐ろしく体が震えたのです」

 母さんの直感(未来予知)はあくまでも『可能性』を見せるだけ。その未来は確定しておらず、少しのミスで大きく未来が変わる。最良の結末(ハッピーエンド)を迎えたのならまだしも、最悪の結末(バッドエンド)になってしまったのならただ俺を不幸にしただけだ。それが実の息子であり、その道を強要した本人からしてみれば絶望のなにものでもない。

「私は自惚れていたのでしょう。私が導けば必ず望む未来に辿り着ける、と。たとえ、私が途中でいなくなってもあなたならあの未来を手に入れられる、と。ですが、それは間違いでした。『可能性』という概念は私というちっぽけな存在がコントロールできるものではなかったのです。それに気づいた頃には一歩でも踏み外せば……いえ、呼吸のリズムが少しでも狂っただけで地獄へと叩き落とされる修羅の道のど真ん中にあなたは立っていました」

 よほど後悔したのだろう。母さんは体を震わせながら懺悔している。土下座を続けているので顔は見えないが、見えないからこそ彼女の目から零れる涙が視えた。



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第497話 母さんの想い

「……」

 決して見えないように泣く母親の姿に俺は言葉を発することができず、黙り込んでしまう。

 最良の未来を視た母さんはまだ産まれてもいない俺に茨の道を歩かせることを強制してもなお、その未来に辿り着きたかった。そのためにリョウに襲われることを許容し、俺を産み、『象徴を操る程度の能力』と吸血鬼の血の暴走を抑えるために自ら肉体を捨てた。そうすれば母さんが夢にまで見た未来に辿り着けると直感(未来予知)が教えてくれたから。

 だが、消えるはずだった母さんを俺が止め、未来は変わった。最良だと思っていた未来よりも最良の未来が存在し、直感(未来予知)でさえも予期できないイレギュラーが発生する可能性を知ってしまった。そして、茨の道だった俺の人生は修羅の道へ、最良の未来は直感(未来予知)を持つ母さんが手助けしても簡単には辿り着けないものへと変貌してしまった。

 視てしまった最良の未来へ辿り着きたいがためにまだ産まれてもいない息子の人生を勝手に決めた罪悪感。

 ちょっとしたイレギュラーで未来が変わってしまう事実と更に辛い人生を歩ませることになってしまった絶望感。

 そして――彼女が生き残って視た最良の未来よりも最良の未来があるかもしれないという疑心。

 母さんが視た最良の未来はあくまでも彼女が視た未来の中での最良。俺が母さんを引き留めたことで更に最良の未来を視てしまった。つまり、母さんが視ていない未来の中にそれ以上の最良の未来があったかもしれないのだ。そう、たとえば誰も失わずに東の復讐心を排除できた未来、とか。

「母さん」

「ッ……」

 俺が声をかけると彼女はビクッと体を震わせる。東と戦っていた時に見せてくれたあの大きな背中はどこにもない。いるのは息子から拒絶されることを恐れる母親の姿。直感(未来予知)でこの先の展開を知っていればここまで怯えることはないだろう。おそらく、母さんはあえて直感(未来予知)を使って俺の返答を視ていないのだ。それが彼女なりの誠意。俺の言葉を真正面から受け止めようとする覚悟。そんな彼女に対し、俺は思わず笑みを零してしまう。どれだけ直感(未来予知)を持っていようと、母さんも人間なのだと実感できたから。

「確かに、母さんは……俺の人生を勝手に決めたのかもしれない。最良だと思っていた未来は最良ではなく、確実にその未来に辿り着けると断言できなくなったのかもしれない。なにより、俺たちが必死になって辿り着いたここは最良の未来ではないのかもしれない。でも、それはやっぱり『かもしれない』なんだよ」

 その言葉を聞いて母さんは顔を上げる。ポロポロと涙を零す彼女があまりにも弱々しくて咄嗟に上辺だけの慰めの言葉が口から漏れそうになるがグッと我慢して小さく深呼吸。

「母さんが言ってたとおり、すごい辛いこともあった。辛いことだらけだった。何度も死にそうになった。家族が危険に曝された。無力な自分を嘆いた。目の前で……大切な人を失った。それでも……俺は、(『音無 響』)しか知らない。この俺が歩んできた道しか知らない。どんなに可能性の話をされたって、それは結局、他人(『音無 響』)のことでしかない」

 母さんの話を聞いても俺の考えは変わらなかった。東の経験(絶望)で視た景色はあくまでも記録でしかない。俺はこの世界線の物語しか知らないのだから。

「悔いがないとは言えない。大切な人を喪った悲しみがなくなったとも言えない。それでも、この未来が母さんが夢に視た最良の未来だ。だから、謝るんじゃなくて誇ってほしい。あなたの息子はこの未来こそが最良だったと断言できるほど……満足のいく未来に辿り着いた」

「響……」

「ここまで俺を導いてくれてありがとう。母さんがいなかったら、俺はここにはいなかったよ」

「ぅ……あ」

 俺が感謝の言葉を述べると彼女は顔をくしゃくしゃにし、声をあげて泣いた。その涙には色々な感情が混ざり込んでいるのだろう。その涙を真意は彼女しか知らないが、少なくとも悲しみだけではないのは俺にもわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます……落ち着きました」

 どれほどの時間が経ったのだろうか。やっと涙が止まった母さんにそう言われ、彼女の背中を撫でていた手を止め、腰を上げる。それに続くように母さんも立ち上がった。泣いた姿を見られたのが少し恥ずかしいのか彼女はどこかそわそわした様子でそっぽを向いている。

「見苦しいところをお見せしてすみません……」

「いや、それはいいんだけど」

 そんな彼女の様子になんとなく見てはいけないところを見てしまった気分になってしまい、なんとも気まずい空気になってしまった。

「それならいいのですが……おほん。私が消滅するまで少しばかり猶予があるようですので何か他に質問はありませんか?」

 空気を変えるために咳払いをした母さんは何の躊躇いもなく、『消滅』という言葉を使う。そうだ、彼女の告白に驚いて忘れていたが目の前に立つ母さんは残留意志。いつ消えてもおかしくない。それは母さんもわかっているはずなのに彼女はそれを気にした様子もなく、俺の言葉を待っていた。

「……じゃあ、一つだけ。『博麗の歴史』で先々代巫女の名前が黒く塗りつぶされてたって桔梗から聞いたけどそれって母さんのことだよな?」

「ええ、そうですよ」

「それは、やっぱり……俺を産んだからか?」

 『博麗の巫女』は幻想郷を形成する結界の一つである『博麗大結界』を管理している。また、『博麗の巫女』は幻想郷の中では中立の立場であり、基本的には弱者である人間を守るため、妖怪退治を行うことが多かった。霊夢も異変を起こした妖怪を退治するが博麗神社の境内に入ってきた妖怪を問答無用で追い返すことはしない。

 だが、そんな妖怪と人間の間に立ち、規律を守る存在である『博麗の巫女』が吸血鬼擬きと交わり、吸血鬼の血が混じった忌み子を産んだ。その『博麗の巫女』が母さん――『博麗 霊魔』とその息子、『博麗 響』だった。

「……そうではないと言えば嘘になります。私はあなたを産み、『博麗の巫女』という肩書をはく奪されました。ですが、それは私から言い出したことです」

「言い出した?」

「ええ、響……あなたは『象徴を操る程度の能力』の恐ろしさをまだわかっていません。いいですか? もし、あのままあなたの存在が幻想郷の住人に知れたらあなたは『博麗の巫女が産んだ忌み子』となります」

「……」

 霊夢たちから貰った二つ名と同じだ。俺の存在が『博麗の巫女が産んだ忌み子』と認識された時点でそれが俺の象徴となり、派生能力が発現する。中立の立場である巫女が産み落とした忌み子。その派生能力の内容はあまり良くないものだと容易に想像できた。

「それに私的には最良の未来に辿り着くために早く降板したかったのです。だからこそ、霊夢から見て先代巫女の育成も早めに始めましたし、事前に紫にはそれとなく相談はしていましたのでスムーズに巫女を止めることができました」

 『まぁ、その条件として霊夢と霊奈の教育係になることになりましたが』と苦笑を浮かべる母さん。やはり、霊夢と霊奈の師匠は母さんだったらしい。そんな彼女たちに子供の頃の俺が出会い、笠崎と戦って翠炎に燃やされた。それが霊夢と霊奈との初めての出会い。

「いえ、霊夢に関しては初めてではありませんよ?」

「……え?」

 直感(未来予知)で俺の思考を読んだのか、首を傾げる母さんだったが俺は目を丸くしてしまう。俺は霊夢と会っていた? いつ? どこで?

「響がまだ小さい頃の話ですから覚えていないのも無理はありません。あなたのお世話をしてくれる人を見つけるまでの間だったため、さほど長くはありませんでしたが、響と霊夢は外の世界の博麗神社で一緒に暮らしていた時期があります」

「……」

 俺をお世話してくれる人――義父さんと義母さんのことだ。どうやら、彼らと会ったのは母さんが『博麗の巫女』を止め、外の世界に来てからのことだったらしい。いや、今はそんなことよりも霊夢の方が大切だ。何か、忘れているような気がする。とても大切な、何かを。でも、それが何だったのか。何も思い出せない。思い出したいのに思い出せないのがもどかしく、心がざわつく。

「……そうですね。母親らしく、最初で最後のお節介を焼きましょうか。いえ、響……考え方を変えましょう。思い出せないということは、その記憶が欠落していると言い換えられます」

「欠落……あっ」

 記憶の欠落。それは記憶に穴が開いていることに他ならない。そして、穴が開いているのなら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それに気づいた後は早かった。

 額に汗を滲ませ、衰弱した母さんが生まれた直後の俺を見て微笑みながら涙を流す姿。

 ずっと放置されていたせいで荒れ放題だった外の世界の博麗神社を幼い俺を負んぶしながら掃除している最中、若い男女――義父さんと義母さんが連れ立って参拝に来た時のこと。

 翠炎で燃やされた過去の俺(キョウ)の旅の記憶。桔梗との大切な想い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――キョウちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺と同じくらいの女の子と交わした大事な約束。

「……………そっか。そうだったのか」

 ああ、やっとわかった。少し前からこの胸を燻ぶる感情の正体。忘れていてもなお、この心に残り続けた想い。今なら、やっと言葉にできる。この想いに名前を付けられる。

「……ふふ、いい顔になりましたね、響。さて、そろそろ時間が来てしまったようです」

 その言葉で彼女の方を見れば桔梗と同じように白い光がその体から漏れている。彼女も桔梗と同じように消えようとしていた。

「母さん!」

「もう……そんな泣きそうな顔をして、無礼ではありますが私との別れを惜しんでくれていることに喜びを覚えてしまいます」

「そりゃ、そうだろ! だって、母さんなんだから……」

「……そうですね、私はあなたの母親であり、あなたは私の息子です。だから……あなたに伝えなくてはならないことがあります」

 どこか儚げに笑った母さんは光が漏れ続けている右手で俺の左頬に触れた。すでに彼女の体は透け始めている。それでもその手には心が落ち着くようなぬくもりが存在していた。

「あなたにはまだやるべきことが残っています」

「やるべき、こと?」

「ええ……詳しく説明する時間がありませんので最期の一言で察してください。必ず、この未来に辿り着いてくださいね」

「ちょ、待っ――」

 俺の頬から手を離し、数歩だけ後ずさった母さん。まだ伝えたいことがたくさんある。それを全て伝えられなくともきちんとした別れの言葉を言いたい。そう思い、咄嗟に手を伸ばすが俺の手が触れる前に母さんは笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また会いましょう(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さ――」

 そう言って、俺の実の『母親』であり、ずっと支えてくれた『先々代博麗の巫女』、『博麗 霊魔』の残留意志は消滅し、それと同時に真っ白な魂の部屋が崩壊を始め、俺の意識はそこでぷっつりと途切れてしまった。



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第498話 彼女との決まり事

 深い、深い海の底からゆっくりと浮き上がる感覚。真っ暗な深海から浮上したことで海面に注ぐ光が目に届くように少しずつ、少しずつ意識が戻っていく。どれほど俺は深い眠りに落ちていたのだろう。それが微睡みの中、まともに働かない思考回路が導き出した感想だった。

「……」

 そして、やっと自分が目を覚ましたと自覚した頃になって自然と目を開けていたことに気づいた。今まで目を開けていたことに気づかなかったのは寝ぼけていたからではない。目を開けていても目の前に広がっていたのが闇だったからである。部屋が暗かった? いや、俺はこれでも吸血鬼の血が混じっている。夜目は一般人よりも効く方だ。むしろ、目を閉じていても景色は見えずとも網膜は瞼に当たる光を感知する。だから、闇しかないことが不自然。

(ああ……そうか……)

 そこで俺の目は――視神経は光を感じ取れないほど鈍らされたことを思い出した。また、望や悟から受け取った能力のことも。

 視力が弱い人が眼鏡を掛けるようにすぐに両目に地力を注ぎ、『穴を見つける程度の能力』と『暗闇の中でも光が視える程度の能力』を発動する。すると、目は見えていないのにしっかりと博麗神社の天井が視えた。どうやら、俺は博麗神社の一室に寝かされているらしい。しかし、万屋の仕事で幻想郷に泊まることになった時は霊夢の許可をもらって博麗神社の客間を借りているがその天井ではない。前までなら天井の些細な違いに気づかなかっただろうが、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』はそれすらも視つけてしまう。なにより、この天井に俺は見覚えがない(ある)

「……」

 見覚えがないはずなのに、妙な既視感といえばいいのだろうか。いや、それも違う。俺は確かにこの天井を知っている。今のように朝、目が覚めた時に何度もこの天井を見ていた。

 ああ、そうだ。俺はこの部屋で寝ていた。今なら全てを思い出せる。忘れてしまったからこそ、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』が見つけてくれる。

 母さんが『博麗の巫女』を剥奪され、外の世界に追い出された際、紫から宛がわれた家が外の世界の博麗神社である。もちろん、幼子であった俺も母さんと共に外の世界の博麗神社に住んでいた。その時にこの部屋を寝室として使っていたのだ。

 そして、過去の俺(キョウ)が『時空を飛び越える程度の能力』の暴走によって旅をした時、外の世界の博麗神社を訪れた際、霊夢と霊奈と一緒に寝ていたのもこの部屋。

 翠炎に過去の記憶を燃やし尽くされてしまった俺でなくても、普通の人間であれば赤子の時の記憶はない。しかし、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』は翠炎に燃やし尽くされた過去の記憶だけでなく、赤子の時の記憶も一緒に視つけた。今の俺は『時任 響』がこの世に産まれ落ちた瞬間の記憶すら覚えている。

 ただ、『薄紫色の星が浮かぶ瞳』で取り戻した記憶は『思い出した』というより『覚え直した』と言った方がいい。つまり、あの瞬間、俺は走馬灯のように欠如した記憶を体験した。だから、天井の些細な違いにも気づいた。

「……」

 なにより重要なのはこの部屋は霊夢が普段、寝室として使っていることだ。そんなところを俺が占拠していれば自然と霊夢が寝る場所がなくなる。客間も寝室も大きさはさほど変わらない。俺が泥のように眠っていたのだから望たちも外の世界に帰れず、博麗神社に泊まっていると思うがそれでも俺が寝室で寝る必要はないはずだ。

「すぅ……すぅ……」

 そんなことを考えていたが不意に近くから誰かの寝息が聞こえる。何だろうと首を動かそうとするが体はまるでコンクリートに埋められてしまったようにピクリとも動かない。この感覚は『ブースト』系のスペルを使った時のデメリットに似ている。それほど俺は無理をしていたのだ。魂構造は崩壊し、自分でもコントロールするのに苦労する『象徴を操る程度の能力』を暴走させ、更に能力を酷使。最後は力尽きて墜落死寸前まで陥ったのである。死んでないだけマシ、と言えるだろう。

 だが、これでは横を向くことすらできない。まぁ、隣で寝ている人には心当たりがある。もちろん、その根拠はない。何となく(・・・・)わかっただけ。しかし、今の俺にとってその何となく(・・・・)は心強い根拠となる。

「霊夢」

「……起きたのね」

 俺が声をかけると寝息は途切れ、隣から聞き慣れた――聞きたかった声が聞こえた。顔を動かせないが視線を感じるのできっと隣で寝ている彼女はこちらを見ているのだろう。

「……どうしたの?」

「後遺症で体が動かせないんだよ」

「そう」

「……っと」

 霊夢の疑問に答えると隣からグイっと頭を掴まれ、横を向けられる。そこには寝間着姿の霊夢がいた。背後にある襖から僅かに漏れる光がスポットライトのように彼女を照らしてどこか幻想的な印象を受ける。

「改めて、おはよう」

「ああ、おはよう」

 きっと、今の時刻は深夜だ。それでもこの場所で俺たちが最初に交わす言葉は『おはよう』。それが昔からの俺たちの暗黙のルール。約束。決まり事。それを霊夢もわかっていたからこそ『おはよう』と言ったのだろう。

「……どれくらい、寝てた?」

「丸三日。その間、どんなに揺すっても、叩いても起きなかったのよ?」

 そう言った彼女は安堵の溜息を吐き、優しく微笑んだ。溜息が出るほど俺のことを心配していたのだろう。それに何となく(・・・・)だが墜落死しそうな俺を助けてくれたのは彼女なのだと思った。いつだって霊夢は戦いが終わった後に一番に駆けつけてくれた。全力を尽くして今にも倒れそうな俺を支え『お疲れ様』と言って笑ってくれた。今回も彼女はもちろん、仲間たちに相当、心配をかけてしまったようだ。

「東は?」

「……消息不明。私があなたを博麗神社に運んでる間にどこかに行ってしまったわ」

 まるで他人事のように報告する霊夢。東の行方がわかっていないのに『博麗の巫女』である彼女がさほど焦っていないところをみるにやはり憎悪を全て取り除くことに成功したのだろう。今後、奴がどのような生き方をするのかわからないが少なくとも幻想郷を崩壊することはないはずだ。

「そうか」

「……ありがとう、響。私たちを助けてくれて」

 霊夢はどこか悲しげな表情を浮かべながら俺の頬に手を当て、お礼を言う。救われたのにどうしてそのような顔をするのだろうか。そんな疑問が浮かび、すぐに『薄紫色の星が浮かぶ瞳』がその疑問()を視つける。

 三日間も寝ていたのだ。東の手によって地力を奪われていた幻想郷の住人たちもそれなりに体調も戻っている。そして、今回の異変に関して調査を始めたはずだ。特に幻想郷が崩壊寸前だったこともあり、紫は念入りに調べるだろう。もちろん、その調査には俺と東との戦いも含まれている。俺が失ったものについても、きっと。

「気にすんなって。お前たちが無事で本当によかった」

「よく、ないわよ……だって、あなたは視力を失って……大切な人も……」

 『博麗の巫女』である彼女は鋭い直感を持っている。だから、俺が『視神経が鈍った』という矛盾を翠炎で燃やすつもりがないことも何となく(・・・・)わかっているのだ。

 確かに翠炎を使えば俺の目は治せるだろう。しかし、俺が視力を失ったのは望と悟から能力を貰う前だ。もし、翠炎で燃やしてしまったら『穴を見つける程度の能力』も『暗闇の中で光を失う程度の能力』も燃やされてしまう。ドグの能力を利用して能力を望たちに返すことも考えたが、予想以上に俺と二つの能力は相性が良く、ドグの能力で切り離そうとすれば何かしらの影響が出るレベルだ。それに、それを抜きにしても死んでいたかもしれないのに二人が俺を信じて託してくれた能力をなかったことになんてしたくはなかった。

「視力は能力のおかげで何とかなるし……リョウと桔梗が死んだのは俺は弱かったからだ。お前が気に病むことなんて――」

「――気に病むに、決まってるでしょう」

 俺の言葉を遮るように言った霊夢はどこか怒ったように俺を睨む。過去の俺(キョウ)が霊夢たちと一緒の部屋で寝ていた時、決まって俺と霊夢の間には桔梗が寝ていたので今よりも彼女との距離は離れていた。だから、これほど至近距離で彼女から睨まれた経験はなく、少しばかり背筋が凍り付くと同時に場違いな胸の高鳴りを覚えた。



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第499話 小さな鼓動

「東の目的はあなたではなく、幻想郷だった。きっと、あのまま外の世界にいれば東はあなたに危害を加えることはなかった。でも、あなたはそれを知りながらもここを……私たちを守るためにわざわざ危険を冒してここに駆けつけてくれた。それで……あなただけ、たくさんのものを失って……気にしないわけ、ないじゃない」

 言葉の最後は聞き取ることも難しいほど掠れており、霊夢は俺を睨みつけていた目を伏せる。俺たちがここに来た時、実際に会ったのは霊夢だけだ。それに彼女とは俺の視力が奪われた後、言葉を交わしている。彼女は意識も朦朧としていただろうがこの様子ではその時の記憶はあるらしい。

「……なぁ、霊夢」

 自分でも驚くほど優しい声が出た。霊夢も目を丸くして顔を上げ、俺と目が合う。いつも怠そうに境内の掃除をしている彼女とのギャップに思わず、破顔してしまった。それが気に喰わなかったのか、霊夢はプイっとそっぽを向いてしまう。

「確かに……俺は失明したし、リョウも、桔梗も殺された。他にも雅は右腕を失った。奏楽はいつ目覚めるかわからない眠りについた。望と悟の能力を奪って……他の皆もたくさん傷ついた」

「……」

「でも……それでも、俺は――俺たちはきっと後悔しない。『こうしておけば』と自分の未熟さを呪うかもしれないけれど『あんなことしなければよかった』とは思わない。自分の取った行動を嘆いたりしない」

 今までの戦いはただ巻き込まれただけだった。狂気異変も、魂喰異変も、ドグに能力を封じられたのも、氷河異変も、ガドラとの戦いも、地底での戦いも、リョウとの決着も、母校の文化祭の戦いも俺や仲間が狙われ、それを守るために戦った。戦う以外の手段がなかった。気づいた時には戦わされていた。

 でも、今回は違う。十分、考える時間があった。何度も自問自答を繰り返し、皆と話し合って決めた。自らの意志で戦うことを選んだ。

「俺がここに来てまだ数年しか経ってないけれど……もう、ここは……霊夢たちは俺にとって危険を冒してでも守りたい存在なんだ。言っただろう、俺の覚悟は『皆で生き残る覚悟』だって。その皆の中にお前たちがいる。それだけで戦う理由になるんだ」

 だから、俺はここにいる。

「……そう」

 霊夢は小さくそう言った後、こちらに近寄り、俺の胸に顔を埋めた。鼻をすする音は聞こえないので泣いているわけではないらしい。でも、胸から伝わる彼女のぬくもりがとても愛おしく感じる。ああ、俺は守ることができたのだ。今、やっとそう実感することができた。

「響」

「……ん?」

 どれほどそうしていただろうか。俺は体が動かせないので霊夢の好きにさせるしかなく、ただ彼女のぬくもりを感じていたが、満足したのか不意に彼女が顔を離し、下から見上げるように俺の方を見た。その上目遣いに思わずドキッとしてしまったが硬直せずに何とか反応してみせる。

「……あなたに渡す物があるの」

「渡す物?」

「ええ、あなたを博麗神社に届けた後、東を捕まえるためにあの土地に戻ったの。その時にはすでに東はいなくて……代わりにそれが」

「……え」

 そう言って彼女は布団の中でごそごそと身じろぎし、何かを取り出した。それを見た俺は掠れた声を漏らしてしまう。

「な、んで……それ、が……」

「あの場所でこんな綺麗な物が落ちてるのは変だったから……響の物だと思って持ってきたんだけど、違った?」

 霊夢の手には蒼い珠があった。ビー玉よりも二回りほど大きく、皹一つない綺麗な球体(・・・・・・・・・・)。ああ、間違いない。これは――桔梗の心臓(コア)だ。

 だが、桔梗の心臓(コア)は東の攻撃に耐え切れず、俺の目の前で壊れたはず。修復不可能な皹が入り、もう彼女とは出会えないはずなのだ。

「霊夢……それを、持たせてくれないか」

「え、ええ……はい」

 俺の様子がおかしいことに気づいたのか、霊夢は戸惑いながらも俺の右手を布団から引っ張り出し、桔梗の心臓(コア)を手の上に乗せた。言うことの聞かない体に鞭を打ち、何とかそれを握りしめる。その瞬間、切れていたパスが桔梗の心臓(コア)と繋がり、蒼い球体は仄かに輝いた。その仄かな光は何度も優しく瞬き、まるで『ここにいますよ』と必死に訴えているようだった。

(機能が、生きてる……桔梗は、生きてる)

 しかし、どうして治った? 基本、翠炎は魂の宿る存在しか燃やせない。桔梗の魂は残留意志も含め、すでにこの世にはなく、白紙効果(リザレクション)は不可能。じゃあ、何故――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――黄泉、石」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が桔梗と旅をしていた時、途中で『香霖堂』を訪れた。その際、桔梗が店の商品を手当たり次第に食べてしまったため、弁償するためにバイトのようなことをしていたが、その時に桔梗が食べた商品の中に『黄泉石』というものがあった。バイトをしていた上、桔梗が食べた商品の数も多く、一つ一つ効果を聞いている時間がなかった。そのため、『黄泉石』に関しては名前しか知らなかったが俺の疑問()に『薄紫色の星が浮かぶ瞳』が反応し、見せた答えだ。きっと、この『黄泉石』が桔梗の魂をあの世からこの世に引き戻したのだろう。

 本来であれば『黄泉石』はそういった言い伝えのある、ただの石なのだろう。そうでなければもっと『黄泉石』は有名であり、外の世界で忘れられず、幻想郷に流れてこないはずだ。

 だが、たとえ、言い伝えしかない何の変哲もないただの石だったとしてもたったそれだけで『象徴を操る程度の能力』が反応して能力となる。

(でも……引き戻したとしても彼女の魂を受け止める(コア)は破壊されていた。心臓(コア)の皹が修復された理由には……ッ!)

 ああ、そうだ。霊夢も言っていたではないか、桔梗の心臓(コア)はあの土地――『死の大地』にあった、と。あの時、俺は『象徴を操る程度の能力』の効果を最大限まで引き上げるために『死の大地』に『二重五芒星結界』を展開した。『二重五芒星結界』を利用した『援護の結界』は初めて使ったが、その術式と使い方は『薄紫色の星が浮かぶ瞳』が教えてくれたのだ。

 もし、その『二重五芒星結界』の範囲内に桔梗の心臓(コア)があったとして、俺が展開した『二重五芒星結界』の影響を受けたとしたら――その能力が強化され、桔梗の魂を黄泉の世界から現世へ引き戻すだけでなく、『黄泉返り』が発動した。

「じゃあ……本当に、桔梗は……」

「桔梗……それって、まさか……」

 桔梗の心臓(コア)が無事ならば体さえあればいつでも彼女と再会することができる。俺はまた桔梗に、会える。体を作るのに、それなりの時間を要するが、それでもまた彼女の笑顔を見ることができる。

「ぁ……」

 俺の右手に握られた蒼い球体が再び短く輝く。それも何度も、一定のリズムで――それはまさに人間の鼓動とそっくりだった。

「桔梗……」

 この戦いで俺は色々な物を失った。仲間を傷つけた。自分の不甲斐なさに嫌気がさした。

 ああ、でも、もう取り戻せないと思っていたものが、今、この手の中にある。俺は桔梗の心臓(コア)を胸に押し付けるように抱き、そっと涙を零す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――マスター、いつまでも待っていますからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 手の中にある蒼い珠からそんな優しいあの子の声が聞こえたような気がした。

 




次回、最終話……の予定。


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第500話 未来へ導く旅路

 一体、どれほど時間が経ったのだろう。この部屋には時計もなく、寝起きに比べたら多少、体も動くようになったがスキホを取り出すのはまだ難しい。しかし、眠ろうにもすっかり眠気は吹き飛んでいたため、霊夢と何のとりとめのない話をしていた。

 丸3日も寝ていた俺はともかく、今は深夜だ。どこか嬉しそうに話す霊夢を注意深く見れば少しばかり眠そうにしている。それでも彼女は話すのを止めない。

 母さんの残留意志から話を聞いた俺はもちろんだが、霊夢も『博麗の巫女』特有の直感を持っている。だから、何となく(・・・・)わかっているのだろう。

「――ねぇ、聞いてる?」

「……ああ、聞いてるよ」

「なら、私が何言ってたか話してみて」

「……」

「……もう」

 問いに答えられなかった俺に霊夢は苦笑を浮かべる。そして、そのままいつかのように横になっている俺たちの間に置かれた桔梗の心臓(コア)に目を向けた。

「桔梗の心臓(コア)が私たちの会話に反応するみたいにずっと光ってるのよ」

「実際に反応してるんだよ。体はなくてもパスは俺と繋がってるから俺を通じて外の様子がわかるんだ」

 その言葉に頷くように『その通りです!』と桔梗の心臓(コア)が先ほどよりも強い光を放った。それを見た霊夢は微笑ましそうに笑みを零す。

「……ねぇ、桔梗の体はどれくらいでできそうなの?」

「わからない。少なくとも年単位にはなるだろうけど」

 過去の俺(・・・・)はアリスに教えてもらった通りに桔梗を作ったため、今の俺も人形に関してさほど詳しいわけじゃない。それこそ心臓(コア)が無事なら体がいくら破損しても元通りにできる程度しか知らないのだ。だから、これから人形について勉強するところから始まる。それに加え、桔梗は完全自立型人形。特殊な人形な上、素材を食べ、体を改造していたので体を作ったとしてもきちんと桔梗の心臓(コア)が適応するかわからないのだ。

「そう……なら、これからアリスに人形について教わるの? あ、でも紅魔館の図書館なら人形に関する本もたくさん……響?」

 顔に出してしまったのだろう、話しながら桔梗の心臓(コア)からこちらの方を見た霊夢は不思議そうに俺を見つめる。隠すつもりはなかった。きちんと話すつもりではいた。だが、いきなりだったせいで隠し事がばれてしまった子供のようにどこか罰が悪くなり、視線を逸らしてしまう。

「……まさか、まだ終わってないの?」

「……」

「だって、東のことは解決したし、桔梗とも再会できるようになって……これ以上、何があるのよ。また、あなたは傷つくの?」

 勘のいい霊夢はたったそれだけで気づいたのか、どこか訴えるように俺の袖を引っ張りながら震える声で言葉を零す。こうなることはわかっていたがやはり彼女の悲しい顔を見ると胸が締め付けられた。

「命の危険はない。誰かと戦うわけじゃないから」

「なら、どうしてそんな今にも壊れてしまいそうなほど苦しげな顔してるのよ……心だって見えなくても傷つくのはあなただって知ってるでしょう」

 ああ、わかっている。それこそ俺の目が失明したのはリョウが目の前で殺されたことで心が傷つき、その傷口()を突かれたのだから。

「それでも、やらなきゃならないんだ」

 それが母さんの言っていた『俺がやるべきこと』。

 そもそも最初からおかしかったのだ。母さんの話では俺の通ってきたのは呼吸のリズムが少しでも狂った時点で地獄に落ちてしまうほどの修羅の道だった。そんな道を直感(未来予知)を持つ母さんの手助けや、母さんから受け継いだ『博麗の巫女』特有の直感があったとしても通り抜けられるのはほぼ不可能に近い。ましてや、母さんは俺の魂の部屋から出られず、俺自身、『博麗の巫女』特有の直感を持っているとは知らなかった。そんな状態で修羅の道を歩けるわけがない。

 だが、俺は修羅の道を歩き切った。母さんが望んだ未来に辿り着いた。

 じゃあ、何故、絶対に不可能なはずの修羅の道を渡り切れたのか。

 それはもちろん、第三者の介入(・・・・・・)である。そう、俺や母さん以外の誰かがずっとフォローしていたのである。それも俺がいつ、どこで、どんな行動を取るのか把握できる上、母さんの直感(未来予知)のような能力がなければフォローできないだろう。

 では、問題のその第三者は誰なのか。その答えは母さんの残留意志が遺した最期の言葉が全てを物語っている。

 

 

 

 

 

 

 ――また会いましょう。

 

 

 

 

 

 母さんは確かにそう言った。消える寸前に再会を約束したのだ。もう、会えるわけがないのに。それでも母さんの言葉を信じるならば――きっと、そういうことなのだろう。

「他の誰かが代わりにやるのは駄目なの? もしくは頼るとか……」

 どこか縋るように問いかけてくる霊夢。それに対して俺は目を伏せながら微かに首を横に振った。

「ああ、俺がやらなきゃ駄目なんだ」

「だって、あなたには心強い仲間も、私だって何か手伝える――」

 

 

 

 

 

 

「――れいちゃん」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 それでも食い下がろうとする霊夢を俺は不意を突くようにあえてそう呼んだ。彼女は目を大きく見開き、掠れた声を漏らす。呼ばれ慣れないあだ名を耳にして驚いたわけではなく、決して呼ばれるわけがないあだ名で呼ばれたから彼女は驚いたのだ。

「どうして、それを……だって、あなたは……」

「記憶の欠如。それを能力で視つけたら全部、思い出したんだ。過去の俺(キョウ)の旅路も、幼い頃の摩耗した想い出も」

「ッ!?」

 俺の言葉を聞いて霊夢は言葉を失った。そして、溢れるように彼女の目から涙が流れる。あまりにも自然に流れたため、狼狽えることもできなかった。

「ぁ……ぇ……」

「そんなに、驚くことか?」

「驚くに、決まってるじゃない……私はすぐにあなただって気づいたのに、あなたはずっと気づかなくて……」

「それは……すまん。でも、よく気づいたな」

 想えば俺が『ネクロファンタジア』を聞いて幻想郷に迷い込み、色々あって博麗神社で目を覚ました後、霊夢も最初は俺のことを女だと思っていたのか『貴女』と呼んでいたが俺の名前を聞いた後、『貴方』になっていた。過去の俺(キョウ)と出会った時は『時任 響』だったが、笠崎が過去の俺(キョウ)を『音無 響』と呼んでいたことを覚えていたのだろう。

「気づくに決まってるじゃない……私が覚えてる最初の記憶からあなたがいるんだもの」

 霊夢は元々外の世界出身であり、霊夢に『博麗の巫女』の素質があると判明すると紫は母さんに修行をつけさせようとした。しかし、当時の霊夢はあまりに幼すぎた。そのため、『博麗の巫女』の修行を始めるにはまだ早いと判断した母さんはそれを拒否。それならばと霊夢が孤児だったこともあり、紫は霊夢が修行できるまで母さんに霊夢を預けることにしたのだ。もちろん、当時は俺も博麗神社に住んでいた上、年も近かったため、俺と霊夢はすぐに仲良くなり、くっつくようにずっと一緒にいた。

「私もあなたが『きょうちゃん』だってわかったのは過去の俺(キョウ)が外の博麗神社に来た時よ」

「そうだったのか?」

「ええ、蔵の掃除をした時にアルバムが出てきてそれを見て思い出したの。さすがに事細かに覚えてるわけじゃないけど……その……」

 そこで霊夢はしどろもどろになり、何かを訴えるように俺を見る。言いたくても恥ずかしくて言えず、本音を隠した。そのせいで俺は本音()を視つけてしまう。

「……ああ、覚えてるよ。しっかり覚えてる」

 彼女が隠したのは幼かった俺たちが交わした『約束』について。もちろん、記憶の欠如を視つけた俺もしっかりと覚えていた。それを聞いた彼女は顔を真っ赤にして顔の下部分を布団の中に隠してしまう。そんな普段の彼女とはかけ離れた可愛らしい姿に思わず心臓が跳ねてしまうが表情に出さないように我慢。本当であればもっと一緒にいたかったが、もうそろそろ時間だ。

「……だから、ごめん。今はまだ約束、果たせそうにない」

「……それは、また離れ離れになるって、こと?」

「ああ。しばらく帰って来られない」

「……そう。あなたにしかできないこと、なのよね?」

 霊夢の質問に黙って頷いた。それに対し、何か言おうとしたのか口をパクパクと動かす彼女だったが、最後まで言葉は出ずに目を伏せてしまう。そして、どこかぎこちない笑みを浮かべた。

「わかったわ……待ってる。ずっと、待ってるから」

「……」

 ああ、霊夢ならそう言うと思っていた。たとえ俺が忘れていようともあの日の『約束』が果たされる日をずっと待ち続けた彼女ならばまた待つと言うだろう、と。

 でも、それが俺は嫌だった。ただでさえ何年も待たせた挙句、俺は今の今まで大切な『約束』を忘れていた薄情者だ。これ以上、霊夢に負担をかけるのは――彼女を悲しませるのは許せなかった。

 きっと、間違っているのは俺なのだろう。こんなことをしても誰も得しないし、むしろ、不幸にする。霊夢と話している間に魂の住人たちに相談したら全員から猛反対された。ああ、それほど今からやろうとしていることは正しくないことなのだ。

 だが、それでも俺は――やると決めた。霊夢のためではなく、薄情者である俺に対する罰として。

「霊夢」

「何?」

「ごめん……また、会おう」

「それって、どう、いう……」

 俺の眼を見ていた彼女は次第に呂律が回らなくなり、ストンと眠りに落ちる。その拍子にまた彼女の目から涙が零れた。それをまるで壊れ物を扱うように震える手で拭う。

「……全く、お前はバカだ」

「ええ、本当に……バカよ」

 そんな声は俺の頭上から聞こえた。そちらを見ると怒った表情を浮かべながら腕組みをする翠炎が立っていた。その隣には呆れたように顔を顰める吸血鬼。咲さんも外に出られるのだが、俺が今からやろうとしていることに怒り、部屋に引きこもってしまったのである。

「仕方ないだろ。本当にいつ終わるかわからないんだから」

「その瞳でもか?」

「穴は視つけられとしてもどれぐらいの深さがあるかまではわかる時とわからない時があるらしい」

「……ふん」

 俺の言葉が気に喰わなかったのか、翠炎は不機嫌そうに顔を背け、襖を開けた。その後、まだ動けない俺を吸血鬼が横抱きにし、博麗神社の縁側へと出る。もちろん、桔梗の心臓(コア)の回収も忘れない。

「……元気でな」

 最後にこちらに背を向けて眠る霊夢に声をかけ、翠炎と俺を抱えた吸血鬼は空高く飛翔する。望たちに挨拶できなかったのは残念だが、翠炎に頼んでメールを送っておけば問題ないだろう。外の世界に帰るのも紫がやってくれるはずだ。

「……この辺でいいかしら」

「ああ、大丈夫だ」

 眼下を見れば幻想郷全体を見渡せる高度で吸血鬼の言葉に頷き、翠炎にスキホを操作してもらい、PSPとヘッドフォンを出してもらう。それを取り付けていると心配そうに俺を見ている吸血鬼に気づいた。

「どうした?」

「……体調の方は?」

「体が動かないだけで地力も回復してる……それに、特に霊力の調子は今まで以上にいいんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「そっか」

 俺の言葉に僅かに顔を歪めた彼女は空を見上げる。そこには綺麗な三日月が浮かんでいた。しばらく三日月を眺めていたがそろそろ動こう。俺は弾幕ごっこに使うスペルカードではなく、仕事用のスペルカードを取り出した。

「プレインエイジア・懐かしき東方の血 ~ Old World『上白沢 慧音』」

 俺が着ていた服が慧音のそれに代わる。そして、そのまま息をするように『象徴を操る程度の能力』を起動させた。

象徴改変(シンボルアルターレイション)

 慧音の能力は人間の時、『歴史を食べる程度の能力』だ。しかし、この歴史を食べるというのは歴史そのものを『喰らうこと』ではなく、『なかったことにする』、『見えなくする』、『隠す』といった意味である。つまり、過去の出来事が消滅するのではなく、実際にあったことを他の人たちが認識できなくなるのだ。

 しかし、それでは意味がない。満月の日、ワーハクタク化した慧音なら俺が食べた歴史をサルベージできるだろうし、そもそも歴史とは何かに書き記した時に初めて『歴史』として機能するため、歴史書に頼らない長生きする妖怪たちには通用しない。

 だからこそ、慧音の能力を改変(アルターレイション)する。きっと、俺という歴史が残っていればこの後の活動に支障が出る。それに――。

 能力の改変が終わると慧音の服は消え、仕事着である高校の制服になっていた。きっと、能力の改変をした時点で慧音の象徴(能力)ではないと判断され、象徴(衣服)が消滅したのだろう。

「さぁ、行こう。この未来に辿り着くために」

 俺は傍にいる吸血鬼や翠炎、魂の中にいる住人たち、俺の手の中にいる桔梗に声をかけ、能力を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 そして、この瞬間、幻想郷から『音無 響』という存在は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とう……ほう?」

「そう、東方! 知ってる?」

 高校の制服を纏う二人が道を歩いている。片方はツンツン頭の元気のいい少年。そして、もう一人は艶のある黒髪をヘアゴムで一本にまとめた少女に見える少年。そんな二人が仲良く肩を並べて下校していた。

「映画?」

「違う!? 宝じゃねー! 方角の『方』だ!」

 ポニーテールの少年が首を傾げながら答えるとツンツン頭の少年が声を荒げて否定する。それを聞いた彼はもう一度思考し、思いついた回答を口にした。

「神起?」

「韓国人でもねーよ! projectだ! 東方project! シューティングゲームの!」

「知らん」

 どうやら、ツンツン頭の少年の言葉を理解できなかったらしく、ポニーテールの少年は不機嫌そうにため息を吐いた。

「そんな事言わずに! ほら、曲聞いてみろよ!」

「曲?」

「そう! 同人ゲームにしてはクオリティー高いんだよ」

 それでもツンツン頭の彼は諦めず、音楽プレイヤーを取り出しつつそう言った。どうやら、音楽を聴かせるつもりらしい。

「えっと……何にするかな~♪」

 嬉しそうに音楽プレイヤーを操作するツンツン頭の少年を見てポニーテールの少年はどこか引いたような表情を浮かべる。あれだけにやけた顔を見ればきっとほとんどの人がドン引きするだろう、

「よし! これだ! ネクロファンタジア!」

 どうやら曲が決まったらしくツンツン頭の少年はポニーテールの少年の耳にイヤホンを突っ込んだ。音楽プレイヤーの画面には『ネクロファンタジア』という文字が表示されていた。

「これ、本当に同人ゲームなのか?」

「おお!? お前も驚いているようだな!」

 しばらく音楽を聴いていたポニーテールの少年は先ほどとは打って変わり、驚いたように感想を漏らす。それを聞いたツンツン頭の少年も嬉しそうに笑みを零した。

「他にもオーエンとかマスパもいいぜ!」

「マジか!? 聞かせろ!」

 それから彼らは意気投合したように音楽を聴いては感想を言い合い、楽しそうに笑っていた。それは何も知らない、普通の高校生が浮かべる笑顔だった。

「……」

 ああ、そうだ。ここから全てが始まったのだ。この日、この時、この瞬間から何もかもが始まったのである。

 俺は前を歩く二人の背中を眺めながら思う。何も知らず、呑気に笑い合っている過去の俺を見て思わず微笑んでしまう。

 覚悟はいいか、『音無 響』。お前がこれから色々なことに巻き込まれる。

 傷つくこともある。

 死にそうにもなる。

 大切な物もたくさん失う。

 今すぐにでも抱きしめたい人を置いていく。

 でも、それ以上に楽しいことがある。

 かけがえのない仲間ができる。

 大切な人と再会できる。

 その道は険しく、苦しく、辛いだろう。

 けれど、大丈夫だ。すでにその道を歩き切れることを俺が証明している。

 だから、安心して前に進め。先を目指せ。この未来に辿り着け。

「……さて、そろそろ行くか」

 仲良く下校する二人を尻目に俺は周囲に人がいないことを確認し、右手を大きく振り下ろす。すると、空間が裂け、白い光がその空間の裂け目から漏れた。

「やることは山積みだ、気張っていこう……ん?」

 誰に聞かせるわけでもなく――ただ、気合を入れるためにそう言った後、俺は空間の裂け目へと飛び込もうとした時だった。遠いところで甲高いブレーキ音と共に何かがぶつかる音が聞こえる。そちらを見ると慌ててその場を離れる車と道路の真ん中で血だらけになって倒れた一匹の猫がいた。どうやら車が突然飛び出した猫を轢いてしまったらしい。周囲に人がいなかったため、急いで倒れている猫の元へと駆け寄る。

「これは……」

 ほぼ全身が血によって赤く染まっているが、一部白い毛が見えた。きっと、綺麗な白猫だったのだろう。まだ微かに息はあるが時間の問題だ。このまま何もしなければ――いや、たとえ今すぐに動物病院に駆け込んでもこの猫は死んでしまう。

「……そういうことか」

 『薄紫色の星が浮かぶ瞳』と魂の中で『猫』が大騒ぎしていることから色々と察した俺は翠炎のナイフを作り出し、瀕死の猫に突き刺す。翠の優しい炎が猫の矛盾()を焼き尽くした。いきなり痛みがなくなった猫は不思議そうに体を起こし、俺の方を見上げる。

「頼む。力を貸してくれないか?」

 俺が肩膝を付いてそう言うと今の段階では普通の野良猫であるはずの彼女はまるで了承したように頷いた。そして、俺が立ち上がると猫は俺の体を駆け上り、肩に乗ってくる。どうも、この猫は俺が出会う前から妖怪になりかけていたらしい。

「じゃあ、改めて行くか」

 予定とは違ったが同行者――同行猫が増えた俺は再びあの空間の裂け目に視線を向け、歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、『音無 響』を未来へと導く旅の始まりだ。

 








『東方楽曲伝』を投稿して早8年。
この500話をもって完結です。


ここまで読んでくださったみなさまには感謝してもし切れないです。


最終章のあとがきの投稿は約1週間の2月16日(日)を予定しています。

ですが、その前に一つだけ宣伝を、ば。


2月9日(日)、2月15日(土)にニコニコ動画にて私の生放送コミュで『東方楽曲伝』完結記念生放送をする予定です。

最終章に関することもそうですが、そこで来てくれた方からいただいた質問も生放送で答えるのはもちろん、最終章のあとがきで解説しようかと思います。
きっと、ここまで読んでて色々な疑問もあったと思いますが、もし、お暇でしたら完結記念生放送に遊びにきて、コメントで質問してくれたら幸いです。
また、質問だけじゃなく、東方楽曲伝の裏話なんかも話せたらいいなと思っています。


2月9日(日)、2月15日(土)ともに夜21時から始める予定です。
URLは下記に貼っておきますのでぜひみなさん、気軽に遊びに来てください。
なお、作者の地声は無理という方にはお勧めしませんのでご了承ください。



では、生放送に遊びに来てくれる方はそこで。
他の方は最終章のあとがきでお会いしましょう!


『東方楽曲伝』を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!



生放送コミュ:https://com.nicovideo.jp/community/co1396379?_topic=live_user_program_onairs


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最終章 あとがき

皆さん、こんにちは。hossiflanです。

東方楽曲伝最終章改め、完結まで読んでいただき誠にありがとうございます。

8年にも及ぶ連載の末、とうとうこの小説を完結させることができました。

これも皆さんの応援のおかげでございます。本当にありがとうございました。

最終章の文字数は約30万字、第9章でここまで長くならないと言っておきながらほぼ同じくらいの長さになってしまいましたね。本当にここまで長かったです。

そして、総文字数ですが、約175万字……ライトノベル換算でだいたい17巻ちょっとという感じでしょうか。改めて見ると本当に長い小説になりました。

では、まずは最終章の解説をしていきたいと思います。

完結したということもあり、『東方楽曲伝』のネタバレを含みますのでまだ読んでいない方はブラウザバックを推奨します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・東について

 

『東方楽曲伝』のラスボス、『東 幸助』について解説していきましょう。

作中でもありましたが、彼は『死に戻り』を繰り返しながら少しずつ情報を集め、幻想郷を崩壊させようと企てていました。

しかし、何度も『死に戻り』していた中、『音無 響』という人物に何度も邪魔されており、最初から響さんを警戒していました。だからこそ、最初に響さんが幻想入りした時に望から通報を受けて家に調査しに来た次第です。彼の『神経を鈍らせる程度の能力』があれば響さんの家に行くことも難しくないでしょうし。

ですが、今までの世界線では女だったはずの『音無 響』は男であり、彼は大変驚いていました。第1章の序盤のお話で何度も響が男だと確認していたのはそのせいでもあります。

そのせいで調査はやり直し。東はまた『音無 響』について調べる羽目になりました。第4章でタロットカードを渡したのも『象徴を操る程度の能力』があるか調べるためでもありました。

もちろん、東自身も響さんが男になった影響でどれだけ今までと展開が変わるかわかりませんでした。しかし、彼には『死に戻り』があるので『今回で駄目だったら次があるさ』といった感じで作戦を決行。むしろ、男になった影響を調べるつもりで笠崎が作り遺した装置を使って幻想郷へ。いきなり幻想郷に現れた東を警戒して近づいてきた紫を能力で篭絡し、少しずつ例のネックレスを幻想郷の住人に配りながら、響さんに対するネガティブキャンペーン――つまり、酷評を広めていき、幻想郷から響さんの味方を排除していきました。

結局、響さんの『象徴を操る程度の能力』で復讐心を掻き消され、敗北。霊夢も言っていましたが、今どこにいるかは誰にもわかりません。

正直、東に関してはこれぐらいしか言うことがありません。まぁ、作中に出てきたことをまとめただけですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・霊魔について

とうとう明らかになった響さんを産んだ実の母親。ずっと『レマ』として響さんの傍で見守っていた女性です。

『レマ』の正体は響さんの本能力レベルで秘匿していた秘密でしたが、数人の読者様に暴かれました。私としては本編を読んでいて『レマ』=『霊魔』=『実の母親』がわかるように書けていたと安心しました。本当に行間まで読んでいないとわからないようになっていたようでほとんどの方に見破られなかったのも狙い通りで嬉しかったり。

彼女は未来予知にも似た『博麗の巫女』特有の直感を持っており、それで響さんの未来を視てその未来を視てみたいと願い、響さんを産む覚悟を決めました。

しかし、その道は彼女の視たそれよりも酷いものへと変貌し、よりよい未来に辿り着く可能性が増えたことに喜ぶ半面、今回のようにまた未来が変わり、響さんを地獄へ叩き落としてしまうかもしれないという恐怖心に震えていました。

それでも響さんは修羅の道を駆け抜け、彼女が見た未来へと辿り着くことができました。

因みにどれくらいやばい修羅の道だったかと言いますと、たとえば朝起きた時、最初に床に付ける足は右か、左か、という場面で左ならよりよい未来に、右なら地獄に。また、朝、欠伸をするタイミングがワンテンポ遅れただけで地獄に、という感じです。つまり、『朝、最初に床に付けた足は左』の世界と『朝、最初に床に付けた足は右』の世界で辿り着く未来が大きく変わる、みたいなレベルです。それこそ、今の響さんがあるのは前記のような何気ない選択肢を一つも間違えることなく正解を選び、指定されたタイミングで特定の動作ができたからです。もし、選択肢や動作が少しでも違えば今の響さんにならない――そう、この未来に辿り着いた響さんは並行世界を含めてこの響さんしかいません。『たられば』すら許されない修羅の道です。

そんな道を強制的に歩ませたからこそ霊魔は罪悪感に苛まれ、謝罪しました。それに加え、後記しますが、過去の響さんをフォローするために時空を飛び越えた響さん――二週目の響さんに惨いことを強制させることも含めて謝っています。その惨いことは『二週目について』で語るとしましょう。

霊魔は『援護の結界』を得意とし、作中では足元に展開した五芒星結界をタイミングよく踏み抜くことでバフをかけています。これも未来予知に似た直感があるからこそできる芸当であり、ギリギリ『薄紫色の星が浮かぶ瞳』を使えば響さんが真似することができるレベルです。それでも霊魔ほどのバフはかけられないでしょう。

霊魔さんに関する解説は以上でしょうか? 彼女は本当に特別な存在で正直な話、ここでは語り切れません。詳しく知りたい方はメッセ、もしくは私の生放送に直接来て質問していただければ、お答えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・本能力について

響さんの本能力――『象徴を操る程度の能力』は最終章まで秘匿されていた秘密です。一応、作中でもヒントはいくつか出てきていましたが、なかなか当てるのは難しかったと思います。

因みに『象徴』という言葉は本能力が判明するまで作中にたった一度だけ、第2章第48話に登場しています。

本能力に関しては本編に出てきた通り、影響を受けやすく、派生能力が生まれます。もちろん、本能力をそのまま使用できますが、地力を大きく消費するほど強力な能力でした。タロットカードも本能力をそのまま使用した例であり、あの時はドグによって仲間とのリンクを切られていたからこそ霊力が溢れたから使えました。

他の効果は本編に出てきた通りなのでここでの解説は省きます。正直、こちらも説明しようとしたらいつまで経っても終わらないので質問があればメッセか生放送で教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・二週目について

最終章最終話で響さんが過去の自分と悟を眺めているシーンですが、実はあのシーンは第1話のシーンです。第1話にも下校する二人を誰かが見ていますが、それは二週目の響さんでした。第1話の伏線を最終話で回収できてホッと一安心です。

また、あの時、事故にあった猫ですが、地底で魂の住人の仲間になった『猫』だったりします。あの後、1週目の響さんをフォローしながら、地底での戦いの最中、こいしに『猫』を託していました。だからこそ、あの時の『猫』は初対面であるはずの響さんに対して『響のためなら何でもする』と言っています。

また、『象徴を操る程度の能力』で慧音の能力を改造しましたが、響さんは『幻想郷から自分の存在』を食べました。そのため、現在はもちろん、過去も未来も響さんが『自分の存在』を元に戻さない限り、幻想郷内で二週目の響さんを認識することはできません。言ってしまえば二週目の響さんは幻想郷内では常に存在しない存在であり、話すことはできますが少しでも目を離せばその瞬間、会ったことはもちろん、話したこと、会ったという事実すらその人の記憶から消えてしまいます。しかし、話した内容は『響さんの存在』とは別なのでその人の記憶には残っており、違和感を覚えることすらできません。

そのため、こいしが『猫』を連れてきた時、二週目の響さんの話はできず、なんで自分が『猫』を連れているのか、という疑問すら持てませんでした。また、序章第3話の紫も途中で響さんが男だと気づいているシーン――『貴女』から『貴方』と呼び方が変わっているのは二週目の響さんが『音無 響』は男であると紫に教えたためです。

そして、『霊魔について』で言った惨いことですが……響さんの心の中に『レマ』の精神を送り込む際、『レマ』一人ではできないため、協力者がいたはずだ、と作中で響さんは考えていましたが、その協力者こそ、二週目の響さんです。つまり、霊魔の残留意志が『また会いましょう』と言ったのは霊魔をキョウさんの心へ送るときに会うからです。また、その直前のシーンが最終章第420話の冒頭シーンです。ここは幼い霊夢に霊魔と響さんの関係――親子だとばれないように暗示をかけているシーンなのですが、その後、別の部屋で術式を組んでいた男を話しています。それが二週目の響さんです。そう、霊魔は残留意志になる前に……まだ肉体がある時に最良の未来に辿り着いた響さんの背中を見て涙を流しています。しかし、二週目の響さんが目の前に現れたからといって一週目の響さんが本当にその未来に辿り着くかわからなかったので霊魔は最期の最後まで全力で響さんのサポートをしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解説はこの辺で終わりましょうか。繰り返しになりますがここに書いたこと以外で質問があればメッセか生放送でお願いします。

では、ここからは先日行いました記念生放送で実際にリスナーさんからいただいた質問を紹介します。

 

 

 

 

 

〇本能力ありきで物語を立てたのですか?

 最初は決めていませんでしたが、第一話を投稿した時点でストックが30話あり、なおかつ第2章第48話の時点でたった一度だけ『象徴』という言葉を使っています。そのため、かなり初期の時点で本能力は決まっていました。

 

 

 

 

 

〇狂気を翠炎に変わるというのは最初に決めていましたか?

 生放送中に過去の私がネタを書き記したメモ帳が出て来まして、そこで確認した結果、第2章プロット時にはすでに狂気が炎になることは決まっていました。メモ帳にしっかり『狂気→炎』と書いており、雅編のところに『炎吸収』と一筆がありました。ですが、『翠炎』とは書いていなかったのでどんな炎になるかまでは決まっていなかったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

〇様々なキャラが登場しますが、没になったキャラや当初考えていなかったキャラはいますか?

 没になったキャラはいませんが、リーマは当初、式神になる予定はありませんでした。また、魂の残骸もあそこまで自我を持たせるつもりはなかったのですが、書いているうちにどんどん気持ちが溢れてしまい、あのキャラになった感じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

〇出そうと思ってた東方キャラは他にいましたか?

 宮古芳香編を書こうと思っていましたが、長すぎるあまり断念しました。なので、それを書けなかったのがちょっと残念です。

 

 

 

 

 

 

 

〇東方楽曲伝はどのくらいの連載期間で完結しようと思っていましたか?

 具体的な期間は決めていませんでしたが、ぶっちゃけた話、滅茶苦茶長くて、『いつ終わるんだろう?』、『本当に完結できるのか?』と思っていた時期もありました。

 

 

 

 

 

 

〇桔梗の変形の種類は決まっていましたか?

 【薬草】と【ワイヤー】以外はほぼ設定も決まっていました。ただ【翼】に後から追加された銃弾は最初の予定にはなかった追加効果です。

 

 

 

 

 

 

〇能力に没はありましたか?

 基本的に能力は没にはしませんでした。ただ、完全に裏話ですが、実は最初に思いついた能力は雅の『炭素を操る程度の能力』だったりします。それこそ『東方楽曲伝』を書き始める前の設定を考える段階ですでにありました。

 

 

 

 

 

 

〇名前はどんな感じで決めましたか?

 これは意外だと思われますが、ほとんどの登場人物の名前は響きや字面で適当に付けました。それこそ『音無 響』という名前も何も考えずに響きだけで決めたレベルです。つまり、『音無 響』という名前は執筆段階で本能力を含めた響さんの能力を基に考えられたものではなく、主人公の名前が『音無 響』だったから『象徴を操る程度の能力』が生まれました。おそらく、作中に出てきた名前の中で一番考えたのは『霙』だと思います。あの子も名前が能力になる、ということでどんな能力にしようか悩み、『霙』という天気の名前になった形ですね。

 

 

 

 

 

 

 

他にも色々な質問がありましたが、質疑応答に関しては以上となります。生放送に遊びに来てくれた読者の皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、そろそろ本題に入りましょう。実は完結した『東方楽曲伝』ですが、二つほどお知らせがございます。

一つ目ですが……皆さんは『東方project』の原作はやったことがありますでしょうか?

簡単に説明すると原作には『イージー』、『ノーマル』、『ハード』、『ルナティック』という難易度があります。そして、『イージー』以外の3つの難易度の内、一つでもクリアした時点で裏ステージ扱いの『エクストラ』が解放されます。

『東方楽曲伝』の本編は原作で例えると『ルナティック』の更に上、『裏ルナティック』のような扱いだと思っています。

……つまり、響さんは最高難易度よりも難しい難易度をクリアしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうことで『エクストラ』解放――後日談、書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

章タイトルも『EX』になります。響さんが去った幻想郷のその後……また離れ離れになってしまった響さんと霊夢のその後のお話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、それに合わせて二つ目のお知らせ――第2回東方楽曲伝人気投票を開催します。

実は前にも行ったことがあり、その時の順位は

1位 雅

2位 奏楽

3位 フラン

となっておりました。

その際にランクインしたキャラの特別な話を書くと言いましたが、諸事情に断念。

今度こそ、第2回で上位3人に入った子たちの話を書こうと思っています。実現するかは確約できませんのでご了承ください。

さて、投票のルールですが、まず、1位、2位、3位まで決めていただき、小説家になろうで投稿している『東方楽曲伝』の感想、もしくは私に直接メッセージを、ハーメルンでは活動報告、メッセージで送ってください。なお、匿名により投稿は無効票とさせていただきますのでご了承ください。そうしなければ何度でも投票できてしまうので申し訳ありませんがご協力ください。

1位には3ポイント、2位には2ポイント、3位には1ポイントが入り、その合計が高いキャラが入賞。また、キャラはオリキャラでも原作キャラでも大丈夫です。好きだなと思ったキャラの名前とその順位、できればどこが好きなのか理由も書いてくれたら嬉しいです。

また、ハーメルンと小説家になろうですが、2サイトどちらかではなく、両方ともで投票してくれて構いません。つまり、一人二回まで投票できる形になります。

まとめると

・ハーメルン、小説家になろうの2サイトで投票可(小説家になろうでは感想、メッセ。ハーメルンでは活動報告、メッセでお願いします)

・匿名投票は無効票となり、感想、メッセで受け付ける

・投票にはキャラの名前と1~3位までの順位、可能であれば好きな理由も記載

投票期間ですが、『EX』の投稿が終わった次の週までです。きちんと『EX』最終話のあとがきにも締め切り日を書いておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、最終章あとがきもそろそろ締める時が来ました。

それではいつもの恒例……次回予告です。きっと、これが正真正銘の最後の次回予告になるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷から自分の存在を食べた響さん。彼が去った幻想郷は数年にも渡って異変一つすら起きない平和な毎日が続いていました。そんな平和な毎日でしたが、博麗神社の巫女――『博麗 霊夢』はその平和にずっと違和感を覚えています。

記録では数年前までは比較的起きていた異変がぱったりと起きなくなったこと。

また、その数年前の記録が曖昧であり、信憑性に欠けていること。

なにか……大切なことを忘れているような嫌な感覚。

そんな想いを気のせいだと自分を誤魔化し、ただ繰り返される日常を穴が開いた胸を隠しながら送っていた彼女でしたが、そんなある日妖精たちが騒がしいことに気づきます。

妖精が騒がしくなったのは数年ぶりということもあり、霊夢は久々にその重い腰を上げ、調査に出ます。

そして、彼女は一人の男に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほども言いましたが、サブタイトルはございません。

完結しましたが、まだ回収しきれていない伏線もあるのでこの『EX』ですべてを回収できるように頑張ります。

なお、更新ですが、今まで通り毎週土曜日更新なので最後まで響さんと霊夢の物語を見守っていただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、大変長くなりましたが、『東方楽曲伝』最終章のあとがきをしめさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それではみなさん、お疲れさまでした!

東方楽曲伝『EX』、よろしくお願いします!

 




第2回東方楽曲伝人気投票ですが、今この瞬間から投票開始です

たくさんの応募、お待ちしております


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EX
EX1


今日から『東方楽曲伝』EXの更新を始めます。
そこまで長くならないと思いますが、皆様、ぜひ最後までお付き合いください。


 

 

 

 

 

 ――れいちゃん

 

 

 

 

 

 

 どこからかノイズ交じりの声が聞こえた。それはあまりにノイズが酷く、声の主が男なのか、女なのか。幼い子供なのか、還暦を超えていそうな老人なのか判断できなかった。

「ッ!」

 しかし、少なくとも幼い私にとってその声の主は近しい存在だったのだろう。呼ばれた私は嬉しさを抑えきれなかったのか満面の笑みを浮かべて振り返った。その視線の先にいたのは顔面が黒く塗りつぶされた誰か。これでは私を呼んだ人がどんな顔をしているのかわからない。それならばとその人の情報を少しでも手に入れようと視線を彷徨わせるが、それに合わせるようにその黒く塗りつぶされた場所も動く。どんなに激しくしても、フェイントをかけても、その黒く塗りつぶされた場所は私の視界を遮り、その人を隠してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――霊夢

 

 

 

 

 

 

 

 再びその人が別の名前で私を呼ぶ。それでも幼い私は自分が呼ばれたようにパタパタとその人へと駆け寄る。そして、二人は仲良く手を繋ぎ、どこかへと歩き出した。まるで、大人になった私を置いていくように。

「待って……待って!!」

 私は咄嗟に手を伸ばして二人の後を追う。今、あの人に追いつけなければ私は絶対に後悔する。その根拠はわからない。でも、根拠のない確信が私の胸を燻ぶる。いつかの私が今の私に警告してくる。だから――。

「ぁ……」

 ――しかし、そんな私の願いとは裏腹に二人はどんどん先に行ってしまう。ああ、駄目だ。待って。お願い。私を、置いていかないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 ふと気づくと私は天井に手を伸ばしている状態で目を覚ました。そして、目元には涙を流したような感触。どうやら、また(・・)私はあの夢を見たらしい。

「……ふぅ」

 体を起こして朝日を受けて白く輝く襖に目を向ける。あの夢を見た後はいつも以上に倦怠感に襲われ、すぐに動けない。体ではなく、精神的にダメージを受けているようだ。

 大切な何かを失ったことに気づいた直後の喪失感と今までそれに気づかず呑気に生きていた自分に対する嫌悪感を同時に抱かされたような負の感情。それをあの夢を見る度に心に叩きつけられる。そんな夢を毎晩とまではいわないが、頻繁に見せられるのだ。正直、睡眠不足もいいところである。

「……」

 しかし、だからといって私は夢に対して一方的な苛立ちを覚えていない。夢の内容は起きた後、ほとんど覚えていないけれどただの悪夢ではないことだけは知っている。そう、あの夢は――誰かが私に『忘れるな』と忠告しているように思えるのだ。

 もちろん、さすがの私もこの悪夢には悩んでおり、永遠亭にまで行って診察してもらったほどだ。まぁ、あの永琳ですら原因がわからず、匙を投げたのだが。

「……よいしょ」

 目覚めたばかりだからか立ち上がろうとすると体からギシギシと軋む音が聞こえる。節々が固まっていたのか、あの悪夢によって凍り付けられた心が悲鳴を上げているのか。起きかけの私にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように境内を掃除し、相変わらず空っぽの賽銭箱を時間を置いて何度か覗き込んだ後、私は縁側に座り、お茶を啜る。本来ならばのんびりしながら何も考えずに流れる雲を眺めるのだが、今日ばかりはずっと見ている悪夢について考えていた。

 あの夢を見始めたのは――いつからだっただろうか。数年前(・・・)から見るようになったのはわかっているが、はっきりとした時期はわかっていない。そもそも私が悪夢を見ていることに気づいたのもたまたま泊まりに来ていた魔理沙が魘されている私を見つけたおかげだ。彼女に言われて自覚し、目覚めた直後の倦怠感を実感することができた。つまり、それまでの私は不調を不調と捉えることすらできていなかったのである。

「……」

 ただの悪夢ならいい。夢見が悪かったと運のなかった自分にため息を吐くだけ。

 だが、この悪夢はただの悪夢ではない。内容を覚えていないのはまだしも、悪夢による不調を自覚できていなかったことがあまりにも不自然だった。まるで、悪夢に関する認識をずらされてしまったような――。

「おーい、霊夢ー」

 その時、上空から私を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。上空ではいつもの箒に乗った普通の魔法使い――『霧雨 魔理沙』が大きな風呂敷を抱えながら手を振っていた。ただ手を振っているだけなのにやけに楽しそうな彼女にため息を吐き、早く降りてこいと手招きする。

「よっと……いやぁ、今日は森でなかなかよさげなキノコを見つけてな。おすそ分けに来た!」

「そう……怪しいキノコじゃないでしょうね」

「少なくとも私は怪しいとは思ってないぜ? 知ってる範囲しか確認してないが」

 降り立った魔理沙は縁側に風呂敷を降ろし、ドカリと縁側に座った。何となく誰か来そうだと思い、用意していた予備の湯飲みにお茶を注ぎながら聞くと彼女はあっけらかんと答える。とりあえず、やばそうなキノコは捨てておこう。

「はい、出涸らし」

「お、サンキュー……ほんと、薄いな」

「飲めるだけマシでしょう」

 文句を言いながらもコクコクとお茶を飲む魔理沙を尻目に私は自分の湯飲みを傾け、お茶の味を楽しむ。この前、人里に買い物に行った時に珍しく高級茶葉が値引きされていたのである。大事に大事に飲んでいるのだが、やはり最初の一杯が一番美味しい。

「……それで何の用?」

「おっと……わかるか?」

 私の質問に魔理沙は驚くこともなく、歯を見せながら笑う。きっと、私が気づくことを確信していたのだろう。

「キノコのおすそ分けだけでそんなに楽しそうにしている方が異常よ」

「それもそうか……いいか、霊夢。よく聞け」

 そこで彼女は言葉を区切り、縁側から立ち上がり、立てかけてあった箒を手に取った。そして、その場でブンブンと振り回し、最後は穂先を私に向ける。その時にはすでに彼女の顔から笑顔は消え、真剣な表情に変わっていた。

「妖精が騒いでる」

「ッ……」

 彼女の言葉は一呼吸で言い切るにはあまりにも短かった。だが、その言葉は私に大きな衝撃を与える。

 妖精が騒いでいる。きっと、数年前までなら『ああ、またか』とすぐに飲み込んで重い腰を上げていただろう。

 しかし、それは数年前までの話。今の幻想郷で妖精が騒ぐことはあまりにも珍しいこと――それこそ、ここ数年一度もなかった。

 幻想郷に平和が訪れた。きっと、今の幻想郷の状況を説明するなら『平和』と表現するのが適切だろう。

 いつからそうなったのか、誰も知らない。だが、ある日、幻想郷で争いごとがパタリと止まってしまったのである。それこそ幻想郷の存亡を揺るがすような大きな『異変』はもちろん、妖精たちの些細ないざこざでさえも起きなくなった。それがまさに『異変』とさえも言われるほど幻想郷から一切の揉め事が消えてしまったのである。

 平和であることに不満はなかった。『異変』は解決まで色々と面倒なことが多いので私としても起きないことに越したことはない。

 しかし、そんな『平和』が訪れた原因を幻想郷に住む全ての生命が知らないことはあまりに異常であった。紫を始め、阿求、『歴史を創る程度の能力』を持つ慧音でさえ全てを把握できなかったのだ。わかったことは誰かの手によって幻想郷は『平和』という概念を植え付けられたこと。たったそれだけだった。

 その人が誰なのか?

 いつそれを実行したのか?

 その方法は?

 『平和』を植え付けるとは一体、どういうことなのか?

 その全てが全くの不明。だからこそ、『平和異変』の調査はそこで打ち切られてしまった。調べてもその原因がわからないのであればどうすることもできないのだから。

 そんな強制的な『平和』を満喫させられていた幻想郷で『妖精たちが騒いでいる』こと自体、ありえなかった。『妖精が騒ぐ』ことすら『平和』は許さなかったのだから。

 では、どうして今頃になって妖精たちが騒ぎ始めたのか? その答えはすぐに出た。

「……魔理沙、行くわよ」

 私はその重い腰を上げ、調査に出るために蔵へと向かう。『平和』を強制させられてからいつもの商売道具は蔵の中へと仕舞ってあったのだ。

「おう、そう言うと思ってたぜ」

 箒を持ちながらニヒルな笑みを浮かべた魔理沙が私の隣に立つ。

 私が数年前から見ている悪夢。

 数年前から強制させた『平和』。

 数年ぶりに騒ぐ妖精。

 これは果たして偶然なのだろうか。きっと、その答えはこの騒ぎを追えばわかる。私はすっかり錆びついてしまった蔵の扉を蹴り開けながらそう確信した。



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EX2

「……」

「……」

 蔵の中から異変解決時に使っていたアミュレットを引っ張り出した私と魔理沙はさっそく妖精たちが騒いでいる原因を探しに適当な方向へ飛んでいた。今のところ、妖精と出くわしていないが魔理沙の話では見かけただけでわらわらといたらしい。きっと、数年前の私なら妖精相手にそこまで手間取ることはなかっただろう。しかし――。

「……なぁ、霊夢」

「……何よ」

「それ、大丈夫なのか?」

 しばらく無言で飛んでいた私たちだったが魔理沙が私の両隣に浮かぶアミュレットを指さす。私もそれに目を向けると何故かアミュレットから煙のようなものが吹いていた。もちろん、機械仕掛けではないので本物の煙ではなく、霊力が漏れているだけなのだが、それでも壊れる寸前なのは一目瞭然であった。

「煙、吹いてんじゃん。爆発するとかやめてくれよ?」

「爆発しないわよ。ただ霊力が漏れてるだけ……多分」

「……それ、捨てていこうぜ」

「いやよ、勿体ない」

 もちろん、博麗のお札の補充はそこそこの頻度でしていたので枚数は十分あるのだが、アミュレットは完全に放置していた。ここ数年、異変が起きなかったせいでアミュレットの整備を怠っていた弊害である。

 だが、このアミュレットには博麗のお札が装てんされており、相手を捕捉すると自動的に射出してくれる便利なものなのだ。これを直すとなるとそれなりの代金を要求されるだろうし、何より今は時間がない。ないよりはマシなはずだから私はこれを捨てるつもりなど毛頭なかった。

「それよりもそっちはどうなのよ」

「あ?」

「八卦炉よ、八卦炉。私みたいに壊れてないでしょうね?」

「壊れてることは認めるんだな……まぁ、私の場合はずっと使ってたからな。きちんと整備はしてたぜ」

 箒に跨って飛ぶ魔理沙は得意げに懐からミニ八卦炉を取り出して私に見せつける。彼女の手にあるミニ八卦炉は確かに数年前と変わらない姿をしていた。しかし、平和だった幻想郷でミニ八卦炉を使う機会はないと思うのだが。

「何に使ってたのよ」

「キノコを焼いてたぜ!」

「あ、そう」

 そんな会話をしていると不意に私の横を霊力の弾が通り過ぎる。すぐに前を見るとテンションが上がっているのか、満面の笑みを浮かべている妖精が霊力の弾をまき散らしていた。今までの異変でも妖精が暴れていることはあったがあれほど嬉しそうにしている妖精は見たことない。

「何か嬉しいことでもあったのかしら」

「他の妖精もあんな感じだったぜ? さて、妖精が向こうから来たってことは方向は間違ってなかったみたいだな。霊夢の勘は頼りになるな」

「はいはい、早くあの妖精を黙らせましょ」

 幸い、妖精の数は一匹。数年ぶりの異変解決なので肩慣らしには丁度いいだろう。そう思っている間に霊力は漏れているがそれ以外の機能は無事だったようで両隣のアミュレットから博麗のお札が妖精に向かって射出される。しかし、妖精の弾幕もいつも以上に激しく、お札は次々に撃ち落とされてしまう。

「なんか……強くね?」

「ええ、まぁ、倒せるでしょう」

 そう言いながら私は博麗のお札を投擲する。アミュレットから放たれたお札が開けた弾幕の穴に吸い込まれ、その向こうにいた妖精に直撃。それだけで妖精はふらふらと眼下の森へと墜落していった。

「おっと」

「ほいほいほい」

 そのお返しとばかりに残っていた弾幕が私たちへと襲い掛かるが私も魔理沙も最低限の動きでそれらを躱していく。時々、弾幕が掠るが私はもちろんアミュレットもそれだけで傷つくほど――。

「……あ」

 いくつか弾幕が掠った両隣のアミュレットからほぼ同時にバフン、という音がして先ほどの妖精と同じように森へと落ちていく。あれは完全に壊れた。私の直感がそう告げる。

「あちゃぁ……ありゃ駄目だな」

「……まぁ、あれば便利程度だったし。先を急ぎ――」

「――あなたの落としたアミュレットはこのボロボロのアミュレットですか?」

 落ちていくアミュレットから目を離し、先に行こうとするが後ろから声をかけられ、動きを止める。魔理沙も少しばかり面倒くさそうにため息を吐いた。

「それとも、この私が装備しているピッカピカのアミュレットですか!」

「……何しに来たのよ、早苗」

 振り返ると壊れた私のアミュレットを掲げるドヤ顔の早苗がいた。わざわざ落ちたアミュレットを拾ってきたらしい。もちろん、彼女の両隣には新品のアミュレットが浮かんでいた。

「何しにって決まってるじゃないですか、調査ですよ、調査。数年ぶりの異変ですからね! これは気合入れて解決しないといけません!」

 そう言って私のアミュレットをポイっと捨ててお祓い棒をブンブン振り回す早苗。先ほどの妖精と同じように久しぶりの異変にテンションがおかしくなっているのだろう。

「因みにさっきのは霊夢のアミュレットだが……正直に答えたら何が貰えるんだ?」

「え? ごほん……正直者にはこの私のアミュレットを――あげるわけにはいかないので河童のところで使えるクーポン券をあげます。あ、このクーポン券というのはですね、外の世界で実際にあったサービスの一環で私の提案で試験的に導入されたんですよー」

「……そう」

 『ささ、お納めください』と私に長方形の紙を渡してきた早苗だが、修理するアミュレットは今し方、森の中へと消えていった。まぁ、貰えるものは貰っておくが使う日はないだろう。そもそもクーポン券とは一体、何ができるものなのかもわからないが、テンションの高い早苗に聞いてもすぐに異変の話に戻されてしまいそうだ。

「じゃあ、気を取り直して先に進むか。じゃあな、早苗」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! 私も一緒に行きますよ!」

 さすがの魔理沙も今の早苗は面倒くさいようでそそくさとこの場を去ろうとしたが、彼女が跨っている箒の穂先を掴まれてしまう。ここで駄々を捏ねられたら時間の無駄だ。諦めた方が早い。

「まぁ、いいんじゃない? こちらとしても数が多い方が色々楽だし」

「ええ、道中は任せてください。はりきって妖精たちをぶちのめしますから!」

「……」

 『おい、大丈夫か?』と目で訴えてくる魔理沙に私はそっと首を横に振った。そんなやり取りすら早苗には見えておらず、相変わらずお祓い棒を振り回している。

「とにかく……とりあえずはさっきの妖精が来た方向へ向かうってことでいいんだな?」

「ええ、何の手掛かりもないからそれでいきましょう」

「と、なると……目的地は紅魔館だな」

 魔理沙の視線の先――妖精が来た方向には紅魔館がある。なにか異変の手掛かりがあるかもしれないし、寄った方がよさそうだ。

「霊夢さーん、魔理沙さーん、早く行きますよー!」

「……はぁ」

 目をキラキラさせて私たちに手を振る早苗を見て私は思わずため息を吐いてしまう。彼女の姿はまさに先ほどの妖精そのものであり、知らない人から妖精と勘違いされて攻撃されてもおかしくなかった。彼女を仲間に加えたのは間違いだったかもしれない。



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EX3

「……」

「……なぁ、霊夢」

「何よ」

「あれ、止めなくていいのか」

「いいんじゃない? 楽だし」

 私の返答に納得できなかったのか魔理沙は何とも言えない表情を浮かべながらガシガシと帽子越しに頭を掻く。そんな私たちの前には祓い棒を振り回しながら弾幕をまき散らしている早苗の背中があった。

「さぁ、どんどん行きますよ!」

 やはりというべきか、会った時から妙にテンションが高かった彼女は妖精を見つける度に高笑いをしながら撃ち落としていく。正直、あのテンションの高さは異常だ。それこそ異変の時に妖精が騒ぐのと同じような感じがする。

 確実に早苗は異変の影響を受けているのだろう。しかし、私と魔理沙は何も変化がない。いや、もしかしたら私の夢見の悪さも異変の一種なのだろうか。仮にそうだとしても私と早苗では影響の受け方があまりにも違いすぎた。

 私は夢見が悪く、胸が締め付けられ、早苗はテンションが上がる。

 関連のなさそうなそれらの共通項は今のところ、わからない。

(それに……)

「ん? どうした?」

「……何でもないわ」

 私や早苗が影響を受けているのに魔理沙は全くと言っていいほど変化がない。それも何か関係があるのだろうか。

「早苗」

「なんですか?」

 とりあえず、何かヒントになるかもしれないと早苗に話を聞いてみることにする。そう思って声をかけると早苗はうきうきした様子で振り返り、返事をした。こちらに来ないので妖精を撃ち落としながら話を聞くつもりらしい。

「どうしてそんなにテンションが高いのよ。何かいいことでもあったの?」

「え? 私、テンション高いですか?」

「ああ、それはもうここ数年で一番のテンションだぜ」

「えー、そんなことないと思いますけど……ですが、なんといいますか。こう、気分が高揚するというんでしょうか」

 弾幕を放ちながらも首を傾げる早苗に私と魔理沙は顔を見合わせる。彼女はなにかキノコを決めているのだろうか。そんな疑いの視線を向けるとブンブンと首を横に振って否定する魔理沙。さっきもお土産にキノコを持ってきたが、それとはまた別件らしい。

「すごく嬉しいことが起きそうな……いえ、すでに起こってるような気がするんです。私には霊夢さんのような直感はありませんけど、何となくそう思ったんだと思います」

「思いますって……自分のことなのに随分あいまいだな」

「だって、テンションが高いことだってお二人に指摘されるまで気づいていませんでしたから……これも異変のせいなのでしょうか?」

「私と霊夢は別にテンション上がってないぜ?」

「……とにかく今は前に進みましょう。そうすれば何か――早苗!」

「はえ?」

 話しながら戦っていたからだろうか、早苗は珍しく妖精を撃ち漏らしていた。その撃ち漏らしが『お返しだよー!』と言わんばかりに嬉々として早苗の死角から霊弾を放ったのだ。早苗もすぐに気づいたが躱すには少しばかり遅かった。霊弾は吸い込まれるように早苗へと――直撃する前に何かがその間に割り込み、霊弾を防いだ。

「あれは……ナイフ?」

「と、いうことは」

「あら、皆さん、お揃いで」

 その声は私たちの後ろから聞こえ、振り返ると紅魔館のメイド長――『十六夜 咲夜』が呆れたように腕を組んでいた。用事がない限り、紅魔館から離れない彼女がこんなところにいるのは珍しい。

「お、咲夜じゃん。奇遇だな」

「奇遇……なのかしらね」

「何かあったの?」

 どこか疲れた様子で溜息を吐いた咲夜は私の問いかけに腕に掛けてあった日傘を手に取った。あれは確かレミリアが昼間に外に出る時にいつも使っていたものだ。しかし、肝心の持ち主の姿はない。

「……お嬢様と妹様が日傘も持たずに外に出たのよ」

「……はぁ!? なんだそれ!」

「あ、咲夜さん。さっきはありがとうございました……って、何かあったんですか?」

 魔理沙の絶叫が響いた後、視界にいた妖精を全て撃ち落とした早苗が戻ってきた。驚いている私と魔理沙を見て首を傾げている。

「レミリアとフランが日傘を持たずに出かけたらしいわ」

「え? こんなお天気のいい日に?」

 私の言葉に早苗は空を見上げ、眩しそうに目を細めた。そう、今の天気は晴れ。自然が多く、日陰の多い幻想郷であっても吸血鬼が日傘を持たずに出かけるなど自殺行為にも等しい。

「だから、こうやって探し回ってるのよ。今のところ、目撃証言すらないけれど」

「もう……何がどうなってるのよ」

 私の夢見の悪さ。

 テンションの高い早苗。

 日傘を持たずに出かけた吸血鬼姉妹。

 変化のない魔理沙と咲夜。

 情報が手に入れば入るほど謎が深まっていく。

「あなたたちはこんなところでどうしたの? 紅魔館に用事?」

「ああ、なんか妖精が騒がしいから調べてんだ。咲夜はなにか知らないか?」

「そういえば妙に妖精と遭遇したわね……いいえ、特に気になるようなことは何も」

「紅魔館で何か起きたんじゃないの? 妖精たちもそっちから来てるし、レミリアたちも出かけたみたいだし」

 私の質問に咲夜はキョトンとした後、『ちょっと待ってて』と言って一瞬だけ彼女の姿がぶれる。どうやら、『時間を操る程度の能力』を使ったようだ。

「今、見てきたけれど紅魔館では何も起きてないわね。まぁ、お嬢様たちが出かけたこと自体、ありえないことではあるけれど……それに妖精は別に紅魔館の周辺に多いわけじゃないわ」

「へ? どういうことですか?」

「お嬢様たちを探してる間も妖精たちと遭遇したってこと……そうね、今思えば、妖精たちはどこかを目指してるように見えたわ」

 そんな咲夜の発言に私たち3人は顔を見合わせる。つまり、私たちは全くの逆方向に向かっていた、ということになるだろう。

「じゃあ、戻りましょうか……途中で見かけた妖精が向かってる方向に向かうってことで」

「ああ、そうだな。とんだ道草食っちまったな」

「あ、咲夜さんはどうします? 一緒に来ますか?」

「……そうね。お嬢様たちも戻ってなかったし、付いていこうかしら」

 新たに咲夜が加わり、私たちは妖精が向かっていた方向へと移動する。妖精たちよりも私たちの方が速いため、後ろから襲われることはないが今度は左右から妖精たちが襲ってくるようになり、自然と右側を早苗、左側を魔理沙、咲夜が担当するようになった。

「霊夢、お前も働けよ」

「嫌よ。アミュレットがないから一発ずつお札に霊力を込めなきゃならないもの。そうしてる間にあなたたちが撃ち落としちゃうし、面倒だもの」

「相変わらずの物ぐさぶりね……まぁ、事実であるのだけれど」

 3人に囲まれるようにサボっていると魔理沙に指摘され、そっぽを向くとそこには呆れた様子でナイフを投げている咲夜がいた。正直、4人もいる時点で過剰戦力なのだ。だから、もし万が一の時のために力を温存しておいた方がいいと判断したまでである。

「あの、このままでしたら人里を通ることになるんですが」

 うんうんと一人で納得していると不意に早苗が声をかけてきた。確かに妖精たちは人里――もしくはその先にある何かに向かっている。

「一応、人里の調査もしておいた方がいいかもしれないわね」

「……私はパス。霊夢たちが人里を調べてる間にその周辺でも見てくるわ」

「なら、私もそっちに行きましょうか。お嬢様たちが人里に行くとは思えないし」

 自然と私と早苗が人里、魔理沙と咲夜が人里周辺を調査することになった。魔理沙は昔から人里にあまり近づきたがらない。それを私たち3人は知っていたため、特にそれについて追及することもなく、気づけば遠くの方に人里が見え始めた。



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EX4

 人里の近くに降り立った後、魔理沙、咲夜と別れた私と早苗は異変に関する情報を集めるために中に入ることにした。

「……それにしても」

「ん? どうしたんですか?」

 行きかう人々を眺めながら思わず声を漏らしてしまうと隣を歩く早苗が首を傾げる。別に話すことでもないが早苗の目が『気になります』と言っていたので仕方なく言葉を続けた。

「特に変化がないって思ったのよ。今までの異変でも人里に影響が出たこともあったから何か起きてるんじゃないかって」

「ああ、確かにそうですね。私や霊夢さんにすら影響を与えるような異変ですから人里の人たちに出てもおかしくないです」

 そう、おかしくないはないのだ。おかしくはないのだが、情報が少ない現状、そんな憶測で動くしかない。それが今までの異変との違いだった。

(ほんと、調子悪いわね)

 そう思いながらコンコンとノックするように頭を指で叩く。私には『博麗の巫女』特有の直感がある。いつもなら何となく異変の元凶がいる場所がわかり、迷うことなくそこへ向かうことができた。

 しかし、今回の異変はどうだ。異変の元凶に関する情報は未だにゼロ。それどころか元凶がいる場所さえ碌に掴めず、逆方向に向かってしまっていたほどだ。直感が働いたのは私の夢見の悪さもこの異変の影響だと思った時ぐらいです。

「あ、どもー。ありがとうございますー」

 私に似てぐうたらになってしまった直感を起こそうとしつこくノックしているといつの間にか早苗は人里の人々に囲まれていた。

 この数年の幻想郷は異変一つ起きず、平和が続いていた。それどころか妖怪が人を襲うという事件すらほとんど聞かなくなったのだ。人里の人々はそれを守矢神社や命蓮寺の加護のおかげだと思い、数年前に比べ、信仰する人がグッと増えたのである。もちろん、博麗神社はすでに廃れていると噂されているので信仰が増えることもなく――いや、たまに博麗神社の敷地内にある小さな神社にお参りしている人はいた。博麗神社の賽銭箱には一銭も入れず、その小さな神社の賽銭箱に入れているところを見て愕然としたのをよく覚えている。その時、私は珍しく博麗神社の境内を掃除していたのにその人はこちらに目を向けることなく、小さな神社にお参りし、そのまま帰っていった。

「あ、すみませーん。ちょっと今日は用事がありましてー……あ、これはどうもありがとうございます」

 人に囲まれてしまい、動けなくなってしまった早苗は人々に笑顔を振りまきながら時々、助けて欲しそうに私に視線を向けていた。それに対して満面の笑みを浮かべた後、私は早苗を無視して再び歩き始める。

「え? 霊夢さん? 霊夢さん!?」

 後ろから焦る早苗の声が聞こえたが軽く手をひらひらさせて放置。あの状態なら人里の人たちに異変に関する情報を聞くのも容易いだろう。その間に人里の様子をぐるっと回って何か変わったところがないか私が確認する。完璧な役割分担だ。別に進行云々は関係ない。そんなことを考えている場合ではないのだ。だから、彼女を見捨てたのは仕方ないことなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 早苗を置き去りにしてしばらく経ったが、特に目立つような変化はなかった。人里は私や早苗のような影響を受けていないのだろうか。やはり、影響が出る人にはなにか共通項が存在するのかもしれない。普段ならその共通項も直感で何となくわかるのだが、働かないのだから仕方ない。

(そろそろ戻ろうかしら……)

 この分なら早苗の方も期待しない方がいいだろう。人里で情報を得るのは諦めた方がよさそうだ。

 そう判断した私は早苗を迎えに行くために踵を返す。しかし、その足はすぐに止まった。迎えに行こうと思っていた早苗が道の向こうから走ってくるのが見えたからである。

「れ、霊夢さん……酷くありませんか? あの時、絶対に目が合いましたよね? こっち見て笑ってましたよね?」

「ええ。でも、信仰者との交流を邪魔するのは悪いかと思って」

「絶対嘘ですよね!?」

「そんなのことより何かわかったの?」

 私の質問に早苗はうっと言葉を詰まらせた。きっと、何もわからなかったのだろう。私も同じようなものなので特に攻めることなく、人里の出口へと向かう。

「霊夢さんの方はどうでした?」

「何の成果もなし……でも、わかったことがあるわ」

「え? 成果がなくてわかったこと、ですか?」

「……人里は何も異変の影響を受けていない。それがわかっただけでもよかったわ」

 これで私や早苗、紅魔館の吸血鬼姉妹にあり、魔理沙、咲夜、人里にないものを考えればいい。まぁ、もう少し情報がなければ共通項は導き出せないのだが。

「あ、なるほど……ん? あれって」

 ポンと掌に拳を当てて納得した様子の早苗だったが丁度、視線の先に気になる物があったのか、意外そうに声を漏らす。その視線を追うとそこには困ったようにキョロキョロと周囲を見渡す妖夢がいた。人里をよく利用している彼女が迷子なわけもなく、私や早苗のように影響を受けているのかもしれない。私と早苗は頷き合い、妖夢に向かって歩き始めた。

「何やってるのよ、妖夢」

「え? あ、霊夢さん、早苗さん、こんにちは」

「はい、こんにちは。あの、何か困ったことでもありましたか?」

 早苗の問いに妖夢は顔を引き攣らせ、視線を彷徨わせる。困っていることはあるようだが、それを言うべきか悩んでいるのだろう。

「……実は、幽々子様にお使いを頼まれまして」

「お使い? また食料を食いつくしたの?」

「それもあるんですが……食材を買うついでに人里でこれを投函してきて欲しい、と」

 そう言って彼女が取り出したのは一枚の紙きれだった。差し出された段階で裏だったので受け取った後、紙をひっくり返す。だが、そこには何も書かれていない――表も裏も真っ白な紙だった。

「えっと……」

「私も出かける直前に渡されて碌に確認もせずにここに来てしまったんですが……どうしたものかと思いまして」

「そもそもこれをどこに投函するんですか?」

「そうなんですよね……あー、なんでもっと詳しく聞かなかったんだろ」

 頭を抱えて溜息を吐く妖夢に思わず同情してしまう。食材を食い尽くされた挙句、よくわからないお使いを頼まれたのだ。しかも、白玉楼と人里は『戻って事情を聞く』という当たり前の行動を取ることを躊躇するほど離れている。

「霊夢さん……これってもしかして」

「……可能性はゼロじゃないわ」

 だが、私と早苗は真っ白な紙を見て一つの疑念を抱いた。レミリアとフランが日傘を持たずに出かけたのと同様に幽々子にも異変の影響が出た可能性である。妖夢には影響は出ていないようなので影響を出た組と出ていない組に項目が一つずつ追加された。

 それにこの紙を見ていると不思議な既視感を覚える。私はこの紙を何度も見たような気がするのだ。でも、私が紙を読んでいるわけではない。誰かがこの紙を見ているのを横から眺めていたような――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――幽々子の奴、またご飯作りに来いってさ。妖夢の修行がひと段落した途端、週一ペースでこんな依頼出してくるようになってな。まぁ、楽な依頼の部類に入るからいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……依頼状?」

 無意識でそんな言葉を漏らしていた。そう、そうだ。そうだった。この紙は依頼状。誰に対する物かはわからないが、それだけは断言できた。

「依頼状、ですか? でも、真っ白ですよ?」

「炙り出しかもしれません。こう、下から火で炙ればメッセージが出るやつです!」

 首を傾げる妖夢に早苗がわくわくした様子で力説する。だが、そうではない。この紙にはきちんと依頼内容が書いてあるのだ。それを私たちが認識できないだけで。

「妖夢、覚えてる? 永夜異変のこと」

「っ……まぁ、覚えていますが」

 『永夜異変』とは一見、いつもの満月だったが妖怪組(私の場合は紫)が満月がいつものと違うからその原因を探すと言い、強引に夜を止めた異変のことだ。

「えっと、その異変がどうしたんですか? 今はお昼なので月は関係ありませんが……」

「そこじゃないわよ。原因を探す途中で人里に来たら人間組(私たち)には人里が見えなくなってたでしょ」

「……まさかこの依頼状も同じような現象が起きていると?」

「ええ、あの時、妖怪組はきちんと人里を認識していた。今回も幽々子には認識できてたから特に説明もなく、依頼状をあなたに渡したんじゃないかしら」

「あ、あのー……何の話をしてるんですか? できれば私にもわかりやすいように説明してもらえると嬉しいんですが」

 当時、まだ幻想郷に来ていなかった早苗は私と妖夢の会話についていけず、はてなを浮かべているが今はそれどころではないので放置しておく。

「……では、今回の異変の元凶は」

「あの時と同じなら……慧音が怪しいわね」

 人里の歴史を食べ、人間組(私たち)に人里を認識させないようにした彼女ならば可能である。仮に慧音が元凶でなくても何か知っている可能性は高い。

 そうと決まれば話は早い。私と妖夢はほぼ同時に慧音のいる寺子屋へと歩みを進めた。

「え、えぇ……」

 最後まで説明してもらえず、涙目になっている早苗を置いて。



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EX5

「いや、全く心当たりがない」

 真っ白な依頼状をしばらく眺めていた慧音はそれを床に置いた後、首を横に振った。

 あれから私たちは寺子屋へと向かい、授業の準備をしていた慧音を捕まえて事情を説明した。その結果が今の否定である。

「……本当に何も? 心当たりの『こ』の字もないの?」

「ああ、何もない。確かに私の能力を使った時と同じような現象だが……それならば色々とおかしい点がある」

 その言葉に私と妖夢は顔を見合わせた。なお、私たちの隣で呑気にお茶を飲んでいる早苗が視界に入り、少しばかりイラっとしてしまう。

「まず、私に『歴史』を食べた記憶がないこと」

「食べたらあなたの記憶からなくなる、とか」

「ありえない。私の能力は『歴史』を食べるというが、本当にその『歴史』をなくすわけではない。どちらかといえば『見えなくする』と表現した方がいいだろう。少なくとも能力を使った私は今まで食べた『歴史』を忘れたことはもちろん、『見えなくなった』こともなかった」

 妖夢の指摘を慧音は真っ向から否定した。つまり、彼女も床に置かれた依頼状に書かれた内容を読むことはできなかったのだろう。

「それにあの異変の時だって緊急事態だったからやむを得ず食べたんだ。この依頼状に関する『歴史』を食べる理由がない。そもそも、私はこの依頼状に関して今初めて知ったんだ。どうやって食べればいい?」

「……なら、別の話に移るわ」

 きっと、慧音は嘘を吐いていない。この依頼状に関して彼女は何も知らないし、内容を知る術も持っていないのだろう。

 しかし、私は自然と次の話に移行していた。もちろん、そんな予定はなかったので妖夢も早苗も驚いたように私の方を見ている。

「別の話……子供たちが来る時間まで多少余裕はあるができれば手短に頼む」

「ええ、おそらくそこまで時間はかからないわ。知っているか、知らないかだけで十分よ」

「ふむ。それで?」

 先を促すように慧音は私に真剣な眼差しを向けた。横から妖夢と早苗の視線も感じる。だが、私はそれを無視してただ淡々とずっと内に秘めていた疑問を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数年前に起きたはずの『何か』を知ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。あまりに抽象的過ぎて理解ができなかった。もう少しわかりやすく説明してもらえないだろうか」

「そのままの意味よ。私たちから見えなくなった『歴史』でも食べた張本人であるあなたは見えてるのでしょう? なら、数年前に起きた『何か』だって知ってるはずだわ」

「……」

 私の言葉に慧音は言葉を詰まらせた。『何か』について心当たりがないのか、それとも心当たりはあるが、彼女も『見えない』のか。少なくとも彼女は『何か』について知っていることは何もなさそうだ。

「……そう、だな。その『何か』は私も気になっていた」

「なら、やっぱり『何か』あったのね?」

「あくまで憶測の話だ。実は……ハクタク化した時の『歴史を創る程度の能力』を使っても見えない空白期間がある」

「空白、期間ですか?」

「ああ、それが数年前……丁度、幻想郷が平和になった前後の『数年分の歴史』がなくなっている。もしかしたらその『歴史』がこの依頼状と関係しているから『見えない』かもしれないな」

 キョトンと首を傾げる早苗に慧音は頷いてみせた。やはり、幻想郷が平和になったことと今回の異変は繋がっている可能性がある、ということだろう。

「慧音はどう思う? 今回の異変とこの依頼状。そして、なくなった『数年分の歴史』について」

「……やはり、私には心当たりがない。『数年分の歴史』を食べたのなら何かしらの痕跡は残るはずだ。それこそ『歴史を創る程度の能力』を使えば『食べた歴史』を閲覧することは可能だろう」

 しかし、今回はそれすらできない。彼女ですら把握できない『歴史』が存在している。その『歴史』が幻想郷に平和を強制した。その『歴史』が今回の異変を解決する鍵なのだろう。

「色々とありがとう。助かったわ」

「ああ、こちらこそずっと抱いていた疑問を共有できてどこか胸が軽くなったように感じる……それと」

 そこで何かを言いかけた慧音は不自然に口を閉ざしてしまった。話すか悩んでいるのだろう。視線だけで先を促すと彼女はこほんと咳払いをした。

「……最初にも言ったがこの依頼状に起きている現象は私の能力を使った時と類似している。ならば……私の能力と似たような能力が使われているのかもしれない」

「……」

「だが、もし仮にそうならば……気を付けた方がいい。相手は、相当の手練れの可能性が非常に高い。弾幕ごっこすらやらせてもらえないかもしれないぞ」

 『では、そろそろ失礼する』と言って慧音は部屋を出て行った。残された私たちは無言のまま、寺子屋を後にする。最後に慧音が遺した忠告は不思議と脳裏にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」

 人里を出てすぐ合流地点に到着するとすでに魔理沙と咲夜が待っていた。しかし、私たちは魔理沙の言葉に返事をすることもなく、ゆっくりと歩いて彼女たちの傍へ向かう。

「ん? どうした、そんな辛気臭い顔して……あれ、妖夢じゃん」

「……こんにちは」

「お、おう? 本当にどうしたんだ?」

「色々あったのよ……そっちも色々あったみたいだけど」

「ああ、でっかい兎を捕まえたぜ」

 そう言って魔理沙は背後の地面を見る。そこには何故かロープでグルグル巻きにされ、猿轡を噛まされている鈴仙が転がされていた。彼女は咲夜にナイフを突きつけられ、ブルブルと震えている。耳もヨレヨレになってしまっており、今にも死んでしまいそうだ。

「えっと……どうして、鈴仙さんがここに?」

「森で怪しい行動してたから捕まえてみたのよ」

「んー、んんー!」

「本人すごい否定してますけど」

「犯人は皆、そう言うもんだぜ?」

 早苗の疑問にナイフでチクチクと鈴仙の肌を軽く突きながら答える咲夜に対し、呆れたようにいう妖夢とカラカラと笑う魔理沙。このままでは埒が明かないので鈴仙のロープと猿轡を外す。

「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った。ありがとう、霊夢さん……」

「ほら、さっさと野生に帰りなさい」

「野生じゃないけど!?」

 兎耳をピンと立ててツッコむ鈴仙を無視して魔理沙と咲夜に人里で手に入れた情報を伝える。それを聞いた彼女たちを真っ白な依頼状を見ながら首を捻った。

「本当に何も書かれてないな」

「私も駄目ね……本当に悪戯じゃないの?」

「幽々子様はそんなこと……する方ですが、今回に限ってはないと思います! 多分ですが」

「そこは断言してよ……まぁ、気持ちはわかるけど」

 何故か妖夢と鈴仙はほぼ同時にため息を吐く。彼女たちは自由奔放な主に仕えている。色々と気苦労が絶えないのだろう。

「それにしてもそんな異変が起きてたとは……」

「それで鈴仙さんはどうしてこんなところに?」

「師匠におつかい、のようなものを頼まれて……ほら、これ」

 そう言って鈴仙は地面に転がっていた袋を持ち上げる。どうやら、魔理沙たちは鈴仙を捕まえた後、戦利品として彼女の持ち物を持ってきたらしい。

「これは……キノコ?」

「そう。人里近くに群衆してるキノコを採って来いって……そしたらこんなことに」

 袋の中を覗くとキノコがたくさん入っていた。今日は何かとキノコに縁のある日だ。別に嬉しくとも何ともないけれど。

「お、ならそのキノコが身代金だな! そのキノコを寄越せば五体満足で帰してやるぜ?」

「もう解放されてるから! 全く、今日はホントに厄日……ん?」

 魔理沙が『くれよ』とひょいひょいと手招きすると鈴仙はツッコむがその途中で魔理沙の手にあった真っ白な依頼状を見て言葉を噤む。むむむと顎に手を当て、凝視する姿を見て私はピンと来てしまう。

「……読めるのね?」

「あー、えっとー……」

「読めるのね?」

「……はい」

 はぐらかそうとする鈴仙に詰め寄ると私のプレッシャーに耐え切れなくなったのか、彼女は正直に頷く。よし、これで今後の方針は決まった。とりあえず――。

「捕獲」

「よっしゃ!」

「いやあああああああ!」

 ――兎狩りの時間だ。



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EX6

「うぅ……絶対に返してよ? あれがないと怒られるの私なんだから」

「おう、ちゃんと協力したら帰して(・・・)やるぜ」

 項垂れた様子で飛ぶ鈴仙に対し、彼女の隣にいる魔理沙はケラケラと笑いながら答えた。あの様子だといつものように難癖を付けて盗んでいくに違いない。

 鈴仙があの真っ白な依頼状を読めると判明してから数十分ほど経ち、全員で彼女を捕獲した後、キノコを人質――キノコ質にとって何とか異変解決に協力するように説得することができた。現在、キノコは寺子屋に預けている。預けに戻った時の慧音の顔には明らかに呆れが表れていたがこれも異変を解決するため。仕方ないのだ。

「それで依頼状にはなんて書いてるんです?」

 鈴仙が持っている依頼状を覗き込みながら早苗が質問する。どうせ、読めないのだから依頼状を見ても意味はないのだが。

「えっと……要約すると白玉楼に料理を作りに来いって依頼、かな」

「要約せずにそのまま読み上げなさい。全部よ、全部」

 今回、大事なのは依頼の内容ではない。

 依頼状が誰宛のものなのか。

 どういった経緯でその依頼状を出したのか。

 依頼状の報酬は何なのか。

 その全てがヒントになりえる情報だ。私の言葉に少しばかり嫌そうな顔をした鈴仙だったが素直に依頼状の内容を読み上げる。

「『万屋 (ひびき)』への依頼状。依頼内容、料理の提供。報酬、あなたがいなかった間に起きた出来事に関する情報……ここからは雑談みたいな感じなんだけど」

「……」

「うっ」

 『本当に読むの?』と言わんばかりの視線に私は無言で圧をかける。それに耐え切れなかったのか、彼女は顔を引き攣らせながら続きを読む。

「久しぶりね。あなたがいなくなってから随分時が経ったような気がするし、自覚がなかったせいで数日だけ顔を出さなかったような気もするわ。でも、本当に無事でよかった。あなたの料理は妖夢とはまた違った美味しさがあって食べられなくなるのは寂しいもの。まだ、あなたのことを思い出している人は少ないけれど時間が経てば自然と思い出すわ。依頼を受けてくれるのなら妖夢と合流して献立を考えて欲しいの。もちろん、今日はきっと疲れているでしょうから今日じゃなくてもいいわ。それじゃあ、楽しみにしているわね」

「……」

 鈴仙が依頼状の内容を読み終えるが誰も言葉を発することなく、今の言葉の真意を考える。

 まず、幽々子はこの依頼状を受け取る人物――『万屋 響』なる人のことを思い出している。文章から幽々子も少し前まではその人物を忘れていたため、思い出していなければ依頼状自体、出すことができないからである。

 また、『万屋 響』なる人は妖夢のことを知っており、料理が上手い人であることもわかった。

 そして、最も重要なのは――時間が経てば私たちも思い出す、ということ。きっと、慧音が人里の歴史を食べた時、人里が見えなかった人間組と見えていた妖怪組のように思い出すタイミングにラグが生じるのだろう。

「……鈴仙は何故、依頼状が読めたの? 幽々子みたいに人外だから?」

「あー……実は普通に見ただけでは読めなかったの。ただ、適当に波長を操ったらたまたま依頼状が読める波長を見つけただけ」

 鈴仙の能力は『狂気を操る程度の能力』。しかし、その実態は物事に必ず存在する波長を操る、といったものだったはず。つまり、彼女は何となく依頼状の波長を操作して読めないか試し、その波長を見つけたのだ。

「因みにその波長ってのはなんだ? 確か、波長にも色々な種類があるんだろ?」

「私が操ったのは『存在』の波長よ。短くすれば存在が過剰になってどんなに遠くに離れてても声が聞こえるようになるし、逆に長くすれば存在が希薄になって隣にいても気づかれなくなる。今回は『存在』の波長を短くしてみたの」

 その言葉に私と妖夢、早苗は顔を見合わせる。慧音は人里の歴史を食べることで人里を隠そうとした。異変の首謀者は彼女ではなかったが、彼女の能力に似た何かが作用していることは何となく(・・・・)わかる。

「……つまり、異変の首謀者は自分の『存在』を食べた」

「存在を、食べる……それじゃあ、この依頼状が読めなかったのは首謀者に関する存在が食べられているから?」

 私の呟きに咲夜がそう結論付けた。もちろん、この依頼状だけではない。

 ここ数年、幻想郷が平和だったこと。

 慧音ですら把握できなかった隠された数年分の『歴史』。

 もしかしたら、私の悪夢や早苗の異常なまでのハイテンションも首謀者の存在が少しずつ元に戻りつつあるせいなのかもしれない。

「それで、この後どうするんだ? その首謀者の記憶が戻るまで待つか?」

「……いいえ、一か所だけ心当たりがあるわ」

 魔理沙の疑問に私は僅かに震えた声で答える。もし、数多くの謎が首謀者の『存在』が食べられたことで謎になったのならいつできたのか思い出せないあの場所――『死の大地』が最も怪しい。今思えば妖精たちが向かっていた方向には『死の大地』があった。十中八九、あそこに何かある。そう、私の勘が叫んでいた。

「……よし、そうと決まれば――ッ」

 魔理沙が笑顔で頷いた瞬間、どこからか大量の魔弾が飛んできた。私たちは慌ててその場から離れ、なんとか魔弾をやり過ごす。『死の大地』に向かおうとした矢先の攻撃。一体、誰だと魔弾が飛んできた方向へ視線を向け、思わず目を見開いてしまう。

「さて……ここから先に行きたければ私たちを倒すことね」

「よーし、久しぶりの弾幕ごっこ! たっくさん暴れちゃうぞ!」

 驚きのあまり、声すら出せない私たちを見下ろすように『レミリア・スカーレット』と『フランドール・スカーレット』が日傘も差さずに日光の下で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢たちがスカーレット姉妹と邂逅する数時間前、『死の大地』に向かって歩く一人の男がいた。彼の肩にはメイド服を着た可愛らしい人形。本来であれば話すことはおろか身動きしないはずの人形はあたかも生きているように男へと声をかけた。

「マスター、どうして『死の大地』に向かってるんですか? 今すぐ皆さんに会いに行かないんです?」

「パチュリーを紅魔館に送り届けた時、咲夜とすれ違ったけど全く気付かなかっただろ? 多分、まだ俺の『存在』が元に戻ってないんだと思う」

「でも、レミリアさんやフランさんは声をかけてくれましたよね?」

「人間と人外でタイムラグがあるんじゃないか? 詳しいことは俺にもわからないけど」

 『そんなものなんですかねぇ』と人形は不思議そうに首を傾げ、不意にピクリと体を硬直させた。そして、滑り台を滑り降りるように肩から右肩、右腕へと移動し、右手首に到達した直後、人形だった姿は白黒の腕輪へと変化する。

「マスター、気を付けてください。この先、何かいます」

「ああ、視えてる(・・・・)

 人形の忠告に男は素直に頷く。だが、その歩みは止めない。

 その時、茂みから大きな影が男と人形の前に飛び出た。

 それはまさに巨大なムカデだった。妖怪の類なのだろうが、何故かそのムカデの頭部は少しばかり陥没しており、腹には痛々しい火傷の痕。その他にも細かい傷が多く、その体に残っていた。きっと、厳しい環境の中、戦い続けてこの日まで生き残った個体なのだろう。

「……」

 ムカデを見上げた男はそれでも特に反応を示さない。そんな男の態度が気に喰わなかったのか、ムカデは奇声を上げた後、凄まじい勢いで男へと迫る。このまま何もしなければ男はムカデの凶悪な顎に捉われ、体を真っ二つにされてしまうだろう。

「……桔梗(・・)

「はい、マスター」

 そう、それは男が何もしなければの話。

 右腕を振り上げた状態で腕輪になった人形に声をかける男。そのままゆっくりと右腕を振り下ろすとムカデは何故か男を素通りする。いや、違う。いつの間にか男が持っていた白黒の大きな鎌によって一刀両断され、ムカデは男の体を捉えることなく、体を真っ二つにされてしまったのだ。

「……さて、早く移動しちゃおう。パチュリーの話じゃ異変が起きないほど平和になったみたいだけどそうでもなさそうだし」

「そうですね」

 その場で鎌を振るい、ムカデの血を払った男は鎌を肩に担ぎ、再び歩き始める。彼らが去った後、そこに残ったのは無残にも息絶えたムカデの死体だけだった。



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EX7

 突如、私たちの前に立ちふさがったのは吸血鬼姉妹の『レミリア・スカーレット』と『フランドール・スカーレット』だった。しかし、問題は彼女たちが現れたことではない。吸血鬼である彼女たちが日傘を差さずに日差しを浴びていることが問題だ。

「お嬢様? 妹様?」

 常に冷静な咲夜でさえ目を白黒させて吸血鬼姉妹を見上げている。彼女もレミリアたちが日差しを浴びても無事でいることに驚いているのだ。

「……で? さっきのはどういう意味なんだ?」

 驚愕する私たちの中で最初に正気に戻ったのは魔理沙だった。魔理沙に問いかけられたレミリアとフランはキョトンとした後、顔を見合わせる。

「どういうって……そのままの意味よ?」

「この先に行きたければ私たちを倒していけー、みたいな」

「だから、どうしてこの先に行くのにお前たちを倒さなきゃならないんだ? この先に行ってほしくないのか?」

「いや、別に」

 不思議そうに首を傾げながら答えたレミリアに思わずツッコみそうになった。つまり、彼女たちは特に意味もないのに私たちの邪魔をすると言っているのだ。

「でも……」

 文句を言おうとしたがレミリアが何故か私の方をジッと見つめた。見つめられる理由がわからず、口を噤んでしまう。

「……その様子だとまだ思い出していないみたいね」

「この先に『万屋 (ひびき)』って人がいるの?」

「む……霊夢、今なんて言ったの?」

 私が問いかけると今度はフランが目を鋭くさせた。何か彼女の逆鱗に触れることを言ってしまったらしい。しかし、ただ私は『万屋』について聞いただけだ。あそこまで怒る理由がわからない。

「よりによって霊夢が読み間違えるなんて……本当に、もう……もう、もうもうもうもう!」

 私が怒られている理由がわからないとわかったのか、それすらも気に喰わなかったらしくとうとうフランは癇癪を起こしてしまう。さすがにこのままフランを放置するのはマズイ。私たちはいつでも動き出せるように構えた。

「全くこの子は……ほら、早くしないとこの子の能力でキュッとしてドカーンされるわよ」

「ちっ……結局、何もわかんないまま戦うしかないか」

「……いえ、ここは私に任せてください」

 魔理沙がミニ八卦炉を取り出そうとしたところでいきなり敬語になった咲夜が私たちの前に移動しながら言った。すでに彼女の両手には数本のナイフ。

 元々咲夜の目的は日傘を持たずに出かけてしまったレミリアとフランを探すこと。この時点で彼女の目的は達成されている。

「お嬢様、妹様……どうして日光の下でも動き回れるのか、聞かせていただいても?」

「そうね……『万屋』に頼んだから。そう言って納得できる?」

「納得しかねます!」

 そう言って咲夜はレミリアとフランに向かってナイフを投擲。その後、能力を使ったのかいきなりナイフが増えて吸血鬼姉妹に迫る。

 だが、ただ増えただけのナイフにやられるような2人ではない。レミリアとフランはほぼ同時に魔弾をまき散らし、ナイフを弾き飛ばす。

「さぁ、行きなさい」

「……わかったわ」

 きっと咲夜に何を言っても彼女は譲らないだろう。ならば今は異変解決のために行動した方がいい。私は他の皆に目配せして迂回するように移動し始める。

「させないよ! 禁忌『レーヴァテイン』」

 そんな私たちを目ざとく見つけたフランが炎の剣を片手に私たちへと向かってくるがその前に急ブレーキをかけて背後へと炎の剣を振るう。すると炎の剣と咲夜が投げたナイフがぶつかり、甲高い音が響き渡る。

「邪魔しないで、咲夜!」

「いいえ、そうもいきません。全力で邪魔させていただきます」

「へぇ、面白いじゃない。私も混ぜて欲しいわ!」

 背後から咲夜たちの戦う音が聞こえ始め、弾幕ごっこが始まったのだとわかった。その音を聞きながら私たちは『死の大地』へと向かう。

「まさかレミリアたちがお天道さまの下に出られるようになってるとはな……一体、どんなトリックを使ったんだ?」

「あー、それなんだけど」

 後ろを見ながらぼやくように言った魔理沙だったが鈴仙が少しだけ困ったように手を上げた。全員の視線が鈴仙に集まり、彼女は何故かビクッと肩を震わせる。依頼状の時のように何かわかったのだろうか。

「えっと、依頼状みたいに波長変えたら何かわかるかなって思って話してる最中、ずっと色々と試してたんだけど……2人の影に違和感を覚えた」

「違和感?」

「うん……具体的には説明できないけど、影に何か細工してるのはわかった。それも多分、第三者の仕業」

「そういえば『万屋』さんに頼んだって言ってましたね。やっぱり、慧音さんの言ってたとおり、かなりの実力者なんでしょうか?」

 鈴仙の言葉に早苗が腕を組みながら推理する。確かに吸血鬼の長年の弱点である『日光』を克服できるほどの力を持った人物。それが今回の異変の首謀者。

(それに……)

 フランの言葉が気になった。よりにもよって私が読み間違える。彼女は確かにそう言った。じゃあ、どこを読み間違えていた? そこまで長くなかったのですぐにその単語はわかった。『万屋 (ひびき)』。これを私は読み間違えたのだ。

 『万屋』を読み間違えたとは考えにくいのでおそらく『(ひびき)』。依頼状には振り仮名などあるわけもなく、鈴仙は一般的に読まれやすい方を口にしたのだろう。

 だから、『万屋』の名前は――『(きょう)』。

 

 

 

 

 

 

 

 ――霊夢

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

「霊夢さん? どうしました?」

「……何でもないわ」

 『万屋』の名前を思い浮かべた刹那、頭にノイズが走る。痛みはなかったがその衝撃に思わず顔を顰めてしまう。それを隣を飛んでいた妖夢は見ていたのだろう。心配そうにこちらの様子を窺っていた。その問いに首を振って答えた後、何となく(・・・・)後ろを振り返る。

「およ?」

「……は?」

 そこには今まさに大きな鎌を振り下ろそうとする死神――小野塚 小町がいた。



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EX8

感想にて間違いを指摘されたので修正しました。
話の流れは変わっていませんのでよろしくお願いします。


「霊夢さん!」

 あまりの事態に迫る鎌を目の前にしても身動きが取れなかった私を庇ったのは隣を飛んでいた妖夢だった。彼女は私と小町の間に割り込み、素早く抜いた長い方の刀――楼観剣で小町の鎌を受け止める。ガキン、と金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡り、火花が散った。

「やっぱ、厄介だね。その直感……確実に仕留めたと思ったのに、と!」

 妖夢と鍔迫り合い(鎌に鍔はないが)をしていた小町が苦笑を浮かべながら妖夢の刀を押し、その反動で後方へと下がる。その直後、星型の弾幕が小町がいた場所に通り過ぎた。魔理沙が小町に攻撃したらしい。

「おいおい、いきなり物騒じゃないか? 本気で霊夢を殺しに来たのか?」

「まさか! ただのお遊びさ。これじゃ斬れないからね」

 そう言いながらも小町は器用に鎌を振り回した後、標的は私だと言わんばかりに鎌を向けた。確か小町は鎌を扱えないし、そもそも鎌自体も全く斬れない作り物であり、三途の川を渡る『死神は本当にいた』と死者に向けてのサービス目的で持っていたはずだ。

「……でも、気絶ぐらいはさせられる。ちょっとばかし痛い目に合ってもらおうかと思ってね」

「な、何故そんなことを……まさか今回の異変の首謀者の協力者!?」

「は?」

 早苗が目を丸くして驚くが当の本人は不思議そうにきょとんとしている。早苗の推理は的を外れていたらしい。小町の反応から早苗もそれに気づいたようで恥ずかしそうに両手で顔を覆っている。

「……ああ、なるほど。異変、か。確かに人によっちゃ異変だと捉えるかもしれないか。それでそんな大人数で固まって飛んでたわけだ」

「その様子だと何か知ってるようだけど」

「ああ、知ってるさ。きっと、大抵の妖怪たちは気づいてる。まぁ、例外もいるみたいだけど?」

 小町はニヤリと笑いながら私に鎌を向けながら鈴仙を見た。その例外が彼女なのだろう。鈴仙も腑に落ちないような表情を浮かべて紅い目で小町を観察している。

「なに、別にあんたが鈍感なわけじゃない。ただ、能力が邪魔しただけさ」

「能力?」

「波長を操れるんだろ? なら、あいつからの影響を受けた後、無意識の内に通常に戻そうと調整したかもしれない。それはあたいにはわからないけどね」

 そう言っておきながら彼女の顔には自信が満ち溢れていた。その反面、鈴仙は本当に能力を使ったのか、と思い出そうとうんうんと唸っている。あの様子では思い出すことはないだろう。いや、それ以上に気になることが一つ。

「あいつ……知り合いなの?」

「もちろん、あたいの師匠であり、そう遠くない未来、弟子になる奴さ」

 小町の発言に私たちは思わず顔を見合わせてしまう。小町に師匠がいたとは初耳だ。それにそう遠くない未来に弟子になるとは一体、どういうことなのだろうか。まるで、未来に起きることを知っているかのような。

「へぇ、師匠がいたなんて初めて聞いたな。何を教えてもらったんだ?」

 魔理沙が興味深そうに質問すると小町はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにニタリと笑った。そして、その場でブンブンと鎌を回し、担ぐように柄を肩に乗せる。

「鎌の扱い方さ。あいつから鎌の扱い方を教えてもらって……いつかあたいがあいつに鎌の扱い方を教える予定なのさ」

「……自分で矛盾してること言ってるの自覚してるか?」

「ああ、もちろん。でも、事実なんだから仕方ない」

 訝しげに見る魔理沙の視線を受け、小町はケラケラと笑い声を漏らす。ふざけているのかと思ったが、どうも彼女が嘘を言っているようには見えない。彼女は真面目に矛盾している事実を言っただけ。

「……それで? その師匠について教えてもらえるのかしら?」

「いいや、教えない。あんたにだけは絶対に教えない」

 私がそう問いかけると小町はいきなり真顔になって断言した。

 やはり、フランの時と同じだ。私が『万屋』の読み方を間違えた途端、フランは癇癪を起こした。どうも、彼女たちは私が『万屋』のことを思い出せないことが気に喰わないらしい。

「そもそもあたいが攻撃した時点でわかってもいいと思うんだが……あたいはあんたたちの敵さ」

「おう、それはわかりやすい。なら、早速――」

「――おいおい、もう少し語らせてくれよ。あたいだって霊夢の態度を見て何も思わないわけじゃないんだ」

「それは……霊夢さんが『万屋』のことを覚えていないことにですか?」

 刀を構えながら妖夢が小町に質問する。それに対し、小町はすぐに頷き、鋭い視線を私に向けた。

「事情はわかってる。あんたが思い出せないのも無理はない。でも、納得はできないのさ。せめて、思い出してから会って欲しいんだよ、あたいたちは」

「それまで大暴れしてる妖精を放っておけって?」

「ああ、そうさ。妖精に関してはあいつがどうにかするだろう。だから、ここは引いてくれないかい?」

「……無理ね」

 その『万屋』がどんな人かわからない。少なくとも自分の『存在』を食べられる実力者であることぐらいだ。しかし、だからといってその人に任せるつもりはない。何故なら、私は『博麗の巫女』だから。

「そうか。じゃあ――」

 私の答えを聞いた小町は苦笑を浮かべた後、一瞬にして距離を詰め、私へと鎌を振るう。彼女の能力は『距離を操る程度の能力』。彼女は距離を操って私に迫ったのだ。

 回避は不可――というより回避した後、もう一度距離を操られて結局、鎌で殴られて終了。弾幕ごっこではないので向こうもこちらを気絶させるつもりだろうし、当たれば私は戦闘不能になってしまうだろう。だから、私は動かなかった(・・・・・・)

「シッ……」

 私に鎌がぶつかる直前、妖夢が再び刀を振るってそれを弾き飛ばす。更に短い方の刀――白楼剣で追撃を試みるが、それは小町の能力で回避されてしまった。

「霊夢さん、皆さん! ここは私が受け持ちます!」

「……お願いするわ」

 私たちは基本的に弾幕を張って戦う。しかし、距離を操る小町の前ではあまりにも不利である。

 その点、妖夢は弾幕の他に刀を扱えるため、私たちに比べて小町相手でも戦える上、速度も私たちの中では一番だ。距離を操られても離脱や接近も可能なはず。

 他の人も私と同じ考えに至ったのか特に反対意見も出ずに私のあとを追いかけてくる。

「おっと、これはやられたな。あんたを倒さない限り、霊夢を止められないってか?」

「……参ります」

 背後から小町と妖夢の会話が聞こえた。小町は妖夢が足止めしてくれる。当分の間、彼女は私たちを追ってはこられ――。

(――でも……いえ、今は小町の恩情に甘えましょう)

 小町の能力は『距離を操る程度の能力』。妖夢が足止めしているとはいえ、彼女がその気になれば妖夢を無視して私たちを追いかけられる。しかし、今の彼女の言葉からしてそのつもりはないようだ。最後まで小町の考えは読めなかったが私たちに不利益になるようなことはないようなので放っておく。とにかく、今回の異変の首謀者を見つけて止めなければならない。それが『博麗の巫女』の仕事なのだから。

 



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EX9

 小町を抑えるために妖夢を置いてきた私たちは『死の大地』に向かって飛んでいた。その間、私たちに会話はない。今回の異変に纏わる情報を整理しているのか、それとも考えることを止めたのか。はたまたそれ以外の理由なのか。私にはわからないが少なくとも私は小町の情報を整理するのに少々時間がかかっていた。

(フランや小町の態度を見るに……今回の異変の首謀者は私と関わりがある人物)

 しかし、その人物が自身の『存在』を食べた影響を受け、肝心の私が思い出せない状態。小町が言うには時間が経てば自然と思い出すらしいが、その間に妖精たちの被害が大きくなる可能性もあるし、妖精だけでなく、妖怪の類が暴走し始めるかもしれない。そう考えると黙って思い出す時を待つわけにはいかなかった。

(いや……それ以上に……)

 小町の言葉を聞いてからグルグルと渦巻くいくつもの感情。

 苛立ち、悲しみ、怒り、不安、怯え、焦り。

 だが、そんな負の感情以上に別の感情が私の思考回路を鈍らせる。その思いに何故か明確な名前を付けられなかったがこれは負の感情ではないことだけは確かだった。それがわからないことが余計、私の胸を締め付ける。

「……なぁ、霊夢」

 私がなんとか『万屋』のことを思い出そうとしていると不意に魔理沙が私の隣に移動して声をかけてきた。どこか言いづらそうにしている魔理沙をチラ見した後、頷いて先を促す。

「お前、本当に『万屋』のことを覚えてないのか?」

「……覚えてないわ。なにか引っかかることはあるけどそれ以上は何も」

「……」

「……何よ」

 何か言いたそうに私の方を見続ける魔理沙の視線に耐え兼ね、問いかけると彼女は『いや、何も』と言って後ろに下がった。本当に何だったのだろうか。気になることがあったのなら『万屋』を思い出すきっかけになるかもしれないので言って欲しかったのだが。

「それで現実的な話……その『万屋』さんは一体、何を企ててるんですかね?」

「……きっと何も企ててないわ」

 早苗の疑問に私は率直な意見を述べる。

 小町に『万屋』について聞いた時、彼女は今の異常が異変だと認識していなかった。それこそ『放っておけば『万屋』が何とかする』と断言するほどに今の状態に危機を覚えていなかったのである。

 それに彼女の反応からしてレミリアやフラン、小町は自主的に私たちの前に立ちはだかったのだ。

「私たちを止める理由は何? 『万屋』って人が何も悪いことをしてないのなら私たちを止める意味なんて――」

「――言ってただろ。私たち……いや、今の状態の霊夢に会うとその『万屋』が傷つくってさ」

「傷つく……どうして傷つくんですか?」

「そこまでは知らん」

 鈴仙の疑問に答えた魔理沙だったが早苗のそれには肩を竦めた。小町は私が思い出すまでは待って欲しいと言っていたのでそこがポイントなのだろう。

 今の私に会うことで『万屋』が傷つく。しかし、私が思い出したら『万屋』は傷つかない。

 ならば、その『万屋』は私が忘れている状態で会うことがアウトなのではないだろうか。まだ情報が足りないので憶測の域を超えないが、何となく(・・・・)間違っていないような気がする。

「とにかく今はその『万屋』がいるかもしれない『死の大地』に――」

「――霊夢さん!」

 突然、鈴仙が私の巫女服の襟を掴んで急上昇する。妖怪の腕力に私は逆らえず、呻き声を漏らしながら彼女の後を追うように高度を上げた。

「……え?」

 その刹那、先ほどまで私がいた場所を大量の弾幕が通り過ぎていく。もちろん、遠くから狙い撃ちされたのではない。そうなら鈴仙に助けられる前に気づいている。今の弾幕は文字通り突然、現れたのだ。

「おっと」

「きゃっ!?」

 私の後ろを飛んでいた魔理沙と早苗は左右に分かれるように回避することで何とか弾幕をやり過ごした。もし、鈴仙が間に合っていなければ私は今頃、弾幕の直撃を受けて墜落していただろう。あの弾幕にはそれほどの威力が込められていた。

「ありゃりゃ、外しちゃった。見えてないはずなのに」

 弾幕の出処を探すために周囲を見渡しているとどこからか子供の声が聞こえるが、やはり姿は見えない。何かの能力で姿を隠している? なら、相手はどこに?

「ッ! そこ!」

 瞳をひと際赤く輝かせた鈴仙が人差し指を虚空に向けた後、一発の妖弾を放つ。その弾は凄まじい速度で射出され、そのままどこかへ消えていくかと思いきや突然、何かに弾かれたように明後日の方向へ進路を変更した。

「皆、あそこに何かいる!」

「いるって……何がだよ!」

「そこまではわからない! 波長を変えてもはっきりと見えないの!」

 鈴仙の能力でも見抜けない透明化。まさか鈴仙の言う『何か』もレミリアやフランのように『万屋』から何か細工をしてもらった奴なのだろうか。

「……あ、もしかしてこいしさん?」

「おー、よくわかったね」

「はぁ!? こいしだって!?」

 姿は見えないが先ほど聞こえた声で正体を見破ったのは早苗だった。声も嬉しそうに肯定しているが正直な話、私も素っ頓狂な悲鳴を上げた魔理沙と同じ気持ちだ。

 こいしの能力は『無意識を操る程度の能力』。相手の無意識を操ることで他人に全く認識されずに行動できる能力。しかし、それは鈴仙には通用しなかったはずだし、あれは無意識を操るだけで視界に入っていれば気配は感じられないが視認ぐらいはできた。

「……あれ、今私たち、何に襲われたんですか?」

「早苗、しっかりしろ! 相手は……相手は、誰だ?」

 だが、今のこいしは鈴仙が辛うじて存在を認識しているだけで視認はおろか今まさに『こいしがこの場にいる』こと自体、忘れてしまいそうになりそうである。実際にもう魔理沙と早苗はこいしのことを忘れてしまった。

「何を……したの?」

「んー、別にー。ちょっと、『万屋』に頼んだだけだよ?」

 なんとか目の前にいるであろう妖怪の存在を忘れないように必死に頭の中で『こいし』と連呼しながら質問すると案の定、吸血鬼姉妹と同じ回答を貰った。だが、彼女たちに比べ、こいしのグレードアップは計り知れない。駄目だ、別のことを考えるともう忘れてしまいそうになる。

「あれ、この声、こいしさん?」

「はぁ!? こいしだって!?」

「はい、この……あれ、なんでしたっけ?」

「いや、だから……あれ」

「あんたたちは黙ってなさい!」

 またコントを始めた魔理沙と早苗に『博麗のお札』を投げつけ、もう一度こいしがいる方向へ顔を――向けようとして体を硬直させた。鈴仙が妖弾を撃ち込んだのはどっちだった?

「霊夢さん、急降下!」

「ッ!」

 鈴仙の言葉に咄嗟に全力で急降下する。その直後、大量の弾幕が私の真上を通り過ぎていった。慌てて弾幕が飛んできた方向を見ようとしてまた見失った。まさか彼女の能力がここまで厄介……あれ。

(彼女って……誰だっけ)

「むぅ……そこの兎が厄介だなぁ。これじゃあ、霊夢を撃ち落とせないよ」

「どうしてそこまで霊夢さんを攻撃するの!?」

「決まってるじゃん。この先に行かせないためだよ」

「だから、聞いてるのはその理由であって!」

「なぁ、鈴仙……お前、一人でなに叫んでんだ?」

 鈴仙が1人で喚き始めたので魔理沙が呆れた様子で鈴仙に問いかけた。だが、問いかけられた彼女は信じられないような目を魔理沙に向ける。

「だから、『古明地 こいし』がそこにいるんだってば! どれだけ忘れたら気が済むの!」

「はぁ!? こいしだって!?」

「それはもうやったんだよぉ!」

 ……そうだ。こいしだ。こいしが私を狙って襲い掛かってきたのだ。やはり、何かに気を取られたらすぐに彼女のことを忘れてしまう。私は急いで『博麗のお札』の裏に霊力を流し込み、無理やり『こいしおそってくる』と焦げ目を付けた。

「ああ、もう、埒が明かない! 霊夢さんたちは先に行って! 今の彼女と戦えるのは私だけだから!」

「ええ、そうみたい。お願いね、鈴仙。早く行くわよ!」

 鈴仙の言葉に素直に従い、未だ困惑している魔理沙と早苗に声をかけてその場から全力で離脱する。

「あー、待ってよ! 霊夢だけは絶対に行かせちゃダメなんだから!」

「行かせないっての!」

 背後から2人……2人? いや、鈴仙が1人でその場で弾幕をばら撒いている。何があったのだろうか。

(あれ……なんで、手にお札を……ッ!?)

 手に持っていた『博麗のお札』をひっくり返すと『こいしおそってくる』と拙い字が書かれていた。おそらく指先に霊力を込め、焦がして書いたのだろう。

「これは……本当にマズいわね」

 こいしのことを忘れないように必死に『博麗のお札』を眺めながら私は『死の大地』に向かう。今回の異変、思った以上に厄介な案件なのかもしれない。



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EX10

「……私たちだけに、なっちゃいましたね」

 『死の大地』に向かって飛んでいると不意に早苗が声を漏らす。私と魔理沙は顔を見合わせ、思わずため息を吐いてしまう。

「ちょ、ちょっとなんですかその反応!」

「いや、別にそんなに悲しそうに言うことでもないだろ」

「ええ、私たちの目的はこの異変を解決すること。はっきり言って他の3人は調査の途中でたまたま会っただけの部外者よ」

 咲夜は最初からレミリアとフランを探すために何となく私たちについてきただけに過ぎない。それにあの時点で彼女の目的は達成されている。

 妖夢だって幽々子のお使いを終えるために『万屋』のことを調べていただけだ。きっと、小町を抑えてくれたのは彼女の正義感が強かったから。

 鈴仙は――よくわからない。いつの間にか消えてしまった。まぁ、最初から魔理沙と咲夜が捕まえただけだし、隙を見て逃げ出したのかもしれない。そう、思いながらも何故か彼女も妖夢と同じように誰かと戦うために離脱したような気もする。

 とにかく、最初から異変解決のために動いていたのは私たち3人だけだ。むしろ、咲夜、妖夢、鈴仙が増えたのは相当運がよかった。そうでなければきっと、私たちはフランや小町、――に倒されていたはずだから。

「そう、ですよね……なら、私たちだけで『万屋』さんに会うことになりそうですね」

「……」

「お? どうした、霊夢」

「いえ……きっと、そろそろ――」

「――おっと、そこで止まってもらおうか!」

 私の予想通り、私たちの前に人影が現れ、行く手を塞いだ。フラン、小町、――ときて()人目の刺客。しかし、現れた人物を見て思わず目を見開いてしまう。

「……こころ?」

「この先には行かせないからな!」

 何故か般若のお面を付けているこころが薙刀をこちら――いや、私に向けて叫んだ。確か、般若の面は『怒り』を表している。やはり、彼女も私のことが気に喰わないらしい。

「おいおい、いきなりお前にしたら怒るなんて珍しいな」

「そうですね、こころさんはどちらかといえば無表情なのにノリがいい印象ですし」

「いや、別にノリはいい自覚はないけど……」

 般若を猿の面に変えて困惑したように言うこころ。だが、すぐに狐の面に付け直した。とりあえず、怒りは抑えてくれたらしい。

「あなたたちには悪いけど、ここでリタイアしてもらうから」

「『万屋』に会わせないために?」

「うん。さすがに弟子が傷つくところを師匠が黙って見過ごすわけにはいかないから」

「弟子?」

 どうやら『万屋』は小町だけでなく、こころにも何かを教えてもらったらしい。小町は鎌の扱い方だったが、こころの場合、能楽だろうか。

「無駄話はもうおしまい。戦いましょう」

「え、そんないきなり!?」

「いきなりも何も……あなたたちがここにいる時点で話し合いで解決するとは思っていない!」

 再び般若の面を付けたこころが無表情のまま、声を荒げる。彼女と知り合ってそれなりになるが、あそこまで怒りの感情を露わにしたのはあっただろうか。あったとしてもそれを忘れてしまうほど珍しいことだった。

「今の事態がお前たちにとって異変だったとしても、我々にとって『希望』が帰ってきた。

それはまさしく喜ぶべきこと! それなのに、お前たちはそんな()を無自覚で傷つけようとしている!」

「ッ……ぁ!」

「彼……『万屋』は男なのね」

 こころの言葉を聞いて何故か息を飲んだ早苗だったが、それよりもまた新しい情報を得られた。『万屋』は男。それに我々――少なくともレミリアとフラン、小町、――、こころにとってその男は『希望』と呼べる人物。もしかしたら幽々子にとってもその1人なのかもしれない。

「そんなことすら忘れているお前たちに彼と会う資格はない。思い出してから出直せ!」

 そして、こころは私に向かって弾幕を放つ。咄嗟に右に躱すがそこを狙ってこころが薙刀を振るった。それを体を回転させるように回避して後方へ逃げながら私は舌打ちする。今の私にはアミュレットはなく、使える武器は『博麗のお札』のみ。弾幕はともかく薙刀相手にどう戦おうか。

「霊夢さん!」

 その時、早苗が突然、私の前に出てお祓い棒を構えた。彼女が持つそれは白いオーラを視認できるほど霊力が込められている。金属とぶつけ合っても簡単には壊れないように強化しているのだ。

「先に行ってください! こころさんの相手は私がします!」

「はぁ? いや、ここは3人で戦った方が――」

「――思い出したんです!」

 魔理沙の言葉を遮って叫んだ早苗はあれだけ自慢していた新品のアミュレットの主導権を強引に私へと移す。ただならぬ雰囲気を纏う早苗に私と魔理沙は言葉を失い、こころも薙刀を構えながらも様子を窺っていた。

「思い、出した? もしかして、『万屋』のことを?」

「はい……と、言ってもまだ全てを思い出したわけじゃありません。むしろ、思い出してないことの方が多いです」

 こちらを振り返らずに断言する早苗だったが、その声音には明らかに負の感情が込められていた。悲しみ、怒り、後悔。そして、ちょっとの嬉しさ。

「私と『万屋』さん……キョウちゃんは友達でした。まだ私が外の世界にいた頃からのお友達。大親友でした!」

 『でも』と声のトーンを下げた彼女は肩を震わせ、こころに向けたままのお祓い棒の先端がカタカタと震えていた。その震えは親友を忘れていた自分に対する怒りなのか、悲しみなのか。はたまたその両方か、それ以外か。未だ忘れている私には想像もできなかった。

「私は……忘れてました。あれだけ大切だった友達のことを綺麗さっぱり忘れて生きてたんです」

「それは『万屋』が――」

「――それでも!! 忘れたことには変わらないんですよ」

 私たちが『万屋』を忘れていたのは『万屋』自身が自分の存在を食べたせいだ。早苗だって一緒に調査していたのだ。だが、それが事実だったとしても早苗は忘れていた自分のことが許せないらしい。

「なら、なおさら一緒に行動した方がいいだろ? こっちはまだ思い出してないだから」

「……私、これでも怒ってるんです。これだけヒントを得ても一欠けらも思い出そうとしない霊夢さんに」

「……え?」

 早苗が、私に?

 予想外の言葉に私は間抜けな声を漏らしてしまう。まさか早苗もこころたちのように私と『万屋』が会わない方がいいと思っているのだろうか。もし、そうならば少々面倒なことになる。私と魔理沙で早苗とこころを倒さなければならないのだから。

「ああ……だから、私たちを止めようとしてたんですね。うん、そうです。今になってやっとわかりました。みんな、キョウちゃんが大好きなんですね。だから、彼が傷つかないためにこうやって……」

「なんだ、やっと思い出したんだ。なら、一緒に霊夢たちを落とそう」

 こころは薙刀を構えるのを止めて早苗に右手を差し出す。これはまずいと魔理沙も思ったのか咄嗟にミニ八卦炉を取り出して魔力を込め始めた。しかし、私たちの予想とは裏腹に早苗はその場で首を横に振る。こころの誘いを断ったのだ。

「……確かに今の霊夢さんにキョウちゃんが会えばきっと傷つくと思います。でも、それ以上に……きっと、彼は霊夢さんに会いたいんじゃないですか? 一刻も早く霊夢さんの顔を見たいんじゃないですか?」

「……」

「これは私の勝手な考えです。私はキョウちゃんじゃないから違うかもしれません……でも、これだけは言えます。きっと、この幻想郷の住人の中でキョウちゃんが一番に会いたい人は霊夢さんです」

 早苗の言葉に私は思わず奥歯を噛み締める。『万屋』にとって私は相当重要な存在だったらしい。それは今まで私を目の敵にしてきた人たちの言葉を聞いていればわかる。

 だからこそ、今になっても『万屋』を思い出せない自分が腹立たしかった。今まで思い出せなかった早苗もこころの言葉をきっかけに思い出せたのにどうして私は思い出せないのか。思い出せないせいで肥大し続ける蟠りに吐き気を催す。ぎゅっと心臓を握り締められ続けているような錯覚に顔を顰めた。

「でも、キョウちゃんが傷ついて欲しくない気持ちは私も同じです。もしかしたら、霊夢さんと行動してたら私の気が変わっちゃうかもしれない。だから、行ってください。私の、気持ちが変わらない間に」

「……ああ、行こう。霊夢」

「……」

 早苗の言葉に頷いた魔理沙は私の手を引いて早苗とこころの横を通り過ぎる。こころは――と違い、私たちを追おうとはしなかった。それが私にとって辛かった。もし、ここでこころが私を倒してくれたら『万屋』に会わなくてよかったのに、なんて考えてしまったから。



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EX11

 ――よりによって霊夢が読み間違えるなんて……本当に、もう……もう、もうもうもうもう!

 悪魔の妹が『万屋』の名前を読み間違えただけで親の仇を前にした子供のようにギロリとこちらを睨んで癇癪を起こした。

 ――おいおい、もう少し語らせてくれよ。あたいだって霊夢の態度を見て何も思わないわけじゃないんだ。

 三途の水先案内人は普段のあっけらかんとした性格にしては珍しく、目を鋭くさせて私を試すように見つめていた。

 ――むぅ……そこの兎が厄介だなぁ。これじゃあ、霊夢を撃ち落とせないよ。

 ――がまるで虫けらを見るような目で私を見据え、ただ近くを飛んでいる蠅を撃ち落とすような気軽さで私に攻撃してきた。

 ――そんなことすら忘れているお前たちに彼と会う資格はない。思い出してから出直せ!

 表情豊かなポーカーフェイスは無表情のまま……それでいてはっきりと怒りを顕わにして私を落とすために薙刀を振るった。

 ――私、これでも怒ってるんです。これだけヒントを得ても一欠けらも思い出そうとしない霊夢さんに。

 祀られる風の人間は仲間だった私に背中を向け、怒りで震えそうな声を必死に抑えながら先に行くように助けてくれた。それと同時に最後の情けだと言われたような気がした。

「……ぃ」

 どうして、皆は『万屋』を庇うのだろうか。

 何故、思い出せない私を責めるのだろうか。

 なんで、私は彼のことを思い出せないのだろうか。

「お……む……」

 確かに今回の異変は妖精が騒いでいるだけで目立った事件は起きていない。もしかしたら、今回の異変は異変ですらないのかもしれない。

「おい……」

 私を止めに来た人たちの言うとおり、『万屋』のことを思い出すまで私は神社に引きこもっている方がいいのだろう。妖精による被害も小町の話では『万屋』が何とかしてくれるのだからわざわざ私が異変を解決する必要は――。

「おいってば!」

「ッ……」

 そこまで考えたところで魔理沙の怒声が鼓膜を震わせ、思考の海から浮上した。彼女の方を見ると案の定、魔理沙は呆れたような表情を浮かべていた。その視線に耐え切れなくなり、私は視線を前に戻す。

「なんだ? 気にしてんのか」

「……」

「……お前らしくないな。いつもだったら異変を解決するためだったら相手の言い分なんて無視してただろ」

 魔理沙の言うとおり、今までの私ならこんなに悩まずにひたすら異変解決のために動いていただろう。

 しかし、今回は何か言われる度に心が乱れる。直感も時々しか働かないし、胸の奥にある蟠りはどんどん大きくなるばかり。確かに私らしくないな、と自覚できるほど今の私は調子がおかしかった。

「こりゃ重症だな」

「……ええ、私もそう思うわ」

「……ああ、そこで認める時点で本当に末期だってのがわかった」

 そう言いながら横から感じる魔理沙の視線に思わず身じろぎしてしまう。何も言っていない彼女の視線さえ今の私には攻撃的なものになっていた。

「……なるほど。よし、なら霧雨魔法店出張サービスの時間だ」

「は?」

 数秒ほど悩んでいた魔理沙はいつもの勝気な笑みを浮かべ、私の前に移動する。自然と目が合ってしまい、気まずくなって視線を逸らしてしまった。

「まずはカウンセリングだな。いいか、正直に答えろよ? 正直に答えなきゃミニ八卦炉がマスパを吹くからな!」

「……はいはい、わかったから」

 そう言ってミニ八卦炉を私に向け、魔力を注ぎ始める魔理沙。このままでは消し炭にされてしまいそうなので仕方なく逸らしていた視線を彼女に戻す。それでも魔理沙はミニ八卦炉を仕舞うことはなかった。

「それは第一問、あなたのお名前はなんですか?」

「……」

「ほれ、答えろよ。マスパは食らいたくないだろ?」

「……『博麗 霊夢』」

「おう、上出来だな! それでは第二問、あなたの職業はなんですか?」

 この茶番はいつまで続くのだろうか。それから魔理沙はどうでもいい質問ばかりを繰り返し、私は脅されながらも正直に答えていく。

「じゃあ、第十三問、今回の異変の首謀者は誰ですか?」

「ッ……『万屋』」

 だが、突然、異変の質問になり、ギクリとしながらもなんとか答える。その様子を見て魔理沙はニヤニヤ笑いながら更に質問を重ねた。

「第十四問、あなたはその『万屋』と知り合いですか?」

「……おそらく」

「第十五問、あなたはその『万屋』のことをどう思いましたか?」

「色んな人から慕われてるなって」

 そうでなければ『万屋』が傷つくからと言って私たちの前に現れたりしないだろう。それは『万屋』に対する印象。

「……」

 しかし、正直に答えたはずなのに魔理沙はミニ八卦炉をくいっと一瞬だけ持ち上げ、先を促した。どうやら、今の回答は正直に答えたことにはならなかったらしい。

「……あとは、不器用な人なのかもしれないわね」

「その心は?」

「だって、あれだけ慕ってくれる人がいたのに自分の存在を食べたのでしょう? 何かしらの事情があるにしてもどうして他の人には相談しなかったのかしら」

「他の人に相談した上で仕方なく存在を食べたんじゃないのか? そうするしかなかったとかさ」

「自分の存在を食べられるほどの実力者なのに?」

 あくまで直感(・・)でしかないが、『万屋』に解決できない事件は幻想郷が崩壊する規模の大事件にまで発展するだろう。だからこそ、不器用な人。事情があったとしてももう少しやりようがあったはずだ。少なくともわざわざ存在を食べて自分が孤立する状況――自分を追い詰める必要性はなかったと思う。

「ふむふむ……では、第十六問、どうして異変を解決しようと思ったんですか?」

「はぁ? そりゃ、妖精が騒いでるから――」

「恋符『マス――』」

「わかったからやめなさい!」

 私が止めなければ本気でマスパを撃っていただろう。未だに魔理沙の魔力で満たされた輝くミニ八卦炉を見ながら私は思考を巡らせる。

 異変を解決しようとした理由。それはもちろん、自分が『博麗の巫女』だからだ。異変は『博麗の巫女』が解決する。今までもそうだったし、これまでもきっとそうだろう。

 しかし、今回の異変は事情が違う。まだ妖精が騒いでいるだけだし、わざわざ私が解決する必要もない。

「……ああ、なるほど」

 確かに魔理沙の言うとおり、どうして私は異変を解決しようとしているのだろうか。『博麗の巫女』だから? いいや、違う。それだけ(・・・・)じゃない。私すら気づいていない何かがある。その正体は未だにわからないが、それを見つけたくて私は――。

「……第十七問、に行く前にやることができたみたいだな」

「え?」

 私に向けていたミニ八卦炉を別の方向へ向けた魔理沙に驚いてその先を見る。そこにはこちらへ接近する人影が一つ。フランたちのように私を撃ち落としにきた奴かもしれない。だが、その人影の正体がわかった途端、私と魔理沙は目を丸くしてしまう。

「……こいつは意外だな」

「ねぇ、あなたたちはキョーを傷つける人間?」

 そう言いながら両手を広げ、私たちの前に現れたのは微笑みながらも目が笑っていない宵闇の妖怪――ルーミアだった。



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EX12

 通せんぼするように両腕を広げながら私たちを見つめるルーミア。彼女も今までと同じように『万屋』を傷つけないためにやってきたらしいが、正直な話、戸惑いを覚えた。

 『闇を操る程度の能力』を持つルーミアは普段、自分の周囲を闇で覆い、太陽の光を遮りながら漂っている妖怪だ。もちろん、妖怪なので普通の人間からしてみれば脅威ではあるのだが、私や魔理沙のように異能を使える人間からするとレミリアのような強大な力を持つ人外に比べたら見劣りする。弾幕ごっこを用いれば私や魔理沙でさえ軽くあしらえるほどだ。

「あー、そこ退いてもらえるか?」

「やだー」

「だよなー」

 魔理沙の問いに即答したルーミアはジッと私を見つめている。彼女もフランや小町と同じ目をしていた。『万屋』を思い出せない私を責めるような瞳。それに耐え切れず、私は目を伏せた。

「いや、な? 言っちゃなんだが……お前1人で私たちを止められるとは思えないんだが」

「んー、そうかもね。弾幕ごっこじゃなければ勝てるかもしれないけど……それじゃキョーが悲しんじゃうから」

「ッ!」

「ぶへっ」

 そう言ったルーミアはにんまりと笑みを浮かべる。マズイ、と思った時には魔理沙に体当たりして右へと避けた。その瞬間、私と魔理沙がいた場所に氷弾が通過する。

「あっ、避けんなよ! 当たらなかっただろ!」

「ち、チルノ!? なんで、こんなとこ――ぎゃあ!」

「――いいから、早く避けなさい!」

 体当たりした勢いでもみくちゃになってしまった私たちの背後にいたのは氷精のチルノだった。彼女の縄張りである霧の湖は随分と遠くにある。魔理沙が驚くのも無理はない。だが、今はそれどころではなかったので早苗から借りたアミュレットを魔理沙にぶつけて私から遠ざける。私と魔理沙の間に無数の弾幕が落ちてきた。

「おっと、外しちゃった。やっぱり、夜目にしないと当たらないなぁ」

「今度はミスティアかよ!」

「おっと、残念ながら私もいるよ! 蠢符『リトルバグストーム』!」

 とどめと言わんばかりに私の真下にいたリグルがスペルカードを使用する。彼女の周囲に無数の粒弾が現れ、すぐに弾が大きくなり、周囲へと散らばっていく。いつもなら余裕で躱せるのだが、彼女との距離が近すぎて思うように弾を避けられない。このままでは――。

「さすがに数が多すぎるんじゃないか? 魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 だが、私が追い込まれる前に魔理沙が無数の星弾を放ち、リグルのスペルを吹き飛ばした。その隙に魔理沙の方へ移動して『博麗のお札』を構える。向こうも態勢を立て直したかったのか、追撃することなく、4人が一か所に集まった。

「ルーミア、チルノ、ミスティア、リグル……これはまた随分と集まったな」

「それだけ『万屋』の人望……いえ、人外望が厚いようね」

 『死の大地』まであともう少しというところで複数の敵を相手にしなければならないのは少し辛い。『万屋』が大人しく退治されるとは思えないし、できる限り、力を使いたくないのだが。

 

 

 

 

 

 

 ――ここで負けたら『万屋』に会わなくて済むのでは?

 

 

 

 

 

「ッ……」

 脳裏を過ぎったそんな言葉に私は思わず目を丸くしてしまう。今、私は何を考えた? 『博麗の巫女』としてあるまじき思考に一瞬でも揺らいでしまった自分に驚いてしまう。いや、驚いたのではない、失望したのだ。私は、そんな臆病な人間だっただろうか。

「むぅ、倒せなかった」

「でも、相手は2人だし、あたいもいるんだから大丈夫だって!」

「あ、ルーミアの能力でこの辺りを闇で覆っちゃうってのはどう? そうすれば私の歌で皆を『夜目』にできる!」

「いや、そもそもルーミアの闇の中じゃ『夜目』じゃなくても何も見えないんじゃ?」

 私が体を硬直させている間、ルーミアたちはごちゃごちゃと作戦会議をしていた。内容自体は子供染みたお粗末なものだが、私たちを本気で倒そうとしているのは伝わってくる。『万屋』のことを一向に思い出せず、自覚のないまま、彼を傷つけようとしている悪者(わたし)を成敗しようとしている。

 一方、私は妖精が騒いでいるという理由だけで特に理由もないまま、異変の原因を探しているだけに過ぎない。ふわふわとした根拠だけで『万屋』を傷つけようとしている。

「……第十七問」

「え?」

 不意に隣にいた魔理沙がカウンセリングの続きを再開した。まさかこのタイミングで問われるとは思わなかったのでルーミアたちから視線を外し、魔理沙の方を見てしまう。彼女はいつもの勝気な笑みを浮かべてミニ八卦炉を私に向けていた。

「あなたはどうしてそんなに悩んでいるんですか?」

「……は?」

 悩んでいる、理由? そんなもの、決まっている。妖精が騒いでいるだけで異変らしい異変ではないのだから、わざわざ自分が動く必要性があるのかわからないからだ。『博麗の巫女』だから、なんて当たり前の建前すら疑い始めている。

 自分が何をしたいのかわからない。

 自分が何を考えているのかわからない。

 自分が何を為すべきなのかわからない。

 わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。

「……ふっ、ふふふ……あーっはっはっは!」

 どうしていいかわからず、奥歯を噛み締めていると唐突に魔理沙が大笑いし出した。私はもちろん、ルーミアたちも何事かと魔理沙に視線を向ける。

「いやぁ、なんだよその顔……てか、実はお前の顔がおかしくておかしくてずっと笑いそうだったんだからな」

「何が、おかしいの?」

「だって……そんな如何にも悩んでますって顔、お前に似合わな過ぎて」

 笑いすぎて目から涙が出たのか、目元をこする魔理沙。こっちは大真面目に悩んでいるのにそれを笑われ、カッと怒りがこみ上げる。

「あんたねぇ!」

「そもそも今までの異変もちょっと迷惑だからって碌な理由もないのに、手当たり次第にぶっ飛ばしてただろ。私からしてみれば今更何言ってんのって感じだわ!」

「……」

 確かに。うん、確かに魔理沙の言うとおりだ。今までの私なら異変を解決する理由はもちろん、異変を起こしたという根拠すら考えずに目に付いた相手を適当にぶっ飛ばしていた。そして、何となく向かった先に異変の元凶がいただけにすぎない。

「だから、お前が考えるべきなのはそんな大層な理由だとか、自分の役目だとか考えるんじゃなくて……どうして、今回の異変に限ってそんなに悩んでるかって点だと思うぜ?」

「悩んでる、理由」

「……いいや、むしろ、考えるな。ごちゃごちゃ考えるから悩むんだ。悩む前に動け。考える前に前に進め。色々考えるのは『万屋』に会ってからでも遅くないんじゃないか?」

「……」

 ストン、と魔理沙の言葉が胸に落ちた。ああ、そうか。最初からそうすればよかったのだ。いや、違う。今までがそうだったのだ。私に理由なんていらない。ただ怪しい奴をぶっ飛ばして、それっぽいところに向かって、何となく元凶っぽい奴を退治する。それが私だった。

 一向にこの胸の蟠りは消えないけれど、その正体も『万屋』に会ってから突き止める。

「……よし、その顔だ。いつも通りに戻ったな」

「そう、かしら」

「ああ、あとは『万屋』に会ってからどうするか、決めろ。そのための……よーいドンの号砲ぐらいは務めてやる」

 そう言って魔理沙はミニ八卦炉の銃口を前に――ルーミアたちに向けた。そして、魔理沙の魔力を十二分に注がれたそれは今にも爆発してしまいそうなほど輝きを発している。

「それじゃあ、もう一度質問するぞ……第十七問、あなたはどうしてそんなに悩んでいるんですか?」

「わかりません。その答えは『万屋』に会ってから見つけます」

「ああ、上出来だ! さぁ、『博麗の巫女』の再出動だ、派手にいこうぜ!! 恋符『マスタースパーク』!」

 スペルカードが発動すると魔理沙の手にあるミニ八卦炉から極太のレーザーがルーミアたちへと一直線に射出された。ミニ八卦炉を向けられたのを見ていたからか彼女たちは悲鳴を上げながらバラバラに散らばって直撃を逃れる。その隙にレーザーの軌道に沿って一気にルーミアたちを追い越した。

「あ、待って! 絶対にここは――」

「――通さないぜ? 私が、な! ほれ、おかわりだ、たんと味わえよ! 恋心『ダブルスパーク』」

「ぎゃあああああああ!」

 背後から連続で『マスタースパーク』を放つ轟音とそれに混じって聞こえる4人の悲鳴に私は思わず合掌する。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、私は前に進む。

 目指す場所は『死の大地』。

 会うべき人は『万屋』。

 他のことは何もかも『不明』。

 

 

 

 

 

 さぁ、この気持ちの正体を確かめに行こう。

 



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EX13

 ――カラン、と何かの音が聞こえる。

 その音の正体はわからないが、どこか懐かしい。それでいて何故か不思議と安心する。

 そんな不思議な感覚を覚えながら目を開けるとまず視界に入ったのは吸い込まれそうなほどの闇。それが夜空であると気づいたのはその闇の中で無数に輝く星を見つけたからだ。体を起こし、まだ覚醒してない意識の中、ただ真っ直ぐ満天の星空を見上げる。

「あ、起きた?」

 その声に振り返ると顔を黒く塗りつぶされた誰かが小さな手でお盆を持ってそこに立っていた。そのお盆には氷の入ったコップが二つ。先ほどの音は氷が揺れた音だったのだろう。

「うん、おはよ」

「おはよ、の時間かな?」

「そうじゃないかも」

 その誰かが私の隣に座って――初めて自分が博麗神社の縁側にいたことを知る。そんな些細なことに驚いている私に気づかず、誰かは星空を見上げ、感嘆の声を漏らした。

「きれいだね」

「……うん」

 今日は私たちしか神社にいないので二人とも黙ってしまうと何も聞こえなくなる。普段ならば不安に感じてしまうそれも隣に座る誰かと一緒なら心地の良い時間に早変わり。

「……***ちゃん」

「ん? 何?」

 しばらく二人で星空を見上げていたが、私は震える声で隣に座る誰かに声をかける。誰かは星空から目を離し、私の方に顔を向けた。相変わらず顔は黒く塗りつぶされていて表情はわからない。それでも私は何となく誰かは優しく微笑んでいるような気がした。

「……ねぇ? 大人になったら結婚してくれる?」

 この前、テレビで知った『結婚』という概念。簡単に言えばお嫁さんになること。難しいことはよくわからなかったが、大好きな人とずっと一緒にいることはとても素敵だと思った。そして、その相手は隣に座る誰かだったらいいと自然と考えていたのだ。

「結婚って何?」

「知らないの?」

「うん」

「やっぱり、こういうの興味ないんだ」

 だが、隣に座る誰かは『結婚』を知らないらしい。そういえば一緒にテレビで見たのに私は目をキラキラされて食い入るように見ていたが、どうも隣に座る誰かは退屈だった今思えば私の隣でうたた寝していたような気がする。興味がなかったのだろう。

「ねぇ! 結婚って何?」

 いきなり出鼻を挫かれ、どうしようと思っているとさすがに気になったのか隣に座る誰かはグイっと私に顔を近づけて質問する。知らなかったのなら仕方ない。今知ってもらえばいいのだ。誰かが興味が出るように説明しようと気合を入れて私は『結婚』について説明する。

「結婚はね~好きな人と一生、一緒に暮らす事だよ!」

 説明しようとしたが、気合が空回りし、大きな声が出た。それに加え、私もよくわからないのでそんな拙いものになってしまう。これでは隣に座る誰かは興味を持ってくれないだろうと少しだけ落ち込んでしまった。

「へ~! じゃあ、れいちゃんと結婚する!」

「ッ!? ほ、本当!?」

 だが、隣に座る誰かの言葉を聞いて私は顔を上げてそちらを見る。表情は見えないが何となく笑顔を浮かべているような気がした。

「うん! 好きだもん!」

 私の問いに誰かは弾んだ声で答える。『結婚』という概念すら知らなかったはずなのにすぐに返事をしてくれたことに私は思わず笑みを零してしまう。胸の奥からまだ名前の知らない何かがこみ上げてきたのだ。

「大好きだよ!! ***ちゃん」

 居ても立ってもいられなくなり私は無意識にそう叫んでいた。込みあがる想いを抑えきれなくなったのである。

(あ、そっか)

「これからも一生、一緒だよ!」

「うん!」

 隣に座る誰かは私の手を握って満面の笑みを浮かべて言い放った。黒く塗りつぶされていた顔が見えていることに気づかず、私は勢いよく頷く。

 先ほど想いが口から漏れた瞬間、この胸の奥からこみ上げる感情に名前が付いた。

 『大好き』。

 私が――彼に向ける感情。想い。気持ち。

 それを自覚した瞬間、満天の星空も、すっかり溶けてしまった水面に浮かぶコップ氷も、私の隣で笑う幼い頃の彼も、全て、フッと消えてしまった。

「……」

 バタバタと風になびくスカートを手で押さえ、私はゆっくりと地面に降り立つ。自然の多い幻想郷では珍しい何もない場所。何も育たない場所。全てが死んでしまった『死の大地』。

 そんな死んだ土地が広がる場所の中央に人影を見つけたのはついさっき。その人影を見つけた瞬間、何か(・・)思い出しそうになったが、降り立った衝撃でそれすらも忘れてしまった。それが存在を食べてしまった影響なのだろう。

 せっかく、掴めそうだったそれを易々と手放してしまった自分に対して舌打ちをした後、私はゆっくりとその人影に近づいていく。

「……」

 その人はこちらに背中を向けている。異常なまでに長い黒いポニーテール。服装は外の世界で学生が着ているらしい制服と呼ばれるもの。そして、私が最も気になったのはポニーテールに使っている髪留めが『博麗のリボン』だったこと。それもただの飾りではない。あのリボンには何か術式が組み込まれている。ここからでは具体的な効果まではわからないが相当気合を入れて組み上げられたものだということは何となく把握した。

「……ねぇ」

 距離は約3メートル。自然と足を止めた私はその人物――『万屋』に声をかける。きっと彼も私の存在には気づいていたのだろう。特に驚くこともなく、ゆっくりとこちらを振り返った。

「……久しぶり、といっても覚えてないか」

 『万屋』は大変、美しい人間だった。思わず見惚れてしまいそうなほど整った容姿。挙動の一つ一つが洗礼されており、呼吸をするだけで優雅さを叩きつけられる。異常な長さのポニーテールも彼の容姿と相まって似合っていた。大きな『博麗のリボン』もきちんと彼を引き立たせるワンポイントとして仕事をしている。

「……」

 しかし、どう考えても女にしか見えないのに私はすぐに『万屋』は男だと認識していた。いや、違う。男だと知っていた。容姿を見たところで私の常識が崩れないほど『万屋』は男性であると印象付けられていたのである。

「……えっと、すまん。お前が来たのは妖精が騒いでるからだろ? 俺もまさかここまで大事になるとは思ってなくて……あいつらにはよく言っておくから」

「……」

「……霊夢?」

 自分の名前を呼ばれ、私は思わず肩をビクッと震わせた。ああ、そうか。わかった。私は彼を知っている。それに想像以上に私は彼を大切に思っていた。

 なるほど、今ならフランたちが私を止めたようとした理由がわかる。これだけ私の心が悲鳴を上げているのだ。おそらく、彼も思い出していない私を見て傷ついているのだろう。なにより、彼を無意識の内に傷つけている自分に傷ついている私がいる。

 彼女たちは彼だけでなく、私のことも助けようとしていたのだ。それすらわからなかった私はなんて愚かなのだろう。

 でも、そんな助けを蹴飛ばして私はここまで来てしまった。傷つけようが、傷つこうが全てを知りたいと止める手を払ってここに辿り着いた。

「ごめんなさい。私はあなたのことを覚えていないわ」

「ッ……そう、だよな」

「だから……退治するわ」

「……は?」

 私の言葉に『万屋』は首を傾げる。彼の表情が変わる度に私の心が締め付けられた。でも、それは負の感情だけではない。色々な想いが混ざり合い、ぐちゃぐちゃになって、全てをぶちまけてしまえと体の中で暴れまわる。それが私の原動力。私がここにいる理由。

「『博麗の巫女』だとか、異変だとか、私の想いとか……もうたくさん。疲れちゃった。だから、あなたを倒してすっきりすることにする」

「すっきりって……完全に八つ当たりだろ」

「ええ、八つ当たりかもしれないわ。でもね、どうしてかしら? そうした方がいいと私の勘(・・・)が言っているの」

「……奇遇だな。俺の勘(・・・)もそう言ってる」

 私が『博麗のお札』を構え、早苗から借りたアミュレットに霊力を注ぐと同時に彼も『博麗のお札』を構え、右腕に装着されていた白黒の腕輪が変形し、彼の背中へ移動。そのまま機械染みた翼へと変わった。

「さてと……貴方は知ってるかもしれないけれど、一応、名乗っておくわ。私は『博麗 霊夢』。『博麗の巫女』よ」

「じゃあ、お前は知らないだろうから名乗っておくぞ。俺は『音無 響』。『万屋』を営んでる『博麗の巫女』の息子だ」

 『博麗の巫女』の息子。そう聞いても私はさほど驚かなかった。驚くほどそんな肩書に興味がなかった。

 それほど私は今、目の前に立つ『万屋』――『音無 響』に夢中だったから。

「では、尋常に――」

「――弾幕ごっこ、しましょ?」

 私と響が共に笑みを浮かべ、空に飛び立つのはほぼ同時だった。

 



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EX14

 ほぼ同時に飛び上がった私たちはまずは小手調べと言わんばかりにお互いに霊力を込めた『博麗のお札』を投げた。お札は私と『万屋』の中間地点ですれ違い、投げた相手へと迫る。このまま動かなければ当たってしまうので素直に右に移動。『万屋』も私と同じように私から見て左へ避けた。

「ッ……」

 しかし、私を追いかけるようにお札は右へと進路を変える。どうやら、『万屋』の投げたお札には追尾性能が付いていたらしい。即座にお札を投げ、ぶつけて相殺する。

「おっと」

 もちろん、私もお札に追尾性能を付けていたが『万屋』もお札を投げてやり過ごした。

 つまり、私たちはお互いに追尾性能付きのお札を投げ、右に避けようとし、相手のお札に追尾性能が付いていることに気づき、お札を投げて対処したのである。

「……」

 たった一度の攻防。しかし、私たちの動きを止めるには十分なやり取りだった。先ほど、『万屋』は『博麗の巫女』の息子だと言っていたが、私にできることは相手にもできると思った方が良さそうである。

 問題は『万屋』がどの結界が得意か。私は『守りの結界』が得意だが、霊奈は『攻めの結界』。師匠は『援護の結界』が得意だった。得意な結界によって戦い方も変わる。

(……それなら)

「霊符『夢想封印』!」

 先手必勝。『万屋』の実力を図るためのスペルカードを使用。これで倒せたならそれでいいし、倒せなくとも彼の情報を少しでも得られる。

「霊楯『五芒星結界―ダブル―』!」

「え……」

 だが、私がスペルカードを使用すると同時に『万屋』もスペルを使用した。そのスペル名を聞いて思わず目を見開いてしまう。そんな驚いている間にも私のスペルは発動し、周囲に8つの巨大な霊弾が出現。

 そして、『万屋』が真上に10枚のお札を投げ、術式を構築する。5枚のお札が結合してできた2枚の星型の結界が彼の左右に移動した。

 8つの巨大な霊弾が一斉に飛び出し、『万屋』へと飛翔するがそれを邪魔するように星型の結界が霊弾を受け止めてしまう。星型の結界は全く傷ついていなかった。

 相手の出方を窺うために使用したスペルだったが手加減はしていない。それだけあの結界が頑丈ということだろう。

「その、結界……」

 いや、そんなことよりも私は気になることがあった。

 『五芒星結界』は私と霊奈の師匠――『博麗 霊魔』が使用していた結界だ。もちろん、私も霊奈も師匠から習ったため、術式を組み上げることは可能である。しかし、あれほど師匠の『五芒星結界』を彷彿とさせるものは私たちでは作れない。

「あなた、まさか師匠の……」

「……いいのか? 俺のスペルはまだ終わって(ブレイクして)ないぞ?」

「ッ!」

 私の言葉を遮るように彼が組み上げた2枚の星型の結界が回転し始める。そして、回転速度が高すぎて星が円盤に見えるようになった瞬間、結界の側面から無数の霊弾が射出された。

「くっ」

 彼が使用したスペルは防御用ではなく、ちゃんとした攻撃スペルだったらしい。回転する星の5つの頂点から霊弾を発射しているのだろう。2枚の結界から霊弾が放たれ、すぐに私の目の前が埋め尽くされる。慌てて早苗のアミュレットを起動し、自動的に『博麗のお札』を射出するように調整して回避に専念。

 だが、私が移動すると同時に2枚の結界も追いかけるように移動し始めた。先に仕掛けたのは私なのに気づけば一気に攻防が逆転している。

(とにかく今はあれを何とかしないと!)

 博麗の直感を駆使して霊弾の動きを先読みし、何とか躱しながら突破方法を探る。

 この霊弾は2枚の星型の結界から放たれている。だから、あの結界を破壊すればブレイクできるはずだ。しかし、あれは『夢想封印』をいとも容易く受け止めた頑丈な結界。闇雲に――今も早苗のアミュレットが星型の結界を攻撃しているが片方の結界がお札を防ぎ、もう片方が霊弾をばら撒いている。

 星型の結界は私に向かって霊弾を撃つ時、必ず側面を向けなければならない。おそらく、側面は正面よりも柔らかいのでそこを攻撃すればいいのだが、それをもう一方の結界が防ぐ。もちろん、『万屋』を攻撃しようとすれば2枚の結界が邪魔する。

「ホントに、早苗から借りてよかったわ!」

 霊弾を躱しながら早苗のアミュレットの設定を変更。通常弾から追尾弾(ホーミング)へ。目標は星型の結界。

 早苗のアミュレットから放たれる『博麗のお札』が片方の結界を狙い始めた。もちろん、それをもう片方の結界が守るために追尾機能の付いたお札を正面で受け止める。そして、その隙に私は受け止めている結界の真下へ移動し、数枚のお札を連続で投げた。もちろん、それも守られていた結界が即座に移動して防ぐ。

 これで2枚の結界の動きを止めることができた。あとは――。

「――ここッ!」

 私は能力を使い、一瞬にしてアミュレットのお札を受け止めている結界の真上に瞬間移動し、連続でお札を投擲。やはり、側面への攻撃には弱かったのか、やっと星型の結界を壊すことができた。

 片方の結界を破壊できたのならあとは消化試合だ。早苗のアミュレットの設定を変更し、それを星型の結界が受け止めている隙に再び側面から攻撃してスペルをブレイク。

 まだ1枚目のスペルカードなのにここまで手古摺るとは思わなかった。やはり、『万屋』は相当な実力者だ。簡単に退治はさせてくれなさそうである。

(それに……)

 彼は名乗った時、『博麗の巫女』の息子、と言った。誰の息子なのか気になっていたが、あの星型の結界を見ればすぐにわかる。

 

 

 

 

 

 『万屋』、『音無 響』は私の師匠である『博麗 霊魔』の息子だ。

 

 

 

 

 

 

「もう1枚くらいスペルカードは使わせられると思ったが……そういえばスペルの枚数とか制限するか?」

 破壊された星型の結界の残骸が落ちていくのを見届けた『万屋』が問いかけてくる。すぐに弾幕ごっこが始まってしまったため、その辺りのルールは決めていなかった。

「……いいえ、今回は無制限でいきましょう」

「じゃあ、負けの条件は?」

「どちらかが気絶、もしくは負けを認めるまで」

 彼からは霊力以外の力を感じる。つまり、手数は私の何倍もあると考えていいはずだ。

 きっと、私はスペルカードの枚数を制限した方が有利なのだろう。

 でも、それは嫌だった。正々堂々戦いたいとか、私が納得できないとか。色々な理由はあるけれど――私はおそらく、楽しんでいる。彼との弾幕ごっこを。

 だから、早く終わらせたくなかった。己の持っている全てを使って『万屋』と戦ってみたかった。

「よし、乗った」

 そして、それは彼も同じだったようで次のスペルカードを用意しながら笑う。それに倣うように私も笑いながらスペルカードを構えた。

「それじゃあ、改めて――」

「――弾幕ごっこの始まりね」

 今までの攻防は言ってしまえば準備運動。彼の実力はあんなものではない。私もまだ彼の期待に応えていない。

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拳術『ショットガンフォース』、蹴術『マグナムフォース』」

 

 

「夢符『二重結界』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は両手両足に妖力を纏わせ、私は二重の結界を展開する。

 先ほどは私から攻撃したので今度はその逆。お互いに相手の考えていることが手に取るようにわかるため、特に相談もせずに私たちは自然と攻守を入れ替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私があなたを思い出すまで、あなたを理解するまでこの戦いは終わらない。



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EX15

遅れてすみません、なんとか更新できました。


 両手両足に妖力を纏った彼を見ながら私は術式を組み上げる。

 夢符『二重結界』。

 このスペルは二重の結界を貼って私の身を守るのはもちろん、内側の結界に『博麗のお札』を投げるとお札が外側の結界に転移し、攻撃することも可能だ。先ほど『万屋』が使った『霊楯『五芒星結界―ダブル―』』と同じように攻守両方に優れたスペル。これで相手の攻撃を防ぎながらこちらも攻めることができる。

「――ッ」

 しかし、二枚の結界を展開させた瞬間、『万屋』が外側の結界に肉薄した時点で自分の見通しが甘かったことを痛感する。今まさに振りかぶった右拳を外側の結界にぶつけようとしていた。

(一体、どうやって距離を……)

 『万屋』が使ったスペルは『拳術『ショットガンフォース』』と『蹴術『マグナムフォース』』。両手両足に妖力を纏わせていたが、詳細のスペルは不明。

(……違う)

 先ほどまで『万屋』がいた場所に妖力の残滓を感じ取ることができる。もしかしたら、両手両足に纏った妖力を後方へ放出して一気に距離を詰めたのかもしれない。

 いや、今は相手のスペルの考察よりもこの状況を何とかする方法を考えろ。彼の右手に込められた妖力はそれほどでもない。おそらく2発なら耐えられるはずだ。だから、その隙に内側の結界にお札を投げ込み、外側の結界に肉薄している相手へぶつけ――。

 

 

 ――本当に?

 

 

 そんな警告とも呼べる疑問が脳裏を過ぎり、前に投げようとしたお札を真上へ放る。

 

 

 

 そして、『万屋』は外側の結界をたった一発の右ストレートで粉砕した。

 

 

 

 私の得意な結界は『守りの結界』。もちろん、『二重結界』も転移を駆使した攻撃は可能だが、主な使い方は防御である。だからこそ、結界の頑丈さには自信があった。

 それがこの結果である。

 『万屋』の拳が外側の結界に当たる直前――いや、当たった瞬間、彼の右拳の妖力が爆発的に肥大した。その破壊力に外側の結界が耐え切れなかったのだ。

(ッ……まだ、終わってないッ)

 外側の結界を破壊してもなお、『万屋』の体は前へ進んでいた。見れば両足の妖力を後方へ噴出し続けている。このままでは内側の結界もすぐに破壊されてしまうだろう。

 だからこそ、私の直感は真上にお札を放るように叫んだのだ。

「ぐっ」

 私は咄嗟に真上に放ったお札に霊力を込め、小さな爆発を起こした。その爆風に煽られ、私の体は急降下。その次の瞬間、『万屋』は内側の結界を破壊した。そのまま私の真上を通り過ぎていく。もし、直感が発動しなければ今頃、私の体は彼の拳に捉えられ、一撃で気絶していたかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

「……」

 夢符『二重結界』は二枚の結界を破壊されたことでブレイク。そして、『万屋』もたった数秒で二枚のスペルがブレイクされた。一瞬にして間合いを詰め、私の結界ですら止められないほどの攻撃力を誇っているのだ。デメリットとして制限時間が極限にまで短くしたのだろう。

「妖力を使うなんて……人間の皮を被った妖怪かしら?」

「いや、俺はれっきとした人間だよ。ちょっと特殊な、ね」

 ちょっと特殊な人間にこれほど精密な妖力コントロールができるとは思えないが、彼が次のスペルを構えたのを見てグッと堪えた。彼のスペルカード枚数は不明だが、おそらく私のそれを凌駕している。ここでスペルを使いすぎればいずれガス欠を起こして負けてしまうのは必至。少しでもスペルカードを温存しなければ。

「じゃあ、次のステージに行こうか。霊双『ツインダガーテール』」

 スペルを唱えると彼のポニーテールが解け、ツインテールへと変わる。そのまま両方の毛先に小さなナイフ状の結界が展開された。両手が空いた状態で双剣を生み出すスペルらしい。

「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』」

「なッ……」

 更に二枚のスペルを使用。右手に真っ白な鎌を、左手には同じ色の直剣を持ったのを見て私は思わず目を見開いてしまう。あれは――神力で創造した武器。霊力や妖力だけでなく神力すらも使えるとなれば特殊ではなく、異常としか思えない。

「最後におまけだ。雷輪『ライトニングリング』」

 驚きのあまり、動けずにいると彼の両手首にバチリと音を立てながら魔力で構築された雷の腕輪が装備される。魔力すらも操れるとなれば彼の体が心配になってしまった。種類の違う力をあれだけ正確にコントロールできるようになるまでどれほど努力をしたのだろう。

「スペルを温存するつもりかもしれないが……そう簡単にできるか?」

「ッ!! 霊符『夢想封印 集』!」

 気づけばあれだけ温存しようと思っていたスペルを私は使っていた。私から放たれた巨大な霊弾が『万屋』へ襲う。だが、霊弾が当たる直前、彼の姿が駆け消え、対象を失った霊弾がその場で一瞬だけ停滞し、再び『万屋』に向かっていく。私の視線もそれを追いかけ、彼が『死』の大地の中心で立っているのを見つけた。

(あの距離を、また一瞬で?)

 しかも、前回のように妖力を推進力とした爆発的な加速ではなく、まるで瞬間移動だった。彼の足元に焦げ目が付いているので瞬間移動ではなく、高速移動。おそらく、彼の両腕に装着された雷の腕輪の効果だろう。

「よっと」

 『死の大地』で迫る霊弾を見ていた『万屋』は両手の武器を構え、霊弾へと突っ込む。そして、ツインテールの右ナイフが突然、伸び、先頭を飛んでいた霊弾を一刀両断する。そのまま左ナイフも二つ目の霊弾を真っ二つにした。

 霊弾は残り六つ。そう思った矢先、右手に持っていた白い鎌を振るい、二つの霊弾を同時に斬り捨てた。そこでやっと残り四つとなった霊弾が彼に激突――するところでまだ瞬間移動に似た高速移動で霊弾から距離を取る。

 再び、四つの霊弾が『万屋』へ迫ろうとした瞬間、遠くに逃げた『万屋』が霊弾へと突撃。ツインテールのナイフ、両手の神力で創造した鎌と直剣を同時に振るい、霊弾を全て無効化してしまう。

「……」

 追尾性能が仇となり、私のスペルは彼の思惑通り、無駄になった。きっと、私がスペルを使う前の発言もそれを狙ったものだったのだろう。私はまんまと『万屋』の罠にはまってしまったのだ。まずい、今の私は無防備だ。このまま攻められたら私は――。

「ガッ」

 ――だが、その瞬間、彼の四肢が弾け飛び、私の顔に血しぶきが飛んできた。あまりの事態に私は言葉を失いながら頬に付いた液体を指先で撫で、おそるおそるそれを視界に入れる。真っ赤な鮮血が指先に付着していた。

 弾幕ごっこは種族間の力の差をなくし、軽い怪我だけで済むように調整された遊びだ。もちろん、『万屋』との戦いでもそれは適用されている。そのはずなのに彼は致命傷としか思えない大怪我を負ってしまった。そのことが予想以上にショックで顔から血の気が引いていくのがわかる。

「……そんな泣きそうな顔すんなよ」

 両手両足を血だらけにしながら私の顔を見て引き攣った笑みを浮かべる『万屋』。そして、その次の瞬間、時間を巻き戻すように彼の四肢は元通りになってしまった。大量の血が付着した制服も新品のように綺麗になっている。

「言っただろ、俺はちょっと特殊な人間だって。これぐらいの怪我なら一瞬で治る」

「……治るとしても、傷ついて欲しくない」

「……そうか」

 彼の発言に対し、私は自然とそう言っていた。きっと、これが私の本心。その本心の根底にある何かを探す戦いがこれなのだ。

 だからこそ、彼は全力で私と戦ってくれている。治るからといってあれほどの大怪我を負ったのも『音無 響』を教えるため――私に思い出させるための行為。

 それならば――。

「……治ったのなら、次に行きましょう」

「ああ、そうだな」

 ――私も全力で戦う。それが忘れてしまった私にできる唯一の行為だ。

 



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EX16

皆様、お久しぶりです。

今週から『東方楽曲伝』、更新再開します。


(とは、言ったものの……)

 私はアミュレットからお札を連射しながら『万屋』の動きを観察する。今のところ、彼は霊力、魔力、妖力、神力を使用していた。神力で創った刃を髪に纏わせたり、妖力をジェット噴射させて高速移動したりとコントロール面に関してもずば抜けている。

 だからこそ、彼の戦い方が未だに見えない。いや、できることが多すぎて戦い方の本質がわからないのだ。

 魔理沙なら星の魔法。

 咲夜なら時間停止とナイフ。

 妖夢なら剣術。

 弾幕ごっこを嗜んでいる人のほとんどは自分の長所を活かすスペルカードを作っている。私だって結界を主とした戦法だ。そのため、少し戦えばある程度、戦術を立てられる。

 それなのに私以上にスペルカードを使用しているはずの『万屋』のそれは全く予想できない。勝てるビジョンが見えない。

 少しでもいいから何か、ヒントを。そう思いながらお札を連射する。

「……様子見をするならそろそろいかせてもらう」

 だが、私の思考は読まれていたようで『万屋』は私のお札を躱しながら新たにスペルカードを2枚、取り出す。慌ててその場で急停止し、すぐに反撃できるようにスペルカードを構えた。

「まずは……こいつだ。式神『リーマ』!」

「全く、どうしてこんなことになってるのかなぁ!」

 彼がスペルカードを使用すると彼の傍に見た目は私と同じくらいの女の子が現れた。彼女の気配は妖怪のそれと同じだ。どうやら、『万屋』は人間の身でありながら妖怪を式神にしているらしい。

「成り行きだ。悪いがちょっと付き合ってくれ」

「はいはい、わかってるって。じゃあ、さっさとやっちゃいましょう」

 呆れながらもリーマと呼ばれた妖怪は少女の姿から大人へと変化する。その瞬間、彼女から感じる妖力も大きくなったので何か能力を使ったのかもしれない。

「――ッ!?」

 だが、その瞬間、『万屋』から混ざり合った力が溢れる。その大きさに私は思わず、目を見開いてしまった。大気がビリビリと震え、まるで重力が何倍にも大きくなったように体にプレッシャーが襲い掛かる。

(これが、彼の本気?)

 今までの戦いは彼にとってお遊び程度でしかなかったのだろう。そもそも先ほど使用したスペルカードも弾幕ごっこ用に調整されたものかもしれない。だから、たった数秒で筋肉が破裂した。あまりにも強力な効果だからこそ、数秒でブレイクされるように。

「「四神憑依」」

 私が呆気に取られていると『万屋』とその式神が同時にスペルを宣言する。すると、リーマの体は粒子へと変わり、『万屋』へと吸収された。

模造(レプリカ)憑依『リーマ―白虎―』」

 そして、彼は白黒の鎧を身に纏っていた。顔もトラを模したフルフェイスのヘルメットを装着している。なにより目立つのは彼の首に巻かれた白と黒のマフラーだった。バタバタとなびいている右側が白、左側が黒になっている。その姿は香霖堂で見かけた変身ヒーローみたいだと呑気な感想が頭に浮かんだ。

 だが、彼から感じ取れる地力の大きさはあまりにも強大だった。それこそ弾幕ごっこでは考えられないほどの地力を内包している。

「……っと」

 変身を終えた彼の目の前に新たなスペルカードが出現し、『万屋』はそれを掴む。あれほど強大な地力を持っているのならさぞ強力なスペルなのだろう。

(……そう、だからこそ、付け入る隙がある)

 弾幕ごっこは種族間の優劣をなくし、公平に勝ち負けを決めるために作ったものだ。先ほどのスペルカードのようにデメリットも存在するはず。そこを付くしかない。

「要塞『巌窟王の脱獄劇』」

「……え?」

 彼がスペルカードを宣言した瞬間、私が何故か岩に囲まれていた。周囲を見渡しても『万屋』の姿はない。まさか、これは耐久スペル?

 そう思った刹那、私を取り囲む岩から無数の弾が射出され、私へと迫る。慌てて飛翔し、それを回避した。

 耐久スペルは簡単にいえば一定時間、弾を避け続けることを強制するスペルカードだ。こちらの攻撃が届かないとわかっているので避けることに集中できる。

「でも、この弾量はッ」

 思わず、悪態を漏らしてしまう。私は今、全方位を岩に囲まれている。そして、その岩肌全てから弾が射出されているのだから弾数も必然的に増えるため、このままではあまりの物量に逃げ場を失い、被弾してしまうだろう。

「ちっ」

 駄目だ、冷静になれ。弾幕ごっこの性質上、絶対に攻略できないスペルはない。物量が多い場合、制限時間が設けられているか、特定の躱し方がある。しかし、弾の軌道を見るに特定の法則で動いているわけではない。完全にランダムだ。数分ほど回避しているが終わる気配もなく、制限時間もそれなりに長いのだろう。では、このスペルはどう、攻略するのか?

(探すべきなのは……安置!)

 このスペルの攻略法は無数の弾を回避しながら安置を探すこと。だからこそ、最初は物量も少なく、安置を探しやすくしているのだろう。不幸なことに私は最初の内に安置を見つけることができなかったのでこうやって苦しめられている。完全な初見殺し。

 だが、そんなスペルだからこそ、攻略法は意外なところに存在している。たとえば――スペル名。

(巌窟王は小説のタイトルだったはず。内容は……)

 人里にある貸本屋で前に見かけたことがある。難しそうな本だったので読むことはなかったが、小鈴ちゃんが力説していた。

 巌窟王の主人公は簡単にいえば無実の罪で投獄され、何年もかけて脱獄。その後、自身を陥れた相手に復讐していくストーリーだったはずだ。確か脱獄した方法は――。

(――手を貸してくれた神父の死体と入れ替わった)

 神父の死体と入れ替わり、海に投げ捨てられたことで巌窟王の主人公は脱獄に成功した。きっと、このスペルもそのストーリーに基づいた攻略法があるはずだ。あるはずなのだが、最初に見渡した時に海は存在していなかった。じゃあ、死体がどこかに置いてある? いいや、それはあり得ない。

 もっと考えろ。何か見落としているはずだ。絶対に、攻略法は――。

「――そっか」

 そう呟いた後、すぐに私は急降下する。上、下、左右、前、後ろ。ありとあらゆる方向から飛んでくる弾を回避しながらどんどん落ちていく。地表付近へ辿り着き、今度は地面すれすれを低空飛行しながら目的の場所を探す。

(……あった!)

 弾と弾の間から見えたのは海へと繋がるトンネル。まるで、私を呼ぶように水面がキラキラと日差しを反射していた。

 巌窟王の主人公は何年にも渡って投獄されている。だからこそ、最初は脱出口()は存在しない。つまり、このスペルは海が出現するまで弾を避け、海が現れた後、そこから外に出なければブレイクしない条件付きのスペルだったのだ。

「ッ……」

 右へ左へ弾を避けながらトンネルを潜り、海へと出た。そして、私を閉じ込めていた岩はまるで蜃気楼のように消えてしまう。それを見届けながら私は再び上昇してすでに元の姿に戻っていた『万屋』の前に辿り着く。どうやら、『模造(レプリカ)憑依』は1枚のスペルを使用すると解除されてしまうらしい。

「式神『弥生』」

「次は私の番だね」

 だが、安心したつかの間、また別の式神を呼び出す。今度の式神――弥生は普通の妖怪とは違い、妙な気配をしていた。これは、竜?

「「四神憑依」」

 まずい、と思った時には遅かった。彼らは先ほどと同じようにスペルを使用した。私の予感が正しければ――。

 

 

 

 

 

 

 

模造(レプリカ)憑依『弥生―青竜―』」

 

 

 

 

 

 

 ――今度の相手は竜種(ドラゴン)だ。



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EX17

 白銀の大きな翼。両手を覆う白い鱗。ブン、と一振りするだけで突風が起こるほど巨大な尻尾。目は爬虫類のように瞳孔が縦長く、鋭い牙が生えている。

 それはまさに人間と竜種(ドラゴン)が融合した姿そのもの。弾幕ごっこ(お遊び)ではありえないほどの濃密な殺気に背筋が凍りついた。

「怖いか?」

 その威圧に身動きが取れないでいると不意に『万屋』は私に問う。たった四文字の言葉を発しただけで冷や汗が止まらなくなる。

 ああ、きっと私は怖いのだろう。弾幕ごっこに慣れてしまったせいで忘れていた死の匂い。彼が弾幕ごっこを無視すれば一瞬で殺されてしまう事実。

「怖くないわ」

 震える声はそのままに私は自然と笑みを浮かべてそう即答した。

 確かに『万屋』は私のことを簡単に殺すことができるかもしれない。だが、あくまでもそれはただの事実である。現実ではない。

 彼はそんなことしない。

 何の根拠もなく、まだ彼のことを思い出したわけではないのにそう信じることができた。信じることができたのなら怖がる必要はない。ただそれだけ。

「……そうか」

 私の答えに『万屋』は微かに笑みを浮かべ、大きく翼を広げた。それと同時に彼の目の前に1枚のスペルカードが現れる。弾幕が来る。早苗のアミュレットにお札を装填しなおし、お祓い棒を構え――。

 

 

 

 

 

 

「逆鱗『青龍の慟哭』」

 

 

 

 

 

 

 ――『万屋』がスペルを発動すると同時に真上に向かってエネルギー砲を放ち、世界から音が消えた。

 そのあまりの威力に音が消し飛び、空を覆っていた雲が一瞬にして消滅。それから数秒遅れて凄まじい衝撃が幻想郷を襲う。

「ぐっ……きゃあ!」

 衝撃波で吹き飛ばされないように空中で踏ん張るが最後の最後に数メートルほど吹き飛ばされてしまった。何とか『死の大地』から弾き飛ばされることはなかったが態勢を立て直すのに少しばかり時間がかかってしまう。

 だからこそ、それに気づくのが遅れてしまった。

「……え」

 顔を上げ、彼が放ったエネルギー砲から飛び散る弾幕に思わず声を漏らしてしまう。ゆっくりと、それでいて確実に落下するスピードが速くなるそれはまさに『流星群』。『死の大地』目掛けて落ちるそれらは当たり前のように私へと襲い掛かった。

 慌ててその場で右へバレルロール。巨大な流星弾が通り過ぎていく。

 しかし、それを最後まで見届ける暇はない。すぐに前へと加速し、二つの流星弾の隙間を通り抜ける。ちらりと上を見れば流星群は定期的に発生しているようで、途切れることはないらしい。でも、上から落ちてくる巨大な弾を回避するだけなら――。

(あ……死――)

 そして、視線を前に戻し、こちらに向けて今まさにエネルギー砲を放とうとしている『万屋』を見つけ、死を覚悟した。音を消し飛ばし、雲を消滅させ、余波だけで私を吹き飛ばすほどの威力を持っているのだ、それの直撃を受ければきっと私は消し炭になるだろう。

 そんな当たり前なことを考えながら彼がエネルギー砲を放ち――。

「……あれ」

 ――飲み込まれたにも拘わらず、私はどうしてか生きていた。

 慌てて周囲を見渡せばエネルギー砲どころか、流星弾すら見当たらない。いや、上を見れば流星弾は私を避けるように別方向へ軌道を変えていた。

(まさか……)

 どうやら、『万屋』が放ったエネルギー砲自体に当たり判定はないらしい。それもそうだ。これはあくまで弾幕ごっこ。あれほどの威力を持つ攻撃が当たれば相手は死んでしまう。

 また、エネルギー砲と流星弾は干渉するようでエネルギー砲に飲み込まれている間は完全な安置になる。もしかしたら、派手なわりに避けやすいスペルカードなのかもしれない。

 そう、思った時だった。

「ッ!?」

 『万屋』がエネルギー砲の放出を止め、安置が消えた刹那、流星弾とは他に私を囲むように無数の弾が弾け飛んだ。もちろん、エネルギー砲が消えたので流星弾もそこに加わる。

 ああ、それもそうか。上から降り注ぐ流星弾だってエネルギー砲の余波(・・・・・・・・・)を弾幕として表現したものだ。真横に放っても余波が発生するのは変わらない。

 そんな呑気なことを考えている間に流星弾と余波弾が一斉に私へと迫る。まずはこの状況をやりすぎそう。そう判断して急降下して流星弾と余波弾を回避しようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で流星弾と余波弾が激突し、小さないくつかの星弾が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ」

 クルクルと回転しながらこちらへ向かってくる星弾を紙一重で躱しながら顔から血の気が引いていく。

 上からは巨大な流星弾。

 左右から巨大な余波弾。

 そして、流星弾と余波弾が激突すると小さな星弾へと変わる。

 また、『万屋』が実体のないエネルギー砲を放てば弾幕の軌道が変わり、弾が増え、戦況がかき乱される。

 ああ、そうか。このスペルカードには全く法則性がない。つまり、攻略法のない、気合で避けるしかない弾幕なのである。

(でもッ!)

 法則性がないとしてもエネルギー砲が放たれればその中は安置になる。数秒程度しかないが、周囲から弾がなくなることが大事だ。エネルギー砲の中に入ればまだ勝機はある。

 私は増え始めた小さな星弾をお祓い棒で殴り飛ばしながら『万屋』を観察する。彼は再びエネルギーを口内へ溜め始め、首だけ右を向いた。急いで右へ移動しようと思ったが、嫌な予感がしたので急停止。私のすぐ目の前を流星弾が落ちていった。

「――――――――」

 流星弾に足止めを喰らっている間に『万屋』が右方向へ3発目のエネルギー砲を放つ。そして、そのまま左へと横薙ぎに首を振るう。もちろん、エネルギー砲もその動きに合わせて左――私の方へと向かってきた。

「くっ」

 エネルギー砲の余波に押されるようにこちらへ飛んできた流星弾やら余波弾やら星弾を躱し、一瞬だけエネルギー砲が私を飲み込んで通り過ぎていく。そのおかげで私の周囲の弾はなくなったが、エネルギー砲が通り過ぎた後には新たな余波弾が生まれ――。

(これは、さすがにきついわね!)

 駄目だ。エネルギー砲の中に潜り込む暇がない。流星弾が、余波弾が、星弾が。まるで、無数のデブリが浮いている宇宙空間へ放り出されたように全方向から私に襲い掛かってくる。今までスペルカードを使用せずに回避できている方が奇跡かもしれない。

「――――――――」

 そんな私をあざ笑うように再びエネルギー砲が放たれる。今度は下から上へとかち上げるように放たれたため、上から新しい流星弾、出鱈目な動きをしていた弾幕が上へと昇るような軌道に変わった。

 右へ、左へ、上昇、降下、急停止、バレルロール。思考回路が焼き切れそうなほど頭が熱を持っている。

 躱せ、躱せ、躱せ、躱せ。

 お祓い棒で目の前にある邪魔な星弾を撃ち落とし、アミュレットから放たれるお札が余波弾を相殺。とにかく当たらなければいつか終わる。

 右手に緊急回避用のスペルカード――『夢符『封魔陣』』を握りしめ、その時が来るのを待つ。まだか。まだ。早く、早く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、私は弾を躱すことに集中しすぎたのだろう。それが竜種(ドラゴン)の逆鱗に触れた。

 その慟哭が聞こえた時には全てが遅すぎたのである。

 『万屋』が絶叫した瞬間、エネルギー砲を初めて放った時と同じように凄まじい衝撃波が周囲にまき散らされた。

「ぐぅ……」

 なんとか吹き飛ばされないようにその場で踏みとどまった。私の左右を次々に漂っていた弾幕が通り過ぎていく。

(この、ままじゃ……)

 彼は今もなお、叫び続けている。それはまるで街を破壊しようとしていた竜種(ドラゴン)が予想以上に抵抗する人間にイラつきを覚えているようだった。

 ああ、そうだ。きちんと宣言していたではないか、『青龍の慟哭』だと。

 今までは竜種(ドラゴン)(わたし)を破壊する様子を表していた。

 そして、最後まで生き残ったせいで私は竜種(ドラゴン)の怒りを買い――。

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――私と同じように慟哭に飛ばされた小さな星弾が私の右肩に直撃した。



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EX18

 右肩に広がる鈍痛。それを知覚すると同時に私の体を凄まじい衝撃が襲った。

(まずっ――)

 幸いにも右肩に当たったのは小さな星弾な上、威力も弾幕ごっこ用に抑えられていたからダメージは気絶するほどのものではない。だが、問題は反動(ノックバック)

 小さな星弾は『万屋』の衝撃波によって勢いが付いていたし、私も吹き飛ばされないように踏ん張っていたため、衝撃を上手く逃がすことができなかったのだ。そのせいで私の態勢は大きく崩れることになった。

 もちろん、私が被弾したとしても彼のスペルはブレイクしない。弾幕は待ってくれない。

 痛みでチカチカと瞬く視界の中、こちらへ迫る巨大な流星弾。弾幕ごっこ用に調整された弾でもあれに当たれば満身創痍(ゲームオーバー)待ったなし。

「ぉ、あ、ああああああああああ!」

 小さな星弾が当たったせいで仰け反っていた体を強引に動かす。ゴキリ、と右肩から嫌な音がしたが、構わない。このままここで終わるより、はるかにマシだ。

「夢符――」

 右腕を前に突き出し、その手に握られていたスペルカードを解放する。ああ、悔しい。あと数秒耐えればブレイクできたのに。

「――『封魔陣』!!」

 だから、せめてもの抵抗に目の前の流星弾以外も吹き飛ばしてやる。

 いつも以上に霊力を込めて放たれた私のスペルカードは思惑通り、流星弾ごと周囲の弾幕を一掃した。そして、それから数秒後、『万屋』の姿が人間のそれに戻る。

「……大丈夫か?」

「弾幕を放った本人が聞く?」

 心配そうにこちらを見つめる彼の質問に皮肉を込めて答えた。

 しかし、彼が心配するのも無理はない。右肩に走る激痛で私は脂汗を流し、左手で押さえているからだ。

 被弾した右肩を強引に動かした挙句、『夢符『封魔陣』』を右手のすぐ近くで使ったのだ。想像以上のダメージが入ったらしい。しばらく右腕は使えないだろう。さすがに血は流れていないが、服は右肩から先がなくなっている。

 だが、負けていない。まだ戦える。この戦いにおいてそれがもっと重要である。

「……そうか。なら、次だ」

 強がる私を見て何故か、微かに笑みを浮かべた『万屋』はスペルカードを2枚、取り出した。おそらく次も式神を使用した『模造(レプリカ)憑依』。それも今まで彼は『白虎』、『青龍』を使っている。つまり、四神。少なくとも『玄武』、『朱雀』の2体。もしくはそこに『麒麟』を含めるなら3体いるはずだ。

「式神『霙』」

「私の出番ですね! 霊夢さん、容赦はしませんよ!」

 『万屋』が1枚目のスペルを唱えると彼の隣に長身の女性が姿を現した。真っ白な長い髪。黄金色の瞳。そして、獣耳とふさふさの尻尾が生えていた。

「……」

「ん? どうしたんですか? 私の顔に何か付いてます?」

「何でもないわ」

 別に気にするほどのことでもないが、どうして彼の式神は女しかいないのだろうか。いや、弾幕ごっこ中に考えることではないのはわかっている。しかし、何というか、気に喰わない。ただそれだけ。

「霙、頼む」

「はい、了解であります!」

 『万屋』の指示に元気よく返事をした女性――霙はその場でクルリと一回転。すると、その姿はいつの間にか大きな狼へと変貌していた。それもあの狼から神力を感じる。まさか、神狼?

「前なら『猫』と『魂同調』しなきゃできなかったが……行くぞ、四神憑依」

 まさか神狼を式神にしているとは思わず驚愕している間に霙が粒子となり、『万屋』の中へと吸い込まれていく。

模造(レプリカ)憑依『霙―玄武―』」

 白い毛皮のコート。二股に分かれたふさふさの狼の尻尾。コートの袖は長く、彼の両手をすっぽりと覆い隠し、ずれないように手首部分に黒いベルトが装着されていた。なにより目立つのが左腕の巨大なタワーシールド。玄武は亀の胴体に蛇の尻尾を持つ。タワーシールドの模様も亀の甲羅に見えるが、蛇要素は見当たらなかった。

「深泳『竜宮城への誘い』」

 彼はスペルカードを使用すると左腕のタワーシールドを前へ射出する。射出されたそれは次第に巨大化していき、ゆっくりと回転し始めた。

「ッ!」

 どんなスペルなのか、じっくりと巨大化したタワーシールドを観察していると嫌な予感がして咄嗟にその場で急上昇。先ほどまで私がいた場所を水の刃が通り過ぎていった。まさかと思い、周囲を見渡せば、タワーシールドから大きな水の刃が飛び出していることに気づく。タワーシールドが巨大すぎて全貌がよく見えず、気づくのが遅れてしまったのである。

 まだタワーシールドの回転は遅く、水の刃が迫ってから躱すのは容易い。そう思いながらとりあえず、刃の軌道上から逃れようと上昇を続ける。

 だが、私の動きに合わせてタワーシールドも傾き、必ず私を刃の軌道上にいる状態を保っていた。

「ちょ、っと!」

 タワーシールドの動きに気を取られている間に次の水の刃が迫っており、慌ててバレルロールで緊急回避。先ほどよりもギリギリのところを通過。水しぶきがかかって僅かに巫女服が濡れた。

 つまり、このスペルは水の刃の軌道上から逃れられず、タイミングを合わせてそれを躱すしかない。タワーシールドの周囲を回るという方法も考えたが、タワーシールドが巨大すぎて全力で飛んでも水の刃に追いつかれてしまうだろう。

「よっ……へぁ!?」

 だが、水の刃を回避するだけなら難しくはない。3回目の水の刃も難なく躱し――すぐ目の前まで迫った次の水の刃に大きく目を見開いた。咄嗟に急降下して何とかやり過ごす。

「またっ!」

 そして、5回目の水の刃。タワーシールドの回転速度は見たところ変わっていない。なのに、1回目と2回目に比べ、3、4、5回目のスパンが短すぎる。5回目の刃も開始しながら動く度に痛む右肩を押さえ、考える。

(確か、タワーシールドは亀を模してた……だから、水の刃も亀に関係してくるはず)

 もし、あのタワーシールドが亀の甲羅だとしたら、亀が頭、手足、尻尾を甲羅に引っ込めている状態とも考えられる。その場合、甲羅には穴の数が6つ。そして、穴の位置は両手と頭、両足と尻尾が近い。つまり、3、4、5回目は手、頭、手。もしくは足、尻尾、足の穴から飛び出した水の刃ということになる。

(でも、それなら矛盾する)

 6回目の水の刃を躱しながら首を傾げる。今の推測が正しいのであれば1回目と2回目の間にも穴があったはずだ。しかし、実際には何もなかった。その穴は頭か、尻尾。

(……尻尾?)

 玄武は亀の胴体に、蛇の――。

「ッ……」

 すっかりずぶ濡れになってしまった私は目の前に迫るそれら(・・・)に悲鳴を上げそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにが、竜宮城だ。『浦島太郎』に蛇は出てこなかったでしょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の中で悪態を吐きながら迫った7回目――水の刃の代わりにいくつもの巨大な蛇の頭が鋭い牙を見せながら私に襲い掛かった



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EX19

「ッ――」

 大量の水しぶきが舞う中、私へと迫る大蛇の群れ。ギラリ、と大きな口を開けた口から覗いたのは鋭い牙。きっと、あれに噛まれたら最後、たとえ弾幕ごっこだとしても大怪我は免れない。いや、そもそも――。

(――負けたくない!)

 先頭の蛇をバレルロールですれ違うようにやり過ごし、左手に持っていたお札を投擲。投げられたお札は小さな結界となり、次の蛇の頭と激突する。凄まじい勢いでぶつかったからか、結界は粉々に砕け、蛇も頭から血をまき散らし、巨大な牙が宙を舞った。更にその蛇を迂回するように左右から迫った2匹のそれらを早苗のアミュレットが牽制。その隙に再度、お札を投げて爆破させ、前で渋滞を起こしている蛇の頭をまとめて吹き飛ばした。

「……は、ぁ」

 なんとか蛇の群れを突破した私は呼吸が止まっていたことに気づき、慌てて酸素を取り込んだ。呼吸を忘れるほど集中していたのだろう。

 さて、状況を整理しよう。次の水の刃を難なく躱しながら私は思考を巡らせた。

 玄武は亀の胴体に蛇の尻尾を持つ四神である。そのため、先ほどの蛇の群れは尻尾を表しているに違いない。

 つまり、盾を巨大化させ、両手両足、頭、尻尾を引っ込ませた亀の甲羅を表現し、尻尾以外からは水の刃。そして、尻尾の部分だけ蛇の群れが私を襲う。それがこのスペルの全貌だ。もちろん、『万屋』の姿はないのでこれも白虎の時と同じように耐久スペルなのだろう。

「よっ」

 手、頭、手と水の刃が連続で私へと迫るがそれもすいすいと回避。やはり、このスペルの最大の難所は蛇の群れだ。しかし、前の攻防を鑑みるに絶体絶命というわけではない。

(……本当に?)

 すぐ目の前に現れた水の刃を躱しながら私は心の中で首を傾げる。1枚目と2枚目の模造(レプリカ)憑依』はまさに切り札(ラストワード)と言われても過言ではないほどの威力を持っていた。特に青龍のスペルはまさに天災。

 なら、玄武だってまだ隠された何かがあってもおかしくない。そう思いながら水の刃を躱し、濡れた顔を服の袖で拭う。とにかく次は鬼門の蛇の群れだ。

「……は?」

 そう思った矢先、甲羅の向こうに蛇の頭が見えた。しかし、問題はその大きさ。前の蛇たちも私からしてみれば大きかったが、この蛇は桁違いだ。それこそ今も回転を続けている甲羅とほぼ同じ大きさである。

(こんなの、どうしろって!)

 突破? 駄目だ。質量が違いすぎて蚊に刺された程度のダメージしか与えられない。

 回避? これも却下。普通の弾幕ならまだしも、相手は巨大な蛇だ。上に逃げれば急上昇されて体をぶつけられる。下に潜るように躱しても急降下からの踏みつぶし。左右も同様に避けた方へ体当たり。

 ならば、方法は一つしかない。

「夢符『夢想亜空穴』!」

 スペル(チート)を使う。青龍の時のように温存して被弾するヘマはもうしない。

 私がスペルを発動させると私に噛みつこうとしていた蛇の真上に転移した。急に消えた蛇は不思議そうにしていたがすぐに真上にいる私に気づいたのか、胴体を持ち上げ、体当たりを仕掛けてくる。

 だが、それも当たる直前に蛇の真下へ転移して躱す。蛇も私の後を追うように急降下。今度は右側。次は左側。次から次へと転移して巨大な蛇を翻弄し、とうとう蛇の胴体を通り過ぎた。

「っとと」

 だが、そのすぐ後に襲ってきた水の刃を慌てて躱して一先ず、小休止。足から手へ、手から足へと移動する際、少しだけ休憩できるのはありがたかった。スペルカードを使わされたが、そもそも『夢想』は『万屋』相手ではあまり効果はなさそうだったのでさほど痛手ではない。

 問題は1回目と2回目で蛇の形態が違ったことだ。あと何周するかわからないが、その度に蛇の形や数が変わるのであればパターン化することができない。

「――ッ!?」

 この後の方針を決めようと思考回路を巡らせていると予想以上に早く水の刃が私を襲い、寸前のところで躱す。

 今躱したのは亀の部位で例えるのなら右手だ。この後に頭、左手の水の刃が襲ってくる。だが、前に比べて水の刃の到達が早すぎた。

 しかし、その疑問に関して考察する前に頭の水の刃が襲来。バレルロールの要領で躱し、その後の左手の水の刃もやり過ごす。

 再び訪れるインターバル。左足の水の刃が来る前に急いでこの違和感の正体を探らなければならない。

 意識を集中するために顔に付いた水滴を袖で拭おうと左腕を持ち上げるが、すでに全身がずぶ濡れになっていたことを思い出し、諦めようと腕を降ろす。

(……水?)

 そして、降ろし切る前に違和感の正体に気づいた。そうだ、水だ。水の刃の影響で常に私に降りかかる水の勢いが少しずつ強まっているのである。

 到達の早い水の刃。

 強まる水の勢い。

 この二つから導き出される答えは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

(――甲羅の回転速度が上がってる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 私の答えを裏付けるかのように左足の水の刃はすぐに私を両断しようと姿を現した。水の刃はまだいい。問題は蛇の群れだ。ただでさえ1回目と2回目で蛇の形状が違ったのにその上、速度まで上がるとなると難易度が跳ね上がる。

 しかし、これは耐久スペルだ。どんな形であれ私が生き残ればいつかブレイクできる。

「回霊――」

 左足の水の刃を躱して左手に握り込んだスペルカードに霊力を注ぐ。水の刃が撒き散らした水はもはや豪雨のように私へ降りかかり、3度目の蛇の群れが大きな口を開けた。

(形状は……1回目と同じ)

 まるで1つの餌を奪い合うように無数の蛇たちは上下左右、また前後からも襲い掛かってくる。逃げ道はない。ならば、迷う必要はなかった。

「――『夢想封印 侘』」

 私がスペルを使用すると周囲にお札がばら撒かれ、全ての蛇に向かって一斉に射出される。蛇にお札がぶつかると小さな爆発を起こし、蛇たちの頭がかち上げられた。その隙に蛇たちから少しでも距離を取る。

 私の使う『夢想封印』にはいくつか種類がある。その中で『回霊』を選んだのは同じように追尾性能を持つ『夢想封印 集』よりも威力が高く、一度に投げられるお札の枚数も多いからだ。

 次から次へと現れる蛇をお札が阻害する。もちろん、『回霊』で捌き切れるほどの甘くはないので早苗のアミュレットもフル稼働だ。

「でも……」

 しかし、それでも足りない。あと一手、足りなかった。

 1回目は通常の蛇の群れだった。

 2回目は巨大な蛇だった。

 そして、今回は――蛇の群れ。それも1回目とは比べ物にならないほどの大群。

 『回霊』がいくつもの蛇の頭を叩き、早苗のアミュレットから射出されるお札が左右から迫った蛇を追い払い、私の行く手を阻むように無数の蛇がその顎を開けた。

「神霊『夢想封印 瞬』」

 私は何の躊躇いもなく、追加のスペルカードを使用した。

 本来の弾幕ごっこではスペルの同時使用は基本的にしない。弾幕と弾幕が干渉し合い、詰みになる可能性が高いからだ。

 しかし、この戦いは変則弾幕ごっこ。『万屋』だってスペルの重ね掛けはしているし、これぐらいなら許してくれるだろう。

 スペルを宣言すると目の前の蛇たちは何かに弾かれるように吹き飛んだ。その隙に蛇の群れを突破する。

「……」

 蛇の群れを超え、難なく水の刃もやり過ごした私は横目で回転する甲羅を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となく、あと1回転でこのスペルがブレイクすることを予感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん、このまま何も対処せずに突っ込めば私は確実に負けることも。

 



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EX20

 3度目の蛇、水の刃をやり過ごし、少しばかりのインターバルを得た私は左手に3枚のスペルカードを用意し、深呼吸する。

 正直、3枚のスペルカードを使用してもあの蛇の群れを突破できる自信はない。しかし、このインターバルの間に何か思いつかなければ無策のまま、蛇の群れへと突貫することになる。それでは駄目だと私の勘が警告を発していた。

(でも、特に思いつかないのも事実)

 1枚目のスペルは『巌窟王』という話を基に作られていたから突破方法を思いついた。

 2枚目のスペルは単純な物量に頼った弾幕だったので最後さえ油断しなければ被弾せずに済んだ。

 だが、今回の『深泳』は名前に『竜宮城』と付いているが『浦島太郎』要素は全くといってない。いや、一応、今の回転している亀の甲羅と水しぶきは竜宮城へ向かうシーンに似ているような――。

「……」

 ああ、そうか。そういうことか。このスペルも“特殊な突破方法”があるのだ。

 浦島太郎は虐められていた亀を助け、そのお礼に竜宮城へと案内される。そのまま、彼は竜宮城で楽しい時間を過ごし、お土産の玉手箱を抱えて地上へと戻った。地上ではもう何年も経っていることを知らずに。

 このスペルカードは浦島太郎が亀に乗って竜宮城へ向かうシーンをモチーフにしている。そうでなければ『竜宮城への誘い』とは名前に付けないだろう。

 問題は私の立ち位置だ。現状、回転している亀の甲羅の横を飛んでいるがおそらく私が浦島太郎なのだろう。そして、時間が経てば経つほど竜宮城へと近づく――つまり、深海へ潜ることになる。それを甲羅の回転速度と勢いの増す水しぶきで表現。

 では、蛇は? 『浦島太郎』には一切出てこない蛇は一体何を表しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 それは『死と生』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇は脱皮をすることから『死と再生』を連想させ、『生と死』の“象徴”と呼ばれている。それが『浦島太郎』とどのように繋がるのか。それは浦島太郎が玉手箱を開け、老人になった後、鶴へ姿を変えたという伝説に関係するのだろう。

 このまま前に――深海へ潜れば私は竜宮城へ辿り着き、浦島太郎と同じ結末を迎える。そう、鶴に生まれ変わる(・・・・・・)。それを蛇という形で警告していたのだ。この後、人間として死に、鶴として生まれるのだ、と。

 そこまで考えると目の前に水の刃が見えた。あと1周すれば何かが起きて私はそこで終わる。しかし、この考えが合っている確証もない。

 

 

 

 

 

 

 ――そもそも今までの異変もちょっと迷惑だからって碌な理由もないのに、手当たり次第にぶっ飛ばしてただろ。私からしてみれば今更何言ってんのって感じだわ!

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 不意に魔理沙の言葉が頭を過ぎった。ああ、そうだった。何を悩んでいる。私は『博麗の巫女』。何度だってこの勘を頼りに異変を解決してきたのに、それを信じないでどうする。

 さぁ、帰ろう。地上へ。生憎、私は浦島太郎でもないし、竜宮城に興味すらない。

 すぐにその場で急ブレーキをかけ、水の刃から逃げるようにUターン。回転速度が上がっていても私の方が早いらしく、水の刃は甲羅の向こうへ消えていった。

 更に一つ前に躱した水の刃もその上に飛び越え、難なくクリア。3度目の蛇もどう攻略しようか悩んだものの、まるで私のことが見えていないように襲ってくる様子はない。どうやら、深海へ潜ろうとする奴だけを攻撃するような仕掛けになっていたらしい。

 私の不安は杞憂だったらしく、それから水の刃と蛇の傍を通り過ぎ、やがて亀の甲羅がその動きを止めて消滅する。あっけなくブレイクしたスペルに茫然とした後、少し離れたところで浮遊していた制服姿の『万屋』を睨みつける。

「はぁ……はぁ……な、なんてスペル作るのよ」

「普通、1巡目の蛇の群れの時点で逃げるか、逃げなくても蛇に噛まれないように後ろへ下がるだろ。その時点で蛇が動きを止めて気づくはず、だったんだけどな。飛ぶのが上手いせいでスペルの難易度が上がるのはお前らしいけど」

 ずぶ濡れの私を見てどこか呆れたように笑う『万屋』に思わず舌打ちしてしまう。それでは私が優秀だったせいで難易度が跳ね上がったような言い方ではないか。

(……本当に、やりにくい)

 攻略法はなんとか思いついたものの、本来の私なら最初の蛇の群れを見て何となく『深泳』の攻略の仕方がわかっていたと思う。つまり、私の直感が鈍っている。それは事実らしい。

「でも、確かに……ちょっと難しすぎたかもしれないな」

 そう言った『万屋』はゆっくりと私に近づいてくる。一瞬、お札を構えようとするが向こうに敵意がないことに動きを止めてしまう。

「ちょっと動くなよ?」

 そう言った彼は右手に翠色の炎を灯し、私へと手を伸ばす。炎が灯っている手を近づけられているのに何故か私は反撃しようとも、逃げようともせず、それを受け入れた。彼の右手が私の右肩に触れる。

「逃げないんだな」

「だって……優しい炎だったもの」

 炎で炙られているのに全く熱さを感じないことに驚いていると『万屋』が質問してきたので逃げなかった理由を答えた。

 生物は炎に対して本能的に恐怖を覚える。幻想郷では炎を操る妖怪はいくらでもいるが私は人間なのだ。この翠色の炎でなければ拒絶していただろう。

 でも、この炎は――どこか、温かかった。だから、逃げる必要はないと思っただけである。

「……そう言ってくれるとこいつも喜ぶよ」

 『万屋』はまるで自分が褒められたように嬉しそうに呟き、私の方から手を離した。結局、何がしたかったのだろうと首を傾げるが、すぐに右肩の突っ張ったような感覚がなくなっていることに気づく。

「これは……」

 右肩の怪我が治っている。いや、治っているというより、最初から怪我がなかったと言わんばかりにスムーズに動かせるようになっていた。

「さっきのスペルのお詫びだ。これで勘弁してくれ」

 グルグルと右肩を動かしていると彼はどこか悪戯が成功したように微笑みながら私から離れていく。あれだけ強力なスペルを使える上に摩訶不思議な回復手段まで持っているとは規格外すぎて逆に感心してしまう。

(それにしても……)

 式神はいいとして、彼の力は多種多様で予測できない。それこそ相手は『万屋』一人だけのはずなのに複数人相手をしているような――。

「……」

 チリ、と頭にノイズが走る。それはすぐに消えてしまったが、初めて『万屋』のことを思い出しそうになった。彼のことを思い出すきっかけを掴み始めたのかもしれない。

「それじゃあ、次だな」

 だが、そのきっかけが何だったのか確認する前に『万屋』が動き始めてしまう。慌ててお札を構えるが、どういうわけか彼は取り出した2枚のスペルカードを使わなかった。

「……どうしたの?」

「いや……本当だったらこの子の出番なんだけど、まだ寝てる(・・・)んだ」

 寝ている? おそらく式神のことだと思うが、寝坊でもしたのだろうか。しかし、寝坊という割には彼の顔はどこか悔しそうだった。それこそ詳しい話を聞くことを躊躇うほど、奥歯を噛み締めていた。

「それじゃ、改めて……式神『音無 雅』」

「やっと出番だね。待ちくたびれたよ」

 『万屋』が新たに取り出したスペルカードで呼び出されたのは黒髪のセミロング(・・・・・)の少女だった。だが、油断してはいない。彼女からは今まで彼が召喚した式神の中でもダントツに強大な妖力を感じる。

(あれ……でも……)

 しかし、どうしてだろうか。彼女の真っ黒な左腕からは彼女の体から感じるそれとは違う気配を感じる。言葉にし辛いが、頭に浮かんだ言葉は『紛い物』。

「……あ、もしかして気づいた?」

 私の視線が彼女の左腕に集中していたからか、新たな式神――雅は左手を振る。動きは特に変ではない。なら、この違和感は何なのだろうか。

「どうせ『模造(レプリカ)憑依』するから関係ないけど、これ義手なの」

 彼女がそう言った瞬間、彼女の左手が黒い粒子に分解され、周囲に漂い始める。まさか分解するとは思わず、顔を引き攣らせてしまう。

「あはは、やっぱビックリしちゃうよね。ちょっとした手品みたいなものだし」

 雅は私の反応を見て笑った後、黒い粒子を集めて再び左手を構築する。彼女の能力によって生み出されたもの、ということまではわかったが『万屋』がもう一枚のスペルカードを掴んだのを見てすぐに構えた。

「さて、霊夢もそのままずぶ濡れの状態じゃ風邪を引いちゃうだろうから暖まろう」

「でも、火傷には気を付けてよね!」

 2人は最初から打合せしていたように私にそう言った後、スペルカードを使用した。雅の体が粒子へと変わり、彼の体へと吸い込まれていく。

模造(レプリカ)憑依『雅―朱雀―』!」

 その瞬間、凄まじい熱波が私を襲い、巫女服が一瞬で乾いた。見れば、彼らがいた場所に巨大な火球が浮いている。雅は四神最後の朱雀の力を使うらしい。もしかしたら寝坊した子が『麒麟』だったのかもしれない。

 そんな呑気なことを考えている間に向こうの変身も終わったようで火球が弾け飛び、中から橙色の丈の短い着物を着た黒髪の毛先だけオレンジ色に染まっている『万屋』が現れる。彼は鼻と口を黒いマスクで覆い、背中には漆黒の翼とその何倍もの大きさを誇る炎の翼が生えていた。

(暖まるって……限度があるでしょうに)

 彼から放たれる熱に私の額に一筋の汗が流れる。

 『模造(レプリカ)憑依』最後の戦いが始まった。

 



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EX21

先週は無断で投稿を延期してしまい申し訳ございません。
これからも『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


 凄まじい熱気。

 目が眩むほどの焔。

 その姿はまさに炎の化身。

 それが『模造(レプリカ)憑依』した彼を見て最初に抱いた感想だった。

 彼の言葉通り、私の衣服はすっかり乾いてしまっている。それほどの熱量がいきなり目の前に現れたのだ、私が言葉を失っても仕方ないだろう。

「火鳥――」

 もちろん、その間も事態は動く。『万屋』がすかさず1枚のスペルカードを掴み、宣言したのだ。慌ててこちらもスペルカードを用意するが、僅かに遅かった。

「――『不死鳥の抱擁』」

「ッ!?」

 彼のスペルが発動した瞬間、私は太陽の中にいた。いや、巨大な火球の中に閉じ込められてしまったのである。

(これも、耐久?)

「いや、耐久じゃないぞ」

 こちらの考えを読んだのか、私の目の前にいた『万屋』がそう答えた。周囲の変化に気を取られて一瞬だけ彼から意識が外れていたらしい。もし、その隙に攻撃されていたら対応しきれなかっただろう。

「あら、スペルの内容を教えてもいいの?」

「別にお前ならすぐに気づくだろ」

 動揺を悟られないように軽口を叩くが黒いマスクを付けているせいで少しだけこもった声で一蹴されてしまった。正直、今の状態で彼に口で勝てる気がしない。

「そんなことよりさっさと始めるぞ。火傷しないように気を付けてな」

 それが合図となり、私と彼を包み込んでいる炎の壁から凄まじい量の火球が飛んでくる。それも四方八方から、スペルを使用した本人ごと私を焼き殺そうとするように。

「ちっ」

 まずは様子見。取り出したスペルカードを左手に持ったまま、最初に飛来した火球を

避ける。しかし、避けた先にも火球が飛んできたため、流れるように回避。

「追撃だ」

 炎の壁から絶え間なく襲い掛かってくる火球とは別に『万屋』も炎の翼を伸ばして攻撃してくる。やはり、火球とは違い、範囲は広い。その分、避ける際の動作も自然と大きくなる。

 火球による点の攻撃と炎の翼による面の攻撃。その激しさは今までの『模造(レプリカ)憑依』にも引けを取らない。

 だが、あまりにも単調すぎる。弾幕の量は凄まじいものの、結局それだけだ。これまでの傾向を考えれば何か仕掛けがあってもおかしくない。

(それに……)

 彼のスペルカードが発動してからずっと頭に引っかかる違和感。ほんの僅かに直感が掴みかけた異常。それのせいもあって私は回避しながらも『万屋』から目を離せなかった。

 そんなことを考えながら火球を避け、額に流れる汗を袖で拭う。『深泳』でずぶ濡れになった衣服は彼の熱気で乾いたが今度は私の汗でぐっしょりである。これでは結局、風邪を引いてしまいそう――。

「……」

 そうだ。汗だ。私は汗を掻いている。いや、これだけ熱いのだから汗を掻くのは当たり前なのだが、その汗が蒸発していないのだ(・・・・・・・・・)

 変身した後、衣服に染み込んだ水は一瞬にして蒸発した。そして、火球の中に閉じ込められている今、普通であるなら水が蒸発した時よりも周囲の温度は高いはずだ。だが、汗は一切、蒸発せずに衣服に染み込んでいる。

(でも、どうして温度が低い? 熱さで倒れないため?)

 次から次へと襲い掛かってくる火球と翼を躱しながら思考を巡らせ続けた。どんなことでもいい。些細なことだって構わない。何か、手掛かりを探し出すのだ。今までの『模造(レプリカ)憑依』と共通点はなかったか? 逆に相違点は?

「……」

 相違点。それは『万屋』が明確にこのスペルカードは『耐久ではない』と否定したことだ。果たして、あれは私の疑問にただ答えただけだろうか? それに『耐久スペル』ではない場合、普段、私は何をしていた?

(その答えは――)

 気づけば私は早苗のアミュレットに霊力を流し、炎の翼を伸ばしてきた彼に向かって弾幕を放っていた。スペルカードではない、ただの通常弾(お札)。さほど威力のない、普通のショットだ。

 もちろん、彼も黙ってそれに当たるわけもなく、躱そうと移動するが残念ながら私の通常弾(お札)は追尾する。炎の翼を伸ばしていたため、あまり大きく動けなかった彼に通常弾(お札)が直撃し、この戦いが始まって初めて『万屋』は被弾した。まぁ、ダメージはほとんどないようだが、当たることに意味があるのだ。

 弾幕ごっこでは何度か弾幕を当てると相手のスペルをブレイクすることができる。今までの『模造(レプリカ)憑依』が耐久スペルばかりだった上、躱すのに必死でショットを撃つのを忘れていた。普段なら絶対にやらないミス。きっと、それすらも『万屋』は狙っていたのだろう。彼は私の意識をコントロールするのが上手い。まるで、どうすれば私が油断やミスをするのか見通しているように。

 どうせ大きく動けないのなら躱す意味はないと判断したのか、『万屋』はこちらのショットを無視して私を攻撃し始めた。私が反撃したせいか、周囲から飛んでくる火球の数も増え、炎の翼も少しずつその勢いが強まっていく。

 しかし、やはり周囲の温度はさほど変化はない。私からしてみれば温度が高くなれば意識も朦朧とするだろうし、弾幕ごっこどころではなくなってしまうのでありがたい話だが。

「……ああ」

 本当に今日の私はどこかおかしい。これは弾幕ごっこだ。相手を火球の中に閉じ込めて熱さでダウンさせるなど言語道断。相手が熱でやられないように仕掛けを施すのは当たり前である。

 早苗のアミュレットからお札が飛んでいくのを見ながら改めて『火鳥』の内容を確認する。

 このスペルは相手と『万屋』本人を火球の中に閉じ込め、炎の壁からは火球を、『万屋』本人からは炎の翼を伸ばして攻撃するスペルカード。

 そして、私がショットを撃ち始めて気づいたことがある。それはスペルのブレイクを近づくほど火球と炎の翼の激しさと威力が増すことだ。その光景は必死に抵抗する不死鳥そのもの。さしずめ、私は不死鳥である『万屋』を討伐する役なのだろう。

 でも、これでも私の違和感は拭いきれていなかった。まだ、何かある。もっと思考回路を巡らせろ。手遅れになる前に気づけ。

「っ……」

 考えることに集中しすぎたのか、後ろから飛んできた火球を避けるのが一瞬だけ遅れてしまい、右頬を掠った。ちろりと炎が私の頬を焼き、ひりひりとした僅かな痛みが走る。

 それでも私は思考を止めない。止めてはならない。『万屋』の使用するスペルは全てに意味がある。それこそスペル名もそうだった。だから――。

 

 

 

 

 

 

 

「……抱擁」

 

 

 

 

 

 

 ――今回ばかりは私もすぐに気づくことができた。

 3つの火球と炎の翼を体を回転させながら急上昇して回避し、僅かな隙が生まれる。その間に私は周囲をぐるりと見渡した。

(火球が……小さくなってる)

 そう、これこそが抱擁(・・)。私は大きな勘違いをしていた。

 不死鳥は『万屋』ではなく、私たちを閉じ込めた火球そのものだったのだ。



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EX22

 収縮する火球。

 壁から放たれ続ける火球。

 私を捕まえようと炎の翼を伸ばす『万屋』。

 火球の収縮速度から不死鳥に抱きしめられる(・・・・・・・)まで1分と少し。

 もちろん、火球が小さくなるということは壁との距離も近くなる。つまり、火球が射出されてから着弾するまでの時間が短くなるのだ。

「ッ!」

 そこで後ろから飛んできた火球を急上昇して回避するために思考を中断する。それから数秒ほど躱すことに専念し、なんとか思考する隙を探す。

(本当に、厄介なスペルばっかり!)

 『模造(レプリカ)憑依』もそうだが、戦い始めてから彼が使用するスペルは攻略するのが難しいものばかりだ。一つ一つがラストワード級の難易度。それをポンポンと使われてはたまったものではない。

 しかし、それでも彼のスペルはどこか手加減(・・・)しているように見える。いや、手加減というよりも無理やり弾幕ごっこ用へ出力を落としている、と言った方がいいか。だからこそ、『深泳』はどこか理不尽な難しさがあった。

 これまでのスペルもそうだ。一見、弾幕ごっこのために作られたスペルのように見えるが、違う。元々、彼が使う力を強引にスペルとして形にしているだけ。下手をすれば『万屋』はスペルカードを即席で作っている。おそらく、彼は弾幕ごっこに慣れていないのだろう。

「……」

 彼に比べ、私は色々と劣っているかもしれない。彼ほど様々な力を持っていないし、怪我も一瞬で治らないし、不思議な炎で治療もできない。たくさんの仲間だっていやしない。

 

 

 

 

 

 

 それでも、弾幕ごっこ(これだけ)は彼には負けない。だから――。

 

 

 

 

 

 

「散霊『夢想封印 寂』」

 ――教えてやる。あなたのスペルカードは美しくない(・・・・・)、と。

 私がスペルを使用すると私を中心に無数のお札と霊弾が弾けるように飛び散った。

 火球がお札に当たって火の粉を散らし、伸ばされた炎の翼は霊弾によって千切れ飛ぶ。

「もういっちょ!」

 私のスペルはまだ持続している。何度もお札と霊弾をばら撒く。これで考える時間は稼げる。だが、不死鳥が両翼を閉じる(火球が収縮し切る)よりも『散霊』がブレイクする方が早い。ほんの数秒だけ私は無防備な状態で炎の海へと飛び込むことになるだろう。

 だから、考えろ。あと十数秒という短い時間でこの美しくないスペルをブレイクする方法を探し出せ。

 スペル名は火鳥『不死鳥の抱擁』。自身と相手を火球の中へと閉じ込め、炎の壁からは火球を、『万屋』本人は炎の翼を飛ばして攻撃してくる。彼曰く、これは耐久スペルではない。また、火球は時間と共に収縮し、最終的になるか――想像は難しくない。

 彼のスペルはスペル名に意味を持たせることが多い。今回の場合、火球を『不死鳥』に見立て、収縮するのを『抱擁』と比喩しているところだろうか。私としては燃える鳥になど抱き着かれたくはないが。

 しかし、いくつか違和感を覚える点がある。

 一つ、火球が飛んでくる前、『万屋』がわざわざ耐久スペルだと断言したこと。

 二つ、不死鳥は『火球』なのに『万屋』も火球の中にいること。

 三つ――。

 その時、お札と霊弾の隙間を縫って飛んできた火球を右へ飛んで回避する。その火球の行方を眺めているとその先にお札と霊弾を躱している『万屋』がいた。

「っと」

 ひょいひょいと踊るように躱していた彼は火球も危なげなく体を回転させるようにやり過ごす。それを見て私は確信した。

 ――自身で発動させたスペルなのに火球の当たり判定は『万屋』にも存在している。

 スペルが大規模になった際、スペルの使用者にも弾幕が当たるような軌道を描くことがある。だが、その場合、使用者には当たらないように仕掛けを施している場合が多い。だが、躱すのに必死で彼のことをよく見ていなかったが、今回の場合、火球は『万屋』にも当たる。

 それがわかればやることは一つしかない。さぁ、ここからは私が攻める番だ。

 

 

 

 

 

 

 その号砲は派手に行こう。魔理沙だって『マスタースパーク』を使ったのだ。私もそれに倣うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 『散霊』を発動してから十数秒が経った。とうとう、スペルがブレイクする。その刹那、私は無数の火球に囲まれていた。

 炎の壁がもうすぐそこまで迫っている。逃げ場はない。

 熱い。熱い。熱い。今にも焦げてしまいそうなほどの熱気。

 厚い。厚い。厚い。炎の火球はもはや弾幕を超え、弾壁となり、その壁は強引に突破するにはあまりにも厚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それがどうした。

 

 

 

 

 

 

 今の私には周囲の火球も、今まさに私を抱きしめるために両翼を閉じようとしている火球(不死鳥)すらも目に入っていない。ただ、目の前でこちらを見ている『万屋』――響

しか眼中になかった。

 伸ばせ。届け。掴め。私が一番欲しかった人が目の前にいる。

「響!」

「ッ!?」

 まさか名前を呼ばれると思わなかったのか、彼は薄紫色の星が浮かぶ瞳を大きく瞬かせ、すぐに炎の翼を伸ばそうと行動する。

 その判断は正しい。だが、ほんの一瞬だけ遅かった。

「ぐっ……」

 私は『散霊』がブレイクした直後、真後ろへ1枚のお札を投げていた。たっぷりと私の霊力を注ぎ込んだ、起爆札。それが今まさに炸裂した。爆風が吹き荒れ、いくつかの火球が弾き飛ばされ、彼の炎の翼が激しく揺らめく。

 もちろん、こんな小細工でこれだけの火球を処理し切れるとは思っていない。私の目的は爆発によって発生した爆風のみ。爆風は私の背中を押し、加速。そのまま、炎の翼の間にある僅かな隙間へと体を滑り込ませ、彼の懐へと潜り込んだ。

 近くで見ると彼のオレンジ色の着物はところどころ破れていた。どうやら、私のショットも少しはダメージを与えられていたらしい。

「……え?」

 そして、そのまま彼を強く、抱きしめる。もう離さないと言わんばかりに、強く、強く。

「霊、夢?」

「――ばーん」

 その直後、私と彼を無数の火球ごと、不死鳥が優しく包み込んだ。



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EX23

 『博麗の巫女』として様々な異変を解決してきた私だが、出生は外の世界である。それも両親は死んだのか、はたまた幼い私を捨てたのか。外の世界での私の立場は孤児だった。

 そんな私を紫が『博麗の巫女』になる素質があると言って引き取った。正直、引き取ったというよりも拉致したと思う。彼女ならそれぐらいのことなら何の躊躇いもなく、やるだろう。むしろ、紫が私を連れ去っただけで今も私の両親は外の世界で生きているかもしれない。もちろん、両親の記憶を弄り、私のことを忘れさせた上で、だ。

 まぁ、今となってはそんなこと、どうでもいい。今の私は『博麗 霊夢』であり、『■■■ 霊夢』はもうこの世には存在していないのだから。

 大事なのは幼い私が『博麗の巫女』としての素質を見込まれ、紫に引き取られたこと。

 そして、修行させるのはあまりにも幼すぎた私は4歳になるまで外の世界の博麗神社で暮らすことになったこと。

 その博麗神社には私と同い年の師匠の子供が住んでいたこと。

 その子供が男の子だったこと。

 それが『博麗 霊夢』を語る上で知っておけばいい事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に漂う焦げ臭い匂い。不死鳥の抱擁を彼もろとも受けた私は全身に大火傷を――負っていなかった。それどころか被弾らしい被弾もなく、彼に抱きしめられている現状。そっと顔を上げてみれば目を閉じている()がいて思わず、心臓が飛び跳ねた。

「……無茶、するな」

「え?」

 自分のことでいっぱいいっぱいだった私は彼の言葉を聞き逃してキョトンとしてしまう。まさか呆けられるとは思わなかったのか、響は目を開けて私を見下ろした。至近距離で目と目が合い、お互いに言葉を失ってしまう。

(……綺麗)

 彼の美貌もそうだが、私が見惚れたのは彼の瞳だった。『火鳥』を使うまでは普通の目だったはずなのにいつの間にか響の目には『薄紫色の星』が浮かんでいた。いや、『薄紫色の星』が浮いているだけのように見えただが、どうやら黒目が限りなく白に近い灰色らしく、その灰色の瞳の中に『薄紫色の星』が存在していた。

 まだ私は彼のことを思い出したわけじゃない。それどころか、やっと名前で呼んでいたと自覚しただけだ。

 でも、彼の目を見ていると胸が苦しくなる。

 綺麗な星がキラキラと瞬く度に自己嫌悪に陥る。

 きっと、この星は彼にとっても、私にとっても何かの象徴(・・)なのだろう。だから、こうも胸が焦がれる。

(あぁ……本当に、綺麗)

 だからだろうか。私は思わず右手を彼の頬に当ててしまう。このまま何かに触れていなければ、彼の()抉って(掴んで)しまいそうになったから。

 隠したい。

 捕まえたい。

 消し去りたい。

 触れたい。

 抉りたい。

 見たくない。

 見ていたい。

 そんな相反する感情が次から次へと胸の奥から湧き上がり、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。どうして、相反する感情は打ち消し合ってくれないのだろう。相殺してくれたらこんなに苦しくないのに。

「霊夢?」

「あ、れ……どうして」

 気づけば私は涙を流していた。音もなく、頬を伝うそれに触れ、言葉を漏らしてしまう。

 さすがに間近で泣いたからか、正気に戻った響が心配そうに私を見ていることに気付き、慌てて彼から離れてすっかり乾いた巫女服の袖で涙を拭った。

 落ち着け、今は彼との弾幕ごっこの最中だ。集中しなければすぐに落とされる。

 そう思いながら響に視線を戻すと彼の制服がボロボロになっていた。それに加え、彼の両腕が酷く爛れている。不死鳥に抱擁されてもほとんど無傷だったのは彼が私を庇ったからだとやっと気づいた。

「……どうして、庇ったの?」

「元々あんな下手くそなスペルを作った俺が悪いしな。それにあんな終わりじゃお互い納得しないだろ」

 そう言った後、彼は制服に霊力を注ぐ。すると、ボロボロだった制服は一瞬で修復され、それと同時に彼の火傷も全て治ってしまった。あの翠色の炎とは違う力で体の傷を治したようだ。

 だが、『朱雀』を突破した。『麒麟』に該当する式神は寝坊しているようなので『模造(レプリカ)憑依』はこれで打ち止めのはずだ。

「……やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」

 ここからどう攻めようか考えていると響は突然、ため息を吐き、右手首に装着されていた白黒の腕輪をそっと撫でた。あの腕輪は『模造(レプリカ)憑依』を使う前は翼になっていたはずだ。

「慣れないことって?」

「気づいてるだろ。俺がスペルを作るのに慣れてないことぐらい」

「……」

「正直、今まで普通の弾幕ごっこをほとんどやったことがないんだよ。変則的か……もしくは――」

 その時、彼が撫でていた腕輪が輝き、その形を変える。細長い柄と湾曲した刃。まさに首を狩るためにデザインされた歪な武器。

「――自機(弾幕を攻略する側)

「霊符『夢想封印 散』!」

 彼の手が得物を掴んだ瞬間、気づけば私は全力で後退しながらスペルカードを使っていた。私が放った弾幕が響へと迫るが、直撃する前に彼は手に持っていた武器――白黒の鎌を横に一閃。その瞬間、私の弾幕が両断された。そう、文字通り、全ての弾が真っ二つになったのである。あれだけ乱雑に散りばった弾を一つ残らず。

「ッ――」

 あまりの事態に茫然としていると首筋にゾクリと悪寒が走り、咄嗟に首を傾けた。そして、私の側頭部の髪が数本、何かに斬られたように落ちる。

(何が……)

 彼は鎌を一度だけ振るっただけだ。それなのに私の弾幕を両断しただけでなく、直接、私に攻撃してきた。今、何をしたのか。何をされたのか。あまりにも次元の違いに私は生唾を飲み込んでしまう。

「……っと、ちょっと強すぎたか」

 何より、当の本人はさも当たり前のように今の行動の分析を行っていた。そう、今の出来事は彼にとって当然のこと。それだけの力がある。

(何が弾幕ごっこに慣れていないよ! 完全に自機組(こっち側)じゃない!)

 少し前まで『今度は私の番だ』とか思っていた自分が恥ずかしい。

 彼は私や魔理沙と同じように様々な事件に巻き込まれ、解決してきたのだろう。いや、弾幕ごっこで争っていた私たちと同列に扱うのはあまりに烏滸がましい。

 響は人間の身でありながら妖怪相手に弾幕ごっこではなく、全力の戦いを挑んだ。そんな戦いの中で身に付けた能力や技術が弱いわけがない。むしろ、弾幕ごっこ用に調整することに四苦八苦するほど強力なものばかりなのだ。

 それがあの歪なスペルカードの正体。私が勘違いしてしまった原因。

「でも、なんとか合わせられそうだ」

 鎌を振って力加減を調整している響を見て私はグッと拳を握りしめる。これほどまでに彼との力の差があったのかと。

(……関係ない。これはあくまで弾幕ごっこ。私のフィールドだ)

 響がどれだけ自機(弾幕を攻略する側)に慣れているからといって私は弾幕ごっこのスペシャリストだ。負けるわけにはいかない。

 彼が自機(弾幕を攻略する側)で来るのなら私はエネミー(弾幕を攻略される側)に回ろう。それが弾幕ごっこルールを作った私なりの礼儀だ。

「行くわよ!」

「ああ、かかってこい」

 そして、私たちの弾幕ごっこは次のステージへと移る。まだ彼のことは思い出し切れていない。



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EX24

「あなたが霊夢ちゃん?」

 そう言って私と視線を合わせるためにしゃがむ女性。その人は外の世界だからだろうか、今の私が普段着ている巫女服とは少しだけデザインの違う(主に脇が開いていない)それを身に纏っていた。彼女こそ『博麗 霊魔』であり、私の師匠になる人。

「……」

「……それじゃあ、こっちに来てください」

 無言のまま、頷いた私を見て師匠は僅かに笑みを浮かべ、そっと私の手を取った。いきなり手を繋がれるとは思わなかった私は立ち上がった彼女を見上げる。角度的に太陽と重なってしまい、師匠の顔はよく見えなかったが、風でなびく綺麗な黒いポニーテールは今でも鮮明に思い出す。

「これから一緒に生活することになるけど……心配は、してないか」

 2歳の私を見下ろしながら話す師匠はどこか不思議なオーラを纏っていた。外の博麗神社に連れて来られる前に話した紫とも違う。言ってしまえば、よくわからない人。そんなことを思いながら彼女に引っ張られる形で博麗神社を案内される。

 幻想郷の博麗神社は私の代ですでに寂れてしまい、ほとんど参拝客は来ないが、外の博麗神社は寂れているというより、隔離されていた。博麗の巫女になる素質を持っていた私はそれを何となく感じ取っていたのだろう。師匠の言葉を聞きながら神社を覆うように貼られている結界を気にしていた。

「結界が気になります?」

「……」

「そう。いつかあなたもあれぐらいの結界、息をするように貼れるようになります」

 そう言い切った彼女はまるで未来がわかっているようだった。いや、今思えば何もかも知っていたのだろう。

 未来予知としか思えない『直感』。

 それこそ、『博麗 霊魔』が歴代の博麗の巫女の中でもトップクラスの実力を持つと言われる理由。そして、それを語り継がれる前に彼女は過ちを犯し、その肩書を剥奪された。

「あ、そうそう。あの子のことも紹介しないと駄目ですね」

「?」

 あの子、と聞いて私は首を傾げてしまう。紫から修行が始まるまで師匠になる人とこの神社で暮らすとしか聞いていなかったため、同居人がもう一人いるとは思わなかったのだ。

「まぁ、今はお昼寝してるので本格的な挨拶は後になると思いますが」

 そう言いながら師匠は徐に襖を開ける。そこには小さな布団が敷かれていた。そして、その中で一人の男の子がすやすやと寝息を立てて眠っている。

「あの子は響。私の息子です」

「……きょう」

「あら」

 今まで一言も話さなかったため、彼の名前を呟いた私を師匠は少しばかり驚いたように目を見開く。未来予知があるとはいえ、さすがに1日の細かいところまでは視ていないのだろう。

「すぅ……すぅ……」

「……」

「……疲れてるなら響と一緒に寝ますか?」

「うん」

 眠っている彼を見ていると不思議と自分も眠くなってきた。それを感じ取ったのか、師匠がそう質問してきたので素直に頷く。

「では、すぐに新しい布団を――って、あらら」

 師匠が何か言っているか、眠気が限界に近かった私はのそのそと彼の――響へ近づき、そのままその布団へ潜り込む。

「……ん?」

 私が布団に潜り込んだ衝撃で目を覚ましてしまったのか、響は眠たそうに目を開け、隣にいる私を見つける。

「……」

「……」

 数秒ほど目が合ったものの、私たちはお互いに何も言わなかった。いや、お互いを見るのに夢中になっていたのだ。

 そして、ほぼ同時に目を閉じて眠りにつく。いつの間にか繋がれていた手から伝わるぬくもりを感じながら。

「……おやすみ」

 意識を手放す直前、そんな優しい師匠の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言うと私は彼のことを舐めていたのだろう。5枚目のスペルカードを用意しながら数十分前の自分の頬をぶん殴ってやりたかった。

「これならどう! 神技『八方鬼縛陣』!」

 スペルカードを使用すると私を中心に大量のお札がばら撒かれ、響へと襲い掛かる。もちろん、お札だけではない。中くらいの陰陽玉や彼の逃げ場所を失くすように鱗弾も放出。これを回避するのはそれなりの難易度がある。

「ッ――」

 そのはずなのに彼は薄紫色の星が浮かぶ瞳を一瞬だけ見開き、最初からそこに()があると知っていたように弾と弾の隙間へ体を滑り込ませる。その動きは未来予知に似た『直感』を持つ師匠に酷似していた。

(本当に、面倒ね!)

 回避されるのはまだいい。だが、回避しながら彼も私へお札を投げ、攻撃してくる。それも私の動きを制限するように絶妙な場所へ投げ込んでくるのだ。

「ぐっ」

 逃げ道をなくされ、身動きの取れない私の顔面へ向かってくるお札をこちらもお札を投げて相殺。お札同士がぶつかり、小さな爆発を起こし、その爆風を突き抜けて響のお札が追い打ちをかけてくる。

「ぁ、が……」

 そのほとんどは『神技』の流れ弾によって落ちたが、たった1枚だけ奇跡的に残ったお札が私の右脇腹を穿つ。弾幕ごっこ用に手加減されているとはいえ、痛いものは痛い。ジンジンと痛む患部を手で押さえながら彼から少しでも距離を離すために後退する。

 きっと、この被弾も彼の狙い通りなのだろう。爆風を突き抜けて襲ってきた小規模なお札の弾幕は私に当たった1枚のお札を守るための壁。最初から響はたった1枚のお札を当てるために動いていたのだ。

 じわじわと追い詰められる感覚。ああ、悔しい。手加減しているわけではないのにここまで差を見せつけられるとは思わなかった。

(せめて、直感が働いてくれれば……)

 これほどまでに劣勢を強いられているのはやはり博麗の巫女特有の直感が依然として働いてくれないことだろう。先ほども響の狙いがわかっていたのならもっと上手くやり過ごしていたはず。

 そう思った刹那、背筋が一瞬にして凍り付く。

「ッ!?」

 咄嗟にその場で急上昇するといつの間にか後ろから飛んできたお札が今まで私がいた場所を通り過ぎていった。どうやら、気づかれないようにお札を操作して私の後ろまで移動させ、奇襲させたのだ。あの悪寒がなければ今頃、無防備な背中に強烈な一撃を受けていたに違いない。

「……」

 それにしても、と不意に頭に疑問が浮かび、慌てて『神技』がブレイクするまでの時間を確認する。その時間は数秒ほど。『神技』は私を中心に弾幕をばら撒くスペルなので私が動き回ればその分、弾幕も散らばる。動きながら思考するのは難しいが、その間ならば響も回避することに専念するはず。その短い時間で先ほど浮かんだ疑問について考える。

 響との戦いが始まってから――いいや、今回の異変が始まってから私の直感は働く時と働かない時がある。調子が悪い、もしくは響が何か細工を施したと思っていたのだが、どうにも違和感を否めない。今も響の動きはわからなかったのに自分の危機に関しては直感が働いた。今までも同じような現象が起きている。

 つまり、私の直感が鈍ったのではなく、響に対して直感が働かないとみていいだろう。その原因は彼の細工か、能力か定かではない。それでも、なんとなく(・・・・・)私の考えは当たっていると思った。

 まぁ、そもそも私自身、直感そのものをコントロールしているわけではないので上手くいくかわからないが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それならやりようはある!」

 

 

 

 

 

 

 

 そう叫んだ瞬間、『神技』がブレイクし、大きな白黒の鎌を持った響がトドメを刺しに私の懐へ潜り込んだ。

 



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EX25

 鋭い刃が日差しを反射してキラリと光る。角度は私から見て左から右への一閃。急上昇しても、急降下しても、前に出ても、後ろに下がっても必ず当たる必殺の一撃を彼は無表情のまま、放つ。まるで、当たることを確信しているように。

 躱せない。

 避けられない。

 運命からは逃れられない。

「……」

 当たることがすでに決められた未来なら、当たればいい。結局のところ、これは弾幕ごっこ。最後まで飛んでいた方が勝ち。言ってしまえば、この戦いは私と響の我慢比べなのだ。

 袖の下に仕込んでおいたお札を起動させ、簡易的な結界を貼り、迫る鎌の刃へ裏拳の要領で結界に包まれた左腕をぶつけた。

(次はッ……)

 ガキン、と刃と結界がぶつかる甲高い音を聞きながら本能的にその場で宙返り。腕をぶつけることで何とか稼いだ時間をフルに使い、空中で逆さまになることで響の鎌をやり過ごした。

(まだ!)

 だが、再び私の背筋を襲う悪寒。

 何が来る?

 どこから来る?

 いや、考えるな。とにかく動け。全てを勘に委ねろ。響の動きを読もうとするな。自分がどう動くべきか。それだけに専念しろ。

 そう自己暗示をかけながら逆さまになった状態で左右に通常弾(ショット)を出鱈目に放つと左右からほぼ同時に小さな爆発音が轟く。

 何が起きた?

 何をされそうだった?

 知らない。確認している暇すらない。来る。また悪寒だ。

 いつ?

 何が?

 どこから?

 どんな風に?

 そんな疑問を浮かべる前にすでに私はコマのようにその場で回転しながら連続で薄い結界を張る。そして、そのまま、その結界を上下へ伸ばし、筒を作った。

 まだ何も起きていない。でも、悪寒は止まらなかった。先ほどの悪寒はすでに消えている。だが、今度は僅かに程度の違う悪寒が私の背筋を2回、首筋を1回撫でた。

「―――――――」

 クルクルとその場で回転しながら目の端に響の姿を捉える。やっと彼は鎌の一閃を振るい終わったところだ。すぐには動けないはず。動けない? そんなわけがない。だって、彼の魂には――。

 

 

 

 

 

(――魂には?)

 

 

 

 

 

 

 何がある?

 誰がいる?

 そもそも魂がなんだ?

 わからない。わからなくていい。今はこの悪寒を処理するべきだ。

 じゃあ、どうする?

 何をすればいい?

 結界でできた筒の中を急上昇しながら右手にスペルカードを1枚。左手で早苗のアミュレットにお札を装填する。悪寒が1つ消えた。もしかしたら、確認していなかったが早苗のアミュレットのお札が切れそうだったのかもしれない。

 その時、私の周りに張った結界が突然、罅割れる。一か所ではなく、全体が満遍なく、一斉に。

 何をされた?

 いや、今重要なのは結界の筒がなければ私は先ほどの攻撃で負けていたこと。大丈夫。直感が働いている。まだ、戦える!

「宝符――」

 クルクルと回転する。罅割れた筒の中を逆さまの状態のまま、上昇する。この動きに何の意味があるかわからない。でも、こうするべきだと頭の中で何かが叫んでいる。

 残った悪寒は2つ。その内の1つがガンガンと警告を出すように激しさを増す。まだ解消できていないのだ。

 今使おうとしているスペルカードでは解消できない? いや、おそらくこのスペルカードは残った悪寒の方。じゃあ、他には何が――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その答えを導く前に私は左手に持っていたお祓い棒に全力で霊力を注ぎ込み、そっと手放した。たったそれだけでスッと、残った全ての悪寒が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「必中――」

 まだ何とか原型を留めている筒の外から響の声が聞こえる。ああ、なるほど。向こうもスペルカードを使うつもりだったのか。それはわからなかった。

「――『陰陽宝玉』!」

「――『二つの銃口』」

 『宝符』は陰陽玉の形をした巨大な弾を出現させた場所に停滞させるスペル。その場所は私の足元。これで筒の上部は陰陽玉が、下部はお祓い棒で蓋をすることができた。

 その時、回転する視界の中、鎌を振るった状態のままだった響の姿が消える。

 そして、陰陽玉は弾け、落としたお祓い棒は何かにぶつかったのか、私の方へ弾き返ってきた。それを認識する前にお祓い棒は左腕の結界に激突し、筒を突き破って外へ。私の体も回転していた影響で反対側へ吹き飛ばされる。幸い、筒はお祓い棒が外へ飛んでいった時に崩壊していたため、結界に体を強打することはなかった。

 その直後、先ほどまで私がいたところで銃弾同士がぶつかり合い、火花を散らせた後、それぞれあらぬ方向へ弾かれる。

「……ッあ! は、ぁ………はぁ……」

 左腕の結界の破片がぼろぼろと落ちていくのを見ながら呼吸が止まっていたことに気付き、慌てて酸素を供給した。今、私は何をされて、何が起きて、どう切り抜けた? 全ての出来事が私の認識外で起きたせいで無事であったにもかかわらず、未だに心臓が爆発しそうなほど鼓動を打っていた。

「へぇ、あれを無傷で切り抜けられるとは思わなかったわ。響は視えてた?」

「まぁ、途中からだけど」

「響が、2人?」

 そして、何より――目の前で狙撃銃を構える2人の響がいることに私はすっかり混乱してしまっていた。いや、瓜二つだが、違う。右の響は本物だが、左は別人だ。

「あなたは、誰?」

「あら、まだ思い出してなかったの? さっき何かわかったような反応したと思ったんだけど気のせいだったかしら」

 狙撃銃の銃口を降ろしながら首を傾げる左の響。狙撃銃のせいで見えなかった膨らんだ胸を見て女だとわかった。背も少しだけ右の響の方が大きいし、まさに左の響は響を女にした姿だと言っても過言ではなかった。

「私は吸血鬼。よろしくね」

「吸血鬼?」

 女の正体を聞いたのに何故か種族を教えられた。私に名前を名乗るつもりはない、ということか? そもそも、彼女は一体どこから現れた? 彼女も響の式神? いや、違う。彼女は――。

 

 

 

 

 

 

「――魂の住人」

 

 

 

 

 

 

 そうだ、思い出した。響の魂構造は特殊で様々な魂を宿していた。その中の一人が目の前で笑っている『吸血鬼』。どうして、今まで思い出せなかったのか、と自分の正気を疑ってしまうほど次から次へと魂の住人について思い出していく。

「ふふ、少しずつ思い出してるみたいね? だから、言ったでしょ? 最初に会いに行くべきなのは霊夢だって」

「……うるさいな」

「そんなに後悔してるならやらなければよかったのに」

 呆れたように笑っていた吸血鬼だが少しずつ体が透けていく。やはり『必中』の効果で呼び出したのは吸血鬼だったらしい。

「あ、時間切れね。それじゃ、霊夢。またあとで」

「……ええ。色々と話を聞かせてもらうから」

「それは響にお願いね? 私は止めたんだから」

 『くわばらくわばら』と言いながら吸血鬼は消えていった。それと同時に響の手にあった狙撃銃も消滅し、再び私たちだけが取り残される。

「……よくやり過ごしたな。まるで、未来が見えてるようだった」

「正直、今でも何が起きたからほとんど理解してないわ」

 おそらく、衝撃波のような攻撃を受けた後、『必中』で吸血鬼を呼び出し、上と下から同時に銃撃を仕掛けた。だが、その銃弾は陰陽玉とお祓い棒にぶつかり、一瞬だけその動きを止め、その間に弾かれたお祓い棒が左腕の結界と激突。そのままお祓い棒は筒を破壊し、私の体は筒の外へと放り出されたのだ。

「でも、あの衝撃波は何だったの?」

「そもそも衝撃波じゃない。神拍『神様の拍手』っていう技なんだけど」

 そう言って響は頭上に巨大な両手を出現させ、パン、と勢いよく拍手する。なるほど、筒の全体が一斉に罅割れたのはあの両手で挟まれたせいだったのか。

「……あなた、攻められる側なのに私を叩き潰そうとしたのね」

「そもそも変則的な弾幕ごっこだろ? どんなことをしても、されても恨みっこなしだ」

「……そう、ね」

 響が微笑みながら答え、思わず目を逸らしてしまう。ああ、そうか。ばれていたのだ、何もかも。そして、私の気持ちを汲み取ってフォローしたのだ。

(……でも、私にだって譲れないものがある)

「それじゃあ、再開しましょうか。正直、色々と思い出してきてだんだん腹が立ってきたのよ」

 少なくとも私が響を忘れたことに関しては絶対に許さない。たとえ、どんな理由があろうと一発殴るまで私は止まらないだろう。

「……はぁ」

 最初からこうなることがわかっていたのか、彼は諦めたように鎌を構える。そして、ほぼ同時に私たちは相手に向かって突撃した。



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EX26

2020年最後の更新です。
今年は何度も更新延期してしまい、申し訳ございませんでした。
ですが、来年は作者である私がVTuberになる予定ですので
もしかしたら更新も度々延期してしまうかもしれません。
『東方楽曲伝』後日談もそろそろ完結が見えてきましたが、
これからもよろしくお願いします。


 それはあまりにも突然訪れた。いつものように目を覚まし、隣に彼がいないことに少しだけ違和感を覚えながら居間へと向かう。そこで優雅にお茶を飲んでいたのは師匠ではなく、私をここに連れてきた紫だった。

「あら、おはよう」

「……おはよう」

「ほら、早く着替えて来なさい。今日から本格的に修行が始まるから」

「……え?」

 色々聞きたいことはあったがいつまでも寝間着のままで聞くことではないのですぐに着替えに部屋へと戻った。

「それで修行の内容なのだけど」

 着替えた後、居間で朝ご飯を食べながら紫から修行について説明される。寝起きのせいで碌に話の内容を理解していなかったが、とりあえず言われたことをすればいいらしい。

「それじゃ、霊魔が帰ってきたら早速始めましょう」

「師匠どこか行ってるの?」

「ええ」

 起きてから師匠と***ちゃんの姿が見えず、ずっと気になっていたので質問すると彼女は微笑みながらコトン、と湯飲みをちゃぶ台に置いた。

「やっとあの子の面倒を見てくれる人を見つけたらしいの。だから、今、その人たちのところへ預けに行ってるのよ」

「面倒? 預けに?」

 その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が私の頭を過ぎる。きっと、私が修行をしている間だけだ。だから、夜になれば***ちゃんは帰ってくる。一緒にいられる時間は短くなるけれど晩御飯や寝る時はきっと――。

「きちんとお別れさせられなくてごめんなさいね。急遽、もう一人一緒に修行する子が増えることになったのよ。さすがに霊魔でも修行をしながら3人も子供の面倒を見るのは大変だから今日からあの子は別のところで暮らすの」

 お別れ? 別のところで暮らす?

 それではもう二度と***ちゃんと会えないみたいな言い方ではないか。だって、あの子は師匠の子供だ。師匠と一緒に暮らしていればいつか会えるに決まっている。

「……」

 ああ、駄目だ。わかってしまう。理解してしまう。『博麗の巫女』特有の直感が問答無用に真実を突き付けてくる。

 

 

 

 もう、***ちゃんには会えない。

 

 

 

「あ、帰って来たみたい。ほら、早く食べちゃいなさい」

「……」

「……霊夢?」

 私の様子がおかしいことに気付いたのか、首を傾げる紫。私はそれに対して何でもないと黙って首を横に振った。

 そして、その日から私は『博麗の巫女』になるために修行に明け暮れる毎日を送った。だが、どうしても真剣に修行に取り組むことができず、言われたことを適当にこなすだけ。それがいつしか当たり前になり、私は今の私になった。

 修行はせず、真面目に神社を立て直さず、直感やセンスに頼るだけの天才肌。

 その根底は――おそらく、勝手に***ちゃんから引き剥がした大人に対する抵抗心だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イライラする。

 

 

 

 

「霊符『博麗幻影』!」

 私を中心にお札がばら撒かれ、響に向かって一斉に動き出す。更に追い打ちをかけるように大きな陰陽玉も作り出し、彼の行く手を阻むように射出する。

「……」

 彼はそれを見ても特に表情を動かさず、冷静にお札をかいくぐり、陰陽玉を白黒の鎌で両断。その瞬間、直感に従ってその場で急降下すると目の前を透明な何かが通り過ぎていった。おそらく、鎌を振るった時に透明な斬撃も一緒に放っていたのだろう。

 

 

 

 

 イライラする。

 

 

 

 

 

「神籤『反則結界』!」

 スペルカードがブレイクすると同時に次のスペルを使用。前のスペルと同じように私を中心にお札をばら撒くがその密度は先ほどに比べ、あまりに薄い。響も難なく回避した。

「おっと」

 だが、回避した直後、響の真後ろでお札がその場で停滞する。まさか動きを止めるとは思わなかったようで振り返った響は思わずと言った様子で声を漏らした。

 その間にも私はどんどんお札を放つ。響も躱すが彼の背後に次から次へとお札が停滞し続け、自然と私と響の距離は縮まっていく。

(ここっ!)

 お札を放つのを止めた私は即座に霊弾へと切り替え、響に向かって連射した。彼もいくつも放たれる霊弾を躱すがさすがに至近距離で放たれるそれらを処理しきれなかったのか鎌を振るって数発の霊弾を弾き飛ばす。だが、それだけだ。全ての霊弾をやり過ごした響は後ろに停滞していたお札がなくなっていることに気付き、すぐに私から距離を取る。これでも駄目なのか。

 

 

 

 

 

 イライラする。

 

 

 

 

 

「大結界『博麗弾幕結界』!」

 衝動に任せて次のスペルカードを使う。このスペルは私が持っている中でもトップクラスで難易度が難しいスペルだ。さすがの響でも簡単に攻略はできないだろう。

「……」

 しかし、私の予想とは裏腹に響は白黒の鎌を変形させ、巨大な盾にする。翼、腕輪、鎌とあの武器は様々な物に変形できるようだ。だが、盾はあくまで前方からの攻撃しか守れない。『大結界』は響の前後から弾幕が襲うスペルだ。

 そして、響は白黒の盾で前から飛んできた弾幕を受け止め――周囲に凄まじい衝撃波を放った。その衝撃で彼の背後の弾幕すらもあらぬ方向へ吹き飛んでいく。

「はぁ!?」

 出鱈目な攻略法に私は思わず叫んでしまう。それからも彼は襲ってくる弾幕を盾で受け止め、その度に周囲の全てを弾き飛ばしていく。

 どんなに私が攻撃しても彼は色々な手を使って攻略してしまう。それが気に喰わなかった。本当にイライラする。

(どうして、通じないの!)

 このイライラを解消するためには響を倒さなくてはならない。だが、どんなに攻撃しても通用しなかった。それのせいで更にイライラが募っていく。

「それはさすがに卑怯でしょ!」

「これが一番被害の少ない変形なんだよ」

 そう言いながらもバン、バンと何度も衝撃波を発生させる響。よく見れば少しずつ白黒の盾が赤熱しているようで衝撃波を放つ度に熱を持つのかもしれない。それにしてもあの盾が最も被害の少ない――おそらく攻撃力の低い変形なのだろうか、にわかには信じられないほどあの衝撃波は凄まじい威力だった。

「本当に出鱈目な人なんだから!」

 おそらくあの盾の弱点は熱を持つこと。何度も攻撃すればあの盾は使えなくなるかもしれない。そうしようと思ったが、その前に私のスペルがブレイクし、響も盾を構えるのを止めた。

 まだだ。まだ霊力も、お札も、スペルカードも、気力も尽きていない。だから、私はまだ戦える。まだ、なのに。

 

 

 

 

 

 

 どうして、こんなに焦っているのだろう。まるで、王手された王将。詰み、そう告げられたような。私の直感が早く決着を付けろと急かし続けていた。

 

 

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 

 

「そろそろ終わらせようか」

 ――それを証明するように響は赤熱した盾から白黒の弓を手にした。

 

 

 

 

 

 

「『風弓』」

 

 

 

 

 

 彼の弓はその声に応えるようにそれは唸り声を上げ、暴風が私の巫女服を激しく揺らした。



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EX27

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます
そろそろEXも終わりが見えてきましたが、今年も『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


あ、VTuberになりました。
よろしければチャンネル登録よろしくお願いします。


https://www.youtube.com/channel/UC-HP7_uBRBgNDokI_3zT62w


「ぐっ……」

 彼の弓から放たれる強風に吹き飛ばされそうに慌てて態勢を立て直す。バタバタと巫女服がなびき、バランスを取るのが難しい。だが、これはあくまでもスペル発動時の予備動作だ。まだ、弾幕を放ってすらいないのである。

 しかし、それ以上に私を驚かせたのはスペルを発動した瞬間、彼の体から漏れる地力が今までと比べものにならないほど膨れ上がったのだ。その大きさと密度は『模造(レプリカ)憑依』をも超える。いや、おそらく『模造(レプリカ)憑依』は強力すぎるあまり、威力を抑えなければならず、弱体化していたのだろう。つまり、現在、彼が使用している『風弓』は弱体化されていないということになる。

(それに……)

 『風弓』を発動する前、彼は『そろそろ終わりにする』と言った。きっと、あの弓は彼にとってよほど自信のある武器なのだろう。それは彼から溢れ出る地力が証明していた。

「あら、弓だけ? 矢は忘れてきたのかしら?」

 それでも私はここで負けるわけにはいかない。相変わらず、直感がガンガンと警告を鳴らしているが、それを面に出さないように皮肉をぶつけた。

「……」

 それに対し、響は何も言わずに白黒の弓を左手に持ち、空いた右手に青白い矢を生成。なるほど、魔力の矢なら矢切れを起こすことなく、無限に攻撃することができる。私にとっては厄介極まりない矢切れ対策だ。

 そのまま生成した青白い矢を弓に番え、限界まで引き絞る。もちろん、鏃は私を見ていた。それも響は少しずつ魔力を注入しているのか、矢の輝きがどんどん強くなっていく。だが、私と彼との距離は決して近くはないため、矢が放たれてから躱すことぐらい――。

「――ッ!?」

 その輝きが最高点に達した刹那、私は本能に従って首を右へ傾けた。そして、遅れて左頬が仄かに熱を持つ。おそるおそる左手でその部分に触れると生暖かい液体が頬を流れていた。左手を見てそれが血であることにやっと気づく。

(何も、見えなかった……)

 これでも弾幕を躱すために動体視力には自信があった。それなのに矢が飛んでくるところはおろか矢を放つのさえ視認できなかったのである。弾幕ごっこで当たりどころが悪ければ血を流すことはあった。だが、『風弓』は明らかに過剰だ。やはり、『模造(レプリカ)憑依』のような最初から弱体化しなければならないほどの強さはないとはいえ、弾幕ごっこをするにはあまりに威力が強すぎる。

「……」

「ちょっとッ!」

 彼もそのことはわかっているはずなのに特に何も言わずに再び青白い矢を生成して弓に番えた。先ほどは直感のおかげで何とか回避できたが、あれを何度も放たれたらいつかは直撃する。もし、このまま戦い続ければ彼の言うとおり、これ(・・)で終わりになってしまうだろう。

(でも、これは……)

 念のために右手に持ったスペルカードを強く握りしめ、冷や汗を流しながら彼の動向をジッと観察する。そして、彼は弓に番えた矢の先端を突然、真上に向け、放つ。青白い矢がロケットのように上空へと飛んでいく。

「何を……ちょっ!?」

 矢が消えていったのを見届け、何も起こらなかったので視線を彼に戻すとすでに矢の装填が終わっており、いつでも放つことが出来る状態だった。慌てて、その場で急上昇する私の真下を矢が通り過ぎていく。どうやら、矢に込める魔力の量を減らしたようで今度は何とか目で捉えることができた。

 だが、頭の中で鳴り響く警告は一向に消えない。今度は右へバレルロールの要領で移動し、次の矢を躱す。駄目だ、止まっていたらすぐに標準を合わせられる。移動し続けて何とか隙を突いて攻撃をしなければ『風弓』を止めることはできない。

 そんなことを考えながらも響は矢を何度も放ち続け、その全てを紙一重でやり過ごす。弾幕ならまだしも矢は基本的に点の攻撃である。高速で動き回る目標に当てるのは至難の業。それなのに彼は的確に私を狙い続け、あろうことか私の動きを予測し、先回りするように矢を放つ始末。本当にこの人は出鱈目すぎる。

(でも、私だって最後まで)

 どう動いても動きを予測されるのなら少しでも私が有利になるように動くしかない。そう判断した私はすぐに急降下した。

 矢が私の巫女服を掠り、ビリっと音を立てながら破けた。『風弓』を使われる前からすでにボロボロだったのだ。今更、巫女服が破れようと構わない。

 今度は髪の毛の数本が矢の勢いで千切れる。鋭い微かな痛みが頭部を襲うが、無視して下へ。もう少し、あとちょっとで――と、いうところで思わず体が跳ねてしまうほどの悪寒が私の背筋を襲う。後ろを見なくてもわかる、響が私を狙っているのだ。でも、なんとか間に合った。

「来いッ!」

 私は地面に落ちていたお祓い棒を操作し、地面に落ちていたそれは糸で引っ張られたように私の手元へ戻ってくる。このためにお祓い棒に限界まで霊力を込めていたのだ。

 そのまま振り向きざまにお祓い棒を横薙ぎに振るって矢を弾き飛ば――そうとするが、あまりの威力に私の体ごと吹き飛ばされてしまった。だが、何とかやり過ごすことができた上に武器も拾うことができたのだ。ここから――。

「……嘘、でしょ」

 上にいる響へ視線を向ければ私の視界に入ったのは彼ではなく、今まさに私へと降り注ごうとする青白い矢の弾幕だった。おそらく、ロケットのように上空へ放った矢が空中で分離し、雨のように落ちてきたらしい。唯一の救いは勢いがなくなっているようでそこまで速くないことか。

(いや、それでもこの数は……)

 人間は雨を躱すことができない。それは数が多すぎるから一粒躱そうと体を動かしてもその先に別の雨粒があるからだ。

 この矢の雨も同じ。躱そうとすれば別の矢が私を貫くだろう。ならば、やることは一つ。真っ向からの正面突破のみ。

「はぁッ!」

 お祓い棒を振るっていくつかの矢をまとめてへし折る。早苗のアミュレットもフル稼働で矢をどんどん撃ち落としていく。だが、あまりにも数が多く、早苗のアミュレットの片方が矢の直撃を受け、そのまま墜落。もう片方のそれも数秒遅れて落ちていった。

 だが、そのおかげで矢の雨の隙間から響の姿を発見する。彼は何故か白黒の弓を構えておらず、ジッと私を見つめていた。もう新しい矢を放つ必要はない、ということだろうか。そんな考えが頭を過ぎった瞬間、今までに積もりに積もった苛立ちがピークを迎える。

「絶対に許さ――」

 その言葉は最後まで言うことができなかった。矢の雨をやり過ごし、お祓い棒で響を殴ろうと振り上げた瞬間、ガツンと頭を金槌で殴られたような衝撃を受けたのだ。

 なんだ、何をされた?

 矢の雨はやり過ごしたと思ったが、見落としがあったのだろうか。

 それとも、また私の知らない、覚えていない攻撃を仕掛けてきたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、違う。これは私の直感だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも強すぎる警告に強制的に意識をそちらに向けられたのだ。じゃあ、これほどの警告を出すほど今の私は絶体絶命なのかと言われれば首を傾げてしまう。

 矢の雨はやり過ごした。

 響は弓を降ろしている。

 新たな攻撃をされた様子もない。

 そう思っていた刹那、いきなり目の前――いや、私を取り囲むように青白い矢が現れた。この矢は、一体どこから現れた? いつの間に射られた? 集中するあまり、動体視力が極限にまで高められているのか、そのおかげで私を取り囲む矢羽から後方へ突風が吹き荒れているのを見つけた。

 ああ、そうか。だから、『風弓』。風の弓。あの白黒の弓は射った矢に風を付与する武器なのだろう。そして、風を付与された矢は射られた後も風を操って方向を操作することができる。

 きっと、響は最初からこれを狙っていたのだ。矢を放ち、私がそれを躱す。そして、私の認識外へ飛んだ後、風を操って待機させ、私が隙を見せたところで囲む。

 それに加え、矢の配置があまりにも厄介だった。先ほどの矢の雨と同様、1本の矢を躱そうとすれば別の矢が私の体を捉えるようになっている。そして、全ての矢が風を付与されているから勢いは落ちるどころか、射られた時よりも増していた。生半可なスペルカードでは矢を捌き切れない。

「……」

 どう足掻いても避けられない攻撃。完全な詰み。だから、『風弓』を使われる前に倒せと直感は告げていたのだ。使われた時点で私は負けていた。

 悔しい。こんな状態に追い込まれてしまった自分が情けない。なにより、思いきり彼の顔面を殴れなかったことに腹が立つ。

 認めよう、この勝負、完全に私の負けだ。ここまでされては敵うわけがない。響の方が一枚どころではなく、何枚も上手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、この試合は勝たせてもらう。これだけ(・・・・)は使いたくなったけれど、ここまでされてしまったのだから使わざるを得ない。

 これが私の奥義。ズル(とっておき)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『夢想天生』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右手に握りしめたスペルカードを発動すると私は文字通り、世界から浮いた。



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EX28

 『夢想天生』。

 私の能力、『主に空を飛ぶ程度の能力』を最大限に発揮させたスペルカード。

 空を飛ぶ、ということは宙に浮くということである。

 そして、『浮く』という動詞は『浮遊する』という意味の他に『遊離する』――つまり、周囲のありとあらゆるものから離れるともとれる。

 そう、簡単に言ってしまえば私は世界から浮いた。文字通り、プカプカと世界との繋がりが完全に断たれていた。

 だから、この状態になった私は世界と繋がりのある存在からは干渉されない。そう、響の放った無数の矢がたった今、私の体をすり抜けたように。

 もう響は私を倒せない。次元がズレた私に触れることはできない。まさに卑怯なスペル。ああ、だから使いたくなかったのだ。これを使えば私は勝ってしまう。子供の喧嘩に鬼がしゃしゃり出てきて何もかも滅茶苦茶して去っていくようなものだ。真剣勝負では使ってはならない禁じ手。

「ッ……」

 しかし、響は私が『夢想天生』を発動させた直後、全力で後退した。まるでこの後の展開を予期しているように。

(でも、それは無駄)

 たとえ、私から離れようと何も意味はない。私は世界から浮いているのだ。世界の事象を全て無視することができる。そう、それは距離も例外ではなかった。

 響は私から離れようとしているが、一向に私との距離は変わらない。上に、下に、右に、左に。縦横無尽に動き回り、私から逃げようとするが私は一定の距離から離れない。

「やっぱ、駄目か!」

 『夢想天生』の性質は知っていたのか、彼は声を荒げて再び『風弓』に魔力の矢を番えた。そして、魔力を込める。込める。込める。込める込める込める。凄まじい量の魔力を込められた矢は普段なら目が眩むほどの光を放っていた。

 また、私の体を素通りした無数の矢も風の力を使い、彼の後ろに移動し、そのまま待機。遠隔で魔力を注いでいるのか、その矢たちも少しずつ輝きを増していく、

 なるほど、やはり彼は『夢想天生』を知っているのだろう。きっと、あの矢も私に攻撃する他に『夢想天生』用に調整されていたのだ。

 だが、関係ない。この勝負に勝つのは私だ。

「……」

 私の周囲に無数のお札が出現する。少しずつ、少しずつその数を増やしていき――それは増え続け、止まらない。お札がお札に重なっても、私の体に当たっても、増える。増える。増える。増える。

 『夢想天生』。

 世界から浮いた私ごと、広範囲の空間全てをお札で埋め尽くし、相手を確実に満身創痍へと追い込む私にしか使えない博麗の巫女の奥義だ。

 一応、『博麗奥義集』にも載せたが能力を頼った奥義なので誰も使えないだろう。まぁ、歴代の博麗の巫女が編み出した奥義の大半が私と同じようなものなので気にしなかった。むしろ、誰にでも習得できる奥義はほとんどなく、その上、修得難易度が高いことが多い。私が修得できたのも一つ(・・)しかなかったぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題(もう終わらせよう)

 

 

 

 

 

 

「……行って」

「ッ――」

 私がお札にそう告げるのと彼が太陽のように輝く風の矢と待機させていた矢を放ったのはほぼ同時だった。お札と矢がぶつかり合い、風の力によってお札が弾け飛んだ。あれだけ魔力を込められた矢に霊力で強化されていたとしてもお札が勝てるわけがない。だが、それが一枚だった場合だ。

 風の力を得た矢たちが次々にお札を吹き飛ばしていく。しかし、それでもお札は一向になくならない。むしろ、矢を覆いつくさんとばかりにお札が矢たちを飲み込み、やがて矢に込められていた魔力が霧散する。

 お札を邪魔するものはなくなった。あとはお札の洪水に飲み込まれるだけ。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 響は即座に神力で編まれた箱型の盾を創り出し、お札の洪水から身を守った。だが、それも長くは続かないだろう。世界から浮いている私はお札を無視して響の様子を確かめることができる。『神箱』にはすでに皹が走っていた。

「桔梗!」

「はい!」

 しかし、響はまだ諦めていなかった。箱の中で『風弓』から人形の姿へ変わった――桔梗と呼ばれた小さな女の子が響と手を繋ぎ、その姿を変える。

 鋭く尖った指先とその右手に持つ紅い鎌。

 両手、両腕を守るようにそれらを覆う漆黒の装甲。

 腰には二丁の拳銃。

 足は分厚い白い装甲に包まれ、一歩踏み出せばその重さで地面が割れてしまいそうだった。

 また、彼女の背中には翼のようなものが生えている。

 鳥でもなく、蝙蝠でもない機械染みたそれは片翼に4つの筋のような部分――計8つの筋の先端は尖っていた。

 そして、胸には桔梗の花が彫られた装甲。

 彼の変身が終わった直後、『神箱』が崩壊する。お札の洪水が彼らを襲った。

「【盾】五連!」

 だが、洪水に飲み込まれる前に彼らの前に白黒の巨大な盾が5枚ほど展開され、お札を受け止め――凄まじい衝撃波を放った。あの盾と同じ性能なのだろう。しかし、確かあの衝撃波を放ち続けば赤熱していき、使えなくなるはずだ。

 『夢想天生』は確かに無敵の性能を誇っているがあくまでも私の霊力が続く限りの話である。それでもあの盾が使えなくなる方が先――。

「『五芒星結界』」

 少しずつ赤熱していく5枚の盾と彼を包む機械仕掛けの鎧。しかし、彼はまだ諦めていなかったようで星型の結界を作り、守るように自分の後ろに配置した。白黒の盾ですら守り切れないのに今更、『五芒星結界』1枚で守り切れないことぐらいわかっているはずなのに。

「『五芒星結界』」

(2枚目?)

 数で勝負する気なのだろうか。いや、それも意味がない。先ほどの矢のように全方位から飲み込めば一瞬で処理できる。それがわからない響ではない。それに盾と鎧の赤熱も酷くなっていくにつれ、彼の表情が険しくなっていく。もしかしたら、鎧の熱によって全身に火傷を負っているのかもしれない。彼は吸血鬼の血によって(・・・・・・・・・)傷はすぐに治るが痛みはなくならないはずだ。むしろ、治った傍から火傷を負っていくので痛みはずっと消えないだろう。

(早めに終わらせなきゃ)

 これ以上、長引かせても意味がない。白黒の盾ごと潰すつもりで少しばかり霊力を込め、お札の勢いを強めた。それと同時に衝撃波の音が更に大きくなる。

「『五芒星結界』」

 響は3枚目の結界を作った。駄目だ、わからない。どうして、無駄に長引かせるのか。火傷を負いながらも抵抗する理由がどうしても思いつかない。彼は何を狙っているのだろう。

(まさか、私の霊力切れ?)

 『夢想天生』を突破する唯一の方法と言ってもいい私のガス欠を狙っているとしたらあまりに無謀だ。私の霊力が底を尽きるより彼の鎧が使えなくなる方が圧倒的に早い。

急速冷却(クイック・クーリング)!」

 だが、そう思った直後、彼の鎧から凄まじい量の水蒸気が噴き出し、盾と鎧が元の色に戻った。一気に冷やした、のだろうか。それでも間に合わない。

「『五芒星結界』」

 4枚目。やはり、彼は私の霊力切れを狙っている。しかし、先ほどの光景を見ているとそれでも彼の鎧が使えなくなる方が先だ。いや、ここで油断してはいけない。おそらく、盾と鎧で切り抜けようと思っていないのだろう。ならば、彼の目的はあの星型の結界。あれで何かする気なのだ。

「こ、のっ!」

 このまま野放しにして手遅れになったらおしまいだ。『夢想天生』は私の奥義であり、切り札だ。これを突破されたらもう勝つのは絶望的。

 霊力を更に注ぎ、お札を強化する。衝撃波の音は最高潮に達し、盾と鎧が急速に赤熱していく。これで、終わりだ――。

 そして、その時は訪れる。

 ポン、と効果音が付きそうなほどあっけなく、鎧は元の人形へと戻った。人形の女の子は蒸気を吹き出しながら力尽きたように落ちていく。だが、響はその前に人形の女の子を手で広い、空間倉庫へと放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「影囲み」

 

 

 

 

 

 

 その直後、影が蠢き、彼の体を覆いつくしてしまった。影を操った? それも彼の能力の一つだろうか。いいや、今はそんなことどうでもいい。あれほど薄い影ならすぐに突破できる。そう思っていたのだが、予想以上に頑丈な影だったようで彼は数秒だけ耐えた。

 

 

 

 

 

 

 

「『魂同調』」

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、勝負ところだよ、キョウ君!」

 その間に彼は新しい力を使う。彼の背後に可愛らしい少女の幽霊が現れ、響の体へ吸い込まれていく。そして、彼の体が透き通り、私と同じようにお札が彼の体をすり抜けた。おそらく、時間制限のある無敵スペルカード。まだ倒し切れないのか。なら、彼を倒す前にあの結界を――。

「『五芒星結界』」

 ――それを実行する前に彼は5枚目の結界を完成させた。透き通る体のまま、結界を操作し、5枚の結界を更に星型に配置する。

「鉄壁『二重五芒星結界』!」

 彼の前方に5枚の星型の結界で形成された五芒星結界がそびえ立つ。それが完成するのと彼の体が元に戻るのはほぼ同時だった。これが、『夢想天生』を突破するために彼が準備した手札。

(でも、その結界は前面しか守れない)

 わざわざ凝固な結界を突破する必要はない。お札を迂回させようとするが、結界を通り抜けようとした瞬間、お札は何かに弾かれたように周囲に散らばった。まさかの事態に思わず思考が停止してしまう。五芒星は魔避けの効果がある。その効果も増幅されているのだろうか。少なくともあの結界がある以上、お札は彼には届かない。

 だが、あの結界はまずい。まずいから使ったのだ。私の直感が悲鳴を上げ、急かす。

(あれを壊すには……私も霊力を全力で注がなきゃならないっ)

 それでもギリギリかもしれない。いや、ギリギリだったとしてもやるしかないのだ。ここで彼を倒さなければ私は――。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ぁ、ああああああああああああああ!」

「う、ぉ、おおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば私と彼はスペルに、結界にありったけの霊力を注ぎ込む。

 行け、行け、行け、行け行け行け行け行け行け! 行け! 行け!!

 私たちの絶叫はお札と結界がぶつかる音で掻き消える。ビリビリと大気が震え、世界から浮いていなければ余波で巫女服がビリビリに破けていただろう。

 それでも私たちは死力を尽くして相手を倒さんと全力を注ぐ。この技で、この一撃で、これで、終わらせるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――。



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EX29

「はぁ……はぁ……」

 気づけば私は息を荒くしてお祓い棒を構えていた。呼吸が苦しい。酸素が足りなくて目の前がチカチカする。体の節々が軋み、ズキズキと頭が痛む。

 そして、『夢想天生』で世界から浮いているはずなのに呼吸をしていることを理解し、すぐに首を傾げた。ラストワードを発動している間、私は世界から切り離される。つまり、呼吸すら必要としない。

 でも、今の私は呼吸はおろか、私の巫女服を揺らす風や額から流れる汗、なにより世界に溢れる力の流れを感じ取れている。つまり、『夢想天生』が解除されていることに他ならない。

「はぁ……はぁ……」

 そこでやっと意識がはっきりし始め、視覚情報を整理することができるようになった。響が発動した『鉄壁』は5枚の五芒星結界を組み合わせたこともあって『夢想天生』であってもすぐに破壊できるものではなかった。

 だが、私の前に巨大な星型の結界はなく、お札と結界の激突によって生じた煙が漂っている。そのせいで未だに響の姿は見えない。

 もし、彼がまだ余力を残しているのなら私の負けだ。正直、今にも気絶してしまいそうなほど霊力を消費してしまった。おそらく数分も飛んでいられないだろう。いや、ゆっくりだが、すでに落ち始めている。もう、限界だ。

「……ぁ」

 握力もなくなっていたようで構えていたお祓い棒を落としてしまう。持っていても込める霊力がないのだからただの棒にすぎないので放置する。

 本当に、私は愚かだ。卑怯だからと『夢想天生』を使うことを躊躇い、使えば確実に勝てると過信していた。

 しかし、響は『夢想天生』の性能を知っていながら己の手札を組み合わせ、死力を尽くして全力で抵抗し、私に全ての霊力を消費させた。

「……」

 その時、風によって煙が流れ、彼の姿が露わになる。響は――顔を俯かせながらも飛んでいた。私の全てを込めた『夢想天生』はギリギリのところで『鉄壁』を破壊したようで彼の服は私以上にボロボロになり、僅かに血を流している。

 ああ、そうか。私の、負けだ。もう、飛んでいることすらできない私に彼を止める手段はない。スペルカードはもちろん、お札の一枚も投げられない。きっと、あの奥義(・・・・)を使っても彼なら簡単にあしらってしまうだろう。

「……さすが、だな」

「……え?」

 俯いていた彼は掠れた声でそう呟くとゆっくりとその体を傾け、次第に頭が下になり――落ちていった。あまりの光景に助ける、という考えは浮かばず、そのまま墜落していく彼を見続け、私もその後を追うように降下していく。

 幸い、私たちは戦いながら高度を落としていたようで自由落下のまま、地面と激突しても大したことはなく、よろめきながら着地した後、遠目から彼の様子を窺ったがちゃんと生きていた。

(勝った、の?)

 彼は確かに落ちた。霊力を使い果たし、今にも気絶してしまいそうになっている私より先に満身創痍になった。私の、勝ちだ。私が、勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――本当に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって、今もなお彼は倒れたままで起き上がる様子はない。複数の魂を宿し、多くの仲間を味方に付け、無数と言っても過言ではないほど手札を持つ彼が、私の目の前で地に伏している。誰がどう見ても私の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずなのに、このもやもやはなんだろうか。まるで、『まだ終わっていない』と誰かが耳元で囁いているように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その不安が的中したように、響の指先に翠色の炎が灯る。その炎は少しずつ彼の体を浸食し、やがて全身を燃やし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「翠、炎……」

 その囁きこそ、私の直感であると気づいたのはその炎の正体が『翠炎』だと思い出した時だった。

 矛盾を燃やし尽くす炎。私の傷を治したあの翠色の炎だ。

 そして、今となってはその性能をはっきりと思い出すことができる。それは、蘇生(リザレクション)能力。

 ああ、そうか。響は最初から『夢想天生』を突破する方法がないことを知っていたのだ。しかし、彼は『翠炎』がある。『夢想天生』で倒されても蘇生できることもわかっていた。

 だが、『夢想天生』で倒され、蘇生した後、まだ『夢想天生』が発動していたら再びやられてしまう。だから、使用した後、魂に囚われてしまう『魂同調』すらも使って『鉄壁』を発動させ、私の霊力を削り切った。全てはこの瞬間の――翠炎により蘇生を成功させるために。

「……」

 その証拠に翠炎に包まれながらも彼はよろよろと立ち上がり、私の方へ視線を向けた。しかし、どういうわけか彼の顔色は私から見ても相当悪そうに見える。確か、翠炎による蘇生なら戦う前に状態に戻ったはずだが。

「弾幕ごっこで、それは……卑怯だろ」

「それも、そうね」

 私の思考を読んだのか、苦笑を浮かべた響の言葉に私も同じような表情をしてしまう。どうやら、翠炎の性能も制限されていたようで満身創痍寸前で蘇生したようだ。

 お互いに卑怯な手を使い、そうしてまで勝ちたい。あまり勝ちに拘らない性格だと自負しているが、こうやって死に物狂いで戦うのも不思議と悪い気はしなかった。

「さて、どうする? お互いに今にも倒れそうだが……引き分けにしておくか?」

「なにこの期に及んで冗談、言ってんのよ。あなた、そんなつもりさらさらないじゃない」

「まぁ、そうなんだが」

 彼は懐からケイタイ(前、香霖堂で見かけたことがある二つ折りの機械)を取り出し、ポチポチと操作し始める。私もその間に落ちていたお祓い棒を拾って付着していた土を払い落とした。

「そうは言ってもそっち、霊力はもうないだろ」

「それもお互い様。殴り合ってでも勝つわよ、私。こう見えても……人生で一番、怒ってるんだから」

「……思い、出したんだな」

「ええ、全部、思い出したわ……そう、全部」

 『夢想天生』によって世界から浮いた影響か。それとも彼の施した馬鹿みたいな仕掛けがやっと壊れたのか。私は『音無 響』に関する全ての記憶を取り戻していた。

 彼と共に過ごした日常も、彼が巻き込まれた異変も、彼に対する私の、この気持ちの名前も。

「本当に、やってくれたわね……一発どころじゃないわ。泣いて謝るまで殴るの止めないから」

「それは、勘弁してほしいな」

 ケイタイを操作していた彼の手にいつの間にか私と同じようなお祓い棒が握られていた。でも、どういうわけか私のそれよりもかなり年季が入っている。まるで、ずっと使われていた物を誰かから譲り受けたような印象を受けた。なにより、私はそのお祓い棒を小さい頃に見たことがある。あれは、確か――。

「まさか……それ」

「さて、どうだろうな。いずれ話すよ」

 『今は、こっちが大事だ』と彼はお祓い棒を私の方へ突き出すように構えた。持っているだけでもやっとなのか、先端が僅かに震えている。

「……ええ、そうね」

 私も彼を真似るようにお祓い棒を彼へと向けた。さぁ、これが正真正銘の最後の勝負。これで最後まで立っていた方が勝者。

「ねぇ、提案があるんだけどいいかしら」

「なんだ?」

「この弾幕ごっこで勝った方が負けた方へ一つ、お願いできるってのはどう?」

「そこは命令じゃないんだな」

「ええ、だから、負けた方がそのお願いが嫌なら断ってもいい。あくまで、お願いよ」

 お互いにお祓い棒に込める霊力はない。立っているのもやっと。スペルカードの一つも唱えられず、お札すら投げられず、満身創痍寸前のボロボロの私たち。

「ああ、それでいい」

「なら、この場で言った方がいいわよね。あなたが気絶しちゃう前に言質取っておこうと思って」

「丁度よかった。俺もお願いがあるんだ、お前が気絶する前に言質を取っておこう」

 残っているのは僅かな霊力。こんな状態で私たちにできることは少ない。

 だが、その少ない手札こそ、私に、彼にとっての――最大の切り札でもある。

「なら、同時に言いましょうか」

「そうだな。あとでお願いを変更するのはなしな」

「もちろん」

 震えるお祓い棒をそのままに私たちは笑い合う。これから殴り合いの喧嘩をするとは思えないほど朗らかに、勝ち誇った笑みを浮かべ――お願いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が勝ったら婿に来なさい」

「俺が勝ったら嫁に来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、私たちの体から凄まじい量の霊力が放たれる。もはや、爆発と言ってもいいかもしれない。少ない霊力だけで発動できる、『博麗奥義書』に記された誰でも習得できる数少ない奥義。そして、私たちの、彼女から受け継いだ奥義だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『夢想転身』」

「『夢想転身』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅いオーラを纏った私たちは同時に一歩を踏み出す。極限にまで強化された脚で踏みだされたその一歩で私たちの距離は零になる。そして、私たちは全力でお祓い棒を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に『死の大地』にて行われた幻想郷全ての巻き込んだはた迷惑な痴話喧嘩は――『婚姻異変』と呼ばれ、『博麗の歴史』にしっかりと刻まれることになる。




次回、後日談最終回。


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EX30

最終回と言いましたが、長くなったので分割します


「えーい!」

「……お返しです」

 ひらひらと桜が舞い散る中、きゃあきゃあと騒ぐ女の子の声が響く。それは誰が聞いても楽しそうに遊ぶ子供の声であり、微笑ましい光景を想像するだろう。実際、俺の隣でお茶を飲みながらそれを眺めている霊夢は『怪我に気を付けなさいよー』と呑気に声をかけていた。

「……」

 確かに子供が笑顔を浮かべて遊ぶ姿は見ているこちらがほっこりすることには賛成だ。だが、それは子供らしい遊びをしていた場合に限る。彼女たちのようにその辺りにいる妖怪が見たら顔を青ざめさせるほどの激しい弾幕ごっこを繰り広げていたらほっこりするどころか、俺のようにドン引きしてしまう。

「……なぁ、霊夢」

「何?」

「いつもああなのか?」

 少々情けないかもしれないが僅かに声を震わせた俺は霊夢に声をかけた。話には聞いていたが、想像以上に激しい弾幕ごっこを見せられて動揺しているのである。俺の肩に乗っている桔梗はあんぐりと口を開けて驚愕していた。

「今日は特別、激しいわね。まぁ、あなたがいるからでしょうけど」

「……桔梗。一応、いつでも助けられるように準備しておいてくれ」

「は、はい!」

 俺の指示に慌てたように返事をした桔梗がふわりと飛び、彼女たちの傍へと向かう。その姿を見ながら手に持っていた湯飲みを縁側に置いてため息を吐いた。

「どうしたのよ、さっきから様子がおかしいけど」

「いや、だって……あれは駄目だろ」

 霊夢の質問に俺は彼女たちを指さしながら言う。丁度、同時にスペルカードを使ったようで弾幕が激突し、凄まじい爆風が俺たちを襲った。それに対して霊夢は慣れた様子で湯飲みを傾けながらお札を投げ、簡易的な結界をはり、爆風から俺たちと博麗神社を守った。なお、桔梗はその爆風をもろに受けて悲鳴を上げ、どこかへ吹き飛ばされてしまう。

「それじゃ……そろそろいっくよー!」

「……こちらもいきます」

 彼女たちは再びスペルカードを構え、同時に宣言した。元気な声と落ち着いた声は対照的だが、そのスペルカードに込められた霊力の大きさはほぼ同じ。

「『夢想封印』!」

「……『影狂い』」

 片方の女の子からは八つの巨大な霊弾が、もう片方の女の子は足元の影を操作して巨大な波を作り出し、巨大な霊弾ごと飲み込まんとする。だが、その波に真正面からぶつかったいくつかの霊弾は弾けるように炸裂して波を吹き飛ばした。

「ッ……『影斬り』」

 影の波を突破されながらも影を使った子は冷静に次のスペルカードを使用。飛ばされた影を巧みに操って斬撃に変形させ、飛来した残った霊弾を細切れにする。その斬撃を霊弾を放った女の子はひょいひょいと飛び跳ねるように躱してやり過ごした。

「くっそー! なら、次は――」

「……決めます。これで――」

「はいはい、ストップストップ」

 これ以上、続けていたら怪我するかもしれないのですぐに二人の間に割って入り、弾幕ごっこを中止させる。いきなり、現れた俺を見て二人はキョトンと可愛らしく首を傾げ、俺が観戦していたことを思い出したのか、すぐにスペルカードを手放して駆け寄ってきた。

「マ……パパ(・・)、どうだった!? わたし、つよかったでしょ!」

「おか……おとーさま(・・・・・)、れーあの方がすごかったです。ほめてください」

「……よしよし」

 ニコニコと笑いながらこちらを見上げ、手を上げる女の子――『博麗(・・) 霊華』。そして、その隣でもじもじと照れたように俯きながら俺の服を引っ張る女の子――『博麗(・・) 霊亜』。二人の頭を撫で、俺は苦笑を浮かべた。どうも、彼女たちは未だに俺のことを女性だと思っている節があり、度々、言い間違いをしてしまう。二人が産まれてから外の世界で色々と用事を済ませる必要があり、家を空けることが多かったのも原因の一つか。

 『婚姻異変』から数年、俺と霊夢は約束通り、無事に結婚した。それに加え、幸運にもこうして双子の姉妹を授かることができた。因みに『婚姻異変』の勝敗は――姉妹の苗字で一目瞭然である。

 姉の霊華は霊夢に似ており、妹の霊亜は俺のような幼いながらもクールな顔立ちをしている。

「それにしても……霊華はもう『夢想封印』を打てるのか」

「うん、なんかできた!」

「そして……霊亜の方は影を操ってたな」

「……はい、おとーさまが使っているところを見たらしぜんとできるようになりました」

「……」

 もしかしたら、俺の子供たちは俺や霊夢を超えるほどの天才なのかもしれない。特に霊亜は影操作を何となくではなく、本当に一度だけ見ただけでその原理を理解し、きちんとコントロールしている。霊華よりも俺の血を濃く、受け継いでいるのだろうか。

 また、霊華も霊華で霊夢のように博麗の巫女の力を強く受け継いでおり、『夢想封印』はもちろん、弾幕ごっこのセンスも高く、先ほどの戦いを続けていればおそらく霊華が勝っていただろう。それほど霊亜の『影斬り』を躱した時の身のこなしは華麗だった。

「れいあはすごいね! わたし、かげなんてあやつれないもん!」

「おねーさまもさすがです。れーあではあんな大きなたまを作れません」

 色々な意味で姉妹の将来を心配していると霊華と霊亜はお互いに褒め合い、くすくすと笑っていた。弾幕ごっこではあれほど激しく争っていた二人だが、普段は仲の良い姉妹らしい。事情があったとはいえ、二人の成長を見られなかった期間があったことが悔しかった。

「……きっと、二人はもっと色々とできると思うから一緒に練習しような」

「うん!」

「はい!」

 ポンポンと頭を軽く叩きながら提案すると霊華と霊亜は満面の笑みを浮かべて頷き、俺の足に抱き着いてきた。やはり、少しの間とはいえ、父親に会えなかったから寂しかったのだろう。

「どうだった? すごいでしょ」

「ああ、想像以上だった」

 抱き着いてきた二人をそれぞれの腕で抱き上げて、縁側に戻れば霊夢がどこか誇らしげに微笑んだ。おそらく、姉妹に弾幕ごっこを教えたのは彼女なのだろう。次世代の『博麗の巫女』の教育は順調に進んでいるらしい。

「マスター……」

「おかえり、大丈夫か?」

「はい、メイド服が木の枝に引っかかってどうなるかと思いましたが無事に帰ってまいりました」

 フラフラと帰ってきた桔梗を迎えるために手を伸ばそうとするが、姉妹を抱えていることを思い出して動きを止める。そして、その直後、霊華と霊亜が飛んできた桔梗を同時に捕まえた。

「ききょー!」

「……ききょうさん」

「わわっ、お嬢様たち! そんな強く引っ張らないでください!」

 弾幕ごっこは激しくても霊華も霊亜もまだ幼い女の子。桔梗のような可愛らしい人形が好きなようで隙さえあれば今のように桔梗を捕まえてもみくちゃにしていた。

「……それで、そっちの用事はもういいの?」

「ああ、無事に終わった」

 霊華と霊亜の分のお茶を淹れながら霊夢が問いかけてきたので素直に頷く。『婚姻異変』の後、霊夢と結婚した俺は幻想郷に永住することを決め、博麗神社に住んでいた。

 しかし、外の世界で少しばかり厄介な事件が起こり、それを解決するために数か月ほど外の世界に戻っていたのだ。その間に霊夢は霊華と霊亜に弾幕ごっこを教え、今日、戻ってきた俺に披露してくれたのである。

(それにしたって……影、か)

 『婚姻異変』の時にはすでに俺は影を操れるようになっていたが、操れるようになるまで相当な努力をした。そもそもあの影操作は能力ではなく、いくつもの術式を組み合わせて発動させる技術だ。一度見ただけで簡単に身に付くものではない。

「ああ、そういえば、霊亜、魔眼持ちらしいわ」

「……は?」

「? れーあの話?」

「霊亜がすごいって話よ」

「……むふー」

 霊夢の言葉に思わず声を漏らしてしまう俺と突然、自分の名前を呼ばれた霊亜が首を傾げる。霊夢は霊亜に小さな湯飲みを渡しながら褒めると彼女は表情を変えずに鼻息を荒くした。どうも霊亜は表情を変えるのが苦手らしく、よく見なければその変化を見分けるのは難しい。

「魔眼?」

「ええ、『解析の魔眼』。それのおかげで影操作をすぐに覚えたらしいの」

 『私もすぐに影操作を覚えたことが気になって魔法使い組に診せたのよ』と言い終えた霊夢は霊華にも湯飲みを渡した。霊華は目を回している桔梗を俺の肩に置いてそれを受け取る。湯飲みからお茶が零れないように二人を縁側に座らせて呻き声を漏らしている桔梗の背中を撫でながらため息を吐いた。

「魔眼かぁ……完全に俺の才能が遺伝してるな」

「因みに霊華は吸血鬼っぽい能力を発現させつつあるわ。この前、真夜中に霊華に起こされた時、目がワインみたいに真っ赤だったもの」

 『トイレ~』と目を擦りながら起こす目を深紅に染めた霊華を想像して頭を抱える。霊夢が子供を授かった時、紫にも言われていたのだ。俺の能力――『象徴を操る程度の能力』が産まれてくる子供に何か影響を与えるかもしれない、と。

 子供は親から遺伝する。その『遺伝する』という概念が俺の場合、強く出たのだろう。

「レミリアの話では発現したとしても響よりも吸血鬼の力は発揮されないそうよ。目が赤くなったり、八重歯が鋭くなったり、人よりもちょっとだけ身体能力が上がったり」

「んー? どしたのー?」

 霊夢の話を聞きながら霊華に視線を向けると彼女は不思議そうに俺を見上げ、ニッコリと歯を見せながら笑った。確かに霊亜に比べて八重歯が鋭い。今までは八重歯が特徴的な子だと思っていたが、それが俺の遺伝の影響だと考えると何とも言えない気持ちになってしまう。

「何でもないよ」

「そう? んふふ」

「……おとーさま、れーあも」

「はいはい」

 誤魔化すように霊華の頭を撫でるとそれを羨ましがった霊亜がずいっと頭を差し出してきたので二人の頭を撫でる。この数か月、寂しい思いをさせた分だけ今日はうんと甘えさせてあげ――。

「――ッ」

「……響?」

「……悪い、ちょっと行ってくる」

「遅くなりそう?」

「いや、1時間もかからずに終わると思う」

 そう答えた俺の目を霊夢はジッと見つめ、『行ってらっしゃい』と一言だけ呟いた。そんな母親の姿を見たからか、霊華と霊亜が何事かと不安そうに俺を見上げる。

「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」

「ほんと?」

「ああ、帰ってきたらさっき言ってた練習、一緒にやろうな」

「……はい、おとーさま」

 二人が笑顔を浮かべたのを見て彼女たちの頭から手を離し、俺は立ち上がる。その頃には桔梗もすっかり調子を取り戻し、腕輪に変形して俺の右手首に装着されていた。

(さてと……一体、誰なんだか)

 『未来を見出す瞳』が反応したのは――こまち先生と修行した、腰かけるのに丁度いい大きさの苔むした岩がある場所だ。そして、あそこで出会い、一緒にいると約束したあの子は、まだ目覚めていない。

「……」

 今日は寂しい思いをさせた双子の姉妹をうんと可愛がると決めているのだ。願わくば、面倒事ではないようにと思いながら気持ちを切り替えて俺は飛翔する。

 



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EX31

「……」

 知り合いの妖精や妖怪に軽く挨拶しながら飛び続けること数十分。『未来を見出す瞳』が反応を示した場所に到着する。ふわりと着地して周囲の様子を窺うが、人影はおろか苔むした大きな岩以外に特に目立つようなものはない。

「……そこにいるのはわかってるぞ」

 だが、俺の『未来を見出す瞳』はきちんと穴を見つけていた。苔むした大きな岩の上に誰か座っている。本当ならその姿もはっきり見えるはずだが、どういうわけかシルエットぐらいしか見えなかった。そのことを内心、疑問に思いながらも岩の上に座っている人物に声をかける。

「やっぱり、君のその瞳は誤魔化し切れなかったか」

 クスクスと可愛らしい声で笑いながら岩の上に座っていた人影はその姿を現す。

 その小さな体に合わないぶかぶかの高校の制服。

 黒くてどこかくすんだ長い髪を一本にまとめ、愛くるしい笑顔を浮かべる顔。

 しかし、その人形らしい一面を崩壊させるかのように欠損している左目と右腕。

 なにより、目立つのが胸元で輝くビー玉よりも二回りほど大きい、罅割れた蒼い宝玉を施したネックレス。

「ッ……」

「ど、うして……それが……」

 今も眠り続けているあの子よりも少しだけ大きい彼女に俺は言葉を失い、咄嗟に俺の肩に移動した桔梗も顔を青ざめさせていた。

 きっと、常人であれば――いや、大抵の生物は彼女の姿を見ても何の疑問も浮かばずに接していただろう。だが、俺の『未来を見出す瞳』や『博麗の巫女』特有の直感を持つ者、桔梗のような生物ではない存在にはその認識阻害は通用せず、彼女の異常性を目の当たりにしてしまった。

「やぁ、ずっと会えるのを楽しみにしてたよ」

 そんな俺たちの反応も予想していたのか、彼女はニコニコと笑いながら右手を振った(・・・・・・)。欠損して存在していないはずの右腕を動かして。そう、『未来を見出す瞳』や『象徴を操る程度の能力』の副産物である『干渉系の能力無効』さえも貫通して認識をずらされた俺は思わず口元を片手で覆う。

 ああ、気持ち悪い。あの笑顔も、姿も、存在も、何もかも。

「あ、ごめんね。さすがにやりすぎたかな? どうも、誤魔化すことばかり上手くなっちゃったせいで意識しないと認識阻害を止められなくて」

 彼女がそう言うと嫌悪感がスッと消え、初めて呼吸が乱れていることに気付く。桔梗も何とか正気を取り戻していつでも戦えるように構えを取った。

「おっと、戦う気なんてないの。そんな怖い顔をしないで欲しいな」

「……お前、自分がどんな存在かわかってて言ってるのか?」

「もちろん、君が私の正体に気づいてることもね」

 笑顔を浮かべて言い切る彼女は岩から降りて俺たちへと近づいてくる。だが、それは長く続かず、俺たちから数メートルほど離れた場所で立ち止まった。

「さっきも言ったでしょ? ずっと、会いたかったんだ。君たちに」

「……」

 ああ、そんな目で見ないで欲しい。そんな声で話しかけないで欲しい。その姿を見せないで欲しい。今すぐにでもこの場から離れたかったが、その前に彼女がとうとう、その言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと、ずっと……待ってたんだ。何秒、何分、何時間、何日、何か月、何年、何十年、何百年、何千年、何万年……ずっと、その頂に辿り着く――あったかもしれない私たち(・・・)に出会うのを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こいつは、俺だ。並行世界の、『音無 響』なのだ。何もかも失った、失敗した、あったかもしれない俺たち(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、会いに来た?」

「だって、ずっと見守ってたから。君たちなら必ず(・・)その頂に辿り着けるとわかってたけど、少しばかり手助けが必要だったみたいだし」

「手助け?」

「……あ、その反応ならあの子たちは約束を守ってくれたみたいだね。うんうん、お姉さん、嬉しくなっちゃうよ」

 そう言って()は愛おしそうにネックレスの宝玉を撫でる。罅割れているはずなのにその原型を留めている歪な珠。それは、今も俺の肩で彼女を警戒している俺の大切な家族の――。

「その右腕と左目はどうした? 吸血鬼の『超高速再生』で治るはずなのに」

「未だに失明したままの君には言われたくないけどね。その答えは簡単だよ、私には吸血鬼がいないから。最初からね」

「何?」

 俺は父――吸血鬼になりかけていた『時任 凉』と母――博麗の巫女である『博麗 霊魔』の子供だ。二人が出会ったからこそ、俺は産まれ、吸血鬼を宿していた。だから、『音無 響』であるのなら吸血鬼がいなければならない。

「つまり、私は『吸血鬼の力を宿さなかった音無 響』なんだよ。並行世界だからね、この世界とは違う要素がいくつかあってもおかしくはない。まぁ、私からしてみれば……『音無 響』からどんどん離れていったのは君の方なんだけどね」

「何を言って……ッ!?」

 今、なんと言った? 離れていったのは俺の方?

 確かに俺は本来、女として産まれるはずだった『音無 響』に比べれば異質な存在だと言える。でも、それは他の並行世界を知っていなければならず、それに加え、今の言い方をするには最初の『音無 響』を知っていなければ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前、最初の、『音無 響』、なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『東 幸助』の絶望を見せつけられた俺はいくつもの並行世界を観測した。何万回と繰り返したそれらでも必ず、始まりが存在している。そう、それこそ『東 幸助』が妻を殺され、紫に復讐を誓った直後に紫本人に殺害された『最初の死』を経験した世界。その時、紫に殺される直前、『東 幸助』は――仕事の関係で『音無 響』と出会っている。そもそも、紫に封印されたはずの記憶を取り戻したのは『音無 響』と会ったからだ。

 その『音無 響』が悲惨な姿になって何万回と繰り返し、最良の結末を迎えることができた俺に会いに来た。

「そう、繰り返していたのはあいつだけじゃなかったってこと……私の場合、繰り返したというよりも世界から世界へ渡り歩いていただけだけど」

「なんで、そんな姿に……」

「『魂喰異変』で魂を打ち込まれたでしょ? 私もそれを受けて……でも、吸血鬼はいないから『超高速再生』で治療もできなくて絶体絶命の大ピンチ!」

 そう言って両手を広げながら響はクルリと俺たちに背中を向ける。その姿はまさに演劇女優。いや、子役か。悲劇を語りながらも嬉々とした声音に俺はどこか恐怖心を抱いた。

「しかし、このまま死ねば『魂喰異変』を解決できる人がいなくなる。そこで主治医であった月の頭脳は禁じ手を使うことにした」

「……蓬莱の薬」

「あら、正解を導くのが早いんじゃない?」

 蓬莱の薬。言ってしまえば飲んだ者を不老不死にしてしまう薬だ。その薬を作ったのは永琳であり、作った張本人なら薬を所持していてもおかしくはない。

「こうして、死ねなくなった『音無 響』は何度も死に、生き返りながら仲間たちと一緒に異変を解決し続け、その途中で大切な物を喪った」

「……」

 大切な物。俺と彼女では同一存在と呼んでいいかわからないほど何もかも違うため、その具体的な物を思い浮かべるのは難しい。ただ、彼女の胸で輝いている蒼い宝玉は俺も一度、失いかけた大切な物だ。俺は運よく取り返し、今もなお、隣で笑ってくれているが、彼女はそのまま失ってしまったのだろう。

「失って、喪って、うしなって、ウシナッテ……私の結末はバッドエンドもいいとこ。本当に、ろくでもない終わり方をした」

 彼女の物語はそこで完結した。バッドエンドを迎えた。

 だが、彼女は蓬莱の薬を飲んだ不老不死。俺の翠炎による疑似不老とは違う。自分の意志で死ぬことができない、生き地獄だ。

「たまたま物語の途中で世界から世界へ渡る術を持っていた。だから、私は世界を渡った。私とは違う、最高のハッピーエンドを迎える物語を探して」

 それから彼女はどれほどの世界を渡ったのだろうか。いや、その答えは知っている。その数は皮肉にも最初の世界ではたった一度だけしか会話していない『東 幸助』と同じ。

 妻を妖怪に殺されてその復讐のために何度も死に戻った『東 幸助』とバッドエンドを迎え、死ぬに死ねず、ただ何の意味にもならない救いを求めて何度も世界を渡った『音無 響』。

 この二人に一体、どんな違いがあったのだろう。ハッピーエンドを迎えた俺にはわからなかった。

「私はある程度、渡る世界を指定できたの。言ってしまえば、『もしも、こんな世界だったら?』と仮定の世界へ飛ぶことができた。そして、最初の跳躍で決めたのは『音無 響が蓬莱の薬を飲まずに済む世界』――それが君が吸血鬼を宿すきっかけ。『音無 響が吸血鬼の力を宿して産まれる世界』だった」

「……」

「それから何度も試行錯誤を繰り返した。少しでもいい世界へ、少しでもいい結末へ、少しでもマシな損害で、少しでも理想に近い最期へ。飛んで、跳んで、トんで、とびつづけた」

 そこで彼女は再び俺たちへ顔を向ける。響は笑っていた。でも、流していないはずの涙が見えたのは俺だけだろうか。

「……マスター」

 ふと俺の肩から重みが消えた。構えを取っていた桔梗がふわりと浮かび、ゆっくりと目の前で笑って(泣いて)いる彼女へと近づいていく。響を見ながらしっかりと『マスター』と呼びながら。

「マスター、か。久しぶりに呼ばれたよ。慰めてくれるのかい? でも、残念ながら君は私の知る彼女ではない。何度も世界を渡ったから知ってるの。もう、期待する方法すら忘れてしまったほどにね」

「ええ、そうだと思います。だから、これは慰めではありません」

 桔梗は響の前まで止まると手を伸ばす。彼女が触れたのは響ではなく、彼女が首から下げているネックレスの宝玉だった。

「私はただのメッセンジャーです。こんな姿になっても、決して離れることのなかった()の」

「え?」

「この子があなたとどんなお別れの仕方をしたか。それはわかりません。でも、どんなお別れをしたとしても……彼女はきっと、こう思うはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――最期の最後まで不出来な従者で申し訳ありません。でも、あなたを守ることができて私は幸せでした。どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように。

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いた俺は、それを初めて聞いた気がしなかった。いや、きっと俺もその言葉を聞かされたのだ。本来であれば永遠の別れになったはずのあの時に。

「……そっか。うん、そうだね。あの子ならそう思うはずだ」

「はい、だから……この子のためにも幸せになってください。それがどんな世界でも、あなたの手で産まれた私たち(・・・)の気持ちです」

 桔梗の言葉を噛み締めるように響は目を閉じる。もう、彼女の顔に涙は見えなかった。




初めの響さんですが、たった一度、しかも数行だけ登場しています。

ぜひ、探してみてください。


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EX32

 それからしばらく俺たちは地面に座って無言のまま、空を眺めていた。きっと、お互いに気持ちの整理をする時間が必要だったのだろう。響に言葉をかけた桔梗は腕輪に変形して俺の右手首に装着されている。自分の姿を彼女に見せると色々と思い出させてしまうと思ったのだろうか。

「……さて、そろそろ時間かな」

 不意に響の声が聞こえ、そちらを見ると空から視線を外して俯いていた。

 蓬莱の薬を飲み、死ねない体になってしまった響は一体、どんな経験をしたのだろう。

 蓬莱人になったはずなのにあの右腕や左目はどうして復活しないのだろう。

 彼女だったかもしれない俺を見守った彼女はこれからどうするつもりなのだろう。

 俺だったかもしれない彼女を見ながら様々な疑問が脳裏を過ぎるが、その全ては俺にとって関係のないこと。あくまで己の世界を飛び出した彼女は観測者にすぎない。読者(部外者)の気持ちを考える登場人物(当事者)などいないのだから。

「満足したのか?」

「……どうなんだろうね。今のこの気持ちが本当の気持ちなのか。それとも、自分自身にすら気持ちを誤魔化してるのか。それすらわからなくなっちゃったから」

 響はどこか悲しげに苦笑を浮かべる。その表情を見ても『未来を見出す瞳』は反応しなかった。それが彼女の疑問の答えになっているのだが、それを言ったところで彼女自身、それを自覚しなければ意味がない。

「でも、これだけは言える」

 伝えるか伝えまいか。どうするか悩んでいる間に彼女は立ち上がってもう一度、空を見上げた。その立ち姿に迷いはない。

「少しだけ苦しくなったよ。何もかも諦めてしまった私だったけど、久しぶりに胸が引き裂かれそうになった。どうして、私は()じゃなかったんだろうって」

 『だからこそ』と響は首から下げられている蒼い宝玉を左手でそっと握りしめた。これ以上、皹が広がらないように慎重に、優しく、愛おしそうに。

「もう少し旅をしようと思うんだ。もうほとんど失ってしまった私だけれど、この子はまだここにいてくれるからね。そろそろこのお寝坊さんを起こしてあげたくなっちゃったのさ」

 あの宝玉はすでに機能を停止している。『未来を見出す瞳』ですら宝玉を直す方法は見つけられなかった。つまり、『未来を見出す瞳』すら見つけられない希望()がなければあの宝玉は一生、あのままということになる。

「……それが治ったら体、作ってやるよ。これでも幻想郷に住んでる人形使いに驚かれるほど人形作りには精通してるんだ」

「そりゃ、ありがたい提案だ。これで体の作り方を教えてくれる先生を確保できたってわけだ」

 作り方を教えてくれる先生。それを聞いて俺は思わず笑みを零してしまう。ああ、そうだった。お前は俺だった。きっと、俺だったら宝玉だけでなく、体も自分の力でどうにかしたいと考える。すでに同一人物か疑ってしまうほどかけ離れてしまった俺たちだが、根底にある何かは変わっていないのだろう。

「なら、俺が死ぬ前に来いよ? お前と違って俺は死んじゃうんだからな」

「ふふっ、そうだね。きっと、間に合わせてみせるよ。そして、この子が起きたら一緒に『弾幕ごっこ』をやろう」

「ああ、そうだな。約束だ」

 俺も立ち上がって彼女に手を差し伸べる。彼女と再会するのはおそらくずっと未来の話だ。もしかしたらないのかもしれない。だから、別れの握手をしようと思ったのだ。

「……」

 しかし、響はその手をジッと見たまま、動かなかった。いや、何か言うのを躊躇っている。一応、その内容も穴に該当するので『未来を見出す瞳』を使えば筒抜けなのだが、さすがにそれをするのは憚れる。

「どうした?」

「あ、うーん……今、ちょっと思いついたことがあってね。思いついたというか、お願いというか……」

「なんだ、はっきりしないな。言ってみろよ」

「……私はね、本当に嬉しかったんだ。君がこの結末に辿り着いたことが、ね」

 そう言って響はずっと浮かべていた笑みを消し、真剣な表情で俺を見上げる。今更、彼女が男にしては身長の低い俺よりも小柄な体形なのだと気づく。そして、そんな小さな体でずっと世界を飛び越えていたという事実に少しばかり心が締め付けられた。

「もちろん、私が見てきた1万以上の世界の中で君ほどではないけれど、ハッピーエンドに近い結末を迎えたこともだった。それでも、私が求めていたのは、君の物語だった」

「……」

「だから、さ。残して欲しいの。どんな形でもいい。言い伝えとして、漫画として、小説として、アニメとして、ゲームとして……どれでもいい。どんなに拙いものでもいい。そして、それを持って……旅に出たい。いつでも君の物語を思い出せるように」

「……そうか」

「あ、もちろん、君自身が残さなくてもいいよ? 誰かに委託してもいいし、むしろ、並行世界の誰かに書かせたっていい(・・・・・・・・・・・・・・・・)。君の物語が形として残った世界に私が飛んで、勝手に持っていくから」

 つまり、旅の途中で『『音無 響』の物語を誰かが形として残っている世界』に寄って回収するつもりなのだろう。簡単に言ってくれる。響と違い、俺はまだ『時空を飛び越える程度の能力』を完璧にコントロールできているわけではない。それができるようになるまで相当な時間がかかるだろう。

「なら、俺も簡単には死ねないな」

「じゃあ――」

「――ああ、わかった。お前の願い、叶えるよ。いつになるかわからないけどな」

「いいや、それだけで十分さ! 一体、どんな物語になるのか今から楽しみだよ!」

 響は満面の笑みを浮かべて俺の手を握った。具体的にどうするかはまだ決めていない。だが、今すぐに決めなくてもいいだろう。響に比べたら些細なものだが、俺も疑似的な不老だ。いつか、彼女と同じように並行世界に飛べるようになるはずだ。だって、俺だったかもしれない彼女が実際に世界から世界へ渡り歩いているのだから。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 俺の手を離した響は後ずさるように数歩だけ距離を取る。世界を渡る際、特に特殊な儀式や機材は必要ないらしい。

「あ、そうだ……最後にとっておきの秘密を教えてあげる」

「秘密?」

「うん、最初にも言ったけど私はね。君が必ず最良のハッピーエンドを迎えると確信してたの。その根拠を、ね」

 にしし、とどこか悪戯めいた笑顔を浮かべながら響は左手を挙げる。そして、友人とお別れする子供のようにブンブンと左右に振って叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、また会おう! 私から見て一万一千八百七十四番目(・・・・・・・・・・・)()!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女はこの世界から忽然と姿を消した。まるで、最初からそこにいなかったように。

「……」

「……行ってしまいましたね。それにしてもマスターが必ず最良のハッピーエンドを迎える根拠って一体、なんだったんでしょうか? 言う前に行ってしまいましたけど」

「……ふふ」

「マスター?」

「く、くくく……はは、ははは!」

 いつもの人形の姿に戻った桔梗は首を傾げているが、俺は込み上げる笑いを抑えるのに必死で答えられなかった。あの女、最後の最後にとんでもない爆弾を置いていったのである。

「あ、あの? マスター? いかがされましたか?」

「い、いや……ぷっ。あー、駄目だ。これ、おさまらなっ」

「こ、こんなに大笑いしているマスターを見たのは初めてです……あの差し支えなければその原因を教えていただきたく!」

「あーっはっはっはっはっは!」

「マスターってば!」

 だって、こんなの笑わずにはいられない。本当に、おかしくてたまらない。

 母親である『博麗 霊魔』は未来予知にも似た直感で子供である俺が行き着く未来を定め、罪悪感に苛まれながらも手助けをした。

 そんな母親の想いを受け、確実に過去の俺をその未来に辿り着かせるべく、最愛の人や親しい友人たちの歴史から己を消滅させ、『未来を見出す瞳』を駆使して見守った俺。

 母さんと俺はそれぞれ辿り着く未来を知っていたからこそ、行動することができた。言ってしまえば、辿り着ける確信がなければあんな無茶はしなかっただろう。

 しかし、俺だったかもしれない彼女は違う。たった一つの世界しか知らない母さんや俺よりも『音無 響』という存在をよく理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だからってそんな曖昧な根拠で、確信できるなんて思うわけないだろ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりの響。1万を超える並行世界の中で、唯一蓬莱の薬を飲んで蓬莱人となった響。

 彼女が観測した世界の数は一万一千八百七十四。

 そう、11874。11874(いいはなし)

 彼女はただの語呂合わせで俺の本能力、『象徴を操る程度の能力』が発動し、最良のハッピーエンドを迎えると確信したのだ。

「本当に……馬鹿だなぁ」

 まぁ、本当ならそれぐらい適当でよかったのかもしれない。俺は一向に収まらない笑いを堪えることを止め、しばらくその場で笑い続けた。この笑い声が終わりのない旅を始めた彼女に届けばいいと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺は家族と共に幻想郷で平和な日々を過ごしていた。縁側から見える桜は少しばかり散り始め、青々しい葉っぱが生え始める頃だ。

「……」

 いつも傍に居る桔梗は元気真っ盛りの双子の姉妹に連れられ、紅魔館に遊びに行っている。今日はフランと遊ぶ約束をしているそうだ。フランとレミリアには定期的に太陽の光を浴びても大丈夫なように影を操って固定させるのだが、最近はその仕事も霊亜がしている。影操作のいい練習になるらしい。この前、その固定が甘く、太陽の光を浴びたレミリアの右翼の先端が燃えたが。

 霊夢も霊夢でちょっと異変が起きそうだからとお祓い棒を持ってどこかに飛んで行ってしまった。俺の『未来を見出す瞳』は特に反応していないのでさほど大きな異変ではないとは思うが、一応いつでも出かけられる準備だけはしておこう。

 そんなこんなで珍しく俺は博麗神社の母屋にある自室で一人、机に向かっていた。

「……こんなもんか」

 小さな半紙にさらさらと筆を使って文字を書き、その出来に首を傾げる。俺はこういったことをしたことがなく、勝手がわからない。やはり、誰かに委託した方がいいかもしれないとため息を吐いた。

(でも、これだけは自分で決めたいよな)

 机に置いた半紙と睨めっこして他に案がないか考えるが、特に思いつかずに最終的に『これでいいや』と半紙を放り投げてしまった。まぁ、あくまでこれは仮なので委託した人が気に食わなければ勝手に変えるだろう。

『きょ、響! 聞こえる?』

 その時、唐突に外の世界にいるはずの雅から式神通信を通して連絡が来た。普段なら『今日、こっち来るの?』ぐらいにしか使われていないが、彼女のあまりの剣幕に些か緊張してしまう。

『どうした?』

『あの子が……奏楽が、目を――』

「ッ!」

 たったそれだけで俺は雅からの通信を切り、外の世界へと飛んだ。

 ああ、どうやら、今日はとびっきりのお祝いをすることになりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が去った部屋に一枚の半紙が落ちている。

 そこに書かれていた文字はたったの五文字。きっと、それを見ただけではその言葉の意味を理解することはできないだろう。

 だが、見る人が見れば話は違う。もしかしたら、これを読んでいる君たちならわかるかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――東方楽曲伝

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、再び伝説を読みにいこう。もしかしたら、想像以上に拙い出来かもしれないけれど、私は何度、読み返してもこの胸の高鳴りを抑えることはできないはずだ。

 だって、これは誰よりも私が待ち焦がれていた物語なのだから。




後日談を投稿し始めて、早1年。
これにて東方楽曲伝、完結でございます。
全体で9年にも及ぶ投稿となりました。
ここまで読んでくださった読者様、大変お疲れさまでした。
そして、ありがとうございます。
響さんの物語はこれでおしまいですが、もしかしたら別の世界に渡った彼から依頼があったら書こうと思いますのでその時はぜひお付き合いください。



後書きですが、気分が乗った時にでも書いてそっと投稿しておきます。


それでは、本当にお疲れさまでした!



































 とある世界。とある時代。とある国のとある地域のとある場所。
 そこに一人の男が倒れていた。
 全身傷だらけで特に腹部に深々と大きな切り傷があり、どくどくと夥しい量の血が流れている。きっと、あと数分とせずに彼は死んでしまうだろう。
「ぁ……っ!」
 しかし、それでもなお、彼は死に抗っていた。周辺に散らばった機械のパーツを集めようと必死に手を伸ばす。だが、伸ばすばかりでパーツには一向に近づいていない。
「――? ――!」
 その時、彼を近所に住んでいるであろう少女が発見し、叫び声をあげた。そのまま、彼の傍へと駆け寄り、必死に声をかける。
「ガっ……ぐっ」
 男は声にもならない悲鳴をあげながらもその手を動かすことを止めない。彼を動かすのは死への恐怖か、誰かに対する怒りか、憎しみか。
「――――――! ―――、――。――――!!」
 少女は泣きそうになりながら男に何かを言い残し、どこかへ走り去ってしまう。それでも男は止まらない。少女の言葉は彼にとって未知の言語であり、そもそもその声すら届いていなかったのだから。
「お、と……なしッ!」
 男は止まらない。思い浮かべるのは髪の長い女にしか見えない男の顔。それを思い出した瞬間、彼の視界が真っ赤に染まり、体がゴキリと嫌な音を立てた。
「ぜ、ったい……こ、ろすッ」
 そう、誰にともなく宣言した男の手はもはや使い物にならないほど破損した機械のパーツに届いた。


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