ハイスクールD×D 昼行灯のサイキッカー (野分大地)
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旧校舎のディアボロス
1.微睡みの終わりに


 どこかで見た、「二話から書きたい」という言葉を嫌というほど噛みしめる初投稿。
今回は導入、能力をわざわざ他作品から引っ張ってきた二次創作ということで、当然書きたいのは戦闘なのですが……

 何を言いたいのかというと「こんなはずでは」の一言につきます。さて、1話まえがきから後悔がこぼれ出るこんな見切り発車の作品ですが、他作品の更新待ちにでも慣れれば幸いです。


「実は……俺、超能力者なんだ」

「…………」

 

 まぁ聞けよ、と椅子を引こうとする友人の肩をつかんだ。

 

「手で触らずにものを動かしたりとか、じっと見つめただけで心を読んだりだとか、屋根の上から上へジャンプして飛び移ったりだとか……」

「うっさんくせー」

 

 文字通り体を“引いて”内心を示す男に、すっと前のめりになって顔を近づける。

 

「何なら今……お前の心、読んでみせようか」

「うさんくせーって思ってるよ言っただろうが!」

「お前は今---」

「聞けよっ!」

 

 ニヤニヤと笑って迫る俺の頭を、友人……島津少年が鷲掴みにして押しのけようとする。そんなふうに、いつもの如く騒いでいる内に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだった。

 

 

 

 

 

 長谷(はせ)奏海(かなみ)。駒王学園に通う三年生。目前に控えた大学受験くらいが悩みらしい悩みの、ちょっぴり普通とは違う高校生だ。

 

 ……いや、中二病という奴ではない。確かにかつて巷でそう呼ばれるものを患い、順当に今でも時折思い出しては夜な夜な枕に顔をうずめて叫ぶことになる黒歴史を構築したものの、今は少なくともまっとうに生きているつもりである。

 

 では何が違うというのか。

 

 「……胡散臭い……わなぁ、うん」

 

 友人の忌憚なき感想に苦笑しながら、俺は机に座ったまま冷蔵庫を開け(・・・・・・・・・・・・・)缶ジュースを取り出した(・・・・・・・・・・・)

 

 

 ……何を隠そう。これが俺の普通とは違うところ……かれこれ5年ほど付き合ってきた俺の手足も同然の力、“PSI(サイ)”である。

 

 この力に気付いたのは、中二病真っ盛りの14歳の夏だった。

真面目さではなく、ヘタレ故の堅実さによって夏休みの宿題を最初の二週間で終えた俺は、当時の友達の少なさからくる予定の空きっぷりにもめげること無く、自室で水◯式に励んでいた。

 

 『ハァァァ……できれば具現化系……まぁ強化系でもそれはそれで……………ん?』

 『葉っぱが…………動いた……!!』

 

 操作系か、とちょっぴりがっかりしたのもつかの間。現実とフィクションの境界線が微妙に曖昧だった当時の奏海少年にも判る『ありえなさ』に戦慄し……狂喜した。

 

 

 そこからはもう、一直線である。鼻血を出してぶっ倒れるまで出来る事を試したり、修行と評していろんなことをやってみたり……

 

 割とすぐに両親にバレて、気味悪がられていつのまにやら仕送りもらっての一人暮らしが始まったり、そのあたりでちょっと自分の人生の難易度を無闇に上げてきてしまった事に気づいたり、いや超能力ってマジかよとなったりしたが全て後の祭り。

 

 いろんな葛藤や後悔があったりなかったりして、結局今はこうして受験生をやっているわけである。

 

 

 

 …………わけ、なのだが…………

 

 

 「……どうしてこうなった」

 

 

 

 

 目の前で、後輩が死んでいる。

 



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2.誘う紅

 夕暮れの公園を二人で歩く。ふと、手と手の甲が触れ合ってどぎまぎしてしまう。

今日という日を、俺は忘れないだろう。今までに無いくらいあちこちに気を回して、でもそんな気疲れがぶっ飛ぶくらい楽しかった。

 

 ……俺の、初めての彼女。天野夕麻(あまの ゆうま)ちゃんとのデート。

……デート! デートだぜ、この俺が! 思いがけない告白からこっち、いちいち浮足立って自分でも怖いくらいだった。なんかこう、流れ? ビンビン来てるのを感じるよなぁ……!

 

 そんな流れの後押しもあって、勇気を出して、彼女の手を……

 

「……あっ……」

 

 ……………ぃやったぁぁぁ!! 握った! ちらりと横目で見た夕麻ちゃんも、ちょっと照れた感じで俯いてるのが実にグッドだ! かわいいなぁ~、おっぱいもデカイし。……やっぱ、もう俺の彼女なんだから、こう、おっぱいだって---

 

「ねぇ、イッセー君」

「え?」

 

 ちょっと妄想が盛り上がってる隙に、気がつけば夕麻ちゃんは噴水を背に、後手を組んで俺を見ていた。

 

「私達の、初デートの記念に……一つだけお願い、聞いてくれる?」

 

 上目遣いでにじり寄ってくる夕麻ちゃん。こ、これって、やっぱり……あれ、だよな?その、恋人だし、そりゃ、うん。やっぱ当然のことっていうか、うおお、なんか、デートとは違う実感が湧いてくるっ……いや、ここで取り乱しちゃ駄目だ、男を見せろ兵藤一誠(ひょうどう いっせい)

 

「なっ、何かな、お願いって……」

 

 

 

 

 

 

「…………死んでくれないかな?」

 

 

「―――え?」

 

 どうして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなった」

 

 意識を失う間際の彼の心と同じようなニュアンスの言葉をぼやく。

 

 漠然とした虫の知らせ(もっともこれにも種も仕掛けも在るPSIの一つなのだが)にせっつかれるように家を出て、特に用のないコンビニに寄った帰り道。俺は通っている学校と同じ制服を来た少年の、刺殺体に遭遇する。

いや、まだかろうじて息は在るようだが……見るからにもう手遅れだった。

 瀕死の後輩の治癒(キュア)に早々に見切りをつけた俺は、少々悪いと思いながらも、何があったのかを知るために彼の脳内を覗き見ていた―――キュアもトランス(これ)も俺のPSI(ちから)の一部だ―――。甘酸っぱい初デートはいい。あまりの初々しさに状況も忘れて生暖かい目を向けてしまったほどだ。それが…………夕麻ちゃんとやらは黒翼の痴女で? 光の槍でこの後輩君(イッセーと言うらしい)を唐突に刺殺したという。

……いや、向こうからすれば唐突どころか、最初からそのつもりで近づいてきたらしい。自分()にとって不都合な、このイッセー君に備わったセイ……なんとかを葬り去るために。

 

 いや、イッセー君。お前死ぬ間際までおっぱいがどうのって。ある意味とんでもない胆力だな。ちゃんと聞いとけよ、セイなんだよ。でも確かに良いおっぱいではあった。

 

「…………しかしなぁ……俺だけが特別なんだ、なんて思ってたわけじゃないけれど。少なくともあの痴女さんは団体様で、こっちのイッセー君もなんかやばそうなのを持ってると……いや、抱え落ちしそうだけど」

 

 光の槍だけなら、PSIでも似たようなことはできる。しかし……あの翼といい、どうにも俺とは違った逸脱ぶりだった気がしてならない。

何よりこのイッセー君だ。セイなんとかが気になって彼の心により深く潜行してみたのだが……何かが、居る。それも下手につつくと、潜り込ませている俺の端末を介して此方にまで影響を及ぼしてきそうな……力の塊のような何かが。

 

「……済まんね、イッセー君。俺はキュアが不得手なんだ。練習するわけにも行かなかったし……ん?」

 

 自分の気持ちだけを軽くする薄っぺらい謝罪に自嘲の笑みを浮かべた時……背後が、紅く煌めく。

振り向けばそこには……

 

「……リアス、グレモリー?」

 

 同学年にして学園の有名人が、見るからに“魔法陣”っぽいものから文字通り出現(・・)したのだった。

 

 



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3.各々の混乱と承句

「ごきげんよう、こんな時間にうろついては補導されてしまうわよ、三年の長谷奏海君?」

「……名前、知ってるんだねぇ」

 

 真紅の髪が印象的な美少女が笑いかけてくるのに対して、俺は咄嗟に場違いな問を投げかけてしまう。

 

「あら、貴方だって知っているじゃない。私の名前」

「学園のアイドル様と、極普通未満の昼行灯じゃ話が違うと思うんだけど……」

 

 言いつつ、彼女に気取られないようにPSIの一端……ライズ(身体強化)を発動させる。

背中から生えた、イッセー君の記憶にあったのとはまた違う黒翼。何より発光する魔法陣から現れて、血塗れのイッセー君を見て平然としている……彼女もまた、普通じゃない(・・・・・・)

 

 彼女があの痴女の仲間ならもちろん、正義の異能者でも現状は少々不味い。最悪イッセー君殺しの犯人扱いされかねないのだ。

 

「あら、お上手ね。それで? ……夜のお散歩、というわけではなさそうだけど」

「あっはー……純然たる夜のお散歩の帰り道なんだけど、信じてくれたりは……」

 

 どうする、逃げるか?相手が異能者ならこれまた練習不足なトランス(精神干渉)は防がれかねないし―――

 

「そう、ならちょっと退いてくれないかしら」

「え? あ、うん。……え?」

「ありがと」

 

 俺が脳内で積み上げてたこの場を凌ぐ算段を全部すっ飛ばして、ぽかんとする俺を素通りしたグレモリー。

彼女はイッセー君の側にしゃがみこんで、なにやらジャラジャラと取り出した。

 

「……チェスの……駒?」

 

 ライズにより強化された感覚は、夜の闇の中でも彼女の手元を明確に視認する。イッセー君の体にチェスの……それもポーンらしき駒が8つ、吸い込まれていく。

気になったのが、それを成した本人が少し目を見張っていたことだが……

 

「……これで、ひとまず大丈夫。完全に治すにはもう少し時間がかかるけれど」

「…………君は一体、何者なのかな?」

 

 イッセー君の腹の傷がふさがっているのを見て少なくとも悪人じゃないと判断した俺は、純粋な疑問を問いかける。

彼を治したという一点だけならば治癒が得意な異能力者だの魔法使いだのでいいんだろうけど、今のはなんとなくそういうものではないという気がしたのだ。

……なんというか、副産物?傷“も”治せる、みたいな……

 

「私としても貴方に問いたいところね。この姿、様子を見てもさほど驚いている様子はないし……いえ、それ以前に、私が召喚されるまで何をしていたの? 警察や救急車を呼ぶわけでもなく、取り乱すわけでもない……ちょうどこんなふうにしゃがみ込んでたわね?」

「……あー……質問に質問で「今見たけど、傷口も中途半端に治りかけてたわ」………………」

 

 誤魔化すのは不可能だと悟る。彼女は何らかの確信を持って、形式上質問という形をとっているだけなのだ。

 

「……やれやれ、これまでどうにかバレないようにやってきたんだけどねぇ……」

 

 苦笑しながら、お手上げという素振りで肩を竦めてみせる。

 

「ご察しの通り、俺は……」

 

 彼女もまた、我が意を得たりと不敵に笑った。

 

「神器使い、ね」

「そう、神器―――ん?」

「え?」

 

 ………………気まずい沈黙が、降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……畜生、一体全体どうなってるんだよ……?」

 

 とうとうこの学校の何処にも、誰にも夕麻ちゃんの痕跡が残っていないことを知って……俺は途方に暮れていた。

確かに夕麻ちゃんを紹介したはずの松田も元浜も端から妄想扱い、その後は俺を心配しだす始末。電話帳からはメルアドが消え、写真も何も残っていない。

 

「あの数日は全部夢だったってのか……? くそっ、そんな筈……」

 

 俺の記憶にしか無い彼女。俺の記憶にしか無い数日間。そんな奇妙な現実に、打ちひしがれそうになった時だった。

 

「おっ、あれは……ごめん島津君、俺ちょっと今日はあっちの彼と帰るわぁ」

「はぁ!? 長谷おまっ、急に何を……今さっきカラオケ行こうって!?」

「すまんすまん、また今度なー」

 

 視界の端でもめていた上級生二人の内一人が、此方に歩いて……え? 此方来る?

 

「というわけで行こうかイッセー君!」

「は、え、ちょ、センパ……ってかなんで名前!?」

「おー、それ言われる側だと結構気持ちいいねぇ。なんか強キャラっぽくて」

 

 どうもふざけたというか、気の抜ける言動の先輩にあれよあれよと言う間に首根っこをひっつかまれ、その態度からは想像できないような強引さで、俺は半ば拉致された。

 

 



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4.襲撃

「あ、あのっ……!?」

 

 イッセー君を連れて、通学路を少し外れて歩いて行く。ある程度冷静さを取り戻したのか、俺の手を振り払って立ち止まった。

 

「んー?」

「いやんーじゃなくて! なんなんですか、一体!」

 

 多分俺に引っ張って来られたことだけじゃなくて、きっと今彼を取り囲んでいるであろうあれこれも含めた「なんなんですか」なんだろう。その目には少々苛立ちも含まれていた。

そんな状況でも敬語は保つとは、変態だの何だのと有名だけど人間としてはやはり「あの!!」……っと。

 

「あっはー、やだなぁ。そんな怒鳴んなくても聞こえてるって」

「いやめっちゃ無視してたじゃないすか!?」

 

 んー、面白いなぁ彼。普通に怒られそうなところを律儀にいちいちツッコんでくれるとは。

 

「まぁまぁ……んで、なんだっけ?」

「此方が聞いてるんスよ! いきなり何ですか、俺に何の用ですか? ちょっと今日は、俺……」

「天野夕麻ちゃんだっけ、君の彼女」

 

 ……あぁ、気持ちいいなぁこれ。めっちゃぽかーんとしてるよイッセー君。この、謎多き情報通ポジ? いや俺と彼の情報量の差なんて、リアスちゃんから話を聞いたか否かでしか無いわけだけど。

 

「お、覚えてるんですか、先輩!? っていうかなんで知ってるんスか!」

「ふふふ……そんなことはどうでもいいじゃない。君が本当に聞きたいのは……」

「聞きたいのは……?」

「……ごめん、なんかこういう時ってこういう感じだよねーって喋ってたけど思いつかなかったや」

 

 ……あれ、イッセー君ズッコケてる。

 

「…………ええと……先輩は……」

「あ、長谷奏海ね。奏海でいいよ」

「……奏海先輩は、何者なんですか」

 

 来た。この質問を待っていたのだ。

 

「俺かい? 俺はねぇ……」

 

 スッと細めた目を赤く光らせて、ニヒルに笑う。気圧されたようにゴクリと喉を鳴らしたイッセー君の反応に満足して、俺はキメた。

 

「……超能力さしゃ」

 

 

 噛んじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、先輩は超能力者だから堕天使の……夕麻ちゃんの力が、効かなかったって?」

「そういうこと、なんじゃないかなぁ?」

 

 信じられない、という様子ではない。いや最初は全力で訝しんでたけど、俺がその辺の樹の枝を触れずに圧し折って空中で振り回してみせれば、少なくとも“超常的な何か”についてはある程度信じたようだった。それはつまり、夕麻ちゃんとやらについてのあれこれも「夢だ」と断言する根拠をも失ったということで。

 

「……じゃあ、俺って、やっぱり…………」

「殺されてたねぇ。ここ(・・)で、血だまりで倒れている君を僕は確かに見た。遠ざかる黒い翼の女の子もね」

 

 噴水の縁に座って、しばし口を閉ざす。

 俺は正確にはイッセー君の記憶の中でしか見ていないが、実際に立ち去ったわけだからそれを俺が見たかどうかは誤差だろう。この際わかりやすさ優先だ。

 

 歩きながら、イッセーくんのこれまでの数日間がしっかりと現実であること。夕麻ちゃんは堕天使と呼ばれる、俺とはおそらく違うものの異能者らしいということ。イッセー君も何かしらの力の素養があって、それを危険視した“誰か達”がイッセー君を殺すために差し向けたのが彼女であることなどを説明していった。

 

 これは途方に暮れている彼が不憫であったからというのもあるが、「後日しっかりと話す」と約束したリアスちゃんのお願いでもあったのだ。なんでも彼女たちにも予定があるから、説明の場を設ける前にある程度話してやってくれだとか。

……いやさわりくらい自分で話す時間はあるだろうと思ったけど、言わなかった。だって“悪魔”ってどのくらい強いのかわからないし。歯向かうと呪殺とかされそうじゃない?

 

「……そんな……夕麻ちゃん…………で、でも、刺し殺されたっていうなら、俺はなんで今こうやって……」

「生きてるのか、って? いやいや、言ったろ。君は確かに一度死んだのさ」

「じゃあ、今ここに居る俺は何なんだよッ!?」

 

 いよいよもって取り乱す彼を見据えながら、俺は口を開く。

 

「……君は一度死んだんだよ。そして、悪魔に―――」

 

 

 ……突如として走る悪寒。咄嗟にライズを発動して、口を噤む。

 

「……奏海先輩、これは……?」

 

 イッセー君も何かを感じ取ったのだろう、会話を切り上げた俺になにか言うより先に、周囲を見渡す。

 

「―――これは数奇なものだな。こんな都市部でもない地方の市街で、貴様等のような存在に会うとは」

「ッ……?!」

 

 いつのまにやら現れた、ハットを目深に被った男の視線に、傍らのイッセー君が後ずさろうとして……2mほどの距離を、一瞬で後退する。

当の本人も困惑している様子から、どうにも悪魔に転生して上昇した身体能力を持て余しているらしかった。……俺にもよく覚えがある。ライズの練習し始めは、よく壁に頭からぶつかっていたものだった。

 

 ……と。現実逃避もほどほどに。

 

「…………イッセー君、逃げな」

 

 俺もまた、さほど余裕が有るわけでは無かった。それでもイッセー君のように竦んでしまわなかったのは、コイツが使うのが昨夜(イッセー君が)見た光の槍までなら、少なくとも凌いで逃げることはできるという自信があったからに過ぎない。

 

「先輩!? でもっ……」

「今のでわかったろ。君は今、普通より早く走れるんだ。俺がちょっと頑張れば、逃げきれるだろ」

「いや、でもアイツ、見るからにヤバイですって!?」

「俺だってそれなりにヤバイさ、見たろ。それなりに太い木の枝だって真っ二つで……」

 

 男から視線を背けずにこの愚直な後輩を説き伏せようとするも、いっちょまえに俺を心配して離れようとしない。正直めっちゃ怖いからありがたいが、先輩としてそれに甘えるわけにもいかんわけで―――

 

「この私を前にして、呑気なことだな。無知とは羨ましい。して、主は誰だ? こんな地方を縄張りにしている輩だ、階級の低い者か、物好きのどちらかだろう」

「主……?」

「あぁ、もういい……そうか、貴様等ははぐれ(・・・)か。下等な存在同士がいじましくつるんでいるわけだ……全く、見るに耐えんよ」

 

 此方を見下し嘲笑いながら黒翼を出した男は、何もない虚空をつかむように手を伸ばし―――手の内に、光の槍を作り出す。

夕麻ちゃんとは色も形も違うものの……確定だろう。この男は、彼女の言っていた“誰か達”……堕天使の一人だ。

 

「死ぬがいい。この街の平和のためにも……はぐれ悪魔など、見逃してはおけんからな」

 

 白々しく嘯いて、男が光の槍を此方に投擲してくる。

……どうする?見るからにバチバチしてるあれには触りたくない。かと言って躱すのは後ろのイッセー君が怖い。となると……

 

「(ここは、サイコキネシスで―――え?」

 

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

体が後ろに引き倒され、尻もちを付いてしまわないように咄嗟に受け身を取る。見れば……

 

「……が、はっ……!」

「イッセー……君……?」

 

 何をしているんだ、彼は?

 

「だい、じょうぶ、っすか……せん……!! っづぅ……!」

 

 光の槍に腹を貫かれたイッセー君が、血を吐いてその場に膝をつく。

 

 ……かばったのか、俺を。

今日出会い、半日にも満たない交流しか無かった男を。

超能力者だと、少なくとも彼からすれば俺は“あちら側”の存在だと理解して尚。

 

 

 …………ああ、全くなんという子だろう。

 

「ふん、逃げ腰の臆病者ならどうとでもなると後回しにしてやったというのに……死に急ぐか。まぁそれもよかろう」

 

 そんなイッセー君を見下しながら、堕天使は二本目の槍を生成する。

 

「……OKだ、イッセー君」

 

 そんな態度を示されては、先輩として続かないわけにはいくまいよ。俺は日本人の現代っ子なんだ。ムードには逆らえないしね。

 

「どうしたはぐれ悪魔。仲間を殺されて怒ったとでも?笑わせるなよ、反吐が出る」

 

 心底鬱陶しそうに槍投げの構えを取る男と、今度こそ腰を据えて対峙する。

 

「君を飼い主様のところに連れてく前に……アイツは一発ぶん殴ろう。男の子らしくね」

 

 ―――ライズ、全開。



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5.井の中の……

 中学二年の時に発覚した、あるいは芽生えた俺の力……“PSI”は、これと決まった形や現象を伴う力というわけではなかった。

 

一番最初に芽生え今まで最も多く利用してきた念動力(テレキネシス)や、超能力としてはメジャーな発火能力(パイロキネシス)など、いわゆる外に働きかける力《バースト》。

 

言葉を介さずに意思の疎通をする精神感応(テレパシー)や、遮蔽物などを無視して視界を得る透視能力(クレアボヤンス)など、自らの内なる心界に働きかける力《トランス》。

 

人体の感覚機能や筋力、治癒力など人間としての機能を強化する力《ライズ》。

 

 ともすれば無数に枝分かれしていく多彩な力だが、大別してこの3つの属性に分けて考えることにしていた。そう、当時の俺は中二病にして設定厨だったのだ。歴史上の偉人とかお伽話の登場人物を従えてのバトルロイヤルするあの作品とか大好きだった。

 そのためいろんな専門用語なんかがあったりするのだが、これが却って能力向上には良かったらしい。というのも、PSIは良かれ悪かれイメージに左右される力だったからだ。

 

 イメージをどこまで明確に抱けるかという想像力、それを維持する集中力。これがPSIを使う肝だ。

昔は机の上の本を開くだけで頭が茹で上がり、持ち上げたりしようものなら鼻血が流れ、ドアを開けようと頑張ってみれば頭痛と共にぶっ倒れる日々だったが……今は、一日中PSI任せで横着しても頭痛も起きないほどにはなっていた。

 

 

 ……まぁ、要するは。

 

「(……やっぱ、テレキネシスは……使えなさそうだねぇ)」

 

 元がちょっと超能力が使えるだけの高校生なのだ。一発で余裕で即死級の槍を投げる堕天使とやらを相手に、悠々と確固たるイメージを練れるかと言ったら無理な相談だ。

生活レベルのテレキネシスなら半分寝ぼけてようと発揮できる自信はある。しかしそんなもので立ち向かうのは自殺行為だ。銃を相手にキッチンのお玉を持ち出すようなもの。「戦えないわけじゃありませんよー」くらいの気休めにすぎない。

 

 

 故に俺が選んだのは単純明快な身体強化……ライズだった。

ライズはバーストと違い他人に見られることはなく、トランスと違い練習相手を必要としなかった。使用時間でいえばテレキネシスに並ぶか上回っている上に、発動に要するイメージは単純明快、“強い自分”である。半ば願望のように脳からひり出される切実なそれは、敢えてイメージしようという意識よりも先に像を結ぶ。

 

 

「死ね」

 

 放たれた光の槍を、強化された俺の感覚は完全に捉えていた。

先ほどまでの余裕を残したものとは違い、頭痛を伴うものの……この状態ならさっきのような失態も起こり得ない。そんな超人的な反射神経に追いつく程の―――

 

 

「うおぁっ! ……ぶ、ないっとぉ!!」

 

 ―――超身体能力。

 

「……ほう?」

 

 槍から逃げるどころか、一歩身をかがめて踏み込む形で躱す。そんな俺の曲芸じみた動きを見て、堕天使はピクリと眉根を寄せる。

 

「今の動き……何かしたな。お前は神器使いか?」

「さて……そうかもしれないねぇ。そこんところ俺にもよくわかんないや」

 

 ニヤリ、と勝ち誇るように笑ってみせる。奴はそれにわかりやすく不快感を露わにし、三度手の中に槍を生成する。

 

「気に入らんな……だが知っているか、お前のような人間は、それなりに“居る”のだよ」

「へぇ?」

 

 次々に投げられてくる槍を躱す、躱す、躱す。避けられる、とわかっているからだろう。今度は躱しながら近づくと言った動きを出来るだけ封じるように、頭を使っているらしい。

 

 頭痛がじわじわと酷くなっていく。長期戦など臨むべくもないが、ここで焦って単調な攻撃などすれば一瞬で返り討ちだ。冷や汗を気取られてはいないだろうか、悪魔の生命力はイッセー君にどれほどの猶予を与えるのか……

 

「人は得てして、自分が得たものが、自分だけが得たものだと傲る……そうしなければ、自らの矮小な自負心を満たせぬのだろう。実に滑稽で、哀れを誘う」

「……俺もそうだって?」

「然り」

 

 堕天使の目が、哀れみを含んだ……残飯を漁る野良犬を見るようなものになる。そして放たれる次の槍も躱し―――

 

「お、まっ……!!」

「詰みだ、神器使い」

 

 コイツはわざと誘導したのだろうか?その槍は射線上に俺とイッセー君を捉えていた。躱せばイッセー君に当たる。いくら悪魔といえども、二発も喰らえば上昇した生命力など誤差とばかりに死んでしまう―――!

 

「がっ!! ……あ、あぁぁ……!!」

 

 5:5で分配していたライズの内訳……センス(感覚強化)ストレングス(身体強化)を後者に全振りして、備える―――着弾。

貫かれた腹が焼かれ、今にものたうち回りたい程の激痛に襲われる。

 

「井の中の蛙よ、悔いるが良い。身の程を弁えて謙虚に生きていれば、このようなところで淘汰されずに済んだのだ、とな」

「……くふっ……井の中の蛙……ね」

 

 口の端から血を漏らしながら、此方に歩いてくる堕天使を見やる……ぼやけた視界の中、奴の手の中に槍が生成されるのが見えた。焼ける痛みがなくなり、一気に血が流れていく感覚。

 

「(なるほど、まさに長らく自分のPSI(チカラ)以外を知らなかった俺にはおあつらえ向きの言葉だねぇ……)」

「さらばだ、はぐれ悪魔に神器使い」

 

 俺の頭を踏みつけ、首を刎ねようと振りかぶる堕天使に見えない位置で……べっと舌を出して嗤う。

 

 

「でもさぁ。井の中にいるのが……カエルだとは、限らないんじゃないかな?堕天使さん」

「何、―――ッ!?」

 

 

 

 

 獲物を仕留める間際、油断しきったそいつの顔面に――正面から(・・・・)最大強化の拳を叩き込む。

 

「がふっ……ば、かな……?!」

 

 顔を覆う堕天使の指の間からボタボタと血が垂れるのを見て、一矢報いてやった達成感が胸の内に満ちる。

 

 ……種を明かせば、槍を食らって崩れ落ちたあの瞬間。勝ちを確信して悠々と此方に歩いてくる堕天使に、イチかバチかのトランスで幻覚を見せてやっただけにすぎない。相手が冷静ならばすぐに見抜かれる、俺達がはるかに格下だからこそ成立したしょっぱい不意打ちだ。

 

「は、はは……ざまー、みろ……!」

 

 でも、あぁ。やってやった。そんなこと教えてやるもんか……

 

 プライドを傷つけられて憤怒の形相を浮かべる堕天使に渾身のドヤ顔をかまして、俺の意識はブラックアウトしていく。

 



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6.「オカルト研究部へようこそ」

 アドバイスを頂いたので今回から長め。この辺りの洗練されて無さというかは、うん。何とかしたいネ。


 ……頭が重い。懐かしい感覚だ、これは確か、ぶっ倒れるまでPSIの特訓して目が覚めた時の……

 

 

「…………知らない天井だ」

「貴方の自宅です」

 

 仰るとおり。

 

 

 

 

「ええと……一年の塔城小猫ちゃんだったっけ? なんで俺の部屋に?」

 

 頭を振りながら改めて体を起こし、違和感を感じている俺が変なんじゃないかというほど堂々と、俺の机で俺の本を読んでいる少女に声をかける。

え、なんで名前知ってるのかって?我が友島津君は少々ロリコンの気があるのである。以上、多くは語るまい。

 

 彼女は塔城小猫(とうじょう こねこ)。駒王学園に置ける有名人の一人で、島津くんのご同輩やら母性あふれる女生徒なんかに人気なマスコットキャラ……らしい。うん、確かに可愛らしい。

 

「部長は瀕死のもう一人で手がいっぱいだったので」

「あそう」

 

 ……会話が途切れた。

 

 この娘は口数多い方じゃ無いみたいだし、これはどうしたものかな。ええと……確か昨日はイッセーくんと喋りながら下校して、途中であのハット堕天使に襲われて、イッセーくんが俺をかばって刺されて、なんとかパンチかましてからぶっ倒れて……

 

「……あーあー、で、ちょーどそこに颯爽とリアスちゃんが、多分またあの赤い魔法陣とかで現れて。あれを倒すなり追い払うなりして……」

「あちらは部長が家まで運んで治療。私は部長に呼び出されて、長谷先輩をここまで連れてきたということです」

「なーるほど。あとでお礼言わなきゃねえ、死ぬとこだった……あ、奏海でいいよー小猫ちゃん」

 

 あっはー、と笑う俺を、小猫ちゃんは無表情に見やる。

うーんクールだ。しかし負けないぞ。

……というかコネコ(・・・)ちゃんって。なんかチャラいナンパ男にでもなった気分だな。

 

「ともあれ小猫ちゃんも、わざわざありがとね。しかし便利だなぁ魔法陣」

「いえ、別に……それに、先輩は普通に運んできましたよ?」

 

 は?

 

「……誰が」

「だから、私が」

「…………」

 

 小猫ちゃんの頭の天辺から爪の先までまじまじと眺める。

67、57、73といった所か?キュッ、キュッ、キュッ、である……おっと、視線が冷たい。そうじゃない。

 

「……どう見ても……無理そうなんだけど」

 

 そう、彼女の身長は目測で150あるかないか。対して俺は170はあったはずで……あっ、視線がもっと冷たい。

 

「……私が。気絶している先輩を。抱えてここまで来ました」

「やーははは、ごめんごめん別に他意があったわけじゃないんだ。ありがとね小猫ちゃん。それも悪魔パワーってやつ?」

 

 静かに不貞腐れる小猫ちゃんを思わず撫でようとすると、そっと逃げられた。ごめん、そういえばこういうのもセクハラになるんだっけ?

 

「その辺りは今日の放課後、部長から説明があるはずです……あと小猫ちゃん言わないでください」

「あっはー、ごめんね小猫ちゃん。ってえ? 今日?」

 

 なにやら口を開きかけた小猫ちゃんを無視して起き上がり、カーテンを開けようとして……カクン、と膝が曲がる。

 

「おわぁっ!? ……とぉ」

「……何をしているんですか」

 

 無防備にすっ転びそうになった俺を支えに来てくれた小猫ちゃんの呆れ顔が、目と鼻の先にある。ううむ、幼さの残る整った顔立ちは、友人以下熱の入ったファンの存在も納得である……そのうえあの鈴のなるような声音で毒舌でも吐かれれば、その筋の輩には堪らないのだろう。いや俺にはその領域(レベル)のお話はちょっとわからないけれど。

 

「……落としていいですか」

「おぉーっと、失敬失敬。ありがとね。でもマジかぁ、あれから倒れて今翌朝?」

 

 勘がいいなぁこの娘。何かを感じ取ったらしい小猫ちゃんが発言を行動に移す前に話題をそらす。

 

「……はい。いざという時のために目を覚ますまでついていましたが、一晩中ぐったりしていました」

「みたいだねぇ……しっかしなんだろうこれ。膝が笑っちゃって力が……」

「部長が言うには、昨夜は堕天使に一矢報いていたそうです。只の人間に出来る事じゃありません……何か、心当たりがあるのでは?」

「堕天使……あー、うん。そっか、当然といえば当然かなぁ」

 

 探るような視線を受け流しながら、彼女の言う心当たりについて思いを馳せる。

 

 昨夜あれと張り合うために使ったライズ。あそこまで全力で使ったのは久々だった上、極普通の帰宅部だった俺の体にあの超人的な挙動はだいぶ無理があったのだろう。なんせ身体強化といってもベースはノーマル男子高校生。

前者のツケが数分の使用で意識を失うほどの脳の負担に、後者のツケがこの筋肉痛として現れているのだ。

 

「やー、ははは。ちょっと頑張り過ぎちゃった結果?」

「……まぁ、それも放課後聞きますけど。どうするんですか、その体」

 

 そういえば小猫ちゃんはすでに制服を着ている。そういえばそのまま一晩ここで過ごしたのだろうか、お風呂とかどうしたんだろこの娘……じゃなくて、このまま通学するつもりなのだろう。

 

「ううむ、どーしよっかなぁ。時間を置けばまぁ慣れて動けるようにはなるだろうけど……」

 

 数日前イッセー君に試みようとしたように、PSIの力の一つにキュアという物がある。読んで字の如く傷や病を癒やす力なのだが……

 

「……苦手なんだよねぇ、治すの。というかそもそも、自分には使えないんだよ。キュア」

「そうなんですか?」

 

 理屈としては人体の再生能力を補助するライズを、バーストの形で放射して相手に体に作用させるキュアは、精密な操作とか集中力とは何となく違う、センスのようなものが必要らしく……未だに気休め程度にしか作用しない。そして自分に使うくらいならライズで治癒力を高めたほうが早いのだ。

しかし現状はライズに耐え切れなかった体が悲鳴を上げているわけで……ここでさらにライズを重ねがけすると加わる負荷と治癒力でプラマイゼロ、むしろ脳への負担分でマイナス。

 結局自然に収まるのを待つしか無く……

 

「んー……うし、今日は休もっかなァ」

 

 正答に行き着いた俺は再びベッドに戻ろうとして、自由に歩けないんだったと想い出す。

 

「小猫ちゃーん、というわけでベッドまで頼むよ。…………小猫ちゃん?」

「…………」

 

 ジト目をした彼女と目があう。

彼女の手には、俺の制服。

 

 

 

 あ、これあかんやつや。

 

 

 

 その日、俺は校内で有名人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何だこの部屋は」

 

 オカ研部室の扉が開く音に顔を上げると、困惑するイッセー君と目があった。

 

「あ、どうも奏海センパ…………どうしたんすか」

「んー? ……ふふふふふ……別に……なんでもないさぁ……」

 

 何やら怯えるような目を向けてくるイッセー君に朗らかに笑いかけてやると、何やら沈痛な面持ちで目をそらされた。ははっ。

 

「(せ、先輩は一体どうしたんだよ?!)」

「(さぁ……尋常な様子ではないけれど)」

 

 彼と小声で話しているのは、わが校の女性との熱視線と男子生徒の妬みを一身に受けて爽やかに笑うイケメン王子。二年の木場祐斗君だったか。

ぼんやり考えながら机の上の羊羹に手を伸ば……小猫ちゃんに見もせずにはたかれた。

 

「彼女は一年の、塔城小猫さんだよ」

「…………」

 

 祐斗君がイッセーくんに紹介するのに合わせて、すまし顔で小猫ちゃんが一礼する。イッセー君は何やら感激している様子だった。

 

「で、知り合いらしいけどそっちが……」

「やぁやぁイッセー君、昨日ぶり。奏海先輩だよ。お腹の怪我の調子はどうだい」

「あ、いえ、大丈夫ッス。リアス先輩が治してくれて……」

「そうかい。よかった」

 

 気を取り直して挨拶しつつ、俺は席を立って彼に頭を下げる。

 

「……昨日は済まなかったね。んで、ありがとう」

「わっ、ちょ、そんな。俺はただ……咄嗟に体が動いちまっただけで」

 

 きまりが悪そうに俺の頭を上げさせたイッセー君は、照れくさそうになにやらもにょもにょと言っていた。昨日も思ったけど、やはり根は今時珍しい好青年なのだろう。

……と、微笑ましく感心していたのもつかの間。リアスちゃんのシャワーの音を聞きつけて鼻の穴をふくらませる様子に苦笑する。

 

「いやらしい顔」

「まぁまぁ小猫ちゃん、健全な青少年なんてこんなものさ」

 

 切れ味するど小猫ちゃんの一言に固まるイッセー君の肩を叩きつつ、内心こっそり笑っていると……いつのまにやらそんな様子をこれまた微笑ましげに眺めてあらあらと笑っている女性が一人。

 

「あらあら、うふふ……貴方が新しい部員さんですわね?」

 

 どぎまぎするイッセー君に歩み寄り挨拶するのは、リアスちゃんに並ぶこの学校のアイドル。三年の姫島朱乃(ひめじま あけの)ちゃんである。これまたリアスちゃんに勝るとも劣らないプロポーションは圧巻の一言、イッセー君の視線が釘付けになるのもしかたのないことであろう。

 

「(しかし歩く度に揺れるとは、眼福だねぇ。リアスちゃんの若々しい魅力とはまた違った、大人の色気とでも言うべきものが―――ぁいたっ」

「……あむっ」

 

 背中に走った痛みにそちらを見やれば、すました顔でお菓子をほおばる小猫ちゃん。

……その爪楊枝で刺したのかこの娘。意外とアグレッシブだなぁ……というかやっぱり察し良すぎないかい。また悪魔パワー?それとも女の勘というのはトランス的な何かだった……?

そういえばなんとなく朱乃ちゃんの目も怖い。違うよ? 老けてるとかじゃなくて成熟した色香というかね?

 

「おまたせ……ごめんなさい、貴方の家にお泊りしたままだったから」

 

 タオルで髪を拭きながら現れたリアスちゃんによって、一旦微妙な空気が塗り替えられる。

 

「や、どーもリアスちゃん。それじゃ約束通り、いろいろお話しようか?」

「ええ、そのつもりよ……イッセー、貴方もかけて頂戴」

「あ、はいっ」

 

 オカ研のメンバーに加えて俺とイッセー君。全員が揃っているのを確認して、リアスちゃんは笑った。

 

 ついに、この激動の数日間の種明かしが始まる。

 

 

 

 

 



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7.答え合わせとこれから

「まずは……オカルト研究部へようこそ、イッセー。私達は貴方を歓迎するわ」

「は、はぁ……」

 

 緊張と困惑が見て取れるイッセー君を尻目に、出された紅茶をいただく。ううん、いい香り……や、俺別に味の違いとか分からないけど。俺コーヒー派なんだよね。

 

 

 リアスちゃんは改めて、自分たちがオカルト研究部を隠れ蓑にした悪魔と呼ばれる集団であること。そして瀕死のイッセー君を救うために彼を悪魔に転生させた事を話した。

 

「俺が……悪魔に?」

「そう。今の貴方は、上級悪魔グレモリー侯爵家の娘……この私、リアス・グレモリーの眷属なのよ」

「おぉー、やるねぇイッセー君。大出世だ」

「人事だと思ってンな呑気な……ってかそうっすよ!リアス先輩やオカ研の皆が悪魔で、あの男や……夕麻ちゃんが、堕天使で……じゃあ奏海先輩はなんなんですか?!流れからすると、天使とか……?」

 

 と、茶々を入れると矛先が此方に挿げ替わる。

 

「そうね、その辺りもこの場で聞こうと思っていたの。天使は天使でまた別に居るから、彼は違うと思うのだけれど……」

「あ、居るのね……まぁ、俺の自覚が無いだけで実はその3つの中のどれかでした~、ってなことが無い限りは、俺は人間のはずだよ?」

「じゃ、じゃあ一体あれは……」

 

 彼が言いたいのは俺のPSIのことなんだろう。でもなぁ、俺も別にこの力の由来とか知ってるわけじゃないし……

 

「……そうね、まずは神器について話しましょうか」

 

 

神器(セイクリット・ギア)

 

 それは一部の人間に宿り、物によっては人の身で悪魔や堕天使を脅かし得るほどの、規格外の力。

俺のPSIはそれの産物かもしれず、イッセー君はそれ故に堕天使に目をつけられ殺されたのだという。

 

「あぁー、そういやあったねぇ。なんかこう、ヤバイのが」

「え゛っ!?」

「あら……どういうことかしら、長谷君?」

 

 うっかりポロッと零してしまった一言に、しっかり食いつく彼ら。

 

「……えー……あの、君が夕麻ちゃん? ってあの堕天使に殺されたところに出くわした時にね。治療と一緒に事情を把握しようと思って、トランスを……まぁ、要するに。心に、ちょっと……ね?」

「心……え、心って、じゃあ、先輩ってサトリ妖怪みたいなことが……?!」

 

 頭を掻いて目を逸らしながら言うと、怯えたような様子のイッセー君。オカ研の面々も驚いているようだった。

 

「やー、違う違う。有線だし、外気だとかいろんな影響を受けるし、技量もそこまでだから、完全に油断してるか相手が受け入れてるかじゃないと使えないし」

「……すいません、やっぱちょっと……」

 

 当然ながら、精神を覗かれたことでなんとも言いがたい表情をするイッセー君に申し訳なく思いながらもあの時見たものを思い出す。

 

「なんていうか……赤い? そこに揺蕩ってるだけだからさほど影響は無かったけど、触ったらトランスの端子ごと此方の心まで罅が入りそうな、荒々しい“赤”……だったかなぁ」

「……そう……」

 

 俺のざっくりした印象を聞いて、リアスちゃんは考えこむように口元に手を当てて目を伏せる。イッセー君はピンと来ないようで首を傾げていた。

リアスちゃんはしばらくして顔を上げると、イッセー君に手をかざすように言った。

 

「そう。目を閉じて集中して。一番強いものを思い浮かべるの」

「一番強い……ドラグ・ソボールの空孫悟、とか」

 

 不思議そうに言われるがままにするイッセー君。しかし……力いっぱい頑張っている割には、どうにも身が入っていない。

度々デレッと崩れる視線の先を辿れば……

 

「ああ、なるほででででっ」

 

 パンチラ、というには些か大胆にすぎる光景に気がついてしまったのもつかの間。三度すまし顔の小猫ちゃんから制裁を受ける。

というかこの娘そろそろ慣れてきてないだろうか。習慣化する前に何か手を……

 

「すみません! これ以上無理っす……!」

 

 などと言っている間に悔しさと満足感の同居した複雑な様子のイッセー君が膝をつく。ふっ、まだまだ甘いねぇ。

 

「いいわ、まだ難しいみたいね……そうだ。長谷君もやってみて頂戴な」

「ん、俺もかい」

 

 と、今度は此方に白羽の矢が立つ。

 

「ええ、貴方は既に能力を扱えるし……神器という概念を知った今なら、その能力ももしかしたら違う形で発現するかもしれないわ」

「なーるほど……んじゃ、やってみようかなぁ」

 

 目を閉じて、トランスの要領で自分に潜る(・・)

既に形はイッセー君の中で一度見たのだ。その形……神器を、俺の中に探す。

 

 ……やがて。深い深い集中の果て、俺の最深に根を張り半ば同化した“それ”に辿り着き―――

 

「―――見つけた」

 

 すっと目を開けば、俺の周囲をぐるりと取り囲むように何かが漂っていた。これは……

 

「……バッジ?」

 

 テレキネシスで浮いているらしい、それらの内一つを捕まえれば、それは黒地に白い手がプリントされた缶バッジのようなものだった。

意識すれば他のも机の上で停止して転がる。デザインがそれぞれ違うらしいバッジが全部で5枚。

 

「これが、先輩の神器……炎の柄の、バッジ?」

「……こっちのは、ロケットです。……いえ、デフォルメされた魔力弾?」

「あらあら、これは雷のイラストですわね。お揃いかしら?」

「これは何だろう、風? ソニックウェーブかな……?」

 

 ポップなデザインも相まっておもちゃのようなそれらは、皆の手の中を行ったり来たりだ。

 

「見た目からして直接的な武器ではなさそうだけれど……見当はつくかしら?」

「ん? んー……まぁ、なんとなく」

 

 リアスちゃんの言葉に応じて、バッジを皆の手の中から周囲に引き寄せる。おそらくこれで切り替える(・・・・・)という事だろうから……

室内という事も考えて、まずは手のバッジを選ぶ(・・)。何をしたというわけではないが、それだけで手のバッジが黒い燐光を帯びた。

それを確認して、自分のカップに手をかざせば。

 

「……紅茶が、浮いた!」

「や、君には一回見せたじゃない」

 

 素直に驚いてくれるイッセー君に笑いながら、テレキネシスで紅茶を自由自在に動かしてみせる。この程度なら一日中やっていても負担にはならないから差は分かりづらいものの……なんとなく、いつもより細かい操作ができる気がする。

 

「念動力……貴方の言っていたPSIね」

 

 驚いたように、あるいは面白そうに紅茶の動きを見守るオカ研メンバーの中で、リアスちゃんだけが事前に聞いていたからだろう。特に驚く素振りも見せずにそう言う。

 続いて炎のバッジを選べばそちらが赤い燐光を帯び、手のバッジから光が消える。

そのまま指をひとつ鳴らせば……紅茶がカップに落ち、今度は虚空に火の玉が浮かんだ。

 

「今度は、炎?」

「あらあら、多芸ですのね」

 

 先ほどの用に炎を動かしてみたり、火力を上げ下げしてみる。テレキネシス程使い込んでいないにもかかわらず、随分と自由に操作することが出来た。……こめかみ辺りにぴりっと来るものはあったが、この程度なら慣れでなんとかなるだろう。

 その状態で、同時にまたテレキネシスを使おうとしても手応えが全くない。……決まりだろう。

 

「……多分、俺の神器は……PSIのアシストというか、ハンドル? そういうものなんじゃ無いかなぁ?」

 

 集中力をスイッチする、とでも言うのだろうか。併用はできない代わりに、一つ一つが非常に使いやすくなっていた。

慣れていないものまでそうなのは、柔軟性の代わりに指向性を与えてくれているからだろう。素で使うよりも融通は効かないものの、そこは使い分けの練習をすればいいし。

 

「イレギュラーね……本来の異能をアシストする神器? それともPSIが今まで中途半端に覚醒していた神器の能力の一端だったとか……?」

「さぁー? 卵が先か鶏が先かって奴じゃないかなぁ」

「……それは、何か違うと思います」

 

 目を細めるリアスちゃんに、あっけらかんと笑う。小猫ちゃんもまた不思議そうにしながらもツッコミは忘れない。嫌いじゃないぜその姿勢。

 

 神器についてのあれこれが一段落した後、イッセー君に対する悪魔稼業の説明を聞きながら俺はバッジを手の中で弄びながら考える。

思い出すのはあの恐ろしい光の槍。速く鋭いあれと対峙して、昨夜は余裕なく跳ねまわるばかりだった俺。

 

「(……この神器の補助があれば、今度は戦闘中にバーストだって……って、なんか思考が物騒な方に傾いてきたなぁー……)」

 

 溜息を一つ。中学卒業辺りでそこそこ上げきったと思っていた俺の人生の難易度は、まだまだ上があったらしい。




 神器の形状については知ってる人は知っている、あの作品から。同じくサイキックつながりですね。
全部ノーブランドバッジ、要するに初期装備です。原作の強い能力なんかには及びません。
 せいぜい電撃が現代のハルヒコと同レベルくらい?やったね奏海、原作キャラに並んだよ!


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8.非日常の洗礼

 強化された身体能力にかまけた俺の素人剣術が、尽く封殺される。構うもんか、最初からわかってたことだ。じっと堪えて、此処は凌ぐ。

 

「フッ……!」

「隙あ―――ウッソ!?」

 

 祐斗君の一閃が大振りになった所を見計らって、バレッドショット―――弾丸の形でバーストの波動を前方射出するPSI能力だ、決め技にはならないものの弾速と連射性により牽制には持ってこいである―――のバッジに切り替え、放つ。完全に隙を突いたはずの一撃は、単純な速度で振り切られ……俺は肩口に、木刀の強かな一撃を受けた。

 

「そこまで……勝負あり、です」

「ふぅ。お疲れ様です、立てますか。先輩」

「んー。おーいてて……しっかし最後の何あれ、あそこまで速くなるかぁ。全然見えなかったや……」

 

 審判役の小猫ちゃんのジャッジに構えを解いた汗一つかいていない祐斗くんが、俺に手を差し伸べる。痛みと疲れを意思で押し殺して、ヘラリと笑ってその手を掴んで起き上がり、鈍く痛む肩をグルグルと回した。

通算3回目の敗北である。

 

 

 

 

 

 

 あれからイッセー君は、悪魔の下積みとして夜な夜なチラシ配りに奔走している…………自転車で。

 

 ……始めて聞いた時は爆笑した。それはもう笑った。お腹を抱えて涙を流して、笑いすぎてイッセー君が顔を手で覆ってしゃがみこんでいた。正直悪かったと思ってる。

……でも……ぶふぅ、自転車……悪魔が自転車でチラシ配って契約取りに奔走するって……ぷくくっ……!

 

 まぁともあれ彼は放課後、夜になれば自転車をかっ飛ばしている。親が心配しないかとも思うのだけど、そのあたりはリアスちゃ……部長が悪魔の力で上手いことやってるらしい。便利だなぁ、俺もトランスもうちょっと練習しようか……やっぱいいや。多分そんな使わないし。

 

 順調にいっているのかいないのか、少々判断の付かない彼の奮闘記は時々漏れ聞こえてくる。なんでも昨夜はゴスロリ衣装に身を包んだ筋骨隆々の男……否、(おとこ)に召喚され、自分を魔法少女にしろと迫られたらしい。もちろん笑った。

更に面白いのが、もちろんそんな願いは叶えられず、代わりに魔法少女モノのアニメDVDを夜通し鑑賞して帰ってきたのだが……イッセー君の担当した相手は、皆が皆彼に大賛辞を与えているという。わからなくもない、俺も短い付き合いだが、彼の人柄は好感に値すると思う。

 悪魔稼業の基礎の基礎である契約は取れず、それなのに多くの人から支持を受けるイッセー君。そんなイレギュラーに、部長が指導方法を選びあぐねている様子が時折見て取れた。

 

 ではここ数日、そんなことを聞きながら俺は何をしていたのかというと……そう、“部長”。俺も俺でオカルト研究部に入部していた。悪魔に成ったわけでは無いけれど。

別に抵抗があったわけじゃなかった。ただ、今はなんとなく……人として彼らと関わる、そんな境界線でふらふらするような在り方が素敵だと思ったんだ。ほら、なんかかっこいいじゃない? 浦◯さんポジとか割りと憧れ。下駄と帽子買ってこようかな……いや今適当言ってるだけだけど。

 

 まぁそんな感じで神器使いの協力者としてオカルト研究部に在籍することになった俺は、今までの特訓もどきではどうしようもなかった対人経験の穴を埋め、神器として発現した新しいPSIを使いこなすための特訓を行っているのである。

それがこの、オカ研メンバーとの模擬戦なんだけど……

 

「……強いねぇ、君ら」

 

 もはや手慣れてしまった作業である、ライズによる治癒力の補助を行いながらしみじみと呟く。

 

 初日は小猫ちゃんとライズを使った肉弾戦の練習だったのだが、俺はこれでも紳士を自称しているのである。それはもう堂々と、

 

『や、俺女の子は殴れないなぁ』

 

 と、言い放った。対する反応といえば、部長は意味深に笑い、朱乃ちゃんはあらあらと頬に手を当て苦笑。祐斗君は困ったように頬を掻き……小猫ちゃんはジト目を向けて立ち上がった。

そして始まった情け無用組手。速さは人並みなのに、少女の形をした戦車でも相手取っている気分だった。

殴られ、吹っ飛ばされ、投げられ、叩きつけられ……ストレングス(身体強化)全振りのライズによって大怪我はしなかったものの、終わる頃には服と些細なプライドはボロ雑巾のようになっていた。

 まぁ、強いていうならお陰で喧嘩一つしたことのないノーマル高校生にしてはある程度喧嘩慣れ出来た……気はする。少なくとも、迫り来る拳に思わず目をぎゅっと瞑って体を強ばらせるようなことは無くなった。

 

 二日目は朱乃ちゃんとのバースト戦闘の練習。今度は女の子がどうのとは言わなかった。そもそも今の自分では傷ひとつ付けられるかどうか微妙な人たちなんだから、今そんなことを考えても仕方ないと半ば開き直ったのだ。

とは言ってもやはり抵抗が無くなったわけではないので、テレキネシスは除外した。だってあれで戦おうとすると、必然的に石やら何やらをぶつけるスタイルになるわけで……あの穏やかな笑みの大和撫子にそんなことをできるかと言われれば……うん。

 そして選んだのが青地に稲妻のデザインがクールなバッジ、サンダーボルト。発電能力に脳をスイッチするこれならば、うまく行っても無力化するくらいで済む……

…………とまぁ、そんなふうに選んだのだがこれが最大の悪手だった。

 対峙して最初に試しに放電して見た時の朱乃ちゃんの表情を、俺は一生忘れないだろう。慈しむような、憐れむような、見蕩れたような……蛙を睨む蛇のような。恍惚とした捕食者(・・・)の目、艶めかしいチロリと覗く舌なめずり。

井の中のなんだっけ、この前俺なんて言ったっけ。忘れちゃったや。俺はあの時まさに蛙、紛うことなき被捕食者だった。

 放つ電撃は尽くそれ以上のものでかき消され、常にその瞬間の俺の全力の、ほんの少し上の力で甚振られる。脳が慣れて力が強まれば、同じだけ朱乃ちゃんも雷を強める。疲労によって全力を出せなくなれば、それに合わせて朱乃ちゃんは力を弱める。完全な自分の上位互換と戦うのが、これほどまでに心にクるものだとは知らなかった。

 たまらずとうとうバレッドショットに切り替えた瞬間、妖艶な嘲笑とともに放たれた雷撃が……わずかに残ったプライドとともに、一瞬で俺の意識を刈り取った。

 

 そして三日目、つまり今日は、同じくテクニックタイプである祐斗君との模擬戦だった。

今回はバッジの一つ、バーストをブレード状にして振るうショックウェイヴを主軸にしろとの部長のお達しだったので、始まる前に祐斗君に剣術の基礎の基礎を習ってからのスタート。

 

 結果、惨敗。

 

 そもそも刃物なんて包丁やカッターしか知らない俺である。神器の補助によって形成そのものはスムーズに出来るとはいえ、そもそものイメージが貧相であるPSIの刃は、祐斗君という達人の振るう木刀によって幾度と無く砕かれた。

 次いで、やはり経験不足からくる戦闘センスの差。速さに特化した騎士(ナイト)である祐斗君を相手に、「次に何を使うか」「どうやって攻めるか」などと一手二手先を考えながら戦うテクニックタイプの戦法を採るには、俺は経験値が足りなすぎた。直感やセオリーで動くべきタイミングで体を突き動かすモノが無かったのだ。

さらに言えばここに来て地力の弱さがネックになった。ストレングス(身体強化)センス(感覚強化)を均等に振り分けるデフォルトのライズでは、知覚も挙動も僅かについていかず、ストレングスに偏らせれば完全に捉えきれなくなってサンドバッグに。結果として彼にはセンス特化で立ち向かうことになるのだが、これだと体の方は生身の人間と変わらないので火力も防御力も反応速度も足りず、「知覚できようが反応できない」といった攻撃には為す術もないのである(実際最後の一撃はそのレベルだった)。

 最後に神器(バッジ)の切り替えラグ。この神器は二種類併用できないという特性上、切り替えにかかる数秒は致命的な隙になる。今回はその間をライズによって補っていたけど……その度に此方のリズムが崩れ、それが積み重なっての最後だったように思う。こればっかりは反復練習あるのみらしい。

 

 

「お疲れ様ですわ、奏海君」

「ヒィッ……あ、あぁー、ありがとねぇ、朱乃さ……ちゃん」

 

 相変わらず嫋やかな所作でお茶を淹れてくれる朱乃ちゃんに、朗らかに笑いかけてお礼を言う。ここ数日の成果を振り返ってたからか、ほんのちょっとびっくりしたかもしれない。まぁ不意を打たれたからね。

 お茶は普通に美味しかった。

 

「どうでしょうか、数日前までほとんどただの男の子だった奏海君には少々辛い数日間だったと思いますが……」

「んー? いやぁ、随分為になった気はしてるよ。流石に強くなれたーなんて思えないけど、慣れることが出来たのは大きいね」

「あらあら、それは良かったですわ」

 

 そう言って優しげに微笑まれる度に背筋が強張る今この瞬間は、その代償だとでも言うのだろうか。

 

「……先輩は、殴り合いには向いていないと思います」

「そうですね、接近された時に対応するために、ショックウェイヴを使っての剣術は僕が教えられますが……」

「ありがとう、小猫。祐斗。それに朱乃も。引き続き、時間が在るときにでもお願い。彼は人間だから、せめて種のハンディを埋めるためにも場馴れしておかないと」

 

 隠れ蓑とは言え、新入部員の教育には気合が入るのは此処も同じなのだろう。悪魔稼業に悪戦苦闘するイッセー君と、身に余る力を持つ人間である俺。立て続けに入部した素人二人に、懇切丁寧に手ほどきをしてくれている。

 

「了解しましたわ、部長……うふふ」

 

 ……若干一名、行き過ぎている人間が居なくもないが。

 

 ともあれこうして悪魔式ブートキャンプをこなしながら……俺はレールを半歩踏み外して、ちょっぴり普通じゃない日常生活を送っているのだった。

 




 というわけで修行(?)回。今のところ主人公は悪魔にはなりませんでした。
これで最低限のラインには立ち、ここからの物語に彼なりに関わっていきます。


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9.当事者に聞くのが一番早いという話

 いつもの様に特訓を終え、だんだん食い下がれるようになったなーだとか、傷の治りが早くなってきただとかと考えていた夜のことだった。

 部長たちが何やら焦った様子で、朱乃ちゃんの生成した魔法陣でどこかに飛んで行く。イッセー君を助けに行くと聞いて同行しようとするも、俺はグレモリー眷属じゃないからあの魔法陣を通れないんだそうだ。

 相変わらず夜な夜な駆け回っているイッセー君は、つい先日はぐれ悪魔の討伐に同行して以来元気が無いように見えることが何度かあった。そんな折にこの騒ぎだ、何かがあったのかと少々心配していれば……案の定、ボロボロになったイッセー君を連れて皆が帰ってきた。その左腕には、なにやら真っ赤な籠手。あれがイッセー君の神器なのだろうか?

 

 どうやら彼ははぐれ悪魔祓いとやらの襲撃を受けたらしかった。なんでも召喚を行った依頼主を殺して、イッセーくんを待ち構えていたらしい。

……彼の知り合いであるシスターちゃんと一緒に。

 

「部長、オレはアーシアを……!」

「無理よ、どうやって救うの? 貴方は悪魔。彼女は堕天使の下僕。相容れない存在同士よ。彼女を救おうとすれば、堕天使を敵に回すことになる……それは、単なる小競り合いでは済まないわ。私達悪魔と堕天使は、敵対しているのよ?」

 

 部長の冷静な言葉に、イッセー君は口を噤む。

彼は仲間思いな子だ。そのアーシアちゃんを助けたいが、自分の軽率な行動によってこれまた大切な仲間であるオカ研の面々を危険にさらすこともわかっているのだろう。

 うなだれて拳を握りしめる彼の背を見遣りながら、俺は今後の展望を頭の中に描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……や。来てくれると思ったよ」

 

 俺の人生がズレ始めた始点であり、始めて“戦闘”と呼べるものを行った公園。もはや馴染み深いものとなった噴水の前で、俺は笑った。

 

「しかしあれだね、電話だのメールだのしたわけでも無ければ、約束してたわけでもないのにこうも望むように再会できるとは……あれかな。運命? あっはー、ごめんサブイボたったや。せめてイッセー君殺したあの子みたいな可愛い子だったら、まだちょっと喜べたんだけど」

「……口数が多いな、神器使い」

 

 ペラペラと舌を回す俺に不快感と殺意を露わにするのは、黒いスーツの堕天使……かつてここで、俺とイッセー君を殺し損ねた男。ドーナシークだった。

 

「怯えているのか? 何、心配するな。仮に勝算がある心積もりだとて同じことだ。小賢しい策もどき(・・・・)ごと、捻り潰されることに変わりないのだから」

「あーらら、いいのかい。俺を殺したら部長……リアスちゃん怒ると思うんだけど?」

「ハッ」

 

 男は鼻で嗤って、翼を揺らした。

 

「ならば主の助けでも呼べばよかろう……白々しいのは無しだ、神器使い。貴様は愚かにも私を誘い、私はそれに乗ってやった。貴様の思惑など知らん、狙い通りこの私と対面したのだ。あとは順当に……死ね」

 

 伸ばされた右手の中に生み出される光の槍。かつて戦った時よりもより強い……寒々しいまでの光を放つそれと、今度はしっかり腰を据えて対峙する。

 

 ……分は悪くない賭けだった。

 ソナーの様にトランスを放射して待つこと数十分。誰が釣れても良かったが、おそらく俺の力の残滓を気取ったならばこの男が来るはずだと思った。

そしてプライドを著しく傷つけられ、その鬱屈を部長の割り込みで有耶無耶にせざるを得なかった高慢な堕天使だ。それも負けず嫌いの様に部長に捨て台詞を吐いていったというコイツなら、取り巻きをぞろぞろと引き連れてくるよりも……自分の手で直々に、“図に乗っている神器使い”の勘違いを正しに来るはずだと。

 

「(ここまでは、理想的……)」

 

 神器を周囲に展開する。ここ数日で各々の特徴を掴みつつ有り、一部著しい成長を見せる俺の能力(チカラ)達だ。

 

 ……ここまでが、賭け。ここからは―――

 

「さーて、実践練習だ……《時空の漂流者(サイレン・ドリフト)》」

 

 グルグルと俺を取り巻くバッジの内、テレキネシスが黒い燐光を帯びて停止する。

 

 ―――この数日の地獄の特訓の成果を、発揮するだけだ。

 

「勝たせてもらうぜ」

「ほざけェッ!!」

 

 表情の余裕をもかなぐり捨てて、憎しみも顕わに放たれる槍。

風を切って狙い違わず俺の心臓を狙うそれを、すかさずテレキネシスで逸らす。

 

「何……私の槍を、逸らした? バカな、貴様の神器は……いや」

 

 二本目を作り出しつつ警戒する男。当然だろう、最初は人間離れした身体能力かと思えば、最後に幻覚らしきものを使ってきた人間。それらに警戒して相対すれば、今度は投擲した槍を触れずに逸らして見せたのだ。いよいよ持って、奴は俺の能力を掴めずに居る。

 

「また小賢しい幻か? ……それこそバカな、今回はそのような隙も油断も見せていない……」

「なんでもいいけどさぁ……来ないなら、こっちから行くよっ!」

 

 混乱し、警戒して奴の動きが止まっている隙にPSIを切り替える。選ぶのは白地に青と黄色でポップにデフォルメされたロケットのようなデザイン、バレッドショット。

……テレキネシスは、未だに戦闘用として昇華しきれていない面があるのだ。理屈では今の槍だって空中で静止させたり、更には投げ返したりできるはずの非常に応用が効くPSIではあるのだが、現状では運動エネルギーを持つ物体をノータイムで意のままに操ると言ったレベルには達していない。非戦闘時で見えない手、戦闘中だと見えない力といったところか。

 今度は弾丸の形で放たれたバーストに再び後手に回るドーナシーク、威力はそこまででは無いものの衝撃と小規模な爆風が彼を怯ませる。

 

「ぐっ……ええい、鬱陶しい真似を―――」

「そら、まだだよ」

 

 地力にさほど差はないどころか、粗製戦闘員である俺は底が割れればそれまでだ。冷静さを取り戻す前に畳み掛ける。

 

 三度脳をスイッチ―――朱乃ちゃん(ドS教官)のしごきによって早々にその姿を変えた雷のPSI、深い青緑に細い稲妻が走るバッジ・サンダールーク。

必殺技とはいかないものの、現状の最大火力である雷を半歩後ずさる敵に放つ。

 

「っ……な、めるなぁッ!」

 

 が、あちらの勘が勝ったのだろう。無造作に振り切られた光の槍によって、ちょうど俺の雷撃がかき消される。

 

「あらら、決まったと思ったんだけど……」

「図に乗るな神器使い……このような子供だましで、この私を……!!」

 

 手数の差で押し切られる事を危惧したドーナシークが、いよいよなりふり構わず接近戦を挑んでくる。……正解だ、一朝一夕で仕上がるわけもない身体能力の関係で、ライズについては無様に全部絞り尽くしてただ一発で終わった先日からさほど成長していない。

 

「っ……とぉ!!」

 

 咄嗟に踏み込んでくる男に右手を向けるも、

 

「遅い……!」

 

 奴の開いた左手によって捕まり、捻られる……眼前には振りかぶられた逆手持ちの光槍が、番えられた矢の如く俺を捉えていた。

 

 

「「捕まえた」ぞ―――ッ!?」

 

 

 ―――槍が振り下ろされるその刹那、俺の手首を掴む左手から……電撃として練り上げられた、本命のバーストエネルギーを流し込む!

 

「ガアァッ!?」

 

 何度か痙攣し、光の槍も維持できずに膝をつくドーナシークを、テレキネシスに切り替えて拘束する。

 

「『ショットガン・ボルト』……射程ゼロ、殺傷力極小の“子供だまし”さ。もっとも、しばらく体の自由は効かないし能力を解除させられると言えばなかなかのもんだと思わないかい?」

 

 ……もっとも今は俺のライズまで一緒に消えちゃうから要調整なんだけど、そこまで教えてやる義理もない。

 

「くっ……どこまでも、この私を、コケに……!」

「あっはー、やだなぁ。んな怒んないでよ。だいじょぶだいじょぶ、しばらく(・・・・)でもう十分さ」

 

 ライズと同じく神器とでも併用可能なPSIの基礎の基礎で、俺の一番苦手なトランスの初級編、W・M・J(ワイヤード・マインド・ジャック)

 

「や、俺尋問とかシロートだからできる気がしないし? かといってトランスも苦手なんだよ。読心(マインドリーディング)なんて高等な技術どころか、有線接続だって落ち着いて、抵抗されないような状態じゃないと出来なくてさぁ」

「き、さ……ま…………!?」

 

 ここに来て始めて怯え混じりの嫌悪の色を見せたドーナシーク。しかし、もう遅い。

 

「さぁて、教えてもらおうか。堕天使(きみたち)が何処で、何をしてるのか……洗い浚い、ね」

 




 ドーナシーク戦第2ラウンド。主人公の戦法じゃない気はするけど気にしない、イッセー君がかわりにやってくれますきっと。
 そして地味に奏海の神器の名前と、初めての原作能力登場。
未来の戦闘描写はカットされてるけど強くなっては居るらしいハルヒコ君の電磁'n(ショッカー)から、ショットガン・ボルトです。
 原作だと数m放射することが出来ますし、未来の方なら結構な格上にも通用する能力解除という決まりさえすればかなり強力な能力。奏海はやはり要調整、要特訓ですが。
 ドSな雷の女王の薫陶を受けた結果とかんがえると、かなり彼にとっても印象深い力になるのでしょう……


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10.嗚咽、感泣、慟哭、頬笑

 あのクソ神父に撃たれて、治りきってない足の痛みを意識的に無視して歩く。部長の言うことには悪魔にとって猛毒な光が、それこそ毒の様にジワジワと効いているんだとか。

こんな状況ではまともに自転車なんて漕げないしと、部長に休むように言いつけられたのだ。学校の欠席がどーだのはきっと既に手を打ってくれてるんだろう。あの学校は部長……というかグレモリーの御家の持ち物だそうだから、融通が利くんだって。

 

「……はぁー……」

 

 児童公園のベンチで深い溜息をつく。どうしても鬱陶しく疼く足の痛みが、昨日の悔しさを風化させずに居た。

 

 俺は、弱い。

 

 悪魔として成り上がってハーレムだ―、なんて舞い上がっていられたのは最初の頃だけだった。下積みとしての契約もまともに取れず、堕天使どころかその下っ端の悪魔祓いにも一方的にやられ……今もこうして、ウジウジと昼間から燻っている。

 

「……腹、減ったなぁ」

 

 ……下手の考え休むに似たりだ。ここで考えてたってぜってーいい考え浮かばない自信あるし。

とりあえず、今できるっつったら筋トレか?奏海先輩は俺がチラシ配ってる間になんか木場達とやってたらしいし、俺も混ぜてもらうよう頼もう……って難しいかな、悪魔の仕事もあるもんな…………

 

 そんな風に、ちょっと今後の目標を立てつつ重い腰を上げる。その時ふと、視界の端に映り込む金色。

半ば無意識に目で追えば、そこには見知った少女がぽかんと此方を見ていた。

 

「……アーシア?」

「……イッセーさん?」

 

 

 

 

 ちょうどいいとばかりに彼女を引き連れ、まずは腹ごしらえにハンバーガーショップだ。箱入り娘みたいにいちいち目を輝かせるアーシアにこう、グッと来るものを感じながら連れ回す。

……彼女がどっか思い詰めてたのは、俺にもなんとなくだけど察せたから。せめて今は笑わせてやりたかったんだ。

 

 レーシングゲーム、クレーンゲーム、ダンスゲームにシューティング……ゲーセンで遊び倒して、帰る頃にはとっくに夕日になってた。学校サボってゲーセン三昧って、俺も悪い奴……って、悪魔だからいいのか?

 

「あー、遊んだなぁ……」

「は、はい……少し疲れました……」

 

 苦笑気味の彼女の腕には、俺が取ってあげたラッチュー君の人形がぎゅっと抱きしめられている。

いちいちすごい素直で、だからこそホントに喜んでくれて、楽しんでくれたんだってことが分かったから俺もすげー楽しかったな。

 

「……イッセーさん、足……見せてもらって構いませんか?」

 

 ……だから、悲しげに目を伏せながらそう言われた時「しまった」って思った。何やってんだよ俺、こんくらいの虚勢張り通せっての。

 

「……バレてた?」

「…………」

 

 小さく頷くアーシアに観念して、ズボンの裾を持ち上げる。昨日あのクソ神父に撃たれた銃槍が目立つふくらはぎを見て、彼女はそこに跪いた。

アーシアの瞳と同じ、優しく淡い緑の光を放つその手が、傷にそっと触れて……痛みがすぅーっと引いていった。

 

「これで、どうでしょうか?」

「お……おおお! すげーっ! 傷が無かったみたいに……!?」

 

 その場でジョギングするように小刻みに足を動かしてみる。痛みどころか何の違和感もない。

 

「すげえよアーシア! その神器って、人間だけじゃなくて悪魔も治せるんだな……アーシアにピッタリだよ、優しい力だ」

 

 満面の笑みを浮かべて見遣ったアーシアは、それを聞いて……こう言っちゃ不謹慎だけど。それはもうハッとするくらい綺麗で、儚げな笑顔を浮かべたんだ。

 

 

 

 アーシアは、神器によって人生を滅茶苦茶にされた……聖女の成れの果てなのだという。

 

 やがて堪えきれなくなったように溢れだした涙と共に語られた彼女の人生は、俺から言葉を根こそぎ奪った。

 治癒の力を持つ聖女として、自分の意志は無視されて祭り上げられたアーシア。それでも優しい彼女は神の加護を役立たせようと、文句ひとつ言わずに待遇に甘んじていた。

誰もが彼女を“聖女”、“治癒の力”としか見ず、アーシア・アルジェントという女の子は疎外感と孤独を理解していたというのに。

 彼女の受難はそこで終わらない。優しいアーシアはある日、偶然見つけた怪我人を……それが悪魔だと理解して尚、治療してしまう。

神輿の上の聖女はあっさりと見捨てられ、魔女として唾棄され、石を投げられることになった。

 誰よりも真摯に神に祈りを捧げてきた、誰よりも優しく生きてきた彼女は、そうして今も堕天使共に利用されている。

 

「……きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私、抜けているところがありますから」

 

 涙を流しながら、無理に明るい調子で空元気を出すアーシア。あまりの痛々しさに見ていられない……いや、目を逸らせない。

 

「これも主の試練なんです。まだまだ修行が足りないシスターに、こうやって一人前に成れるように、修行を与えてくださってて……」

 

 健気に自分に言い聞かせる様子に、俺は、喉の奥の方からグツグツと湧き上がるモノを自覚する。

 

「お友達も、いつかたくさんできると思うんです!聞いてくださいイッセーさん、私夢があって。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったりして……」

「アーシア……」

「たくさん……おしゃべりして…………っ」

「アーシアッ!」

 

 ……頭で考えるより先に、手が動いた。

涙に濡れる彼女の目を真っ直ぐ見つめて、その手を掴む。

 

「俺が、なってやるから」

「え……?」

「友達! 悪魔だとか人間だとか、神様がどーのとか知ったこっちゃねえって! 俺達、一緒にヘトヘトになるまで遊んだし、中身の無い馬鹿話も、しんどかったことだって腹を割って話した。これでいいんだ、こんなことするのに、神器の有る無しだって何も関係ないだろ?……買い物は、まだだけど。いつだって行けるぜ、連絡先教えるからさ!」

 

 空回ってる自覚はある。何口走ってるかとか、頭で考えてるわけじゃなかった。ただ、口を開いたらもう止まらなかったんだ。

 

「イッセーさん……」

「俺にはアーシアの“これまで”の辛さなんて、想像するしか出来ないけど……そんなの頑張っても思い出せないくらい、楽しい思い出いっっっっっっぱい作ってやる自信がある! だからアーシア」

 

 再び涙をぽろぽろと零すアーシアに、精一杯の気持ちを込めて笑いかけた。

 

「……俺と、友達になってくれないかな」

「……はいっ……!」

 

 その言葉に、アーシアは泣き笑いで、顔をくしゃくしゃにしながら頷いてくれた。

見てやがれ、神様。アンタが救ってやらないから、こんな健気な信者が悪い悪魔に攫われるんだ。全力で幸せにしてやる、後から返せっつったってもう遅い、ざまーみろ。

 

 これから俺達は友達として、バカみたいに楽しく遊びまくるんだ。買い物にだって行くだろう。邪魔するものからは、俺が守って―――

 

「無理よ」

 

 のぼせあがった頭に冷水をかけるような、冷ややかな声が耳に入った。

見れば、良く知った……忘れられるはずもない顔。

 

「……ゆ、夕麻ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喉が枯れるほど叫んで、血塗れになるまでアスファルトを殴りつけた。

……そんなことしたって何が変わるわけでも……アーシアが戻ってくる訳でもない。あれだけ大見得を切った舌の根も乾かない内にこの有り様だ。取り残されたのは黒い羽と、ラッチュー君の人形。そして惨めったらしく涙を流す、弱っちい男が一人。

アーシアを、守れなかった。

 

「(……ち……くしょ……)」

 

 アーシアを連れ戻しにやってきた夕麻ちゃん……いや、堕天使レイナーレを前に、俺は完全に無力だった。神器を使っても尚、羽虫を払うように片手間に這いつくばらされ……殺すまでもないと、放置されたのだ。

 

『1の力が2になったところで……』

 

「―――ッ!!」

 

 レイナーレの嘲笑が頭をよぎり、欠けるほど激しく歯噛みする。唇を噛み切って、口の端から血が流れた。

 

 俺に力がないから。俺がただの兵士(ポーン)だから。アーシアは攫われてしまった…………いや、違う。弱い俺を守るため(・・・・・・・・)に、アーシアはアイツの言いなりになるしかなかったんだ!

 

 ……俺は……弱い。

結局、全部そこに行き着くんだ。

 

「ちく、しょう……」

 

 ―――力が、欲しいか?

 

「畜生……っ!!」

 

 力だって?ああ、欲しいね!アーシアを守れるだけの、俺の邪魔をするあれこれを全部殴り壊せるだけの力が……

 

 ―――力が欲しいなら……

 

 こんな風に、理不尽に負けて泣き寝入りせずに済むような、…………?

 

 ―――欲しい、なら……あー……

 

「……何、やってんスか……奏海先輩」

「あ、バレちゃった?」

 

 割りと本気で、多分殺意にまで半歩引っかかったレベルで睨みつけても暖簾に腕押しと受け流す、未だによくわからない男の人。缶コーヒーを片手に、俺を見下ろしていた。

 

「や、イッセー君。男前が上がったね……とりあえず飲み給えよ、涸れるゾー」

 

 有線トランスとやらを俺から引っこ抜きながらヘラヘラと笑う様子に、怒る気力も余裕も無かった俺は引ったくるように缶を受け取った。

 

 

 



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11.聖女奪還作戦

「―――というわけで。堕天使にカチコミかけたいと思うのだけれど」

「朱乃」

「はい部長」

「ヒィッ、まっ、ぁ、待って! ちょっと待って!!」

 

 部長の一言でバチバチと手を放電させ始めた朱乃ちゃんに、ほんのちょっとだけ恐怖を感じたので落ち着いて諌める。

そりゃ「―――というわけで(かくかくしかじか)」で済ませようとした俺も悪いけどさ、だって話聞いてくれる余地なかったじゃない。絶対ワンクッション挟まないと怒ってたじゃない。

 

「はぁ……それじゃ、説明してもらいましょうか。これ(・・)はどういうこと?」

 

 時間が押してるのを承知で少し巫山戯てみせたかいもあって、こめかみを抑えながらも部長は話を聞く体勢に入ってくれた。

彼女が頭痛を堪えるような顔で示すもの……拘束された堕天使の男と、今にも飛び出して行きそうなほど落ち着かない様子で苛立ちながらも、律儀に俺達の会話を待っているイッセー君を見て、俺もまた苦笑する。

 

「ま、見ての通り切羽詰まってるので掻い摘んで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後イッセー君が、夕麻ちゃん改め堕天使レイナーレから聞いたという話。ドーナシークから聞き出した(・・・・・)話と擦りあわせて確信に至ったそれ……早い話がレイナーレ一派の暴走を手短に説明する。

部長としては配下である俺達が堕天使に手を出したことで、戦争になることを懸念していたのだろう。この件に堕天使上層部の意向は絡んでいないことを説明するに至り、部長の表情からは険しさがだいぶ取り除かれていた。

 

「で。その神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の持ち主がこのイッセー君の大事なお友達ってわけだねぇ。ホントならもうちょいゆっくり事情説明して、準備してから行くつもりだったんだけど……ホラ。彼放っといたら特攻しそうじゃない?だからこっちから説得して、部長に話を通す時間(・・・・・・)だけ貰ったわけさ」

 

 苦笑交じりにそう言うと、部長は誤解なく俺の言葉の意味を理解して深く溜息をついた。

 

「『最低限の義理()』を通した今、返事如何にかかわらず貴方達は行くと。そう言いたいわけね」

「……すみません、部長。でも俺、ここで行けなきゃ死ぬより後悔するから……!」

 

 義理堅いイッセー君の事だ、多大な恩と情のある部長を悩ませ、迷惑をかけていることにも罪悪感を感じているのだろう。にも関わらず曲げられないことだから、こうして苦々しく、しかし真っ直ぐと目を見据えて謝っている。

 

「部長の名前が傷つくって言うなら、俺のことは眷属から外してもらっても構いません。お世話になった恩は絶対別の形で返します、だから―――」

「……落ち着きなさい、イッセー」

 

 三度溜息をつく部長。しかし入室直後の険しさはもはやそこにはなく、意固地で不器用な弟を見るような確かな慈愛が感じられた。

視野狭窄じみた焦燥感に呑まれかけているイッセー君にもそれが分かったのだろう、まくし立てるのをやめて面食らうような顔になる。

 

「そこに転がってるドーナシークに、イッセーが襲撃された時から。堕天使がなにか目論んでいたのは察していたわ。堕天使全体の計画なら、一言釘だけ刺して無視するつもりだったけれど……独断専行で部員が持ち帰った情報によると、そういうわけでも無いらしいし」

 

 言外に後々のペナルティを匂わせる物言いに思わず表情が曇る。そんな俺と反比例するように、イッセー君(と朱乃ちゃん)の目が輝いた。

 

「そっ、それじゃ、部長……!!」

「ええ。朱乃、祐斗、小猫……準備して。出るわよ」

「はい、部長」

 

 代表するように返事をして立ち上がる朱乃ちゃん、続いて2人も待ってましたと言わんばかりに続く。

 

 ……やれやれ、終わった後のことはともかく……似合わない無理したかいもあったかな。

 

 本番はこれからだというのに、頼りがいのある仲間を見ていると失敗の可能性が頭をよぎることすらしない。事態の決着を確信して僅かに頬を緩ませる俺の気分に冷水をかけるように、不景気な声がかかる。

 

「……ぐ、ぅ……ここ、は」

「あ、おはよう。でも今から出かけるから。そのまま簀巻で居てね?」

 

 が、言ったとおり時間がないので無視だ。猿ぐつわを噛ませて部長の拘束が更に重なると、ドーナシークは恨みがましい目を向けつつも静かになった……従順になったというよりは、単純にプライドが無様に藻掻く自分を許せなかっただけだろうが。

 自分のところの頭に話を通さずに暴走したのだ、滅ぼしても堕天使側に文句は言われないだろう。にも関わらずこうして生き永らえているのは、俺のおかげと言っても良い―――単純に、敵とは言え一度ならず戦って、知らない仲ではない相手が死ぬことになんとなく嫌な気分を覚えたというだけだ―――のだが、まぁ。そんなことを説明してみせようと、あの高圧的な憎まれ口を叩きこそすれ、感謝などすることはないだろう。そういう男だとはとっくに理解している。お礼言われたいわけでもないしね。

 

「さて、移動しながら作戦を説明しましょう。―――その前に、イッセー。一つだけ覚えておきなさい」

「はっ、はい!?」

 

 俺と同じような感慨を抱いていたのだろう、僅かに肩の力が抜けていたイッセーくんに不意打ちのように浴びせられる部長の僅かな怒気。慌てて居住まいを正すイッセー君の頬に手を添わせ、部長は言い放つ。

 

「……眷属から外せ、なんて悲しいこと。二度と言わないで頂戴」

「…………すみませんでした」

 

 僅かに怒り、そして本気で憂う部長の目を見て息を呑んだイッセー君は、そうただ一言口にし、頭を下げる。

最初は説明不足なんかになんとも言えない顔をしたものだけれど……なかなかどうして。立派に部長やってるじゃないか。

 

「……さぁて、事前のゴタゴタが全部片付いたことだし! 張り切って行こうかぁ!」

「貴方の独断専行については後でお説教よ」

「……あっはー」

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされながら駆け抜ける。ここにいるのは、部長と朱乃ちゃん以外の4人だ。

人間である俺はともかく、悪魔である三人は教会が近づく毎にその表情を険しい物に変えていった。光や聖なるものと相容れないからこそだろう、その強い嫌悪感から堕天使たちの存在が確信できるらしい。

 

『この手の『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』の組織は、その多くが聖堂を儀式の場所に選ぶものなの。自分たちを裏切った神を冒涜する行為に酔いしれてでもいるのかしらね……ともかく』

 

 道中での部長の言葉を思い返しながら、イッセー君が蹴破った入り口をくぐり、躊躇うこと無く駆け抜ける。

 

『教会は敵の本拠地よ、それなりの備えはしているはず……入り口を通った時点で侵入を捕捉されてると考えて間違いないわ。なりふり構わず聖堂を目指しなさい。私と朱乃はここで別れて、話にあった残りの堕天使二人を捜索・撃破。その後は増援に備え、殲滅するわ』

 

 両開きの扉を開け放ち、聖堂の中に足を踏み入れる。長椅子と祭壇、うら寂れてはいるもののイメージ通りの祭壇であり、燭台に灯った蝋燭の火がそれらを照らしている。見た限り、アーシアちゃんやレイナーレどころか、神父の一人も居ないようだが。

 

「あっはー、見てアレ。聖人の彫刻が壊されてるよ。幼稚だねぇ」

 

 場所自体に対しては最も余裕のある俺が辺りを見渡しながらぼやく。小猫ちゃんの窘めるような毒舌も、今回ばかりは鳴りを潜めていた。祐斗君とは反対側を警戒しながら、ただジト目で一瞥されただけだった。

 

「アーシアァ!! 何処だ、今助けに―――」

 

 パチパチパチパチ。

 

 ……しびれを切らしたイッセー君の呼びかけに被せるように、気の抜けた拍手が鳴り響く。

柱の物陰から現れたのは、カソックを着て如何にも厭らしい軽薄な笑みを浮かべる白髪の神父。はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)……それも、特徴からしてイッセー君を一度ひどく打ちのめしたというフリードという男だろう。

 

「ご対面! 再会だねぇ! 感動的だねぇ!」

 

 楽しげに此方を……イッセー君を煽ろうと、ニヤニヤと笑いながら彼はまくし立てる。

 

「俺としては二度会う悪魔はいないってことはなってんだけどさ! ほら、俺メチャクチャ強いじゃん? 知ってるよね? 一回ボコしたもんねぇ? 俺の顔見た悪魔はみんな尽く死体に早変わり! あらやだ神業! それが俺って男の渋カッチョイイところだったわけなんでさぁ! でもお前らに邪魔されて俺のナイスな描写にケチがついちった! だぁめ、だめだってばぁ。こんなんじゃ商売あがったり! この業界信用命なんでっ! 今からまとめて首チョンパして広告に偽りなし! それでオッケー? オッケー! んじゃ死ねやクソ悪魔のクズどもがよぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 

 ……これはこれは。

 

「あっはー……聞きしに勝るぶっ壊れ具合だねぇ、っとぉ!」

 

 一息の内に百面相した後激高したエセ神父は、変わった形の拳銃とライ○セーバーの柄らしきものを懐から取り出した。

脊髄反射でツッコむよりも先に、そこから光の刃が伸びる。

 

「やっぱりライト○ーバーじゃないか、SE(効果音)まで」

「言ってる場合ですか先輩……その」

「いーよいーよ、気にしないで」

 

 ツッコみながらも少し言いよどむ祐斗君に、手をひらひらと振りながら笑ってみせる。

 

『おそらく儀式が行われる場所までには、邪魔をさせないために多くのはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)が待ち構えているわ。無視して切り抜けるのは至難の業でしょうし、最後にはレイナーレとの戦闘になるだろうから、邪魔されないわけにもそういう訳にはいかない。いちいち全員で対処していてはそもそもの儀式に間に合わない……だからその場合は、イッセーを進ませるために他三人が道を開けること。……特に警戒するべきは、以前見た白髪の神父』

 

その他大勢(モブ敵)引き連れて来なかったのはラッキーというべきか、面倒だと言うべきか……ま、それじゃ手筈通り。気張れよイッセー君」

「……っス。先輩も、気をつけて」

「あっはー、言われなくても。それに足止めは良いけれど……別に、アレを倒しちゃっても構わないんだろ?」

「……こんな時にまで」

 

 お巫山戯が過ぎると、刺さるような小猫ちゃんのジト目をいなしながら軽くイッセー君の肩を叩く。二人にも目配せすると、一歩前に出た。……単純に、得手不得手の話だ。

 

「あれ? あれれれれ~? おかしいよぉ、なにその『俺に任せて先にいけ』みたいな。そこの雑魚悪魔どころか、僕ちゃん人間じゃないのん? 奇抜な自殺? やだなぁ、俺ってば正義の悪魔祓いじゃん? 人間殺すのは、ホラ」

 

 鼻白んだ様子で俺を見下す神父に、負けじとヘラリと笑ってみせる。神器を呼び出す事はせず、小さく息を吸って集中した。

 

『相手は仮にも悪魔殺しのノウハウを叩き込んだ殺し屋よ。あの白髪の神父が他より秀でているとはいえ、悪魔としての能力差(アドバンテージ)が無い長谷君にとってはきっと統率された数のほうが手に余るでしょう。だからもしも、あの男が単独で現れた時は―――』

 

「……いやはや全くその通り、二人相手で既に危ういもんねぇ。モブなんて言ったけど、俺もそれに毛が生えたようなものだから……それに、ちょっと話して分かったよ。これがきっと最適解だ」

「あァ? 何ブツブツ言っちゃって……ッどぁ!?」

 

 あえて無視するような態度を取れば、思った通り。一瞬で機嫌を損ね、ドスの効いた声をあげようとし……その瞬間。俺はテレキネシスで、油断しきった奴の足元を文字通り掬ってやる。

 

「……ん、だ、今の……予備動作も、気配も……」

 

 見事なまでに尻もちを着いて、脚の間から呆然と顔を出すフリード君を一瞥し、へらりと笑って一言。

 

「……あらやだセクシー」

「―――ぶっ殺す」

 

 怒りを通り越して、昆虫を連想させるほど冷たく目を据わらせた彼に、背中を汗で湿らせながら……俺の戦い(煽り倒し)が始まった。

 




コピペというわけには行かないからそうせざるを得ないのだけれど……フリードさんの口調考えるのは重労働です。


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12.傾堂の一撃

 ―――……貴方って、人として最低よ。

 

 もう顔も思い出せない誰か(モブキャラ)のその冷たい声を、頭の何処かでふと思い出した。

 

 はて、俺はなんと答えたんだったか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありバイバイハイサヨウナラッ!!」

「っ……と、っとぉ。危ない危ない、今のは惜しかったねぇ」

 

 一瞬集中が途切れた隙に、十分とっていたはずの距離を一瞬で詰められる。

完全に躱しきることよりも、余裕な態度を崩さないことを優先しなければならない。ポケットに手を突っ込んだまま回避行動―――首を正確に狙った一撃をスウェーで躱す。躱しきれずに、頬がそこそこ深く切れた。

 痛みと熱が教えてくれる……今俺は死の淵に立っている。背中が冷や汗でじっとりと濡れ、動悸がひどくて吐き気がした。そういえば夕飯を食べていない……吐くものが無くて良かったと言うべきか。

 

「……まったヘラヘラヘラヘラし腐ってよぉ!! すごいね僕ちゃん、尊敬するわぁ! なんかもう楽しくなってきちった! 人間何処まで腹立てられるのかゲームしてる気分! ハイスコア更新!!」

「そのテンション飽きない?」

「……ああああああああああ!!!!!!」

 

 激情のままに乱射された光の弾丸を、今度は危なげなく躱した。ほとんど感覚強化(センス)極振りのライズがあるお陰で捉えきれないということはなく、なんとか余裕を装って対応できていた。見えようが回避行動が間に合わないものは、テレキネシスで負荷をかけて鈍らせていく。

 

 わかりやすいほど激情家らしいこの狂人は、悪魔ですらない神器使い(格下の相手)にそうやって対応されるだけで目論見通り苛立ってくれる。

人の神経を逆撫でするのはお家芸だ、それまで研鑽してきたであろう技術を投げ捨ててブチ切れてくれるおかげで、こうやって煽る余裕を残しながら千日手を指し続けていられた。

 ……イッセー君達が先に進んでから既に十数分、こうして先の見えない時間稼ぎが繰り広げられている。

 

「いぃぃかげんにぃっ! ぶち殺されてちょっ!!」

 

 見かねて距離を詰めようとしてくるフリード。すかさず神器をスイッチして、集中……最初に隙を作るために見せたバレッドショットでは対応されてしまうだろう、なら次は。

 

「そら、吹き飛べ(・・・・)

「二度も当たると―――っ!?あ゛っ、づぁああああ!!!」

 

 先ほどバレッドショットを撃った時と同じ予備動作……手を銃の形にしてみせると、さほど弾速の無いそれを切り捨ててやろうとフリードが光剣を振りかぶる。僅かに前進する速度が鈍り、狙いをつけやすくなった瞬間を見計らう。発動するのは口にしたブラフとは裏腹に、物理的破壊力は存在しないバースト―――彼の頭部周りの空間を、発火能力(パイロキネシス)が炎上させる。

 

「あっはー、いっそ清々しいくらい引っかかるねぇ君。気持ち良い通り越して無垢な子いじめてるみたいな罪悪感」

「ご、ろず……!!」

 

 大口開けていたこともあり、喉まで綺麗に焼けたのだろう。しばらくのたうちまわった後目を抑えながらフラフラと立ち上がる彼の声は、まるで酷い風邪をひいたかのように掠れていた。

 まるで隙だらけだ……が、おいそれと追撃は出来ない。

 

「(……俺は何分PSYを使った? いや、そもそも本気の殺し合いで自分でもわかるくらい緊張してる。訓練時のタイムリミットそのままだと考えるのは楽天的じゃないのか? ……援軍はまだ……馬鹿が、弱気になるな。PSYのイメージにほつれが……)」

 

 部活での模擬戦において、俺のリザルトは未だに無勝……多彩な手札と、相手の狂乱による単調さが味方して何とかこうしてあしらい続けられるものの、攻勢に回ればボロが出るのは火を見るよりも明らかだった。

何より問題になるのは俺の継戦能力。相手の強さの底が知れない以上、仕留めにかかれば全力を振り絞る他なく……ライズに回す余力すら潰えた時点で、俺の命はたやすく潰える。

 一瞬も途切れさせる訳にはいかないライズ、要所ごとに使用しなければならないバースト……極限状況下での酷使に、脳が悲鳴を上げている。

 

「ほら頑張れ頑張れ神父さん、なんだっけ……『二度会う悪魔はいない』、だっけー? あんだけ見栄はってそのザマはちょっと、ねぇ……痛いっていうか痒い、見ててムズムズする。わかるかなぁ、この感じ……」

「減らず、口をォ……!」

「ぶっふ……ホントごめんそれやめて、前髪チリチリでかっこいい顔はキツイわぁ」

「~~~~~~ッ!!!」

 

 頭痛を紛らわせる意味も兼ねて、相手の冷静さを奪い続けるべく煽り続ける。……何を口にすれば相手が傷つくかなんて、手に取るようにわかっていた。 

我武者羅に飛びかかってくるフリードに対し、次の一手を必死に考えながら対峙していたその時……

 

「なんっ……!?」

「あ゛ァ……!?」

 

 ―――聖堂が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿を目にした瞬間。光の剣を構える神父の群れも、此方を見下ろして何か言っている夕麻ちゃんすら、もう目に入らなくなった。

 

「っ、アーシアァァ!!」

「……イッセー、さん?」

 

 十字架に磔にされながら、呆然と此方を見下ろすその反応にただ安心する―――間に合った。

 

「今、行く」

「……はいっ!」

 

 涙を零しながら笑うアーシア、大した距離はないけど……こいつらが、邪魔だ。

 

「……小猫ちゃん、木場……」

「わかってるよ、イッセー君。手筈通り……それに、個人的な恨みもある。全力で行かせてもらおう」

「……」

 

 冷たい目で、手の中に創りだした真っ黒い剣を構える木場と、無手で身構える小猫ちゃん……騎士(ナイト)戦車(ルーク)、俺よりよっぽど強い二人の頼りがいのある姿に、後顧の憂いを絶つ。

 先んじて神父の群れに飛び込んだ二人が開けてくれた道に、一歩踏み出した。

 

「くっ、早すぎる……堕天使陣営との諍いを厭わないというの? それともまさか気取られ……いえ、それにしたってあの男は何をしているの!!」

「上で先輩が頑張ってくれてる。部長の説得もしてくれた……だから今、ここにいられるんだ」

 

 二回も失敗した。俺の力量不足で、アーシアを泣かせちまった。今もまたアーシアは泣いている……だけど。少なくともお陰で、こうしてもう一度……今度は万全の状態で足掻くことができる。

 

「あぁ、全く忌々しい……だけど馬鹿な真似をしたわね。そこの大勢相手に手一杯な二人ならまだしも……貴方が私に勝てるつもりでいるの? 新米の転生悪魔、それも虎の子の神器はありきたりな『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。時間稼ぎにもなりはしないわ、貴方を捻り潰したら次はその二人。すぐに私の部下達もやってくる……お馬鹿なイッセー君、わかるかしら? 詰みっていうのよ、これ」

「……うるせぇよ」

 

 昼間やられた痛みが疼く。上段から偉そうに説法かますアイツが言ってることは、何も間違っちゃいないんだろう。

激情に任せて怒鳴り散らしたくなる。だけど、それじゃダメだ。上で別れる前少し見た長谷先輩は、えげつないほどにフリードを煽って闘牛士さながらにあしらって見せていた。冷静さを欠けば対応しやすくなる……ああブチギレてるよ、今にも殴りかかりたいね。だけど頭は冷やすんだ、部長の言葉を思い出せ! この気持ちの矛先は、あの人がしっかり教えてくれたじゃないか。

 

『イッセー、あなたは私が『敵の陣地』と認めた場所の一番重要なところへ足を踏み入れたとき、『(キング)』以外の駒に変ずることができるの。今の力量では最強の駒である『女王(クイーン)』は負担が大きすぎて出来ないでしょうけれど……心のなかで強く『プロモーション』を願えば、貴方の能力に変化が訪れるわ』

 

「――プロモーション、『戦車(ルーク)』」

 

 一歩一歩、部長の言葉を噛み締めながら進む。選んだのは『戦車(ルーク)』……アイツの言うとおり、ありきたりな『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ですら、1の力しかない今の俺じゃ活用出来てるとは言えなかった。速くなって当てれるようになったって満足にダメージを与えられないなら、倍になる前の力(・・・・・・・)をデカくできるこれ一択だ。

 

『それともう一つ……神器(セイクリッド・ギア)は想いの力で動き出すの』

 

「……ありきたりだとか、つまらないだとか。散々な言い様してくれたよな……奪う価値すら無いって、一回は殺された。悔しいよな……? 俺は悔しいよ。お前だって俺の一部ならっ、あんな風に扱き下ろされて何とも思わない訳ねぇもんなぁ……!」

 

 ―――ドクンッ……

 

 左腕の赤い籠手が脈動する。我ながら安っぽい発破に、煮えたぎるような怒りと戦意に……それでも鼓舞されたように僅かに震える俺の神器。無機質な武器にしか見えなかったそれに、こんな状況だというのに親近感が湧いてくる。

 

『その力が強ければ強いほど、神器は応えてくれるわ……それを忘れないで』

 

「わかってきました、部長。コイツはただの武器なんかじゃない。俺の一部……相棒みたいなもんなんだ。だからこうやって、一緒に燃えてくれるっ」

「わからない子ね。それじゃ、サヨナラ」

「っ、イッセーさん、危ない!!」

 

 呆れたように嘲笑を浮かべながら、光の槍を作り出す夕麻ちゃん……いや、レイナーレ。それを見て悲鳴を上げるアーシアに、ニッと笑ってみせる。

 

「行こうぜ、相棒(・・)。あそこで泣いてる優しい女の子を、カッコ良く助け出したいんだよ……その為の力を、貸してくれ―――!!」

『Dragon booster!!』

 

 俺の叫びに呼応して、一際強く吠える神器。手の甲の宝玉が眩い輝きを放ち、籠手にシャープな意匠の文様が浮かび上がる。

 小猫ちゃんさながらの馬鹿げた怪力が、今籠手の力でさらに倍になったのが感じられた。伝わってくる力には俺に負けずとも劣らない確かな激情も感じられて、俺はそれに背を押されるように走りだす。

 

 『騎士』である木場ほどじゃないけど、悪魔として向上した身体能力で距離を詰める。光の投槍の速さは何度も体験済みだ、反応できるか運任せのアレが放たれる前に接近戦(インファイト)に持ち込むのが、部長にも言われた勝利の大前提。

 

「レイナーレェェェェッ!!!」

「腐ったクソガキが、私の名前を気安く呼ばないで頂戴っ!」

 

 忌々しげに吐き捨てながら、俺の拳をまるで舞うように躱す。プロモーション先を選んだ時点で、捕まえるのが一筋縄ではいかないことくらいわかってる。

 

『Boost!!』

 

 手間取る俺に、今度はそっちから発破をかけるような二度目の音声。宝玉に浮かぶ文字が『Ⅰ』から『Ⅱ』に変わっていた。

今までにない二度目の変化……だけどそれに戸惑うことはない。理屈じゃない部分で確信できた。兵藤一誠にとって、コイツほど信頼できる相手なんてそうはいないのだと。

 

 ――わかってるさ、急かすなよ……俺一人の怒りで、ただでさえブチ切れないのに精一杯だってのに!

 

「また力が増した……? だけどその程度じゃまだまだよっ!」

 

 追撃を更に躱されるだけでなく、つい大振りになった隙を見逃さなかったレイナーレはもう一方の手にも槍を創りだし……嗤った。

 

「足元がお留守よ、食らいなさい!」

「っ、ぐ、あ、がぁあぁぁッ!?」

「イッセーさん!?」

 

 両足を地面に縫い止めるように、一本ずつ太ももに打ち込まれた槍。『戦車』の防御力を持ってしても防げない一撃に、眼の奥に火花が散るような激痛が走る。我慢どころじゃない絶叫が、アーシアの悲鳴をかき消すようだ。

 

 ……だからどうした。もう何度も食らってきた痛みだ、ここに来るまでに覚悟は決めてきただろうが!

 

 凝縮された光に身を焼かれながらも槍を抜こうとする俺に、レイナーレはご高説を垂れる。

 

「足掻いたって無駄よ、光は悪魔にとって猛毒なの。触っただけで気が触れるような激痛……今に体に流れた光が貴方を内側から焼き尽くすわ。その槍が刺さった時点で勝負は決まったのよ」

「……る、せぇ……!!」

 

 得意気なそのムカつく顔への反骨心が。まるで自分が刺されたかのように苦しそうなアーシアへの罪悪感が。痛みを上回る力の源になって、俺を突き動かしてくれる。

 無理やり槍を引き抜いた両足から、ボタボタと鮮血が溢れでた。アイツの言うとおり猛毒の光が全身に回ってるんだろう、何処が痛いのかも碌にわからない。気絶すら許されないこの激痛が今の俺にはちょうどよかった。

ここが最後のチャンスなんだ。一分一秒だってムダにしない。今度こそ。今度こそ―――

 

『Boost!!』

 

 もう自分がどんな顔をしているのかもわからない。ちゃんと立てているのか、上も下もわからないような激痛の世界の中で、その声ははっきりと聞き取れる。

 

 アーシアを見る。必死の形相で何か叫んでる。きっと「もう良いです」、とか言ってるんだろうなァ。優しい子だから……泣かせないためにここに来たのに、アーシアを余計に苦しめてるのかもしれない。だけどごめん、これは俺の意地だから。

 現金なことに、モチベーション(アーシアの無事)を再確認すると俺の世界に足が戻ってくる。情けなく、産まれたての子鹿みたいに震えるそれに気合を入れて、何とか立ち上がった。

 

 レイナーレを見る。驚いたような顔で何かを叫んでいる。「信じられない」ってか?散々馬鹿にしてくれたもんな。どうせ何度もそうしてきたみたいに自分の強さをベラベラ語って、俺の弱さを教えてくれてるんだろう……俺に言わせれば、ソッチのほうが何にも分かってないってのに。

 

「………………訳がな……下級悪魔……の傷……れるはずが無いわ!」

 

 俺の世界に少しずつ音が戻ってくる。まるで水の中に居るみたいで、何処か遠くのことみたいだけど……ああ、問答する気は無かったんだけど。せっかくだしな。

 

「……行こうぜ相棒……ここまで、来たぞ。作戦、って程でもないけどさ……それだけ信じて、ここに来たんだ。当たりさえすりゃ、勝てるって……なぁ、そうだろ」

『Explosion!!』

 

 独り言のような言葉、それでもそれを力強く保証するように、一際強く発光する神器。

 呆然としながらも身の危険が勝ったのか、レイナーレから付きだされる光の槍を難なく握りつぶし……倒れこむように接近すると、ちょうどいい紐みたいなものを右腕で掴み上げる。

 

「――――やっと、届く(・・)

「う、嘘よっ!私は、至高の……!!」

 

 正真正銘、もう限界だ。胸ぐらを掴んだ右腕を支えに、左腕を振りかぶる。

なおも口汚く叫ぶレイナーレに負けじと、血反吐混じりに万感を込めて叫んだ。

 

「……歯ァ、食いしばれェェェェ!!!!」

 

 籠手の力を全開放して放った渾身の左アッパーはレイナーレの顎を真下から打ち抜き……大きな破砕音を立てて、天井にかち上げた。天井に何本もの亀裂が入り、土埃が周囲を満たす。

最後の一滴まで力を絞り尽くし大の字で仰向け倒れる俺の隣に、数拍置いてレイナーレが落下した。……ピクリとも動かない。

 

 ―――俺の、勝ちだ!

 

 ……勝鬨は血反吐に混じって音にもならなかったが。人生最高の一撃を決めてやった清々しさに、俺は胸のすくような気持ちだった。




 前半の主人公(笑)の汚名を返上するかのような、怒涛の原作主人公パート。
聖女奪還戦、終結です。


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13.戦後処理

「感想をください」――物書き。卓上に血文字を


「いや、ホントすみませ……ぶっふぅ」

「……」

 

 ぶん殴るぞ。

 

 ……すんでのところで飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、アーシアちゃんは助けられたらしい。

 聖堂が崩落し、今までの負担だとか残りの戦える時間だとかを考える暇もないまま、全力のライズで瓦礫から身を守った辺りで意識が途切れ……およそその直後に合流したらしい部長たちに回収された俺は、仏頂面でその報告を聞いていた。

 

「……わ、笑っちゃダメよイッセー。これは名誉の負傷なんだから、く、くふふ……」

「そ、そうだよイッセー君。彼は人間なのに、一人であのフリード相手に……くっ」

「あらあら、私は可愛らしいと思いますよ?なんだかやんちゃな子供みたいで」

「…………」

「あっはー、小猫ちゃん?すまし顔でお茶濁すなら露骨に顔そむけるのもやめないかい」

 

 八つ当たり気味に笑ってみせるが、声が震えているのが自分でもわかる……俺だって、イッセーくんがこうしてたら笑……うけどこんな感じじゃないなぁ。多分俺がっていう人選もこの滑稽さに拍車をかけているんだろう。こう、キャラ的なね?

 

「……はぁ、しょうが無いじゃんか! だって止まらないんだもの! そのままだと服ダメになるし!」

 

 半ば自棄けになって大きな声を出すと――鼻に詰めていたティッシュがぽろりと落ち、起きた時から止まらない鼻血が流れた。

 

「…………鼻息荒くするから……っ」

「「「……ぶっ!!」」」

 

 小猫ちゃんの、震え声での追い打ちが止めとなり……部室はしばらく笑い声に満ちた。

 

 

 俺は真顔でテレキネシスを発動させ――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で。結局アーシアちゃんは神器を抜かれることもなく奪還されたわけかい」

「は、はい。おかげさまで……あの、長谷さんは事前調査だとか、すごく頑張ってくれたそうで……ありがとうございました!」

 

 しきりにイッセー君の方を気にしながらも、勢い良く頭を下げてくるアーシアちゃん。大丈夫だよ、指を突っ込まれたくらいのダメージしかないから。俺のと違ってすぐに止まるさ……イッセーくんも甘んじて受けるべきだと、悟ったような目でアーシアの治療を拒んでいる。

 

「あっはー、偶然みたいなもんだし気にしないでいいよ。ありがたく思ってるなら、もうちょいフレンドリーに『奏海さん』って呼んで欲しいかなぁ」

「は、はいっ、奏海さん!」

「……あ、もうちょい肩の力抜いてソフトに」

「か、奏海さん……?」

「疑問符も抜いてどもらずに。さん、はい」

「……奏海さん」

「なんか貞淑な奥さんでももらった気あいたぁっ!」

「……あほらし」

 

 呆れ顔の小猫ちゃんに、脇腹をフォークで刺される。この感じもなんだか久々に思えるなぁ……

 

「……ごめんなさい、助けてもらったのに。私の力不足で……」

 

 からかったのを気にしないどころか申し訳無さそうにしょんぼりするアーシアちゃんに、思わず罪悪感が芽生えつつも苦笑する。

 

「やー、仕方ないよ。アーシアちゃんの神器も疲労までは直せないんでしょ?これはきっとそういう類のリバウンドだしねぇ……いやはや、イッセー君と違ってガチンコしたわけでもないのに、結果としては一番のけが人。いっそウケ取れたほうが、キャラ的には気が楽なんだけど?」

「ですが……」

 

 彼女がしきりに気にかけるのは、ずっと止まらない俺の鼻血だ。いや、厳密に言えば鼻血だけじゃない。俺が意識を取り戻した時は、閉じたまぶたの間で血が乾いて、目が開かなくなっていた。あれは流石にパニックになりかけたなぁ。

 

 まぁ、言うまでもなく……過度なPSY使用の。言い換えれば脳の酷使の反動である。

 

「ま、完全に格上だったしねぇ。煽り倒して必死の時間稼ぎでこれっていうのは流石に泣けてくるけれど……部長達も結局間に合ってくれたし。結果オーライってことでね?」

「……気休めに聞こえるでしょうけれど、大金星ですわ。相手は戦闘のプロフェッショナル、かたや付け焼き刃の一般人で、引き分けたのですから」

「そりゃもう、師のご薫陶の賜物ってことで」

「あらあらまあまあ」

 

 先達らしくフォローしてくれる朱乃ちゃんに茶化し半分で返してみせると、まんざらでもなさそうに頬に手を当ててはにかんでいる……あ、ダメだこれ。見るからに達成感というか使命感というか、やる気がみなぎってるや。

 

「……アーシアは、私達の協力者として……つまり、奏海くんと同じ立場として、グレモリー家の庇護下に置くことになったわ」

「ま、しれっととんぼ返り、なんてわけにも行かないよねぇ」

「……あうぅ」

 

 責める視線が痛い。しゅんとするアーシアちゃんに心を傷ませてると、イッセー君と小猫ちゃんの「もっと気を遣え」というジト目が突き刺さってくる……ごめん。ごめんって。

 

「まぁ、悪いことばかりでもないわ。彼女はただの被害者だから、少なくとも強引に信仰すら妨げられることもないでしょうし……他に教会の者も居ないこの町でなら、肩身の狭い思いをすることもない」

「そだねー、ポジティブに行こう、ポジティブに。……んで部長、勢力間の不干渉云々っていうのは大丈夫なん?」

「……あっけないほど簡単に許可が降りたわ。まぁ、三大勢力だってもう一度戦争がしたいわけじゃないはずだもの。事後承諾とはいえ、堕天使の横暴からの保護っていう大義名分もあるし……あとは勝手に、各々が都合よく結果に意味を肉付けしてくれるわ」

「あっはー、開き直ってるねぇ」

「煩い」

 

 ふいとそっぽを向く部長は、蚊帳の外でいじける子供にも見えた。さすが悪魔のご令嬢ってだけある立ち振舞だけれど、ときたまそういうところは歳相応というか、なんというか……俺と朱乃ちゃんが生暖かい目を向けているのに気づくと、コホンと咳払いをする。

 

「とにかく! そういうわけで、彼女とはこれからも付き合っていくことになるわ。改まって、というのも変な感じだけれど……オカルト研究部は貴女を歓迎するわ。よろしくね、アーシア」

「よっ、よろしくお願いします、部長さん!」

 

 まるで姉妹のように微笑ましい遣り取りをする二人。イッセー君以外の、彼女とはほぼ初対面に近い部員たちが彼女に話しかけていくのを見やりながら、ふと思う。

 

「(……公爵家のご令嬢、将来を期待された王に、才気溢れる配下達……神滅具(ロンギヌス)。いやぁ、すさまじい面子だねぇ……)」

 

 思いを馳せる。やがて彼らは多くの試練を経験し、そのたびにぶつかり合い、認め合い、高め合い……今回のように、着実に前に進んでいくのだろう。

悪魔の社会がどのようなものかは知らないが、彼らがこれで凡百なはずはないだろうし……やがて一廉の者として大成していく。

 

 ――そこに、俺はいない。

 

「(ま、当然だよね。悪魔の誘い蹴っちゃったし。てか乗っても無理だよ、今回の一件だけでも俺神父一人相手に死にそうだったのに、イッセー君と違ってカッコよく逆転とか無理だったし……まぁソレも当然っていうか?俺はガチでやりあったわけじゃないしね。命がけって言っても、時間稼ぎに徹するわけで、真っ向からぶつかり合うわけじゃないから余裕もあったし……仮に誘いに乗ってもあのメンバーと比べられるんじゃねぇ、引き立て役にしたってもうちょっと役に立つ自信がないと、ホラ。というかこの立ち位置にしたって今回みたいに何度か首突っ込んじゃうことになるだろうし?)」

 

 それだって俺のような、ちょっと普通じゃない高校生には掛け値無しに上等で、波乱万丈だ。

 

「(こうやって高校時代に、人生で一生モノになるような思い出作って、その内受験に本腰入れて。そして……)」

 

 ――そしていつか、俺は彼らの過去になるんだろう。

イッセー君は高校は卒業まで通うだろうから、来年なんかはこの街で何度か顔を合わせるだろう。そうすると懐かしんで、偶に遊んだりしながら……進学した俺は大学生活に溶け込んでいき、彼らは悪魔としての生活に溶け込んでいく。

進めば進むほど俺と彼らの道は離れていく。文字通り住む世界が違うのだ、やがて連絡どころか思い出すことすらまばらになって……例えばその内、アドレス帳の引っ越しから、何の感慨もなく漏れて…………

 

 …………吐き気がした。

 

「……先輩?」

 

 我ながら嫌に生々しい未来予想図に思いを馳せているところを、今目の前にいる小猫ちゃんに引き戻される。珍しく、純粋に心配したような……どこか、あっけに取られたような顔だった。

 

「……んー?どしたん小猫ちゃん。物憂げに考えこむ年上男子にときめきでも……」

「…………物憂げというか、泣き顔みたいでしたよ」

「―――は?」

 

 すとん、と。無造作に投げ込まれたような言葉に、心が一気に冷え込むのがわかる。

それでもいつもの笑顔はぴくりとも動かさずにいられたのは我ながらすさまじいとは思ったが……小猫ちゃんは、一層驚いたような顔。

 普段の軽口に対するように茶化されたのだ、と遅れて気づく。

 

「………………あっはー、いやごめんごめん。鼻血ネタさんざん引っ張られたからさぁ。ちょっとネタに対する余裕がね? 大人気なかったなぁ、俺らしくもない。まだまだ修行がたりないねぇ」

「先輩、あの」

「鼻血も止まったし、ちょっとまだ体調すぐれないから……あっちに水差すのもあれだし、部長に伝えといて」

 

 何やら物言いたげにする小猫ちゃんに、漠然とした危機感を感じ……半ば無意識的に言葉をかぶせると、俺はひっそりと部室を後にする。

 

 

 家につく頃には、普段通りの俺になる。

 

 

 

 




 第一巻、これにて終了。


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