幽霊たちでリリカルマジカルゥ! (じーらい)
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気がついたら幽霊

お久しぶりになる方、こんにちわ。始めましての方、どうもはじめまして。お恥ずかしながら帰ってまいりました。のんびりやっていこうと思いますので、よろしくどうぞ


「おーいお兄さん、いい加減目を覚まそうよ」

 

「―――んお?」

 

 うわやべ、もしかして寝てた? やべえやべえ、寝る前に大事な……大事なあれだ、えっと? なんだっけか? あれ、寝ぼけてるのか思い出せねえ……って何処だここ。

 確か俺は……おい俺は誰だ? えーっと確か……マジかよ、何も思い出せねぇ。

 

「ねーねーお兄さん、どうやってここに湧いてきたの?」

 

「人を庭に生えてきた昆布みたいに言うのはやめろ。思い出すからもうちょっと待ってくれ」

 

 落ち着け、とりあえず現状把握だ。

 住所は――分からん、氏名……知らん。年齢も憶えてない。性別……あるな。とりあえず自分が男だと判明したが……あー、それ以上は解らん。住基ネットとかマイナンバーでも調べれば……って、この辺りの知識はあるのか。一般知識はある記憶喪失ってやつなんだろうか。

 

 ――うっほやっべぇ!? 滅茶苦茶な状況じゃないかこれ!?

 

 落ちつけ俺、こんな時こそ冷静になるべきだ。目の前の幼女を見れば心が落ちつい来るだろう。見ろ、金髪幼女だぞ金髪。しかも可愛い……いや子供は可愛いもんだが、この子はどこかの物語から出てきたみたいな可愛い容姿をしている。お目々真ん丸でクリックリな上に微妙なエロスすら感じられるんだぞ。3次じゃありえない。じゃあ尚更落ち着けないって? ばっか、一流の紳士は子供の前じゃ隠すんだよ。

 

「おにーさん大丈夫?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 しかし子供とはいえ目の前に冷静な人がいてくれて良かった。こんな小さな子の目の前で取り乱すのはカッコ悪いもんな。って、そうじゃないだろ俺。俺は何だ? 此処は何処? 私は誰? クソッタレ、こんなバカな真似をクソ真面目にやる嵌めになるとは思ってもみなかったぜ。

 

「なあおい、此処は何処で、俺は誰だ?」

 

「時の庭園にある一室で、気付いたらここに湧いてた変なお兄さんだよ」

 

「OKOK 時の庭園ね、時の庭園。……悪い、真面目に答えてくれないとお兄さん困る」

 

 何だよ、その一日が一年ですみたいな場所。お前は修行の末に金髪になれたのかもしれんが、俺は出される食事が粉と水だけとか耐えられる気がしないぞ。

 

「一切合財ウソ偽りなくここは時の庭園って言うんだよ、昆布みたいなお兄さん」

「正確にはイシクラゲだ。昆布が家の庭に生えるわけがないだろう」

「生えたことあるよ?」

「海の家だったのかココは!?」

「時の庭園じゃなかったっけ?」

「疑問形!? って言うか、海の家にだって昆布は生えねえよ!」

 

「時の庭園かもしれないし、海の家かもしれないね。今確かな事実は、たしかにこの場所があるっていうことだけだよ。でもわたし的には海の家がいいなー。海に行ったことないもん」

 

「お前の言ってることって、別に家の名前はどうでもよくて、ただ海に行きたいように聞こえるんだが」

 

「そこは分かってくれるんだね!」

 

 うん、なんだ、頭抱えていいっすか。そのあとで目の前の幼女にチョークスリーパーかけたい。そのあと4文字固めして世間の厳しさを説いてやりたい。

 

「ねぇねぇお兄さん、頭大丈夫?」

「初対面の人に失礼だな。可愛ければ何でも許されると思えば大間違いだぞ」

「嬉しいこと言ってくれるね! ねえねえ、わたしって万人が認めるほど可愛い?」

「小さい子は可愛いもんだ。例えそれが生意気なガキンチョでもな」

「これでもわたしは30歳を超えたマダムだよ。この溢れだす熟女フェロモンが感じられない?」

 

 左手を腰に、右手を後ろ頭にポーズをとる幼女。胸も無ければヒップもない幼女体系の癖に何を言うか。どう見たって5、6歳くらいの女の子にしか見えん。

 いや、見た目は子供で頭脳はマダムとか言わないだろうな? それとも頭だけ異常に発達したスーパー幼稚園児とか。

 

「それにお前、こんな薄暗いところで何やってんだよ。かくれんぼの最中か?」

 

「そうだねーわたしが隠れてるだけかもしれないし、みんながわたしから隠れてるだけなのかもしれない。そう考えると、かくれんぼってのも間違ってないかも。お兄さんは何してるの?」

 

 しらねえ。

 

「……現状確認も兼ねて言うが、どうやら俺は迷子らしい。自分にも人生にも。付け加えるなら自分が誰かもわからない状況だ、助けてくれ」

 

「難しいこと言うね。お兄さんも小学生か中学生くらいにしか見えないのに」

 

「そうなのか?」

 

「うん、どう見ても」

 

 自分の名前やら住んでた場所は解らんが、俺が小学生または中学生だと言うのは間違いだと思うんだが。俺のこの思考回路で中学生だとしたら、世の中のJC、その上にいるJKに希望が持てなくなってしまうじゃないか。俺はそんなの嫌だぞ、断固嫌だ。

 

「鏡あるか? 自分の顔が見てみたい。何か思い出すかも知れないし」

 

「あるけど、たぶん映らないんじゃないかな」

 

「何言ってんだよ、映らないのは吸血鬼と良い死人だけだと相場が決まって―――ってうぉぃ!? 俺が映ってねぇ!?」

 

 何だこりゃ!? 映ってねぇ! 映ってねぇって!!

 何がって、俺がだよ! どうしたってんだ!? 実は吸血鬼でしたってオチか!?

 いやいや、吸血鬼なんて空想上の産物がこの世にいるはずが無いだろ。科学で証明出来ないものがこの世に存在してたまるか。

 だからって俺が死んでるわけでもない。この鏡はあれだ、マジックミラーとか言うやつに決まってる。

 

「考え込んでるところ悪いんだけどね、お兄さん。足元を見るのが一番早いと思うんだ」

「足元? ―――なぁ金髪幼女」

「なに?」

「俺の足が無い」

「わたしも無いよ」

「つまりこれは」

「幽霊ってやつだよ、新米幽霊のお兄さん」

「DON't来い超常現象」

「何故ベストを尽くした」

「尽くしたのか? 尽くした結果がコレなのか!?」

「イェーイ! 科学で証明出来ないわたし達!」

「認めたくねぇ!」

 

 最悪だ、目が覚めたら幽霊だなんて洒落になんねぇよ! 中身はともかく、見た目はピチピチで青春真っ只中の小もしくは中学生なんだろ? ネットじゃリアル中二と持て囃される年代なんだぞ! そんな将来有望な俺が実はもう死んでいて、幽霊としての人生をスタートしているだって? それなんてリアル厨二……

 

「時にお兄さん」

「何だ金髪幼女」

「お名前は?」

「名無しの権兵衛さんだ。あ、でもジョン・ドゥで頼む。その方がカッコいい」

「じゃあゴンベエだね。わたしはアリシア・テスタロッサ。可愛い金髪幼女の幽霊だよ」

 

 自分で自分のことを可愛いと言う奴は……昨今ではそれほど珍しい程でもないか。言ったもん勝ちだもんな、言った方が得だ。

 

「……ん? そういやお前、さっき自分のことを三十路越えのババアだって言ったよな?」

 

「お前じゃなくてアリシアだよ、お兄さん。それにババアじゃなくてマダムだよ」

 

「OK アリシア。さっき三十過ぎのマダムとか言ってなかったか?」

 

「死ぬ前と死んでからで30歳越えちゃった。長い間隠れちゃってたのテヘペロ☆」

 

「ウザ可愛いなぁオイ。でもって中身も子供だと」

 

「まあ身体の成長止まってるからね。ほら、良く言うじゃん。精神は身体に引っ張られるーとか、健全な肉体に健全な魂だとかなんとか。でもわたしは死体に30年掛けて腐った魂だし、あまり関係ないかも。あ、でも死んだ後にお母さんの研究見て勉強してたから、見た目はともかく頭はかなり良い方だと思うな」

 

「どう見ても馬鹿にしか見えないが……ん? 身体だと?」

 

「うん。ホラ、お兄さんのちょうど後の水槽に私の遺体が入ってる」

 

 それは……振り向きたいけど振り向きたくないな。ここで重要なのは服を着ているか着ていないか、ではない。グロイかグロくないかだ。小学校の理科準備室に置いてある標本を思い浮かべて欲しい。あれはキモイ。

 まあ、前もって教えてくれたおかげでいきなり悲鳴を上げるようなことはないだろう。その点は感謝しよう。感謝する心を踏まえつつ、ゆっくりと後を振り返ってみるとしよう。

 

「――うわ、この身体ペドすぎ」

 

「可愛い? ねぇ可愛い?」

 

「俺に可愛いと言わせたいのか? ロリコンの称号を与えたいのか?」

 

 おまわりさんこいつです! 幼女が自分からまっ裸を見せてきました! 俺は悪くねえ!

 

「残念ながら幼女ボディを見て発情するほど俺は落ちぶれてない上に、幼女の死体を見て興奮するほどの下衆でもない」

 

「なーんだ、つまんないの」

 

「でもあれだ、心にクルものはあるな。主に咽喉を逆流してくる吐き気が」

 

「吐かないでよ?」

 

「吐くときはあの肢体に掛けてやる」

 

「ごめんそれだけは本当に止めて」

 

 綺麗なものって汚したくなるよな。

 

「属に言う『金髪幼女の肢体・ホルマリン漬け』 ってとこか」

 

「ホルマリンじゃないよ。似たような液体ではあるけど」

 

「そうなのか? 実はヌカ漬けだとか言われない限りはどうでもいいが。ところで幼女の肢体と死体を掛けたギャグだったんだが……」

 

「0点」

 

 手厳しい。中々良い出来だと思ってたんだが、中身幼女にはこの高度なテクが理解できなくても仕方ないか。

 

「じゃあゴンベエ、私に付いてきて」

「権兵衛で固定かよ。発音おかしいし……まぁいい、何処に行くつもりだ?」

「お母さんのとこ。ゴンベエにお母さんを紹介しないと」

 

 現状が理解できてもやることもない。黙って浮遊移動するアリシアに付いて行く。しかし親を紹介する、ねぇ。生きていれば、気分は彼女の実家に来た彼氏みたいなものか。こんなナリじゃ緊張もしねえよ。

 

「歩くって、どうすればいいんだ?」

「歩きたいって思えばいいんだよ。歩いている自分を想像してみて」

「想像ね……何を隠そう、俺は想像の達人だ」

 

 歩く要領で前に進もうとすればあら不思議、勝手に身体が歩きだす。

 

「なあ、扉はどうすればいい?」

 

「通り抜けるんだよ。幽霊に壁なんて意味ないし」

 

「なるほど……おお、本当に通り抜けれた。幽霊すげえ、本当に幽霊みたいになってるな。触るのは無理なのか?」

 

「みたいじゃなくて、幽霊なんだって。実体がないから触るのは無理だよ。当たり前じゃん」

 

 生憎と俺の幽生は今始まったところで、右も左も分からない状態だ。こうやって一つ一つ出来ることを確認していくのが最善だと思いたい。

 しかし……はぁ…。誰だよ、死ねば極楽浄土に行けるなんて言ったやつ。そんなことを言う奴とは是非一度お話がしたいね。お題は『極楽浄土に幼女はいるのか?』 で。

 自分の境遇に溜息を吐きつつ、幾つか扉をすり抜けて行った所に化粧の濃いオバサンがいた。なんだかモニターみたいなモノを険しい顔で覗いている。

 

「アレが私のお母さん」

「へー、化粧は濃いけど綺麗なお母さんじゃないか」

「でしょ? 自慢のお母さん"だった"」

 

 アリシアには悪いが、俺としてはそのお母さんが覗いているモニターらしきものに映っている映像の方が気になる。

 何故かって? 獣耳の女性とアリシアそっくりの女の子、あと白い子と民族衣装っぽい服を着た少年が空飛んでいるからさ。この歳で小学生が主人公のアニメを見るとか、オバサンも中々良い趣味をしてるぜ。しかも視聴の最中に『チッ』 とか『やっぱり人形は駄目ね……』 とか呟く姿に、今期アニメに掛ける想いの本気度が伺える。

 

 それにしても、俺が死んでいる間に世間の技術力はとんでもなく進んだみたいだ。

 記憶喪失の俺が言うのもなんだが、空間モニター的なテレビは見たことがない。最近になってスマホが普及し始めたくらいだし、SFに出てくる光線銃も存在しない。死んでからどれくらい時間が経ったのか知らないが、最先端科学ってやつはここまで進んでいるんだな。

 

「お母さんってね、優秀な技術者で凄腕の魔導師なんだよ」

 

「――すまない、耳がどうかしてたみたいだ。お前のお母さんが優秀な技術者で、何だって?」

 

 いま、何かとんでもないことを言われた気がする。いや聞き間違いだろう。なんせ知らない間に死んで幽霊になっているくらいだ、そうに違いない。

 

「もう、話はちゃんと聞いてよ。わたしのお母さんは、優秀な技術者で、凄腕の"魔導師" なの」

 

「……魔法使いさん?」

 

「そうとも言う」

 

「はっ、ははははは、なに言ってるんだお前。魔法なんて非科学的なモノが存在するわけないだろう?」

 

「死因が頭部破損とかだったのかな。次元世界、時空管理局って言えば思い出せる?」

 

「な、なんだそりゃ……?」

 

「あり? 本格的に忘れちゃってる?」

 

 お、おいおい……忘れてるもなにも、魔法なんてものが存在するわけないだろ。ここは2次元の世界じゃないんだぞ? そんな非科学的なものがこの世に存在してたまるか。

 

「お前、ずっと幽霊をしていたせいで、魔法なんてオカルトを信じないといけないほど頭がおかしくなったんだろ?」

 

「うわー、まじかー……こんなことって本当に起こるんだ……。いい? ゴンベエ、魔法はあるんだよ。それも一般的に、科学の延長線で使われてるんだ」

 

「可哀そうに、一人は辛かったんだな。でもこれからは大丈夫だ。俺も幽霊だから、これからは二人で一緒に幽生を送ろう。なに、お前の頭が魔法使いなんてメルヘンチックな存在を信じていようと見捨てはしないさ」

 

「ゴンベエ!」

 

 だから、そんな俺がオカシイみたいな顔するのは止めてくれよ。

 

「うーん困ったなぁ、まさか魔法も知らないド田舎出身だなんて。なまじ人足りうる確固とした常識? を持ち合わせているみたいだから、言葉で説明しても意味ないだろうし……ちぇ、大人ってめんどくさいねよねー」

 

 なんだ、何を言っているんだ……?

 

『駄目ね、あの子は。私の言いつけを何一つ果たせないなんて』

 

「うん、やっぱり論より証拠だよね。ほら、お母さんが魔法を放つみたいだから、よく見るといいよ」

 

「いや、だから魔法なんてもの……」

 

『もうあの子に任せてられない』

 

 オバサンが手を翳す。そのオバサンの手からバチバチと電気が発生しだした。

 

 ――ヘイ、少し落ち着けよ俺のチキンハート。手から電気が出る程度はトリックだと言えば説明が付くだろう? 真似できたらカッコいいだろうなぁ、宴会芸で使えそうだ。忘年会に新年会何でも来いや。

 

『お逝きなさいッ!』

 

「……しんじらんねぇ」

 

 必死に否定していた俺の目の前で、厚化粧のオバサンが手から"魔法" を放った。魔法と言われて、頷くしかないものを目の前で見せられた。"凄い雷が跳び出したかと思うと、何処かに消えて行ってしまった" んだ。それなんて魔法?

 

 敬愛する上田次郎先生、出来れば早いうちに来て貰えると助かります。これをトリックだと証明して下さい。

 

「おいアリシア」

 

「なにー?」

 

「魔法って、マジであるのか?」

 

「あるよ。超マジ」

 

 いかん、足無いのに震えてきた。




にじふぁんから読んで下さっていた方には申し訳ないのですが、内容が少し変わってくる場合があります。覚えてらっしゃる方はいないと思いますが一応。

この話のノリ、実は苦手です。もっとお堅い話の方が書きやすいんですよね


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幽霊なんて信じたくない

 突然だが、俺の身に起きたことを聞いてくれ。

 

 気付いた時には幽霊になってた。

 目が覚めたら目の前に金髪幼女のアリシア(31) がいて、振り返ってみればホルマリン漬けの幼女の裸体があった。紳士な人間なら是が非でもペロペロしたいところなんだろうが、もう死んでるって言うんだから絶望感も半端ないだろう。いくら綺麗な状態とはいえ、死体萌えなんて特殊性癖持ちはそういないと思いたい。

 

 目の前の幽霊幼女と後の裸体幼女を交互に凝視する、なんて少々混乱した状態を脱したところで、アリシアの母でプレシアの所へと案内された。

 

 しかもそのお母さんが魔法使いで手からいきなり電撃なんて飛ばして時にはもう大変、口をあんぐりと開けて呆けてしまったわけよ。超能力とかスタンガンとかそんなちゃちなもんじゃねぇ、もっと恐ろしいモノの片鱗を見てしまった俺に一言だけ言わせてもらいたい。

 

「魔法なんてあり得ねぇ! 認められるか!」

 

 すまん、二言だった。

 

「正確にはプログラムされた事象をリンカーコアにある魔力を用いて稼働させる一般科学だよ。体系や種別・発動シーケンスも様々だし、魔法の発動にはデバイスって言うハードにプログラムを走らせることで発動――」

 

「あーもう解った解ったから。魔法は科学! 科学で証明できるんだな!?」

 

「そう言ってるじゃん。解ってるのなら聞かないでよーもー」

 

 畜生、もしこの世に神なんて存在がいるのなら今すぐ俺を元に戻してくれ。

 

 俺が死んでいる間に、いったい世界はどうなってしまったのか。記憶喪失ではあるが、知識としての一般常識は残っている。その中に魔法なんてものはまったく存在しない。

 いや、在るには在るが、それは物語とか御伽話の空想上の産物だ。一般科学なんて言葉で通用するほど広く行き渡っている技術なんかじゃない。

 

「ゴンベエは頭を打ったんじゃなくて、魔法自体を知らないの?」

 

「忘れているのかしらんが、覚えていない。一般科学として知られているくらいなら、もともと知らない可能性のほうが高そうだけどな」

 

「魔法って単語自体が始めてってこと?」

 

「いや、単語の意味も、それがどういった場面で用いられるかも分かっている。と言うよりも、俺の知識じゃ魔法は空想上のモノなんだよ」

 

「空想上のもの? アニメーションに出てくる魔法戦隊みたいなのかな?」

 

「そんなもんだ。――ちなみに聞くが、アリシアの知っているアニメはどういう話なんだ? 参考までに聞いておきたいんだが……」

 

「時空戦隊5レンジャイってヒーロー物なんだけど、実は戦隊物じゃなくてお笑番組なの。地レンジャイが3人居たり、海レンジャイ2人居たりするよ? 執務官! とか言ってスパッツで出てくる執務レンジャイもいるよ」

 

 浜ちゃん的なアレか。凄く見たいが見たくない、アニメとして見るには反応に困るぞ。とてもじゃないが夢見る子供の見るアニメじゃないからな。カキタレとか言いながら腰振るし。

 

「似たようなモノじゃなくて同じものだと思うよ? ミッドチルダや管理世界じゃ、かなり昔から放送されてるもん」

 

「ミッドチルダ? アメリカの州の一つか?」

 

「ミッドに住んでなかったの? ゴンベエ幸薄そうだし、地価が高いから住めないだけかもしれないけど。あ、でも魔法を知らない程のど田舎なら管理外世界の可能性の方が大きいね」

 

「サラッと俺を貧乏&田舎者扱いするなと言いたい所だが……そんな州は知らないな。アメリカじゃないのか?」

 

 残っている知識の中にもミッドチルダ州なんて聞いたことはない。もしかしてヨーロッパの方か? 欧州の地域になら在りそうな気がする。

 

「もしかして――ゴンベエ、今自分が何語を喋ってるか解る?」

 

「英語とか日本語、若しくはドイツ語とかか? ……おいおい、まさか幽霊語とか言わないだろうな?」

 

「幽霊語ならまだ許せるよ、死んでたら話せるし。ゴンベエは今ね、ミッド語を話してるの。この意味が解る?」

 

「言語から俺の住所が解るってことか?」

 

「住所が解ったら怖いよ。でも、訛りである程度は絞り込むことが出来るかもね。っと、それは置いておいて。ゴンベエの言ってた英語とか日本語って言う言語は、地球っていう世界の言語なの。ほら、お母さんが視てた世界の言語がその内の一つの日本語とか言う奴だったはずだよ」

 

 つまり、俺は地球生まれの幽霊というわけか。

 

「うん、今までゴンベエが話してくれたことからわたしなりに推測してみると、ゴンベエは地球出身になるね。ゴンベエの知識は地球のそれに良く似てるし。でもそう考えるとおかしいの。ゴンベエはミッド語を話すけど、住んでたはずの地球は管理外世界。なのにミッド語でわたしと話せるなんて、そんなのおかしいと思わない?」

 

「ああおかしいな。何がおかしいって、分からないことだらけの現状がおかしい」

 

 管理外世界やら地球やら、スケールがでかくてヤバそうな単語が出てきたが無視だ。もしかすると宇宙規模で迷子になっているんじゃないかと勘ぐってしまうがこの際放っておこう。結論を言うと、俺はミッド語とやらを喋るけど地球の知識を持った迷子の幽霊と言うことなんだな?

 

 ――すまない、本当に誰か助けてくれ。この近くに宇宙刑事とかいないのか? いたら今すぐ迷子の俺を母星に連れて行ってくれ。惑星の名前は地球って言うんだ。そこまで行けたら後は警察のお世話になるから、どうか頼む。

 

「これはもう科学で証明云々などという問題じゃないな。……だが言わせて貰おう、そんなことはあり得ない。と言うか、宇宙規模で迷子だなんて考えたくもねえ!」

 

「本音が出たね! でもさ、そもそも科学で証明出来ないものが信じられないなら今のゴンベエはどうなの? 幽霊なんて科学じゃ証明できないよ。畳みかけるようで悪いけど、宇宙規模の迷子じゃなくて次元規模の迷子だよ? やったね! ランクアップしたよ!」

 

「嬉しくない情報をどうもありがとう。でも信じない! 信じないぞ!? すべてのホラー現象はホラに過ぎないと上田教授の本に書いてあった。つまりこれは夢だ。レム睡眠の間に見ている夢だ!」

 

「わたしの存在も夢だって言うの?」

 

「ぬ……」

 

「わたし、死んでるけどここにいるよ。ゴンベエ以外は誰も気づいてくれないけど、ちゃんとここにいるんだよ……」

 

 ……ええい、俯くな。子供の泣く姿は見ていて心が痛む。子供は可愛い顔して笑ってたほうが何百倍も好ましいんだ。だから悔しいが認めてやる。泣いているお前に免じてな。お前はお前、幽霊アリシアだ。

 

 俺が宇宙規模で迷子なのは認めないがな!

 

「解ったよ、お前の存在は認めてやる」

 

「ホント?」

 

「お前はここで立派に幽霊してたって、夢から覚めたら言っておいてやるから安心して幽霊してろ。な?」

 

「酷いよ!? わたしの演技を返せ!」

 

「演技だと知ってて言った」

 

「なお悪いよ!」

 

 仕方ないじゃないか。本当に信じられないことの連続なんだよ。

 

「でも嬉しいんだ。今まで誰もわたしに気付いてくれなくて寂しかったけど、ゴンベエが来てくれたから楽しくなってきた」

 

「俺が死んで嬉しいと」

 

「てへぺろ☆」

 

「ウザ可愛い!?」

 

 この野郎、人の気持ちも知らないで――ってそうか、俺もこいつのことは何にも知らないんだよな。あの身体は5歳くらいで今はアリシア(31)ってことは、26年くらいここで一人ぼっちだったのか。そりゃあ俺には理解出来ないほど寂しかったんだろうな。

 

「だが人が死んで嬉しいなどとはお兄さんが言わせないぞ。謝れ」

 

「ゴンベエ~! わたし寂しかったの~!」

 

「ええい引っ付くな! そもそも幽霊同士なのになんで触れ合えるんだ!?」

 

「両方とも幽霊だから?」

 

「非科学的だな!? と言うか離れろ! そして俺に謝ってくれ!」

 

 せめて謝ることで俺に自覚させてくれ。もう死んだんだって思わせてくれ。そうすれば少し、ほんの少しだけ諦めがつくから。

 

「それじゃあ形式だけでも。ごめんねゴンベエ、とりあえず」

「俺の価値はとりあえずなんだな? そうなんだな?」

「死ねばみんな無価値だよ」

「お前が言うと重いぜ……」

 

 26年も幽霊やってると無駄に年季が感じられるわ!

 

「でも女の子に引っ付かれて嬉しいでしょ?」

 

「黙ってろ幼女。イエスロリータ・ノータッチと言う紳士の鉄則を知らないのか」

 

 全国1億人のお兄さんやお姉さん、果てには警察権力相手に立ち向かうと社会的に抹殺されてしまう。だから幼女は目で見て愛でるだけに留めなさい、なんて暗黙の了解が出来ているんだよ。

 

「ゴンベエって記憶喪失なのに、よくそんなこと憶えてるんだね」

 

「俺も驚いてる。自分のことはさっぱりなのに要らんことは憶えてるみたいだ。だがそれよりもアリシア、俺に何か言うことは無いか?」

 

「死んでくれてありがとう?」

 

「何だか無性に悲しくなるからその言い方止めろ。――ところでアレ、なんだよ。胸糞悪い」

 

 さっき画面の先にいたお前そっくりな子供だ。帰ってきて、いきなり鞭を打たれているあの子。お前の歳の離れた妹か何かなんかだろ? でもオバサンに鞭打たれてるってことはあれだ……虐待されてるってことなんだろ。何とかして止めてやれないのか、あれ。見てるこっちが辛くなる。

 

「あの子はフェイト。わたしのクローンだよ」

 

「……そりゃまた随分な話だな。胸糞悪くなる話になりそうだ。今現在でも殴れるものならあのオバサンを殴ってる所だぞ。あの野郎、まだ小さい女の子を甚振りやがって……ッ!」

 

「わたしだってそうだよ、絶対にお母さんを殴ってる。それほど胸糞悪くなる話なんだ。それでも聞きたい?」

 

「話を振ったのは俺だしな」

 

 それから少しの間、鞭に打たれる女の子・フェイトを前にしてアリシアの話を聞いた。

 女の子の傷は男が見ていいものじゃない。場所を移そうと提案したが、アリシアはどうしても此処で見届けると言って聞かなかった。唇を噛んで見続けるアリシアが痛ましかったので何処か違う場所に行きたかったが、本人の意思を尊重するに留めた。

 

 ――話の要点を纏めると、つまりはこういうことらしい。

 

 切欠はアリシアが死んだことだった。

 アリシア母ことプレシアは家族思いで優しく、ミッド中央技術開発局の第3局長を任されるほど優秀な技術者だった。そこでプレシアは次元航行エネルギー駆動炉【ヒュードラ】の開発に携わっていたそうだ。当時のアリシアには何の事か分からなかったそうだが、母親が頑張っていたことだけは覚えているらしい。

 

 しかし、努力空しく開発に失敗。何が原因なのかは知る由もないが、ヒュードラは暴走事故を起こした。アリシアを含む多数の人間は事故に巻き込まれて死亡。娘を含む大勢を殺した悲しみに耐えかねたプレシアは序々に精神を病んでいった。そこに漬け込んだ怪しい連中の甘言に誑かされ【F計画】と呼ばれるプロジェクトに参加。嘗ての日々を取り戻す為、アリシアクローンを創ると言う禁忌を犯す。その過程で不治の病を患い、文字通り身体を壊しながら産まれたクローンがフェイトだった。

 

 しかしフェイトはアリシアではなかった。天才を以ってしても同じ人間を造ることはできなかった。

 

 その結果――プレシアは狂った。

 

 狂って、願いを叶えると伝わるロストロギア【ジュエルシード】を手に入れようとしている。他でもないアリシアを生き返らせるために。アルハザードとか言う、何でも出来る場所に行くために。

 

「お母さんは優しかったんだ。優しかったから、壊れた。もう何度もね、お母さんはフェイトにこういう仕打ちをしてるの。死んでいる人間のために、生きている人間を傷つけてるんだ」

 

「……お前は、自分のクローンについて何も感じないのか? 例えば、ほら、あれだ……キモチワルイ、とか」

 

 俺なら、無理だ。

 自分と同じ存在が目の前にいて、こんな仕打ちをされているのを見たら、耐えられなくなって否定してしまう。あいつは違う、アレは俺じゃないナニカだと。

 

「ゴンベエ、"それ" 撤回してくれないかな。引っ叩いちゃいそうだから」

 

「! すっ、すまん、悪かったよ……」

 

「いいよ、誰もが受け入れられることじゃないし。確かにフェイトはわたしのクローンで、アリシアになることを望まれて産まれてきたよ。

 でもそうじゃない、それだけじゃ絶対にない。そんな身勝手な悲しみをわたしは認めない。産まれてきたのなら、その命が燃え尽きる一瞬まで精一杯生きなきゃいけない。そこに"アリシアの代わり"なんて重石はあっちゃいけない。あの子はフェイトなの。"フェイト"って名付けられた一人の女の子で、わたしの妹なんだ」

 

「……いい姉だな、お前。俺もお前みたいな姉が欲しかったな」

 

「ふふん、今からでも遅くないよー?」

 

 そう言ったアリシアはいい笑顔だった。記憶なんて一つも残っちゃないが、妹の為に本気になれる姉がどれだけイイ奴かは分かる。

 

「だからわたしはこれを止めたい。でも、止めてって言っても聞こえない。わたしは幽霊だから。こんなにも近くに居るのに、こんなにも遠いの」

 

「そうか」

 

 扉を突き破り獣耳、アルフが部屋へと入ってきた。プレシアに向かって勢いよく吠える。主人を守る使い魔ここに在り、だな。カッコいいぜ、アンタ。本気でそう思う。けど力の差は歴然だ。果敢に立ち向かうアルフをゴミのように、プレシアの魔法が蹂躙していった。身体には無数の傷が刻まれ、飛び散る血が横たわるフェイトに降り注いだ。

 

「ゴンベエ……わたし、どうすればいいのかな? 何も出来ないけど、どうすればいいのかなぁっ!?」

 

「とりあえず泣くのは止めろ。俺が困る」

 

「わたしはずっと困ってるよ……」

 

「そんな事はいま知ったさ。だから一緒に考えよう。何の因果かは知らんが、地球からこんな辺鄙な場所に来たんだ。それなりの意味ってものがあるんだろうよ」

 

 任せろ、などと無責任なことは言わない。俺に出来ることなんてたかが知れている。だがそれでも、ここに俺が呼ばれた理由くらいはあるはずだ。俺はこの光景を変えるために来たのだと、そう信じることにした。

 

「ゴンベエ……」

 

「なんだ?」

 

「……傍に居てくれて、ありがとう」

 

「あいよ」

 

 気付いた時には、アルフはもう何処かへ消えていた。残ったのはフェイトとプレシア、あとは何も出来ない幽霊が二人だけ。

 

 けど、今に見てろよプレシア。娘を二人も泣かせた罪はデカイぞ。妹を想う姉の為に、絶対に、その厚化粧の顔を殴ってやる。

 



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幽霊にも存在感がある

感想を送って下さった皆様ありがとうございます。お返し出来ていませんが、励みになっています。


 ひときしり鞭で甚振ることで満足したのか、フェイトは解放された。今は自室のベッドで横になっているが、鞭打ちの跡が残る肌は見るに堪えない。

 

――ふざけるな! いい加減にしろ! ブッ飛ばしてやる!

 

 大声でそう叫びたかったが、幽霊の俺が叫んだところで鬼婆に聞こえるわけがない。収まることを知らない怒りは、何時か殴る時の為に取っておくことにした。

 

 あれから一言も話さないアリシア。覗いた横顔は今にも泣き出しそうだった。

 

 アリシアはフェイトを本当の妹のように思っている。悪いのはプレシアだ。でも壊れた理由は自分にある。だから母親を恨むこともできないのだろう。

 こんなことになったのは私のせいだ、全て私が悪いんだ、なんて考えているんだろう。短い付き合いだが、顔を見れば分かる。

 

 面倒な奴。だが、嫌いじゃない。

 

「とりあえず、今できることを考えるぞ。こんな状態だからこそ可能なこともあるはずだ」

 

「手で触れない、声は聞こえない。なのに何ができるって言うの?」

 

「さてな。それを今から試してみるんだよ」

 

 幽霊と言えば怖い。怖いと言えば恐怖。恐怖は知らないから生まれるものだ。先入観と無知から来る恐怖も、招待が分かればどうってことがない。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな。

よくよく見れば分かるものを確認しないから、怪談が生まれるんだ。

 

 だったら、それを利用しない手は無い。例えば、俺がいきなり金切声を上げるとする!

 

「すぅ……アリシアのツルペタ幼女―――「なにを叫んでるかーー!?」 グワー!」

 

 左頬を中心に頭が大きく揺れた。アリシアの渾身の右ストレートに、思いのほか大きい叫び声を上げてしまった。痛い。

 真っ赤な顔で肩を震わせているが、あれだけ(したいを)見せてきた癖に本当は恥ずかったのか。

 

「……? バルディッシュ、何か言った?」

『No,sir』

「……何だろ、今何か聞こえたような気がしたんだけど」

 

 俺が声を上げると、聞こえないはずの声が聞こえるようになる。何故か?

 

 悪意があるからだ。

 有史以来、悪意のない幽霊が気づかれることがあっただろうか、いやない。今ので確信した。そりゃあもう、世界中の悪意をあのツルペタに込めて叫んだのだ。ツルペタ教死すべし慈悲はない。

 

 つまり俺が言いたいことは、ここに幽霊がいる”かも”知れない。幽霊は存在するか? と聞けば、大半は存在しない、もしくは分からないと答えるだろう。

 だったら居ると思い込ませればいい。そう思い込ませて存在を認識させることができれば、解決の糸口が見つかる”かも”しれない。

 

『フェイト、貴女何時まで休んでいるつもり? 残りのジュエルシードは何時持ってきてくれるの?』

「……ごめんなさい、母さん。すぐに地球へ行きます」

『あまり私を失望させないでもらえる? 残りのジュエルシード、全て持ってきなさい』

 

 いきなり空間モニターにどアップのプレシアが表れたと思えば、ジュエルシードの催促だった。

 休んだとはいえ、フェイトはまだ本調子ではないはずだ。本当ならまだ休息が必要だろうが、これ以上休めばまた鞭で打たれるであろうことは想像に容易い。

 

「おいアリシア、ここで一つ証明してやる。幽霊ができることをな」

 

 もしまた鞭で打つつもりなら呪ってやると思いつつ、部屋を出たフェイトの後ろをストーキング。もちろん幽霊だから気付かれること皆無のはずだが……げに恐ろしきは魔法少女。フェイトは時々振り返っては『いないよね…? オバケいないよね……?』 などと怯えながら俺とアリシアのいる方を見て呟いてる。

 

「どうやら、俺は幽霊になっても存在感があるようだ。見ろ、今のフェイトの状態を。どう考えても俺の存在に気付いている」

 

 視線に紳士の善意を込めてますから。

 

「ゴンベエ頭沸いてるの?」

 

「うっせえ。お前、幽霊らしく存在感をアピールとかしたことないのか?」

 

「む、それくらいやったことあるよ。夢に出たり、後から脅かしたりしたもん」

 

「フェイトにか?」

 

「お母さんにだよ」

 

 お前それ喜ばれてるだけだから。アリシアの夢が見えたから超頑張るとか言い始めるくらい効果テキメンだから。

 

「よし、じゃあフェイトが気付けるか試してみよう」

「何するの?」

「まぁ見てろ。もう一度、俺の存在感が半端ないことを証明してやる」

 

 俺との距離が縮まって行くほど身体の振えが大きくなるフェイト。そんなに怖がらないでいいじゃないかぁ(ネットリ

 

『ひっ……?』

 

 うむ。肩に手を置いてこの反応。気付いているのではないか? と大半の人は思うだろうが、俺にはまだ確信が持てない。もう少しハードに行かせて貰おう。

 

『うぅ……ぅ?』

 

 頭を撫でてやると震えが止まった。撫でる手をそのまま下げていく。

 

『ひゃわぁッ!? ……ぁ…っ!?』

 

「ここか? ここがええんか? お嬢ちゃん、気付いてるんだろう!?」

 

『ひぅ…ぅ……あっ!?』

 

 生意気にもその歳で膨らみかけているのか……。胸は人類成長の神秘だ。あれには夢と希望が詰まっているに違いない。

 ……ん? 俺が何をしたかって? あれだ、ストレートに言うと胸を撫でてみた。胸を撫でてみました。掴んで、揉んで、撫でてみました。大切なことなので何回も撫でてみた。実際には触れないので、脳内保管で撫でてみたら凄い反応だった。やば、もっこりしそう。

 

「じゃあ次は———「お前は人様の妹に何さらしとんじゃボケェッ!?」 ———ヌルぽ!?」

 

『なに!? 今のなに!?』

 

「何しやがるアリシア! 実験途中に殴り掛ってくるなよ!?」

 

「今の実験だったの!? 今のが実験だったら痴漢なんて存在しないよ!?」

 

『何か寒い……む、胸が変な感じだったしゆっ、幽霊でもいるの……?』

 

「俺の存在感を試しただけじゃないか!? 見ろ! 気付いただろ!?」

 

「……で? どうだったの?」

 

「生意気にも膨らみかけていた(脳内変換)」

 

「変態! ゴンベエの変態! 浮気者!」

 

「変態じゃない! 紳士だ! 幽霊だから本気で触れれたわけないだろ!」

 

 幽霊とか透明人間とかになったら……なんて、男なら一度は考えてしまうことを実際にやってみただけじゃないか。しかも幽霊なので実害なし。いったい何が悪いのか。

 

『バッ、バルディッシュ、誰もいないよね……?』

『Yes,There is no life reaction』

『だ、だよね。……うん、きっと私の勘違いだ。早く母さんの所へ行こう』

『Yes,sir』

 

 しかし、おかげで良いデータは集まった。

 

「アリシア、俺の良心とフェイトの胸という犠牲を払った答えが出たぞ」

 

「変態行為の果てに何が得られたの?」

 

「そう怒るなって。結論から言うと、人は幽霊を感じることが出来る」

 

「私には何年も反応してくれなかったよ?」

 

 それはお前の存在感が皆無だったからだ、とは冗談でも言えない。言えば機嫌悪くするだろうし。……と言うか、流石にそんなことは言えないだろ。こいつの数十年を本気で馬鹿にするようなことは。まぁ、だからこそもっともな理由も無理矢理考えこじつけたんだけどな。

 

 ――ん? 無知から生まれる恐怖が幽霊の存在を認識させる? バッカそんなことあるわけないだろ何言ってんだ。幽霊なんているわけないだろ。

 

「お前の場合、生きている人を本気でどうにかしてやろうと思って無かったからだろ。ほら、良く話しに出る幽霊なんて悪霊の類の方が多いだろ? でも守護霊の類はあまり話に出て来ない。あれと同じだ。今回の場合は、俺が害を為そうとしたためにフェイトは反応した。ほら、理屈は通るだろ?」

 

「じゃあ心霊写真に映るような悪霊だけが気付かれるの?」

 

「心霊写真なんて所詮はトリックだ。創り方なんて幾らでもある……が、実際に映ってしまった連中はそういう類の奴なんだろうよ」

 

「あれ? 非科学的だ〜、なんて反論しないんだ?」

 

「もう諦めた。それに所詮これは俺の夢だ、否定しても仕方が無い。――それで続きだが、人には感じられても機械には感じられない」

 

「まぁ、だいたいそんな感じだよね。一般的に幽霊のイメージって」

 

「まあ、やりようはあるんだろうけどな」

 

 生命反応には引っ掛からなかったみたいだが……よし、気になることはやってみるか。

 

「もっと……ッ! もっと熱くなれよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!!」

 

「ごっ、ゴンベエ!? いきなりどうしたの!?」

 

『Master』

『ど、どうしたのバルディッシュ?』

『There is a heat source reaction』

『……え…』

 

「えぇ!?」

 

『A heat source reaction starts movement』

 

 熱源としてなら捉えてくれるぅ! 熱くなってきた! 幽霊たちでリリカルマジカルゥ!

 



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幽霊のはじまり

 プレシアに呼び出されたフェイトは転移? して海鳴とか言う場所へ跳んで行った。

 転移ってなに? どういう理屈で物質、しかも人間が世界移動出来る? なんて質問はアリシアに華麗にスルーされてしまった。長くなる且つ面倒で魔法理解したくない病の俺には教えても無駄らしい。この野郎、物理学か気合いで説明したら全部理解してやるってんだ。

 

 そのフェイトだが、今は海の上で白い子と睨み合っている。俺とアリシア、ついでにプレシアは魔法の鏡で覗き見中だ。

 

「フェイトvs白い子か。アリシア、どっちの方が強いんだ?」

 

「フェイト……って言いたいところだけど、あの白い子、なのはちゃんって子ね? あの子、初めて見た時はただの魔力馬鹿だったのに、今じゃかなり強くなってる。フェイトの体調も考えると……互角かな」

 

「短期間で伸びる、か。俺と同じ天才だな」

 

「うん。私と同じ天才だよ」

 

「「お前が言うな」」

 

「……言っておくが、俺は物理学と体育は完全にマスターしている(つもり)」

 

「わたしだって、魔法関連は全部完璧だもん!」

 

「完璧という言葉を使っている時点で底がしれるな。後で吠え面かかせてやる」

 

「ゴンベエこそ、後で凄い魔法を見て気絶したってしらないんだから!」

 

 気絶なんぞするか。俺は上田次郎先生をリスペクトしているからな。たかだか幼女虐待が趣味のオバサンを見て勉強したお前とは格が違うのだよ、格が。

 

『Photon Lancer』

『Divine Shooter』

 

「しかし……改めて凄いな」

 

 縦横無尽に空を舞う二人の少女。黄色と桃色の閃光が空を彩り、交差する度にぶつかり合う杖が激しく火花を散らす。

 

「フェイトは強いでしょ?」

 

「いや、そうじゃない。前はスルーしたが、人が空を飛んでいるんだ。ダーウィンの進化論に付け加えることが増えた」

 

「あ、フェイトがバルディッシュを鎌にして突っ込んだよ!」

 

 ついに無視かよ。……つーか、「こいつ今更なに言ってんの?」 みたいな目で見るなよ。傷つくだろ。

 

「なのはちゃん、もうあんなに多くの誘導弾を操って……管理局の魔導師だって梃子摺るくらいなのに」

 

「凄いのか?」

 

「凄いよ。飛行に防御、誘導弾の並列使用。あの歳で大人顔負けの魔法技術だよ」

 

「お前が言うのならそうなんだろうな、お前の中では」

 

 俺からしてみれば全部とんでもないことばかりだ。舞空術に魔法陣、スナイパーが真っ青になりそうな誘導弾。魔法は科学なんて言っていたが、どれをとってもとんでもない技術だと思うぞ。

 

「そう言えばアリシア、一度聞いておきたかったんだが」

 

「なに? 改まって」

 

「いや、そのな? ……俺にも魔法は使えるのか?」

 

 ち、違うぞ! 別に魔法なんて信じちゃいない! だが俺も男だ、男の子だ。科学に魂を売ったつもりでいるが、これはそう、新しい技術には目が眩むという奴だ。それに今回は御伽話に出てくるようなインチキ魔法トリックではなく、ガチガチの科学技術で固められた魔法だ。トリックでないとすれば、俺だって使ってみたい気はする。漢だからな!

 

「無理」

「何故」

「ゴンベエにはリンカーコアがない」

「その心は」

「わたしだって使えないのに、ゴンベエに使わせてなるものか」

「よしお前、ちょっとそこに直れ」

「正論を言うと、死んでるから意味が無い」

「納得だ。これ以上ない程に正論だ」

 

 ちッ、芸名魔法使いでテレビデビュー、後々に大富豪なんて夢を見たかったんだがな。死んでいるなら仕方が無い。

 

『ただ魔力が強い子だったのに……もう違う、早くて強い。迷っていたら……やられるッ!』

 

「お?」

 

「フェイトが本気だ! 本気でなのはちゃんを倒しに行くつもりだよ!」

 

「闘ってるんだから当たり前だろ。ところであれは何だ?」

 

「フェイトの最大魔法Photon Lancer Phalanx Shift. あれが決まればフェイトの勝ちだよ!」

 

「へー」

 

『アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ』

 

 ……おいちょっと待て、これはあれか? インチキ魔法お得意のあれなのか? 詠唱魔法的なあれなのか!? 科学で証明できる魔法に詠唱は必要なのか!?

 

『バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け———ファイア!』

 

「生成されるフォトンスフィアは38基! 秒間7発の一斉射を4秒継続! フェイトの最大魔法だよ!」

 

「そこだけ科学的で詳しい解説をどうもありがとよ! 一つ質問なんだが、魔法に詠唱は必要なのか?」

 

「バインドで拘束もしてるし、フェイトの勝ちは決まったね!」

 

 俺のことガン無視かよアリシアさん。

 あ、魔法が直撃してるな……うげ、これは酷い。非殺傷設定とか何とかいう便利機能があるらしいけど大丈夫なのか?

 

「うんうん、良く頑張ったよフェイト! 後で夢に出てあげるからね!」

 

「ある意味悪夢だなそれ……ってそう言えばアリシア、フェイトが勝っても大丈夫なのか? 何たらシードって石ころは手に入るかもしれないが、状況は変わらないぞ。むしろプレシアに石ころが渡るのは悪いんじゃないのか?」

 

「……あぁ! 忘れてた!? このままじゃ母さんにジュエルシードが渡ってアルハザードで次元断層が!」

 

 次元断層? OK,なんかヤバイのは分かった。フェイトが勝った、でもピンチってことでいいんだな?

 

『——————ったぁ〜』

 

「……は?」

 

「うそ……あれだけ喰らってちょっと傷が入っただけ!?」

 

 いつからフェイトが勝ったと錯覚していた?

 いや、確信していた。俺もアリシアも、フェイトがなのはって子に勝ったと。石ころをいっぱい持って帰って更に状況悪化するんだと思ってたんだ。

 

 それが――

 

『撃ち終わると、バインドってのも解けちゃうんだね』

 

「ツッコミ所はそこかよ!? 凄い魔法だね、とか、今のは効いたよ、くらい言ってやれよ!?」

 

 煙が晴れたらそこには元気そうなツインテ。

さっきのフェイトの砲撃、見た感じ大砲を使った制圧射撃クラスの奴だったんだぞ? 合計1064発のトンデモ魔法なんだぞ? なのになんでその感想が「いったぁ〜」 で済むんだ!?

 

『今度はこっちの……ッ』

『Divine』

『番だよッ!!』

『Buster』

 

 おお、すごいな。見ろよアリシア、桜色のビームだぞ。

 

「———ってちょっと待てぇぇぇい!? 何で人からビームが出るんだ!? いや、機械からか……。どうでもいいけど何でビーム撃てるんだ!?」

 

「フェイト避けてー! 超避けてー!」

 

 桜色の砲撃キレイダナーで済ませるか!? どう考えてもおかしいだろ! 人がビームを撃てるなんてのはどう考えてもあり得んぞ! だが魔法と言うファクターも考慮すると……いかん! ちょっと考察を纏めたくなってきた!

 

『直撃ッ!? でも耐えきる……ッ!』

 

「ビームは荷電粒子砲と言う形で原理的・技術的にも実現可能だ。だが地球上であのようなビーム兵器を飛ばすことは減衰抵抗を考えると不可能だ。途中で失速して停止してしまうからな。となると考えられるのは――」

 

「そんなの魔法だからでいいでしょ! 今はフェイトを応援してあげて!!」

 

「wiki が良い所なのに……」

 

『あの子だって、耐えたんだから!』

 

 もの凄いビームを防いでいるフェイト。頑張れフェイト、超頑張れ。空を飛ぶ・防御する・誘導弾なんて3コンボの後にビームの直撃を受けた俺の頭はオーバーヒート気味だが、頑張って応援するぞ。それとこれは助言だが、もっと熱くなった方が防げる確立は高くなると思う。

 

『ぅ……うぅッ———ッ!』

 

「頑張れフェイト! 頑張れ!」

 

「マズイぞ、かなり押されている」

 

 言え。言うんだフェイト! 諦めたくないんだろ!? 周りの事思ってみろって! 応援してくれている俺達の事思ってみろって!

 

『ぅッ————あぁぁ! 私は! 母さんの為に負けられない! 負けられないんだぁぁぁぁ!!』

 

「防ぎ…きった……? 防ぎきった! フェイト、良く頑張ったよ!」

 

「出来れば熱くなれよー、って行って欲しかったけどな。でも本当に良くやったよ。胸を張って帰ってk『やるね、フェイトちゃん。——————でも、まだ私の番は終わってないよ!』 またかお前!?」

 

 もう止めたげて! フェイトのライフはゼロよ! 服もビリビリで際どいし、もうこれ以上痛めつける必要ないだろ? ほら……えっと、そう、なのは! お前もフェイトの為に色々してやってたんだろ? この辺りで御相子ってことで……

 

『受けてみて。ディバインバスターのバリエーション』

『Starlight Breaker』

 

「魔法陣デカ!? フェイト逃げて! 超逃げて!!」

 

『ッバインド!?』

 

「更に拘束!? 逃げられないようにして、最大砲撃するつもりなの!?」

 

「に、にげるんだ……勝てるわけがない…」

 

『これが私の全力全開! スターライト・ブレイカー!!』

 

「フェイトーーー!? ゴンベエ! フェイトが! フェイトが!?」

 

「——————」

 

「なんでゴンベエまで気絶してるのー!?」

 

 すまん。俺の許容量越えたわ

 

 

   ◇

 

 

「ゴンベエ! 起きてゴンベエ!」

 

「——————なっ、なんだ!? どうした!?」

 

 やっ、喧しいぞアリシア。驚いたじゃないか。それと、人の首をそんなに振るな。人体の構造的にその程度で首が跳ぶなんてことはあり得ないが、俺の死因が首が切れたからだとしたらどうする。勢い余って跳ぶかもしれないだろうが、どこぞの首なし幽霊みたいに。

 

「ようやくお目覚めだねゴンベエ」

 

「……すまない、何が起きたのかを説明してくれ」

 

「なのはちゃんの砲撃でフェイト墜落 & ゴンベエはビビって気絶」

 

「違う。断じて砲撃が怖くて気絶しただけじゃない。処理しきれない出来事に頭がオーバーヒートしただけだ」

 

「だよね。なのはちゃんの魔法が怖かったんだもんねm9(^Д^)つ」

 

「話聞けよ」

 

 相変わらず要所要所でウザイなこの幼女。でも可愛いから許してしまいそうになる。これでは駄目な男の典型的な例と呼ばれるかもしれないが、もし許すことでそう言われるのであるのなら俺はそれを甘んじて受けようと思う。可愛いは正義だ。

 

「あ、フェイトのことなんだけど、時空管理局の船に連行されたよ」

 

「まじか。管理局ってあれだよな? ミッドなんとかの警察」

 

「うん。でもその途中でまたお母さんが魔法使って……」

 

「…! フェイトがどうかしたのか!?」

 

「管理局の船ごと雷でズバッと。大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配かな」

 

そうか……ならいいんだ。あんなに健気な子が辛い目をみるのは間違いだからな。本来ならまだ大人がしっかりと守ってやらないと駄目な歳なんだが、親が虐待ババァだからな。守るどころか鞭打つ奴だから話にもならない。

 

 しかし、いったい何故そこまで自分の娘を痛めつけるんだ? 確かに腹を痛めて産んだわけじゃないが、身体を壊してまで生んだアリシアの生き映しなんだろう? クローンとはいえ自分の子供なんだから、少しくらい情が移っても良いだろうに。よくもそんな非情なことが出来るなと逆に感心してしまいそうだ。

 

「解せん……が、やはり一度殴ってやらないと気がすまない」

 

「わたしも。一回だけお母さんに反抗するよ」

 

「遅すぎる反抗期だな」

 

「31歳にして初めての反抗期かもね」

 

「死んでからもだろ?」

 

「そうとも言う」

 

 ニシシと笑うアリシア。これで31歳のロリババアなのだから世の中判らない。

 でも、そうだな。子供時代を無くしたままなんだから、死ぬほど笑っておけばいい。それを見るだけで俺も元気になれる。死んでいようがいまいが、子供ってのは笑ってなんぼだからな。

 

「あとね、管理局の武装隊がココに雪崩れ込んでくるよ」

 

「今更か? もっと前に来れただろうに」

 

「この場所は知られてなかったからね。でも、さっきの雷で居場所を特定されたみたい。派手に暴れすぎたんだよ」

 

「じゃあ時間はそんなに無いのか。早いとこ例の件を進めるしかないな」

 

「例の件? 何それ?」

 

 まあ、トンでもないことだけは確かだよ。正直、奇跡に頼るくらいのレベルだ。

 

『プレシア・テスタロッサ、貴女を逮捕します! 武装を解除してこちらへ』

 

「お、もう来たのか時空警察。流石、時空管理局なんて豪勢な名がついてあるだけあって仕事が早い」

 

「きっと艦長の判断が良いんだよ」

 

 だろうな。ひぃふぅみぃ……かなりの数が送りこまれてきたみたいだ。これも転移魔法ってやつなんだろうか? だとすればまた少しカルチャーショックを受けそうだ。人類の夢であるワープが、実はかなりのメジャー魔法だったなんて思いたくもない。

 

「局員たちが移動するよ」

 

「おいおい、アリシアの身体がある場所じゃないか。いいのか?」

 

「うん? 何が?」

 

「お前、裸だろ」

 

「————————やめてぇ!? わたしの裸見ないでぇ!?」

 

 残念だが諦めろ。俺達がモニターで覗きしてたように、管理局にもリアルタイム中継されてるんだろ? 大勢の紳士たちのオカズになることはもう避けられないのさ。

 

『はッ!? こ、これはっ!?』

 

「うわーん!! バカバカバカ! 人の裸を見ないでよー!!」

 

「おー、案の定凝視されてるなー」

 

 こっ、これは!? とかマジワロス。こんな所にホルマリン漬けの幼女がいることに驚いているんだろうが、勘違いでロリコンと思われるかもしれないから気をつけた方がいいぞ局員A。

 

「ゴンベエも止めてよ! わたしの裸が見られても良いって言うの!?」

 

「俺は幽霊だからな。何も出来ない」

 

「バカー!! 簡単に諦めないでよー!!」

 

「どんまい(b」

 

 どうせ減るものでもないし、犬にかまれたとでも思ってみたらどうだ? 少しは楽になるだろ。

 

『私のアリシアに、近寄らないでッ!』

 

 おお、ババアの雷で局員が跳ぶ跳ぶ。腕の一振りでリアル無双が出来るやつなんて、ヒテンミツルギスタイル継承者しか俺は知らなかったぞ。

と言うか、この局員たち弱くないか? 魔法使いお得意の障壁張ったり、気合いとかで耐えてみろよ。

 

「お母さんナイス! ありがとう!」

 

「今までで一番のナイスプレーが警察の襲撃とは世も末だ」

 

「ゴンベエ煩い!」

 

「ところでアリシア、少し疑問に思ったことなんだが———俺は見てもいいのか?」

 

「ゴンベエはいいの!」

 

 死んでるからか。そうなんだな? もうオカズに出来ないことを知っているからそう言っているんだな? 出るものも出ない幽霊だから別に良いんだな? 今までは少し申し訳なさと恥ずかしさを持ってチラ見する程度だったが、お前がそう言うのであれば俺はこれから凝視し続けるからな。

 

――おいおい、何故頭を抱えて「しまった〜!?」 みたいなポーズをとっているんだ? 俺は見るなと言われても見るぞ。ガン見だ。ゴンベエは良いの、なんて言われたら見るしかないだろう?

 

 まさかとは思うが、今まで無視したりしたけど、実はゴンベエさんが大好きだからいいの〜、なんて言わないでくれよ? 幼女は愛するものじゃなくて愛でるものだ。別の意味での守備範囲なんだからな、はっはっは。

 

『うっ、撃てえ!』

 

『煩いわ……』

 

 プレシアが腕を振るうごとに紫電が煌く。その度に局員たちはその数を減らしていく。

 

「手を差し出すだけで吹き飛ぶのかよ。紫色の雷にどれだけ威力があるかは知らないが、局員って弱いのか? 仮にも制圧を任されるくらいの部隊なんだろうに」

 

「違うよゴンベエ。この人たちが弱いんじゃない。お母さんが強過ぎるんだ」

 

「前に言ってた凄い魔法使いってやつか。あの白いなのはって子でも無理なのか?」

 

「無理だよ。絶対」

 

 マジかよ。じゃあどうやって倒すんだ? 殴る = 倒すで考えているが、そもそも不意打ちなんて出来ないし、出来た所で勝てる気がしなくなってきたぞ。

 

 しかし、それよりもだ。オバサンをぶん殴ることよりも気になることがある。

 

「おいアリシア、お前の裸姿も合わせてこの映像はリアルタイムで流れている。そうだな?」

 

「……不本意ながらそうだよ」

 

「じゃあ……さっきオバサンが言った【アリシアに触れるな】ってのも、向こうに流れてるんだよな?」

 

『アリ…シア……?』

 

「——————フェイト!?」

 

 最悪だな。

 最悪だ、最低に最悪だ。こんな形でフェイトが知ることになるとは思ってもみなかった。

何時かは知る時が来るだろう。でもそれはプレシアが捕まるか、ジュエルシードを集めきった後か、もっと後だと思っていた。別にこんな形じゃなくてもいいだろうに。

あと時空管理局さんよ、犯人は独房に入れるのが普通じゃないのか? いや、言った所でもう遅いか。プレシアが何も言わなければいいんだが、それも無理な話か。

 

『もう止めにするわ。この子の代わりに、人形を娘扱いするのも』

『……?』

 

「ああクソ、それだけは言うなよバカ野郎」

 

 そして始まるプレシアの一人語り。フェイトはアリシアを模したクローンで、人形のようなものだ。だから愛情など微塵も抱いておらず、むしろその外見から憎んですらいたと。

 

俺にはプレシアの語りを止めることができない。俯くアリシアにも何も出来ず、言えず、ただ見ているだけだ。幽霊だから。死んでいるから。出るものなら血が滴るほど握りしめたであろう拳を下げ、ただフェイトが苦しみませんようにと祈ることしかできない。

 

『せっかくアリシアの記憶を与えたのに、見た目だけがそっくりで全く使えない』

 

「おい」

 

 だけどな、そんなことが受け入れられると思うか?

 

『器だけがそっくりな、役立たずで使えない私のお人形』

 

「おいっ」

 

 確かに、俺は何も知らない。フェイトがどんな子なのかも良く知らないし、プレシアのことも酷い一面しか見ていない。アリシアに関してもだ。俺は本人の口から聞いたことと、少しの時間で知り得た人物像しか解らない。

 

 だけどな、俺はもう関わってしまっているんだ。

 

『聞いていて? フェイトと言う名はね、私が行っていた研究プロジェクト名よ。人造生命の創造計画、通称プロジェクト(フェイト)。あなたはその計画で生まれたの』

 

「おいっ!」

 

 幼い身体に鞭打たれて傷ついている姿も、それを誰にも気付かれずに悲しい表情で眺めている無力な女の子の姿も! 少ないなりに俺は見てきたんだよ!

 

『だけど全然駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。所詮は作りもの、失ったものの代わりにはならなかったわ』

 

「おいクソババァ、いい加減にしとけよッ」

 

 だから、俺はこの仕打ちを許せるわけがない。顔面が腫れるほど殴り倒して、アリシアとフェイトに謝り倒させてやる。

その為になら何だってしてやる。意味不明で理解不能な魔法だって、少しの間だけ信じてやる。信じてもいない神様に願い倒して、デコがすり減るまで土下座してやってもいい。

 

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた』

 

「おいアリシア。最後にもう一度だけ聞いておく」

 

『アリシアは我儘も言ったけど、私の言うことをとても良く聞いてくれた』

 

「本気で母親を殴れるか?」

 

『アリシアは何時も私に優しかった』

 

「お前が無理だって言うのなら、俺が代わりに殴ってやる」

 

『でも貴女は偽物。記憶だけ与えた貴女じゃ駄目だった』

 

「でもあれはお前の身体だ。お前だけのものだ」

 

『アリシアをよみがえらせる間に創ったただの慰みのための人形』

 

「だけど、一つだけ俺の我儘を聞いてくれ」

 

『どこへなりとも消えなさい』

 

「あのババアを俺にも殴らせてくれ。俺と……俺と一緒に生きてくれ!」

 

『はははは――アハハハハハハ! 良いことを教えてあげるわ。貴女を創ってからずっとぉ、貴女のことが大嫌いだったのよぉおおお!』

 

 地面が揺れ出した。いや、この場所全体が揺れ出しているのだろう。天井から埃が落ちてくる。プレシアはアリシアが入ったモノを浮かせ広場へと移動していく。

 

 アリシアは未だに何も答えない。ただ俯いたまま、プレシアの後を付いて行く。俺もその後に続いた。

 

『次元震……! プレシア・テスタロッサ、何をするつもりなの!?』

 

『時空管理局、貴女たちに旅の邪魔をされたくないのよ』

 

 空間モニターの向こう側から緑髪の女性が叫んでいる。叫んでいる次元震とやらがこの揺れに関係しているのだろうか。次元なんて名前が出てきたくらいだ、これは本気で時間が無くなって来たと考えていいだろう。

 

『私達は旅立つの。忘れられた都…アルハザードへ!』

 

「おいアリシア、駄目なら駄目と――「ゴンベエってさ、何時も適当だよね」 ふざけろ、俺は何時だって真面目だ」

 

「少しは黙って聞いててよ。――少ない時間だったけどさ、わたしはずっと振り回されっぱなしだったよ。ずれた知識ばかりで私を引っ掻き廻してさ」

 

「少しは悪かったとは思っている」

 

「でもね、嬉しかったよ。ずっと一人ぼっちだったから、少しくらい強引にされる方が楽しかったの」

 

「……どMかよ」

 

「ゴンベエは無茶苦茶だよ。でもその無茶苦茶が、ずっと一人だったわたしには楽しく感じたの。しかも俺と一緒に生きてくれ、なんてプロポーズされたらね、もうね、人生初って何でも嬉しいじゃない?」

 

「いや、プロポーズしたわけじゃ……」

 

「違うの?」

 

 違う、と言い切れないのが痛い。

 別にアリシアのことなんざ不幸で可愛そうな女の子程度の認識でしかない。でもそれが俺にとってお前がそうなのかと言われると、少し違うのもまた事実だ。

 

 記憶のない俺の初めての友人で幽霊の先輩。ウザくて、それでも可愛い子供。

 

 俺が何を言いたいかと言われると、つまりはそういうことなのだ。自分でも分からん。

 

「嫌だって言っても、もう絶対離さないから! それに……わたしにはやっぱりお母さんは殴れないや。だって、どれだけ嫌いになってもやっぱり大好きなんだもん。わたしはね、殴れないからその話を受けるの。別にゴンベエと一緒にいたいだけじゃないからね」

 

「ツンデレって知ってるか? 俺はツンデレがそんなに好きじゃない」

 

「そのまま返すよ、ばぁーか」

 

 可愛くないやつ。だが、俺達の関係はこんな関係でいいんだろう。幽霊だからこそ産まれた感情。脳から発せられる電気信号に過ぎないが、それでもちゃんとしたモノなのだから。

 

「ジュエルシードの輝きが増していく……ゴンベエ、手を」

 

「手を握ってどうするつもりだ?」

 

「最後に手を握っておこうと思って。ほら、同じ身体に入ったらどうなるか解らないし」

 

「……ま、そう言うことにしといてやる。ほらよ」

 

 アリシアの手を握り、輝きを増していくジュエルシードの一つに近づく。頼むぞ、俺の仮説が正しかったことを証明してくれ。

 

「「————告げる」」

 

 何の打ち合わせも無しにそう始めた。だが、手を握っているだけでお互いの気持ちが理解できた。非科学的だが、これも幽霊のなせる技と思うしかない。

 

(またそんなこと言って…)

(性分だからな)

 

 アリシアの考えていることが手に取るように解る。同じタイミングで苦笑しながら、何を願うのか決めた。

 

 願いは単純明快。俺達にとって最上の一言。

 

「「生き返らせて(くれ)!」」

 

 途端、俺達の意識は一瞬途切れた。

 

 

       ◇

 

 

「な、何!? 突然ジュエルシードが光を…」

 

「むぐ……むぐgkぞぢあおずぢ!」

 

「あ……」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!」

 

「アリ……シア……!?」

 

「いあgぼえはぼぼべ!?」

 

「どっ、どうして!? まだ私は何も……!?」

 

「いうおあfbのいhごあs!?」

 

「く、苦しいのね!? 今ポッドから出してあげるから!!」

 

「————ハァッ、はぁ、はぁ……」

 

「あぁ、ああッ! アリシア! アリシア!!」

 

「———お母さん」

 

「ええ! ええッ!! お母さんよ! あぁアリシア……!」

 

「こんにちは、しねぇ!」

 

「ゑ?」

 

(俺が表! お前は裏!)

(嫌だよ! わたしの身体だよ!?)

 

 とりあえず第一段階は終了。後は殴るだけだ。

 

(身体返してよー!)

(だが断る!)

 




・いつからフェイトが勝ったと確信していた?
 某オサレ死神漫画では衝撃の一言。最近見てないなぁ

・逃げるんだ…勝てるわけがない…
 サイヤ人の王子は物語で最高のスパイスだと思います

・ヒテンミツルギスタイル
 オトリヨセー! 当時リアルタイムで何故か見てなかった神アニメ

・今回のまとめ
 当然ですが、この幼女まっ裸です


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幽霊の始まり

『こんにちは、しねぇ!』

 

 モニターに映された少女からその言葉が発せられたときになって僕、クロノ・ハラオウンは漸く呆然とした状態から戻って来られた。顎が痛い。あまりに長く口を開けたせいで外れたのではないかと思うくらいだ。

 

 その痛みが、モニターの映像を事実だと知らせてくる。

 

 死んでいたはずの少女に一つのジュエルシードが吸いこまれて行き、入れられていた容器の中で暴れ出したこと。モニターの先で動いている女の子は、数十年前に死んだはずのアリシア・テスタロッサだという現実。

 

「あれって、生き返ったりしてるのかな……?」

 

 アースラ所属のオペレーター、エイミィが信じられないように呟いた。縋るようにこちらを見るが、僕に聞かないで欲しい。僕だって目の前の出来事の何一つとして信じられないのだから。

 

 でも、一つ判ることがある。死んだ人は絶対に生き返ったりしない。生き返ったりすることはない、ということ。

 

 もし生き返ったりするのなら、多くの人間がその可能性に賭けるだろうか。親しかった人を取り戻すために、全てを投げ打つ人は後を立たないだろう。

 しかし、例え誰であっても失った未来を取り戻すことはできない。過去に一例もなく、今後もそんなことは起こり得ない。死は誰にも理不尽に訪れる。今を精一杯生きて行くことが人の営みである限り。

 

 だからアレはアリシアじゃない。ロストロギア、ジュエルシードに取り憑かれた紛い物だ。

 

「エイミィ、アリシアの身体から何か反応は?」

 

「待って、直ぐに調べる――出たよ! でもこれ……」

 

「だいたい予想はしている。驚きはしない」

 

「ジュエルシードの反応が出てる。つまり、アリシアちゃんは――」

 

 今や生体ロストロギア(仮称) と呼んで差し支えない状態だ。

おそらく、プレシア・テスタロッサの強い願いが原因だろう。願いを捻じ曲げて叶えていたジュエルシードが何故今になって正確に叶えたのかは解らないが、現に取り憑かれてしまっている。

 

 それだけに、あのアリシアが何をしだすか予想がつかない。たった一つのジュエルシードでも簡単に次元震が起こせてしまうのは、海鳴り市で既に実証済みだ。もしあれが暴走しだすなんてことになれば……そう考えると、足が竦む。

 それに加え、今は僕らと同じ人間の肉体まで持っている。アリシアと言う仮の器を。解析不能の古代遺失物が、知能を持って災厄を撒く結果を生む可能性すらある。

 

 現時点で僕が言えることは、いま止めなければどのような被害を生むか想像すらできないということだけ。

 

「クロノ君、アリシアちゃんを助けてあげられないかな?」

 

「エイミィ? アレはアリシアじゃない、ロストロギアだ。助ける云々の話じゃない」

 

「分かってるよ。でもアリシアちゃんだって、好きでロストロギアに取り憑かれたんじゃないと思うの。深い眠りから無理矢理起こされて、体をいいようにされて……苦しんでいると思うんだ」

 

 ……優しいんだな、エイミィは。

 僕にはそんなこと考えられなかった。アリシアをどうやって封印するか、最悪なのはやユーノを危険に晒す嵌めになることを覚悟しなければ駄目かもしれないなどと、執務官としての責務しか考えていなかった。

 でも、彼女のおかげで少しは心に余裕ができた。無理矢理封印処理をするんじゃない。ロストロギアとはいえ、アリシアの身体だ。残っているかもしれないアリシアの残留思念に賭けてみるのも悪くない。そう思えた。

 

「じゃあ後は任せる。エイミィの言う通り、女の子を助けてくる」

 

「下手を打ったら承知しないよ! あと、絶対に無茶はしないで!」

 

「執務官は伊達じゃないさ。行ってくる!」

 

 待ってろ、すぐに君を解放する。

 

 

   ◇

 

 

 すってんコロリ、すってんコロリ。産まれたての小鹿のように震える足に力を入れるたび、尻餅をつく醜態を晒す。七転び八起きを実践するも、得られる結果は七転八倒。つるつるのお尻に傷が付くことなど、今では気にすることではなくなった。

 

「ああ、アリシア、まだ無理しては駄目。貴女はずっと眠っていて、簡単には立てないはずだわ」

 

(うぉぉ立てない、立てないぞ!? 動け俺の体!)

 

(わたしのだって!)

 

(立ち上がれ俺の体! このっ、何故立ち上がれない!?)

 

(だからわたしの――うわ、こけるこける!?)

 

「ぃて……」

 

「あぁ!? アリシア、お願いだから無理しないで!」

 

 畜生、また尻もちついたじゃないか。そして五月蠅いぞババア。どうでもいいからとりあえず殴らせろ。あと、立てないから近くに来てくれると助かる。その方が殴りやすい。

 

 しかし、どうして上がれないんだ? 体の感覚を忘れたからか? アリシアの体だからか? 他人の体の主導権を俺が握っているからか? いや、手はしっかりとにぎにぎ出来るんだ。まだ馴染んでいないだけなんだろう。だが……

 

「いてっ」

 

 こてん、なんて擬音が似合うように転ぶ。おいおい、頼むからしっかり立ってくれ。

 

「アリシア……そうね、貴女は頑張り屋さんだったものね。貴女がそこまで頑張るのなら、お母さんはここで見守らせて貰うわね?」

 

(ド畜生、ババアに見守られても嬉しくもなんともないぞ! この細い脚め、ちょっとは言うこと聞け!)

 

(もしかして、ゴンベエって運動音痴なんじゃ……? あ、そう言えば運動音痴の略称って知ってる? ウンチなんだよ! ゴンベエのウンチ!)

 

(だったらお前が実演してみろ。絶対に立てないから)

 

(あ、いいの? わたし立つよ? 立っちゃうよ?)

 

(喧しい。早く変われ)

 

 感覚的には席を譲る感じでアリシアにバトンタッチ。イェーイ! なんてハイタッチをして行きやがったぞこの幼女。

 ……ふん、だが良い気になるのもそこまでだ。人間は産まれたての馬じゃないんだ、短時間の間に立ち上がることなんて出来るわけがない。

 

「……立てた! 立てたよゴンb、じゃなくてお母さん!」

 

「あぁ…あぁッ! 頑張ったわねアリシア! 偉い、本当に偉い子!!」

 

(立ったよ?)

 

(……)

 

(ねぇねぇ、今どんな気持ち? 幼女幼女って馬鹿にしてた相手に絶対に無理だなんて言った挙句、簡単に立たれたゴンベエさんって今どんな気持ちなのかなぁ?)

 

(……)

 

(ゴンベエって気合いが足りないんじゃないかな? だってわたし、簡単に立っちゃったから。あ、ごめんね? ゴンベエのプライド傷つけるような真似しちゃって。わたし、31なのに大人げなかったよね? でもゴンベエは今どんな気持ちなの? それだけでもお姉さんに教えてよ。ねぇねぇ、今どんな気持ち?)

 

(……)

 

(NDK! NDK!)

 

(チェーーーーーーーーーンジ! 俺!)

 

(ちょ待っ———)

 

 黙ってろ席を譲れこのクソ幼女。可愛くない可愛くない、本当に可愛くない奴だなお前は。

 俺がちょ〜っとだけ産まれたての小鹿の真似をしたのを本気にしやがって。天下無敵で最強の俺が本当に立てなかったとでも思っていたのか? だとしたらお前の頭は鳥頭だ。脳味噌の軽い鳥頭だッ! 妬むぞ、嫉妬するぞ、デレが一つもないツンヤンになるぞ? ああもう、俺に出来ない事がお前に出来るのは何か腹が立つ。理屈抜きで腹が立ってくるぞアリシア・テスタロッサ!

 

「ナグラセロ!」

 

(なんつーか細い声。本当に飯食ってたのかよ?)

 

(当たり前じゃん! ほら、いい子だから主導権返してよ)

 

(お前に返したらババアを殴れないだろうが)

 

 殴れるチャンスなんて今しかないんだぞ? このババアはお前が生き返ったことに歓喜しているようだが、いずれ異物である俺が混じっていることに気付くだろう。そうなったら最悪の場合、俺達二人ともがアリシアに取り憑いた紛い物の認定を受けて、雷でポンされるかもしれないんだぞ。

 

(あり得そうで怖いよ。今度こそ死ぬ? あ、もう死んだから今度こそ滅却されるって言うべきなのかな?)

 

 ……おい、なに勝手に人の思考の中に入って来てやがる。むしろどうやって入って来た?

 

(え? この身体に入った後にちょいちょい~って。わたしの思考も読めるんじゃないの?)

 

 おいおい、そんな人の心が読めるなんてことが——『体返して欲しいな〜』 …マジかシャットアウトだ。思考が読まれるなんてやってられるか。

 

(とりあえず殴るぞ。近づいたら右ストレートでノックアウトだ)

 

(一発だよ? 一発だけだよ?)

 

「とりあえず服を着ましょうアリシア。安心して、貴女の服もちゃんと残してあるの」

 

 プレシアが手を翳すと、何処からともなく可愛い服が飛んできた。フリフリのワンピースだ。何だアレ、男の俺にスカートもどきを穿けと言っているのか?

 

(わたし女の子だってば!)

 

(この番号は現在使われておりません)

 

 あーだこーだと喧しい。今は服を持って近づいてくるババアを注視することの方が先決だ。

 そうだ、近づいて来い。ステンバーイ、ステンバーイ……粗ぶるなよ俺の右手。手渡しするために膝を曲げるであろうその瞬間を狙うんだ。目標は厚化粧でコーティングされた顔。武器は頼りなさそうに見える細腕。

 

「はい、アリシア。一人で着れる?」

 

「お前を殴るッ!」

 

 思い通りに動かん体は動くように気合を入れる! 思いっきり振りかぶった拳が、ババアの右頬に突き刺さるッ!

 

 ――ぺち

 

「あら……? アリシア、やっぱりまだ慣れてないのね。ふふふ、着せてあげましょうか?」

 

「――――oh」

 

(貧弱ぅ! この身体は貧弱過ぎる!)

 

(そう言われると照れるよ〜)

 

(乏してんだよ! 馬鹿にしてるんだよ! 何をどう勘違いしたら照れるんだよ!?)

 

(わたしってか弱い乙女なんだね〜、なんて思って)

 

(どこがだ!? 5歳児の幼女が、無駄に頭でっかちな31歳になっただけじゃねえか!?)

 

(少なくともゴンベエよりは賢いよ?)

 

(お前ふざけてるんだよな? そうなんだよな?)

 

(そんなことないよねぇ? じゃあ悪いけど、ここからはわたしの番。代わって貰うよ?)

 

(……非常に癪だが一発は一発だ。仕様が無いから代わってやる)

 

(うん、ありがと)

 

 後ろに引くイメージでアリシアに体の主導権を渡す。互いに思考を読まれないように繋がりを遮断しているが、そんなもの無くても今のコイツの気持ちは分かる。

 自分のせいでフェイトが傷ついたことが辛くて、プレシアを狂わせたことが苦しくて、でも大好きな母親と話せることが嬉しくて。アリシア自身、自分の感情を持て余しているのだろう。

 

「お母さん……」

 

「どうしたの? 服、気に入らなかったかしら? 貴女が一番好きだったものを持って来たのだけれど……」

 

「ううん、違うよ。フェイトの……わたしの妹のことだよ」

 

 さて、じゃあ見せて貰おうか。お前の言う通りプレシアが優しかったのなら、優しさがまだ残っているのなら、お前の言葉を受け入れてくれるだろう。

 

 でもお前は気付いてない。いや、気付かないフリをしているだけなのかもしれない。

 

(お前が生き返ったことで、プレシアは本当にフェイトのことが用済みになったんだ)

 

 もう、どうにもなんねえよ。

 




・クロノ執務官
 若干熱血男。

・ステンバーイ、ステンバーイ
 マクラミン大尉との観覧車デートは死亡フラグのオンパレードでした

・総評
 この幼女まだマッパです


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幽霊の叫び声

前に投稿したの何時さ……感想は全部読んで直せる所は直していく努力。


 私は高町なのは。

 成り行きで魔法少女になって、いろいろ大変で時には挫けそうになったけどそれでも踏ん張っていたら、気付いた時には世界の危機に巻き込まれてしまいました。スケールが大きすぎてちょっとイメージしにくいけど、今も管理局の人たちが一生懸命事件を解決しようと頑張っています。

 

 この事件の解決に協力する中で、どうしてもお話を聞きたかった女の子がいました。

 ――どうして悲しい目を浮かべてまで戦うの?

 最初はお話を聞きたかっただけ。戦う理由も、どうしてジュエルシードを集めているのかも。

 でも、その気持ちは女の子の使い魔さんと話をしてから変わりました。ただ話を聞きたかっただけから、ただただ助けたい、力になりたいと。

 

 そして最後の勝負で勝って、ようやくお話が聞けると思った直後にそれは起きました。頭上から雷が降り、女の子は空から落ちました。

 

「フェイトちゃん、大丈夫かな」

 

 プレシアさんに人形だと言われてしまったフェイトちゃんは、あまりのショックに膝から崩れ落ちてしまいました。幾ら声を掛けても何の反応もしてくれなくて、まるで本物のお人形さんみたいにぐったりして……今はアルフさんが抱えて医務室へ運んでいるんだけど……

 

 医務室を出て途方に暮れていると、見慣れた小さな影が目に入った。

 

「あ! クロノ君、何処へ!?」

 

「現地へ向かう!」

 

 クロノ君は医務室の扉を一度見て、その後で私の質問に応えてくれた。クロノ君は優しいから、きっとフェイトちゃんのことが心配なんだと思う。でもそれ以上に、クロノ君の目には自分の出来ることをやろうとする、この事件を解決するんだって強い意思が見えた。

 

 ――私はフェイトちゃんを助けられなかったけど、まだ何も終わってないんだ。

 

 むしろ、今からが大一番。クロノ君の姿を見たらそれがわかる。だったら、私も自分に出来ることをしよう。フェイトちゃんのことは気になるけど、フェイトちゃんの為にプレシアさんを此処まで連れてきて、もう一度しっかりと話し合う方が良いと思うから!

 

「私も行く!」

「僕も!」

 

 ずっと私を助けてくれていたユーノ君もそう言ってくれた。今から庭園に向かうのは少し怖いけど、それでもユーノ君がいてくれれば少しは気が楽になると思うの。だって今までもずっと私を助けていてくれたんだから!

 

「あまりお勧めしないが……。ただ、ここから先は命を落とす可能性が出てくる。それでもいいのかい?」

 

「私なら大丈夫。自分の身くらいは自分で何とかするし、力になる自信もあるよ」

 

「心強いな……じゃあ行こう。時間がない」

 

 そう言って走りだしたクロノ君を、私とユーノ君は追いかけて行く。

 

「……」

 

「……どうかした? クロノ。何か言いたそうだけど」

 

 クロノ君の横顔を見たユーノ君がそう尋ねた。クロノ君がどうかしたのかな? と思って私も横顔を覗くと、苦い顔をしたクロノ君の横顔があった。

 何だかとても辛そうで、でもどうすることも出来ない気持ちを持っているような……そんな感じ。

 

「……君達もどうせ知るだろうから先に言っておく。現場で驚いて動きが止まるようなことがあったら致命的だからね」

 

「何があったの?」

 

「アリシア・テスタロッサが生き返った。……いや、ジュエルシードに取り憑かれたと言った方がいいかもしれない」

 

「「ええ!?」」

 

 私が思っていた以上に、とんでもないことになってるみたい。

 

 

   ◇

 

 

「私の妹、フェイトのことだよ」

 

 フェイト・テスタロッサ。

 アリシア・テスタロッサのクローンで、アリシアにとっての妹。プレシア・テスタロッサの人形で、いらなくなった慰みモノ。

 

 俺にとってはただの他人。生まれについては、アリシア達との文化の違いから語ろうとは思わない。狂った母親を持ち、健気にもその母親に認められようともがく不幸な少女。そんな彼女を俺如きがどうこう出来るとも思ってないし、やろうとも思わない。

 フェイトは俺を知らないし、俺もフェイトにとって他人でしかないからだ。何て冷たい男なんだと罵るやつは罵ればいい。そして俺の代わりにプレシアに向かって叫ぶといい。

 

 自分が、妹を助けようとする姉の代わりが務まると思うのなら。

 

「お母さん、何でわたしの妹にあんなこと言うの?」

 

「アリシア、フェイトは貴女の妹なんかじゃないの。ただの私の慰みモノ。お遊びのお人形でしかなかったのよ?」

 

「それは違うよ。だってずっと、始めからずっと見てたもん! お母さん、最初はフェイトのことをとても可愛がってた。フェイトの前では出さなかったけど、一人になった時には笑ってたよ!」

 

「そんなことはないわ」

 

「違うよ! お母さんは、フェイトが生まれたころはとても可愛がってた!」

 

「そんなことはないわ!」

 

「っ……」

 

 否定するように叫ぶプレシアに、アリシアは驚いたように体をビクつかせた。狂ってる相手にビビったら押し負ける。少し発破を掛けてやった方がいいか。

 

(この程度でビビるくらいなら代わるぞ?)

 

(だっ、大丈夫! お母さんなんか怖くないもん!)

 

 今にも尻餅をつきそうなほど脚を震わせているくせに。怖いのに無理しているのがまるっとお見通しだ。まぁ、それでも踏ん張ってるのが凄い所なんだが。

 

「アリシア、私だけのアリシア。貴女は何でそんなことを言うの? 私はフェイトのことなんてどうでもいいの。貴女が今ここに居てくれている。それだけでいいの。なのに、どうして、貴女はフェイトのことを構うの?」

 

 青白い顔で微笑むプレシアは、傍から見ても”気持ち悪かった”。狂喜の笑み。一見綺麗に見える母親の笑顔の癖に、見ているこちらが吐きそうになるくらいに。

 

「フェイトがわたしの妹だからだよ! お母さんがフェイトを苛めてるのをわたしはずっと見てきた! フェイトはあんなにお母さんの為に頑張ってたのに、どうしてあんなことが出来るの!? どうしてあんな事を言えるの!?」

 

「解ったわアリシア! 何で貴女がそんなにフェイトのことを気にするのか! 嫉妬しているのでしょう? あの人形が、貴女の代わりとして私の傍にいることに。でも安心しなさい、もうお人形遊びは終わり。だから、昔みたいに一緒に暮らしましょう?」

 

「お母さん……お母さんは、おかしいよ!」

 

 ああ、おかしいな。もう駄目だ。プレシアはアリシアしか見えていないのだろう。アリシアを生き返らせるために狂ったのだから、生き返った姿を見た今じゃそれも仕方ないことなのだろう。プレシアは狂うことを超えて、壊れてしまったんだ。アリシアが生き返ったことで、残っていたかもしれない良心が欠片ごと吹き飛んで壊れたんだ。

 

(アリシア、もう駄目だ。プレシアが何でこうなったのか、お前だって想像つくだろ。何よりお前自身が俺にそう言ってたじゃないか。プレシアは壊れたんだって。狂ったんだって、初めにお前が俺に言ってたじゃないか)

 

(でも……でもっ! こんなのってないよ! せっかく生き返ったのに、せっかくお母さんやフェイト達と一緒に暮らせると思ってたのに!)

 

(ああ、そうなれば良かった。だけど、これが現実だ。現実なんてこんなもんなんだよ)

 

 もしかしたら、俺たちが奇跡を願わなければフェイトとプレシアは和解できたのかもしれない。死んだ人間を生き返らせるのは無理だと、プレシアも心の何処かでは考えていただろう。だが、こうやって俺達は生き返ってしまった。本来ならあり得ない奇跡を起こしてしまった。

 

(プレシアは、お前を生き返らせることが止まった人生の中で唯一の意味で目的だったんだ。それがこんな形で叶ってしまった。お前以外には見向きもしなくなるのも、仕方がないんだよ)

 

(……ゴンベエ)

 

(なんだ?)

 

(お願い……)

 

(聞くだけな)

 

(お母さんを……止めて)

 

 殴るなと言ったり殴れと言ったり、お前は何がしたいんだよ。――ああ、言わなくてもわかる。腸煮えくり返っている激情が伝わっているからな。

 

 それに俺だってなぁ、他人だなんだと心の予防線張ってても腹が立ってないわけがない。殴れと言われれば俺は幾らでもあのクソ婆を殴るぞ。そりゃもう顔が見られなくなるくらい殴る。腰の入った拳で、骨が折れるまでブン殴る。それでもいいのならタコ殴りにしてやる。

 

(それでね、お母さんを捕まえて時空管理局に引き渡して)

 

(よし……無理だ!)

 

(なんで!?)

 

(プレシアには魔法がある。対して俺は魔法無し。そしてこの身体が貧弱すぎる。

 いや、本当に参った。この身体が貧弱でなかったら魔法のハンデがあっても余裕なんだが……いやなに、俺もやる気はあるんだぞ。でもお前だって痛いの嫌だろ? あんなバチバチした雷が当たれば、人なんて木端微塵だ。コロナ放電にパルスストリーマ放電、プラズマで浄化される塵の恐怖を知ってるからこその判断なのさ。

 でも勘違いして貰っては困るぞ? 別に魔法が俺の常識範囲外で理解不能だから怖くて立ち向かえないとか、そんな情けない理由では断じて無いからな)

 

(へー)

 

(解ればいい、解れば)

 

 完璧だ。アリシアは完全に納得した。流石は俺、言い訳すら完璧だ。それに騙されるお前は……っと、危ない危ない思考カットだ。とにかく、争わずに済むのならそれに越したことはない。アリシアが笑顔浮かべてお願いでもすりゃそれで済む話だ。

 フェイトはどうするって? ジュエルシードが暴走して危ない? はっはっは、俺があのクソ婆に適うとでも? 逆立ちしても無理だろう。自分の身の安全には変えられんよ。当然だよなぁ?

 

(わたし達だって魔法は使えるよ?)

 

(おまっ、前に無理だって言ってただろ騙したのかァアン?)

 

(今は使えるの。だって当たり前じゃん? ジュエルシードの魔力量は人なんて軽く超えてるんだから。それが身体の中にあるわたし達だもん。それを自由に使えるんだよ?)

 

(……あー、確か魔法にはデバイスと言った魔法を発動させるコンピュータが云々)

 

(デバイスなんて無くても使える魔法はあるよ? わたしを甘く見ないで欲しいね。わたしは天才のお母さんを持つ超! 天! 才! アリシア・テスタロッサだよ? 並の機械の処理速度なんて目じゃないことを証明してあげるよ!)

 

 馬鹿野郎、それは既にスーパーコンピュータだ。そんな処理したら脳が焼き切れて死ぬ可能性……って、俺たち元は幽霊だったか。

 

(ゴンベエだって上田ナントカ先生の数学――(物理学だ) 物理学の天才――(超天才だ) ……ウルトラスーパーデラックス糞超天才なんでしょ? 魔法くらいすぐに憶えて、わたしの補助くらいしてよ。補助があれば魔力量で勝ってる分、負ける要素なんて無くなるんだから!)

 

 だがしかし、だがしかしだアリシア。上田教授が許容量以上の摩訶不思議に出会えば気絶するように、俺もある一定以上の魔法を見てしまえば気絶する可能性が……。リスペクトするのなら全てをリスペクトしなければいけない。そうだろう? それにもし俺が気絶してみろ、困るのはお前だ。そうだとは思わないか?

 

(自分で自分を人質にする人は初めて見たよ)

 

 別にお前の為を想って言ったわけであって、俺自身のことは関係ない。俺は優しいからな。お前が困る姿を見てられないだけだ。だからアリシア、ここで来るべき救助を待つか、プレシアに従うことが一番のベストだと俺は考えるぞ。

 

(ふーん、諦めるんだ)

 

(なん…だと……?)

 

(言い訳してるんじゃないの? 出来ないこと、無理だって。諦めてるんじゃないの?)

 

(おま、俺の……!?)

 

(ふっふっふ、甘いよゴンベエ。ゴンベエの弱点はこの身体に入った時に全てリサーチ済みなのさ!)

 

 よりにもよって、よりにもよって俺をその言葉で炊き付ける気か! 鬼かお前は!?

 

(でも別に諦めても良いんだよ? 無理だって言っても良いんだよ? ほら言っちゃいなよ。YOU出来ませんって言っちゃいなYO! でもその程度で諦めるんだったら心の先生に失礼だとわたしは思うんだけどなぁ〜? あ、わたし『は』 だからね?)

 

(……ぇ…な)

 

(え? なに? 声が小さくてきこえなーい)

 

(此処までコケにされて引き下がれるかってんだ! いいさやってやる、やってやるよ!)

 

 頑張れ頑張れ頑張れ出来る出来る絶対に出来る! 大丈夫! 俺は絶対に出来る! そう、信じていれば大丈夫。魔法が未知の物だからってなんだ!? 俺は既に先生から魔法の言葉を貰っているじゃないか! 【大丈夫】って言葉を! それに魔法なんざ気合いでなんとかしてやる! そうさ、本気になれば何だって出来るんだからな! ベストを尽くす俺に不可能と言う文字は無い!

 

(代われよアリシア! 野郎ぶん殴ってやらぁっ!!)

 

(魔法での補助は任せてね!)

 

「さぁアリシア、少し下がってなさい。無粋な局員たちをここから追い出さないと」

 

「おいババア」

 

「————え?」

 

 アリシアと代わった時、この身体の目付きが鋭くなったのを感じた。なるほど、アリシアの時は器もお目目真ん丸になって、俺の場合は目玉ギラギラ殺意マックスな吊り目になるのか。身体も馴染んだようだし、もう何も問題ないな。

 

「聞けよババア」

 

「ア、アリシア……?」

 

「この拳はなぁ……死ぬほど痛いぜ!」

 

 気をつけろよ? ゴンベエさんの第二回目はかなり効くぜ? 振りかぶってぇ———

 

「だらっしゃぁっ!」

 

 殴ったぁ! 爆音残してホームラン! ピンポン玉の様に地面を跳ねながら、ババアがゴミ屑のように吹き飛ばされました、のは良いんだが……

 

(おい、アリシア)

 

( ゜д゜)

 

(おい金髪幼女、ぽかーんとせずに応答してくれ)

 

(((( ;゜д゜)))アワワワワ

 

(可愛い可愛いアリシアちゃん、お兄さんの声に気付いてくれないか?)

 

(かわいい!? わたし可愛いよね! でもゴンベエどうしよう!? お母さん死んじゃったかも!)

 

 そこで反応するのかよ。いや、別にお前は可愛いからいいんだけどさ。ウザいけど。

 

(説明してくれ。出来れば物理学で)

 

(時間がないから省くけど、思った以上に魔力で身体強化しすぎちゃったみたいなの!)

 

(で? 魔法には防御があるんじゃなかったのか?)

 

(あるけど……けど、あんな短時間じゃお母さんでも張れなかったかもしれないの。生身であんなの受けちゃったら、人の身体なんて粉々だよ!?)

 

 いや、たぶん大丈夫だと思うぞ。殴った感触は壁みたいだったし。むしろ壁をそのまま押し出したような感じだった。

 

「貴女……アリシアじゃないわね?」

 

(ほーら)

 

(お母さんって何者?)

 

(化け物じゃね?)

 

「ジュエルシードの反応――っそう、そうよねっ! アルハザードに行ってないのに、そんな都合のいいことが起こるわけないのが当然! アリシアの体を奪った偽物……今すぐ、今すぐアリシアを返しなさい!!」

 

 ババアの言葉に呼応して揺れ動く庭園。迸る電流。迫り来るクライマックス臭。

 雷の余波か肌がピリピリする。ヤバイよヤバイよ、これマジでやばい奴だって。何がヤバいと聞かれたら? ……いいだろう、答えてあげるが世の情け。俺の平和を守るため。俺の常識を守るため。物理と気合いで常識を貫く、俺様殿様な仇役。ゴンベエ、アリシア! 次元を駆ける幽霊二人には。落雷注意! 白目の明日が待ってるぜ!

 

(――ふぅ)

 

(ゴンベエ気絶しちゃだめー!?)

 

 ああ、次は賢者モードだ……

 

 




・上田教授
 何故ベストを尽くさないのか

・諦めんなよ!
 富士山になってから2年が経ちました

・YOU言っちゃいなYO!
 アリシアちゃん光源氏計画

・何だかんだと聞かれたら
 あの3人組ってまだ出てるの?

・総評
 アリシアボディはデフォがMapper()


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幽霊は勇気を出す

 走る。走る。ただただ走る。

 

(おっおっおっおっおっおっおお!?)

 

(ゴンベエみぎぃぃ!)

 

(おっおっおっおっおっおっおお!?)

 

(次はひだりぃぃ!!)

 

 足を止めれば雷が頭上に落ちてくる。それだけは御免被る!

 

(お前魔法の補助はどうした!? なんかすごいスピードで走ってるだけだぞ!?)

 

(雷受け止めたらゴンベエ気絶するじゃない! 貧弱なんだもん!)

 

(それはない!)

 

(それがないっ!)

 

 それこそない! こんな状況で気絶すれば間違いなくあの世行きだ! そんな状況でのんびり寝てられるか!

 だがしかし、一度は言ってみたかった言葉【だがしかし】。不思議を見れば気絶すると言う現象は、俺と言う個を構成する重要なファクターであると思う。それを問い詰めるのは『何故人は生きているのか?』 と聞くことと同じだと考えられる。とても深い話になるから止めておいた方が良いぞ、うん。

 と言うか、何で俺は生身で雷から逃げなきゃならないんだ? それに何で走るだけで雷を避けられる。だいたい秒速150km で飛来してくるものなんだぞ。

 なら俺はそれよりも速く走っていると言うのか? いや、ない。むしろあり得て欲しくない。実は雷よりも速く走れる幼女(全裸) なんです、などと変な電波を受けたような存在を俺は認めん!

 

(ごちゃごちゃ言わずに逃げて!)

 

(じゃあお前代われよ! 俺はババアを殴れたからもう満足なんだ!)

 

(このヘタレ! 絶対に嫌だよ! 誰が好き好んで雷に撃たれるの!?)

 

(俺は良いのかよ! それに、これはお前の体だろ!?)

 

「ちょこまかと……死になさい!!」

 

((二 度 と 死 ね る か !?))

 

 だいたいなんだこの足場の悪さは。なんか足場の下にすごいカオスな空間が広がっているし、こりゃそろそろ此処もヤバイか? でもちょっと入ってみたい気もする。むしろこの不思議空間に逃げ込んだ方が生きて帰れる可能性が上がるような気がするんだが。

 

(それだけは絶対に止めてね)

(何故だ?)

(虚数空間。入った者は死ぬ)

 

 ……それはあれか、エターナルフォースブリザード・相手は死ぬ、みたいな。あれだけ走り回って今まで良く落ちなかったもんだ。

 

「アリシアの体を返しなさい……」

 

 しつこいババアめ、いい加減諦めて投降しろ投降。お前は既に包囲されている。俺は既に脚にキている。ここはお互いの妥協案を探るところじゃないのか。

 と言うか、アリシアもこの中にいるんだぞ? なのに何で雷を落してくる。大事な娘が蒸発してもいいとでも言うのか。

 

(いやいや、ゴンベエが殴ったからでしょ)

 

(お前が殴れと言ったからこうなった)

 

(私が悪いって言うの!?)

 

(どうして俺が悪くなる!? むしろ説得に失敗したお前の責任だろ!)

 

 あーだこーだと無益な言い争い。今は俺がアリシアの体を動かしているから顔は無表情で固定されているが、アリシアがこの体を動かせばその名の通り百面相が見えるだろう。一人で顔の表情を変える幼女(裸)……ないな。

 

「気味の悪い顔ね……アリシアの顔でそんな顔しないで!!」

 

 喧しいわ。だが俺が表の場合はこれがデフォだ。ババアにしてみれば琴線に触れるんだろうが、こればっかりは我慢して貰わないと困る。と言うか、いい加減クールになってくれ。いやホント、頼むから。当たれば痛いじゃ済まないから。

 

「アリシア……そこに居るの…?」

 

 うん? 確かに俺と一緒にいるぞ。なぁアリシア?

 

(この電話は現在使われて以下略)

 

(このクソ幼女。一生不通になってろ)

 

「代わりなさい」

 

(だってよ)

 

(いやだ)

 

(……は?)

 

(い や だ 。今のお母さんとは話さないもん)

 

(何が『話さないもん』 だ馬鹿アリシア。お前が出ないとまたオバサンが怒って雷降らせるだろうが。早く代われ)

 

 今は止んでいるが、また何時大量の雷が降って来るか解らないんだぞ。ここはお前が甘えるなり何なりして時間を稼ぎ、来るべき救助まで時間を稼ぐことが一番だと思うが。甘えられて油断したところなら気絶させることも出来る、かもしれないしな。

 

(いやだ)

 

(アホ。ボケ。頑固野郎)

 

(バカ。カス。ゴンベエのおたんこなす)

 

(お、おたんこなす!?)

 

 言うに言うに事欠いておたんこなすだと!? もう一度おたんこなすについて勉強しなおしてこい! 女性が言う様な言葉じゃないんだぞ!

 

(ゴンベエはお母さんを捕まえて)

 

(……だからな、アリシア。それは無理だって)

 

 今までの鬼ごっこで良く理解したさ。

 俺は上田教授みたいに空手やら相撲の段位持ちでもなければ、何処ぞの光る剣を振り廻すマスターみたいな力も無いナナシノゴンベエ。出来ることといえば、精々頭を回すか尻を振りながら走り回る程度。正直に言うと、戦闘なんてものは怖くて一歩も動けない。せいぜいが逃げ回るだけだ。

 そんな俺は救世主でも選ばれし者でもないただの元幽霊なんだよ。だから時間を稼いで救助を待とう。すぐに管理局の部隊がやってくるさ。な? 解るか?

 

(ゴンベエなら出来るよ)

 

(おいおい、話聞いてたか? それに何でそうまで俺を持ち上げる。今までみたいに貶せばいいだろ。正直に白状したんだぞ?)

 

(そんなの同じ体に入った時に気付いてたよ。でもそのゴンベエがここまで導いてくれたんだよ? 絶対に無理だって思ってたことを気合いだ、物理学だ、なんて言って引っ張ってくれたから今があるの。だからそんなゴンベエに勇気がないなんて、私には到底思えないよ)

 

(……買い被り過ぎだ)

 

(出来るよ。出来る、絶対に出来る。ゴンベエと私なら)

 

(お前と?)

 

(私と、アナタと。一人じゃ無理でも、二人なら出来る。勇気が足りないなら私が励ましてあげる。怖いのなら私が一緒に居てあげる。だからゴンベエ、私と一緒に頑張ろうよ)

 

 ……だせぇ。最高にダサい男だな俺。

 記憶が失う前の俺も、こんな小さな子供に言われないと勇気が出せないほど情けない男だったのか? 尻の穴が小さい奴だったのか? ————違う、違うよな“俺”は! 俺は男の子だ。だったら、意地やツッパリを見せないと男じゃねぇよな!

 

(…く、ククク……)

(……ゴンベエ?)

 

 魔法がなんだよ。ババアがなんだよ。雷がなんだよ。俺には励ましてくれる奴がいるじゃねぇか! しかもこんな可愛い女の子がだぜ!? その子に励まされたんだ、燃えんなっ言う方が無理な相談じゃねぇか! だったら自分の尻くらい自分で叩いて、震える脚にだって喝入れてやらァッ!

 

「だが、断る!」

 

「なっ!?」

 

「アリシアは……渡さん!」

 

「無機物如きがぁ! 私の道を阻むなぁ!!」

 

(いくぜ、アリシア)

(何時でも)

 

 スタンディングスタート。腰を屈めて、初速からトップスピードでプレシアの下まで駆け抜けてやる。

 

 怒り狂ったプレシアが天井に向かって手を上げた。

 

 ((今っ!!))

 

 大地を強く蹴って一気に加速。今まで立っていた場所に雷が落ちるが、その衝撃すら利用して加速して一直線にプレシアに向かって走る。

 遠く離れた場所にいるプレシアが驚いた顔で俺たちを見た。当たり前だ。今までは背中を向けて逃げ回っていたんだからな。まさか突っ込んで来るとは思わなかったんだろう。

 だがプレシアも流石はすご腕の魔導師と言ったところか。俺達の進行方向を予測して雷を落してくる。それをジグザクに走りながら回避していると、今も雷を放ち続けているプレシアの周囲に球体が複数個現れた。確かアレはフォトンランサーとか言った魔法。軌道は一直線、初発までコンマ数秒だったはず。

 

 (頼むぜ相棒!)

 (任せてよ、相棒!)

 

 発射された閃光、数は18。流石に早い。俺に避けれるのか? 無茶苦茶怖い。ちびりそう。当たったら痛いのか? 俺は死ぬのか? まだかアリシア、防御はまだなのか!?

 

 (跳んでっ!)

 (っ!)

 

 アリシアの声に逆らわず上に跳ぶ。

 自分でもビックリするほどのジャンプ力で全ての閃光を躱せた。防ぐのではなく、避けることになるとは思わなかったが、それよりも身体強化の恩恵に驚いた。思いっきり跳んだら天井に頭が当たるかもしれない。

 

(ボサッとしない! 次が来るよ!)

(おっ、おい!? あれやばくないか!?)

 

 プレシアの杖の先に乾いた音と共に雷、魔力が集まりだした。素人目に見てもとんでもない魔力の塊が発射の時を今か今かと待っていた。

 

(あれはPlasma Smasher!? ゴンベエ、手を前に!)

(おう!)

 

 空中で両手を前へ突き出す。どういう原理か知らないが、空中で静止していることを考えると飛んでいるんだろう。飛んでいることに喜んだりするべきなんだろうが、生憎と今はそんな余裕なんかなかった。

 両手の先から黄色の丸い魔法陣が展開されると同時に、プレシアの杖から極太の光線が発射された。とんでもない光線だなおい!? ちょっとは手加減しろ!

 

(ちょ、おま……っ! 防御の上から何か痺れて、っ何かビリビリ来てるぞ!?)

(なんで!? ちゃんとバリアジャケッ……トは構築するの忘れてたー!? と言うか、まだ裸のままだったー!?)

(バリア……何だって!?)

(とっ、とにかくそのまま耐えて! 向こうが終わったら飛行魔法で突っ込んでいくよ!)

 

 バリアなんとかが非常に気になるなぁおい! 実は常時身を守ってくれる優れモノとかだったらあとで尻叩きだからな!

 

「堅っ……!?」

 

「当たり前よなぁ?」

 

 天下無敵の美少女が作った防御だぞ。年増ババアの怨念が篭った光線如きで崩れるわけがない。

 

「アリシア、どうして! そこに居るのに……どうして!?」

 

「そんなもん俺が知るかぁ!」

 

 お前が知らないのに俺が知るか。どうしても知りたいのなら、自分の胸に手を当ててよく考えてみな。今の自分と過去の自分がどれだけ違うかをよく考えてみろ。それに気付ければ、コイツだって向き合ってくれるだろうさ。

 

(魔法が止む……っ今!)

(いっくぜぇぇぇぇぇ!)

 

 光線を全て耐えきった瞬間、プレシアに向けて急降下。

 もの凄い数のフォトンランサーが飛んで来るがそんなものは全て無視! 怖いやら当たったら痛いだなんて考えは虚数空間にでも放り投げてしまえ。

 今はそう、ただプレシアを蹴飛ばすことだけ考えろ!

 

(行くぞアリシア!)

(合点承知! 魔力変換、雷!)

 

 右足を突き出した格好のまま、ババアに向かって思い切り急降下。

 婆の前に幾重の障壁が張られるが甘い甘い。これをただの蹴りだと思うなよ? 例のアレに本物の雷を纏わせた、名実ともにあの技なんだからな!

 

(スゥゥゥゥゥパァァァァァ!)

(イナズマァァァァァァ!)

「「キィィィィィィィックッ!!」」

「な————っぁぁぁああああ゛!?」

 

 結論————悪は滅びる。

 

 

 

 

 

 

 プレシアがどうなったかって? 綺麗に吹き飛んでオネムだよ。別に詳しい状態なんて知らなくても、ボロ雑巾みたいに伸びてるって言うだけで俺は十分だ。

 

(もう二度と戦闘なんかしないからな)

(またまたぁ)

 

 本気だこの野郎。好き好んで命賭けた闘いなんてするか馬鹿野郎。やりたいんならお前がやってろよこんチクショウ。俺は引き籠るからな! 本気で引き籠るからな!

 

(あはっ! でも……勝っちゃったね)

(そうだな……。後はどこかでお米でも食べられれば万々歳——「時空管理局だ! 大人しく投降し…なんだこの状況は!?」

 

 少年、それは俺の言葉だ。なぁ、相棒?

 

(そうだね、相棒)

 

 どうやら、俺はいい相棒を手に入れたらしい。ちょっと五月蠅かったりウザかったりするが、頼りになる可愛い相棒だ。

 

(まぁ、なんだ……その、これからも頼む)

(…うんっ!)

 

 でもその前に、まずは服を着ような? 目の前の少年が眼をまん丸にして俺達を見てるから。

 




・おたんこなす
 よゐこはお父さんに聞いてみよう。知ってる方が少ないから

・何処ぞの光る県を振り回すマスター
 チノ=リ。映画すごい楽しみ。楽しみじゃない?

・物理学
 専門は電気と化学です(マテ

・男の子
 右腕が輝く人は心の教師。意地がある。

・超稲妻蹴
 お姉さま、あれを使うわ! よくってよ!

-総評-
 クロノ君 Mapper目の前 硬くなる


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幽霊は立場を考える

 次元航行艦アースラの護送室。罪人は冷たい鉄格子の中に入れられ、管理局本部まで連行される。その間に罪を悔やむか、自分を逮捕した局員に暴言を吐き続けるか。この部屋に入れられた者はその2パターンが多い。

 そして今、その鉄格子の中に一人の少女が入れられている。手枷足枷はもちろん、バインドで全身を簀巻きにしての拘束。まるで暴れる虎を無理やり抑え込むが如き処置をされている少女の名を『アリシア・テスタロッサ』という。しかし、誰もがそれを正しい処置だと局員は言うだろう。その囚人名簿には、ロストロギア【ジュエルシードの憑依体】と記されているのだから。

 

「お腹すいたお腹すいたお腹すいた。……お腹すかない?」

 

(幽霊が腹減ったとか……ないわ…はぁ、腹減った……)

 

 そんな都合など知らぬとばかりに、鉄格子に囲まれた檻の中とは思えない台詞が響く。

 囚人らしい手枷足枷は勿論のこと、バインドで簀巻きにされて座らされている少女の名前はアリシア・テスタロッサ。幽霊ゴンベエ、幽霊アリシアが憑依した奇跡の二人だが、管理局の囚人名簿にはジュエルシード憑依体と記されていることを二人は知らない。むしろ、主犯を蹴り飛ばしたと言うのに囚人扱いされていることに理解は出来ても納得が出来ないという状態だ。

 

 二人がある意味で囚人になったのは、むしろ囚人扱いで済んだのは理由がある。

 

 時はゴンベエがプレシアを蹴飛ばした所まで遡る。

 ゴンベエがプレシアを蹴飛ばした丁度その時、管理局執務官クロノ・ハラオウン。現地魔導師高町なのは、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフがほぼ同時にその場に乱入してきた。

 乱入した各々が視た光景は裸一丁で仁王立ちしているアリシア、その下で気絶しているプレシアの姿だった。

 冷静に状況を判断したクロノはアリシアに杖を向ける。動くな、その場で武装解除しろ。

 杖を向けられたアリシア。ゴンベエはむしろ服すら着てねぇよと思いながら仁王立ちのまま微動だにしない。同じ顔の姉が全裸なことに困惑するフェイト、一応の説明を受けていても全裸のアリシアに目を白黒させてるなのは。鼻を抑えるユーノ。

 

 誰も彼もがどうするべきか迷っていたが、そんなカオス状況に一番動揺していたのはゴンベエとアリシアだった。保護して貰うつもりが杖を突き付けられ、あまつさえ動くなと命令されたのだから。

 入念に身体をチェックするクロノにアリシアは内心で変態と罵り続けていたが、表に出ているゴンベエはテコでも動かんとばかりに微動だにしない。銃を突き付けられた一般人が怖くて動けるだろうか、いやない。

 現場は一時混乱に陥ったが、庭園が消滅する恐れがある為に長居は出来ない。すぐさまプレシアとアリシアを確保し、一向はアースラへと跳んだ。

 

 その後、アースラで幽霊二人を待ち構えていた武装隊にクロノが封印処理の命令を下す。

 ゴンベエには意味が解らなかったが、慌てたアリシアが強制的に表に出て自分が無害だと必死に説明を始めた。

 始めは理性的に話していたが、頑なに危険だと、本物のアリシアであるはずがないと言うクロノにキレたアリシアは遂に泣きだした。

 勿論本当に泣いているわけではない。泣き落としだ。男は女の涙に弱い。表で泣き、裏で暗く笑っているアリシアにゴンベエは一人顔を轢きつかせていた。

 そんなアリシアにクロノは勢いを削がれ、アリシアの味方になったなのは、ユーノに封印は調べてからでどうかと提案される。尚ここで漸く服を渡される。

 それでもアリシアがジュエルシードに取り憑かれている場合の危険性をリンディに訴えるクロノは執務官の鑑だった。情に負けて局員全員を危険に晒すわけにもいかない。その点、クロノは優秀な管理局員だった。服を直ぐに渡さなかった以外は。

 だが最終決定権はリンディにあり、そのリンディはアリシアを護送室で厳重に監禁。後にアースラで簡易調査、結果が黒と出れば封印。出なければ本局にて再調査との決定を下した。

 

 そして今、幽霊二人が入っている身体は護送室で簀巻きにされている。

 

「何でこうなるかなー? ご丁寧に足枷手枷、簀巻きにされて投げだすなんて乙女に対する処置じゃないよ。唯一褒められるのは囚人服とはいえ着させてくれたことだね。ねーねーフェイト、そう思わないー? お姉ちゃん可愛そうだと思わないー?」

 

「……」

 

 そうやって暇を持て余している二人がじっとしているはずがなく、同じく向かいの護送室に入れられているフェイトとアルフへ話掛けている。監視役を命じられている男性局員は居るものの、局員が黙るように命じればマシンガンの如く吐き出されるアリシアの罵倒で既にノックアウトしてしまっているので意味はなかった。

 

「フェイトはお腹すかない? わたしもうずっと何も食べてなくてさ、もうペコペコだよ」

「……」

「アルフは?」

「……別に」

「ふーん。こんな狭い所に閉じ込められて大変だと思うけど、お姉ちゃんが一緒だから頑張ろうね!」

 

 フェイトを妹の様に扱うアリシアだが、フェイトは苛立っていた。

 母親が自分を見てくれなかったのも、苦しい思いをしてきた理由も全ては同じ顔をして同じ声をしている目の前の姉モドキのせい。そんなモノが心底嬉しそうに笑い、話掛けてくるのは実に腹立たしい。腸が煮え繰り返る激情がフェイトを支配していた。

 フェイトは思う。今後母親と話合う機会は出来たが、オリジナルが生きていれば自分は用済みになるのではないか。それは嫌だ。それは怖い。面と向かってもう一度話すと決めたが、面と向かってもう一度拒絶されると次こそは心が挫けるかもしれない。それもこれも、全部目の前にいるアリシアのせい。そう考えると、どす黒い感情が沸き上がってくる。

 

「じゃあわたしだけでも頼んでおくね? あ、ちゃんと多めに頼んでおくから欲しかったら食べていいからね?」

 

 そんなことはいざ知らず、アリシアは朗らかに笑い続ける。漸く身体を手に入れたのだから色々と動き廻りたい。その思いでいっぱいだ。

 だからフェイトの心に気付いてあげられない。ゴンベエは何となく察しているが、今のアリシアはフェイトと話せることに浮かれ過ぎて話が出来ないでいた。

 

「ねーねーお兄さん、カツ丼持って来てくれない? わたしお腹すいちゃった」

「……まだ食事の時間じゃない」

 

 矛先を向けられた男性局員はギョッとした。打てば響く少女には何を言っても無駄。だが看守を命じられた身としては、何とか少女を御さなければならない。

 

「話聞いてたでしょ? お腹すいたお腹すいたお腹すいたのー!」

 

「頼むから黙ってくれ」

 

「お兄さんも乙女の柔肌見てたんでしょー? 訴えちゃうぞー」

 

「……」

 

「バインドで動けないわたしに変なことしたって艦長に訴えちゃうかも」

 

「……」

 

「艦長も女性だし、今後辛い職場で働きたくないよね?」

 

「……」

 

「キャーーー誰か「食堂のおばちゃん! カツ丼一丁!」 九人前でいいよ」

 

「九人前でお願いします……」

 

「話が解るお兄さんは大好きだよ!」

 

「……艦長、自分は胃に穴が空きそうです…」

 

 結局御しきれなかった局員がクロノに怒られるのは、また別の話。

 

 

   ◇

 

 

「アリシア・テスタロッサ。今から君の身体の検査を始めるから付いて来るように」

「はーい」

 

 結局九人前のカツ丼を全て一人で食べつくしたアリシア。

 不思議としない満腹感に二人が頭を捻っていたころ、数人の武装した局員と共にクロノが護送室に現れた。護送室に入れられる前に言っていた身体検査をするためだ。足枷だけ外されたアリシアは、局員に囲まれたままクロノの後を付いて歩く。

 

(検査って何するんだ?)

 

(魔力とか、ロストロギア反応がするかじゃないかな)

 

(反応が出たらどうするつもりだ?)

 

(十中八九封印だろうけど……そこは何とかしてみるつもり)

 

(また泣き落としか)

 

(ふっふっふ、ゴンベエはわたしに感謝すべきなんだよ。既に一回乗り切っているんだから)

 

 自信満々なアリシアだが、クロノは調査結果が黒ならば必ず封印するつもりでいた。

 一般局員の上に立つ者の義務として、何より『アリシア』 をジュエルシードの支配から解き放つために。もとより、死人が甦るなど誰一人として信じていないのだ。いくらアリシアが無害だと言っても、それはアリシアと言う皮を被ったジュエルシードが身の安全を計るための言い訳と捉えられる。クロノを含めた大半の局員がそう考えていることも無理はなかった。

 

「まずは魔力検査から始める。計器を取り付けるが、変な真似はしないように」

 

「あいさー!」

 

(何でそんなにハイテンションなんだよ)

(無害アピールだよ。従順な子は好きでしょ?)

(誰だってそうだな)

 

「魔力値は……だいたい予想通りか。詳しい結果は後日になるから次の調査だ。上着を脱いでくれ」

 

「……え?」

 

「君の身体をスキャンするために、服を脱いでくれと言っている」

 

「ど、どうしても……?」

 

「……僕としても、女の子にこんなことを言いたくない。でも必要なんだ」

 

(従順な子は好きでしょ? なんて言ってたアリシアがどうするのか見物だ。いや、本当に)

(うわーん! ゴンベエなんて大っ嫌いだー!)

 

 諦めたように上着を脱いで行くアリシア。なるべく見ないようにするクロノと男性局員たちだが、それではいざという時動けない。

 なので彼らは自分自身にこう言い聞かせた。女の子と言っても、アリシア所詮は5歳の子供。特殊な性癖の持ち主以外が反応することはなく、自分達はそんな性癖は持ち合わせていない。反応することはないが、それでも凝視するのは良くないだろう、と。

 その結果、自然とチラチラ向けられる視線。女の子は男のそんな視線に鋭く、アリシアもまた例に漏れず鋭かった。そんなアリシアがこっち見んなと威嚇して返しすと、クロノを始めとした局員は慌てて視線を外す。そんなイタチゴッコが続いている。

 直接手を触れるのは女性局員なのが唯一の救いか、体内をスキャンして次々にディスプレイに情報を映していく。

 

「じゃあこれで終わりだ」

 

「え? もう終わり?」

 

「ああ。結果は後日になるだろうけど、アースラに置かれている機材じゃあまり詳しく調べられないんだ。本格的に調べようと思ったら本局じゃないと出来ない。まぁ、ここでの結果は僕らの気休め程度になる予定だ」

 

「それなのにわたしを剥いたの?」

 

「……すまないと思っている」

 

 若干顔を紅く染めているクロノに、ジト目で見つめるアリシア。クロノはそんなアリシアを見て、更に顔を紅く染め上げた。

 

「艦長に訴えてやる。身体の隅々まで見られたって訴えてやるー!」

 

「なっ!? それは必要なことだからであって、別に見たくて見たわけじゃ……」

 

「見たくて見たわけじゃない!? 乙女の柔肌見てその感想はないよ!」

 

 喚くアリシアにたじたじになるクロノ。局員たちは矛先が自分に向かないように微動だにせず、まるで置きモノのように立っている。彼らも護送室の局員が受けた仕打ちを聞いているため、クロノ以外に矛先が向かないように必死なのだった。

 

「とにかく! 調査が終われば君を艦長の下に連れて行くことになっている!」

 

「むぅ……あんまり苛めるのもあれだから話を変えてあげる。面談でもするつもりなのかな?」

 

「その通りだ。……でも、今となっては君を封印すべきだという考えを改める必要かもしれないな」

 

「…? 何で?」

 

「少なくとも、今のやり取りで君に心があることが解ったからね。ジュエルシードが擬態している可能性も否めないけど、プレシアの言っていたアリシアと君は同じ人物だと感じた。僕自身も、君が本物のアリシアだと思いたくなったよ」

 

「…! 母さんと話したの!?」

 

「ああ。それも含めて艦長と話すと良い」

 

 

   ◇

 

 

 そう言えばアリシア、お前カツ丼の味したか? 俺にはまったく味がしなかったんだが……

 

(実はわたしも。久しぶりのご飯なのに味がしなかったよ。九杯目には思わず看守のお兄さんに味付けが悪いと投げつけてやりたかったくらい)

 

 止めてやれ、お前の罵倒でかなり心に傷を受けていたみたいだから。あれ以上やったら胃薬が必要になるか、下手したら新しい扉を開くかもしれない。

 

(やらないよ。理由も解ってるし)

 

 そうなのか?

 

(うん。食べた分のエネルギーは全部ジュエルシードに送られてるみたい。食べたら食べるだけ魔力が補充されてたし。あ、庭園で使った分が元に戻った意味でね? 許容量の限界以上には増えないみたいだけど)

 

 人が食べて力を得るのと同じ理屈だな。それならまだ納得できる。

 じゃあ味がしないのは何でだ?

 

(死んでるからじゃないかな?)

 

 ……まぁ、こんな状態じゃ生き返ったとは言えないよな。

 

(心臓も止まってるし)

 

 だよな、って待て。お前、今なんて言った?

 

(心臓も止まってるし?)

 

 ……俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。

 よし、俺は何も聞いてないぞ。お前も何も言ってない。いいな?

 

(逃げたねゴンベエ。さしたる問題はなさそうだから良いけど。あ、ちなみに他の感覚もあまりないよ。痛覚とかは特にね。バインドでぐるぐる巻きにされてたのに痛くなかったのはそのせい)

 

 あーあー聞こえない。俺には何も聞こえねー。

 

(痛くないのは便利だからいいんだけどねー)

 

 ……話は変わるけど、本当に笑い話だよな。幽霊としてお前の隣に現れたと思ったら、こうやって次元航行艦にまで連れて来られる嵌めになったんだから。

 

(嫌だった?)

 

 別に嫌ってわけじゃない。信じられないだけだ。魔法なんて信じられないものを見せられる、ジュエルシードなんて龍球七個分を一つでやってのける石ころ。挙句の果てにはアースラなんて宇宙戦艦みたいなものに連れて来られるなんて思ってもみなかった。今でも信じられないことばかりだ。

 

(まーたそんなこと言う。いい加減しつこいよ?)

 

 解ってるさ、理解はする。納得も……まぁ、科学で証明できるのなら出来ないことはない。実際にイナズマキックなんてやったし、いい加減信じないわけにもいかないだろ。魔法が使えるかどうかは置いておいて。

 

(何で? 魔法は使えた方が楽しいよ?)

 

 そりゃそうだろうよ。人間なんて苦しくなれば魔法やら神様やら、ありもしない不思議に頼りたくなるんだからな。そんな力が使えるなんて解った時には、我先となる人間が大半だろう。俺も今となれば好奇心の方が勝っているし、出来れば学んでみたいと思ってる。でもな、根本的な部分でどうしても魔法を拒絶してるみたいなんだよ。

 

(だったらわたしが教えてあげるよ! それでゴンベエの体質も治してあげる。憶えて貰わないと困るし)

 

 何でだ? 学びたいのは確かだが、使えなかったからって別にお前が困るわけないだろう。   

 

(そう言う訳にはいかないよ。わたしの予想じゃ検査の結果は黒。つまり、本部に到着次第封印処理されるの)

 

 それは困る、と言うか嫌だな。封印されたら元に戻るだけじゃないか。せっかく気合い入れてババアを蹴飛ばした意味がないぞ。でも、何でそれが魔法を使えないと困る理由になるんだ?

 

(此処から逃げ出すためだよ。その時、わたし一人じゃ手が回らないと思うから)

 

 ……は!? 逃げるってお前、この船からか!? いやいや、方法とかはこの際置いておくが、本気で逃げ切れると思ってるのか? 時空管理局とやらがどれほどの規模かは知らないが、時空なんて大層な名前が付いているってことはとんでもない巨大組織なんだろ? オマケにこんな戦艦まで持ってるんだ。戦力だって半端じゃないはず。常識的に考えて逃げ切れるわけがないだろ。

 

(じゃあ黙って封印される?)

 

 ……。

 

(ゴンベエが考えていることは手に取るように解るよ。実際怖いよね……。時空管理局なんて組織から追われる身になるなんて、わたしだって怖いよ。本当なら検査結果が白であって欲しい。でも黒になるの。ジュエルシードのおかげでこうしていられるんだから、間違いなくわたし達は黒なの)

 

 ……本局とやらに連れていかれるまで解らないって言ってたぞ。

 

(連れていかれたらそれこそ終わりだよ。運が悪ければ珍獣扱いで研究室行き。ゴンベエだって科学が好きなら、科学者が訳の解らないモノをどう扱うかくらい察しがつくよね? それが嫌なら逃げ切るしかない。幽霊に戻りたくないのなら、逃げるしかない)

 

 マジか……本当にやるしかないのか? 他に手は?

 

(ないよ。ロストロギアは管理対象。執務官くんはああ言ってくれたけど、黒と出たら必ず封印される。それが時空を管理する組織の義務だから)

 

 クソ……仕方ない、こうなったからには一蓮托生だ。嫌でも憶えてやる。基礎からみっちり頼むぞ。

 

(頑張ろうね、ゴンベエ)

 

 おう。だがまずは面談だ。上手く騙し続けてくれよ。

 

(ふふん、このアリシアちゃんに任せておけば安心だよ!)

 

 激しく不安なんだが。

 




生きてるんだよなぁ


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幽霊たちの面談

バレルハズモナシ



「初めまして。アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです」

「高町なのはです!」

「ユーノ・スクライアです」

「アリシア・テスタロッサ5歳です!」

 

 31歳の間違いだろと、ゴンベエはぶりっ子ぶったアリシアを鼻で笑った。アリシアは心の中で拳骨を落した。精神体のくせに拳骨のイメージは鮮明に伝わっており、ゴンベエは実際に頭が痛くなった気がした。

 

 現在地はアースラの食堂。そこに二人はリンディたちに呼び出されていた。

 本来なら艦長室で面談をするはずだったが、食事を取っていたリンディの提案でこの場での面談になった。要はそこまで硬い話じゃないからご飯でも食べながらしましょうということだ。クロノはそんなリンディに呆れていたが。

 リンディもこの金髪幼女をどう扱えばいいのか困り果てた末に、なのはやユーノといった子供同士の会話でも判断材料にしようと考えた次第である。

 

「わたしもご飯貰っていいかな? またお腹すいちゃって」

「あら? 看守を命じた局員からはカツ丼を九人前も平らげたと聞いたのだけど」

「きゅ、九人前!? アリシアちゃんお腹大丈夫!?」

「だいじょーぶだいじょぶ。ずっと寝てたからお腹すいちゃってるんだ」

「そう言う問題じゃないと思うの」

「そう言う問題だよ。ね、ユーノくん?」

「流石に君の胃を心配するよ」

「ちぇー、ちょっとくらい賛同してくれても良いのに。あ、おばちゃーん! A定食とB定食。もう一個オマケにA定食ちょうだーい!」

 

 小さな体躯のどこに定食三人前の質量が入るのだろうか。三人は顔を引き攣らせながら、幸せそうにむしゃむしゃと食べるアリシアを眺めた。本人も自分たちの食事が常軌を逸していることは百も承知だが、身体の維持に必要なことだと気にしないことにしている。外聞よりもこの時間にどれだけ腹に詰め込めるかといった能率を重視するくらいには、アリシアとゴンベエも自分たちの立場を理解しているつもりでいた。

 

 なのはやユーノはもちろんのこと、検査結果がまだのためリンディも知らないことだが、二人は自分たちの魂がジュエルシードの魔力と何やかんやの奇跡で身体の中に留まれていると考えている。ジュエルシードの保有魔力は多いが、それでも二人を身体に留めているだけで魔力を消費しているのだ。そして、その魔力を補うために大量の食事が必要。

 ポジティブなアリシアはともかく、目の前の現実以外は頑なに否定するゴンベエはそうやって無理矢理自分を納得させている。そうでもしないと、食べた傍から磨り潰されたゴマのように溶けていく胃の中を相手に目を回してしまうから。

 

「ゴクゴク……ゲポ、落ち着いたぁ」

「いっぱい食べたね。お腹大丈夫?」

「平気平気、ちょっと膨れたくらいだよ」

「なんて言うかその、大変だね?」

「あはは、そう言うなのはちゃんも大変だったね。わたしも庭園から見てたけど、いきなり魔導師になってジュエルシードを集めて、フェイトと闘って。終いには次元航行艦で世界を救うお手伝いなんて、ミッドに住んでてもそうはない経験だよ」

「本当に大変だったの。でもユーノ君に手伝って貰えてたし……え? いま見てたって、え?」

「あ、ごめん。何言ってるか解らないよね。実は、わたしは――」

「わっ、わたしは?」

「幽霊だったのだ!」

「「「……は?」」」

「いやー驚いたよ。皆のことをボケーっと眺めてたんだけど、気付いた時にはジュエルシードに引き込まれちゃってさ。これ幸いとジュエルシードを管理下に置いて復活したんだ。あ、見てたってのはよくある幽霊的な意味ね」

 

 アリシアの思わぬカミングアウト。ほぼ合ってる説明にゴンベエは噴き出した。身体があれば目が飛び出ていたかもしれない。任せてと自信満々に言われたために任せたが、これなら自分が説明した方が良かったと心底後悔していた。

 今の一言でリンディは訝しげにアリシアを見つめ、ユーノはやはりジュエルシードの効果で甦ったのかと呟き、なのはに至っては幽霊と言う単語を聞いた途端に座っている椅子ごと遠ざかる始末。

 これではリンディがアリシアを本物だと信じる信じない云々はもとより、ただ疑惑を増やすばかりの自滅でしかなかった。

 

(正直に話す馬鹿がいるか!?)

(ここにいるぞー!)

(呼んでない! そんな馬鹿呼んでねーから!)

(呼ばれなくても現れるのが幽霊だよ?)

(それはまず間違いなく悪霊だな。円環の理に還れ。成仏しろ!)

(その時は一緒だよ! もう一人じゃない、何も怖くない!)

 

 どうしてこうなった。

 頭を抱えて蹲りたいゴンベエだが、生憎と抱える頭も身体もアリシアに預けているためにストレスだけが溜まっていく。せめてもの弁解のために表に出ようとするが、元気100倍のアリシアを退けられるほどの余裕もなく、ただ喚くしか出来ないでいる。

 

(各々の意志はもちろん、テンションや気合いも表に出る要素なのか……)

 

 なんて、こんな状況でも考察してしまう自分が悲しいゴンベエだった。

 そんなゴンベエを指さして大笑いしているアリシアだが、何も考えずに真実を話したわけではない。アリシアにもアリシアなりの考えがあっての行動だった。

 

(わたしは正直に言った方が効果があると思うな。だってまだ検査結果は出てないし、矛盾もないから色々と騙されてくれるはずだよ)

(真実だらけで何一つ騙せてない件) 

(真実を知ってる身からするとそうだけど、真実は時に嘘をも越えた嘘になるんだよ?)

(それはまぁ、そうだろうがな。こんな話を信じる奴がいたとしたら、そいつはとんでもないバカか、疑うことを知らない素直な奴だ)

(ま、リンディ艦長はそのどっちでもないから安心だよね。むしろ頭が働く分、色々な可能性を考えて動くに動けなくなるんじゃないかな。偉い人はみんなそうだって相場が決まってるんだから)

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを内心浮かべるアリシア(31)、ゴンベエは女性の怖さを思い知らされた。見た目が幼いぶん反則だろ、なんて考えを浮かべれば、これが子供の特権だよ、と求めてもいない応えが帰って来る。実はとんでもない奴と一緒になったのではないかと戦慄した。

 

「アリシアさんは今までずっと幽霊だったの? それって、どんな感じなのかしら?」

「うーん、まず、誰にも相手にされないから寂しい。けど、それ以上に辛かったよ。かれこれ20数年間も幽霊してたけど、フェイトが生まれてからの数年は特に辛かったかな? 話掛けても無視されるし、夢に出ても変な夢だとか思われるだけだし。……友達もいなかったし」

「にゃ?」

「うん?」

「だからこうやってなのはちゃんやユーノくん、リンディ艦長と話せることが本当に嬉しいの! あ、もちろんフェイトとはもう話したんだけどね」

「アリシアちゃん……」

 

 アリシアは満面の笑みを浮かべながら、なのはとユーノを見つめる。子供らしい無垢な笑みを浮かべるアリシア。リンディもプレシアの事情聴取で得たアリシア像そのままなだけに、警戒を解いて笑みを浮かべて微笑んだ。

 今目の前にいる少女は、本当にジュエルシードが擬態した存在なのだろうか。こんなにも純粋で無垢な少女の真似など、願いを歪めて叶える石には不可能ではないのか。管理局提督として、一児の母の立場としても、リンディは目の前の少女のことを信じたくなっていた。

 

(などと思っているであろう三人には悪いが、こいつの打算的な考えが俺には全てまるっとお見通しなんだが)

(いやー生きてる時もそうだったけど、わたしの笑顔って本当に効くわー。お母さんの仕事場の大人もイチコロだったし。かーっ、幼女の笑顔の前には皆ちょろいわー!)

(まず有権者の人々に訴えたいのは、このアリシアが下衆い奴だと言うことであります)

(ゴンベエと生きる為にやってるんだよ?)

(笑顔で責任を擦り付けようとするお前が怖えよ)

(これからは策士とか軍師って呼んでくれたまえ!)

 

 策士や軍師じゃなくて小悪魔だろ。ゴンベエはそう思った。

 今まで見てきたから、なのはとユーノは優しい子供だと知っている。情で味方に引き付けられる。リンディには在りのままの姿を見せて困惑させ、判断力を鈍らせた後に情で押そう。二人は騙すような形になってしまった三人を心苦しく思っていながらも、それでも自分達の為に騙されてくれと願う――――はずもなかった。

 

(嘘は言ってないからね!)

(ああ、嘘は言ってないからな。正直に話したのに勘ぐる奴が悪い)

 

 長く生きすぎたせいか、二人はいい具合に性格が悪かった。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 初めてその子を見たとき、誰かにそっくりだなって思った。その誰かがフェイトちゃんだって気付いたのは直ぐだったけど、その子は全てを無くしたみたいに空っぽな顔をしてた。

 はじめは怖かった。

 モニターで見た女の子は無表情で冷たそうな、触れたら凍ってしまうんじゃないかと思うくらい、その子は無表情を貫いていたの。

 

 その子のことが少し解ったのは、クロノ君と一緒に庭園に向かう前。プレシアさんに心無いことを言われて呆然とするフェイトちゃんを医務室に運んでいた時だ。

 廊下で出会ったクロノ君はとても悲しそうで、でも強い決意をした人の目をしてた。クロノ君が言うにはその子、アリシアちゃんはジュエルシードが憑依した生体ロストロギアかもしれないって。そのアリシアちゃんを封印しに行くって言った。驚いたけど、でもあんなに無表情になれるのならもしかして……なんて、その時の私もそう思ったの。

 

 でもやっぱり、どうにかして助けてあげられないかな?

 

 私にはまだ何かできることがあるかもしれない。そう思った私も、ユーノ君やクロノ君と一緒に庭園へと向かった。何か出来るときに何も出来ないのが嫌だけど、何故かあの子に会わないと駄目な気がしたの。

 

 そして駆けつけた場所で見つけたのは、無表情なアリシアちゃんなんかじゃなかった。

 鋭く吊り上がった目には強い意志が見えて、でも怖いとは思わなかった。何て言うか、どこかに熱いナニかを秘めていて、すごく頼りになる感じがしたの。一緒の場所にいるだけで胸がぽかぽかする気がした。ユーノ君は何も感じないって言ってたけど、私は確かに感じたの。

 

 心は熱く、でも頭は冷静に。それを体現しているみたいだった。

 

 そこからのアリシアちゃんの戦いは正にそうだった。無茶苦茶に走り回って逃げているように見えていて、弾幕を搔い潜れる僅かな逃げ場に身体を躍らせる。訓練を受けた武装隊でも簡単にできることじゃないって、後から戦闘映像を解析したクロノ君が言ってた。ここ一番では身を捨てられる覚悟がないと駄目だって、剣士のお兄ちゃんやお姉ちゃんが言ってたから、きっとアリシアちゃんはその覚悟ができていたんだと思う。だって凄い叫び声が聞こえてきたもん。スーパーイナズマキック! なんてアッチッチだよ。

 

 そんなアリシアちゃんも、フェイトちゃんと一緒にアースラの護送室に入れられてしまって。

 本当は直ぐにでも封印してしまう予定だった。封印するとアリシアちゃんはまた眠って、今度こそ目を覚ます事はない。アリシアちゃんが武装隊の人に囲まれて泣いてた時、ユーノ君が小声でそう教えてくれた。

 

「待って、待ってよ!」

 

 気付けば私は泣いているアリシアちゃんを庇うように前に出て、リンディさんにそう訴えていた。その御蔭かは解らないけど、なんとかその場での封印は免れて護送室で済んだ。それでも私は納得いかなかった。今までずっと一人でいたアリシアちゃんをまた一人にするなんて、そんなのってないよ。

 

「わたしもご飯貰っていいかな? またお腹すいちゃって」

「だいじょーぶだいじょぶ。ずっと寝てたからお腹すいちゃってるんだ」

「おばちゃーん、A定食とB定食。もう一個オマケにA定食ちょうだーい」

 

 でもさっきお話してたアリシアちゃんは凄く元気だった。心配した私が間抜けだと思うくらい元気だったの。心配して損したかも。

 それにすごい量のご飯を食べるの。いったい食べたものは何処にいったの? お腹も全然膨れてないし。少し驚いたけど、それ以外のアリシアちゃんは普通の女の子だった。本当に可愛くて、フェイトちゃんに妹がいたらこんな子なのかなぁ、なんて。にゃはは、アリシアちゃんはお姉ちゃんなんだけど、見た目が小さいからそう見てもいいよね?

 

『寂しいけど、それ以上に辛かったよ。かれこれ20数年間も幽霊してたけど、フェイトが生まれてからの数年は特に辛かったかな。だって話掛けても無視されるし、夢に出ても変な夢だとか思われるだけだし。……友達もいなかったし』

『だからこうやってなのはちゃんやユーノくん、リンディ艦長と話せることが本当に嬉しいの!』

 

 そんなアリシアちゃんが”寂しい”って言った。一人ぼっちで誰とも話せないでいるのが辛いって。

 その気持ちは分かる。私も痛いくらい解る。

 まだ小学生よりもっと小さい頃、私も家族といられなくて一人ぼっちだったから。

 その時はお父さんがお仕事で大怪我をしたのが原因だった。今では大盛況の翠屋もその頃は人手が全然足りなくて、お母さん達はずっと忙しそうに働いていた。

 私はお母さんやお兄ちゃんたちと一緒に居たかったけど、忙しそうにしている姿を見てたらそんなこと言いだせなかった。そうやって一人きりになるのが寂しくて、でも寂しいって気持ちを誰にも伝えられなくて。

 

 そんな経験があるから、私にはアリシアちゃんの一人が寂しいって気持ちが良く解る。私はお父さんが元気になってからは寂しい思いをしなくなったけど、アリシアちゃんは今も寂しい思いをしいるんだと思う。だって寂しいって言った時のアリシアちゃんは、庭園の時とはまた違う無表情だったから。

 

 だから、私は決めた。リンディさんやクロノ君、エイミィさんが何と言っても、私はアリシアちゃんの友達になろうって。例えジュエルシードに身体が奪われていたって、私と話したアリシアちゃんの心は、アリシアちゃん本人のものだって信じ続ける。そう決めたの。

 

「クロノ君、難しい顔してどうしたの?」

「ああ……なのはか。アリシアの検査結果が出たんだ」

「どうだったの……?」

「結果は――黒だ。アリシアは、アレは間違いなく生体ロストロギアだ」

 

 だから、絶対に一人にさせない。悲しい結末になんて、させないんだから。

 



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幽霊は逃げ出すしかない

誤字報告、感想ありがとうございます。返せていませんが、励みになります。
次回はまた時間を置くかもです。


 

 リンディ達との面談を終えたアリシアとゴンベエは、面談終了と同時に現れたクロノによって再び護送室に送られた。相変わらず冷たい鉄格子の部屋に入れられているが、今回身体を拘束するものは手枷だけになっている。リンディとの面談が上手くいった結果だと、二人は待遇の改善にほくそ笑んだ。

 

「予定通りなら明日、もしくは明後日くらいに検査結果が出るんだよな」

「うん。だから脱走するなら今日の内だね」

 

 ああ、なんて都合が良いことなのだろうか。

 リンディの気遣いを余所に、警戒が緩んだことを暗く笑う幽霊が二人。クロノやリンディが見れば問答無用で封印魔法をブッ放す程に、今の二人は闇を纏っていた。

 そんな二人が表と裏に別れて会話をすれば、自然と独り言を話す危ない子供に見えてしまう。そう思われるのを避けるため、ゴンベエとアリシアは二人だけの会話が出来るよう、(からだ)の中で逃げる算段をしているのだった。

 

「出来ればシールド系の魔法くらいは憶えて欲しかったけど、時間的余裕もないよね。わたしが裏で魔法の構成や指示を出すから、ゴンベエは身体を動かすことに専念してね」

「任せろ。局員の一人や二人、俺が通信で習った空手でハッ倒してやる」

「何か凄い不安なのは置いておいて、あと必要になるのはデバイスだね。デバイスマイスターの部屋に忍び込む必要があるかも」

 

 器の中で逃げる算段をしている二人だが、その時の器は文字通り人形になっている。向かいの護送室にいるフェイトやアルフからは、今のアリシアは表情一つ浮かべない不気味な存在にしか見えない。そのアリシアの視線は真正面……つまりフェイトに向けられているわけで、そんな冷たい視線を向けられているフェイトは背筋が冷えていた。

 

(気に喰わないねぇ。家のご主人さまを睨むだなんて)

 

 主人の感情が伝わってくるアルフもまた、能面なアリシアを気味悪げに見ていた。

 使い魔は主人第一主義。主人が鴉が白いといえば、黒く見えても白と言わなければならない。極端に言えば、使い魔と主の関係はそうなのだ。

 だからアルフもアリシアが気に喰わなかった。フェイトがプレシアに虐げられてきた原因がアリシアで、そのアリシアが姉面でフェイトに接している。その事が主人第一主義のアルフは気に入らなかった。フェイトを傷つけた元凶はプレシアで、アリシアが悪いわけではないと分かっていても、原因であるアリシアにどうしようもない気持ちを持て余している。

 

 もちろん、アリシアはフェイトを構ってあげたいだけなのだ。フェイトがそれを受け止められないだけであり、フェイトの内心に気付けないでいるアリシアが空回りする状況になっている。

 そんな堂々巡りに、フェイトは自分が辛い目に合うのはアリシアのせいだと思うようになっていた。頭では違うと分かっているが、心が納得できない。自分勝手な感情なことは分かっていても、今では実の姉を妬みはじめている。

互いにコミュニケーションが足らず、相互理解が出来ていない故の問題だとゴンベエは気付いているが、アリシアに敢えて言葉で伝えなかった。

 

 アースラに来て、アリシア自身もフェイトの心情に気付けたからだ。

 始めはフェイトと話せることに嬉しくて我を忘れていたアリシアも、面談を経て冷静さを取り戻した今ならゴンベエの心の内も読める。フェイトが自分をどう思っているのかも察しがついた。

 そんなフェイトの気持ちに悲しくなったアリシアだが、なればこそ、この脱出劇を成功させねばならないと意気込んでいる。自分が居なくなりさえすれば、自然とプレシアとフェイトの時間は増えて行くはず。自分は一度死んだ人間。どの道逃げるしかないのだから、最後に一言だけ残して去ろうと。

 そう決めたアリシアに、ゴンベエは自分が出る幕ではないと判断し、何も言わないことにした。

 

「後はどうやって船から逃げ出すかだな。どうするつもりだ?」

「転移魔法、しかないだろうね。幸いにも地球の座標は憶えてるし、デバイスにはミッドの座標も登録されているだろうから――ゴンベエどうしたの? 顔真っ青だよ?」

「あーいや、その、なんだ。転移魔法じゃないと駄目、なのか?」

「……」

「いや、別に未知の技術が怖いとかじゃないぞ? むしろワクワクしている! オラわくわくすっぞ!」

 

この物理馬鹿はどこまで未知が怖いのだろうか? いっそのこと、とんでもない魔法でも開発して成仏させてみようか。それはそれで面白いかもしれない。ヌフフと、アリシアは物騒な事を考えながら薄ら笑いを浮かべた。

 その物騒な考えがなんとなく分かるくらいにはコミュニケーションが取れているゴンベエは、死人のように土色の表情を浮かべて黙り込んだ。桜色の極太ビームが自分の身から出たなんてことになれば、それこそ成仏してしまう。それを避けるためにも、今回は黙っていよう。そう保身に入ったのだった。

 

「ランダムに転移して逃げるから、覚悟だけはしておいてよ?」

「はいはい」

「演算リソースだけはゴンベエの脳ミソにもして貰うからね?」

「わかった、わかったよ。だからそんなに睨まないでくれ」

 

デバイスなしで魔法の発動は難しいが、できないことはない。ユーノがいい例だが、適正さえあればできるのだ。その点、アリシアは自分の魔法構成に絶対の自信があった。

 

「基本は数学と一緒だから。極論いうと1+1=2みたいなものだからね」

「もうちょっと賢そうな公式出そうぜ」

「超分かりやすくていいでしょ? 数字の羅列なんて難しそうに書いた方の負けだよ」

 

デバイスという演算機を介す以上、魔法は種も仕掛けもある科学。所詮は数式で表すことができる技術でしかない。そして、この世は全て数式で表すことができるなどと言ってのける偉人までいる始末。故にできないことはない。

 

「現代の技術で数式化できない例外をロストロギアって言っちゃってるけど、物があるなら無理矢理にでも数式作って落とし込んでから考えればいいのにね。ま、それが出来ないからロストロギアなんて言われてるんだろうけど」

「数式で表せる程度は数学じゃねぇとかいう奴もいるしなぁ」

「その点今回は安心だよ、全部公式と解のある問題でしかないから。転移魔法っていう公式に、座標位置である入力値を代入したら解が出るって考えれば簡単でしょ? 偏差とか誤差の修正とか色々あるのはこの際無視して、後は文字通りのすたこらさっさってね」

「そりゃあ楽そうだ。俺の手伝いとかいらないんじゃないのか?」

「一人でもできるけど、計算速度を考えるとね。ほら、わたしとゴンベエでデュアルコアだよ! ゴンベエは8bitかもしれないけどね!」

「この俺をファミコン様と同列にするとは言い度胸だな。スパコン並だぜ、ゴンベエ様は」

「あ、それわたしも! ――じゃあそろそろ行こうか、相棒」

「おう。サポート任せたぜ、相棒」

 

お互いが自らを天才だと自負し、互いを普通という枠に嵌る凡才ではないと認めている。これ以上の状況は望めないし、今以上の奇跡を望むこともない。ただこれからを生きていくために、二人はこの場を逃げ切ることだけを考えて進む。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 看守を任された局員は心身ともに疲れ切っていた。

 

「ねーねーお兄さん。お兄さんってばー」

 

 理由は言わずもがな、小さい方の金髪ことアリシアだった。

 局員は自分が子供好きだと自覚している。だから、何の罪もない少女が牢に入れられている姿を見ていることしかできない自分を悔やんでいた。バインドで自由まで奪われた少女を不憫に思い、彼は自ら進んで少女たちの見張り役を引き受けた。引き受けたのだが、護送室に来て直ぐに後悔することとなった。

想像していた以上にアリシアが煩かった。いや、子供とはそういうものだと彼も理解していた。だから最初は努めて笑顔で言葉のキャッチボールをしていた。しかしそんな表面上の会話にも飽きたのか、意地悪な笑みを浮かべる小さい方が自分をからかいだしたのだ。

 

「お兄さん子供が好きなの? ふーん。でも度が過ぎると捕まっちゃうよ? ……あ、もしかして今変なこと考えてたり? バインド緊迫プレイはお好き? 結構。もっと好きになるよ!」

 

 頭を抱えたかった。本当に5歳児かと疑ったが、向かい側の大きい方と見比べてもやはり小さい。話の内容はどう考えても5歳児には考えられないが、5歳児なりの可愛い冗談なんだと自分の常識を改めた。5歳児は下ネタを言うものだと。

 

 そうしてアリシアのネタ話も柔らかく受け止めようと努めたが、気付いた時にはキャッチボールがドッジボールになっていた。それも一方的な。時速150キロ以上の言葉(ボール)で心を抉るアリシアに、子供好きな局員も流石にノックアウトした。これ以上話掛けないでくれと一人心の汗を流し続けていた際に、再び悪魔のような顔を向けられた局員の心境は「助けてクロノ執務管」で埋め尽くされていた。 

 

「無視しないでよー。泣いちゃうよー? いいのー?」

「はぁ……。今度は何の用だい? まさか、またご飯じゃないだろうね?」

 

 だが悲しいかな。アリシアにどれだけ言われても、局員はやはり子供のことが嫌いになれないでいた。自身の子供好きも此処までくれば筋金入りだなと、彼は苦笑した。

 苦笑いすると言えば、小さい方のアリシアの食事量である。既にカツ丼9杯、食堂では定食を三つも平らげた。これ以上何か食べると言うのなら、それこそ人間じゃないと彼も思わざるを得ない。

 

「もう食べないよ。それより、ちょっとこっちに来て欲しいんだけど」

 

 また妙なことを言われるのだろうか。

 嫌な予感を全身で感じる。出来れば近寄りたくないが、素直に行かなければそれこそ酷い言われようになるかもしれない。読んでいた本を置いて近寄った。

 

「手を出して」

「…? こうかい?」

 

 鉄格子に向かって手を差し出す。それを少女の小さい手が掴んで―――

 

「えい」

「ブッ!?」

 

 幼女のものとは思えられない勢いで引っ張られ、局員は鉄格子と熱いキスを交わすことになった。鋭く痛む歯と、顎を強打したせいで意識がどんどん遠ざかっていく。

 

「ごめんなさーい」

 

 謝るくらいならするな。

途切れゆく意識の中、彼は最後まで言えなかった悪態を吐いた。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

(えげつねぇ。これが人間のやることかよ)

「人間ってカテゴリーには含まれないんだけど」

(これで挫けるなよ、お兄さん。頼むから子供を嫌いにならないでくれ)

「無視すんなゴンベエ。いいもん、後でピンチになったらわたしも無視するから」

 

 気絶させた局員から手錠のカギと鉄格子のカギを奪うアリシア。ゴンベエ自身も見ている分には面白かったので止めないでいたが、アリシアとの会話に付き合わされた挙句のこの仕打ちに、彼の今後を祈らざるを得なかった。

 

(さて、と。早く挨拶を済ませて逃げるぞ)

「解ってる。――フェイト」

 

枷を外して自由の身になったアリシアは、鉄格子の中で口をポカンと開けているフェイトへと近づいて行く。

 脱走時はゴンベエが表に出る予定だったが、それはアリシアがフェイトとの別れを終えてからの話。

 フェイトに一つ二つ、姉として何か言葉を残してあげたい。既に嫌われているかもしれないが、それでも妹を想う姉がいたということを忘れないで欲しい。これが今生の別れになるかもしれないからと、アリシアはフェイトに向き直った。

 

 

「フェイト、その、何て言えばいいのかな? ……えっと、ごめんね。わたしのこと、恨んでるよね?」

 

 いざ真面目に話すとなれば、どこか気恥ずかしさと後ろめたさから言葉が紡ぎ出せない。アリシアは頭を掻いて苦笑いを浮かべた。可能な限り言葉を選んで話そうとするも、あまりいい言葉が出て来なくてむず痒い。他愛ない冗談程度なら幾らでも浮かぶが、いざとなれば思うように動けないアリシア。そんな己の半身に、半身は深い溜息を吐いた。

 

「わたし、何も出来なかったの。一緒に居てあげられなくて、ごめんね」

 

「本当はずっと一緒に居て、ずっと守ってあげたいんだけど……それはちょっと無理なんだ」

 

「わたしはもう行かなくちゃ駄目だから、フェイトが母さんの面倒を見てあげて欲しいな。お姉ちゃんから大好きな妹への、最後のお願い」

 

「……っ」

 

「バイバイ、わたしの大好きな妹。幸せを祈ってる」

 

 そう言って、アリシアはフェイトに背を向けた。護送室の出口の扉が開き、光のある方へ足を進める。

フェイトは遠ざかるアリシアに何も言わなかった。途中、声を上げそうな素振りがあったが、アリシアは敢えて気付かない振りをして言わせなかった。ゴンベエは何も言わなかった。ただ二人は別の意味で、ほんのちょっぴり嬉しそうに口元を緩めた。

 

(泣きたかったら後で泣け。此処から逃げられたら幾らでも聞いてやる)

 

「……うん」

 

(じゃあ―――

      

―――逃げるか」

 

(うん! 行こう、ゴンベエ!)

 



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幽霊の脱走劇

切りがいい所までです。誤字報告、感想ありがとうございます。クスっとさせて頂きました。


「本来なら、アリシアの検査結果は明日以降になる予定だった。だが、既に彼女がジュエルシードだという確証が各方面から算出された。否定する要素も、これ以上精査する必要すらない確かなものだ。以上のことから、アリシアは管理局の規定に則り封印することになるだろう」

 

 アースラの一室。艦長執務官以下、主要クルーでの会議が開かれていた。

 議題はアリシア・テスタロッサ、暫定名称・生体ロストロギア『アリシア』 の処分について。各々に配布された書類を基に、クロノが執務官としての見解を述べた。

 議会の雰囲気は重い。クロノは優秀な執務管だ。最年少執務管として職務に当たる彼がどれだけ管理局法に精通しているかは、この場にいる全員が理解していることだった。そのクロノが、アリシアの封印は間違いなく行われると断言した。それは即ち、最早覆しようのない未来の出来事として完遂されることを意味している。

 

 この場に居る誰もが直ぐには口を開けなかった。リンディは勿論、直接の関わりがない者もアリシアの元気な様子や、年頃の子供らしい様子を人伝に聞いている。

 それだけに今回の検査結果は辛かった。本局でもう一度検査を、そう声を上げる者もいた。しかし、アリシアとジュエルシードの関係を否定するどころか、肯定する要素しか得られていない現状をクロノに説かれ、顔を伏せてしまった。

 

「皆、それぞれ思う所はあるでしょう。個々人が思うこと、感じることは自由です。それが人として当然の感情であり、権利です。私は一人の人間としてそれらを否定することはできません。

ですが、ここからは各々の感情を捨てなさい。職務……ええ、これから行うことは職務です。私は管理局の提督として、これからアリシアの封印処理を命じます。クロノ、指揮は執れるわね?」

 

「はい。それが、上に立つ者の義務ですから」

 

 リンディは『提督』として『部下』のクロノに『職務』を命じた。誰よりも先に、クロノが提督の意図に気付いた。だからこそ、クロノは執務管としての顔を上げた。

クロノが理解したと同時に、リンディは息子に辛い役目をさせることを悔やんだ。命令の意図を理解し、局員として正義を全うせんとする息子の姿がリンディに重くのしかかった。

 

 クロノ・ハラオウンは執務管として覚悟はできていた。職務に殉じた父と同じ道を選んだ時から、何時かは個より全を優先すべき事態が訪れると覚悟していた。ただ願わくば、本局に報告を入れずに匿ってあげたかった。フェイトと共に、自分の手の届くところで面倒を見る算段もあった。

 しかし、アリシアの中にあるジュエルシードがそれを許さない。起動しているジュエルシードは時として次元断層すら引き起こす。それはアースラ乗組員を始め、ひいては次元世界そのものを脅かす事態に成りかねない。それだけはできない。父の守った世界を、己の願い一つで無駄にすることだけは絶対に許されない。

 

 リンディは己を殺し、管理局提督としての判断を下した。だから自分はその命令を遂行すべきだ。クロノは己に言い聞かせた。

 

「なのはさん、ユーノさんがいなくて良かった。あの二人には、こういった事はまだ早すぎるもの」

「そうですね。あの二人なら、きっと僕らの邪魔をするでしょう」

「優し過ぎるんだよ。なのはちゃんも、ユーノ君も……あはは、私もって言いたいけど、流石に今は言えないや」

 

 民間協力者の関わる話ではない。

そう言い包めてこの場への参加を許さなかった二人を思い、リンディは溜息を吐いた。なのはやユーノは魔法が使えるだけの子供だ。今回の決定は非道に見えるだろう。仕方がないと割り切れるほど、あの二人は大人ではない。何時かは理解できるようになるだろうが、出来ることなら、人の命を終わらせる決断を下す自分たちを見て欲しくない。局員一致の見解だった。

 

 会議室に重い空気が充満する。誰も口を開かず、これから自分たちが行う行為にやりきれないでいるのだろう。そうやって己で何が正しいのかを考えてくれるクルーばかりなことが、今のリンディには救いに思えた。

 

 そんなクルー達に第98管理外世界で見つけたお茶でも振おうと思い立ったその瞬間、一人の男性局員が会議室に走り込んで来た。

 

「かっ、艦長!」

 

 確か看守を命じた局員だったはず。それが何故ここに居て、何故そんなにも慌てているのか。

 まさか……そう思ったが、リンディは“それ”はあり得ないだろうと考えを止めた。それよりもこの局員にも辛い仕事を任せてしまった。ここは特性の砂糖茶で労わってあげるのが、下士官の思い描く理想的な上司だろうと腰を上げた。

 

「お疲れ様。今からお茶を汲もうと思ってるの。貴方も―――「にっ、逃げたんです!」

――え?」「「「「は?」」」」

 

 その時、アースラ会議室の時間が一瞬止まった。

 

「逃げられたんです! 小さい方に!!」

「「「「はあぁぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

 思いもよらない一言に、会議室は混乱に陥った。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

(こちらゴンベエ、異常無し。オーバー)

(こちらアリシア。こちらも異常n……むむ! アホ毛レーダーに感あり!)

(了解。物影に隠れてやり過ごす)

 

 会議室が混乱の一途を辿っている中、渦中の二人はスニーキングミッションを敢行していた。通り掛かる局員の目から避け、目的のブツを探して艦内を散策しているのだ。

 既に何度か局員の目から逃れている二人は、新たな局員が通り過ぎると同時に廊下へと姿を現す。そんな二人の第一目標はデバイスマイスターの部屋に辿りつくことだ。そこでデバイスを奪い、脱出することが現段階での最終目標である。

 

(逃げだしてから結構経ったけど、なかなか部屋が見つからないね)

(下手に入ったところが局員の部屋とか最悪だからな。慎重に成らざるを得ない)

(そうだけど、あまり時間が経つと気付かれちゃうよ)

(フラグを立てるなよ)

(F_kizukareru=1? ゴンベエって変な知識ばっかり持ってるよね。フラグって言うのも―――)

 

『全クルーに伝える! 全クルーに伝える!! 現在、生体ロストロギア『アリシア』 が護送室より脱走。艦内に潜伏中だと思われる。非戦闘員は食堂に退避、武装隊は――――』

 

(こう言う意味だよ大バカ! 要らんフラグ立てやがって!)

(むぅ、ゴンベエがとろとろしてるからじゃないの?)

 

 傍から見れば呆然と立っているように見えるアリシアだが、中では壮絶な言い争いが繰り広げられていた。艦内放送が流れているにも拘らず、二人は廊下の真ん中で微動だにしない。

 

(ともかくだ。この狭い空間で見つかれば最後、二度と逃げられない。とりあえず動くぞ)

(はいはい、ゴンベエもフラグを立ててくれました)

(お前なぁ―――「いたぞ!」 早いな、オイ!」

(フラグ回収乙!)

(黙ってろ馬鹿幼女!!)

 

 集合場所から離れていたのか、廊下の先から走って来る一人の局員。手に持ったデバイスの先に淡い光が燈り始める。

 

(アリシア、防御!)

(っ! 駄目、避けて!)

 

 デバイスの先から放たれた光。狭い通路では逃げ場も少なく、身体を動かせる空間も限られている中での渾身の横っ飛び。

 

(うぉい!? 頭上掠めて行ったぞ!?)

(封印付加の魔法だよ! 普通は防げるけど、わたし達が防いだらどうなるか解らないの! 躱すしかないよ!)

(封印って誰でも使えるのか!? ゲームとかじゃ上位職しか使えない上位スキルじゃないのかよ!)

(暴走した相手に超有効な封印魔法が使えない武装局員がいるとでも?)

(一般局員が、オレたちにとっては一撃必殺を持ったボスになるのかよ!)

 

 ジュエルシードで動いている二人はほぼ無尽蔵な魔力を持っている。魔力を得るための食事は別として、死んでいる故に必要としない人間の生活習慣。死んでいるが故に感じない肉体的な痛み。

 これだけ挙げればただの無敵少女だが、決定的なウィークポイントが存在する。

 それが封印魔法。ロストロギアの封印処理に使われる、武装局員にとっては使えて当然の魔法だ。一般の魔導師でもデバイスの補助があれば誰でも使える魔法が、アリシアとゴンベエには最大の弱点になってしまっている。封印付加の魔法をシールド系魔法で防げないのかと問われれば、おそらく防げるだろう。だがその先の展開が二人には解らない。二人を繋ぎとめているジュエルシードがどう反応するか予測がつかないため、アリシアとゴンベエはただ避けることしか出来ない状態なのだ。

 

(次が来るよ!)

(撃たせなきゃいいだろ! 接近して叩く!)

「この狭い廊下で狙いが定まらないほどの俊敏さ!? 執務管の言っていた通りだ、既にこの子は!?」

 

 狭い廊下とはいえ、1対1で距離を取ればそうそう当たるものではない。しかもゴンベエの走る早さはプレシアの雷を躱すほど。ファランクスシフトのようにスフィアを大量に並べた射撃なら兎も角、せいぜい数個規模の封印付加魔法程度、豊富な魔力で身体能力をゴリゴリにしたゴンベエは余裕で回避してみせた。そしてその勢いのまま局員に肉薄し、引き絞った拳を堅く握りしめる。

 

「速い! シールドを!」

(右腕部魔力充填!)

「ブチ抜けェッ!」

 

 目を見張る早さのまま肉薄するゴンベエに対応するため、局員はデバイスを突き出すようにして盾にした。伊達にエリート揃いと言われる海に配属されるたわけではない。デバイスからは淡い色の防御陣(シールド)がしっかりと張られ、更にデバイス本体がシールドを破られた際の物理的な障壁としても構えられた。

 

 局員に一つ誤算があったとすれば、それはお互いの魔力量の差を考慮できなかった点だ。ジュエルシード一つ分の魔力に耐えられるほど、彼の魔力は多くない。文字通り、ロストロギアと一個人では桁が違うのだから。

突き出されたゴンベエの拳は、ガラスが砕けるような音を残して局員のシールドを破った。細腕から繰り出されたとは思えない拳が、防御陣を破った勢いそのままデバイスを跳ね除けて腹部に突き刺さる。バリアジャケット越しでも届く威力に顔を歪める局員だったが、痛みに耐えかねたのかそのまま意識を失って倒れ込んだ。

 

「はぁ……」

(大丈夫?)

「大丈夫だ、問題ない」

(強がり。怖かったって言えば良いのに)

 

 そんなこと言えないだろうと、ゴンベエは思った。言葉では飄々としているが、ゴンベエはアリシアも自分と同じく怖がっていることを感じている。そんな状況で先に根を上げては男が廃ると息を整え、前を向く。

 一人では怖くて動けないかもしれない。しかしゴンベエにはアリシアが、アリシアにはゴンベエがいる。だから二人は何処までも強がっていられる。ただの意地の張り合いだが、それでも二人でいることは何より心の支えになっている。

 

(デバイスマイスターの部屋に忍び込まなくてよくなったね)

(ああ。この局員には気の毒だが、拝借させて貰おう)

 

 倒れた局員が所持していたデバイスをこれ幸いと奪う。

 二人にとってはプレシア以外で初の実戦。出来ればどこかに身を潜めて一息吐きたい二人だったが、先程の戦闘音を聞きつけたのだろう、近づいて来る足音が聞こえる。

 

(ちっ、少しくらい休ませろよ。どうする? 今すぐ転移出来るか?)

(ちょっとだけ時間稼いで。転移魔法の発動には時間がいるから)

(じゃあ闘うのか? 出来れば避けたいが)

 

 更に近づいて来る足音。

 ゴンベエは聞こえてくる方向に拾ったデバイスを向けた。

 

(来るなら来い。アリシアが準備できるまで相手になってやる)

 

 こうなってはもうやるしかない。アリシアの手前かっこつけるが、デバイスを構える手は若干震えていた。

 

「こっち!」

「?」

「こっちに来て。早く!」

 

(なんか聞いたことのある声だな……どうする?)

(むぅぅ……ええい! もう行っちゃえ!)

 

 なるようになれ。どうせこのまま闘ったところで追い詰められるのは見えている。なら、少しの可能性でも信じてみるべきだと言うアリシアを信じ、ゴンベエは走った。

 声のする方向へただ走る。曲がり角を曲がると見える栗毛を目印に走り続けると、ある部屋の扉が開いていた。その扉から小さな手が二人を招き入れるように出されている。

 

「アリシアちゃん、大丈夫だった?」

 

 その扉を警戒しながら潜ったゴンベエとアリシアの目の前には、満面の笑みを浮かべているなのはがいた。そして何故か、諦めたように溜息を吐いているユーノも。

 

「なのは、やっぱり止めた方がいいよ。流石に言い訳ができないって」

「もう! ユーノ君だって納得してくれたじゃない! それにすごく今更だと思うの」

 

 助けた後に揉め始めたなのはとユーノを、二人はぽかんと口を開けて不思議そうに見ていた。

 ゴンベエとアリシアは不思議だった。既に艦内放送で逃げ出したことが知れ渡っていると言うのに、何故自分たちの味方をしてくれるのか。しかもジュエルシードの恐ろしさを一番知っているであろう二人だ。

 

「なんで助けたんだ? 正直、お前たちには何の利益もないはずだが」

「あ、今のアリシアちゃんは熱血モードなんだね。うんうん、やっぱりぽかぽかするよ」

「僕には解らないけど?」

 

(なのはちゃんって不思議ちゃん?)

(助けてくれたなのは様を異常だと言うか。後で極太ビーム貰っとけ)

(妹の追体験をしろと申すか、この外道―!)

 

「クロノ君は放送でああ言ってたけど……でも、私はアリシアちゃんを信じることにしたの。アリシアちゃんはアリシアちゃんだってこと、私は信じてるから。アリシアちゃんが封印されるなんて、私は嫌なの」

 

「お前が食堂で話したアリシアと俺は違うぞ? そこのところ、分かって言ってるんだろうな?」

 

「うん、分かるよ。でも後になって騙されたなんて言うつもりないし、自分の選択に後悔はないよ」

 

「……お前本当に9歳の小学生か? 実は18歳とか言わない?」

「普通の小学3年生です! それを言うなら、アリシアちゃんはわたしの4つ下には見えないよ?」

「こう見えてアリシア(31)だからな」

 

(なあアリシア)

(んー?)

(前にこの船の食堂でさ、俺たちのことを信じるのはとんでもないバカか、疑うことを知らない素直な奴だって言ったよな)

(言ってたねぇ。で、ゴンベエはなのはちゃんをどう評価するのかな?)

(知らねぇ、わかんねぇよ。こんな裏表のない小学生のことなんて何も分かんねえ)

 

「高町なのは、お前は何だ?」

「にゃはは。なのは、高町なのはだよ。出来れば“キミ”とも友達になりたいって思う、ただの小学三年生なのです」

「OK、変な奴ってことは分かった。けどなんだ、そんなお前でもアリシアとは仲良くしてやってくれ。コイツ寂しがり屋なんだよ」

「キミもそう見えるんだけどなぁ」

「それは眼科に行こうな? なんなら脳も調査した方がいい」

「辛辣!?」

「まあそれは置いておいて、友達って具体的に何するんだ? 俺としては逃走金貸して欲しいんだが」

「友達になった最初にお金をせびるのってどうかと思うの……」

「じゃあどうすればいいんだ? 具体案をくれない奴とは友達にならぬ!」

「そこまで言い切るの!? でも、それなら簡単だよ?」

「その答えは?」

 

「名前を呼べばいいの。それでもう、私たちは友達だよ」

 

 ゴンベエは久方ぶりに、つまりは庭園で意識が復活してから一番の衝撃を受けた。

 

「それは……少し馴れ馴れしいと思うのだが!」

「本当に辛辣だねキミ!? でも諦めないよ! ほら、なのはって呼んで?」

「なのは」

「あ、素直……じゃあ代わりに、私にもキミの名前を教えてほしいな?」

 

(なのは様は話が通じる上にイイ子過ぎる!)

(そだねー! この子なら、きっとフェイトも守ってくれるって信じてる)

(惚れてまうやろー!)

 

 アリシアもゴンベエも、なのはがフェイトの為に頑張ってくれていたことを知っている。それだけでも凄い子だと思っていたが、まさか自分達まで助けてくれるとは思ってもいなかった。それも、ジュエルシードに侵されているとリンディ達が判断を下した中で。

 

「話は終わったかい? じゃあこれから君を転移させるけど、ミッドへの道はまだ安定してないんだ。だから行き先は地球上に限られてくるけど、何処か希望はある?」

 

(地球の何処がいいかな?)

(とりあえずは日本の東京か? 俺の知っている地球じゃない可能性もあるから、此処と言う場所がないのが痛いな)

 

 ゴンベエは地球の知識は持っているが、話している言葉はミッド語というアンバランスな存在。純粋な地球人かどうかも判断がつかない中では、知識上の地球を信用していいかどうかも覚束ない。アリシアに至っては管理世界はともかく、辺境と言っていい地球の知識など一つも持っていない。故に行き先に悩んでいたが…

 

「なのは! それにユーノも! アリシアを匿ったのは君たちだな!?」

「うわぁバレてる。クロノ君怒ってるかな?」

「え!? なのは怒られないって思ってたの!?」

「もしかしたら怒られるかなーってくらいには、その、はい」

「もしもも何も、最悪僕たちごと逮捕されるかもね……」

「ええ!? それは嫌だよ!」

「もしかして、なのははその可能性を考えてなかった?」

「うん」

 

 さあどうしようかと悩んでいる暇もなく、クロノの怒声が扉の向こう側から聞こえてきた。部屋に入った後でユーノが扉にロックを掛けていたからか、今しばらく部屋に突入することは出来ないようだが、扉の向こう側では今にも開けようとしている最中だろう。

 

(なのは様は微笑ましいなぁ)

(なのはちゃんって、凄いのか凄くないのか解らないね)

(なのは様は凄いだろオォン!?)

(はいそうだねそうですね、ナノ様は凄いですねー。そんな子に、犯罪者の片棒を担がせるなんて、出来るわけないよね)

(ああ、まったくだ。まったくもってその通りだ)

 

 締め切られた扉の向こうには、既に大量の局員が待ち伏せているのだろう。クロノの怒鳴り声に加え、局員たちの緊張がドア越しにも伝わってきている。すぐにでも扉を破ってきそうな雰囲気だ。

 最早一刻の猶予も許されない。ゴンベエはなのはに近づき、後から首に腕を回す。そしてデバイスをなのはの頭に突き立てた。

 

「なっ!?」

「にゃ?」

「ユーノ・スクライア、扉を開けろ」

 

(アリシア、転移準備)

(とっくに準備中!)

 

「わ、わかった。わかったからそのデバイスを「早くしろ」 ああもう! だから僕は反対だったんだ! クロノ、なのはが!」

「なのはがどうした、なに!?」

「止まれ、近づくな。動くとコイツの頭を撃つ」

「クッ……」

 

 扉が開かれると同時に突入するクロノ達。その中には看守だった局員も混じっていた。

 それを見たゴンベエはアリシアのやった行いを思い出して苦笑いし、アリシアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。するとどうしたことか、器のアリシアがここにきて初めて薄い笑みを浮かべた。

 

 それは自分達に向けられた嘲笑だとクロノは憤った。目の前のアリシアが、アリシアを模したジュエルシードなのだと確信も抱いた。故に、この場で直ちに封印処理を施さなければ危険。なのはを人質に取ることから人間と同じか、それ以上の判断力と知性を持つと推測。保有魔力は単体で次元震を起こせるほど。何を仕出かすか解らない。

 だが、人質が居る限り動くに動けない。考えられる最悪の状況だが、逃亡を許した時点で予想できる範囲内ではあった。それを防げず、あまつさえ民間人を危険に晒してしまったことにクロノは己の失態だと唇を強く咬み、ミシミシと音が鳴る程に自身の持つデバイスを握りしめた。

 

「なのはを離せ! 君は完全に包囲されているんだぞ!」

「それがどうした? 優位性を保っているつもりなら、そこまで吠えないでいいじゃないか。驚いて引き金を引きそうになるぞ」

 

 デバイスを構えるクロノ。局員もそれに倣い、各々のデバイスを器のアリシアへと向ける。しかし下手な真似は出来ない。時間を掛けて説得するしかない。いや、そもそもロストロギア相手に話など通用するのか? 大多数の局員が最悪の事態、つまりは次元震の発生を恐怖した。

 

 その最中、件の人質となっているなのはだけは、ゴンベエとアリシアの意図が解っていた。

 

(アリシアちゃんとこの子は、逮捕されるかもしれない私達を助けるためにワザと悪役になってるんだ)

 

 逃走幇助は一般的に罪だ。

 管理外世界の住人とはいえ、既に魔法に関わり一度は現地魔導師として自分から協力を申し出た身。協力者であり、アースラに乗艦している以上は管理局の法に従わなければならない。管理局にも逃走幇助に関する法は当たり前のように存在し、事を犯せば罪に問われるだろう。それがロストロギア関連になれば尚の事。

 

 しかし、ゴンベエとアリシアがそれを良しとしない。

 自分たちはいい。こんな身体になった以上、管理局から封印対象になることも、追われる身になることも全て承知の上で行っている。だが、なのはとユーノはそうではない。

だからこれは、自分達が脅してやらせたことにすると決めた。二人を守るために、ゴンベエとアリシアは悪役を貫く。もっとも、二人にしてみれば封印以上に怖いものなどない以上、悪役程度今更でしかない。

 

 そんな二人の心中を察してか、なのはは最後まで助けられなかった申し訳なさと、自身への気遣いに感謝した。この小さな友達が自分を心配してくれていることが嬉しく感じ、やはりアリシアを助けようとした自分は間違っていなかったのだと確信することが出来た。そして誰にもバレないように、場違いを承知で小さく微笑んだ。

 

(助けるつもりだったのに、助けられちゃったね)

(なんのことだ?)

(もう、素直じゃないなぁ)

(……じゃあ素直じゃないついでに一つ、伝言を頼む。プレシア宛だ)

 

 いらないお世話だと念話に混ざろうとするアリシアを押しのけ、ゴンベエはなのはに伝言を託した。

 

「アリシアさん、もう止めにしましょう」

「リンディ艦長」

 

 クロノの後からリンディが現れる。その表情は悲痛なものに包まれていた。信じていたアリシアに裏切られたからか、それとも自身の下した結論を引き摺っているのか。

 リンディ自身、胸の中で渦巻く感情を持て余しながらアリシアを見つめている。

 

(ゴンベエ、準備完了だよ)

(よし、じゃあ逃げるぞ)

 

 そして、時間を稼いだ結果としてアリシアの準備が整った。

 

 ゴンベエはトン、となのはの背中を押した。

 それを機に、状況が一気に動き出す。

 なのはを受け止めるため駆けだすユーノ。なのはが解放されたことを確認し、デバイスに込めた魔力を解放するクロノ。一瞬の出来事に動けない局員たち。目を見張るも、ただ黙って見つめ続けるリンディ。そして、押し出された衝撃で倒れ込みながらも振り返るなのは。

 

 その顔には後悔など微塵も感じさせない満面の笑みが浮かんでいた。

 

「またね!」

 

 クロノの封印魔法が当たる前に、アリシアはアースラからその姿を消した。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 某所、某廃ビル

 

 そこには一人の少女がいた。時折外を見つめては、その綺麗な唇から吐き出されるとは思わないほど重い溜息が吐かれる。綺麗な髪を流し、歳相応の可愛らしい服装からは何故こんな場所に一人でいるのか不思議に思う者も多いだろう。

 だが少女を見た者は顔を真っ青にして揃ってこう言う。

 

――――お化けが出た! と。

 

「何か面白いことないかなー」

 

 幽鬱な表情を浮かべる少女の名前はアリサ・ローウェル。数年もの間、こうして暇な時間を過ごしてきた少女の幽霊だった。

 幽霊、それも自縛霊でもある彼女はビル以外に行ける場所がない。かといって、やりたいことは多々あれどそれも叶わず、やれたことは何一つない。唯一の暇つぶしは幽霊が出ると噂の此処へ肝試しに訪れる若者を脅かすことだが、最近の若者はガッツが足りないのかあまり訪れない。つまり、カモがいないのだ。

 そして今日も一日中溜息を吐くばかり。

 

「つまんないつまんなーい、人生にも幽生にも刺激って言うモノが――「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」 ――なっ、なに!? なんなの!?」

 

 そんな退屈な日々を吹き飛ばすように、アリサの目の前に金髪の少女が降って来た。それも何枚もある天井を綺麗にブチ抜いて。

 

「あ、アリシア……心が、痛いぞ…」

 

 痛いのは身体じゃなくて心なの!? っとツッコミを入れたいアリサだったが、それよりも目の前にいきなり現れた少女に驚いて口をパクパクさせることしか出来なかった。

 

「クッソ……ん?」

「ぉ……ぁ…!」

 

 顔を見上げる金髪の少女と目が合う。その時アリサに電流走る。そして確信した。この少女こそ、退屈な日々から自分を抜けださせてくれる天からの贈り物だと。

 

「でっ、出たーーーー!? …うっ……」

「親方ー!? 空から女の子がー!?」

 

 とりあえず、親しみやすい幽霊だと思われるために叫んでおいたアリサだった。

 



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