アーランドの冒険者 (クー.)
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一年目『冒険者としての始まり』
相棒は白玉団子


気が付いたら森にいる、そんな体験をだれでも一度はしたことがあるだろう。

……したことがないって?

馬鹿なことを、俺みたいな凡人が経験することはだれでも一回はやってるはずさ。

 

そう、今現在俺は森にいるわけだ。

 

 

 

 

 

「さて、どうしようか」

 

自分で言うのもなんだが、俺はそこまでアウトドアではないんだよ。

筋トレは好きだけど、走るのとかだるいからってとりあえず美術部に入るような男だ。

でも、小学生のころはボーイスカウトやってて自然のことはそこそこ分かっているんだよ。

 

つまり何が言いたいかというとだな。

 

「死ぬかもしれん」

 

 

俺の今の武装は、パジャマと寝巻きとジャージだ。

要はジャージオンリー。他には何もない……いや、スリッパ履いてた。

 

まぁでも考えてもはじまらないよな、起きたら森なんて俺にとっては初めての経験だ。

我ながら人生経験の足りなさに辟易するぜ。

 

「作戦はひたすら歩け、GO&GOだ」

 

目標は森を抜けることだ!

 

 

 

……

………………

 

 

 おいおい、ここは夢もしくは異世界ってことかよ。

 

「ぷにっ、ぷにっ」

 

 俺は今、木陰に隠れているんだが、なんか白いぷにぷに鳴いてる生き物がいる。

 一言で言うなら雪見大福だ。

 

 今俺の脳内には三つの選択肢があるのだよ。

 

 1.逃げる 

 2.戦う 

 3.食してみせよう

 

 

 俺のお勧めは1なんだが、俺の脳内にいる三百人のファンが3を勧めてくる。

 

 ……今まで俺を応援してきたファンは裏切れないよな。

 あいつらは俺が生まれたときからの付き合いだ。

 なんか、あいつら近くにいると妙に肩が重かったり、寒気がするけどな。

 

 それにどうせ、あんなスライムっぽいの一般ピーポーの俺でも行けるはずさ!

 

 というわけで、レッツチャレンジスリー。

 

「死ねぇ!」

 

 俺は木陰から飛び出してやつ目がけて左足で踏み込み、右足からの蹴りを放とうとした。

 

「ぷにっ!」

「ぐぼぁ!?」

 

 何をされたかよくわからなかったが、おそらく腹に向かっての体当たりだろう。

 つか、やつにはそれ以外できるはずがない。

 

「スライム風情が!」

 

 再び俺はやつに向かってさっきと同様に蹴りを放った。

 

「ぷににっ!」

 

 特に打撃音もせず、奴は真っすぐ茂みに向かって吹っ飛んでいった。

 

「ぷにー!」

 

 と思いきや、着地して奴は一直線に俺の腕めがけて跳ねくる。

 

「いてぇーー!」

 

 ガジガジと俺の腕をかんでくる、大福野郎。

 

「雪見大福に食されてたまるかよ! 俺にはファン(脳内)の期待があるんだよ!」

 

 腕をブンブン振り回して引きはがしてからのキックを放つ。

 だが、また体当たりの応酬を受ける……。

 

 

 

 

 

 

 

 …………どれだけ続けていただろうか、今の俺と大福はそう。

 

 

「お前なかなかやるじゃないか」

 

「ぷにに(お前もな)」

 

 そう、まるで土手で喧嘩したあとの不良のような状況だった。

 

「一緒に来るか?」

 

「ぷに(あぁ、ついていくさ)」

 

 奴の言葉? いや、まったくわからんよ。あくまでただの妄想です。

 いやでも、ついてくるッぽいんだよねこれが。

 

「これが、種族を超えた友情ってやつか……」

「ぷに?」

「よし 白玉よさっそく俺を人のいるとこまで案内してくれ」

「ぷに」

 

 了承したっぽい。つか、ぷには俺の言葉がわかるのかよ。

 

 言わなくてもわかると思うが白玉はこのぷにぷにしたやつの名前だ。命名俺、由来? 言わせんな恥ずかしい。

 

 

「言い忘れてたが、俺の名前は白藤明音だ。よろしくなぷに」

「ぷに!」

 

 まだまだわからないことばかりだ

 とりあえず、今は俺の前をひょこひょこ跳ねてるこいつについていくしかないさ。

 

 だけどさ……友達ができたのはいいことだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ白玉。さっきの俺のモノローグ、最高にカッコよかったと思うんだがどうだろうか?」

「ぷに?」

 



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海を渡ってきたらしいです

 ぷにの案内から一日程度して、やっと街に辿り着いたわけだが……

 

「なぁ、ぷに。俺の設定どうしようか?」

 

 街を見たところ文明は現代ほど発展してないみたいだから、戸籍とかはないだろうけど。

 

「ぷに。実は俺さ異世界から来たんだ」

「ぷに?」

 

 多分、『ばかじゃねぇの』とか『頭大丈夫?』とかそんなこと言ってんだろうな。

 

「そんな反応が来るからこそ俺は考えていた! 名付けて!」

「ぷに!」

 

 俺は拳を大きく上に突き出して叫んだ。

 

「海を渡ってきました作戦!」

 

 俺は日本出身だしそこまでの嘘でもない。

 つか、正直なことを言うと俺の新世界ライフが間違いなく終了する。

 

 とりあえず、俺はこれでいいとしてだ。

 

「ぷに、お前どうするよ?」

 

 この世界でのモンスターの扱いがいまいち分からないから、街に入れていいのか判断に困る。

 

「ぷにに!」

 

 ぷにが跳ねあがって俺の頭に乗っかってきた。

 

「ふむ、まぁ駄目だったら、それはそれでいいか」

 

 さすがに。問答無用で逮捕されたりはしないだろう。

 

「んじゃ、入ってみるとするか」

「ぷに」

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 街の雰囲気は、結構いい感じだ。なんというか、都会みたいに人混みもないし、やたらと早歩きな人もいない。。

 一言で言うなら、のどかってかんじだ。

 

 ……微妙に俺のジャージが浮いている気がする。

 

 まぁ、とりあえず聞き込みをしてみるか。日本語が通じればいいな……。

 

「あのー、すいません、ちょっと聞きたいんですけど」

「ここは、アーランドの街です」

 

 ! ――俺の聞きたいことを的確に答えてきただと。

 

「あっ、これは親切にどうも、もう一ついいですか?」

「ここはアーランドの街です」

「あ、いやそうじゃなくて」

「ここはアーランドの街です」

「……どうも」

 

 俺は、そそくさと立ち去った。

 

 

 

「……ぷに、彼を怒ってはいけないぞ、彼はあれが仕事なんだ」

「ぷに?」

 

 ファンタジーの世界に彼のような人はよくいるのだろうさ。

 俗に言う村人Aって奴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ……あの後も、聞き込みを続けた結果、今俺は冒険者ギルドとかいう所に来ている。

 なんでも、冒険者とかいう職業は、誰でもすぐになれるらしい。

 詳しいことは、手続き担当に聞けばいいそうだ。

 

 

「この町の人はみんな親切だな。やたらみんな目そらしたり、上向いてたけど」

「ぷに」

「どうしてだろうな?」

「ぷに~」

 

 ぷにはまったくわからないとでも言うかのように、頭上で一声鳴いた。

 とりあえず、入ってみるかね。

 

 俺は重っくるしい扉を開いて、中に入った。

 

 

 中は……広い。それ以外に感想が出てこない。

 見渡してみると、そこそこの数の冒険者?の方々がいる。

 

 

 あと正面にはおそらく責任者とみられ……責任者だよな?

 やたらちっこい気がするんだが……っていうか、あの人俺のこと睨んでね!?

 

「ちょっと! そこの黒ずくめ! こっち来なさい!」

 

 やばい、なんかすごい怒ってるんだけど彼女。何故に?

 

「えと、なんでしょうか?」

 

 俺は、早足で彼女のもとに向かった。

 

「あんた、冒険者かしら?」

 

 近寄ってみるとこの子やっぱ小さいな、睨みがあんま怖くないわ。

 

「? ちょっと、聞いてんの?」

「あ、ああ聞いてる。俺はここに冒険者資格貰いに来たんだけど」

「そう……。とりあえず、私がなんで怒ってるかはわかってるわよね」

「いや、まったく」

 

 俺はこの街に入って一時間もしない、そんな騒ぎは起こしたりしてないさ。

 

 あっ、こめかみに青筋がたっとる。

 

「あ・ん・た・の! 頭の! 上のやつよ!」

「うぇ」 

「ぷに!」

 

 変な声でちまった。そうか、やっぱりぷにの奴はアウトだったか。

 

「あんたのせいで、さっきからこっちに抗議がきっぱなしよ!

「あー、いや悪かった。モンスターはアウトだったか」

「当り前でしょ! ったく常識でしょうに」

 

 ため息をつきながら言われちまった。

 

「いや、じつはこの国に来るの初めてでさ。よくわかってなかったんだよ」

「いや、普通にわかりなさいよ。 どれだけ辺境から来たのよ!」

 

 ここで機嫌を損ねてはまずい!ここで使うぜ必殺の策を!

 

「ひ、東の方から、そう海を渡ってきたんだから仕方ないだろ!」

 

 必殺と言うにはやたらと尻込みした具合で、目を反らしながらそう言った。

 

「海を……?」

「そうそう、途中で船が壊れてさ、この大陸に流れてきたんだよ」

「何か胡散臭いけど……まぁでもそれならその妙なカッコにも納得がいくわよね」

 

 そういや、私ジャージでしたね。

 とりあえず納得してもらえたようだけど、こんなちびっ子に嘘をつくのは心が痛むな。

 まぁ……気づいたら森にいましたなんて言えるわけないしな。

 

「だからって、モンスターを連れまわしていいわけじゃないわよ」

「はい、もちろんわかってますさ」

「わかってくれたならいいわ、冒険者免許がほしかったのよね」

「? あ、うん、そうだけど」

「それじゃ、はいこれ」

 

 彼女はカウンターの上に四角くて平べったい何かを置いた。

 

「あんたの冒険者免許よ。 ありがたく受け取りなさい」

「えっ! いいんすか」

 

 まだ、面接すら受けてないんだが。

 

「ええ、免許自体は簡単にあげれるものなのよ。

それに、東から来て船が壊れたってことはあのフラウシュトラウトを相手にしたってことでしょ」

 

 ……! やばい、設定にほころびが出た!フラウシュトラウトってなんだよ!なんで、一転して笑顔になってんだよ!

 

「う、あー、えっと……」

「? 違うのかしら?」

 

 マズイ! ここで、ノーなんて言ったら免許渡してもらえないんじゃ……。

 

「いや!はい、あれでしょ!あのでっかいモンスター!」

 

 船を壊せる+長い名前=ボスモンスターの方程式です。

 冷や汗が止まらない……。

 

「多分そうね。考えてみれば名前で言っても分かる訳ないわよね」

 

 その手があったか! そうだよ、俺は遠くの海から来たことにしてんだから、分からなくて当然じゃねえかよ!

 くそ! 目の前の笑顔が憎らしい!

 

「ははははは」

 

 精神的な疲れから、乾いた笑いしか出てこねえよ

 

「やられたみたいだけど、無事な当たり運はいいのかしらね」

「はい、ソーデスネ」

「名前と言ったら、まだ名乗ってなかったわね。私の名前はクーデリア・フォン・フォイエルバッハよ」

 

 その名前の話で痛い目にあったところですよ。

 しかし、貴族っぽい感じの名前だな。確かにお嬢様っぽい感じはするけど……言動を除いてだが。

 

 

「俺は、白藤明音だ。どうぞよろしく」

「シラフジ・アカネ? 変わった名前ね」

「ああ、姓が白藤で名前が明音なんだよ」

「へぇ、名前が後に来てるのね。まぁ、よろしくしておくわ」

「ぷに、ぷに!」

 

 ぷには自分もいるぞという感じで、カウンターに飛び乗って自己主張をした。

 

「ん? あぁ、こいつの名前はぷにだ。 一緒によろしくしておいてくれ」

「……よろしくはしておくけど、街には入らないようにしておきなさいね」

「ぷに」

「うむ。自己紹介も終ったところで、クーちゃんに冒険者の仕事について聞きたいんだが」

 

 つか、ほとんど何するかわかんないのに免許貰っちゃったよ。

 

 あれ? なんかまたこめかみに青筋が……

 

「クー……ちゃん?」

「そうそう、クーデリアだからクーちゃん。いいだろう?」

 

 ここで光る俺のネーミングセンスの良さ、実はこの様子で気に入ってたりとか……しなさそう?

 

「ところで、あんた何歳かしら」

 

 ……なんか、声震えてね? なんか俺、冷汗かいてるんだが。

 

「17ですけど」

「そう……」

「…………」

 

 沈黙が痛すぎる……。

 

「あの……「21」……え?」

「私の年齢よ、21歳よ」

「マジで! こんなちっちゃいのに!」

 

「ぷちっ」

 

 あ……やべ、声に出ちゃった。

 おまけに、今何かが切れるような音がしたような気がするわ。

 

「いいかしら、一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

 何か息吸って、溜めてるわ……怖いです。

 

「私はあんたよりも年上で! その呼び方をするのは私の親友だけなのよ!」

「ご、ごめんなさいーー!」

 

 脱兎のごとく、早足に俺は去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

「ぷに、やっぱ人は外見で判断しちゃいけないのかね」

「ぷに」

 

 俺はとぼとぼと来た道を戻っていた。

 

「でもあれを外見で判断するなは無理だと思うんだよ」

「ぷにに」

「つい、逃げちゃったけど。ちゃんと謝らないとまずいよな」

「ぷに!」

 

 どうやらぷにも同意らしい。

 

「とりあえず、時間潰してほとぼりが冷めたとこで戻るか」

「ぷに」

 

 とりあえずは時間をつぶせそうな所でも探すかね。

 

「んじゃ、冒険者としての初仕事はアーランドの街の探索とするか」

「ぷにー!」

 

 ……そういやぷにの事どうしようかな。

 



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神の料理人

 アーランドを探索すること数時間程度して、やっと良さそうな店を一つ見つけた。

 

「コーヒー一杯無料か、サンライズ食堂……ここなら時間潰せそうだな」

 

 ぷにを置いてきたせいで、独り言になっていて空しい。

 

「コーヒー一杯で粘る迷惑な客を演じてやるぜ」

 

 俺は意気込んで目の前を扉を開けて店に入った。

 

「いらっしゃい」

 

 店に入るとカウンターの内側にいるイケメンさんに迎えられた。

 大分若く見えるけど、コックさんみたいだ。

 

 テーブルが埋まってる辺りなかなか人気があるみたいだな。

 つか、俺カウンター席に座らないといけないじゃんか……。

 

 カウンターの前でコーヒー一杯で粘るとか俺の精神値がやばい、いた仕方がなく俺はカウンターに近寄り、席に座った。

 

「とりあえず、コーヒーお願いします」

 

 とりあえずですよ、とりあえず。

 

「はい、どうぞ」

 

 ちょうど、淹れたところだったようですぐに出てきた。

 イケメンさんは俺の事をじろじろ見ながらこう言った。

 

「あんた、変わった格好してんな」

 

 カウンター席名物、会話が登場しやがったよ。

 

「あー、そうですかね?」

「俺の知り合いも大分変った格好してるけど、あんたもなかなかに変わってるから気になちまってさ。

別に悪い意味じゃないぜ」

 

 逆によくあるとか言われたら、この世界の文明レベルを考え直さなきゃいけなくなるな。

 でもクーデリアさんとか結構いい服着てた気がする……。

 

「結構遠いところから来てますからね」

「へえ、どっから来たんだ?」

 

 うっ、またあの設定を使わなければならないのか……。

 数分前の悪夢がよみがえりそうだ。

 

「海の向こうから船で来たんデスヨ」

 

 緊張しすぎて語尾あがっちまったぜ。

 これも小心者故なのである。

 

「海を渡って! すごいな! なあなあ、海の向こうってなにか珍しい食材とかあったりするのか?」

 

 このイケメン超元気。笑顔がまぶしすぎるだろ。

 

「いや、あの、まだ何がこっちで普通とかわからないんで……」

「言われてみりゃそうか、よし! 今日はオレのおごりだ! 何でも頼んでくれ」

「マジですか!」

「どうせ金持ってないんだろ。その代り、今度そっちの料理について聞かせてくれよ」

「そんなんでよければいくらでも!」

 

 このイケメンは心までイケメンすぎるだろ。とりあえず拝んでおこう。

 

「あなたは、神です」

「なんだ、そんなに腹減ってたのかよ?」

「丸一日と半日何にも食ってませんでした」

「そうか、そんじゃ好きなもん頼んでくれていいからな」

「本当にありがとうございます」

 

 俺は心の底からお礼を言いつつ、料理ができるのを待った。

 

 

…………

……

 

 

 あの後、適当にオススメのものを頼んだんだが、冗談なしに全部うまかった。

 

「ごちそうさまでした。イクセル様」

「いや、様はやめてくれよ」

 

 食べてる間に名前を聞いて、敬意をこめて様付けにしてるのだがどうも不評のようだ。

 

「このお礼はいつかしますんで」

「ああ、時間が空いたときでいいから、いろいろ聞かせてくれよ」

「はい! 失礼します」

「おう、またな!」

 

 俺は扉を開けて外に出ていった。

 

「いや、しかし本当にいい人だったなイクセルさん」

 

 俺の異世界好感度ランキングをぶっちぎりの一位になったぞ。

 んで、この後俺に対する好感度がぶっちぎりで低いであろうクーデリアさんのとこに行かなければならない。

 

「憂鬱だ……」



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受付嬢は人見知り

 ある程度時間を潰したので、そろそろ良いだろうと思いギルドについたのだが……。

 

「まだ怒ってるよな、たぶん」

 

 暗い気分で俺は扉を開けて中に入った。

 

 

 クーデリアさんはさっきと同じようにカウンターの中にいたのでそこに向かって行った。

 

 入口から向こうまでの距離がやたらと長く感じてしまうぜ。

 近づいていくと、どうやらクーデリアさんは俺に気がついたようで、一言投げかけてきた。

 

「やっと戻ってきたわね。このボンクラ」

 

 ボンクラって……。まぁ、んなこと言われても仕方ないけど。

 

「えっと、さっきはすいませんでした」

 

 こういう時はな、早めに謝るのが吉なのさ。

 

「そのことならもう怒ってないわよ。まぁ、次に同じことしたら……わかってるわよね」

「も、もちろんです!」

 

 顔が笑ってるのに、目が全然笑ってないんだがこの人。

 

「とりあえず、はいこれ」

 

 クーデリアさんは俺に冒険者免許を渡してきた。

 そういやさっきは、結局もってかなかったんだっけか。

 

「あ、どうも」

「ところで、あんた冒険者の仕事について説明はいるかしら」

 

 むっ、これはアレだな。チュートリアルってやつだな。

 

「初回プレイなんで聞いておきます」

「は?」

「ちゃんと聞いておかないと後で困りますからね」

「え、ええ。そうね。」

 

 困ってるクーデリアさんになんかグッとくるわ。

 反省はもちろんしているが、可愛い娘のこういった姿を見たいというのは当然だと思うのです。

 

「冒険者の仕事にはいくつか種類があるのよ。簡単に言うと探索と討伐と依頼ね」

「手っ取り早く金が手に入るものから教えてください!」

 

 今はひたすらに生きるのに必要な金がほしい、出来る限りにまともな食べ物を毎日食べたい。

 

「現金な奴ね……。報酬金があるのは依頼だけよ。他は実績として残るだけね」

「実績?」

「そう、言い忘れてたけどその免許は期限が3年間だけだから」

「まぁ、三年もあれば普通の仕事も探せるだろうから、そこんとこはどうでもいいですよ」

 

 最低限の生命維持費が今の俺には最重要ってだけで、ずっとやる必要はないだろう。

 

「あらそうなの、一応話しておくけど実績を残してランクアップしていけば免許を延長できるのよ」

「んじゃ、今の俺に必要なのは依頼だけってことすか」

「そういうことになるけど、ランクが上がるほど行ける場所も増えてできる依頼も多くなるから一応覚えときなさい」

「オーケー」

 

 とにかく依頼を受けて、ついでにランクも上げれば良いくらいに考えておけばいいだろう。

 

「本題の依頼についてだけどあんたにできるのは討伐と調達依頼ぐらいでしょうね」

「なめるでない」

「他にあるのは調合よ、悪いけどあんたにできるとは思えないわ」

「調合?」

「たとえば薬師なら薬を料理が作れるなら料理を作って納品したり、錬金術士ならなんでもできるわね」

 

 錬金術! 俺の厨二心を刺激する単語だな。後で暇があれば聞いてみるかな。

 

「つまり技能がいる依頼ってことですか?」

「そういうこと。話を戻すけど討伐は名の通りモンスターを討伐する依頼で、調達は外からいろいろと採ってくる依頼ね」

「とりあえず、一番早く安全に終わる依頼はなんでしょうか?」

 

 もし怪我なんてしようものなら、金がない→治せない→感染症→デッドエンド

 となるのは明らかだろう。

 

 

「安全なのは調達依頼ね。とりあえず、実際に依頼を見てみなさいよ」

「んじゃ、そうしますか。どこで見たらいいんですか?」

「どこってすぐ隣のカウンターよ」

 

 クーデリアさんの視線を追って左側に顔を向けてみるが……。

 

「誰もいませんよ??」

「いないわね、まったくまーたあいつは……。コラ! 出てきなさい」

「ひやう!?」

 

 小さな悲鳴がすると隣のカウンターの下から茶髪でショートカットの女の子が震えながら出てきた。

 

「あうう……脅かさないで下さいよ。クーデリア先輩」

「驚かさないでくださいよ、じゃなーい!仕事中にびくびく隠れるなっていつも言ってんでしょうが!」

「だって、知らない人がいっぱい来るから……」

「そういう仕事でしょうが! とにかく、あんたにお客さんよ」

 

 どこか儚げな印象があったからか、俺は少し丁寧めに会釈をして挨拶をした。

 

「どーも、初めまして」

「ヒッ!」

 

 えっ? 悲鳴? 俺なんかしたか? 超紳士的に挨拶をしたと言う自負があったんだけど。

 

「む、無理ですよクーデリア先輩!」

「いいから、ちゃっちゃと仕事しなさい!」

「だ、だって、男じゃないですかこの人!」

 

 声の大きさとは対照的に控えめに俺の事を指差してそう言ってくる女の子。

 

「え?俺そんなに怖いですか?」

「気にしなくていいわよ。見ての通り人見知りなだけだから」

 

 女の子、しかも可愛い子に怖がられるとか複雑な気分だ。

 

「後はこの子の仕事だから私は口出ししないわよ」

「クーデリア先輩ひどいです!私には無理ですよ!」

「…………」

 

 おお、見事に無視の態勢に入ってるな。

 とりあえず、このままじゃ埒が明かなそうだし、俺から声をかけた方が良いよな。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

「ひっ!」

 

 ……また悲鳴か、俺そんな女の子に悲鳴を出させるような鬼畜外道系主人公に落ちたつもりはなかったんだが。

 

「…………?」

 

 なんか、すごいじろじろ見られてるんですけど。

 

「なんか、同じ匂いを感じるかも……」

 

 小声でつぶやいとるが丸聞こえだよ。同じ匂いってなにそれこわい。

 本当に大丈夫かこの子?

 

「えっと、あの、私フィリーって言います」

「ん?ああ、俺は明音だ。よろしく」

「はい、大丈夫ですから!アカネさんは何か私と同じ趣味を持てそうなんで、大丈夫ですから!」

「えっ、ああそう」

 

 同じ趣味ってなんだろうか?

 俺の趣味なんて筋トレぐらいなんだが……。

 

「まぁ、とりあえずだ。依頼を見せてくれ」

「あっ、はい」

 

 フィリーちゃんがカウンターの下から書類っぽいのを取り出した。

 

「どうぞ」

「ん、どうも」

 

 若干震えている手から、恐る恐る受け取った。

 

 見てみるといろいろと書いてあった。

 青ぷに討伐、たるリス討伐、赤い実調達、等々あるのだが、一番目を引くのが……。

 

「フィリーちゃん。ここに、うにの調達依頼ってのがあるんだけど……」

「それにするんですか?」

「いや、うにって……。結構遠いんじゃないの?」

 

 まだ地理はよく分かってないが、たとえ近くてもどうやって集めろと言うのか。

 

「いえ、明音さんは身長そこそこ大きいですし二日もあれば着きますよ」

「二日!? ここって、そんなに海近いのか……」

「? えっと、うには海にないと思いますけど」

「は? え、んじゃどこにあるの?」

「東のほうにあるうに林にたくさん落ちてますよ?」

「…………」

 

 本当に何が分かってないのか分かってない顔してるけどさ、フィリーちゃん。

 うにが林に落ちている? それって栗じゃね? それって栗だよね? 栗しかないよね?

 

「そいつは栗じゃー!」

「ひっ!」

「あっ」

 

 俺の叫びに涙目になるフィリーちゃんを見て我に返った。

 

「あー、悪い。とりあえずその依頼は四日で終わるんだよな」

「は、はい。調達依頼だとこれが一番早く終わります」

「それじゃ、それ受けるわ」

「あ、はいそれじゃ手続きするので少し待ってください」

 

 カウンターの向こうから必要な書類を取り出している中、ちょっと気になった事を聞いてみた。

 

「ところで、依頼報告ってここですればいいのか?」

「ここでも出来ますけど、他の依頼を紹介してる場所でも大丈夫ですよ」

「なるほど、なるほど」

 

 しかし、うに……か。今から若干ワクワクしてる俺と食料を不安に思ってる現実的な自分がいる。

 まぁ……なるようになるだろ。



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茶色いウニにはご注意を

「ぷに、依頼受けてきたぞ」

「ぷに!」

 

 ギルドを発った後、街を出てぷにと合流した。

 

「んじゃ、出発するか。俺は地図担当するから、ぷには食料担当な」

「ぷに」

 

 地図は頼んだらクーデリアさんに貸してもらえた。一緒にウエストポーチを貸してくれたあたりやっぱ良い人なのだろう。

 ちなみに、この地図は未完成らしくこの地図を埋めていくのも冒険者の仕事らしい。

 

 

「ぷに、食えそうなものあったら教えてくれよ」

「ぷに!」

「ぷには本当にぷにぷに言うよな」

「ぷにに」

 

 あまりにもぷにがぷにぷに言うせいで、俺が数秒で考えた名前があまり意味をなしてないな。

 白玉よりもぷにの方が語感的にも合ってる気がする。

 

「クーデリアさんにもぷにって紹介したしな~」

「ぷに~」

「でも、この世界って他にもたくさんぷにみたいなのがいそうだし、紛らわしくなるよな」

 

 依頼を見たときに青ぷに討伐とかあったし。

 

「まぁ、そんときはそんときで白玉に戻すかね」

「ぷに」

 

 おそらくは了承の意だろう。

 

「んじゃ、出発!」

「ぷに!ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 街を出てから一日経ったわけだが。

 

「今冷静になって見渡すと俺が元いた場所って森じゃなくて林だったんだな」

 

 林と森の区別がいまいちつかない、現代っ子なのである。

 元ボーイスカウト? 自然全ての知識を得てると思わないでもらいたい。

 

「しかしぷには本当、食い物見つけるのうまいよな」

「ぷに」

 

 基本的に木の実とかを食べて最近は食いつないでいる。ぷには意外と優秀だ。

 

「まぁ、ちゃかちゃか進みますか」

 

 おそらく、明日の昼ごろには着くはずだ。

 

 

 

 

 

 

 俺はうに林に到着して確信した。

 

「やっぱ、栗じゃねーか!!」

 

 茶色いでトゲがいくつも飛び出したそれはどこから見ても栗だ。

 何が『うに』だよ。どうみても全部栗じゃないか。

 

「はぁ、ぱぱっと拾って帰るとするか」

 

 見た感じかなり大量に落ちているし、すぐに終わるだろう。

 

 

「ぷに」

 

 

「? どうした、ぷに」

「ぷに?」

 

 ? あれ今後ろから聞こえたはずなのにぷには横にいる。

 

「…………」

 

 恐る恐る俺は振り返った。

 

 

「ぷに」

「ぷにに」

「ぷに!」

 

 

「…………は?」

 

 青が二匹と緑が一匹の色違いのぷにがいた。

 やたらと見た目がかわいいけど、こいつらもモンスターなんだよな。

 

「よーし、行け! ぷに!」

「ぷに!」

 

 俺の相棒の方のぷにが奴らに向かって体当たりした。

 

「「「ぷにっ!」」」

 

「…………」

 

 思わず目をこすってみてしまった。

 ぷにが同族なのに容赦ねえなとか、そういう話しではなく。

 

「ぷに、お前って本当は強いのか」

 

 こやつ一撃で三匹とも倒しおったよ。

 

「ぷに!」

「お、おう。流石だぜ、ぷに!」

 

 なんで最初俺こいつに喧嘩売ったんだろう……。

 敵が、弱すぎたという可能性もあるけど。

 

「俺は採取するから、モンスターは任せていいか?」

「ぷに、ぷに!」

 

 ……ぷにからまぶしいオーラが出てるように見えるぜ。

 

 

 

 

「うーに、うーに。僕は栗じゃなくてー、うになんだー」

 

 作詞作曲俺。タイトル自己暗示の歌。

 

「あぁ、手が痛い」

 

 歌に気を取られて、ついさっきうっかり手を刺してしまっていた。

 

「これを投げるような奴がいたら、かなりの外道だよな」

 

 この世界の栗もとい、うにはトゲが鋭いからさらに怖い。

 今度同じ依頼を受ける時は、せめて軍手ぐらいは持ってきたいな。

 

「おっ!川がある」

 

 どうやら向こうの方にも、うにが落ちてるようだ。

 ちゃんと丸太で橋もかかっている。

 

「んじゃ、渡りますかね」

 

 落ちても平気だろうが、風邪をひいたりしたら洒落にならんので慎重に渡っていく。

 

「ぷにっ!」

「ぐぼぁ!」

 

 いきなりぷにが俺の後ろからタックルをかましてきやがった。

 

「お、お前、は!い、いつから!体当たり系ヒロインにっ!なったんだ!」

 

 落ちそうなのを踏ん張ってバランスをとりつつも突っ込みを入れてしまう。

 

「ぷに!」

「付いてくるなら、普通に来てくれよ。頼むから」

 

 心臓に悪すぎるわ。

 

「とりあえず、渡っちまうぞ……あ」

 

 ツルっと、気を抜いたせいか滑ってしまった。

 川に落ちて周りに派手な音が飛び散った。

 

「がっぼ、ごぼぼ」

 

 意外と流れが速く焦りはしたものの、幸い川幅が狭いので陸地はすぐそこにあった。

 

「よっと!」

 

 俺は水の中から手を振り上げて、まっすぐ陸地にたたきつけた。

 

「――――!?」

 

 すると、突然に、とてもつもない、経験したことのない激痛が、俺の手を襲った。

 

「! がが、ごっぼ!?」

 

 あまりの痛みに水をかくことさえできない俺は、逆らうこともできずに流されていった。

 そして、沈みきる直前に俺はなんとか、手をたたきつけた所を見ることができたのだ。

 

 

 

 そこには悠然と構えているうにの姿があった……。

 



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今日から先輩

「ふん、ふふーん♪」

 

「ん……うん……ぐぬぅ。んー?」

 

 あー……何か知らんが凄くだるい。何日振りかでふかふかのものに横たわってるせいだろうか。

 それになんか愉快な鼻歌が聞こえる。

 

「……?」

 

 なんで俺、寝てるんだ?確か俺は凶悪な物体にやられて流されたはずだが……。

 

 起きろー俺。

 

 ずっと寝ていたいが、そうもいかないので仕方なく目を開けた。

 

「んにゃ?」

 

 視界に飛び込んできたのは、やや前衛的な恰好をした美少女がやたらとでかい釜をかき混ぜている姿だった。

 

「? あっ気がつきましたか?」

 

 少女は首だけを俺の方に向けてやたらとかわいい声で話しかけてきた。

 俺は寝ている体を起して返事をした。

 

「ああ、一つ聞きたいんだが、俺はどうしてここで寝ていたんだ?」

「ああ、それはですね……」

 

 少女が俺に返事をしていると釜が光り輝きだした。

 

「おお、きれいだな」

「え? ……ああ!?」

 

 彼女が俺から視線を釜に戻すと、やってしまったという類の驚いたような声を出した。

 

「わ!わ!だめえええ!」

 

 

 

 

 瞬間、目の前で眠い俺の頭を覚ますほどの爆発音が響いた。

 

 

 

 

「けほっ、けほっ、ううう、またやっちゃった……。どこを間違えたんだろう?」

 

 またって言いおったよこの娘。意外とアグレッシブなのかもしれん。

 大分近距離で爆発してたみたいだけど、平気なのだろうか?

 

「ああ……その、大丈夫か?」

「あ、はい。私は大丈夫ですけど……」

 

 彼女は少し顔を伏せて、申し訳なさそうな目でこちらを見てきた。

 

「気にしなくても、俺も普通に無事だよ」

「そうですか、よかったー」

 

 自分より他人を心配するあたりこの子は、結構いい子っぽい。

 

「トトリちゃん!?大丈夫!?」

「あ、お姉ちゃん」

 

 ドアが開かれると、これまた美人さんが登場した。

 

「もお、こんなに顔真っ黒にしちゃって。ケガはない?大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「そう……よかった。まったく!何回爆発させたら気が済むの!?」

「別に爆発させたくて、爆発させてるわけじゃ……。それに、私は悪くないもん。ちゃんと先生に言われたとおりにやってるんだから」

「いっつもそんなこと言って!誰が片付けると思ってるの!」

「スターーーップ!」

 

 蚊帳の外状態になりかけていた俺は、とりあえずの声をかけてみた

 正直目の前で喧嘩されるとすごい気まずい。

 

「えっ!?きゃあ!?」

 

 姉の方に悲鳴を上げられた……最近の悲鳴率が異常な件について。

 つか、俺の存在に気づいてなかったのかよ。

 

「あ、ごめんなさい見苦しいところを見せちゃって。えっと……もう、目を覚ましたんですね」

「ええ、おかげさまで」

「気にしないでください。見つけたのも手当したのもトトリちゃんですから」

「見つけた? トトリちゃん?」

 

 俺が気絶してるのをそっちの妹さんの方が見つけってことか?

 

「あら? トトリちゃん、まだ何も言ってなかったの?」

「うん……目を覚ましてすぐに爆発しちゃったから」

「まったく……」

 

 そう言うと彼女は俺の方に向き直って言った。

 

「私はツェツィっていいます。こっちは妹のトトリちゃん」

「よろしくお願いします」

 

 妹さんの方がペコリとおじぎをした。

 

「ん。俺はアカネっていいます。助けてもらったみたいで、どうもありがとうございます」

「気にしないでください。海に浮かんでたのをトトリちゃんが偶然見つけただけですから」

 

 それを人は命の恩人というでは、なかろうか。

 

「本当にっ! ……ありがとう! トトリちゃんっ!」

「き、気にしないでください。私はただ見つけて手当てしただけで、運んだりとかはお友達がやってくれた訳で……」

「そんなことは関係ない! 正直リアルで命の危機だっただろうし」

「い、命の危機って何があったんですか?」

「…………」

 

 うににやられて、川に流されましたなんて言えるわけないだろ。死にたくなるわ。

 俺のちっぽけなプライドを守るためにも、ここは話を逸らそう。

 

「まぁ、それは置いといて、何かお礼くらいはするぜ」

「お礼ですか?」

「そうそう、お金とかはないけどこう見えて冒険者だから力仕事くらいはできるよ」

「あ、明音さん、冒険者なんですか!?すごいです!」

「す、すごい?」

 

 試験なんて無いようなものだったのだが、すごいものなのだろうか?

 いや、しかしここは夢を壊してはいけないところなのか……。

 よく分からないがキラキラと光るこの尊敬の眼差しの輝きを失せさせてはいけない気がする。

 

「でも、本当にお礼なんていいですから」

「…………」

 

 なんて……なんて、いい子なんだ!!

 いつもの俺ならここで引くが、今回は命の恩人に加えてこんなに謙虚な良い子なんだ。

 

「よーし、意地でも恩返ししてやる。好意の押し売り上等だぜ」

「ええ!?」

「トトリちゃん、折角だからお手伝いしてもらったらどうかしら?ここで断ったら逆に失礼になるわよ」

「うう、でも……あの、私よく外に錬金術の材料を獲りに行くんですけど、そのお手伝いしてもらってもいいですか?」

「内容がなんであれ、恩人の頼みなら何でも聞くさ」

 

 錬金術とかいうのが全くよくわからないけど、まぁなんとかなるだろう。

 

「ほ、本当ですか!?それじゃあ、ちょうど材料がなくなっちゃったんですけ……」

「よろしい!」

 

 俺はトトリちゃんの言葉を阻み即答した。

 

「それじゃあ、早速行くぞ!」

「は、はい」

 

 トトリちゃんが準備するのを少し待って、外への扉を開いてツェツィさんに向き直った。

 

「そ、それじゃ、行ってくるね。お姉ちゃん」

「お邪魔しましたー」

「はい、行ってらっしゃい。私はアトリエのお掃除でもするわ」

「あう。ごめんなさい」

 

 この真っ黒なアトリエを掃除するとなると大変そうだが、ツェツィさんは特に怒った様子もない。

 

「いいわよ、もう怒ってないから。それに冒険者さんと一緒ならトトリちゃんも安心だし」

「ゲッヘッヘ。俺が悪い人だったらどうしますか?」

 

 なんか信用されてるのがむず痒くて悪ぶってしまった。

 

「あら、そうなのかしら?」

「ガラスのハートの持ち主である俺に、犯罪なんてできるわけがない」

「ふふ、それじゃあ、トトリちゃんをよろしくお願いします」

「任されました」

 

 そして、俺とトトリちゃんは手を振りながら外へと出て行った。

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「しっかし、ツェツィさんっていい人だな」

 

 すごく名前言いづらいけど。

 

「はい。お姉ちゃんはとっても優しいんですよ。怒るとちょっと怖いけど」

「なるほどなー」

 

 話しながら歩いていると、広場のような場所に出た。

 

 

「よ、何してんだ?こんなとこで」

 

 ? ……なんだこの確定的に俺の少年時代よりもモテそうな奴は?

 

「あ、ジーノ君。ちょっと錬金術の材料取りに行こうと思って」

「材料? こないだ取りに行ったばっかじゃ……あ、さてはまた爆発させたんだろう」

「違うよ。爆発させたんじゃなくて、勝手に爆発したんだよ」

 

 ……いや、トトリちゃん。流石にそれは無理があるんじゃ。

 

「どっちでも同じだろ。ちょうど暇だったし、俺も付き合うけど……」

 

 そこで、ジーノ君とやらは俺の方を見た。

 

「この人誰だ?」

「いやいや、ジーノ君。こないだの帰りに見つけたの運んだのジーノ君でしょ」

「? ……ああ!あの時倒れてた奴か!」

 

 全く悪気はないんだろうけど、そう笑顔で言われると微妙な気分だ。

 

「さっき話してくれた俺の事を運んでくれたお友達?」

「そうですよ。私の幼馴染で、ジーノ君っていうんです」

「ふむ、少年、礼を言おう。俺の名前はアカネだ」

 

 トトリちゃんの時より反応が冷たいとかないですよ。

 別にこんな幼馴染がいることに嫉妬とかしてませんから。

 将来、イケメンになるだろとか思ってませんから。

 幼馴染が可愛いってどんな気持ちとか思ってませんから。

 

「おう、よろしくな」

 

 軽く手を上げてそう言うジーノ君とやら。

 ミーは年上だぞ。おい、とか突っ込みたいが、ここは大人の対応だ。

 

「ジーノ君、アカネさんね……実は冒険者なんだよ!」

「え、ホントか!?」

 

 クックック。崇めるがいいさ。

 そして尊敬するがいい。

 

「でも、あんま強そうじゃないな」

 

 あからさまにがっかりしたような態度でそう言われるとなあ……。

 

 今はジャージで見えないかもしれないが、俺の筋肉なめんなよコラ。

 中一の頃から、鍛えるだけ鍛えて使ってないこの筋肉をバカにするなよ。

 ボクシング漫画見た後の誰もがするであろう、パンチ練習で鍛えたパンチ力なめんなよ

 

「見るがよい、小童」

 

 俺はおもむろに腕まくりをし、鍛えられた筋肉を見せつける。

 丸太の様とまでは言わないが、一般的に見ればかなり鍛えられている自負がある。

 

「おお、すげえ!」

「ムフフフ」

 

 ついに、すごいと言わせてやったぜ。

 大人げないとか言うなよ、俺はまだ高校生だからな!

 

「よし、先輩も意外と強そうだし。モンスターを倒しまくるぜ!」

「ジーノ君、材料を獲りに行くんだよ」

「…………」

 

 えっ! 突っ込みなし!?

 まてまて、明らかに今何かおかしかっただろ!

 

「おい待て、ジーノ後輩」

「なんだよ、先輩」

「なんで俺が先輩なんだよ」

「俺は世界一の冒険者になるのが夢なんだ。だから先輩」

 

 ふむ、まぁ先輩とか呼ばれて嫌な気はしないし。いいだろう。

 

「んじゃ、俺も好きに呼ばせてもらうぜ」

「まっ、すぐに追い越して見せるけどな」

 

 ……俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人……フシュー!

 落ち着くんだ俺。大人げない事をしたりはしたが、俺は大人なんだ。

 

 俺は自己暗示をかけながら二人について行った。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 少し歩くと、馬車を拭いている黒のロン毛がいた。

 

「よう、お前らまたどっかいくのか」

 

 ……ぷぷ。負け組オーラがぷんぷんするぜ。

 この世界に来てから、美男美女しか見てなかったから若干不安になってきたところでこいつはありがたいぜ。

 

「ありがとう」

「は?」

「君は希望だ」

「おい、トトリこいつ大丈夫か?」

「ちょっと変な人かもしれないけど冒険者さんだし、大丈夫だよ」

 

 あれ?なんか今トトリちゃんが毒舌なこと言った気がするんだけど……気のせいだよな。

 

「あんた、あれだろこないだ二人が運んできたやつ」

「まぁ、そうだな」

「ふぅん」

 

 なんだ、なんか不気味だな。いや、流石に失礼か。

 

「俺たちはこれから先輩と一緒にモンスターを倒しに行くとこなんだ」

「違うよ、錬金出の材料を獲りに行くんだよ」

「相変わらず仲がいいなお前らは」

 

 バカな! こいつ嫉妬のオーラが見られない。

 まさか、こいつの方が俺よりも大人だとでも言うのか。

 

 いやいや、これは単に諦めとかそういった感情だろうさ、そうだよな……?

 

 

 

「今、トトリが出かけてるってことは、ツェツィさん一人きりなのか?」

 

 おお、悶々としてたらいつの間にか話題が変わってた。

 このセリフだけみると明らかにストーカーにしか思えないな。

 

「どうかな、お父さんがいたようないなかったような……」

「お前の親父さんならいてもいなくても一緒だろ。よし、それじゃあ後で」

 

 一番の壁となるはずの父親さんをいなくてもいっしょとは、意外とすごい男なのかもしれん。

 

「今日はやめた方がいいかも、お姉ちゃん今日は忙しいから」

「忙しい?」

「えっと……その、私のアトリエのお掃除とかがあって……」

「またやったのか、お前……。んじゃ、今日はやめとくか」

「なんかさー、いっつもなんだかんだ言って会いにいかねーよな、にーちゃん」

 

 ジーノ君それはヘタレってやつや、そっとしておいてやりな

 

「違うぞ、いっつもなんだかんだでタイミングが悪いだけで、それにな、こういった気配りができるのが大人の男なんだぞ」

「一つ言わせてもらうが、大人の男だったら、ここは片づけの手伝いとかで会いに行くべきだろ」

「うぐっ!」

「あー、にーちゃんみたいな奴のことをへたれって言うんだろ? かーちゃんがよく言ってるぜ」

「ちょ――後輩君!」

 

 こ、こやつなんとういう外道!そうっとしておいてやれよ!

 

「へ、へたれ!?」

「意味はよくわかんないけどいいやすいよな、へたれ。今度からにーちゃんのことへたれにーちゃんって呼ぶことにしよう」

 

 やめて!ペーターのメンタルポイントはゼロよ!

 

「ジーノ君そのへんにしといたほうが、ショックで固まってるみたい」

「なんで、ヘタレって言われるとショックなのか?」

「ああ、もうほら、行こ」

「ん、ああ」

 

 トトリちゃんに背を押されて村の外へと歩いて行く後輩君、その背を見て俺は戦慄にも似た感情を得ていた。

 

「…………天然って怖ええ」

 

 これからは先輩のことヘタレ先輩って呼ぶことにしようとか言われたら、軽く死ねるわ。

 ペーターさんに黙祷をささげてから、俺は二人の後を追った。

 



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相棒不在

 

 現在はニューズの森とかいう所に向かってるのだが、大きな問題があった。

 

「……腹減った」

 

 俺は今すごく腹が減っていた。何日寝てたのかまったくわからんが、とにかく腹が減った。

 

「お腹すいてるんですか?」

 

 聞かれてた……恥ずい!

 

「正直、勢いで出てきたからまったく用意がない」

「ご、ごめんなさい。気がつきませんでした」

「い、いやいや!トトリちゃんは何も悪くないって。全体的に俺がバカなせいだ」

「へぇ~、先輩ってバカなんだ」

「うるさいぞ後輩」

 

 後輩にバカと言われるのは、流石に俺のプライドが許さない。

 

「まぁ、気にしないでくれ。基本的に俺は現地調達で食っていけるから」

「本当に大丈夫なんですか?」

「いけるいける、大丈夫だって」

 

 俺には頼りになる相棒がいるんだからな。

 

「…………」

 

 あれ?

 

「…………」

 

 ゴソゴソと、うにが入ったポーチをあさってみる。

 

「…………」

 

 当然のようにいない。

 

「…………」

「あの、アカネさん?どうしたんですか?」

 

 トトリちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……忘れ物した」

「え?でもアカネさん、そのポーチ以外に何か持ってましたっけ?」

「いや、持ってはいないが……あそこって何て名前の村だっけ?」

「? アランヤ村ですけど?」

「アーランドからどのくらいかかる?」

「どのくらいかかるんだっけ、ジーノ君?」

「確か何週間か、かかるんじゃなかったけか」

「…………」

 

 そんな長い距離を流されてたのかっていう驚きはあるのだが……とりあえずだ。

 

「あいぼーーーーーーう!!」

「ひゃっ!」

「な、なんだ!」

 

 叫んでみました。精神の安定に一番効果的だと思う。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「なんでもない気にしないでくれ。俺の年ごろにはよくあることだ」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

 

 まぁ、ぷにのことだし普通に生きてはいると思うが、果たして再会できるかどうか。

 というか、俺はなんで今の今まで忘れていたのだろうか。

 

 ……しかし、ぷにがいないとなると食料調達を自分でやらなくちゃいけなくなるな。

 ぷにが持ってきたものは覚えてるし、なんとかなるかな?

 

「…………」

 

 唯一不安なこととしては、トトリちゃんが俺のことを可哀そうな人を見る目で俺を見ていることだ。

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 あれから、数日たってやっとニューズの森に辿り着いた。

 

 俺の食糧事情は概ねなんとかなっていた。

 食える草を食ってから、木の実を食べておいしいものをいっぱい食べた気になるという作戦が意外と使えた。

 

 ただ、トトリちゃんだけならいいんだが、後輩までもが俺のことをいたたまれない目で見ていた。

 二人とも俺に自前のパンを勧めてくるのだが、流石に成長期の奴らからもらうことはできないので逐一断っていた。

 

 まぁ、その甲斐あって今の俺のサバイバル能力はコンクリートジャングルに囲まれていた時よりも格段に上がっている。

 

「クックック」

 

「なぁトトリ、先輩大丈夫かな?」

「元気そうだし、大丈夫じゃないかな?」

 

 前よりもトトリちゃんの俺に対するスルースキルが上がってる気がする。

 

「ところで、ここに何しに来たんだっけ?」

 

 バカ丸出しな質問の気がするが気にしない。

 

「先輩、しっかりしてくれよ。モンスターを倒しに来たんだって」

「そうじゃなくて、錬金術の材料を獲りに来たんだってば!」

 

 要は、材料を採りつつ、モンスターを倒すってことだな?

 トトリちゃんはちゃんと用意してそうだし、けがの心配はいらなそうか。

 そういや、俺まだ相棒以外と戦闘したことないんが、大丈夫だよな?

 

「ところで、錬金術ってなんだ?」

「知らないんですか?」

「ああ、俺は大分遠くから来たからよく知らないんだよ」

 

 漫画とかゲームとかでは割とよく出るから何となく予想はつくけど、現実ではどうなのか気になる。

 

「そうなんですか?えっと……錬金術はっていうのはいろいろなものを混ぜて不思議なものを作ることです?」

「なんで疑問形なんだいな」

「あ、あんまりうまく説明できなくて」

「つまるとこ、トトリハウスにあった釜に材料入れて、何かを作るってことか」

「あ、はい。そうですそうです」

 

 俺がわかったことがうれしいのかトトリちゃんの顔が緩んでいた。

 

 ……しかし錬金術か、俺の考えてたのと大分違うな。正直な話、鋼の方しか思い浮かんでいなかった。

 まさか、釜を使うとは……。

 

「それって、俺もできたりするのか?」

「一応、教えてもらえばだれでもできると思いますよ」

「トトリちゃんが俺に教えてくれたりは……」

「む、無理です無理です!私、いっつも失敗ばかりで人に教えるなんてできません!」

 

 トトリちゃんは両手を突き出して、絶対にできませんと大慌てだ。

 まあ、爆発してたしなあ。

 

「そうか、んじゃトトリちゃんはだれに教わったんだ?」

「私は、ロロナ先生に教わったんです。ロロナ先生はすごい人なんですよ!」

「そ、そうか」

 

 ロロナ先生とやらの事を話すトトリちゃんはとても嬉しそうで、思わずたじろいでしまった。

 

「まぁ、機会があったら紹介してくれないか?」

「いいですけど、アカネさんって錬金術に興味があるんですか?」

「未知の力に興味がわくのは当然だろう」

 

 もし、使えるようになったらいろんな人に自慢できそうだし。

 

「ところで、後輩はどこ行ったんだ」

「あれ、そういえば……」

 

 右、左と見てみるがどこにもいない、疑問に思ったのも束の間、どこからか後輩君の声が聞こえてきた。

 

「せんぱーい!トトリー!ちょっと手伝ってくれ!」

「どうした……にゃ!?」

「うわっ!?」

 

 こっちに向かって走ってきたジーノ後輩を追って、大量のタルを持ったリスのようなモンスターが来ていた。

 

「何してんだよお前は!?」

「二人で話してて暇だったんだよ。ちょっと喧嘩売りすぎちゃって」

 

 テヘみたいな感じで笑う後輩君。

 今度校舎裏にでも呼びだしてやろうか……。

 

「とか、いろいろ考えてる間に来てるし!?」

 

 とりあえず、後輩はどうでもいいからトトリちゃんをしっかり守ろう。

 ツェツィさんにも頼まれてるわけだし、怪我させるわけにはいかないぜ!

 

「ふんっ!」

 

 トトリちゃんを後ろにかばいつつ飛びかかってきた手近なリス野郎に向かって、一発右のストレートを放った。

 

「えっ!?」

 

 そこまで効くと思ってなかったが意外と効いたようで大きく後ろに吹っ飛んで行った。

 やっぱりぷにが強すぎただけなのだろうか?

 

「おおっ!先輩本当に強かったんだな!」

「いまさら感心しても遅いぜ」

 

 どや? 俺のパンチ強いやろ?

 

「クックック」

「先輩、危ねぇ!」

 

 

「えっ?」

 

 

首を前に戻すと前方からタルが迫ってきていた。

 

「ぐべっ!?」

 

ガードもできずに顔面に直撃して、文字通り悶絶した。

 

「っ! ――!!」

「先輩……」

 

 後輩が呆れたような声を出している。

 

「この……リスどもがーー!!」

 

 俺は奴らに向かって突貫していった。

 

 

----------------------------------------------------------------------------

 

 

「先輩って打たれ弱いな」

「う、うる、ハァ……ハァ……うるさいわ!」

 

 筋トレだけやっても打たれ強くはならないし、体力もそんなにつかないんだよ!

 

「うう、気持ち悪い」

「アカネさんどうぞ」

 

 トトリちゃんが水を差しだしてくる。

 

「ああ、ありがとう」

 

 俺は水を一気にあおりながら一つの決心をした。

 

「……ふぅ」

 

 

 俺は二度と本気で戦わない!!

 所詮俺は元高校生!血生臭い戦いなんて向かないのさ!

 

 そう! 俺は一刻も早く相棒と再会して、俺はあくまでサポートに徹してやる!

 

 駄目人間の決意とか言うなよ、正直ジーノ君とか俺より筋力はないけど、明らかに俺より強いんだもん!

 

 

「待ってろよ!相棒!」

 

 

 

「トトリ……先輩やられすぎて頭が……」

「だ、大丈夫だよ!たぶん……」

 

 

 そろそろ泣いてもいいよね。



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人生最高の瞬間

「うーん、あー眠みぃ」

 

 村に戻ってきた後、俺たちは解散して俺は宿屋に泊っていた。

 金はモンスターが何故か持っていた金で何とか間に合った。

 モンスターがアイテムを落とすなんてゲームの世界だけだと思ってました。

 

「今日はどうすっかな」

 

 第一に何とかして金を稼がなくてはいけない。

 トトリちゃんたちは今日も出かけるとか行ってたし、手伝いにでも行ってもいいが……。

 正直なとこ、後輩君とか俺より強いから付いていく必要もない訳だ。

 

「とりあえず出かけるとするかな」

 

------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「のどかだなぁ」

 

 噴水のある広場まで来たのだが、この村は本当にのどかだ。

 森とかにいる時よりよっぽど異世界だなって実感するわ。

 

「? トトリちゃん?」

 

 お店らしきところからトトリちゃんが出てきた。

 俺は声をかけようと思ったが、しかし……

 

「……っ!?」

 

 扉の隙間から見えた光景に俺は固まってしまった。

 明らかに酒場な感じの場所だった。

 

「えっ?え?」

 

 俺がうろたえている間にトトリちゃんは店の前にいたジーノ後輩と出かけようとしている。

 

「ちょっと、待ったーーーー!!」

 

「えっ!?」

 

 俺は走って一気にトトリちゃんと距離を詰める。

 当然のようにトトリちゃんは動揺している。

 

「あ、アカネさん。どうしたんですか、そんなに大声出して?」

「と、トトリちゃん君は今どこから出てきたんだい?」

 

 俺は君を信じているぞ、トトリちゃん。

 

「どこって、このゲラルドさんのお店ですけど?」

「何をやってる店なんだ?」

「何って先輩、看板を見ればわかるだろ?」

「看板?」

 

 俺は店の上を見上げる。

 えっと、何だ……。

 

『バー・ゲラルド』

 

「トトリちゃん、君が不良だったなんて……」

 

 人は見た目と性格によらないってことなのかよ。

 

「ち、違いますよ!私はゲラルドさんに呼ばれただけです!」

「隠さなくてもいいさ、子供を酒場に呼び出す大人がいるわないだろう」

「ほ、本当に違うんですってば!」

「はぁ、やっぱりみんな酒なんて飲んでるもんなのかな。高校のやつらもみんな一回は飲んだことあるみたいだし……」

 

 ぶつぶつと自分の世界に没頭する俺であった。

 

「トトリ、言い忘れていたんだが」

 

その時店の扉が開いて、ガタイの言いおっさんが出てきた。

 

「あっ、ゲラルドさん!」

「よかった、まだいたか。……ところで、このぶつぶつ言ってるのは誰だ?」

 

「考えてみると、酒飲んだことある奴以外みんな彼女いなかったよな。ああ、死にたい……」

 

「えっと、アカネさんっていう私のお手伝いをしてくれてる冒険者さんです」

「ほう、冒険者かちょうどいい。おい、お前」

「うむ?」

 

 声をかけられて、俺は初めて目の前のおっさんに気づいた。

 なんというか一言で言うとナイスミドルといった具合の中年男性だ。

 

「誰?」

「ああ、この店の店主をしている。ゲラルドだ」

「な!? 出たな諸悪の根源め!」

「? 何のことだ?」

 

 全く分からないと言ったような顔だな。白々しいぜ。

 

「アカネさん私がお店から出てきたから、いろいろ勘違いしてるみたいで……」

「何だそんなことか。アカネといったか?トトリはただ呼ばれたから来ただけだぞ」

「いやいや、むしろそっちの方が問題だよ!酒場に酒以外何があるんだよ!」

「話すから少しは落ち着け、一応お前にも関係があるだろうからな」

「う、ああ、わかっ……んんっ、わかりました」

 

 

 この人、大人すぎるわ。冷静っていうか、落ち着いているっていうか。

 俺の不慣れな敬語を使わなくちゃいけない相手がまた増えてしまった。

 

 

「トトリにはさっき話したんだが、この村にアーランドから依頼を回してもらうことになってな、その仕事をトトリにやってもらうと思って呼んだんだ」

「なんで、トトリちゃんに? 冒険者にやってもらった方がいいんじゃないですか?」

「いや、この村には冒険者が少なくてな」

 

 ふむ、だから素材を取りに行ったりで外に行くトトリちゃんに声をかけたってそういう事か。

 

「なるほど。いやートトリちゃんごめん! 俺なんか勘違いしてたわ」

「いえ、分かってくれたならいいですから」

 

 あっさり許してくれるとは、トトリちゃんの優しさはもう俺の中でカンストしてるわ。

 

「ところで、ゲラルドさん。言い忘れてた事ってなんですか?」

「ああ、そうだった。トトリには知り合いに冒険者がいたら、ここを教えてやってほしくてな」

「私、この村の人たち意外ほとんど知り合いいませんけど?」

「そうだが、まぁ早速一人いたじゃないか」

 

 えっ、何? 俺ってカモ?

 

「アカネくん。時々でいいから、店に顔を出してくれよ」

「あ、はい。わかりました」

 

 ? あれ、ちょっと待てよ。

 

「おお、そうだ。そうだ」

「どうしたんですか」

「いや、アーランドで受けた依頼をまだ報告してなかったんだよ」

「そうなんですか?でもアカネさん、何でアーランドで依頼受けたのにこっちに?」

 

 …………。

 

「アハハハ。さぁ!ゲラルドさん!報告がしたいので、早く店に入りましょう!」

「あ、ああ。分かったから。押さないでくれるか」

「あ、あれ?アカネさん?」

 

 多少強引だが、許してくれよトトリちゃん。あの秘密は墓場まで持ってくと決めてあるんだ。

 

「先輩。俺たち、これから出かけるんだけど」

「あ、ああ。俺にかまわず行ってくれ。トトリちゃん!悪いけど手伝いはまた今度で!」

「は、はぁ?」

 

 俺は、パパっと酒場の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 危なかった。急な誤魔化しを思いつかないのが、俺の欠点だな。

 

「よくわからんが、依頼の報告だったな。それなら、カウンターの方に来い」

 

 ゲラルドさんはカウンターの方に歩いていく。

 ……つか、この店客が少ない、というよりもいない!

 大丈夫なのかこの店?昼だからだと信じたいが。

 

 疑問を持ちつつも、カウンターのほうに歩いていく。

 

「どぞ」

 

 俺はカバンから、うにと奇跡的に無事だった報告書を取りだした。

 

「ああ、確かに受け取った。品質も問題ないな」

「ところで、本当にこっちで報告しても大丈夫なんですよね?」

「ああ、この国の錬金術士のおかげでな」

「錬金術士ですか?」

「詳しくは言えないが、便利な道具が支給されたからな」

「そうなんですかー」

 

 どこでもなドアーとか言い出さないよな。

 

「よし。これが今回の仕事の報酬だ」

「あ、どうも」

 

 150コール……俺の宿代一日分以上じゃないか。

 

「顔が緩んでるぞ」

「おお、いかんいかん」

 

 うまい。この仕事かなりうまいぞ!

 

「ゲラルドさん。早速次の依頼を!」

「随分とやる気だな。冒険者であるお前にちょうどいい依頼はこれくらいだな」

「どれどれ」

 

 手渡された書類を見てみる。

 ……アードラの討伐?

 

「トトリとジーノだと心配だが、アーランドからここまで来る冒険者だ。実力から考えて十分だろう」

「ハハッ!もちろんですよ。ええ、ここまで来たんですから」

 

 怖いわ~。人間の見栄って怖いわ~。

 アードラってたるリスとか青ぷにとか名前が明らかに一味違うんだが。

 せめて、傷薬みたいなのが欲しいな。

 

「よしっ手続きが終わったぞ」

「(速いよ!)ええどうも。ところで、薬とか売ってる店ってありますかね?」

「薬があるかはわからんが、この店を出て真っ直ぐ行ったところに雑貨屋のようなものがあるぞ」

「あ、そうですか、どうもです。それでは」

「ああ、気をつけてな」

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「どうすっかな」

 

 とりあえず、この150コールで何を買うかだ。

 物価が分からないから、何を買えるか全くわからんが……。

 

 手袋が最低でも欲しいな。薬は金が余ったらかな。

 ガチ戦闘はもうしないって心に誓ったのになー。早く相棒に会いたいぜ。

 

「っと、ここか」

 

『パメラ屋』

 

「……この村では店に自分の名前を付けるのが流行ってるのか?」

 

 パメラってどう考えても人名だよな。違ったら恥ずかしけど。

 

「とりあえずっと」

 

 俺は扉を開けて中に入った。

 

 

「いらっしゃーい」

「ヘブン!」

 

 クッ!この村の女性偏差値は化け物か!

 俺の目の前にはきれいな長い薄紫色の髪を持つ美人さんがいた

 何より特筆すべきはバスト! 異世界中最高の威力だ!

 あれ?俺なんかきもくないか!?

 

「大丈夫かしら?」

「あっ!もちろんですとも! ええ、全然大丈夫ですよ!」

「あら~。元気ね~」

「い、いえいえ! あ、俺アカネっていいます」

 

 テンパリすぎて、何故か自己紹介しちまったーー!

 

「私は、パメラって言うの。よろしくね~」

「こ、こちらこそ!」

 

 フウ! 俺また美少女とお知り合いになっちまったぜ!

 俺の人生もうバラ色じゃないかな、これ。勝ち組みでしょ。

 

「ところで、今日は何をお求めかしら~」

「あ、はい。手袋みたいなものってありますか?」

「軍手ならそっちの棚に置いてあるわよ~」

 

 パメラさんは俺から見て右の方を指した。俺はそっちの棚に近寄って中を見てみた。

 

「お、あったあった」

 

 まさに軍手だった。ジーノ後輩がしてるようなレザーグローブがいいが、背に腹は代えられない。

 

「値段はっと……150コールだと」

 

 運命か、これは……まさしく運命。

 

「これ、買います」

「まいどあり~」

 

 俺は先ほどもらったばかりの金をカウンター出そうとした。

 

「…………」

「? ……どうしたのかしら~?」

 

 パメラさんが手を前に差し出している。

 

 そこに渡せってのか!その手に渡せってのか!

 これが、その辺のコンビニ店員だったら、無視する所だが……。

 

「どうぞ」

「はい、確かに」

 

 やばい、心臓がドキドキいってる。買い物ってこんなに心臓に悪いものだったのか

 若干触れちゃったんですけどー!やばい、今だったら何をしても怖くないわ。

 間違いなく、前の世界含めて一番幸せだわ。

 

「それでは、また来ます!」

「どうもね~」

 

 俺は意気揚々と外に出る。

 

 

「…………」

 

 外に出て俺は後ろを振り向く。

 

「……また来よう」

 

 こうやって、リピーターが増えていくんだろうなと思った。

 



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刈られる獲物たち

 

「というわけで村人の情報を頼りに、海岸沿いにやってきたぜ」

 

 村から一日くらい歩いた場所のこの辺に、アードラとやらがいるらしい。

 

「考えてみれば、相棒以外だと初めてのソロ狩りになるな」

 

 やっぱり、トトリちゃんたちを待ってればよかったかもしれん。

 でも、トトリちゃんを邪険に扱っちゃったから頼みづらいし……。

 

 というか、ジーノ含めて二人の俺に対する印象ってどんなんだ?

 行き倒れの冒険者と尊敬できる冒険者のどっちかだとすると……後者か?

 

 

「はあ……名誉挽回したい」

 

 正直このままだとカッコがつかない。

 今回の依頼を成功させて一つ……な。

 

 

「よーし!張り切って討伐と行こうじゃないか!」

 

 俺は、ざくざくと浜辺を歩きだした。

 

 

 

 

 バサッバサッ

 

「ん?」

 

 歩きだして間もなく、どこからか羽音みたいなものが聞こえた。

 

「上か? ……わーお」

 

 前方上空を見上げるとそこには、現代で見たことがないほどのビックサイズな鳥が空を飛んでいた。

 

「もしかしなくても、あれだよな」

 

 この辺で奴ら以外に見かけたものと言えば、青ぷにぐらいなもんだ。

 

「…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 よし!

 

 

 

「帰るか!」

 

 俺はそう決めると、そそくさと来た道をUターンした。

 

 

バサッバサッ

 

 

「あるぇ?」

 

 反転するとその前方にも奴がいた。

 

「…………」

 

 バサッバサッ

 

 後ろを振り返っても奴がいる。

 

 バサッバサッ

 

 さらに左右を見ても奴がいる。

 

「分身の術……だと……」

 

 単純に四匹いるだけだが現実逃避せずにはいられない。

 

「逆に考えるんだ、倒せばノルマを達成できる絶好のチャンスだとね」

 

 つーか、こんなこと言ってる間にも近づいてきてるんですけど。

 なに、俺ってもしかして獲物状態ですか?

 

 つか、飛行とか格闘と相性が悪いって!軍手何かあっても意味がないって!

 

「……これは、リアルに死の危険なんじゃないかな?」

 

 逃げよう!全力ダッシュで逃げよう!!

 

 最初の一匹目はまだ降り切ってないし、一気に駆け抜ければ……。

 

「よし、ダッシュ!!」

 

 俺は体を反転させて駈け出した。

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

「ククッ、勝ったぞ!完全なる勝利!」

 

 今俺は奴らを振り切って、砂浜にたたずんでいる。

 

「しかし、大分疲れたなあ」

 

 砂浜を走るのは苦じゃなかったが、体力不足がたたり現在小休止を取っている。

 

「ププッ。でもあいつら以外と遅いのな、いや俺が速すぎたのかなー!」

 

 もう俺は異世界最速を名乗ってもいいんじゃないかな。

 

「ったく、狩りをするならもっとライオンとかを見習えよ」

 

 肉食獣の方々は巧みに退路を読み切って獲物が疲弊したところをガブリといくのさ。

 

 

「あの程度の相手なら、俺一人で討伐できたかもしれんなぁ!」

 

 

 

 

 バサッバサッ

 

 

 

 

「…………」

 

 さぁっと顔から血の気が引くのが分かった。

 あの方々を雑魚とか誰が言うってんだよ。

 

「……とりあえず、逃げよう!」

 

 どこにいるかわからないが、あの羽音はトラウマだ。

 俺は逃げてきたのと同じ方向に逃げた。

 

 

 バサッバサッ

 

 

「……前かよ!」

 

 俺は、反転して逃げたした。

 

 

 

 

 

 

「……おい」

 

 しばらく走ったところで、またエンカウントした。

 

「調整ミスだろこれ。もっと低確率にしろよ」

 

 左の方に道があったので、そっちに逃げる。

 

 

 

 

 

 

 

「分布広すぎないか、ちょっと」

 

 海岸から少し離れたところにいたので、脱兎。

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 完全に息切れしてるよ、俺。

 

 

『疲弊したところをガブリと』

 

 そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。

 

 

「とりあえず、ここの洞窟なら大丈夫なはず」

 

 現在俺は、逃げている途中に見つけた洞窟にこもっている。

 

 

「寒いし、腹減ったし、ああ……高校生やってた頃が懐かしい」

 

 まず、拳だけでモンスターを退治しようってのが間違ってたんだよなぁ……。

 

「相棒がいなかったら、俺死んでたのかもな……」

 

 アーランドに行けないで死亡してたのは火を見るより明らか。

 

「ぷにー、もう任せようなんて思わないから出てきてくれーー」

 

 俺はありえない妄想を言いつつ寝転がった。

 

 

 

 

「ぷに!」

 

 

 

「ッ!?」

 

 今確かに、ぷにの鳴き声が聞こえた!

 

 俺は、跳ね起きて声のする方向に向かった。

 

「ぷに、いるのか!?」

 

「ぷにっ!」

 

「おお……ぷ……に?」

 

「ぷに?」

 

「…………」

 

 今、俺は無性に目の前の奴に殺意がわいている。

 それこそ、疲れが吹き飛ぶほどにだ。

 

「紛らわしいんじゃーー!!」

 

 俺は容赦なく蹴りをお見舞いした。

 

 真っ黒なぷにに向かってだ。

 

「ぷにっ!?」

 

 俺の蹴りを受けて奴は吹っ飛んでった。

 

「……ったく」

 

 余計に疲れちまった。

 でも、あのぷにやたらと馴れ馴れしかったな。

 

「ぷにっ!!」

「ぶほっ!?」

 

 来た道を戻ろうとする俺の背中に衝撃が走った。

 

「このっ!?……って、あれ?」

 

 俺の目の前には真っ白なぷにがいた。

 

「ぷに!」

 

「あー……お前はあれか?俺がほんの数日間白玉って呼んでたぷにか?」

「ぷに!」

 

 ぷには頷くように体を前に傾ける。

 

「おお、でもなんでこんな所に?」

「ぷに~」

 

 困ったような顔をするぷにだった。

 

「もしかして、お前も流されてきたか?」

「ぷに」

 

 お前もかブルータス。

 

 

「まぁでも、相棒のピンチに来るとは、流石だぜ!」

「ぷにに!」

「ところで、さっきの黒いぷにってお前だったり……?」

「ぷににに!!」

 

 目を吊り上げて怒った表情をされた。

 

「いや、悪かったって。ところで、なんで黒かったんだ?」

「ぷに」

 

 一声鳴いて、ぷには洞窟の奥に向かった。

 

「? ……ついていけばいいのか?」

 

 とりあえず、立ちあがってついていこうとする。

 

「ぷにっ!」

「おお!?」

 

 洞窟の暗闇から真っ黒になったぷにが出てきた。

 

「お前……もう、白玉の名前が使えないじゃないか……」

 

 つかどうやって、そんなことになってるんだよ。

 

「ぷぺっ!」

 

 ぷにが口から何かを吐き出すと白に戻った。

 

「? 何だこれ?」

 

 暗くてよく見えないから、かがんで調べてみる。

 

「…………」

 

 本日二度目の血の気が引く体験をした。

 

「ぷに……これ……」

「ぷに?」

 

 そこにあったのは、シルクハットと真っ白な手袋だった。

 

「俺がいないうちにお前は野生に帰っちまったのか!?」

「ぷに?」

 

 これどうみても完全に人の装備品じゃないかよ!

 

「ぷにに」

「ぬおっ!」

 

 ぷにが俺を口で引っ張って、洞窟の奥に連れて行く。

 

「ちょっ、待てって!」

「ぷに」

 

 少しの間引きずられるとぷには止まった。

 

「ぷに」

「何だってんだよ……は?」

 

 体を起して前を見ると、シルクハットと手袋をした黒い顔の付いた球体たちがいた。

 簡単に言うとゴーストやね。

 

「ぷに」

 

 すると、ぷにがパクッとゴーストを食べた。

 

「……うまいか?」

「ぷに!」

 

 おいしいらしい。

 見てみると、またぷにの体の色が黒くなっていた。

 

「帰るか……」

「ぷに」

 

 シルクハットと手袋は戦利品としていただいておいた。

 

 

 

 

 アードラさんたちはぷにがまとめて蹴散らしてくれた。

 今やあいつらが狩りの獲物になっていた。

 俺はサポート要員にすらなれないなと思った。

 

 

 ……俺、何しに来たんだっけか?

 

 

 



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パワー・オブ・ザ・イヤー

 

「ちょっと、そこのあなた」

「んにゃ?」

 

 背後から声がしたので、振り返ってみる。

 

「……誰?」

 

 そこには、やたらと露出が多いお姉さんチックな人が立っていた。

 

「あんたがトトリの言ってた冒険者でしょ?真っ黒で変な服って聞いたからすぐにわかったわよ」

「失敬な、格好のことで、あんたみたいなのにとやかく言われたくないな」

 

 つかトトリちゃん、俺のことそんなふうに思ってたのかよ……。

 

「で、誰なんだいな?」

「私はメルヴィア、冒険者であの子たちの姉みたいなものね」

「ふーん、ちなみに俺はアカネです」

「テンション低いわね……」

 

 だって、疲れてるんですもの。

 

「ところで、その頭の白いぷに……何かしら?」

「俺の相棒だよ、これで結構強いんだぜ」

「ぷにぷに!」

「モンスターが相棒……聞いたとおり変わったやつね」

 

 最近トトリちゃんの評価かマジで気になってきたわ。

 

「自己紹介も終ったところで、失礼しよう」

 

 テクテクとゲラルドさんのお店のほうに歩いていく。

 

「…………」

「…………」

 

「何故ついてくるし」

「だって、今トトリ達もゲラルドさんの所にいるのよ」

 

 さいですか。

 

 

 

 

「こんちわー」

 

 俺はお店の扉を開けて、中に入る。

 

「お!先輩、久しぶりだな!」

「まだ三日くらいしか経ってないと思うぞ」

 

 開口一番に後輩君が声をかけてくる。

 

「? トトリちゃんどうかしたか?」

 

 トトリちゃんが何故かフリーズしていた。

 

「だ、だって!アカネさんのそ、それ!モンスターじゃないですか!」

 

 ……ぷにがいない方が話が円滑に進むんじゃないか?

 

「アカネ、いくら客がいないとはいえモンスターを連れ込むのはだな……」

 

「いや、これは俺の相棒、パートナーなんですよ!」

「相棒……ですか?」

「そうそう、ちょっとはぐれてたんだけど再会したんだよ」

「もしかして、こないだ叫んでた時の……?」

「そんなこともあったな」

 

 あの時は正直取り乱しすぎたわ。

 

「でも先輩、ぷになんて弱っちいだろ」

「お前三人分の働きはしてくれるわ」

「ぷに!」

「嘘だ~」

 

 

 無知とはまったくもって恐ろしい、ここがお店じゃなかったらぷににGOサインを出すとこだぜ。

 

 

「でも、よく見るとかわいいですね。名前は何て言うんですか?」

「ぷにだ」

「えっ?」

 

 よく聞こえていなかったのか、何か信じられなかったのか、トトリちゃんは変な声を上げた。

 

「いやだから、ぷに」

「あの……それって名前なんですか?」

「最初の一日くらいは、白玉って呼んでたんだけど呼びづらくてな」

「でも、わかりづらくないですか?」

 

 確かに最近それは薄々思ってたわ。

 青とか緑とか以外にも絶対いるだろうし……。

 

「んじゃ、トトリちゃんが考えてみる?」

「私がですか!?」

「トトリちゃんなら変な名前付けないだろうし。いいよな、ぷに?」

「ぷに!」

「わ、わかりました! 考えてみます!」

「がんばれよー」

 

 トトリちゃんが考え込んでるのを尻目に依頼報告を済ませる。

 

「完璧な仕事だな、報酬を少し上乗せしておこう」

「マジで!?」

「ああ、まさか依頼した数の倍倒すとはな。恐れ入ったぞ」

 

 ぷに無双の結果がまさかこんな所に……。ウマー。

 

「先輩一人でやったのか!?」

「ん、ま、まぁ、そそ、そうだね」

「ぷに!」

「がはっ!?」

 

 毎度おなじみのぷにタックルを食らった。流石にこれは怒るよな。

 

「すびばせん……全てはぷにがやりました」

「ぷに!」

 

 えっへん、とでも言うかのように誇らしげな顔をするぷにであった。

 

「へぇ、本当に強いんだな」

「俺だって、何か武器さえあれば……」

「そういや、あんたの武器って何なのかしら?」

 

 いつのまにかテーブルに座っていたメルヴィアが質問してきた。

 

「拳と蹴りだ」

「あら、それじゃあ力はあるのかしら」

「クックック」

 

 俺のお楽しみタイムの始まりだ。

 

「見るがよい!」

 

 後輩君にしたようにジャージをまくり上げる。

 

「あら以外、ちゃんと鍛えられてるのね」

「小娘とは違うのだよ!小娘とは!」

「あら、言うわね」

 

 そりゃ、俺は趣味で鍛えてるだけとはいえ女子に負けるような鍛え方はしていないさ。

 

 

「はい」

「……?」

 

 メルヴィアが肘をテーブルについて手を広げている。

 ……ああ、なるほど。

 

「後悔しないことだな」

 

 俺はイスに座り右肘をついて手を合わせて。

 俗に言う腕相撲の構えである。

 

「先輩、やめといた方がいいぜ。腕へし折られるぞ」

 

 後輩君が耳元で囁いてくる。

 

「何をバカなことを言ってるんだ。あの細腕に負ける要素はないさ」

「一応、止めたからな」

 

 

 

「それじゃあ、いくわよ。レディ」

「ゴー!」

 

 瞬間にデーブルをたたく音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「くくっ、貧弱! 貧弱! 弱い者いじめになっちゃったじゃないか!」

 

 俺の圧勝。さすがに負けないさ。

 

「どうだい。お嬢ちゃん」

「あらー、以外とやるわね。手加減しなくてもよかったかしら」

「何だい、負け惜しみかい? 三回勝負ですか? いいですよ?」

「それじゃ、はい」

 

 先ほどと同じような体制を二人で取る。

 

「あんまり手加減に慣れてなくて、負けちゃったわよ~」

「へいへい」

 

 俺は若干呆れつつ相槌を打つ。

 俺が有頂天になるのは負けフラグじゃないってところを見せつけてやるぜ!

 

「そんじゃ、スタート!」

 

 

 

 途端に響くのは粉砕音。

 先ほどのをドンと言うのなら、今回のはバキッとでも言う感じ。

 

 

 

 

「――ァ! ――ッ!」

 

 声にならない悲鳴を出す。

 

「ちょっと、やりすぎちゃったかしら?」

「やりすぎだよ、メルお姉ちゃん!」

「おいおいテーブルにひびが入ってるじゃないか」

「先輩、だから言ったんだよ……」

「ぷに~」

 

 

「折れた!絶対これ折れてる!」

 

 怖くて直視できないけど絶対折れてる!

 

「大袈裟ねぇ、流石にそこまでやってないわよ」

 

「くぅっ!」

 

 負けた!こんな細腕に俺の数年間の結晶を打ち破られた!

 

 

「う……ぐず、うぅ……」

「ちょっと、大丈夫そんなに痛かった?」

「ぐす……うっせえ!同情なんていらねぇよ!」

 

 俺はそう言うと扉に向かって駈け出した。

 

「いつか、絶対負かしてやるからな!……ぐすっ、うぁぁ」

 

 バタンとドアを閉めて走り出した。

 

 

………………

…………

……

 

 

「ちくしょー!」

「ぷに~」

 

 現在は宿屋でベッドに寝転がってる。

 

「メルヴィアの奴め~。いつか、絶対に負かしてやる」

 

 早速鍛えなおそうと思い俺は床に腕をついた。

 

「ぐぉぉぉぉ!」

 

 着いた瞬間、勝負に使った右腕に激痛が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、俺強化作戦を考えよう」

 

 一番確実なのはゆっくりと鍛え上げることだが、効率化を図りたい。

 

「ぷに!」

「はい、ぷに君!」

 

「ぷに、ぷにに、ぷにーに、ぷに!」

「はい、却下」

 

 まさしく日本語でおkってやつだな。

 

「ぷにに!」

 

 いきなりぷにが置いてあった、俺のポーチを漁りだした。

 

「ぷに、そのポーチには食い物は入ってないぞ」

 

「ぷに」

「ん?」

 

 ぷにが咥えているのは、こないだのゴーストの残骸だった。

 

「手袋をしても腕力は上がらないって……」

 

 しかし、ぷにが押しつけてくるのでしかたなく装着してみる。

 

「んむむ?」

 

 攻撃力が5上がった! 気がした。

 

「なんだろう、この感覚……そう生命力が奪われているような。でも、それでいて力があふれる……」

「ぷに!」

「いるか!ぼけぇ!」

「ぷに!?」

 

 手袋をぷにに向かって投げつける。

 

「どう考えてもそれ、呪いのアイテムじゃねえかよ!」

 

 リアルにHPが削られていく感覚を味わったぞ。

 

「却下だ!……と、言いたいところだが」

 

 もしかしたら、いけるんじゃないか?

 

「ぷに」

 

 意訳)チート使って勝ってうれしいんですか?

 

 

「今回だけだ。いつか自分の力で勝って見せるから!」

 

 そう心に決めて、俺はゲラルドさんの店に向かった。

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 

「勝負だ!メルヴィア!」

 

 

 

 

 

 

 ゲラルドさんの店のテーブルが一つ完全粉砕したことを追記しておく。

 

 



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ネーミングセンス

「ゲラルドさん、討伐完了しました~」

 

 忌むべきあの日から一週間が過ぎた。

 俺は、依頼の完了報告をしにお店にいる。

 

「なんだ、随分と疲れてるな」

「うい~」

 

 大体、近海ペンギンのせいだ。

 あいつら、ゴースト手袋しないと全然攻撃通らないんだぜ。

 

「しかしお前、少し働きすぎじゃないか?」

「まあ、多少……」

 

 なんでもアーランド行きの馬車に乗るには10万コールも必要らしい。

 後輩君とトトリちゃんと俺の3人で懸命に金を稼いでいるのだ。

 ……メルヴィアも手伝ってくれてはいる。

 

「確かここ1週間で5000コールは稼ぎましたよ」

「そんなに稼いで、何か入用なのか?」

「まぁ、いろいろあるんですよ」

「ふむ。俺から言えることとしては、無理だけはするなよ」

「もちろんですよ。それじゃ、今日はこの辺で」

 

 そう言って、俺は店の外に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「報告終わったぞ~」

「それじゃ、行きましょうか」

 

 外で待っていたトトリちゃんと合流して、俺たちは歩きだした。

 

「久しぶりにまともな飯を食えるな~」

「あはは……」

 

 ここ1週間の間は採って食っての適当な食生活をしていたのだ。

 それを話したらトトリちゃんが夕食に誘ってくれたのだ。

 

「しかし、本当に俺が行ってもいいのか?」

 

 正直、恩があるのにご馳走になるのは気が引ける。

 

「いいんですよ、アカネさんいつも手伝ってくれてるじゃないですか」

「いや、俺にも事情があるからな」

 

 手伝いをするって言い出したのは俺だし、アーランドに俺も行きたいし。

 

「しかし、10万コールって聞いた時は驚いたな」

「私もですよ……」

「まぁ、俺はアーランドに行きたいだけだから気にするなよ」

「わたしもそうですから、遠慮しないでください」

「二人は冒険者になるって目標があるって言いたいが……まあ、そうするよ」

 

 ここ1週間で分かったが、本当にトトリちゃんはいい子だよ。

 やばいくらいに優しい。この間なんてタダで薬くれたんだぜ。

 

 

「よーし! 飯を食ったらさらに頑張るとしますか!」

「わ、私もがんばります!」

 

 決意を新たに、とりあえずはトトリちゃんの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷに!」

「何故いるし」

 

 扉を開けてリビングに入るとぷにがテーブルに乗っていた。

 

「私が呼んだんですよ。いつもぷにちゃんも手伝ってくれてるますから」

「ぷにに!」

 

 そうね。俺よりも役に立ってるモノネ。

 

「まあいい、ツェツィさん。何か手伝おうか?」

 

 俺はキッチンで支度をしているツェツィさんに向けてそう言った。

 

「いいわよ、アカネくんはお客さんなんだから、座ってて」

「食器運ぶくらいは手伝うから、できたら呼んでくれよ」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 ツェツィさんには敬語じゃないんだが、若干口調が和らいでしまう。

 これが、噂に聞く癒し効果とかいうものだろう。

 ヘルモルト姉妹は本当に雰囲気が似ている。

 

 

「そういえば、アカネさんに報告があるんです!」

「おおっ何だいな?」

 

トトリちゃんが勢いよく声を出した。

 

「ふっふっふ、ぷにちゃんの名前を思いついたんですよ」

「ぷに!?」

「正直忘れてたと言いたいけど……気にはなるな」

 

 トトリちゃんがこんなに時間をかけて考えたんだ。きっとぴったりな名前になるだろう。

 

「で、その名前は?」

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷには興奮して待ちきれないようだ。

 

 

「はい! 名付けて、『ぷにせいぎ』です!」

「えっ?」

「ぷ、ぷに?」

 

 俺の耳がおかしくなったのか?何かとんでもないものが聞こえたような……。

 

 

「ぷにせいぎです。ぷにちゃんはモンスターだけど良い子ですから」

「…………」

 

 正義、これは……予想の斜め上をぶっ飛んでったな、おい。

 

「…………」

 

 どうですか、とでも言うようなトトリちゃんから目を逸らして。

 俺は素早くぷにとアイコンタクトを行う。

 

「ぷに、昨日俺が考えたのとどっちがいいよ!」

「ぷに~」

 

 考え込むような表情をするぷに、流石の演技力だ。

 

「え?アカネさんも考えてたんですか?」

「ん、まあネ。新しイのを一つ考えたんダヨ」

 

 そして、俺の演技力はゴミレベルな気がしてならない。

 

「何て名前なんですか?」

「えっ!? ……まぁ、あれだよ!」

 

 白……丸……ぷに……モンスター……あらゆる言葉が俺の頭を駆け巡っている。

 

「ぷに……ホワイト」

「ぷにホワイトですか?」

「ぷに~」

 

 ぷにが俺の方をすごいジト目で見てくる。

 俺は悪くねえ!

 

「それで、ぷにちゃん。アカネさんとどっちがいい?」

「ぷに……」

 

 ぷにがさっきまでの演技ではなくガチで悩んでいる。

 

 

 

「シロっていうのはどうかな」

「ホワッ!」

 

 隣を見てみると、やさしげなおじさんが座っていた。

 全然気付かなかったんだが、いつからいたんだ?

 

「えっと……誰? いつからそこに?」

「私はトトリたちの父親でグイードって言うんだ。ここには最初からいたんだけどね……」

 

 オワタ。失礼なんてもんじゃないわコレ。もう恥ずかしくて死にたい。

 

「す、すいません。とんだ失礼を」

「いいさ、もう娘たちで慣れたからね」

「わ!? お父さんいたの!?」

「ほらね」

「は、はぁ」

 

 悲しい、悲しいぞ! 悲しすぎるだろ!

 とりあえず、このことについてはもう考えないようにしよう。

 

「それで、シロっていうのは?」

「そこのぷに君が随分悩んでいたんでね。第三の案としてどうかと思ってね」

 

 そう言って、グイードさんは朗らかに笑った。

 

「ぷに!」

「なんだ、ぷに。気に言ったのか?」

「ぷに!!」

「そうかい、それはよかった」

「むう、お父さんずるい!」

 

 今回ばかりはトトリちゃんを庇えない。

 とりあえず、次からはトトリちゃんには頼まないようにした方がいいだろう。

 

「ま、シンプルなのが一番ってことか」

 

 そういいながら、俺はイスに深くもたれかかった。

 白玉とかぷにとかよりは呼びやすいしな。

 まあなんだかんだで、俺はぷにって呼びつつけそうな気がする。

 

 

「アカネ君、できたわよ。運んでくれるかしら?」

「おう、待ってたぜ」

 

 そう言って、バッと体を起してイスから降りる。

 

「俺のちょっとカッコいいとこ見せてやんぜ」

「はい。よろしくね」

 

 

…………

……

 

 

「今日は、ありがとな。久しぶりに満足な食事を食えた」

「いえ、いつでも来てくれていいですからね」

 

 あの後は普通に食事を取って、今はトトリちゃんがお見送りしてくれてる。

 

「ん、体冷やすといけなないから、俺は帰るかね」

「あ、はい。それじゃあまた明日」

「んー、また、明日なー」

「ぷにぷ~」

 

 手を振って、トトリちゃんと俺たちは別れた。

 

 

 

 

 

「ぷに……いやシロよ。俺はこないだ人生の絶頂を迎えたかと思った」

「ぷに?」

 

「しかし……違った。今日、俺は真の最頂期を迎えた!」

 

 帰ってる間に頭が冷えてきた俺は、気づいてしまったのだ。

 

 ……ある、重要な事実に。

 

 

「俺は……ツェツィさんの! 手料理を食べたのだ!」

 

 勝ち組みなんて安い言葉じゃ言い表せないほどの優越感。

 

「これは、もう嫉妬で殺されてもおかしくないレベルだろ」

 

 高校で彼女出来たとか言ってた奴が途端に薄っぺらく……いや哀れにすら思えてきた。

 

「クックック」

 

 いつもならこの笑い方が負けフラグになるところだが、今は夜中の村、そうそう人なんていない。

 

「シロ、お前にもこの気持ちが分かるだろう?」

「ぷにー」

 

 なんか白い目で見られてる気がした……。

 

 

「一通り幸福感を味わったし帰るか」

「ぷに」

 

 

 俺たちは今度こそ宿屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………宿屋へ戻ると今日は宿屋の旦那が漁で大漁だったらしく、豪勢な魚料理が振る舞われたと聞いた。

 

 

「……俺もう絶対あの笑い方しないぞ」

「ぷに~」

 

 ツェツィさんの手料理に及ばないとしても悔しいものは悔しいんです。

 



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先輩としての誇り

「残念。俺の冒険はここで終了する」

 

 唐突だが、俺の人生オワタな事態に遭遇している。

 

「キエェェー!」

 

 街道を歩いてたら、俗に言うグリフォンが襲ってきたのだ。

 隣でトトリちゃんが腰を抜かしている。

 後方にはメルヴィアがいるが間に合わないだろう。

 

「所詮俺は、ぷにがいなけりゃ何もできないのさ」

 

 ドヤッ

 

「キエェェー!」

 

 グリフォンの振り上げられた前足が、俺に振りかかろうとしていた。

 

「オワタ」

 

 

 ――ガキンッ!

 

 

「ほわい?」

 

 目の前にはメルヴィアと崩れ落ちたグリフォンがいた……。

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「う~む」

「ぷに?」

 

 現在俺は広場の噴水の脇にあるベンチでうなだれていた。

 

「絶対におかしいだろ」

 

 一撃はないだろ、一撃は……。

 

「そもそも、お前がどっかに行ってたからなぁ……」

「ぷに~」

 

 冒険に行こうと思ったら、ぷにがいなかったので仕方なく置いてったのだ。

 近場だから大丈夫と思った結果があれだよ。

 

「やっぱり、あれか? 必殺技的なものが必要なのか?」

「ぷに!!」

「なんだ? 俺はもう使えるってか?はいはい、ワロスワロス」

 

 ぷにが俺の頭から飛び降りて、俺に向かいあった。

 最近はぷにのおかげで、行間を読む能力が向上した気がする。

 

「ぷに!」

「おっ!? 黒くなった!?」

 

 いつぞやの黒ぷにモードに変化していた。

 

「スタイルチェンジとかもう完全に主人公じゃんか……」

 

 なんか、ぷにのせいで俺の影が薄くなってる気がしないでもない。

 

「ぷに~ん!」

「さらに、シャドーボールって……俺の存在価値をそんなになくしたいのかお前は?」

 

 変な鳴き声を上げたぷには上空に黒い球体を打ち上げた。

 

「つか、今のってゴーストの攻撃に似てね?」

「ぷに」

 

 ぷに再会とは別に、ゴーストの討伐に向かった時のことを思い出した。

 

「カービィか! お前は!?」

 

 何?捕食したら能力を使えるってこと?

 

「まて、そうだとしらお前大分前から使えたんじゃ……」

「ぷに!」

 

 肯定ですか、そうですか。

 今まで俺に見せてきた実力は全力じゃなかったってことなのね。

 

「待て! 相棒のパワーアップはもう一人のパワーアップフラグじゃないか!?」

 

 相棒に対して劣等感を抱く→俺が暴走した行動を取る→ピンチで必殺技

 

「これで、勝つる!」

「ぷに~」

 

 ぷには、やれやれとでも言いたそうな顔をしている。

 

 

「先輩。さっきから何やってんだ?」

「ぬおっ!」

 

 ぷにから目線を上にあげるとジーノがいた。

 

「後輩よ……俺、もうすぐ強くなるから!」

「えっ?なんでだ?」

「必殺技だ……俺はもうすぐ必殺技を手に入れる」

「ま、マジかよっ!?」

「あぁ、フラグは立ったからな」

「? よくわかんねぇけど、必殺技かぁ……」

 

 必殺技に憧れを抱くとは、どうやら後輩君も人並みに男の子らしい。

 

「な~んか、おもしろそうな話してるわね」

 

 全身の毛が逆立つのを感じた。

 

 

「おっ!メル姉! 実は先輩が必殺技を手に入れたらしいんだよ」

「ちょっ!?」

 

 まだ!まだ手に入れてないから!もうすぐって言っただろうが!

 

「必殺技……アカネもやっぱり男の子なのね」

「うぐっ!」

 

 なんか遠まわしに厨二病って言われた気がする。

 

「ぷに!」

「あら、シロちゃんじゃない。ご主人がこんなので大変ね」

「おい待て、ぷにと俺は相棒だ。ご主人だとぷにが上になっちまうだろうが」

 

 メルヴィアが苦笑いを浮かべた。

 

「自覚はあったのね……。というか、なんでぷになのよ?」

 

 そういや、ぷにって言いなれてるせいですっかり忘れてた……。

 

「ぷに、俺からの呼び方はもうこれで良いんじゃか?」

「ぷに!」

 

 いいらしい、流石は相棒ですね。

 

「先輩、結局先輩の必殺技ってどんなのなんだ?」

 

 ちっ!うまく話を逸らそうと思ったのに!

 

「…………」

 

 俺が黙っていると、メルヴィアが俺とジーノを交互に見ていた……なんぞ?

 

「なんで、ジーノ坊やはアカネのことを先輩って呼んでるのよ?」

 

 ナイスだ! うまくこっちの方向に話を持っていけば!

 

「なんでって言われでも、先輩は冒険者の先輩だからな」

「でもジーノ坊やの方が明らかにアカネよりも強いでしょ」

「えっ! マジか!?」

「筋力とかは当然劣ってるけど、私の目から見てジーノ坊やの方が戦いなれてるわよ」

 

 話が逸れて嬉しい反面、複雑な気分だ。

 何というか、先輩としてのアイデンティティが危うくなってる気がする。

 

「待て、俺にはぷにというオプションパーツが……」

「今日は、それがなくて何があったのかしら~?」

「ぐぬぅ……」

 

 こやつ、的確に俺の急所をえぐってきやがるぞ。

 

「でもさぁ、冒険者としては先輩は先輩だから、これからも先輩でいいと思うんだよ」

 

 ! ジーノ後輩……俺は君のことを誤解してたわ。

 なんというか、生意気でイケメンなやつだとか思ってたよ。

 まさか、こんなにいい子だったなんて!

 

「こうは「それに必殺技も持ってるしな!」……イィィィィ」

 

 自分でもどう出したかわからないような、ものすごい低い声が出た。

 いまさら、そこに話を戻すんじゃねえよ!

 

「そういえば、結局どんなんなのよ?」

「えっとー、それはー」

 

 長引かせて、とりあえず適当なのをパパっと言うんだ俺!

 大抵、こういうのは相棒とセットの技になるって相場が決まってるから……。

 

「そういや、俺ちょうど特訓に行こうと思ってたんだよ!先輩も来てくれよ!」

 

 コォォォーハイィィィーー!!

 

「あら、おもしろそうね。折角だから、私も付いていくわよ」

 

 何? 俺フラグの立て方ミスったの?

 いまさら、ありませーんなんて言えないぞこの空気。

 

「一日に二度オワタな体験をすることになるとは……」

「ぷに」

 

 この後何かあったら、だいだい相棒のせいって言おう……。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「よし!やるぞ、先輩!」

「カカッテコーイ」

 

 結局なにも思いつかずに、ここまで来てしまった。

 周りは結構広く逃げ場はない。マズイ。

 流石に刃は潰してあるみたいだけど、マズイ。

 

「このままでは……」

 

 -未来予想図-

 

 バシッ

 

「ぐわっ!」

「先輩、本当に弱いんだな」

「必殺技はどうしたのかしら~、ぷぷっ」

「アカネさん、もうお手伝い来なくていいですよ」

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 いや、後輩はこんなこと言わないから!?

 つか、なんでトトリちゃん出てきたんだよ!?

 

 

「アカネ、そろそろ初めの相図出してもいいかしら?」

 

 メルヴィアが俺のことを呆れたような目で見ている。

 

 このままでは、必殺技どころか後輩に負けるという醜態をさらす羽目になるのでは……。

 

「ちょい待ち」

 

 俺はジャージのポケットから魔のゴースト手袋を取り出した。

 もはや、ゴースト繋がりでこいつに頼むしかない。

 

 俺は両手に手袋をはめた。

 

「それじゃ、始め!」

 

 

「たあっ!」

 

 後輩が剣を構えて前かがみに突撃してきた。

 

「……剣コワ!?」

 

 俺は横に飛んでなんとか袈裟切りを避けた。

 足首とか鍛えといて良かったわ……。

 

「必殺!」

 

 叫んで、右拳を握り力を込める。

 後輩君は警戒してるのか、こちらの様子を見ている。

 

「シャドーボール!」

 

 ストレートを空中に向けて放つと後輩に向かって黒い塊が飛んでいった。

 

「うわっ!」

 

 それをまともに食らった後輩は、崩れ落ちた。

 

「流石、先輩強いぜ!」

「本当、見直したわよ!」

「クックック」

 

 

 

 ……こうなると思ったの?バカなの?

 

 現実は叫びもむなしく、空中に腕を放った隙だらけの格好となってしまった。

 

「えっと……」

 

 絶好のチャンスなのだが、どうしようか戸惑っているようだ。

 

「運が良かったな。今日はMPが足りないみたいだ」

 

 帰れよ、何て言われるはずもなく後輩君は俺に向かって剣を振りおろしてきた。

 

「ひっ!?」

 

 バックステップでかわしつつ距離を取る。

 

(距離とってどうするんだよ! 懐に潜り込まなきゃだめだろうが!)

 

 自分で自分の行動がよく分からない。

 

 

「こうなったら……」

 

 俺はぷにの方に目を向ける。

 ここに来るまでにある打ち合わせをしていたのだ。

 

 

(よろしく!)

(ぷに!)

 

 

「必殺!」

 

 叫んで、先ほどと同じように拳に力を入れる。

 違うこととしては、もう後輩君は警戒なんてしていないってことだ。

 

 

「ぷに!」

「シャドーボール!」

 

 ぷにが俺に向かって放った黒玉を拳で後輩君に向けて打ち返した。

 若干どころか完全に反則ではあるが、これでさっきの妄想は成り立つ!!

 

 

「っ!?」

 

 

 ですよねー。

 

 後輩君は普通に横にステップして攻撃をかわした。

 

「先輩!卑怯だぞ!」

「うっせ!これが必殺技もとい合体攻撃だ!」

 

 これも一つの男のロマン。

 俺のゴースト手袋の効力で威力は上がっている……はず!

 

 

「今のもうなしだからな!」

「ちっ!仕方ないか」

 

 視界の端ではメルヴィアがアップを始めてたので仕方なくあきらめた。

 

 

「後悔するなよ、本気でいくぞ!」

 

 

………………

…………

……

 

 

「ぜぇ、はぁ……ぜぇ、はぁ」

 

 忘れてた……この手袋してると体力の消費すごい激しいんだった。

 後輩君の顔を見るとかなり涼しい顔をしている。

 

「先輩、もうやめといた方が……」

「う、うっさい!まだ、いけるわ!」

 

 対人戦で年下に負けるとか、いくら俺でもプライドぐらいある。

 

 

「……ふぅ」

 

 俺は距離を取りつつ息を整えた。

 

「後輩君……見せてやるぞ。必殺技を」

「いや、もうそれはいいって」

 

 呆れた顔をする後輩君だが、今回ばかりは本気の俺だ。

 真面目にやるのは格好悪いとか言うのは、もはや昔の世界の話だ。

 邪魔な手袋を取ってポケットに収納する。

 

 

 その間に後輩君は今までと同じように剣を構えて突撃してくる。

 

 俺も後輩君に向けて走り出す。

 

「はあっ!」

 

 水平切りを屈んで避け、加速を生かしたまま技を繰り出す。

 

「夏塩蹴り!」

 

 つまるところサマーソルト。

 宙返りをしつつ蹴りを繰り出す。

 

 

 俺のガチの必殺技だ。黒歴史と化していた俺の技だが、どうやら後輩君には効いたようだ。

 

「いってぇ~」

「痛いで済んじゃうのかよ!」

 

 後輩君は顎を押さえて転げまわっていた。

 俺の筋肉と瞬発力をフルに使った技だったんだが……。

 

 

「とりあえず、俺の勝ちな」

「ちぇー、勝てると思ったんだけどな」

「一応、あれが俺の最終兵器だからな」

「すごかったな!あれ!本当に先輩、必殺技持ってたんだな!」

「ま、まぁな」

 

 まさか、こんなに真っ直ぐ褒められと思われず、若干照れる。

 

「でも、あんな技使ってるの見たことないわよ?」

 

 近寄ってきたメルヴィアが話しかけて来た。

 

「いや、だって……」

 

 厨二すぎて使えないだろ……あんなの。

 

「必殺技だからな」

「だったら、あの時使えばよかったじゃない」

「グリフォン相手に効くとは思えないわ」

 

 確かにあれは対空技だけど、あれにダメージを与える自信はない。

 

「とりあえず、帰ろうぜ。俺はもう疲れました」

「俺はもうちょっと特訓してから帰るから、先に帰っててくれよ」

 

 元気だなーこの子は。

 

「私も帰るとするわ、面白いものも見れたし」

「ぷに~」

 

 なんか、俺への好感度が上がっている気がする。

 

「あれか!真面目にやった方がカッコイイということか!」

「いや、そんなの当然じゃない」

 

 前は当然じゃなかったんですよ。

 

 

 

 

 

「イエスッ!到着!帰って休もう!」

「ぷに!」

 

「ちょっと、待ってくれない?」

「んにゃ?」

 

 宿屋へ向かう俺たちをメルヴィアが引きとめた。

 何か用があるのだろうか?

 

「何だいな?」

「大したことじゃないんだけど、これからもあの子の先輩をよろしくね」

「むっ、何か姉っぽいことを言い出した」

「うっさいわね。で、どうなの?」

「冒険者に対して失望させない程度にはがんばる」

「そ、ありがとね」

「あ、ああ」

 

 メルヴィアは強いが女の子な訳だ。

 つまり……なんというか、照れてる俺がいる。

 

「そ、それじゃ、また今度な」

「ん、またね」

「ぷに~」

 

 

 

 

 

 

 宿屋に戻って、寝ながら俺は思った。

 

「今日の俺すごいカッコよかったんじゃあ」

「ぷに~」

 

 

 厨二病が再発している気がした。

 



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俺の怒りが有頂天

「結局金集まんなかったな~」

「ぷに~」

 

 明日は馬車が出る日なのだが結局金が集まらなかったのだ。

 そのため、俺は宿屋の部屋で寝ころんで落ち込んでいた。

 

「二人とも大分落ち込んでたよな」

「ぷにに」

 

 俺はいつでもいいとしても、トトリちゃんたちはすぐにでも行きたいだろうに。

 

 

「うがー!」

 

 

 トントン

 

「? はーい、どうぞ~」

 

 扉がノックされた、俺は寝ころんだまま応答した。

 

「こんばんわー」

「トトリちゃん? どうしたんだ?」

「はい! 実はですね……」

「…………」

 

 翌朝

 

 

 

「死ねい!」

「ひゃあ!」

 

 ちっ! ペーターの野郎かわしやがった。

 

「い、いきなり何するんだよ!」

「自分の胸に聞いてみろ!」

 

 俺はもう一度、奴に向かって拳を放とうとする。

 

「あ、アカネさん!ダメですよ!」

「そうだよ先輩!」

 

 ちびっ子二人がそんな俺を抑えつけてくる。

 

「だって! あいつが!」

「だ、だから何なんだよ!」

 

 本当に分かってないのか、しらを切ってるのか知らんが、絶対に許さんぞ!

 

 

「むきー!」

 

 俺は二人の拘束を外して、再び殴りかかろうとした。

 

「ぷに!!」

「ぬおっ!?」

 

 ぷにがペーターの後ろから鳩尾に体当たりをしてきた。

 かなりうまいことカウンターを決められた。

 

「……ぐふっ」

 

 いままでの中で一番のクリティカルヒット。

 俺はその場に崩れ落ちた。

 

「これで勝ったと思うなよ」

「いや、俺は何もしてないんだけど……」

 

 俺はよろよろと立ちあがる。

 

「で、結局なんなんだよ」

「だから、兄ちゃんが言ってた馬車の代金の話だよ」

 

 後輩君がそう言うなりペーターは肩をふるわせ始めた。

 

「はっはっは! そうかそうか、お前ら本気で信じてたのか! あーはっはっは!」

 

 くそっ! 俺が何もできなくなった途端に調子のいい野郎め!

 

「笑い事じゃねーよ!」

「そうだよ! ひどいひどい!」

「ぷに! ぷに!」

「うぐぐっ!」

 

 こんな屈辱的な思いは始めてだ!

 

「悪い悪い、あんまりジーノがしつこいもんだからさ。それにツェツィさんもお前がアーランドに行くの反対してたみたいだし」

 

 えっ、そうなの?初耳なんだけど……

 

「だからって、あんな嘘つかなくてもいいのに」

「でも、俺の嘘のおかげで結果的にツェツィさんにちゃんと許してもらえたんだろう?むしろ感謝してほしいくらいだな」

 

 誰か、誰か俺に回復魔法をかけてくれ! そしたらグーでいけるから!

 

「そうだけど……なんか納得いかない」

「はあ、もういいや。それより早く出発しようぜ」

 

 二人ともそこで妥協しちゃダメだって!

 

「そう焦んなって、長旅になるんだからもうちょっとゆっくりしてから……」

 

 

「トトリちゃーん!ジーノくーん!アカネくーん!」

 

 ペーターがなめたことを言っていると坂の方から癒し要素がやってきた。

 

「げっ! ツェツィさん!? ……あああ、折角の見送りを邪魔しちゃ悪いな。俺、向こうに言ってるから」

 

 ヘタレた事を言って、ペーターはどこかに駈け出した。

 

「……やっぱりヘタレだな」

「だね」

「今回ばかりは同情の余地はない」

 

 つか後輩君、ちゃんと意味を理解したんだな。

 そんなことを言ってるとツェツィさんと他2名が近づいてきた。

 

「よかった。間に合って。これお弁当、4人で仲良く食べるのよ」

「うん、ありがとう。お姉ちゃん」

「なんか、ひとり分多いみたいだから、俺が2人前食べるとするか」

「アカネさん……そろそろ許してあげましょうよ」

「4人目など知らん!」

 

 溜まった金は別の使い道があるだろうけど、さすがに許せん!

 

「アカネくん、ペーターくんも悪気があったわけじゃないから、許してあげてくれないかしら」

「ツェツィさんがそう言うのなら……」

 

 何故かツィツィさんには強く出れない……。

 

「ま、それはともかくとしてトトリたちのことよろしく頼んだわよ」

「任せろ!」

 

 メルヴィアから言われると別の意味で断れない。主に恐怖的な意味で。

 

「あんたじゃなくて、シロちゃんよ。シロちゃん」

「ぷに!」

「…………」

 

 確かにぷにの方が頼りになるけど、そりゃないだろ。

 こうなったら……。

 

「……ぷに~♪」

「アカネ……正直気持ち悪いわよ」

 

 ツェツィさん達も苦笑いをしている。

 ……そんなに駄目だったか?ぷにのものまね。

 

「それじゃ、ペーターにもくぎを刺しに行ってくるわ」

 

 そう言うとメルヴィアはペーターの方に歩いて行った。

 

「あの二人って仲いいのか?」

「ええ、私とペーター君とメルヴィは幼馴染なのよ」

「な~るほど」

 

 なんとなく3人の関係が分かった気がする。

 

「ツェツィさん、ペーターに避けられてないか?」

「え、ええ。そうなのよ。よくわかったわね」

 

 驚くようなことじゃないさ。あの性格と行動を考えれば自明の理!

 これをネタにいつかからかってやるとしよう。

 

「アカネさん。悪い顔になってますよ……」

「おっと、いかんいかん」

 

 顔を引き締めようとしても、ついついニヤけてしまう。

 

「……俺の馬車に何か、なんて起きるはずないからな」

「不安だわ……不安すぎる。やっぱり私も一緒にいこうかしら」

 

 

なんか、あいつらがフラグっぽい事を言ってるんだが……。

 

 

「気をつけて行ってくるんだよ。ジーノ君。アカネ君もトトリのことを頼んだよ」

「おおっ! 任せてくれよ!」

「!? え、ええ。もちろんです」

 

 トトリちゃんのお父さん、存在を忘れてたとか口が裂けても言えないな……。

 

「ちょっと! ちゃんと聞きなさいよ! だいだいあんたは昔から……」

「あー! しつこいな!おい、もう出すぞ! 早く乗れ!」

「あ、うん。それじゃ、行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい。変なもの食べちゃだめよ。あと、知らない人について行ったりしたら……」

「もうっ子供扱いしないでよ。それじゃ、行ってきまーす」

 

そして、俺たちは馬車に乗って村を旅立った。

 

 

 

 

「おおっ!意外と早いな!」

「うん。それにすごい揺れる……。ねぇ、アーランドまでどれくらいかかるんだっけ?」

 

 

 …………

 

 

「二人とも元気だなぁ」

「ぷに」

 

 何というか、特にすることもなく座ってるこの感覚、電車に乗っていた時のことを思い出す。

 

「ふぁ……」

 

 眠い……。電車では眠るタイプだったから、異常に眠い。

 

「…………」

 

 そして、俺の意識は暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 

……1週間後

 

 

 

 

「あー、そろそろ馬車にも飽きてきたな。退屈だな」

「うう……気持ち悪い……」

「いつまで酔ってるんだよ。いい加減慣れろよな」

「うう……アカネさんよりはマシだよ」

「気持ち悪いから寝たい……なのに寝すぎて寝れない」

 

 電車の倍は揺れてる気がするだけど、正直馬車の揺れを舐めてた。

 車の数倍、電車の倍、例えるならばジェットコースター。

 

「ぷに」

「お前は元気だなー……」

 

 ぷにが平常運転すぎて妬ましい。

 

「はー。こんなんだったら歩いていけばよかったな」

「でも、歩いて行くと危険だって。……私も帰りは歩きたいかも」

「俺……アーランドに残ろうかな……」

 

 それが一番じゃないかなー。もう乗りたくないなー。

 

 

 

……1週間後

 

 

「ペーター、もうそろそろ着かないと俺の精神がストレスでマッハだぜ?」

「あと、丸1日ってところだ。我慢しろ~」

「あと、1日かー、あー! やっとだな!」

「見事な仕事だと関心はするがどこもおかしくはないな」

「アカネさん……」

「トトリちゃんが俺を痛い目で見ているのは確定的に明らか」

 

 自分でも今のテンションがおかしいことぐらいは自覚している。

 

 

「うわわっ!」

 

 ペーターの叫び声が聞こえると馬車が大きく揺れた。

 

「あいた! ううっおでこぶつけた……」

「おい! 何で急に止まるんだよ!?」

「コルァ! 仏の顔を三度までという名セリフを知らないのかよ!」

 

 三者三様の物言いをしてるとペーターが扉を開けて出てきた。

 

「や、やや、やばい!やばいのが出た!」

「わっ! な、なんなの!?」

「モンスターだよ! こんなでっかい奴! やばい! 俺たちやばい!」

 

 やばいやばいとうるさいくらいに騒ぐペーター、そして頭上に圧迫感と威圧感が混ざったような気配が……。

 

 メキメキ

 

「うわー!なんかメキメキ言ってるー!」

「慌てるな! 地球出身は慌てない」

「何言ってるかわからないよー!」

「どうすんだよ! このままじゃ俺たち潰されちまうぞ!」

「知らねぇよー。あんなモンスターが出たの初めてだし」

「あーもー! やっぱり頼りにならねぇなー!」

 

 涙目のトトリちゃん、今にも飛び出しそうな後輩君、へたれのペーター。

 一言で言って、てんやわんやだ。

 

「きゃー! どうしよどうしよ! シロちゃん! 起きて起きて!」

「いや、そこは俺に頼ろうよ!」

 

 ぷにはこんな騒ぎでも相変わらず寝ていた。

 ここはいっちょ、俺が頼りになるところを見せてやるか!

 

「俺に任せるがいい! とぅ!」

 

 俺は扉を開けて馬車から飛び降りた。

 

「無事か、間に合ったようだな」

 

 するとそこにはモンスターが倒れていて、黒いコートを着た目つきの悪い男が立っていた。

 

「先輩!大丈夫か!」

「アカネさん!」

 

 ちびっ子二人が出てこようとするが俺はそれを止める。

 

「待て! モンスターはいないが、殺し屋みたいな顔つきの男がいる!」

「殺しっ……!」

 

 目の前の男は明らかに一人くらいやっちゃってる顔をしている。

 子供が泣き出すレベルだ。

 

 

「い、いくらだ!?」

「な、何がだ?」

 

 しらを切りやがって、明らかに無償じゃ動かない見泣いた面をしてるじゃないか。

 

「ただ、俺たちを助けた訳じゃないんだろう……さぁ、いくら払えばいい!?」

「誤解するな。騎士として当然のことをしたまでだ。謝礼などいらない」

「…………」

 

 俺の中の警戒アラームが鳴り響いてるんだが、信用していいのか?

 

「うわっ、すげー。モンスターが倒れてる」

「わっ、怖そうな人」

 

 気づいたら二人とも外に出てきていた。

 

「……怖そう?」

「あっ、やだ! き、聞こえちゃった。ち、違うんです! 怖いっていうのは、その……」

「すげー! こいつ、おっさん一人で倒したのか?」

「……おっさん?」

「こ、後輩君! 何言ってんだ!」

「そ、そうだよジーノ君! 何言ってるの!」

 

 こいつにはあの男の顔が見えてないのか!?

 

「いやー助かりましたよー。本当なんてお礼を申し上げていいのやら」

 

 いつの間にかペーターも馬車を降りてきて、自称騎士の人にお礼を言っていた。

 ……あの二人が並んでいると、肉食獣とその獲物にしか見えない。

 

「先ほども言ったが、騎士として当然のことをしたまでだ。しかし、アーランドの間近にこんなモンスターが出現するとは……」

「ええ、びっくりですよ。長いことこの仕事してますけど、こんなことは初めてです」

 

 ペーターのやつ世渡りの方法を心得てやがる。

 ああいうのを長生きするタイプとかいうんだろうな。

 

「そうか、報告は私の方からする。君たちは早く街に入ったほうがいい」

 

 あれ……?もしかして、ガチで騎士なのかな?

 

「おい! おっさんてば! 無視すんなよ!」

「…………!」

「ジーノ君! 睨まれてる! めちゃくちゃ睨まれてるからー!」

 

 騎士……なのか?どうみても狩人の目つきなんだが……。

 

 

 

「では……」

 

 疑惑の騎士の人は踵を返して立ち去った。

 

「あ、行っちまった。でもカッコよかったな! あれこそ冒険者って感じ!」

「後輩君! 俺は! 俺は!」

「先輩は……なんかちがうんだよなぁ」

 

 

 泣いた。

 

 

「怖かったぁ。モンスターよりも怖かったかも……」

 

 トトリちゃんが涙目になっていた。

 こっちが正常な反応だろう。

 

「よーし!決めた! 俺、あのおっさんみたいな冒険者になる! 兄ちゃん早くアーランド行こうぜ!」

「待て! 後輩君! 俺はどうしたんだ!」

「あのおっさんは遠くの目標で、先輩は近場の目標みたいな感じだな」

 

 

 さらに泣いた。

 

 

「なんとか馬車も動きそうだし、早くこんな物騒なとこ通り過ぎちまおう」

 

 そういって、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 ……ぷにはまだ寝ていた。気楽過ぎるだろう。

 



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喧嘩注意報発令

「おお、着いた着いた!」

 

 街に入ると数か月ぶりの町並みが目に飛び込んできた。

 

「ふわぁ……ここが、アーランド」

「すげー! やっぱ俺たちの村とは全然違うな」

「見てみて、床が全部石だよ! 歩きやすい!」

「家とかもでっけーな! どうやって作んだあんなの?」

 

 ……この子たちをいつか東京に連れていってやりたいな。

 だいぶおもしろそうだ。

 

「恥ずかしいから、あんまりきょろきょろすんなよ~」

 

 事実微笑ましそうに笑っている人が何人かいる。

 俺がお兄さんポジション的なあれだろうか。

 

「はしゃぐのもいいけど、とっとと用事を済ませてこいよ。明日の夕方には馬車を出すからな」

「ん、馬車の中のぷにをよろしくなー」

 

 俺がそう言うとペーターは街の外に戻って行った。

 

「明日の夕方か……あんまり時間ないな。先輩、免許ってどこでもらえるんだ?」

「ああ、こっちだこっち」

 

 俺は二人と一緒にギルドの方に歩きだした。

 

「ところで、アカネさん。免許ってどうやってもらうんですか?」

「どうやってって?」

「試験とかあったりするんじゃないかなって……」

 

 そう言ってトトリちゃんは不安からか、少し顔を俯かせていた。

 うむ、実にまっとうな不安だ。まあ実際はなあ。

 

「なりたーいって言えばすぐにもらえるぞ」

「えっ!? 本当ですか!?」

「ホント、ホント」

 

 正直あの嘘があったとはいえ、あんなに簡単にもらってよかったのか今でも疑問だ。

 一応期限があったりはするが、その辺の説明はクーデリアさんに任せよう。

 

「っと、着いたぞ」

「うわぁ、大きい~」

「でけぇー」

 

 二人とも大きさにすごく驚いている。

 やっぱりいつか東京タワーとか見してやりたいな。

 

 

「とりあえず、入ってからもう一回驚いとけ」

 

 この中は現代人の俺の感覚でもでかいと感じたくらいだ。

 リアクションに期待しつつ俺たちは中に入った。

 

「中も広~い」

「ああ、いかにもって感じだな。これで俺もいよいよ冒険者に!」

「免許はあそこのカウンターでもら……える?」

 

 なんか、カウンターの前に人だかりができていた。

 

「先輩、あれ何だ?」

「知るか、とりあえず近づいてみるか」

 

 近づいてみるとクーデリアさんと知らないちびっ子が見えた。

 ちびっ子の格好すごいな……赤いマント着てるけど、相当露出高いだろ……。

 

「しっつっこい!やらないったらやらないっつてんでしょ!」

 

 

「「ひぃ!ご、ごめんなさい!」」

「二人とも何驚いてるんだ?」

 

 俺とトトリちゃんの叫び声が見事にハモった。

 この怒鳴り声はなんつーか、怖い。

 

「わっ、なんか、ちっちゃい女の子が喧嘩してる」

「トトリちゃん。金髪の方にそれを言うなよ、絶対に言うなよ」

「えっ、は、はあ」

 

 トトリちゃんに対してこのネタフリは早かったようだ。

 

 

「理由を言いなさい!何故この私が冒険者の資格をもらえないのか!」

「だから、あんたみたいな生意気で礼儀知らずなガキにくれてやるもんはないっつてんのよ!」

「な、な……礼儀知らずはあなたの方でしょう!シュヴァルツラング家の当主である私に対して、よくもそんな口を!」

「あら、シュヴァルツラング家の令嬢でございますの。私、フォイエルバッハ家の令嬢でございますの。同じ貴族仲間ですわね」

「あなたみたいな、金で家名を買った成金貴族と一緒にしないで」

 

 

 …………どうしよう、なんか蚊帳の外な感じがする。いや、事実蚊帳の外だ。

 隣でオロオロしてるトトリちゃんを見てるのも面白いが、ここは一つ俺の喧嘩を止める能力を見せてやるか。

 

 そう決めて俺は二人の前に歩み寄った。

 

「待たれい!!」

「「なによ!」」

「……ごめんなさい」

 

 怖いよ。このちびっ子二人怖いよ。

 

「って、アカネじゃないの。あんたいつの間に戻ってきたのよ」

「ついさっき戻ってきました……ごめんなさい」

「何よあんた! 邪魔しないでくれる!」

 

 最近はヘルモルト家と言うこの世界の優しい部分に浸ってきたせいで、この口撃に堪えられない……。

 

「お、俺は後輩連れてきたんダヨー! ちょっと黙っててくれるアルか!」

 

 思うままに口を開いたら、意味のわからん事を言い出してしまった。

 

「後輩? 今は私が! 免許を貰いに来てるのよ! 後にして頂戴!」

「ふたりとも~早く来て~」

 

 Sだよ。この娘、絶対Sだよ……。

 

「えっと……その……」

「なんだよ、先輩? もういいのか?」

 

 人ごみの後ろから二人が出てきた。

 俺の中の精神ポイントがトトリちゃんを見てめっさ回復したわ。

 

「アカネ……あんたね、もうちょっと状況を見なさいよ」

「うっさい! この子は、あれだぞ……そ、そう! 錬金術士なんだぞ!」

「錬金術士? あれ? その杖ってロロナの……」

 

 クーデリアさんがトトリちゃんの杖を凝視している。

 確かに変わったデザインな気がするけど、そこまで見なくても。

 

「ああ、もしかしてロロナの言ってた弟子ってあんたのこと?」

「え、はい。私の先生はロロナ先生ですけど」

「へぇ~。あんたがロロナの……。免許を貰いに来たのよね。ほら、こっち来なさい冒険者の資格なんていくらでもあげるから」

「え、えっと一つあればいいんですけど」

 

 クーデリアさんの態度が一気にすごい軟化した。何なんだあの不自然に切り替わった笑顔は……。

 まだ見ぬロロナ先生って一体何者だよ。

 

「ちょっと待ちなさいよ !何でそんな田舎くさい子がよくて、貴族である私がもらえないのよ!」

「何よ、あんたまだいたの」

「いたわよ! いたに決まってんでしょ」

 

 まぁ、確かにそうなるわな。赤い子的にはまったく納得いかないだろうし。

 つか、なんでクーデリアさんがこんなに機嫌いいのか俺にもわからん。

 

「いい? この子は錬金術師なの。この国に3人しかいない貴重な貴重な錬金術士。おわかり?」

「嘘だ! トトリちゃんがそんなすごい子なはずがない!」

 

 そんなVIPの様な空気をトトリちゃんからは良い意味でまったく感じない!

 

「何よ! 嘘なんじゃないの!」

「アカネ! あんたちょっと黙ってなさい!」

「……はい」

 

 (´・ω・`)

 

「こほん。あのバカの言うことは放って置きなさい。この子はね、かの有名なロロライナ・フリクセルの弟子なのよ」

「そして、俺の後輩さ! ……ごめんなさい」

 

 すごい目つきで睨まれてしまった。

 

「ったく。つまりは! あの悪名高いアストリッド・ゼクセスの孫弟子な訳、それでも文句ある訳?」

「ぐ、ぐぐぐ……あなた!」

 

 テンプレのような声を出してシュヴァルツなんとかちゃんはトトリちゃんを指差した。

 

「は、はい!」

「名前は? 名前は何と言うの?」

「え、えっと。トトリですけど」

「俺はアカネだ」

「トトリね……。その名前、しかと覚えておくわ!」

 

 そう言うとマント娘は扉の方に歩いて行った。

 

「え、え? なんで、私が恨まれるみたいになってるの?」

「え、え? なんで、俺が空気みたいに無視されたの?」

「それは自分の責任でしょうが……」

 

 訳が分からない。

 

「ま、ああいうのは自分で言っといて肩書に弱いものなのよ。ほら、資格をもらいにきたんでしょ。こっち来なさい」

「おい、トトリ! おまえだけずるいぞ!」

「あ、ごめん。あの、お友達も一緒なんですけど……」

「一緒でいいわよ、ほら早く来なさい」

「は、はい!」

 

 ジーノ君……俺以上に空気だったなぁ。

 しみじみと後輩君を見ていると、クーデリアさんが俺の事を手招きしていた。

 

「アカネ。あんたも来なさい」

「? あ、ああ」

 

 なんぞ? この後イクセルさんの所行こうと思ってたんだけど……。

 よく分からないまま俺もカウンターの方に近づいた。

 

「ほら、あんたの免許よこしなさい」

「? はいな」

 

 言われるがままに免許を渡した。

 

「そう言えば、自己紹介が遅れたわね。私はクーデリア。ここで冒険者関係の手続きをやってるわ」

「はい、よろしくお願いします。あのクーデリアさん……先生とお知合いなんですか?」

「まあね、ロロナとは腐れ縁って言うか、幼馴染って言うか、大親友って言うかまぁそんな感じよ」

「はぁ、よく分かんない……」

 

 ああ、前言ってた親友ってロロナ先生とやらのことだったのか。

 それはいいとして、なんで若干顔赤いんだよクーデリアさん……ツンデレか?

 一瞬、良いなと思ってしまった俺爆散しろ……。

 

「…………!」

 

 ぞくっとした。

 何かフィリーちゃんが前居た場所あたりから、負のオーラが……。

 

 

 

「アカネさん。見てください!」

「ん? ああ、免許貰ったのか、おめでとう」

「はい! 本当にすぐに貰えちゃいました!」

 

 うむ。よきかなよきかな。トトリちゃんとは別に後輩君は後輩君でかなり喜んでいるようだ。

 

「そういえば、クーデリアさん。なんで、あの子にあげなかったんですか?」

「あれは論外。こんなもの、ちょっと頭下げればすぐあげるってのに」

「……俺も大分ふざけたことしたような気がするんですけど?」

「言ったでしょ、頭を下げればって、あんたはちゃんと謝ってきたじゃない」

 

 つまり、あそこで謝ってなければ俺は悲しき犠牲者になってたってことか。

 

「それと、はいこれ」

「あ、どうも」

 

 クーデリアさんから俺の冒険者免許を手渡される。

 

「?なんか端っこのガラスが宝石みたいなのになってますけど?」

 

 前は壊れそうだったのに今はよく分からない紫色の鉱物になっていた。

 

「前に説明したでしょ、ポイントを貯めたらランクアップするって」

「? 俺ポイントを貯めた覚えなんてありませんけど?」

「何言ってんのよ? アランヤ村の方からあんたの依頼報告が大量に届いてたわよ」

「ああ、確かに依頼は山のようにやりましたけど……」

 

 いざ貯めん10万コールと意気込んで、今思うと毎日毎日飽きもせずに良くやったもんだよ。

 

「驚いたわよ。いきなりいなくなったと思ったら港町から報告が来るんですもの。どうやってあそこまで行ったのよ?」

「後で! 後で! お話しますから!」

「え、ええ……」

 

 珍しく俺の気迫が打ち勝ったようで、クーデリアさんは若干たじろいでいた。

 

「しかし、ランクアップか……」

「そうね。でも、まだ2なんだから、これからもしっかりと働きなさいよ」

「へーい」

 

 ふと、トトリちゃんたちの方を見ると二人とも首をかしげていた。

 

「先輩ってランク低くないか?」

「そりゃ、こいつが免許もらったの2ヶ月前だもの。当然じゃない」

「え!? それって、俺たちと会ったのとほとんど同じじゃ……」

 

 ……もしかしなくても、後輩君たちは俺をそこそこの冒険者だと思っていたのか……な?

 

「でも、アカネの冒険者としての力量は高いはずよ。聞いただろうけど、海を渡ってきたらしいもの」

「あ゙っ」

 

 今までの俺の苦労が無に帰された。どこからって聞かれた時はいつも、遠くからってお茶を濁してきたのに!

 こんないつかバレそうな嘘をあんまり大勢に広めたくなかったんだよ!

 

「え!? ほ、ホントですか!?」

「ま、マジかよ! すげぇぜ先輩!」

「……アハハハ」

 

 二人の純粋な尊敬の目線で心の汚い俺はもう消えそうだ……。

 

「何よ、言ってなかったの? というか、その二人とあんたの関係って何よ? 先輩とか言ってたけど」

「俺の恩人で今は先輩と後輩の関係ですよ」

「恩人……ねぇ。ま、先輩ってんならちゃんと模範になりなさいよ」

「善処します」

 

 模範か、今ん所はそこそこやれている自信はある。

 でも、メルヴィアとかの方が後輩君にとっては模範にふさわしそうだ。

 

「それじゃ、新人二人に一から冒険者について説明してあげるわ」

「あ、はいよろしくお願いします」

 

 

…………

……

 

 

「うう、冒険者免許に期限があるなんて……」

「ちゃんと真面目に仕事してれば、そうそうそんな事にはならないから安心しなさい」

「うう、大丈夫かな……私」

 

 期限について聞いてからいきなりトトリちゃんが落ち込み始めた。

 そういう悩みもちゃんとやるからには付きまとうってことなのかね。

 

「それで、あなたたちここにはしばらくいるのかしら?」

「あ、いえ。私たちは明日馬車で帰ることになってます」

「俺は~どうすっかなー」

 

 アーランドに残ってもいいが、トトリちゃんの手伝いをするという約束もあるから戻ることになるだろうか。

 

「随分と慌ただしいわね。それで、今日泊まるところはあるのかしら?」

「あ、そう言えば……どうしよう」

「別に普通に宿屋に泊ればいいだろう?」

「でも、お金もったいないですし……」

 

 まあ確かに宿泊費も安くはないが、一日くらいなら良いと思うんだけどな。

 そんな馬を伝えようとしたら、クーデリアさんが先に口を開いた。

 

「それじゃあ、ロロナのアトリエを使いなさいよ。今はロロナも留守にしてることだし」

「え、先生アーランドにいないんですか?」

「ええ、ここ最近ずっと帰ってきてないわよ。まぁ、それはそれとして、はいこれ」

 

 クーデリアさんがトトリちゃんに鍵を手渡した。

 

「え? なんで、クーデリアさんが先生のアトリエの鍵を?」

「え? ああ、それは、あの子うっかりしてるし……鍵なんて持たせたらすぐに失くしそうで……」

 

 なんて悲しい目をしてるんだ……。

 

「なるほど……って言ったら失礼かな。でも、本当にいいんですか?」

「ええ、私の家でも良いんだけど、さっきのバカ娘のせいで仕事が残ってるのよ」

 

 もしかして、俺が来た日も仕事残ってたりしたのだろうか?

 だとしたら申し訳ないな。

 

「おーい、行くなら早く行こうぜ。明日からまた長い事馬車なんだから、今のうちに休んどかねえと」

「あ、待ってよ。それじゃ、失礼します」

「俺はもうちょっとここにいるから、先に行っててくれ」

 

 ペコリと頭を下げてから、後輩君を追いかけてトトリちゃんもギルドの外に出て行った。

 

 

 

 残ると言ったが、特にやることがない。

 

「……やっと、二人きりになれたね」

 

 ボケてみた。

 

「私仕事があるから、おふざけに付き合ってられないんだけど」

「ぶー」

 

 折角帰ってきたんだから、もうちょっと優しくしてもらいたいです。

 

「というか、何かやることがあったんじゃないの?」

「ないっすけど?」

「なら、何で残ったのよ」

「幼馴染二人で知らない街を回らせてやろうっていう気遣いですよ」

 

 結構この町は広いから、アトリエに付くまでいろいろな場所を探検してることだろう。

 

「ふーん。あんたがそんな気遣いできるなんてねえ」

「意外と紳士なんですよ、俺」

「はいはい。時間潰すにしてもここじゃない場所にしてくれないかしら」

「まぁ、俺も行く場所ありますから、この辺で失礼しますよ」

 

 イクセルさんとの約束があるので、俺は片手を上げて分かれようとしたが。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 立ち去ろうとするとクーデリアさんに引きとめられた。

 

「なんですか?」

「あんた結局、冒険者を真面目にやる気になったのかしら?」

 

 どこか責めるような、というよりも単純に真意を知りたいと言ったような目で見つめられた。

 となると、俺も真面目に答えないといかんよな。

 

「まぁ、後輩もできましたし、一時的な職業にするつもりはないですよ」

「そう、ならいいわ」

「なんで、んなこと聞くんですか?」

「私の親友の弟子の先輩をやる気のないやつに任せてはおけなかったからよ」

「後輩ができたからやる気が出たところもありますけどね」

 

 事実、アランヤ村に行かなかったら、アーランドで小銭溜めてから普通の職業でも探していただろう。

 

「心配せずとも、この白藤明音にズビっとお任せですよ」

「不安になるようなこと言わないでくれるかしら」

 

 

 

 ……失敬な。

 



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貴族と天才科学者

「……あれ?」

 

 俺は宿屋の部屋から暗くなっている外を見ていた。

 朝が来ればいずれ夜が来る、これは当然の世界の摂理のはずだ。だがそれならおかしい。

 

「寝て起きたら夜になってたでござる?」

 

 いや待て待て、何してたんだっけか俺?

 確か昨日は、帰りにイクセルさんの所によって、アトリエにベッドがなかったから宿屋探して……。

 夜まで筋トレしてから寝て……昼に起きて、また寝た?

 

「なんだ……二度寝しただけか、通りで腹が減ってるわけだ。仕方ないからもう一回寝るか」

 

 現実逃避って大事だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずトトリちゃんたちがどうしたのか聞くためにクーデリアさんの下へ。

 

 中に入るといつもの場所にいたので話を聞きに行く。

 

「クーデリアさん、夜に起きたら夜になってた」

「帰りなさい」

 

 おそらく、これまでで一番いい笑顔で言われた。

 

「私言ったわよね?親友の弟子を頼むって」

「不可抗力だ。全ての犯人は布団です」

 

 奴が得意の寝技に俺を持ち込んで意識を刈ったんだ。

 必殺全方位固め、恐ろしい技だぜ。

 

「馬車が出る時にトトリ、寂しそうにしてたわよ」

「うぐっ!」

「来なかった理由が寝てただけなんて、本当にバカだったのね」

 

 一遍たりとも言い返せないのが悔しい。確かにバカだけどさ……。

 

「うう……村に行く方法って何かないっすかね?」

「あんたがあっちに行った方法で行けばいいんじゃないの?」

「クーデリアさんがそんなに残酷な人だったなんて知らなかった……」

 

 たぶん2回に1回くらいで死ぬと思う。

 

「人をいきなり貶さないで頂戴。結局どうやったのよ?」

「一昨日教えるって言った手前教えますよ。ええ、教えますとも」

 

 あの異世界ファーストインパクトを……。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「はーっはっは! あーっはっはっは! わ、笑わせないで頂戴!」

「…………」

 

 あの体験をしたら笑うことなんてできないんだぞ。手には今でも跡が残ってるんだぞ。

 

「川っ! 川に落っこちて流されるって、そりゃもうできないわよね」

「も、もういいでしょう! で、何か村に行く方法なんですか」

「そ、そうね……ぷっ、ま、まぁ歩いて、くくっ、歩いて行くしかないんじゃないかしら、あっはっは!」

 

 くそ、俺の気持ちを分かってくれるのは同じ思いをしたぷにだけだよ。

 ……ぷに? あれ? また行方不明?

 

「クーデリアさん。ぷに知りませんか?」

「ああ、あの子なら私が預かってるわよ。確かここに……」

 

 クーデリアさんはカウンターの下から布袋を取り出した。

 

「モンスターここに置いといていいんですか?」

「よくないに決まってるでしょう。早く持ち帰って欲しかったわよ」

 

 よく見ると袋はもぞもぞと動いていた。

 

「ぷに!」

「あっ!ちょっと!出てきてんじゃないわよ!」

 

 ぷにが袋を食い破って俺の頭に飛び乗ってきた。

 この頭の重みにもなれたもんだ。

 

「ちなみにこの子の名前シロになったんでよろしくお願いしますね」

「はいはい、分かったから早く帰って頂戴。他の冒険者の迷惑になるでしょ」

「へーい」

「ぷーに」

 

 俺がクーデリアさんに背を向けて帰ろうとすると見た顔があった。

 

「も、モンスター!」

「おお、なんだっけ? シュバルツちゃんだっけか?」

 

 目の前には大分きわどい恰好をしたちびっ子がいた。

 

「違うわよ! シュヴァルツラングよ! ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング!」

「そうっだったけか? 俺はアカネです。で、何の御用で?」

「そのモンスターよ! なんでここにそんなものがいるのよ!」

 

 俺の頭上にいるぷにを指差して、今にも襲いかからんと言った様子だ。

 

「こいつは俺の相棒、名前はシロ。3ジーノくらいの戦闘力を持っている」

「ぷにぷに!」

「後半意味が分からないわよ……。それにしてもモンスターが相棒……野蛮ね」

「んだと! 俺のぷにはそのへんの奴よりもよっぽど頭が良いんだぞ!」

「ぷに! ぷに!」

「へぇ、例えばなにかしら?」

 

 乗ってきおったな小娘め。

 俺のぷにの優秀さ。とくと味わうがいい!

 

「一つ、前に依頼書を紛失したと思ったら、ぷにがまとめていてくれた」

 

 あの時はぷにの整頓能力の高さに驚いた。

 

「一つ、依頼の報告をしてきてくれた」

 

 あの時はコミュニケーション能力が意外に高い事に驚いた。

 

「一つ、大抵のモンスターは全て一撃で倒してくれる」

 

 これはもはや口にするまでもない。

 

「……どうだ。わかったか?」

「あなたの冒険者としての能力の低さなら分かったわ」

「……あれ?」

 

 言われて気づいたけど、俺いらなくね?

 見てはいけない物を見てしまった気分だ……。

 

「ともかく! ぷにの性能の高さに恐れ入っただろう?」

「それが本当ならその辺のモンスターとは違うみたいね。あなたもその辺の冒険者と違うみたいだけど」

「お、俺だってちゃんと仕事はしてるんだぞ!」

「はいはい。で、もういいかしら?私は今日、冒険者の免許を取りに来たのだけれど」

「いつか、俺の力を見せつけてやる……」

 

 恨み言を言いつつ退散し始める俺であった。

 だってこの娘ちょっと怖いと言うか、苦手な雰囲気を醸し出しているというか。

 

「ちょっと待ちなさい」

「あんだよ~。傷口に塩を塗りこもってか~」

 

 どんだけSなんだよ。将来が心配だよ。

 

「そこまで暇じゃないわよ。あの錬金術師の子がどこにいるか知らないかしら?」

「トトリちゃんか? 今ならたぶん馬車で帰ってるとこだと思うが……」

「どこ行きの馬車なのよ?」

「東にあるムゥだっけかな~」

 

 なんか怪しいので適当なことを吹きこんでおく。

 

「聞いたことないわね……。それじゃ、もういいわよ」

 

 そう言うとカウンターの方に歩いて行った。

 

 

「……彼女がムゥ大陸を発見することを祈るか」

「ぷに?」

 

 彼女が優秀な冒険者になれば見つけられるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、どうにかして村に戻らないとな」

「ぷに」

 

 決して、ムゥ大陸ではないので悪しからず。

 今俺たちは宿屋の方に戻っている所だ。

 

 

「君、ちょっとそこの君」

「あん?」

 

 いきなり後ろから話しかけられたので、とりあえず振り返ってみた。

 

「……怪しい」

 

 そこには白衣でメガネ、いかにも科学者な見た目の男がいた。

 

「確かに怪しいけどね。まぁ、そんなことよりだ。君ずいぶんと面白いものを飼ってるね」

「あん?いや、こいつはシロ。ペットじゃなくて俺の相棒だよ」

「ぷに」

「相棒!ほうほう、モンスターを相棒にするなんて、君はなかなかにユニークな感性を持っているね」

「テンション高いなこの科学者もどき……」

「科学者もどきじゃない! 僕はマーク・マクブライン。人は僕を異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインと呼ぶ!」

「…………」

 

 こいつは……自称臭がぷんぷんするぜ。

 

「えっと。マークさん……で、いいのか?」

 

 こいつには何というか、さん付けはしても敬語は使いたくないな……。

 

「違う! 異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインだ!」

「……オーケー」

 

 俺は大きく息を吸いこむ

 

「異能の天才科学者プロフェッサー・マクブライン! ……だな」

「ああ、そうだね。ところで、君は何て言うんだい?」

「……俺か」

 

 ここは、俺も一発凄いのをかまして、噛ませてやる。

 

「俺はアカネ。人は俺を全能の天才科学者プロフェッサー・アクネインと呼ぶ!」

「思いつかないのなら、無理にする必要はないと思うけどね」

「そうね」

 

 流石にあの一瞬で思いつくなんて無理ですよね~。

 

 

「で?結局何のようなんだ?」

「いや、君が面白い恰好でおもしろいモノを連れていたんで興味がわいたのさ」

「興味ねぇ、つか科学者なんていたんだな」

「嘆かわしいことにほんとんどは自称だけどね」

 

 どこか気まずそうに目を逸らすマークさん、しかし科学者か。

 

「そういや機械ってどうやって作ってるんだ? 結構あっちこちで見るけど」

 

 レジとかも普通に機械だったりするし。

 

「機械は全て掘り起こされたものを使ってるだけだよ。ほとんどの人はその仕組みを知ろうとはしないね」

 

 掘り起こされた……ロストテクノロジーってやつか?

 

「ふぅむ。結構耳に痛いな。俺のいたところも似たようなものだったし」

 

 ロストでないにしても、現行で使ってる機械の説明なんかできないからな……。

 

「おや? 君はアーランド出身じゃないのかい?」

「海の向こうからえんやこら、俺のいたところはここよりも科学は発達してたな」

「ほほう! それはそれは、面白い話を聞けそうだ」

「聞くかい? そうだな……俺の世界にはガンダムという……」

 

 

…………

……

 

 

「というわけで、人類の宇宙の戦争は一旦終わりました。めでたしめでたし」

「……ふむ。実に興味深い!」

「えっ、マジで」

 

 正直いつ嘘だろとか言われるのかと待ってたんだけど。

 

「いや、創作だぜこれ。フィクションだよ」

「そのくらい途中で気付いたさ、でもロボットの可能性の一端を見た気がするよ。感謝しよう」

「う、うむ。どういたしまして?」

「ああ、お礼と行っては何だけど何かできることがあるならしようじゃないか」

「お礼ねぇ……」

 

 からかってやろうとした手前、気が引けるが、断るのは失礼に値するのはよく分かっているつもりだ。

 

「んじゃ、自転車作ってくれよ自転車」

 

 アランヤ村に歩いて行くよりはマシなはずだ。

 

「自転車? なんだい、それは?」

「あー、こんなんだよ。ここに人が乗ってな」

 

 俺は道端に座り込んで、適当な石で絵を描いた。

 

「ほほう、なるほど。うん。理解したよ」

「えっ、これでわかったのか!?」

 

 下手ではないにしてもそこまで分かりやすくないぞ、この絵。

 

「言ったはずだよ。異能の天才科学者の名は伊達じゃないということさ。しかし、面白い乗り物だ。僕のインスピレーションを刺激してくるね」

「頼もしいお言葉で」

「よし、すぐにラボに戻って作成するとしよう。1週間後にギルドで待っているよ」

 

 そう言うと、早足で駈け出して行った

 

 

 

「ああいう人種の人もいるんだな、この世界」

「ぷに」

 

 今回ぷに、空気だったな。

 

「しかし、自転車を本当に作ってくれたら、使える場所は限られるだろうけどいろいろと楽になるな」

「ぷに?」

「見事な完成品をマークさんが作ってくれたら見せてやるさ」

「ぷに!」

 

 一週間後が楽しみだ。



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最高の発明品

「よーし、いくぞ、ぷに」

「ぷに!」

 

 俺は今マークさんに作ってもらった木製の自転車に乗っていた。

 マークさん曰く試運転だそうだ。

 

「スピードキングは俺のものだ!」

 

 俺は立ちこぎをして、加速をつけた。

 車輪が木製なので、そこまでのスピードは出ないが、鍛えられた脚力により自転車はスピードを上げていった。

 

「サラマンダーよりはやーい!」

「ぷに!」

 

 どうやらぷにもご満悦のようだ。

 

「よーし。さらに加速だ。立ちこぎシステムオン!」

 

 

 

 ベキッ!

 

 

 

「ぐべら!」

 

 俺がペダルに力を入れた途端にバランスが崩れ、横に倒れてしまった。

 ぷにはちゃっかり離脱していた。

 

 

「い、いったい何があったんだ……」

 

 

「どうやら、課題は強度にあるようだね」

 

 俺がよろよろと立ち上がると、マークさんが自転車をいじっていた。

 

「……強度?」

「ああ、君の脚力が想定をはるかに上回っていてね。見事に折れてしまったよ」

 

 見てみると、ペダルの部分が根元からバキッと折れていた。

 

「それにまさか立ってこぐとは思っていなかったからね」

「ああ、なるほど」

 

 マークさんがいくら天才とはいえ、使用法は使用者しだいになるもんな。

 

「まぁ、本当に作れるとは思ってなかったんでかまわないですよ」

 

 一時とはいえ昔の風を感じられて、俺は満足だ。

 

「? 何を言ってるんだい?」

「へ?」

「欠点がわかったんだ。そこを改良しない科学者は科学者とは呼べないよ」

「ってことは?」

「次の試作品ができたら、また君に頼むとするよ」

「おお! 流石は異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインですよ!」

「なに、科学者として当然のことさ。完成したら君の宿屋まで呼びに行くとするよ」

 

 そう言うと、自転車を持ってマークさんは立ち去って行った。

 

「あの人ならいつか本当にロボットを作れるかもな……」

「ぷに?」

 

 

 

 一週間後

 

 

「木製とは違うのだよ木製とは!」

 

 見事に鉄製となった自転車に乗って俺は風となっていた。

 

 

「ただ、車輪だけ木製っていうのは……」

 

 正直言ってダサイ。

 強度は上がったが、スピード自体は変わらないのだ。

 

「……よっと」

 

 俺は自転車を止めて地面に降りた。

 

「結構、いいんじゃないか?」

「いや、まだだ。君の表情を見るにこれはもっとスピードを出せるはずだ」

「まぁ、確かにそうだけど……流石に無理だって」

 

 改良できる点なんてタイヤぐらいしかない。

 流石にこの世界にゴムがあるとは思えないしな。

 

 

「やる前にあきらめては発展はありえないよ。そのために次の試作品のために君に材料を取ってきてほしんだ」

「まぁ、ここまで来たら付き合うさ」

「それでは、弾む石を集めてきてくれたまえよ」

「あの不思議鉱物か、何の役に立つんだ?」

 

あ れは言うなら異常に固いスーパーボールみたいなもんだ。

 

「そこを言ってはつまらないじゃないか」

「わかったよ……採ったら、持ってくからな」

「ああ、早めに頼むよ」

 

 

 

 一週間後

 

 

 

「……よく考えたら、トトリちゃんたちもう着いてんじゃね?」

「ぷに」

 

 

 

 

 そのまた一週間後

 

 

 

 

「……すばらしい」

「……ぷに」

 

 今俺が乗っている自転車のタイヤは木製なのにまるで空気入りタイヤの様だ。

 それにタイヤも黒く塗装されて大分かっこいい。

 

「異能の天才科学者プロフェッサー・マクブライン! あんたやっぱり天才だ!」

「すばらしい速度だ! 流石は僕の発明品!」

 

 俺は自転車から降りたって、マークさんを絶賛した。

 

「でも、なんであの石でこんなに進化したんだ?」

「それはだね。あの石を加工して車輪の表面に塗装したのさ」

 

 それで現代のタイヤみたいになったってことか?

 ……マークさんはとんでもない物を作ってしまったのではなかろうか。

 

「本当にこれ貰っちゃっていいのか?」

「かまわないよ。設計図はあるし、何よりそういう約束だからね」

 

 第一印象は変な人だったのに、こんなに良い人だったとは。

 

「お礼のお礼ってわけじゃないが、必要なものがあったら俺に頼んでくれてかまわないぞ」

「ふむ。君は結構義理堅い人間のようだね。それでは遠慮せずに必要なものがあったら頼むとするよ」

 

 そして、俺たちは互いに握手を交わした。

 年は離れているがこの世界に来てから初めて男の友人ができた。

 

 

 何気に嬉しかったりする。



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ドキッ! 騎士なあの人は転校生

「~♪~~♪~♪」

「ぷ~に~♪ぷに~♪」

 

 俺とぷには上機嫌でアランヤ村へと自転車に乗って向かっていた。

 

 自転車の完成後に、クーデリアさんやイクセルさんに挨拶して出発して今に至る。

 おいてきぼり状態から一ヶ月、自転車を手に入れてやっと帰ることができる。

 

「長かった……」

「ぷに♪ぷにに♪ぷ~にに♪」

「いつになく上機嫌だな」

「ぷに!」

 

 それもマークさんが気を利かせて付けてくれたぷに用のカゴのおかげだろう。

 俺が支度をしている間に付けてくれていたのだ。

 

 

「今度なんかお礼でもするか?」

「ぷに!」

 

 どうやら賛成らしいな。

 しかし、ペーターがぷにを置いてってくれて本当に助かった。

 ぷにがいなかったら、いろいろと退屈すぎる。

 

 

「あ~、なんか面白いもんでもないかね~」

「ぷに~」

 

 折角いろいろ見ながら帰れるんだ。

 ぷにがいれば大抵のことは大丈夫だから、寄り道して行ってもいいかもしれない。

 

 

 

「…………ん?」

 

 なんか前方の方から人が歩いてきてる。こんな所にいるってことは同じ冒険者かね?

 

 

「…………」

 

 減速して、目を凝らしてみると前にここらへんで会った。あの山賊だか騎士だかの人だった。

 

「……ぷに、あの人俺の中の怪しい人ランキング二位の人なんだけど」

「ぷに?」

 

 一位はロロナ先生とやらだ。あの人は話だけ聞くとものすごい怪しい。

 

 まぁ、そんなことは置いといてだ。地味に距離が近づいてきてる。

 しかもなんか俺の事を凝視してる……何で?

 

 

「無視するべきか、こないだのお礼をするべきか」

 

 俺的には後者がいいんだが、前者も無難といえば無難だ。

 

「ぷに。お前、1と2のどっちが好きだ?」

「ぷにぷにぷに」

 

 3ぷにか……これはぷにの俺に対するネタフリと思っていいのだろう。

 

「オーケー。面白ことかましてやんよ」

「ぷに!」

「クックック」

 

 

 そうこいうしているうちに大分近づいてきた。

 オペレーションテンコウセイを開始する!

 

 

「遅刻、遅刻~! 一ヶ月前の馬車に乗り遅れちゃった~」

「なっ!?」

 

 そして俺は自転車で騎士の人にぶつかって横転した。

 

「痛った~い。どこ見て歩いてんのよ」

 

 急いでた私は、ちょっと目つきの悪い男とぶつかっちゃった☆

 

「ぶつかってきたのは君の方だろう! 第一その妙な乗り物は何だ!」

「ちょ、ちょっとどこみてんのよ!」

 

 騎士の人は私の大事なもの(自転車)を見ていたの。いやらしい!

 

「話を聞け! それに、その喋り方をやめたまえ!」

「い、いままで誰にも見せたこと無かったのに!」

「…………」

 

 騎士の人のコメカミに青筋が立っているのが見えた。

 おお、こわいこわい。

 

「い、いっけなーい! もう、こんな時間! 急がないと!」

 

 俺は急いで、自転車を起して立ち去った。

 

「な!? ま、待ちたまえ!」

 

 ふっ、人間の脚力でこの俺の愛車に勝てるはずがなかろう。

 さらばだ。もう一度あったら、「あー、あの時の!」って言ってやるさ。

 

 

「グッバイ!」

「ぷに!」

 

 

 ドコッ!

 

 

 ぷにが前のカゴから俺の顔に突っ込んでき、バランスが取れずにまたも横転してしまった。

 

 

「……お気に召しませんでしたか」

「ぷに!」

 

 そういや、このネタは俺の世界でしか通用しないもんな。

 

「ふぅ、俺が浅はかだったってことか……というわけで、俺を睨みつけるのやめていただけないでしょうか?」

 

 座り込んでいる俺は騎士の人に見降ろされて睨みつけられていた。

 何気に片手で腰に刺さった剣の柄を持っている……。

 

「君は数秒前の自分のした事さえ覚えていないのかね?」

「人にぶつかって逃げました。自分がやられてたら許さない」

「ならば、すべきことはわかっているのではないかね」

「……うう」

 

 今回ばかりは調子に乗りすぎた俺が悪いということもあるので、素直に土下座の体勢を取った。

 

「申し訳ございません」

「何故あのようなことをしたのかね」

「俺の相棒であるぷにが、何か面白い事をしろとのお達しだったので」

「相棒のぷに?」

 

 そう言うと騎士の人は倒れた自転車の上に乗っていたぷにを見た。

 

「もしかして君はアカネという名前ではないかね?」

「……有名すぎるのが仇になった」

 

 自慢ではないが俺はぷにを連れまわしてたおかげで有名人となっていたのだ。

 このことで名前を知られることになるなんて……。

 

「やはりそうか、クーデリア君から話は聞いている」

「クーデリアさんから?」

「ああ、すぐ調子に乗って人をからかうとな。まさか、初対面で実感することになるとはな」

「……クーデリアさん」

 

 こいつは不当な評価だ。今度あったら訂正させてもらう。

 

 ……しかし、そろそろ足がしびれてきて、きつい。

 

「そろそろ許してくれたりは……」

 

 俺が様子をうかがうと、仕方ないと言うかのようにため息をつかれた。

 

「反省はしているようだな。次はこの程度では済まないと思っておけ」

「本当に申し訳ありません」

 

 俺はうなだれつつ立ちあがった。

 

「それじゃ、急いでるんで失礼します。この埋め合わせはいつかしますんで……」

「いろいろと聞きたいこともあるが……まぁ、いずれ会うだろう」

 

 そう言うと、騎士の人はアーランドの方向に歩を進めていった。

 

 

 

 

「……目つきは怖いけど意外とやさしい人なのかね?」

「ぷに」

「反省してるって、さすがにやりすぎた」

 

 最近はマークさん以外とかかわりがなかったので、加減を間違えてしまった。

 

「結局名前聞き忘れたな……」

 

 自己紹介をする空気じゃなかったしな。

 まぁ、あの人も言ってた通りその内また会うか……。

 

 

「よし!気分一新!アランヤ村へ向かうぞ!」

「ぷに!」

 

 

 過去の事なんて振り返らずにゴーゴーだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれから一週間が経った。

 あの時の元気が懐かしいほどに俺は憔悴していた。

 

 

「……うう、いきなり夕立が降るなんて……」

 

 そろそろ今日の拠点でも決めようかと思ってた矢先に降られたのだ。

 

「はあ、足もパンパンで痛いし……」

 

 ぷにが寝てて独り言状態になってるし。

 雨から庇ってやった俺の身にもなってくれよ……。

 

「早く村に着いてほしい……」

 

 所詮馬車なんて時速が速くて十数kmやそこらだ。俺の筋力でこぐ速さに適うはずがない。

 そこらか考えるに、あと一週間弱ぐらいで着くはずだ。

 

「……だるい」

 

 

 

 

 

 五日後

 

 

「着いた~」

 

 夕方頃にやっとアランヤ村に到着した。

 

「やどや~やどや~」

 

 挨拶は明日にしよう。とりあえず今はベッドで思いっきり寝たい。

 

 

 

 その後俺は宿屋で爆睡した。

 

……今日ばかりはオチがなくてよかった。



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メンタルブレイク

「よく考えてみるとトトリちゃんいるのかね?」

 

 昼ごろに宿屋を出て、俺たちはトトリちゃんの家に向かっていた。

 ただ、今やトトリちゃんも冒険者だ。

 いつもいつも家にいるとは限らない。

 

「よし。方針変更、ゲラルドさんの店に行くぞ」

「ぷに」

 

 そこから数分程度歩いて俺たちはゲラルドさんの店に着いた。

 

「ゲラルドさんの店も久しぶりだな」

「ぷにに」

 

 懐かしみつつも俺は店の扉を開けたのだが……。

 

 

「いらっしゃいませー」

「ん?」

 

 記憶と違い迎え入れたのは、いつものゲラルドさんの声ではなかった。

 

「あれ?ツェツィさん?」

 

何 故かレジの所にツェツィさんがいた。

 

「あら、アカネくんにシロちゃんじゃない。二ヶ月ぶりくらいかしら。いつの間に帰ってきてたの?」

「ああ、つい昨日だけど……何してるんだ?」

「? 何って何かしら?」

「いや、何でゲラルドさんの店のカウンターの中にいるのかってことだよ」

「ああ、そういこと。私一ヶ月くらい前からここで働くとになったの」

「なるほどね~。まぁ、いいんじゃないか」

 

 主にゲラルドさんの店の客寄せ的な意味で。

 俺が酒を飲める年齢なら毎日でも通う勢いだぜ。

 

「それはそうと、今トトリちゃん家にいるか?」

「ええ、いるわよ。ちょうど昨日帰ってきたところなの」

「良いタイミングだったってことか、んじゃ挨拶してくるわ」

「ええ、トトリちゃんも喜ぶと思うわ」

 

 だと良いんだけどな……。

 俺が悪いとはいえ、何も言わずにアーランドに残ったからな……さすがに怒ってそうだ。

 

 善は急げと言うので、俺はそそくさと店を後にしてトトリちゃんの家に向かった。

 

 

 

 

 

 さて、アトリエの前まで来たはいいが……。

 

「何と言って謝ろうか?」

「ぷに」

「寝坊しちゃってと正直に言うのがいいでしょうか、ぷに先生」

「ぷに!」

「アーランドで重大な仕事があったと嘘をついてもいいでしょうか?」

「ぷに~」

 

 ふるふると体を震わせた。

 正直が一番か、いやしかし……。

 

「う~ん」

 

「ちょっと、あんた。邪魔なんだけど」

 

 俺が扉の前で頭を悩ませていると、背後から聞いたことがあるような声が聞こえた。

 

「よう、シュバルツラングちゃん。ここはアランヤ村でムゥ大陸じゃないぜ」

 

 振り返りつつ、俺は現在地の修正をしてあげた。

 想像通りそこいいたのは赤いマントを着た貴族さまだった。

 

「なっ!? あんた!」

 

 俺の顔を見ると親の仇を見るかの様な眼で睨まれた。

 

「よくもあの時は適当なこと言ってくれたわね! 何がムゥよ! 余計な時間使わせて!」

「まぁ待て、一つ教えてやる」

「何よ!」

「俺の言ったことを信じたのが悪い」

「…………」

 

 そう言うと今度はジト目で俺のことを睨んできた。

 まぁでも、あの時点での俺の言うことを信じる方が悪いと思うんですよ。ええ。

 

「……もういいわ。よく考えてみれば、あんたみたいなのに構うほうがばからしいじゃない」

「だがお前は今から俺にいやでも構わなければいけなくなるぜ」

「は? 何で今更あんたなんかに……」

「クックック。位置関係をよく考えてみることだ」

 

 俺がアトリエの扉の前、シュヴァルツラングちゃんが俺の目の前。

 

「そう。俺がここを退かなければ、ここには入れないのさ!」

 

 今から何をするか考えると胸が躍るな。

 

「…………バカだとは思ってたけど、ここまでとはね」

「なんだと?」

「一生そこに突っ立ってればいいんじゃないの」

 

 そう言い捨てると、彼女は隣にある扉。リビングに入る方の扉を開けて家に入った。

 

「…………」

「ぷに」

 

 ぷにが慰めるように俺の頭で跳ねている。

 

「まだだ!」

 

 俺は閃光の様なひらめきと共にアトリエの扉を開けた。

 

「邪魔するぞ!」

「はい、ってアカネさん!?」

 

 驚くトトリちゃんを尻目に俺はアトリエに通じるもう一つの扉を抑えた。

 

「策は成った。俺の天才的な頭脳を甘く見るからこうなるのさ」

 

 すぐにでもこの扉の前に彼女が来て、「開けてください。アカネさん」と言うことになる。

 

「あの~。アカネさん?」

「クックック」

 

 さぁ、来い。すぐに来い。カムヒア!

 

 

 ガチャ

 

 

「トトリ。来たわよ」

「あ、ミミちゃん」

「……え?」

 

 何故か彼女は外から通じる扉から入ってきた。

 彼女は俺のことを目で笑っていやがった。

 

「なんというか、ここまでバカだと可哀相になってくるわね」

「……なんだ。双子か」

 

 俺はもう一人が来るのを扉の前で待った。

 

「え、ミミちゃん双子だったの?」

「違うわよ。そんなバカのことなんて放っておきなさい」

「……うう」

 

 俺はよろよろとソファに座りこもうとした。

 

「邪魔よ」

「んにゃ!?」

 

 座ろうとするところを阻まれて、彼女がそこに座って本を読み始めた。

 

「……トトリちゃん」

 

 俺はよろよろとトトリちゃんの方に歩く。

 

「あ、アカネさん。大丈夫ですか?」

「大分精神的ダメージがやばい」

 

 こんな年下にいいようにされるなんて……。

 

「あとトトリちゃんごめん。あの日はただの寝坊だから」

「えっ! そ、そうだったんですか!」

 

 プライドを打ち壊された俺にこの程度のこと打ち明けるのは造作もないわ。

 

「それはそうと、アカネさんってミミちゃんと知り合いなんですか?」

「微妙なラインだな。トトリちゃんこそ、どういう関係なんだ?」

 

 確か免許を取りに来た時に大分険悪になってたような。

 

「ミミちゃんは、冒険のお手伝いをしてもらってるお友達なんです」

「ぶっ! !な、何言ってんのよ! べ、別にあんたなんか友達じゃないわよ!」

 

 ミミちゃんが本から顔をあげて、大声で何気にひどい事を言ってきた。

 

「え、私友達じゃないの……?」

「うっ、そ、そうよ。あんたが錬金術士だから、仕方なく付き合ってるだけで……」

 

 これはツンデレなのか本当なのか、いまいち判断がつかない。

 

「じゃなかったら、貴族である私が下賤な田舎者であるあんたなんかと……」

「ても、私別に錬金術士としてミミちゃんの役に立ってないよ?」

「う、それは……立ってるわよ! そういうことにしておきなさい!」

 

 ツンデレ判定……成功。

 

「ツンデレ一丁入りました~!」

「あ、あんた! 何言ってんのよ!」

 

 立ちあがって俺に食ってかかるミミちゃん。

 

 しまった! あまりにも分かりやすかったものだから、つい口に出ちゃった。故意じゃないよ。

 せっかくなので、先ほどの復讐としてミミちゃんの耳元で囁いた。

 

「本当は仲良くなりたいけど、貴族のプライドがそれを許さないの~」

「だ、黙りなさい! な、何を言って、――っ! もう帰るわ!」

 

 そう言うとドンと扉を閉めてミミちゃんは出て行った。

 

「俺の勝ちだ! ふん。最後に笑うのはこの俺よ」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべ俺は鼻で笑ってやった。

 

「アカネさん! ミミちゃん怒っちゃったじゃないですか!」

「まぁ、そういこともある」

「もう! 折角ミミちゃんと仲良くなれると思ったのに……。アカネさんも、もう帰ってください!」

「…………え?」

「そんなんだから、ミミちゃんにバカなんて言われるんですよ」

「…………」

 

 

 バタン

 

 

 

 追い出された。

 

「…………」

「ぷに~」

 

 先ほどと同じようにぷにが俺のことを慰めてくれるが、さっきとは比じゃないダメージを負ってしまった。

 

「…………」

「ぷ~に、ぷ~に」

 

 俺、今日ここに何しに来たんだっけか?

 そもそも何でアランヤ村に帰ってきたの?

 

「ハハッ、ワロス」

「ぷに~」

 

 女の子に優しくしなかった結果がこれだよ。

 



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こういう冒険の楽しさも

「くらえ! ゴーストパワーの右ストレート!」

 

 俺はゴースト手袋付きのパンチをペンギンモンスターに向かって振り下ろして倒した。

 

 今日俺はトトリちゃんとミミちゃんの二人と一緒に海岸の方に冒険に出ている。

 

 ミミちゃんとはトトリちゃんの仲介で仲直りしたのだが……

 『あんたってトトリの役に立ってるの?』などど言われたので、今日俺はぷにを置いて冒険にきたのだ。

 ついでに言うと、アーランドに戻ってから俺が仕事している描写がない気がする。実際にはバリバリ働いているんだぜ。

 

 

「どうよ、俺のパンチの威力は?」

 

 一体残して俺は後ろに飛んで距離を取った。

 

「威力はあるみたいだけど無骨ね。私がお手本を見せてあげるわ」

 

 そう言うとミミちゃんは残りの一体に向けて飛び出した。

 

「ハッ!」

 

 流れるように横に薙がれた槍でペンギンは切り裂かれた。

 

 

「どうかしら?」

「ああ、なんつか、あれだな。技って感じだな」

 

 よく分からなかったが、力任せではなく重心や遠心力を利用した俗に言う匠の技と表現できるものだった。

 対して俺は力だな。熟練の技じゃなくてイカサマ手袋でドーピングしてるし。

 

「うん。ミミちゃんはやっぱりすごいね!」

「と、当然でしょ。私がこの程度の相手に苦戦するはずないでしょ」

「今回ばっかりは素直に褒めとくわ。うん、見直した」

「……あんたに褒められると素直に喜べないわね」

 

 マジで複雑な表情をされた。俺の評価が相変わらず微妙すぎる。

 

「少しは見直してくれよ。俺は今日ぷにを連れてない素の状態だぞ」

 

 主に手袋以外は、呪いのアイテムだけどかなり使えるんですよこの手袋。

 なんつったて、装備して生命力的なものを奪われるたびに強くなっていくんですもん。

 

「弱くないのはわかったけど……あんた大丈夫なの?」

「わっ! アカネさん顔が青いですよ!?」

「大丈夫、大丈夫。一晩寝れば治るから」

 

 奪われているのは主にHP的な何かだからセーフ。寿命だったらさすがに使えない。

 大丈夫だろう、うん、そういうことにしておこう……。

 

「全然攻撃くらってないのに、なんでそんなに弱ってるのよ……」

「そういえばアカネさんって打たれ弱かったですもんね」

「前よりは改善されてるよ。こっち来てから戦いが多くてな」

 

 まぁ、原因はそこだけじゃないけど。

 

「そういえば、アカネさんのいた所ってモンスターいないんですか?」

「いないいない。とっても平和」

 

 こっちの方がいろいろと退屈しなくて楽しいけどね。

 

「何? あんたアーランドの出身じゃないの? というかモンスターのいない所なんてあるのかしら?」

「それがねミミちゃん。アカネさんはね、海を渡ってこっちに来たんだよ!」

「……は?」

 

ト トリちゃんの言葉でポカンとした顔になった。

 

「こ、こんなのが? う、嘘でしょ?」

「ホントだよ。そうですよねアカネさん」

「ホント、ホントダヨ」

 

 海を渡った除けばね~。正直この展開はもう飽きたぜ。

 

「変な恰好してると思ったらそういうことだったのね」

「ういうい。まぁ、話はこれぐらいにしてそろそろ行こうや」

「あ、そうですね。モンスターがいない内に材料取っちゃわないと」

 

 そう言い、材料が取れる場所にトトリちゃんは向かった。

 

「んじゃ俺は休むとするかね。砂浜だと周りの警戒しなくていいから楽だわ」

「気楽なものね。まぁ、休めるうちに休んでおきましょ」

 

 俺とミミちゃんは砂浜に腰を下ろした。

 

 

「…………」

「…………」

「そいや、ミミちゃんは何で冒険者になったんだ?」

 

 なんとなく寂しかったのでミミちゃんと会話をすることにした。

 

「は? 何よいきなり、それに何であんたまでその呼び方を……」

「まぁまぁ良いじゃないか。これはあれだ。世間話。で、なんでだ?」

「あんたに言う義理はないわよ」

 

 取り付く島もないとはこの事だ。

 ただ俺は無言で二人きりでいるのは耐えられないので、次の話題を振ろう。

 

「んじゃ、子供の頃の話とか」

「余計に要求が高くなってるじゃないの」

「将来の夢」

「却下」

「ぶ~、だったら何が良いんだよ」

「あんたと話すほど仲が良い覚えはないのだけれど」

 

 どうやら、ミミちゃんと会話コマンドを実行するには好感度が必要らしい。

 会話しないと好感度が上がらない、なのに会話できない無限地獄と言う訳だな。

 だったらまあ逆に……。

 

「んじゃ、ミミちゃんから俺に聞きたいこととか」

「別にないんだけど」

「何かあるだろ。海の向こうはどうなってるの? とか」

 

 聞かれたら聞かれたで、表現を濁しながら会話することになって疲れるけど。

 

「……そうね。それじゃ、一つ聞いてもいいかしら」

「なんなりとどうぞ」

「あんた海の向こうから来たらしいけど、何か目的があったの?」

 

 おお、やっとこの質問をしてくる人が……。

 みんな何故かこれについては聞いてこなかったんだもんな。

 

「一言で言うなら、事故だ」

「事故?」

「そう、俺の意思でこっちに来たわけじゃない」

「……どうやったら、事故で海を渡ってこれるのよ」

「うむ。そこは気にするな。とりあえず一つ言えることとしては目的はないってことだ」

 

 現状は冒険者やって皆と楽しく暮らすくらいだろうか。

 

「あんたから話したいって言ったのに訳分からない事言わないで頂戴」

「だってねぇ」

 

 いまだにこっちに来た理由が解明されてないんだもんな~。

 時空転移の古代装置みたいな物もなかったし、ありそうにないし。

 

「俺がここにいる。それだけで十分だろ?」

「何でも聞いてこいって言ったのに、何よそれ」

 

 さっきからミミちゃんはうなだれてばかりだ。

 微妙に答えづらい質問だったからな、仕方ない。

 

「オーケー、次は真面目に答えてやんよ」

 

 何でもこいと、俺は親指で自分を指す。

 

「仕方ないわね」

 

 そう言い、ミミちゃんは少し考え込んでから言った。

 

「……家族は、どうしてるのかしら」

「家族? まぁ、元気でやってるんじゃないか? 俺が居なくたって弟と妹がいるし」

 

 良い親と良い兄弟だったが、こっちに来てからあまり考えることがなかったな。

 

「寂しかったりしなかったのかしら」

「う~ん。寂しがる余裕がなかったと言うべきだな。初めは働かなければ金がない状態だったし」

「そうなの。それじゃあ家族の方はどうかしら?」

「あ~。うん元気でやってるんじゃないか?」

 

 原因不明の行方不明とかになってたりするのかね。

 もしかして帰ったらオレって一躍有名人じゃね!?

 『行方不明の高校生数年ぶりに発見』

 こんな感じのタイトルでワイドショーに出ちゃったりとか!?

 

「ありだな」

「なにがよ」

 

 流れるようなツッコミに若干感動した。

 しかし、今の俺の思考って……。

 

「俺は意外と薄情な人間なのかもしれない」

「家族置いて出てくなんて薄情以外の何物でもないと思うのだけれど?」

「おっしゃる通りで、いつか帰りたいもんだね」

「そういえば、船とかはどうしたのかしら?」

「ブロークン。壊された」

 

 もともと無い物を壊すのは骨が折れそうだけどな。

 

「そうなの」

 

 そう言うとミミちゃんは少し暗い顔になった。

 

「まぁまぁ! おかげで俺はかわいい女の子たちと知り合えたわけだけどね!」

 

 主にツェツィさんとかパメラさんとか。

 

「……少しでも同情した私がバカだったわ」

「少しでも同情されたことに驚愕した」

 

 これは俺に対する好感度が少しは上がったと思っていいのだろうか。

 

「……はぁ、結局あんたはあんたってことね」

「どういう意味だよ?」

「第一印象通りってこと」

「その第一印象を聞きたい……と言いたいところだが聞かない方が良さそうだな」

 

 主に俺の精神的な意味で。

 絶対ダメ人間とかその類のものだろ。流石にわかっちゃうわ。

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 その後もそこそこ会話してるとトトリちゃんが採取を終わって戻ってきた。

 

「うむ。お疲れ様。良い材料は手に入ったか?」

「はい! たくさんありましたから」

 

 何を採っていたかはわからないが、良いものが入ったなら良かった。

 

「…………」

「なによ?」

「なんだいな?」

 

 トトリちゃんが俺とミミちゃんの顔を交互に見ていた。

 

「二人とも、仲良くなったんですか?」

 

 トトリちゃんが嬉しそうな笑顔で良い事を言ってきた。

 

「もちろんさ。二人は仲良しだよな!」

「何言ってんのよ」

 

 俺のハイテンションも凍りつくほどの冷たい反応だった。

 

「まあ、裏表のない奴ってことはわかったわね」

「遠回しにバカって言ってないか?それ」

「気のせいよ」

 

 そんな俺とミミちゃんのやり取りをトトリちゃんは笑顔で見ていた。

 

 そのトトリちゃんの笑顔を見て思った。

 

「うん。ありだな」

「ありね。……これでいいのかしら?」

「よろしい」

 

 

 ミミちゃんと少しだけ仲良くなれた。

 



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お姉さんと真面目な空気

 

「うーむ、家族か……」

 

 

 俺はゲラルドさんの店で座り込んで、数日前の冒険でミミちゃんに聞かれたことを考えていた。

 

 

「言われなきゃ気づかないって時点で親不孝だよな」

「ぷに」

 

 テーブルに乗っているぷにが、まったくだと言うように頷いた。

 

 

「ぷには家族いたりすんのか?」

「ぷにぷに」

 

 ぷにが体を横に振った。どうやらいないようだ。

 

「そっか。しかし、どうしてんのかね~」

 

 

 俺が考え込んでいると後ろから声がかかった。

 

「何悩んでんのよ?」

「家族について~」

 

 声の主はメルヴィアだが、こいつに悩みを言うってのは正解なのだろうか。

 案の定というべきか、からかった様な笑みを浮かべてる。

 

「あら、ホームシックかしら?」

「違う。俺だって人並みにそういうことで悩むってだけだ」

「ぷにに」

 

 ぷにがつい最近まで忘れてただろと言うようにツッコミを入れてきた。

 

「あれ? そいや、メルヴィアって俺の出身知ってたっけ?」

 

 こっちに戻ってくるまでは、なるべくこの設定隠してたから言ってなかった気がする。

 今となってはもうどうでもいい話だ。交友がある人には大体知られちゃったし。

 

「ええ、トトリから聞いたわ。未だに信じられないけどね」

「失敬な」

「トトリはあんたのこと、そこまで強くないけど凄い冒険者って思ってるみたいだけど……」

 

 トトリちゃんが俺のことをどう考えているのかがやっとわかった。

 

「うむ。これからは一層良い冒険者として働くとするか」

「話を遮らないでよ。私にはね、あんたが海を渡ってきたってことが信じられないのよ」

「…………」

 

 どうしたもんかね。ミミちゃんに言ったような誤魔化しが通じそうにない。

 何というか、やたらと真剣な空気を感じる。

 航海に何か思い入れがあるのか、単純に俺の能力を考えてのことか……。

 

 

「待て待て。どうしてそんなに疑うんだよ。今更、俺の出身なんてどうでもいいだろ?」

 

 自惚れかもしれないが、出身うんぬんとかで仲違いするような関係ではないと思っている。

 

「確かにそうだけど。でも、トトリにだけはそういう嘘をついてほしくないのよ」

「そういう嘘ってなんだよ?」

「海を渡ってきたってことよ。結局のところどうなのよ?」

 

 海を渡ってきたことか……確かに嘘だ。

 そして、付き合いはそんなに長くないがメルヴィアが珍しく、いや初めてこんな真面目に語ってきているんだ。

 どうするかね。疑ってるだけだし、違うって言えばそれはそれで良いけど、何か理由があるのかもしれないし……。

 

「ふむ。何か理由があったりするのか?」

「ええ。結構大きな、あんたに話せないくらいの」

「…………」

 

 う~、空気が真面目すぎる。

 そこまでして、この嘘を突き通す理由は…………あるにはあるか。

 

 トトリちゃんは俺の恩人だから、悲しませるような真似はしたくない。

 俺がこの嘘を明かしたら、トトリちゃんはたぶん悲しむだろう。虚構とはいえ、尊敬している冒険者が違う存在になってしまうのだから。

 ならだ。よく分からない理由で明かすよりは隠し続ける方がいいと俺は考える訳だ。

 

 

「俺は本当に海から来ました。はい! この話終わり!」

「そう。まぁあんたがそう言うならそうなんでしょうね。……ふう、久々に真面目に話してたら疲れちゃった。ゲラルドさん、何か飲み物!」

 

 メルヴィアが俺のテーブルの椅子に腰を下ろすとゲラルドさんに適当な注文をした。

 そういや今日はツェツィさんいないのな。

 ゲラルドさんが家は酒場なんだがって言ってるのが聞こえた。今更な気がする。主に客の入り的な意味で。

 

 

「はあ、俺も久々に真面目にしたから疲れたな」

「あんたはもっと真面目にしてた方がバランスいいと思うけどね」

「ぷに!」

 

 ぷにが同調するように鳴いた。

 

「誰がノリだけの軽い男だって?」

「いや、そこまで言ってないわよ」

「まぁ、確かに俺のこっちに来た時の軽さは凄まじかったが……」

 

 今でも思い出すな。あの壊れたテンションでぷにを襲ったあの日を。

 

「ふう」

「何、遠い眼してんのよ……」

「いろいろと懐かしんでるんだよ。あと2ヶ月くらいで半年経つからな」

「やっぱりホームシックじゃない」

「違うわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 あれからダラダラと会話すること数十分。

 

 

「そーいや、メルヴィアってミミちゃんと会ったのか?」

「会ったわよ。かわいいわよね~あの子」

「まぁ、面白い子ではあるけどな」

 

 すぐに怒っちゃうので扱いは難しいけどな。

 怒らせるともれなくトトリちゃんに怒られてしまうからな。

 

「トトリとはこれからも仲良くしてもらいたいわね」

「まぁ年が近い女の子なんてミミちゃんくらいだもんな」

「そうなのよね。年が近い子自体ジーノ坊や意外にいないし」

 

 ……そういや未だに後輩君に会ってないな俺。

 

「話を変えるが、後輩君に俺まだ会ってないんだが、どこにいるんだ?」

「あの子ならあんたが帰ってくる日にちょうど冒険に出てったわよ。ちょっと遠出してくるって言ってたから、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら」

「んなタイミング良く帰ってこないだろ」

 

 帰ってきたらそろそろ俺はメルヴィアを人外認定するぞ。

 

「言ったわね。なら賭けましょうか、今日帰ってくるに1000コール」

「いいだろう。今日帰ってこないに2000コール」

「あら、随分自信あるみたいね」

「そりゃ、確率的に考えて俺が有利に決まっ……?」

 

 後ろを振り向くとバーの扉が開かれようとしていた。

 

「嘘だろ……」

 

 メルヴィアの方に顔を向けると凄いニヤニヤ笑ってる。

 

 そうしている間にも扉は開かれて、今一番見たくない顔が見えた。

 

 

「お! 先輩だ! 久しぶりだなあ!」

「帰れ! 帰れ!」

「往生際が悪いわよ」

「後輩君なんか嫌いだ……」

「ぷにぷに」

 

 俺がテーブルに突っ伏すとぷにが伝統の慰め方をしてくれた。

 

「俺の味方はお前だけだよ……」

「よく分かんないけど、悪いことしたか?」

「気にするな、そこの人外が悪い」

 

 エスパーだろ。これもうエスパーの領域だろ。

 筋肉系エスパー少女とか無敵じゃねえか

 

「随分な言い草ね」

「後輩君が帰ってくるタイミング当てるとかおかしいだろ」

「? 当てるって、俺さっきメル姉とそこで会ったぞ」

「は?」

「あら、もうばれちゃった」

 

 俺はパチパチと瞬きをした。つまりあれか、これは……。

 

「イ・カ・サ・マ!」

「はい正解。賭けは無しにしてあげるわ」

「当り前だ!」

 

 くそっ! この程度の罠にまんまと引っ掛かるなんて、窮地で圧倒的ひらめきなんて起こらないってことかよ!

 何よりメルヴィアに騙された事に対する悔しさが一番でかい。

 

「メルヴィアって俺のこと嫌いなん?」

 

 再びテーブルに突っ伏す俺となぐさめぷに。

 

「嫌いじゃないわよ。ただ、いじると面白いだけよ」

「後輩君チェンジ、この役割いらない」

 

 俺は突っ伏したまま腕を上げて手を振った。

 

「…………」

 

 

 ……あれ? 返事がない。

 

「ジーノ坊やなら依頼の報告しに行ったわよ」

「……後輩君にまで裏切られるとは」

 

 絶望。この気持ちがそうなのですね。

 

 

「悲しい。メルヴィアの俺の扱いとか後輩君の態度とか諸々悲しい」

「でも、最初に喧嘩売ってきたのってあんたでしょう」

「うっ! い、痛いところを」

 

 あの日のことを思い出すと腕が疼いてしまう。

 主に恐怖や悔しさで。

 

「もう一回やってみる?」

「勘弁してくれ、やるとしてもあと何年後かでお願いします」

「根性がないわね」

 

 呆れたような目を俺に向けてくるメルヴィア。

 確定的に勝てない勝負に根性なんて関係ないと思います。

 

「あの痛みと悲しみはわかるまい。あれ以来、俺は前よりも筋トレを念入りにやるようになったんだぞ」

「いいことじゃない」

「え?……本当だ」

 

 あれか、負けた悔しみをバネにして頑張るスポーツ選手か何かか、俺は。

 

「ふん。メルヴィアよ。俺を負かしたこと、いつか後悔するぜ」

「はいはい楽しみにしてるわ」

 

 そう言いながらグラスを傾けるメルヴィア、強者の余裕ってやつか、やたら様になってはいるが。

 

「さてと、明日も仕事があるし俺はそろそろ帰るわ」

「真面目ね~。まあ、そんくらいしないとランクも上がらないわよね」

「うむ。トトリちゃんに追い越されでもしたら目も当てられないからな」

「あんたがそう言うと、ありそうで怖いわね」

 

 うん。俺も今フラグ立てたって思ったわ。

 

「んじゃ一発なんかオチをお願いしますよメルヴィア先生」

「オチって何よ、オチって」

「要は面白い事言えってことだ」

 

 何かこう、このままメルヴィアと平和に分かれては俺のアイデンティが許さない。

 かといって酷い目に遭いたくもないからメルヴィア姐さんにお願いする次第だ。

 

「…………」

 

 意外に考え込んでいる、こういうのはスパッと言った方が面白いんだがな。

 

 

「えっと、アーランドに行ってるトトリとかけましてその間のツェツィとかけます」

 

 ……落語? こっちの世界に落語ってあるのかよ。

 慌てようが見てて可哀相なので乗ってあげるか……。

 

「その心は」

「二人とも落ち着かない」

 

 …………

 

「メルヴィア、今度俺がお笑いについて教えてやんよ」

「――っ!」

 

 赤くなっているメルヴィアは若干かわいかった。

 

「お後がよろしいようで」

「ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アーランド行きの冒険

「よし、アーランドに行くぞ」

「ぷに」

「はい」

 

 あれから三ヶ月が経ち十月になった。

 俺が来てから七ヶ月、トトリちゃんが冒険者になってから四ヶ月くらいか……。

 

 つい前までは、もうすぐ半年とか言ってたのに、時の流れは本当に早いな。

 冒険者の仕事してると一ヶ月がやたらと短く感じてしまうから困る。

 

 

 まあ、そんなこんなあって、ポイントが貯まった俺は、アーランドに行くことにしたのだ。

 もちろんトトリちゃんも一緒にだ。

 移動方法は馬車が直っていないので、俺の自転車を使用する……はずだった。

 

 

「先輩?どうしたんだ?」

「何、うなだれてんのよ、先に行くわよ」

 

 

 主にこの二人のせいで、俺は歩きで行くことになったのだよ。

 チッ! 無駄に時間かかってしまう。

 プラス、些細な事だが、青少年の夢、可愛い女の子と二人乗りが出来なくなってしまった。まあ、些細な事だよ、うん。

 

 今度マークさんに車の話でもしてみるか……いや、やめとこう、ガチで作りそうだ。

 

 

「はあ、俺を置いてくなよ~」

 

 俺はため息をつきつつも、先に行ったちびっ子三人組を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「黄金平野なう」

 

 一週間程度歩いて、俺たちは黄金平野と呼ばれる場所に着いた。

 

 名の通り、小麦が育てられており、他にも果物があったりヤギがいたりの農場だ。

 

 

「わあ、材料になりそうなのがたくさーん!」

「……良いのかな」

 

 トトリちゃんは小麦やら、何やらを採っている。

 私有の農場じゃないだろうし、良いよね?

 

 俺が三人を眺めていると、ヤギがいる方に向かっていた。

 

 

「ヤギさーん、ミルク絞らせて~。ミミちゃんもやってみる?」

「何で、貴族の私がそんなことしなくちゃいけないのよ」

「んじゃオレオレ、トトリ、俺がやるよ!」

 

 

 

 わいわいと楽しそうな三人、なんと言うか。

 

「……元気だなあ」

 

 一方俺は柵に腰掛けて休んでいた。

 こうしていると、あの三人の保護者にでもなった気分になってしまう。

 

「ばあさんや。子供たち元気だのお」

「ぷに~」

 

 まったり、まったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、ここは……どこかなう」

 

 あれからさらに一週間程度、俺たちはとある平野の遺跡チックな所に来ていた。

 ちなみにミミちゃんと後輩君は別行動だ。二人とも冒険者なので、それぞれ埋めるべき地図の道などがあるらしい。

 俺は前戻ってくるときにあらかた埋めたので、トトリちゃんのお伴をしている。

 

「地図には埋もれた遺跡って載ってますよ」

「遺跡、あんまりテンションが上がらんな」

 

 何というか、古いものが適当に放置されてるって感じでいまいち遺跡っぽさがない。

 遺跡と言ったらやっぱり古い洞窟の中とか、大神殿みたいところとかの方が好ましい。

 

「おや、君は……」

 

 周りを探索していると、遺跡の柱の様なものの影から、聞き覚えのある特徴的な声がした。

 

「マークさんじゃないか、久しぶりだな」

「違う! 異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインだ!」

 

 久しぶりにあった俺たちは、前とまったく同じやり取りをした。

 こういう所にいるのを見ると、一応冒険者なんだなって思うな。

 

「えっと、アカネさんのお知り合いですか?」

 

 トトリちゃんが不思議そうな顔をこちらに向けて尋ねてくる。

 

「ああ、俺の盟友だな」

「その通り、僕はマーク・マクブライン。人は僕を異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインと呼ぶのさ」

「ぷ、ぷろへっさー、まくぶらいん?」」

 

 トトリちゃん、君そんなに横文字弱くないだろうに……。

 

「違う! 異能の天才科学者プロフェッサー・マクブラインだ!」

「えっ! そこからですか!」

 

 トトリちゃんが完全に翻弄されていた。

 もはやテンプレだな、このやり取り。

 

「はい! もう一回!」

「は、はい! いのーのてんさいかがくしゃぷろふっさまくぶるる……うう、言えない」

 

 やっべえ、目の前にものすごくかわいい生き物がいる。

 

(マークさん!グッジョブ!)

 

 とりあえず、心の中で褒めておいた。

 俺がそんなことをしている間にも二人の会話は続いていた。

 

「ふふ、どうだい。名前だけでもすごそうだろう」

「はい、言えないくらいすごいです……あ、そうだ。私の名前は……」

「ああ、続きはまた今度にしよう、あまりゆっくりしてると……」

 

 マークさんが珍しく語尾を濁した、何かあるのか?

 

「……ん?」

「おや、どうやら追いつかれてしまったようだね」

 

 パタパタ翼を羽ばたかせて遺跡の影から、角を持ち羽を持ついかにも悪魔らしい奴らが出てきた。

 

「何あれ……」

「実はこの遺跡を守っているモンスターに追われていてね。それでは、失礼するよ」

 

 そう言うと、走ってどこかに逃げ去ってしまった。

 ……盟友(笑)

 

 

「ええい、とにかく行け! ぷに!」

「ぷに!」

 

 とりあえず、倒しておこうとぷにに指示を出した。

 いつも通り軽く倒してくれるだろう。

 

「ぷに!?」

「オーマイガー」

 

 体当たりをしたところで、ぷには悪魔の一匹に叩き落されてしまった。

 

「あ、アカネさん! どうするんですか!?」

「任せろ、逃走経路を割り出すのは得意だ」

「うう、やっぱりー!」

 

 トトリちゃんは涙目になりつつ、走って俺の後を付いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、ここまで逃げればいいだろう」

「うう、酷い目にあった……」

 

 互いに腰を落として肩で息をしている惨状。

 奴らは俺たちが逃げている間に諦めてくれたようだ。

 

「はあ、俺がもうちょい強ければなあ」

 

 主にトトリちゃんに情けないところを見せずに済んだ。少しの割合でぷにを連れて逃げれたという後悔の念がある。

 

「き、気にしないでください。冒険者は強さだけじゃないと思います!」

 

 トトリちゃんのまっすぐなまなざし。

 アカネにクリティカルヒット!

 

「ガハッ!」

「あ、アカネさん!? 大丈夫ですか!?」

「オーケーオーケー、持病みたいなもんだ」

「は、はあ?」

 

 トトリちゃんは本当に恐ろしく優しい子やで。

 でも今だけはその綺麗なまなざしを向けないでくれ……。

 

「とりあえず戻るか」

「は、はい。シロちゃん大丈夫かな……」

「大丈夫だって、危ないのは俺だから」

「アカネさんがさっきからよくわかりません……」

 

 そんなに困った顔をしないでくれよ。

 単純にこの後、俺がぷにの怒りタックルを食らうってだけだ。

 

 

 その後戻って、結果として俺はモロに食らった。

 最近、打たれ強くなってきた気がするお。

 

 

 

 

 

 

 

「長い道のりだった」

「ぷに」

 

 大抵のモンスターは、ぷにが倒してくれたから楽だったけどな。

 

「ジーノ君とミミちゃん、もう来てるかな?」

「あいつらの地図見た感じだと、着くのは最低でも明日辺りになると思うぞ」

 

 あ、なんか今の発言先輩冒険者っぽかった。

 

「そうですか……」

「まぁ、先にギルドに行って手続き使用しとこう」

「はい!」

 

 気を取り直して、俺たちはギルドに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「今日は場所の変更が多いな」

「? どういうことですか?」

「こっちの事情です」

「ぷに」

 

 どうやらぷにはわかってくれるらしい。

 

 若干怪しい発言をしつつも俺たちはカウンターに近づいた。

 

「マスター、いつもの」

 

 声を低く作り、俺は懐から免許を取り出して差し出した。

 

「誰がマスターよ、言っとくけど全然渋くないわよ」

「ハードボイルド的なアレはなかったですか?」

「ぜっんっぜん」

 

 正しくお笑いだぜといった視線と表情で嘲笑うクーデリアさん。

 

 俺は所詮ギャグキャラの様です。

 

「あら、トトリもいたの」

「あ、はい。お久しぶりです」

「わざわざ遠くからお疲れ様、大変だったでしょこんなバカと一緒で」

 

 一転して笑顔で労わって優しさ満載一割罵倒の発言に切り替わる。

 ……泣いた

 

「そんなことないですよ。アカネさんといると楽しいですから」

「…………」

 

 嬉しいけど! 嬉しいけどさ、そこは頼りになりますからの方が嬉しかった!

 

「そこは否定しないけどね。それよりも、ランクアップの手続きね」

「あ、はい。お願いします」

 

 トトリちゃんはカバンから免許を取り出して、クーデリアさんに渡した。

 

「それじゃ、ちょっと待ってなさい」

 

 クーデリアさんが奥の書類だなから、功績一覧(俺命名)を持ってきた。

 

 

「どきどき」

 

 

 トトリちゃんがクーデリアさんの書類を食い入るように見つめいている。

 

 最近この子は俺のことを萌え殺そうとしているんじゃないかと思える。

 どきどきとか、もはや狙ってるとしか思えん。

 

 

「はい! おめでとう、二人とも無事にランクアップよ」

「やったー!」

「ぷにに!」

「ふん、当然だな」

「そこのハードボイルドなお方、早く取って頂戴」

 

 クーデリアさんが腕を伸ばして、俺に免許を差し出していた。

 

「ういーっす」

 

 受け取った免許を見てみると今度は宝石の部分が銅になっていた。

 

「これは次が銀で金になると見た」

「よくわかったわね」

 

 クーデリアさんが驚いた顔をしている。

 まぁ、ゲーム脳的には当然の事だよね?

 

「そういえば二人はこの後どうするのかしら」

「えっと、ジーノ君たちを待ってから、その後村に帰ります」

「そう、考えてみれば免許の更新のために、わざわざここまで来るのは大変よね」

「これはもうアーランドに住むしかないな、うん、それがいい」

 

 俺の灰色の脳細胞が圧倒的にすばらしい案を出してみる。

 

「住むなんて、そんなお金ないですしそれに私、錬金術がないと冒険者らしいこと何もできないですし」

「まあそうよね、ロロナだって錬金術がないとひ弱で役立たずで、ちょっとおバカな女の子ってだけだし」

「そんなところが、かわいいと?」

「まあ、そうなんだけど……って! 何言わせんのよ!」

 

 前半今までに見たことないくらい良い笑顔だったな。

 ……やっぱり、ミミちゃんとクーデリアさんって似てるわ。

 

 クーデリアさんは咳払いをして話を続けた。

 

「おほん! そうね、ロロナのアトリエに住んだら良いんじゃないかしら」

「え? 先生のアトリエを?」

「ええ。あそこならお金もかからないし、錬金術もできるでしょ。一石二鳥じゃない!」

 

 そうしなさいそうしなさいと全力でプッシュし出すクーデリアさん。

 これは裏があるような気が……いやまあ、んなことないよな。

 

「え、で、でも、勝手に使ったら怒られるんじゃ……」

「あたしが良いって言ってんだからいいのよ。大体、あの子が怒るはずないでしょ」

「はあ、でもクーデリアさん、どうして私のためにそこまでしてくれるんですか?」

「そ、それはあんたがあの子の弟子だからよ」

 

 まぁ、確かに錬金術師は希少らしいし、親友の弟子だもんな。

 やっぱりクーデリアさんは単純に面倒見のいい人ってことだな。

 

「べ、別に、あんたがここで働いていれば、ロロナが偶に戻ってくるんじゃないかなとか、そんなこと全然期待してないし……」

「ガッカリだよ!」

「な、何がよ!」

「自分の胸に聞いてみろ!」

 

 数秒目の自分を殴ってやりたい、この人は真性のツンデレだと!

 

「はあ、俺は宿取りに行ってきます。トトリちゃん、アトリエには明日遊びに行くわ」

「え、アカネさんもアトリエに泊ればいいんじゃないですか?」

「…………」

 

 脳内で火花が散った。

 

(脳内)

A「これって誘われてんじゃね?」

B「バカヤロー!トトリちゃんの信頼心の現われに決まってんだろうが!」

A「でも、いろいろとチャンスじゃね?」

B「……一応聞いてやろうじゃないか」

A「公然と」

B「公然と?」

A「寝顔を」

B「寝顔を……」

AB「見られる!」

 

 

「ぷに!」

「ぐはっ!」

 

 ぷにが俺の邪な心を感じ取ったのか、ボディにタックルしてきた。

 

「……俺はいったい、何を考えていたんだ」

「ぷに」

「すまない、苦労をかけるな」

「ぷにに」

 

 あやうく悪魔の誘いに乗ってしまいそうだった。

 トトリちゃん、なんと言う策士なのだろうか。

 

「あの、アカネさん?」

「ああ、やっぱり俺は宿に泊まるわ」

 

 トトリちゃんと一つ屋根の下って、震えるぞハートってレベルじゃないからな。

 

「そうですか、わかりました」

「うむ。ああ、そうだクーデリアさん。ジーノ君とミミ……あのシュヴァルツラングの子が来たらアトリエに行くように言ってください」

「? あの子も?」

「はい。ミミちゃん、今は私のお手伝いしてくれてるんですよ」

「……ミミちゃん」

 

 なにやらクーデリアさんが肩を震わせて俯いている、ツボった?

 

「っくく、ま、まかせときなさい。ちゃんと伝えといてあげるわ」

「よろしくお願いします。んじゃ、俺は一足先に戻ってますね。トトリちゃんまた明日」

「はい。それじゃあ明日待ってますね」

 

 そう言って、俺はギルドから出て行った。

 明日アトリエを見るのが楽しみだな。



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タックル・チェンジ・ダイブ

「第一回! ぷに強化会議ー!」

「ぷにー!」

「わ~」

 

 俺はロロナさんのアトリエに来ていた。

 そして木製のテーブルに座っておやつを食べていた。

 

「こないだぷにはモンスターにやられてしまったわけだ。というわけで強化しよう!」

「ぷにに!」

「はあ」

「トトリちゃん、もっと気合を入れるんだ。これは俺にとっての死活問題なんだよ」

 

 ぷにが強くならなければ、俺が戦うことになってしまう。

 夏塩蹴りを使いまくるとかマジ勘弁。

 

「でも、シロちゃんってどうやったら強くなるんですか?」

「……食事?」

 

 俺自身も半信半疑な所があります。

 

「え?ご飯食べると強くなるんですか?」

「いや、うん。簡単に言うとモンスターをパクッと……ね」

 

 若干トトリちゃんのぷにへのイメージが悪くなった気がする。

 

「え!?も、モンスターを食べちゃうんですか!?」

「ぷに」

「そう、あれは、ある日の出来事……」

 

 回想スタート。

 トトリちゃんにゴーストに遭遇した時のことやシャドーボールについて簡単に話した。

 

 

「……というわけさ」

「シロちゃんってすごい子だったんですね」

 

 トトリちゃんがぽかんと口を開けて驚いていた。

 まぁ、普通のぷに系モンスターとは違うわな。

 

「あれ? それじゃあ、話し合いしなくてもよかったんじゃないですか?」

「……ちょっとギルド行ってくる!」

 

 俺は立ち上がって、アトリエの扉に向かった。

 決して、言うまで思いつかなかった訳じゃないので悪しからず。

 

「行くぞ、ぷに」

「ぷに」

「えっと、がんばってください?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 といわけで、ギルドの依頼受付。

 

「フィリーちゃん、食べたら強くなれそうなモンスターの討伐依頼ない?」

「えっと……ごめんなさい」

 

 謝られてしまった。人見知りのフィリーちゃんには高度な要求だったか。

 

「うんじゃ、強いモンスターの依頼で」

「えっと、それなら……」

 

 フィリーちゃんが依頼書をパラパラと捲っている。

 

「これならアカネさんにちょうどいいと思いますよ」

「グリフォン討伐依頼? ――!?」

 

 俺のトラウマの一ページ、『グリフォンに殺されかけた』が蘇ってしまった。

 いや、あの日は偶々ぷにを連れて行かなかっただけだし……。

 

「ぷに、大丈夫か?」

「ぷに! ぷに!」

 

 どうやら自信満々のご様子だ。

 

「よし、それじゃそれを受けるぜ」

「はい、それじゃあ少し待っててください」

 

 フィリーちゃんがいつもの様に依頼の手続きを行う。

 しかしグリフォンか、まぁぷにが強くなるためだ。仕方ない。

 

 

 

 

 

「んで、着いた訳だ」

「ぷにに」

 

 アーランドから北に一日程歩いた街道、ここにグリフォンさんは出没するらしい。

 

「グリフォンってうまいのか?」

「ぷに~?」

「なんか筋っぽそうじゃないか?」

「ぷに」

 

 適当に話をしつつグリフォンを探す。

 まぁ、ぷにが前衛、俺がサポートで戦えば問題はないはずだ。

 ゴースト手袋も付けたし、今回ばかりは真面目な戦闘になるかもな。

 

 

「キエェェェー!」

 

 大きな雄たけびと共に、突然俺たちに影が落ちた。

 

「いらっしゃったか」

「ぷに」

 

 グリフォンが俺たちの目の前、街道の石畳に舞い降りた。

 

 

「先手必勝! ぷに、タックル!」

「ぷに!」

 

 俺の指示でぷにがグリフォンに向かって、真っ直ぐ矢の様に体当たりをしかけた。

 同時に俺も奴に向かって駈け出す。

 

「キエェー!」

 

 見事顔面に命中。奴は大きく仰け反った。

 

「そこだ!」

 

 そして、俺は上がった奴の上体が落ちるのに合わせてアッパーを打ち込んだ。

 再び奴の体が浮き上がった。

 

「ぷにに!」

「ナイスアシスト!」

 

 後ろからぷにが、浮き上がった奴に向かって、シャドーボールを放った。

 それは奴の顔面に直撃し、体勢を立て直すことを許さなかった。

 

「まだまだ! か~か~と、落とし!」

 

 足を振り上げ、ふらついている奴の後頭部に踵落としをくらわせた。

 

 

「――!?」

「キェェェー!」

 

 

 奴はダメージを受けたそぶりを見せずに、俺に向かって咆哮してきた。

 

「チッ!」

 

 俺は後ろに飛んで、距離を取った。

 

「手袋のある拳じゃないと効かないか……」

「ぷにに」

 

 手袋は俺の筋力を向上させてはくれるが、脚への恩恵は薄かったようだ。

 

「――! 来るぞ!」

「ぷに!」

 

 奴は後ろに小さく羽ばたいて、加速するための距離を取っていた。

 

「キエェェェー!」

 

「んなっ!」

 

 その速度はぷにの比ではなく、避けるために身構えた瞬間には、もう目の前に迫っていた。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に俺は目を瞑り、腕をクロスして衝撃に備えた。

 

 

「…………」

 

 だがいつまで経っても衝撃は訪れなかった。

 

「……ん?」

 

 モシャモシャと何かを咀嚼するような音が聞こえてきた。

 

「……まさか」

 

 俺は、恐る恐る目を見開いた。

 そこには、まぁ予想通りの光景があった。

 

 

「……うまいよな」

「ぷに!」

 

 あの体積はどこに行ったのか、目の前ではぷにがうまそうにグリフォンを食べていた。

 

「一口か?」

「ぷに!」

 

 一口らしいです。

 

「巨大化でもしたのか?」

「ぷに~?」

 

 わからないそうです。

 何故、俺は目を瞑っていたのだろうか。

 

 

「……人が珍しくガチバトルしてたってのに」

 

 所詮は真面目な戦闘なんて俺には似合わないってことか。

 

「んで?新たなる力的なものは手に入ったか?」

「ぷに!」

 

 ぷにがゴクンとおそらく飲み込んだのだろう、そしてどうやら力は手に入ったらしい。

 

「でも、見た目変わってないぞ」

「ぷにに!」

 

 ぷにが突然、後ろに大きく跳んだ。

 例えるなら、さきほどのグリフォンが距離を取ったように……。

 

「おい、待てやめろ」

「ぷに!!」

 

 見たことはないが、弾丸の様な早さとはこの音を言うのかなって思った。

 しかも小さい分、圧力が大きい訳だよね……。

 

 

「ぐはっ!」

 

 威力10割増し(当社比)

 

「きょう……か……せい、こう」

 

 バタリと俺は地面に倒れこんだ。

 

 

 

《ぷにのツッコミのレベルが上がった》

 



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小悪党な俺

「…………」

「…………」

 

 アトリエには、パラパラと本をめくる音と釜をかき混ぜる音が響いている。

 

 今日の俺は珍しく読書をしていた。

 本は格闘の指南書みたいな感じのものだ、読んでみると結構タメになる。

 

「…………ふぁ」

 

 かと言って暇なのが変わる訳じゃない。

 折角合流したミミちゃんと後輩君が出かけてしまったので退屈しているのだ。

 

 

「できたー!」

 

 欠伸をしていると、トトリちゃんの元気な声が響いた。

 

「お、やっとできたのか?」

 

 最近はトトリちゃんの錬金術の生成物がランクアップしてきている。

 前にダイナマイトっぽいのを作ったにはビビった。

 

「はい!お待たせしました」

 

 トトリちゃんが釜から鉄の塊の様なものを取り出した。

 

「これが噂に聞くインゴットか」

「はい、これでアカネさんも武器を作れますね」

 

 事の発端としては、数日前に『第一回明音強化会議』をやった事だ。

 単純にそろそろ、もう少し強くならなくちゃヤバイと思いやったのだが……。

 

 『手に付けれる武器なんてどうですか』

 

 このトトリちゃんの発言で会議は数秒で終わってしまった。

 

 まぁ、それでインゴットを作って親っさんの所に持っていくことにしたのだ。

 

 ちなみに親っさんというのはとある武器屋のおっさんのことだ。

 本名はハゲル。俺の数倍の筋肉を持っているという説明で十分だろう。

 

 

「んじゃ早速行くか」

「はい!」

 

 俺はトトリちゃんと一緒にアトリエを出て行った。

 

 

 

 

 

 

「へい、らっしゃい!」

「こんにちわ~」

「どうもー」

 

 武器屋の扉を開くと、野太い声で出迎えられた。

 そこには正しく筋肉の塊の様なおっさんが座っていた。

 

「お、嬢ちゃんに兄ちゃんじゃねえか、今日は何の用でい」

「あ、はい。インゴットを作ってきたから、ハゲルさんに武器を作ってもらおうと思って……」

「おお! ついに嬢ちゃんも新しい武器を使う時が来たのか !いつまでも師匠の杖じゃ格好がつかないからな!」

「い、いえ、私じゃなくてアカネさんですよ」

 

 トトリちゃんがそう言うと親っさんは不思議そうな顔をした。

 

「そこの兄ちゃんは確か素手じゃなかったか?こないだも冷やかしで帰りやがったし」

「あはは……」

 

 俺は笑いながら、頬をかいた。

 前に興味本位でここに来たのだが、そのときは武器なんていらんと思って早々に帰ったのだ。

 

「いやあ、そろそろ素手じゃ辛くなってきたんですよ」

「それは分かるけどよ、何の武器を作ればいいんだ?」

「メリケンサック一択ですよ」

 

 拳系の武器で熟練度を上げなくても使える武器なんて、俺はこれ以外に知らない。

 問題としては親っさんが知ってるかどうかなんだが……。

 

「? メリケン、何だって?」

「ですよねー」

 

 大体予想通りだったので、俺は腰のポーチから自作の絵が描かれた紙を取り出した。

 トトリちゃんがインゴットを作っている間に俺はこいつを頑張って書いていたのさ。

 

 俺は親っさんに紙を手渡した。

 

「む、こいつあ……」

「無理ですかね?」

 

 現代世界ではこんな物とは無縁の存在だったので、製造方法なんて知るはずもない。

 正直な話、あまり期待はしていなかったりする。

 

「やっぱ、無理ですよね……」

「あん!? 俺が何年武器を作ってっと思ってんだ! ちょっと待ってろ!」

 

 俺の無理発言に火がついたのか、トトリちゃんからインゴットを受け取ると早速作業に取り掛かっていた。

 

 

「以外にできたりする?」

「でもこの武器ってどうやって使うんですか?」

 

 トトリちゃんが俺の絵が描かれた紙を見て尋ねてきた。

 

「ああ、そこの4本の穴に指をはめて、その下の所を握って……殴る!」

「それだけですか?」

「シンプルイズベスト、単純明快」

「アカネさんらしいですね」

 

 完全に被害妄想なんだが、バカって言われた気がした。

 

 

 

 

 待つこと数時間。

 

 

 

「できたぞ!なかなかの自信作だ!」

「早っ!」

 

 あれ? 武器って作るのこんなに早いのか?

 

「まぁ、とりあえず」

 

 俺はハゲルさんからメリケンサックを受け取って両手にはめ込んでみる。

 

「…………」

 

 マークさんもそうだが、この世界の職人はレベルが高すぎる。

 

 出来栄えは昔見た物と同じ。完全に現代の物レベルだった。

 ただ一つ、違いがあるとしたら……

 

 

「このトゲなんですか?」

「そっちの方が強そうで良いかと思ってな」

 

 はめ込む穴の所に小さなトゲが付いていた。

 確かに威力は上がるだろうけど、何といか……。

 

「アカネさん、何か悪そうです……」

「俺もそう思ってたところだ」

 

 完全に漫画に出てくる小悪党状態だった。

 

「まぁ、うん、流石ですね」

「当り前よ! 今度はさらにすげえモン作ってやんよ」

 

 これ以上凶悪にしたら、いろいろとマズイ気がするのだが。

 

「あはは、それじゃあ、またよろしくお願いしますよ」

「おう! また来いよ!」

 

 俺は武器を持って上機嫌に店を出た。

 

 

 

 

 

 

【オマケ】

 

後輩君の場合

 

「おお! 先輩、それ強そうだな!」

 

純粋に褒めてくれる。

 

 

ミミちゃんの場合

 

「それつけたまま、私に近寄らないでくれるかしら」

 

ですよねー。

 

 

クーデリアさんの場合

 

「武器なんて銃があれば他にいらないじゃない」

 

遠距離派だった。

 

 

フィリーちゃんの場合

 

「きゅう……」

「ちょ! 気絶!? ドクター!」

 

お互いの心臓に悪い。

 



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二年目『錬金術士への成長』
砂漠の紅一点


 

「熱い……頭痛い……」

「ぷに~」

 

 照りつける太陽に熱い空気おまけにほぼ一色の殺風景。

 今は二月、俺がこっちに来てからほぼ一年、ついには砂漠にまで来ることになった。

 

「ああ、早く出てこい、砂漠の魔物さんよー」

 

 普段の俺だったら、自分からこんな所には来ないんだが、とある事情があるのさ。

 

 一言で言うなら、トトリちゃんブロンズ、俺ブロンズ。

 ちょっと気を抜いたらこの有様だよ!

 

 クーデリアさんにこの事実を聞いて、俺はランクアップするためにボスモンスターの討伐に来た訳だ。

 

 

「ぷにの新技と俺の新武装があればいけるはずだ」

「ぷにに?」

「大丈夫だ。二、三ヶ月なら、まだ新と言ってもいい……よな?」

 

 うん、いけるいける。

 

 

「しかしなぁ、この寂しい風景はなんとかならんもんかね?」

 

 見渡す限り茶色系統、偶に緑とかピンクがあるくらいだ。

 

「……ん? ピンク?」

「ぷに?」

 

 遠くの方にポツンとピンク色の点があった。

 

「これを見に行かなかったら冒険者とは言えないな」

「ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしよう……。

 

「きゅう~」

「ピンク色は行き倒れの人だったでござるの巻」

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにがボケてる場合じゃないと言ってくるので仕方ない。

 

「大丈夫……じゃなさそうな」

 

 うつぶせに倒れているので、ひっくり返してみる。

 

「うう、みず~」

「む、意外と可愛いな」

 

 それは俺と同い年くらいで、赤みがかった茶髪を持つ少女だった。

 この格好にデジャヴを感じるのは何故だろうか?

 

 疑問を抱きつつも俺はポーチから水を取り出した。

 

「ほれ飲め飲め」

 

 俺は口元に水を持っていき、水筒を傾けて飲ませてやった。

 

「…………」

「んー、さっきよりは良さそうか?」

 

 たぶん熱中症だろうから、後は日陰にでも入れとけば……。

 

「日陰がない!」

 

 砂漠にはそうそう日陰なんてないし、そもそも涼しくない。

 

「どうする? ぷに」

「ぷにに!」

 

 ぷにが飛びあがって俺の背中にぶつかってきた。

 

「担げと?」

「ぷに」

 

 ぷに先生はとてもフェミニストなようだ。

 

「まあ、見つけたからにはしょうがないな……よっと!」

 

 俺はおもむらに少女を担ぎあげた。

 持ち方は米俵を持つ感じのアレだ、肩に乗せて腕を回すアレ。

 

 

「細いし軽いしやわかいな……疾しい事は考えてないぞ」

 

 ぷにが白い目で見てくるの訂正しといた。

 まあ多少役得ではあるが。

 

「とりあえず、砂漠を抜けるか」

 

 ここからなら、少し歩けば砂漠を抜けられるハズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間歩いて、やっと草木がある場所まで来た。

 

「よっと」

 

 俺は少女を木陰の下に降ろした。

 うむ、顔の赤みも少し引いてるな。これなら後はここで休ませてればいいだろう。

 

「ふう、やっぱこっちは涼しいな」

 

 砂漠はダメだ、あれは普通の人がそう長く居ていい場所じゃない。

 

「少し休むもう、見張り頼めるか?」

「ぷに」

 

 ぷにも了承してくれたので、俺は木に腰掛けて少し仮眠を取ることにした。

 

「おやすみ~」

「ぷに」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「あの~」

 

 ゆっさゆっさ。

 

「起きてくださ~い」

 

 ゆさゆさ。

 

「ううん?」

 

 どうやら俺は揺すられているようだ。

 

「誰?」

「あ、やっと起きた」

 

 俺が目を開くそこには、あのピンクの少女が立っていて俺の事を見下ろしていた。

 

「む、起きても良いのか?」

「はい、おかげさまで」

「そうか、なら良かった」

 

 俺の予想に反して彼女は随分と元気なようだ。

 俺は立ちあがって自己紹介をした。

 

「俺はアカネ、見ての通り冒険者だ」

 

 格好は未だにジャージで締まらないが。

 

「あ、私はロロナです。助けていただいて本当にあり「ロロナだと!」ひゃう!?」

 

 目の前の少女は驚きの名前を口にしてきた。

 

「もしかして、あれか?稀代の錬金術師でクーデリアさんの親友で、トトリちゃんの師匠な、あの!ロロナ先生か!?」

「は、はい! そうですけと、トトリちゃんの事知ってるんですか?」

「……ジーザス」

 

 少なくとも俺の考えていたロロナ先生は行き倒れたりしないし、ピンクでもないし、ひゃう!?なんて言ったりもしない。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

 俺の視線に違和感を覚えたのか、ロロナ……さん?が声をかけてきた。

 

「いや、あの、ええと」

 

 どっちだ……普通に話すのと敬語で話すのどっちが正しいんだ。

 

「け、敬語の方がいいですか?」

「え? 好きに話してくれてかまいませんよ?」

「そ、そうか、それじゃこっちで……」

 

 とりあえず今までの魔王の様なロロナ先生は俺の脳内から抹消しておこう。

 

「さっきの質問だけど、トトリちゃんは俺の後輩なんだよ」

「後輩? 何のですか?」

「冒険者での後輩だ。なかなか頑張ってるぞ」

 

 俺を追い越しかけるくらいには。

 

「わあ、トトリちゃん冒険者になったんだ……あれ、それじゃあ錬金術やめちゃったんですか!?」

 

 分かりやすいくらいに慌てて、一歩詰め寄ってきたロロナさんにたじろぎながらも俺は口を開いた。

 

「い、いや普通にいっつも錬金術は使ってるけど」

「そ、そうなんですか、よかった……。でもなんで、冒険者になったんだろう?」

「……そういや、聞いたこと無かったな」

 

 俺が目的なしのせいで忘れてたが、トトリちゃんには目標があるのかもしれない。

 

「でも冒険者かー、アカネさんみたいな先輩さんがいれば安心ですね」

「う、うむ、当然だ」

 

 やばいかわいい。レベルで言うと、トトリちゃんレベル。

 

「と、ところで、何であんな所で倒れてたんですか?」

「あ、それは、その、水を落っことしちゃって……」

「それじゃあ、すぐに砂漠を出ればよかったんじゃないか?」

「その、道に迷っちゃいまして……」

 

 とりあえずドジッ娘属性を追加しておこう。

 ただ俺が通りがからなかったらと思うとぞっとしないが。

 

「まあ、だいたい分かりました。それにしても……」

 

 俺はロロナさんを下から上までジロジロと観察した。

 

 身長は平均的、容姿はかわいい、胸はそこそこ、口調も穏やか、行き倒れ。

 とてもじゃないが、稀代の錬金術師様には見えなかった。

 

「あの~、どうかしましたか?」

 

 ロロナさんが困ったように俺を見上げていた。

 ……もしかしなくても変態っぽかったか?

 

「いや、失礼かもしれないがイメージと違ってな」

「あはは、よく言われます」

 

 やっぱりか。

 

「まあ、でも、トトリちゃんの師匠っていうのは納得できるかも」

「ほ、ホントですか!? 私、先生っぽいですか!?」

「まあ、トトリちゃんの先生としてはかなり合ってるんじゃないか」

 

 主に癒し空間的な意味でだけど。

 

「ちなみに、錬金術って誰でも教えられるのか?」

「もちろんですよ。ちゃんと教えられたのはトトリちゃんだけですけど……」

 

 苦笑いでそう返してくるロロナさん、教えるのが苦手なのかね?

 

「ちなみに俺に教えてくれたりは?」

「もちろんいいですよ。助けてもらったお礼もしたいですし」

「うしっ!」

 

 思わずガッツポーズしてしまった。

 だがこれでやっと、不思議パワーを手に入れれる。

 

「それじゃあ、今度アトリエで待ってますから」

「えっと、それって私のアトリエですか?」

「はい。今はトトリちゃんが使ってるんですよ」

「あ、そうなんだ。それじゃあ、トトリちゃんにも会えるかな?」

 

 偶に口調が素に戻るのに若干のシンパシーを感じた。

 

「あ、でも、今トトリちゃん村にいるんだっけかな?」

「え、そうなんですか」

 

 途端にロロナさんはしょんぼりしてしまった。

 子離れもとい弟子離れができていないのだろうか。

 

「ま、まあ、でもクーデリアさんに会えるじゃないですか、帰ってこないって怒ってましたよ」

「あ、やっぱり……そろそろ一度帰らないとなあ」

「それじゃあ帰ってきたらクーデリアさんにでも伝えといてください、会いに行きますから」

「はい! また今度お会いしましょうね」

「そん時は今どっか行ってる俺の相棒も紹介しますよ」

「それじゃあ、今日は助けてもらって本当にありがとうございました!」

 

 そう言って、ロロナさんはアーランドの方向に歩きだした。

 

 

 

 

「ぷにに」

「ん?ぷにじゃないか、どこ行ってたんだ?」

「ぷにぺっ!」

 

 ぷには口から水筒を吐き出した。

 

「ああ、水汲みか、あんがとな」

「ぷに!」

「さっきのあの人な、ロロナ先生だったんだぜ」

「ぷに!?」

 

 ポーカーフェイスなぷにが珍しく驚いた顔をした。

 

「んでな、錬金術を教えてもらえることになったんだ」

「ぷに~」

「と言う訳で、とっとと砂漠の魔物を倒しに行くぞ!」

「ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後、砂漠の魔物はぷにダイブ5発くらいで沈んだ。

 ベヒーモスっぽいのを倒すぷに……最強じゃね?

 



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同族発見

 今日は恒例のランクアップをするためにギルドに来ていた。

 

「討伐してきたんで、いつものお願いします」

「はいはい、それじゃあ免許よこしなさい」

 

 俺はポーチから免許を取り出してクーデリアさんに渡した。

 

「それにしても、たった一年でよくここまで上げたわね」

「まあ、大方ぷにのおかげですけどね」

「……ランクアップさせてもいいのかしら」

 

 クーデリアさんはぶつぶつ言いながらも手続きを続けている。

 俺も俺で仕事はちゃんと頑張ってはいるんだけどなあ……。

 

「あ、そう言えばロロナさんに会いましたよ」

「ぶっ! な、何ですって!?」

 

 うわばっちい、俺のギルドカードが大変な事になってる。

 

「いやロロナ先生ですよ」

「ど、どこにいたのかしら?」

「砂漠でぶっ倒れてましたよ」

 

 途端にクーデリアさんは、申し訳なさそうな顔をした。

 

「親友が迷惑かけたわね……」

「まあ……ええ……」

 

 何ともいたたまれない空気が出来上がってしまった。

 親友の責任を自分にも感じる必要はないでしょうに。

 

「あれ? 親友?」

 

 なんか違和感が……。

 

「ん? どうかしたのかしら?」

「いや、クーデリアさんとロロナさんって親友なんですよね?」

「ま、まあ、世間的にはそうなるのかしらね」

 

 はいはい、ツンデレツンデレのデレデレ期。

 

「年大分離れてませんか?」

 

 ロロナさんは俺と同じくらいだろうから、俺が18でクーデリアさんは去年22って言ってたから……5歳差?

 

「? ああ、そういうこと」

「どういうことですか?」

「あの子も童顔だから年相応に見られないのよね」

 

 したり顔でうんうんと頷くクーデリアさん、自分だけ分かってる風にしないでもらいたい。

 

「だから、どういうことですか?」

「あの子、私と同い年よ」

「…………」

 

 俺は少々この世界を舐めていたようだ。

 

 つまり、俺5歳上の人にめっちゃタメ口聞いてたってことか?

 待て待ておかしいだろ、あの人制服とか着てても違和感ない年齢にしか見えないって。

 どう考えてもメルヴィアの方が年上に見えだろ。

 今度会った時どんな顔すればいいのかわからない。

 

「ショックなのはわかるけど、そろそろ戻ってきなさいよ」

「……笑えばいいと思うよ」

「訳わかんない事言わないで頂戴」

「この世界には嘘が満ち溢れているんだ」

「うっとうしいから免許持って帰りなさい」

 

 クーデリアさんはそう言うと俺に免許を投げてきた。

 

「ところで、まだロロナさん帰ってきてないんですか?」

 

 俺は免許をポーチに入れつつ尋ねた。

 

「帰ってないけど、何? あの子帰ってくるって言ってたの?」

「そろそろ帰らないとって言ってましたよ」

「あー、うん、そうなの、ふーん」

 

 必死に平静を保っているみたいですが、口元の緩みを押さえられてませんぜ。

 

「それじゃあ、ロロナさんが帰ってきたら、俺は村に行ってますって伝えといてください」

「それはいいけど、何でまた村に行くのよ?」

「いやー、トトリちゃんの誕生日のお祝いするの忘れてて……」

 

 砂漠の冒険を甘く見ていたせいで、予定よりこっちに戻るのが遅れてしまったのだ。

 今は3頭頃、トトリちゃんの誕生日は2月末ごろ。

 本来はこっちに戻らずに直で行く予定だったのだが、どうせ間に合わないならと一旦戻ってきたのだ。

 

「そんじゃ、とっとと行きなさい、あの子にはちゃんと伝えておくから」

「どうもどうも、そんじゃまた今度」

 

 俺はそう言って、ギルドの外に向かった。

 

 

 

 

 

「居たあ! ペーター!」

「うお! な、なんだよ!」

 

 足を確保することに成功。

 

「ペーターはツェツィさんの事がだいす「わ! な、何言ってんだ!」……ククッ」

 

 正に想像通りの反応だ。さて、やるか……。

 

 

 

 

 

 

2週間程度経過。

 

 

「よし着いた! ペーターががんばってくれたおかげだぜ☆」

「し、死ぬ……」

 

 ペーターが自発的に寝ないで馬車を動かしてくれた甲斐がったというものだ。

 

「よっしゃ、早速アトリエに向かうぞ」

「ぷに!」

 

 俺たちは早速アトリエに行こうとすると、ちょうどトトリちゃんが歩いているのが見えた。

 どうやら港の方に向かっているようだ。

 

 俺はトトリちゃんの方に向かい、声をかけた。

 

 

「どうしたんだ、港の方に向かったりして?」

「わっ! あ、アカネさん来てたんですか!」

 

 声をかけただけで驚かれるのもなんか複雑な気分だな……。

 

「ちょうど今着いたところだ、港の方になんか用なのか?」

「あ、はい、お昼だからお父さんを呼びに来たんです」

「んじゃ、ついでだし俺もついてくよ」

 

 あわよくば、お昼をご馳走に……意地汚いとか言わんでくれよ。

 

「あ、それじゃあアカネさんもお父さん探すの手伝ってくれませんか?」

「それって手伝う事あるのか?」

「お父さん、ちゃんと目を凝らさないと見つからないから大変なんですよ」

 

 あれ?お父さんって妖怪かなんかだっけか?

 

 俺は声に出せないような質問を考えつつも一緒に港に向かった。

 本当に目を凝らせた瞬間見つかったらどうしよう……。

 

 

 

 

 

「んでな、ロロナさんはみず~って言った訳だ」

「あはは、先生相変わらずみたいですね……」

 

 ロロナさんの話をしながら俺たちは歩いていた。

 

「おっ、着いたな」

 

 できれば一瞬で見つかってほしいな……。

 

「ふん! ふっ! ふぬぬ!」

 

 港に入るなり、大きな声が聞こえてきた。

 

「あれ? この声ってトトリちゃんの……」

「お父さん? どうしたんだろ、こんな大声出すなんて」

 

 俺とトトリちゃんとぷには急いで奥の方に向かった。

 

 

「ああ、トトリにアカネくん、良いところで来てくれ手伝ってくれないか?」

 

 グイードさんは釣竿を必死に引いていた、どうやらかなりの大物の様だ。

 

 俺とトトリちゃんはグイードさんの後ろにつき、一緒に竿を持った。

 

「よしそれじゃあ、せーのでいくぞ」

「うん」

「了解しました」

 

「いくぞ! せーの!」

 

 3人でタイミングを合わせて、竿を引っ張った。

 

「よいしょー!」

「よし、もう少し、もうひと踏ん張りだ」

「おらああー!」

 

 

 ザバーン!

 

 

「よし! ……って、え?」

 

 

「きゅう……」

 

 これは決してアザラシのゴマちゃんが釣れた訳ではなく……。

 

「へ? え、わ! ろ、ロロナ先生!?」

 

 そこには宙づり状態になったロロナさんが、一体何がどうなってこうなった。

 

「これはまた、予想外大物だね。こんなの持って帰ったら、ツェツィも驚くだろうなあ」

「それどころじゃないよ! 先生! 生きてますか!? 先生!」

 

「ぷくぷく……おさかな……わたしは……おさかな……」

 

「よかった生きてる! ちょっとおかしいけど……って! あ、アカネさん何で泣いてるんですか!?」

「え?」

 

 言われて初めて自分が涙を流していたことに気づいた。

 だって、これは酷い……弟子が師匠のピンチに駆けつけるって……普通逆だろ。

 それも昨日の今日でこんな事態に……こんな、事に……。

 

「涙が止まらねえ」

「え、えーと、と、とにかく連れて帰らないと!」

 

 

 その後ロロナ先生を前と同じように担いで持ち帰った。

 濡れているのをエロいと思ったのは、まあ仕方ないよな!

 

 

 

 

 

 

「はあ……助かった。今度ばかりはダメかと思った……」

 

 ロロナ先生が目を覚ましたので現在はトトリ家のリビングにいる。

 というか、前のあれは何とかなると思ってたのだろうか?

 

「よかった……びっくりしましたよ。まさか先生が釣れちゃうなんて」

「でも、どうして海に?しかも服のまんまで」

 

 ツェツィさんが当然の質問をする。

 これを一年前にされてたら、俺の場合河から流されてきましただな。

 今となってはもう笑い話となったもんだ。クーデリアさん以外に言ってないけど。

 

「わたしも、よくわかんないんだけど、確かうに林で転んで、河に落っこちちゃって……」

「ぶっ!」

「ぷに!?」

 

 刹那、俺は飲んでいたコーヒーをぷにに噴出した。

 

「あ、アカネさんどうかしたんですか?」

「大丈夫トトリちゃん気にするな。アハハ、ハッハッハ!」

「笑い引きつっててますけど……」

「い、いやあ! それにしてもロロナさん、大分流されて来たなあー!」

「え、あ、はい。でも、トトリちゃんとアカネさんに会えたから、ラッキーと言えばラッキーかも……」

 

 俺は昔、あれは二回に一回は死ぬと言ったことがあった。

 三回に一回に訂正しておこう、これを引き当てたロロナさんは確かにラッキーだ。

 

「全然ラッキーじゃないですよ、死んじゃったらどうするんですか!?」

「あはは……ごめんなさい」

「……ごめんなさい」

 

 流れに便乗して謝ってみた。

 

「? どうしてアカネさんも謝ってるんですか?」

「いや、なんとなく……」

「ぷに~」

 

 トトリちゃんは不思議そうな顔をしている。

 いまさら言える訳ないわな、うん。ついでにぷにも謝っているようだ。そういや君もでしたね。

 

「その様子なら、もう平気そうですね。何か軽いもの作ってきます」

 

 そう言って、キッチンの方に向かった。

 ツェツィさんは相変わらず気遣いのできる女性ですなあ。

 

 

 

「あの、トトリちゃん……怒ってる?」

 

 ロロナさんがオドオドと聞いてきた。この二人の関係って師弟関係だったよね?

 

「怒ってますよ、私だってずっと先生に会いたいって思ってましたけど、こんな風に再会するなんて……」

「本当にごめんね……次から気をつけるから」

「……っぷ」

 

 俺は瞬間的に自分の口を手で抑えた。

 だって、これ、完全に師弟じゃないじゃないか。笑うのも仕方ないって。

 

「……く、っくく、っぷ」

「あ、アカネさん酷い! そんなに笑わないでくださいよ!」

 

 ロロナさんが涙目で俺を咎めてきた。

 彼女は河の一件で笑ってるのだと思ってるのだろうな……。

 

「ぷに!」

「ぐはっ!」

 

 ぷにが俺の事を物理的に黙らせてきやがった、ある意味ナイスだ。

 

「……ふう」

「えっと、大丈夫ですか? それにそのぷにって……」

「ああ、こいつはシロだ。こないだ言った俺の相棒だよ」

「へえ~、シロちゃんですか、かわいいですね」

 

 ロロナさんが手を伸ばしてぷにを軽く撫でた。

 

「ぷに~」

 

 褒められてぷにも満更じゃないようだ。

 

「まあ、とりあえず話を戻そうぜ」

「元はと言えばアカネさんが私の事笑ったせいじゃ……」

 

 アーアー聞こえない。

 

「で、トトリちゃんは先生の事もう怒ってないのか?」

「あ、はい。無事だったからもういいですよ。先生は全然変わってないみたいですし」

 

 俺的には少しは変わった方が良いんじゃないかと思ったりもするんだぜ。

 

「あはは……本当はもう少しちゃんとしないとダメなんだけど……。トトリちゃんは何か変わったことある?」

「ありますよ。アカネさんから聞いたかもしれないですけど、私、冒険者になったんです!」

「あ、そういえばそうだったね、おめでとう!」

「そういや、そん時に出た質問があるんだが聞いてもいいか?」

 

 今までまったく聞く機会もなかったし、ロロナさんもいる今ならちょうどいいだろう。

 

「? なんですか?」

「うむ、なんでトトリちゃんは冒険者になったのかって言うことをな……」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないっす」

「私も気になるなあ」

「えっと、それはですね……」

 

 トトリちゃんの話を一言でまとめると。

 

 トトリちゃんは、昔凄い冒険者だった行方不明のお母さんを探すために冒険者になったそうだ。

 

 まさかこんな重大な事情があったとは……。

 

 

「感動した! これからは、いままで以上に手伝いを頑張るぞ!」

 

 現状親不孝状態な俺としてはこういった心意気に感動せざる得ない。

 

「えっと……ありがとうございます?」

「ぷにもがんばるよな?」

「ぷに!!」

 

 ぷにもかなりやる気満々のようだった。

 

「あはは、ロロナ先生にも感謝してますよ」

「え? 私にも?」

「はい、私ずっとお母さんを探しに行きたいと思ってたんですけど……体弱いし頭もよくないから無理だって諦めてて……でも、先生に錬金術を教えてもらってこれならもしかしてって」

「…………」

 

 トトリちゃんはそんな思いで錬金術を習って冒険者になったのか、全部興味本位だったりの俺とはまったく違うんだな。

 

「それで、お母さんに会ったとき、お母さんと同じくらいの冒険者になってたら喜んでもらえるんじゃないかなって思って」

 

「「ううっ……トトリちゃん……」」

 

 ロロナさんと俺の声が泣き声からハモった。

 

「わ! ふ、二人ともなんで泣いてるんですか?」

「だ、だってトトリちゃんすごく健気で……」

「俺と違って真面目に家族の事を考えていて……」

 

 家族の喜びまで考えるって、もう俺がタダのクズ野郎にしか思えねえ。

 

「よし! 決めた! 私もトトリちゃんのお手伝いする!」

「え? 先生が?」

「うん! 一緒にお母さん探そう!」

「本当にいいんですか?」

「うん! そうと決まったら早速、トトリちゃん後でアーランドに来て!」

 

 そう言うとロロナさんは風の様に外へと駈け出して行った。

 

「え? 先生、アーランドってそんな簡単に行ける距離じゃないですよ!」

 

 トトリちゃんの叫びもむなしく、ロロナさんはもういなかった。

 

「よ~し、俺も久々に気合入れて修行でもするか、トトリちゃん、用があるときはいつでも言ってくれよ」

 

 俺もさきほどのロロナさんと同じように外に向かった。

 

「あ、アカネさんもですか!?」

「アディオス!」

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 体力づくりで外を入っていたら気づいてしまった。

 

「……ツェツィさんのお昼ご飯を食べていない!」

「ぷに~」

 



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お店番

 

「どうしてこうなった」

 

 俺とぷにカウンターの中、他の人カウンターの外。

 俺とぷに店員、他の人お客さん。

 

「どうしてこうなった」

 

 確か俺は先にアーランドに行こうと思って、準備のためにパメラ屋に立ち寄って……。

 

『少しの間だけ店番お願いできるかしら~?』

 

「……! 魅了《チャーム》か!」

「ぷに~」

「あんな美人さんに上目遣いで頼まれたらねぇ?」

「ぷにー」

 

 ぷにがさっきから俺の事を冷たい目で見てくる……。

 

 

「これくださーい」

「はいな」

 

 村の少女Aの対応をしつつパメラさんの帰りを待つ俺であった。

 

 

 

…………

……

 

 

「遅い……」

「ぷに~」

 

 あれから数時間、もう店にお客さんはいない、そしてパメラさんもいない。

 

「客も来なくて暇だしさ~」

「ぷにー」

 

 さっき来た客なんて、俺の事見て舌打ちして帰りやがったし……気持ちは分かるが。

 

 俺がダラダラしていると不意に扉が開いた。

 

「失礼する」

 

「ぷに、すげえ目つき悪い人来た! 強盗だぜ強盗!」

「ぷに!」

「…………っ」

 

 極めて平静を装ってるけど、青筋が見えてますぜ。

 

「で、ステルクさん、こんな村になんか用ですか? 強盗ですか?」

「違う、この村に錬金術師がいると聞いたから来ただけだ」

 

 スパンとね、一言で俺のネタを切り捨てられてしまった。

 一瞬の切り返しにしてはうまいと思ったのは俺だけだったか。

 

「ちょっとクールすぎませんか?」

「君が騒がしすぎるだけだろう……第一なぜ店員などやってるんだ?」

「パメラさんに押しつけられたのら~」

 

 だが後悔はない、むしろ充実感すらある。

 

「なるほど、もしやと思って来てみれば、やはり彼女の店だったか」

「お知り合いですか?」

「まあ、多少顔を知っているぐらいだがな」

 

 意外すぎる、この人に女性の知り合いがいるとは……。

 

「ステルクさんって女性に疎そうですよね」

「…………」

 

 無言で睨まれた、やっぱり強盗だよこの人。

 

「ま、まあ、おふざけはこの辺にして、何かお求めですか?」

「できるのならば、最初から真面目にやりたまえ」

「性分なんです、すいませんね」

「まったく、まあいい、一つ聞きたいことがある。この村の錬金術師のアトリエと言うのはどこにあるのだろうか?」

 

 ……トトリちゃんとステルクさんって何か交友関係あったのか?

 俺が知ってるのだと、初めてアーランドに行った時に助けてもらったぐらいか。

 まあ、ステルクさんは悪い人じゃないし教えちゃってもいいか。

 

「店出てから右に向かったとこにある坂を上った所にありますよ」

「そうか、感謝する。では失礼」

 

 そう言って、店の外へと出て行った。

 

「……冷やかしかいな」

「ぷに~」

 

 

 

…………

……

 

 

「うわ! マジで先輩が店番やってる!?」

「帰れ」

 

 俺はお客様に対してすごく良い笑顔で対応してやった。

 

 俺が来たときのクーデリアさんの気持ちが少しわかった気がする。

 

「ひでえよ先輩、実は欲しいものがあってさ」

「なんだ本当に客だったのか、んで、なんだ?」

「必殺技!」

「帰れ、必殺技の価値プレイスレス。要は商品じゃないんだよ」

 

 俺はシッシと手を振って帰ることを促した。

 

「先輩には必殺技が欲しいって気持ちわかんないのかよ?」

「…………」

 

 漫画やゲームの技を練習しまくった俺に対して言うのか、若造め。

 

「いいだろう! インスタントに使える必殺技を教えてやる!」

「おお! 流石、先輩!」

「説明は一言だ! 剣を回りながら振れ! 以上!」

「え!? そ、それだけ?」

「ああ、これさえ身につければ終盤まで使えるさ」

 

 某緑の勇者はこの技だけで十数年はやってるんだ。後輩君もこれで勇者の仲間入りだな。

 

「この技の名前は、回転切りだ!」

「回転切り!?」

「そうだ、著作権うんぬん言われたら、ありふれた名前ですよで押し通せ!」

「? よくわかんねえけど、まあいいや!ありがとな先輩!」

 

 後輩君は早速練習してくるぜと言って外に出て行った。

 

「次の奴も冷やかしだったら、ぶん殴ってやろうか」

「ぷに~」

 

 

…………

……

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

 モブ男Aが現れた

 

「…………」

 

 モブ男Aは うろうろと 商品を 見まわしている

 

「ありがとうございました~」

 

 モブ男Aは さっていった

 

 

「……今来た君が悪いのだよ」

 

 アカネは ぷにをかいほうした

 

「行くがよい!」

「ぷに!」

 

 ぷには アカネをこうげきした

 

 かいしんのいちげき!

 

 アカネはちからつきた

 

 

 

…………

……

 

 

「ちょっと、あんたサボってんじゃないわよ」

「……ハッ!」

 

 おれは めをさました

 

「いや、これはもういいから」

「何言ってんの?」

 

 目の前にはメルヴィアがいた、気絶してたとか……ぷにが最近手加減しなさ過ぎてきつい。

 

「いやこっちの話だ。で? 何のご用でしょうか?」

「冷やかしかしらね」

「帰れ」

 

 最初に冷やかし宣言したからって、許される訳じゃないぜ。

 

「俺の拳の餌食になってもらおうか」

「何かいったかしら?」

 

 すごい笑顔で凶器(拳)を振り上げてきたよ、この人。

 

「冷やかしから強盗にクラスチェンジかよ、この野郎」

「今謝ったら許してあげないこともないわよ」

 

 ちっ、流石にアレで殴られたら俺の頭がどうにかなりそうだし、謝っておくか。

 

「すまんね、君」

「ふん!」

「ぐぬ!」

 

 頭をグーって……野蛮すぎるでしょう。

 

「謝ったのに!」

「あれを謝罪って言うなら、『ごめんなさい』はいらないわよ」

「メルヴィアにはあれで十分かな? って」

「もう一発欲しいのかしら?」

 

 握りしめた拳がまた上がってきた。本当の強盗はこっちだったか。

 

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

 くそっ! 拳を振り上げたまま交渉ってフェアじゃないだろ!

 あれか、核武装国と非核武装国の優劣の差ってことか……。

 

「そろそろ帰っていただけないでしょうか」

「まあ、あんた弄るのにも飽きたし……それじゃあねシロちゃん」

「ぷに!」

 

 メルヴィアはぷにだけに挨拶して帰ってった。

 これは酷い。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「ただいま~、ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

 

 パメラさんが扉から入ってきた。

 

「い、いえいえ! 全然待ってませんよ!」

「ぷに~」

 

 うっせぇ! とぷにを目で制しておく。

 

「今日は本当にありがとうね~、おかげで用事も済ませれたわ~」

 

 パメラさんは俺に、この俺に! 私に! 満面の笑みを浮かべてきてくれたのだ。

 

「ハッハッハ、この程度で良ければいつだって」

「アカネ君はやさしいわね~」

「いやいや、そんなことないですよ」

 

 ぷに、聞いたか? 俺優しいってよ。

 

「ぷに~」

「シロちゃんもありがとね~」

「ぷにー!」

「…………ちっ」

 

 人は一瞬にして嫉妬の憎悪に落ちれるものなんですね。

 

「それじゃあ、この辺で失礼しますね」

「あら、もう行っちゃうの? せっかくだからお茶でもどうかしら~?」

 

 はい

 いいえ←

 

「折角ですが、用事があるんで」

「あらそうなの、残念ね~、それじゃあ今度何かお礼するから、また来て頂戴ね~」

「はい~」

 

 俺はそう言って店の外に出た。

 

 

 

「彼女の笑顔はまるで太陽の様で、されど近づきすぎれば焼かれる運命《さだめ》」

「ぷに~」

 

 はっきりとわかった。いまこいつ「気持ち悪りい」って言ったわ。

 

 俺はうなだれつつも馬車の近くにいたペーターに近づいた。

 

 

「ペーター……」

「お!? な、なんだよ?」

 

 前のおどs……前がんばりすぎたせいか、ペーターはキョドっていた。

 

「偶にはヘタレもいいよね」

「は? お前何言って……」

「でも、俺は……俺は!高潔なヘタレでありたい!」

「お前、頭大丈夫か?」

「さらばだ!ヘタレの王よ!」

「へ、ヘタレの王……」

 

 

 俺はヘタレな訳じゃない、一歩を踏み出せないだけだ

 

「ぷに~」

 

 今、ぷにが何を言ったかは想像に任せるとしよう。

 



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錬金術士への道-1

「わあーー!ダメーー!」

 

 光る釜、叫びロロナさん、釜をかき混ぜている俺。

 

「レッツ爆破!!」

 

 爆発する釜、しゃがみこんでいるロロナさん、吹っ飛んでいる俺。

 

 なんで、こんなことになったんだっけ?

 

 

 

 

 話は俺が2週間かけてアーランドに来たことから始まるんだ。

 

 自転車に跨って意気揚々とやってきたんだ、どうなるかも知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1、2ヶ月ぶりってところか?」

「ぷに」

 

 村とアーランドを行ったり来たりしているせいで日付が曖昧になっているな。

 

「今は5月だっけか?」

「ぷに!」

 

 合ってるらしい、なんで俺、ぷにに日付聞いてるんだろう……

 

「とりあえずアトリエだ、うん。行こう行こう」

「ぷにに」

 

 自転車を押してロロナさんのアトリエに向かった。

 

 

 

 

 

「ロロナさん、いますか~」

 

 自転車を玄関の横に止めて、ドアをノックした。

 

「……? いないのか?」

 

ドアをいくらノックしても反応がなかった。

 

「――ひぁ!?」

 

 突然、中から悲鳴と何かが落ちたような音とが聞こえてきた。

 

「……おじゃましま~す」

「ぷに~」

 

 若干悩んだが、とりあえず入ってみることにした。

 

 

 いつも通り小奇麗なアトリエの中で、一番に目に着いたのは腰を押さえてソファにもたれかかっているロロナさんだった。

 

「うぅ~、いたーい」

「ええと、大丈夫ですか?」

 

 見かねて声をかけるが、まあ何があったかはだいだいわかった。

 

「わあ! あ、アカネさん!? トトリちゃんじゃなかったんですか!?」

「残念ながらそうですよ、とりあえず立ち上がってください」

 

 俺はロロナさんに手を差し出した。

 だって、いろいろ見えちゃってるんだもん。太ももとか太ももとか太ももとか。

 

「あ、ありがとう。うう、まだ痛い……」

「ソファで居眠りするからですよ」

「え? なんで知ってるの?」

「まあ、状況的にわかりますって……」

 

 大方、ドアのノックが聞こえる→トトリちゃんと勘違い→転げ落ちる、って感じだろう。

 

「あはは、恥ずかしいとこ見せちゃったね」

「別に気にしてませんよ、わかってたことですし」

 

 主にあなたが天然であることに。

 

「あれ? そういえば、アカネさんなんで敬語になってるんですか?」

「いや、まあ、ロロナさんが年上って聞いたんでこっちの方がいいかなと思って」

 

 こないだの第二の川流れ事件の時は失念してたが、5歳上にタメ口は世間的にマズイ。

 

「そんなこと気にしなくていいですよ、アカネさんは私の弟子になるんだから」

「そういえばそんな約束も……でもだったら余計に敬語の方が良いんじゃないですか?」

「ううん、そんないことないよ。ちょっと師匠って呼んでみて!」

 

 ヒートアップしてきたのか、だんだん敬語が崩れてきてる。まあ、こっちの方がやりやすいけど。

 

 それにしても、なんで師匠なんだ? てっきり先生って呼んでだと思ったんだが。

 

「ええと、師匠?」

「ううんと、もうちょっとだるそうで悪そうにしてみて、ししょ~って」

 

 ……悪そうってどんなん?チンピラみたいな感じってことか?

 

「ししょ~、錬金術教えてくれよ」

「すごい! うん、イメージにぴったりだよ!」

 

 もはや素の俺なんだけど、これってトトリちゃんと真逆なキャラだよね。

 なんだろう、次は不良っぽい弟子が欲しいなってことなのか……。

 

「まあ、俺はこれでいいんですけど、それじゃあ師匠も敬語はなしにしてくださ……くれないか?」

「そうだね! 私、師匠なんだもんね!」

 

 こんだけ、えへへ~って感じの笑い方が似合う人は他にいないな、うん。

 つかなんだ、ロロナ師匠は師匠って単語になんか思い入れでもあんのか?

 

「それじゃあ、さっそく教えてあげるね!」

 

 師匠は棚から材料らしきものを取ってきて釜の前に立った。

 

「あれ? 釜が二つ?」

 

 釜の近くに来て前と違うことにやっと気付いた。前は一つしかなかった覚えがある。

 

「うん、トトリちゃんもここに来るからもう一個用意したんだよ」

「準備ってこれの事だったんですね」

 

 将来的には俺もアトリエって呼ばれるものを持つことになるのかね。

 

「アカネ君がちゃんと錬金術使えるようになったら、もう一個置かなきゃね」

「あはは、そうなるな」

 

 かなりスペースが狭くなりそうではあるが。

 

「よーし! それじゃあこの杖持って!」

 

 師匠は俺に持っていた先端に水晶の様なものがついている木製の杖を渡してきた。

 

 というか、理論説明なしでいきなり実技ですか、師匠マジパネェッス。

 

「それじゃあ、まずは簡単なものから教えるね。最初にこの二つを入れて」

 

 そういって師匠は脇におかれた机から俺になんかの根っこと水の入った桶を渡してきた。

 

 確かこれはあれだ、マンドラゴラの根っこ。

 トトリちゃんの採取の手伝いがこんなところで役に立つとは……

 

 つか師匠、ちゃんと材料名言ってください。

 

 先行きに不安を感じつつも釜の中に材料を入れた。

 

「うん、それでね、その後は釜をかき混ぜるの」

「ういっす」

 

 杖を釜に入れて両手でぐるぐるとかき混ぜる。

 

「うん、良い感じ。あとはそのまま、ぐーるぐーるってかき混ぜ続けて」

「? ぐーるぐーる?」

 

 俺はその言葉のニュアンス通りに若干速度を緩めてかき混ぜた。

 

「あああ、違うよ! それじゃ、ぐ~~るぐ~~るだよ、もっとこう、ぐーるぐーるって」

「(わかるか!)ぐ、ぐーるぐーるっと」

 

 とりあえず若干速度を上げて回してみた。

 

「それじゃあ、ぐーるんぐーるんだよ、もっとぐーるぐーるってしなきゃ」

 

 レ、レベル高けえ。これでステップ1とか泣くぞ俺。

 

「こ、これでどうだ……」

「そうそう、そんな感じ! 次は、その……青っぽい草。それをぱらぱらーって入れて」

「――――」

 

 青っぽい草と言っても、机には3、4種類ほど草が置かれていた。

 俺はかつてこれほどまでに視覚という感覚をフルに使ったことがあっただろうか。

 

 ……草なんてだいたい全部同じ色だろ、どうしろと。

 

(思い出せ、思い出すんだ俺)

 

 トトリちゃんはマンドラゴラの根っこを使った時、他に何を入れてたか……。

 

「……ぷに」

 

 肩に乗っているぷにが目線を草の方に向けている、俺はその目線を追いかけた。

 

 ……そうか!マジックグラス!その草が正解か!

 

 俺は草を手に取ってそれを入れた。

 

「ふふ~ん」

「ああ! それじゃあ、パラパラパラーだよ!」

「え!?」

「ぷに!?」

 

 途端に釜が光りだした。

 

「わあー! ダメー!」

 

 

 

…………

……

 

 

 

「そしてこうなったとさ」

 

 黒いススを被った俺とぷに、慣れの差なのか師匠は無事だった。

 

「ごめん、初対面の日のトトリちゃん」

 

 

 『違うよ。爆発させたんじゃなくて、勝手に爆発したんだよ』

 『それに、私は悪くないもん。ちゃんと先生に言われたとおりにやってるんだから』

 

 この言葉をまったく信じていなかった。そりゃあこんな教え方じゃあ爆発もするわ。

 よくトトリちゃんは錬金術を使えるようになったよ……マジで。

 

 

「俺はもともと服が黒いからいいとして、ぷに……とりあえずゴーストモードになったらどうだ?」

「ぷに……」

 

 ぷにが黒く変色した、これでちょっとはマシになったか。

 

 ただ一番重症なのは……

 

 

「うう、トトリちゃんは分かりやすいって言ってくれたけど、やっぱり私教えるの向いてないんだ……」

 

 師匠、それ絶対おせじだわ、違った場合トトリちゃんの天才さに俺が泣くから。

 

「師匠、大丈夫だって、次はできるようになってるからさ」

「ほんと?」

 

 しゃがんだ師匠からの上目遣い……いいね!

 

「クックック、見ていてください」

 

 ちなみに今の笑いはフラグじゃないから、うん、そういうことにしといて。

 

 俺は杖を握りなおしてもう一度釜の前に立った。

 

 

(波長を合わせるんだ……そう、師匠の思考をトレースするんだ……)

 

 天然は素でやっているから天然と言う、しかーし! なりきれない訳ではない!

 

「やるぞぷに!」

「ぷに!」

 

 黒ぷには爆発にご立腹なのかやる気満々だった。

 

「マンドラゴラの根っこと水を入れて~」

 

 釜に入れた俺はそのまま杖でかき混ぜた。

 

「ぐ~る、ぐ~ると」

 

 ここまでは流れ作業、一度やったことを間違えるほどバカではない。

 

「んで、青っぽい草もといマジックグラスを……」

 

 さっきのはパラパラパラらしいので、師匠的なぱらぱらーっていうのは……

 

「考えるな、感じるんだ」

 

 偉大なる先人の言葉を口ずさみつつ俺は草を手に取った。

 

 

「ぱらぱらー」

「ぷに」

 

 横でぷにがごくりと息をのんだ。

 

「…………」

 

 爆発は……ない!

 

「よし!」

「すごい! アカネ君、本当にちゃんとできてる!」

 

 それまで横で見ていた師匠が歓声を上げた。

 

「でもまだ油断しちゃだめだよ。もうすぐぽんっ! ってなるから、それまではぐるぐるし続けて」

「……はい」

「……ぷに~」

 

 ゲームでさ、残り一機でトラップをクリアしてさ、その後に初見殺しが待ってた感じ。

 誰かこの気持ちをわかってくれないかな……ぽんっ!か、まあなんとかなるだろ

 

 俺は戦々恐々としつつも釜をかき混ぜ続けた。

 

 

 ぽんっ!

 

 

「おお……」

 

 ホントに、ぽんっ! だった。

 

「これで、できたんだよな?」

「うん、後は掬うだけだよ……できてよかった、本当によかったよー……ううっ」

「わ、な、なんで泣いてるんだよ?」

「だ、だって、いままでいろんな子に教えてきたけど、ちゃんとできたのトトリちゃんだけだったから……」

 

 今の俺にはその言葉の重みがはっきりとわかる。

 俺自身もよくできた、感動した! って言いたい気分だもん。

 

「アカネ君、最初に失敗しちゃったから、私ってやっぱり教えるの下手なのかなって……」

「ぷにに、ぷ――!?」

「黙ってなさい」

 

 ぷにが抗議しようとしてたので空気を読んで止めといた。

 これが師匠じゃなかったら、俺も一緒になって抗議してただろうけどな。

 

「でもでも、アカネ君ちゃんとできてよかったよ~」

「…………死んでもいい」

 

 師匠が後ろから泣きながら抱きついてきた、ここで死ねるのなら俺の人生に悔いはない……。。

 

 いやー、こんなとこクーデリアさんに見られたら死ぬかもしれねえな……。

 

 

「何やってんのよあんたたちは……」

「幻聴が聞こえてきた、師匠、とりあえず離れてください」

「あ、くーちゃんだ。聞いて聞いて、アカネ君ね私の弟子になったんだよ!」

 

 師匠は俺から離れるとクーデリアさんの所に駆け寄った。

 ……別に名残惜しいとか思ってないでござるよ。

 

「わかってるわよ、あんたたち全然気づいてなかったみたいだけど、私最初からいなわよ?」

「え? ほんとに? 全然気づかなかったよ」

「まったく……それにしても、アカネ」

 

 クーデリアさんが俺を呼んだ。死刑宣告にしか聞こえない。

 

「はい……何のご用でしょうか……」

「ええと、その、……頑張ったわね」

 

 クーデリアさんが慈愛に満ちた目で見てきた、ああ、そういうことですか。

 

「……ぷにも頑張りましたよ」

「ぷに」

「ええ、二人ともよくやったわね」

「うん !二人とも頑張ってたよ! 私も教えるのに自信付いちゃった」

 

 そんな自信は早々に捨てて来てもらいたいのだが、この笑顔の前でそんなこと言えるほど無粋ではない。

 クーデリアさんも非常に微妙な顔をしていた。

 

「それじゃあアカネ君、トトリちゃんが来るまでに頑張っていろいろ作れるようになろうね!」

「…………はい」

 

 チラっとクーデリアさんを見ると可哀相なものを見る目で見られた。

 

「それじゃあ、今度は中和剤を作ってみよう!」

「おー」

「ぷに……」

 

 俺はまだ昇り始めたばっかりだ、この果てしない錬金坂を……。

 



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錬金術士への道-2 錬金術は爆発だ

 あれから1週間が経ったある日のアトリエでの出来事。

 

「邪魔するわよ」

 

 実に一週間ぶりにクーデリアはアトリエを訪れた。

 

「あー、くーでりあさんじゃないですか~」

 

 それを迎え入れたのはアカネの気の抜けた声だった。

 

「みてくださいよ、くーでりあさん。おれー、れんきんじゅつすごいうまくなりましたよ~」

 

「……シロ、こいつ頭大丈夫?」

「ぷに~」

 

「このくすりをですね~ジャボーン! って入れて~ぐるるーってかきまぜるんですよ~」

 

 アカネは試験官に入った薬を釜に入れてかき混ぜ出した。

 非常に頭が悪そうだが、その釜に爆発の兆候はなかった。

 

「適性のない奴が一週間ロロナの指導を受けるとこうなるのね……」

「ぷに~」

 

 熱くなった目頭を押さえるクーデリアであった。

 

「シロ、楽にしてあげなさい」

「ぷに!」

 

 いつものお約束とぷにがアカネにダイブしていった。

 

「ぐぼっ!」

 

 後ろからの攻撃を受け、窯の縁をもって耐えるアカネであったが、無情にも釜は光り始めた。

 

「あれ? 俺は何をって……うええぇー!」

 

 アカネはゼロ距離爆撃を受けて後ろに吹っ飛んで行った。

 

「な……ぜ……?」

 

 

 

…………

……

 

 

 

「俺! 復活!」

「元に戻ってくれて安心したわ」

「ぷにー」

 

 俺は理不尽な爆発から目を覚まして、クーデリアさんと会話していた。

 

「俺……ここ一週間の知識の記憶はあるんですけど、行動の記憶がないんですよ。どうしてなんでしょう?」

「あはは、無理しすぎたんじゃないのかしら……」

「ぷに……」

 

 なんか今日のクーデリアさんにはいつもの勢いがない、なんか目逸らしてるし。

 ぷにもぷにで愛想笑いなんて似合わないことしてるし。

 

「なんか怪しいですけど、まあいいです。ところで師匠はどこですか?」

「私もロロナに会いに来たんだけど、いないみたいだし……また今度来ることにするわ」

 

 そう言ってクーデリアさんはアトリエの外へ出ていった。

 

「とりあえず……いろいろ作ってみるか!」

「ぷに!」

 

 作ったという記憶はあるのに実感がない、大分ホラーな体験だ。

 

「よーし、まずはパイから作ってみるか」

「ぷに」

 

 ……あれ?

 

「俺は何を言ってるんだ、錬金術でパイを作れるわけがない」

「ぷに?」

 

 ぷにが頭に疑問符を浮かべている。

 確かに作ったという記憶はあるし、作り方も覚えているけど……。

 

「と、とりあえず作ってみるか」

「ぷに」

 

 俺は小麦粉と水、調味料として岩塩を用意した。

 

「俺が思うに錬金術で作れるものには、普通の人でも作れるものがあると思うんだよ」

「ぷに?」

 

 俺は材料を入れて釜をかき混ぜつつ、自分なりの錬金術の解釈を話した。

 

「このパイだって材料は普通のパイだし、最初に作ったヒーリングサルヴだって薬師の人に渡せば作ってもらえるはずさ」

「ぷに?」

「つまるところ、過程が違うだけで初めと結果が同じって事だ。不思議なマジックアイテムなら違うだろうけどな」

「ぷに~」

 

 ぷにが珍しく俺のことを感心したように見てきた。

 

「ふふん、いまさら見直しても遅いのだよ」

「ぷに」

 

 

 

…………

……

 

 

 

「ああ~、なんか体が鈍ってる気がするな。俺ってしばらく運動してなかったりするのか?」

「ぷに」

 

 肯定らしい。つまり俺は一週間フルで錬金術の勉強してたってことか……。

 

「今の俺の錬金術をレベルで表すとどんくらいなんだろうな?」

「ぷにぷに」

「2レべって低いな、おい」

 

 肩乗りぷにと会話しつつ、俺は釜をかき混ぜ続けた。

 

 

「じゃーん!見て見てー!」

 

 突然に後ろから師匠の大声が聞こえてきた。

 何だと思って振り返ると、トトリちゃんも一緒の様だった。

 ああ、トトリちゃんのこと迎えに行ってたのか。

 

「あれ? アカネさん、何してるんですか? あれ? 窯も二つに増えてる……」

 

 トトリちゃんが釜をかき混ぜている俺に近づいてきた。

 

「錬金術でパイ作ってるとこ~」

「ええ!? アカネさん、錬金術使えるようになったんですか!?」

 

 予想以上に驚いとる、まあ先輩がいきなり錬金術始めたら驚くわな。

 

「あの、ロロナ先生に教えてもらったんですよね?」

「そうだよ! アカネ君はね、私の弟子2号なんだよ!」

「へ、へえ~、そうなんですか……」

 

 あら? あんまり嬉しくないようなご様子……はっ! そうか!

 

「大丈夫だトトリちゃん、俺は見事に耐えきったからな」

「え? な、何をですか?」

「師匠の指導さ、トトリちゃんも教えてもらっただろう」

 

 あの過酷な日々、きっとトトリちゃんはそれを思い出していたのさ!

 

「あ、はい。とてもわかりやすかったですよね」

「……そうね」

「えへへ、そんなに褒めないでよ~」

 

 これって素なのか? でも無意識毒舌のトトリちゃんなら、ここで本当の事言うだろうし……。

 

「うーむ」

「あ、アカネ君!手止まってるよ!」

 

 考え込んだせいで、窯をかき混ぜる手が止まっていたようだ。

 

「あー、悪いな師匠」

「アカネさんは先生の事、師匠って呼ぶんですね」

「あー、うん。本人たっての希望でな」

 

 師匠って結構形にこだわるタイプの人だからな、トトリちゃんを正とするなら俺は負ってことだろう。

 

「そうなんですか、先生じゃないんですね」

「? ああ、そうだけど?」

「えへへ、ならいいです」

 

 何か嬉しかったらしく、トトリちゃんはいつもの笑顔に戻っていた。

 

 

「お! できたできた」

 

 俺は釜の中に手を突っ込んで、完成品を取り出した。

 

「プレーンパイの完成だぜ」

「ぷに」

 

 見事に一般家庭でも食べられるようなパイが出来上がった。

 

「わあ、アカネさんすごいですね」

「うん! たった一週間でここまでちゃんとできるようになるなんて!」

 

 主に意識のない間の俺の頑張りのおかげだな。

 いったいどんだけ過酷な事をしていたのかは、今となっては分からない。

 

「でもね、アカネ君」

 

 師匠が厳しい目で俺……いや、俺のパイを睨みつけていた。

 

「私はパイに関してはうるさいんだから! おいしいかどうか、私が食べるまでは分からないんだよ!」

「それじゃ、お茶の用意しますね~」

「あ、私も手伝います」

 

 パイをぷにに乗っけて、俺とトトリちゃんはお茶の準備を始めた。

 

「……うう、シロちゃん。弟子の二人が冷たい……」

「ぷ~に~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー、おいしかったー」

「お粗末さまです」

 

 どうやら師匠からは合格をもらえたようで、とても満足していらっしゃった。

 

「よーし、お腹もいっぱいになったし、早速錬金術を始めよう。弟子二人と一緒に錬金術使うなんてワクワクするな~」

「一緒にってどういうことだ?」

「ふっふっふ、前々から考えてたんだよ。錬金術を一緒に使ったらどうなるんだろうって」

「はあ……?」

 

 つまり3人一緒に釜をかき混ぜると言うことだろうか?

 やり辛そうだな……。

 

「はい! それじゃあ、集まって」

 

 俺とトトリちゃんは師匠の後を追い釜の前に立った。

 

「あれ? 俺、師匠の杖借りてるんだが……どうしたらいいんだ?」

「あっ、そうだった!ちょっと待ってて!」

 

 そう言うと師匠は釜の横にある箱から麻袋に包まれた細長い何かを取り出した

 

「アカネ君がこんなに早く錬金術使えるようになるなんて思わなくて、渡すの忘れちゃってたよ」

 

 師匠はそう言うと、袋から新品の杖を取り出した。

 杖の見た目は、先端に丸くて青い水晶が付いていて、それを竜が抱きかかえているという物だった。

 ……なんとなく、ドラクエ臭を感じる。

 

「はい、これでアカネ君も立派な錬金術士だね」

「ああ、ありがとう。いつか自分のアトリエも手に入れて本当に立派な錬金術士になってみせるさ」

「うん、あとねあとね。もうひとつプレゼントがあるんだよ!」

 

 師匠はまた箱の中を漁り、なにか衣装の様なものを取り出した。

 

「じゃじゃーん!」

「……なんすか、それ?」

「うわぁ……」

「ぷに~」

 

 トトリちゃんも若干引いていた。こればっかりは俺も引くわ。

 

 だって、師匠の持っている衣裳って明らかに……。

 

「執事服?」

「うん! 私がちょっと手を加えたオリジナルだよ!」

「どうして、執事服なんだ?」

「やっぱり錬金術士なんだから、こんな感じの格好の方がいいかなって」

 

 錬金術士ってなんだっけ? 分からなくなってきちゃった。

 

 しかも手を加えたって……袖の部分にひらひら付けて、すその部分を腰まで伸ばして外套っぽくしてあるし。

 もはやこれ、執事服じゃなくなってるよ。

 厨二病患者って思われちゃうよ、こんなの着たら。

 

「ま、まあ、その内着てみるわ」

「うん、今度見せてね」

「あははは……」

 

 こんなの着てるの見られたら、もう外で歩けなくなるな。

 

「よーし! それじゃあ気を取り直して、早速始めようか」

「何を作るんですか?」

「そーだなー、うん、最初は中和剤作ってみようか」

「おーけー」

 

 材料は液体だけなので、まあ失敗する要素はないだろう。

 

「ぐーるぐーる」

「ぐ、ぐーるぐーる」

「……ぐーるぐーる」

 

 材料を入れてぐるぐるし始めた。

 立ち位置的には左から、師匠、トトリちゃん、俺の順番だ。

 

 ……ぐーるがゲジュタルト崩壊を起こしそうです。

 

 

 数分程度3人でぐるぐるしていると、反応がおこった。

 

「……パイか?」

「……パイだね」

「……パイですね」

「ぷに~?」

 

 中和剤を作ってたら、パイになった。訳が分からん……。

 

「ちょっと、俺抜いて二人でやってみたらどうだ? うまくいくかもしれん」

「そ、それじゃあもう一回……」

 

 さきほどと同じように二人でぐるぐるしている。

 

 

 また数分程度で反応が起きた。

 

「また、パイになっちゃった!」

「ど、どうしてですか……」

「ぷに、うまいか?」

「ぷに!」

 

 残飯処理係のぷにがいるおかげで、パイは何とかなっているが……。

 

「そ、それじゃあ、今度は私が抜けてみるね」

「うんじゃ、やってみるかトトリちゃん」

「はい!」

 

 

 ワンモアチャレンジ、3度目の正直となるだろうか。

 

「…………」

 

 

 数分かき混ぜると反応が起きた。

 

「あれ? できた?」

「本当だ、できてますね」

 

 見事なまでに中和剤ができていた。

 

「つ、つまり!私と一緒に錬金術を使うとパイができちゃうんだね。す、すごい、発見だね!」

「た、確かにある意味すごいかもしれないけど……」

「あ、あははは……」

 

 師匠は必死に明るく振る舞ってはいるが、俺とトトリちゃんは微妙な反応だった。

 

「うう、私はやっぱりダメな先生で師匠だったんだー!」

「ちょ! 師匠!?」

「せ、先生! どこ行くんですか!?」

 

 師匠は涙目になって、アトリエの外に出ていってしまった。

 

「……行っちゃいましたね」

「まあそのうち戻ってくるさ」

 

 俺は、そう割り切って先ほど作った中和剤を掬おうとした。

 

 

「? 何かおかしい気が?」

「ぷに?」

 

 一言では言えないが、前に作った中和剤と何か違った。

 

「どうかしたんですか?」

 

 トトリちゃんが近づいてくる。

 

「いやー、なんだかなー?」

 

 俺は疑問を感じつつも中和剤を掬うためにビンを入れた。

 

「……ジーザス」

 

 ビンを釜に入れた瞬間、中の液体が光り出した。

 

「トトリちゃん……グッバイ」

 

 手を引っ込めた瞬間に激しい音と共に爆発した。

 

(これで、今日は2回目かー)

 

 そろそろ吹っ飛ぶのにも慣れてきた。

 

 

 

 

 

 

アカネ作成・錬金術レポート

 

ロロナ+トトリ+アカネ→パイ

 

ロロナ+トトリ→パイ

 

トトリ+アカネ→爆発物

 

ロロナ+アカネ→? 要検証

 



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科学者と錬金術

「……マジでできるとは思わんかった」

「……ぷに」

 

 俺は釜の中から赤い筒に導火線がついた、いわゆるダイナマイトを取り出した。

 

「フラムって名前だけど、どう見てもダイナマイトだよな」

「ぷに?」

「まあ、ぷには知らんか」

「ぷにー」

「ふむ、仕上がりの方は……」

 

 俺は手首をひねり、フラムを隅々まで見てみる。

 

「わあ、それアカネさんが作ったんですか?」

 

 そうしていると、ソファで本を読んでいたトトリちゃんが驚いたような声を出して近寄ってきた。

 

「うん? まあそうだけど」

「そうなんですか……」

 

 トトリちゃんは若干顔を曇らせてそう言った。

 俺なんかしちゃったか?

 

「あー、どうしたんだ?」

 

 俺がそう言うとトトリちゃんは、あたふたとしながら質問に答えてきた。

 

「えっと、その、アカネさん錬金術うまくなるの早くて羨ましいなあって思って……」

「あー、なるほど」

 

 確かに、俺みたいなのが数年の努力に追い付きそうになったら悔しいよな。

 まあ、でもなあ……。

 

「安心しろ、俺が作れるのはこいつだけだ」

「え?」

「実際には、こないだぷにレベル判定3のゼッテルを作れるようになったくらいだな」

「ぷに」

 

 ちなみにぷにレベル判定とは、ぷにが鳴いてだいだいの難易度を教えてくれるという優れ物、俺の相棒は本当に万能ですな。

 

「ちなみにフラムだとレベル13だそうだ」

「ぷにに」

「え? それじゃあ、何で作れたんですか?」

「よくぞ聞いた、まずはこれを見るがいい」

 

 俺は机の上から前回作った錬金術レポートを取って、トトリちゃんに渡した。

 

「アカネさくせい、れんきんじゅつれぽーと?」

「その通り、とりあえず読んでみてくれ」

 

 俺がそう言うと、トトリちゃんはレポートを読み始めた。

 

 まあ、レポートと言ってもただの箇条書きのメモみたいなものなのですぐに読み終わったようだ。

 

「アカネさんとわたしが錬金術を使うと爆発物ってこないだのあれですか?」

「ああ、あの爆発中和剤だ。二度とやらん」

「あはは……。もしかして、アカネさんは爆弾を作るのが得意なんですか?」

「いや、別にそう言う訳じゃないんだけどな……」

 

 化学の点数なんていっつもボロボロだったし……。

 

「まあたぶん、爆弾が得意っつーのが俺の特性なんじゃないかね」

「そうなのかもしれませんね」

「師匠は元からパイ作りが上手かったらしいから分かるけど、俺のはどうしてなのかさっぱりだしな」

 

 もうこれはあれだ、将来特撮とかで爆発演出ができるようになるって考えればいいさ。

 ……正直考えるのが面倒なんですけどね。

 

「ところで、この最後の項目ってまだ埋まってないんですけど」

 

 トトリちゃんは俺にレポートを向けて最後の欄を指さした。

 最後の項目は『アカネ+ロロナ=?要検証』と書いてある。

 

「……実は一つの恐怖と言うか、危険があってな」

「? なんですか?」

 

 これが上書き系ならいいのだが、融合系だと大変なことになる。

 

「トトリちゃんというストッパーがなくなり、師匠のパイと俺の爆発物が合わさって……」

 

 俺はそこで一旦言葉を区切った。

 

「爆破パイ……とか」

「うわあ……」

 

 俺がそれを言うとトトリちゃんの顔が青ざめた。

 

「知らず知らずに食べて、内側から……」

「こ、怖い事いわないでください!」

 

 言ってて自分でも気分が悪くなってきた。

 

「……やめといた方いいよな?」

「そ、そうですね……」

「ぷに~」

 

 今の想像を忘れて、俺とトトリちゃんは自分のやることに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……こんだけあったら無双ゲーになるんじゃないか?」

「……ぷに」

 

 あれから材料がなくなるまでフラムを作りまくった結果10個のフラムができた。

 

「つか、錬金時間も心なしか短く感じる」

「ぷに」

 

 これはもう無双しなさいという神のお声に違いない!

 

「俺はフラムで天下を取る!」

「でもアカネさん、先生いつも攻撃する時フラム投げてますよ?」

「あっ……そう」

 

 冷めた。

 

 

 

 数秒天下から少しして。

 

 コンコン

 

「ん?どーぞー」

 

 俺とぷにが昼寝をしていると、扉がノックされたので、玄関の前に向かった。

 

「お邪魔するよ」

「あれ?どうしたんだこんな所に」

 

 そこには見慣れた白衣姿のマークさんが立っていた。

 

 トトリちゃんも気づいたのか作業を止めてマークさんに近づいた。

 

「あれ? マークさんじゃないですか」

「君は物覚えが悪いようだねえ、僕の呼び方を忘れてしまったのかな?」

「あ、そうでした。ええと……いのーのてんさいかがくしゃぷろへっさまくぶりゃりゃ……」

 

 この舌っ足らずさ何度聞いてもかわいい。

 マークさんを見るたびにこれを見れるならマークさんに忠誠を誓うレベルだ。

 

「ごめんなさい、マークさんって呼んじゃダメですか?」

「いいよ」

「あっさり!?」

「うん、実に的確で分かりやすい呼び方だ。これからは他の人にもそう呼んでもらうとしよう」

「…………」

 

 俺も何度かマークさんって呼んでたんだけどなー。何? 聞いてみればよかったってこと?

 つか、つまりあのトトリちゃんはもう二度と見れないということか……。

 

「……まあいい、で? 今日はどういうご用なんだ?」

 

 まったくどうでもよくはないが。

 

 俺がそう言うとマークさんは途端に顔を引き締めて俺たちに言い放った。

 

「今日はお二人にライバル宣言をさせてもらうよ!」

「ライバル?」

「宣言? ってなんだそりゃ?」

 

 なんでいきなり友人からライバルにクラスチェンジするんだよ、バトル漫画かよ。

 

「お嬢さんはともかく……問題は君だよアカネ君!」

「俺?」

「そうさ、君は共に科学を極めようとする同士だと僕は考えていたというのに、錬金術なんて魔法に魅入られてしまうなんて」

「いや、魔法って……」

 

 俺がツッコミを入れる前にマークさんは二の句を継いできた。

 

「古今東西、魔法使いと科学者は敵対する定めにあるのだよ」

「いや、だから魔法使いじゃなくて……」

「だからこそ、君たちと僕は敵同士となる運命なのさ」

「違うっつーの!」

 

 マークさんの穴だらけの説明を止めるために俺は声を張り上げた。

 そんなマッチ棒みたいな体型じゃなかったらパンチの一つでも入れてたぞ。

 

「なにが、違うのかな?」

「いや、だからな、とりあえず……トトリちゃんお願い」

「え? あ、はい」

 

 今度投げっぱなしジャーマンでも覚えようかな。

 

「そ、それじゃあ説明しますね」

 

 そう言ってトトリちゃんは錬金術は魔法ではないことを説明した

 

 

…………

……

 

 

「なるほど、つまり錬金術は学問で学べば誰でも扱える代物だと」

「そういうことだな、わかったか?」

「君は何も説明してなかったと思うのだけどね」

 

 マークさんの一言がなければ、途中で説明を交代したように見えるかもしれなかった。

 

「しかし、なら何故この国に錬金術師というのは3人……いや、アカネ君も入れて4人しかいないんだい?」

「それはですね……」

「ここばっかりは俺が説明しよう」

 

 つい数週間前にあの辛い時間を過ごした俺にとってこの役だけは譲れない。

 

「ロロナ・フリクセル師匠は! 教えるのが! 下手! なんだー!」

「な、なるほどね」

 

 俺の魂の叫びにあのマークさんでさえ若干引いていた。

 本当なら小一時間話したいところだが、今回は我慢しておこう。

 

「指導者不足か……それはどの分野にも共通して言えることだね」

「ですよねー」

「わ、わたしにはわかりやすかったんですよ」

「……やっぱり」

 

 前々からこの子は素で師匠の教え方を褒めてると思ったが、ここにきて確信した。

 トトリちゃんは天才肌です。

 

「しかし、そうか……てっきり魔法使いの類かと思っていたけど、実際はこの国の自称科学者たちとそう変わらないのか」

「あれ? でも、錬金術と違って機械は結構いろんな所で見ますけど」

「それは、あれだ。使えるってだけで構造をしろうとしていない……だっけか?」

「手短に言うとそうなるね、いや、しかしすまなかったね」

 

 そう言うとマークさんは姿勢を正してこちらを真っ直ぐと見つめてきた。

 

「とにかく、全ては僕の誤解だった。すまない、この通りだ」

 

 マークさんが頭を下げて謝ってきた。

 

「そんな、別に謝らなくても、わたし全然気にしてませんから」

「俺もだ、頭をあげてくれ友人が頭下げててもいい気しないからな」

 

 一応年上の方だから流石に戸惑ってしまう。

 

「それは助かる、これから同志となるのに最初からぎくしゃくした関係ではやりづらいからね」

「ん? 同志? なぜに!?」

「何でも何も、さっきそこのお嬢さんが科学と錬金術、分野は違えど目指す方向は同じと言ったじゃないか」

「え!?い、言いましたっけ?」

 

 流石は異能の天才科学者、解釈の仕方が常人とは違うぜ!

 

「こほん、お嬢さんは困ったことがあったらいつでも声をかけてくれてかまわないよ。その時は全力で手伝いをしよう」

「え、そ、それは助かりますけど、いいんですか?」

「もちろんさ、それじゃあいつでも呼んでくれたまえよ」

 

 そう言ってマークさんは笑いながらアトリエの外に出ていった。

 

「マークさんっていつも突然ですよね」

「天才ってのはみんなあんなもんなんじゃないか?」

 

 あんな性分じゃなかったら俺の自転車なんて完成させようがないだろうし。

 

「ま、なんだかんだで平和に終わったからいいじゃないか」

「そうですね」

「平和が一番だなー」

 

 本当に最近は爆発以外平和だ。

 冒険者の仕事も楽しいけど錬金術師もいいかもな……。

 

 



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でこぼこ討伐隊-前編

 俺が錬金術を習ってから2ヶ月経った7月のある日のこと。

 俺は調合依頼の報告をするために、ギルドへとやって来ていた。

 

 

「フィリーちゃん、納品に来たぜ~」

「あ、はい。どうぞ」

 

 俺はカウンターの上にポーチから取り出したフラムとゼッテルを置いた。

 

「今回は自信がある、期待していいぞ」

「それじゃあ、失礼します」

 

 フィリーちゃんはフラムとゼッテル、それぞれ2個と3枚を手に持って出来栄えを見ている。

 

 今回調合依頼の報告に来たのは3回目、結果はいまいちよろしくない。

 しかし、ゼッテルを作れるようになったのは1ヶ月前、流石に良い評価をもらえるはずだ。

 

「ど、どうでしょうか?」

「え、えっと……」

 

 フィリーちゃんの目が明らかに泳いでいるんだけど。

 

「ふ、フラムの出来はいつも通りすごい良かったですよ!」

「ゼッテルの方は……?」

 

 そう聞くと、フィリーちゃんは困った顔をして言葉を詰まらせていた。

 必死に言葉を選んでるみたいだけど、結果は明らかだな、うん。

 

「あ、う……ちょ、ちょっとだけ報酬引いておきますね」

「ガッテム!」

「ま、前よりはよくなってますよ」

 

 俺の声に驚きつつも俺を慰めてくれるフィリーちゃんはできた子だよ。

 

 つか、上達遅いのは師匠のせいだろ、できたての弟子放っといてトトリちゃんと村に行くなんて……。

 きっとトトリちゃんも同じだったんだろうなあ。

 

「うう、また来る」

「が、がんばってくださいね」

 

 フィリーちゃんの励ましの声を背に浴びつつ、俺はギルドの扉に向かった。

 

 

 

「……うん?」

 

 俺がふと横を見ると、ギルドの柱に掛った掲示板の前に見慣れているが、見慣れないコンビの二人がいた。

 若干気になったので、俺は二人に近づいた

 

「よ、珍しい二人組だな」

「あ、先輩だ。久しぶりだな」

「誰かと思えば、またあなたなの」

 

 後輩君にミミちゃん、この二人の接点ってトトリちゃんぐらいしかないよな。

 

「で、何見てたんだ?」

 

 俺は二人の後ろに立って掲示板を見た。

 

「これだよ、これ」

「うん?」

 

『グリフォン及びウォルフの討伐隊募集』

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、なんで俺まで……」

 

 俺はぷにを頭に乗せて、グチグチと街道を歩いていた。

 

「それもこれも、あの募集要項のせいだ……」

 

 なんだよ、ブロンズ以下はシルバー以上を最低一人メンバーに入れることって。

 あれか? 錬金術でポイント貯まっていつの間にかシルバーのなってた俺へのあてつけか?

 

「そもそも、なんでお前らまだブロンズなんだよ……」

 

 トトリちゃんなんて、もうあと数十ポイントでシルバーだってのに。

 

「さっきから、うっさいわね。今回の討伐で成果を上げればランクが上がるのよ」

「俺もあと少しでランクアップなんだよ、頑張ろうぜ先輩」

「はあ、仕方ない。先輩の務めってことだな」

 

 まあ、所詮はグリフォンにウォルフなんて狼風情。

 昔の俺ならいざ知らず、今の俺の装備なら余裕だろう。

 ゴースト手袋にメリケンサックおまけにフラム、最強の相棒ぷに、こんだけあれば楽勝さ。

 

 

 

「そもそも、何であの程度の奴らに討伐隊編成したんだ?」

 

 俺がそう言うと、ミミちゃんが俺の事を冷たい目で見てきた。

 

「な、何だよ?」

「別に、ただこんなのが自分より上のランクだと思うと悲しくなっただけよ」

「……それは喧嘩を売ってるのか?残念だけど買うほどの余裕はないぞ」

 

 別に負けるかもとか思ってない、この後の事を考えて力を温存しているだけだ。

 

「あれだよ、先輩。確かウォルフがグリフォンの縄張りに入って街道が使えなくなってるから……だっけか?」

「簡単に言えばそうね。あなたよりも、この田舎者の方が物覚えは良いみたいね」

「へへ、まあな」

 

 後輩君それ褒められてないから、微妙に貶されてるから……俺含めて。

 

「で、確か俺たちの担当区域はウォルフだっけか?」

「そうね、あくまで多いだけでグリフォンも多少はいるでしょうけど」

「グリフォン……昔は強敵だった」

 

 今となってはぷにダイブを使えばニ撃の下に葬られる存在となってしまっている。

 そしてダイナマイトもといフラムを手に入れた俺の敵ではないだろう。

 

「敵区域に近づいたら、作戦決めるために少し休まないか?」

「そうね、偶にはまともなこと言うじゃない」

 

 もはや遠回しにバカにすることすらなくなってきたよ。

 

 

 

 

 しばらく歩いて敵のエリアに近づき始めたあたりの街道のわきで俺たちは座り込んでいた。

 

「んじゃ作戦を決めるとするか、俺リーダーな! とか絶対に言うなよ」

「わ、わかってるって」

 

 この子は油断も隙もないからな。まったく……

 

「リーダーは俺に決まってるだろうが」

「……リーダーがあなたで成功するとは思えないのだけど」

「ぷに!」

「先輩って作戦とか立てられるのか?」

「お前ら……」

 

 何で総じて俺の事をバカにしてきてるの?

 言っとくけど知識的な頭の良さでは俺の方が圧倒的に高いんだからな! 義務教育なめんなよ!

 

 俺は場の空気を変えるために咳払いを一つして自分の作戦を話し始めた。

 

「オホン! いいか、まず第一にだ。モンスターに当たる際は基本的に俺かぷにを入れた二人組になること」

「? あなたとシロの方が連携ができるんじゃないのかしら?」

「ぷに」

「まあ、確かにそうだけど……お前ら二人だとなあ」

 

 俺は二人の顔を交互に見た。

 

「確かにあんまり一緒に戦った覚えないんだよなあ」

「貴族の私が田舎者と連携できるほど行動する訳ないじゃない」

 

 ですよねー。

 明らかにそりが合っていない二人組だ。

 

「だから、とりあえず間接攻撃持ちかつ超近距離派の俺とぷにを分けておくんだよ。そうすれば多少は上手く行動できる」

「悔しいけど理に適ってるわね……」

 

 顔を伏せて複雑な表情をするミミちゃん、俺のどの部分が気に入らないと言うのか。

 

「後は敵全員をなるべく視界に入れつつパートナーを狙ってる間に攻撃してればそこそこ戦えるはずだ」

「まあ、当然ね」

「ぷには最初は温存して危ない場面でダイブを使ってくれ」

「ぷに!」

 

 見事なチーム分け、見事な命令、感じる尊敬の視線を……。

 

「……どうだ? 俺のリーダーとしての素質は?」

「心の奥では納得できないけど、一応認めるわ」

「ぷに」

「でも、先輩って意外とちゃんと考えてるんだな」

 

 最近俺への後輩君の評価が低くなってる気がする。

 

 ちなみに俺はほとんど考えていない、某狩りゲーの時の定石の戦い方を言っただけだ。

 ただ、こっちに来てからこの戦い方で失敗した覚えはないので大丈夫ですよ。

 

 

「それじゃあ、行きますか」

「ぷに」

 

 俺はそう言い、ぷにを頭に乗せて立ち上がった。

 

「ここからだと、こっちの方向ね」

 

 続いてミミちゃんと後輩君も立ち上がり、俺たちは街道を外れた林の方に向かった。

 

 この時は知らなかった、まさかあんなことになるなんて。

 

 

「今フラグ立てといた」

「ぷに?」

 

 



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でこぼこ討伐隊-後編

「お、いたいた」

 

 俺たちが林に入って数十分歩いた所で大分開けた場所に出た。

 そこには狼、俗に言うウォルフが4匹で行動していた。

 

「他の奴らが来る前に叩くとするか、編成は俺とミミちゃん、ぷにと後輩君で2匹ずつな」

「ぷに」

「了解よ」

「わかった」

 

 俺はメリケンサックを手に装備し、手袋とフラムがポケットに入っていることを確認した。

 

「よし、準備は良いな。……行くぞ」

 

 俺が小声で合図を出して林の中から左右に分かれて駈け出した。

 

「――グォ!?」

 

 奴らは俺たちに気づいたようで、うまいこと2頭だけがこちらに駆けてきた。

 距離は大して開いていない、ならここは……。

 

「俺が止めるから、援護を頼む!」

「わかったわ!」

 

 俺は走りながら指示を出した。

 残りの距離は5,6歩程度、俺はメリケンサックのグリップを握りしめて拳を作った。

 

 既に奴らの攻撃範囲内、俺は攻撃に対して身構えた。

 

「ガゥ!」

「フッ!」

 

 俺に向かって飛んで来た一頭の突撃を左に2度ステップして避ける。

 

「ガアア!」

「甘めぇ!」

 

 時間差で俺の首めがけて噛みついて来た一頭の突撃を先ほどよりも小さく左にステップしてかわす。

 同時に右の拳を固めて、攻撃が空を切った奴のガラ空きの下っ腹にアッパーを振り上げた。

 

「ガッ!?」

 

 きれいに決まったアッパーを受けて、奴は斜め後ろに小さく吹っ飛んだ。

 ここまでは完全にいつもウォルフを倒している時と同じ流れだ。

 

「グゥルルルル」

 

 受け身を取れずに地面に投げ出された奴は、ふらふらと立ち上がりながら近づいてくる俺に向かって唸り声をあげた。

 

「悪いね」

 

 奴が体勢を完全に立て直す前に俺は足を振り上げ、そのまま全体重を掛け真っ直ぐ奴の首に振りおろした。

 

「――グガッ!?」

 

 足には骨を砕く嫌な感触、まあ慣れたけどね。

 トトリちゃんなんて、倒した後普通にモンスターから材料剥ぎ取るんだぜ。

 流石に俺もあの行為をやるのは慣れない。

 

「ミミちゃんの方はどうだ?」

 

 最初に避けた一頭を相手にしているはずのミミちゃんの方を見た。

 

「もう終わったわよ」

「流石だな」

 

 近づいてくるミミちゃんの後方には無残にも両断されたウォルフが転がっていた。

 

「て言うか、あなた自分で常にモンスター全体を見渡せとか言ってなかったかしら?」

「君を信用してのことさ」

 

 基本的に俺は一体しか相手にできないので、必然的に避けたのは後ろに回すことになるのだ。

 だから一応後ろの人は信用しておく、決して自分の言葉を忘れていた訳じゃあない。

 

「あいつらも終ったみたいだな」

 

 俺が左を向くとぷにと後輩君がこちらに歩んで来ていた。

 

「――ッ!?」

 

 途端、二人に影が降りた、上を見るとグリフォンが二頭、いや三頭が上空を旋回していた。

 

「全員! 林に逃げるぞ!」

「クッ、仕方ないわね」

 

 流石のミミちゃんもプライドよりは安全性の方が大切なようだ。

 俺とミミちゃんは林の方に逃げだした。

 

「ッ!? おい、お前らもとっとと逃げろ!」

 

 何故か林の方を向いて立ち往生していた二人に俺は大声で指示を出した。

 

「せ、先輩! まずい!」

「……は?」

 

 じりじりと後ろに下がっていく二人の前には、林から顔を出す数頭のウォルフがいた。

 

「マズイ……」

 

 頭の中が真っ白になる、他の担当区域の奴らは何をしてるんだ、ここにこんな数集まるなんて。

 上空のグリフォンだけでも厄介なのにまさかウォルフまで来るとは。

 

「こ、こっちだ!こっちに走れ!」

 

 俺は武器を外して右手をポケットに突っ込み、フラムを一本取り出した。

 

 後輩君はぷにを抱えて、俺たちに向かって走ってくる。

 それを追ってくる、5頭のウォルフ。高度を下げてきたグリフォンたち。

 

「フラム!」

 

 俺は導火線の先を擦り火を点けて、ウォルフの群れに向かって投げつけた。

 火を点ける手間のかからない不思議な導火線に今初めて感謝した。

 

 

 投げつけたフラムは後輩君の頭を越えて群れの一頭の頭上で爆破した。

 そこまで大きくない爆発は、周囲の一頭も巻き込んだ合計二頭を葬った。

 

「よし!」

 

 キエェェェー!

 

 喜んだのも束の間、グリフォンの一頭が後輩君に向かい上空から真っ直ぐに降下してきた。

 残り数十歩、俺とミミちゃんはなんとか援護しようと駈け出した。

 

「ぷに!」

 

 ぷにが一声鳴くと、後輩君の頭の上から降下してくるグリフォン目がけてぷにダイブを繰り出した。

 

「ぷに!?」

「キエェェェー!?」

 

 上空でぶつかり合う二頭。グリフォンはカウンターをもろに受けて、地面へと落ちていった。

 ほぼ相討ち、流石のぷにも助走なしでの攻撃は無理があったようで大分ダメージを負ってしまったようだ。

 

「二人とも、とりあえずウォルフからだ!」

「わかった!」

「了解したわ!」

 

 地面に伏しているぷにを守るために俺たちは、平行に並んでいるウォルフを迎え撃つ。

 俺は左ポケットから素早く手袋を取り出して、何も付けてない右手に装着した。

 

 当然既に奴らの制する範囲だが、身体能力が一時的に向上している俺なら……。

 

「フンッ!」

 

 俺は前に小さく飛び、着地と同時に身を沈め、腕を地面すれすれまで近づけながら突き出した。

 

「ガッ!?」

 

 左の一頭を後方に弾き飛ばす、他の二頭も俺と同時に駆けだした二人が相手をしてくれているようだ。

 俺は拳を当てた、一頭を追撃するために再び走り出した。

 

「お終いだ!」

 

 加速を生かしたまま、俺は倒れているウォルフに右拳を叩きつけた。

 

「ふう……」

 

 ウォルフを倒したためか、手袋による疲労のためか、俺は一瞬気を抜いてしまった。

 

「あ……」

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 前足を突き出して降下してくる一頭のグリフォン。

 

 二人が何かを言っているのが聞こえる、今回は前のメルヴィアのような助けはない。

 瞬きもできず、目の前の光景が近づいてくるのが見えた。

 

「これで終わりか」

 

 俺は静かに目を閉じた。前はここでぷにが助けてくれたが、そんな助けもない。

 

「グッ!」

 

 地面に叩きつけられる衝撃、グリフォンの前足で俺は抑え込まれたようだ。

 ここで、こいつが力を入れれば俺は……。

 

「――カッ――ハッ」

 

 最後に二人に何かを言おうと思ったが声が出なかった。

 俺は覚悟を決めて、目をさらに堅く閉じた。

 

 

 

「ハアッ!」

 

 

 途端に俺に掛る体重が軽くなった。

 驚いて目を開けるとそこにいたのは……。

 

「ステルクさん!?」

「まったく、何をぼうっとしているのだ君は」

 

 黒いコートに鋭い目つき、それが今日ばかりは頼もしく見えた。

 グリフォンはというと今の一撃でやられていた。

 

「流石ですね」

 

 俺は安堵から軽口をたたきつつ立ち上がった。

 強いだろうとは思っていたけど、まさかぷに以上とは……。

 

「あとは任せて、君は休んでいるといい」

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 俺は座り込むと同時に気を失った。

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「……どこやねん」

 

 俺が目を覚ますと見覚えのない天井が目に入った。

 

「あら、目が覚めたみたいね」

「? クーデリアさんですか?」

「ええ、よく無事だったわね」

「無事なんですかね? これ」

 

 俺は起き上がると体に全身に痛みが走った。

 これは……初めてガチで筋トレしたときの筋肉痛以上だ……。

 

「……くぅーーっ」

「あんまり無理しない方がいいわよ、幸い骨は折れてないみたいだけど」

「そうすか、で? ここどこですか?」

 

 周りを見渡すと、そこそこ広い部屋にベットがいくつも置かれていた。

 

「ここはギルドの医務室よ、あんたは一昨日ここに運び込まれたのよ」

「ああ、なるほど。……情けない」

 

 ここにいないってことは二人は無事なのに俺だけ医務室行きって……。

 

「別にそんなことないわよ」

「でも、原因は俺が気を抜いたことですし……」

 

 俺がそう言うとクーデリアさんが顔を引き締めて俺の方を見てきた。

 

「言っとくけど、今回の件であんたに悪いことなにもないわよ」

「は? それはどういう……」

「他の討伐隊の怠慢、要はさぼりね。少し働いて後は休んでたそうよ」

「…………」

 

 何? つまり俺はそんなことで死にかけたの?

 そんな不幸系主人公みたいなの俺はごめんですよ?

 

「顔が怖い事になってるわよ」

「あははは……」

「今度は目が笑ってないわよ」

「……はあ」

 

 思わずため息をついてしまった。

 今回は楽な仕事のはずだったのに、まさか見知らぬ他人のせいで……。

 

「そいつらの報告をしておくと、免許没収かつギルドへの一年の奉仕活動」

「え?」

 

 この人すごい良い笑顔でものすごく恐ろしい事言わなかったか?

 

「奉仕活動って?」

「そうね、雑務の手伝いとか必要物資をそろえるとかいろいろね」

「一年もですか?」

「ええ」

 

 なんか可哀相になってきた。奉仕活動だよ? お給料でないんだよ。

 いつかパンチしてやろうかと思ったけど、いらないかもしれない。

 

「やりすぎじゃないですか?」

「あら、この国の錬金術師ロロライナ・フリクセルの弟子を殺しかけたんだからこのくらいは当然じゃないの?」

「そ、そうですね」

 

 なんという笑顔か、この人を怒らせてはいけない、俺は改めてそう思った。

 

「しかし、ステルクさんが来なかったらと思うとぞっとしませんね」

「そうね、すぐに送り込んでよかったわ」

「本当に、でもどうして気づいたんですか?」

 

 いくらステルクさんがスーパー騎士様とは言え、いきなりあのタイミングで来るなんてなあ。

 

「鳩よ鳩。あいつたくさん鳩飼ってるから今回の作戦に協力させてたのよ」

「それで、様子がおかしいのに気づいて?」

「そういうことね」

 

 正直ステルクさん鳩飼ってるんだって言う感想しか出てこない。

 今度ちゃんとお礼しないとな。

 

「ステルクさん、まだ街にいますか?」

「いえ、帰って来てすぐに出てったわよ、なんでも弟子にしろってうるさいのがいるとか」

「ああ、たぶん家のジーノ君ですね」

 

 初対面の時に目標とか言ってたからたぶんそうだろう。

 

 

 ガチャ

 

 

 俺とクーデリアさんの会話が途切れた所で、部屋の扉が開いた。

 

「あ、先輩起きてる」

「ちょっと、早く入りなさいよ」

 

 おずおずと後輩君とミミちゃんが入ってきた。

 二人は俺に近づいてきた。

 

「先輩大丈夫か?」

「ん? 結構平気だな」

「だから言ったじゃないの、死んでも死なないような奴だって」

「…………」

 

 酷くないか?

 

「え? ここに運んだ時、心配だって言ってなかったか?」

「ちょ!?」

「ふ~ん」

 

 口元がなんか自然と上に曲がってくるねえ……。

 

「な、なにニヤニヤしてんのよ!」

「別に~」

「く、クーーッ、帰るわ!」

 

 ミミちゃんは顔を真っ赤にして帰って行った。

 ツンデレって面白いっすね。

 

「んじゃ、先輩俺も帰るよ、これから村におっさんを追いかけに行くんだ」

「あんまり困らせるなよ」

「ああ、そんじゃ、早く元気になれよ~!」

 

 後輩君も外へと慌ただしく出ていった。

 

「元気だな~」

「それが良いところだったりするんじゃないの?」

「ま、そうですね」

 

 

 なんだかんだで、俺は結構いろんな人に心配されているようだ。

 考えてみればこっちに来てもう一年以上、人との繋がりも深くなっているってことか。

 

「いい所ですよね、ここ」

「は?この医務室あんまりお金かけてないわよ?」

「ん~、まあ、いい所なんですよ」

「?」

 

 人との関係がほんの数年でなくならない辺り、俺の世界よりもいい所ですよ。

 

 

 

「……あれ? ぷには?」

「あんたのアトリエで寝てるけど?」

 

 

 ぷにとの関係も深く……なってるよな。相棒だもんな?

 



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オリジナル爆弾

「あ~、肩痛い……」

「ぷに~」

「労わってるつもりだろうけど、肩で跳ねられると余計に痛いからな?」

「ぷに……」

 

 医務室から出て一週間、ようやっと錬金術を使えるくらいに回復した俺は、師匠のアトリエで一つの試みをしていた。

 

「くく、このアイディアをくれたイクセルさんには感謝だな……」

 

 それは、今日の昼ご飯を食べにサンライズ食堂に行った時の事。

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「イクセルさん、腹減った~」

「今忙しいんだから、少しくらい待ってろ」

 

 俺は食堂のカウンター席で頼んだ料理が来るのを待っているのだが、今日の食堂はなかなか盛況で知り合いである俺は仕方なく後に回されている。

 

 

「うう、こんなパン一つじゃ腹が満たされん……」

 

 サービスでコッペパンっぽい形のパンを一つもらったが、こんな物では十代の腹の足しにもならない。

 

「早く客よ、いなくなれ……」

 

 

 

 待つこと数十分。

 

 

 

「いや~待たせたな。はい、お待ちどう」

「本当に待たされましたよ……」

 

 まさかこんなに待たされるとは、俺はさっそく出されたスープとハンバーグを食しにかかった。

 

「はあ~腹にしみるな~! 待たされただけあって」

「悪かったって、そんなに腹減ったのか?」

「ここ一週間くらい宿に引きこもって療養してたから、まともな食事取ってなかったんですよ」

「療養?」

 

 途端にイクセルさんが怪訝そうな顔をした。

 

「ええ、ちょっと仕事の方でへまをしたというか……」

「ふ~ん、まあ、無事ならよかったじゃないか」

「まあ、そうなんですけどね」

 

 俺はハンバーグを咀嚼しながら、イクセルさんの全身を観察した。

 

「? なんだよ、じろじろ見て」

「あ、いや、その」

 

 俺は口に入っているものを飲み込んで言葉をつづけた。

 

「イクセルさんって、昔よく師匠と一緒に冒険してたんですよね?」

「ん? まあ、冒険って言うより俺は材料を取りに行ってたんだけど、まあだいだい合ってるな」

 

 それがどうしたんだ? とイクセルさんは言葉を続けた。

 

「いや、実はイクセルさんも強かったりするのかなって思いまして」

 

 どうにも剣とか使って戦ってたとは思えない。

 まさかフライパンとかで戦ってたわけじゃないだろうけど。

 

「まあ、ロロナに付いてってたから、弱くはなかったな」

「グリフォンを一人で相手にできたりしましたか?」

「う~ん、今はともかく、昔ならできないことはなかったと思うぞ」

「そうですかー」

 

 若干落ち込む俺、やっぱりそのくらいの強さは必要ということだろうか。

 昔に比べれば、力も強くなったし場数も踏んだとはいえ、俺は奴を一人で相手取ることはできない。

 

「で? なんでそんなこと聞いてきたんだ?」

「いや、いろいろあるんですよ」

 

 決して俺は戦いたいと言う訳ではないが、前みたいな状況になったことを考えるともう少し強くなりたいとか思う訳よ。

 実際、あの時ステルクさん来てくれなかったら俺は確実にダイしていただろう。

 その上、他の二人もどうなっていたかわからない。

 

「どうしたら強くなれますかね?」

「俺は単純に戦ってる間に強くなってたって感じだからなー」

「うー。やっぱり地道に行くしかないのか……」

「でもお前は錬金術使えるだろ?」

「俺は戦闘に使えるの爆弾しか作れないんですよ~」

 

 俺は机に突っ伏した。

 実際これより上はないんじゃないかって言うくらい強力ではあるけど、まだ威力が足りないと言うか。

 

「そう言えば俺昔から疑問だったことがあるんだよ」

「へ? なんすか?」

 

 俺は顔をバッと上げて続きを聞いた。

 

「いやな、ロロナの奴いろいろと爆弾使ってたんだけど、あれって錬金術で混ぜられたりしないのかって」

「え? いや、それは……」

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「という訳で! 今日作るのは俺のオリジナル爆弾! 三色爆弾さ!」

「ぷにに!」

 

 そう、異なる属性の爆弾を3つ合わせたすごい爆弾を作ると言う訳さ。

 属性合わせ技は古今東西威力が高いと決まっている。

 氷と炎を合わせた極大消滅呪文とかそんな感じの。

 

「とりあえず、今作ったので材料はそろった」

 

 俺はたった今作り終えた、わかりやすく雷の形をした、雷の爆弾を釜から取り出した。

 そして、それを他の材料がそろった釜の横に設置したテーブルに置いた。

 

 

「では、始めるとしよう」

「ぷに!」

 

 俺は一つ深呼吸をして、作業に取り掛かった。

 

「アカネの3分クッキング~!」

「ぷに!?」

「テレレッテテテ、テレレッテテテ、テレレッテテテトゥ~ルッテ」

「……ぷに」

 

 ぷにが肩の上から痛い人を見る目で見ているが気にしない、ちょっとくらいはしゃいだっていいじゃないか。

 

「本日用意する材料はこちら、中和剤とフラムにレヘルン、そしてたった今作ったドナーストーンをそれぞれ一つずつ」

「ぷに」

 

 俺は三つの材料を手に取った。

 

「そして、まずこの三つを~」

「それをどうするの?」

「釜の中に! どぼ~……ん?」

 

 俺は材料を入れる手を止めて、斜め後ろを振り返った。

 

「師匠?」

「そうだよ」

 

 あれ? なんか今日の師匠はいつもの笑顔なんだけど、威圧感があるような……。

 

「というかどうしてここに? 確か村の方に行ってたはずじゃ……」

「うん。ステルクさんからアカネ君の事を聞いて急いで帰ってきたんだよ」

「へ、へえ~、そうのか」

 

 どう考えても日数計算が合わないだろ、何か不思議なアイテムでも使ったのか?

 

「あ、あはは……」

 

 今の気分としては親のいない家で好き放題してたら、唐突に親が帰ってきた気分、異常に悪い事をした気になるって言うか。

 

「それで、アカネ君、今何をしようとしたのかな?」

「え、え~、それは~」

 

 二の句を継ぐことができずに、言葉を濁すことしかできなかった。

 

「その爆弾をどうするつもりだったの?」

 

 今日の師匠は妙に迫力がある、一言で言うなら本物の師匠っぽい。

 その威圧感に負けて俺は正直に話してしまった。

 

「か、釜の中に入れようとしてました……」

 

「もう! ダメでしょ! そんな危ないことしたら!」

「ひ、ひい! す、すいません!」

 

 ま、まさか師匠に怒られる日が来るとは思わなかった。

 

「どうしてそんなことしようと思ったの!」

「そ、それは、ちょっと昼にイクセルさんと話してたときに……」

「イクセ君が悪いんだね! ちょっと行ってくる!」

「え!? 違っ! 師匠!?」

 

 師匠は既にアトリエの外へと出ていってしまっていた。

 

「……どうしよう?」

「ぷにぷに」

 

 ぷには俺の手に持ったままの材料を見つめて鳴いた。

 

「……本気か?」

「ぷに!」

「そのチャレンジャー精神! それでこそ俺の相棒だ!」

「ぷにに!」

「よし! 錬金開始!」

 

 俺は爆弾三つを釜に投げ入れた。

 反省は後でもできるが、この行動は今しかできない。そうだろう?

 

「やっぱり人生は所々でロックな精神を入れたほうが楽しいよな!」

「ぷに!」

 

 俺は背徳から来る高揚感から妙にテンションが高くなっている。

 

「えんぐるるる~、ぐるる~!」

「ぷに~、ぷに~」

 

 釜の中を杖でかき混ぜ続ける、あと数十分ほどかき混ぜたら中和剤の出番だ。

 

 

 ……数十分後。

 

 

「試験官に入っておりますは、高品質の中和剤」

「ぷに」

 

 俺が前に品質は高くなるような材料を選りすぐって作った、とっておきのS級中和剤。

 こいつを使えば、きっとうまくいくはずだ。

 

「こいつをこの中に行ってき垂らすと……」

 

「ただいま~」

「え!? し、師匠!?」

 

 突然帰ってきた師匠に驚いて俺は後ろを振り返った。

 

「ぷ、ぷに! ぷに!」

「あ、あーーー!」

 

 ドバドバと試験官にたっぷりと入った中和剤全てが釜の中に注ぎ込まれていた。

 

「続行だ」

「……ぷに」

 

 もはや破れかぶれ、俺はそのままかき混ぜ続けた。

 

「あれ? アカネ君何作ってるの?」

「ふ、フラムだよ、フラム。そ、それよりもさっきクーデリアさんが来て呼んでたぞ」

 

 とりあえず、この場を危険的な意味でも離れてもらうために軽く嘘をついておいた。

 

「え? くーちゃんなら食堂で会ったけど?」

「……て、ティファナさんが呼んでたの間違えだ」

 

俺がそう言うと、背中に刺すような視線を感じた。

 

「アカネ君、もしかして!」

「ち、違う、俺は悪くない、ぜ、全部ぷにがやれって! 俺は悪くねえ!」

「ぷに!?」

「事実だろうが!」

「ぷにに!」

 

 ぷにが抗議するように俺の左肩で飛び跳ねた。

 

「ちょ、肩! まだ回復しきってないって! ああ!?」

 

 俺が痛みから杖を持ちかえ、右手をサイドテーブルにつく。

 すると、ガタが来ていたのか、木製のテーブルは釜の方向に大きく傾きいろんな材料が釜の中に混ざりこんだ。

 

「アカネですが、釜の中がカオスです」

「ちょっと、アカネ君! ど、どうするの!?」

「落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない」

「だ、だって、今いろいろ混ざっちゃったよ!」

 

 まったく、何を慌てているのか、何ら問題はないだって今作ってるこれ……。

 

「実はレシピとか製法全く考えてない、ノリと勢いで作ってるんだからな」

「あ、アカネ君が危ない錬金術師になっちゃった……」

 

 師匠が涙目で愕然と立ち尽くしている。

 まあ、混ざったのなんてこれのために作ったフラムとかレヘルンとかの材料だから問題ないだろう。

 

「クックック」

「ぷに~」

 

 俺は完全にタガが外れて釜を混ぜ続けた。

 すると突然釜が光り始めた。

 

「出でよ!我が爆弾よ!」

 

 このまま釜が爆発するか、それともちゃんと爆弾ができるか。

 確立としては9:1くらいの割合な気がする。

 

「おい、ぷに何ちゃっかり逃げてるんだ」

 

 俺が釜の反応を見続けているのというのに、ぷには外への扉近くに待機していた。

 

「師匠まで……」

「だ、だって、それ絶対に爆発しちゃうと思うし……」

「信頼がなさすぎる……」

 

 しょうがないとか言うなよ?俺は成功することを一応信じてる。

 

「むっ?」

 

 途端に光が収まり始めた。

 

「み、見たか! これが俺のレシピの力よ!」

「れ、レシピないって言ってたような……」

 

 外野がうるさいが、気にせずに反応を見守った。

 

 

 ポンッ!

 

 

「で、できた」

 

 小さな爆発が釜で起きると、光が完全に収まっていた。

 

「これが、幻の三色爆弾プラスアルファ」

 

 いろいろ混ざったせいでアルファの部分は分からないが。

 取り出した、爆弾の見た目はというと……かなり前衛的だった。

 

 基本的な形はフラム、赤い柄に雷のマークがプリントされて、本来導火線があるはずの部分、フラムの先に雪だるまの頭がくっ付いていた。

 

「と、とりあえず。どうだ師匠?」

「知らない !こんな危ない事する子なんて……もう! せっかく心配して来たのに!」

「あ、あう……」

 

 どうやら本当に怒ってしまったようで、師匠はアトリエの外に出ていった。

 

「ぶ、ブレーキ踏み損ねた?」

「ぷに」

「う、師匠が怒るなんて相当だよな」

「ぷ~に」

「師匠の好きなものでもクーデリアさんに聞いてみるか……」

「ぷに」

 

 ちゃんと村の方に行って謝らんとな。

 

 

 

 

 

参考書・アカネのレシピ(三色爆弾)

 

材料

フラム・1個

レヘルン・1個

ドナーストーン・1個

 

その他

フラム、レヘルン、ドナーストーンに使われる材料の何か。

 

候補

フロジストン

樹氷石

震える結晶

火薬系の素材

 



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錬金パイ作り

「今日の課題はパイだ!」

「ぷに」

 

 

 師匠に逃げられた次の日、クーデリアさんに事情を話し、機嫌をどうやったら直してくれるか聞くと

 

『おいしいパイでもあげたら喜ぶんじゃないかしら』

 

 とため息をつかれつつ言われたので、さっそく机に座って作業に取り掛かっている。

 

 

「ちなみに今回もオリジナルな」

「ぷに!?」

「仕方ないだろ、師匠ってパイ作るのすごいうまいらしいからさ。普通の物じゃあ喜んでくれなさそうだろ?」

「ぷに~」

「安心しろ。今回は前回の反省を生かしてある」

 

 人は過去の失敗から学ぶ生き物だ。

 俺の目の前にあるのは、羽ペンに白紙の紙ついでにぷに。

 

「今回は最初にレシピを考える!」

「ぷに……」

「そんな当然だろみたいな目で見るなよ」

「ぷにい~」

 

 ため息つきやがったよこいつ、確かに冷静になって考えると当然のことだけど。

 

「とりあえず、どんなパイ作るか決めるか」

「ぷに」

 

 俺はペンをインクを入れた小瓶から取り出して、思いつくものを書き連ねていった。

 

 

 アップルパイ、レモンパイ、チェリーパイ、マロンパイ、ブルーベリー、バナナetc...

 

 

「……材料が揃いそうなものは、全部師匠作ってそうだな」

 

 別においしければ良いんじゃないかって思うけど、どうせなら食べたことのない物を作りたい。

 

「…………」

 

 俺はとりあえず、今書いたものに必要な物を名前の横に書いておいた。

 

 アップルパイ・小麦粉 水 塩 リンゴ

 レモンパイ・小麦粉 水 塩 レモン

 

 

「……俺って今錬金術のレシピ書いてるんだよな?」

 

 だんだん自分のしてることに自信が持てなくなってきた。

 

「と、とりあえず続けるか」

 

 

…………

……

 

 

「そして一週間が経った」

「ぷに!?」

「いや、なんか興が乗って来てついついやりすぎたんだよ」

 

 調合の仕事をしつつレシピを書き続けているうちに……ね。

 

「目的を忘れるほど熱中できる、いいね!」

「ぷに!」

「ぐふっ!?」

 

 このタックルの意味は、ふざけるなとそう言うことですね。

 

「ま、まあでも良い感じのが何個かできたし、良いじゃないか」

「……ぷに」

 

 ぷにが見せてみろって感じでレシピの束に目線を向けた。

 たぶん三十枚くらいはあるはずだ。

 

「え~と、どれだったか……」

 

 俺は紙の束を手に取り、一枚一枚見ていった。

 

「……なんだこれ」

 

 

 びっくりアップルパイ・小麦粉 水 リンゴ 火薬

 

 備考)中に焼きリンゴ丸ごとぶちこむ

 

 

「眠かったんだろうな俺」

 

 とりあえずビリビリに引き裂いておいた。

 

 

「ぷに」

「確かに先行きが不安になってきた」

 

 手に持っている物が急に魔の物質に見えてきた。

 

「よし、続けるぞ」

「ぷに」

 

 アップルパイ

 

「セーフ!」

 

 蜂蜜パイ

 

「これってハニーパイじゃん」

 

 薬草パイ

 

「許容範囲だ。べジパイなんて物もある」

 

 ゼッテルパイ

 

「……ちゃんと作れるようになって嬉しかったんだろうな」

 

 ゴミ箱に捨てといた。

 

「……ぷに」

「いや、きっと何か良いのあるって」

 

 ぷにがジト目で俺の事を見てきたので弁解した。

 確かに言い逃れできないのが一つあったけど。

 

 

「お、これとかいいんじゃないか?」

「ぷに?」

 

 揚げパイ・小麦粉 水 油

 

「……パイって揚げれるのか?」

「ぷに~」

 

 とりあえず保留にしといて他のを見てみるか。

 

 

…………

……

 

 

「こんなもんか」

 

 ぷに先生の審査をクリアしたのはさっきのを合わせて三つしかなかった。

 

「ココアミルクパイにぷにパイだけか……」

「ぷに」

「つか、このぷにパイは完全にエコ贔屓しただろ」

「ぷに~」

 

 しらを切っているが言い逃れはできない、このパイは単純に手作りパイをぷにの形にしてあるだけのものだ。

 

「何が驚いたって、横線引いてある材料にシロって書かれてた事だよな」

「ぷに」

 

 あの時初めてぷにの青ざめた表情を見た。

 

「まあ、レシピはそろった訳だし」

「ぷに」

「レッツ!クッキン……錬金術!」

 

 

 

三日後

 

 

 

「唯一の成功がぷにパイってどういうことだよ」

「ぷに」

 

 あれから、時間をかけて何度か試作を行ったが結果は酷かった。

 

「揚げパイは油でギトギト、ココアミルクパイは黒い塊になった」

「……ぷに」

 

 一番悲惨なのは、後処理をしたぷにだろうな、若干目が死んでたし。

 

「いろいろ考えた結果、揚げパイには卵を加える、ココアの方は俺のレベルが足りないってことだと思う」

 

 パイを作るのにレベル不足って言うのは若干納得がいかないけど、感覚的にまだ無理だってわかってしまう。

 

「適当なもの作ってもあれだし、ゆっくりと研究してくか」

「ぷに」

 

 俺の初のちゃんとしたレシピがパイなのは微妙な気分だけどな。

 

 

 

三日後

 

 

 

「ふむ、できたか?」

「ぷに」

 

 あれからさらに薄力粉も加えるなどして改良を加えていった結果。

 俺の手には衣に覆われたパイがあった。

 

「試食なされ」

「ぷに~」

 

 ぷには恐る恐るといった具合にパイを丸呑みした。

 

「ぷに!」

「おお! 丸呑みのせいで全然伝わってこないけどうまいか!」

「ぷに」

「よ~し、そんじゃもう一回作って他の人の意見も聞いて回るか!」

 

 ぷにの意見だけじゃあれなので、本職のイクセルさんとか師匠のパイを食べ慣れてそうなクーデリアさんとかにも試食してもらおう。

 

「えっと、小麦粉に卵に塩と水、油に薄力粉っと」

 

 くどいようだが、俺がやっていることは錬金術なのでそこんとこよろしく。

 

「んじゃ、始めるか」

「ぷに」

 

 俺は材料を釜の横にある机に置き、杖を手に取った。

 もちろん机はちゃんと買い換えてある。

 

「最初に入れるのは小麦粉に水に塩っと」

 

 まずはオーソドックスなパイの材料を入れる。

 

「このまま数十分かき混ぜて」

 

 パイを作る速度は爆弾に比べて大分遅くなってしまう。

 ちなみに師匠はパイを作るのがやたら早かったりする。

 

「前戦闘中にパイ作り始めたのにはビビったよな」

「ぷに」

 

 どこからともなく釜を取り出して、パイを作って回復した時には開いた口が塞がらなかった。

 

「俺のこと怒ったけど、あの人も結構アレだよな」

「ぷに~」

 

 まあ、俺の場合作ってたのが爆弾って言うのもあるけど。

 

 

…………

……

 

 

 コンコン

 

「ん?どーぞー」

 

 もうすぐ完成というところで、扉がノックされた。

 

「こんにちはー」

「おお、トトリちゃんじゃないか」

 

 玄関にはトトリちゃんが立っていた。

 

「でも、こないだ村に戻ったばっかじゃなかったか?」

 

 たしか、まだ二ヶ月ちょっとしか経ってないはずだ。

 

「えっと、アカネさんが怪我したって聞いて心配で……」

 

 どうやらこの世界には天使がいるみたいだな。

 主に俺の目の前に。

 

「心配しなくても、俺はもうピンピンしてるさ」

「はい、元気そうで安心しました」

「うむ、とりあえず早く入ってきなよ」

 

 玄関に立ちっぱなしのトトリちゃんをアトリエに入るよう促した。

 

「あ、はい。先生、隠れてないで出てきてくださよ」

「え?」

 

 トトリちゃんが声をかけると、扉の横から師匠が顔を半分覗かせてきた。

 そういやトトリちゃんが帰って来たってことは、師匠も帰って来たってことだったな。

 

「えーと、師匠?」

「むー、アカネ君なんてもう弟子じゃないもん」

 

 どうやら俺はいつの間にか破門されていたようだ。

 

「先生、まだそんなこと言ってるんですか……」

「だ、だって! アカネ君があんな事するから!」

「でも、言いすぎたかもって言ってたじゃないですか」

「そ、それは、そうだけど……」

 

 でもでもと口を尖らせる師匠、俺の師匠は今日も可愛いな。

 

「とりあえず、二人とも中に入って来たらどうだ?」

 

 玄関先で喧嘩になるのも世間体的にまずいしな。

 

「そ、そうですね」

「むー、私のアトリエなのに……」

 

 師匠の怒りはどうやらまだまだ収まらないらしい。

 

「師匠、これあげるから機嫌直してくれないか?」

 

 俺は釜の中に手を突っ込んだ。

 

「物で釣ろうなんて、わたしそんなに甘くないんだから!」

「パイなんだけど……」

 

 俺は両手で持って、師匠の前に差し出した。

 瞬間、師匠の目の色が変わったのがわかった。

 

「師匠に機嫌直してもらいたくて作ったんだけど……」

「そ、そんなに言うなら、い、一応食べてあげる」

 

 師匠は俺の手からパイを受け取り、口に運んだ。

 本当にパイが好きなんだな、師匠って

 

「お、おいしいよ!これ!」

 

 俺はあの後反省した、だからパイを研究した、そう反省したのだけど……

 ちょろい、俺はそう思わずにはいられなかった。

 

「サクサクした衣と中のパイの生地が合わさって、良い感じに溶け込んで……」

 

 なんか料理番組が始まってる。

 謝るなら今しかないか。

 

「師匠、こないだの事は悪かったよ」

「こ、このパイは関係ないけど、許してあげるね」

「あ、はい」

 

パイを頬張りながら言われても説得力がないぜ。

 

「でも、こないだみたいなこともうしちゃダメだよ」

「絶対?」

「絶対! やりたいなら、ちゃんとわたしに相談してから!」

「オーケー、わかった」

 

 なんかあっさりと解決しちゃったな、まあ師匠がそんな永遠と怒ってるのもイメージに合わないけど。

 

「ところで、先生には聞いたんですけどアカネさんの作った爆弾ってどんなのなんですか?」

「ん?ああ、それならここに……」

 

 俺は部屋の隅に設置された俺のコンテナの中から三色爆弾を取り出した。

 

「この爆弾はきっとかなりの威力があるはずだ」

 

 俺はそれをトトリちゃんに手渡した。

 

「ちょっとかわいい見た目ですね……あれ?」

「ん?どした?」

 

 トトリちゃんが唐突に疑問符を浮かべた。

 

「この折れ目なんですか?」

 

 今まで気づかなかったが、爆弾には二カ所折れ目のようなものが付いていた。

 

「あれ? 本当だ、なんだこれ?」

「何? 見せて見せて」

 

 師匠も興味があるのか近づいてきた。

 

「ふむ、とう! たあ!」

「ええ!?」

「あ、アカネ君!?」

 

 俺は折れ目に沿って爆弾を2度折った。こういう時は思い切りが重要です。

 

「折れた部分は……」

 

 雷マークのある下段、真っ赤な無地の中断、雪だるまのついた上段に分かれた。

 

「……まさか」

「こ、これって……」

「三つの爆弾がくっ付いただけ……とか?」

「ぷに~」

 

「…………」

 

 居たたまれない沈黙状態になってしまった。

 誰か一人でいいから笑ってくれよ。

 危険も顧みず勢いで作った結果がこれだよ。

 

「師匠」

「な、何?」

「レシピって重要ですよね」

「そ、そうだね」

 

 

 やっぱり俺は間違っていたようです。

 結局俺は一度に三つ投げられる爆弾を作っただけってことかよ……。

 



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酒は飲んでも飲まれるな

 前の三色バカ弾の一件から数日したある日、俺は机に座って参考書を読んでいた。

 

「やっぱり時代は完成された物にこそあるのさ」

「ぷに」

 

 無理にオリジナりティーを出す必要なんてない、昔の俺はそんなことを理解できていなかった。

 所詮は素人の浅知恵でどうこうなる代物じゃないってことだな。

 

「やばい、今の俺超真面目じゃないか」

「ぷに~」

 

 俺に知識まで加わったら、筋肉と合わせて最強になってしまう。

 

「クックック」

「ぷに……」

 

 俺がそんなこんなしていると、後ろから悩んでいるような声がした。

 

 

「うーん、どうやって作るんだろう?」

 

 首を曲げて後ろを向くと、そこではトトリちゃんが立ったまま唸っていた。

 

「何悩んでるんだ?」

 

 その様子が気になったので、俺は椅子から立ち上がってトトリちゃんに近づいた。

 

「あ、アカネさん実はですね……」

「うん?」

「お酒ってどうやって作るのかわからなくって」

 

 思考がフリーズした。

 

「し、ししし、し、ししょ、師匠!」

「わ! な、何!」

 

 俺が突然大声で呼んだので師匠は釜の前から、驚いたような顔をして振り向いていた。

 だが、こっちもテンパってんですよ。

 

「あ、アカネさん?」

「と、とと、トトリちゃん。何でそんなことを?」

「あ、それはですね。ゲラルドさんに――」

「待て! 聞きたくない!」

「ええっ!?」

 

 まさか、またトトリちゃん不良疑惑が浮上するなんて。

 どこで教育を間違ってしまったんだろう。

 

「ど、どうしたの?」

「師匠、トトリちゃんが不良になってもーた」

 

 近づいてきた師匠に俺は事情を説明した。

 

「トトリちゃんがお酒を飲みたいから作り方教えろって……」

「え!? そ、そうなの!?」

「そ、そんなこと言ってません!」

 

 トトリちゃんが何か言ってるが俺たちの耳にその言葉は届かなかった。

 

「なんで? どうして?わたしの育て方が悪かったの? わーん、どうしよどうしよー!?」

「いやきっと、これも俺みたいなのと知り合った悪影響なんですよ」

「ふ、二人ともお願いですから落ち着いてください!」

 

 

…………

……

 

 

「な、なるほど。つまりゲラルドさんから新しいお酒を作ってくれと頼まれたから、作り方を聞こうって?」

「そうですよ」

「なーんだ、それならそうと最初からそう言ってくれよ」

 

 いらない勘違いをしちゃったじゃないか。

 

「最初に言おうとしましたよ」

「はっはっは悪い悪い」

 

 笑って誤魔化すのが一番簡単だよね。

 

「まあ、それなら師匠の方が詳しいじゃないか?一応は二十歳は越えてるんだし」

「い、いちおう……」

 

 そんなに落ち込むなよ、顔的には完全に未成年なんだから。

 

「そうですね、一応大人ですもんね」

「と、トトリちゃんまで……」

 

 ああ、師匠涙目になっちゃってるよ、トトリちゃんって偶に毒舌だから怖い。

 

「うう、それでお酒の作り方だよね?」

「あ、はい、そうです」

「私もあんまり詳しいくないけど……たしか、色んな物を発酵させて作るんじゃなかったかな」

「発酵ですか?」

「うん、お米とか麦とかお芋とか……ぶどうとかもそうだね、で、作った材料でできる物も違うんだって」

「お酒ってそんなにたくさん種類があるんですか?うーん、何で作ればいいんだろう」

 

 ここで俺のアドバイスが冴えわたる!

 

「まずは基本からやった方がいい! 最初からオリジナルなんてやったら、痛い目を見るぞ……」

 

 かなり最近の経験に基づく痛々しいアドバイスだ。

 

「いろいろ試作して材料を加えていくのが一番安全なやり方だ。揚げパイだってそうやって作った」

「そうですね、それじゃあちょっと調べてみますね」

「がんばってねトトリちゃん」

「はい!」

「俺の二の舞にはならないでくれよ……」

「あはは……」

 

 なんかオリジナルがトラウマになってる気がする。

 

 

 

 …………次の日

 

 

 

「ふう、あー疲れた」

「ぷに」

 

 今日も俺は真面目にお勉強ですよ、まあ元の世界ではインドア派だったし苦ではないけど。

 

「ぷに~、飲み物持ってきてくれ」

「ぷに」

 

 俺は机に突っ伏して、ぷにが水を持ってくるのを待った。

 

「ぷにに」

「お、サンキュー」

 

ガラスのグラスに入った黄色い液体を俺は思いっきり飲み干す……。

 

「なんてことあるかー!」

「ぷに!」

 

 俺はグラスを机に叩きつけた。

 

「臭いと色的にどう考えてもビールじゃねーか」

「ぷに」

「そんな漫画じゃないだからある訳ないんだって、水と間違ってお酒を飲むーなんて」

「ぷに~」

 

 ぷにが何かを期待するような目で俺の方を見つめてくる。

 まあ、俺も興味がない訳じゃない。

 

「まあ、ぷにが俺を気遣ってわざわざ! 運んできてくれたわけだしな~」

「ぷに~」

「俺も飲みたい訳じゃあないけど、仕方ないな~」

「ぷににに」

 

 ゴクリと喉を鳴らし、俺はグラスを思いっきり傾けた。

 未だかつて味わったこと無い苦みが俺の口の中を満たした。

 

「ふむ、意外といけるな」

 

 最初はあまり飲めないって聞いたが、結構飲める。

 

「ぷにも飲むか?」

「ぷに!」

 

 俺はぷにの上でグラスを傾けて、残りをぷにの口の中に注いだ。

 

「ぷに~ん」

「むう、ぷに酒弱いんか?」

「ぷにっく」

 

 ぷにが酒を飲み干すと、みるみる真っ赤になっていった。

 

「……倍プッシュだ」

「ぷににににに」

 

 ぷにが笑いながら去って行ったと思ったら、何本かボトルに入った酒を乗せて戻ってきた。

 

「これは~ウィスキーか? あとはワインに焼酎……クックック」

「ぷにににににに!」

「にゃはははははは!」

 

 飲めや、歌えやのドンチャン騒ぎ。

 

「お酒って楽しいなー!」

「ぷにー!」

 

 二人で騒いでいると突如アトリエの扉が開いた。

 

「邪魔するわよって、何?酒臭いわね」

「あ! くーちゃんじゃないれすかー! 脅かさないでくだはいよー!」

 

 もう、ノックもしないでいきなり入るなんてお茶目さんなんだから。

 

「は? あんた今なんて言ったのかしら」

「くーちゃんですよー!」

「ぷにー!」

「……あんたら、さては酒飲んでるわね」

「ぷににににに!」

「ほらー、ぷにが妙なテンションだからばれちゃったじゃないか~」

 

 俺みたいにちゃんと取り繕わないからだよ、まったく。

 

「はあ、ガキが酒飲んでるんじゃないわよ、しかもアトリエで」

「ガキなんて! くーちゃんに言われたくないれすよ!」

 

 その瞬間、殺意の刃が飛んできた。

 

「……それはそういう意味かしら?」

「あ、いや、これは」

 

 途端に頭が冷水をぶっかけられたみたいに冷えた。

 俺一体何言っちゃってんの。

 

「そこに直りなさい!」

「は、はい!」

 

 俺は素早く正座の姿勢を取った。

 

「覚悟することね……」

「オワタ」

「ぷにににににに」

 

 ぷには空気を読むことすらなく笑い続けている。

 

「黙りなさい」

「ぷにににににに」

「…………」

 

 パンとクーデリアさんの手元から乾いた音がした。

 そこに握られているのは拳銃だった。

 

「実弾じゃないから安心していいわよ」

「…………」

 

 俺の横には床に倒れこんだぷにがいた。

 ぷに、無茶しやがって。

 俺は何てバカなことをしてしまったんだ。

 

「それじゃあ、改めて覚悟することね」

 

 ふと、昔見た未成年禁酒ポスターが頭をよぎった。

 軽い気持ちが人生を壊します見たいなフレーズがあった気がする、事実でした。

 

 

…………

……

 

 

「あ! アカネ君、酒飲んだでしょ!」

「師匠……もう、反省したから」

「え、うん、何で泣いてるの?」

「クーデリアさんって本当に怖いな……」

 

 姿勢を少し崩したら、俺の膝元に銃弾が飛んでくるんだぜ。

 マジで怖い。

 

「ぷに」

「そうだな、こう言うのでお決まりの締めをするか」

 

 こういう話をした後には大抵つくアレだ。

 

「この話は未成年への飲酒を助長するものではありません」

「ぷに」

「え?アカネ君何言ってるの?」

「お酒はハタチになってから!」

「ぷに!」

 



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インスタントホムンクルス

 現在は9月の中頃なんだが最近師匠の様子がおかしい。

 

 アレはちょうど9月に入ったあたりからだろうか。

 

 俺がアトリエに入ると、作業途中の何かを突然箱の中にしまいこんだり。

 一番怪しい出来事だと、何かやたらでかい物を奥の部屋に持っててたりなど、とにかくおかしい。

 

 師匠が落ち着きないのはいつもの事だが、最近は特に異常だ。

 

 そんなこんながあったので俺はある日意を決して師匠に尋ねてみることにしたのだ。

 

 

 

「師匠、何か隠してないか?」

 

 俺は錬金術を行いながら、同じように釜の中を杖でかき混ぜている師匠に尋ねた。

 

「え!? な、何のことかな?」

「目が泳いでるぞ」

「べ、別に何にも隠したりしてないんだからね!」

「し、師匠!? どこに!?」

 

 俺の言葉に相当動揺したのか杖を持ったままアトリエの外に走り去って行った。

 

「……隣の釜どうしよ?」

「ぷに~」

 

 この後トトリちゃんが帰って来て事なきを得たのだが、あの師匠はやっぱり何か隠してる。

 

 

 

 

「う~ん」

「どうかしましたか?」

 

 そして今俺はトトリちゃんと一緒に、買い出しに出て帰っているところなのだ。

 

「いや、たぶんトトリちゃんにはわからんな」

「……?」

 

 あの師匠、トトリちゃんだけには気づかせないようにしてるのが、立ち悪いな。

 

「ま、師匠のことだし悪い事はしてないと思うけど」

「はあ?」

 

 出来の悪いサプライズパーティーだとでも思うとするか。

 俺はちょうど着いたアトリエの扉を開けて中に入った。

 

「帰ったぞ~」

「ぷに~」

「あ! やっと帰ってきた!」

 

 帰ってきた主人を迎えに来るかのように師匠が俺たちに駆け寄ってきた。

 

「二人とも少し目瞑っててくれる?」

「え? いいですけど」

「ん、わかった」

 

 どうやら師匠の準備が終わったようだ、俺は若干の不安を覚えながらも目を瞑った。

 

「…………?」

 

 何かを引きずるような音が奥の部屋の扉から聞こえてきて、俺たちの前でその音が止まった。

 

「二人とも目開けていいよ!」

「どれどれ――!?」

 

 目の前にガチャガチャがあった、尋常じゃないでかさだけど。

 ちょうど俺よりも少し大きいくらいの赤いガチャガチャ、まさかこの世界で会うことになろうとは。

 

「な、なんですかこれ? いつの間にこんな……」

「ふっふっふ……大変だったんだよ、見つからないようにこっそり作るの」

 

 いや、俺には大分バレバレだったけど、という言葉が喉元まで来たが何とか飲み込んだ。

 

「そこまでして隠さなくても……それで、何なんですか?これ」

「トトリちゃん、これはガチャガチャって言ってだな……」

「違うよ!これはホムンクルス自動精製装置……名付けて! ほむちゃんホイホイ!」

 

 ほむんくるす? ホムン・クルス? ホ・ムンクルス?

 

 

「ほ、むんくるす……? って、その名前だと、まるでホムンクルスを捕まえるみたいな……」

 

 トトリちゃん、ツッコミどころが違う。

 待て待て、何?ここで俺だけがおかしかったりするの?

 ホムンクルスってそんなガチャガチャにコイン入れて出てくるようなもんだっけか?

 そんなんあったら、少子化問題が一瞬にして解決するわ!

 

「トトリちゃん、細かい事は気にしないのとにかく、これがあればいくらでもほむちゃんが作れるの」

「えっと……ホムンクルスとか、ほむちゃんとか、さっきから全然分からないんですけど……」

「大丈夫、簡単だから見てれば分かるよ」

 

 ……師匠が悪の科学者的な存在に見えてきたんだけど。

 簡単って、命の重みとか俺はうるさく言わない人だけどさ、流石におかしいって。

 

「ほら! アカネ君もちゃんと見ててね」

「あ、ああ、うん」

「アカネさん、さっきからぼうっとしてますけど……どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと軽くもないジェネレーションギャップに打ちのめされてた」

「良く分かりませんけど、大丈夫ですか?」

「なんとか」

 

 横に居るトトリちゃんを見て汚染された精神を何とか回復することができた。

 しかし今だ狂気の原因である物体が目の前に、そして師匠が何か説明してるけど聞きそびれてしまった。

 

「ぷに、俺がおかしいのかな?」

「ぷに」

 

 ぷには俺の肩の上でお前は正しいと、そう言ってくれた気がする。

 

「……ていうか、何かもう稼働してるんだけど」

「ぷにに」

 

 目の前ではガチャガチャが高い機械音をあげて唸っていた。

 俺はその前に立っている二人を遠巻きに眺めていた。

 

「……何も起こらんな」

「ぷに?」

 

 故障か? と思ったそんな時師匠が暴挙に出た。

 

「おかしいな。なんで……もう!動いて、お願い!」

 

 カンカンとガチャガチャ上部のガラス部分を手の平で叩く師匠。

 

「あれって、ホムンクルス作ってる所だよな、壊れたテレビ直してるんじゃないよな……」

「ぷに?」

 

 俺はその光景に我慢ができず師匠に駆け寄り静止の言葉をかけた。

 

「師匠、そんな無茶しないほうが良いって」

「たって、せっかく作ったのに、お願いだから動いてー!」

 

 またもカンカンと同じように師匠は叩きだした、この人って本当がすごい錬金術師なんて呼ばれてるなんて間違ってる。

 

「わ、動き出した」

 

 トトリちゃんは機械が再び唸りだすとそう言った。

 

「やった!よーし今度こそ」

 

 機械が起動している様子を3人と一匹で見守った。

 

 すると突然機械が縮みこんだ。

 

「んにゃ?」

 

 ドカンと、ガチャガチャは回転しながら上に飛び上がった。

 もうやだ、今日ツッコミどころが多すぎて俺がボケれないじゃん。

 

 機械が着地するとガチャガチャから人型の何かが、出てきた。

 

「……ほむー?」

 

 紫色の髪を持ったメイド服に近い物を着こんだ謎の生物、大きさは俺のひざ下に届くかってくらい。

 ……かわいいじゃねえか。

 

「や、や……やったー! 大成功ー!」

「ホムンクルスって、こんなかわいい子だったのか」

 

 何と言うか……愛でたい。

 

「ぷにー」

「うわあ!か、かわいい。な、なんなんですか?この子?」

「えへへ、かわいいでしょ。この子がほむちゃんだよ」

「ほむー」

「あ、でもちょっと待って、ちっちゃいほむちゃんだから、ちっちゃむ、ちほむ……ちむちゃん!この子はちむちゃんだよ!」

 

 師匠がそう言うとちむちゃん? は声をだしながらぶかぶかの右腕を振り上げた。

 

「ちむー!」

「鳴き声まで変わった!? あ、えっとその……初めまして……」

「ちむ!」

「お返事した!ああ、かわいい……先生、触ってもいいですか? あわよくば、ぎゅーって抱きしめても!」

 

 トトリちゃんテンションが上がりすぎて言葉遣いがおかしくなっとる、あわよくばって……。

 

「どっちかっつーとさ、ちむちゃんに構ってるトトリちゃんの方が可愛いよな」

 

 俺は小声でぷにに同意を求めた。

 

「ぷにぺっ」

 

 唾を吐きかけられた、こんちくしょうめ。

 

「ん?」

 

 突然機械からまた駆動音がし始めた、なんぞ?

 

「あのね、わたしはトトリっていうの、トトリ。分かる?」

「ち・ち・む?」

 

 ああ、確かにトトリちゃんは乳無だわ……俺はセクハラ中年親父かよ。

 

「うわぁ、どうしよう……かわいすぎる」

「ああ、確かにかわいいな」

 

 ちむちゃんを見て興奮するトトリちゃんを見て興奮する俺を冷めた目で見ているぷに。

 何という変態スパイラル。

 俺のテンションが変態すぎるのは仕方ない、今日は俺の脳のスペックを越える出来事が起きすぎたんだ。

 

「あ、トトリちゃんばっかりちむちゃんと遊んでずるい!」

 

 ぎゅおんぎゅおんと機械の駆動音がまた響いた。うっさいな、まったく。

 

「……じゃなくて、あの、あんまりのんびりしてる場合じゃないかも。ちょ、止まって!止まれー!」

 

 慌てた様子で師匠がガチャガチャを叩いていた、なんかあったのか?

 

「先生、ちょっと静かにしてください、今ちむちゃんとおしゃべりしてるんですから」

「まったくだ、少しくらい静かにできないのか、せっかくの癒しの時間が」

「ぷにぷに!」

 

 何だ? ぷにもなんか鳴いてるし……。

 たく、あれでも良い大人なんだから少しくらい落ち着きって言う物を持ってもらいたいな。

 

「いや、うるさいのはわたしじゃなくて、この装置で」

 

 さきほどよりも激しい音で唸りだした機械……もしかしなくてもまずい?

 

「わ、わ、わ! もう、ダメかもー!」

「だから静かにって……え?きゃああああ!」

「爆発?ふっ、そんなものもう慣れたわ」

 

 爆発音とともに視界が白く染まった。

 同時にポンポンと不思議な音が響いた。

 

「あうう、二人とも大丈夫……?」

「はい……なんとか。は! ちむちゃん、ちむちゃんは!?」

「ちむー……」

「よかったー無事だった……」

 

「ちむー」

「ちむ!」

「ちむ?」

 

「え? なんか声がいっぱい?」

「……これは酷い」

 

 視界が晴れるとそこには、部屋を埋め尽くす数のちむちゃんがいた。

 

「た、たた、大変! 早くなんとかしないと! 二人とも手伝って!」

「え? 何を!?」

 

 手伝うって、捕まえろってことか?

 捕まえてどうするの?……まさか。

 

「ちむー」

「ちむ!」

「ちむ?」

 

 俺と師匠が慌てていると、トトリちゃんが徐々にちむちゃんの群れに埋まって行った。

 

「ああ、幸せ。もう、このまま死んでもいいかも……」

「わー! トトリちゃんが埋もれてるー!しっかりしてー!」

 

…………

……

 

「ふう……何とか片付いた」

「疲れたー」

 

 え? 片づけた方法? せっかく俺が気を利かせてカットしたのに知りたいのかい?

 こればっかりは語るのもためらわれる内容だ。

 

「あうう……ちむちゃんがひとりだけになっちゃた」

「ちむー……」

 

 意外にもちむちゃんは感情豊かなようで、涙目になっていた。

 そりゃ泣くわな、兄弟姉妹が、一斉に消されたようなもんだもんな。

 

「気を落とさないで、専用の材料があればまた作れるから」

 

 また作れるからって、なんか今日一日で俺の倫理観が大分おかしなことになった気がする。

 

「それじゃあ、ちむちゃんについて説明するね」

「あー、師匠、俺なんか気分悪いからもう帰るわ」

 

 俺がこれまでの人生で培ってきたモノがこんなところで弊害を与えてくるとは……。

 

「え、大丈夫? でも、説明だけでも聞いといた方が……」

「いや、いいよ、俺の相棒はぷにだけだし」

「ぷに!」

「そう?それじゃあ、気をつけて帰ってね」

「ん、そんじゃまた明日」

 

 俺は二人の別れの言葉を背に浴びながら外に出た。

 9月の少し冷たい空気が俺の頭を冷やしてくれた。

 

「今日は……疲れた」

「ぷにー」

 

 もう何も考えたくない、今日は宿で泥の様に寝よう。

 そして今日の事はなるべく忘れる事にしよう、その方がいいさ俺の精神的に。

 

「……師匠って悪い人じゃないんだけどなー」

「ぷに」

 

 天才と何とかは紙一重ってやつだな、うん。

 



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黒き衣身に纏い

「……ボロイ」

「ぷに?」

 

 俺は宿のベッドの上に座り、長年の相棒である黒ジャージを両手で広げていた。

 

「いや、むしろ2年半もよくもったと言うべきか」

 

 寝るときは裸、それ以外はずっとこれを着ていたのだから当然か。

 

「ぷに……」

「いや、ちゃんと洗濯はしてたぞ」

 

 乾くまで部屋で全裸待機になってたけど。

 

「しかしこれが着れなくなると……」

 

 俺はちらりと横目で壁にハンガーで掛けてある執事服もどきを見た。

 

 袖にはひらひらフリル、上着の丈は足元まで伸びて外套並、師匠に魔改造された哀れな姿があった。

 

「あんなの着てたら師匠以外、俺と目合わせられなくなるわ」

「ぷに」

「……修繕だ」

「ぷに?」

「考えてみろ、このジャージをずっと着続けたら絶対師匠になんか言われるぞ……例えば」

 

 俺は咳払いを一つして、師匠の声を真似て発した。

 

『アカネ君、錬金術士なんだからもっとちゃんとした格好しないとダメだよ』

 

「言われそうだろ?」

「ぷに」

「師匠はなー、男の服考えるの向いてないんだよなー」

 

 トトリちゃんの服はかなり出来がいい、そこだけは称賛に値する。

 

「まあ、師匠には悪いがあの服だけは着たくない、だからこそ!俺はあの服を直してみせる!」

「ぷに!」

「ハーッハッハ!」

 

 ドン!

 

「あ、すいません」

 

 真横から壁を叩く音が聞こえた。

 窓から外を見てみると、ちょうど日が昇ってきたところだった。

 

「……出鼻をくじかれた」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 

「ポリエステル百パーセントとな」

 

 俺はアトリエの机の前に座りながら、ジャージを調べていた。

 つまり、今俺はジャージを着てない訳だ、これが何を意味するかわかるよな?

 

「あ! アカネ君、やっとその服着てくれたんだ」

「はは、うっせーな」

「アカネさん、目から光が消えてますよ……」

「あはははは」

 

 仕方なかったんだよ、ジャージを調べるのに着たままじゃやりづらい事この上ないんだよ。

 願わくば今日誰も客人が来ませんよーに。

 

「邪魔するわよー」

「ガッデム!」

 

 迂闊だった、こんなわかりやすいフラグを立ててしまうなんて、しかも即回収されたし。

 

 こ、ここはだな、作戦開き直りで行こう。

 

「クーデリアさん、今日の俺に触れると火傷しますよ」

 

 キラッ

 

「ってことは、あんたは今燃えさかってるってことね」

「むしろ、もう灰になってますね」

 

 酷くクールなやり取りが行われた。

 

「見なかったことにしてあげるから、次からはまともな格好してなさいよ」

「ありがとうございます」

「むー、カッコいいのに……」

 

 そうだね、主に厨二あたりには受けがいいんじゃないかな。

 

「そんなことより、ほら、ロロナさっさと出かけるわよ」

「あ、そうだった。それじゃあ、二人ともわたしちょっと出かけてくるね」

「いってらー」

 

 俺はぞんざいに見送りの言葉を投げかけた、大分心が荒んできてる。

 

「だ、大丈夫ですよ、アカネさん、その……に、似合ってますから!」

「その心づかいが今日ばかりは心に痛いッ、こんな姿を見られる事が既に末代までの恥だ……」

「き、今日はもう誰も来る予定ないですから平気ですよ」

「立った! フラグが立った!」

 

 某アルプスのでかいブランコで大空に飛び立てるくらい綺麗に立っちゃった。

 

「邪魔するわよ」

「なんというデジャヴ、お願いします帰ってください」

 

 クーデリアさんと同じ言葉とともに入ってきたは、アーランドが誇るツンデレ、ミミちゃんだった。

 

「え? ミミちゃんどうして?」

「何言ってんのよ、あんたが今日一緒に出かけようって言ってきたんじゃないの」

「あ、忘れてた」

「ほら、とっとと出かけるわよ」

「あ、うん、すいませんアカネさん、それじゃ行ってきます」

「…………」

 

 何事もなかった。いや、なさすぎた。

 

「ぷに」

「無視されるのが……一番キツイです」

 

 一番的確な表現だと、汚いゴミがあってそれをわざと視界から外すみたいな。

 

「何が辛かったって、最初目があったときに家畜でも見るような目をしてきたことだよ」

「ぷに」

「俺にそっちの気はないんだよ!もう!これからどんな顔で会えばいいんだよ!」

 

 俺は怒りの限りに手に持っているジャージを握り締めた。

 

「早く、これ以上客が来る前に早く修繕方法を考えなければ……」

「ぷに」

 

 訳)フラグ立った。

 

 コンコンと扉をノックする音が響いた。

 

「失礼する」

「ノックはさあ、したら返事を待たなきゃダメだと思うんですよ」

 

 いくら馴染みの場所だからってねー、もしかしたら見知った人間がコスプレしてるかもしれないとか考えないのかね?

 

「む、そうだなすまなかった」

「……ステルクさん、あんた良い物着てるじゃないっすか」

「は?」

 

 ターゲットロックオン!

 標的は上着のコートっぽい奴!

 若干厨二臭がするが今のフリフリ執事服よりは万倍マシだ。

 

「しかも俺のイメージカラーである黒、これは奪うしかない!」

 

 俺は今までの人生で一番素早い動きを見せた……気がする。

 ステルクさんは突然の事で対処しきれなかったようで、見事に後に回り込んだ俺に捕まった。

 

「へっへっへ、悪いよーにしないから大人しくしな」

「な、何を! 離さないか!」

 

 脇下から腕を伸ばしてステルクさんの腕をホールドした。

 筋力だけは互角なんだ、いくら歴戦の騎士とはいえこの体勢ならまず負けない。

 

「ここで、俺に捕まり続けるか上着を俺によこすか、さあどっちを選ぶ」

「くっ、いい加減にしないか!」

「いくら吠えたところで、この状況は覆らないぜ」

「クッ」

 

 突如、後ろから扉が開く音がした。今日は千客万来の様です。

 

「……悪い、邪魔したな」

 

 何の用事だったのか、イクセルさんのその言葉とともに扉が閉まる音がした。

 

 そりゃね、変な恰好した男が組み合ってたら誰でも逃げるよな。

 

「……俺、どうかしてました」

「そ、そうか、その、なんだあまり気を落とさないようにな」

「はい……」

 

 ステルクさんはすごい微妙な顔をしながら、優しい言葉をかけてくれた。

 

「今日のことはなかったことにする、それでいいな」

「そうしてくれると助かります」

「そうか、それでは失礼する」

 

 そう言って、ステルクさんはアトリエから出て行った。

 ああいうのを良い男って言うんだろうな。

 

「よし! とっとと修繕の作業に戻るぞ!」

「ぷに」

 

 もはや、フラグ立ったって思うことがフラグになってるから、余計なことは考えないようにしよう。

 

「よし! ぷに、ポリエステルの原材料は何だ!?」

「ぷに!」

「そうか! 俺もわからん!」

 

 詰んだ。

 

「落ち着いて考えよう、大丈夫だこちとら1年半前は高2やってたんだ、ちょっと考えればいけるさ」

「ぷに」

「まずはポリとエルテルに分解して考えようじゃないか」

「ぷにに」

「ポリ……ポリ、ポリ?」

 

 三角形の秘密?

 

「それはポリンキーだっつーの」

「ぷに?」

「ごめん、俺って化学苦手だったんだよね」

 

 無機まではいける、有機? ハハッワロス。

 

「エステルはあれだ、有機に出てきたエステル基ってやつときっと何か関係があるはずだ」

「ぷに?」

「ああ、エステル基ってーのはな…………うん、これはきっと関係ないな」

 

 うんないない。

 

「ぷに!?」

「まずさあ! ポリとエステルで分けて考えるってのが間違ってるんだよ!」

「ぷに……」

 

 そんなドン引きだわ~って顔するなよ、俺だって何が正しいかわからないんだよ。

 

「つまり考えるだけ無駄ということか」

「……ぷに」

「しかーし! 俺は思いついた、そう言わば圧倒的ひらめき!」

「ぷにっ」

 

 ぷにがミリ単位も期待してないけど言ってみろってたぶん言った。

 

「それはずばり、先人の知恵だのみ!」

「ぷに?」

「適当に錬金術の参考書読んだら、それっぽいのありそうじゃん」

 

 よくよく考えてみると、この世界って文化レベル的にありえない水準の洋服ばっかだ。

 つまり、ありえないものを作るのは錬金術だろうと言うことだ。

 

「というわけで、読書タイム」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 

 

「ポリーウールにネイロンフェザーって……」

「ぷに?」

 

 数冊読んだだけで、それっぽいのが出てきてしまった。

 

 後ろの部分をハズせば、ポリにネイロン……ネイロンってつまりはナイロンだと思うっていうか間違いない。

 

「まあいい、僥倖じゃないかこれも日頃の行いが良いおかげだな」

「ぷに……」

「うっさい、で? ぷに的にはこのポリーウールってレベルどんくらいなんだ?」

「ぷに……」

 

 ぷには若干悩んだ顔をしたが、すぐに口を開いた。

 

「ぷにーん、ぷにーん、ぷにに」

「ん?」

 

 いつものぷにぷにじゃなくて、よくわからないな。

 

「十進方的に考えてぷにーんが10か?」

「ぷに」

「つまり、ぷににが5とすると……にじゅうご!?」

 

 25、ゼッテルが確か3だかだったからその約八倍って……。

 

「ちなみに俺の今のレベルは?」

「ぷにに、ぷに」

「6……4ヶ月で5上がるとしてもあと2年程度かかるってことかよ」

 

 師匠に頼んだら作ってくれないかなー、でもあの人俺にこの服着てほしいみたいだから無理だろうなー。

 

「いや、待てよ」

「ぷに?」

「ある! あるぞ、解決策が!」

「ぷに!?」

 

 俺は机を思いっきり叩いて立ち上がった。

 

「いざ行かん! ギルドへと!」

 

 そうさ、冒険者が依頼を出しちゃいけないなんてルールはない!

 俺は早速アトリエの外に飛び出した。

 

「ぷに! ぷに!」

「ん? 何だよ?」

 

 肩でぷにがなにやら騒いでいる。

 

「ぷに! ぷにに!」

 

 ぷにが俺の肩から飛び降りた、そしてそれを追って目線を下げると見覚えのあるひらひらが視界の端を過った。

 

「…………」

 

 きょろきょろと周りを見てみた。

 

 俺が顔を向けると目を逸らす人もいれば、可哀相なものを見る目、笑いをこらえるような目。

 あらゆる、目が俺を見ていた。

 

「よっしゃぷに、ギルドに向かぞ」

「ぷに!?」

「早くしないと置いてっちゃうぞー」

「……ぷに」

 

 体が軽いよ、まるで枷が外れたみたいだ!

 

 

 

 この後依頼をしにいったら、フィリーちゃんがすごい悲しげな顔をしていた。

 なんでだろうな?

 



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腐の思考

 俺は今日依頼の品を受け取りにギルドまで来ているのだが……。

 

「…………」

 

 怪しい、今俺はとても怪しいモノを見ている。

 

「ぷに、あの二人何してんだ?」

「ぷにー?」

 

 ギルドのカウンターの内側には何故か隠れているフィリーちゃんにトトリちゃん。

 その視線の先には二人で会話している師匠にクーデリアさん。

 

「とりあえず面白そうってことはわかった」

「ぷに」

 

 というわけで、隠れている二人に近づいていった。

 

「よう、何してんだ?」

「あ、アカネさん、ちょうどいい所に来ましたね」

 

 フィリーちゃんは俺に気づくとカウンターの下から顔を出してきた。

 その目には妙な輝きがあった気がする。

 

「はい?」

「さあ、早くこっちに来てください」

「んにゃ!?」

 

 そう言って、フィリーちゃんは俺の腕を引っ張りカウンターの内側へと引きずり込んだ。

 この子ってこんな事する子だっけか?

 

「つか、トトリちゃんまで何してるんだ?」

「いや、それがわたしもよくわからなくて……」

「ふたりとも、あれを見て」

「アレって……師匠とクーデリアさんがどうかしたのか?」

 

 

 別に何の変哲もない世間話をしているだけだ。

 気になるところとしては、河に落ちたって言う単語がでたりとかクーデリアさんのツンデレが爆発していることくらいか。

 

 

「はあ、いいわ……トトリちゃんもそう思うでしょ?」

 

 ……この子頬を薄らとだけど赤く染めてるんだけど、口調もなんかいつもと違うし。

 何か怪しい空気を感じる、こう背筋が寒くなると言うか……。

 

「そうですね。二人とも仲良しでちょっとうらやましいかも」

「いや、トトリちゃん、仲良しとかそんな生易しい表現じゃないと思うぞ」

 

 うん、間違いなくフィリーちゃんが言ってるのはそういう意味ではないと断言できる。

 一言で言うなら……百合?

 

「あ、アカネさん! わかってくれますか!」

 

 途端に満面の笑みを浮かべてフィリーちゃんが俺に迫ってきた。

 

 顔が異常に近い、男が苦手ちゃうんかと。

 

「わ、わかるって?」

「ですから、あの二人の関係ですよ」

「関係?」

 

 横でトトリちゃんが疑問符を浮かべていた、君は一生分からない方がいいと思う。

 

「ほら、アカネさん説明してあげてくださいよ」

「え、俺!?」

 

 何というキラーパス、これをどう繋げろというのだ。

 

 正しい……いや、むしろかなりねじ曲がった解釈を話すとトトリちゃんの精神衛生によろしくない。

 けど、ここでフィリーちゃんの意図しない答えをしたら、がっかりさせてしまう……のか?

 

(どうしよう、ぷに)

 

 視線で肩に乗っている相棒にアイコンタクト。

 

(ぷにに)

(なるほど! 了解した!)

 

アイコンタクト終了。

 

 

 

 ……さて、どうしたもんか。

 実は全然意思疎通できてなかったりする。

 

 

 まあ、どうせ俺が話さなかったらフィリーちゃんが話すだろうし俺から言っちゃうか。

 断っておくが、俺は知識として知ってるだけでそっちの気はないからな。

 

 覚悟を決めて、トトリちゃんに向けて言葉を発した。

 

「あれだな、うん、二人が好き合ってるとしたらってことだ」

「好きあ……ええええ!?そ、そんな二人とも女の人なのに、そんなことあるんですか!?」

 

 ちらりと目線を右に向けると、フィリーちゃんは満足げな笑みを浮かべていた。

 

「まあ、あくまであるかもしれないって話だけど」

 

 なんか、若干自分の顔が赤くなっているのを感じる、恥ずい。

 

「でも、アカネさんそれはちょっとベタすぎると思うんですよ」

 

 フィリーちゃんが横からツッコミを入れてきた、何? 討論会スタートしちゃうの?

 第一次百合会議? 俺のいないところでやってくれ。

 

「実はクーデリア先輩の片思いでロロナさんはその思いに気づきつつも……っていう方が良いと思うんですよ」

 

 ……この子真性だ。今更ながら知ったかぶりをしたことに後悔を感じた。

 俺はフィリーちゃんともっと仲良くなりたかったよ。でもさ、こういう方面でじゃないんだよ。

 俺が仲良くなりたいのはフィリーちゃんであって、決して腐ィリーちゃんじゃないんだよ。

 

「トトリちゃんはどう思う?」

「わ、私に聞かれても困りますよ!」

 

 ああ! トトリちゃんが腐の毒牙にかかっている!

 なんとかこっちに惹きつけなければ……。

 

「相談しがいがないなあ、トトリちゃんはどっちが好きかって意見を聞きたいのよ」

「ごめんなさい、なんていうかもう全然ついていけないです」

 

 トトリちゃんが困ったような目を俺に向けてきた。

 すまんトトリちゃん、俺には彼女を止める手立てはない……。

 

「むう、アカネさんは他に何かないですか?」

 

 そりゃ飯を食うのに家畜を育てるより、普通は手軽な既製品を買うよね。

 でも残念ながらこの肉は脂肪ばかりで、中身がないんだよ、だから許してください。

 

 心の中で許しを請うもフィリーちゃんの目の輝きは増していく一方だった。

 クソッ!負の力を持っているのに綺麗な目をしやがって。

 

 その目に耐えられず俺は最も泥沼になるであろう選択をしてしまった。

 

 

「あれだ、クーデリアさんは師匠の事を好きなんだけど、想いに気づかない師匠に若干冷たくしてしまうみたいな」

 

 ぷにが小さく鳴いた声が耳元に響いた、俺だって自分で言ってて何言ってんだ俺って思ってるよ。

 

 ただ俺のそんな思いを知らずにフィリーちゃんはえへへと笑った。

 

「流石です、やっぱりアカネさんはわかってますね」

「あはは……」

「アカネさん……」

 

 トトリちゃんが俺の事まで悲しげな瞳で見つめてきた。

 俺は悪くねえ!

 

 俺の口からはなおも乾いた笑いがこぼれ出していたのだが、ふいに気づいた。

 

「あはは……はっ?」

 

 横を見ると金髪でいつも通りちっちゃいクーデリアさんが立っていた。

 

「さっきから大声で、何をたわけたことを喚き散らしてるのかしらねえ。このバカ受付嬢にバカ冒険者は」

「ひゃあああ! くく、クーデリア先輩!? い、いつからそこに……」

「二人が好き合ってるー、くらいからかしらね」

 

 ちょうど俺のセリフのところかよ、俺が変態みたいじゃないか。

 

「そ、そんな前から……全然気づかなかった、クーデリア先輩、ちっちゃいから……」

「フィリーーー! このバカー!」

 

 お前の前世絶対ボンバーマンだろ!

 

「ぶちっ」

 

 何かが切れる音がした。

 何がって? 決まってるだろ?

 

「……さぼってるだけならまだしも、くだらない妄想にうつつを抜かした挙句しまいにはいってはいけない一言まで……」

 

 あれ? もしかして俺ターゲットから外れた?

 

「アカネ、あんたもよ」

「ですよねー」

「錬金術で作れる物を自分で作らないで、しかもこいつに付き合って同じ穴の狢になって、よくもまあ短期間でわたしをこんな何度も怒らせられるわねえ?」

「さ、最初のは今の俺じゃ作れないだけで……」

「黙りなさい!」

「ひうっ!」

 

 口答えダメ、ゼッタイ。

 

 こ、ここは師匠、師匠に助けを求めて……。

 

「…………」

 

 カウンターを挟んだクーデリアさんの後ろには外に向かう師匠とトトリちゃんの姿があった。

 よく見ると、トトリちゃんの肩にぷにが乗ってる。裏切り者め。

 

「さあ、二人とも覚悟はいいでしょうね?」

「「…………」」

 

 俺たちは二人で並んで立ちつくした。

 

「いやあああああ!」

「すいませんでしたーー!」

 

 

 その日、ギルドのカウンター付近で懺悔の声が響いた。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「……フィリーちゃんのせいで酷い目にあった」

「あ、アカネさんも乗ってきたじゃないですか」

 

 俺はカウンターの外側に腰掛けて、内側にいるフィリーちゃんと話していた。

 クーデリアさん曰く、小休止らしい。

 

「自業自得よ」

 

 フィリーちゃんの横にはクーデリアさんもとい恐怖の大王。

 

「爆弾に火を点けたのはフィリーちゃんだろうが」

「む、アカネさんだって気づかなかったじゃないですか」

「……説教をすぐに再開しましょうか?」

「「…………」」

 

 しょんぼりと二人とも沈黙した。

 

「まあ、でも」

 

 そう言い、クーデリアさんはフィリーちゃんを見つめた。

 

「なんですか? クーデリア先輩?」

「いえ、なんだかんだで男にも慣れてきたみたいじゃない」

「言われてみればそうだな、昔なんて事あるごとに悲鳴あげられてたしな」

 

 思えば、この世界に来て初めて聞いた悲鳴はフィリーちゃんの悲鳴だったなあ……。

 

「アカネさんはその、話が合いそうだなって最初に思いましたから……」

 

 そういや初対面の時に言われてた気がする、今更になってあの言葉の意味がわかった。

 ていうかあの時既に俺はロックオンされてたのかよ。

 

「その合いそうな話はふかく追求しないであげるわ」

 

 そりゃ自分が妄想の題材にされてるんだから聞きたくないよな。

 

「でもそれ抜きにしてもあんたたちっておかしいわよね」

「え?何がですか?」

 

 俺は疑問の声を発した。

 

「だって、互いの呼び方どう考えてもおかしいじゃないの」

「「……?」」

 

 全く話が分からず俺とフィリーちゃんは互いに顔を見合わせた。

 

「もしかしてわかってないの?」

「いや、だから何がって聞いてるんですけど」

 

 何か見落としてる物あったけか?

 特に不自然な点はないはずだが……。

 

「二人とも、自分の年齢を言ってみなさい」

「え? 19ですけど?」

「23ですよ?」

 

「「え?」」

 

 今日は妙にフィリーちゃんと声が重なる。

 いや、そんなことよりだよ。年上?年上だったのしかも四つも。

 

「あ、えーと、フィリーちゃ……いや、フィリーさん?」

「え? あ、アカネさ……アカネ君?」

 

 しどろもどろ。

 

「やっぱりわかってなかったのね」

「年上だったんですね」

「そうみたいですね……」

 

 てっきり俺はトトリちゃんよりも2つくらい上かなくらいに考えてた。

 

「ええと……はあ、今更めんどくさいし、いつも通りでいいか?」

「あ、はい。そうですね、それがいいですよ」

 

 一年以上もこの関係だったんだし、今更年上なんて言われても口調を変える気にはなれない。

 

「かっかっか、これにて一件落着」

 

 俺はギルドの外向けて歩き出そうとした。

 

「待ちなさい」

 

 良い話っぽくまとめようとしたけど無理でした。

 

「逃げようとするなんて、そんなに私の怒りを蘇らせたいのね」

「オワタ」

「あ、アカネさん!」

「し、仕方ないだろ!早く帰りたかったんだよ!」

 

「さあ、再開するわよ二人とももう一回並びなさい」

 

 この人本当、こう言う時は良い笑顔するわ。

 

 

 

…………

……

 

今日の戦果

 

依頼品のポリーウール

腐の心

心に刻まれた新たなトラウマ

 



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マイハートブレイク

 

 やあ諸君、俺は今日も今日とて改造執事服を着てアトリエのソファに座りながら知的な読書をしているんだ。

 別にこの服が気に行った訳じゃないからな? ちょっと諸事情でハゲルさんに預けているんだよ。

 修繕よりも、あの人に頼んで一から作ってもらった方が良いんじゃないかってことだな。

 

 まあ、そんなことはともかくとして……だ。

 

「ちむー!」

「ぷに?」

「ちむちむ」

「ぷにににに」

 

 

「…………」

 

 

「ちむ」

「ぷに!」

「ちむ?」

「ぷに~」

 

「――ッ!!」

 

 気になる。

 こいつらが話してる内容が気になって読書に集中できない。

 

「ぷに」

「……ん?」

 

 俺が葛藤の中にいると、ふいにぷにが目線を俺に向けて一鳴きした。

 

「何だ?」

 

 俺が小さく呟くと、ぷには再びちむちゃんに向き直って会話を再開した。

 

「ぷににに」

「ちむ~」

「……?」

 

 なんか二人とも笑いだした、だからなんだよ?

 

「……ぷにっ」

 

 ぷには俺に再び目線を向けたと思うと、人間で言うと鼻で笑うと言う感じに鳴いてきた。

 

「もしかして、俺を笑いの種にしてないか?」

「ぷに~」

「ちむ~」

 

 両者共とぼけた声を出しているが、それは肯定と同義じゃないか?

 

「どうせ、こいつはダメな相棒だぷに~、とか言ってたんだろ」

「ぷに!」

 

 ほほう、開き直るとはいい度胸だな、お主。

 ちょうど休憩しようと思ってたところだ、ここは一つ遊ぶとしようか。

 

「ゲッヘッヘ、今すぐ謝らないと、この子がどうなることやら」

 

 俺は悪役よろしく立ち上がってちむちゃんを抱き上げた。

 

「ぷに!?」

「ちむ~!」

 

 意外とノリがよろしいようで、ちむちゃんは目をバッテンにしてぷにへと助けを求めた。

 

「この子を返して欲しくば、アカネさん超素敵ー! と言うがいい」

「ぷに!」

「ほほう、俺には屈しないと? ……ならば、こうだ!」

「ぷに!?」

 

 俺はちむちゃんを上空へと放り投げた。

 

「ちむー!」

 

 そして落ちてきたところを両手でキャッチ。

 また放り投げる。

 

「ちむー♪」

 

 キャッチ。

 

「クックック、恐ろしかろう」

「ちむ~」

 

 涙目になっているちむちゃん、演技派ですね。

 

「貴様が刃向かうと言うならばもう一度……」

 

 俺は再び上に放り投げる構えを取った。

 

 

「あ、アカネさん! 何してるんですか!」

 

「え?」

「ぷに?」

「ちむ?」

 

 三人一斉に声の方向を向いた、そこにいたのは我らが癒しのトトリちゃん。

 

 ただ今回ばかりは癒しとはかけ離れた剣幕で俺に詰め寄ってきた。

 

 

「やめてください! ちむちゃん泣いてるじゃないですか!」

「え、い、いやこれはだな」

 

 単なるじゃれ合い、そう言おうとしたが途中で遮られた。

 

「ちむちゃん、大丈夫? 怖くなかった?」

「ち、ちむ」

 

 トトリちゃんに抱かれたちむちゃんは若干戸惑い気味だが頷いていた。

 

「もう! アカネさん、ちむちゃんに変なことしないでください!」

「は、はい。ごめんなさい」

 

 思わず謝ってしまった、俺何か悪いことした?

 

「アカネさんは偶におかしくなるけど怖くないからね」

「ちむ」

「――――!?」

 

 絶句、その表現以外浮かばない。

 ちむちゃんが普通に裏切ったとかそんなことじゃない。トトリちゃん……ちょっとストレートすぎない?

 

「それじゃあ、アカネさんが落ち着くまであっちに行こうね」

「ちむー」

「…………」

 

 何これ?

 

「何これ?」

「ぷに~」

「何これ?」

「ぷにー」

「何これーー!?」

 

 俺は激情に任せ、アトリエの外へと飛び出した。

 

 

…………

……

 

 

「……というわけれれすねー」

「ああ、はいはい、わかったわかった」

 

 現在はサンライズ食堂、目の前にはお酒。

 

「わかってないれすよ! イクセルさんはー、わかってない!」

「つーか、お前本当に未成年じゃないんだよな?」

「当り前じゃないですかー、そんな悪いことしませんってー」

「ぷに~」

 

 今日はぷには飲んでないのかー、まあトラウマなんだろうなー。

 

「なんていうかーお酒に逃げたい……みたいな気分でー」

「つまりさ、あいつはその……ちむちゃん? だったかが絡むと性格が変わるってことじゃないのか?」

「だからってー、俺が異常者扱いなんて、俺はトトリちゃんには優しくしてるって自負があったのにー」

 

 偶におかしくなるって、情緒不安定な人扱いだよ、やってられねえ。

 

「つーか、ぷにもぷにだよ、何か俺だけが悪いーみたいに、なって」

「ぷに~」

 

 ぷにが俺に話しかけられて露骨に嫌そうな顔をした。

 

「そもそも、お前があんな話をしてるから~」

「ほっ」

 

 その息遣いをしたイクセルさんに対して俺は鋭い眼光を向けた。

 

「何をほっとしてるんですかー! そんなに俺がめんどくさいですかー!」

「い、いやそういう訳じゃなくてな、ほら、俺だって仕事があるから、な」

 

 ……確かにそろそろ昼だし、ここに居座り続けるのも迷惑かもしれない。

 

「むー、それじゃ帰ります」

「そ、そうかそうか」

「なーんか喜んでませんか?」

「んなことないって、また来いよ」

 

 俺はお代を払って食堂を後にした。

 

 

 

 

「うー、どこに行こう?」

「ぷに?」

 

 今からだと、帰るに帰りづらい。

 

「ちむ?」

「んにゃ?」

 

 足元からついさっき聞いたばかりの声がした。

 

「んー、何してんだ?」

「ちむー!」

「ああ、おつかいか」

「ちむ」

 

「…………」

 

 俺はしゃがみこんで、ちむちゃんの頬を掴んで横に引っ張った。

 

「ちむー!?」

「かわいい顔して、裏切りおってー」

 

 こんなもちもちですべすべの肌でトトリちゃんの事をたぶらかしたのだな。

 

「ちむー」

「言っとくけどなー、俺は別におかしな人ってわけらないからなー」

「ちむ」

 

 ふむ、なかなかに素直じゃないか。

 だがしかし、お前のせいで俺は心にダメージを負った訳だ。

 

「復讐のゲロガをお見舞いしてやろうか」

「ぷに!?」

「ちむ!?」

「ああー、ちょうどいい具合に気分悪くなってきた」

 

 まあ、もちろんジョークだ。

 本当にそんなことしたらトトリちゃんに絶縁状を叩きつけられかねない。

 

「にゃっはっは、逃がさぬぞ」

「ちむー!」

 

 今の俺って、変な執事服来てちっちゃな子を捕まえてる変態にしか見えないんだろうな。

 

 俺がふと、そんな思考をしたときだった。

 

 

「や、やめてください! 家のちむちゃんに何してるんですか!」

「…………」

 

 ふと後ろから声、力を緩めると、ちむちゃんは俺の後ろへと歩み寄った。

 

 ……デジャブ?

 

「もうダメでしょ、ちむちゃん。こんな変な格好してる怪しい人に近寄っちゃ」

 

 グサリグサリと俺の心にクリティカルヒット。

 前にお世辞でも似合っていると言ってくれたトトリちゃんはどこにいったんだろう。

 

 

「……そうだよな、やっぱり変だよな、自覚はあったよ」

「え!? あ、アカネさん!?」

「グッバイ!」

 

 俺は、立ち上がり片手を上げながら走り去った。

 目頭が熱いのは酒で涙腺が緩んでるだけだ、そうなんだよ。

 

「……ぷに」

 

 とりあえずはそうだな、ハゲルさんから品物を受け取りに行くか。

 

 

 

 

 

 

 その後俺はアトリエに書置きを残して、アーランドから出ていった。

 

 

 

  旅に出ます探さないでください

               アカネ



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『家出物語-1 前途多難

「やるぞ相棒、俺たちの本当の力を見せてやる」

「あ、アカネさん……?」

 

 眼前にはドラゴン、城ほどもある一つの要塞にも見えるその全貌を見る事は叶わない。

 だが恐れるにはあたわず。後ろで倒れているトトリちゃんを庇うように俺は構えた。

 

「待たせたな、トトリちゃん」

「ぷに」

「あ、危ない!」

 

 俺に向かってくるは、ギロチンのように鋭く巨大な爪。

 一見すると絶対絶命だろう――しかし。

 

「甘い!」

 

 俺はそれを横に拳一振りすることでいなした――否、その断頭の刃を砕き散らした。

 

「再会に割って入るなんて、無粋だな……」

「……あ、アカネさん」

 

 さて、さっさとこんな奴は片づけてしまうとしよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……みたいな感じで戻りたい訳だ。うん、かっこいい」

「ぷに~」

「そんな精神的に病んでる人を見る目で見るなよ」

 

 超かっこいいじゃんか。ヒロインのピンチに駆けつけるヒーローみたいな感じでさ。

 最強、無敵、そんな感じになりたいですよ。

 

「……ぷに」

「しかしどうすっかね?行くあてもないし」

 

 勢いで出てきただけあって、俺は現在ふらふらと自転車で走行中。

 今は東に向かって街道を走っている。

 

「地図を見る限りだと東には、砂漠があってその先には森があるっぽいけど」

「ぷに」

「ああ、もうめんどいし村に逃げようかな……」

「ぷにぷに!」

「そればっかはやっちゃいかんと?」

 

 確かにあれだよな、キリストの復活レベルで冷めた空気になっちまうよな。

 3日で復活はない、せめて2,3ヶ月くらい間を持たせんと。

 

 

「とりあえず、砂漠を抜ける……か?」

 

 前方に怪しい男発見。

 偉そうな口髭生やしている、いかにも紳士と言った感じの風貌をしている。

 年齢は……40前半くらいか?

 

「あれだな、ナイスミドルって奴だ」

「ぷに」

 

 そんなことを言いつつ、近づいていくとふいに声をかけられた。

 

「ああ、君。ちょっといいかね」

「んむ?」

 

 俺は自転車を止めて、地面に降りた。

 

「なんでしょうか?」

「いやなんだ、随分と面白いものに乗っていると思ってね」

「ほほう、いい所に目を付けましたねえ。何を隠そう、これは俺の友人が作った現状最速の乗り物ですよ」

 

 そう答えると、おっさんは何やら感慨深いという表情をしていた。

 

「ふむ、少し離れていたつもりだったが、技術の進歩と言うものはまったく早いものだな」

「まあ、なんていうか完全に離れ技なんですけどね」

 

 俺の元の世界の知識に現チート代表のマークさんの力が合わさってこその物な訳で。

 

「しかしその乗り物もそうだが、君はまた変ったものを連れているな」

「ぷに」

 

 いつの間にカゴから出ていたのか、俺の肩にはぷにが乗っていた。

 

「こいつは俺の相棒のシロ。ちなみに俺はアカネって言います」

「む、失礼した。本来ならば私から名乗らねばならぬところであったな。私の事はジオと呼んでくれたまえ」

 

 その紳士は軽く一礼をしてそう仰った。

 

「どうもご丁寧に、すれ違っただけの仲なんですけどね」

「たしかに奇妙な縁ではあるが、これもまた一つの出会いというものだよ」

「そんなもんですかね?」

 

 ……かっけえ。

 

 こんなセリフが合うのはこの人くらいなもんだろう、俺が言ったところを想像してみろよ?

 

 なんだろうか、この人の言うことは説得力があると言うか、貫禄があると言うべきか。

 ジオさんの外見と相まって、かなり様になっている。

 

「なんつーか、あれですね。ジオさんって王様って感じですよね」

「ん、んむう、そ、そうかね?」

 

 ん? なんか急に焦り出した? いや、気のせいか。

 

「そうですよ、俺の聞いた元国王って人に見た目似てますし」

 

 半年くらい前、アトリエに来たステルクさんにいつも何してるのかと聞いた時だったか。

 なんでも放浪癖のある元王様を追ってあっちらこっちらに行ってるらしく。

 とりあえず、手助けになればと思って容姿について聞いてみたのだ。

 

「たしか……口髭があって、前髪を片っ方降ろしてて、偽名で使ってる名前が……ジオ?」

 

 あれ?

 

「すまんが、私はここで失礼させてもらう。

 

 そう言って、ジオさんは彼が歩いてきた方向と逆に向かおうとしていた。

 

「いや、ちょっと待ってくださいよ!」

「すまんが見逃してはもらえないだろうか」

「そんな逃げるくらいならなんで、こんな街の近くをうろついてんですか」

「いや、近くまで来たものでな、折角だから様子でも見てみようかと思ったのだよ」

 

 ちょっと楽観的過ぎないか?

 もしステルクさんに見つかったらどうするつもりだったのか。

 

「まあ、見つけちゃったからには捕まえさせてもらいますよ」

「残念だか君では私を捕まえられんよ」

「いや、そんな元国王一人に逃げられたりしませんよ」

 

 俺がそう言うと、ジオさんは仕方ないと言った様子でため息をついた。

 

「逃げたりなどせんよ。ただ知り合ったばかりの若者に手荒なまねはしたくない。もう一度聞こう、見逃してはもらえないだろうか?」

「それが警告何か知りませんけど、あいにくと逃がす気もやられる気もありませんよ」

 

 俺はそういいつつも、ファイティングポーズをとった。

 

「一応、元国王様なんで手加減はしますけど――!?」

 

 突然腹に衝撃が走った。

 

「む、なかなかに鍛えられているな。今の一撃で倒れないとは」

「ゴホッゴホッ!」

 

 瞬間移動でもしたのかこのおっさんは!?

 おれの眼前には鞘に入れたままの剣を持ったジオさんの姿があった。

 

「シッ!」

 

 後ろにバックステップを2回。その隙をカバーするのは……。

 

「ぷに!」

「むっ」

 

 俺の後方からぷにが突撃、しかし軽く身を捻っただけでかわされた。

 

「なるほど、ただのぷにではないということか」

「ぷにに!」

 

 再度、突撃をするぷに。

 

「――ぷに!?」

「なっ!」

 

 ジオさんが片手で杖を立てに振るった。

 きれいに、それこそ寸分の乱れもないカウンター、必殺の一撃が決められた。

 

「元国王じゃなかったのかよ……」

 

 俺は焦りを感じながらも、ゴースト手袋を嵌めた。

 

「国王が戦えないと誰が決めたのかね」

「まあ、確かに」

 

 歴史を顧みれば、優秀な指導者であり優秀な戦士であったものはいるはずだ。

 

「フッ!」

 

 とにかく俺の間合いに、その一心で俺はジオさん目掛けて駆けた。

 

 距離は俺が一方的に縮めていった、ジオさんは一切動かない。

 そしてジオさんの間合いに入った瞬間のことだ。

 

「――ッ!?」

 

 不可視の一撃、まさにそう表現するべき太刀をどこに食らったのかもわからないまま、俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「おい、君、大丈夫か!?」

「う……うむ……?」

 

 俺が目を覚ますと、目の前にはステルクさんの顔があった。

 

「ひい!?」

 

 あ、思わず悲鳴あげちゃった。

 

「…………」

「あ、その、いきなり男の顔を見せられたら悲鳴の一つくらい上げますって」

「……そういうことにしておこう、で?」

「はい?」

「君はなぜこんなところで倒れていたんだね?」

 

 俺が起き上がって周りを見た。

 目の前には街道、周りは草むら、隣には片膝着いたステルクさんといまだ寝込んでいるぷに。

 

「ああ、そうだ。すいませんステルクさん」

「……? なにがだね?」

「ええと、ジオさん――!?」

 

 俺がその言葉を出した途端、俺の首元を締めん勢いで俺の肩を揺すぶってきた。

 

「やはりか! どこだ! どこに行った!」

「ちょ! ちょっと落ち着いてくださいって!」

「む、すまない」

 

 そう言って、俺の肩から手を離して冷静な表情を作るが、どうも落ち着きがない様子である。

 

「えっと、ここで会ったんですけど……情けないですけど、戦ったらやられちゃって」

「情けなくなどない、彼は間違いなくこの国一番の剣の使い手だ」

「うわあ……」

 

 そりゃ勝てん、ステルクさん以上の相手ってことかよ。

 

「それで、どこに向かったか分かるか?」

「分かったら気絶なんてしてませんよ」

「そうか、いや気を落とさないでくれ、君は何も悪くなどない」

「そう言ってくれるとありがたいですよ……?」

 

 俺がそう言っていると、突如空から一羽の白い鳩が降りてきた。

 

「くるっぽー、くるっぽー」

「なに! それは本当か!」

「くるっぽ、くるぽっぽ」

「わかった、すぐに向かうとしよう」

 

「…………」

 

 この人、鳩の言葉わかるん?

 

「彼の行方が分かった。急いで行かねばならないので失礼する!」

「あ、はい。お気をつけて」

 

 ステルクさんは南の方向に向かって走り去って行った。

 

 

「……捕まえられんよなー」

 

 俺はステルクさんの無事を祈りつつも、自転車を起し、カゴにぷにを入れて再び家出の続きを始めた。

 



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家出物語-2 やられたら倍返しが基本

 アーランドから出てきてから一週間程度、俺は砂漠をパパっと抜けて森を探索していた。

 さすがの俺でも自転車に乗ったまま走行できないので、ぷにを肩に乗せたまま押して歩いている。

 

「今の俺のランク的に来ちゃいけない場所なんだろうな」

 

 地図を見る限りでは俺の探索領域からかなり逸脱していた。

 

「ぷに……」

「しかし!そんなこと気にする俺では、ない!」

「ぷに~」

 

 そんな露骨に不安そうな顔するなよ。

 

「大丈夫だって、別に監視カメラがある訳でもないんだしさ」

「ぷに?」

「俺の世界の便利アイテムだよ」

「ぷに」

「ま、こんな場所に来てるなんて誰も思ないだろうから、目立つことしなきゃバレないさ」

「……ぷに」

 

 多少の葛藤があったようだが、どうやら納得してくれたようだ。

 まったく考え方を変えれば良いのさ、最悪死ぬほど怒られれば済む話だとな。

 

「つか、お前。いっつも無茶振りしてくるくせに、こういうところでは律義なのな」

「ぷに~……ぷーににに」

「ぷーににに……? ああ、クーデリアか」

「ぷに」

 

 ぷにがそんなに恐れるとは、銃で撃たれたのがそんなに怖かったのか。

 

「いや、怖いに決まってるっつーの」

「ぷに!」

「……帰ろうかな」

「……ぷに」

 

 一抹の不安を抱えつつも、俺たちは森のさらに奥へと進んでいった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「森を抜けて荒れ地に入ったと思ったら、またすぐに森に入ったな」」

「ぷに」

 

 あれから、2日ほど歩ていくと、次第に自然が少なくなっていき、そこには荒野が待っていた。

 特に目立つものもなかったので、また2日ほど北に歩いて行くと、またも森が待っていたというわけだ。

 

「……きれいだけど、変な森だな」

「ぷに~」

 

 それもこれも、そこら中で植物が光っているせいに他ならない。

 見た目は鈴蘭と言ったところか、サイズが俺の倍くらいありはするが。

 

「奥にある、あの機械が関係してんのかね?」

 

 ここからでは良く見えないが、奥で鉄でできた何かがあった。

 狭い範囲が隆起している場所同士が橋で繋がっている辺りも見るに、大分人の手が入っているということだろうか。

 

「ぷにに」

「ん、そうだな。とりあえず探索しなきゃ始まらんな」

 

 ぷにに急かされ、俺は奥へと歩き始めた。

 

 

 

 

「お、あのぷにってお前の仲間じゃないか?」

「ぷに?」

 

 少し奥へと進むと、そこには3匹の白いうさ耳をつけたぷにがいた。

 俺たちは、そいつらを木に隠れて様子を窺っている。

 

「黄色いのがうさぷにだったから、あれは白うさぷにってとこかね。しかし……どうしたもんか」

 

 奴らが陣取っている場所の先におそらく先に進めると思われる橋が架かっている。

 必然的に、大回りしていくか突っ切るかしかない訳だが……。

 

「ぷに~」

 

 ぷにがイライラしとる、確かに大分キャラ被ってるもんな。

 

「押さえろ押さえろ、この辺のモンスターがどんくらい強いかもわかんねえし」

「……ぷに」

 

 もしこの場所が今の俺のランクより、2つ以上上だったら太刀打ちできる気がしない。

 もちろんぷには別だが、俺は……ね?

 

「といわけで、回り込んでいくとしよう」

「ぷに~。……ぷに!」

「――ぶっ!?」

 

 納得したと思っていたのは俺だけのようで、ぷには奴らに向かって飛び出していった。

 

「……危ないようだったら援護して逃走するか」

 

 俺は木陰に隠れたまま腰のポーチからフラムを3本ほど取り出した。

 その間にも、ぷにはやつらに向かって跳ねていた。

 

「頑張れよ、相棒……」

 

 俺としては相棒の強さを信じているが、決してやられた前例がない訳ではない。

 だからこそ、俺は今フラム片手に固唾をのんで見守っている。

 

「…………」

 

 心臓の高鳴りを感じつつも奴らの行動を観察し続ける。

 

 その間にも距離は詰まって行く。

 

 目測5m程度

 

 4m 握ったフラムを堅く握る

 

 3m 木陰から若干身を乗り出す。

 

 2

 

 1

 

 0

 

 …………? ゼロ?

 

 

「……うん?」

 

 一切何の荒事もなく、ぷに含めて奴らは距離を完全に詰めていた。

 俺は状況を把握できず耳を澄ましていると、ぷにが奴らに何かを話しかけていた

 

「ぷに、ぷにに、ぷーにに」

 

 それに対して一匹が返答し、俺の相棒のぷにが続けていった。

 

「ぷに、ぷにに、ぷに~」

 

 すると一匹が相棒にさらに近づき、完全に距離を0にしていた。いわゆる密着状態。

 そして頬擦りする相棒と、白うさ一匹。

 

「…………ちっ! リア充死ね!」

 

 ナンパかよ! 紛らわしいわ!

 キャラかぶりに怒ってたんじゃなくて、溢れ出る情熱を押さえられなくなってただけかよ!

 

「相棒には……女がてきないと思ってたのに……」

 

 どうしよう、ぷにがもしもだ。彼女との時間を大切にしたいから、もうお前とは付き合えないわ、みたいな事言ってきたら。

 

「悔しくなんかないんだからね!」

 

 俺は本来考えていた遠回りルートを一人で駆けていった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「……痛い! 痛い! すいません! 申し訳ありません!」

 

 適当に奥に進んで、俺は憂さ晴らしに弱そうなリスに喧嘩を吹っ掛けてボコられていた。

 その数はだんだん増えて、今や2ケタに届きそうな数に苛められていた。

 

「やめて、マジ痛い! 箱投げないでください! このフラムは違うんです! そういうアレじゃなくて!」

 

 バシバシと鍋やら箱やらをうつ伏せで頭を抱えながら耐え続ける俺。

 

 こいつら全然本気出してない、弱者をいたぶって遊んでやがる。

 

「ケッケッケ」

「てめえ !笑ったな! ……い、いや今のは違くて、ですね」

 

 箱、鍋、箱、箱、鍋、箱、鍋。

 

 死んでまう、こんなバカみたいなもので俺死んでまう。

 

「こ、ここは! この若干調合ミスったフラムを使って! 痛! べ、別に何もしてませんから!」

 

 苦し紛れにフラムを煙幕代わりにしようと、腹の下でなんとか線を外した。

 

「クックック、所詮は劣等! 知恵の足りぬ獣どもよ! さっさと狩ってしまえばよかったものを……」

 

 俺は不敵な笑みとともに立ち上がった、もちろんその間にもいろいろ投げつけられているので、我慢している。

 

「さらばだ! ハッハッハ!」

 

 俺は高笑いとともにフラムを下に投げつけた。

 

 

 

 

 ……結果から言えば脱出には成功した。

 

「簡単に言うと、爆破、俺吹っ飛ばされる、隆起した場所にきたから奴らあきらめる。おk?」

「…………」

 

 一難去ってまた一難、俺の目の前には一匹の俺の倍ほどの大きさがある、濃いピンクのリスがいた。

 

「そして、俺が君にぶつかったのも事故。全ては事故、ほら君と俺って何か似てるしさ許してくれよ」

 

 体から漂う火薬の香りとか、君が上にかかげているフラムとか。

 

「いやあ、そのフラムすごいでかいよね~、なんか箱に入って束になってるし、そんなんくらったら……」

 

 死。

 俺の脳裏にはさっきからその単語がちらついて離れない。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに一言も話さない、ただ相手からは敵意しか感じない。

 

 RPGとかで言うなら、今のこいつの状態は様子を見るを選択した感じ。

 

「…………」

 

 俺はじりじりと後ろに後退していった。

 ただ、その下にはさっきボコッてきたリスどもがいる。

 俺はポケットから手袋を取り出し嵌めて、その手を腰に持っていた。

 

「くそ! これで逃がせよ!」

 

 俺は意を決して、ポーチから取り出した大量の爆弾を奴に投げつけた。

 

「ケッ」

 

 奴は一つ鳴いて、その手に持つフラムを俺に投げつけてきた。

 

「やばっ――」

 

 俺の爆弾と奴の爆弾、2つの爆弾の塊がぶつかり合うことで……。

 

 瞬間吹っ飛ばされる俺、下ではリスどもが俺を見て嘲笑ってた気がする。

 

「バカどもが! これが我が逃走経路だ! ハッハッハ!」

 

 全身に痛みがあるが、どこか心地よかった……Mじゃないからな。

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

「……ぷに」

「ん? ああ、ここまで吹っ飛ばされたか」

 

 俺は自転車を止めた入口付近で目が覚めた。

 手袋を着けたのが功をそうしたようで、全身が痛むものの折れたりなどはしてないようだ。

 

「ナンパはどうだったんだよ?」

「ぷに……」

 

 ぷにが横を振り向くと、そこは薄らと赤く染まっていた。

 

「まあ、人生そんなもんさ」

「ぷに」

「ただな、そこであきらめたら人生お終いだ」

「ぷに?」

 

 俺は己の中で沸々と何かが熱くなっているのを感じた。

 

「復讐だ。復讐。自分を舐めた奴がどうなるか教えてやるのさ」

「ぷに!」

「そうだ! あんの小リスにでかリス! 俺を舐めやがって、後悔させてやる!」

「ぷに?」

 

 異世界の男たる俺をこけにしたリスども。

 俺の専売特許である爆弾をパクッたピンクのリス。

 

「許さん。この旅の目的が決定したぞ! この森にいるリスどもを爆破してやる」

「ぷに!?」

「安心しろ、別に見境なくやる訳ではない」

「ぷに~」

 

 ぷにが安堵したような声を出した。

 

「……俺の気が済むまでやるだけだ」

「……ぷにに」

「とにかくだ、前の荒野まで戻るぞ。あそこに俺のアトリエを作る」

「ぷ~に~!」

「黙らっしゃい! 俺の相棒ならついて来い、目にもの見せてやる!」

 

 俺はまだ痛む体を動かし、自転車に跨った。

 

「次来た時が……貴様らの最後だ」

「ぷに……」

 

 俺は一度後ろを振り返り、荒野に向かって走り出した。

 



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家出物語-3 最高火力

 アカネが家出してから3ヶ月、現在は年を越して2月のある日。

 

「ふむ。このあたりか」

 

 彼、ステルケンブルク・クラナッハはちょうど家出野郎が居る森に来ていた。

 

 それというのも、元国王探しがてらに頼まれていた用事を消化するためであった。

 

「まったく、彼女たちは私を便利屋だとでも思っているのか……」

 

 クーデリアからは、ここノイモントの森に生息するテラフラムリスの討伐を。

 何でもここ最近、やたらと活性化しているらしく。並の冒険者では刃が立たないとの事で彼に白羽の矢が立った訳だ。

 

 ロロナからは旅に出たアカネの捜索を。

 これに関しては、ついでのついで。見つけたら連れ戻す程度の頼みごとなので、彼自身アカネがまさかここにいるなど思ってない訳で。

 

 そして本命の国王探しだが、前回の結果は惨敗。

 現在は東に行ったという、彼の鳩の情報を元にここまで来ている。

 

 

「……む?」

 

 森の奥へと踏み込んでいくと、そこには奇妙な看板が刺さっていた。

 

 

『危険! 今日一日入らぬように』

 

 

 妙に達筆な字でそう書かれ、いや彫られていた。

 質の悪い嫌がらせだろうと彼は大して気にも留めない様子で、奥へと進んで行く。

 

 これに大人しく従っておけば、まあ幸せだっただろう。

 

 

 

「……?」

 

 そこからしばらく歩を進めて行き、彼はある違和感に気づいた。

その違和感からか、普段無口な彼からですら、口に出していた。

 

「何故だ……」

 

 見渡す限り、モンスターが居ない。それどころか、そこかしらに地面の焼け焦げた跡が残っていた。

 むしろ地面ごと抉れている場所すらある始末だ。

 

「…………」

 

 彼は無意識に利き手である右手を剣の柄に持っていった。

 ここからは警戒態勢、一切の油断も許さない。

 

 

「――――!?」

 

 

 彼が気を引き締めていた。その時、比喩ではなく地が揺れるほどの爆発音が響いた。

 

 そして、その爆発音が収まったと思えば、音の発信源と思われる場所からバカみたいな高笑いが聞こえてきた。

 

 

「クックック……はーはっはっは!」

 

 

 ステルクは思わず自らのコメカミに指を当てていた。

 聡明な彼には、聞き覚えのありすぎるこの声の主が誰だかわかってしまったのだろう。

 

「……まさか、こんな所にいるとは」

 

 この数ヶ月で彼がどれだけ錬金術士、もとい爆弾魔として成長したかは考えたくもないだろう。

 彼は不本意ながらも、爆弾魔の下へと歩みを進めていった。

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「アトリエと釜が完成したのはいいだけどさ、どうするよ?」

 

 俺は家出から1ヶ月と少し、前回の敗北から数週間の間に必要なものを作っていた。

 

 アトリエは適当に木を爆破して作った木材を並べただけの、雨風を最低限防げる程度の物。

 釜の方は、でかい石を削って作った石作りの物。

 

 錬金術士として生活するには十分な設備だ。

 

 

「爆弾の材料はある、十分すぎるほどに」

 

 フラムを作るのに必要なフロジストンは数日かけて砂漠まで行けば採れる。

 

「火薬は……ククッ」

 

 今俺は傍から見ればかたりヤバい人の顔をしているだろうな。

 だがしかし、それも仕方ないだろう。

 

「タールの実に湖底の溜まり。かなり上質な火薬なんだぜ」

「ぷに~」

「お前にとっちゃどうでもいいかだろうが、俺は結構嬉しい訳よ」

 

 これは言わば、奴らを懲らしめるための重要なキーマンなのだから。

 

「んで、何の爆弾を作るかそれが問題だ」

「ぷに?」

「ただのフラムじゃあダメだ。何かもっとすごい爆弾を……」

 

 俺は考えた、改良を施された様々なフラムを。

 

「地雷フラム、ロケットフラム、時限フラム……」

 

 現代世界的に考えて、今すごい危険なこと考えてるんじゃなかろうか。

 

「他にも大砲とかさ、いろいろ作ってみるか」

「ぷに!」

「待っているがいい、あの日の痛み百倍にして返してやる……」

 

 

 

 

 

…………時は飛んで1ヶ月半。

 

「帰ってきたぞ……そうだ、帰ってきた」

「ぷにに」

 

爆弾を作るシーン?んな物見ても面白くないだろ?

言えることとしては、今日俺は二つの秘密兵器を持ってきたということだけだ。

 

「よし!ぷに、手筈通りに頼むぞ」

「ぷに!」

 

俺とぷには各々散開して、森の中へと潜っていった。

 

 

 

…………

……

 

探すまでもなく、俺は黒いリスに紫のリス、前回俺をボコったのと同種のリスを見つけた。

数は一頭1頭で2頭いる。

 

「……みーつけたー」

 

俺はポーチからフラムを取り出した。

ゲッヘッヘと下種な笑い声を出しながら、俺は奴らの前に躍り出た。

 

「先手必殺!我が実験台となるがいい!」

 

奴らは硬直している今が好機。

 

「ピッチャーアカネ、得意球は魔球フラム。俺こそが甲子園の怪物よ!」

 

ピッチャー、振りかぶって、投げた!

 

フラムが黒いリスに当たると同時に、もう一匹頭も巻き込んでの大爆発。

いままでのフラムの実に倍以上の範囲と威力だ。

 

これこそが、あの荒れ地で採取した新火薬の実力よ。

 

「これはメガフラムではない……フラムだ」

 

思わず某魔王様にならざる得ない。

これは俺最強の時代が来ちゃったんじゃないか?

 

「へいへいバッタービビってる。ヘイヘイヘイ!」

 

爆発音に気づき周りから、数十頭のリスが来たが一様に俺の事を恐れている。

 

「我が爆弾を恐れぬならば追ってくるがいい!」

 

決して勝てないから、逃げたのではない。これも作戦のうちだ。

走っている間にも大量に投げられる箱に鉄鍋。

 

「無駄無駄無駄無駄!」

 

自己暗示って意外と効果あるよね。つまり大分痛いです。

 

そのままやられるのも癪なので、爆弾をばら撒きながら走っている。

 

 

 

…………

……

 

危険地帯を回避して、俺はぷにのいる高い場所まで登った。

 

「痛い、いや、痛くない痛くない」

「ぷに~」

 

俺はぷにに預けていた俺の杖を受け取った。

 

「ぷに、準備は良いな?」

「ぷに!」

「上々、ならば始めようではないか」

 

遠目に見える俺を追う奴らの群れ、あの姿が今から……。

 

「ぷに~」

「ちょっとにやけてただけじゃないか、怨敵許すまじって奴だよ」

 

それに奴らはあくまでモンスター、決してかわいらしいペットなどではない。

人間を絶妙にいたぶるペットがいるなら、ぜひとも拝見したいくらいだ。

 

「未だ、あのピンクリスに接敵してないのは運が良かったな」

「ぷに」

「あいつら小物なら、すぐにでも吹っ飛ばせる」

 

そう言っている間にも、俺が先ほど回避した危険地帯に奴らは足を踏み入れようとしていた。

 

「君らは悪くないが、君らの仲間がいけないのだよ」

 

瞬間、目の前立つ火柱。地を揺るがす轟音。

熱風が俺の肌まで届いてくるほどだ。

 

「クックック……はーはっはっは!」

 

これこそが我が発明品地雷フラム、到底通常戦闘では使えないが今役に立てばよいのだよ。

 

「ハッハハ――ゲフッゲフッ!、ッハッハッハ!」

「ぷに~」

「これで残るはピンクリスただ一匹のみよ」

「ぷにぷに?」

「格闘なんかしないっつの、レベルが違いすぎる」

 

まったく俺に死ねとおっしゃるのか。

 

そんなやり取りをしていると、前に俺を助けてくれたあの人の声がした。

 

「懸命だな。そもそも君は何故こんなところにいるのだね」

「……てへっ」

 

まさか知り合いに会うとは思いませんでした。

 

「入るなって看板立ててたじゃないですか」

「…………」

 

無言で睨まれてる。何故?

 

「もしかして、怒ってたりしますか?」

「当然だ。君は少し自分の立場を考えた方がいい」

「立場?」

 

異世界人で冒険者で爆弾作りの天才?

 

「君はアーランドを代表する錬金術士の弟子であるということを忘れているのかね」

「あ、ああ」

 

素で自分が錬金術士って事忘れてた。

 

「そんな君がだ。違反行為をして、こんな所までくるなど言語道断と言うものだ」

「ま、まあ無事ですしいいじゃないですか……お願いですからクーデリアさんだけには言わないでください」

「ぷに……」

 

現実問題、一番誰が怖いかと聞かれればピンクのリスよりもクーデリアさんな訳ですよ。

 

「それはできないが、早く帰りたまえ彼女たちも心配している」

「ああ、もう3ヶ月ですもんね」

 

さらっと死刑宣告された気がするが、気のせいだろう。

 

「そう言えば、俺が出てきたあの日……ジオさん捕まえれたんですか?」

「……それが叶えばこんな所に来ていないだろう」

 

若干自傷気味にそう言うステルクさん。

あの人強いから、仕方ないっちゃ仕方ない。

 

「それじゃあ、俺はまだやり残したことがあるんで失礼しまーす」

「ぷにー」

「あ、コラ!待ちたまえ!」

 

あの人に俺の最終目的を話したら止められるのは目に見えている。

ここはステルクさんが隙を見せた今にパパっと逃げるのが一番だ。

 

 

…………

……

 

 

 

「ターゲット確認。これより作戦行動に移る」

 

相手は一頭。前と同様橋の上に立っている。

既に相手も俺に気づいているようだが、依然として動かない。

 

「ま、俺がいまからやる戦闘なんて物語にしたら、ほんの数行で終わるものになるだろうけどな」

「ぷに」

 

俺が杖を前に振ると、目の前に黒光りした大砲が召喚された。

 

「その間抜け面に打ち込んでやるぜ」

「ぷにに!」

 

この大砲こそ、俺が数ヶ月かけて材料を厳選に厳選を重ねたスーパー大砲なのだ。

 

「食らえ!破壊の閃光!黄昏の光(ラグナロク)!」

 

その大砲から出るのは、球ではなくレーザー、まさしく破壊光線。

蒼の閃光が何の抵抗もしないピンクリスを飲み込んでいく。

 

「……ラグナロクはないな」

「ぷに~」

 

最高の威力なのにセリフは最高にスカった。

 

「そして後には何も残らない」

 

光が止むとそこには塵一つ残っていなかった。

 

「すぐに方がつくとは言ったけど、まさかここまでアッサリいくとは……」

「ぷに」

「まあ、勝ちは勝ちだ。互いに必殺の一撃を持ってたんだ。先にやったほうが勝ちなのは当然だろう?」

「ぷに!」

 

まあ、もう一回あの大砲を作れと言われたら無理って言うしかないけどな。

 

「目標も達成したし。ステルクさんが来る前に帰るか」

「ぷに」

 

この勝利を胸に、俺は帰るみんなの下へと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰ったらラスボスいるの忘れてた」

「……ぷに~」

 

笑って許してくれたりしないかな、クーデリアさん。

 



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家出物語-4 藪を突いて魔王召喚

 3ヶ月ぶりにアーランドに戻ってきた俺たちはアトリエの前まで来ていた。

 

「どうすれば怒られないで済むかを考えとかねばな」

「ぷに」

 

 ただでさえこの後にラスボスが待ってるんだ。師匠相手に精神をすり減らしたくはない。

 

「作戦名はETDだ」

「ぷに?」

「正式名は『えっ? ちょっと出かけてた、だけだぜ?』当然のように入って行けば意外と流れでいける……といいな」

「……ぷに~」

 

 師匠ならいけないかなと思いつつも、俺はアトリエの扉を開けた。

 

「師匠ー、帰ったぞー」

「ぷにー」

「うん。おかえりー」

「え゙?」

 

 ビックリしすぎて変な声が出た。

 作戦通りの反応なんだが、なんかアッサリ成功したな。

 

「……なんて言うと思ったの?」

 

 声が1オクターブ下がっていた。

 

「だよなー」

「ぷに」

 

 いくら師匠でもこんな数秒も考えてない作戦に乗ってこないよな。逆に安心した。

 

「二人して扉の前でコソコソ喋って、全部聞いてたんだから!」

「べ、別にちょっと旅に出るくらい冒険者なんだからいいじゃないか」

「うう、そ、そうかもだけど……」

 

 いや、そんなことないから!師匠、がんばって反撃してくれ。

 

「でも、あんな置手紙だけだと心配しちゃうよ」

 

 途端にしょんぼりとしてしまう師匠。

 この人はクーデリアさんとは別の種類で俺にダメージを与えてくるな。

 

「まあ、悪かったよ。なんていうか勢いでそうなったというか……」

「ぷにに」

「……わかってくれればいいけど、今度からはちゃんと言ってね?」

「ああ。ところでトトリちゃんはいないのか?」

 

 ついでに俺の旅の主原因でもある、ちむちゃんもいない。

 

「トトリちゃんは年越し辺りに村に帰っちゃったよ。ほら、トトリちゃんもうすぐ誕生日だし」

「ああ、確か来月あたりだっけか」

「うん。わたしはこっちでお仕事あったから行けなかったけど……」

「いや、そんながっかりしなくても」

 

 この人、トトリちゃんが好きすぎるだろう。

 

「そういえば、アカネ君の誕生日っていつなの?」

「俺? 俺は一応、九月二十日だけど」

 

 一応ってのは、まあ完全に日付が対応してるか自信がなかったりする訳だ。

 

「それじゃあ、ちゃんとお祝いしなきゃね」

「お、お祝いって……今年で二十歳になるのにそれはちょっと」

 

 一言で言うと恥ずかしい。

 

「わあ! アカネ君二十歳なるんだ。それならすごいお祝いしなきゃね」

 

 どうやら余計に火が点いてしまったようだ……師匠、単純にトトリちゃんのお祝いできなくて鬱憤溜まってるだけじゃないのか?

 

「うん。楽しみにしててね」

「ああ、そうするよ」

 

 そのためには、俺は魔王を倒しに行かねばいけない。

 

 

 

…………

……

 

 

 所変わってギルド前。

 

「バレテいる可能性も考慮して、作戦を立てておこう」

「ぷに」

 

 話に聞く、ステルクさんの鳩とやらが伝えている可能性がない訳ではない。

 

「作戦名はOWPWだ」

「ぷに……」

 

 ぷにがそのネタ飽きたみたいな目で見てくるが気にしない。

 

「正式名は『俺は、悪くない、ぷにが、悪い』人これを転嫁と呼ぶ」

「ぷに! ぷに!?」

「そうかそうか賛成か。というわけでレッツゴー」

「ぷに!?」

 

 ぷにが攻撃に移る前に俺はとっととギルドの中に入った。

 

「クーデリアさん……お、いたいた」

「ぷにに!」

 

 クーデリアさんはいつもの定位置にいた。

 ぷにが何か言ってるが聞こえない

 

「クックック。クーデリアさんを恐れるお前はここで暴れられない、そうだろう?」

「ぷにに~」

 

 ぷにがぐぬぬっといった表情をしている。まあ、これも俺の頭が良すぎるせいだ。君は悪くない。

 

「というわけで、クーッデッリアさーん」

 

 俺はなるべくご機嫌な感じでクーデリアさんに声をかけた。

 

「あら、アカネじゃない。久しぶりね」

 

 なんかさっきの師匠の反応とデジャヴって妙な恐れを感じてしまう。

 

「そんじゃ、とっとと免許出しなさいよ」

「? はあ?」

 

 事情がよく分からないが、言われるままに免許を差し出した。

 

「ま、まさか……」

 

 俺はクーデリアさんの手に渡す寸前で手を止めた。

 

 

 以下俺の妄想。

 

「はい。どうぞ」

「ええ、確かに……」

 

 その瞬間、クーデリアさんは拳を堅く握りしめ、免許を粉々にした。

 

「な、何を!」

「自分の胸に聞いてみなさい!」

「ひ、ひどい!」

「とっとと出てくがいいわ!」

 

 

 

「クーデリアさんの鬼! 悪魔!」

「……何いきなり喧嘩売ってるのかしら」

「あ……」

 

 妄想が現実世界を侵食した。

 簡単に言うと口に出ちゃった。

 

「これは、その、えっと……本音です!」

「へえ……」

 

 これはもう混乱したじゃ済まされないレベル。

 

 おいコラ、ぷにてめえ、笑ってんじゃねえよ。

 

「何のつもりか知らないけど、そんなにわたしを怒らせたいのね」

「ふ、ふん!どうせ、怒られる予定だったから関係ないですもんねー!」

 

 ……俺って今年で二十歳になるんだよな?

 自分で自分の精神年齢が不安になってきた。

 

「怒られる予定……?」

「あれ?」

 

 もしかして藪蛇?

 

「え、あの、あれですよ。ステルクさんから聞いてませんか?」

「ん?ああ、あの鳩の手紙ね」

 

 伝わってるなら、何で最初に普通の対応?

 

「あんた。何か勘違いしてるみたいだけど、別に特別違反行為ってわけでもないのよ」

「……え?」

「冒険者免許を持ってれば基本どこ行ってもいいのよ。こっちはただ、その冒険者に見合った場所の地図を埋めるように指定してるだけ」

「でも、ステルクさんは……」

 

 確かに、違反行為云々って言ってたはずだ。

 

「あいつはそういうお堅いとこがあるってだけよ。自分の実力を把握すべきとか、そういうことね」

「…………」

 

 つまり、遠回しに相手を気遣っての事ってことか、ステルクさんらしいというかなんというか。

 

「そうだったんですね。それじゃあ――!?」

 

 失礼します。そう言いたかったけどぷにが俺の脚に噛みついてきた。

 こいつ、最初の俺の発言まだ根に持ってやがるな。

 

「そうね。それじゃあ……わかってるわよね?」

「オワタ」

 

 あの大砲を使ってもこのラスボスに勝てる気がしない。

 

「ぷにににににに」

 

 

…………

……

 

 

 

「はい。ランクアップよ」

「……どーも」

 

 この人、すごいスッキリした顔してる。

 いっつもいっつも怒られてるとこ『……』済まされるのには正直納得がいかない。

 

「しかし、よくあんたの実力でテラフラムリスを倒せたわよね」

「あいつは俺をコケにしやがりましたからね」

「まあ、苦労したのは今のあんたからよくわかるけどね」

「……?」

 

 別段俺はいつも通りのジャージ姿なんだが、変なとこあるだろうか?

 

「気づいてないみたいだから言っとくけど」

「はい?」

「あんた、いまものすごい火薬臭いわよ」

「…………」

 

 鼻に二の腕を当てて、臭いを嗅いでみる。

 

「……二ヶ月も爆弾漬けだと嗅覚がマヒするんですね」

「そうみたいね」

「…………」

「…………」

 

 微妙な沈黙が流れた。

 

「それじゃあ、俺トトリちゃんの所行くんで失礼します。

「ちゃんと洗濯しなさいよ」

「はい……」

 

 火薬と硝煙の臭いがカッコいいなんて思ってた時期が僕にもありました。

ジ ャージからそんな臭いしても、なんか臭いの一言で終わっちまう訳で……。

 

「こんなオチは嫌だ……」

 

 



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紳士アカネ

 三月の頭。俺はアランヤ村に着いてから、トトリちゃんの誕生日プレゼントを用意しいていた。

 準備が終わった俺は一息つくためにいつもの宿屋の一室でベッドに座っていた。

 

 

「……俺って最近ペコペコしてばっかな気がする」

「ぷに?」

 

 俺はアーランドから村に来るまでの間ずっと考えていた。

 

「師匠に謝って、クーデリアさんに関してはいつも謝ってばっかり。どう思う?」

「ぷに~」

「自業自得な面も確かにあった。だけどな……」

 

 俺はそこで大きく息を吸った。

 

「男らしくない! ……そうは思わんか?」

「……ぷに?」

 

 ぷにが、お前そんなキャラじゃないだろみたいな目で見てきた。

 

「いや、俺だって男らしかったことあっただろう? 例えば……」

 

「…………?」

「…………ぷに?」

 

 ない? いや、そんなわけ……。

 ほら、例えばさあ……。

 

 

「……つまりあれか?俺 は2年間ずっといいトコなしだったと!?」

「ぷに! ぷに!」

「う、うっせえやい! これから、いや、今からいいトコを作ればいいんだい!」

「ぷに?」

 

 よしよし、ぷにもどうやら聞きたがっているようだな。

 

「そう、俺が考えに考え抜いた作戦。一言で言うなら、女性に優しく大作戦と言ったところか」

「……ぷに~」

 

 内容も聞かない内に、また下らん事をみたいなため息つきやがって。

 

「要は、俺がいつも怒らせるような真似をするから謝らなければいけない。ならば怒らせなければいい、そういうことだ」

「ぷにペッ!」

 

 ……俺の靴に唾吐きかけやがったぞこいつ。

 

「コホン! つまり! 俺が紳士的な人間っぽく振る舞えば……『キャー!なんて男らしいの!』ってなること請け合いだろう?」

「ぷ~に~」

 

 欠伸ですか、そうですか。

 

「仏の顔も三度まで……と言いたいところだが、今にお前も考えを改めるだろう」

 

 俺は立ち上がり、机の上にある本をポーチの中に入れて出かけようとした。

 

「ぷに~」

「お前も来るんだよ、俺の雄姿を目に焼き付けるがいい!」

 

 俺は無理やりぷにを肩に乗っけて外へ出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

「今から俺はスーパーアカネだ」

 

 何か大型量販店っぽい。

 

「……ウルトラアカネだ!」

「ぷに~」

「何でお前はさっきからそんなに帰りたがってんだよ。今回の主目的はトトリちゃんに会いに行くなんだから、ちゃんと着いて来いよ」

「……ぷに」

 

 しぶしぶながら納得したようだ。まったく何をそんなに嫌がっているんだ。

 

「おっと、どうやらさっそくターゲットのお出ましのようだな」

「ぷに~」

 

 向こう側から歩いてくるやたらと露出度の高い服を着た女。

 新生アカネの第一目撃者はメルヴィアか、相手にとって不足はないな、

 

 俺は奴に近づいていき、第一声。我が産声を聞かせてやった。

 

「こんにちわ。久しぶりだねメルヴィア」

「――――!?」

「どうしたんだ? 鳥肌なんて立てて、寒いのか?」

「……シロちゃん。こいつどっかで頭でも打った?」

「……ぷに~」

 

 酷い。俺が表面上は紳士的に振る舞っていると言うのに。

 おっと、いかんいかん。表面だけの仮面紳士じゃあいけないよな。

 

「酷いな、まあでも、いつもの君らしいか」

 

 言葉の端々に☆を煌めかせるイメージで言葉を紡いでいく。

 

「ちょ、ちょっと待って。何、あたしをからかってるの?」

「何で俺が君をからかうんだい? 俺はただ、いままでの自分の態度が酷かったなって反省しただけさ」

 

 本当に酷い。俺は今まで彼女を野蛮人か何かみたいに対応して、ああ、何て……酷い評価(真っ当な評価)だ。

 

「君は自分の後輩を心配できる素晴らしい女性なのに、今までの俺は目が曇っていたよ」

「な、何? 何かお願いがあるなら聞くから、その喋り方やめてちょうだい。そろそろキツイわ」

「打算なんて無い。君がいかに理想的な女性か気づいたのさ」

 

 主に戦闘面的な意味でな。

 

「ふん!」

「ガハッ!?」

 

 こいつ突然ボディブローを放ってきやがりましたよ。いくら鍛えてるとはいえ、この女の腕力の前には無意味な訳で、俺は地面に倒れこんだ。

 

「一発殴れば治ると思ったけど、どうかしら?」

「ぷに~」

 

 な、なんて奴だ。俺が紳士的なのがそんなに気に食わないと申すか。

 ……落ち着け俺。ここで素に戻ったら負けだ。

 

「……何か気に障ったみたいだね。ごめんよ」

 

 この紳士っぷり。これはメルヴィアも改心するレベル。

 

「シロちゃん。あと何発までだったらいけるかしら?」

「ぷに? ……ぷにぷにぷに」

「そう、三発。そんだけやれば本性を出すわよね」

 

 そこには拳と言う名の凶器を握り締めた笑顔のメルヴィアが居た。

 

「…………」

 

 俺の中で天秤が揺れ動いている。

 ネタを貫き通すか、痛いのは嫌か。

 

「……三分経ったんで、ウルトラアカネは終了の時間がやってまいりまいた」

 

 Mなんとか星雲に俺の紳士人格が帰還した。殴られるのは嫌でござる。

 

「メルヴィアさ、もうちょっと俺のネタに付き合おうみたいな精神はないのか?」

 

 俺は立ち上がり、土を払いながら聞いてみた。

 

「いや、本当にアレはないわよ。思い出しただけでも頭が痛くなってくるわ」

「そんなに酷くなかったと思うんだが……」

「あれね。あたしが、おしとやかな淑女になったって想像してみなさい」

「うん?…………」

 

 脳裏に浮かぶのは、ごきげんようと長いスカートを摘まみながら挨拶をしてくるメルヴィアの姿。

 

「……っぷ!」

 

 気持ち悪いと言うよりも、合わなさ過ぎて笑いが出てしまった。

 このほぼ水着状態の服をきた女が、そんなゆったりとした服を着るなんて想像の中でしかあり得ん。

 

「……自分で言っといて何だけど、あんたの反応にイラッときたわ」

「不可抗力だ。逆にここでアリだって言われても困るだろ?」

「まあ、確かにそうだけど。複雑な気分ね……」

 

 俺も妄想のお前とのギャップに若干ながら複雑な気分だよ。

 

「まあいいわ。考えてみれば、今日はあんたに構ってる暇はないもの」

「ん? 珍しくお仕事か?」

「珍しくは余計よ。あたしだって少しは働くわよ」

「ふーん。まあ、俺もトトリちゃんの所に行かなきゃならんしな。ところでトトリちゃん今居るか?」

 

 わざわざここまで来たのにいませんでした。なんて事は勘弁してもらいたい。

 

「ええ、居るわよ。そういえば、こっちに戻ってきたとき。アカネさんが心配だー、とか言ってたけど何かあったの?」

「書置きだけ残して旅に出てた」

「とっとと会いに行ってあげなさい」

「怖い怖い。言われなくてもそのつもりだって」

 

 メルヴィアが笑顔で急かしてきたので、俺はその場をそそくさと立ち去った。

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 コンコン。

 

「はーい。どうぞー」

 

 俺がアトリエの扉をノックすると、いつもの返事が返ってきたので俺は扉を開けて中に入った。

 

「邪魔するぞー」

「ぷにー」

「あ、アカネさん!?」

 

 俺の姿に驚いたようで、トトリちゃんが釜をかき混ぜる手を止めて俺の方を見た。

 

「トトリちゃん、手止まってるぞ」

「あ、もう終わってるから大丈夫ですよ……じゃなくてですね!」

「ソファ使ってもいいか?」

「ええ、どうぞ……でもなくてですね!」

 

 むう、存外しつこい。

 トトリちゃんの性格的に謝ってきそうなんだよな。

 俺が勝手に出てったのに謝られるのは気が引ける、特にトトリちゃんに謝られるのはいい気分にはなれない。

 

「えっと、そのですね。アカネさん、この前のことなんですけど――」

「スターーップ! 言わせないぜ」

「え、な、何でですか」

「俺は、今日、優しい大作戦を決行中なの。つまりはそういうことだ」

「ぜ、全然わからないんですけど……」

 

 まあ、俺も自分で何を言ってるかよ良く分からんが。

 

「つまり、別にトトリちゃんは謝んなくてもいいってことだよ」

「で、でも、わたしがいろいろ言っちゃったから出てっちゃったんですよね……?」

 

 トトリちゃんが肩を落として上目遣いで見てきた。

 

 まったく、メルヴィアぐらいに適当な性格だったらもうちょっと気楽に対応できるんだけどな……。

 

「んじゃ、あれだ。俺のお願い聞いてくれたら、許すって事でどうだ?」

 

 まあ別段怒っていはいないが、これで納得してくれるなら話が早い。

 俺は俺で、今日トトリちゃんに渡す物があるのだから。

 

「お願い……ですか?」

「そうお願い。至極簡単なお願いだ」

「わ、わかりました。なんでも言ってください!」

 

 やる気満々なところ悪いが、かなりどうでもいいお願いなんだよな。

 

「うむ。九月二十日は俺の誕生日なので、それをお祝いしてくれって言うお願いだ」

「ぷに……」

 

 ぷにが何お前、まだ紳士キャラ演じてんのって言ってきた。素だよ、悪いかゴラ。

 

「誕生日のお祝い……?」

「そうそう、師匠がやたらと張り切ってるからさ、それの手伝いでもしてくれないかなって」

「はい、わかりました! 一生懸命お祝いしますね!」

「う、うむ。まあ、そんなに張り切らなくてもいいんだけど……」

 

 まあ、世が世なら成人式なんて物もあるし、盛大に祝ってもらうのもいいかもしれない。

 

「とりあえず、俺の誕生部は置いといてだ……」

 

 俺は腰のポーチから、用意しておいた本を取り出した。

 

「去年は特に何も渡せんかったからな。はい、ちょっと早いけど誕生日おめでとう」

 

 今は三月三日だから、本当はあと半月程度ってところか。

 誕生日当日に渡せるかもわからんから今のうちに渡しとかないといけないのさ。

 

「わあ! あ、ありがとうございます!」

 

 トトリちゃんは喜んで俺のプレゼントを受け取ってくれた……が、本当に喜べるだろうか?」

 

「トトリちゃん、トトリちゃん。よく本のタイトル見てみ」

「え?」

 

 俺がそう言うと、トトリちゃんは真新しい黒の表紙に書かれているタイトルを声に出した。

 

「……アカネ流錬金術上巻?」

「その通り、それには読んで字のごとく俺がいままで書いてきたオリジナル錬金術のレシピとか、爆弾に適した材料の特性について書かれている」

「えっと、いいんですか?」

「いいのいいの、どうせトトリちゃんならパパっと作れるものばっかだろうし」

 

 所詮、俺はトトリちゃんよりもレベルがかなり低い存在だし。

 特性っつっても、旅に出た三ヶ月で見極めた物を書いただけの物だ。

 

「上巻ってことは、下巻もあるんですか?」

「……来年の誕生日には間に合わせる」

「お願いですから、無理はしないでくださいね」

「……まあ、善処する。つか、悪いなそんな物がプレゼントで」

 

 製作期間は数日程度。一応、俺得意の爆弾についての知識を詰め込んでおいたが……。

 

「そんなことないですよ。嬉しいです」

 

 ニッコリと、トトリちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。

 この笑顔があればあと一年どころか、三年は戦えるな。

 

「まあ、喜んでもらえなら何よりだよ」

「はい。わたしも誕生日、アカネさんに喜んでもらえるように頑張ります」

「まあ、ほどほどにな……所詮は俺の誕生日だし」

  

 でも、嬉しくないと言ったら嘘になるな。

 意外と今年の誕生日は良いものになるのかもしれない。

 



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今日もやられ役

 

 

「……………………」

 

 今俺は埠頭で悟りを開いていた。

 

「我釣りをする、故に我あり」

「ぷに……」

 

 座り込んで釣りをする俺とその横にはぷにがいる。

 

「……ここまで釣れないと、悟りの一つや二つ開くっつーの」

「ぷに~」

 

 こっちでは錬金術ができずに暇だった俺はグイードさんから釣り具を貸してもらい、朝からここに居るのだが……。

 

「たぶん今頃みんなはお昼だろうなー」

「ぷに」

「昼飯は魚がいいと思ってたんだけどな」

「ぷに……」

 

 ご飯が食べられずにぷにはご立腹のようだが、俺だって必死に頑張ってるんだよ。

 

「……そこのタルに入ってるイワシでも食えばいいんじゃないか?」

 

 顔を後ろに向け、大量のイワシが詰め込まれたタルを見た。

 俗に言う、ご自由にお取りくださいって奴だ。

 

「……ぷに」

「そうだよな~、生はきついよなー」

「ぷに~」

 

 ずっと座ってたせいか、俺もぷにもイマイチ元気がない。

 

「……暇だ」

 

 俺は思わず天を仰ぎ見た。

 聞こえてくるのは小波の音に、鳥の鳴き声、そして剣戟の音。

 

「ぷにぷに」

「……そうだよなあ、釣れないの絶対あいつらのせいだよな」

 

 首を戻して、横を見てみれば、そこには剣の修業をしている後輩君にステルクさん。

 

「あんだけ、ドンドン音立てて踏み込んでれば魚も逃げるっつーの」

「ぷに」

「……どうする?」

「ぷに! ぷに!」

 

 俺訳『先生! お願いします!』

 

「おーけー、俺の昼事情的にもそろそろ止めてもらわんといかんしな」

 

 俺は竿を引き上げ、地面に置きながら立ち上がった。

 そして今だに剣を振り回している野郎ども二人へと歩いて行った。

 

 

「おうおうおう! てめえら誰の許可もらってここで修行してんだ? ああん!」

 

 今の俺は切れたナイフ。街のチンピラAさんだ!

 

「――ハッ!」

「クッ!」

 

 剣を振るステルクさんにそれを受ける後輩君。

 この新宿の帝王AKANEを無視するとはいい度胸してやがる。

 

 俺はポーチの中から光りものを取り出した。

 

「コロコロ、コローっとな」

 

 地面を転がっていくのは、キラキラと光りを反射するビー玉たち。

 

「これで奴らはスッテンコロリン、さあ大変ってわけだ」

「……ぷに」

「クックック、俺は素晴らしいぐらいに外道だなあ」

 

 その間にも転がっていくビー玉たちは彼らの足元まで到達した。

 

 

「ぬっ! おい、待て!」

 

 さすがステルクさん。我が奥義に気づいたようだが、後輩君は止まらない。

 

「タアッ!」

「クッ! ――――!!」

 

 ステルクさんの足元に転がるビー玉+迫る剣戟を受け止めるステルクさん

 

「イコール、ステルクさんの負け。完璧な方程式だ」

「ぷに~」

 

 そこには首元に剣を突き付けている後輩君の姿があった。

 

 これで決着がついた訳だし、帰ってくんねーかな。

 

「や、やった! 師匠に勝った!」

 

 無邪気に喜ぶ後輩君に若干の罪悪感が刺激され……ない。今は危機感の方が上回ってる。

 

「そ、そんなに見つめちゃやーよ」

「ぷ~に」

 

 後輩句が喜んでいる横ではステルクさんが物凄い形相で俺たちの方を見ていた。

 

「ぷ、ぷに隊員! 退路の確保は!?」

「ぷに! ぷににに!」

 

 前方には敵影、残りの三方向は海に囲まれている。

 

「う、海に逃げるか!」

「ぷにに!」

 

 落ち着けと言われた。

 そうだ、クールだ。クールになるんだ。

 

「……正面突破だ」

「ぷに!?」

「俺を信じろ! 何度俺がステルクさん及びその他を怒らせてきたと思っているんだ?」

「……ぷに~」

 

 ぷには若干諦め気味に、前に進む俺に付いてきた。

 

「先輩! 俺師匠に勝ったんだぜ!」

 

 あ、今ステルクさんのコメカミがピクってなった。

 

「そうか、よかったな。それじゃあ、さよならバイバイ。また来週!」

「ぷにに!」

 

 後輩君との自然な会話からのダッシュ! これにはステルクさんもついてこれまい。

 さっそうと二人の横を通り過ぎ、捨て台詞を残す。

 

「さらばですステルクさん! この埋め合わせは今度しますから――――ッア!?」

 

 突然に、俺は自分でもわからないまま尻もちをついていた。

 

「……俺を裏切ったのか友よ!」

 

 そこに転がっているのは俺の戦友、ビー玉君。

 光を反射したその姿はまさしく反逆の使途。

 

「そしてお前もか相棒!」

 

 遠く離れた場所にはぷにの姿があった。

 

「そしてステルクさん! 俺も逃げていいですか!」

「いいと思ってるのかね?」

「と、時と場合によっては――ヒィ!」

 

 ガキンッ!

 

 地面に座り込んだ俺の足元に剣が突き立てられた。

 

「立て」

「い、イエッサー!」

 

 俺は今だかつてないほどの速さで立ち上がった。

 

「何怒ってんだ? 師匠」

 

 空気読んで後輩君!わざわざ怒りに火を注がないで!

 

「お前は注意力が足りなさすぎる、それだから落ち着きもないのだ。よく足元を見てみろ」

 

 言われて周りを見渡す後輩君の視線に写っているのはビー玉諸君だろう。

 

「え? なんだこれ?」

「言うまでもないと思うが、そこのバカがばら撒いたものだ」

「あれ? ってことは……」

 

 それで気づいたのか、後輩君は落胆した様子だ。

 

「なんだよ。折角師匠に勝てたと思ったのに……。先輩、余計なことしないでくれよ」

「まあ、状況がどうであれ、負けは負けだ。そんなに落ち込むことはない。しかし、問題はこの男だ」

「…………」

 

 今の俺はまさに蛇に睨まれた蛙状態。

 

「まったく。君も少しは落ち着きを持ったらどうかね。いつもいつもふざけた事ばかり……」

「すいません。持病のなんちゃって症候群なんです」

 

 真面目なことするのが苦手なんです。

 

「そういうところがふざけていると言うのだ! 少しは自分の師匠や姉弟子を見習ったらどうかね」

「え? あの二人を……?」

 

 一日一回涙目になる師匠、ほんわか癒し空間のトトリちゃん。あの二人を……。

 

「彼女らは君とは比べられないほど真面目に仕事をやっている。そういったところは見習うべきだ」

「む、俺だって仕事はちゃんとしてますよ! 依頼だってコツコツこなしてますし」

 

 まるで人をサボり魔みたいに、仕事面では俺は真面目だっつーの。

 

「ほう。以前会ったのがどこか、忘れた訳ではないだろう? さらに言えば今日もこんな所でフラフラと」

「ま、前は錬金術のレベルが上がりましたし、今日は……錬金術が使えないから、ちょっと休んでるだけで……」

 

 目を逸らして言い訳がましく、と言うよりも完全に言い訳を口にした。

 

「ならば何故その時間を鍛錬に使わない?」

「うぐっ……」

 

 一応毎日筋トレはしてるけど、戦闘的な意味でのトレーニングはやってない……。

 

「それだからいつまで経っても自分の相棒に頼りっぱなしになるのだ。まったく、同じ男として情けない」

「ぷちっ」

 

 いくら俺とはいえ、そこまで言われたら切れちまいますよ?

 誰が相棒に頼りっぱなしだって? しかも情けないと?

 

「す、ステルクさんだって、いつまで経っても元国王一人すら捕まえられないじゃないですか」

「……確かにそうだな。認めよう。だが、今はそのことは関係ない……」

「ぷーっ、自分の目標も達成できない人が他人に説教なんてお笑いですねえ。ゲラゲラゲラ」

 

 全国のお姉さん方の俺に対しての好感度が下がった気がするが、気にしなーい。

 今は目の前にいる自称騎士をギャフンと言わせてやる。

 

「……それは私に対しての挑発と受け取って良いのだろうな?」

「ふん! 俺にだって一欠けらくらいはプライドがあるんですよ! 後輩君!剣貸せ!」

「え? 先輩剣なんて使えるのか?」

 

 戸惑いつつも後輩君は俺に剣を渡してきた。

 その間にステルクさんは散らばっているビー玉を避けていた。

 

「俺だって剣の練習くらいはしたことあるさ」

 

 小学生の頃は傘でアバンストラッシュを。

 中学生の頃は授業で剣道やって擦り足を。

 高校生の頃はWiiリモコンで回転切りを。

 

「それじゃあ、いきますぜステルクさん。怪我しないように気を付けてくださいよ」

 

 俺は片手で刃の潰された剣を握りしめた。

 ちなみにゴースト手袋は装備済みだ。

 

「ふん。素人の剣になど当たる気は毛頭ない。行くぞ!」

 

 俺だって剣を当てる気なんて毛頭もないさ。

 

「剣は道具! 先手必勝! 飛翔剣!」

 

 読んで字の如く、俺は剣をステルクさん目掛けて投げた。そして俺は同時に駆けだした。

 

 もちろん剣を当てるつもりはない。単純に避ける方向を限定し必殺の一撃を当てる。もしくは弾かせて隙を作り出す。

 電撃的に決着をつけるのは俺の十八番ですよ。

 

「夏塩蹴り!」

 

 体の重心を操り、実に約二年ぶりに使う。俺は回避行動を取ったステルクさんの顎へと足を振り上げた。

 

「甘いな」

 

 どのように避けられたかはわからないが、足に獲物を仕留めた感覚はなかった。

 

「……うげっ」

 

 着地した俺の首元に冷たい物を突き付けられた感覚があった。

 逆に電撃的に決着をつけられてしまうとは……。

 

「実力に差がある以上先手で決める。その発想に間違いはないが、技の錬度が足りなかったな」

 

 奇しくも、さきほど指摘された鍛錬不足を露呈させるような結果になってしまったようだ。

 

「クッ! わかりました。ちょっと今から修行してきます」

 

 俺は首元の剣を避けて走り出した。

 つまり技を鍛えれば万が一にも勝てる可能性はあったってことだろ。

 

「いつか負かせてやるんですからー!」

「せんぱーい! そういうの負け犬の遠吠えって言うんだぞー!」

「うわーーん!」

 

 後輩君の天然刃が一番威力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 村はずれの森にて。

 

「ハッ! 釣竿返すの忘れてた!?」



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必殺技の伝道師

 

「フッ! フッ!」

 

 パンチが風を切る音と木にインパクトする音がひたすらに続いている。

 

 俺は今日、村はずれの森で珍しく特訓をしていた。

 

「絶対、一発、当ててやる!」

 

 右、左のワンツーから右ストレートの王道コンボ。

 

 昨日勢いとはいえ、負かしてやる宣言をしてしまった以上、適当に時間を使ってはいられない。

 

「何が、怖い顔だ、イケメンじゃねえか!」

 

 若干嫉妬が入った拳をひたすら木に叩きつける。

 

 

「あら、本当にいたわ」

 

 俺がそろそろパターンを変えるかと考えると、ふいに後ろから声がかかった。

 

「ジーノ坊に聞いたけど。まさか、あんたが本当に特訓なんてしてるなんて、驚きね」

「……なんだ。お前か。驚きは余計だ」

 

 そこにいたのは巨大な斧を持ったメルヴィアだった。

 どうせ面白そうだとかいう理由で来たんだろう。

 

「どういう心変わり? そこそこ長い付き合いだけど、今まであんたが特訓してるのなんか見たこと無いわよ」

「主にステルクさんに一発、あわよくば勝利するためだな」

「あら、可能かどうかはともかくとして、あんたにしては真面目な理由ね」

 

 見直した様な、笑ってるような微妙な目線を受けた。微妙にやりづらい。

 

「失敬な。俺はいつだって真面目だぞ」

「数日前のあんたにそれを聞かせてやりたいわね」

 

 …………ああ、あの優しいアカネ状態の時か。

 

「あれも面白そうと言う真面目な理由に基づいた行動だ」

「こっちとしてはいい迷惑ね、その理由」

「優しくしてたのに迷惑とはこれいかに」

 

 これが俗に言う、ありがた迷惑という奴か。……うまい事言ったな。

 

「つか、そんな事はいいんだよ。ご用件は何ですか?」

「うん? 別に、ただ面白そうだなーと思って来ただけよ?」

「……もうちょっと捻った答えをしてくれ。予想とまったく同じ答えになるってどういうことだよ。別にお前と以心伝心できても嬉しくねえよ!」

 

 ちょっとは、こう。心配になってきちゃった。みたいな可愛げがあってもいいだろ。言ってきたら不快になるけど……。

 

「あたしだって別に嬉しくないわよ。むしろ、あんたに考えを読まれたと思うと不愉快ね」

「……ふう。もういい、俺はお前みたいな暇人に構ってるほど暇じゃないんでね」

 

 暇人の部分に大分強くアクセントを入れて言い放ち、俺は再び木の方に向き直った。

 ふっ、俺って奴は何てクールな対応だ。自分で自分に惚れ直しそうだ。

 

「言ってくれるわね……ちょっとそこどきなさい」

「ぬおっ!?」

 

 どきなさいって言いながら押し出しをかますなよ。

 

「いったい何……「とりゃ!」……え? …………え?」

 

 メルヴィアがかけ声とともに放った一撃は……木を砕いた。

 男が三人集まって腕を伸ばして、やっと囲う事ができそうな太さの大木を一撃で。

 葉が擦れ合う音と共に大木は地面に倒れた。

 

「…………」

 

 メルヴィアが得意げな顔で俺の方を見てきた。

 この怪力女、想像以上だった。まさかここまでのバカ力だったとは……。

 

「ふ、ふん。ま、ま、まあ。そ、そそ、そんくらいは! で、ででで、できるよな」

「まあそうね。これでもまだまだ本気じゃないし」

「ぶっ!」

 

 メルヴィア>>>>>越えられない壁>>>>>俺

 

 この図式が俺の脳裏に焼き付いた。

 

「つまり、あたしは鍛える必要ないから暇を持て余してるのよ。わかったかしら?」

「あ、はい。すいません、生意気な口きいて」

「分かったならいいのよ。それじゃ、頑張りなさいよ」

「ういっす! 頑張るッす!」

 

 たぶん彼女はあれだ。テストで学年一位で模試で全国一位みたいな、そんな存在だ。

 俺みたいな普通の人が競う事が間違ってるんだよ。

 

「……ここにぷにがいなことが悔やまれる」

 

 ツッコミ役不在が悲しい。

 

 

…………

……

 

 

 

「やっぱりあれか? 必殺技か?」

 

 さっきの事件から、いくらパンチや蹴りを練習してもなにか的を外れた気分でいた俺は、パワーアップの王道ともいえる必殺技に光を見ていた。

 

「音速を超える拳ソニックパンチ……」

 

 顔が熱くなるのを感じる、自分で言っといてなんだが恥ずかしくなってきた。

 二十歳近くで厨二病が再発とか痛々しすぎる。

 

「そうだよな、必殺技って年でもないよな……」

 

 悲しいけど、大人になるってそういうことなんだよね。

 どう考えても地道に連打を重ねていった方が堅実だ。

 

 

「あ、いたいた。先輩!」

「ん?」

 

 振り返ればそこには妙に傷だらけになった後輩君が居た。

 

「どうしたんだ?その傷」

「ああ、これか。さっき師匠にやられちまってさー」

「だからってんなぼろぼろに……。そんなに修行厳しいのか?」

「厳しいなんてもんじゃねーよ。全然手加減してくれねーし……おまけに昨日の事根に持ってんのか今日は一段と本気になって……」

 

 ああ、表面上は負けを認めてたけど、やっぱり内心苛立ってたか。

 

「それは、悪かったと言うか、ご愁傷さまと言うか……で? 何の用で来たんだ?」

「それだけどさ。先輩! オレに必殺技を教えてくれ!」

「え!? ま、またか!」

 

 前に回転切り、というすばらしい必殺技を教えた覚えがるのだが……。

 

「ま、待て待て。必殺技が欲しいのは分かるが、それなら師匠かつ剣の使い手のステルクさんに教えてもらえばいいじゃないか」

「師匠に教えてもらっても師匠には勝てねーじゃん」

「む、まあ、確かにそうか……。いや、でも自分で考えた方がいいと思うんだが?」

「それも思ったんだけどさ、修行だけで手一杯だから、先輩に頼もうって思ったんだよ」

 

 まったく、なんで人が必殺技について考えてるこのタイミングで来るのか。

 

「つかさ、前も思ったんだけど、なんで俺に必殺技を教えてもらいに来るんだよ。どう考えても畑違いだろ」

 

 俺は格闘。後輩君は剣。まったくと言っていいほど噛み合っていない。

 

「いや、なんか必殺技つったら先輩みたいなところがあるじゃんか」

「だから、なんでそんなイメージなんだよ」

「だってオレ、初めて先輩の必殺技見たとき、すげー! って思ったんだからしょうがないだろ」

 

 はきはきとそういう様に、ついつい反応してしまった。

 

「……すごい?」

「そうだよ。昨日師匠に使ったの見てさ、やっぱりかっこいいなって思ったんだよ」

「……かっこいい」

「それにあれ、当たれば一撃必殺って感じですげえ派手じゃん!」

「……一撃必殺。……派手」

 

 すごい派手でかっこいい一撃必殺の技。

 

「たしか、あれ。夏塩蹴りって言ったけか?」

 

 夏塩蹴り。サマーソルト。

 わが青春の一技。

 

「クックック……目が覚めたぜ後輩君」

「へ?」

 

 そうさ、地道に堅実なんて俺らしくもない。

 あれは所詮一時の気の迷い、本来の俺ではない。

 

 厨二病上等じゃないか、必殺技に年齢制限なんてありはしないんだ。

 

「よし。永遠の少年であるこの俺。アカネが後輩君に必殺技を授けてやろう」

「ほ、ほんとか!」

 

 そんなに嬉しそうな顔をするでない小童、この必殺技の伝道師たる俺にかかれば一つや二つ軽い軽い。

 

「しかし、一つ条件がある」

「条件?」

「うむ。なんでもいい、俺の必殺技を考えてこい!」

「……いや、オレが考える時間ないから先輩に頼みに来たんだけど」

「うっさい。何でもいいんだよ、寝ながらでも飯食いながらでもいいから考えて来い」

 

 これも後輩君の成長を促す試練。いつか彼も自分で必殺技を考えなければいけない日が来る。

 

「んじゃ、思いついたらまた来るからさ、絶対に教えてくれよ!」

「おう、せいぜい良いの考えてこい」

 

 後輩君は去って行った。

 さて、俺は修行の続きでもするとするか。

 

 

「その時は誰もしらなかった、彼があんなにもすごい必殺技を考えてくるとは……」

 

「やっべ! 今、俺強化のフラグ立った!」

 

 

 

「……………………」

 

 

 

「……さて、修行修行」

 

 ほんと、今日何でぷにいないんだろ。



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可愛らしい相棒

「…………今日もぷにがいない」

 

 三月も中頃、もう一週間ほどぷにの姿はなかった。

 ぷにの事だからどっか行ってんだろうと軽く見ていたが、さすがに心配になってきた。

 

 ふむ。相棒がいなくなったのは、ちょうど奴がステルクさんから一人で逃亡した日だな。

 

「きっと、一人で逃げたことへの罪悪感から、俺に会えないんだ!」

 

 ないない。

 基本的に俺もぷにも逃げ遅れた奴が悪いみたいな思考持ってるし。

 

「となると……修行?」

 

 と言うよりも、あいつの場合豪華グルメの旅になるな。

 今頃、モンスターを食い散らかしてたりしたり……。

 

「なしなし! ……ないよな?」

 

 どうしよう、モンスターどもからの報復行為とかあったら。

 

「まあ、あいつがどっか行った理由はともかく。あいつがいないと問題がある訳だ」

 

 そう大問題だ。あいつがいないと俺は……。

 

「俺、独り言呟いてるただの痛い人じゃん」

 

 今俺が座っている場所は、噴水の傍にあるベンチ。

 周りからの可哀相な子を見る目が突き刺さっている。

 

「――くっ!」

 

 誰か! 俺に会話相手を与えてくれ。この空気に耐えられない!

 

「……エア友達のカネア君。さいきん調子どうよ?」

「まじ超良い感じっすよ! もうアゲアゲみたいな?」

「…………そうか」

 

 もう一つ問題があった。ツッコミ役がいない。

 

「…………うう」

 

 今ので余計に周りの視線が痛々しい事になった。

 このままじゃ、俺が頭のおかしい人みたいじゃないか……。

 

「誰か、俺にツッコミを与えてくれるような人材は……」

 

 きょろきょろと周りを見渡す。

 おい、お前ら一斉に目を背けるとは何事か。

 

「……ハッ!」

 

 見えた! 俺に一番相性の良い奴が!

 

 俺は立ち上がり近づいて声をかけた。

 

「へい! そこのちむちゃん!」

「ちむ?」

「今から君は俺の相棒代理だ。いいな?」

「ち、ちむ!? ちむ! ちむ!」

 

 ふふん。他の奴は分からないだろうが、ぷにで散々上げた伝達スキルならどんな事を言っているかだいたい分かるぞ。

 ちむちゃんは今、勝手な事を言うなとご立腹なようだ。

 

「その完全に意思疎通ができない辺りが俺の相棒にぴったりだ」

「ちむ~。ちむちむ! ちむー! ちむ!」

「……分からん」

 

 必死に何かを訴えてきているが、まったく理解できん。

 ぷにだったら、一言二言で喋るから分かりやすいんだが……。

 

「何か用事があるとか?」

「ちむ」

 

 どうやら正解だったようで、ちむちゃんはだぶだぶの袖で村の出口を指した。

 

「採取でも頼まれたのか?」

「ちむ~」

 

 笑顔になったあたり正解っぽい。

 ふむ。採取か……。

 

「よし。付いてくか」

「ちむ?」

「修行? まあ、それも大事だがそれ以上にこのミッションは重要なんだ」

「ちむ……?」

「ふっ、分からんか」

 

 つまりだ、俺の未来予想図はこんな感じだ。

 

 外でちむちゃんを守る→ちむちゃんからの好感度アップ→それを聞いたトトリちゃんの好感度アップ

 

「完璧だ……完璧すぎる」

「ちむ? ちむむ」

「そんな難しい顔するな。要は一緒に採取に行きましょうってことだよ」

「ちむ!」

 

 ならば良し! みたいな感じでちむちゃんは歩いて行った。

 俺もそれに続いて歩いて行く。

 

 ……大分歩幅の違いが大きいな。

 ちむちゃんの三、四歩が俺の一歩で追い越されている。

 

「よっと!」

「ちむ!?」

 

 さすがにじれったかったので、俺はちむちゃんを肩に乗っけて座らせた。

 

「乗り心地はいかがですか?」

「ちむ~♪」

 

 どうやら満足してくれたようだ。

 

「んじゃ、行くか」

「ちむ」

 

 

 

 

 

 

 

「三日も歩いてきた訳だが、この辺か?」

「ちむ」

 

 村から北東に歩いて辿り着いたのが、狩人の森と呼ばれている森だ。まあ、ただの森だな。

 ここらにいるモンスターなんて、緑ぷにやタルリスくらいなので俺の望む展開にはなりそうにない。

 

「まあ、いいか。んで?採取するのは何だ?」

「ちむ~。ちむちむ」

「うん。鎖グモの巣か」

「ちむ! ちむ~」

 

 どうやら違うらしい、いくら俺でもそこまで正確に読み取れんよ。

 

「ちむちむ」

「ああ、なんだあれか」

 

 伸ばされた袖の先にあるのはハチの巣だった。

 

「……過保護だな」

「ちむ?」

 

 採取物としては簡単な方だ。採取地もやたら近いのと相まって確信した。

 トトリちゃんはやっぱりちむちゃんが可愛くて仕方ないようだ。

 

「ふ、羨ましいぜ」

「ちむむ」

 

 俺が若干感傷に浸っていると、ちむちゃんは俺の肩から飛び降りて巣のある木の下に向かった。

 

「おい、危な……くはないか」

 

 良く考えなくても、この地方のハチたちは全員で出払っていることが多いから安全だ。

 

「結構高い所にあるし、俺にまかせとけって」

「ちむ~」

 

 子供扱いにむっときたのか、口がへの字に曲がっている。

 最初にも思ったが、かわいいな。過保護に扱うトトリちゃんの気持ちもわからんでもない。

 

「よっと!」

 

 ハチが中にいない事を確認して、俺は巣を木からもぎ取った。文字通り力技だ。

 

「んで、これをどうすればいいんだ?」

「ちむ」

「ん?」

 

 ちむちゃんが袖で目を隠している。

 新手の殺人方法だろうか?主に萌え殺し的な意味で。

 

「……目を瞑ってろと?」

「ちむ!」

 

 よく分からないままに俺はハチの巣をちむちゃんに手渡し、目を瞑った。

 

「…………」

 

 ごそごそと布が擦れ合う音がしている。何してるんだ。

 

「ちむ!」

「……もういいのか? って、あれ?」

 

 ちむちゃんの手からはさっき渡したはずの物がなくなっていた。

 

「消失マジック?」

「ちむー」

「企業秘密?」

「ちむ!」

 

 さすがはホムンクルスと言うべきか、秘密がいっぱいのようだ。

 

「釈然としないが、まあいい。あと何個か採って帰る――――」

 

 ブンブンブンブン。

 

 俺が昔、かなり嫌いだった音が聞こえてきた。

 一回、ハチに襲われて以来ハエの羽音にすらビビるようになったんだよなあ。

 しみじみしてる場合でもないが、現実逃避せずにはいられない。

 

「逃げるぞ!」

「ちむ!」

 

 ちむちゃんを両手で前に抱え、俺は森の中へと逃げ込んだ。

 

 背後からは依然として不快な羽音が鳴り響いている。

 

「くそ! 俺のイメージカラーが仇になった!」

 

 真っ黒ジャージが俺のドレードマークです。

 

「ふ、フラム! フラムを!」

「ちむ!?」

 

 やりすぎかもと思いつつも、俺はちむちゃんを左腕でアメフトのボールのように抱え込み、片手を後ろに回しポーチの中を探った。

 

「……ない!」

 

 そういや、村来てから一回も爆弾作ってなかったな。

 そんなことやっている内に追い付かれそうだ。

 

「とりあえずっ! これ!」

「ちむ?」

 

 俺は手袋を取り出して、木を避けながらも装着した。

 ちむちゃんは良く分かっていないようだが、これで俺の身体能力は結構上がる。

 今更言うまでもないが、体力の消費が半端ない事になるが。

 

「ホントッ! しつこい!」

「ちむ~」

 

 ブンブンブンと何十か何百かは知らんが本当に焦燥感を駆り立てる音だ。

 

「――――ノオッ!?」

「ちむっ!?」

 

 突如、俺は何かに足を引っ掛けて思いっきり地面にダイブした。

 とっさにちむちゃんを両手で抱え込んだのは本能的だろう。

 

「土かぶり先輩! 空気読め!」

 

 いきなり地面からポンと出てきて冒険者を転ばせる。そんなやっかいなキノコなんです。

 そうしている間にも当然、蜂たちは俺たちに近づいてきている。

 

「オワタ」

「ちむ! ちむちむ」

「――なっ!」

 

 ちむちゃんが俺の拘束から出たと思えば、どこからともなくフラムを取り出した。

 本当にどこから出したかわからんほどにだ。

 

「ちむ!」

 

 ちむちゃんが投げたフラムは蜂たちの戦闘で爆破した。

 

「おお~」

 

 煙が晴れるとそこには何も残っていなかった。

 

「……あるなら、早く使ってくれよ」

「ちむ~。ちむ!」

「ああ、抱え込んでたから使えなかったと。……はあ」

 

 一安心して、俺は大きくため息をついた。

 良く考えてみれば、ちむちゃんに何も渡さないで送り出すはずないか。

 

「無駄に疲れた……」

 

 精神疲労に加え、手袋も着用している分もプラスしてかなり体がボロボロだ。

 自然と俺の体は木を背にしょって倒れこんだ。

 

「ちむ~」

「うん? いいのか?」

 

 そこには、またどっから取り出したのか。パイを差し出しているちむちゃんがいた。

 

「ちむ~!」

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 俺は手袋を取り、パイを半分に千切った。

 

「いただきまーす」

「ちむー♪」

 

 二人並んで座りながらもぐもぐと食べた。

 

「なんだかんだで、ちむちゃん意外と逞しいよな」

「ちむ」

 

 パイくずを口元につけたまま、ちむちゃんは得意げな顔をしている。

 

「愛らしいしな」

「ちむちむ」

 

 頬を赤く染めているあたり満更でもないらしい。

 ホムンクルスとはいえ女の子だもんな。

 

「よし! エネルギーも補充したし! 採取を続けるか!」

「ちむ!」

 

立ち上がって、俺は再びちむちゃんを肩に乗せ歩き出した。

 



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俺の相棒 前編

 

「…………どうも」

 

 ちむちゃんとの冒険から帰ってきた日、俺はゲラルドさんの店に来ていた。

 

「あらアカネ君。いらっしゃいま……そのアゴどうしたの? 真っ赤よ」

「…………ぷににやられた」

「あら、シロちゃん帰ってきたの?」

「……知らん。とりあえず氷かなんか欲しい」

「あ、そうね。ちょっと待ってて」

 

 そう言ってツェツィさんは奥へと引っ込んで行った。

 

「はあ、おい。ここ座るぞ」

 

 俺はそう言って、メルヴィアの座っているテーブルの席に着いた。

 

「なに荒れてんのよ。感じ悪いわよ」

「……うっせ」

 

 俺がそう呟くとメルヴィアは戸惑った様子になった。

 

「ホントどうしたのよ……あんたらしくないわよ」

「…………別になんでもない」

「はあ、調子狂うわね。話してみなさいよ、少しは気が晴れるかもしれないわよ」

「…………はあ」

 

 俺自身も今の自分が嫌な奴になっている自覚はある。

 メルヴィアの言葉に甘え、俺はぶつぶつと語り出した。

 

…………

……

 

 

「じゃーなー! また一緒に冒険しようなー!」

「ちむー!」

 

 村に戻ってきた俺はちむちゃんと別れて、宿屋へと歩いて行った。

 いや、ホントにちむちゃんは終始かわいかったな。

 

 そして、俺は宿屋の部屋の前まで来ていた。

 

「ふう。しっかし、ぷに戻ってかなー?」

 

 俺は期待感を込めつつも扉を開いた。

 

「おっ! ぷに、戻ってたか!」

「…………」

 

 部屋の中心にあるデーブルの上には、いつも通りのぷにの姿があった。

 

「まったく、相棒放ってどこ行ってたんだよ」

「…………」

「? どうしたんだ?何むくれてんだよ」

「…………」

 

 いくら声をかけても、ぷには俺の方を振り向かない。

 もしかして、ちむちゃんと帰ってくるところ見られてたとか?

 だとしたら、少しは可愛げがあるってもんだが……。

 

「ホントどうしたん――ガッ!?」

 

 瞬間、ぷにの姿が消えたと思ったのも束の間、俺のアゴに大きな衝撃が走った。

 

「な、何を……ガハッ!」

 

 倒れるのをなんとか堪えたが、次は右脇腹に衝撃。

 さらに左足、右肩、腰。

 元々そんなに打たれ強くない俺は立っているのもやっとな状態になっていた。

 

「ハア……ハア……――ァ!?」

 

 最後に鳩尾への一撃で俺の意識は完全に断たれた。

 

 

…………

……

 

 

「……こういうわけだよ。笑えるだろ」

 

 俺は自嘲気味に笑った。

 

「つまり、今も体中アザだらけって事かしら?」

「まあそうなるな。ここまで歩いてくるのも結構大変だったんだぜ」

「それならどうしてわざわざここまで来たのよ」

「それは、君と話したかったから!」

 

 キラッ。

 

「無理してるのが見え見えすぎて、逆に痛々しいわよ」

「まあ、誰かと話したかったってのは嘘じゃないさ。結構精神ダメージの方が大きくてな」

 

 ぷにはもう二年来の相棒だ。あんな一方的に攻撃されるとは思ってもいなかった。

 

「……愛想つかされたのかね」

「そんなこと無いわよ。あんたたちほど良いコンビなんて、人間同士でもそういないわよ」

「コンビ……ねえ。俺が一方的に助けられてた感があるけどな。もしかしたらそんなのが嫌になったのかも……」

 

 俺がネガティブになっていると、突然メルヴィアが大声を上げた。

 

「……ああ! もう! あんたに合わせてたけどもう限界よ! あたし、こういう空気大っ嫌いなのよ!」

「ええ!?」

「まったく男のくせにウダウダと答えの出ないこと考えて! これならいつものあんたの方がまだマシよ!」

「ひ、酷い」

「やられたくせにそのままなんて、あんたらしくもない」

「ま、まあ、そうかもだけどさ……」

 

 やられたらどんな手を使っても倍返し、確かにいつもの俺の手法だ。

 メルヴィア相手に腕相撲で負けたとき然り、リスにぼこられた時然り。

 まあ、メルヴィアの時も含めて大抵失敗に終わっているが。

 

「でもなあ、正直勝てる気がしない……」

 

 あの時のぷにはなんというか、完全に殺る気満々って感じだった。

 実のところ、今でも生きた心地がしない。

 

「なら男の子得意のアレでなんとかしなさいよ」

「アレ?」

「必殺技よ、あんたもそう言うの好きでしょ?」

「まあ、な」

 

 絶賛、後輩君が頑張り中だ。

 

「先輩! 来たぞ!」

「…………」

 

 俺の名前を呼びながら、後輩君が店の中に入ってきた。

 あれ?なんかタイミング良すぎないか?

 

「後輩君。いつから聞いてた?まさか本当に今来た訳でもないだろ?」

「えっと、先輩が氷持ってきてって言ったところからだな」

「最初からかよ!何!?何ですぐ出てこなかったの!?」

「あ~、先輩がいつもと違ったからさ、こう一番出て行きやすい空気を待ってたんだよ」

 

 んな無駄なところで空気読まなくていいよ。天然が君の売りの一つだろうが。

 そして俺もなんかいつものテンションになってきた。さすがは後輩君。

 

「……もういいや。それで?必殺技を思いついたのか?」

「おう! 先輩にぴったりの技を考えてきたぜ!」

「ほほう、聞かせてみるがいい」

「ああ、名付けて!」

 

 しかし、後輩君がその名前を告げることはなかった。

 派手な音を上げて扉が開いた。

 

「す、ステルクさん!?」

「師匠!? ど、どうしたんだ!?」

「……119番。いやいや、えっと、ど、どうしたら」

 

 そこにはフラフラと店の中に入って来るステルクさんの姿があった。

 皆一様にテンパっている。

 

「アカネ君。氷持ってきたわよ」

 

 そして店の奥からは何も気づいていないツェツィさんが氷を袋に入れて持ってきた。

 

「ナ、ナイス! つ、ついでに救急箱も!」

「え?あ、わかったわ!」

 

 ツェツィさんは状況をすぐに把握できたようで、氷を俺に渡すとまた奥に引っ込んで行った。

ったく、あの人を少しは見習えよ。この二人はいつまでも慌てて……。

  俺は袋の氷を自らの頭に思いっきりぶっかけた。

 

「フンッ! よし! 頭は冷えた! もう大丈夫だ安心しろ!」

「あんたが落ち着きなさいよ!」

「ガハッ!」

 

 よりにもよって鳩尾を殴りやがったこの女、これが噂の二次被害ってやつだ。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、すまない」

 

 俺たちがバカをやっている間にゲラルドさんがステルクさんを椅子まで運んでいた。

 俺ら何の役にも立ってねえな。

 

「……師匠。大丈夫か?」

「ふっ、お前に心配されるほど柔ではない」

 

 強がっているのかどうかはわからないが、ステルクさんはどう見てもボロボロだ。

 切り傷に加え火傷まで、様々な傷が付いていた。

 

「いやいや、そんな怪我なら医者に行くべきだろ」

「確かにそうだが、伝えねばならぬことがあってな」

 

 そう言うと、ステルクさんはゲラルドさんの方に向き直った。

 

「店主。しばらくの間、この村周囲での依頼は受け付けないようにしてもらいたい」

「? それは一体どういう……」

「村近辺に凶暴なモンスターが出現した。安全の確保のためこの頼みを通していただきたい」

 

 凶暴なモンスター。何故か、俺はその言葉に妙なとっかかりを覚えた。

 

「ふむ、構わない。と言うよりも、そうせざるおえないだろう」

「感謝する」

「それで、そのモンスターってどんな奴だったんだ?」

 

 本来ならここでステルクさんの体を心配して、このような質問をするべきじゃないだろうが。

 どうしても気になってしまったのだ。どうしても、さっきの相棒の影がちらついてしまう。

 

「……よく分からない」

「え?」

「森を歩いていたら突然火球が飛んできてな……」

 

 俺はそこで自然と安堵の息を吐いた。

 火なら関係ないな。

 

「その後に突然切り裂かれたと思えば、体当たりを受けた。情けない話だがまったく見えなかった」

「はあ……」

 

 俺の中ではもうかなり、意味不明な珍獣が生まれつつある。

 火を吐けて、鋭い爪があって、かなり速いって、チートじゃんか。

 

「それでこうして何とか逃げてきた訳だ」

「……俺、怖くて外で歩けなくなりそうなんですけど」

 

 そんな正体不明の幽霊みたいな存在がこんな近くにいると思うと……。

 

「少しくらい、何か見てないんですか?」

「ふむ。そうだな、あくまで私の経験に基づいた予測になるが……」

 

 そして、ステルクさんの口から聞きたくない一言が零れ落ちた。

 

「大きさはぷにぷに程度と言ったところか」

「いや、それだけじゃ分かりませんよ……」

 

 

 

 

 

 この時はまだ、俺はちょっと怖がるくらいで済んでいたのに……。

 もうちょっと、俺が感が良ければ結果は違ったのかもしれない。

 もう少し、俺が嫌な事実から目を逸らさなければ。

 



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三年目『二十歳なりの日常』
俺の相棒 中編


 俺はギルドの扉を叩き開けた。

 ギルド内の空気がいつもよりも騒がしい。

 

「おい! あれはどういうことですか!?」

 

 俺はギルドに着くなり、クーデリアさんの居るカウンターに詰め寄った。

 俺の視線の方向にあるのはギルドの掲示板。

 

「何でぷにが! 意味が分からん!」

「……わたしだって不本意よ。でもね、仕方ないのよ」

 

 クーデリアさんは辛そうに顔を伏せた。

 それでも自分の意志とは関係なく言葉が口から出てきてしまう。

 

「急展開すぎるだろ! 何の前触れもなしにこんな事ってねえよ! 何とかならないんですか!」

「……悪いわね。被害が出ている以上見過ごすわけにはいかないのよ」

 

 そんなことは俺だって分かってる。

 各地での冒険者への被害、馬車への攻撃。ここまでやれば当然ことだ。

 だけど、それでも……。

 

「…………っ」

 

 何か言いたい、けれどうまい言葉が出てこない。

 あいつは俺の相棒だから、全部俺に任せろ。そう言いたい。

 俺が弱いばかりに、それを言葉にできない。

 

「今のあんたにこんなこと言いたくないけど、帰ってもらえないかしら。見ての通りギルドも立て込んでて忙しいのよ」

「…………」

 

 俺は黙ったまま踵を返した。

 今の俺がここにいたところで、何にも出来ないのは目に見えている。

 何より、あの様子のクーデリアさんは見ていられなかった。

 

 

「なあ、噂の白ぷにとか言うのアイツ討伐に行ってみないか?5人もいればやれるって」

 

「――――ッ!」

 

 名前も知らない冒険者だが無性にイラついた。

 お前らごときで相棒を倒せるかと、何も知らないでと大声で叫びたかった。

 

「ちっ!」

 

 これ以上ここにいると自制が効かなくなりそうだ。

 とっとと出るとしよう。

 

 

…………

……

 

 

 

「あ、えっと、おかえり!」

「…………ああ」

 

 宿屋に向かおうと思っていたのに、何故か自然と足がアトリエに向かっていた。

 俺が扉を開けると、師匠は明るい声で迎えてくれた。

 

「今ちょうどパイ作った所なんだよ。一緒に食べよう」

「……気分じゃない」

「あ……うん。そっかー、残念だなあ」

「…………」

 

 心の中で自分に対して悪態をついてしまう。

 師匠が無理にいつも通りに振る舞ってるんだから、いつもの調子を取り戻せよと。

 

「えっと、その、アカネ君。元気出して」

「…………」

「だ、大丈夫! きっとなんとかなるから!」

「なんとかって何だよ!!」

「ひうっ!」

「…………あ」

 

 何やってんだよ俺。

 師匠に苛立ちをぶつけるなんて最低だろ。

 

「わ、悪い」

「あ、アカネ君……」

 

 バツが悪くなった俺は、すぐにアトリエから出ていった。

 

 

 

「……はあ、何しに来たんだか」

 

 特に用事もないのに出向いて、怒鳴ってさようなら。

 本当、何やってんだか。

 

「最近噂の……」

「ああ、あの……」

 

 所々で街を脅かすモンスターとなった相棒の話を耳にする。

 街も心なしかいつもより活気がなかった。

 

「ん? あれは……?」

 

 当てもなくふらついていると、ミミちゃんが誰かに肩を貸して歩いているのを見つけた。

 さっきの師匠の件もあるし、あまり人と関わらない方がいいよな……。

 

「あ、ちょっと。あんた!」

「う……」

 

 背中に目でも付いているのか、俺が来た道を戻ろうとしたら声をかけられた。

 

「ちょっと手伝いなさいよ。こいつ重くてしょうがないのよ」

 

 そこには息も絶え絶え、ボロボロの防具を纏った冒険者と思われる人物がいた。

 

「ほら、早くしなさい」

「……わかったよ」

 

 さすがにこの怪我の様子をみたら、放ってはおけない。

 前のステルクさん同様、切り傷、火傷、打撃痕など様々な傷が付いている。

 

「…………ぷに」

 

 俺は無意識に相棒の名前を呟いていた。

 

 

…………

……

 

 二人で肩を貸して、ギルドの医務室まで運びこみ、受付のある広場にいた。

 

「珍しいな、ミミちゃんが人助けなんて」

「あら、シュヴァルツラング家の当主として負傷した人間がいたら手助けするのは当然よ」

「そうかい」

 

 正直、ただの気まぐれなんだろうなって思っている俺がいる。

 

「で? どうすんのよ?」

「は? 何がだよ?」

「決まってんでしょ、あんたの相棒よ。まさか、このまま黙ってる訳じゃないわよね」

「…………そのつもりだって言ったら?」

「あんたとの縁はここまでになるわね」

 

 かなりきつい仕打ちだが、今の俺には甘んじてそれを受けるしかない。

 

「……俺じゃあ、無理なんだよ」

 

 ステルクさんですらやられた。

 数多くの冒険者がやられた。

 

「大陸のあちこちに出現する凶悪モンスター、人々を脅かす恐怖の存在。それが今のぷになんだよ。一躍有名人だ。ちょっと妬けるな」

「それで?」

「あ?それでってなんだよ?」

「それで終わりなのかしら?」

 

 そう言うとミミちゃんは俺を小馬鹿にするような目で見てきた。

 

「悲劇のヒーローなんて安っぽいキャラ、あんたそういうの嫌いだと思ってたのだけれど」

「んな!?」

「ここでわたしが、見損なったわ!とでも言えばいいのかしらね?」

「そ、そんなことは……」

 

 ないとは言えない。事実そうなると思ってた。

 

「まったく、あんたらしくないわよ。気持ち悪い」

 

 何か前、メルヴィアにも同じこと言われた気がする。一言余分だけど。

 俺が落ち込んでるのがそんなにいけないのかよ。

 

「逆に聞くけど俺らしい行動って何だよ?」

「……考えなしな行動とかかしらね」

「うわあ……」

 

 むしろそれは俺じゃなくてぷにだ。

 計画犯がぷにで、俺が実行犯みたいな。

 

「……でも、そうだな」

「は?」

「んにゃ、俺はぷにがいなきゃ何もできないってことだよ」

「そんなこと知ってるのだけれど」

「…………コホン! つまりだ!」

 

 無理やり咳払いで誤魔化し、俺は話を続けた。

 

「こっちに来た時は、ぷにがいたおかげで街に着けた。ぷにがいたから俺は冒険者になれたんだ」

 

 最初の出会いがなければ、俺はどうなってたのか、想像もできない。

 

「ぷにがいたから退屈しなかった。ぷにがいたから無茶もできた」

 

 もしも、流された後に再会できなかったら、俺は平々凡々に暮らしてたかもしれない。

 

「で? 結局、何が言いたいのよ」

「つまり! あいつがいないと何も始まらない! だから、俺が!」

 

 ミミちゃんの言う通り、さっきまでの俺は若干悲劇のヒーローなんて物を演じてた気がする。

 強さで適わないからあきらめるなんて、理由として弱すぎるだろ。

 

 そう、俺のこっちでの人生にはぷにがいつも関わっていた。

 そんな当然のことを、本人は意識してないだろうが、ミミちゃんの言葉で気づけた訳だ。

 だから、言えるこの言葉!

 

「俺がやる! そうだ! 俺に任せろよ! お前ら!」

 

 今だに白ぷに討伐とかの話でがやがやしてやがる阿呆共に俺は大声で叫んだ。

 

「ったく! お前らが俺の相棒を倒そうなんて片腹痛いんだよ!」

 

 さっき言いたかった事をいいながら、俺は掲示板の前まで歩いて行った。

 掲示板の人ごみが割れていく。気分はまさにモーセだ。

 

「はい! ビリビリー!」

 

 掲示されたぷにの張り紙を引き裂く。

 非難の声を浴びせられるが、気にする事はない。

 なぜなら、ミミちゃんが今俺の事を尊敬のまなざしで見ているから!

 

「妄想乙!」

「おい! 誰だゴラ! 俺の心読みやがって!」

 

 最近の冒険者はテレパシーでも使えんのかよ。

 

「クーデーリアさん!」

 

 俺はカウンターに駆け寄った。

 

「この俺! アカネに任せてください!」

「はいはい。分かったから、そんなに騒がないで頂戴」

 

 そう言いつつも、口元がゆるくなっている辺り今の俺を待っていたということか。

 

「あれですよ。さっきまでの俺は頭のネジが締まりすぎてたんですよ」

「逆に緩めすぎてる気がするわね」

「クックック。最高の褒め言葉ですよ」

 

 もうあれだね。冒頭から全部俺がそう言うキャラを演じてたと思ってくれればいいよ。

 あのダークアカネもとい黒歴史アカネ君の事はそういう扱いにした方が気が楽です。

 

「というわけで、師匠の所に行かなきゃいけないんで、さいならー!」

 

 ああ、クーデリアさんの下からこんなにテンション高く去れたのはいつ振りだろうか。

 

 

…………

……

 

 

 

「師匠! たっだいまー!」

「あ、あれ? アカネ君?」

「ああ、それでだな。さっきはすまなかったな」

「あ、うん。ちょっと驚いたけど平気だよ。アカネ君が元気になってくれて嬉しいし」

 

 えへへーと笑う師匠。この人は本当に良い人と言うしかないな。

 むう、このまま許されちゃ俺の気が収まらん。

 

「お詫びに、師匠の願いを何でも一つ叶えてしんぜよう!」

「え! ほ、本当!?」

 

 師匠は途端に目を輝かせた。……早まったかも。

 

「お、男に二言はない……が、今はやる事があるから後にしてもらいたい」

「うん! えへへ、どうしようかなー」

 

 不吉な笑いを背に俺は本棚の本を漁った。

 俺がぷにに勝つには、俺が奴よりも勝っている点。つまり錬金術で対抗するしかない。

 それにぷにだって万能じゃない、いままでの戦いでもそれはわかっている。

 

「お、あったあった」

 

 俺が呼んでいる本は『季刊錬金術・二号』あまりの需要の無さにすぐ絶版した悲劇の本だ。

 

「魔法の鎖……」

 

 相手の素早さを遅くする効果を持つ鎖、これがあれば動きを鈍くさせられるはずだ。

 今の俺に作れるかはわからないが。

 

「あとは……」

 

 何か一時的に体力を上げられるような物が欲しいな。

 

「…………」

 

 俺は横目でちらりとまだトリップしている師匠を見た。

 あれでも偉大な錬金術師なんだし、聞いてみるか。

 

「師匠、ししょー、師匠!」

「わっ! な、なに?」

「やっと気づいた……。ちょっと聞きたいんけど、持久力とかを一時的に上げられる薬とかないか?」

 

 なんかこの聞き方、社会的に問題アリアリだな。

 

「うーんと、あるにはあるけど、今のアカネ君じゃまだ作れないと思うよ……」

「……師匠が作ってくれませんか?」

 

 ちょっと腰を落として上目遣い。敬語を使ってキャラ作り。

 

「ま、任せて!わたしがんばる!」

「…………」

 

 我が師匠ながらちょろいな。

 

 

「まあ、でも」

 

 これで少しは光が見えてきた。勝てる確率は九分九厘と言ったところか。

 十回に一回勝てるんだ、バカにしたもんでもない。

 

「待ってろよ……」

 

 理由は知らんが、お前が暴れてるなら相棒として俺が止めてやる。

 



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俺の相棒 後編

「鎖よし、フラムよし、手袋にドーピングお薬っと」

 

 あれから3日、入念に用意を重ね今最終チェックをしている。

 

「いやー、本当に師匠様々だよな」

 

 薬だけでなく鎖まで作ってくれるとは、正直なとこ助かった。

 あとは最近の目撃情報でも聞きに行って、出発するだけなんだが……。

 

「はー、で? 後輩君、そろそろ諦めてくれんか?」

 

 いきなりやって来たかと思えば、俺もついて行くと言って聞かないんですよこの子。

 

「嫌だ。それに先輩一人でどうやって倒すんだよ」

「それは、あれだ。まあいつも通り一発勝負だな」

 

 出会い頭に鎖で拘束して必殺の一撃を叩きつける。

 これが俺の常套手段だ。

 

「あいつ俺と同じで結構打たれ弱いしさ。なんとかなるって」

 

 ぷには攻撃を受ける事自体少ないため俺もあまり気にしていなかったが、あいつは打たれ弱い。

 前に後輩君とミミちゃんでグリフォンとかの討伐に行ったときが特に顕著だった。

 何だかんだで、俺とぷには戦闘のスタイルも結構似ていたってことだな。

 

「でもさ、オレも何かしたいんだよ。あいつ前にオレの事助けてくれただろ。だからさ……」

「ああ、うん。そうだな」

 

 さて、どうしたもんか。

 確かに後輩君が一緒に来てくれれば戦力は増加するが……。

 

「非効率的な考えだけどさ、俺は一人でぷにを止めたい。あくまでもただの意地だ」

 

 十人いたら十人が自分勝手と言うだろうが、それが俺だ。

 

「それじゃあ……そうだ!」

「うにゃ?」

 

 悩みだしたと思ったら、いきなり顔を輝かせた。

 

「前に先輩に教えられなかった必殺技だよ。必殺技!」

「……一応聞いておくか」

 

 この局面でいきなり教えられても使えないだろうが、ぷにの知らない技を隠し持っておくのも良いかもしれない。

 

「それでだな、この技は…………」

「ふむふむ……」

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「~♪~~♪♪~♪」

 

 アーランドから東に向かった林の開けた場所で、俺は鼻歌交じりに地雷フラムを埋めていた。

 

「演出至上主義ってね」

 

 危険物が埋められていっているこの場所は俺とぷにが初めて出会った場所。

 ドローファイトに決着をつけてやろうってことさ。

 

「……よし、と」

 

 フラムを埋め終わった俺は立ち上がり東を見つめた。

 ギルドに届いた最近の目撃情報によれば、ぷにがいるのはさらに東の方向らしい。

 

 だったら何で、ここに罠を仕掛けたかと言われれば、そっちの方が展開的に燃えるからとしか言えないな。

 俺はなんとしてもあいつを止めたいが、それとは別に決着をつけてやりたいって気持ちもある訳だ。

 

 この戦いが相棒の最後になるかもしれない以上、俺は最高の舞台であいつに勝利したいんだ。

 

「来るなら来い、全力でここまで逃げてきてやる」

 

 俺は思い出の場所を振り返り、林の中へと進んで行った。

 

 

 

 

「…………」

 

 林の中を進んでいく、既にゴースト手袋は着用済みだ。メリケンサックは着けるべきか悩んだがアイテムを取り出しづらくなると判断しポーチの中だ。

 一時的に体力を増加させる強壮の丸薬という薬も服用済み。いつでも逃げれる用意は整っている。

 

 襲われたら、一直線に逃げて行き、罠を駆使してぷにを倒す。

 それしか俺には方法はない。

 

 そのまま警戒しつつ歩を進めていくと、視界の端に不自然な発光が見えた。

 

「――――ッ!?」

 

 真横から飛んできたのは火球、俺は内心やっと来たかと思いつつも前に転がり避けた。

 すぐに立ち上がり、周囲に気を配るが物音ひとつしない。

 

「…………へ?」

 

 突然頬に鋭い痛みが走った。右手で触れてみれば手袋には赤い血が染み付いた。

 見えなかった以前にわからなかった。

 ステルクさんの言っていた突然切り裂かれたって言うのはこの事かよ。

 

「クソチートが!」

 

 立ち止るのはまずいと判断し、俺は全速力で来た道を戻って行く。

 

「ふっ!」

 

 特に確信がある訳でもないが、俺は右へと飛んだ。

 予想通り、視界には高速で飛んで行くぷにと思われる姿があった。

 

「どうした! 知能が退化したか!?」

 

 ステルクさんは切り裂かれ、体当たりを食らったと言っていた。

 他の被害を受けた冒険者たちにも同様の傷跡があったことから、あの攻撃がワンセットではないかと予想した訳だ。

 

 さすが俺、今の俺を見たら皆俺の事を見直すに違いない。

 

「まあ、見えない事に変わりはないし……。それに食らった方が良かったかもしれん」

 

 ぷにが俺の退路に飛んで行ってしまったので、俺は横からの迂回して行くしかない。

 いっそのこと、ダメージ覚悟で吹っ飛んで行った方が賢かったかもしれん。

 

「とりあえず、これだ!」

 

 俺はポーチからフラムを取り出し、放り投げた。

 そのフラムが爆発すると、火炎ではなく出てくるのは煙。

 前に調合ミスったフラムを煙幕代わりに使おうとしたが、今回は完全に煙幕様に調合したフラムだ。

 

「あばよ」

 

 俺は煙に紛れて、木々の中へと消えて……いけなかった。

 

「ぷに゙ーーっ!」

 

 いつもよりも濁ったぷにの声が聞こえたと思うと、強風が吹き煙幕が吹き飛ばされた。

 同時に俺の顔から何から全身に痛みが走り、視界に血が飛んでいるのが写った。

 

「……そういうことかよ」

 

 そういえば、アードラ、あの鳥モンスターが真空波なんて技を持ってるって本に書いてたな。

 ただ、オリジナルを食らった事はないが威力がケタ違いなのは、なんとなく分かる。

 さっきの見えない攻撃は極小の出力で放ってたってことか。

 

「くそ! フラム!」

 

 再び飛んできた火球に俺はフラムを投げつけ相殺した。

 

「――――ガッ!?」

 

 また真空波が飛んでくるという予想に反して、飛んできたのはぷに自身だった。

 鳩尾に当たる事こそなかったが、俺はその場に倒れかけた

 目の前には自分が勝利したと誇示するように、ぷにが悠然と構えていた。

 

「に、逃げるんだ……」

 

 あの場所まで、逃げる逃げたい。

 なのに方法がない、鎖は決めの一手、フラムは当たるはずがない。

 

「詰んだ……?」

 

 完全に甘く見ていた。あそこまで逃げる、それが一番難しい事だと、今更になって気づいた。

 

「ぷに゙に゙に゙に゙」

「あん?」

 

 聞こえてきた濁った笑いに、思わず弱気な思考を停止した。

 イラついた。ああ、イラついた。

 

「不愉快なんだよ! てめえ!」

 

 俺はボロボロの腕を前に振り、大砲を召喚した。

 

「黄昏の光(ラグナロク)!」

 

 大砲から発せられる蒼いレーザーはぷにのいた周辺を容赦なく薙ぎ払った。

 

「ふっ!」

 

 俺は結果を見届けずに目的地まで走り出した。

 足からも血が出ているが、そんなことに構っていられない。

 

「はあ! はあ!」

 

 手袋の疲労に流血まで加わり、ドーピング分の体力すらも切れてきた。

 だが、後少しだ。あそこにさえ行ければ……。

 

「――――フフッ」

 

 木々を抜け、開けた場所に出た。

 決戦のバトルステージ、俺の絶対勝利の場所。

 後ろからは葉が擦れ合う音が響いている。

 あと数秒もしない内に来るだろうな。なら、俺がやるべきことは……。

 

「ハア! ハア!」

 

 俺は地雷フラムを埋めた場所へと走って行く。

 

「ハア……ッオラ!」

 

 そして、その場所を思いっきり踏みしめた。

 

 

 

「――――ッ!」

 

 

 口から小さな悲鳴が上がるが、決して痛みによるものだけじゃない。

 一言で言うなら、人は空を飛ぶようにはできていないと言うことだ。

 

「…………」

 

 俺は今、周りのどの木よりも高い位置まで飛んだ。

 あのフラムの本当の役割は俺を飛ばす発射台になる事。

 足がどうなっているか確認する余裕もなく、俺は重力に引かれてスピードを落としていく。

 

「いた」

 

 落下が始まる瞬間に真下で周りの様子を窺っているぷにがいた。

 俺は拳を落下する方向に突き出しながら落ちていく。

 

「魔法の鎖!」

「ぷに゙!?」

 

 惜しかった。あと少し早く俺に気づいていればよかったな。

 俺が左手で鎖を地面に投げつけると、鎖は生きているかのように動き、ぷにを地面に封じ込めた。

 

「彗! 星! 拳!」

「――――ぷに゙」

 

 これぞ後輩君が考えだした必殺技。上空から叩きつける一撃。

 

 ぷにに右拳を当てると同時に俺は両足を着く。

 拳からは嫌な音と感触が伝わってきた。

 

「俺の! 勝ちだ!」

「ぷ……に……」

 

 俺は拳を引くと同時に後ろに倒れこんだ。

 上半身だけを起こしてぷにを見ると、若干潰れてはいるものの生きてはいるようだ。

 

「ぷ、ぷ、ぷ、ぷ」

「……?」

 

 何か青くなって、口をすぼめている。

 まさかとは思うが、新しい形態とかじゃないよな。

 

「ぷ、ぷ、プヴォェェー! ヴォェー!」

「う、うわああーーーー!?」

 

 

 

 しばらくお待ちください。

 

 

 

「君さあ、何? 何なの? 折角人がカッコよく勝利を決めたのさあ」

「ぷに~」

 

 俺とぷには昔と同じように、並んで倒れていた。

 前と違って、鼻にくる刺激臭があるが……。

 

「オチが吐くってなんだよ。あれか? 食べすぎで我を見失ってたのか?」

「ぷに!」

「当たってんのかよ!? 消化に悪いモンスターを食うからそうなるんだよ」

「ぷに~」

「いっそさ。な、内部に取り込んだ魔物たちが! 暴走する! みたいな感じの方が説得力あるわ」

 

 それが食べすぎですよ、被害を被った方々に何てお詫びすればいいんだよ。

 

「……帰ったらクーデリアさんが怖いぜ」

「ぷ、ぷにー」

 

 どんと来いみたいなこと言ってるが、俺としてはDon't来いな訳で。

 

「……はあ。これで一件落着か」

「ぷに」

「それでさ。お前、なんでいきなり出てったんだよ?」

「ぷに~、ぷにに。ぷに」

「新しい必殺技が欲しかったって? もしかして、お前俺と後輩君の話聞いてたのか?」

「ぷに!」

 

 なんか、どんどん動機から何からしょぼくなってくな。

 俺が一人で盛り上がってたみたいじゃないか。

 

「とりあえずさ。お前はなんだかんだで大事な相棒なんだよ。あんま無茶すんなよ」

「ぷに~」

 

 珍しく素直に反省しているようだな。

 

「それに、今じゃお前の方が弱いんだしさ」

「ぷに!? ぷに!」

「ああん? 勝ちは勝ちだ。卑怯なんて言わせんぞ。勝てば官軍負ければ賊軍だ」

「ぷに~!」

「あんだ!? もう一回やろうってか!」

「ぷに!」

 

 バシ! ドコ!

 

 立ち上がった俺にぷにの体当たりが当たり、俺の拳がぷにに突き刺さった。

 

「……うへぇ」

「……ぷに~」

 

 俺とぷには完全に力尽き、互いに気絶した。

 

 ……やっぱり、ぷにがいると面白い。

 意識が沈み込む前に、柄にもなくそんな事を考えた。

 



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お金の大切さ

「…………うん? ……ここは」

 

 目を覚まし、俺の目に映った天井は一度見た事のある物だった。

 

「医務室か……。あ痛!」

 

 体を起すと、俺の体中に痛みがあった。

 

「うぅ……うん? なんぞこれ」

 

 右手にはギプスが着けられ、上半身裸で全身に包帯が巻かれていた。

 

「おいおい。大袈裟すぎないか?」

 

 そんな骨折してる訳でもないのに、皆俺が心配で仕方ないんだろうな。

 

「俺って愛されてるな。そう思うだろ?」

「ぷに~」

 

 俺の横には既に目を覚ましていたぷにがいた。

 こいつは全然怪我してるように見えんな。

 

「ふふっ、その証拠に、ほら耳を澄ませてみろ。俺のお見舞いに来る足音がするぜ」

「ぷに」

 

 まったく人気者はつらいな。ほら、足音が止まった。

 

「あら、やっと気づいたのね」

「なんだ、俺じゃなくてぷにか。よかったな、愛されてるぞお前」

「ぷに! ぷに!」

 

 この場面でクーデリアさんが来たら、お前に用があるに決まってんだろうが。

 俺何も悪い事してないもん。

 

「それだけ元気ならもう安心ね」

「あ、はい。おかげ様で」

「ぷにに」

「それじゃあ、はいこれ」

「はい?」

 

 クーデリアさんが俺に一枚の紙を渡してきた。

 なになに?

 

「ええと…………は?」

 

 そこには罪状のようなものが書かれていた。

 

『多数の冒険者への傷害行為』

『輸送馬車への妨害行為』等々

 

「つきましては賠償金三十万コール……コレマチガイ、オレワルクナイ」

「これでも最低限まで減らしてあげたのよ。感謝しなさい」

「ガー、ガー、ピッッーー」

 

 ワタシノ電子演算プログラムニヨリマスト。

 一週間で5000コールとスレバ、1ヶ月で2万コールとナリマス。

 ツマリ15ヶ月で返済完了とナリマス。

 

「ガーッ! ガッー! システムエラー! 強制終了シマス」

 

 俺の人生シャットダウン。

 クーデリアさんの冷めた目線でクールダウン。

 

「YO! YO! ダウン! ダウン! 借金生活でノックダウン! FU!」

「ぷに……」

「何キチ○イ見る目で見てんだよ。つーか、悪いのは全部お前だろうが!」

「ぷに~」

 

 この野郎、俺に全部押しつけて済ますつもりだな。

 それなら俺にも考えがある。

 

「はい! 先生!」

「……だれが先生よ。で、何かしら?」

「実は、ぷにくんは食べすぎで暴れてただけなんです!」

「ぷに!?」

 

 道連れじゃ、貴様もろとも地獄に落ちてくれる!

 

「ふ~ん。まあ、別にそんな事はどうだっていいわよ」

「な!?」

「ぷに~♪」

「ギルドとしては、そっちの方が重要だもの」

 

 そう言って、クーデリアさんは俺の持っている紙の方に目線をやった。

 これか!この紙切れがいけないのか!

 

「……なら! この紙をぷにに渡すのはどうでしょうか!」

「相棒の責任はあんたの責任でしょ。第一、あんた言ってたじゃないの」

「な、何をですか?」

「全部俺に任せろーって、みんな聞いてるわよ」

 

 ああ、あの時の覚醒オレ状態だった時か、いやでもさ……。

 

「そんなニュアンスで言って!ません!」

 

 何という詐欺、『いえ結構です』って言葉を肯定って受け取るようなもんじゃないか。

 

「男のくせにみっともないわよ。ちなみに期限は2年以内だから、せいぜい頑張りなさいよ」

「そ、そんな」

「大丈夫。錬金術の修行ついでに依頼をこなせばすぐ終わるわよ」

 

 そう言って笑いながら、外へと出て行った。

 悪魔め。

 

「あはは、借金返すのが目標なんて主人公っぽいな」

「ぷにににににに」

「死ね! ――がああ!?」

 

 ぷにに左ストレートを叩きつける、避けられる、怪我で体が軋む、超痛い。

 

「これで勝ったと思うなよ……」

「ぷに……」

 

 ぷにが憐みの目で見てきた。元凶のくせに……。

 

「今たぶん、十万コール弱くらいはあったかな……」

「ぷに!」

「全然足りねえよ! しかもこれ! 将来のアトリエ建設費だから!」

 

 身内の不祥事で金を消費するなんて、そんな経験したくもないかった。

 

「十万コールを元手に一発当てるとか?」

「ぷ、ぷに!?」

「探したら、賭場の一つや二つ見つかってもいいはずだ……」

「ぷに! ぷに!」

 

 そうだよ。こんだけ金があれば20万くらいすぐに……。

 

「ぷに!」

「がはっ!」

 

 腹に。ズドンと。来た。

 

「――――ッ!!」

「ぷに! ぷにに!」

「と、止めるにしても。ほ、方法ってもんがなっ!」

 

 痛みに耐えながら抗議していると、医務室の扉が開いた。

 

「し、失礼します」

「お、おう。フィリーちゃんじゃないか。どうしたんだ?」

 

 俺は無理矢理息を整えて、あたかも平静のように振る舞った。

 

「えっと、クーデリア先輩にこれを持ってくように言われて……」

 

 そう言いながら、俺に数枚の紙束をいつも通りおどおどと手渡してきたが……。

 

「えっと、どうぞ」

「…………」

 

 俺は無言で手を引っ込める。

 

「え、えっと……」

 

 俺の行動に戸惑っているようで、どうしようかとおろおろしている。

 見ていて可愛……可哀相だが、クーデリアさんからさっきもらった紙が、地獄への切符だったことを俺は忘れていない。

 

「そ、その紙には……何て書いてある?」

「え? えっと……診断書、ですけど」

「? 診断書?」

 

 俺はほっと一息ついた。

 よかった。追い打ちじゃなくて本当によかった。

 

「わあ。アカネさん身長大きいんですね」

「ちょ、ちょっと!み、見ないでくれよ恥ずかしい」

「あ、ごめんなさい。つい、目に入っちゃって……」

 

 フィリーちゃんが謝りながら俺に紙を渡してきた。

 何か悪いことした気分になってしまう。

 

「お、おお! マジででかいな俺!」

 

 夢にまで見た180。成長期ってすばらしい。

 つか、2年以上身長は測らない俺って……。

 

「ところで、フィリーちゃんって身長何センチなんだ?」

「え、えっと、たしか155です……」

「…………」

 

 まさか正直に答えてくれるとは、俺の悪戯心が疼いてしまうじゃないか。

 

「血液型は?」

「O型ですけど……」

「……スリーサイズは?」

 

 べ、別に聞きたい訳じゃないんだからね!流れで次はこれだろって思っただけなんだから!

 

「……え、えっと、そのですね……」

「い、いや答えなくていいんだからな」

 

 顔を真っ赤にして、ちょっと脅かしたら言いそうな雰囲気だったので、さすがの俺も止めてあげた。

 この子は本当、もうちょっと強気な態度になってもいいと思うんだけどな。

 

「あ、アカネさん。女の子には言っていい冗談と悪い冗談が……」

「もうちょっとキツク言ってみ?」

「え?…………」

「…………」

「…………」

 

 あ、涙目になっちゃった。

 

「やっぱり無理か」

「……アカネさん。わたしで遊んでませんか?」

「ははっ」

「うう、やっぱりそうなんだ……」

「だって、ベッドの上にいると暇なんだもん」

 

 筋トレもできなければ錬金術も使えない、その上借金まみれ。

 

「疲れてる時はさ、犬とか猫とかと戯れるといいと思うんだよ」

「わたしは人ですよ……」

「待てよ……」

 

 突然、俺の脳内にインスピレーションが舞い降りた。

 犬、猫、獣、獣耳……猫耳フィリーちゃん。犬耳師匠。猫耳トトリちゃん……。

 

「…………」

 

 なんてことだ、こんな所で世界の真理に触れてしまうとは。

 これはまさしく、賢者の石を作成するに等しい所業……。

 

「こんなとこで寝てられねえ!」

 

 俺は怪我の痛みも忘れ、ベッドの上に立ち上がれ……なかった。

 

「あ! 足が! のののん!」

「あ、アカネさん! な、何してるんですか!」

 

 フィリーちゃんが珍しく大きな声を出してきたが、そんなことに構っていられないほどの痛みが俺の足に響いた。

 体は自然と先ほどと同じ体勢に崩れ落ちた。

 

「こ、これは一体……」

「もう、驚かさないでくださいよ……」

「あ、ああ。悪かった」

 

 俺は自分の現状を把握するためにもさっきもらった紙を左手を使って読み始めた。

 

「右手骨折、両下腿にひび及び重度の火傷、全身の裂傷。全治2ヶ月……」

 

 下腿ってひざよりも下の部分だっけか?

 いや、しかしこれは……

 

「すごいな俺」

「そうですよ、ここに運び込まれた時みんな心配してましたよ」

「あ、いや。たぶん考えてる事に違いがあるわ」

 

 俺がすごいと言っているのは怪我の度合いの話ではなく、ほとんどが俺の使った技の反動という点だ。

 飛ぶときに火傷して、着地してひび、叩きつけた拳で骨折。

 

「ぷに、お前よく無事だったよな」

「ぷに?」

 

 骨折するほどの勢いで叩きつけたのに、こんだけピンピンしてるとはな。

 

「む、肋骨も何本かやられてるのか。手袋なかったらどうなってたんだか……」

「? 手袋……?」

「ああ、いや、別になんでもない。気にするな」

 

 俺は誤魔化すようにページをペラペラと捲っていく。

 

「…………あ?」

 

 治療費・1万コール

 

「…………」

 

 そりゃね、こんだけ怪我して運び込まれたら高くつくよね。

 

「もうやだ。お金嫌い……」

「ぷにー」

 

 黙ってろ元凶。

 



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入院生活-1 必殺技

「師匠の本が持ってくる本がギリギリすぎる」

「ぷに」

 

 入院生活で暇なので、師匠にアトリエから錬金術の参考書を持ってきてもらったのだが……。

 

「ネクロノミコンにナコト写本、どこで拾って来たんだよ」

「ぷに~」

 

 俺の世界にある架空の書籍のはずなのにな。

 しかも、書いてある内容がこれまた酷い。

 

「シェルペルホルンってアイテムの作り方、確か、あの産業廃棄物な本にも載ってたよな」

「ぷにに」

 

 最高レベルの魔導書=季刊錬金術・二号

 

「あの本って実はかなり実用的だったり?」

「ぷに」

 

 魔法の鎖とか前のぷにとの戦いでの決め手にもなったしな。

 ネクロノミコン(笑)

 

「しかし、他の奴はな」

 

 ベッドの横に積まれている本を横目で見る。

 そこにあるのは、師匠のパイノート。あの人は俺をどんな錬金術士にしようとしているのだろう……。

 

「もういい、やめやめ。ぷに、カバンからノート取ってくれ」

「ぷにー、ぷに!」

「ん、サンキュ」

 

 ぷにが持ってきたのは、いわゆる大学ノート。俺はペラペラとページを捲った。

 

「んと、最近作った爆弾は……煙幕フラムだけか」

「ぷに」

「ああ、あんま使えなかったんだよな。お前がすぐに吹き飛ばしたもんな」

「ぷに!」

 

 ぷには威張ったように一鳴きした。

 そういえば、今のぷにってどんな状態なんだ?前に一通り吐きだしたけど。

 

「ぷにさ、まだ前使ってた技使えるのか?」

「ぷに? ぷにぷに」

 

 目の前で、無理無理と言う感じでぷには体を横に振った。

 

「なら結局強くなったのは俺だけってことか」

「ぷに~」

「不服ならお前も努力するこったな。ま、俺の新必殺技に適う訳ないけどな」

 

 まったく後輩君はすばらしい技を考えてくれたもんだ。

 問題としては自分への反動ダメージだよな。

 

「あ、そう言えば後輩君に必殺技教えてなかった」

 

 俺の技と引き換えにって約束だったのに、すっかり忘れてた。

 

「いやしかし、どうしよう?」

「ぷに?」

「いやさ、適当に居合切りでも教えようと思ったんだが……。なあ、ダメだろ? ここは俺も本気で考えないとさ」

「ぷに!」

 

 ただそうなると、剣なんてあんま詳しくない俺が考えても妙案が出てくとは思えん。

 となると、ここは……。俺は外へと耳を傾けた。

 

「師匠の持ってきた本を代償に召喚! 騎士ステルク!」

 

 そう言いながら、俺は上半身を起こして分厚い本を対面の扉に投げつけた。

 そして、タイミング良く扉が開いた。

 

「――なっ!?」

「ステルクさん。怪我人のところに来てその態度はどうかと思いますよ」

 

 ステルクさんは額を押さえてたたらを踏んでいた。

 

「……ふむ。ステルクさんは不意打ちに弱いっと」

 

 左手を使ってノートにメモメモ。

 

「俺のノートにミミズが現れたようです」

「ぷに~」

 

 利き手使えないとか致命的過ぎる笑えない。

 

「…………」

 

 立ち直ったステルクさんが無言で睨んできた。

 やっぱりこの人イケメンだけど怖いわ。

 

「よし。後輩君の必殺技は暗殺剣に決まりだな」

「ぷに!?」

「これでどんな奴でもスパンと一刀両断……」

 

 そこまで言ってやっとステルクさんが話に入ってきた。

 

「私の弟子にあまり怪しげな技を教えないでもらいたいのだが」

「だって、ステルクさん倒すにはこんくらいしか思いつかないんですもん」

「私を倒す?」

「む……」

 

 ここは隠し通した方がいいよな。

 師匠の知らぬ間に弟子が自分を打倒する技を開発っていう展開の方が燃えるし。

 

「君が何を考えてるかは知らんが、まあ、だいたいの事情は分かった」

「何だって!?」

「……ぷに」

「大方、あいつが私を倒すための技を君に頼んだのだろう」

「何故ばれたし」

「……ぷに~」

 

 さっきからぷにが呆れたような溜息を吐いてる。なんぞ?

 

「まあ、バレたからには仕方がないですね。それで?」

「それで、とは?」

「ここはあれでしょう?こう、弟子の欠点を呟いてクールに去る! みたいな展開が王道というか……」

「それを聞いて、私に一体どうしろと言うのだ……」

「ですから、ここは一つ。ね?」

 

 ステルクさんはため息を一つ吐いて、俺にこう言ってきた。

 

「そもそも。君に頼むと言うこと自体が間違いなのだ」

「え?」

「あいつの使っている回転切りとかいう技も、どうせ君が教えたものだろう?」

「ま、まあそうですけど……」

 

 何? 俺の教えた技になんか文句でもあると?

 確かに適当教えたけど、技としては使えると思うんだけどな。

 

「君の戦い方は一撃に全力をかけるスタイルだ。あいつには合うはずがない」

「…………ふむ」

「君に教えを請うなんて、あいつの持って生まれた敏捷性を殺すようなものだ」

 

 なるほどなるほど。つまり小さな連打で数を狙えってことか。

 

「……ステルクさん。そこまで話してもらってあれなんですけど」

「む? どうしなのかね?」

「いや、その。俺が知ってる剣の必殺技って大抵大技なんですよ」

 

 ゲームとかの知識だと必然的にそうなってしまう。

 小技連打とかだと物理的に無理だろって技ばっかだし。

 

「どうしましょう?」

「言っただろう。君に教えを請うのが間違いだと」

「ああ、つまり……」

 

 

…………

……

 

 5月15日 ギルド医務室

 

「せんぱーい。トトリに呼ばれたから来たんだけど……」

「くらえっ!」

 

 つきつける『ステルクさんの証言』

 

「後輩君。これを見てくれ」

 

 俺は後輩君にノートを手渡した。

 

「……先輩。これ字汚くて読めねえんだけど」

「それを読んでくれれば分かる通り、いままでの君には決定的な間違いがあった」

「ああ、なんだいつものか」

 

 いつもの奇行?

 

「君は! 自分の敏捷性を生かすことができていなかったんだ!」

「へ?」

 

 意味が分からないと後輩君がポカンとしている。

 

「俺は気づいてしまったんだよ。俺の思いつく技では君の真の力が発揮できないと……」

「し、真の力!?」

「そうだ。速く小さく鋭く、流れるような連撃。これこそが最速を極める者。それが君だ!」

 

 バーン! という安っぽい効果音と共に言い放った。

 

「最速を極めるもの……。か、かっけえ!」

「ふっ、そうだろう。さあ、行くのだ! 師匠を倒すために!」

「ああ、わかった! ありがとな先輩!」

 

 そう言い後輩君は医務室から飛び出して行った。

 

「…………」

「……ぷに」

「うん。なんか罪悪感がいまさらになってひしひしと……」

「ぷに~」

「結局さあ、全部受け売りだったもんな」

「ぷに」

 

 しかも具体的な内容を一切言ってない。

 

「今度ハゲルさんに頼んで後輩君に合う剣でも作ってもらうか」

「ぷに!」

「よし! そうと決まれば、さっそく金属の作り方を研究……」

 

 しようと思ったけど、横に積んでるのはパイの作り方の本ばかり。

 

「ぷに。アトリエから金属系の本片っ端から持ってきてくれ」

「ぷに!」

 

 とりあえず入院中は金属の研究とサウスポーのマスターに全力を注ぐか。



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入院生活-2 錬金トーク?

 

「……金属ねえ」

 

 医務室暮らしが始まってから早2週間、俺は今日も今日とて本をパラパラと読んでいた。

 

「いまいちすぎる」

 

 参考書に書いてある金属は実用性に溢れてはいるのだが、今一つだ。

 

 もっとこう、一ターンに二回行動できるくらいの軽さがほしい。

 

「ぷにー、つぎのー」

 

 俺は寝たままぷにへ本を差し出したが、何の反応もない。

 

「あ、そういやそうか」

 

 俺が本読んでる間、ぷにが暇そうだったから討伐依頼でもして金稼げって言ったんだっけか。

 まさか、本当に行ったとは思わんかった。

 

「……どうする」

 

 ベッドの左には床の上に大量に積まれた本があるのだが、手が届かない。

 うん? ちょっと移動すれば届くだろうって?

 

 ガシャガシャ

 

「…………」

 

 ガシャガシャ

 

 俺の目には手錠でベットに繋がれた右足首が映っている訳ですよ。

 

「あのクソ医者が!」

 

 ちょっと無理しただけでこの仕打ちとは、筋トレはちゃんとしないと鈍っちゃうんですよ。

 ある逸話によると、昔その医者はステルクさんをベッドに鎖で括りつけたとか……。

 

「ヘールプ!ヘルプミー!」

 

 むなしく部屋に響き渡る俺の叫び。

 ……仕方がない。男は諦めが肝心だ。

 

「ふぬ! はっ!」

 

 体をよじらせ、左手を本の山へと伸ばしてみる。

 

「へいっ! カモン! ウェルカム!」

 

 いくら歓迎の言葉をかけても奴らはピクリとも動かない。

 俺は手をパタパタと振って、何とか掴もうとする。

 

「キタ! よっと!」

 

 俺は背表紙を掴み、そのままを思いっきり引き抜いた。

 

「……ふう。どれどれ」

 

 再びベッドにふかく座り込み、俺はタイトルを読んだ。

 

「石の魅力? 医師には痛い目に合わされたばっかなんだが……」

 

 どうでもいいことを呟きつつ、俺は読み始めた。

 

「…………」

 

 章で分けられた本のようで、第一章にはグラビ石とかの知識が書いてあったり、グラビ結晶なんて聞き覚えのないもの調合方法も書いてあったりした。

 

「…………わからん」

 

 3章に入った途端に、俺の理解の及ばない内容が書かれていた。

 

「落書きにしか見えん……」

 

 ページを捲るたびに俺のアホの子が露呈していっていしまう。

 違うんだ。これは内容が難しすぎるだけでだな。

 

「うう、これは……き、記号?」

 

 よくよく見てみると、ただのらくがきにしか見えない記述の中に記号らしきものがあった。

 

「ああと、う~ん?」

 

 一ページだけを集中して読んでいると、錬金術の公式だということがなんとなくわかってきた。

 どういった内容がまったくわからんけど……。

 

「ふ、ふりーげんと鋼?」

 

 さらに読み進めると、なんとなく気になる一文を見つけた。

 

「鋼、つまるところ武器にできるかもしれないと」

 

 とりあえず内容を流し読んで、なんとか材料だけでも読み解こうと試みる。

 

「…………」

 

 

 

…………

……

 

 

 

「……疲れた」

 

 俺の目の前あるノートには、汚い字で材料が書き綴られていた。

 

・湖底の溜まり

・グラセン鉱石

・グラビ結晶

・中和剤(赤)

 

「半分以上知らない材料ってどういうことやねん!」

 

 俺は叫びと共にベッドへと仰向けに倒れこんだ。

 

「湖底の溜まりしか知らんよ~、グラセンってなんだよ。グラタンの仲間かっつーの」

 

 脳を酷使したせいか、まったく面白くもない言葉がこぼれ落ちる始末だ。

 材料を見るにグラビ結晶なる物があるあたり、軽い金属にはなりそうなんだが。

 

「グラビ結晶は、まあ、まだ見ぬグラビ石を使えばなんとかなるはず。問題は……」

 

 箇条書きにされた材料の一番下の項目に目をやる。

 

「中和剤って赤色とかあったっけ?」

 

 俺が知る限りでは、中和剤は一種類しかない。

 俺が無知な訳ではない……と思う。

 

「……寝よう」

 

 このままでは、調べてわからない。別ので調べてまたわからないの調べ物ループに陥ってしまう。

 ここはおとなしく、今度師匠に助力を仰ぐとしよう。

 俺は布団を被って寝ようとした……。

 

「と思ったが、もうちょっと本でも読もうか」

 

 決して、こっちに向かってくる足音が聞こえたから真面目にしている訳ではない。

 俺は起き上がって、本を読み始めた。

 そして、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「アカネさ~ん。起きてますかー?」」

「ん? トトリちゃん?」

 

 入って来たのはトトリちゃんだった。

 片手にはなんか紙袋を下げている。

 

「で? 何しに来たんだ?」

「あ、はい。実は、ハゲルさんが届けてくれって」

「おお! ついにできたか」

 

 俺が紙袋を受け取り、中を見るとジャージ君がそこには入っていた。

 これでようやく、病人服からおさらばだ。

 

「えっと、それじゃあ帰りますね」

「ん? なんか急ぎの用でもあるのか?」

 

 べ、別に寂しいから構ってほしいとか、そういうんじゃないんだからね!

 ……本家であるミミちゃんには適わんな。

 

「特にないですけど、邪魔じゃないですか?」

「いや、別に?」

「……でも、勉強してるみたいですし」

「ああ、特に理解もしてないからいいって」

 

 俺は本を閉じ、横に置いた。

 石の魅力よりも魅力あるものが目の前にあるんだ。ごめんよ。

 

「そんなに難しいんですか、その本?」

「ん、読んでみれば分かるはず」

 

 俺はトトリちゃんに左手で本を差し出した。

 

「――――待ってくれ」

「?」

 

 トトリちゃんが読む、理解する、アカネさんに教えてあげますよ、俺行方不明。

 最後が大分飛んだ気がする。

 でもわかってほしい、確かに俺は錬金術では後輩だけどさ、譲れない一線みたいなものもあるのさ。

 

「…………」

「あの~? アカネさん?」

「くっ、ど、どうぞ」

 

 トトリちゃんが待っているなら、差し出さない訳にはいかないだろ。俺的に考えて。

 本を受け取ったトトリちゃんは、ベッドに座って読み始めた。

 

「…………」

「…………」

 

 トトリちゃんがペラペラと本を捲っている。

 俺はそれを固唾を飲んで見守る。

 

「…………」

「…………」

 

(ぷっ、こんなのもわからないなんて、アカネさんもまだまだだな~)

 

「はっ!」

 

 と、トトリちゃんはそんなこと思ってる子じゃないやい!

 確かに、偶に毒舌だけど……。

 

 

 …………数十分

 

 

 俺が一人悶々としている間にトトリちゃんはある程度読み終えたようで、本を閉じた。

 

「どうでしたか?」

「えっと、最後の方が……」

 

 難しかった?簡単だった?どっちだ!

 

「よく分からなかったです。錬金術の公式なのは分かったんですけど、調合方法が難しくて……」

「そ、そうだよねー。うんうん。フリーゲント鋼のとことかはどうだった?」

 

 俺から小心者っぽさが滲み出てきている気がする。

 

「材料からよくわからないのばっかでさ……」

「そうですね。中和剤とかは基本的なんですけど」

「う、うん! ソウダネ!」

 

 赤は基本らしいです。どうしましょう?

 

「この鉱石以外は頑張れば揃いそうなんですけど……」

「そうなんだよな。他は何とかなりそうなんだけど」

 

 あれ? なんか今すごい錬金術士っぽい会話してない?

 

「あ、でも。あそこならもしかして……」

「ん?どこ?」

「えっと、村から東に行ったところにある洞窟です。奥までまだ行ってないんですけど、鉱石がたくさんありましたよ」

「へえ、そんなところあったんだ」

「はい。こないだランクアップしてやっと行けるようになったんですよ」

 

 ランクアップかそういや最近ランク上げてないな。

 

「あれ?」

「どうしたんですか?」

「いや、トトリちゃんの今のランクって何かと思ってさ」

「? 6ですけど」

「へえ~――――!?」

 

 6? ろく!?

 待て、落ち着け俺。

 グラス、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、???

 

 俺は現在、ゴールドつまり5。

 …………5だ。

 

 

「ハッハッハ、ソウカソウカ、6カー」

「あの、アカネさん?」

「ハッハッハ」

 

 

…………

……

 

 

 

「君は本当に懲りないな」

「くそ! 俺を解放しろ! 俺には使命があるんだ!」

 

 俺ベッドに鎖でぐるぐる巻き。

 前の拘束は力づくで壊しました。

 

「うおーーん!」

 

 叫びもむなしく、俺は動けない。

 患者の自由はどこ行った。

 



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ごり押しランクアップ

 拘束入院から解放され、現在は7月の初め。

 俺はアトリエの机の前で悶々としていた。

 

「……時間が足りぬ」

「ぷに?」

「やること多いのに、入院で何もできんかったからな」

「ぷにー」

 

 呆れたような声を出された、無計画な男って嫌ねって事か?

 

「九割お前のせいだってことを忘れんなよ」

「ぷに」

「わかってるなら良いんだよ。……しかし、これはなあ」

 

 机の上に開かれたノートにはいくつかの予定が綴られていた。

 かっこよく言えば備忘録。

 

「後輩君に剣をあげる。まあ、これは俺の錬金レベルが上がってからだな」

「ぷに」

「はい次、エントリナンバーツー借金」

「ぷに~」

 

 返済額三十万、期限は二年以内。

 まったく、こいつは大変だなあ。

 

「苦労するかもしれないけど、地道にやれよ」

「ぷに!?」

「はん! 俺はこんなもの知らんなあ!」

「ぷに! ぷに!」

「……やったとしてもだ。俺が二、お前が八の割合だ」

「ぷに……」

 

 すっかり意気消沈したしようだ。

 とりあえずスルーして、俺は次の項目を読み上げた。

 

「師匠のお願い、これは怖い」

「ぷに?」

「ああ、そういやお前は知らんかったな。お前を倒すアイテム師匠に作ってもらってな、勢いで願いを何でも一つ叶えるとか言っちゃたんだよ」

「ぷに~!」

「不正などなかった。服関係じゃない事を祈る、はい次」

 

 一番下、最後の項目にはでかでかと赤文字で書かれている。

 

「ランクアップ!」

「ぷにににににに」

「笑うなあ!」

 

 くそっ! 本来ならもうランクアップ出来ているはずなのに、あの医者が拘束したせいで……。

 

「最重要事項かつ最重要機密だ。いいな?」

「ぷに~?」

 

 ぷにはとぼけた声を出して、いつもトトリちゃんが立っている釜に目を移した。

 ……この野郎。

 

「俺が三で、お前が七だ。これで秘密にしてくれ」

「ぷに~?」

「四、六」

「ぷにっ!」

 

 話にならんよと重役が言うように偉そうな声を出しやがる。

 なんという下剋上。

 

「五,五。これでお願いします!」

「ぷに?」

 

 訳)何かいったかね君?

 

「ろ、六……いや、七、三で、これ以上はっ!」

「ぷっにっにっにっに!」

 

 訳)いや、君は話が分かるね!

 

 完全にぷにの脳内イメージが、高級ソファに座った白髪の社長になっている。

 

「これが取引の技術だとでも言うのか……」

「ぷに~」

 

 ぷにが元気出せみたいな感じで、机に置いた手をぽんぽんとしてくれた。死なねえかなこいつ。

 

「……はあ。とにかくだ。どうやってランクアップする?」

「ぷに?」

「ちなみに白ぷに討伐ポイント合わせると残りポイントは20だ。いかにして貯めるか」

 

 一応一つは思いついている、それで何ポイントかわからないが……。

 

「まあいい!とにかく!トトリちゃんが冒険に出ている今が好機!ランクアップするぞ!」

「ぷに!」

 

 俺はアトリエを出て冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 

 

 ギルドのカウンター前で、俺は依頼一覧を熟読していた。

 

「ふ~む」

「あの~、アカネさん?」

「んにゃ?」

「えっと、もう十分もそうしてますけど。どうしたんですか?」

 

 そんなに読んでたか、しかしどう伝えたもんか。

 

「ん! ああ、べ、別に~」

「すごい目が泳いでますけど……」

「な、なんでもないやい! また来るから!」

 

 パパっとアトリエに戻るよ!

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「また来ました」

「えっと……」

 

 フィリーちゃんの視線は俺の手に提げたカゴに向かっていた。

 

 ビンやら、薬やら、なんやらが大量に詰め込まれている。

 

「もう一回依頼見してくれ」

「あ、はい。どうぞ」

 

 俺は依頼の一覧表を受け取った。

 

「にー、しー、ろく、や……」

「? 何数えてるんですか?」

「いやー、うん。……ごめんなさい」

「い、いきなり謝られても……」

 

 俺は今から、外道の所業する。

 いくら謝っても謝りきれん。

 

「依頼を受けよう」

「あ、はい。どれですか?」

「これと、これと、これとこれにこれ、あとこれとこれに……」

「……あ、あの多くないですか?」

「そんなことはない」

「あ、あの、納品関係だとすぐに納品してもらった方が楽でいいんですけど……」

 

 そう言いながら、フィリーちゃんはまた俺の持っているカゴに目を向けた。

 

「別にこのカゴは関係ないです。ホントデス」

「で、でも……」

 

 カゴからはフラムがはみでている。依頼書にもフラムがある。

 白々しいだろう、だが俺は心を鬼にする。

 

「お願いします」

「あ、う、うう、お仕事増えちゃう……」

 

 小声で何か言ったが聞こえん!聞こえんぞ!

 

「ぐ、ぐおお……」

「苦しいのはわたしの方ですよ……」

 

 そう言いながらも、依頼の手続きをしてくれていた。

 いろいろすいません。

 

 

…………

……

 

 

「えっと、全部で九個で、期限は二ヶ月です」

「ああ、ありがとう」

 

 大分大変だったようで、若干涙目になっている。

 

「はいこれ」

 

 カウンターの前に置くのは、手続き中に用意した。依頼の品物。

 

「…………」

「どうしたんだ? 依頼完了だよ?」

「あ、アカネさん。わたしのこと、嫌いなんですか……?」

「むしろ好きだ。だが、君が受付嬢なのがいけないのだよ」

「いじめです……」

「ハハッ」

 

 さすがのフィリーちゃんも怒ってるようで、眉間にしわがよっている。

 

「がんばれ! がんばれ!」

「アカネさんなんて嫌いです……」

「…………」

 

 精神攻撃には精神攻撃か、成長したな。

 なんか胸が痛いよ。

 

 

…………

……

 

 

「依頼料合計二千コールです」

「フィリーちゃん。もっと笑顔にならなきゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ☆」

「…………むう」

「いや、ほんと悪かったよ。これにはやんごとない事情がだな」

「事情ですか?」

 

 よかった、食いついてくれた。

 

「一言で言えば、トトリちゃんが俺よりワンランク上」

「そ、それは……ご愁傷様です?」

「お、オホン! それで、ポイント集めに奔走しているんだよ」

「あ、そういうことですか」

 

 そう、俺は別にフィリーちゃんに嫌がらせをしに来た訳ではない。

 あれは、あくまでポイント集めのためだ。

 

「前にさ、依頼を三つ同時に報告したら、アカネは三人いるとか言うのがあったから、もっと多くすればと思った訳だ」

 

 俺って頭いい!

 

「確かに九個はありますけど、酷くないですか?」

「そこは素直にごめんなさい。それで? 何ポイントなんだいな?」

「えっと、10ポイントですね」

「ガッテム!」

「ひゃ!?」

 

 思わず拳をカウンターに叩きつけてしまった。

 残り10ポイント、果てしなく遠く思える。

 

「何かすぐにできそうな奴ない? あと10なんだけど……」

「す、すぐにですか……」

 

 フィリーちゃんは難しい顔をして考え込み、言葉を発した。

 

「えっと、同じ服を一年着るっていうのがあるんですけど」

「いや、待て。俺はすぐにできるのが良いって言ったんだが?」

「え? でも、アカネさんいつも同じ服着てますし」

「い、一応これは三世代目だもん! そんなにずっと同じの着る訳――!!」

 

 途端に俺の頭に電流が走った。

 

 ……俺って、最初の一年以上、ずっと同じジャージ着てなかった?

 

「…………」

「え、あ、アカネさん。まさか……」

「ま、待て! 誤解だ!」

 

 俺が顔を上げると、フィリーちゃんが若干引いていた。

 

「い、一応、洗濯はしていた!」

「…………」

 

 ま、また一歩下がられた!?

 

「こ、これに変えたのは2ヶ月前だから大丈夫だ。うん」

「あ、そうなんですか」

「誤解が解けて嬉しいです」

 

 あやうくゴミ男認定を受けるところだったな……。

 

「まあよくないけど、いいや。申請してくる」

 

 俺はそう言って、隣の受付。クーデリアさんの下へ向かった。

 

 

「クーデリアさん! ランクアップ手続きを!」

「残念だけど、足りないわよ」

 

 声をかけた瞬間にバッサリと一刀両断。何故に?

 

「話は聞いてたけど、あと5ポイント足りないわね」

「な、盗み聞きですか!?」

「あんたの声が無駄に叫んでるからでしょうが!」

「その発想はありませんでした。さすがギルドの責任者」

「……あんたがいない2ヶ月がいかに平穏か、よくわかったわ」

 

 俺がいないと、刺激が足りないってことだよね。

 

「で、でも! それじゃあ、あと5ポイントどうすれば!」

「そうね~……」

「くー、クーデリアさん。何とぞお力添えを……」

「まあ、アトリエにあるあんたのコンテナを一杯にしたら、5ポイントくらいは――」

 

 

 

 

 

「アカネ君。な、何してるの!?」

「師匠! 止めるな! 止めないでくれ!」

 

 その日、一日中、井戸とアトリエを往復する男がいたとかいないとか。

 

「コンテナを水で埋め尽くす!」

「わーん! アカネ君がおかしくなっちゃったよー!」

 



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キャッツショット 前編 漢のロマン

 ランクアップしてから一週間程度、俺は今日も今日とて錬金術に勤しんでいた。

 

 現在錬金しているのは俺がレシピを改変したフラムの試作品。

 錬金も終盤に入った頃に、俺は前もって考えていた歌を口ずさんだ。

 

「そーらを自由に飛びたいな♪」

 

「はい! 飛翔フラムー!」

 

 釜に腕を入れて取り出すのは、いつもより一回りほど小さいサイズのフラム。

 

「ひしょうフラム? なんですかそれ?」

 

 は!? 隣にいたトトリちゃんがの○太君ポジションに入った!

 

「いいかいトトリ君。これはね空を飛ぶことができるフラムなんだよ」

「空を飛ぶですか?」

「そうだよ。これは爆発を小さくして指向性を持たせることで、安全に跳躍できるフラムなんだ」

「えっと……アカネさんの考える事って独特ですよね!」

 

 すごいや! 毒舌トトリちゃんがこんな気を遣った発言ができるなんて!

 

「…………」

「…………」

 

 どうしよう、微妙な空気が流れている。

 飛翔フラムそんなにダメなのかな? 確かに着地手段はまだ用意してないけど……。

 

「…………」

「…………」

 

 そ、それよりもこの空気を打破しなければ。

 

「ど、独特って言ったらマークさんだよな!」

「そ、そうですね! この前なんてネコ型ロボットなんて作ってましたし」

 

 え?

 

「なん……だと……。トトリちゃん何て言った?」

「え? ね、ネコ型ロボットですけど……」

「な、なんてことだ」

 

 前々から天才だとは思っていたが、まさかアレを作っただと。

 これはもう、こんなゴミみたいなフラムよりもタケコ○ターを貰いに行かなくては!

 

「待ってろ! ドラえ○ん!」

「ど、ドラえも○?」

 

 

…………

……

 

 

 

「…………」

 

 にゃー、にゃー。

 

「どうだい? すばらしい出来だろう?」

「うん、そうだね。かわいいね」

 

 しゃがみ込む俺の目の前にいるのは一匹の黒猫。

 

 にゃー、にゃー。

 

「ははっ、癒されるな~」

「それにしては、目が死んでるようだけどね」

「……はあ」

 

 いや、待てよ?

 マークさんなら頼めば秘密道具の一つや二つ作ってくれそうだよな……。

 

「マークさん、ちょっとご相談が……」

「相談?」

「ああ、四次元なポケットを作ってほしくてな」

「四次元ポケット?」

 

 ――――っ。

 

「マークさん……消されるぞ」

「ふふん、僕の天才的な頭脳はいつも狙われているからね」

 

 さすがは天才、世界の修正力も恐れぬとは感服したぜ。

 

「それで? それは一体どういう物なんだい?」

「何て言ったらいいか……。こう、いくらでも物が入って取り出せる道具でだな」

「? それなら君ら錬金術士で作れるんじゃないかい?」

「へ?」

 

 まさかの錬金術士万能説?

 

「以前お嬢さんと冒険に行ったときだったか、採取した素材を次々と入れていく姿にはさすがの僕でも驚いたね」

「そ、その道具って、どんなのだった?」

「見た目はバッグと言うのが的確だね」

「ど、どんな?」

「ネコ型だね」

「くそっ! 謀られた!」

 

 まさか、ドラえ○んはトトリちゃんだったとは!

 

「ドラ~えも~○!」

「ドラえもん?」

 

 マークさん、あんた漢やで。

 

…………

……

 

 

「…………」

「あの? アカネさん?目が……」

「…………」

 

 青い猫のバッグの腹から物を取り出す、なんでもこれはトトリちゃんのコンテナと繋がってるらしい。

 すごいな、うん。すごいけどさ……

 

 これじゃ、取り寄せなバッグじゃないか。

 

「…………」

「え、えっと。レシピなら本棚に入ってますよ」

「うん。今度作ってみる」

「は、はい。あの、よく分かりませんけど元気出してくださいね」

「うん。がんばる」

 

 そう言うと、トトリちゃんは釜の前に歩いて行った。

 はあ、所詮俺にはすぎた代物だったってことか。

 

「にゃー、にゃー。うん、かわいい」

 

 このバッグ見た目結構かわいい。

 やたらと細部までよくできている。

 

「…………ん?」

 

 目が猫の耳に止まった瞬間、俺の脳裏に何かが浮かんだ。

 何か忘れてはいけないことを忘れているような……。

 

「…………」

 

 なんとなく、釜の前に立つトトリちゃんをちらりと見る。

 そしてまた耳に視線を戻す。

 

「――――はっ!?」

 

 猫の耳、ネコミミ! 猫耳トトリちゃん!

 病室での神のひらめき!

 

「待ってろヴァルハラ!」

 

 今日の俺、出たり帰ったり忙しいな。

 

 

…………

……

 

 

「ドラえも○、もとい親っさん!」

「あん?どうしたんだ兄ちゃん、んな急いで」

 

 俺が製作を頼みに来たのは、アーランド二大技術者の一人ハゲルさん。

 この人なら俺の望む物を作ってくれるはずだ。

 

「親っさんの裁縫能力の高さと愛を見込んでお願いが!」

「な!? べ、別に裁縫は仕事で使うからで、趣味とかそんなんじゃねえぞ!」

「本当は?」

 

 その慌てようから、自然な流れでそんな言葉が出た。特に深い意味はない。

 

「夜な夜な少女服のデザインをしちまうくらいに大好きだな」

「…………」

「……あ」

 

 ノリで言ってみただけのに、こんな真実が明らかになるとは……。

 それにしてもこんな古典的な手段に引っ掛かるとは、ハゲルさん侮りがたし。

 

「た、頼む! 今言ったことは忘れてくれ!」

「いや、別にいいと思いますよ? 趣味は人それぞれですし」

 

 女の子が可愛い格好をするのが嫌いな男なんていないだろう。

 

「ほ、本当か? こんなゴツイおっさんが気持ち悪いとか思わないか?」

「むしろ少女服のデザインをしているというのなら、俺の頼みには好都合です」

 

 この人なら、きっと俺の望む至高の猫耳を作れるはず!

 この筋肉隆々のおっさんから生み出される猫耳なら……大丈夫?

 

「とにかく、親っさん。俺の話を聞いてください」

「話?」

「そうですそうです。とりあえず、モデルとなる女の子を想像してください」

「…………」

 

 親っさんは腕を組んで目を閉じた。なんか手慣れてる感じがして怖い。

 ちなみに俺の脳内イメージはトトリちゃん。

 

「頭の上に猫の耳、犬の耳、なんでもいいから獣耳が生えたとします」

「おお!」

 

 親っさん的にアリだったようで、目を見開いて感動していた。

 

「さらにその子が両手を上げてにゃーって鳴く訳ですよ!」

 

 瞬間、親っさんの目がカッと見開かれた。

 

「兄ちゃん!」

「親っさん!」

 

 親っさんは立ち上がり、俺たちは自然と手を握り合っていた。

 言葉なんて無くても伝えあえる、これが漢のロマンの力って奴だ。

 

「何日かしたらまた来な、兄ちゃんの納得いくもん作っとくからよ!」

「はい! 頑張ってください!」

 

 楽園へと一歩前進したのを感じながら、俺は店を出て行った。

 

 

…………

……

 

 

「あと一歩、何か足りない。俺に足りないもの……」

 

 何かが不足している、そんな思いと共に街をぶらついている。

 

 申し分のないモデルたち、最高のデザイナー兼クリエイター。

 これだけあれば十分のはずなのに、俺は未だ満足感を得ていない。

 

「……うん?」

 

 ふと、視界の隅に目に入った。

 何屋かわからないが、ガラスの向こうに見えた。

 

「クックック。そうだよな、モデルがいるなら撮影しなきゃ失礼だよな」

 

 俺は最後の神器を求め店の中に入った。



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キャッツショット 中編 犯罪者A

 

「……ふーむ」

 

 俺はアトリエでソファに座り、両手に持ったカメラを見つめ唸っていた。

 ちなみにカメラの種類はポラロイドカメラ、現像しなくていいので楽だと思ったけど結構でかい。

 

「……よし」

 

 なんとはなしに、釜の前の師匠をレンズ越しに見てみる。

 

「師匠~」

「ふへ?」

 

 無警戒に間の抜けた声を出して、こちらに振り返ってきた。

 

「はい、チーズ」

「わわっ!」

 

 師匠が完全にこっちに振りむいたところでシャッターを切る。

 カメラのフラッシュのせいか、師匠は目を瞑っていた。

 

「おー、ちゃんと撮れてる」

 

 数秒して、カメラの下部から写真が出てきた。

 そこには目を見開いて驚いている師匠の姿が映っていた。

 

「う~」

 

 立体の師匠の方は俺を睨んで唸っていた。

 

「アカネ君! お、女の子をいきなり撮ったりしたらダメなんだからね!」

「ははっ、わるいわるい」

「ひゃう!?」

 

 パシャっと睨んでる師匠を写真に収めた。

 これはもう師匠で一冊アルバムを作るしかないな。

 

「だ、ダメだって言ったでしょ!」

「わかったとは言ってないな」

「わっ!?」

 

 頬を膨らませている師匠を思い出の一ページに加えた。

 

「も、もう! 知らない!」

「……ならば」

 

 師匠は体を元に戻してしまったので、ちむちゃんの方にカメラを向ける。

 ちむちゃんは何やらすり鉢で材料を加工していた。

 

「題名、お仕事ちむちゃん」

「ちむ?」

 

 気がつくも時すでに遅し、ちむちゃんを写真に収めた。

 

「ちむ! ちむ!」

「ほっほっほ、おぬしもまだまだじゃの」

「ちむ~」

「いやー、結構写真撮るのって面白いな」

 

 元の世界の数倍良い被写体がこっちにはゴロゴロ転がってるからな。

 今から獣耳な皆を撮るのが楽しみで仕方がない。

 

「――――!」

 

 俺の目覚めたカメラマン魂の本能が開き始めていた扉に気付き、瞬間的にカメラを構えた。

 

「ただいま帰りま――わっ!?」

「グッド!」

 

 この写真は俺の宝物リストに加えるとしよう。

 

「あ、アカネさん。いきなり何を……」

「まあまあ、これあげるから」

 

 俺がトトリちゃんに近寄って渡すのは、さきほどのちむちゃんの写真。

 

「わあー! ち、ちむちゃんの写真!」

 

 安い、安いぞトトリちゃん。これで買収できるなんて……。

 

「あ、ありがとうございます!」

「まあ、喜んでもらえたようでよかったです」

「えへへ……」

 

 顔を緩ませながら、トトリちゃんはアトリエの中に入ってきた。

 とりあえず、撮影を頼む時はちむちゃんの写真を渡せばいいのはわかった。

 

「…………待てよ」

 

 俺がポケットから、取り出すのはさっき撮った師匠の写真。

 今のと同じ理論で考えれば……。

 

 

 

 

 

 

「は? 別にいらないわよ」

「な、何故!?」

 

 クーデリアさんならこれで買収できると俺の灰色の頭脳が囁いていたのに。

 

「何よその、クーデリアさんはこれで買収できると思ってたのにみたいな顔は」

「べ、べべ、べべべ別にそんあ、そんなこと考えてないですよ!」

「考えてたのね……」

「くっ! だって、師匠と言ったらクーデリアさんかステルクさんかなって!」

 

 こうなったらB案の師匠の写真をステルクさんに売りつけて借金の足しに作戦を決行するしか……。

 

「つーか、何でいらないんですか、師匠の事を愛してるんじゃないですか!」

「それはあんたとあのバカ受付嬢の妄想でしょうが……」

「はっ!」

 

 げ、現実と妄想の世界が混同していた。

 これも偶にフィリーちゃんに語られているせいだ。これじゃ俺が変態みたいじゃないか。

 

「で、でも、クーデリアさんなら師匠の写真とか欲しいかなって」

「あのねえ、あいつとわたしが何年の付き合いだと思ってんの、写真なんていくらでも持ってるわよ」

「よ、よく考えればそうだった……」

 

 クーデリアさんを買収、撮影権を入手計画は最初から崩壊していたようだ。

 

「まったく……。わかったなら帰りなさい。こっちだって暇じゃないんだから」

「ふん! このアカネ! タダでは退かぬぞ!」

「なっ!?」

 

 腰のポーチから素早くカメラを取り出しレンズ越しのクーデリアさんに向けてシャッターを切った。

 

「交渉材料、クーデリアさんの写真を手に入れた!」

「あ、あんたねえ!」

「脱兎!」

「待ちなさい!」

「ふははははは!」

 

 俺は勝った!最後の最後で勝った!次に来るときが怖い!

 

 

 

…………

……

 

 

「はあはあ、お兄さん。この写真買わないかい」

 

 俺の装備、サングラス、マスク。

 会話相手はもちろんステルクさん。

 俺の手にあるのは師匠の写真三枚。

 

「……君はいつから犯罪者になったんだ」

 

 ステルクさんが呆れたように言葉を投げつけてきた。

 なんか、ツッコミが弱い事に寂しさを感じてしまう。

 

「で、買いますか? 買いますよね?」

「買わん!」

「嘘だ! 自分に素直になれよ! そんなだからいつまで経っても――もが!?」

 

 師匠にと続けることはできなかった。

 

「…………」

 

 ステルクさんは無言で口を塞いできて、睨みつけてきた。

 だが残念、サングラスのおかげで睨みがあんまり怖くないぜ。

 

「むーっ! むーっ!」

「はあ、もういい」

 

 ステルクさんは疲れたように手を離し、体を反転させて歩き出した。

 どうしてあんなに疲れてるんだろうな?心当たりがないや。

 

「ステルクさん! 悩みがあるならいつでも相談に乗りますから!」

「…………っ」

 

 ステルクさんは首を曲げて、俺を流し眼で睨んできた。

 

「……怖っ」

 

 サングラスをしてなかったら即死だったな。

 

「びぇーん! びぇーん!」

 

 ああ、後ろで見知らぬ子供Aが泣き出してしまった。

 

「泣き止め少年。ステルクさんの背中が悲しそうだから、泣き止んでください」

「ひうっ!」

 

 少年は俺を見るとなにやらおびえた表情になった。

 そして、大きく息を吸い、少年が叫んだ言葉は――。

 

「助けてー! 誰かー!」

「待てい! ちょ、ちょっとマジで止めてください!」

 

 人生でこの言葉が自分に向けられる日が来るとはな。

 ま、周りの人が俺をすごい目つきで睨んでる。

 

「ち、違う! 誤解だ!」

「貴様! うちの息子に何を!」

「その子に何をしている!」

「親と市民A,Bがあらわれた!」

 

 たたかう

 まほう

 アイテム

 にげる←

 

「しかしまわりこまれてしまった!」

 

 俺の脳内で、知り合いの皆が俺の事を囲んで手拍子で前科者コールしている。

 お、俺は何もしてないのに!サングラスとマスクをして泣いてる子供に話しかけただけだ!

 

「俺を使え!」(裏声)

「飛翔フラムさん!」

 

 腰のポーチから取り出したるは、秘密兵器飛翔フラム。

 こいつで俺は空を舞う鳥となる!

 

「あばよ! 俺を捕まえたいなら、後十人は連れてきな」

 

 決め台詞と共に、フラムを落とし足で踏みつけ着火した。

 

「ぐあああーっ!」

 

 踏む→熱い!→横に飛ぶ

 

「横にある川に落ちてる、今ココ」

 

 ハハッ、焦って忘れてたけど、ゴースト手袋しないとジャンプで飛べる訳ないよな。

 

「二度目、俺、二度目だよ」

 

 水飛沫の音に懐かしさを感じた。

 

 

…………

……

 

 

「死ぬかと思った」

 

 命からがらアトリエに戻った俺は改造執事服に着替え、一旦は落ち着いていた。

 ちなみに俺の腰のポーチは耐水コーティング済みなのでカメラは無事だ。俺は過去から学ぶ男なのだよ。

 

「うう、だが俺は悟った。俺に足りないものは何かを」

 

 クーデリアさんとステルクさんが写真を貰ってくれなかったのは、レア度が足りなかった。

 ありきたりな写真の一枚や二枚じゃ、長い付き合いの二人が満足するはずがない。

 

 そして、そんな写真を取ることになる以上、四六時中カメラを持っていなければ無くなる。

 しかし、それはあまりにも怪しい。またさっきのような騒ぎになりかねない。

 

「だからこそ、俺は作る。このアイテムを」

 

 俺の手に取る本『服飾マイスター』に乗っている装備品。

 

「見えないクローク」

 

 俗に言うステルス装備。これがあれば、俺も一端のカメラマンよ。

 

「いやしかし、道徳的に……いやいや、どのみち獣耳作戦で必要になる」

 

 ミミちゃんは簡単にくどき落とせそうにないだろうし、耳乗っける、撮る、逃げるでやるしかない。

 

「別に、覗きで使おうってんじゃないんだ。うん、世の中の男たちならわかってくれるさ」

 

 かわいい女の子のかわいい写真を取りたい、それって男として自然なことだろ?

 

「うん。ありがとう。そうだよな、わかってくれるよな」

「あの、アカネさん。さっきから何をぶつぶつ……」

「いやちょっと、自分の正当性を高めとこうかな、みたいな?」

「はあ?」

 

 危ない危ない、今の完全に聞かれてたら一発で逮捕だったな。

 俺、頑張るよ。どっかで仕事をしているぷによ、俺を応援してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷに?」

 

 ぷにというブレーキのなくなった変態は暴走中である。

 



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キャッツショット 後編 撮影大会

『みえないクローク』

 周りの風景と同化し、見えづらくする装備品。

 

 要はすばらしいアイテムだと言うことだな。

 

 作成難易度は高かったものの、俺はやり遂げた。

 試しに昨日、一日中、これを着たままアトリエの隅に立っていたが誰も気付かなかった。

 むしろ今も着たままアトリエのソファに座っている。

 そして、俺のポーチには創造神ハゲルより賜った至高の獣耳の数々。

 

「クックック」

 

 この状況にも関わらず、自然と笑いが漏れてしまう。

 俺は今日、これを使って桃源郷を作りだすのだから。

 

「ちむー!」

「――!?」

 

 完全に俺ワールドに入っていて気付かなかった……。

 ソファのちょうど反対側にある反道徳心の塊であるちむちゃんほいほいがいつの間にか稼働していた。

 んで、今回出て来ていたのは男のちむちゃんだった。

 

「何かわかりやすい名前は……男の子だし……おとこ」

「ちむ?」

「…………」

 

 もどかしい! 口出しできないのがもどかしい!

 このままでは、あのちむちゃんの名前が悲惨なことになってしまう……。

 

(すまぬ……)

 

 申し訳ない心とともに、俺は喜んでいるトトリちゃんをカメラに収める。

 ちむ(男)よ君の犠牲は無駄にはしない。

 

「よし、ちむおとこ! ちむおとこくんにしよう!」

「ちむ!?」

「え!?」

「――――」

 

 人生でこれほど声を出したいことがあっただろうか、いやない。

 おかしいやん、ちむ(男)のカッコ外したら名前になってもうたやん。

 ちむおとこくんは涙目になってる、師匠はすごい戸惑ってるし……。

 

「これからよろしくね、ちむおとこくん」

「ちむー! ちむー!」

 

 ああ、完全に泣きだした。

 

「ト、トトリちゃん、本当にその名前にするの……?」

 

 いけっ! 師匠!言ったれ!

 

「え? なんか変ですか? 覚えやすくていいと思ったんですけど」

 

 いいえ。DQNネームも真っ青です。

 

「そ、そう……。トトリちゃんがいいなら、まあいいか……名前付けるのとか苦手な子なのかな……?」

「いいわけあるかーい!」

「え、ええーー!?」

「あ、アカネ君!?」

 

 ソファから立ち上がり、片手でクロークを脱ぎ捨てる。

 限界だ。こんな場面で俺に黙ってろっていうほうが間違いなんだよ。

 

「あ、アカネさん?」

「な、なんで……?」

「弱き者の嘆く声があるところ、俺はいつでも現れよう」

 

 ちなみに二人の視線がだんだん俺の右手、カメラを持っている手に集中してきた。

 まずくね?

 

「ち、ちむおとこくん!」

「ちむ?」

「お前! そんな名前でいいのか!」

「ち、ちむー!」

 

 俺の問いかけに首をぶんぶんと横に振るちむおとこくん。

 よし、後は流れで押し切る!

 

「アカネ君……そのカメラって――」

「君の名前は今からちむパワーだ!」

「ちむ!?」

 

 おい、何でそこで涙目になるんだ。

 

「と、トトリちゃんもいいと思うだろ? 男の子だしさ、やっぱり強そうな名前の方がいいと思うんだよ」

「ちむパワー……。で、でも! ちむおとこの方がこの子も気に入ってますよ!」

「ちむ!?」

 

 は、ちむパワー君も何言ってんのこの人みたいな声を上げてるじゃないか。

 この子の気持ちを勝手に決めるのはどうかと思うぜ?

 

「あのー、カメラ……」

 

 師匠が何か言ってるが、今の空気に割って入れないようだ。

 まさか、こんな所でシロに続く第二次名付け戦争が始まるとは、まあ、俺の圧勝は最初から決まっているが。

 

「ちむー……」

「悩んでんじゃねえよ!」

「アカネさん、脅かすのは卑怯です!」

「いや、俺の名前の方が明らかにいいだろ……」

「……どっこいどっこい」

 

 師匠が聞き捨てならん発言をしてるが、今はちむパワーくんの決定に集中せねば。

 

「ち、ちむ……」

「――なっ!?」

 

 ちむパワーくんはもの凄い残念そうにトトリちゃんの方に、ダボダボの裾を上げた。

 

「えへへ、やっぱり、ちむおとこくんはこっちの名前の方が良いみたいですよ」

「ちむ~……」

「くそっ! こんな選んだだけで、目が完全に死ぬ名前に負けた!」

 

 俺は膝と両手を床について、敗北を認めた。

 やっぱり、決まり手は容姿か! 可愛い女の子がいいのか!そりゃそうだ!

 

「それで、あのアカネ君……。そのカメラ……」

「撤退! ……の前に」

 

 立ち上がり、素早く腰のポーチから犬耳を取り出し師匠に装着する。

 昨日、寝る前に筋トレ休んでこの動作を何千回もやった甲斐があったぜ!

 

「にゃんと言え!」

「わっ! な、なに!? にゃ、にゃん!?」」

「もらった!」

 

 師匠が付けられた物を確認しようと、両手を頭の上に乗せた。

 そして、その両手が頭まで達する数コンマ前、俺が神に語った妄想、両手を上げてにゃんと鳴く姿が完成した。

 俺はそれを写真と心の中に収めた。

 

「おっしゃ! 次だ次!」

「え、ちょ、ちょっと! アカネ君!?」

「二人とも、うるさいですよ!折角ちむおとこくんとお話……って、先生なんですか、それ?」

 

 俺はトトリちゃんが今まで気づかなかったのに驚愕しつつ、クロークを回収しアトリエを出た。

 

 

…………

……

 

 

「前方にターゲット確認! オーバー」

 

 クロークを着て一人軍隊ごっこ、ではない。俺は既に一人の隠密のエースだ。プロとしての意識を持たねばあのターゲットを越すことなどできない。

 

「ミミ・ウリエ・フォン。シュヴァルツラング、厄介なお嬢様だ。オーバー」

 

 前方を歩いているのは、赤いマントの少女。

 運動神経が良く、反射神経もいい、さっきの師匠の様にはいかないだろう。

 見えにくくなっているとはいえ、もし捕まりでもすれば即アウトだろう。

 

「いったいどうすればいい? オーバー」

「――ぇ?」

「少年に発見されたぞ! オーバー!」

 

 何故気づかれた!? ほぼ完璧なステルスのはずなのに。

 しかも、こいつこないだ俺を不審者呼ばわりした小僧じゃないか。

 

「とにかく距離を取れ! オーバー」

「ひっ!」

「完全に気付かれた! 逃走を開始する!」

 

 よく子供は第六感が鋭いとは言うが、ここまでとは……。

 

「なぜ、追いかけてくる……」

 

 少年Aは何故か俺を追いかけて来た。このクローク、若干風景に違和感が出るので、一回気づけば結構わかってしまうのだ。

 

「――はっ!」

 

 俺に天啓が舞い降りた。

 このままミミちゃんの方に走る、子供をぶつける、子供泣く、ミミちゃんは戸惑う、俺の勝ち。

 戸惑ってるミミちゃんに耳を付けるってな。

 

「クックック」

 

 こんなくだらないジョークでも笑えてしまう、さあいざ行かん!

 

 

「ついて来い……」

 

 

 あと数十メートル。

 

 

「来るがいい……」

 

 

 残り数メートル。

 

 

「来い……」

 

 

 後ろを振り帰る。

 

「いなーーい!?」

「――っ!?」

 

 何故か少年が消失していた。そしてミミちゃんが俺の方を見た。

 

「…………」

「…………」

 

 めっさ睨まれとる。つか、絶対気づいてるって。

 まずいな。師匠たちに気づかれる分にはいいが、街中で気付かれると社会的な地位が危ない。

 

「…………」

「…………」

 

 じりじりと横に移動する、ミミちゃんの目線は俺を追う。

 完全に気付かれてるね。わかってたよ。

 

「…………」

「…………」

 

 ミミちゃんの手が俺に伸びてくる。

 ぷにに追い詰められたとき並に絶望感が溢れてきた。

 

「おい! それ見つけたの僕が先だぞ!」

「は?」

 

 少年! 信じてた! お前はみんなに夢と希望を与える存在になれる将来のスーパースターだ!!

 そうだよな、大人が走る速度にお前がついてこれる訳なかったよな。

 

「離れろって!」

「ちょ、な、何して、離しなさい!」

 

 少年がミミちゃんのことを両手で押す。

 見逃さない、彼女が見せた、その隙を。

 

(秘儀! 黒猫耳!)

 

 アニメだったら使いまわされていると思われるようなほど、寸分の狂いもないフォームで俺は物を取り出し、乗せる。

 

「ちょ、な、何よこれ!」

「ふうっ!」

 

 猫耳付けて、子供に絡まれるミミちゃんというスーパーレアな写真を手に入れてしまった。

 これをミミちゃんに見つけられたら殺されるな。

 

…………

……

 

 

「ラストステージ来たり」

 

 うまく逃げた俺は、最終関門ギルドへとやって来た。

 なんせここは2頭同時討伐になることが決定している、片方に見つかったらおしまいだ。

 

「乗せる、撮る、回収する、この三つの動作をいかに素早くやるかがポイントだ」

 

 俺は用心に用心を重ね、柱の陰から二人の様子を窺う。

 

「ん?」

 

 ふと、違和感に気づいた。

 反対側にある柱の風景の一部がおかしい、普通の人なら気付かないだろう、だが俺には分かる。

 猫耳のフォーム練習の後、完成度を見るために二時間以上鏡の前でクロークを着ていた俺にはわかる。

 

「……どうやら、最低のクズ野郎がいるみたいだな」

 

 みえないクロークは依頼の品として調合依頼に出ることもある、そういうことだ。

 隠れて盗み見、もしくは盗撮をするとは、最低なんて言葉では足りないとんだ変態野郎だ。

 これは俺が正義を執行するしかあるまい。

 

 こんな奴がいるから元の世界では規制されることが多くなるんだ。

 もっと健全な使い方をしようとか思わないのか。

 

「だが、チャンスだな」

 

 クズ野郎を殴れば、当然音が出る訳だ。

 そうすれば、クーデリアさんがこっちに来る。そこで行動し、フィリーちゃんの方に移る。

 

「完璧な撮影プランだ。流石は俺」

 

 そうと決まれば、前方の盗撮野郎に天誅を与えるとしよう。

 

「世にはびこる、悪を滅ぼし、我は正義となる」

 

 前口上と共に、前方の柱に向かって歩いていきクーデリアさんの前を横切ろうとした瞬間、乾いた音が響いた。

 

「――――え?」

 

 響く銃声、静まり返るギルド。

 はずれた銃弾はもろに俺を狙っていた。

 

「な、なぜ……?――――ぁ」

 

 疑問に思いつつも自分の体を見回して気付いた。

 足元辺りがだいぶ汚れて、大分目立ってる。そりゃ汚れが宙に浮いてたら気付くよね。

 たぶん、さっきのミミちゃん作戦で走ったせいだと思う。

 

「ふう、状況分析は終了した。さてと……」

 

 だんだんと近づいてきてるクーデリアさん。

 ここでいつもなら諦めるが今日は違う、なぜなら見つかった瞬間逮捕エンドに直行してしまうから!

 

「…………!」

 

 さっきまでのクローク野郎が見つかるのを恐れてか、ギルドの扉へと逃げている。

 迂闊だ! 迂闊だぞ!

 

 

 俺はそれを見つけた瞬間走り出した。同時にクーデリアさんが銃口を上げた音が響いた。

 俺の脚力と常人の脚力、どちらが強いかは明白だろう。俺は奴に軽く追いついた。

 

「バトンタッチ。あとよろ♪」

「――!」

 

 拳を一発入れる、そして彼?は運悪くクーデリアさんが放った銃弾も受けてしまった。

 別に盾として使ってない、ホントダヨ。

 

「俺の冒険者レベルでは、この場所を制覇するのはまだ無理だったってことか」

 

 いつか俺の冒険者と錬金術士としてのレベルが上がったら、また来よう。

 さらばだ!

 

 

…………

……

 

 

「あの、ごめんなさい。許してください」

「うん、アカネ君。やっぱりその服かっこいいよ!」

「あはは、アカネさん。頑張ってくださいね……」

「ちむ! ちむむ!」

 

 ちむおとこが俺を罵ってくる、何か不満でもあったか?

 

 今の俺の現状を一言で言うなら、改造執事服を着て撮影大会。

 

「酷い! ちょっと隠れて師匠とかトトリちゃん撮ってただけなのに!」

「それがダメなの! まったくもう、錬金術を変なことに使って……えへへ」

 

 そうですか、俺の写真を撮れてそんなに嬉しいですか……。

 コスプレ写真を撮られる気分ってこんなのかな?違うよな。

 

「トトリちゃん、ヘルプ」

「今回はアカネさんが悪いですよ」

「ちむ!」

「うう……」

 

 ちなみに写真は死守した。クロークは捨てられた。カメラは……師匠が今持ってる。

 俺って奴は、目的の半分も達成できないでこの様だよ。

 まだアランヤ村でやることも残ってたのに……。まあ、パメラさんとツェツィさんなら頼めば付けてくれそうだけど……。

 

「じゃあ、次はこれね」

「え? 何それ」

 

 師匠が持っているのは黒いローブ……猫耳フード付きの。

 

「さっきおやじさんが、兄ちゃんにこれ渡しといてくれって持ってきたんだ。サービスだーって言ってたよ」

「創造神は悪神だったようですね。待ってくださいたぶんそれ俺のじゃないです」

「え? でも黒だし、それにアカネ君これ着たら絶対可愛いよ!」

「そうですか、可愛いですか」

 

 トトリちゃんの方を見てみる。

 

「……あはは」

 

 目を逸らされた。

 

「ちくしょー!」

「ほら、早く着て着て!」

 

 悪い事はできないなって思いました。

 



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相棒の死

 

7月も終わりに入ったころ、俺はアトリエで椅子に座りながら本を読んでいた。

 

「は~」

「ぷに?」

 

 俺がため息を吐くと、ぷには心配したのか俺に向かって鳴いてきた。その優しさをもっと別のところで生かしてほしい。

 

「まあ、一週間前のことが今も俺の心を引きずってるだけだ。気にすんな」

「ぷに~?」

「ははっ、アレ見てみろよ」

「ぷに?」

 

 俺が目線を向けた方向にあるのは本棚、そしてその中には赤い真新しいアルバムが一冊入っている。

 言うまでもないと思うが、中に入っている写真は俺のお宝写真詰め合わせだ。

 俺のと言っても俺が撮ったではなく、俺が撮られた写真なので勘違いしないように。

 

「カメラも没収されたし……」

「ぷに!?」

 

 借金あるくせにそんな物買ったのかと、驚いているようだが言わせてもらおう。

 

「無駄使いじゃない! 必要経費だ!」

「ぷに~……」

「俺が稼いだ金をどう使おうと俺の勝手だろうが!」

「ぷに……」

 

 完全にダメ親父の発言したな俺。

 

「まあ、そんなこんなで落ち込んでんだよ、そっとしておいてくれ……」

「ぷに」

 

 俺は読書を再開した。本はいいね、何もかも忘れさせてくれる。

 

 

 

 本を読んでいる内に中和剤(赤)の正体がわかった。簡単に言えば今の中和剤の元となったものの一つと言ったところだ。

 赤は火と風の属性をくっつけ、青は水と風の属性を混ぜるために使われる。

 んで、今俺たちが使ってる中和剤はなんでも結合させれるスーパースターって事だ。

 これを知らなかったのは決して俺の勉強不足ではない、こんな基礎的なことを教えてくれなかった師匠が悪い。

 そして、これを知らなくても、一年以上は錬金術を使える事が判明した。

 

 まとめると別に今の中和剤で事足りる訳だ。あの参考書が単に古かったって事だな。

 

「フリーゲント鋼にまた一歩近づいたようだな」

「ぷに」

「あとはグラビ結晶とグラセン鉱石か、まだ解読出来てないとこもあるし先はまだまだ長いな……」

「ぷに!」

 

 ぷにが珍しく俺のことを励ましてくれた。

 だからその優しさをもっと別のところでだな、どことは言わないが。

 

「よし! んじゃ出かけるか!」

「ぷに?」

「グラビ結晶ってのは作れそうだから、とりあえず一回作ってみたいんだよ」

「ぷに」

「んじゃ材料を取りに久々の冒険に行くか!」

「ぷに!」

 

 俺は立ち上がり、ポーチを腰に巻いた。

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

「ぷにー!」

「あ、うん。行ってらっしゃい。気をつけてねー」

 

 師匠に見送られ俺たちはアトリエを出た。

 

 

…………

……

 

 

「よし、三ヶ月ぶりくらいの出動だな。自転車君」

「ぷに」

 

 宿屋の入口のそばに置かせてもらっているマイ自転車。

 こいつとはもう二年くらいの付き合いだな。

 

「ぷに!」

 

 ぷにがカゴに入り、俺はサドルに跨った。

 

「んじゃ、行くか!」

 

 俺は立ち漕ぎの姿勢で思いっきりペダルを踏み込んだ。

 

「――ニャっ!?」

 

 瞬間、何かが折れたような音と共に、俺の脚は行き場を失いバランスを崩した。

 

「ぬおっ!」

「ぷに!」

 

 俺は自転車に乗ったまま横に倒れた、寸でのところで受け身を取ることには成功し怪我だけは免れたが……。

 

「じ、自転車が!」

「ぷに!?」

 

 立ち上がり、自転車を見るとペダルが片方折れていた。

 その姿は、痛々しく、俺の胸を締め付けてきた。

 俺はショックから地面に膝をつき、自転車にすり寄った。

 

「おい! 目を覚ませよ!お前はこんな所で死ぬような奴じゃないだろ!」

「ぷに! ぷに!」

「うるせえ! こいつはまだ生きてる! 死んでなんかいねえ!」

「ぷに! ぷにー!」

 

 悲しみと絶望の嘆き、どうしてこんなことになってしまったんだ……。

 

「寿命だね」

「マ、マークさん!?」

 

 顔を上げるとそこには、こいつの生みの親であるマークさんがいた。

 なんでここにいるのかという疑問も持たずに、俺は問いかけた。

 

「じゅ、寿命ってどういうことだよ!」

「そのままの意味さ、君の脚力から考えてそろそろ壊れるんじゃないかと思い忠告に来たんだけど、まさかちょうど壊れたところだったとはね」

「な、直すことはできないのか?」

「ふむ、できなくはないけど、一度壊れて丈夫になるのなんて人間くらいなものさ、この意味は分かるだろう?」

 

 マークさんはそう言って俺のことを真剣に見つめてきた。

 意味は分かる、つまりこいつはもうダメだって事だ。直してもすぐに壊れる。

 

「二年も使ってると自然と愛着が出てくる物なんだよ」

「分からないでもないね。だけど、その間にも技術は進歩していくものだよ」

「そうだな……」

 

 俺は折れたペダルを手に取り、立ち上がった。

 

「さらば相棒! そしてよろしく二代目!」

「うん?」

 

 あれ?

 

「えっと、ここは、マークさんが進歩した二代目を持ってくるみたいな……」

「ないね。言っただろう? 忠告しに来たんだと」

「……マークさん」

 

 残念と言う感情がここまで込み上げてきたことはない。

 俺の高ぶった感情の行き所がなくなってしまった……。

 

「えーと、今から新しい自転車作ってもらえないか?」

「いいよ」

「さ、さす――」

 

 さすがは異能の天才科学者と続けようとしたところで、俺の言葉は遮られた。

 

「と言いたいけど、まだダメだね」

「な、何で!?」

「科学者として、改良の余地がある物をそのまま複製するなんて芸がない事はしたくないのさ」

「…………」

 

 こ、これだから技術者って輩は……。

 

「つーか、二2年もあったんだから案の一つや二つくらい……」

「ないね」

「ないんかい!」

 

 ダメだ、完全にマークさんのペースに嵌ってしまってる、ここはなんとかして作ってもらう方向に誘導しなくては……。

 

「で、でもさ、もう改良できる所なんて一つも残ってないぜ?」

 

 タイヤ以外は。

 

「いや、君の目線を見る限りおそらく車輪の部分にまだ不満があるようだね」

「クッ! こんなところで無駄に鋭い!」

 

 仕方ない。ここは素直にYESと言って空気入りタイヤの話でもして作ってもらおう。

 この世界にゴムがあると思わずに作成してもらった当時は、言ってなかったのがここで役に立つ。

 

「それじゃあ――」

「待った! 言わないでくれたまえ!」

「えぇー」

「ここは僕に任せてくれたまえよ。二ヶ月後、君に最高のプレゼントをしてみせよう」

「え、ちょっと、待って!」

 

 俺の叫びもむなしく、マークさんは路地裏へと消えて行った。

 

「に、二ヶ月後……」

「ぷに」

「うん。たぶん俺の誕生日プレゼントってことなんだろうけどさ……」

 

 たぶん師匠かトトリちゃんからでも聞いたんだろう。

 俺は息を目いっぱい吸い込んで言った。

 

「遅いよ!」

 

 誕生日まで遠出できないことが決定した。

 

 ついでに言うとこの後アトリエに戻りづらかった

 

 



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料理人への道 上

「イクセルさ~ん、いつものお願いしま~す」

「あいよー」

 

 今日も今日とてサンライズ食堂に昼食を食べに来た俺はカウンター席に座り注文をした。

 客も多く、イクセルさんは忙しそうに動き回っている。

 たぶんこれ、俺が後回しにされるパターンだよな、うん。

 

「空腹はスパイス、空腹はスパイス……」

 

 ぶつぶつと自己暗示をかけつつ、俺は料理が出てくるのを待ち続けた。

 

 …………待つこと数十分

 

「はい、お待ち」

「がるるるっ! がう!」

 

 こんだけ待たされれば、野生化もしますよ。こちとら育ち盛りの二十歳前だもん。

 

「うちの店は動物お断りだ」

「くう~ん」

 

 イクセルさんは皿を下げようとしてきた、なんという非道。

 

「冗談だって、ほらサービスだ」

「…………」

 

 そう言って、イクセルさんはアイスコーヒーを一杯出してきた。

 嬉しいは嬉しいんだけど、股された時間的に考えると微妙な気分だ。

 

「まあ、コーヒー代が浮いたと思えば……」

「へえ、お前もそういうこと気にするようになったのか」

「そうもなりますよ……」

 

 借金とか治療費とかいろいろ出費がかさんだせいで、最近は買い物とかにいろいろ気を使うようになってる。

 

「イクセルさんだから言いますけど、実は借金があるんですよ……」

「借金?」

「はい、しかもその額がですね……」

 

 こっちに顔を寄せるように合図をし、イクセルさんの耳元で額を囁いた。

 

「30万コール!?」

「ちょ! し、しーっ! あまり大きな声で言わないでくださいよ」

「い、いや、お前一体何やらかしたんだよ!?」

「まあ、いろいろですよ、いろいろ」

 

 だいたいはぷにのせいだけどな。

 

「つか、お前そんな借金有るくせにここに飯食いに来てんのかよ……」

「だって自炊できませんし、第一そんなに変わらないんじゃないですか?」

 

 料理作る時間と習得する時間を考えると、差額に釣り合わない気がする。

 そりゃ年計算すれば大分違うんだろうけど、今は目先の借金に集中したいしな。

 

「お前なあ、一応聞いとくけど朝とか夜はどうしてるんだ?」

「最近は朝抜いて、夜は基本的にパンとか食べて済ませてますね」

「…………」

 

 俺がそう言うとイクセルさんは唖然としたような表情になった。

 俺なんか変なこと言った?

 

「信じらんねえ……」

「そ、そこまで言わなくても」

「お前、もうちょっと食事を楽しもうとか思わないのか?」

「可愛い子が作ったのなら楽しめますけど、それ以外は……お腹空いてる時はおいしいねって感じですかね」

 

 こっちに来て一番食事を楽しめたのはトトリ家での食事。

 ツェツィさんの手料理はもう、言葉では言い表せない感動があるね。

 

 んで、なんかイクセルさんの顔が怖いことになってる。知らぬ間に地雷でも踏んだ?

 

「あの? イクセルさん?」

「……お前、今日店終わってからもう一回来い」

「え?」

「俺が料理の楽しさと、大変さを教えてやるからさ」

 

 イクセルさんが大変さの部分にアクセントを付けて言ってきた。

 笑顔にはなってるものの、さっきの顔よりも怖いんですけど……。

 

「で、でもイクセルさんもお忙しいでしょうし……」

「別に俺はいいぜ、後はお前しだいだな」

 

 俺の判断に任せられるらしいけど、断るなオーラが俺を威圧してくる。

 

「よ、よろしくお願いします」

「よし! んじゃ、後で店に来いよ」

「はい……」

 

 第二の師匠が誕生した瞬間であった。

 

 

…………

……

 

 

「…………来てしまった」

 

 空がすっかり暗くなり、月が昇った頃、俺はサンライズ食堂の前まで来ていた。

 中では今頃イクセルさんが待っていることだろう。

 

「ぷにの奴め、最近やたらと仕事を真面目にやってるもんな……」

 

 ぷにがいたらこの恐怖を少しは軽減できただろうに。

 師匠は優しかったが、イクセルさんはなんか教えるのに厳しいイメージがある。

 

「お、お邪魔しまーす」

 

 恐る恐る食堂の扉を開けると、いつも通りカウンターの中にイクセルさんがいた。

 

「おっ、来たか。んじゃ、これ着てくれ」

「あ、はい」

 

 手渡されたのは、白いエプロン。

 ……ジャージエプロン、これは流行るな。

 くだらないことを考えつつ、調理実習とか以来のエプロンなのでもたつきつつも着た。

 

「教えるのは、トトリの奴に教えたのと同じ奴にするかな」

「え? トトリちゃん?」

「なんだ、聞いてないのか?」

「トトリちゃんもイクセルさんに料理教えてもらってるんですか?」

 

 特にそんな素振りはなかったように思うんだが……。

 

「まあ、あいつのはレシピを教えて作って来た料理の完成度を見るってだけだけどな」

「? よく分からないんですけど」

「錬金術だよ、錬金術。同じアトリエにいるのに気付かなかったのか?」

「…………気付きませんでした」

 

 まさか錬金術で料理を作るとは……。

 俺もパイは作れるけど、他の料理まで錬金術で作るって発想はなかったな。

 

「いや! それなら俺も同じ方式でいいんじゃないですか!?」

「それじゃあ、意味がないだろ」

「い、意味?」

「言っただろ? 料理の楽しさと大変さを知ってもらうって」

 

 つまり、釜かき混ぜて作っても意味はないってことですか。

 

「わかりましたよ……。それで、何を教えてもらえるんですか?」

「そんなに焦んなって、今日は初日だから軽いのから教えるぞ」

「ういっす」

 

 返事をし、俺はカウンターの中にあるキッチンに立った。

 

「今回教えるのは香茶とコンソメスープだ。そんなに難しくもないし初心者にはちょうど良いレベルだな」

「なんだ、コンソメスープですか――」

 

 そのくらい簡単って言おうと思ったけど気付いた、この世界に固形コンソメなんて物はないんだと。

 

「レシピは後で渡すから、材料の切り方とか細かいところを重点的に教えるからな」

「……はい」

 

 ここからが地獄の始まりでした。

 

 

 

「お前、野菜の皮もむいたこと無いのかよ……」

「すいません……」

 

 いっつもピーラー使ってたんだもん、包丁で皮むいたことなんて現代っ子はあまり無いと思うですよ。

 

 

 

「おい! 切るときは手を丸めろ! 危ないだろうが!」

「お、おっと、そうだった」

 

 調理実習の経験がまったく生かされてない。

 もう2年以上前だし仕方ないね。

 

 

 

「…………」

 

 卵白だけをうまく取り出すのに必死な男の図。

 

 

 

「こんな感じですか?」

「ああ、次は鍋に移して煮込んでくれ」

「ういっす」

 

 卵白に玉ねぎ、セロリ、にんじん、牛肉のミンチにスパイスを各種。

 これを混ぜて、次は鍋に移して煮込む。

 ……コンソメの素の偉大さが分かってくるな。

 

 

 

「……沸騰させるなって言ったよな」

「い、イクセルさん怖い! 怖いです!」

「ったく、沸騰させると濁るからちゃんと覚えとけよ」

「は、はい!」

 

 お店の新人コックさんってこんな感じだったりするんだろうか。

 

…………

……

 

「で、できた……」

 

 煮込んだものをガーゼで濾して、ようやっとコンソメスープが完成した。

 これで初心者レベルとか、明日からどんだけハードになるんだろ……。

 まあ、師匠の教え方よりはわかりやすいし丁寧だけど、比べるのも失礼なくらいに。

 

「よし、後は香茶だな」

「ですよねー」

 

 

 温度やら入れ方やらを散々注意され、店に入ってから数時間後俺は解放された。

 そして、明日も来るように言われた。

 俺の肩書きの数がまた増えることになりそうだ。

 

 

 

 次の日の昼

 

 

「師匠、パイっていいですね。作るのすごい簡単ですし」

「え、うん。そうだけど、なんでそんなに泣きそうな顔になってるの?」

「錬金術の便利さに感動しちゃって……」

 

 材料を加工する、釜を混ぜるの2アクションで完成するんて、錬金術さんマジパないです。



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料理人への道 中

 イクセルさんの料理教室を強制的に受けさせられてから一週間、俺は与えられた課題をこなしていた。

 作成するのはタルトにデニッシュなのだがやたらと難しい。教えられてる間に作れなかったので、作ったものを持っていく方針になったのだ。

 タルトは最近作れるようになったからいいが、もう片方は未だに作れない。

 

「デニッシュ、こいつ難しすぎるだろ……」

 

 これまでまったく機能していなかったアトリエのキッチンで俺は愚痴りながら生地を捏ねてる。

 

 初期段階では水分量が分からずに生地が崩壊するわ、バターの入れ過ぎで生地をダメにするわで全然焼成に入れないわ。

 今現在、ようやく生地をまともに作れるようになったのだ。

 

「……生地を伸ばして六等分っと」

 

 レシピを見ながら、慎重に作業を進める。

 そろそろ成功しないと師匠がうるさいからな。

 俺とトトリちゃんが二人ともイクセルさんから料理を教えてもらっているのが気に食わないのか、最近機嫌が悪い。

 パパっと全課程を修了して師匠の機嫌を取るとしよう。

 

「んで、切ったのを二本ずつ重ねると……うん?」

 

 レシピの一文を読んで俺は首をかしげた。

 

「生地を三つ編みにする?むう、そういえばイクセルさんがやってたような気も……」

 

 紐での三つ編みすらできない俺に生地で三つ編みしろって何その無理ゲー。

 

「な、何とかなるさ!」

 

 

…………

……

 

 

 何とかならなかった。

 俺はぐったりとしたままキッチンを後にし、いつもの部屋に戻って来た。

 そこには釜をかき混ぜているトトリちゃんがいた。

 

「あれ? アカネさん、今日はもう終わりですか?」

「うん、もう無理。やる気なくした」

 

 なんちゃって三つ編みをする、焼く、黒コゲマン参上!

 

「三つ編み以前に、生地がダメだったってことだよ、もうヤダ」

「よ、よく分かりませんけど大変そうですね」

「本当に、錬金術使えればどれだけ楽か……」

 

 完成品持ってくだけだから、錬金術で作ってもバレないっちゃばれないんだろうけど、そこまで錬金術に頼ったら負けな気がする。

 

「それで? トトリちゃんは今何作ってんだ?」

「えっとオリジナル料理を作れーってイクセルさんに言われて、ちょうど今作ってるところなんです」

 

 そう言いつつも釜を混ぜ続けるトトリちゃん。これを調理と言ってはいけない気がする。

 

「しかし、オリジナルか、このままだと俺も作らされるんだろうな……」

「でも、自分だけのお料理考えるのも結構楽しかったですよ」

「そりゃ、錬金術で作れれば楽しいよ、俺すごい大変なんだよ」

 

 なんかもう、釜をかき混ぜていろいろ作っていたあの時代が懐かしい。

 オリジナルレシピも錬金術なら楽しいだろうさ。

 

「あはは……。本当に大変そうですね」

「そうなんです。……お」

 

 そんな風に駄弁っている間にオリジナル料理とやらができたようだ。

 トトリちゃんは釜に手を入れて取り出した。

 

「で、できた。やったー! できたー! わたしのオリジナル料理!」

「い、意外とうまそうだ……」

 

 箱に入って出てきたそれの中には数種類の料理が詰め合わさっていた。

 

「そ、そうだ。名前どうしよう? えっと、えっと……」

「…………っ」

 

 思わずごくりと喉が鳴った。まさかこんな短いスパンであの恐ろしいネーミングをまた聞くことになるとは……。

 

「よし、トトリア風ブランチ! トトリア風ブランチに決定!」

「…………泣いていいよ」

「ちむ」

 

 俺の足元ではちむおとこくんが泣いていた。

 なんでここでまともな名前を付けてしまうんだろうかこの子は。

 

「ついに完成したな」

「にゃっ!?」

「え? わあああ!? い、いい、イクセルさん!?」

 

 俺がちむおとこくんに同情していると、突然横にイクセルさんが現れた。

 扉が開く音もしなかったんですけど……。

 

「ふっふっふ、待っていたぜ、この時を」

「え? え? な、なんでイクセルさんがここに?」

 

 俺が尋ねるより早く、トトリちゃんが当然の疑問を言葉にした。この人店放っといて何しに来たん?

 

「だから待ってたんだよ。お前がその料理を完成させるのをな!」

「え、でも、わざわざアトリエまで来なくても。どうせ後で、わたしの方から持っていくんですし」

「それじゃあちょっとアンフェアだからな。やっぱりこういうのは正々堂々とやらないとな」

「えと、全然話が見えてこないんですけど」

 

 何か二人だけの話になってるな……。まあ、俺はちむおとこくん慰めてるからいいんだけど。

 

「オリジナル料理を作り上げた以上、お前も一人前の料理人……。そこで俺と料理対決をしてもらう!」

 

 指を突きつけ、イクセルさんはそう言い放った。

 

「料理……対決? は!? な、何言ってるんですかいきなり!?」

「いきなりじゃないさ。前々からずーっと考えてたし。なんだよひょっとして嫌なのか?」

 

 なんという疑似光源氏計画、自分で対決の相手を育てるとは……。

 つか、イクセルさんのキャラがおかしい。

 

「嫌ですよ! ていうか、意味が分からないですし!」

「いいんだよ、意味なんて分からなくても! どっちの料理が上手いか勝負するだけなんだから!」

「だから、なんで勝負しなくちゃいけないんですか?」

「それは! 俺もお前も料理人だからだ!」

 

 よかった、俺はカウントされてない。

 トトリちゃんには申し訳ないが俺は安全圏にいることにほっとした。今のイクセルさんに絡まれたくない。

 

「うう、ダメだ……話が全然通じない……。なんかアカネさんみたい……」

「くっ!」

 

 ほっとした瞬間に鋭利な槍が飛んできた。俺って傍目から見るとこんなテンションなの?

 思い当たる節は……ないでもないような気がするけど、ないことにしたい。

 

「なあ、いいだろ? 最近誰も勝負してくれないからつまらないんだよ。ロロナも逃げ回ってばっかだしさ」

 

 うわあ、師匠もこのバトルジャンキーの標的なのか、流れ的にトトリちゃんの次に俺が来そうで怖いな……。

 つか、このまま料理を続けたら将来確実にトトリちゃんの二の舞になるな。

 

「そうなんですか? それはちょっと寂しいですね」

「だろ? じゃあ決まりって事でいいよな?」

 

 こういう手合いに同情したら負けだよトトリちゃん。

 

 

 

「……なんか、あのツッコミだらけの会話聞いてると俺の身が持たないんだが……」

「ちむ」

 

 俺とちむちゃんは、ソファの方に移動してゆったりとコントを眺めてることにした。

 

「あ、トトリちゃんの心が揺れてる」

「ちむ」

 

 トトリちゃんが勝ったら豪華食材セットを渡すって言ってきた。この大人ついに物で釣りだしたぞ。

 

「ちむむ」

「ダメ押しの一品、イクセルさんの秘蔵レシピか……。参加しただけで渡すって必死すぎだろ」

「ちむ~」

 

 一体何が彼をそこまで彼を勝負に駆り立てるのだろうか、もはや病気の域だ。

 

「あ、トトリちゃんが受けるって言っちゃった」

「ちむ~」

 

 

「あー、久々の料理対決!腕が鳴るぜーー!」

 

 

 そう叫んで、イクセルさんはアトリエの外に出て行った。

 

「うー、イクセルさんなんか人が変わったみたいでしたよ」

「お疲れさん。まあ、頑張って行ってらっしゃい」

「アカネさんも逃げちゃうし、酷いです」

「いやー、俺としても何とかしたかったんだけど、俺が話しかけても無視されそうだったし……」

 

 俺が止めたら絶対に、料理人同士の話に口出しすんな!とか言われてただろうしな。

 

「た、確かにそうですね」

「だろ。まあ、諦めて行ってくるといいさ、別に殴り合いしに行く訳じゃないんだし」

「そ、そうですけど……」

 

 トトリちゃんは不安そうにしている、できることなら俺もついて行きたいが行くことはできない。

 料理も作らないまま行ったら絶対にどやされる。

 

「ま、頑張ってくれよ。俺も俺で料理を頑張んなくちゃいけないんでな」

「わ、わかりました!……行ってきます!」

 

 そう言って、トトリちゃんは料理を持ってアトリエの外に出て行った。

 作り直さないあたり、自信はあるみたいだな。

 

 

「ところで、まだ不満は残ってるか?」

「ちむ」

「なら、その憤りを生地に向かってぶつけるがいいさ」

「ちむ!」

 

 俺とちむおとこくんはキッチンの中へと戻って行った。

 そういやちむちゃんはどこ行ったんだろうな?

 

…………

……

 

 

「ふー、やっとできた」

「ちむ」

 

 ちむおとこくんの協力を得てようやくデニッシュを作れた。

 彼の料理スキルは結構高い事が判明した。

 

「後はこれを持ってけばいいんだけど……」

「ちむ?」

 

 今持ってっていいものか?そろそろ勝負はついたと思うけど、

 

 

「帰りましたー!」

「ちむー!」

 

 タイミング良くトトリちゃんが帰ってくる声が聞こえてきた。

 何故かちむちゃんも一緒だが。

 

 俺は結果を聞きにキッチンから出た。

 

「おかえり、どうだった?」

「えへへ」

 

 トトリちゃんの腕の中には食材セットと思われ木箱、その上にレシピが乗っかっていた。

 

「おー、勝ったか」

「はい! それに見てください!」

 

 トトリちゃんがテーブルに食材を置き、その中から紫色の物を取り出した。

 

「これでまた新しいちむちゃんが作れます!」

「な、何故食材セットにちむちゃんの素が……」

「わかりませんけど、でもこれで新しいちむちゃんが……」

 

 トトリちゃんは頬を赤らめ、トリップしていた。

 この重度のちむちゃん好きがなければなあ……。

 

「そんじゃ、俺はイクセルさんの所に行って料理渡すついでに元気づけるとするかね」

「あ、はい。イクセルさんも落ち込んでたみたいなんで良いと思います」

 

 落ち込むほどに惨敗したのか……。

 

「そんじゃ行ってきます」

「はーい。……えへへ」

 

 不気味な笑い声に見送られ俺はアトリエを出た。

 

 すぐに俺はこの判断が誤りであったことに気づく、敗者のことはそっとしておくべきなのだと。

 

 



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料理人への道 下

 

「……死ぬ。いや、殺される」

 

 俺は地べたを這いずりながら宿屋の部屋に入った。

 窓から差し込む僅かな日の光を浴びながら、ベッドの方に這って行く。

 

「…………うう」

 

 力を振り絞りベッドによじ登ったはいいものの、なかなか寝付けない。

 イクセルさんの殺人料理講座に耐えるためにコーヒー飲みすぎた……。

 

「……なんでこんなことに」

 

 寝付けないからか、俺は自然と今日までの事を思い起こしていた。

 

 

 

 

 

「…………」

「あの? お味の方は?」

 

 俺が課題であった料理二つを渡し味見されてから数分、イクセルさんは何故か黙りこくっていた。

 やはりトトリちゃんに負けたことがショックだったのだろうか。

 

「…………決めた」

「へ?」

 

 ぼそりとイクセルさんが何かを言った。

 歴戦の俺の感が逃げろと告げている。絶対ロクな事が起こらない、断言できる。

 

「す、すいません。ちょっと「お前とトトリで料理対決をやる!」……ぉぅ」

 

 ガッツポーズで妄言を吐きだすイクセルさん。人との縁の切り方を本気で考えたくなった。

 

「どうだ? 名案だろ?」

「えっと……」

「なんだよ、なんか不満でもあるのか?」

 

 当り前やん。何でそんな断らないと信じきった顔をしてるんだよ、どっからその自信がわいてくるんだよ。

 

「とりあえず……。その考えに至った理由を話してほしいです」

「ふっふっふ、やっぱり聞きたいか」

「ええとても…………とっとと話せや」

 

 聞こえない程度にぼそりと本音を加えておく。

 この状態のイクセルさんには敬語使わなくていい気がしてきた。

 

「聞いてると思うが、俺はさっきトトリに負けた。だから俺は考えたんだよ、どうやったら勝てるかってな」

「それって料理の修業すればいいだけじゃ……」

 

 論破完了。これで帰れたらいいのにな。

 

「何を当り前のこと言ってんだよ?」

「…………」

 

 トトリちゃんはこんなのを俺みたいって言ったのかよ、俺こんなにうざくないよ。

 

「そうやって勝つことも考えたさ。ただ、ふと思ったんだよ」

 

 思わなくていいっす。負けてからのこの数十分でどこまで考え込んでたんだよ。

 

「一度負けてからのライバルとの再戦で、そんな普通に勝っていいのかってな」

「いいとお「よくない! そう思うだろ!?」……はい」

 

 俺は何故ここにきてしまったのか、タイムマシンがほしい、切実に。

 

「そうだろそうだろ。俺の弟子であるお前を鍛えて、ロロナの弟子のトトリを倒す。燃える展開じゃないか!」

 

 なんというバトル漫画脳。とりあえず最大のツッコミどころにアタックだ。

 

「ちょっと待ってください。俺ロロナ師匠の弟子なんですけど?」

「料理だったら違うだろ? お前は料理道具でトトリは錬金術使うんだから」

「で、でもトトリちゃんもイクセルさんの弟子じゃないですか!」

「いや、弟子っつってもレシピと材料教えただけだからな……。その点お前はちゃんと一から教えてるだろ?」

 

 ダメだ全然話が通じない。

 トトリちゃん、絡まれてたの見捨ててごめん。これはキツイわ。

 こうなったらダメ元でいろいろ聞いてみるか。

 

「……俺がトトリちゃんに勝ってイクセルさんは満足何ですか?」

「お前が勝てば俺が勝ったも同然だろ?……それに師匠を超えたと慢心した弟子を倒す。王道じゃねえか!」

 

 ダメだなこれ、何個か質問するまでもない。絶対に折れないよこの人。

 こうなったら、別の方向から……。

 

「俺が勝負に出た場合って何かもらえたりするんですか?」

「ん ?ああ、そういや考えてなかったな」

「言っておきますけど、俺はレシピや食材セットじゃなびきませんよ」

 

 これを封じられれば打つ手はないはず! 勝利! 圧倒的勝利!

 

「他にお前がほしそうな物っつーと、昔のロロナの写真ぐらいしか……」

「イクセルさん。俺がその程度で動くと思ってるんですか?まったく……」

「じゃあなんでエプロン着けてんだ?」

「はっ!?」

 

 くっ! 止まれ俺! 俺は師匠の写真程度では動かないんだ!

 

「しょ、勝利、勝利したら何をもらえるんですか?」

 

 逃げる、この一手、この一手で逃げ切る! 脱出! 脱出だ!

 

「そうだな……。そっち系だと昔アストリッドさん。ああと、ロロナの師匠から押し付けられた若干際どい写真が……」

「イクセルさん! 一番テーブルのお客さんがお待ちですよ! 早く仕事を終わらせて料理修業といきましょう!」

「……お前って単純だよな」

 

 なんでそこで冷めるんだよ。なんか恥ずかしくなってきちゃうだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………俺、泣いてるのか?」

 

 ふと気付くと目元から一筋の涙が零れ落ちていた。

 

 浅はかだった数週間前の俺、悪魔の誘惑に負けた弱い俺。

 あそこではっきりと断っていればよかったんだ。

 

 あれ以来毎晩毎晩、鬼のようなイクセルさんの指導。まさに生き地獄状態。

 料理対決以前のイクセルさんはどこへ行ったのか。

 

「……それも、それも明日で終わる」

 

 今日俺はオリジナル料理を完成させイクセルさんに一人前の料理人と認められた。

 激しく時間の使い道を間違っているが、明日ついに終わるんだ。

 結末は俺の勝利以外にはあり得ない。

 

「クックック」

 

 

…………

……

 

 

「トートリちゃーん!」

 

 早朝、俺は扉を派手に開けてアトリエの中に入った。

 

「アカネ君? トトリちゃんなら出かけてるけど?」

「…………」

 

 扉を閉めて、下がる。

 

「……ないわー」

「何がですか?」

「…………っ!」

「へ?」

 

 振り返るとそこにはトトリちゃんが疑問符を浮かべて立っていた。

 

「あのー? アカネさん?」

「と、ととと、ととと!」

「ととと?」

 

 トトリちゃんに料理対決を申し込むと言いたいのだが、うまく言葉にできない。

 基本的にトトリちゃんには優しくをモットーに掲げているので、あまりトトリちゃん相手にこういう事やるのは慣れてないんよ。

 

「と、とと! トトリちゃんに料理対決を申し込む!」

「え、ええー!?」

「今日中に料理を持って来るがいい! それじゃ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 逃げようと思ったんだが、回り込まれた。

 俺の罪悪感パラメータがぐんぐん上がってる。

 

「質問は一つだけでお願いします」

「え? ええと……なんでわたしとアカネさんが勝負しなくちゃいけないんですか?」

 

 ここは偉大なる先人の言葉を借りるとしよう。

 

「それは! 俺もお前も料理人だからだ!」

「い、イクセルさんと同じ答え……」

「ついでに言うと、勝負に勝ったら豪華爆弾詰め合わせがプレゼントされます」

 

 言うまでもなくメイドインオレ。

 

「い、いるようないらないような……」

「伝えることは伝えたんで、そんじゃ!」

「あ、待ってくださいよ!」

 

 トトリちゃんの制止の声を背中に浴びつつ、俺はサンライズ食堂へと走った。

 

 

…………

……

 

 

 待つこと数時間、時間はちょうど昼のピークが過ぎた頃、食堂の扉が開いた。

 

「こんにちはー」

「お、来たな」

 

 食堂の中に入ってきたトトリちゃんをイクセルさんが出迎えた。

 俺はその様子を眺めながらカレーを食べていた。もちろん自作。

 

「うまうま」

「アカネさん、それおいしいんですか?」

 

 トトリちゃんがこっちに来ると微妙な顔をして尋ねてきた。

 そりゃカレーなんて食文化こっちにはないからしゃーないね。

 

「うまいよー、一口食べる?」

「そ、それじゃあ……」

「お前ら! ちょっとは勝負の緊張感持てよ!」

「ええー」

 

 宣戦布告という大仕事を終えた俺としてはグダグダしたい気分なんだけどな。

 それに今うまくいけば間接……んんっ! 俺は中学生かっつの。

 

「ほら、とっとと自分の料理用意しろよ」

「ういーっす」

 

 俺はカウンターの中にある鍋とフライパンに向かった。

 

「トトリの方は……なんだ、前と同じ料理かよ」

「し、仕方ないじゃないですか。またこんな事になるんて思いませんでしたし」

「ま、それなら審査員をわざわざ変えた甲斐があったってもんだな」

 

 そう言えば前の審査員はちむちゃんだったらしい。

 審査員を替えるのはやっぱり二回同じものを食べると評価が変わるからってことだろう。

 このフェアプレー精神だけはかっこいい、なんて言うとでも思ったか。

 

「今回の審査員はこいつだ!」

 

 イクセルさんがそう言うと、食堂の扉が開いた。

 

「ぷに!」

「し、シロちゃんですか?」

「そうだ。こいつなら公平な審査をしてくれるはずだからな。さっき見かけたのを餌付けしたんだよ」

 

 まあ、確かにぷになら俺のことを助けるために高く評価するなんてことは百パーセントないと断言できる。

 

「そんじゃあ俺まだ準備中だからトトリちゃん先にお願い」

「は、はい。わかりました」

 

 準備と言っても温め直してるだけなんだけどね。

 

「そ、それじゃあシロちゃん。はい、召し上がれ」

「ぷに!」

 

 カウンターに乗ったぷにはトトリちゃんからフォークで食べさせてもらって……。

 

「おい、アカネ? 緊張感を持てとは言ったけどな。そんな人殺しそうな顔しなくてもいいんだぞ?」

「アーン、トトリちゃんからアーン……」

 

 残念ながら今日は毒の持ち合わせがなかった。

 まあいい、その内ヤッテやるとしよう。

 

…………

……

 

「……よし」

 

 呪詛を吐きつつ、俺は自分の料理を完成させた。

 

「ぷに!」

「はい、お粗末さま」

「ぷに~」

「ちっ!」

 

 今からでも遅くない。タバスコを一瓶入れれば殺れるはずだ。

 

「だが、俺には使命がある。ここは我慢しよう! さあ、食うがいい!」

「ぷに?」

 

 俺はカウンターに料理を叩きつけるように置いた。

 

「その名も! マーボーカレーだ!」

「まーぼーかれー?」

 

 トトリちゃんが全く理解できていないようなので説明するとしよう。

 

「マーボーカレーとは! マーボー豆腐とカレーを混ぜたものだ!」

「??」

「アカネ、それで説明したつもりなのか?」

「的確すぎるでしょう。さあ食え」

「ぷに」

 

 ぷには犬のように皿に食らいついて食べ始めた。

 

「ぷに!」

「早っ!?」

 

 一瞬驚いたが、考えてみれば別段驚くことでもない。

 さっきみたいに行儀よく一口一口食べさせてもらってた方が異常なのだ。

 

「よし! それじゃあ審査結果の発表だ!」

「ぷに!」

「は、はい!」

「やっと終わる……」

 

 俺とトトリちゃんは立ち上がり、その間にぷにが入った。

 

「ぷに~、ぷに~」

 

 ぷにぷに鳴きながら、俺とトトリちゃんを行ったり来たりするぷに。

 焦らすなよ、どこぞのクイズ番組の司会者みたいな真似はせんでいいよ。

 

「ぷに」

「おっ!」

 

 ぷにが俺の横で止まった。

 

「ぷに? ぷに~」

「…………」

 

 何期待してんのみたいな鳴き声を上げて、ぷにはトトリちゃんの方に向かった。

 最近、ぷにのうざさのレベルが上がって来た。

 

「ぷにー」

 

「ぷにー」

 

 行ったり来たりすること五往復程度、そろそろ止まる頃合いだろう。

 

「ぷに!!」

「…………え?」

「あれ?」

「お、俺!?」

 

 ぷには俺でもトトリちゃんでもなくイクセルさんの下にいた。

 

「ぷに! ぷにに、ぷに!」

「えっと……?」

 

 イクセルさんが俺の方を見てきた、通訳を希望の様です。

 

「あんたがナンバーワンだって言ってます。たぶん」

「そ、そうなのか?」

「ぷに!」

 

 ぷには強く頷いた。

 

「ぷにに!」

「いつも食べに来てるイクセルさんの料理が一番うまいそうです」

「……そうか、勝負なんか抜きにした料理、それが一番だって事なんだな?」

「ぷに!」

 

「…………」

 

 何これ?

 

「目が覚めたぜ。サンキューなシロ!」

「ぷににににに!」

 

「……イイ話ダナー」

「良い話ですね」

 

 俺の数週間を返してもらいたい。

 

「よし! 今日は俺の奢りだ! お前ら好きなだけ食え!」

「ぷにー!」

「い、いいんですか!」

「ワーイワーイ」

 

 

 

 

 ちなみに後日一枚だけ写真は貰った。

 今回の出来事の収穫:師匠は昔からかわいかった事がわかった。



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アカネの誕生日

 

 俺の誕生日の九月二十日まであと十日、俺は森に来ていた。

 

「よし! とっとと終わらせて帰るぞ!」

「ぷに!」

 

 本当ならこんな時期に依頼なんて受けないのだが、クーデリアさん曰く急ぎの依頼だそうで何故か俺に白羽の矢が立った訳だ。

 依頼の内容はアーランド近辺の森のモンスターの討伐という今の俺なら軽くこなせる内容ではある。

 

「まったく、もう! むふふふ!」

「ぷに……」

 

 ぷにが可愛そうな人を見る目で見てきた。心外だな。

 

「気付かないか? この時期に! 俺でなくてもいいのに! こんな依頼が俺指名で来た! この符合が意味するもの……」

「ぷに?」

「俺の誕生パーティーの準備に決まってるだろ! まったく、俺を追い出してどんだけ盛大にやるつもりだよ……ふふふふ」

「ぷに~……」

 

 帰ってアトリエに向かったらクラッカーの音が響くのか、それともサンライズ食堂を貸し切ってのパーティーか、もしかしたら街を挙げての大パーティとか!

 

「まあ、早く終わらせ過ぎたらアッチが困るだろうしな。方針を替えてゆっくり終わらせるとしよう」

「ぷに」

 

 今頃みんなで俺のパーティーの準備をしていると思うと胸が熱くなるな……。

 

「ふふ、ふふふ、むふふふ」

「ぷに……」

 

 

 

 

…………

……

 

 

「帰って来たな、アーランド」

「ぷに」

 

 上機嫌にモンスター共を討伐した俺と九割がた仕事をしたぷには街へと戻って来ていた。

 さてはて、しっかり日数は数えてたが一応、今日が何日か聞いてみよう。

 もしかしたらメモ帳に書き間違いがあって、日にちを間違えているかもしれないからな。

 

「クックック。そこの道行くお嬢さん、今日は何日か知ってますよね?」

「え、ええ、二十日ですけど……」

「グッドグッド! そう! 二十日二十日ですよ!」

 

 今日は俺の誕生日! クリスマス並に有名な誕生日!

 おっとお嬢さん何をそんな逃げるように駆けて行くんだい?

 ふふっ、こんな有名人に会って恥ずかしくなっちゃったのかな?

 

「ククッククック」

「ぷに……」

「そんなに急かすなよ、まずはアトリエに向かうとするか」

 

 クラッカーが俺を待っている!

 

 

 

 

 

「よーし、開けるぞー」

 

 心臓がドキドキと煩い、若干手が汗ばんできた。

 このままじゃ過呼吸に陥ってしまいそうじゃないか……。

 

「……ふうー」

「ぷに!」

「わかったわかった……よし」

 

 覚悟を決めて、俺は扉を開けた。

 

「…………」

 

 いない。アトリエの中にはちむちゃん一人すらいなかった。

 

「……書置きもない?」

「ぷに」

 

 アトリエの中を見渡すも、特に目立った物はなかった。

 

「なら、やっぱりサンライズ食堂かな?」

 

 若干疑問が残るが、とりあえずはそこしかないだろう。

 

「ぷに? とっとと行くぞ」

「ぷに」

 

 奥の部屋まで探索していたのだろう、キッチンの方からぷにが出てきた。

 

「よーし! サンライズ食堂へ出発!」

「ぷに!」

 

 まだ収まらない心臓の高鳴りと共に俺はアトリエを出

 

 

…………

……

 

 

「あれー?」

 

 サンライズ食堂前までやって来た俺は、食堂の中を外から覗いていた。

 

「貸し切りどころか、現在進行形で満席じゃないか……」

「ぷに」

「ああっと、そうだ。もしかしたら俺の依頼報告で皆出てくる手筈かもしれないな、うん」

「ぷに……」

 

 若干嫌な予感を感じつつも、俺はギルドへと向かった。

 

 

…………

……

 

「…………」

「ぷにー」

 

 宿屋のベッドに腰掛けた俺の頭の上で慰めるようにぷにが飛び跳ねている。

 既に外は日が落ち真っ暗になっている。

 

「クーデリアさん所いっても、フィリーちゃんの所行っても何もなし」

「ぷに」

 

 クーデリアさんにおいては、はいお疲れの一言で会話が終了した。

 

「その後永遠とアトリエと食堂、街中をくまなく回っても何もない」

「ぷにー」

 

 もしかしたら日付が違うのかと思い、街の人に尋ねてみるも百人中百人が二十日と答えた。

 

「こんなことをされる心当たりは、なくもない。むしろありすぎる」

「ぷに」

「最近はイクセルさんの所に行ってばっかで師匠に構ってなかったし、トトリちゃんには唐突に料理対決を申し込んだりした」

「ぷに……」

「でもさ! こんな事する子じゃないだろ!」

「ぷに」

「ううー!」

 

 どういうことかもわからず、俺は唸ることしかできなかった。

 

「はっ!」

 

 瞬間、ある一つの可能性を閃いた。

 

「もしかしたら、今からドアがノックされてハッピーバースデー! みたいな」

「ぷに?」

「そうだ! 絶対そうだ! よし、頭から避けてくれ」

「ぷに」

 

 ぷにを頭からどけて、俺はベットに倒れこんだ。

 ここは自然体で待ってないとな。

 

「ドキドキ……」

 

 ピクニック前日の子供のように俺は目を瞑って、ノックを待った。

 ここまで焦らすようになるとは、トトリちゃんも成長しおったわ。

 

「…………ぷに」

 

 

…………

……

 

 

「ん?」

 

 瞼の上から光が当たり、俺は目を開けた。

 

「朝……あさ? ……朝!?」

 

 ベッドから跳ね起き、俺は窓に駆け寄った。

 完全に日が昇っている。

 

「ちょ!? えっ!?」

 

 部屋を見渡す、誰かが来た形跡はない。

 

「あれ? ぷにもいない」

 

 ベッドの横にいたはずのぷにがいなくなっていた。

 

「……俺は一体どうしたらいいんだ?」

 

 そもそも何で俺眠っちゃったの? バカなの?死にたい。

 

「はあ、もういいや。誕生日なんてなかったんや」

 

 昨日と言う日を記憶から消去しよう、俺はいつもの間にか二十歳になっていたんだ。

 

「ご飯は……作る気力がない」

 

 今からアトリエに行って作るのは無理だ。でも今は何か食べて気を紛らわせたい。

 

「食堂に行くか……」

 

 気乗りはしないものの、それしか選択肢はない。

 俺は身だしなみを整えて、宿屋から出て行った。

 

…………

……

 

 

「はあ」

 

 今日で総計百回目のため息とともに俺は食堂へと着いた。

 

「酒だ。うん、酒を飲もう、今なら大人だしセーフだ」

 

 嫌なことがあったら酒に逃げる。ダメなことだと思いつつも、それが一番楽な気がする。

 

「酒を出せー!」

 

 俺は叩きつけるように扉を開いた。

 

 

 パーン!

 

 

「へ?」

 

 中に入った瞬間、大きな爆発音とともに俺の視界を紙吹雪が覆った。

 

「アカネさん! お誕生日おめでとうございます!」

「アカネ君! お誕生日おめでとう!」

 

 紙吹雪が晴れると、クラッカーを持ったトトリちゃんと師匠が俺にお祝いの言葉を言っていた。

 周りを見渡すと、俺の知り合い達がほとんど勢揃いしていた。

 

 クーデリアさんにフィリーちゃんのギルド組。

 ステルクさんと後輩君の師弟コンビ。

 店主であるイクセルさんはもちろん。メルヴィアにミミちゃん、マークさん。更にはちむちゃんまで。

 

「あ、あれ? 俺の誕生日は昨日……だよな?」

「えっと、そのごめんなさい。わたしは反対したんですけど……」

 

 途端にトトリちゃんが申し訳なさそうな表情になった。

 

「ふふん、昨日のあんたは見てて面白かったわー」

「ん?」

 

 メルヴィアがニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。

 

「ずっと街中を捨てられた子犬みたいな顔してウロウロして、いやー珍しいもの見たわよ」

「ま、まさか……」

 

 だんだんと事情が呑み込めてきた。

 

「もしかしなくても、今日が二十日?」

「やっと気付いたのね。そうよ、今日があんたの誕生日」

 

 その言葉を聞いて、俺の活力がだんだんと戻って来た。

 

「でもさ、昨日誰に聞いても二十日だって……」

「はーい! わたしわたし! すごい頑張ったんだから!」

「師匠が?」

「うん。今日日付を聞かれたら二十日だって行ってくださいって皆に言って回ったの」

「……はは」

 

 思わず口から乾いた笑いが漏れてきた。

 

「発案者は?」

「オレオレ! やっぱ先輩を驚かすにはこんぐらいないとって思ってさ!」

 

 ターゲットロックオン。後輩君。

 

「貴様かー! 驚くどころか軽く鬱になってたわ!」

「ちょ! 痛い痛い!」

 

 ベシベシと後輩君の頭にチョップを当てる。

 

「ああ、もう。何も言えない……」

 

 俺は一通り叩いた後、倒れるように椅子に座った。

 

「んじゃ、早くパーティーを始めようぜ。折角作ったのが冷めちまう」

「それも、そうですね」

 

 トトリちゃんがそれに賛同した。

 確かにイクセルさんが急かすのも無理はない。テーブルと言うテーブルにご馳走が敷き詰められていた。

 

「よっしゃ! お前ら! 順番に俺にお祝いの言葉と貢物を持ってこい!」

 

 一番奥のテーブルに陣取り、俺は全員に言葉を投げかけた。

 

「ったく、調子がいいわね」

「エントリナンバーワン、クーデリアさん! 昨日のあなたの対応で俺の心は深く傷つきました」

「仕方ないでしょ、ロロナにそうしろって言われたんだから」

「それで? プレゼントは?」

「私が忙しい中ここに来た事、それが一番のプレゼントよ」

「…………」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

 

「ど、どうもです……」

「フィリーちゃん、まさか君まで俺を騙しにかかってくるとは……」

 

 昨日のフィリーちゃんの対応はいたって普通だった。普通すぎた。

 

「ち、違うんですよ! わたし今日がアカネさんの誕生日だって知らされたばっかりなんです!」

「む? ああ、なるほど」

 

 よかった。一部を除いて気の弱いフィリーちゃんは健在のようだ。

 

「だから、その、すいませんプレゼントもなくて……」

「ああ、うん。いいっていいって、こんな人多い場所に来てくれただけでも十分だよ」

「いえ! 可愛い子がいっぱいなんで大丈夫です!」

「……そう」

 

 フィリーちゃんはとっても元気でした。

 俺の誕生日でこんなに喜んでもらえて嬉しいです。

 

 

 

 目つきの悪い黒い人が来た

 

「おい誰だよ! 俺の誕生パーティーに不審者連れ込んだの!」

「それは失礼した、帰らせてもらおう」

「ま、待ってくださいよ。軽いジョークですって」

 

 本気で帰りそうだったので慌てて引きとめた。

 

「まったく、君も社会的に成人となったのだからもっと落ち着きと節度を持った行動を心がけるようにだな……」

「待ってください。とりあえずプレゼントを」

「……今の私の言葉が君への贈り物だ」

「今考えた!絶対今考えた!」

 

 大人ってずるいや。

 ぼくはこんなおとなにはなりたくないと思いました。

 

 

 

「ここまでプレゼントなし。期待してるぜ後輩君!」

「あ、悪い。持ってきてねえ」

「……まあ、必殺技がちょっと早めの誕生日プレゼントだと考えればいいか、うん」

 

 別に無理矢理納得してる訳じゃないんだからね!

 

「んじゃ、先輩これからもよろしくな!」

「ん、よろしくなー」

 

 後輩君は去って行った。

 次もプレゼントなかったら、俺は帰るぞ。

 

 

 

 

「イクセルさん。あなたならあなたならプレゼントを……」

「まあ、一応あるけどさ。そんな目を血走らせなくてもいいだろ。ほれ」

「わーいわーい!」

 

 お酒を手に入れた!

 

「そういや、お前さ前に一回二十歳とか言って店に酒飲みに来たことあったよな」

「ああ、まあ今更いいじゃないですか!」

 

 確かちむちゃんが原因で家出する前に酒に逃げてたんだっけか?

 

「これからは堂々と飲みに行きますよ!」

「家は飲み屋じゃないんだけどな……」

 

 

 

 

「はい、あたしのプレゼントよ喜んで受け取りなさい」

「…………」

 

『メルヴィア様が一回だけ負けてあげる券』

 ビリビリに引き裂いた。

 

「ちょっと!? 何破いてんのよ!」

「お前は本当にぶれないよな」

「何? 褒めてるつもり?」

「大分褒めたな」

 

 結局プレゼントなしだった。

 

 

 

「ミミちゃんか、よく来たな」

「わたしも来るつもりはなかったけど、トトリがしつこかったのよ」

「プレゼント! プレゼント!」

「…………」

「ごめんなさい」

 

 氷の女王が目の前に君臨した。

 

 

 

「マークさんは自転車ですね」

「おや? 分かっていたのかい?」

「そりゃ分かりますよ……」

 

 むしろ分からない方がどうかしてるレベルで、分かりやすかった。

 

「この場に持ってくるのはそぐはないと思ったのでね。後日届けさせてもらうよ」

「改造済みですか?」

「もちろんさ。君も驚くようなすばらしい改造を施しておいたよ」

 

 ジェット機が付いていたら、そんな事すら思いつくような薄ら笑いをマークさんは浮かべた。

 バイクに変身してる気がしてならない。

 

 

 

「ちむ!」

「ちむ!」

「うん? 何々?」

 

 ちむちゃんとちむおとこくんからメモを渡された。

 

「えーっと、次のちむちゃんの命名権利を与えます。じっくり一週間ほど考えといてください」

「ちむ!」

 

 ちむおとこくんが大きく手を挙げた。彼が発案者のようだ。

 

「まあ、俺のネーミングセンスの良さは周知の事実だしな。いいさやってやるよ」

「ちむ……」

 

 何でそこで不安そうな顔するんだよ……。

 

 

 

「ああっと、これで全員終わったか……」

 

 結局まともなプレゼントはお酒だけってどういうことやねん。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「わたしたちまだだよ!」

 

 トトリちゃんと師匠が駆けよって来た。

 まあ、忘れる訳ないよね。

 

「まずはプレゼントを話はそれからだ」

 

 俺がそう言うと、トトリちゃんが鞄から小さな箱を出してきた。

 

「わたしとトトリちゃんの合作だよ。開けて開けて!」

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 箱を縦に開けると、そこには指輪が収まっていた。

 

「指輪?」

「実はそれ錬金術で作った指輪なんですよ」

「効果は何と! つけてるだけで体力が回復していくんだよ!」

「お、おお!」

 

 ここに来てなんてすばらしいプレゼントなんだ。

 これは俺の手袋とコンビを組ませれば最強じゃないか。

 

「アカネさん最近疲れてるみたいだったんで、先生と相談して作ったんですよ」

「えへへ、すごいでしょー」

「すごいすごい。さすがは凄腕錬金術士」

 

 疲れてるって言うのは、たぶん借金的な面で疲れが出てたんだろう。

 俺が借金七割だもんな……。

 

「あれ? そういえばぷにがいない?」

「シロちゃんなら、ずっとカウンターの中にいるよ?」

「え?」

 

 そう言われて俺は立ち上がり、カウンターの下を覗き込んだ。

 

「ぷに」

「お前そんな所で何してんだよ?」

「ぷ、ぷに……」

 

 何か恥ずかしそうにもじもじしている。気持ち悪いな。

 

「ぷに!」

「のわ!?」

 

 ぷにが突然飛びあがって、カウンターの上に乗っかって来た。

 

「一体なんだよ?」

「ぷにに!」

 

 カウンターの下の方を覗いて鳴いているので、見てみると見慣れない袋が三つあった。

 

「これを取れと?」

「ぷに!」

「ふむ。よっと!」

 

 身を乗り出して、袋を取った。意外と重い。

 

「ぷにに!」

「はいはい。開ける開ける――はあ!?」

 

 店が静まり返るほどの大声が出たが仕方がない。

 中入っていたものがそれほど衝撃的だった。

 

「これ、一体何万コールあるんだよ?」

「ぷに! ぷに! ぷに!」

「さ、三万コール!?」

 

 つまり一袋一万コール……。

 

「これを俺に? 本当に?」

「ぷに」

 

 男に二言はないそうだ。まさかこんなサプライズがあるとは。

 

「最近やけに仕事張り切ってると思ったら、このためだったのか?」

「ぷ、ぷに! ぷに!」

「お、おい!」

 

 恥ずかしくなったのか、赤くなって店の外に飛び出して行った。

 

「元の原因はあいつとは言え……嬉しいじゃないか」

 

 あいつもあいつなりに思うところがあったってことか。

 

 

「よーし! 皆! 今日は俺を存分に讃えるがいい!」

 

 上機嫌になった俺はその後も楽しめるだけ楽しんだ。

 誕生会って楽しいもんなんだな。

 こんだけ良いパーティーは後にも先にもこれだけだろうな。



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仲たがい

「今日も今日とてギルドにやって来ましたとさ」

「ぷに」

 

 誕生日から二日経った今日、俺たちは依頼を受けるためにギルドに来ていた。

 

「昨日は結局一日寝てなもんな……」

「ぷに~」

 

 飲みすぎた次の日のダルさを知って、僕はまた一つ大人になった。

 

「まあ、借金もあと半分程度だし少しゆっくりしててもいいよな」

「ぷに!」

 

 借金を受け持つ割合は変わらないが、三万コールは俺の分として考えていいらしく、実質俺の借金はあと六万コールだけだ。

 

「今日は軽く調合依頼でも受けるとしますかね」

「ぷに」

 

 まだ体調が完全ではないので討伐依頼とか受けたらぷに頼りになるのは明白だ。

 何の依頼があるか考えつつ歩いて行くと、クーデリアさんの受付の前で見慣れた二人が話していた。

 

「およ?」

「ぷに?」

 

 話をしているのはミミちゃんとトトリちゃんなんだが、何かいつもと違って険悪な雰囲気が流れている。

 

「そろそろそろー……」

 

 その様子が気になったので、俺は横から回り込んでカウンターの内側に侵入した。

 

「わっ!? あ、アカネさん?」

 

 話が聞こえる位置までしゃがんで移動していると、フィリーちゃんの驚く声が降り注いできた。

 

「しーっ」

「…………?」

 

 よく分かっていない様だが、フィリーちゃんは黙ってくれた。

 

「……なんで、あんたの方が私よりランク高いの?」

 

 フィリーちゃんの傍から少し進んだあたりで、声が鮮明に聞こえてきた。

 俺はカウンターに腰を預けて座り込んだ。クーデリアさんが冷めた目で見てくるのが精神的にきつい。

 

「ミミちゃんより上? へえ、そうなんだ……えへへへー」

 

 落ち着いて二人の会話に耳を傾けると、トトリちゃんの照れたような嬉しい様な声が聞こえてきた。

 

「だから……その気持ち悪い顔やめなさいよ! おかしいわよ……こんな……何かの間違いだわ!」

「別におかしくないよ。わたしだってがんばってるんだし」

「私が頑張ってないとでも言いたいの? 言っとくけどね、私の方があんたの何十倍も何百倍も努力してるんだから!」

「ミミちゃんが頑張ってないなんて言ってないよ……。わたしはただ……」

 

 二人で口喧嘩か? いまいち事情がつかめないな……。

 

「っ痛!」

「ぷに?」

 

 頭に何かが当たったと思えば、足元に丸められた紙が転がっていた。

 俺はそれを広げると走り書きで何かが書かれていた。

 

「何々?」

 

 トトリがポイントの清算に来る、トトリが赤いのにギルドカードを見せる。

 それを見た赤いのが怒りだした。

 

「……クーデリアさん」

 

 事情を教えてくれて嬉しいんですけど、いくら急いで書いたからって赤いのって……。

 

「納得いかない! 絶対間違ってるわ! シュヴァルツラング家の当主である私が、こんな田舎娘以下だなんて!」

 

 ミミちゃんが次第にヒートアップしていってるが、どう考えてもミミちゃんが一方的に悪いよな……。

 ランクが自分より上だったからって怒りだすなんて。

 

「むう……しょ、しょうがないじゃない。わたしの方が上なんだもん」

「あら、珍しく言い返してきたわね。ランクが上だって分かった瞬間、偉くなったつもりかしら」

「そんなこと言ったら。ミミちゃんなんていっつも偉そうじゃない! シュヴァルツラング家の~とか言っちゃって!」

「実際そうじゃない。それの何が悪いの?」

 

 

「ぷに?」

 

 唐突にぷにが俺に向かって声を投げかけてきた。

 

「うん? いや、今回の喧嘩ばっかりは俺が介入する余地はないって。女の子同士の喧嘩に口出しできるかっての」

「ぷに……」

 

 いくら俺だって空気の一つや二つ読むことぐらいはできる。

 ここで俺が出て行っても状況が好転するはずもない。

 そんなことを言っている間にもトトリちゃんはさらに言葉を返していた。

 

「クーデリアさんが言ってたもん。貴族の名前なんて大した意味ないって」

「……っ!?」

 

 ミミちゃんが息を呑む音が聞こえてきた。

 ……トトリちゃん、地雷踏んだっぽいな。

 

「あんた、それ以上言ったら怒るわよ」

「同じ貴族でもクーデリアさんは親切でいい人なのに、ミミちゃんはいっつも偉そうで、意地悪なことばっかり言って……」

「黙りなさい!」

 

 そんなトトリちゃんの言葉を断ち切るように、これまでに聞いたことのない様な声がミミちゃんから発せられた。

 

「きゃ!? あ……ご、ごめん。わたし……」

「……そうよね。あんたはすごい冒険者の娘で、すごい錬金術士の弟子でもあるし」

 

 ? すごい冒険者の娘? トトリちゃんが?

 

「わたしにみたいに家の名前くらいしかない人間なんて、さぞくだらなく見えるんでしょうね」

「そんなことない! そんなこと全然思って……」

「ばか! あんたなんて大っ嫌い!!」

「あ、ミミちゃん!」

 

 ミミちゃんの走って行く音が聞こえてきた。

 今更ながら、隠れて聞いているのを若干後悔するなこれは……。

 

「随分と派手にやらかしわね。人の職場でやるなって話だけど」

 

 そこにクーデリアさんがさっきまでの喧嘩の様子とは対照的な、落ち着いた声で話しかけた。

 

「……あんなこと言うつもりなかったのに……なんでわたし、あんなこと……」

「落ち着きなさい、あんたはただ、褒めてもらいたかっただけでしょ? 一番のお友達に」

「……う、ミミちゃん、おめでとうって言ってくれるかなって……。なのに……あんな……」

「はいはい、泣かないの。悪いのはあっちなんだから。まあ、確かにあんたも少し言いすぎたけど……」

 

 トトリちゃんの泣きながら発する痛々しい声が聞こえてくる。

 本格的にここから出て行きづらくなった。

 

「どうしよう……。ミミちゃん、わたしのこと大っ嫌いって……」

 

 必死に泣くのを抑えようとしながら、トトリちゃんが今までに一番悲しそうに、その言葉を吐露した。

 

「あんなの、勢いで言っちゃっただけでしょ」

「でも、でも……」

「はあ、世話がかかるんだから……あの子の方はあたしが何とかしとくから。だから泣き止みなさい」

「う……なんとか、なりますか?」

 

 そのクーデリアさんの言葉でやっと落ち着いたようで、未だ沈んだ声ではあるが少し明るさを取り戻したようだ。

 

「なるわよ。わたしが信用できない?」

「いえ……よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、今日はもう帰りなさい。一晩寝ればスッキリするから」

「はい……」

 

 そう言ってトトリちゃんの去る足音が聞こえてきた。

 クーデリアさんの慰め術すごいな。あっという間にトトリちゃんをなだめてしまった。

 

「それでは……」

「ぷに……」

「待ちなさいよ」

 

 クールに立ち去ろうと思ったが、案の定クーデリアさんに引きとめられた。

 

「お、俺にはアトリエに戻って師匠に事情を話すという使命が……」

「…………」

 

 第二の氷の女王が君臨なされた。

 

「女の子二人の喧嘩を盗み聞きして、勝手にカウンターの中に入って、許されると思ってるのかしら?」

「……てへっ」

 

 必殺のてへっ笑い、これは許される。

 

「……はあ、いろいろ言いたいことはあるけど良いわ。早くアトリエに戻りなさい」

「え? 良いんですか?」

 

 こんな事がかつて一度でもあっただろうか、いやない。

 逆に怒ってもらわないと、俺も俺でこの自己嫌悪に対する感情のやり場がないのですが……。

 

「優先順位ってもんがあるでしょ、ロロナも困ってるだろうから早く帰りなさい」

「は、はい。わ、わかりました」

「それから、あんた達も気を遣ってあげなさいよ」

「それはもちろん」

「ぷに!」

 

 こんな俺でも気遣いの一つはできる。それがトトリちゃんなら尚更のことだ。

 

「っと、後一つ聞きたいんですけど」

「? 何よ?」

「さっきミミちゃんがすごい冒険者の娘って言ってましたけどどういうことですか?」

「何? あんた聞いてないの?」

 

 クーデリアさんが信じられないって顔をしてきた。

 

「いや、トトリちゃんのお母さんがすごい冒険者って言うのは聞いてましたけど。ミミちゃんが引き合いに出すほどなのかなって……」

「まあ、あんたなら話しても問題無いだろうから言うけど、他人に言ったりするんじゃないわよ」

「はあ?」

 

 周囲を気にするように見回してから、クーデリアさんはそっと俺に告げてきた。

 

「あいつの母親はギゼラって言ってね。一番最初の冒険者でかなりの凄腕だったのよ」

「へえ…………ん?」

 

 ふいにグイードさんの顔が思い浮かんだ。あの穏やかな父親とそんな人が……。

 

「しかし何より……トトリちゃんの肩書きがすごいことになってますね」

 

 初代冒険者の娘にして、稀代の錬金術士の一番弟子って……。

 

「そうね。だから知られても良いこと無いだろうから、くれぐれも!他言するんじゃないわよ」

「そんなことわかってますよ。信用ないですね……」

「……自分の行いを一度省みた方が良いわよ」

「…………」

 

 冗談交じりではなく、かなり本気の声色で言われた。

 



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デレ期?

「…………」

 

 アカネですが、アトリエの空気が最悪です。

 

「……はあ」

 

 今日で何回目かも分からないトトリちゃんのため息が聞こえてきた。

 俺は椅子に座って黙々と本を読んでいる。

 

 あの出来事から早一週間、十月に入っていた。

 二人の仲直りの兆しは一向に見えない。

 と言うよりも最近ミミちゃん自体見ていない。

 

「……はあ」

「…………」

 

 耐えられない。

 無理! 俺こんな空気の中じゃ生きていけない! 盛り上げようにも俺こんな状態ではしゃげないよ!

 師匠よ早く帰って来てくれ、あなたのいつも通りに振る舞うスキルの高さが今のアトリエには必要だ。

 

「……はあ」

 

 気分が落ち込んできた。ぷにの野郎もまたどっかに行ったし……。

 

「……ん?」

 

 本を閉じて、なんとなく外に目をやると窓からミミちゃんと師匠の姿が見えた。

 何か二人で話しているようだ。

 

「……はあ」

 

 話を聞きに行きたいのは山々なのだが、この状態のトトリちゃんを一人残していくのも憚られる。

 

 二人の話が終わったようで、ミミちゃんが窓から見えない部分へと消えて行った。

 

「トトリちゃん、アカネ君。ただいまー!」

「あ、おかえりなさい。ロロナ先生」

「おかえり師匠!待ってた!」

 

 さながら空気洗浄機の如くこの淀んだ空気を師匠が変えてくれた!

 さすがは師匠!さすがは一応年上なだけはあるぜ!

 

「師匠、聞きたいことあるんで……」

 

 右手でこっちに来るように合図を出すと、師匠は何ー? と言いながら近寄って来た。

 そんな師匠に俺は小声で話しかけた。

 

「さっき、ミミちゃんと何話してたんですか?」

「あれ? 見てたの?」

「まあ、見える所にいましたし……。それで? 何か言ってました?」

「うーんと、今はまだ会えないって言ってたよ」

 

 つまり何か会いに来るために消化したい条件があるって事か?

 

「ふむ……」

 

 ミミちゃんは一体何を考えているのか、ツンデレの思考は結構単純だし読めない事はないはずだ。

 素直に謝らないだろうとは思うんだが……。

 

「はっ!」

 

 もしかして、これか? たぶんこれだ。

 

「それなら……」

「あ、そうだ! さっきねアカネ君に似合いそうな服見つけたんだよ! 今度こそ気に行ってくれるかなって思って借りてきたんだ!」

 

バ リバリに回転してた思考に急ブレーキをかけられた。

 

「……こ、今度はどんなんですか? 楽しみだナー。アハハハ」

 

 断って暗い雰囲気にしたくない、だから僕は受け入れる。この運命(デスティニー)を。

 

 ミミちゃん、できるだけ早くしてくれ……。

 

 

 

 

 

 

 三日後。

 アーランド正門で俺はミミちゃんを待っていた。

 

「来た!」

 

 ミミちゃんが近づいてくるのに合わせて俺は門の影から出て行った。

 

「~♪ーー♪~♪♪フウッ!」

「…………」

 

 俺はギターを弾きながら、ミミちゃんの下へと現れていた。

 

「登場ソングだ。今日のためにわざわざギターまで作ってきたんぜ」

 

 アトリエから久々に出てきた俺の溢れ出るリビドーをこの低音のドしか使っていない曲に乗せてみた。

 

「嬉しいか?」

「耳障りね」

「ミミだけに!」

「ったく、何? 嫌がらせでもしに来たのかしら?」

 

 無視された。逆によく無視ですんだねと俺は感動を覚えている。

 

「お手伝いに参りました」

「手伝い?」

「そうだ! どうせミミちゃんのことだから自分がランクアップして仲直りなんて回りくどいこと考えてるんだろ!」

 

 お兄さんは全てお見通しだ!

 

「ぶっ!? な、なんで知ってんのよ!」

「ツンデレの思考ほど分かりやすいものはない」

「っ! それで! だからどうしたのよ!」

 

 顔を真っ赤にして俺に食ってかかってきた。

 反論がないのは、ツンデレと言われた恥ずかしさよりも、俺に思考を読まれた方が恥ずかしいのだろうな。

 あれ? 普通、逆……?。

 

「だから手伝いだって」

「ふん。あんたの助けなんて必要無いわ」

「思い上がんな!こっちだって慈善事業じゃねえんだよ!お前が早く仲直りしないせいで、俺がどんな仕打ちを受けていると思ってるんだ!」

 

 俺が断らないことを良い事に、師匠は毎日のように俺に服を着せては変えてを繰り返している。

 

「俺はな、自分の身の保身のために来たんだよ。他にもトトリちゃんが元気ないと嫌だったりするし、別にお前のためじゃないんだからな!」

「……はあ」

 

 俺が一通り喋り終えると、ミミちゃんはため息を吐いた。

 ちょっとわざとらし過ぎたか?素直にミミちゃんのためって言うと絶対断られるって思ったんだが……。

 まあ、本音も五割くらい入ってるけど。

 

「……あんたに気を使われるなんてね」

「別にお前のためじゃない。うん、俺のためだからな、そこ忘れないように」

「はいはい」

 

 そう言って、ミミちゃんは歩き出した。

 

「早く来なさいよ。置いてくわよ」

「お、おう! あ、ちょっと待って。ギター置いてくる」

「……一瞬でもあんたを見直したのがバカだったわ」

 

 やりたかったんだもん登場ソング。

 

「あと、自転車持ってくるわ!」

「? 自転車?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は戻って誕生日の後、俺は宿屋の前でマークさんからの贈り物を受け取っていた。

 

「なんというスーパー自転車」

 

 俺の目の前にあるのは二代目自転車。メタリックのボディ、前にはカゴが付いている。

 何より特筆すべきが、タイヤのホイールの中心に雷マークの穴が開いていることだ。

 

「マークさん。これなんだ?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね。その名も! 電動車輪!」

「電動車輪?」

「そう。そこの穴に電力を放出するものを入れることで車輪が高速回転しスピードの大幅な向上を可能とするのさ」

「な、なるほど」

 

 タイヤに注目したと思ったら、まさかこんな方向で改造してくるとは予想外すぎた。

 

「ちなみに雷マークなのは君が錬金術士だというのも考慮してのことだよ」

「お、おお!」

 

 なるほど雷の爆弾ドナーストーンをここに嵌めこめって事か。

 エネルギーをどうやって抽出するかはわからないが、さすが天才。

 

「おっと重要なことを忘れていた。ブレーキを下に倒すことで作動するよ」

「……すばらしい! さすがは異能の天才科学者プロフェッサーマクブライン!」

「ふふん。そうだろうそうだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 歩けば一週間程度の道のりを四日で移動してしまった。

 正直舐めてた。昔バイクに二人乗りしたことあるけど、それと同じくらいのスピードが出たね。

 走っている時はミミちゃんが思いっきりしがみついてきて、休憩で降りた時若干涙目になっていた。

 まったく、素晴らしい物を作ってくれたものだ。

 

 そして、今俺たちは古い修道院にやって来ていた。

 

「暗いわね、怖いわ!」

「ははっ大丈夫だよ、俺が付いてる」

「きゃあ! 頼もしいわ!」

「…………気でも狂った?」

 

 自転車もどきに怯えていたミミちゃんはどこへ行ったのか、俺の芝居をバッサリと切られた。

 

「……ここに来たってことはあれだろ? スカーレットとかいう凶悪モンスターの退治に来たってことだな」

「そういうことね。足手まといにならないでよ」

「ははっ、舐めるでない」

 

 所詮はゴールドランクで倒せる手合い、今の俺はプラチナですよプラチナ。

 俺の拳で土の味を教えてやんよ。

 

「パンチして指輪壊れるとかないよな?」

 

 俺の右手中指についているのは前にプレゼントで貰った、シルバーのシンプルなリング。

 錬金術で作られた物だからちょっとやそっとじゃ壊れることはないだろうけど、若干不安だ。

 

「何ぼうっとしてんのよ、いたわよ」

「おお、あれが……!?」

 

 壁の陰に隠れて様子を覗う。

 そこに居たのは、完全に悪魔さんだった。

 角が生えて翼があって、尻尾もある。凶悪な顔つきをして体色は真っ赤。横に取りまきを二匹連れている。

 

「怖いです」

「別にあの程度大したこと無いわよ。ほら、とっとと行くわよ」

「ういっす」

 

 俺はいつも通りポーチから手袋を取り出し手に着けた。

 今回は左手に手袋の上からトゲ付きメリケンサックも装備する。

 

「それじゃ、私が右の雑魚をやるから、あんたは左の雑魚をお願い」

「おーけー」

 

 俺たちは一斉に影から出て、モンスター共に駆けて行った。

 

「フラム!」

 

 右手でフラムを取り出し、動きを止めるために投げつけた。

 これまで幾度となく投げてきたフラムは見事命中。

 

「必殺!」

 

 左手を強く握りこみ、間合いに入ったところで身を沈め俺は一直線にアッパーを放った。

 

「ガアッ!?」

 

 見事に宙を飛んだ取り巻きA、俺はそれを見てボスの方へと向き直った。

 

「ミミちゃんも終ったか、さすがやね」

 

 ミミちゃんもボスの方を向いて構えていた。

 ボスはミミちゃんの方を向いている、良い感じに挟み撃ちの状態になったな。

 

「小手調べのフラム!」

 

 ミミちゃんに気を取られている隙にと、俺はフラムを投げつけた。

 

「ガアッ!」

「うへ」

 

 振り返ったと同時に火の塊を吐いて空中で迎撃された。

 

「ふっ!」

「ガッ!?」

 

 そこにすかさずミミちゃんが突撃し、武器を逆袈裟に振り上げてボスを切り裂いた。

 俺は前方に低く跳んで、右のストレートを顔面に向けて放った。

 

「オラッ!」

「――!!」

 

 スカーレットの濁った声が響いた。

 なんという雑魚、お話にならない。まあ、俺が強くなり過ぎたみたいなところもあるんだけどね~。

 

「クックック」

「――――ガアッ!」

「ふぇ?」

 

 瞬間、目の前からスカーレットの爪が迫ってきた。

 

「しっ!」

 

 金属が粉砕される音が響いた。

 俺は左手のメリケンサックを犠牲になんとか防ぐことができた。

 

 ……死ぬかと思った。

 

「……にゃ!?」

 

 横に大きく薙がれた腕を足を曲げることでなんとか回避した。

 ただ、スカーレットさんの口から火が漏れてきているのが見えた。

 

「ヘルプ!」

「はあ!」

「ギッ!」

 

 ミミちゃんが槍を突き出して、突進してくるも奴は横に飛ぶことでかわした。

 俺は体勢を立て直し、横に来たミミちゃんに聞いてみた。

 

「なんか、いきなり動き速くなってないか?」

「体力が減ったら覚醒するのよ。そのぐらいの知識は仕入れときなさい」

 

 なるほどつまり、これが私の第二形態だ! って事か。

 

「まあぷにより遅い分気が楽だけど……」

「それよりもあんた、息上がってるわよ」

「うっせ、いけるいける」

 

 手袋さんの体力吸収の前に指輪の体力回復は微々たるもののようだ。

 やはりここはスピード勝負で決めるしかない……と言いたいが、ミミちゃんが倒すべきだと言うことくらい俺も分かっている。

 

「俺が動き止めっから、後よろしくな」

「は? 何勝手に……ちょっと!」

 

 ミミちゃんの声を振り切って、俺はこちらの様子を窺っていたスカーレットに突っ込んだ。

 

「食らえ! フラム!」

 

 炎を吐く奴は炎に耐性があるってのはRPGとかではよくあることだ。

 つまり使うべきは炎以外だろうが、これでいい。

 俺は放射線を描くように、斜め上に大きく投げた。

 

「ふんっ!」

 

 そして一気に接敵して、フラムが炎によって防がれるのを防ぐ。

 まあ、こんだけ近寄ったら……。

 

「ギッ!」

「っと!」

 

 さっきと同様に腕が横に薙がれた。俺は後ろにステップすることで攻撃を避けた。

 

「――――」

 

 スカーレットの口から炎が漏れ出ている、ダメージ覚悟でオレ狙いって事か……。

 

「残念!」

 

 俺はポーチから出したフラムを足元に転がして、そう叫んだ。

 そして、足を振り上げ大きく叩きつけ跳躍した。

 

「――!?」

「っと」

 

 天井すれすれまで飛んだ俺をスカーレットさんが呆然と見ていた。

 俺があの暗いアトリエでできることなんて、研究くらいしかなかったのさ。

 そう! 見事俺は飛翔フラムの開発に失敗した!

 

「超熱い……」

 

 ちらっと見えた足元は、靴が完全に真っ黒焦げ、ジャージの裾部分は溶けていた。

 まあ、本懐は遂げたからいいんだが……。

 結局のところ、フラムも俺が飛んだのも注意を惹きつけるための囮でしかない。

 

「ガアッ!?」

 

 着地の態勢に入ってよく見えないが、今ミミちゃんが止めを刺したようだ。

 

「っと、痛い!」

 

 着地は成功したが片足が火傷したせいで、大分衝撃が大きかった。

 俺は体勢を整えて、ミミちゃんに近寄った。

 

「作戦成功だな」

「はあ、そこまでやる必要あったのかしら?」

「いや、単純に爆発が大きかっただけだ。こんな予定な訳ないだろ」

 

 最近ジャージがダメになる頻度が高すぎる。そろそろ親っさんに怒られそうだ。

 

「とにかく、これでランクアップか?」

「そうね。後は帰るだけよ」

「そうかい、なんか俺がやった事って移動時間短縮しただけな気がする……」

 

 ミミちゃんなら俺いなくてもなんとか倒しそうだしな……。

 

「……そんなことないわよ」

 

 ミミちゃんがぼそっと何か言った。

 

「ん? なんだって?」

 

 八割方聞こえたがもう一回言わせたい。

 

「ねえねえ何て言ったの?」

「うっさわね! とっとと帰るわよ!」

「へいへい」

 

 ミミちゃんが俺にデレたという貴重な思い出の一ページを胸に俺は修道院の外へと向かった。

 



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憐れむ日

 

 

「…………」

「ぷに?」

「…………うう、気になる」

 

 アトリエのソファに座りながら俺はぷにを頭に乗せて、トトリちゃんが帰ってくるのを待っていた。

 

「ミミちゃんなら問題ないと思うけど、気になる……」

「ぷにに?」

「そりゃ俺も行きたいけどさ、俺いても邪魔なだけだろ?」

 

 女の子二人の仲直りシーンにジャージ着た男がいるとか、シュールすぎて笑えない。

 しかも前の戦いで焼けたから裾捲ってるし。

 

「……お腹痛くなってきた」

「ぷに~」

「大丈夫だよな? 帰ってきたらトトリちゃんの目が死んでるとかないよな?」

「ぷにぷに」

 

 ぷにが落ち着けとでも言うかのように頭の上で跳ねてきたが、そんなことで落ち着けない。

 ミミちゃんがツンの部分を出しちゃって仲直り失敗……とか。

 

「え、縁起でもない」

「ぷに?」

「トトリちゃーん! 早く帰って来てくれー!」

「え、あ、はい。ただいま帰りました?」

「にゃ!?」

 

 頭を抱え込んで叫んでいると、突然トトリちゃんの声が降ってきた。

 顔を上げると、トトリちゃんが戸惑った様な顔をして立っていた。

 

「……えっと、いつ帰って来たの?」

「えっと、ちょうどアカネさんが頭を抱えだした辺りからです」

 

 扉が開いたのにすら気付かなかったとは、さすがに笑えない。

 

「と、とにかくだ。ミミちゃんとは仲直りできたのか?」

「は、はい! そうなんです!」

 

 俺がそう聞くと、トトリちゃんは途端に満面の笑みになってそう答えた。

 

「そーかそーか! うんうん! よかったよかった!」

「あれ? でも、アカネさんどうしてわかったんですか?」

 

 そう言われてみればそうだった。現場にいない俺が知ってるはずないもんな。

 

「まあ、どうでもいいじゃないか!」

「え? は、はあ?」

「ぷに……」

 

 勢い押しカッコ悪いって言われた。

 

「よしよし、これでやり残したことはないし、心おきなく村に行けるな」

「ぷに!」

 

 あっちに行く目的はもちろんある。

 前にトトリちゃんから聞いた様々な鉱石のある洞窟とやらに行ってみようと思ったのだ。

 

「アカネさん、村に行くんですか?」

「うむ。最近はずっとアーランドに居たしちょうど良いかと思ってさ」

「それなら、わたしもついて行っていいですか?」

「うん? 別に構わないけど……」

 

 俺とトトリちゃんが同時にいなくなると師匠が心配だ。すごい寂しがりそう。

 次に会ったときにお願いを一つ叶える権が発動しないかが一番の不安だ。

 

「ぷに?」

「いや、なんでもない。大丈夫だ。ところで何でまた村に?」

 

 まあ村に帰るのは別に不思議なことではないと思うけど、ミミちゃんと仲直りしたばっかりのこのタイミングで帰るっていうのに違和感を感じた。

 

「えっと、実はお母さんの手がかりを見つけて、お父さんに話を聞きに行かなくちゃいけないんです!」

 

 トトリちゃんは拳を握りしめて、珍しく表情を厳しくした。

 しかし、トトリちゃんのお母さんの手がかりか三年目にしてやっと見つかったのか……。

 これは一刻も早く村へと行かなくてはいけないな。

 

「それじゃあ俺らは先行ってるから」

「ぷに」

「はい。わたしもすぐ行きますね」

 

 俺は適当に師匠宛ての書置きを書いてからアーランドの門へと向かった。

 もちろん今回使うのは暫定最速の乗り物ですよ。

 

…………

……

 

「ア、アカネさん! は、速いですー!」

「大丈夫! 俺は幸せだ!」

「は、話聞いてくださいー!」

 

 現在、俺たちは自転車二号に乗ってアランヤ村へと移動中だ。

 電動ホイールが駆動音を鳴らしながら激しく回っている。

 そして、こんなスピードを経験したことのないトトリちゃんは俺の腰にギュッと! ギュッと! 抱きついてきてるんですよ!

 

「ぷに~」

「スピードキングは俺だ!」

「…………うう」

 

 マークさん、ミミちゃんの時も思いましたが、あなたは大変素晴らしい物をお作りになりましたね。

 

…………

……

 

「よーし、着いた着いた」

「や、やっとですか……」

 

 アーランドを出てから四日、途中で雷エネルギーが切れてしまったので微妙に遅くなってしまった。

 ハイスコアを出すには機体を万全の状態にしておかなくてはいけないな。

 

「そ、それじゃあ、わたしお父さんの所に行ってきますね」

「うむ、頑張ってな」

「はい!」

 

 元気な返事と共にトトリちゃんは村の奥へと走って行った。

 

「後で釜を借りてドナーストーン錬金しに行かんとな」

「ぷに」

 

 一応自転車だから漕いで走ってもいいのだが、人間楽をしたい生き物なんですよね。

 俺たちは一旦宿屋へ行こうと自転車を押して歩き出した。

 

「お?」

「ぷに?」

 

 広場に出ると、最近見てなかった顔があった。

 

「見て奥さん、リーツのところの息子さん、まだ馬車なんかに乗ってるみたいよ」

「ぷに? ぷににににに」

 

 そこには馬車をせっせと磨いているペーターの姿があった。

 この顔も久々に見ると、若干感慨深い。

 

「それに、あの子ヘルモルトさん家の長女にゾッコンラヴらしいわ」

「ぷに~」

「男のくせにあんなロン毛してたらモテナイわよねー」

「ぷに!」

「お、お前ら! さっきから黙ってきいてりゃ好き放題言いやがって!」

 

 いくら奴でも背後五歩圏内程度で話してたら気付くらしい。

 しかし、こいつに反論の余地はない。ここは一つ試してみるとしよう。

 

「今すぐに自分の良いところを五つあげてください。はい!」

 

 俺はパンと手を叩く。

 

「え!? え、えっと………………」

「はい終了!」

 

 鼻で笑いながらもう一度手を叩いた。

 

「な!? は、速すぎるだろ! つか何なんだよいきなり!」

「自分で自分の良いところを上げれない、つまりお前はその程度なのさ!」

「い、意味が分からん……」

 

 こいつの悪いところならいくらでも挙げれるんだけどな。

 馬車の時間は適当だし、へたれだし、純粋な子供たちを騙してきたし。

 

「そ、そう言うお前はできるのかよ!?」

「とってもユーモラス。錬金術使える。誰にでもに優しい。冒険者のランク高い。筋肉すごい」

「ぷに……」

「うわあ……」

 

 おい、お前ら何をそんなにドン引きしてるんだよ。

 嘘偽りない情報だろうが。

 

「まあ、こんくらい俺は真っ当な人間ってことさ」

「そうだな、うん。ある意味すごいよお前」

「ぷに」

「褒められてる気がしねえ」

 

 絶対に貶されてるだろこれ。

 

「いいよいいよ! 別にお前なんかにどう思われたって!」

「そうかよ、俺も暇じゃないからとっととどっか行ってくれよ」

「…………」

 

 どこが忙しいんだと、心の中で思いつつも俺は宿屋へと歩みを進めて行った。

 かなり無駄な時間を過ごした気がする。

 

…………

……

 

「メルヴィア! 俺って真っ当な人間だよな!」

「あんたの中ではそうなんじゃない?」

 

 店に入った瞬間に言葉の刃で殺された。

 

「くっ、ゲラルドさん! お酒くださーい!」

「うん? ああ、そう言えばお前も二十歳になったらしいな」

 

 メルヴィアのいるテーブルを無視して俺はカウンター席に座りこんだ。

 

「それじゃあ、こいつはサービスだ。遠慮しないで飲んでくれ」

「さすがはゲラルドさん! 後ろにいる怪力娘とは違いますね!」

 

 後ろからの闘気を感じつつも、俺はジョッキに入ったビールっぽいのを一口飲んだ。

 自転車漕いで程よく汗を流してからの一杯、グッド!

 

「メルヴィア、ちょっと自分の良いところ五つ上げてみ?」

 

 後ろからじりじり迫ってきたメルヴィアにさっきしたのと同じ質問をしてみた。

 

「何よいきなり?」

「いいからいいから」

「そーねえ。強い、かわいい、スタイル抜群、頼りになる、とってもユーモラス♪」

「うわあ……」

「ぷに?」

 

 俺がドン引きしているものの、ぷには何か変なところあったか? そんな感じで鳴いた。

 

 こんだけ自画自賛できるとか、言ってて恥ずかしくなったりしないのかね?

 なんか一つ俺と被ってたし。

 

「かわいいってお前……」

「何よ」

「いや、別に……」

 

 俺弱い、睨まれただけで何も言えなくなった。

 

「……ペーターの良いところって挙げれるか?」

「無理ね」

 

 まさかの即答、幼馴染からもこの扱いとはペーターは泣いてもいい筈。

 

「……俺、今度からちょっと優しくするわ」

「ぷに……」

 

 トトリちゃんから重要な話を聞く日だと思ったら、ペーターを憐れむ日になっていた。何それ怖い。

 いつかペーターも一花咲かせられる日が来るはず……。

 

 



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海恐怖症

 

「……ん?」

「ぷに?」

 

 ゲラルドさんの店から出ると、どこかへ走って行くツェツィさんの姿があった。

 突然のことで追うことも出来ずに俺たちは呆然としていた。

 

「フラグだな」

「ぷに?」

「今のイベントを見れば、トトリちゃん家でイベントが発生する」

「ぷに?」

 

 ぷにがまったく意味が分からないと言う感じに鳴いていた。

 まったく頭の回転が遅い、嘆かわしいことだ。

 

「フラグに敏感じゃないとCGが全部集まらないんだぞ?」

「ぷに~」

「あん? 誰が酔ってるって?」

 

 いくら話が分からないからって人を酔っ払い扱いするとは……。

 ゲラルドさんの店であの後五,六杯飲んだだけだで酔うなんて、そんな軟弱じゃないさ。

 

「ったく、いいから行くぞ」

「ぷに」

 

 そう言って、俺は歩き出そうと、足を前に出した。

 

「ぐはっ!?」

「ぷに~……」

 

 気付いたら転んでいた。

 受け身も取れずモロに顔面を地面にぶつけてしまった。

 

「…………」

 

 俺は店の壁を頼りになんとか立ち上がれた。

 おーけー何の問題もない。今俺は店から出てきたところだ。

 

「よし! 行くか!」

「ぷに……」

 

 俺は壁から手を離し、足を前に出した。

 

「があっ!?」

「…………」

 

 

…………

……

 

 

「着いたな」

「ぷに」

 

 あれから転び続けること数十回、俺の中では無傷でトトリ家まで辿り着いた。

 実際ちょっと視線を下に落とすと全身土まみれな訳ですよ。

 

「ぷに、背中の土払ってくれ」

「ぷに」

 

 ぷにが背中に飛び跳ねてジャージの土を落としてくれる。その間に俺は手の届く範囲の土を払い落した。

 

「よし完璧だ。それじゃ、お邪魔しまーす!」

「ぷにー」

 

 扉を開け放ち、俺は家に踏み込んだ。

 

「お、お姉ちゃ……なんだ、アカネさんか……」

「…………あれ?」

「……ぷに」

 

 俺の精神が傷ついたって言いたいのは山々なんだが、この部屋の空気が重くてとてもそんな事は言えない。

 酔った勢いに任せたからこうなるんだ、そんな感じの視線をぷにが送ってきた。

 

「ええと…………ッ!?」

 

 どうしたもんかと視線を彷徨わせていると、衝撃的な物を見つけてしまった。

 トトリちゃんのお父さん、グイードさんがいたのだ!

 こんな簡単にこの人が見つかるなんてあり得ない。一体どうしてしまったんだ。

 

「んで、アカネ。お前何しに来たんだよ?」

「…………? ……ギャ、ギャーー!?」

「ぷ、ぷにー!?」

 

 一瞬呆然としたが、すぐに俺とぷには叫び声をあげてしまった。

 口調から声のトーンから俺の呼称から何もかもが違う。

 

「わ、わかったぞ! グイードさんがこんなんになったショックでツェツィさんは家出したんだよ!」

「ぷ、ぷににー!?」

「おい、お前ら何言って……」

「出でよ破邪の鏡! 奴の真実の姿を映し出せ!」

 

 都合よくポーチに入っていた鏡をグイードさん(偽)に向けた。

 ドラクエとかのRPG的にこれで悲鳴を上げながら、モンスターに変わるはず!

 

「ぷに!ぷに!」

「って破邪の鏡割れてる!? ……ハッ!」

 

 そういや俺すごい転びまくってたやん!

 

「……どうしよどうしよ!」

「ぷ、ぷにに!」

「ふ、二人とも落ち着いてくださいー!」

 

 

…………

……

 

「だから、こう言うことなんですよ」

「な、なるほど」

「ぷに~」

 

 落ち着きを取り戻した。もとい酔いが冷めた俺にトトリちゃんから大まかな事情が説明された。

 

「ふむ、ちょっと待って話まとめる」

 

 結構情報量が多かったので俺は一旦頭の中でまとめることにした。

 

 時系列的に考えると、トトリ母がグイードさんの作った船で海に行くっていうのが最初だな。

 んで、船の破片が流れついて、トトリちゃんがショックでその話を忘れてた。

 一気に飛んで今に至り、トトリちゃんがクーデリアさんからもらった出向届を二人に見せたと。

 

「…………」

 

 やばい、冷や汗が止まらん。海関係の話は俺のタブーなんだって、こんな話聞かされたら、海渡って来たって言う嘘が心に痛くなってしまう。

 さらに、この後にされた話が問題だ。

 

 そこからお母さんを探しに海に行くから船を作ってとグイードさんにお願いして、グイードさん覚醒。

 ツェツィさんはトトリちゃんまでいなくなったらって言って、家から出て行ったと……。

 

「…………やっべ」

「…………ぷに」

 

 誰にも聞こえないように呟いたが、俺の嘘を知っている唯一無二の存在であるぷにには聞こえずともわかってしまったようだ。

 もしも俺がフラウシュトラウトだったか?まあ、後付けではあるがそいつと対峙した設定を知られでもしたら……。

 戦闘経験があるなんて頼もしい、せひとも付いてきてください→俺死亡。

 

「……はあ、はあ」

「あのアカネさん?何で震えてるんですか?」

「べ、別に! それじゃあ俺は帰るかな! 家族の事情に立ち入るのもなんだしね! まったくこんな話俺にしなくても良かったんだぜ!」

 

 かつてないほどのテンションで言葉を発しつつ、俺はおもむろに椅子から立ち上がり、外に向かおうとした。

 そこでトトリちゃんが魔の一石を投じなければ、平穏無事に帰れただろう。

 

「あの、アカネさんって海を渡ってきたんですよね。だったらフラウシュトラウトとも戦ってるんですよね?」

「…………」

 

 口の中が干からびていく、ここでノーと言うことは簡単だが後々クーデリアさんに話されでもしたらアウトだ。

 いっそ全部嘘でしたって言う?論外すぎる。その選択肢はない。

 まあ、そうなると答えは一つなんだが……。

 

「ええと、船をぶっ壊されてここまで流れ着いたんだよ。戦闘なんてしてないです」

「あ、そうなんですか……」

「うむ、そんじゃあ、そろそろお暇させてもらうよ」

 

 そう言って、俺はぷにを連れて逃げるように家から出て行った。

 

「……心臓に悪い。あ、胃が痛い……」

「ぷに~」

 

 キリキリと内臓が軋む音が聞こえる気がする。

 

「しかし思いつくままに言ったにしてはベストな回答だったな。これで海に連れてかれるなんて死亡フラグも消えた」

「ぷに」

「まあ、罪悪感だけは消えないけど……」

「ぷに~」

 

 まさか今更になってこの嘘の話が出てくるとは、俺自身も忘れてた話なのに。

 

「……とりあえず、罪滅ぼしに船の材料集めの手伝いを頑張るとしますかね」

「ぷに!」

 

 それもツェツィさんが船を造るのを許したらの話だが……。

 

「ま、家族問題を俺が気にしても始まらんしな。ぷに、この後洞窟に出かけるぞ」

「ぷに」

 

 俺が海に出ることはないだろうが、後輩君は付いて行くかもしれない。

 今回の冒険で材料を手に入れて良い剣を作ってやるとしよう。

 

「俺今すごい裏方っぽい」

「ぷに~」

 

 そうね、別にカッコよくはないよな。



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洞窟探検隊御一行

 本来の予定通りに俺たちは洞窟前までやって来ていた。

 余計なのを一人ばかり連れてきているが……。

 

「…………はあ」

「どうしたんだ? 先輩がテンション低いなんて珍しいな」

 

 お前のせいだよお前の。何だよこの状況……。

 例えるなら、プレゼントにケーキをあげたいから贈る相手に作り方教えてもらうみたいな迷走状態だ。

 

 連れてきたのにはもちろん理由があるさ。一言で言えば恐怖だよ恐怖。

 後輩君に村の出口で連れてってくれってせがまれて、当然のように俺は断りたかったんだよ。

 でも偶然近くをメルヴィアが通って……ね?後は想像に任せるけど……。

 

「……はあ」

「先行ってるからなー」

 

 何より俺のテンションを一番下げた理由は後輩君と一緒に自転車でドライブしたという点だ。

 動力のドナーストーンを確保しようにもトトリちゃんのアトリエには行きづらかったから、結局漕いだから余計に時間かかったし……。

 

「俺の後ろは女性専用だぜ……やばい、カッコいいな俺」

「ぷに……」

「あれ? 後輩君は?」

「ぷに~」

 

 先に行ってしまったらしい、一言ぐらい声をかけてくれよ。

 

 

…………

……

 

 

「行けっ!」

「ぷに!」

 

 いつも通りのぷに無双タイム。

 黒いトカゲと言った感じのバザルドラゴンを体当たりで一撃必殺、水色のペンギンモンスターもシャドーボールで一発。

 俺は後ろでひたすら素材を採取、相棒との冒険の安心感は異常。

 

「ぷにー」

「ん、そんじゃ先進むか」

 

 ぷにを頭に乗せ、木の板で作られた足場を降りて行く、この足場崖のような場所に作られているので結構怖い。

 落下したら間違いなくデッドエンド確定。

 

「死にたくないからモンスターは頼んだぞ」

「ぷに!」

「よしよし……っとあれは後輩君じゃないか」

「ぷに?」

 

 下を覗き込むと、岩場の所で後輩君がバザルドラゴン、簡単に言えばサラマンダーが黒くなって強くなったものを相手にしていた。

 ぷには一撃で倒していたが後輩君はどうだろうか?

 

「…………え?」

「ぷに~」

 

 素早く近づき流れるような連撃を浴びせて、あっさり倒してしまった。

 

「もう最速を極めし者の称号上げていいんじゃないかな?」

「ぷに」

 

 たぶん、いや絶対に今の後輩君の方が俺より強い。

 最近一緒に冒険してなかったからわからなかったが、彼も成長したもんだ。

 

「いいもん、俺には錬金術があるもん」

「ぷに~」

「タイマンだったら勝てます~、だから先輩失格とか言わないでください。お願いします、ガチで」

「ぷにに」

 

 先輩としての威厳がもうないだろって言われた。探せば一つや二つくらい……。

 

「……錬金術」

「ぷに」

 

 ダメらしい。あくまで後輩君相手で勝っている部分ってことか……。

 

「ランクはたぶん同じ…………あれ?」

「ぷに?」

「き、筋肉だけとか言うなよ! 脳筋だと思われるだろ あ、頭だって俺の方がいいし!」

「ぷに~」

 

 クッ、どれだけ言い繕っても冒険者として最重要パラメーターである戦闘力が劣っていては話にならないということか……。

 昔の必殺技に憧れていた頃の後輩君が懐かしい。

 

「これもステルクさんが師匠になった成果か……」

「ぷに」

「待て待て、なら俺にもそろそろ強化フラグが立ってもいいだろ」

「ぷに?」

「む? そうだな、例えば……」

 

 俺はポーチの中を漁り、俺の最も頼りになるアイテムである手袋を取り出した。

 

「こいつなんてそろそろランクアップの時期が来てもいいだろ」

「ぷに……」

 

 訳)結局アイテム頼りか……。

 

「悪かったな! こいつが俺の戦闘力の六割以上なんだから仕方ないだろうが!」

「ぷに~」

「今に見てろ! こいつを強化するオプションパーツがどこかにあるはずなんだ!」

 

 そう言い放ち、俺はさらに歩みを進めて行った。

 

…………

……

 

 

 あった。

 

「こいつは! 黒の魔石!? なんてダークパワーだ……くっ! 右手が疼く……! 静まれ! こんな所で力を解放したら……!」

「ぷに……」

「うわあ……」

 

外野が何やら五月蠅いな……。

 

「ふん! 悪霊に憑かれし手、デモンズハンドを持たぬもには、この気持ち……わかるまい」

「先輩……先行ってるから、落ち着いたら来てくれよ」

 

 なんかリアルな憐みの視線を感じる。

 だがしかし! この今の俺の気持ちを抑えることはできない!

 

 俺の右手に収まっている黒い鉱石、黒の魔石。この手袋がゴーストからのドロップアイテムだからなのかは知らんが、これを握っていると力が湧いてくる!

 その出力は体感的に通常の三倍以上!

 

「これは……俺の時代が来タッ――ガハッゴホッ!」

「ぷ、ぷに!?」

「ゲホッゲホッ! ウェッッホ!」

「ぷにー!?」

 

 俺は石を放り投げ、手袋を口を使って思いっきり外した。

 

「はあ、はあ、よく考えなくても……はあ……出力上がるってことは俺の体力が……余計に減るって、ことじゃないか……」

「ぷにー……」

「ま、まあ何かには使えるかもしれんし……はあ、集めて、おくか」

「ぷにに」

 

 息を荒げつつも、俺は落ちている石を片っ端から集めた。

 たぶんこれからよっぽどの事がなければ使わないとは思う。

 命削って戦うのは世の中の真っ当な主人公におまかせすることにしているのだよ。

 

「そうだよ、俺が強くなる必要なんてないよな。俺と相棒は二人で一人なんだから!」

「ぷに!」

「おっけーおっけー! 最近ぷに抜きで凶悪モンスターと戦うことあったからだな。変な幻想を抱いちまったのは」

「ぷに」

 

 俺の戦闘の基本は一に相棒二に相棒、たまに俺の爆発物だ。

 生身での戦闘なんてリスキーな事するのはバカらしい。

 

「よし! そうと決まったら後輩君を追うか!」

「ぷに!」

 

 ここの洞窟には凶悪モンスターも居るらしいし、奥まで行くには後輩君一人じゃ不安だ。

 

…………

……

 

 

「……先輩」

「なんだ?言いたい事は分かるが」

 

 俺は手にメリケンサックを嵌め、後輩君は剣を構えて凶悪モンスターに向き合っている。

 姿はテイルズにでも出てきそうな精霊の姿をして、背後に宝石のような物が浮かんでいる、見た目だけで言えば強そうだ。

 

「ぷに!」

 

 ぷにが相手じゃなければ、彼女ももう少し見せ場があっただろうに。

 

「……オレってまだまだなんだな」

「そうだな、君はまた一つ世界の広さを知ったのさ」

 

 俺の相棒は本当に理不尽な存在だよ。

 普通最初に強い奴は成長率が悪いのがお約束なのに、あいつはバリバリ成長していってるからな……。

 

「ぷにに!」

「あ、倒れた」

「ぷに!」

 

 訳)行くぜ相棒っ!

 

 たぶん総攻撃チャンス的なアレなんだろうけど、モンスターとはいえ仮にも女の子の姿をしているのをボコるのは気が引ける。

 後輩君も微妙な表情してるし。

 

「今のうちに先進むか後輩君」

「そ、そうだな」

「ぷに!?」

 

 さすがに見ていられなくなった俺たちは、ぷにに任せて先へと向かった。

 

…………

……

 

 

「ふむ。どうするかな」

 

 進んでいくと大きな岩があった。こんな洞窟ならよくある事だが、その奥には大量の鉱石が散らばっているのが見える。

 

「こんなでかいの壊せる訳ないしな……」

 

 大きさは俺の倍よりも少し小さい程度だが、手持ちの武器では壊せないだろう。

 

「なあ、先輩」

「ん? なんだ?」

「えっと、先輩の爆弾で壊せないのか?」

「…………」

 

 その発想はなかった。

 敵への攻撃手段である爆弾を使って岩を破壊するなんて、そんな事考えもしなかったなー。

 

「…………」

 

 頭脳では俺が勝っている、そんな事を僕は思っていました。

 そうだよね。常識的に考えてダイナマイトは発掘用に使う物だもんね。そんな当たり前のことを忘れていたよ。

 

「爆散っ!」

 

 ポーチからフラムを取り出し全力で投げつけた。

 爆発音とともに岩が崩れ落ちる音が響いた。

 

「よし、んじゃ採取採取っと」

「先輩、何か手伝うことあるか?」

「んー? それじゃあ、今壊した岩の破片で手頃な大きさの石適当に集めといてくれ、使えるかは後で確認するから」

「了解!」

 

 笑顔で応答する後輩君の横を通り抜け、俺は岩の破片を踏み抜けて進んで行った。

 

「……採取採取っと」

 

 絶好の鉱石スポットなのだが、ここも結構危うい。

 前方、左右全て底が見えないほどに深い崖になっている。

 よほどのバカをやらない限り落ちる事はないとは思うが……。

 

 

 

 

「よしっと」

 

 一通り使えそうな分の素材を集め終わった俺は後輩君の方へと戻って行った。

 

「後輩君、どうだ――――」

「お、先輩!見てくれよこの石、すっげえ軽いんだぜ! こんなので武器作ったらすごいだろうな~」

 

 おい過去の俺ちょっと来い。ボコボコにしてやんよ。

 後輩君が持ってるの明らかにグラビ石じゃねえか、気づけよ!実物見たこと無いからってこんだけ散らばってたらわかるだろ!

 

「ははっ、石で剣は作れないぜ後輩君」

 

 まったくバカなんだから、というニュアンスを込めて必死に嘲笑う感じを醸し出した。

 

「でも先輩とかトトリの錬金術使えば出来そうじゃないか?」

「れ、れ、錬金術も! そ、そ、そそ、そんなに万能じゃない!」

「そうなのか? それで先輩、一通り集めたけど使えそうか?」

「ウン。ソウダネ。ドレドレ」

 

 機械の駆動音でもしそうなくらい、ぎこちない動作で俺はしゃがみ込んだ。

 

「…………」

 

 一度仕事に入れば、平常心を取り戻す。それがプロフェッショナル!

 そうだ俺はプロ、バレテないバレテない。これで剣を作れないと信じ込ませれたはず……。

 

「…………」

 

 俺は黙々と無駄に時間をかけて選別を行った。俺の精神が安定するまで待ってほしい。

 

「ぷにっ!」

「おわっ!?」

「ん?」

 

 背後からぷにの声と後輩君の悲鳴が聞こえてきた。何だいな?

 

「ぷにー!」

「とおっ!?」

 

 振り向くと、ぷにが例によって俺にタックルをかまして来ようと飛んできた。たぶんさっき置いて行ったのを怒っているのだろう。

 俺はしゃがんだまま横に飛んで避けた。

 

「――――」

 

 しゃがんだ体勢は不安定、左右が崖、俺は横に飛んだ。

 まあ、あれだね。ぷにのタックルを食らうのに比べたら崖から落ちるのなんて大したこと無いって俺の本能が判断したんだろうね。

 俺の本能使えねえ……。

 

「ホォォォー!」

 

 俺は後ろから崖の底へと落ちた。

 ゲームのキャラ達が崖から落ちた時って、あ、落ちた。HPが減るなーとか思うけどさ、これ洒落にならんよ。

 

 



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暗闇での陰湿ないじめ

「…………一回死んだ」

 

 目を覚ますと周りは真っ暗、自分の手さえまともに見えない場所にいた。

 俺は暗闇に手を伸ばし、自分の体の状態を確認した。

 

「打撲だ僕。HAHAHAHA……はあ」

 

 海外のコメディっぽく笑ってみたもののテンションが上がらない、寂しい。

 

 呆然と座り込んでいると、どこからかぷにの声が聞こえてきた。

 

「ぷに~」

「ここだー、早く来ーい! あと殴らせろー!」

 

 ぷにの俺殺人未遂の一つに川に落とすに加え、新たに崖に落とすが加わった、これは怒ってもいいレベルだ。

 

「ぷにー」

「見えないけど横に居るのは分かった。とりあえず制裁はここを出てからだ」

「ぷに……」

 

 致し方がなし、珍しく潔いぷにだった。

 

「いや本気にするなよ……。怒ってはいるけどもう慣れたよ。それに俺の事追ってきたんだろ?」

「ぷに!」

 

 調子がいい事にぷにはいつも通りの状態に戻った。

 とりあえず、相棒がいればどうにでもなる。できれば明りがほしいところだが……。

 

「ぷに! フラッシュだ!」

「ぷに! ぷに~~!」

「え? マジで!?」

 

 俺が思いつきで命令したら、ぷにが力を溜めているように鳴き出した。

 まさかひでん技で一番いらないフラッシュを覚えているというのか!?

 

「ぷに?」

「面白くない! 何ちょっと期待もたせてんだよ!?」

 

 相棒がいればどうにでもなる、そう思っていた時期が僕にもありました。

 

「わかってんのか? 今漫画的に状況説明するとだ。ベタ一色でセリフだけ出てる状態なんだぞ」

「ぷに?」

「そりゃお前はわからんよな……」

 

 早々に何とかしなければ、俺の冒険が漫画化されたときに手抜きだと思われてしまう。

 

「ぷに、お前もう火は吐けないんだよな?」

「ぷにに」

 

 無理らしい。

 

「ぷに?」

「ああ、うん。確かに灯りの一つや二つは用意しとくべきだったな」

 

 松明の事をまつあきとか言ってバカにしてた俺に一言助言してやりたい。

 

「ぷに~」

「上の方は光ってる鉱石とかあって明るかったのになあ……」

 

 これはもう動かないで助けを待った方がいいのではないだろうか?

 よく言うじゃないか、遭難したら動くなって。

 

「待ってられっか!」

「ぷに!?」

 

 このまま動かないでぷにと二人でトークしてろと?

 カットされるわ!漫画化されたらそんな話カットされるわ!

 

「よーし、壁伝いに歩いてがんばろう作戦だ」

「ぷに」

 

 俺は痛む体を起して、壁沿いにずるずると歩き出した。

 

 

…………

……

 

 

「明るいなあ、んでもって熱いなあ」

「ぷに~」

 

 辺りはすっかり明るくなって、自分の体もぷにも後ろのドラゴンもよく見える。

 その真っ赤な体躯、凶悪な爪、口から吐き出されている真紅の炎。

 

「なあ、何で地上最強の生物がこんなところに居るんだ?」

「ぷに~?」

「他のモンスターでも食って生きてんのかねえ?」

「ぷに」

「ガアアアアア!」

 

 大分余裕みたいに見えるけど、今絶賛逃走中。

 手袋つけて全力疾走、たぶんジャージの背中部分はもう溶けてる。

 

「本当にぷにじゃ勝てないのか?」

「ぷに~」

 

 いくら相棒とはいえども分が悪いようだ。

 これはこのまま灯りとしてこいつを利用しつつ逃げのびるとしよう。

 

「って! のおお!?」

「ぷに!?」

 

 炎で照らせれている視界に移るのは、立ちふさがる岩の壁。

 首を上げると、昇れば上がれそうな高さの段差だった。

 

「ひ、飛翔フラムの出番だ!」

 

 なんて汎用性の高い奴なんだ! 爆発の威力が大きすぎるけど背に腹は代えられん!

 俺は走りながら腰のポーチを漁った。

 

「…………くっ!」

 

 俺は心の中でドラえ○んに謝った。映画とか見てすぐに道具取り出せないの見てさ。ちゃんと整理しとけよって思ってたんだ。

 俺絶賛ドラ状態、道具もとい素材を放り投げながらフラムを探している。

 

「熱っ!」

「ぷにに!?」

 

 スピードが落ちたせいで、炎を大分背中にもらってしまった。

 この世界の材料で作られたジャージじゃなかったら今頃背中が真っ黒焦げだな……。

 そうこうしている間に壁は目と鼻の先、フラムは未だに見つからない。

 

「…………仕方ない、ぷに頭に乗ってくれ」

「ぷに?」

 

 疑問の声をあげつつも、ぷには俺の頭にうまく飛び乗ってきた。

 プランB未知の世界へ大ジャンプを実行する!

 

「とうっ!」

 

 俺は腕を高く上げ、壁に向かって跳躍した。

 そして、視界いっぱいに岩が映った。

 

「無理! ――ガッ!」

 

 今の俺がどんな状態かコメディ的に教えると、東京フレンドパークの最初にやる奴、あの壁に張り付くの。

 あれに失敗して、落ちてる状態。うん、わかりづらい。つまり今落下中。

 まあ、あれだよね。これでなんとかなるなら飛翔フラムなんて最初からいらないよね。

 

「オワタ」

「ぷに」

 

 空中で体を反転させてドラゴンの方を見ると、ばっちり照準を合わせて炎を吐いてこようとしていた。

 

「な、何とかして来い!」

「ぷに!?」

 

 今まで一度もした事がないような体勢からのぷに投擲。

 もちろん狙いはドラゴンの頭。ぷには一直線にドラゴンの方に飛んで行く。

 

「ぷに!」

「ガアッ!?」

「っと、よし!」

 

 俺が着地する一歩前にぷにが見事着弾した。

 予想外の反撃だったのだろう、それに加え顔面へのダメージだったのも合わせてか、ドラゴンが若干のけぞっていた。

 

「よっしゃ! やるぞぷに!」

 

 脳内に総攻撃チャンスの選択肢が現れた。もちろんYES!

 

「ぷに!」

 

 俺はさっき放り投げた素材の一つであった黒の魔石を左手で拾い上げ、そのまま体の横に右ストレートを放つ。

 

「おらっ!」

「グガッ!?」

「ぷに!」

「ガアアア!」

 

 俺は体力の限界も忘れその後はひたすらに顔面に拳を入れ続け、ぷには背中に乗ってドラゴンの後頭部にひたすらシャドーボールを入れ続けた。

 

 

 

 

「…………」

「グガ……ァ」

「…………ぷに、ぷに」

「ガア……」

 

 もう何発入れたか分からない、もはやほぼ無言の作業状態。

 俺は魔石も捨ててサンドバックよろしくマウント状態で顔面を殴り続けた。もはや口からもれる火はなく周りは真っ暗だ。

 ぷにもぷにで、飽きが生じてきたのか攻撃の頻度が下がってきた。

 

「あれだな……新手の浦島太郎でも来そうだな」

「ぷに……」

「やっぱドラゴンって固いのな、蹴りに変えてふんづけるか」

「ぷに」

 

 自分の中にこんな残酷な気持ちがあるのだと初めて知りました。

 格上の相手なんだからやるときはシッカリと殺らないとね……。

 

「おらおら、お前を守るゲームシステム何かねえんだよ」

「ぷにににににに」

 

 集団での正義が狂気に移り変わる瞬間を知りました。

 

 

…………

……

 

 

 

「わーい! ドラゴンの鱗を手に入れたぞー!」

「ぷにー!」

 

 手探りでドラゴンから素材を剥ぎ取り、俺たちは一段落ついた。

 あれだね、うまいことやれば結構何とかなるんですね。

 

「…………なあ、これ食べたら火吐けるんじゃね?」

「ぷに!」

 

 ぷには一鳴きすると、途端に咀嚼音が聞こえてきた。

 ぷにがあの巨体をどうやって食べたのか、暗いせいでまたも見逃してしまった。

 

「あれか? やっぱりグリフォンと違って、ドラゴンは生きてると食べられないのか?」

「ぷに!」

 

 どうやらそうらしい、まあドラゴンをパクッと食べられたら向かうところ敵なしすぎるもんな。

 

「ぷにーー!」

「おお! 明るい! けど熱い!」

 

 ぷにの口から出ている炎が辺りを照らした。

 ぷにの姿は真っ赤になって、いかにも炎タイプみたいな見た目だった。

 

「んじゃ、後は崖登って頑張って外に出るとしますかね」

「ぷにーー!」

 

 炎を出すのに忙しくてこっちに返事をする暇はないようだ。

 そんなぷにを頭に乗っけて俺は壁を登り始めた。

 

…………

……

 

 あれから段差を登る事数回。

 

「ふう、やっと普通に明るいところに出たな」

「ぷに~」

 

 ぷにの火力がだんだん下がってきてたので、これは助かった。

 

「やっぱりあれか? 生きてるのじゃないと真の力を発揮できないみたいな?」

「ぷに!」

 

 いつか生きているドラゴンをぷにが丸呑みする日が来るとしたら、それは俺の戦闘の終焉になるのだろうな。

 

「ちょっと疲れたし休むか?」

「ぷに」

 

 ドラゴンに追われている途中に捨てた分を取り戻すために素材を集めながら進んでいたので、結構時間がかかってしまった。

 結果余計に疲れることに繋がった。まあ、錬金術士的に仕方ないね。

 

 俺は壁にもたれかかり、ポーチから採ったばかりの石を取り出し、ぷにに渡してから自分もそれを口にした。

 

「この辺で恵みの石が採れて助かったな」

「ぷに」

 

 冒険者なら皆一度は口にするだろうこの石は、栄養たっぷり味は仕方ない胃に悪いという物だ。

 まあ非常時だから仕方なく口にしている面が大きい。

 

「後何時間かかるかねえ?」

「ぷに~?」

 

 不安をもらしつつも俺とぷには眠りに落ちた。

 

 

 

 

 結局この後俺たちは助かった。

 外に出ると、俺の自転車のカゴに文鎮代わりの石と共にメモが置いてあった。

 

『乗り方分かんなかった! 今度説明してくれよ!』

 

 あやつは崖に落ちた俺の心配もせず、ましてや足さえも奪おうとしたようだ。

 二度と乗せない。

 

「ぷに~」

「……俺が死ぬかも何て心配誰もする訳ないって?」

 

 悲しいかな、言い返せなかった。

 おふざけキャラだって死ぬ時は死ぬんだよ?

 

 



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片づけは心の洗濯

 

 洞窟を出てから、寄り道をしつつ数日かけてアランヤ村に帰還した俺は今宿屋の一室に居た。

 俺はベッドの上に座り込んで、ポーチを膝に乗っけていた。

 

「帰ってきたばっかで何だが、整理しよう」

「ぷに? ぷに~」

「いや、いつのもの思いつきじゃないんだよ。悲劇を繰り返したくないだけだって」

 

 洞窟ドラゴンに追いかけられたとき、俺のポーチの中がいかにごちゃごちゃしているかが分かった。

 

「今から俺はクリーンアカネ! いらない物はバシバシ捨てていくぞ!」

「ぷに!」

 

 そう言って俺は、ポーチを逆さまにして中身を全て床の上に広げた。

 床に散らばる、手袋や武器、素材に爆弾から大砲まで。

 

「……体積って何だっけ?」

「ぷに?」

「うん、俺も知らない」

 

 思わず現実から目を逸らしてしまった。

 前々から俺もおかしいとは思っていたんだよ。明らかに入る量がおかしいもん。

 

「1マークさんが改造した、2師匠に改造された、3主人公補正。さあどれだ!」

「ぷにぷに」

 

 2ぷに。

 

「……やっぱり師匠か? いやでもいつの間に……。まあ助かってるからいいけど」

「ぷに~」

「まあこれは今度考えてみるとして、今は目の前の問題を片づけねば、掃除だけに」

「…………ぷに?」

 

 ぷにが降りて足をど突いてきた。痛いです。

 そんなにダメか?これネットに書きこんだらだれうまって言われるレベルだろ。

 

「はあ、仕方ない今のギャグはきれいさっぱり忘れてくれ、掃除だけに」

「…………ぷに~ぷにー」

 

 ぷには無視して素材でできた山を崩し始めた。

 いいさいいさ、今度誰かに話してみるからさ。

 

「しっかし、どうすっかな……」

 

 とりあえず大砲とか爆弾とかはささっとしまうとしよう。

 暴発でもされたらかなわん。とくに大砲なんて残り使用回数が一回のスーパー大砲さんだし。

 

「フラムが一つ、フラムが三つ、フラムが四つ……二つ目が足りなーい」

「ぷに!」

「がっ!?」

 

 後頭部に衝撃、普通背後に回り込んでまでやりますか、君?

 

「自分で始めといて何だが、タルイ。俺掃除は勉強の前にしかやらない性質なんだよ」

「ぷに?」

「いやー、本当に俺こっち来てよかったわ。受験なんか関係ないからね!」

「ぷに~?」

 

 優越感を覚える元高校生、現在は冒険者をやっています。

 

「なんかニートみたいだな。今の俺のモノローグ」

「ぷに~? ぷに?」

 

 ぷにが置いてきぼりなので、そろそろ本題に戻るとしよう。

 

「まあ、誰か来ても大変だしとっとと片づけるか」

「ぷにー」

「邪魔するわよー!」

 

 メルヴィアを召喚してしまった。

 発言には気をつけろとあれほどなあ……。

 

「って、何よこれ? 汚ったない部屋ねえ」

「片付け中だ! とっとと用件話せ! んで帰れ!」

「いや、あんたが崖から落ちたって聞いたから心配してきてあげたのよ」

「チェ――――」

 

 チェンジ、主にトトリちゃんとかって言おうと思ったが、言えなかった。

 こんな危険物だらけの部屋で怒らせたら……終わるな。宿屋もろとも。

 

「いやー嬉しいなー! 洞窟でも心細くて、思わずメルヴィアの顔とか思い出してたしね!」

「え、きも」

 

 思い上がんなよ、嘘に決まってんだろ。

 

「何? また変な事でもやってるの?純粋に気持ち悪かったわよ」

「もう帰れよ、むしろ帰ってください。お願いします」

「まあまあ、いいじゃないちょっとくらい」

 

 そう言ってメルヴィアはずかずかと部屋の中に入り込んで来た。

 これはマズイ。

 

「へえ、こうして見ると、あんたでも錬金術士なんだって思えるわね」

「どういう意味だよ」

 

 そういう意味だと目で語られた。

 

「それはほら、こんな爆弾とか持ち歩くのなんて錬金術士くらいじゃない」

「そういう意味かよ。もっと、こんな不思議な物作れるなんてすごいわ!みたいなさ」

「ないわね。まず不思議だって思えるものがないわ」

 

 確かに今目の前に出ている物にそんな物はないけどさ……。

 

「あら、これは……」

 

 俺がちょっと目を離したら、アイテムの山の中から恐ろしい物を取り出していた。

 

「ああうん、それただの鉄クズだから、気にしないで」

「へ? でもこれって手に嵌めれそうじゃない?」

「いや気のせいだから」

 

 メリケンサックを装備したメルヴィア、そんな悪夢を現実にしてはならない。

 つか、本当に帰ってもらいたい。

 

「それじゃあ、他には……」

「ああ、もう」

 

 暴君や、ここに暴君がおる。

 そんな彼女が取り出したのは――!?

 

「? アカネ、この猫の耳みたいなの――へ?」

 

 俺はメルヴィアに駆け寄って、素早くそれを取り返した。

 これはツェツィさん装備予定なんだ。

 貴様のような女が触ってよい物ではないわ、痴れ物め。

 

「帰れ」

「ちょ、ちょっと? 目が怖いわよ?」

「こっちは忙しいんだよ。触れてもらっちゃ困る物結構あるんだよ」

「わ、わかったわよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないの……」

 

 グチグチ言いつつもメルヴィアは俺の部屋から退散していった。

 

「……これがメルヴィアへの初勝利であった」

「ぷに~」

「もうとっとと片づけよ、無駄に疲れた……」

「ぷに」

 

 俺は床に座り込んで、アイテムを拾い上げた。

 

「素材は……後でトトリちゃんのボックスに入れさせてもらうか」

「ぷに」

「爆弾はポーチの中に、片づけなきゃいけないのはそれ以外だ」

「ぷに~」

「よっしゃやるぞ!」

 

 

…………

……

 

 

「残ったのはこれだけか」

「ぷに」

 

 掃除してみたら結構減って、あとは手袋とかのその他部類が残った。

 

「はい、この紙は……」

「ぷに?」

「誕生日に渡されたちむちゃんの命名権だった。まだ使ってなかったなそういや」

「ぷに~」

 

 トトリちゃんも大分前に命の水手に入れたのに使ってないから、すっかり忘れてたな。

 

「まあ大方、もったいなくて使えないとかそういう理由なんだろうけど……」

「ぷにに」

「紙類だと、残りは地図にノートが数冊だけか」

「ぷに~?」

 

 ぷにがある一点をしてきたが、浅はかだな。

 

「俺が秘蔵のアルバムを持ち歩いているとでも? あれならひっそりこっそり師匠のアトリエに隠してあるさ」

「ぷに~……。ぷに?」

「猫耳はだって、ねえ? いつ必要になるか分からないだろ?」

 

 タイミングと俺のテンションが噛み合えばすぐにでもGOサインだ。

 

「ぷに……」

 

 ぷにが目に見えて落胆している、だってこっち着たらツェツィさんに着けようって思ってたんだもん。

 うっかりポーチの中に入れっぱなしだったけど……。

 

「もういいだろ? とにかく地図はポーチでノートもポーチに……」

 

 地図をしまって、俺はノートに手を伸ばした。そしてついつい、中を開いてしまった。

 

「…………」

 

 失敗飛翔フラムの調合について書かれていた。これは熟読してしまう。

 

「…………」

 

 気づいたらペンを手に取っていた。

 

 

…………

……

 

 

「ふう、こんなもんか……って、ええ!?」

 

 窓に目をやると、日が沈みかけていた。これは……いったい……。

 

「って、いつの間にか素材もなくなってる!?」

 

 周りを見ると積み重ねていた素材の山がきれいさっぱり消えていた。

 

「消えた素材、寝ているぷに。ここから導き出される答えは!」

 

 相棒は俺を泣かせたいようだな。

 

「どうやって持っていったか知らんが、お疲れ様だ」

 

 おそらく、洞窟での一件をまだ気にしてたんだろう。

 でなきゃ、ここまで一人でやったりしないはずだ。

 

「ふむ……。あとはいる物は、指輪に手袋、あとメリケンサックくらいか」

 

 俺はそれだけポーチに詰め込んで、残りは静かに端っこに寄せておいた。

 

「よし終わり終わり。今日は料理を豪勢に作るとするか、うん。うーん……」

 

 なんか俺のキャラじゃない気がするが、まあ相棒を労わる事は悪い事じゃないよな。

 

「今日は綺麗な話で終わったな。掃除だけに」



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2年ぶりのお店番

 

 片づけの翌日、俺は机の前に座って眼を深く閉じていた。

 

「…………」

 

 俺は今とてつもなく真剣に悩んでいる。

 その静寂さは時計の秒針が刻む音がうるさいくらいに響かせている。

 

(…………犬……狐……猫)

 

 幾度も頭の中に言葉を巡らせている内に口の中もからからと乾いてきた。

 これではダメだ。もっと想像力を働かせなければ……。

 

「…………ふうー」

 

 深く息を吐いて再び目を閉じ、傍らにある水を一飲みして、再び思考の世界に没入した。

 もっと鮮明に、もっと綿密に、もっと確かに、もっと華やかに。

 

「見えた! 黒猫耳! 貴様だ!」

 

 机の上にある他の猫耳を払いのけ、手にしっかりと目当ての品を握った。

 

「ふう、やっと決まったな」

「ぷに~」

「ああ、なんだもう三時間も経ってたのか。よし、では行くぞ!」

「ぷに……」

 

 パメラさん、今あなたの下に行きます。

 

 

…………

……

 

 

「……俺、何やってるんだろうな」

「……ぷに」

 

 パメラ屋さんの前まで来てふと思ってしまった。

 俺にはもっとするべき事があるはずなのに、何故こんな事をしているのだろう。

 

「これが、悟りの境地か……」

「ぷに~……」

「ふふっ、今ならお前の悪態も許してやるさ。仏の心でな」

「…………ぷに~」

 

 未来予想図だけでこの有様だ。実物を見たら……生きているのが難しいかもしれない。

 

「すー、はー。よし! 入るぞ!」

「ぷに……」

 

 俺は扉の取っ手を掴み、静かに引こうとした。

 

「のっ!?」

 

 引こうとしたら、扉が押し出された。

 なんというマイッチング、今開けた人とは生涯うまくいかない気がする。

 

「あら~? アカネ君じゃない~久しぶりね~」

「って、パメラさん!?」

 

 なし! 今のなし! 逆にすごいタイミングだし、うん!相性バッチリンコ!

 

「ちょうどよかったわ~、ちょっとお店番しててもらえるかしら~?」

「い、イエス! もちろんです! おまかせあれ!」

「ありがとうね~、それじゃあよろしく~」

 

 そう言って、パメラさんは小走りでどこかへ駆けて行った。

 

「……ふふふ、やっぱいいよなあ、パメラさん」

 

 心の底から否、魂の底から笑いがこみあげてきた。

 

「ぷに……」

「よっしゃ! 店番頑張ろうぜ、ぷに!」

「…………ぷに~」

 

 今日はぷにの調子が朝から悪い、まったく太陽もといパメラさんに会えたのにテンションが低いとは、俺には理解できないな。

 

 

 

 

 

 

「……暇だな」

「ぷに」

 

 二年ぶりのお店番は昔同様暇だった。

 時間帯は昼過ぎ、ご飯時は過ぎてるのに何故誰もこない。

 

「よし、俺が客の来る呪文を唱えてやろう」

「ぷに?」

「まあ、忙しいのもあれだしな。こんなタイミングで客も来ないだろ」

 

 …………

 

「ぷに?」

「いや待て待て、俺のフラグタテルが発動しなかっただと?」

「ぷに~?」

「ワンモア! ワンモアプリーズ!」

 

 きっと言葉がいけなかったんだな。ちょっとわざとらし過ぎただけだ。

 

 俺はカウンターに背を預け、少し考え込んだのち言い放った。

 

「こんな時にメルヴィアとか後輩君が来たら面倒だよなー」

 

 …………

 

「ぷに~?」

「条件が足りないみたいだな……」

 

 フラグを立てようと思って立てようとすると逆に立たなくなる理論だな。

 

「もういいや、どうせ本当に誰も来ないだろ」

「ぷに」

「客がいなければこんな事もできるぜ!」

 

 俺は左手で銃の形を作り、アゴにあてた。

 

「俺って超イケメン!」

「ちむ?」

「…………」

 

 カウンターから身を乗り出して、死角の部分を覗き込んでみた。

 

「ちむ?」

 

 ちむちゃんがいた。いつ入って来たのでしょうカ? 身長差って恐ろしいデスネ。

 なるほど既に客がいたから、誰も来なかったという逆転の発想なのですね。

 

「おーけー、望みの品を与えよう。何がほしい?」

「ちむー?」

 

 俺はちむちゃんを抱っこしてカウンターの上に置いた。

 ちむちゃんは何を言ってるんだみたいな様子で、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「もしかして、聞いてなかったり?」

「ちむむ?」

「ふむ、俺に見つかる前、俺なんて言った?」

「ちむっむちむむむむ!」

 

 ぶかぶかの袖をアゴ辺りに持っていき、明らかに俺って超イケメンって言った。

 しかも俺のやってたポーズまで見てたのかよ。

 

「ちむちゃーん、個人的に君がほしい物とかあったりするのかな~?」

「ちむ? ちむー」

 

 ちむちゃんが袖で商品棚の上の方を指し示した。そこには紫色の何かが少しだけ見えていた。

 

「うむ? 何だあれ? ちょっと取って来てくれよ」

「ぷに」

 

 ぷにが商品棚に跳ねて行き、頭に品物を乗せて戻ってきた。

 俺はぷに頭からそれを受け取った。

 

「こ、これは! ちむちゃんの材料!」

「ちむー♪」

「さすがは長女、あんな分かりづらい所にあるものを見つけ出すとは」

「ちむむ!」

 

 ちむちゃんは誇らしげに胸を張って、声をあげた。

 

「しかし、これ含めてちむちゃんも四人目を作れるんだよな」

「ちむ!」

「その内一匹は俺が名付けることになるんだよな」

「ちむ」

 

 俺が所有する命名権、これをうまく生かして次のちむちゃんには名前的に幸せになってもらわくてはな。

 

「そういう面ではちむちゃんが一番幸せだよな」

「ちむ?」

 

 何のこと? そう可愛く首をかしげるちむちゃん。原点にして頂点とはこの事だな。

 

「わからないならいいさ、それで他におつかいはあるのか?」

「ちむ!」

 

 ちむちゃんは懐からメモを取り出して、俺に渡してきた。

 

「あいよ、命の水の分は俺が払っとくから、あの事は絶対に言うなよ」

「ちむ!」

 

 分かっているのか分かっていないのか微妙なラインだが、とりあえず信じるとしよう。

 

 

…………

……

 

 

 あれから数十分、暇すぎた俺たちはトランプをお買い上げして二人ババ抜きをしていた。

 

「なあ、この店って何屋さんなんだろうな」

「ぷに?」

「トランプあって、カメラもあって、錬金術に使える材料まであるし」

 

 ちなみにカメラもお買い上げしました。前回と同じポラロイドカメラ君、こいつは没収されないように気をつけなければ。

 いやー、それにしても今日は品物がよく売れるなー。

 

「パメラ屋って言うくらいだし、目玉商品はパメラさんだよな」

「ぷに~?」

「パメラさんを見るのはタダだ。だが来たからには何かを買っていき、お釣りを手渡ししてもらいたい。つまりそういうことだよ」

「…………」

 

 ぷにの目から輝きが失せていた。

 全国のおっきいお友達にならきっと理解してもらえるはずだ。

 

「はい、アガリー」

「ぷに~」

 

 そんな会話をしている間に俺はぷにから最後の一枚を取って、ババ抜きに勝利した。

 

「これで俺の五勝一敗、弱いなー」

「ぷに~ぷに!」

「運も実力のうちだよ、やーい。ザーコ」

「ぷにー!」

 

 そんな小学生レベルの喧嘩をしていると、扉が開いてお客さんが入ってきた。

 

「激写!」

「きゃ!?」

 

 俺の電光石火の早業にカメラ二世はまるで長年の相棒のようにしっかりとついてきてくれた。

 

「な、なに?」

 

 目を丸くして、正しく鳩が豆鉄砲でも食らった様な状態のツェツィさんがそこにいた。

 

「どうもツェツィさん。今日の俺はここでお店番だぜ」

「えっと、そのカメラって……」

「気のせいです」

 

 そう言ってみるものの、カメラは空気を読まずに写真をプリントアウトした。

 これがポラロイドの欠点だぜ。

 

「気のせいです」

 

 写真とカメラをカウンター下に放り込んで、堂々と言い放った。

 こうすることで相手は何も言い返せなくなる。

 

「…………」

 

 ツェツィさんは無言で手をこっちに伸ばしてきた。

 

「握手か?」

「…………」

 

 ダークツェツィさんや、いつもの優しいツェツィさんじゃないよこれ。

 俺は素直に写真を手渡して、謝った。

 

「すいませんでした。出来心なんです」

 

 むしろ出来心が出来る前に行動した気もするが、ここはこう言っておこう。

 

「まったくもう、女の子の事をいきなり撮るなんてどうかと思うわよ」

「反射的に行動しちゃったみたいな、まあぷにならわかってくれるよな?」

「ぷに……」

 

 訳)ウン! モチロンサ!

 

「ほら、ぷにもこう言ってるし」

「あの、わたしにはそう見えないんだけど……」

 

 ちなみに正しい訳文としては、うっせえ犯罪者みたいな意味になります。

 

「それで、今日は何をお求めで?」

「えっと、実はちむちゃんに、ここに行ってみてってお願いされただけなのよ。ごめんなさい」

「いや別にいいよいいよ」

 

 後でちむちゃんにはきつくお仕置きをするとしよう。

 パイに唐辛子でも混ぜたりとか。

 

「そう言えば、ツェツィさんって結局トトリちゃんたちの事許したのか?」

 

 特に聞く必要はないだろうが、気になったんだから仕方がない。

 

「あら、聞いてたの? 許したわよ。どうせ二人とも勝手に始めちゃうだろうから、先に許しちゃったの」

「なるほどねー、ってことは今二人で船作ってるのか?」

「そうよ。二人とも張り切っちゃって、トトリちゃんなんてずっとアトリエにいるのよ」

 

 そう話しているツェツィさんはどことなく嬉しそうに見えた。

 事の全ては知らないが、ツェツィさんも心に整理が付いたってことなのかね?

 

「そうか、ふむ、一緒に海には行けないけど材料集めくらいなら手伝うってトトリちゃんに伝えといてくれないか?」

「はい、了解しました。ふふ、やっぱりアカネ君にお願いしてよかったわ」

「む? 何をだ?」

「ほら、最初に会ったときに言ったじゃないトトリちゃんをよろしくお願いしますって」

 

 そう言えば、そんなことも言われたような気がしないでもない。

 無意識でそのお願い通りの行動をするとは、流石は俺だ。

 

「トトリちゃんもアカネ君の事頼りにしてるから、これからも妹のことをお願いね」

「うむ、任された」

「ええ、それじゃあね。今度お昼でもご馳走するわ」

 

 手を振りながら、ツェツィさんは店の外に出て行った。

 

「頼りにされてる、ねえ」

「ぷに?」

「いや、戦闘力的にはお前だよなーって、つか今の俺にトトリちゃんが頼ってくれる面ってあるのかね」

「ぷに!」

 

 何かしらあるらしいが、そこはもっと具体的に行って欲しい。

 

「俺がトトリちゃんにできること……」

 

 俺が若干考え込んでいると、扉が開きここの店主の声が聞こえてきた。

 

「ただいま~」

「あ、パメラさん。おかえりなさい」

 

 ゆったりとパメラさんは店の中に入って来た。

 

「ありがとうね~、本当に助かったわ~」

「いえいえ、それじゃあ俺はこれで失礼します」

「あら? お急ぎなのかしら~?」

「まあ、思い立ったが吉日って言いますか。とりあえず急いでますんで」

「また来てね~」

 

 そう言って、俺はカウンターから出て見送りの言葉と共に店の外に出た。

 

 

 

 

 

 

「ぷに?」

「まあ、あれだよ。俺って遊ぶ前には宿題を終わらせる派だったんだよ」

「ぷに」

「いくら楽しい事しててもさ、偶に心の隅で考えちゃって心の底から楽しめなくなるからなんだけどさ」

 

 まあ、そう言う訳で俺は今日一番の楽しみであったパメラさんタイムを切り上げてまで、外に出てきたんだ。

 結局今の俺にできることは一つだけなんだし、先にそれを終わらせておこうって事だ。

 

「アーランドに行くぞ、パパっと後輩君の剣を作って戻ってこよう!」

「ぷに!」

 



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新ちむと職人二人

 

 10月も終わりに入って来たころ、俺は師匠のアトリエにあるちむちゃんホイホイの前で唸っていた。

 

「ちむ太郎、ちむ夫、ちむむくん……うーむ」

「アカネさん、早く名前決めてください!ちむちゃん作れないじゃないですか!」

「いや待ってくれ、きっともっと良い名前があるはずなんだ……」

 

 何でトトリちゃんがいるかと言うと、村から出発しようとしたら連れてってくださいって言われたんだ。

 なんでも、船の材料を集めるのにちむちゃんがもっとほしいらしい。

 

「ちむフラッシュ、ちむドラゴン……ちむドラゴン! これだ!」

「ちむっ!!」

「痛い、痛い! 何故だ!?」

 

 何故かちむおとこくんが俺の足をぶかぶかの袖ではたかれた。

 男の子だし、地上最強の名前を付けてあげたら喜ぶかと思ったんだが……。

 

「なら……ちむ……ちむ、ちむギャラクシー……ギャラクシー!」

「ぷにに!」

「がはっ!?」

 

 冗談で呟いただけなのに、ぷにがボディに体当たりしてきやがった。

 

「冗談だよ! そんくらいわかれよ!」

「……ぷに~」

「じょ、冗談だったんだ……」

 

 聞こえないように言ったつもりだろうけど、師匠の言葉は俺の耳にバッチリ届いた。

 師匠にまでそんな事を言われるとは思わなかった。心が折れそうだ……。

 

「もう次俺が言った奴で決定だからな! 異論は認めない!」

「ちむ~」

 

 ちむおとこくんがとても悔しそうな顔をしていた。俺に対する期待度の低さが目に見えるな。

 

「ちむおとこ、俺を信じるな! おま――」

「ちむ!」

 

 俺が二の句を継ぐ前に、当たり前だろみたいな事を良い笑顔で言われた。

 これは俺も黙り込むしかない。

 

「…………さん」

「ちむ?」

「ぷに?」

 

 俺の左右にいる愉快な仲間達は俺の言葉が聞き取れなかったようなので、もう一度大きな声で言った。

 

「ちむさん! ちむさんだ!」

「ち、ちむ!?」

「ぷに!?」

 

 ちむちゃんがいるんだからセーフだろ、別パターンとして、ちむたん、ちむきゅん、ちむさま等々あったが一番無難なのをチョイスした。

 俺が呼ぶときに困るからな、主にちむきゅん。

 

「はい決定! はい起動!」

 

 命の水をセットして、簡単起動。俺みたいな素人でも安心の心折設計。

 こんな行為で命を作るという行為に心が折れそうなのは言うまでもない。

 

「ちむ!」

「わー! 3人目のちむちゃんだー!」

 

 男の子のちむちゃんが誕生するないやいなや、トトリちゃんはちむちゃんの傍に駆け寄った。

 それに続いて、俺もこの子が受け取る最初のプレゼントを渡すために近づいた。

 ちむちゃんは俺を見上げて、かわいく小首を傾げた。

 

「ちむ?」

「君の名前は……ちむさんだ!」

「ちむ……ちむん!」

「わっ、鳴き声が偉そうになった!?」

 

 トトリちゃんが驚きの声をあげた。俺も俺で驚いてはいる。

 ちむさん、うん確かに偉そうな響きではあるな。

 

「ちむむん!」

 

 ちむさんは両手を腰に当て、威張ったようなポーズをとった。

 

「わあー、かわいいー!」

「ちむさん、お前の体格でやっても微笑ましいだけだぞ」

「ち、ちむん!?」

 

 ちむさんはショックを受けたようで、涙目になっていた。

 名前が偉そうなだけで、所詮はちむおとこくんと見た目変わらんからね。鳴き声で判別できるからいいけど。

 

「よーし、ちむさんはどいたどいた。もう一人作らないといけないんでね」

「ち、ちむん……」

「ちむむ!」

「ち、ちむん?」

「ちむ!」

 

 落ち込んだようなちむさんとちむおとこくんが会話を始めた。

 早速先輩風を吹かせているようだ。

 次の子の名前の決定権を持たない俺は、自然とその会話に聞き入ってしまった。

 

「ちむ、ちむむむ」

「ち、ちむん!?」

 

 ちむさんが涙目になった。たぶん今ちむおとこくんが自己紹介したところだろう。

 

「ちむ~」

「ちむん……」

 

 ちむさんの肩に手を置いて、慰めるように声をかけるちむおとこくん。

 ちむさんは自分の体格と鳴き声の不相応さなんて小さな事だという事がわかったようだ。

 

「ちむ!」

「ちむん!」

 

 そして二人は手をつないで、握手した。

 俺は今理想的な先輩と後輩関係成立の瞬間を見た。

 

「相性抜群だな」

「ぷに」

「そうだねー、後は次の子なんだけど……」

 

 師匠は心配そうに呟いた。そりゃ次の子は我らが誇るトトリちゃんのネーミングだもんな……。

 

「できたー!4人目のちむちゃんだー!」

「ゴクリっ」

 

師匠は息を飲んで、トトリちゃんの方をじっと見つめた。

本当にわかりやすいほどに息を飲んだなこの人。

 

「この子の名前はちみゅちゃん!」

「……ん?」

 

 ちみゅ?

 

「トトリちゃん。おとこに比べれば万倍マシだが……ちみゅちゃんって言いづらくないか?」

「? そんなことないですよ? ちみゅちゃん、ちみゅちゃん、ちみゅちゃん。ほら全然言いづらくないです」

「と、トトリちゃんすごい! よーし、わたしも……」

 

 師匠、あなたのチャレンジ精神嫌いじゃないぜ。

 

「ち、ちみゅちゃん、ちみゅっ――! ……うう、舌噛んじゃった……」

「師匠……」

 

 この人って稀代の錬金術士なんだよな。一昔前の俺だったら絶対信じてないぞ。

 

「ちむー」

 

 師匠を眺めていると、足元から声がしたので見てみると、ちみゅちゃんが見上げていた。

 

「うむ。やっぱり女の子の方が可愛いな」

「ちむー……」

 

 俺がそう言うとちみゅちゃんの顔が赤くなった。

 このかわいい生き物、すごい持ち帰りたい。

 

「ちむむ」

「ちむん!」

「ちむ?」

 

 ちむおとこくんとちむさんがこっちに歩いて来た。

 新入りへの挨拶のようだ。

 

「ちむ!」

「ちむむん」

「ちむ~」

「…………」

「ぷに?」

 

 その会話の輪にぷにも混じった。

 

「ちむむ!」

「ちむん~」

「ちむ!?」

「ぷに~」

 

 

 …………

 

 

「ちむ~」

「ちむんちむん」

「ちむ……」

「ぷににににに」

 

 

 …………

 

 

「……こんなところ居られるか!」

「あ、アカネさん!?」

「アカネ君!?」

 

 二人の驚いたような声を背に受けて、俺はアトリエから文字通り飛び出した。

 俺は外の柵に寄りかかり、息を整えた。

 

「はあ、はあ」

 

 頭がおかしくなるかと思った。

 ちむちゃんが集まっている時は近寄らないようにしよう。

 

「あのカオス空間に戻りたくないし、本来の予定達成に向かうか」

 

 目指すは親っさんの店。未だ手に入らないグラセン鉱石をあの人なら持っているかもしれない。

 

 

…………

……

 

 

「だから違うんですよ! ああもう、分からない人だなあ!」

「てめえの方こそ! さっきから妙ちくりんな事ばっか言いやがって! ちゃんと俺に分かる言葉で喋りやがれ!」

 

 親っさんの店の前まで来ると、突然マークさんと親っさんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 外まで聞こえるって、一体何でそんな喧嘩してるんだ。

 

「話は分からないが、話は聞かせてもらったぞ!」

 

 扉を開いて、俺は店の中に入り二人の下に駆け寄った。

 

「おお、いいところに来たな! 兄ちゃんからもガツンと言ってやってくれ」

「言ってほしいのはこっちですよ。はあ、こんな店来るんじゃなかった……」

 

 怒り心頭と言った様子の親っさんと面倒くさそうにしているマークさん。

 話は全然分からないが一つだけ言える事がある。

 

「マークさん! 親っさんはこれでも最高の職人なんだからな!」

 

 主にファッション的な面で!

 

「ほら見ろ、兄ちゃんだって俺の腕を信用してるじゃねえか!」

「なっ!? 君ともあろう物がこんな筋肉ダルマの肩を持つのかい!?」

「あんだと! てめえ、今更おだてたって何もでねえぞ!」

 

 ……褒め言葉なのかどうかが微妙なラインだな。俺が言われたら照れるけど、常人基準だと明らかに褒められていないはずだ。

 

「とりあえず! 一体何で喧嘩してるんだよ?」

 

 脱線した話の筋を戻すため、一つ声を上げてそう聞いた。

 

「僕はただ、部品の依頼に来ただけなんだよ。最近は機械の摩耗が激しくってね」

「んで、俺が部品なんてケチくせえこと言わずに一から全部作りなおしてやるって言ったら急にイヤがりだしてよ。俺の腕が信用できねえのかってんだ!」

 

 いや親っさん、部品の依頼に来て全部作りなおすって大胆すぎると言うか、なんと言うか。

 部分が壊れたから部品を買いに来る訳で……。

 

「機械と言うのは精密で繊細な物なんです。誰にでもそう簡単にいじれるものじゃないし、いじられても困るんですよ!」

「なーにが繊細だ。女々しい事言いやがって、武器なんて強くて頑丈な方がいいに決まってんじゃねえか!」

 

 俺が崇拝する二大職人がこうして口喧嘩するとは、俺はどっちについたらいいのだろうか。

 片や創造神ハゲル、片や機械神マーク。どっちにも返しきれないほどの恩がある。

 ここはお茶を濁して、一時退散しようか……。

 

「まあ、二人ともいい所があるんだし。ここは何とぞ怒りを鎮めて……」

「僕は別に怒ってなんかいないよ。ただただこの脳みそ筋肉男に辟易してるだけさ」

「何だてめえ! さっきから俺の筋肉ばっか褒めやがって何のつもりだ!」

 

 さすがは親っさん! 脳筋呼ばわりされても全然動じてねえや!

 俺だったらそこまで言われたら怒るぜ!

 

「もう全っ然話が通じない、もうこの人の相手は君に任せたよ。それじゃ……」

 

 半ば諦めたような目と口調でマークさんはそう言って出て行こうとした……が。

 

「おおっと待ちな。客にバカにされたまんまとあっちゃあ、男一匹鍛冶職人ハゲル様の名折ってもんよ。

帰る前に俺の腕前たっぷり拝んでいってもらおうか!」

 

 親っさんがその肩を掴み、堂々とそう言い放った。

 

「うわあ、暑苦しいなあ。ほらほら、アカネ君。盟友のピンチだよ。ささっと助けてやってくれませんかね?」

「ああうん、それじゃあ――っ!」

 

 今、俺は恐ろしい事を思いついてしまった。

 もしも、もし、この現人神二人が仲良くなって共に合作を作るようになったら……。

 最強のロボットなんか目じゃない物が出来上がってしまう気がする。

 そうと決まれば、俺の行動もこれしか残らないな。

 

「職人同士の会話に割って入りたくないんで、失礼します!」

「ちょ、アカネ君! 僕を見捨てるのかい? それはあんまりにも薄情なんじゃないかな!?」

 

 昔にモンスターを押しつけて逃げて行った人とは思えない発言ですね。

 

「ほら、こっち来な。武器ってのは理屈じゃなくて魂作るってのを教えてやるぜ」

「科学者に魂なんていらすよおおおおお!」

 

 

…………

……

 

 

 

「俺はマークさんを見捨ててなんかいない、むしろあなたのランクアップを願っての行動なんです」

 

 俺は扉越しに聞こえてくるマークさんの悲鳴を聞きながら、呟いた。

 今一時は苦痛かもしれない、それでもいつかきっと二人が力を合わせる日が来るはずです。

 

「ふう、俺、いつになったら剣作れるんだろな……」

 

 年内に作れるかもわからなくなってきた気がする。



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禁断の一言

 

 視界の中心に解決策があった。絶対に切りたくはないジョーカーのカードだけど。

 

「……学校とかでさ、分からない所があったらどうしますかってアンケートがあったんだよ」

「ぷに?」

「俺はいっつも自分で調べるを選んでたんだ」

「ぷに~?」

 

 ぷには何が言いたいんだと疑問の声を上げているが、もう少しだけ語らせてほしい。

 

「他の選択肢に友達に聞くとかもあってさ、俺はこれだけは絶対選ばないなってのがあったんだよ」

「ぷに?」

「……先生に聞く、だよ」

「ぷに!?」

 

 そう言って俺はしっかりと自分の師匠を見据えた。

 稀代の錬金術師ロロライナ・フリクセル。

 この人に再び教えを請わなければいけない日が来るとはな……。

 

「あ、お腹痛くなってきた……。ちょっと精神安定のために親っさん所行こう」

「ぷに~」

 

 ぷには無理しなくてもいいと言ってくれているが、これも回り回ってトトリちゃんのため、ちょっとの苦行くらいは耐えて見せよう。

 ちょっとの苦行くらいなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、男の鍛冶屋。

 

「親っさん、結局昨日はどうなったんですか?」

 

 神二人が争うという、神話の終結は一体どんな物だったのだろうか?

 

「ああ、あの兄ちゃんとなら来週あっちの兄ちゃんの店で一緒に飲もうって話になったぜ」

「へえ、そうなんですか」

 

 あっちの兄ちゃんってどっちの兄ちゃんなんだろうと思いつつも、俺は一応の相槌を打った。

 しかし、どうやってそんなことになったのだろうか?

 仲良くなって、一緒に飲もうって解釈でいいのだろうか?

 

「兄ちゃんも暇だったら来てくれてもいいんだぜ。兄ちゃんなら大歓迎だ」

 

 親っさんはいい笑顔で好都合なことを言ってくれた。

 これはぜひとも行かねばな。

 

「それじゃあ、折角だから行かせてもらいますよ。それと今日は、ちょっと頼みがあってきたんですよ」

「頼み?」

「実は、親っさん、グラセン鉱石って持ってたりしませんか?あるなら買わせてもらいたいんですけど」

「グラセン鉱石? ああっと、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言って親っさんは立ち上がり、店の奥へと消えて行った。

 

 

 

 待つ事数十分、親っさんが腕に白色の鉱石を抱えて戻って来た。

 

「おう待たせたな。こいつが兄ちゃんの欲しがってる奴だぜ」

「おお、これが……」

 

 数は大体二、三十個と程度だろうか、これだけあれば成功できるかもしれない。

 

「ただなあ、こいつは……」

「? 何かあるんですか?品質とか問題なさそうですけど」

「いやな、こっちじゃとれねえ鉱石だから貴重なんだよ。兄ちゃんが何に使うかは知らねえけど、結構値は張るぜ?」

「…………」

 

 まさかのレアアイテム、そりゃ洞窟いくら探しても見つからない訳だ。

 借金がまだ残っている身の上としては辛いが、ここは身を切る思いで金を出すしか……。

 

「……うう、フリーゲント鋼のためなら仕方ない……」

「なっ!? 兄ちゃん今何つった!」

 

 俺が小さく呟くと、親っさんが身を乗り出して俺の肩に手を乗せてきた。

 ……暑苦しいと言っていたマークさんの気持ちも分かる気がする。

 

「へ? フリーゲント鋼のためなら……」

「作れるのか? 本っ当に作れるのか?」

「ま、まあ、師匠と協力すればなんとか……」

「おっしゃ! 兄ちゃんこれ全部持ってけ!」

 

 そう言ってハゲルさんは腕を組んで、椅子に腰を下ろした。

 俺の聞き間違いでなければ、全部持って行っていいっと言ったように聞こえたが……。

 

「えっと、よろしいので?」

 

 思わず敬語で聞き返してしまった。。

 

「あったりめえよ! 男ハゲルに二言はないぜ!」

「な、何でまた?」

「フリーゲント鋼ってのは、聞いた事はあるんだが実際にそれで武器を作った事はねえのよ。加工し辛いはなんだであんまりこっちじゃ一般的じゃなくてよ」

「はあ? それで?」

 

 それとこれとどう関係があるんだろうか? 加工し辛いなら逆にいらないんじゃなかろうか。

 

「鍛えたことのねえ鋼があるなんて、鍛冶職人の名折れってもんじゃねえか! そうだろう兄ちゃん!」

「な、なるほど」

 

 これが職人のこだわりって奴か、不覚にもカッコいいと思ってしまった。

 

「つーわけで、頼んだぜ兄ちゃん」

「承りました。この不肖アカネ!最高の鋼を作ってきましょう!」

「兄ちゃん!」

「親っさん!」

 

 感極まった俺たちは互いの手を握り合った。

 何か前にも似たような事をした気がする。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「と言う訳で、材料はすべて確保しましたよっと」

「ぷに」

 

 机に置かれている数種類の材料たち、鉱石から中和剤等々。

 

「とりあえず整理するか、トトリちゃんのコンテナに預けてたの全部出しちゃってるし」

「ぷにに」

「えっと、前採ってきたので必要なのはグラビ石だけだから、それ以外は俺のコンテナに仕舞っちゃっうか」

「ぷに!」

 

 机に積み重なっている鉱石から、ひときわ軽いグラビ石だけを集めて、それ以外は脇に寄せていった。

 

「わあ、すごい量だね」

「まあ、ちょっと熱が入っちゃったみたいな?」

 

 暇であったのだろう師匠が机の向かい側に立っていた。

 そう言えば俺はこの人に聞いておかなくちゃいけない事があったな。

 

「師匠、俺のポーチに何か細工とかしたか?」

「へ? ううん、何にもしてないよ?」

 

 どうして? と師匠は不思議そうにこちらを見つめて来た。

 まさかの空振り、これは詰んだ。

 

「でも、師匠。俺のポーチにやたら物が入るんだよ。この鉱石とかも全部入ったし」

「? あれ? もしかして今まで気づいてなかったの? ちゃんと説明したと思ったんだけど……」

「はい?」

「そのポーチはアカネ君のコンテナと繋がってるんだよ。……ううん、やっぱり前にも説明した気がする」

 

 俺は説明された覚え皆無なんですけど、いつからこのポーチはそんな便利アイテムなったんだ。

 たぶんここ数ヶ月くらいの話なんだろうけど……。

 

「いつ! いつ話したの!」

「え、えーっと、確か……うん、アカネ君がわたしに錬金術習うようになってから一週間しないくらいっだったかな?」

「そこかよ!?」

 

 忘れもしない人生初の記憶喪失期間、理由はいまだに不明。

 その空白の期間にまさかこんな落とし穴があったとは、つか二年もの間俺はこのポーチの謎に気づいていなかったって事ですか。

 

「まあ、うん、ずっと気づかないよりはマシだよな。今更感しかないが……」

「アカネ君ったらそんな大事な事忘れちゃうなんて、意外とおっちょこちょいさんだね」

 

 師匠におっちょこちょい呼ばわりされるとは、長生きはするものですね。

 確かに忘れてたんだけどさ、忘れ方が普通じゃなかったんだよね。

 

「もういい! ほら暇なら師匠も手伝って、こん中からグラビ石だけ取ってくれ」

「うん、いいよ」

 

 師匠は快諾してくれて、鉱石の山の中に手を伸ばしていった。

 師匠にやらせると怪我しそうで怖いな、まあ材料の扱いには誰よりも慣れてるだろうからそんな心配はいらないだろうけど。

 

「お、黒の魔石発見。これは別枠、別枠」

 

 俺のリミットブレイクアイテム、使用すれば相手は死ぬ、そして俺も死ねる。

 実際次使うとしたら、どこぞのラスボスと戦う時くらいだろう。

 闇の力を用いて世界を救う、混沌からのダークヒーローアカネ!

 

「? アカネ君、何で顔赤くなってるの?」

「いや、ちょっと我が事ながらこれはないなって思って……。あと、師匠黒の魔石も別に採っといてくれ」

「でも、それだと危ないんじゃないかな?」

「へ? 何がだ?」

 

 そりゃあんまり集めると、俺のHPが一瞬で吸収されるけど、あくまで手袋をつけていたらの話だ。

 別にこんな物いくら集まったって、害はないと思うんだけどな。

 

「だって、あんまりこれ集めると気分悪くなっちゃうよ」

「え? マジで?」

「うん、慣れてれば平気だけど、たくさん集めちゃうと危ないかも」

「へ、へえ……」

 

 つまり、俺が手袋をつけている状態で力が溢れ出るのは異常って事ですか?

 知らぬ間に、薬はあなたの体を蝕んでいますって事ですか?

 

「なんか急に怖くなってきたな」

 

 うん、やっぱりもう黒の魔石は使わない事にしよう。

 いろいろ危ない気がする。

 

…………

……

 

 鉱石を漁り始める事数十分、黙々と作業を進める中、師匠が声を上げた。

 

「あれ? これって……」

「うん? どうかした? 伝説の鉱石でも混じってたりでもしたか?」

「ち、違うけど……。アカネ君、何でドラゴンの鱗なんて持ってるの?」

 

 俺が顔を上げて、師匠を見ると手には緑色の鱗が握られていた。

 

「それなら前にドラゴンさんを倒したときに剥ぎ取った奴だぜ。今思えば酷い事をした」

 

 たぶんあいつ泣いてた。

 

「ど、ドラゴンと戦ったの!? アカネ君が!?」

「ぷにも一緒だったけどな。うん、嵌め技はカッコ悪いよな」

「ぷに」

 

 ぷにも同意見のようだ。あの時のドラゴンの痛みに耐える声は今でも耳に残っている。

 

「アカネ君、無事だったからいいけど。あんまり危ないことしないでね」

「お、おう。了解した」

「ぷに」

 

 師匠はとても不安げにこちらを見てきたので、思わず素で返してしまった。

 確かに、弟子がドラゴンと戦ったなんて聞いたら心中穏やかじゃないよな。ほとんど戦ってないんだけど。

 

「ところで、ドラゴンの鱗から何かいい物作れたりするのか?」

「うーん、アカネ君が使うにはまだ早いかも。アカネ君が使えるくらい錬金術が上手くなったら教えるね」

「ああ、うん。ぜひ教えてくれ」

 

 出来れば教えてもらわずに、自力でやりたい。いやむしろ自力でやる。

 ただ、俺はこの後自力で出来ない事をしなければいけない。

 

「ぷにに」

 

 そんな俺の様子を見て、ぷには頑張れと後押ししてくれた。

 これはもう腹を括るしかないか。

 

「師匠、お願いがある」

「え?なになに?」

「俺に――――」

 

 そして俺は、禁断の一言を放った。

 

「錬金術を教えてくれ」

 



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記憶喪失 前編

 

 師匠は俺の頼みを喜んで了承してしまい、俺は現在師匠から錬金術の教えを受けていた。

 

「それでね、この材料は百度度で二十分加熱してから温度を上げていって、二百度で加熱して溶解させるの」

「なるほどなるほど」

 

 目の前にある機材は俺はあまり使わない、アタノールという機材だ。

 中に反射鏡が付いていて、素材の溶解とかに使える。

 

「それで、こっちのグラビ結晶は乳鉢で粒がつかめないくらいに砕いて素材の加工はお終いね」

「ふむふむ」

 

 その分かりやすい言葉にメモも進む進む、まだまだ学ぶべきことはたくさんあるぜ!

 

「それで、釜に溶かした鉱石と砕いた結晶を入れて一時間くらい時計回りに撹拌して、地底湖の溜まりを中和剤で溶かして試験官の半分くらいの量を加えるの」

「さっすが師匠、とてもわかりやすいな」

「えへへー、そんな褒めないでよ~」

 

 師匠は頬に手をあてて、照れていた。

 まったく妄想の世界は最高だぜ!

 

 

 

 

「それでねこの材料は、こう、サラサラーってくらいまで砕いてね」

「ああと、こんぐらい?」

「アカネ君、それじゃあザラザラだよ、もっとサラサラにしなくちゃ」

「おーけー」

 

 妄想の世界に行きたいな、真剣に。

 俺は自分の目が死んでいるのを感じながら、ひたすら乳鉢の中の材料を砕いていた。

 

「…………」

 

 どうしてこうなったんだろうな、俺は確か錬金術教えてって言って、この本の内容が分からないから教えてって頼んだはずだ。

 なのに何故、何故いきなり実技に入っているんだ。昔もいきなり実技だったけど、前とは内容のレベルが違いすぎる。

 もっと理論的に教えてほしかったんや、ただ最初からこうなるんじゃないかとは思ってた。でもきつい。

 

「師匠、サラサラーになったぞ」

「うん、それじゃあ後は材料を使って錬金術をするだけだね」

「……おう」

 

 これは俺の妄想劇場第三部が始まるかもしれない。

 ちなみに第一部は理論的に本の内容を教えてくれる師匠という内容だった。

 

「アカネ君大丈夫? なんか疲れてるみたいだけど……」

「い、いやいや全然疲れてないぜ。師匠の教え方がいいから、むしろいつもより楽だな。うん」

「そ、そう? えへへー。よーし!それじゃあ次も頑張って教えるよ!」

「ああ、よろしく頼むよ」

「……ぷに」

 

 肩に乗っているぷにが、お前は男だと褒めてくれた。

 俺はその声援と共に、次なる戦場へと身を投じた。

 

 

…………

……

 

 

 

「…………おい」

「ぷに?」

「…………おい」

「ぷに~?」

「おかしいだろこれ」

 

 俺は戦場に身を投じたと思ったら、机の上には黒色の鋼が乗っていた。

 そして俺の体は何故か全身ずぶ濡れになっていた。

 今日ほど俺は、何を言っているか分からねえと思うが、という例のセリフを使いたくなった事はない。

 

「これではっきりした、記憶喪失の原因は師匠の授業のせいだ」

「ぷに」

「もう二度と受けねえ……。ん? ――――ってえええ!?」

 

 椅子に深くもたれかかり、体を反りかえらせて、背後の逆さになった風景を見たときにあり得ない物が見えてしまった。

 俺は椅子から、転がり落ちてカレンダーへと駆け寄った。

 

「じゅ、じゅじゅ、十二月!?」

「……ぷに」

「な、何につ!?」

 

 あまりの驚きと焦りから、舌が上手く回らない。

 一ヶ月以上記憶がないとか、勘弁してほしいとかいうレベルじゃないぞ。

 

「ぷに~ん、ぷに~ん」

「え、えっと、ぷに~んは十だから……二十日!? トゥエンティトゥー!?」

「ぷに~」

 

 つまり一ヶ月と半月分もの記憶を喪失してしまったという事ですね。わかりたくありません。

 

「と、とりあえず…………とりあえず、どうしたらいいんだ?」

「ぷにぷに」

「あ、ああそうだな。とにかく親っさんところに行って後輩君の剣を作ってもらうか」

「ぷに」

 

 現状が全く把握できない俺は、仕方ないので変えのジャージに着替え、外は雨だったようなので、傘を取り出して親っさんの店に行くことにした。

 

 

 

 

 親っさんの店に行く道中、傘をさしていた俺は俺はある事に気づいてしまった。

 

「待てよ、よくよく考えたら俺親っさん達の飲み会に行ってないって事だよな」

「ぷに? ぷに~」

「へ? 行ったのか?マジで?」

「ぷに」

 

 どうやら俺は正気を失いながらもしっかりと約束は守っていたらしい。

 さすがは俺だ。一体俺がどんな状態で、どんな会話をしたかが全く記憶にないが。

 

「……世界においてけぼりにされた感じだな」

「ぷに~」

「街の人の話を聞いて失われた記憶の欠片を集めよう!」

 

 君と記憶を取り戻すRPG。

 

「ぷに?」

「いや、こんな感じのゲーム感覚で記憶を呼び起こしたいなって……」

 

 だが、まあ人から話を聞いてみるのはいいかもしれない。

 ちょうど前から強面騎士様が歩いてきてるし。

 

「ステルクさ~ん、俺自分が分かりません」

「む? やっといつもの君に戻ったのか、まったくあんな冗談はあれっきりにしてもらいたいものだな」

 

 ステルクさんはやれやれとでも言うように溜息を吐いた。

 溜息を吐かれる原因が全く分からない俺としては理不尽だとしか言いようがない。

 まあ、記憶ある時点での原因なら腐るほど思い当たるけど……。

 

 ステルクさん……俺、記憶がないんです。主に一ヶ月と半月分、俺ステルクさんに何かしました?

 

 ……こんなこと言っても一蹴されるだけだろうから、ここは言い方を選ぶとしよう。

 

「え? 最近、俺ステルクさんに何かしましたっけ?」

「忘れたとは言わせいないぞ、まあ今回は誰の迷惑になっていない、いやむしろ他人のためになったからよしとするが……」

「はあ」

「まあ、君は君らしいのが一番だな。では、用事があるので失礼する」

「あ、はい」

 

 そう言って、ステルクさんは人ごみの中に消えていった。

 

「つまり、俺は世のため人のために生きていたと?」

「ぷにぷに!」

「違うのか……。ぷにから全部聞ければ楽なのにな……」

「ぷに?」

「いや、聞きたくない。全部解読する自信はないからな」

 

 一ヶ月以上の記録をぷにの口から聞いても、日本語で話せやってなるに決まっている。

 

「親っさんからもなんか聞ければいいんだけどな」

「ぷに」

 

 そして、俺たちは少し歩いてから店の中へと入って行った。

 

 

「親っさん、いますか~?」

「あ、アカネさんじゃないですか! どうも! 本日はどんな御用で!?」

「……は?」

 

 店に入ると、親っさんが立ち上がり九十度のお辞儀をしてから真っ直ぐにこちらを見てきた。

 これは何の冗談ですか?

 

「えっと、なんで敬語なんですか?タメ口でいいんですけど」

「アカネさんにタメ口を使うなんて滅相もない!」

 

 どうしよう、すごく面倒くさい。

 

「……鋼持ってきたんで、これで後輩君、ジーノ君の剣を作ってやってください」

「わかりました! 誠心誠意頑張らせてもらいます!」

 

 親っさんは国王に剣を賜る騎士かの様にかしづいて、両手でそれを受け取った。

 

「ういっす、そんじゃあ失礼しまーす」

「出来上がったらアトリエまで持って行かせてもらいます!」

 

 親っさんの敬語に見送られ、俺は店の外へと出てきた。

 

「……俺って何したんだ? マジで」

「ぷに~」

 

 ぷには気の毒そうな目で俺の事を見てきた。事情を聞き出せないのがもどかしいな。

 

「次の情報を求めて、クーデリアさんのところにでも行ってみるか」

「ぷに」

 

 本格的にお使いイベントみたいになってきたな。

 

…………

……

 

 

 

「クーデリアさん、気づいたら一ヶ月経ってたって経験あります?」

「あら、やっと戻ったのね」

 

 俺のボケをスルーしただと!? やはりクーデリアさんにも何かしてたのか……。

 いや、ボケじゃなくてこの身に起きた純然たる事実なんですけどね。

 

「その俺見たら、戻ったって言うの流行ってるんですか? 俺は鏡に向かって言うしかなくなりますよ」

「はいはい、それで何? また記憶喪失?」

「またですよ、ええまたですよ。クーデリアさん何か知ってませんか?」

「そうねえ」

 

 クーデリアさんはちょっと考えるような動作をしてから、話し始めた。

 

「あんたがロロナからまた錬金術について教えてもらってからたぶん数日くらいは、アッパラパーな状態だったわね」

「アッパラパー?」

「アッパラパーね」

 

 蝶々さんが飛んでるよ~、とかメルヘンチックなことでも言ってんだろうか?

 それにしてもアッパラパーって表現久しぶりに聞いたな……。

 

「それで、そっからまた数日して様子見に行ったら一周してすごい事になってたわね」

「え、何でそこもったいぶるんですか」

「そう言う訳じゃないのよ、なんというか……言葉では言い表せないくらいね」

 

 クーデリアさんともあろうお方が、こんな曖昧な表現を使うとは……。

 

「すごい記憶取り戻したくなってきたんですけど」

「私に言われてもねえ、まあ記憶なくっても死ぬわけじゃないわよ」

 

 ニコニコと笑顔で励ますように言ってきた。

 

「他人事だと思って!」

「他人事たもの」

 

 そうきっぱり言い捨てると、クーデリアさんは仕事のじゃまだとか言って俺の事を追い返した。

 あんまりです。

 

「くそっ! 俺は一体どうしたらいいんだ」

「ぷに~」

「フィリーちゃん、そうだフィリーちゃんなら……いない」

「ぷにに」

 

 いつもの定位置に何故かフィリーちゃんはいなかった。

 つまりギルドで得られる情報はもうないと言うことだ。

 

「……帰るか」

「……ぷに」

 

 

…………

……

 

 

 

「はあ、どうすっかな……師匠には期待できないだろうし」

「……ぷに!」

 

 俺が椅子に座って項垂れているとぷには何か決意したような声を出してキッチンの方に消えていった。

 

「? なんだ?」

 

 しばらく見ていると、ぷには水の入ったコップを頭に乗せて戻ってきた。

 

「ぷに!」

「――冷たっ!?」

 

 ぷには何を思ったのか、俺にコップを投げつけてきた。

 俺は突然の事で避けれる訳もなく、コップの水を全て頭から被ってしまった。

 コップは地面に落ちたが幸い割れてはいないようだ。

 

「お、おいぷに! いきなり何を――――おい、やめろやめてください」

 

 いつのまにか、ぷには頭の上に雷の形をした爆弾、ドナーストーンを持っていた。

 本来は爆発させて電気のダメージを与えるものだが、濡れた状態で触れば当然感電する。

 

「ぷにーー!」

「ちょ、洒落にならん!?」

 

 爆弾を口にくわえたぷにが俺に向かって体当たりをしてきた。

 

「にゃっ!?」

 

 ドナーストーンに体が触れた瞬間、俺の意識は白に染まった。

 



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記憶喪失 後編

 

 アカネがロロナから再び錬金術を習うようになってから三日目、クーデリアは親友のアトリエへと向かっていた。

 口の端がゆるんでいるあたり、出かける約束でもしていたのであろう。

 

「……あいつの事だからどうせまた待たされるんでしょうね」

 

 アトリエの扉の前まで来て、彼女は呆れるようにそう呟いた。

 そんなことを言わるのも、ロロナがいつも消化しきれない仕事を取っているせいなので自業自得としか言えない。

 

 クーデリアはゆるんでいる顔を引き締めて、アトリエの扉を開いた。

 

「邪魔するわよー」

「わー、くーでりあさん。いらっしゃいませー」

「…………は?」

 

 彼女を迎え入れたのは、親友の聞き慣れた声でもなく、その一番弟子の優しげな声でもなく、バカ一号の騒がしい声でもなかった。

 そこには黒色の猫の耳ローブ姿のアカネが立っていた。

 

「ぷに~」

「……なるほど、またなのね」

 

 シロの申し訳なさそうな顔と声で、アカネに何があったのか察したのだろう。

 クーデリアは痛い子を見る目でアカネを見て、小さくロロナに聞こえないように呟いた。

 

「何でまたこいつはロロナに頼んで見たのかしらね」

「えへへー、そんなに見ないでくださいよー、はずかしいですー」

 

 いやんいやんと手を頬に当ててクネクネと。

 

「……ロロナ、準備できてるなら早く出かけましょう」

 

 猫耳付けた二十歳の男が頬を赤らめる姿にさすがのクーデリアでも、鳥肌を禁じえなかったようで、いち早くこの場所から去りたいようだ。

 

「うん、それじゃあアカネ君留守番よろしくねー」

「はーい、いってらっしゃいですー」

「ぷに~」

 

 早足でクーデリアはアトリエから立ち去り、ロロナに関してはアカネに対して何の疑問も持っていないようでいつも通りである。

 シロは自分の相棒のそんな様子を悲しげに見守ることしかできなかった。

 

「…………ぷに~」

 

 アカネがこうなってすぐに、前回同様の処置。体当たりを放ったのだが、あれから歳を重ねて若干頑丈になったアカネを戻すことは出来なかったのだ。

 

「どうしたんだ~? ほらほら、錬金術の勉強をするぞ~」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 

 

「ったく、前は酷いもん見たわ」

 

 アレから四日、クーデリアは再びアトリエを訪れようとしていた。

 口ではこう言っているが、アカネの事が心配なのだろう……。

 

「あの格好でギルドに来られたら、たまったもんじゃないわよ」

 

 ……心配ではなく、不安感に駆られての行動のようだ。

 確かに自分の仕事場にいきなりクリーチャーが来るかもしれないなんて思ったら気が気ではないだろう。

 

「アカネー、いるー?」

 

 クーデリアは目を瞑りながらアトリエの中に入った。

 まるでお化け屋敷に入る一人の少女のようだが、中にはマジ物の恐怖が待ち構えている。

 

「あ、クーデリアさんじゃないですか。どうもこんにちは」

「あ、あら?」

 

 声を聞いて恐る恐る目を開けてみると、そこにはソファに座って本を読んでいるアカネの姿があった。

 服装は何故か、ロロナ自作の改造執事服を着ていたがいたっていつも通りに見えた。

 

「なんだ戻ってたのね。よかったよかった」

「……ぷに~」

 

 クーデリアが笑いながら、頷いているとシロが沈んだような声で鳴いた。

 

「ん? どうしたのよ?」

「ぷに~」

「クーデリアさん、お茶でも飲みますか? ちょうどお昼作ろうと思ってたところなんでご馳走しますよ。遠慮しないでくださいね。いつもお世話になってますから」

「…………」

 

 クーデリアは自分の耳がおかしくなったのではと思い、軽く首を曲げてから深呼吸をした。

 言動はいつもよりおとなしい、むしろ真面目だ。しかもその表情がやたらと爽やかだ。

 十人いたら三,四人はカッコいいと思うだろう程に爽やかだ。

 

「ちなみに今日の昼はパンです。イクセルさんに比べればまだまだ未熟ですけど……。」

「うわ……」

 

 前は完全にネジがゆるまった状態だったが、今は逆に一周してネジが締まりすぎているようだ。

 

「と、ところでロロナはいないのかしら?」

「あ、はい……。実は逃げられちゃいまして……」

「に、逃げられた? いったい何やらかしたのよ?」

 

 親友に何があったのかと、クーデリアは若干顔をこわばらせてそう尋ねた。

 

「実は、気づいちゃったんです。実践だけやっていても何の意味もないって、だからこの本の内容を理論的に解説してくださいって頼んだんですよ」

「へ、へえ……」

 

 クーデリアはその時のロロナの顔を思い浮かべて、何とも言えない顔つきになった。

 

「ここがわからないとか、どうしてそうなるのかとか、もっとわかりやすくとか言ってたら……涙目でごめんなさい! って言って出てっちゃったんです……」

「な、なるほど……」

 

 これがアカネが無神経な事を言って親友を泣かせたのなら、例え変なアカネだとしても怒っていただろう。

 だが、内容が内容だったので全面的にアカネが悪いとも言えず、自然と困ったような顔つきになっていった。

 

「わかったわ、私はロロナのこと慰めに行くから、お昼はまた今度頼むわ」

「はい。また是非いらしてくださいね」

「…………」

 

 アトリエから出て、その時彼女は、しばらく来ない方がいいかなと思った訳で。

 

 

「よし、それじゃあお昼ご飯を……」

「ぷにに!」

「ん? どうしたんですか?」

「…………ぷに~」

 

 シロは思わず気持ち悪いと思った。むしろここ最近は自分の相棒にそんな感情しか抱いていない。

 この状態になってから師匠の指導もまともに受けていないのに一向に快方に向かわない。

 もしかしたら一生このままなんじゃという思考が頭をよぎってしまう。

 

「あれ? そういえば、今日って何か用事があったような気がします」

「ぷに?」

「確か、ハゲルさん達に誘われてたんでしたっけ?」

「ぷに~」

 

 ぷには改めてこのアカネは違うと思った。

 呼称がハゲルさんになっているし、何よりイベント関係をアカネが忘れるはずがない。

 

「予定時間には遅れてしまいますが、今から行って来ます。留守番は頼みましたよ」

「ぷにに」

 

 アカネは袖のフリルをひらひらさせながら、アトリエの外に出ていった。

 言葉遣いが丁寧なせいか、改造執事服が似合っているようにぷにの目には映ってしまった。

 

 

…………

……

 

 

 アカネが食堂の中に入ると、奥のテーブルにハゲルさんとマークさんが座っており、間にトトリちゃんが立っていた。

 

「トトリちゃん?」

「あ、アカネさん! ちょ、ちょうどいいところに来てくれました!」

 

 こんなアカネに助けを求める辺り、トトリちゃんも本気で困っていたのだろう。

 

「おう、兄ちゃんじゃねえか! 遅かったな!」

「まったくですよ! もっと時間に正確に来た方がいいと思うよ」

「は、はあ。申し訳ありません」

 

 顔が完全に真っ赤の二人にアカネも若干引き気味の様子だった。

 

「それで、どうしてトトリちゃんがここに居るんですか?」

「お店の外から二人の声が聞こえて、どうしたのかなって思って入ったら捕まっちゃったんです……」

「な、なるほどわかりました」

 

 コクコクと、手を顎に当て頷く、そんな動作も今のアカネだと様になっているようすら感じられる。

 

「なあ兄ちゃん? そのみょうちくりんなしゃべり方は何だよ?」

「ハゲさんハゲさん、これはきっと彼のいつもの思いつきですよ」

「ああ、なるほどな! 少し驚いちまったぜ」

 

 この飲み会で何があったのか、二人は異常に仲良くなっているようだ。

 そしてアカネのこの状態への解釈が何気に酷い。

 

「と、というか、お二人は大人としての自覚が欠けてるんじゃないですか、いくら酔ってるからって子供に絡むなんて」

「他人への絡み方で言うなら君の方がよっぽど酷いんじゃないかい?」

「なっ!?」

 

 心外な、その言葉も続かないほどに驚愕するアカネ、彼にとって過去の記憶はどのように処理されているのだろうか。

 

「そうだよなあ、俺は噂に聞くくらいだけどよお、それでも兄ちゃんは酷いと思うぜ」

「…………」

 

 酔っ払いのターゲットにされたアカネは諦めたように溜息をついて、その言葉に耳を傾けた。

 それから続く事数十分もの間アカネに対する不平不満が垂れ流されていく、トトリちゃんはいつの間にか逃げ出していた。

 

「つまり、君はもっと世間からの評判を考えた行動をだねえ……」

「…………」

 

 表面的に真面目で爽やかなアカネだが、彼にも一応我慢の限界という物がある。

 そして今の彼にはおとなしい奴がキレると怖い理論が当てはまったり……。

 

「…………っ!」

 

 アカネのテーブルを叩く音が響き渡った。

 店に水を打ったような静寂が訪れる。

 

「黙って聞いていれば二人とも好きに言ってくれるじゃないですか」

「あ、あれ? アカネ君もしかして怒ってたり?」

「別に怒ってないです、イラッときてるだけです。酒の席は無礼講と言っても俺は酒飲んでないんでノーカンですよね?」

「に、兄ちゃん。んな怒んなくてもよ」

「いいですか、お二人とも。まず二人には自重という言葉をですねえ……」

 

…………

……

 

 

 

「ガーッデム!」

 

 その叫びを耳に響かせながら、俺は状態を思いっきり起こした。

 

「ぷに!?」

「は! すごい場面で戻って来ちゃったな俺!」

「ぷに」

 

 ぷにの電撃体当たりを食らって目を覚ました俺の第一声がそれだった。

 

「つかまだ一週間分しか再生してないって、途中で録画途切れちゃってるよ」

 

 ちょっとこのレコーダー録画時間短すぎるって、ポンコツだな。

 

「ぷに」

「まあ、だいたい分かった。俺はアッパラパーから紳士的でクールなアカネになったってことか」

「ぷに!」

 

 俺としてはアッパラパーの方の記憶は永遠に封印しておきたいな。

 思い出さない方がいい事もこの世の中にはある。

 

「つまりハゲルさんの余所余所しい態度はそういうことで、ステルクさんの反応はいったい……」

「ぷに~」

「まあどうせ良い子ちゃんになった俺が街で良い事をしまくって、ステルクさんが気持ち悪がったみたいなことだろ」

 

 自分で言っておいてそれは酷いだろうと思った。今度事実を聞いておこう。

 

「ぷに!」

「当たりかよ!?」

 

 これは酷い、俺だって良い事の一つや二つやっている、やっている……はず!

 

「クックック、謎はすべて解けた!」

「……ぷに」

「え? 何、まだあるの?」

「ぷに~」

 

 俺が思い出さなくちゃいけない事はまだあるそうです。

 ただ脳内ハードディスクが壊れてるんで、無理再生不可能。

 

「とりあえず、トトリちゃんはどうしたんだ?」

「ぷにに~」

「帰ったのか、んじゃ師匠は?」

 

 一週間目であれだったんだ、師匠は一体どうしてしまったんだろう。

 

「ぷに~」

「その内帰ってくるのか? んじゃ……そういやどうやって俺に戻ったんだ?」

「ぷに……」

 

 ぷにがこいつバカだなみたいな目で見てきた。

 記憶ないからしょうがないじゃない!

 

「ぷに」

「ん、外?」

 

 外を見てみると、雨が降っていた。

 

「ぷに~」

「机にドナーストーン……は!」

 

 俺の脳内で点と点が線になった。

 

「真面目アカネ君は実はMで、わざわざ雨に濡れてからドナーストーンを触り電気ショックの快感を味わおうとした! どうだ!」

「ぷにぺっ!」

「ぐわっ!?」

 

 顔に向かって唾を吐きかけられた。

 点と点がでっかい点になっていただけのようです。

 

「まあ、つまり俺が記憶戻したのと同じ方法でってことな」

「ぷに!」

「おーけー、んじゃ記憶戻ったところでオチをお願いします。ぷに先生」

 

 とりあえず、この惨状に一区切りがほしくなった。

 

「……ぷに」

 

 俺が無茶振りをすると、ぷにはアルバムを持ってきた。一体なんぞ?

 

「これは俺のお宝猫耳アルバムじゃないか、これがどうかしたのか?」

「…………ぷに」

「――――なっ!?」

 

 ぷにが一ページ目を開くと、そこにあったはずの写真が消えていた。

 そして何故ないか、こんな事問うまでもない。

 

「……これが、これが俺のやる事かよおおお!! これだから真面目な奴はっ!」

「ぷに」

「いやや、こんなオチ! あれだろ! ここで実は回収しときましたみたいな!」

 

「…………」

 

「なんか……言ってくれよ」

 

 膝をついた。壊れた、俺の中の決定的な何か、心が、魂が、情熱が。この抜け殻となった身から溢れだすモノと言えば、熱い涙だけだった。

 

「ぷに」

「こんなオチ……全米が泣くぞ……映画化決定するぞ……ロスト・ア・マンツだよ」

 

 失われたのは一ヶ月だけじゃない、同時にもっと大切な思い出をも失ってしまったんだ。

 

 



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サプライズソード

 

 記憶回復の翌日の昼、俺たちはギルドに向かっていた。

 

「あー、疲れる」

「ぷに?」

「お前は何にもしてないだろうが、俺は朝から今までずっと神経削ってたんだぞ」

「ぷに~」

 

 主に人間関係の修復作業をしていたのだが、これが本当に疲れる。

 

 ダメな師匠でゴメンねと言う師匠にパイをあげつつ慰めたのが今朝の行事。

 俺に敬語使用の親っさんと会話して関係を回復したのが今までの行事。

 

「こうやって考えると大したことしてないけどさ……」

「ぷに」

「うむ、大抵の人間はこんな体験しないからわからんだろうが、記憶にないことのフォローをするのは疲れるぜ」

 

 この世界に来た当初は、俺の体験した事なんて皆したことあるだろって考えてたけど、絶対に今回のコレだけは俺だけのものだ。

 

「ぷに~」

「まあ、これで俺がわかる限りは全部終わったはずだし、ギルドで依頼受けてから村に行くか」

「ぷに」

 

 俺の四次元なポーチには既に後輩君のための剣が入っている。

 これを受け取れば後輩君もビックリだろう、何せ気持ち悪いくらいに軽い。

 後輩君が俺に感謝する姿が目に浮かぶようだ。

 

「……足りぬ」

「ぷに?」

「後輩君のリアクションだけじゃ足りない! もっといろんな人に驚いてもらいたい!」

「ぷに~」

 

 ぷにが俺の事をジト目で見てきた。そんな事してないでとっとと村に行けと言いたいんだろうが、やりたい事はやらなきゃ損々。

 

「と言う訳で、ギルドに来た知り合いに片っ端から声をかけるとしよう」

「……ぷに~」

 

 

…………

……

 

 

「クーデリアさんの仕事疲れを吹き飛ばすサプライズを持ってきました」

「今あんたが帰るのが一番疲れないで済むわね」

 

 クーデリアさんの所に来ると笑顔であしらわれるのがデフォになってるのは気のせいだろうか。

 

「まあ、そんなことを言えるのもこいつを持ってみるまでですよ……」

「……はあ、いいわよ。付き合ってあげるから、気が済んだらとっとと帰りなさい」

「ぷに、どうしよう。付き合ってあげるって言われちゃった」

「ぷに~」

 

 まさかの逆サプライズ、離婚を前提にお付き合いしてください。

 

「…………」

「そ、そんなに怖い顔しないでくださいよ。小粋なアカネジョークですよ」

「次言ったら、わかるわよね?」

「イエスイエス」

 

 俺はプレッシャーに押されながら腰のポーチを探って、一本の直剣を取り出した。

 

「サプラーイズ」

「……まさかそれで終わりじゃないわよね」

「いや、違いますから。そんな冷めた顔しなくていいですから」

 

 祖国日本でやったら拍手喝采だろうけど、錬金術士がポーチから剣を取り出す程度、こっちでは一銭の価値もないのです。

 

「この剣をよく見ててください」

 

 俺は腕を伸ばし、剣の鞘を地面と平行になる形で持った。

 

「デデデデデデデ」

「ぷにににに~、ぷにに~、ぷに~」

「…………ッ」

 

 舌打ちをされた。

 俺ドラムロールとぷにのBGMがお気に召さなかったようです、怖いです。

 俺は前置きをやめて、クーデリアさんにその剣をを差し出した。

 

「あら、随分と軽い……って軽すぎるんじゃないのこれ?」

「クーデリアさん、あなたにはガッカリだ」

「ぷに」

 

 もっと俺が楽しめるリアクションを期待していた。

 これだから、大人って奴は。

 

「ガッカリだよクーデリア。……って――痛っ!痛い痛い!」

「あら、軽い割に強度はしっかりしてるみたいねっ!」

「ちょ! す、すいません!調子乗りました!」

 

 剣の柄を持って俺の事をバシバシと叩くクーデリアさん。

 鞘に入っているとはいえ、当然のように痛い、現在進行形で痛い。

 

「ったく、返してあげるから早く帰りなさい」

「はい、こんな私のくだらないイベントに付き合ってもらい、誠にありがとうございました」

 

 四五度のお辞儀をして、俺は頭を上げて左にスライドしていった。

 次なるターゲットはフィリーちゃん、君に決めた!

 

「ハロー、かわいい子猫ちゃん」

「……ひっ」

 

 久しぶりにフィリーちゃんの悲鳴を聞いた。

 俺が想像していた以上に今のセリフは気持ち悪かったようです。

 

「……あの、アカネさん……ですよね」

「え、うん。そんな確かめたくなるほどに気持ち悪かったとは……」

 

 何か急に恥ずかしくなってくるじゃないか。

 

「あ、違くて、変なアカネさんじゃないですよね」

「あ、ああうん。俺はいつものアカネさん、言わば普通のアカネ」

「そ、そうですか。いつもみたいに変なアカネさんですね」

「うん……」

 

 いつもみたいに変?いつも通りなのに変、つまり前までは変だけど変な俺?

 ……変という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 

「もしかしなくても俺フィリーちゃんに何かしたか?」

「あ、その……トトリちゃんとロロナさんの組み合わせってどう? って聞いたら、怒られたんです……」

 

 何だろう、どんなリアクションをしていいかわからない。

 俺にそんな話題を振るのが日常的になるのにツッコミを入れるべきなのだろうか?

 

「まあ、クーデリアさんから事情は聞いてると思うから特に説明する事はないな。それとその組み合わせについて語るのは長くなりそうだから、また今度の機会にお願いします」

「あ、はいわかりました。それで今日はどんな御用ですか?」

「はいパス!」

 

 俺は手に持つ剣をフィリーちゃんにパスした。

 いつもおとなしいフィリーちゃん、君にリアクションを期待するのは酷かもしれないが、それでも俺はやるぜ!

 

「わ、わわ、わわわ、あ、あれ? 軽い?」

「……九十点!」

 

 慌てながらも剣を取る姿勢をとって、剣の重さに備えて体を強張らせる姿に五十点。

 意外にも剣が軽いことに小首を傾げる姿に四十点。

 マーベラス、すばらしい。これも一つの俺が求めし物の形だ。

 

「んじゃ、依頼受けるから手続きお願いするんだぜ」

「え、あ、はい? あの、どうしてニヤニヤしてるんですか?」

「な、なんのことかな?」

 

 俺は顔を引き締めて、俺は華麗に誤魔化した。

 受付嬢が剣を持っているというギャップ、これが俺のハートに直撃したのは言うまでもない。

 

「……ぷに~」

 

 ぷにが呆れるように肩で溜息を吐いた。

 残念だが、俺に恥ずべき点など一点もない! 

 

…………

……

 

 

「…………」

「……ぷに」

 

 俺は腰に剣を差して、柱に寄り掛かっていた。

 傍から見れば歴連の剣士に見える……はず。

 

「……ふ、今宵も虎鉄が血に飢えておるわ」

「ぷに……」

 

 勝手に命名してしまった、最初にこの剣を振るったのもクーデリアさんだし、後輩君にどんな顔でこの剣を渡せばいいんだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 誰も来ない、ステルクさん、ミミちゃん、マークさん。

 現在アーランドにいる知り合いでギルドに来そうな人たちはこの三人だが、誰も入ってこない。

 

「……あれ? 俺って友達少ない?」

「……ぷに」

「いや、ボッチよりはマシだ。しかも数こそ少ないが面子がすばらしい人ばかりだからな。うん、決して俺の交友が狭い言い訳じゃないぞ」

「ぷに~」

 

 百の友達よりも一の親友をそんな人間に僕はなりたいです。

 

「ミミちゃんもそう思うだろ?」

「は? いきなり何よ?」

 

 ちょうど横を通りかかったミミちゃんに同意を求めたが、ダメだった。

 ミミちゃんと少しは仲良くなったとは思うが以心伝心とまではいかないようだ。

 

「まあいい、さあ、これを持つがいい」

「…………何か仕掛けでもしてあるんじゃないでしょうね」

 

 俺が剣を差し出すと、ミミちゃんは疑うような目で俺の事を見てきた。

 これが日頃の行いって奴だ、一つ勉強になったな。

 

「まあいいからいいから、俺のでっかい――ゲフンゲフン!」

「ど、どうしたのよ?」

「な、何でもない。気にするな」

 

 うっかり下の方のネタを言いそうになった、俺だって自分の命は惜しい。

 たぶんそのまま言ってたら別な意味でR-18になってただろう。主にスプラッタ方面で。

 

「ほらほら、持たないと話が進まないから持ってくれよ」

「……仕方ないわね。ほらよこしなさい」

「グッド!」

 

 俺は差し出された手に剣を手渡した。

 

「あ、あら? ……はあ、くだらない事するわね」

「? あれ?」

 

 なんかミミちゃんはネタを見破ったみたいな顔をして俺の方を見てきた。

 

「まったく、どうせ柄の先はないってオチでしょ。バレバレよ」

「…………」

 

 まだ笑うな、こらえるんだ。

 なるほどそんな解釈をしてきたか、これは俺も予想外。

 俺の笑いのダムが決壊しない内にネタばらしをしなければ。

 

「つ、柄を持って抜いてみな」

「いいけど、何で声震えてるのかしら?」

「べ、別に……」

 

 俺は口元を押さえて口元を隠して、笑ってるのを誤魔化した。

 この後のミミちゃんを想像するだけで……。

 

 ミミちゃんは剣の柄を握って、引き抜いた。

 

「……は? え? ど、どど、どういうことよ?」

「ぷ、ぷーっ! ハッハッハ!」

「ぷにににににに!」

 

 ミミちゃんは剣を持って呆然としていた、これだよこのリアクションがほしかったんだ。

 

「わ、わかったわ! おもちゃ! おもちゃなんでしょ!」

「いえ、それはちゃんと切れる剣です。材料は錬金術で作った物でーす」

 

 俺がそう言うと、ミミちゃんは真っ赤になって俺に剣を投げつけてきた。

 もちろん剥き出しのまま。

 

「危っ!?」

「人の事からかって楽しむなんて趣味悪いわよ!」

「だ、だからって剣投げるなよ」

 

 俺が避けた剣は後ろの方に転がっていた。

 背後に誰もいなくてよかったな。

 

「まあいいわ、許してあげる」

「あ、あれ?」

 

 この後、罵詈雑言を浴びせられるものだと思っていたのにあっさりと引かれた。

 

「だからお詫びに、同じ材質で私の武器を作りなさい」

 

 と思ったらこう言う事ですか、ミミちゃんは鬼の首を獲ったような顔をしていた。

 

「…………おーけー、わかったんだぜ」

「あら? いつになく物分かりがいいわね」

「まあ、断っても無駄だろうし。他にも理由はあるさ」

 

 トトリちゃんと一緒に海に行く可能性は無きにしも非ず、なら作っといても損はないだろう。

 

「それじゃ、頼んだわよ」

「あいよ、そういや今日はギルドに何の用なんだ?」

「あら聞きたいの? ふふん、ランクアップよランクアップ」

「へえー――って、えっ!?」

 

 あれ? ミミちゃんってちょっと前に俺に追い付いたばっかじゃなかったっけ?

 

「ちょっとトトリに遅れたけど、まあ次は私が先に……って、すごい顔してるわよ?」

「いや、何でもないです、俺急いでるんで失礼するっす」

 

 俺は駆け足で、ギルドの外へと飛び出した。

 

 

「……ぷに、俺が忘れてる重大な事ってこれか?」

「ぷに」

 

 どうやらそうらしい。

 また、またか! また俺はトトリちゃんに遅れることになるのか……。

 

「バレテないよな?」

「ぷに!」

 

 大丈夫なようだ、変な俺もそこは空気を読んだらしいな。

 しかし、マズイな……。

 

「剣を届ける、武器を作る、ランクアップ。やることありすぎだろ」

「……ぷに!」

「まあ、船の完成がいつか分からない以上、最悪ランクアップは後にしよう」

「ぷに」

 

 やる事がたくさんあるからって人生充実してるとは言えない事がわかった。

 



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爆弾強化

 

「よーし、今からミミちゃんの武器材料の作成に取り掛かりたいと思います」

「ぷに」

 

 ミミちゃんのお願いを受けた翌日、俺はアトリエでさっそく錬金術の準備に入っていた。

 

「……作り方の知識はある、勉強した覚えはない。ホラーな体験だな」

「ぷに~」

「まあこっちの記憶が残ってるのは万々歳だな。こっちも失ってたら一ヶ月が完全に無駄になる」

「ぷに」

 

 そう言う訳で、まあ失敗はしないだろうから適当に頑張るとしよう。

 

「味気ない、このままじゃあっさり終わりすぎるだろ。ここは隠し味を……」

「む~」

 

 と思ったが、師匠がかわいらしい唸り声を上げてこっちを見てくるのでやめとくとしよう。

 過保護な師匠の前じゃ危険行為の一つも出来ないな。

 

 

…………

……

 

 

 材料の準備など含めて二日後、見事に鉱石を完成させたのだが。

 

「俺のアイデンティティーが消失しかけてる……」

 

 鉱石を片手に、俺は茫然とつぶやいた。

 

「ぷに?」

「俺のアピールポイントは爆弾なんだ! それが最近はこんな物にかまけて、爆弾の作成を怠っている……嘆かわしい!」

「ぷに……」

 

 俺の今の実力ならメガフラムやラケーテレヘルン、ドナークリスタル等々の上位ランクの物を作れるはずなんだ。

 なのにバカの一つ覚えみたいにフラムフラムと進歩が全くない。

 

「と言う訳で、お前はこれを親っさんに届けて来てくれ、その間に俺はスッゴイの作っとくから」

「ぷに」

 

 俺はぷににフリーゲント鋼を乗っけて、親っさんの下へと送りだした。

 

「ここは昔失敗した三色爆弾をレベルアップした爆弾たちで……」

「ダメだよ?」

「ですよねー」

 

 前にそれで師匠の機嫌を損ねた事は忘れてはいない。

 だけどその内やりたい、絶対にやってやる。

 

「よし、パパっと三種類作っちゃうか」

 

 コンテナの中から材料を取り出して、俺は早速作成に取り掛かった。

 

…………

……

 

 

「……ぷにが戻る前に全て完成させるとは、さすがは俺。爆弾だけなら俺の右に出る者は師匠くらいだぜ」

 

 フラムが三つ束になってサイズが両手で持ち上げるくらいになったメガフラム。

 背中にジェットエンジンが付いた雪だるま、ラケーテレヘルン。

 すごいバチバチと電気の音がうるさいドナークリスタル。

 

「片手で投げれる分前の方が使い勝手はよさげだな」

「……アカネ君って爆弾作るのは本当にうまいよね」

 

 師匠が俺に近づいてきて感嘆の声を漏らしていた。

 

「まあ、俺にかかればこんなもんよ」

「うん、アカネ君ももう立派な錬金術師だね。偶に変な事に使うけど……」

「た、大半は普通に使ってるからいいじゃないか」

 

 一割程度は俺の趣味のために使っている節は無きにしも非ず。

 

「それでね、アカネ君に聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「? 別にいいけど?」

 

 師匠が珍しく顔をキリッとさせて俺に質問してきた。

 

「アカネ君は、将来錬金術士になるの? それとも冒険者?」

「うん? あっ、ちょっと待ってくれ」

 

 まさか師匠と進路について話すことになるとは、俺の嫌いなことの一つは将来の仕事を考えることだ。

 二十歳の人間が何を言ってるのかって話だけどな……。

 

 錬金術士は将来安定間違いなし、安定した報酬であなたの将来をサポートします。

 冒険者は危険と隣り合わせ、歳を重ねるたびに体にボロが出てくるでしょう。

 

「錬金術士一択だな」

「ほ、ホントに!? そ、そっか、うんそれなら良いんだ!」

 

 師匠は満面の笑みになって俺の選択を喜んでくれた。

 うん、これ単純に師匠が俺に錬金術続けてほしかっただけみたいだな。

 

「まあ、しばらくは冒険者の仕事もするけど将来的には錬金術だな」

「うんうん、そうだよねそうだよね」

 

 俺が錬金術続けるのがそんなに嬉しいのだろうか、まあ数少ない教え子だし当然なのかもしれない。

 口には出さないけど、たぶん俺が師匠の最後の弟子になるだろうし……。

 

「えへへ~♪」

「あー、ちょっと俺出かけてくるわ」

「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」

 

 師匠の喜びように照れてきた俺は、アトリエから逃げ出した。

 まさかここまで喜ぶとは思わなんだ。

 

 

 

 

 

 

 この後仕方ないから爆弾の威力をテストしてみた。

 

 メガフラムを使ってみたら、自然豊かな緑の大地があっという間に焼け野原に変わった。

 強化版ってレベルじゃない、こんなん日常的に使ってたら森の神的な物に天罰を下されても文句言えないレベルだ。

 

 よっぽどの事がなければ普通のフラムを使おうと心に誓った。

 

 



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四年目『海を渡った少女と』
†十字架を背負いし者†


 

「結局ミミちゃんに渡さない内にこっちに来ちゃったな」

「ぷに」

 

 現在は年を越して一月初め頃、俺とぷには村の近くまでやって来ていた。

 ミミちゃんは冒険に出ていたようで、会えなかったため先に船の進行度を確認がてら村に来た訳だ。

 

「うん? あれはトトリちゃんと後輩君じゃないか」

「ぷに~」

 

 二人は海岸の方の平原と向かっているようだ。

 

「……けっ」

「ぷに?」

「別に~、はあ~鬱だ……」

 

 トトリちゃんと二人でお出かけ、よく見る光景だけど後輩君の歳を考えると軽くネガティブになる。

 

「俺が17の時なんて……こっちに来るまで女っ気なかった……」

「……ぷに」

 

 ぷにが慰めるような目でこっちを見てきた。

 いいさ、いいさ、俺の人生の本番はこの世界から始まるんだよ。

 

「ふ、今の俺のかわいい女子との知り合い率はやばいぜ、かわいい! ここ重要な!」

「ぷに?」

 

 なんで自分で言って落ち込んでるかって?

 

「…………知り合い、か」

 

 言葉の刃、それは俺のガラスの心をいとも簡単に八つ裂きにしました。

 

「そ、その内逆ナンとかされるし、俺の……こう……クールな魅力で!」

 

 もうフェロモンがむんむんと……。

 

「ぷに~」

「……うん、そうだね。気になるし二人の事追いかけてみようか」

「ぷに」

 

 そろそろ来てほしいな、モテ期。

 

 

…………

……

 

 

 自転車を押しながら二人を尾行中、俺の頭に電流のような閃きが走った。

 

「良い事思いついた、錬金術で惚れ薬作ろうぜ」

「ぷにぺっ!」

 

 俺が思ったことを包み隠さず言うと、ぷにはカゴから俺の顔面に唾を吐いてきた。

 この仕打ちはあんまりだろう。

 

「つか、あの二人何しに来たんだ? こっちの方は良い採取地もとかも特にないし……」

「ぷに~?」

「こ、これは……まさか……」

 

 数々の漫画から知識を得た俺にはピンときてしまった。

 

「ぷに?」

「男女が二人、人気のない海辺……」

 

 まさか、KOKU☆HAKU!?

 

「ゆ、許さんっ! 許さんぞ!」

「ぷ、ぷに!?」

 

 前回作ったメガフラム、増産分を使って一帯を焼け野原にしてくれようか。

 

「ぷ、ぷに! ぷにに!」

「む!? ふ、二人が立ち止って向かいあってるー!?」

 

 草陰の中から俺は身を乗り出しそうになった。

 

「ど、どど、どうしよう!?」

「ぷに~」

「一人で落ち着かないでくれよ! あ、ああ、後輩君が剣を抜いちゃったー!?」

 

 

 

 …………ん?

 

 

 

「ぷに」

「うん、トトリちゃんも杖を構えたな」

 

 あるぇ?

 

「ぷに?」

「…………お前なあ、なんでも恋愛に持ってくとか二人に失礼だろ」

 

 …………しばしの静寂が流れた。

 

「……ごめん」

「ぷに」

 

 ぷにはいいさとでも言うように一声鳴いた。

 たぶん流れ的に、後輩君が暇だからトトリちゃん誘って戦闘訓練みたいな感じだろう。

 

「思考がそっちに行ってたから気付かなかったけど、普通に考えたらこんなもんだよな」

「ぷに」

 

 そしてトトリちゃんは意外に容赦がない、迫ってくる後輩君にフラムを投げて牽制している。

 まあ、何をどう間違っても後輩君が負ける事はあり得ない訳だが。

 

「あれ? でも、以外に押されてる?」

「ぷに~」

 

 フラムでの牽制に加え、トトリちゃんは魔法の鎖まで投げつけた。

 何とか転がって避けたけど、片足に鎖が巻きついていた。

 

「……がんばれ~」

 

 機動力が落ちた後輩君にトトリちゃんは容赦なくフラムを投げつけ、同時に後輩君に向かって駈け出した。

 後輩君は鎖でうまく動けないようで、直撃は免れたもののフラムの爆風を浴びていた。

 

「……ぷに」

「あら~?」

 

 たじろいでいる後輩君にトトリちゃんが杖を思いっきり縦に振り下ろした。

 

「あ、倒れちゃった」

 

 後輩君はなんとか剣で受け止めたものの、体制が不安定だったからか尻もちをついていた。

 

「ふ、フォローに向かわねば!」

「ぷに!」

 

 俺は自転車を押して、急いで後輩君のフォローに向かった。

 何を言えば良いのかわからないが、とにかく何か言ってあげなければ!

 

 

「……え?」

「あ、あれ? 勝っちゃった……。あはは、ウソみたい! やったー! ジーノ君に勝ったー!」

 

 後輩君の呆然とした声とトトリちゃんの喜ぶ声が聞こえてきた。

 トトリちゃん、それ以上はやめてあげて! 意外と男の子って繊細だから!

 

「あ、ごめん。はしゃいじゃって。ジーノ君手加減してくれたんだもんね。だから……」

 

 ……肉体面だけじゃなく精神面でも倒しにかかるなんて、なんて恐ろしく可愛そうなことをっ!

 

「う……ぐう……」

「へ……えええ!? どど、どうして泣いてるの? もしかして痛かった? ごめん、ごめんね!」

 

 そう言ってトトリちゃんは後輩君に手を差し伸べていた。

 そりゃ泣くよ、痛いなんて騒ぎじゃないよ、もっと男にとって大切な物を傷つけられたんだもん。

 

「うるさい! さわんな!」

「じ、ジーノ君?」

 

 後輩君はトトリちゃんの手を振り払い、村の方向へと泣きながら駈け出して行った

 

「ゔぐ、うわあああああああ!!」

 

 俺はトトリちゃんの傍まで来て思わず呟いてしまった。

 

「「く、遅かったか」」

 

 そして何故か横に居たステルクさんとハモった。

 いつの間にわいて出たんだ……。

 

「あ、ステルクさんにアカネさん……」

「村に戻ってすぐ、君達が勝負をすると聞いてな。イヤな予感がして急いできたんだが……」

「俺は二人を尾行……気になったからついて来たら、こんなことに……」

 

 俺が事情を言うと、ステルクさんが横で呟くように言った。

 

「あいつも、俺と同じ十字架を背負ってしまったか……」

「ぶっ!」

 

 スゴイ真顔で凄い事を言い放ったよこの人、場を和ませるためのギャグでもないようだ。

 偶に厨二臭いなとか思うこともあったけど、十字架って……。

 †アーランド騎士†ステルケンブルク・クラナッハ†か、これ以上はやめておこう。

 

「どういうことなんですか? わたし何がなんだか分からなくて……」

「そりゃあトトリちゃんには分からないさ」

 

 十字架とか厨二ワードで話が分かるはずがない。

 つか十字架が罪の象徴的なのってこっちの世界でも共通なのか。

 

「そ、そうだ! ジーノ君を追いかけないと!」

「行くな。君が言っても傷口に塩を塗りこむだけだ」

 

 ステルクさんに言いたいことを言われてしまった。

 俺にも喋らせてください。

 

「でもでも……」

「あいつの事は私が引き受ける、少し時間はかかるかもしれないが……」

 

 そう言ってステルクさんは去って行った。

 ここは師匠のステルクさんに任せた方がいいのだろう、でも先輩的に微妙な心境だ。

 

「あ……うう、なんでこんなことになっちゃたんですか……?」

「まあ、誰が悪い訳でもないというか、俺があんまり話す訳にはいかないし……」

 

 後輩君のプライドとか面子とか、そんな話をしても後輩君が惨めになるだけだしな……。

 

「とりあえず、男の問題は男に任せるべし。俺も後で様子見に行くよ」

「……はい。よろしくお願いします」

「うむ、頼まれた」

 

 そして俺は村の方へと自転車に乗って走って行った。

 

 とは言ったものの、後輩君は大丈夫だろうか?

 俺よりもトトリちゃんを守って戦ってた期間が長い分、俺が想像している以上にショックだろう。

 

「……先輩的に一肌脱ぐか」

「ぷに?」

「かわいい後輩のためならって奴だよ、あいつの事は何だかんだで結構好きだからな」

「ぷに!」

 

 とりあえず対処方法は同じ十字架を背負っているらしいステルクさんに相談するとしよう。

 

「っぷ」

「ぷに?」

「いや、なんでもないなんでもない」

 

 ダメだ。さっきのシーンが脳内で再生されてしまう。

 あの真剣に言い放つ顔がより俺のツボに嵌ってしまう。

 

「やばい、ステルクさんに会うまでに、っぷぷ、お、落ち着かせないとな……ククッ」

「……ぷに~」

 

 シリアスな状況なのに緊迫感がない俺であった。

 



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後輩君のために

 

 俺はポーチの中から黒い鞘に入った剣を取り出し、後ろから座っている後輩君の膝に落とした。

 

「手っ取り早く強くなるための手段その2だ。とにかく受け取っておけ」

「うん……。でも先輩、その1ってなんだよ?」

「…………む」

 

 そんなのもわからないほどに落ち込んでいるのか、教えてもいいけど……。

 ここは同じ十字架を背負っているステルクさんに任せておくとしよう。

 

「その1はお前の師匠が持ってきてくれると思う。まあ、期待しておけ」

 

 そう言って俺は後輩君に背を向けて、来た道を戻って行った。

 

「せ、先輩」

「うにゃ?」

 

 俺が顔だけ振り向くと後輩君がこっちに顔を向けて小さな声で言った。

 

「あ、ありがとな」

「う、うむ」

 

 なんか照れるな、いつもの後輩君と違うだけでここまで調子が狂うとは……。

 

「ダメだダメだ。やっぱり後輩君には早く元に戻ってもらわなくては」

「ぷに~」

「赤くなんてなってねえ、ほらもう一仕事残ってんだからがんばるぞ」

「ぷに」

 

 まあ、この後ステルクさんが失敗すれば俺の頑張りも無意味になって、ついでに三日前の会議も台無しになる訳だが。

 

 

 

 

 

 

 後輩君が負けてから三日後、ゲラルドさんのお店での一幕。

 

「第一回! 後輩君を元気づける会議!」

「わー、わー」

「…………」

 

 メルヴィアが賑やかし程度にやる気のない声を上げて、ステルクさんは眉をしかめて黙り込んでいた。

 

「いやー、それにしてもまさかジーノ坊やがトトリに負けるとはねー」

「まあ、後輩君も錬金術には勝てなかったって事だな」

 

 爆弾等々VS剣。結果が見え見えすぎて誰も賭けに乗って来そうにないな。

 

「くだらない……と言いたいところだが、まあいいだろう」

 

 なんだかんだで弟子が心配なステルクさん、後輩君のためにこんな事に付き合ってくれるとは。

 

「よーし、真面目に話し合いすんぞ。特にメルヴィア」

「なによ、わたしだって結構心配してるのよ。あの子港でいっつも泣いてるんだもの」

 

 そう言ってメルヴィアは若干悲しげに顔を伏せた。

 

「……メル姉」

「……あんた、本当に真面目に話する気あるのかしら」

「あるある、だからそんな怖い顔すんなって」

 

 ちなみに斜め左の席からはステルクさんの視線も突き刺さっている。

 これはギャグ一つも命賭けになりそうだな……。

 

「そんじゃあ、一人一人何か案を出し合って行こうじゃないか。メルヴィアから時計回りでな」

「案ねえ…………」

 

 メルヴィアは眼を瞑って考え込んでいる、俺の考えはもうまとまっているからただ待つだけだ。

 

「……うーん、わたしって負けたこと無いからどうすればいいか正直よく分からないのよね。」

「…………」

 

 なんか激しく相談相手を間違っている気がしてきた。

 

「まあわたしが戦闘で楽になる方法で言うと、武器を代えることね」

「っ…………」

 

 マッズーイ、非常にマズイ。

 次俺に回って来て、俺が武器を代えるのさ! って言って華麗に剣を取り出す。その予定が一気に水泡に化した。

 

「ほら、次はあんたよ。まさか自分から言い出して考えてないなんて無いわよね」

「あ、ああ、ある訳ねえだろ! 俺なんて根っから負け組だから、負けた回数数知れず。その俺なら一つや二つの案くらいいくらでも沸いてくるさ!」

 

 思いついた端から言葉に出して時間を稼ぎつつ、頭の中で考えを巡らせている。二人の哀れむ目線が突き刺さってくる。

 とにかく自信をつけさせてやればいいんだ、トトリちゃんを守らせて自信回復……これだ!

 

「そんな俺の案はこれだ! ちょっと姉ちゃん俺らと遊ばない? や、やめてください。やめろお前ら! 女相手に情けねえぞ! 作戦!」

「…………?」

 

 二人して何言ってんだ、意味がわからないって顔をしている。

 これぞ王道中の王道だ、か弱き女子をさっそうと現れて助ける主人公。

 

「つまり、トトリちゃんが襲われているところを後輩君に助けさせて自信回復って作戦な」

「……何故、最初からそう言わない」

「って言うか、さっきのがとうして今のになったのか激しく興味があるわ」

 

 説明はめんどくさいのでしないが、咄嗟の思いつきにしてはこれはナイスじゃないか?

 

「それじゃあ、その襲わせるモンスターはあんたが獲って来なさいよ。今のトトリじゃその辺のは倒しちゃうだろうし」

「そうだな、私があいつに技を教えて、その技と新しい武器でモンスターを倒す。いけるな」

「あるぇ~?」

 

 俺の脳内に居た不良暴漢A君がいつの間にか凶暴なモンスターになってしまっている。

 まあ、確かに技を使って倒すならモンスター相手の方がいいだろうけど。

 

「それじゃあ、後は武器をどうにかしないといけないわね」

「メル姉、俺、後輩君のために一ヶ月かけて剣作ってきたんだけど」

 

 俺は挙手して、そう告げた。

 

「なによ、そうならそうと早く言いなさいよ。それじゃああんたの仕事は、武器を渡す、モンスターを連れてくる、いいわね?」

「……お前は?」

「わたしは、かわいい弟分が立ち直ることを祈ってるわ」

「うぇ……」

 

 喉から変な声が出た、何て奴だ。

 

「それでは、四日後に各々が行動する。それでいいな?」

「各々って俺とステルクさんだけだけどな。んじゃあ、モンスターは頑張って連れてくるから、さらに十日後、村の東で待ってるよ」

 

 そうして、俺とステルクさんの行動が決定した。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「はあ、今思ってもメルヴィアの奴は……」

 

 まああの姉があの対応ってことは、俺とステルクさんに任せとけば十分ってことなんだろうけど。

 今の状況的に、こっちをメルヴィアに任せとけばよかったなと思う。

 

「バイクもとい、電気自転車をすっ飛ばして五日。やっと見つけたな」

 

 村から西端まで行ってさらに南に飛ばして、やっと見つけた凶悪モンスター。

 

「ぷにの化身。なんでもぷに界で最も強いぷにらしいぞ」

「ぷに? ぷににににに」

 

 ぷにが肩の上で肩腹痛いというかのように笑っていた。

 

「まあ、でかいはでかいけどな」

「ぷに」

 

 俺よりも少し大きいくらいだろうか、横幅もかなり大きい。

 まあベースの色が青っていうのが弱そうなのに拍車をかけているっていうのもあるな。

 

「こんな辺境ならいくら焼け野原にしても平気だよな」

「ぷに~」

「おう、お前も新たな力を使うのか」

 

 ぷにが真っ赤になっていた、二度目のドラゴン状態だ。

 

「メガフラム、手袋嵌めて、フルボッコ」

 

 見事な五・七・五だ。作品名はモンスターを倒すテンプレと言ったところか。

 

「まあ、同じプラチナランクで来れる所の凶悪モンスターもお前だけで倒せたし余裕だろ」

「ぷに」

 

 そして俺たちは茂みから飛び出した。

 

 あいつは俺たちに気づいた瞬間逃げ出した。きっと本能だろう。

 

 俺は自転車を起して乗って、すれ違いざまにメガフラムを投げた。

 

 背後から爆発音。熱風が俺の背を熱くした。

 

 振り向くとぷにが体当たりをして、ゼロ距離で炎を浴びせていた。

 

 俺は反転して、今度はすれ違いざまに魔法の鎖を五本くらい投げた。

 

 終わった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「ふう、なんとか約束の日に間にあったな」

「ぷに」

 

 自転車から伸びている鎖には永遠と引きずられてボロボロになったぷに化身がいた。

 

「オラ! 目を覚ませ!」

「ぶに!?」

 

 俺は一発蹴りを入れて、目を覚まさせた。

 こんなのを誰かに見られたら好感度がガタ落ちになるな……。

 

「今からお前はこっちに来る女の子を襲う、おーけー?」

「ぶ、ぶに~!」

「お前、自分の立場わかってるよな? わかってんだよな!」

「ぶに!?」

 

 俺が蹴りを入れようとすると、ぷにの化身は目を瞑って身を固くしていた。

 やだ、この子可愛いじゃないか。俺の中のさでずむが暴れてきた。

 

「ぶに?」

「あんっ!?」

「っ!!」

 

 俺が腕を振り上げると、ビクビクと身を固くしていた。

 さでずむがサディストまで変化してきた。完全に目覚めそうだな……。

 

「ぷに」

「はいはい、まあ遊ぶのはこの辺にするか」

 

 俺はポーチから絵具を取り出して、ぷにの化身の全体にペイントを開始した。

 

「よし! これでどっから見ても、違うモンスターだな」

「ぷに~?」

 

 そこには花柄ペイントが施されたでかいぷにがいた。

 

「よし、ちょうどトトリちゃんと……師匠?」

 

 茂みから様子を窺うと、師匠がトトリちゃんを連れて歩いていた。

 

「あ、あんな所に空飛ぶ円盤が!」

「え? 円盤? どこ、どこですか?」

「よし、今だ! ぴゅーっ」

 

 師匠は口で擬音を言いながら、奥の茂みに隠れた。

 つーか、そんな手に引っ掛かるなよトトリちゃん。

 そして、そんな手を使うなよ師匠。

 

 

「……よーし。行け! ぷにデラックス!」

「ぶ~に~!」

 

 ぷにデラックス、名付け思考時間一秒。

 俺たちに襲いかかったらどうなるかわかっているようで、ぷにデラックスは真っ直ぐトトリちゃんの下へと向かって行った。

 

 逃げるトトリちゃんをぷにデラックスが追っていく。

 

「う~む、まだ来ないのか?」

「ぷに」

 

 茂みから茂みに移動しながら師匠のいる所に近づきつつ、様子を窺う。

 

「あれ~? ちょ、トトリちゃん立ち止っちゃった! ちょっと早く来いよ!」

「ぷに!」

 

 ぷにデラックスが今にもトトリちゃんに攻撃しようとした。

 

 

 

 その時――。

 

 

「トトリ! 大丈夫か!」

 

 

 

「……すごい良いタイミングで来たな」

「ぷに」

 

 あと一歩遅かったら、俺の手からフラムが投げつけられていたところだったぜ。

 

 

「なんだよこのデカイの……。よく分かんないけど、先輩の剣と師匠の技でやってやる!」

 

 

「おお、後輩君の新必殺技か!」

 

 後輩君は剣を片手に持ってメモと取り出し読み始めた。

 

「……覚えとけよ」

「……ぷに」

 

 後輩君はぷにデラックスに飛び込んで剣を一薙ぎして、その勢いで突きを繰り出し、体を反転させて縦に斬りつけた。

 そこから流れるような連撃を放った。

 

「さすがは、最速を極めし者だな」

「ぷに」

 

 後輩君は後ろに走って下がり、技名を叫びながら突進した。

 

 

「アインツェルカ――っ痛っ」

 

 

「…………俺、こんな時どんな表情したらいいかわからない」

「……ぷに」

 

 ぷにもらしい。

 

 後輩君はあろうことか、突っ込んで行って前のめりに転んで剣を天高くに投げてしまった。

 そしてその剣が回転しながらぷにデラックスの上に落ちて来て、哀れにもあいつはデリートされた。

 

「…………何が何だかわからない」

「ぷに」

 

 俺たちは頭を悩ませながら、師匠とステルクさんたちに近づいて行った。

 

「ステルクさん。あんた、何であんな技教えたんだよ」

「ち、違う。あれが失敗なのは君だってみればわかるだろうに」

「ま、まあ分かりますけど……」

 

 だとしても、あんなのでやられるモンスターの身にもなってほしい。

 

「まあまあアカネ君、ほら二人とも仲直りしてるみたいだし」

「うん、まあ――――っ!!」

 

 二人を覗いてみると、腰を抜かしているトトリちゃんに後輩君が手を差し伸べていた。

 トトリちゃんは笑顔でその手を握り、立ち上がる。

 

「アババババババ」

「あ、アカネ君が壊れた機械みたいな声上げてる……」

「ぷに~」

 

 今、今気づいた!

 この展開って、二人の親密度アップ。二人は急接近な展開じゃないか!

 数週間前の後輩君が告白っていう妄想が現実になってしまうんじゃ……。

 

「アカネ君? 大丈夫?」

「あんな男にトトリちゃんはやらんぞ! トトリちゃんはもっと将来が安定している男をだな!」

「君は彼女の父親か何かかね……」

「そうだよ!」

「ぷに!」

「ぐわっ!?」

 

 久しぶりにボディにズドンときた。

 

「……うう」

「まったく、あいつはそんなに悪い男でもないぞ。君だって分かっているだろう」

「うっせ、弟子にゲキ甘男は黙ってろい」

「なっ!そんなことはないぞ! 俺は師匠として常に厳格なふるまいをだな!」

「はいはい」

 

 この人は焦ると一人称が俺になっている事に気づいていないんだろうか。

 

「でもそうだよね~、わたしももっとトトリちゃん優しくしてあげなくちゃ、ステルクさんみたいに」

「そうだな~、俺も弟子をとったら優しくしてあげるか、ステルクさんみたいに」

「……勝手に言っていろ」

 

 ステルクさんは顔を赤くしながら恥ずかしそうにそう言い放った。

 まあ、これにて一件落着と言ったところだろうか。

 



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ヘタ恋愛

 

 

 後輩君立ち直るの巻の翌日、俺は宿屋で探し物をしていた。

 

「フラグ、フラグ……」

「ぷに?」

「いやな、俺の恋愛フラグがどこにも見つからないんだよ」

「……ぷに」

 

 ぷにが途端にやる気なさげな表情になった。

 俺にとっては結構重要な問題なんだけどな。

 

「こっちにきてもうすぐ四年、俺はいったいどこでフラグを立て忘れたんだろう?」

「ぷに~」

「後輩が着々とリア充への階段を上がっているというの俺ときたら……」

 

 タイミングは何度かあったはずだ。なのに俺のなんちゃって症候群がこの身を縛る……。

 

「ぷに」

「つーかさ、後輩君出る世界間違ってるだろ。幼馴染を助けるとかそっちのゲームにでもいってろよ……」

 

 まあ、元を正せばそんな結果になったのは確実に俺の計画のせいなんだけど。

 

「俺ってアレなのかな、主人公の面倒をみる先輩ポジションなのかな。……笑えん」

「ぷににににににに」

「…………」

 

 相棒が真剣に悩んでいるのに、このぷには……。

 

「探してくる」

「ぷに?」

「俺の、フラグを、探してくる!」

「ぷに!?」

 

 

 俺はポーチを持って宿屋から飛び出した。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「これがフラグじゃない事を祈るぞ」

「は? いきなり何言ってんの?」

 

 ツェツィさんに会いにゲラルドさんの店に来た→メルヴィアがいた→相席。

 会っただけで好感度が上がるシステムじゃないといいな、俺の人生。

 

「ちなみに、お前の俺への好感度ってどんなもんなんだ?」

「ちょっと……言わせないでよ……」

 

 メルヴィアが頬を赤くして、こっちを潤んだ目で見てきた。

 気持ち悪い。顔は確かにかわいい、だけど無理だ。

 

「俺、自分より強い女は無理なんだ」

「あたしもあんたみたいなのはごめんだわ」

 

 男女間での友情が成立するという証拠が出た瞬間であった。

 

「つか、メルヴィアって彼氏……いるわけないな」

「なっ! ちょっとこんな美少女に向かって何言ってんのよ! 失礼ね!」

「え? いるの!?」

 

 メルヴィアにすらパートナーがいたら俺は絶望するしかないね、そうだね。

 

「……いないわよ。悪いかしら?」

 

 屈辱からか、気まずさからか、顔を横に向けて投げやりにそう言った。

 

「だよなあ、うん。お前みたいなのにいる訳ないよな」

「あんただって同じじゃないの」

「ふっ、同じは同じでもランクが違うのさ」

 

 メルヴィアは胡散臭げな目で俺を見てくるが、実際俺はメルヴィアの遥か高みにいる。

 

「俺は料理ができて、錬金術が使える、さらに洗濯とかもできる。どうだ、このハイスペック!」

「……あんたって要素だけ抽出するとまともな奴よね」

「言うなよ、悲しくなるから」

 

 結局は彼女いない歴=年齢です。

 

「ここはやっぱり、ツェツィさんを狙うしかないな」

「はんっ」

「んな鼻で笑うこと無いだろうが……見てろよ。ツェツィさーん」

 

 俺は手を上げてカウンターに居るツェツィさんを呼んだ。

 

「何かしら? 注文?」

「君のスマイルを一つ、お代は俺の心を」

「ぶっ。あーっはっはっは!」

 

 俺がキッと決めた瞬間、メルヴィアが噴出して、テーブルを叩きながら大笑いし始めた。

 

「えっと……」

「あ、あんた、ぷっ、そういうのは、卑怯よ、っくく、ダメ死にそうっ」

「…………」

 

 こんな状況じゃあもうフラグは立たないな、俺はそう思った。

 俺の予定では、ここでツェツィさんが、な、何言ってるのよアカネ君って恥じらいながら言って、俺がそこでツェツィさんの笑顔が見たくなったんだって言うはずだったんのに……。

 

「ぶっ! クックク、クククク」

「あ、アカネ君まで、二人ともどうしちゃったのよ……」

 

 自分で想像して自分で吹いてしまった。ダメだ、この計画を実行したら笑い死んでしまうっ。

 

「う、うん。やっぱりダメだな。うん、ダメだ、クク」

「あんた、もうちょっと自分のキャラを考えた方がいいわよ……フフッ」

「ふ、二人が分からないわ……」

 

 

…………

……

 

 

 

「ここは恋愛上級者に教えを仰ぐべきだな」

 

 俺は悟った、彼女もしくは彼氏がいない同士じゃあいくら話し合っても良い作なんて出ようがないと。

 

「恋愛上級者……」

 

 師匠は……錬金術とパイが恋人な状態。

 ステルクさんは……師匠を追いかけてる。年考えろ。

 クーデリアさんは……相談したら殴られそう。

 フィリーちゃんは……論外。

 

「俺の年上の知り合い、役に立たねえ」

 

 イクセルさんとかもあの顔でなんにも浮いた話とかないし、この世界ってそういう世界なのか?

 

「パメラさんは……まあいないよな。いないでほしい」

 

 いたら俺の聖域がなくなってしまう。俺的にパメラ屋は神聖な空間なんだ。

 

「…………もう、諦めた方がいいのかな」

 

 俺は広場のベンチに座って溜息を吐いた。

 

 そうだよな、沢山かわいい知り合いがいるんだし、これ以上を望むのは贅沢だよな。

 後輩君に相棒、イクセルさんに親っさん、いろいろ作ってくれるマークさん。

 これだけあれば、もう十分だよな……。

 

 

 

 

 

 もう……あきらめ、休んでも、良いんだよな…………?

 

 

 

 

 

「――はっ!」

 

俺が諦めかけたその時、目に入った。せっせと馬車を拭いているペーターの姿を。

 

「あれは、俺だ。未来の俺だ」

 

 現状に満足して、先への一歩が踏み出せない、俗に言うヘタレ。

 同じだ。一人を想うヘタレと、相手を選ばないヘタレ、同じだ。まったく同じ糞ったれだ。

 

「ペーター」

「ん? 何だってお前か……」

「ありがとう、俺、目が覚めたよ」

 

 深々と、一礼をした。

 

「は?」

「俺、頑張るから!」

「訳がわからん……」

 

 ヘタレとは嫌悪すべきものじゃない、その背を見てこうはなりたくないと思わせる存在……だったらカッコいいよな。

 

「うん、いろいろゴメン」

「訳わかんないけどさ、お前俺の事バカにしてないか?」

「……ふっ」

 

 俺はその場からクールに立ち去った。後ろから何か言っている声が聞こえてきたが無視した。

 

「あいつがヘタレじゃなくなったら、ツェツィさんと良い雰囲気になったりすんのかね?」

 

 まずそのIfが想像できなかった。

 

 



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怪力少女に初勝利

 恋愛に対する決意を新たにしてから一週間、ちょうど二月に入った頃、俺は依頼の報告のためにゲラルドさんの店にやって来ていた。

 

「ゲラルドさん、討伐完了しましたー」

「ぷにー」

「ああ、相変わらず見事な仕事ぶりだな。報酬を少し足しておくぞ」

「ぷにに!」

 

 ぷには俺の仕事ぶりが見事だとでも言うように、頭の上で一鳴きした。

 まあ実際その通りだから何にも言えない。

 

「借金返済まで後一年、まあ何とかなりそうだな」

「ぷに」

 

 俺は報酬を仕舞って、メルヴィアのいるテーブルについた。

 

「あんたら本当によくやるわね~」

「どっかの冒険者と違って、こっちには免許の有効期限とかもあるしな」

 

 借金の事を言ったら何を言われるかも分からんので、ひた隠し。

 実際、ランクアップのポイントを貯めないとそろそろやばい、免許の更新まで残り4ヶ月もないのだ。

 

「免許更新のいらない時代のがそのまま使えるとか横暴だろ……」

「別にいいじゃない、あたしはあんたよりも実力はある訳だし」

「ぷにとタッグならいける……だよな?」

「ぷに!」

 

 テーブルの上に居るぷには力強く一鳴きして、かかってこいとでも言うような表情になった。

 

「おいばかやめろ、あんまり挑発するな」

「ぷに……」

 

 ぷには情けない物を見るような目で俺を見てきた。だって怖いんだもん。

 骨の一本で済みそうにないんだもん。

 

「でも、実際あんたとあたしが戦ったらどうなるのかしらね?」

「私が負けます。瞬殺です。一撃です」

 

 手を揉みながら、媚びへつらうようにそう言葉にした。

 

「やってみなきゃ分からないじゃない。あのジーノ坊やだってトトリに負けたのよ。そうよね錬金術師なんだし……」

「…………っ」

 

 本能的な恐怖から来る緊張感のせいだろう、俺は思わず唾を飲んでいた。

 目がいつもと違う、獲物を狩る野獣の目つきになっている。

 これもう、あれだろ新手の凶悪モンスターだろ。

 

「この凶悪モンスター倒したら、一気に冒険者ランクのトップまでいけそうだな……」

 

 千ポイントオーバーは確実だ。

 

「あら? それは宣戦布告かしら?」

「ツェッツィッー! さーーん! 注文でーす!」

「ぷにに……」

「うわあ……」

 

 二人がドン引きしたような声を出してきたが気にしないぞ。

 癒しの源泉ツェツィさんがいれば、こいつだって下手な真似はできないだろう。

 

「正に策士……」

「情けないわね……」

 

 ライオンと戦えって言われたら誰だってプライド程度捨てるさ、それにライオンなら勝てるさ。でも相手は言葉で表現できない程の超生物なんだぜ?

 

「アカネ君、何を頼むのかしら?」

「お酒ー、ビール、ビール、そしてビール。酔ってこの場を回避する」

「はいはい、ちょっと待っててね」

 

 その後、ぷにとメルヴィアで適当に飲んでいたのだが、途中メルヴィアがすごい悪い顔になっていたのに俺は気づいた。

 でも、この時は酔ってたからそこまで気にしてなかった。

 とてつもなく嫌な予感だけは感じたけど……。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 どうしてこうなんったんだ。

 

「よーし、それじゃあいくわよー」

「ヨーシ、カカッテコーイ」

 

 目の前には斧持ったメルヴィア、俺は手袋装着、なぜこうなった。

 

「アカネくんもメルヴィも無理しないでねー」

「せんぱーい!頑張れよー!」

「はあ、まったく、何故彼はこんな無茶な勝負を……」

「メルお姉ちゃーん、怪我させないでねー!」

「アカネくーん!頑張れー!」

「ぷにー!」

 

 右サイドには多数のギャラリー、師弟タッグ二組とツェツィさん、ついでに相棒。

 どうしてこうなった。

 

「俺の朝は、確かに平和だったはずなのに……」

 

 やけにスッキリとした頭で朝からの回想が始まる。これが走馬灯ってやつかな……。

 

 

 

 

「いやー、本当に俺の作る飯はうまいな」

「ぷに~」

 

 ぷには不本意そうに鳴いているが、つまりはうまいってことだ。

 ちなみに料理は宿屋の主人に頼んだら、結構普通に台所を使わせてもらえたのでそこを使わせてもらっている。

 

「コーヒーもおいしいし、二月の空気は冷たく引き締まる、うんうん。今日は何かいい事がありそうだな」

「ぷに」

 

 そんな優雅な朝を楽しんでいると、いきなり部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。

 

「邪魔するわよー」

 

 早朝から凶悪モンスターのお出ましだ。冒険者の朝はこう言う事があるから侮れない。

 

「スパッと用件話してスパッと帰ってくれ。食後の運動がまだ残ってるんだよ」

「最初からそのつもりよ、それじゃあ言うわよ……」

「うん? あ、ああ」

 

 メルヴィアが何故か真面目な表情になってこちらを見つめてきた。

 その空気に俺も真面目モードのスイッチを若干入れてしまう。

 

「三時頃に村外れの野原に来て頂戴。海が見えるところって言えばわかるわよね?」

「う、うん。あそこか……」

 

 この辺でその条件で分かりやすいところと言えば、前にトトリちゃんと後輩君が勝負した所だ。

 

「ま、待て待て。まさか勝負の誘いじゃねえだろうな」

「違うわよ、その…………あんたと話がしたいって子が……ね」

 

 こちらにすり寄ってきたと思ったら、耳元で静かにそう囁いてきた。

 

「へ?」

「誰かとは言わないわ、まあ、強いて言うなら……あんたの事を信頼して大事な人を任せてる子ね」

「…………?」

 

 俺を信頼して、大事な人を任せる……。

 大事な人……家族、姉、妹……妹を任せる……!?

 

「それじゃ、ちゃんと行ってあげなさいよ」

「お、おう!」

 

 そう言ってメルヴィアは部屋から出て行った。

 

「待て、オチツケ、これは釣りだ。俺をおびき寄せる罠だ」

「ぷに?」

 

 そうだ。騙されてはいけない、期待したらその期待は悲しみに転ずるんだ。

 

「べ、別に一ミリも期待してないぜ。ツェツィさんが来るかもーとか、本当だぞ?」

「ぷに~?」

「こ、この髪を整えてるのは……今日から毎朝の習慣にしようかなって」

 

 最近は男も身だしなみを整えないとな。日本男児たるもの常に整った姿を心がけねば。

 

「ぷに~?」

「ちょ、ちょっと出かけて来るだけなんだからな。別にその場所に行ったりしないんだからな」

 

 俺は見事に釣られた訳だ。

 

 

 

 

 

「メルヴィア……今日の俺はお前相手でも臆さないぜ」

「あら? あんたが強気なんて珍しいわね」

 

 俺は今怒りに燃えている、かつてないほどにだ。

 魂から細胞一つ一つ、体全体、俺と言う存在の全てが目の前の敵を打ち倒せと震えている。

 

「お前の間違いはたった一つ、てめえは俺を怒らせた。男の純情を弄ぶその行為、天が許しても俺が許さぬ」

「いやー、あんたなら来るって信じてたわよ。ところでどれくらい信じてたのかしら?」

「……だ」

 

 俺は低い声でそう言った。

 

「はい?」

「100パーセント! 信じていた!」

「……ごめんなさい」

 

 俺がそう涙を流しながら言うと、メルヴィアはもの凄く申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 みじめだ。

 

「よーし、覚悟は決まったぞ。かかってこいや!」

「え、ええ」

 

 先ほどとは立場が逆転して、俺のテンションが高く、メルヴィアが落ち込んでいた。

 これは勝ったな、勝敗とは戦う前にもう決まっているのさ。そう、さっきの俺の発言もメルヴィアに揺さぶりをかけるための罠だったのさ。

 ……罠だったのさ。そうだとも。

 

「……よし! やるわよ!」

「カカッテコーイ!」

 

 メルヴィアが斧を担いで俺の方に駆けてきた。

 作戦、フラム投げまくろうぜ。

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 こっちに走ってくるメルヴィアに俺はバックステップしつつ、フラムを投げまくった。

 

「はあっ!」

「うわあ……」

 

 俺がフラムを投げる→斧を投げてフラムを全弾迎撃→何故か手元に戻って来てる。

 訳が分からない。

 

「ここは……ステルクさんすら倒したこの技で……」

 

 俺は距離が詰まりきらない内にビー玉を取り出して前方にばら撒き、片手に飛翔フラムを持った。

 とにかく隙を作って一発にかける、いつもの戦闘スタイルていこう。それ以外に勝てる道もないし。

 

「小賢しいわよ!」

「ぶーっ!」

 

 メルヴィアが斧を両手に持って一回転して振り回すと風が起きてビー玉を全て吹き飛ばした。

 

「ま、待て、まだ慌てるような――ヒッ!」

「ふっ!」

 

 横に流れた斧をかろうじで後ろに下がって避けると、すぐさま縦に斧が振り下ろされてきた。

 あれ? これ死ぬんじゃね?死ぬよね?

 

「の、の、ノルォァア!」

 

 意味不明な奇声と共に、俺は手に持った飛翔フラムを足元に叩きつけ、同時に踏ん張り後方へと水平に飛んだ。

 

「……ふう」

 

 足に多少熱さはあるものの大した程度ではない、飛翔フラムはようやく完成したようだな。

 

「…………よし」

 

 俺が着地したそこから前方数メートルは崖、落ちたら海に真っ逆さまだ。

 

「…………よし!」

 

 俺は歓喜の声を上げた。これでこの地獄からオサラバできると。

 後ろから聞こえてくる魔の足音から逃げられると。

 

「さらばだメルヴィア! 真っ当な人間の強さを手に入れてから出直すんだな!」

「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」

 

 二本目の飛翔フラムの爆発と共に、俺は海へとダイブした。

 これで通算三回目のダイブ、もう慣れたものです。

 

 

 

…………

……

 

 その日の夜のバーゲラルドにて。

 

「あれはある意味俺の勝ちだろ」

「いや、どう考えても負けじゃないの」

「実はあの後俺、みんなにアンケート取ってきたんだよ。これがその結果だ」

 

 俺は観客の皆様からの声をテーブルに広げた。

 

「後輩君からは、先輩は頑張った、よく無傷で逃げ切れたと大絶賛です。その師匠からは、身の丈をわきまえた良い幕引きだったとこれまた大絶賛」

「それで?」

「トトリちゃんからは、無理しないでくださいねと慈愛に満ちた一言。その姉からはメルヴィのバカ、最低! 大っ嫌い! との返答が――痛い痛い!」

 

 無言で足を何度も蹴られた。さすがに捏造だとバレるか。

 

「ええっと、俺の師匠からは、メルちゃん凄かったねとかわいらしい返答。相棒からは情けないとのお言葉をいただきました」

「つまり?」

「つまり! アンケート的には俺の勝ち! 戦略を褒められ、優しい言葉もかけてもらえた! アイアムウィナー!」

 

 思いっきり立ち上がり、大声高らかに笑った。

 

「はいはい、わかったわよ。あんたの勝ちでいいわよ」

「ぷぷっ! ザーコザーコ! 負け犬ー!」

「……ぷち」

 

 その後、俺は三日動けなかった。

 

 

 



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30cmの壁

 メルヴィアに勝利もどきをしてから三日、やっと体が動くようになった俺はトトリちゃんのアトリエに来ていた。

 

 

「うう、体がまだ痛い。トトリちゃん、ソファ使ってもいいか?」

「良いですけどけど……大丈夫ですか?」

 

 俺は大丈夫じゃないと言いながら、ソファに深く腰掛けた。

 

「メルヴィアは本当にもう、どうしてあんなに野蛮なんだよ」

「メルお姉ちゃんは優しいですよ、アカネさんが余計なこと言うから乱暴されるんですよ」

 

 トトリちゃんがムッとした表情で反論してきたが、あの女、俺の事を騙くらかしてタイマンに持ち込んだんだぞ。

 俺その件では何もしとらんのに。

 

「まあ、この怪我は完全に口から出た災いなんだけどさ」

「ぷに~」

「この災いは人災って言ってもいいんだろうか? 人にカテゴライズしていいのか?」

「メルお姉ちゃんはちゃんと人ですよ! 確かに……ちょっとアレですけど……」

 

 最後の方がだんだんと自信なさげになっていくトトリちゃん。ちょっとメルヴィアが哀れに思えた。

 

「あいつが戦闘で負けるところは想像できんしなあ。白馬の王子様も真っ青だな」

 

 敵兵に襲われている姫が一撃で殴り倒している、そんなのを見たら王子も苦笑いどころの騒ぎじゃないな。

 

「でも、メルお姉ちゃんこの前言ってましたよ。あたしだって人並みに白馬の王子様に憧れてる~って」

「いと片腹痛し、まずは酒場に入り浸るのからやめるべきだな」

「あはは……」

 

 そりゃ苦笑いしかでないよな、王子も酒場に嫁探しには来ないよ。

 

「あれでツェツィさんと親友なんだよな……」

 

 片や癒しを体現した存在、片や力を体現した存在。

 現人神同士何かしら馬が合ったりするのだろうか?

 

「でも、お姉ちゃんも昔はメルお姉ちゃんと冒険の真似事してたらしいですよ」

「む、意外な。って事は――!?」

「? どうしたんですか?」

「いや、別に、何でもナイ」

 

 一瞬、脳内に敵を一撃で葬るツェツィさんの図が浮かんでしまった。

 流石に無い、無いと信じたい……。

 

「まあ、幼少時代は幼少時代。今のツェツィさんはお淑やかな良い人だしな」

「そんなこと無いですよ? この間、お姉ちゃんとメルお姉ちゃんの三人で冒険に出かけたんですけど、すごい喜んでましたし」

「ん? ツェツィさんと冒険に?」

 

 頭の中をよぎったのは、箒でモンスターを叩く微笑ましい姿だった。

 

「はい、実はお姉ちゃんって昔は冒険者になりたがってたらしくて、メルお姉ちゃんが叶えてあげようって言ってきたんです」

 

 トトリちゃんが嬉しそうな顔で言ってきた。たぶん、さっきまでボロボロに言われてたメルヴィアのいい所を言えて嬉しいんだろう。

 まあ、別に以外でもない。あいつが友達思いで良い奴ってのはわかってるし。

 どっちかと言うと、ツェツィさんが冒険者になりたがっていたって言う方に驚きだ、

 

「もしかして、またその内冒険に行くのか?」

「そうなんですよ。明日冒険に行こうって誘うんです」

「明日か、なら今日来てちょうどよかったな」

 

 うんうんと頷きながら俺は足に力を入れた。

 

「? 何か急用ですか?」

「ああ、っふ、ぐっ、ぐおおお……」

 

 俺は体をギシギシと軋ませながら立ち上がった。

 

「ぷに~?」

「ほっほっほ、大丈夫じゃよまだまだ若いのには負けんわ」

「アカネさん、足がプルプルしてますよ……」

「これは武者震いじゃ、いや~昔の戦場を思い出してな~」

 

 そんな小芝居をしている間にも俺のライフポイントがガリガリと削れていっている。

 さっさと用を済ませてさっさと帰ろう。

 

「前の誕生日に渡した参考書の続きができていない。そして今月がトトリちゃんの誕生日。この意味、わかってもらえるかな?」

「べ、別に来年でもいいですよ。むしろ誕生日にプレゼント渡してくれる人の方が少ないですから」

「そ、そうか? なら良かった」

 

 前に盛大に誕生日を祝ってもらえたので俺もそれ相応の物を渡したいと思っていたのだが、いかんせん最近オリジナルの爆弾とか作っていなかったせいで間に合わなかった。

 

「それに、もう誕生日を祝ってもらうほど子供じゃありませんから!」

 

 トトリちゃんは若干得意げな顔になって、そう言い放った。

 これは二十歳で誕生パーティーをした俺へのあてつけの言葉じゃないと信じたい。

 

「……十五だっけ?」

「十六ですよ!」

「……十六」

 

 俺の世界ではピカピカの高校一年生になる年だが、トトリちゃんの身長は150にすらなっていないように見えるのだが……。

 

「本当にか? 鯖読まなくてもいいんだぞ、別に子供扱いしてたわけじゃないからな」

「そ、その発言が子供扱いだと思います! 酷いですよ!」

「だ、だって……なあ……身長が……なあ」

 

 ちなみに俺は男子校だったから一般的な女子高生の身長はよく分からんが、中三で身長が150いっていない奴はいなかったと思う。

 

「あ、アカネさんが大きいからそう思うだけで、わたしだって成長してるんですよ!」

「…………ごめん」

 

 基本的にトトリちゃんを傷つけないようにしている俺だが、こればっかりはどうしようもない。

 後輩君は明らかに身長が伸びているが、トトリちゃんはこの四年でまったく変わってない。断言できる。

 

「うう、アカネさんのバカーー! ひゃくはちじゅうセンチー!」

「ちょ、と、トトリちゃん!?」

 

 微妙な捨て台詞と共にトトリちゃんはアトリエの外に飛び出して行ってしまった。

 

「……師匠に似てきたな」

「ぷに」

「女の子なら身長は小さい方がいいと思うんだけどな」

「ぷに~」

 

 まあ、四年間何も身体的成長がないと流石に辛かったりするのだろう。

 

 この後、騒ぎを聞きつけたツェツィさんに事情を話したら、小一時間年頃の女の子は繊細なんだと説教された。

 男子校生にあの年頃の女の子の扱い方が分かるはずがない。

 

 



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風の谷のアカネ

 乙女の心を学んだ翌日、俺は再びアトリエの前まで来ていた。

 

「とりあえずいつ船完成するかだけ聞いておかないとな」

「ぷに」

 

 ミミちゃんに武器を渡したりとか用事もあるので、そろそろアーランドに戻っておきたいのでトトリちゃんが出かける前に聞きに来たのだ。

 

「というわけで、お邪魔しまーす」

「ぷに~」

 

 俺はいつも通りに扉を開けてアトリエの中に入って行った。

 

「あれ、アカネさん?どうしたんですか?」

 

 トトリちゃんは昨日の事が無かったかのようにいつも通りだ。

 それなら俺もそれには触れないでおこう、変に話をこじらせたくないしな……。

 

「いや、船の完成状況だけ聞いてアーランドに戻ろうと思ってな」

「あ、そうなんですか。えっと、実は次の免許の更新までは完成しないんです……」

「うん? どういうことだ?」

 

 船自体は結構前から作り始めてるし、錬金術があればそんなに時間はかからないと思うんだが。

 

「材料が足りないとかか?それなら帰る道すがらにでも拾って師匠のアトリエの方のコンテナに入れとくけど」

 

 木材程度なら道すがらに拾えろうだろう。こう言う時にコンテナが繋がっているのが役に立つな。

 

「足りないは足りないんですけど……。今のランクじゃ入れない所にあるみたいで採りに行けないんですよ」

「…………」

 

 なるほど、トトリちゃんはランク外の場所に行ってはいけないと思っているのか、まあ仕方がないか。

 実際はバンバン入れるんだし、これは教えてやらねばな。

 

「ふっふっふ、トトリちゃん。君が知らない真実を教えてやろうではないか!」

「へ? し、真実?」

「ランク足りなくても、免許があればどこに行っても自由というな!」

「え、そ、そうなんですか!?」

 

 トトリちゃんが目を見開いて驚いていた。

 

「そうそう、だから普通に採りに行っちゃっていいと思うよ」

「え、えーと……」

「……?」

 

 トトリちゃんは何故か悩んでいるような表情をしている。

 別に悩む必要はないと思うんだが、早く作って早く出航したいはずだろうに。

 

「……やっぱり、待つ事にします」

「あ、あれ? なんで?」

「ぷに~?」

 

 これには俺もぷにも疑問の声を上げざるを得なかった。

 だってねえ、常識的に考えて採りに行くべきだろう。

 

「その、うまく言えないんですけど……」

「ふ、ふむ?」

「えっと、その、一人前になってからでも遅くないかなって、そう思うんです」

「いやいや、でもさ。お母さんを探しに行くのがトトリちゃんが冒険者になった目的じゃなかったのか?」

「そうですけど……。でも、お母さんに会ったときに同じくらい立派な冒険者になってたら、お母さんもきっと喜んでくれると思うんです」

 

 トトリちゃんはとても優しげな頬笑みとともにそう言った。

 

 何この天使? 俺からはもうそれしか言えないね。うん。

 

「さんざん待たせたんだからもう少し待たせてもいいだろうって、お父さんもそう言ってましたから」

「……そうか」

「ぷに~」

「すみません、わざわざ教えてもらったのに……」

 

 申し訳なさそうな顔を見せるが、まったく気にする必要はないだろうに。

 

「いやいや、俺の浅はかだった。昨日はあんなこと言ったが、トトリちゃんは立派な大人だな」

「え?そ、そうですか?照れちゃいますよ……」

 

 トトリちゃんは顔を少し赤くさせて照れていた。

 もうね、考え方が俺の短絡的かつはた迷惑な物とは大違いだわ。なんか自分が恥ずかしくなってくる。

 

「あ、そろそろ時間なんで失礼しますね」

「おう、頑張ってな」

「ぷにに」

 

 トトリちゃんはペコリと一礼してアトリエから出ていった。

 

「……良い子だよな、本当」

「……ぷに」

 

 

…………

……

 

 

 

「ふう、今の俺はもうなんでも許せる気がするぜ」

「ぷに」

 

 俺とぷには森の中を歩いていた。

 錬金術の材料を取るために村の近場の森で採取中だ。

 

「おっと、あんな所にタルリスがいるぜ」

「ぷに」

「いつもの俺ならフラムでドカンだが、今はそんな気分になれんな」

「ぷに~」

 

 ぷにも同意見らしい。なんというか、俺とぷには今心が洗われた状態な訳だ。

 普段真っ黒な二人の心も、トトリちゃんと話す事で驚きの白さに!

 

「非暴力の精神で行こうぜ」

「ぷに!」

 

 そんなことを言っている間にもタルリスが近づいてきて俺に向かってタルを投げてきた。

 

「フンッ!」

「ぷに!?」

 

 俺は投げつけられたタルを見事に粉砕した。

 

「いや、防御しないと痛いだろうが」

「ぷに……」

 

 さて、今からが俺の腕の見せ所だ。

 風の谷のなんとかさんもビックリの動物調教テクをみせてやるぜ。

 

「大丈夫、ほら。怖くない、怖くない」

「ぷに~……」

 

 ぷにが露骨に嫌そうな声を出しているが気にしない。

 俺は同じ言葉を延々と繰り返しながら奴にジリジリと近づいて行った。

 

「怖くない、怖くない。大丈夫」

「キッ、キッーーー!」

「あ、あれ?」

 

 半ば悲鳴に近い声を上げてタルリス君は一目散に逃げていった。

 

「な、何がいけなかったんだ?」

「ぷにに」

「こ、怖いって俺が?どこが怖いんだよ?」

 

 ちょっと頬笑みながら軽く近づいて行っただけじゃないか。

 

「よし、次だ。次こそは篭落して見せるぞ」

「ぷに~」

 

 何か趣旨が変わってきた気がする。

 

「むっ!」

 

 ガサガサと背後で葉がすれる音がしたので、俺は素早く振り返った。

 

「ぶっ!?」

「ぷに!?」

 

 

 

「ガアアアッ」

 

 

 真っ赤な体に二本の角を持った悪魔、スカーレットさんがそこにいました。

 

 

「待て待て、凶悪指定モンスターがこんな所をなんでうろついてんだよ」

「ぷに?」

「行けと? あれを手なずけろと?」

「ぷに!」

 

 ぷにが俺の事を期待感バリバリな目で見てきた。

 

「日本男児の意地を見せてやろう」

「ぷにに!」

「よーし、怖くない、怖くない」

 

 さっきと違ってこの怖くないは自分を奮起させるために口に出してる気がする。

 

 スカーレットさんは俺の事をじっと睨みつけている。俺は目を逸らさずにジリジリと近づいて行った。

 

「大丈夫、オーケーオーケー、死にはしない、頑張れ俺、俺はやればできる子だって」

 

 後半完全に自己暗示になってるが、そんなところにツッコミを入れる余裕もない。

 

「よし、いけるいける」

 

 俺は何の奇跡か、後数センチ手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づいて来ていた。

 俺はゆっくりと手をスカーレットに伸ばし――――。

 

「ガアッ!」

「ぐあっ!? てめえ!」

 

 見事に伸ばした手は鋭い爪で引き裂かれかけました、手を引っ込めていなかったら即死だった。

 

「てめえ、コラ。こっちが下手に出てればいい気になりやがって……」

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにがいろいろ言っているが無視だ。

 俺は風の谷の人と違ってなあ、噛まれたら噛み返す主義なんだよ。

 目には眼つぶしを、歯には刃を。三倍返しの精神です。

 

「取り巻きも連れずにこんな所にいた自分を恨むんだな。行くぞぷに!」

「ぷに!」

 

 ぷにが俺の後ろから凄まじい勢いでタックルを放った。

 当然のように、防御できなかったスカーレットは後ろに吹き飛んで木に激突した。

 

「ぷにに!」

「フラム、フラム!」

 

 ぷには黒くなって、シャドーボールを放ち、俺はフラムを投げつける容赦ない追撃。

 

「クックック」

 

 俺は笑いながら、フラムを投げ続けた。

 これは終わったな。もはや勝利の王道パターンと言ってもいいだろう。

 

 

「……ハッ!」

「ぷに?」

「バカ野郎! 何やってんだ!」

「ぷに!?」

 

 俺はシャドーボールを放っているぷにを蹴りつけて止めた。

 

「危ない危ない。今日の俺は綺麗な俺なんだ、無駄な殺傷行為はしないぜ」

「ぷに~」

 

 ぷにが唸り声を上げながら、戻ってきた。

 

「さあ、森へお帰り」

「…………ガァ」

 

 スカーレットはよろよろと森の奥へと逃げて行った。

 今、彼はきっと、ありがとう、そう言ったのだろう。

 

「ふふっ、良い事をすると気持ちが良いな」

「……ぷに~」

「いやいや、よく考えてみろよ。無傷で放っておけば村の誰かに危害が加わるかもしれない。かといって倒してしまえば俺のイメージダウンになる」

「…………」

 

 ぷには無言で自転車を止めている方へと進みだした。

 

「あ、でも倒しとけばランクアップの足しにはなったかも……」

「ぷに」

「まあ、あいつ程度ならいつでも戦う機会はあるだろうよ」

「ぷにに」

 

 

 

 この時の行為があんな事態を引き起こすとは、この時は想像していませんでした。



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自責の念

 村を出てから一ヶ月、材料を採りつつアーランドに来たため大分時間がかかってしまった。

 

 そして今俺はミミちゃんに武器を渡すためにギルドの方まで来ていた。

 

「へえ、かなり軽いわね。なかなかやるじゃないの」

 

 武器を渡すとミミちゃんがその場で軽く振りまわした。

 ミミちゃんがこんな素直に褒める辺り大分気に入ったようだ。

 

「ま、気に入ってもらえたならなによりだよ」

「ええ、それじゃあ次は強度と切れ味を試しに行こうかしらね」

 

 ミミちゃんはそう言って、ギルドの外へと出て行った。

 憐れモンスター、俺を恨まないでくれよ。

 

「よし、俺たちは俺たちのやることをやるか」

「ぷに」

「まずはランクアップだ。そろそろ免許更新も近いしな……」

「ぷに~」

「クックック、心配するな。俺に秘策がある」

 

 俺はとっておきの策を披露するためにクーデリアさんの下へと歩いて行った。

 

「俺をランクアップさせなければこのギルドを消し去ってくれる!」

 

 俺はフラムを取り出してそう言った

 

「あんたが消え去りなさい」

 

 額に冷たい物を押しつけられる感触。

 

「え、ちょっと、軽いジョークじゃないですか……」

 

 銃口を押しつけられた。

 これ暴発したら俺死ぬんじゃないのか?

 

「…………」

「あ、あれ~?」

 

 目がヤバイ、躊躇わずに引き金を引ける目をしてるぜこの女。

 

「ぷ、ぷに! 助けて!」

「ぷに~」

 

 ぷには足元で知らぬ存ぜぬ、吹けもしない口笛を吹いていた。

 

「…………」

 

 ニコッとクーデリアさんが笑った。

 

「……エヘッ♪」

「消えなさい」

 

 

 パンッ!

 

 

「ぬ、ぬぉぉぉ!」

「ったく、自業自得よ」

 

 痛い痛い!超痛い!

 

 俺は額を押さえて蹲り、悶えていた。

 実弾じゃなかったみたいだけど、あの距離から本当に撃つとかありえんぞ!

 

「ゆ、許さんぞ! 八つ裂きにしてくれる!」

「何か言ったかしら?」

 

 クーデリアさんは素敵な笑顔と共に銃口をこっちに向けてきた。

 

「あ、悪魔だ……」

「……へえ」

 

 

 パンッ!

 

 

「ほ! ほう! ぐぐぐ!」

 

 左肩を撃たれました。とても痛いです。本当に痛いんです。

 痛みで動けない相手に容赦ない追撃、これが人間のやることだと言うのか!

 

「くっ! 俺が何したって言うんだよ!?」

「まずはその右手に持ってる物をしまいなさい」

「うう、会ったときにギャグ一発はいつもの流れだと思っていたのに……」

 

 クーデリアさんと俺の間にこんなに意識の差があるとは思わなかった!

 

「今回はやりすぎ、まあちょっと楽しかったわよ」

 

 クーデリアさんは再びとても良い笑顔になった。

 ストレス発散ですねわかります。

 

「……ふう。話が進まないんで、俺が譲歩して許してあげますん、すみません」

「わかってくれたならいいのよ」

 

 銃は拳よりも強し、そんな物で脅されたら誰だって屈しますよ。

 

「とにかく、ランクアップがしたいです……」

「ああ、そういえばあんたトトリに……」

 

 クーデリアさんは一転して可愛そうなものを見る目で俺を見てきた。と言うよりも、それを超えてもはや泣きそうな目になっている。

 

「そ、そんな目で見ないでください!」

「あんたってそこそこ真面目に仕事してるのにランクアップできてないのよね」

「最近はあんまり仕事してなかったんですよ」

 

 剣作りだったり、後輩君の騒動があったりして、あんまり仕事に時間が割けなかったりしていた訳だ。

 

「そうねえ……。これなんてどうかしら?」

「うにゃ?」

 

 クーデリアさんはカウンターの下から一枚の紙を出して、手渡してきた。

 

「なになに?」

 

 

 アランヤ村周辺・スカーレット大量発生

 討伐隊メンバー募集

 

 

「スカーレットってあのスカーレットですか?」

「そうよ。どうしてかここ最近あの辺りに集まってるのよ」

「なるほど……」

 

 そういえば、俺が村を出たときにもいたな。あの頃からって事だろうか?

 

「しかし、一体どうしてでしょうね?」

「そうねえ、単なる予想だけど……。あの辺りに群のリーダーが恨みを持っている敵がいるとかかしらね」

「恨み……ですか?」

「ええ、あのモンスターは強いほうだから、そうね、どっかの冒険者が仕留めそこなったとかかしらね」

「…………」

 

 あれ?そんな話を最近どっかで聞いた気がする。

 

「どうしたのよ、いきなり真面目な顔になって」

「…………」

「ぷに~」

 

 いやいや、あれは慈愛からの行動だ。

 あのスカーレットもそれを感じ取ってくれたはず、去り際に優しい目をしていた……気がするし!

 

「クーデリアさん、この討伐隊入ります」

「あらそう? それならリーダーはあの騎士様だから、あいつに申請しといてちょうだい」

「おいっす」

 

 

 

 ……残念だが、今思うとあいつは俺の事を憎悪の目で見ていた気がするんだ。

 

 

 

 そして、俺はちょうどギルドの中にいたステルクさんの下へと向かった。

 

「ステルクさんステルクさん。討伐隊入りたいんですけど」

「…………」

 

 俺がそう告げると、ステルクさんは胡散臭い物を見るような目で俺を見てきた。

 

「君からこういった事に参加しようとするとは、また何かの冗談かね」

「いえいえそんなことないですよ」

 

 ただの罪悪感とか責任感とか、バレたら殺されそうだから早めに収集つけたいとか、そういった想いからの行動です。

 

「だったら何故だ? 普段の君なら見向きもしないだろう」

「そ、それはですね……」

 

 本当の事を言ったら悪即斬って感じでぶった切られるよな。

 

「お、俺もそろそろ一流とは言わなくても立派な冒険者じゃないですか」

「まあ、不本意だが、同意せざるを得ないな」

「そうでしょう。だから俺も先輩としてこういったことに参加して、後輩の目標とかになれたらな~とか考えたりして」

 

 人差し指同士を合わせて、ちょっと気恥ずかしい感じを醸し出しながら、俺はそう口にした。

 

「…………ふっ」

 

 笑われた。何?片腹痛いわってこと?

 

「いつまで経っても子供だと思っていたが、そうか少しは成長したようだな」

「ま、まあ、ソウデスネ」

 

 やだ、意外とちょろかった。

 

「よろしい、それではこの地図の印のところで二週間後に現地集合だ。期待しているぞ」

「は、はい。ま、任せてくださいよ!」

 

 本音としてはとっとと行って、爆破して終わらせたいけどな……。

 

 

…………

……

 

 

 

「師匠、ただいま~」

「あ、おかえりアカネ君」

 

 俺がアトリエに帰ってくると、師匠は釜を杖でかき混ぜていた。

 そして横の机にはフラムの山。

 

「どうしたんだ? こんなたくさん作って?」

「ちょっと在庫がなくなっちゃって、今度トトリちゃんのお手伝いするまでに作っとこうかなって」

「ふ~ん」

 

 俺はなんとなくフラムを持ち上げてみた。

 

「今回は使えないよな~」

「ぷに~」

「? どうしたの?」

 

 師匠が疑問符を浮かべてこっちを見てきた。

 

「いや、今度スカーレットの討伐に行くんだけどさ。場所が森だからメガフラムは使えないし、フラムだと火力不足でさ」

「それじゃあ、氷の爆弾を作ったら?」

「……それしかないか」

 

 別に嫌いな訳じゃない。ただ、あんまり戦闘で使わないから不安なんだよな。

 レヘルンの上位レベルのラケーテレヘルンなんて一回しか作っていない。

 

「まあ、やるしかないか……」

 

 俺は師匠の隣の釜で早速製作に取り掛かった。

 

 

 

…………

……

 

 

「出来た出来た。まあ俺にかかればこんなもんよ」

 

 手の中には背中にジェットが付いた雪だるま。

 

「こいつを見ると物悲しい気分になるな……」

「ぷに……」

「あはは……」

 

 こいつはジェットで上空に飛んで行って、空からいくつもの巨大な氷塊を降らせるのだ。

 その姿はまさにカミカゼ、自分の命と引き換えに甚大な被害を与えるのだ。

 

「でも、本当にアカネ君って爆弾作るのうまいよね」

「まあ、原理は分からないけどな」

 

 正直この才能がなかったら戦闘面でとっくの昔に詰んでいたと思う。

 

「ま、これのおかげで錬金速度も速いし、パパっと量産するか」

「ぷに!」

「がんばってね」

 

 

 俺は再び釜に向き直って杖を構えた。

 

「まずはレヘルンを二つ入れてっと」

 

 釜をグルグルとかき混ぜること数分。

 

「次に燃料の燃える土と火薬を混ぜて加工したものを少々」

 

 再び釜をかき混ぜる。

 

「ふ~。慣れたもんだな」

「ぷに~」

 

 

 

「わわわっ!」

 

 

ボトボトボト

 

 

「うん?」

 

 俺がちょっと視線を外していたら、前から何かを落としたような水の音が聞こえた。

 

「ぷに~!」

「うわ~お」

 

 そこには沈んでいくいくつものフラムの姿があった。

 横には前のめりにすっ転んでいる師匠の姿。

 

「謎は解けたぞ」

 

 師匠がフラムを釜から取り出す→机の所に運ぼうとする→転ぶ→ドボドボドボ

 

「ご、ごめん! あ、あわわわ、ど、どうしよう!?」

「慌てる事はない、このまま錬金すれば意外と何とかなるさ」

「さ、流石に無理だよ! ほ、ほら釜が光ってるし!」

 

 目の前には七色に輝く釜の姿、明らかに爆発の兆候だ。

 

「そんな殺伐とした釜に中和剤が!」

 

 名前の通りにうまく中和してくれという願いを込めて試験官の中和剤を全部入れてみた。

 

「静まりたまえ~静まりたまえ~」

 

 俺は杖で釜をかき混ぜなんとか鎮めようと試みた。

 手にはべっとりと冷や汗が滲んでいる。

 

「あ、あれ? 何か……うまいってる……ぜ?」

「う、うん……」

 

 爆発オチを覚悟していたが、これはもしかして。

 

 

 ポンッ

 

 

「お、おお! 出来た! どんな物か全然予想が出来ないけど!」

「た、助かった~」

 

 師匠は安心したのかよろよろと地面に膝をついた。

 本当に、この人は何て事をしてくれたのだろうか。

 

「どれどれっと」

 

 俺は釜の中から完成品を取り上げてみた。

 

「…………」

「うわあ……」

「ぷに~」

 

 見た目にかなりのカミカゼ要素が加わった。

 雪だるまにジェット、これに加えて胴体に巻きつけられた数本のフラム。

 

「……これを使うのは大分躊躇いがあるんだが」

「うん、これは流石に……」

 

 師匠も悲しげな顔でこいつを見ていた。

 

「とりあえず、普通のラケーテレヘルンを作る作業に戻るよ」

「うん」

「ぷにに」

 

 その日は一日アトリエに微妙な空気が流れてしまった。

 



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ヒーローアカネ

 

 前に爆弾を作ってから二週間、3月の中頃に俺はスカーレット討伐のために村近くの森まで来ていた。

 

 

「俺らの担当は森の南だとさ、ついでにヤバいニュースも入ってる」

「ぷに?」

「なんでもこっからどんどん南下していってるらしい……」

「ぷに……」

 

 この森から南はもれなく村がある場所、冗談じゃなくなってきたぜ。

 

「しかも俺以外の冒険者はまだ来てないらしい……」

「ぷに!?」

「まあ、俺らの移動速度が情人に比べて以上なんだから仕方ないけどな」

 

 自転車二号に乗れば、最短一週間でアーランドから村まで来れる程度の速さだ。

 馬車の二倍の速さで移動しているってことだ。

 

「ステルクさんは村にいる冒険者に外に出ないように警告しに行ったから、俺らが頑張るしかない訳だ」

「ぷに~……」

「まあ、元は俺らの悪ふざけだしな、なんとか時間くらいは稼ごうぜ」

「ぷに!」

 

 ぷにが勇ましく返事をしてきた。今日ほど頼もしいと思った事はないぜ。

 

「うんじゃまあ、二手に分かれて殲滅するか」

「ぷに!?」

 

 ぷにが今までに聞いた事のないような驚愕の声を出して、あり得ない物を見る目を向けてきた。

 

「俺だって不本意だっての、でも村の安全第一で考えると分かれた方が効率いいだろ?」

「ぷに~……」

「大丈夫だって、今日のために爆弾も量産してきたんだしさ」

 

 コンテナにある材料の在庫がなくなるほどの量のラケーテレヘルンを生産してきた。

 これだけあればスカーレット相手にもひけはとらないはずだ。

 

「これから始まるのは戦いじゃない……狩りだ」

「ぷに~」

 

 俺がカッコイイセリフを行っている間にぷには森の中へと入って行ってしまった。

 流行ると思うんだけどな、このセリフ。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 スカーレットが二体現れた!

 

 

「が、こっちには気づいていないようだな……」

 

 俺はこそこそと草むらの中から奴らの様子を窺っている。

 先手必勝、一撃必殺。

 

「はっしゃっ~……」

 

 小声でラケーテレヘルンを三体置いて起爆させると、彼らは上空へと飛んで行った。

 

「君達の犠牲を無駄にはしない……」

 

 俺が手袋をつけると同時に巨大な氷塊がいくつも奴らへと落ちて行った。

 これで死なない辺り彼らもそこそこの猛者と言えよう。

 

「やっぱり原理が分からない……」

 

 俺が飛び出すと、氷は既に溶けていた。

 錬金術の道具について深く考えたら負けだと思っている。

 

「オラッ!」

 

 俺は弱々しく起き上がり始めている一体に問答無用の拳を叩きこんだ。

 

 顔面にクリーンヒットしたそいつは真っ直ぐ飛んで行き、木に激突した。

 

「とどめフラム!」

 

 起き上がることも許さずに追撃のフラムを投げた。これでおそらくヤッタだろう。

 

「よしよしまずは一体。次はお前じゃあ!」

 

 今だ倒れている一体には足によるスタンプをプレゼントした。

 

「ガアッ!?」

 

「終わり終わりっと、材料を剥ぎ取る時間はないよな……」

 

 材料を結構使ってしまったから採れる物は採っておきたいが、そんなことしている余裕はない。

 

「次々、爆弾切れるまでは頑張るとしよう」

 

 爆弾がなくなったら間違いなく人生を詰むことになるけどな。

 

 

…………

……

 

 

 あれから一時間くらい経っただろうか、闇打ちで通算十体程度倒した辺りでどこからか爆発音が聞こえてきた。

 

「援軍……? なわけないよな、爆弾なんて使えないだろうし」

 

 戦闘で爆弾を使いこなせるのは錬金術士だけだと思っている。

 となると場所的にトトリちゃんなんだろうけど……。

 

「間が悪すぎないか?」

 

 俺はうめきつつも爆発音の発信源まで歩いて行った。

 

 

 

 

 続いていた爆発音を頼りに森を進んで行ったが、何故か爆発音が止んで俺は手探りで進んでいた。

 

「この辺か?」

 

 俺は草むらをかき分けて、少し広めの場所に出た。

 

「ん、ん~……?」

 

 状況が把握できない。大分ショッキングな光景が広がっていた。

 

「あ、アカネ君! た、助けて! メルヴィとトトリちゃんが!」

「わ、わーお」

 

 そこにいるのはスカーレットが三体、その前には倒れているメルヴィアとトトリちゃん。そして膝をついているツェツィさん。

 

「あ、ありえん……」

 

 メルヴィアがいくら数が多いとはいえこいつらにやられるとは……。

 

「とりあえず……!」

 

 俺は三人から離れさせるために牽制のフラムを投げた。

 

「ガアアア!」

 

 退いた内に一体が間に割り込んだ俺に威嚇してきた。

 とりあえず、無視。今は三人が心配だ。

 

「おい、メルヴィア。大丈夫か?」

 

 俺はスカーレットの方を向いたまま、メルヴィアに話しかけた。

 

「正直無理ね。とりあえず、あたしはいいからツェツィとトトリ連れて逃げてちょうだい」

 

 いつもの陽気さはどこに行ったのか、呻き声まじりにそう淡々と言葉にした。

 

「ちょっと! メルヴィ! 何言ってるの!」

「仕方ないでしょ、こいつにあいつら倒せないだろうし……」

 

 酷い言われようだ。まあ、確かにタイマンで三体も相手にしろって言われたら大分きついけどな……。

 

「で? トトリちゃんは?」

「気絶しちゃってるわ……。わたし達を助けに来てくれたんだけど……」

「な――――!?」

 

 絶句した。同時に殺意も沸いてきた。

 まさか、トトリちゃんの柔肌があいつらの爪でキズものに……。

 

「ちょっと、あたしも大分傷だらけなんだけど?」

「うっせ、回復力的にお前は大丈夫だろうが」

 

 そしてさらりと思考を読むなよ。

 まあ、メルヴィアも見た目美少女だからな。血だらけになっている姿を見て怒りが湧いてこないと言えば嘘になる。

 口にしたら確実に後でからかわれるから言わないけどな。

 

「とりあえず任せろ。昔グリフォンから助けてもらった借りも返してやんよ」

「随分昔の事引っ張り出してくるのね……。難易度高いだろうけど、よろしく頼んだわよ」

「あいよ」

 

 俺がそう返事すると空気を読んでくれていたスカーレット一同が、俺に向かって来た。

 

「ガアアッ!」

 

 俺は常々危険な戦いはしたくないと言っているが、例外はある。

 

「ヒロインのピンチに駆けつけるのがヒーローって奴なんだぜ!」

 

 俺はラケーテレヘルンを地面に置いて起爆した。

 

「って、速い速い!」

 

 スカーレット達は一気に速度を上げてこっちに接近してきた。

 

 爆弾の特性上ある程度距離が開いてないと当たらないのがこの爆弾。

 後ろに下がろうにも怪我人二人がいるので無理だ。

 

「ガア!」

「っと!」

 

 右の一体が俺に向かって爪を振り降ろしてきた。

 俺は体を左に捻ってそれを回避した。

 

「「ガアアア!」」

「ヤバッ」

 

 残り二体が俺に向かって炎のブレスを吐いてきた。

 熱源が迫ってくる中、俺はポーチの中に手を突っ込んだ。

 

「っと!」

 

 俺はポーチから飛翔フラムを取り出して、地面に叩きつけ思いっきり踏ん張って跳躍した。

 

 三人に近づけさせないように上空からフラムを数発投げて牽制する。

 

 俺は落下していくのに合わせてもう一発飛翔フラムを使い静かに着地した。

 立ち位置は完全に初期状態と変わらない。

 

「結局、ジリ貧だな……」

 

 攻撃しようにも間合い詰められるし、格闘だと多勢に無勢。フラムも牽制程度にしか効かない。

 

「スカーレットも倒す、三人も守る。二つやらなくちゃいけないのがヒーローの辛いところだな」

 

 軽口を叩いてはみるが、結構辛い。ラケーテレヘルンさえ当たってくれれば形勢は一気に有利になるんだが……。

 

 

「ガアアッ!」

 

 

「へ?」

 

 後ろからスカーレットの声、それも数体分。

 顔だけ振り向かせると木の間から三体のスカーレットが現れた。

 

「あれ? 詰んだ?」

 

 頭の中は完全に真っ白。間抜けにもオワタの顔文字だけが頭に浮かんでいる。

 どうしたら勝てるかが全く分からない。

 メルヴィアの言っていた難易度が高いの意味がようやくわかってきた。

 

「アカネ君……」

「あ、ああ、大丈夫だ。最悪ツェツィさん達は守るさ」

「そんなこと言わないでよ……」

 

 まさか、前の悪ふざけがこんなでかくなって帰ってくるとわな……。

 因果応報とは言うけど、これは厳しいぜ。

 

「まったく、だから逃げろって言ったのよ」

「うっせ。俺はまだ真の力は出してないんだよ」

 

 事実、前の三体だけならすぐに倒す方法がある。

 やったら後動けなくなりそうで危険だからやらなかったけど、このままじゃ確実にエンドしちゃうしな。

 

「今日ばっかりは、命削って頑張るヒーローになるか」

 

 俺はポーチの中から黒の魔石を取り出して、右手で握り締めた。

 手袋着用時、黒の魔石からのダークパワーによって俺は数段に強化される。俺のファンならみんな知ってる基礎知識だな。

 疲労感が半端ないのも基礎知識だ。

 

「超ダッシュからの超パンチ!」

 

 一度の跳躍で距離を詰め、乱反射する光の様に小さく飛び回り後ろに回って、一体の後頭部へと矢弓のような拳を振るった。

 電灯の紐を殴りつけたような軽い感覚と共に、スカーレットは放物線を描いて森の奥へと飛んで行った。。

 

「超チョップに超キック!」

 

 遠心力を生かし、流れるように体を回転させてもう一体に手刀をお見舞いすると、手に骨を砕いた感触が響いた。

 そこからさらに体を回転させての上段回し蹴りを最後の一体の頭に入れ、そのまま足を落とし踏みつけた。。

 

「超脱力……ガハッゴホッ!」

 

 そして思いっきり咳き込んで俺は倒れた。なんというか、しまらない。

 

 

 ぼやけた視界の中に今にもメルヴィアに爪を振りおろそうとしているスカーレットの姿が映った。

 

 

「メルヴィ!」

 

 

 ツェツィさんの悲鳴。

 

 でも、無理。ずっと手袋着けてて大分疲れてたのに加えて、魔石君だよ。

 流石に体力の限界だ。残りの三体をどうにかする体力なんて残ってないんだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だが、そこで頑張ってこそヒーローだ」

 

 俺はもう一度魔石を握りしめて、体を投げ出されたような体勢で、後の受け身も何も考えないタックルをかましてやった。

 

「――ガッ」

 

 そいつを巻き込んだまま勢いで木に激突した。

 そこで俺の意識はどんどんと白濁していった。

 

(……あと、二体……)

 

 

「ぷにー、ぷにー!」

 

 濁った頭の中、かすかに相棒の声が聞こえた気がする。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「あー、腰が痛い」

「アカネさん。無理しないでもう少し休んでた方が……」

「あー、いいのいいの。体はもう全然平気だしさ」

 

 あれから二週間が経って、俺はようやっと回復した。

 木にぶつかったせいで未だに腰は痛いけどな。

 

 場所はトトリちゃんの家。メルヴィアと姉妹二人プラス俺とぷにの構成だ。

 

「それにしても悪かったわね。あたしのせいで危ない目に遭わせて」

「そんな。私の方こそごめんなさい。あんなわがまま言わなければ……」

 

 何でも、冒険者体験で大分遠出した結果あんな目に会ってしまったらしい。

 まあ、うん。本当に、二人は何にも悪くない。本当に。

 

「わたしもごめんなさい。最初からついていけばよかったのに……」

「俺もごめんなさい。本当に……アハ、アハハハハ」

「何笑ってるのよ、気持ち悪いわね……」

 

 もう、背中が冷や汗でびっしょりです。

 事実を話したらたぶん一生大体こいつのせいとか言われると思う。

 

「ま、冗談抜きで反省してるのよ。アカネが来てくれなかったらどうなってたか分からなかったし」

「ハッハッハ、讃えよ……と言いたいが、あんまり褒めるなよ」

 

 褒められるたびに俺の良心がズキズキと痛む。

 

「今回は前の借りを返しただけだと思ってくれよ」

「まあ、あんたがそういうならあたしは良いけどね」

「ぷにぷに!」

 

 唐突にぷにが存在をアピールしてきた。

 

「ま、一番のお手柄はシロちゃんね。アカネが気絶した後すぐに来てくれたもの」

「ぷにん!」

 

 ぷにがえっへんと言うかのように一鳴きした。

 良いところを持ってかれた気がする。

 

「シロちゃん、これからもメルヴィの事よろしくね。一人だと少し心配だから」

「あらら、一気に信用なくしちゃったみたいね」

「当り前よ。私本当に怖かったんだから」

 

 ツェツィさんがちょっと強めの口調でメルヴィアに言い放った。

 

「だから、それは謝ったじゃない。危ない目に遭わせて本当に悪かったって……」

「違うわよ! あなたが死んじゃうんじゃないかって、それが……」

 

 ツェツィさんは俯いて、とても悲しげな口調でそう言った。

 

「とにかく、もう無茶な事はしないで。約束!」

「はいはい。約束約束」

 

 なんという投げやりな約束だろうか。

 

「真面目に言ってるの! 破ったら一生口きいてあげないからね!」

「うわ、それは厳しい。破る訳にはいかないわね。大丈夫、絶対守るから信用して」

「どうかしら、あなた昔から口だけな所があるから」

「あー、ひどい」

 

 なんか、完全に二人の空気だな。

 俺とかぷにとかトトリちゃんまでもおじゃま虫な空気だ。

 そろそろ退散するかね……。

 

「そ・れ・に」

「ん?」

 

 突然メルヴィアが俺の腕を引っ張って、引き寄せられた。

 

「もしも、不本意で無茶してもここに頼もしいヒーローさんがいるから大丈夫よ」

「て、てめえ!」

 

 メルヴィアが俺の事を見ながらニヤニヤしてそう言った。

 顔が熱くなっていくのをすごい実感した。

 

「あれは、物の弾みで言っただけでだな……」

 

 そうでも言わなくちゃ、やってられなかったというか……。

 

「はいはい。いやー、カッコよかったわよ。一瞬にしてスカーレットを三体も仕留めちゃって」

「そういえばあれは凄かったわね。見直しちゃったもの」

「へー、アカネさん凄い強いんですね」

 

 からかいの目が一組に尊敬の目が二組。

 やばい、どんどん顔が赤くなってく……。

 

「あらあら、顔が真っ赤よ~」

「うっさい、うっさい!」

 

 ダメだ。帰ろう帰ろう今すぐ帰ろう。

 俺がそう思っていると、メルヴィアがまた口を開いた。

 今度は何を言うつもりだよ……。

 

 

「ま、冗談抜きでカッコよかったわよ。白馬の王子って感じじゃないけどね」

「お、おう……」

 

 ヤバイ、不覚にもときめいてしまった。さっきとは別の意味で顔が赤くなってきた。

 くっ、見た目美少女だからって調子に乗りやがって……。

 

「それにしても、前に戦ったとき相当に手を抜いてたのね。今度もう一回やりましょうか」

「え?」

 

 死の一戦を乗り越えたらまた死亡フラグが立った。

 

 やっぱりこいつ相手にときめくのはないわ。



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師匠のお願い

 

 あれから一ヶ月程度経って、今日は六月一日。待ちに待った冒険者免許更新の日だ。

 スカーレットの討伐で無事にランクも上がったから心配無用。

 

 俺はギルドでクーデリアさんから延長された免許を受け取った。

 

「はい、おめでとう…………はあ」

「ちょっと、その溜息は何ですか?」

 

 そこは、これからもよろしくねとか言うところじゃないだろうか?

 

「だって、ねえ? またあんたと少なくとも二年間の付き合いになる訳でしょ?」

「むう、今日はネタなしで来たと言うのに……二年間?」

 

 確か最初の免許は三年の期限だったと思うんだが。

 

「ああ、それね。冒険者の制度ってまだ成立したばっかりで結構あやふやなところがあるでしょ?」

「まあ、確かにな」

 

 時期によっては永久免許だったり、なんの審査もなく冒険者になれたり。

 

「それで、この期にきれいに整備しようって話になってその作業に二年かかるかなーって」

「なるほど……」

 

 なんか妙に態度がさばさばしている、絶対俺だからだ。

 トトリちゃん辺りに対してはすっごい申し訳なさそうに言うんだ。

 仕方ないけど!

 

「まあ、二年間ずっとサボったりでもしてなければ平気よ」

 

 フリか?

 

「言っとくけど、フリじゃないわよ?」

「以心伝心、俺とクーデリアさんはもう切っても切れない関係なんですね」

「そうね、好きだもの」

 

 そこには顔を赤らめるクーデリアさんが。

 …………え?

 

「にゃっ! へっ!?」

「いやいや、普通に嘘ってわかりなさいよ。何顔真っ赤にしてるのよ」

「つ、釣られた……」

 

 まさかこんな反撃に出てくるとはな。俺の純真な心を逆手に取ったえげつない作戦だぜ。

 

「ま、まあ、わかってましたけどね」

「顔を赤くさせてもなんの説得力もないわよ」

「お、覚えてろ!」

 

 俺は体を反転させて走り出そうとした。

 

「待ちなさい」

「うげっ!?」

 

 足を前に出した瞬間、首元を締め付けられた。

 

「っんん! 何ですかいきなり!」

 

 俺は引っ張られていた襟を整えながらクーデリアさんに抗議した。

 

「いや、忘れてるかもしれないと思ってね」

「はあ?」

「借金よ借金。三十万コール。期限はあと一年」

 

 指を一本立てて、念を押すように手を近づけてきた。

 

「ああ、全然問題ないですよ。貯金で生活費引けばあと十万コール弱で貯まりますから」

「そう? ならいいけど、借金返すために借金するんじゃないわよ?」

 

 クーデリアさんが脅すような目つきで俺を見てきた。どんだけ信用ないんだよ俺。

 

「別にそんなに散財するタイプじゃないですから、今日だってぷには仕事に行ってますし」

「……あんたの免許、本当に延長してよかったのかしら?」

「言っておきますけど、俺の活躍ぶりはタイもヒラメも舞い踊りだすレベルですよ?」

「いや、訳分からないわよ」

 

 残念だが流石のアーランドにも日本昔話の文化はなかったようだ。

 まあ、あってもこの例えじゃ意味が分からないだろうけどな。

 

「とりあえず安心しといてください。それじゃ師匠も待ってるでしょうから失礼します」

「はいはい、頑張ってね」

 

 今日も今日とて穏便にギルドから去った俺はアトリエに帰って行った。

 

 

 

 

 

「ただいまー。ランクアップしたぜー」

「あ、おかえりー。おめでとうアカネ君」

 

 アトリエに入ると師匠が素晴らしく模範的な祝いの言葉をかけてくれた。

 

 ちなみにトトリちゃんはステルクさんを連れて冒険に行ってしまっている。

 なんでもギルドが開くと同時に入って来て免許を更新、そしてすぐに出て行ってしまったらしい。

 

 まあ、それだけ今日が来るのを待っていたって事だろう。

 俺はテーブルについてそこにあったパイをつまみながら話を始めた。

 

「俺も付いて行きたかったのにな~」

「そういえば、安静にしていてって言われてたけど、アカネ君怪我でもしたの?」

「一ヶ月前に腰を痛めた。もう問題なしなんだけどな……」

 

 まさか未だに心配されているとは思わなかった。

 でもまあ、ステルクさんが付いて行ってくれてるなら安心だろう。

 

「しっかし、これでようやく船の最後のパーツが作れるんだな」

「そうだね~。お母さん見つかるといいんだけど」

「そればっかりは何とも言えないけどな」

 

 もちろん生きていて、見つかってほしい。みんなそう思っている。

 多少はもしかしたらとか思わなくもないけれど……。

 

「そう言えば、アカネ君は付いて行かないの?」

「ん? いや、現在進行形で置いてかれてるんだが?」

「そうじゃなくて、一緒に海に出ないの? アカネ君は経験者なんだから付いて行ってあげた方がいいと思うんだけど」

「無理無理。俺なんて役に立たないよ」

 

 本当に、俺は海なんて渡りたくない。危険すぎるだろ常識的に考えて。

 

「そっか、アカネ君がそう言うなら仕方ないよね」

「うむ…………。うーん……」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……」

 

 正直に言おう、悩んでいる。

 海に一緒に出れば嘘がバレる可能性がある。百歩譲ってこれは良いとしよう。

 海に出て行くのが危険だから俺は嫌なんだ。でもなあ……。

 

 

「……はあ」

 

 前のスカーレットの時に気絶していたトトリちゃんを思い出してしまう。

 いくら強くなったとはいえか弱い女の子だ。

 危険なのが嫌なのだが、つまりはそんな危険な場所にトトリちゃんが行くということだ。

 

 ステルクさんやミミちゃん、後輩君。チートアイテムを使えば内二人よりは一瞬は強くなれる。

 つまりトトリちゃんの危険を減らす事が出来る訳だ。

 

 トトリちゃんは命の恩人だし、何よりだ。

 見送った船が帰ってこなかったら罪悪感でそっちの方が死ねる気がする。

 

「……いや、でもなあ」

 

 俺は思わず頭を掻き毟ってしまう。

 トトリちゃんの身の安全か、自分の身の安全か。

 死にたくないけど死なせたくはない。

 

 より後悔しない道は付いて行くことだろう、俺もそっちを選びたいけど若干躊躇してしまう。

 やっぱりフラウシュトラウトなんていう、いかにもなモンスターが怖いのだ。

 

 

「…………」

「……ん? どうした師匠?」

 

 俺がふと前を見ると、テーブルの向かい側で師匠がニコニコして俺を見ていた。

 

「うん、ちょっとね、お願い思いついちゃったから」

「お願い?」

 

 いきなり何を言い出すんだこの師匠は、人が真剣に悩んでいるのに。

 

「もう、忘れちゃったの?ほら前にアカネ君言ったでしょ、一つだけなんでもお願いを聞くって」

「あ、ああー、そういえばそんなのもあったな」

 

 確か白ぷに騒動の時だったか、もはや一年以上も前の話じゃないか。

 なんでこのタイミングで?

 

「まあ、いいや。で?約束は守るからな、何でも言ってくれ」

 

 師匠の事だから、そんなに鬼畜な命令はしてこないはず……はず。

 

「うん、それじゃあ言うね」

「あいよ」

「トトリちゃんと一緒に海に行ってあげて」

「…………」

 

 何か耳がおかしくなった気がする。

 

「ワンモアプリーズ」

「だから、トトリちゃんと一緒に海に行ってあげて」

 

 師匠の顔は残念ながら真剣そのもの、一体どういう事?

 

「あー、理由を聞いてもいいか?」

「うーん、なんとなく?」

「なんとなくって……」

 

 確かにジャストミートだ。素晴らしいタイミングだ。

 流石は師匠と言うしかないな。

 

「嫌だった?」

「いや、約束だからな。うん、約束は守るさ。たとえ俺が行きたくなくても約束だからしょうがないな」

「えへへ、そうだね」

「クックック、完璧にパーフェクトに守って見せるぜ」

 

 本当に俺は良い師匠に恵まれたよ。

 こんだけ弟子バカな師匠はそういない気がするが……ステルクさんがいたな。

 

「師匠、ありがとな」

「うん、どういたしまして」

「お礼にパイでも焼くよ、俺も置いてあった分じゃ物足りなかったしな」

「え、本当! わーい!」

 

 両手を上げて喜ぶ師匠を横目に俺はキッチンへと入って行った。

 

 とりあえず、明日から出航までに俺強化計画を考えないとな。

 俺だって何も殺されに行きたいわけじゃない。この世界でやりたいことなんてまだまだ残ってるしな。

 

 

 

 ちなみに、物思いに耽りながらパイを作ったせいで、塩と砂糖を間違えて師匠に泣かれた。

 見事にシリアスを打ち破ったなと俺はそれを感心しながら見ていた。

 



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最強の爆弾

 

 

 免許更新から一週間、俺は素材集めの旅から帰って来ていた。

 

「ふわあ~……」

 

 そして現在、俺は欠伸をしながら釜を混ぜていた。

 トトリちゃんに付いて行くと決心した俺はとりあえずフラムを量産していた。

 

「ぷに~」

「まあ威力は最近微妙だけどさ、使いなれてるし投げやすいこいつが一番なんだよ」

「ぷに」

 

 いやー、本当にフラムは使いやすい。フラムはもう俺の恋人レベルだな。

 

「ぷに?」

「ラケーテレヘルン? ……愛人一号だ」

「ぷに~……」

 

 ぷにがジトっとした目でこっちを見てきた。

 だってしょうがないじゃないか、戦闘で使うの初めてで間合いとれなくて全然役に立たなかったんだからさ。

 結局はパッと使えてパッと爆発するフラムが一番使い勝手がいい。

 

「メガフラムにすると威力が高すぎるっていうのが珠に傷だけどな」

「ぷにん」

 

 船の上でアレを使ったら……良くて焦げる程度かな。

 

「はあ、ままならないな」

「ぷに~」

「……ん?」

 

 溜息をつきながらなんとなく外を見てみると、視界の隅で何かが動いていた。

 

「…………」

「どうしようかな、渡してもいいのかな? でもでも、危ないかもだし……」

 

 俺の真後ろで師匠が本を持ちながら、小声で葛藤していた。

 これは声をかけてやるべきなのだろうか?

 

「師匠?」

「ドキッ!? ど、どどどうしたの?」

「ああ、うん……」

 

 口でドキッて言う人初めてみた。まあ、かわいいから許せる。

 

「とりあえず、俺に何か用があったりするんじゃないのか?」

「な、なんでわかったの!?」

「……えっと、勘」

 

 二人っきりのアトリエで俺の後ろにいて、本を持ってる。

 これでわからない方がどうかしているのだが、まあ言わないでおこう。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 師匠が何かすごい物でも見るような目で見てきた。

 こないだの若干カッコ良かった師匠はどこへ消えてしまったのだろうか。

 

「それで、何なんだ?」

「あ、うん。えっと、アカネ君ももう立派な錬金術士だよね」

「うん? まあ、爆弾と簡単なものなら大抵作れるくらいにはなな」

 

 ゼッテルを作るためだけに永遠と試行錯誤していた時代が懐かしくなるな。

 それでも作れない物の方が多いけど。

 

「うん、それでアカネ君は爆弾作るのがすごく上手だから……アカネ君を信用してこれを渡すね」

「お、おう」

 

 師匠が睨みつけるような目で俺を見ながら本を手渡してきた。睨みつけると言っても可愛いだけなんだが。

 

「……? これは、参考書?」

 

 中をペラペラと捲ると、中には爆弾の作り方も載っていた。

 

「ああ、なんだ。それで心配してくれてたのか? 大丈夫だって、爆弾なんて俺にかかればちょちょいのちょいさ」

「うん、それはわかってるんだけどね……。実は、アカネ君が心配な訳じゃないの」

 

 なんかさらりと酷い言われような気がする。

 

「その爆弾はねかなり……ううん、ものすごーーーーく! 危ない爆弾なの!」

「いやいや、んな爆弾マイスターである俺が失敗なんてする訳ないんだから、忠告なんていらんて」

 

 俺はボンバー男と言われても差し支えがないレベルだと自分では思ってる。

 

「でも、アカネ君偶に変な調合するでしょ……?」

「ま、まあごくごく偶に……な」

「この爆弾でそんなことすると……このアトリエごと消し飛んじゃうかもしれないの」

 

 

 え?

 

 

「ちょ、ちょちょ! け、消し飛ぶって!?」

「教えようかどうかすごく迷ったんだけど、大丈夫だよね」

 

 そ、その自信はどこから!?

 

「アカネ君は爆弾上手だし、経験も十分な錬金術士だし!」

 

 そう言って師匠はニコニコしてアトリエから出て行こうとした。

 

「ま、待った待った! いくらなんでも俺の手に余るっていうか、正直言うと怖いんだが!」

「……信じてるからね、アカネ君」

 

 一転して真面目な顔をして、バタンとドアを閉めて師匠は出て行ってしまった。

 

「くっ、シリアスな師匠どこ行ったとか言うからこんなことになる。いっそ楽しげな空気で渡された方がまだ良かったわ」

「ぷに!」

「いやいや、作れって他人事だと思って」

 

 俺がそう言うと、ぷには否定するように跳ねた。

 

「ぷにに!!」

「まあ、確かにな」

 

 このアトリエが消し飛ぶ=肩のぷにも巻き添え

 この方程式は容易に確立されるが、だからって作る理由にはならない。

 

 

「ぷにに!ぷに?」

「ま、まあトトリちゃんのタメを思うなら俺の爆弾は強化しておきたいところだけどさ」

「ぷに?」

「おーけー、一個だけ。一個だけ作ろう。一個だけだからな!」

 

 大事なことだから三回言いました。

 

「ぷにに!」

「材料は……なんじゃこりゃ」

 

 メガフラムが二個に中和剤、火薬、タール液。

 火薬に加えて、同じ火薬要素を持つタール液を加えるとは、この爆弾マジだな。

 

「名前からまずヤバいだろ。なんだよN/Aってなんて読むんだよ、ボイスないからって誤魔化すなよ」

「ぷに~?」

「こっちの話だ気にするな」

 

 とりあえず、スゴイ爆弾だって言うのだけはわかった。

 

「んじゃ、まずはメガフラムを作るとするか」

「ぷに」

 

 

 

 

 

「よし、準備はできた」

「ぷに」

「アトリエの鍵は閉めたな?」

「ぷに!」

 

 変な乱入→驚いて釜の中に材料を変なふうに入れてしまう

 このコンボが決まるともれなく死亡フラグが立った瞬間に消化されると言うコンボまで決まってしまう。

 フルコンボもしてももう一回遊べたりはしないので、厳重に密室を作らねば。

 

「材料は足元に置いて、手も念入りに消毒済みだ」

「ぷに!」

「それでは、オペを開始します」

「ぷに~」

「こんくらいのおふざけは許してくれ……怖いんだよ」

 

 さっきから手がプルプルと震えている。

 戦いの死を回避するために、こんな死の危険を味わうなんて本末転倒すぎる。

 

「よ、よし……やるぞー」

「ぷに」

 

 俺は震える手でベースとなるメガフラムを二つ釜の中に入れた。

 

「この後は、タールを加えながらしばらく混ぜていくっと」

「ぷに……」

「あ、なんかお腹痛くなってきた」

「ぷに!」

 

 我慢しろって怒鳴られた。

 ああ、なんか口もカラカラに乾いてきた……。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらくの間二人とも無言で釜を見つめていた。

 

 完全な無音状態、俺は釜をかき混ぜ、タール液を加えることだけに全神経を注いでいた。

 

 

 悟り境地に至っていると、足に何かがヒタっと当たる感覚がした。

 

 

「ギャ、ギャーーーー!?」

「ぷにににに!?」

「の、のおおおーーー!」

 

 ごぼさない! 手は止めない!

 俺は最後の理性を総動員して作業を続行した。

 

 心臓が破裂しそうなくらい驚いた。俺があと二十年をとっていたら、ショック死を起していてもおかしくないレベルだぞ。

 

「ちむ~?」

「ち、ちむちゃん?」

 

 足には初代ちむであるちむちゃんがくっついていた。

 俺の脚に両腕を絡ませて上目遣いになっている様子はとても可愛らしい、可愛らしいけど時と場合。TPOが重要だと思う。

 

「の、登るのか、そうかそうか……」

「ちむ」

 

 ちむちゃんは俺の服を掴みながら足、背中と来てぷにのいない左肩に乗ってきた。

 

「ど、どこにいたんだ?」

 

 俺は釜に向き直って作業をしながら、そう問いかけた。

 

「ちむ~」

 

 ちらりと横目をむけると、ちむちゃんはソファを指していた。

 

「もしかしなくても、ソファの下で寝てたのか?」

「ちむ!」

「さいですか……」

 

 そんな天然が入った行動のせいで、俺の寿命が半分くらい縮んでしまったのだが。

 

「ちむ~……」

「い、いや、別に怒ってないさ。ちょっと驚いただけだ」

 

 ちむちゃんが涙目になっているのを見て怒れるやつがいる訳がない。

 

「よし、そろそろ火薬の出番だな」

 

 今回使う火薬はすり鉢で砕いたフロジストンなのだが、両肩に生き物が乗っているせいで足元の材料が取れない。

 

「ちむちゃん、下にある材料取ってくれないか?」

「ちむ~」

 

 ちむちゃんは俺の肩から飛び降りて火薬を手渡してくれた。

 身長的に大分高い高さから飛び降りた事になるのだが、ケロッとしているあたり逞しいな。

 

「よしっと、後はしばらく混ぜて中和剤だな」

「ぷに」

 

 まあ、一番神経質になった材料の加工さえ問題なければこんなもんだろう。

 これで威力がなかったら、二度と作りたいとは思わないがな。

 

 

 

 

 あれからしばらく混ぜていた。空はすっかり暗くなり始めている。

 

「よーし、ちむちゃん仕上げの中和剤お願い」

「ちむ」

 

 受け取った試験官の中の中和剤を垂らすと、ポンッという音と共に反応が止んだ。

 

「できたできた」

「ぷに」

 

 さっそく釜に手を入れて、できた物を掬いあげてみた。

 

「むむ?」

 

 なんかフラムの面影が全くない物ができた。

 材質は鉄、色は黒色。

 形は中心から下に向かって広がっている山のような形だ。

 

「大分縮んだな」

「ぷに~」

 

 メガフラムはトトリちゃんが両手で持ち上げるほどの大きさがあると言うのに、こいつは手の平に収まる大きさだ。

 

「ちむ?」

「ん、たぶん強い爆弾だな。ちょっと試しに使ってくるわ」

「ちむ~」

 

 ちむちゃんはだぶだぶの腕を振って俺を見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーランド郊外の平原にて。

 

「くらえリス!」

 

 

 ドン!

 

 ドン!

 

 ドン!

 

 ドン!

 

 

「…………」

 

 タルリスは声を上げる間もなく消滅してしまった。

 爆発範囲はそこまで広くない、それこそフラムの二倍くらいの範囲だが……。

 

「四連続爆発って」

 

 

 結局俺は来る日までこれの調合をがんばるのだった。

 



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無駄のない無駄

 出航に向けて爆弾作りを続けている俺であるが、ある事について悩んでいた。

 その悩み事について、ぷにと宿屋の自室で考えていた。

 

「俺も一緒に行くぜ」

「ぷに~」

「か、軽すぎるか……じゃあ次は重い感じで…………君を守りたいんだ!」

 

 右手を前に、必死に語りかけるようにそう叫んだ。

 

「ぷにににににに」

「笑ってんじゃねえよ!」

 

 トトリちゃんに何て言って付いて行くか、それが問題なのだ。

 一回断った手前、なんとなく言いだしづらい。

 

「ぷに!」

「フラウシュトラウトって奴と戦いてえんだ! 戦いたくないわ!」

 

 バトルジャンキー風はない、完全にボツだ。

 

「ぷにに~……」

「はあ、どうしたもんかな……」

 

 こんなやりとりを続けてかれこれ数時間、いまだにいい文句を思いつかない。

 

「ちょっと気分転換に行くか」

「ぷに」

 

 さすがにお題もなくなってきて、ちょうどお昼なのでぷにと一緒に昼を食べに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、腹がいっぱいになってもなんも思いつかんよなあ……」

「ぷに~」

 

 昼を済ませて、俺は街の広場のベンチに座っていた。

 

「ぷにに」

「むっ、誰がヘタレだって? 本当のヘタレに失礼だろうが」

 

 特別に誰とは言わないが。

 

「つーかさ、こっちにもヒーローショーとかあるのな」

「ぷに?」

 

 ちょうど俺の向かい側で、赤い衣装を着たヒーロー的な物とドラゴンっぽい怪物が戦っていた。

 ちびっ子たちはそれを見て大喜びなんだが……。

 

「なんで赤だけなんだよ、残りの四色はどこに消えたんだよ」

「ぷにに?」

「俺の世界では五人編成がレンジャーのお約束だったんだよ」

 

 こっちに来て四年経ってるから、今のテレビでもそれが通用しているかは知らないが。

 

「つーか、何故にヒーローが一方的にやられてるんだよ。可哀相すぎるだろ」

 

 赤いヒーローは武器も持たず素手でドラゴンに挑んでいる。何その無理ゲー。

 

「なんかあのヒーローに親近感が湧いてきた」

「ぷに」

 

 

 しばらく見ていると、ついに彼は倒れこんでしまった。

 

 

「負けるなー! 頑張れー!」

「ぷに……」

 

 俺は子供たちに交ざって一緒にヒーローに声援を送っていた。

 何人かのちびっ子は何コイツみたいな目で見てきてる。

 

「あ、マスクドGだ!」

「へ?」

 

 ちびっ子が指差した方向には変なマスクを付けた人がいた。

 ……何か、元国王ことジオさんに似ている気がする。

 

「はっ!」

「うわあ……」

 

 マスクの人が剣で斬りつけると、バタリと敵は倒れこんでしまった。

 

 ちびっ子たちが歓声を上げる中、俺は一人ドン引きした声を出していた。

 敵を一撃でやっつけちゃうとか、レッド君の立場全然ないやん。ただの噛ませ犬やん。

 

 

「だが、これは使えるぜ」

 

 俺の中に静かな電流が走った。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「それで? 僕に何の用なんだい?」

「マークさんに作ってもらいたいマシンがあってな」

 

 俺はマークさんを俺の宿に連れてきて、頼みごとを持ちかけた。

 

「ほほう、それはまた面白そうな話だね。一体どんなものなんだい?」

「ふふん、その名も水上バイク!」

 

 俺はあらかじめ用意しておいた絵を広げた。

 

「水上バイク? 水の上で使う……これは乗り物かな?」

 

 マークさんは俺の書いた絵を食い入るように見ていた。

 ちなみに図面とかじゃなくて、単純に外観だけ書いてある。

 

「そうそう、こっから高圧力のジェットを噴射させて進むんだよ」

「ふむ、ところで作るとしたら期間はどれくらいだい?」

「あー、ちょい待ち」

 

 トトリちゃんが材料を取ってから村に行くまででたぶん後一週間、部品作って船完成させるのに二週間くらいか。

 そっから海に出た後の事も考えると……。

 

「だいたい三週間くらいだな」

「使用時間は?」

「わからんけど、まあ二十四時間はないな」

「…………」

 

 マークさんは何か考え込むような表情をして言葉を発した。

 

「まったく、君のいたところでは本当に科学が発達しているようだね。こんな物を作れるなんて」

「うん? まあそうだな」

「三週間となると、試運転も出来ないし頑張って数時間しか稼働できないけどそれでもいいかい?」

「ま、マークさん!」

 

 ま、眩しい! 後光が差してやがるぜ!

 ごめん、正直無理だろって思ってた。

 

「エンジンは一応前に試作した物を少し変えるだけで済むけど、問題はボディだね。これをどうするか……」

「正直俺もよく分かってない」

「まあいいさ。それじゃあ三週間後に僕のラボまで来てくれたまえよ」

「あいあいさー」

 

 マークさんは扉を閉めて部屋から出て行った。

 流石は機械神だ。こんな物を作れると言ってしまうとは……。

 

「ああ、そうだそれから」

「にゃ!?」

 

 突然マークさんが扉を開けて顔を覗かせてきた。

 

「君が何の目的で使うかは詮索しないけど、一つ頼みごとがあるんだよ」

「頼みごと?」

「君の用事が終わってからで構わないから、今度お嬢さんと一緒に尋ねて来てもらいたいんだよ」

「ふむ。わかったよ、大分先になるかもしれないけど今度トトリちゃんと一緒に会いに行く」

 

 マークさんの頼み事とあれば何でも受けたい。マークさん自身はいい刺激になるとか喜んでるけど、こっちとしては受け取ってばかりな気しかしないからな。

 

「そうかいそうかい、それじゃあよろしく頼んだよ」

「あいよ」

 

 そう言って今度こそマークさんは出て行った。

 

「よしよし、まあこれで足も確保できたから俺の計画は成った訳だな」

 

 俺はずっと白けた目を俺に向けているぷにの方を向いてそう言った。

 

「計画名、アカネ・THE・ヒーロー」

「ぷに~……」

「クックック、もう分かっているだろう。そう、ピンチのトトリちゃん達、突然現れる俺、カッコイイー!」

「…………」

 

 ついにぷにが何にも言わなくなってしまった。

 完璧な計画だと思うんだが……。

 

「まあ、トトリちゃん達がいつ頃襲われるかが分からないのがネックだがだいたいの日取りは分かるからオーケーだ」

 

 俺の脳内では既にトトリちゃんに抱きつかれる所まで進んでいる。

 

「フフッ、そんなくっ付くなよ。大丈夫だったか?」

「ぷにヴぇぇー」

「吐くなよ……」

 

 そんなに気持ち悪かったのかよ。照れるわ。

 

「よし、計画はバッチリ。アトリエ行って爆弾作るぞ」

「ぷに……」

 

 無駄に洗練され、無駄に技術を使った無駄な計画がここに始まった。



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超弩級ボス戦

 

 あれから一ヶ月、俺はアーランドから南東に行った所にある海岸にいた。

 

 俺は座り込んで双眼鏡で海の方を覗いていた。

 

「俺の日数計算が正しければ一週間以内にはこの辺を通るはずだ」

「ぷに」

「噂のフラウシュトラウトの海峡とやらがこっから海に出て少しの所だから、まあ見つかるだろ」

「ぷに~」

 

 面倒くさいとは失礼な、ここでやめたらマークさんに頑張ってもらったのが無意味になってしまうじゃないか。

 

「しっかし、よく作ってくれたもんだよ」

「ぷに?」

「水上バイクだよ。動かせる時間は短いけどそれを差し引いてもいい仕事だよ。本当に」

 

 マークさん曰く、稼働時間は長くて二時間が良いところらしい。

 結局燃料問題は完璧に解決できなかったようで、不満そうな様子だった。

 

「ただな、アレはどうすればいいんだ?」

「ぷに!」

「押すっきゃないって言われてもなあ」

 

 俺はちらりと後ろに置いてある水上バイクを見た。

 黒い塗装の流線形のフォルム、スピードメーターまで完備されている。

 

 あとは、ここからは見えないが、メーターの下に赤いボタンと青いボタンが付いているのだ。

 青でエンジンがかかるらしいのだが、赤いボタンについての説明は……。

 

『このボタンは押してはいけないよ。押したら……フッフッフ』

 

「あれか? 匠の遊び心が光りますって奴か?」

「ぷに~」

「言っとくけど絶対に押さないからな、海で落っこちたりしたらそれこそ命の危機だからな」

「ぷに……」

 

 つまらない奴だとか言われようとも絶対に押さない。

 マークさんも一体何を考えているのやら。

 

「おろ?」

 

 溜息を吐きつつ再び双眼鏡で海を見ると遠くの方に小さく船が見えた。

 どうやら真っ直ぐフラウシュトラウトの海峡に向かっているようだ。

 

「って、こんな所に来る船なんてトトリちゃんの船以外にある訳ないっての」

「ぷに!」

「おっしゃ、見つからない程度に近くまで行って様子見すっぞ!」

 

 俺はバイクを海上まで持って行き、座席に座りこんでハンドルを握った。

 ちなみにぷには俺の足元に乗りこんでいる、流石に頭の上は無理だ。

 

 無免許かつ未経験の未知の乗り物だが、まあなんとかなるだろう。

 

「アカネ号、発進!」

「ぷにに!」

 

 俺はボタンを押してエンジンをかけ、自転車で言うところのブレーキにあたる部分にあるアクセルを握りしめた。

 

「ぷに?」

「ごめん、心の準備をさせてくれ」

 

 握り締めようとするのだが、力が入らない。だってこれ、いきなり車の運転してみろって言われてるのと同じなんだぜ。

 イメージではうまく乗りこなせているのだが、現実としてはどうなるかわからないと言うか……。

 

「ぷに~」

「わかったわかった、俺が始めた事だ。ちゃんとやるって」

 

 俺は観念して今後こそアクセルを握りしめた。

 

「のののっ!?」

「ぷに!?」

 

 甲高い音と共にバイクは真っ直ぐ急発進した。

 

 速い速い速すぎる! 波で凄い揺さぶられて落ちそうなんだが!?

 

「あわわわっわわって、こうか!?」

 

 完全に初歩的なミスだが、アクセル全快状態にしてしまっていた訳だ。

 現在進行形で手が冷や汗で濡れてきた。

 

「よーし、なんとか近場まで行くぞ」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 噂のフラウシュトラウトがトトリちゃんの船に襲いかかった。

 そんなときに俺ときたら……。

 

「やっべ、全然進んでねえ」

「ぷに!ぷに!」

「いやー、波って恐ろしいな」

 

 波で揺らされる→怖くて減速する→進まない。

 

 周りが一面海ってさ心が何か不安になって必要以上にチキンになっちゃうんだよね。

 

「やっばいやっばい、早くしなければ……」

「ぷにに!」

「つかさ、なんかあいつが出て来てからやたらと海が荒れてるんだけど」

「ぷに」

 

 流石は海の魔物というべきなのか、海同様に空模様も怪しくなってきた。

 

「ぬおっ!?」

 

 その時、ひときわ激しい波が俺を襲い、俺は体勢を崩して前のめりになってしまった。

 

 

「ん?」

 

 ポチっと、前についた左手が何かを押す感覚があった。

 

「青でありますように青でありますように」

 

 俺は念じつつ左手をゆっくり避けて行くと……。

 

 

『このボタンは押してはいけないよ。押したら……フッフッフ』

 

 

 頭の中にあの言葉がリフレインした。

 

「あれ~? なんか後ろがゴウゴウと音を鳴らしてる気がするんだけど?」

「ぷに~……」

 

 いくら青を押しても何の反応もなく、音は続いている。

 

 

 次の瞬間、ありえない風圧で俺の首がゴキッと音を鳴らした。

 

 

「――――――――っ!」

「ぷにーーー!」

 

 

 なんとか顔を前に戻すとトトリちゃんの船が目と鼻の先にあった。

 

「フンフンッ!」

「ぷに!」

 

 俺は足をドンドンと鳴らして、ぷにに飛び乗ると合図をした。

 このまま進めばフラウシュトラウトとは逆サイドの方を通る事になる。

 そこで船にしがみつくしかないだろう。

 

「行くぞ!」

「ぷに!」

 

 俺はバイクを蹴り飛ばして船に飛び、なんとか垂れ下がっていたロープを掴んだ。

 そして上を見ると、ぷには俺のはるか上空に飛んだようで、船上にいた。

 

「ずっけえ……」

 

 そりゃ体勢の違いでそうなるよな、お前はいつも通りにタックルすればいいだけだし。

 俺は愚痴りつつロープを手繰って登って行った。

 

 

「みんな助けに来たぜ! って、ええ!?」

 

 俺の方をミミちゃん、後輩君、トトリちゃんの三人が見ているが俺はその先の風景に驚きの声を上げてしまった。

 

「津波?」

 

 とっても強面で大きな爪を持ったフラウシュトラウトさん、その向こうに大きな波が見えた。

 

「いいタイミングで来たわね。ほら、とっととアレをなんとかして頂戴」

「あ、アカネさん……」

「先輩! 何とかしてくれ!」

 

 ミミちゃんは余裕そうに見えるが結構焦った表情。

 トトリちゃんは少し怯えたように。

 後輩君は軽くお願いするぜと言った様子だ。

 

 いやいや、俺の予想図では助けに来たぜ! ってカッコよく言い放って人生の最盛期を迎える予定だったんだが。

 こんな確定で死ねる技が来るとか聞いてないぞ。

 

 俺が呆然としているとぷにが俺の脚に噛みついて一鳴きした。

 

「ぷにに!」

「む……そうだな」

 

 言われてみれば、このピンチを何とかすればみんなの俺に対する株が急上昇。

 頼れる先輩像を確立することができる!

 

「よし! 俺に任せろ!」

 

 俺はそう言って飛翔フラムを使ってマストの上にある見張り台のような場所に立った。

 

「確かまだ一回くらいは使えたよな!」

「ぷに!」

 

 俺は幾度となく俺を助けてくれた最強の武器、黒鉄の砲身を召喚した。

 俺はその砲口に作ったN/Aを全て詰め込み、片足を導火線部分に押しつけ、火を点けた。

 

「黄昏の光(ラグナロク)!」

 

 三度目の蒼い閃光は、フラウシュトラウトのやや上を通り見事、波に大きな風穴を開けた。

 扇状に散らばっていったN/Aも連鎖的に爆発を起こした事により、津波は死に、ただの白波と化した。

 

 下からは先輩すげーと言う後輩君の呆けた歓声が聞こえてきた。

 

「サンキュー、相棒」

 

 使用回数が限界まで来たのだろう、大砲からは何の力も感じ取れなくなった。

 

 なんとなく寂しい気分になりながらも俺は下にいる後輩三人組に声をかけた。

 

「次が来る前にかたをつけるぞ! 俺とぷにで隙をつくるから後は何とかしてくれ!」

 

 完全に他力本願だが仕方ない、俺が持っているまともに聞きそうな爆弾なんてもうないんだ。

 それにトトリちゃんに止めを刺してもらいたい。

 

 だってねえ、あいつの顔面にある傷跡ってたぶんトトリちゃんのお母さんがやったやつだろ?

 見て初めてわかるが、こんな奴に挑みに行く冒険者である程度戦える人なんて限られてくるだろう。

 だから、だぶんトトリちゃんもそう思っているだろうけどお母さん意外に考えられない訳だ。

 

 

「まあ、俺が正面切って戦えないっていうのもあるんだけどな」

「ぷに?」

「聞き流してくれていい」

「ぷに」

 

 こちとら元学生だ。いくらか修羅場を潜ってきたが、どれもまともなサイズだったがこいつは明らかに別格だ。

 死にたくないし死なせたくないからサポートに回る。

 いくらドーピング手袋があるからってあいつに効果があるとは思えないからな。

 

「やるぞ!」

「ぷに!」

 

 俺はぷにを片手に持ち、飛翔フラムを思いっきり踏みつけた。

 

「覚悟は良いな?」

「ぷにん!」

 

 最高点まで達した俺は吹き荒れている風の中、体勢を必死に整えつつ奴に狙いを定めた。

 元々マストで十分にの頭より高い位置だったのに加えこの飛翔、これなら思いっきり投げられる。

 手の中のぷにを握りしめ、右腕を大きく後ろへと持って行った。

 

 見せてやるぜ、俺とぷにの合体攻撃を。

 

「必殺!」

「ぷに!」

「彗星!」

 

 俺は体ごと投げ出すように、力の限り腕を振り下ろしてぷにを投げつけた。

 

 ぷに彗星、彗星拳を使えば俺の拳にダメージがあるという弱点をカバーした素晴らしい必殺技だ。

 まあ、ぷにの方が目立ってしまう訳だけどな。

 

「ぷにーーー!」

 

「ガアアアアアッ!?」

 

 見てみると、ぷにが奴の目の部分に当たったようで体をのけぞらせて体勢を崩していた。

 

「よっしゃ! 頑張れよ!」

 

 俺はフラムを使って見張り台に着地して三人を見守った。

 

「行っくぞーー!」

「続くわ!」

 

 後輩君が奴が前のめりになったのに合わせて顔面に袈裟、水平、袈裟からの回転切りと連撃を決めた。

 それに続く形で、奴が引く前にミミちゃんが突進からの突きを突き刺した。

 

 後方でトトリちゃんも爆弾を投げる体勢に入っていた。

 

「うっしゃー! やっちまえ!」

「やれ! トトリ!」

「決めちゃいなさい!」

「うん!」

 

 二人が引いたのに合わせて、トトリちゃんはN/Aを投げつけた。

 

「ガアアア――!」

 

 着弾と同時に、奴を四連続の爆発が襲った。

 

 四つ目が終わると、奴は大きく咆哮した。

 

 

「オオオオオオオン!」

 

「ま、まだやるのかよ?」

 

 だが、その恐怖も取り越し苦労だったようで、奴は海に潜るとそのまま消えて行った。

 

 

「や、やった! 勝ったーー!」

 

 下からはトトリちゃんの喜びの声が聞こえてきた。

 それに続いて後輩君も喜んでいるようだ。

 ミミちゃんは当然ねとか言っている。素直じゃないんだから。

 

「ぷにも、よくやったな」

「ぷに!」

 

 俺は下に降りて相棒の健闘を讃えた。

 ぷにからも珍しくねぎらいの言葉をもらえた。

 

「いやー、先輩が来てくれて助かったぜ」

「まあ、否定はしないわ」

「クックック、そうだろうそうだろう」

 

 これだよこれ! この反応こそ俺が期待していたもの! ここでトトリちゃんが怖かったですーって抱きついてくる訳よ!

 

「でもアカネさん、どうして来たんですか?」

 

 トトリちゃん、それは聞かないお約束だぜ?

 

「き、急に心配になってな。うん、言いだしづらかった訳じゃないぞ」

「素直じゃないわね」

 

 ミミちゃんにそう言われる日が来るとは思わなかった。

 

「とにかく! 俺はカッコ良かっただろ? って話だよ!」

「すっげえカッコ良かったぜ! 流石は先輩だよな!」

 

 お前じゃない、お前じゃない、トトリちゃんに言われたいんだよ。

 

「そういえばトトリ、進路は大丈夫なの?」

「あ、そうだ! ちょっと確認してくる!」

「あ…………」

 

 俺の思いも空しく、トトリちゃんは舵の方へと行ってしまった。

 

「先輩の剣も使いやすかったし、今回勝てたのは先輩のおかげだな」

「うん、ありがと」

 

 

 俺は自分でもわかるほど生気の抜けた声で返事をしていた。

 なんか、一気に疲れが湧いてきた。

 

 しばらく戦いとか荒っぽい事はしたくない。

 



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悲しみの再開

 

 あれから三週間、俺たちは東に進んでいき数年ぶりに見る雪で覆われた白い大陸に降り立った。

 

「言葉にすると一言で済むけどさ、実際飯作りやら筋トレやらで結構大変だったよな」

「ぷにに」

「趣味だけど実益があるからいいんだよ。船の中で出来る事なんてあれくらいしかなかったしさ」

 

 腕立てとかやっているたびにミミちゃんが暑苦しいわねって舌打ちするのがすごく悲しかった。

 仕方ないじゃないか、イケメンがやったからって爽やかになる訳でも……。

 

「いや、なるか」

「ぷに?」

「これだから顔面偏差値の高い野郎は……」

 

 俺は前を歩いている後輩君に怨嗟の視線を浴びせてみる。

 

「――――っ!?」

「どうしたのジーノ君?」

「いや、何か寒気がしてさ」

「ハッハッハ、後輩君。そんな格好しているからだろ」

 

 まったく、半袖でこんな雪の中を歩き回るなんて何を考えているのやら。

 

「クシュンッ!」

「あーもう! あんたらなんてまだ良い方でしょうが!」

 

 トトリちゃんがかわいらしいくしゃみをして、ミミちゃんは手を擦りながら怒鳴ってきた。

 

 トトリちゃんは肩を出して足丸出しのスカート。

 ミミちゃんは太もも露出のマントの下では腋が露出しているの二重苦状態。

 

「なんていうか、みんな満身創痍って感じだな」

「ていうか、なんであんたはそんなに平気そうにしてるのよ?」

「え? あ、う、うん。な、慣れているノサ」

 

 決して、料理当番なのを良い事に水筒に唐辛子水を入れているとかそう言う事はありえない。

 

「ゲホッゲホェウホ!」

「ぷに~」

 

 喉がヒリヒリしているけどそんなことはありえない。

 

「装備的にも俺だけ長袖長ズボンだからねえ」

 

 布地的に全然防寒できてないけど。

 

「もういいわよ、早く行きましょう」

「そうだね、そうしようか」

 

 流石のミミちゃんも寒さでまいっているのかあっさりと引き下がった。

 別にミミちゃんに渡してもいいんだけど、俺が口付けた物なんか飲む訳ないよな。

 

「いや、もしかしたら羞恥に耐えて水筒に口をつけるミミちゃんを見れるかもしれない……」

「ぷに……」

 

 ぷにが下賤な物を見る目で見てきた。

 

 

 

 

…………

……

 

 

 歩く事数時間、俺たちはようやっと村が見えてきた。

 

「ひゃあ! 我慢できねえ!」

「あ、アカネさん!?」

 

 唐辛子が切れて既に満身創痍メンバーの仲間入りを果たしてしまっていた俺は村が見えるなり駈け出していた。

 

 

 

 

 走る事十数分、俺は村の中に入った。

 

「あれ? なんだか、あったかいのに寒いや」

 

 俺の体はぽかぽかしていた、しかし仲間を置いてきた俺の心はとてつもなく凍てついていたのだ。

 俺はうめき声を上げながら雪に覆われた地面に手をついた。

 

「大丈夫? おにいちゃん」

「ああ大丈夫だ。頭の病気とかじゃないからな」

 

 視線を上げると金髪ロリ娘がいた。おそらく出会ったころのトトリちゃんと同じくらいだろうか。

 この寒い中スカートとはこの子もなかなかにチャレンジャーだな。

 俺は立ち上がって雪を払った。

 

「おにーちゃん誰?」

「人に名前を聞くのは自分からが常識だぞ。俺はアカネです」

「ん~?」

 

 新しい妹はよく分からないと言った様子で顔をしかめていた。なんか悪い事をした気分になった。

 

「えっと、わたしはピアニャだよ?」

「うん、それでいいんだ。何も間違ってないぞ」

 

 なんか本当にごめんなさい。

 

「アカネ、どこから来たの?」

「違う、違う、アカネじゃなくてお兄ちゃんと呼びなさい」

 

 まったく、いきなり相手の呼称を代えるなんて失礼極まりない。

こういうところは俺みたいな大人が正していかないとな。

 

「クックック」

「変な笑い方~」

「グッ!?」

 

 ピアニャちゃんは笑いながらそう言った。これが純粋故の刃って奴か……。

 

「って、こんなことをしている場合じゃない。ピアニャちゃんここで一番偉い人って何処にいるよ?」

「えっと、おばあちゃんなら一番上の家にいるよ」

「よっし、ありがとう! また会おう妹よ!」

 

 ピアニャちゃんに別れを告げ、村の奥にある木枠の階段を上がって行った。

 偉い人の家=暖かい家って相場が決まっているのさ!

 

 

 

 

「一番偉い人の家はここかー!」

 

 俺はかじかんだ手を生かした超高速ノック毎秒五〇連発を決め中に入って行った。

 

「あ、暖かい!」

 

 扉を開けるとともに暖気が俺を包みこんだ。

 

「何者じゃ、騒々しい」

「どうも、ピアニャちゃんの新しいお兄ちゃんです」

 

 俺はテーブルの前に座っている老婆に御挨拶をした。

 おそらくこの人がピアニャちゃんが言っていたおばあちゃんだろう。

 

「…………」

 

 あ、なんかすごい睨みつけられている。そりゃ睨むわ。

 俺もトトリちゃんの兄とか言いだす奴がいたらグーで殴るもん。

 

「主にギゼラって人を探しています」

 

 とりあえず主目的を話してみた。偉い人に話を聞くのはRPGの王道だしね。

 

「何!? ギゼラじゃと!?」

「へ?」

 

 おばあちゃんは立ち上がり俺の方にツカツカと歩み寄ってきた。

 

「それはギゼラ・ヘルモルトの事か!?」

「そ、そうだけど……知っていらっしゃる?」

「知っているも何も……」

 

 その言葉を遮って後ろの扉が開いた。

 

「おばあちゃんおばあちゃん! 大変大変! アランヤ村の人が来たの!」

「他にもがいるのか?」

「あ、それ俺の仲間たちです。一人は娘ですよ。」

「娘じゃと? なるほど……」

 

 おばあちゃんは何やら遠い目をしたと思うと外に出て行った。

 

「ついてくるがよい。見せなければいけない物がある」

「? あいあいさー」

 

 よく分からないが俺とピアニャちゃんはおばあちゃんについて行った。

 間の抜けた返事をしたが、俺は虫の知らせと言うか、若干嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……墓?」

 

 おばあちゃんの後ろについて歩いて行くと、トトリちゃんが石でできたお墓のような物の前にいるのが見えた。

 

「うーん? なんでこんなところに一つだけあるんだろう?」

 

 トトリちゃんの疑問に答えるようにトトリちゃんに声がかかった。

 

「恩人の墓だからじゃよ」

「きゃあ!? あ、ごめんなさい。勝手にお墓に……」

 

 トトリちゃんは驚いた声を上げて振り返った。

 

「構わんよ。アランヤ村から来たのであれば。お主との縁もあろう」

「わたしと、縁……。あ、あの……誰のお墓なんですか?」

「ギゼラ、ギゼラ・ヘルモルトの墓じゃ」

 

 

 

 …………え?

 

 

 

「……え? やだ……何言ってるんですか?」

「……どことなく、面影が似ておるな。娘が二人おると話しておったが……すまぬ。わしには頭を下げることしかできん」

「やめてください! そんな冗談……わ、わたしだって怒りますよ」

 

 俺が問いただすまでもなくトトリちゃんは今までに聞いた事がないほどに冷たい口調でそう言い放った。

 

「……すまぬ」

「やめてくださいってば! ウソですよね? ウソなんですよね?」

「…………」

 

 何も言葉は無く、その場には沈黙が流れた。

 そして間もなくトトリちゃんは顔を俯かせて言葉を発した。

 

「そんな……」

 

 涙を浮かべながらトトリちゃんはお墓の方へと向き直った。

 

「……わたしだって、もしかしたらって思った事はあったよ? いくら探したって、実はもうって……何度も考えたけど、でも……。やっと、やっと見つけたのに……」

「…………っ」

 

 俺はこれ以上いるべきじゃないと思いその場を立ち去った。

 

 後に残ったのはお墓の前にしゃがみこんだトトリちゃんの泣き声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、先輩……ってどうしたんだ?」

「どうしたのよ? ついさっきまではしゃいでたくせに」

「ぷに?」

 

 村はずれをなんとなく歩いていると三人に出会った。

 

「あーっと、ちょっとぷにの事借りてくわ」

「……もしかして」

 

 ミミちゃんは勘のいい子だ。俺の雰囲気から何かに気づいてしまったのだろう。

 

「いいわ、ほらあんたは相棒についていなさい」

「ぷに」

「どういうことだよ?」

「あんたは黙ってる」

 

 ミミちゃんはこう言う時に優しいから嫌いになれない。

 

 俺はぷにと一緒にさらに村からはずれた方向へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

「別にさ、俺が落ち込む必要もないと思うんだよ。一番つらいのはトトリちゃんな訳だしさ」

「ぷに」

「でも、なんとなく……な」

「ぷにに」

 

 今頃トトリちゃんはあのおばあさんからお母さんについて聞いているころだろうか、それともまだ泣いているだろうか。

 残念だが、俺は師匠みたいに暗い雰囲気でもいつも通りに振る巻くことなんてできないからどうすることもできない。

 

「トトリちゃんのあの言葉は聞かない方が良かったのかもな」

「ぷに?」

 

 

『……わたしだって、もしかしたらって思った事はあったよ?いくら探したって、実はもうって……何度も考えたけど、でも……。やっと、やっと見つけたのに……』

 

 

「トトリちゃんは、本当に……心が強いって言うのかね?」

「ぷに」

 

 あんな事を考えているそぶりなんて少しも見た子は無かった。

 いつも笑顔でいたのにな……。

 

「はあ…………先輩的にへこむな」

「ぷにに!」

「へいへい、戻ったらいつも通りな。わかってるわかってる」

「ぷに」

 

 ぷにはならば良いと言った声を出して頭の上でポンポンと跳ねた。

 

 そしてそんな事をしている内に俺が気になっていた物の所についた。

 

「でっかい塔だな」

「ぷに」

 

 海からでも見えた巨大な塔。

 傍から見上げると一番上が見えないほどに大きい。

 

「そしてなんかダークパワーっぽい物を感じる」

「……ぷに~」

「いやいや、まだふざけるほどテンション戻ってないから」

 

 ぷにがおっかない声を上げていたので訂正した。

 だってダークパワーなんだもん、黒の魔石の図鑑の説明にもダークパワーって書いてあったんだからしょうがない。

 

「開かない……か」

「ぷに」

 

 扉を上げてみようとしたがガッチリと閉まってビクともしなかった。

 

「まあいっか、そろそろ戻ろう」

「ぷに」

 

 戻った頃にはせめて俺くらいはいつも通りになっとかなくちゃな。

 



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心機一転

 

 あの後村に戻った翌日、俺たちは早速村を去ろうとしていた。

 

「もう行くのか?」

 

 ピアニャちゃんがおばあちゃんと呼んでいた長老、ピルカさんはわざわざ見送りに来てくれていた。

 俺たちは少し離れたところで、二人が話しているのを見守っていた。

 

「はい、お姉ちゃんとお父さんにも早く教えてあげないとし」

「そうか……辛い役目じゃな」

「いえ、大丈夫です。お母さんの事教えてくれてありがとうございました」

 

 トトリちゃんのお母さんがどうして亡くなったかって言う深い話は聞いてはいないが、トトリちゃんの目元が赤い辺りからまた泣いたのがわかってしまう。

 

「またいつでも来るといい、何もない村だがお主がくれば村の者も喜ぶ」

「はい、また来ます」

 

 そう言ってトトリちゃんはこっちへと歩いてきた。

 

「もういいのか?」

「はい、早く帰らないといけませんから」

「そっか」

 

 トトリちゃんは当然の事だが、雰囲気が暗く元気がない。

 

 どうにかして元気を取り戻してもらいたいんだが、家族関係の話で俺みたいな奴が相談に乗れないしな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に言うと、ミミちゃんがなんとかしてくれたようです。

 

 何を話していたかは分かるはずがない、女の子の話を盗み聞くのにはもう懲りたからな。

 俺は過去の経験から学習する男なのだよ。

 

 そんな俺はあの村で手に入った新鮮な食材を使って作った夕食を外にテーブルごと運び出していた、

 

「俺の料理でなんとか元気づけようと思ったらなあ、ミミちゃん一体何話したんだ?」

「ぷに~?」

「絶対にあんただけには教えないわよ。あんたに知られたら一生の汚点だわ」

 

 何と言う言い草だ、だが今回の功績にめんじて許してしんぜよう。

 

「……なんか今イラッときたんだけど、気のせいかしら?」

「よ、よく分かんないな~。二人ともー! 食事の準備ができたぞー!」

 

 俺は逃げるように大声を出して舵の所にいる二人を呼んだ。

 

「やっと飯か~、遅すぎだって先輩」

「今回は手が込んでんだよ、あんま意味無かったけど」

「そんなことないですよ、ありがとうございます。わたしのためにわざわざ」

 

 トトリちゃん、すっかり元気になっちゃって……。

 その労わりの言葉だけで俺もう満足ですから。

 

「くっ、これもミミちゃんがいたおかげって事かよ」

「なんでちょっと悔しげなのよ」

 

 だってなんか負けた気がするんだもん。

 

「あはは……、でもさっきも言ったけどミミちゃんが一緒でよかったってそう思うよ」

「トトリ……」

 

 ふ、二人でなんか良い感じの空気を醸し出してらっしゃる。

 いいもんいいもん、帰ったらフィリーちゃんとトトリ×ミミちゃんのカップリングで話してやるもん!

 

「? どうしたんだ先輩?」

「いや、俺もなんかいい具合に毒されてきたなって思って……」

 

 しばらくフィリーちゃんに会うのは避けた方がいいかもしれない。

 

「ほらほら、いいから冷める前に食べてくれよ」

「おう、いっただっきまーす!」

「それじゃあわたしもいただきますね」

「いただきます」

「ぷにー」

 

 何だかんだでみんなお腹が減っていたのかすぐに食べ始めた。

 テーブルにはサラダから肉までいろいろと並べられていた。

 

「先輩って意外と料理うまいよな」

「イイ男の基本スキルだからな」

「イイ男……ね」

 

 普段は無視するミミちゃんが反応して来たかと思えば、目で見下してから鼻で笑ってきた。

 これならまだ無視の方が救いようがある。

 

「でも、外で食う方がなんかうまい気がするよな」

「あ、わかるわかる。なんだかいつもよりおいしい気がするんだよね」

「まあ、分からなくもないわね」

「…………!」

 

 閃いた!

 この話の流れに乗っかれる詩人もビックリなスゴイ言葉を思いついた。

 ここでカッコよく決めて、後輩ーズの俺に対する認識を改めさせてやる。

 

 

「それはな、星空のスパイスが効いてるからさ」

 

 

 俺はワイングラスを片手に空を見上げてそう言った。

 

「…………」

 

 おお、みんなが固まってこっちを見てる。

 ふふっ、ちょっとカッコよすぎたかな?

 

「輝く粒の様な星達の煌めきが、料理に降り注いでくるのさ」

 

 あっ、なんかみんなの顔を俯かせて肩を震わせてる。

 ふふっ、感動のあまり言葉も出ないかな。

 

「そう、まさに自然が生み出した隠し味だな」

 

 俺は流し目でそう決めた。

 

「ぶっ、ぶふっ! ゲホッ!ゲホッ!」

「うわっ! 汚っ!?」

 

 後輩君が突然食べていた物を吹き出した。

 

「き、汚いのはそっちでしょうが! ――っ! 人が食べてるときに何言いだすのよ!」

 

 ミミちゃんが顔を真っ赤にして口元を押さえながらそう言ってきた。

 

「何って、ロマンチックでアダルティックな言葉だろうが」

「ぷににににににに!」

 

 ぷにが横で大笑いしている、蹴り飛ばしておいた。

 

「と、トトリちゃん……」

 

 俺は一縷の希望を込めてトトリちゃんの方を見てみた。

 

「あははは! も、もう! アカネさんに似合わないからやめてくださいよ!」

「う、うぐ……」

 

 そんなに笑ってくれて嬉しいは嬉しいんだが、俺の予想結果と大分違うぞ。

 

「い、良いと思うんだけどな、星空のスパイス……」

 

 俺がそう言うとみんなまた肩を振るわせ始めた。

 

 今度クーデリアさんとかイクセルさん辺りに言ってみよう、彼らならこの大人っぽさを理解してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

「ん? ん~? ふむ?」

「ぷに?」

 

 昨日の残り物を朝食に出そうと思ったら消えていたでござる。

 

「ぷに、お前食ったか?」

「ぷにぷに」

 

 ぷにはぶんぶんと体を横に振って否定した。

 

「だよなあ、後輩君はすぐ寝てたし、女性陣二人はありえないし」

「ぷに~」

「むう、船内密室殺人事件が起きる前に船の中を調べておくか」

「ぷに!」

 

 とりあえず手始めに横に置いてあったタルを開けてみた。

 

「すうー、すうー」

「ぷに、この子俺の新しい妹なんだぜ」

「ぷに?」

 

 タルの中で体を丸めて寝ているのはピアニャちゃんだった。

 

「悲しいが、密航者には死を。これがこの世界の原則だ」

「ぷに……」

 

 俺はパン屑で窒息の刑を実行した。

 心苦しいが、彼女も覚悟してのことだろう。

 

「もしくはケーキとかの横についてる透明なフィルムにくっ付いているクリームを舐めさせると言う屈辱にまみれた刑もあるな」

「ぷに!?」

「クックック、俺を外道と呼ぶか?まあそれもよかろう」

 

 とりあえず見なかった事にしておこう。

 何かしら理由はあるんだろう、ならば兄として妹の自由を尊重させなければ。

 お兄ちゃんうざいとか言われたら精神崩壊が起きかねないしな。

 

「先輩、朝飯まだかー?」

「ふん!」

「のわっ!?」

 

 俺は開いたドア目掛けてカチカチに乾燥したパンを投げつけた。

 

「ふう、危ねえ危ねえ」

「ぷに」

 

 額が赤くなっている後輩君の意識は見事に刈り取られていた。

 

「とりあえずフタをしめ…………る前にもう一個刑罰を実行しておこう」

「ぷに?」

「なーに、可愛らしい子猫(キティ)ちゃんになってもらうだけさ」

「ぷに……」

 

 俺はコンテナ直通のポーチに手を突っ込んで必要な物を取り出した。

 

 

 

 新・アカネ秘蔵アルバムに最初の一枚目が加わった。

 



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兄の苦労

 

 

 雪の大陸を出航してから数週間。九月の初めごろにようやく俺たちはアランヤ村へと戻ってきた。

 

 トトリちゃんは一足先にお母さんの事を伝えるために家へと戻ったので、残った後輩君とミミちゃんは船の荷物などを下ろしていた。

 俺はマストに寄り掛かってそれを眺めていた。

 

「……疲れた」

「……ぷに」

 

 何が一番重労働だったかって聞かれたら、だいたいピアニャちゃんのせいだ。

 密航している自覚がないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらと歩きまわってるから俺とぷにで必死にフォローしていたのだ。

 

「後輩君にカチカチパンを投げつけ気絶させる事数十回、気を引くためとはいえトトリちゃんの前でブレイクダンスしたのは最大の黒歴史だな」

「ぷに~」

 

 あの時のトトリちゃんの怯えた目が俺の心に深い傷を残している。

 そりゃ目の前で大の大人がダンス、しかもブレイクダンスをかましたら怖いわな。

 

「ちょっと、何サボってるのよ……」

「あ、はい。すいません」

 

 木箱を運んでいるミミちゃんが俺の事を冷たく睨みつけて奴隷にでも言うようにそう言った。

 

「ミミちゃんを海へ突き落したのは我ながら焦りすぎだったな……」

「ぷに」

 

 もうちょっと目をふさぐなりなんなりあったなと、今なら思います。

 

 でも、プライドや信頼を失いながらも俺は成し遂げたんだ。

 俺が言いたい事はただ一つ……。

 

「……見つけたときに置いてくりゃよかった」

「ぷに~……」

 

 後輩君がキッチンの所の荷物運び出してるし、そろそろ見つける頃だろう。

 彼女には将来この借りを返してもらわなくてはな。

 

「先輩! せんぱーい!」

 

 予想通り、後輩君が黄色い悪魔を両腕で抱え込んでこっちへと来た。

 

「先輩、なんか知らないちっこい奴が乗ってたんだけど!」

「離してー! 離してったらー!」

「ナンダトー! 密航者カー! コイツハ、フテエヤロウダー!」

「プニー!」

 

 ……過去最高の棒読みになってしまった。

 

「あ、お兄ちゃん!」

「なんだ? 先輩の知り合いか?」

「まあそんなところだ。とりあえずトトリハウスにでも連れてくか」

「ぷに」

 

 今なら事情説明も終ってるだろうし、それ以外に連れて行くところを思いつかないし。

 

「よーし、行くぞ妹よ」

「はーい」

 

 

…………

……

 

 

「よーし、ここがトトリの家だ。ノックするのは礼儀だぜ」

 

 俺はそう言いながら扉をおもむろに開け放った。

 

「俺がそうするかは別だがな!」

「? ……お兄ちゃんのやる事、よくわかんない」

 

 前にやったのと同じネタだが、結果は変わらなかったでござる。

 いや、まあそれはいいとしてだ。

 

「あー、えっと、まずいところに来ちゃった?」

 

 目の前では、リビングに姉妹二人が座り込んで泣いていた。

 ノックの必要性を数分前の俺に小一時間説教したい。

 

「あ、アカネさん、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

 

 トトリちゃんは立ち上がって涙を目に溜めながらそう聞いてきた。

 

「うむ、実は……」

「やっほー、トトリ!」

 

 俺が切り出す前にピアニャちゃんが後ろから飛び出してきた。

 

「ピ、ピアニャちゃん! な、なんでここにいるの!?」

「えへへ、付いて来ちゃった」

 

 連れて来ちゃった。

 

「? 知ってる子なの?」

 

 ツェツィさんも立ち上がってトトリちゃんにそう尋ねた。

 

「うん、さっき話した村にいた子なんだけど……」

 

 トトリちゃんがそう説明してから、ピアニャちゃんに話しかけた。

 

「付いて来ちゃったって、ダメだよ。心配してるだろうし、早く帰らないと」

「やだ! 帰りたくない!」

「俺も返したくない!」

 

 どんだけ苦労したと思ってるんだ! タダでは返さないぞ!

 

「えっと、アカネ君はまあいいわよね……。えっとピアニャちゃんだったかしら?」

 

 小声で言ったのが聞こえてしまった。ツェツィさんにツッコミ放棄されるとか……くっ! これも妹のせいだ!

 

「うん!」

「私はツェツィっていうの、よろしくね」

「ツ……ツェ……ちぇちー?」

 

 俺の心にある萌え力を計測するスカウターが爆発した。

 舌っ足らずな感じがすばらしい、圧倒的ではないか我が妹は!

 

「あはは、言いづらいわよね。ピアニャちゃん、お腹すいてない? 何か食べる?」

「食べる!」

 

 こやつめ、お前の分の食べ物は旅の後半俺の分を切り詰めたのにまだ食うと言うのか。

 これだから成長期って奴は……。

 

「じゃ、すぐ用意してあげる。ちょっと待っててね」

「お、お姉ちゃん。いいの?」

「今騒いでも仕方ないでしょ?少し落ち着いてからどうするか考えましょ」

 

 さすがはツェツィさん話が分かる。

 俺も腹が空いているのでありがたいぜ。

 

「ごはんー! ごはんー!」

「やめなさい! 文脈的に俺が言ったと思われちゃうだろうが!」

「? ……?」

「うん、俺も良く分からない」

 

 なんとなく俺の名誉のために言わなくちゃ聞けない気がしたんだ。

 

「ふふ、なんだかトトリちゃんが小さかった頃を思い出すわ」

「うーん、いいのかなー?」

「まあ考えても始まらないし、軽く話でもして待つとしようぜ」

「トトリ、お話しよー」

 

 俺とピアニャちゃんはテーブルの席について会話モードへと入った。

 

「そうだね、今日はとりあえずいいかな」

 

 トトリちゃんも納得したようで、席に座った。

 

「あれ? そういえばピアニャちゃんって船ではご飯どうしてたの?」

 

 トトリちゃん、いきなりそんな危険な話題で来るとは……成長したな。

 

「…………っ!」

「? …………?」

 

 決死のアイコンタクトを送るもまだ兄弟の絆は不完全なようで、まったく理解されなかった。

 

「えーとね、毎日隠れてたタルの中に入ってたよ」

「毎日? 例えばどういうの?」

「えっと、スープとかパンとかサラダとかいろいろ」

「…………へえ、そうなんだ」

 

 あ、トトリちゃんの声のトーンが一段階下がった。

 今横向いてる顔を前に戻したら確実にトトリちゃんがこっちを見てるな。

 

「船の中でいつも何をしてたの?」

「えっと、お散歩してたよ。お兄ちゃんが後輩君って呼んでた人がいっつもパンにぶつかって倒れてたの!面白いんだよー!」

「妹よ、その辺にしといた方がいい」

 

 アウトかセーフで言うなら……。

 

「ぷに」

「だよな」

「アカネさん!!」

 

 バンっとテーブルを叩いてトトリちゃんが立ち上がった。

 

「クックック、よくぞ見破ったトトゥーリア・ヘルモルトよ!」

「いつから気づいてたんですか! なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」

「初日から気づいていて、かつ面白そうだし事情あるだろうしで黙ってた。正直後悔してる」

「あ、アカネさん……」

 

 トトリちゃんから滅多に感じない怒りのオーラを感じるぜ……。

 これは俺の必殺技の一つを解放するしかないな。

 

「さらばだー!」

「ぷににー!」

「あ、ちょっと待ってください! アカネさん!」

「おー、はやーい」

 

 俺は扉を開け放ち颯爽と駈け出した。

 明日だ。明日何とかしよう!

 

「ぷに~」

「うん、もうすぐ二十一なのになんも変わらないな、俺」

「ぷに」

 

 俺がクールな大人になれる日は来るのだろうか……。

 



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生贄をささげよ

 

 トトリちゃんから逃げた翌日、俺は宿屋の一室で悩んでいた。

 

「ピアニャちゃんの事だけどさ、このままじゃよくないよな」

「ぷに?」

 

 ぷにが今更何言ってんのみたいな感じで聞き返してきた。失敬な奴め。

 

「なんか勢いで適当に決めちゃった感があるじゃんか。ぷにはどう思うよ?」

「ぷに!」

 

 どうやらぷにも同意見のようだ。ならば一緒に考えていくとしよう。

 

 しかし、ぷにもこう言う事に理解を示してくれるようになるとは、嬉しいじゃないか。

 

「よし! 題して会議名は!」

「ぷに!」

「お兄ちゃん! 兄さん! 兄様! にいに !ピアニャちゃんにはどれがいいか! 大会議!」

「ぷに!?」

 

 ぷにがやたらと驚いたような声を出してこっちを見てきた。

 なんだ? 兄ちゃんが入ってないのが不満だったのか?

 

「個人的にはお兄様とかいいかなって思うんだけどさ……どうしたよ?」

「ぷに~……」

 

 ぷにがなんかジト目でこっちを見てくる。

 

「ふむ、上品すぎると言う事だな。よし、兄さんにしよう。ちょっと大人びた感じがグッドだ」

「ぷにぺっ!」

「くっ!?」

 

 ぷにが唾を吐きかけてきた。

 俺の何が悪言ってんだよ!

 

「はっ!」

「ぷに?」

「そうか、兄貴だな!」

「ぷに!?」

 

 唾を吐く→悪い行為→ヤクザ→兄貴!

 

「なるほど、あの舌っ足らずな口調で兄貴か……やるじゃないかぷに。お前に教えられるとはな」

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにが必死に体をぶんぶんを振っている。

 

「ははっ、そんなに否定するなって、お前も立派な男の一人だ」

「ぷに!! ぷに!!」

「よーし! 呼び名も決まったんだ、トトリハウスへレッツゴー!」

「ぷにー!」

 

 俺はぷにを抱えて宿屋を出て行った。

 

 

 

 

 

「兄貴!」

「あにき?」

「そうそう、兄貴だ」

「あにき!」

 

 トトリ家のリビングで俺はピアニャちゃんに俺の新しい呼び方を教えていた。

 

「ちょっとアカネ君! ピアニャちゃんにそんな乱暴な言葉教えないでよ!」

「いいじゃないか! かわいいんだから!」

 

 まったくツェツィさんはわかってないぜ。

 兄貴ーって言いながら俺を追いかけて来ると事か想像したらなあ。

 

「クックック……」

 

 いいなあ、血の繋がってる方の妹がいた分余計に良い!

 

「ピアニャちゃん、そんなことよりもこっちのリボンなんてどうかしら?」

「かわいい。つけたいつけたい!」

「うん、それじゃ……きゃあ! やっぱり似合う!」

「クッ!」

 

 なんて狡猾な! 物で釣るとは、ツェツィさん。あなたも女ってことだな。

 

「二人とも何してるの……」

「第一次ピアニャ戦争だ」

 

 いつの間にか後ろにいたトトリちゃんにわかりやすく一言で教えてあげた。

 

「意味が全然分かりません……えっと、そろそろピアニャちゃんとお話ししたいと思うんだけど……」

 

 トトリちゃんがそうツェツィさんに伝える一方で。

 

「あとねあとね、これ。トトリちゃんの余所行き用の服だったのよ」

 

 なんか急にツェツィさんに親近感が湧いてきた。

 

「……お姉ちゃん?」

「あら? どうしたの? 今忙しいから後にしてほしいんだけど」

 

 ツェツィさんはようやく気づいたのか、トトリちゃんの方を向いてそう言った。

 

「全然忙しくないでしょ! まじめな話するんだから邪魔しないで!」

「そうだそうだ! だからその間ピアニャちゃんは俺に任せて……」

「少しくらいいじゃない! 大体、最近トトリちゃんがこういうことさせてくらないから悪いのよ!」

 

 遮られた。今日のツェツィさんは強いぜ。

 

「わたしのせい!? もう、お姉ちゃんの仕事あるんでしょ! ゲラルドさん待ってるよ」

「あ、忘れてた。うう、でも……」

 

 やばい、この人本気で葛藤している。玄関とピアニャちゃんの間で目線が行ったり来たりしてる。

 

「ピアニャちゃん、わたし出かけないといけないんだけど、後でまた続きさせてもらってもいい?」

「うん、いいよ」

 

 クックック、やはり大人、理性が勝ったようだな。俺ならコンマ0秒でサボりを選ぶぜ。

 さあ、ここからは俺の時間だ。

 

「ありがとう、すぐ帰ってくるからね、あとトトリちゃん。勝手にピアニャちゃんどこかに連れてっちゃダメだからね!」

「分かってるよ! ほら、早く行って!」

「うう……それじゃあ行ってくるわね!」

「行ってらっい!」

「行ってらっしゃーい……フフッ」

 

 いやー、安定した仕事してなくてよかったぜ。

 

 

「もう、お姉ちゃんってば、やっぱりさびしかったりするのかな、わたしもずっと出かけてばっかりだったし」

「ねえ、お話って何?」

「あ、ごめんね、えっと……」

「そんなことより、遊ぼうぜ!」

 

 俺はポーチからトランプを出してそう言い放った。

 

「アカネさん?」

「……ははっ、冗談冗談。どうぞどうぞお話の続きを」

 

 どうやらまだピアニャちゃんを連れてきたことを怒っているようです。流せるかなと思ったんだけど……。

 

「ピアニャちゃんがこっちに来た事おばあさんは知ってるの?」

「ううん、内緒で来たもん」

「内緒で連れて来たもん!」

「やっぱり、おばあさんや村の人たち絶対心配してるよ。一度帰って、きちんと話してからじゃないと」

 

 ……一瞬、本気で死に方を考えてしまった。

 トトリちゃんが俺を無視……今までもあった気がするけど! でも、怒って無視は初めてのはず!

 くそっ! まだまだだ!

 

「やだ! 絶対帰らないもん!」

「お願い! 餌もあげるし散歩にも連れてくから! だから家で飼わせて!」

「困ったなあ、何で帰りたくないの? おばあさんとケンカしちゃったとか?」

 

 プランA大失敗。心に言えない傷を負ってしまった。

 

「喧嘩なんてしないよ。でも、帰りたくない」

「どうして?」「

「だって……村にいたらピアニャもいつか食べられちゃうんでしょ?だからイヤ」

「そうだ! 食べらちゃんだからいいじゃないか! 食べられ……? 食べれられ?」

 

 食べられる?

 

「あ……それは……うう、それを言われちゃうと……えっと……」

「いやいや! そこは無視しないで説明してくれよ!」

 

 ビックリしたよ、自分だけ別次元にいるんじゃないかって思っちゃったよ。

 

「ピアニャ、あそこにいたら塔にいるあくまに食べられちゃんだよ」

「塔の悪魔? それは、あれか? 悪いことをするとお化けが来るよみたいな?」

 

 どうでもいいが、俺は子供のころに読んだ白いおばけの絵本がトラウマだ。

 きっとあの本は全国の子供たちを怯えさせたはず。

 

「えっと、そうじゃなくて本当にいるんですよ」

 

 やっとトトリちゃんが話しかけて来てくれた。これで死ななくて済む。

 

「実はあの塔には悪魔がいて、村の人は封印を抑えるための生贄らしいんです」

「フ、ファンタジー……」

 

 今までも大概ファンタジーだったけど、悪魔に封印に生贄って……。

 

「それで昔、封印が弱まった時期にお母さんが戦って……」

「ああうん、別にその辺は話さなくていいって」

 

 今ので大体想像はついたけど、つまり悪魔はお母さんの仇ってことか。

 塔の前に行ったときにダークなパワーを感じたと思ったけどまさかそんなのがいたとはな。

 

「それなら帰さなくてもいいんじゃないか?」

「で、でもですね……」

「ただいま!」

 

 いきなり玄関のドアが開いたと思ったらツェツィさんだった。

 

「わ、早っ! え、なんでもう帰って来たの? お仕事は?」

「どうせお客さんいないんだし、一日くらい休んでも平気よ。ゲラルドさんには代わりにアカネ君に行ってもらうって説得したから」

「……お姉ちゃんに詰め寄られて渋々頷いたゲラルドさんが目に浮かぶきがする」

「いやいや! 待てい! 何で俺!?」

 

 何をナチュラルに言い放ってるんだこの人は!?

 

「さあ、ピアニャちゃん! 今日は一日中一緒に遊べるからね!」

「本当? やったー!」

「やったー! じゃない!」

「アカネ君うるさいわよ。早くゲラルドさんの所に行ったら?」

 

 この人はあれだな。うん、ちょっと俺に似てるんじゃないか?

 こういうところで躊躇しない所とか。

 

「お姉ちゃんってば……あ、でもかえって助かるかも。ねえお姉ちゃん」

「あら、まだいたの? トトリちゃんもお仕事しなきゃだめよ」

 

 いつものトトリちゃんに対する扱いからは想像もできないな。

 まだいたの? って、冷めすぎだろ。

 

「う、なんか冷たい。あのね、しばらくピアニャちゃんの面倒見てもらってもいいかな?」

「全然構わないわよ。むしろ大歓迎」

「まあそう言うと思ったけど、わたしまた向こうの村に行ってピアニャちゃんの事話してくるから」

「そうよね、向こうの人も心配してるわよね。こんなにかわいい娘がいなくなっちゃたら」

 

 俺の事も心配してほしい、なんか急に生贄に対して憎悪の感情が芽生えてきた。

 

「よし、トトリちゃん。もし生贄関係で俺が必要になったら言いな。力になってやるぜ!」

「あ、ありがとうございます?」

 

 とりあえず俺は生贄としての役割を果たしに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 ゲラルドさんの店がなんかやたらと生臭くなっていた。

 なんでも魚から酒を作ってて倉庫にたくさん生魚があるとか。

 

 どこのどいつがこんな狂った発想をしたのだろうか、顔を見てみたいぜ。

 



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焼き魚とワープ

 押しつけられ系店員をしている時に俺はふと気づいてしまった。

 

「アーランドにどうやって帰ろう?」

「ぷに?」

「マークさん製水上バイクを運ぶのに歩いて行ったから、あっちに置きっぱなしなんだよ」

「ぷに~」

 

 いまさら馬車に乗るのもなんだか癪だ。もっと言うとペーターに頼るのが癪だ。

 

 トトリちゃんも連れてかなくちゃだから、歩いて行くと時間がかかる。

 

「コンテナに入ったら帰れたりしないかな……」

「ぷに!?」

「いや冗談だって……うん、冗談冗談」

 

 今度ネズミでも捕まえて試してみよう。

 

「ペーターか歩きか……あれに金を払うしかないのか……」

「ぷに~」

 

 あれに渡すくらいならまだどぶ川に投げた方がマシだと思えて仕方がない。

 

「…………」

「…………」

 

 あっ、会話やめたらなんだか……。

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

「ぷにっ!ぷにに!」

 

 俺とぷに、二人してむせてしまった。

 

 原因は大体この店の生臭さのせいだ。

 

「クッ! 一体どこのどいつがゲラルドさんに魚の酒なんて入れ知恵を……」

「ぷに……」

 

 ゲラルドさんは何故か痛く気に行っている様子なので、聞こえないのように小さく喋った。

 

「魚ごときが俺の知的でクールな思考を停止させやがって」

「ぷに?」

「よーし、ちょっとお兄さん厨房に行っちゃうぞー」

 

 俺はギリギリと歯ぎしりをしながら奥の厨房へと入っていた。

 

 

 

…………

……

 

 

「……よし、できた」

「ぷに~?」

 

 ぷにが凄い不安そうな声を出した。

 

「これでいいんだよ。こいつもこうなる方が本望だろう」

「ぷに!」

 

 満足して腕組みをしていると、ゲラルドさんから壁越しに声がかかった。

 

「アカネー、メルヴィアに何か適当につまむ物を作ってくれー!」

「おいーっす!」

 

 メルヴィア、何て間のいいタイミングで来て何ていいタイミングで曖昧な注文をしてくれんだ。

 

 俺は目の前のモノを皿にとってトッピングをして持ち上げた。

 

「ぷに、覚悟は良いな」

「ぷに!」

 

 俺は厨房を出てメルヴィアのいるテーブル向かい、おもむろにそれを置いた。

 

 いい笑顔で俺はこう言った。

 

「お待ちどう!」

「……何コレ?」

 

 メルヴィアが珍しく取り乱した様子でそう言った。

 

「何だ? 港町の生まれのくせに知らないのか?」

「え、ええ。ちょっとド忘れしちゃって……」

「焼き魚だ」

 

 テーブルに置かれたるは、いい具合に焼けたアジのような魚だ。

 俺のそこそこ高い料理スキルをふるった素晴らしい作品と言えよう。

 

 憎たらしい倉庫の魚もこの姿になれば臭いもしない。

 我ながらなんていいアイディアなんだろうか。

 

「ここって……何の店だったかしら?」

「酒場だろ」

「……ほほう?」

 

 俺が迷いも何もなくそう告げると、後ろに巨大な気を感じた。

 

「おいアカネ。どこの酒場につまみに焼き魚を出す店があるんだ?」

「第二弾に刺身フルコースっていうのもあります」

 

 振り返らずにそう言うと、肩をぽんと叩かれた。

 

「クビだ」

「お世話になりました」

 

 そのまま俺が前に歩きだすと、ゲラルドさんは残酷な言葉を発した。

 

「次の依頼の報酬から引いとくからな」

 

 客がいなくても流石は商売人ですね。

 

「あら、意外とおいしいわね」

「何? ふむ、いけるな」

 

 料理の感想を背中に浴びながら俺は店の外へと出て行った。

 

 

「……うまいなら、いいじゃんかよ」

「ぷに~」

 

 生憎俺は料理人じゃないので心の空虚さは埋まらなかった。

 

「だが俺はまた来るぞ。マズイ酒にされる魚たちの嘆きと悲しみが俺を呼ぶ限り!」

「ぷにに!」

「俺は何度でも魚料理を作ってやるぞ! ゲラルドー!」

「ア、アカネさん?」

「…………」

 

 この村で俺の事さんづけで呼ぶのって誰だっけー?

 あれだなエレオノーレだ。あいつはこの村で一番お淑やかな奴でだな。

 

「見てた?」

「えっと、なんかごめんなさい」

「ううん、いいんだよ。俺がバカなだけだから」

 

 恥ずかしい! 他人の店の前で叫んでるの見られちゃった!

 

「と、ところでトトリちゃんは何しに来たんだ?」

「あ、そうだ! アカネさん!これ見てください!」

「にゃ?」

 

 トトリちゃんが鞄の中から何やら水色で光っているふわふわしたワッカを取り出した。

 

「? 何それ?」

「これはですね! トラベルゲートって言って遠くの街まで飛べるんですよ!」

「…………」

「へっ?」

 

 俺はトトリちゃんのおでこに手を当ててみた。

 熱は特にない。

 

「どうしたんだ? 調合中に変な薬でも吸いこんじゃったのか?」

「ち、違いますよ! 錬金術で作ったんです!」

「いや、だってなあ……」

 

 無理があるだろ。いくらなんでも。

 

「それで、どうやって使うんだ?」

 

 俺は極めて温かい目で見たがらそう言ってあげた。

 

「これを掲げるとですね。翼が生えて、バサーッって飛ぶんです!」

 

 トトリちゃんはたいそう得意げな顔をしてそう言い放った。

 

「そうかそうか、すごいな」

 

 トトリちゃんも厨二病が発病したか、まあこんな不思議な力が使えたら仕方がないよな。

 

「アカネさん、信じてないんですか?」

「とりあえず……馬車を使ってアーランドに行こうぜ」

 

 俺は現実的な言葉で彼女をこっちの世界に戻すことを試みた。

 

「……うう、アカネさん酷いです」

「ぐっ!?」

 

 涙目+上目遣い、これで心が痛まぬ人はおらぬ。

 

「わかったわかった。使ってみてくれれば信じるから」

「そ、そうですね! それじゃあいきますよ!」

 

 トトリちゃんがそれを持った方の手をかかげると、トトリちゃんに翼が生えた。

 白い天使みたいな羽じゃなくて、なんかエネルギー体って感じの水色の翼だった。

 

「あれ?」

「ぷに?」

 

 俺の横眼にも同じような色が見えた。

 

 へえー、俺も一緒に飛べるんだー。

 

「た、タイム! ……ってあれ?」

「ぷにに?」

 

 ちょっと飛んだと思ったらそこはロロナ師匠のアトリエでした。

 

「錬金術パネエ」

「ぷに」

 

 目の前でトトリちゃんが腰に手を当てて、胸を張っている。

 うん、威張ってもいいよ。これはスゴイ、錬金術士としての格の違いを見せられた。

 

「…………」

 

 よく考えるとこれってペーターお払い箱じゃね?

 次会ったときになんかおごってやろう。

 

 まだワープに関して言いたいことはあるが、俺はそれを押さえて言った。

 

「よーし、それじゃマークさんの所に行くか」

「わたしもですか?」

「うむ、ちょっと用事があってな」

 

 今更ながらに、バイクなくしちゃったけど大丈夫かね?

 

 まあ、あんなボタンつけたマークさんが悪いよな、うん。

 

 俺は多少の不安を抱きつつアトリエを出て行った。



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第一次スーパーでもないロボット大戦

 

 

「ついにここまで来たねえ。いやあ、冷静さが売りの僕でも興奮が抑えられないよ」

「はあ」

 

あの後マークさんの下に向かうと、理由を聞く暇もなく数日かけてアーランドの西にある洞窟に連れてこられた。

 おかげで、バイク紛失の話も切り出せずにいるので、なんだか一人で気まずくなってたりした。

 

「話に聞いていても、実物を見るのは初めてだからね!」

「あの、マークさん。何を見に行くのか、そろそろ知りたいなーとか思うんですけど……」

「まったくだよ。何も聞かずによくここまで来たなって我ながらに思うよ」

「ぷにぷに」

 

 道中聞こうと思っても、鼻歌交じりに歩いているマークさんにが声が掛けづらかったりした。

 

「ん? 三人して忘れてしまったのかい?それとも、ただとぼけているだけかな?」

「忘れてるも何も、わたしはアカネさんに言われたから来ただけなんですけど……」

「俺はよく覚えてないけど、少なくとも何も教えてもらってないのは確かだ」

 

 間違いない、コーラを飲んだらゲップするぐらいに間違いない。

 昼ドラで浮気があるくらいに間違いない。

 

「おや、そうだったかい? すっかり話したつもりになっていたけど……それはとんだ失礼を」

「おっと俺がほしいのはそんあ言葉じゃないぜ……わかってるんだろう?」

 

 俺は片手で顔を押さえ、指の間からマークさんを睨みつけた。

 今の俺のポーズはかなりイケてるはず。

 

「ふふん、知りたいのかい?そんなに!知りたいのかい?どうしようかなあ、教えてあげてもいいんだけどなあ」

「…………」

 

 これはウザい、俺のポーズとかセリフになんか突っ込み入れてくれよ。

 帰ってもいいかな?

 

「うわ、急にもったいつけてきた……もう帰ってもいいですか?わたし……」

 

 さすがは、トトリちゃん口に出して言うとは思わなかったぜ。

 だが気持ちは痛いほどわかる。

 

「おおっと、短気を起こすのはよくないよ。今帰ったら奇跡の瞬間を見逃してしまうかもしれない」

「奇跡~?」

 

 ここまで何も聞かれずに来れたのがそもそも奇跡だろ。

 ちょっとやそっとのことじゃ驚かないぜ。

 

「何せ、僕たちがここに探しに来たのは……古の巨大ロボットなんだからね!」

「巨大……ろぼっと? ……アカネさん? どうしたんですか?」

「……ハッ!?」

 

 しまった、一瞬にして妄想が広がってしまった。

 俺がスパ○ボに参戦する所までいって止まったのは僥倖と言うべきか。

 

「そう、いかもまだ生きて動いているという代物だ」

「なるほど、ゾ○ドか……」

 

 アレがスパロ○に参戦した作品は何十周したか分からんな。

 くっ、久々に胸がドキドキしてきたぜ。

 

「いや、ロボットに対して生きているという表現はふさわしくないか」

 

 そんなことないよ、アニメの世界には金属生命体ってモノがいるからね。

 

「そんなことはどうでもいいです。あの、動いている巨大ロボって危なくないんですか?」

「そりゃあ危ないさ、僕が目撃情報を聞いた人たちみんはぼこぼこの半殺し状態だったし。きっと遺跡を守るプログラミングが施されているんだろうね」

「はんごろし……? やだ! 行きたくないです! 帰る、帰ります!」

「まあまあ、これも仕事だと思って。ほら、彼を見てごらんよ」

 

 そう言ってマークさんが、俺の方に視線を向けてきたのを感じた。

 ダメだ、もう押さえきれない!

 

「やぁぁぁってやるぜええええ!!」

「ぷに!?」

「何でそんなにやる気なんですか!? いつものアカネさんらしくないですよ!」

「というわけで! 俺は先に行ってくるぜ!」

 

 まだ見ぬ巨大ロボット!男のロマンに向けてさあ行くぜ!

 

「ちなみに壊してしまっても問題はないんだろうな?」

「もちろんだとも、最悪データさえ残れば問題ないからね。まあ頑張ってくれたまえ」

 

 俺はマークさんの返答を聞いてすぐに駆けだした。

 

 

 

…………

……

 

 

「はあはあ……」

「君は実は冒険者に向いてないんじゃないかい?」

「クッ、何故だ!? 愛か! 愛が足りないと言うのか!」

 

 あれから洞窟中を探しまわった結果、ゆっくり探索している二人に合流してしまった。

 

「うう、怖い……帰りたい……」

「ふう、ありがとうトトリちゃん。回復したぜ」

「へ? ど、どういたしまして?」

 

 怖がっているトトリちゃん、これだけで僕はまだまだ頑張れます。

 

「しっかし、まだ言っているのかい? 相手の正確な強さも知らない内に、なぜそこまで怖がれるのか逆に不思議だね」

「そんなこと言われても、怖い物は怖いんです、マークさんは怖くないんですか?」

「怖いに決まってるじゃないか、見たまえ、さっきから膝が震えっぱなしだよ」

 

 トトリちゃんにつられて俺も下を見てみると、確かに生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

 

「ダメじゃないですか」

「ダメじゃないさ、人間とは元来臆病な生き物なんだから、こわいのは当然だよ」

「わたしに行ったことと全然違う」

「うん、まあ、それはそれ。ほら、僕は科学者だからね」

 

 この大人大人げない、子供を口でやりこめようとしているぞ。

 

「未知の恐怖を解明して怖くないものにするのも使命の一つな訳だよ」

 

 一瞬、不覚にもカッコいいこと言ったって思ってしまった。

 

「怖くないものにするのが、使命……?」

「冒険者と言うのも似たものじゃないか、未知の領域に先陣を切って踏み込み、他の人々が安心していけるようにする。そういう仕事だろう?」

 

 よし、今度からこの言い回しを使うとしよう。たぶん少しだけ頭がよく見えるはず。

 

「なるほど……つまい、怖くても怖がっちゃいけないって事ですね!」

「あ、いい事を言うね。うん、そういうことだ」

 

 マークさんは笑顔でそう言うと、小声で何やら呟いた。

 俺は位置的に聞こえてしまった……しまった。

 

「……しかし君は、科学者には向いていないだろうね。こうも簡単に口車に乗せられては……」

「え? なんですか?」

 

 トトリちゃん、君は悪くない。悪いのはこの科学者や。

 

「ハッ! 俺のロボロボットセンサーに反応が! 来るぞ!」

「アカネさん、適当なこと言って驚かそうとしないでくださいよ」

 

 トトリちゃんが、可愛く俺を睨みつけているが本当に来るんだって。

 こう、かすかに駆動音とか聞こえるし。

 

「おや、本当に出てきたね」

「ええぇー!?」

「チッ!」

 

 洞窟の奥からモノアイが光ったと思うと、全身が暗闇から出てきた。

 

 高さはマークさんの2、3倍と言ったところか、ベースが黒で金で縁どりがされている。

 右手が鉄球、背後にエンジンと思われるものがある。

 

 ただ、俺はこいつを見た瞬間に舌打ちしてしまったのは……だ。

 

「これロボットやない、鉄巨人や」

 

 それは俺のロボット美学的にはロボットと呼ばれるのが許されざる存在だった。

 

 何と言うか、高そうな本格寿司屋に入ったら何故か回っていたみたいなガッカリ感だ。

 

「うわ、大きい!」

「そりゃ巨大ロボットだからね、小さかったら巨大とは呼ばないよ」

「そ、そうですけど、思ってたより全然大きいし……すごい、あんなのが動くなんて……」

「凄くない! あれを!! あれを巨大ロボットなどと呼ぶな!!」

 

 俺にとっては20メートルあって初めて普通。120メートルで巨大ってレベルだ。

 

「俺に巨大って言わせたかったら城よりでっけえの持って来るんだなあ!」

「いやいや、アカネさん。そんなものどうやったら動くんですか……」

「動くんだよ! 核エネルギーとかじゃなくて、愛とか勇気とか気合で動く方が俺は好きです!」

 

 こんなガソリンとか石炭で動いてそうな奴なんて論外じゃ!

 

「よし、マークさんドリル持ってたよな。俺の螺旋力で本当の巨大ロボって奴を見せてやりますよ」

「そんなことを言ってる間に、ほら、来るよ」

「チッ、こんな鉄クズ俺がぶっ壊してやんよ!」

 

 向かってきた巨大(笑)ロボを見上げて俺はポーチの中から爆弾を取り出した。

 

「くらえ! ドナーストーン!」

「ええっ!? アカネさん! 待ってください!」

 

 トトリちゃんが声をかけると同時に、俺は奴に雷の形をした爆弾を投げ放っていた。

 それは見事に着弾した。そして奴の全身に電気が走った。

 

「あるぇ?」

「君はバカなのかい? 電気を与えたら回復するに決まってるじゃないか」

「…………クッ! 俺の今コンテナに入ってる爆弾、ドナーストーンしかねえんだよ……」

 

 フラウシュトラウト戦で爆弾は使いはたして、今は自転車の動力のドナーストーンしかないのです。

 

「どうしようぷに?」

「ぷにぷに!」

 

 仕方なく下がって、二人が戦っているのを俺とぷには見ていた。

 

「お前は炎とかあるだろ。ほらほら頑張りなさい」

「ぷに!」

 

 ぷには真っ赤に変色して前線の加勢に向かった。

 

「何かねえかな……」

 

 機械の駆動音や、爆発の音、打撃音等々を聞きつつ俺はポーチの中を漁った。

 

「お、お前は!」

 

 奥の奥から取り出したそれは、雪だるまにジェット、これに加えて胴体数本のフラムが巻きつけられた特攻野郎。

 以前に悲しい事故から生まれたラケーテレヘルンもといラケーテフラム君だった。

 

「君はここで使っとかなくちゃ一生使いそうにないからな……うん」

 

 俺はそいつを持って戦場へと向かった。

 

「うう、全然傷ついてない……」

「大丈夫さ、装甲だって無敵の耐久力を誇っている訳じゃないんだ。いつかはきっと壊れるさ」

「でも、もう爆弾の数も少ないんですよ」

 

 そういや、トトリちゃんも当然爆弾のストックが少ないよな。

 帰って来てからトラベルゲートとか作って、爆弾作る時間は無かっただろうし。

 

「俺に任せろ!」

 

 俺はこっそり敵の後ろに回って、爆弾を設置していた。

 きっとこの子ならやってくれる、俺はそう信じているぜ。

 

 鉄巨人がこっちを振り向くと同時に、彼は天高くへと飛び立っていった。

 

「くらいな! 俺のMAP兵器! ラケーテフラム!」

 

 …………

 

「あれれ?」

 

 しかし、何も起きなかった。

 

 

 ガガガッ、ガッ!

 

 

 いかにも放電攻撃します見たいな具合にガタガタ言いながらバチバチと電気が迸ってるんですけど……。

 

 そんなことを考えていると、頬に何か冷たいものが当たった。

 

「……?」

 

 拭ってみると、それは水だった。

 

 

「――――ぶっ!?」

 

 

 突然、頭と肩にとてつもなく重い衝撃が走り、俺はその場にひざまずいてしまった。

 

 これはあれだ、バケツの水を思いっきりぶっかけられた時の衝撃に似てる。つまりは凄まじい水圧だ。

 

「…………はあはあ」

 

 ジャージがピッチリと肌に張り付いて気持ちが悪い。

 なるほど……氷の爆弾+炎の爆弾=水の爆弾ってことだな。

 

「つ、使えねえ……」

 

 前を向くと、鉄巨人が黒い煙を吹き出しながら倒れていた。

 前言撤回、ロボには通じる。

 

 ぴちゃぴちゃと水の上を歩く音が聞こえたと思うと、トトリちゃんから声がかかった。

 

「アカネさん、こんな爆弾があるなら早く使ってくださいよ……」

「いや、俺もまさかこんな効果だったとは思わなくてな」

「しかし、随分と老朽化していたようだね。まさか水程度でショートするとは、でもまあおかげであまり壊さずにすんだよ」

 

 マークさんはそう言うと、鉄巨人の下に向かい分解し始めた。

 

「うん、思った通り中は無事だね。……これはすごいな。ぱっと見ただけじゃ、ほとんど理解できない。おお、これは……」

「すっかり夢中になってる、お礼くらいしてくれてもいいのに」

「俺としては、あんな物の構造が複雑なのにビックリだ」

 

 俺の中では子供の工作レベルで低いレベルのロボットなんだが。

 

「うん、ばっちり。いやあ、お見事。さすが! よっ、無敵の錬金術士コンビ!」

「えへへ、それほどでも……って、あれ?」

「うん、大分適当に褒められてるなコレ」

 

 だってそう言いながら、チラチラとロボの方に目線が言ってる。

 子供かこの人は……。

 

「いやいや、心の底から本心の言葉ですよ。さて、その無敵のお二人に折り入ってお頼み申し上げたいことがあるんですが」

「変なしゃべり方しないでくださいよ。……なんですか、お願いって」

 

 トトリちゃんは優しいなあ、ここまでいろいろあったのにお願いを聞いてあげるなんて。

 

「僕のラボラトリーまで運びたいんだよ、これを」

「は? これって……これを?」

「…………へ?」

 

 いやいや、いくら小さいって言っても……トラック一個分くらいはあるぜ?これ?

 

「うん、これを」

「む、無茶言わないでください!こんなの運べるわけ無いじゃないですか!」

「そうだよ! 今回は大して疲れずに終わったのにこれはないだろ!」

 

 珍しくゴースト手袋未装着で勝利だぜ!? 奇跡だろ! これが奇跡だろ!

 

「無茶でも何でもやらなきゃ、でないとこいつと戦った事が全て無駄になってしまう」

「だったら、運ぶ方法とか先に考えておけばいいじゃないですかー!」

「それこそ無茶を言うなだよ。こいつに勝てるなんてそもそも思ってなかったんだから」

「おいおいおい!数秒前に無敵のなんちゃら言ってた人の言葉じゃないだろそれ!」

 

 なんという外道。機械神からマッドサイエンティストに降格だよ!

 

「無茶でもなんでもやってもらわなくちゃ困るんだよ。ほらお嬢さんはそっちを持って」

「うう、無理ですよお……」

 

 マークさんが左足の付け根、トトリちゃんが右足の付け根を持って持ち上げようとしている。

 さすがに無理です。アリは象を持ち上げる事はできません。

 

「と言う訳で、俺に任せなさい」

 

 手袋をピッチリとはめて、俺はそいつの胴部分を持ちおもむろに持ち上げた。

 

「ふっ、ぬっぬぬぬぬ!」

「おお、素晴らしい!それではしっかりと頼むよ」

「あ、アカネさん。大丈夫なんですか?」

「洞窟! 出る……とこまで! そっから必要なとこ! だけ!」

 

 俺は切れ切れに必要な言葉だけを伝えた。

 いくら俺の筋肉素晴らしくても無理な物は無理です。

 

「まあ、仕方がないか。必要な部分だけでも持ち出せれば十分さ。それにそのくらいのヒントの方が逆に面白いだろうしね」

「さ、さよか……」

 

 

 

 そっから洞窟を出た後、トラック一台分が車一台分くらいになったが当然のように帰りは行きの倍の日数がかかった。

 

 



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ラスト・ザ・ちむ

 

「アカネさん、材料が揃いました」

 

 2週間かけてアーランドまでロボの部品を運んだ翌日、アトリエで本を読んでいるとトトリちゃんが衝撃的な一言を告げた。

 

「そうか、またこの日が来たんだな」

「ぷに」

 

 俺はその言葉を聞き、本を閉じて立ち上がった。

 

「ちむ!」

「ちむ!」

「ちむん!」

「ちむ!」

 

 ちむちゃん、ちむおとこくん、ちむさん、ちみゅちゃん。

 皆が固い顔つきで、その時を待っていた。

 

「ちむちゃんホイホイ、またこいつを使う日が来るとはな」

 

 禁忌の機械が、俺の目の前に悠然とたたずんでいた。

 それはまさしく、人の罪の象徴。

 

 

「それでそれで? 今回は男の子と女の子どっちにするの?」

「…………」

 

 

 ちょっとダークな雰囲気を出そうと思ったけど、師匠がいる時点で無理に決まっていた。

 

「実はまだ決まってないんですよ。ちょうど男の子も女の子も二人いるから悩んじゃって……」

「ここは男だろう、聞いてみたまえ。彼の嘆きを」

「ちむ! ちむむ! ちむーー!」

 

 ちむおとこくんがトトリちゃんに熱烈に何かを訴えていた。

 彼としてはきっと3人目でこの悲しみの連鎖を打ち砕きたいのだろう。

 

 俺的にちむさんは結構気に入っているんだけどな。

 

「うーん、それじゃあ男の子にしよっか」

「ちむ!」

 

 彼の魂の叫びが実を結んだようで、トトリちゃんは男に決定したようだ。

 

「ちむむ!」

 

 トトリちゃんが準備を始めると、ちむおとこくんが俺のジャージの裾を引っ張ってきた。

 

「ふっ、任せな」

「ちむ」

 

 何だかんだで、こいつとも一年以上の付き合い。

 第一印象は可哀相、それ以外に言いようがない。

 

「この数年で俺のネーミングセンスもバリバリに上がっているはず、トトリちゃんには負けないぜ」

「そ、そんなに変わってないような……」

「師匠、お静かに!」

「は、はい……。うう、わたし師匠なのに……」

 

 まったく、俺だって特訓を重ねたのさ。

 ああ、あの山篭りは辛かっタナー。

 

「――! ちむマウンテン!」

「ちむ!」

「ぷに!」

「ガハッ!?」

 

 腹にぷにの体当たり、脛にちむちゃんのとび蹴りが決まった俺に崩れ落ちる以外の選択肢はなかった。

 

「アカネさん、ふざけないでちゃんと考えてくださいよ」

「クーッ!」

 

 この子はどうして、自分の考えた名前の方が気に行ってもらえるみたいな顔をしてるのだろう。

 一体何が彼女にそこまで自信を与えているのだろうか。

 

「ちむー」

「ちむん」

「ちむ!」

「ちむむ!」

 

 崩れ落ちている俺に、四人のちびっ子が集まってきて、俺肩を叩いたり、頭を撫でできてくれた。

 

「そうだよな、俺は一人じゃない。皆の想いを背負ってここにいるんだ!」

 

 俺は腕に力を込めて、上半身を起き上がらせ、次に足に力を入れて完全に体を立ち上がらせた。

 

「俺は負けない! いや、俺とちむ達は負けない! 絶対に勝って幸せな未来を勝ち取るんだ!」

「ちーむ!」

「ちーっむ!」

 

 俺が片腕を上げると、それに呼応してちむ達がかけ声を上げてきた。

 

 こいつらの期待、裏切る訳にはいかないぜ!

 

「俺の想いは、俺一人のものじゃない! そう!」

「アカネさん、準備できましたよ」

「はーい」

 

 たぶん今のテンションをずっと持続できたら、その内ジャンプから主人公になりませんかってスカウトが来るな。

 

「それじゃあ、スイッチオン!」

「相変わらず軽いなあ」

 

 こんなボタン一つで簡単に命を作れるなんて、最近俺の常識が浸食されてきた感じがして怖い。

 

 ガッコンガッコンと揺れ動いて、最後に回転しながら飛んで着地と同時に男のちむがでてきた.

 

「ちむー!」

「わー! 新しいちむちゃん! やっぱりかわいいー!」

 

 出て来るなり、トトリちゃんが真っ先に抱きついて抱き上げた。

 相変わらずちむちゃんの事となると行動が早いな。

 

「それじゃあ、君の名前は今日からちむまるだゆう! 雅な感じがしていいでしょ!」

「ちむ!?」

 

 案の定、男のちむちゃんの時に限ってトトリちゃんの異常なネーミングセンスが発現してしまった。

 

 ちむまるだゆう(仮)は助けを求めるように俺と師匠に視線を送っていた。

 

「待つんだなトトリちゃん、その子がより気に入る名前を俺は持っているんだぜ?」

「アカネさんいっつもそんなこと言って変な名前ばっかりじゃないですか」

 

 クッ、ここまでお前が言うなと言いたくなったのは初めてだぜ……。

 

「ちむ君! 俺の考える名前を聞きたいだろう?」

「ちむ! ちむ!」

 

 ちむ君は必死に生まれたばかりなのに死ぬ気で首をブンブンと縦に振っている。

 年齢数分のこんな子にここまでさせるとは、トトリちゃん……恐ろしい子だぜ。

 

「君の名前は今日から!」

 

 俺の脳内に単語が駆け巡る、ちむデラックス、ちむバルカン、ちむソード。

 フラム、レヘルン、ドナーストーン……はっ!

 頭文字を三つ取れば!

 

「ちむフレド君だ!」

「ちむー!」

 

 俺がその言葉を発した瞬間、ちむフレド君はパアーっと顔を明るくして俺の事を見てくれた。

 多少の妥協は入っているかもしれないが、どうやら気に入ってくれたようだ。

 アルフレッドみたいな発音で語感は良いと思う。

 

「どうやら今回は俺の勝ちのようだな」

「う、うう……ちむまるだゆうの方が良いと思うんだけど……」

 

 トトリちゃん、そろそろ諦めた方が良い。

 

「カッカッカ、これにて一件落着」

 

 願わくば、六人目が現れませんように。

 



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オリジナル爆弾2

 ちむちゃん事変から一週間、十月が始まった頃。

 俺はアトリエで図鑑を片手に釜をかき混ぜていた。

 

「よくよく考えてみるとなんだかんだで、俺の誕生日あっという間に過ぎたよな」

「ぷに」

 

 去年はあんなに盛大だったと言うのに、今年はロボットの残骸を運んでいる間に過ぎてしまった。

 

「まったく、あの時の皆の熱い結束力はどこに行ってしまったのか……」

「ぷに?」

「うん、まあプレゼントの事は言うな」

 

 まともにくれたのが三人と一匹、あの時の衝撃は忘れない。

 

「はあ、これでマークさんが微妙なロボを作ってきたら恨むぜ」

 

 水上バイクの俺だったとは言え、アレがなければ、アトリエでトトリちゃんと師匠あたりでケーキを食べるくらいはできたかもしれん。

 

 とりあえず、変形もしくは合体の機能完備させなければ俺は認めないぞ。

 

「よーし、あの鉄巨人みたいなのだったら吹き飛ばしてくれる」

 

 俺はちょうど出来上がったフラムを掬いあげ、持っていた図鑑を捲りながらソファに座った。

 

「強い爆弾って言うと、やっぱりN/Aだよな」

「ぷに~」

 

 今でもしっかりと目に焼き付いている、フラウシュトラウトを倒したトトリちゃんのN/A。

 

「ただ……さ、アレってトトリちゃんも作れるんだよな」

「ぷに?」

「このままじゃ、アイデンティ崩壊の危機が……」

 

 これじゃあ、その内トトリちゃんが……。

 

『アカネさん、まだ錬金術やってたんですか……?』

 

「いやいや! トトリちゃんはそんなことは言わない言わない」

「ぷに?」

「幻聴か……精神を病んで来たのかもしれない」

「ぷににににに!」

 

 笑うなよ、俺だって人並みにストレスくらい感じるんだぞ。

 ああ、いっつも自分らしく生きるのは疲れるなあ。

 

「よし、話を戻すか……なんだったか、核を作るんだっけか?」

「ぷに!」

 

 当たっているらしい、これじゃあもし元の世界に戻っても非核三原則に引っ掛かってしまうではないか。

 

「つーか、N/Aのところの記事、最高品質の名称が……」

 

 悪いのから順に、濡れている、しけっている、普通、良品、一級品とココまでは至って問題がないんだが。

 

「コア爆弾って……」

 

 あれ? コアって日本語訳するとあれだよね?

 

「俺はこれを作ることがあったとしても、絶対に低品質に押さえることを心に決めましたとさマル」

「ぷに~?」

「聞くな! あんまり詳しくもないし」

 

 今更になって自分がとんでもない爆弾を使っていたと言う実感が湧いてきたよ。

 昔、三色爆弾とか作ってた自分をマッハで殴りに行きたいわ。

 

「よし、更に話を戻そう。俺だけのオリジナル爆弾……」

「ぷに~」

 

 ぷにが飽きもせずにまたやるのか、みたいな事を言っているが俺は昔の俺とは違うんだ。

 決して、どぼ~ん! とかバカみたいな事を言って爆弾をそのまま入れて中和剤入れたりはしない。

 

「ミサイルランチャーとか作ったらマークさんのロボに搭載してくれないかな」

「ぷに?」

「今日はぷにがわからない話ばっかりですまないな」

 

 まあ、かさ張るし無駄に材料も使いそうなので却下だ。

 

「やっぱり俺らしさを生かさなくちゃだよな。俺らしさ……筋肉か」

 

 必殺のマッスルボム、これを食らった奴は全身の筋肉が消滅する。

 

「……怖!?」

 

 なんて恐ろしい発明なんだ。暴発でもしたら俺の汗と涙の結晶が消え去ってしまう。

 これは俺の暗黒のノートに封印しておくとしよう。

 

 

「もっと広いところからいくか…………地球人」

 

 ……なんか規模がでかすぎてよく分からなくなってしまった。

 

「……に、日本人? サムライ?」

 

 必殺の切腹ボム介錯は無用でござるイン江戸。

 

「またノートのページに一つのダークマターが生まれちまったな」

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにがよく分からないらしいが、とにかく真面目にやれとのご要望だ。

 

「仕方ない、ここは日本人が愛する一つの文化でやるとするか」

「ぷに?」

「その名も! その名も!そ の名も! その名も! そ~の~名~も~!」

「…………」

「花火! 花火フラムよ!」

 

 アレなら爆弾マイスターの俺にうってつけの代物だ。

 色とりどりの爆弾、なんだかとってもイイじゃないか……。

 

「よーし、とりあえずベースはフラムで染料を色々……」

 

 俺は爆弾用ノートを開き、しっかりと、しっかりと考えながらページを埋めていった。

 

 

 

…………

……

 

 

「クーデリアさん、お祭りを開きましょう」

「却下」

「題して、俺の誕生日を一番最初に祝えるのは誰でしょう祭りです」

「おめでとう、そしてさようなら」

 

 クッ、取りつく島もないとはこの事だ。

 

「ていうか、ココはあくまで冒険者ギルドって言う事を忘れてないかしら?」

「ちっ、これだからお役所仕事ってのは嫌だぜ」

「はいはい、悪うございました。本当にあんたは脈絡なく行動するわよね」

「失敬な、今回はちゃんとした理由があるのですよ」

 

 あれから、とりあえず一個だけ作ってみた花火フラム。俺はそれでイケると確信したのだ。

 

「祭り向けの爆弾が出来たんですよ。こう、空に飛んでって空中で弾けるんですよ」

「? よく分からないんだけど」

「クックック、こんなこともあろうかと!」

 

 俺は一冊のノートを取り出して、カウンターの前に置いて一ページ目を開いた。

 その最下部に一個の丸い玉が描かれていた。

 

「よーく、見ていてくださいよ」

 

 俺がパラパラとノートを捲ると、玉は上に上がっていき、見事に弾け飛んで典型的な花火の形を描いた。

 花火の方は色鉛筆を使って色までついたカラーページというのがポイントです。

 

「なるほどね」

「分かってもらえましたか」

「あんたが、紙を無駄にしたって事が分かったわ」

 

 この人は和の心と言う物を持っていないのだろうか。

 

「大体、こんな絵みたいにうまくいく訳ないでしょうが」

「ところがどっこい、俺はさっき街はずれで試作品を使ったのですよ」

「へえ? どうなったのかしら?」

「聞いて驚かないでくださいよ……」

 

 あの結果には俺自身腰を抜かした。震えが止まらなかったね。

 

「野原が一面焦土と化しました」

「仕事があるから帰ってくれないかしら?」

「いやはや、上がったら爆発しないでそのまま落ちて来るんですよ。急いで逃げて命からがら助かった訳ですよ」

 

 花火が最高点に達するその瞬間まではワクワクしてた。

 

「そのまま死ねばよかったんじゃないかしら?」

「うわあ……」

 

 この人は滅多に見せない笑顔でなんて事を言い放っているのだろうか。

 

「と言う訳で、祭りを開きましょう」

「それ以上口を開くと借金の額を倍にするわよ」

「…………」

 

 俺は大人しく、反転して扉に向かって歩き出した。

 

「ジャパニーズのサムライ魂は不滅ですよ!」

 

 自分でもよく分からない事を言いながら、自分でも気づかない内に駈け出していた。

 

 いつか、どこかはわからないけど、きっとこの花火フラムが必要になる日が来る。

 俺はそう信じて、これを完成させるんだ。

 

「そう、みんなの心に淡い一夏の思い出を残すために」

 

 つーか、なんで俺花火作ろうと思ったんだっけか?

 

 何か心に引っかかるものを感じながら俺はアトリエへと戻った。



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お約束の登場

 

 花火事変から間もない頃、俺はアトリエで机に座ってノートを開いていた。

 

「あれから試作数回、未だにうまくいかないな」

「ぷに」

 

 お空に飛ばしては、地面に垂直落下するを繰り返す日々だ。

 ニュートンさえいなければこんな事にはならなかっただろう。

 

「いっそあれか、飛ばしてから何かぶつけて起爆させてみるか?」

「ぷに……」

「……うん、十回に一回ぐらいでライフが削れるのが目に見えてるよな」

 

 ノートを見つめながら軽く絶望していると、さっき来客に出たトトリちゃんが戻ってきた。

 

「アカネさん……」

「親方と呼びなさい」

「……へ?」

 

 トトリちゃんが手に紙を持ってこっちを見たままフリーズした。

 

「あれだ、俺には職人としての魂が足りなかったんだ。ここは形から入ってみるとしよう」

 

 俺がわかったな? という感じに目線を送ると、トトリちゃんは目をパチクリさせて言葉をつづけた。

 

「親方、外に出たら扉にマークさんからの手紙があったんですけど……」

 

 なんか悪いことしてる気分になってきた。

 

「手紙ねえ、どれどれ」

 

 受け取った手紙にはこう書かれていた。

 

 

『予告状 

  本日正午、あなた方に素敵な物をお見せしよう

  街の入口にある橋の中央まで来られたし。

       孤高の天才科学者 プロフェッサーМ』

 

 

「プロフェッサーМ、一体何者なんだ――!」

「だからマークさんですってば、全然隠す気ないじゃないですか」

「何を言ってるんだ。マークさんは孤高のじゃなくて、異能のだろ。簡単な推理だよトトリ君」

 

 この俺に挑戦状とはいい度胸じゃないか、マー……プロフェッサーМ!

 

「よーし行こうじゃないか、十数年間待った夢がかなう」

 

 そう、ロボットの世界が来る。用件的にこれしか考えられない。

 

「アカネさん、いざとなったらマークさんを止めてくださいよ?」

「まあ、うん……」

 

 そう言われると途端に嫌な予感しかしてこなくなるな。

 

 俺は一抹の不安を抱えながら正午を待ち橋まで向かった。

 

 

 

「来たぜ」

「来ちゃいましたね……」

 

 トトリちゃんが若干うなだれながらそう言った。まあ気持ちは察してあげよう。

 

 俺達の他にも、街の少年AとB、少女Aがギャラリーとしていた。

 依然見せられた猫型ロボットも横にポツンと佇んでいるあたり、このロボットで子供たちが遊んでいたのだろう。

 

「やあ、ようこそ。歓迎する。今回のショーは君たちの協力なくしては完成しなかったからね」

 

 マークさんが俺たちの方を向いて、満面の笑みでそう嬉しそうに言った。

 

「はあ……ところで、なんで予告状とか回りくどい呼び方したんですか?」

「フフフッ、お嬢さんは天邪鬼だろう? 素直に呼びに行ったら断る素振りを見せるんじゃないかと思って、一計を案じたんだ」

 

 マークさんがしたり顔でそう言葉を紡いだ。

 意外というか、この人は結構ちゃんと人のことを見ているよな。

 

「そしたらほら、予想通りちゃんと来てくれた」

「うっ……それってまんまんとのせられたってこと……?」

 

 トトリちゃんが落胆したような、暗い口調でそう呟いた。

 

「それに君もあんな感じの物は好きだろう?」

「否定はしない」

 

 むしろ、全力で乗りに行くタイプです。

 全ては神の手のひらの上というわけか……。

 

「まあそれは置いといて、君たちにはどうしても見てほしかったんだよ。うん」

 

 そんなやり取りをしていると、少年たちが騒ぎ始めた。

 

「おーい、いつまで待たせるんだよー」

「はやくみせて、みせてー」

 

 一方で少女の方は黙っていはいるものの、期待感こもった眼差しでマークさんを見ていた。

 

「おっと、他の観客は待ちきれないようだね。それでは……こほん」

 

 咳払いを一つすると、全員を見渡しながら続けた。

 

「長らくお待たせしました。それではお見せしましょう!」

 

 

 

「異能の天才科学者、プロフェッサー・マクブライン。一世一代の大発明を! スイッチ・オン!」

 

 カチリと、ボタンを押すような音が聞こえると、突如地面が揺れ始めた。

 

「きゃ、なに? 地震?」

「いや、地震というよりも……」

 

 辺りを見回しながら俺が言葉をつづけようとすると、マークさんに遮られた。

 

「きょろきょろしない! 世紀の一瞬を見逃すよ!」

「う、うわあ……やっぱり、ものすごく嫌な予感ー! ……ア、アカネさん!逃げないでください!」

「くっ!」

 

 俺は一足早くにマークさんが何をしようとしているか気づき、逃げようとするとトトリちゃんに腰辺りを両手で掴まれ動けなくなってしまった。

 

 あかん、川、ロボ、地震、こっから導き出されるものは一つ――。

 

 マークさんが右の人差し指を前に突き出して、大声で言葉を放った。

 

「出でよ! 究極ロボットー! マグヴェリオン!!!」

「ですよねー!!」

 

 バシャーン! と、水飛沫が上がると同時に、白いボディと水飛沫越しに光る赤いモノアイがあった。

 

「え……えええええ……!?」

 

 トトリちゃんが俺を捕まえておくのも忘れて、素っ頓狂な声を上げた。

 

 そこにいるのは、水上から赤い両手を上げて出てきた以前倒したロボットと同タイプのロボットだった。

 

「ふっふっふ、どうだい? 驚いたかい?」

「お、お、驚きますよ! 本当に巨大ロボット……」

 

 俺も二重の意味で驚いた。まさか街中でこんな事をやらかして、さらにサイズがおかしい。

 前のロボットがマークさん二人分くらいだったのに比べて、今回はその二倍以上ある。

 これなら俺としても、多少は認めるところだが……。

 

「って、なんで街の中で作っちゃたんですかー!?」

 

ト トリちゃんが俺の言いたいことを叫んでくれた。

 

「知らないのかい? 巨大ロボットを格納しておくのは水の下だと古来から決まっているんだよ」

「そんな気まり聞いたことないです!」

 

 ごめんトトリちゃん、たぶん話したの俺かもしれない。

 

 俺は心の中で謝りつつ、すり足でジリジリとこの場から遠ざかろうと試みた。

 

「何をそんなに怒っているのかな。子どもたちは大喜びじゃないか、ほら!」

「わああ……すげー! でっけー!

「ロボットだー! 巨大ロボットだー!」

「かっこいいー! のってみたい!」

 

 無邪気だな、俺もこの先来るであろう恐怖を知らなければあんくらいはしゃげたんだがな……。

 そう、彼女は絶対に来るそしてここの俺がいる。それだけで何が起こるかは十分にわかってしまう。

 

「う、たしかに喜んでますけど、でも……こんなの絶対怒られますって!」

「やれやれ、先のことに怯えて目先の感動を失うなんて悲しいことだ。現代人の心は、ここまで荒んでしまったというのか」

「はっ!」

 

 今、神からの天啓が舞い降りた。

 そうか、逃げちゃ駄目だな。クーデリアさんが何だっていうんだ!

 ちょっと怒られるだけかもしれないじゃないか!

 

「ハッハッハ! 少年たちよ、俺はなあのロボットと同じようなのと戦ったことがあるんだぜ」

「ええ、うっそだー!」

「でも、本当だったらすごい……」

 

 あれだな、片方の男の子は生意気だな。それに比べて女の子のお淑やかなこと。

 

「アカネさん! 何混ざってるんですかー!」

「いいじゃんいいじゃん!俺はもう何も怖くないんだ!そう――」

 

 俺が言葉を続けようとすると、遠くから足音と声がした。

 

「こらー! なんの騒ぎ……うわっ! 何よこれ!?」

 

 俺は驚くクーデリアさんを尻目に見て、あの人もあんなリアクションするんだと思った。

 それを見ながらも、俺の口から解き放たれる全てを崩壊させし言葉、ジェノサイド・ワードを止めることは叶わなかった。

 

「俺は! クーデリアさんなんか怖くねえぜー!!」

 

 俺は右の拳を天に突き出して、そう叫んでしまった。

 そしてツカツカとこっちに寄ってくる足音のみが聞こえる。

 

「あんたの仕業なの!? 常々バカだバカだとは思ってたけど……なんてバカなことを……早くなんとかしなさい!」

「俺は無実だ」

 

 怖いよこの人、なんか目から殺人ビームでそうだよ。

 ……目からビームを出すクーデリアさん……。

 

「プッ」

「……なーに、笑ってるのかしら? この状況がそんなに面白いのかしら?」

「俺は無実だ」

 

 だって、脳裏にビームで書類にサインするクーデリアさんが浮かんできちゃったんだもん!

 

「ほら、キリキリ歩きなさい! 今回ばっかりは笑って済ませないわよ!」

「俺は無実だ。俺は無実だ。俺は無実だ」

 

 俺は機械のように同じ言葉を繰り返しながら、クーデリアさんに手を掴まれて連行された。

 

 ふと、後ろを振り向くとトトリちゃんがこっちに頭を下げていた。

 大丈夫、君は悪くない。悪いのは全てプロフェッサーМだ。これはあいつの陰謀なんだ。

 

 しだいに小さくなっていく、トトリちゃんから目を離し、顔を前に戻して俺はこう言った。

 

「クーデリアさんの手……柔らかいですね」

「反省の色なしっと」

 

 ガチャリと、俺の手首に鉄の輪っかがかけられた。

 確かこれは俗世では手錠と呼ばれているものだったかな?

 

「俺は無実だ」

 

 最後に小さくそう呟いて、俺は今日が自分にとって一番長い日になるだろうなと、そう思ったんだ。



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正義のロボット

「…………終わった」

 

 連行からの個室に閉じ込められて反省文を百枚、なかなかの重労働だった。

 たぶん三、四時間はかかったな。

 

「タイトルは、アカネの一日ノーカット版ってところだな」

 

 起床から、寝るところまで普段見せないところまで余さずに書いてみた。

 ちょっと恥ずかしいけど、反省文だからな。

 クーデリアさんに怒られる時の俺の心情まで書いた門外不出の作品だ。

 

「どうしよ……」

 

 一行目を書いてから、乗りに乗って全てを使いきってしまった。

 このままでは、お仕置きが地獄コースから、地獄のお仕事コースになってしまうかもしれん。

 

「くそ、ぷにの奴はいつの間にかいなかったしよ……」

 

 アトリエを出る所までは一緒だったはずなのに、着いたときには消えてたからな。

 まあ、正解か大正解で言うなら、地獄に落ちろって感じだな。

 

「よし、脳内シミュレートだ。まずはフィリーちゃんが来たと仮定しよう」

 

 まずは甘口、後の現実という激辛に耐えれるようにしておこう。

 

 

 

 

 

「はい、反省文」

「お疲れ様でした。…………?」

 

 原稿に目を通すとフィリーちゃんは首をかしげた。

 

「アカネさん、これ渡したらわたしが怒られちゃうんですけど……」

 

 フィリーちゃんが目に涙を浮かべて、上目遣いで見てきた。

 

 

 

「こりゃダメだな。可愛さと罪悪感を刺激させる表情のダブルパンチとは、汚ねえ奴だよアイツは」

 

 妄想でさえもうまくいかずに、木の机に頭を置いて項垂れていると、背後の扉がノックされた。

 

「入るわよ~」

 

 俺は素早く立ち上がってクーデリアさんの方を向いてこう言った。

 

「もう一度弁解の機会を下さい。俺は無罪です」

「はいはい、ったく往生際が悪い奴ね」

 

 そう言いながら机の上に置かれた反省文、もとい日記をクーデリアさんが手にとって一番上の用紙に目を通した。

 

 俺は素早くドアの取っ手を持って開けようとした。

 

「クッ!」

 

 空しくもガタガタッという音を鳴らすばかりで、開くことはなかった。

 

「アカネ……」

「ひっ」

 

 こちらを振り向くクーデリアさんの顔を見るまでもなく、漂うオーラを感じて悲鳴が出てしまった。

 

「靴を! 靴を舐めますから許してください!」

「いらないわよ、気色悪い! それにしても、まったく仕方のない奴ね」

 

 クーデリアさんは可愛らしくニコッと笑ったがもう騙されない。

 ここで俺が、エヘッとか言って銃で撃たれるパターンだ。

 もういっそ素早く土下座して靴を舐めまわしてやろうか……。

 

「ほら、鍵よ」

「あ、あれ?」

 

 かつて俺に手錠という束縛を与えた右手から、今度は解放という名の鍵が差し出されていた。

 しかも、俺がそれを多少ビクビクして取ったが、何のリアクションもなかった。

 

「さ、サヨナラ……」

「ええ、さよなら。お気をつけて」

 

 俺が扉を開けて、閉めるまで、クーデリアさんは終始笑顔で逆に不気味だった。

 

 ギルドの受付のあるエントランスに戻る廊下で思わず考え込んでしまった。

 

「あれか、次に会った時はすごいのが来るわよとか? この文章を本にして街中にばら撒くわよとか?」

 

 お、恐ろしい。何が恐ろしいって、全てが恐ろしい。

 もしかしたら、アレは幻覚だったんじゃないだろうか?

 それにしたって、薬中の人間だってこんなに恐ろしい幻覚を見たりはしないさ。

 

「本当に、一体何なんだ」

 

 思考を巡らせながら歩いていると、いつ扉を開けたのか気づいたらエントランスにいた。

 

 そこで調度フィリーちゃんと通りすがった。

 

「あ、アカネさん……頑張ってくださいね。どうかお気をつけて」

「へ?」

 

 俺が問いただそうとすると、フィリーちゃんは既に通り過ぎていた。

 

「なんだってんだ?」

 

 なんか、得体の知れない恐怖が俺の中に渦巻いてきた。

 戦々恐々としながら、ギルドを出ようとすると扉が開いてステルクさんが出てきた。

 

「君か……心意気は買うが、少々危険ではないかね?」

「ん?」

「手が必要なら言ってくれて構わない。気をつけてな」

「あ、はい?」

 

 威圧感に負けて普通に返事しちゃったけど、何コレ?

 そういやクーデリアさんも気をつけてとか言ってたけど、流行りなのかな?

 

「んな訳ないよな……」

 

 小さくつぶやきながら、俺はアトリエへの帰路についた。

 

 

 

 

「ただいま~」

「あ、おかえりアカネ君」

「おかえりなさい、アカネさん」

 

 よかった、この二人は普通だ。

 

「あの、アカネ君。気をつけてね」

「わたしはお手伝いできませんけど、気をつけてくださいね」

 

 そんなことはなかった。

 

「二人とも、そろそろ俺は頭がどうにかなっちまいそうなんだが、なんでみんな俺の顔見たらおはようみたいなノリで、気をつけてって言うんだよ」

「え、だって、アカネ君が一人で盗賊退治に行くって聞いたから……」

「はい、騒ぎの責任を取るために自主的にってクーデリアさんが言ってましたよ」

「ほほう」

 

 なるほど、つまりアレか。

 完全に嵌められたってことか。

 きっとあそこで、真面目な文を書いて本当に反省していたら結果は変わっていたんだろう。

 

 あの鍵は天国への鍵だと思ったらさらなる無限地獄への鍵だったとはな……この俺の眼力をもってしても見抜けなかったぜ。

 

「トトリちゃんに聞いたけど、アカネ君本当は悪くないんでしょ。今からでもクーちゃんに説明して……」

「必要ないぜ師匠、俺は国の平和と正義のために行くんだ」

 

 ハハッ、この怒りを盗賊たちにぶつけてやんよ。

 平和一割、正義一割、隠された八割が怒りと奴当たりだ。

 

「アカネ君偉い! さすがはわたしの弟子だね!」

「ハッハッハ、それじゃあ早速行ってくるぜ」

 

 俺はアトリエを出て、一直線にとある所へと向かった。

 

 

 

「マーーク君! あっそびましょー!」

 

 俺は手袋をつけて、黒の魔石を握りしめた拳を思いっきり叩きつけた。

 

 木製の扉が折れた中心から縦に。

 

「呆れた威力だぜ」

 

 俺はドーピング二点セットをさっさとポーチにしまいこんでマークさんを待った。

 

 すると、奥の方からマークさんがいつも通りの猫背で現れた。

 

「今度からは扉は鉄製にしておくよ」

「そうしといてくれ、これは脆すぎる」

 

 さて、一体何から言ったもんか。

 

「とりあえず、謝罪を要求する」

「いやいや、僕も本意じゃなかったんだよ。ただ、ちょっとした急用を思い出してね」

「急用だあ?」

「ああ、前に作った水上を走るバイク、アレの点検をしてなかったなあってね」

 

 …………やりおるわ。

 すっかり忘れていたと思ったんだがな。

 

「よーし、これは痛み分けで終わらせよう」

「どうしたんだい? 謝罪はいらなかったのかな?」

「とにかく! 逃げた件はいいんだ。問題はそのせいで盗賊退治に行く羽目になったってことだ」

「おやおや、それはそれは」

 

 マークさんはようやく申し訳なさそうな声を出した。

 

「つか、このご時世に盗賊ってどうよ?」

 

 今まで一回も襲われたどころか、噂に聞いたことさえないぞ。

 

「まあ、それも警備隊の日ごろの成果ってやつだよ。今回のはちょっと厄介みたいだけどね」

「なるほどねえ、まあそういう訳でお願いに来たんだよ」

「お願い? まあ、さすがに大抵の事なら聞いてあげるとも」

「言ったな?」

 

 よーし、これで子供のころから叶えたかった夢ベスト10の一つがようやく叶うぜ。

 

「マグヴェリオン貸してくださいな」

 

 

…………

……

 

 

 時刻は夜、最近はアーランドの南あたりで活動しているとの情報を得て探索中だ。

 

「クックック。来るなら来い、盗賊共」

 

 俺は右の手をポケットに突っ込み、リモコンを握りしめた。

 

「しかし、話を聞いてみるとひどい奴らだな」

 

 なんでも、冒険者に集団で襲いかかって有り金と武器を奪っていくらしい。

 これは本格的に天誅が必要だ。

 

「ムフフッ」

 

 正義のロボットで悪を蹴散らす、最高に理想の展開だぜ。

 

「まあ、生身の人間にロボを使うのは……悪役っぽいよな」

 

 ここは、理想と現実の壁という事で仕方ないという事にしよう。

 相手もロボを出してきたら理想通りなんだが。

 

 

 そんな事を考えながら街道をそれた、森を歩いてると、複数の方向から葉の擦れる音が響いた。

 

「ゲヘヘッ、おいでなすったぜ」

 

 あれ? なんで俺の方が盗賊みたいな言葉言ってるんだろ?

 

「おい、兄ちゃんこんな夜にこんな場所歩いて。道にでも迷ったのかい?」

「ま、とりあえず大人しく金と武器を置いていけば穏便に済ませてやるかもしれないぜ?」

 

 うわあ、清々しいほどに盗賊らしい台詞やな。

 見た目も黒い外套羽織って、上下布製の服で色は違えど全員ツンツン頭。

 腰には猟銃を背負っていた。

 一人だけ銀の鎧を着たリーダーのような男が目の前にいた。

 

 ここは、俺も正義のテンプレとして行動しよう。

 

「フッ、道に迷ったのはお前らじゃないかい?」

「何だって?」

「俺こそが! 人の道に迷った貴様らを正す正道を歩むものなり!」

「何だ? 頭おかしいのか?」

 

 その言葉につられて、周囲から雨のように笑い声が降ってきた。

 

 そこはさあ、もっと相応しい発言があるだろ。

 貴様、何者だ!? とかさ……。

 

「消え去るがいい! カモン! マグヴェリオン!」

 

 俺は手のひらサイズのリモコンを取り出し、側面全体についている赤いボタンを握りしめ、大声で叫んだ。

 音声入力式とは、マークさんも味なことをしてくれる。

 

 空の一点がキラリと光、周囲の木を押しつぶして白い巨体が現た。

 風圧で俺を除く全員が腕で顔を覆っていた。

 

「なっ!?」

 

 目の前のリーダー格と思われる男が目を見開いた。

 そりゃあ、周りの木よりもでかいロボが突然現れたら驚くわな。

 

「参・上!」

 

 俺のポーズに合わせて、同じようにマグヴェリオンも腕を曲げてファイティングポーズをとってくれた。

 

「お、おい、待ってくれ!」

「マグヴェリオン! 戦闘開始(オープンコンバット)だ!」

 

 リーダーさんの声を無視して、マグヴェリオンは赤い鉄球の付いている方の右腕を横に薙いだ。

 その巨体ゆえにその場で腕を振るだけで周囲の木まで巻き込んで、盗賊たちをなぎ倒した。

 

「ひぃ!」

 

 どこからともなく悲鳴が上がった。

 

「逃げても無駄だぜ! マグヴェリオン! 追撃だ!」

 

 逃走を許さぬように、逃げる奴を右腕を振りおろして倒していった。

 

「残るはお前だけだ!」

「や、やめっ!」

 

 一番重装備なお前には必殺技をお見舞いしてやるぜ!

 

「ヒートアップ! マグヴェリオン!」

 

 その言葉と同時に、逃げていくリーダーに向かってマグヴェリオンが腰からスラスターを吹かせて一直線に飛んで行った。

 

「ファイナル・アサルト・オメガァ・ナッコオォォォ!!!」

 

 俺が右腕を突き出すと同時に、メグヴェリオンも腕を突き出してリーダーのちょっと脇に拳をぶち当てた。

 その拳からレーザーが放たれ、直線状の木をまとめてなぎ払っていった。

 

 マグヴェリオンが横に戻ってきたので、俺はリモコンのボタンを握りしめてこう言った。

 

「ミッション終了。パーフェクトだ。マグヴェリオン」

 

 俺がそう言うと、再び空に向かって飛んで行った。

 

「さて、どうしたもんかね?」

 

 なんか、ハッスルしすぎちゃったみたいだ。

 そこかしらに盗賊たちが散らばって、まるで地獄だ。

 

「正義は勝つ!」

 

 何故か、今のおれは正義のはずなのにこの言葉に引っかかりがあった。

 

 

 



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返済した男

 

 盗賊退治から、3週間ほど経って十月も佳境に入ったころに俺はぷにと共に麻袋にお金を詰め込んでいた。

 

「そろそろ、借金返さないとだからな。貯まってなかったら泣くぞ」

「ぷに!」

 

 現状は五万コール詰め込んだ麻袋が五つ、今最後の六つ目に詰め込んでいるところだ。

 

「トトリちゃんは今頃あっちの大陸に着いたころかね?」

「ぷに」

 

 帰ってきたときにはトトリちゃんは既に発っており、アトリエにはいなかった。

 盗賊退治の手伝いはできないって言うのはもう出かけるからってことだったんだろう。

 

「一番驚いたのは、帰ってくるときにもトラベルゲートが使えることだよな……」

「ぷに……」

 

 師匠曰く、トラベルゲートを使えば船ごと一っ飛びで戻ってこれるとかなんとか。

 つまり、話さえすぐにつけば今日明日にでも戻ってきてもおかしくはないということだ。

 

「錬金術士は航海ってもんを舐めてるな」

「ぷに」

 

 帰るまでが遠足ですって言葉がまるで意味をなさなくなってしまうぜ。

 

「っと、これで五万か?」

「ぷに!」

 

 話しつつも数えながら硬貨を入れていっておそらく五万コールだろうというところで、ぷにに確認を取ると同意見のようだ。

 

「……長かった」

「ぷに~」

 

 今でも目を閉じると思い返される、被害報告書を貰った時の衝撃。七対三の割合で返すことになった事。ぷにが誕生日にプレゼントをくれたこと。

 イクセルさんに料理を強制的に教えられたこと。

 

 この借金生活は俺に多くの物を与えてくれた……しかしだ。

 

「全ての元凶はお前だという事を俺は忘れたことはないぜ」

「ぷにっ」

「生憎、俺の器は元からちっちゃいんだよ」

 

 あの時のぷに暴走事件、あれは今でも俺の戦闘苦戦トップ3に入っている。

 

「なんか、自然に貯まりすぎて感動薄いな」

「ぷにに」

「まあ、一番討伐系の依頼受けてたのお前だもんな」

 

 たまに気づくといなくなっては、報酬金を持ってくるんだもんな。

 

「しかし……ここからが問題だな」

「ぷに?」

 

 ぷにはまるでわかっていない様子で、間の抜けた声を出していた。

 

「こっからギルドまで十分程度、何人の刺客が襲ってくることか……」

「ぷに……?」

「まだ分かってないようだな。いいだろう……説明してやる」

 

 そう、大金を持っているとどんな目に会うかをな。

 

「もしかしたら! おつかいで数十万コールの壺を持って行っている子にぶつかるかもしれない!」

「ぷに?」

「もしかしたら! 娘の医療費数万コールが足りなくて困っているご婦人がいるかもしれない!」

「…………」

「わかったか? 軽々しく街中を歩いて行くなんて愚かなことなんだよ」

 

 おお、怖い怖い。街の中には爆弾イベントが一杯だぜ。

 

「ぷにに! ぷに!」

「ばか! 早まるな!」

 

 俺の制止を無視して、ぷには一袋を頭に載せてアトリエから出て行った。

 

「バカ野郎め……」

 

 仕方がなく、俺もぷにの後についてアトリエを出て行った。

 

 

…………

……

 

 

 

「いいか、ぷに。ちゃんとよくまわりを見てだな」

「ぷにぷに」

「ぷには一回だ」

 

 『はい』は一回みたいなノリで突っ込みを入れつつ、俺は周りを注意深く見ながら歩いていく。

 

「ぷに、お前の大胆不敵さはいつか身を滅ぼすぜ」

「ぷにに」

「お前が言うなじゃない。お前はわかってないんだよ――――」

 

 

「うわあ!」

 

 

 人混みの奥から、少年と思われる声が響いて、何かが割れる音が響いた。

 

「ぷ……に……?」

「ははっ、んなバカな事があるかよ……」

 

 俺もぷにも半信半疑で奥へと進み、人だかりの中に入って行った。

 

 

「お、お父さんの十万コールの壺がー!!」

 

 

 十歳くらいと思われる子が膝をついて泣いていた。

 その前には後ろ姿しか見えないが、黒いコートを着たどこかで見たことのあるような人が立っていた。

 

 

「は、はは、ぷに……わかったか、街の道は怖いことが一杯だ……」

「ぷに…………」

 

 俺もぷにも目の前の事実にただただ怯え、横にあった路地に自然と二人で入って行った。

 

 

 

 

 俺が二人なんとか通れるくらいの道をぷにが先導して歩いてる。

 

「こんな路地裏なら、なんの問題も起きないだろうよ」

「ぷに」

 

 さっきのは驚いた。いや、うん、俺は起きるんじゃないかなーとか思ってたけどね。

 

「こっからギルドまで、遠回りになるけど安全だろうよ。ハッハッハ」

「ぷににににに!」

 

 二人して、笑いながら歩いていると何かすすり泣くような声が上にある木枠の窓から落ちてきた。

 

 

「うう、お母さん!大丈夫だからね! わたしがきっとお金稼いで――っ」

「心配しないで、今日はちょっと具合が悪いだけだから、明日になったらいつも通りよ」

「嘘ばっかり! 昨日もそんなこと言って倒れたじゃない、ちゃんと寝てて薬のお金は頑張って貯めるから」

「バカ言うんじゃないよ、一万コールもどうやって稼ぐんだい。お母さんの事は放っておきな」

「そんなことできるわけないじゃない!」

 

 

「…………」

「…………」

 

 俺とぷには互いに顔を見合わせた。

 

 ぷにが頭の袋を俺に渡して、俺はそれを窓に投げ込んだ。

 それはとても、スムーズに行われた。

 

「……これでいいんだ」

「……ぷに」

 

 そこから去っていくと、後ろからありがとうございますと言う声が何度も何度も聞こえた。

 

 俺とぷには互いに顔を見合わせて微笑み合った。

 

 白藤アカネはクールに去るぜ……。

 

 

 

 

「……と、こういう感動のストーリーがあってですね」

「せめて差額の四万コールは取っておきなさいよ」

「いや、あの時は気持ちが昂ぶっていて……」

 

 結局あの後アトリエに戻って、生活費とまた何かあった時の非常用に貯金していたお金を引っ張り出して三十万コール揃えた。

 

「あの家族を救ったことで、その子孫まで守った事になるんですよ」

「そりゃあ、あんた達にしては珍しくいい事をしたとは思うわよ。微妙に疑わしいけど」

「いやだって、あんな悲想感に満ち溢れた会話聞こえてきたら、人間としてねえ」

「ぷにに」

 

 モンスターであるぷにの心にも訴えかける物があったようだ。

 

「とにかく、確かにこれで返済しましたよ!」

 

 俺は麻袋六つをカウンターに置いて、高らかに宣言した。

 

「はいどうも。確認するからちょっと待ってなさい」

「ういっす」

 

 

…………

……

 

 適当にギルドをぶらついていると、クーデリアさんから声がかかった。

 カウンターに向かうと、クーデリアさんから一枚の紙を渡された。

 

「はいこれ、返済確認の書類」

「おお……これが」

「ぷに……」

 

 俺には手渡されたその一枚の紙が黄金に光っている気がした。

 きっと肩に乗っているぷにも同じだろう。

 

「それじゃあ忙しいから帰って頂戴」

「もうちょっと余韻とかあってもいいんじゃないですか?」

「こっちはあんたと違って大忙しなのよ。ほら、帰った帰った」

「ちくしょー……」

 

 反転して帰ろうとすると、俺はギルドにいた知った顔を見つけたので近寄って行った。

 

「ステルクさん、俺の感動ストーリー聞きたいですか?」

「結構だ。そんなことよりも少し悩んでいる。君の意見も聴かせてもらいたいのだが」

「? いいですけど?」

 

 俺の話を一蹴されたのは悲しいが、ステルクさんからの相談事なんて珍しい。

 

「実は先ほど、街中で子供が私の顔を見て驚いてな。壺を落としたのだ……その、十万コールのな」

 

 ステルクさんが酷く言いづらそうにそう言った。

 

 そっか、どっかで見たことあると思ったらステルクさんだったかー。

 それにしても、ぶつかったならまだしも顔を見てって……。

 

「とりあえず連絡先は伝えておいたのだが……あれは私が悪いのだろうか……」

「ああ……えっと……」

 

 どうしよう、この人がこんなにわかりやすく落ち込んでいるの初めて見た。

 

 そしてこんな時になんて言っていいかまったくわからない。

 

「と、とりあえず言えることとしては、ステルクさんは悪くないですよ」

「そうか、そう言ってもらえると助かる」

「えっと、元気出してくださいね」

 

 いつもとの凄まじいギャップに俺はなんて言っていいかわからず、それだけ言ってギルドから出て行った。

 

「俺は無力な男です。金で家族を救えても、言葉で人を救う事ができないなんて……」

「ぷに……」

 

 喜びが一気に失せて、悲しくなってきた。

 今度、師匠誘って夕食にでも連れてってあげようかな……。

 

「偶には、スパッと終わりたいよな」

「ぷに」

 

 



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レッツ生贄

 

 借金返済から一週間、一か月ぶりにトトリちゃんが帰ってきたのだが……。

 

「相談できそうな人って、先生かアカネさんくらいだよね……。ちょっと言いだしづらいけど、思い切って……」

 

 帰ってくるなり、ぶつぶつと独り言を言いだした。

 俺が若干引いていると、横で俺と同じように釜に向かっていた師匠がトトリちゃんに声をかけた。

 

「どうしたの ?ぶつぶつ独り言なんて、考え事?」

「あ、あの! 二人に相談したい事があるんです!」

「相談? わたしに?」

「俺も?」

 

 俺と師匠両方に相談なんて珍しい、どれどれここは俺の方が頼れるってところを見せてやろう。

 

「はい、二人しか頼れる人がいないんです!」

「や、やだ。そんな頼られちゃうと……うん。なんでも言ってみて! 先生だもん。なんでも答えてあげる!」

 

 顔を赤くして、緩ませて、こんな顔で先生って言われてもなあ……。

 つーか、俺も相談されているんですけど?

 

「うむ、俺も先輩として相談に乗ってやるさ」

 

 ちょっと対抗してみた。

 

「あ、ありがとうございます!実は……」

 

 

…………

……

 

 

「ふむ、なるほど……」

 

 あっちの村にピアニャちゃんの事を話しに行ったら、将来生贄になるんだから一人でも救われた方がいいと言われたそうな。

 

 そんで、村が犠牲になるのにトトリちゃんが納得できずに塔の悪魔を倒すと言い放ったと。

 

 でも塔の悪魔いつ出てくるかもわからず、こっちから出向こうにも塔の扉を開けるには生贄が必要らしい。

 

「ところで、それって女性限定?」

「えっと、たぶんそうだと思います」

 

 よくよく思い出してみると、あの村って女性の方々ばっか、いや女性だけだったな。

 

 俺が村の事をいろいろ考えている横で師匠はと言ったら……。

 

「えーっと、つまり……村の人たちが悪魔で、食べられちゃうから塔に行ってでも生贄で……ううう……」

 

 言葉が混ざりに混ざってよく分からないことになりながら、うなっていた。

 

「あ、あの、もう一回説明した方がいいですか?」

 

 見かねたトトリちゃんが、それとなく尋ねた。

 なんでこの師匠は自信満々に相談を受けたのだろうか。

 

「ううん、平気! ばっちり分かったから!」

「……本当ですか?」

「ああ! トトリちゃんが疑うような目で見てる! 本当だよ! 本当に大丈夫だから!」

 

 トトリちゃんがジトっとした目で師匠を見ていると、慌てながらかなり疑わしく本当を連呼した。

 可愛いから許す。

 

「それじゃ……先生はどうしたらいいと思いますか?」

「ちょ、ちょっと待って。もう少し頭の中整理するから。つまり、えーっと……」

 

 師匠は俯いて、ぶつぶつ言いながら考え始めた。

 許さない方がいい気がしてきた。

 

「相談する人、間違えたかなあ……」

 

 トトリちゃんがかなり小さくだが、そう言ったのが聞こえた。

 

 トトリちゃんにまでこう言われるとは……目頭が熱くなってきたぜ……。

 

「よし、んじゃあ俺は俺で頑張るか」

「アカネさん、何か思いついたんですか?」

 

 ククッ、師匠との格の違いを見せつけてやる

 

 期待を込めた目で見てくるトトリちゃんに俺はこう言った。

 

「ああ、こないだ捕まえた盗賊の中に女がいたはずだから……」

「ダ、ダメですよ!そんなこと!」

 

 早速出かけようとするとトトリちゃんが正面から俺の腕を両手で押さえてきた。

 

「なに、ちょっと強制労働施設にいれるみたいな気分でだな……良いだろう?」

 

 同意を求めて軽くウインクすると、トトリちゃんは余計に俺に突っかかってきた。

 

「何が良いんですか! ダメですからね、怒りますよ!」

「くっ」

 

 心優しいトトリちゃんにはこの選択肢は土台無理な話だったか……。

 

「なんでわたしアカネさんに相談しただろう……」

「――――っ」

 

 師匠と同格っ! いや、それ以下の評価だと! 認めねえ、絶対にだ!

 こうなったら、師匠の解決案が俺の案のさらに下であることを期待するしかないな。

 

「うん、うん……だから……よし!」

 

 師匠は何度か頷いて、納得したような声を出した。

 

「つまり、誰かが生贄になって、塔の中の悪い悪魔をやっつけちゃえばいいんだよね?」

「はい、でも生贄なんて絶対にダメだし。いくら村の人たちを助けるためでも……」

 

 でもなあ、生贄を捧げないと開かないんだから裏技なんてないだろう。

 塔に穴を開けるなんてして、入るのもたぶん無理だろうしな。

 

「それってパメラに頼んじゃなダメかな?」

「パメラさん?」

 

 ああ、そういえば最近会ってないなあ。

 今度こそ一緒にお茶でもしたいよな…………おい。

 

「こんのアホアホ師匠があああぁ! ついに脳細胞全部焼き切れでもしたんかぁ!?」

 

 神話の女神を全員集めてもあれほどの美しさには届かないであろう、至高のヴィーナスを生贄なんて狂ってる!

 悪魔も美しすぎて、思わず萎縮するレベルだっての!

 

「ア、アホアホ師匠……」

「そんな涙目で見てきても許さん! 却下だ却下!」

「そ、そうだよね……ちょっとズルだもんね……」

 

 こ、この期に及んで何をぬかしてるんだこの人は?

 

「ズルとかそういう問題じゃなくて……ひどいです! 先生とパメラさんって友達じゃないんですか!?」

「うん。友達だよ。たぶんパメラなら面白がってやってくれる気がするし……」

 

 こ、この人は……笑顔で友達を生贄にささげる気か?

 あれか、師匠も一応女だし、あの美しさに嫉妬したとかそういうアレか?

 

「ねえ、とりあえず一回試してみようよ。ダメだったら、その時また別の方法考えよう?」

 

 ……悪魔にもクーリングオフとかあるのかな?

 

「ダメだったらって、そんな簡単に言わないでください!」

「大丈夫だと思うけど、一応本人にも聞いてみないとね。そうと決まれば!」

「何っ!?」

 

 師匠は言い終わった途端に、俺の目にすら止まらぬ速さでアトリエを出て行った。

 

「ど、どうしましょう?」

「とりあえず、追うか。ちょっとぷにの事呼んでくるわ。あと万が一を考えて諸々の準備も」

 

 俺は人生最大の訳が分からない出来事に焦りながらも準備を済ませて、トトリちゃんと共にトラベルゲートを使って飛んだ。

 

 

 

 

 一瞬にして村まで着き、急いでパメラ屋に向かって店の前で立ち止まった。

 

「どうしたんですかアカネさん? 早くしないとですよ?」

「ちょっと待ってくれ、心の準備が……」

 

 気の抜けた状態であの人に会ったら、魂を丸々持って行かれちまうからな。

 

「スー、ハー」

「ぷに!」

 

 俺が深呼吸をすると、ぷにはとっととしろみたいな感じで鳴いてきた。

 

「……行くかっ」

「もしかして、アカネさんってパメラさんの事好きなんですか?」

 

 覚悟を決めた俺にトトリちゃんがちょっと顔を赤くしながら尋ねてきた。

 まあ、そういう話にも興味の出てくる年頃ってことか。

 

「好きって言うか、アイドルだな。理想像ともいう」

「ああ、そうなんですか。パメラさんって美人ですもんね」

「うむ……」

 

 あ、なんかまだドキドキがぶり返してきた。

 

「失礼しまーす」

「どうもー」

「ぷにー」

 

 店の中に入っていくと、丁度師匠がパメラさんと話しているところだった。

 

「あら、いらっしゃ~い。ちょうどロロナから話を聞いたところなのよ~」

「ほ、本当に頼んだんだ。まあ、絶対断わられるんだろうけど」

 

 トトリちゃんが、そう呟き。俺は確認を取るようにパメラさんに話しかけた。

 しかし、その綺麗な瞳を見つめて、そらして、手を後ろて組んでいるその姿を見ていると……

 

「あ、あ、あの。生贄なんて無理ですよな」

「ぷに……」

 

 ごめん、緊張しすぎた。

 今気づいたけど、俺手を後ろに組んでいる女の子大好きみたい。

 

「いいわよ~」

 

 パメラさんは、相変わらず間延びしているがいつもよりもはっきりとそう言った。

 

「ヴえぇぇぇぇ!?」

「ええええええ!?」

「ぷにーーー!?」

 

 俺とトトリちゃんついでにぷにも、そろって驚きの声を上げてしまった。

 

「良かった。パメラならOKしてくれるって思ったんだ」

「待った! 待て待て待て! パメラさん! お茶しに行くわけじゃないんですよ!」

「そうですよ! そんな安請け合いちゃダメですよ!」

「ぷにぷに!」

 

俺に続いてトトリちゃんも抗議の声を上げ、ぷにもカウンターの上に飛び乗って考え直すように言った。

 

「あら、どうして?」

「どうしてって、生贄ですよ生贄! し、死ななくちゃいけないんですよ!?」

「特に問題ないわよねえ」

「うん、ないよね」

 

 すごい軽い感じに二人はやり取りしたが、おかしいだろ!

 

「問題しかねえ!」

「ただ、もしうまくいかなくてお責任はとれないわよ」

「うん、ダメだったらまた別の方法を考えてみるよ」

「なんで二人ともそんなお気楽なんですか!」

 

 俺の今一番言いたい事をトトリちゃんが言ってくれた。

 

「さて、そうと決まれば色々準備しないと。うふふ、船旅なんて初めてだから、すっごく楽しみ~!」

 

 ウキウキしているのか顔を赤くして笑顔でところどころ笑いながら、声を弾ませながらパメラさんはそう言っている。

 

 こんなに楽しそうなパメラさん止めらんねえ……。

 まあ、プラスの面だけ考えれば一緒に船旅できるんだよな、塔に着いたらアーランドで準備してきたので何とかしよう。

 

「アカネさん、どうしましょう……?」

「いや、良いんじゃないのかな? うん、楽しそうだ……クックック」

「ああ、もう知りませんからね……」

 

 そう言ってうなだれるトトリちゃん。

 すまないな。今の俺にはパメラさんと出かけられるその事実で胸一杯。勇気一杯なんだ。

 正直、開けるだけって思っていたが、今の俺なら悪魔なんて一撃で倒せる気さえしてくる。

 

「るん、るるん、るる~ん♪」

 

 パメラさんの鼻歌を聴きつつ、俺は船へと向かって行った。

 

 



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第百話「アーシャのアトリエ」

アーシェのアトリエ数週間前に書いた話、読み飛ばしてもらっても全然問題ないです。
続き読ませろと言う人は次の話に飛んでもらってまったく構いません。そんな話。


 

 

 

「くっ、あの店ちょっとコーヒー一杯で二時間いたからって追いだす事はないだろ」

 

 初めて来たこの街の人々の心は随分と貧しいようだ。

 そして、俺は仕方がなく街中をブラブラと歩いて、適当に階段とか登ってるわけだ。

 

「おろ、家がある」

 

 なんとなくトトリちゃんの家を思い出すな。

 きっとここにも心優しい少女が住んでいるに違いない。

 

「ここ一週間、草と果物で生きてきた俺に恵みをくれることもまた違いない」

 

 家の前に立って、扉をノックしようとすると十代くらいと思われる女の子の声が聞こえてきた。

 

「錬金術とは、素材を加工し、まったく別のものを生み出す、無二の学問である」

 

 ん? 錬金術?

 なんの躊躇いもなく、耳を扉に張り付けた。

 

「そして錬金術士とは、森羅万象を知り、あらゆる物質に精通するものである」

 

 な、なんか照れるじゃないか。

 森羅万象なんて知らないけどな。

 

「しかし、その術を自在に操るには、ある資質と才が必要となる」

 

 なるほど、師匠とかトトリちゃんとかの人種だな。

 俺にも爆弾とかあったりするしな。

 

「ふうん、誰にでもできるものではないみたい。わたしにもできるかなあ……?」

「やればできる! 何モノも!」

「えっ!?」

 

 バンと扉を開け放ち、椅子に座って本を読んでいる少女へと言い放った。

 

 おやおや、緑を基調にした服、緑のカチューシャ。

 ウェーブのかかった長髪、かわいらしい顔。

 

 うん、錬金術士っぽいわ。特に肩出してるところとかね。

 

 

「えっと、どなたですか?」

「通りすがりの錬金術士です」

「え、錬金術士ってこの本の……あなたが?」

 

 なんか大人っぽい喋り方する子だな。俺が子供っぽいとか思われそうだ。

 そして、少女よそんな疑うような眼差しで見ないでくれよ。

 

「そう、俺こそがアーランド共和国四人目の錬金術士! アカネ!」

「アーランド? あの、本当に錬金術士の方なのですか?」

「うむ、いかにも。という訳で錬金術を教えてやろう。弟子一号の……えっと……」

「アーシェです。アーシェ・アルトゥール」

 

 よし、名前を知ることは警戒心を解く第一歩。

 次はさっそく実技に入ろう。師匠、あなたの教え方をかりるぜ。

 

「という訳で、そこに都合良く置いてある釜でさっそく錬金術だ……なんで置いてあるんだよ」

 

 あまりに自然すぎて気づかなかったよ。

 

「わ、わたし薬師の仕事をしてるんです」

「なるほど、よしまずはこの杖を貸してやろう」

 

 俺は腰のポーチから杖を取り出して、アーシェちゃんに差し出した。

 

「…………」

「ん? どうした、ほれ」

 

 アーシェちゃんは驚いたように目をパチクリしていた。

 

「ん~、ああ」

 

 なるほど、ポーチの中から杖が出てきたんで驚いてるのか。

 

「クックック、アーシェちゃん。この程度で驚いていたらこの先さらにビックリするぜ」

「ほ、本当に錬金術士さんだったんですね」

 

 まだ疑ってたのか。まあ、非常に怪しい登場だったっとは思っているが。

 俺はアーシェちゃんの持っている本を取って、中を見た。

 

「ほれ、そんじゃあまずはこの本に書いてるの……クラフトでいいか」

 

 爆弾だから選んだわけじゃない。断じてだ。

 教え方を考えつつ、アーシェちゃんに本を返した。

 

「材料はあるか?」

「どうでしょう? えーっと……とげとげの実?」

 

 こっちだとニューズじゃなくてそんなの使うのか、安直なネーミングだな。センスを疑ってしまう。

 スパイクシードとかもうちょっとカッコイイ感じにだな……。

 

「まあ、取りに行くのも面倒だろうからな。確か道中拾ってたはずだから……」

 

 ついでに必要な火薬と紙として、燃える石とゼッテルを渡した。

 

「えっと、この後はどうしたらいいんでしょうか?」

「うん? レシピを見る」

「はい」

「実行する」

「そ、それだけですか?」

「あ、ああ。それで才能があるかどうかわかるのさ」

 

 口から出まかせとはこの事だな。

 置いてきた相棒がいたら、タックルをしてくる勢いだ。

 

「わ、わかりました」

「頑張れよ」

 

 さて、この間にどうやって教えるか考えるとしよう。

 

 

…………

……

 

 

「いやー、どうすっかな」

 

 未だに思いつかない。

 つか、だいぶ時間がたっている気がする……。

 

「あのアカネさん」

 

 くっ、やばい! できませんでしたどうしたらいいんですか?

 そう言われるんだ。

ただの不審者の烙印を押されてしまいかねない。

 

「レシピどおりにやったらできちゃったんですけど、これでいいんですか?」

「へ?」

 

 そう言うアーシェちゃんの手に持たれているのは、俺がいつも作っているのとは違う形だ。

 赤いフラムにイガグリの上半分がくっ付いているみたいな形だが、紛れもなくクラフトだった。

 

「初めてだよな?」

「え、そうですけど?」

 

 アーシェちゃんは何か悪いことしましたか? みたいな目で見てくる。

 

 まったく悪くないんだが、正直こうなると教える事があんまりない。

 この子はトトリちゃんとか師匠みたいな天才型の子だ。

 

「俺が教えることはもう何もない。免許皆伝だ」

「な、何も教えてもらえてませんよ」

「レシピ見ただけで作れたら天才なんだよ。俺なんて錬金術覚えるのに記憶を失ったんだぞ」

 

 今も癒えないトラウマ一号だ。

 

「で、でもすぐれた錬金術士は何でも作りだせる、すっごい人だって本に書いてたあるんですけれど……なんか、すごい人になったって感じが全然ないんですよ」

「そんなことないって、数年も学べば大抵の物は作り出せるようになってっから」

「ほ、本当ですか?」

 

 アーシェちゃんが疑うように言ってくるが、俺だって何年かやっただけで旅に出れるくらいにはいろいろ作れる錬金術士になったんだ。

 この子になれないはずはないだろう。

 

「ところで、このクラフトって何に使うものなんですか?」

「ん? 投げると爆発する。簡単に言うと爆弾だな」

「ええ!? これ……ば、爆弾なんですか!? あわわ、ど、どうしようー!」

 

 おお、すごい慌てようだ。

 なんか、今まで態度がなんか硬かったけど、ようやく素を見れた感がある。

 しかし、爆弾持った時の普通の感想ってあれだよな。うん。

 

「心配するな。俺なんていつもこの家くらい軽くふき飛ばせる爆弾を持ち歩いてるんだ」

「な、なんて物騒なもの持ってるんですか!捨ててください!」

「捨てていいのか?」

「あ、そうじゃなくて……ええっと……」

 

 持っていると言ってもポーチの中だが、見てて面白いから黙っておこう。

 

「まあ、俺はここでお別れだから安心しろ」

「え? そうなんですか?」

「うむ、発売まであと数週間――――もとい、旅の途中だからな。それじゃあな」

 

 俺は扉の方に向かって歩き出した。

 

「お気をつけて、またこの近くまで来たらぜひ立ち寄ってくださいね」

「ん、今度は役に立つ参考書でも持ってくるよ」

 

 俺は扉を開けて、再び外に出て行った。

 

 

 

 

 しばらく歩いたところで、俺は空を向いてこう言った。

 

 

「なんで第百話目でこんな所にいるんだろうな?」

 

 

 記念っていうのは知ってる人たちでパーッと騒ぐもんだと思ってた。

 

 



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塔の悪魔

 

 トトリちゃんと俺とパメラさんに加えて、後輩君とミミちゃん+ぷにの計六人が出港した初日。

 俺は甲板のマストを背に黄昏ていた。

 

「青い海、青い空、麦わら帽子をかぶった美少女」

 

 視線の先にいらっしゃるのは、風に髪をなびかせ船体に両手を置いて海を眺めているパメラさん。

 

 どのような顔で海を見ていらっしゃるのか、きっと笑顔だろう。

 その笑顔はまさしく海の宝石、オーシャンジュエル。

 想像することしか叶わないが、できることならその輝きを見てみたいものだ。

 

 そして、潮風ではためくスカート。

 その白く美しいおみ足はまさしく海の真珠。

 女神に真珠とはまさしくこの事だ。

 

 ふと、横から気の抜けるような声がかかった。。

 

「せんぱーい、飯まだかよー」

「俺は……もうお腹一杯だ」

 

 こんなにも満足しているのは初めてだ。

 

「だが、彼女のためにもご飯は作らなければな。待っていてくれ」

 

 俺は後輩君の肩をポンと叩いて、キッチンへと向かった。

 

 今日の昼食はディナーのために軽くした方がいいかな。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「よーし、着いたな」

 

 夢のような三週間が過ぎ、俺たちは再び白銀の大地へとやってきた。

 パメラさんは、楽しそうに雪を何度も踏みしめてはしゃいでいた。

 

「雪よ、雪~。面白いわ~、癖になっちゃいそう♪」

 

 耳あて、緋色のコート、毛糸の手袋、長靴を履いて温かそうなパメラさん。何故か皆はそんな彼女の姿を見ずに俺の方を見ていた。

 

「先輩、俺の分は?」

「私の分がないとか抜かすんじゃないでしょうね?」

「アカネさん?」

 

 皆が皆口々に責めるように言葉を言ってくるが、これって俺は悪くないだろ。

 

「こっちが寒いのわかってるんだから、準備してこなかった方が悪いだろ」

 

 図星を突かれたようで、三人とも黙り込んでしまった。

 

「どうしたのみんな~早く行きましょうよ~」

 

 少し進んだ所でパメラさんはこっちに手を振りならがそう言っていた。

 

「パメラさん、考え直してくれないんでしょうか?」

 

 トトリちゃんはそれを見て不安そうに言ったので、俺は安心させようとこう言った。

 

「大丈夫だ。俺に策ありだ」

 

 アーランドから村に行く前に用意してきた数々の品、これで塔を突破して見せる。

 

 悪魔を無事に討伐する未来を描いて、俺は雪を踏みしめて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 そこから数時間かけて歩いて、俺たちは塔の扉が見える所まで来た。

 後ろに続いてきている、パメラさんは疲れたように言葉を吐いた。

 

「やっと到着? 思ったより遠かったわね~。わたしもうくたくた……」

 

 疲れた表情をしているパメラさんに、トトリちゃんがここぞとばかりに話しかけた。

 

「あ、着かれてるなら無理しなくてもいいですよ。今からでも帰りましょう。ね?」

「でも、そしたらもう一回ことないといけないし。それはさすがにめんどくさいわ~」

「いえ、なんだったらもう来なくても……」

 

 そんなトトリちゃんの言葉もむなしく、パメラさんにも塔の全貌が見えたようで、一言言って真っすぐ塔に走って行ってしまった。

 

「あ~あれがロロナの言ってた塔ね~。大きいし、思ってたよりきれいかも~」

「あ、パメラさん! ああ、もう本当ににどうしよう……」

 

 追っていくトトリちゃんに続いて、俺とぷに他二人も後を追った。

 

 扉の前に着くと、その塔の大きさがよく分かる。

 俺が両腕を横に広げても足りないほどの分厚そうな木製の扉。

 そして横に広がっていく、石造りの壁。

 

「さて、それじゃ早速やってみましょ~!」

 

 とても軽いノリでそう言ったパメラさんに、俺はパメラさんと塔の間に入り待ったをかけた。

 

「まずは俺に任せてもらいましょうか」

 

 そんな俺にパメラさんは少し考えてこう言った。

 

「ん~、そうね。こういうときは男の子優先よね」

「アカネさん、頑張ってくださいね」

「任せな!」

 

 子供扱いに、微妙な気分だがそんなこと言っていられる場合じゃない。

 

 俺は腰のポーチからおもむろに鉄でできた円錐の形に螺旋が入った機械をを取り出した。

 

 マークさんから借りてきた最終破壊メカ、ドリルさんだ。

 

 俺は石壁の前に立って、スイッチ兼グリップ部分を握りしめた。

 ギュルギュルと音を立てるそれを壁に突き立てた。

 

「はあ! とりゃ! たあ! …………せええい!」

 

 無駄に掛け声だけ張り上げるも、先っぽすら突きたてられず、欠片一つすら落ちない。

 

 ……これは、もしかしたら秘蔵の第三案を使う事になるかもしれねえな。

 

「先輩?」

「待て待て、これで終わりじゃない」

 

 そう、壁が壊れずとももっと脆い部分があるではないか。

 

「俺のドリルは! 地を突く! ――――はあっ!?」

 

 順調に一秒掘ったくらいで、堅い何かにぶつかった。

 

 二、三か所試したが全てアウトだった。

 

「…………」

 

 無言で見詰めてくるミミちゃんの視線に焦りを感じつつ、俺は叫んだ。

 

「Bプランに移行だ!」

 

 ドリルを素早くしまい、手袋とトンカチよりも二回りほど大きいハンマーを取り出した。

 

「技でダメなら、力でゴリ押す!」

 

 両手で木でできた柄を握りしめ、後ろに大きく引き、石壁めがけてフルスイングした。

 手首に凄まじい衝撃がかかった。その瞬間。

 

「ぷにーーーーー!?」

「へ?」

 

 何故か後ろでぷにの叫び声が上がった。

 視界には鉄の部分が取れているハンマーがあった。

 

 後ろを振り返った。

 

「ぷ、ぷにに……」

 

 ぷにの目と口の先にある、黒い何かが目に入った。

 

「アカネさん……」

 

 トトリちゃんがどこか諦めの入った目で俺を見てきた。

 

「プランCを解禁する。ちょっと待っててくれ」

 

 俺は脇の木が生い茂っている所に入り込んで、準備を始めた。

 

「心技体。三つ中二つがダメだった以上、これしかない……」

 

 最後に勝つのは心の強さ、俺はそう信じて服を脱ぎ始めた。

 

 

…………

……

 

 

「待たせたな」

 

 俺が再び扉の前まで、戻ってくると皆が俺を注視した。

 

「ぷに?」

「アカネ……さん?」

 

 ぷにとトトリちゃんが信じられないといった感じで言葉を発し。

 他のパメラさんも含めて、異星人でも見るような目をしていた。

 

「どうも、アカネ改め、アカネコです」

 

 今の俺は黒いフリフリのドレスに身を包み、髪は金髪の長髪のコスプレ野郎である。

 

「そ、それで、アカネコちゃんは一体何を思ったのかしら?」

 

 ミミちゃんが声をかけてくるが、顔が真っ赤で笑いをこらえているのがバレバレだ。

 目をそらしてはいるが、こっちを見るたびに顔をそむけてる。

 

「生贄は女性、もしかしたら俺につられて出てくるかも」

 

 そして出てきた悪魔はこう言う、こいつ男じゃないか!

 今頃気づいたかバカめ、そう言って拳をお見舞いする。

 

「いける筈だ」

「あらあら、でもよく見るとちょっと可愛いかもしれないわね~」

「ううっ」

 

 パメラさんの前でこんな格好を、こんな痴態を晒すことになるなんて……。

 

「ぷににににににに!」

「ちょっと、黙ってろ!」

 

 俺はやけになって、塔の前まで行き、扉を右手でドンドンと叩いた。

 

「オラ! 悪魔、居るんだろ!? 朝飯持ってきてやったぞ! 食うんだろ!」

 

 そして扉は開かない。

 

「…………」

 

 痛々しい、沈黙が場を覆った。

 でもたぶんパメラさん除いて皆笑いを堪えている。

 

「着替えてきます」

 

 俺は極力皆の顔を見ないようにして、木々の中へと溶けていった。

 

 

…………

……

 

 

「はあ、俺、熱でもあったのかな?」

 

 森からあの場に戻るまで、さっきまでの自分の行動を省みていた。

 

「越えてはいけない一線を越えてしまった気がする……」

 

 激しい自己嫌悪に陥りながらも、俺はできれば戻りたくはない塔の前あたりまで戻ってきた。

 

 木の向こう側から、冒険者三人の声が聞こえてきた。

 

「これどうすんだよ?」

「ややこしくなりそうだから、隠しておけば?」

「そうだね、ショック受けるかもだし」

 

 一体なんだ?

 疑問を感じつつも、俺は木の間を通って行き塔の前まで戻ってきた。

 

「遅いわよアカネコ、扉開いたわよ」

「はあっ!?」

 

 左に首を回すと、扉が内側に開いていた。

 

「ま、まさかパメラさんを生贄に……」

「それは大丈夫です。口じゃ説明できそうにないんで、今度パメラさんから聞いてみてください」

「わ、わかったけど……パメラさんは?」

 

 どこを見ても、パメラさんがいない。

 

 そんな俺にトトリちゃんがこう言った。

 

「えっと、先に帰りました」

「どこに?」

「アランヤ村?」

 

 なんで疑問形なんだろ、つか何言ってるんだこの子は。

 

「とにかく村に帰ればわかりますから、今はこっちですよ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 言われてみれば、そうだ。

 疑問が山ほどあるが、扉を開けた以上いつ出てくるかもわからない悪魔を放っておくわけにはいかない。

 

「んじゃ、やってやるか」

 

 トトリちゃんに続いて、後輩君とミミちゃんが入って行き、それを追って俺も手袋をしながら駆けて行った。

 

「ぷに?」

 

 ふと、横について来ているぷにが大丈夫か聞いてきた。

 

「平気平気、ここまで来て逃げるわけにもいかないしな」

「ぷに!」

 

 安心したように、ぷにが一声鳴いたところでトトリちゃんたちに追いついた。

 

「いた! あれがきっと……うう、近くにいるだけで怖い……」

 

 そこにいたのは、紛れもなく悪魔だった。

 

 黒いスラックスを履いて、上には黒を基調として金色の装飾が施された荘厳な正装を纏っていた。

 両手には白い手袋をしており、右手をあげて黒のシルクハットを抑えている。

 

 人間のようにも思えるが、顔と背中の部分がただただ異質だった。

 

 顔は黒く大きく裂けた口だけがあった。。三角形の歯の白のみその中で存在を主張していた。

 そして背中には翼のようにも見える、黒い不定形の霧のようなものがはためいていた。

 

「エビルフェイスってところか……」

 

 悪の顔、顔が奴の悪魔たる象徴と思えたから言ってみたが、案外合っている気はする。

 

「いや、でもなんか……」

 

 後輩君が俺の左隣で小さく呟いた。

 確かに、俺もそれには何となく気づいていた。

 

「でも、ちょっと元気がない感じ……?」

 

 そう、圧迫感がありはするけれど、どこか弱弱しい感じがする。

 

「よ、よし、とにかくここまで来たんだし……」

 

 トトリちゃんは顔を引き締めてそう小さく言い、杖を握りしめて悪魔の前へと駆けて行った。

 

「み、皆行くよ! や、やああああ!」

 

 それに続いて、後輩君は剣を取り出し、ミミちゃんは槍を構えて、二人はトトリちゃんの横に付いた。

 

 そんな三人を見て、悪魔は両手を上に掲げて、力を解放するかのように体ごと前へと振り下ろした。

 

「ぷに! 俺らは後ろだ! 挟み撃ちにしてやんよ!」

「ぷにに!」

 

 奴がまだ気を抜いている間に場の制空権を握ってやろう。

 

 俺は右回りに悪魔の後ろへと走り、ぷには左回りで向かった。

 

 奴の真横に来たあたりで、ちらりと見ると奴は腕を組んで顔を上に向けて声こそ出ていないが、高らかに笑っていた。

 

「精々舐めてかかってこいよ」

 

 俺がそう言った束の間、奴は右手持ったに黒いステッキをくるくると回し、顔すら向けずに俺の方へと振ってきた。

 

「なっ!?」

 

 ステッキから赤い何かが放出されたと思えば、俺の周囲の地面が赤黒く浸食されていっている。

 反射的に飛びのこうとしたが、時すでに遅し。

 

「よけられっ――っああっ!?」

 

 視界が黒く染まったと思った瞬間、言い表せぬ衝撃が俺を襲った。

 もしも言葉にするとしたら、全身を炎に包まれているといったところだろうか。

 

「クッ、どういう……」

 

 体勢を立て直し、視界が安定した瞬間。

 

「――――え?」

 

 黒いミストの翼をはためかせて、奴が俺の方へと飛んできた。

 

 動こうにも、さっきの技のせいか体が痺れて動かない。

 

 そして、奴の手が俺を切り裂くように上げられて……。

 

「油断してんじゃないわよ!」

「――悪いっ!」

 

 ミミちゃんがこちらへ来てくれたようで、奴の右腕めがけて下から上に大きく切り上げた。

 

 大したダメージは通らなかったようだが、俺がポーチから薬を出すには十分だ。

 

「ついでにもらっとけ!」

 

 薬を飲み、大きく横に飛びながら俺は魔法の鎖をエビルフェイス目がけて投げつけた。

 

 鎖は生物のようにうねりながら、奴の両腕を体ごと締め付けて体の自由を奪った。

 

 その隙に俺は真っすぐ走り、ぷにと合流し、ミミちゃんも戻りトトリちゃんたちに合流した。

 

「場は整ったか」

 

 鎖は既に引きちぎられたが、なんとか挟み撃ちの形を取ることはできた。

 技もいくつか見る事が出来たし、少なくとも不利な状況ではない。

 

「ぷに!」

「ああ、こっからだ!」

 

 奴はこちらに背を向け、右手をパチンとならした。

 

「ぷ、ぷに?」

 

 ぷにが同様の声を上げる。

 それも、あいつが指を鳴らした瞬間、金色の光に包まれたからだ。

 肌で感じ取れるレベルで、力が上がっている。

 

 そしてトトリちゃんたちと俺らが様子をうかがっていると、奴が右手に黒い力を集め不定形の塊を生み出した。

 

 何が来ても避けれるように体勢を整えていると、奴は予想外にもそれを左手を使い両手でつぶした。

 

「なるほど……悪魔の手下か……」

 

 二つに分かれた黒い塊は奴の両脇に落ちて、その中から黒い角の生えた悪魔が出てきた。

 凶悪指定のモンスタースカーレットあいつが黒くなっただけに見えるが、おそらくアレよりも格上だろう。

 

「スカーレット同タイプなら、弱点は……!」

 

 以前の大量発生から図鑑を読んで確かめたところ、土の属性に弱いと載っていた。

 

「いける! トトリちゃん! とりあえず雑魚から倒すぞ!」

「わかりました!」

 

 土系統の爆弾使うのは初めてだが、なんとか当てる!

 

「ぷには右頼む、俺は左」

「ぷに!」

 

 ぷにが右側に走り、それに合わせて向こう側からも後輩君がぷに側に駆け、ミミちゃんはトトリちゃんの横でガードに徹している。

 

「左は俺だけか、よしやるぞ地球儀!」

 

 エビルフェイスはひたすらにトトリちゃんを狙い、余っている左の手下は俺の方へと飛んできた。

 

 そいつが完全に間合いを詰める前に、ポーチから茶色の地球儀を取り出して天高く掲げた。

 

 すると、奴の周囲の空間が歪み、火山の噴火に押し上げられるかのように、下から上に向かって土の塊が吹きがっていった。

 それは容赦なく奴を襲い、倒したかのように思えた。

 

「ガアッ!?」

「倒れた方がよかったぜっと!」

 

 ふらつきながらも、飛び続けている奴に向かい走って行き俺は十八番をくりだした。

 

「夏塩蹴り!」

 

 重心を移動し、足を大きく奴の顎目がけてけて振り上げた。

 鈍い感触が足に伝わり、着地したときには既に手下は倒れていた。

 

 周囲を見渡すと後輩君とぷには既にエビルフェイスへの攻撃を始めていた。

 だが、奴は剣を軽々と身を反らして避けて、ぷにの体当たりは片手でいなしていた。

 

「それなら!」

 

 俺はポーチから黒の魔石を取り出して、右手で握りしめた。

 体を沈めて、右腕を引き、攻撃をあしらい続ける奴の腹目がけて一直線に飛び右腕で突いた。

 

「おいおいっ」

 

 俺の至高の一撃はこちらに向き直った奴の両手に受け止められた。

 そして、あいつは目こそないが俺の顔を見て……。

 

「え?」

 

 ニタリと、裂けた口で不気味に笑った。

 

 その隙を逃さずにぷにと後輩君が攻撃を加えた。

 

「オラ! オラ! そりゃ!」

「ぷに!」

 

 俺から見て左から、後輩君が胴体を袈裟に切り、勢いで横に薙いで、腕を縦に切りつけた。

 そして、それが終わるのに合わせてぷにが顔めがけてタックルをかました。

 

「なんだよ? 女装を根に持ってんのか?」

 

 その間に離れたが、やつの目のない目線は俺から離れる事はなかった。

 その不気味さに寒気が止まらない。

 

 だが、ダメージ自体はあったはずだ。

 あいつらの攻撃をまともに受けて無傷ってことはありえない。

 

 俺が様子を観察していると、トトリちゃんが魔法の鎖を取り出していた。

 

「頑張ってミミちゃん!」

「任せなさい!」

 

 トトリちゃんが鎖を投げると、やはりダメージが深かったのだろう、奴は避けることなく再び全身を拘束された。

 

「ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング、参ります!」

 

 ミミちゃんは左手で槍の矛先近くを持ち、右手で柄をもってエビルフェイスに突進していった。

 

 奴の前まで行くと槍を右手のみで大きく振りかぶり、右足を深く踏み込みながら左足で土埃が出るほどに勢いに歯止めをかけた。

 結果、奴の前に滑り込む事になったミミちゃんは振りかぶった槍を遠心力をフルに利用して斬り付けた。

 

 その勢いを利用して奴の頭上に飛びながら、二撃、三撃、四撃と視認できないほどの速さで幾度も奴を斬り付けた。

 

 そして、回転しながら踏み込んだ位置に着地したミミちゃんが居合い切りで刀を鞘に納めるように、槍で空中を着るように振り下ろした。

 

 すると、遅れてやってきた斬撃が奴の体と服を切り裂いた。

 

「あなたごとでは、相手にならないわ」

 

 その言葉にもうなずける。

 それは初めて奴をのけぞらせるほどのダメージを与えたのだ。。

 

「す、すげえ……」

 

 後輩君が声を漏らしたのが聞こえた。

 確かにすごい、まさかミミちゃんがここまで成長したとは……。

 

 そう感心していたのも束の間、奴は大きく天を仰ぎ、霧状の翼も空へと揺らめいていた。

 すると、奴を中心として地面が赤く泥のようになって沈んでいき――。

 

「そっちも油断すんなよ!」

「きゃっ!?」

 

 

 完全に気を抜いていたミミちゃんに向けて飛翔フラムを使って水平に飛び、思いっきり突き飛ばした。

 

 地面に足をついた瞬間、視界が黒に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どこだよここ……」

 

 周囲が淀んだ赤色の世界、自分がどこに足をついて立っているのかすらわからない。

 

 目の前には相変わらずニタニタと笑いながら俺を見るエビルフェイスがいた。

 

 そいつが両腕を振り上げると両手が赤黒く光って、視界全体に槍の矛先のような形の、禍々しい巨大な黒色の塊が現れた。

 そして後ろに振り返り、下を見ると、全方位にその巨大な矛が漂っていた。

 

「――まさかっ!?」

 

 奴がステッキを俺に向かって振り下ろすと、無数の黒い塊が俺に引き寄せられるように飛んできた。

 それは俺を貫き、俺の視界を奪い、体の自由を奪った。

 

「ガハッ――ッ!?」

 

 加えて、何も見えず動けすらしない状況で体全体に電撃が走った。

 

「アアアアッ――」

 

 ふと前を見ると、幾何学的な紋章、魔法陣のようなものが浮かんでいた。

 

「な……に?」

 

 パチンと、疑問に答えるかのように奴の指を鳴らす音が聞こえた。

 

 瞬間、目の前が白く光り、圧倒的な熱源が俺を襲った。

 

「――――っ!!」

 

 声すら出ない爆発の衝撃が全身を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 満身創痍で倒れこんだ地面は、塔の内部の物だった。

 

「……戻って……き……た?」

 

 九十度逆転した視界で奴を見ると、右腕を振り下ろし俺に向かって深々とお辞儀をしていた。

 

「アカネさん!!」

「ぷに! ぷに!」

 

 トトリちゃんとぷにがこちらへ走り寄って来る音が聞こえた。

 

「アカネさん、お薬です!」

 

 俺は口に差し出された錠剤を口に入れ、飲み込んだ。

 恐ろしいもので、あれだけのダメージを受けた体に活力が戻ってきた。

 

「ん、後は、ぷににガードしてもらうから平気だ」

「ぷに」

 

 俺はなんとか体を起して、壁まで体を引きずって壁を背に倒れこんだ。

 

「やっばい…………死ぬかと……思った」

「ぷに~」

 

 しかし、おそらく必殺技と思われるアレを使っても俺が生きているあたり、やはりアイツは弱っているようだ。

 この分なら、平気だろう。

 

「はは、後輩君がまたあの必殺技つかってら」

 

 ぼやける視界の中、以前に使っていたすっ飛んだ剣が落ちてきてダメージを与えるという技をまた使っていた。

 しっかりダメージは入っているようだが。

 

「ぷに!?」

「ん?」

 

 ぷにの声で気づくと、あいつはまた新しい技を使っていた。

 

 三人の周囲に鋭い針のような物を無数に生やしたのか、飛ばしたのかは分からないが、身動きが取れない量が突き刺さっていた。

 

 そして、三人には目もくれずにエビルフェイスはこっちへ向かって飛んできている。

 

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにが前に向かって迎撃の態勢を取っている、ぷにが通したら俺はゲームオーバーだな。

 ぷにをいなせないくらいにダメージが通っている事を祈ろう。

 

 ぷにはこちらへ飛んでくる、エビルフェイスに向かって飛んだ。

 

「……おっ」

 

 予想に反して、ぷには奴の足元を通り後ろへ飛んだ。つまり、背後を完全に頂いた訳だ。

 

 そして、エビルフェイスが俺の目と鼻の先にまで来たところで、奴は俺の横に倒れこみ、その背中にはぷにが乗っていた。

 

「ぷにににににに!」

 

 ぷには高らかに笑いながら、奴の上でポンポンと跳ねていた。

 

「グッドだぷに。頭いいよなお前って」

「ぷにん!」

 

 威張るようにぷには一つ鳴いた。

 

「ったく、よくもやってくれやがったよなあ」

 

 俺はもたれこんだまま左の拳を使い、出せる限りの力を使って奴の象徴、顔をぶん殴ってやった。

 

 すると、奴は黒い霧のようになって霧散し、あっさりと消え去った。

 

「はん、消え方はあっさりとしたもんだ」

「ぷに」

 

 ただダメージが深かったのか、気分が悪い。

 正直なところ、こう言う時に寝たら死ぬんじゃないかっていう思いもあるが眠い。

 

「先輩! 大丈夫か!」

「アカネさん、大丈夫ですか!?」

「…………大丈夫なの?」

 

 後輩君が元気に駆けよって来て、トトリちゃんもちょっと涙目になりながら近づいてきた。

 ミミちゃんは……なんでへこんでんの?

 

「ああ、眠い。とても眠いんだ」

 

 ちょっと芝居がかった感じで、俺はゆっくりと目をつぶってみた。

 一生にこういうので驚かせられるチャンスって一回あるかないかだし、ちょっと驚かせてみたかったり。

 

「先輩! 寝るな! 寝ちゃダメだ!」

 

 ガックンガックンと肩を掴んで揺さぶってくる。

 

 

 ガックンガックン

 

 

 ガックンガックン

 

 

「……ああもう! 悪かった、元気だから! ちょっと眠いだけだからやめてくれ!」

 

 痛みがぶり返してきたぜ……。

 

「まあ、適当に運んどいてくれ」

 

 俺はそれだけ言って、意識を沈めた。

 

 



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入院初日と退院初日

 

 

「んん、よく寝た……のか?」

 

 目を覚まして周りを見渡すとそこは以前も入院したギルドの医務室だった。

 そして例によって俺の手足は鎖で拘束されていた。

 

「ぷに……」

 

 そんな俺にぷにが慰めの声を掛けてくれた。

 信頼って言うのは取り返さないと思った。

 

「んで、何日寝てたんだ?」

「ぷに」

「一日、一日!?」

 

 一瞬納得しかけたが、計算がおかしい、絶対におかしい。

 トラベルゲートで帰ってきて、医務室に来るまではいい。

 

 問題は俺の回復具合だ。全身串刺しに加えてのゼロ距離爆発、それなのに僕の体はピンピンしています。

 

「骨が折れてるんじゃないかと、いや折れてたと思ったんだが……」

「ぷに」

 

 ぷにも同意見のようで、不思議そうに俺の事を見ている。

 

「人体の神秘ってやつか、今ならこの鎖も引き千切れそうだぜ――――とうっ!」

 

 思いっきり両腕を胸元に引いてみました。

 

「ぷに!?」

「…………」

 

 そうすると、手首の枷だけが残って鎖部分は金属音を立てながら地面に落ちて行きました。

 

 僕は思わず、自分の手首と落ちて行った鎖の方向とで視線を行ったり来たりさせました。

 とてもビックリしました。たぶんこれはゆめだとそうおもいました。

 

「なんか頭がおかしくなっちまってるな。よしクールになろう」

 

 これはアレだ。慣性だ。慣性の法則を用いれば容易に説明できる。

 動くものは動き続け、止まっているものは止まり続けようとする。

 

「物理ってすげえな」

「ぷに! ぷに!」

「落ち着け! 今のは何かの間違いだ。足で試してみればわかる」

 

 同様にベッドの柵に括りつけられている鎖。

 俺は蹴りあげるように足を上へと振り上げた。

 

「ぷに!!」

「ぼくはとってもおどろきましたが、ぷにのほうがおどろいていました」

 

 さっきと同じようにジャラジャラと音を立てて視界の外に消えていく鎖。

 そして自由の身になって落ち着いた俺はある一点に気付いた。

 

「おう、手袋をしたまんまだったか、なるほどなるほど。ハッハッハ!」

「ぷににににに!」

 

 俺とぷには互いに笑っているが、顔は完全に笑っていなかった。

 

 なんだろう、あの悪魔と戦った事によりダークなパワーがアップのか?

 

「手袋パージします」

「ぷに!」

 

 ぷにの方に両手を差し出して、手袋を取ってもらおうとする。

 

「ぷに……ぷにに!」

「遊んでんじゃねえよ!」

 

 ぷには俺の手袋を口に持って、後ろに引っ張っているが全然取れない。

 

「いつの間にパントマイムなんか覚えたんだよお前……」

「ぷ、ぷに? ぷに?」

 

 俺が自分で手袋を取っていると、ぷには変な声を上げながら俺の方を見ていた。

 

「ぷにー?」

 

 ぷにが首を傾げるように、体を傾けていると突然扉がノックされた。

 

「起きてんの? 入るわよー」

「ちょ、一分待ってください!」

 

 木製の扉の外側からクーテリアさんの声が聞こえ、俺は慌てて起き上った。

 

「ど、どうするよぷに。この状況?」

「ぷ、ぷに……」

 

 鎖を壊した事には何も言われないだろうが、病人が暴れてるなとか怒られるかもしれない。

 流れで、止めなかったぷにも怒られる可能性大だ。

 

「そうだ、俺がちょっとずつ元気アピールをする。んで、少しづづこの現状に気付かせてあげよう」

「ぷ、ぷに!」

 

 心得たといった様子で、ぷには足元の鎖を拾い集めたので俺は左右の鎖をなるべく音をたてないように拾い上げた。

 

 そして、布団を被って鎖の切れた部分を布団の内側に隠して、あたかもまだ繋がっているかのようにして見事に偽装工作は完成した。

 

「どうぞー!」

 

 俺がそう声を張り上げると、クーデリアさんはいそいそと扉を開けて入ってきた。

 

「ちょっとあんまり大きな声出すんじゃないわよ、体に響くわよ」

「――――」

 

 ク、クーデリアさんが俺の心配を……?

 横目で見るとぷには口を開けて驚いていた。

 

「で、でも、もうだいぶ元気かな~って思うんですけど」

 

 僕はもう回復してますアピールをしてみた。

 

「何バカなこと言ってんのよ、これ医者の診断書よ」

 

 そう言ってクーデリアさんは懐から一枚の紙を取り出して読み上げた。

 

「肋骨がほぼ全壊、それに全身に裂傷と火傷よ。全治半年の重病なんだから精々大人しくしてなさい」

 

 おいちょっとその診断書書いた奴連れてこい、俺のこのかつてない元気さを見せてやる。

 

「半年が一日で治ったりとか、あると思いますか?」

「こんな時までふざけなくていいわよ。仕事残ってるからもう行くけど、くれぐれも大人しくしてるのよ」

「は、はい……」

 

 なんだろうこの罪悪感、たぶん俺は悪くないのに。

 ここは勇気を振り絞って、俺は元気です! とか言って立ち上がってみるか?

 

「おれ――ゲフッ、ゲフッ」

「ぷに!?」

 

 上半身を起こしたところで気管に唾が入った。

 これにより重病人っぽさに加速がかかった。

 

「ああもう、何やってんのよ。ほら寝てなさいって」

「俺は元気でええす!」

 

 近づいてくるクーデリアさんに向けて布団を跳ね飛ばし、俺はベッドから寝たままの態勢で飛び跳ねて床に着地した。

 

「退院しますから! 俺は元気ですから!」

「ぷにに!」

 

 クーデリアさんが布団を被ってもがいている間に、俺とぷには扉を開け放ちギルドの外まで最短コースで駆け抜けた。

 

「はあはあ、優しくされる事があんなにも恐ろしいとはな……」

「ぷに~」

「時と場合によっては嬉しい、嬉しいんだが、今のはダメだ」

 

 勘違いによる優しさ、それは相手の心にわだかまりを生むのです。

 

「この調子だとアトリエに行ったら、トトリちゃんにも驚かれそうだな」

「ぷに」

 

 良い具合におばけ扱いされそうだな。

 

「トトリちゃんもおばけは怖いだろ。俺も怖い」

「ぷに?」

 

 ぷにが俺の頭の上に乗って、意外そうな声を上げた。

 

「子供のころに読んだ白くて口が赤いおばけの絵本のせいだ。アレのせいでおばけは受け付けないんだよ俺」

「ぷに……」

「ん、なんだよ?」

 

 この年でおばけが怖い俺に対してのあてつけか、ぷにが可哀想な人にでもかけるような声を浴びせてきた。

 

「とりあえず、腹減ったしイクセルさんの所に行くか」

「ぷに!」

 

 俺はサンライズ食堂へと歩みを進めて行った。

 

 

…………

……

 

 

 食堂の前に着き、扉を開けると奥のテーブルに見たような顔があった。

 

「お、久々だな! 席はあの子と一緒でいいのか?」

「んと、そうですね。注文はいつもので」

 

 イクセルさんが顔を向けている方向にいるのはミミちゃんでした。

 無駄に心配とかされないと嬉しいです。

 

 俺がミミちゃんのテーブルに近づいてくと、ミミちゃんが俺の方を控えめに見ながら言いづらそうに言った。

 

「体はもう平気なの? 動き回れる怪我じゃなかったと思うんだけど」

「……錬金術ってすごいんだぜ」

 

 正直説明のしようがないのでそう言っておいた。

 自分でもどうしてああなったかがいまいちわかってない。

 

「そう、えっと……」

 

 ミミちゃんが珍しく言い淀んで、それから顔を伏せて顔を赤くしながら小さな声で言った。

 

「あ……あの時は助かったわ……」

「もっと大きな声でアゲイン、トライアゲイン」

 

 俺は自分でもわかるほどにやにやしながら、席に座りそう言った。

 そんな俺をミミちゃんは睨んできた。

 

 フフッ、照れ隠しなのはわかってるんだぜ?

 

「人が折角礼を言ってやってるのにあんたときたら……」

 

 ミミちゃんの頬がヒクヒクと痙攣している。

 

「礼だったの? いや、よく聞こえなくてさあ」

 

 だがそんなの関係ねえ。九割のツンの外にある一割のデレ、ここは限界ギリギリまでいってやる!

 そのままニヤニヤして見ていると、ミミちゃんは突然席から立ち上がった。

 

「この借りはそのうち返すから、忘れんじゃないわよ!」

 

 そう言い放ち、店の客の視線を集めながらミミちゃんは会計を済ませて店の外へと出て行った。

 

「基本的にいい子だよな」

「ぷにに」

 

 それを再確認していると、イクセルさんがこっちに料理を持って来た。

 

「なんだ、喧嘩か? どうせお前がしょうもない事言ったんだろ」

 

 イクセルさんが呆れながらそう言ってきたので、俺はこう応じた。

 

「ちょっと俺は彼女の素顔に触れたかっただけなんですよ、でもちょっと力が入りすぎちゃって」

「わかった。お前が悪い」

 

 そう断じてイクセルさんは料理を置いて戻って行ってしまった。

 

「……たぶんあと一、二年はデレが訪れないだろうな」

「ぷに」

 

 そんな事を考えながら、俺は昼食を済ませた。

 



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懐かしの旅路

 

 よく分からぬうちに退院してから数日経って、十二月も中頃になったある日。

 俺とぷには後輩君を連れてアーランド近場の森まで討伐のお仕事に来ていた。

 

「せんぱーい、終わったぞー!」

「あいよ、こっちも今終わらせた!」

 

 茂みの向こうから後輩君の声が聞こえてきたので、俺もそれに応じて返事をした。

 

 体の調子を確かめようとオオカミ系モンスター、ヴォルフ君を討伐に来たが結構あっさり終わってしまった。

 後輩君が斬り付け、ぷにがタックルして、俺は一匹相手に苦戦していた。

 

「ぷに~?」

「まあ、やっぱりないときついさ」

 

 ぷにが心配そうに足元で鳴いてきた。

 それというのも、いつものゴースト手袋を嵌めずただの手袋で戦っていたからだ。

 

「さすがに無警戒って訳にはいかないし、仕方ないさ」

「ぷに」

 

 塔の悪魔戦で負った怪我からの異常な回復、鎖を引き千切るほどの力。

 今思えば付けていたにもかかわらず、いつもの疲れもなかった。

 このあたりの要素から判断すると、とてもじゃないが使ってられない。

 元々よく分からない物だったのに加えてこの異常事態、リスク管理はしっかりしないとな。

 

「やっぱり塔の悪魔が原因なんかね?」

「ぷに?」

 

 互いに問いかけていると、後輩君がこちらへと戻ってきた。

 

「先輩やっぱり調子悪いんじゃないか?あんなん一匹に手こずってさ」

「そうかもな、まあぷにがいるから問題ないさ」

「ぷにに!」

 

 真実とはいえ、ここまで堂々と威張られるとイラっとくるな。

 

「それじゃ帰ろうぜ!」

 

 後輩君が意気揚々と街の方向へ歩いて行ったので、俺とぷにもそれについて行くように歩き出した。

 

 

…………

……

 

 

「あれ、トトリちゃんとミミちゃん?」

 

 俺たちがアーランドに帰ってくると、二人が黒い長髪の変な男に捕まっていた。

 

「なあ偶にはいいだろ? 客がいなくてさ……」

「何してる変質者」

 

 俺は近づいて行って、おそらくペーターとか言う名前をもっていそうな男の背中に蹴りを入れた。

 

「なっ!?」

 

 我ながら驚くほどきれいに決まり、憐れなる移動手段を持つ男は地面に倒れ伏した。

 

「アイム、ウィナー!」

 

 まったく常にストリートファイトの用意をしていないからこうなるんだ。

 

「い、いきなり何するんだよ!?」

 

 白馬が最も似合わない馬車主ナンバー1が起き上って抗議してきた。

 

「いやだって、嫌がってる女子二人に無理やりな接客をしてたからな……」

「やめろよその変な言い方!」

「全部事実だろ、ほら見ろ二人の怯えきった表情を!」

 

 ちなみに俺から見える二人の表情は、ミミちゃんはペタ男を冷めた目で見つめ、トトリちゃんは苦笑いだった。

 

「……馬車使ってやろうか?」

「な、何だよいきなり……」

「いや、可哀想だったから」

 

 俺は自転車で早々にペーターを廃棄し、トトリちゃんもトラベルゲートを作って他後輩二人もそれに便乗する形で一緒に移動している。

 それでも悲惨なのに、こんな冷めた扱い……俺なら耐えられない……。

 

「みんな、偶には馬車もいいじゃないか。たぶんこれが最後だけどさ」

 

 俺は最後の部分まで隠すことなく、みんなに伝えた。

 

「そうだな、まあしばらく使わなそうだし」

「まあ、これっきりッて言うならね」

「えっと、なんかスイマセン」

 

 この三人の返答を聞き、俺は今最も冷めている全米を震撼すらさせないある意味話題沸騰の男に話しかけた。

 

「よかったな」

「全然よくねえよ!」

 

 内心喜んでいるだろう、そう思いながら俺は馬車の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「おお、数年ぶりの座り心地」

「ぷに!」

 

 最後に乗ったのはいつだったか、偶には良いものだな。

 俺の横に後輩君が座ってるのが納得いかないけどな。

 

「先輩、早速顔青ざめてるぞ」

「いや、ちょっと思い出して……」

 

 すごい乗り物酔いしていたような、そんな淡い十代の記憶。

 

「ぷに~」

「…………」

 

 久々に殺意という物を自覚した。

 トトリちゃんの膝の上でマッタリとしている俺の相棒、人生そんな良い事ばかりだと思うなよ。

 

「ぷに?」

 

 ぷにが片目だけ開けて俺の方を見て鳴いてきた。羨ましいかい? と。

 

 もし声に出せるならこう言うだろう……残りの人生を全て捨ててもいいくらい羨ましいと――。

 

「あんたは一体何に殺気立ってるのよ……」

 

 ミミちゃんが呆れながらそう言ってきたが、死活問題です。

 隣が後輩君じゃなければ、うとうとした女子が俺の膝上に、逆膝枕が達成できたかもしれない。

 

 まさか馬車一つでここまで高度な駆け引きを要求されるとは、甘く見てたぜ。

 

 俺がそんなことを真剣に考えていると、正面のトトリちゃんから声がかかった。

 

「そういえば、アカネさん。本当に体は平気なんですか?」

「大丈夫大丈夫、オールオッケーよ」

 

 ここ数日の間、トトリちゃんは俺を見る度に同じ事を聞いてくるのだ。

 本当に心配症というか、良い子というか、まあ悪い気はしないけどさ。

 

「それにトトリちゃんのお母さんの仇討ちのために負った怪我、言うなれば名誉の負傷だしな」

 

 これが例えば、ペーターからの依頼で怪我したとなれば話は別だが。

 

「えっと、やっぱりそう見えるんですか?」

「? そう見えるって?」

 

 見えるも何も仇討ち以外の何物でもないと思うんだが、生贄に納得できないって部分も大きかったとは思うが。

 

「仇討ちに見えちゃうのかなって」

「違うのか?」

「えっと、ピルカさんにも同じこと言われちゃって」

「それで、トトリちゃんはなんて答えたんだ?」

「えっと……」

 

 俺のその問いに、トトリちゃんは少し良い淀み、恥ずかしそうに口を開いた。

 

「ぼ、冒険者だからですって……」

 

 顔を赤らめるトトリちゃん、そしてそれを聞いた後輩君が嬉しそうに言った。

 

「お、それかっこいいな!」

「ええ、あんたにしては良い事言うじゃないの」

 

 ミミちゃんもミミちゃんで、薄らと微笑みながら珍しく柔らかい口調でそう言った。

 

「ぷに」

「よーしこれから俺たちの合言葉は『冒険者だから!』決定!」

 

 俺もいつか誰かを助けたときに行ってみたいな、冒険者だからだ……みたいな?

 

「や、やめてくださいよ恥ずかしいです!」

 

 俺のその言葉にトトリちゃんは手をわたわたと動かして顔を真っ赤にしていた。

 

「いや実際良いと思うよ、トトリちゃんらしいし」

「本当にそう思ってますか……?」

「うむ、なんか俺にも皆にもピッタリな気がする」

 

 次にクーデリアさんに怒られたときにでも使ってみよう、たぶん許されないけど。

 

「先輩の場合面白そうだったからの方似合いそうだよな」

「ぷに!」

「おいこら、俺だって偶には思慮深い行動してるんだからな?」

 

 思い出せないくらいに、数は少ないが……。

 

「あんたって悩みとかもなさそうよね」

 

 後輩君に同調して、ミミちゃんがとてつもなく失敬な事を言いやがりました。

 

 悩みがないのが悩みなんて人生は生憎送ってません。

 

「今の俺の扱いとか、結構悩んでるんだぜ?」

 

 俺がそう言うと、ミミちゃんはため息をついて外の風景を眺め始めた。

 クッ、スルーですかそうですか。

 

 まったく、俺にだって人並みに悩みくらいあるというのに……。

 特に最近のトトリちゃんを見ていると、どうしても悩んじゃうんだよな。

 まあ、考えてどうこうなるもんでもないけどな。

 

「気分を害しました。僕は寝ます」

「ぷに~♪」

 

 よかったなあぷに、良い枕があって。俺なんて背もたれ一つだよ。

 

「先輩、重いから肩によりかかってこないでくれよ」

「自惚れるな」

 

 俺はそれだけを言い残して、体重を後ろに預けて目を閉じた。

 

 

 



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偏頭痛?

 

 

 今年も残すところ一週間程度、ようやく俺たちはアランヤ村へと戻ってきた。

 

「開幕ダッシュ、開幕ダッシュでパメラ屋に向かうからな」

「ぷに」

 

 一体パメラさんはどうなっているのか、これが気になってしょうがない。

 あの時のトトリちゃんたちの口ぶりから察するに、生贄になってたりはしないみたいだが。

 

「お、やっと着いたのか」

 

 馬車が止まると、後輩君が見計らったかのように目を覚ました。

 

 俺も昔は電車で駅に着くたびに目を覚まして寝てを繰り替えしてたもんだ。

 ちょっと懐かしいじゃないか。

 

「よーし、着いたぞー」

「とうっ!」

 

 後ろからペーターの声が聞こえると同時に俺は馬車の扉を開け放ち、飛び降りた。

 

「待っててください! パメラさ…………ん?」

 

 走りだそうとすると、俺はふらふらとその場でくらついてしまった。

 

「ぷに?」

「立ち眩みもとい、飛び眩みかね?」

 

 心なしか頭痛もしてきた……。

 

「アカネさん、大丈夫ですか?」

 

 そんな俺の様子を見てか、トトリちゃんが俺の方へ歩み寄ってきた。

 

「もしかしたら十数年ぶりの風邪なのかと若干ワクワクしています」

 

 俺の体は丈夫すぎて小学生以来風邪の一つにもかからない。

 中学生でインフルエンザになった時、筋トレしてたら一日で治ったという逸話はあまりにも有名である。

 

「だが俺にはパメラさんの無事を確認するという使命が……」

「何言ってるんですか、ほら早く宿屋さんに行ってください」

 

 トトリちゃんが俺の背後に回り込んで、両手で俺を宿屋の方向に押し始めた。

 ただ非力すぎて全然堪えない……なんて事はなかった。

 

「うおっとっと」

「先輩、本当に体調悪いんじゃないか?」

 

 トトリちゃんにちょっと押されただけで前のめりに倒れそうになってしまった。

 

「言われてみると、なんか足元がふわついているような……」

 

 え? もしかして本当に風邪?

 つまりお見舞いイベント、ツェツィさんが俺の宿屋を訪れ……おでこを当ててきて熱はないみたいね。そんなイベントが待っているんじゃ……。

 

「胸が熱くなってくるな……」

「ね、熱まであるんですか!?」

「いや、そういう意味じゃ……あと無理しなくていいからな?」

 

 トトリちゃんが懸命に背伸びをして俺のおでこに手を当ててきていた。

 なるほど、こういうイベントもあるのか。

 

「と、とにかく早く戻ってください」

「俺の部族では病気の時にはお粥しか食べちゃいけないって風習があってだな……」

 

 背伸びをするトトリちゃんの肩に手を置き引き離して、俺は目を見つめてそう言った。

 風邪の時に可愛い子にあーんでお粥を食べさせてもらう、それが全人類の男性の悲願なのです。

 

「それじゃあお粥を持って行きますから、大人しくしててください」

 

 種は蒔いた、後は実がなるのを待つだけだ。看病イベントと名のな。

 

「それじゃあシロちゃん、アカネさんの事ちゃんと見ててね」

「ぷに!」

 

 俺はぷにの事を厄介払いしておこうと心の中で密かに誓い、宿屋の方向へと歩いて行った。

 

 

…………

……

 

 

「グッ……グヌヌ……」

「ぷに~?」

「ガッデム……」

 

 宿屋に戻って、俺はベッドの上で一人悶え苦しんでいた。

 決してこれから起こるイベントを想像して、悶えているわけではない。

 

「ヤバい、この頭痛はヤバい。神様俺は何か悪い事をしましたか?」

 

 まるで頭蓋骨に鉄の杭でも打ち込まれいくかのような鈍い痛みがダイレクトに脳内に響いている。

 これはマズイ、俺の人生至上最大のピンチだ。

 

「薬……薬がほしい……」

「ぷに?」

「薬中みたいだあ? いっそ麻薬でもいいからほしいくらいだ」

 

 とりあえずこの頭痛をなくせるなら何でも構わない。

 

「もうダメだ。一刻も早く薬をもらいにいかなければ……」

「ぷに~」

 

 俺はのっそりと立ち上がり、俺は普段錬金術に使っている杖を取り出した。

 そして、それに体重を預けながら一歩一歩重々しく踏みしめながら扉の前まで来た。

 

「こんな事なら自前で薬くらい作っとけばよかった……」

 

 そう過去の自分に恨みごとを言いつつ、俺はアトリエへと向かった。

 

 そして宿屋を出て、広場を通り、坂を登っていき、トトリ家へ着いた時の俺の体調ときたら……。

 

「どういうこっちゃ」

「ぷに」

 

 とっても気分爽快、そこには元気そうなアカネの姿がってテロップが付くレベルだよこれ。

 

「実は気のせいだった?」

 

 頭痛がしたと思ったけど思い違いだった。それはそれで別の頭の病気だと思います。

 本当に最近の俺はいろいろとおかしい気がする。

 

「とりあえず薬もらうだけもらっとくか」

「ぷにに」

 

 アトリエに通じる方の扉を軽くノックして、俺は中へと入っていった。

 

「ん?」

「よいしょ、よいしょ。ぐるぐるるー」

「そうそう上手上手。もうちょっとがんなばってねー」

 

 アトリエに入ると釜の前に立つ我が妹ことピアニャちゃんと師匠。

 そしてピアニャちゃんは釜をかき混ぜている。たぶん教えている師匠。

 

 おいおい、これは失敗して落ち込む師匠の事を俺が慰めるパターンじゃないか。

 

「ぐるるるー……わわわ?」

「あるぇ?」

 

 釜がちょっと光ったと思えば、角度でよく見えないが成功したっぽい。

 

 ……成功?

 

「ロロナー。なんかヘンなのできたよ?」

「すごい! すごいよぴあちゃん! 一回目でいきなり成功するなんて……アカネ君、ううんトトリちゃんよりすごい!」

 

 たぶん師匠の中では『トトリちゃ>俺』こういう図式なんだろうな。

 

「おいこら師匠、もうちょっとオブラートに包むべきだろう」

 

 俺が入ってきた事にすら気づいていない様子の師匠の肩をぽんと叩いた。

 

「わわっ!? あ、アカネ君!?」

 

 師匠は凄いスピードで俺の方に振り向いた。

 そしてちょっと目をそらしながら、まごう事なき言い訳を始めた。

 

「ち、違うの、今のは違うの! こないだ読んだ本に褒めるときは身近なもので比較しましょうって書いてただけで……」

 

 そういえば結構前に師匠のアトリエに置いてあったなそんな内容の本。確かタイトルは『駆け抜けろ教師道』

 

 ……今回は怒らないでおくとしよう。

 

「あにきあにき! トトリよりもあにきよりもすごいんだって!」

「そうか、よかったな」

 

 ピアニャ、お前もまた鬼の子であったか。

 ただただ可愛いマスコットキャラだと思えば、とんだ食わせ物よ。

 

 俺は表面上笑顔で、ピアニャちゃんの頭を撫でてあげた。

 

「まあしかし……」

 

 これはピアニャちゃんとの親交を深めるチャンスじゃないか?

 あんまり一緒にいる時間なかったし、これを機に仲良くできるかもしれない。

 

「よし妹よ。次は俺が爆弾の調合を教えてやろう。俺が教えれば失敗するはずがないから安心してくれ」

「アカネ君ずるい! ぴあちゃんにはわたしが先に教えてたんだよ!」

 

 そう反論してくるか師匠、どうせまたぐるぐるとか言って教えてたんだろう。

 俺の方が絶対に教えるのうまいし、毎分十回釜を撹拌してみたいな感じでわかりやすく説明するし。

 

「そうだ! ぴあちゃん爆弾とおいしいパイ作るのとどっちがいい?」

「パイがいい!」

 

 両手を上げてパイに賛成するピアニャちゃん、師匠は得意げな顔で俺の方を見てきた。

 師匠にはもうちょっと大人気ないって言葉を知ってほしい。

 

「クッ!」

 

 俺はこれ以上踏み込めないと判断し、リビングの方へと歩みを向けた。

 すると、扉の向こうからひそひそと声が聞こえた。

 

「ずるいわ先生。トトリちゃんだけじゃなくて、ピアニャちゃんまでとられた……」

「ずるいピアニャちゃん……お姉ちゃんだけじゃなくて先生までとられた……」

 

 そんな二つの沈んだ声が聞こえてきた。

 おそらくヘルモルト姉妹と思われるが、姉妹そろって盗み見は正直どうかと思います。

 

 俺は咳払いを一つして、少し待ってから扉を開けた。

 

「トトリちゃん、薬もらいに来たんだけど……」

 

 そこにはさも当然かのようにテーブルの前に座っているトトリちゃんの姿が。

 ツェツィさんは一体どこに隠れたのだろうか?

 

「アカネさん、体調悪いんじゃないんですか?」

「治った? うん、治ったと思うんだけど一応薬がほしくてな」

「そうなんですか、それじゃあちょっと待っててください」

 

 トトリちゃんはそう言うと、アトリエの方へと引っこんで行った。

 

 俺はその後薬をもらい、すっかりなくなった頭痛に何の疑問も持たずに宿屋へと帰っていった。

 



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凶兆

 

「ん……んん……頭が悪い……」

 

 今日も今日とて素敵な頭痛と共にベッドの上で目を覚ます俺。

 あれから三日、定期的に苦しみを与えてくるこの子にはそろそろ俺も辟易しつつある。

 

「ぷに?」

「起きれない、動きたくない」

 

 まるでダメ人間のようなセリフを吐きつつ、布団を頭まで被ったり。

 本当になんなんだかこの頭痛は、アレか、俺の第二の人格でも芽生え始めてたりでもするのか?

 

 これはアカネですか?いいえベンです。

 

「ぷにはマイケルな」

「ぷに~?」

 

 まるで分かってないぷにの言葉に当然だろうなとか思っていたら三度頭痛が俺を襲った。

 

「――――っ!」

 

 激痛に思わず目を瞑ると、足元からぷにの心配する声がかかった。

 

「ぷに?」

「…………あれ?」

 

 足元?

 

「…………どういうこっちゃ」

 

 目を開けると、俺は日本の脚で立派に大地に立っていて目の前に海があった。

 こう、潮風と波の音に身を任せると何もかもがどうでもよくなりそうな気が……。

 

「するか! アホか!?」

「ぷに!?」

「待て待て! 5W1Hを大切にしよう!」

 

 いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どうした。

 人間の行動原理を分かりやすく言い表せる素晴らしい言葉だ。

 

 さて、俺はいつここに来たんだろうな……。

 

 空を見上げ太陽の位置を確認すると、ちょうど南に位置していた。

 お腹がぐうっと鳴って、なるほどお昼なんだなと納得した。

 

「…………れいだ」

 

 俺の口からは意図せずに一つの単語が零れ落ちた。

 

「ぷに?」

 

 ぷにに聞こえなかったようなので、俺はもう一度声を高らかに上げた。

 

「徐霊だ!悪霊退参!」

「…………ぷに?」

 

 ぷにのとぼけた声を無視して、俺は全速力で元の宿へと戻ってきた。

 

「小皿小皿……」

 

 棚から四枚の小皿を取り出し、ポーチから塩を取り出した。

 古来より日本に伝わる盛り塩、これを部屋の四隅に配置する。

 

「この部屋だ。きっとこの部屋は呪われているんだ!」

 

 今までに殺してきたモンスターや塔の悪魔の恨みがここに集結している。

 そして今にも我が身を殺さんとしける。

 あな恐ろしや、あな恐ろしや。

 

「他には……そうだ窓を閉めると霊が入ってこないとか聞いた事がある」

 

 開いているガラスの窓を横にスライドして閉め切る。

 

「あとは式神だ。今こそ目覚めろ俺の陰陽の血……」

「ぷに…………」

 

 ポーチから数枚の紙とハサミを取り出して、人型に切っていき三十枚ほど作り上げた。

 そのいくつかをテープで窓に張り付け枕の下にも一枚配置しておいた。

 

「林、票、闘、写、界、神、在、禅、裂!」

 

 自分でも間違っている気がする九字も切った。

 さあ来い化け物、この錬金術士から陰陽師へジョブチェンジした俺の力を見せつけてやる!。

 

 瞬間、扉の方に禍々しい気配を感じた。

 

「そこだ!」

 

 俺が式神を投げつけると同時に扉が開き、悪しき根源(メルヴィア)を式神がズタズタに引き裂いた。

 

「ちょっと、何よこの紙切れ」

 

 張り付いた式神たちは片手で振り落とされてしまった。

 

「くっ! 邪神クラスだったか!?」

 

 ここまで来ると、かの有名な草薙の剣があっても倒せるかどうか微妙な線になってくる。

 だが俺はやり遂げてやる、この身に流れる先祖代々受け継がれてきた血にかけて!

 

「喰らえ! 十字架!」

 

 陰陽師ご用達アイテムの一つ、十字架をポーチから取り出して真っすぐと諸悪の根源に向けて掲げた。

 

 ちなみにこれは錬金アイテム、呪いを解いたりとかしてくれる。断じて俺が達の悪い宗教に引っかかっているわけではない。

 

「メルヴィアの悪しき魂が浄化されていく!」

「誰の魂が穢れてるって?」

「もういいからとりあえず帰れ! この部屋に入ってきたらいかん!」

 

 もしかしたらメルヴィアのオーラでこの部屋の怨霊たちが消え去るという可能性が無きにしも非ずだが。

 

「何よ?なんか変なものでも隠して……って何よこの部屋」

 

 メルヴィアが部屋の隅と窓を見てそんな感想を漏らした。

 ふっ、どうやら彼女は見えない側の人間のようですね。

 

「これは由緒正しい結界なんだよ。ほらほらジャパニーズ以外はお断りだよ」

 

 俺が部屋から閉め出すと、ジャパニーズって何よとか呟きながら意外にも素直に出て行ってくれた。

 

「これが……陰陽の力!」

 

 まさかバーサーカーことメルヴィアをあそこまで簡単に帰らせるとは、恐ろしい技を会得してしまった。

 これなら今後何があっても平気、そんな思いを胸に俺は隅の盛り塩に目を落とした。

 

「…………」

 

 視線を上げた。

 

「…………んー」

 

 落とした。

 

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出してしまった。

 

 そこには山の頂点が黒く変色している塩があった。

 いかにも霊的な圧力を受けていますみたいな事を身を持って表現してくれている。

 

「こ、こんな所にいられるか!――――っ!?」

「ぷに!」

 

 いかにもな死亡フラグを立てて部屋から出て行こうとすると、今日何度目かの頭痛が俺の脳内を揺さぶった。

 

「――っ」

 

 膝を地面について倒れ込んだ俺の視界には、ぼんやりと、どんどんと黒に浸食されていっている塩の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

「あらら?」

 

 気づいたらトトリちゃんのアトリエが目の前に、これは俺の集合的無意識がトトリちゃんに会いたいと言う願望をうんたらかんたら。

 

「俺何してたんだっけ?」

 

 足元にいるであろうぷにに問いかけたが、返事はなかった。

 また仕事にでも出かけたのだろうか、結構最近は仕事熱心なせいで俺が怠け者みたいで困る。

 

「アトリエの前に来て、何かしらあって悟りの境地に至ったという事か……」

 

 ブッタが助走をつけて殴ってきそうな言葉を呟きながら、俺はアトリエの方の扉へと歩みを進めて行った。

 

「アカネさん?」

「にゃ!?」

 

 扉に手を掛けたところで、突然後ろから声がかかった。

 振り返るとそこにはトトリちゃんの姿が、間が悪いというかなんというか、あと数秒早かったらもうちょっと心にゆとりがあったはずだ。

 

「どうしたんですか?もしかしてまた体調が悪かったり……」

「いやいや! これは……そう! ピアニャちゃんに会いに来たのさ!」

 

 変に心配されるのも嫌だし、そもそも何故ここにいるのかも分からないので、俺は適当にそれらしい言葉を吐いた。

 

「あ……そう、なんですか」

「う、うん?」

 

 何故か妙に落ち込んでいるトトリちゃん、別段変な事を言ったつもりはないんだが。

 わ、わたしに会いに来てくれたんじゃないんだ……みたいなフラグを立てた覚えもないし立つはずがない。

 

 ……なんでだろう、軽い絶望感が肩にのしかかってきた。

 

「と、とりあえず入ってください」

「あ、うん」

 

 トトリちゃんが扉と俺の間にに割って入り、その言葉と共に俺はアトリエへと入っていった。

 

「あ、トトリちゃんおかえり。あれ? アカネ君も来たんだ」

 

 アトリエの中には師匠と、前と同じように釜の前に立つピアニャちゃんの姿があった。

 ピアニャちゃんは俺たちがアトリエに入るなり、こちらへ何やら握りしめて近づいて来た。

 

「二人とも見て見て! これピアニャが作ったんだよ!」

 

 笑顔のピアニャちゃんが両手に乗せて差し出すは赤い筒、俺が最も得意とする錬金アイテムのフラムだった。

 これって確か初心者には結構レベルの高い物だった気がするんだが……才能溢れすぎじゃないか?

 

「え?もうこんな物まで作れるの?」

「爆弾マイスタ的に見ても、結構良い出来……」

「えへへ、頑張ったもん」

 

 そう言って、誇らしげというよりも子供が作った工作を褒めてもらいたい。そんな笑顔を浮かべた。

 

「すごいんだよぴあちゃん。まだ基本しか教えてないのに自分で考えて作っちゃったって」

 

 なるほど、つまりいつもの俺の新しい爆弾作りのように理知的に考え抜いた結果出来あがったという事か。

 ……俺ってもしかしてこの子よりも頭悪いんだろうか。

 妹が兄よりも勝るって、そんなラノベの世界の住人みたいなことってねえよ……。

 

 つか、師匠。笑顔なのはいいんだけどさ、結局はピアニャちゃんが頑張ったんてことだろ。

 師匠は一体何をしていたんだ?

 

 俺は笑顔でそのフラムを見ながら、そんな師匠へ対する不信感を募らせていった。

 

「ふーん……そうなんだ」

 

 そんな俺の横でトトリちゃんが面白くなさそうな声のトーンでそう呟いた。

 どうしたんだろうか? 今日はなんか機嫌が悪い気がする。

 

「ひょっとしたら、わたしやアカネ君、トトリちゃんより立派な錬金術士になっちゃったりして」

 

 そんな大分近そうな未来図を語る師匠を尻目にトトリちゃんを見ると、眉をつりあがらせてちょっと強い口調で言葉を発した。

 

「で、でも!まだわたしの方が上手だし、わたしの方がもっとすごい物作れるし!」

「え……?」

「うん?」

「あ……」

 

 俺と師匠が少し驚いたような声を上げると、トトリちゃんはすぐに、しまった。そんな表情をして小さく声を漏らした。

 

「トトリ、怒ってるの?どうして?」

「あ、ち、違うの。今のはその……その……」

 

 ピアニャちゃんの戸惑ったような声に、トトリちゃんは視線を横に逸らしてかなり焦った様子で言葉を濁した。

 

「どうしたの、急に。ぴあちゃんがかわいそうだよ」

「うむ、トトリちゃん、才能への嫉妬の炎は俺の心にも多少は燃えてるけどさ……」

「だ、だからその……あの」

 

 トトリちゃんはさらに追い詰められた様子になってしまい、かける言葉を間違えたか。そう思ったところでピアニャちゃんが涙目で言葉を発していた。

 

「トトリが喜ぶと思って、頑張って作ったんだけど……」

「うっ……ご、ごめんなさい!」

 

 そう大きく言葉を放って、トトリちゃんは大きく反転してアトリエの外へと出て行ってしまった。

 師匠が制止の言葉を言ったが、止まる様子はなかった。 

 

 どうしたもんかと茫然としていると、後ろから扉が開く音がしてツェツィさんが入ってきた。

 

「はあ、いつまで経っても子供なんだから。仕方ないわね」

「わあ!? トトリちゃんのお姉さん。見てたんですか?」

「ええ、最初から最後まで余すところなく覗いてました」

「ツェツィさん、それ自信満々に言う事じゃないような……」

 

 最近ツェツィさんのスキルに覗きがデフォルトで装備されている気がする。

 ピアニャちゃんが来るまではもうちょっと印象違ったのにな。

 

「まあまあ、細かいことは気にしないで。あの子のことは私に任せといてください」

 

 ツェツィさんは一旦そこで言葉を区切って、俺と師匠を交互に見て言った。

 

「ただ、先生とアカネ君ももう少し気を使ってあげてくださいね……私も人のこと言えないけど」

 

 そう言い残して、ツェツィさんはトトリちゃんを追って外へと出て行ってしまった。

 トトリちゃんには個人的に大分気は使っていたつもりだったんだけれど……何かマズッたか?

 

「ああそっか、そういうことなんだ……だからトトリちゃん……」

 

 師匠がそう心得たように頷いている、もしかして分かってないの俺だけ?

 

「トトリ、どうしちゃったの?ピアニャ、何かしちゃったのかな?」

「ううん、ぴあちゃんは悪くないよ。はあ、ダメだなあわたし。一番大人なはずなのに……」

 

 そう言って落ち込む師匠、ここでどういうことって聞けるほど俺は精神が図太くはない。

 トトリちゃん……一体どうしちゃったんだろうか。

 



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決意に潜む影

 トトリちゃんが出て行ってから数十分、俺はトトリ家のリビングで椅子に座ってやきもきしていた。

 

 トトリちゃんの原因不明の失踪、追いかけようにも目の前の師匠がそれを許してくれない。

 

「やっぱり俺も行った方が……」

 

 俺の何度目かのその言葉に対面に座っている師匠が諭すような口調で返してきた。

 

「だからねアカネ君。トトリちゃんの事はお姉さんに任せた方がいいと思うよ?」

「でもさあ、トトリちゃんが理由もなくあんな事する子じゃないだろ?これは先輩として捜しに行ってあげたいんだって」

「うーんと……アカネ君、本当に分かってないの?」

「分かってないんです」

 

 まったくツェツィさんと師匠だけで分かったような感じになって、女性心理に疎い俺にはついていけないってことなのか?

 このままじゃ無事円満に終わったとしても俺の心にしこりが残ってしまうんだが。

 

「えっとね、トトリちゃんはたぶん寂しかったんだと思うの」

「寂しかった?」

 

 そんなに寂しがっているような様子があっただろうか……。

 

「…………」

 

 いや、あったかもしれない。確かあれは初めてピアニャちゃんと師匠が錬金術をしているのを見た時だったか。

 

 『ずるいピアニャちゃん……お姉ちゃんだけじゃなくて先生までとられた……』

 

 そうか、詰まる所大好きな先生とお姉ちゃんがピアニャちゃんに盗られたような気がして面白くなかったってことか。

 まさかトトリちゃんがピアニャちゃんにそんな気持ちを抱くとは思わなかったが、家族事情を見る限りは仕方がないのかもしれない。

 

「そういや俺も母さんが弟と妹の世話するのが面白くなかったりとかしたっけ……」

「へえ、アカネ君もそういう事あったんだね」

「ん、まあ若気の至りというか、小学生の至りというか……」

 

 懐かしきかな我が家庭、いや割と本当に懐かしかったりする。

 まあホームシックになる年でもないし、いまさら親不孝者が悲しめる立場でもないけどな。

 

 

 

 

 

 

 そして合点もいったところで、これは家族問題なのでツェツィさんに任せようと判断してしらばく待っていると、玄関の扉が開いた。

 

「ただいま、あらアカネ君も待ってたのね」

「ん、まあ気になったからな」

 

 そう返事をすると、奥のアトリエからも声が聞こえてきた。

 師匠とツェツィさんは何の迷いもなく扉に近づいていき僅かに隙間を開けて覗き見た。

 

 俺は二人がやってるんだから良いだろうと言う安直な考えから、その覗きメンバーに加わってしまった。

 

「しっかしトトリちゃんも大人になったと思ったけど、意外と寂しくなったりするんだな」

 

 もうすぐ十七歳だけれど、まだまだ子供っぽいところもあるようだ。

 

「あら、さっきトトリちゃんにも言ったけど大人だって寂しくなる事くらいあるわよ」

「…………そうかな?」

「ええ、私はそう思うわよ」

 

 大人も寂しくなる事くらいある、なんか妙に心に響いてくる言葉だな。

 

 その言葉を心の片隅に止めて部屋の中を背丈的に、一番上から覗き込むとトトリちゃんがまさに言葉を発するところだった。

 

「えっとさっきはごめんね。やつあたりしちゃって……ごめんなさい!」

 

 トトリちゃんは大きく頭を下げて謝った。対してピアニャちゃんは少し怯えた様子で恐る恐る尋ねた。

 

「……もう、怒ってない?」

「怒ってない!全然、まったく怒ってない!」

 

 間髪入れずに頭を上げて大きな声でトトリちゃんは答えた。

 それでもピアニャちゃんの顔にはまだ陰が落ちており、また不安感が混じったような様子で口を開いた。

 

「ピアニャのこと、嫌いじゃない?」

「嫌いじゃないよ!大好きだよ!」

 

 その答えにようやく安心したのか、ピアニャちゃんは満面の笑みを浮かべてトトリちゃんに抱きついた。

 

「よかった、ピアニャもトトリの事大好き!」

 

 これにて万事解決、あの二人が喧嘩しているのは見ていて辛いので、これで俺もやっと安心できる。

 

「仲直りできたみたいですね」

 

 ツェツィさんはそう言い少し微笑んでいた。

 

「うん。トトリちゃんのお姉さんすごい。わたし、おろおろしてただけだったのに……」

 

 俺よりも状況を理解してただけ今回は俺よりも大分良かったとは思う。

 今回本当に何もしてなかったのは俺だしな……。

 

「そりゃ、もう何年も実の姉やってますから」

 

 本当に良いお姉さんだよ。俺みたいな兄弟ほっぽりだしたダメ兄とは大違いだ。

 

 俺がそんな自虐思想に嵌り込んでいると、アトリエの方からまた声が聞こえてきた。

 もう一度当然のように覗き込むと二人は仲良く並んでソファに座っていた。

 

「トトリ、トトリ」

「あ、あの……ピアニャちゃん。嬉しいんだけど、そんなにくっつかれると……」

 

 トトリ、ピアニャもアリですよ? そんな腐の少女の声が聞こえてきそうな自分が怖かった。

 清い目で見るんだ。二人は仲の良い姉妹のようではないか。

 

 

「ねえ、なんでそんなにわたしのこと好きなの?お姉ちゃんとか先生とか、あとアカネさんとかの方が優しいのに……」

「ちぇちーもロロナもあにきもいっつもトトリのこと好きって言ってる。だからピアニャもトトリのこと好き!」

 

 …………あ、あれ? 何だろうこの気持ち。

 一言で言うならそう……死にたい。

 

「そ、そうなの?あはは……なんか恥ずかしいな……」

 

 トトリちゃんはそんな満更でもないような様子で嬉しそうに笑っていた。

 

「わ!ぴあちゃんってば……これって、わたし達の方が恥ずかしい……ですよね?」

「そ、そうですね……」

「ヤバいヤバい、顔からファイヤーだよ。覗き見なんてするからこうなる。俺帰る、帰るからな」

 

 今までにないほど、顔が赤くなるのを顕著に感じながら、俺は玄関の方へと向かって行った。

 そんな折、ピアニャちゃんの声が聞こえてきた。

 

「えへへ、トトリもちぇちーもロロナもあにきもみーんな、だーい好き!」

 

 口がにやけるのを感じながら、俺は家の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、そこそこ顔も頭も冷えてきた俺は一言口ずさんだ。

 

「大人も寂しくなる事くらいある……か」

 

 やけに心に響いてくるツェツィさんのあの言葉を反芻しながらも俺は宿屋への帰路についていた。

 

 トトリちゃんはツェツィさんを取られたようで寂しがっていた。

 それじゃあ俺がいなくなった弟と妹はどうしているのだろうか、俺の家族は……。

 

 

 

 

 柄にもなく考え込んでいると、気づけば目と鼻の先に宿屋があった。

 立て付けが良いとは言えない古びた木の扉を開けると、宿屋の主人の奥さんが血相を変えて近づいてきた。

 

「ああ、良かった無事だったのね」

「無事?」

 

 一体何のことだろうか、俺は特に今日は何事もなく一日を過していたのだけれど。

 

「実はあなたの部屋が……見てもらった方が早いわね」

 

 その言葉に促されるように、俺はきしむ階段を上がっていき自室前まで来た。

 ただ、いつも扉があるはずの部屋に扉はなく、部屋の中では壁があるはずの場所に壁がなくなっていた。

 

「な、なんぞこれ……?」

 

 あまりの衝撃にさっきまでの悩みも吹き飛んでしまうというか、本当にどうなってるんだこれ?

 部屋の様子もベッドは引っくり返り、皿は割れて、机も粉々と斬新な模様替えが行われていた。

 

「お昼頃だったかしら、大きな音がしたと思って見に来たらこうなってたのよ」

「は、はあ……」

 

 幸い貴重品の類は全部ポーチに入れてあるからいいとして、原因は一体何だ?

 別に爆弾を置いてったりもしないはずだし……。

 もしかして恨みか、最近の自分の扱いを憎んだペーターが爆弾テロリズムを……できる勇気があったらもうちょっとマシな人間なんだろうな。

 

「あれ……?そう言えば俺いつ宿屋出たんだっけ?」

 

 ふと、自分が一番よく分かっていなければならないはずの疑問が口から出た。

 

「とりあえず今日は別の部屋を使ってね。……本当にどうしましょう」

 

 そう言い残して、困った様子で奥さんは階段を下りて行った。

 

 俺はとりあえず部屋に置いてあった物を回収できる分は回収しようと部屋の中に足を踏み入れた。

 しかし、その足はすぐに止まることとなった。

 

「――――っ!」

 

 鋭い痛み、慣れる事のない痛みが俺の神経を刺激しそれ以上動く事を許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っくしゅん! 寒っ!?」

 

 なんで俺はこんな夜中に港にいるんだよ。あれか、ちょっと小粋なお散歩をしてたら寒さで意識がぼうっとしてたとかそういうことか。

 

「まあ、今の気分にはちょうどいいか」

 

 トトリちゃんの家での会話が今でも俺の心に尾を引いている。

 こんな夜中に人なんて来ないだろうし、まあ一人でゆっくりするのはいいか。

 

 俺はちょうど一番先端の部分に座りこみ、宙に足を投げ出した。

 

「俺は今、結局どうしたいんだろうな……」

 

 こんな時にいつも相談していた相棒も居らず、答えを返してくれる人は誰もいなかった。

 

「あんた、こんなところで何してんのよ」

 

 そう思っていたのだが、足音と共にこちらへ近づいてくる声と気配があった。

 

「ミミちゃんこそ、こんな時間に夜遊びなんて感心しないぜ」

 

 半身を捻らせて振り向くと、こんな時間にも関わらずいつも通りの薄着のままであるミミちゃんがいた。

 

「ちょっと寝付けなかったから、涼みに来たのよ」

「海風は髪を痛めるぜ?」

「あんたに言われるまでもなく予防済みよ」

 

 俺の優しさをミミちゃんはその一言でかき消して、俺から少し距離を取った所に座りこんだ。

 

「それで、悩みのないあんたが何を悩んでんのよ」

「む、聞いてたのか」

 

 お嬢様のくせに、そう呟くとミミちゃんは少し怒った様子で言い返してきた。

 

「人聞きの悪い事言わないで頂戴。こんな時間に独り言言ってたら聞こえるに決まってるじゃないの」

「ふむ……つまりさ、そこで立ち去らずに声をかけてくれたって事は、相談に乗ってくれるってことだよな?」

 

 もしも相談に乗る気もないようなら、早々に帰ってしまう。簡単な推理だぜ。

 ミミちゃんは溜め息一つ吐いて、口を開いた。

 

「そうね珍しく本気で悩んでるように見えて、あんたがそこまで悩む悩みって言うのがちょっと気になったのよ」

「興味本位かい。まあいいけどさ」

 

 ミミちゃんなら話しても失笑はあれど言いふらしたりとかはしないだろう。

 友達が少ない的な意味ではなく、もちろん人柄的な意味でだ。

 

「最近さ、悩むんだよ。置いて来た家族の事でさ」

「……そう」

「ここ数年まったく考えてなかったんだけどさ、お母さん追って海にまで出たトトリちゃん見てたら……さ」

 

 それに加えて、冗談とは言え兄と呼ばせているピアニャちゃんがあにきと言って慕ってくるのを見ると容姿は違えどついつい妹を思い出してしまう。

 さっきの一件も相まって、考えてしまう。今まで考えてなかった事、本当なら一番に考えるべきだった事を。

 

「不安なんだよ、皆元気にしてるのかってさ……」

「…………」

 

 黙って聞いてくれているミミちゃんに俺はついつい自分の胸の内を語り続けてしまった。

 

「一番はさ……やっぱり寂しいんだと思う」

 

 頭痛がしたときには昔の看病を思い出したり……最近は事あるごとに家族との思い出が蘇っていた。

 一番長い間思い出を共有していた人たち、それがいない事が今更になって不安になってくる。

 

「……笑ったりしないのか?」

 

 てっきりミミちゃんのことだから、そんな事で悩んでいたのとか失笑してくると思ったんだが。

 

「笑えないわよ」

「でもさ、こんな良い大人が家族に会えなくて寂しいとか……」

 

 ツェツィさんはああ言っていたものの、いざ人に語ると笑われてもおかしくないだろうと思ったりする訳で。

 

「年なんて関係ないわよ。家族がいなくて寂しいのは皆同じよ」

「…………?」

 

 やけに真剣な口調で真っすぐ海の方を見つめてミミちゃんはそう言ってくれた。

 

「言ってなかったと思うけど、私の親はもういないのよ」

「え?」

 

 初耳だ。数年の仲だが今更になってなんでいきなり?

 

「私、昔はすごく体が弱くて、よくいじめられてたのよ」

「はあ!?」

「あんたもそんな反応なのね」

「あ、いや、まあ……」

 

 根っからのSなお嬢様だと思っていたから、その過去のカミングアウトは大分意外だったぞ。

 

「それで、よくお母様に泣きついててね。ある日言われたの、ミミちゃんは立派な貴族様なんだから簡単に泣いちゃいけない。次泣きそうになったら私はシュヴァルツラング家の娘なんだから、そう言えって」

 

 どこか懐かしむような、そんな表情で相変わらず遠くを見つめて言葉を続けて行った。

 俺もその話に真剣に耳を傾けた。たぶんこれは、とても大事な話だから。

 

「そんな私でも、流石にお母様が亡くなった時は泣いちゃったって話。流石にこの年になれば貴族の名前なんて大したものじゃないってわかってる。でもそれを認めたら、それじゃあお母様が嘘を言ったみたいにあるじゃない」

「そうか、それでいっつも家の名前の事……」

「ええ、だから私はいつかシュヴァルツラング家の名前を聞いたら誰もが憧れるような人になりたいって……」

 

 そこでミミちゃんの言葉は途切れ、話は終わった。

 

「えっと、そんな話俺にしても良かったのか?」

「良くないわよ、ああもうなんで最後まで話しちゃったのかしら……」

 

 そう言ってミミちゃんは顔を真っ赤にして顔を伏せた。

 

「ああもう !言いたい事だけ言うわ! 会いたいなら会いに行けばいいじゃないの!」

「む、そ、そうかな?」 

 

 しかし帰ろうにも帰る手段がないし、こっちでのお仕事とかもあるし……。

 何より、万が一帰れたとしても会わせる顔がない。

 

「そうよ、会おうと思っても会えない人がいるの。だったら会えるうちに会っておきなさい。何かあってから後悔するんじゃ遅いのよ」

「んー……わかった」

 

 ミミちゃんは家族がいないだけに、それだけ家族の大切さを分かっているんだ。だったらその人生の先輩としての言葉には素直に従っておく方がいいだろう。

 

「それじゃあ、私は帰るけど、さっきの話誰にもするんじゃないわよ!」

「分かってるって、ありがとな」

 

 スタスタと足早に去って行くミミちゃんにお礼を言って、俺は大きく後ろに倒れ込み星空を見上げた。。

 

「帰る方法、何はともあれ帰る方法か」

 

 皆には海から来たと言っている手前協力をお願いしたりはできないだろう。

 とりあえずは片っ端から本でも集めて、錬金術士としての力をフルに活用するしか道はないように思える。

 必要なのは知識だ。組み合わせや応用が否応なく必要になってくるだろう。

 

「問題はどうやって本を集めるか……だな」

 

 金で買う方法と、冒険先で本を見つけるか、それぐらいしか思いつかない。

 正直、気長すぎる。できることならもうちょっと短時間で見つけられる方法を……。

 

「――――っ!?」

 

 その瞬間、今までにないほどの激痛が全身に走った。

 全身の関節が軋む音が聞こえ、息が詰まり、咳が止まらない。

 悶え、転がり、浮遊感を感じたと思えば、肌に張り付く布と海水の感覚。

 

 沈みかけたところで、ようやくその苦しみから解放された。

 

「……そうか」

 

 体の半分だけを浮かばせ、俺は誰に語りかけるでもなくそう呟いた。

 何故こんな簡単な事が思いつかなかったのか、思わず自分で自分を笑いそうになる。

 

「なるほどなるほど、うんうん。この方法があったか、簡単な話だったな」

 

 俺は冷たさを感じながらそう何度も納得し、海に浸かっているポーチに手を伸ばし中から手袋を取り出した。

 微妙に濡れた手袋を手に嵌めて、俺は立ち上がった。

 

「ちょっち忙しくなるけど……まあ書置きはいらないよな」

 

 俺は水上を歩き、自分のトレードマークである黒い闇へと鼻歌交じりに消えて行った。

 

 



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五年目『新たなる目的』
温かくも冷たい終わり


 

 ある日、ある村がモンスターに襲われました。

 赤い悪魔や狼、鳥、種族の違うあらゆるモンスターが村を襲いました。

 彼らは統率された動きで、村を包囲します。 

 

 しかし不思議な事に、怪我人が数名のみで失った物は村にある全ての本だけでした。

 

 またある日は、馬車が、冒険者が、旅人が襲われました。

 

 皆が口をそろえて言います。本を奪われた……。

 

 黒い、真っ黒な人の様な影を見たと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヵ月ぶりに俺は冒険者ギルドを訪れていた。

 ちょっとクーデリアさんに言っておかなければいけないことがあったのだ。

 

「あれ、トトリちゃん?」

 

 ギルドの入口まで来たところで見知った顔に出くわした。

 

「わ、アカネさん。なんか久しぶりに見た気がします」

「あー、うん。ちょっとやりたい事があってさ」

 

 幸せ家族計画へ向けて、一歩ずつ歩んで行っているのだが、実は一向に成果が上がっていなかったりする。

 溜まっていくのは本ばかり、それも一割くらい読めない。

 

「とりあえず、クーデリアさんは……いたいた」

 

 ギルドの中に入ると、いつものカウンターでイライラした様子で紙束に目を通していた。

 

「どうしたんですか? 随分と機嫌悪そうですけど?」

「当り前でしょ、近頃バカみたいにモンスターが暴れまわってるせいでこっちは大忙しよ」

 

 ここは謝った方がいいのかね?

 

「でも狙われてるのは本だけだからいいじゃないですか」

「良くないわよ、て言うか余計に不気味じゃないの」

「でもどうして本ばっかり狙うんでしょうね?」

 

 俺の横でトトリちゃんが疑問符を浮かべていた。

 

 それはね、主に俺、主にアカネの為なんだよ。

 

「知らないわよ。ただ、どうもそいつらは北に集まってるみたいだから最近何回か調査部隊を送ったのよ」

「え、それじゃあ何か分かったんですか?」

「全然、全滅して帰って来たわよ。空から星が降ってきたなんて寝ぼけた事言って」

 

 呆れたような様子でクーデリアさんは肩を落としている。

 それに対して、調度いいので俺は今日ここに来た件について口にした。

 

「それですよそれ、その調査隊、うっとうしくて、ヤッちゃいそうなんで、もう送らないでくれますか?」

「は、何言ってんのよ?」

 

 むう、物分かりが悪い。

 今の俺は悪の親玉ポジ、出来る事なら正体はバラしたくなかったんだが。

 

「なるべく無駄な殺生はしたくないんですよ。俺はただ本を集めてるだけですから」

「アカネさん?」

「という訳で、俺は帰りますけど。ぷにの奴みたいに追いかけてきたら大変な事になりますからね?」

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」

 

 俺はクーデリアさんの言葉を背に浴びながら、トラベルゲートを掲げて一瞬にして今の俺の拠点へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間後。

 

 アーランド北部、常に夜である闇の領域を越えたその先、通称、黄昏の玉座。

 俺はそこにある巨人でも座るのかという大きさの石でできた無骨な椅子に寝転がっていた。

 

 ここは常に夜で、不本意ながら今の俺にとっちゃとても居心地が良いのだが……。

 

「これも違う、これも、これも、これも! せめて錬金術の本持ってこいっての」

 

 所詮は畜生の集まり、俺の欲しい情報がある本をこれまで一冊も持ってきやがらない。

 俺は舌打ち交じりに次の本へと手を伸ばした。

 

 玉座全てを覆い尽くし、百冊以上重なった本のタワーが幾つもある。

 俺は恐る恐る、小さな山から一冊を取り読み始めた。

 

「……うら若き乙女の日記、というよりもポエムか」

 

 玉座の下へ投げ飛ばした。

 

「その辺のドラゴンでも手懐けて大陸の外まで派遣してみるかねえ」

 

 俺がそんな事を考えながら、次の本をパラパラと捲っていると、遠くから爆発の音が聞こえた。

 

「あ~、またどっかのバカが地雷に引っかかったか」

 

 調査隊が止む事がなかったので、一々出向くのも面倒になり地雷を埋めておいたのだが、意外と皆引っかかるもんやね。

 威力はそこそこ、まあクリーンヒットしても精々骨が折れる程度じゃないかねえ。

 

「はあ、俺の事は放っておいてくれればいいんだけどなあ」

 

 三日に一回防衛線を乗り越えて来るぷにもそろそろ懲りてくれればいんだが。

 最終的に俺は元の世界に帰るし、こんな俺みたいな奴のことにかまう事はないだろうに。

 

 

――次は半殺しにでもしてやろうか。

 

 

「ぷに! ぷに!」

「ん~? 何だ何だ? 今日は調査隊の人と一緒にでも来たのか?」

 

 俺は本から目を離し、起き上って唯一のここへ至る道へ向き直った。

 幾つもの石の広場が浮き上がっている、最上級に冗談みたいな所だな本当に。

 

「って……皆来たのか……」

 

 闇の中から現れたのは、ぷにを先頭にして、トトリちゃんにミミちゃんに後輩君の後輩三人組。

 次いで師匠と、ステルクさん、マークさんにメルヴィア、意外な事にクーデリアさんまでもがそこにいた。

 なるほど、さっきの爆発はトトリちゃんか師匠の爆弾か。

 

「まさか本当にあんたがいるとはね」

 

 クーデリアさんがいつもの冗談とは違った視線で俺を睨みつけている。

 俺は仕方がなく、玉座から飛び降り十歩圏内ほどに近づいた。

 

「お前ら、手は出すなよ」

 

 円状に俺たちを囲んでいるスカーレットたちを片手を上げて制した。

 このまんま抑えられるとも思えないし、早々にお帰り願うか。

 帰ってもらわないと困る、怪我はさせたくないしな。

 

「先輩、その格好……」

「ああ、うん。言わんとする事はわかる」

 

 今の俺の姿はいつもの黒いジャージこそ損なわれていないものの、頭にはシルクハット、首には赤いマフラー。

 後輩三人にはあの塔の悪魔、エビルフェイスと同じように見えているのだろう。

 

「まあ、ツケだな。さんざん楽したツケが回ってきたんだよ」

「ツケ?」

 

 後輩君が疑問の声を上げる、俺はそれに答えるように口を開いた。

 

「この手袋、俺が闘う時ずっと使ってるだろ?」

 

 俺は手を上げてヒラヒラと見せつけるように手を振った。

 

「これ、ゴーストのモンスターの一部でさ、これ付けてると体力と引き換えで力が湧いてくるんだよ。たぶんこれのせいで取り憑かれたりでもしたんかねえ」

 

 長期間付けていれば、それだけ効果が上がってるってことはつまり良い具合に同調して言っていたってことだろう。

 黒の魔石を持って力が溢れてきた辺りでおかしいってことに気付ければよかったんだけどな。

 あれって普通の一般人が持ってると気分が悪くなったりするってことは知ってたはずなんなんだけどな。

 

「ほら、ゴーストあいつって微妙に見た目似てるじゃん?」

 

 ゴーストは黒い球体にシルクハット、黄色い目、赤い口、手袋。

 エビルフェイスと当て嵌まるのは黒い顔に、赤い口、シルクハット、白い手袋。

 

 波長が合ったんだ。あいつ俺の事見てやたらニヤニヤして、最後はやけにあっさり消えたし。

 

「しかし君は何故そんな物を使っていたんだい?」

 

 マークさんがが当然の疑問を口にした。

 

 この手袋との馴れ初め、偶然見つけて、メルヴィアに負けたのが悔しくて使って、強いモンスターにはこれなしじゃ立ち向かえなくなって……。

 つまり、俺がこれを使い続けた訳は。

 

「これがないと俺が皆についていけなかったからだよ」

 

 元学生が立ち回りもできない、体力もない、力だけの俺が皆と一緒に冒険に行くには使うしかなかった。

 トトリちゃんを守るって言う約束を守るためには使うしかなかったんだ。

 

「皆といたい、その想いの結果がこれだよ。分かったら帰ってくれないか?」

 

 俺の懇願もむなしく、トトリちゃんは一歩前に出て答えた。

 

「イヤです」

 

 それに続いてミミちゃんも一歩踏み出して口を開いた。

 

「だいたいそれとあんたが本集めんのと何の関係がんのよ」

「俺は家族の所へ帰りたい、こいつもココから逃げ出したい。利害は一致してるんだよ」

「は?」

 

 ミミちゃんが何を言っているんだこいつは、そんな表情で短く声を上げた。

 

「考えてみろよ、人間にぼこられて塔に押し込められて、生贄もらって生活してたら人間一人にやられかけて、最後にまた人間で本当に消滅しかけたんだぜ?」

 

 そんな彼も、俺の思考を読んで俺が帰る場所がどこかを知ったようで、便乗して一緒に行こうという魂胆のようだ。

 こんな化け物みたいな人間がいる世界にいられるかってことだろう、まあ俺の世界は俺の世界でミサイルで一発でやられそうだけどな。

 

「意味分かんないわよ、帰るってどうせ海の向こうでしょ? それならただ船作ればいいだけじゃ……」

「ふむ……うんそうだな。それ言ったらトトリちゃんたちも皆も俺に愛想尽かして帰ってくれるよな」

 

 いい加減ガキの質問攻めにも飽きてきたところだ。ここら辺で、お帰り願おう。

 俺は大きく息を吸い込み、吐き捨てるように言い放った。

 

「俺はな、海からなんか来ちゃいないんだよ!」

「え……」

 

 トトリちゃんが驚いたような、理解できていないような、そんな声を上げた。

 他の皆も同様に驚いたような様子を見せている。

 言った言ってしまった。もう後戻りはできそうにない。

 

 俺はさらに畳みかけるように言葉を紡いでいく。

 

「俺はな自分のだ! 自分の立場とか考えてずっっと嘘ついてたんだよ! 分かるか?」

 

 初めはギルドで冒険者免許を貰う事から、次はその嘘でアカネさんは凄いという後輩君やトトリちゃんたちの評価。

 

「トトリちゃんのお母さんの事を知っても本当の事言わないで、海に誘われた時もこの嘘で逃げたしたんだよ。どうだ? 分かるだろう? 俺がどれだけダメな奴かって」

「わ、分かりません! アカネさんはちゃんと一緒に来てくれました! きっと嘘をついてたのにも事情があって……」

 

 気丈に言い返してくるトトリちゃん、こんな奴の何がそんなにいいのだろうか。

 分からない、なんで未だに俺に愛想を尽かさない。

 

 ズルして闘えるフリして、ずっと嘘ついてたのをバラしたのに。

 いい加減、最低とか言い出して帰ってくれてもいいじゃないか。

 

 まだ足りない、まだ足りないというのなら俺にだって考えがある……。

 

 俺は腰につけているポーチから、一つの円状の物を取り出した。

 

「え、それって……」

 

 師匠が声を上げた。そう、これは師匠とトトリちゃんがくれたプレゼント。

 シルバーのリング、戦闘中に壊しそうで怖いからしばらく付けていなかったが……・

 

「ぷちってね」

 

 右手の親指と人差し指でそれを潰し、粉々にした。

 銀色の小さな塊が次々に地面へと零れ落ちて行く。

 全員が信じられないようなものを見る目で俺を見てきた。

 

「どうだ? 流石にこれで分かっただろ? 俺は最低の奴なんだよ」

 

 早く帰れ、早く帰ってくれ、頼むから早く帰ってくれ。

 

 俺のそんな思いとは裏腹に全員が打って変わって俺を疑うような目で見ている。

 

「君の……」

 

 ステルクさんが鋭い眼光が俺の事を貫いた。

 

「普段の君の行動が悪意からのものであれば我々もここに来てはいなかっただろう」

「何を……?」

「だがらこそ、今の君の行動がただの悪意からとは思えない」

「そうだよ、先輩がんなことする訳ないしな。こないだなんて、一日が指輪を磨いてたら終わってたとか言ってたし」

 

 さきほどの張りつめた様子とは一転して、軽いノリで後輩君がそんな事を言っていた。

 と言うか何をカミングアウトしてるのこの子?

 

「うん、わたしだってアカネ君がそんな事する子じゃないって知ってるもん!」

 

 師匠が真面目な顔をして、俺の顔を見つめてきた。

 そうだよ、俺だってこんな事したくもないよ。

 

「分かった……」

 

 俺は小さく呟いた。

 この四年という年月は短くなかったようで、思いのほか皆俺の事をよく知っているみたいだ。

 これだから愛され系ボーイは困っちゃうね本当。

 よくよく考えてみれば、今更出身どうのこうので仲たがいになる訳ないなんてことずっと前に分かってたよな。

 

「これ言うと余計帰ってくれなさそうだから黙ってたんだけど……もうすぐ行動全部が悪魔側に取られちゃうんだよ」

 

 こないだも気づけば海にいたり、トトリちゃんの家の前にいたり、随分と力が弱っているようで長時間は奪われないが色々と危うい状況だ。

 思考も大分危ない事になってきてるし、正直言うとちょっと怖かったりする。

 

「だから帰ってください! 俺ならそのうち元の場所に帰るから! 俺の事は忘れてくれると良いと思う!」

「何? 要は自分の事は自分でどうにかする。危ないから帰れっての?」

「まあ、そうなるな」

 

 いままで柄にもなく沈黙を保っていたメルヴィアが口を開いた。

 嫌われることを覚悟した発言が一言でまとめられるとどことなく物悲しいな。

 

「いいわよ。皆帰りましょ?」

「メルお姉ちゃん!?」

「おお、メルヴィア流石はここぞという所で空気の読め……」

「た・た・し!」

 

 俺の言葉を遮ってメルヴィアは指を一本突き立てた。

 

「一発殴らせなさいよ」

「殺す気だ」

 

 待て待て、塔の悪魔インアカネな状態と言ってもそんなに強くなった訳じゃないぞ。

 戦闘力面で、悪魔の力に錬金術が兼ね備わり最強に見えるみたいなレベルであってだな。

 

「理由をお聞かせ願いたい」

「だってねえ、あんたあたしに嘘ついたじゃない」

「嘘?」

「ええ、いつだったか忘れたけど、海から来たなんて嘘はやめてってあたし確認取ったわよね?」

 

 そう言えば昔にそんな事があったようななかったような……。

 もしかしてその件で俺今から殴られるの?

 

「待て待て、今更俺らって出身どうのこうのでどうにかなる仲じゃないだろ」

「ええそうね。でもこのあたしに嘘をついたってのがどうにも気に入らないのよ」

 

 暴君だ。暴君がいる。周りにいる皆も若干引いてるよ。

 

「どうせあんたどこだかも知らない場所に帰るんでしょ? だったら一発くらいいじゃない」

「さっきまで殴るだったのになんで斧構えてるんだよ」

 

 両手に得物を持ったメルヴィアはそれをしっかりと持ち上げて、今にも切りかかるような体勢でした。

 あれ? 俺って大陸を脅かす大魔王みたいな存在じゃないの?

 

「はあっ!」

「ひうっ!?」

「……?」

 

 塔の悪魔さんのようにプレッシャーを放ってみたが、後ろにいる師匠を驚かすだけで終わってしまった。

 どうしたらいんだろうこの空気。

 

 俺が戸惑っていると、メルヴィアは一歩二歩と間合いを詰めてきて……。

 

「待て待て! それ以上近づくと流石にどうなっても知らんぞ!」

「あら、どうなるのかしら?」

「どうなるって……悪魔が前面に出てきて……」

「だったら悪魔の方をぶった切るまでよ」

 

 この子は一体何を考えているんだ。

 やっぱり皆、特にメルヴィアは俺の事が嫌いとかそういう話なのか?

 

「どうせ一発殴ればあんたも元に戻るでしょ」

「いや、そんな壊れた機械みたいに言われてもな……」

「ほら、トトリも何か言ってやんなさいよ」

「えっと……頑張ります?」

 

 先輩的には頑張らないでもらいたいんだけどな。そこは。

 もしかしなくても皆VS俺の構図が出来上がってんの?

 まさかのアカネラスボス説が浮上し始めてんの?

 

「引く気はないんだよな?」

「ええ、引っ張ってでも連れて帰るわよ」

「……はあ」

 

 思わずため息をついてしまう。

 一度倒せば元に戻る、確かに常套手段っちゃ常套手段だけどさ。

 

「おーけー、皆の愛と勇気と正義が奇跡を起こすと信じてる。宿主が傷めつけられたら流石に出てくるだろ」

 

 俺が意識を緩めた途端、体の感覚がなくなっていく、手が足が俺の思うように動かない。

 そして残ったのは僅かな視覚とぼんやりとした思考のみだった。

 

 

…………

……

 

 

 

 ふと気付くと、数十体ものスカーレットが雄たけびを上げてトトリちゃんたちを襲っていた。

 それを師匠とクーデリアさんマークさんとステルクさんが必死に食い止めている。

 

 

 斬りかかってくる後輩君とミミちゃんを両手でいなし俺は左右へと投げ飛ばした。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 待ち構えるメルヴィアにフラムをひたすらに投げつけ、投げつけ、投げつける。

 スカーレットの支援もあり押され始めるメルヴィア。

 

 そして、俺は隙ができたトトリちゃんに向かって一直線に飛び込んで―― 

 

 

――その左拳がトトリちゃんに突き刺さる

 

 

 

「できるかああ!!」

 

 意識が浮上する!

 真っすぐ吸い込まれるかのようにトトリちゃんへと伸びる左腕。

 

 俺は全身全霊を掛けて右腕をその凶刃へと叩きつけた。

 

「俺が! トトリちゃんを殴れるわけねえだろうが!」

 

 左腕の骨が、右手の指の骨が砕けた。

 

 同時にトトリちゃんが投げたフラムが俺の顔面へとぶつかって、俺の意識は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中に冷たい石の感覚がある。

 どうやら俺は見事にやられて仰向けに横たわっているようだ。

 

 俺が目を開くと、そこにはトトリちゃんが涙目で俺の顔を覗き込んでいた。

 

「あ、アカネさん! ごめんなさい、大丈夫ですか!」

「トトリ…………ちゃんはっ……悪くない……」

「アカネ君!」

 

 師匠がトトリちゃんとは反対側から顔を覗き込ませてきた。

 

「みんっ……な…………の事……好きだった……よ」

 

 俺の瞼は静かに下りて、視界が黒に染まった。

 

「アカネさん! アカネさん!」

 

 トトリちゃんと、他の皆が俺の名前を呼ぶ声だけが最後に俺に残されたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷに!」

 

 あおふっ!?

 

「はっー! はっー!」

 

 今まで大人しく見守ってたと思ったら、こいつは!

 男の! 男のクリティカルポイントに! こいつ一体何しやがる!

 

「てんめえ! 今からトトリちゃんが泣きながら抱きついてくる予定だっただろうが!」

「ぷににににに!」

「そして愛と涙の力でアカネ復活! そのプランをこの腐れぷには……――ハッ!?」

 

 周りを見渡せば、俺の事を皆が生ゴミでも見るかのように冷たい視線で……。

 

「ち、違うんだよ! これはさ、想い出、想い出のちょっとしたエッセンスになるかな~って思ってやったわけで悪気はないんだ」

 

 トトリちゃんの方を見ると、顔を落として肩を震わせていた。

 

「アカネさんなんか……アカネさんなんか……」

 

 

――大っ嫌い!!

 

 

「…………」

 

 当初の目的通り嫌われたらしい、嫌われ……嫌われ?

 俺のトトリちゃんを守ろうとした気持ちが、奇跡を生んだような気がしたけど気のせいだった?

 

 好き、愛、ラブ、抱きしめたい、可愛い、大切にしたい。

 嫌い、憎悪、ヘイト、ぶん殴りたい、気持ち悪い、生ゴミ。

 

 スキ、アイ、ラブ、ダキシメタイ、カワイイ、タイセツニシタイ、

 キライ、ゾウオ、ヘイト、ブンナグリタイ、キモチワルイ、ナマゴミ。

 

「アババババババババ」

 

「うわ、先輩が壊れた」

「自業自得だな」

 

 大っ嫌いの対義語は大好き、つまり平衡正解においてはこれは大好きという意味であり、遠回しな告白と受け取れる。

 待っていておくれ別次元のトトリちゃん。

 

「アハ、アハハ、うへへへ」

「そうそう、私が来たのはこれを渡すためだったのよ」

 

 ヒラリと失意に膝を突く俺の顔に一枚の紙が突きつけられた。

 

 

貴重書籍略奪等々

 

   合計百万コール

 

 

「これは?」

「頑張って返しなさいよ」

 

 もう一度見る、奇跡的な線の減り方で一万コールになっていないか期待したが無駄だった。

 

「ぷに……俺が七でお前が三だよなあ……?」

「ぷにぷに」

 

 涙を流しながらぷにを見ると、ぷには体を横にふるふると否定するように振った。

 

「あ、ああ……あああ…………ぐへへへへ」

 

 なんだろう、ちょっと楽しくなってきちゃったぞ♪

 

「皆もう帰ろ、アカネさんのことなんてもう知らない!」

 

 トトリちゃんが俺に背を向けて、背を向けて帰っていく。

 

 

 

 

 

 

「アカネ君のアーランドの旅はまだまだこれからだ~……ふふっ、うへへ…………ううっ」

 

 いつも星空が煌めく夜の領域に、珍しく雨が降った。

 

 母さん、父さん、妹と弟よ、アカネはしばらく帰れそうにないよ。

 

 

 



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取り戻したくもない日常

 ダークなアカネ事件から一週間、俺は泣きながらアーランドに帰り、その後ギルドでクーデリアさんに泣かされた。

 酒でも飲んで気分を晴らそうとイクセルさんの店に行くと、そこで偶然にもフィリーちゃんを見つけてしまった訳だ。

 

「いいかフィリーちゃん、人には権利がある」

「そ、そうですね……」

 

 右手にビール、包帯で添木を巻かれた左腕をフィリーちゃんの肩に回して俺は語り始めた。

 

「借金と言うのは人の自由を縛るつまりあってはならない、そう思うだろう?」

「そ、それはどうかと……」

「思うだろ?」

「は、はい!」

「うむ、そうだろうそうだろう」

 

 その返事に気分を良くした俺はビールを飲み干してカウンターに空のグラスを置いた。

 

「達が悪いな……」

 

 カウンター越しにイクセルさんがビールを注ぎながら何事か呟いた。

 感覚的に貶されているのが分かった俺は若干不機嫌になったり。

 

「なんか言いましたか?」

「いや、別に……………………二十杯目」

 

 イクセルさんが何事か呟いているが、気にせずグラスに注がれたビールを一口飲んで、俺は口を開いた。

 

「さっきのクーデリアさんときたら……酷いんだぜ」

 

 自然と目頭が熱くなってくる。あんな外道な対応があっていいのかと。

 

「えっと、あの……」

「フィリーちゃんにも教えてあげるとも!」

「そ、その話五回目なんですけど……」

「五回聞きたい? 十回でも二十回でも話してあげるさ!」

「あうう……」

 

 すっかり腕の中で大人しくなったフィリーちゃん。どうやら聞いてくれるようだ。本当にいい子だよフィリーちゃんは。

 

「言うも涙、語るも涙な話なんだよ」

「泣くの一人だけなんだな」

「俺が書類を持ってクーデリアさんのところに行ったらなあ……」

「無視かよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は意気揚々とギルドの扉を開き、カウンターに一直線に飛んで行き、大分治った右手で書類をクーデリアさんの目の前に叩きつけた。

 

「クーデリアさん! 俺の借金は不当だと主張します!」

「あらおかえり」

「あ、はい。ただいまです……じゃなくてですよ!」

 

 危ない危ない、一瞬はぐらかされかけたぜ。

 まあそんな余裕も今だけさ。その綺麗な顔から血の気を引かせさせてやる。

 

「この借金、俺が負債するものではないと主張いたします」

「へえ?」

「だって考えてみれば俺って被害者じゃないですか、悪魔に取り憑かれた悲しい青年Aですよ?」

 

 自分の意識もなく体を使って悪行三昧、正義の心を持つ青年は仲間を想い、屈強な心で悪魔を跳ね除けて悲しい犠牲となった。

 涙なくしては語れない、これで俺のせいだと言う人がいたら人間じゃないね。

 

「だから何なのかしら?」

「くそ! この人は人間じゃなかった!」

 

 久々で忘れてたが、鬼で悪魔の氷の女王様だった。

 

「それにあんたこの前、自分のツケだとか自分の非を認めてたじゃないの」

「う、うっさいですよ。あれは皆を帰らせる言葉でその場の勢いと言うか……」

「そんな勢いで行動するからトトリにも嫌われるのよ」

「――――」

 

『アカネさんなんか大っ嫌い!』

 

 大っ嫌い、大嫌い、嫌い、きらい。

 

 頭の中にあの言葉がリフレインする。

 嫌われた、それも大っ嫌いときたもんだ。あれ? なんか頬が濡れてるような?

 

「ううっ」

「ちょ!? そんな、泣くことないでしょ!」

「ちくしょー、こんな俺を哀れに思うならせめて減額くらいは」

 

 右手で顔を抑えて俺は男としてかなり情けないと思いつつ、提案をしてみた。

 

「そうねえ、せめて本の返却をできれば……」

「そ、そんな……ううっ、ひっく」

 

 包帯で巻かれた左腕すら顔に押し付けて俺は涙で濡れた顔を覆い隠した。

 

「返せばいいのよ? もしかして持ち帰ってこなかったの?」

「ポーチに……ポーチに入れて送ろうと思って、あの後立ち上がったんですよ」

「え、ええ」

「そしたら集まって来た魔物の大反乱にあって……」

「あらあ……」

 

 クーデリアさんがやっちまったみたいな声を出しているがそんな声出されても俺の悲しみは収まらない。

 あの時の光景は今でも目に焼き付いている。

 襲ってくるスカーレット、上空を飛んでいる大きな鳥たち、逃げる俺を追いかける狼。

 

「トラベルゲートを使って逃げようとしたら、炎を吐かれてそれ避けたときに落っことして……」

「えと、その……悪かったわね」

「今更しおらしくされても遅いんですよ……ううっ」

 

 あの時の心情を思い出すだけで恐怖の涙が出てくる。

 フラムを撒きながら逃げて、教訓なんか知った事かと手袋を付けたまま走って。

 

「背中越しに見てみると、何かが燃やされているような炎が上がってました……」

「悪かったわよ、五万コールこっちで負担してあげるわよ」

「たった五万ですか?」

 

 貴重書籍とか書かれてるくらいだから一気に半額くらいくかと思ってたんですけど。

 

「一項目だけ書いてたけど、それ実は全部書くと百を超えるのよ」

「酷い……」

 

 一時の甘い夢に躍らせてから、地獄に叩き落として針の山で躍らせるなんて、外道だ!

 

「馬車襲ったり村襲ったりしたら当然相当な数になるのよ」

「…………よく分かりましたよ」

 

 俺の目から光が失われるのを感じる。

 外法には外法、こうなったら悪の道に走ってやる。塔の悪魔よ今一度俺に力を!

 

「まずクーデリアさんの恥ずかしい写真を取ります」

「は?」

 

 ポカンと口を開くクーデリアさん、あんたが悪いのさ、この眠れる悪魔を呼び起こしたあんたがな。

 

「それを高値で売りさばき、借金を返済。そんな金とは知らずにクーデリアさんは嬉々として受け取るんですよ」

「写真だけで百万も売りさばけたらあんた今頃大商人よ?」

「ネットにもアップします。全世界的に画像を拡散させて地球上どこにいても、男を見たら一種の疑念を抱く事になるんですよ」

「まずはネットが何か知りたいわね。ほらそんな元気があるなら帰りなさい」

 

 書類を見ながらしっしと手で追い払ってくるクーデリアさん、取り付く島もないとはこの事だ。

 甘かった……今の俺には甘さがあった。そこまではできないだろって心に一線を引いていた。

 だがこんな態度ででるのなら俺にだって考えがある。

 

「背が小さい人は心まで小さいんですねえ」

「へえ?」

 

 思いっきり右手の人差し指を突きつけ、俺は笑いながら大きく口を開いた。

 

「ちーびちーび! 悔しかったら借金なくしてみせろー、ぷーくすくす」

「折角人がギルドで受け持てそうな金額の採算して立って言うのにねえ?」

「――えっ? えっ?」

 

 クーデリアさんの顔の前で、書類がひらひらと揺れている。

 もしかして、もう優しさ見せてました?

 

「あんたがそういう態度なら私は構わないわよ? ええ小さいですとも、だから借金をどうにかしたりもできないわよねえ」

 

 猫撫で声でゆっくりと喋るクーデリアさん、今から土下座したら許してもらえないかな? もらえないよな。

 

「クーデリアさんってよく見ると超美人ですよね!」

「よく見ないとブサイクってことかしら?」

「こ、こう、気品が漂ってくるって言うか!」

「ええそうね貴族だもの。ねえ、知ってるかしら?」

 

 うふうと書類で口元を隠し上品に笑いながら、細めている目で俺を見据えてとても冷たい声で言い放った。

 

「アーランドの貴族はお金で買えるの。つまり……要は金なのよ」

「な、なんて奴だ」

 

 思わずたたらを踏んでしまった。同じ人間とは思えない。

 身体的特徴を侮辱されたくらいでここまで怒らなくてもいいじゃないか、なんて大人気ない。

 

 だが、俺にはまだウルトラCが残っている。

 

「この事を師匠に言いますよ。そしたら師匠はクーデリアさんの事をどう思うでしょうねえ?」

「あらあら私を本気で怒らせたいのかしら?」

「あ、いえ、その」

 

 暗黒の瘴気が俺に降りかかってくる錯覚さえ覚える。

 人によっては太陽の様な笑みと褒めたたえるだろうが、俺には全てを焼き尽くすただの業火にしか見えない。

 底知れない何かがある。そんな雰囲気を感じる。

 

「か、帰ってもいいですか?」

「ええ、今すぐ帰った方が良いと思うわよ」

「は、はい。どうもご迷惑をおかけしました」

 

 ぺこりと頭を下げて俺は逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「得られる物は何一つなかった。くそ! あのペタンコちびちびクーデリアが!」

「アカネさん、飲みすぎですよ~」

 

 涙と共にビールを飲み干す。

 隣のフィリーちゃんも同情の涙を流してくれている。

 

「分かってくれるかフィリーちゃん! 君は本当に優しい子だ!」

「うう、なんでこんな事に……」

「本当に、どうしてこうなっちまったんだろうな」

 

 思わず肩を落としてしまう。

 こんな良い子に俺はずっと嘘ついてたんだよなあ。

 

「よーし、お兄さんが本当はどこから来たか教えてあげよう」

「年は私の方が上なのになあ……」

「俺は海からじゃなくて異世界から来たんだよ。こう、空間の壁をぶち抜いたのか知らないけど」

「アカネさん、本当に飲みすぎだと思いますよ?」

 

 酔っ払いの戯言と受け取られてしまった。

 なんて言ったら信じてもらえるんだろうか。

 いくらこっちの世界で異世界なんて言っても所詮はおとぎ話の中の話だもんなあ。

 

「俺は異世界から来たんだよお」

「分かりました分かりました。送って上げますから帰りましょう?」

「なんて時代だ」

 

 下手に長い付き合いだから、こういう話が全て笑い話になってしまう。

 グラスを片手に突っ伏していると、後ろから指で叩かれるような感触を感じた。

 

「あ、く、クーデリアさん?」

 

 振り向くとちょうど目の前にクーデリアさんの顔があった。

 優しげな頬笑みだが、目が暗殺者、ゴルゴ十三みたいになっていた。

 

「あら? ペタンコちびちびクーデリアって呼んでもいいのよ?」

 

 一気に酔いが引いた。そう言えば俺はここでフィリーちゃんにどれくらい絡んでたんだっけ?

 

「いつまで経っても帰ってこないと思えばねえ?」

「い、イクセルさん……」

 

 助けを請うように振り向くが、そこには我関せずと調理を続ける姿が。

 短い時間でも師弟関係だったのに、縁なんてはかない物ってことかよ。

 

「何か言い残す事は有るかしら?」

「全部フィリーちゃんにやれって言われ――――」

 

 何が起きたのか、そこで俺の意識は真っ暗な闇に沈みこんだ。

 



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謝罪と信頼

 ギルドに行った翌日、俺はアトリエの前でドアに手を掛けては離すを繰り返していた。

 

「トトリちゃん、魔が差したんです。許してください」

「ぷに」

「いや、これはなんか男らしくないだろ」

 

 最近ただでさせ靴舐めるとかで俺の漢ポイントが下がってるんだし、ここはもっとクールで知的な大人っぽい言い回しがほしい。

 それによりアカネさんはクールでカッコイイ、でも死んだふりなんてユーモラスな一面もある素敵っ!

 

 ……みたいな感じでうやむやにしつつ好感度の上昇を図りたい。

 

「よし、クールな文学青年な謝罪方法で攻めるとしよう」

「ぷに……」

「またややこしくなるって? 安心しろ、今日の俺はマジだ」

「ぷに~」

 

 完治には程遠い右手でポケットからメモ帳とペンを取り出し、俺の想いを書き綴っていった。

 

「明けぬ夜、身を焼く悔恨を胸に男は一人苦痛に耐える、されど救済の星々は降り立ち、黒き衝動を闇へ溶かす。夜は明け、贖罪を繰り返す日々は幕を開ける」

「ぷ……ぷに?」

「あ、ああ、俺も驚いてる」

 

 まさか俺に詩の才能があったとは、この俺の感受性の豊かさと自由奔放さがこの名作を作り上げてしまったんだ。

 これでトトリちゃんも俺の思い悩んだ心を理解してくれるはずだ。

 

「ぷ、ぷにに?」

「学のないお前に解説してやろう。噛み砕いて言えば、夜の領域でアカネ君は苦しんでいましたが、皆が来て助かりました。でも迷惑かけたから謝らないとってことだ」

「…………」

 

 足元のぷにが口を大きく開けてポカンと俺の事を見ていた。

 ふふっ、感動で言葉も出ないと言った様子だな。

 さあ待っていろトトリちゃん、この冒険者かつ錬金術士かつ吟遊詩人な俺の言葉を君に届けよう。

 

「ぷに!」

「なあ!?」

 

 何を思ったのか、ぷにが俺の手元に飛びかかって来た。

 紙が破ける音と共にぷには視界から消え、後に残ったのは白紙のページだけたっだ。

 

「何が気に入らなかった」

 

 視線を下に落とすと、たいそうマズそうな顔で紙を咀嚼しているぷにがいた。

 おそらくあれ一枚で十万コールの価値はあったはずだ。

 

「いや待てよ、よくよく考えてみるとおかしいか……」

「ぷにぷに」

 

 ぷにがようやく分かってくれたかといった様子で鳴いている、まさかぷにに詩の教養があるとは思ってもみなかった。

 

「そうだよな、うん、韻を踏んでなかったもんな」

「ぷに……」

「良い作品は一日にして成らず、よし一旦宿に戻るぞ!」

「ぷに!? ぷに! ぷに!」

 

 戻ろうとする俺の足に噛みつくぷに、これは不器用でもいいからお前の想いをこの場で作り上げろよってことなのか?

 

「アカネ君、とりあえず中入ったら……?」

「あ、師匠」

「ぷに」

 

 左を向けばそこには苦笑いの師匠がいた。

 退路を断たれた。プランB・いつも通りに移行しよう。

 

 師匠の後に続きアトリエに足を踏み入れ、俺は謝罪ターゲットを補足した。

 対象は無防備にもソファで本を読んでいる、そんなんじゃあ俺の謝罪を防げないぜ? ガール。

 

「ダメだ。頭が悪い」

「えっ?」

「えっ?」

 

 俺が小さく呟いた言葉に、師匠は驚いたように目を見開いて俺の方に振り返ってきた。

 思わず俺も聞き返しちゃったけど……怒っていいところなのか?

 

「あっ、アカネさん……」

 

 トトリちゃんは俺に気付くと顔を上げ、俺のギプスが付いた左腕に視線をよこして少し申し訳なさそうに目を伏せた。

 ただ俺がした仕打ちを覚えているのか顔をそっぽ向かせた。

 

「ぷいっ」

「――っ」

 

 口に出してそっぽ向くトトリちゃんが可愛いという感情と本格的に嫌われてないかという不安と一瞬心配するトトリちゃんがツンデレっぽいという三つ巴の闘いが繰り広げられた。

 

「アカネさんなんて知りません」

 

 古来より本当にどうでもいい相手は無視するというアクションで接すると言われております。つまりまだ挽回できる。

 ピアニャちゃんの時なんて空気みたいな扱いされたからな、ここできっちり謝れば大丈夫だ。

 

 俺は未だに首を元に戻さないトトリちゃんの前に立ち、口を開いた。

 

「えっと、トトリさん、アレはちょっと悪ふざけが過ぎました申し訳ありませんでした」

 

 頭こそ下げないものの口から出るのはクールでもなんでもない普通な言葉だった。

 微妙にギスギスしたこの空気ではある意味正解かもしれないが。

 

「……本当に怖かったんですからね」

「う、うむ」

 

 顔を下に伏せ、沈んだ口調でそう言ってきた。特に責めるような口調ではないけど、心が痛い。

 

「わたしの投げた爆弾でアカネさんが、し、死んじゃったんじゃないかって……」

「あ、うん。本当に悪かった」

 

 顔を上げたトトリちゃんの目には涙が溜まっていて、俺のノミの様な精神は罪悪感に押しつぶされてしまった。

 確かにトトリちゃん視点から見たらあの状況は洒落になってないもんな。

 

「もう心配させないでくださいよ?」

「はい、もう心配とか掛けさせません」

「……約束ですよ?」

「ん、これからはもうちょっと皆に頼るよ」

 

 トトリちゃんは満足したように頷き、袖で涙を拭った。

 すると、タイミングを見計らっていたようで師匠が声をかけてきた。

 

「二人とも仲直りできてよかった~、早速皆でお茶にしよう」

「あいよ」

「分かりました」

 

 トトリちゃんは打って変ったように笑顔になってくれた。

 流石は師匠感謝してもしきれないな。

 

 

 

 

 

 わだかまりもなくなり、パイとお茶でのティータイムを楽しんでいた。

 

「しかしあの時は演技とは言え指輪壊してゴメンな」

「わたしは気にしてないよ?」

「わたしもです。アカネさんも悪気があってやったわけじゃないですから」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 あの時は本当に仕方がないとはいえ苦渋の決断だったからな。

 結局意味はなかった気がするけど。

 

 まあしかし、あんな事の後でもこうやってお茶を楽しめるって言うのは贅沢な事だよな。

 俺は感慨にふけるように紅茶の入ったカップを傾けた。

 

「そうだ。アカネさんって本当はどこから来たんですか?」

 

 贅沢の対価の時間だ。

 

「そう言えばあの時勢いで聞いてなかったね。わたしも気になるな」

 

 え? どうしたらいいの? あんな真面目に謝った後にこの話していいの?

 もしここで正直に話したら……。

 

 

 

「実は異世界から来たんだぜ。気づいたら林にいたんだぜ」

「バカにしてるんですか! もう知らない! 二度と顔も見たくないです!」

 

 

 

 なんてことになっても何ら不思議はない。

 どうしたらいい、この二対のキラキラと眩く輝く瞳にどう対処しら良いんだ……。

 

 でもできることならもう嘘ついたりとかしたくないしな。

 正直に言ったら師匠辺りは、ああ異世界? わたしも昔言ったことあるよ。みたいな反応示してくれたりとか……ないよなあ。

 

 やっぱり正直に言うしかないよなあ。

 

「その……だな。異世界から来て、気づいたら林にいました」

「「え……?」」

 

 二人の同様の言葉が見事に重なった。

 すると師匠が俺に取り繕ったような笑顔を向けてきた。

 

「その、アカネ君……今からお医者さんに行かない? えっと、悪魔さんの後遺症とかあるかもだし……他意はないんだよ」

 

 頬に汗を浮かべて師匠は躊躇いがちにそう口にした。

 他意はないって単語ってさあ、これってもはや他意はありますって言ってるのと同じだよなあ。

 ちくしょう、まさか師匠にこんな可哀想な子を見る目で見られるなんて。

 

 かといって今すぐここで異世界の証明なんてできないし、できてたらとっくの昔にやってるし。

 俺がもうちょっとおとぎ話の異世界の王子様みたいな感じでイケメンだったら信じてもらえたのかもしれない。

 まさかこんなところまでただしイケメンに限るが適用されるとはな。

 

「…………」

「……ぷに?」

 

 どうしようか、思い悩んだところでテーブルに乗っているぷにが目に入った。

 

「家のぷにちゃんを見てくれ、どう見てもこの世界の生き物は思えないだろう?」

「ぷに!?」

 

 ぷにが驚いて俺の方に振り返るが、俺はポーカーフェイスを崩さずに言葉をつづけた。

 

「明らかに普通のぷにじゃあない、実は俺の世界にいるぷになのさ」

「ぷに! ぷに!」

「アカネさん、無理がありますよ?」

「ちっ」

 

 大分冷静に諭されてしまった。

 

「大丈夫ですよ、わたしはアカネさんが嘘をついてないって信じてますから」

「と、トトリちゃん……」

「そりゃちょっと前まで嘘をつかれてましたけど、それだけで疑ったりしませんから」

 

 頬笑みの女神……ああ、今俺の目の前に君臨されている。

 なんだろう、心なしかトトリちゃんの後ろに後光が差しているような錯覚さえする。

 無条件の信頼、これはとても素晴らしいものだと私は思いました。

 

「あ、ちょっと泣きそう」

「あはは……わたしだって本当は信じてるよ。さっきのはちょっと困らせてみようかなって」

「まさか師匠の演技にだまされる日が来るとは……」

 

 心中複雑になりながらも、俺は自分の口元が緩むのを感じた。

 

「異世界ってよく分かりませんけど、力になれる事があったら協力しますからね」

「わたしも! わたしも師匠だから頑張るよ!」

「ぷにぷに」

「ん、皆ありがと」

 

 いくら感謝の言葉を言っても言い尽くせない。 

 正直本当に帰れるのか自分でも信じ切れてないけど、やれるところまでは頑張ってみようと思える事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言った物の何から手を付けていいやら。

 

「やっぱりトラベルゲートとかから研究してみるかねえ」

 

 錬金術でこいつは半端ないと思った物ランキングベスト3のトラベルゲート。

 空間を飛び越えてるって辺りで共通点はありそうだ。

 

「うーん、こんな時師匠がいてくれたらなあ」

 

 一緒に本で調べ物をしてくれている師匠がそう口ずさんだ。

 

「師匠って、師匠の師匠?」

「うん、アストリッド師匠。すっごい錬金術士なんだから!」

 

 何故か師匠が威張っているが、師匠の師匠となればきっとさらに天然だったりするのかもしれない。

 もしかしたら逆に恐怖の大魔王キャラであるという可能性も否めないが。

 

「そういや師匠の師匠って今どこにいるんだ?」

「えっと、旅に行ったきり連絡もないからわたしもよく分からないんだ」

「むう、まあでもいくらなんでも異世界の事なんて流石に分からないだろ」

 

 俺がそう言うと、師匠は甘いよと一言言って、思い出すように目を閉じて先をつづけた。

 

「師匠は本当にスゴイんだもん。何ができてもおかしくないんだから……ちょっと困った所もあるけど」

「ふむ、そんな師匠が旅に出てるとすると……」

「うん、きっとスゴイ物を作って帰ってくるんじゃないかな。私たちには想像もつかないような」

 

 超天才が作り出す凡人には想像もつかないようなアイテムか……。

 自由に空を飛ぶとか一瞬で城を立てちゃったりとか、きっととんでもない代物なんだろうな。

 もしかしたら不老不死なんて可能性も捨てきれない。

 こう、師匠とか可愛い子の美しさを永遠に保ちたいみたいな精神で……ないな。

 俺の削りきられた倫理観でも流石にそれには手出しできない。

 

「ほむちゃんにも会いたいし、早く帰ってこないかなあ師匠」

 

 どことなく寂しげな様子で師匠は窓の方を向いてそう呟いた。

 その気持ちは今ならよく分かる。

 

 よくよく考えたらもし帰れたとしてその後どうするかだよなあ、帰ったら帰ったで今度はこっちが恋しくなるだろうし。

 簡単に行き来できるとも思えないし、俺が二人いたらあっちにもう一人置いて帰ってきたり出来るんだけど……。

 

「はっ!」

「? どうしたのアカネ君?」

「いや、ちょっと神の様な発想が頭に浮かんでしまった」

 

 俺はトラベルゲートについて書かれた本を本棚から取り出し、開いて読みこんだ。

 もしも、もしも意図的にミスを加えて転送元と転送先二つに同一の人間を存在させるようにしたら……。

 

 一人のトトリちゃんが二人、いいや三人、俺の意思によっては四人五人と言う事も可能だ。

 なんという萌兵器、超軍事萌戦略兵器TOTORI誕生の瞬間である。

 

「後は俺がこの倫理観と言うちっぽけな物を手放しさえすれば……」

「よく分かんないけど、止めた方がいいと思うよ?」

「だよなあ」

 

 生憎そういったマッドな方向に進むと一気にこの世界の世界観を崩壊させる事ができてしまう。割とマジで。

 例えばホムンクルスを大量生産して冒険者需要を衰退させるとか。

 

 今度トトリちゃんに釘刺しとこう。

 ホムちゃん関連ではあの子は一体何をするか分かったもんじゃないからな。

 

「恐ろしいな錬金術」

 

 実は本当に錬金術関連のせいでこの世界にいるんじゃないかという疑いが俺の中に芽生えましたマル。

 

 



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怪盗誕生

 3月に入り腕の怪我も見事に完治!

 さあ冒険へ行くぞ! と思っていたのだが……。

 

「何故に俺は親っさんのところに行かなければならないんだ?」

「ぷに~」

 

 ぷにが頭上で投げやりに返事をした。もうちょっと思いやりと言う物を持ってほしい。

 まあ理由は簡単だ。

 トトリちゃんの材料採取について行こうとしたら、ムスッとした顔をされて。

 

『アカネさんはあの変な手袋以外で闘ってください、まったくもう、ぷんぷん(誇張表現)』

 

 と、若干のお怒りの言葉をもらってしまったのでこうやって親っさんのところにおもむいているわけだ。

 

「まあ結局はあの手袋を使うんですけどね」

「ぷに!?」

「俺の拳と言うアイデンティを保つためには必要な処置なのです」

「ぷに~……」

 

 こいつ全然反省してねえ、そんな事を言われても今更まっとうな武器で闘うなんて無理なことです。

 

「ばれなきゃ平気、何物も」

「ぷに……」

「あ、いた! 先輩!」

 

 口を微妙に歪めて悪い顔をしていると、突然後ろから声を掛けられた。

 

「ん? どうしたんだ後輩君?」

 

 振り向くとそこには微妙に息を切らせている後輩君の姿があった。

 一体何の御用事なのだろうか。

 

「よく分かんねえんだけど、先輩が武器買うの見てろって言われてさ、急いで追いかけたんだよ」

「…………」

「ぷににににに」

 

 なるほど、トトリちゃんには俺の考える事はお見通しってわけか。

 彼女には俺がそういう事を平気でやる悪戯っ子に見えてるんだろうなあ。

 

「ふんっ!」

「ぷに!?」

 

 頭のぷにをはたき落して、俺は店の扉の前に立った。

 

「クックック」

 

 トトリちゃん、君のミスはただ一つ、お目付役に後輩君を選んだ事さ。

 ちらりと横目でボケっとした表情をしている後輩君を見る。

 

「? なんだ?」

 

 大丈夫この子ならうまく出しぬけるはずだ。

 俺は心の中で頷き、扉を開いた。

 

「ん? なんか妙に暗いな」

 

 開けると中は真っ暗で鍛冶に使う炉の火すら灯っていなかった。

 かろうじで中の様子が扉から差し込む光で見える程度だ。

 

「親っさんいます…………ん?」

 

 暗闇に目が慣れてきたからか、奥の方で何かがごそごそと動いているのが目に入った。

 

「なんだ、そんなところに――――」

 

 頭が光ってない人と、目があった。

 

「…………」

「…………」

 

 親っさんの頭の上に何かが乗っていた。

 決して暗さからの見間違いじゃないおかしい、何か間違っている。

 

 思わず目をぱちぱちとして、目をそむけ、外へ出た。

 

「ぷに?」

「どうしたんだ先輩?」

 

 後輩君とぷにが不思議そうな眼で見てくるが、俺に聞かれても分からない。

 

「もじゃもじゃだった……うん、もじゃもじゃ」

 

 後ろ手に扉を抑え、空を見上げて深呼吸をした。

 うん、アレはただの見間違いだ。

 アフロなんてなかった。そうだ、そう言う事にしておこう

 

 そんな風にできたら俺の人生はもうちょっと楽だったんだろうなあ。

 

「なあ、先輩。どうしたんだよ?」

「うっさい! 子供は黙ってなさい!」

「な、なんだよ……」

 

 とりあえず考えられる可能性としては三つある。

 

 A.創造神として顕現した親っさんの真の姿

 B.実は地毛

 C.魔法少女として契約した代償

 

「今の一瞬で良いから俺の頭良くなんねえかな」

「ぷに!」

 

 そうですよね無理ですよね、これが高校中退の人間の限界って奴か。

 

「もういいからさっさと入ろうぜ」

「そういうところ好きだぜ」

 

 後輩君は俺をのけて店の中へと入っていった。

 こういう思い切りの良さがイケメンの秘訣なのかもしれない。

 何も考えずに行動するような性格だったら、俺も今頃モテモテなのかもな。

 

「先輩、別に何にもないぞ?」

「え、嘘。マジで!?」

 

 出てきた後輩君はケロッとした表情をしている。

 まさか洗脳とかそういう技の類ではなかろうな。

 

「お、お邪魔しまーす」

「おう、らっしゃい!」

「ひっ!?」

 

 いつも通り、そういつも通りに親っさんは腕を組んで姿勢で俺を迎えてくれた。

 当然、何かに引き寄せられるように視線は頭部に行くのだが……。

 

「うん、光ってる……」

「あん? なんだって?」

「あ、いやいや、なんでもありません事よ」

 

 これは俺はどうしたらいいんだ。超高度なツッコミ待ちとも捉えられる。

 だがアレは親っさんにとって触れられたくないプライベートだったのかもしれない。

 分からない、怖い、怖いよ……。

 いつも豪快で筋肉な親っさんが一度一人になったらいつもあんなことをしてると思うと……。

 

「親っさん、ちょっと武器見せてもらいますね……」

「ん、ああそうか、なんか知らねえけど元気出せよ!」

 

 この態度もさっきの事は黙ってろ的なアピールなのかもしれない。

 次にまた同じことがあったらどうしたらいいんだろうか。

 

「つーか先輩武器って何使うんだ?」

「あー、うん、そうだな」

 

 さっきのは親っさんから逃げ出すための言葉だったからな。

 あまり興味はないが壁にかかってる武器などを見回してみる。

 

「ふむ、これもロマンっちゃロマンだよな」

「ぷに」

 

 壁に張り付けられていた弾装が回転式の銀色で塗装されたリボルバーを手に取った。

 

「こう、顔の前で水平に構えて敵に銃口を向けてさ」

 

 引き金に指を掛け、銃口を後輩君に向けた。

 

「親指で弾装に弾を込めて、バン! って撃って、銃口を口でフッて煙を息で吹き飛ばす」

「ぷに?」

「西部のガンマン、俺の憧れる職業ナンバー3に入るな」

「ふーん、こうか?」

 

 俺から銃を取った後輩君は俺と同じように水平の銃口を俺に向けた。

 

「あれだな。銃口って自分に向けられると結構嫌な気分になるよな」

「ぷにぷに」

 

 クーデリアさんの被害を思い出す俺たちは感慨深く頷いた。

 

「金髪だと結構様になってるな、んで、そっから――――」

 

 

 バン!

 

 

「ほあああああああああ!?」

 

 何! 一体何!? 撃たれたの、俺撃たれたの!?

 

「や、やりやがったな後輩君…………!」

 

 脇腹を手で押さえて俺は壁にもたれかかった。

 

「いや、今の音だけだったぜ?」

「え、あ…………」

 

 よく見てみれば俺のジャージは黒いままだったし痛みもなかった。

 なんか恥ずかしくなってきたよ。

 実弾で撃たれても意外と痛みってないんですねとか考えてたよ。

 

「ちくしょー、帰ったらシューティング要素のあるゲームをこの世から根絶させてやる」

「ぷにに?」

「逆恨みとかじゃないし、ほら次々」

「ぷに~」

 

 脇のタルに入ってた杖を一本取り出す。

 紫の土台の先に透明な水晶があしらえられた上品な杖だ。

 

「ほほう、良い仕事してますねえ」

「あ、それこないだトトリがトトリの先生にあげてたのと同じ奴だ」

「あ、そうなの?」

「たしか、賢き者の杖とか言ったっけな?」

「うわ~」

 

 途端に師匠の顔をが思い浮かんでくる。

 けん‐じゃ【賢者】道理に通じたかしこい人。最も賢き者。

 

「…………」

 

 自分の持っている杖をついつい見つめてしまう。

 

 

『えっへん、わたしはこの世界で一番賢いんだよ!』

 

 

 微笑ましい事この上なし。

 

「まあ先輩には似合わないよな!」

「ハッハッハ、この野郎言いやがったな」

「痛っ!?」

 

 杖の先で殴打してやった。

 まったくこの子は世渡りが下手なんだから。

 

「もっとクールかつナウでヤングな装備が良いな」

「ぷに?」

 

 ナウでヤング、いわゆるデッドワードで奴さ。

 

「お、このマントとか先輩に似合いそうだぜ!」

「ほほう?」

 

 後輩君がどっから取ってきたのかマントを両手でヒラヒラとさせていた。

 黒いマントと、さらに裏地が赤で上品だ。なかなか心得ているではないか。

 受け取ったマントを広げて、ついつい過去の病気が蘇ってしまいそうになる。

 

「カッコイイけど、これって怪盗とかそういう類の人の装備じゃないか?」

「その通り!」

「うわっ!?」

 

 突如後輩君の後ろに親っさんが現れた。

 

「そいつは昔アーランドで活躍していた正義の怪盗のマントを模して作ったもんなんだよ」

「はあ」

 

 そして聞いてもいない事を語ってくれた。

 

「正義の怪盗……ねえ」

 

 あれ? でもこのマントどっかで見たような気がする……。

 何とはなしにマントを背中に広げ、身につけてみた。

 

「怪盗かあ、だったらコレだよな!」

「あ、どうも」

 

 後輩君のイメージでは怪盗の武器はサーベルらしい。

 

「ぷに!」

「なんで置いてるんだ?」

 

 ぷにが黒のシルクハットをくわえてきて俺の頭に載せた。

 

「仕上げはこいつだな!」

 

 目元を覆い隠す黒いマスクが俺の目に付けられた。

 そしてジャージの胸ポケットに一輪のバラが添えられた。

 

「なんで俺が着せられてんの?」

「いや、なんかマントが似合ってたからつい」

「ぷに」

「ああ」

 

 この店の品ぞろえとかいろいろツッコミたいが、おそらくそうとうに妙な格好になってるだろうから早々に脱ぎたいんだが。

 

「こっちに鏡あるぜ」

「まあ、見るだけ見とくか」

 

 親っさんの誘導のままに俺は奥の方に入り込み、眩く光を反射している鏡の前に立った。

 

「お、おお!!」

 

 黒いシルクハットに黒い髪、黒いマスク、黒いジャージ、黒い靴、胸元にはチャームポイントの赤いバラ。

 腰に携えてあるサーベルが紳士的なオーラを放っている。

 

「いいなこれ!」

「んじゃあ、もうちょっといろいろやってみっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげえ……」

「ぷに」

 

 思わず感嘆の言葉を放ってしまう。

 

 黒のジャージが黒のタキシードに変化しただけで印象が段違い。

 さっきの銀のリボルバーが腰に収まり、より全体的な雰囲気が引き締まった。

 

 つか、俺カッコよくね?

 

「やばい、俺がここまでの逸材だったとは」

「そういや前いた怪盗と師匠の嬢ちゃんは闘った事があるって話を聞いたっけな」

「よーし行ってきます!」

 

 俺はマントをはためかせ意気揚々と外に出た。

 驚かせるついでに、俺の事恰好を見て師匠が、アカネ君にはこういう格好の方が似合うねって言ってくれればさらに嬉しい。

 

「まあ、微妙な羞恥心は残ってるよな」

 

 あまり人目につかない路地裏に入り込み、足元に気をつけながら駆けていった。

 

「見つけたぞ!」

「え?」

 

 突然、後ろから怒声をかけられた。

 止まって、振り向くとステルクさんが剣を振り下ろして――。

 

「覚悟!」

「人違――!?」

 

 そこで俺の記憶は一旦途切れた。

 

 

 



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宿命の対決

 近頃のアーランドではとある噂で持ちきりだった。

 

 ある人曰く、盗みを働いて家に帰ったら家の家具が全部壊されていた。

 置手紙には『盗んだお金でコーディネートしてください。応援してます(笑) ブラックマン』だとか。

 

 ある人曰く、小競り合いをしていたら一方的にぶん殴られた。

 捨て台詞は『喧嘩両成敗、だったら片方が二人分受け持てば良い。以上ブラックマンでした』だとか。

 

 つまりは皆結構面白がっている。

 

 

 

 

 

 

 

「黒き怪盗が全ての悪事を黒く塗りつぶす! 俺の名はブラックマン!」

 

 今日も今日とて悪を裁こうと、俺は屋根の上でサーベル片手に横ピースをしていた。

 

「とうっ!」

 

 屋根から飛び降り、俺は石畳の上を走る若者の目の前に降り立った。

 サンライズ食堂で飯を食おうとしたらこの子が金を払わずに出て行ったので、俺はすかさず正義のヒーローに変身して追いかけたのだ。

 

「で、でたっ!?」

「クックック、食い逃げだろうと何だろうと……俺の目は見逃さない!」

 

 左手のサーベルでシルクハットのツバを上げ、そのまま若者君に突きつける。

 既に人が周囲に集まり、俺の名を呼んで騒ぎ立てていた。

 ギャラリーも十分、ここは皆の期待通りにするとしようではないか。

 

「理由は問わず悪即斬、それが皆にできる平和への第一歩。以上ブラックマンでした」

 

 ニッコリと歯を見せて笑いながらサーベルをしまい、絶望感で一杯の顔をした彼に右手のリボルバーを向けた。

 

「ゆ、許してくれたりは……」

 

 容赦という文字はブラックマンの辞書にはない。

 何の躊躇いもなく引き金を引くと、出てきたのは透明の液体だった。

 

「――下剤入りだ」

 

 ニヒルに笑った俺はうずくまる彼に銃口を突き付けたまま周囲を見渡した。

 

「悪を働く者は我が正義に跪く! 街の平和を乱す者は許さない。我が後には枯れ木一つ残さない! 混沌より出でし使者、俺のが名はブラックマン!」

 

 胸ポケットのバラを投げ渡すと、放射状に飛んで行ったそれの着地地点には見事に空白ができた。

 前にやったバラに軽い爆竹を仕込むが意外と響いている。人気がない訳ではない。

 

「それでは御免!」

 

 飛翔フラムを使い大きく跳躍し横の水路へと飛び込んだ。

 ちなみに後先なんて考えていない。最もカッコイイ去り方をチョイスした。

 

 いやあ、今日もあんなひどい事をしなくちゃいけないなんて、心が痛んだ痛んだ。

 でもこれもステルクさんの為なんだぜ、でなきゃやりたくもないぜ。こんな事だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、紛らわしい真似をする!」

「謝罪と賠償を求める!」

 

 宿の自室で目覚めた俺は街に繰り出しステルクさんを見つけ出して食堂へと引っ張っていった。

 

「……食費程度なら私が受け持とう」

「ハッハッハ、まああのくらいなら水に流そう。俺とステルクさんの仲だ」

 

 笑顔でご飯を口に運んだ。ついでにイクセルさんに追加で注文した。

 良い人と知り合いで僕はとてもうれしいです。

 

「それにしてもステルクさんは何をあんなに焦ってたんですって話ですよ」

「そ、それに関しては黙秘させてもらう……」

 

 ステルクさんが言葉を濁すなんて珍しい、これはなんともまあ。

 

「……怪しい」

 

 半目でステルクさんを睨みつけると気まずそうに目をそらされた。

 ますますもって怪しい。

 

「…………」

 

 頭の中でステルクさんを追い詰めるロジックを構築していくとしよう。

 これでも高二の授業課程は終わらせた身、基本的な論理展開くらいお手の物だ。

 

 ステルクさんが焦る相手と言ったら、元国王のジオさんだ。

 そしてステルクさんは怪盗姿の俺に焦った。

 方程式風に言うと、y=A,y=BつまりA=B。

 よって怪盗=ジオさん、この公式が成り立つ。だがこれだけじゃ弱いだろう。 

 

 さらに俺は怪盗のマントをどこかで見た覚えがある。

 あれはそう、確かフラウシュトラウトに立ち向かうトトリちゃんの船にどうやって乗り込もうかと考えていた時だ。

 ヒーローショーにさっそうと現れた怪盗、あれの名は確か……マスク・ド・G。

 おそらく見た目だけ似せたものだろうが、これでまた一つの公式が成り立つ。

 

 怪盗=マスク・ド・G=ジオさん=国の恥。

 

「ステルクさん、実は俺って頭は悪くないんですよ。バカと思ってるかもしれませんが、学はあるんです」

 

 ありもしないメガネを上げる動作を取る。

 

「何が言いたいのかね?」

「……ところで、最近マスク・ド、おっと……ジオさんの方はどうですか?」

 

 いやらしく口を曲げ、とぼけた様に彼方を見ながらそう言った。

 他意はないんだよね、他意は。

 だと言うのに、ステルクさんは難しい顔しちゃって……。

 

「はあ、まさか君にこうも容易く見透かされるとはな」

「まあ正直こんな事わかっても何も面白くはないんですけどね」

 

 街の人に言いふらすとか、そんな無粋な事をする人間じゃないと自負しています。

 

「それにしてもあんなに焦らなくてもいいじゃないですか」

「いや、実はこの周辺に目撃情報があってな」

 

 十中八九、鳩による報告だと思うが、まあそこは追及しないでおこう。

 それにしてもジオさんがこの辺にいるにしては……。

 

「なんか意外とのんびりしてますね?」

「どうもうまく逃げ回られてな。流石に警戒されているようだ」

 

 深い溜息と共に目を閉じるステルクさん。

 まあ、そりゃ堂々と街中を闊歩するほどジオさんも堂々とは……してそうな人種ではある。

 

 遊び心満載で、お約束を守ってくれそうな人間を引きずりだす方法か。

 俺は指を一本突き立てた。

 

「私に良い考えがある」

「断る」

 

 …………あれ?

 

「え、えーと、あれ?」

「どうせ君の事だ。碌でもない事をしでかすのだろう」

「い、いや。基本は人のためになる事をするんですけど……」

 

 こう、偽のマスク・ド・Gになって本物を引きずりだすって言うお約束の展開をしようと思っただけなのに……。

 

「君は問題を起こしすぎている、少しは自重したまえ」

「…………百%引きずりだせるって言ったらどうなんですか?」

「考えないでもないが、これは私の問題だ。君が関与する必要はない」

 

 取り付く島もないとはこの事だ。

 ちょっとこの間の悪いアカネ事件で迷惑かけたから償おうとしたらこれだよ。

 恥ずかしくて言葉に出せないこの想い、気づいてくれれば俺は今胸の中にくすぶるこの考えを形にはしていなかったでしょう。

 

「……それじゃあ俺も個人的に活動させていただきます!」

「む、待ちたまえ!」

 

 制止の声を振り切って、俺はマスク・ド・Gではなくブラックマンとなるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて健気なブラックマン、さあその姿をそろそろ見せる頃合いだろうマスク・ド・G、俺が直々に天中を下してやろう。

 

「フフッ、クックックッ、クシュン!」

「凄いクシャミですね……」

 

 呆れで驚き交じりのトトリちゃんからタオルをもらった俺はまだ濡れている髪を拭いた。

 あれから俺はジャージに着替えて濡れままアトリエへと戻ってきたのであった。

 

「ぷにに?」

「春の訪れが待ち遠しくてな。ついつい川に飛び込んじまった」

「まったく、相変わらずバカね」

 

 ソファに座っているミミちゃんが嘲笑うような口調で言ってきたが、 当の本人である俺は内心笑っていた。というのもなんか自分がヒーローっぽいとか思ってるからだ。

 周りに正体を気づかれず、一人男は正義を目指す……凄くカッコイイ。

 

「そう言えばまた出たらしいですよ。ブラックマンさん」

 

 トトリちゃん、礼儀正しいのは良いんだけどそれだと怪盗ブラックマンサンみたいだぜ?

 

「らしいわね、まだ正体も分かってないとか」

「そうなんだよね、わたしも一回見たんだけど……」

 

 タオルを拭く手をピタリと止め、耳を傾けた。

 

「全然見覚えなかったかな。恰好が派手だったからかもしれないけど……」

「セーフ……」

「ぷにぷに」

 

 もしトトリちゃんにばれようものなら最近減衰中の好感度がさらに落ちてしまう。

 もちろんあの場にいたぷには正体を知っている、その他二名は口止め済みだ。

 ジャージからタキシードにこれだけで意外と俺だって識別されないのを俺は知っている。

 

 それというのも、ついこの間の話だ。

 正義活動後アトリエで着替えていて、後はタキシードを脱ぐだけって時に突然ミミちゃんが入ってきたのだ。

 そしてその時の台詞が『誰よあんた――って何変な格好してるのよ』だ。

 

 長年の刷り込みを生かした意外な迷彩方法です。

 

「でも、ちょっと怖いよね」

「そうかしら? 皆結構面白がってるみたいだけど」

「それにビジュアル的にカッコイイよな!」

「ぷに…………」

 

 ここぞとばかりに会話に割って入る。

 ぷにが自演乙とでも言いたげな白い目で見てきた。いいじゃないか別に悪いことしてるわけじゃないんだし。

 

「そうですか? カッコイイって言うよりも……スゴイ?」

「そうね、まったく紳士らしさがないのに怪盗を自称してあの格好だものね」

「ぐぬぬ……」

 

 それはまあ仕方がない事だ。

 マスク・ド・Gは紳士的かつスマートに事件を解決するならば、ブラックマンは圧倒的な力でねじ伏せるタイプだからな。

 最終的にはどっちの正義が上かみたいな王道展開に持ち込んで、カモンステルクさんな具合だ。

 

「でも、ビジュアルだけに焦点当てたら良い感じじゃないか?」

「何? あんたあんなのが良いの? どう控えめに見ても三流のピエロじゃない」

「あはは……でも、なんでタキシードなんだろうっては思っちゃうかな」

「トトリちゃんまで……」

 

 タキシードの恰好よさを知らないなんて、なんて時代だ。

 サーベルとガンでガン×サーベルみたいなツッコミがないなんて。

 

「それに引き換えマスク・ド・Gって人は結構皆の憧れらしいわね」

「うん、わたしも一回で良いから見てみたいなあ」

 

 トトリちゃんが夢見る乙女の様な顔でそんな言葉を口にした。

 ブラックマンの性質上、怖がられたりするのは仕方がない、だがちょっとばかし許せませんなあマスク・ド・Gさん。

 こんないたいけな子の憧れになっちゃなんて……。

 

 俺だってなれるなら超王道正義の味方をやりたいって言うのにさあ。あんたが先にその場を取っちゃってるから――。

 

「ぷに?」

「許せねえ――マスク・ド・Gッ!」

 

 気づけば俺は怪盗の姿となり、屋根の上を駆け抜けていた。

 

「マスク・ド・G! お前が出てこないなら俺はこの街を破壊しつくしてやらあ!」

 

 噴水広場に降り立った俺はフラムを片手に街中に響かせようと言うくらい大きな声で叫んだ。

 逃げもせずにどちらかと言うとギャラリーが集まり始めた。どうしてこんなにこの街の人はたくましいんだよ。

 噴水広場を人が囲い始めたその時、その空間に大きな笑い声が響いた。

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハ!」

「何者だ!?」

 

 俺が前方の一際大きい建物の屋根を見上げると、視界に影が下りた。

 

「災いある場所に正義あり。人々が平和を求める限り、私もまたそこに現れる……。街の平和を乱す者を見過ごすわけにはいかぬ。私の通った後に、憂いなど存在しない」

 

 太陽を背に颯爽と登場したその男の名は……。

 

「彼方よりの使者……マスク・ド・G!」

 

 突如歓声が広場を支配した。

 マントをはためかせて目の前に飛び降りたマスク・ド・Gを見つめ、俺は口元を歪めた。

 

「クックック、ついに現れたなマスク・ド・G。貴様を倒して俺が真の正義となってやる」

「ふっ、まさか私の紛い物が現れるとはな」

「紛い物がどちらか知るが良い、貴様の姿を白日のもとに晒すとしようではないか」

 

 いつもの様に左手のサーベルでツバを上げ、マスク・ド・Gへと突き立てた。

 あと数歩詰めれば十分に斬りかかれる距離ではある。

 

「正義の名を騙り暴力で街を支配する、そのような行いは決して許されるものではない」

「強大な力こそが人を支配する力となりえるのだ!」

「ならば証明してみせるがいい!」

 

 マスク・ド・Gが剣を抜くと同時に、俺は全力で地面を蹴り渾身の突きを放った。

 

「甘い!」

「ちっ!」

 

 所詮は格好よさを追求しただけの左手サーベル、切り上げにより左腕を大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。

 

「これで終わりだ!」

 

 ガードのあいた左脇へと奴の剣が水平に迫ってきた。

 このままいったら俺の敗北だが……。

 

 昔は見えなかったこの剣戟、いまなら多少は目視できる!

 

「ふっ――――っ!」

 

 左足を強く蹴り、体を逸らしながら後ろに下がったが、胸部を多少切り裂かれてしまった。

 そして気づけば、首元に剣を突きつけられ、俺は顎を下げる事が出来なかった。

 

「分かっただろう、貴様の語る正義など所詮はより大きな力に押しつぶされるのが定めだ」

「だとしても、これが俺の道だ!!」

「貴様とて正義を目指す者であろう。まだ遅くはない、本当の正義の味方を目指さないか?」

 

 そう言って、マスク・ド・Gはサーベルを降ろした。

 既に周りは静まり返り、俺たちの様子を固唾をのんで見守っているようだ。

 

「ふっ、答えはノーだ」

「何っ?」

 

 俺はたたらを踏みながら鼻で奴を笑った。

 同時に懐からフラムを取り出し、大きく足元目がけて振りかぶる。

 

「いいか! 忘れるなよ、悪がある限り俺はいつどこにでも現れる! 次が貴様の最後だマスク・ド・G!」

 

 地面に衝突した瞬間、フラムからは煙が噴出した。

 

「ハーーハッハッハッハッ!」

 

 マスク・ド・Gとブラックマン、この二人の闘いは遂に幕を開けた。

 これはほんの序章、いずれまた彼ら相見えたときそれは闘いの終わりとなるだろうか。

 

                                FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日、サンライズ食堂にて。

 

「……とまあ、こんな具合でした」

「なるほど、マスク・ド・Gを引きずりだした所までは礼を言おう」

「へへっ」

 

 照れて鼻の頭を擦る。まあ、なかなかに良い働きができたとは自負している。

 

「だが、最後の煙幕あれでまんまと奴にも逃げられてしまったわけだが……?」

「ステルクさんが来るのが遅いです」

 

 必死に言葉を選びながらなんとか会話を長引かせていたと言うのに、この方は一向に来ないんだから。

 

「それはまあ、良いです。結局大して持たせられなかったとは思いますし。それで今日俺を呼びだしたのはどういう用件ですか」

 

 朝になるなり、たたき起こされてここまで連れてこられたのだ。それ相応の用事なのだろう。

 

「方法はどうあれ、私個人としては君が行動を起こしてくれた事に感謝しよう」

「…………私個人?」

 

 ステルクさんの感謝の言葉よりもそっちの方に注意が言ってしまう。

 なんかどことなく含みを持たせているような感じがして気になる。

 

「ああ、私個人としては……だ」

 

 刹那、扉のベルが鳴り、入ってきたのはいつもの方、俺を裁く事を主に担当としてらっしゃる方だ。

 

「ギルティ?」

 

 張り付いた笑顔が何よりも御弁に語っていた。

 

 



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変わる人々

 あれからしばらくして、俺は帰ると言う第一目標が何も進展しないまま四月へと入ってしまった。。

 

「…………ふう」

 

 俺は読んでいる本を閉じて、釜を混ぜているトトリちゃんの下へと歩み寄った。

 そして、右肩に手を置き一言告げた。

 

「トトリちゃん、南に行こう」

「はい?」

 

 素っ頓狂な声を上げてこちらを振り返るトトリちゃん。

 

「たぶんアトリエに籠っていてもこれ以上ストーリ進行はしないんだと思う」

「え、えーと……」

「数週間何もなかった。つまりこれ以上ここでやる事はないってことだ」

 

 これ以上のイベントを起こすにはフラグが足りない。

 

「なんでも南の島には神聖な感じのする大木があるとかいう話だ」

「は、はあ……?」

「そこに行けばRPGの王道から言って大精霊とかが降臨して俺の帰るヒントを与えてくれるはずだ」

 

 四つのエレメントとか仲間を連れて来てくださいとか、そして精霊の力を借りて俺は帰る。

 よし、完璧だ。完璧すぎる考えだ。

 

「あの、アカネさん? ちょっと冷静になった方が良いような……」

「ふふん、俺が四日四晩寝ず調べ物をして考えたんだぜ? これ以上の考えはそうそうないさ」

「え? でもアカネさんが最近読んでたのって確か」

 

 ちらりとテーブルの方に視線が向く、そこにあるのは俺がずっと読みこんだ本『最後の竜の戦士の伝説』実に面白かった。

 

「……決して小説の内容に影響された訳じゃない」

 

 やましいところは何もないが、自然と視線をそらしてしまった。

 

「ふふっ、アカネさんってやっぱり子供っぽいですね」

 

 無邪気な笑顔でそんな事を言われた。

 久しぶりに毒を吐かれた気がする。死にたい。

 

「くっ、いいじゃないか小説に影響されて大冒険に出たくなったって!」

 

 七つのオーブとか、封印された神殿とか、幻獣とかそんな物に心を奪われるだろ。小説とか読んだ後って。

 

「でもアカネさん小説は小説ですよ」

「この世界で言われちゃいけない言葉だと思う」

「……?」

 

 とぼけた顔をしおってこの子は、闘おうと思えば竜とかと戦える世界だぜここ。

 だったら大魔王とかいてもいいじゃないか。

 ……いや、エビルフェイスさんがある意味そうだったのか?

 

「とにかく! 南の島に行こう、何かしらヒントはあるかもしれないし」

「そうですね、わたしも行ってみたかったですから良いですよ」

 

 グッド。これで世界中の大精霊に会う事が出来る。

 ふふっ、勇者アカネよとか言われちゃったりしてな。

 

「ククッ、それじゃあ俺はぷに連れて先に行ってるぜ」

「はい、わたしもお仕事終わったらすぐに行きますね」

 

 と言う訳で、俺は一足先にトラベルゲートでアランヤ村へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ」

「ぷに?」

 

 ちょうど飛んだ所は村の門の前で、そこからは彼の姿が確認できた。

 

「ほーら見なさい。あれが技術の進化で淘汰される者の姿だ」

「ぷに~」

 

 錬金術の前では馬車など何の役にも立たない。それでも彼は一心不乱に馬車を拭き続けている。

 こないだお情けで乗って上げたが、二度目はもうないぜ。

 

 可哀想な物を見る目で俺はペーターの横を通り過ぎようとして、気づいてしまった。

 

「――――なっ!?」

 

 輝いている。いつもの死んだ魚の様な眼じゃない。

 ペーターの目に光に、いや希望に満ちている!

 

「お、おい、ペーター……さん?」

「おおアカネじゃないか! 今日はいい天気だなあ!」

「あ、はい。そうっすね」

 

 彼がこれまでこんな良い笑顔をした事があろうか、いや、ない。

 今まで可愛い子にのみこの表現をしていたが、今のペーターになら使える。

 

 太陽の様な笑顔だ。

 

「えっと、ペーターさん何かいい事でも?」

「おいおい、さんなんてよしてくれよ。俺とお前の仲じゃないか」

「うへえ」

 

 思わず変な声が出てしまった。

 何これ怪しいを通り越して怖い。いつものヘタレの王としての風格をまるで感じさせない。

 

「ぷ、ぷに……」

「俺だって知らねえよ」

 

 肩に乗っているぷにと小声で会話する。

 アランヤ村を訪れるのは久しいからこいつに一体何があったのか全然わからない。

 

「本当に何かあったのか?」

「……ああ」

 

 急に真顔になるペーター。何だろう、トラベルゲートの誤動作で平行世界にでも来てしまったのか?

 

「まだ決まったわけじゃないんだが、俺の人生全ての力をかけてやるべきことがあるんだ」

「お、おお」

 

 なんでだろう、ペーターが急にイケメンに見えてきた。

 それにしてもこいつにここまで言わせるのって一体何なんだよ。

 

「あと二、三ヶ月もあれば下地はできるんだ。その時になったら俺に力を貸してほしい」

「……オーケーベイベー」

 

 何をするか全然知らないが、頭を下げられたら断れないじゃないか。

 加えてこの行為をしているのが一生をヘタレて生きるんだろうなあとか思っていたペーターだ。

 知り合い以上友人未満の仲だが、やってやろうじゃないか。

 

「頼りにしてるからな」

「任せるが良いさ」

 

 俺に出来ない事はあんまりないと自負しているからな。

 ただやっぱり気になるからメルヴィアに会いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

「ぷににー」

「いらっしゃいませー」

 

 ゲラルドさんの店に入るといつもの癒しの声によって向かい入れられた。

 うむ、実に三、四ヵ月ぶりくらいか。

 

「そしてメルヴィアはいつもの様に酒場に入り浸っているのだったと」

「何よ、なんか文句でもあるのかしら?」

「いや、わかりやすくて助かってます」

 

 実際ここで会えなかったらどこに行けばいいかわからないからな。

 

「それでさあ、ペーターの事なんだけど……」

「ああ、あれね。三日くらい前からずっとあんな調子よ。気味が悪いわ」

 

 幼馴染って良い物だと思っている時代がアカネにもありました。

 

「あら、生き生きしているし良い事じゃない」

 

 と思ったけれどやっぱり幼馴染と言うのは良い物です。

 注文もしていないのにおビール様を出してくれるこの気遣いのうまさ、なんて出来た人なんでしょう。

 

「それと……だ」

 

 軽くグラスを傾け、俺はメルヴィアに申し出た。

 

「南の島に行こう」

「はあ?」

 

 なんで同じ『はあ?』でこうも印象が違うんだろうか。

 トトリちゃんのはちょっと困った感じなんだけど、こいつのは何バカなこと言っちゃてるのって感じだ。

 

「世界樹の大精霊と契約しに行くんだよ。そして勇者アカネは大冒険へと旅立つ」

「なんとなく分かったわ。楽しそうだしいいわよ」

 

 よし、これでアマゾネスとか原住民とか出てきても安心だ。肉体言語で一撃必殺。

 

「なんかイラッとしたんだけど」

「気のせいだ」

「あらそう」

 

 何故だ。メルヴィアの目が二度目はないわよって語っている。

 表情一つでどんだけ俺の心は読まれてるんだよ。

 

「これで三人パーティーかあと一人いないとな」

 

 アカネこと俺は職業勇者だ。

 トトリちゃんはさしずめ魔法使い。

 メルヴィアは当然戦士だろう。

 となると足りないのは騎士とか盗賊だな。

 

 ただステルクさん入れると勇者の座が危ういから後輩君にしよう。

 性格的に俺よりも主人公っぽいかんじはするのが不安要素と言っちゃ不安要素だ。

 

「となると次は道具屋で必要な物を整えるか」

「あら、パメラさんの所に行くの?」

「ん、ふふっ、まあそうだな」

 

 思わず口がにやけてしまう。悪魔の塔以来なかなか会えなかったらからな。

 トトリちゃんの口ぶりから特に何もなかったっていうのは分かるんだが、実際に会ってはいなかったからな。

 

「まあ頑張りなさい」

「……ああそうだな」

 

 確かに、久しぶりにパメラパワーを受けたら最悪死ぬからな。気合いを入れなくてはな。

 

 

 

 

 

 

 歩いて数分、パメラ屋の前まで来た。

 

「来たな」

「……ぷに」

 

 酒場に残りたいと言うぷにの意思を無視して連れてきた。

 一人だとどうにも心細い。

 

「パーメラさん、パメーラ、パ・メ・ラ、パメラさん!」

「ぷに…………」

 

 発声練習はオーケー、扉に手をかけよう。

 

「ん、んっ!」

 

 咳払いを一つ、声の調子は万全だ。

 これならパメラさんを前にしても上がった声は出ないだろう。

 

「よし! パーメラさん!」

 

 思いっきり扉を開き、そしてパメラさんを見た。視線を上に上げて。

 

「あら、いらっしゃーい。久しぶりね~」

「ぷに!?」

 

 浮かんでいた。微妙に光っている気がする。フリフリの可愛い服だ。

 浮かんでいる、光っている、古めかしい格好、イコール幽霊。

 加えてトトリちゃんの色々濁した言葉。

 

「――――あ」

「あ?」

 

 悪霊退参! そういつもの勢いで口走りそうになったのを下を噛んで制止した。

 抑えるんだ俺。もしここでそんなことを口走ってみろ。嫌われるぞ!

 

「ねえねえ、あ、の後は~?」

 

 瞬間的に、俺の思考は超回転した。一秒を切り刻み時を止めたような感覚がある。

 そうだ。幽霊とはいってもパメラさんじゃないか。それに幽霊系統のモンスターは平気なんだ。冷静になれ。

 

 それによく見てみろ。相も変わらず流れるウェーブのかかった髪。ゴスロリっぽい衣装も実に素敵じゃないか、主に胸元とかそのあたり。

 

 正義だ。可愛いは正義。これは俺がこの世界で学んだ絶対原則の一つじゃないか。

 そうだ。大丈夫だ。この先に続く言葉を俺はうまく言える。幽霊なんて怖くない!

 

「悪霊退参!」

「へ?」

「ぷに~」

 

 ダメでした(笑)

 

「ひ、酷いわ~。わたし悪霊なんかじゃないのに~」

「あ、いや、これは……」

 

 口を固く結んで眉を吊り上げて怒っている、そんな表情も素敵なんですが、浮かんだまま俺に近寄ってくるのはやめていただきたい。

 

「ロロナもそうだったけど、どうして幽霊を怖がるのよ~」

「いや、幼い頃の刷り込みが原因と言いますか、そのさようならー」

「あ、ちょっと~」

 

 制止の声を聞きもせずに俺は宿屋へと走り去った。

 

 

 

 そして部屋に入って、パメラさんが幽霊だということに二時間泣き続け寝た。そして一晩経ってまた泣いた。

 幽霊と言うだけで拒否症状を起こすこの身がとても憎かった。

 

 これから俺は何を希望に生きたらいいんだろう。

 

 



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迷い大人

 白い海、死にたい青い空、吹きかける死にたい潮風。

 あれからトトリちゃんを待って死にたい出港をして三日、順調に死にたい。

 

「はあ……」

 

 甲板から上半身を出して海を眺めていると、母なる海に全てを投げ出したい気分になってくる。

 今ならプランクトンの体当たりでも死ねる気がするし……。

 

「何黄昏てんのよ」

 

 ふと肩を叩かれて振り返ると、そこにはメルヴィアが。

 

「おう、死にたいメルヴィアじゃないか、別になんでも死にたいで死にたい」

「……今にも死にそうな」

「分かってくれるか……」

「ええ、大分分かりやすいわね」

 

 妙に真顔で頷くメルヴィア、しかしそうか流石に付き合いが長いだけある。

 顔色とか言葉の端々から分かってくれたんだろうな、持つべきものは友人だ。

 

「では語ろう、俺がなぜこんなに死にたいくらいに落ち込んでいるかを……」

「あ、そういう流れなのね」

 

 そういう流れだろう。

 

「事の発端は俺がパメラさんに悪霊と言い放った事だ……」

 

 水平線の向こうを遠い目で見つめ、俺は話し始めた。

 

「アウトじゃないの」

「それで、出港前に謝りに行ったんだ……そしたらなんて言われたと思う!」

 

 思わず目から涙が零れ落ちそうになる。むしろ現在進行形で泣いている!

 

「……『アカネ君なんか嫌いよ、もう許してあげないんだから~』だってよ」

「無駄に似てるわね」

 

 思い返してみれば、ぷんすか怒るパメラさんもまた素敵だった。

 だが、その時はそうは思えず……。

 

「そして俺は浮かぶパメラさんにビビりまた逃げた」

「とんだダメ男ね」

「っく、潮風が目にしみるぜ」

 

 パメラさんに嫌われるとか、もうアランヤ村に行く意味が見出せない。

 いや、この世界にとどまる理由すら見失いかけている。

 

「死にたい……」

「一方的に話して落ち込まないで頂戴よ、うっとうしいわね」

「そして、俺は船着き場に行ったんだ」

「ああ、まだ続いてたのね」

 

 それだけだったらまだ俺は一日くらいしたら落ち着いてたんだろうなあ。

 

「そこにはトトリちゃんとグイードさん、さらにマークさんがいた。そこまでは良かったんだ」

 

 やたらと良い笑顔で去っていくマークさんの顔を今でも覚えている。

 あの時点で気付ければよかったのだが、人生の価値観ゲージが一ミリも残っていなかったせいでそのまま船に乗ってしまった。

 

「舵をみてみると中心には赤いボタンが……」

「ああ、あれね。押してみたいんだけど何なのアレ?」

「何なんだろうな……」

 

 前回は超加速だったから今回は飛行モードとかかなあ……。

 ただマークさんのことだからきっととんでもない物に決まっている。

 押すなよ、絶対に押すなよを素でやる人だからな。

 

「後輩君とトトリちゃんがちらちらとあのボタンを見る度に俺の胃が痛くなって……」

「だから何なのよアレ」

「押した瞬間俺は船から飛び降りるからな」

 

 横に来ていたメルヴィアを割とガチで睨みつけた。

 

「もしかして、自爆スイッチとかなの?」

「限りなく近いな。正確には自殺スイッチだ」

 

 今回のはトトリちゃんの船だからまあ死ぬような危険はないのかもしれないが、それでも俺はそう呼ぼう。

 

「パメラさんに嫌われた事、船にスイッチがある事。まさにこれこそダブルショック幽霊なんかに出会うよりももっと奇怪な遭遇……」

「幽霊に会ってるじゃないの」

「…………」

 

 なんだか急に元の世界に帰りたくなった。

 俺の言葉に理解を示してくれる友人がほしい。

 

「とりあえずパメラさんの機嫌をどうやって取るかを考えよう」

 

 メルヴィアの方を向いてそう言ったら、スゴイ嫌そうな顔をされた。

 

「友達だろ」

「何が悲しくてあんたのそんな相談にあたしが乗らなくちゃいけないのよ」

「……死にたいなあ」

 

 再び海に視線を落とした。

 

「俺に死んでほしくなかったら相談に乗る事だな」

「それじゃあ元気出しなさいよ」

 

 肩を叩いて離脱しようとするメルヴィア、恐ろしい……。落下自殺を図る人見たら、とっとと落ちなさいよって突き落とすタイプの人だよ。

 

「ここはパメラさんの機嫌を直すために考えていた方法でご機嫌をとろう」

「口に出して興味を引くのは卑怯だと思うわよ」

「まあ、そこに立ってろ」

 

 三日悩んだ結果、一番パメラさんの機嫌を直せそうな方法だ。

 茫然と立つメルヴィアの後ろに回り、俺は口を開いた。

 

「題して、甘い言葉作戦」

「あ、甘い言葉!?」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな様子で目を見開きこちらを振り向こうとしたが、俺は顔を押さえつけ耳元に顔を寄せた。

 

「や、やめなさいよ気色悪い!」

 

 バタバタと暴れるメルヴィア。何こいつは顔を少し赤くしてるんだ気色悪い。

 そんな思いとは裏腹に、俺は撫でるようにできるだけ甘ったるい口調でそっと囁いた。

 

「…………クリームパン」

「っく」

 

 あ、ちょっと笑った。

 

「そこそこ受けると思う」

 

 メルヴィアを離して、二、三歩下がった。

 これをパメラさんにやれば、もうお茶目さんみたいな感じで和やかなムードに持っていけるはずだ。

 問題は俺がパメラさんにそこまで接近するのに耐えられるかどうかだ。

 幽霊的な意味でも、かわいさ的な意味でも。

 

「た、確かに甘い言葉よね」

 

 笑いをこらえているようでまだ微妙に顔を赤くしていた。

 心の中でいけると確信していると、マストの影に動くものが見えた。

 

「何で隠れてるんだ? トトリちゃん」

「ひゃ! え、えっと……その……」

 

 おずおずと出てきたトトリちゃんは微妙に気まずそうに目を逸らしていた。

 瞬間的に心得た俺とメルヴィアは素早くアイコンタクトを交わした。

 

「別にちょっと甘い言葉を囁かれだけよねえ?」

「イエスイエス。よーし、トトリちゃんにもやったげよう」

「え、ええー!?」

 

 驚くトトリちゃんの後ろに素早く回り込んだ。

 

 

 結果、二人とも怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、南の島に着いた俺たちは船を降り、砂浜に立っていた。

 

「ここが聖なる島ノヴァ、精霊よ俺を導いてくれ」

「ぷに……?」

 

 頭の上でぷにが質問してくるが、この単語の羅列には何の意味もない。ただの気分だ。

 

「よーし後輩君、この島の一番東にある伝説の剣エクスカリバーを取りに来たのは知っての通りだ」

「え? そうなのか?」

「アカネさん、ジーノ君に変なこと吹き込まないでください」

 

 怒られた。きっとまだ昨日の事を怒ってるんだろう。

 

「んじゃエターナルソードで」

「お、カッコイイなそれ!」

 

 頭の上に手を置いて撫でてやった。やはり後輩君は分かってる。

 

「まあ冗談はこれくらいにして、とにかく目的地までは金目の物をメインに進むぞ」

 

 昔の海賊の宝とかが都合よく見つかってくれたら嬉しい。

 

「ぷにぷに」

「まあ人生そんなうまくいかないよな」

「せんぱーい、早く行くぞー!」

 

 気づけば、後輩君を先頭に皆が歩みを進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷子になった。

 

「…………テラかっけえ」

「ぷに……」

 

 俺の手の中には金色のカブトムシみたいな生き物がいる。

 これを子供に見せればその日のヒーローになれるだろう。

 

「ロイヤルヘラクレスオオカブトと名付けよう」

「ぷに」

 

 森を歩いていて金塊かと思ってふらふら近寄っていったらこの有様だよ。

 

「お土産に持って帰ろう」

 

 ポーチにねじ込み、俺は元来た道を戻って行った。

 

 

 

 

 

 しかし、当然の様にまた迷った。

 

「……うめえな」

「ぷに」

 

 歩いていたら森の中を金色の羊が歩いていたんだ。

 こりゃ金になるぜと思い闘いを挑んだら意外と強くて、さらに迷子になったんだ。

 

 そして現在、毛を刈り取り、解体して肉を食べている。

 金になると良いなあ、この金色の羊毛。

 

「……先頭と俺たちの間で次元が歪んだとか言ったら許してもらえるかな?」

「ぷにぷに」

「やっぱ無理だよな」

 

 溜め息を一つ吐いて、俺は立ち上がり太陽の場所を見て言った。

 

「とりあえず東に行くか」

「ぷに!」

 

 こんなんでも熟練の冒険者のはずだよなあ、俺。

 

 



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アカネの見せ場

 

 迷子になってから歩くこと数日、未だに俺は迷える子羊状態である。

 海岸に出たところで、俺とぷには砂浜に座りこんで一休みしていた。

 

「人が通ったような痕跡はちらほらと見かけるものの、まったく見つからない」

「ぷに~」

「アタッカーメルヴィアが優秀すぎて、サクサク進んでいるんだろう。俺には分かる」

 

 出てくる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、モンスターに一切の慈悲も与えずに斧で粉砕と言ったところか。

 モンスター視点で見たら大分悲惨なのは言うまでもないな。

 

「大分休まないで来たのに追いつけないのは一体何故なんだ?」

「ぷに……」

「悪かった。分かってるからそんな目で見るな……」

 

 二日ほど前、大分深い森で進行形で迷っていた俺は方角を見失いさらに迷ってしまったのだ。

 これはもう歴戦の冒険者(笑)が本格的に笑い事じゃなくなってきた。

 

「ここはこのいかにもな熱帯雨林で俺の手腕を見せつけるしかないな。

 

 俺の背後には植物で生い茂っている、凶悪モンスターがいますといった雰囲気を出した熱帯雨林がある。

 おそらく熱帯雨林だ。テレビで昔見た熱帯雨林がこんな感じだったし。

 

「マッピングをしてモンスターを倒して、帰ったら冒険者ランクがアップ、そして永久ライセンスへ一歩近づく」

「ぷに~」

「妄想じゃない、ほら行くぞ!」

「ぷにに」

 

 立ち上がり、俺は砂浜から緑の大地へと足を踏み出し歩き出した。

 

 

 

「……おい待て、なんだこれは」

「ぷに?」

 

 歩き出して一分もしない場所に凄いものがあった。

 

「これは……あれか?」

「ぷに」

 

 俺の目線ほどの高さには、肩幅ほどある赤い口、緑のギザギザした歯の様なモノ。

 茂みの中から真っすぐ伸びているそれは、どこからどう見ても食虫植物だった。

 

「やっぱり熱帯雨林だ」

「ぷにぷに」

 

 肩に乗ったぷにも興味深そうにのぞき込んでいた。

 食虫植物となると、やはりここは無視の一匹でも入れておきたいところだが……。

 

「ロイヤルヘラクレスオオカブト、短い付き合いだったな」

「ぷに……」

 

 ポーチから取り出した金のカブトっぽい生き物、きっと彼はこのために捕まえられたんだろう。

 初めての体験でちょっと緊張しつつも、俺は口の中へと彼を投げ込んだ。

 

「おおっ!」

「ぷにぷに!」

 

 本能的な恐怖からか逃げようとする彼を食虫植物は口を閉じて見事に捕食した。

 きっと今ではじわじわ溶かされてるんだろう……なんか急に可哀想な事をした気分になってくるな。

 

 とりあえず面白い物を見れたし良いかと思いながらも、俺は歩き出そうとしたところで、ぷにがいきなり大声を出した。

 

「ぷにに!」

「どうした……――っておおおっ!?」

 

 振り向き食虫植物を見ると、口の中に肉が入っていた。

 決してカブトのなれの果てではなく、狼とかの獣っぽい肉だった。

 

「まさかこいつも錬金術士……!」

 

 こんなところにも同業者がいるとは侮れない、とりあえず肉はありがたく頂いておこう。

 

「スゴイな熱帯雨林」

「ぷに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くこと数分して、俺は飛んでいるムカデ、もといジブリ虫を見つけた。

 口に鋭いハサミを持った羽があるムカデ、こいつらはもうちょっと頑張ればジブリに出演できると思う。

 

「奴らには手を出すなよ。森の怒りに触れることになるやもしれん」

「ぷに?」

「まあいざとなれば薙ぎ払え! って出来なくもないんだけどな」

「ぷに~?」

 

 帰ることができたらこいつも連れて帰ろう、いろいろと教えてやらねばならないようだ。

 

「となると凶悪モンスターがいるとしたら奴らのボスあたりか」

「ぷに」

 

 メルヴィアがいたら問答無用で襲いかかる所を止めるんだけどな。

 彼らは住処に踏み込まれて怯えているだけよ、みたいな。

 

「あれ? もしかしてもう倒されてるんじゃないか?」

「ぷ、ぷに……」

 

 道なりに歩けばきっとトトリちゃんたちも此処を通っただろうし……。

 つまりもう森の怒りには触れてしまっていると言う事か。

 

 ……金の羊は俺に倒され、道行く魔物は俺達とチームトトリ、そして此処ではボスを殺され混乱が起きている事だろう。

 一体ここのモンスターが何をしたと言うのか、人にも特に迷惑はかけていないだろうに。

 

「ぷにぷに」

「モンスターはそれだけで悪、そういう事か……」

「ぷに」

「ツッコミはしないからな」

 

 とりあえず、出来る限りこの辺のモンスターには優しくして進むとしよう。

 

「そう心に決めた瞬間にこれか」

 

 赤いジブリ虫が二体襲いかかってきた。

 とりあえずどういう原理で飛んでいるかだけ教えてほしい。羽が飾りなのは分かりきってるので。

 

「よーし、久しぶりに風の谷のアカネの本領を発揮してやろう」

「ぷに!」

 

 俺が一歩前に出ると、声援だけよこして肩から飛び降りるぷに。なんて薄情な奴だ。

 

「ふん、そこで見てな」

 

 俺は両手を開き大の字の姿勢を取った。

 

「俺は敵じゃない、ほらおいで」

 

 ジブリ虫二体は少しずつ俺との距離を詰めてきた。

 これは心が通じ合うフラグと見たぜ。

 

 目と鼻の先まで来たところで、俺はある物が足りない事に思い至り口を開いた。

 

「ラン! ランララランラン! ラン! ランランラララン! ――――うおいっ!?」」

 

 アカネアレンジのBGMを付けたところで俺は思いっきり頭を噛まれかけた。

 寸でのところで後ろに尻もちをついて回避したから良かったが危なかったぜ。

 

「ふふっ、分かっている怯えているだけなんだよな。平気だぜ、苦しみのない世界に送ってやるからな」

 

 優しい頬笑みを顔に張り付け、メガフラムで周囲の草木ごと薙ぎ払った。

 

 

 

 

「……ダメだな、やっぱり俺にはモンスター使いの才能はない」

「ぷに」

「下手に優しさを見せて、あのスカーレット事件みたいになっても困るしな。うん、モンスターは滅ぼすべきだ!」

「ぷに!」

 

 お前が言うなってスゴイ言いたいけど、言ったら負けな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい……時空が歪んでいるのか?」

「ぷに~」

 

 あれから五日、そろそろ島の最東端も近くなってきたというのに未だに見つからない。

 今現在いる木々が生い茂って日の光も届かないような森林、ここにも彼女らの痕跡はある。

 

「なんでこうもボス級ばかり倒されているのか」

 

 そこには砂漠にもいたようなベヒーモスっぽい生き物の亡骸があった。

 腐ってもいないし、特に痛んでもいないから大分近くにいるとは思うんだが……。

 

「なんか戦闘に張り合いのない冒険だよな」

「ぷに」

 

 未だに俺の封印されしゴースト手袋すら解禁していない。

 伝説級のモンスターが世界樹の下にいると信じよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 ぷにとの会話も尽き果てて、無言で歩みを進めていると見覚えのある三色が目に入った。

 

「あ、アカネさん!」

「お、先輩!」

「はあ、やっと来たわね」

 

 手を振り迎えてくれた皆に俺は手を振り返した。

 苦節二週間ほど、ようやくトトリちゃんたちと合流できたぜ。

 

「なんだかんだで俺の事を待っていてくれたってことか……んっ?」

「ぷに~……」

 

 三人の前には大岩が立ちふさがっていた。

 なるほどそういうことですか、ちくしょうめ。

 

「こんな岩程度、メルヴィアが本気出せば割れるだろ」

「嫌よ、手が痛いじゃない」

「…………」

 

 否定しないのか、俺はそう目で語った。

 

「何よその目は」

 

 別になんでもないと言って、岩の方に向き直った。

 戦闘がなく余りに余ったフラムをまさかこんな事に使う事になろうとはな。

 

 フラム二個で岩を粉砕し、使えそうな素材だけ取って俺達は揃って目的地を目指して歩き出した。

 

「そういや、トトリちゃんは爆弾持ってなかったのか?」

「えっと、闘いが多くてたくさん使っちゃって……」

「まあ、仕方がないな」

 

 なんか特に旅の思い出の共有とかもできなくて寂しい先輩です。

 この後で凄い事が起きてくれればいいのだが。

 

「そういえば先輩なんでどっか行ったんだ?」

「夢とロマン故にだ」

「なんだよ? 宝でも見つけたのか?」

「…………」

 

 俺は黙して歩みを進めた。何も言いたくないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜を明かした翌日、俺たちはようやく辿り着いた。

 

「そう、ここが約束の地。世界樹ユグドラシルがそびえ立つ世界の中心。神々の試練がここに始まる」

 

 遠くからでも分かるほどに大きな樹が浮かんでいるのが見える。

 うん、浮かんでいる。

 というよりも樹に至る一本の道が既に浮かんでいる、周辺の地面が結構浮かんでいる。

 世界樹さんなんて大きすぎて根っこがはみ出しちゃってますし。

 

「なんだろう、なんで当然の様に浮かんでるんだろうな」

「ぷに~」

 

 ぷにも分からないらしい、とりあえずファンタジーと言う事で納得しておこう。

 

「まあ、とにかくこっからが俺の見せ場だぜ」

 

 ポーチから手袋を取り出し、俺は手に嵌めようとした。

 

「ああーーー!!」

「にゃっ!?」

 

 突然横にいたトトリちゃんが俺の方を見て大声を発した。

 一体俺が何をしたと言うのだ。

 

「アカネさん!」

「は、はい?」

「なんでまだその手袋持ってるんですか!」

「…………」

 

 そういえば昔、そんなことで怒られて武器屋に行った記憶があるぜ。

 そして結果、怪盗が誕生した訳だ。

 

「……これはあの手袋じゃないんだぜ」

「嘘です!」

「嘘じゃない」

「むうっ」

 

 トトリちゃんが俺の目を見てあからさまにむくれたが、かわいいだけである。

 

「アカネさん、嘘つくとほっぺが赤くなるんですよ」

「ふふん、トトゥーリエ・ヘルモルトよ、この俺がそんな引っ掛けに乗るとでも?」

 

 所詮は浅知恵よ、漫画などでそういう関連の知識だけは豊富だからな。

 

「えっ? でも……」

 

 トトリちゃんが急に真顔になり俺の顔を覗き込んできた。

 その反応についつい、俺は頬を触ってしまった。

 

「え? ウソ?」

「嘘ですよ!!」

 

 トトリちゃんは、若干キレ気味な感じでそう言い放った。ただ、うーって唸っているので台無しだ。

 ただ今にも手袋をひったくりそうな形相だったので、大人しくしまい込み両手を上げた。

 

「おーけー、今日はなしでやる」

「ずっとです」

 

 進路へと顔を戻した。

 

「…………」

「むー、アカネさん?」

 

 横目でちらりと見ると、ちょっと泣きそうにも見えたので俺は仕方がなく頷いて言った。

 

「おーけー」

「約束ですよ」

「あいよ」

 

 なんという過保護、なんか最近子供扱いされているような気がしてならない。

 

「あんた達何してんのー? 置いてくわよー」

「あ、待ってメルお姉ちゃん!」

 

 トトリちゃんが急ぎ足で進むのに俺も後ろから追いかけた。

 ちゃんと活躍できるよな、俺?

 

 

 

 

 

「これが運命の選択か……」

「先輩、次があるって」

「ぷにー」

 

 ユグドラシル(仮)に続く一本道、そこにはこれまた進行を妨げる岩を発見。

 こいつは俺の出番だぜと勇んでフラムを取り出したところに、メルヴィアが岩を持ち上げ道の途中にいた金色のグリフォンへとぶん投げて、諸共消し去ったのだ。

 

「ほらアカネさん、また岩ですよ」

「さすがに疲れたから、お願いするわ」

「クッ!」

 

 さっきのメルヴィアのパフォーマンスの後だとどうしても地味になってしまう。

 おかしいだろ、なんで岩を投げれるんだよ。

 俺の自慢の筋肉がなんか急にもやしみたいに見えてきちゃうよ。

 

「というか向こう側にあきらかに凶悪モンスターだろっていう感じのグリフォンがいらっしゃる。

 

 黒を基調としたグリフォンで、所々が返り血で染まったようにも見える赤色を帯びている。

 あれはヤバい絶対にその辺のグリフォンとは格が違う。

 

「俺はグリフォンに微妙にトラウマがあるというのに」

 

 リアルに一回殺されかけたからな、正直な話あんまり戦いたくはない。

 しかしここで見せ場を作らねば、先輩として!

 

「爆破!」

 

 岩にフラムを投げつけ、爆発すると同時に砂塵が舞い視界を覆い隠した。

 これが晴れるとき、奴との戦いの火ぶたが下りるだろう。

 初撃はフラムを投げ込み、次はメルヴィアと後輩君に前衛を任せて俺は後衛に徹するとしよう。

 

「よし……」

 

 瞬間、大きな風が吹き視界の砂粒や土埃を吹き飛ばしていった。

 

「ぷにに!」

 

 ぷにの声と同時に、視界が完全に開けた!

 

「行くぜ…………ぜ! ぜ! ぜ!?」

 

 そこにはイリュージョンの如く何もいなかった。

 

「あれ? 先輩、あいつどこ行ったんだ?」

「いや、俺に聞かれても」

 

 飛び立った様子もないし……。

 

「あれ? シロちゃん何食べてるの?」

「うん?

 

 先ほどボスグリフォンがいたあたりの所でぷにが何やらモグモグと口を動かしていた。

 

「はっ――!」

 

 その瞬間、初めてグリフォンと戦った時の光景が雷鳴の様に頭を打った。

 

 気づいたらぱくりと食べられていたグリフォン、こんな事が前にもあった。

 

「……うまいか?」

「ぷに!」

「俺の見せ場はどうした?」

「ぷにに!」

 

 なるほど、お前も見せ場がほしかったんだな。

 ぐるりとまわりを見ると、皆訳も分からずポカンとしていた。

 

「誰も見てないわけだが?」

「ぷに!」

「そうか、それでもいいのか」

 

 俺は怒っても良いと思う。

 ボス相手にこんなチートじみた勝ち方って常識的に考えてあり得ないだろう。

 

「ぷに~」

 

 ぷにが急に後ろに飛んで、力をため出した。

 なんかまたデジャヴが……。

 

「おいやめろバカ」

「ぷにー!!」

 

 閃光が腹に飛び込み、思い衝撃が腹に響くと同時に、背中に世界樹がぶつかった。

 

「……これが見せ場か」

 

 俺は静かに目を伏せ、倒れ込んだ。

 

 



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小さな冒険・前編

 五月の半ば、トトリちゃんの家のリビングで遊んでいた日の事。

 

「ずるいっ!」

「にゃ?」

「ぷに?」

 

 色々な意味で疲労感満載の冒険から帰って来て、久しぶりにピアニャちゃんと戯れていたら急に大声を上げられた。

 

「あらあらどうしたの? またアカネ君が何かしたの?」

「いや、誤解だからな?」

 

 ピアニャちゃんの声に反応してすかさずキッチンから移動してくるツェツィさん。

 というよりもまたって言われる謂われはないと思うんだけどな、ピアニャちゃんに関しては。

 

「それで妹よ、なにがずるいって?」

「だってだって、あにきもトトリもぷにも皆、外に行って楽しそうなんだもん!」

「むっ、そういう事か」

 

 ちょうど今、島での俺およびぷにの冒険譚を聞かせていたところだったところだ。

 それでピアニャちゃんも何かしら思うところがあったのだろう。

 

「ピアニャも皆と一緒にぼうけんに行きたい!」

 

 口先を尖らせてわかりやすく拗ねている。

 こういった行動を咎めるのも兄としての義務であろう。

 

「待て妹、冒険なんてあんまり楽しいものでもないぜ?」

「でもあにき話すときいっつも楽しそうだもん」

「うん? あー……まあ、確かになあ……」

 

 昔は義務的にやってたところがあったけど、今となっては結構楽しんでるのかもしれない。

 島での冒険は七割方意味のない、ぷにの進化以外まったく意味のない冒険ではあったが……。

 

「やっぱり楽しいんだ!」

「そ、そうっすね」

 

 うん、冒険は楽しいもんだな。

 

「ちょっとアカネ君どいて」

 

 ピアニャちゃんの前に座り込んでいる俺をどけてツェツィさんが割り込んできた。

 そして諭すような口調でピアニャちゃんに語りかけた。

 

「良いピアニャちゃん? ピアニャちゃんみたいな可愛い女の子は、外で危ない事なんかしちゃいけないのよ?」

「うー、でもでも……」

「でもでもツェツィさんだって、子供のころは金棒片手に大暴れしてたって話を聞いた気がするしー」

「アカネ君!!」

 

 まさに射抜くような視線を携えて、俺の方に顔を振り向けてきた。

 なんだい、なんだい、微妙に誇張してる気もするけど大体あってるじゃないか。

 

「ぷに~」

「空気は読むべき時とそうじゃない時がある。常識だ」

 

 あからさまに落胆した様子のツェツィさん、そして自分も出かけたいと駄々をこねるピアニャちゃん。

 

 ……致し方がない。

 俺は立ち上がり、親指を外の方に向けて口を開いた。

 

「よし妹には優しいアカネさんが、ピアニャちゃんを冒険につれて行ってやろう」

「本当!?」

「ちょ、ちょっとアカネ君」

 

 あからさまに慌てた様子でツェツィさんが俺に声をかけてきたが、まあそんな不安がる事はないさ。

 ツェツィさんの耳元に手を当てて俺はそっと囁いた。

 

「ちょーっとアーランドまで一っ飛びしてくるだけだって」

「そ、そう、それなら……」

 

 それでもなお心配そうなツェツィさん、これは過保護が過ぎるのか俺への信頼のなさなのか、一体どちらなのだろう。

 

「それじゃあピアニャちゃん気をつけてね? 知らない人について行ったりしちゃだめよ?」

「はーい!」

「アカネ君とシロちゃんもピアニャちゃんから目を離さないでね?」

「ぷに!」

「オーケー」

 

 ぷにを頭に右手にピアニャちゃんの手を、俺はトラベルゲートを片手にアーランドのアトリエまで飛んだ。

 

 

 

 

「わー! すごい! ぴゅーって飛んだら変なばしょに来た!」

「初々しいな」

「ぷに」

 

 トトリちゃんの事を痛い子扱いしていた時期が懐かしくなるな。

 

「あれ? ぴあちゃん?」

「あ、ロロナだ!」

 

 ちょうど師匠もアトリエでくつろいでいたようで、ピアニャちゃんがソファに座っている師匠に駆け寄った。

 

「どうしたの? こんな所まで来て」

「今日はね、あにきがぼうけんに連れてってくれるんだよ!」

 

 えへへと笑いながら嬉しそうにそう答えるピアニャちゃん、そんなに喜んでもらえるなら嬉しい限りだ。

 師匠も感心したように頷いている。

 

「へえ、そうなんだ。…………ってええ!?」

「出た! 師匠の一発芸、時間差ビックリだ!」

「ぷにー!」

「一発芸じゃないから! それよりもアカネ君! 冒険って、へ、平気なの!?」

 

 膝に置いていた本も落っことす慌てよう、説明しても良いけど面白そうだからそのまま出て行こう。

 

「さあ行くぞ妹よ!」

「うん! 行ってきまーす!」

「あ、うん。いってらっしゃーい……じゃなくて!」

 

 待って待ってという声を無視して俺は冒険者ギルドに向けて歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「広い、大きい! あにきあにき! すっごく広いよ!」

「ああ、そうだな」

「ぷに~」

 

 目を輝かせて大はしゃぎで俺の手を引っ張るピアニャちゃん。

 ここに来るまでに建物の大きさ、石畳、人が多い、いろんな事ではしゃぐピアニャちゃんを見て俺もぷにもずっと温かい目をしている。

 

「よし、まずは受付だ。行くぞ妹よ!」

「うん!」

 

 先導してクーデリアさんのカウンターの前まであと数歩のところで、俺は思わず目をしかめてしまった。

 と言うのも、心の中から湧きあがってきたこのワードが原因だ。

 

 『あれ? クーデリアさんってピアニャちゃんよりも小さくね』

 

 マズイ、このままじゃピアニャちゃんが失礼な行動をとって俺が酷い目に合うパターンだ。

 なんとかしなければ、そう思っているのにその時のクーデリアさんのリアクション見たさに俺の足が止まらない……!

 

「あらアカネじゃないって……何よその小動物」

 

 クーデリアさんの疑問の目の中、俺は確信した。

 ピアニャちゃんの方がでかい、たぶん最低でも5センチは差がある。

 

 ダメだ。まだ笑うな、堪えるんだ……っ!

 

「むー、ピアニャの方がおっきいのに」

「ああ、そうだよな妹よ。お前は139センチよりは大きいもんな」

 

 あ、クーデリアさんの眉が一瞬跳ね上がった。

 

「いやしかしもしかしたら、よしんば、いふ、あるいは! 140の壁を越えてたとしても……家の子は145はあるからな~、ぷにもそう思うだろう?」

「ぷ、ぷに~……」

 

 とぼけた表情のぷに、ちっノリの悪い奴め。

 

「アカネ、あんたは一体何しに来たのかしらね~?」

 

 分かる、俺には分かるぜ、あと一押しで爆発寸前の爆弾状態だ。

 

「話は変わるんですけど、この子義妹のピアニャちゃんです。推定12か13歳くらい」

「クッ!」

 

 ギリッっと歯ぎしりの音が聞こえた。

 こんな小さい子の前で切れないための最後の我慢と言ったところだろう。

 

「そして妹よ、こちらはクーデリアさん。ロロナ師匠の幼馴染でこのギルドで一番偉い人だ」

「へー、こんなにちっちゃいのに大変なんだねー」

「あ、あはははは、そうでもないわよ。あと口を慎みなさい小娘」

「へ?」

 

 一瞬切れたよこの人、これ以上攻撃すると本気でピアニャちゃんも巻き込まれかねないな……。

 

「ほら妹、ちょっと俺は話があるから隣のカウンターの人と遊んでなさい。

「うん、わかったー」

 

 そう言ってフィリーちゃんの下へてくてく歩いて行くピアニャちゃん。

 俺は改めてクーデリアさんに視線を戻し、拍手と共に口を開いた。

 

「ゴングラッチレーション、コングラッチレーション」

「黙りなさい、命が惜しかったらね……」

「はい」

 

 このとき意外にも俺素直、こんなにどす黒い感情をぶつけられたらそうもなります。

 

「あんたは本当に喧嘩売るのが得意よね」

「買われるのは苦手ですけどね、ハッハッハ!」

「アッハッハッハ!」

 

 この形だけの笑いを終えた瞬間が俺の最後だ。

 

「ハッハッハっは……はあ?」

 

 ふと最後にピアニャちゃんを見ようと視線を横にずらしたら、そこにはフィリーちゃんがぼーっと立ってるだけだった。

 

「はあーっ!?」

「な、なによいきなり」

「あんたのところの職員は子供の面倒一つ見れないんですか!」

「え、あら? さっきの子いなくなってるわね」

 

 冷や汗をかくクーデリアさん、そして俺もまた同じだ。

 俺はすかさざフィリーちゃんに近寄り事情を尋ねた。

 

「ヘイ、ユー!」

「さ、さっきの子でしたらシロちゃんと一緒にどっかにいっちゃいましたよ?」

「あ、あいつ――」

 

 反逆のぷにということか、カラーリング的に俺の方が反逆する側だろうが奴め。

 

「くっ、だがフィリーちゃんと会話させると言う明らかに情操教育に良くない事を避けられた事は事実だ」

「酷いですよ! 流石にわたしだって自重しますから!」

「お前らみたいな人種はいつだってそう言うんだ!」

 

 俺はその捨て台詞と共にギルドの外へと走り去って行った。

 しかしクーデリアさんのお仕置きもまぬがれて、良い事ばっかだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた」

 

 幸いあんまり遠くには行ってなかったようで、ぷにを頭に載せたピアニャちゃんをすぐに見つける事が出来た。

 

「は!?」

 

 その目の前には全身黒づくめの怪しい奴が、俺は瞬間的に駆けだしていた。

 

 あんな黒い奴がまともなはずがない! なんか目つきも悪いし! あれ――?

 

「ステルクさんは、ロリコンっと……」

「待ちたまえ、何か不名誉な事を言っていないか君は」

「あ、見て見てあにき、この人顔がすっごい怖いの!」

「あーうん、そうだな。可哀想だからそのへんにしとけな」

 

 ステルクさんもステルクさんで、怖がられてない分良いのだろうかみたいな微妙な表情になってるし。

 

「つかぷに、お前は一体何を連れ出しているんだ」

「ぷに! ぷに!」

「むう、まあ確かにな……」

 

 あのままだったら俺とクーデリアさんとの話で大分時間食ってただろうし、退屈にならないようにって気遣ったのなら……まあ良いか。

 

「それで、そのぷにを連れていると言う事は、やはりこの子は君の知り合いかね」

「ああ、はい。義妹のピアニャちゃんです」

「よろしくー」

「あ、ああ、よろしく頼む」

 

 屈託のない笑顔を向けられて満更でもなさそうなステルクさん。

 ……子供の笑顔を自分に向けられるなんていつぶりなんだろう。

 

「君、そんなに人を憐れむような目で見るんじゃない」

「ええ、なんかすいません。それでこの怖そうで怖くない人はステルケンバッハさんだ」

「すてるけ……?」

「ステルクで構わない。君も一体何故この場でフルネームを……いや理由は聞かずとも分かる」

 

 まあ、困った顔のピアニャちゃんが可愛いからなんですよね。

 

「しかし、この街中で一人で何をしていたのだね」

「ぷにぷに」

 

 ぷには俺もいるぞと自己主張するが、それを遮ってピアニャちゃんが返事をした。

 

「ぼうけん!」

「……ふっ、そうか冒険か。ならば次からは仲間とはぐれぬよう気をつけるんだな」

「はーい」

 

 珍しく笑ったステルクさん、ちびッ子相手に優しくする機会なんてあんまりないもんなあ。

 

「だからその目はやめろとい言っている!」

「はーい」

 

 返事もそこそこに、俺はピアニャちゃんと手をつなぎステルクさんに別れを告げてまた街を歩き始めた。

 

 



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小さな冒険・後編

 ステルクさんと別れてから、ピアニャちゃんとしばらく歩いていたところ、ピアニャちゃんが突然。

 

「お腹すいた!」

 

 と申したので、今俺たちはサンライズ食堂へとやって来ていた。

 

「あにき、早く早く!」

「ういうい」

 

 ぷにが先導する形で、それを追うピアニャちゃんに手を引っ張られる俺。

 お腹が空いてるのに子供って言うのはなんでこんなに元気なんだか。

 

「ぷに!」

「ここ?」

「ここです」

 

 左にピアニャちゃんの手をつないだまま、右で扉を開けると、いつものようにイクセルさんの姿が見えた。

 

「お、いらっしゃい! ……ってなんだその子?」

「義妹です」

「あー、なるほどな」

 

 カウンター越しにイクセルさんがピアニャちゃんの事を見下ろした。

 こんな奴に絡まれて大変だなあ、っていうのを目から感じ取れるぜ。

 

「可哀想になあ……名前は何ていうんだ?」

 

 口に出しやがった。

 

「人の名前を聞く時は自分から!」

「お、そうか、悪い悪い俺は……」

「わたしはピアニャです!」

「…………」

 

 イクセルさんが笑顔から一転して、鋭い目つきを俺に向けてきた。

 大してピアニャちゃんはうまくできたと言った様子でニコニコしていた。

 

 弁解はしない。妹とは、兄の背を見て育つ者ゆえ、致し方が無き事。

 

「ピアニャちゃん、あんまりこいつのマネしない方が良いぜ?」

「……?」

 

 イクセルさんの言葉に対して可愛らしく小首をかしげるピアニャちゃん。

 まあ確かにマネをしない方が良いな、これがクーデリアさんとかだったら確実に怒られてたしな、俺が。

 

「まあいいか、俺はイクセルっていうんだ。よろしくな」

「うん! よろしく!」

「……よし!」

 

 突然イクセルさんが声を上げると、指を一本立ててこちらに向けてきた。

 

「ピアニャちゃんに免じて今日は何でもタダにしてやるぜ!」

「ホント!?」

「ああ、なんでも食べてってくれ!」

「わーい!」

 

 無邪気に喜ぶピアニャちゃん、対して俺の反応と言えば……。

 

「イクセルさん……ロリコ――」

「違うからな?」

 

 打って変って包丁を取り出すイクセルさん、だって笑顔の小さい女の子見て気を良くするとか傍から見たらねえ。

 

「ったく、その代わり、アーランドに来た時にまた来てくれればいいんだよ」

「うん! またあにきと一緒に来るね!」

 

 ああ、そう言えばこの人って性格もイケメンな方でしたね。

 前の料理騒動ですっかり忘れていたぜ。

 

「まあ、それなら好きに食べさせてもらうか」

「ぷに!」

「ああ、シロの分は別枠だからな」

「ぷに!?」

 

 ですよねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなりにおいしかった!」

「アカネ……」

 

 会計を済ませた後、感想を聞いたピアニャちゃんのコメントに睨まれる俺。

 

「それなりの部分が俺のせいだと決めつけるのは早計ですよ」

「どう考えてもお前の影響だろうが……」

 

 確かにピアニャちゃんの教育方針を少し改める必要はありそうだ。

 

「ピアニャちゃん、ワンモア」

「とってもおいしかったよ!」

「ああ、ありがとうな。そしてできれば最初からそう言ってくれ」

 

 少し疲れたような表情のイクセルさん、少し申し訳ない気分になってしまう。

 すると突然左手が引っ張られた。

 

「それじゃあまた来るね!」

「ああ、それじゃあまたな」

 

 バイバイと手を振るピアニャちゃん、せめて一言言ってから手をつないでもらいたい。

 それにそんなに急いで外に出たら……。

 

 

「わっ!?」

「あら?」

 

 

 予想通り人に衝突してしまったピアニャちゃん、まあ止めようと思えば止められたが、まあいいだろう。

 痛くなければ覚えませぬってどこかの武士も言ってたし。

 

「ご、ごめんなさい!」

「大したことないから、気にしなくていいわよ?」

 

 慌てて離れて謝るピアニャちゃん、まあミミちゃんは普通に受け止めてたから大事はないだろう。

 

「そこで吹っ飛ばされるエンターテイナー性がミミちゃんにあればな……」

「あるわけないでしょうが」

 

 呆れたような目線と共に突っ込まれてしまった。

 そう言い終わると、急にちらちらと俺の後ろを見たりとそわそわし出した。

 

「えっと、トトリはいないのかしら?」

 

 これ、たぶん本人的には素っ気なく言ったつもりなんだろうな……。

 

「今日は妹と二人です」

「…………そ、そう! それならそれでいいのだけれど」

 

 流石にあからさまにガッカリした様子はないが、顔赤くしてたら台無しですよね。

 ここでツンデレツンデレと突っ込みたいが、ピアニャちゃんの教育によろしくなさそうなので却下だ。

 

「そ、それであんたはその子連れて何してるのよ?」

「冒険!」

「です」

「ぷにに」

 

 露骨に話題を逸らしてきたその発言にピアニャちゃんが一番に答え、足りないところを俺が補い、ぷには何を言ったのか分からない。

 

「へ、へえ、そうなの」

「うん、ミミちゃんも一緒に来る?」

 

 ここでピアニャちゃんからのキラーパス、トトリちゃんもいないしここでミミちゃんが乗ってくるとは思えないが……。

 

「それじゃあ一緒させてもらおうかしら」

「えっ?」

 

 優しく微笑んでそう答えるミミちゃん、思わず口から声が漏れてしまった。

 年下の子には優しかったりするんだろうか。

 

「ふむ、しかしこれで四人パーティーだな」

 

 格闘家、槍使い、魔物、妹、なかなかに個性的なメンバーだな。

 

「いや、俺は格闘家よりも錬金術士なのか……?」

「むしろ遊び人とかにぎやかしじゃないの?」

 

 ちょっと酷くないですかねえ。

 

「遊び人!」

「ぷにに!」

「…………」

 

 俺は泣いても良いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ちひしがれ落ち込みながら歩くこと数十分、ミミちゃんがピアニャちゃんの面倒を見てくれるので比較的俺は楽になった。

 やっぱり女の子は女の子同士のが良いのかもしれない。

 

「後はマークさんとハゲルさんの所にでも行くかね?」

「ぷに」

 

 頭の上のぷにが同意してくる、マークさんとかはアレで子供好きなところもあるし邪険にはしないだろう。

 ハゲルさんは……ミミちゃんの事苦手なんだよなあ、あの人。

 

「夕方までに家に帰れば良いだろうし、あとは適当に街を一周して――――グエッ!」

「ぷに!?」

 

 いきなりジャージの襟を掴まれ、まさに潰れたカエルのような声が出てしまった。

 猫の様なニャってなるのよりはマシだが、一声かけてくれればいいじゃないか。

 

「一体俺に何の恨みが……」

「あんたがぶつぶつ言いながら通り過ぎようとするからでしょ」

 

 そういって武器を背にしまうミミちゃん、妙に力強いと思ったら武器の柄に襟を引っかけたんかい、テコの原理の無駄遣い甚だしいな。

 

「それで一体なんなんでしょうか?」

「アレよアレ」

 

 そう言ってミミちゃんは少し後ろにいるピアニャちゃんを指差した。

 

「わ~」

 

 なんか店のガラスに両手を張り付けて、何かを見つめてるようだが……。

 

「アレは……指輪?」

「ええ、なんだかんだで女の子だもの。興味あるんじゃないの?」

「な、なるほど……」

 

 ちょっと意外だが、まあ無理もないか。

 あんな辺境の村で育ったんだし、アクセサリーとかも珍しいんだろう。

 

「ここは買ってやるのが優しい兄貴か、それとも我がまま言うなと厳しい兄貴か」

「安いものじゃないけど、あの子初めてアーランドに来たんでしょ?」

「う、うむ。ならやっぱり……」

 

 指輪を見る度にあの日を思い出す、っていうのも良いよな。

 それにあんなにキラキラ輝いた瞳を裏切る事は俺にはできない……。

 

「ぷに~?」

 

 そんなに甘やかして良いのかいと問われた。

 

「ま、まあ確かに欲しがれば何でも買ってもらえると思われても困るしな」

「それならどうするのよ? 買ってやらないってことはないんでしょ」

「つまりは欲しがったからじゃない、俺が買ってあげたいから買うんだ。決してピアニャちゃんの為じゃない」

 

 思い出の値段はプレイスレス、俺が少し節約するだけで喜んでもらえるならそれで十分だろう。

 

「人にツンデレツンデレ言う割には、あんたも大概よね」

「うっさい」

 

 そう言い残して俺はこっそりとピアニャちゃんの後ろに回り込んだ。

 そしてさっきまでの決意が揺らいだ。

 

「――――っ」

 

 じっと見つめる視線の先には指輪と数字、0が四つもついていた。

 確かにアクセサリーならこれくらいいくのかもしれないが、絶賛借金生活の身には身を切る思いだ。

 

「んっ、お嬢さんそれがほしいのかい?」

「え? えっと、うん……」

 

 こっちを振り向いたピアニャちゃんは躊躇いがちに首を縦に振った。

 

「よし、んじゃ店に入るか」

「! 買ってくれるの!?」

「うむ、勘違いするなよ。俺がピアニャちゃんに似合いそうだと思ったから買うんだからな」

 

 ……あ、これツンデレだ。

 

「うん、あにき大好き!」

「そ、そうか」

 

 引き締めようとしてもついつい頬が緩んでしまう、ふふんたかが0が四つ程度安いもんだぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内に同じので小さいサイズのものがあったのでそれをもらい、ピアニャちゃんの指に嵌めてあげて外に出たところ……。

 

「えへへ~、ミミちゃん、似合う?」

「ええ、お似合いよ」

「えへへ、あにき、ミミちゃんに褒めてもらった!」

「ん、そうか」

 

 ご機嫌ゲージがメーターを振り切ったようで、倍に輝いた笑顔で指輪を眺めていた。

 改めてみてもまあ、緑の宝石? がよく似合っている。

 

「シロも似合うと思う?」

「ぷに」

 

 俺の頭に飛び乗ってきたぷにが、肯定の声を上げた。

 

「えへへ~、あにき大好き!」

「おうっ」

 

 喜びゲージも振り切ったようで、俺のジャンプして背中にくっついてきた。

 ここまで喜ばれると兄貴冥利に尽きると言うモノだが。

 

「ほら、乗るならちゃんと乗れ」

「うん!」

 

 そのまま背に手を持っていておんぶしてあげる事に。

 日ごろつけた筋肉が役に立つ日が来たぜ。

 

「そんじゃあ、もうちょっと街を冒険するか」

 

 ぷにを頭に、義妹を背にと重装備のまま俺たちはアーランド中を練り歩いた。

 

 

 

 

 そして日が少し傾いた頃。

 

「すー……」

「寝たか」

「寝ちゃったわね」

「ぷに」

 

 耳元に聞こえる小さな寝息、初めてのアーランドではしゃぎすぎて疲れてしまったようだ。

 となれば今日はここでお開きか。

 

「ふう、今日は付き合ってもらい感謝の極み」

「別にお礼なんていらないわよ、まったくお礼に聞こえない事は別として」

 

 溜め息を吐きながらそう言葉にするミミちゃん、だって素直に礼を言うのもなんとなく恥ずかしい。

 

「……それじゃあまた今度ね、その子にもよろしく伝えといて」

「あいよ、んじゃまたな」

 

 軽く手を振ってミミちゃんと別れ、俺は腰のポーチからトラベルゲートを取り出した。

 

「寝てる時に使っても起きたりしないよな?」

「ぷに」

 

 大丈夫らしい、ぷにの実体験だとどうも信用し辛いが、まあ帰るしかないからな。

 俺はそっとトラベルゲートを使い、トトリちゃんのアトリエまで飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

「ぷにん」

「きゃ!?」

 

 アトリエに降り立つとそこに偶然にもツェツィさんが、不可抗力ながらも驚かせてしまった。

 

「えっと、お帰りなさい。あら? 寝ちゃったの?」

 

 俺の背にいるピアニャちゃんに気付いたようで、ツェツィさんはくすりと小さく笑って口を開いた。

 

「それじゃあ、お布団の用意してくるからちょっと待っててくれる?」

「あいよっと」

 

 アトリエを出て行くツェツィさんを見送りながら、俺はピアニャちゃんを膝に乗せつつソファにもたれかかった。

 

「すー……」

 

 まったく起きる気配もなく、相変わらず聞こえないくらいに小さい寝息をたてて寝ている。

 

「はあ、俺も一休みさせてもらうか……」

「ぷに」

 

 流石に一日中街を歩くと疲れるもので膝の上の寝顔を見ていると自然に眠気が襲ってきた。

 

「街の話はまた明日……だな」

「ぷに……」

 

 そしてその日は静かに過ぎていった。

 

 



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己の信義

 

 五月も終わり、六月に入った今日この日、討伐の依頼をこなして酒場から出て、トトリ家に向かおうとしていた。

 

「ん? ……アレは」

「ぷに?」

 

 馬車の前にペーター(仮)がいた。

 ただ……こう、全身から、得体のしれない瘴気が発せられてる。

 

 そして俺の視線に気づいたようで、奴は笑って。

 

「おお、おお! アカネじゃあないか!」

「――――っ!」

 

 一瞬で俺の眼前に立った。 

 ペーター如きの動きを俺が目で追えなかった……だと。

 

 そしてこいつの目、いつぞやの希望に満ちた光り輝く目ではない。

 もっとどす黒い、希望が欲望に移り変わったかのような、鈍い光を放っていた。

 

「うへ、うへへ。聞いてくれよアカネ」

「あ、はい……」

「ぷに……」

 

 離れようと思えばいつでも離れられそうなのに、できない。

 まるで粘液にでも絡め取られているかのようだ。

 何これ、ペーターが凄い怖い。

 

「祭りが! 数十年ぶりに豊漁祭が開催されるんだよ!」

「豊漁祭?」

 

 字面から推測するにまんま豊漁を祝うような祭りなんだとは思うけれど、ペーターの様子から推測するに絶対そうじゃない。

 

「ああ、そうさそうなんだ! 俺はやるぜえ、恥も外聞も捨ててなあ、うへ、うへへ」

「うわあ……」

「ぷに~」

 

 理解した。本能的に理解した。

 欲望だ。欲望だけがこいつの身を加速させている。後も先もない、今見えている者だけがこいつにとっての全てなんだ。

 

 ……なんて漢だ。

 

「それでなあ、お前にお願いがあるんだよ。頼まれてくれるだろ?」

 

 どうしよう、絶対にロクでもないお願いだこれ。

 ただ受けないと、受けるまで絶対に粘着される。もはや命令だろこれ。

 

「ま、まあ、この間イエスっていった手前断らないさ」

「そうか、そうか、持つべきものは親友だな」

「ぷ、ぷに……」

 

 ぷにも頭上で戦慄に身を震わせていた。俺もだ。

 

「で、そのお願いっていうのはだな。祭りの日までに、八人の、若くて、美しい女性を連れてくるんだ」

「へっ?」

 

 おおよそ祭りにいらない条件だけだったような……。

 

「いいか? 重要! な事だから、もう一回言うぞ。八人の、若くて、美しい女性を連れてくるんだ。これが祭りの開催の必須条件だ」

「うわあ……」

 

 嫌な予感しかしねえ、若くて美しい女性、多人数、祭り、海……数々の漫画の知識によって生まれた知恵の泉が俺に語りかけてくる……。

 

「水着でミスコン……」

「――――っ!?」

 

 な、何故分かった。そう言いたいような表情で固まっていた。

 

「分かるだろ、そりゃ」

「だ、だけど、それなら尚更協力してくれるよな! 男のロマンだろ! 夢だろ!」

「はっ!」

 

 まるで俺が同類だとでも思ってるかのような、そんな笑顔で笑いかけてくるペーターに俺は嘲笑を浴びせかけた。

 そして、一段階声を下げ、言葉を吐きかけた。

 

「ふざけるなよ」

「へ?」

「確かに、俺は可愛い女の子が可愛い格好をするのは好きだ」

 

 事実、俺はカメラ片手にネコミミフェスティバルを開催したこともある。あの時は悔いの残る結果ではあったがな……。

 だが、それとこれとを一緒にされてはたまらない。

 

「水着だって見たい、ああ見たいさ」

「だ、だったら良いじゃないか」

 

 違う、何もかもが違う。

 

「ミスコンっていうのが、気に入らねえ……気に入らねえよ!」

 

 俺のその雄叫びに、ペーターは短く悲鳴を発し一歩後ずさった。

 

「彼女たちを見世物にする、そんなんじゃあ俺は心の底から楽しめないのさ……」

 

 罪悪感を心に抱いたまま楽しめるだろうか、否、断じて否。

 そして不愉快だ。彼女らを衆人観衆の中に立たせることが不愉快だ。

 

「俺には俺のやり方がある。そんな頼みは聞けないな」

 

 まずお前と俺では欲望の根源が違う、信義が違う。

 

「ペーターお前は恥も外聞も捨て去ると言ったな」

「あ、ああ」

「舐めるなよ、元からあってないようなものじゃないか。最初から賭け金が釣り合ってないんだよ」

 

 まったく、仕事もロクにやらない男が何をのたまっていのか。

 

「俺は違う、俺は俺として、何も捨てず、白藤アカネとして行動している」

 

 俺のその言葉に、ペーターは悔しそうに俯くだけだった。

 

「……くっ」

「まあ頑張るだけ頑張ってみろ、なあに祭りが開かれたら盛大な花火を上げてやるさ」

 

「ハーーッハッハッハ!」

 

 高笑いをしながら、俺はヘルモルト家への坂道を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は妹にネコミミをつけていた。

 

「おいおい、これはマジヤバだろ」

「ええ、アカネ君。これはマジヤバね」

 

 髪の色に合わせ黄色っぽい金のネコミミ、俺とっツェツィさんはそれをつけているピアニャちゃんを見ていた。

 一言で言って、マジヤバだった。

 

 ふふん、やはりネコミミは素晴らしい。うへへ、こんなに可愛いモン見れるなら恥も外聞もいらないぜ。

 

「ぷに~」

「なんだよ、文句があるなら言ってみな?」

「…………」

 

 黙りこくってしまった。

 

「ただいまー」

 

 ピアニャちゃんが遊んでいる様を、ツェツィさんと鑑賞していると、トトリちゃんが帰ってきた。

 そしてピアニャちゃんを見て、またですか、そんな具合に俺の事を見てきた。

 

「可愛い事、それ即ち正義なり」

「深いわね」

 

 ピアニャちゃん関連になると、なんでこの人はこんなダメになるんだろうなあ。

 

「……もういいや」

 

 トトリちゃんが呆れたように肩を落としてそう口にした。

 まあ、姉のこんな様子を見せられたら仕方がないんだろうな。

 

「あ、そうだお姉ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「あら、何かしら?」

 

 そしてトトリちゃんは俺に少し目線を持っていき、何か言いづらそうにしていた。

 俺は空気を呼んだ上で空気を読まない事をするが、まあ今回は空気を読むところだろう。

 女の子の秘密話に首を突っ込むほど野暮じゃない。

 

「……ふむ、んじゃ俺は退散するかね」

「ぷに」

「あ、すみません」

「いや、どうせこの後にも予定あったし良いさ」

 

 俺は一言そう言って、ピアニャちゃんに別れを告げ、師匠のアトリエへとトラベルゲートを使って飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトリエに着くと、師匠は不在で仕方なく俺は適当に錬金術で物を作りながら待っていた。

 

「人参、ピーマン、キャベツにトマトに野菜をたくさんっと」

 

 作ってるのは野菜ジュース、我ながら釜をミキサー代わりにするのはどうかと思うが。

 

「依頼のせいで最近肉と果物ばっかだったからなあ」

「ぷに」

 

 狩り、採取、野営、この流れで大体は肉がメインになってしまう。

 コンテナに野菜が入ってる時はもうちょっと良い生活ができるのにな。

 

「よーしできたできた」

 

 出来あがった野菜ジュース、推定五十種配合、果汁0%、野菜100%、お世辞にもうまいとは言えなさそうだ。

 ただ食欲を少しでもそそらせるために、オレンジジュースの様な色にしている。着色料なんて体に悪いものでは断じてない。

 コップに移し、完成品をテーブルの上に置き、とりあえず余った材料をコンテナに片づけようと釜近くで片づけをしていたところに。

 

「ただいまー、あ、アカネ君来てたんだ」

「ん、お邪魔してるぜ」

「ぷに」

 

 それにしても誰もいないのにただいまって言うんだな。

 ……毎日、今日は弟子の誰かがいると期待して、ただいま、そう言って扉を開ける師匠の姿が脳裏をよぎった。

 もうちょっと頻繁に来るとしよう。

 

「ふう、今日は暑くて喉かわいちゃった」

「ああ、確かに」

 

 六月に入って日差しも強くなってきた。

 俺もこの片づけが終わったらジュースを飲んで喉を癒すとしよう。

 

「あ、そうだ師匠」

 

 そのジュース、見た目うまそうだけど飲むなよ。

 そう言おうと振り返ったが、遅かった。師匠は、おいしそーと言って、コップを口元で傾けて……。

 

「に、にがあい!」

「人の物を勝手に飲むから……」

「な、何これ! 苦くて辛くてドロドロしてて……うう、まだ口の中に味が残ってるよお」

 

 半泣きになりながら、必死に苦みに耐えていた。憐れ師匠、でも俺は悪くねえ。

 

「人の物は勝手に飲んだらいけないんだぜ?」

「うん、わたしが悪かったよ……」

 

 身を縮めて、まるで叱られた子供の様になってしまう師匠。

 師匠って三十代近かった気がするが、うん、俺の中では十代と言う事にしておこう。

 

「お邪魔しまーす」

「あ、トトリちゃん」

「え?」

 

 扉を開けて入ってきたのはトトリちゃん、なんという偶然か。

 

「あ、あれ? アカネさん」

「まあ、こんな日もあるさ」

「ぷに」

 

 そう言いながら、俺は野菜ジュースを飲み干しテーブルにコップを置いた。

 

「えっと、あのアカネさん……」

「おーけー、何も言うな」

 

 次は師匠に何か相談ごとなのだろう。

 ギルドにでも言って暇をつぶすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィリーちゃんと談笑中。

 

「あ、アカネさん……」

「またですか」

 

 

 

 

 

 

 

 道端で出会ったミミちゃんと談笑中。

 

「アレは……」

 

 こっちに向かってくるトトリちゃんを発見、移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 俺はアーランドの街を当てもなく歩いていた。

 

「一体なんだと言うのか」

「ぷに~」

 

 行くとこ行くとこトトリちゃんが現れる、ここは美少女たちとの会話はあきらめてマークさんとかイクセルさんあたりの所に行くしかないのかもしれない。

 

「まあトトリちゃんもいろいろ悩みがあるんだろうし、今日のところはサンライズ食堂で暇をつぶすか」

「ぷに!」

 

 

 

 

 

 

 

 女性との交友関係が美少女に傾きすぎていた。これが原因であんな事になるとは、このときは思ってもいなかった。

 

 



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ピエロ

 

 ペーターの例の誘いから一ヵ月、俺は師匠のアトリエで花火フラムの制作に打ち込んでいた。

 

「はーなび、花火っと」

「ぷにに」

 

 爆弾と言う事もあっていつもよりノリノリで錬金にのめり込める。

 試作すること数十個目、導火線の長さを調整し、染料の量を調整し、火薬の量を調整し、材料を調整し。

 

「導火線を短くしすぎたときは死ぬかと思ったなあ」

「ぷに~」

 

 ぷにが俺を突き飛ばしてくれなかったらと思うとぞっとしない話だ。

 

「まさか島でのぷにの体当たりの威力アップが伏線だっとはな」

「ぷに?」

「はいはい、感謝していますぜ」

「ぷに」

 

 ならば良しと言ったご様子だ。

 褒めると褒めるですぐ調子に乗るんだからこの子は。

 

「っと、できたできた」

 

 小さく釜の中が爆発して、浮かんできた球状の物体を取り出した。

 

「だんだんと禍々しくなってきてるよな」

「ぷに」

 

 取り出したるは花火フラム、それは本物の花火の様に丸く導火線が付いているというのまではいいのだが。

 

「どうしてこうなった」

 

 花火には白い布が巻きつけられ、その上には血の様に赤い文字で呪文が大量に刻まれていた。

 これはマズイ類のモノだ。師匠に見つかったら怒られる。

 

「いろいろ混ぜすぎた。それが唯一つの答え」

「ぷに~」

 

 呆れたような声を出されてもなあ、出来ちゃったもんは出来ちゃったんだし。

 前に作った花火フラムをうまいこと空の上で爆発させてみたところ、七色の火花が美しく夜空に散ったのだが……。

 その時、俺の肩の悪魔(ぷに)が囁いた。

 

 ――本当にそんなもんで良いのか?

 

 との挑発に見事に乗っかって、いろんな本の派手に爆発する爆弾の構成をマネて作られたのがこれだ。

 きっと派手に、それは派手に爆発する事だろう。あとは花火らしい雅な美しさも保ってくれればいい。

 

「構成を考えてとかそれっぽいこと言ってみるけどさ、要はコピペだらけのつぎはぎなんだよな」

「ぷに?」

「コピー&ペーストの略です」

 

 説明しつつ俺はコンテナに花火フラム……と読んでいいかは分からない物体をしまい込んだ。

 とりあえず夜まで待って、それまではギルドの依頼の品をこなすか。

 

「お仕事は大事だよな」

「ぷにに」

 

 遊びをしつつも、やることはしっかりやる。俺は今最高に大人っぽい。

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 依頼の爆弾を作り終えてフィリーちゃんに納品、そして帰ろうとしたところ。

 

「あれ? 後輩君?」

「お、先輩」

 

 柱に後輩君が退屈そうに背中を預けていた。

 

「珍しいな、暇そうにしてるなんて」

「師匠がここで待ってろって置いてったんだよ」

 

 愚痴るような口調でそう言いながらも、暇だ暇だと口にする後輩君。

 

「俺が話し相手になってやるからあんまり騒ぐなって」

「ぷに」

「お、マジ? さっすが、先輩!」

 

 打って変って、後輩君は柱から飛び跳ねて俺の方へ向き直って来た。

 ふ、こいつはいつまで経ってもお子様だぜ。

 

「そう言えば先輩って免許更新してからランクアップしたのか?」

「…………そういう後輩君は?」

 

 気分は学校での試験が返された後だ。お前どうだったんだよ、お前が先に言えよ、俺は絶対に自分から先には言わない性質だ。

 

「俺はあと少しだな、今度ドラゴンでも倒しに行ったらたぶん上がるな」

 

 指を折りながら計算をする彼を見つつ、俺は心底安堵した。

 いつかの様に後輩たちに追い抜かされるような事態にはまだ至っていないと。

 

「で、先輩はどうなんだよ?」

「俺か? 俺は……依頼をあと数十個こなせば、たぶん」

「なんかずっこいな」

 

 後輩君の目線は俺の肩、つまりはぷにへと注がれた。

 

「相棒と俺は一心同体、免許も同様よ」

「ぷに」

 

 その言葉を聞くと、後輩君はジトっとした目になり、ついつい目を逸らしてしまった。

 

「…………ん?」

「? どうしたんだ先輩?」

「いや……」

 

 逸らした視線の先にはこちらを柱の陰から見つめる赤いローブを着た女の子の姿が。

 目元までかかったピンクの髪の間から、こちらの事をじっと見つめていた。

 

「ん? なんだあいつ」

 

 後輩君がとりあえずと言った様子で投げやりに手を振ると、女の子は顔を引っ込めてどこかへ走り去ってしまった。

 その姿に俺の頭の中には一つの考えが浮かんでいた。

 

「? なんだったんだ?」

「……あの反応はまさか、いや、決めつけるには早いな」

「ぷに?」

「いや、気にしないでくれ」

 

 小さく呟いたつもりがぷにには聞こえていたようだ。

 そう、まだ早い、だが身構えておくにこしたことはないだろう。

 

「ぷに~」

「ん? 腹減ったのか?」

 

 俺の考えも何もかもを無視して、ぷにはそんな事を言いだした。

 すると後輩君も便乗したかのように手を上げた。

 

「俺も俺も! 師匠来たら一緒に食堂行こうぜ!」

「ふむ、まあいいか」

 

 ちょうど俺も腹が空いてきたところだ。昼は作るつもりだったが、今日くらいは良いだろう。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 ステルクさんと後輩君を連れ四人でサンライズ食堂へ、窓際のテーブルの席へと着いた。

 

「それにしても後輩君も飽きずに修行するよなあ」

「んー? そうか?」

 

 スプーンをくわえたまま首をかしげる後輩君、そうなんです。

 

「むしろ君が錬金術に甘えて、横着しているだけだろう」

「し、失敬な」

 

 錬金術の前は真面目に……真面目に、真面目にぷにに頼っていた。

 

「良いんですよ! 雑魚はフラムで爆殺、強敵はぷに任せ、それが俺のモットーです」

「……まあそれもいいだろう」

 

 ステルクさんは諦めた、というよりも達観したかのように肩を落とした。

 

「ステルクさんも俺の扱いに慣れてきましたよね」

「不本意ながらな」

 

 そこは誇るべき所でしょうと、突っ込もうとしたところで気づいた。

 俺からは店の入り口側の窓から外が見える、そしてその窓から先ほどの赤いローブの女の子がこちらを伺っているのが見えた。

 

「……確かめてみるか」

「? 何をだね?」

「? 先輩どこ行くんだよ」

 

 ちょっとな、そう言い残し、イクセルさんにちょっと店を出ると言って俺は表に出た。

 すると、彼女は顔を真っ赤にして俺の方を向いた。隠れた目が少しうるんで見える。

 

「ちょっと、いいかな……」

「――――っ」

 

 そう声をかけると、彼女は背をこちらに向けて人混みの中へと走り去ってしまった。

 やはり、やはり彼女は……。

 

 あらゆる可能性を模索しながら俺は店に戻り、再び席に着いた。

 

「二人も窓からこっちの事見てたよな」

「ああ、あいつなんだんだ?」

 

 まったく分からないご様子だ。ふふん、説明してやろう。

 

「あの子がなぜ俺から逃げたか、分かるな?」

「顔が怖いからか?」

 

 自分の師匠の前で何をぬかしているのかこの子は、ステルクさんからは後輩君を睨みつつもどこか哀愁を感じるし……。

 

「違う、アレは……照れ隠し」

「照れ隠し?」

「まあ、確かにこちらから見ても少し顔が赤かったような気はするが……。

 

 難しい顔をしてステルクさんは小さくそう呟いた。

 

「ステルクさんから見てもそう見えた。……やばい、可能性が、可能性が急上昇だ」

「先輩さっきから何言ってんだよ。可能性って何のだよ」

 

 むくれた後輩君がテーブルの下で俺の足を蹴ってくる。地味に痛い。

 

「ふ、お子様め。まあ、大人はすぐに気付くのさ」

「はあ?」

「アレは恋だ。LOVEだ、好きなんだ。そしてその対象は――――俺っ!!」

 

 右手の親指を自分に突きつけ、これ以上ないほどに口元を曲げ自信を表すような笑みを浮かべた。

 

「困った事だぜ。俺には仕事と守るべき子とか、まあいろいろあるのになあ。だがその障害を乗り越えてこそ恋とは激しく燃え上がるもの……」

「盛り上がっている所申し訳ないが、正気か?」

 

 昨今のステルクさんはなかなか見せない、眉を下げた困り顔で俺にそう語りかけてきた。

 なんて事を言うのだろうか。

 

「だって見た感じ明らかでしょう! 相手の想いに敏感になれないと、そんなんだからステルクさんは……」

 

 続けようとしたところで、ステルクさんの目から殺人ビームがでそうだったので口にチャックをした。

 

「ふーん、先輩ってモテるのか?」

 

 その言葉の裏には絶対あり得ないという意図が見え隠れするぜ。

 

「まあ、俺の大人の色香には、寄ってくる美しい蝶々が後を絶たないのさ」

「ぷに」

 

 嘘じゃないもん、こっから増えて行く予定だし。

 

「どっちが正しいか、結果はすぐに出ると思うぜ?」

 

 いつもの様に笑い、俺は機が熟すのを待った。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 あの後ステルクさんに押し切られて一緒に修行と討伐依頼をこなして、ギルドに戻って来た所で、時は来たれり。

 

「あ、あの!」

 

 ギルドに入った所で、例の女の子が声をかけてきた。

 そして、その手には小さな便箋が……。

 

「やあ、どうしたんだい?」

 

 二人よりも一歩前へと踏み出し、俺はかつてないほど柔らかな口調でそう尋ねた。そして白い歯をキラリと光らせる爽やかな笑みを浮かべた。

 ちょっと白々しいかな、だって相手の要件はもう分かっちゃってるんだから。

 だがここでは、彼女のためにも気付かないふりをしておこう。

 

「今日は度々すみませんでした。変だと思われたかもしれませんが、それには理由があって……」

 

 どこか育ちの良さを感じさせるその言動、しかしミミちゃんの様に高圧的でない。確かなお淑やかさを感じた。

 俺は笑みを張り付けたまま、その理由は? そう聞き返した。

 

「実は……あの、その……あ、あなたの事、あなたの事が好きです!」

「っ!」

 

 真っ赤になった顔を上げてそう声を張り上げる女の子。

 俺はどうだと言わんばかりの笑みを、後ろの二人に見せた。

 

「これにわたしの気持ちをしたためました。どうかお読みになってください」

 

 一歩一歩と踏みだして両手で持った便箋を腕を伸ばして、同時に頭を下げた。

 そしてその手紙の行き先は――――。

 

 

 

 ――俺から座標が一つずれていた。

 

 

 

「わ、わたしの気持ちをしたためております、どうかお読みください」

「え? 俺か?」

「――っ!?!!?」

 

 口がぱっくりと開いた。

 後輩君の手には便箋が、その頭上には疑問符が浮かんでいるように見えた。

 

「はい、御迷惑でしょうか……」

「いや、いいんだけどさ……」

 

 手紙を持っていない手で、困ったように頭をかく後輩君、その目線は一瞬俺へと注がれた。

 待て、何だこれは、一体何が起きている、何だ何だ何だ、現実に起きている事か?!

 

「そ、それでは、お返事お待ちしております」

 

 ローブのフードで顔を隠して、恥ずかしそうにその場を立ち去る女の子。

 俺は未だに現実を享受できないでいた。

 

「…………」

 

 気づいたら俺は膝をついて、地面に倒れ伏していた。

 そうか、俺はつまり……ただのピエロか。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、いつの間にか後輩君の頭に乗っていたぷに含めた三人へと笑いかけた。

 

「ふは、ははははは! 笑えよ三人とも! 俺がいつも通り面白いことしたぜ!?」

「ごめん」

「……ぷに」

「…………すまない」

 

 一様に俯いて、心底申し訳なさそうに、そう呟いた。

 …………分かってくれよ、今の俺にはさあ。

 

「そういう同情が一番傷つくんだよおおおおおお!!」

 

 気づいたら俺は駈け出していた。

 

「せ、先輩!」

「うっせえええ! 勝ち組は黙ってろおお!!」

 

 制止の声を振り切り。

 ギルドを出て。

 街を出て。

 街道から外れ。

 森へと至り。

 出てきたモンスターは須らく滅ぼし。

 

 走って

 

 走って

 

 走り続けた。

 

 

「……俺が! 偶には期待しても良いだろうがよおオオ! ちくしょおおお!!」

 

 結局一日中、俺は叫びながら走り続けた。

 この感情の持って行き場を俺はまだ知らない。

 

 



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夏の二大イベント

 

 悲しみの疾走、アーランドに帰ってきてもその火は消えず、俺の心の炎は燃え盛った。

 

――アレは恋だ。LOVEだ、好きなんだ。そしてその対象は――――俺っ!!

 

 あの時の自分の表情と感情を一度思い出すと、もはや体を動かさずにはいられなくなる。

 その結果。

 

「えらいこっちゃ」

「ぷに」

 

 アトリエ中に転がっている花火フラム、この有様に至るまで一ヵ月、材料を取りに走っては無心で錬金をする日々。

 精神が肉体を凌駕しすぎた。

 

「これも全部ジーノって奴のせいだ」

「……ぷ、ぷに」

 

 足元でNOと言っている奴がいる、やれやれ何も分かってないぜ。

 

「女の子に告白されて、さらに断る後輩君。これがなければ俺はもう少しまともでいられた」

 

 こないだ後輩君に会ってその後を聞いてみたら、普通に振ったとの言葉が飛び出した。

 一発殴った。

 あんだけのピエロを演じたんだから許されると思う。

 

「別に良いし、元の世界に帰るまで女とかいらないし」

 

 言葉にしたら余計にみじめな気分になってきた。

 ここが師匠のアトリエじゃなかったら転がっているフラムを爆発させてるだろうに。

 

 そんな破滅的思考をしているさなか。

 

「せんぱーい、居るかー?」

「ぼおおおおおお――――っ!!!」

 

 その声とともに扉が開いた瞬間、おおよそ人類が発生できない様な音がでた。

 同時にあの日を思い出して目に熱いモノが込み上げてきそうになった。

 

「ちっ、何のようでしょうかねえ?」

「な、なんで、んなに感じ悪いんだよ」

 

 言葉を聞き取る→アカネ的脳内変換→結果。

 一ヵ月も前の事を引きずってるなんて、男らしくない、そんなんだからモテないんですよ。

 

 歯がギシリと音を立てた。

 

「貴様あ! ちくしょー! タイマンだ! タイマンで勝負だ! 爆弾も何もなしだ!」

 

 正論をぶつけらてムキになっているのは分かる、だがあえて俺は後輩君に指を突きつけるぜ!

 ピエロの最後のプライドをかけて勝負してやる!

 

「お、いいなそれ」

 

 嬉しそうな快活な笑い、今の俺にはこれが憎たらしい。

 絶対に負けないぞ、俺の逆恨みパンチの威力を思い知らせてやる。

 

「っと、こんな事じゃなくて、先輩に用事があって来たんだよ」

 

 意識してないと思うけど、こんな事扱いされると悲しいです。だがいいだろう、口頭とはいえ公式に約束は取り付けたんだ。

 

「明日村で祭りらしいからさ、パパっと連れて行ってくれよ」

 

 明日だったのか、考えてみると全く日程とかも知らされてなかったな。

 無計画に増産されたこのフラムが無駄にならずに済みそうなのはいい事だ。

 

「んじゃ、ペーターの面でも拝んで溜飲を下げるか」

 

 水着水着とか言ってうつろな目をしているんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アランヤ村に到着して、後輩君と別れて歩き回ると、そこにはペーターの姿が。

 

「な、なにっ……!?」

 

 いつもの猫背で死んだ目をしている、そう思っていた。

 しかしそこにはハキハキと喋って、キラキラと目を光らせて、元気に会場設営をしている奴の姿が。

 

「おい、おかしいだろ」

「ぷ、ぷに……」

 

 あいつの元気な姿を見るのが、最近では普通だがやっぱり異常にしか思えない。

 

「まさか自力で美女を集めたとか?」

「ぷに~」

 

 祭りまで間に合わなくなって、精神的死に追い詰められた瞬間、スーパーペーターに進化した。

 長音が多くて言いづらそうな事は確かだ。

 

「いやいや、こんなこと考えてる場合じゃないって」

「ぷにぷに」

 

 どうしようと悩んで立ち尽くしていると、ペーターと目があった。

 すると、ニヤリと口を曲げて、堂々と風を切りながらこちらへと向かって来た。

 

「ようアカネ、よく来たなー」

 

 その顔をやめろ、その明らかに人を馬鹿にした目と、明らかに人を嘲笑っているその口をやめろ。

 思わず手が出そうになった。肩に乗っかっているぷにさえも体当たりするぞと言った表情だ。

 

「単刀直入に聞くぜ、何でだ?」

「何で、何でねえ? まあ他ならぬお前の頼みだから聞いてやるか、別にお前じゃなくてもよかったんだよ」

 

 勝者の笑みと共に、俺にその言葉が浴びせられた。

 同時に、ペーターの頼みを断った日の事が思い出される。

 やたらと俺の目を気にするトトリちゃん、行く先々で何度も出会ったあの日。

 

「まさか、トトリちゃんに……」

 

 俺がそう言うと、目の前でニヤニヤと無言の肯定を示した。

 

「その様子だと、アカネには秘密っていったのもちゃんと守ってくれたみたいだな」

「なんて奴だ」

「ぷに……」

 

 まさかこいつがラスボスだったとは、とりあえずぶっ飛ばしたい。

 拳を思いっきり握りこんだ。

 

「まあ、待てって。ほらちょっと見てみろよ」

 

 横に広げられた腕の先には、ハツラツと男女問わず祭りの準備をしている村人たち。

 皆とても楽しそうなのが遠目にも分かった。

 

「皆祭りを楽しみにしてるんだよ。なのに祭りのメインがなくなったらなあ」

 

 分かるだろ? そのように目で語られた。

 

「確かにそうだな。ここで水を差すのも悪い、おーけー俺は何もしない」

「分かってくれたか! それなら良いんだよ、祭りを楽しんで行ってくれよ!」

「ああ、夜は俺が出し物するから開けといてくれよ」

 

 表面上互いに笑いながらお開きとなった。

 まあ今更どうしようもないのは事実だからな。

 

 ただ、それはそれとしてペーター、俺は一つお前に言っておくことがある。

 

「ペーター、彼はお前の悪行を見逃さないぜ」

 

 軽く振りかえり、もはや聞こえてはいないだろうが、はっきりとそう口にした。

 そう彼だ。混沌の使者、悪を絶対に許さない彼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、晴天、降り注ぐ日差しの中、木製の舞台の上で俺は虎視眈々とその時を伺っていた。

 鳴り響く波の音、その中に奴の声が響いた。

 

「あーあー、会場にお集まりの主にジェントルマンの方々、大変長らくお待たせしました」

 

 ついに始まったか、ふっ、そのお気楽な面構えを文字通り粉砕してやるぜ。

 

「アランヤ村豊漁祭メインイベント、美少女水着コンテスト! いよいよ開幕です!」

 

 赤い幕が左右へ流れるように開いて、そこには俺もよく知る八人の美少女の方々が……水着で…………。

 

「Oh……」

 

 一瞬、ほんの一瞬だがペーターGJと思ってしまった。

 押さえろ押さえろ、今の俺はアカネじゃないんだ。

 しかし、まあ、うん。見えてしまうのは仕方ない。

 

「こ、ここ、こんなの聞いてないですよー!」

 

 隅っこで体育座りをしているフィリーちゃん、大方美少女につられでもしたんだろう。

 多少は同情してあげよう。

 

「いえ~い、皆楽しんでる~?」

 

 パメラさんだ。幽霊じゃないパメラさんだ!

 本当なら今すぐにでも幕を引きたいが、流石はパメラさん、ノリノリだ。

 

「まあ、偶にはこういうのも良いかもね。ほらあんたも前出なさいって」

 

 メルヴィアは…………いつもよりちょっと面積小さくなっただけだしなあ……。

 

「や、やだ! ちょっと、押さないで!」

 

 ツェツィさんがメルヴィアに押されて恥ずかしそうにして、前に出てくる。

 一言、言う事があるとしたら、生きていてよかった。

 これはアカネじゃない俺でもそう思わざる得ない。

 

「あ、あははは……流石にこれは恥ずかしいね」

 

 躊躇いがちに手を上げている師匠、やっぱり普通に俺より年下でも通じると思う。

 

「恥ずかしいなんてもんじゃないわよ! なんであたしが、こんな見世物みたいに!」

 

 腕を組んで怒り心頭と言った様子のクーデリアさん、気にしなくてもこのメンツなら誰も見ないと思いますから。

 

「っ!」

「どうしたのクーちゃん?」

「いや、なんかイラつく波動が……」

 

 キョロキョロと周りを見るクーデリアさん、恐ろしい人だ。

 

「トトリ……あんたには後でゆっくり話があるから、覚悟しておきなさい」

 

 怒りか、照れかは分からないが、珍しく頬を赤くして不機嫌そうな顔をしているミミちゃん。

 なんだかんだでちゃんと水着を着て舞台に上がっているあたり生真面目だ。

 

「そ、そんなこと言われても、わたしも知らなかったしー!」

 

 涙目で怯えているトトリちゃん、一言で今の彼女を表すなら、そうだな。天使と言う名詞がふさわしいだろう。

 俺の最近の真っ黒な感情も、今となっては浄化された。

 

 

 満足だ。さあ帰ろう、と言いたい所ではあるが……。

 

「さてさて、それでは順番にお話をうかがっていきましょう」

 

 その役どころ、貴様には荷が重い。

 

「待てい!」

 

 舞台の上、白く輝く太陽を背に、俺はこの場にいる全てに存在を示した。

 黒いタキシードに黒いシルクハット目元を隠す黒いマスク。

 腰には銀のサーベルに銀のリボルバー、胸に一輪の赤いバラ。

 

「な、何だお前は!?」

 

 その問い掛けに、俺は前の様にサーベルを片手に持ち、顔の前で横ピースをして名乗りを上げた。

 

「黒き怪盗が全ての悪事を黒く塗りつぶす。愛を拒む孤高の風、例えどこであろうとも平和を乱す者は許さない! 我が後ろには枯れ木すら残さない。混沌より出で使者! ブラックマン!」

 

 全員が呆然として俺を見上げる、その視線を掻い潜るかのように地面へと降り立ち、ペーターへとサーベルの先を向けた。

 

「こんな華やかな乙女たちの中、貴様の様な男では役者不足と言う物だぜ」

 

 誰、誰、という疑問の声が上がる中、俺はペーターとの距離をじわじわと詰めて行く。

 

「え、えーと、誰かは分かりませんが、少々空気を呼んでですね」

 

 ふっ、このブラックマンをそのような戯言で引かせようなどと、さあ正義の時間だ。

 何よりも一番許せないのは、こんな見世物のようなマネをさせて事だ。

 俺は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「今、村のどこかに十二枚ほどこの紙が張り付けられている」

 

 『ペーター君はツェツィーリア・ヘルモルトさんが○○

            ヒント:夏場にはスキーってしないよね』

 

「なっ!?」

 

 奴の前に突きつけると、目が飛び出るとはこの事か、そう思わせるほどに驚いた。

 

「さあさあ、この舞台が終わる前に回収しないと大変なことになるぜ?」

「ひ、ひええーー!」

 

 舞台を転げ落ちて、砂浜を全力疾走して村の方へと走っていくペーター。良い気味とはこの事だ。

 

「精神攻撃は万人に効く有効打撃、以上ブラックマンでした」

 

 サーベルをしまい、観客に良い笑顔を向ける。

 

「ではでは、これからはこのブラックマンが司会を担当! 文句は言わせない、ちゃんと続くから文句は言うな!」

 

 途端に上がる歓声、なんというか、現金な奴らだ。

 まあ、この恰好も夏はキツイから早めに進行できるのは良い事だ。

 

「それじゃあエントリーナンバーワァァアン! アーランドの冒険者ギルドの受付嬢、人一倍恥ずかしがり屋さんなフィリー・エアハルトさん!」

 

 フィリーちゃんは短く悲鳴を上げると、戸惑いながら俺の下へ来た。

 

「え、あ、あのう、私ですかあ、えっと、その……」

「はい拍手!」

 

 早く終わらせてあげよう、流石に可哀想だ。

 鳴り響く拍手の音、こいつらを駆除することも正義につながるんじゃないか?

 

「あっと、うん、それじゃあ舞台袖に下がって……」

「ひっ! ち、近づかないでください! も、もうヤダーー!」

 

 俺が一歩踏み出すと、一瞬にして舞台から消え去ってしまった。

 相当に無理してたんだろうなあ。

 

「トップバッターはいつの世も緊張するもの、というわけでエントリナンバーツー、パメラ屋店長、その正体は実は幽霊、パメラ・イービスさん!」

 

 トトリちゃんを天使とするならパメラさんは女神、瑞々しい肌に際どい水着、文句なしの一位だ。

 

「は~い、アカネ君、今日は随分と面白い格好してるのね~」

「拍手うううううう!!!」

 

 おい、カメラ止めろ。そう言いたくなった。

 幸いなことに、俺の拍手コールで大半はかき消せたようだ。危ない危ない。

 

 拍手が響く中、俺は手で小さく×をつくり、マスク越しに目を合わせた。

 すると、あらやだ、そう言って頬に手を当てた。

 

「そうよねえ、こういうのは言ったらダメよねえ」

 

 ……この人は早めに舞台から引きずりおろさなければ秘密の怪盗のアイデンティティが消えてしまう。

 

「はーい、パメラさんはお疲れの様ですので、退場しまーす!」

「あら? そんなことないわよ? まだまだ元気一杯なんだから!」

「退場!」

 

 俺は背中に手を当てて、軽く押し出すように舞台袖へと押して行った。

 当然の様にブーイングの嵐だが、俺がルールだ。

 

「もしかしてアカネ君怒ってるの~?」

「怒ってません怒ってませんから、どうかここは大人しく退場してください」

「もう、しょうがないわねえ~」

 

 渋々と言った様子で消えて行くパメラさん、危ないところだった。

 と言うか、まさかパメラさんに気付かれるとは思わなかった。

 

「はい次は三番、メルヴィア、はい拍手」

「ちょっとちょっと、司会者さん、それはないんじゃないの?」

 

 くっそ、こいつめ。知ってるんだぞさっきから俺の姿を見ては笑いをこらえてるの。

 

「ブラックマン的にお前はNO、それにほら見ろ観客の方々の様子を」

 

『マジで、いつもと変わんないじゃん』

『つまんねー、次早くしろよ』

『ミミちゃんはよ』

 

「くっ、こいつら……」

 

 メルヴィアが睨みを利かせると一瞬にして静まり返った。

 

「と言う訳で、万年水着は引っ込んでもらいましょう」

 

 流石にアウェーを感じ取ったのか、大人しく舞台の脇へと引いて行く……。

 

「後で見てなさいよ」

 

 同時に俺の血の気も引いた。

 気を取り直して次に行こう次。

 

「はい! エントリーナンバーフォー! 美新姉妹が一角! ツェツィーリア・ヘルモルトさん!」

「は、はい! うう、恥ずかしいし怖い……」

 

 どうやら俺は怖がられているようだ。そうそう普通は気づかれていないものなんだ。

 しっかし、文句なしに素晴らしい、髪の色よりも少し明るい茶色のワンピース、グッドだ。

 

「では拍手も鳴り止んだ所で、素晴らしい水着だと言わせていただきましょう」

「す、素晴らしいだなんてそんな。勢いで参加しちゃったけどやっぱり場違いよね……」

 

 乙女だ。最近はピアニャちゃん関係ばっかりでツェツィさんがおかしかったが、基本こういう人だよな。

 恥じらいがあって優しくて、まさに大和撫子。

 

「ご、ごめんなさい。わたしの水着なんてコメントしづらいでしょうから、次の人に変わりますね」

 

 顔を真っ赤にして舞台の脇へと速足で歩いて行くツェツィさん、癒された。

 

「そう言うのならブラックマンは引き留めない、といわけで次、エントリナンバーファイブ! アーランドの超有名錬金術士、ロロライナ・フリクセルさん!」

「わ、わあ、生ブラックマンさんだ……。あ、えっと、よろしくお願いします」

 

 俺に軽く頭を下げてくる師匠、なんだか初対面の時を思い出すな。

 

「いやあ、本当によく参加したというべきでしょうか」

「そ、それはトトリちゃんに言われたからで……こんなことやるって分かってたら出なかったけど……」

 

 後半はいつもの勢いもなく、少し肩を落としてしまっている。

 ここは俺のフォローが必要な所だな。

 

「いやいや、よくお似合いですよ? その年齢でピンクが似合う人なんてそうそういませんから」

「それって遠回しに幼いって言ってません?」

「はい拍手!」

「誤魔化した! 今絶対誤魔化した!」

 

 涙目で抗議してくる師匠、だが幼い事は事実だ。

 言いたい事があるなら精々アトリエでの態度を直してください。

 

「うう、酷い……」

 

 フラフラと退場していく師匠、俺の正体ばれたら絶対に後で怒られるよな。

 

「そろそろ大詰め、エントリーナンバーシックス! アーランドの受付嬢! クーデリア・フォン・フォイエルバッハ!」

「くっ、み、見てんじゃないわよ!」

 

 俺と観客に対して、大声で威嚇するクーデリアさん。

 この人が顔真っ赤にして恥ずかしがる何て相当レアだな。

 

「ただ、ちょっと自意識過剰な気が……」

「あらあら、どっかでみた顔ねえ?」

 

 恥ずかしがっていたと思ったら一転、いつものギルドで見る、怒る一歩手前の笑顔になった。

 しかし今の俺はブラックマン、引くと思ったら大間違いだ!

 

「いやー、本当に肩辺りがセクシーですねえ、文句なしの優勝候補だ! ほら拍手だ! 拍手!」

 

 俺の必死さとは裏腹にまばらな拍手の音。

 俺の評価をいくらねつ造で来ても、衆人観衆の評価は絶対だ。

 

「クーデリアさん、皆、出たり引っ込んでたりする方が良いんですよ……」

「クッ――」

 

 俺のその言葉が以外にも効いてしまったようで、自尊心が消え羞恥心のみになってしまったクーデリアさんは無言で去っていった。

 初めて口で負かした気がする。

 

「あっ、忘れてたわ」

「はい? ――――ガハッ!?」

 

 ボディにえぐりこまれるようなアッパーが入った。

 俺が前のめりに倒れると、満足気に一息ついている人がいた。

 

「ふう、スッキリした。それじゃあ失礼するわね」

 

 なんて女だ。

 

「うう、気を取り直そう。はい、エントリナンバーセブン! アーランドの貴族であり冒険者! ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング!」

「どうも皆様、本日はよろしくお願いします」

 

 どうやら猫かぶりモードの様だ。

 まあ、水着は悪くない、一個前で酷い目に遭ったからかは知らないが、否定的な感想は湧いてこない。

 

 しかし、この子が俺の正体に気付いていないのが意外だよな。全力でいじり倒そう。

 

「いやあ、何ともお淑やかで、先ほどのクーデリア嬢とは別格の気品がありますね」

「うふふ、ありがとうございます。でも、これくらいは貴族として当然ですわ」

 

 ……この場でスゴイ正体をばらしてやりたい。

 

「ええ、アーランドでは暴虐の限りを尽くしているのに、猫かぶりスゴイですね」

「は?」

 

 笑顔が固まった。

 

「アーランドでは本当に武器屋のおやっさんにすら恐れられるほどの暴君っぷりですからねえ?」

「あ、あら? 人違いじゃないかしら?」

「ええ、そうかもしれませんね。ミミさんくらいならアーランドにはゴロゴロいますからね」

 

 眉間にしわが寄ったかと思えば、コメカミが痙攣している。

 

「まあアーランドで悪名の高い、あなたの様な方に言われても説得力に欠けますわ。うふふふ」

 

 あくまでお嬢様然として答えるミミちゃん。頑張るねえ。

 

「ハッハッハ」

「うふふふふ」

 

 謎の笑い合いの結果、勝敗が付かぬままにラストステージへと移った。

 

「はい、それではいよいよ終わり、アランヤ村が生んだ天才錬金術士かつスーパー美少女! トトゥーリエ・ヘルモルト!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 緊張して言葉が片言になりながらも、気合いはありますと言った様子だ。

 水色の水着が良い具合にトトリちゃんにマッチしていて……これは優勝だろ。

 いや、というよりもな?

 

「……拍手」

 

 言葉の裏は、拍手しなかったらどうなるか分かってるよな? 

 皆しっかりその意をくんでくれたようで、まさしく雨の様に拍手が降り注いだ。

 

「いやはや、スゴイ拍手ですねえ。これはもう優勝じゃないですか?」

「い、いえいえそんなことないですよ。わたしなんてただの数合わせですから」

 

 耳まで真っ赤にして手と顔をぶんぶんと振って否定するトトリちゃん。

 こんな数合わせがいてたまるか。

 

「これ以上水着姿を晒すのも恥ずかしいでしょうから、これで終わりにしましょう」

「ほっ」

 

 きっと今ブラックマンの評価がウナギ昇りだな。

 そうこれが怪盗だ。紳士的な面をちゃんと持ってるんだ。

 

「それじゃあ集計だ。俺の独断と偏見プラス皆の拍手の結果! 優勝は!」

「出来レースね……」

 

 誰の言葉かわからないが静かにしている事だな。

 

「トトゥーリエ! ヘルモルト! さあ壇上へと上がるが良い!」

「え、ええ!? わ、わたしですか!?」

「その通りだ。誇るが良い、この素晴らしい参加者の中で一番がお前だ。胸を張ってこの栄誉を受け取るが良い」

 

 トトリちゃんが俺の前まで来ると、少し不思議そうな顔をして口を開いた。

 

「えっと、なんでブラックマンさんって口調が変わるんですか?」

「混沌よりの使者だからだ」

 

 俺の正体を知っているか否かの判定も含まれてはいる。

 

「それでは、これにてミスコンは終了! 夜には天才錬金術士白藤アカネのビックなショーもあるので見逃さないように! それではさらばだ!」

 

 宣伝も終わった所で、煙幕フラムを地面にたたきつけて文字通り煙の様に俺は姿を消した。

 良いもの見れたが、疲れた。ペーターの奴に任せるよりは良いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、汗かいた」

「ぷに」

 

 いつものジャージに着替えて、うちわで仰ぎながら村を練りありていると、そこには優勝者がいた。

 

「よう、トトリちゃん」

「あ、アカネさん。来てたんですか」

「うむ、今さっきな」

「そうなんですか、よかったー」

 

 心底安心した顔をしている、なんでこうも気づかないんだろうか。

 

「んじゃ、俺たちは夜の仕込みがあるから」

「ぷに」

「あ、そう言えばさっき何かやるって聞きました」

 

 何をやるんですか、そう目で聞かれたが、こればっかりはトップシークレットだ。

 

「まあ夜をお楽しみに……だな」

「ぷに」

「はい、それじゃあ楽しみにしてますね」

 

 その後も適当に歩いて宣伝してから、俺たちは砂浜の方へ向って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も落ちて、月も昇って来た頃。

 いくつも並んだ円筒に花火フラムを入れ終わり、豪華花火フラム百連発の時間が迫っていた。

 

「と言う訳で、皆も待ちくたびれてそうなので……着火!」

「ぷに!」

 

 マッチを手に持ち、遠くから長い導火線に火をつける。

 音を立てながら徐々に短くなっていく導火線、製作するのに約一年の月日をかけたこの花火フラム。

 さあ、今こそこの夜空に咲き乱れるがいい!

 

 甲高い音を立てて上がっていく一発目、最高点まで達したその瞬間。

 

「おお」

「ぷに~」

 

 大きな爆発音とともに花は開いた。

 夜空に浮かぶ鮮やかな桃色は緑色へと姿を変え、夜空の様な深い青になり溶けていく。

 時間差で二発目三発目と、音を立て、黒いキャンパスを彩っていく。

 

「五年ぶりか~」

「ぷに?」

「俺の故郷の名物だな。よし、あとは勝手に時間差で起動するし、場所を変えるか」

「ぷに」

 

 自転車を漕いで個人的にベストだったポジション、村から大分離れた崖の所まで急いで駆け上がった。

 

「よしよし、きっと皆も楽しんでくれてるだろうな」

「ぷに!」

 

 木にもたれかかって、ぷにがその横に佇んだ。

 

 都会ほど光もないので、花火の鮮やかさがより一層際立っているのが分かる。

 

「大勢で集まって見るっていうのも良いもんだけどな」

「ぷに?」

「まあ、それは帰ってからだな」

 

 音と色、これが否応なしに昔を思い出させる。

 まだ何も進展はないが、自然と帰ろうと言う気を起こさせてくれる。

 

「まあ、難しい事は考えないで、今は楽しむか!」

「ぷに!」

「へい! TA=MA=YA!」

「ぷーにーに!」

 

 その日は夜中まで、懐かしい花火の音が鳴り止まなかった。

 

 



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七つの海の大冒険

 広い空、そして眼下に広がるのはその色を写している青い大海原。

 

「……ふう、いい天気だな」

 

 ふと、今日までの出来事を思い出した。

 元の世界に帰ると言う一大決心をしたものの、悪魔に取り憑かれたり、怪盗になってみたり、花火を作ってみたり。

 南の島を探索したりはしたが何も手がかりはなかったり、何一つとして進展していない。

 

 そろそろ何かしないといけないと思い立ち、トトリちゃんに船を借りたのだ。。

 何かあっても、とりあえずトラベルゲートさえあればなんとかなるだろうという考えの下、今俺はここにいる。

 

 しかし、思いつきとはいえ海に出てみて良かった。

 とても清々しい気分だ。この母なる海と一体になっている超自然的感覚が――。

 

「ぷに!」

「にゃ!?」

 

 浸っていた俺に突然のぷにアタック、しかも泣き所を狙うと言う非道っぷりだよ。

 ……悪いとは思っている。

 

「いや、別に迷ったわけじゃないんだって、コンパスもあるのに迷う訳ないだろ? なあ?」

「ぷに~」

 

 足元でぷにが疑いの眼差しを向けている、いや俺は悪くないんだって、船が勝手に風を拾ってなあ。

 

「実際これはやってみないとわからないぜ実際、実際難しいし実際」

「ぷにに!」

 

 やだこの子、足に噛みついてきたわ。

 

「いたいいたい」

 

 ちょっと目頭が熱くなってきた。

 本当に俺は悪くないし、マストが受ける風とか、それ流体力学の領域ですよ、僕は高校中退なんでそんな事言われても困りますよ。

 

「なあ!」

「……ぷに!」

 

 とっととトラベルゲート使って帰れとのご要望だ。しかし……。

 

「俺は使わない!」

「ぷに!?」

 

 何故かって? そりゃ決まってるだろ。

 

「トトリちゃんになんて言えば良いんだよ!?」

「ぷ……ぷに……」

 

 ほら目を逸らす、船ごとワープしたら当然すぐ気付かれるだろう。

 そしてトトリちゃんは俺に言う訳だ。ちょっと小首をかしげながら、随分早かったですねと。

 

「何も言えないだろ」

「ぷに」

 

 船がうまく進ませられなかった。なんて言える訳がない。トトリちゃんは立派に動かせていたと言うのに。

 

「俺はさあ、ここで一発凄めの発見してきて、失われた先輩の威厳を少しくらい取り戻したいわけよ」

「ぷに~」

 

 仕方がない先輩じゃなくて、頼れる先輩、失われた夢をもう一度くらい追っても罰は当たらないだろう。

 

「よってこのまま当てのない航海を続ける、とにかく北東に行けば大陸があるのは分かってるので北東に行きます」

「ぷに!」

 

 食料が尽きる前にピアニャちゃんがいた村を見つけよう、そして補給して、さも大冒険してきました見たいな顔で帰ろう。

 

「いっそフラウシュトラウトでも出てきたら話題になるのにな」

「ぷにに」

「まあな、あんだけ傷めつけたんだ。出てくる訳なかったな」

「ぷににににに!」

 

 俺たちは互いに笑いながら海面を裂きながら進んで行った。

 

 

 

 そして数日、風の吹くまま東へと進んで行った俺たちは小さな小島にたどり着いた。

 

 そこは完全な無人島で一面緑の一見何もなさそうなただの原生林だった。

 

 

「……だったんだけどなあ」

「ぷに~」

 

 目の前の現実に、思わず目頭を押さえてしまった。

 俺もぷにも宝の一つくらいは期待してたよ、でもそれはさあ、コレじゃないだろ。

 

「分かりやす過ぎて逆に萎えるな」

「ぷに」

 

 俺たちの前には俺が両腕広げてようやく持ち上げられそうな大きさの真っ赤な宝箱が一つ。

 明らかな財宝か、明らかな罠かの二択だ。

 

「とりだしたるは5フィート程度の棒」

「ぷに?」

 

 フィートってどれくらいの長さかって?

 

「俺に聞かれても知らんよ」

「ぷに!?」

 

 相手がゲームっぽく構えてるから俺もゲームっぽくお相手しただけですし。

 万が一突いて爆発とかしても、大丈夫だろうと言う程度の長さだ。

 

「というわけでツンツクツン」

 

 宝の鍵の部分から、縁から全体を突いてみるが、特に何も起きない。

 ……まさか本当に財宝が?

 

「相当に頭の悪い海賊がここに隠してたとしたら……」

「ぷにに」

「ああ、全然中身に期待を持てない」

 

 その辺の海藻でも入ってるんじゃないか?

 ああ、何かそんな気がしてきた。

 

「……開けるか」

「ぷに」

 

 覚悟を決め棒切れを捨てて、宝箱(たぶんゴミ)に手をかけた。

 中が異世界につながっているとか言う神展開を期待しても良いでしょうか。

 

 ダメですよねと自分に言い聞かせながらおもむろに腕を上にあげた。

 鍵すらかかってない、ここまでくると流石としか言いようがない。

 

「……ってあら?」

「ぷに?」

 

 ぷにがジャンプして肩に乗って来た。見えないなら見えないと言いなさい。

 

「本が一冊、これは辺りと取るべきか否か……」

「ぷに~」

 

 ポツンと一冊の埃を被った本、収穫と言えば収穫なのか?

 いや、中身があっただけ良いと思うか。

 

「とりあえずポーチに入れてっと、閉めてっと」

「ぷに!?」

「次に開ける人は俺以上の絶望を味わうことだろう……」

 

 本さえも入っていない宝箱、次こそこいつの最後だろう。たぶん破壊される。俺ならそうする。

 

 

 それから日が昇っている間探索を続けたが、この発見の印象が強すぎたのか、もしくは単純に気が抜けただけなのか、その島ではもうこれと言ってめぼしい物はなかった。

 あんなのがあるくらいだから、もう少し何かあると思ったが時間の無駄になってしまった。 

 なんだかあの宝箱にしてやられたようで悔しかった。

 だから島を去る際に爆破した。

 

「スカっとしたな!」

「ぷに!」

 

 その日の風はいつもよりも爽やかに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから一週間、小島にさえ出会うことなく、ついに目的地に着いてしまった。

 道中も問題なく、村に着いた俺は真っ先にピアニャちゃんのおばあさんであるピルカさんの下へと向かった。

 

「おじゃまします、あなたの村の英雄ことアカネです」

「ぷに……」

 

 足元でぷにがなにやらドン引きしている。

 ピルカさんは俺に気付くと、円形のテーブルの前に座ったままこちらへ言葉を投げかけた。

 

「押しつけがましい英雄殿だねえ、まあ恩人は恩人、ゆっくりしていきなさい」

 

 俺の発言を笑いながらいなすピルカさん、何故か負けた気がする。

 

「お茶を出してくれればピアニャちゃんの話をしないでもありません」

「おや、それじゃあ一番良いのをだそうかね」

 

 ゆっくりと立ち上がり棚の方へ向かうピルカさん、この余裕、これが年の功と言う奴か。

 カップに注がれる紅茶、俺とぷにはゆっくりと味わい冷めきった体を温めた。

 

「それで、ピアニャは元気にしてるかい?」

「ええ、そりゃもう、こないだ街に連れ出したら一日中はしゃいでましたよ」

 

 俺の言葉を聞くと、ピルカさんは満足そうにうなずいていた。

 

「それなら良いんだ。あの子が元気にしてるならそれだけで十分さね」

 

 ……今度は連れて来てあげようかね。

 

「そうだ。あんたにも世話になったからね。ちょっと待ってな」

「? 分かりました」

 

 そう言うと、ピルカさんは立ち上がって奥の方の棚をごそごそと漁り始めた。

 これは村の英雄へのお礼、伝説の武器フラグ――!

 

「さあ、見ておくれギゼラの娘が言うにはあんたも錬金術士なんだろう?」

 

 テーブルに置かれたカゴにに入りたるは、錬金術に使えそうなアイテム諸々。

 ……嬉しいっちゃ嬉しいですけどね。

 

「まさか全部もらってもいいとか、なんてうまい話は……」

「ぷに~」

 

 だよな、あっても気が咎めると言うか、小心者の心が発動するし。

 

「構わないよ、元々この村には必要のないものだからね」

「…………」

 

 その言葉に思考が停止しつつ、カゴの中のアイテムを改めてみる。

 羊毛やらグラビ石やら木の皮などなど、そこまで変わったアイテムはないのだけれど。

 

「なんかありえんくらいに品質が良くないか?」

「ぷにぷに」

 

 ピルカさんの見守る中、俺とぷにはひそひそと会話する。

 これをタダでもらった日には俺のノミのような心臓が潰れてしまう気がする。

 何か、何か対価を払おう! お金……とかは必要なさそうだし。

 

「タダは気が引けるんで、何か手伝いとかしますよ?」

「ぷに」

「気は使わなくても良いんだよ? あんた達には返しきれないくらいの恩があるんだから」

 

 真っすぐな目で見つめないでください、俺はトトリちゃんとパメラさんが心配で付いてっただけなんです。

 かと言ってそれを言っても納得してはいただけなさそうだから、ここは、そうだな。勝手にやらせてもらおう。

 

「仕事探してきまーす!」

「ぷにー!」

 

 素早く立ち上がり、ピルカさんが声を上げる間もなく素早く扉を開け、素早く立ち去る。

 見事な一連の流れをやりきった……のだが。

 

「律義な奴らだねえ」

 

 扉越しに微妙に声が聞こえてきてしまった。

 

「ぷに、すごい寒いんだけど顔だけめちゃくちゃ熱い」

「ぷに~」

 

 ほんのり顔を赤くしているぷに、お前もか。

 

 

…………

……

 

 

 薪割りとか、木材の調達とか、いろいろ女性じゃ辛い作業を俺とぷにでこなすこと半日。

 報酬の様な扱いでピルカさんから素材をもらい、日も落ちてきたところで俺たちは船に戻ることにした。

 なんというか、女性だけの村なのでいろいろと居づらかったりするのだ。

 

「それじゃあお暇させていただきます」

 

 扉から洩れる明りがほのかに外を照らす中、俺はピルカさんに別れを告げた。

 

「ああ、またおいで。ピアニャの事、よろしく頼むよ」

「ういうい」

「ぷに!」

 

 それだけ言って、俺は手を振りながらゆっくりと階段を下って行った。

 寒さに少し歩みを急がせながら村の門をくぐり、既に雪で埋もれた足跡を辿るように船へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、船を出港させ、手掛かりはなかったものの良いモノを手に入れた満足感と共に風に流されていた。

 いつもと変わらない穏やかな風だった。だったんだ。

 

「ぷに~」

「ん? そうだな。船旅も飽きたしトラベルゲートで帰るか」

 

 甲板の上で、さあ帰ろうとトラベルゲートをポーチから出して、ワッカの形をしたそれをいつもの様に手を上に上げると。

 

 

 

 ――ニャー、ニャー

 

 

 

「ん?」

「ぷに?」

 

 鳥が上を横切った。首を曲げて見ると、遠くへ飛んで行っているのが見えた。

 そして俺は何故か右手を上げたまま固まっていた。

 

「んん?」

「ぷにに?」

 

 

 

 

 ――ニャー、ニャー

 

 

 

「ああん!?」

「ぷに!?」

 

 上空を旋回するウミネコのクチバシには青いワッカがそして二、三回くるくると回り、遠くの水平線へと飛んで行ってしまった。

 

「はあああああああ!!!??」

「ぷにーーーー!?」

 

 船の縁を掴み、海へと向かいそう叫んでいた。

 ちょっと待って、俺の船旅大丈夫理論の最大にして唯一の一つが奪われちゃいましたよ?

 

「リ、リターン! 村にいったん戻るぞ!」

「ぷに!」

 

 まだ昼下がり、いまから戻れば夜には戻れる……そう思い振り返ると。

 

「なんか向こうの空暗くね?」

「ぷ、ぷに」

 

 後ろを向けば青い空、そしてもう一度振り返ってみれば暗雲立ちこめる黒い空。

 そして風向き的にはその嵐がこっちに向かってる訳で……。

 

「……ははっ、うけるー!!」

「ぷにににににに!」

 

 俺とぷにはどちらからともなく、自然に大笑いしていた。

 当然の様に嵐が直撃して、俺はもう泣きながら笑って舵を取って、涙か雨か分からない状態で。

 ぷには狂ったように船中を跳ねまわって暗礁に警戒して。

 簡単に言うと地獄だった。

 

「うへ、うへへへ、ううっ、ううううっ、ぐすっ」

「ぷにゃにゃにゃにゃ!」

 

 

 

 

 

 命からがら嵐を抜けたときには、現在位置も分からず、性も今も尽き果てた満身創痍状態だった。

 

「……俺たちの冒険はこれからだー」

「ぷに……」

 

 空の色と同じような色を、俺とぷにの顔はしていた。

 

 



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ハンティング

 

 

 八月の初め頃に出港したはずが、今はもはや十月も終わる頃合いになりました。

 それもこれも全ては白藤明音という男の航海センスのなさが故です。

 冒険者生活も長くて慢心等々ありましたが、文字通り海よりも深く反省いたしました。

 

「だからお願い、早くこの身を縛る縄を解いてください……」

 

 目頭から熱い液体が込み上げてきた。

 しかし本来なら頬をつたわって落ちていく涙は俺の頭上へと流れていった。

 それというのも、現状の俺は何を間違ったかマストに逆さづりにされている。

 

「ぷにさん、大分反省したんでそろそろ降ろしてくださいよー」

「ぷにぷに!!」

 

 甲板の上のぷにからは大層なお怒りの声が聞こえる。

 その非情さに俺は体を空中でクネクネとさせて声を張り上げた。

 

「クソッ! こっちが下手に出てれば! ぷにジュースの件は謝っただろ!」

 

 料理本に載っていた新鮮なぷにを絞ってジュースにするというレシピ、アレを試そうとしただけでこの扱いだ。

 日照りが続いて水がなくなったから仕方がなかったんだ、最終的に反撃で現状に至ったのはご愛嬌だ。

 

「ぷにに!」

「やっとアーランドも近づいてきたんだしさあ、二人笑顔で帰ろうぜ?」

 

 風に乗る方法を覚えて西へ西へと来て、やっと大陸に当たり南下中なのである。

 それなのに、ちょっとしたいざこざで最後の最後にいがみ合うなんて、俺は悲しいぜ……。

 

「ぷに!」

「ぬおっ!?」

 

 ぷにがマストに体当たりをしてきた。なんて野郎だ、こっちが和解の手を差し伸べてるというのに。

 

「てめえ! コラッ! 降りた後覚えてろよ!」

「ぷにに~」

 

 あの畜生は口笛なんぞを吹きながら船室へと入って行った。

 ……呪ってやる、不幸なことが起きるように呪ってやる。

 

「ドが付くほどの不幸よ、オコリタマエ」

 

 目を閉じて念仏紛いな呪文を唱え続ける、これが今の俺にできる唯一の抵抗だ!

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 体感時間で一時間程度、流石に空しくなってきて俺は目を開いた。

 

「……マジで?」

 

 海が上にあり、空が下にある逆転した視界に写るのは青一色ではなく青と黒の二色だった。

 

「俺の錬金術士としての魔力が嵐を引き寄せたという事か……」

 

 フッ、っと口から息を漏らしニヒルな笑みを浮かべる俺。

 何、余裕余裕、このまま放っておけばぷにが俺を助けなげればいけなくなる。

 そして俺の操舵で嵐を抜けぷにに感謝の言葉を受ける訳だ。

 

「そして俺はこう言う、何、気にするな二人揃って帰れれば何よりじゃないか」

 

 うへえ、アカネさんイケメンすぎますってちょっと。

 

「まあまあ、これはちょっと盛りすぎかな? ちょっと、ほんのちょっと、ちょっと……ちょっと……ちょっ?」

 

 嵐の見える方角に大きく水柱が上がっているのが見えた。

 それはだんだんこっちに近づいてきてるような……。

 

「んー……――あばわけけれあなれんれ!?」

 

 まだ遠いけど、はっきり分かる。あの薄い水色、キングコブラの様な体格、間違いないフラウシュトラウトさんですよ。

 なんか奥の方に巨大すぎる渦があるんですけど、アレがお家でしょうか?

 

「ぷに様ぷに様!! 助けて俺死にたくない! 早く俺を降ろして!」

 

 振り子の様に体を揺らして、ビッタンビッタンとマストに体をぶち当てて少しでもぷにが気づいてくれるようにする俺。

 もはや体の痛みなど問題じゃない、ピンチだ。俺至上最大のピンチだ。

 このままだと身動きできない逆さづり状態でいらっしゃーい、ってなってしまう!

 

「ぷに様! いままでの事全部謝るから出て来てくだざーい!」

 

 気づいたら涙声になっていた。

 

「ぷ、ぷに!?」

 

 ぷにも俺の鬼気迫る声にただならぬ物を感じたのか、船室から飛び出して来てくれた。

 そして嵐を見て驚いていた。

 違う、君の身長だと船体が壁になって見えないだろうけど驚きポイントが違うんだ。

 

「ああ、たぶん後数分もしない内にあいつはこっちに来るんだろうなあ」

 

 ぷにがマストの上に上がり、その途中に奴の存在に気付き、俺を大急ぎで降ろそうとしている、そんな最中。俺はなんか悟りを開きかけていた。

 

「ぷに!」

「いよっっし!」

 

 束縛から解き放たれた俺は重力に引かれ甲板に降り立った。

 こんなところで飛翔フラムで培った着地スキルが役に立つとは思わなかったぜ。

 

「百八十度反転! とにかくこの海域を抜ける!」

「ぷに!」

 

 俺は舵を力の限り回し、ぷには口で縄を掴みマストの風を調節する。

 とにかくあの渦に引き込まれたら終わりです、さらにフラウシュトラウトさんに追いつかれても終わりです。

 吹き荒れる雨と風の中、俺は恐る恐ると後ろを振り向いてみた。

 

「ああ、死が近づいてきている。というかそこにいる」

「GAAAAA!!」

 

 後ろを向くとそこには上半身を海から出している奴の姿が。

 嵐をバックにギラつく黄金の瞳が俺を睨みつけていた。

 

「ぷに?」

 

 頭上でぷにが疑問の声を上げていた。

 

「ん? 確かに傷が消えている……」

 

 前回フラウシュトラウトの顔面にあったはずの傷が綺麗さっぱり消えていた。

 つまりこいつは前に戦った奴ではないという事か!

 

「チクショー! 子供の喧嘩に親が出てくんじゃねえよバーカバーカ!」

 

 パパー、あの船の連中が僕をいじめたんだー。

 なんだと、よし! パパに任せなさい!

 きっとこんな感じのやり取りがあったんだろう。

 

「クッ……かくなる上は!」

 

 舵の中心にある赤いスイッチ、そこに指をあてて……。

 

 

 ポチッとな。

 

 

「……ん?」

 

 何も起こらない、いかにもチャージしてるような音とか、変形音とか、機械的な音が一切しない。

 

「へいへいへい!」

 

 幻の十六連打をかましてみた。

 

「GAAAAA!」

「うっせえ! こっちは取り込み中だ!」

 

 バカな、マークさんともあろう方がこんなボタンをつけといて何一つギミックを用意してないなんてことあるはずない!

 超圧噴射ジェットとか、潜水モードとかさあ!

 押しっぱなしか? こうやって押しっぱなしにすればいんだろ?

 

「ぷにぷに!」

 

 分かってる分かってるって、じわじわ渦に引き込まれてる事くらい……。

 くそう、こやつ俺たちをなぶり殺しにでもする気だな。

 

「…………――――!!」

 

 今分かった、これ詰んでる。

 爆弾もフラム程度しか最近作ってないから俺の戦闘力はゼロに限りなく近い。格闘で倒せる訳もないし。

 このまま船を壊されるのは誰が見ても明らかだ。

 

「…………ふう」

 

 俺はマストの上のぷにを見上げ口を開いた。

 

「ぷに、お前だけだったら逃がせられるぜ」

 

 俺のポーチに詰めればアトリエのコンテナに出られるだろう、相棒だからって終わりまで一緒にいることもない。

 

「ぷ、ぷに?」

「俺の遺言を伝えてくれ、マークさんのバカ野郎ってな」

 

 俺の言葉を聞いたぷには急いで俺に駆け寄って来た。

 そうの様子を見て少し微笑み、俺は舵から手を離した。顔を前に戻し、遠くの青い空を見上げながらボタンに置いたまま固まっていた指も離した。

 

 

 ――その瞬間、風船から空気が漏れる様な音とともに船首から縦一直線に高らかに水柱が上がった。

 それはもう、モーセが海を割った瞬間をこの目で見たかのような感じで。

 

 

「……しょっぱいなあ?」

「ぷに……ぷに!?」

 

 重力に引かれて降り注ぐ海水を頭から被って、口元に海水の味が広がった。

 何が起こったって、そりゃもう、異能の天才科学者マークマクブライン様の超絶ド級発明品の成果だろ。

 

「こ、これが……超高水圧砲イルカさんレーザーの威力――!」

「ぷに~」

 

 何言ってるんだこの子はイカすネーミングだろう。

 

「俺正直、このイルカさんバカにしてた」

「ぷに」

 

 船首に付いている黄金のイルカさんの像。

 これを五日もかけて作ったトトリちゃんを微笑ましいと思っていた時の自分よ、お前は無知だったな。

 

「マークさんの科学力ってスゴイ、改めてそう思いました」

 

 いいながら舵を切って、もう一度百八十度船体を回転させた。

 なんていうか、気分は銃を持ってウサギに相対するが如しだな。

 

「クックック……」

「ぷににに……」

 

 俺もぷにもその時は壮絶に悪い顔をしていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月の中頃、ようやく俺たちはアランヤ村に戻って来た。

 船上モンスターハンターというアクシデントが起こったものの、二人とも完全に無傷だ。

 津波が来た時には焦ったが、イルカ・モーセ様の力にかかれば何のそのだった。

 

「うへへ、お疲れ様ですよイルカ様」

「ぷにに」

 

 港に船を付けた俺たちは真っ先に船首のイルカ様を布で丁寧に隅々までお拭きして差し上げた。

 小一時間丹念にお掃除していると、村の方から知った顔がいらっしゃった。

 

「やあ、帰ってきたんだね」

「ええ、おかげ様で!」

「ぷにー!」

 

 釣竿を手に手を振ってくるはこの船の制作者であるグイードさんだ。

 俺たちは船から降り立ち、船体の横まで来たところで打って変った様子のグイードさんは俺たちに尋ねてきた。

 

「で、どうだった? 俺の作った船は?」

「ええ、そりゃもう大変素晴らしかったですよ」

 

 船のポテンシャルを完全に俺という人間が殺してはいましたが。

 そんな言葉の裏側に気付くこともなく、グイードさんは背中をバンバンと叩いてきた。

 

「そうだろうそうだろう!」

「ええ、特にイルカが凄かったです」

 

 俺がそう言うと、急にグイードさんは真顔になられた。

 

「ど、どうしました?」

「お前、それはアイツの手がけた部分だろうが」

「……あ」

 

 気付いたが時すでに遅し、その日は日暮れまでこの船の良さとかなんやらを語られた。

 ぷにの野郎はちゃっかり逃げていた。あの時一緒に葬っておいた方が良かったな。

 海の危険を一つ消したというのに、何故俺はこんな扱いを受けてるんだろう?

 



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翻弄されるアカネ

 

 俺は数カ月に及ぶ航海の海図を突き出して叫んだ。

 

「おらあ! クーデリア! 見てみいやあ!」

「…………」

 

 あ、これはしばらく見なくてちょっと賑やかさに欠けててたけど、来たら来たでやっぱりウザいって思ってる顔だ。

 

「人が折角トトリちゃんの挨拶もそこそこに飛んで来てあげたというのに」

「誰も頼んでないわよ」

 

 恥を忍んでトラベルゲートを借りてまでギルドに真っ先にやって来る俺は本当に冒険者の鏡だぜ。

 

「ちなみにココの三角形は魔の海域でですねえ、一度入れば一日は出られないという恐ろしい場所です」

 

 海に浮かぶ三つの小島を線が線でそれぞれ結ばれている場所に指を当て説明した。

 

 適度に距離が離れていて見た目まったく一緒だったのでコンパスが壊れたと思い右往左往していたのは内緒の話だ。

 

「……バカやってたってツラしてるわね」

「何故ばれるのか」

 

 ジトっとした目が俺を見つめてくる。

 

「まあ、でもいろいろ書き込まれてはいるし受け取ってはおくわよ」

 

 甚だ不本意と言う様子が見て取れるぜ。

 しかし当然なり、もし受け取ってもらえなかったら俺はただ風に振り回されたおバカさんになってしまう。

 

「ランクアップ! ランクアップ! ハイ!」

 

 そしてすかさず俺は免許をカウンターに置き、手拍子こみで無法のランクアップコール。

 

「うっさいわね、ダウンさせてもいいのよ?」

「ひいっ!?」

 

 なんという権力の暴力だ。俺の様な小物は怯えることしかできない。

 

「だがいつかこの愚かな運営方針を俺は正すことを……」

「はい、ランクアップ」

「わーい!」

 

 受け取った免許の左上、宝石は青々と光るコバルトに変わっていた。

 へへっ、最高ランクまであと一歩だぜ。こう思うとやる気が出てくる、実に素晴らしいやり方だ。

 

「ふふっ、クーデリアさん、ここで俺が一気に最高ランクに上がれるくらいのネタを持ってるって言ったらどうします?」

 

 カウンターに肘をつき、角度を付けた悩殺流し目を送ると心底腹が立つという表情をされた。眉がヒクヒクと痙攣してる。

 

「はいはい、見せてくれたらうれしゅうございますわね」

 

 適当な声のトーンで、適当なお嬢様ことばで、適当な言葉選びで、そう言われた。

 

「クックック……」

 

 いまからその態度を吹き飛ばしてやるぜ。

 

「じっつっはぁ、フラウシュトラウトの上位亜種みたいなの、倒しちゃったんですよね」

 

 ほとんどマークさんの手柄だが、この実績なら間違いなくランクアップだ。

 ほら、クーデリアさんの顔をもみるみる歪んで……歪んで?

 

「……っふっぷ、あっはっはっは! 何言い出すかと思えば、っくく」

「へ?」

 

 なぜこの人は噴き出したあげくに、顔真っ赤にして大笑いしてるの?

 

「ふふ、突拍子もなさ過ぎて逆に面白かったわよ。それもあんな自信しかないって顔でねえ。あんたも演技が板についてきたわね」

「いやいや! 嘘でも冗談でもないですよ!?」

 

 あの死闘(一方的)は決してクーデリアさんに受けてもらいたかったからやったわけじゃない!

 

「はいはい、だったら証拠の一つでも持ってくるのね」

「えっ、いや……それは、その」

 

 俺の脳内R指定のせいで詳しくは描写したくないが、水圧レーザーで細切れにして渦にのまれていったので……。

 

「ま、ランクアップしたいのなら真面目に仕事なさいな」

 

 くそ、普段浮かべないよな優しい頬笑みしやがって、そんなに面白かったかよ。アカネのノンフィクションストーリーが。

 しかし証拠がないのも事実、ならばここで実行する策は一つ。

 

「フィリーちゃーん、仕事ー」

 

 情けなくも横にスライドすることしかできない。

 いいさいいさ、どうせ免許の延長はこのランクで十分だろうし。

 俺の問題は借金だよ借金、これを返すには仕事しかないんだ。

 

「……やっぱりアカネさんは受けなのかも、でもいざとなったら――」

「待て」

 

 笑顔が瞬時に凍り、俺は目の前の小娘を見下ろした。

 とてつもなく聞きたくないが、聞かなくちゃいけないと思う。今後の彼女との付き合い方のためにも。

 

「それはNL、ノーマルラブで妄想を行っていらっしゃるんですよね?」

「あ、当り前じゃないですか、人を何だと思ってるんですか」

「…………」

「そ、その目はやめてください。……わ、わたしが悪かったですから」

 

 持っていた書類で顔を隠してしまった。

 別に俺は特別睨んだりした訳ではない、何かを感じたとしたら彼女の心に疾しいところがあったというだけの話だ。

 

「フィリーちゃんも昔に比べたら男に慣れてくれたけどさあ……」

「あうう」

 

 書類越しにビシビシと容赦なく視線を投げつけてみた。

 

「そっち方面には応用してほしくなかったぜ」

「で、でも基本的には女の子同士の方が……」

 

 愛想笑いをしながら顔をのぞかせるフィリーちゃん。

 可愛いというのに何故こんな残念な子なんだろう。

 

「とりあえず俺を使って妄想するのだけはやめなさい」

「……わかりました」

 

 非常に渋々と言った様子で了承された。

 なんでこういう時だけ強気な態度を取るんでしょうか。

 

「で、でも、それならアカネさんの本命を教えてくださいよ!」

「にゃ?」

 

 書類を置いたと思ったら真っすぐに顔を見つめながらそんな事を聞かれた。

 

「白藤明音と申します」

「…………?」

 

 困った顔で小さく小首を傾げられた。

 それは本名ですっていうツッコミはまだ早かったようだ。

 

「ご、誤魔化されませんからね!」

「…………」

 

 人の恋愛沙汰にはやる気に満ち溢れる人は馬の脚に蹴られてしまえばいいのに。

 とりあえずめんどくさい事この上ないので、適当に逃げ出そう。

 

 ちょっと俯いて寂しそうな眼をして。

 

「……俺の心には、いつだって故郷のマリアンヌが――いや、なんでもない」

「え、あ、その……」

 

 釣れた。

 誰だよマリアンヌ。

 

「悪い、この話はここで……」

「あ、そ、その、ごめんなさい」

 

 フィリーちゃんは反省しているようで、俯いて申し訳なさそうにしている。

 これで俺が妄想の対象から外れてくれれば良いと思う。

 

 そして俺はそのまま依頼を受けずにギルドの外へと足を向けた。

 今回に限ってはまったく悪い事をしている感情が湧きでない。

 

 

…………

……

 

 

 今日は久しぶりにイクセルさんの所で昼を食べようかと思い職人通りの方まで来てみると、不思議な光景が展開していた。

 

「……ふっ、いや、違うか」

「…………」

 

 水路の方を向いて、ステルクさんが何やらぶつぶつ言いながら腕を伸ばしている。手首はクイクイと何かを引っ張っているような動きをしている。

 ちょっと面白いから遠目にしばらく観察していたが、そろそろ事情を聞いてあげよう。

 

「ステルクさん、何してるんですか?」

「む、君か。いや、少しな」

 

 俺が話しかけるやいなや、腕を組んでしまった。

 

「子供に好かれるための新手のパフォーマンスなら、イマイチですよ?」

「…………」

 

 何故か人を殺す時に向ける様な視線が俺に向けられている。

 なんだよう、正直に話さないからこういうことになるんですよう。

 

「……なんと言う事はない、釣りの手伝いを頼まれただけだ」

「釣りですか?」

 

 どういう事情が込み入ったらステルクさんに釣りを頼む人が出てくるんだろうか。

 

「ああ、あいつの弟子の頼みでな。力のある男手がいるという話だった」

「トトリちゃんが…………?」

 

 待ってくれ、何故俺じゃない?

 身近にいて力とかパワーとか担当は俺じゃないのか?

 

「俺の鍛えた筋肉は……頼りないのですか?」

「そんな顔をするな。単純に君が海に出ていていなかったからだろう」

 

 慰める様と言うか、諭すようにそう言われた。

 相変わらず顔に似合わず優しい人です。

 

「そう言えば、君が戻っているという事は何か帰るための収穫があったという事か?」

「あー、それが何もなくてですねえ……」

 

 ん?

 

「あれ? 話しましたっけ?」

 

 俺が異世界から来たシティボーイと言う話は師匠とトトリちゃんにしか話してなかったような。

 

「もし秘密にするつもりだったのなら、あいつに話すべきではないな」

「ああ、師匠ですか」

 

 自分で言っといて何だが、あいつだけでわかる師匠が悪いと思う。

 

「……信じられているとそれはそれで複雑な気分ですね」

「君は初対面から常人とは違ったからな、それに君の嘘は嘘だと分かりやすい」

 

 溜め息と共に呆れた表情でそう言われてしまった。

 えっと、この場合の初対面は馬車で助けてもらった時じゃなくて、自転車でダイレクトアタックしかけた時ですよね……。

 

「その節はすいません。心のブレーキが切れてまして」

「まあ君も昔に比べれば素行も多少は良くなった……こともないな」

 

 最初微笑んでいたと思ったら睨みつけられている、その一瞬で何があったんですか。

 最近だとマスクを被って悪を討ち滅ぼしていたくらいですよ?

 

「君もいい加減にこの国の錬金術士としての自覚をだな……」

「アカネ難しい話し分かりませーん!」

「あ、コラ! 待ちたまえ!」

 

 お説教ムードが漂ってきたので一目散に退散する。

 俺の出身の話になるはずだったのに、それもこれもステルクさんが真面目すぎるのが悪い。

 

 

 

 

 

 

 イクセルさんの店で食事を済ませた俺は路地裏を歩いていた。

 しかしイクセルさんまで知っているとは、異世界の食事って聞かれてもねえ。食レベルはほとんど同じだから何も言えない。

 

 そして俺はまさかあの人は知らないだろうと考え、ついでにあの船の物騒な兵器についても聞きに来た。

 路地の奥にあるラボラトリーと言うには大分貧相な、というより普通の住宅にしか見えない。

 以前は木の扉だったが、前にぶち破ってからは鉄製になった扉を軽くノックする。

 

「…………」

 

 が、しばらく待っても出てこない。

 そりゃ木じゃないんだから早々良い音なんかでやしないからなあ。

 

「……ふう」

 

 足元の小石を取り上げ、力の限り握りしめ、腕を上げ、扉に――。

 

「いやあ、お待たせお待たせ」

「死ねえ!!」

 

 多少対象が変わったが構わずに振り下ろすも、下がって避けられてしまった。

 

「ああ、マークさん悪い悪い。ノックが聞こえなかったのかと思ってさあ」

「死ねって言ったように聞こえたんだけどね」

 

 そんな疑うような目で見ないでほしい。

 というか何故リュックを背負っているんだ。俺に会うのに何を戦闘態勢になることがあるというのか。

 

「万物には命が宿っているという超自然的な理論から考えて、扉に死ねって言うのはなんら不思議じゃないですよ」

「それはそれで扉を破壊する気だった事になる事に気付いているかい?」

「……ふっ」

「……ふふ」

 

 これ以上はやめようと言う考えが重なったのか、気づいたら互いに笑っていた。

 

「そうだマークさん。あのトトリちゃんの船の物騒なの役に立ったぜ?」

「やっぱり最初にアレを押すのは君になったようだね」

 

 完全に予測通りと言った微笑みを顔に浮かばせている。

 そりゃトトリちゃん含めて他は誰もなんやかんやで押したりしないだろうしなあ。

 

「アレは船の下部から海水を吸ってだねえ……」

「いや、理論は聞きたくない」

 

 どうせ聞いても理解できない。現代科学でも説明つくか分からない様なとんでも理論だと俺が困る。

 

「ふむ、そうかい」

 

 残念そうな顔でどこか不満そうに頭をかくマークさん。

 説明したい症候群を発症しているのはアリアリと見てとれる。

 

「むう、ああそうだ」

 

 思いだしたように手を叩いて再び瞳を輝かせるマークさん。

 

「いやあ、君も海を渡って来たなんて嘘をつくとは人が悪い」

 

 肩を両手でポンポンと軽く叩かれる。

 やっぱり知っていらっしゃる。アトリエに来た時に師匠がわざわざ話したりしたのかなあ。

 

「前々から君の科学知識が不自然に高いのが疑問だったけど、そうとなれば説明もつく」

「確かに話しすぎた感は……」

 

 ないな、この人なら勝手に思いついて勝手に作りそうなものだけだ。

 

「それで君には一度じっくり話を聞かせてもらいたくなってね」

「へ?」

 

 一瞬マークさんのメガネが怪しい光を放っているように見えた。

 

「さあ入った入った、ちょっと足の多い虫とか茶色い隣人がいたりはするけど君なら平気だろう」

「にゃ――!?」

 

 マークさんが背中に背負ったリュックからマジックハンドの様な物が伸びてきて――。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 見事に四本のアームが俺の腕と足を掴み、持ち上げた。

 機械のパワー凄まじい、腕を曲げようとしてもびくともしない。

 

 が、なんとか玄関の縁に両手と両足をかけて大の字で踏ん張った。

 

「マークさん! 俺の世界にはロボット三原則っていうのがあってですねえ!」

「ほう、それはどういったものなんだい?」

「人に危害を加えない! 人の命令は絶対! ロボットは自身を護る!」

「それなら問題ないさ。僕の命令に従っているからね」

 

 いつもと変わらない頬笑みを張り付け、マークさんはそう言う。

 そしてアームの力は強まっていって……。

 

「は、話ならサンライズ食堂とかでも……」

「はっはっは」

 

 そして半ば嫌がらせともとれる方法で俺は連れ込まれた。

 宿に帰ってから俺は真っ先にシャワーを浴びたのは言うまでもない。

 

 

 



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過去の清算

 

 

 十一月も終わる頃合い、肌寒さも感じられる季節になってきた。

 あと春を越えたら免許更新の時期だなとか思いつつ、俺はヘルモルト家でゴロゴロしていた。

 

「あにきー、あそぼー!」

「グハッ!?」

 

 ダイニングの暖炉の前で寝転がっていたら、ピアニャちゃんが腹の上に飛びかかって来た。

 元気なのはいい事だが、俺に被害を出さないでほしい。

 

「妹よ、俺はここで何しているように見える?」

 

 俺に乗っかったままのピアちゃんの顔を見つめ、俺はそう尋ねた。

 

「えーと、ゴロゴロしてる?」

「違う! 横になって暖まっていたんだ!」

「ぷに……」

 

 横にいたぷにが呆れたように一鳴きした。

 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。

 

「あにきー! 遊ぼー! あそぼーよー!」

 

 ほっぺを膨らませ腹の上で跳ねるピアニャちゃん、じわじわとダメージが蓄積されていくな。

 

「昨日も一昨日もその前もそのまた前も遊んでやっただろ。俺だって暇じゃないんだよ」

「えー」

 

 嘘だと言うような声色だ。ふっ、兄を疑うとは悪い妹だぜ。

 

「お前みたいな悪い子はこうだ!」

「あーっ、うーっ、やめーてよー」

 

 頬を両手で持って引っ張ってみる、もちもちとしていて柔らかいなこの肌。

 

「ふむふむ」

「あにきー、くすぐったいよー」

 

 引っ張るのをやめて、突いたりしてみる。

 この感触は病み付きになりそうだな。

 

「……はっ!?」

 

 どこからか冷たい目線を感じ取り我に返ってしまった。

 そして寝たまま首を横に向けると、玄関の前に仁王立ちしているミミちゃんがいた。

 

「あんた、最近ずっとトトリの家でゴロゴロしてない?」

 

 そしてデジャヴを感じる質問を投げかけられた。

 なんだいなんだい、たった一週間程度入り浸っているだけじゃないか!

 

「船旅で疲れたから充電してるんですー」

 

 ピアニャちゃんの脇に腕を入れて持ち上げながら立ち上がり、俺はキッパリとそう言った。

 

「あにき、ニートなの?」

「ち、ちげえよ」

 

 腕の中に収まるピアニャちゃんが、俺を見上げてそんな無邪気な発言をした。

 子供の知識の定着力は舐めたらいかんな、すぐに覚えて使いこなす。

 いや、俺はニートではないけどな。

 

「それにミミちゃんだって一週間のうち三日くらいきてる事を知ってるんだぜ?」

「わ、私はいいのよ!」

 

 少し頬を赤らめるが、その表情とは打って変わった自分勝手な発言だった。

 

「ツンデレ!」

「違うわよ!」

 

 ピアニャちゃんが指をさしてそう大きな声で言った。そして音速のツッコミが入った。

 ふむ、教育の成果が出たな。

 

「よーしよしよしよし! えらいぞー!」

「わーい! ほめられたー!」

 

 床の上にピアニャちゃんを置いて頭を撫でくり回した。

 本格的に俺の後継者として育ててあげてもいいが、ツェツィさんの顔が思い浮かんだのでその考えは即刻抹消した。

 

「あれ、ミミちゃん来たの?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、アトリエの方からトトリちゃんが顔を出した。

 

「え、ええ、ちょっと暇ができたからね」

「そうなんだ、それじゃあお茶用意するね」

「ま、まあ一杯くらいなら付き合ってあげないこともないわ」

 

 自分から訪ねて来て何でこんなに偉そうなんだ。

 と言うよりも、微妙にミミちゃんの言っていることが支離滅裂になっている気がする

 暇ができたとか言っておきながら、一杯だけとは。

 

「よーし、ミミちゃん憩いの時間を邪魔しちゃ悪いな」

「ぷにー」

「はーい」

「ちょっと!」

 

 肩にぷに、右手にピアニャちゃんをお供に、俺たちはアトリエの方へ引っ込んで行った。

 何か声をかけられたが、真っ赤になっているのが容易に想像できたので振り向く事はしなかった。

 

 アトリエに入ってまず俺は、ソファに座った。

 

「なんだろう、本格的にやる気が起きないな」

 

 海に出る前はあれほどやる気に満ち溢れていたというのに。

 今の俺は燃え尽きて真っ白な灰になってしまったのかもしれない。

 

「あにき、びょーきなの?」

「ああ、うん」

 

 ある意味心の病かもしれない。

 大冒険から帰ってきて、免許更新も安泰で、借金も気長に返せば良くて。

 いっそ帰るための手掛かりでもあればやる気が起きるんだろうが、影一つ見えないと流石にやる気も失われてくる。

 

「ぷに、ぷにに、ぷに」

「いや、まあそうだけどさあ」

 

 とにかく進んで行けば近づきはすると、いい事は言ってるぜ?

 

「いっそ錬金術でパパっと帰る方法でもあればなあ」

 

 そう言いながら立ち上がり、トトリちゃんの参考書の入った本棚に近寄った。

 俺が来たばかりの頃はスカスカだったのに、今となっては端から端まで詰まっている。

 

「ん? 何かやけに黒いのが一冊……」

「ぷに?」

「んー?」

 

 ピアニャちゃんが背伸びをして覗き込んできたが、取り出すのに危ないので頭を押して縮ませた。

 そして両隣の本の圧力に負けず引っ張り出し、表紙を見てみると。

 

「むっ! コレは!?」

 

 このノートは! 見覚えがある! コレはまさか!?

 

「あのー、アカネさん」

「わああああ!!」

 

 腕を前に突き出し、さながら居合いの刀が鞘に入るがごとく、そのノートは本棚の隙間に戻った。

 

「ど、どうしたんですか?」

「な、なんでも……ないよ?」

 

 頬と手にびっしょりと冷や汗をかいていた。

 危ない、もうちょっとで見つかるところだった。

 

「……で? 何かな?」

「あ、はい。今、調合していたところだから釜は使わないでくださいって言おうと思って」

「おーけー、ほらほら、ミミちゃんを待たせるといけないから戻りなさいな」

「……はい?」

 

 頭に疑問符を浮かべながらもトトリちゃんは扉を閉めて去って行った。

 無駄に寿命を縮めてしまった。

 

「ぷに~?」

「むー?」

 

 ぷにもピアニャちゃんも一体どうしたのかと、二人して唸っていた。

 

「いや、まさかこんな物が発掘されるとは」

 

 再び本を引っ張り出して表紙を見る。

 

 『アカネ流錬金術上巻』

 

「あにきの本?」

「ああ、そうだ」

 

 思わず上を見上げ遠い目をしてしまう、これを作ったのは二……いや、三年も前の事になるのか。

 あの時は俺も未熟だったぜ。

 

「すっかり存在を忘れていた」

 

 当然下巻の作成などされていない。

 そしてもう、十二月に入るからトトリちゃんの誕生日まであと三ヶ月しかない。

 今、とっさに隠したのはトトリちゃんもコレの存在を忘れていたらうやむやにできないかと思ったからだ。

 

「……しかし」

 

 もし、もしもずっと覚えていたとしたら。

 そして、ずっと渡さずにいたら……。

 

『アカネさんって約束も守れない軽いだけが取り柄の人ですよね』

 

 頭の中のトトリちゃんは太陽の様な頬笑みをしていた。

 

「急にやる気が湧いてきたぜ……」

「おー」

 

 目に光が灯るのを感じる、もしこのまま行動しなければ、永遠にこの妄想に苦しめられる気がしたからだろう。

 

「新しい爆弾作り、文字通り一花咲かせてやるか」

「また花火?」

 

 我が妹が俺を見上げ、輝いた目で見てきた。

 前の祭りの際に皆喜んでくれたが、特にピアニャちゃんは喜んでくれたからな。

 辺境の村育ちの子には刺激が強すぎたのだろう。

 

「花火……まあ、大規模なだけで花火……かな?」

「ぷに~」

 

 肩のぷにがジトっとした目を向けてきた。嘘は言ってないだろ嘘は。

 

「よーし! やるぞー!」

「ぷに!」

「おー!」

 

 腕を上に突きあげて叫んだ。

 

「やるぞー!」

「ぷにー!」

「わー!」

 

 両腕を突き上げて叫んだ。

 

「頑張るぞー!」

「ぷにに!」

「きゃー!」

 

 ピアニャちゃんを持ち上げて回わりながら叫んだ。

 

「うおっっしゃらぁー!」

「ぷにににににー!」

「あはははー!」

 

 バン! と音を立てて扉が開かれた。

 

「うっさいわよ!」

「すいません」

「ぷに」

「ごめんなさい」

 

 どうやら憩いのタイムを邪魔してしまったようだ。

 水を差されたが、五年間の集大成ボムという道は定まった。

 三年越しの下巻作成、やってやろうじゃないか。

 

 

…………

……

 

 

 そして、参考のために最強代表の方へインタビューのために酒場へと来た。

 

「強さとは何でしょうか?」

「花も恥じらう乙女に何を聞いてんのよ」

 

 そんな乙女はまず間違いなく酒場にはいないだろうという言葉を飲み込んだ。

 

「…………」

「その無言は何かしらね?」

 

 しまった! 飲み込む事に手いっぱいになりすぎた!

 

「ぷっ」

「喧嘩売りに来たのかしら?」

 

 口から出たのは軽い笑いだけだった。

 俺は間違いなく悪くないだろ、そっちが先にへヴィなパンチを打ちこんできたんだからな。

 

「んっっん! 俺は強い爆弾作るためのアイディアが何かないか聞きに来たんだよ」

 

 咳払いを一つして、無理矢理本題に話を入れ替えた。

 

「いや、あたしに聞かれてもね……。とりあえずドラゴンの素材でも入れれば?」

「……はあ」

 

 これだからトーシロは分かってない。

 

「……久しぶりに理不尽っていう感情が湧いてきたわ」

「まあ、所詮はメルヴィアか」

「あんた、やっぱり喧嘩売りに来たのね? 買うわよ?」

 

 クッ、すぐに暴力に持って行きたがる。アマゾネスか何かかとツッコミを入れたい。

 

「ツェツィさーん、メルヴィアがいじめるよー!」

「はいはい、アカネ君は困った子ね」

 

 やけにお姉さんぶった感じでツェツィさんが登場した。

 一週間も入り浸っていたせいか、最近情けない弟ポジに置かれかけている気がする。

 

「…………」

 

 メルヴィアのダメ人間を見る様な目線が痛い。

 

「あ、ほら! 後輩君も来たぜ?」

「お、先輩じゃん! 久しぶりだな!」

 

 空気を打破するかのように登場した後輩君、流石はイケメンは違うぜ!

 

「ところで後輩君、強い爆弾を作るにはどうすればいいと思う?」

「え、強い爆弾か?」

 

 テーブルの前に座ると、首を上に曲げて唸りだす後輩君。

 さあ、メルヴィアとは違うところを見せてくれ。

 

「やっぱりドラゴンとかじゃないか?」

「……マジで?」

 

 え、もしかしてこれは強者の直感的なチョイスだったりするのか?

 本当にドラゴンの素材を入れれば強くなるのか?

 

「ふふん」

 

 メルヴィアのドヤ顔にはとても腹が立ちました。

 

「うええ……?」

 

 俺はそれから酒を飲み、悩みに悩んだ末。

 結局はGOサインを出してしまった。

 

 

 



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賑わいの酒場

 

 

 十二月も頭、今年も終わろうかと言うある日、俺は師匠のアトリエで窓から外を見ながら呟いた。

 

「ドラゴンボム、相手は死ぬ」

「やめて」

 

 振り返ると師匠が割と真面目な顔をして俺を見つめいていた。

 前に新しい爆弾作る時は自分に言ってからにしてと約束したから言ってみたというのに、門前払いとは。

 

「……うう」

 

 悲しみのあまりアカネ君は俯いて呻き声を上げてしまったではないか。

 

「むう、アカネ君はわたしがそれで騙されると思ってるんだ」

「…………」

 

 顔を上げると師匠が頬を膨らませていた。

 泣き落とし作戦は失敗だ。プランBに移行しよう。

 

「新しい発想を頭ごなしに否定する、俺の師匠はそんな人だったんですか?」

「あ、あう、で、でもでも!」

 

 冷たい目を向けると途端に慌てだす師匠。

 ふふん、でも、の後は何かな?

 

「師匠、俺はさあ……師匠を頼りにしてるんだよ」

 

 ポンと、両手を師匠の肩に置いて、真面目っぽい声のトーンでそう囁いた。

 

「た、頼りに……!」

「そうそう」

 

 師匠は本当に頼りにしてるって言葉に弱いなあ。

 

「……じー」

「……?」

 

 何やら師匠が俺の顔をじっと見上げている、何ですか?」

 

「アカネ君、何で笑ってるの?」

「うぇ!?」

 

 反射的に口元に手をあてるが、いつも通りの引きしまった凛々しい口元だった。

 

「やっぱり嘘なんだ! アカネ君酷い!」

「ぐっ……ま、まさか師匠に謀られるとは」

 

 表情とかでも見抜けなかった……まさかこの俺が師匠に、あの出会いからこれまで終始あっぱらぱーだった師匠に!

 師匠に! ……師匠に………………師匠に?

 

「くっ、一体何デリアさんが師匠に変な事を吹きこんだんだ」

 

 全く分からねえぜ。

 

「あ、アカ、アカネ君! わたしに見抜かれたからってそんあっにゃ! ……うう、舌噛んじゃった」

「師匠」

 

 そんな平常運転な師匠を見て、俺はとても安心しました。

 しかし対照的に師匠は涙目になって俺の事を睨みつけていた。

 睨みつけているはず、たぶん、可愛いけどたぶん睨んでる。

 

「もう! アカネ君は真面目にお仕事するの!」

「えー、でも爆弾が」

 

 ぐいぐいと背中を押して俺をアトリエの外に追いやろうとする師匠。

 踏ん張ると余計に怒りそうなのでなすがままにされる。

 

「ダメ! もう! アカネ君のバカー!!」

 

 素早く扉を開けると、師匠は俺の事をアトリエの外に押し出した。

 そして大きな音を立てて扉が閉められた。

 

「……新しいパターンだな」

 

 いつも逃げるばかりの師匠が、追い出すを選択するなんてな。

 仕方ないからギルドに向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の突撃クーデリアさんのコーナー。

 

「はお休みなので、突撃フィリーちゃん!」

「うえぇ!?」

 

 お昼休みのようで、クーデリアさんはいらっしゃらない。

 仕方ないのでフィリーちゃんに付き合ってもらおう。

 

「今日のお題はフィリーちゃんを真人間に戻すにはどうすればいいか」

「な、なんなんですか! そ、それにそこはかとなく酷い事を言われているような……」

 

 早速涙目になりだすフィリーちゃん、クーデリアさんと違って罪悪感を刺激される。

 長くは持たないかもしれないな。

 

「フィリーちゃんを真人間にするにはどうすればいいか!」

「……何で二回言ったんですか?」

「……フィリーちゃんを…………真人間……」

 

 思わず頭を抱えてカウンターに肘をついてしまった。

 

「え、その、わたしは一体どうしたら……」

「ああぁん!?」

「ひゃっ!?」

 

 カウンターを叩き、顔を上げ、そして言い放った。

 

「どうしたらって、フィリーちゃん。君は受付で俺は冒険者だ。早く依頼を見せてくれよ」

 

 やれやれだぜと言った様子で、大きくため息をついてみせる。

 とりあえずさっきの数十秒は消し飛ばしておこう、互いのためにも。

 

「な、なんか納得がいかないんですけど」

「気にしないでくれ」

 

 依頼の一覧をもらいながら俺は自然な笑顔でそう言った。

 一切の事を忘れ、依頼の紙束をパラパラと捲っていく。

 

「む、今回は薬系の依頼が多いな」

 

 いつもは爆弾ばっかだというのに、まあ偶には気分を変えて俺の薬作成スキルを……。

 

「あ、すみませんアカネさん。こっちでした」

「うん?」

 

 そしてまた一束の依頼書を手渡され、交換する形に別のモノが俺の手の中に。

 ペラペラと捲っていくと。

 

「…………」

 

 フラムやらなんやら、爆弾ばかりだった。

 何かしらの作為を感じる。

 

「フィリーちゃん?」

 

 疑念を込めた目線を送ると、案の定フィリーちゃんは気まずそうに目を逸らした。

 

「えっと、その、アカネさんは……爆弾の方が評判が良いと言いますか、その……」

「もう、良い、分かった」

 

 つまりは、だ。

 一言で、単刀直入に言うと、だ。

 

「てめえの薬は使えたもんじゃないと」

「えっと、ぶ、部分的には」

 

 なんですか部分的にはって。

 

「…………」

 

 思わず天を見上げた。

 なるほど、俺は今まで見えない権力に踊らされていたという訳か。

 そうだよなあ、俺って基本的に爆弾魔だもんなあ……。

 

 

 

 俺はギルドを飛び出した。

 

 

 

 ちっくしょー!

 俺はそう心の中で叫びながらアトリエに跳び込んだ。

 

「わっ!? アカネ君?」

「くっそー!」

 

 コンテナの中身を引きずりだして、昔採った竜のうろこを釜に投げ入れ。

 フラムを入れ、火薬と中和剤を入れ、思いっきりかき混ぜた。

 

「バカにしやがってー! だったら爆弾ですごいとこ見せてやんよ!」

「ちょ、ちょっと! あ、アカネ君! や、やめてー!」

 

 後ろから師匠が抑えてくるが、俺は無視して右腕を動かし続けた。

 

「止めないでくれ師匠! 俺にはこれしかないんだ!」

「し、しーらない!」

 

 次いで、ドアのしまる音が聞こえた。逃げたか。

 

「ふふっ、まあいいさ」

 

 ほら、だんだんと釜の中が七色に輝いてきた。

 

「ほうら出てこい! ドラゴンボム!」

 

 広げた両腕一杯に、偉大なる生命の生まれと言うか、全ての始まり。

 つまり分かりやすく言えば爆発が広がった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 その日の夜、宿屋で俺は師匠にもらった薬を塗っていた。

 

「失敗の要因は、分かるな?」

「ぷに」

 

 ベッドの上で相棒と語らう、そして自明の理だというかのように頷いている。

 

「ああ、つまり……」

「ぷにに」

「材料が悪かったな」

「ぷに!?」

 

 何やら驚くぷに、心の不一致があったようだ。

 

「俺ほどの、そうレシピが裸足で逃げ出すほどの、このアカネが、たかが適当に材料ぶち込んだくらいで爆発するか?」

「ぷに」

 

 肯定は求めていないぜ。

 

「否! 全てはしょぼくれた材料のせいだ!」

「ぷ、ぷに~?」

「あんな数年前に倒した薄暗い洞窟のカビ臭いドラゴンの鱗風情じゃあなあ」

「ぷ、ぷにに」

 

 おや、少し口が悪すぎましたか。

 

「とにかく、材料が悪い事にしたい!」

「ぷに?」

「そう、したい」

 

 心の奥では分かってはいるんだ。

 でも認めちゃうと貴重な材料を勢いで無駄にした男になっちゃうしさ。

 

「と言う訳で、より良い材料を採るために北まで遠征に行きます」

「ぷに?」

「北には強いドラゴンがいるらしい」

 

 以前俺が悪に堕ちていた時にいた場所付近、あのあたりに黒いドラゴンがいるらしい。

 亜種の材料は貴重なのが世の常だというゲーム脳にも基づいている。

 

「だが、俺たち二人じゃあ無理だ」

「ぷに」

 

 二人で無理なら、三人、四人、五人。

 それでも無理ならもっとたくさんでタコ殴ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、作りなおしたトラベルゲートを使ってアランヤ村まで来た。

 物理的に静かな空気がただよっているバーにいる魔人をスカウトしに来た訳だ。

 

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃいませー!」

 

 出迎えてくれるのはツェツィさんの透き通った声。

 そして目の前にあるのはいつも通りの……。

 

 ワイワイ

 ガヤガヤ

 

 そんな二つの擬音が頭をよぎった。

 思わず一歩下がって扉を閉めてしまった。

 

「……ふう」

「ぷに……?」

「ああ、おそらくは幻覚だろう」

 

 まさかカウンターが満席どころか、テーブル全てが埋まっているなんてことはあり得ない。

 トトリちゃんにお酒を作ってもらってたような店が、まさかなあ。

 

「ないない」

「ぷににににに」

 

 俺たちは笑いあいながらもう一度店の扉に手をかけようとしたところで。

 

「邪魔だよ!」

「…………!?」

「ぷ!?」

 

 後ろから割り込んで入っていく男性、待て待て、店間違ってないか?

 

「ゴクリっ」

「ぷに」

 

 頭がどうにかなりそうな状態だが、真実を確かめんと俺たちは覚悟を決めて扉をもう一度開いた。

 

「いやいや」

「ぷにに」

 

 そして現実にパンクした俺たちは、いつものようにメルヴィアのいるテーブルに歩いて行った。

 結界でも張っているのか、そこだけ空いていてくれている。

 

「あら、何ぼーっとしてんのよって、聞くまでもないわよね」

「うん」

 

 椅子に座って見回すと、楽しそうに酒を飲みかわす中年の男性やら、涙を流しながら感動したようにグラスを傾ける老人がいたり。

 

「ついにトトリちゃんまで雇ったり?」

「あんたの中のトトリは一体何なのよ」

 

 呆れたような視線を俺に送るメルヴィア。

 もしもヘルモルト姉妹が店員やってる店があったら俺は毎日のように通う自信があるがな。

 

「その秘密は、これだ」

「にゃ?」

 

 後ろから差し出されるガラス製のジョッキ。

 中にはタコの足が一杯に詰まっていた。

 ゲラルドさんの笑顔にこれほど腹が立ったのは初めてだ。

 

「これを飲めと?」

「ああ、グイッといけグイっと!」

「ええ……」

 

 両手でグラスを持って中を見つめてしまう。

 鼻には妙な生臭さが突き刺さる。

 飲みたくはないが、コレがこの寂れたバーを復活させた要因だというのなら。

 

「ええい、ままよ!」

 

 顔上げ、グラス傾け、口に含んだ酒がどんどん食堂に流れていく。

 喉越しがぬるっとしていて、生臭くて……。

 

「うまいっ!?」

「そうだろう! そうだろう!」

 

 バンバンと背中を叩かれる。

 なんだこの詐欺は、おつまみなしでいくらでも飲めそうだ。

 

「ぷにぷに!」

 

 俺の反応にぷにがいきり立った。

 

「まあ、待ってろ。量ならいくらでもあるからな」

「ところで、コレは何の酒で?」

 

 タコだけど、タコのはずなんだけども。

 それでこんなにうまかったら、それこそ詐欺だ。

 

「いやあ、トトリの獲ってきてくれた海のぬしが材料でな。できることなら俺だけで独占したいくらいだ」

「な、なるほど……」

 

 そういえばこの間ステルクさんが釣りの練習してたな。

 いや待て、それよりも俺はどこに突っ込みを入れたらいいんだ?

 ぬしなのにタコと言う点か、もうトトリちゃんだけで良いんじゃないかという点か、はたまたこのペースだと数日でなくなるんじゃないかと言う点か。

 

「まあいいや」

 

 うまい酒があって、少なくとも今日は飲み放題だ。

 今後のこのお店の運営方針には口出ししないでおこう。

 

「はい、三人ともあんまり飲みすぎないようにね」

 

 少し待つと、ツェツィさんがおかわりを運んで来てくれた。

 大二つにぷに一つ。

 

「なあメルヴィア、ゲラルドさんに教えてあげなくていいのか?」

「いいんじゃない? 本人は幸せそうだし」

 

 カウンターに戻ったゲラルドさんを横目で見ると、感動からか少し涙ぐんでいた。

 数日で天から地に落ちてしまう現実は見せないであげた方が良いか。

 

「ぷにに~」

「うむ、新感覚だな」

 

 ゴクリゴクリと喉越しを楽しむ、マズイな、このままだと何をしに来たか忘れてしまうやもしれん。

 

「それにしてもトトリも良く獲って来たわよねえ」

「全くだな。それにしても何でメルヴィアじゃなくてステルクさんなのか」

 

 馬力で言ったら明らかに目の前の方の方が上だ。

 俺のそんな考えを察知したのか、メルヴィアは口を尖らせた。

 

「あたしだって女の子よ、大きな魚が怖かったりするわよ」

 

 嘘だ。そう思ったが口に出さない方が相手を惨めな気分に出来そうなので言わない。

 

「実際はタコだったわけだが」

「そうねえ、相当に大きかったらしいわよ。二人とも足に捕まったとか」

「はあ、トトリちゃんと――――ああっ!?」

「ちょ、何よいきなり大声出して」

「いや、だってお前!」

 

 待て待て、俺が穢れている可能性がある。

 二人は単純にでかいタコの足に絡まれただけだろう。

 ぬるぬるとしたタコの足に?

 

「……ステルクさんは誰が得するんだ?」

「ぷに?」

 

 思わず呟いてしまった。

 やめよう、変な想像はやめておこう。

 

「メルヴィア、俺って穢れてるのかな?」

「そりゃあねえ」

「だよなあ」

「ぷに~」

 

 その日は三人で飲み明かしてしまった。

 助っ人については話を付けただけ良しとしよう。

 

 

 



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六年目『彼の集大成』
襲撃するされる


 

 

 ドラゴン狩りツアーin夜の領域

 

「いやあついに始まりましたねぷにさん!」

「ぷに!」

 

 年も明けて冒険者生活も六年目、ついに自発的にドラゴンを狩るまでレベルアップしてしまったな。

 森の中現地まで自転車を押している、そんな俺の後ろのイカれたメンバーを紹介するぜ。

 

「ドラゴンかー、一回倒したことあっけどもっと強い奴なんだよな?」

 

 疾風迅雷、最速の剣の使い手ジーノ・クナープ。

 最近生意気にも身長が急に伸びてきている。

 

「おそらくな、あいつが我々を連れ出すくらいだ。腕をふるうには申し分ないだろう」

 

 永遠の騎士、強面のステルケンブルク・クラナッハ。

 表面上無表情を装ってはいるが、強者の性なのか知らないが楽しみにしてるのがなんとなく分かる。

 

「ジーノ坊にステルクさんにあたし、これで弱かったら拍子抜けよね」

 

 種族メルヴィアのメルヴィア・ジーベル。

 

「ふん!」

「にゃ!?」

「なんかイラッときたわ」

 

 一言コメントを考えていたら後頭部に石をぶつけられた。

 野生の本能なのか知らんが、やっぱり種族メルヴィアで間違ってないだろ。

 

「……それにしても」

「……ぷに」

 

 後頭部をさすりながら空を見上げ、後ろにちらりと視線を送る。

 

 主人公気質。

 ベテラン騎士。

 メルヴィア。

 

 もう一度空に視線を戻し、大きく息を吐いた。

 

「俺、魔王でも倒しに行くんだっけ?」

 

 小声でそう呟かずにはいられなかった。

 

「ぷに~」

「ああ、何か言われる前に必要な素材だけ剥いでとんずらしよう」

 

 ひそひそと肩に乗っているぷにと相談する。

 なんか彼らの期待ボルテージが勝手に上がってるんだもん、肩透かし確率100%だよ。

 

「俺が先陣で――」

「いや、ここは俺が――」

「とどめはあたしが――」

 

 やんややんやとした物騒な会話が耳に入ってくる。

 まだ到着まで時間があるのに何故あんなに盛り上がれるんだ。

 

「ごめんよドラゴン」

「ぷに」

 

 逃走道具(自転車)を押しながら俺はまだ見ぬ彼に言い尽くせない感情が込み上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 そして着いた夜の領域、以前に悪堕ちしたアカネがハッスルしていた場所周辺だ。

 相も変わらず真っ暗で、浮かんでいる岩の足場から下を覗けばもれなく星が見える。

 

「不思議と言う単語で済ませていいのだろうか?」

「ぷに」

 

 いいらしい、まあ相棒自体不思議な存在だからいいか。

 問題は後ろのバーサーカー達だ。

 血を浴びるまで止まらないんじゃないかって気がしてきた。

 

「ちょっとアカネ?」

「は、はいいい!?」

 

 肩を叩かれて跳び上がってしまった。

 ……よし、肩の骨は無事だ。

 

「……何を確認しているのかしら?」

「え、いや、相変わらず俺って良い体してると思って」

「…………」

 

 真顔で一歩引かれた。

 

「ま、まああんたがどうなろうとあたしだけは友達でいてあげるわよ」

 

 そして酷く優しい声と顔で言われてしまった。

 なんか死にたくなった。

 

「ギャグをギャグとして受け止めてください」

「はいはい、分かってるわよ。それで、まだ着かないの?」

「いや、事前のリサーチによるとそろそろ……」

 

 岩の足場を一個ずつ上に上がっていき首を右に曲げると、背景に完全に溶け込んでいる黒いドラゴンがいた。

 今いる足場よりも大分大きいが、闘うには狭そうな岩場へと細い木で足場が出来ている。

 

「……あれ? これ渡ってる途中に折れるんじゃね?」

 

 皆の方を向くと、互いに視線でお先にどうぞど言い合っていた。

 場が硬直しかけたその時、一番にメルヴィアが動いた。

 

「ねえ、こないだ誰かさんが先陣は俺って言ってたわよね?」

 

 ただし弟分を売る行為の方向に動いた。

 

「ちょ、メル姐!?」

「そうだな、不本意だが一番槍はお前に任せよう」

「師匠まで!?」

 

 二人は信じたと言わんばかりに後輩君の方に手を乗せた。

 

「……ぷに」

「ああ、大人ってきたねえな」

 

 一歩離れて俺たちは行く末を見守っていた。

 今回は戦闘メンバーじゃないし、アレに巻き込まれるのも嫌だから放っておこう。

 

「……よし!」

 

 そう一声上げると、後輩君は剣を構え木の足場を走り抜け、ドラゴンに向かって駆けた。

 

「あら、大丈夫そうね」

 

 彼女がそう小声で言ったのを俺は聞こえないふりをした。

 そして次にステルクさん、メルヴィアとドラゴンに向かって行く。

 俺は何秒持つかぷにと相談しながら背後の岩にもたれかかりながら事の行く末を見つめていた。

 

 まず最初に後輩君が素早く前足を斬って機動力を落とし、振り上げられた爪を受け止めたメルヴィアはそのまま斧の柄でドラゴンの顔面を強打した。

 よろめくドラゴンにステルクさんが容赦なく切りかかるが、寸前で後ろに飛んで避けてくれた。

 

「…………」

 

 なんだろう、この一方的な感じ、攻撃しても受け止められて、避けても他の人に斬られて、俺はこれを望んていたのだろうか。

 いや、違うよ。タコ殴るとは言ったけどもうちょっと戦いにはなるかなって。

 こんなマグロの解体ショーみたいになるなんて想像してなかったんだよ。

 

「GAAAAA!」

 

 黒いドラゴンの悲痛な叫びに、俺は耳を塞いで目をそむけることしかできなかった。

 

 

…………

……

 

 

「あいつらに罪悪感はないのか?」

「ぷに~」

 

 夜の領域の入り口近く、岩が途切れ森が顔を見せた所に俺は戻って来た。

 

「なんでドラゴン倒した後、あんな一仕事終えました見たいな清々しい顔ができるんだ」

「ぷにに」

 

 三人が三人、笑顔で汗をぬぐっていた。

 傍から見ていると大分猟奇的な光景だったぜ。

 

「……ぷに?」

「それは言うなよ」

 

 落とされた首を素早く木の足場を渡って回収し、首を抱えて逃げながら角だけ剥いだ俺も相当にひどい奴かもしれん。

 最後に証拠隠滅のためにサッカーボールの様に首を下に蹴り落としたのも今思えば悪い事をした。

 

「これで終わったら良かったんだろうけどな」

「ぷに」

 

 証拠隠滅後、こっそり戻って見ると、あいつは俺に良い様に使われたことに気付いて恐ろしい言葉を発した。

 

『クーッ、あいつに踊らされてたなんて! 腹立つわね! はらいせにここのモンスターでもやっちゃいましょう!』

『お、いいな! 誰が一番多く倒せるか勝負しようぜ!』

『ふん、私についてこれるかな?』

 

 ごめんなさい夜の領域の魔物たち、静かに北で暮らしていただけなのに俺が狂戦士を三人も連れてきたばっかりに……。

 

「ああ、魔物たちの悲鳴が聞こえる気がする」

「ぷに~」

 

 幻聴に罪悪心を刺激されながら、俺は逃げるようにその場を自転車で走り去った。

 

 

 

 

 

 そのまま真っすぐにアーランドに帰ろうと思ったが、街道を東に進み月光の森までやって来た。

 自転車を電力モードから人力に切り替え、木の間を縫いながら採取地まで向かっていると。

 

 天罰が俺の横っ腹を叩いた。

 

「ぐげっ!?」

「ぷに!?」

 

 自転車から俺が吹っ飛ばされ、倒れた自転車のカゴで寝てたぷにが目を覚ました。

 

 痛みをこらえ、地べたに尻をついたまま上を見上げると。

 以前に炭鉱であった凶悪モンスター、一見女の子に見える外見をしている悪魔ジュエルエレメント。

 彼女が真っ赤になって、禍々しさが十割増している。そんなモンスターが佇んでいた。

 

 ああ、コレはアレだヤバい奴だ、きっと彼女はモンスター代表で俺に罰を与えに来たんだろう。

 そりゃモンスターも怒るよな、うん。

 

 しかし、俺はこんなところでやられていられない!

 

「うおおおおおお!」

 

 雄叫びと共に俺は両足で大地を踏みしめ、立ち上がった。

 

「うおおおおおお!」

「ぷに?」

「うおおおおおお!」

「ぷに!?」

 

 叫びながら転がっている自転車のカゴに入っているぷにまで跳び。

 思いっきり頭から鷲掴んだ。

 

「ぷににに!?」

「くらえ友情パワー!」

「ぷにー!?」

 

 浮かんでいる赤いクリスタルの様な物をこちらに向けている奴目がけて、俺はぷにを投げつけた。

 意表を突かれたのか顔面にもろにぶち当たった。

 

「ありあとう。ぷに、お前の勇敢さと情熱、しっかり俺に伝わったぜ」

 

 緑っぽい肌を赤くした奴は、目標を俺からぷにに切り替えたようだ。

 ぷには奴の足元で俺に視線を投げかけていた。

 訳すると、おいてめえ、この落とし前はきっちり払ってもらうからな。

 

「てへ☆」

「ぷににーーー!!」

 

 俺はそう言い残し、自転車を起こして電力モードで一気に突っ走った。

 そしてぷには林の中へと逃げ込んで行った。

 まあサイズSSSの相棒ならうまい事逃げ切れるだろう。

 

 

 

 

 そして少し待ってから襲われた場所、いつもの採取場に来てみると、なにやら見慣れない花が咲いていた。

 蓮のような花の形をしたほんのり光った白い花。

 

「なるほど、あいつはボスでこれはレアアイテムという訳か!」

 

 そうと分かれば、俺は早速二、三だけ残して全てを狩りポーチにしまった。

 うへへへ、俺に不意打ちをしたのが運の尽きだったようだな。

 そんなに大事なら根こそぎとは言わないが、奪い尽くしてくれるわ!

 

「るーるるーるー」

 

 鼻歌を歌いながらポーチにしまいこみ、意気揚々と俺は後ろを振り向いた。

 

「Oh……」

 

 酷く冷たい目をした奴がいた。

 早すぎる、ぷにの奴、どんだけ頑張って逃げたんだ……。

 

「に、ニコ」

 

 奴は笑い返しもせずにスタンプでも押すかのようにクリスタルを俺に飛ばしてきた。

 寸でのところで転がってかわしたが、間違いなく心臓を狙っていた。

 彼女さん、思ったより人をヤリなれてますね。

 

「て、撤退! てったいーー!」

 

 煙幕フラムを投げ捨て、自転車にまたがり、俺は逃げ出した。

 そして森を出て街道に出るまでの間、止まることの許されない死のデスレースをするはめになった。

 

 

 

 

 

 

 良いドラゴンの素材さえあれば後は早く、軽くレシピを作り調合をした。

 命名ドラゴンボム、東洋の龍の形をしたバスーカから爆弾が発射されるというモノだ。

 つまりはバズーカだ、恐ろしいモノを作ってしまった気がする。

 爆弾としての出来も悪くはない、本としての清書も終わった。

 

「……ブラックドラゴン、夜の領域の魔物たち、ぷに、終わったよ」

 

 ちなみにぷにはこの一ヶ月間、幽霊の様に俺の背後に付きまとい冷たい視線を24時間体制でキープしている。

 あと二カ月くらい好きな料理を作り続ければ許してもらえるだろう。

 

「うむ、ちょっと早いが誕生日プレゼントだ」

「はい、ありがとうございます」

 

 椅子から立ち上がり、後ろでソワソワと俺の作業を見ていたトトリちゃんに黒い表紙の本。

 アカネ流錬金術下巻を手渡した。

 

「えへへ、もう忘れてるのかと思ってましたよ」

「そ、そんな訳ないじゃないか」

 

 本当に思い出せてよかった。

 俺が下巻作ってると分かった途端、毎日俺の後ろでチラチラと作業具合見てくるんだもんなあ。

 意外に楽しみにしてもらっていたようだ。

 

「これでわたしも花火が作れますね!」

 

 口元を本で隠して嬉しそうに微笑むトトリちゃん、この笑顔のために俺は頑張ってきたんだな。

 

「……ぷに」

 

 浮かれるなと言われましても。

 

「アカネさん、改めてありがとうございます」

「ああ、喜んでもらえたなら嬉しいぜ」

 

 まさしく太陽の様な笑顔だ。

 おいおい、ここ最近の行動的に考えて俺みたいなのは浄化されるんじゃないか?

 

「免許を更新するまでの暇つぶしくらいにはなるだろうさ」

「あ、そう言えばもうすぐでしたね。思い返すと短かったような、長かったような」

「そうだなあ」

 

 頬に手を当ててこれまでの事を思い返しているトトリちゃん。

 俺は、もうすぐ一区切り何だという事を実感しながら、窓の外に見える空に想いを馳せいていた。

 



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プロジェクトA・始動

 

 三月になって、免許更新まで近くなったせいで妙に寂しくなってきた俺は……。

 

 ギャンブルにはまっていた。

 

「ふふん、ストレートフラッシュだ」

「ち、ちむー!?」

「いやあ、悪いなあ」

 

 師匠のアトリエの中、ちむちゃんの悲痛な叫びが響いた。

 悪い悪いと言いながらも俺は容赦なく、チップを奪いあげる。

 

「ち、ちむ……」

「まあ勝負は時の運だ、もう一回やるかい?」

 

 俺はチップと言う名のパイをかじりながらそう聞いた。

 なんというか本当に勝ちすぎて、張り合いがないぜ。

 

「俺の必殺奥義、ファイブトレードに勝てるもんなら勝ってみるんだな」

「ち、ちむ~」

 

 口をへの字に曲げたちむちゃんが、酷く悔しそうな表情で俺を睨みつけている。

 ただただ可愛いだけだが、おどけたふりをしてあげよう。

 

「ふんふふ~ん、ふ~ん」

「ち~むむ、む~む」

 

 鼻歌コーラスで陽気にカードをシャッフル。

 はてさて、この子はいつになったら俺のイカサマに気付くのか。

 良い役ができるようにシャッフルするなんて、素人の俺でもできるな。

 

「ふんふふ~ん…………」

「ちむ?」

 

 いや、違うだろ。

 

「何やってんだ俺」

 

 思わずカードを手から落としてばら撒いてしまった。

 

「ち、ちむ?」

「違うだろ、俺が集めるべきはこんな一文にもならないパイじゃないんだ」

 

 片手に食べかけパイ、後ろには山と積まれたパイ。

 

「……いや、大分良い金になりそうだな」

 

 うん、結構売れそうだ。

 

「じゃなくて! 借金しているいい大人が、何が悲しくてこんな不毛な事やらなくちゃいけないんだよ!」

「ちむむ」

 

 ちむちゃんはどこか不満そうだ、まあ君らからしたら立派な労働報酬なんだろうけどさ。

 

 と、そこでアトリエの扉が開き、意気揚々とぷにが飛び込んできた。

 

「ぷにに~」

「はいおかえり! みろ、アレが本来あるべき正しい俺の姿だ」

「ちむ」

 

 ギルドに行って依頼で金を稼いで、アトリエに戻ってお茶を一杯。

 こいつは本当に真面目な奴だよ。

 

「とは言え……やる気が出ない」

 

 この間まではトトリちゃんのための本を書いてやる気を保っていたが、終わればまたこんなもんだ。

 

「ちむ~……ちむ?」

 

 少し悩んだそぶりを見せたちむちゃんは、だぶだぶの袖で落ちたカードを拾い上げ、俺に渡してきた。

 

「いや、ありがたいんだが、カードはさっき卒業したんだ」

「ちむ~」

 

 だったらどうするか……か。

 

「男って奴はさあ、夢を叶えないといけないんだよ」

「ち、ちむ?」

 

 俺は遠い目をしてそう語った。

 俺の夢、マイドリーム。

 

「当然第一は帰る事だが、それよりもある意味最重要なことがある」

「ちむ?」

「もはや、コレは俺が冒険者になって錬金術士になった理由って言ってもいいんじゃないかとすら思う」

「ち、ちむ」

 

 ごくりと息をのみ込むちむちゃん、そんなに聞きたいのなら聞かせてあげましょう。

 

「思い出さ」

「ちむ?」

 

 まともな答えに驚いたのか、ちむちゃんは目を見開いていた。

 

「アルバムをさ、写真で一杯にしたいんだ」

 

 俺は照れるように鼻をこすってみた。

 今のところ何も嘘は言っていない。

 

「そのために! ちむちゃんズの協力が必要なんだ」

 

 俺は大げさにかがみこんで、ちむちゃんの肩を手でガッチリと掴んだ。

 

「ちむむ!」

 

 任せなさい! そう言うかのように胸をポンと叩くちむちゃん。

 

「ぷに……」

 

 ソファの上でぷにが、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶でも見るかのような目をしていた。

 

「よーし、それじゃあ俺はぷにと帰って作戦会議するけど、この事は皆には内緒にしといてくれよ」

「ぷに!?」

 

 何を巻き込まれた事に驚いてるんだ、相棒なんだから当然だろう。

 

「ちむ」

「ほほう?」

 

 いっちょまえに依頼料の前借りを要求してくるとは。

 まあ、勝ち分が大量にあるので気前良く上げてもいいが……。

 

「だが、残念! こいつはコンテナ行きだ!」

「ちむー!!」

 

 積み上がったパイを両腕で抱え込み、前から足にくっつくちむちゃんを無視してコンテナにパイをぶち込んだ。

 ちむちゃんは足から離れ、呆然と涙目で俺の事を見上げた。

 やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。

 

「おーけー、冗談だ――――」

「あ、あ、アカネさん!? 何ちむちゃんの事泣かせてるんですか!」

「よう……」

 

 大きな音を開けて開かれた扉の向こうにはトトリさんが一人。

 ちむちゃんをちょっとからかうとこれだ、やってられないぜ。

 当然の様に怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜中、アーランドの宿屋で俺は綿密な計画を練りだした。

 

「ぷに~~」

「コラッ! 欠伸をするんじゃない!」

「ぷに……」

 

 ベッドの上に座る俺とぷに。

 一方は眠そうに眼をしばたたかせていた。

 

「題して、プロジェクトA。ターゲットはアランヤ村とアーランドの皆様だ」

「ぷに」

「トトリちゃんにツェツィさんはもちろん師匠にクーデリアさんにフィリーちゃん」

 

 ザ・姉妹とザ・錬金術士とザ・ギルドだ。

 

「ザ・冒険者ことミミちゃん。そして……一応メルヴィアもか?」

「ぷ~にに」

 

 もっと興味を持てよ。

 

「そして今回はカチューシャなんてイミテーションじゃない、薬を作って上手い事生やして見せる」

「ぷ、ぷに?」

「ああ、一応プランはできている」

 

 かつて冒険者として、錬金術士として未熟だった時の未練が俺をここまで成長させたんだろうな。

 

「最後に、ザ・パーフェクトことパメラさんよ」

「…………」

 

 ついに無言で欠伸をし出したよ。

 

「だが問題がある、幽霊な事だ。幽霊な事だ」

「ぷに?」

 

 なんで二回言ったかって? 決まってるだろ。

 

「自分に言い聞かせるためだよ!」

「ぷに~」

 

 獣耳カチューシャも透過してしまうのも問題だし薬も効かないが、それ以上に俺が近づけるかが問題だ。

 

「クッ、帰ったら母に一言文句言ってやる」

「ぷに?」

「幽霊の絵本を俺のマミーがあんなに怖く朗読しなければ今の俺はこんなに悩んでないんだよ」

 

 俺の弟も妹も、皆アレに泣かされている。

 一種の洗脳教育じゃないか?

 

「とにかく、ネコミミパメラさん――――」

 

 

 

 言葉を発すると同時に、俺の視界が真っ白に染め上げられた。

 

 

 

「ぷに?」

「いや、一瞬で想像して……一瞬昇天してた」

「ぷに~」

 

 こいつはヤバいぜ、実物を見たいような見たくないような、複雑な気分だ。

 

「とにかく、目的のモノを見るためにはどうするか。分かるな?」

「…………」

 

 ついにはだんまりか、おーけー、一方的に語っちゃうもんね。

 

「これこそが、俺が錬金術士になった理由だ。幽霊に薬が効かないなら、効く薬を作ればいいじゃない!」

「…………」

 

 俺が大きく宣言をしてもピクリとも動かないぷに、ちょっと手をひらひらと目の前で振ってみた。

 

「やだ、この子目を開けたまま寝てる」

「ぷに……くー……」

「よし、俺も明日から忙しくなるからな、ゆっくり英気を養うとしよう」

 

 ぷにに布団をかけ、俺もベッドに横になった。

 今日はいい夢を見れそうだ。

 

 



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プロジェクトA・準備

 三月の半ばのアトリエ、ちむちゃんとぷに、そして俺だけがいる珍しく静かなアトリエ。

 俺は本を読みながら、呟いた。

 

「スッぺシャルなネコミミ、あなたにとっどけー♪」

「…………ちむ?」

「…………ぷに?」

 

 ちむちゃんズは一斉に作業の手を止め、ぷにはテーブルの向かいで怪訝な顔をしていた。

 しかい俺は何もなかったかのように読書を再開した。

 

 …………

 

「アカネ・ドラッグ・ミラクルチェーンジ♪」

「…………」

「…………」

 

 皆、一瞬だけこっちを見てすぐに作業に戻ったり、居眠りを再開した。

 アカネインパクトも空しく、すぐにアトリエは水を打ったような静けさを取り戻してしまった。

 

 この数週間で俺が成し遂げた大発見を伝えられるように場を高めているというのに、なんて冷たい奴らだ。

 いいさいいさ、それなら俺にだって考えがある。

 

「ワンワン、にゃあにゃあ、コンコン」

 

 音を立てて立ち上がり、踵を使ってタップダンスまがいの事をしながらリズムをとってみる。

 

「すってきーな、ケモミッミッ!」

 

 アトリエの真ん中にそのまま移動して、大きく右手を前にあげながらミュージカルの様に声を張り上げた。

 

「それっがぼっくの夢ーさーーーー! あっあーーーーー!!」

「「ちむちむ! ちむ♪」」

「ぷにににに♪」

 

 ちびっ子コーラス軍団も今度ばかりはノリよく付き合ってくれた。

 イエス! 会場のボルテージはマックスだ。

 

「よーーし! ここでっ! 俺の一大はっぴょっうがっちゃ――!?」

 

 噛んだ。

 ミュージカルノリを中途半端に受け継いだせいで、噛んだ。

 

「……机に集まりなさい」

「「ちむ」」

「ぷに」

 

 完全に空気は冷めきってしまったが、俺達は気にしない事にした。

 俺は重々しく椅子に座り、ぴょこんと顔だけをテーブルの上に出しているちむちゃんズに向かい話を始めた。

 

「唐突だが、君たちは運命と言う物を信じるかな?」

「ちむ!」

 

 御託は良いから早く進めろと?

 長女ちむちゃん、流石付き合いが長いだけあって容赦がない。

 だが同じくらいに俺も容赦はない。

 

「ちむちゃん、今回の君の仕事の報酬二割カットね」

「ちむ!?」

 

 ショックを受けるちむちゃんを尻目に話を再開する。

 

「俺はある日、モンスターに襲われた。その時は天罰だと思ったが違った。……コレは天命だったのだよ」

「ちむ~ん」

「給料一割カットね」

「ちむん!?」

 

 会議中におおきな欠伸をしたちむさん、コレは許されざる行為だ。

 

「あの時手に入れた花、一年に一日しか咲かない白い花、アレは何の材料になるか、分かるかね?」

「ちむむ?」

「会議中だ! 私語は慎みなさい!」

「ちむ!?」

 

 長男ちむおとこくん、理不尽に翻弄されることに定評がある。

 

「イッツ、賢者の石。これと俺のレシピを合わせれば、薬が苦手な俺でもチョチョイのチョイで作れる」

「…………」

 

 次女のちみゅちゃんと三男のちむフレド君は聡明な子たちだった。

 

「だがその媚びるような程度は気に入らない! 評価マイナス1!」

「「ちむ!?」」

 

 俺がルールだ。このマイナスの評価も後々きっと生かされる。

 

「と言う訳で、ちむちゃんズ! 賢者の石作りを頑張るぞ!」

「…………」

 

 黙ったまま、ちむちゃんズが床に降りて一列に並び懐から紙を取り出した。

 

「なっ!?」

 

 『ス』『ト』『ラ』『イ』『キ』

 

 ストライキとは、労働者が労働条件の改善・維持などの要求を貫徹するため、集団的に労務の提供を拒否すること。

 

「一体何に不満が!?」

「ぷに」

「そうか、こういうところか」

 

 なるほどなるほど。

 ここは雇用側としてよく考えた決定を下さないとな。

 

「…………」

 

 ノリで生きる価値>>>パイ

 

「全員にこないだの勝ち分のパイを報酬として与えよう」

「「ちむ!」」

 

 大喜びで足に擦り寄ってくるちむちゃんズ。

 互いに譲らないモノを守ることができた、素晴らしい事だな。

 

「それで、作るのに何日くらいかかるんだ?」

「ちむ?」

 

 一番下のちむフレド君が横にいる一個上のちみゅちゃんに意見を仰いだ。

 

「ちむ?」

 

 さらに一個上のちむさんに。

 

「ちむん?」

 

 そしてちむおとこくんへと意見が回り。

 

「ちむ?」

 

 でっかいお姉さんのちむちゃんまで行き、ちむちゃんは。

 

「ちむ?」

「君の上はもういませんよ」

「ちむ~……」

 

 頭を抱え込んでしまうちむちゃん。

 どうやら誰も作れる子はいないようだ。

 

「まさか……これは俺の賢者覚醒フラグ――!?」

「ぷに!」

 

 ぷによ、やはりお前もそう思うか。

 

「ふふっ、よしてくれ。俺は一介の錬金術士なんだ」

 

 無意味に照れていると、突然アトリエの扉が開いた。

 

「ただいまー」

「ん、おかえりー」

「ぷにー」

 

 おかえりコールに混ざらないちむちゃんたちは円陣を組んで相談をしていた。

 

「ふう、外暑くて疲れちゃった」

 

 お水お水、と言ってキッチンへ向かう師匠。

 その後ろ姿を俺は頬杖をつきなが眺めながら、思う。

 

 

 もしかして、師匠なら賢者の石作れる可能性が。

 

 

「いや、ないない」

「ぷにぷに」

 

 同じ事を考えていたようで、俺とぷには互いに笑いあった。

 

「うー……」

 

 すると師匠がキッチンから頭を抱えて出てきた。

 

 選択肢①うっかり水を零してしまった

 選択肢②樹氷石冷蔵庫に水さえも入っていなかった

 選択肢③自分がドジッ娘である事に気付いた。現実は非情である。

 

「冷たいお水飲んだら、頭がキーンってしちゃった……」

「好きだよ」

「え、うん? ありがとう?」

 

 キョトンとした顔でそう言う師匠。

 選択肢と言う名の鎖をも跳ねのけるそのドジ力、好きだよ。

 おおよそ賢者の石を作れそうにないその姿、嫌いじゃないよ。

 

「ところで師匠って賢者の石とか見たことあるか?」

「あ、うん。前に作ったことあるから」

「…………」

 

 数分前までの俺からの賢者の石の評価。

 作れるわけがない、錬金術士の最終目標。もはや神のような存在。

 

 現在。

 ……ふーん。そうなんだ。

 

「大暴落だな」

「ぷに」

 

 まあなんだかんだで最高クラスの錬金術士なんだし、作れてもおかしくはないよな。

 ついでだし、参考までに何に使ったのか聞いてみよう。

 

「賢者の石、さぞその後スゴイ物を作ったんだよな?」

「うん、賢者のパイっていうの作ったんだー」

「――――ッ!!」

 

 垂直に、机に向かって頭を振り下ろした。

 机が壊れるんじゃないかとすら思うほどの衝撃が頭に響く。

 

「あ、アカネ君!?」

 

 師匠が慌てて俺の方に手を置く、俺は俺でゆっくりと頭を元の位置まで戻し。口を開いた。

 

「美味かったのか?」

「うーん、どうなんだろう? 硬くて食べられなかったから」

「バーカバーカ!」

「ええっ!?」

 

 思いっきり首を後ろへと回し、本気で罵った。

 賢者の石、おまえももうちょっと仕事を選べよ。

 

「……ふー」

「い、今のはちょっと酷いと思うんだけど」

 

 大きく息をつき、うっすら涙目になっている師匠を見て落ち着く。

 そしてゆっくりと立ち上がり、正面から師匠の肩に両手を乗せた。

 

「師匠、石は硬いんだ。硬い者は噛めないんだ。だから石は食べられないんだ」

 

 分かったな? そう俺は目で語った。

 

「う、でもあの時はすごく良い思いつきだって思ったんだもん!」

 

 ちょっと顔をそむけて頬を膨らませる師匠。

 

「可愛く行ってもダメです!」

「あうう、イタイいたい」

 

 人差し指で師匠のおでこをぐりぐりと突っつく。

 まったく、折角の賢者の石なんだからもっと高尚な事に使えないモノなのか。

 

「うう……最近アカネ君が厳しい」

「俺だって師匠の事を敬いたいんだ……」

 

 俺は心からそう言った。

 例えば師匠が賢者の石で村一つの土壌を変えたとか、不治の病を治す薬を作ったーと、そんな事を言ってくれれば尊敬の目を向けられたんだ。

 

「師匠はあのパイを見て笑ってくれたのになあ」

「上の人から見たら笑えるかもしれないが、下から見ると笑えない」

 

 特に師匠の師匠は色々とスゴイ人だったらしいからな、賢者の石がパイになるのはさぞ愉快痛快だったんだろう。

 

「まあ、その今は亡き師匠の師匠の事はともかく……」

「し、死んでないからね?」

「師匠のその錬金術においてのみの偉大さに敬意を表してお願いをしたい」

「な、なんだか素直に喜べない」

 

 むしろ怒る所だと思いまっす。

 

「材料はこっちで集めるから、賢者の石を作ってほしいなーなんて」

「む、ダメだよアカネ君。いつまでも師匠に頼ってちゃ」

 

 一転して厳しい表情でそう言うも、すぐに。

 

「…………ふふん」

 

 こっちに背を向けたと思えば、今良い事を自分は言ったという意図が容易にくみ取れるような吐息を漏らしていた。

 これに対して俺は大人の対応をとることにした。

 

「そうだよな、いつまでも師匠に頼ってちゃダメだよな」

「そうそう、でも分からない事があったらいつでも聞いてね」

 

 相変わらずこっちを向いてはくれない、きっと師匠らしさを噛み締めているのだろう。

 

「そうだな、いつまでも頼ってちゃダメだよな。決めたよ、俺アトリエを出てくって」

「うええっ!?」

 

 俺の突然の宣言に、師匠は微妙に赤みがかった顔をこちらに見せた。

 

「資金はあるからさ、クーデリアさんに話せばたぶんアトリエ建設に回すのも許してくれると思うし」

「ど、どうしていきなりそう言う事になるの!?」

 

 さっきまでの表面上厳しい師匠モードから一転して、手をわたわたと顔の前で動かすうろたえモードに変わってしまった。

 

「だってさ、ここにいたらついつい師匠に甘えちゃいそうでさ。なんだかんだで頼りになる師匠だし」

「え、あう、そ、そんな……」

 

 しだいに青ざめていく師匠の顔、どれだけ弟子離れしなたくないんですか。

 

「俺はもっと師匠を頼りたかったけど、師匠からそう言われちゃったらな……」

 

 首を下に曲げ、師匠に横顔を見せて寂しげな弟子を演じる。

 窓から入る光すらも利用し、顔に影を作る。演技スキルの高まりを感じる。

 

「だ、ダメだよ! そ、そんな……えっと……えっと」

 

 必死に考え込み、考え込み、考え、師匠はもう一度口を開いた。

 

「あ、アカネ君なんてまだまだ一人前には程遠いんだから!」

「でも…………もう甘えちゃいけないんだろ?」

「そ、そんなことないよ! なんでも言って!」

「それじゃあ賢者の石作ってくれるか?」

「もちろん!」

 

 流れるように話が進んでしまった。

 もうちょっと悩んだりとか、疑ったりとかあると思ったのに。

 

「ありがとう師匠! 詐欺とかには気を付けてくれよ!」

「? うん」

 

 頭上に疑問符を浮かべながらもほどほどに頷く師匠。

 本当に気を付けてくれ、あまりにもうまく話が進みすぎてまるで自分が悪役かの様に思えてしまう。

 

「ぷに?」

「アイムジャスティス」

 

 何故かぷにとちむちゃんたちが白い目を俺に集めている。

 

「まあ、しかし……」

 

 ちむちゃんたちによる量産体制。

 師匠の賢者の石。

 俺のレシピ。

 

 場は整った。

 

「プランAは順調だぜ。クックック」

「ぷに?」

 

 だから悪役じゃないって。

 

 



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ミッションコンプリート

 

 

 五月の頭、アランヤ村の冴えない酒場で俺は物思いにふけっていた。

 

 俺はついに薬を完成させ、ココまで来た。

 この約二ヶ月、たまにふと正気に戻りかけたこともあったが、ついにだ。

 師匠に賢者の石を作らせ、薬を作り、ちむちゃんズに量産させ、装備を整え、ついに。

 直前になって騒ぎだしたぷにを縛りつけたが、ついに!

 過去には辛酸をなめたこともあった。しかし、それをバネにして、ついに……!

 

「ククッ、クククク。プランA、スタート……」

 

 笑みを抑えらぬ顔を右手で押さえたが、俺は零れ落ちる言葉を止める事は出来なかった。

 そんな時、ふと頭上から声が降りかかった。

 

「アカネ、お前もいい年なんだ。頭の悪い遊びはやめたらどうだ?」

 

 ゲラルドさんはそう言って、頭を冷やせとでも言いたいのか水を一杯テーブルに置いた。

 

「ゲラルドさん……遊びじゃないんですよ、コレはね」

 

 俺は立ち上がり、ニヒルな感じに笑いながら外へと向かった。

 さあ、まずは誰から行くべきか……まあこの村を萌えのどん底に叩き落とすのは変わらねえがな。

 

「クククッ、ハーッハッハッハ!!」

「うっさいわね」

 

 店を出る寸前、鼻っ面を平手で叩かれた。

 俺は思わずかがみ込んだ。悪役ごっこが終わりを告げた。

 

 良いさ、だって俺は正義ですもの。

 

「何? また何か頭の悪い遊びでもしてたの?」

 

 うずくまったまま泣きそうになった。

 何で二人中二人が同じ事言うんですか。

 

「…………じー」

 

 痛そうに顔をおさえつつ、俺はメルヴィアの顔をロックオンした。

 

 ルックス:GOOD

 性格:BAD

 

 俺は立ち上がり、真っすぐとメルヴィアの目を見て、問いかけた。

 

「……どっちだ?」

「はあ?」

 

 メルヴィアは心底訳が分からないという風な声を出したが、俺は止まらない。

 

「俺はさあ、可愛い子が好きなんだよ」

「あらやだ、告白?」

 

 顔を少しも赤らめずにそんな事を言うのはどうかと思う。

 羞恥心諸々に欠けている。

 片手を口に当てて、あらあらと言うメルヴィアを俺は言葉をつづけた。

 

「だけどさあ、ある程度性格も伴ってないとダメだと思うんだ」

「あらやだ、喧嘩売ってる?」

 

 口にあった手が拳に変わっていた。短気すぎます。

 

「待て待て、つまり、性格の悪さを補うほどにルックスが良ければいいんだよ」

「…………」

 

 マズイ、マジで殴る一歩手前みたいな目つきになってる。

 拳もじりじりと後ろに引かれていってるし。

 

 早く決めなくては、メルヴィアのネコミミモードを信じて薬を使うか否かを!

 素材は決して悪くはないんだ。

 もしかしたら俺の心を奪うほどの美少女が爆誕するかもしれない。

 

 ええい、なるようになれ!

 

「とうっ!」

 

 俺は袖口に隠してあった黒い丸薬を取り出し、目の前のメルヴィアの眼前で思いっきり潰した。

 すると、中から大量の粉末が飛び出し……。

 

「な、何っ? ッゴホッゴホッ!」

 

 俺はすぐさま左手で口と鼻を覆った。

 丸薬と見せかけて実は吸引性としても使えるすぐれモノ。

 

 ……せき込んでるメルヴィアを見ると、自分がとてつもない悪党に思えてきた。

 

「ふ、不意打ちなんてやってくれるじゃないの……」

 

 息を普通に吸えるようになったメルヴィアは俺をとてつもない形相で睨みつけてきた。

 しかし、その頭の上には――。

 

「か、可愛い!?」

「は?」

 

 ぴょこんと飛び出た、髪の色と同じ淡く紫がかったネコミミが。

 全体的にみると露出も相まって少しワイルドにも見えるが、整った顔立ちにより一気に可愛いにベクトルが傾いてしまう。

 

 メルヴィアが可愛い、これは、そうだ。まさに。

 

「奇跡だ――!」

「ちょ、ちょっと何いきなり泣いてんのよ。あたしが悪いことした見たいじゃないの」

 

 そうは言われても零れ落ちるこの熱い液体は止まらない。

 とてつもない感動だ。

 

 例えるなら、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時。

 人類が月に初めて到達した時。

 

 

 そうだ、今人類は、俺は、新天地へと到達したんだ。

 

 

 頭の中にベートベンの第九、歓喜の歌が流れる。

 その背景に移るのは、大海原を走る船、月をバックにした宇宙飛行士。

 そして、ネコミミのついたメルヴィア。

 涙が、どんどんと込み上げてくる。

 

「ありがとう」

「え、あの、本当に何? 怒るわよ?」

「感動をありがとう」

 

 そう言いながら俺はカメラのシャッターを切った。

 動揺しているメルヴィアはまるで無抵抗だ。

 怒ると言いながらも、困って少し畳まれた耳が実に可愛いじゃないか。

 

「こうして見るとメルヴィアの瞳って結構綺麗だよな」

 

 うんうんと、俺は非常に感慨深く頷いた。

 猫耳にエメラルドグリーンの瞳は良く似合う。

 

「ちょ、ちょっとあんたあたしになんかしたんじゃないでしょうね!?」

「…………ああ!」

 

 俺は堂々と頷いた。

 どうせバレるんだ。なら男らしくしてやるぜ!

 

「く、い、一体何を……」

 

 メルヴィアが手で触って、体中を確かめているところ。

 坂の方からツェツィさんがやって来た。どうやらご出勤の様だ。

 そしてツェツィさんに気付いたメルヴィアは彼女の下に向かい、そして。

 

「ツェツィ、あたし――」

「や、やだ! メルヴィ可愛い!!」

 

 言葉を発する間もなく、ツェツィさんの大音量の声が響き渡った。

 ツェツィさんから見ても可愛いようだ。良かったなメルヴィア。

 

「はー、どうしたのその可愛いの?」

 

 恍惚とした表情のツェツィさんが指差す頭に、メルヴィアは手を伸ばしながら答えた。

 

「あのバカの仕業よ」

「へー、アカネくーん!」

 

 そこでツェツィさんは大きな声を張り上げ、右手を大きく上げた。

 その手の形が語る言葉は、グッジョブ。

 

「ギャ!? な、何よコレ!?」

「ミミよ、ミミ。猫かしら?」

「し、知らないわよ! ちょ、鏡! 鏡!」

「はいよ」

 

 俺は鏡の代わりに、現像された写真を渡した。

 すると、メルヴィアは目を大きく見開き、写真を握りつぶすと。

 

「ギャーー!? 死にたい! 死ぬ! 死ね! 死ね!」

 

 顔を真っ赤にして俺の襟元を掴みガックンガっクンと揺さぶってきた。

 すごい、あのメルヴィアが顔を真っ赤にした挙句にちょっと涙目になっている。

 

「激写!」

「ふぎゃー!?」

 

 その顔を瞬時に撮影すると同時に地面に投げ飛ばされた。

 こ、この写真は永久保存決定だな。

 

「あ、あんたって奴は! 忘れなさい! 忘れろ!」

 

 倒れた俺の腹を容赦なく蹴るメルヴィア。

 へへっ、そいつは無理ってもんでさあ。

 俺はサッカーボールの様に蹴られながらも声を張り上げた。

 

「メルヴィア!」

「な、何よ?」

 

 一向に弱らない俺に怯んだのか、一瞬だけ蹴りが止まった。

 それと同時に、俺は大きく息を吸い込み叫んだ。

 

「可愛い!」

「はっ!?」

 

 寝ころんだまま背を向けているため表情は分からないが、おそらく赤くなっているのだろう。

 だがそれまでだ。

 正気に戻ればすぐにサッカーが再開される。今のこの状態は言うなればハーフタイムにすぎない。

 だから俺は、ここで全力を出しつくす!

 

「メルヴィア可愛い! 可愛い! 超可愛い!」

「――――っ!」

 

 声を押し殺しても分かるぜ、お前が今この言われないれない言葉に酷く動揺している事がな。

 だが、今の言葉で俺は息を使い果たした。

 息継ぎの間もなく、お前は正気に戻ってしまうのだろうな……。

 

「メルヴィ可愛い!」

「なっ!?」

 

 俺がボールに戻ろうとしたその瞬間、思わぬ援護が入った。

 ツェツィさん、我が同胞よ!

 

 俺はすぐさま立ち上がり、ツェツィさんと俺とでメルヴィアを挟み込み、手をつないで輪を作った。

 

「メルヴィア可愛い!」

「可愛い!」

 

 顔を真っ赤にして俯くメルヴィアを中心にして可愛いの雨を浴びせながら、クルクルと周りを回った。

 

「涙目可愛い!」

「可愛い!」

「くっ、くうう……」

 

 ついにはメルヴィアはしゃがみこんで、両腕でネコミミを押さえてしまった。

 俺はすかさず回転をやめ、顔を覗き込んだ。

 褐色の肌が真っ赤になってしまい、瞳を潤ませるその姿は、弱々しい乙女の様だった。

 

 

 これがギャップ萌え――!

 

 

「ネコミミ押さえるメルヴィア可愛い!」

「可愛い!」

 

ヤンヤヤンヤとはしゃいで声をあげて、グルグルと回り続ける。

 

「ううう……」

 

 小さな呻き声をあげながら、ついには膝に顔を埋めてしまった。

 

 標的ナンバー1メルヴィア撃沈を確認しました!

 よし! 続いてセカンドフェイズに突入する!

 目標正面、照準誤差補正完了。いつでもいけます!

 

「……俺の頭は本当に悪いな」

 

 ふと、素に戻ってしまった。

 構わん構わん! とにかくツェツィさんとの手を放してっと。

 

「激萌のセカンドブリッド!」

「え?」

 

 袖に隠していた薬を取り出し、指で弾いてツェツィさんの口の中へとシュートした。

 潰した方が楽だけど、ツェツィさんのせき込む姿は見たくありません。

 

「んっ!?」

 

 ゴクリと、喉が動いて薬は確かに薬は飲まれた。

 

「も、もしかして。ア、アカネ君?」

 

 目と口調から違うと言ってほしい、そんな思いが伝わって来た。

 俺はそれに対して、カメラを構えることで答えた。

 心なしかいつも優しく笑顔なツェツィさんの口元が引き攣っているように見えた。

 

「か、帰らせてもらいます!」

 

 早口でそう言って、体を反転させて、さあ走りだそうとしたところで。

 

「させないわよ!」

 

 死に体となったはずのメルヴィアがかかんだままツェツィさんの足首を掴んでいた。

 その背中を見て、俺は問わずにはいられなかった。

 

「なあ、メルヴィア。お前に取って友情って何だ?」

「儚いモノよ」

 

 言い切ったよ、この女。

 そしてそんな文字通りに足を引っ張られているツェツィさんの頭には、焦げ茶色の犬耳が……。

 

「――――」

 

 寸でのところで口から出そうになった、首輪ほしいなという言葉を止める事が出来た。

 危ない危ない。

 ただ、この顔真っ赤にして必死に逃げようとしているツェツィさんの姿を見ると、俺の中のさでずむが暴走しそうだ。

 赤い首輪をつけて――――いかんいかん、俺はそう言う人ではない。

 

「ツェツィさん、こっちに顔向けてくださーい」

「アカネ君、写真撮ったらもうご飯ご馳走してあげないわよ!」

 

 前に踏ん張りながら顔だけをこっちに向けて、恐ろしい事を聞かされた。

 だが、しかし、俺の中の心の天秤は不思議なほどに揺らがなかった。

 俺は冷静にツェツィさんの正面へと回り込んだ。

 

「一足す一は?」

「ダ、ダメよ! 怒るわよ!」

 

 ツェツィさんは必死に首を横に向けて、頬を赤く染めたまま目を必死に閉じた。

 その様子、それが余計に俺のS君に火を点けてしまった。

 

「にー!」

 

 カシャリカシャリと乾いたシャッター音が青空に響き渡る。

 

「…………」

 

 ふと、空を見上げた。

 今日はやけに空気が澄んでいるように感じた。

 この空の下にいると、邪念が消えてしまいそうだ。

 

 ……よし、前座はこのくらいにしておこう。

 

「は、放しなさい! 放しなさいぃ!」

「あんたにもあたしと同じ恥ずかしめにあってもらうわよぉ!」

 

 眼前では文字通りのキャットファイトが繰り広げられていた。

 いや、片方は犬だけど。

 折角なのでシャッターを切ってから、俺は肩で風を切りながらすぐそこの最終地点へと向かった。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 来たぜパメラ屋。

 

 ついに目にすることができるのか、ネコミミパメラさん……。

 

「あ、鼻血が」

 

 イカンイカンと俺はハンカチを取り出して拭った。

 楽園へと旅発つにはまだ早い、せめて実物を見てからだ。

 

「――よし、いざエデンの園へ!」

 

 大きく音を立てて、木の扉を押し開いた。

 

「あら、アカネ君じゃな~い。いらっしゃ~い」

 

 いつもの様に迎えてくれたパメラさんの体はフワフワと浮かんでいた。

 この五年の間にもまったくその美しさが損なわれる事はなくて、それは何故か?

 それは彼女が幽霊だから。

 以前の俺なら悲鳴をあげいてただろうが、今は違う。

 

 俺は悟ったんだ。パメラさんは幽霊じゃないって。

 

 ちょっと浮いているだけの変わった女性だってな。

 ちょっと天然をこじらせて浮いちゃっているだけなのさ。

 そう、そうだ、少なくとも、皆が、誰が、パメラさんが、どう言おうとも、そういうことにした!

 

「クックック」

「あら、もう怖がってくれないのね」

 

 あれ?

 余裕綽々に笑みを浮かべていたら、パメラさんが頬に手を当てて残念そうな声を出していた。

 

「ちょっと残念だわ~」

 

 やっぱり残念らしい。

 何故?

 

「そこは俺の成長を喜んで頂けたらなー……なんて」

 

 少し横に目を逸らしながらそう口にした。

 もしも彼女の目を直視しようものなら網膜が焼き切れてしまうだろう。

 

「そうねえ、ちゃんとお話しできるようになったのは嬉しんだけど~」

「けど?」

「やっぱりペーター君みたいに怖がってくれる方が嬉しいわね~」

 

 その時のパメラさんの顔は、とても嬉しそうに頬を赤くして、うっとりとした顔をしていた。

 その瞬間、半ば反射的に思った。

 ――――ペーター……KILL!

 

「…………ふう」

 

 落ち着け、俺。

 本来の目的を忘れるな。

 俺は人類すべての希望を背負っている事を忘れるな。

 

「パメラさん、実は今日俺面白げな物を持って来たんですよ」

「あら何?」

 

 頬に笑みを張り付ける俺に、パメラさんは興味津津と言った瞳を向けてきた。

 よしよし計画通り、薬作った間以外の一ヵ月プランを練るのにあてた甲斐があったぜ。

 

 俺はポーチから薬を一粒取り出し、パメラさんへとその手を差し伸べた。

 

「コレを一粒飲むだけで――――早っ!?」

「あら、ちょっと甘いわね~」

 

 一瞬にして取られて、瞬時に口の中へと入れて飴玉の様に舐めていた。

 コレはそれだけ俺が信頼されているのか、それだけ娯楽に飢えているのか。

 疑問を抱きつつも俺はカウンターに背を預け、扉の方を向いた。

 

「あら? どうしたの~?」

「いえいえ気になさらず、紳士の嗜みですよ」

 

 女性がお色直ししているのを見つめる紳士なんてものはいない。

 当然、俺の頭の中の出来事だが、衣擦れの音さえ聞こえてくるようじゃないか。

 あ、鼻血がまた。

 

「あら、あらあらあら!」

 

 拭っていると、背後から仰天するような、というよりも喜んでいる様な声が上がっていた。

 俺は期待を込めて踵を反転させて、百八十度体を反転させた。

 

「猫ちゃんのミミがついてるわ~」

 

 カウンターに置かれた鏡を見ながら、目をぱっちりと開いてミミを触っているパメラさんの姿が。

 フリルのついたカチューシャの少し下から生えた、薄紫のネコミミ。

 何故だろう、いつもよりも綺麗だが、今はいっそうウェーブのかかった髪が可愛く見える。

 

「…………」

 

 嗚呼、パメラさん。あなたは初めてであった時より美しかった。

 けれど今は、それをも上回っている。

 昔のいかにも町娘といった素朴な服装も素敵だったけれど、今のフワフワのゴシック調のドレスも素敵だ。

 そしてネコミミ、これがついただけだというのに、言葉が出ない。

 

 満足だ。

 

 もう、目を閉じようと思った。

 

 その瞬間。

 

「アカネ君、見て見て~ニャンニャン♪」

 

 軽く握った両手を頭上に持って行って、眩いほどの笑顔で、ニャンって。ニャンって。

 スカートをひらひらと横に揺らしながら、俺の眼前で確かに。

 

 

 

 ニャンニャン

 

 

 

 ニャン

 

 

 

 ニャン?

 

 

 

 ニャン

 

 

 

 ニャン

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 あ、花畑で羽のついた人たちが歌ってる――。

 

 

 

 

 

「アカネ君?」

「はっ!? 一瞬死んでた!?」

 

 危なかった。

 パメラさんの声が天使の歌に勝っていてよかった。

 

「あら、残念」

 

 残念がらないで下さい、と俺は言おうとしたが、言葉が出なかった。

 

「うふふ、どうかしら? 猫ちゃんのポーズよ~」

 

 パメラさんは体を床と平行にしたまま浮いていて。

 猫が毛づくろいをするように、片方の手で前髪を梳いていた。

 

 其の体勢は、マズイ。

 

 何がって、すっごい強調されているのが。

 

 かのニュートンが胸の谷間から重力を発見したという有名な話を思い出した。

 今の俺には彼の気持ちが良く分かる。

 というか、この人。確実に。俺の事を。殺しにかかってる。

 

「ニャ~、ニャア、ニャニャニャア♪」

 

 歌うように猫の鳴き声を奏でるパメラさん。

 これはやはり俺を亡きものにしようとしてると考えて間違いなさそうだ。

 事実、気を抜いたら再び天国への門をくぐってしまいそうだ。

 

「パメラさん、非常に名残惜しいですけど、俺はこれにておさらばしますね」

「あら、そうなの?」

「ええ、このままいると大変なことになるので」

「ふうん? それじゃあまた今度会いましょうね~」

 

 手を振るパメラさんに軽く会釈して、俺は足早に外へと飛び出した。

 照りつける太陽が妙に生ぬるく感じた。

 

「なんだろうな」

 

 どこか燃え尽きたような感覚があるのに、内側にはまだ熱いモノが滾っていた。

 きっとこれが旅人の心理ってモノなんだろう。

 一つの輝くモノを目にして、そこに留まらずにまた次の輝きへと渡って行く旅人。

 なら俺も、この熱が冷めやらぬ内に動き出そう。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「あは~ん……」

 

 鉄鍋の中をかき混ぜながら、俺は数時間前までの光景を思い出していた。

 

「おい、気持ち悪い声出すんじゃねえよ」

「ういーっす」

 

 あの後すぐにサンライズ食堂を訪れた俺は厨房に入って料理を手伝っていた。

 

「いやあ、それにしても場所貸してくれて助かりましたよ」

「まあ偶にはな、馴染みの奴らのためだ」

 

 今日の夜はギルドの二人や親しい冒険者の皆でちょっとしたお祝いをする手筈になっている。

 これまで頑張ってきた区切りにパーティーを、でもクーデリアさんは期限前後はかなり忙しくなるから、今の内にとそれらしい理由もつけた。

 そして男子諸君の面々は店主のイクセルさん以外、急な用事で休むことになっている。

 なに、後々何を言われようと、今日を乗り切れば俺の勝ちよ。

 

「なあ、お前なんか悪いこと考えてないか?」

「いやいや、そんなことないですよ」

「そ、そうか」

 

 もはや今の俺の演技スキルなら、語尾が跳ね上がることもない。

 まさしく息を吐くように嘘を言う。

 さあさあ、パーティー用のお料理の仕込みをそろそろ始めましょう。

 

「クハ、クハハアハハ!」

「おい、お前やっぱり……」

「アッハッハ! すっごいパーティー楽しみー!」

 

 勢いでなんとか誤魔化した。

 

 

 そして日は落ち、俺の時間が来た。

 

「こんばんはー」

 

 まずはトトリちゃんがやって来た。

 そしてミミちゃんに師匠、クーデリアさんにフィリーちゃんにちむちゃんズ。

 クックック、大漁大漁。

 メルヴィアも面倒がらずにこのパーティーに来てくれたのならあんな辱しめにあっていなかっただろうに。

 

「失礼する」

「にゃ!?」

 

 威風堂々と、ステルクさんが店に入ってきて、ついでジーノ君にマークさんまで……。

 お、お呼びじゃない!?

 な、何故だ!? この選ばれし男子以外禁制の場に! 何故!?

 

「ぷに~」

「き、貴様! 貴様は!」

 

 料理中の鍋の横には、すべての首謀者と思われる野郎が。

 

「縄でふんじばるだけじゃ足りなかったようだな……」

「ぷににににに」

 

 ふん、せいぜい笑っていろ。

 多少計画は狂ったが、問題ない。ちょっと予定よりもひどい絵面になるだだ。

 俺の計画すべてがバラされないだけマシと思うことにしよう。

 男連中の獣耳……クソ! 誰が得するんだよ!

 

「い、いやあ相棒、よく皆を連れてきてくれたな~」

「ぷにに」

 

 癪だが俺が頼んで呼ばせに行った事にしておこう、そうしないと何故男性陣誘わなかったのという話になる。

 

「それにしても、あんたも偶には気が利くわよね」

 

 皆が話している中から、クーデリアさんがこっちに来て珍しく褒めてくれた。

 

「いやあ、これも自分のためですよ」

 

 一切の謙遜なく。

 

「あら、あんたが殊勝な事言うなんてね…………ん?」

 

 微笑みから一転、眉をひそめてちょっと剣呑な目を向けてきた。

 

「まさか、何か企んでるんじゃないでしょうね」

 

 クリティカル!?

 流石だクーデリアさん。五年間俺の相手をしているだけある。

 ならば! 俺も磨かれた演技スキルでお相手いたそう!

 

「まさか、見てくださいよこの綺麗な目!」

 

 クーデリアさんの睨むような半目に俺は真っ直ぐな瞳をぶつけた。

 

「キラキラ輝きすぎてて逆に怪しいわね……」

「酷くないですか」

 

 一体どうしろと、まあ事実俺は悪いことをしているんですけどね。正義だけど。

 

「せんぱーい! 腹減った! 早く料理盛ってくれよー!」

「お前は変わらねえなあ」

 

 空腹に耐えかねた後輩君が会話に割って入ってきた。

 おーけー、今、薬を盛った後に皿に盛るぜ。

 

「そんじゃあクーデリアさん、ちょっと仕上げするんで話はこの辺で」

「なんっか怪しいけど、まあいいわ……」

 

 最後まで怪しい視線を向けながらもクーデリアさんは結局去っていった。

 勝った……俺は勝った。もはや俺を阻むものは誰もいない。

 アカネ特性ジューズの味見をして~、味を調えるために調味料を各種。そして魔法の薬をパッパッパのパ。

 

「よし! 皆、盛り付けするから運ぶの手伝ってくれ」

 

 そう言うと全員がワラワラと集まってきた。

 その中でフィリーちゃんは震えていた。

 美少女と男性連中に囲まれてさぞ複雑な心境なんだろう。

 

 テーブル数個に料理皿を置き、皆に飲み物(薬)を配った。

 ひとつのテーブルに皆で集まったところで、俺は指で自分のグラスをコンコン叩いて、注意を俺に向けた。

 

「ではでは、不肖この私、アカネが乾杯の音頭をとる!」

「きょ、強制なの?」

「みたいですね」

 

 ヒソヒソと会話しているが聞こえているぜ錬金術士二人組み。

 

「この五年、冒険者としていろんなことがあったけど、無事にここまで来れたのはトトリちゃんを中心とした皆のおかげだと思ってます」

 

 その俺の一言だけで、皆が皆俺のことを変なものを見る目で見てきた。

 なんだいなんだい、俺だって真面目な挨拶くらいするに決まってるじゃないか。

 

「ずっとこのままではいられないと思いますが、今日はこれまでの苦労を皆で労わり合いましょう。それじゃあ、乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 一斉にグラスをぶつけ、全てが口元で傾けられていく……。

 ちなみに俺はもちろん飲むふり、ぷにはもとよりグラスを持てない。

 

「あら、これおいしいわね」

 

 一口飲んでしまったミミちゃんが、驚いたように目を丸くしていた。

 

「アカネスペシャル、今日のために研究したからな」

 

 薬の風味をごまかすためにだけどな!

 

「ところで君は何でカメラを構えているんだい?」

「いや、今日の思い出を忘れないように、ね」

「ふむ、頼んでくれれば僕が作ってあげてもよかったんだけどね」

 

 ……たぶんマークさんならギリギリでビデオカメラまで作れる。

 

「ん?」

 

 突如、後輩君が何かに気づいたような声を上げた。

 

「トトリ、頭に何つけてるんだ? それ」

「え?」

 

 トトリちゃんは両手を持っていって、確かにそれに触れた。

 頭の飾りのレース、その下から生えてきているネコミミに。

 持っているモノを投げ出して触りに行きたくなったが、我慢だぜ俺。

 

「……?」

 

 しかしトトリちゃんは首を傾げるばかりだった。そりゃ分からんよな。

 俺はその可愛さを後世に残すため無心でシャッターを切っていた。

 

「あれ、先生も頭に何か……」

「? あ、ステルクさんも」

「何?」

 

 ピョコ、ピョコと次々に主張を始める獣耳たち。

 なるほど、ここが現世の楽園の一丁目って訳か、まいったね。

 

「ちょ! 何よコレ!」

 

 手鏡を取り出したミミちゃんがまず絶叫を上げた。

 なるほどミミちゃんは狼か、尖った耳が素敵だぜ。

 

「ふむふむ」

 

 俺は頷きながらも周りを見渡した。

 

 師匠は安定のワンコ耳、喜んだときに尻尾でも振り出しそうなくらいに似合っている。

 クーデリアさんは狐耳、珍しく慌てているのか微妙にフリーズしている。

 フィリーちゃんは……狸?

 

「ここが、現世の楽園の一丁目……」

 

 どこか覚えのあるフレーズを口にしながら、フィリーちゃんは確かに心のシャッターを連射していた。

 まあ、狸耳は似合っているから良しとしておこう。

 

「ちむ、ちむ~……」

 

 ちむちゃんズは輪になって震えていた。

 どうやらとんでもない事の片棒を担がされていたことに気づいたようだ。師匠はまだ慌てているだけというのに。

 しかし、ヤバイ。何がヤバイってアレがああなって、それで、ヤバイ。

 

「ち、ちむちゃん達! か、可愛いーーー!!」

 

 トトリちゃんが頬を真っ赤に染め、全てを忘れて抱きつきに行くくらいにヤバイ。

 さらさらの髪から生えた猫の耳、もはやコレは一つのお人形さんのようだ。

 ネコミミちむちゃん抱く、ネコミミトトリちゃん。

 また鼻血が出そうだ……。

 

「先輩先輩これどうなって――!」

「俺の視界に入るんじゃねえ!」

 

 いきなりカメラの前に立ったから撮っちまったじゃねえか!

 お前は狼か、お前の師匠とお揃いだなおい。

 あっちはファンシーの欠片もないくらいに、凶暴性有りそうだけどな。やっていることといえば師匠を見ているだけか。

 ふふ、所詮は男よのう。

 

「というよりも君だけ、なんで何もなってないんだい?」

「お前やっぱり、とんでもないことを……」

 

 マークさんとイクセルさんも寄って来た。

 なんで男だけ寄ってくるんだよ! 散れよ!

 それとマークさんが狸なのはなんとなく分かる、でもなんでイクセルさんがネコミミなんだよ!

 ツッコミが追いつかないよ!

 

「やっぱりあんたの仕業なのね……」

 

 狐耳の黄金色をしたハンターが来た。

 謝れば許してくれる可能性があるようなないような……ないか。

 

「ふっ、クーデリアさん。あなたは負けたんですよ。他でもない、この俺との知恵比べにね」

「…………」

 

 あ、冗談の通じない時の目だ。

 こ、怖くないですし。

 

「…………」

 

 黙々と、それでいて巨大ロボが近寄って来るかのごとき威圧感を纏って近づいてくる。

 気づけば、皆が俺を非難する目で見ている。フィリーちゃんだけは英雄を見るかのごとき目で見ている。ありがとう。

 

「この五年、あんたは本当に、どっっれっだけ! 怒られても、変わらなかったわね」

 

 歩みを止め、唐突にクーデリアさんが口を開いた。

 

「まあ、心はいつでもティーンエイジャーですから」

「ええ、だから……ご褒美をあげるわ」

 

 そして、クーデリアさんはいままでで一番、優しい笑みを浮かべた。

 瞬間俺は気づいた。

 

 

 あ、これアカンやつだ。

 

 

 俺は全力で事前に開いていた後ろの窓へと駆け出した。

 後ろからは小さな金属音がした。たぶん銃口が俺を狙っている。

 

「ほおああああ!」

 

 アクション映画張りに窓へダイブし、転がりながら着地すると。

 空中を弾丸が飛ぶのが見えた。

 まずい、あの人ガチだ。

 

「人生の中で、小さいだの何だの言われてきたけど、今日この日までこれほどの屈辱を味わったことはなかったわ……」

 

 俺の仕掛けに嵌っただけでそこまでの負の感情を……。

 

「いやだー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」

 

 俺は恐怖ですくみそうな体を全力で動かして夜の街の中を駆け抜けていった。

 

 

…………

……

 

 

 

 翌日、いつもの宿の部屋。

 

「いやあ、昨日は何とか逃げ切れたぜ」

「ぷに?」

「どうやったかって? いや、途中で井戸があったから……潜った」

「ぷに!?」

 

 これまでの川流れはきっと昨日のあの日までのリハーサルだったんだろう。

 結構冷静に隠れ通せた。

 

「免許更新までは村の方に身を隠すとしよう」

「ぷに?」

 

 満足かって? そりゃあもう。

 

「……ふっ」

 

 俺は何も言わず、ただ笑みだけで答えた。

 

「アカネさん! アカネさーん!」

「にゃ!?」

 

 突然扉がドンドンと力強くノックされた。

 この声はフィリーちゃん? 一体何をそんなに慌ててるんだ?

 

「まさか……」

 

 早く逃げてください! 私はクーデリア先輩をまだ人殺しにしたくないんです! って事か?

 

「アカネさん! 街中の人にミミが生えちゃってるんです!」

「…………?」

 

 何言ってるんだあの小娘は? 昨日の一件で脳がショートしたのか?

 

「んん?」

「ぷに?」

 

 俺とぷには互いに顔を見合わせた。

 そして……気付いた。

 

「あ」

 

 俺はおもむろに袖を捲った。

 そこには仕込んでいた薬はすでになく。

 

「…………」

 

 井戸に逃げる→薬落ちる→溶ける→井戸は皆のもの

 世が世ならバイオテロと呼ばれるものが起きてしまっているのか……。

 

「アカネさん! クーデリアさんもすぐに来ますよ!」

「…………」

 

 数々の修羅場を乗り越えてきた俺は、今この場における最適解を導き出した。

 俺はポーチから余っていた薬を取り出し、飲んだ。

 

「ぷに!?」

 

 少し間をおいて鏡を見ると、イケイケな黒いネコミミが生えていた。

 そして同時に扉が壊れかねない勢いで開かれた。

 

「アーカーネーー!!」

「うわっ! なんだこれ! だ、誰の仕業だ!? チクショー!」

 

 俺は膝から崩れ落ちて、チラッっとクーデリアさんの方を見てみた。

 彼女の目は俺を冷酷に見下して。

 

「で?」

 

 酷く冷たく、それでいて何の感情もこもっていない。

 これ以上に俺の胸を締め付ける一文字を俺はこれまで知らなかった。

 

「……これは機関の陰謀です」

「連行」

「あ、あい!」

 

 舌を噛みっ噛みのフィリーちゃんに手錠をかけられた。

 それほどに今のクーデリアさんは怖い。

 

「クーデリアさん、一つだけ。いいですか?」

「…………」

 

 特に返事はないので良いということにした。

 

「獣耳がある限り、俺は何度でもこの世によみがえ――――ニャ!?」

 

 銀の銃口がこちらを向いたと思えば、火薬の爆発する音ともに、俺の意識は狩りとられた。

 

 

 




更新が遅くなり申し訳ありません。
次回更新は9月頃になります。
気長にお付き合いいただければ幸いです。


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急展開に次ぐ超展開

 

 

 時はついに六月免許更新の日がやって来て……た。

 いまはそれから二週間近く経ってしまっている。

 二カ月近くの奉仕活動もといただ働きの帰還を終えて、やっと、やっとだ。

 何がどうしてそうなったかって、捕まった後の釈明の第一声が原因だな、うん。

 

『ふふ、随分と可愛らしい格好でしたねクーデリアさん、いやクーちゃん』

 

 なんて無駄に煽ったせいだ。間違いない。

 もうこれ以上怒りのボルテージが上がらないだろうと鷹をくくっていた。

 それからは仕事を終えては報酬も貰えず新たな仕事を渡されるという負の回転悲劇。

 

 だがようやっと、お許しをもらえて俺は今日堂々とクーデリアさんの前に立っている。

 

「それじゃあ、クーデリアさん。免許の更新お願いします」

 

 ポケットから免許を取り出してクーデリアさんの前のカウンターに乗せた。

 永久ライセンスをもらえるとなると、この行事も今回で終わりか。

 少し寂しくも思いながら、俺はクーデリアさんの顔を感慨深く見つめた。するとクーデリアさんはニコッっ笑って。

 

「いーやっ」

「……?」

 

 まるで見た目通りの本当に子供のような様子で楽しげにそう言った。

 いーやっ? いーや、いや?

 いや、そうであろうか、そんなことはない。

 

「反語ですか?」

「…………」

 

 返事はなくニコニコとしているだけだ。

 俺も分かっている、この人がこんな笑顔で言う言葉ときたらもう決まってるさ。

 ここは少しでも空気を和ませよう、そうしよう。

 

「いやいやいや、そんないやの意味が嫌だなんてそんなことは俺は嫌ですよ」

「はあ?」

 

 一転して苛立たしげな様子に、どうやら俺の顔を見たときから怒りは有頂天だったようだ。

 

「俺はもう十分に罰をもらったと思います」

「ええ、そうね。でもそれと私個人が許すのは関係ないわよね?」

「しょ、職権乱用……」

「あら? それって悪い事かしら?」

 

 見える、黒い負のオーラがクーデリアさんの背後に見える。

 

「クーデリアさん、闇の力に負けないで! いつもの優しいクーデリアさんに戻ってください!」

「これがあんたに対してのいつも通り、よ」

「そうっすね」

 

 大変だ。まさかのラスボスが負けイベントという重大なバグが起きている。

 でも俺は知っている。借金の残り80万コールがある限り、俺は決して冒険者をやめられない事を。

 つまりどういう事かと言うと、コレは全て俺に対する嫌がらせだ。

 

「……暇なんですか?」

「まあねえ、制度の整備とかもあらかた終わって、しばらくの間、仕事はあんたらの免許の更新くらいなのよね」

「そんじゃあ仕事してくださいよ」

「…………甚だ不本意ね」

 

 小さく舌打ちをしたクーデリアさんは、かなり悔しそうな顔をしながらも免許を取ってカウンターの後方でいろいろと書類をバサバサとさせ。

 

「はい、これであんたはこの先問題を起こさなければずっと冒険者よ。ずっと問題を起こさなければね」

 

 振りともとれる発言と共に俺に免許が差し出された。

 ……今回ばかりはたぶん振りだな。うん。

 

「……はあ、不本意よ。全てがね」

「……まあ、俺もどうかと思いますけどね。アレは」

 

 何を間違えたのか、あのネコミミテロの日が何故か来年から正式にそういう仮装祭りの日になってしまったらしい。

 この街の人たちのノリの良さときたら、俺ですら驚愕させるぜ。

 

「共和国になってから祭りの類がなかったから、たぶんいろいろと溜まってたんでしょうね」

 

 ため息をまた一つついて、呆れ交じりにそう吐露した。

 昔はなんでも、キャベツ祭とかあったとかなんとか、これを聞いたときはまた師匠が変な事を言いだしたくらいに思ったもんだ。

 

「あっ、そうだ。今度アランヤ村の方で前回のお詫びも兼ねてちゃんとした慰労会的なモノをやる予定なんでよければ予定開けといてください」

「…………」

 

 半開きの目が、俺を疑わしげに睨んでいた。

 

「信用を築くのに十年、崩すは一瞬、名言ですよね」

「そう思うなら少しは…………やっぱりいいわ」

 

 俺の品行を正そうとせんとする者がまた一人諦めの道に入ってしまったか。

 

「流石に二度もトラップパーティーは開きませんって」

「……信用するのはこの一回だけよ」

 

 なんだかんだで信用してくれるクーデリアさんは正しく慈愛の女神、というのは流石に女神さまに失礼だな。

 

「それじゃあ今日の俺は多忙なんで失礼します。あとでフィリーちゃんにも伝えといてください」

「それはいいけど……多忙ねえ?」

 

 どこか訝しげな様子で俺を見て来るクーデリアさん、信用値が低いと些細なことでも疑われてしまうこの世の無情さよ。

 

「実は今日、ヘルモルト家にお呼ばれしてるんですよ」

 

 気分は社長殿達が集まる豪勢なパーティーにでも行くかのようだ。

 どちらが優れているかは言うまでもないな。

 道行く人たち全員に自慢したいくらいだぜ。

 

「それは……おしかけるの間違いよね?」

「違いますよ、我が妹ピアニャちゃんがどうしてもと言って……ねえ」

 

 最後の二文字は、否定の意味の二文字だが、意味はどちらでもとれると思う。

 トトリちゃんは免許を更新した後昔懐かしんでか、馬車を使って帰ったから……日数計算とペーターのやる気を考えるとたぶん今日あたりに帰っているはずだ。

 

「まあいいけど……迷惑掛けるんじゃないわよ」

「はあい、お母さん! 行ってきまーす!」

 

 そう言って回れ右をしたら後頭部に何かを投げつけられた。

 だって完全に保護者発言じゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドを出た後、ぷにと合流して俺たちはアランヤ村の入口へと飛んだ。

 赤い日差しを受けた噴水が茜色に輝いている、実に優美だ。

 赤い日差しを受けた御者の背中に哀愁を感じる、実に不憫だ。

 

「まあそんな事はどうでもいい、ぷに、ちゃんと皆にぱーちーの事は伝えてくれたんだよな?」

「ぷに!」

「ならばよし、あとはメルヴィアを探すか」

 

 俺が免許を更新している間にぷににはアーランドの愉快な仲間達に招待状を届けさせたのだ。

 基本的に今日は皆アーランドにいるのだが、アランヤ村勢で唯一永久ライセンス持ちのメルヴィアには直接伝えねばならない。

 

「とりあえず、ゲラルドさんの所に行ってみるか。どうせそこにいるだろうし」

「ぷに」

 

 メルヴィアは酒場系美少女だからな、居場所が実に分かりやすい。

 

「ちなみに酒場系美少女にはウェイター系と入り浸り系の基本二種類がいてだな、さらには……」

「ぷに?」

 

 あ、素で分からないって顔されちゃった……これは恥ずかしい。

 この赤い顔は夕陽のせいです、そうなんです。

 

「ほら、ついたついた!」

「ぷに~?」

 

 頼むから蒸し返さないでほしい。

 店に入って、見回すと。

 

「やっぱりいるんだよな」

「ぷに」

 

 他の客がまるで見えないのが悲しいところではあるが。

 俺はポケットからライセンスを取り出し、ダッシュで駆け寄りそのままの勢いでメルヴィアのいるテーブルに叩きつけた!

 

「どうよ!」

「な、何がよ?」

「すごいだろう! 永久ライセンスだ!」

 

 ふん! 鼻息を大きく一つ吐いて、俺はメルヴィアを見下した。

 

「そのくらいあたしだって持ってるわよ」

「チッチッチッ」

 

 人差し指をメルヴィアの顔の前に持って行き、分かってないなあとばかりに舌を打った。

 そしたら指を思いっきり握られた。

 

「衝動的に折りたくなるわね……」

「やめてください」

 

 声のトーンとテンションが三つくらい下がってしまった。

 放してくれたのはいいが、いまでも握られている感触があるのが怖い。

 

「ええい! つまりは! 俺の免許は努力の塊で! お前のは惰性の塊ってことだよ!」

「ふうん、努力の……ねえ?」

 

 そう言うと、メルヴィアはテーブルの上に乗っているぷにに目をやり、俺に戻した。

 

「な、なん、ななん、なんにゃんです!」

「自分の胸に聞いてみたらどうかしら?」

「…………7:3だな」

 

 主に頑張りとかガッツとか負けん気とか、そのあたりで判定すると。

 

「努力の……ねえ?」

 

 クッ、二回もいいおって、こんのアマめ……。

 ちなみにこのアマは、このアマゾネスの略だ。

 

「何いきなりうまいこと言ったみたいな顔してるのよ」

「いや、別に」

 

 口に出したら殴られますし。

 

「とにかく、総合頑張り度は俺の方が上だってことだ!」

「まあそうね」

 

 あら、意外にもあっさり認めて……。

 

「だって、あたしくらいになると頑張らなくても仕事をこなしちゃうもの」

 

 おほほとどこぞのお嬢様の様に口に手を当てて笑うメルヴィア、これに反論する材料を俺はまだ持っていない。

 

「……頑張ってないなら今度やる慰労パーティーにも出なくていいよな?」

「あら、聞いたからには出るに決まってるじゃないの」

 

 一瞬うまい切り返しをしたと思った俺がバカだった。まず言わないのが一番の反撃だというのに。

 

「……ぷに」

「ああ、俺って本当にバカだな」

 

 考える前に口から言葉があふれてしまう者、人それをバカと呼ぶ。

 

「いいさいいさ、今から癒しの世界ヘルモルト家にお邪魔するんだから」

「本当に邪魔しないようにしなさいよ」

 

 去っていく俺に対して、余裕綽々と言った様子で手を振るメルヴィア。

 この間のネコミミ事変の写真でも見せて……いや、やめておこう。俺もまだ命は惜しい。

 

 

 

 

 

 

 

 店を出て坂を上って行く、同時に俺の気分も上がっていく。

 もう扉の前に立っている今なんて……。

 

「ドキドキで心臓が破裂しちゃいそうだよぉ……」

「ぷに……」

「ごめん」

 

 少女漫画の様な言い回しを考えてみたが、なんか妙にグロい表現になってしまった。

 たぶんぷにが引いているのはそこじゃないとは思うが。

 

「パッパっとお邪魔しちゃうか」

「ぷに!

 

 扉に手をかけて、勢いよく!

 

「ヘイ! ただいマーボー豆腐!」

「あにき! おかえりんご飴!」

 

 さっすが、妹は一味違うな。瞬時に返してきたぜ。

 そしてテーブルに並ぶ料理を見るに、どうやら俺の計算は間違っていなかったようだ。

 

「アカネ君、ピアニャちゃんに変な事を教えないでっていつも言ってるじゃない」

 

 デーブルにはおいしそうな料理がたくさん並んでいる、がツェツィさんは何故か急いで食材をかき集めていた。

 

「アカネさんシロちゃん、ごんばんは」

 

 わざわざ椅子から立ち上がって挨拶をしてくれるトトリちゃん。

 挨拶ってのは育ちの良さが見え隠れするな。

 

「ぷに!」

「うむ、苦しゅうない、座ってよいぞ」

 

 本当に見え隠れするよな!

 

「はは、君も変わらないね」

「あ、グイードさん。こんばんは」

「ぷに」

 

 よかった、今日は見える日の様だ。

 なんで、いちいちそんな事で安心しなくちゃいけないのかと言う話ではあるが。

 

「いきなり押しかけちゃったけど……迷惑だったり?」

「ううん! あにきが来てくれてよかった!」

「ああ、本当によかったよ……」

 

 ピアニャちゃんは大げさに喜んで、グイードさんも心底ほっとしているように見える。

 何か腑に落ちない……。

 

「あにきー、ちぇちーがね、毎日毎日まあーいにち! ずっとこんなたくさん作るんだよ」

「? ああ、うん。だいたいわかった」

「ぴ、ピアニャちゃん!」

 

 トトリちゃんがトラベルゲートで帰るならともかく、馬車で帰るとなるといつ帰ってくるか分からんもんなあ。主にペーターのやる気のせいで。

 それで今慌てて温かいご飯を作ろうとしていると。

 

「それじゃあ、材料も少ないみたいだし、俺たち客人はこっちの冷めた方でも」

「ぷにに」

 

 椅子に座ってそう言うと、ツェツィさんの使命感に溢れた言葉がかかった。

 

「ダメよそんなの、待っててたぶん、うん……たぶん足りるから!」

「ごめんなさいアカネさん……家のお姉ちゃんが」

「まあ、トトリちゃん関連ではいつものことだからな」

 

 昔は驚いていたが、今となっては馴れたもんだ。

 

「まったく、誰に似たんだろうなあ」

「…………」

 

 たぶんあなたですよグイードさん。このスイッチの入れ替わりの早さは。

 

「――はっ!?」

 

 きゅ、急に脊筋にゾクッとした!

 

「どうしたんですかアカネさん?」

「こ、このプレッシャーは! …………誰だ!」

「何言ってるんですかアカネさん」

「……何言ってるんだろうな俺」

 

 トトリちゃんから呆れた様な目線をもらってしまった。

 いや、でも本当に何か感じたんだよ。カエルが蛇に睨まれるかのように。

 

「むう……」

「あ、誰か来ましたね」

 

 俺が一つ唸ると同時に、外の方につながる扉からノックが響いた。

 こんな時間に来訪するのは俺だけじゃなかったか。ミミちゃん辺りが頑張って来たりでもしたかな?

 

「誰だろ? はーい」

 

 声を一つ上げて、トトリちゃんが扉を開けようとすると、入れ違いで扉が開いてしまった。

 トトリちゃんは来客の人に前のめりに抱きつく形となって……。

 まさかノック派生にあんな秘奥義があるとは……覚えておこう。

 

「わぷっ、ごめんなさ……えっ?」

「おっと、抱きついてのお出迎えとは嬉しいねえ」

 

 ところでどなただろうか? あのトトリちゃんに似た髪の色をした美人さんは。

 いや、顔を見た瞬間、一つ思いつきはしたけどね? うん、似てるし。

 

「あんたはツェツィ……じゃない。トトリか。おっきくなったねえ。ってことは」

 

 料理をしているツェツィさんに顔が向いた。

 当のツェツィさんは箸を落っことして、口と目を大きく開けていた。

 

「そっちの美人さんがツェツィかい?」

「な……え……」

 

 次に思わずと言った様子でテーブルに片手をついて立ち上がったグイードさんへと。

 

「はは、娘二人はこんな美人になったってのに、一人だけすっかり老け込んでるね」

 

 軽く笑いながらも、どこか懐かしそうにその目は見つめていた。

 そして、今度は茶化すように。

 

「まさか、船造りの腕まで衰えちゃいないだろうね?」

「まさか……お前……」

 

 そして、最初にその言葉を発しようとしたのはトトリちゃんだった。

 

「お、お……」

 

 そして、娘二人の言葉はぴったりと重なって。

 

「「お母さん!?」

「ただいま。遅くなっちまったね」

 

 ……感動の再会だ。

 いや、他人事ながらも現実のものとは思えないな。

 まさか、うん、嘘だろ、いや、うん。

 ダメだな、俺ってバカだからさ、こんな時言える言葉は、俺に言えるのは一言だけだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん! 誰だよこの人は!」

「は?」

 

 両手をテーブルに打ち付けて立ち上がった俺をポカンと見つめるグイードさん。

 俺はすかさず我が妹にアイコンタクトを決行した。

 

「ぱぱ、今のお母さんとは遊びだったの?」

 

 わざと余計に舌ったらずな感じに言葉を並べるその様は、まさしく俺の妹と言う他なく。

 

「連れ子の俺とピアニャと!」

「ぷに~」

「シ、シロも面倒見てくれる良い人だと思ってたのに!」

 

 わざとらしく顔を手で覆う俺とピアニャちゃん。

 それに対するトトリちゃんのお母さん、ギゼラさんはと言うと。

 

「おやおや、まさかあんたが新しい女を作ったとはねえ」

「……あれ?」

 

 手の中で声が反響する、手を開いてギゼラさんの顔を見てみると……。

 

「ぷに?」

 

 ケラケラと愉快そうに笑っていた。

 

「――軽っ!?」

「ハハッ、誰か知らないけど死人が現れたってのに、よくやるもんだねえ」

「な、何か軽い、軽いですよ!?」

 

 そう叫ぶと、さも当然の事を言うかのようにギゼラさんは口を開いた。

 

「そんな船造りしか取り柄のない男、あたし以外誰が選ぶってんだい?」

「な、なるほど……」

 

 つ、強い――!

 そして俺の苦手なタイプの方だ。まったく俺のやることに動じてない!

 

「――って痛っ!?」

 

 いきなり頭部に拳骨で殴られたような痛みが広がった。

 

「洒落にならん事をするなこのバカが、あと空気を読め空気を」

 

 頭を抱えてしゃがみ込んだまま振りかえるとグイードさんが俺を睨みつけていた。

 

「可愛いお茶目じゃないですか」

「アカネさん……」

 

 ハッ!? トトリちゃんが半目で俺を見ている!?

 ま、まさかトトリちゃんがそんな目をするなんて。

 

「アカネ君のせいで驚きとか感動が全部どっかいっちゃったじゃないの……」

 

 くそう、ピアニャちゃんだって片棒を担いだというのに。

 

「それで? あんたは誰なんだい? それにそっちの金髪の可愛いお嬢ちゃんに、そこのぷにぷにも」

 

 問われれば答えようと、俺は立ち上がり胸を張った。

 

「トトリちゃんの先輩冒険者アカネです! そして相棒のシロことぷに、それと妹のピアニャちゃん」

「先輩冒険者ってことは……へえ、トトリがねえ」

 

 感慨深そうに、トトリちゃんを見下ろすギゼラさん。

 そう言えばギゼラさんも冒険者でしたね。それも超凄腕の。

 

「そ、そうなの! わ、わたしも冒険者で! な、なんでそうなったかっていうと……」

 

 言いたい事が後から後から出てきているのか、早口で言葉を並べていくトトリちゃん。

 それを見かねたツェツィさんは、多少落ち着いた様子で、本当に他省ではあるが。

 

「二人とも座って話したら? 私は料理を作ってるから」

「あ、うん」

「ツェツィの料理かい、あのツェツィがねえ……」

 

 何が面白いのかは分からないが、笑いながら、テーブルの料理を手づかみで口にポイっと運んでしまった。

 

「……あたしよりもうまいじゃないか、コレは良い嫁になるねえ」

「お母さん行儀悪いわよ、それに嫁だなんて……」

 

 あ、少し赤くなった。ギゼラさん、良い仕事しますねえ。

 俺はジュースの入ったコップを軽く口元で傾けた。

 

「あ! もしかして、あんたがツェツィの男かい!」

「ぶーっ!?」

「ぷに!?」

 

 うおっ!? ぷにがジュースまみれに!?

 ってそうじゃなくて、何をおっしゃいますか兎さん?

 男って、男って!?

 

「ちょっとグイードさん! この人俺以上にパンチの利いた言葉ぶつけてくるじゃないですか!」

「おや、違うのかい?」

「ち、違うわよ。もう、お母さんったら!」

 

 そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないかとは思いつつも、変に脈アリみたいな反応をされるとそれはそれで困る。

 

「そ、そうだ! 家族水入らずにしないと! 行くぞピアニャ、ぷに!」

「なんだい、帰る事無いじゃないか。ほらほら座った座った」

 

 肩に手を置かれ無理やり座らされた。あ、力も凄い感じの女性だ。

 力強くて、押しも強くて、動じなくて、さばさばしてて、俺の天敵じゃないですか。

 

 癒しの世界、ヘルモルト家が……。

 

「それにしても、そっちの金髪の子、あんたの妹にしちゃ年が離れて見えるねえ」

 

 席についたギゼラさんはピアニャちゃんの事をまじまじと見つめた。

 

「ああ、ええ、血は繋がってない暫定妹と言いますか……ううん」

 

 なんと言えばいいものか、最初から話した方が良い気がしてきた。

 うん、そうしようそうしよう。トトリちゃんもなんかうずうずしてるし。

 

「ココはトトリちゃんに話してもらった方が分かりやすいですよ」

「おや、そうかい?」

「えっと、うん」

 

 子供の様に、ギゼラさんの横にぴったりと椅子をくっつけたトトリちゃんが小さくうなずいた。

 

「えっと、何から話せばいいんだろう……」

「最初から話せばいいさ、時間はいくらでもあるんだからな」

 

 薄くだが、確かに微笑みながらグイードさんは自分にも言うかのようにそう言った。

 それを聞いたトトリちゃんは一つ頷いて。

 

「それじゃあ、えっと……わたしね、お母さんを探すために冒険者になったの」

「おや、そうなのかい。悪いね、あたしが待たせちまったせいで」

 

 ギゼラさんが軽くトトリちゃんの頭をなでると、トトリちゃんはくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに話をつづけた。

 

「ううん、冒険者になったおかげで友達も増えたし、良い人たちとたくさん仲良くなれたから」

「そうかい、それにしてもそんな小さい体でよく冒険者になれたもんだねえ」

「うん、でも皆が助けてくれて、そうそう! わたしね、錬金術士になったの!」

 

 子犬だったら尻尾をどれだけ振っているのかも分からないくらいに楽しげに、それでいて褒めてもらいかのように、トトリちゃんは声を弾ませた。

 

「へえ、あんたがねえ。そういや、死にそうなあたしを拾ってくれたのも錬金術士だったっけね」

「え、そうなの?」

「ああ、名前は……忘れたけど、黒い長髪でメガネの姉ちゃんだったね」

 

 ああ、そっか、そりゃギゼラさんを助けた人はいるよな当然。

 それで、何でギゼラさんはトトリちゃんをそんなにじっと見てるの?

 

「そいつ見たせいで、錬金術士は変わり者ばっかと思ったけど、トトリがそうなら違う見たいさね」

「でもあにきも錬金術士だよ?」

「ハハッ、それならやっぱり変わり者ばっかってことかい」

「妹よ……」

 

 まあどちらかと言えば変わり者の部類に入りますけどね、そりゃ。

 

「それで、錬金術士になったトトリはどうしたんだい?」

「うん、頑張って頑張って、今から二年くらい前にお父さんに船を造ってもらって海に出たの」

「おや、やっぱりまだ船を造ってたんだね。まあ、あんたにはそれくらいしかないからね」

「ほっとけ」

 

 なんというか、この人は本当にその一点で惚れ込んだんだろうなあ。

 

「それで、アカネさんとジーノ君とミミちゃんって言うわたしの友達がいて、皆でフラウシュトラウトをやっつけたの!」

「…………」

 

 動じないと思っていたギゼラさんがついに目をパチクリとまたたかせた。

 

「まさか、娘に先を越されるとはねえ」

「えへへ、それで東の大陸に行ってお母さんがいた村まで行ったんだよ」

「ああ、あの村かい。あそこには辛気臭いばあさんがいただろう?」

 

 どう考えてもピルカさんの事だよなあ。

 あれ? 確か、あの村には……。

 

「そう言えばピルカさん、ギゼラさんの墓石どうするんだろうな?」

「ぼ、墓石?」

「ああ、うん。村の英雄だからって……」

「はあ、あの婆さんは勝手に人を殺すんじゃないよ。まあ、あたしも死んだと思ったけどね」

 

 そう言って高笑いをするギゼラさん、いや、笑えないです。

 

「ピアニャはそこの村から来たんだよ」

「へえ、そうなのかい。まあ仕方ないさね、あの村にいたらそのうち……」

「ふふふ」

 

 そこでトトリちゃんは、まるで悪戯を思いついた子供の様に笑った。

 

「お母さんお母さん、あの塔の悪魔はね」

「トトリも知ってたかい、そうだ。今度こそ決着をつけに……」

「それもわたし達で倒しちゃったの!」

「…………」

 

 二度目のビックリポイント、そりゃ驚くよな。

 その後で一悶着はありはしたものの、まあそれは余談だな。

 

「なんだい、あたしが倒し損ねたの全部もってっちまったのかいこの子は」

「うん、でもお母さんのおかげで大分弱ってたみたいだし……」

「親の不始末を全部片付けるなんて、本当に孝行娘だねあんたは」

「うん、うん……」

 

 優しく髪を撫でらて、トトリちゃんは目を潤ませて、今にも泣きそうになってしまっている。

 

「はい、皆ご飯出来たわよ」

 

 そこで、大皿に盛り付けられた料理がテーブルに音を立てて置かれた。

 その音のおかげでトトリちゃんの涙は引っ込んでしまったようだ。

 

「おや、第二の孝行娘だ」

 

 そう言って笑うギゼラさん、ところでこの人は料理とかできるのか?

 いや、よしんば出来てもツェツィさん以上って事はないだろう。

 

「ギゼラさんは今度ピルカさんに会いに行かないとですね」

「はっ、短い老い先をさらに縮めちまいそうだけどね」

「たぶん驚いた後に大喜びですね」

「いや、あの婆さんの事だ。何勝手に生きてるんだとか怒りだすに決まってるさね」

 

 あれ、そんな感じの人だったっけ?

 厳しそうだけど結構優しい人間の出来た人だと思ってたが……。

 

「しっかし、アカネだっけか、トトリがあんたに随分世話になったみたいだね」

「いやいや、結構な割合で迷惑もかけてますし、今は俺の方が手伝ってもらう事になってますから」

 

 そういや、免許更新も必要なくなったし、また本腰入れて帰る方法探さないとな。

 

「ぷにぷに!」

「あ、そうそうシロちゃんも一杯手伝ってくれたよね」

「ぷに」

「へえ、ぷにぷにがねえ」

 

 珍しいモノを見る様な目線を浴びたぷには、胸を張るようにして背伸びをした。

 

「ぷにぷにを相棒にしてる冒険者で錬金術士、おまけに真っ黒と来たもんだ。随分と変わった奴だね」

「そりゃもう、異世界からの訪問者ですから」

 

 うむ、海を渡って来た男よりもこっちの称号の方がカッコイイな。

 

 俺が一人頷いていると、ギゼラさんがおや、と声を一つあげた。

 

「へえ、異世界からねえ居る所には居るもんだ」

「あら、あんまり驚かれない」

 

 まあ、他に驚くところがいっぱいあったからな。

 

「そうそう、さっき言ったメガネの姉ちゃんから、たぶんあんたに手紙を預かってるんだよ」

「んにゃ?」

 

 知らないお姉さんからこのアカネにメッセージ?

 そりゃ、俺の人気はとどまる所を知らないとはいえ、そんな人はまったく知らないと思う。

 

「異世界とか、過去とか未来から来たとか言う奴がいたら渡してやれって言われてね。ほら」

「…………ええ?」

 

 ふところから取り出されたのは、羊皮紙がいくつか丸まった物。

 ……異世界から来た奴がいたら渡してやれって言った錬金術士。

 まさか、いや、まさか、これに書かれてるのって。

 

「ぷに?」

「ん、ああ」

 

 頭に乗ってきたぷにが早く開けろと催促してきた。

 よし、御開帳……。

 

 どうやら反対から開けてしまったようで、目に入った最初の一文は送り手の名前だった。

 

『稀代の錬金術士アストリッド・ゼクセス

 




次回更新は次の土日までに行います。


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冒険者の帰宅

 ギゼラさんが帰って来てから数週間、最初こそは村もギルドも上や下やの大騒ぎだったが、今となってはすっかり大人しいモノだ。

 こないだ開催した打ち上げの時にババーンと紹介したら、クーデリアさんが頭を抱えて感動していたのが印象的だな、最近胃薬を飲んでいる姿を見ることが多いが、まあ関係ないだろう。

 

 一歩の俺は未だに特大爆弾のせいで現実を受け入れられてない訳だが。

 

 俺は最初にココに来た時に居た場所、うに林の草むらに寝転がりながら呟いた。

 

「帰れちゃうんだよなあ?」

「ぷに」

「去り際の言葉はやっぱりI'll be backか?」

「ぷに?」

「いや、なんでもない」

 

 なんとはなしに、俺は何度読んだか分からない手紙に再び目を通した。

 

『私の実験に巻き込まれた哀れな人間がいるとは思えないが、まあコレを読んでいると言う事はいるんだろう。

 ただこんな届くかも分からん手紙に割く時間も惜しい身だ。用件のみを手短に書かせてもらう。

 まずは名乗ろうか、私こそが黒幕のアストリッド・ゼクセスだ』

 

「……絶対にニヤニヤしながら書いてるよなあ」

「ぷに……」

 

 文章の導入から達の悪さがにじみ出てきている。

 ねじ曲がりにねじ曲がった挙句にねじ曲がった性格をしているに違いない。

 

『そもそもの発端は私の高尚な目的にある。

 そのために物理的な時間の巻き戻しなどを考えてみたが、今となっては見当違いな事をしていた。

 そして今回の原因がまさにそれにある。

 まずは時間と空間の関係性についてたが……まあ理解が及ぶはずもないので省かせてもらおう』

 

「バカにしないで頂きたい」

「ぷにに」

「いや、条件反射でツッコミがな」

 

 それにしても、時間を巻き戻す事を考えるほどの目的か、きっと俺程度じゃ考え付かない様なもんなんだろう。

 俺なんてそんな技術があったら、師匠の今より若い頃を見てみたいくらいの俗なことしか思いつかない、俺の頭よもっと働け。

 

「やっぱり世界の法則を捻じ曲げるとか、そういう感じのラスボスっぽいことなんだろう」

「ぷに!」

 

『数年前の実験でちょっとしたミスを起こしてしまってな、どこかで超局地的に時空が乱れた結果がおそらくはお前だろう。

 まあ怒る気持ちもわかるが、猿も木から落ちると言うじゃないか、許せ。

 ちなみに帰り方だが、二枚目のレシピをアーランドにいるロロナという私の弟子を訪ねて作ってもらえ。

 ではな、まあ貴重な体験ができたと思えば悪くはないだろうさ。

        稀代の錬金術士アストリッド・ゼクセス』

 

 手紙はこれで終わりだ。

 こればっかりは、何度読んでも思う事は一つだ。

 

「なにが凄いかって、一切反省の色が見られない点だよな」

「ぷに~」

 

 帰れなくて悩んでいる俺の現状をこのほんの数文で逆転させるのが、こんな軽い文章と言うのが納得いかない。

 これだから天才という人種は始末が悪い。

 

「……ちょっと思いついた事があるんだ」

「ぷに?」

 

 何度も読み直しているうちに気付いてしまった。

 

「文末文末に(笑)をつけると凄い自然に読めるぜ」

「ぷに……」

 

 どうでもよさげだが、ちょっと例を考えてみよう。

 

『まあ怒る気持ちもわかるが(笑)猿も木から落ちると言うじゃないか(笑)許せ(笑)』

『まあ、貴重な体験ができたと思えば悪くないだろうさ(笑)』

 

「ぷに!?」

「なあ、知らないはずの相手の顔まで浮かんでくるだろ?」

「ぷに~……」

 

 これに気付くまでは『許せ』がちょっとしんみり感じたけど、気づいてしまったらこの有様だよ。

 腹が立つ、誠に遺憾である。

 

「なんだろうな、この手の平でコロコロ転がされている感じ」

「ぷに~」

 

 俺が怒る事さえも計算づくとしか思えない。

 

「とにかく! この赤いトラベルゲートさえあれば帰れる。それが重要だ」

「ぷに」

 

 ポーチから取り出したるは、赤い粒子がわっかの形になっている、いつも使っているトラベルゲートの色違いバージョン。

 

「そして! 俺は今から始まりの場所ことうに林から、皆に順にお別れをしに行く。おーけー?」

「ぷに」

 

 帰ってこようと思えばすぐに帰ってこれる感じのアイテムだが、向こうで何があるかも分からないから挨拶はしっかりしておかねば。

 例えば両親が病に倒れてたり、俺が事故に会ったり、他には……。

 

「一番可能性が高いのは、奇跡的に発見された青年アカネという特番が組まれて、一躍スターへの道を歩んでしまった挙句……」

「ぷに!」

「ぬはっ!?」

 

 頭のてっぺんから全身に衝撃がキタよ!

 思わず起き上ってしまったじゃないか。

 

「ここからドロドロの愛憎劇が始まるところだったというのに」

「ぷに~」

 

 ちょっとは真面目にやれとお怒りのご様子だ。

 

「俺だっていい大人だ。挨拶くらいしっかりとやるさ」

「……ぷに」

 

 疑わしいという気持ちが前面に出た半目で睨まれた。

 クーデリアさんの前で卒業式ごっこをしようと思っていたが、やめておこう。ボロボロで帰還は御免だ。

 

「……よし! 行くか!」

「ぷに!」

 

 すっかり慣れ親しんだ林の道をぷにを先頭にして歩き出す、思い返してみれば、あの日ぷにに会ったのはかなり運命的な出会いだったな。

 

「礼は言わないぜ」

「ぷに?」

 

 とぼけた鳴き声と共に跳ねながら振りかえるぷに、こいつに助けてもらったのも多いが、割りを食ったのも多い。

 故に俺はありがとうなんて言いはしないぜ。

 …………それに、今更言ったとしても絶対にバカにされるし、更に言うと照れ臭いからな。

 

 ……なんかイラッとしたから蹴り飛ばしておこう。

 

「ぷに!?」

 

 俺に蹴られてボールのように茂みに飛んでいくぷに。

 

「お前が悪い」

 

 ぷにのくせにちょっとしんみりさせやがって。

 少し寂しい気分でぷにの飛んだ場所を見ると、ぷには茂みから這い出てきた。

 その目は俺と同じように、どこか憂いを帯びていて……。

 

「ぷに!」

「貴様っ!」

 

 そんな事はなかった。

 獰猛な獣の様に俺に襲いかかってきたよこいつときたら、信じらんねえぜ!

 

 おーけー、あの日とあの日の決着を今日こそつけてやるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? なんであんたらはそんなにボロボロなのかしら?」

「だってぷにが……」

「ぷに~……」

 

 第三次大戦は見事に引き分けてしまった。

 まさか俺の投げたフラムを咥えて特攻を試みるとは、我が相棒ながらに恐ろしい奴だ。

 

「それで? 今日は何のようなの?」

「クーデリアさんの胃に優しい話です」

「あらあら、それは嬉しい限りだわ……」

 

 珍しくとても乾いた笑みをうかべるクーデリアさん。

 まったくクーデリアさんを困らせるなんて、ギゼラさんは本当に困った人だよ!

 

「一言で言うと、帰る算段がついたと言いますかね」

「本当!?」

 

 あ、一転して嬉しそうな笑顔に、こんなに心の底から嬉しそうな笑顔を見たのは初めてだ。

 それはそれで複雑な気分になるな……。

 

「ええ、ギゼラさんが俺に渡した手紙に色々書いてまして」

「……は?」

「それで、その送り手が師匠の師匠のアストリッドさんとか言う人で……」

 

 特に悪い事はしていないはずなのに、目を逸らしながら言ってしまう。

 師匠の師匠あたりで、クーデリアさんがハニワみたいな顔になるんだもん。

 

「俺がこっちに来た原因もその人らしく……」

「…………」

 

 ちらりと顔を見ると、非常に神妙な顔をしていらっしゃるクーデリアさんがゆっくりと口を開いた。

 

「申し訳ないわね、ええ、そいつの弟子の友人として代わりに謝っとくわ」

 

 俯いて、心底申し訳なさそうにクーデリアさんは言葉を紡いでいった。

 あまりにいたたまれなくなり、俺は思わず口を開いてしまった。

 

「悪いのはアストリッドさんです! 会ったことないけど分かります!」

「まあそうなんだけど、そう、まさかあいつが……」

 

 げんなりとした様子で、溜め息を吐くクーデリアさん。

 

「厄介者が厄介者を呼んだわけね」

「今から帰る人に向かって、酷い言い草ですね」

 

 もっと涙ありの感動が欲しいんですけど。

 

「はあ? どうせ帰ってくるでしょうがあんたは、というか帰ってきなさい」

「く、クーデリアさんが! ついに、デレ――」

「借金はまだ70万コール残ってるんだがら、まさかとは思うけど……」

 

 その先は目が語っていた。踏み倒す気じゃないでしょうね、と。

 酷い、この場面で思い出させなくてもいいじゃないですか。

 もしかしてこれがクーデリアさん流のデレですか!?

 

「それに、あんたがいなくるとロロナも寂しがるんだから、なるべく早く帰ってきなさい」

「クーデリアさん、一生のお願いです。優しい言葉をかけてください」

 

 切実なお願いだった。

 

「……はあ、元気でやりなさいよ」

 

 溜め息を一つ、その後にはいつもの不敵な笑みでそう言ってくれた。

 

「ええ、もちろんですとも!」

 

 思い出してみれば、クーデリアさんには初対面から怒られっぱなしだった。

 そして、怒られて怒られて……。

 

「クーデリアさん、何か俺いっつも怒られてる思い出しかないんですけど」

「あんたがバカだからよ」

「なるほど」

 

 納得したところで、俺は横にスライドしていって聞き耳を立てていたフィリーちゃんの前に立った。

 

「アカネさん……」

「フィリーちゃん……」

 

 最初は悲鳴を上げていた彼女も、今となっては立派な受付嬢か、感慨深いものがあるな。

 

「私、アカネさんと話した時間、絶対に忘れません」

「ああ、俺もだ」

 

 得る物が何一つない、それでありながらどこか非常に濃い、実に無駄な時間だった。

 ただ、妙な絆の様な物を感じてしまう。

 

「絶対に帰ってきてくださいよ、まだ見ぬ可愛い子はきっとたくさんいますから」

「……ああ!」

 

 俺はフィリーちゃんに背を向けて、走り出した。

 これで良い、最終日まで妄想討論会は流石に御免だからな。

 

 ……こんな別れ方で良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 所変わってサンライズ食堂、扉を開くと昼前で客入りが少なく、暇そうなイクセルさんがフライパンを拭いていた。

 そして丁度よくカウンター席にはマークさんと親っさんが座っていた。

 

「いらっしゃいませって、なんだお前か」

「なんだとは何ですか」

 

 昔は結構歓迎してくれたのに、弟子になったあたりから対応が雑になっている気がする。

 

「おう兄ちゃんちょうどいいところに来たな!」

「今からハゲさんと語り合うところだったんだよ、君も一緒しないかい?」

 

 そう言って昼間だと言うのにビールで一杯にしたジョッキを二人は掲げていた。

 すっかり仲良しだなこの二人は。

 

「そうしたいところですけど、今日はお別れに来たんですよ」

「お別れ?」

 

 イクセルさんが拭う手を止めて素っ頓狂な声を上げて、俺の言葉を繰り返した。

 

「ええ、帰る方法を見つけたんで」

「ふーん、まあ元気でやれよ!」

 

 親っさんは凄い良い笑顔でそう言い放った。

 

「あんまり重いのもアレですけど、軽すぎるのも考えモノですよ?」

「と言っても、君はどうせ帰ってくるんだろう?」

 

 眉を下げて、マークさんは当然のようにそう言った。

 皆が皆そう思ってくれるのはありがたいんだけどなあ。

 

「もっと感慨とかないんですか?」

「兄ちゃん……男が集まってそういうの期待するのは筋違いだぜ?」

「まあそうだよな。そういうのはロロナとかトトリあたりで充分だろ」

「……確かに」

 

 うん、酷いくらいに正論だ。

 

「ああ、でもそういうことなら僕から君に見せたい物があるよ」

「マークさんから?」

「そうともさ。ハゲさん少し待っててくれたまえよ」

 

 そう言うとマークさんは立ち上がって、扉の方に歩んで行った。

 俺はそれに付いて外へと向かう。

 

「アカネ、帰ってくたらまた飯食いに来いよ!」

「兄ちゃん! 武器がほしくなったら俺んとこに来いよ!」

 

 俺は振りむいて、笑みを浮かべながら手を振った。

 返事はそれだけで、二人には十分だっただろう。

 

 そしてマークさんについて行くと、路地裏に入り、見慣れた彼の家の前に。

 

「マークさん、俺茶色い虫と戯れるのは御免ですよ?」

「大丈夫大丈夫、あまりにも君が嫌がるからね、こないだ全部退治しておいたよ」

 

 思わずほっと息を吐き出した。

 それにしても、家の中にある見せたいものねえ?

 

 ちょっとした期待を持ちながら家に入り、後をついて行くと、マークさんはかがみこんで、当然の様に床板を持ち上げた。

 

「ここが、僕自家製の地下室だよ。さあ、入りたまえ」

「いやいや! 何勝手に地下なんて作ってるんですか!?」

「はっはっは」

 

 笑いながら地下へと潜って行くマークさん。

 怖いもの見たさと言うべきか、俺も引かれるように降りて行ってしまった。

 梯子から床に足をつくと、真っ暗で何も見えないが広い空間が広がっているのは雰囲気で分かった。

 

「では、まだ未完成だけど初お披露目だ」

 

 パチリと、スイッチを入れる音が響くと同時に天井の電気がついて部屋全体が明るくなった。

 そして、俺の目の前にある物は……。

 

「か、顔!?」

「そうともさ、君たちと協力して作り上げた前回のロボットを更にグレードアップしたものだよ」

 

 そこには即頭部から二本の角を生やした、白い顔があった。

 

「……顔だけ?」

 

 俺の身長よりも少し大きいが、顔だけだった。

 

「いやあ、ココで少しずつ作って森にある別の地下室で組み立ているんだよ」

「へえ」

 

 触って見ると、ツルツルとした装甲かつ、叩いてみると結構頑丈だった。

 

「未完成なのに見せてくれるなんて、珍しいな」

「コレを完成させた時には君にいてもらわないと困るからね、先に見せておかないとと思ったのさ」

「俺にいてもらわないと困る?」

 

 何故に?

 

「そうともさ、コレだけの起動させるんだ。間違いなくギルドの彼女が怒るだろう?」

「……な、なるほど」

 

 つまりは、そういうことか……。

 

「理解が早くて嬉しい限りだ。君の役割は怒られる事だよ、実に分かりやすいだろう?」

「まったくだよ……」

 

 まあ、見返りに巨大ロボに乗れると思えば安いものかもしれないが。

 

「君にはまだまだ聞きたい事もたくさんあるからね、なるべく早く帰ってきてくれたまえよ」

「出来る限りには……な」

 

 そう言って互いに笑いあった。

 

「マークさんには色々世話になったな」

「何、僕らは世間的に言うところの友達だろう?」

「……何かはっきり言われると、気持ち悪いな」

「ああ、僕もそう思ったところだよ」

 

 二人して気まずそうに目を逸らしてしまった。

 まあ、友達だとは思ってるけどね。

 

「そんじゃあ、元気でな」

「君もね」

 

 別れの言葉を交わし、俺は地上へあがり、マークさんの家を出た。

 マークさんの科学力を俺は帰っても忘れないだろう、というか五年以内間に少しはマークさんに近づいているのかという疑問が一番に来るな。

 

 

 

 

 

 

 マークさんの家から出て、表通りに戻って師匠のアトリエに向かおうとすると目つきの悪い人を見つけた。

 

「ステルクさん、ベストなタイミングですよ」

「む、君か。何か用か?」

「ええ、帰る前に今お世話になった人たちに挨拶回りしてるところなんですよ」

「ほう、そうか」

 

 俺の言葉に、ステルクさんは珍しく優しげな笑みを浮かべた。

 この人はずっとこの笑顔でいれば、子供からも警戒されないだろうに。

 

「良かったな」

「ええまったく」

「君の事だ。すぐに帰ってくるだろうから一言だけ言わせてもらおう」

 

 すぐにいつものキツイ表情に戻ったステルクさんは一つ頷いて、言葉をつづけた。

 

「体には気をつけろよ。君はすぐに無茶をするからな」

「ういうい、元気に帰ってきますよ」

「ああ、それではな」

「はい、お元気で」

 

 素っ気なく人混みに紛れて行ってしまったステルクさん。

 昔だったら単純に冷たいと思ったかもしれないが、今は違うな。

 ステルクさんがどういう人かはもう分かっている、というかあの出会いから俺に付き合ってくれてる時点で良い人って言うのは分かりきっている事だ。

 

 俺はステルクさんがいなくなるのを見届け、再び歩き出そうとしたところで、見覚えのある配色の二人組を見つけた。

 

「よう、若者二人」

「お、先輩!」

 

 俺に気付いた後輩君は駆け足で寄って来た。

 いや、しかし昔を思い出すと。

 

「ふむ」

「ん? なんだ?」

 

 思わず後輩君の頭に手を乗せてしまった。

 俺ほどではないとはいえ、かなりでかくなったなこの子も。

 

「……俺が帰って来た時に、俺の背を抜くんじゃないぞ」

「ちょ、痛い痛い!」

 

 頭頂部で手の平をグリグリと押しつける、身長は俺に残された先輩としての最後の一線だ。

 

「何してんのよ、あんたらは」

 

 そこで呆れ交じりのミミちゃんがゆっくりと近づいてきた。

 人目がある所だと優雅な感じだよな、あくまで感じだけど。

 

「っていうか、先輩どっか行くのか?」

「ああ、元の世界にな」

「え、マジで?」

「マジでマジで」

 

 何この高校生みたいな会話。

 

「へえ、何だかんだでちゃんと探してたのね」

「……ああ!」

 

 ワンテンポ遅れたが、俺は自信満々に頷いた。

 そう言う事にしておいた方が、ちっぽけな威厳を守れると思ったからです。

 

「え、そんじゃあ先輩との勝負の約束はどうすんだよ?」

「……帰って来てから、かね?」

 

 というか今思い出したよその約束、そして一緒にあの日のピエロになった悲しみとか憤りまで湧いてきちゃったよ。

 

「そうだな、帰ってきたら叩き潰してやらねば……」

「へへっ、そうこなくっちゃな!」

 

 そして俺たちは大分キツイ握手を交わした。

 それを端目に見ていたミミちゃんは呆れたように。

 

「勝負だのなんだの男ってのはバカねえ」

「何だよ、バカって言う方がバカなんだぞ」

「やめろ後輩君! それ以上はバカを露呈するだけだ!」

 

 俺の言葉に、後輩君は渋々と言った様子で引いてくれた。

 経験上分かる、どれだけ頑張ろうとも結局はやり込められる未来が見えてしまう。

 

「ま、とっとと帰って親孝行でもすることね」

「おうともさ」

 

 そういえば、この間の打ち上げの時はすごかったな。ミミちゃんは。

 ギゼラさんが生きていると知った時には自分の事かのように大喜びだったもんな。

 俺も早く帰って、家族を安心させるとするか。

 

「あんたみたいのでも、居なくなると寂しくなるんだからちゃんと帰ってきなさいよ」

「む、寂しくなってくれるのか?」

 

 俺がそう突っ込むと、ミミちゃんは目を大きく見開いて、頬が少し赤くなってしまった。

 

「わ、私じゃなくて! トトリがよ! あんたがいなくなって私が寂しがるわけないでしょうが!」

 

 まさか最終日にミミデレにお目にかかるとは、里帰りは決めてみるもんだな。

 

「はいはい、なるべく早く帰ってきますからね~」

 

 思わず子供に言い聞かせるかのような猫撫で声でそう言ってしまった。

 からかいたくなっただけです。悪意はありません。

 

「――っ! 二度と帰って来るんじゃないわよ!」

 

 恥ずかしさがピークに達したのか、ミミちゃんは俺の横を通り過ぎて行ってしまった。

 

「お、おい待てよ! 先輩、そんじゃあまたな!」

「おうよ! ミミちゃんもまたなー!」

「うっさい!」

 

 いやあ、いいデレからのツンだった。

 これだからミミちゃんをからかうのはやめられない。

 

 そして二人と別れた俺はアーランドのラストステージ、師匠のアトリエまで来ていた。

 

「……さて、どうするか」

「ぷに?」

 

 ゆっくりと別れさせてくれるためか、いままで口を開かなかったぷにに俺は問いかけた。

 

「師匠……泣かないよな?」

「ぷに~」

 

 師匠に泣きながら、帰っちゃ嫌だー、とか言われたら俺の決心が鈍ってしまう可能性がなきにしもあらずだ。

 

「言ってみない事には始まらない……な」

「ぷに!」

「よし!」

 

 思い切って俺は扉を大きく開いた。

 

「師匠、ただいまー!」

「あ、アカネ君。おかえりー」

 

 釜をかき混ぜていた師匠はいつものように、笑顔で俺を迎えてくれた。

 さて、どうやって話題を切り出したもんか。

 とりあえずまずは軽くジャブで押してみるか。

 

「師匠、ちょっと俺しばらく出かけるから」

「そうなの? どれくらい?」

 

 よし、掴みはばっちりだ。

 ココから徐々に現状を理解させていこう。

 

「一年、いや二年くらい……?」

「そ、そんなに長い間?」

 

 あ、師匠の目に不安げな色が混じってきてしまった。

 いや、でも逆にいえばどこに行こうと一年二年ならセーフってことだよな。

 

「ああ、元の家に帰れるようになってな」

「え、本当?」

「うむ、だから少しの間お別れなんだけど……」

 

 目を横に逸らしつつも、ちらちらと師匠の顔色を伺いながらそう言葉を並べてみる。

 

「うん、それなら仕方ないかな」

 

 師匠は頬に手を当てて、そう言ってくれた。

 

「……泣かない?」

「へ?」

 

 俺の問いに師匠は間の抜けた声を上げた。

 

「いやだって、俺の予想だと……んっん!『うわああん! やだやだ! アカネ君はわたしの弟子なんだからいなくなっちゃヤダー!』って感じになるかなって」

 

 言い終わるやいなや、師匠は赤くなって頬を膨らませてしまった。

 

「アカネ君はわたしのこと何だと思ってるの! もう!」

「何って……」

 

 初対面行き倒れからの弟子になってからどんどん進んで行くポンコツ化を見てるとねえ。

 

「わたしそんなに子供じゃないんだからね!」

「分かった分かった。ちゃんと見送ってくれるんだよな?」

「最初からそのつもりだったよ……」

 

 疲れたように肩を落としてしまう師匠。

 いやすまない、師匠の評価を少し下げすぎていた。

 

「もう、帰るのはいいけど、ちゃんと元気で帰ってきてね」

「あいよ、師匠も元気でな」

「うん」

 

 師匠はちょっと抜けてる人だけど、なんだかんだで良い師匠だったよな。

 ……教え方とかそのあたりはともかくとして。

 

「俺も帰ってきたら弟子取ってみようかな」

「ええ、でもアカネ君、教えるの下手そうだし――っていたひ!?」

 

 あなたに言われたくないと言う想いを込めたチョップをお見舞いした。

 決めた、帰って来たら弟子をとろう。

 

「そんじゃあな、師匠。次に会うときはもうちょっと大人っぽくなっててくれよ」

「う、うん。わたしもそうなりたいかな……」

 

 苦笑いをする師匠に手を振って、俺はトラベルゲートでアランヤ村まで一っ飛びした。

 

 村の入口に降り立つと、珍しく馬車の前にペーターがいなかった。

 仕事しないくせに、なんだかんだでいつも馬車を拭いているという、俺的アランヤ村七不思議の一つだったんだけどな。

 

 一言くらいは声をかけてやるつもりだったが……まあいいか。

 とりあえずゲラルドさんの所に行けばメルヴィアと店長はいるだろう。

 

 そして店に入ると、いつも閑散としているはずの酒場に思ったよりも人が入っていた。

 

「あら、アカネ君じゃな~い」

 

 パメラさんがいた。しかも人間状態。

 その真実だけで俺は胸がいっぱいだった。

 

「あ、アカネ! よく来てくれた!」

 

 そして非常に切羽詰まった様子のペーターが俺に駆け寄ってきて。

 

「そんじゃあ後は頼んだぞ」

「……?」

 

 俺の手にタッチしたと思えば、走り去ってしまった。

 

「ペーターじゃーなー!」

「ああ、それじゃあな!」

 

 ……あいつとの別れの挨拶はこのくらいで十分だろう。

 

 そして再び店の中を見回してみると、メルヴィアにパメラさん、そしてギゼラさんにゲラルドさん……なるほど。

 ペーターもそりゃ逃げたくなるな。

 

「はい、皆! 重大発表です!」

 

 カウンターと皆が座っているテーブルの間に立って、俺は手を二回叩いた。

 ゆっくりとお別れをしたいが、この面子だと難しいだろう。

 

「どうしたのよ一体、またくだらない事じゃないでしょうね?」

「違う違う! 俺がしばらく里帰りでいなくなるって話だよ」

「あら、そうなの? 寂しくなるわね~」

 

 パメラさんの寂しさ>俺の気持ち

 この方程式を成り立たせるのは非常に簡単だ。

 おそらく最初にパメラさんにこう言われていたら間違いなく、俺は帰っていなかった。

 

「まあでも、ちゃんと家族には顔出さないと、あたしみたいに死んだ事にされちまうからね」

「ギゼラ、笑えないぞ」

 

 ギゼラさんの弾むような声からの自分の不謹慎ジョーク、結構な頻度で聞いている気がする。

 しかし、考えてみると。

 

「…………」

「何真面目な顔してるのよ?」

「いや、五年行方不明の場合、家族的に俺は死んだ事にされているのかな……って」

 

 日本の法律で失踪者が死亡認定される期間は十年とか七年とかだよな、五年じゃないよな?

 

「うふふっ、幽霊だと思われるかもしれないわよ~」

 

 手を小さく前に出したパメラさんは、うらめしやーとでも言わんばかりに舌を出していた。

 ますます帰らなくてもいいかなって気分になってきた。

 

「ここはギゼラさんの帰り方を参考にするかな」

「ま、実際家の扉開けたら、そんくらいしか言葉も出てこないさね」

「ですよねえ」

 

 家の扉を開けたら言う言葉はそりゃ決まってるよな。

 

「それにしても、ギゼラが帰って来たと思えばアカネがいなくなるとはな……」

 

 ゲラルドさんは自慢の髭をさすりながら、少し憂いを帯びた表情になった。

 

「だが、そのくらいでバランスが良いのかもしれないな」

 

 と思えば、笑顔でそんな事をのたまいやがりましたよ。

 

「ハハッ、それならあたしは帰ってこない方が良かったかもしれないね」

「それにYESっている人がこの世界に何人いると思ってるんですか?」

 

 やっぱりこの人は苦手だ。自然に強制的に俺をツッコミに回らせるボケをかますんだもん。

 

「はあ、悲しい別れになるはずがないとは思ってましたけどね……」

「そりゃね、あんたに元気でねなんて言っても、殺しても死なないから意味ないじゃない」

 

 メルヴィアからの非常な言葉、最低限の言葉すらかけてもらえないとは。

 でも確かに、現代世界の恐怖の八割はメルヴィア以下ではあると思う。

 車の衝突までなら、メルヴィアに比べれば! の精神で耐え抜ける。

 

「それじゃあ、パメラお姉さんが帰って来れるようにお別れのプレゼントをしてあげるわ~」

「え、マジですか」

 

 すげえ、生きていてよかった。ひいては、この世界に来れてよかった。

 

「はい、それじゃあちょっと屈んで」

「は~い」

 

 期待に俺は背を丸めた。

 あれ? なんでプレゼントもらうのに屈む必要が――――っ!?

 

「ちゅっ」

「――――――っ」

 

 頬に、暖かい感触が、Ohジーザス。

 横目に見える、パメラさんの泣きぼくろが、今日はとてもセクシーに見えます。

 

 

 白藤アカネ、齢22にして人生の絶頂期を迎える。

 

 

「うふふ、今の大人のレディって感じだったわよね~」

「ういっす」

「アカネ、あんた大丈夫?」

「ういっす」

 

 話しかけないでくれ、今の感触を記録するのに俺は手一杯だ。

 本当なら叫んで外に飛び出したいくらいだ。

 

「なあ、メルヴィア……」

「はい?」

「お前とまた会える日を楽しみにしてるぜ」

「何で無駄に爽やかになってるのよ」

 

 何でって、だって邪気を全て払われてしまったら……ねえ。

 

「うへへ……」

「あんた、その締りのない顔で家の娘たちに会いに行くつもりかい?」

「おっと、そうだった」

 

 顔をパンパンと二回たたく。

 うん、たぶんこれで大丈夫。

 

「よし! それじゃあ皆さんまた会う日まで!」

 

 俺はそう言って、手を振りながら外へと向かった。

 

「ああ、また家の店に飲みに来いよ」

「元気でね~」

「もう家族を心配させんじゃないよ」

「トトリ達の事、泣かせんじゃないわよー!」

「分かってるよ!」

 

 師匠ならいざ知らず、トトリちゃん達を泣かせる訳ないじゃないか。

 そう思いながら、店から出て少し歩いたところで。

 

「アカネー! 元気でやんなさいよー!」

「お前もなー!」

 

 まったくあのメルヴィアはちゃんと面と向かって言えば、俺もそれなりに対応してやると言うのに。

 少し清々しい気分になった俺は、いつもの坂をゆっくりと登り始めた。

 考えてみると、俺の冒険者としての人生はこの坂を降りて行った時から始まっていた気がする。

 トトリちゃんの護衛役になって、後輩君に出会って、ミミちゃんや師匠、いろんな人たちに出会えた。

 海渡って、悪魔も倒して、倒されて、そんな大冒険も全部トトリちゃんがいたからだ。

 いつ言えるかも分からないし、今日しっかりと言おう。

 ありがとうって。

 

「へい! アカネさんが来たぜ!」

 

 ヘルモルト家の扉を開けると、キッチンには片づけをしているツェツィさん。

 そして本を呼んでいるトトリちゃんとピアニャちゃんの姿が。

 

「あ、アカネさん。こんにちは、お昼もう終わっちゃいましたよ?」

 

 どうしよう、別れの挨拶に来たのにお昼たかりに来たと思われてる。

 

「違う、そうじゃないんだ。そう! こないだギゼラさんからもらった手紙があっただろ?」

「え? は、はい。ありましたけど」

 

 よし! 軌道修正はできた。

 後は、すっぱりと帰る事を告げればいいだけだ。

 

「実はあの手紙、師匠の師匠からでな細かい事は省くけど、帰る方法が書かれてたんだよ」

「そ、そうなんですか? でも、だったらその時に言ってくれれば……」

「いやあ、流石の俺もギゼラさんに加えての手紙で理解がイマイチ追いついてなくてな……」

 

 知恵熱により、思考を強制的にシャットダウンしてしまっていた。

 

「あにき、いなくなっちゃうの?」

「そうだな、一年か二年くらいは……」

 

 本から顔を上げていたピアニャちゃんはいつのまにか横で俺の服の裾を引っ張っていた。

 

「そうなんだ。ピアニャ、ちょっと寂しいな」

 

 うるんだ目の上目遣いでそんな事言われたら――。

 

「ああもう! 俺の妹は可愛いんだから!」

「はわわっ!?」

 

 思わずギュっと腰から抱きしめて、抱きかかえてしまった。

 この子連れて帰りたい! どうせ家の実妹なんて今はもう高校生で反抗期で可愛くないし、ピアニャちゃんは可愛いし、可愛いし、超可愛い!

 

「ツェツィさん! お持ち帰りしたいです!」

 

 すると、ツェツィさんは洗っている包丁をこちらに向けて。

 

「アカネ君、言っていいことと悪い事があるわよ?」

「あ、すみません」

 

 反射的にピアニャちゃんを床に降ろしてしまった。

 表には出さないが、ちょっとビビった。

 

「まったく、アカネ君はどんどん子供っぽくなってるんだから」

「そうですか?」

 

 昔に比べれば少しは成長してると思うが。

 

「ええ、最初は少し変な冒険者さんだったのに、今じゃ手のかかる弟みたいだもの」

「ツェツィさんが姉、そしてピアニャちゃんが妹――」

 

 なるほど、わかったぜ!

 

「今日からアカネ・ヘルモルトと名乗ってよいですか?」

 

 必然的にトトリちゃんは妹になる。良いことずくめじゃないか。

 

「ダメよ、今から自分の家に帰るんでしょ?」

「残念な事にそうなんです」

「ふふっ、元気でね、あんまり人に迷惑かけちゃダメよ?」

「善処します」

 

 流石にピアニャちゃんの様に抱きしめはしないが、しっかりと笑い合う事は出来た。

 さて、最後にトトリちゃんにしっかりと言いたい事を言わないとな。

 

「トトリちゃん」

「は、はい!」

 

 元気のいい返事と共に、椅子から立ち上がるトトリちゃん。

 いや、卒業式じゃないんだから……。

 

「俺が言いたい事は一言だけだ。今までありがとう。トトリちゃんがいたおかげで楽しく過ごせたよ」

 

 ……ちょっと俺の顔が赤くなってるのが分かってしまう。

 言いたい事を言うときってのはどうしてこう恥ずかしいモノなんだろう。

 

「お、お礼を言うのはわたしの方ですよ! アカネさんはちょっと頼りないけど、いざって時には頼れるとっても良い先輩でした!」

 

 あら、嬉しい事を言ってくれるじゃないかこの子ったら。

 

「だから、子供みたいですけど、ちょっと寂しいです」

「いや、そんな事はないさ。どこで聞いたかは忘れたが、こんな言葉がある。大人だって寂しくなる事はあるってな」

 

 真っすぐと目を見つめ、そう言うと。

 トトリちゃんは怪訝な顔をして、横にいるツェツィさんも同じような顔をした。

 

「アカネ君、それ、私の言った言葉よ?」

「わたしがお姉ちゃんに言われた言葉ですよ?」

「あれ?」

 

 え、嘘。

 

「あちゃー」

 

 片手を手に当ててそう言う妹、教えといて何だけどその動作ちょっとイラっとするな。

 

「こ、これは、な、うん……弁解のしようがない」

 

 言った相手と言われた相手を前に何を威勢よく決めているんだって話だよ。

 

「ふふ、アカネさんはやっぱり面白いですね」

「ま、待った! 次はちゃんとした言葉を決めるから!」

 

 別れ際に再会を誓えるような何か良い言葉は…………。

 

「ん?」

 

 ふと横を見ると、そこにある大きな姿見鏡に俺が映っていた。

 あ、そうだよ! 俺だよ!

 

「トトリちゃん!」

「はい、なんですか?」

 

 クッ、俺の一方的な思い込みだが、そこはかとなくバカにされている気がする。

 

「俺のアカネだが、実際は明るい音と書いて明音だ」

「へえ、綺麗な名前ですね」

「意味としては、明るい音を出すようにとか明るい音に近づくようにって意味らしい」

「あら、アカネ君にピッタリね」

 

 まったくその通りだ。

 俺自身この名前はお気に入りだ。

 

「つまり、皆が笑ってくれてれば俺はすぐにでも帰ってくるから、俺がいなくても元気で笑っていてくれよって事だ」

「はい、アカネさんも元気に笑っていて下さいね」

 

 トトリちゃんは相変わらず太陽の様な頬笑みを俺に向けてくれた。

 こんな笑顔があるんなら、明音としては帰ってくるしかないな、まったく。

 

「あにき、ピアニャも笑顔で待ってるね」

「おうともさ」

 

 よくこんな俺になついてくれたもんだ。

 頭を一つ撫で、俺はそう返事をした。

 

「帰ってきたらおいしいご飯作ってあげるわね」

「楽しみにしてますよ」

 

 ツェツィさんの料理は何度食べても飽きないからな。

 本当に楽しみだ。

 

「…………」

 

 三人への挨拶はすんだけど、まだ一人俺の頭に残っている。

 

「ぷに」

「……一番長い付き合いだよな」

 

 頭から跳ねて、床の上に落ちたぷには俺の事を見上げた。

 

「今更何にも言う事はないな」

「ぷに~」

 

 俺はポーチから赤いトラベルゲートを取り出し、右手でギュッと握りしめた。

 そしてその拳を前にゆっくり突き出す。

 

「またな!」

「ぷに!

 

 拳にぶつかってきたぷにへ、しっかりそう告げて、俺は右手をそのまま上にかざした。

 赤い粒子が俺を包み、視界の端に赤い翼が見えた。

 皆の笑顔を見ながら、俺も微笑んで、次の瞬間には一面が赤く覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっとっと!」

 

 足をついた先は黒いアスファルト、横にあるのはブロック塀、どうやらどこかの路地裏の様だ。

 

「ゴホッゴホッ! 分かってたけど、空気悪いなおい!」

 

 待て待て俺、あんまり一人言言ってると変な人だと思われちまうよ。

 というか、周りに人がいなくてよかったな。

 

 ここは……うん、家の近くだな。

 路地裏を出た通りを少し歩けば俺の家だ。

 

 一歩一歩、人工物ばかりの殺風景だけど、懐かしい風景を見ながら、俺は歩みを進めていった。

 路地を出ると、右手に見覚えのある黒い屋根が見えた。

 二階建ての一軒家、昔に比べて少し色が落ちた気がする。

 帰ったら俺の錬金術でペンキでも作ってやろうか。

 

 ガレージの車が見たことないのに変わっていて不安に思ったが

 扉の前に立ち、改札を見ると確かにそこには俺の苗字が彫られていた。

 

「言う言葉は決まってるな」

 

 チャイムを一度押して、俺は扉を開いた。

 どこか懐かしい家の匂いが鼻をくすぐった。

 トトリちゃんの家みたいにすぐにリビングあれば良いが、玄関から廊下を言った先がリビングだ。

 でも、玄関をくぐった今しかないな。

 

「ただいまー! 母さん、父さん、弟に妹! 長男が帰ったぞー!」

 

 そしたら、皆がリビングの扉から素っ頓狂な顔をしてこっちにやって来た。

 折角だから最高の笑顔でもう一度言おう。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 




二年以上続けてきた作品ですがついに完結いたしました。
今まで読み続けてきてくれた方々に心よりお礼を申し上げます。
ここでは礼を尽くしきれないので、後日あとがきを投稿させていただきます。


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あとがき

 二年書き続けたSSも二年もかかりましたが、ついに一区切り付きました。

 二次創作であまり大仰なあとがきを残すのもアレなんで、手短にまとめさせていただきます。

 

 まずは、これまで読んできてくれた皆様にお礼申し上げます。

 

 昔から読んでくれていた方も、完結後に読んでくれた方も、この作品を最後まで見届けていただき、本当にありがとうございます。

 

 ここに至るまで、読者さま方には随分と助けられてきました。

 感想をいただけた事はもちろん、ただ読んでいただけているというだけでも大きな励みになりました。

 途中、にじファン様が閉鎖するというアクシデントもありました。

 そこで、自分のサイトを作るというトチ狂ったようにも見える事ができたのは、間違いなく読者様たちのおかげです。

 皆様の影のご助力のおかげもあって、このあとがきを書くところまで来れました。

 

 トトリのアトリエの二次創作としては完結いたしましたが、元々メルルのアトリエまで続けていくつもりでしたので、アカネの冒険はまだまだ続いていきます。

 

 なので、あまり多くは語らずに、次回作も皆様が楽しめる作品にするという形で感謝を示したいと思います。

 ちなみに次回作は『アールズの開拓者』というタイトルで投稿いたします。

 

 書きたい事が多すぎて、完結までにまたどれだけかかるかは分かりません。

 しかし、次回作も読んでいただければ、それに勝る喜びはありません。

 

 くどいようですが、もう一度だけ言わせてもらいます。

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 少しでも楽しい時間を過ごしていただけたのなら幸いです。

 

 

 加えて、トトリのアトリエという素晴らしい作品を世に出してくれたガスト様にも、ここに感謝の意を示させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーメルン様の投稿規程で、時数が余ってしまったので、少し宣伝の様な物をさせていただきます。←この一文も時数稼ぎです。

 さらに言うと、これ↑も時数稼ぎです。さらに(ry。

 

 自分が運営しているサイトの『冒険回帰』にて完結記念と銘を打った番外編アンケートを取らせていただく予定なので、暇があれば出向いてやってください。

 注意事項としては、あくまで番外編という点です。

 既に投稿されている番外編の中には本編で一切ないと公言している恋愛要素のある物も置いてあるので、本編のイメージを崩したくないと言う方は、回避推奨です。

 アンケートの項目は自由に追加できるので、恋愛以外の物も好きに追加していただいて結構ですので、アカネの違った面からの活躍が見たいと言う方は、一度来ていただけると嬉しいです。



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